金融審議会が1年3か月ぶりに再開され、インサイダー取引の一部見直しが議論されているそうであります(時事通信ニュースはこちら)。純粋持株会社の資本政策が過度に規制されないよう「重要事実」の要件該当性を単体ではなく、連結ベースで判断する、といったことも対象となる、とのこと。
「インサイダー取引規制」と一口にいいますが、コンプライアンスの視点からいいますと、カテゴリーが3つに分かれるのではないでしょうか。そもそもインサイダー規制は境界線がはっきりしないものですし、刑事罰もあれば課徴金規制もある世界。そこで、ひとつめは「絶対にインサイダーに踏み込まないセーフゾーンはどこか?」を探る一群。「うっかりインサイダーはもうこりごり」ということで、従業員持株会における運用事例や先の純粋持株会社の例もそうですが、適用除外や軽微基準、ガイドラインの策定などによってあらかじめ法令順守のための線引きを専門家集団によってルール化する作業ですね。当局の方、学者、実務家など金商法に詳しい著名な方々の登場が期待される場面であります。ソフトローが活躍する場面ともいえそうです。
そしてもうひとつは「絶対にアウトになってしまうゾーンはどこか?」を探る一群。まさにインサイダーの確信犯的企業(もしくはその代表者)と規制当局とのせめぎ合いの世界。最近は規制当局も(4日ほど前に春日電機元代表者の方が再逮捕された例に代表されるように)証券市場の健全性確保のため、不公正ファイナンスや粉飾事件など、ほかの不正行為と「合わせ技」で摘発する例が増えているように思います。課徴金処分事案として摘発例が急増し、またバスケット条項(包括的規制条項)を適用する事例も出てきていることから、インサイダー規制の使い勝手がずいぶんと良くなっております。そこで「合わせ技」による規制の旨味が出てきている場面であります。村上ファンド事件など、犯則事件に発展するケースが多いので、インサイダー規制の限界がみえてくる解釈論なども展開されます。ここはハードローが活躍する場面かも。
最後に残るのが「蜜の味インサイダー」。組織ぐるみで一攫千金を狙う確信犯的なインサイダーではなく、ちょっとしたお小遣い稼ぎを目的とするインサイダー取引。圧倒的に数の上ではこれが多いことは間違いないですよね。規制当局も、すべてを捕捉することは不可能ですから、常に世間に警鐘を鳴らすべく、この手の事例の摘発を続ける必要がある、というものであります。私的には、この「蜜の味インサイダー」が一番オモシロイように感じています。
なぜオモシロイかといいますと、「インサイダー取引防止体制の構築」といいましても、このカテゴリーに登場する人たちには通用しないのではないか(笑)と思えるのであります。先日も、上場会社の元取締役の方が「うちの会社の株さあ、NTTに買われちゃうんだよね。ママ今のうちにウチの会社の株、買ってみなよ。前から欲しがってたヴィトンのバック持って海外旅行くらい行けちゃうよ」みたいなことをスナックのママさんに言ってしまったことで、当該ママさんは76万円の課徴金処分になってしまいました(注 会話の後半部分は私の創作です)。天下の証券取引等監視委員会が、まさかスナックのママのお小遣い稼ぎを調査対象としている、といったことはおそらく世間一般の人たちは予想もしていないでしょうし、「これくらいの金額で新聞ネタになるはずがない」と思っておられるのが通常の感覚ではないかと。
もちろん元取締役の方が注意すべきである、と教科書的には言えそうですが、不正調査を行う者の立場からすると、なんぼでも「正当化根拠」はみつかります。前も申し上げましたとおり、規制当局は「上場会社は一枚岩」ということを前提に「インサイダー防止体制を整備してください」と言われますが、TOBやMBO、事業提携など、M&Aに関する経営判断が行われる場面では、賛否を巡って派閥争いや労使紛争が起こります。儲け話ではなく、覇権争いのなかでインサイダー情報が駆け巡るわけでして、「俺の話で儲けるやつがいても、それどころじゃない」といったところがホンネだと思います。
また、取引先と現場担当者は「貸し借り」の世界であります。「あのね、ここだけの話だけどさ」ということで、インサイダー情報を取引先や同業他社に教えるのは、借りを返したり、貸しを作ったりするなかでの一コマであります。お金がないから、とりあえずウチの会社のおいしい情報で・・・という話はよく聞くところでありますし、「貸し借り」の世界が、一般的な内部統制の構築で防止できるか、というのはちょっと期待薄ではないかと。さらに、ある上場会社と販売代理店契約を締結している会社の社員など、上場会社の民事再生の噂を同業他社から聞きつけて、「債権回収できなくなるんだから、インサイダー情報で回収しておかないと」と思うのも不思議ではないかもしれません。ひょっとしたらこれはインサイダーかもしれないけれども、自分にはそれ以上に守るべき価値があるのだから・・・という、このあたりの勝手な正当化根拠が人間模様のなかで垣間見える。このあたりがとてもインサイダー規制の難しいところではないかと思うのであります。
さて、それでは「蜜の味インサイダー」をどのように防止すべきなのか、上場会社とは無関係な方々が摘発されても、そんなことは知ったことではない、ともいえそうでありますが、今の時代「インサイダー事案を発生させたのは情報管理がまずかったからでは」と言われるのがオチであります。ここ10日ほどの京大入試問題漏えい事件の様子をみても、これは明らかであります(同情すべき受験生だった→京大の監督責任、被害届提出への非難)。たしかに完全な防止策はむずかしいかもしれませんが、情報管理のミスを指摘されないためにはどうすべきか?そのあたりをまじめに考えてみたいと思います。(これは後日に続く・・・・)
最近のコメント