放射線は「甘く見過ぎず」「怖がりすぎず」(2) 放射線は正しく恐れろ!
SYNODOS JOURNAL 3月30日(水)19時24分配信
◇放射線量の限界は?◇
それでは、一度に浴びても安全装置が維持される限界の放射線量はどのくらいかというと、現在では、およそ200〜250mSv程度というのが定説になっており、この線量までであれば急性の障害があるというデータはない。ここで言う「一度」とは、一般的には数分とか数時間までぐらい、長くとも一日くらいの長さで考えればよいと思う。しかし、放射線量が100mSvをこえるとリスクが上昇するのも事実である。
今回の事故に際して、厚生労働省と経済産業省は、東京電力福島第一原発で緊急作業にあたる作業員の被曝線量の上限を、それまでの100mSvから250mSvに引き上げる決定を下した。だが、この値も1990年に国際放射線防護委員会が定めた、重大事故時の緊急作業での国際基準500mSvよりは低い値に設定されている。 それでも、今回の事故処理で被曝量が250mSvを超えれば、その作業員はもはやそれ以上の作業は許されない規定だ。
強調しておかなければならないのは、妊娠初期の胎児は放射線の影響を受けやすいので、注意が必要だということだ。妊娠14〜18日という、妊娠に気づいていない可能性が高い時期の胎児にあっては、安全装置をすっとばすようなレベルで細胞分裂が起こっていて、250mSvで奇形が現れるとされている。
重篤な急性症状が現れる目安になっているのはおおよそ1Svで、被曝後、数週間以内に吐き気や倦怠・疲労感などが現れるが、それでもほとんど治癒されるという。
重症のケースでわたしたちがよく知っているのは、東海村で起こったJOC核燃料加工施設内での臨界・被曝事故だろう。このとき、3名の作業員が1Sv以上の被曝をしており、そのうち2名は事故の83日後と211日後にそれぞれ亡くなった。この二名は腸のように新陳代謝が激しい臓器から異常が出はじめ、次第に入れ替わりの遅い臓器へと影響が及んだ。また心筋や神経細胞のような分裂が行われない細胞では、ほぼ異常が起こらなかった。
あまり一般には知られていないが、のこり1名の患者は骨髄移植によって造血幹細胞(骨髄のなかにあり、体中の血液やリンパ球などを供給している細胞)を補充することで症状が回復し、退院するにまで至っている。おそらくは、亡くなった2名が推定16〜20Sv、推定6〜10Svの被曝量だったのに対し、推定1〜4.5Svで済んたことが運命を分けたのかもしれない。
東京電力などによれば、今回の福島原発では400mSv/hという記録が報告されているが、放射線量が400mSv/hのまま一定で、なおかつ30分間その場にとどまりつづければ、急性障害が懸念される線量に達することになるが、現時点では幸い現地でも、1時間以上にわたってこの線量が維持されていることはないようだ。
また、一部の報道では、15日に東京都内で0.8μSv/hを観測したとされたが、仮にこれが事実であるとして、この線量が1年間継続するとしても7mSvまでにしか到達せず、世界平均での一年間の被曝量の3倍程度でしかない。
◇被曝の晩発効果と体性幹細胞◇
また、放射線障害には急性の症状のみではなく、がんや白内障、不妊など、被曝後しばらくたって現れる症状もある。こうしたものを晩発効果と呼び、深刻なものとして白血病とがんが知られている。
500mSv の放射線を浴びたのち、2〜20年後には、1000人中2人が白血病を発症する統計があるが、急性の症状が確実に現れることに対し、これは確率的な影響であるといえる。前記のとおり、急性の症状は入れ替わりの激しい細胞で顕著に現れるが、時間がたったあとに症状が現れてくる原因のひとつとして、体性幹細胞と関係する可能性がある。
体性幹細胞とはiPS細胞などとも並んで再生医療の中心的な存在と目され、各臓器に存在している細胞だ。血液には造血幹細胞があり、腸には腸幹細胞、卵子などのもととなるものには生殖幹細胞などが存在している。こうした幹細胞は頻繁な分裂をしておらず(冬眠ともいう)、必要に応じて必要な細胞をつくり、ふたたび冬眠状態へと移行するのが特徴だ。
しかし、放射線によって障害を受けた幹細胞が安全装置をすり抜けてしまった場合、その幹細胞は通常のものよりもがん化のリスクが高くなる。その後の冬眠と分裂を繰り返していく間の何かのきっかけで破綻をきたし、がん化した細胞を増やしていくことになるわけだ。
しかし、晩発効果も200mSv以上の場合に統計的な影響が現れるため、今後の数値には注意を払わねばならないが、現在の状態が維持されるのであれば、避難区域の外側では晩発効果があるほどの放射線量に到達してはいないといえよう。
◇内部被曝の問題◇
単純に外界で観測される放射線から受ける障害としては上記のとおりであるが、ではなぜ、屋内退避地域などで「花粉症対策」になぞらえた放射線対策を行わなければならないのか。それは、福島原発から飛散した微粒子状の放射線源があり、それを体内に取り込む「内部被曝」を避けなければならないからだ。
また、ただ単に体のなかを通りすぎていくだけならばよいが、今回よく名前が登場するふたつの放射線源(核分裂生成物)でいえば、ヨウ素は甲状腺に蓄積するし、セシウムは体内に普通に存在するカリウムと入れ替わって筋肉に蓄積してしまう。つまり体内の組織に蓄積してしまうことで、汚染の除去が外部汚染よりはるかに困難となり、長期間被曝しつづけることになってしまうのだ。
ただし、物理的な半減期(放射性物質から放出される放射線量が半分になる時間)に加え、排便や排尿などに伴い体外に排出されることを計算に入れた「生物学的半減期」というものがあり、セシウムの物理的な半減期が30年であるのに対し、生物学的には約90日で半減すると計算されているため、かならずしも物理的な半減期のあいだ、放射線にさらされるわけではない。
◇放射線は正しく恐れろ◇
以上、長文ではあったが、「放射線によって体のなかで何が起こるのか?」という内容をまとめてみた。
放射線が人体に被害をもたらすメカニズムが分かっていれば、なぜメディアでは数値の読み上げのあとに、必ず「ただちに影響はないレベル」というお題目を唱えるのか、理解することができるだろう。また、なぜ花粉対策のような方法によって内部被曝を避けなければならないか、わかってもらえたのではないだろうか。
花粉は体内に入っても影響は短時間で消えてくれるが、放射性物質は体内に留まり、わたしたちの健康を削りつづける。放射線に対しては正しく怖れ、連日の報道に対しては恐れすぎない、そして慣れてしまわないことが大切だ。
誤解していただきたくないのは、本稿の目的は「だから原発は安全だ」と結論づけたいということではまったくないということだ。週刊誌などではチェルノブイリ事故どころか、東海村の臨界事故の写真まで引っ張り出して、恐怖を煽るものがみられるようになってきた。たしかに野放図な行為が行われた東海村の事故は非常に重大な事故であり、放射能に対して適切な恐れを忘れてしまったことによって起こった事故だったといえよう。
今回も、原子炉で安全停止機能が動作しなければどうなっていたのかわからない。東電が放射線に対して慣れてしまっていたり、自らの安全技術を過信していた可能性も否定はできない。ある程度の収束をみたあとは、その検証と、今後のエネルギー政策の再点検が必要だ。
しかし前稿でも記したように、危機感を煽ることと注意喚起を促すことはまったく異なる。今回の状況下で、あきらかに過剰な事例である東海村の被害者の写真を取り上げた報道姿勢に対しては、大きな怒りを禁じえない。
付け加えておくならば、かつて原爆被爆者の子どもには遺伝性疾患が生じるという風説が流れ、長く結婚差別の対象になったという。だが、被爆者の追跡調査からは遺伝的影響はみられず、チェルノブイリの原発事故のあとでも同様であったこと記して本稿の結びとしたい。(八代嘉美・慶應義塾大学助教)
【関連記事】
政府には勇気を、マスメディアには冷静さを
東京電力福島第一原発の何が問題だったのか ―― その行政手続きを考える
市場メカニズムを活用すべき電力不足対策
リスク認知のゆがみ方
不安や善意から生まれるデマに注意を
それでは、一度に浴びても安全装置が維持される限界の放射線量はどのくらいかというと、現在では、およそ200〜250mSv程度というのが定説になっており、この線量までであれば急性の障害があるというデータはない。ここで言う「一度」とは、一般的には数分とか数時間までぐらい、長くとも一日くらいの長さで考えればよいと思う。しかし、放射線量が100mSvをこえるとリスクが上昇するのも事実である。
今回の事故に際して、厚生労働省と経済産業省は、東京電力福島第一原発で緊急作業にあたる作業員の被曝線量の上限を、それまでの100mSvから250mSvに引き上げる決定を下した。だが、この値も1990年に国際放射線防護委員会が定めた、重大事故時の緊急作業での国際基準500mSvよりは低い値に設定されている。 それでも、今回の事故処理で被曝量が250mSvを超えれば、その作業員はもはやそれ以上の作業は許されない規定だ。
強調しておかなければならないのは、妊娠初期の胎児は放射線の影響を受けやすいので、注意が必要だということだ。妊娠14〜18日という、妊娠に気づいていない可能性が高い時期の胎児にあっては、安全装置をすっとばすようなレベルで細胞分裂が起こっていて、250mSvで奇形が現れるとされている。
重篤な急性症状が現れる目安になっているのはおおよそ1Svで、被曝後、数週間以内に吐き気や倦怠・疲労感などが現れるが、それでもほとんど治癒されるという。
重症のケースでわたしたちがよく知っているのは、東海村で起こったJOC核燃料加工施設内での臨界・被曝事故だろう。このとき、3名の作業員が1Sv以上の被曝をしており、そのうち2名は事故の83日後と211日後にそれぞれ亡くなった。この二名は腸のように新陳代謝が激しい臓器から異常が出はじめ、次第に入れ替わりの遅い臓器へと影響が及んだ。また心筋や神経細胞のような分裂が行われない細胞では、ほぼ異常が起こらなかった。
あまり一般には知られていないが、のこり1名の患者は骨髄移植によって造血幹細胞(骨髄のなかにあり、体中の血液やリンパ球などを供給している細胞)を補充することで症状が回復し、退院するにまで至っている。おそらくは、亡くなった2名が推定16〜20Sv、推定6〜10Svの被曝量だったのに対し、推定1〜4.5Svで済んたことが運命を分けたのかもしれない。
東京電力などによれば、今回の福島原発では400mSv/hという記録が報告されているが、放射線量が400mSv/hのまま一定で、なおかつ30分間その場にとどまりつづければ、急性障害が懸念される線量に達することになるが、現時点では幸い現地でも、1時間以上にわたってこの線量が維持されていることはないようだ。
また、一部の報道では、15日に東京都内で0.8μSv/hを観測したとされたが、仮にこれが事実であるとして、この線量が1年間継続するとしても7mSvまでにしか到達せず、世界平均での一年間の被曝量の3倍程度でしかない。
◇被曝の晩発効果と体性幹細胞◇
また、放射線障害には急性の症状のみではなく、がんや白内障、不妊など、被曝後しばらくたって現れる症状もある。こうしたものを晩発効果と呼び、深刻なものとして白血病とがんが知られている。
500mSv の放射線を浴びたのち、2〜20年後には、1000人中2人が白血病を発症する統計があるが、急性の症状が確実に現れることに対し、これは確率的な影響であるといえる。前記のとおり、急性の症状は入れ替わりの激しい細胞で顕著に現れるが、時間がたったあとに症状が現れてくる原因のひとつとして、体性幹細胞と関係する可能性がある。
体性幹細胞とはiPS細胞などとも並んで再生医療の中心的な存在と目され、各臓器に存在している細胞だ。血液には造血幹細胞があり、腸には腸幹細胞、卵子などのもととなるものには生殖幹細胞などが存在している。こうした幹細胞は頻繁な分裂をしておらず(冬眠ともいう)、必要に応じて必要な細胞をつくり、ふたたび冬眠状態へと移行するのが特徴だ。
しかし、放射線によって障害を受けた幹細胞が安全装置をすり抜けてしまった場合、その幹細胞は通常のものよりもがん化のリスクが高くなる。その後の冬眠と分裂を繰り返していく間の何かのきっかけで破綻をきたし、がん化した細胞を増やしていくことになるわけだ。
しかし、晩発効果も200mSv以上の場合に統計的な影響が現れるため、今後の数値には注意を払わねばならないが、現在の状態が維持されるのであれば、避難区域の外側では晩発効果があるほどの放射線量に到達してはいないといえよう。
◇内部被曝の問題◇
単純に外界で観測される放射線から受ける障害としては上記のとおりであるが、ではなぜ、屋内退避地域などで「花粉症対策」になぞらえた放射線対策を行わなければならないのか。それは、福島原発から飛散した微粒子状の放射線源があり、それを体内に取り込む「内部被曝」を避けなければならないからだ。
また、ただ単に体のなかを通りすぎていくだけならばよいが、今回よく名前が登場するふたつの放射線源(核分裂生成物)でいえば、ヨウ素は甲状腺に蓄積するし、セシウムは体内に普通に存在するカリウムと入れ替わって筋肉に蓄積してしまう。つまり体内の組織に蓄積してしまうことで、汚染の除去が外部汚染よりはるかに困難となり、長期間被曝しつづけることになってしまうのだ。
ただし、物理的な半減期(放射性物質から放出される放射線量が半分になる時間)に加え、排便や排尿などに伴い体外に排出されることを計算に入れた「生物学的半減期」というものがあり、セシウムの物理的な半減期が30年であるのに対し、生物学的には約90日で半減すると計算されているため、かならずしも物理的な半減期のあいだ、放射線にさらされるわけではない。
◇放射線は正しく恐れろ◇
以上、長文ではあったが、「放射線によって体のなかで何が起こるのか?」という内容をまとめてみた。
放射線が人体に被害をもたらすメカニズムが分かっていれば、なぜメディアでは数値の読み上げのあとに、必ず「ただちに影響はないレベル」というお題目を唱えるのか、理解することができるだろう。また、なぜ花粉対策のような方法によって内部被曝を避けなければならないか、わかってもらえたのではないだろうか。
花粉は体内に入っても影響は短時間で消えてくれるが、放射性物質は体内に留まり、わたしたちの健康を削りつづける。放射線に対しては正しく怖れ、連日の報道に対しては恐れすぎない、そして慣れてしまわないことが大切だ。
誤解していただきたくないのは、本稿の目的は「だから原発は安全だ」と結論づけたいということではまったくないということだ。週刊誌などではチェルノブイリ事故どころか、東海村の臨界事故の写真まで引っ張り出して、恐怖を煽るものがみられるようになってきた。たしかに野放図な行為が行われた東海村の事故は非常に重大な事故であり、放射能に対して適切な恐れを忘れてしまったことによって起こった事故だったといえよう。
今回も、原子炉で安全停止機能が動作しなければどうなっていたのかわからない。東電が放射線に対して慣れてしまっていたり、自らの安全技術を過信していた可能性も否定はできない。ある程度の収束をみたあとは、その検証と、今後のエネルギー政策の再点検が必要だ。
しかし前稿でも記したように、危機感を煽ることと注意喚起を促すことはまったく異なる。今回の状況下で、あきらかに過剰な事例である東海村の被害者の写真を取り上げた報道姿勢に対しては、大きな怒りを禁じえない。
付け加えておくならば、かつて原爆被爆者の子どもには遺伝性疾患が生じるという風説が流れ、長く結婚差別の対象になったという。だが、被爆者の追跡調査からは遺伝的影響はみられず、チェルノブイリの原発事故のあとでも同様であったこと記して本稿の結びとしたい。(八代嘉美・慶應義塾大学助教)
【関連記事】
政府には勇気を、マスメディアには冷静さを
東京電力福島第一原発の何が問題だったのか ―― その行政手続きを考える
市場メカニズムを活用すべき電力不足対策
リスク認知のゆがみ方
不安や善意から生まれるデマに注意を
最終更新:3月30日(水)19時24分
|