8.大気降下物及び海水中のプルトニウム 気象研究所の大気降下物及び海水中のプルトニウムの研究は、137Csや90Srと比べてやや遅れて開始された。ただし、天然のα線放出核種(U、Th同位体)の研究は1960年代の初めに開始されているので、α線測定の技術的研究は1960年代に始まっている。大気降下物及び海水中のプルトニウムに関する気象研究所の研究成果は、1968年に初めて公表されている。 大気降下物のプルトニウムの研究については、1964年に238Puを含む燃料電池を搭載した米国の人工衛星が打上に失敗し、上層大気圏で燃焼し、238Puを大気中に放出した事故を契機として始まった。気象研究所でも1967年には、衛星事故に由来する238Puを降下物試料中に検出し、その結果を報告している。239,240Pu降下量については、1958年3月より今回まで測定結果があるが、世界的にも最も長い記録である。なお、一部プルトニウム降下量については2〜4ヶ月間まとめた試料について測定されているが、1987年以後は1ヶ月単位で測定が行われている。239,240Pu降下量の長期にわたる観測結果から、その経時変動は基本的には核分裂核種(137Cs、90Srなど)の挙動と類似であるが、1960年代の中国の核実験では主に235Uが用いられた点、プルトニウムが比較的大きな粒子(Hot particles)に含まれている点で、核分裂核種とは異なった大気中の挙動をすることを明らかにすることができた。 1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故に関連して、異常な238Pu/239,240Pu、241Pu/239,240Puが大気降水中で測定され、事故に伴い放出されたプルトニウムの一部が日本まで輸送されたことがわかった。しかし、その程度は137Csや90Srに比べて極めて小さいことも明らかにすることができた。また、1990年代以後のプルトニウムについては再浮遊に由来すると推定している。降下物中のプルトニウムについては、1945年から1997年までの総合的まとめを本の一部として2001年に出版した。さらに最近の成果として、プルトニウムの再浮遊が主に中国の乾燥地域起源の黄砂と関連している他、気候変動を伴うアジア大陸の砂漠化の進展は日本におけるプルトニウム降下量の増加の原因となっていることがわかってきた。 |
気象研究所では、北太平洋及び縁辺海の海水中のプルトニウム濃度について報告しているが、これは世界的にみても先駆的研究である。その後、表面水に限っては、太平洋全域及びインド洋、南太洋の分布を明らかにすることができた。その結果によると、北太平洋中緯度域で比較的高い表面海水のプルトニウム濃度が出現することがわかった。プルトニウムは、海水中で137Csとは異なった挙動を示す。その挙動の違いは、鉛直分布に典型的にみられる。水柱の137Csは、表層で濃度が高く、深さとともに減少し、1000m以深では極めて低い濃度であることが知られている。一方、プルトニウムは表層で低く、深さ500mから1000mに極大をもつ分布を示す。この分布は、プルトニウムが表層で生物由来の粒子と結合し、粒子の沈降とともに深海へ輸送され、輸送される途中で粒子が分解され、プルトニウムが放出されることによって形成されるものと説明されている。 この過程については有機粒子とプルトニウムの間の錯形成過程を含むモデル化も試みている。また、北太平洋表面水中のプルトニウム濃度の経時変化から、表層水中のプルトニウムの滞留時間(約4年)も明らかにすることができた。さらに、プルトウニムと海水中の粒子状物質の間の化学的相互作用を研究したところ、海洋生物起源の粒子の配位子とプルトニウムが錯体を形成していることが明らかになった。 〔掲載論文〕(Full texts are not available online, please contact
the authors for reprints.) Hirose, K., Y. Igarashi, M. Aoyama, C.K. Kim, C.S.
Kim, B. W. Chang, Recent trends of plutonium fallout observed in Japan:
plutonium as a proxy for desertification, J.
Environ. Monit., 5, 302-307, 2003. Hirose, K., M. Aoyama, Chemical speciation of
plutonium in seawater, Analytical and Bioanalytical chemistry, 372, 418-420,
2002. |