衰弱したお年寄りや家族らがフロアを埋め尽くし、要介護高齢者は廊下でおむつを替えられていた。埼玉県内の特別養護老人ホームに勤務する職員はさいたまスーパーアリーナ(さいたま市)を訪れ言葉を失ったという。発熱して脱水症状を起こしている人、意識レベルが低下している人など5人の高齢者と家族2人をそのまま車に乗せ、自分の特養ホームに連れていった。その翌日から地元の行政職員が治療や保護の必要な人を収容可能な福祉施設へ移し始めたが、当初は医師や弁護士、司法書士らが被災者から話を聞いているだけだったという。
千葉県内で特養ホームや訪問看護ステーションを経営する事業者は窮状を知り、県を通して被災者の受け入れを申し出た。千葉県の調査で同県内の各施設合わせて計約600人を保護できることがわかったが、被災地の自治体と連絡が付かず、厚生労働省の調整も進まない。
被災者の中には高齢の人が多い。救助されて命は取り留めても、避難所で食べ物や水が十分にないとあっという間に健康状態が悪化する。狭い場所で寝たきりや座ったままでいると要介護度も急速に進む。避難した先で必要なケアに結びつかなければ再び生命が脅かされることになるのだ。受け入れ可能な施設や病院は全国にたくさんあるが、被災者とのマッチングがうまくいかないままではせっかくの善意も生かされない。
亀田総合病院(千葉県鴨川市)は福島県いわき市の老人保健施設「小名浜ときわ苑」のお年寄りと職員計184人を丸ごと引き受けた。同苑の嘱託医師や職員らはお年寄りらとともに病院近くの「かんぽの宿鴨川」に滞在し日常的なケアを提供している。いわき市は一時的に市の「飛び地」とみなし、介護保険の費用負担などもいわき市内で生活している時と同様の扱いにするという。亀田総合病院は医療面のバックアップだけでなく県や市との連絡調整も行っている。
被災地の自治体の機能回復が遅れている現状では、施設あるいは避難所を丸ごと移転させ、受け入れ先の施設や病院が地元自治体と協力してケア体制を整えることは有効だ。被災地の自治体ごと遠隔地の自治体が分担して受け入れることも検討してはどうか。さいたまの特養ホームは身元証明がないまま高齢者を保護した。同行した家族の滞在費も現在は施設側が負担している。だが、制度は後付けで調整していくしかない。国も全面的に支えるべきだ。
被害が甚大なだけに避難生活が長期化しそうな人は多い。被災した人々に第二のふるさとを創造するくらいの思いで取り組むべきだ。
毎日新聞 2011年3月25日 東京朝刊