「伊東 乾の「常識の源流探訪」」

伊東 乾の「常識の源流探訪」

2011年3月29日(火)

「プルトニウム測定器」のお粗末はもう勘弁

邦訳されない「メア沖縄発言のホンネ」

4/5ページ

印刷ページ

 日本国内には沖縄を別の国と見る見方はまずないと思います。もちろん固有の文化があり、それを尊重しつつ、日本という1つのまとまりの中での未来を考えなければなりません。守礼門もお札に印刷されました。人気の高い芸能人も多い。

 さてここで、しかしアメリカは「オキナワは元独立国で別の state 」という前提で、その文化を見ているわけです。そしてその state を武力で制圧した既得権を持っている、とも認識している。日米交渉に当たって、表面的な文言以前に、こうした先方の大前提から確認してゆく必要があるのではないかと思うのです。例えば以下のような発言、

One third of people believe the world would be more peaceful without a military. It is impossible to talk with such people

(沖縄の)三分の一の人々は、この世から軍というものが無くなったら世界が平和になると信じている。このような人と話をしてもラチがあかない(ので話はするな)。

 メア発言は研修の場と理解しているので impossible to talk with は「会話が不可能である」と逐語訳するより「ラチがあかないから話をしても時間の無駄だ」「要するにそういう人とは話すな」と言っているように見えます。

クビのすげかえで誤解を温存させるな

 今、細かく見てきたような齟齬、これをメア氏1人の認識と考えるべきでしょうか。もちろん「大人の解決」として更迭は順当でしょう。僕は日米関係をいたずらに悪化させるべきだなどと思っていません。アメリカ人の親友も多いです。でも、メア氏ひとりが更迭されて、そのあとも誤解が延々温存されるのはよろしいと思えません。

 というより、現場担当者のホンネの認識、として、こうした「口承伝統」は、紙の上の引き継ぎなどより、遥かに強力にインテリジェンスの知恵として残ってゆくと思います。先ほど最初に「ゆすりたかり」だけ紹介しましたが、せっかくです、よく報道されている「和」「タテマエとホンネ」の部分も原文を引いておきましょう。

Japanese culture is a culture of "Wa" (harmony) that is based on consensus. Consensus building is important in Japanese culture. While the Japanese would call this "consensus," they mean “extortion" and use this culture of consensus as a means of “extortion".

日本の文化的慣習は「ワ」(ハーモニー)の文化でそれはコンセンサス・合意に基づいている。合意形成は日本の文化的慣習で重要だ。といってもこの「コンセンサス・合意」を日本人が口にする際(は、気をつけなければいけない、日本人のコンセンサスはアメリカ人の考えるソレとは違って)「(合意の)強要」であって、この「コンセンサスの文化」を「搾取(搾り取り)」の手段として使っている。

 ここでメア氏は extortion という言葉の複数の含意を使っていますが、「ゆすり」という言葉1つでまとめてしまうとそのあたりが分かりません。合意といっても「強要」的な合意で、さらにそれが「××」の手段にも使われている、という「強要」と「××」を同じ extortion で言っている。後者は利益を引き出すというニュアンスなので、報道では「ゆすり」と訳したわけですが、僕は「強要」と「搾取」という2つの言葉を充てて考えてみたわけです。

 何にしろ翻訳には限界がありますが、メア氏のホンネは、こうしたあたりの中間にあると思います。メア氏が研修で、将来は米国の政府担当者として日本と付き合う可能性のある若者に、実効的な知恵をつけようとしてしゃべっている事を忘れないのが大切でしょう。そういう訳文にしてみます。

You should be careful about "tatemae and honne" while in Japan. Tatemae and honne is the "idea that words and actual intentions are different."? While in Okinawa, I said MCAS Futenma "is not especially dangerous. " My statements caused Okinawans to protest in front of my office. Although Okianwans claim MCAS Futenma is the most dangerous base in the world,they know it is not true. Fukuoka Airport and Osaka Itami Airport are just as dangerous.

「諸君いいかい、日本に行ったら「タテマエ」と「ホンネ」に気をつけなきゃいけないよ。「タテマエ」と「ホンネ」というのは「くちさき」と「本当のネライ」は違う、という(日本流の)アイデアだ。沖縄にいる時、私は「普天間基地は特別に危険ではない」と発言した。ところがこの発言のために、私のオフィスのまん前でオキナワンの抗議行動が起きてしまった。(で、ここでタテマエとホンネになるわけだが)オキナワンたちは(タテマエで)クレームする「普天間は世界で一番危険な軍事基地だ!」と。でも(ホンネでは)彼らは知っているのだ。(普天間が)福岡空港や伊丹空港が同じ程度の危険さでしかない事を。

 普天間は飛行場ではあるけれど、軍事基地と民生の空港をごっちゃにして論じるスゲカエの方が、遥かに問題だと僕は思いますが・・・。





Keyword(クリックするとそのキーワードで記事検索をします)


Feedback

  • コメントする
  • 皆様の評価を見る
内容は…
この記事は…
コメント10 件(コメントを読む)
トラックバック

著者プロフィール

伊東 乾(いとう・けん)

伊東 乾

1965年生まれ。作曲家=指揮者。ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督。東京大学大学院物理学専攻修士課程、同総合文化研究科博士課程修了。松村禎三、レナード・バーンスタイン、ピエール・ブーレーズらに学ぶ。2000年より東京大学大学院情報学環助教授(作曲=指揮・情報詩学研究室)、2007年より同准教授。東京藝術大学、慶応義塾大学SFC研究所などでも後進の指導に当たる。基礎研究と演奏創作、教育を横断するプロジェクトを推進。『さよなら、サイレント・ネイビー』(集英社)で物理学科時代の同級生でありオウムのサリン散布実行犯となった豊田亨の入信や死刑求刑にいたる過程を克明に描き、第4回開高健ノンフィクション賞受賞。科学技術政策や教育、倫理の問題にも深い関心を寄せる。他の著書に『表象のディスクール』(東大出版会)『知識・構造化ミッション』(日経BP)『反骨のコツ』(朝日新聞出版)『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新聞出版)など。


このコラムについて

伊東 乾の「常識の源流探訪」

私たちが常識として受け入れていること。その常識はなぜ生まれたのか、生まれる必然があったのかを、ほとんどの人は考えたことがないに違いない。しかし、そのルーツには意外な真実が隠れていることが多い。著名な音楽家として、また東京大学の准教授として世界中に知己の多い伊東乾氏が、その人脈によって得られた価値ある情報を基に、常識の源流を解き明かす。

⇒ 記事一覧

ページトップへ日経ビジネスオンライントップページへ

記事を探す

  • 全文検索
  • コラム名で探す
  • 記事タイトルで探す

日経ビジネスからのご案内