東日本大震災の発生後、被災地では携帯電話など身近な情報機器が不通になり、知人との連絡や正確な情報を集めることが難しくなった。停電でテレビなどを見ることもできない避難所では、ラジオを求める人の声を多く聞いた。情報が無い中で、出所不明のデマ情報で混乱するケースも多い。誤った情報に惑わされないためには、どうしたらよいのだろう。
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「津波が来るらしい」「津波がやって来る」。13日夕、仙台市青葉区の中学校に避難していた被災者たちの間に、こんな情報があっという間に広がった。11日の大津波の記憶が生々しく残っている。多くの人たちが校舎を2階、3階へと上り始めた。足腰が弱い高齢者の手を引いて上った人もいた。しかし、津波が来ることはなかった。誰が言い出したかも分からない。避難所にあるラジオは一部の人しか聞くことができず、携帯電話はほとんどつながらない。津波への恐怖が生み出したデマ情報だった。
翌14日の午前中、ラジオを聞いていた人が「沖合に津波が確認された」という放送を耳にした。口づたいに情報は広がったが、避難所の人たちは前日のデマ騒ぎもあって、避難しようかどうか迷った。「昨日みたいにデマだったらどうするんだ」と、避難所の運営にかかわっている同市職員に詰め寄る男性もいた。
14日の情報は、福島県災害対策本部が「海上の消防ヘリからの目視情報だが、15分後に(同県)新地町などに3メートル程度の津波がくる」と発表したもので、後に気象庁が「津波と思われる海面の変化はない」と否定した。避難所では、もともと同市が対象ではないことが確認できるまで、混乱した。正確な情報がないことで不安をかきたてられ、不安をなぞるようにして広がるデマ情報の怖さだ。
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デマ、流言が流れる背景には、話の「重要性」と証拠の「あいまいさ」という二つの要素があるといわれ、どれだけの量のデマ、流言が広がるかは、重要性とあいまいさのかけ算で決まるという。精神科医の勝田吉彰・近畿医療福祉大教授は「今回は『津波が来る』という命にかかわる問題で、さらに情報収集の手段がない避難所なので、重要性もあいまいさも最大化して、デマが広がるのは避けがたかったのではないか」とみる。
地震、津波という重大さは動かしようがない。しかし、正確な情報を提供し、あいまいさを打ち消すことで、デマを減らしていくのは可能ではないかという。例えば、津波が来る、というデマであれば、余震の規模がこの程度なら理論的に大きな津波にはならない、などの情報を伝えることだ。
勝田教授は「電波の届かない被災地では個人が情報にアクセスしようとしても難しい。通信手段を確保できるよう、国や自治体などが避難所に衛星電話を配布したり、インターネットが使える環境を整えてはどうか」と提案する。
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東日本大震災の発生後、被災地支援や放射線被ばくの注意をかたった出所不明のメールが大量に出回っている。福島第1原発からの被ばく防止のため「毎日、海藻食品を食べ続けてください」と呼びかけるものや、「自衛隊が支援物資を受け付けている」と協力を求めるものなどがあった。
出所不明で連鎖的に広がっていくチェーンメールは、広がる過程で内容が変わっていくことがあるため、種類や数を把握することは難しい。迷惑メールやコンピューターウイルスなどの情報を収集、分析する財団法人日本データ通信協会の迷惑メール相談センターによると、地震発生翌日の12日から、震災に関連したチェーンメールが急増しているという。
間違ったメールの情報を信じた人の問い合わせを受け、当事者の業務に支障が出るケースもある。過去に献血不足を伝えるメールが出回った時、日本赤十字社の関連施設に問い合わせが殺到したことがあったという。同センターの飯沼博明担当部長は「チェーンメールと思われるメールを受けたら転送せず、それ以上広げないようにすることが必要。情報の真偽は自分で確認してほしいが、当事者に直接問い合わせると業務を妨害することになりかねない。公式サイトなどで確認してほしい」とアドバイスする。
東大大学院情報学環の橋元良明教授(コミュニケーション論)は、今回の震災に関連したチェーンメールについて「悪意がある愉快犯ではなく、『早く知らせないと』という善意から回っているのでは」と指摘する。こうしたメールを転送する人の心理には「運命共同体意識、不安を誰かと共有したいという思いがある」という。
チェーンメールの発信元を調べるのは困難だが、インターネットの掲示板などで不安を訴える書き込みを見た人がメールで発信するケースなどが考えられる。メールの転送だけでなく、内容の真偽を確認しようとするメールも流言につながっていく。福島第1原発の状況が強い危機感を持って報じられている海外のニュースサイトや、現地の知人の話から、「日本では情報が隠されている」という不安感も生んでいるようだ。
橋元教授は「最近は(簡易ブログの)ツイッターもあり、安易に情報が発信できてしまう」と注意を呼びかける。チェーンメールの疑いがあるメールを受けた場合、ほかの人に回さないことが重要だ。迷惑メール相談センターはホームページ(http://www.dekyo.or.jp/soudan/)で、チェーンメールを紹介しており、「惑わされないように」と呼びかけている。【山崎友記子、五味香織、稲田佳代、坂本太郎】=つづく
毎日新聞 2011年3月22日 東京朝刊