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自衛隊10万人、奮闘 

2011年3月27日20時6分

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写真:仙台市宮城野区で作業に当たる自衛隊員のヘルメットには「がんばるぞ!仙台」と書かれたシールが貼られていた=26日午後、長島一浩撮影拡大仙台市宮城野区で作業に当たる自衛隊員のヘルメットには「がんばるぞ!仙台」と書かれたシールが貼られていた=26日午後、長島一浩撮影

写真:岩手県山田町の海岸近くでは自衛隊員による行方不明者の捜索が続いていた=25日、相場郁朗撮影拡大岩手県山田町の海岸近くでは自衛隊員による行方不明者の捜索が続いていた=25日、相場郁朗撮影

図:  拡大  

 広大な地域に未曽有の被害をもたらした東日本大震災の被災地を救援するため、10万人の自衛官が動員された。想定しなかった事態に直面しつつ、阪神大震災の教訓も生かしながらがれきと戦う。膨大な動員力を持つ組織は、かつてない災害の地でどんな活動をしているのか。現場をたどった。(川端俊一)

■捜索 人も 重要書類も

 宮城県女川町。小高い丘の上の建物の窓ガラスはあらかた割れ、大量のがれきが窓やベランダから飛び出している。廃虚のような姿に変わった女川町役場だ。

 22日、数十人の自衛官が地下の部屋でがれきを取り除いていた。「あったぞ」「違う、ゴミだ」。探索の目当ては重要書類だ。役場の崩壊など壊滅的な被害で懸念されるのが行政文書の紛失。行政機能の復活にも支障をきたすため、町の要請で捜索にあたっている。

 女川町と石巻市東部で活動するのは、四国から駆けつけた陸上自衛隊第14旅団。「見つかった文書です」。武田良二3佐が山積みされた泥だらけのファイルを指さした。

 捜すのはむろん書類だけではない。同町議会の議場では1人の遺体が発見された。活動中に、被災者から直接「行方不明の家族を捜してほしい」と頼まれることもある。

 旅団には、16年前の阪神大震災で動員された隊員も在籍している。日がたつにつれ生存の可能性は低くなるが、一縷(いちる)の望みをつなぐ家族のために努力を続けることが、後々の心のケアにつながるといわれる。部隊幹部は「阪神の教訓です」。

 同旅団は18日に到着し、2日間かけて山形県の部隊から引き継ぎを受けた。「大規模災害の派遣は初めて。東北に来るとは想像してなかった」と30代の隊員は言う。旅団が駐屯する四国では東南海・南海地震に備え、逆に他の地域から増援部隊を受け入れる訓練を繰り返していた。想定とは違う形で、訓練が役立ったことになる。

■「ニーズ掘り起こせ」

 仙台市沖。21日、海上自衛隊の護衛艦「くらま」の甲板から、灯油のドラム缶をロープでつるしたヘリコプターが飛び立った。行き先は、牡鹿半島の沖、網地島だ。

 被災地に物資を送るため、自衛隊は保有する大量の物資を提供した。ご飯の缶詰、飲料水、毛布……。だが、時間の経過とともに被災者の要望は変化していく。食料や水が足りれば、ふだん使っている日用品も必要になってくる。

 「ニーズを掘り起こせ」。司令部はそう指示を出している。物資を輸送したときは「これから持ってきてほしいもの」を聞き出すのが隊員の役目だ。陸自の女性隊員も避難所に行き、女性たちから要望を聞く。「化粧水がほしい」との声もあがった。

 だが当初は輸送先の情報が足りず、テレビ映像を頼りにした部隊もある。目を皿のようにしてテレビ画面から避難所の場所の手がかりを探した。それでも被災者からは不満も出る。大規模災害では情報が決め手。多くの関係者がそう痛感している。

 予期していなかったのは遺体の搬送。宮城県東松島市、石巻市から要請を受けた。自衛隊幹部は「物資輸送と違って敬意と丁重さが必要。支援に向ける人手が割かれるのでは」と打ち明ける。

■米軍も支援 将校ら調整

 「災統合任務部隊」(JTF―TH)。被災地救援のために編成された特別の部隊だ。陸自の君塚栄治・東北方面総監を指揮官として全国の陸・海・空の部隊が結集した。派遣総数10万7千人、ヘリ約200機、固定翼機約300機、艦艇約50隻。これだけの規模を1人の指揮官の統制下に集めた例はない。

 米軍も空母ロナルド・レーガン、強襲揚陸艦エセックス、大型輸送機を繰り出し、輸送や捜索を支援している。

 司令部が置かれた陸自仙台駐屯地の一室には「日米共同調整所」が開設された。震災の3日後から朝夕2回、自衛隊の幹部、沖縄に駐留する米第3海兵遠征軍の将校ら数十人が、部隊展開を映すスクリーンを見て会議をする。

 物資を空輸しても要望に合わなければ意味はない。避難所までの陸路も問題だ。当初は、持ち込まれた物資が輸送拠点で滞ることもあったという。任務部隊の幹部は「初めての事態で、まだ経験が足りない」。別の幹部は「侵攻してくる敵か、災害か、の違いはあるが、態勢は『有事』とまったく同じです」と語る。

■派遣2週間、疲労は極限 部隊交代が課題

 派遣された自衛隊員の心身の疲労はピークに達し、部隊の交代が課題になってきた。

 東北地方の被災地に派遣されている自衛隊は陸海空合わせて26日現在、約10万7千人。実員22万8500人(2009年3月末現在)の半数近い。阪神大震災では、ピーク時でも約1万9千人だ。

 3自衛隊の中で最多の7万人が派遣されている陸上自衛隊。多くは屋外の天幕で仮眠をとりつつ作業にあたる。被災者に温かい食事を提供したり、入浴させたりする一方、乾パンやレトルト食品でしのぎ、入浴も派遣2週間で1回、という隊員が多い。

 「隊員(の疲れ)は極限に近い」。折木良一統合幕僚長は24日の記者会見で語った。北沢俊美防衛相も省内の会議で「長期化が予想されるので、部隊の交代を含む今後の長期的な部隊運用構想を検討してほしい」と指示した。

 部隊交代には課題がある。まずは地元との関係。地震発生直後に派遣された隊員は担当地域の人たちと顔なじみになっている。「また一から人間関係づくり、という事態は避けたい」(自衛隊幹部)という思いがある。

 今回の大規模派遣は菅直人首相の「自衛隊10万人態勢」との大号令で始まった。しかし、部隊交代や艦船の整備・補給に伴い、一時的に10万人を割り込むことも予想される。自衛隊幹部は「数字が独り歩きしていることでやりにくさもある」と打ち明ける。(土居貴輝、河口健太郎)

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