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[21569] 【習作】機動六課 ノッポの副長さん
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/03/27 11:54
はじめまして。ゴケット申します。

 この作品はリリカルなのはのオリ主モノになります。ネットで調べた知識を独自解釈・オリジナル設定追加で書いております。
 また、オリ主が原作キャラ、組織に対して批判的な台詞、態度を行うことがあります。
 そういった要素が気になる方は、スルーの方向でよろしくお願いいたします。
 なお、処女作になりますので、至らない点がかなりあると思いますが、スルーして下さるとありがたいです。
2010/
8/29 出張任務(裏側)
9/18 たいせつなこと(後処理)
9/23 捜査方針   
10/9 捜査その1  
10/17 捜査その2
10/30 捜査その3
11/22 公開意見陳述会前夜
11/26 その日、機動六課(B面)Ⅰ
11/29 その日、機動六課(B面)Ⅱ
12/19 その日、機動六課(B面)Ⅲ  
12/20 その日、機動六課(B面)Ⅳ
2011/
01/29 翼、ふたたび(クロノ、ロッサ)
02/20 決戦へ
02/27 前哨戦
03/26 Stars Strike++
03/27 決戦とはいえない戦い 追加






[21569] 出張任務(裏側)
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/02/26 15:00
「おはようございま~す」
「おはよう、アルト。夜勤、お疲れ様」

 眠たそうな眼を擦りながら、アルトがグリフィスのいる隊長秘書室に入ってきた。昨日の日誌を提出に来たらしい。普通の地上部隊ならオペレーターのトップに提出するだけですむところだが、六課では部隊長が直接指揮を執っているため、毎朝夜勤についていたオペレーターが隊長を訪ねてくる。

「部隊長、今大丈夫そうですか?」
「いや、聖王教会から通信が入っているから今はちょっと。」
「え~、早く部屋に戻りたいのに~」

 どうやら、昨日の晩は通信スタッフの先輩(本編には出てこなかった人達)が通信訓練を行ったようだ。疲れのせいか言葉づかいが悪くなっている。グリフィスは気に留めなかったが、口うるさい上司に見られたら…

コンコンコンコン

 今時珍しい正しい回数ノックの音が響いた。それを聞いたとたん、アルトの背筋がシャキッと伸び、バタバタと服装の乱れをチェックし始めた。
 いまどきこんなノックの仕方をするのは一人だけだ。アルトが落ち着くのを待ってから、もういいかい微笑みかけると、アルトはコクコクと頷いた。

「はい、どうぞ」
「入るぞ、ロウラン補佐」

 返事をすると、長身で赤い髪をオールバックにしたなかなかのハンサムが入ってきた。六課副部隊長にして後方勤務のドン、3等陸佐 ヴィルヘルム・チェスロック・ケーニッヒが入ってきた。アルト達若い隊員にとっては口うるさい上司と恐れられている人物その人である。

「ん、クラエッタ2士か、報告か?」
「は、はい、副長」
「そうか、異常がなくとも報告は重要だ。ヌケがないよう務めろ」

 190㎝を超える長身の上に、基本的にヴィルヘルムは部下の前では感情をほとんど出さないため、地方公務員的な雰囲気を保っている六課の内でも生真面目な青年将校に見え、親しい人間以外には威圧感をあたえてしまうタイプである。
 それほど親しい間柄ではないアルトにとっても変わらないらしく、顔を引きつらせている。と、そこにアルトにとっては救いの女神が現れた。

「グリフィスくん、おる~?副長を…て、お」

 隊長秘書室奥の扉を開け、機動六課長八神はやてが顔を出した。

「お疲れ様です、課長」
「お疲れ様です、部隊長」
「おはようございます、八神部隊長」

 その場にいる皆が敬礼すると、はやてがそう鯱張らなくてもいいと言うと、ヴィルヘルムが規則ですと淡々と答える。
 アルトは、はやてに日誌に確認のサインを貰うと逃げ出すように秘書室を後にした。

「副長は、わたしに何の用やろか?」
「はい、こちらを届けに」
「ああ、次元航行艦整備の見積もりな」

 ヴィルヘルムも書類を渡すと早々に立ち去ろうとしたが、はやてが呼び止めた。

「たった今騎士カリムから、派遣任務の命令が入ったんや。スターズ、ライトニング両分隊、シャマル、リイン、わたしの主要メンバー全員で出動します。」
「主要メンバー全員で?レリックですか?」
「決まったわけやあらへんけど、ロストロギアがらみや」
「派遣先は?」
「第97管理外世界」
「課長の出身世界?しかし、だいぶ遠くに戦力を送ることになります、管轄外を理由に断ったほうがよろしいでしょう」
「「レリックの可能性も捨てきれない」と言うのがお偉方の言い分や、断れそうもありまへん」
「なるほど、人手不足ですか」

 レリックは第一級捜索指定にあたるが、すでに複数発見されているロストロギアである。発見されたロストロギアがレリックならば、とっくに判別されレリック発見の報が六課にも届いているはずだ。
「レリックの可能性も捨てきれない」というあいまいな情報でレリック専門である六課を動かすということは、カリムの手持ちのどの部隊も動かせない状態と考えるのが普通だ。そして、はやては直接の上司であり六課の後見人でもあるカリムの依頼は断れない。
 ヴィルヘルムはため息をついてから、

「しかたありません。ロウラン補佐、交替部隊を召集、待機シフトに移行させろ」
「はい、わかりました」

 グリフィスが自分の端末から交替部隊に連絡を回し始めた。

「わたし達は2時間半後に出発。以降の指揮を頼みます」
「了解」

 はやての言葉に、ヴィルヘルムは教本に出てきそうな敬礼を返した。




『クラナガン郊外にて立てこもり事件発生。犯人グループは人質を取り、AMFを使用している模様』

 その報告を受けてヴィルヘルムがHQ(六課作戦本部)に入るとシャーリー達オペレータースタッフが落ち好かない様子でコンソールを操作していた。グリフィスでさえ表情が硬くいつもと様子が違う、はやてが指揮を執っているときは交替部隊待機室につめて、HQに顔を出さないヴィルヘルムが入室したことにも気が付かず、時空間通信ではやてと連絡を取っている。

「部隊長、お戻りください」
「ここからだと最速でも2時間以上はかかってまう」

 通信用空間モニターに映るはやてはエプロン姿だった。どうやら夕食の支度をしていたらしい、深刻な表情をしているので何ともアンバランスだ。

「ともかく、一旦ロストロギア捜索の任務を中断…」
「課長、フォワードを戻す必要はありません」
「え」

 前線メンバーを引き揚げさせようとしたはやてをヴィルヘルムが止めた。
 ヴィルヘルムが発言したので、彼に気付いていなかったグリフィスがビクッと驚く。それを眺めながらヴィルヘルムは、この部隊の未熟さに気付く。

(組織のトップにカリスマがあるのも問題があるな。准曹士が幹部に依存しているようでは、部隊の柔軟性も抗堪性もなくなってしまう。今後、前線メンバー不在時の行動マニュアルを作成すべきだろうか…)

 十年選手の隊長達はともかく、若い隊員が多く経験豊富な下士官が少ないことにも問題があるのだろう。ヴィルヘルムはそう考えたが今は口に出さず続ける。

「ロウラン補佐、ロングアーチ諸君も落ち着け。課長、本局から出動要請は出ていません。現在のところAMFの反応は確認されていますが、レリック、ガジェットともに確認されていないのを理由に地上本部が海の介入を拒んでいるようです。彼らにもプライドと力があります、独力で解決できるでしょう」

 地上部隊には縄張り意識が強い指揮官がおり、本局どころか同じ地上部隊の支援さえ嫌う者までいる。特に一般的な部隊の常識を無視した戦力を保有している六課は、戦力不足に悩まされている陸上警備部に好印象を持たれているとは言い難い。

「そうやけど、相手がAMF使っとる以上黙っとるわけにはいかへん。クロノ提督と騎士カリムに連絡、なんとかそちらに向かえるよう、命令を出してもうわ」
「それはお勧めできません、課長」
「なぜや?」
「地上からの正式な要請が出ていない今の状況では、ロストロギア捜索を中断すると任務放棄、管理外世界の安全を軽視ている騒ぐ輩も出てくるでしょう」

 こんどは本局内の事情だ、六課後見人のクロノとカリム二人とも若くして将軍以上の地位を手に入れた人物だ。二人とも名門の出ということもあるが何よりも、能力的にも人格的にも優れている。だが、それ故に敵も作ってしまう。能力主義といわれる本局もまた人間が運営する組織でしかない。
 はやては部下の前で不愉快さを顔に出さないようにするに苦労した。ヴィルヘルムの言葉が正しいのを認めたからだ。フェイトが指揮する捜査班のおかげで、レリック事件の主犯はジェイル・スカリエッティだということは判明している。しかし、この時期にAMFを使ってくる以上、犯人グループがガジェットと何らかの接点を持っている可能性はゼロではない。しかし、クロノとカリムにリスクを背負わせるほどの情報を彼らが持っているだろうか…

「課長、私は『フォワードを戻す必要はありません』と申し上げました」
「え」

 はやての葛藤を知ってか知らずか、ヴィルヘルムが口を開いた。

「許可を頂けるのならば、立てこもり事件は交替部隊のみで対処が可能です」

 ヴィルヘルムまるで車の運転ができると言うのと同じぐらい当たり前の口調で断言した。

「AAAランクの技術が必要なAMFを使っている相手に油断でけへん」
「油断などしておりません、AMF濃度、効果範囲から計算してガジェットは数機程度、犯人グループの武装も小銃程度個人武装の域を出ておりません。この程度の相手にエースなど不要です」
「…いけるんやな?」
「当然です、課長」
「お手前、拝見させてもらうで、副長」
「了解」



 はやてから行動の許可を取った、ヴィルヘルムの行動は早かった。上に掛け合って地上部隊から捜査権を委譲させるように訴え。警戒態勢を上げ交替部隊をいつでも出動できるようにする。事件の担当している部隊を調べると、その部隊内のさらに何人かコネのある者と連絡を取り、事件の情報を集め始めた。それを見たロングアーチメンバーは不思議そうな顔をする。

「副長、随分地上部隊にお知り合いが多いのね」
「副長はもともとあちこちの世界の地上部隊を回っていたらしい。母さんの話だと、他の世界の地上部隊やミットの地上部隊にも相当顔が利くと言っていたよ」
「私語を慎め、フィニーノ一等陸士。ロウラン補佐、士官のお前まで一緒になってどうする」
「あ、はい」
「申し訳ありません」

 謝罪したグリフィスにヴィルヘルムは質問をした。

「ロウラン補佐、現場の陣頭指揮を執ったことはあるか」
「いえ、ほとんど後方支援ばかりでした」
「なるほど、では今回は私が指揮を執る」

 ヴィルヘルムは戦力を確認した。機動六課は地球の軍隊に置き換えれば陸軍なら中隊あるいは、海軍なら駆逐艦を運用しいる部隊の人数で運営されている。部外委託の部署(アイナなどが所属)を含めると約200名の組織である。その中で戦闘訓練を積んだ魔道師の集団、直接対応小隊はスターズ、ライトニング、交替部隊を含む約25名が所属している。この人数を警戒待機、準待機、休暇などシフトで回している。現在、すぐ使える戦力は空戦魔導師4名、陸戦魔導師、騎士8名、4人1組の編成なら3分隊分の戦力になる。空戦分隊をエア、陸戦分隊をグランド、アースと呼称することにした。

「グランド、エア両分隊は直ちに車両にて出動、種別E6。エア分隊はポイントD29、グランド分隊はポイントG5に待機。アース分隊はヘリで待機。ただし、次の命令があるまでエア分隊とグランド分隊は全員私服で行動しろ」
「え、私服で…」
「そうだ、現在はまだ正式な命令が下っていない状態だ。六課の部隊章を付けた管理局員が現場に近づくわけにはいかない」

 正式な命令が下りる前に現場に本局の職員が顔を出すと、地上部隊の士官が過剰反応する可能性がある。隊員の配置は速やかに、かつ隠密裏に行うのが望ましかった。
 そもそも、魔導師が行動する際にはバリアジャケットになる。私服だろうが制服であろうがあまり関係かない。さらに言うなら、そもそも六課ではほかの武装隊のようにバリアジャケットの規格が統一されていない、バリアジャケット自体が私服のようなものだ。
 ちなみに「部隊服装容儀規定で定めるべきだ」と、ヴィルヘルムははやてに上申しているのだが、部隊長、武器・デバイス班から、「そないなのしょーもない」と却下されている。

 それから20分余り交替部隊の配置は完了したが、命令がまだ下りてこない。どうやら、現場で指揮を執っている陸上警備隊部隊長が相当ごねているようだ。六課からも直接交渉しようとしても通信に出ようともしない。それでも、ヴィルヘルムもういちど通信士のアルトに連絡を取るように命じた。

「りょ、了解しました」

 アルトが自信なさそうに返事をすると、ヴィルヘルムは命令を付け足す。

「ただし、部隊長に世話になっている法律相談事務所から、緊急だと言ってやれ」
「法律相談事務所ですか?」
「そうだ」

 アルトは半信半疑ながらも、ほかにうまい方法も思いつかなかったので言われたまま実行する。するとあっさりと部隊長が通信に出た。プライベート通信に切り替えられ音声のみの空間モニターだったが、先方の部隊長の声は甲高く、しかもかなり謙った話し方をしてきたので、アルトには卑屈に聞こえてあまり好感が持てなかった。

「先生、緊急の用事とはどういったことでしょうか?」
「立てこもり事件の指揮を執っている最中に、弁護士と相談とは随分後ろ暗いことがあるようですね、部隊長殿」
「む、誰だね」

 ヴィルヘルムが指揮権の移譲を促すと、部隊長はガジェットやレリックが確認されていないこと理由に断った。確かに理屈ではそうだ、六課の表向きの管轄はレリック事件、ロストロギアでも絡んで来なければ管轄違いを主張できる。だが、短時間でも部隊長のことを調べたヴィルヘルムにとっては白々しい屁理屈にしか聞こえない。

「なるほど、市議会選に出るあなたとしては、派手な突入シーンを演出したい、と」
「ッ…、な、何のことだ。無礼なことを言うな!」
「失礼、では、こういうのはいかがでしょう。」

 ヴィルヘルムは、事件はあくまで陸上警備隊の突入で解決したとマスコミに発表することを条件に、犯人と証拠品をすべて六課が引き取ること。万が一制圧失敗してもヴィルヘルムの責任にしてもかまわないと提案した。
 部隊長はこの提案の「失敗してもヴィルヘルムの責任」というところが特に気に入ったらしい。二つ返事で指揮権を移譲してきた。その態度の変わりようにアルトは顔をしかめる。

「相手の態度でいちいち表情を変えていたらオペレーターとしては二流だぞ、クラエッタ二士」
「す、すみません」
「それにあの手のモノはすぐに痛い目に遭うものだ」
「?」

 アルトは首をひねったが、ヴィルヘルムは取り合わず、現場指揮を取るためヘリポートに向かった。




[21569] 出張任務(裏側) その2
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/01/22 14:33
「各分隊フルバック、情報収集はできているな!ロングアーチ、各分隊からの情報を総合分析しろ!!」
 
 滅多に聞けない副長の怒鳴り声に隣で操縦をしていたヴァイスはギョッとした。最新ヘリ、JF704式は従来のヘリに比べてかなりの騒音低減に成功しているが、耳元で叫ばないと、ろくに話もできない旧型ヘリに慣れているヴィルヘルムは通信デバイスにかなりの大声を出している。アルトが通信用の空間モニターの前でビビっているのを想像しヴァイスはニヤニヤしたが、すぐに気持ちを切り替え上官に対する口調で言った。

「副長、具申します」
「なんだ、ヴァイス陸曹」
「この704式は静粛性に優れています。もう少し小声で話しても大丈夫ッス」
「なるほど、注意しよう」

 ヴィルヘルムがあっさり受け入れたので、ヴァイスは少し意外に思った。上下関係をうるさく言うだけの上司かと思いきや意外と話せるタイプなのかもしれない。
 そうこうしているうちに情報が集まってくる。敵の人数、配置、大体の装備、建物の構造、人質の位置。
 立てこもり犯は10階建ての雑居ビル9階、とある政治団体の事務室を占拠したようだ。確かに解決できれば、政治家にコネを作ることができる。出世欲の強い人間が張りきるわけだ。

「使っている装備の割に戦術がなっていないな」
「そうなんすか?」
「そうだ、素人だ。暴発する前に制圧する。ヴァイス、陸上警備隊のヘリの音にまぎれてビル直上へ近づけろ。」

ヴァイスが巧みな操縦でビルとビルの間を縫い、死角からヘリを現場直上に近づいていく。

「各分隊長、対応D4。内部の状況はロングアーチの報告のとおりだ。犯人の数は8名、AMF装置6機だ。人質7名は2グループに分けられ、犯人が2名で見張っている。2グループの間はパーテーションで仕切られている。残り4名はフロアの中央で交渉や休憩を行うために待機中だ。建物の構造と各対象の位置関係を頭に入れておけ。エア分隊FA、GWは窓から、グランド分隊は非常階段扉から、アース分隊は屋上に降下後突入せよ。」
「こちらエア1、CGとFBはどうします」
「お前達は伏兵だ、狙撃ポイントを確保した後、情報収集を続けろ」

 ビル直上でJF704式がホバリングする。すぐさまカーゴベイハッチが開き、アース分隊はフォアストロープを使い降下。フルバックがカード状の簡易デバイスを屋上に設置する。一方、9階非常階段扉前に配置したグランド分隊は、使い捨てデバイスのバッティングラムにカートリッジを込める。エア分隊が死角から窓に近づく。

「グランド1、準備OK」
「アース1、同じく」
「エア2、突入準備完了」
「よし、行け!」

 合図と同時に簡易デバイスに封じ込まれていた炎熱系の術式が発動し天井に大穴をあける、真下にあったAMF装置が巻き込まれた。新しくできた入口からアース分隊のセンターガードが強烈な閃光弾を放り込む、魔力結合無効にするAMF内といえども魔法で発生した物理現象までは止められない。強烈な光が犯人たちの目を焼いた。

 バッティングラムでドアを破ったグランド分隊は、1名がデバイスだけを室内に突き出す。すると犯人が眩暈を起こし始めた。デバイスの先から放たれたのは超低周波、浴びると眩暈、吐き気を引き起こし、運が悪いと失神してしまう強力な出力だ。犯人の近くに座らされていた人質たちもなんだか苦しそうだ。

 フロアの中央に居た犯人たちは二か所からの轟音に驚いた。ある者は受話器を持ったまま、またある者は食料のコンビニ弁当やミネラルウォーターのボトルを取り落としそうになった。一瞬後、窓から飛び込んできた圧縮空気弾と実体弾にAMF装置が吹き飛ばされ、それに巻き込まれ1名が気を失った。

 閃光弾が消えた途端、フロントアタッカーは穴から飛び下り犯人に接敵すると、切り詰めた杖を相手に押し付ける。雷鳴のような轟音と共に散弾が発射され、犯人の意識と体を吹き飛ばす。いくらAMF内といえどもここまで接近してしまえば、魔力の結合が解除される暇などない。フロントアタッカーがもう一人の犯人に振り返ると、相棒のガードウイングが槍の石突きで相手を気絶させたところだった。

(なんだ、この吐き気は!)
 ドアが破られると当時に襲いかかってきた、眩暈と吐き気を堪えながらなんとか周りと見渡す。目に入ったのはリーダーが持って来た『切札』だった。薬のカプセルのようなボディに動力を強引に取り付けているため、不格好な長靴のような形をしていて、その中心に矢が突き刺さっている。
(え、矢だって!)
 もちろん、そんな矢が部品のはずがない。一緒に組んでいた仲間に声をかける。
「オイ、切札が…」
 反応がない。
「オイって」
 振り向くと倒れた仲間と斧槍をもった管理局員。
「あ」
 慌てて手に持った猟銃を向けようとして、横合いから飛んできた魔法弾にこめかみを抉られ意識を失った。

 窓ガラスがまき散らされ、弁当やペットボトルがひっくり返る。人質のいないフロア中央は射線にさえ気を使えばいいだけだ、遠慮ない攻撃ができる。最初の初撃でAMF装置破壊され、比較的疲労が少ない通常非殺傷弾を窓の外から連射され、犯人の1人が数発モロに食らって倒れ伏す。それを見た1人が怯え頭を抱えて震えだす。最後の一人はもう少し根性があったようだ、床を這って人質のもとへ向かおうとしているが…
 パーテーションの陰から短い杖や槍、斧槍や弓を持った管理局員が現れると観念したようだ。持っていた大型ナイフを放り出し両手を上げた。

 部下達からの制圧の知らせを受けると、念のため犯人達の武器の封印処置とバインドでの拘束を命じ。グランド分隊に人質たちをあらかじめ呼んでおいた救急車両誘導するように指示を出した。全く出番のなかったエア分隊の二人からの不満の声も上がったが、ヴィルヘルムは無視し、そのまま待機させた。

「念のため眠り姫にも用心しろ。ロングアーチ、こちらバックヤード0、犯人達の無力化に成功、人質達の誘導を開始する」



 制圧完了の知らせを聞いてロングアーチの面々が色めき立った。現場経験の浅いアルトやルキノにしてみれば、高ランク魔導師がいない交替部隊だけではもっと苦戦するものだと思い込んでいたらしい。人口が一千万人を超えるミットなど大都市では日常的に犯罪が発生する。そういった事件を解決しているのは彼らのような普通の魔導師部隊で、彼らの支えがあるからこそエースが活躍できる、ということをいまひとつ理解できていない。

(エースを支えるのではなく、頼っているようではこの部隊もまだまだか。)

 武装隊では古参の下士官が若い士官やエースを捕まえて『俺達がいないと何もできないお調子者』と言ってのける者も結構多い。そして、兵士や下士官がそのくらいの気概と自信を持っていなければ、部隊の錬度低いと言わざるを得ない。

(陸戦Dランク、事務方の私が教育を行っても効果を薄いだろうな。今度、課長又は高町3尉に直接教育を実施してもらうべきか)

 ヴィルヘルムが今後の部隊運営に頭を悩ませていると、状況に変化が起こった。 人質の一人が隠し持っていた折り畳みナイフを取り出し、一番近くにいたほかの人質突き付ける。

「どうします…」

 遥か眼下で何かを大声で主張している新しい犯人を見ている上司に、ヴァイスは緊張した面持ちで聞いてきた。ヘリの操縦桿を握る右手の人差し指が無意識に動く。

「どうする必要もない。グランド分隊ほかの人質の動きにも警戒しながら、犯人に圧力をかけろ」

 分隊にデバイスを向けられた犯人は怯え、威嚇のため分隊員に向かってナイフを振る仕草をする。そこに…
 エア1の放ったスタンバレットは正確に犯人を射抜いた。

「副長はこうなることを予想していたんスか」
「いや、私は預言者ではないからな。9割がたエア1の配置は無駄に終わると考えていた」
「なら、どうして伏兵を…」

 崩れ落ちる犯人を見ながらヴァイスが尋ねると、ヴィルヘルムはすぐに答えず別のことを聞き返した。

「ヴァイス陸曹、精強な部隊。あるいは強力な組織には何が必要だ?」
「最新鋭のヘリッスね、こいつがなけりゃ始まらないッス」

 ヴァイスは突然聞かれて、慌てたがなんとか言葉をひねり出した。少々、趣味に走った答えだったので上司が怒るのではないかと心配したが、上司は小さく笑っただけだった。

「ヘリパイロットらしい考えだな、悪くない。准曹士としては…」
「士官としては、違うと?」
「そうだ、私の答えは『備え』だ。不測の事態にも対処できる準備こそが部隊には必要だ」

 ヴィルヘルムは断言すると、新しい犯人の拘束と撤収の指揮を取り始めた。




 翌日、機動六課部隊長室にはヴィルヘルムの姿があった。

「まずは、わたしが不在中の部隊指揮、お疲れ様やったな~」
「見事な指揮だったと聞いてますぅ~」

 手のひらサイズの妖精の姿をしたリインフォースが惜しみのない賞賛を送った。はやての補佐でもある人格型ユニゾンデバイスの彼女は、職場では「ちっちゃい上司」として親しまれており、褒められた部下たちは照れ笑いを返すのだが、ヴィルヘルムは表情一つ変えることなく…

「いえ、私の仕事をしたまでです」

 と、返しただけですぐに立てこもり事件の報告に入った。おおよそ推測していた通り、犯人グループはジェイル・スカリエッティとは何の関係もないそうだ。
 分かっていたこととはいえ、はやては思わずため息をついてしまった。スカリエッティはロストロギア関連以外にも数多くの事件で広域指名手配されている次元犯罪者で、本局執務官であるフェイトは何年か前から彼を捜査対象にしているにも関わらず、尻尾を掴ませない極めて厄介な相手だ。本局査察部や教会騎士団の捜査協力もあるが、はやてとしてはそれに頼らず自分達でも手掛かりを掴みたいと思っている。しかし、部下に苦労をかけた上に全く成果なしとなると自分が情けなく思えてくる。

「ごめん、無駄骨を折らせてしもた」
「いえ、私としては成果が全くなかったとは言えません」
「と、いうと?」

 はやては興味を引かれ、説明を促した。ヴィルヘルムは携帯端末を操作し、写真を空間モニター映し出した。

「これは!」
「犯人グループの使っていたAMF装置です」

 映っているのは昨日使われたAMF装置だが、本体のカプセル状部分は、ひび割れや凹みはあるものの間違えなくガジェットドローンI型だった。

「これって、ガジェットじゃないですか!スカリエッティと関係なくないですよぉ~」
「リイン、落ち着きぃ。副長、続けて」
「リインフォース曹長の言うとおり、この装置は動力装置を抜かれたガジェットⅠ型に市販の動力装置を取りつけ作動させていたものです」
「問題はその出所やろ」
「はい、これらは六課発足前、ヴィータ3尉達が破壊したものを研究用として地上施設に保管していたもののようです」
「…横流し」
「はい」
「最低ですぅ」

 リインフォースが軽蔑した表情をして言うのも無理はない。組織が巨大になれば当然人の目が届かない所は増えてくる。特に地上は本局に比べて予算が少ない、予算の差は待遇の差。それでもミットチルダの治安が保たれているのは、市民の信頼を得ようと日々働いている陸士隊員の努力の賜物だろう。小遣い稼ぎと称したこの手の横領は、彼らの努力を一瞬で無駄にしかねない。

「ほな、ヴェロッサに連絡して…」
「いえ、それはいけません」
「どうしてですかぁ?」

 はやてを止めるヴィルヘルムの意図が分からず、リインフォースが声を上げる。
 するとヴィルヘルムはこともなげに言った。

「施設管理の責任は地上本部にあります。このスキャンダルを利用しない手はありません」

 ヴィルヘルムに言わせると今はまだこのことを手の中に握っておけば、地上本部や本局地上部門が何らかの政治的圧力をかけてきたときの一手に使えるという。
 公開意見陳述会前に「アインヘリアルなんてものに予算を使うよりも、部下の管理に予算を使ったらどうだ」とは、騒がれたくないはずであり、地上本部が適当な人間を処分してもみ消すにしても多少の時間を稼げると、ヴィルヘルムは締めくくった。

「……」

 リインフォースは横領の話を聞いたときと同じ表情をヴィルヘルムに向けたが、相手が上官ということもあって何も言わなかった。
 しかし、この部隊でヴィルヘルムの唯一の上司は遠慮しない。

「いけず、腹黒、鬼、悪魔」
「せめて政治的と言っていただきたい」
「横領犯をそのままにして置く気はないんやな」
「当然です、より相手の嫌がるタイミングで捕まえてやる、と言っているのです」
「やっぱり、いけずやん」
「各隊員が必死の思いで勝ち取った信頼をドブに捨てようとした者です。報いを受けて当然です」

 反論するヴィルヘルムにはやてが問いかけると、彼女の部下は強い口調で答える。
 はやてにはヴィルヘルムの瞳がギラリッと光ったような気がした。政治的云々はともかく横領犯には本当に怒っているのかもしれない。

「わかったわ、この事件の指揮を取ったのは副長やし、この件はお任せします」
「了解」

 はやてに敬礼するとヴィルヘルムは部隊長室を後にした。



[21569] たいせつなこと(後処理)
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2010/12/19 09:39
 2on1の模擬戦が始まり、バリアジャッケットを着たスバルとティアナが、なのはに向かって果敢に攻めていく。スバルの移動魔法ウイングロードが展開され、戦闘エリア内に足場と死角を作る。その間をピンクとオレンジ色の魔法弾乱れ飛ぶ。
 スバルが急加速しほとんど一直線になのはに迫る。なのははそれをシールドで受け流し、無謀な攻撃を叱る。

「こら、スバル。だめだよ、そんな危ない機動」
「すみません。でも、ちゃんと防ぎますから!」

 生徒たちに何か考えがあるように思えたなのはは、ティアナの姿が見えないことにも気付く。ティアナがビルの屋上に現れ砲撃の構えを見せる。どうやら、砲撃のチャージの間スバルが派手に攻めて時間を稼ぐ作戦、…ではなく、ティアナがウイングロードを駆け上がり短い魔力剣掲げ直上から飛び下りてくる。屋上にいたのはティアナが作り出した幻影だ。
 スバルの拳とティアナの魔力剣がなのはのフィールドに接触、魔力どうしが反応しあって煙幕のような爆発をおこした。
 煙が晴れるとそこには二人の攻撃を素手で受け止めたなのはの姿。なのはは自身の教えを無視し、危険な行為をした二人にショックを受けているようだ。魔力剣を受けた右手から出血していることにも気付かないまま、空ろな声で自分の訓練はそんなに間違っているのかと問う。
 問われた生徒達は教官の初めて見せる姿に動揺したようだ。特になのはに怪我を負わせてしまったティアナの動揺はひどく、ほとんど錯乱状態で間合いをあける。

「強くなりたいんです!!」

 こう叫びながら砲撃魔法を展開するティアナに、なのはが訓練用魔法弾を浴びせ…



「もう、結構だ」
「はい」

ヴィルヘルムの指示を受けて、グリフィスが端末を操作すると、空間モニター映し出されていた映像が止まった。
 機動六課部隊長室に、スターズ分隊が呼び出されていた。理由は先日、ティアナがヤンチャしてしまったことが、『口うるさい副長』の耳に入ってしまったのが原因だ。
 海上に現れたガジェットⅡ型対処の報告受けたヴィルヘルムは、その際ティアナが出動待機に入っていなかったことに気が付き問いただした。その際、訓練中の撃墜騒ぎが若干誇張されて報告されてしまったらしい。
 これは、はやてやなのは達のミスでもある。なのはやフェイトはケガ人が出たわけでもなく、海上への出撃の後すぐにティアナと和解できたこともあり、はやての負担を減らそうと正式には報告しなかったし。はやてはなのはと同じく教官であるヴィータから詳しい事情を(家族の会話として)聞いていたので、なのはを信頼し特になにも言わなかった。
 10年来の友情がなせる暗黙の連携だが、よそから見ると一歩間違えると危険な事故が起こりかけたのになにも対処していない隊長陣ということになる。四角四面の人間が黙っているはずがない。

「では、諸君。この騒ぎを説明してもらおうか」
「こ、これは作戦で…」
「バカ、あんたは黙っていなさい…」
「…」
「…わ、わたしが説明します」

 ヴィルヘルムの要求にスターズの隊員が苦い顔をした。叱られた小学生がなんとか言い訳を考えているような顔のスバル、開き直って言い訳をするつもりがなさそうなティアナ、明らかに反感を抱きつつも怒りを押し殺しているヴィータ、そして、0点の答案用紙を教師に突き返された学生のように落ち込んでいるなのは。
ミット人の平均身長より小さな体をさらに小さくしている姿はとてもエース・オブ・エースには見えなかったが、愛らしくもあったので、はやては密かに「副長、グッジョブ」と場違いなことを考えていた。すると不意にヴィータと目が合う。

(このうるせぇのなんとかして)

 ヴィータの視線がそう訴えてくるが、今回のはやての立場は撃墜騒ぎの経緯を聞くために4人を呼び出した上司であるため、「もう、ええよ」の一言で返すわけにはいけない。部下を平等に扱えない者が座るのは、部隊長席ではなくリビングのソファーだ。ヴィルヘルムの死角でこっそりと手を合わせると、ヴィータも察してくれたらしくヴィルヘルムを睨みつけるのに専念し始めた。

「…ということです。今回の件は教導の意味を伝えきれていなかったわたしが主な原因です」
「訓練の主眼の徹底は訓練士官の基本だ、なぜ怠った」
「すみません、不十分でした」

 ヴィルヘルムは他にも安全規則違反や、意思疎通の不備を指摘していく。それはけして大きな声ではなかったが、その分鋭く、有無言わせぬ口調でありヴィルヘルムの怒りがひしひしと伝わってきた。なのはは背に鉄の支柱を入れたような直立不動の姿勢で、ヴィルヘルムの非難を受け止めた。ヴィルヘルムをまっすぐ見つめ、言い訳ひとつすることなく謝罪する姿はさすがに元気がない。
その姿を見て、スバルとティアナの顔がみるみる蒼白になっていく。なのはへの指摘に胸を締め付けられ、非難に心臓を刺されるような気分を味わっているのだろう。この間スバル達はなのはに助け船を出そうとしていたが、ヴィルヘルムが「高町教導官、君の分隊では上官が話をしているときに、割り込んでくる愚か者がいるのか?」と、スバル達を一瞥もせず言ったため押し黙った。
詰問と答弁が数分間続いたあと、ヴィルヘルムははやてにこの件をどう処理するのか尋ねてきた。

「確かに今回は危うくケガ人が出るところやった。しかし、そうならなかった。わたしはこの幸運を、学ぶチャンスを与えられたものと考えます。本人たちも反省しとるようやし、今回は書面に残るような処分はなしの『口頭注意』とします。ただ、スターズ分隊には罰として環境整備の手伝い、立ち入り禁止地区の清掃を命じます。」
「甘いですね、ランスターに限って言えば2度目の危険行為です」
「んん?なんのことやろな~」

 ヴィルヘルムはホテル・アグスタにおけるミスショットを持ち出したが、はやてはとぼけた。はやても、もちろんティアナが撃った魔法弾が狙いを外し、スバルに直撃しそうになったのをヴィータが助けたと言う報告を受けている。

(まあ、フレンドリーファイアで裁判、ティアナの身分剥奪てな、最悪の結果を想像して身震いをしたのも確かやったけどな…)

 チームを必要以上に危険にさらす行為はそれだけで十分クビの理由になる、はやてが心のなかで続けていると、はやての寛大な処置にまで否定的な意見を言ったヴィルヘルムの態度が許せなかったのだろう、ヴィータが文句を言った。

「副長さんよ。あんた部隊長のやることにまで、ケチをつけるってのか」
「それが私の仕事だ、ヴィータ3尉。管理局からはそう依頼されている、それを実行する権限と共にな」
「なんだと!」

 ヴィータが眼の色を変えてヴィルヘルムを睨みつける。身長差があるのでほとんど天井を見上げるような恰好になったヴィータを、表情一つ変えることなく見下ろすヴィルヘルム。それが気に入らなかったヴィータはとうとう殺気を放ち始めた。それを見て、はやてはあわてて仲裁する。

「はいはい、そこまで。ともかく、この件はこれで終いや。ええな、副長」
「…命令ですか」
「うん」
「命令とは発令者が責任を負うべきものです、それをお忘れなく」

 暗に何かあっても責任はすべてはやてに押し付けるぞ、と言っている副長を見てヴィータがまた爆発しそうになっているが、何とかこらえてくれたらしい。解散を命じるとおとなしく隊長室を出ていく、ドアが閉まる際に思い切りヴィルヘルムを睨みつけていくことは忘れなかったが…
 呼び出されていたなのは達を心配したライトニング分隊が迎えに来ていたようだ、扉を挟んで向こうの気配が伝わってくる。合流した2チームが十分離れていったのを確認してから、はやては口を開いた。

「見事な悪役っぷりやなー、ヴィータなんて本気で怒っていたで」
「士官の階級章を付けている以上、彼女も政治を覚えるべきですね。前戦で鉄槌を振りまわすだけが部下を守る行為ではありません」
「ん~そうやな。でも、なのはちゃんも本気でへこんでたからなあ~」

 はやてが責めるような顔をすると、ヴィルヘルムは数秒黙考しグリフィスに「どう見えた?」と尋ねた。グリフィスが正直に「父親に怒鳴られた時のようだった」と答えると一度咳払いをしてから

「では、課長。高町教導官には謝罪を、今回はダシにしてしまったと」
「自分で言ったら、ええやん」
「駄目です」

 どうやらこの年上の部下は、自分を嫌われ者のフォローまでしてまわる理解ある部隊長に仕立て上げたいらしい。そこまでして貰わなくとも、自分はそれなりに部下達の支持を得ているつもりだったのだが、ヴィルヘルムからはそう見えていなかったのだろうか?はやてが疑問を口にすると、副長はこう答えた。

「課長の支持率を心配する必要はありません。この呼び出しを提案したのはわたしです、非難を被るのも私であるべきです」
「ま、そういうことにしとこか。」

 ヴィルヘルムが今回この呼び出しを提案してきた理由は、今回の件で地上本部等から干渉を受けないように、すでに一定の処分と対策を終えているとポーズをとる必要があるというものだった。醜聞は何処からか漏れるものだ、用心するに越したことはない。

「しかし、スバルとテャアナをいじめ過ぎとちゃうん、真っ青になっていたで」
「そうでしょうね、これで自分達の失策がチームに泥を塗るということを学んでくれるなら、今後前戦に出た時、血気にはやることがなくなるでしょう…」

 ヴィルヘルムは若い部下達が学んでくれるなら、多少の悪評など安いものだと締めくくった。が、言葉の外にこれでも学ばなかった場合、処分を辞さないと主張しているのだ。部隊運営には必要な処置だが気分がいい仕事というわけでもない、嫌われ役を買って出ようとするヴィルヘルムを気遣って、はやてはなるべく明るい声を出して言った。

「大丈夫やって、ティアナは自分が思っているより才能も、思いやりもある子や。グリフィスくんもそう思うやろ」
「はい、もちろんです」
「…そうですか。では、新人たちを失わないように少し骨を折るとしましょう」
「な、何をする気や…」

 この間の立てこもり事件の報告を受けた時と同じ、いけずな顔をしたヴィルヘルムを見て、若干引きながらはやては聞いた。ヴィルヘルムは不愉快な話ですがと、前置きしてから言ってきた。

「昨日、地上本部の知人から、視察の準備をしていると聞きました」
「視察?いつか来ると思っとったけど、随分早いなぁ」
「ええ、査察ではなく視察です。地上本部長独自の行動のようです。本部長は我々に対する直接的な権限を持ってはいませんので、我々に対する圧力のつもりか、あるいはレジアス中将への機嫌取りのつもりでしょう」

 六課はガジェットを仮想敵(AMF対応策等)としてかなり多くの予算を確保している。対してレジアス中将はAMF対応予算を2年前より却下し続けている。本部長から見ると六課は、政治的に対立している組織が地上に居座てることになる。嫌がらせのひとつもしたくなってきたのだろう。

「そこでイロイロ手を回して遅らせることにします。いつまでもというわけにはいきませんが、暫くの間は先送りにできるでしょう」
「その間に出動の1つもあれば、ティアナ達に実績を持たせることができる。きょう以降の実績があれば、視察の際にミスショットやヤンチャのことがばれても、早々突っ込まれない。そういうことやな?」
「そういうことです」
「そういうことなら、わたしもナカジマ3佐に何か事件があったら、うちの子たちを使ってあげてくださいと頼んどくわ」
「いい考えです。それともう1つ」
「なんや?」
「私が動いている最中、『彼女』の世話をロウラン補佐に頼みたいのですが、よろしいでしょうか」
「グリフィスくんに?」

 佐官が揃ってグリフィスを見ると本人はいきなりの話で驚いたようだが、やりますと威勢のいい返事をしてきた。うん、男の子はこうでなくちゃあかん。

「ええよ。副長、グリフィスくんを頼みます」
「では、早速動くことします。ロウラン補佐、先に行って車を温めておいてくれ。私はいくつか書類を取ってから向かう」

 そう言ってマイカーのキーを渡すと、グリフィスに続いて隊長室を出ていくヴィルヘルム。去り際にはやてに敬礼すると

「先程はお気遣いありがとうございました」

 と、言って行くのも忘れない。はやては、

(そういうのは、黙って受け取っておくもんや)

とだけ、心の中で返した。



[21569] 捜査方針
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/01/22 14:35
 ヴィルヘルムは高町親子を探して、機動六課の図書室にやってきた。いや、この言い方は正確ではない。なのはとヴィヴィオの法律上の関係は保護責任者と被保護者にすぎない。だが、二人の様子はまさに母親と娘だった。今も、ヴィヴィオは児童書のコーナーでなのはの膝の上で絵本を読んでもらっている。本の読み手はスターズの新人二人だ。
児童書の多さにヴィルヘルムは六課が海の所属であることを認識する。普通、地上の部隊では児童書を扱ったりはしていない。しかし、一度船に乗ると数カ月の間家に帰ることもできなくなることも多い次元航行部隊などでは、艦内の図書室などで絵本を読みそれをビデオレターとして家族あてに送る局員も多い。六課でのこの絵本の充実はその名残だろう。
 ヴィルヘルムがそんなことを考えながらスターズの面々に近づくと、彼に気がついた新人二人が慌てた様子で気を付けの姿勢で敬礼をしてきた。なのはもヴィヴィオを膝からおろすと敬礼をする。膝からおろされたヴィヴィオは少し不満そうだ。ヴィルヘルムは敬礼を返すと用件を切り出した。

「ヴィヴィオの身分証ができた。受けっとってくれ」
「あ、ありがとうございます。でも、呼び出していただければ、取りに伺いましたのに」
「君達はオフシフトだ。緊急時でもない限り、そんな無粋なまねはしない」

 ヴィルヘルムは身分証の内容(保護責任者や後見人)の確認をすると屈みこみ、ヴィヴィオに身分証を渡した。身分証は首から下げられるように、ケースに入れられている。

「ヴィヴィオ、この身分証はとても大切なものだ。なくさないようにな」
「あ、ケース付きよかったね~、ヴィヴィオ」
「ホントに、大切なものなんだから、大事にしなきゃダメよ」

 ヴィルヘルムに続いてスバルとティアナが言ったが、ヴィヴィオは身分証の意味がわからなかったようだ、不思議そうにケース入りのカードを見つめている。その様子を察したなのはが部隊の家族になった証しだと説明すると、喜び礼を言ってきた。

「ありかとう、ノッポのオジサン」

 ヴィヴィオの一言に、星達は氷結呪文をかけられたように凍りついた。

「すすす、すみません副長。ヴィヴィオ、『お兄さん』ね」
「ヴィ、ヴィヴィオ、そんな失礼なこと言っちゃダメ」
「ななな、なんてことを」

 慌てふためくなのは、スバル、ティアナだったが、ヴィルヘルムは気にするなといい。「私は子供にオジサンと言われて目くじらを立てるほど年を取っていない」と主張した。それを聞いてスターズが口元を引きつらせていると、「取っていない、そうだな」今度はかなり強く言った。あわてて首を縦に振るスターズ。その様子を疑問に思ったヴィヴィオが口を開く。

「おじ…、副長さんはママ達よりも強いの?」
「ん、偉くはあるが、強くはないな」
「強くないのに、偉いの?」
「ああ、偉い人というのは弱くても勝つ方法を知っているものだ。それに私ならそもそも戦わなくても勝てる」
「???」

 ヴィヴィオは理解できなかったようで、首をひねっている。ついでにスバルまで首をひねっている。ヴィルヘルムは「理由はよく考えるように」と言い残して図書室を後にした。



「お疲れさんや、ノッポのオジサン」

 その日の午後、部隊長室を訪ねたヴィルヘルムに開口一番にはやてが言ってきた。隣にいるフェイトが袖を引っ張っているところをみると、はやての軽口を止めようとして失敗したというのが見て取れる。しかし、ヴィルヘルムは表情ひとつ変えず…

「あのくらいの子供にはそう見えるでしょう。私もあのくらいの頃には27歳はそう見えました。まあ、子供の言うことです」
「ほほう、認めるん」
「ええ、実際この年になってみると20歳だったころは、ホントに子供だったと思うようになりましたが…」
「そ、そうなん…」

 はやては本局や地上部隊のほかの幹部から言われていることを部下に言われると思っていなかったのだろう、ヴィルヘルムの方も本日2度目で虫の居所が悪かったのかもしれない。はやては笑顔のまま(ほほを引きつらせて)、ヴィルヘルムは無表情のまま(眉がピクピク動いている)見つめあう…。

「…そうだ!お茶にしよう!うん!」

 2人が怖くなったフェイトは強引に話を変えた。



 ソファーに座り、フェイトの入れたお茶を啜ると怒りの衝動はとりあえず引っこんでくれた。心のメモ帳には副長の暴言をしっかりと書き留めておくのも忘れなかったが。

「そういえば副長」
「はい、課長」
「ヴィヴィオになのはちゃんに勝てるゆうたらしいやん。副長も六課最強決定戦に参戦する気なん」

 六課最強決定戦とは、最近、曹士の間ではやっている話題の1つだ。きっかけは些細なことだったようだが、話がどんどん膨らみ六課で最強は誰か?という話題に発展していったようだ。はやて自身もティアナに何度か聞かれたことがある。

「ええ、少なくとも勝つ見込みはあります」
「へえ、どんな手を使うん」

 話をふったのははやてだが、フェイトもこの手の話には興味があるらしい。若干、体が前のめりになる。ヴィルヘルムは仮に試合をするならと前置きしてから…

「彼女の負傷経験を利用し、後遺症の検査という名目で入院させ、不戦勝を狙います」

 実戦だったら同ランクの魔導師を2人雇って二人同時にぶつけますと、ヴィルヘルムは続けたが誰も聞いていなかった。フェイトはガクッと頭を下げ、はやてはあきれた顔をした。

「権謀術数(そっち)の話?」
「戦わずに敵を制する、戦略の基本です」
「金持ち喧嘩せずて、ホントのことやったんやね」
「ほう、何処の世界の言葉ですか?」

 はやてが第97管理外世界の言葉だと投げやりに答えながら、ヴィルヘルムが20歳で入局するまで、友人と会社経営をしていたという変わった経歴の持ち主だったことを思い出した。ガチンコ勝負にはあまり重きを置いていないようだ。

(そうやな、民間経営者から見たら予言やスカリエティはどう映るんやろ?公開意見陳述会も近いことやし、話を聞いてみよ)

 騎士カリム、クロノ提督、そして、はやてはスカリエティは公開意見陳述会を襲撃すると予測し動いている。そのため、警備は地上の部隊だけで行うと主張している地上本部の意見を押しのけ六課のフロントを警備にねじ込み。なのは、フェイトの両隊長をはやての付添名目で参加者リストに潜り込ませているが、未然に防ぐことができるなら、それが一番いい。正直、行き詰りつつある捜査に新しい視点が欲しかったところだ。ヴィルヘルムの用件がすんだら聞いて見るのもいいかもしれない。

「そいや、副長の用件は?」
「ちょっとした報告です、『彼女』の世話のマニュアル化が終了しました。今後は、業務幹部かロウラン補佐の指揮で十分お役にたてる状態を維持できます」
「そうなん、もうちょっと先になると思っとったけど」
「頼りになるようになってきたのは、フロント陣だけではないということです」

 数日前、フロント陣はナカジマ3佐の部隊に随分と褒められていたそうだが、事務方の方も頑張ってくれている。地味で目立たない仕事ではあるが、この間の地上部隊の査察を乗り越えることができたのは、六課の事務方が不備やミスをしなかったおかげであることは間違いない。六課最強決定戦などという話題で盛り上がれるのは、仕事に余裕が生まれてきた証拠でもある。はやては部下達に感謝しながら、ヴィルヘルムに質問をした。

「副長、その戦略家としての意見を聞きたいんやけど」
「と言いますと」
「騎士カリムの予言のことや」
「…そのことですか。正直いいますが、いまだに半信半疑です」

 ヴィルヘルムは珍しく表情を崩し、乗り気ではなさそうな顔をした。彼は地上出身の士官局員がそうであるようにレアスキルをあまり重要視していない。六課への配属に同意したのも、AMF対策に対して予算すら組まない地上本部よりまし程度の考えからだ。
ヴィルヘルムはエースやレアスキルを優秀なモノは優秀と求める柔軟性も持っていたが、それら希少で換えのきかない特定の才能に頼るのは嫌っていた。人間に絶対はないエースやレアスキル保有者が病気や事故、プライベートの事情などで突然活躍できなくなることは往々にしてありうるからだ。換えの利かない才能に頼った組織は脆弱であるこれが彼の持論だ。もっとも、はやてはだからこそ六課にはこの男が必要だと考えているのだが…

「理由を聞かせてもらってええ?」
「他の方々とそう違った意見もっているわけではありません。確かにスカリエティの戦闘機人は強力です、ガジェットと連携させ組織的に運用できるなら、地上本部に大打撃を与えることも可能でしょう。」

 はやてとフェイトは頷いた、AMFに不慣れな地上部隊では組織的な抵抗すらできない部隊もあるかもしれない。ヴィータが教官として出張するのは、AMFに対応できる部隊を増やす意味合いもある。

「しかし、あくまで個人の戦闘能力を超えません。次元空間に浮かぶ本局を落とせるとは思いません」
「でも、乗っ取ることはできるかもしれませんよ。あちらにも召喚士がいますし」

 フェイトは可能性の1つをあげてみたがあまり本気で言ったわけではなかった。本局にはテロに備えて転移を妨害する対策が取られているので、転移を使えるのは限られた場所でしかない。転移してきたところをエース級数名と武装隊で包囲してしまえば、戦闘機人と言えひとたまりもないだろう。次元航行船を乗っ取り突入してくる可能性もあるが、テロリストに乗っ取られた船というのは、あまり大きな声で言えることではないが、撃ち落としても罪には取られない。
ヴィルヘルムもフェイトが本気ではないことに気が付いていたので、「その可能性は低い」としか答えなかった。
はやては質問の仕方を変えてみることにした。

「副長がスカリエティの立場だったとしたら何を『備える』?」
「それは奴の目的によります、テスタロッタ執務官?」
「はい」
「君が一番奴について詳しいな、奴の目的はなんだと考えている?」
「あの男はドクターの通り名とおり、生命操作とか生体改造に関して異常な情熱を持っています。命をもてあそぶ生体兵器の開発と運用自体が目的になっているんです」

 フェイトが答えながら美しい顔をゆがめる。彼女にとってスカリエティの行為や技術はもっとも嫌悪すべき犯罪なのだろう。
 フェイトの話を聞いてヴィルヘルムは会社を経営していた時のことを思い出す。奴は技術者。技術開発部のスタッフや自分で発明したものを持ちこんできた発明家たちと同じ、自分の技術力を追求することにしか興味がない。
ならば、奴の欲しがるものも彼らと同じものだろう、すなわち研究資金と研究できる環境だ。しかし、スカリエティはすでにこの二つを確保しているように思える。
では、次に欲しがるものは、彼らは何を欲しがった?そうだ、公の評価だ。発明家は自分の発明を認めさせるため、あらゆる方法でデモンストレーションを行って見せる。高い評価を与えざる得ない方法が効果的だ。騎士カリムやハラウン提督は万全の警備が敷かれている公開意見陳述会を襲撃すると予想している。確かにいいデモンストレーションになるだろう、だがそのあとはどうなる?課長はスカリエティとレジアス中将は通じていると、ほぼ確信しているようだが、陳述会を襲撃しようものなら間違いなくその繋がりはなくなる。中将は研究所を抑えにかかり、今まで使用していた研究環境も使用できなくなるに違いない。そうなった時の用意、今、スカリエティが準備しているであろうものそれは…

「研究所…」
「研究所?今更そんなん欲しがるやろか?」

 思わず口から洩れた言葉に、はやてが反応する。ヴィルヘルムは自分の考えを2人に説明すると、『スカリエティは現在研究所を移し替えている最中』と推論を告げた。

「それも地上部隊に手出しされないほど秘密裏の場所か、あるいは次元航行可能な庭園クラスのものです」
「…時の庭園」

 フェイトが思わず口にすると、ヴィルヘルムは何の事かと思ったが、すぐに彼女の経歴を思い出す。

「ああ、すまなかった。配慮に欠けた」
「いえ、捜査とは別ですから」

 謝罪され、フェイトはかえって慌ててしまった。ワタワタと手を振りながら気にしないで下さいと言いながら考える。確かに今までの調査は、ガジェットや戦闘機人の方に目が行き過ぎていて、生体部品や電子パーツの流れを洗っていた。副長の読みが正しいならクラナガン周辺で、庭園や次元航行艦の部品や材料の流通を調べなおす必要があるだろう。しかし…

「フェイト執務官、どうやろ調べられそうか?」
「ちょっと人手が足りないかな、ガジェットや生体パーツ周りだけでもかなりの数のダミー会社を経由していることがあるから、その確認作業だけでも時間が掛っているんだ。庭園関係までとなると捜査指揮を執れる人がいないと…」
「それならちょうどいいのが居るやん」

 はやてはヴィルヘルムを指さす、

「私ですか?私は捜査に関しては門外漢です」
「現場捜査に関してはやろ、お金や物資の流れ、書類に不審な点がないかを調べることについては専門家のはずや」
「…」

 その通りだったがヴィルヘルムのそれだけが彼の仕事はない。そのことを指摘したが、はやては怯まなかった。

「さっき、手のかかる『彼女』の世話は他の業務幹部でもできるようにしたゆうたやん」
「ええ」
「なら、副長の才能がぬけても大丈夫なはずやろ」
「了解」

 持論を盾にされヴィルヘルムは観念し、すぐに始めますと席を立った。



[21569] 捜査その1
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2010/12/19 09:59
 ヴィルヘルムの調べた時空航行船資材や研究器材の購入者リストを見て、はやてがまずしたことはため息を付きそうになるのを堪えることだった。目の前にぎっしりと名前の書かれた空間モニターが並びヴィルヘルムの顔が見えない。
 捜査班の首脳陣は会議室に集まっていた。執務官服のフェイトは深刻そうな顔をしている。地上部隊服のシャリオ、ギンガは苦笑い。本局所属を示す青い制服の上から白衣を羽織っているマリエル技官は開いたメモ帳を片手にどうすべきか思案している。

「立派な名簿やね、ミットチルダ会社図鑑ができそうや」
「この中から管理局と多少なりとも繋がりのあり、地理的な問題を考慮しますと3分の2になります」
「ん~」
「次元航行船や庭園に搭載可能な器材ということを考慮しますと、もっと絞れますよ」

 マリーが技術屋の視点から幾つか条件を絞り込むと、幾つかの空間モニターが電子音と共に消えていき、ようやっとヴィルヘルムの顔が見え始めたが副長はいつもの無表情だった。「少しぐらい困ったような顔をしたらどうや」と、理不尽なことを思いながら捜査方法を考えた。新しい情報が入ったのはいいが状況はあまり変わっていない、この量だとまともに調べていたら六課が解散するまで調べていても終わりそうにない。騎士カリムやクロノ提督に調査依頼をしても、彼女達の動かせる部隊にも限度があるので、数カ月はかかっていまいそうだ。

「ナカジマ陸曹」
「はい、ヴィルヘルム3佐。ギンガで結構です」
「では、ギンガ陸曹。キミの持ってきた生体部品を扱っている業者のリストと、テスタロッタ執務官のリストをクロス検索しろ」
「はい」

 出向してきたばかりのギンガが若干緊張した面持ち(妹のスバルから副長は怖いと聞かされていた)で、データを整理すると数十件が該当。公開意見陳述会まで間に合うかどうか微妙な数だ、もう少し絞り込める要素が欲しい。

「課長、少々時間を頂いて宜しいでしょうか?」
「ん?」
「実は人と会う約束をしています。」
「女のひと?」

 こんな時にだれと会うのかと、はやてが茶化すと「御冗談を」と返してから。

「以前、ある地上部隊の捜査班長に貸しを作っていたので、取り立てに行ってきます」
「いけずせいへん」
「私は対等な交渉だと考えています」
「わかった、こっちは通信ログを使って絞り込んでみる。もしかしたら、何かしらの情報が残ってるかもしれへん」
「分かりました」
「さ、みんな、可能性の高い順に片っ端や」
「「「了解」」」



 クラナガンの中心部から少し離れた住宅地の公園に背の高いビジネスマンがやってきた。下げている鞄のほかには、脇に挟んだスポーツ新聞と缶コーヒー、どうやら休憩を取りに来たようだ。ビジネスマンは公園の端に背もたれのないベンチを見つけると、ネクタイを緩めながら近づいていく。ベンチには先客がいた。通信端末で競馬でもしているらしくビジネスマンには見向きもしない。ビジネスマンは先客との間に缶コーヒーを置いてパーソナルスペースを主張し、新聞を読み始めた。

「陸上警備隊部隊長、贈賄容疑で逮捕か。逮捕者が1名だけってことは、早々に周りから捨てられたなこの部隊長」
「無能なくせにゴマスリで出世したようなやつだからな、自分の優秀と勘違いして現場に口を出してくる類のバカだった。アンタから話を貰った時は思わず笑っちまったよ」
「そうか、だが無料ではないぞ」
「わかっているさ、3佐殿。借りは返したからな」
「ああ、これで私達は赤の他人ということになる」
「顔も名前も知らないが、連絡方法だけは知っている間柄だ」

 先客が立ち去るとしばらく時間がたってから、ビジネスマンは缶コーヒーを持ち立ち去った。

「(バックヤード0からグランド1・3へ、状況終了。車で落ち合おう)」
「(了解)」

 ビジネスマンが立ち去った数分後、公園の出入口近くの芝生で昼寝をしていた若者と、別のベンチで休憩をしていた作業員風の男が公園を出て行った。



 ビジネススーツから制服に着替えたヴィルヘルムが自分の私有車に戻ると部下達はすでに戻ってきていた。

「お疲れ様です、副長」
「うっす!」
「ああ、監視任務、御苦労」

 運転席に座り礼儀正しく挨拶してきた男は、見るからに逞しく歴戦の兵士のように見えた。見た目道理の古兵で魔力はさほど高くはないが短い詠唱で魔力を高周波等様々な物理エネルギーに変換することを得意としており、新兵からの信頼も厚い男だ。対して、助手席に座っている若い男はあまり品のいい風貌ではない、さすがにヴィルヘルムの前では身なりを正してはいたが、服務規則違反もなんのその普段は制服を着崩し自称俺流を語っている。中距離からの機動射撃を得意とするGWで、先程からハンドルを握りたくてウズウズしているらしい。

「おやっさん、運転疲れてません?」
「走り屋に変わるほど疲れていないさ」

 ヴィルヘルムは車に乗り込みながら、缶コーヒーを取りだすと、貼り付けられていた記録媒体を剥がす。懐から出した懐中時計型のデバイスに読み込ませるとあるリストが表示された。

「ほお、面白い。フロイライン、リストを六課に」

 懐中時計型のデバイスが女性型の無機質な合成音で返事をする。

「車を出してくれ」
「行先はどちらで?」
「次元世界で最も働き者の公務員に会いに行く」
「は?」
「国税局だ」



 ヴィルヘルムから六課に送られてきたリストは、地上本部が使っているタレこみ屋(情報提供者又は仲介人)のリストだった。罪を犯した者の中には、管理局活動への参加や情報提供者になることで、刑の軽減などの司法取引をする者がいる、そういった者のリスト。はやても数人の名前は知っていたし、ロストロギア密売の情報を受けたこともある。
 早速、今まで絞り込んでいた企業と通信を取った記録がないか、検索を支持する。その結果を待ちながら想像する。
 もし、10年前、わたしと家族達が深くかかわった闇の書事件。解決に導いたのがアースラチームではなかったら?わたしと家族達は未だにこの類のリストに載っていまより危うい立場で働いている…。もしそうなら、わたしは今と同じ気持ちで管理局を見ることができただろうか?ぼんやりとも想像できないのはわたしが周りの人に恵まれているからなのだろうか?

「はやて?」
「へ、な、なんや、フェイトちゃん」

 自分の友人の声で、想像迷路から抜け出す。フェイトは怪訝な顔をしていたが、捜査方針でも考えていたのだろうと考えたらしい。すぐに報告に入った。

「検索結果がでたよ。それと副長から通信」
「うん、繋いで」

 空間モニターに映ったヴィルヘルムはすぐに口を開きかけたが、はやての顔を見ると思うところがあったのか黙った。はやてはなるべく明るい声を出すように努めた。

「んん~、どうしたん。わたしの顔に見とれてたん?」
「あなたが黙っているのなら、それも悪くはありません。」
「ほほう」

 皮肉が返ってきたので、怒った顔することができた。副長は口が過ぎたと謝罪してから、国税庁の協力を取りつけたことを報告してきた。はやてが企業とのつながりの確認を取れた名前を伝えると、税金の支払記録から怪しい収入がないかなどを調べ始める。

(やっぱり、わたしは恵まれているんやな…)

 お金に関する作業はヴィルヘルムにとって得意分野のようだ、幾つかの名前が浮かんでくる。

「あれ?」
「どうしたの、シャーリー」
「この所得税の入金記録ですけど、この人とこの人アクセスしている端末が同じなんです。」
「ホントだ、会社も住所も違うのに」

 通信ログを洗っていたシャーリーとフェイトが声を上げた。はやては端末の情報をヴィルヘルムに送ると同じ端末から支払われた税金がないか調べさせた。

「この端末の持ち主は随分羽振りがいいようです。名義は変わっていますが1年間に豪邸にマンション、高級車、大型クルーザー、宝石の購入の際、資産税を随分払っています。タレこみ屋の収入では無理な額です」
「シャーリー、一番新しい端末の使用記録を探して」
「もう、やっています…、ありました!昨日その豪邸から!」

 フェイトが豪邸の持ち主の名前で前科者リストを調べると、密売の容疑で逮捕歴が出てきた。これで参考人として身柄の確保ができる。

「この男の身柄を確保、自宅、クルーザー内はもちろん、勤め先のロッカーまですべて家宅捜索する。フェイト執務官は令状を!」
「わかった」
「副長、捜査班から一人回します。合流したのち勤め先に向かってや」
「了解」




[21569] 捜査その2
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/01/22 14:36
「副長、マリエル技官、到着まであと3分です」
「ああ」
「了解です」

 ヴィルヘルム達は、捜査令状をもったマリーと合流すると、タレこみ屋の勤め先に向かった。住所によるとタレこみ屋の勤め先は住宅地の民家だった。現職行は家庭用デバイスのサポート係となっている。

「地域密着のサポート態勢ですな。デバイスの操作が分からなくなったら、すぐに駆けつけてくれるとは…」
「駆けつける?何言ってるんスか、おやっさん」
「む?容疑者はそういう仕事をしているのだろう」
「は~、おやっさん、家庭のことは全部奥さんに押し付けてるっしょ」
「???」

 今日日の中年世代のグランド1には、何を言っているのか分からない様子だった。助手席のグランド3に大げさな身振りで、「ダメダメっすね」と言われているグランド1。見かねたマリーが「家庭用デバイスの操作方法が分からなくなった時、遠隔操作で手助けしてくれるサービスのことです」と、説明してあげると驚いたような顔をしてから、「こんど家庭用デバイスが動かなくなったら、上さんに自慢しよう」と、嬉しそうな顔をする。マリーは「奥さんは知ってるんじゃないかな~」と、思っていたが、嬉しそうな顔をしているグランド1に指摘する気にはなれず、愛想笑いを浮かべて誤魔化した。グランド3を見ると彼も肩をすくめている。仕事前のリラックスした雰囲気が流れる、そこに野暮なアラームが鳴る。

「こちらロングアーチ0、バックヤード0聞こえてる?」
「こちらバックヤード0、どうしました」
「そっちの目的地にガジェットの反応が出た!」
「グランド1!!」
「了解!」

 グランド1が手元のスイッチを押すとオプションで装備されている警告灯が現れ、サイレンが叫び声をあげる。前方の車両が道を譲ってくれるのを確認すると、グランド1はアクセルを踏み込む。

「住民の避難は地上警備部にやってもらう、副長たちはガジェット排除を!」
「了解!現在現場に急行中。1分以内にたどり着きます」



 車が急ブレーキで道路にタイヤ痕を残しながら止まる。荒事に慣れていないマリーが悲鳴を上げたが、気を使う様子もなく武装局員の二人が飛び出して行った。ヴィルヘルムは車のオートバリアを起動させると、マリーに外に出ないように命令した後、車を降りた。

 グランド1は建物の状況を確認して少しだけ安堵した。どうやら、ガジェットは無差別に暴れ回っているわけではないらしい、タレこみ屋の勤め先の建物内にいることはデバイスのセンサーでとらえていたが、外に出てくるう気配がない。建物自体は何の変哲もない民家に見えた。二階建てで地下駐車場、少々広めの庭…。羨ましい。退職金を貰ったら、こんな家を建ててみたいとグランド1は思った。

 玄関の手前に魔導師が揃い、グランド3が前、グランド1が後ろに立つ。ヴィルヘルムは援護と結界を張るため敷地の入り口に残った。
ヴィルヘルムが結界を張ると同時に、グランド3が叫んだ。

「管理局機動6課だ!今すぐここを開けろ!」

 反応はない。戦闘機人の動力炉反応その他もなし。建物内部にはガジェットだけと判断し、グランド3はドアを破った。玄関に入ってすぐ居間になっていた。そこにⅠ型が2機。
 グランド3は移動魔法で、そこが地面であるかのように壁を走り、Ⅰ型の注意を引き付ける。案の定、Ⅰ型は派手な動きを見せたグランド3を目標に定めたようだ。狙いを定めようとグランド3に向きを変えようとして、そのままバチバチと火花を散らす。ガジェットは装甲内部で小さな爆発を起こし、そのまま機能を停止する。
 グランド3が壁に垂直に立ったままグランド1を見ると、グランド1は黙って親指を立ててきた。グランド3が陽動、そのすきにグランド1が指向性の電磁波でガジェットの電子部品を焼き切る。グランド分隊の対ガジェット戦術の一つだった。
二人がそのまま1階のクリアリングをしようとした途端、ガラスが砕けるような音が2階から聞こえた。駆け上がると、3機のⅠ型が2階ベランダから外に飛び出そうとしているところだった。咄嗟に魔力弾を連射したが位置が悪く、Ⅰ型のAMFが重なり合うような位置取りになってしまった。一番近くの1機は破壊できたが、他の2機には多少のダメージを与えただけで逃げられてしまう。
 ベランダに駆け寄ると、何処にいたのか男が一人Ⅰ型に追われて、ヴィルヘルムに助けを求めているところだった。

 ヴィルヘルムは走り寄ってくる男に対し、腰を落とすと男の顎を掴み上げるように左手を突き出す。男は気持のいいぐらい見事にひっくり返った。荒っぽいがこれは武装隊でもよく訓練される一手だった。人質救出作戦などでは、パニックを起こした人質が隊員に抱きついて、隊員ごと危険にさらされることがある。
 男をひっくり返したヴィルヘルムは懐中時計型のデバイスをⅠ型に向ける。

「ガンド・ランツァ」

 無機質な女性の声が復唱し、ヴィルヘルム周囲に赤褐色の光球が4つ発生する。

「ファイエルッ!」

 手にしたデバイスを振りおろすと同時に射撃魔法が発動し、呪いの槍が唸り声をあげながら目標に向かって疾走する。AMFは槍を多少減衰させたようだったが、ダメージを負った本体を守れるほど強くもなかった。Ⅰ型は今度こそ破壊され崩れ落ちた。
 Ⅰ型の動力反応が消えたことを確認したヴィルヘルムは懐中時計を倒れたままの男に向けた。

「さて、お前は誰だ。ここの持ち主ではないはずだ。なぜ、センサーに反応しなかった?」
「あ、ああ、あ」

 怯えた男はあわあわと降参のポーズを取った。





 マンションに向かったギンガは不機嫌だった。いきなり隊長戦をやることになり驚きはしたが、六課の訓練で疲れているわけでもない。捜査活動に参加していることに不満があるわけでもない。むしろ、六課の取り扱っている事件は自分の家族にかかわる事件なので捜査協力は望むところだった。問題はさっきから自分を含めた目につく女性全てを口説こうとしている同僚だった。
 肩まで伸ばした長髪、整った顔立ちをしていたので第一印象はそう悪いものではなかったのだが、今となってはそう思ってしまった自分自身が腹立たしい。
同僚はマンションの受付嬢に美麗参句を投げかけ、上手いことデートとタレ込み屋の部屋の鍵を貸してもらえるよう約束を取りつける。受付嬢がカギを取りに行っている間、同僚、アース3はこちらの視線に気がついたのか、会心の表情で手を振ってきた。ギンガはムッとして睨みかだが効果はない。
 普段なら口説いてくる男性局員(部隊長の父を恐れない度胸がある者もいる)を適当に話を合わせてあしらう方法ぐらい心得ていたが、これまで、捜査現場に向かう時に口説いてきた分別のない者は流石にいなかった。しかも、こちらのマンションにもガジェットが出現する可能性は少なくない。それなのにこの軽さ。ギンガにはどうにも不真面目に見えてしまい。同時に、父や母が人生と命を賭けてきた仕事をバカにされたように気がしてならなかった。
 何を思ったのか、アース3が相棒のアース2を受付に残しこちらに歩いてくる。シャーリーがこちらに気を使って、アース3との間に入るように声を掛けてくれた。

「どうしたんですか?」
「ああ、シャーリーちゃん。大したことじゃないよ」

 受付嬢の代わり鍵を持って現れたのは管理人のお爺さんだった。

「年上の相手はあいつに譲ってやることにしているんだ」



 タレこみ屋の部屋がある階に向かうためエレベータに乗り込んだ後も、アース3は相変わらずだったがシャーリーが間に入ってくれた。シャーリーはこの男の軽い所は気にならないらしく、居酒屋で酔っぱらいを相手にしている看板娘のようにアース3をあしらっている。
 アース2は「先程、アレが何か言っていたようだが相手にしないでくれ。アレは年上には怒られたことしかないのさ」と、皮肉を言ってからは真剣な顔をしたまま黙った。想定される事態を真剣に考えているようだ。
 なんとも対照的な姿に本当にこの二人は相棒同士なのだろうか?と、疑問に思ったが、エレベータが目的の階につくとそんな考えも吹き飛ぶ。
 チ~ンッと伝統的な電子音をたててエレベータが扉を開くと、二人は一瞬でバリアジャケットに装着し、音もなく目的の部屋まで移動する。アース2は室内で振り回すのが不利になる槍型デバイスを短い手槍に変化させ扉の右側に、いつの間にか、おしゃべりをやめ真剣な表情をしたアース3は左側に張り付いた。手には愛用の柄を切り詰めた杖が握られている。
 不覚にもギンガは二人から一拍送れて突入の準備を整えた。アース2は手信号で命令を伝えてくる。内容はアース2が右回り、ギンガとアース3が左回りでクリアリングをしていくという指示だ。不真面目なアース3と組まされたことには不満だったがギンガは頷いて承諾した。
 キッチン、バスルールと順にクリアリングしていき、次は寝室だった。アース2の様子を見るとこの寝室が最後になりそうだ。ギンガがドアノブに手を置くと、アース3がギンガの肩に手を置く…

パンッ

 アース3が肩を叩くと同時に、ギンガはドアと素早く開け室内の右側に向かって構えた。アース3が左側を固める。
 見えたのは何の変哲もないクローゼットとベッド。異常なし。

「ク…」

 異常なしの報告をしようとした瞬間、左側から影が飛び出す。影はクローゼットの扉を乱暴に開けると中に杖を向ける。…クローゼットの中は空だったが、ガジェットや人間が隠れるには十分な大きさがあった。

「あ」

 ギンガは自分の失敗を認めた。クリアリングを行った後に、思わぬところに隠れていた犯罪者やトラップが、武器を持たない捜査班や鑑識班を傷つけることがあると、何度も聞いたことを今更になって思い出した。事件現場に出るのもこれが初めてというわけではなかったのに…。
 コツンッ と、衝撃を受けて振り向くと、逆さまに槍を持ったアース2がいた。どうやら全部見ていたようだ。

「我々は、出入り口を警戒する」

 それだけ言うと、シャーリーを呼び家宅捜索を依頼し、ベランダに向かう。それを追うようにアース3はすれ違いざま「シャーリーちゃんの手伝いよろしくね」と、言葉とウィンクを投げて出入口に向かった。失敗は働きで返せということらしい。
 小さな可能性にも油断せず、後輩のミスも念頭に置いて行動する。魔法の腕が自分より劣っていても、魔力量が少なくとも彼らはプロだった。…自分はどうだったろうか?
 ギンガは恥ずかしくなり、両手で顔を叩く。

(気合と考えを入れなさなきゃ…、彼の評価から…)

「どお、ギンガちゃん。惚れなおした?」

 少なくとも、仕事上の評価は。と、ギンガは思った。





<<作者の余計なひと言>>
 交替部隊の名前と犯人の名前は付けようと思っていたのですが、自分があまり車に詳しくないことに気がついて、このままいくことにしました。
 グランド3の移動魔法は、忍法「壁歩き」です。文章力がなくて分かりづらいと思った方々、ここでお詫びします。
 交替部隊の日常会話を面白がって書いていたら長くなってしまいました。いったんここで切ります。次ぐらいで「捜査」を終わらせる予定です。



[21569] 捜査その3
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:44757137
Date: 2011/01/22 14:40
 タレこみ屋が購入した豪邸は、クラナガン東部あった。首都で働く人々のベットタウンよりさらに郊外、立地条件はミットの富裕層ならば簡単に手が届きそうな地区だった。が、完璧な区画整理がされ、一戸建ての建物がほとんどないクラナガン中央区の人や、日本を基準にすると十分に豪邸と呼べるサイズの家が建っていた。大きな庭にプール付き、14LDKの邸宅、普通の家族構成なら掃除するのも大変そうな家だったのだが…

(この程度の家だけなら、タレこみ屋の収入でもおかしくはないか…)

 家族の大半が管理局の高官、ミットの富裕層フェイトはそう思ったが、口には出さなかった。あまり自覚はしていなかったが、自分はあまり普通の金銭感覚をしていないと、以前はやてに注意されたことがあったからだ。

「うわ、でっかい家。どんな悪事を働いたらこんな家を建てられるんだ?」

 一緒に連れてきた捜査班の新人の少年が口にしたのを聞いて、フェイトはヒヤリとした。口に出していたら白い目で見られていたかもしれない。それが顔に出で、交替部隊の二人が怪訝な顔をする。

「どうしました?」
「あ、えっと、あんまり玄関前で話すと犯人に聞かれるんじゃないかなって…」
「はぁ…」

 苦しい言い訳だったが、幸いにもそれ以上追及されなかった。建物にエリアサーチをかけてから、交替部隊の二人にクリアリングを頼む。待つこと数分、二人はフェイト達を招き入れると、出入り口を封鎖するために玄関に残った。
 まずは、タレこみ屋が昨日使っていた端末の中身を調べる。通信記録や、アクセスしていたホームページ、買い物の記録…。しかし、タレこみ屋の通信記録がほとんど残っていない。新人が残念そうな顔で口を開く。

「この端末は買い物専用にしていたみたいですね」
「うん。でも、過去にアクセスした事のあるサイトにコミュニケーション系のサイトがある」
「ええ、それが?」

 首をひねる新人をしり目にフェイトははやてに連絡を入れると、そのコミュニケーション系のサイトから、タレこみ屋のログを検索してもらった。すると、オリヴィエ02というハンドルネームの人物と盛んにチャットを行っていたようだ。

「はやて、交信内容をこっちにも回してくれる?」
「ええよ、何か思いついた?」
「うん」

 転送されてきた内容を見て、新人が口笛を吹く。

「随分、積極的な聖王(オリヴィエ)さまだな」
「バチがあたるよ、そんなこと言うと」
「オレ、聖王教徒じゃないんですよ」

 そんな会話をしながら、チャットのログを確かめる。この二人が最初の接触を持ったのは1年ほど前、新人の言う通りオリヴィエ02からタレこみ屋に接触してきたようだ。会話の言い回しや内容から判断すると、オリヴィエ02は女性で20歳前後、かなりの教養を身に付けているようだ。そして、数ヶ月前にオリヴィエ02からの連絡は止まっている。

「ふられたのか?こいつ」
「違うんじゃないかな、その前に連絡方法を変えるって書いてある」
「そうですね、男の方はそのあとも暫くチャットで連絡を取ろうとしていたようですけど…、内容が…、なんつうか…、デートの約束と感想っぽいし…」

 多感な年ごろの新人は気まずくなってきたのか、話し方がだんだんたどたどしくなってきた。エリオもこうなるのかな?と、新人の反応にフェイトが微笑むと、新人はどう受け取ったのか、顔を真っ赤にして話を変えてきた。

「こ、これからどうします。違う連絡方法なんて分かりませんよ!」
「うん、でも案外古典的な方法かもしれない」

 フェイトが新人を連れて玄関に戻ると、交替部隊の二人が弓と斧槍を片手に立っていた。斧槍を持った頬骨の高い女性、グランド2が声をかけてきた。

「どうしたんです?」
「ちょっと探し物」

 フェイトは手袋をはめると、屈んで観音開き式の扉と床との間の隙間を調べる。屈んだだけではよく見えなかったので、フェイトは膝をつき、床すれすれに顔を近づける。するとちょうどボリュームも形も申し分ない尻がつき上げられる体勢になった。
 捜査班の新人は真っ赤になって目をそらした。が、弓を手にしたグラント4は無言のまま左目にかけた単眼鏡(こちらもデバイス)に手をそえる。単眼鏡が反応し倍率が上がっていく途中、グランド2が見ているのに気がつき、咳払いをして視線をそらした。
 グランド2はニヤリと意地悪く笑ってから、フェイトに尋ねた。

「なにか見つかりそう?」

 周りの様子に気が付いていないフェイトは、ピンセットで何かをつまみだしている最中で、そのまま答えた。

「うん、あった」

 フェイトが扉の隙間からつまみ出したのは、紙きれだった。グランド2から見ると紙屑にしか見えなかったのだが、フェイトは慎重に証拠用のビニール袋に入れる。

「なにそれ」
「便箋の切れ端だよ。きっとタレこみ屋は手紙でやりとりしていたんだ」
「手紙ね…。学生時代、授業中にチャットのし過ぎで、教師にデバイスを取り上げられた時以外、書いたことないわ、でも…」
「でも?」
「手紙なんて証拠になるようなもの残しているとは思えません。先生、どうしたらいいでしょうか?」

 不良学生時代を思い出したグランド2がユーモアたっぷりに聞くと、ファイトは一瞬キョトンとした。が、クスリと笑い、教師口調で答えた。

「いい質問だね。考えてごらん。手紙を隙間から入れるには、送り主は直接ここに来る必要があるのだよ」
「具体的には?」
「聞き込みをしよう。ここは人口密度が低い地区だからよそ者が来れば、目立つはず」

 早速、はやてに報告して、聞き込みを開始しようとすると、はやてから追加情報がもたらされた。

「黄色いアリアンロッド Type-33に乗った女性を探してほしいんや」
「アリアンロッド Type-33?たしか、今女性に人気のある車だよね」

 自分でも車を運転し、また車種にも詳しいフェイトはどんな車だったかすぐに思い出した。クラッシックなデザインが人気のスポーツカーで、ミットでもそれなりに出回っている車だ。

「その黄色いアリアンの女性が、オリヴィエ02ある可能性が高いちゅうわけや。」
「情報のもとは?」
「副長の捕まえた、自称タレこみ屋のお友達からや」
「お友達?」

 はやての話によると、ヴィルヘルム達はタレこみ屋の勤め先で、住居不法侵入の男を1人捕まえた。
 この男はある本局局員の親戚で、タレこみ屋を何人かの本局局員に友人として紹介した事があったそうだ。そして、最近急に羽振りのよくなったタレこみ屋に嫉妬した彼は、紹介料を勝手に頂こうとして忍び込んだらしい。
 金目のものがないか二階のコンピュータ室に入り込んだところで、突然現れたガジェットに襲われたため、親戚の所から勝手に持ち出していた高性能デバイスで小規模結界を張り隠れていたそうだ。
 ヴィルヘルムがデバイスの不正所持等で脅すと、タレこみ屋のことをあることないことベラベラと話し始め、そのなかにType-33に乗ったタレこみ屋の彼女の話が出てきた。さすがに登録ナンバーまでは覚えていないそうだが、タレこみ屋とType-33の女性、二人同時に見かけたときは大抵女の車で移動していたとコソ泥は証言したそうだ。

「分かったよ、はやて。その線で聞き込みをしてみる」



 フェイト達は手分けをして周囲の聞き込みを開始した。1軒目の家はハズレ、2軒目の家は留守中、そして3件目の邸宅には、見栄えを整えただけであまり手が入ってなさそうな庭が門から玄関まで続いていた。ここの住民は園芸にはあまり興味がないようだ。
 フェイトが監視用のカメラと通話用のマイクとスピーカーが一緒になった呼び鈴を押したとき、聞こえたのは電子呼び鈴の音ではなく大きなエンジン音だった。エンジン音は数秒間だけ続くと止まった。
 変な呼び鈴。と、フェイトは思ったが、住民の反応はない。
 もう一度、今度は2回呼び鈴のボタンを押す。こんどは甲高い電子音が2回なった。先程は住人が車かバイクのエンジンをかけた瞬間に呼び鈴を押してしまったらしい、随分いいタイミングだ。
 十数秒後、呼び鈴に取りつけられたスピーカーから、ハスキーな女性の声で返事が返ってきた。

「はい、どなた?」
「こんにちは、管理局 機動六課 フェイト・T・ハラオウン執務官です」
「しつむかん?え~と、刑事さんみたいな役職だっけ?」
「間違いではありません」
「身分証を見せてもらえる」

 フェイトがカメラに向かって身分証を出すと重い金属音と共に門が開いていく。

「どうぞ、お入りなさい。お互い顔を見て話をしましょう」

 フェイトが玄関に向かう途中、地下ガレージのシャッターが開き女性が手招きをしてきた。年のころは40前後だろうか?
 女性は油の付いた軍手をはずすと、着ていたつなぎの作業服の上半身を脱ぐと袖を腰でまいた。作業服の下は下着姿だったが、女性は気にした素振りも見せずに名乗った。
 大胆な格好だったが、同じ女性同士、相手も気にしていないようだったので、フェイトは気にしないことにした。

「それで、どんな御用?あたしのバイクコレクションを見に来てくれたわけではなさそうだけど?」

 女性の言う通りガレージには数台の大型バイクが並んでいた。性格といい、趣味といいカッコウのいい人だなと思いつつ、フェイトは用件を話した。

「乗っている人間は覚えていないけど車の方は覚えているわ。最近若い娘に人気のあるやつでしょ」
「はい、ナンバーは覚えていますか?」
「ええ、クラナガンの…、ちょっと曖昧だわ」
「そうですか」

 女性の答えにフェイトが落胆すると、女性が言ってきた。

「私は覚えてないけど、うちの監視カメラには映っているかも」



 ロングアーチはフェイトから監視カメラの映像が届くと早速映像の分析を始める。するとすぐにフェイトが女性の家を訪ねる1時間前、銀の車輪のエンブレムを付けた車が門の前を通ったのが確認された。アリアンロッド Type-33運転手の顔は確認できなかったが、助手席に座るタレこみ屋の姿は確認できた。この車で間違いない。ナンバーは映りが悪かったが画像解析ソフトにかけると読み取ることができた。
 はやては車の持ち主を調べると同時に、陸士108部隊に協力を要請。車両認識システムを使いType-33を追ってもらう。
 返事は車の持ち主が判明するころにきた。陸士108部隊捜査主任のラット・カルタスが、Type-33が郊外のリゾートホテルの駐車場に駐車しているこの車を発見した。と、報告してきた。
 はやては直ちに命令を下す。

「エア2、3。二人が一番近い今すぐ向かって。グリフィス君」
「はい、市街地個人飛行承認」
「エア2、了解」
「エア3、了解」

 二人は担当していた物件の捜査を残った隊員に任せ飛び立つ。機動六課HQのメインスクリーンに映し出されたシンボルマークが移動し、どんどんホテルに近づいていく。

「ライトニング3、4は、二人のバックアップを!」
「はい」
「わかりました」

 エリオとキャロのシンボルマークは少し離れたところにあったが、エア2、3の反対方向からホテルへ向かっていく。これで二つのコンビで挟み込みこむ形になる。



 ホテルに先にたどり着いたのはエア2、3のコンビだった。ホテルの駐車場でType-33を確認すると、ホテル側の了承を得てタレこみ屋がいると思しき部屋に向かう。
 扉の左右に張り付いた二人はアイコンタクトで役割を確認しあう。
 エア2が扉を開けると同時にエア3が室内にデバイスを構えた。人の気配なし、いや、ベットルームから微かに風の流れを感じる。圧縮空気弾など気体操作を得意とするエア3には確かに感じ取れた。手信号で合図をすると相棒が背中を固めてくれた。
 エア3がベットルームに飛び込みリクライニングシートに座る男にデバイスを突き付ける。
 
 活劇はなかった…
 
 遅れてきたエリオとキャロは飛竜でホテルの上空を旋回しながら、先に到着しているエア分隊の二人に呼びかけた。

「(こちらライトニングF、エリオです。現在、ホテル上空に到着。これよりそちらの援護に…)」
「(くるな!!)」

 念話でも相手の雰囲気や口調は伝わってくる。エア3の反論を許さない雰囲気に押されライトニングの二人は驚いた。
 遅れてきたことを怒られたのかとも思ったが、念話から怒りは感じられない。

「(エア2からライトニングF)」
「(はい、こちらライトニング)」
「(いいかい、坊や達はそのまま車を監視。誰も近づけさせるな)」
「(はい)」
「(お嬢ちゃんもいいね)」
「(はい、わかりました)」

 エア2が念話で指示を送ってきたが、状況が掴めないエリオは疑問を口にする。

「(あの…、そちらは…)」
「(ああ、こっちは任せろ。子供がこんなモノ見ちゃいけない)」

 エア2は室内を見回すと、窓が開いていることに気がついた。窓枠には靴痕、サイズから推測しておそらく女がつけたものだろう。このホテルの高さなら低ランクの陸戦魔導師でも飛び下りるかことは可能、しかもここは監視カメラの死角になっているどちらに逃げたかさえ特定は難しいだろう。
 エア3はタレこみ屋の死体を観察した。詳しい検死はシャマル先生に任せるとしても報告のため状況を知る必要がある。エア3は状況を一つ一つ口にしながら確認していく。

「胸部に刺し傷が3つ、これ以外に目立った外傷はないため、この傷が直接の死因とみて間違いないだろう」

 タレこみ屋の衣服は乱れていないし、腕などにも傷はなかった。それに表情、タレこみ屋は苦しんで死んだようには見えない。おそらく、気がついた時には死んでいただろう。

「正面からの傷があるのに、防御創がないことから顔見知りの犯行と思われる」

 エア3の言葉を聞いたエア2が反論した。

「待てよ、殺すだけだったら自宅でやっちまえばよかったんだ。こんなところに連れてくる理由があんのかよ」
「オレが知るかよ。とにかく、部隊長に報告だ」



「タレこみ屋が殺された!?」

 エア2から報告を受けたはやては、部下の前であることを忘れ、大声を出した。

「やられた、捜査班とシャマルをそちらに向かせる。それまでエア2と3は現場をできるだけ保存してや。」
「了解」

 現場の詳しい状況を調べるために、シャマル達に指示を出していると、ヴィルヘルムから連絡が入った。

「課長、マリエル技官が仕事場で使用されていたデバイスを調べました。一部外部から情報が消されている痕跡がありますが、可能な限り顧客情報等をサルベージしてデータを送ります」
「分かった。他のリストと突き合わせてみる」

 そう言ったものの、はやてはタレこみ屋が殺されてしまった以上、そのデータはほとんど役に立たないだろうと考えていた。Type-33運転手は相当諜報活動に長けているようだ足のつくような情報は残してはいないだろう。

「副長、タレこみ屋が殺されてしもた」
「ええ、聞いていました。申し訳ありません、私の捜査でスカリエッティ側にこちらの動きが気取られてしまったのかもしれません」
「いや、そうとは限らへん。副長の動きを察知していたなら、タレこみ屋はもっと早くに殺されていたはずや。時間をかけてまでホテルへは移動せえへん、用が済んだから機密保持のために殺した。そんなところやろう」
「つまり研究所の移動はすんでしまったということですね。この件でスカリエッティ一味がこれ以上アクションを起こすことはないでしょう」

 そこまで話してヴィルヘルムはType-33運転手の行動に疑問を感じたようだ。

「しかし、そうなるとなぜホテルを殺害現場に選んだのでしょう」
「私的な理由かもしれへん」
「私的な理由ですか?」
「案外、二人の思い出の場所やったのかもな…」
「御冗談を」

 はやては当てずっぽうで言ったつもりはなかったが、ヴィルヘルムは本気にはしなかったようだ。今後の捜査方針を聞いてきた。

「これからどうします。Type-33の女はスカリエティ一味とみて間違いなさそうですが、タレこみ屋が消された以上、探し出すのは難しいと思われます」
「時間がかかるやろな。仕方あらへん。この件は教会と査察部に任せて、六課はスカリエティの研究所探索からは一旦手を引く」
「宜しいのですか?」
「副長かて分かっているやろ、数の少ない六課じゃ一から調べ直すには時間がなさすぎる。」
「確かにスカリエッティが意見陳述会で事を起こすのならば、未然に防ぐのは難しいでしょう。ならば…」
「せや、事前に防ぐのが無理なら、迎え撃つだけや!」





 以下はJS事件解決後、スカリエティのアジトに残されていた通信ログの一部である。

「ねーさま、お疲れ様です~」
「ええ、あなたもね。データの処分、御苦労さま」
「いいえ、あんなシステムどうということありませんわ。それよりねーさま、どうしてあの男をホテルまで連れて行ったんです。消すなら自宅でもかまわなかったでしょうに」
「ああ、たいした事じゃないわ、あの男と初めて会ったのがあのホテルだったのよ。別れの場所としても相応しいでしょ」
「まあ、ねーさま。それではまるであのつまらない男を愛していたとでも?」
「ええ、愛していたわよ。それが仕事ですもの。その人間にお役目があるなら、私は人間を本気で愛することができるわ」
「まあ、でも、お役目がすんでしまった人間はどうするですかぁ」
「殺すわ、それが私のお役目ですもの、当然でしょう」



<<作者の余計なひと言>>
 車両認識システム、オリ設定になります。要するに警察のNシステムみたいなものです。
 考えていたより長くなってしまいました。我ながら長い割に実りのないオチ…。
 書いていて一番楽しかったのはフェイトの尻の話。



[21569] 公開意見陳述会前夜
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2010/11/25 19:45
 9月11日 19時30分過ぎ 公開意見陳述警備のため中央管理局 地上本部に向かうなのは達を送り出したあと、シグナムは交替部隊待機室に向かった。用事はもちろん明日に向けての指示を出すためだったが、シグナムの出すべき指示というのは夜勤者を残し、明日の公開意見陳述会終了まで待機状態に入るように命じる程度で、特に有事の際の作戦云々を伝える必要はなかった。主力不在時の行動マニュアルは、部隊長のはやて、訓練幹部のなのは、そして、運用統制班からはヴィルヘルムが参加し、すでに作り上げていた。その訓練の方も月数回程度行っており何度か修正も加えられている。
 ちなみに、このマニュアルを作り終えたとき、はやては悔しそうな顔をしていた。シグナムが自分の主にそのわけを聞くと「全く出番がなかった」と、答えた。どうも、はやてには僅かに個々の能力を過大評価してしまう悪癖があり。低ランク魔導師の抱える弱さ(委縮、臆病等)に対して配慮が足りていないことが多く、なのはとヴィルヘルムに散々指摘を受けたそうだ。
 考えてみれば持っている固有戦力はほとんど全員がエース級のヴォルケンリッター、脇を固めているのがオーバーSランクのなのはとフェイト、直接の上司のクロノやカリムも高ランク魔導師や騎士である。そのうえ自身もSSランクとなれば、普通の魔導師や騎士の感覚には疎くなってしまうのだろう。
 「本格的に管理局で働き始めたんは、中学を卒業してから4年と数カ月。陸士108部隊に研修に出掛けたこともあったけども、まだまだ経験不足やった」と、はやては語っていた。対してヴィルヘルムは高ランク魔導師の数も予算も少ない地上部隊を回り、悪戦してきた経験を持っている。普通の魔導師部隊の指揮なら『まだ』副長に一役の長があるらしい。
 シグナムは笑った、温厚に見えてはやてもなかなか負けず嫌いだ。このままではいないだろう。自分の主のこれからの成長が楽しみだった。



 同じころ副長室でグリフィスは、ヴィルヘルムから数枚の書類を受け取っていた。ほとんどが手紙の類で、一枚が命令書だった。

「その手紙の類は、『彼女』の最終調整を頼むためのものだ」
「アースラのですね?」
「そうだ、まあ、使わずに済めばそれに越したことはないが…」

 L級艦のアースラはすでに廃船が決まっている旧型船であるが、ヴィルヘルムの働きで運用可能な状態を維持している。理由はもちろん大規模なテロや混乱が合った場合、移動できる本部が合ったほうが有機的に部隊を指揮できるとの考えからだ。そのために、同じく破棄が決まっている同型の船から使える部品を、整備訓練の名目で人を集めるなど、かなりの手間と時間を使っていた。
 もちろん、ヴィルヘルムは神でもなければ、預言者でもない一佐官でしかなかったので、この後の地上本部の壊滅やアンヒリアエルが全て破壊されることは知る由もなかったが、万が一騎士カリムの予言が的中した場合に備える慎重さあるいは臆病さを持っていた。

「あらゆる事態に『備える』ですね」
「無駄なことだと思うか?」
「無駄?次元航行部隊での整備訓練は不可欠でしょう?」

 ヴィルヘルムが事務方への要望事項としている言葉を言ってきたグリフィスに問いかけると、グリフィスはそう答えた。
 実のところアースラ整備にかかる予算と人員の大半を出しているのは、六課の後継人に当たるクロノ提督の部隊だった。あくまで地上部隊の六課では時空航行船の予算など下りないし、時空航行船整備員もいない。ヴィルヘルはクロノ提督に具申し、人員の異動や部品の輸送などの手続きや指揮などの処理をしていたにすぎない。
 しかし、当然「こんな老朽艦など必要ない」と、嫌味を言ってくる者も出てくる。その時はグリフィスが言ったようにとぼけると言うわけだ。
 後輩の成長にヴィルヘルムは頬が緩みそうになったが、慌ててそれを堪えた。部下を褒める役目ははやて、自分は部下を叱りつけるのが役目だ。ヴィルヘルムは無難に「悪くない答えだと」と、言うと命令書を確認するように促した。
 グリフィスは書類を脇に挟むと、命令書を確認する。

命令者:3等陸佐 ヴィルヘルム・チェスロック・ケーニッヒ
被命令者:准陸尉 グリフィス・ロウラン

本文:准陸尉 グリフィス・ロウランは、9月12日1300から9月13日0900までの間態勢が第1級警戒態勢に変わり、時空管理局本部 古代遺物管理部 機動六課の部隊長又は副部隊長との通信が困難な場合において、これに対処するため認められるときは、3等陸佐 ヴィルヘルム・チェスロック・ケーニッヒの権限と責任において、同部隊の全部又は一部に対しての指揮監督を実施せよ。

 要約すると、「公開意見陳述会開催中にヴィルヘルムが出動した場合、佐官の権限を使って隊を指揮しろ」という内容だった。

「僕がですか!」
「そうだ、不服か?」
「しかし、副長はHQで指揮をするのでは?同じ場所にいるのでしたら、連絡が出来なくなるとは思えませんが?」

 グリフィスの疑問はもっともだ。六課ではなのはやフェイトのような先陣向きの士官が多いので、軽視されがちだが本来指揮官というのは、HQなど全体を見渡せる場所で行うのが普通だ。

「私も普通の事件ならば、そうするつもりだ」
「普通ではない事件が起こると?」

 ヴィルヘルムは腹案を何処まで話すべきか迷ったが、預言関係を伏せてあくまで個人的な意見の1つとして話すならば問題ないと判断した。

「有識者からの予測情報は知っているな?」
「はい、地上本部に向けて大規模なテロが行われるという情報ですね」
「そうだ、そのテロが起こると仮定して、犯人は初手から地上本部を攻撃すると思うか?」
「…陽動があると?」 

 ヴィルヘルムはうなずいた。結果的にこの予想はハズレていたが、管理局士官としてはまったく妥当なものだった。
 本命を攻撃する前に、陽動として他の場所を攻撃し、その対処のため戦力が分散したところで本命を攻撃する。単純だか有効な方法だ。防御側は陽動と分かっていても被害がでる以上、無視する訳にもいかない。そうなった時、六課主力を動かずに対処するため、ヴィルヘルムは自ら現場で指揮をとるつもりでいた。六課を離れることになる間、留守を任せる者が必要となる。
 そう伝えるとグリフィス神妙な顔で「分かりました、拝命します」と、言って敬礼をした。



 副長室を出たグリフィスは歩きながら、もう一度命令書を見た。間違いなく自分に出された命令が書かれている。
 グリフィスは唾を飲みこんだ。命令の内容に少し気後れして、喉が渇いているからだ。
  今までも部隊長が不在の時に出動がかかったことがあったが、いつでも通信で部隊長達の指示を仰げた。しかし、今回の命令は全て自分自身で判断しなければならない。しかも佐官の権限で・・・
佐官になって部隊を指揮する一度はやってみたいと思っていたが、こんなに早くチャンスを与えられるとは思っていなかった。喜びよりも不安が強くなっていく。

「グリフィスさん?」
「!!」

 名前を呼ばれ驚いて立ち止まると、目の前に帰り仕度をしたルキノがいた。
 声をかけられるまで、まったく気がつかなかったところをみると、自分は相当参っているらしい。

(命令を受けただけで、これだ。副長の言うような事態なったら、どうなってしまうんだ)

ルキノと挨拶をしながら、そんなことを考えていると、ルキノがこちらを見つめていた。

「な、なんだい?」

 グリフィスは「真面目でカワイイな」と、思っている女の子に内心の不安を見せまいとしたが、唇が言うことを聞いてくれなかった。うわずった声がでる。

「グリフィスさん、この後お暇ですね。少しお付き合いください」

  ルキノは声のことなど気にせず言ってきたが、カッコ悪いところ見られたと思ったグリフィスは仕事を理由に逃げ出そうとしたが、腕を掴まれてしまった。

「ル、ルキノ」
「お仕事でも休憩は必要ですよ。」
「そうかもしれないけど・・・」

 グリフィスの遠慮がちな抵抗などものともせず、ルキノは給湯室まで引っ張って行くと、少し強引に座らせると、お湯を沸かし始めた。

「コーヒーと紅茶どっちがいいですか?」
「ええと、じゃあ、紅茶で」

 グリフィスは、普段のルキノが見せない強引さにすっかり気圧されてしまっていた。ルキノは相棒のアルトと比べると、内気な性格をしていると思い込んでいただけに、驚きも一入だ。

(こう言うのも、女は強いって言うのかな?)

 間の抜けた事を考えていると、紅茶をいれたルキノが正面に座った。先程、悩んでいた理由を聞かれるのかと、グリフィスは身構えたがルキノは触れてはこなかった。

「突然すみません。今日は寮に帰っても、すぐに寝つけなさそうだったので」
「話し相手が欲しかった手ことかい?」
「すみません…」
「かまわないよ、僕にもそんな日があるから」

 ルキノがこちらを気遣って気分転換をさせようとしていることは、グリフィスにも分かっていたので、「少し情けないな」と思いつつ厚意に甘えることにした。

「といっても、何の話をしようか?(明日は早いから、できれば艦船話以外で)」
「そうですね…、じゃあ、グリフィスさんの事を」
「僕のこと?」
「はい、知りたいです」

 紅茶の甘い匂いを嗅ぎながら話をしているうちに、グリフィスは先程感じていた不安が消えていくのを感じていた。



 グリフィスが退室した副長室では、ヴィルヘルムは海上保安部隊の2佐と通信を行っていた。内容は明日の公開意見陳述会にも関連したことではあったのだが、各種調整は事前に終えてしまっていたので、個人的な挨拶の体裁が強い。

「では、明日はお願いします」
「ああ、お前の頼みだから演習海域をそっちの近くにしたが、本当に大規模騒乱なんて起こるのか?」
「本局のお偉方はそう考えているようです」
「そう言うお前は、信じているのか?例の占い」
「信じてもいいのではないかと思うようになりました」

 ヴィルヘルムはいつも以上に言葉に気を使っていた。それもそのはず実はこの定年間際の2佐はヴィルヘルムが新米准尉だったころの上司で、民間と公務員の違いに慣れていなかったヴィルヘルム准尉に管理局の作法をみっちりと叩き込んだ恩人でもあった。
 当時、この2佐は他の管理世界での陸上警備隊であったが、定年を間近に控えて故郷のミットチルダ海上保安部隊の巡洋艦艦長(次元航行船にあらず)として転属してきていた。

「てっきりお前はレアスキルが嫌いだと思っていたんだがな」
「嫌いなのではありません。個人の能力を当てにした組織運用は危険だと考えているのです」

7前のことを思い出しながら笑う上司に、ヴィルヘルムは反論した。

「ま、そうだな。百発百中って訳でもないようだしな」
「レアスキルは事件を調べるキッカケになっても…」
「『万人を納得させる理由にも、証拠にもならない』お前の言葉だな」
「あいかわらずですね」

 ヴィルヘルムが見せた僅かな対抗意識は、鼻で笑われてしまった。

「お前は部下を虐める役らしいではないか、たまには虐められろ」
「私を虐めるなら、私の部下には優しくしてもらいますよ」
「へえ、言うようになったじゃないか、小僧」
「いい加減、小僧はやめてください」
「じゃ、若造」
「若造ですか…。ま、甘んじて受け取っておきましょう」
「なんだ、受け取るのか。つまらん」

 本音を言えば「オジサンと呼ばれるよりましか」という気分だったが、それがばれるとからかわれるのが目に見えているので、どう誤魔化したものかと考えていると、ノックが聞こえてきた。それを理由に通信の終わりを告げると、「まあ、今日のところはこの辺にしておいてやるか」と言いながら元上官は通信を切った。

「こんばんは~」

 妙なアクセントをつけた挨拶をしながら入ってきたのは、現在の上司の八神はやてだった。
 明日までに片付なければならない仕事を終え、寮に帰る前に寄ったようだ。

「お疲れ様です、課長」
「はい、お疲れさん。副長は残業?」
「たった今それも終わったところです。通信によるチョットした調整です」
「そういって、実は女の人へのラブコールやったりして」

 ヘラヘラ笑いながら、はやては冗談を言ってきた。ヴィルヘルムは「私が公私混同をしないとご存じでしょう」と、言おうとしたが、はやての様子がおかしいことに気がついて辞めた。
 はやては進んで話したいことがあるが、内緒にしなければならないことがある。あるいは、面白いうわさ話を聞いてもらいたがっている女学生の様な表情をしていた。

(ようするに、こちらから何があったのか聞けということか…)

 一瞬、「部下対する態度ではありませんと忠告すべきか?」とも考えたが、ついさっき仕事は終わらせたと宣言したばかりだったので、格好がつく程度に友人として対応することにした。

「なにか面白いことでも?」
「せや、でも、んん~、どうしょうかな~」

 聞きながら椅子をすすめるヴィルヘルムに、はやては勿体つけた。
ヴィルヘルムは過去の経験上、女性相手にここで「じゃあ、話さなくていい」なんて言おうものなら、不幸が降りかかってくることを知っていたので、「聞かせてください」と、促した。

「そこまで、聞かれちゃしょうかない。さっき給湯室でな…」

 はやてによれば、給湯室でグリフィスとルキノが仲睦まじく話しをしていたらしい。まえまえから、噂に上っていたようだが、なるほど。どうやらグリフィスの成長は仕事上だけには留まらなかったようだ。

「しかし…、覗きとはいい趣味とは言えませんね。ユニコーンに蹴飛ばされますよ」
「ふ、違うで、副長。陰ながら見守っていただけや」

 はやては身長の割には大きめの胸を張って堂々と答えた。
 ヴィルヘルムが流石にあきれて苦笑いをすると、滅多に見られないその表情が面白かったのか、はやてはケラケラ笑い始めた。

「部下のプライベートの心配はいいですが、貴方ご自身はどうなのですか?」

 無限書庫の司書長と噂がある(本人達は否定)なのははともかく、はやてやフェイトにまったく男っ気がないのは六課七不思議だ。と、噂している部下達がいるのは事実である。
 笑われたヴィルヘルムが腹いせに、ややぞんざいな口調で言い返すと…

「…い、いいんや。私は仕事と共に生きるんや」

 はやてはかなり凹みながら答えた。彼氏いない歴20年、それなりに気にはしていたらしい。

「では、仲人は任せてください。立派な挙式して差し上げます」
「いらんわ、アホ」

 はやての罵倒を受けとめながら、ヴィルヘルムは居住まいを正す。

「失礼しました、課長」
「かまへんよ、副長」

 ヴィルヘルムが真剣な話をしたがっているのを察して、はやても背筋を伸ばした。

「明日、巡洋艦が湾岸地区の沖合で演習を行います」
「そういう名目で、警備活動をするつもりやな」
「そうです、正確な演習海域はここです」

 デバイスを操作すると空間ウインドウが表示され海図が現れる。はやては通常の演習海域から大分離れてしまっている事に気がついたようだ。訓練海域の変更の理由を聞いてきたので、艦長と調整して六課の近くに変更してもらったと正直に答えた。

「この船の艦長と知り合いなん?」
「ええ、新米士官時代世話になりました」
「この海域から六課までなら、全力で一時間弱やな」
「それにはトラブルが全くない事が前提になります」

 はやても分かっていると知りつつ、ヴィルヘルムは副長という立場上常識的な捕捉を入れた。巡洋艦といえども一般の船も往来している湾岸区で最大戦速の機動など出来るわけがないし、よそからも援護を求められたら無視するわけにもいかないだろう。

「それでも、有事の際は真っ先に助けに来てくれると考えていいんやな」
「ええ、それは間違いないでしょう」
「ん、ありがとうな」
「…いえ、仕事をしたまでです」

 笑顔で礼を言われ迂闊にも照れてしまった。その様子をはやてに茶化されてしまう。

「副長もカワイイところあるんやな」
「ほっといてください。」

 負け惜しみを言うヴィルヘルムを見て、はやては大笑いした。
 結局、二人は雑談を交えつつも、ヘリの帰投や携帯結界システムの配置など、明日の予定を日付が変わるまで確認しあった。


 時空管理局 公開意見陳述会まで あと12時間



<<作者の余計なひと言>>
 忙しくて筆が遅くなってしまった…。
 グリフィスとルキノが仲良くやっているシーンを書きたくなって、重責を押しつけられてビビる男と、励ます女というシチュエーションにしてみました。
うーん、グリフィス、ちょっとカッコ悪くし過ぎ?
ファンの人がいたら申し訳ないですが、許してください。ごめんなさい。



[21569] その日、機動六課(B面)Ⅰ
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/01/22 14:26
 機動6課食堂に添えつけられたTVに移るアナウンサーの狼狽した様子が、現地の混乱した状況を伝えていた。
 公開意見陳述会開始から4時間、18時を少し回ったとことで、TV画面にノイズが入り始めた。数秒後には鈍い爆発音が響き映像が大きく揺れる。TVカメラマンが爆音と振動に驚いて転んだようだ。
 なんとか立ち上がったカメラマンが地上本部ビル全体を映すと、強烈なエネルギーの柱が叩きつけられ爆煙が上がるところだった。ビルから細かい破片が地上の警備部隊に降り注ぎ事態を混乱させる。
 さらに無数の四角い魔法陣が地面に浮かびあがり、ガジェットⅠ型、Ⅲ型が出現し始めた。ガジェット達の発生させたAMFの影響か、あるいは他の電子装備でもあるのかカメラからの映像はそこで止まった。
 ヴィルヘルムと一緒に食事をしていた事務方の幹部は動揺しているようだ。

「副長!」
「あわてるな、幹部が動揺すると部下に伝染する」

 言いながらも懐から懐中時計型のデバイスを取りだしHQと連絡をとる。
 HQに詰めていたグリフィスから聞く限り状況は良くない。
 攻撃開始と同時に地上本部内とのが途絶、防御障壁の主動力を破壊され防御出力が低下、そのうえ指揮管制システムを情報的にも物理的にも完全に抑えられてしまっている。予備のサーチャーすら上がっていない。

(鉄壁を誇る魔法防御をこうも容易く。この手際の良さ…、地上本部の情報が漏れていたとしか思えん)

 ヴィルヘルムはレジアス中将を思いっきり罵ってやりたい気分になっていたが、部下の前で上官批判をするわけにはいかない。不平不満を愚痴の保管庫にまとめて放り込み、確認と指示を出していく。

「ここのサーチャーシステムに異常はあるか?」
「ありません、すでに全機立ち上げ情報収集を開始。本部警備部隊に情報を送信しています。ただ…」
「どうした?」

 はきはきと答えていたグリフィスの言葉が急に止まった。なにか言いにくいことがあるようだ。

「他の地上部隊からのサーチャー情報が回ってきません…」
「こんな時に!」

 このような非常時にすら縄張り意識を持ち出してくるものがいたようだ。ヴィルヘルムはグリフィスに「こちらで対処する」と短く答えると、昨夜話をしていた巡洋艦の艦長に通信を繋ぐ。

「よう、悪いことだけあたるな、占いってのは!」
「同感ですが、いまは対処を」
「すまんがこっちも混乱している、民間船の統制すら取れとらん」

 艦長は遠回しの表現をしたが、その場をすぐには動けないということだ。だが、ヴィルヘルムも手ぶらで通信を切るわけにはいかない。

「では、せめて情報と上空警戒を」
「上空警戒はいいが、どっかのバカが情報を海の連中にわたすなと触れ回っているようだ」

 どうやら、直前になって「テロが起こっても地上本部だけで対処せよ」との命令が下っているようだ。正しいかどうかは別にして命令ならば従わなければならないのが、公務員の辛い所だが…。

「そうですか、では通信の混線には気をつけてください」
「そうだな、特にHooHooチャンネルには気をつけるとしよう」

 ヴィルヘルムもこの艦長も命令の隙間を縫うのに長けていた。
 HooHooチャンネルとは日本で言うところの映画専用チャンネルのことで、クラナガン周辺では衛星第3放送とも言われている。
ようするに非常回線の3番を使って情報を交換しようという暗号だ。

「ロウラン補佐、非常回線の3番を開け」

 ヴィルヘルムは艦長の意図を正確に読み取って指示を出す。途端、地上本部周囲の状況が送られてきたが依然として地上本部内部の様子が分からない。とりあえず外からの攻撃はひとまず止まっていることが確認できた。しかし…

(すでに攻撃の必要がなくなったと考えるべきだろう。いくら隊長陣といえども高濃度のAMF内では、デバイスなしでの戦闘は難しい。現在、地上本部が無力化された)

 警備情報が漏れていたとしても、陽動や戦力分散などの搦め手もなしに力技で地上本部を制圧してくるなど誰も予想していなかった。
 会場内へのデバイスの持ち込み禁止など、現場での警備態勢も裏目裏目に出ている。
 現場の意見も聞こうと通信を繋ぐとちょうどスバル達が突入の意思を固めたところだった。

「副隊長、私達が中に入ります!なのはさん達を助けに行かないと!」

 拳を握り言うスバルを見返すヴィータ。
 ヴィータは部下達を信じることにしたようだ。続くオーバーSランクの航空戦力の接近にも動揺せず地上を部下達に任せ自らは航空戦力の迎撃に向かう。
 ヴィルヘルムも妥当な判断と考え、その作戦を補強するには何ができるか考える。

(高町1尉とハラオウン執務官との合流ポイントが分かっているなら、彼女達が脱出してくるのに呼応して敵の包囲に穴をあけ、地上部隊にその穴を拡大させるのが理想か…)

 地上部隊が六課を援護してくれるとは限らないが、手柄の一人占めをさせるまいとして各部隊はこぞって戦力を送ってくるだろう。来ないようなら煽ってやればいい。
 どれほど六課が活躍しようが地上本部は「地上警備部隊の必死の反撃によりテロリストを撃退した」と報道されるに決まっているが、六課の部隊長陣のなかでそんな事を気にする人はいまい。
 ヴィルヘルムはヘリに交替部隊のグランド分隊を集め、出動の準備を始めるが…

「高エネルギー反応2体、高速で飛来、こっちに向かってます。」

 どうやらこちらの思い道理にはいかせてはもらえないようだ。航空戦力が接近しているとなると、ヘリでフラフラと出て行っては狙い撃ちにされてしまう。
 HQで指揮を執っていたグリフィスも正確に状況を呼んでいるようで、通信を送ってきた。

「副長、出動は取り辞めてください」
「ああ、分かっている。迎撃に集中しろ」
「はい」

 ヴィルヘルムが答えると、グリフィスはすぐさまオペレーター達に指示を出した。

「待機部隊迎撃用意、近隣部隊に応援要請」
「はい」
「総員最大警戒態勢」

 どうやらグリフィスはこの状況でも気圧されてはいないようだ。昨夜のことは聞かなかったが、ルキノとの会話が彼自身の士気を高めているようだ。
 だが他の部隊員はそうはいかない、事務方の陸士や空士のなかにはデバイスや武器を使った実射訓練を行うのは年に一度程度という者も少なくない、誰かがハッパをかける必要がある。

「ロウラン補佐、お前が全体の指揮を取れ、私は前線に出る」
「副長自らですか!」
「ああ、初陣のものも多いからな、士気を高めてやる必要がある。」

 六課に残っている中で最高位のものが前線に立つのだから、他のものは後方に下がるわけにもいかなくなる。軍隊や警察機構の指揮官の基本、率先垂範というやつだ。

「武器・デバイス班は各装備の配分開始!」
「部隊残留局員はB装備で各ポストに集合せよ!」
「委託民間人の方は誘導に従って退避してください!」
「設備班、警備班は迎撃及び防御システムの立ち上げを急げ!」

 シャーリー達の声が放送装置から響き、六課の施設内を局員たちが駆け回る。まごつく陸士を下士官たちが怒鳴りつける。戦えない者たちも窓の前や使わない出入り口の前に椅子や机を積み上げ簡単なバリケードを作り始めた。
 ヴィルヘルムも最初に敵と接触すると予測されるポストに向かっていると、背後から声をかけられた。

「副長さん!」
「こら、まちなさい。君」

 見るとデバイスを持った隊員と、管理局では採用されていない作業服を着た女がやってきた。六課のサーチャーを開発した会社の社員だろう、作業服の胸には三つのひし形が並んだワンポイントがある。
 大規模なサーチャーは大量生産されないこともあり、それだけで日本円にして何十億という金が動く。当然管理局としても性能の保障や不具合等が起こった時のサポートなど、条件が良くないと契約を結ばない。逆に会社の方は必要以上に乱暴な使用方法で壊れた部品まで補償させられてはたまらないと、定期メンテナンスを名目にチェックを入れに来る。彼女もその一人の筈だったが直に会うのは初めてだ。
 彼女はヴィルヘルムの前に来るなり、とんでもないことを言った。

「スリーダイヤ電機のノラ・ドゥです。私にもお手伝いさせてください」
「申し出には感謝しますが、危険ですので局員に従って退避してください」

 ヴィルヘルムは失礼のないように、しかし、あっさり断ったが、このノラという女性は食い下がった。

「六課のサーチャーシステムは我が社が開発したものです。私ならば戦っている間、どんな事態があってもお役にたてるはずです」
「戦闘中の対処は局員が行います。そして、民間人の保護は局の義務。お気持ちだけ受け取っておきます」
「しかし…」

 あまり時間がない、ヴィルヘルムは尚も食い下がる彼女を連れていくように隊員に命令した。



 先程から手に持ったデバイスが小さな音を立てていた。
デバイスの持ち主の少年は自分の手を見ないように気をつけながら周りを見渡した。最初に見えたのは機銃を構えた警備班の隊員だった。機銃と言っても当然質量兵器ではなく、小型魔力炉とカートリッジと封入されている魔力を使ってシュートバレットをばら撒くデバイスだ。目を閉じて詳細を思い出してみる。

(全長は1.1m、本体のみの重量でも5.82㎏、給弾方法はベルトリンク方式、発射速度分間1000発)

 スラスラと出てきた。当然だ、何しろ少年が整備しているデバイスだ。
しかし、少年は気を紛らわすことはできなかったようだ。少年は入局テストの時、言わなかった本音を叫んで逃げ出したい気持ちを必死になって抑えていた。

(僕はデバイスマイスターになるための勉強をするために管理局になるために入ったんだ。管理局の都合なんて知った事じゃないよ)

 なんてことを!と、思う人もいるかもしれないが実は少年のような考えを持っている局員は少なくない。特に管理局世界で経済的に貧しい世界や、発言力に低い世界では積極的に管理局柄の入局を進めている。多くの人材を管理局に派遣することで失業者率を下げるたり、先進世界の技術を取り入れる、あるいは管理局世界での孤立を防ぐなどと言った政治的意図がある。
 少年の出身世界もそういった世界の1つだ。局をやめれば勉強どころか路頭に迷う。内戦が続いている世界ではなく、犯罪があっても比較的治安のいいミットチルダに配属された時は、少年はこれで戦わずに勉強ができると喜んでいた。

(まさか、先進世界でこんなテロが起こるなんて)

 少年は目を開けない。震えている手を見てしまえば、いや、自分が怯えていることを自覚してしまったら、もう何も考えられない。
 少年はこのように追い詰められた状態だったので、誰かが震える手を握ってきたときは悲鳴をあげそうなほど驚いた。

「顔色が悪いわ。大丈夫?」

 手を握っていたのは、シャマルだった。普段の白衣姿ではなく緑色の騎士甲冑姿で、少年の手を包むように握っている。驚きのあまり少年が口をパクパクさせていると、シャマルは優しく頬笑み言葉をかけた。

「君は、好きな人はいる?」
「へっ?」

 少年にはあまりに場違いな発言に聞こえた。震えていたことも忘れて間抜けな声を出す。

「こんなときに正義とか平和のためにとか、考えてはダメよ」
「はあ…」
「それより、家族のこと、君に笑ってくれるあの子のことを考えて」

 手を握り頬笑みながら言ってくるものだから、少年は思わず考えてしまった。

(好きな人というわけではないが、憧れている人ならいる。3歳しか違わないのにすでにデバイスマイスターの資格を持っている先輩で、人見知りしない性格の…)

 そこまで考え閉まった後にシャマルの頬笑みが変化していること気がついた。先程の聖母のような頬笑みから、うわさ好きの女子が他人の恋話に花を咲かせているような笑みに変わっている。

「思い当たる人がいるのね!?誰、誰?」
「え、あ、あの」

 少年が答えに困っているとシャマルを呼ぶ声が聞こえた。いつの間にか現れたヴィルヘルムが呼んでいる。シャマルは「ここを切り抜けたら話を聞かせてね」と、言葉を残してヴィルヘルムのもとに向かった。
 少年はキツネにつままれたような顔をしていたが震えは止まっていた。




<<作者の余計なひと言>>
まだ、戦ってもいないのに長くなってしまったので、今回はここまでにします。
 何話になるかチョット未定ですが、その日の機動六課編が続きます。




[21569] その日、機動六課(B面)Ⅱ
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2010/11/29 23:32
 2体の航空戦力が六課に到着するまであと3分を切ったところで、ヴィルヘルムのもとにグリフィスからの連絡が入った。
 戦闘機人二体の反応が空中で停止したそうだ。かわりに何処からともなく現れたガジェットがこちらに向かってきているという。

「自分たちでは手を出さず。まずはこちらの戦力を推し量るつもりか」
「そうみたいです、二体とも射程外のぎりぎりのところで停止しています」
「戦闘機人は新型か?」
「はい、シャマル先生の捉えた反応は六課のデータと一致しません」

 クラールヴィントのセンサーが捉えた情報ならば、まず幻術の類で攪乱されたものではないだろう。
 敵の戦闘機人が新型ということはどんな能力を持っているか分からない。こちらの切り札になるシャマルとザフィーラは温存しておくべきだろう。

「シャマル医官、ザフィーラ、お前達はまだ手を出すな」
「え、でも…」

 心配するシャマルだったが、ザフィーラは少し意見が違うようだ。一度だけヴィルヘルムを見ると、シャマルを止める。

「シャマル、ここは副長に預けよう」
「ザフィーラまで」
「お前達には戦闘機人の対処に当たってもらう、雑魚相手に消耗するな」

 ガジェットⅠ型とⅢ型の混成部隊が六課の敷地内に侵入してきた。ガジェット達は特に陣刑を取ることなくまっすぐ先進し、基地警護用のオートスフィアや携帯結界システムを盾とした局員で築かれた防衛ラインに近づいた。そこから100m離れた所には外側から見えづらい位置に杭が打たれている。陸士が有効射程の基準にするために打たれたものだ。

「打ち方、初め」

 ヴィルヘルムは50mまでガジェットを引き付けてから、念話で命じた。
 魔力弾が連続で放たれ轟音を立てる。交替部隊や警備分隊以外の局員たちの魔法弾はⅢ型にはほとんど効果がなかったが、Ⅰ型にはダメージを与えることが出来た。半数が削り取られ、残り半数はオートスフィアや携帯結界システムの防御魔法に接触し足を止めた瞬間。

「おおおおおお」
「うわああああ」

 雄叫びをあげて、槍を突き出すベルカ組の攻撃によって撃破された。残りのⅢ型も警備分隊の機銃の集中正射とアース分隊との連携で破壊された。
 初めて現れた時にはライトニングFの二人を追い詰めたⅢ型だが、いまでは性能が判明しや対処法が考えられている。経験豊富な交替部隊なら十分相手を出来る。
 しかし、敵第一陣を撃退した問題が起きた。戦闘で興奮した局員が分隊長の制止の声を聞かずに、破壊されたガジェットの残骸に向かって攻撃を続けている。ある者は射撃を続け、ある者は槍を残骸相手に振っている。こうなっては迂闊に近づくとその者が怪我、あるいは致命傷を負ってしまう。
 これを収めるにはヴィルヘルムやザフィーラなどの経験の豊富な者が対処しなければならなかった。彼らは錯乱した隊員の死角から忍び寄ると素早くデバイスを取り上げる。それでもまだ正気に戻らない者には、容赦なく鉄拳をあびせ正気に戻した。「打ち方やめ」と、叫びながら二度繰り返すとようやく収まった。

「ロウラン准尉!状況を!」

 ヴィルヘルム自身の気がつかないうちに声が大きくなっていた。射撃音による音と破壊されるガジェットの爆発音によって耳がおかしくなっているのもあるし、ヴィルヘルム自身も興奮しているのもある。

「ガジェット第一陣撃破、こちらの損耗は軽微です」
「シャマル医官、敵の様子は」
「Ⅱ型数個編隊が海上から接近中、交戦圏内まで…ああ!」

 敵の様子を伝えようとしていた、シャマルが驚きの声を上げた。

「どうした?」
「Ⅱ型が打ち落とされていきます」

 海の方向を見ると、日が落ち暗くなった水平線の彼方に、一筋の光が駆け上がっていくのが見えた。

 一瞬の閃光と数秒遅れの爆発音。

 洋上数十㎞にいる巡洋艦が多術式魔力砲でⅡ型を迎撃してくれているようだ。多術式砲は地球で言うところのペイトリオットミサイルの様な地対空迎撃装備だ。流石に地上兵力の相手はしてくれないが、少なくとも手の届かない高高度から一方的に打たれる心配はなくなった。

「約束は守ってくれるようだな。また、頭が上がらなくなる」

 あの艦長なら一時間も頑張れば応援に駆けつけてくれるだろう。こちらはそれまで相手の攻撃に合わせて、何とか持ちこたえればいい。
 ヴィルヘルムは警備分隊長に念話で問いただした。

「分隊長、どのくらい耐えられる」
「ガジェット相手なら、弾が持つ限りは…。補給班次第ですな…あいつじゃな」
「なら問題ないな」
「え、そうですか?」

 警備分隊長は補給分隊長を信頼できないでいるようだ。不安が念話越しに伝わってきたが、ヴィルヘルムは心配していなかった。



 ヴィルヘルム達が戦闘を行っているころ、当の補給分隊長は武器庫の中で予備デバイスの数を数えていた。
 とはいえすでに各隊員に配分を終えてしまっているので、予備の数も20機あるわけではない。すぐに数え終わったが、彼はもう一度最初から数えなおす。他にやることがないからだ。
 先程までは、警備分隊の使うカートリッジの用意を手伝っていたが、ガジェットが破壊されたときに起こった爆発音に驚いて、カートリッジの詰まった箱を床にぶちまけてしまい、部下達に思いっきり嫌な顔をされた。以来、邪魔にならないようにデバイスの数を何度も数え直している。

「よし、準備完了」

 彼の部下達がカートリッジの準備が完了した。機銃型のデバイスは専用のリングで1つ1つのカートリッジを繋いでやらないと使用できない。流石に戦っている最中にそんなことは出来ないので、ここで行っていたのだ。

「よ、よし、と、届けに行こう」
「はぁ?なに言っているんですか、まだ戦闘中なんですよ!」
「分かってる、で、でも、機銃のカートリッチ、は、すぐなくなってし、まうものなんだ」

 普段、部下達に意見されるとなにも言えなくなってしまう分隊長だったが、突っかかりながらも反論した。
 部下達は意外なモノを見るようにこちらを見ている。彼らにとってはこの補給分隊長など、馬鹿にする対象でしかなかった。
 あまり背が高くなく、生白い肌、フレームの太い眼鏡、要するに彼はガリ勉タイプの容姿をしていた。そのうえ、話し方が訥弁で本人もそのことを気にしているのか、実に自信な下げにオドオドと話をする、テストの成績だけで管理局員になったと言われても仕方の容貌の持ち主だった。
 「部下に馬鹿にされている」補給班長はそのこと良く知っていたが、仕方ないことだとも思っていた。今も部下はあきれたような態度を隠そうともしていない。

「本気ですか」
「と、とりあえず、1、分隊分だけ、でも、持って行くよ。よ、用意を、続けて」

 そう言うと全部で30㎏はあるカートリッチの束を背負いタイプのコンテナにもたもたと積み込むと、杖型デバイスを支えにして何とか立ち上がり、ふらふらと走り始めた。
 部下達は茫然していたが、彼の悲鳴が遠くで聞こえた時には、「そのうち怖気ずいて戻ってくるだろう」と、思いついて作業を再開した。が、数分が経過しても戻ってこない。

「なあ、探しに行った方がいいんじゃないか?」
「ああ、そうだな」

 「流石に死なれては目覚めが悪い」と、心配する者が出始めたころ彼らの頼り無い分隊長が転がり込んできた。
 持っているデバイスは故障してしまっているし、制服はボロボロ、涙と鼻水で顔はグチャグチャとさらに見栄えのしない様子になっていたが、コンテナの中は空だった。
 彼はガジェットの攻撃の中を駆け回り、カートリッチを配って回ったのだ。杖はガジェットの攻撃でデバイスを壊してしまった隊員と交換したものだった。

「もう、は、半分近く、カートリッチを使ってしまっ、ている。急いで配ら、ないと」
「あ、お、俺も行きます」
「俺も」

 相変わらずの話かたで、モタモタとカートリッチを積み込む彼を部下達が手伝い始めた。
 馬鹿にしていた相手が危険を顧みず任務を達成して見せたのだ。ここで何もしなければ彼らとしても面子が立たなくなる。と、いう意識もあったのかもしれないが、彼らは分隊長を適確にサポートし始めた。
 ある者は壊れたデバイスを修理させるために武器・デバイス班のもとへ向かい。破壊されたバリケードを直すための資材を運ぶ者もいた。
 補給分隊長は、何故部下達が突然態度を変えたのかわからなかったが、先頭にたって前線を走り続けた。



「敵、第2陣、撃破」
「戦闘機人はまだ動かないのか?」
「はい、依然として動きを見せません」
「よし、お前達2人は引き続き、戦闘機人の監視を!」

 戦闘機人2機の動きには積極性が見られない。このままガジェットで押し切るつもりか、シャマル達を六課から引き離し分断を狙っているのか。
 いずれにしても好都合だ。このまま時間が過ぎていくなら応援が到着する。そうなったらこちらの勝ちだ。
 後は防御を彼らに任せて、AAランクの術者が無傷のまま戦闘機人2体を撃破できる。

「副長、ガジェット達が集結、錐行陣形を取りつつあります」

 ロングアーチから送られてきた情報に目を通す、確かに錐行陣形(三角形の陣形)を取りつつある、先頭はⅢ型だ。防御の厚いⅢ型を盾に突進し、こちらの防御を強引に突き破るつもりだろう。
 一般隊員達の攻撃ではⅢ型には、ほとんど効果がないのでこのままでは突き崩されてしまう。

「アース1、アース4、防衛ライン後方で迎撃準備!」
「ああ、なるほど」
「了解!」

 交替部隊の二人が後方に下がる。他の局員達には突撃に合わせて、防衛ラインの中央から観音開きの扉が押し広げられるように、後退していくよう命じた。(一の字の防衛ラインを11のように縦2本の線に変化させるような動き)

 ガジェットが突進してくる。局員たちはなんとか指示道理に動いてくれている。が、流石にマタドールが闘牛をかわすようにとはいかないらしく、攻撃をかわしているのだか、ただ逃げているか側から見ていると区別がつかないありさまだった。
 それでも大きな怪我人を出さずにガジェットの突進をかわし切った。

「よし、アース1、4」
「起動」

 アース4の送った小さな信号を受けて、カード型の簡略デバイスにこめられた術式が目を覚ます。
 局員たちの防御ラインを突破し、六課施設になだれ込もうとしていたガジェットの群はアース4の作った即席地雷原に飛び込む形になった。先頭のⅢ型が炎熱魔法で吹き飛ばされる。爆発に巻き込まれなかったⅢ型は、アース1が地面を槍状に変化させ串刺しにしていった。二人はこのために退いていたのである。
 後に続いていたⅠ型は爆煙の中に飛び込むのを危険と判断して停止したところを、局員達に狙い撃ちにされていった。ちょうど地雷と局員でコの字型に半包囲した形だ。三十秒もかからずにⅠ型も全て破壊された。

「ヤッター!」
「俺達でもやれるぞ!」
「よっしゃー」

 局員たちが歓声を上げる、3回の攻撃を撃退できたことで局員たちにも自信がついたようだ。勢いづいて目がランランとしている。
 その中でヴィルヘルムにシャマルから念話が届いた。

「副長、戦闘機人が動き始めました」



[21569] その日、機動六課(B面)Ⅲ
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2010/12/19 01:33
「敵、第三波、撃破!」

 通信担当のアルトの声が弾んだ。ヴィルヘルムの指揮を見るのは2回目だったが、正直、彼が事務系の幹部なのが信じられないほど見事な戦術だった。
 ヴォルケンリッターの二人に至ってはまだ一発も魔法を放っておらず、余力を残している。
(このまま、勝ってしまうんじゃ)と、甘い考えまで浮かんできたところを、グリフィスの声が邪魔をした。

「状況確認!」

 現在の六課の戦力は小隊3つと分隊1つ一個中隊弱だ。
 小隊は交替部隊1分隊、警備分隊(機銃手隊)1分隊、ミット式一般隊員数分隊、ベルカ式一般隊員数分隊で構成されている。(以下3小隊をエア小隊、グランド小隊、アース小隊と仮名)
 残りの分隊はヴィルヘルム、シャマル、ザフィーラの戦闘機人対応分隊だ。たった三人で分隊とは大げさかもしれないが、しっかりとした目的を持った集団なので分隊と呼称するべきだろう。
この三つの小隊をどの方向からガジェットが来ても六課隊舎を守れるように配置していた。
 副長達は戦闘機人に最も近い小隊で指揮を取っていた。もちろんその間にも他の小隊と、ガジェットとの小競り合いが起こっていたが、被害はほとんど出ていない。アルトから見るとまだまだ余力があるように思える。
 だが、戦闘はめまぐるしく状況が変わっていくもの。

「副長、戦闘機人が動き始めました」

 シャマルの念話を捉えてサーチャーを確認する。
確かにこちらの迎撃エリアの外で停止していた戦闘機人がガジェットを引きつれ接近してきている。

「映像を回して」

 オペレーターの主任であるシャーリーの指示で、映像を拡大し空間モニターに映し出す。
 シャーリーは映像を睨みつけるように観察し始めた。デバイスマイスターでもある彼女なら相手の武装やガジェットの形状からでもある程度能力を割り出すことができる。
 結果、戦闘機人の一名は接近戦タイプ、一名はステルス性の高い装備をしていることから、中距離から長距離での戦闘、もしくは支援をするタイプとあたりを付ける。ガジェットの方は簡単だ、Ⅰ型の重武装タイプこれで間違いない。
ガジェットは当初、デバイスマスター達から余剰スペースが多すぎると考えられていた。要するに中身がスカスカだったわけだが、今ではその理由も簡単に説明できる。要するに機能の増設用のスペースを確保のためだ。
現に初めて管理局世界にガジェットが現れた時と比べると、かなり性能が上がっている。だが、どうやらそれも打ち止めのようだ。機体の外部に追加の武装が見えている。
 シャーリーはその情報をまとめてヴィルヘルムに送った。
「副長、武装を追加したガジェットは攻撃力を増加していますが、防御は従来型と大差ありません」
「わかった」

 シャーリーからの情報を聞いてヴィルヘルムはすぐに部下達に指示を出した。ミット組とベルカ組を組にしてベルカ式防御に専念させ、ミット式に射撃で仕留めていくことにする。攻撃力の高い相手に迂闊に近づく危険との判断からだ。



 エア小隊もヴィルヘルムの指示にならい攻撃を開始した。しかし、

「なに!」
「かわした!」

 エア小隊が相手をしていたガジェット達の動きが急に良くなり攻撃をかわし始めた、無人操作から有人の遠隔操作に切り替わったようだ。
ホテル・アグスタで召喚士が使ってきた魔法だ。

「召喚が来るぞ!」
「副長に報告!」

 地面に四角形の魔法陣が浮かび上がり巨大な甲虫型の召喚虫『地雷王』が現れ始めた。



 報告を聞いてヴィルヘルムが怒鳴った。

「シャマル、ロングアーチ、広域サーチ急げ!」
「は、はい」

 ヴィルヘルムの声には焦りの色がある。これはただ事ではないと、シャマルは急いで探査魔法用意しようとしたが、途中で防御魔法に切り替える。

「IS発動、レイストーム」

 少年型?(シャマルにはそう見えた)の戦闘機人の足元に魔法陣状のテンプレートが出現し、手のひらには緑色のエネルギーが集中していく。

「クラールヴィント、防いで!」

 光が弾け、放たれた拡散砲をシャマルの防御呪文がしっかりと受け止める。双剣の女性型戦闘機人がシャマルの邪魔をしようとしたが、これはザフィーラが間に入って阻止した。
 二人の連携は見事だったが、今のヴィルヘルムにはそれを褒めるような精神的余裕はなかった。
 
(本部を攻撃していた召喚士が、合流してきた!味方の来援を待つつもりが、相手に同じ手を打たれてしまった!なら敵の戦力は最大で!)

 ヴィルヘルムの恐れはすぐに現実のものになった。市街地に推定Sランク相当のエネルギー反応が現れた。とたんロングアーチが騒ぎ出す。

「砲撃のチャージ確認」
「どうして今まで、気がつかなかったんだ」
「こちらのサーチャーの死角にいたようです。」

 本来なら地上部隊からの情報連結で死角をカバーできたはずだったが、ハッキングと混乱の影響でカバーしきれないエリアが出来ている。情報戦を得意とする戦闘機人も来ている証拠だ。
 遥か彼方、ここからだと針山のようにしか見えないビル群の1つがキラリと光ったように見えた。
ヴィルヘルムに出来たことは叫ぶことだけだった。
 「伏せろ!」と叫んだ声も超アウトレンジからの砲撃が起こす爆音にかき消された。
 凶悪なまでのエネルギーが、グラント小隊が守っていた防衛ラインに突き刺さり、ガジェットごと局員を薙ぎ払った。



「そんな…」

 どんなに強力な治療魔法を使えても、死者を蘇らせることはできない。
シャマルが思わず茫然とすると、ヴィルヘルムが射撃魔法を発動させた。

「ガンド・ランツァ」

 四つランサーはシャマルをかすめ、立ち尽くしていたシャマルを狙っていた戦闘機人に迫るが、双剣の戦闘機人は空中に逃れた。

「ドレーウング」

 ヴィルヘルムの呪文で、かわされたランサーがその場でクルッと向きを変え再度戦闘機時に襲いかかり、戦闘機人の張ったバリアーに接触して爆発した。

「シャマル!」

 もう一人の戦闘機人と対峙していたザフィーラが叫び、シャマルはようやく正気を取り戻した。
 これでここの戦闘機人は抑える事が出来る。とにかく状況を確認するのが先決だ。ヴィルヘルムがロングアーチに確認させると、ルキノとアルトが震えながらも被害状況を調べ、次の瞬間には大声を出した。

「生きてます!みなさん!」
「グランド小隊は壊滅状態ですが、人的被害は重軽症者だけです!」

 砲撃は非殺傷設定だったようだ。負傷者の大半は吹き飛ばされた衝撃や、飛んできた瓦礫や破片怪我を追ったものが大半だった。
 二人の戦闘機人と対峙しながらヴィルヘルムも安堵したが、彼らが依然として命の危険に晒されていることには変わりはない。
非殺傷設定といえども砲撃が2発、3発と続けばどうなるか分かったものではないし、負傷者のなかには手当をしなければ危険な者もいるだろう。

「ロングアーチ、フロントメンバーとの連絡は!」
「とぎれたままです!」
「とにかく、周囲のスキャンだ!地下を探るのも忘れるな!」

 状況から判断すると確認されている戦闘機人の中の砲撃型、情報戦型が増援に来ているようだ、あるいは高速機動型、物質潜行型の戦闘機人が増援に現れる可能性もある。
 これ以上、不意打ちを受けたらもうどうすることもできない。

(今の配置じゃ、対応できない。しかし…)

 思考する間にも状況が悪化していく、防衛ラインの外側に小型の召喚魔法陣が現れガジェットが現れ始める。グランド小隊を失ったこともあり、これで戦力差は2倍以上なってしまった。

(くそ!2倍も戦力差があっては戦術の入り込む余地はない。こんなことなら危険を冒してもシャマル達を先行させるべきだった。それにしても地上の馬鹿どもめ、足止めすらできないのか!いや、今はとにかくグランド分隊を救出することを考えろ)

 救出作業を行っている数分間の間は、ザフィーラの広域防御に頼るしかなさそうだ。強力な防御魔法でガジェット達を寄せ付けず、その間に救出作業を行う。
しかし、敵には攻城攻撃と言うべき大型召喚虫(地雷王)、拡散砲(レイストーム)、長距離砲(ヘヴィバレル)この三つはいくらザフィーラといえども同時に防ぎきるのは難しい。これらに対抗する措置が必要だ。
 地雷王は長距離攻撃が出来るタイプではないので、エア1、4が狙撃で足止め。ガリューと呼ばれている召喚虫が出てきた場合はエア2,3の二人で抑えることが出来るだろう。拡散砲はシャマル。長距離砲はヴィルヘルム自身とアース1,4で対応する。
グランド小隊の救出が完了次第、ザフィーラは広域防御を解除そのままシャマルの援護。
 戦いなれていない一般隊員達が六課の外で戦っていては、相手が展開する十分な空間的な余裕があるので一気に押し潰されてしまう。となると警備分隊の指揮で、防御システムを利用して六課隊舎内に引き込み戦力を分断、各個撃破を狙うのが最もまともな戦法だろう。
 アース2,3は高速機動型、物質潜行型の戦闘機人が現れた際の予備兵力として、隊舎内に残ってもらう。現れなかった際はそのまま一般隊員の支援に回る。
 攻城攻撃対応のため外に残る隊員達は、ほぼ孤立してしまう状態になるが、何とか時間を稼いでもらうしかない。

(結局個人技に頼ることになるとは!なにが『備え』だ!なさけない!)

 ヴィルヘルムは自分自身を殴り飛ばしてやりたい。という顔をしながら念話で指示を出す。
指示を聞いたザフィーラは、

「ヴィルヘルム、10分持たせる」

それだけ言うと雄叫びをあげ、広域防御を展開した。
ヴィルヘルムは配置を変えるため部隊を引かせながら、各分隊長に念話を送った。

「各分隊長、何分かかる」
「3分で配置変更可能」
「2分でやれ!」

 そして、自身のデバイスの待機モードを解除する。

「目覚めよ、ドルンレースヒェン」







<<作者の余計なひと言>>
 今回、17話で戦闘していた描写のない(少なくとも作者は見つけられなかった)クアットロとディエチには、副長を虐めに来てもらいました。

あと、作者の脳内のスカ陣営の分類は以下のようになっています。
B-2爆撃機タイプ(破壊力はすごいが対人戦闘は苦手)地雷王。
F-2空対地戦闘機タイプ(対艦ミサイルを装備した戦闘機)ディエチ。
F-15戦闘機タイプ(対人戦闘の優、対城戦闘は若干苦手)トーレ、ディード、ガリューほか。
E-767電子戦機タイプ(通信技術や分析能力に優れた者)ウーノ、クアットロ。
MC-130E特殊支援機タイプ(強力な対地攻撃もできる)オットー。
SR-71B偵察機タイプ(ステルス性にすぐれている)ドゥーエ、セイン



[21569] その日、機動六課(B面)Ⅳ
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2010/12/23 10:29
 うめき声や泣き声しか聞こえなかったのに、励ます声が聞こえてくる。
 グランド3が目を開けると、ぼやけた視界の中に救出に来たアース小隊と補給班達が倒れたグランド小隊を助け起こしている姿が見えてきた。
 指揮を取っているのは、大槍を持ちプレートメイル型の騎士甲冑に身を包んだ背の高い近代ベルカの騎士、ヴィルヘルムだ。

「何やってやがる…副長、こいつは『友釣り』だ」

 『友釣り』とは、まず、狙撃や爆弾などで敵の誰かに怪我を負わせ動けなくする。傷ついた仲間を助けに来た救出者を致命的な一撃で攻撃する。と、いう非情な戦術の1つだ。
 こうしている間にも、こちらを砲撃してきた戦闘機人は砲撃をチャージしているに違いない。
 グランド3はヴィルヘルムに警告するため大声を出そうとしたが、脇腹に激痛が走り虫の鳴くような声しか出ない。肋骨の何本かは確実に折れている。

「砲撃チャージを感知」

 アース1がサーチ系の魔法を使い戦闘機人の様子を探り報告している。
 グランド3にはアース1の女性らしい高い声が死刑宣告に聞こえた。
 自分のいた小隊を吹き飛ばした砲撃はSランク、隊長や副隊長クラスの魔力がなければ防御するのは不可能だ。副長が魔法の腕前を隠しているのは気がついていたが、流石にそこまでの魔力を保有しているなら騒ぎになっているはずだ。

「アース4、威力強化」
「了解!」

 アース4の強化魔法の補助を受けると同時に、敵の砲撃が放たれる。ヴィルヘルムが砲撃魔法で対抗するがやはり威力が違いすぎる。
 グランド3の視線の先で砲撃同士がぶつかり…、合わなかった。
ヴィルヘルムの砲撃は遥か上空に外れ、戦闘機人の砲撃は六課の敷地に面した海面に落ちて巨大な水柱を立てた。
 戦闘機人の攻撃はSランクの砲撃とはいえ、数キロ先からの攻撃には精密な計算が必要だ。様々な現象のチョットした変化で狙いが大きく逸れることがある。ヴィルヘルムはそれを利用し、互いの砲撃を干渉し合わせることで狙いを外させたのである。たとえるなら剣術の受け流しだ。
 
「アース1、敵の次弾は幻術とのコンビネーションだ。」
「わかっています。すでにロングアーチから幻術パターンのデータを受け取っています」
「よし。救出部隊、砲撃を恐れるな!あと数名だ、助け残しを出すなよ!」

 グランド小隊を救出に来たアース小隊は、ヴィルヘルムに叱咤激励されながら負傷者を搬送している。グランド3も涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした補給班の士官に、助け起こされながら呟いた。

「ち、副長め。いい腕しているじゃねーか」



 六課隊舎内がにわかに騒がしくなってきた。
 武装隊の最新輸送ヘリJF704式のハンガーに続く隔壁を全て閉鎖した、ヴァイス陸曹は他の隔壁閉じるため走りながらそう感じた。
 どうやら、副長は施設の無事を諦めて人の被害を減らす戦い方をするつもりのようだ。いつもは施設やデバイスを手荒に扱うと「官品愛護の精神はどうした!」と怒り出す裏方らしからぬ大盤振る舞いだ。
 最後の隔壁を降ろし終えると、三つのひし形のワンポイントが入った作業服の女性とすれ違った。数秒もたたないうちに女性の向かった先から、次々とケガ人が運ばれてくる。
 そのなかの一人は年長の交替部隊隊員グランド1だった。彼は他の局員に肩を貸してもらいながら歩いていたが、限界が来たらしいガクッと膝が折れる。

「あぶねぇ!」

 ヴァイスが咄嗟に肩を貸している隊員の反対側から支え、そのまま比較的に安全と考えられている区画へと連れていく。
 そこではすでにバックヤードスタッフが避難しており、衛生員(シャマルの部下)と負傷者の手当てをしていた。人手が足りないのであろう、シャーリーやアルトも駆けつけている。
 グランド1を寝かせると一緒に彼を運んできた局員は「あと、お願いします」と言い残すと衛生員に彼の容体を伝えに行った。
 ヴァイスも元武装隊、応急手当ての心得ぐらいある。ここで負傷者の手当てをしていた方が部隊のためになるだろう。と、考えグランド1の傷の具合を確認しようとすると強く腕を掴まれた。

「若いの、こんなところで衛生員のまねごとか?」

 グランド1がヴァイスの腕を掴み、荒い呼吸をしながら問いかけていた。
 経験豊かな目がヴァイスを見ている。

「いや俺は…」

 なぜか、「そうです」とか「それが最善です」と言えず、何を言いたいのかも言葉にならず、名前の付けられない思いだけが空回りする。
 ヴァイスの様子を見て、グランド1は笑った。彼とってはヴァイスの思いなど一目瞭然なのだろう。

「俺はお前が初等科の鞄を背負っているときから管理局で飯を食ってきた。おかげでいろんな魔導師を見てきた。辞めていく奴、同じことを繰り返す奴、強運が続く奴、そして…」

 長く話して疲れたのか、グランド1は大きく深呼吸をした。

「そして、立ち直る奴」
「俺も…」

 「立ち直れると?」とは、続けられなかった。グランド1気にせず、

「俺の知っている限りでは、立ち直ったのはそう願っている者の中からしか出てこなかったがね」

 衛生員が来て、グランド1の手当てを始めた。グランド1は持っていた汎用型デバイスを置くと目を閉じて身を任せている。

「こいつを見てやってくれ!」

 ヴァイス達のいる区画にエア小隊の負傷者が運ばれてきた。グランド小隊の救出が終了しガジェットとの戦闘が再開し始めたようだ。隊舎内からも小規模の爆発音が聞こえ始めた。

「誰でもいい!魔導師ランク保持者はいないか!」

 負傷者を連れてきた局員が大声で叫ぶ。ここで戦況を伝えても戦闘能力のない局員が不安がるだけだ。ヴァイスは局員の腕を掴んで区画から離れると戦況を聞いた。
 聞く限りだとエア小隊は押されつつある。召喚士のガジェットが強化されているうえに、戦闘経験の浅い一般隊員だけでは連携も取りにくいようだ。

「クソッ!」

 気が付くとヴァイスは区画内ないに戻り、グランド1が使っていた汎用型デバイスを掴んでいた。
 妹の巻き込まれた事件が頭を掠める。あの時の緊張、呼吸の乱れ、魔法弾を放った感触…。

「借りていきます!」

 ヴァイスはエア小隊の守っている区画へ走りだした。

「ビビってる、場合じゃねぇよな」



 槍に貫かれてガジェットⅢ型が機能を停止し地面に転がった。

「5、4、3、2、1、今」
「ヴァナル・ガンド」

 マルチタスクを最大に活用し、砲撃用の魔力のチャージとガジェットとの戦闘を同時に行っていたヴィルヘルムが砲撃を放つ。何度目かの砲撃は再び海上へ落ちた。
 ヴィルヘルムの砲撃は出力射程において敵に劣っていたが、その分チャージ速度において勝っていた。もし敵が距離を詰め受け流しが出来ない距離に移動したとしても、早さに勝るこちらの砲撃で先に攻撃することが出来る。
 また、敵は幻術を駆使し砲撃の個所を欺瞞していたが、六課のオペレーターが制作した幻術の解析は完璧に機能し、アース1が砲撃場所の特定するのを助けていいた。
 六課は何とか拮抗状態を保っていた。

(拮抗しているがそれだけだ。もうすぐ支えきれなくなってしまう。私もとうとう地金が出てきたか)

 苦々しく追い詰められていることを認める。すでに自分自身という最後のカードをきってしまった。これ以上戦力投入をされたらもうどうしようもない。何とかこの場を切り抜けてシャマル達と合流、敵を各個撃破出来る方法はないか考える。
 その間にも戦闘は続く、密集隊形でガジェットを倒しながら、アース1に聞く。

「敵の砲撃が来るまで、あと何秒だ!」
「現在、チャージは止まっています」
「見失ったのか!?」

 いま、敵が攻撃の手を休める理由はない。ヴィルヘルムはアース1が敵を見失ったと考えたが、アース1はキッパリ「観察眼には自信がある」と否定し、アース4に軽口をたたく。

「ガジェットだけなら楽にわね。休憩よ、休憩。ねぇ、コーヒー入れてくれない」
「豆が切れている。缶コーヒーで我慢しな」

 この軽口で勝機が見えた。いそいでデバイスに計算をさせる。

「フロイライン、戦闘機人の反応から計算しろ、敵はあと何発打てる」

 こちらが疲労しているように戦闘機人のエネルギーも無限ではない。特に砲撃型は大出力砲撃を地上本部制圧のために何発も放っている。その分力尽きるのも早い筈。
 案の定、愛機はあと数発で力尽きるとの計算結果をはじきだした。ならば、相手を休ませてやる必要はない。

「フィン・シュラーク」

 数本のランサーが1つのまとまり長距離用のランサーなり、シャマル達の相手をしていた戦闘機人に向かう。遠隔操作可能なランサーを避ける為、戦闘機人の機が一瞬逸れる。その一瞬を見逃すヴォルケンリッターではなかった。
 シャマルのバインドが拡散砲型を捉え、フォローに入った接近戦型をザフィーラが体当たりして弾き飛ばした。2機は空中で衝突してそのまま地面に墜落。ザフィーラは『鋼のくびき』を横なぎに放ち止めを刺そうとしたが、戦闘機人はこれを大量のガジェットを盾にすることによって防いだ。
 一時的にではあるがシャマル達の周囲のガジェットが数を減らす。

「砲撃チャージ反応!」

(よし、乗ってきた)

 手持ちの弾数が少なくなった敵は長距離砲撃があることをチラつかせ、こちらの合流を防ぐつもりだったようだが、ランサーの固め打ち『フィン・シュラーク』を使えばここからでもシャマル達の援護は可能だ。それを知った敵はヴィルヘルムに援護させないために、絶えず砲撃を打って援護を阻止してくるしかない。そして、弾数ならこちらの方が上だ。
 敵の砲撃が来る。こちらも撃ち返し互いの砲撃がねじ曲がる。砲撃を放つ隙はアース1,4が絶妙なフォローを入れてくれる。
 再び、砲撃のチャージ。あと、せいぜい2,3発繰り返せばこちらの勝ちだ。

「きゃ~~~~」

 悲鳴がヴィルヘルムの計算を狂わせた。
 六課隊舎の中から作業服を着た女性が飛び出してきた。その後ろにはガジェット数機。

「副長!」
「かまわん、行け!」

 アース1が女性を助けるために走りだす。アース1からすでに敵のデータを受け取っていたヴルヘルムも応じた。
 アース4がこれ以上ガジェットを近づけさせないために防御陣を張る。陣の中にはヴィルヘルム、アース1、4、女性と数機のガジェットだけだ。
砲撃が水面に落ちる音とガジェット破壊が重なり一瞬耳が聞こえなくなる。

 左の腿、脇腹、肩が熱い!

「…ッ」
「副長!」

 アース4もこちらの異変に気付き声をあげた。こちらに近づこうとして魔力反応のない衝撃波に弾き飛ばされた。
肩を見ると鋭い刃が後ろから肩を貫いている。刃は筋肉が締まる前に引き抜かれ、傷口からは血が流れ出す。
 ヴィルヘルムは刃が抜かれたことでようやく振り向く事が出来た。
 振り向いた先には、右手の親指・人差し指・中指に鋭い鋼鉄の爪付けた作業服の女性がいた。少し離れた場所には背中に傷を負い倒れたアース1。
作業服の女性、ノラ・ドゥは爪に付いた血をひと舐めすると、こちらを流し眼で見る。

「なかなかの丈夫な甲冑ですね。急所から逸れましたわ」

 ヴィルヘルムは答えずデバイスを右腕だけで構えた。この女がいる限り敵は砲撃を撃ってこられないはずだ。殺さす捉える事が出来れば、こちらが有利になる。

(アース1も私の傷も手当が出来れば十分助かる傷だ。手当てができれば…)

「その傷で、まだ、戦うおつもりですか?」

 ノラは哀れなモノを見る目でこちらを見ながら爪を構えた。

「お辛いでしょうに、わたくしが…楽にして差し上げます!」

 ノラが猫のように飛び出してくるのに合わせて、一足飛びで突進しながら槍を突き出す。
 体重と魔力が乗った一撃は、ノラの爪の一本を折ったがこちらも攻撃の軌道が逸れ槍先はノラの体を掠めるに留まった。
それでもこちらの反撃はノラの予想を超えたらしい。大きく間合いを外した。
 長期戦になればこちらに勝ち目はない。この機を逃さず攻撃に出ようとして、慌てて踏みとどまる。ノラが飛び退いた先にはアース1が倒れており、彼を人質に取られてしまったからだ。
 急制動に傷ついた体が悲鳴をあげる。痛みは堪えたが大きな隙が出来てしまった。ノラが放った環状バインドがヴィルヘルムを拘束する。

「その傷でその動き…、ただ魔法の出来る文官というわけではないようですね」

 ヴィルヘルムが身動きを取れずにいることを確認したノラは、アース1の首筋に突き付けていた爪を短く戻した。

「そう言う、貴様は何者だ。まさか、ノラと言うのが本名ではないだろう」

 ノラはクスッと笑うと答えた。

「オリビエ02と言えば分かるかしら」

 言い終えるとノラはパッと駆け出し、一番近い海の中へと飛び込んだ。手負いとはいえこちらに近づくのは危険と判断したらしい。
 魔力を高めバインドを引きちぎる。

「グリフィス!砲撃チャージは!?」
「あと30秒です!逃げてください!」

 グリフィスはほとんど悲鳴に近い声で答えた。周囲を見渡す、アース4は頭を振りながら立ち上がったところだった。アース1は倒れたままだ。受け流しはできそうにない。
 小型ガジェットが近寄ってくる。

「アース4、アース1を担いで隊舎へ走れ!」

 ランサーをガジェットに放ちながら大声で怒鳴る。怒鳴り声で意識がはっきりしたアース4が消防夫搬送法でアース1を担ぎながら聞き返してくる。

「副長は!」
「かまわん!行け!」

 砲撃の直撃を許せば、アース1、4も六課隊舎もただでは済まない。
デバイスのカードリッチを3発使用し手持ちの魔法の中で最大の防御魔法を展開しながら、念話でグリフィスに連絡を付ける。

「神の子よ!魔術詩人の言葉に従い、第1の槍を捨てよ!」
(グリフィス!指揮を引き継げ!)

 敵の砲撃が放たれた。数キロ先から放たれたエネルギーの奔流が防御魔法にひびを入れる。
 アース4はまだ隊舎にたどり着いていない。
 エネルギー波の勢いは止まらない。

「狂戦士よ!預言詩人の予言に従い、第2の槍を捨てよ!」
(やばくなったら下水道でも何でも使って!逃げ出せ!)

 ほとんど不可能と知りつつ、指示を送る。
防御呪文を強化、補強するが、焼け石に水だ。

「英雄よ!吟遊詩人の諷刺に従い、第3の槍を捨てよ!」
(六課隊舎など単なるハードだ!放棄してかまわん!)

 アース4が六課隊舎内に飛び込み、防御システムが出入り口を閉鎖、シールドを張る。
再度の強化と補強、あと数秒しか耐えられない。

(お前達が残れば、六課の再建などいくらでも…)

 砲撃の出力が上がった。戦闘機人が残りのエネルギー全てを使った一撃は防御を容易く破り、ヴィルヘルムを飲み込んだ。



「艦長!見てください!巨大な魔人が!」
「いや、あれはアルザスの真竜だ!」

 戦闘開始から一時間強、六課近海に近づいた巡洋艦の艦橋から見える六課隊舎はひどい有様だった。ボロボロになっているうえにあちこちで火災が発生している。それに海岸付近には巨大に真竜が見える。この竜が敵なら、今すぐこの場から離れなければこの艦自体が危ない。

「オイ、反撃の準備をしつつ六課に呼びかけろ!あの真竜は味方か?」

 通信が何とか繋がり、グリフィスと名乗る准尉が出た。救援に来たことを伝えると、一瞬声を詰まらせた。艦長には彼が何を言いたかったのかよくわかった「遅すぎる」と、言いたかったのだろう。
 それでもグリフィスなる若い准尉は礼をいうと、消火と負傷者の救助を要請し、真竜が味方であることを伝えてきた。艦長はそれに応じ、手持ちの魔導師隊を全て派遣した。
ガジェットⅡには多術式魔力砲の死角を突かれ六課への低空侵入を許し、増援に来ても時すでに遅い。ヴィルヘルムとの約束を果たせなかったと感じていた艦長は、出し惜しみする気はなかった。しかし、地上本部は混乱中、六課は破壊されてしまった。

「最悪の状況だな。次の手は『備え』てあるのか?若造」



<<作者の余計なひと言>>
私の脳内副長は文武共に長ける万能型の人間ですが、無敵のヒーローではありません。負ける時には負けます、StrikerSの主人公はあくまで三人娘と新人達。
 皆さんはお気付きでしょうが、ノラ・ドゥ = オリヴィアの略称・フランス語の2 気付けよ、副長。



[21569] 翼、ふたたび(クロノ、ロッサ)
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:50d90d06
Date: 2011/02/01 22:21
ジェイル・スカリエッティに地上本部襲撃から明けて、新暦75年9月13日本局標準時AM0900。
時空の狭間に建設されている時空管理局本局、中央庁舎の中にある次元航行部隊大会議室にクロノはいた。
その大会議室では、通称「海」の主だった幹部を集めて緊急対策会議が開かれていた。
ドーナッツのような円卓に時空航行部隊総司令官を筆頭として、各方面隊を預かる方面隊司令官や遺失物管理部長クラスの面々が顔を並べている。
なかには混乱のおかげで会議に間に合わず、通信用の空間モニターを席に浮かべているものもいたが、時空管理局の2大実力組織のひとつ海の頭脳達が集結した会議は、最初から座礁しつつあった。

「そもそも、一個人になぜこれだけの兵力を有していたのだ、捜査部は何もつかんでいなかったのか?!」
「確かにミット地上において、密輸が増えてきているといった報告は受けてはいた。だが、こういった事態と結びつけるのは不可能だった」
「それは些か認識不足していたようですね。我が出入国管理部では、ミット密入する偽装船を数隻拿捕している。その中にはあの魔道兵器の材料もあると報告していたはずだ」
「数隻?あの数のガジェットを作るのに数隻で足りるはずがない。君たちの網はずいぶん穴だらけだな」
「それは非政府組織に不必要に特権をばら撒いている教会に言ってくれ。そのために査察部だろう」
「すべての非政府活動を調査するなど不可能だ。我々にはほかにも対処しなければならないところがあるのでね」
「地上部隊か、ならなおのこと査察部は何をしていたのかと問いたい。地上部隊上層部とジェイル・スカリエッティと繋がりがあっただろうことは明白だったはずだ」
「そういった動きを調査するには根拠になる証拠や根拠が必要だった。そういった情報を探し出すのは捜査部の仕事だろう」
「こちらも人手不足でね、スカリエッティのような広域次元犯罪者を取り締まるには、各方面隊の協力が必要だったのだが協力的ではなくてね」
「なんだと!」
「捜査権がないだの何だのと、何の情報提供も受けずになにを協力しろと言うのだ!」
「だいたい、我が艦隊を出撃させない。」

 ジェイル・スカリエッティ一味に対する対策を話し合うはずの会議は、今回のこの騒ぎの責任の所在を明確にするとの名目で、責任の押し付け合いの場になってしまった。
 「陸」でレジアス中将への査問が始まっているのなら、まだ中将を悪者にすることで意思の統一を図ることも可能なのだが、相手が地上の守護者いうこともあり「海」や「陸」の上部組織、安全保障理事会も査問の実行をためらっているようだ。

(唯一、積極的に事態の収拾に乗り出そうとしているのは、第9艦隊か・・・。思惑が透けて見えるな)

 第9艦隊はその名のとおり第9管理世界方面を守護する艦隊である。この第9世界は先進管理世界ではあるが、政治体制やイデオロギーの違いからミットチルダとはとにかく仲が悪い。
 地球でたとえるならば同じ国連でもアメリカとソ連の仲が悪かったようなものである。この期に乗じて手持ちの艦隊をミットチルダ方面に駐留させ、軍事的優位を確保することが目的かもしれない。



(とはいえ、今うかつに発言すると六課壊滅の責任と地上の混乱の責任を混同して攻撃されかねないし・・・、これはヴェロッサにアースラ使用の許可を任せて正解だったな。)

 クロノがこの場にはいない友人のことを思っていると、会議室内の言い合いや話し声が、波が引くように小さくなっていく。皆出入り口付近を見ている。

「そういった論争は、よそでやったらどうかね?」

 会議室に入ってくるなり発した、ラルゴ・キール栄誉元帥の一言で幹部たちは冷静さを取り戻したようだ。まだ、少々ざわついていた室内が静まり返る。

「クロノ・ハラオウン提督」
「はい、元帥」

 ラルゴ元帥が名指しで指名して来たので、ある種のイヤな予感を感じながら、クロノは返事をした。

「今回のこの状況に対するプランを持っているかね?」
「はい、いくつかは」
「発表したまえ」

 クロノは六課や騎士カリム達の調査内容を踏まえ、スカリエッティに対する六課主体の対応策を提示した。
 その間、鋭い視線や悪意を感じてはいたが、ラルゴ元帥は二度頷き肯定した。

「うむ、では実行に移りなさい。君には1個分艦隊をつける、旗艦はクラウディア。今すぐ、準備にかかりなさい。私も細部を詰めた後に増援に向かわせてもらう」
「はい」

クロノは退出しながら思った。

(これで初動の対処は僕ができるな、六課にとっても悪くはない話だ。だか、これでも事態の収拾がつかなかった場合、僕たちの責任になる)

 ラルゴ元帥ほどの実力者ならクロノのプランと同じかそれ以上のものを腹案として持っていたはずだ。
 だが、あえてクロノに提示させたということは、失敗した場合は初動対処のミスという名目でこちらを切るつもりだろう。
 なにしろプランの立案者はクロノ自身なのだから・・・
 いまごろ、会議室の中ではそのときのため根回しが行われていると邪推しても、被害妄想ということはあるまい。

(さらにスカリエッティとレジアス中将との繋がり証明されない場合は、この混乱の責任も六課に押し付けて来るかもしれないな)

 食えない人だ。と、思いながらも六課が負けるところなど想像もしていない自分がいることに気がつき、自分自身に呆れる。

「いつの間にか、僕もあの三人に影響されていたんだな」







 アースラの使用許可を取り付けた後はやてを待つ間、ヴェロッサは当のアースラが停泊している整備ドックに立ち寄った。
 ドック内では整備員たちが、手際よく作業を進めている姿が見える。各班ごとの指揮を執っているのはずいぶんと年配の整備員だ。

(おかしいな?アースラは訓練名目で整備していたはずだから、新人整備員が多いはずなのに)

 ヴェロッサが疑問を感じていると、全体の整備指揮を取っている制御室からの放送が聞こえてきた。

「よーし、各種配線系のチェックは終了だ。外装に取り掛かれぐずぐずしている奴は、一緒に溶接しちまうぞ」

 荒々しい声が放送で流れ若い整備員を急き立てている。ヴェロッサには聞き覚えがあった。

(この声の主は去年定年定職をしたはずの整備監督の声だ)

クロノがアースラの艦長だったころ、任務を終えて帰ってくるとアースラを出迎えてくれたのが、彼と彼の指揮する整備チームだったこともありヴェロッサとも顔見知りだった。


「監督」
「ん、ロッサキッドか、久しぶりだな」
「ええ、退官パーティー以来ですね」

 ヴェロッサが制御室を訪ねると、監督が向かい入れてくれた。無愛想な態度だが職人気質の彼はこれでも歓迎してくれている。
 どうやらアースらの整備指揮を執っているのは彼のようだ。
 通常、アースラの様な艦艇が建造されると、莫大な予算がかかるということもあり最低でも30年以上使われる。
 彼はL級艦船の開発計画の時点から関わってきた整備員で、彼にとってはL級艦船は整備員としての人生そのものだ。
 彼の指揮ならば安心して任せることができる。

「あなたが整備をしてくれたとなるとはやて達も喜ぶでしょう。」
「ああ、あの訓練室をよくぶっ壊してくれた、小さい譲ちゃん達か?」

 新品同然に整備したはずの艦を送り出すたびに壊された記憶が蘇り監督は顔をしかめた。
 ヴェロッサが慌ててフォローをする。

「彼女たちはもう隊長ですよ。そんなに無茶はしません」
「あの譲ちゃん達がね。どうりで俺もこいつ(L級)もロートルになるわけだ」
「またまた、予備役とはいえあなたも彼女(アースラ)も現役じゃないですか」
「いや、おれは予備役じゃねぇ」
「え、どういうことですか?」

 予備役などの管理局員としての資格がなければ、場合によってはアルカンシェルを搭載するような艦艇の整備する許可など下りるはずがない。
 ヴェロッサが問いただすと、現在の彼の立場は非常勤の嘱託教官だった。2年間の契約で整備員を教育する教官として招かれているそうだ。
 ほかにもすでに管理局を離れて独立した整備員たちが仮契約で駆けつけているらしい。おかげで後数時間で出港準備が整う見込みらしい。

「この短時間で?」
「とうぜんだろ、みんなこの艦とは長ぇ付き合いだ」
「ええ、この混乱のなか皆さんよく集まってくれました」
「ん、あらかじめ決まってたことだろ?聞いてねぇのか?」
「え?」

 まったくはじめて聞くことに友人や姉が自分に話していない計画でも在ったのかと疑っていると、監督が続ける。

「六課の副隊長といったか、あの背高ノッポ」
「ケーニッヒ3佐」
「ああ、そんな名だったかな?俺もほかの連中もあの若いのに誘われた口でね。召集の連絡はロウランとかいう代理人がやったらしいが・・・」
「なるほど」

 ヴェロッサの知らないところで六課の文官たちが動き回っていたらしい。
 ヴィルヘルムは現在病院の集中治療室で手術中なので、連絡をしたのはグリフィスのようだが事前に根回しをしていたのだろう。
 待ち合わせの時間になり、監督に挨拶を済ませるとヴェロッサは制御室を後にした。

(はやては部下に恵まれているな。あとははやてのやる気がしだいか・・・)

 落ち込んでいるようだったら少し元気付けてあげようと思いながら、アースラを眺めていると背後から誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえた。
 振る向くとはやてがいた。

「はやて」
「ヴェロッサ、ごめんな。おまたせや」

 一日中動き回っていたのだろう少し疲れが見える。

「さすがのはやても、ちょっと元気がないかい?」
「ん〜、まぁ、そやね」

 はやては少し自嘲じみた口調で口を開いた。

「ギンガやヴィヴィオをさらわれたんは大失態や。部隊員たちにも怪我させてもうたしな」

 はやては責任感の強い子だ。思いつめすぎてはいないだろうか?ヴェロッサは心配したが杞憂にすぎなかった。

「そやけど、持っていかれたもんは取り戻すし、今度は絶対ちゃんと守る」

 強い言葉だ。そしてその意思も感じる。これがはやてだ。ヴェロッサはうれしくなってはやての頭を撫でた。



<<作者の余計なひと言>>
パソコン使用不能状態継続中。筆が遅くてすいません。
なるべくがんばって更新していきます。



[21569] 決戦へ
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:1aece299
Date: 2011/02/23 22:26
「・・・・・・」

 暗くて何も無い場所にヴィルヘルムはいた。
 いや、いたというのは正確ではない、何しろ自分の存在すら認識していなかった。
 ただ、後になってもグリフィスが話しかけてきたのは、覚えていた。

「副長、聞こえていますか?グリフィスです。申し訳ありません。副長が奮戦してくださったにもかかわらず、六課を守りきれませんでした」

 ここでグリフィスは言葉を詰まらせた。言葉にしたことで、こみ上げてきたものがあるのだろう。

「被害を報告します」
 
 被害はひどいものだった。六課庁舎の防御システムはその機能を失い、管制機能もほとんど破壊されてしまった。基地というハードウェアとして何の価値も無い状態だった。
 次に基地としてのソフトウェア、人の被害。こちらは比較的マシと言える。死亡者は0、重傷者の数も数名程度ですんだ。庁舎が攻撃された際、火災も発生したことも考えると、ハッキリ言って奇跡の類だ。
 通常、単なる火災でも死者が出てもおかしくはないが、結果的に遊兵になってしまったアース2、アース3の両名が負傷した隊員たちにシールドを張って回っていたらしい。
 だが、ギンガ、ヴィヴィオの二名が拉致されてしまった。スカリエッティのことだ、すぐに殺されることはなくても、何かの実験の被験者にされてしまう可能性がある。一刻も早く救出に向かいたいところだが、スカリエッティのアジトはいまだ判明せず、地上本部も沈黙したままだ。
 ここまで説明をしていたグリフィスに何か連絡が入ったらしい。

「次は吉報を持ってきます」

 と言い残し病室を出て行った。




それから数日たったころには、ヴィルヘルムは意識が戻らないまでも、夢という形で状況を把握できるまで回復してきた。どういうわけだか、グリフィスを筆頭に見舞いに顔を出すものたちが全員、状況を報告して行くために鮮明な夢を見ていた。
今日も病室ということもあり遠慮がちなノックの音とともに、はやてがやってきた。
はやては、先に見舞いに来ていたシャマルに声をかけた。

「シャマル、動き回って大丈夫なんか?」
「はやてちゃん、ええ、大丈夫よ。明日にはヴィータちゃんの体も見てあげたいですし…


シャマルは彼女自身怪我人であったが比較的軽症であり、医者としての使命感もあったのでほかの負傷者の様子を見て回っていた。

「無理だけは、せんといてや」
「へっちゃらよ、このくらい。それに私はアースラには乗らないし…」
「だからこそや、シャマルには怪我をした。みんなのお守りをしてもらわなあかんからな」

 はやてはそこでニヤッと意地悪そうに笑うと、ヴィルヘルムのベッドに近づくと顔をつつく。

「ほら、ここにもでっかくて手のかかるのがおる。普段、訳知り顔で、「課長のデスクワークは効率的ではありません」なんて、いやみったらしく私の仕事をとって癖に、今は私に仕事残してお昼寝中や」
「・・・・・・」

 ヴィルヘルムが反論できないこといいことに言いたい放題。シャマルが何も言わないのは、病院内で大笑いをするわけにはいかないと笑いをこらえているからである。
 はやては少しの間の悪口を並べた後、この数日間で自分たちが本局から引っ張ってきた戦果を、中でも本局所属のミッド地上航空魔導師隊の一個大隊指揮を執ることを自慢げに語った。
 管理世界において大隊というのは常設の部隊規模ではない。有事の際、戦闘部隊のとして編成される部隊単位だ。では、大隊というのがどのくらいの規模の部隊になるかというと、まず一個分隊が約10人、それが3〜4個分隊集まり小隊となり、小隊が3〜4個小隊集まり中隊、大隊となっていく。万年人手不足の管理局なので、平均して300人程度の魔導士集団が大隊と呼ばれる。
 しかも本局所属の航空魔導士は地上に比べて比較的高ランク魔導士が多い15〜16がAAAランク級の魔導士ということだ。その中に高度な対AMF戦をできるものが何人いるかわからないが、かなり心強い戦力となる。

「借り物の部隊やけど陣形や何やらは、副長との机上演習の作戦を使うから問題ない」

  はやては交代部隊をアースラに乗せる気はなかった。交代部隊には重症のものもいるし、半数は地上部隊出身者、もしかすると本局所属の航空魔導士との相性が悪いかもしれない。
 はじめて指揮を執る部隊で戦うことになるが、はやても伊達に大隊指揮の資格を持っているわけではない、戦闘指揮能力は十分高い。それに彼らもプロだ事前に陣形のプランを渡しておけば混乱することなく従ってくれるだろう。

「だから副長、心配あらへん。交代部隊とゆっくり休み」

 はやてはそう言うとベッドから離れた。グリフィスが復帰してはいたが、ヴィルヘルムをはじめとした文官たちにも怪我人が出てしまったため、はやてのこなさなければならない仕事は山積みだった。病院に顔を出せたのも、本局行きの転送装置が順番待ちになってしまったからだ。事件の混乱はこんなところにも出てきている。

(疲れている。なんて言ってられへん。まだ、やらなあかんことがある)

 はやては六課襲撃の可能性を見逃していた自分を恥じていた。予言を覆そうとするあまり、ヴィヴィオの重要性を見逃していたのだ。もっと警戒していたらもう少し打つ手があったはずだ。事実、はやて、なのは、シグナムはほとんど遊兵となり戦闘機人や騎士達と接敵すらしていない。

(それにしても、ヴィヴィオをさらったんはなぜや。聖王家の血筋で戦闘機人を作るにしても、遺伝子データさえあれば、別に今さらう必要はないはずや)

 スカリエッティの意図が分からず思わず顔に出してしまったらしい。シャマルが心配そうに声をかけてきた。

「はやてちゃん、大丈夫?無理してない?」
「うん、心配あらへん」

 あわてて取り繕いながらもはやてははっきり言った。

「事件が起こったなら真直ぐそこに向かっていくこと、エースとストライカーをそこに向かわせてあげること。それだけはどんな邪魔が入ってもやり遂げる。絶対に!」
「・・・・・・」

 シャマルはそれ以上何も言わなかった。自分の主は優しいが一度こうといったことについてはなにを言っても止めてくれない。こうなったらもう信じるしかない。

「ちゃんと休憩だけはとってね」
「うん、アースラに戻ったら少し休憩できるはずや」

 シャマルの助言にそう答えながらはやては病室を出た。




 さらに数日、半覚醒状態のヴィルヘルムは長距離念話使おうとしていたがうまく回線が開かない。

(フロイライン、どうした。フロイライン ドルンレースヒェン。念話を増幅しろ)

 デバイスに呼びかけても返事がない。破壊されてしまったのかとヴィルヘルムが本気で心配し始めたころ病室の外での騒ぎが聞こえてきた。

「困ります、避難をしてください」
「大丈夫さ、すぐ終わる」

 ノックもなしにドアが開いて、騒ぎの張本人が入ってくる。無精ひげに眼鏡、スーツの上に白衣を着た科学オタクぽい容貌の男だ。

「あ、確か副長の・・・」
「やあ、・・・シャマルさんだったっけ?」

 空間モニターでニュースを見ていたシャマルが対応をしようとすると、かろうじて記憶のすみに名前があったといった感じで男は答えた。人の名前を覚えるくらいなら円周率を覚えたほうがいいと思っていそうな態度だ。
 あんまりな態度にシャマルが呆気にとられていると、ヴィルヘルムに近づくと頬をひっぱたく。

「起きろ、『監査役』。よくも私の娘を傷物にしてくれたな」
「黙れ『ハカセ』、人のデバイスを勝手に持ち出すな。おかげで念話が使えなかった」

 目を覚ましたヴィルヘルムが答えるとハカセは待機モードの懐中時計の姿になったドルンレースヒェンを手渡した。
 このハカセと呼ばれた人物はヴィルヘルムが民間時代、会社の立ち上げに参加した一人で、技術部門だったこともあり、ヴィルヘルムのデバイスを作ったマイスターでもあった。
 六課襲撃を聞きつけて自分の作品ドルンレースヒェンの様子が気になり、病院で無断で回収すると修理したようだ。彼の頭の中の心配の度合いはヴィルヘルムが3割、ドルンレースヒェンが7割だった。

「副長、まだ起きちゃ」
「いや問題ない。それに課長たちも難儀しているようだ」

 シャマルが起き上がろうとするヴィルヘルムに近づくと、彼はそう答えた。
 消されずに宙に浮いたままの空間モニターからは突如として浮上した巨大船のニュースが流されている。
シャマルも本音を言えば今すぐに駆けつけたかったが、それははやてに止められていた。それに医師として、重症をおっていたヴィルヘルムを戦いに行かせる訳にはいかない。
規則にうるさいヴィルヘルムなら交代部隊ともに待機命令が出ているといえば止まるはずだと思い伝えたが・・・

「幹部とは命令違反をするときにその判断をできるものがなる階級のことだ。ただ命令に従っているのでは曹士と変わらん」

 と、あっさり命令を無視した。すると、

「お、副長、分かっていらっしゃる」
「話せるわね」
「そうでなくては」

 いつのまにか来ていた交代部隊の分隊長達がヴィルヘルムの意見に賛同した。

「シャマル、まだ不満があるのならお前だけ置いていってもかまわんぞ」
「うっ・・・、ちゃんと命令をいただけます?」
「当然だ、いまならボーナスの勤評も期待していい」
「行きます!」

 シャマルはこの誘惑に負けた欲しかった新作バックがある。

「ハカセ、お前何できた?」
「ヘリだ。管理局設計の民間用」
「貸せ、お前はほかの患者と一緒に非難しろ」
「ちゃんと返せよ、お前がいなくなってから『言い出しっぺ(社長)』がうるさくなりやがった」
「整備して返す」

 ヴィルヘルムは振り返り、各分隊長に命令を出した。

「動けるものを集めろ、交代部隊、出動!」



<<作者の余計なひと言>>
 副長と交代部隊、再起動。ゆりかご戦編へ。
 パソコンの再起動はいまだかなわず。



[21569] 前哨戦
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:1aece299
Date: 2011/02/27 19:12
54式輸送機ヘラクレス6機が勇ましい轟音を立てて編隊飛行を行っていた。その中には俺を含めたミッド地上航空魔導士約50名が完全武装で詰めていた。
特別に編成された魔導士大隊の中の分隊の1つ第06分隊長、俺ことディガンマ01は狭い機内でタバコを吸おうと悪戦苦闘していた。何とか懐の中からタバコのソフトケースを取り出し、口にくわえたところでライターがないことに気がつき舌打ちをする。小さく毒突きくわえタバコのまま懐を探っていると、武装隊にしては白く細い指が横合いから伸びてきてタバコを取り上げた。見ると次席女性隊員のディガンマ02が睨んでいる。

「なにしやがる、ディガンマ02。人生最後のタバコになるかもしれないってのに」
「機内は禁煙です。それに私はまだ人生を終える気はないので副流煙が気になるんです」
「俺だって死ぬ気はねぇよ」
「なら問題はありませんね」

 そう言ったディガンマ02にソフトケースも取り上げられ自分の懐にしまわれてしまった。が、しまいこんだときにバリアジャケット(空戦)の間から谷間か見えたのでよしとしよう。鼻の下を伸ばしているとわき腹に肘鉄を食らう。

「で、どう思いますか?」
「どうって?」
「八神2佐のことです。私は高町3尉の教導を受けたことがあります。彼女はどちらかというと指揮をとるタイプではありませんでした。八神2佐は高町3尉と同期でしたから」
(八神2佐も前線タイプだと困るか・・・)

 どうやら彼女は自分の指揮官の能力に疑問を持っているらしい。二十歳になったばかりのよく知らない人間に命を預けるのだから、彼女くらいの反応のほうが自然だろう。幸いなことにディガンマ01は4年前の空港火災の際に彼女の指揮の下で働いたことがあった。

「ああ、八神2佐を知らねぇのか。彼女の指揮能力は問題ねぇよ。陣形プランもよくできている。高ランク魔導士の突入隊は大胆に、残りの守備は堅実に、あの年でたいしたもんさ」
「私も大隊指揮の論文では知っていました。大胆さは分かるのですが・・・」
「そうだな、あの堅実さは前にはなかったかもな。自分の部隊をもって何か掴んだんだろ」

 4年前を思い出し、エースと呼ばれる人間の成長に舌を巻く。人から学んだのか自分で学んだのかは知らないがとんでもない成長速度といえる。ディガンマ02の不安を和らげようと空港火災でのエースたちの武勇伝を語っていると。機体が作戦区域に近づいた。
機体の酸素マスクを着けた乗務員と機長が降下の準備を始め武装隊員に指示を出している。

「作戦空域まであと20分、武装隊員はバリアジャケット及びフィールドの設定をチェック」
「作戦区域内の天候は良好。有視戦闘可能」

 ハッチを開いたときの風圧に備えるため乗務員が命綱のフックを機体にしっかりと固定するのが見える。後五分とかからずにハッチが開くはずだ。

「ハーネス固定完了。フィールド展開せよ」

 自分を含めた全武装隊員がデバイスに命じて高高度戦闘用のフィールドを展開する。
 後部ハッチのすぐ上に取り付けられた信号機が黄色に変わった。機体内の減圧が完了した合図だ。乗務員が機体内の様子を機長に報告し、こちら、武装隊員にハンドサインを出す。と、同時に・・・

ビー、ビー、ビー

 アラームが鳴り響き、後部ハッチがゆっくりと開いていく・・・

(ああ、空だ・・・)

 興奮が戦闘に対する不安を押しのけ歓喜に近い感情を生む、ディガンマ01は自分が空戦魔導士であることを最も自覚できるこの瞬間を楽しんだ。

「ヘータ分隊、起立せよ!」

 強風のため、すでに肉声など届かない。指示が念話で伝えられてくる。

「フィールド正常展開確認」
「さあ、諸君。英雄になって来い!」

 ハッチが完全に開ききり信号が緑に変わる。

「出撃開始10秒前、オールグリーン!」

 ヘータ分隊でコールサインの一番若い者が後部に立ち降下準備を完了させる。

「カウント、5、4、3、2、1」
「聖王の加護を!武運を祈る!」

 武装隊員が次々と飛び出し、急上昇。八神2佐たち本体と合流していく。
 俺の分隊の番はまだか、早く飛ばせろ!
 スティグマ分隊が機体を離れ、順番が回ってきた。よし!

「何かにつかまれ!」

 機長が突然警告を出した。機体のオートバリアが最大出力で展開されると同時に機体が左に急旋回する。
 ディガンマ01が咄嗟に輸送機の簡素な座席にしがみつくと、視界が光に埋め尽くされた。

(これは魔力砲!巨大船から攻撃された!)

 機体をかすめた魔力砲が空気を吹き飛ばし、強悪な風を生む。風になぶられディガンマ02が機体の外に、砲撃に吸い込まれていきそうになっているのが見えた。限界まで手を伸ばしバリアジャケットを掴むとそのまま力任せに引き寄せた。危なかった、今の砲撃は人が耐えられるものではない。
 ドンッと下腹に響くような振動と、鼻を突くような焦げ臭さ。

「煙噴いてる、エンジンか!?」

 黒い煙が右翼側から出ているのが後部ハッチから見える。輸送機には窓がない。状況は?
 もし、機体に深刻なダメージがあるのなら、機体クルーを抱えて飛ぶことになる。敵の姿も見ていないのに戦力減少、まずい。
 ディガンマ01が思考していたのは0.1秒もなかったはずだ。それだけ短い間の躊躇なく機長は怒鳴り声を上げた。

「全武装隊員、緊急離脱しろ」
「機長は?」
「心配するな、うまいこと着水させる」
「しかし!」
「やかましい!積荷ども、とっとと行け!」

 肩を叩かれそちらを見ると乗務員までもが「行け」サインをしてきた。
 ディガンマ01は部下たちに「先に行け!」と支持すると乗務員に敬礼した。

「聖王の加護を!武運を祈る!」

 機長と同じ台詞を叫び機外に飛び出す。部下たちと合流、急上昇。
 雲を抜けると八神2佐、高町1尉、そして見慣れない小さな赤い騎士が見えた。ほかの分隊たちも難を逃れたらしい。八神2佐の周囲を分隊ごとに編隊を組んで飛んでいる。

「ディガンマ分隊、本隊と情報連結」
「「「了解!」」」

 部下たちが答えデバイスを介して、本隊やほかの分隊の情報が入ってくる。
 その中で通信中となっている八神2佐とヘラクレスのやり取りにチャンネルを合わせる。

「ヘラクレス02、応答しぃ。ヘラクレス02」
「・・・乗員は生きています。現在、救命ボートで漂流中」
「よかった!無事なんやな」
「無事なものか!あのやろう、俺の機を落としやがった!何がゆりかごだ!とっとと打ち落として棺桶に変えてやれ!」
「任しとき、敵は討ったる」

 よし、乗員たちは無事だったようだ。巨大戦艦からの攻撃もあの一発きりで追撃が来ない。どうやら自分たちが乗っていたヘラクレスは、運悪く試しうちの的にされてしまったようだ。
「はやて、11時方向ガジェットだ!」

 いち早く敵機編隊(恐らく試し撃ちの効果測定目的)を発見した赤い騎士が八神2佐に報告する。
 八神2佐は頷くと高町1尉を見る。

「よっしゃ、なのはちゃん。目には目をや!」
「うん!」

 高町1尉が構える前に部下たちに命じる。

「ディガンマ分隊、前へ」
「ディガンマ分隊!?」
「え!」
「おい!」

 こちらの突然の行動に八神2佐達は驚いたようだ。だが、こちらにも理由がある。

「悪いな、八神2佐、高町1尉。先駆けの功名はもらうぜ!」
「てめぇ、勝手な行動は・・・!」
「悪いが!さっきの砲撃で部下がやられかけた。止めても、やらせてもらうぜ」

 赤い騎士が何か言いかけたが聞かず、一方的に言ってやる。不遜だとは分かっているがこっちもムカついているんだよ、おチビさん。
 こちらの怒りが通じたのか八神2佐は仕返しの機会をくれるようだ。

「分かった、ディガンマ、敵を蹴散らしぃ」
「了解!」

 赤い騎士は不満そうに口を尖らせた。

「いいのかよ」
「かまへん、腕前も確認したかったとこや」

 ま、そんなところだろう。と、思いつつ戦闘に集中する。
 敵は8機、長期戦になることを考えれば大技を使って疲労するわけにはいかない。それにうちの分隊にはエースなんてものは存在しない。
 敵機との距離がつまり一瞬で交差する。
 敵機が5機煙を吹いて落ちていく。残りの3機が大きく旋回してこちらに向かってくる。

「そうだ!1対1なんてやる必要はない。必ず1機につき2人以上で襲いかかれ」
「砲撃感知!」

 ディガンマ02が警告を出した。
敵の指揮官は用済みになった機体ごとこちらを吹き飛ばすつもりらしい。無人機とは言え味方ごと吹き飛ばす、いい根性をした指揮官だ。
 
「散開!」

 部下たちが、バディを組んだまま砲撃をやり過ごした。それでいい、デカイ攻撃をかわして散り散りになったところを各個撃破という作戦も存在するからな。一応、釘を刺しておくか。

「その調子だ!絶対にバディとは離れるな。必ず尻に手の届く位置につけ!」
「きゃー!」
「ずるいぞ!」
「俺と変われ!」
「ブー」

 分隊の紅一点ディガンマ02が悲鳴をあげ、ほかの分隊員がブーイングをしてきた。
 ふ、ふ、ふ、どうだ、うらやましいだろう。・・・それにしてもいい尻だ。
 ディガンマ02が鋭く睨んできたが、悪いが高町1尉の教導に比べたら怖くはないね。

「分隊長、お忘れでしょうか?」
「なにを」
「私は分隊の訓練係ですよ・・・」
「あ、ああ、そうだった・・・な」
「4月には、高町1尉は教導隊に戻るはずです。高町1尉の『お話し』、全員の予約を入れておきますね」
「「「・・・・・・・」」」

 暗く笑うディガンマ02に残りの分隊員が震え上がるのが分かる。まずい、どうしよう。
 冷や汗をかきながら、彼女の機嫌をとる方法を考えるが何も思いつかない。

「ま、今回の戦闘でボーナスが出れば、考え直してもいいですが」

 ディガンマ02の譲歩に飛びつき、即座に命令を出す。

「みんな、死ぬ気で戦え!」
「「「おう!」」」

 俺たちが生き残るためには戦果を挙げて、功績大と認められ、ボーナスを勝ち取るしかない。
 ディガンマ分隊の心は一つになった。





「なのは、おまえ、あいつらにどんな教導やったんだ?」
「え、ええっ、なに、ヴィータちゃんその目。わたし、普通に教導をしただけだよ!」

 ジト目で見てくる友人になのはは反論を試みたが、ヴィータはジト目を止めようとはしない。

「普通、おまえの普通ねぇ・・・」
「ちょっと、ヴィータちゃん。どうして信じてくれないの」



[21569] Stars Strike++
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/03/26 02:41
「ガジェット混成編隊、こちらへの突入進路に入ってきます」
「12時方向からCW順に識別」
「敵最大射程まで10キロ」
「対空戦闘!火器管制室、艦橋指示の目標、攻撃開始!」
「航跡番号Ga-201~206、主砲、攻撃開始!」

 エースとストライカー達が各所で決戦を行っている時、六課新本部『アースラ』も激し迎撃戦を行っていた。主砲の反動がわずかに艦を揺らすとほぼ同時にコンソールに表示されたガジェットの編隊が消滅していく。

「Ga-201~206、撃墜」
「ガジェット群G5、2時方向、距離30」
「右舷、多目的魔力誘導弾で対応、発射!」

 主砲の死角、別の角度から接近してくる編隊に対して、グリフィスはすぐさま中距離誘導弾で対応したが、ガジェットの数が多すぎた。さらに別の角度からの編隊にさらに接近を許してしまう。

「ガジェット群G6、3時方向、ピッチ80度、直上、来ます!」
「多目的魔力誘導弾、続けて打て!」
「Ga-217、218、219さらに接近、フィールドに接触」
「防御フィールド、AMFで分解されていきます」
「敵弾発射!」
「近接防御火器、独自の判断で攻撃!」

ミサイルが至近距離で爆発、破片が防御火器によって破壊されたガジェットの残骸ともども、アースラに降り注ぎ小さな傷を作った。最も上の階層にいたならば雨音の様な音が聞こえただろう。
 防御フィールドと各所に設置された機銃で、ガジェット達の攻撃を凌いだグリフィスはすぐさまアースラの各部署をチェックする。

「損傷軽微。各部署、問題ありません」

 異常なしの報告を聞いてグリフィスは胸をなでおろした。が、想定していたよりも激しい攻撃がアースラ搭乗員の精神を削っていた。それに、ゆりかごを止める為に空戦戦力がすべて出払ってしまったのが痛い。今やアースラはスカリエッティに対する反攻作戦の旗艦と言うべき存在だ、絶対に落されるわけにはいかない。

「陸士108部隊に連絡」

 どこからか空戦戦力を回してもらえないか。と、苦心したグリフィスは部隊長のはやてと繋がりのある陸士108部隊に地上の様子を訪ねた。
 通信が繋がり白髪で巌のような顔立ちの初老の男がモニターに映る。ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐。陸士108部隊の部隊長にして、ギンガとスバルの父である彼は地上側の指揮官ながら、『海』や『陸』といった枠組みにとらわれない柔軟な思考をもった得難い指揮官だ。
 『海』の見習い指揮官であるグリフィスが情報を求めても拒むことなく地上の様子を教えてくれた。

「ああ、市街地戦の防衛ラインは何とか持ちこたえている。ガジェットどもが相手なら、なんとかならぁ」
「はい」
「そっちの赤毛が鍛えてくれたうちの連中と航空隊の高町嬢ちゃんの教え子たちが最前線を張っている。だが現状でギリギリだ。ほかに回せる余裕はねぇし。戦闘機人や召喚士に出てこられたら一気に崩されるかも知れねぇ。」
「戦闘機人5機と召喚士一味は六課前線メンバーと交戦中です。」
「そうかい・・・」

 洗脳されたギンガがスカリエッティの戦闘機人として戦いに参加していることはゲンヤも知っているはずだ。シャーリーが彼に告げた報告はギンガとスバル、姉妹同士の激突を示していたが、彼はそれ以上言葉を口にすることはなかった。

「どこもギリギリか・・・」

 通信を切ったグリフィスは思わず毒づいた。陸士108部隊にはとてもこちらに回してもらえる戦力など残ってはいない。

(それでも副長なら、どこからか戦力をひねり出してきそうだ)

「新たな目標が3個編隊に散開しつつ接近、G7、G8、G9と識別」
「迎撃用意」

 グリフィスの思案は新たなガジェットの出現に邪魔をされた。すぐに各部署に迎撃準備を取らせようとしたところで突然艦が揺れた。爆発だ、それもかなり大きい・・・

「主砲ビーム砲1番2番が沈黙!」
「通信妨害対抗装置に異常…いえ、破損、攻撃されています!」

 オペレーター達は信じられないといった様子で状況を報告する。それもそのはず艦外の様子を確かめる為のカメラを使ってもエネルギーケーブルやアンテナを切断された通信妨害対抗装置以外何も映らない。
 今、またアンテナの1つがひとりでに倒れていく。

「さらに敵機20、30まだ増えます!」

 アースラの謎の状況などお構いなしにこちらに向かってくるガジェットは増え続ける、不可視の攻撃による被害も。このままではAMFの影響ですぐに通信も使えなくなってしまう。
 とにかく艦にとりついた何か、おそらくガジェットの残骸とともにアースらに降り立ったのであろう目に見えない敵をどうにかしなければならない。グリフィスは意を決し指示を出した。

「総員隊ショック態勢、機関最大!ロール角、+360」
「ロール角、+360!!」

 操舵を担当しているルキノが驚きの声をあげた。
 ロール角+360ということは艦を360°横転させろということだ。グリフィスは艦を回転させて見えない敵を振り落とす気でいるらしい。次元空間ならまだしも、惑星の重力圏内でそんなことを行えば艦内はメチャクチャになってしまう。
 シャーリーもグリフィスの常識外れの指示に驚き彼の顔を見た。そこにはいつもの穏やかな表情はなく「負けてたまるか!」という強い意志を感じる。付き合いの長いシャーリーも見たことがない表情なので一瞬ドキリとしてしまったが、なんとなく理由も察しがついた。六課が襲撃された時のことを思い出しているのだ。
グリフィスは六課襲撃の際、同じⅡ種キャリアの副長が前線に立ち、戦っているのをモニター越しに見ていることしかできなかった。もちろん、指揮所要員として恥ずかしくない働きをしていたし、魔導師でも騎士でもない彼が戦闘に参加できるわけではなかったが、結果的に六課を救えなかった悔しさが彼の心に滞留していた。それが普段は常識的、規範的な指示を出す彼に大胆で攻撃的な指示を出させている理由だろう。
しかし、アースラは老朽艦、重力圏内での無茶な操艦に耐えられるだろうか?
再び爆発、幾つかの機銃が破壊された。
迷っている時間はない。すでに通信回線にはノイズが入り、通信妨害対抗装置のアンテナが減っている影響が出てきている。ぐずぐずしていると通信手段を失い、アースラだけでなくはやて達も孤立させてしまうことになる。
シャーリーは艦内にアラームを鳴り響かせ、警告のための放送を流す。

「こちらブリッチ、これより当艦は360°横転を実施します。各員は作業をいったん中止。退避ブロックに移動し・・・」

 シャーリーのアナウンスの途中で再び爆発。
 今度は何処がやられたのか。と、コンソールをチェックしたが新しい損害はなかった。かわりにカメラに見たこともないガジェットの残骸が映る。鋭利なカマが付いた虫のようなデザインの機体が小爆発を起こして煙を出している。その機体のすぐそばで同型機体が現れる、その機体もまた体を震わせると小さな爆発を起こし動かなくなる。十秒もたたないうちに同じ現象が数度起きアースラの被害拡大が止まった。
 シャーリーがカメラの映像を良く見ると、新型ガジェットは機体の真ん中を撃ち抜かれ装甲内部を焼き切られている。
援護?でもいったい誰が?
その疑問に答えるように通信が入った。

「よう、海のひよっこ諸君。こちらの声が聞こえているかな?こちらは地上第3情報収集隊、情報戦機ファルケ・アウゲン、君達の手伝いをさせてもらうよ」

 声の主、ファルケ・アウゲンは強力な対通信妨害波を発生させ、通信回線を開き情報連結をしてくる。どうやら彼らは情報戦能力を最大に生かし味方をステルス飛行で連れて来てくれたらしい。
 アースラのコンソールに、ファルケ・アウゲンと数機の味方が表示される。その機体達からファルケ・アウゲンを中継して通信が入る。

「アルトセイム航空団第503隊だ。君たちにつく」
「湾岸警備第203パトロール中隊だ。貴君を援護する」
「こちら地上空挺旅団第二中隊だ。ごねた部隊長をぶん殴ってきた。俺たちにも手伝わせてくれ!」

 地上部隊の援護にブリッチ内が驚きに包まれる。特に地上空挺団が援護に駆けつけてくれるとは思っていなかった。彼らは地上本部部長の直属部隊、海にとっての政敵と言っていいレジアス中将の手足の部隊だ。
 ざわめくブリッチを沈めたのはいつもの声だった。

「グリフィス!残りの兵装で右2時方向、中距離の編隊に攻撃を集中しろ!長、短距離は無視してかまわん!」
「了解!多目的魔力誘導弾、攻撃開始」

 ヘリの起こす騒音に負けないヴィルヘルムの大声に、グリフィスが即座に反応し攻撃を指示する。
 ヴィルヘルムが乗る巡洋艦搭載型のヘリがアースラの艦橋近くに接近すると、エア分隊が空中に飛び出し、グランド、アース分隊がアースラに飛び下りた。

「陸戦魔導師部隊はアースラに降下、対空防御!空戦魔導師は接近してくる編隊を削り取れ!」

あとに続く機体に乗った魔導師達もヴィルヘルムの指示で戦場に飛び出していく。
空戦魔導師が一斉射撃を行い、ほぼ同時に長距離の編隊に光が飛び込み数機まとめて吹き飛ばす。巡洋艦の多術式魔力砲の光だ。巡洋艦から通信が入り艦長の声が響く。

「今度は遅刻せずに済んだようだな」

アースラのセンサーでも巡洋艦の姿を捕らえる。もしアースラの降下ハッチからのぞき込めば、遥か下方に巡航艦が米粒サイズで見ることが出来ただろう。
生き残りは空戦魔導士が仕留めていく。しかし、対ガジェット戦に不慣れな地上の隊員達には窮地に立たされる者もいる。

「くそ、背後に付かれた!振りきれない!」

 Ⅱ型に追われ逃げる空戦魔導師の姿を捉えたエア4は即座に相棒のエア1のデバイスに情報を送る。

「OK、任せな」

 スコープと握把、そして、CVK792-Cカートリッジシステムを追加した狙撃仕様汎用デバイスを担いだエア1は短く答えると狙撃態勢に入る。スコープに覗きこむとデバイスは視界の中にエア4の探査魔法の情報をもとに、肉眼では姿を確認できない敵の姿も疑似的に表示してくれた。Ⅱ型は昆虫の様な機種を背負って飛んでいる。
 エア1はニヤリと、頬を緩ませる。

「ワン・ショット、ツー・ダウンだ!」

 発射された魔力鉄鋼弾はⅡ型と昆虫型をまとめて射抜いた。


 撃ち落としても、撃ち落としても、ガジェットは大量に現れてくる。幾つかの機銃が破壊されてしまったアースラの防御では空中で撃ち落とし切れず、1編隊に数機は取り付いてくる。が、ガジェット達の幸運もそこまでだった。接近したガジェット達は、ヘリからアースラの艦上に降下し待ち構えていたグランド、アースの両分隊と地上空挺団の陸戦魔導師達に片づけていく。
 最も前に立ってガジェットを薙ぎ払っていくのは、グランド2、4のコンビだ。地上空挺団の援護を受けながら、グランド2は支給品の槍型デバイスを改造したハルベルトでガジェットを両断する。

 「直上より7機接近!」

 地上空挺団のフルバックの声に反応して見上げると大型のⅢ型を先頭に数機が固まって突っ込んでくる。六課襲撃の際にも使われていた錐行陣形の応用だ。
 それを見たグランド2は鼻で笑った。

「進歩の無い連中ね。グランド4、やれるわね!」
「ああ」

 グランド4が弓を構えると魔力によって矢が精製される。鏃は四つに割れた変わった形をしている。

「おう!」

 気合とともに矢が放たれると矢は四方に飛び散り、投ガジェットを捕らえる投網状の結界に変化、ガジェット達を捕らえる。
 そこにグランド2が追撃を掛ける。ハルバルトを構えるとその刃が振動し始めた。

「レゾナンツ・シュラーク」

 振動をおびた斬撃が飛ばされ結界にぶつかり消滅する。不発…。ではない、斬撃に乗せられていた振動が結界に共鳴、結界内で反射されながら増幅していく。内部のガジェットは最初何の変化も見せなかったが、増幅されていく振動に耐えきれなくなり最ももろい部分から順にひびが入っていき、最後は動力炉さえ耐えきれなくなり爆発した。


「すごい・・・」

 縄張り意識が強いはずの地上部隊がその垣根を取り払い、見事に連携している。しかも、『海』所属の六課の援護をしてくれている。
 地上本部からの視察など、事あるごとに地上からの圧力を感じていたグリフィスは感動しながらも、ヴィルヘルムの手腕に驚いた。自然と疑問が口に乗る。

「副長、一体どうやって、これだけの戦力を集めたのですか?」
「集めてなどいない、私のしたことは現状をクラナガン外の部隊に流してやっただけだ」

 ヴルヘルムによると、地上本部襲撃で出来た穴を埋めるため、クラナガン近隣の部隊は支援を目的として準備をしていた部隊は、レジアス中将も本部に引き籠ってしまっていたため命令がなく、ゆりかご浮上の混乱で情報も届かず、動くに動けないでいた。そこに、ヴィルヘルムからの情報提供があり、よろこんで協力を申し出てきたというわけだ。
もっとも本来ならば彼らの指揮権はヴィルヘルムにはないので、彼らはあくまで自主的に行動を起こし、たまたま作戦エリアが重なったという形を取っていた。

「それにしても地上空挺団まで、駆けつけてくれるとは思いませんでした」

 ヴルヘルムはグリフィスのちょっとした偏見に苦笑いをした。

「勘違いしていないかグリフィス、地上部隊の全てがレジアス中将の強引なやり方に賛同しているわけではない。それに現場の局員たちの大半はこの世界を守りたくて管理局に入った者たちだ。陸だろうと海だろうとこの世界の為に戦っているものを助けるのは当たり前だ。違うか?」
「…いえ、違いません!」

 グリフィスは知らぬ間に偏見を持っていた自分に恥じ言った様子だったが、それを振りはらうように返事をした。

(とはいえ、現場の意見とその上司の意見が違うのは往々にしてありえることだ。地上本部からの命令がない以上、事後承諾してもらわないとシビリアンコントロールを犯したと言われかねない)

 ヴィルヘルムはマルチタスクの1つを使い魔導士隊の指揮を取りながら思案する。

(そうなったとき六課が扇動したと追及をかわすには、レティ提督あたりの名前で次元航行隊法80条『緊急時における地上部隊の統制』を適応してもらうのが無難か?だが、それだと発令時刻以降の混乱の責任も彼女がかぶることになるな…、そのリスクを回避するにはレジアス中将を悪者にして責任を押し付けるのが一番だな。上手くいけばレジアス中将とその腰巾着どもを分裂させてやることが出来る。レジアス中将のスカリエティとの繋がりや犯罪性を証明することが鍵になるな…)

 そこまで考えてヴィルヘルムはまだ戦っている最中だと言うのに、もう戦いの後の事後処理を考えていることに気が付く。
六課の隊長陣の中でそんなことを考えている者はいないだろう、彼女達は純粋にスカリエティの犯罪を止めようとしているだけだ。それに比べて自分はどうだろう?六課の為と言いながら自分の保身を図ろうとしているだけではないか?そう考えずにはいられなかった。

(純粋でいられる年ではなくなったということか…。オジサン扱いされるわけだ)

 ヴルヘルムははやて達の純粋さを羨ましく思うと、やれやれと首を振って雑念を払い、戦闘指揮に意識を集中し始めた。



<<作者の余計なひと言>>
 いろいろあり過ぎて更新が遅くなりました。
 今回の話はSTS23話でアースラとナカジマ3佐が話をしているのを見て。なんでアースラは単艦で飛んでいても攻撃を受けていないのだろう?と、思いでっち上げたものになります。

PS : PC復活。ダメもとでPCを専門店に送ってみたところ直って帰ってきました。アドバイスを下さった読者の方、適確な助言本当にありがとうございました。



[21569] 決戦とはいえない戦い
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/03/27 11:53
 St.ヒルデ魔法学院初等部の制服を着た少年は警邏隊の目を掻い潜り、ヘリを追っていた。
 青い塗装がされたヘリは、少年の記憶にある武装隊が保有するヘリのカラーリングとは違っていたが、少年は「きっと誰かの専用機だ」と都合よく解釈した。なぜなら、

「あんなに揺れるヘリからの狙撃で目標を打ち抜けるなんて、腕利きが乗っているに違いない!」

 飛行するヘリのハッチから発射される閃光が、確実にガジェットを打ち抜いていくのを見た少年は本で読んだ知識を口にした。
 彼の両親はほとんど魔力を持たず、普通のサラリーマンと専業主婦だったが、息子が魔導士としての適性を持っていくことに気が付くと喜び、魔法学院に入れた。そこでの成績も上位だったため、少年にはある種の感情が芽生え始めていた。

「おっと、パンピーのオマワリか」

 少年の耳にパトカーのスピーカーで避難の誘導をする声が聞こえてきた。裏路地に隠れて本通りをみると、逃げ遅れた人がいないか探している水色の制服を着た警邏隊員二人組の姿が見える(STS16話、9月12日02:35辺りで地上本部の警備に立っている人々)。

「邪魔くさい連中だな、折角武装隊の戦闘を見るチャンスなのに」

 少年は組みあげたばかりの認識障害の魔法を唱え警邏隊員の脇をすり抜ける。

「へ、ちょれぇ!」

 少年はとうとう危険区域内に入り込んでしまった。周りには崩れた壁や、壊れた車、胴体を打ち抜かれたガジェットが道路に散乱していた。
 少年はガジェットの正式名称を知らなかったので、昔見た映画のキャラクターの名前を付けることにした。

「ドロイドAの残骸を発見。カプセル状の装甲にケーブル状の作業アーム、エネルギー砲を装備と。警邏隊ごときの手には余るな」

 一丁前に鑑識のまねごとをしながら、魔導師ランクの低い隊員の多い警邏隊を馬鹿にしていった。
少年は魔力至上主義、選民意識にとらわれかけている。少年だけが悪いわけではない、本来少年を諌めるべき周りの大人、両親さえも彼の魔法の才能を少々過剰に褒めてしまったのだろう。
 ガジェットを眺めていた少年の耳に自分の名前を呼ぶ母親の声が聞こえてきた。慌てて瓦礫の陰に隠れ再び認識障害の魔法を唱えると母親を乗せた先程のパトカーが見えた。息子の姿が見えないことに気が付いた母親が追ってきて、パトカーの警邏隊員に助けを求めたのだろう。

「なに来てんだよ。パンピーなんだから大人しく避難しろっての」

 魔力をほとんど持たない母に文句をいいながらパトカーの反対方向へと移動しようとき、瓦礫の1つにつまずきバランスを崩す、勢い良くブロック塀にぶつかると壊れかかっていたブロック塀がゆっくりと倒れていった。

ズシンッ

 壁の倒れる音にパトカーが止まる。そこに何かがいると確信している者には認識障害の魔法は通用しない。こちらを見た母親がパトカーから転がり降り、駆け寄ってきた。少年が観念し、(調査はこれで終わりか…)と、思っていると母親の足が止まる。

「奥さん逃げて!」
「早くこっちへ!」

 パトカーから降りた警邏隊員が叫ぶ。警邏隊員も母親も自分を見ていない事に気が付いた少年は、母親の視線をたどっていく。視線の先、少年の背後には先にはカプセル状の体からウネウネと動く触手を伸ばしたガジェットが見えた。

「ドロイド」

 勝手に付けた名前を呟いているうちに母親に腕を掴まれ、半ば引きずられるようにパトカーに向かって走る。青い閃光が容易に二人を追い抜いてパトカーに突き刺さった。
 少年にはパトカーが一瞬光ったように見えた。
 一瞬遊園地のコースターに乗った時の様な感覚があり、次にベッドに倒れこんだ様な衝撃。
少年がガジェットに打ち抜かれたパトカーが爆発し、それに巻き込まれたと気が付くには少し間がかかった。母親が咄嗟に少年を抱きしめ庇ってくれたおかげで怪我ひとつなかったが、その分衝撃は母親に襲いかかたようだ。頭から血を流しピクリとも動かない。

「かあさん?…かあさん!」

 少年は大声で叫んだつもりだが自分の声もよく聞こえない。爆発の影響で耳が一時的におかしくなってしまっている。母親を揺り動かしていると、若い警邏部隊員の一人が母親を後ろから抱きかかえ建物の陰に運んでくれた。
その隙を作ってくれたのは中年の警邏隊員だった。彼も爆発に巻き込まれたらしい制服が煤でよごれ、正帽も吹き飛ばされ禿頭が見えている。それでも彼は拳銃をシッカリと構えてガジェットを撃つ、撃つ、撃つ。
 しかし、対人用のちっぽけな拳銃ではあまり効果はないようだ。ガジェットの側面に当たった弾丸は火花と甲高い音をあげて四散する。攻撃に気が付いたガジェットは中年の警邏隊員に向き、熱線を放つ。

「うっ…」

 警邏隊員は避けようとしたが肩を貫かれ倒れた。出血はひどくないようだが避けようとして体を捻った為派手に血が飛び散る。

「警邏曹長!くっそ!」

 それを見た若手の警邏隊員は拳銃を引き抜きガジェットに全弾発射した。その一発が運よく熱線の射撃装置に命中する。
バチッと、配線がショートする音がしてガジェットは熱線を発射しなくなる。が、触手をくねらせてこちらに近寄ってくる。

「離れてろ、坊や!」

 若手警邏隊員はそう叫ぶと警棒を引き抜きガジェットに殴りかかったが、警棒はガジェットの装甲に弾かれ逆に触手につかまってしまう。首に巻き付いた触手に力が入れられた若手警邏隊員の顔色がみるみるうちに変わっていく。
 その光景を見ていた少年にできた事は腰を抜かして震えていることだけだった。成績の良いと自慢していた射撃魔法どころか、基本防御すら忘れて頭が真っ白になる。下着が濡れていることにさえ気づけない。

「ぬおおおおおおおおおおおおお!」

 少年は中年警邏隊員の雄叫びでようやっと現実に引き戻される。中年警邏隊員は撃たれた反対の腕に拳銃を持ち、ラグビーのタックルの要領でガジェットに激突する。中年太りで樽腹になっていた中年警邏隊員のタックルはそれなりに威力があったようだ。掴まっていた若手警邏隊員ごとガジェットを押し倒す。
 中年警邏隊員が倒れたガジェットのセンサー部分に銃口を押し当てようとした時、触手が意思を持ったように襲いかかる。掴まってしまえば彼らに抵抗するすべはない。が、若手警邏隊員がそうはさせまいと最後の力で触手を捕まえる。

パンッ、パンッ、パンッ

 銃声が響きガジェットは煙をあげて沈黙した。
最も弱いセンサー部分からガジェット内に飛び込んだ銃弾はガジェット内で跳弾し内部を引き裂いた。
 触手が力を失い解放された若手警邏隊員は大きくせき込み、中年の警邏隊員も痛みを思い出して呻いたが、それも束の間のこと。二人は母親に近づくと容体を確かめると安堵のため息をつき、少年に笑いかけた。

「坊主、お母さんは気を失っているだけだ。大丈夫だ」
「安心していいよ、坊や」

 若手警邏隊員が無線で応援を呼ぶと、ほどなくして救急車と応援のパトカーがやってきた。救急隊員に毛布を被せられ救急車に乗るまでの間、少年はずっと警邏隊員を見つめこう思った。

(警邏隊員って…、すっげーカッコいいじゃん!)



<<作者の余計なひと言>>
 脇道にそれました。一般人とガジェットⅠ型が戦ったら?と、妄想して思わず書いてしまった。駄文です。
 警邏隊員の装備については、登録があれば質量兵器も管理局は許可するようですし、STS16話の彼らの姿を見て日本のおまわりさんと似たような装備だろうと考えております。


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