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[25926] 【習作】千鶴と俺の逆行物語【ネギま・逆行もの】千鶴さんがヒロイン
Name: 観光◆6a663401 ID:0f8bca7b
Date: 2011/03/26 13:45
こんにちは。
作者の観光です。

なんとなく息抜きで書いていたら本命の方と同じくらいの量になってしまったので投稿することにしました。

タグを作るなら、

”那波千鶴” ”ヒロインは那波千鶴” ”オリ主=変身”

”逆行もの” ”めっちゃ昔に逆行” 

”ハーレム?何それおいしいの?”

”年については暗黙のタブー”

"できる爺はエロいと相場が決まってる"

”千鶴がいれば、それでよし” ”ボインはみんなの夢”

”エヴァンジェリン・A・K・N・マクダウェル”

”千鶴成分受け取り不可”

”不定期更新”

”一人称で進む小説”




”家族の絆の物語”




となっております。

それでも良いという方は先へお進みください。



[25926] 千鶴と俺の逆行物語 プロローグ
Name: 観光◆6a663401 ID:0f8bca7b
Date: 2011/02/14 16:42

三つ首の魔獣ケルベロスの鋭い爪が、俺の肩を浅く抉った。
体に走る鈍い痛みに顔をしかめるも、ケルベロスが振り下ろした爪でもう一度攻撃を仕掛ける前に俺は大きく後ろに跳ぶ。

「はっ…………」

大きく息を吐き、無理やり息を整える。
四足獣型の魔獣との戦いに慣れているとはいえ、こいつは別格だ。一瞬でも気を抜けばやられる。
現に抉られた肩からは血があふれだしていく。もう少し深ければ動脈を傷つけられ俺は死の危機に扮していただろう。
突きつけられた死の予感に鼓動の速さが天井知らずにあがっていく。

痛いほどに鳴る鼓動を抑えようともう一度深く深呼吸をするが、相手は待ってくれない。
肩に怪我をした今が好機と判断したケルベロスが大きく息を吸った。同時にケルベロスの体の中で魔力が高まっていく。
火炎の息《フレアブレス》だ。放たれた炎はかなりの広範囲に広がるため避けるのは困難である。
上位の魔物であるケルベロスの火炎の息を俺が食らえば、一瞬で骨まで炭化するだろう。

「……きたっ」

だが、俺もこの攻撃を待っていたのだ。
俊敏な動きと鋭利な爪を持つケルベロスが唯一足を止めるこのときだけが俺が有効な攻撃が出来るのだ。

ケルベロスが火炎の息を吐く瞬間、足に魔力を集中し大きく踏み出し、瞬動と呼ばれる技術を用いて移動する。火炎の息に集中していたケルベロスの目には俺が消えたように写っただろう。しかし相手はケルベロスである。三つの首のひとつが見失おうとも、残りの首は見失わなかった。
他の首と意識の共有を行っているのか、すぐさま火炎の息の方向を修正し放出する。

「当たるかっ」

これまでの経験からこのくらいはするだろうと予想していた俺はすぐに身を捻りかわす。火炎の息は扇状に広がる範囲系攻撃のため、瞬動で接近していた俺がかわすのはそう難しいことではなかった。
回避しながら懐にもぐりこむと、全力で肉体強化を施しケルベロスの右足をつかみ、その巨体を持ち上げた。

「うおりゃあああっ!」

掛け声とともにケルベロスを地面に叩きつける。地面には蜘蛛の巣状のひびが走り、ケルベロスは衝撃で肺から空気が抜ける。
肺から空気がなくなることで一瞬脳が酸欠となり、その身を常に覆っていた魔法障壁が消える。

攻撃力に乏しい俺は魔法障壁を破ることが出来ない。ゆえにこの瞬間をずっと待っていたのだ。
肉体強化を解き、左手に魔力を集め、風に変える。
変化した魔力を圧縮、研ぎ澄ましていく。何者も切り裂く刀を脳裏にイメージする。
すると圧縮された風は刀状へ変化した。

「……せあっ!」

裂ぱくの気合を込め俺は半透明の風の刀を、頭のひとつに振り下ろした。
風の刃は黒い鱗を引き裂き頭蓋を割り脳を抉る。飛び散る赤い血液とともに、鈍い悲鳴が上がった。

ひとつの頭をつぶされたことに怒り、残りの二つの頭が俺を睨み左足で俺を払おうとする。
しかし俺の攻撃は止まらない。
俺は一歩踏み出し風の刃を切り口からさらに奥へ突き刺した後、後方へと瞬動。左足による振り払いをかわす。
ケルベロスはすぐさま立ち上がり魔法障壁を展開するがもう遅い。

俺は体内の奥まで刺さった風の刃を開放する。大量の空気が圧縮された風の刀が開放されたことによりケルベロスの体の中を風が荒れ狂う。
体内から魔法で切り裂かれケルベロスは長い断末魔の叫びをあげ、地面に崩れ落ちた。

ケルベロスが死んだことを遠目にしっかりと確かめたあと、息を吐き地面に体をなげだした。
突然の強敵との戦闘による疲労感と肩の痛みが昇ってきて立っていられなくなったのだ。
ふと気が付けば日も沈みかけている。そろそろ帰らなければ夜行性の魔獣との戦闘になってしまうかもしれない。
肩の怪我がある状態でそれは避けたい。

「…………帰るか」

周りに人がいるわけでは無いが俺はつぶやいた。
一人で行動するというのは存外さびしいものでいつの間にか言葉を話すときがあるのだ。

俺はこれだけの大物なら一ヶ月は大丈夫だろうと思いながら、ケルベロスを背負う。
ケルベロスの肉はうまいのだ。
夕暮れ時の今なら、帰ればご飯を作っているだろう。そこでこいつを見せればどんな反応をしてくれるかなと夢想しながら帰路へとついた。

ここは千塔の都オスティアの地上郊外の森であり、この世界は正真正銘、魔法に彩られた魔法世界《ムンドゥス・マギクス》である。







千鶴と俺の逆行物語 プロローグ







全長6メートル近くあるケルベロスを引きずるように運ぶこと30分。遠目にだが煙があがっているのが見えた。予想通り晩御飯を作っているのだろう。そう思うと歩みも速くなる。
五分ほど歩くと、木造のこじんまりとした家が見えてくる。ログハウスのような景観をした建物からは食欲をそそるにおいが漂ってくる。
さすがに家の中にケルベロスの死体を入れるわけに行かないので玄関の前におき、中へと入る。

「ただいま。」

中に入ると、まずリビングが見える。いつも思うがここは実に居心地のよさそうな雰囲気がある。きっと彼女の趣味がいいのだろう。
彼女はどこにいるのかと探せば、となりのキッチンからトントンと包丁を使う音が、かすかなメロディと共に聞こえる。
また鼻歌を歌いながら料理をしているのだろう。手を切らなければいいんだけどな、と取り留めのないことを考えながらキッチンへと向かう。
リビングとキッチンを分けるすだれをくぐるとそこに笑顔の彼女がいた。

「あら、おかえりなさい。」

赤色の膝元まで伸びた長い髪と黒い瞳の中には知性的な光が宿っている。左目の下にはほくろがひとつ付き、彼女の母性的な雰囲気にアクセントを加えている。
黒色の長袖と膝下丈のスカート、その上にうすい黄色のエプロンを着たさまはまさに主婦である。

俺を笑顔と共に出迎えてくれた彼女の名は那波千鶴。
髪を翻し振り返った千鶴は、俺の肩の傷を見ると繭をひそめた。

「……ユートが怪我をするなんて珍しいわね。今日はいったい何と戦ったのかしら?」

一旦料理の手を止め、エプロンのポケットから杖を取りだし、ふふふと笑いながら近づいてくる。

「プラ・クテ・ビギナル。治癒《クーラ》」

肩に治癒呪文がかけられ肉体が活性化、ゆっくりと傷がふさがっていく。
心地よい暖かさに包まれるのを感じながら、ふとこの生活が始まった理由を思い出していた。
今はもう遠い記憶のなか、全てが変わってしまったあの日を。









もともと俺――内田優斗(ウチダユウト)は普通の学生だった。
家では家族と過ごし、気の置けない友達とバカやって笑い、進路に悩んだりする普通の学生。それが俺だった。
それでも変化は突然俺の目の前に現れた。
学校から帰る途中、決められた通学路を歩いていたそのとき、俺は突然見知れぬ場所にいた。

本当に突然だった。
友達と話していたはずなのに、一歩踏み出せばまったく違う風景の街中にいたんだ。
あの時の衝撃は今でも覚えてる。当時中学生だった俺は突然の超常現象にパニックになって、回りの人にここは何処だと聞き回った。
答えは一様に、麻帆良学園。聞いたことの無い地名だと言えば、ありえない、世界有数の学園都市だぞと返される始末。
ここで俺の困惑は最大値に。
俺はただがむしゃらに走り回った。夢であってほしくて。全力で走ればこの現実から逃れるような気がして。走り続けた。
でも走っても走っても元には戻らなくて、目の前が真っ暗になる。

そのときだよ。俺が千鶴に出会ったのは。
川原の土手に倒れこんでいた俺に、

「だいじょうぶですか?」

声をかけてきたんだ。

「落ち込んでいるときは、おいしいものを食べるに限るわ。これボランティアの手伝いで作りすぎちゃったの、よければどうぞ。」

千鶴の手に握られていたのは、ひとつのおにぎり。それを差し出してくる。

俺は不覚にも涙を流していた。
だってそうだろう? 見ず知らずの人が土手でうなだれてるからって、中学生の彼女が慰めにきたんだぞ?
他の人なら見てみぬふりをするはずなのに。

同情でも憐憫でも好奇心でもなく、慈しみの心からの笑顔で差し出す彼女が俺には輝いて見えたんだ。
そうして俺は彼女に恋をした。

それからどうにか学園の好意によってすむ所が用意され、落ち着いた頃にここがネギまの世界だと気が付いたが、原作にかかわろうなんて微塵も考えなかった。
魔法を使ってみたいとか、ロリ吸血鬼ハァハァとか、原作ブレイクとかそんなことよりも、当時名前も知らないあの子のほうが俺にとって大事だったのだ。
毎日放課後に彼女を探して東奔西走。彼女が保育園のボランティアをしていることがわかれば俺も参加。遅くまで子供の相手をしている千鶴が帰る時間まで俺もボランティアに残り、わざと遠回りして一緒に帰った。朝の登校で会えれば、一日中顔が緩みっぱなしだった。いつ会ってもいいように制服にはのりが効いてたし、フリスクはいつも常備していた。
携帯の番号を交換した夜は那波千鶴の名前を何度もみてニヤニヤしたし、義理チョコをもらったときはうれしすぎて目の前で倒れたりもした。

少し鈍感な千鶴にアプローチを繰り返していく俺はまさに恋する青少年だったのだ。

もちろん原作だって始まってた。
ボランティアの帰りに千鶴から、かわいい子供の先生がきたのよ。と言われ、ああ原作が始まったんだな、なんて頭の片隅で考えたけどすぐ忘れた。
魔法が使えるようになったわけでも無い一般人の俺は原作に介入する気がなくなっていたからだ。
こちらに来てからは、家族もなく大変だが、目的もなく生きていた前の世界よりも充実していた。
それをわざわざ非日常に足を踏み入れて壊すなんてばかげてる。そんな考えが俺の頭の大部分を占めていたし、舞台のほとんどが女子高で、男子の俺が介入するのが難しいってのもあったんだが……

話を戻そう。
そうやってごくごく普通に過ごす日々が続くのだが、千鶴が好きな俺としては見逃せない出来事があった。そう、ヘルマン来襲だ。
どうやって防ごうかと頭を悩ませていたのだが、これはかなりあっさりと片付いてしまった。

嵐の日に来るとわかっていたので雨の強い日に女子寮の前に張っていたのだが、どうやら日にちを間違えていたらしく、その後40度の高熱を出して倒れてしまったのだ。
俺が倒れている間にヘルマンは来襲。結果何も出来なかったというわけだ。
まぁ、いても小太郎を俺が預かるくらいしか出来なかったとは思うが……
あとで話を聞いて歯がゆい思いをしたが、怪我がなかったのでよしとしよう。そう割り切った。
これからはサブである千鶴が魔法関連に巻き込まれることは少ないのだから、と。

鈍感気味な千鶴へアプローチをかけるもまったく気が付いてないことに、業を煮やした夏美さんと委員長に告白しろと言われた俺は告白することを決意。
詳しいことは恥ずかしいので省かせてもらうが、俺は学園祭の最終日世界中の足元。超とネギの決戦を横目に見ながら、千鶴に告白した。
この熱い思いを~とかやたらと恥ずかしいことを口走ったが、OKの返事をもらい、ふたりで世界樹を眺めた。
大胆にも腕を組んでくるから顔が真っ赤になって、それをみて楽しそう顔をする千鶴。その笑顔がうれしくてうれしくてしかたない。俺の気分は天上までとどきそうな勢いだった。
だが最大の見せ場である世界樹の大発光が起きた時、俺は再び見知らぬ場所にいた。今度は隣に千鶴を連れて。



そうして―――俺と千鶴の物語は始まった。



ーーーーーーーーーーーーー

あとがき

ノリで書いてみた。
というか本命のほうが煮詰まった時に気分転換で書いてたらめっちゃたまってた。だいたいこれと同じのが六話分くらい。
個人的に母性にあふれるヒロインに萌える人向けだと思ふ。

膝枕とか大好きな人この指とまれ♪
ボインが好きな人は……言わなくてもわかるよね?

全世界の千鶴スキーの皆様。続きを読みたいと思ってもらえましたら感想のほうへ。

以上でこの場を失礼させていただきます。




[25926] 千鶴と俺の逆行物語 2
Name: 観光◆6a663401 ID:0f8bca7b
Date: 2011/03/25 13:33
日も沈み夜の帳が訪れたころ、俺たちは二人で皿を洗っていた。

「今日はずいぶんと豪勢な夕食だったな。もしかして何かの記念日だった?」

俺が皿を洗い、千鶴が魔法で濡れた皿を乾かしている。
長年続けてきたことで、その手に迷いはない。

「…………」
「……千鶴?」

その手を止めることはないが、反応もない千鶴の顔をみる。常であれば千鶴はこうした話題に積極的に乗ってくため、会話が絶えることは少ない。
不審に思った俺は千鶴を観察してみる。
魔法に集中しているのかと思ったが、そうではなく完全に心ここにあらずといった表情だ。

「…………」

今日の夕食の時の昔話になにか感じ入るところがあったのだろう。
過去へと戻ることはできないが、振り返ることはできる。人は過去を振り返ることで未来への渇望を得ることもできる。
今千鶴が行っているのもそういった類のものなのだろう。
であるならば、俺に止めることはできない。人の過去へは誰も触れることはできないのだから。

カチャカチャと食器が鳴らす音だけが部屋に響く。
五分ほどたち、あとは調理に使っていた鍋くらいかと思っていたら、ようやく千鶴が再起動を果たした。

「そうね、特に記念日じゃないわ。」

首をかしげた後に思わず笑ってしまった。
過去を思い出していたのだから、過去を振り返るような言葉をこぼすと思っていたが、まさか五分前の言葉とは思わなかった。
笑った理由が分からないのか千鶴も首をかしげる。

「いや、予想と違ったからおかしくなっただけ。」
「予想?」
「そう、予想。昔はああだったわ~とか、あの時は~とかそういうことを言うと思ってたんだけどね……?」

どうやらそれで合点がいったのか納得したような表情をとるが、すぐに頬を少しだけ膨らませる。

「私がすぐに過去を振り返るような女々しい性格をしてると思うかしら?」

どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。
千鶴は乾かした食器をすばやく棚に戻すと、お風呂場のほうへ行ってしまう。
その間一度も顔を合わせないようにしていたところをかわいいと思ってしまう俺は末期かもしれない。
いつもは千鶴が風呂に入っている間は魔法具の点検などやることがあるのだが、たまにはゆっくりするのもいいかもしれない。

俺は深く椅子に座り、瞳を閉じる。
そしてゆっくりと世界樹による転移のあとのことを思い返していた。











白い球状のドームのなか、ストーンヘンジのような配置でおかれた岩の柱の数々。その中心にはひときわ巨大な岩が楔のごとく直立している。
俺と千鶴はその足元にポツンと立っていた。

突然見知らぬ場所に放り出された時の反応としては、パニックになるというのが普通の人の反応だと思う。
残念なことに俺はそれを一度経験していて、ああまたか、で終わってしまったのだが今度は千鶴が一緒にいたわけだ。
俺は一度パニックになった経験から彼女にどうこの状況を説明しようかと考えていたのだが、彼女の度量をまだまだ甘く見ていた。

あたりを少し見回したあと、頬に手をあて腕を組む。
いつものものを考えるポーズをとり、実に落ち着きはらった顔で一言。

「あらあら、どうしましょう?」







千鶴と俺の逆行物語 2








とりあえず二人でどうしようかと頭を悩ませていると、ドームの壁の一角が開き、黒いローブを着た魔法使いのような人が歩いてくる。

「仮装パーティーかしら?」

よくもまぁそんなに落ち着いてるな、と思う。俺はあんなに取り乱したのに、だ。
千鶴がマイペースなのか、俺が神経質なのかは分からないが、こちらへ近づいてくる人達に目を向ける。
現代人の俺としては、眼深くかぶったフードといかにもローブを着ている時点であまりお友達にはなりたくないのだが、俺にはあの服に見覚えがあった。

――始まりの魔法使い。

おいおいラスボスかよ。
音もなくスーっと近づいてくる様には王者の風格がうかがえる。始まりの魔法使いの名は伊達じゃない。
というか何でここに?

あまりにも意味不明な状況のせいで頭が混乱してきた。
頭を抱えたくなる衝動にかられるが、千鶴が俺の袖を引いていることに気がついた。
その顔は少しだけ曇っていた。

……不安……だよな。

今さっきまで思っていたじゃないか。自分が何とかしないと、って。
千鶴には頼れる人が俺しかいないんだ。なったばかりだけど彼氏としてしっかり彼女を守らなきゃ。

俺は千鶴の少しだけ前に出ると千鶴は俺の後ろに少しだけ隠れる。こういう所に中学生っぽさが見え隠れしている。
この異常な事態でやっぱり不安になっているんだろう。
ここは自分が主導で動いていくしかあるまい。
とりあえず分かっているのはあいつが明らかにラスボスってこと。
何でわかるか?
勘だよ、勘。
でもまちがってねーと思う。
で、あいつがラスボスならこの白いドームみたいなところは……転送ポート?
適当に言ってみたけどそうっぽいな……麻帆良祭の最後にネギがいたところに似てるし……え、なに、ってことはここオスティア?

いやいや麻帆良とつながってるのは知ってたけど、なんで?
というか始まりの魔法使いって死んでなかった? 
二十年前の大戦で。
……ま、わからんものは仕方ない。聞くか。始まりの魔法使いに。

「あの……ここは?」

わかってるけどね。とりあえず何もわからない人を装ってラスボスに聞く。
ラスボスさんはふむと頷きながら、じろじろとこっちを観察してくる。
なぜだろう。特に千鶴の峰(誤字ではない、あれは気高く尊いものだ)に視線が集中している気がする。
おいこら、それは俺のもんだ。
ローブで顔は見えないがこちらの視線に気がつくと顔をそむけ、一言。

「なるほど、わからん」

こっちのせりふじゃ。
それともあれか若干14にしてとんでもないサイズになったあれの神秘について知りたいのか?
残念だな。男にはわからんのだよ。つうかただのエロ爺じゃねーか。
さっきまでビンビンに感じてた威厳が空の彼方まで吹っ飛んだぞ。

「おぬしは一体どこから来た? このゲートポートがつながっている大和の国、いやどこの国でもそんな服装は作れん。いったい何者じゃ」

エロ爺とか言ってすみませんでした。
じろじろ見ていたのはちゃんとした観察だったらしい。きっと胸元を見たのは千鶴のアクセサリーが珍しかったからだろう。
うん、きっとそうに違いない。

さてなんて言うべきだろうか。
勘だけどこいつは始まりの魔法使いだって思う。なぜかわかる。でもそれが本当だとしたら、少なくとも二十年以上前に俺と千鶴は戻ってきたことになる。
原作知識はちゃんと覚えてるけど、二十年前の大戦に対する知識は意外と少ない。
まぁ戦争なんて御免なので介入する気はないけれど……
しかしこのまま言葉に詰まっているといかにも怪しい奴だと思われそうだ……ありのままを話そう。

「じじじじ、実は、僕たちにも、な、何が何だかわからないんです。世界樹が光ったと思ったら、ここ、ここにいて……」

ちょっとどもった。
ちょっとだぞ。
後ろの千鶴の視線がビシビシ刺さってるような気がするけど勘違いだ。
いつもの俺はクール系なんだぞ。
え? クール系の奴はチョコを貰っても気絶なんかしない? 気にするな。

すると千鶴のほうも前に出てくる。

「はじめまして。私は那波千鶴といいます」
「ああ、これはご丁寧に。事情があって本名は言えないが周りの者からは始まりの魔法使いなぞといわれとるよ。好きに呼んでくれ」

ペコっと頭をさげて自己紹介する千鶴に対して丁寧に対応するラスボス。
というかやっぱりラスボスだったし。意外と勘って馬鹿に出来ないのね……

「んむ、世界樹が光ったらと言っていたが…………もしや……」
「……?」
「ちなみに君たちは西暦何年生まれだね?」
「西暦ですか? 1989年ですけど……?」

完全に俺を無視して話が進み始めた。
千鶴が話をしているが、もしかして俺は頼りないと思われた?
ああ、俺の背中に隠れた弱々しい千鶴はもう何処にもいないのか……

それにしても未来から来たこともうバレたか。
ちょっと早すぎるだろう。
ラスボスをみるとローブでやっぱり見えないが、その顔が曇った気がする。

「御主たちには残念じゃが――」

――駄目だ。
直感的に悟った。爺を始まりの魔法使いと断定した勘が言ってる。この先を千鶴に聞かせるなと。

「御主たちはもう――」

千鶴に絶望を与えるな。
これ以上しゃべるなと声を出したい。だが俺ののどは意思に反して動こうとはしない。
俺もこの先を聞きたくないからか、体が動かせる気がしない。
動け。
どこでもいい。手だけでもいい。千鶴の耳をふさげ。
いずれ追いつかれる辛い現実に今直面しなくたっていいじゃないか。
だから、もういうな。いわないでくれ――――

「――帰れない」










――少し落ち着いて話し合った方がいいじゃろう。

そう言われた俺は呆然とした千鶴を連れ、ラスボスに用意された部屋へと向かう。
千鶴はあのあと詳しい話を聞き自分が本当に元の場所に戻れないと悟ると何の反応も返さなくなってしまったのだ。

ラスボスが言うには魔力だまりの暴走で時を超えることは無いことは無いらしい。それこそ天文学的確率だがあって、過去に二回。ラスボスも見たことがあると言っていた。
だがそれは狙ってできるものではなく、もとの時代に戻れる可能性がかなり低いとも言っていた。
最初千鶴は信じていなかったらしいが、ラスボスがあまりにも真摯な態度で接してきたので嘘ではないとわかったらしい。
さらに言うと、今は1154年。千鶴が生きていた時代から実に850年前。産業革命どころか、ルネサンスも始まったばかりの時代だ。懲りずに十字軍が遠征をしていたころでもある。
そこまで聞くと千鶴は何の反応もしなくなった。

俺はこのままだと千鶴の心が壊れるかもしれないと思って体を支えつつ、言われた部屋へと連れていく。
用意された部屋は現代に比べれば劣るが、なかなかいい雰囲気の部屋だった。四隅もきちんと掃除されているし、ベットもふかふかだ。
そのベットに千鶴を座らせたとき、千鶴は声もあげずにポロポロ涙を流し始めた。

「千鶴…………」
「…………」

声をかけると、俺の胸にもたれかかり顔を胸板に押し付ける。
かすかに聞こえる嗚咽。震える肩。
千鶴の細い体を壊れないように、精いっぱい抱きしめる。
彼女の体のなんと細いことか。
千鶴は確かに頼りがいのある女性で、大人のような雰囲気を持っている。いつだって彼女がそうだから俺も勘違いしていた。
彼女だって所詮中学生。子供なのだ。

泣きじゃくる千鶴。それは今まで見たことがない千鶴の一面。
俺はそれが見れたうれしさなどなく、こんな状況にしてしまったことの悔しさでいっぱいだっだ。
こんな展開は原作にない。これは俺が来たことによるバタフライ効果だろう。

つまり――千鶴を泣かせた原因は俺だ。

俺がこの世界に来なければ……そう暗い思考に落ちそうになる。
だがこの腕の中には千鶴がいる。
彼女がいるというのに俺まで暗くなってどうする。
千鶴を巻き込んだのが俺だというのなら、最後まで一緒にいるべきだ。
いや、言い訳かもしれないが、俺は千鶴と一生一緒にいたい。
だからこそこのままにはしておけない。

「…………」
「…………ねえ、ユート」

細くか細い声で俺に話しかけてくる。

「ん…………?」
「私たちって、もう、帰れないのよね……」
「…………」

何と言うべきなのか。
ここにきて俺が目先の希望を出すのか?
だがそれは本当に千鶴のためになるのか?
俺はここで何と答えるべきなのか……

「……本当のことを……教えて……私は大丈夫よ。だから教えて」

千鶴が顔をあげて俺の目を見てくる。
涙で赤くなった目には再び知性的な光が宿っている。

彼女が所詮子供と思ったことを訂正しよう。彼女は子供だが、確かな心の強さを備えていると。
俺は千鶴にすべてを話すことに決めた。これからも隠し事なんてしない。だから今もしない。


「ああ……そうだ。俺たちは帰れない」


それを言葉に出した瞬間、くしゃっと千鶴の顔が歪んだ。

「もう……お父さんやお母さんには会えないの?」
「……会えない」

まるで確認し、それを心の中から引き離すような作業。
それをすることで千鶴は未練がなくなるのか?

「な、夏美ちゃんや小太郎君、あやかにも……?」
「会えない……」

歯を食いしばって、身を引き裂く思いで言葉を出す。
真実を、つらいかも知れないがそれを知りたいというのならば、俺は隠さない。
信じよう。千鶴の心の強さを。

「ク、クラスのみんなにも……?」
「ああ、会えないんだ……!」

思いっきり千鶴を抱きしめる。
俺の言葉を受け入れるたびに、千鶴の体が震えだしたからだ。
目に溢れる涙は止まるところを知らず、ただ頬を伝い落ちる。
せめてその涙とともに辛い思いを吐き出してほしい。
俺は消えてしまいそうな体を引き止めることしかできない。
俺がこの涙の原因だといつか言わなくてはならないと分かっていながらも、今だけは、今だけはこの両手で抱きとめることを許してほしい。

「あ、あぁ、ああああああぁぁああああ!!」

俺は複雑な思いを胸に抱きつつ、千鶴の涙を受け止め続けた。











あれからどれだけの時間がたったのだろうか。いつの間にか夜の帳が下りている。
もともと夕方だったことを考えて二、三時間といったところか。
千鶴は泣きつかれて眠っている。溢れ続けた涙で目は真っ赤になってしまった。
だが眠っている横顔は穏やかなものだ。もしかしたら麻帆良の夢でも見ているのかも知れない。

俺はその横顔をそっとなでる。
初めて触ったがぷにぷにしている。予想以上の感触だ。それを少しだけ楽しんだあと俺は――覚悟を決めた。

……必ず千鶴を守ってみせる。
この身が朽ちようとも千鶴だけは必ず。
たとえどんなに辛くとも、俺は必ず千鶴を幸せにしてみせる。

千鶴の眠るベッドから振動を与えないように立ち上がる。
そのまま部屋の外へと足を向けた。
最初に教わった部屋割りを思い出しつつこれからのことを考える。

俺たちは無力だ。
この魔法世界は魔獣も跋扈し、魔法による犯罪と争いが絶えない場所。
いつその暴力に千鶴がさらされないとも限らない。
ならばその暴力をも跳ね返すほどの力が必要だ。

手に入れるしかない。
一度はいらないと、必要ないと切り捨てた技術を。
千鶴のため、自分の目的のため。

俺は目的の扉の前に立つと、ドアノブに力をいれ開く。中ではろうそくの光で、本を読む男が一人。顔をあげこっちを見ている。
その目にはすべてを悟ったような色があった。

俺はコツコツ、と音を鳴らし歩いて、目の前で止まりひざを付く。
そして勢いよく頭を下げた。いわゆる土下座という形だ。
だがこんなもの恥でも何でもない。
俺が願うことのためなら泥だってすすってやる。
だから――








「――俺に、魔法を教えてください」











ーーーーーーーーーーーーーーーー

あとがき

超☆展☆開!
やっちまったぜ。
なんとなく始まりの魔法使いに弟子入りしたかったんだ。
別に他意はない。ただ見たこと無いからそうしただけ。
ただしあれはエロ爺。

というか主人公がまっすぐすぎて見られない。
こんなまぶしい男と友達になってみたい。
女のために本気になれる男ってかっこいいと思う……思うよね?
もしかしてこれは男の勝手な妄想?
だがそんなの関係ねぇ!
これからもユートは真っ直ぐな男として突き進むぜい!!

そして千鶴サーーーン!
あなたはきっとお母さんが天職ですよーーーー!!
ちなみに……こんなの千鶴じゃないと思う方がいらっしゃるかもしれませんが、この経験を経て、よりいっそう母性に溢れるフラグなんです。
期待はずれ? 何をおっしゃるうさぎさん。これはギャップ萌えを狙った高等なフラグ。気がつかなかったあなたはすでにクモの巣にかかった蝶。逃げるすべはない……

そして次はお楽しみの母性に溢れる千鶴ターン!! 特殊能力発動! 貧乳属性の女性は自ら墓地に入る!
きっとあなたはあの双丘に恐れをなすでしょう。
お楽しみに……

本文少ないよーと思う方、一応五千文字くらいでこれからも投稿していくのでご了承ください。
誤字報告待ってます

以下感想からの疑問返し。

>逆行する意味無くないか?
ええ、もちろんありません!!
ただネギまでキャラが逆行ってあんまり見ないなと思ったからやってみただけ!
そして紅き翼と絡みたかっただけ。
そう思ったら始まりの魔法使いに魔法教わるSSって見たことないなぁと思ったから今回こうなった。
反省はしない、後悔もしない。だって千鶴さんがいれば万事OKどんとこいだから!!

それでは最後に……ビバ千鶴!!
合言葉はビバ千鶴!!
もしくはおっぱい!おっぱい!


以上でこの場を失礼させていただきます。





[25926] 千鶴と俺の逆行物語 3
Name: 観光◆6a663401 ID:0f8bca7b
Date: 2011/02/12 12:10

「んっ……」

俺の腕の中にいた少しだけ千鶴が身をずらす。
おそらく無意識で人肌が恋しかったのだろう。
また少しだけ千鶴は眠ったまま頭の位置をずらす。

……ああこの体勢って結構辛かったっけ。
俺の腕を枕にされたので腕はもうしびれて感覚がない。
だがこんなに近くに千鶴がいると思うとそれだけで幸せな気分になれる。
だから腕が痺れるくらいなんでもない。むしろこれくらいでこの幸せが手に入るならいくらでもやろう。

「……ふぅ……んっ」

だんだんもぞもぞとしてきた。

……そろそろおきるか?
俺は千鶴がおきたときの反応が見たくて、じっと千鶴の顔を眺める。
それにしてもすごく整った顔だと思う。
長いまつげと、母性を現す泣き黒子。顔はちんまりした逆卵型を描いてるし、髪も細くてさらさら。あのきれいどころがそろっていることで有名だった2-Aでも上位に入るくらいきれいだと思う。
まぁそんなところよりも彼女の心のあり方とやさしさにほれたんだけど。
あのおにぎりはうまかった。

「ん~っ…………えっ?」

少し前の俺の運命を決めたおにぎりの味を思い出していると、とうとう千鶴が目を開けた。俺の顔を見るとすこしだけ動きを止めた。まだ少し寝ぼけているようで何度もこすり、その後また俺をみてパチパチする。
ああ、そんなに強くこすったら目が赤くなるぞ。

「べっと……よる……同衾……!?」

小さい声で聞こえなかったが、千鶴が何かブツブツ言っていた。
俺の心配をよそに、服装チェックを始めた。千鶴は最初にシャツを何度かさわり、次にスカートの腰の部分を何度かチェックしている。
千鶴は昨日ほとんど動かずに寝ていたから服装にずれはない。
え、なに? 特に着崩れもない? 千鶴は寝像がいいから着崩れもないと思うけど。
俺も寝相はいいほうだが、千鶴の場合もっと良かった。

「ん?別にそんなに服装は崩れてないけど?」
「えっ、ええ。そう見たいね」

そういうと千鶴は顔をそむけてしまう。
昨日の夜泣きつかれて寝てしまった千鶴の傍で寝ていたら、俺の腕の中に入ってきてしまったため、二人で同じベットで寝たのだ。
その時から彼女の起きぬけの顔を楽しみにしていたので、そっぽを向かれるとショックだった。
それにしてもなんで千鶴はそっぽを向いたのか分からなかった。

「千鶴?」
「えっと、な、何かしら?」

ちょっと呼んでみるが、こっちを向く気配は無い。
それどころか俺の腕から出て起き上がった。俺の腕に吹くかすかな風がそこにもう何も無いことを教えてくる。その冷たさがすこしさみしい。
それにしてもこの急な態度の変化。
もしかしたら何か俺の顔についてるのか?
それとも気づかないうちに何かいやなことをしてしまったのか。

「俺……なにかしちゃった……かな?」

もしそうなら鬱になる。いや、今度からそうしないようにすればいいだけだ。
元気出せ、俺。異世界の朝なんだ。俺まで不安になってたら千鶴も不安になるし、ここで仲が悪くなるのはまずいし、何より嫌われたくない。
腹を割って話すことも重要なはずなんだ。
俺はお互いに我慢する関係じゃなくて、お互いに支えあう関係でありたいんだ。

「千鶴、ごめん! 俺が何かしたなら謝る。今度からしないようにするから、何がいけなかったのか教えてくれ!」

狭いベットの上で、俺は千鶴の肩をつかみこっちを向けると、目を見て言う。
大切なことはお互いに目をみていいたいからだ。
するとなぜか千鶴の顔は熟れたりんごのように真っ赤になる。

「ええっと、その、ごめんなさい!!」

その言葉を置き土産にして、千鶴は部屋から飛び出していった。








千鶴と俺の逆行物語 3






「……え?」

いつもの冷静沈着、大胆不敵な千鶴からは予想もできなかった反応に戸惑い、部屋の外に逃がしてしまう。つまりとんでもない光景に動けなかったということだ。

「…………クククッ……!」

すると部屋の外から壁をドンドン、と叩く音とともに笑い声が聞こえる。
急いで部屋を出るとそこには千鶴ではなくローブ姿の男がいた。
あらゆる魔法の原初、何千年もの歳月を生きる彼を、人は畏怖を込めて始まりの魔法使いと呼ぶ。

「ヒーヒー……だめじゃ、は、腹がぁ……」

その彼は必死に腹を押さえ、酸素をっ、と空中に手を伸ばしている。

「いや、あんたなにやってんの?」

あまりにも威厳の無い様に思わず聞いてしまう。
そしてこれが俺の師匠なのか。

「何とはなんじゃ。馬鹿弟子が喜劇をしてるから腹筋が崩壊しそうになっとるんじゃ。お前はわしを殺す気か!!」
「喜劇とはなんだ、喜劇とは! 恋人同士の朝なんだからほほえましいとか言えよ!」
「ばっかもん! あれを喜劇と呼ばずしてなんと呼ぶ!!」
「んだと!?」
「やるんか? あぁん?」

弟子入りしてわずか一日でメンチをきりあう関係になってしまったが、後悔はない。
そうやって、お互いに火花を散らしていたが、師匠のほうから止めてきた。

「まぁこうしているよりもおぬしは千鶴の方にいってやるべきじゃな」
「あ……」

……そうだった!
千鶴がいきなり走り出したあとに、こんな濃いやつとあったせいで忘れていた。
俺は急いで探し出そうと、足を動かすために一歩踏み出す。
すると師匠が話しかけてくる。

「一応聞いておくが、おぬしら乳繰りあったことは?」
「……」

思わず止まる。
うぶな俺にその言葉は刺激が強過ぎる。

「やっぱりか。普通に考えてみんか。将来を誓い合ったわけでもないのに同衾した女性の気持ちくらい分かるじゃろ……」

そういえば、千鶴は起きてからすぐに服の確認をしてたような。

……つまりそれって俺が襲ったと思われた?
ちょっとショックかもしれない。それって俺が信用されてないってことだろ。
いや、普通に一緒に寝たらそういうことが起こっちゃうかもしれないってのはわかるけど……
いや、まずはあって話を聞こう。ここで考えても仕方ない。

「行ってくる。アドバイスありがと」

そういって俺は千鶴が行きそうな方向へ走り出した。










右へ左へ、上へ下へと走り回ること……何分?
すでに体感時間はあてにならない。それだけ走り回った後、最後に転送ポートへと足を運んだ。
気がつかなくて走り回ったが、来たばかりでまだ道を知らない彼女が、行く場所なんてここしかない。

ホールの中心で彼女は手を胸に置き何かを祈っていた。
”何を”祈っているのだろうか。前に無神教だと言っていた彼女は”何に”祈っているのだろうか。
千鶴がここにきてからずっと祈っているというのなら、それはとても大事なことなのだろう。
俺がここに来るまでの長い時間を費やすくらい大事なこと。
聞きたい。
千鶴が何を望み、何に祈っているのか。
だが聞きたくもない。
もし彼女がこの状況を呪っているというのなら、俺はきっと立ち直れない。

俺はホールの入口で立ち尽くす。
一歩もこの光景に入れる気がしない。
彼女の近くにいける気がしない。
罪悪感という鎖が俺の体を締め付けて離さない。
きっと後ろを見れば死神が俺をあざ笑っている気がして、俺は前しか見れない。
でも前には千鶴がいて。
彼女を見ているだけで心は満たされていくのに、鎖はさらに締め付けを増す。

いったい俺はどうしたいのだ。

時間の感覚が消える。長いのか、それとも短いのか。
地面がゆがんで見える。それでも彼女だけはそこに居続ける。
鼓膜が張る。キーンと言う音が耳触りでしかない。
頭の中で何かがうごめく。スープをかき混ぜるように、俺の頭の中をぐるぐる。気持ち悪くて立っているのか分からなくなる。

体はこんなにも変なのに、彼女のことだけはちゃんと見える。
ただあの場所だけが輝いていて、彼女は神様に祝福されている。
俺の立つ場所は真っ暗だけど、彼女の場所に行けば俺もきれいになれる気がして。

でもやっぱり足はうごかない。
――彼女の隣に行きたい。
――彼女の隣に立てない。

行きたいという思いと、鎖はお互いに力を増し、俺の体が真っ二つに裂ける。
そう思った時――

「ユート」

――陽だまりが俺の前にいた。

その声と共に透明な風が吹いたかのように頬をなでるのを感じた。
彼女の笑顔が俺の鎖を砕く。
呼びかけられただけで俺の頭の中はきれいになる。
ただ彼女が隣にいるだけで俺は救われる。
彼女のそばがあんまりにも心地のよい陽だまりだから、訪れる眠気。
俺はそれに抗う気なんてさらさらなくて、でも眠る前に彼女の笑顔を見る。
笑ってる。この時代に来て初めて笑ってくれた。
その笑顔で俺は――

……ああ、やっぱり俺は彼女に――

「千鶴、愛してる」











陽だまりのような温かさを感じる。
すこし小さく、されど心を震わせる音も聞こえる。誰かがうたっているのか。
そして瞼を通してもなお届く光。それを眩しいと感じて少し瞳をあける。

「~……あら、起こしちゃった?」

上から声が降ってくる。
……上から?
俺は閉じようとする瞼に力を入れてあける。
すると千鶴の顔が前に見える。
気づけば頭の後ろにも温かみも感じている。もうちょっとこのままで……じゃなくてこれはまさかあの伝説の……!

「だーめ」
「うぉ!?」

自分が何をされているか気がついて急いで頭を上げようとするが、千鶴は少しだけ身を丸めることで、俺の頭を固定してしまった。
つまり彼女の膝枕から逃げられなくなった。
もしもう少し頭をあげていたら、頭とあの双丘がぶつかっていただろう。惜しいことをした。
そして顔と顔ともすごく近い。自然と俺の顔は赤くなる。
そして千鶴のあれのでかさが光の加減でよくわかる。すげー。これが天然ものの威光か……
でもこんなことを考えてるなんて知られたくなくて……でもやっぱり顔は赤くなっていく。そろそろ耳まで赤い気がする。

「もう、あんなこと言ってからいきなり倒れるなんて……すごく心配したのよ? わかってる?」

あんなこと?
…………ああ、あれか。
平静を装ってみるが俺の顔はさらに赤く。顔がほてりすぎて熱くなってきた。

「なぁ、あの時なんで逃げたんだ?」

このままでは俺が一方的にやられると思い、さっさと会話を始める。
すると千鶴まで顔が赤くなる。

「え……えと、私も男の人と夜を明かすというのは初めてなの……それで朝起きたらあなたがいたでしょ? それで……」
「動転して逃げた、と」
「そ、そうね」

聞いてみればなんとも呆気ない。
あれだけ気になったことも恥ずかしかったらで終わってしまうとは。
でもそれもそうか。女子中学生が男と一緒に寝ていたら誰だってびっくりする。
よくよく考えたらまだ告白して一日だ。これからは気をつけよう。

「ね、ユート。私さっき祈ってたの」

一人心新たにしていると、突然千鶴が話を切り出してくる。
その話題に反応したのか、遠くでジャリ、と鎖の動く音がするが、ここまではこれない。ここは陽だまりの中で、あの鎖が俺を縛ることは永遠にない。

「……ああ、見てた」
「やっぱり? 声をかけてくれてもいいんじゃないかしら?」
「…………」

屈託のない振り切った笑みをする彼女に俺は何も言えない。
……だって俺のせいなんだぞ。
だけどそんなこと言えない。言えないはずだ。

「……あなたが何か隠していることがあるのは……わかるわ。たぶんあなたが私に引け目を感じてしまうような大きなものなんでしょ? でもね私はさっき神様にお礼をいったのよ。こんな状況でもユートと一緒に居させてくれて――ありがとうございますって」
「俺が! ……俺がこの状況を作ったんだとしても?」

気づけばスラリと言えないはずの言葉がでる。
いった本人の俺が一番その言葉に驚いてる。
でもそんなこと彼女には関係がなかったみたいだ。

「ええ、きっと私は何度だって感謝するわ。私は多くのことを望んでなんていない。あなたがそばにいればそれで十分」

そう言って笑うのを見て、思う。
千鶴はいったいなんて甘美な――毒なんだろう。
これを飲み続けた俺はもう千鶴から離れるなんてできない。彼女を求めずにはいられない。
同時に誰にも渡せない。俺はこの毒を自分のすべてを持って守り、独占し続ける。
そしてより甘美な毒となれ。
この毒を俺の腕に抱え、熟成させる。そしてこの毒とともに――生きる。

俺はゆっくりと手を伸ばし、彼女の頬にあてる。そのまま垂れる彼女の髪を二度、三度となでる。彼女も気持ちよさそうに目を細める。
その手触りと笑顔に身震いする。こんなところにも毒が隠れていたか。
しばらくそうしていると千鶴と眼があった。その目には珍しく慈愛ではない他の何かが渦巻いていた。

「ユート? さっきの返事、今からでも良いかしら……?」

そんなこと聞かなくてもいつでも歓迎だ。そう言おうとして、やめた。
そんなわけがないけど、言わなくても彼女には伝わってる気がしたから。
俺と彼女の距離が近づいていく。

……きっとこれから最後の毒を注がれる。この毒は注がれたが最後。俺の心まで浸食する。
だがそれでもいい。彼女という毒を俺は味わいたい。

すると今まで逸らさなかった視線から、彼女は瞳を閉じて、ゆっくりと顔をおろしてきて―――



「私も愛してる」



―――キスをした。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あとがき

毎日更新がんばるぜーーーーー

こんにちは、作者の観光です。

冒頭のシーンで、え、やっちゃった? と思って”前を表示する”を押したかた、いませんよね?(自己補間は許可します)
ちなみに作者は調子に乗ってXXX版進出じゃ! と思ったけど三行でギブアップ。きっとここが作者の限界……あれ”さんぎょう”? やべー、そのうち”さんぎょう”革命が起きるかもしれねー。
期待しないで待っててくれ。注プッシュがあると革命が早くなる。

さてと、最初にやるべきことは……すいませんでしたー!!
母性をガンガンに出していくぜといいながらも、気に食わないところを修正したら、なんか甘い恋人の話になってたぜ。
キーボードを打つたびに俺のHPが減っていく。だが俺のHPは1以下にはならないww
最終的にビクンビクンしながらでも打ち続けるぅ!

そして膝枕の登場。
全世界の膝枕フェチのために急遽後半を改稿。これはあなたのための第三話です。
きっとこのあと味をしめたユートはあらゆる場面で膝枕をしてもらっているだろう。
さぁ砂糖を吐く準備はできてるか?

今回は割とシリアスっぽかったかな?
明日の更新は普通にギャグ多め。

それにしても毒云々のところだけみると、ユート君変態ですね。
でも彼はかっこいいやつです。まっすぐな奴なんです。でも彼女に依存中。

というかなんでユートはすでに”あなた”とか呼ばれてんの? ああそう、もう結婚気分ですか。いいですね彼女持ちは。
俺もほしーよ。バッドエンドにしてやろうか? あん? 

といった感じでキャラに嫉妬しそうな作者ですが今後とも応援してください。

それと一つ質問があります。
今回感想を返しましたが、感想というものはなるべく返したほうがいいものなのですか?
こういうのは誠意だと思うので個人的には返したいのですが……
そういうことに詳しい方アドバイスお願いします。

以下感想での疑問がえしと抜粋。

>告白成功は世界樹の力か?

いいえ、違います!!
そのうち本編で明かしますが、これは違います!!
ユート君の頑張りがちゃんと千鶴さんに届いた結果です!
そこんとこ勘違いしちゃいけません。

>弟子ってことは、主人公’Sは敵側になるのか?
悪の女幹部な千鶴さん・・・・・・イイ!

やべぇ、鼻血が……


では最後に、

あの胸はいいものだぁ。(某ジオン兵士風に)


以上でこの場を失礼させていただきます。




[25926] 千鶴と俺の逆行物語 4
Name: 観光◆6a663401 ID:0f8bca7b
Date: 2011/02/15 12:25

SIDE 千鶴


朝、小鳥の囀る音と共に目が覚める。
昨日は昔話で盛り上がって夜更かしをしたからか、いつもよりも起きるのが遅い気がした。
そのままいつもの癖で隣にいる人の温かさを感じようと腕を伸ばす。しかしその手は持ち上げられただけで、空を切る。
そこには起きるといつもある暖かさが無かった。

「……?」

もう一度手を伸ばしても、そこには何も無く、冷たくなったシーツがあるだけだ。
常であれば、そこには人生を共にすると誓った人が寝ていて、その暖かさを感じるのだが、今日は珍しく例外の日だったらしい。
どこか落ち着かない気分になる。
それをしないと今日が始まらない気分になる。
知らず知らずのうちに癖になっていたようだ。

……何処……行ったのかしら。

朝日も差し始めたオスティアの森の中へ一人足を進める。
ここに出てくる魔獣程度ならば敵ではない。
日本では見ることの出来ない大樹の群れをこえ奥へ、奥へと歩き続けるとそこにはひとつの湖がある。
時たま水浴びに使っている湖で、その水は澄んでいる。光の反射で水色にも見えるその泉に波紋は無く、いつのまにか静寂だけが場を満たしている。小鳥のさえずりもここまでは聞こえない。
その湖のほとりで一人立つ。
あたりを見回しても彼の姿は無い。
ふと喉の渇きを感じる。ならばと思いしゃがみ両手で湖の水をすくい、コクリと飲み干す。
心地よい冷たさをもった水が喉を潤す。なぜか口の中でふぁっとほのかな甘みが広がる。
体の中に落ちた水はすぐさまいたるところに広がるような気がしてどこかくすぐったかった。

ゆれた水面を見続けていると何処からか空気を振るわせる音が聞こえた。
ここに近づいてくるのだろう。次第に音が大きくなりバサッと何かをはためかせる音が響く。

そして感じる圧倒的な存在感。人とは比べ物にならないそれは、常人ならば逃げ出すような力を感じる。
だが彼女は違う。

……ああ、彼が帰ってきた。

その存在は彼女を包み、守ってきた。常に彼女の傍らにあった。
どんなことがあろうとも傍にいてくれた。悲しいときも、楽しいときも、辛いときも、うれしいときも、彼はずっと傍にいた。

とうとうそれは彼女の前に舞い降りる。
視界に入りきらないほどの翼をはためかせ、ゆっくりと湖に下りてくる。
それは人が古来より恐れ、崇めてきたもの――龍。
少しだけ人よりの体躯をした龍は、その種族の中でも特に長命でかつ莫大な魔力を保有する古龍。
その名に恥じぬ白い体躯。大樹のような腕。腕の先にはだれも止めることなどできぬ爪が、朝日を受けて輝いている。
彼女など一振りで塵に変えるだろう。
その龍に手を伸ばす。

「……お帰りなさい」

すると龍は目を細めやさしそうな顔をする。
長い月日を一緒にいるからこそわかる。いま彼は喜んでいると。
龍は甘えるように喉をクルルとならし、顔をその手に近づける。
その肌には純白の毛が生えそろい、すべすべとしている。
朝日だけが二人を照らす見済みの湖畔で、それをゆっくりと丁寧に、やさしく愛情を込めてなでる。

その瞬間を切り取ったとき、それはまるで御伽噺のような場面だった。

ふと思い出す。
そういえばこの姿になったのもあのときではないか?

「そういえば……その姿に始めてなったのもあの日だったわね……」
「……そうだな。今はもう何もかもが懐かしいよ」

いつもの彼とは違う、低い声がもれてくる。
その彼も眼を閉じた。きっと過去を思い出しているのだろう。

彼にもたれかかるように身を任せ、そっと目をつぶる。そうしてまた過去へと想いをはせた。


SIDE 千鶴 OUT





千鶴と俺の逆行物語 4






「さて、今日から魔法のレッスンを始める。講師はワシ。始まりの魔法使いが務める」

どこか威厳のあるポーズを決めつつそう師匠がいう。千鶴もなぜか、わーパチパチ、と手を叩いて場を盛り上げようとしている。やべぇかわいい。

「さて今日の授業じゃが――」
「ちょっと待て!!」
「何じゃい、せっかくいい気分で始められたのにのぉ……」

残念そうな声をだす師匠だが、疑問に思わんのか。いや俺以外疑問に思わないのか?
そもそも――

「――なんで千鶴がいるんだよ!」

俺は師匠に詰め寄る。

……これは俺が守るための力を得るためと言っているが、所詮戦いのすべ。いつか千鶴が血にそまる意味なんてないはずだ。
戦って怪我をするのは俺だけでいい。血に染まるのは俺だけでいい。

「……たしかにお前のその考えは美しい……が、それは本当に正しいのかのう?」
「どういうことだよ……」
「…………ふう、残念じゃが今日の午前の授業は中止じゃ。ちょっと生徒同士で意思の疎通をはかりなさい」

そう言い残すと師匠は初めからいなかったかのように消えていった。

……意思の疎通だと? そんなのもう十分に…………できているのか?
俺は胸張ってできると今言えるのか?

……言えない。
現に俺はなんでここに千鶴がいるのか知らない。
最初の予定では千鶴は別の部屋で一般常識と言葉を習うはずだった。それが気がついたらこの部屋にいたのだ。

どうしてここに?
決まってるあの爺のせいだ。おせっかいなことになにか千鶴に言ったんだろう。

「……ユート、聞いたわ。あなたが魔法を覚えようとした理由」

……やっぱりか。そうだと思った。
だが千鶴が魔法を覚えてどうする。魔法による戦いを肯定できるのか?
きっと盗賊が相手でも彼女は助ける。殺すことなんてできない。だから俺がしようと思った。彼女の心が壊れるならば…………

俺の前に立つ千鶴の体こんなにも小さい。
この細い腕は新しい命をはぐくむために使われるべきだ。
そう、だから――――





パチン、と頬に衝撃が走る。




「ふざけないで」





「えっ……?」

……なにがあった……?
千鶴が腕を振り切った姿勢で、俺の頬がひりひりとする。

「あなたが何を考えているか……なんとなくだけどわかるわ。でも私は――そんなこと頼んでないわ」

――叩かれた。
頭の中にようやくなにをされたかが伝わった。

「告白したときに、支えあう関係でいたいっていったのは嘘なのかしら?」
「嘘なんかじゃ……ない」

なんとかそう絞り出す。
きっと千鶴に俺がそうした理由はわからない。これは守りたいという気持ちの他に、男の意地みたいなものもあるから。
俺は思わず横を向く。なぜだろう。彼女の顔が見られなかった。
また鎖が俺に追いつく。

突然肩を千鶴に引っ張られる。思わぬ力に俺は体勢をくずして千鶴のほうに倒れる。

「――嘘ね」

ギュ。
気がつけば俺は彼女の胸元に顔を預けていた。その双丘は俺をとらえて離さない。

「え、ちょっ」

思わぬ出来事に俺はバタバタと体を動かし、千鶴から離れようとするが、予想以上に強い力で抑えられて動けない。

「ふふふ、やっぱりあなたって赤くなった時は反応がかわいいのね?」
「いや、そんなことよりも!」

俺は意識をしてしまって、未だにバタバタと暴れる。が、はずれない.
思わず千鶴の体を押して外そうとする。



――ふにゃん。



「――んっ」

なにやら艶めかしい吐息が聞こえた。
ん?
その感触に俺は思わず手を開閉する。

「……そっ、そこは、あっ――」

……ああ、そういうこと。
この感触に思い当たり、俺は思わず固まる。

……だが言い訳させてほしい。俺は触ろうとして触ったわけではない、と。

「も、もう。そういうのはま、まだ私たちには早いとおもうわ」

シリアスな会話をしていたはずなのに、今の千鶴は真っ赤になっている。顔だけじゃない。全身だ。まぁ俺も負けず劣らずだが。

「ごごごごめ――」

――ごめん。
そう謝ろうとして顔を上げた俺に、今度は彼女の指を俺の唇にあて、ふさいだ。

「謝らなくてもいいの。元々引っ張ったのは私よ?」

くすくすと笑う彼女の吐息が近い。俺の耳元まで口を近づけると、ゆっくりと俺の体にいきわたらせるように話し出した。

「あなたが私のことを考えて魔法を覚えようとしたのはわかるわ。私の”こと”を考えてくれたのもうれしい。でもね? 私の”想い”も考えてくれてよかったんじゃないかしら?」

……思い? 彼女の想い? それは――

「考えてることはわかっても、想いだけは誰にもわからないわ。だって私とあなたは別人だもの」
「……なんて。今はなんて、思ってる……?」

すると千鶴はう~んと悩むふりをする。
そうふりだ。きっと彼女は自分のことをよくわかってる。だから俺と違って余裕があるんだ。

「あなたの隣で、支えあって生きていきたい。どんなに辛いことがあってもよ」

――支えあって生きていく。

「それでいいの……か?」

そう問いかける俺に、千鶴はなぜか指を左右に振る。

「駄目よ。女に覚悟を問いかけちゃ」











「で、結局お主らはどうなったんじゃい」

あれからお互いに心の中をさらけ出し、話し合うことで一応の決着は見せた。

「……俺たちは――二人で魔法を覚えます」
「ほう……なぜその道を選んだのか聞いても良いかの?」

あごに手を当て、興味深そうにこっちを見ている。
何千年と生きている師匠ならなんでこの道を選んだのか分かっていそうだが……きっと人が悪いから聞くんだろうな。
だがこれからお世話になるのだ。ある程度のことは認めよう。
この人は最後には世界の消滅を願うが、絶望の果てにそうなったのであって、まだそこまですりきれていないと思う。
そう信じたい。

「俺たちはどんな時も二人で生きていきます」
「私たちは何があろうとも二人で生きていきます」

そう、これからは俺たちは二人で世界を歩んでいく。
だからどっちかが重い責任を負う必要なんてない。魔法もそうだ。
人生をよりよいものとするために、二人で笑いあっていくために。二人で魔法を覚える。
そのために俺にはしたいことがあった。

「師匠、頼みがあります」

俺は師匠に少し頭を下げる。きっとこの人なら使えるはず。
さっき千鶴にも話した。そしたら喜んでやると言ってくれた。だから俺に迷いはなく、千鶴も応援するようにこっちに視線を向けてくれる。
俺のしたいこと。それは――

「――本契約《パクティオー》を千鶴とさせてください」

師匠が息をのむ。
きっと貞操観念の強いこの時代で、期間が決められた仮契約ではない本契約は、強い意味を持つはずだ。
それは一生を相手と生き、自分のすべてを任せることと等しい。
仮契約とは違い期間のない本契約は破ることもできない。
だが、俺たちに恐ろしさなどない。若さゆえの行動だといわれても俺たちはきっと後悔しない。
そう胸を張って言える。

「……あいや、わかった。その契約、ワシが保証人となろう」
「師匠……」
「ほれ、そこに陣を書くからちょっと待っておれ」

そう言うと師匠は魔法で陣を書き始めた。漫画でみたものよりも多少細部が凝っている。時代の影響か、それとも本契約だからだろうか。
どちらでも構わない。ようは千鶴と俺の間で契約が結ばれればそれでいい。

「ほれ、完成じゃ。あとはそこの上でキスをすればいい」

師匠はそのまま、あとは若いもんで勝手にやれ、と言い残してどこかに行ってしまった。
なんと空気の読める師匠だろう。尊敬に値する。
すると千鶴は魔法陣の上で正座をする。

「あなた……」

千鶴が俺を手招きする。その顔にはどこか楽しげな笑みが浮かんでいる。

「はいはい……」

俺はやれやれといいながら千鶴に倣って正座をする。
二人で正座で向き合う。眼が合うと少しだけ千鶴が笑う。まるで目で会話しているみたいだ。

「では……ふつつか者ですがこれからもよろしくお願いします」

千鶴は三つ指を立ててお辞儀を。

「こちらこそ……必ず幸せになろう」

そして俺は頭を垂れる彼女を無理やり引き寄せて肩を抱く。
びっくりする彼女を置いて、奪うようにその唇に俺の唇を合わせる。もちろん瞳は閉じていた。
だから彼女がどんな顔をしているかはわからない。ただビンタが飛んでこないところをみて察してほしい。俺からはそれだけだ。


そうして俺たちは月明かりだけが照らす中で深く深く、誓うように、お互いの手を握りしめて――契約をかわす。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あとがき

最後に重要なお知らせがあります。最後まで読んでください。いや最後だけでも読んでください。千鶴スキーなあなたにとって見過ごせない連絡があります。


まだまだ続くぜ毎日更新!!

というわけで始まりました、恒例のあとがき。
とりあえず今日思ったことは……きっと千鶴みたいな人をエロかっこいいというんだろうなぁ。
まぁもったいぶってもいけんのでさっさといきます。
そしてユート、も げ ろ

いつも感想ありがとうございます。
以下感想からの抜粋

>後入れるイベントと言ったら「混浴」は必須DA・ZE(^^)b

目から鱗。
しまった。まったく思い付かなかった。
そして俺の手が今止まらん。
第六話にそのシーンを入れているので待ってくれ。
つまり明後日だな。まったく同士たちの発想力にはいつも驚かされる。


では明日投稿予定の5話ではとうとう千鶴のアーティファクトが登場します。もちろんあれです。当ててみてください。おそらく八割の人間がわかるでしょう。
当てたお方の中からリクエストを一つかなえたいと思います(叶えられる範囲で。下の例を参考に)。感想へどうぞ。


では最後に

追伸
ここArcadiaには誤字報告を主食とする妖精という名のフェチがいるらしい。
私はそんな訓練された妖精にご褒美をあげたい。
こんな千鶴が見たいというリクエストをあげた妖精の願いをかなえたいと思います。これは無期限で全話有効とします。*ただし、明らかにストーリー崩壊が起きるようなものは叶えることが出来ません。ご了承ください。

例1 後ろから抱きしめられて首に息を吹きかけられた千鶴がもだえたシーンがみたい。
    OK、まかせろ。

例2 安○先生……エロい千鶴が……みたいです……ハァハァ
    同士よ、君の願いは私が聞き届けた。楽しみにしていたまえ。

例3 もうすぐバレンタインだからそれがお題のSSがみたいよー
    ははっ……バレンタイン? なんだねそれは? そんなものみたことも聞いたこともないぞ。


以上でこの場を失礼させていただきます。




[25926] 千鶴と俺の逆行物語 5
Name: 観光◆6a663401 ID:0f8bca7b
Date: 2011/02/14 16:43

「で、どんなアーティファクトが出たんじゃい?」

本契約の次の日、師匠が朝一番にやってきて聞いてくる。
相変わらずそのフードの中を見せたことは無い。そろそろ見えるときは見えると思うんだが、魔法を使って隠しているようで、中の顔が一切うかがえない。

いつか魔法修行中にはぎ取ってやろうと思っている。どんな顔をしているか楽しみだ。

「アーティファクト?」

一方千鶴はアーティファクトがどんなものかまだ知らないので首を傾げている。
そう言えばカードについては説明したが、まだアーティファクトについては説明していなかったか。
俺は千鶴のカードを懐から取り出す。

「師匠、これがマスターカードなんですけど、千鶴用の予備って作れます?」
「ん? おおそういうことか。たしかにできるぞ。……しっかし別におぬしがサブでもいいと思うんじゃがのう……?」

……え、なにメインの人がサブを持つってありなの?
原作のネギ君はいったいなぜすべてのカードを持っているんだい?
疑問を持ちつつも別にいいかな? ということでマスターカードを千鶴の方へ、サブを俺が持つことにする。

「えっと、詳しいことは俺も知らないけど、契約の特典みたいなもので、自分専用のアイテムって思ってもらえばいいと思う」
「まぁ、魔法に詳しくないものの考えとしては別にそれでも構わん」

俺の説明が簡単でゲームみたいなものだったからか、千鶴も簡単に理解したようだ。
何が出るかわからないから、少し楽しそうにしている。
とはいえ、カードの絵柄からだいたい予想はつくんだけどね。
カードはヘルマン来襲の時の黒っぽい服装が書いてある。特に見たことないものが書いてあるわけではないから、こじんまりとしたアクセサリーのようなものが出てくるはずだ。

「ではアーティファクトのお披露目だ。そのカードを持ったままアデアットって言ってみて?」
「アデアット?」
「そう、たしか出でよって意味だったかな」
「馬鹿弟子が、やっぱりお前は馬鹿弟子だったか。アデアットは来れ、という意味じゃ。知ったかはいつか恥かくぞ」
「ぐっ……」

しまった、そういう意味だったか。ネギまが知識の源泉だから微妙に意味が不鮮明なところがあるぞ。
……別に知ったかじゃないもん。

「え~と、アデアット!」

俺が落ち込んでいると、いつの間にか千鶴がキーを唱えていた。
瞬間、足元に魔法陣が現れ、千鶴を取り囲む。
そして現れたアーティファクトは――




「「「…………ねぎ……?」」」









千鶴と俺の逆行物語 5










先端はみずみずしい緑色を、根元は美しい白を携えている。長さは一メートル弱といったところか。
その姿はまさしく、

「葱……?」
「葱……じゃな」

葱です。本当にあり(ry

…………いやいや、思わず納得したけどそうじゃねえだろ!!
葱ってなんだ、葱って!!
思わず俺はカードの絵柄をもう一度見る。
すると、ヘルマン来襲の時の服装が書いてあった絵はなぜか――千鶴が葱を両手にふふふと笑っている絵に変わっていた。
しかも背後の地形は某正義の味方の心象風景のごとくあらゆる葱が乱立している。

「……えっ?」

思わず瞼をごしごし。もう一度カードをみる。
やっぱり変わらない。ありとあらゆる葱が生える葱畑をバックに千鶴が微笑んでる。
それどころかなぜかカードを見ていると、どこからか、ゴゴゴゴゴと音が聞こえてくる。

……こっ、この圧迫感、ただものじゃねぇ……

と勘違いされそうな力がカードからあふれてくる。
本人の千鶴はえっ、どうしたの? なんて言ってるがこれはヤバい。
いつの間にか俺の後ろに立って、カードをのぞきこんだ師匠も冷や汗を流している気がする。だらだらと流れるこの汗は一体……? 俺は何におびえているというのだ。

「これは……とんでもないものを引き当てたかもしれんな…………」

……ああ、俺もそう思うよ。特に効果が。多分これの効果はピー(削除されました)のはずだ……そうに違いない……
なんと千鶴にふさわしい能力だろう……あっ、いや間違え――


「――あなた?」


ふふふ。
なぜか笑いながら俺に近づく。
……まて、早まるな。近づくのはいいがその葱はおろしてくれ。
こら、そこの師匠、弟子を助けようとは思わんのか。え? 達者で暮らせ? ふざけん――


「御託はいらない」


「ちょ、アッーーーーー!」











「ううう、もうお婿にいけない……」

俺は部屋の隅で一人丸まっていた。そうやって俺が女々しくしているときに師匠はアーティファクトの考察を済ませていた。
始まりの魔法使いの名はだてではない。

「ほうなるほど、対象と認識したものを追いかける葱を召喚する能力を自分に付加するアーティファクトか。珍しいのぉ」

……それはなんとも。
つまり絶対に避けられないわけですね。

――刺し穿つ尻刺の葱《ゲイ・ボルク》!!

……いやだ。そんな千鶴は見たくない。でもできそうだな。いやできるんじゃね?

「千鶴? もしかしてもっとたくさん召喚できたりする?」
「う~ん、ちょっと待ってくれるかしら?」

そう言うと千鶴は頭に手をあて、うんうん唸りだすが、全く出る気配がない。

「これこれ、出ろといって出るものではないぞ? そういうものは大抵魔力を消費して作るものじゃからな。アデアットしたときのような感覚でやると――」
「あ、でた」

何やら師匠がアドバイスを始めたところ、すぐさま千鶴は応用して葱を出して見せた。現れた葱は空中に浮遊し、静止した状態で五本が待機する。

「ほ~、なかなかセンスはあるようじゃ。まさか無意識で浮遊の魔法を構成するとは」

……まじ?
あそこで滞空しているのはアーティファクトの能力かと思ってた……そしてこのすべてが対象を追いかける能力あり、と。
それどんなチート? というか応用力高すぎですよ千鶴さん。

「ふむ、ちょっと実験してみようかの。千鶴よ。ワシの方へそれを投げてみなさい」
「これをですか?」
「そうじゃ、その能力ならどこへ投げてもワシを見ている限り必ず当たるからの。適当に投げてみなさい」

師匠は中国拳法に近い構えをとる。
千鶴はそれをみて投げることを決心。えいっ、と声をだしつつ葱を投げる。そこまで運動神経の良くない千鶴が投げた葱だがあらぬ方向に飛んでいく。
投擲したときは能力発動しないんじゃないかと思ったが、それは間違いだった。放物線の最高点まで飛んだ時、突然葱の先が進路を変える。明らかに物理法則を無視した軌道を突然描き、ぐんぐんと速度を上げて師匠へ迫る。

「ふむ……」

だが、師匠はそれを一歩横に動くことで避ける。避けられた葱はそのまま後ろに着弾するかと思われたが、もう一度進路を変え今度は背後から師匠に襲いかかった。
しかし師匠もさる者、軽くこすらせるようにしてはじいてみせた。
はじかれた葱はそのまま曲がることはなく、転がったあと、ガラスが割れるような音と共に空気へと消えていった。

「……」
「師匠……?」

それをみると師匠はあごに手を当てて何やら考え出す。

「……いやの、ワシはこすらせるように触ったんじゃが、もし当たり続けるならばもう一度方向転換してもいいんじゃがのう。まぁさすがにそれは高望のしすぎか」

おいおい、そこまでいったらチートにもほどがあるだろ。

「別に反則でも何でもないと思うがの? 初級魔法のサギタマギカとて、認識した物の方へある程度追尾が効く。それを考えればオートで当たるだけとも言えるが? それに高等魔法の中には当たるまで追いかけ続ける魔法が実際に実在するぞ。この程度のアーティファクトの能力ならば、そこまで脅威ではない」

なるほど。たしかにそうともとれるか。そう考えるとそこまでチートってわけでもないなぁ。
でも珍しいって言ってなかったか?

「そりゃ珍しいぞ。なんせ葱を生み出す能力を付与するアーティファクトじゃからの。付与系の能力はあまり見たことがない……そう言えばおまえはどうなんじゃ?」
「へ? 俺?」
「おぬしもやったんじゃないのか?」
「いや、というかあれってどっちも主になれんの?」
「別になれんとは言ってないが?」
「おう……盲点だったぜ」

はぁ、と師匠は息を吐くと、また魔法陣を書き始めた。

……しゃあない。もう一回するか。















「で、出たのがこれか」
「…………」

で、あれからもう一度本契約をし、完全に俺と千鶴の魂はお互いに拘束しあったことになるのだが、そんなことを忘れるくらい雰囲気が悪かった。千鶴? いつもより心なしかつやつやしてるよ。
だがこの雰囲気の理由は別だ。何せ――

「――なんでカードに書かれているのが馬鹿弟子じゃなくて、ドでかい龍なんじゃい!」

師匠が雰囲気に似合わず大声を出す。
それほど驚く出来事だったのだろう。俺のカードに俺が書かれていないというこの事実。俺もびっくりだ。
普通カードにはその本人の真実の姿が描かれることになっている。だから原作で刹那が契約したとき、カードには羽を出した姿で映っていた。
ここで俺のカードを見てみよう。

龍がいる。

……説明不足だったな。白くてばかでかいと思われる龍がいる。体は人のようだが、顔と尻尾と羽を見るに、明らかに龍。原作でみた古龍・龍樹に似ている。

「魔力が多いとはおもっとったが、まさかお主が古龍種だと思わんかったぞ。いや、その顔を見るにお主も知らなかったと見える」
「……古龍?」

知らんのか、というと師匠は何処からともなく本を取り出した。

「ここじゃ、ここを読んでみい」

なになに――

[ゼフィーリアの魔法使い、アルベルト・リガノの著書『魔法生物大全』より抜粋]

――竜種とは生態系のピラミッドの頂点あたる生物であり、個体によって異なるがほとんどの種は成体になると20メートルを超える。
加えて莫大なスタミナと巨体からは考えられない速度、一部の属性魔法の使用などがあり高位の魔法使いが数人掛りでなければ対処できないほどである。

竜種の種類には主に黒竜や火竜などの特定の地域を住処とする種と、森の鷹竜や湿地の蛇竜などの特定の条件を満たした場所を住処とする種の二種類に分類することが出来る。
前者は時期によって人里近くまできて人に害をなすことがあり、辺境の地域の悩みの種となっている。
後者は狭い地域を住処とするため、主に冒険者などが被害にあうことが多い。
基本的に前者は気性が荒いが、後者は住処に近寄らなければ大人しいとされている。

さて、竜種とは前項で述べたように二種類に分けることが出来るが、どちらにも分けられない例外もいる。

長命とされる竜種の中でも莫大な時間を生きるとされ、保有する魔力量は一般魔法使いの一万倍とも言われている。
神々しい肉体を持ち、見るものに圧倒的威圧感と生き物としての存在の格の差を悟らせる。
有名な守護龍・龍樹は全長300m近い体を持つ。魔法世界、旧世界を含め片手の指ほどしか発見されていない龍たち。

真祖の吸血鬼ならびに最上位精霊と並ぶ最強種の一角であり、古来より生息する彼らを人は尊敬と畏怖をこめ呼んだ、――すなわち古龍と。

「…………これが……俺?」
「そうじゃろうな、ワシも信じられんが、四腕と人型に近い龍は古龍しかおらん。アーティファクトが真実の姿を見せる以上、お主はそうなんじゃろう」

いやいや、俺はあくまで異世界から来たことのある一般人……です…………よ。え、なに。もしかして今までないと思ってた俺のオリ主特典って――これ?

「古龍種は何処からともなく生まれるとは聞いたことがあるが、まさか人にもなれる古龍種が生まれるとは。長生きしてみるもんじゃのう」
「そう言えば私のカードにも称号・龍騎士って書いてあるわ」

まさかの、貴様は人間ではない発言。
俺は思わず呆然とする。たしかに龍になれるというのはいい。この力があれば千鶴を守りきるのだって夢じゃない。
でもその後は? 龍種はとんでもなく寿命がながいんだろ? それは千鶴がいつか俺を置いていってしまうってことで――

「大丈夫」

ポン、と頭の上に暖かい柔らかな感触が。

「千鶴……」
「もう……泣きそうな顔しないの」

まるで子供をあやすように俺の頭をなでる。その温かさがいつか無くなる。そう思うと視界が涙でゆがむ。
よしよし、と言いながら千鶴は俺をあやし続ける。

「大丈夫、私はあなたを置いて行ったりはしないわ」

……なんてなさけない。千鶴がいなくなると考えるだけでこんなに悲しくなる。俺はこれで本当に千鶴を守れるのか?

「だから安心して。私はこんな泣き虫のあなたを置いて行ったりはしないから。誓ったでしょ? 私たちは――」







――支えあって生きていきましょう、って。







ーーーーーーーーーーーー

あとがき

こんにちは作者の観光です。
千鶴さんのアーティファクトのお披露目です。
もちろん予想通り葱でした。むしろ私はこれ以外考えられなかった。まぁただの葱だと、ネタにならないんであんな能力になりましたが、別にチートでも何でもありません。
むしろ私は声を大にしていいたい。

雷になるとかどんだけ!!!

あれってワンピースのロギア系みたいなもんじゃん。無理、攻略法がない。だれか海水もってこい。
それと某正義の味方風の絵になってますが、葱です。
そして想像してください。一面の葱畑を。そこで微笑む一人の美女を……



……超シュールな光景なんですけど。


ちなみにあの葱はあくまで葱です。
応用は効きません。できてもラカン登場時に薬味として食べるくらい。
愛情がこもっていておいしいよ?

そして、よく考えたら始まりの魔法使いがエロ爺になってるのに、感想に、それはないって感じの意見がない。これは認められたと思ってもいいのか…………
まぁ別にどうでもいいか。そんなこと。すべて千鶴のかわいさの前には児戯に等しいのだから!



では最後に、


一つ教えてやるよ。黒猫の届ける”千鶴成分”は受け取り拒否できねーのさ!(某掃除屋さん風)


以上でこの場を失礼させていただきます。



[25926] 千鶴と俺の逆行物語 6
Name: 観光◆6a663401 ID:0f8bca7b
Date: 2011/02/15 13:47

「ふはははははっ! 甘い、甘いぞおおぉぉぉ!!」

なにが楽しいのか高笑いをする師匠へ、俺は空気を固めて射出する風の魔法・指パッチンを連打する。
師匠はそれを見てから上半身を動かすことだけでかわしてしまう。黒いローブが水面のごとくゆらゆらとうごめく。

「……こんのぉ」

千鶴が追撃をかけんと右に持った葱を振り下ろす。魔力が乗った一撃は師匠の頭を粉砕せんと迫るが。

「まだまだ魔力の練りが甘い!」

その葱を魔法障壁で受け流し、サギタマギカを一本、千鶴の腹へとぶつける。
一本と侮ることなかれ。零距離から撃たれた師匠の魔法弾は、一撃で千鶴の障壁を破壊しつくしてもなお有り余るエネルギーを千鶴へ送った。

「……!」

千鶴が吹き飛ぶのをみて俺もそこへ行こうと足が動きそうになるが……ぐっと我慢する。今までもそうしようとして師匠に駄目だしされてきたのだ。
今日こそはそのフードの中を見せてもらう!
俺は千鶴が攻撃されている間に練った魔力を解放。振り上げた手の上に風の毬を作り出す。
吹き荒れる風で俺の体も多少切られるが、関係ない。俺はその毬を持ったまま師匠に肉薄する。

「ほう……」
「く! ら! え!」

今までの鬱憤を限界まで風にこめる。心なしか風の色が黒くなった気がする。
俺は手の平の上で乱回転する風を一点に凝縮した毬を、押し出すように始まりの魔法使いのどてっぱらに打ち込む!

「ちっ!」

だが、キィーンと甲高い音を鳴らすだけで、その障壁には傷一つない。今もなお力を入れ続けるが、障壁はまるで城壁のように俺の前に位置し続ける。
某忍者漫画の必殺技をパクって、ここ最近はずっと練習していた魔法だったのだが、効かないか。そう判断すると、すぐさま師匠の懐で解放。圧縮から解放された空気が吹き荒れる。
俺はそれに乗って後ろに下がりつつ、千鶴の所へと向かう。

「相変わらず千鶴の方へ行くのは……どうかと思うが?」

師匠はそれを見るや俺の視界からふっと消える。

――相変わらず瞬動の入りに無駄がなさすぎるっつーの!

視界に映らぬような速度で飛んだ師匠は俺の背中側に現れ、手をおく。フォンと空気の動く音と共に、魔法陣が展開。
俺は急いで振り向き対処を――

「まったく、不合格じゃ」







千鶴と俺の逆行物語 6







「いたたたた。ちょっ千鶴。もう少しやさしくしてくれ!」
「そう思うなら、あんな無茶な魔法はもうしないのよ?」
「そうはいっても、あれで結構使えるんだぞ。それに――」
「返事は?」
「――はい! もうしません!」

恒例となった師匠との摸擬戦から一時間。相変わらずの戦績で、今日も負けた。
ある時目的があると修業ははかどると師匠がいったので、いつも思っていたフードのことを言ったのだが、それ以来、摸擬戦でフードをはがせるかはがせないかの勝負が行われる。
今回はあの魔法があったので、いけるかもと思っていたのだが、師匠の無駄なく構成された魔法障壁を破れずに負けてしまう。

……あれをどうにかしないとってわかっちゃいるんだけどなぁ。一点集中でもダメならどうすればいいんだかわかんねぇよ。

一人千鶴の回復魔法を受けながら思う。
今日の風魔法のせいで傷だらけになった腕にはほかにもたくさんの傷がある。かなりの時間を魔法の訓練に費やした。
始めて魔法を教わりだしてから、早三年。なんでも筋のいい奴はもうフードを外してもおかしくないそうだ。

俺は龍種特有の馬鹿魔力のせいであんまりうまく魔法が使えない。それは魔力を大量に持っている奴は一度は陥る症状で、ここから脱出できるかどうかが成長の分かれ目らしい。
龍化は室内でやると体が建物内に収まりきらないので、めったにしない。最初は部分的に戻る方法も探したが無理だった。今じゃその方向は諦めているので変化することはあまりない。
とはいえ、龍化した日以降は時々無性に空を飛びたくなる時があって、そういう時はオスティアの下の迷宮付近を飛ばせてもらってる。

……これが龍化したときの爽快感と言ったら、言葉に表せないほどの物語ってだな……こう、なんていうか風を従えているというかなんというか。
まぁ俺はそんな感じで魔法を教わり、特に属性の一致した風の魔法を主にしている。師匠いわく、古龍としての属性が風だから、人間の状態でも風になってしまうんだってさ。
そのせいでほかの属性はほとんど使えないといってもいい。

逆に師匠もびっくりしたのが、千鶴の属性。
彼女はこれといった属性がなかった。例えるなら無色の絵の具。そのおかげで反対の属性がないため、どんな属性もお茶の子歳々。ただし、最上位魔法になるとおぼえられないらしい。
しかしそれは師匠も見たことがないらしく、図書館にあった魔法を嬉々として覚えさせられていた。しかも千鶴も物覚えがいいもんだから、リアル千の魔法使いになれそうな勢いらしい。称号は龍騎士だけどな。
師匠は楽しそうに俺に教えてくれた。
……畜生。どうせ俺は風属性しか使えませんよ。魔力操作が下手だから上位の風魔法も使えませんよーだ。

「はい、終わり。今度からは気をつけるのよ?」

治療が終わった腕をよーく確認してから千鶴はやっと俺の腕を解放した。
俺はそれにはいはいと頷きつつも、笑う。
最初は魔法を千鶴が覚えることに反対したけど、こうして治療を受けているときは千鶴のことを独占できて、ちょっと嬉しい。それに治療の時の魔力は俺を包みこんでいる気がして好きなのだ。
ちょっとした怪我をするたびにせこせこと千鶴のもとへいって治療を受ける俺が、ここ三年では何度も見られた。
他の墓守の人たちには、あら新婚はお熱いのね、といつも言われる。

……ああ、おまえ結婚したのかって突っ込みはやめてくれ。プロポーズの言葉は俺と千鶴だけの秘密なんだ。聞くのは野暮ってもんだろ?
現に俺が自分の体の一部を剥いで作り上げた、純白の指輪が千鶴の薬指で光っている。ありったけの魔力で加工したので、値段が付けられないようなマジックアイテムになったのはあくまで偶然。
今では彼女がその指輪をはずすことはなく、いつも身につけている。俺は身につけている限り彼女の場所がわかる。そしてその指輪をみるたびに幸せな気分になるのだ。

こうして墓守の宮殿で暮らすこと三年。俺たちの修行は佳境へと入っていた。









「よし。のぞきに行くぞ」
「何処までもついていくぜ、師匠」











俺たちは胸をはって墓守の宮殿内のあるスペースへと向かっていた。
そこは古来より理想郷と伝えられた未だ届かぬ地。世界中の夢と希望が詰まった場所。だがいつだって男たちはそこに夢をかけてきた。
そう――風呂場だ。

俺たちは過去の先人が残してきた地図を用いて歩を進める。

あれ? お前奥さんいるって言ってなかった? その通り。しかしこれには深いわけがある!!
たしかに千鶴は美しい。今の日本の朝廷に彼女が顔を出せばあらゆる貴族から求婚されるだろう。それほど彼女は美しい。俺は彼女以外に興味はない。
だが知っているか? 今の時間は千鶴も入っているということを!
もともと墓守の宮殿とは王やその家族などの墓をまとめられた場所であり、そこを管理する一族は、王の次男や次女などの王位につけなかった人が入ってくることが多い。そのためこの一族は魔力に優れ知識も豊富、さらにみんな美形という素晴らしい一族なのだ。
その風呂場と言ったら、さすがの俺も息をのむほどの光景が広がっているだろう。
そこに千鶴までいるだと…………?
もう行くしかないだろ!!!

しかしその防壁もまた強力だ。彼女たちは優秀な一族の出であることもあり、風呂場にはありとあらゆる対策がされている。
師匠はそれを一種の世界のようだと例えたことがある。完全に外界と隔絶され、守りも戦争で使われる城の城壁のようだ。それを攻略することは一流の戦士でも簡単にはいかない。それほどのものなのだ。

そして俺たちは二か月にも及ぶ綿密な準備のもと、今日決行することを決めた。

「師匠。ターゲットが風呂場のほうへ行くのを確認しました」
「うむ。ごくろう」

そういうと師匠は大仰に頷いたあと肉体強化の魔法を俺にも懸けてくる。さぁここからが本番だ。
目の前に見えるのはいたってシンプルな渡り廊下。横幅が10mほどとかなり大きめで長さも100mほどある。ここは古くから共同極上……浴場へ行く道として使われている。
しかしあんまりにも長いので女性専用の転送魔法陣が入り口と出口に作られ、ほとんど使用されることは無い。
それからというものの、ここは男性がのぞきに行くために通る難所として君臨してきた。

女性側が面白がっていろいろなものを取り付けるので今では途中で倒れると帰ってこれないこともある。わざわざ捜索隊が結成されたこともあり、俺も参加したが……あれはひどいものだった……血だるまになりつつもなお、前へと進もうとするその心意気に捜索隊全員が涙したものだ。
だが俺たちはその難攻不落の廊下へ挑む。
所詮魔法使いが作ったものであるならば、始まりの魔法使いの敵ではない。しかしこれはのぞきという神聖な儀式。俺たちが必要以上の魔法を使うことはないだろう。

「さぁ、覚悟はいいか…………?」
「もちろんさ、俺をいったいだれだと思ってる」
「ふむ、そうじゃったな。ならばここはAhead! Ahead! Go Aheadじゃ!」
「Oh! Yeahaaaaaa!!」











走る。床が崩れ落ちようとも、今の俺に泊まる選択肢はない。
目の前の選択肢という名のカードに書かれたものはすべて”のぞく”だ!

走る。目の前に鉄球が襲ってこようとも俺は走る。
俺は選択する。目の前のカードのすべてを。だって俺だって千鶴をみたいんだ!

走る。何処からかロケットランチャーのような筒から火炎放射のように炎があふれるが、俺は脚を動かして走り続ける。
だってそうだろ? そこに何かがあるというのならば、男はいつだって突っ込んで行かなくちゃいけない。

それが男ってもんだ。

「チッ!!」

俺は右手から襲いかかるトリモチランチャーを避けつつ、左から迫りくる巨大な手の形をした鉄板をかがんで避ける。
師匠の方もそれら難なく避けつつも俺のフォローまでしている。さすが師匠だ。

「同士よ十m先トラップじゃ! 本気でとべえええ!」

聞くや否や俺はすぐさま加速し両足に魔力を通して肉体強化。

「うおりゃぁぁぁあああ!」

全力で前へと飛ぶ。
ふと、下をみれば足元はすべて巧妙に偽装されたスイッチだった。視界を動かし、右をみれば壁に穴があいていて、奥で鈍い光がキラリと光る。

……恐ろしい。あのスイッチを踏んでいれば俺は弓矢で穴だらけだっただろう。なんて罠を設置しやがる……!
俺たちが半ばを走り抜けたころから完全に殺す気で罠が設置されている。ここから先は捜索隊の時も行ったことがない未知の場所。
俺はさらに速度を上げる。

背筋に寒気が。
着地してすぐに俺は走っていたがすぐさまヘッドスライディングをかます。
ブォンと俺の上を何かが通る音が。視界の端には断頭台の刃のようなものが映る。もしも立っていたら俺の下半身とサヨナラしなければならなかった。
俺はすぐさま体を丸め、ドッチロール。いわゆる前転をしようとした。

また背筋に寒気が。
俺は前転の初動で手を地につけた瞬間、腕の力だけで空へと躍り出る。
ジャキン! という音とともに床下から槍が飛び出る。俺の眼球3cmの所で止まる。体を串刺しにされるところだった。
俺は体をひねって重心をずらすことで槍の上ではなく前に落ちる。

息もつかせぬ寒気の連続。もはやこの寒気は俺の友達だ。
両足で着地し、すぐさま俺は踊るように前へと進む。
ヒュン! ヒュン! という音が俺の耳元を過ぎていく。魔法で作られたレーザーだ。侵入者の体を焼きつくさんと何発も放たれる。
俺は勘と意地とエロでそれらすべてを見切り歩いていく。その姿はまさに舞踊。

極限まで集中された世界に身を置く俺に死角はない。
だがその俺にさらなる悪寒が襲う。
舞踊を踊りつつ前へと進む俺の足元から、カチッと音が聞こえた。

――しまった! 地雷だ!

魔力によって構成された地雷もどきが俺の行く手を阻む。
俺がここから足を離せば俺の脚が吹き飛ぶ。
何たる孔明の罠。のぞきの足を止め、かつ撤退させるにふさわしい罠。単純であるがゆえに効率的な罠をこの終盤に残しておくとは……やりおる。

――だがまだだ。まだ俺には仲間がいる!!

俺と同じように罠を潜り抜けた師匠が俺の足元まで来ると。魔法で生み出した石をゆっくりと動かし、地雷を外す。その腕に迷いはなく、歴戦の傭兵のようだ。
未だレーザーの打ち続けられるこの場所でありがとう、そう目で言う。だが師匠は、そんなの当たり前だろと目で返してきた。

この間、わずか数秒の出来事だった。

俺たちは二人で手をとりつつ、踊る。レーザーが俺たちを捉えられるはずがない。
最高だ。もはや俺たちの前に敵はいない。

そして俺たちはたどりついた――

「ここが――」
「うむ――」

「「――理想郷!」」

未だかつてここにたどりついた男性がいるのだろうか? いいやいない。
黄金を使われ作られたその扉は俺たちを祝福するようだ。

……ああ

なんということだろう。ここから先にはもはや天国のみ。神に祝福された場所がここにある。
ここに来ただけで俺はすべてを達成した気分だ。
しかしこれだけの苦行の果てには、ご褒美がなければならない。そうだろ?

俺たちは扉の壁に沿って回り込む。
この部屋はホール状になった部屋の中にあるのだが、壁に透視魔法対策をするためにいろいろと工作がされており、それらの魔法を消さないように、もう一枚中に壁を作るタイプの部屋となっている。
つまり部屋のなかに風呂場を囲むようにして壁が張っているのだ。

俺たちはそれを回りこみ、そろそろと後ろ側に。
目の前にある壁を登ればそこは…………!!

もう俺も師匠も笑みを抑えることができそうにない。鼻の下がだらしなく伸びきっている。
お互いにそのだらしのない顔をみてもにやにやするだけだ。
俺たちは壁に手をかける。
……さぁいざゆかん理想郷《アヴァロン》へ!!

















「あ・な・た?」














<あまりにグロテクスな表現のため、削除されました>
















ーーーーーーーーーーーーーーーー

あとがき

混浴を書こうと思ったらいつのまにか”男たちの物語”になっていた。
千鶴成分がかけらもないわけじゃないが、完全にギャグ。でも次回は超シリアス。


さて、いきなり時間が大きく進んでいたことに対する意見はたくさんあるでしょう。
だが私は言いたい。

”ここはまだプロローグだ!!”

プロローグですべてが終わってしまう小説は斬新すぎるので、プロポーズその他は一度抜きました。
そこそこの量を書いた後に抜きましたので、みたいという方がある程度の数いましたら外伝として投稿させていただきます。そういう方は感想へGo Ahead(出撃せよ)!

ちなみに結婚式は? と思う方がいらっしゃると思いますが、自分は高校生です。もちろん人の結婚式なぞ出たことすらないので書きたくても書けません。
勘弁して。

では修行の時のネタは所々で回想という形で出していきますのでご了承ください。



では最後に、


えるしっているか、作者はきょにゅうがすきだ。(某救世主(笑)風に)



以上でこの場を失礼させていただきます。



[25926] 千鶴と俺の逆行物語 7
Name: 観光◆6a663401 ID:0f8bca7b
Date: 2011/02/27 22:52

月明かりがあたりを照らし、地を覆うころ、電灯などなく空気も澄んでいるこの時代では空にいくつもの星が輝いている。
人が夜の闇に怖れと安らぎを覚えるころ、俺は――血だるまになっていた。

あののぞき騒動のあと、変態、死ね、女の敵、浮気者、等の罵詈雑言と共にキックとパンチの嵐が吹き荒れたおかげで中心にいた俺はとんでもない被害をうけたのだ。
ギャグ漫画のように怪我は治らない。
頼りの千鶴も今回ばかりは助けてくれなかった……当たり前か。
結構いいところに入ったのもいくつかあって結構つらい。特にあの後ゴミ処理のごとく墓守の宮殿外延部へ投げ捨てられたのが一番痛い。風が怪我に染みるんですよ。

そうして一人夜の空を見上げる。

「ここにおったか」
「うるせー、一人逃げた爺が何しに戻ってきやがった」

音もなく師匠がやってきた。
のぞきのあと師匠はいつの間にか消えていて、俺だけが折檻を受けたのだ。何処までも一緒だと誓ったことを忘れ、俺をいけにえの羊に祭り上げたのだ。

「まったく甘いとあれほど言っておいたのにの」
「いや、いつだよ」
「冒頭」
「は?」
「何でもない。忘れい」

その師匠は俺に悪びれもない様子で手に持った酒瓶を掲げる。それは師匠の部屋にあった秘蔵の酒だ。

……まぁ、許してやらんでもない。








千鶴と俺の逆行物語 7








「さてと、ちょっと大事な話でもしようかの」

師匠と無言で酒を飲みかわしているとそう切り出す。

「お主も気が付いておるんじゃろ? 自分たちの体のことを」
「……ああ」

体のこと。
最初は気のせいだと思った。だが三年という月日を過ぎてそれは確信へと変わるのはおかしいことではなかった。



「俺たちは――成長していない」



うむ、と師匠が頷く。
そう、この三年間、俺たちは成長していないのだ。
俺は手元にあった酒をグイっと飲みほし、また器につぐ。

「おそらくだが、時間を超える時に触れた魔力の影響じゃろう。莫大な魔力に触れたせいで体がより強靭に変化しておる。千鶴にいたっては精霊の一歩手前のような状態じゃ。魔力が体に対して大きすぎる。おそらく世界中を見ても千鶴と同じだけの魔力を保有する人間は二人、いるかいないかってところかの」
「それは別にどうでもいい。本題は違うだろ」

俺が知りたいところをわざとずらして答えてくる師匠。
せっかちじゃのう、というが俺からすればお前の性格が悪いのがいけない。

「まぁ、もったいぶる必要もないか……そうじゃの、もともと寿命の長い古龍のお主はどうかわからんが、千鶴は――不老じゃな。間違いなく。この三年間で全く成長していないことからもそれがわかる」

……やっぱりか。
確信を持っていたとはいえ、人から、それも師匠からそれを聞くと、落ち込む。
これで千鶴においていかれることが無くなった。しかし俺があの時そう望んだせいだとしたら、俺は自分を呪うだろう。
いつまでも生きているということはきっと辛いことがたくさん待ち受けている。
人は成長し老いていくことで、人生の起伏を感じることで、その生が有意義なものとして感じれるのだ。
それがない俺たちは、きっと普通の人間が感じるような生き方はもうできない。つまり彼女には普通の幸せを俺が与えることはできないのだ。

「もしかしたら……以前お主がいっていた千鶴の”おいていかない”という発言はこれに気が付いていたからかもしれん。人間だれしも自分のことには敏感じゃからの」

たしかに。あの時は信じたが、いつか別れることはわかりきっていたはずだ。
なのにあの時そう言ったのは自分が不老になったとわかっていたからなのか。答えは千鶴しかしらない。
俺は彼女から成長しないことについて聞かれたことがないのは、明確な基準を持たず、自分のことで気がつかないからだと思っていたが、これは一度聞いた方がよさそうだ。

「あの魔力に特徴のないことも、時を超える時に色のない莫大な魔力に触れ続けたせいじゃろう。無色の魔力なんぞ人にはあり得ない。よろこべ。あれはお主と同じ人間という枠組みから外れた存在じゃ。お主の契約者としてあれほどふさわしいものもいない。もはやこの出会いは運命だったと言いたいくらいじゃ」

……運命か。
そんなもの信じたくは無いんだがな。
これからある大変なことを千鶴と一緒に乗り越えていかなくてはいけない。
一緒にいられるのはうれしい。だが永遠なんていらなかった。そんなものよりも平穏と愛があればそれで良かったのに。神様は余計な物を俺に押し付ける。
そしてなにより俺が許せないのが――



「――千鶴が子供を産めない体になったこと。これを治すことはできないのか?」



訪れるのは沈黙。
師匠はそれに首をゆっくりと横に振った。

「そっか」
「……わるいのう」

……別に師匠が悪いわけじゃない。
時を越えてから、千鶴は老いることが無くなったというのはわかった。
だがその前に俺がそうじゃないかと疑った原因は、彼女の月経がなくなったことだ。
そう相談を受けたときは周りの医者に見せて健康だと言われたが、俺は多分千鶴が子供を作ることは無いと思っている。
彼女が時を超えたことにより何らかの原因で子供が作れなくなった。
これは俺の勘でしかない。自分でも外れてほしい。だがこの勘は良く当たる。特に深刻なことほど。俺が外れてほしいことは憎たらしいほどよく当たるのだ。
千鶴が不老に気が付いていなくとも、このことには気が付いてる。彼女は他の墓守が子供を産むたびに……少しだけ泣くのだ。

――子供が産めない。

これが彼女をどれだけ傷つけたのだろう。
彼女が子供好きだというのはよく知っている。中学生で保母のボランティアに参加するほど子供のことが好きなのだ。俺自身も彼女目当てで行っていていつの間にか子供が好きになっていた。
しかし俺が受けたショックよりも彼女のショックのほうが何倍も上だ。俺がそれを想像することはできない。口が裂けても、わかるなんて言えない。
俺ができるのは悲しみが少なくなるように、心が折れないように、傍で支えることだけだ。

俺は膝を軽く抱き、背中を丸めてうずくまる。

……なんで俺たちなんだろう。
俺は今までに何度も思ったことを考える。
どうして千鶴がこんな辛いことをしなくちゃいけないんだろう。
どうして俺がこの世界にやってきたのだろう。
そう何度でも思う。

千鶴に会えたことは感謝してもいい。彼女に会えたことは奇跡だと思ってるから。
だが彼女にこんな辛い人生を歩ませるのであれば、俺たちは出会わない方が良かった。
支えあう。そう決めたはずなのに彼女が隣にいないだけで俺は折れそうになる。このままじゃいつか彼女にすべてを背負わせてしまう。
それじゃだめだと修行を頑張ってきたし、いろいろなことに挑戦し続けた。でもダメだ。彼女がいないと俺は何もできない。
現にこうして俺は弱気になっている。

少しだけ強く膝を抱える。

風が流れる音をBGMに、月と星をつまみに、師匠は一人酒を飲み続ける。
月と星に見向きもせず、夜の闇だけを心に入れ続ける俺は一人自問を続ける。
こうして隣り合っているというのに俺たちに共通点など何一つなく、時間は過ぎていく。

「…………この馬鹿弟子が」

ふと師匠の声で静寂が破られる。
ポンっと師匠の手が俺の頭の上に置かれた。

「そんなに一人で悩んでどうする。それはお主一人の問題ではなかろう? ならば行くところは決まっているはずだ」

行って来いと、俺の背中を師匠が叩く。
なぜか俺はその手に大きな愛を感じた。まるで駄目息子を見守る父親のような――

「……うん」




しばらくして俺は立ち上がると、すぐさま墓守の宮殿内部へと足を向ける。
まずはのぞきのことを謝って、それから大切な話をしよう。それが今の俺に出来る最大限の誠意だ。
師匠にお礼を言おうと、俺は少しだけ振り向く。
しかし師匠はこっちを見ていない。それでもいいかと口を開きかけると、向こうのほうが先に口をあける。

「馬鹿弟子よ」
「……ん?」

いったいなんだろうか。
いつもはなんだかんだでこっちの目を見て話そうとする師匠がこっちを見ないことに違和感を覚えた。

「一週間後、ここ外延部で卒業試験を行う。千鶴にもそう伝えてほしい」
「……おいおい、いきなりだな。何か理由でも?」

本当にいきなりだ。今から千鶴に不老の件を伝えに行ってその足で卒業試験のことも聞いたらパニックになるかも知れないとわかっているだろうに。
いや、千鶴ならならないという信頼故なのか。どちらにしてもいきなりすぎる。

「このままここにいるのもいいじゃろう。だがお主たちはまだ世界を知らなすぎる。世界を知るべきだ。そう思っただけじゃ」

……本当に? それは師匠の本音なのか?

「どちらにしてもこれは決定じゃ。なに、千鶴に今すぐ教えないといけないわけじゃないじゃろ。それくらいの期間は設けておる。一週間後の昼、ここで制限なしの戦闘じゃ。楽しみにしているぞ」

師匠はそう一息で言うと、また消える。
俺はそれをみて、また前途多難なんだなぁ、としみじみ思う。そして千鶴へ謝るのも、気が重いなぁ……










「そう……先生がそんなことを」

あれから部屋に入れてくれない千鶴に謝り続けてどうにか許しをもらうと、俺は師匠と話した不老についての考察を話し出した。
やはり千鶴もそうではないかと疑っていたようで、あまりショックは無かった。
だが子供のことは諦められないようで、少しだけ俺の胸で泣いていた。
そして今彼女は俺の腕の中で丸まりながらも、さっきの卒業試験について聞いていた。

「ああ、なんか結構いきなりだよな。卒業試験なんてあのローブを剥いでからと思ってたのに」
「ふふ、そうね。あなたはいつもあのローブをはがすっ!って意気込んでるものね」

別に意気込んでるわけじゃないけどな。
なんというか意地?

「あなたのそういう所は子供っぽいのね」

苦笑する千鶴は俺の腕の中からスルリと抜け出した。
どうした、と俺が言う前に千鶴はベットの上を動いて俺の後ろに回り込む。

「はいはい、そんな子供のあなたはおとなしくしましょうね」
「子供って……おわっ」

千鶴は俺を引っ張って自分の脚の上に俺の頭を乗せる。そして俺のおでこに手を当てると、やさしい手つきで撫でる。
その温かい感触に拒否する気もおきなくて、なすがままにされる俺。
一度この陽だまりに捕まると、俺はここから出られない。
時間がある今で良かった。
しかし――

「――千鶴もこれ、好きだよなぁ」

わりと時間があってのんびりとしているとき、千鶴は俺に膝枕をしたがる。

「ええ、なんだかとっとも幸せになれるのよ? こうして好きな人とゆっくり、その温かさを感じながら過ごすのはとっても幸せよ」
「そうかい。よくわからんよ」
「ふふふ、多分これは私だけよ。そう思うのわ」
「お、そうでもないんじゃないか?」
「あら、ならあなたも?」

俺はその疑問には肩をすくめて、思わせぶりな態度をとるだけにとどめる。こうして三年も一緒にいるけど、素直に言葉に表すのはすごく勇気がいる。すくなくともその勇気をいま使う気にはならなかった。

ろうそくだけが俺たちを照らし、火から溢れる光はどこか温かさに満ちている。赤い光は俺たちの顔のほてりを隠してくれた。
俺たちの影はつながっている。そんなたわいのないことで喜んでいる俺が心のどこかにいる。
撫でる千鶴の手から伝わる温度を俺の体は存分に吸い尽くそうとする。それは幸せの元なのだと、だから逃がしはしない。

「ねぇ、ユート」
「ん?」

どこかやさしい声になにかをにじませた声。千鶴のそんな声はあまり聞いたことが無い。
千鶴は俺をその瞳に写す。それは俺を逃がさないために、標的と定めた猛禽類のようだ。
ゆっくりと頭を落とすし耳元でかすかに聞こえる声で言う。その声は毒にあふれていた。

「浮気はしちゃ……だめよ」

俺の体に震えが走る。
ぼうっとする頭で彼女の目をもう一度みる。
うるみむ目と、少しだけ笑う顔を見せるが、俺はその瞳の奥に言い知れぬ不安の色を見てとる。

……不安に、させちゃったかな。

今日ののぞき騒動で自分に飽きられたかもと思ったのだろうか。
そんなことはありはしないのに。
俺はそれに言葉でなんて無粋なものではなく――





「でも先生が制限なしなんて……」
「そう言えばそうだよな。始めてかも」

俺は千鶴の膝枕を続けてもらいながら、一週間後のことについて話していた。
制限なしの戦闘。それは俺の龍化を制限しないということだ。古龍は肉体の力も非常に強いのでただ龍化するだけである程度の力は得てしまう。
それではいけないと、師匠が摸擬戦では封印すると決めたのだ。さらに千鶴の切り札も同様だ。

師匠と戦うならば龍化は必須。千鶴も切り札解放の短期決戦しかない。
俺たちに長時間戦っていられるほどの集中力はない。
特に千鶴は体力はそこそこついたが、戦闘を行えるのはぜいぜい一時間程度だ。
師匠とやるなら、最初から全力の戦闘しかない。

……さてどうするかね。













一週間後。
太陽が真上へと登ったころ、俺と千鶴は墓守の宮殿外延部へと足を運んでいた。つまり卒業試験のためにだ。
こっちはいつでも行けるように完全戦闘体勢。対する始まりの魔法使いはいつものローブ姿。未だにその素顔を見たことはない。

「さぁさぁ、今日こそその素顔を白日のもとにさらしてやるよ!」
「ふっ、ちょっと魔法をかじった程度の小僧にやられるほどワシは甘くないぞ」
「ええ、もちろん私たちはそれをよく知っています。だからこそ、今日知らないことを教えてもらいます」

俺たちは外延部で向き合いつつも、未だに戦いを始めない。
多分だけどこの関係が終わるのが嫌だから。
だから動けない。これが終わったら俺たちは世界を見に行く。一週間千鶴と話し合って、世界をみることは絶対に私たちの長い生で確かなものとなるはず。そう思った。
世界を見に行く。これはもう俺たちの中では決定事項。こちらから歓迎すべきイベントだ。だが三年間をここで暮らしてきて、それなり以上の愛着がここにはある。

俺たちは師匠から魔法と生活の一般常識を教わった。
他の墓守の人たちからは祝福もされた。
俺がプロポーズした聖堂だってここにある。

ここは俺たちの物語の原点だ。ここを離れることに寂しさが無いわけがない。

それは師匠も同じことを思っているはずだ。あまり他の人と関わりを持とうとしない師匠。それはそうだ。関わりを持てばその人間は自分より早く死んでしまうのだから。
だから俺たちと関わってきて、俺たちがいなくなることに悲しいと感じていると思う。でも師匠は俺たちのために送りだそうとしていると思う。

ならば俺たちもそれにこたえる。

「行くぞ千鶴!」
「ええ、アデアット!」

千鶴が戦闘のためにアデアットをする。魔法が発動するとその手には一本の葱が現れる。
俺はそれを横目に見つつ、自分の姿を解放。

「うぉぉぉおおおおおおお!!!」

肉体がどんどんと膨れ上がる。
指には鋭い爪が、腕は丸太以上に膨れ上がる。肌は白く滑らかな体毛が生え変わる。
背中にかすかな違和感のあとに、体を覆うように翼が生える。三対の翼はまるで天使のようにも見える。
膨れ上がった体は頭から尻尾の先まで測れば100mは優にある、絶対王者にふさわしい体。最強種の一角を占める古龍の体に魔力が張る。
俺の目はすでに黄色で縦線が入るものへと変わっている。その目には風の動きがはっきりと見える。
圧倒的な存在感と神々しいまでの魔力があたりを支配する。

これが俺の真の姿――古龍・勇翔《ユート》だ。

俺たちの戦闘準備はこれで終わった。師匠を見ればいつでも来いという挑戦的なオーラを醸し出している。
ならば――

「――さあ! その面、拝ませてもらおうか!」








先手を打ったのは俺だった。
俺は師匠の魔法陣が展開されるよりも早く風のブレスを吐く。ノーモーションから放たれたとはいえ古龍のブレス。人間の時とは比べ物にならない威力だ。師匠もさすがに攻撃魔法ではなく防御魔法を起動させこれを止めにかかる。
その間に俺の体の周りに風の結界を展開。ばかみたいな魔力を入れているので普通の人間では絶対に破れないだけの壁を発生させる。
とはいえ相手は師匠。この程度のものなら貫けるだろう。だから俺はこれに重ねがけをする。

「ゴァァァアアアアア!!」

基本的に龍に詠唱はいらない。咆哮一つで体の中にある魔力を操り直接風を操る。人と違い龍は精霊を介せずに現象を操ることができるからこその芸当だ。
その俺が発動させるのは風花・風障壁と呼ばれる風の障壁を操る魔法だ。普通これを用いても効果は一瞬。あらゆる衝撃を受け流す非常に優れた魔法だが、連続使用ができない。それは毎回精霊にお願いし魔法を発動するという工程が必要だからだ。しかし直接魔力を操り風をおこす俺にそんな弱点は無い。
直接魔力を変化させねばならないため、上級魔法はほとんど使えない俺だが、こういった初級魔法ではいろいろと都合のいいことが多い。そのうちの一つがこの連続起動だ。
つまり今の俺は風に常に守られた強固な移動城壁のようなもの。俺ならば大魔法でない限り攻撃を食らう心配はない。

そして俺の隣の千鶴は両の手を左右に突き出す。
突き出された右手には魔力が集束する。反対の左手には――気が。
集束した魔力と気はお互いに手の上で密度を増していく。その急激な圧縮にあたりの空気は震え、彼女を中心に風が取り巻く。
本来はお互いに反発しあうそれを体の正中線を中心に気と魔力に分けて生み出しているのだ。
一気に密度を増したそれを、体の前で――合わせる。

瞬間、ボッと空気がはじけた。
千鶴の体からあふれ出た何かに空気が一気に押されたために出た音だ。
みれば千鶴の体はかすかに光をまとっている。

――咸卦法。
気と魔力の合一。
相反する2つの力を融合させ、体の内外に纏って強大な力を得る高難度の究極技法だ。

その究極技法を千鶴は難なく再現して見せたのだ。
俺が原作の知識をもとに研究を重ねた技法。今の千鶴は世界でもっとも咸卦をうまく使えるといっても過言ではない。
そもそも魔力と気が反発するのは自明の理だが、こと純魔力は反発しない。そうでなければ、気を体に纏うだけで空気に混じった魔力と常に反発してしまう。
ではなぜ反発するか? なんでも人の体を通した魔力は色を持ってしまうかららしい。
そこで千鶴の魔力を思い出してほしい。そう千鶴の魔力は――無色、いわば純魔力だ。世界で千鶴だけは魔力を反発しないで使えるのだ。
だからこそ千鶴は簡単に究極技法である咸卦法を使うことができるのだ。

「行くわよ!」

瞬動。
一歩で千鶴は師匠の懐に潜り込む。
咸卦法を使った千鶴は一流の魔法使いの領域へと踏み込む。

「はあぁ!」

右の葱を一閃。
それはおしくも師匠に回避される。だが千鶴は左に葱を作り出し、それも一閃。
しかし急に行った姿勢移動に威力は乗らず、師匠の魔法障壁を破るにはいたらない。

師匠はその身から全体に向けて魔力を解放。
千鶴を吹き飛ばす。
千鶴の身が後ろへと跳ね飛ばされた。

と思いきや、もう一人の千鶴が真上から現れた。さっき吹き飛ばされたのは影分身だった偽物。
本来であれば咸卦法の最中に使うことができない気だが、千鶴は反発する危険性が無いことから、軽々と気と魔力、咸卦を使い分ける。これが千鶴が誰よりも咸卦法を使えると豪語した理由なのだから。
本体の千鶴は咸卦を十分に込めた葱をそのまま頭に振り下ろす!

「ちいぃ!」

始めて師匠が避けに徹し、左側へ飛んだ。
俺はそれを見逃す気はない。そこへ俺の尾を振り落とす。純粋な質量攻撃だ。その巨体から繰り出された攻撃で先端は音速以上に加速されて師匠の体を破壊しにかかる。
だがこの程度で攻撃を食らうようならば師匠は生きてはいまい。

手のひらに魔力球を生み出し、それを俺の尾にぶつける。

……重力系魔法だ。
当たった時の感触からそう判断する。
一瞬俺の尾が軽くなった気がしたのだ。その感覚の変化に惑わされ、俺の尾は師匠の横に落ちる。音速まで加速された尾は衝撃波をあたりにまき散らすが、千鶴と師匠の魔力障壁はその程度で壊れるような甘い構成はしていない。

「砂埃が……うっとおしいわ!!」

俺が尾を振り下ろした時の土煙が未だに宙にあった。おそらく重力球をもう一つ発動させてこれを維持しているのだろう。師匠はこういう細かい芸当が得意な魔法使いだ。
それを咆哮で吹き飛ばす。俺の咆哮は一種のソニックブームにもなる優れモノだ。口から魔力を混ぜた音を出しているため、砂煙なぞ一瞬で吹き飛び、その音の通った場所は大きくえぐれる。

そこに師匠の姿はない。

……どこだ!
そう思いさがそうとしたところで、千鶴が右に持った葱を空に投げた。
葱は一瞬だけ空に昇ったあと、矛先を俺の後ろへと変えて落ちていく。

そっちか!
俺は振り向きつつ師匠のいるところへ腕をふるう。その時爪に風を圧縮したものを付与しておく。これならばあの師匠の障壁も切りさけるはずだ。

「甘い」

ギイイィィィィンと甲高い音がなった。

師匠の前に展開された20mはありそうな魔法陣に俺の腕がはじかれたのだ。

「おいおいそこまでやるか?」

そういった俺は悪くない。
原作でナギに使っていたあの魔法陣だ。一度だけ見せてもらったから覚えていた。
それは破壊力とスピードに優れた非常に強力な砲撃魔法だ。魔法陣に魔力が充電される。

「ユート! 私が相殺するわ!」

少しだけ固まった俺の後ろから声がかかる。
俺は千鶴の邪魔にならないように射線上から後ろへ飛ぶ。

そうすると、千鶴は右手を振り上げる。
それを合図に背後に葱の群れが現れる。来る葱は千差万別。世界に満ちるあらゆる葱が王のもとに馳せ参じる。
その一つ一つが千鶴の咸卦を大量に使って作られた葱だ。
咸卦で光り輝く葱を背後に従えた千鶴は千手観音のごとくそこへ立つ。

「一斉照射! 撃ええぇぇぇぇぇぇ!!」

右手が振り下ろされる。
振り下ろされたタクトに従うように背後の100を超える葱は一斉に師匠めがけて飛んでいく!

対する師匠も魔力を十分に供給され、はちきれんばかりに膨らんでいた

「発射」

音を引き裂くように飛ぶ葱弾の群れへその魔力砲をぶつける。

ガトリング砲。それを体現した千鶴の葱は魔力砲にぶつかると大爆発を起こす。
ドンッと空気を震わせ体の芯まで震える衝撃が、何度も何度も響く。

ファ、と空気が張れる。

――完全な相殺現象。

お互いの視界をふさいでいた魔力のぶつかり合いが消える。相殺で消え去った。
だがそれだけで終わりはしない。
俺はこのうちに千鶴を頭の上に乗せて空へと飛び上がる。師匠もそれを止めようとしたが、いかせん距離が空きすぎていた。
魔力砲が俺の頬を通りすぎつつも、俺は空高くへと舞い上がった。






ここからが本番だ。この空。つまり風の古龍である俺の力が100%発揮できるここでの戦闘こそが本番なのだ。
地面の上では、向こうの魔法を避けるのも一苦労だからな。

俺はすぐさま千鶴の周りに力場を作り出し、空を飛んでいる間に落ちないように固定する。
三対の翼を大きく動かして、揚力を発生、さらに風の魔力で俺は自由自在に空を飛ぶ。
縦横無尽に空を飛びつつも、師匠の動向をみる。

……やっぱり飛んできたか。

師匠の方も空に上がってくる。さすがに古龍の方が空では有利だが、そんなもの関係ないと魔力砲を連射する。
だが、空で俺に当てられると思うなよ。

右へ左へ、高速戦闘機も真っ青なマニューバを操り、それらをかわしていく。空は俺のような龍にとっては自分の庭だ。そこへ地に足をついて生きる人間が来ようとも、こと飛行では俺の敵ではない。
師匠の体を中心に旋回を維持して飛ぶ。そうすることで千鶴の攻撃をしやすくするためだ。
俺の頭の上に乗る千鶴はさっきの背後に展開するタイプではなく、他のタイプで攻撃する。

右手に葱が生み出される。

一本だけ、されども他のものに比べて長い葱だ。
これはほかのタイプのものより追尾性能が高くなっている。つまり当たりやすい。
これに千鶴はできる限りの範囲で咸卦を込めていく。
背後に展開するタイプでは分散するためそこまでの威力は咄嗟に出せないが、この一本に絞れば話は違う。莫大な量の咸卦がそれに込められていく。
さすがこの量は辛いのか、肩で息を始める千鶴。だが耐えてもらうしかない。こうして俺は高速飛行で回避することで手いっぱいだ。もはや勝負の行方は千鶴にゆだねられた。

「……できたわ、チャンスは、これ、一回きり。正面、お願い」

肩で息をする千鶴の言葉は片言になりかけている。
俺はその言葉から何をしたいのか読み取り、一気に加速をかける。
俺の最高速度が出た瞬間、回り込み師匠の真ん前に躍り出る。

「馬鹿ものが!」

師匠はそう意気込むが、俺は何の心配もしていない。
俺は千鶴のお願いの通りにまっすぐに突っ込んでいく。

「ありがとう……」

小さく声が聞こえた。
瞬間、俺の上で咸卦が解放される。

「ぬっ」
「行くわよ」

――空気が凍る。
千鶴は弓のように体を反らせた。
矢となる葱からは背筋を凍らせるに足る咸卦があふれている。咸卦は矢の中で循環しさらに密度を高める。


「刺し穿つ《ゲイ》―――」


師匠が焦ったように攻撃魔法をキャンセルして防御魔法を張る。高められた魔力が壁となって現れる。
だがそんなのものでこれが防げると思うな。

千鶴はより力強く踏み込み、体全体を使い、さらに投擲速度を上げようとする。
さぁ、見よ。これが俺の相棒の力だ。


「―――矢翔の葱《ボルク》!!」


閃光。
解き放たれた絶対不可避の矢は師匠へと視認不可能の速度で飛ぶ。
一瞬で音速の三倍以上に加速された矢の通った起動は視界に赤い線を作る。

着弾。
豪雷のような音を響かせる。
衝撃と共に解放された咸卦は純粋な破壊の力となって空間を揺るがす。着弾点の空間がゆがみ、すべてエネルギーが師匠へ向けて解き放たれた。
粉塵爆発のごとく、白い炎球が形成。師匠の中心とする雲はすべてが衝撃で吹き飛び、青空が広がる。



「……」

だがそれでも師匠はそこにいた。
すこしばかりのダメージを負っているが、師匠は未だ健在。
あれを受けてもいまだ無事とは。あれは最上位魔法以上の威力があった。間違いなく最高クラスの威力のはずだ。
やはり真正面から向かっておく準備をしておいてよかったよ。
俺は翼をはためかせ、さらに加速。同時に魔力で風の抵抗を極限まで減らしていく。

「ぐぅぅぅううう!!」

そのまま、まっすぐと師匠に突っ込む!
この巨体をふんだんに使って加速、鉤爪でを先頭に師匠へと体当たりしていく。
頼みの障壁はさっきのですべて吹き飛んでいる。師匠は両の手でそれを押し返そうとするが、俺の体重+音速だ。これを防ぐことなぞ人の身にはすぎたことだ。できるわけがない!

「ガアアァァアアアア!!」

師匠をその手につかみそのまま空を飛ぶ。その状態のまま、ひきつれて自らを砲弾とするように墓守の宮殿へと叩きつける!

宮殿のてっぺんは見事に吹きとび、他の場所には亀裂が入る。衝撃に遅れて、音が付いてきた。
がらがらと崩れだす宮殿上部。崩壊を始めた第一層。その崩壊の音がこの戦闘の終わりを告げていた。









「はぁ、はぁ、どうだと、思う?」
「さ、さぁ? さすがにこれでも倒れなかったら負けね……」

俺たちはどうにか立っていた。俺はまだいけるが、千鶴の方は限界を超えた咸卦でガス欠のような状態を起こしている。
咸卦法はいわばHPとMPを同時に消費するようなもの。強力だがその分消費も早い。
千鶴は片膝をつきながらも崩れた宮殿の上に立ち、あたりをみます。

「まったく……ここまでやる馬鹿がいるかのう」

瓦礫の一部が吹き飛ぶ。
空高くあげられた瓦礫から千鶴を守りつつ、爆発地点を油断なく見つめる。
すると、ゆっくりとフードをかぶったまま師匠が上がってくる。

……できなかったか。

「こりゃ負けか」
「……悔しいけれど、そうみたい」

それをみて俺たちは肩を落とす。
勝ちたかったんだけどな。
あれだけ手加減されて勝てないってのは結構傷つく。

「これこれ、待ちなさい。ワシは外れてないとは言ってないぞ」
「「えっ」」

師匠はそう不敵にいってきた。
だが今は実際にかぶっているじゃないか。

「瓦礫の下でかぶったんじゃよ。ここまで来たら最後まで見せんのもいいかも知れんと思ってな」

なるほど……って、見せてくれてもいいじゃねえか。
だが見せろと言っても見せてくれそうな雰囲気は無い。

「合格じゃ」

そう言うと、やったと俺たちが喜ぶ暇もなく、俺たちの足元に魔法陣が起動する。

「なっ!」
「……これはなにかしら? 先生?」
「なに、そう睨むな。これは転移魔法の一種でな、これから二人を地球へと送る」

……なるほど。つまりこれは――

「――転送装置の応用ってことか」
「その通り。よくわかったな」
「ちょっとあてがあってな」

そう軽口をたたき合う。
なぜかは知らないが、俺は師匠がなんでこんなことをしたのか予想がついてしまったからだ。
多分恥ずかしいんだろう。いざ、さようならとなった時に。
なんて不器用な野郎だ。
千鶴もそれがわかったらしく、俺たちをみて笑っている。
俺はそれをみて、龍化をとき、人間の姿に戻る。ちなみに服は破れていない。
そして、千鶴の腰に手を巻き引き寄せる。
きゃっと声を上げるが、知らんぷり。俺はこのお世話になった師匠に例を言わなくちゃならないんだ。

「師匠。俺はこれからも千鶴と二人で生きていきます」
「…………そうか」

詳しいことなんて何も言わない。
だがそのぶっきらぼうな態度にも何処となくこっちを心配してるような感じがある。

「先生。私はユートと一緒に暮らしていきます」
「……そうかい」

口先だけは拗ねたような師匠に俺たちは顔を見合わせて笑ってしまう。
ああおかしい。こんな些細なことで俺と千鶴は幸せを感じられる。きっとこれからも幸せに生きられる。そう根拠もなく思えた。
だからその土台を作ってくれた師匠には感謝すべきだ。
魔法陣の光も強くなってきた。そろそろだ。
ならこの偏屈爺にふさわしい別れにしよう。そう思って千鶴を見れば千鶴も同じことを思っているのが感じられた。
俺達は口を開く。示し合わせてなんていない。
揃ってかけられる声は喜びと感謝にあふれている。

「「じゃあね」」

それを聞いて師匠の肩が少し沈む。まだだよ。最後まで話は聞きましょう。

「「また来るよ!」」

そういうと魔力光はひと気は強くなり、空へと昇って行った。









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あとがき

これが俺の真の姿――古龍・勇翔《ユート》だ。

中二ww
やめろ、恥ずかしくて死にそうだ。





ふはははははは、終わったぜ無印……間違えた、プロローグ。
そして毎日更新のストックも切れたぴょ~ん!

これで毎日更新も終了。七日間の間お疲れさまでした。このような勢いだけの作品にお付き合いいただき誠にありがとうございます。
こっちのは息抜きに書いているのですが、本命の感想数をはるかに超えた息抜き。一人称の方がいいのかなぁ?

ともかく完結を目指しますが、こちらのはあくまで不定期更新。
千鶴の物語はある程度たまって

見直し

修正

連日投稿

の流れを基本形に進みたいと思います。

つまり投稿されれば、必ず節目まで待たされずに見ることができるスタンスということです。
気になるあそこで切られた! くっそ~早く投稿しないかなぁ、なんてことが起きないようにということです。
まぁ一人称の小説なんで書くのは早いんですけどね。


ちなみに、外伝の方は普通に一話完結で投稿させていただきます。リクエストありましたらどうぞ。
息抜きの時に取り掛かりますので、甘甘のベタベタでクスクスな作品を皆様へ送り届けたいと思います。
チラシの裏の上の方にありましたら、あっ作者がHPを削りながら投稿したんだな。と思いつつも読んでください。

次に溜まって投稿するのは、ある程度短い閑話なので五話程度だから……2月25日以降となります。それまで待ってください。
感想で私のインスピを揺らすと結構速くなります。
こういうシーンが見たいという要望は新話の投稿までの期間を著しく縮める可能性に満ち溢れているのです。


では最後に、


「喜べ少年、もうすぐ――君の願いは叶う」

扉が閉まる前にそう神父が言うのが聞こえた。

ぎりっ

士郎は歯を砕かんばかりに噛み締める。
手は爪が肌を突き破らんとし、その顔は憎悪にゆがむ。

「叶ってなんか……ない……!」

ドアから一歩たった場所で士郎は歯を食いしばっている。

「叶ったと……そういうなら……!」

彼にとってその言葉ほど心揺さぶる言葉はないと。神父に対する憎悪で瞳が黒くそまっていく。
なぜなら――




「――セイバーの胸をおっきくしてくれてもいいじゃないか……!!」





どうやら少年は巨乳派のようです\(^o^)/マジカオス






以上でこの場を失礼させていただきます。



[25926] 千鶴と俺の逆行物語 8 第二部 「第一回世界行脚の旅」編
Name: 観光◆6a663401 ID:0f8bca7b
Date: 2011/02/27 22:53

「う~ん、ここどこかしら?」

強制転移されてから、しばらくすると俺たちは見知らぬ場所へ来ていた。いや、見知らぬというのは語弊があるか。
後ろを振り返れば、とてもこの世のものとは思えない大きさの大樹がそびえ立っている。

「麻帆良。ただし800年以上前の日本」
「やっぱりそう? こうして知っているところを実際にみてみると、ちょっと悲しいわね」
「……そう。でも俺たちは不老だ。いつかは俺たちの知る麻帆良へと姿を変える。それを楽しみにしていいだろ?」

そういうと、その意見は頭に無かったのか千鶴が目を開く。

「そうね、それもいいわね。どうせなら私の子供時代も見守ってみる?」
「くはは、それはそれで面白そうだ! そのときになったら考えてみるとするか」
「ふふ、私の子供のころが見れるのは不老の特権ね」
「そう考えると不老も悪くない」

そう二人で笑いあう。
すると向こう側からとことこ人が歩いてきた。
今まで魔法世界にいて、それなりにいい服を着ていた俺たちからすればとても質素な服に身を包んだ黒髪の男。歴史の教科書でみた農民のようだ。手にもわらを抱えているから、農民だろう。
千鶴はそれに興味を持ったのか、横を黙って通り過ぎる彼をじっと見ていた。じっと見られた本人はそれに、何だぁ、と顔を若干おびえさせながらそそくさと早歩きで過ぎていく。

「……なんていうか、いかにもな服装よね……」
「そうだな。墓守の宮殿ではそんなに気にしなかったけど、今は800年以上前っていまさら実感した気分だよ」

しばらく彼が視界に移らなくなるまで俺たちはその後姿を見ていた。
視界から消えていなくなると、千鶴が両手を合わせてこっちを上目づかいに見てくる。

「ね、これからどうしましょうか?」

そのポーズと俺にすべてをゆだねたような言葉がグッとくる。
思わずこの小動物チックな千鶴を抱きしめそうになるが、俺はその衝動を抑えながら返事をかえす。

「俺としては過去に来たんだし、時間もある。なら世界中を見て回りたいと思う。そのほうがいろいろ経験できて面白い気がしないか?」

俺は前から過去に来たんだから、世界中の遺跡とか歴史的瞬間を見てみたいと思っていた。
介入して歴史を変えるようなまねはしたくないが、眺める程度ならしてもいい気がするから。
紀元前まで飛んでいたら、きれいなピラミッドとかみたかった。あとは建築風景とか。

「とりあえず、サクラダファミリアの建築現場とか、レオナルドダビンチの最後の晩餐の絵とか、モナリザが誰なのかとか、元の皇帝チンギスハンとか、万里の長城とか、結構見たいのがあるんだ」

まだまだあるぞ。
前は学生でできなかったが、今は身を守る力もある程度ならあるし、探検だって二人ならきっと楽しい。
それを思うと心躍る。
さすがに女の子に探検はつまらないかもしれないが、歴史的建造物を見に行くなら千鶴だって楽しみにしてくれると思う。
そうやって夢を語る俺に千鶴は二人ならどこへ行っても楽しいわ、という。俺はいい嫁さんもらったなぁ……
幸せをかみしめる俺を彼女は笑いながら見ている。

「じゃ、そうしましょうか。まずは近いところから行きましょうか」
「おう、じゃあまずは京都へ行こう! いまなら都でいろんな人がいるはずだし」

早速飛んでいこう。

「待って」

そうして龍化しようとしたところを千鶴が止める。

「せっかくだから歩いていきましょう? 時間がたっぷりあるんだからそんなに急いだらやることがなくなっちゃうわ。それに龍化したところを普通の人に見られたら大騒ぎよ」

そういえばそうだ。
普通の日本人が龍化を見たら、恐れるかあがめるかのどっちかだろうな。
騒がれて神鳴流みたいな凄腕の退魔師とかにこられたら厄介極まりない。
どうやら俺の配慮が足りなかったか。

そうして少し反省している俺に千鶴は、

「はい」

と手を出してくる。

……はい?
この手は何の意味があるのだろう。
手のひらを上に向けて出されたこれは、こどもが何かを欲しがっているときの形に似ている。

「ユート?」

いやいや、何不思議そうな顔でこっちを見てらっしゃるんですか。

俺がわけの分からないという顔で見ていると、千鶴は少し不機嫌そうな顔で、んっ、と手を俺の方へ出してくる。

ああ……そういうこと。

「あいよ」

俺はそういうと右手をだして、千鶴と手をあわせ、しっかりとつなぐ。
そこまでして千鶴は機嫌をなおして笑ってくれた。

それに俺も調子をよくして、さらに踏み込む。
つないだ手を少しだけ緩めたあと、今度は千鶴の指の間に俺の指を入れて深く手をつないだ。
いわゆる恋人つなぎ。
ちょっと驚いたあとに千鶴は顔を紅くし俯きながらも、手を強くつかむ。

……やばい。すごく萌える。

俺が少し手を弱めると、千鶴も弱め、強めれば、千鶴も強くつかむ。
まさに恋人のサインのような気がして、何度もそれを続ける。
ふあふあなその暖かい手を二人でつなぎながら、俺たちは歩き出す。

どうやらこの手はそう簡単に解けそうに無かった。














埼玉県南部に程近い場所にある麻帆良から京都までかなりの距離がある。
それでも俺たちは歩いていくことを選択した。
龍化した俺の背に乗れば一時間と少しでいけるというのに、旅を楽しみたい千鶴の意見を取り入れ、俺たちは歩く。

だからといって、ただ歩くだけでは味気ない。
そういった千鶴は行く先々で、観光名所を回ったり、現代にはない場所を目にしていくことになった。一宿一飯の恩のために、町ではやった病を魔法で治したり、現代と違い猛威を振るう妖怪を倒したり、やることは多岐に及ぶ。

とはいえ、いくら魔法があろうとも、俺たちは万能ではない。
途中流行病でなくなっていく命を前に、何もできなかったこともある。
妖怪の大群を前に何人かを守りきれなかったこともある。
それでも俺たちは旅を続ける。

俺たちの旅はまさに風のゆくまま気のゆくままに。
それを体現するかのように旅をする。
そうしてゆっくりと歩いた俺たちが京都についたのは目指した四月から一年と少したった翌年の六月、梅雨をまじかにしたころのことだった。











千鶴と俺の逆行物語 8












「うっっしゃああああ、やっとついたよ、ビバ京都!」

京都を囲むようにある山々を歩いて踏破し、その麓で俺は人目も気にせずに叫んでいた。
思えば長かったこの一年の旅……!
千鶴が、「あら? あれおもしろそうね」といいつつ面倒ごとに首を突っ込んでいくから一ヶ月程度で済むはずの旅がその14倍かかったぞ。
行く先々でトラブルを見つける千鶴といると飽きはこないが疲れはたまる。

それもしばらくは落ち着くだろう。
京都では飽きるまで古き都を堪能し、茶菓子に頬をほころばせ、料理に舌鼓を打つ。
そんな落ち着いた生活が待っているのだ。
お金は助けた人からや、妖怪退治でそこそこたまっている。心配する必要はない。

「さぁ、まずはどこいく!?」
「もう、テンション高いのね。それじゃ宿を見つけるまえに疲れちゃうわよ?」
「大丈夫!」

根拠はないけどな。
俺たちは京都の中心を通る大きく太い道を歩く。
この大通りは他の場所とは比べ物にならないくらい華やかだ。さすがにこの裏に行けば飢える人間がたくさんいるってことは旅の中で知ったから、分かってはいる。だが俺たちにすべてを救うことができない以上、どうすることも無い。
俺たちはそれを認めながらも、こうして生きている。その葛藤は昔にすませた。

俺たちは大通りを歩きながら、周りに目を向ける。
馬で引かれる馬車が中心を我が物顔で通り、その周りを京都にものを売りに来た人が歩く。道の端を見ると、露天が開いていて、大きな声で客引きをかける。どれも現代の日本ではめったに見られない光景だ。
それにどこか心を弾ませつつ、俺たちはどこを見に行こうかと、話続ける。

「そうね、まだ有名なお寺はできていないでしょ? みるなら京都の町を見て回るべきじゃないかしら?」
「それもいいかな。どうせなら貴族の家に入り込むか」
「また怒られるんじゃないかしら?」
「そんときはそん時だ」

普通なら打ち首だが、俺たちは逃げられる。
というよりも普通の人間が俺たちを捕まえられるはずがない。
最初は千鶴もあまりやりたがらなかったが、性悪な貴族からはむしろ率先して忍び込んで宝を奪う。完全にねずみ小僧のようなものだが、俺たちは一切猫糞してないぞ。結局は犯罪だけどな。

「とりあえず、まずは宿。宿とろう」
「そうね、聞いた話だと宿はそこそこの数あるらしいわ。そんなに見つけるのは難しくないでしょう」
「でも泊まるならなるべく飯のうまいところへ行きたいと思うのが筋だと思う。そして俺はそれに躊躇する気はない」
「はいはい」

あきれたように笑うが、それは気持ちのいい笑みだった。
俺も笑いながら、宿を探す。
砂利の道を踏みしめる。この道の最終地点は天皇の住む京都御殿。
今日はそこだけでも見てみておきたい。













あれから京都御殿をみて、二人して権力者スゲー、なんていってから宿を探し、見つけるとどうやら以前助けた人がここの女将の親戚らしく、たいそうな歓迎を受けた。
出てくる料理はそれはそれはすばらしいものばかり。残念なことにこの時代に調味料は貴重品ゆえに薄味がベースだが、もう4年近くもこっちにいて慣れた俺たちには十分な味付けでとてもおいしかった。

日も暮れて夜になった時。
二人して美味しかった、とひとつの布団の中で言い合っていると、それは突然起こった。

――~~~~ッ!!

とても言葉には表せない何かが俺の体を通り過ぎる。
普通の人間ならばわからないそれに俺は心当たりがあった。

――魔力だ。

しかも相当純度の高い魔力。
以前ある谷で戦った妖狐の魔力の残滓に似たそれは、憎しみに溢れ京都に渦巻く。

ズンッ

宿が揺れた。
まるで巨大な何かが歩くような音。地震のような地響きが夜の京都に響きわたる。
それと同時に古龍である俺だからわかる存在の格。今京都には俺と同レベルの存在が来ている。

悪意を持って。

このレベルの魔力と存在ならば相手はよほどの強敵。普通の人間が相手にできるレベルどころか、裏の者もそう容易く対処できない。いまだ妖怪が跋扈するこの時代の方が気や魔力の使い手は多く、それなりに強い人材もいるが、それでもよほどの強者でなければ――無理だ。

すぐさま千鶴と目を合わせると、その目には強い光がともっている。
千鶴も分かっているのだ。この敵には京都の全勢力が命をかけるか、よほどの強者が戦うしかないと。
もはや戦の戦力を投入しやっと互角に近い状態になるこれを倒せるのは俺たちしかいないと。
だからこそ千鶴はその目に光を宿す。闘志という名の光をやどし、その体に勇気を満たす。

千鶴は立ち上がると、着替える間もなくアデアット。登録してあった現代の服装へ変化する。
その手に葱を持ち、体を咸卦で包みこむ。夕闇の中で薄らと千鶴の体がきらめく。

俺はその間に外へと飛び出し体を龍へと変えた、
一瞬で体が大きな龍へと変化し、白い体が月明かりを反射し無数にきらめく。

その俺の頭の上にアーティファクトの効果である召喚で現れた千鶴。
大きく翼を広げ俺は空気を震わせ咆哮する。

「ウオオォォォオオオオオォオォオオオオ!!!」

夜静寂に包まれた京都へ古龍の叫びが轟く。
震えるのは空気だけではない。京都に生きるありとあらゆる生き物が、本能で震える。二つの強大な存在に挟まれ、思考すらすることを許さぬほどの圧倒的魔力により彼らは動くことができない。
俺は魔力を風に変え、体を包む。はためかせる翼はすでに空をつかみこの身を持ち上げた。

誰もがひれ伏す存在へと騎乗するのは一人の人間。
咸卦で薄い青色に輝くその姿は、まるで天女のよう。艶やかな髪が風に揺れる中で、彼女はただ前を見据える。

「行きましょう」

それに答えるように龍は空へと舞う。










少しばかり飛んだところですぐに目的の場所へとたどり着いた、京都の端で召喚されたそれは飛騨の鬼神。
奇しくも千鶴と同じ青色に輝くその身は背の高さだけで60m近い。俺の立ったときの高さよりも5mほど大きい。
その体は弐面の顔をもち、腕は四本ある。

そのうちのひとつが振るわれると、ぎゃああああ、と大きな叫び声がいくつも木霊する。京都を守ろうと戦う陰陽師たちの悲鳴だ。
そのあまりにも圧倒的な戦力差でも彼らは引かずにあの大鬼神――リャンメンスクナノカミへと戦いを挑み続ける。
しかしスクナの体に傷を与えることは無い。彼らの攻撃をあざ笑うかのように彼は腕を振るう。

そんな中でただ一人、スクナへと牙をむくものがいた。
青年は手に持った呪符で炎を出すと、スクナがあわてて回避する。彼の攻撃だけがスクナへと効果をあげるのだ。
周りの者は彼を倒させまいと、体を盾に彼をサポートし続けた。

だがそんな綱渡りのような攻防はすぐに終わりを告げる。
盾となるものが全員力尽きてしまった。
青年はあきらめずに呪符を用いて戦いを続けるがもうだめだろう。
額からも血を流し、しかしそれでも倒れない。

……なんていう精神力。
空の上から見る俺の体に与える意志のなんと強いことか。彼は文字通り命がけで京都を守ろうとしているのだ。
彼をここで死なせるわけにはいかない。

俺は空から一気に地へと急降下する。
腕を振り上げるスクナから彼をかばうように地へ降り立つと、驚くスクナへと左こぶしをくれてやる。

吹き飛ぶスクナ。
あいつの巨体が空を飛び、山へと突き立つ。地を振るわせる爆音を響かせスクナが落ちる。
スクナはその目を大きく開いて俺を見ている。

「そこまで驚くことじゃないだろ。それとも吹き飛ばされるのは初めてか?」

頭の上にいた千鶴はいつの間にか、青年のもとで治癒魔法をかけていた。

……まだ時間がかかりそうだな。
俺はしばらく千鶴なしで時間稼ぎをすることに決める。

左手で右拳を包み込むようにして、パキパキと挑発するように鳴らしたあとに、構える。

「さぁ、こいよデカブツ。世の中の広さを教えてやる」














俺の言葉の意味は分からないが、挑発していることに気が付いたのか、スクナは立ち上がると俺の方へ拳を振り上げながら走ってくる。
あまりにも読みやすいそれを体を傾け外側に避けつつ、カウンターを入れようとして、今度は俺が殴られた。

しくった。あいつの腕は四本だった。

あいつは避けた俺に後ろ側の手で殴ってきたのだ。
莫大な質量から生み出されたエネルギーは容易く人を粉砕するが、俺は古龍だ。
大きくのけぞりはしたが、やられやしない。
体の体勢を整えるついでに反動をつけながら硬く握った拳を振り子のごとく顔面に叩きつける。

またスクナが驚くのが俺にも伝わった。
多分今まで一撃で勝てないやつなんていなかったんだろう。これでも神の名を受ける鬼だしな。
だが甘い。その程度の拳で俺がやられるかっての。
知らずに俺の口端がつりあがる。
それをみたスクナの表情も同じように鬼気とした笑顔になる。

……おいおい、楽しそうだな。いや違うか、俺も楽しいぞ。

俺も男だ。拳の勝負には心躍る。
だろ、スクナ?
言葉にせずに視線にこめた俺の思いを読み取ったのか、スクナも四本の腕を構え、笑う。
時間稼ぎなんて忘れた。これからは男の勝負。会話は不要。さぁ存分に殴り合おう!

「この肉体で殴りあうなんてそうそうあるもんじゃないんだ。楽しませてもらうぞ!」
「ガアアアアアア!!」

俺は一歩踏み込みながら、左手を胸元のに引き寄せ、右手を突き出す。
背中の筋肉を動かし、力をつけることで右の威力を挙げたのだ。
遠い未来で開発されるボクシングの基本形のパンチだ。

右右右。
三度続くジャブを連打する。
軽い威力であるはずのそれは、人から見たとき、音速に限りなく近い速度で空を切る。
リズムを刻みながら、空を切って俺の拳がスクナへと何度も迫る。

しかしスクナもさるもの。
ジャブを上体を揺らすことでかわしてみせる。
さらにかわしながらも時折、拳を俺に向ける。

俺は頭を軽く左に倒し、右拳を避ける。そのとき耳元を過ぎた拳がヒュッと音を立てる。
そこへ俺はさらに一歩踏み込む。引き戻される拳にあわせて前へと出る。
拳は一度引かねばもう一度振るえはしまい。それが道理だ。
そのまま、右を一発。ためにためた左を打ち出す。
大きく踏み出した足が着地すると同時に振り出されたそれは俺の全体重がのる必殺の拳。音速を超える光のワンツー。

「これで沈め!」

絶対の確信とともに突き出した左腕。
しかしそれは以外な方法で防がれる。
スクナは腕を引っ込めるのをとめて、ひじを外側に折ったのだ。
外側から襲い掛かる俺の左はその右が邪魔でスクナの顔には届かない。

――シュッ

瞬間、俺は身を引く。
そしてそれが正解であることを悟った。
かすかな空気を切る音はスクナが俺のリバーめがけての左フックだったのだ。
しかも二連撃。前の左と後ろの左。
あんなものを連続で食らったらいくら古龍の俺でもやばい。一撃でノックアウトしちまう。

俺の皮膚を噴出した汗がなでる。
戦いなれしてないと思ったら、まさかの攻防。とても舐めていい相手じゃなかったか。
だがそれでこそ面白い。

俺は両手を盾のようにあごの前で合わせると体を小さくする。
そして一気やつの懐へと潜り込む。

ドンッ

衝撃。
スクナの拳が俺を叩く。だが身を固めた俺にはたいしたダメージになりはしない。
それにやつも気が付いたのだろう。
懐に入れまいと両手を連打。上下左右からやつの拳が襲い掛かる。
しかし、風の守りがある俺にはその拳はたいした威力で届かない。打点を少しずらされた拳には体重があまり乗っていないからだ。

さらに加速。
俺は見事やつの懐へと踏み込んだ。
やつと俺の体が密着するような距離。まともに拳を振るえないような距離だ。
だが、知っているか?
ここがファイターの距離だということに。
俺は笑みをたたえながらその上半身を左右に振り始めた。

スクナは俺の笑みを見た瞬間後ろへ移動しようとするがもう遅い。
風による加速でわずか一度の往復で十分な速度を得た俺は、体を最大限に振った瞬間にやつの頭めがけて拳を振るう。
左右に振られた瞬間から繰り出されることで視界外から繰り出される拳を避けるすべをやつは持たない。

空気が破裂する。
打ち込まれた瞬間やつの上半身が流れるが、反対に振られた俺の体が逃がすまいと歯を食いしばるほどに力を入れてもう一度反対から拳をこめかみにぶつける。

さぁ、見るがいい。
これが時代の流れをゆく力。伝家の宝刀――デンプシーロールだ。

もう一度、今度は左に流れた。
だから拳を左から右へと叩き込んだ!

もう一度、追いかけるように反対側から打ち込む!
まるで大砲のような轟音が、連続して響き渡る。

さらにもう一度続けようとしたとき、やつのひざが落ちる。
あいつはひざに力を入れられなくなったのだろう。

だがまだだ。逃がしはしない。
こいつがこの程度で終わるはずがない。

すぐさま俺もしゃがみ、やつのあごが落ちるところへ拳を天へと突き出すように振り切る!

ガキンッ

やつの半開きの口から歯が折れる音が聞こえる。
俺のアッパーで60メートル近いやつの体が空へと浮く。

「千鶴ーーーーーーッッ!!」

男の勝負は俺の勝ちだ。
だからその命貰い受ける。

背後から噴出した力は千鶴の咸卦。
千鶴が持つのは細長い一本の葱。すでに投擲体勢に入っている。
だがそれを投げちゃいけない。
これは男の勝負だ。
いくら千鶴でもこれに口出しはさせない。

困惑の顔でこっちを見る千鶴へ一瞬だけ視線を向ける。
それだけで彼女はすべてを悟ってくれた。

だから俺も遠慮なくやろう。

「ふぅぅぅうううう」

呼吸を整える。
だが、千鶴への目配せのわずかな一瞬でスクナの意識が戻る。
スクナは未だ空にあるというのに、両腕を振りだし俺へと向ける。

「ウオオオオオオオオ――」

しかし体重の乗っていない拳は俺の拳に当たるといともたやすく後ろへとはじかれた。
千鶴という最強の矛をがない以上、攻撃力に不足した俺がスクナを仕留めるにはひたすらな連打しかない。

「――オラ!」

一打。
左拳を胴体へ入れ込む。

「オラオラ!!」

二打三打。
引き戻す拳と入れ替わるように反対の拳が水月へと。
また反対の拳。

「オラオラオラオラオラオラオラ――」

四打五打六打……!!
入れ替わる拳の嵐がスクナへと吹き荒れる!

――ズドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!

スクナの顔、腰、腕、あらゆる場所をめがけて怒涛の高速ラッシュラッシュラッシュ!!
そして――

「――オラァア!!!!」

フィニッシュ。
上半身のいたるところを滅多打ちにされたスクナはぼろ雑巾のような姿で、山へと吹き飛ぶ。
顔にいたっては変形するほど殴られたスクナは立ち上がれない。

俺は背をそった独特のポーズを決めながらスクナへと指をさす。
何処からか”ドーン”と音が聞こえた。


「はっ……やれやれだぜ」













ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

まっくのうち! まっくのうち!

はぁ~い、みなさん御一緒に!

まっくのうち! まっくのうち!





こんにちは。作者の観光です。
毎回あとがきはテンションが高いです。

さて、今回の連続投稿ですが、エヴァちゃんじゃないの~なんて声が出そうですね。
しかし考えてください。
主人公たちは実に850年以上前に逆行したわけで、エヴァが生まれるまでのことを飛ばしてしまうと、冒頭に、

――あれから250年の時が過ぎた。

なんて陳腐な?文を書かなくてはいけません。
いくら何でものそれは味気なさすぎるだろ……ということで、250年間でなにがあったのか、特に印象深いところと複線を散らばめるために書くことになりました。

エヴァちゃん好きな皆さんは大変申し訳ありませんが、少々お待ちください。

と、いうわけで明日で京都編は終了。
自分でも書いてて楽しかったボクシング。

想像してください。
ウルトラマンサイズの怪獣が高速のボクシングをする姿。へたな喧嘩よりも楽しそうではありませんか!
なんとなく怪獣がボクシングという素晴らしい状況を書きたかっただけです。
まぁ一番の理由は大抵のSSでスクナはいいとこなしのフルボッコ。かませ犬。もしくは最強系主人公の『俺つえー』の餌食になってしまうから。
せめて作者のSSではかっこよくいてくれと願いを込めて書いてみた。

楽しかったw




次は戦いなしのギャグですので、そういう方が好みの方はお楽しみに。
千鶴らしさがみたい人お楽しみに。


追伸。

スクナが始めて京都に現れたのは1600年前だよと思う人がいると思いますが、ここに出てくるスクナは封印から解き放たれたから800年前の今に現れたのです。
決して設定がおかしいわけではありません。


では最後に。

まっくのうち! まっくのうち!

さぁさぁ、皆様ご一緒に!

まっくのち! マックの血! ←あれ!?











大変だ。ドナルドが血だらけになっているぞ。












以上でこの場を失礼します。



[25926] 千鶴と俺の逆行物語 9
Name: 観光◆6a663401 ID:0f8bca7b
Date: 2011/02/26 23:32

さてさて、京都の町をスクナが襲ってからどうにかして俺たちが撃退し、その体を封印することに成功したわけだが……

「国家元首との面会許可だぁ~?」
「はい、あれだけの高位の鬼神を封じる一端を担ったお二人には陛下から褒美をとらせよとのことです」

いや、とのことです。と言われても……
正直な話しやりたくないって。
だって時の権力者だぞ? 楯ついてもいいことないし。褒美で士官とかさせられたら面倒極まりない。
さらにいうなら一端を担ったってなんだよ。ほとんど俺がやったんだつーの。
千鶴もそれをわかっているだろうに、なぜか顔を輝かせて、こっちを見ている。

「ふふふ、せっかく会えるんだから行きましょうよ」
「でもなぁ」

なんとなくイメージでそういう権力者にいい感情を持てないからか、行きたくない。
そんな俺の心を察したのか、千鶴は俺を引っ張って連れていくことにしたようだ。

「ちょっと、まて、自分で歩けるって」

わざわざ咸卦で強化した肉体をフルに使って俺の体を引っ張っていく。

「だぁあああ、は~な~し~て~」
「あらあら、暴れるなんて困った子ね」

ちゃうわ、困った子ってなんだよ!
反抗はすべて千鶴にとってかわいい反抗期みたいなものなのか。
俺の意思を軽く無視して、千鶴は朝廷からきた馬車に俺を放り込んで入ってしまった。

「ほら、こういうのもいい経験よ」
「いやいや、いい経験どころじゃないから」














千鶴と俺の逆行物語 9














そうこうしているうちに朝廷。昨日みた京都御殿にたどりつく。
中に入れば、写真でしか見たことのないような庭が広がっている。
季節に合わせた花があふれ、どこか落ち着いた雰囲気を持ち合わせるそれにしばし見入る。
立ち尽くす俺の肩に千鶴がコトッ、と頭を乗せる。それに条件反射のように迷わず千鶴の腰を抱き寄せた。
そのまま手入れの効いた庭を千鶴と二人でみていると、横から使者がゴホンッとわざとらしく音を立てた。

……空気読めよ。

心の中で百万語の呪詛を並べそうになったが、よくよく考えたら、朝廷を待たせている俺たちの方が空気を読んでないことに気がついてやめた。
少し顔を赤くした従者に案内されながら、御殿の中を歩く。

するとしばらく歩いたところで、奥の壁が簾のかかった部屋にたどりついた。

……いかにも時代劇チックな部屋だな。
雰囲気的にあの簾の奥が国家元首とみた。彼の周りには側近と思わしき人間が幾人も控える。
俺が無礼でも起こすかと思われてるんかな?

座ってください、と俺達を連れてきた人がいう。それにこたえるように俺たちは並んで正座をした。
そこでようやく簾の向こうから声がかかる。

「そちがあのあらぶる鬼神を倒して見せたと申すが?」
「事実です」

すでに結末を聞いているだろうに、なぜか確認すように俺たちに語りかける。
これはあれか。話の起点となるためのものか。それならずいぶんとつまらない話の広げ方だな、おい。

「そうか、ならば褒美をとらせる。申せ」

話しを広げたわけじゃなくて純粋な確認だったか。つまらないなんて言ってごめん。
しかし褒美か。考えてなかったから何にも浮かばない。
とりあえず千鶴と話して決めるか。と思って千鶴のほうをみて、俺は後悔した。

顔が笑っているが、目が笑ってない。
ふふふ、と笑いながら黒いオーラを噴出している。

「あら、ずいぶんなことをいうんですね。褒美をとらせる? 誰に物を言っているか分かっていますか?」

いやいや、ちょっとまて。相手は国家最高権力よ!? なぜに喧嘩を売るんじゃい!
みれば護衛も千鶴のオーラに押されて腰が引けているが、怒気を隠そうともしていない。

「……ほう。して、お主は何者という気だ?」

彼からの質問へと、千鶴は手を合わせて頬の横へ持ってくると、恐ろしいことを言った。




「実は私たち、あの鬼神に対処するために京の都を訪れた――天女なんです」




どや顔で言いきった。

「は……?」

知らず部屋の人間全員がそう言っていた。
俺も危うく言いそうだった。
だって俺たちは未来から来たという特殊な人間ではあるが、決して天女なんてたいそうなものであるわけがない。

「ですから、京都の端に封印したスクナの湖を私に献上してください」

固まる部屋の中で一人、千鶴だけが話を続ける。

「人がスクナを悪用しないように、私たちがあそこを管理します。あれは人には過ぎたものなのです」
「ぶ、無礼者め! 彼の者をなんと心得る! 神々の子孫であるぞ!」

たまらず護衛の一人が怒鳴りこむ。
それをきっかけに周りのものも嘘をつくなとか、打ち首じゃ、とか恐ろしいことを言い始める。

「証拠を見せてみろ!」
「証拠? すいぶんなことを。もう知っているでしょう? 私たちが姿を変えてスクナノカミを討伐せしめて見せたのを。あの姿をみてまだ私たちをうたがいますか?」
「それは……いや、貴様らような輩は妖怪であろう!」
「妖怪とはおかしなことを。あの白く美しい体躯をもつ私の龍を妖怪といいいますか」

そう千鶴が返すと護衛の男は黙ってしまう。
おそらく彼も感じているんだろう。俺が神聖なものなのではないのかと。
実際は神聖なものでも何でもないけどね。
しかし人は圧倒的なものを神聖なものだと勘違いしようとし、心の安寧に勤める習性がある。スクナのような邪気をまとったものには違う感想を覚えるが、俺は神聖だと勘違いしてもおかしくない。
それに今の千鶴の服装はこっちに来た時に来ていた現代の服だ。面妖な服ではなく天女の服と思えばそう思われなくもない。

「もうよい」

しばしにらみ合うと簾の奥から声がかかる。

「しかし……!」
「証拠はないが、我々にどうすることもできないというのは本当であろう。あの大鬼ははるか昔にも京で暴れていたらしい。あれがもう起きることのないように管理してくれるというならば、言うことはない」
「ですが!」
「みたでおろう。この者たちが暴れれば我々に止めるすべはない。ならば彼らの言うことを聞くしかないのだ……」

簾ごしにも彼が肩を落とすのが見えた。
よくよく考えれば、俺たちは圧倒的強者の立場にいるんだからそういう無茶なお願いも通せるんだよな。

「では、交渉成立で?」
「構わん。スクナ封印の地から100丈を千鶴殿に献上しよう」










「で、なんであんな嘘を堂々と吐いたんだよ?」

朝廷からを出てからすでに3時間が経過。
あのあと千鶴は正式に天女とし認められた。
勤めている使用人は千鶴に会うと一目散に逃げ出す始末。広まった噂は収集がつかず、天女を一目見ようと京都の町からも人が来るため、京都御殿の外は人であふれかえっている。

いろいろと準備があるからと言って、俺たちは軽く監禁状態で部屋に入れられ、二人きりになれたのが今だった。
そこで俺はなんであんな嘘をどや顔でついたのかが気になって千鶴に聞いた。

「私、空からあの人達の戦いを見て思ったのだけど……陰陽術って便利そうじゃないかしら?」
「便利ではあるな。封印なんて魔法では教わらなかったし、ああいう鬼の使役なんて便利だとは思うけど」
「でしょ? だから土地がほしかったの」

話がつながってないぞ。
俺は少し呆れた顔で千鶴をみる。しかし千鶴はそんな俺にまぁまぁ、と落ち着くようにいう。

「いいかしら? 陰陽術に興味がある。つまりそれを会得したい。でもそれには時間がかかるわ」
「まぁそりゃそうだろ。あれは一つの完成された術。それを覚えようとするんだから時間がかかるのは当たり前だろ」
「そうでしょ。だからその滞在期間中に住んでいられる場所がほしかったの」

なるほど。初めから陰陽術を学ぶつもりだからあんな土地を要求したのか。
でもそれなら天女なんて偽る必要がないような……

「天女だといっておけば秘術みたいな隠された術の開示を求めた時にもすんなりと進むでしょ? それに天女の土地に忍びこんでスクナを復活させるなんて考えを起こす人も少なくなるはずよ」

むむむ、聞けば聞くほど有効な嘘だったわけだ。
さすが千鶴。面の皮が厚いぞ。

他の手段があったとは思うが、自分を天女だと偽るあたりに千鶴の本性が見え隠れしているような気がしないでもない。
おちゃめと言えば聞こえはいいが、時の最高権力者に嘘を吹き込む千鶴はすごいというかなんというか。

「よくよく考えれば、このまま私たちの土地としておけば将来大地主よね」

訂正。図太いだけだった。














「結構広いなぁ」

そう俺がつぶやいたのは無理はない。
俺たちが陛下からもらった土地はスクナを封印した湖の外延部から100丈の範囲だ。
つまり目算で半径150m近いこの湖に加えて、一丈(約3.03m)×100=300mの範囲が俺たちの土地となっている。
計算すると半径300mの円の面積とほぼ等しい。
その大きさは282600㎡。東京ドーム6個分に相当する。USJのほぼ半分という広さだ。

現在の季節は梅雨前で、森は緑色に生い茂り、葉のすれ合う音が耳を過ぎる。
この森の見える範囲はすべて俺たちのものだ。

……トリップして良かった……
これだけの土地の主となると、少しうれしくなる。男の子ならでっかい土地を持ってみたいと思うはずだ。

「さて、何処にお家を立てましょうか?」
「とりあえず雨が降った時に水があふれても被害が無い場所でかつ、水場に近いところだよな」
「足は転移でもいいから、日当たりを良くしたいわ」
「それは家の周りの木を伐り倒せばいい。いやなるべく丘の上だったりすると便利かもしれない」

俺は龍化し、空を飛ぶ。

「あそこなんてどうかしら?」

カードの効果でいつの間にか頭の上に乗っていた千鶴が指をさす。
みれば、平野しかないこの周辺でそこだけ盛り上がっていた。それもそのはず。俺がスクナを最初に吹き飛ばした時の着弾点だからだ。
多分その時に持ち上げられた土砂が丘を作り上げたのだろう。

「いや、ああいう風に固められていない場所は地盤が緩いから危険だ。それなら他の所に作った方がいい」
「そう……なら、丘……作っちゃいましょうか」

そういうと背後に無数の葱を生み出し、それに咸卦を充填させる。

「行くわよ。新技――」
「やめんか」

パコン

今にもこの自然を焦土に変えそうだった千鶴の頭を風で小突く。

「そんなことするくらいなら、普通に家を建てた方がいいだろうに」
「やぁね、冗談よ、冗談」

千鶴は笑ってごまかしにかかる。
嘘つけ。長年一緒にいる俺をごまかせるとおもうな。

「場所はもう何処でもいいだろう」
「そう? じゃあ、そのあたりの木を切り倒しておいて、あとは大工さんに任せましょう」

俺はすぐに降りるとその場の木を尻尾を振りまわすことで根こそぎ伐採していく。
千鶴がやるとクレーターになりかねんからな。

しばらくすると、20mくらいの広場になる。伐採した木は端の方へつんでおいた。
そこから湖までの道を木を踏み倒しながら歩くことで道を作る。念入りに細かく体重を駆けながら歩いたので硬くなった土の上に草が生えることはしばらくないだろう。

ある程度土台を作ったあとに俺は龍化を解く。
それにしてもここは山の中にあるせいか京都から来るにはすこし辛い。大工がここに来ようとするとそれだけで疲れてしまうだろう。
それでは時間がかかって仕方がない。それではまずいので、俺がここまで運ぶことにする。

「こんなもんか。あとは都の大工を俺の背中に乗せて家を作ってもら――」
「――だめよ」

俺がここまで大工が来るのがつらかろうと、やさしさを見せたら、千鶴が拒否した。
……またか。

「はぁ……千鶴?」
「何かしら?」

いかにも純粋な天使の笑顔をしつつも、俺にその笑顔を向けてくれる千鶴だが。

「俺の背中にほかの誰かを乗せたくない……その気持ちは俺もうれしいけど、今回は――」
「だ・め」

俺の背には他の人を乗せようなんてしない。それどころか絶対に許さない。
以前墓守の子供にせがまれてもそれとなく断っていたし、俺に色目を使った墓守には完膚なきまでの制裁を加えたのだ。

「……でも大工が――」
「……ふふふ」
「なんでもないっす」

だめ。あの顔で笑う千鶴に逆らうな。俺の本能がそうアラート鳴らすんだよ。
しょうがねぇ、大工がんばれ。天女のわがままに付き合ってくれ。














とそんなこんなで早十年。
早すぎるだろ。という意見は置いていてほしい。

あれから俺たちは一年ほど家ができるまでかかったせいで、朝廷のほうでお世話になることになった。
全く違う様式の魔法を見せられることで陰陽師たちはやる気がでたのか、千鶴と術についての相互研究が盛んにおこなわれ、双方にとっていい結果となった。
千鶴はその合間に予定通り陰陽術を習い、基礎から応用までのほとんどを習得。
やはり無色の魔力はここでもチートなのか。特にできないこともなく習得できた。ただ、無色の魔力は味が無いので鬼に好まれず、召喚系の術が全くできなかった。というよりも召喚される側にメリットがないので召喚されてくれないのだ。
それに千鶴はこまったようで、代わりに惑星配列を利用した大魔術や陰陽の原理などの陰陽術特有の概念を学ぶことになり、最後のほうはそればっかり学んでいたのが記憶に残っている。

俺? 俺はずっと千鶴と修行してたよ。
陰陽術は全くと言っていいほどできなかったので、風を固めて鞘とし高速で腕を動かす居合い拳に挑戦してた。
最終的に出来たんだけど、俺の拳のサイズからできる拳圧もでかすぎてとんでもないものになった。
まぁ俺は空を飛ぶことで本領が発揮できるから、地上にいるときくらいしか使う所ないけど。それに俺が攻撃するよりも千鶴が咸卦使った方が早いし楽。
俺は防御に。千鶴は攻撃に優れているんだから。
ごめん、語弊があった。
千鶴はなんでもできて強いけど、俺は防御の分野なら勝てる。

決して俺に才能が無いわけじゃ……ない。ただ千鶴のほうが攻撃が強いのだ。
つまり役割分担というわけだ。俺が防御しながら避けて、空から千鶴が地上を絨毯爆撃。
高速で動く難攻不落の要塞だと思えばいい。
……自分で言っておいてなんだけど、とんでもないな。俺なら即刻降伏する自信がある。

閑話休題。

そうやって過ごしていた俺たちはいつの間にかマジで天女とその使いと思われたらしく、古文書に乗ってしまった。
いくつかの技術を提供したり、千鶴が料理を作ったせいもあるが、いちいち歩くのが面倒で転移を多用したからかもしれない。おかげで表の世界でも有名人だ。
いつか修学旅行で博物館に行くと、俺たちが書かれた絵をバスガイドが俺たちに説明するなんて光景が見られるかもしれない。そのときは苦笑いをしてやろうと思う。
またスクナの封印の土地だが、あそこは天女の土地として管理されるそうだ。
つまり国が管理する私有地。ちょっと矛盾しているような気もしなくないが、ほんとのこと。

さらに、俺たちがいない間にもう一度大鬼が襲ってきてもいいように、京都にある退魔組織が連携をするそうだ。
関西魔術協会みたいなのを見ないからそのうちできるかもと二人で言っていたら、その前身ができてしまった。
なぜか歴史の一瞬に立ち会った気がして、気分が高揚したのはいい思い出だ。

え? なんで千鶴が関西魔術協会を知っているのか?
そんなもん俺が原作を話したからに決まってるだろ。
覚えてるか、俺は千鶴に隠し事はしないんだよ。

だから墓守の宮殿で時をみて話した。
もちろんそんなことがあるのかと驚いていたが、最後にはもっと介入しましょう! と千鶴が意気込んでいた。
なんでもエヴァにあって助けたり、アリカ姫の悲劇をなくしたりしたいんだって。
俺は歴史を変えることで誰かが死んだりするのが怖くてなるべく関わりたくないと言った時、千鶴は「私とあなたなら大丈夫よ」なんていうもんだから安心してしまった。
表の歴史は極力変えないようにするが、原作関連のことには徹底的に介入をするのだ。
目に見える悲劇を、悲しみの涙を、千鶴は止めたいといった。ならば俺がそれにつき合わない道理などない。

それを胸に秘め、俺たちはこの十年を京都で過ごした。
長かった。
だが千鶴がいればそれで十分。俺たちは十分な足場を固めたここから、今日旅立つ。
もうここに用はない。
気になることもいくつかあるが、天女が年をとらないことを気味悪がってきた輩が千鶴を狙っているのだ。
そんな場所で安心できるほど俺たちの神経は図太くないから、俺たちは暗闇の中、静かに飛ぶ。

「十年、長かったな」
「ええ。土地のことが気になるけれど……」

俺たちがいなくなったあと、あの場所がどうにかなるとは思えないが、スクナの封印は解かないでほしい。
あれは人が御しうるものではないから。
そして未来の大地主のために。

「どこ行こうか?」
「そうね、次は中国の方なんてどうかしら?」

そりゃいい。ぜひとも千鶴のチャイナ服がみたい。きっととんでもない威力のはずだ。それを思うと心躍る。

「ふふふ、もうこの時代にあったらいいわよ?」
「意地でもさがす。おもに俺の目の保養のために」
「じゃあ――」
「ああ、行くぞ!!」





その日朝廷から二人の人間が消えたことは京都の人々全員が知るところとなった。
歴史書に現れた天の使い。彼らがどうなったのか未来では諸説あるが、実際にはこんなもの。
だが確かに彼らが存在したのだということは変わらない。
彼らは当時の生活の中に大きな影響を残し、京の技術を100年進めたという。






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千鶴の嫉妬はあと二段階の変身を残している。













こんにちは、作者の観光です。
千鶴さんはナチュラルに嘘をつくことができるそうです。
自分を天女という美女。そしてボイン。


……だまされても……いっかな。


さて、今回はいろいろ複線を作っておきました。
本当だったらもっと長くなる京都編が二話で終わったのは決して作者がめんどくさがったわけではない。
ただみんなが見たいであろうエヴァ編までじらしても仕方ないから減らしたの!

次は中国編です。

皆様、これは短く終わる予定であります。

次にリクエストに混浴のことがありましたが、のぞき事件のときにいろいろと考えて、エヴァ編の所で出したくなったので、待っていてください。
まぁエヴァ編ということである程度シュチュは想像できますが(ボタボタ)失礼鼻血が。



以上でこの場を失礼させていただきます。



[25926] 千鶴と俺の逆行物語 10 完全に蛇足……と、思ったら
Name: 観光◆6a663401 ID:0f8bca7b
Date: 2011/03/02 13:37
中国の奥地。
深い青を持つ静かな流れの川を一隻の船に乗って昇る二人がいた。

「……ここ、昔写真でみたことあるわ」
「俺もあるよ。まさかここに来るなんて思わなかった」

キーコーキーコー

船の後ろに乗るユートが木の棒をこぎ、流れに反するように川を進む。
簡単な作りの船にはあまり乗る所がない。千鶴は前を見て座りユートは立ったままだ。しかしそこにあったのはやさしい雰囲気。お互いに信頼しているからこそ成り立つ空気がそこにある。
誰もいない中国の奥地で二人はゆったりと旅を続ける。

「……ほんとうかな? いまいち信じられないんだよな、あのおっさんが言ってたこと」
「ふふふ、いいじゃない。もしかしたら現代にはいなくなっただけで昔はいたのかもしれないわ?」
「さぁ、とりあえず旅の目的を作ってくれたんだからよしとしておく。それにも仙人は長い時を生きるというから、よかったら友達になってほしいんだけど……それは高望のしすぎかな?」
「あら? 高望はいくらしてもいいのよ? ちゃんとそれを実現できるならば、ね」
「はいよ。肝に銘じておきます……」

そういった男の顔はどこか楽しげだ。女のほうも後ろをみて確認したりはしないが、それをわかっているのか、終始笑顔を絶やさない。

そんな二人の旅もそろそろ終点だ。
丸い山が並び、霧に覆われたここを奥へと進み、水の清き流れを持つこの場所のさらに奥。
深い深い森をさらに進み、魔獣のすむこの地を歩くこと三日。

二人は今回の目的地である仙人の住まう秘境・桃仙境へと足を踏み入れた。









千鶴と俺の逆行物語 10













「仙人がいる?」
「へい。なんでもここから10日ほど昇ったところにはなんでも年をとらない仙人というものが住むそうで……気にいられた人間には相応の物をくれるんだそうで、はい」

中国の割と田舎の方で、飯を食いながら噂話を聞いているとそんなものがあった。
俺は肉をほしたものをかじりながら目の前の流れの商人に詳しいことを聞こうと身をのりだした。
詳しい話を聞けば、この奥地は霊山になっているらしく時たま修行に僧がやってくるそうだ。しかしここは険しい場所で生き倒れになることもめずらしくない。

しかしそんな中で時おり、不思議な荷物をもって帰ってくるものがいる。
それは霊薬であったり、さびない鉄であったり、あるいは生活の良くなるものであったり。その種類は多岐にわたる。
それを求めて山に入るものは例外なく手に入れることができないものの、真剣に修行や、霊薬がほしいと思って入るものはもって出てきたそうだ。
そんなことが昔あってからここは仙人の住む場所として知られるようになったのだ。

「ほ~」

しかし話を聞きながら俺が思ったのは、

……間違いなく魔法使い関連だな。

ということだった。
魔法使いは正体を隠すものではないか?
残念だがこの時代はまだ神秘に対する秘匿がまだ甘くてもよいのだ。
何しろインターネットのような一瞬で世界中に広がるようなものは復旧しておらず、むしろ魔法使いは認知されることで仕事を得て生計を立てる者もいる。
この時代でバレたとしても、村という狭い範囲でのことで、世界中に広まることなんてありえなかったのだ。
そして魔法のことを知ると、それを村で独占しようと村で結託し魔法使いを囲うのがこの時代の常だった。
だから今回のように世捨て人とかした魔法使いが仙人として中国の奥地に住んでいると噂が広まってもそれをとがめる魔法使いはいない。

だがこの時代の中国に魔法使いとは珍しい。
いやむしろ本当に仙人なのか? 魔法使いとも、気の達人とも違う他の何かを習得した人間なのか?
俺はその推察を隣の千鶴に振ってみた。

「そうね……どれでもいいんじゃないかしら?」
「おっとその回答できたか。まぁ別に会ってみればわかるし……それでいいか。会ってからのお楽しみっと」

そういってお金を置いて立ち上がった俺たちに商人があわてたように口を開く。

「おいおい、ちょおっとおまちになってくだせぇ。まさか本当にあそこへ行くんですかい?」
「そうだけど」
「おやめになったほうが身のためでっせ。あそこには本物がいるんです。よこしまな気持ちでいって無事に帰ってこれたやつぁいません。さすがに俺の話した話でそんなことになるのは寝覚めが悪いってもんです」
「別に気にしなくてもいいけどな。まぁ人の旅に口出すのは野暮ってものだろ?」
「それはそうですけど……」
「まぁまぁ、また縁がありましたら会いましょう? さようなら」

俺と千鶴は意外にも俺たちのことを心配してくれたやさしい商人に軽く頭を下げたあと、二人並んで教えてもらった方角へと歩く。
商人の方もしぶってはいたが、最終的には遠くにいた俺たちに大きく手をふって、おたっしゃでー! といって去っていった。ああいうすがすがしい人は好感がもてていい。

「さて、うわさの仙人ってどんなやつだろうな?」
「やっぱり髭のながい老人じゃないかしら?」
「いやいや予想を裏切ってめっちゃ美人かもしれないぞ?」
「へぇ……」
「いやなんでもない。きっと年取ったおじさんだな。うん」

やばい。
もう何年も一緒にいるけど、たまに嫉妬してくるラインが分からなくなるぞ。
しかし仙人ねぇ。
いったいどんなことができるのか。結構楽しみでもある。
せめて桃くらいは持っててほしい。
そう思いながら俺たちは秘境へと足を伸ばした。
そして秘境の奥地、仙人の住まう地にたどりついたのは情報を聞いてから7日後のことだった。













そんなこんなで7日後。俺たちは仙人が住まうといわれる場所へと足を運んでいた。
ある山の側面に沿って、細い道が続く。
これはいじめではないのかと思うほど勾配の急な坂がかれこれ200mくらい続いているのではないだろうか。
それを俺たちは強化した肉体で軽々と昇っていた。

正直な話龍である俺がこの程度で疲れるわけがない。
俺に才能は無いが肉体スペックはとんでもないものがあるのだ。
そして千鶴も俺と過ごすために修行を開始してからは、生来のまじめさを発揮し修行に打ち込んでいたため問題ないし、一応咸卦も使っている。
千鶴は何事も人並み以上に才能があるし、今でも俺たちは鍛錬を欠かさない。
ゆえに本来はこれでくじけるようなこれまでの旅も続けられた。

師匠の所で行ってきた鍛錬は楽しかったし、陰陽師の修行もためになった。
俺たちはあれからなるべく知識の収集に努めているから、その関係で仙人に会ってみたいという欲望もあったのかもしれない。

二人で何気ない会話をしながらもゆっくりとこの山を登っていく。
俺たちはなぜか話があまり途切れない。二人ともマイペースというか、適当な会話でもなぜか続くし、それに安らぎを覚えるのだ。
これは俺たちが互いにべたぼれだからだと思うのは俺ののろけなのかもしれない。普通ならこれだけ一緒にいれば倦怠期が来るのかもしれないが、波乱万丈で相性抜群の俺たちにそれが来る予兆は毛ほどもない。
自分でもこんな伴侶が見つかってよかったと思ってる。

「おっと、千鶴みてみ。そろそろ頂上っぽい」
「あら本当。楽しみね?」
「だな。どんな奴か早く顔をみてみたいもんだ」

長かった会談も終わりそろそろ頂上も近いとなればテンションもうなぎ昇り。
二人してウキウキしながら昇る。

「と~ちゃく!」
「ふ~、やっとついたわね」

視界が開ける。
するとそこにあったのは大きな桃の木だった。
不思議なことにその木には葉やつぼみ、少しだけ成長した桃と完熟した桃、といった具合に季節に関係なく育っていた。
まるで季節を知らず、桃自体が思うままに成長しているように。

「うおー、桃だよ。桃。すごく俺の仙人のイメージと同じなんだけど」
「そうねぇ」

千鶴ははしゃぐ俺をみてまったりとしている。
少し桃の木に近づいていくが、みればみるほど立派な木だ。今にも落ちそうなくらいみずみずしい桃が収穫を今か今かと待っている。それを一つ取りかぶりつけば俺はきっと頬を落としてしまうだろう。
龍種の敏感な鼻に香る匂いは俺を極上へと誘う。なぜ俺は昇っている最中にこんなおいしそうな匂いに気がつかなかったのか? 不思議で仕方ない。
そのあまりにも旨そうな匂いにつられ、思わず手をのばしそれを取ろうとした。

「家主の許可なくそれをとろうとするなんて礼儀がなってないのね?」

しかし、あとほんの少しの所で、後ろから声がかかる。
どこか俺に似た口調のセリフはすこし高めの声だった。
バッと振りかえるとそこにはなみなみと水が入った桶を持ったひとりの女だった。

……いつのまに!

いかにも女らしいその肉体に目を奪われるまえに俺は千鶴の前に出ていた。すぐさま龍化をできるように準備しながらこの女の出方を伺う。千鶴も緊張しているのか懐のカードを手にしながら戦闘態勢をとっている。
一見普通の中国風の服に袖を通した女にしか見えないが俺たちはこいつが声をかけるまで一切気がつかなかった。
自慢じゃないが俺の場合は、龍としての感覚があるから人間が近づくとすぐにわかる。千鶴だってそうだ。
某ハンター漫画のように襲われる修行を師匠と行った俺たちが気がつかないはずがない。
魔力を使えば俺の感覚が、隠れているだけなら二人で感知できる。それができないということは俺たち以上の格上、もしくはアーティファクトの効果だろう。
そうして警戒していると、千鶴が俺の袖を引っ張った。

「ユート、この人は大丈夫よ」
「ん、そうか」

千鶴が俺の目を見てそう言った。
だから俺は戦闘態勢を解いた。

「へ?」

それをみて驚いたのはむこうだった。

「ちょっと待ちなさいよ。なんで警戒をいきなり解くの? 普通ここでなんかひと悶着あるべきよね?」
「だって千鶴が大丈夫っていったしな。大丈夫だろ」
「千鶴ってこの後ろの女の人のこと? ずいぶんと信頼してるのね」
「そりゃぁそうだろ。千鶴は俺の嫁だからな」
「……あっそ」

投げやりに女が答えた。
女は俺を呆れたような目で見た後に、千鶴へと視線を向ける。
やや憎しみをこめた眼である一点を見つめている。

「最近の女はむやみに胸が大きいのね」

別にそこまで女のが小さいとは思えないが、やはり女達の間でしかわからない価値観があるのだろう。
そのぶしつけな視線に千鶴は赤くなって縮こまってしまう。
それをみて、増長したようで女は千鶴を観察していく。

「ふ~ん、体つきも悪くないし、腰もきゅっと引き締まってる。で・も――」

女は自分の頬に手を当てる。
弾力のある肌は押しあてられた手をプルンとはじき返す。

「あなた実は結構年をとって……ヒッ!!」

……終わったな。
俺はこの目の前の女の命運がここで尽きたことを悟った。
噴き出す汗を隠そうともせずにがくがくと震える女。
俺はうしろから感じるオーラに涙目になりそうなる。いや、直接これを感じている彼女は一体どれだけの恐怖を感じていることか。

「なにか……いったかしら?」
「なん、なんでもありません……!」

後ろを振り向かずともわかる。今の千鶴の顔は……ヤバい。
みたらトラウマになる。前に出ていて助かったよ。

「そう?」
「ええっ! 気のせいですよ、気のせい!!」

やたらと強く自己主張する彼女の姿は涙を誘う。













「それであなたたちはどうしてここへ来たのかしら?」

女――林・庵(リン・アン)と名乗った――は机の上に切って盛りつけられた桃を一つをつまみながら俺たちに聞いてきた。

「仙人に会いに来たの」

そう千鶴が言うとなぜか林は大笑いを始める。

「何がそんなに面白いんだ?」
「だっておかしいじゃない。仙人に会いに来る意味がわからないわ。だってあなたも――仙人でしょ?」
「? いいえ、私は仙人なんてものでもないですけど……」
「ふふふ、私はわかるわ。あなたはちゃんと仙人の資格を持っているわ」

林は千鶴の方を見た後、体の前で手を合わせ、そっと目をつぶる。

「『柔昇りて剛下り、二気感応して以て相与す』……知らないとは言わせないわよ」

突然の言葉。
しかしそれに俺は覚えがあった。

「易咸卦の彖伝だろ……柔と剛の気を向きに例えるとそれは上と下に別れ、それが感応したとき相反するものとなる。それがどうかしたか?」

一時期千鶴の力を上げるために模索する段階で、かなりの咸卦に対する知識が俺にはある。
だからこそこうやってすらすらと答えられたのだが……そこに何の意図があるのかわからない。
それに千鶴が仙人だと?
確かに仙人と言えば、何も食べすとも何年も生きることができ、知識も豊富であるというイメージがある。それに照らし合わせると千鶴は仙人といってもいいかもしれない。
ならば目の前の林もまた長い時を生きる化生なのか。

「それが大事なことなのよ。この二気の感応が『咸』と呼ばれるのに準じ、陰陽の二気、あるいは気と魔力を融合させる現象を『咸卦法』と呼ぶ。あなたはこれを使えるでしょう?」

俺は彼女の言葉の意図を読めず、聞き役に徹することに決めた。
今、彼女の言っていることは咸卦法の基礎である考え方だ。
咸卦法とは相反する気と魔力を融合させること現象のことだが、これは古い古文書にも『天地感じて、万物化生する』と書かれるほどに莫大なエネルギーを持つ。
林は少しだけ目をあけると、千鶴のほうを鋭い目でみた。

「ええ、確かにそう呼ばれる技法を私は使うことができるわ。でもそれが仙人であることと何の関係があるのかしら?」

だがそれの何に仙人が関係するというのだろう。

「まぁ最後まで聞きなさい。仙人とはもともと人の範疇から外れて長い時を生きようとした人たちのことなの。長い時を生きる……昔から変わらない不老不死を求める人の最終目的地。そこへ修行を重ねることでいたろうとした人間の一つの形」

林は言葉の端にしっとりとした空気をのせる。
目をつぶって手を前で合わせ続ける彼女はまるで神に懺悔する罪人のようでもあり、祈りをささげる神父のようでもある。
彼女の表情から内心を悟ることはできず、ただ彼女からこぼれだす言葉に耳をかたむける。

「仙人にいたろうとした人はたくさんいたわ。それこそ幾百の方法でそれを模索し探求し、仙人という領域へと手を伸ばした。けれどほとんどの人間がそれをなすことはできなかった。できたとしてもそれは特定の人間がもつ特別な才能に依存するもので、とても修行の極地で至る仙人とは言い難いものだった。
でもあるとき一つだけ見つかったの。
それが咸卦法。咸卦法は自らの色を薄め限りなく自然の状態に近いものに自分を近づけることでそれをなす。この自らを薄め、自然に限りなく近づけることで、体を人の枠から外し長い時を生きるものを仙人とする。つまり咸卦法はもともと仙人の基礎なの。修行をもって自らの色を薄めて不老となることができる咸卦法はまさしく仙人の技だった。だからこれを使いこなす人間を私たちは仙人とした」
「つまり?」
「あなたは仙人にいつの間にかなってたのよ」

ということで千鶴は仙人になりました。

「だとさ」
「仙人なんて神秘的ね。そうするとあなたは仙人のタオペイかしら?」
「いやそれは葱だろ?」
「これはただの葱よ?」
「ほう? 100m近い森を一瞬で灰に変えるそれをただの葱と?」
「ええ。これはただの葱よ」

降参。
俺はそういう意味を込めて、手をあげた。
すると千鶴もふふふ、と笑ってそのまま後ろ手に隠していた葱をしまう。
……危なかった。

くすくす。

気がつけば隣の林から笑い声が聞こえる。

「ずいぶんと仲がいいのね? まだ新婚さんなの?」
「う~ん、もう新婚って感じじゃないよなぁ」
「それにしてはずいぶんとアツアツのようだけど?」

アツアツ。
その言葉で千鶴が真っ赤になる。
京都では二人とも天女のイメージに合わせて粛然としていたし、こうして誰かにつっこまれるのは久しぶりだ。
そのせいもあって、千鶴は今更恥ずかしくなってきたらしい。

「ね? アツアツの新婚のような反応じゃない」

そう言われるが、俺は久しぶりの千鶴赤面を目の裏に焼きつけようと視線を外さないで見続ける。
その熱い視線に耐えかねたのか、千鶴はうつむいてしまう。そのとき膝の上にあった手をギュッと握りしめる。
萌え。
俺はこの小動物のようになった千鶴が大好きだ。

「お~い、お~い」

ああ、かわいいなぁ。

「ああそうだ。あなた千鶴だったわね」
「はい。そうですよ」
「あなた――仙術学ぶつもりない?」









仙人。
はるか昔目指し、たどりついた境地。

林こと私はこの身を仙人としてから、すでに1000年の月日が流れている。
人と戯れることに疲れ秘境に身を隠し、半ば世捨て人のような生活を始めてから200あまりの年を越えた。

仙人と呼ばれる存在が初めて生まれた所に偶然にもいた私は独学で咸卦法を会得し、仙人の一人として生きることとなった。
咸卦法で体を変化させ自然に近づけることで、人の存在から外れ長い時を生きる。人ではなく精霊のような自然と一体化し生きる生き物へと体を変えることで生きる。
その副作用として莫大なエネルギーによる肉体強化があり、咸卦を突き詰めて色を薄めることで寿命がのびるのだ。
私も長年の咸卦でこの体は半分は人を外れているといってもいい。
とはいえ人が人以上の存在になることはない。
私も今までごまかしてはいたが寿命が近くなってきた。そうして時をすごしそろそろ寿命が尽きるかと考えていた時、二人はやってきた。

二人のやってきた私の住む家は霊峰である桃仙境の中でもっとも魔力の廻りがいい場所にある。山と見まごうほどの大きさの岩の頂上に私の家は立っていて、秘境の奥地故人が来ることはめったにない。

……珍しいこともあるのね。

そう思った私が客人の様子を見に霊樹・桃仙の下行く。
そしてそこにいる彼女を見たとき――息をのんだ。

少し赤みがある髪をなびかせ、笑う彼女に私は目が離せなくなったのだ。
私が仙人の中でも上位の存在であるからこそわかった。そのありあまる彼女の才能に。

私たち仙人が追い求めて、決して手に入らなかったものを彼女が持っていたからだ。

無色。
人である限り決して手に入らないそれを彼女はいともたやすく生み出し、それを用いて咸卦法を使っていた。
仙人といえど所詮人。それゆえにどれだけ魔力から色を消そうとも無色にはならず、完璧な咸卦を作り出すことはできない。ゆえに仙人は完全に自然となることができず、完全に人の身を逸脱することができないのだ。私たちはそう考えていた。
だからこそ彼女の無色を見たときに胸の中を渦巻いた感情は嫉妬と憎悪、そして――歓喜だ。

仙人として長い時を生きたからこそ、完璧な仙人なんていないと知った私たちの前に、完璧な仙人となりうる人材が現れる。
彼女ならば私たちが追い求めた存在として世界に生まれることができる。
今まで志半ばで死んでいった他の仙人が得た様々な技法を後世に残すことができる!

実は半ば緊張で感覚がない体を無理やり動かして、千鶴にそれとなく仙術を学ばないかを聞いて、OKがもらえたときはうれしかった。
すでにあれから13年経過した。
近接戦闘のなっていない千鶴にカンフーを教え、咸卦の応用を取り入れた仙術、並びに新しい仙術の開発。
今ではもう立派な仙人として外にだせるほどだ。

もう私から学ぶことはほとんどない。
この後に彼女はヨーロッパの方へと足を向けるらしい。

旅立ちどんどんと小さくっていく彼女たちの後ろ姿をみながら、私は彼女たちが幸せであることを願っている。
今ではもう数人しかいない仙人。
その最後の一人として生きていくことになる彼女たちの未来には何があるかわからない。
だが彼女たちがあの始まりの魔法使いの弟子であるというならば、世界の命運をかけた戦いに巻き込まれるはずだ。
だが彼女は負けない。
私はそう信じている。

不意に、背後に魔力のうねりを感じた。

――相変わらずタイミングがいいのね。

――ええ、あの子たちには私のすべてを教えたわ。きっとあの子たちなら800年後の世界で大きなファクターとなるはずよ。

――よしなさい。あなたが謝る必要はないわ。750年前のあの時、私たちは誓ったはずよ。私たちは一心同体。仲間だって。

――もう時間がない? それは私が一番よくわかっているわ。だから私は先に逝って待っているわね。

――いいえ、さびしくなんてないわ。きっとみんなも地獄の門の前で待っているもの。

――いつか……あなたの役目が終わるその日まで、私たちは待ってるわ。だから、みあげ話を持ってきなさいよ?

――さぁ、契約の通り私の死後をあなたに預けます。

――後悔なんてしない。それはあなたがよく知ってるでしょ? ねぇ――『始まりの魔法使い』さん?




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あとがき


こんにちは作者の観光です。
連続投稿三回目ですね。みなさま千鶴成分が少ないと嘆かれていませんか?
自分は千鶴成分をなるべく注入しようと奮闘しているのですが、どうにもプロットの関係上この行脚が必要なために、千鶴成分が少なめの構成となっております。
ご了承ください。
なんていうか今回のお話は蛇足ですね。
物語の関係上必須となっていますが、特に盛り上がりのないものとなっています。

ちなみに連続投稿はこれで終了。
文字数的には実質4話でしたね。
第三部の投稿までは未定です。

なお、この後の第三部では……でますよ。
みんなが大好きなあの子。
もう予想しているでしょうあの子が。
千鶴さんの母性にやられてかわいい子になっちゃいますよ~

自分で書いてて、こんなに可愛くていいのかと頭を抱えたくらいですから。
さぁさぁ第三部をお楽しみに!


以下感想抜粋。

>俺ん所にも千鶴みたいなボイン天女降りてこないかな。
そしたら即効で羽衣隠して嫁にするのに。

まて、千鶴みたいなのはいいけど、千鶴はやめとけ。
帰るのが遅れると龍が迎えにくるからなw
真正面から立ち向かえる奴しかお勧めできんぞ。


では最後に。


千鶴は俺の嫁。

――本文抜粋。



俺も一度は言ってみてぇよっ!!!!




以上でこの場を失礼します。



[25926] 千鶴と俺の逆行物語 11 外伝1-1
Name: 観光◆6a663401 ID:0f8bca7b
Date: 2011/03/21 10:52

燃える。
真っ赤に染まった大地に少年は一人涙を落とす。

……なんで! なんでこんなことになってるんだよ!

少年の前にあるのものはすでに何もない。
そう、正しく何もない。

ありふれた日常も、そこで生まれる笑顔も、いつか生まれるであったはずの命も。
すべてはひとしく狂った同族に奪われた。ただそこに在ったから。
神の名のもとに人は狂う。そして奪われた。
聖地を奪還せんと人はいう。逆らう異教徒からすべてを奪い人はゆく。

今も眼に焼き付いている。
あの瞳を。
映された炎と欲望が等しく渦巻き、狂った螺旋を描いていた瞳を、少年は忘れることはないだろう。

一人闇が統べる空へ悲しみと怨嗟の声を上げる。
声にならぬ声。

自ら狂えればどれだけよかったのか。
だがその願いは叶わない
いざ狂おうとしたその時、気が付いてしまったからだ。

自分は彼らの分も生きなくてはいけない、と。

だからこそ誰もが狂うことを許そうとも少年の意志が許さない。
ただ一人助かった自分が、まだ幸せになれるだけのチャンスを持っているというのにそれを放り出すことなんてできるわけがなかった。

ゆえに少年の心の奥で荒れ狂う嵐のように、すべての感情が混ざり合い、少年を苦しめる。
憎しみが少年の体を動かそうとし、優しさが少年を止めようとする。
憎悪が視界を真っ赤に染め上げると、恐怖が視界の中でフラッシュバックを起こす。
あらゆる感情が渦巻く少年の心は今まさに張り裂けんとしていた。

まさにその時――天が裂けた。
村を焼かれ、田畑を荒らされた時の煙で曇っていた空が二つに割れる。
差し込む日の光。
僅かな時間だというのに、無性に懐かしく感じた。それだけ濃い時間を過ごしたからだろうか。
眩しさに目を細めた少年は、それでも光を見続けた。
なぜか。その理由は少年にもわからない。
漠然と眼を開けてみていなくてはいけないと思ったからだ。

少年が見上げるそこに一点の黒が映る――影だ。

何かが空から降りてくるのだ。
光を背中に受けたそれはゆっくりと降りてくる。

かすかに開けていた視界の中でもそれは――輝いていた。
場違いともとれるほどに白く美しい四肢をもち、その身には一つの汚れもない。神の使いだと言われれば無条件に信じてしまいそうだ。
その使いに乗るのは一人の女。逆光で顔は見えずとも、彼女が美しいことは分かった。

半ば呆然と仰ぎ見る少年にそれ――龍は尋ねた。

……汝、力を欲するか?

少年は答える。
そんなものはいらない。私がほしいのは私の手が届くものを守るための何かだ。それは断じて力ではない。

龍は面白いと口端を釣り上げた。
すると龍の上に乗る、女も訪ねた。

……汝、では何を欲する。

少年は少しだけ悩んだ後、こう答えた。
それすなわち、

――未来、と。









千鶴と俺の逆行物語 11 外伝1









「師匠! 起きてください師匠!!」

突如鳴り響く音。
俺の聴覚は人より優れているせいで、こうして大声を耳元で鳴らされると非常にいらいらする。

「もう! 千鶴先生がやるとすぐに起きるくせに! なんで僕の時だけ起きないんだ!?」

俺はぬくもりあふれる布団を顔までかぶり耳をふさぐ。
そうすることで外界の音は小さく遠くの音のようになる。

「いいですか。これは僕が起こすためにしかたなくやったんですからね! 怒らないでください……よっ!!」

まったく開こうとはしない瞼に従い俺の意識の敷居も閉じてしまおう。
俺の頭の中を占める眠気という好敵手に今日は敗北を認めながら、俺はゆっくりと――

「ふべらっ!?」

衝撃。
布団越しに殴られたような痛みが俺の頭に響く。
一瞬で眠気が飛んだ。
なんだなんだとパニックに陥る俺の頭に連続して鈍痛が。

「お~き~て~」

どこか棒読みな声と共に何度も連続して走る痛み。
ピンポイントで俺の頭を狙っている。
たまらず飛び起きる。

「がぁっ! またてめぇか!? いつも俺を殴って起こすのはやめろって言ってんだろ!」
「え、だって師匠普通にやっても起きないじゃないですか」
「だからって殴るって選択肢はおかしい!」
「まぁまぁ千鶴先生が朝ごはんできたから呼んできてって頼まれたんですよ」

そう俺を叩いたことを決して謝ろうとしないこいつはリース・ヴィルト・バーグ。
短い髪を逆立て、いつも俺に生意気な口を叩く小僧。

「ん、わかった。すぐ行く」
「じゃあ、僕は先にいってますから」

リースは俺が起きたことを確認するとすぐに踵を返してリビングへと歩いていく。
俺はそれを見届けた後に汗をかいた服から普段着に着替え始める。

簡単な布で作られた服は現代のものと比べるとどうしても着心地が悪いが、これしかないので諦めて着る。これは合成繊維がでるまで待つしかないかなと最近は諦めている。まぁほんとは綿の服でもいいんだが、あれはまだ縫合技術がそこまで発展していないからかそこまで肌触りがよくないのだ。

確かに着心地のいい服もあることにはある。
たとえば絹の服。他にも和服。
でもその代わりにやたらと高い。すごく高い。
俺たちは基本的にお金なんて使わないし稼がないで旅をしていたから、そんな大金だって持っていないし、何より買っても保管するところが無いから高い服を買わないのだ。あくまで俺はだが。
千鶴はパクティオーカードの登録機能のおかげでいろいろな服を登録している。おかげで千鶴は服に困ることは無い。もちろんチャイナ服は登録済みさ。
ちなみに余談なのだがこの世界で戦闘中に女性の服が破れたことはない。
男、つまり俺の服は割とすぐに破れるのに女の服は破れないのだ……これが少年誌の神秘か……

とくだらないことを考えながら着替えを終えると、俺は首をコキコキと鳴らし体の筋を伸ばしつつリビングへ。
寝ている間に固まった筋を伸ばすとき特有の感覚を楽しみながら部屋をでると、香ばしそうな匂いが香る。

……今日のご飯は何かね。
いつもおいしいご飯に心弾ませながら俺は足を速める。

「おはよう」
「ええ、おはよう」

最初に眼に入ったのは俺の妻。
ロングスカートに麻のシャツ、エプロンとスカーフ姿の千鶴は変わらぬ美しさと微笑を頬に湛え、俺と目を合わせる。

「今日はちゃんと起きてきたのね」
「そりゃ、あんな起こされ方をしたらな」
「ふふ、スキンシップの一環なのよ」
「DV一歩手前のスキンシップがあってたまるか」

お互いに軽口をたたきながら軽くキス。
千鶴はそれに満足そうに目を細めた後、席につくように促した。
俺もおなかが減っていたからそれに従う。
ふと視線をリースに向ければ、呆れた表情を俺に向けている。

「さぁ、朝ご飯を食べましょう」

準備ができたようで、千鶴もエプロンを外して席につく。
香ばしい匂いの香る朝食とこの平穏な日常を噛み締めながら、今日も一日がんばろう。そう心新たにした。

「「「いただきます」」」














「さて今日はどんな修行にするかな?」
「そうね……」

朝食も終わり、リースが後かたずけをしている間に、二人で今日のリースの修行内容を考える。

「昨日は基礎の復習と居合い拳をしたのよね。それはどうだったの?」
「そうだな。居合い拳自体は良くできている。でも魔法となるとやっぱり……といったところか」

俺たちがリースに魔法を教え始めてからすでに五年。
リースが自分を守るだけの力を手に入れるための力を手に入れさせる。それが俺たちの当面の目標だ。

……もう6年か。
思い出すのは戦争の犠牲となって燃え尽きる村の中で一人叫びをあげていた少年。
偶然通りがかった俺たちが拾わなければあの時死んでいただろう。

拾ってからは近くの村に身を寄せ、修業をすることでリースを育て上げることにした。
大切な家族を守りたいと叫んだリースの願いを叶えるために、リースを弟子とし俺たちが学んできた技術を与える。

本当に偶然から始まった出会い。それでも俺はこの生活を楽しんでいた。

「そうだな、いっそ咸卦法の習得を先決させるか」
「それは……」
「基礎と咸卦法のみに集中させていくしかないんじゃないか? あいつは俺と同じで呪文の詠唱が苦手だ。それならば呪文を使わないタイプの魔法使いにするしかない」
「でもまだ6年よ? 咸卦法の習得ができるとは思えないわ……」

確かに。
咸卦法は高難易度技法で普通にやっても5年でできればいいほう。できない奴は何年やってもできないのだ。
だからこそ仙人なんて呼ばれる第一関門だったわけなんだが……
でもリースの修行見てると気と魔力の制御は旨いからそのうちできそうな気もするんだけどな。
あと4、5年もあればできるはずだ。だがそこまで俺たちが付いているわけにはいかない。

「とはいってもそろそろタイムリミットが近い。あいつはここで過ごしていけるけど俺たちは……」
「そう……よね。でもそれならなおさら戦闘経験の蓄積に努めた方がいいはずよ。咸卦の練習なら一人でもできないことないわ」
「う~ん、そう言われればそうだな。じゃあ今日は戦闘経験の蓄積といこうか」

俺たちが修行内容を決めたあと少し二人でじゃれ合っているとリースが部屋に入ってくる。

「片づけ終わりましたけど、今日の内容は決まりました?」
「おう! 今日は戦闘経験の蓄積訓練だ!」
「はい!」
「ん、いい返事だ。じゃぁ、今日は千鶴が先生だな」

そういった瞬間――リースがダッシュで逃げた。
しかし家の前にでた瞬間何処からともなく追ってきた葱がリースの背中に突き刺さる。

「おいおい、いきなり逃げんなよ。びっくりしただろう?」
「そうよ。いきなりどうしたの?」
「どうしたもこうしたもありませんよ。そもそも心配してくれるなら葱投げなくてもよくはありませんか!?」
「それは……ねぇ?」
「なぁ?」
「いやいやそこ通じ合ってないでください! 僕絶対やりませんからね!?」
「そんないやがるなよ……というかなんでそんなに修行が嫌なんだよ」
「……そうですか。わかってませんね! 今までの千鶴先生の修行を思い出してくださいよ!」
「「今までの?」」



ケース1.

背後にいくつもの葱を浮かべ咸卦を十分に充填した状態で待機する千鶴は笑っている。
それに対して、リースは必至で走っていた。

「ほらほら早く瞬動ができるようにならないと痛いわよ~」

それもそのはず。
千鶴が問答無用で葱を射出し続けているからだ。当たれば骨折は確実。
それをリースは避けさせられているのだ。しかもたちの悪いことに瞬動ができれば回避できるギリギリの距離と速度を保って撃ってくるのだ。

「ちょっ! まっ! 無理!」

耳元を通りすぎた葱が背後の大地を削る。着弾地点には隕石が落ちたようなクレーターが出来上がっている。
思わず引く血の気。だが目の前の先生の背後には百近い葱が。一度に撃ってくるのが2~3本とはいえ、間違ってたくさん撃ったらと思うと……
泣きそうな表情でリースは千鶴をみた。
だが、

「無理じゃないのよ。まずはなんでもやってみなきゃ」

その願いが届くことはない。
基本的に千鶴は甘やかす時とそうでないときの区別をはっきりとするタイプだ。
つまり、

「さすがに! これは! うぎゃああ!」


超スパルタ。



ケース2

まるで地獄のような訓練の次の日。
夢には数えきれないほどの葱に追いかけまわされる夢を見たせいで心身共にぐったりとしていた。
そんなリースに神は微笑まない。

「さて今日は瞬動ができるようになったそうなので、瞬動の経験をたくさん積んでもらいます」
「つまり?」
「瞬動を使い続けてね」

気がつけば千鶴の手にはいつもより細長い葱が。
リースは知っている。あれが刺し穿つ矢翔の葱《ゲイボルグ》と呼ばれる特殊な形態であることを。そしてあの状態は普通よりも数倍の追尾性をもっていることを。
今日のリースは冴えていた。
いや夢の影響もあったのか。
あの葱が何に使われるのか一瞬で分かってしまった。
だからこそ言いたい。
これはなんの拷問だ、と。

「さぁ行くわよ?」

すぐさまリースはなるべく遠くへと瞬動で走り出す。
そうあれが追ってくるからだ。

「刺し穿つ矢翔の葱《ゲイボルグ》」

背後で魔力のうねりを感じた。

――来る!

咄嗟に横へ飛べばそこを通り過ぎる葱。しかしそれはすぐに方向を変えて、いまだ着地したばかりのリースへと迫る。
だが今のリースは冴えている。本能が最大限に肉体を動かす。
すなわち――死んでたまるか!!

また瞬動で方向を切り替えて飛ぶ。いきなりの瞬動二連ができたこと、そして自分の生が伸びたことによる感動がこみ上げる。
だが葱も甘くない。まるでそんな感動をあざ笑うかのように早すぎる方向転換をリースに見せつけて、避けたリースへと激突。

「がぁぁ!!」

肺から空気が抜ける音、脇腹を当てられたことによるあばらの骨折。激痛が脳へと届く。
どうにか瞬動が二連できたというのに、このざまか。千鶴先生手加減してください。
そう思ったのもつかの間、今日休めるじゃん! という思考が脳を支配する。

地面に激痛を耐えながらうずくまり、すがるような目で千鶴を見たとき、やさしい笑みを湛えて傍に来た。
その笑顔に聖母を幻視するリース。
そっと寄せられた手は薄い水色の光を放ち、リースの脇腹を回復させていく。
回復魔法――あったかい、と思いながらもそれを味わう。
まさに聖母。

そう思えた――このときまでは。

「さぁ、怪我は治ったわ。次行きましょう!」


……また、ですか?





「あんな拷問みたいな訓練してたらいつか加減を間違えて死んじゃいます!」
「大丈夫よ。人間って結構丈夫よ?」

千鶴は手を目の前で、や~ね、なんて言いつつ振る。現代風に言うなら照れた近所のおばさんのようだ。
だがリースは必死だ。なにせ命がかかっている。
確かに千鶴の教え方はうまい。格闘訓練では丁寧に教えてくれる。だが完全に千鶴が自由に動ける形式の訓練ではヤバい。
毎回死の瀬戸際(気分的)に立たされ、死にそうになる(誇張表現)と無理やり回復されるのだ。

リースにとって唯一やりたくない訓練なのだ。
できることならユートに教わりたい。切実に。

「そんなに……いや?」
「ええ!!」
「そう……」

あ……まずい。
そうリースが思った時には遅かった。
千鶴はリースに嫌われたと思ったのか顔を俯かせてしまう。
その一瞬でみた顔は悲しみに満ちていた。家族同然に思っていたリースからのある種の拒絶に傷ついてしまったのだ。

「おいこら、千鶴の授業に文句あるんだな?」

千鶴が落ち込んだ瞬間、背後から感じる怒気と殺気。

……なるほど今日は厄日だな。

「俺が稽古つけてやるよ」

ズドン! という音と共に急激に背後の影が大きくなる。振りかえれば最強種の一角がいるだろう。
リースはそろそろ泣きたくなってきた。振り返ればその瞬間から始まる修行を思えば、このまま、時よとまれ! と本気で思わなくもない。
しかし予想に反してリースの体は後ろを向く。
目の前にいるのは龍。巨大な龍。
笑っている。青筋立てて笑っている。
吐息が漏れる。漏れた吐息は炎としてリースの前髪を焼く。
そのあまりにもリースと差がありすぎる巨大な肉体をリースの耳元に近づけて、囁くように言った。

「さぁ、俺と格闘訓練だ」


リースはまたひとつ大人になった。


人の大切な者には手を出してはいけません。









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あとがき

こんにちは作者の観光です。

今回は初の外伝。大丈夫、ちゃんと続きは書き終えているので明日投稿します。
時期的には中国の後。
ヨーロッパへシルクロード経由で行こうとしている間の時の話です。
外伝は割と意味不明で意図の見えない話とかも入りますが、そういう疑問はスルー。もしどうしても気になる場合は感想へ。


第三部は長くなりそうなので二つか、三つに分けて投稿します。時期はまだ未定。

さてみなさまに誤解を与えてしまったようなのでここで訂正を入れたいと思います。
それはずばり千鶴の戦闘力!!
はっきり言って、原作組と比べて千鶴の戦闘力はそんなに高くありません。
どのくらいかラカン式で表して見ましょう。

0~1 千雨 ☆作者

1~2 魔法世界人

3~50 旧世界達人(気未使用)

~100 魔法学校卒業生

~200 戦車

~300 本国魔法騎士団 麻帆良学園魔法先生

~500 本編ネギ(マギア・エレベア未習得時)

~650 竜種(非魔法)

~720 ☆ユート(人間形態)

~1500 イージス艦

~2000 タカミチ(本気か怪しい)

~2200 ネギ(術式兵装使用時)

~2800 鬼神兵(大戦期)

~3200 ☆千鶴(咸卦法未使用時)

~~~~

~7000 リャンメンスクナノカミ

~7500 ☆古龍・勇翔《ユート》

~8200 ☆千鶴(咸卦法使用時)

~10000 ☆古龍種(平均)

~~~~才能だけでは越えられない壁~~~~

~11000 ☆千鶴&古龍・勇翔《ユート》(二人で一人として戦う時)

~12000 ラカン ナギ

~~~~生き物として『人』が絶対に越えられない壁~~~~

~13000 ☆エヴァ ☆始まりの魔法使い


となっています(☆が付いているのはオリジナル設定)。
基本的にこの戦闘力表が作者の戦闘力の基準となっています。
千鶴の咸卦法を使わない時と使う時の差が大きすぎるという意見がでると思いますが、ちゃんと理由があります。

まず『究極技法と呼ばれる咸卦法に匹敵するという闇の魔法』という言葉から、咸卦法=闇の魔法とします。
するとネギは闇の魔法を使うことで最終的に150%の出力向上を見込めていました。
ということで咸卦法も150%の出力向上を見込める、つまり合計250%ということになり……千鶴の戦闘力があの表のようになりました。
そう考えるとすごいですよね。デメリットがHPとMPの同時消費だけで150%の戦闘力UPですから。


……いやそう考えると界王拳って……




またオリジナル設定で13000の位置にエヴァを置きましたが、これは作者の独自設定です。
というのも、なんで600年間も戦いをしてきたエヴァがナギと同じまたはそれ以下の戦闘力しかないのかということに疑問を持っていたからです。

いくら天才でも同じ天才、それも600年の戦闘経験を持ち、さらには生き物としてのスペックが大きく違うエヴァに勝つのは無理だろ……ということですね。

究極技法とならぶ闇の魔法を生み出したことでエヴァに才能があることは疑う余地のないものですし。
人と比べてはるかに強靭な肉体を保有する最強種の一角、吸血鬼。
そして600年という年月に裏打ちされた戦闘経験と豊富な技術。

いくらナギでも人である以上、これに勝つのは厳しいだろう……
たしかに体調その他が万全であれば、ナギもエヴァに勝てるチャンスはあるでしょうけど。

というわけで、千鶴はあくまで原作のバグと比べるとチートでもなんでもありません。
ユートにいたっては600年もあって、人の状態で750ですから、よっぽど才能が無かったのでしょう。龍化すれば肉体のスペックで押し切れますが。
でも他の古龍種とやると抹殺されます。


では最後に、



~11000の所は意味……わかりますよね。
はいそうです――愛のパワーです。






以上でこの場を失礼させていただきます。



[25926] 千鶴と俺の逆行物語 12 外伝1-2
Name: 観光◆6a663401 ID:0f8bca7b
Date: 2011/03/21 10:54

『草原の覇者』


勇猛果敢。一騎当千。王者のように悠然と立つその姿を人は恐れた。草原を見渡す鷹のような眼光は何人も逃がさぬ魔眼のよう。

彼が草原に立つ限り、誰もその地を踏むことは無い。
ただ一人で万軍を退けるその姿。確かに覇者である。

伝説にすらその名を残す戦士。
だが彼がその名を名乗ったことなど一度もない。彼が真に名乗りを上げた名は――


――龍の拳を受け継ぐもの。


遥かな時を生き、幾多の戦場を渡る龍。
龍と共に世界を回り、あらゆる戦技をその身にもつ騎士。
彼らは時おり人を育てる。
彼もそんな中の一人だった。


彼らより受け継いだ理念と力を持って、彼は戦う。

誰ひとりとして草原を超えることは許さぬと。

例え万軍が来ようとも、彼はぶれず一心に拳を振るう。

迷うことなどありはしない。

その後ろには守るべきものがあるからだ。

誰もが心に描く大切なもののために、単純で、けれども誰もが諦めるような状況であろうとも彼は戦う。

龍から受け継いだすべてをもって、守る。

それは彼の心。

それだけで彼は挑む。

それだけが彼を動かす。

涙はいらない。

彼にとって大切な物の笑顔があるのならば、それに勝る対価は無いのだから。











千鶴と俺の逆行物語 12 外伝1-2











今の状況はまさに笑うしかないというやつだろう。
リースは一人草原に立ち、遠くを見つめる。

視線を向けたそこには黒い波のようにこちらへと向かう一団が。視力を強化してみれば、それは人であった。
あまりにも多数の人が集まり行軍するさまは、みる者に恐怖を味あわせる。
そしてリースはその進路上に一人立つのだ。
それだけではない。
あれに挑み、あれを止めようとするのだ。あれに勝たねばならぬのだ。

だがみてみろ。
一万にも上る軍に対して、こちらはリースのみ。
考えるまでもない戦力差。未だ幼い子供でもどちらが勝つか分かりきっている。
これはもはや戦場でも何でもない。希望なんてものは一欠片も存在しないこの戦場でリースは敵を待つ。

敵は一万。
ここで逃げたとしても誰も笑いはしない。むしろ当然だと人々は口をそろえて言うだろう。
だがリースはここに立ち続ける。

まさに踏みつぶされる蟻のようになすすべもなく殺される。
そんな戦場だとしても彼は逃げはしない。



……まさかこうなるとはなぁ。



短く切って逆立てた髪を風に揺らしながら敵を見据えたまま、リースは一人草原の上でたそがれる。
ポケットに手を入れたまま戦闘への緊張感から逃げるようにこの状況になった原因を思い出していた。

リースが住んでいる村はある都市へ行くための交通の要所として知られている。
また領主も善良な人間のため民からの信頼も厚い土地として知られ、他と比べると全体的に裕福な土地ともいえる。

しかし、それを羨む人間はどこにだっている。

隣の国の領主が独断でこの土地に戦争を仕掛けてきたのだ。
あらかじめ知っていれば土地の人間を逃がしたり隠したりすることもできただろう。
だがそんな時間を与えず、敵は攻めてきた。
この土地は異教の土地であるとうそぶき、理はこちらにあると高だかに叫びこちらに軍を送ったのだ。

もちろんそんなことはない。
ただ交通の要所であるために、ほかの宗教の概念が入ってきてしまい、少し違う考えもあると知っているだけだ。

だが敵にとってそんなことは関係ない。彼らがほしいのは金と食料だけだ。
ただ攻める大義名分がほしくて、それを見つけたから攻めるのだ。

ここにもある程度の戦力はある。
しかし一万を退けるだけの戦力があるわけではない。
もはや土地を攻められるだけ。それしか選択肢がない状況だった。

戦争に負けた土地に幸福なんてものは一切ない。
女は犯され、男は奴隷として過酷な労働を、財産をなくした結果子供は餓死していく。
それが敗戦側の常だ。

だがそんなことを認められるわけがない。

リースの背後にある町には自らの妻と子がいるのだ。
一度戦争ですべてを失い、やっとの思いでまた手に入れた家族。
それを奪われることを是とすることなどできはしない。

愛する妻の悲しそうな横顔が瞼の裏に映る。
一人軍に戦いを挑むといったあの時、彼女は悲しそうな顔をした。いくらリースが強くても死ぬ可能性があることを彼女も分かっている。
だが、彼女の口からでた言葉は――


――必ず、私のもとへ。


決してリースの決めた道を変えようとしない。
男の必死の覚悟を受け止め、彼女もまた覚悟を決めたのだ。
その妻の心の強さと美しさに、自分には不相応だったな。そう思ってしまったのも無理はない。
ふとその言葉で師匠を思い出す。
彼も自分の妻はいい女すぎるとこぼしていなかったか、と。
今にして思うが、当時10の時から7年間一緒住んでいて、隣に住んでいたリースの妻も影響を受けていたのではないか?
妻の心の強さは先生に似ている。

「はは……」

思わず笑みがこぼれる。
当時は師匠を情けないと笑ったが、今では自分も同じことを思っているではないか。
同じ家に住んでいた時は得られなかった親近感を強く感じた。
今ならおいしく酒が飲めそうだ。話す議題はずばり、妻が旦那を尻に敷く件について。これしかないだろう。
きっと涙と酒なしでは語れないエピソードが飛び交う有意義な時間になるはず。

それを思うとまだ死ぬわけにはいけないと強く思える。

「ああ……死ぬわけには、いかない」

そう死ぬわけにはいかない。
まだ子供は7歳なのだ。

リースはいわゆるいき遅れで結婚したのは師匠たちがいなくなる直前だった。
あの時は師匠たちの姿が変わらないことを気味悪がった周りからひどい視線を送られて、大変だった時期で、それでも妻はリースを選んでくれた。
あの時の感動は忘れられるはずもない。
それからすぐに子供が生まれ幸せな生活を続けているのだ。

これを奪わせてたまるものか。

かつては一度失ったものがあった。力足りずにこの手から零れ落ちてしまったものがあった。
今更そのことを蒸し返すつもりなどリースにはない。
だが再び失うつもりはない。

何のために8年もの歳月を地獄のような特訓に費やしたと思うのだ。
このためだろう。誰にも自分の幸せを奪わせないために、今までの時間はあったのだ。
そう、たとえそれが眼前に広がる一万の軍勢だとしてもだ。

ふと、師匠の言葉がよみがえる。

――いいか。これからお前は俺たちの所から離れ、一人で生きていくだろう。そのお前に俺たちから贈り物がある。

あれはいつのことだったか。
すぐに思いだせた。師匠たちとの別れの時だ。
二人は別れるリースに何か一つでも贈り物をしたいと言ってきた時のことだ。

――契約と風の古龍・勇翔《ユート》がリース・ヴィルト・バーグに名を送ろう。

月下のもとで、輝く龍の体を見せつけながら、ただ圧倒される。
たんたんと響く言葉がまるで心臓に刻みこまれるように響く。

――今宵この時をもって、貴様の名は――――!



「そうだな……そうだったよ、師匠」

まるで測ったかのようにタイミングがいい師匠の激励を思い出し、決意は固まった。
想いは一つ――守る。
自分にとって譲れぬ何かも決めた。
誰よりも愛しい家族を守るため。自分の想いを成し遂げるため。

「俺はリース。那波千鶴とユートの弟子にして子」

密度を増した咸卦が青い光を放つ。
リースの想いを受けた光はみる者を圧倒する力を携えて、草原を照らす。

たぎる思い。いつもの数倍の速度で脈動する心臓。
沸騰するかと思えるほど血が熱い。
体の中になんでもできるような全能感が駆け巡る。

口角がつりあがる。
おかしくて仕方がない。
笑いが止まらない。

「俺は……那波の名を継ぐもの。たかが一万で那波の一族を――止められると思うな!」

すでに軍勢は目の前だ。
敵が弓を構えるのが見える。
だがそれがどうした。
リースの中をめぐる想いがそんな木の棒で止められるわけがないだろう。

「その耳かっぽじってよく覚えておけ! 俺は龍の拳を受け継ぐもの! リース・N・ヴァンデンバーグだ!!」


一万対一
歴史に語られた戦いが今、幕を開ける









一万を超える軍勢。
相対するはせいぜい千程度の敵。ならばこの戦場の勝ちは約束されたも同然。
血走った眼で男たちは町を目指していた。
だがそれはすでに過去のこと。
今彼らと相対するのはただ一人。

名乗りを上げる敵――リースへとなんの慈悲もなく軍勢は矢を構えた。
限界まで引き絞られた弓から無数の矢が飛び出し敵のもとへと降り注ぐ。逃げ場のない蹂躙。降り注ぐ矢が死となって敵を冥界へと引きずり込む――はずだった。

どよめきが広がる。
まるで雨のような矢の軍勢が吹き飛ばされたからだ。
それこそただの一般兵には何が起こったのかまるで理解ができなかった。ひとりでに矢が破裂した。そうとしか見えなかったのだから。

その中心に立つ男が青くきらめく。
遠くからでもわかる光。まるで晴天のような色をした敵はゆっくりとこちらへ踏みだしてくる。

「お前たちが町を襲うのだろう? 欲望を満たすために力をふるうのだろう? だが忘れるな。それを振るうのならば、自らもまた振るわれるのだということを」

草原に立つ男が一人言の葉を飛ばす。
その姿に軍勢は動きを止め、聞きいる。

「さぁ、覚悟があるならかかってこい。この身を矛とし守るべきもののため――立ちふさがるすべてを滅ぼしてみせよう……!」

泰然と立ち、万軍を見渡し立ち向かうその姿はまるで勇猛な戦士のようで、同時に王のようでもあった。

草原を埋め尽くさんばかりの軍とたった一人。
欲望のまますべてを奪う者たちと己の心のままに家族を守るもの。

まるで反対の目標を立てる彼らがこの草原を舞台に――決着をつける。









万の軍勢が放つ雄たけびは空気を震わせ、心地よい振動と鼓舞を軍勢に与える。ビリビリと震える肌と、全員がこれから一致団結して闘うのだという想いのつながりが戦闘への恐怖心を消していった。
果敢に軍勢の先頭がリースへと攻める。

だが勇猛でいられたのは一瞬。
リースと先頭が接触した瞬間――騎馬と歩兵のすべてを粉砕され空へと打ち上げられた。

「なっ……」

誰かが息をのむ。
眼前にあるのはあり得ないと一蹴するような光景。人が空を飛ぶなどあり得ないと平時であれば彼らも笑っただろう。だが目の前にはそれがある。

軍勢がその光景を前に止まる。
致命的な隙。それを逃すリースではない。
つけいるように軍勢を片っ端から居合い拳で意識を刈り取っていく。

目が覚めたように騎士が前へと飛び出しリースと切りあうが、瞬く間に地に沈む。
驚愕が歩兵の間を伝わる。
騎士とは国に仕え、同時に騎士だけが使える不思議な力を持って国の矛もしくは楯となる存在なのだ。その騎士が僅かな時間で倒されたのだ。
歩兵では何の役にも立たないと言われたも同然。知らず歩兵は後ろに下がっていた。

それを見た背後に控える総大将は危険な兆候とみて、一万のなかに抱える100人近い騎士のうち半数を向かわせることに決めた。
この指揮官は騎士が名ばかりの魔法使いであることを知っていて向かわせたのだ。一対一であれば負けるというならば、しなければいい。どれだけ敵が強くとも人である以上数の暴力には勝てまい。
そう考えられるだけの知力がこの男にはあった。
だがその考えは甘かった。
ここでいっそすべての戦力を向かわせるべきだった。

「うぉぉぉおおおおお!!」

覇気に満ちた声が空に響く。
瞬動で近寄ろうとした騎士が崩れ落ちた。

その隙をみて一人が後ろから掛かる。
だがそれすら華麗にかわして見せ、そのまま拳を一閃。一撃で騎士が沈む。

本当に一瞬の出来事。
背後で詠唱をしていた魔法使いに動揺が広がる。
あれでは詠唱の時間が稼げないではないか。
その動揺を見透かしたように拳圧の嵐が魔法使いを襲う。

「――クッ!」

魔法障壁など張らずとも構わないと高をくくっていたものはそれで皆意識を失う。
かろうじて障壁で守ることができたものも、

「はぁぁぁ!」

眼前にせまるリースの拳で意識を持っていかれる。

……いけるか?

リースがそう思ったのもつかの間。
上空から莫大な熱量を内包する炎塊が落ちてきた。

咄嗟に瞬動で回避するが、着弾地点にいる気絶した魔法使いは避けられず炎に巻かれて燃えていく。

それに目を細めながらも下手人を捜す。

いた。
上空に滞空する形でその魔法使いが再び詠唱している。
さらにもう一度仲間を燃やす気か。

リースはそんな攻撃を認められない。
これは心の贅肉だとわかっていても止めなくてはいけない。

すぐさま右手に大量の咸卦を集める。

「行くぞ……剛殺《居合い拳》!」

瞬間、放たれた光が柱となって空に突き立つ。
練り上げられた咸卦の力を放出した結果だ。背後に控える雲ごと吹き飛ばす。

「――ガァッ!」

だが明らかに軍でない場所にそんな大技を狙うような隙を見せればどうなるかなぞ、わかりきっている。
すなわち――背後からの斬撃。

鈍い痛みが背中に広がる。
同時に暖かい何か――血が体から失われていくのがわかった。
振り向きざまにその騎士の顎をを打って意識を奪う。

リースは血飛沫を高く舞いあげながらも戦場へと再び拳を振るう。
血を流すリースを好機とみたのか、歩兵から騎士、果ては士官までもが襲いかかってくる。

歩兵は敵ではない。だが騎士は別だ。
なるべく騎士から遠ざかりつつ、歩兵を順番に沈めていく。
その合間に騎士を落とそうとするが、防御に優れる騎士を前面に出してきたのか、居合い拳の拳圧だけではびくともしない。

「チィッ!」

らちが明かない。
そう考えたリースは咸卦を強く纏わせて鎮めようとする。
一人。瞬動と同時に剛殺居合い拳で沈める。

……あと5人!

防御が硬いこいつらを落とせば楽になると考えて、他の騎士い拳を振るおうとしたとき、全員がリースから離れる。

「しまっ――」

直後、リースの位置へ魔法の雨が降り注がんとする。
防御の硬い騎士を落とそうと焦ったばかりに背後の魔法使いに魔法を使わせてしまったのだ。
あらゆる属性が入り混じった魔法の射手。千にも届くその魔法の矢は、普通の矢とは比べ物にならない威力だ。

……これで終わりだ。
ほとんどの魔法使いが息を吐く。
これで先頭が終わりだと思ったからだ。

だがリースの瞳はまだ爛々と輝き、諦めの色など一切混じっていない。
リースは生きて帰ると約束した。ここで死ぬわけにはいかない。
このままならば死ぬ。ならば限界を超え――生き抜いて見せよう。

「――――――!!」

声ならぬ声。
リースが今までに一度も出したことが無い声が上がる。
それは――雄たけび。
千の魔法を前にリースはなお、雄たけびを続ける。
同時に咸卦の光が強くうねる。
周りの軍人が見ていられないような光を体に纏わせながら、さらにその光を巡らせる。

――閃光が幾度となく走る。

それを視認できたものはいないだろう。
限界まで強化された肉体を限界まで酷使したことで一瞬で千を数えるほどの拳圧が世界に作られた。

千条無音拳。

リースのもつ最終奥義の一つ。それが眼前を埋める魔法のすべてを砕く。
空気が破裂するほどの速度で振るわれたことで、リースの周りで強風が吹き荒れる。
吹き荒れた拳圧は魔法を砕くだけでなく、その先までも貫いた。

「あぁぁぁあああああ――!!」

絶叫が上がる。
千条無音拳でその名の通り、まさしく千の人間が吹き飛んだ。

……化け物。

誰かがつぶやいた。
それは水面に映る波紋のように広がる。
体を赤く染めながらも戦うリースと未だ戦い続ける前線を見ている後方へと恐怖が広がる。今みている光景を見れば彼を後方の人間が相手にできるとは思えない。

気がつけだ一人、また一人と足が後ろへと向いていく。

「……駄目だ。無理だ。勝てねぇよ」

後方の一人が実際に口に出したその瞬間。
全員が連鎖するように背後へと駆けだした……!

一万と同等に戦うリースを見て恐怖のどん底へと突き落とされた一般の平民には彼が恐ろしかったのだ。
魔法使いであればある程度の自衛手段があるが、平民にはない。
だから逃げ出す。命あってのものだねだと、口々に言いながら全力で逃げだした。

指揮官の一人が逃げるな! と罵声を上げるが、すべての人間が逃げる中、そんなことを言ったところでなんの効果もあげられなかった。

この時点で総大将は軍の負けを悟る。
だが彼を逃がす気はない。
そう絶対に逃がしはしない。

肩で息をつき、左手で背中の傷を押さえていたリースに向けて魔法を打つ。

「――!?」

雷撃属性が付与された魔法の射手を連続して射出しながら瞬動で懐まで一気に飛ぶ。
リースはそれに反応して見せるが、魔法の射手の対応で居合い拳を総大将に打ち込むだけの余裕がない。

咄嗟に腕で総大将の腕を捕まえ手にもつ剣を体の外に向けさせる。
硬直。にらみ合いが起きる。

「……見事だ。この戦果たった一人でやるとは……尊敬に値する」
「ああそうかい。別に褒められたくもないね」

言葉をかける敵を意外に思いながらもリースは憎まれ口をたたく。
同時に敵から感じる魔力からその力量を察知した。
さらに着ている服がかなり上等だ。おそらくこの男が――

「私が総大将だ。この首――取ってみろ」

地を蹴るように押され、リースはそれを利用して総大将から距離をとる。
すぐさま追撃が来るかと思えば、距離をとった状態で総大将は構えていた。
総大将から噴き出す魔力。
ちりちりと刺さる威圧感。

強者独特のオーラ。

……倒せるか?
一瞬弱気な考えが頭に走る。
だがそれはすぐに打ち消した。
確かに今の自分は切り札を使ったことと、連続する戦闘で疲れきっている。さらに背中の傷口からは未だ尚血があふれ続けている。
こんな状況で戦闘なんて自殺行為だ。しかし元々ここにいること事態が自殺行為のはずなのだ。
ならばこの程度どうってことない。もうゴールは目の前に見えているのだから。
走り抜ける心構えはできている。
万全の状態でなくとも戦い抜くだけの意思はある。
あとは勝つだけだ。

リースは目の前の男を見据え、観察する。
こちらと違って五体満足な体。剣を主体に構え、かなり大型の体。
スタミナは完全に負けているが、地力はこちらの方が上だろう。
周りをみれば総大将に突き従う人間のみが残り、ほかはすべて逃げ出してしまったようだ。

この男を落とせばこの戦いは終わる。

体に咸卦を最大出力で回す。
ポケットに手を入れた独特の構え。だがこれがリースの最大の攻撃力を誇る構えだ。
対する総大将は上段に剣を構え突撃体制を見せる。

「行くぞ……」

律義なことだ。
そう思った時、懐まで一気に踏み込んだ総大将がそのまま地を強く踏み込む。
強すぎる踏み込みに大地が耐えられず割れた。
下からえぐるように回転させた一撃必殺を旨とした掘削機のような突き。
大地が割れるほどの力で踏みこまれたこの突きは一体どれほどの威力があるのだろうか。

どこか他人事のように流れる視界を見ながらも、体は正確だった。
咸卦で極限まで強化された思考と体が流れる水のように無駄なく動いた。

もっとも面積の広い腹を吹き飛ばそうと迫る剣。
それを体を倒しながら避け、同時に左右の居合い拳で指をたたく。

「!?」

驚愕が顔を彩るのが見える。
突きは止まらない。指を叩かれたせいで力が入らず、避けられた剣がそのまままっすぐ手を離れて飛んでいく。

もう武器はない。体勢は崩れた。驚愕のなかでまともな思考もできない。

「これで終いだ!」

体内にあふれる咸卦を右手に集中。
その莫大なエネルギーを前にして総大将の思考が戻ってくるが、間に合わない。

「剛殺――――」

かつて教わったすべての技術を駆使してこの最後の一撃を生み出そう。
これがリースの人生の成果だ。


「――――居合い拳!!」









かくして、一人の青年は町を救う英雄となった。
この戦いはのちに伝説として語り継がれ、本となって海を渡り世界中に知れ渡る。
それを彼らが聞いた時、確かに私たちの子供だと胸を張ったそうだ。

世界はこれでまた一つ史実を外れる。
世界を構成する歯車は一つギアを変える。
それがいったいどんな意味を持つかわからない。

彼らはいつか知るだろう。
この世界を作り上げた原因の一つが自分たちにあるのだということに。
その時はまだまだ遠い。
そうまだまだ遠い遠い先のこと。



だが忘れるな。
例え先を行こうともいずれ現実は追いつく。
それから逃れることは例え神でもできないのだということを。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あとがき

こんにちは。作者の観光です。
今回はリース君にがんばってもらいました。とりあえず意図はちゃんとあります。でも読まなくてもいいから外伝扱い。
次に、メッチャシリアスやん。という意見についてお応えしたいと思います。


だって第三部糖分過多なんだもん……


言い訳はこれで十分でしょう。というよりもこれで分かってください。切実に。
というか今回のあとがき長い。



話は変わりますが、そろそろ第一部と二部のタグを募集します。
タグっていうのは一番最初のページに乗せる初見さんにこの作品がどんなものなのかを見てもらうために用意したものです。
とはいったものの、はっちゃけておk。むしろどんどん来い。
採用されたものは後日お知らせします。
ちなみに作者が考えたのは、 *採用ではなくあくまで考えたもの

”千鶴の峰(誤字ではない)”

”天女降臨”

”膝枕は男の夢”

”のぞきは<削除されました>”

”わりとリクエストに応えてくれるような気がする作者”

”さんぎょう革命……おきないかなぁ”

”千鶴は俺の嫁(決して作者のものではない)”



”駄目よ。女に覚悟を問いかけちゃ”  ←個人的にメッチャ好きなセリフ。――4話から抜粋。



とかですかね。
あんまり思い付かないけど……こんなものでもいいんで、案プリーズ。
ちなみにこれも無期限募集。思い付いたら感想へ。

そして今気がついた。
ユート人間形態で襲われたらひとたまりもないなwww



以下感想抜粋。

>馬鹿な愛の力だと! 必殺技は『らぶらぶふぃんがー』ですか!? 是非やってください!!

らぶらぶふんがーじゃなくて、らぶらぶ……げいぼるぐ?

かならず狙ったところをつらぬぜ!!
……何処となくエロい気がするのは作者だけですか?



あ、電波来た。



「ふはははははは、さぁあと少しでは世界は完全なる世界へと移り変わる。私の2600年の絶望に幕が下りるのだ!!」

「師匠おおおーーっ!」
「せんせえーーっ!」

「おお、二人もとうとうここまで来たのか……だがもう遅い! 世界を無に帰す魔法は起動した! これを止めるすべは既に存在しない!」

「いいえまだです!」
「いいやまだだ!!」

「「まだここに私たちが残ってる!!」」

「くはははは! だからどうだというのだ! 奇跡などという甘い幻想にすがりつこうとも世界はいつだって平等だ。だからこそこの計画は成り立つ。ひっくり返すだけの奇跡は起きはしない!!」

「違うぜ師匠……!」
「そうよ……私たちが育んできたものは奇跡なんてものなんかじゃないわ」
「ああ、850年というなが旅で奇跡なんてものに頼ったことなんて一度もない。俺たちが持っていたものはいつだって一つだけだ!」
「ええ。奇跡なんてありもしない幻想じゃない。確かなかたちをもっていつだって私たちのなかにそれはあった。だからこそここまで来れた」
「誰もがもちえる心の形。それは――」

「「――――愛」」

「先生、これが私の――」
「これが俺の――」

「「生きてきた確かな形です」」

千鶴が握る葱をユートもまた握る。
二人で握るそれに何かが流れ込む。
次第に光にあふれる。すでに目で直視することはできない。

「「らぶらぶ――――」」

振りかぶる。
いままでのすべてを込めて。
自分たちがここまで来た軌跡と想いを込めて。

「「――――げいぼるぐ!!」」

真名解放。
手を離れた葱は輝く軌跡を描き、始まりの魔法使いの背後へと移動した!
閃光のごとく……いやそれすら及ばぬ速度で空間を走る!

「くぅぅうう!!」

視認することは叶わない。
避けるという選択肢を選ぶ暇などありはしない。
空間に描かれた軌跡だけがその動きを視界に映しあげた。

背後へと現れたそれは一気に加速し……瞬間一気に始まりの魔法使いを貫いた。

接触する部位から葱に込められた思いが伝わってくる。

……ああ、あの時助けたことは間違いではなかった。
かつての遠い記憶の中に残る確かな思い出。
次々と思い返される彼らの軌跡。
それは始まりの魔法使いを満たしていく。

……そうか、彼らは……

だが彼がそう思えたのはこの時だけだ。
彼に刺さる葱は始まりの魔法使いの体を中心に構成された無に帰す魔法の式すらことごとく破壊する。

葱にのこる使命はただ一つだけ……!
すなわち彼らの愛を止めるすべてを世界から消すこと……!
ならばこの場は必要ですらない!

想いを形にした葱。もはや神具の域へとたどり着いた葱は空間に満ちるすべての障害を破壊する。

パリイィィィィィイイン!!

まるでガラスが割れるような音と共に祭壇が崩れる。
細かい塵へと変えられ宙へと舞う。時おり光を反射させる。まるでダイアモンドダストのように二人を照らす。

「……きれい」
「ああ……」

背後にうずくまりながら宙に葱が突き刺さった状態の尻を突き出して気絶していると爺がいるが、それを完全無視して二人は抱きあう。
両者ともに涙で揺れる視界のなかお互いを強く抱きしめる。

「ああ……これで終わりだ。これからは――」
「ええ。二人でゆっくり生きていきましょう……!」





無理!! こんなの絶対本編では使えないwww

なに最後の攻撃が尻に刺さるとかシュールすぎるでしょ!?
しかも尻にささった葱に説得されるwww
というかこんなに始まりの魔法使い弱くないし……






では最後に。


~オスティア 3年。

オスティア~京都 1年。

京都~出ていくまで 10年

京都を出てから~中国師匠まで 15年。

師匠~旅立ち 13年。

旅立ち~リース編 6年

リース編~ 7年



さぁ勇気ある妖精は千鶴の年を計算して……ん? 誰かがこっちに近づいてくるぞ?






作者が撲殺されましたのでこの場を失礼します。



[25926] 千鶴と俺の逆行物語 13 第三部 「エヴァンジェリン・A・K・N・マクダウェル」編
Name: 観光◆6a663401 ID:0f8bca7b
Date: 2011/03/26 13:37
動物の息づく声がかすかに聞こえる時間。暗闇が満ちる深い森のなかで一人の少女が走っていた。
白雪のように美しかった肌は、走る時にすれる枝葉で切れて、傷だらけになっている。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

この森の奥までずっと走ってきたのだろう。少女は肩で息をつく。
ここまで走ったというならばもう体は言うことを聞かないはずだ。ここまでは大の大人でもかなりの時間がかかる場所、とても10程度の少女が走ってこれる場所ではない。
なにが彼女をここまで走らせたのだろうか。傷だらけになろうともここまで走るだけの力を何処から出したのだろう。

「……あっ!」

むき出しになった木の根に足を引っ掛けてしまった。
そのまま顔から地面に落ちるように転ぶ。走ることで生み出された慣性は一度の地面の接触ではすべて殺されず、ごろごろと少女が転がる。

体を走る痛みに、咄嗟に体を丸める。

「うぅ……うぅ~」

丸めた体からうめき声が漏れる。
それは痛みをこらえた声ではない。この状況に置かれた自分の境遇を嘆く涙だ。
だが彼女はその涙を零しはしなかった。

「どこだぁ! 化けもんが!」
「さっきそこいらで音がしたぞ!!」

涙を必死でこらえる彼女に追い打ちを与えるように背後の森から怒号が響く。
ビクッと体を震わせる。

「…………」

時おり背後から聞こえる声に耳をふさぐ彼女は今なにを思うのか。
しばらくすると波が引くように静かになった周囲だったが、それでも彼女は耳をふさいだままだ。

「………………もう……やだよ……」

かすかに聞こえたのは拒絶。
小さい体を震わせ、絞り出した精いっぱいの声だった。



「じゃあ死ねば?」



目の前から声が聞こえた。
疑問に思う間もない。

振り下ろされる”なにか”

「えっ?」

走る激痛と体からしぶきが噴き出す。空高くまで上がるそれは――血。
少女の体からあふれた血が噴水のごとく噴き出しているのだ。
それをなしたのは目の前の青年。

少女はみた。
人が怖いと丸くなって隠れていた自分に青年が嬉々としてその手にもつ剣を振り下ろしたのを。

はだけた胸元の奥にはぱっくりと裂けた肉体が。その奥で脈動する心臓。
噴き出し続ける血を浴びる青年は、その表情に満足感で満たしていた。

「ああ、これだけやれば死ぬんだろう? なぁ吸血鬼」

少女の肉体を切り裂いたということに一片の悔いもみえない。あるのは当たり前のことをなしたという感情のみ。
青年は少女を切り裂いたことをむしろ誇っていた。
なぜか? それは少女が吸血鬼だからだ。それ以外に理由は必要ない。

だが青年の期待は悪い意味で裏切られる。
僅かな時間で巻き戻しをするように少女の体が再生したからだ。

「チッ! 化けもんが!」

――化け物。
そう言われるたびに彼女の表情がゆがむ。
なんとも形容しづらいその表情をみても青年はなんの感情も表わさない。やることは心を動かすことではなく、剣を振り下ろすことだけだ。

「ああぁ!!」

剣が少女の肉体を切り裂く。
二度目の激痛は彼女の精神も同時に切り裂く。少女の目じりに涙があふれすぐさま決壊する。
今までの我慢していた涙とは方向性も色も違う涙は瞬く間に頬を伝い地面に落ちた。
地面をのたうちまわる少女を見苦しいもののように、ごみを見るような視線を向ける青年はうざったいとばかりに少女の腹に剣を突き刺す。
貫通した刃は少女を地面へと縫いとめた。

「あ、あああ、あああああああぁぁぁぁああああああ!!!」

今までにない絶叫が鼓膜をゆらす。
それをむしろ最上の音楽とでもいうように青年は恍惚とした表情を作った。

激痛に身もだえながら少女は青年を睨む。まるで猛獣のように。楯に裂けた瞳孔が爛々とした光を照らす。
青年はそれに気がつかない。彼にとって、少女が泣き叫ぶこの瞬間は確かな幸福の時間なのだ。



瞬間――氷の花が咲く。



無意識に高められた魔力が少女の願いを受けて、青年の周りを吹き荒れる。
魔力という存在がありえるはずのない超常現象を引き起こす。わずかな瞬きの間に大気は絶対零度まで落ちた。

――少女の魔力の暴走。
本来ならば使えぬ”それ”を感覚で彼女は行ったのだ。
恍惚とした表情を作った青年は――氷像となる。
少女の憎しみによる魔力の暴走が青年を永遠の眠りへ運ぶ。

「ああ……はぁ、うぐぅぅ……!」

魔力を使ったことによる気だるい感覚を覚えながらも剣の刃をつかみ、手から血が出るのもいとわず腹から剣を抜く。
自分を縫い止めた剣を投げ捨てると、とたんに切り裂かれた体は再生を始める。それを彼女は悲しそうな目で見つめていた。
もう傷ついていた面影はない。見れば森を走りぬけるときにできた傷さえもなかった。あるのは潤いにあふれた真珠のような肌だけだ。

「…………逃げなきゃ……」

しばらく呆然としていた少女がいう。

……逃げなくちゃ。だが何処に?

少女は自分の置かれた境遇を誰よりも正しく把握している。
だがそれでも彼女は逃げるという選択を選んだ。

いっそこのまま火の中に身を投げた方が楽かもしれないとわかっていながら、少女は立ち上がる。
まるで何かに急かされるように足は動きだす。
もう少女は何も考えてはいない。
ただ、逃げなくては、その思考が体を動かすだけだ。

体を切られた時の傷はもうない。だがその時一緒に負った精神への傷は吸血鬼の肉体をもってしても癒されることはない。
肉体的には何処にも怪我はなく、健康そのものであるというのに、意識が朦朧としていく。

暗闇を駆け抜ける。
木々のすれる音と少女の息遣いが音を重ねる。
怒号と怨嗟を受けて、逃げるように少女は走る。

その体はすでに人の範疇にはない。

朦朧とする意識の中で浮かぶ情景は人々の濁った眼だけ。目をつぶろうともそれは消えることはない。
半分飛んだ意識のまま、生存本能に突き動かされた少女は機械のように森を駆ける。

だがそれもすぐに限界がきた。
生き物は生き物でしかない。機械のように動くことはできはしない。

力が抜けていく。
精神が死んでいく。
すでに視界は黒がすべてを埋めている。

ゆっくりと沈んでいく意識。
その意識の中で、確かに感じた。

少女がもとめてやまない光。

最後の最後に感じたそれを皮肉に思い、口角を釣り上げようとするが、それだけの力が体にはいらない。

……そう、これが死。

冷たい水の中に落ちる意識。
理解した逃げられぬ”それ”。

摩耗した精神の奥で誰かが手を伸ばしてきた気がする。

しかしそれを少女が取ることはない。
取ろうとは思わない。

今さら伸ばされた手に興味はなかった。
だが自らの本能はその意思を凌駕し腕を伸ばす。伸ばしてしまった。

掴んだ手の平から感じたのは――なんだろう。
少女はそれを遠い過去に感じた気がする。

だがそれを思い出す前に限界が訪れる。

掴んだ手のひらをそのままに少女の意識は――










千鶴と俺の逆行物語 13







SIDE エヴァ


意識が浮かぶ。
まるで水の上に浮かんでいるような心地よさ、ぽかぽかと暖かい日差しを感じた。

「…………ん……」

うっすらと瞼を持ち上げると、日差しが目にはいる。
眩しくて思わず身動ぎをすると、光をさえぎるように誰かが現れた。

「起きた?」

声をかける誰かの顔は逆光で見えない。ただ声で女の人だというのはわかった。
彼女は私のおでこに手を当てる。ひんやりとした手のひらが心地いい。

「まだ熱があるわ。もう少し寝た方がいいわ」

かけられる声はやさしい。
寝ぼけた頭は素直に彼女の言うことを聞こうとし、もう一度眠ろうと瞳を閉じる。
すると彼女はすこしずれた布団を肩まで上げ、私の横に座り頭を撫でてくれる。

「……ん」

……気持ちいい。
この優しさに満ちたこの空間はすぐに私を眠りへといざなう。
もったいない、もっと味わいたいと思っても私の体は素直に眠ろうとする。

私はその感覚に対抗することができず、すぐに眠りの園へと落ちていく。








SIDE 千鶴


すやすやと眠る少女を優しい手つきで撫でていた女性――那波千鶴は少女が眠ったあとも撫で続けていた。

幸せそうに頬を綻ばせた少女の笑顔にうれしさと愛おしさを感じながら、この思いが通じるようにと思いを込めて撫でる。

「……エヴァの様子は、どうだ?」

ふと後ろから声が聞こえる。
すでに長い年月を共に生きる夫――ユートが話しかけてきたようだ。

「体の方は何も問題は無いわ。むしろ体よりも精神的にまいってたみたい。たぶん……」
「追手だろうな。さっき森を見てきたときに、氷が散らばっているところがあった。たぶんそこで戦闘があったんだろう」

ユートがさっき行ってきた森の場所は私たちが暮らす森の外延部だ。
もともとこの森は私たちの拠点の一つである魔法がかけられている。
それは侵入者が奥まで入らないようにする精神干渉系の魔法だ。だがこれは強い魔力をもつ存在には効きづらい。だからエヴァはここまで入ってこれたのだろう。

それにしてもここにエヴァが来たことには驚いた。
確かに私たちはエヴァのことを探してはいた。

できることなら真祖へと体を変えられることを阻止したかった。
ユートの話では真祖へと体を変えられたことで辛い思いをし続けたらしい。ならばクラスメイトとしてそれを止めたかった。

だが広いヨーロッパの何処とわからないし、正確な時も分からない。それゆえに私たちがエヴァを見つけることは叶わなかった。
そうして探すことに疲れ、一時の休憩をするためにここへ戻っていた時に、まるで測ったように彼女の方から私たちの方へと来たのだ。

この偶然を感謝すべきなのだろうか。いや、怨むべきなのか。
彼女が私の前に現れたことで少なくとも彼女に家庭という温かさを教えることはできるし、ある程度力を得るまでは守ることもできる。
だができることならば、人として幸せに最後まで生きてほしいという感情もある。
阻止できなかったことを恨むべきか、それとも早期の保護を感謝すべきか。

私はどっちの感情をとればいいかわからない。
ならば両方をとってしまえばいい。

「ユート?」
「ん?」

私はエヴァの頭をなでる。
すべすべとしている肌。絹のように細く透き通るような髪。
抜き身のような雰囲気を除けば、以前麻帆良でみた彼女と何の変わりもない。
全力で握れば砕けてしまいそうなほどに儚い彼女は今までどうやって暮らしてきたのだろう。

ある意味で原作に初めて近づいた瞬間であり、元の時間の思い出を思い出させる存在。それが以前の私にとってのエヴァ。
エヴァはいつもクラスでは一歩離れた位置にいて、そう言う立ち位置をとる彼女が私は少し苦手だった。
今では原作のことをユートに聞き、そういった背景を理解したからこそ彼女のことが分かっているが、当時の私は一歩離れた立ち位置と孤独を背負う彼女とどうしても仲良くなれなかった。

だが今は違う。
意識は無いのに必死で伸ばされた手と、泣きそうな表情。
起きたときに見せたあけどない顔と、今のかわいらしい寝顔。
この子をみた瞬間から私の、保護欲がガンガンとうるさいくらいに音を鳴らす。
つまり――守ってあげたい。

「私、この子を引き取るわ」

言外に、拒否しても引き取ると含ませる。

「……そうかい。千鶴がそう決めたのなら別にかまわないよ。ただエヴァは吸血鬼であるってことを良くも悪くも忘れないように」

僅かな間の後に彼はそういった。
あの間はきっと引き取りを拒否するか否かを考える間ではない。
私が安全であるか無いかの確認の間だ。
彼はいつも私を優先順位の一番上に置く。
いつもそうではない。私とあなたは同じだといっても、彼は自分よりも私だけを上に置く。
その悪癖は直してほしい。切に思う。

だが『私がここにいる理由は自分がいるせいだ』 そういった彼と喧嘩したことはもう何回目だろうか。
最近は向こうが意見を変え始めて治ってきたけれど、よく250年も意見を変えなかったものだ。
これも不老の影響か、私たちは人であったときと比べてあらゆるサイクルが長い。だから一回喧嘩すると結構長い間引きずってしまう。

すぐに仲直りをすることもある。
でもこの件についてだけはなかなか折り合いがつかなかった。
私を一番大事にしたい彼と、一緒にいつまでもいたい私。お互いに一番譲れないところがぶつかったからだ。
私は譲れなかった。彼がそんな負い目から私のそばにいるという選択肢を選んでいるように思えたから。
私たちはお互いを大事に思い、故に意見がぶつかることもあったけど、それでも幸せだと胸を張って言える。

私たちはそうやって時を重ねた。
重ねられた時間の重みは人が持てるものではないけれど、彼と一緒に抱えて飛ぶ。世界を回る。
私たちはお互いがお互いを必要とする半身。

「ええ」

ユートのことは何でも分かるとは言えないけど、今彼が思っていることはわかる。たぶんやっぱり、というところ。
それと同時にユートも私のことをわかってくれようとしてくれる。
いつだって一緒にいて、これからも一緒にいる私の半身。
彼は私が今思い、決めたことを尊重し、そして最後まで一緒にいてくる。まさにあの時誓った支え合って生きていくということ守っている。
だからこそ私はこの人と共に生きている。
そしてそこにこの子の居場所も作ってあげたい。

私はエヴァの頬に手を当てて撫でる。
くすぐったそうに彼女は身をずらすが嫌そうな雰囲気はない。

私はその水をはじくような肌を持つエヴァの頬に口づけを一つ落とした。
背後でユートが驚いたような気配がしたが、構わない。
この子を引き取るというのならこれからはきっと日常茶飯事になる出来事のはずだから。

私の精一杯の愛情をこめて呼ぶ。
どうか彼女が幸せになりますように。



「さぁ、早く起きてね? 私のかわいい娘《マイ・リトル・レディ》」







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あとがき


こんにちは、作者の観光です。
さぁ、始まりました連続投稿第三回目。

今回は皆様が熱望してやまなかったエヴァたんハァハァ編です。
とはいっても掴みなのでそこまでエヴァ成分は入っていませんが。
そしてこれから第三部ですが、最初の方は割と鬱。俗にいうシリアスというやつです。というかメッチャシリアス。でも物語的に仕方ないので、これはこれで楽しんで。

エヴァのデレが見たい人はがんばってついてきてください。
おそらく二話くらいでデレますから。
そして今までに溜まっていたリクエストもどんどん叶えられていきます。

あっ、これ俺のリクじゃん♪
ということが割とあるかもしれません。必読。

さてさて短いという意見がありそうですが、私は最初に言った通り5000文字以上という区切りをもって書いています。
だいたいこれが6000文字ですね。
つまり基本はこれくらいなんですよ。今までが長すぎただけです。

うざったい話はこれくらいにして……


では最後に、


母性あふれる千鶴さんのフィーバータイム。

はっじまるよーーーーーー!!







以上でこの場を失礼させていただきます。



[25926] 千鶴と俺の逆行物語 14
Name: 観光◆6a663401 ID:0f8bca7b
Date: 2011/03/26 13:39

それは突然だった。
急速に浮上する意識。まどろみの時間は無い。

「あっ!?」

飛び起きるように少女――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは体のうえにかかっていた布団を跳ねのけて体を起こす。

「……ここは…………?」

覚醒した意識が日常の一部であった警戒を促し、癖のように従う体があたりを見回す。
白くふあふあな布団。木で作られた机とその上にのる黄色い花。壁の近くには化粧台と鏡が見える。
壁は一面がいまどき珍しい木でできている。かすかに香る匂いは自然のような匂いだ。吸血鬼の敏感すぎる鼻を突く香水やお香のような人口の匂いではなく、ありふれた落ち着く匂いが香る。
自分のいるベットには朝日が照らされる。眩しいと感じるそれが醸し出す心地よい温かさがまたエヴァのまどろみを誘う。
それを振り払い、ベットから出ようとした時、気がついた。

「……んっ……」

同じ布団のなか、エヴァの隣に誰かが寝ている。
長い髪を広げ、横向きで寝る美しい女性。つまり――人だ。

「――――っ!!」

瞬間、エヴァの体の中を恐怖が走り回る。
ただ人が近くにいるということだけで体が震えあがった。

虫が体をはいずりまわるような感覚と共にフラッシュバックした青年の目と剣が体を切り裂く感覚に吐き気がする。
手が震える。足に力が入らない。
今にも倒れそうになる体を押さえ、恐怖よ止まれと願うように唇をかみしめた。

体の中に渦巻く恐怖は止まらない。
暴れまわる恐怖という感情が体の中を傷つけるたびに血が噴き出すような痛みを感じる。だがそれは血ではない。それは殺意だ。
傷つけられる恐怖は、人に対する殺意を生み出す。

まるで湧水のようにあふれ出した殺意が意志を染める。

「………………」

気がつけば、エヴァの手は隣の人の首に迫っていた。
あとほんの少し。それだけで彼女の手は首へと届き、強烈な腕力に任せるままに人の首をへし折るだろう。

「あっ……………………」

はっとなる意識。
エヴァは呆然とそれを成そうとしていた自分の手をみる。
細い指だ。吸血鬼の類まれな再生能力のおかげで傷一つない。年頃の娘ならば家事や仕事で傷だらけであるはずのそれは、人を簡単に殺すだけの力を秘めている。
そうなったことを恨んでいるはずなのに……今自分は何をしようとした?

エヴァは頭を抱えた。
自分が嫌で嫌で仕方ない吸血鬼という種族。人を襲い、血を好み、長い時を生きる化生。
いくら口先で真祖の吸血鬼だぞと言ってきても、嫌だから吸血鬼のような真似はしないと誓ったはずなのに、今の自分は人を襲おうとした。

これでは本物の吸血鬼じゃないか。
自分が吸血鬼としての一歩を踏み出そうとしていたことに気がついて、愕然とする。
いつかこのままでは自分は吸血鬼として生きることに何の痛痒も感じなくなるのではないか。
いや、吸血鬼というものになったことは認めようとも、その生き方は認めたくないのだ。
だからこそ、今のように無意識に人を殺めようとしたことが悲しい。
だが何で自分がそんなことをしようとしたのか、それを自分はわかっていた。

――人が怖い。

人に襲われるくらいなら、いっそ自分から殺すべき。
そう判断してしまったのだ。
しかしそれは自分の生き方に反している。

そうして頭を抱え自らの尊厳について考察を続けていると、布のすれる音がした。
視線を向ければ隣で寝ていた女性が起きようとしていた。
エヴァは咄嗟に布団から這い出て、距離をとってしまった。吐き気といら立ちを隠してエヴァは女を睨む。
しかし相手は眠気で閉じようとする瞼をこすりながら身を起こすと、何でもないような声でエヴァに言った。

「あら、おはよう。昨日はしっかり眠れた?」

彼女は身を起こすと、エヴァの方へと寄ってくる。
エヴァの顔色が悪いのをみてとったからだ。

「どうしたの? 顔色がわるいわ?」

伸ばされる手。
そっと優しくエヴァへと近づいていく。
しかしエヴァにとってそれは――

「――いやっ!」

――恐ろしくてたまらなかった。
思わず手で払いのける。

そうして払いのけた後に気がつく。
彼女が倒れていた自分を助けてくれていたということに。
今、自分は助けてくれたであろう人の手を振り払ってしまったのだ。

思わず振り払ってしまった彼女の手と顔を見てしまう。

怒っているだろうか。それとも悲しんでいるのだろうか。
見たくはないけれど、エヴァは彼女の表情をみる。

笑っていた。
まるで年相応の子供を見るように。母が子供を見るように、笑っていた。
そこにエヴァが振り払ったことに対する怒りは見えない。

「ねぇ、私の名前はチヅル・ナバ。あなたの名前は?」
「なまえ……?」
「そう。あなたのお名前を聞かせてくれるかしら?」

名前を教える。
それだけのことがエヴァを揺さぶる。

――化け物。

それだけが人にとってのエヴァの名前だったから。

「エヴァ。エヴァンジェリン……」

気がつけば自分の名前を言っていた。
言った後に気がつく。
このあたりではエヴァの名前は吸血鬼討伐のために指名手配されている。
このままではまずい。思わずそう思った。

……この人の笑顔ももう見れないなら……これから誰かを呼ばれるくらいなら――口封じを。

自分が忌み嫌う吸血鬼の考えが気がつけばスラリと出てくる。同時にそれが自分の身を守る上でもっとも簡単な選択肢だということに気がついてしまった。

ぐらぐらと揺れる意志。足元もおぼつかない視界。心臓の鼓動だけが熱く、耳へと音を届ける。
まるで体から精神が抜け出たように、体の感覚が抜けていく。

ぎゅっと手を握りしめる。

ほんの少ししか会話していないけれどわかる。
千鶴はやさしい。しかしエヴァという吸血鬼に対して人間は無慈悲だ。
だからこそ、彼女の優しさを利用してここで――



「いい名前ね」



気がつけば千鶴が目の前にいた。
余計なことを考えていたエヴァはそれに気がつけなかった。

「こ、来ないでっ!」

再び振るわれる腕。自分の身を守るために千鶴を突き飛ばさんとせまる。
しかしそれが千鶴を叩くことは無かった。

「だめよ。体調が悪いなら安静にしてなくちゃ」

千鶴に抱きしめられる。
伝わる体温。ほのかに香るどこか懐かしい匂い。
ちょうど胸のあたりに抱きしめられると、千鶴の柔らかな体に受け止められる。
まるで包まれているようで、エヴァの体から力が抜ける。

……私のことを、知らないのかな?

ふと思う。
こんな山の中に住んでいる彼女はもしかしたら自分のことを知らないのかもしれない。
だから名前を聞いても優しくしてくれるのだと。
ならば――

――もうすこしここにいてもいいかもしれない。
逃げるとしても体の調子が戻ってからの方が都合がいい。
そうここには体の調子が良くなるまではいてもいいかもしれない。
見知らぬ子供を助けるような女だ。ならばきっと衣食住は保障されているだろう。

そう考えた。
あくまで自分のために、エヴァはここにしばらく残ることを決めた。

少しだけ時間がたつと、エヴァはそっと千鶴の腰に手を回す。
千鶴はそれに気がつきながらも、何も言わず、彼女の背をポンポンと優しくたたいた。
心地よい振動に顔をほころばせるも、千鶴に見られたくないようで胸に顔を当てて隠す。
まるで子猫のように、エヴァもまた千鶴という陽だまりに夢中になってしまう。
それが終わるのはしばらく時間がかかりそうだ。











千鶴と俺の逆行物語 14








SIDE エヴァ


吸血鬼と人は私を呼ぶ。
そこに込められるのはいつだって負の感情だ。
私は知っている。恐怖に彩られた顔は笑っている顔に似ていることを。
吸血鬼を見つけた人は、囲む。圧倒的人数で囲む。恐怖であざ笑うような表情が迫ってくるあの瞬間の私の恐怖は言葉に表せない。

私はいつだって人を襲おうなんて考えたことはない。
誰かを傷つけようと思ったことはない。

いつだって人は私を傷つける。
だって吸血鬼だから。

だから私は諦めた。
人は私を守ってはくれない。
みんなが私にしてくれるのは傷を受ける痛みを擦りつけることだけなんだと。
私には人並みの幸せは、もう夢の中でしかあり得ないのだと。

いつしか私は幸せを諦めた。
孤独から逃げることを諦めた。

そうするしか……私は自分を守れなかったから。

もう人なんて信じない。
そう裏切られた時に誓ったはずだ。

だが……!

しかしだぞ……!

今の状況はなんだ……!?

真祖の吸血鬼として討伐隊が組まれ、それから命からがら逃げたところまでは分かっている。
だがこの状況はいったい何があった……!?
心の中で吠えずにはいられない。
なぜなら卓越した吸血鬼の情報処理能力を持ってしても、現時点での情報把握にはエラーしか出なかったからだ。

「は~い、エヴァちゃん。あ~んして、あ~ん」

甘ったるい言葉と共にデザートが口元に運ばれる。
スプーンにのった果実が甘い匂いを自己主張し、思わず唾を飲み込む。

だが、口を開くわけにはいかない……!
私は真祖の吸血鬼だぞ。まるで無垢な子供のように口を開き、ひな鳥のように食べ物をもらうなんて……

「……いらない?」

私が食べることに躊躇していると、悲しそうに女――千鶴と言っていた――は顔を曇らせ、スプーンを下げてしまう。

「……あっ…………」
「あ? やっぱりほしいの?」
「ち、違う! 別に食べたいわけじゃない!」
「そう……」

また彼女の顔が曇る。どうにも苦手だ。彼女が悲しそうにしていると強気でいられない。

「ああ、もう! あ、あ~ん」

思わず私は口をあける。それを見た千鶴がうれしそうにする。
無防備に開けられた口に千鶴が食べ物を入れる。

シャク。

噛むと同時に気持ちのいい音がなる。
新鮮な果肉を噛むごとに甘い果汁があふれ出す。
久しく食べていなかった甘味。めったに食べることのできない甘さが口の中に広がる。

「あっ、あ~ん」

ほしくなんてないのに、気がつけば二口目を要求していた。
私のその姿に千鶴はむしろうれしそうにあ~んをしてくれる。
自らの過ちに気がついたときには遅かった。また甘さが口の中を蹂躙し、同時に精神的に屈服させようとする。
頬が落ちそうだ。

「あらあら、もう一回?」
「……………………うん」

まるで悪魔のささやきのよう。
それに女の子である私が逆らうことができるはずがない。
まるで戦に負けた惨敗兵のごとく頷かされ、甘味を摂取させられる。

……おのれ、今回は負けを認めよう……っ!

「どう? おいしいかしら?」
「うん! すごくおいしい!」


SIDE エヴァ OUT






だめだ。ニヤニヤが止まらない。
今日はエヴァが起きたばかりの朝で、軽めの朝食でいこうと千鶴が言うので、果実中心の朝ごはんだったのだが……エヴァがかわいい。

最初は苦々しく俺たちのことを思っていたのだろうけど、千鶴に一口もらうだけでどんどん素直になってるよ。
くわしく客観的に説明しよう。
最初はエヴァはそんなのいらない! と意地を張っていたわけだ。
顔からして、お前らのことが信じられんといっていた。
まぁ境遇を思えば仕方ないような気がするけれど。

しかし千鶴がきったウサギ型の果実を口元に運ばれた時には最初に鼻がひくついて、明らかに食べたい!と自己主張。
思わずそのポーカーフェイスの下手さに笑いそうになってしまった。

それでも何とか果実から目を離して、いらないってポーズをとったけど、千鶴の悲しそうな姿を見ただけで即アウト。
罪悪感に耐えきれなくて、口を開く。

そこからがかわいかった。
一口入れただけで花開く少女の表情。

おいしそうにもぐもぐと口を動かし、食べ終えると残念そうな顔を作る。しかし千鶴の手にもう一つあるのをみると顔を赤くし、恥ずかしがりながらも、よく通る声であ~ん。
それを食べ終えると、はっとしたように表情を改めるが、もう一度千鶴が口元まで運ぶと、またひとつ食べる。
最終的には、うん おいしい! と子供のようにはしゃぐ。心と行動がまるで一致していないのが見るだけでわかる。

……かわええ。

と、危ない方向へトリップしているうちに朝ごはんが終わったようだ。
口元についた果汁を千鶴が楽しそうに拭こうとする。しかしエヴァはそれが嫌なのか、自分でできるもん! と千鶴の手から奪い取って自分で拭く。
しかし頬の横に少しだけ拭き残しがあったので千鶴がもう一枚のハンカチで拭きとる。

それに恥ずかしさのあまりエヴァは千鶴を上目づかいで、う~っと睨む。
千鶴は苦笑しながらもエヴァの頭をなでてやる。するとたちまちエヴァの顔がほころぶ。

まさにかわいらしい子供とその母としか見えない。
昨日の宣言通りならば、いずれ本当にそうなるのも遠くはない。
今の千鶴は長い年月で積み上げた独特の安心してしまうような雰囲気がある。それを凌駕することがこのエヴァにできるとはとても思えない。

それに千鶴の顔が曇っただけで、それをどうにかしようとしているところをみると、やっぱりこの子は純粋で優しい10の子供にしか見えないし、この子は今まで表立って人殺しなんてしてないことからもそれがわかる。
もしそんな噂が立っているならば俺たちはもっと早くからエヴァを見つけられただろう。
その時はおそらく戦闘もあったかもしれないが、今のエヴァはまだ擦れてもいない。まだまだかわいい女の子だ。
それと微妙に原作みたいな偉そうな言葉をたまに使うが、多分強がりだろう。
これが人間は下等種、故に私に従うがいい!! とか思っての発言ならば大変な労力と時間をかけた『お話』がいるがそれもない。
うん、やっぱりただのかわいい女の子だ。

千鶴は俺よりももっと早くからそれがわかっただろう。
いつもはおっとりしているのに、人の心の動きには敏感だから。
実際俺が一人で魔法を覚えようとした時も、寿命のことで絶望しそうになった時も、彼女はすぐに俺を助けてくれた。
別に頼りきるわけではないが、きっと今回も千鶴と二人なら大丈夫。
原作の頑固なわがまま女王様のエヴァも、きっといい子になるさ。
それがどういう方向でいい子なのかは――千鶴のみぞ知るって奴だが。

疲れもあっただろうが、はたまた幸せでおなかがいっぱいになったからだろうか。またエヴァがうとうととし始める。
それに千鶴は寝るなら布団でね? といってふらふらのエヴァを布団へと運ぶ。
がんばって起きようとしているが、力が入らずに千鶴の腕に寄りかかるように歩く。
長い金髪と千鶴の長い赤みがかった髪がひょこひょこと揺れた。

わが妻の優しさとその心にもはや陥落寸前としか見えないエヴァ。
本当はもっと時間がかかるとか打算的なことを思っていたが、どうやら千鶴のまっすぐな心に絆されたようだ。

二人が部屋に入るのを見送ると、俺は風の操作を開始する。
ここは俺たちの拠点の一つであり、常に俺の風の結界が渦巻いている。
長い期間をここで過ごしたことと、この土地の魔力の色が俺と似通っていたこともあり、ここの魔力の流れは俺に汚染されている。ここでもっとも上手く魔法が使えるのは俺だといってもいい。
つまりここでは俺が王者として君臨しているのだ。

その特性を利かして、俺はこの土地に風の結界を張っている。
結界といってもそう大したものではない。

風が俺の魔力を含むために精神的に弱いものがこの土地に入る時、なんとなく入りずらい、もしくは入りたくないと思わせるだけだ。
つまり多くの人間がここまで入ってくることはめったにない。
ここで生まれ育った獣たちはすでに慣れてしまっているために、ここまで入ってくるが、外来の獣も入ってはこれなくなっている。
エヴァは種族的には俺と同等の最強種だったからこの結界を抜けられたが、本来ならば外来の生き物であればほとんどが忌避するのだ。
そんな風の結界だが、その性質上定期的に俺の魔力を流さなくてはいけない。

普通ならそこそこの量でかなりの期間を持たせるのだが、今回はこの量をいっぺんに増やす。
それはもちろんエヴァのためだ。

もし万が一人間がここまで入って、外に吸血鬼がいると知られたら面倒だ。特に軍隊を引き連れてきた時。
単体であれば効き目は保障するが、団体で来られた時はどうなるのかやったことがないのでわからない。

だからその効果を上昇させて、『もしかしたら』の可能性を減らす。
やらずに後悔するなら、やって後悔しよう。長年の経験から生まれた方針の一つだ。
それに従い、俺は地脈に魔力流を打ちこんだ。

地下深くまで落ちる魔力。誰もそれに気がつかない。
そうしてゆっくりと少しずつ魔力を流し、しばらく時間がたつと、エヴァを寝かしつけたのかリビングに千鶴が戻ってくる。

「結界かしら?」
「ああ。もしものためにな」

千鶴は俺の隣の椅子に腰かけると、魔力の流れを感じたのか聞いてくる。

「もしものため…………ね。あの子はこれからもずっとそういうものと戦い続けなくちゃいけないのよね?」
「そうだろうな。吸血鬼はその存在が恐怖の対象だ。それのイメージがすぐに消えることはないだろう。現代のように科学が進み、神秘が否定される世界になればエヴァもある程度落ち着いた生活ができるだろうが……それまではまだ600年近くある」
「そうよね……ねぇ、あなたは吸血鬼を怖いと思ったことはある……?」
「ガキの頃は思ったさ。テレビなんかでは間違いなく敵だしな。夜にいきなり現れて血を吸う。普通の子供は怖いと思うだろ」

僅かに俯き、左手を右手で包み込むように握る。

「それが………………小さな女の子だとしても?」
「ああ」

……小さな女の子だとしても、か。

正直な話この時代の人にとってはあんまり変わらないと思う。
いや、もう魔女狩りも始まっているこの時代で容姿はあまり関係ない、というべきか。

例えどんなに容姿が優れていようとも、魔女だから、そう言われて焼かれるのだ。
どんなに幼くとも、母が魔女だから、そんな理由で貼り付けのまま焼かれるのだ。

それがこの時代。
俺たちには現代の感覚が残っているからこそ、幼い子供になんてひどいことを、と言えるがこの時代からすれば疑われるような奴が悪いのだ。
あまりにも俺たちとは違う感覚。
だがそれが世間一般を占めているのも確か。
いずれ排他されていく考えだとしても、今はそれが常識。

俺たちの力が強力であっても、常識を打ち破るほどではない。
むしろ常識を打ち破るなどという言葉は創作物のなかでしかあり得ない。

なぜなら常識とは世界を生きるすべての人間の平均的な考えだからだ。
ゆえに常識を打ち破るというのならば、それは世界に生きる人間に打ち勝ち屈服させるということと同義でもある。
この考えを極論だと人は言うかもしれない。だがそういう一面があることも事実。

ならば今俺たちがエヴァの境遇を変化させることはできない。
成長しないという不自然を抱えるエヴァを、人の作り出すコミュニティーの中で周囲の悪意から隠し通すことは難しい。

誰とも関わらなければいいかもしれない。
だがそれは俺たちが許さない。

誰とも関わらずに生きていくなんて悲しいじゃないか。
例え自分が吸血鬼であるということを隠してでも、誰かと関わりながら生きてほしい。
世界はエヴァ一人を抱えられないほどちっぽけではないと知ってほしい。
以前聞いたとき、千鶴も俺と同じことを考えていた。

「あの子ね……」

千鶴が顔を上げる。
しかしその顔には涙の跡があった。

「あの子が寝た後……ずっと私の手を握ってたの。少しでも人のぬくもりがほしい。そう訴えかけていた気がするのよ」

人のぬくもりがほしい。
現代の日本を生きた俺たちからすれば、なんて小さな願いだろう。いや今の時代の人間から見ても小さな願いだ。

しかしそれが叶うことはない。
吸血鬼だという理由は彼女を一人にするだけでなく、平穏さえも奪うには十分な理由だ。

彼女は原作で当時暗黒大陸などと大層な名前で呼ばれていたアフリカへと一人で渡り、首を狙う賞金首と戦う選択肢を選んだ。
ひとり孤独に生きるその生活でも、彼女は楽になったというのだ。どれだけの辛い出来事があったのかは想像することしかできないが、少なくともぬくもりは無かったのだろうな。

それは今まで生きてきた時間でも言えるだろう。

何不自由なく、家族にも愛されていた彼女がぬくもりをなくして生きていくことがどんなに辛かったのだろう。
少なくとも俺はその年月を彼女のように生き抜くことなんてできそうにもない。断言できる。絶対に途中で自殺する自信がある。

今彼女が何歳なのかはわからない。
すくなくとも10歳だが、いくつだろう?
後に百年戦争と呼ばれる戦いはもう始まってから60年以上たっている。ということは少なくとも60以下だろう。
しかしそこまで精神的な年月を重ねたようには見えなかった。
となると今は城から飛び出して数年といったところだろうか。そうでなければ彼女の精神的な幼さが説明できない。
それにもしもっと歳をとっていたら、もっと魔法がうまく使えるはずだ。今の彼女からは魔力を正しく扱えるようすは窺えない。

「あの子は……もっと幸せになるべきよ」
「押しつけは嫌われるぞ……?」
「そうだとしても、私はエヴァちゃんに幸せになってほしい。そう感じてほしい」

確かな力を込めて彼女が言う。
その言葉にはたくさんの気持ちが詰まっている。
俺はその思いに心当たりがあった。

「…………まさに親だな」
「そうね。私はあの子が娘になるのは大歓迎よ」

親が子供に与えるものはいつだって押しつけがましいのよ。そういって千鶴は笑う。
つられるように俺も笑った。
なぜなら彼女が母となるのならば俺は父だからだ。
もしエヴァが俺たちを親と認めてくれるならば、俺はエヴァが連れてきた男を一発殴らなくてはいけない。
古龍の一撃を受けても無事だというならばいいだろう。
いつか来るだろうその時が楽しみでしかたない。

でも殴る時はやっぱり手加減した方がいいのかな、などと悩んでいると、千鶴が立ち上がり俺の後ろ側へと回ってきた。
なにかと思えば千鶴は椅子に座る俺にもたれかかるように後ろから抱き締めてきた。
千鶴の体温が俺に伝わる。
キュッと程よい力で回された腕が俺の胸に回される。

「ふふふ、もうお父さんの気分なのかしら?」
「そう言う千鶴はお母さんだな」

もたれかかる千鶴の顔に手をまわし引き寄せる。
俺は頬にキスを落としながらゆっくりと首を通り、鎖骨へと唇を落としていく。

「――あっ……」

その柔らかい肌にいくつかのマークを付けると、髪をひと房掴み、それも顔に引き寄せキス。いつでも肌触りのいい髪の感触を楽しみながら俺の右手は千鶴の背中へと進む。

「……ひゃぁ!…………」

上気した頬と、ほんのり赤く染まった体。うっすらと香る汗のにおいが俺の理性を奪っていく。
そして彼女の頬に手を当てると俺の方へと顔を向かせる。その艶やかな唇に目を奪われそのまま――

「んっ…………ま、まって」

後ろから押され、離れる唇。
それを少しだけ不満の出る顔で千鶴をみる。
完全にスイッチ入っていただけに、このタイミングの待ったには辛いものがある。

「もう、隣にはエヴァが寝てるのよ? ここでそんなことしたら起きちゃうでしょう!」

といわれても。
この家小さいからこの二つの部屋しかないんだけどな。
寝室とリビング、それに物置とキッチンの実質四部屋分。だけどその半分が今は使えず、あとはここくらいしかあまってない。
だから今日はエヴァを怖がらせないためにこの部屋で寝ようと思っていたくらいだし。

つまり――しばらくお預け?

そりゃないぜ、マイワイフ。
まぁそんなことが言えるはずもなく、薄っぺらいプライドをフル稼働して、そうだな、なんて軽く言ったがな。
そんな頭の中がピンクになっている俺とは違い千鶴が至って真面目な声で俺に声をかける。

「エヴァちゃんなら……大丈夫よね」

その声には未来に対する恐れが珍しく見え隠れしていた。

……千鶴は不安なのだろう。
エヴァの今後を思った時、吸血鬼というだけで迫害される彼女が壊れてしまわないか、傷ついてしまわないか。
彼女は家族が大切で、同時にひどく過保護だ。
だからこそ、もうエヴァを放っておくことはできないのだ。
彼女自身が認めなくとも、元クラスメイトだとしても、今の彼女は家族としてみようとしている。

「大丈夫。だって俺たちがついてるだろ?」

根拠のない肯定。
だがそれでいいのだ。
それだけで彼女は前へと進める。
ならば俺のやることはそれだけでいい。

沈黙が空間をみたす。
しかし俺と千鶴は声なき声をかわす。
お互いのぬくもりがすべてを伝え合うこの世界で、強弱を入れ替えるように身を寄せ合い力を込めて抱く。
未だ日は高いというのにも関わらず俺たちはしばらくの間、飽きずにずっと身を寄せ合っていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あとがき

こんにちは、作者の観光です。
おかしいぞ……6000~7000で済ませるはずが10000まで増える謎。これはきっと七不思議。
……どうしてこうなった。

そして今回はエヴァ微妙に籠絡。
最初にシリアス、後半甘い……甘い、です。

さてさて次のサザエさんは、ではなく次の千鶴さんはエヴァ完全に籠絡。
とうとう皆様が期待していたあの呼び方がでます。
もう鼻血ブーーーーッって感じ。


では最後に、







裏設定。

古龍・勇翔《ユート》には――発情期がある。











以上でこの場を失礼させていただきます。



[25926] 千鶴と俺の逆行物語 15
Name: 観光◆6a663401 ID:0f8bca7b
Date: 2011/03/27 11:58

SIDE 千鶴


ユートと二人で今後のことを話し合ったあとも結局夜までエヴァちゃんが起きなかった。
電灯もないこの時代では夜が来れば眠るのが基本。
そうして私たちが眠る時間になると、私はエヴァちゃんと二人で布団に入って寝ることにした。
ユートは遠慮したのかリビングのソファーで寝ている。

……別に遠慮しなくてもいいのにね。

実は家族で子供を挟んで川の字で寝るが将来の楽しみの一つだったなんてちょっと恥ずかしくて言えない。
別に二人で絵本を読んであげたかったわけでは……ない。

私はエヴァちゃんの眠る布団へ入ると、そっとその髪をなでる。

……きれいな髪ね。

それは本当にきれいな髪だった。
暗闇のなかにあるかすかな光を照らし、自ら光っているようにも見える。夕暮れを受け金色に輝く穂畑にも負けないくらい健康的な色をしていながら、水晶のように神秘的な色も備えている。うらやましいくらいに細く、枝毛もない。さらに、瑞々しく波を打つ髪質。
芸術的なまでに揃えられた髪に思わず女として嫉妬しそうだ。
それが誇らしくもあり、同時に残念だった。

なぜ人は彼女が吸血鬼というだけで遠ざけるのだろうか。
彼女はこんなにも心と体が美しいのに。

美しいものを美しいと、きれいなものをきれいと呼べなくなること。
人がそうなってしまうことが私は悲しかった。

いくつもの旅の中で人が簡単に残虐になれることを、人が信じられないような何かに変わることを――私は身をもって知っている。
そのたびに人に絶望を覚え、そして夫によって人の可能性を知る。

自分ですら折れかけた人の性に彼女が一人でさらされるということが恐ろしい。
人の黒い所に彼女は触れて、こんなにもきれいな心を持つ彼女がいつか人に見切りをつけてしまうのではないだろうか。
私はそうならないでほしいと思わずにはいられない。

寝苦しいのか寝がえりをうち、エヴァの肩から毛布がずれる。それを私はエヴァちゃんの肩まで毛布を起こさないように気をつけて引き上げる。
この時期は寒くなり始める季節だ。
吸血鬼である彼女が風邪を引くはずがないと知識で分かってはいるが、このくらいの心配はいつだってしてしまう。

最後にもう一度だけ彼女の頭をなでた後、手をつなぐ。
触れ合わせただけで、すぐに彼女は手を掴み離したくないと力を込める。

これは今までさみしかったのだろう。だからこそ今こうして潜在意識でぬくもりを求めているのだとわかってはいるが、それでもこうして求められるということがうれしい。
……本当ならこんな風に寝ているときにもぬくもりを求めるような生活を送っていたことを悲しまなきゃいけない。
それでも今は一人の女性として彼女が求めてくれることが、この上ない喜びなのだ。

私はそれを心地よく感じながら目をつぶり眠りへと落ちていった。
――落ちていこうとした。


「――――あ”あ”ああぁぁぁぁあああ”あ”あ”ぁああああああ!!!!」


絶叫が鼓膜を揺す。


SIDE 千鶴 OUT







千鶴と俺の逆行物語 15











千鶴は文字通り跳ね起きた。
布団を勢いよく飛ばし、絶叫のもと、すなわち――エヴァのもとへと近寄る。

「エヴァちゃん!?」

鼓膜だけではない。千鶴の心を揺さぶるような音が部屋に響く。
見ればエヴァは胸をかきむしるように叫んでいた。
強くつかみすぎて指が皮膚を突き破り、血があふれ出してきた。エヴァはそれをいとわず、傷口をかきむしる。

「駄目よっ!」

咄嗟にその手を千鶴が押さえる。
しかしエヴァの筋力は容易く人を凌駕している。
思わぬ出来事のなかでも咸卦法を身に纏っていた千鶴だが、想定以上の筋力に手をはじかれる。

「あ”あ”あ”あああああ――――――!!」

絶叫は未だやまない。
エヴァは己の体を傷つけるように激しくかきむしる。
あふれ出した血がベットを紅葉のように染める。染みわたる血はベットの下へと滴り落ち始めた。
しかし本人の傷は少ない。自分でつけた傷がすぐさま消えていくからだ。

「……だめ! 落ち着いて、エヴァちゃん!」

はじかれた手を呆然と眺めたあと、咸卦の出力をあげてエヴァを取り押さえにかかる。
だがエヴァは何かに脅えるように悲鳴を吐き出し続ける。

千鶴は暴れるエヴァに御免と謝りつつ体を本気で抑えにかかった。
肩の関節を抑え、手も魔法でベットとしばりつけ、馬乗りになった。

「やだぁああ! やだやだやだやだ!!」

しかしその時、さらにエヴァの抵抗が激しくなる。
直前の自分を傷つけるような凶行とは違い千鶴……というよりも、エヴァの記憶に残る誰かに抵抗しているように暴れだした。
瞳の中をのぞいてみれば目の前の千鶴ではなく記憶の誰かを見ている。

「もしかして……」

眼の焦点が合わず寝ていた状態から急激に暴れだすこの行動に覚えがあった千鶴の顔が引きつる。

トラウマ(心的外傷)だ。それもこの暴れ具合は現代ならA判定のPTSDに認定されるかもしれない。
PTSD――それは心的外傷後ストレス症候群のこと。実際の死や重症、あるいはその恐れがある出来事、または自分や他人の身体的統合が脅かされる危機を経験したり、目撃したり直面したりした人間がかかる心の傷のことでもある。
もしそうであるとするならば、彼女の心には深い傷があるということになる。しかし千鶴には今のエヴァの心理的外傷の原因がなにかはわからない。
それでも今エヴァが苦しんでいるということだけはわかった。

「ああああああああああああああああああああああああ!」

一度はかけた拘束をはがしエヴァを起こすと、自分の方へと引っ張った。エヴァが暴れ、千鶴の頬をたたくがお構いなしに胸に抱きしめる。

「大丈夫。大丈夫よ」
「やだよぉ! だれか助けて! 助けてよぉおおお!」

のどを枯れるのをいとわず迷子の子供のように叫び続けるエヴァは抱きしめる千鶴の肩や腹を思いっきり殴りつける。
それにかまわず千鶴はエヴァも背をリズムよく優しく落ち着けるようにたたき背をなでる。

「……大丈夫。ここには怖いものなんて何にもないのよ」

千鶴は精一杯の愛情と優しさを込めてエヴァを抱きしめる。そこに悪意などなく、ただ善意に満ちていた。
そんな中でもエヴァは体を動かし、どうにかして千鶴から離れようとまるで駄々をこねる子供のように無意識に暴れまわる。

しかし千鶴はエヴァを離さなかった。

幾度となく殴打された体は服で見えないが青く痣になっているだろ。事実叩かれた口からは血があふれ頬を伝い服に染みを作った。
それでも彼女は頬笑みを絶やさずエヴァを抱きしめる。肩の外側から回された腕はエヴァを包み込み、やさしく撫でる手は確かな暖かさを伝える。

するとエヴァの抵抗が突然小さくなった。
もしかして眼が覚めたのかとエヴァを見るが、それは甘い考えだった。
エヴァは体に力は入っておらず、千鶴になすがままになっている。それは身を預けるというよりも抵抗を諦めたという方が正しいようなありさまだったのだ。

「やだよぉ……助けてよ……」

何も映さない眼に暗闇を満たしたエヴァが力なくつぶやく。かすかに聞こえる音は助けを求める声で、とても正気とは思えない。
つまり千鶴の優しさは深い傷を埋めるにはまだ足りなかったのだ。
エヴァはすでに心の底へと潜り込み、辛い思い出だけを何度も何度も思い返す地獄の中へと潜っていく。

辛い思い出。
エヴァが吸血鬼になってから何度もあった人の悪意。それが瞼の裏に焼きついたまま夜を迎えたとき、その感情と視界が頭の中から離れなくなるのだ。
怖くて怖くて仕方のないその記憶がエヴァの心を破壊していく。いくら心を強く持とうとも、何度も何度も傷口をえぐるような記憶は心を摩耗させていく。
この負の連鎖こそがトラウマであり、今のエヴァをむしばむ原因。

いくら肉体的には人の上位に位置する吸血鬼とはいえ素体は人。精神的に幼いエヴァがこの地獄に耐えきれるはずがないのだ。

千鶴にもそれがわかった。

……このままではいけない。
このまま行けばエヴァが廃人のようになってしまうかもしれない。
ならば……!

千鶴はなるべくなら使いたくなかった方法を選択することを決めた。
グッと唇をかみしめつつ、咸卦で足元に魔法陣をかく。
咸卦独特の青い光が部屋を照らし始めた中で、千鶴はエヴァと額を合わせる。エヴァは未だ暴れていたがそれにかまわず足元の魔法陣がいっそうの光を放つ。

そして千鶴の意識は世界を渡る。












一面が黒い部屋の中。

その形容を顕すように、周囲には黒々とした闇だけが存在する。いや、本来ならば闇さえも存在しているかわからない。そんな空虚な世界の中に一人の少女がいた。
視界を閉ざす黒。高さも広さも自らさえも曖昧な空間。あやふやな感覚が体を覆うその場所で少女――エヴァは膝を抱えていた。

瞳を閉ざし、膝を抱え、腕で耳をふさぎ、あらゆる外の干渉から逃げるように、エヴァは一人で闇の中に縮こまっていた。
かすかな吐息は自分でもしているのがわからないほど小さい音。それだけが世界のすべて。
おそらく人であれば数分で発狂しそうなこの空間だが、むしろそんな世界をエヴァは歓迎して、そしてこの上なく忌避していた。

だれも自分を傷つけ蔑むようなことは無い場所。言葉を見れば最高の環境だ。そして事実エヴァはそれを望んでいた。
しかし実際に来てみれば、やはりここも地獄。
だれもいない場所を安息の地と定めるにはまだエヴァにとって人肌が恋しかったからだ。

「……私は吸血鬼……だよ」

……自分は吸血鬼である。
そう自分を律するようにつぶやくエヴァに対して、こころの中では強く人肌を求めていた。
だからだろう。誰かがいても地獄なのに、この誰もいない場所の方が地獄のように思えたのは。

思えばこの世界に一人でいるようになったのはいつごろからだろうか。
もともと聡明な彼女はこの世界が自分の寝ているときに見る夢であると気が付いている。

かつては花が咲き誇り、父や母の笑い声が響き渡ったこの世界。
優しさにあふれていたエヴァの世界。

しかし今ではエヴァが一人いるだけだ。
夢だとわかっているから余計に辛い。
せめて夢であるなら優しい記憶を見せてくれていいのに。そう思ってもこの世界に温かい優しさが入り込むことは無く、身を切るような寒さが肌をさするだけ。

映し出される映像も自分が辛かったものだけだ。
決してかつてのように甘い夢など映されはしない。

さっきだってそうだ。
以前逃げるように走りたちよった村で、エヴァは一人の老婆の世話になっていた。その時のできることなら絶対に思い出したくない記憶。それが何度も何度も思い返されるのだ。
信頼していた老婆の後ろから現れた何人もの人。彼らに化け物とののしられ、体を切り裂かれた記憶。
エヴァからすれば見上げるような男が馬乗りになって、エヴァの体を犯す記憶。
泣き叫ぼうとも終わることのない痛みと苦しみ。
どちらも一生忘れられない。忘れたくとも忘れられないもの。

思わず思い返してしまったあの時の苦しさと今もなおジクジクと痛む胸の奥に、一人寒さを耐えるように小さくなるエヴァ。

ゆっくりとそのエヴァの瞼が閉じていく。
スローモーションのように、しかし確実にその瞼が下りようとしていた。それはまるで太陽が地平線へと沈むように、エヴァの瞳からも光が消えていくと共に瞼が落ちていく。
きっとこの眼を閉じたとき、エヴァは長い眠りに入るだろう。
そう理解できるのにそのことに感情は動かず、また現実がどうなっているかなんて、今のエヴァにはたいした興味はなかった。
ただ、眠るまえにみたあの女性。彼女の泣きそうな顔がふっと浮かんでまた消えていった。

なんとも言えない倦怠感が体を包みこむなか、記憶の底へと沈んでいった映像をすぐさま頭の隅へと押しやり、エヴァはそっと瞼を下ろしていく。
視界の上から落ちてくる瞼。眼を開けていた時には体だけは見えていたこの闇の中でも、瞼を落としていけば完全な闇となる。
瞼が視界の半分ほど落ちてかすかな光も入らなくなったというのに、エヴァに恐怖はない。本能で恐怖を覚える闇も、今のエヴァにとってみればやっと休めると安息を与えてくれる優しいもののようにも感じれた。
ただ、足元の方からひんやりとした感覚が体を包んでいくことだけは、すこしさみしかった。
だがエヴァの終わりへの道筋は止まらない。落ちていく瞼を止める方法はなく。自ら止めるはずのエヴァに止める気はない。ならば誰も止められないエヴァの長い眠りへの一歩。それが確かに始まるその時――――




「だめよ、こんなところで寝ちゃ」




甘い梅の香りがした。




思わず顔をあげる。
今まで一度も声をかけられることが無かったから。
心の中に消え去ったと思っていた一粒の希望が顔をだす。そしてそれはすぐさま何処かえ消えてしまった。
何も見えなかったから。
だがそれでも希望を持たずにはいられなかった。

「……だれ?」

何も見えない闇のなかに声をかける。
虚空へと吸い込まれる声は響かない。

……やっぱり何にもないんだ。

心も闇へと沈み始める。
希望という甘い毒が生まれたからこそ、それが消えた今のエヴァはもっと深い所へと落ちていこうとする。
そうして顔を腕の中に沈めようと下げたとき――――視界の端に何かが現れた。

手だ。
暗い闇の中で、ほそい白魚のような腕だけが現れた。
その腕の向こうは暗くて見えない。
細い指はこちらを向けて開かれ、何かを待つようにほんの少しだけ揺れている。

その手はまるでエヴァが手を伸ばすことを期待しているようで――――

「………………いい……の?」

……私は吸血鬼だよ。

かすかな声だがしっかりと伝わる音量で呟いた声は相手に聞こえたはずなのに。それでもこの手はエヴァを待っていた。
何処かえ消えたはずの希望がひょっこりと顔を出す。
隠れては現れ、現れては隠れる。
その希望は珍しく一か所にとどまり光を放ち続ける。
希望は光を湛え、気づけば現れた手と重なっていた。

……眩しいな。
そう感じてもエヴァはそれがほしかった。だからこそ自らの手を伸ばす。
そして愕然とした。

……動かないのだ。
どうやっても自分の腕が動かない。

おそらくは度重なる精神的疲労から動かせないのだということはわかる。
――どうして……そう思わずにはいられないこのタイミング。
気がつけばこの体に感触はなく、冷たい温度が心を撫でるばかり。
目の前の希望へと手を伸ばそうとするエヴァを反逆者というでもいうように背後の闇がエヴァを縛り付けているように思えた。
この世界を占める闇が、今光へと手を伸ばすエヴァの邪魔をするのだ。

今や世界、すなわちエヴァ自身が敵なのだ。
自分がほしくてほしくてたまらない光を自らが拒絶する。その事実に心を砕けそうになる。
でも、そうだとしても、エヴァは――――手を伸ばそうとした。

まるで不遜な反逆者を縛るように、エヴァの体に痛みが走る。
それでも手は動いた。否、動かした。
自らがもちえる以上の精神力を持って左手を持ち上げていく。
少しずつ前へと進む手の距離と比例し痛みも加速度的に大きくなりエヴァの体を貫く。それを歯を食いしばって耐えぬき腕を動かす。
体の節々が痛い。すでに腕以外の感覚はなく、冷気と痛覚だけがエヴァをむしばむ。

それでも前へと動かす。

途方もなくゆっくりと進む腕。
時間がかかったけれども、虚空に現れた腕へと確かに近づいていく。
あの腕はずっと待っていてくれた。
だからこそ、こうしてエヴァの腕が光へと――届いた。


瞬間――――世界は反転する。


暗く、何も見えなかった世界は純白の穢れなき空間へ。
すべてが祝福された世界へ。彼女の手をとった瞬間、すべてが変わった。

「………………あぁ」

雪のような白さとどこかすがすがしい匂いのするこの場所の雰囲気がエヴァのささくれた心へ風を送る。この風は溜まっていた淀みを容易く流し去る。
晴々とする心。

まるで生き返ったような気持ちになりながら、エヴァは手に取った先をみる。

「初めまして…………の方がいいかしら?」

そこにいたのはにっこりと笑いかけてくる女性。
長い髪と瞳の下の泣き黒子が特徴的な優しそうな印象を与える女性。

「気分は……どう?」

彼女――千鶴が問いかけてくるが、今のエヴァの耳には届かなかった。それは圧倒されていたからだ。
一目見て固まってしまった。

――綺麗……

そう綺麗な女性だった。
このエヴァの心象世界でなお彼女は輝いて見えた。
エヴァの人を徹底的に排除した世界においてなお受け入れられ愛されている彼女。
世界のすべての愛をその身に宿したような彼女を見た瞬間、エヴァもまた彼女にとらわれた。

気がつけばエヴァはそっと千鶴のそばに近寄っていた。
彼女はひとだというのに。
傷つけてきたひとだというのに。
それでもエヴァは彼女のそばに一歩近寄った。

それを千鶴はうれしそうにほほ笑むと、膝を曲げエヴァと同じ目線に合わせる。

「……よく頑張ったわね」

ゆっくりと持ち上げられた手はエヴァの頭の上に落ち、そっと撫でられる。
その温かさと褒められたうれしさに視界がゆがみ、つぅっと頬を涙が伝う。

気恥かしい涙を流すことも、今は何でもなかった。
風でも取り除けなかった最後の膿を押し流すようにどんどん涙があふれる。
自分でもこんなに泣けるとは思わなかった。
つまりこれだけ褒めてくれたことがエヴァに響いたのだ。

――よく頑張った。

誰もが小さなころにいわれる言葉。かつてエヴァもそれを言われるために頑張ったことがある。
その少ない言葉の中には確かに心がこもり、エヴァの傷だらけの心の傷を埋めていく。

あまりにも突然。
流されるように与えられた優しさ。
エヴァはとうとう我慢できなくなって千鶴に飛びついた。

「……うぅ、ああぁ」

漏れる嗚咽。
それは一度決壊すれば容易く隙間を大きく広げ――

「ああああぁ! ああああああああああ!!」

一気にあふれた。
生まれたばかりの赤子のように大声で泣くエヴァ。
だがそこに悲しみはなく、どうしようもないほどの幸せへの声があふれていた。

ぎゅっと千鶴へと抱きつく。
きついほどの抱きしめるエヴァだが千鶴はただ彼女を受け入れる。
それがどれだけエヴァを癒すのか、それはエヴァにしか分からない。
しかし、確かに彼女の心は誰かに受け入れられるということに安心と癒しを覚えるのだった。











SIDE エヴァ


たくさん。そう沢山泣いた。
涙を拭いても拭いてもあふれて、でも不思議とそれが嫌じゃなかった。
私を抱きしめてくれるあの人があったかくて、優しくて。
泣いている私の顔はきっとぐちゃぐちゃなのに、あの人は私を愛おしそうに撫でる。

だからかな。思いっきり泣けたのは。

あの人の手のひらから伝わるのは温度と……なにか。
それを言葉に表そうとしてもできない。愛とか優しさとか、それに近いような言葉もあるけど。でもそれだけでもないような気がする。
きっと無理やり言葉にはできるんだ。でもきっとあてはめたその瞬間――私が感じたなにかは違うものになってしまう。
だから言葉に表すことはしない。

ただ私が誰かに愛されているってわかった。それだけでいいんだ。

今までとは違う。
それが私にとって大きな意味になるから。

こうして抱きしめられる。これだけで私は変わってしまった。
あの涙は私の内側にこびりついていた汚れを押し流して、そこに抱きしめられた分だけ愛が注がれる。

今の私はおなかいっぱい。
でも――もっとほしい。
限界なんて知らない。だって今まで限界まで注がれたことがないから。だから私は限界を知らず、強欲な商人のようにそれをため込む。
私はギュッとあの人に捕まる手に力を込めた。

それをあの人はうれしそうに抱き返してくれる。
これが何度めの交信だったのかな。
私が繰り返すサインにあの人は飽きずに返信する。

そうして繰り返される強弱に少しだけ私は調子にのって強めに力を入れる。

「――んっ」

すると、力が強かったのかあの人の眉が細められる。

「――あっ、ご、ごめんなさい……」

……怒らせちゃったかな
私が強く抱けばその人が痛い思いをするってわかっていたはずなのに……
いつの間にか嫌われたくなくて私は少し赤くなったあの人の腕をさする。

「あら、いいのよ。このくらい」

そういってあの人はくすぐったそうに笑う。
その笑みは私を安心させる。まるで魔法のように。

思わずボーっとあの人を見ていると、あの人は私の鼻先をつつく。

「それに遠慮する必要もないのよ? 思いっきり抱きついてきても大丈夫よ」

そういってあの人はもう一度、ツンっと鼻をつついた。
なんでわかったんだろう。私が思いっきり抱きつきたいってこと。

「……でも私、吸血鬼だから……」

それは叶わないことなんだ。
私の腕はほかの人よりもずっと強い。多分大人よりもずっと。何倍もあって、怖くて、だからこそ吸血鬼は恐ろしいって言われてる。
こうして肌を触れ合わせるだけで十分なんだから。ぞう自分に言い聞かせた。

「もう……そんな遠慮はしなくていいのよ?」

そんな私にそっと囁かれる言葉。

「……でも…………」
「もっと子供らしく……ね?」

甘えても……いいのかな。
私は吸血鬼で、化け物で、でもやっぱり――

「……うん」

ゆっくりと力を込める。
別に強いわけじゃない。ただ温かさが伝わるだけの強さにしただけ。

それでも今までずっと忘れてた。
きっとこれが甘えるってこと。この心地よさにおぼれそう。

「ねぇ、エヴァちゃん?」
「…………なに?」

ううん、もうおぼれてる。
柔らかい布団にくるまれているように、まどろみへと落ちていく私。
少し前なら心配で、怖くて眠れなかった。でもこの陽だまりなら心地いいんだろうな。
そんなことを思っているとあの人が私に話しかけてくる。
ああ、声もきれいなんだ。耳に入る音という名の振動が揺らす鼓膜の動きすら私には心地よく感じる。
でもなぜだろう。あの人の声が少しだけ震えていた。

……緊張してる?
なんで?
私はあの人の顔を見る。
するとあの人は頬笑みを湛えながらもほんの少しの緊張を顔に見せていた。
ゆっくりとあの人が口を開く。

「もし……良かったらなんだけど――――」

直感が私に告げた。この言葉の続きは――
指先への感触が消える。
すっと消えていった感覚の代わりに一言一句逃さぬようにと集中した。
そうして告げられたあの人の言葉は――


「――――うちの子にならない?」


体が震えた。
カラカラになったのどが、あっと声を出す。
まるで自分でないかのようにのどが音を出さず、口がパクパクと開閉する。
それでも私はのどを震わせる。

いいの? なんてもう聞かない。
だって私はあの人から離れられない。
だから返事は決まってるんだ。

もう出し切っていた涙がまたあふれる。
瞳に溜まった涙はすぐに決壊し頬を伝い、私は手を合わせ嗚咽が漏れそうになった口元を覆う。
返事を言いたいけど声がふるえそうでなかなか口を開けない。
落ち着かせるように深呼吸をして私はグッと顔をあげてあの人を見る。

ニコニコと笑いながら私の言葉を待つあの人にやっとの思いで、はい、と返事を返そうとして――止まった。

――うちの子にならない?

そうだ。こんな言葉よりももっと素敵な言葉がある。
だから私は口を開いた。
万感の思いで。
私のすべてを込めて。
真っ暗だった世界にいた私を見つけてくれたあの人へお礼を込めて。

何万分の一でもいい。
私の思いが伝わってほしいと、想いをこめて。精一杯の、私ができる最高の笑顔を共に。
私は言った。








「――お母さん」












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エヴァ籠絡(ニヤッ






こんにちは、作者の観光です。
こっからはエヴァの時間だ!
初号機のように暴走しまくって突っ走るぜい!

そしてみんな! その優れた妄想力でエヴァに萌えるシュチュをオラに教えてくれーーー!!




さて今回の掴みであるエヴァ編の最初の山場が終了したところですが、ここで二つほどお知らせが。

一つ。


パソコン死んだなう。
具体的には反逆のコーヒー。


二つ。

実はいくつかの出来事が重なり最近忙しいことと、さらにより良い作品を! と追及し努力した結果……一話あたりにかかる時間がかなり伸びました。

そこまで筆力あがってねーよ。
とは突っ込まないでください。いやべつに突っ込んでもいいか。
とにかく一話あたりにかなりの時間がかかるのです。
他の作者がどれくらい時間をかけて行っているのかは知りませんが(誰か教えて)、私の場合をあげてみると……


第15話

文字数 約9500文字

執筆時間 13時間

一日平均 3時間

累計 7日間


となっております。一時間に千文字かけてませんね。本気でこういうのを遅筆というんでしょう。
さらにもうすぐ一日一時間の執筆となる可能性が高い今、連続投稿形式にすると、次の投稿までが大体一カ月半~二か月くらいはかかるでしょう。
それならば一週間で一回のペースで投稿した方が読者的にはいいんじゃないんでしょうか?

というわけで――多数決とります。

今まで通り連続投稿形式なのか、一週間に一回くらい(期間は変わるでしょうが最低十日に一回はあるはず、そして最高で三日に一回くらい)のペースなのか。
感想をかく人は希望を書いておいてください。

よろしくお願いします。


では最後に――次回予告。




「べ、べつにお父さんの膝の上に乗りたかったわけじゃないんだから!」



以上でこの場を失礼させていただきます。




[25926] 千鶴と俺の逆行物語 16
Name: 観光◆6a663401 ID:0f8bca7b
Date: 2011/03/28 18:31

SIDE エヴァ


ずっと一緒にいたい世界があった。

けれど世界は私を拒絶した。

だから私も拒絶した。

でもやっぱり私は世界の一部で。

離れることなんてできなくて。

どんなに痛くても、どんなに辛くても、いつかは私を入れてくれると信じて手を伸ばす。

何度も何度も。

手を払われ、罵声を浴びせられても、私は伸ばした。

だってその手をとってほしかったから。

伸びきった手をほんの少しの希望をもって伸ばしてた。

もうすこし待てば誰かがとってくれる。

――あとほんの少しだよ。

そういって自分を励まして、なにもない空へ手をのばす。

でも……ずっと伸ばしてたから疲れちゃった。

もう限界。

それでも手の先に見える光がほしかった。

そして――落ちる。

フッて力が抜けるんだ。

さっきまで震えながらもしっかりと伸ばしていた腕が、落ち葉のようにスーって下がる。

それと同時に私の体からも力が抜けて、崩れ落ちていく。

目の前の世界はそんな私をあざ笑う。

……それみろ。

お前を放り出して正解だ。

そう聞こえた気がした。

崩れ落ちるまでの僅かな時間が永遠にも感じられた。

悔しくて、苦しくて、息もできない。

熱くなった眼がしらに力を入れる。

――涙なんて流すもんか。

そう決意したけど、とめどなくあふれる涙を止めることは……できないんだ。

――ああ、きっとこれで終わりなんだな。

閉じていく視界の中でふと思った。

――私が死んだら、みんなとおんなじ天国にいけるのかな?

死んだら吸血鬼とか関係なければいいな。

そうならみんなも笑ってくれるよね。

不思議と体を伝う冷たさが怖くなかった。

ただ……すこしさみしかった。

それだけ。

それだけの思いで、伸ばした手も戻せず、とうとう私は最後まで崩れ落ちた。



そしてすべてが変わる。



落ちた私が受け取る痛みは柔らかい感触に変わり、冷たい地面は遠く、私に触れる肌が暖かさを伝える。

いつの間にか遠くにいた世界が何かをわめく。

呪うような音。

でも私まで届くことは無い。

だって目の前にあの人がいるから。

あの人は音を背中で受け止め、私を目の前で抱きしめる。

まるで子猫を守る親猫のように。

世界という大きなものと敵対してなお、あの人はぶれず恐れず私に笑顔を向けた。

それをみてわかっちゃたんだ。

――とってくれた。

私の手をとってくれた!

ずっと待ってた。

ずっとずっと待ってた。

何度も振り払われてもずっと伸ばした手を、掴んでくれた。

ううん。

それだけじゃない。

あの人は手だけじゃなくて私を受け止めてる。

それがうれしくて私はあの人を呼ぶ。

ありがとう。

私を受け止めてくれて――ありがとう。

でもそういうとあの人は困った顔をする。

それをみてピンと来た。

だから私はあの人を違う呼び方で呼ぶ。

それは――――











千鶴と俺の逆行物語 16












SIDE 千鶴


森に入る日差しが真上を過ぎ沈もうかというころ。伸びる影が最も濃く伸びた面積にのびのびと体を伸ばす夕暮れ時。
さわやかな風が今日に限って少し湿気を帯び、髪が肌に張り付くような気温。

私はキッチンの中にいた。
夕ご飯に食べたときに使った食器をいざ洗おうと腕まくりをする。
魔法を使いながら次々とお皿を洗っていく。いつもは手伝ってくれるユートは今外で巻き割りとこれから入るお風呂の準備をしている。
いつもの日常。穏やかな時間を過ごしていく。だがそんないつもに最近は少しだけど変化が起きていた。

お皿を半分ほど洗った頃に私の裾をグイグイと引っ張る感覚が現れる。

「ん? ……あら、どうしたの?」

一度手を止めてみれば、エヴァちゃんが不安そうに私のエプロンを引っ張っていた。
身長の関係でどうしても上を見上げる形になるエヴァちゃんに合わせて私も体勢を低くし目線を合わせる。

「ううん……なんでもない」

そういいながらも彼女が私のエプロンを離す様子が見えない。
しっかりと握られた手のひらが不安そうにゆれる。

……ご飯のあとに一人にさせたのがまずかったのかも。

そう思った私は急いで仕事を終わらせることにする。

「ちょっと待っててね?」

ぎゅっと握られた服をそのままに私はまたお皿洗いを続けようとした。
とはいえ、このままというのも味気ないような気がする。

「……エヴァちゃんも……手伝ってくれる?」
「……いいの?」
「もちろん。エヴァちゃんが手伝ってくれるなら、お母さん助かっちゃうわ」

どこか余所よそしいエヴァちゃんだったけれど、私がそういうと――

「じゃあ――やる!」

花開くように笑った。
昨日までは見れなかった全開の笑顔に心撃たれながらも私は、じゃあお皿を拭いていってくれる? とお願いを出す。
そのお願いにうれしそうに頷くエヴァちゃん。だがキッチンに用意された台までは身長が微妙に足りてなくて、背伸びをしながらプルプル震える腕でお皿を拭いていく。つま先立ちが辛いのか足もプルプルだ。

そんなかわいらしいエヴァちゃんの頭を思わず撫でる。
すると瞳を閉じて、にっこりと笑いながらうれしそうな表情を作る。

「えへへ……」

なんだかずっとこうしていたい。
撫でる手には柔らかな感触と、エヴァちゃんが私にくれる親愛の情が。
昨日までのどこか心のそこで私たちを疑っていたエヴァちゃんではなく、私たちを見て笑っている今が、手放せなかった。

「……お母さん?」

ずっと撫でているとエヴァがこっちを不思議そうに見上げてくる。
下から見上げるような視線と、私に向ける宝石のような瞳に吸い込まれそうな気分になる。

「もう! すっごくかわいいんだから!」

だめ。もう我慢できない。
思わず私はエヴァちゃんを抱きしめる。
もうぎゅーって。ぎゅーって力を入れて濡れた手のままだけどエヴァちゃんを胸に収める。
きっと苦しいだろうに。それでもやっぱりうれしそう。

私はその頬に私の頬をぐりぐりと合わせる。
このほっぺを合わせて伝わる感触がなんとも言えない。

「お、お母さん……くるしいよっ」

といいつつもエヴァちゃんの顔は笑顔一色。そこに苦しさなどなくて、ちょっと恥ずかしがってるのかな? っていうくらいに赤くなってた。

「ねぇ、もう一回。今度は――って言ってみて?」
「えっ……えっと」

それには少しエヴァちゃんも抵抗があるのかちょっと俯いてもじもじしてる。
ちらっと視線を上げてまた戻す。
それを真っ赤な顔で繰り返しするから私の抱きしめる腕にも少し力が入っちゃったわ。
でもそれがきっかけとなったのかもしれない。エヴァちゃんはちょっとだけ眼を伏せながらも口を開く。


「……ママ」


両手の人さし指をつんつんと合わせながら言った。
その姿に私は――

「もう家の子ってば――かわいい!!」

押し倒すくらいの勢いでもっとぎゅ~と抱きしめた。


SIDE 千鶴 OUT










「……なにやってんだかな」

ミイラ取りがミイラ。
まさに今の状況を表すならばそれ。
母性で包み込んだらエヴァのかわいさにやられたようだ。

……まぁ、確かにかわいいんだけど。

薪割りの終わった俺はリビングの入口に立って二人のほほえましい様子を見ていた。
二人でお皿洗いとは、ほのぼのしていていいなぁ。なんて思いながら見てたわけだが、完全に千鶴はエヴァにやられて手が止まってる。

「おーい、二人とも。手が止まってるぞ」

急に声をかけたからか二人はビクッってした。

「あらあら。ちょっと遊びすぎちゃったかしらね」

千鶴はエヴァに夢中になっていたところを見られたのが恥ずかしいのか赤くなった頬に手を当てながらごまかすように笑って、すぐに続きに取り掛かった。
別に仕事をしろとかいうつもりはない。
ただこの後に入るお風呂の準備ができてしまったので俺は声をかけたのだ。なるべくなら温かいうちに入ってもらった方が二人も気持ちがいいだろう。
でもまだエヴァは純粋に怒られたと思ったのか、シュンと肩を落とす。

「ご、ごめんなさい!」

本気で謝ってくる。

「……いや、別にそこまで怒ってるわけじゃないんだよ? エヴァはちゃんと千鶴の手伝いもしてくれるし、助かってるよ」

そういいながら千鶴みたいに頭を撫でようと手を伸ばす。
すると……

「――やっ」

ビクンと体を跳ねさせたあとに小さく悲鳴をあげ、千鶴の後ろに隠れてしまった。千鶴はそんなエヴァを、もう甘えん坊さんなんだから、とあやしていた。

正直このエヴァの反応は――ショックだ。

たしかにエヴァは男に結構トラウマをおぼえてるっていうのはわかる! 
けど……ここまで怖がらなくても……というか俺お父さんなのに…………まだ一度もお父さんと呼ばれてないけど。

……呼ばれたい……とっても呼ばれたいよぉ。
千鶴をお母さんと呼んだところを見たとき、これはもしや!! と内心ニヤニヤしつつエヴァに話しかけられるのを待ったのが一週間前の朝。
いつかな。いつかな。とドキドキわくわく待っていたのは遠い昔。
待ち望んでもエヴァは俺に近寄ることはなく、常に千鶴にべったり。ご飯のときくらいしか俺の一メートル以内には入ってこない。
初めてエヴァから話しかけられたのは…………いや、まだ話しかけられたことがないような気がする。

あれ、よくよく考えたらこの状況まずくね?

このまま行くと完全にママっ子、いやマンモニーニになる気がするぞ。
そして家族内で女性が二人になることと、俺が千鶴の尻に敷かれていることから――家族内ピラミッドの最底辺に位置付けされそうだ。
いきすぎたマザコンは確かにまずいが俺にはこっちのことも大問題だ。

……まずい。まずいぞ。

そのうちエヴァはペット飼いたいとか言ってきたら要注意しなければ。
ペットより低い位置になったら泣くぞ。
でも基本的に動物は俺に逆らえないから少なくとも一番下はない?
いや待て、そもそもエヴァが連れてくるのはチャチャゼロの可能性が高い……

やっぱり一番下なのか……!?
これがお父さんの宿命なのか……!?

愛する妻は娘に取られ、家庭内カースト制度の構築による肩身の狭さ。
そのうちお父さんの入ったお風呂はいや、とか言われちゃうんだろうか!?
いやもしかすると――

優斗「母さん醤油とってー」
千鶴「自分でそのくらいとれるでしょ?」

なんてことになるのか!? それは悲しすぎるだろう!
そんな冷たい家族はいやすぎる。もっとこうふんわりした雰囲気の家族がいいよぉ。俺をはぶかないでくれよぉ。
俺は頭の中にある嫌な考えをはじきだすように頭を振った。

「ユート……さん?」

しばらくすると幼い子供特有の声が下から聞こえた。
視線を向ければエヴァが俺に近づいているではないか!
バクバクと鼓動が波打つ。
待て、待つんだユート。いいから落ち着け。ここで俺がそんな変なことをしてエヴァを怖がらせてどうするんだ。
是非、お父さんと呼ばれるためにも、ここは大人の余裕って奴を出すべきだ。

俺はエヴァに話しかけられた後の一秒で鼓動を押さえつける。

「ん? どうした?」
「えと、あの、お母さんが……」

俺と視線を合わせてもすぐに外してはまたもどるを飽きずにエヴァは繰り返す。
……やっぱりかわええ。
ちょっと使ったこともない方言が出てくるくらいには俺の頭の中は沸いていた。
というか何で一週間くらいでこんなにエヴァに俺なついてるんだろ。
もしかしてエヴァって無意識に魅了(チャーム)使ってね?
まぁ、いいか。かわいいから。

「お母さんが?」
「こ、これ渡すようにって」

そういってエヴァは俺に短い腕をギリギリまで伸ばして何かを渡してきた。
そこまで俺に近づきたくないんか。そう思わせるくらい頑張って手を伸ばしていたので逆に可愛く思えて、それを受け取った。
几帳面におられた紙であるそれを開いていくと中にはなにやら見覚えのある文字が。


『着替えとお風呂の準備で忙しいから外で待っててくれる? 千鶴』


……あれ?












おそらく頭を振ったりなどの奇行をして準備までの邪魔だったこともあって、千鶴に外に追い出された俺だが、ここにきて家族で一人だけの男の悲しさを理解した。
多分まだ男が怖いエヴァのために俺を部屋の外に追い出したのだとわかっていても、だ。
これからも女の子同士の話よ、なんて言われて外に追い出されることが多々ありそうな気が……!

そんな遠くない未来へと想いを馳せると少し涙が出てくる。
おもに温泉の時とか。

きっと千鶴たちの女湯は楽しそうな声が聞こえて、でも俺は男湯で一人風呂に入るんだろう。
肩手にお酒持ちつつも一緒に飲んでくれる人がいなくて、あっち楽しそうだなぁなんて思ってるんだろうな。

というか今まさにその状況何だけどな!
追い出されてから俺の存在は忘れ去られたのか誰も入っていいよーとは言ってくれず、二人は裏にあるお風呂に入ってしまった。
時おり笑い声が響く。

くそう。今だけでいいんだ。リースよ。俺の愚痴と酒につき合ってくれ。
などと考えながら俺は空に右手に持った酒瓶を掲げる。

本当に静かな夜だ。
何かが動く音一つしやしない。
少しだけ冷えた空気が肌から温度を奪い、それが何処となく気持ちの良い夜。


「なぁ、リース。また――家族が増えたぞ」


あれから何年たったのかな。多分100年は堅いだろう。
そうあいつを育ててから100年以上が経っている。ならば人でしかないあいつは町がいなくもう死んでいる。
町へと侵略する敵をたった一人で退けたリースはひとの噂を通して伝わり、今では伝説の一つとしてあいつが住んでいた地域では語り継がれている。
そんな自慢の弟子兼息子のリースへと報告を兼ねて俺は酒びんを空に掲げている。

日も沈みきらめく星は現代とは比べ物にならないような光を放つ。
その中のどれかがリースだろう。
あいつは死んだら星になるなんて俺が言ったせいでそう信じていた。さすがに大人になってからは信じていなかったが……ロマンチックですね、そう言ったあいつの顔は今でも思い出せる。あいつならきっと星になっているはずさ。

掲げていた酒瓶をあおって一気に飲み干す。
俺は龍ゆえにこの程度の酒では全く酔わない。
それでもこういう時には酒がいいような気がしたから酒を飲む。

ぷはぁ、と止めていた息を再開。口の中に酒の甘みが少しだけ残った。

「あいつが家の家族になったら、今度は長女かな? そうなると一応お前の妹ってことになるな。そんで頼みがあるんだけどよ……」

もう一度酒をあおるように飲む。
口に入り喉を通った酒は独特のカッとなる熱さを俺に与える。だがまだ暑いこの季節でもその熱さは嫌じゃなかった。
耳をつく虫や木々のすれる音。
それを俺は聞きながら空に満ちる幾多の星、その中にいるだろう息子へと声を紡ぐ。

「たまにでいいんだ。妹のことを――見守ってやってくれよ」

俺の声が空へ響く。
……きっと届いたよな。

それから俺はずっと空を見上げていた。

しかし――


「あなたー! お風呂がちょっとぬるくなっちゃったのーー! あっためてくれるーー!?」


と家庭内ピラミッドの頂点からお呼びの声がかかった。
はいよーと返事をしながら思う。これじゃまるで女王に尽くす働きアリのようだなって。

だが同時に思うのだ。
あいつらの笑顔のためなら喜んで、と。

だから俺はせっせと尽くすべき二人のもとへと走っていったのだった。






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ユートは間違いなく近い将来に家庭内ピラミッドの底辺へと落ちますwww




さて皆さんこんにちは。作者の観光です。


ここで重要なお知らせ。
昨日も言った通り、反逆者コーヒーの手で私のPCが破壊。
ためてあったゲームも粉砕。
俺の涙腺も崩壊。

明日投稿予定の17話――《消去されました》。


というわけで明日の投稿はなしです。
一度書いたので早いとは思いますが、新しいPCを買うまで少しお待ちください。




では最後に。

サービス精神にあふれる私はとうとう今までもらってきたリクエストの放出を始める!
さぁ恐れるがいい。
エヴァという破壊兵器の威力を!!



ファーストインパクトォォォオオ!!!




以上でこの場を失礼させていただきます。


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