三つ首の魔獣ケルベロスの鋭い爪が、俺の肩を浅く抉った。
体に走る鈍い痛みに顔をしかめるも、ケルベロスが振り下ろした爪でもう一度攻撃を仕掛ける前に俺は大きく後ろに跳ぶ。
「はっ…………」
大きく息を吐き、無理やり息を整える。
四足獣型の魔獣との戦いに慣れているとはいえ、こいつは別格だ。一瞬でも気を抜けばやられる。
現に抉られた肩からは血があふれだしていく。もう少し深ければ動脈を傷つけられ俺は死の危機に扮していただろう。
突きつけられた死の予感に鼓動の速さが天井知らずにあがっていく。
痛いほどに鳴る鼓動を抑えようともう一度深く深呼吸をするが、相手は待ってくれない。
肩に怪我をした今が好機と判断したケルベロスが大きく息を吸った。同時にケルベロスの体の中で魔力が高まっていく。
火炎の息《フレアブレス》だ。放たれた炎はかなりの広範囲に広がるため避けるのは困難である。
上位の魔物であるケルベロスの火炎の息を俺が食らえば、一瞬で骨まで炭化するだろう。
「……きたっ」
だが、俺もこの攻撃を待っていたのだ。
俊敏な動きと鋭利な爪を持つケルベロスが唯一足を止めるこのときだけが俺が有効な攻撃が出来るのだ。
ケルベロスが火炎の息を吐く瞬間、足に魔力を集中し大きく踏み出し、瞬動と呼ばれる技術を用いて移動する。火炎の息に集中していたケルベロスの目には俺が消えたように写っただろう。しかし相手はケルベロスである。三つの首のひとつが見失おうとも、残りの首は見失わなかった。
他の首と意識の共有を行っているのか、すぐさま火炎の息の方向を修正し放出する。
「当たるかっ」
これまでの経験からこのくらいはするだろうと予想していた俺はすぐに身を捻りかわす。火炎の息は扇状に広がる範囲系攻撃のため、瞬動で接近していた俺がかわすのはそう難しいことではなかった。
回避しながら懐にもぐりこむと、全力で肉体強化を施しケルベロスの右足をつかみ、その巨体を持ち上げた。
「うおりゃあああっ!」
掛け声とともにケルベロスを地面に叩きつける。地面には蜘蛛の巣状のひびが走り、ケルベロスは衝撃で肺から空気が抜ける。
肺から空気がなくなることで一瞬脳が酸欠となり、その身を常に覆っていた魔法障壁が消える。
攻撃力に乏しい俺は魔法障壁を破ることが出来ない。ゆえにこの瞬間をずっと待っていたのだ。
肉体強化を解き、左手に魔力を集め、風に変える。
変化した魔力を圧縮、研ぎ澄ましていく。何者も切り裂く刀を脳裏にイメージする。
すると圧縮された風は刀状へ変化した。
「……せあっ!」
裂ぱくの気合を込め俺は半透明の風の刀を、頭のひとつに振り下ろした。
風の刃は黒い鱗を引き裂き頭蓋を割り脳を抉る。飛び散る赤い血液とともに、鈍い悲鳴が上がった。
ひとつの頭をつぶされたことに怒り、残りの二つの頭が俺を睨み左足で俺を払おうとする。
しかし俺の攻撃は止まらない。
俺は一歩踏み出し風の刃を切り口からさらに奥へ突き刺した後、後方へと瞬動。左足による振り払いをかわす。
ケルベロスはすぐさま立ち上がり魔法障壁を展開するがもう遅い。
俺は体内の奥まで刺さった風の刃を開放する。大量の空気が圧縮された風の刀が開放されたことによりケルベロスの体の中を風が荒れ狂う。
体内から魔法で切り裂かれケルベロスは長い断末魔の叫びをあげ、地面に崩れ落ちた。
ケルベロスが死んだことを遠目にしっかりと確かめたあと、息を吐き地面に体をなげだした。
突然の強敵との戦闘による疲労感と肩の痛みが昇ってきて立っていられなくなったのだ。
ふと気が付けば日も沈みかけている。そろそろ帰らなければ夜行性の魔獣との戦闘になってしまうかもしれない。
肩の怪我がある状態でそれは避けたい。
「…………帰るか」
周りに人がいるわけでは無いが俺はつぶやいた。
一人で行動するというのは存外さびしいものでいつの間にか言葉を話すときがあるのだ。
俺はこれだけの大物なら一ヶ月は大丈夫だろうと思いながら、ケルベロスを背負う。
ケルベロスの肉はうまいのだ。
夕暮れ時の今なら、帰ればご飯を作っているだろう。そこでこいつを見せればどんな反応をしてくれるかなと夢想しながら帰路へとついた。
ここは千塔の都オスティアの地上郊外の森であり、この世界は正真正銘、魔法に彩られた魔法世界《ムンドゥス・マギクス》である。
千鶴と俺の逆行物語 プロローグ
全長6メートル近くあるケルベロスを引きずるように運ぶこと30分。遠目にだが煙があがっているのが見えた。予想通り晩御飯を作っているのだろう。そう思うと歩みも速くなる。
五分ほど歩くと、木造のこじんまりとした家が見えてくる。ログハウスのような景観をした建物からは食欲をそそるにおいが漂ってくる。
さすがに家の中にケルベロスの死体を入れるわけに行かないので玄関の前におき、中へと入る。
「ただいま。」
中に入ると、まずリビングが見える。いつも思うがここは実に居心地のよさそうな雰囲気がある。きっと彼女の趣味がいいのだろう。
彼女はどこにいるのかと探せば、となりのキッチンからトントンと包丁を使う音が、かすかなメロディと共に聞こえる。
また鼻歌を歌いながら料理をしているのだろう。手を切らなければいいんだけどな、と取り留めのないことを考えながらキッチンへと向かう。
リビングとキッチンを分けるすだれをくぐるとそこに笑顔の彼女がいた。
「あら、おかえりなさい。」
赤色の膝元まで伸びた長い髪と黒い瞳の中には知性的な光が宿っている。左目の下にはほくろがひとつ付き、彼女の母性的な雰囲気にアクセントを加えている。
黒色の長袖と膝下丈のスカート、その上にうすい黄色のエプロンを着たさまはまさに主婦である。
俺を笑顔と共に出迎えてくれた彼女の名は那波千鶴。
髪を翻し振り返った千鶴は、俺の肩の傷を見ると繭をひそめた。
「……ユートが怪我をするなんて珍しいわね。今日はいったい何と戦ったのかしら?」
一旦料理の手を止め、エプロンのポケットから杖を取りだし、ふふふと笑いながら近づいてくる。
「プラ・クテ・ビギナル。治癒《クーラ》」
肩に治癒呪文がかけられ肉体が活性化、ゆっくりと傷がふさがっていく。
心地よい暖かさに包まれるのを感じながら、ふとこの生活が始まった理由を思い出していた。
今はもう遠い記憶のなか、全てが変わってしまったあの日を。
もともと俺――内田優斗(ウチダユウト)は普通の学生だった。
家では家族と過ごし、気の置けない友達とバカやって笑い、進路に悩んだりする普通の学生。それが俺だった。
それでも変化は突然俺の目の前に現れた。
学校から帰る途中、決められた通学路を歩いていたそのとき、俺は突然見知れぬ場所にいた。
本当に突然だった。
友達と話していたはずなのに、一歩踏み出せばまったく違う風景の街中にいたんだ。
あの時の衝撃は今でも覚えてる。当時中学生だった俺は突然の超常現象にパニックになって、回りの人にここは何処だと聞き回った。
答えは一様に、麻帆良学園。聞いたことの無い地名だと言えば、ありえない、世界有数の学園都市だぞと返される始末。
ここで俺の困惑は最大値に。
俺はただがむしゃらに走り回った。夢であってほしくて。全力で走ればこの現実から逃れるような気がして。走り続けた。
でも走っても走っても元には戻らなくて、目の前が真っ暗になる。
そのときだよ。俺が千鶴に出会ったのは。
川原の土手に倒れこんでいた俺に、
「だいじょうぶですか?」
声をかけてきたんだ。
「落ち込んでいるときは、おいしいものを食べるに限るわ。これボランティアの手伝いで作りすぎちゃったの、よければどうぞ。」
千鶴の手に握られていたのは、ひとつのおにぎり。それを差し出してくる。
俺は不覚にも涙を流していた。
だってそうだろう? 見ず知らずの人が土手でうなだれてるからって、中学生の彼女が慰めにきたんだぞ?
他の人なら見てみぬふりをするはずなのに。
同情でも憐憫でも好奇心でもなく、慈しみの心からの笑顔で差し出す彼女が俺には輝いて見えたんだ。
そうして俺は彼女に恋をした。
それからどうにか学園の好意によってすむ所が用意され、落ち着いた頃にここがネギまの世界だと気が付いたが、原作にかかわろうなんて微塵も考えなかった。
魔法を使ってみたいとか、ロリ吸血鬼ハァハァとか、原作ブレイクとかそんなことよりも、当時名前も知らないあの子のほうが俺にとって大事だったのだ。
毎日放課後に彼女を探して東奔西走。彼女が保育園のボランティアをしていることがわかれば俺も参加。遅くまで子供の相手をしている千鶴が帰る時間まで俺もボランティアに残り、わざと遠回りして一緒に帰った。朝の登校で会えれば、一日中顔が緩みっぱなしだった。いつ会ってもいいように制服にはのりが効いてたし、フリスクはいつも常備していた。
携帯の番号を交換した夜は那波千鶴の名前を何度もみてニヤニヤしたし、義理チョコをもらったときはうれしすぎて目の前で倒れたりもした。
少し鈍感な千鶴にアプローチを繰り返していく俺はまさに恋する青少年だったのだ。
もちろん原作だって始まってた。
ボランティアの帰りに千鶴から、かわいい子供の先生がきたのよ。と言われ、ああ原作が始まったんだな、なんて頭の片隅で考えたけどすぐ忘れた。
魔法が使えるようになったわけでも無い一般人の俺は原作に介入する気がなくなっていたからだ。
こちらに来てからは、家族もなく大変だが、目的もなく生きていた前の世界よりも充実していた。
それをわざわざ非日常に足を踏み入れて壊すなんてばかげてる。そんな考えが俺の頭の大部分を占めていたし、舞台のほとんどが女子高で、男子の俺が介入するのが難しいってのもあったんだが……
話を戻そう。
そうやってごくごく普通に過ごす日々が続くのだが、千鶴が好きな俺としては見逃せない出来事があった。そう、ヘルマン来襲だ。
どうやって防ごうかと頭を悩ませていたのだが、これはかなりあっさりと片付いてしまった。
嵐の日に来るとわかっていたので雨の強い日に女子寮の前に張っていたのだが、どうやら日にちを間違えていたらしく、その後40度の高熱を出して倒れてしまったのだ。
俺が倒れている間にヘルマンは来襲。結果何も出来なかったというわけだ。
まぁ、いても小太郎を俺が預かるくらいしか出来なかったとは思うが……
あとで話を聞いて歯がゆい思いをしたが、怪我がなかったのでよしとしよう。そう割り切った。
これからはサブである千鶴が魔法関連に巻き込まれることは少ないのだから、と。
鈍感気味な千鶴へアプローチをかけるもまったく気が付いてないことに、業を煮やした夏美さんと委員長に告白しろと言われた俺は告白することを決意。
詳しいことは恥ずかしいので省かせてもらうが、俺は学園祭の最終日世界中の足元。超とネギの決戦を横目に見ながら、千鶴に告白した。
この熱い思いを~とかやたらと恥ずかしいことを口走ったが、OKの返事をもらい、ふたりで世界樹を眺めた。
大胆にも腕を組んでくるから顔が真っ赤になって、それをみて楽しそう顔をする千鶴。その笑顔がうれしくてうれしくてしかたない。俺の気分は天上までとどきそうな勢いだった。
だが最大の見せ場である世界樹の大発光が起きた時、俺は再び見知らぬ場所にいた。今度は隣に千鶴を連れて。
そうして―――俺と千鶴の物語は始まった。
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あとがき
ノリで書いてみた。
というか本命のほうが煮詰まった時に気分転換で書いてたらめっちゃたまってた。だいたいこれと同じのが六話分くらい。
個人的に母性にあふれるヒロインに萌える人向けだと思ふ。
膝枕とか大好きな人この指とまれ♪
ボインが好きな人は……言わなくてもわかるよね?
全世界の千鶴スキーの皆様。続きを読みたいと思ってもらえましたら感想のほうへ。
以上でこの場を失礼させていただきます。