震災対策を歪める訓練―自衛隊主導で主客転倒した「みちのくALERT2008」 [2008年11月02日(日)]
10月31日から2日間、岩手県と宮城県の24自治体にまたがって78ヶ所で行われた陸上自衛隊東北方面隊の震災対処訓練は、参加人員が約1万6千人という過去に例を見ない規模でした。軍事訓練の側面をもつ主客転倒の震災訓練で、自治体の防災担当者からは「違和感がある」という声がありました。
石巻市の北上川河川敷で31日の午後に実施された「倒壊家屋からの救出」訓練では、倒壊した家屋で救出を待っている人を横目に、第20普通科連隊は、横一線に並んで倒壊家屋がある地域を警戒しながら歩く行動をとりました(写真 下)。見学していた市民の質問に、自衛隊員は、「あれは、敵が残存していないかどうかを確認しているんです」と説明。別の自衛隊員は、「数日前からこの地域に入っていますが、草地に敵の狙撃兵が隠れていないかを確認する掃討の一環。我々はあくまで自衛隊なので」と話していました。倒壊家屋の壁をカッターで切り開き、取り残された人を救出する活動は、その後でした。 訓練を見守っていた、兵役経験のある旧河北町在住の男性(82歳)は、「あれでは救出を待っている人は死んでしまう。やっぱり、こういうことは、兵隊さんがやることじゃあない」と、話していました。 北上川にかかっている飯野川橋が地震で崩壊したという想定で、応急架橋の訓練が行われました(写真 下)。現場の自衛隊員は、「通常の訓練では夜間の作業は暗闇でやりますが、今回は震災対策ということなので、照明をつけるところが違うだけです」と、あくまで軍事訓練の一環だという立場でした。 大規模地震災害が発生した場合、国と地方の行政機関は消防力や警察力を総動員して防災体制を確立しなければならず、平素から防災訓練に力を入れることも、当然のことです。ところが、歴代の自民党政治の怠慢により消防力など防災体制は不十分なままです。したがって、その能力を超える震災があった緊急時に、自衛隊に出動を要請することは国民の命と安全を守り被災地の復旧を助ける上で必要なことです。 しかし、自衛隊は憲法に違反して作られた軍隊であり、防災を本来の任務にはしていません。災害出動にあたっては、シビリアンコントロールが貫かれなければならないことは、言うまでもありません。現行の法制度の下では、都道府県知事等が災害の状況を全般的に把握できる立場にあるため、自衛隊法の制定時に自衛隊の災害出動にあたっては知事等の要請を受けることが原則と定められました。 ところが自衛隊は、震災時などの出動にあたっては、それを治安出動として想定して訓練にあたってきた歴史をもっています。有事法制が浮上した1978年、当時の福田赳夫首相が「(防災出動が)治安出動のときの多少の訓練になるという副次的な効果が出てきてどこが悪いのか」(1978年4月25日、衆議院災害対策特別委員会)と、重大な答弁をしています。 加えて自衛隊は近年、震災対処訓練を全国各地で企画し、自治体等に参加と協力を要請するようになっています。今回の「みちのくALERT2008」は図上演習ではなく、陸上自衛隊東北方面総監部が主催する初めての実働訓練で、しかも宮城・岩手の両県にまたがる過去に例のない規模であることが特徴でした。 初動体制に不可欠の災害発生時の被害状況調査は、災害対策を担う自治体が、消防、警察を総動員して行いますが、今回の訓練ではほとんどが自衛隊ヘリでした。災害時の避難・救援は、自治体・防災関係機関・住民との連携がもっとも必要とされるのに、肝心の消防が脇役に押しやられ、訓練の中には自衛隊だけによる倒壊家屋からの救助や傷病者の搬送もありました。阪神・淡路大震災は、消防・消火と人命救助こそ、震災対策の初動として決定的に重要だという教訓を残しましたが、これがまったく無視されて自衛隊の出動と訓練が最優先されていました。本来の震災対処訓練は、消防力の不足等を点検し、その改善・向上を進める絶好の機会にしなければなりませんが、そのような教訓がでてくることはまったく期待できません。 とくに、災害対応や防災訓練の中心でなければならない県当局が、自衛隊主導の今回の震災対処訓練については、自衛隊から知らされてその概要を把握するという状態に置かれました。これは、主客転倒の訓練が引き起こした大きな問題です。 もともと自衛隊は被災現場からの救出や救助の専門集団ではなく、訓練を企画し震災対策の主役をつとめようとすることは筋違いです。今回の震災対処訓練は、地域住民の命と安全を守る本来の防災訓練とは違う方向に陸上自衛隊が進んでいるのではないかと、危惧させるものになっています。 災害対策訓練は、自治体主導で行うべきです。 ◎陸上自衛隊東北方面総監部が公表した震災対処訓練「みちのくALERT 2008」の概要 参加人員は自衛隊が9,839名(陸上自衛隊東北方面隊の統裁部2,041名、演習部隊7,637名、統幕等3名、陸自の他方面隊70名、海上自衛隊71名、航空自衛隊17名)、防災関係機関が約210名、地方自治体と住民が約5,700名で、計1万6千名。 車両は2,290両(東北方面隊2,068両、他方面隊38両、防災関係機関20両、地方自治体約160両)、航空機43機(東北方面隊26機、他方面隊7機、航空自衛隊4機、防災関係機関3機、地方自治体3機)、艦船7隻(海上自衛隊2隻、防災関係機関2隻、地方自治体5隻)。 |