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冷たい避難所で眠れぬ夜。家や財産を失った被災者の胸にのしかかってくる不安は、これからの人生をどこでどう立て直すか、ではないか。政治の場で「復興」を巡る議論が始まった。港[記事全文]
肺がん治療薬イレッサの副作用被害をめぐる裁判で、東京地裁は製薬企業と国の双方に損害賠償を命じた。最大の注目点だった国の責任について、判決はこう指摘している。[記事全文]
冷たい避難所で眠れぬ夜。家や財産を失った被災者の胸にのしかかってくる不安は、これからの人生をどこでどう立て直すか、ではないか。
政治の場で「復興」を巡る議論が始まった。港湾や道路といったインフラや公共施設の修復、日本経済を再び浮揚させることだけが、復興ではない。何よりも被災者の生活の再建が、その柱でなければならない。
日本では長らく、災害に遭った人の生活、特に壊れた住宅の復旧は「自力で」という考えが支配的だった。
阪神大震災後、多くの被災者が住宅の二重ローンに苦しんだ。1998年に被災者生活再建支援法ができたが、支給金は当初、住宅再建に使えなかった。全壊の場合に最高300万円、使い道を定めず受け取れるようになったのは、07年の法改正からだ。
この法律による支援は、半分は都道府県が持ち寄った基金を取り崩し、あと半分を国が補助する形だ。ところが基金の残高は540億円。今回の被災戸数は10万を超すといわれる。お金は早晩底をつく。
津波被災地では家々が並ぶ街ごとそっくり流された。人々の喪失感は大きい。地震保険の加入率も1〜3割と高くない。被災者が将来への一歩を踏み出せるよう、早い段階でのまとまった現金の支援は必須だ。
ではどこに住むか――。被災者はもう一つの重い現実に突き当たる。
津波にのみ込まれた海岸に、再び居を構えようという人は少ないだろう。山が迫る湾沿いに、残った土地は少ない。港近くの高台への住宅移転を検討する市もある。土地の権利調整という難題もある。行政と商業施設を一緒に移さねばならない街もあろう。
高齢化が進む地域でもある。再建の余力のない世帯は、復興公営住宅に入ってもらう形になるかもしれない。孤立する人が出ないよう、住民のきずなを維持する工夫も必要だ。
街づくりとともに、なりわいの復興は難しい課題だ。漁港も養殖場も工場も甚大な被害を受けた。すべての復旧はかなわない。産業施設をある程度集約し、災害に強い、活気のある海洋都市を目指すしかない。
市外、県外を含む避難生活から、仮設住宅を経て、自立まで。将来を見通せなければ、ふるさとに見切りをつける人、集落ごと転出を選ぶ例も出てこよう。長い、険しい道のりが続く。
政府がすべきことは何か。
自治体と知恵を絞り、生活や住環境の再建を支援する財源をきちんと用意する。前例にとらわれず、被災地・被災者の事情にあった制度を整える。その上でどんな街を再生し、暮らしを落ち着かせるか。被災者自身が復興の道筋を話し合い、絵を描き、選択できるよう、明かりをともし続けることだ。
肺がん治療薬イレッサの副作用被害をめぐる裁判で、東京地裁は製薬企業と国の双方に損害賠償を命じた。
最大の注目点だった国の責任について、判決はこう指摘している。
販売を承認した際、死に至る副作用があることを国は認識していた。医師向け文書にそのことを記載するよう企業に行政指導はしたが、目立たぬ表記にとどまった。もっと明確に記載させるべきで、国には権限を適切に行使しなかった違法がある――。
先月の大阪地裁判決が、国の対応を「必ずしも万全ではなかったが、違法とまではいえない」としたのに対し、大きく踏み込んだ判断といえる。
東京地裁は「営利企業が不利な情報を進んで記載することは十分には期待できない」とも述べ、だからこそ国の役割は重要だとした。残念だが「患者よりも利益」という体質は、過去の薬害企業に共通する。そういう現実がある以上、国民を健康被害から守れるのは政府をおいてほかにない。
過失ありとされたことに反発し戸惑うよりも、判決の根底にある薬事行政への期待をこそ、この仕事に関わる人はしっかり受け止めて欲しい。
二つの地裁判決を受けて今後どうするのが公の利益にかなうか、関係者は考えなければならない。
高裁に舞台を移して引き続き争う道はある。だが、そこからどれほどの収穫を得ることができるだろう。
例えば患者側は、承認時だけでなく販売開始後の政府の措置にも問題があったと訴えてきた。ところが東京地裁はこの点について判断しなかった。
そこまで立ち入らなくても判決の結論に変わりはないためで、司法の世界ではよくある話だ。とはいえ、一連の経緯の解明と再発防止という観点に立つと中途半端で、裁判手続きの限界を感じざるを得ない。
大切なのは、情報を共有し、場合によっては責任論を一部棚上げにしてでも、実際に何があったのか、どのような限界があり、何を誤ったのかをはっきりさせることではないか。
それが、副作用被害を受けた人やその家族に対する答えになるし、現にイレッサを服用して効果をあげている患者の安心にもつながる。
私たちはかねて患者、国、企業の三者が和解のテーブルに着いて早期解決を図るべきだと主張してきた。そのうえで検証作業に取り組み、あわせて、がん治療薬を対象外にしている健康被害救済制度の見直しなどの政策課題について議論を交わせばいい。
薬効への期待が先行し、危険情報が医療現場に正しく伝わらなかったことがイレッサ禍を大きくした。薬害にとどまらず、行政、企業、市民が、それぞれの立場それぞれの局面で、ともにくむべき教訓があるように思う。