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第38話
 ヴィータとなつきが公園でたい焼きを食べている頃。彼女達が暮らす世界とは別の世界、その間にある狭間、次元空間と呼ぶその海に浮かぶ船、アースラの船内で、時空管理局執務官クロノ・ハラオウンとその執務官補であるエイミィ・リミエッタは、昨日得られた、白い魔導士高町なのはと、黒い魔導士フェイト・テスタロッサの映像とデータを見ながら、彼女達に関する事柄と、今度の方針に関して話し合っている真っ最中であった。

 二人の見ている、なのはとフェイトの映像には、アースラのメインフレームによって解析されたデータが映し出されている。

 「すごいな……これは」

 はじき出された二人の魔力測定値、その数値データを見てクロノは感嘆のため息を漏らすしかなかった。

 彼女達の持つ魔力量、それは管理局と呼ばれる組織が統括する次元世界の全てで統計データを取ったとしても、ほんの一握りしか、持つものはいないであろう絶対量。

 エイミィはその結果を見て素直に、驚きの声を上げてみせる。

 「本当に凄いよ、この子達。二人とも少なく見積もってみてもAAAクラスの魔導士だよぉ!いるところにはいるもんだねぇ」

 「ああ……」

 本当に、こんな管理外世界の……文明レベルはともかく、魔法技術においては辺境世界に……これほどの逸材が隠れているとは。少なくとも二人も!

 「二人とも、クロノ君の好みっぽい可愛い子だし!」

 冗談めかして言うエイミィにクロノは窘める様に言う。

 「エイミィ!」

 「あれぇ、こういった女の子、嫌いじゃないでしょ?」

 「そんな事はどうでもいいんだよ!」

 「あれれれ、それとも、なつきちゃんみたいなタイプが好みかな?」

 にしししし、と、なつき達との別れ際に、なつきがクロノの手を握り締め、名残惜しそうにしていた事、そしてクロノがそんなナツキに顔を赤くしてしどろもどろになっていた事を思い出すエイミィ。

 もちろん、クロノの母親でこの船の艦長でもあるリンディと二人でその光景を『暖かく』見守っていたのは言うまでもない。

 「な、な、なっ!何を馬鹿な事を!そんなどうでもいいことを言っていないで、さっさと彼女達の解析結果を教えないか!」

 ちょっと照れたように、エイミィの言う事を咎めるクロノ。

 「あははーこのー照れちゃってぇ!」

 「だから、違うと言っているだろ!」

 けらけらと笑うエイミィに激しく誤解されているクロノ。

 しかし、周囲に彼ら二人以外の人間がいないからといって、少しばかり気安すぎはしないだろうか?

 少なくとも、二人の関係は執務官とその補佐役である執務官補である。まだ歳若い男女であるからといっても、少々二人の関係が親しすぎるような気はしないだろうか。

 別にそこは周囲の人間もこの二人の関係……昔からの知り合い、所謂幼馴染である事を知っているし、ある意味家庭的な雰囲気を重視する傾向にあるアースラのスタッフである。この場に誰か別の人間がいたとしても、この二人を咎めるようなことはしないだろう。もっと公式な場では、二人もちゃんと立場をわきまえるだけの分別は持っている。エイミィはいささか、その辺りは緩めの気性の持ち主だが、クロノはその辺、非常に固い。石頭であるといっても過言ではない。だから、エイミィや、あるいはこの先なつきに散々にからかわれることになるのだが。

 だから、慌てて言いつくろうクロノの様子に、幾許かは年上であるエイミィはお姉さんぶって見せているのである。実際に小さな頃は『お姉ちゃん』といいながら、彼女の後ろを小さなクロノがついて回っていたのだが、エイミィにとっては、実に話のネタにしやすい、セピア色の思い出であり、クロノにとっては、塗りつぶしたい……照れ隠しではあるのだが……黒歴史である。

 しかしながら、このままクロノをからかっているのは、確かにエイミィにとっては、心が躍る事なのだが、仕事もおろそかにする訳にはいかないのもまた事実である。

 「まぁ、クロノ君をからかうのは、また今度に取っておくとしてぇ」

 「やめてくれないか……」
 
 げっそりと肩を落とすクロノにくすりと笑みを浮かべてみせて、アースラ所属執務官補のエイミィは二人の魔導士の魔力量の解析結果を上官である執務官に報告をした。

 だからと言って、言葉遣いを改めようとはしないのが彼女らしいところであるのだが。

 「二人の魔力、なのはちゃんのほうは平均で127万、黒い服の子は同じく143万、最大発揮時はさらにその3倍以上。クロノ君に比較して、魔力だけなら、上回っちゃっているねぇ」

 「魔力だけが魔導士の実力じゃないだろう。状況にあわせた応用力と的確に使用できる判断力だろう?」

 「それはもちろん!信頼しているよ、アースラの切り札、クロノハラオウン執務官殿!」

 「むぅ」

 「それから、もう一人。クロノ君の気になるあの子、なつきちゃんの方だね」

 「だから違うといっているだろう!」

 エイミィがコンソールパネルを叩くと、画面が切り替わり、なつきの姿が映し出される。どうやら、アースラに到着した時の映像らしく、きょろきょろと周囲を見回している。そして、ふと気がつくと、視線をモニターにあわせて、にこっと笑みを浮かべると、右手でVサインを作ってみせた。

 明らかに、こちらが、彼女を撮影していることに気がついている行動である。黙って撮影用のサーチャーを待機させておいた事はあれだけど、こうもたやすく見破られるとは。勿論、この映像は録画であり、会談時には、その事を彼女はわざわざ指摘はしてこなかった。

 後で、何か文句を言われるかもしれない事は、覚悟をしておいたほうがいいだろうか。

 「しかし、気がつかれていたようだな」

 「あはは!とりあえず、あの子の魔力の平均はおおよそ15万。クラスでいけばDからいってCかな。まぁ、魔導士自体が貴重な存在と言うのを仮においておくとするならば、極々平凡な能力の持ち主だねぇ」

 どこにでもいると言っては語弊はあるが、管理局内の魔導士としては平均以下のレベル。戦闘魔導士になるのであれば、ぎりぎりのライン。だからと言って、先のクロノの言葉通り、その事が彼女の実力であるとは限らない。

 少なくとも、魔導士としての才能は、クロノの指摘するとおり、その魔力運用にある。確かに魔力量の絶対量に重きをおく風潮は特に此処最近見られるが、その実力は魔力の量だけではない。確かに、判断材料の大きな指針である事はクロノも否定はしないのだが。

 「ああ、でも、問題は二つある」

 「うん、まずは、あの黒い服の女の子と、彼女の関係かな」

 「そうだな」

 クロノがエイミィの隣に立ちコンソールを叩くと、なつきの姿の映像の横にフェイトの姿の映像が現れた。

 「うーん、どう見てもそっくりだねぇ。姉妹かな」

 「姉妹か、あるいは近しい血縁関係にあるのか」

 「でも、なつきちゃんは、彼女のことを友達だと言っていたんでしょ?」

 「はっきりとは聞こえなかったがな。でも、彼女の友人であるところのなのはと、黒い服の子の方は対立しているようだがね」

 「謎だねぇ。複雑だねぇ。まぁ、その事は、なつきちゃんがアースラに来てから聞いてみるしかないんじゃない?」

 ふむ、とクロノは顎をなでる。

 確かに、なつきはアースラに協力的な姿勢をみせている。白い魔導士の少女なのはや、ユーノと言うスクライア一族の少年も恐らくは彼女の意に従うものと思われる。ならばこそ彼女の真意はどこにあるのか知りたい気もするが。

 あるいは、あの黒い服の少女と内通していて、アースラに不利になるような行動をとるということも考えられなくもないが。状況的に見てあの少女もロストロギアを捜索しているようだし、おそらく管理局とも対立することになるだろう。

 そんな状況下で、なつきという不審人物を、アースラに引き入れて大丈夫だろうか、獅子身中の虫にはならないだろうか。

 ただ、それは、ありえないと、奇妙なことにそう思う自分がいるのも確かである。執務官である以上、そんなあやふやな勘に頼って仕事をする訳にはいかない。しかしながら、そう信じさせる何かが、彼女にはあった。

 状況的に見ればなつきと言う少女の存在は限りなく不審者に近いのだが、それでも、『ありえない』。そう思ってしまうクロノも、自分自身を不思議に思ってしまう。

 「それはともかく」

 こほんと咳払いをし、もう一つの案件を口にする。

 「そうだね、もう一つは……彼女って一体何だろう」

 「何か……か。確かにおかしな言い方であり、疑問点だけど、彼女の場合はそれ以外に表現がしようがない」

 「そうだよね。まず、彼女の現場への登場の仕方なんだけど」

 「魔力の反応の欠片もなく突然現れた。あるいはサーチャーの探知範囲外から『落下』してきたのか」

 「その割には、彼女飛行魔法をまったく展開していなかったよねぇ」

 「だから、僕は『落下』だと言っただろう?彼女は僕にぶつかる直前まで、あるいは僕にぶつからなかったとしても、飛行魔法を使っただろうか?」

 「それって、わざと使わなかったって言うこと?」

 「もしくは『使えなかった』という事か」

 そのクロノの言葉にエイミィは、半分肯定、半分否定の気持ちである。

 「確かに、なつきちゃんの魔力量だと、高度な飛行魔法、なのはちゃんや、あの女の子……めんどくさいな、確か『フェイト』ちゃんだっけ?みたいな飛行魔法を使うことはできないと思うけど」

 「いや、あの飛行魔法は僕でもそうそう使うわけにはいかないよ」と、苦笑を漏らす。それほどまでになのは達の飛行魔法のレベルは高い。

 なのは達のそれは、AAAクラスの高密度な魔力量にものを言わせたロケットのエンジンの様なものだろうか。もちろんその制御には高度な技量が必要とされるのだが、それはさておき、なのはのそれをロケットエンジンとするならば、なつきの魔力量は蒸気エンジンのようなものであった。

 クロノの魔法は比較で言うならばジェットエンジンのようなもの。

 「でもさ、だとすると、なんで空から落ちてきたんだろうねぇ。彼女の体格からすれば、クロノ君にぶつかってくる直前の落下速度からすれば、最低1000mは上空から落ちてこないと。空も飛べない彼女がそんなところにいけるかな?」

 「あるいは転移魔法か」

 「でも、転移魔法の方がもっと高度な魔法だよ?まぁ、転移先のポイントや魔力のバックアップができているならば、術式そのものは規格化されているから、よっぽどの事がない限りは失敗しないけどね」

 だから、アースラの武装隊チーム等はアースラの魔導炉のバックアップを受けて、転移先をアースラのメインフレームが計算して転移を行なう。

 「それに、空を飛べないんじゃ、あんな場所に放り出されるのは、無茶だってことぐらい誰だってわかりそうなものだよね」

 「転移事故と言う可能性もゼロと言う訳ではない」

 「うーん、クロノ君が推測で物事を言うのはとっても珍しいことだから、そこんところ、いぢってみたい気もするけど、それも確率的には低いんじゃないかな」

 実は、クロノの憶測が一番近いのだが、確かに、少しでも考えを巡らせば、それが如何に無茶であるかは簡単に想像がつく。

 「それに、彼女の魔力は本当に、Dクラスなのか」

 「なになに?ほんとうはなのはちゃんたちよりももっと凄い魔導士の可能性があるって言うこと?」

 ある意味それは事実であり、大いなる誤解と言う奴である。

 「先に起こった次元震、少なくとも次元災害級のあの次元震を押さえ込んだのが彼女の可能性がある。彼女もそれを完全には否定していない。そうなると……」

 「ふんふん、だとすると、なつきちゃんは、最低でもSランク位の魔導士の可能性もあるねぇ」

 「わからんがね。まぁ、今は……」

 クロノとしては、民間人がこの事件に関わるのは、あまり好ましくはない。

 しかし、彼女達がジュエルシードの探索の協力的な姿勢を見せている以上、リンディも、あの少将殿も、その協力を拒むことはないだろう。むしろあの少将殿はそれを望んでいるように思われる。内心どういうつもりかは図りかねるが。

 そして、今回、少なくとも、彼女達に協力を要請したのは、管理局の側だ。色々と思うところはあるが、頭を下げたのはこちら側である。今は、その事を考えても仕方がない。頭の痛い事態ではあるが……とクロノはため息をついた。

 「あれぇ、あんまりため息ばかりついていると、小さな幸せから逃げていっちゃうそうだよ?」

 「そうだ?」

 なつきちゃんがそんなことを言っていたよ、とエイミィはにこっと笑みを浮かべている。いつの間に、彼女と話をしていたのだろう、この執務官補は。

 まったく、この能天気な気性を少しは分けて欲しいものだと、もう一度ため息をつくクロノであった。




 そんな風にクロノがため息をつき、エイミィが、そんなクロノを見てけらけらと笑っていると、ミーティングルームの扉が開いた。

 二人が、背後をうかがうと、私服姿のリンディが扉の前に立っていた。

 時間的には、就寝前の休憩時間である。さすがに、こんな時間まで制服でいる必要があるわけでもなく、そもそもが、ここはクロノの執務官室兼私室にあるミーティングルームである。

 艦長室や執務官補室も隣接しており、彼女の姿を咎めるものなどいるはずもない。ちなみに、クロノとエイミィは、定時カンファレンスの終了後から、この打ち合わせをしている為、未だ制服姿である。

 立ち上がろうとしたクロノをリンディが片手で制する。

 「遅くまでご苦労様」

 「艦長もお疲れ様です」

 リンディは、二人の前に展開されているデータを覗き込み、ああと頷いた。

 「あの三人のデータね」

 「はい」

 「確かに、凄い子達ね」

 リンディもまた、データ画面に映し出された三人の、特になのはとフェイトの魔力を見て、眉をひそめた。

 その理由は、クロノも同じことを考えていたのであろう。リンディの言葉に小さく頷いた。

 「確かに、凄い魔力です。これだけの魔力がロストロギアに注ぎ込まれたのなら、次元震が発生したことも頷ける。そして……」

 「あの子たち、なのはさんやユーノ君、なつきさんがジュエルシードを集めている理由はわかったけど……」

 この部屋にいる三人の視線がフェイトのモニター画面に集中した。

 「こっちの子、確か名前は……」

 「フェイトちゃんですね」

 「そう、そのフェイトさんがジュエルシードを集める理由、それは何なのかしらね」

 「ずいぶんと必死な様子だった。何か余程強い目的があるのか……あるいは……」

 「目的……ね。まだ、小さな子よね」

 彼女が必死になっている姿を、その記録を、リンディは目を細めて見ている。

 「普通に育っていれば、まだ母親に甘えていたい年頃でしょうに……」

 その時のリンディの顔は、少なくとも、このアースラを率いる艦長のものではなく、クロノという一人の子供を育て上げた母親の憂いを帯びた顔であった。

 「それで、艦長、今後の対応はどうしますか」

 「そうね、とりあえず、なのはさんやなつきさんと合流した後、改めて、彼女達をいれて打ち合わせをしましょう。現地の土地勘があるのは、地元の彼女達でしょうし、ジュエルシードの特質やなんかはユーノ君のほうが詳しいでしょうし。それに……」

 「……」

 三人の視線は改めて一人の少女の映像に注がれた。

 「なつきさんには、色々と聞きたいことがあるし、何故だか、あの少将殿が彼女達に御執心みたいだし?」

 「……」

 僅かにクロノが眉を寄せた。うーん、とエイミィが人差し指をあごに当てながら首を傾げて見せた。

 「ヒューゴ・エクストレイル少将ですか。しかしそんな大物がなんでこんな辺境巡回任務中のアースラに乗り込んでくるんですかねぇ」

 「偶然、近くの管理世界にいて、あの次元震を観測したらしい」

 「でもでも、あの人って技術局の人でしょう?しかも、選りすぐりの超エリート官僚でしょう?そんな人がなんでって言う疑問を、私は思ったりなんかしちゃったりして?」

 「エイミィの疑問も最もね。でも、次元間にまたがる災害対策にあたるのなであれば、最低少将クラスの管理者あるいは責任者が必要な筈よ?」

 実際には、後方の空調のよく聞いた執務室でふんぞり返っているのが、その主たる仕事なのだが、それでも、必要不可欠である。

 「だったら、権限的にもリンディ艦長でも十分なんじゃぁ」

 リンディは提督である。彼女は艦隊司令として将官クラスの権限を保有しているのだ。たしかに、ヒューゴのほうが権限的には上位に位置する。だからと言って、こんな場所に乗り込んでくる必要もなく、そんな事をする人物であるとも聞いてはいない。どちらかと言えば、よくない噂を耳にするぐらいの人物である。何やら、裏があるのではないか。その事をエイミィは危惧している。

 だからと言って、ここで変に彼のことに探りを入れようとして、彼の心象を悪くしてしまい、現場指揮に悪影響を与えてしまってはいけない。

 「まぁ、彼の思惑はともかく、私達は、現場でできることをできる範囲でするしかない。そうでしょ、クロノ?」

 でも……彼のなのはや、特になつきを見たときのあの視線。まるで『便利なもの』を見たときのあの視線。それがリンディには気に入らなかった。

 しかし、今は、頭の片隅においておくしかない。エイミィやクロノにそれを言ってしまえば、あるいは、少将との関係がギクシャクするかもしれない。

 リンディは、顔では微笑を浮かべて心の中でため息をつく。それとなく、彼の動向に注意を払っておかねばなるまい。こういった腹芸は、やりたくはないが年長者である彼女があるしかあるまいと心に決めた。

 「そうですね、それでは現地時間の明日午後15:00。彼女達の合流時点で彼女達の受け入れを行ないます」

 「お願いね、クロノ。後エイミィ、あの子たちの受け入れ準備もよろしくね。部屋とか準備してあげないと」

 「そうですね、士官用の部屋が一部屋空いていますので、そこでいいでしょうか?」

 「そうね、お願い」

 「了解しましたー!」

 最敬礼をするエイミィに、使いどころが違うだろうと心の中でぼやくクロノであった。





 さて、時刻は現地時間、つまりは、地球日本某県の海鳴市基準の時間で17時前後。

 なつきとヴィータが公園で約束を交わし、別れた頃の事、高町家のなのはの家では、ユーノとなのはが、実際にはなのはだけな訳だが、唸り後をあげていた。

 「ねぇ、なのは」

 心配そうに声をかけるユーノの姿は、例によってフェレットである。

 「うーん、うーん」

 「なのは!」

 「うーん、うーん、うーん」

 「なのはってば!」

 「はっ!あ、どうしたのかな、ユーノ君」

 「どうしたの、じゃないよ!昨日、なつきと別れてからずーっと唸りっぱなしだけど、ほんとうに、どうかしたの、なのは?」

 「あ、えっと、たいしたことじゃないんだけど……」

 「そうなの?でも、もし心配な事があるんだったら、僕でよければ相談に乗るけど。ああ、もしかしたら、アースラの人達に協力するかどうかってこと?」

 「うーん、それもあるんだけど、どちらかと言えば、そっちの方は、なつきちゃんも協力するって言っていたから、もう決めていると言うか、ああ、勿論ユーノ君が嫌なら、ユーノ君の意見は尊重するんだけど。それでも、アースラの皆さんの協力のお願いを受けるんだったら、その事を、お父さんやお母さんにどう説明をしようかなーといったぐらいで、そっちの方はとりあえず、おいておいても言いかなーと思うぐらいには、いいというか」

 そんな重要な事おいておいていいんかい!となつきなら突っ込むんだろうなーと思いながらも、ユーノは、なのはの言葉の先を促した。即座にそんな風に思うようになったと言う事はだいぶユーノもなつきに汚染されていると言うか毒されていると言うか。

 「あのね、あのね!うん、どちらかと言えば、ユーノ君に関係のある事なんだ!」

 「あ、えと、僕?」

 フェレットの身体で器用に首を傾げて見せるユーノ。

 「あのさ……ユーノ君って人間の男の子だった……んだよね?」

 「あ、うん。えっと、改めてごめんね。結果的になのはには伝えられないままになっちゃってたけど」

 「ううん、その事は、いいの。それでね、ユーノ君って同い年位?」

 「たぶん、ね。あの、その。もしかして怒ってたり……する?そんなつもりじゃなかったんだけど、なんか、秘密にしてたみたいになっちゃって」

 「大丈夫、怒ってないよ。ちょっとびっくりはしちゃったけど、それだけだよ」

 「そっか。ごめん、それとありがとう」

 「本当はもうちょっと早くに聞きたかったんだけど、なつきちゃんがあんな風になっちゃって」

 なのはがさしているのは、アースラから帰ってきてすぐになつきの気分が悪くなった事をさしているのだろう。

 確かに、なのはがユーノに、彼の事を聞くタイミングを逃したのかもしれない。だから、一日うんうん唸っていたのだ。その事がユーノに心配をかけたみたいで、なのははユーノにぺこりと頭を下げた。

 「ごめんね、心配をかけたみたいで」

 「ああ、別にいいよ。僕もあの後、言い出すタイミングが取れなかったんだし」

 「うん、それとね、ユーノ君、これからもフェレットの姿でいるの?」

 「うん、普段はこっちの姿でいるほうが便利そうだしね」

 「そっか。うん、そうだね」

 にこりと笑みを浮かべるなのは。

 「そういえば、なつきちゃんって、ユーノ君が人間だって知ってもあんまり驚いていなかったよね。と、いうか最初から知っていたみたいな感じだったんだけど」

 なんでかなぁ、と、首をかしげるなのはに、ああそれは、と言いかけたユーノ。

 途端に、彼があの時、なつきに自分の姿をみせた時の記憶がよみがえる。彼女の唇の柔らかさとともに……。

 ぽんっとユーノの全身が赤くなる。

 だが、次の瞬間、彼の脳裏に、何故だか、とんでもない威力のピンク色の光を放つ魔法砲撃と、黄金色の稲妻を伴った攻撃魔法が、彼に向かって発射される光景が浮かんだ。

 その光景に、何故だか急に全身に震えが来た。

 がたがたぶるぶる、がたがたぶるぶる。

 「あれ、どうかした、ユーノ君?」

 「ア、アハハハハハハ。ナンデモナイデスヨ?」

 「そう?」

 フェレットの姿だからよくはわからないが、きっと顔面蒼白で震えるユーノの姿に、きょとんとするなのは。

 その時、「なのはーご飯よー」と彼女を呼ぶ、母親の声が階下から聞こえてきた。

 「はーい、今いきまーす!」

 桃子の声に元気な声でそう返事をして、なのははユーノに向けて手を伸ばした。

 がたがたぶるぶる、がたがたぶるぶる。

 「ユーノ君てば!」

 「あ、うん、ごめん。なんだっけ?」 

 彼は、器用にその手を伝ってなのはの肩に、彼の定位置によじ登る。

 「ご飯だって、いこっか、ユーノ君」

 「そっか、うん!」




 その夜からである。

 何故だか、彼が寝不足におちいるのは。

 後に彼はこう語る。

 おかしな夢を見るようになったと。

 その夢の内容は。

 彼はフェレット姿のまま、海鳴の街を逃げ回る。

 時に彼を追いかけるのは、高威力の魔力砲撃を得意とする白い魔導士の少女だったり、死神の鎌にも似たデバイスを掲げて追いかけてくる黒い魔導士の少女だったり、かつてなのはと神社で封印した犬の姿をしたジュエルシードの暴走体に乗った金髪ツンデレだったり、最も恐怖したのが月村家でフェイトが封印した猫の姿の暴走体に乗ったヤンデレだったり。

 そんな彼女達が、時には一人で、時には複数人で彼を追い掛け回すと言う。

 ああ、ユーノよ、強く生きるのだ!
 
 




 そんな彼女と彼のささいな会談の後。

 海鳴市から舞台を移し、ここはなのは達のすむ街の近郊にある遠見市中央区のマンションの一室。

 月明かりに照らし出された寝室に、管理局の言う黒い魔導士の少女、フェイト・テスタロッサと、その使い魔アルフの姿があった。

 フェイトは寝室のベッドに力なく横たわり、その傍らにアルフが涙をぼろぼろと流しながらうずくまっていた。

 その部屋には、アルフのえぐえぐと言うしゃくりあげる様な声と、彼女が鼻水を啜る音だけが聞こえていた。

 アルフはどれほど涙を流していたのだろうか、彼女から、水分が全て涙になってこぼれだしてしいはしないだろうかと心配になるぐらいの時間ではあった。

 ふと、アルフが気がつけば、小さな手が、力なくはあるが、彼女の頭をなでている事に気がついた。

 顔を上げれば、フェイトの顔が間近にあり、ベッドに横たわったままではあったが、やさしく、アルフの頭を、フェイトがなでてくれていた。

 「フェイトォ!」

 「大丈夫、アルフ?」

 アルフに心配そうに声を上げたフェイトはゆっくりとではあるが、起き上がろうとした。

 そんな彼女をアルフが慌てて押しとどめた。

 「あたしは大丈夫だよ、フェイト!それよりごめんよ!あたしが、あたしがフェイトを!」

 あの時、管理局の執務官が彼女達の前に現れた。そして、フェイトの事を拘束しよう時、慌てたアルフは、大きな音と光で敵の目をくらませる為の術式を発動させた。

 それがフェイトを巻き込んだのである。管理局の出現に慌てたアルフの大失態である。

 フェイトに大きな怪我はない。ついているのは、あの白い魔導士の少女、高町なのはとの戦いでついたかすり傷のようなものばかり。恐らくは数日ゆっくり休んでいれば、消えてしまうような傷ばかりである。

 それでも、フェイトが倒れたのは、管理局の執務官に不意打ちで使った魔法の所為だった。急いで構築した術式が、思った以上に甘い制御で術式が発動してしまい、必要以上に効果が広範囲に及んでしまったのだ。

 制御を離れた魔術砲撃がフェイトのすぐ近くに着弾し、彼女にも被害を及ぼした。

 結果的に逃げられた事は僥倖だったが、万が一、アルフの魔法で気絶してしまったフェイトが管理局に拘束されようなものなら、目も当てられない事態になっていたに違いない。

 だから、アルフは涙を流し、フェイトに謝罪をする。

 「もう、いいよ。私なら、ぜんぜんへっちゃらだから、ね?」

 そういうフェイトの声も力がない。だからアルフはさらに涙を流す。

 残念ながら、フェイトは泣く子をあやした経験なんてまるでない。だから、こんな風に泣きじゃくるアルフを慰める方法なんて知らないのだ。困ったような表情になるフェイトだったが、ふと一つの方法を思いついた。

 だから、フェイトはそっとベッドから起き出し、アルフの、彼女よりも大きくなった身体をぎゅっと抱きしめた。

 「ふぇ、ふぇいとぉ?」

 アルフが涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を上げる。

 「よしよし……」

 ぎゅっと彼女を抱きしめたまま、フェイトは、まるで赤子にするように、彼女の背中をぽんぽんと叩いてやった。それは彼女の記憶の中にある、彼女の母親が、彼女が一人で寂しくてないていたときにしてくれた事だった。おぼろげながらも覚えているその行為をフェイトはアルフにしてあげる。

 それは、彼女にとって、実に皮肉な記憶だったのだが、フェイトはアルフが泣き止むまでずっと、彼女を抱きしめているのだった。




 「ねぇ、フェイト」

 「なに、アルフ」

 まだアルフはフェイトに抱きしめらられたままだった。そんな彼女はフェイトの耳元にささやくように、その思いを吐露した。

 「逃げよう、フェイト」

 「え?」

 「もう駄目だよ。時空管理局まで出てきたんじゃもうどうにもならないよぉ!」

 フェイトに傷を負わせ、必要以上のダメージを与えてしまった事に、いつもは強気のアルフも、この時ばかりは気弱な発言をする。それほどまでに、彼女にとって大切な主を自らの手で傷つけたことに対する精神的なダメージは大きい。

 「逃げようよ、二人でどっかにさぁ」

 とは言え、その先のことなんて考えてはいない。フェイトと二人でどこか別の世界へ逃げ出したとしても、その先どうするかなんて考えてはいない。

 「それは……だめだよ」

 小さな声ではあったが、フェイトははっきりと断言する。

 「だって、雑魚クラスならともかく、あいつ一流の魔導士だ!本気で捜査されたらここだっていつまでばれずにいられるかぁ。それに、あの鬼婆!あんたのお母さんだって、訳のわかんない事ばかり言うし!フェイトにひどいことばかりするし!」

 そういうアルフには、フェイトの細く小さな肩が目にうつる。その肩にはうっすらと見える傷跡が残っていた。何か細くしなやかなもので叩かれた痕である。そんな傷跡がフェイトの白い肩に幾筋も浮かんでいた。

 端から見れば、それは虐待の後であると映るかもしれない。だが、フェイトはアルフの言葉を窘めた。

 「母さんの事は悪く言わないで」

 「言うよぉ!だって、あたしはフェイトの事が心配だぁ」

 アルフと言う使い魔にとって、あるいは一般的な使い魔にとっては主が絶対である。たとえ主の肉親であっても、使い魔の彼女達にとっては次点であり、主以上に大切なものなど存在はしない。特にアルフとフェイトはその精神的なつながりが深い為なおさらこの反応なのであろう。

 だから、フェイトもアルフが彼女を心配する気持ちは十分すぎるほど伝わってくる。それは、アルフもまた同じなのである。

 「だって、フェイトが悲しんでいると、あたしの胸も千切れそうに痛いんだ!フェイトが泣いていると、あたしも目と鼻の奥がつんとしてどうしようもなくなるんだ!フェイトが泣くのも悲しむのも、あたし、嫌なんだよ!」

 「アルフ……」

 「だからさ、だから。最近フェイトがなつきやなのは達といる時、すっごくがんばっているし、すっごく楽しそうにしてた。笑っている時だってあった。だから、あたしはほんとはあの子たちには感謝しているんだよ?そりゃ、ジュエルシードをかけた敵だって言う事は理解しているけどさ。でもでも、あんな風に笑っているフェイトを見ると、なのはって言う子に負けないように頑張っているフェイトを見ていると、こう、胸の奥がぽかぽかしてくるって言うかさ、あたしも笑顔が浮かんで来るんだ!だから、もう、フェイトが涙を流したり、つらそうな顔をするのは、もう嫌なんだよ!」

 「そっか……私とアルフは、ほんの少しだけ、精神リンクしているからね。アルフが痛いなら……だったら……私はもう、泣いたり、悲しんだりしないよ」

 それは違う!とアルフは叫びたかった。

 そういった感情を、アルフは否定したい訳じゃなかった。

 必要な時は泣けばいい、悲しめばいい、たとえそれがマイナスのものであっても感情の否定は自己の否定であると、彼女が、フェイトやアルフに教えてくれたじゃないか。

 確かにフェイトが泣くのはつらい。フェイトが悲しめば心が痛い。だけど、その事にフェイトが唇を唇をかみ締めて耐え抜いて、そんな痛みが、痛みだけが伝わってくるのが、アルフにとっては一番堪えることなのだ。

 彼女が悩んでいるのならば、一緒に悩んであげたい。

 彼女が悲しんでいるのならば、一緒に涙を流してあげたい。

 悲しみに立ち止まっても、痛みに後ずさりしても、フェイトのそれを肯定してくれる人間がいるじゃないか!

 その代わり、誰かの大好きの為に、大好きな誰かの為に、笑顔で頑張れって、言ってくれたじゃないか。

 だから、そんな風に言ってくれた子がいたから、フェイトは、まっすぐになのは達に立ち向かう事を決意したんじゃないのだろうか。

 少なくとも、こんな悲しそうな顔をして、こんなつらそうな顔をして、何かに立ち向かえと、何かを成し遂げろと、あの子は言っただろうか。先の感情とはまた違った悲しみが、アルフの中からあふれ出してくる。

 「あたしは、フェイトに笑って、幸せになって欲しいだけなんだ!なつきだって、そう望んでいるはずだよ!なんで、なんでわかってくれないんだよぅ!」

 思えば、あの子はいつだって、フェイトとなのはの幸せの為に走り回っているじゃないか!あの子だってアルフ同じ時気持ちに違いない筈なのに、何故それをフェイトが否定してしまうのだろう。

 「ごめんね、アルフ。ごめんね。私、母さんの願いを叶えてあげたいの。母さんの為だけじゃない。きっと自分の為に。だから、後もう少し、最後までもう少しだから、私と一緒に頑張ってくれる?」

 「それで、フェイトは『幸せ』なのかい?」

 「うん、きっと」

 「そっか。だったら約束して?」

 「うん」

 「フェイトは、あの人の言うなりじゃなくて、フェイトはフェイトの為に、自分の為だけに頑張るって。そしたらあたしは必ずフェイトを守るから」

 「うん」 

 「それからさ」

 「なに?」

 「フェイトは、なのはのが好きかい?」

 「えっと……わからないけど、好きになれたらいいと思う」

 「なつきのことは?」

 「うん!」

 「即答だったねぇ。だったらオニバ……あんたのお母さんの事は?」

 「うん」

 「そっか……だったら仕方がないね。このあたしが、フェイトの使い魔であるこのアルフが!絶対にフェイトを守ってあげるんだから!」

 アルフはそう宣言する。

 自分の事は好きかどうか、聞かないのかって?そんな事は、この主従には聞くだけ野暮と言うものだろう。そんなものあえて聞かなくても、フェイトの浮かべるその笑顔が全てを物語っているじゃないか。

 フェイトは、そんな笑顔で、アルフの言葉に静かに頷きだけを返した。




 そして、二人の主従を月が優しく照らし出す。
やはり、東壁堂はアースラクルーがお気に入りのようです。
真面目にやっているんですよね、彼らも。

そして、アルフとフェイトの主従のお話が今回のメインです。

しかし、なつき本人がまったく出てきません。
まぁ、それでも話は進むのです。

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