第35話 『アースラでの会談』
至近距離でなのはの超音波攻撃を受け、目をぐらんぐらんと回しているユーノ。そして、まだ、あわあわと慌てているなのはに、私は小さく溜息をついた。
最近溜息をつくのが癖になってきたかもしれない。ほんと、小さな幸せが大挙して引越しをしていくような気分である。
とは言え、なのはが慌てている理由はわからないでもない。ユーノが同じ年頃の男の子だった事に驚いているのだろう。此処最近、完全にユーノの事を使い魔と言うかペット扱いしてきたのだし。そりゃ、驚きもするだろう。
「まったく、毎度の事ながら、貴女は、なに慌ててるんですか」
「ユーノ君って、ユーノ君って、あの、その、なにぃ!?」
「なにって、なんと失礼な。見たとおりの男の子でしょうが」
「えっと、だって、うそ、ふぇーーー!?」
「君達の間で、何か重大な認識の相違があるような気がするんだが……」
クロノが呆れたように言った。うん、何かとんでもなく大きな勘違いが私とユーノそしてなのはの間には存在しているような気がする。
「えと、僕たちが最初に出会った時は、僕はこの姿じゃ……」
「ちがうちがうちがーう!最初からフェレットだったよー!」
「えと………あーあーあーそうだそうだ、ごめんごめん、そう言えば、この姿は見せてなかった」
その通り。ユーノはなのはに拾われたときからフェレットでした。
「だよね、そうだよね!びっくりしたー」
「なるほどー、そういえば、なのははユーノ君が人間の男の子だって知りませんでしたねー。なるほど、その反応はその所為ですか」
「ふぇ!?なつきちゃんは知ってたの?」
「ええ、知ってましたよ」
「なんでなんでなんでー!?どうしてなのはには教えてくれなかったのー!?」
「それは……」
突然、クロノが横から割って入ってきた。
「ちょっといいか?君達の事情はよくは知らないが艦長を待たせているんだ。出来れば早めに話を聞きたいんだが」
ああ、そう言えばそうだった。リンディ提督に呼ばれて、私達はアースラを訪れたんだっけ。
「あ、は、はい」
「すいません」
「もう、せっかちな男性は嫌われますよ?」
「時間に制限をつけたのは君だと思うんだがな」
呆れたような様子のクロノ。そう言えば、時間制限をつけたのは確かに私だったっけ。ならば、あんまりこんな所で時間をつぶしていても、時間がもったいないだけである。
「ありゃま、それもそうでした。失敬、失敬」
「はぁ、まったく。こっちだ、ついて来てくれ」
私達は、クロノの後に従い、アースラの艦内を歩いていくのだった。
そしてとある部屋の前。
横開きの扉の前でクロノが立ち止まる。
扉の横に備え付けられているボタンを押しマイクらしきものに向かって「クロノです」と一言、言った。
すると扉が自動的に横にスライドする。
「艦長、来てもらいました」
かっぽーん。
鹿威しの音が何故か、時空管理局の最新鋭の次元航行艦の一室から鳴り響いた。
そこには、桜吹雪が舞い散り、暖かな春の日本の風景が出現していた。ちなみに、今現在、海鳴市周辺ではとっくの昔に桜の季節は過ぎ去っている。その隣にあるのは竹林。
赤い敷布が床に敷き詰められており、野点傘が立てられている。
そんな敷布の上に座布団が置かれており、その上にニコニコとした笑顔を浮かべたリンディ・ハラオウン艦長と、アースラの通信士で執務官補のエイミィ・リミエッタが正座をしていた。リンディ艦長はともかく、エイミィは慣れない正座の所為か顔が引きつっている。
背後には見事な屏風と何故か茶室の一部がごちゃ混ぜに再現されており、茶室らしき空間にかけられた掛け軸には『鯉狸駆流馬路駆流』などと書かれている。屏風には龍の水墨画。中国や日本で描かれる蛇の親玉のようなあれではなく、西洋ファンタジーに出てくるようなあれ。背中に槍を持った騎士が乗っているのはもう言葉も出ない。
茶室の飾りに、日本風の鎧やら、西洋の槍やら、デバイスやらが飾られている。茶器は比較的まともなものに見えたが、それに混じってマグカップをおくのはやめて欲しい。クロノと書かれているのは目を瞑る。お湯を沸かす筈の炉は無く、代わりに電気ポットらしき機器が鎮座している。
うん、色々と残念である。勘違いしちゃった外国人が無理やり日本の野点を再現した感じ。いや、間違ってはいないか。勘違いした別世界人だね、まさに。なのはの顔が微妙に引きつっている。私も彼女もすずかの家で何度か野点の会に参加しているから、この茶会がすさまじいまでの勘違いによって構築されている事には気がついているだろう。
私の顔も、たぶんきっとなのはの表情と似たようなものだろう。
クロノもやっちまったなぁ、と言わんばかりに、片手で頭をおさえて溜息を隠しきれないでいた。
だから私はとりあえず、にっこりと笑みを浮かべて。
「チェンジ」
と、一言告げてぴしゃりとアースラ艦内の扉を閉めた。
「と言う訳で、何故か私自身が監修をする事になった、なんちゃって野点の会に御参加いただきありがとうございますと言うかなんと言うか、どうして私が司会をしているんでしょうかね?いつの間にかちゃっかり私に色々、丸投げしやがりくれちゃってますか、アースラの監督であるところのリンディ提督殿?」
「あらぁ、これって野点って言うのね」
「知らなかったんですかい!」
「うふふ、現地世界の観光ガイドにのっていたんだもの。これが現地世界の歓迎の方法なんでしょ?まぁいいじゃない。何とか形になったんだし」
形にしたのは私です。見た目だけは確かに、どこから見ても立派な野点の会だ。例の桜や竹林や屏風や甲冑やらはアースラのシステムが作り出した立体映像で。私はそれを問答無用で消してしまった。エイミィが涙を流していたのは無視である。
……あれ?ちょっと待て!
「なんで管理外世界なのに、情報誌があるんですか!」
「あら、アングラでは結構流通しているのよ?」
管理局の提督がなんでアングラ情報誌なんて持っているのさ!?しかも盛大に間違っているし!
「まぁ、いいでしょう。さて、そんなところに突っ立ってないで、皆さん適当に腰を下ろしてください」
私は、ボケッと突っ立ているなのはとユーノに声をかけた。と言うか、何故私がしきっているのだろう。
精神的なものはいくらでも棚上げにしておく事にしよう。最近、心の棚の整理ばかりが得意になってきた。以前に心の無限書庫と嘯いた事があったが、それがあながち冗談でもなくなってきているのが恐ろしい。
私は、お茶を全員分いれ、各々の前においた。お茶菓子も添えて出すのがもてなしの心と言うものである。勿論これもアースラの備品。包装紙に『あいみるちゃ』とか日本語で書かれていたけど、まさか密輸品ではあるまいな?
「それでは、改めまして。時空間航行艦隊旗艦1番艦「アースラ」、その艦長でこの艦隊の指揮を預かっていますリンディ・ハラオウンです。隣にいるのが同艦隊所属の執務官クロノ・ハラオウンと、執務官補のエイミィ・リミエッタです」
エイミィとは初対面である。彼女は、にこやかな笑みを浮かべながら、よろしくねーとパタパタ手を振っていた。
「えっと、高町なのはです」
「ユーノ・スクライアです」
「石田なつきと申します」
「はい、ありがとうございます。まずは……」
「はい!質問をしてもよろしいでしょうか?」
彼らの質問が始まる前に、私的にははっきりしておきたい事がある。
「なにかしら?」
「まずは、何故この船が此処にいるのかから説明してほしいのですが?」
「理由は?」
「あなた方が、この世界、あなた方の言う管理外世界に何故姿を現したのかが知りたいのですよ。少なくとも貴方達は私やなのはと言う現地人に接触すると言う危険を冒してでも、そうするべきであると判断した筈です。ならば、まずはあなたたちの事情と言うものを教えていただきたいのですが」
少なくともこの世界には管理局と呼ばれる別世界の管理組織と接触を持っているという事実はない、公表されてはいないだけなのかもしれないけれど。
だとしたら、彼らは自らの存在を秘匿しておきたい筈なのに、私達に接触を図った。その意図は何かを確かめないといけない。
まぁ、リンディという人の性格からして、私達をそのまま拘束してしまうと言う事は少なかろうと思う。でも、ちょっぴり利用してやろうと言う考えは十分に持っている筈だ。素直に聞いても話してくれないだろう。だったら、此処にいる彼らの事情を聞いてそれを推測するしかない。十全は得られなくても、彼らとの交渉や、今後の私やなのはのたち振る舞いの判断材料には十分になるはずだ。
私の知っている通りの筋書きであったのならば、なおの事それでよしとする。
「あら、聞きたい?」
「出来ればそうしていただけると助かります。」
まずは、このタイミングで管理局が現れた理由を知りたいし、どこまで彼らが事態を把握しているかを知りたいからだ。
「いいでしょう。まずは管理局と呼ばれるものの仕事はご存知かしら」
「いえ、予測はつきますが。詳細には」
「管理局と呼ばれる組織は、基本的には次元世界の管理機構と考えてもらってもかまわないわ」
「それは司法、立法、行政の三権を所有すると考えてよろしいので?」
「うふふ、そこまでの能力は実際のところ持ってないわ、一応ね」
「なるほど、次元世界と言うからには多くの世界が存在する。表向きは個々の世界が独立した政府を確立している事になっているけど、実際にはそれに大きな影響力を持つという事ですね?」
「そこまで言ってはいないのだけどね。実情は……どうなのかしら?まぁ、そうは言っても、管理世界内の苦情処理係と争い事の調停役と言うのがその仕事のほとんどかしら?」
「様々な国家間、あるいは異文化異民族、異宗教の間に存在する管理組織などと言うものはどこの世界も同じ様なものかもしれません。この世界の国連しかり、貴方達の世界の管理局しかり。それ故に、それなりの権限を与えられているのですがね。たまーに勘違いしちゃったりなんかしちゃったりして」
私のその言葉に、怪しげな、それでいて困ったような笑みを浮かべるリンディ提督。
「そして、そんな管理局の雑用係が、この時空間航行艦隊なのです」
「あれま、そんな表現をしちゃう訳ですか?」
「しちゃいます。今回だって、次元空間のパトロールと言えば聞こえはいいのだけれど、実際にはとある管理世界で完成した探査艇の運搬任務だったのだもの」
ちょっぴり壊しちゃったんだけどねー、とリンディ提督が舌を出した。後から聞いた話では小破ではなく大破だったらしい。
「あややや。一般貨物船とかで十分だったのでは?わざわざ、この……軍艦ですか?で運ばなくてもいいのに」
「だって、そうなると民間に委託しないといけないし。それだとお金がかかるのでしょう?元々パトロール任務は定期的に行なわれているのだし、ほんのちょっと寄り道しても、彼らのふところは痛まないわ。機密事項があるからと言うのが建前だけど」
「いや、それって……まぁ、お役所の考える事はよくわかりませんけどね」
「うふふ、私もよくわからないわー、なんて言える立場的にはいないんだけどね」
私とリンディ提督は二人して肩をすくめた。ところで、なのはが私達の会話に着いていけずに目をぐるぐる回していたのはまあいいさ。文系苦手だし。小学生に此処までの知識なんてある訳ないし。ユーノは額に汗を浮かべているが何とかついてきている。が、エイミィが頭をかきむしっているのはいいのだろうか。
「で、肝心の本題なんだけど。実はね、その哨戒任務中に次元航路……この世界にはいくつもの世界があって、そんな世界と世界をつなぐ狭間に存在する海みたいなものね、に、多数のデブリが浮いているのを、発見したの。デブリってわかる?」
「デブリ、航路上のゴミの事ですね」
あるいは岩くずや火山流で発生した堆積物の事をさす。軍隊用語のデブリーフィングの略語とは違うので注意。ちなみにフランス語である、本来は。
「そのとおり。で、それを解析してみると……」
リンディ提督はちらりとユーノのほうを見た。えっと言う感じで反応するユーノ。
「あのね、ユーノ君。ちゃんと気をしっかり持って聞いて欲しいのだけれど」
「はい」
ユーノは居住まいを正す。その隣で目をぐるぐると回しながら、話に着いていけていなかったなのはもユーノにならって背筋を正した。
「そのデブリは大破した貨物船だったの。とても古い型式の船だったけど。そして、偶々残されていた船籍の識別番号から割り出したのが……」
「スクライアの船だったんですね?」
つらそうな表情でユーノが言った。
「ええ、そう」
「乗組員の皆は……」
「ごめんなさい、見つかったのは船体の一部と隔壁の破片だけ。しかも次元航路のかなり深い場所から見つかったから……多分乗組員の人達は……」
「そうです……か……」
辛そうにユーノが目を閉じた。
「ユーノ君……」
なのはが心配そうに声をかける。
でも、私は声をかける事はできなかった。もしかしたら、その船に彼の友人でも乗っていたらと思うと、言葉が出てこない。そうでなくても、スクライアの船籍の船なら一族の誰かが乗っていたはずだ。訃報にもちかいその報告にユーノは何を思うのだろうか。
だから、私はそっと隣に座っている彼の手を握ってあげるしかなかった。
「ユーノ君にはつらい報告だったかもしれないわね。どうする?話を先に進める?それとも、この話は後日にしよっか」
冷たいようなリンディ提督の言葉だが、聞いたのはこちらである。
「いえ、大丈夫です。貴方達の話が事実なら、僕はあなた方の報告を聞いて、一族に報告する義務がありますから。それに……正直なところ、覚悟はしていましたので」
そうか、たぶんその事故でユーノが追いかけるジュエル・シードが地球に、海鳴にばら撒かれてしまったのだろう。
と、いう事は、彼はこの事故の事はある程度想定していたに違いない。本来ならば、仲間の捜索に行きたかったのだろうに。それを差し置いてまで、地球にジュエル・シードの探索に赴いた彼の心中は如何なる想いであったのだろう、如何なる覚悟だったのだろう。
だめだ、涙腺が緩みそうになった。だから、余計に彼の手を握るその力をこめてしまった。彼の方を見ると、彼もこちらを見て小さく笑みを浮かべていた。目で大丈夫だよって言っている。こんなところをみせるとなると、やっぱり彼も男の子であるようだ。
ちょっと頬が赤くなるのを感じたものだから、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
「そう、えらいわね。では、申し訳ないけど、話を進めさせてもらうわね」
「かまいません」
ユーノがそう判断をするのならば、私やなのはに否やはない。リンディ提督の言葉に私達も頷いた。
「問題はその船の事故原因なの。うちのスタッフの推測では外部からの異常な傷は見当たらなかったと言う事だから、事件性は少ないと思っているわ。少なくとも海賊の類の襲撃を受けたわけでも無さそうだった」
「ふむ……となると、何かしらの事故の可能性が高いと考えたので?」
「そう、仮に事故だったとして、スクライアの一族が搬送していたものは何だったのか、そしてもしかしたら、救命ブイ等で生き残った乗組員がいないかどうか、の調査を始めたの」
「スクライアの一族と言えば、次元遺跡の発掘収集を生業とする一族だったからな。あるいは万が一、遺失世界等で遺失遺産でも見つけていた場合、そのロストロギアが原因で船体が破損して事故に繋がった場合は次元災害に繋がる恐れがあったからな」
「えっと、ロストロギアってなんなんですか?」
と、なのはが首をかしげる。
「ああ、遺失世界の負の遺産……といってもわからないわね?」
「えっと、はい」
「先も説明したけどこの世界にはいくつもの世界があって、それぞれの文化を育てていく。そんな中でごくごくまれに、異常と言えるほど進化しすぎてしまう世界があるの。技術や科学、あるいは魔法技術が進化しすぎてしまい、自らの文明を滅ぼしてしまう。そんな滅んだ世界に取り残された失われた世界の技術や遺産」
「それらを総称してロストロギアと言うんだ。使用法は不明だが、使い様によっては世界どころか次元空間も滅ぼす力を持つ、危険な技術」
「しかるべき手続きを持って、しかるべき場所に保管しておかなければいけない代物、それがロストロギア」
「なるほど、確かにお話にあるスクライアの船がそんな危険なものを運搬していて、万が一そんなものが流出していれば、複数の世界が危険に及ぶ可能性があったと?」
「その通りだ。と、言っても、確信はあまりなかったんだが……」
「そう、そして、その調査を開始しようとした矢先、管理外世界、貴方達の住んでいる世界でとんでもないものを私達は観測した」
「してしまったと言うべきかな?」
「……とんでもないもの?」
まさか、私達のしでかしたあれ?原因はフェイトとなのはだが……たぶん、問題はその後に私がやった方だろう。
次元震が観測されていたのなら、それが唐突に収束した事も当然測定されているに違いない。緊急事態で思わずやってしまった事だったが、うまく言い逃れが出来るだろうか?
「次元震と呼ばれる大災害の前兆。私達の船が観測したデータは少なくとも、その世界の環境に悪影響を与えるには十分な力だったわ」
「下手をすれば、周辺世界を巻き込んでいた可能性も無いわけではなかった。とは言え、君たちの世界は管理外世界だから、十分なデータが得られた訳ではないんだ。だから推測にすぎないが」
「実際に何が起こっていたか。そのあたりは……多分あなた達のほうが詳しいのでしょうけどね?」
そうでしょう?と、微笑を浮かべるリンディ提督。
「ふぅ……なるほど。それが貴方達が『地球』に来た理由ですか。あなた方はスクライアの船から流出したロストロギアがこの世界に漂着していると考えているので?」
「そういうこと」
「そう結論、あるいは推論した理由は?」
「一つはユーノ君の存在ね。スクライアの船の積荷は管理局には報告がなかったのだけれど、何故か、航路上に存在する管理外世界に渡航許可を求めるスクライアの一族の人間がいた事ね。普通だったら、ただの観光とは考えないわよね?さて、次は貴方達の事情を話してくれるかしら?」
私達は顔を見合わせた。けれども、此処まで来て放しませんと言う訳にはいかないようである。ユーノもなのはも頷いた。
「わかりました。でも、始まりは私からではなく、ユーノ君からお願いしますね」
「うん、わかったよ」
そしてユーノが、私達のいきさつを話し始めた。
「なるほど、そうですか、あのロストロギア、ジュエルシードを発掘したのはあなただったのですか」
「はい……それで、事故の報告を聞いて……僕が回収しようと……」
「立派だわ」
ユーノの言葉に感心するリンディ提督。しかし、クロノはそんな彼の行動を非難する。
「だけど、同時に無謀でもある!」
それは事実である。確かに一人でロストロギアの回収なんて危険な行為、無謀以外の何者でもない。けれど、きつい言葉であってもクロノの言葉に含まれる感情は読み取れる。
「まぁ、確かに無謀には違いありませんが、それでユーノ君を責めても仕方ありませんよ」
「しかしだな」
「それに、クロノ君の言葉がユーノを心配しての言葉だから繰言は言いませんが、彼も彼なりに責任を感じての行動なのですからそこまでにしてやってください」
「っ!!な、なっ!」
「ふふふ、クロノも結構心配性だからきつい言葉になっちゃうけど、許してあげてね、ユーノ君」
「あ、はい」
「そんな、僕はそんなつもりは!」
「でも、クロノの言う事も事実よ?無茶をするのはよくないわ」
「はい、肝に銘じておきます」
「それはともかく、ねぇ、ユーノ。事故報告はスクライアには来たのですか?」
「えと、うん。僕のところには、輸送船が事故を起こして輸送物が流出してしまったって。だから僕は……」
「なるほど。では管理局には?」
「……確かにおかしいわね。事故届けなんて出ていなかったわよ?スクライアの部族から捜索願は出ていたけど」
「ふむん、情報がうまく伝達されていなかったんですかね。それに今回発見された、ユーノ君が見つけたのはロストロギアなんでしょう?それって先のリンディ提督の話からすると、届出の義務があるのではないのですか?」
「あ、うん。だから僕は一足早く、首都に戻ってロストロギア発見の手続きをしていたんだ」
「なるほど、行き違いになっちゃったんですかね……」
「変ね……普通はそんな事はありえないのに」
でもそれがありえたと言う事は。情報の伝達手段は、この時代あるいは世界においては伝聞ではなく通信だ。当然次元世界の技術水準からしても、現状の地球のそれよりも最低同水準、まず間違いなく高レベルに位置すると思われる。
ならば、そこに齟齬が生じると言う事態は、なんらかの事故によるものか、あるいは人為的な妨害があったのか。
でも、それを知る術は今の私たちには無い訳で。とりあえず、棚上げしておくしかないのだ。まず解決しなければならない事象は私たちにも、リンディ提督たちにもいくらでも存在するのだから。
「まぁ、とりあえず、その事はおいておきましょ」
「そうね、まずは貴方達の探しているロストロギア、ジュエル・シードの事から片付けましょうか」
「ええ」
「まず、ジュエル・シードと呼ばれるものはその性質から次元干渉型のエネルギーの結晶体、幾つか集めて特定の方法で起動すれば、空間内に次元震を引き起こし、最悪の場合次元断層さえ引き起こす危険なもの」
「君とあの黒衣の魔導士がぶつかった時に発生したと言う魔力の渦と波、そして振動と爆発。それが僕達の観測した次元震だろう」
「そして、あの時急速に次元震が収束した。そのあたりの事情をあなたたちは知っていると思うのだけど」
「……それを聞いてどうするつもりですか?」
「たった一つで発動させた場合、つまり本来の威力の何万分の一の威力で発動させてもあの威力だ。複数個集まって発動させた時の影響は、計り知れない」
「聞いた事あります。たしか旧暦の462年。次元断層が起こった時の事を……」
そういうユーノの顔は曇っている。旧暦と言うぐらいだからきっとかなりの昔の事なのだろう。そしてユーノが聞いたと言う情報も伝聞か何かに違いない。
同様にクロノやリンディ提督も表情を曇らせている事から、その話はきっと次元世界では有名な大災害だったのだろう。
「ああ、あれは相当に酷いものだったと聞く」
「平行した世界がいくつも虚数の海に消えた歴史上に残る悲劇」
たぶん、引き金を起こした世界はある意味自業自得とも言えなくもないが、それでも多くの人々がその次元断層に飲み込まれて命を落としたのだろう。
そしてそれに隣接する世界は、まさに青天の霹靂であった事だろう。気がつけば自分の世界が消滅の危機にさらされているのだから。そしてそれは間違いなく、対処の仕様がなかったのだろうから。
「繰り返しちゃ……いけないわ」と、呟くリンディ提督。そして、おもむろに、砂糖を、私が手間隙かけて入れたお茶にどぼんどぼんと投入していく。
そうか、そうだよね……何気なく私達が取り扱っていたジュエル・シードも一歩間違えば、この世界ごと私達を消滅させる力を持っているのだ。
なるほど管理局が神経質になるのも無理はない。
「………って、おおい!」
「あら、どうしたのかしら?」
突然、私が張り上げた大声に、リンディ提督がきょとんとした顔をする。そして手に持った茶碗を口に運んでずずずっと、その中身を啜った。
ややや、そう言えば、そうだった。この人は大の甘党で、お茶にも砂糖を入れて飲むのであった。うむ、どこぞには麦茶にお砂糖を入れて飲む習慣があるらしいが、緑茶に砂糖を入れて飲むのはお茶に対する冒涜である!
誰かこの状況を打破できないものかと周囲を見回した。クロノは私の視線に気がついたのか、明後日の方向を向いているし、エイミィは、たははーと頬をかいている。
「……いえ、何でもありません」
諦めのため息を一つ、吐くしかなかった。
「さて、次元震の話なんだけど、発生の原因は聞かせてもらいました。この件に関してはとりあえず、いまは言及しない事とします。でも……」
「収束したその理由、ですか?」
「そうだ。ある意味そちらのが脅威と言える。ジュエルシードを代表とするロストロギアが危険なのは、その発動が非常に不安定な事も理由に挙げられている。つまりは特定の起動手段を用いれば話は別だが、君達も知ってはいると思うが、特に次元干渉型のロストロギアはひょんなことから暴走を始める」
うんうんとなのはが頷いた。
「そして、確かにしかるべき手段を用いれば発動は可能だが、その制御は非常に困難なものだ。しかるに、今回、それをなしえたと見る事象が確認された」
「それが先の次元震の収束とでも言いたいのですか?」
「その通りだ。あの時、実際に観測された次元震は二つ。一つ目に追従するように、まったく逆の位相の次元震が発生したんだ」
「ええ!?」
ユーノが叫び声をあげた。
「ど、どうしたの?」
「そ、そんな、そんな馬鹿な?そんなことできる筈が無い!」
「そうだ、普通ならばそんな事は出来る筈がない。だけれども、それを成し遂げた人間がいる。多分、君たちの中に、だ」
そんなクロノの言葉に、ユーノとなのはの視線が私に集中した。クロノがやっぱり君なのかとため息を吐いた。
「うーん、そのため息の理由がなんとなく理解できてとーーーってもやな気分ですが。でも、まぁ、多分、それをしたのは私ですね」
「多分?どういうことかしら」
「ええ、私自身も何で出来たのか、よくわかりませんので」
と、言うか。多分理由はわかっているけど、今、此処で、それを管理局の皆さんに話す訳にはいきません。
「いや、でも、いくらなつきが無茶苦茶で人外魔境で傍若無人でも、そんな事出来るはずが……」
「ふむ、それもそうか……」
「おい、こら、まてや?」
酷いことを呟いてくれるユーノとその言葉に頷くクロノ。たまには私だって本気で泣くぞ?
「……まぁいいわ。何か保留ばっかりで釈然としないけれど。とりあえず。これよりロストロギア、ジュエルシードの捜索及び回収は時空管理局が全権を持ちます」
「君達は、今回の事は忘れて、それぞれの世界に戻って、今までどおりに暮らすといい」
リンディ提督とクロノの言葉になのはが食い下がる。
「でも、そんな……」
「次元干渉型のロストロギアの関わる事件だ。民間人が介入していいレベルの話じゃない」
「でも!」
「まぁ、急に言われても気持ちの整理もつかないでしょう。今夜一晩、三人でゆっくり話し合って、それから改めてお話をしましょ?」
「と、言うという事は、結局私達の力をあてにしていると考えていいのですね?」
「なんだって!?」
「だって、そうでしょう。なのはやユーノの性格からすれば協力を申し出るに決まってますし。私となのはは、あなた方にとっては貴重な現地の地理に明るい魔導士ですし。そもそも選択肢を残す時点で貴方達の腹の底は見えてしまってますよ?」
「あら、そんなつもりは……」
「まったく無い筈がないでしょう。無いのであれば、直ちに私やなのはをもといた世界に送り返している筈ですし、その時デバイスを取り上げている筈です。しかしながら、それもしない。しかも一晩猶予を与えると言いながら、でもそれは改めて考え直す時間が生まれない非常に短時間のもの。そして状況を考えれば、わたしたちに否定的な回答が出来る筈もない。だって、実際に危険な状態にあるのは私達のいる世界なのです。そんな事を聞いては責任感の強いなのはやユーノが断れると思うのですか?下手な誘導尋問よりも性質が悪いです」
「あはは、ばれちゃしょうがないか」
「提督!」
「だってぇ、彼女達、とっても優秀そうなんだもん、欲しくなっちゃった」
その言葉に、クロノはやれやれと肩をすくめてみせた。
「ごめんなさい、騙すようなやり方をしていた事は認めますし、謝罪します。では、訂正しますが、貴方達に協力要請をいたします。これは非常に危険なお仕事になります。それをふまえた上で、よくよく検討したうえで返事を頂きたいわ。期日は……」
「二日くださいな」
「二日?」
「はい、実は私の中では返事は決まっているのですが、周囲の人に説明をする時間が欲しいのです。勿論、しゃべっちゃいけない事はあらかじめ言っておいて頂ければしゃべりませんよ?」
二日の猶予をもらったのは、先のなのはの言葉から、私がいなくなっている間に、なんだかとんでもない事になっているようだし。管理局と接触してしまった以上、フェイトとコンタクトを取るのは危険だろうけど、リニスやはやての事も心配である。勿論幸恵さんの事も。帰ったらしかられるかもしれないけど、それはそれで仕方がないな。
ああ、そういえば、多分もっと怖い人達が待っている。怒っているだろうな、アリサとすずか。
「わかりました。なのはさんとユーノ君は?」
「はい、私もそれでかまいません!」
「僕も同じく」
「わかりました。では二日後の同じ時間、同じ場所に迎えに来ます。その時改めて返事をください、いいですね?」
「はい!」
「はい」
「了解です」
「うん、いい返事です。ではクロノ。皆をもといた世界に送ってあげてくれるかしら?」
「わかりました。では送っていこう。元いた場所でかまわないね?」
クロノのその言葉に私達はうなずきを返すのだった。
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