第33話 『クロノ』
「……」
「……」
「えと……」
ぷすぷすと煙を噴き上げる謎の物体。
「……」
「……」
「あの……これって、とってもとってもあれなのでは?」
なのはが比較的まともなことを言う。しかしながら、原因を作ったのは私かもしれないが、こうしたのは彼女ともう一人の魔導士の少女である。
私たち三人はお互いに顔を見合わせた。その額には汗が浮かんでいる。
「……逃げよ?」
「……埋めよ?」
「にゃーーーーー!駄目だよーーーー!」
フェイトと私の言葉に、なのはが両手をぶんぶんと振りながら、反対意見を述べた。まじめな少女である。
「ならどうしろと言うのです?確かゴミの日にはまだ早いはずですよ?」
しかし、燃えるだろうか?
「にゃーーーーーー!捨てちゃ駄目ーーーーーー!」
「なら……どうするの?」
「え、えと、えと……どうしよう!?」
「どうするって、どうしようもないでしょう!?だったら、やっぱり、証拠隠滅です!山に埋めましょうか、海に沈めましょうか?」
「駄目だよ!そんな事をしたら警察の皆さんに怒られちゃうよ!」
「うー……」
「ふむん……だったら、完全犯罪のために……目撃者諸共……」
「それしかないかも……」
うんうんと頷くフェイト。
「だーかーらーおかしなことするのはだーめーーー!禁止ー!と、言うかーそれだとなのは達まで埋められちゃってないー!?」
「……はっ!!」
いま気がついたと言う風に、私をにらみつけるフェイト。
「注文が多いですねぇ。ところで……誰なんでしょう、これ?」
私は、足元に転がっている謎の物体を指差す。なのはとフェイトは首を左右に振った。でも、はたと、思い当たる節でもあるのか、なのはが手を打った。
「そ、そう言えばさっき……この子、『かんりきょく』がどうのこうの……」
「え?」
「ええ?」
なのはの言葉に、私とフェイトが、再び顔を見合わせる
「この子……管理局の?」
「確か、『じくーかんりきょくしつむかんくろのは』とか言ってたよ?」
「……やっぱり、逃げましょう」
うんうん、とフェイトと二人で頷いた。
踵を返して、逃走の準備。フェイトも飛行魔法の展開を始めた。なのはだけ理解が追いつかずに「あれ、あれ?」とわたふたしている。
「逃げますよ、なのは!これはとってもとってもよろしくない状況です!」
「ふぇーーーー!?またなの!?またこんな展開なのーーーーーー!?と、とりあず、ごめんなさーーーい!」
「……待て。君たちは逃がさん」
まるで地面のそこから響き渡るような声がした。
「きゃっ!」
「きゃう!?」
がしっと、私となのはの足が謎の物体の手によって拘束された。
「じ、時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ……君達を……公務執行妨害の容疑で……逮捕する!」
公務執行妨害の容疑と言うか、容疑が傷害であるならばすでに現行犯逮捕だった。
その時には、すでに、フェイトは空中に浮かび上がっている。
管理局の執務官に、文字通りその手で拘束された私達を、心配そうに見下ろしていた。アイコンタクトで「どうする?やっちゃう?」と訴えてきている。
しかしながら、この執務官が気絶しているのであれば、逃走するのも手段の一つではあったかもしれないが、こうして目を覚ましてしまってはそれもまずい。
だから私はフェイトに念話を送った。
『逃げなさい!』
『で、でも?』
『私達は大丈夫です。貴女は管理局につかまってはまずいのでしょう?』
『うん……でも、今なら』
いけるよ?やっちゃうよ?と、再び目で訴えてくる。でも、彼女に管理局の執務官に暴行を働かせるわけにはいかない。すでに、最強魔法を撃ち込んだじゃないか、と言う出来事は、とりあえず不可抗力だったと言う事で心の隅においておく。
『アルフ!』
とりあえず、私は近くにいるのであろう、フェイトの使い魔に呼びかけた。案の定、彼女からの返答はすぐに帰ってきた。
『あいよ!』
『フェイトをつれて離脱しなさい!今すぐに!』
『了解だよ!でも、あんたは!?』
『ぐずぐずしていると管理局が、応援を寄越してくるかもしれません。そうなったら貴女達まで捕縛されてしまいますよ?それはまずいのではないのですか?』
『そうだけどさ!あんたとそのお嬢ちゃんは!?』
『私達の事はとりあえず置いておいて、逃げてください。急いで!フェイトもいいですね?』
『あ、でも……』
「そこの君も!直ちに武装解除して降りてきたまえ!」
クロノが、私たちが逃げるそぶりを見せないので、私達を拘束していたその手を離し、指先をフェイトに向けた。その先に魔力が集まり始めている。
私は咄嗟に、クロノとフェイトの間に、両手を広げて立ちはだかった。
「何をしている、どきたまえ!」
「理由はよくわかりませんが、不審者が私の友人に攻撃を加えようとしているのを見過ごす訳にはいきません」
不審者と言う言葉を聴いて、なのはが私の隣に並んだ。
レイジングハートをしっかりと両手に持って、すぐにでも防御魔法を展開できるように準備をしている。
「なっ!不審者って!僕は管理局の!」
「だから、それが不審者と言うのです。管理局と言うのが身分の証明と思い込んでいるようですが、私達は執務官というのもいかなる身分の存在かは知りません。少なくともなのはに理解できる言葉で話さない限り、あなたと言う人間の立場は証明できません!」
「ふぇ!?それって言外になのはの事、馬鹿にしてる!?」
「君は何を言っているんだ!魔法を使っているのに、管理局の事を知らないだって!?」
「知っているか知らないかは所詮教育と知識によるものでしょうに。あなたの知る常識と、この世界の常識を一緒にしないでください」
「な、なにぃ!?」
そういうと、クロノは目を白黒させてしまう。それはそうだろう。魔法を使う人間と、管理世界の人間はイコールで結ばれるのが彼にとっての常識なのだから。ましてやこの世界は魔法文明が存在しない世界なのだから。だから、クロノ達はこの世界を管理外世界と呼んでいるのだから。
だが、その事は、クロノにほんの僅かな躊躇を生み出した。
そもそも彼の認識の外にいた存在、アルフがいつの間にか、クロノの頭上を取っていた。。
『なつきにお嬢ちゃんもあたしの弾に当たらないでよ!それと目をちゃんとつぶって、耳を塞いでいるんだよ!』
「うぉおおーーーーーーーーーーーーーー!」
アルフの周囲にはオレンジ色のスフィアが無数に浮かんでいる。アルフは指でクロノを指差した
「いけぇ!アルタス・クルタス・エイギアス!フラッシュ・バレット!」
オレンジ色の光の尾を残しながら、無数の光弾が降り注ぐ。狙いはクロノだが、精度が甘い。もしかしたら、流れ弾が飛んでくるかもしれない。しかも、あの弾は単に攻撃だけが目的ではない。
「ちょ、ちょっと!なんて無茶を!」
スフィアの周囲に浮かんでいる魔法陣を見て私は、なのはの頭を抱えてしゃがみこんだ。
「ふ、ふぇ!?」
「レイジング・ハート!あれは閃光弾です!着弾時に大きな音もしますよ!耐光学耐聴覚防御!」
【了解です、なつき。マルチ・シールド!】
「ふ、ふぇ!?レイジング・ハート?」
「なのは!目を瞑って、耳を塞ぎなさい!そこの不審者も!」
「不審者とか言うな!」
そう言いながらもクロノは魔法陣を展開している。その展開は鮮やかなまでに見事だった。
魔法陣とアルフの魔法攻撃が衝突した。予想道理、魔法陣に着弾したアルフのスフィアは崩壊し、その瞬間に目もくらむような光と、耳を塞いでいても鼓膜に響く様な大きな音がした。
「くっぅ~」
レイジングハートの防御魔法に加えて、手で耳を塞いでいた筈なのに、目はちかちかするし耳がよく聞こえない。
なのはがしゃがみこんで目に涙を浮かべているのも仕方がないことだろう。
空を見上げれば、何故か気絶しているフェイトを担いだアルフが、丁度転移して姿を消したところだった。
まさか、まさかとは思うが、アルフの攻撃の閃光と音をまともに受けたとか?
………あはは、まさか、ねぇ?
とは言え、その攻撃は結構派手なものだったのは間違いない。クロノも膝を突いて、頭を振っている。咄嗟に防御魔法で攻撃は防いだものの、おまけの付随効果を完全には無効果できなかった様子である。
そんな彼に私は手を差し出した。
「大丈夫ですか?」
「ああ、助かる」
私は彼を助け起こした。
「ふぅ、しかし、逃げられちゃいましたねぇ。でも……」
空を見上げれば、青い輝きを放つ宝石が浮かんでいた。
「どうやら、獲物は忘れて行っちゃったようですね。なのは、レイジング・ハート!あれを回収してください。ちゃんと封印状態になっているかどうか確かめるんですよ?」
「うん、りょうかーい」
【承知いたしました】
ふわっとなのはが浮かび上がり、レイジングハートで、ジュエルシードに触れた。
【キャプチャー、シリアルNo.VII】
「ふぅ……これで封印完了、だね」
なのはは笑顔を浮かべてこちらに向かって手を振りはじめた。
「さて、まぁ色々ありましたけど、これで一件落着ですかね。それでは、私達も撤収しますので、貴方もお気をつけてお帰りくださいな」
「……」
此処で、クロノ君を助け起こしたその手を放して、バイバイするつもりだったんだけど、彼が手を放そうとはしない。
「あれ?」
「……」
手を上下にぶんぶんと振るが、クロノは私の手を握ったままだった。ふと、クロノの瞳にこめられたその意味に私は気がついて、ぽっと頬を赤く染め上げた。
「……なるほど。私にほれてしまったのは嬉しいのですが、私にはすでに将来を誓い合った大切な人が……それにまだお互いに名前も知らないのですし、まだまだ二人とも幼い訳ですし……ああ、でしたらまずはお友達から」
「違う!どうしてそうなるんだ!」
「ええ!?私と友達にはなりたくないんですか!」
「だから、どうしてそうなるんだ!」
「それはそれでちょっぴり傷付くんですけど……」
目に涙を浮かべてみせると、彼は二歩も三歩も後ずさった。勿論、私の手を放して。
「く、う……それは、だな……」
『はいはい、そこまでにしておいてもらえるかしら?こう見えてもクロノってば意外と繊細なの』
「!!艦長!」
突如、私達の前に、女性の映像が映し出された。クロノが艦長と呼ぶ人物。なるほど、この人が、リンディ・ハラオウン提督か……。
「え、ありゃ?えっと……どちら様?」
とりあえず、私の記憶には彼女の名前があるのだが、それでもこうして顔をつき合わせるのは始めてである。だから、一応確認、念のため。
『時空管理局時空間航行艦隊アースラ艦隊提督リンディ・ハラオウンです。よろしくね、えっと……』
「ああ、私は石田なつき。ご存知でしょうが、ファーストネームが後ですよ?」
『はい、なつきちゃんね。よろしく。それから、えっと?』
「なのはです。高町なのは。よろしくお願いします!」
「ユーノ・スクライアです」
気がつけば、なのはとユーノも私の隣にやってきていた。
『はい、よろしくね、なのはちゃんにユーノ君。クロノもお疲れ様。もう一人のあの子の追跡は出来た?』
「申し訳ありません、広域のジャミングが仕掛けられていて追跡のスフィアも振り切られてしまいました」
『まぁ、仕方ないわね。じゃぁ、悪いけど、クロノ。ちょっとお話を聞きたいから、その子達をアースラまで案内してくれるかしら?』
「了解です、すぐに戻ります」
「アースラ?」
なのはが首をかしげた。
「僕達の所属する次元航行艦隊の艦の名前だ。今からそこに君たちを連れて行く」
「ちょっと待ってください。如何なる理由があって私達を、アースラとやらに連れて行くのですか?」
「どんな理由かって……言うまでもないだろう!君達は!」
「私達が犯罪者だとでも言うのですか?察するにあなた方は、どこかの世界の法的機関の様ですが、如何なる容疑で私達を拘束しようとしているのですか?」
「違法な魔法運用と、ロストロギアの違法所持だ!」
「本気で言っているのですか?」
「どういう意味だ……」
「そもそも、貴方達の言う違法とは、どこの世界の法律なのですか?それはこの世界の法律なのですか?私達があなた方の世界に所属する人間ならあなた方の法が通用するかもしれませんが、残念ながら私達は、この世界の人間です。その人間を、別の世界の人間であるあなた方が、あなた方の法律を持って我々を拘束するのは不当逮捕ではないですか?また、その権力を行使するのは越権行為と言われると思いますが、いかがでしょう?」
「な、な?」
「それにね、貴方達の言うロストロギアがジュエル・シードの事をさしているのならば、違法所持と言うのはいかなる判断を持っての見解でしょう?私達は、この、魔法のない、平和な街に、偶然か必然かは知りませんがばらまかれてしまった」
「あ、それは僕が……」
「ユーノはだまらっしゃい!こほん、失礼。兎に角、私達のあずかり知らぬところでばらまかれてしまったジュエル・シードを善意で回収して回っていたのです。それでもその所持を違法と言うのであれば、なるほど、管理局という世界の法律は厳格なのですね」
「魔法の事はどう説明するつもりだ!」
「詳しい事情まで話すつもりはありませんが、たまたま偶然魔法の力を手にし、それを行使せざるを得ない状況になっただけの事。それがどんな状況なのかは、ご承知の事だと思いますが。もしかして、命を落とすかもしれない危険な状況で、魔法の無許可行使が違法であるからと、知りもしない世界の法律を守れとおっしゃるのですか?」
此処まで言うと、流石にクロノは、私の言葉に対して、怒りを湛えている様子だったが、反論はできない様子だった。リンディ提督は画面の向こうから私をじっと見つめたまま、口元に浮かべた優しげな笑みを崩さなかった。でも、目は明らかに笑ってはいなかった。
「確かに、貴方本人にしてしまった無体は、間違いなく私たちの落ち度なので、それに関しては、素直に謝罪いたします」
『わかったわ。なら、その辺の事情も含めて、色々と教えて欲しいの。勿論、嫌ならあなた達には拒否する権利はあるわよ?』
「任意の事情徴収と言う訳ですか?」
『そこまで堅苦しいもののつもりはないわよ?それに、確かユーノ君、だっけ?』
「え、えっと、はい」
『君にも聞きたいことが色々とあるの。あなたがこの管理外世界に渡った理由も含めて、ね?』
「理由ですか?」
「ああ、君がこの管理外世界への渡航許可を申請した履歴が残っていた。おそらく理由は推測はつくが、その辺りを、ね」
「まったく、そんな風に言われれば、ユーノが断われないでしょうに。わかりました。行きましょう。なのはもそれでいいですよね?」
「うん!」
「でも、条件がありますよ?」
『あら、何かしら』
「適当な時間で一度家に帰してください。流石に私達の年齢では、両親の許可なく無断外泊する訳にはいきませんから」
『それもそうね。わかったわ。とりあえず、適当な時間までお話させてもらって、もし時間がかかるようなら後日と言う事でいいかしら』
「了承です。それなら、あまり時間をかけても致し方ありませんので、アースラに案内してもらいましょう。それに、これ以上の議論をしてクロノ君に悪者を続けさせても可哀相ですから」
私のその言葉にとたんにリンディさんの顔色が変わった。
『……』
「甘いんですよ。執務官とやらがどの程度の肩書きかは知りませんが、クロノ君はなかなかに頭脳明晰な方と見受けます。ならば、私の言った事ぐらい理解できていない筈がありません。だったら、この後の交渉をやりやすくする為と、私達の態度を見極める為に、クロノ君が悪役を務めたんでしょう?」
『参ったわね。この後の交渉がやりにくくなっちゃったわ』
「まったく……半分は本気で怒っていたんだがね」
「ありゃま、それは申し訳なかったです」
「でも、気をつけたまえ。僕の言った事は事実だからな。本来ならば、君たちのやったことは、違法すれすれの事なんだから」
「承知いたしました。肝に銘じておきます」
「……なんだか、君の言葉は素直に頷いてはいけないような気がする」
小さなため息をついて、クロノは転移魔法陣の術式を構築し始めるのだった。
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