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[26723] 【習作】 13人目の異端者 (鋼殻のレギオス 二次創作 主人公TS、設定改変多数) 
Name: 銀泉◆b6faa4a8 ID:74c548e8
Date: 2011/03/26 18:03
この作品は鋼殻のレギオスの二次創作です。
内容はレイフォンTS、オリキャラと設定改変多数で、原作とは全く異なるオリジナル展開になります。
原作の展開を変えるなんて許せないという人に対しては、この小説はお勧めできません。
ですが、厳しい指摘、疑問点などがあれば是非お願いします。
ネタバレに気をつけつつ、真摯に対応したいと考えています。
できる限りこの作品をよくしていきたいと考えていますので、どうかこれからよろしくお願いします。



原作との違いと作品の注意点として
・ レイフォンTS(何か事件が起こって性別が変わっているわけではない、並行世界のため性別が違う)
・ TSレイフォンは、グレンダンをまだ追放されていない。
・ 設定改変により、TSレイフォンが天剣になった時期が違う。
・ TSレイフォンは女の子+苦労人なので、原作より天然でやや現実的。
・ TSレイフォンが主人公で彼女を中心としてストーリーが展開。厄介事と逆境も主人公故に原作以上。
・ 原作で主人公級の扱いだったリーリン、ニーナの出番は少ないかもしれない。

作品の注意点としては、残酷な描写、痛々しい描写が存在します。
ストーリーもけっこうシリアス成分大目です。
なお、ストーリーは現在編(舞台はツェルニ)と過去編(舞台はグレンダン)の2つに分かれています。
両者は独立しており、両方とも読まないとストーリーが理解できなくなるということはありません。
また、レギオスの絵師である深遊さんの漫画のキャラや事件にも関わる予定です。



タイトルはもっと良いものが思い浮かんだら、変更するかもしれません。




[26723] 現代編(ツェルニ編) 第1章 第1話
Name: 銀泉◆b6faa4a8 ID:74c548e8
Date: 2011/03/26 18:07
現代編 第1章 第1話










「……ツェルニ……」

窓から外を眺めていた茶色の髪の少女の唇が、かすかに動いた。
窓に映る光景は地平線の先まで伸びる荒野と小山。
今は風が弱いらしく、風景をさえぎる砂嵐を発生してない。
先ほどの呟きは、小山をいくつも越えた先にある高い建物の頂部の塔の先に掲げられた旗を見たためである。

少女は頭を軽く振った後、視線を窓から外し、大きな鞄の中から書類を取り出し目の前の小さな机の上に置いた。
そして、周囲の様子を少し観察した。
寝ている人、退屈そうに何度も観た映画を観ている人、寝ている人に迷惑をかけないよう声量を抑えて話している人
など様々だ。だれも少女の様子に注視していない。

そのことに安堵の息を漏らすのと同時に苦笑した。
この放浪バスの旅も既に1週間は過ぎている。皆この閉塞空間での長旅に疲れが出ていて、他人の行動に一々反応
したりはしないのだ。

さらに言うなら、座席の前に置いてある机は例え左右前後の人々でも除き見られない造りになっている。だから
見られて困る書類を取り出しても周りを警戒する必要などないのである。
なんといっても放浪バスの旅は長い。その長い時間の間に時間潰しのためにも書類仕事を進めたいという人は多いの
だから、機密に関してもしっかり対策してあるのだ。

外は汚染物質で満ちている。汚染物質に触れると人の体はすぐに侵食され、腐り落ちる。
それ故に長時間の移動に適した移動都市レギオスと同じ多脚式の放浪バスが都市間移動に利用されていた。
だが、レギオスは常に移動している上、都市の位置は無線などで確かめることができない。
汚染物質により無線の電波が妨害されるためだ。

レギオスの位置情報は全レギオスの位置情報を司る交易都市ヨルテムのデータを放浪バスで各々の都市に運ばれる
ことで更新される。つまり放浪バスが得ている都市の位置情報は最新のものではなく、良くても数日前どころか
1週間以上前であることが普通である。
その日数の間にレギオスが大きく動いてしまうために、都市の位置情報は絶対的なものではなくある程度までしか
信用できなく、長距離がある都市間の一度の移動は不可能な上、実際の到着予定も数日間の幅を持たせるのが普通
である。
さらに、峻険な山々や汚染獣に対する迂回によって、さらに日数がかかることもざらであるので、旅が1週間経った
ことに対し気にも留めていない。
運転手も見ても冷静そのものである。

書類には先ほど見た旗に描かれていたものと同一の小さな少女の絵がある。
少女の目的地である学園都市ツェルニのパンフレットに偽装した書類を、少女は一枚ずつ丁寧にめくる。

……現在の学園都市ツェルニの状況は非常に悪い。いや、悪いというより最悪と言ってよいぐらいだ。
放浪バスの人々は詳しい被害を知っているわけではないが、ツェルニに何が起こったかは広がっている。
ツェルニに行くと言った少女に対し、

「お気の毒に」
「ほどほどに頑張れよ、放浪バス内では暗いことを考えるには向かないから、実家に対する釈明と心の整理は
ツェルニにいる間にやっておけよ」

などの同情を含んだ言葉や苦笑することしかできない言葉を冗談半分に送ってきた。

出発前に言われた諸注意を思い出しつつ最後のページを読み終えると誰かが叫んだ。

「あっ、レギオスだ」

少女と同じ武芸者である青年が発した声によりバス内がざわめく。窓に張りつく者、長時間座って疲れた体をほぐす者、
周りの喧騒にしかめ面をしながら目覚める者など様々だが、一般人の目にはまだ数万人が生活する巨大移動都市
レギオスの姿形は見えない。
一般人を凌駕する身体能力と感覚を持つ武芸者だからこそ、遠く離れた都市を見ることが可能なのだ。

……しばらくするとレギオスに大分近づき、一般人にも見えるぐらいになった時点で、運転手から下りる準備をする
ようにというアナウンスが入る。
少女もこの長い旅もようやく終わり、この狭い車内と違い体をほぐすことができることを考え、急に元気がでてきた。

「……出発前はあれだけブルーだったのに……」

本当に自分は単純だと思ってしまう。
長期任務が嫌で早く仕事を終わらせたい気持ちは変わらないが、それと同時に自分の生まれ故郷とは違うレギオス
での生活に、少しだけわくわくしてくるのだ。

放浪バスは指定の乗降場から都市内部に入り、専用のエレベータを使い地上に上がり放浪バスの停留所まで辿り着いた。

「頑張れよ」
「武芸の本場グレンダンの力、期待してるよ」

掛けられた声に少女は小さくお辞儀をすると、先に下りた人々とは別の方向へ歩き始める。
放浪バスに乗る人は、商人や旅人など学園都市に一時的に滞在する人がほとんどだが、彼女は違う。
間に合ったことに安堵しながら、少女は大きな鞄と地図を持って歩いていった。







学園都市ツェルニに着いてからの少女の生活は慌ただしかった。
何しろ時間がないのだ。ここは学園都市ツェルニ、転入式後すぐに授業が始まってしまう。教科書など授業に必要な
ものの手配と手続きは式後にやることになっているが、生活環境を整えるのは今の内にやらなければならない。

「寮を借りていたら楽なのにな~」

大体、わたしが1人部屋なんて……と1人部屋が必要不可欠である現実につい愚痴をこぼしてしまう。
放浪バスの旅程が不安定なことを考慮して、通常、転入式の日程はかなり余裕があるようにしてあるし、式に
間に合わなくても配慮するようになっている。

だが、少女は日程的にギリギリだった上に小心者。
転入式後、生活環境が整っていないために授業を自主休講します、とは絶対に言えない。
……授業についていけるか怪しいという不安も彼女の手をせわしく動かす要因の一つである。

「え~~と……これとこれは隠しておいて……明日、必要の書類は…………これで全部だっけ?」

机の上に置いた手引書を三度開きながら必要なものを確かめる。
ついでに部屋の様子も大丈夫か確認する。
ここはアパートの一室、少々隠しておく荷物が多い所為で、広め(家賃多め)の一人部屋になってしまった、
憎く、落ち着かない部屋だ。

「家具良し(まだ着てない服は鞄の中だけど)、電化製品良し(冷蔵庫と掃除機しかまだないけど)、荷物の整理良し(見られて困るものを隠しただけ)、これでもし誰か来ても大丈夫だ……よね?」

見慣れない部屋の様子につい少女は問いかけてしまう。
今までは常に誰かがいた。
だがここは異郷の一人部屋。

故郷グレンダンの騒がしくも楽しい人々の顔を思い浮かべようとして……慌てて首を振った。
いくら何でもホームシックになるのは早すぎる。
この都市でこれからやることはたくさんあるし、明日以降しなければならないこともいっぱいある。

気分転換のため少女は手を水平方向に伸ばした。
平均的な身長を持つ少女が部屋の真ん中で手を伸ばしても、家具は愚かベッドまでも……。

「………届かな~い」

想像以上に広かった。
今までこんなことはなかったのに……と涙目になり、理不尽な現実にいじけるほど数分。
いじけている場合じゃないと決意して、彼女は動いた。ベッドの方へ。

心持ちが良くないときは寝るのが一番。

自作の格言を脳裏に浮かべて、少女は瞳を閉じ夢の世界へ旅立った。







「はあ~」

茶髪の少女は講堂の中に入ると息を吐いた。
式と名がつくものにはどうしても緊張してしまう。王宮のときに比べれば人も飾りもかなり劣っているが、
それでも式独特の重苦しい雰囲気が少女の精神に突き刺さってくる。

ここは第三講堂。普段コンサートや少人数の科や属(属は専科の一種で科の下の位置するもの、ツェルニでは
科→属→コース→研究室、となっている)が集まるのに使われ、収容人数は1000人弱である。
留学生の大体600人前後なので毎年この会場を使うのが通例となっているのだ。

少女は空いている席に座ると周囲をさりげなく観察した。
留学生は皆、学年を示す色が異なるバッチの他にも、もう一つバッチをつけているからすぐにわかる。
2つのバッチを持つことが留学生であることの証であり、身分証明のための義務であった。

今年の留学生の人数は300人ほどしかおらず、席に空白が目立っている。
元々ツェルニは前回の戦争でボロ負けした結果、レギオスの生命線である鉱山の数が少ないために人気がないと、
確か留学について説明してくれた人が言っていた。
その上、ツェルニが汚染獣に襲われ大きな被害が出たことが広まって、留学のキャンセルが相次いだことも重なった
結果が、この空席だった。

留学は学園都市で外の情報・技術を知りたいが、6年も滞在する気はないという人々のために設けられた制度である。
滞在期間も最低1年以上と規定されているだけで、扱いは学生とほとんど変わらない。
大体、1年~3年の滞在を望む人がほとんどで、少女もその中に属していた。

また、この留学制度はツェルニ独自の制度ではなく、人の出入りにおおらかな学園都市全般に存在している制度で
あり、また、留学希望する人数も留学募集する人数もさほど多くないために、人気の偏りが入学より激しい。
さらに、留学生は他の学生より短い期間で成果を出さないといけないのだ。
そのための綿密な情報収集の結果が人気の偏りであり、この講堂の閑散さの要因だ。

留学生たちの顔色には新生活に対する覇気や喜びはなく、どこか不安そうになっているのが見て取れる。
暗い人々に囲まれると自分まで暗くなる。
緊張の上、不安感まで共感してしまうのは嫌なので、少女は周囲の観察を止め背筋を伸ばし、開始の時刻を待った。

「ただ今から、転入式を開始します」

形式ばった挨拶から式が始まった。人数が少人数とは言え、ツェルニの新たな住民を迎え入れる大切な儀式だから
生徒会、すなわちツェルニの最高執行部が主催・進行している。

生徒会役員と格専科の学科長の挨拶が終わった後、少女は不躾にならない程度に関係者になりそうな人を観察した。

生徒会長は一言で言えばやり手の美形だ。
男だが長くきれいな銀髪に高級そうな眼鏡をかけており、いかにもエリートといった感じだ。挨拶も立ち姿も
素晴らしいもので、この短い時間で大衆の心を掴むカリスマのようなものを持っている印象さえ与えてくる。

少女の所属する科の長である武芸長は、無精髭を持ち、プライドの高い学生武芸者に通用しそうな威圧感を持つ大男だ。
……実力はいうと…………一般武芸者よりやや強いといったところだろう。
技量が身のこなし以上に優れていれば2人を相手どっても勝てるかもしれない。
学園都市とはいえ、数百人の武芸者の上に立つにしては弱いような気がするが、グレンダンとは事情が違うのかも
しれないと思い直した。

グレンダンでは異常に汚染獣戦が多い上、一騎当千に値する武芸者がいるために武芸者の実力が最重視される。
実力は低いが指揮能力が高い武芸者は評価されるが、尊敬・出世は望めない。

汚染獣は、しぶとく頑丈で一撃必殺の破壊力を持つ化け物。
実力の低い武芸者では、どんなに護衛を厚くしても一瞬の隙を見せた瞬間、護衛する間もなく殺されてしまうという
事情も、グレンダンの武芸者の‘強い者ほど偉い’という信念を助長させている。

だが、学園都市では
汚染獣戦は滅多にない。
都市同士がセルニウム鉱山をめぐって争う戦争も、安全装置を備えた武器を用いる武芸大会と形式で行なわれる
という安全重視の方針のため、個人個人の危機感が不足している。
武芸者が都市の大切な戦力で資源である以上、基本的弱い、または問題のある武芸者しか外に出されない。

などが原因で実力主義になりにくく、指揮・統率力重視の風潮が敷かれているのかもしれなかった。

だが百聞は一見にしかず。
実際に実力を見れば考えるまでもなくわかることと結論付けると、少女は式に意識を戻した。

式は滞りなく進んでいく。たった300人と定員の半分しかいないのに関わらず、壇上の人々は嫌な顔を一時も
見せずに常に真面目な・または人好きのする笑顔をしている。

少女もパフォーマンスのため、外面に人好きのする笑顔を振りまく機会があったが、あれはかなり大変だ。
この人々の中には明らかに研究一筋の広報に向かなさそうな人もいるから、これはツェルニの首脳陣の外面が
たいそう優れているのではなく、新たな生徒を迎えるという明るいニュースによる喜びからだろう。

……余裕がないときほど、明るい、そして暗いニュースにはいっそう過敏になってしまうのだから……。

「それでは皆さんがツェルニで有意義なときを過ごし、我々同様ツェルニに愛され、ツェルニを愛していただけたら
幸いです」

式の最後の挨拶が終わると盛大な拍手が起きた。
壇上者が去った後、少女たち留学生も動き出した。

この後もまだまだやることはたくさんあり、スケジュールは夜まで埋まっている。
何せ途中編入の留学生。入学式と違い、既に始まっている授業のために時間は少なく、また、カリキュラムや校則も
一般学生とは違う独特な制度があり、トラブル回避のためにもそれをすぐに理解しなければならない。

説明ばかりな午後の予定に、今から疲れを覚え、思わずぼーっと立ち止まってしまったが、集団に1人放置されそう
になったので、慌てて少女も動き出す。

まずは、学生証の配布。
制服やバッチだけでは偽造も簡単なために身分証明、すなわちツェルニの様々なサービスを受ける保障にはなりえない。
つまり、この学生証を受け取って初めて、ツェルニの学生になれるのだ。

「おめでとうございます」

事務的な感謝の言葉とともにカードを受け取る。

少女の写真と所属が載っているカード。
あまり通っていなかった義務教育のための学校には、学生証はなかったために、新鮮味を感じ笑みがこぼれる。

レイリア・アルセイフ。

光を反射する真新しいカードを見ていると、わざわざ偽名を使わなくて良かったと、とある任務で学生都市に派遣
された少女、レイリア・アルセイフは思った。





ガシャガシャと巨大な機械を動かすときの作動音や、エアフィルターに阻まれ拡散する風の声。
どれもレイリアには聞きなれた音だった。
この光景から故郷を思い出すには少々邪魔なものが目に入る。

穴の空きひび割れた道路、瓦礫が撤去され、大黒柱のみが立つ元建物、除去されきれていなかった細かい金属片。
廃棄された取り壊された地区、いや、まるで戦争があったかのような様子なのは当然だ。

ここで、実際に生存戦争が起こったのだから。

都市外延部。汚染物質が満ち荒れ果てた大地に直接繋がる場所。生活感がまったくない場所。
外の風やレギオスの足音による騒音が原因で無人なのでない。

外に通じるこの場所は通常、戦争のために何百人もの武芸者がぶつかりあう主戦場になる土地だ。
最外殻は接舷するために何もない広い空間が広がり、そこから都市部に向かう外郭は、侵入者防止用に入り組んだ
道となり、殺傷目的の罠も設置してある。

だが、その入り組んだ道も罠も今は何もなく、ただ瓦礫が撤去されてもなお残る戦場の傷痕のみが残っていた。

「……幼生体に全て押し潰された」

レイリアは資料の内容を思い出した。
ツェルニの内部から送られた情報なので戦況もある程度わかっている。

汚染獣の最終防衛ラインを破られ、一時はシェルターにまで汚染獣が迫るという滅亡の一歩手前まで追い込まれた。だが、備蓄された質量兵器の解禁と負傷者まで用いた総力戦により、一般人に被害が出る前に汚染獣の殲滅に成功
したと書かれていた。
流石に死傷者の細かい数まではわからなかったようだが、必要な情報としてはそれで十分だ。

戦場跡はさほど広くない。
幼生体の大きさ次第で被害や戦場規模が変わるとはいえ、この程度の広さならグレンダンでは500前後。
ツェルニが迎撃に失敗して、汚染獣を各個撃破できなかったとしても2000弱といったところか。

……幼生体如きに、戦線が一箇所しかないのに突破されたということは、学園都市の武芸者のレベルが低いという噂
は本当のようだ。

出発前にグレンダンの学生武芸者(グレンダンでは汚染獣と戦う実力を持って初めて武芸者と名乗れるので、正確には武芸者の卵というべきか)の強さを見たが、彼等と同程度の実力があればここまで被害はでない。
初めての汚染獣戦による恐怖と緊張で普段の実力を出せないことを考慮に入れても……だ。

……そうなると武芸長はツェルニでもトップクラスの実力者なのかも。

レイリアは、

ツェルニのトップクラスの武芸者>ツェルニの武芸長>グレンダンの武芸者>>学生武芸者
という実力想定を
ツェルニのトップクラスの武芸者≧ツェルニの武芸長≧グレンダン武芸者>>>>>学生武芸者
に変更した。

……とりあえずここで必要なものはすべて見た。
質量兵器が全て使用されたかどうかが少し気になるが、質量兵器の知識がないレイリアでは発射口すらわからない。
わからないものはわかるまで待つのがレイリアの信条だから、これ以上の調査をする気はない。

「……滅亡前に間に合って本当に良かった」

本当にあんなことが起こるのか半信半疑だが、とりあえず廃貴族がいること、それが武芸者に天剣授受者に匹敵する
かもしれない力を与えるのは、報告されているのだ。

後は、戦いを通してそれが始まるのを待つ。
レイリアは戦いでツェルニが滅びないようにしつつ、チャンスを待って廃貴族を捕らえる。

自らの役目を胸に刻みつつ、進入禁止の柵を飛び越え、家に帰ることにした。

日はしっかり沈み、都市の授業棟の電気も一部の部屋のみ点いている。
転入式後の説明会が終わり、荷物を家に置き夕食の買い物をした後、すぐにここに来たのだ。
明日からは授業。まさか学生の真似をし勉学に励まなければならなくとは……と我が身に迫る災厄に頭痛を感じ
ながらもレイリアは願った。

早く任務が終わり、大切な人々が待つグレンダンに帰れますようにと。







「あっ」

帰途の途中、レイリアは忘れていたことを思い出した。

「……顔を出さないといけない場所があったんだった」

レイリアがここに辿り着いているのだから、当然手紙も届いているはずだ。

「……夜も遅いし、私服に着替えるのも面倒くさい」

ここ最近は忙しかった、自分である程度情報を集めてから接触したかった、などと肩書きしか知らない相手に対し
届くはずもない言い訳を繰り返しながら、罪悪感から空を見上げた。

……忙しいのなら手紙を送ればいいとか、到着の報告だけして詳しい打ち合わせも後ですればいいという手段もある
のだが、レイリアはそうするつもりがない。

いや、思いつかないといってもよい。

レイリアは協力者に求めることはほとんどない。
それが相手のプライドと数十年の苦労を踏み弄るものだとわかっていても、自分の考えを曲げる気はない。
……手柄を奪っても、陛下が必要以上に彼らを冷遇することはないという打算もある。

仲間ではなく、競争相手として対応。

レイリアは小さく頷くと今日のメニューは何にしようかか冷蔵庫に入った食材を思い浮かべ続けた。

「買い物した初日って、色んな食べ物で何を作ろうかわくわくするな~」

幼馴染のリーリンがいれば、賞味期限を見て痛みにくいものから使いなさいと怒鳴られるところだが、今は一人。
数日後、賞味期限が迫った大量の食材を前に困ることを知らずに、レイリアは今の楽しい気分を味わっていた。










後書き
老生体戦はどうした? と疑問に感じるかもしれませんが、それは後々説明されます。




[26723] 過去編(グレンダン編) 第1話  5歳 原点 前編
Name: 銀泉◆b6faa4a8 ID:74c548e8
Date: 2011/03/26 18:07
過去編 第1話  5歳 原点 前編










「……え~~と」

普段は寝ることぐらいにしか使わない狭い部屋。
三段ベットと大きな箪笥の所為で非常に狭くなっている部屋の中に自分の兄、姉たちが小さな紙を中心にして
集まっている。
子供とはいえ部屋の許容人数を大幅にオーバーしているために、部屋の中はまさにすし詰め状態だが、文句を
言うものは誰もいない。

子供たちを見ている茶髪の少女――義務教育も始まっていないから少女というより幼女というのが正しい――に
幼児のぷにぷにとした肌の柔らかさはなく、栄養状態がよくないことが見るだけでわかってしまう。

だが、それも部屋にいる子供たちと比較すると軽いものだった。
長袖のシャツやズボンの先から見える細い手首と足首。そこから血管の影も見えてろくに肉がついていないことが
よくわかる。
ほほの肉も削げ落ちている上、修繕跡が残った小さめの色あせた服。

外に出れば、浮浪児と呼ばれても仕方のない格好であった。

「ちょっと遠いけど、この場所で貰えそうだぞ。ここは一度暴動が起きて配給がストップしたけどもうすぐ再開するって話だ。役人も混乱しているから何気ない顔で並んでおけばばれないと思うぞ」
「馬鹿。ばれるに決まっているでしょ。暴動が起きた場所でよそ者に優しいわけないじゃない」
「やってみないとわからないだろう」
「遠い、補導される、並ぶ以前の問題、却下。やっぱり処分市よ。お義父さんが適当にしまいこんだ冬服がある
じゃない。わたしたちが着るには大きすぎるものを使えば損しないし物々交換だって可能だわ」
「……もったいなくない? 大きめの服を切ればわたしたちのサイズになるのに」
「もったいないから交換できるの」

ここに孤児院。
子供たちは全員孤児で身寄りがない。身寄りにあてがある子供はすでにこの院からでている。
つまり、ここにいる子供たちは全員、親に見捨てられたか捨てられた子供たちなのだ。

大人しくしていても助けは来ない。
子供でもピンチは自力でなんとかしなければならない。
子供たちの生存本能が自然に学んだことだった。

……全ての始まりは畜産プラントの原因不明の故障からだった。
食用動物が原因不明で次々と死んでいった。
理由は今でもわからず、突然変異した病原菌や、プラントが故障し発生した有害物質が原因だとも言われている。

食料を自給自足し、外からの輸入が不可能というレギオスの生活では大事件といえる畜産の変死事件は当時、大々的
に報じられず、対策もあまり力を入れられていなかった。
今から考えると信じられない怠慢だが、当時の風潮は全く違った。

武芸の黄金世代。グレンダン史上最強という名での都市全体でのお祭り騒ぎ。
数年前から、優秀な武芸者がたくさん現れたのだ。
外と中両方から。
10年前までは5人しか存在していなかった天剣授受者も毎年のように選ばれ、今年で既に9人。
残り3人も外から優秀な武芸者がやって来ているため、後は実績を得るだけの時間の問題だと噂されていた。

怪死事件も起きてしまっても水を差すなと言わんばかりに、同時期に起きた天剣授受者授賞式の祝事ですっかり無視、
対策がおざなりにされてしまったのだ。

警告した人も、少人数ながらいたらしいが、

「肉を我慢すればよい」
「予算がない」

といった声に潰されてしまったのだ。

畜産プラントの怪死事件も肉を買う主婦ぐらいしか思い出さなくなった頃に次の事件が起きた。
プラントの異常が主食料である穀物・農業プラントでも発生したのだ。

畜産プラントの原因もまだわかっていなかったために、被害拡大を食い止めることができず、穀物はほぼ全滅。
備蓄も少しはあるが、来年の収穫時まではとうてい足りない。

こうして、グレンダンの食糧事情は一気に悪化、炎上したのだった。


「ねえ、わたしにできることは……」

レイリアと名付けられた幼児は、同じ孤児院出身の姉、兄たちに声をかけた。

姉兄たちの反応は2つに分かれた。
レイリアに優しく諭すような目と、露骨ではないが邪魔者、いや恨めし気に見る目。

「レーちゃん、心配かけてごめんね。わたしたちはレーちゃんが心配してくれるだけで嬉しいから。
レーちゃんは希望の星だもの」
「……そうだぞ、レイリアは既に十分孤児院を助けているのだから」
「……でも」
「「大丈夫だから」」

頭の良い兄姉にやんわりと拒絶され、レイリアの勇気も萎んでしまう。
だが、ここで勇気をなくしたら声をかけた意味がないし、何より役立たずな癖恵まれている自分が許せなくなる。

姉兄の拒絶のオーラに負けないよう、武芸のときのように息を整え小さく一礼して相手の目を見て話しかけた。

「でも、わ、わたしだってお姉ちゃんたちを助けたい! 肉体強化もできるようになったから重い物も持てるし、
遠くの物も見えるよ。気配を読む、隠すのも少しならできるから、遠くの場所でも案内……」
「いやいやいや、神聖な武芸の力を悪用させたら、わたしたちお義父さんにぶっ飛ばされちゃうよ」
「そうそう、天才武芸者のレイリアがいるのだから役人からお金だって貰えるし、あの金持ちの兄ちゃんから食べ物
を援助してもらったりできるんだぞ。後は俺たちに任せてくれればいいからな。レイリアは強くなることだけ考えて
いれば良いからな」

レイリアの提案を全部聞くことなく、兄姉たちは言葉を重ねてレイリアを部屋の外に追い出し、扉を閉めてしまう。

兄姉とお前では住む世界が違う。
お前は特別で別の……。

大きな扉がレイリアに恐怖の言葉を投げかけてくる気がしてレイリアは逃げた。

逃げる途中で同じくらいの背の女の子とすれ違う。
他の子供と同じくレイリアより痩せこけた女の子は、レイリアとは正反対の顔をして、追い出された部屋に軽々と
入っていった。

「お兄ちゃん、お義父さんの明日の予定わかったよ~」
「でかした、これでスケジュールが建てられる」

レイリアと同じ年の女の子が皆に褒められるのを聞いて、レイリアの心に針が突き刺さったかのように感じた。

「心配性で子供たちが危険な場所に行くのを許さないお義父さんだからこそ予定を調べ、ばれないようにしなければ
ならない」
姉が言っていた言葉だ。

レイリアでは嘘がつけなく、隠し事がすぐにばれてしまうから、やるといっても拒否されてしまったことだった。

希望の星、天才武芸者。

そんなのが何だ。
そんな大層なあだ名があるのに、レイリアは今、家族に何もできていない。

兄妹でひとりだけ武芸者。
ひとりだけたくさんのご飯。
ひとりだけ……何もしなくてよい。
そして……普段は賑やかな食卓に今、ぽつりとひとり。

「さみしい……よう……」

レイリアの目から涙が流れる。
泣き声だけは押さえようとしたが、結局彼女は大泣きしてしまった。







「レイリア、また泣いていたのか」

図星だからレイリアは目をそらした。

「レーちゃんは泣き虫だから仕方ないの。なになに? 娘心のわからないお義父さんなんて嫌いだー! だって」
「……ルシャ、お前には聞いてないし勝手に代弁するな」

孤児院の院長で養父でもあるデルクは、可能な限り家族全員で食事をすることにしている。
そのため、作った料理を居間にある大きなテーブルに運んで、全員が食べられるようにしていた。

昔は料理を大皿に入れ、そこから個人が適量を取るシステムになっていて、食事時はいつもおかずの取り合いに
なっていたものだ。

だが、今は違う。
それぞれの前に置かれた野菜炒めが盛り付けてある皿と、とうもろこし入りのスープが入ったカップ。
少ない食料を皆で分け合うために、こうしてしっかり分けているのだ。
肉と穀物がほとんどない侘しい食事だが、全員がそのことにもうすっかり慣れてしまっている。

ちなみに、とうもろこし入りのスープであって、コーンスープでは決してないと兄が主張したために、
誰もこのスープをコーンスープとは呼ばない。

誰かが冗談を言っては突っ込まれ、子供たちが笑い笑われながら楽しく食事をするのが、この家のスタイルだ。
だが、レイリアは話しかけられない限りは、デルクのように黙々と食事を続ける。

レイリアは武芸者であるため、他の人より多めに料理をよそってある。
皆と話しながら食べると、量が相対的に多いレイリアだけが一人残って食事を続けることになる。
それが嫌なので、皆のペースに遅れないように急いで箸を口に運んでいるのだ。

テレビは相変わらず暗いニュースを伝えている。
暴動がまた起きたとか、ようやく始めた政府の食料の配給に殺到する人々の様子だとか、政府の動きの鈍さとか……。
子供たちはテレビの内容に誰も注視しない。
それどころか、煩くてテレビの音が聞こえないとデルクから叱られるぐらいだ。

前にレイリアがその理由を尋ねると、

「義父さんの前で情報収集の証拠を残す真似はしないわよ。わたしたちは義父さんが使わないネットや噂で情報収集
をすればいいの」

と返ってきた。

ニュースを理解できないレイリアが気にすることじゃないと言われたので、よくわからないまま納得したのであった。
兄姉は食事を終えてもまだ楽しくおしゃべりをしている。

食事を終えるということは手も止まり、両手が空くということであり、極たまに会話から両手を駆使した
取っ組み合いに発展することがあるが、今日はないようだ。
良かった、今日も早く食べ終わろうと決意し、レイリアは小さな口をひたすら動かし続けた。

食事を終えてから就寝時間までは自由だ。
今日は何して過ごそうか考えていると、養父が珍しく声をかけてきた。

用事があるときは大抵稽古後に話すのに、今日は言い忘れたのだろうか?

レイリアが反応したのを見ると、」部屋で話があると言って部屋の中に入っていったので、レイリアもそれに続く。
養父の部屋はものがほとんどなく殺風景だ。
私物で溢れている子供部屋とは全然違うのであった。

「お義父さん、話って何?」
「まずは座りなさい、レイリア」

養父に言われた通りレイリアは近くの椅子に座る。
大人用の高い椅子に座るのは、なんだか大きくなったような気がして好きなレイリアだった。

「レイリア、体調は大丈夫か?」
「うん、大丈夫。最近は調子いいから心配しないで」

思えば、養父とじっくり話をするのは久しぶりである。

孤児院のために、せわしく動き回っている養父はとても忙しい。
たまに家族が減って恨みたくもなるが、この危機の中義理の家族のために必死になっている養父のことが、親が
いなく愛情に飢えている子供たちは大好きだった。

レイリアに「最近はどうだ?」 などを尋ねてくる養父に、レイリアは笑顔で答える。
途中レイリアが話を脱線させても、養父は気にせずレイリアの話を聞いていた。

「……でね、リーリンたら凄いんだよ。わたしの疑問を……」
「……の魔法少女が卑怯な敵を相手に……」
「向かいのおばさんがね……」
「……を教えてくれた、たっ」

久しぶりに長く会話をした為か、舌を噛んで涙目になるレイリア。
稽古の痛みとは全く違う痛みに、派手に悶絶するレイリアの回復を待って、養父が問いかけてきた。

「……レイリア、楽しそうだな」
「わたしが苦しんでいるのにお義父さん、何言っているの? 本当に痛かったんだから」

そう言って舌を出す娘に、養父は声を出して笑った。

「ははは、すまなかった。お前をからかう気などなかった。……ただ、最近お前が寂しそうにしているのを見ていた
から、つい心配してしまった。だが、お前には助けてくれる家族がたくさんいるのだな」
「お義父さんが一番だよ」

どこか突き放したような言い方をする養父に、レイリアは即答した。

その言葉に、養父は一瞬はっとすると、喜んでいるような苦しんでいるような、愛憎入り混じった表情をしたが、
感情の細かい機微に疎いレイリアには、苦しむのはおかしいから照れているのかなと思った。

「……結局、お義父さん、話って何だったの?」
「いや、話はもういい。考えてみればこの質問をレイリアにする方が間違っていた。レイリアが家族のことが好きだ
とわかっただけで十分だ」

養父は何かを悟ったように重々しく頷いていたが、レイリアから見れば面白くない。
楽しかったことは事実だが、舌を噛んでまぬけな姿を見せた後、いつの間にか話が終わっていたのだ。

「皆、お義父さんと話をしたがっているんだから、わたしの雑談を聞く余裕があるお義父さんはもっと頑張ってね」

レイリアは捨て台詞を残すと軽い足取りで部屋から去っていった。

「……一番か。子供に教えられるとはわしも未熟だな」

天才武芸者。1を見て10を知る者。新たなる世代の旗手。
レイリアを武芸者の一面から見たときの評価だ。

デルク自身、レイリア以上の才能の持ち主に出会ったことはないし、老齢で流派を弱小にしてしまった自分がその
才能を伸ばせるのは、天の恩寵といっても過言ではないと考えている。

そして、それは武芸者ならだれでも抱く考えでもある。
光溢れる原石を磨き上げ、最強という宝石を作り上げるという、武芸者にとって最高の栄誉。

「……わしもあまりの輝きのあまり、足元を見なくなっているな」

才能があり、千の技を覚え、音より早く動けたとしても、一瞬の油断が死を招く武芸者の冷たい世界。

「力に驕る面はない分、問題は精神面のみ」

その精神面でデルクは取り返しのつかない失敗をするところだった。

レイリアは武芸者である以前にまだ子供、いや甘えん坊の幼児だ。
寂しがり屋で内気で、強く言われたら家族にさえ反論できない、でも他人を思いやれる優しい子。

そんな子供にこんな重大な判断をさせるのはもっての他だ。
1つしか言えない答えを聞くなんてまさに外道すぎる。

デルクは書類を鞄の中に仕舞うと、部屋から出ていった。

この後、子供と話をして、途中格闘技戦(別名、悪ガキ懲らしめ)に移行したデルクは気付けなかった。
デルクの部屋に子供が一人こっそりと入っていったことを……。







レイリアは翌日、道場にいた。
ここはサイハーデン流の師範を務めるデルクの道場で、門下生は数人しかいない超弱小流派だ。

本来、レイリアの年齢で武芸者の修業をすることはない。
だがレイリアは、大人たちの訓練を見ただけで剄の扱いを覚えてしまうだけの才能があったために、安全のため
剄の制御を学ばなければならなかった。

剄の流れが見える。それがレイリアの才能、特異性。

剄とは武芸者が超常的な力を発生させるための元となるもので、剄を用いることで肉体強化したり、衝撃波を放つ
ことができる。
通常、剄を発生、操るのは数年の訓練を要するのだが、レイリアは視て真似るだけで剄を操ることができた。

「えい、えい」

声だけ聞くと玩具を振り回す、微笑ましい幼児そのものだが、摸擬刀の動きは周囲に全くひけをとっていない。

通常、幼児が子供用とはいえ大きすぎる模擬刀を振り回せば、遠心力に振り回され、柄がすっぽ抜けてしまうのだが、
レイリアの振るう模擬刀は鋭く空気を切り裂き、かすかな風切り音しか発さない。
重さに頼る、もしくは振り回されていては絶対にできないことだ。

空気を力で押し出し豪風を生むのではなく、空気の流れに逆らわず2つに裂く。
切り裂くではなく、空気の流れを読み取って切り込みを入れ、後は流れと一体化する。

刀の基本にして奥深い技術、それを5歳の少女が刀使いと名乗れる程度までマスターしていることが見て取れる。
これを幼年部の大会で披露したのが、天才武芸者と呼ばれる切っ掛けだった。

踏み込みが道場全体を震わす中、基本を繰り返し、体の動きに剄を馴染ませる。

「レイリア、休憩」

師範からの指示でレイリアは刀を振るうのを止めた。

レイリアの訓練はあくまで剄の制御。
剄の制御に失敗して他人に迷惑をかけないようにするもので、強くなるためにするものではない。

だから、基本が終わった時点で休憩、見学となり、大人たちがさらに激しく訓練するのを観察することが日課だ。

レイリアにも基本以外の技を試したいという思いはあるが、目の前で、

「きえええぇぇぇぇーーー」
「いややややーーーー」
「脇の締めが甘い、重心を悟らせるな。来るとわかった攻撃なんて屑だ」

と気合や金属の激しい衝突音とそれによる大気の震え、何より養父の渇が木霊する中に入り込む勇気はない。

それに身体強化や気配を隠すという、日常に役立ちそうな訓練は自主的でもできる。
だから、レイリアは途中で訓練に参加できないことに不満を覚えず、ただ黙って見ているのだった。

「お養父さんたちはいつ見てもすごいな。痛みに全然怯まないどころか、痛がる素振りさえ見せないなんて」

基本を確かめた後の訓練は、厳しく激しい。
床に叩きつけられるなんてしょっちゅうだし、無様な攻撃、防御を見せるとその隙に容赦なく模擬刀を打ち込んだり
している。
また、限界を超えた高速移動の制御に失敗して地面に転がる、または壁に激突することもある分、武芸者というもの
は本当に大変なんだと思う。

「終了! 集合、礼。 ではお昼休憩だ」

養父の号令で道場生が並び、深々と礼をすることで午前の練習は終わる。

厳しい訓練で足腰が震えている者もいるが、懸命に堪え隣の食堂に移動した。
グレンダンでは、道場の近くに食堂があるのは常識だった。
武芸者の訓練は人一倍エネルギーを使うのだ。
その武芸者を対象とした商売が成り立つのは自明の流れである。

今は食糧難で普通のお店ならほとんど休業状態のはずだが、武芸者御用達の店では、武芸者が自らに援助された食料
を持ち込むので、食堂の臨時開店が可能になるのであった。

「レイリア、今日の俺は良かっただろ」
「バランス崩されて転がり続けたことを忘れたとは本当にお前は鳥頭だな。共食いは忍びないからこれは貰ってやる。
感謝しろよ」
「てめえ! しかも汚え!? レイリアのところに入れやがるなんて、そこまで性根が腐ったか」

養父の道場生は人数が少ないが全員気の良い人たちで、人見知りのレイリアにも気さくに話しかけてくれる。
顔に切り傷がある強面の男もいて初めは怖かったが、今は良い人とわかっているから怖くはない。

……だが、高い高いといって数メル先の上空まで放り投げるのだけは勘弁してもらいたいが……。

「レイリアさんの成長は本当にすごいね。刀の基本はほぼできているし、活剄の精度も見る度に見違えているよ」
「ありがとうございます」

まだ幼児のレイリアのことをレイリアさんと優しく呼ぶのは彼だけだ。

ユアン・ヴェルト。

1人気品よく食事をしている青年で、何で弱小道場にいるのかわからないくらいの名家の出身者だ。
名家の名に負けないくらいの気品と実力を併せ持つ武芸者で、レイリアとしても道場生の中で一番大好きな人である。

ちなみに孤児院に食料や勉強道具を寄付してくれるのもこの人で、孤児院の皆は金持ちの兄ちゃんと呼んでいる。

「基本だけを見たら学生くらいの実力を持っているのだから、焦らず頑張ってください。……まあ、優しいレイリア
さんにはこんな時勢にのんびりしろと言っても納得しづらいかもしれませんが、子供の頃は友達や家族と遊ぶのが
一番なのだから……。困ったことがあればいつでも大人に相談してください。少なくても道場生の仲間はすぐに
助けてくれるはずです」
「……ありがとうございます」

困ったことがあれば……その言葉に反射的に口が開こうとするのをレイリアは抑え、別の当たり障りのない言葉に
変換する。

寂しい、兄姉から特別扱いされていて寂しい。

こんなこと、すでに孤児院を十分助けてくれているユアンさんに言うべきではない。

その後も共通の話題である武芸や養父の話をしていると、そこに他の者も加わり会話はさらに花を咲かせた。

そろそろ午後の訓練の時間だということで食器を片付けた後、見送るレイリア(午後の訓練は危険だからと見学も
許されていない)にユアンが一言声をかけてきた。

「どうやら振られちゃったみたいだけど……いや僕の余計なお世話だった言うべきかな。僕はレイリアさんの勇姿を
初めて見たときからの大ファンだから、これからも相変わらず応援させてもらいます」

レイリアは言われたことに心当たりはなく、きょとんと首を傾げるだけだった。







レイリアは服を着替えると、憂鬱な気分のまま孤児院に戻っていた。
兄姉たちは押入れから午前中に探し出した服を、処分市に売りに行っているはずだ。
つまり、孤児院に人はほとんどいないので、帰る足取りも重くなってしまう。

「おい、レイリア」
「レンウェイお兄ちゃん! あれ、1人なの?」

レンウェイはレイリアより4歳年上の男の子だ。
やんちゃですぐ手が出る性質でレイリアも何度も泣かされたりしたが、レイリアと同じく物心がつくときから孤児院
にいる仲間で、レイリアもよく慕っていた。

「こんなに早く帰ってきていいのか? ユアンが優しいとはいえ、優しさに甘えすぎるのは将来的によくないぞ」
「……? お兄ちゃん、何の話? わたしはいつも通り訓練が終わって帰ってきただけだよ」

レイリアののんきな疑問顔に、レイウェイは声を出して笑った。

「ははは、俺たちに気を使わなくていいって。ユアンから話はあったんだろ? 良い話じゃないか。こんな人の
少なくつまらない家に帰るぐらいなら、道場で待っていた方がよほど良いと思うぞ」
「……何を言っているの?」

レイウェイの話し方に恐怖を覚えたレイリアは、後ずさりをしながら強張った顔をレイウェイの方へ向けた。

この話し方は知っている。印象に残っている。
雰囲気……そう雰囲気は陰性と陽性で真逆だけどあれは……あれは家族が…………。

レイリアは更なる恐怖に襲われ、つい小石に躓きそうになった。

普段なら気にしないような小さな小石。

その小石がコロコロ転げ落ちていく音が、なぜかレイリアにははっきりと聞こえた。

「何て、ユアンから養子の話があったんだろ? こんな良い話は2つはないし、ユアンほど良い人も2人といないぞ。
名家の一員、しかも厄介扱いになりそうにないって、流石孤児院の出世頭、いやシンデレラじゃないか」

……養子? 何を言っているの!? わたしたちは皆お養父さんの養子じゃない!?

言葉は声にならず、ただ歯がガチガチと噛み合う音のみが響く。

「……聞いてない、そんなの知らない」

唇が動かないまま声が漏れる。
養子? わたしとユアンさんが実は血が繋がっている!?

……そんなことはない。わたしは5歳、ユアンさんは19歳。

いくらなんでも年齢が近すぎるし、それなら一度くらいはユアンさんの実家にお養父さんが行っているはずだ。
お養父さんは子供のためになるなら、捨てた親にも直接談判を何度もするぐらいなのだ。

だが、実は親が生きているなんて話は聞いたことはない。
そもそも、わたしの親は放浪バスの事故で死んだって聞かされたのだから……。

だから、養子なんて、アリエナイ。
頭が混乱する中、ユアンさんに最後に言われた言葉を思い出す。

「……どうやら振られちゃった」

あれだって会話中にユアンを無視したか何かに対してだ。
そうだ、だからあのときにユアンさんの瞳は……。

「嘘だ」

自分の声とは思えないくらい大きな声がでる。その声が自らの思考を止める。

「嘘だ、嘘だ、嘘だ。わたし何も知らないもん。お兄ちゃんの嘘つき。お兄ちゃんの嘘なんてすぐばれる癖に!」

レイリアの大きな声にレイウェイはむっとすると、レイリアの声に負けないよう怒鳴り返した。

「五月蝿え! 近所迷惑だろうが!! しっかし親父の野郎まだ話してないのか? 詳しい話はそこの空き倉庫で
するぞ。最近、近所の目も厳しいからな」

レイウェイはレイリアを一喝すると、小さな手を持って引っ張り、近くの倉庫の中に入っていった。










後書き
「5歳 原点」は前編、中篇、後編、エピローグ編と続きます。



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