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[26014] 竜皇騎士伝 ~勇者と同等に面倒な役割~ (異世界強制召喚) 起部10話目
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/03/27 21:40
初めましての皆さん、初めまして。
お馴染みの皆さん、また懲りずにやって参りました。

注意事項
1:展開はご都合主義優先
2:主人公、その他の設定はテンプレート気味
3:出演男女比は女性過多
4:主人公は早い段階で能力インフレを起こす
5:設定語りが鬱陶しいレベルかもしれない

前作の2次同様、『誰得? 作者得』仕様で進めてまいります。


投稿開始 2011/02/14
前書き追加変更 2011/03/05
板移動:チラシの裏→オリジナル 2011/3/27

作者:かみうみ 十夜



[26014] 第1話 唐突感。プロローグは意味不明に
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/03/27 21:46
「ちょ、何だよこれ!!」

 彼の背後から叫び声が聞こえた。

 丁度教室を出ようとして、出入り口の引き戸に手を掛けていたところだったが、思わず振り返ってしまった。

「……は?」

 彼の眼にも、それは映った。

 教室の中心部に何時の間にか現れていた幾何学模様と意味の解らない文字らしきもの。

 それが急速に拡大していく様が。

「え? 待てよちょっと!?」

 思わず叫ぶが、教室の中でそれに気付いているものは極僅かしか居ないようだった。更に、模様に触れたクラスメイトがその構成を解かれ、末端部から『分解』され虚空に解け出していった。見えている、いないに関係なく。

「洒落になんねぇだろ……!!」

 即座に逃げようと引き戸に向き直ったが、拡大速度が上がったのか取り込まれしまった。

「何なんだ――」

 指先や裾などの末端から体や衣服が解かれ、最後には頭が分解された。


 とある学年の一クラス、計45人が、白昼にも拘らず『神隠し』に遭った。




 濃密な緑の匂い。

 周囲は夜露に濡れ、芳しく放香する夜咲きの草花に囲まれていた。

「……ここ、は……?」

 背を大樹の幹に預ける形で座り込んでいた彼が、眼を覚ました。

「ふむ、人間共が『英雄召喚』を行った余波か。少年よ、運が無かったな」

 彼の前には一人の女性。長くウェーブした漆黒の髪を持ち、深い蒼の瞳で、羅紗の衣服から豊満な体躯と透けるほど白い肌が覗いている。

「どうする? ここで朽ちるか? 選ばせてやろう」

 言われ、彼は自分の首から下を見る。思考が回らないが、何故か腹部から出血していた。

「上空に召喚されたようだったからな。落下した時に何かが貫いたのだろう」

 女性は淡々と教える。

 彼の前に膝を折ってしゃがみ、その白磁の手を傷に当てる。

「幾つかの内臓を巻き込んでいるようだ。目覚めたのは僥倖だったな」

 その手が他人の血に穢れる事など全く意に介せず、暗にそのまま死んでいたかもしれないと言っている。

「さて、どうするか決まったか? 私ならば対価と引き換えにお前を救えるぞ?」

「……対価は……何……?」

「ほほう、言葉が通じるな。なるほど、お前の持つ玉(ぎょく)の一つは『意思疎通』か。

 ああ、対価だったな。何、少々人間ではなくなってもらうだけだ」

 ただでさえ上手く回らない彼の思考は瞬間的に停止した。

「そして、役目に就いてもらう。それだけだ。生命の対価としては安いものだろう?」

「……解った……。願う」

「……素早い決断だな。面白くない」

 此処が何処で、何故こんな目にあっているのか。全てが解らない状況で命の選択を迫られる。こんな極限状況で一体他にどんな選択肢が在ると言うのか。彼に言わせればそう言う事だ。それに、彼は人間と言う存在にもう固執する必要は無いと考えていた。

「ならば契約だ、盟約だ、そして、誓約だ。

 『我、暗黒を統べる竜が皇。此処に我が騎士の誕生を祝福す。彼の者は我が永遠の従者と成り、共に散る定めとなる』」

 彼女の虹彩が金色に変わり、瞳孔が縦に割ける。竜眼の発露だ。

「『竜騎士転生』」

 自らの牙で唇を切り、滴る鮮血と共に口付ける。

 竜血は彼の口腔に溜まり、自然と嚥下される。

「あ、言い忘れた。今から激痛があるが、自我を壊されないようにな。私の血は強烈なはずだ」

 その言葉の通りに、彼の内側から今までの彼を全て打ち壊すような激しい痛みが発生した。

「――――!!」

 言葉に成らない。

 全身を暴れさせようとするが筋肉の全てが痛みで萎縮し、身動きが取れない。

 痛みを紛らわす動きの一切が出来ない。

 何かが組み変わる凄まじい不快感と、自意識を押し流そうとする激しい痛み。長時間晒されたのならばどんなに強固な意志を持った人間でも間違い無く廃人となってしまうだろう。

「まぁ、お前なら耐えられるだろう。この状況下で即決できるような思考をしているんだ。精神力にも問題なかろう。

 期待しているぞ、我が騎士殿」


 期待している。


 その言葉一つで、彼は何が何でもこの痛みを乗り越える決意をする。

 彼女はそのまま彼を抱きかかえる。

 皮膚の感覚はこの痛みの中でも彼女の温かさを感じていた。





[26014] 第2話 状況把握は不十分。それでも事態は進展す
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/03/26 17:41

 すぅ。と、眼を開く。

「ん、目覚めたか。

 どうだ? きちんと自我を残しているか?」

 彼が横を向くと、そこには美しい黒髪の、美貌の女性が一人。凛々しい雰囲気を滲ませて佇んでいた。

「貴女は……。

 ああ、俺は俺のままみたいだ」

「上々だ。私の竜血を受け切ったな。見事だ」

 そうして、彼女は彼の頭を撫でる。

「さて、色々と説明しなければならないんだが……。まずは名前を教えてもらおう」

「確か……華月(かづき)」

「カヅキ……。どんな意味を持つかは知らんが、響きだけでも大層な感じが在るな」

「まったくだ。何を考えてこんな合わない名前を付けたんだか」

 彼、華月は自分の容姿が盛大に名前負けしていると知っている。弛んだ眦に締りの無い造りの顔だ。とてもではないが字面のようなものにはなれない。

「ほぅ、何やら自分自身と釣り合わんと思っているのか」

「ああ。まぁ、それはいい。それで、貴女の名は?」

 言われて、自分も名乗っていないことを思い出したのか、彼女はぽん。と、手を打った。

「私の名はアルヴェルラ。ヴェルラと呼んでくれ」

「解った。

 それで、俺に何をさせたいんだ? 役目が在ると言っていただろ」

「お、覚えていたか。ならば話が早いな。

 カヅキには私だけの騎士に成ってもらう。まぁ、もう下準備は済んだからな。後はそれらしい格好と技術を身に付けてもらうだけだが」

「女皇陛下。いつまで説明に時間を掛けていらっしゃるのですか」

 そこまで話した所で、二人の間に割ってはいった声があった。

「む、何用だテレジア」

 そこにはヴェルラには及ばないものの美女と言って差し支えの無い女性が居た。

「何用だ、ではありません。昨日から公務も放り出して……いい加減陛下の印が必要なものが溜まってきているのですよ」

「七面倒な。そういうものは任せると言っただろう。私はこれからカヅキに色々教えねば――」

「それこそ我らにお任せください。新米竜騎士の教育は、陛下のお手を煩わせるまでも在りません」

 そこまではっきりと言われ、自分の旗色の悪さを悟ったヴェルラは、降参したようだ。

「解った。ならばカヅキに状況の説明と、その後の教育について、しっかり教えてやってくれ」

「任されました。このテレジア=アンバーライド、名に賭けまして」

 右手を胸に当て、しっかりとアルヴェルラを見据えて宣言した。

「では、残りの事はテレジアから聞いてくれ。またな、カヅキ」

 ヴェルラは華月の返事も待たずに出て行った。何だかんだと言っていたが、自分をテレジアが呼びにきたと言う事の重大さをきちんと解っているのだろう。

 残された華月はテレジアを見、どう声を掛けたものか迷った。

「初めまして。私はテレジア=アンバーライドと申します。先ほどの会話を聞き逃していなければお分かりかとは思いますが」

「いえ、初めまして。瀬木 華月(せぎ かづき)です」

「成る程、本当に『意思疎通』の玉を持っているのですね。何とも都合の良い話ですが。

 と、今の貴方には理解出来ませんね。その辺りも追々説明いたしますが、まずは今の状況を説明いたします」

 はきはきとした口調で言葉を連ねるテレジアに、華月は少し戸惑った。が、ついていけないほどではない。

「貴方は此処ではない世界から、この世界に強制召喚されました」

「……え?」

「理解できないのは、何処でしょうか」

 テレジアの眼が鋭くなる。華月を探っている。試している。

「ここが違う世界だっていうのは、現実みたいだから納得できないけど理解はする。強制召喚ってどういうことだ?」

「強制召喚とは、対象の意志を無視した状態での召喚を指します。大抵の召喚はこれに属します。今回、貴方に作用したのは広範囲型英雄召喚だと推測されます。資質を持つ者を一斉召喚し、召喚後にそこから絞り込む為の召喚魔法ですが。

 貴方は魔法効果範囲の端に居たのでしょう。途中で振り落とされたようです。貴方と同様に途中で落とされた人間も居るかもしれませんが、アルヴェルラ女皇陛下の治めるこのドラグ・ダルク国に現れたのは貴方一人でした。

 ここまでで何か?」

 テレジアの視線は鋭くなるばかりだ。以前の彼なら萎縮し、質問など出来なかっただろうが、ここは前の世界ではない。もう萎縮する必要は無い。

「と、言うことは、俺の他にも何処かに大量に召喚された人間が居るはずって事か?」

「その通りです。何の為にその召喚が行われたのかは、推測ですが魔王討伐の為に勇者を異世界から呼び寄せるためだと思われます」

「魔王に、勇者か」

 華月は少し頭痛がした。と、同時に自分がその選別に掛けられなくて良かったとも思った。勇者なんて冗談じゃない。冷静に考えれば責任は重いわ面倒くさいわ、苦労した挙句に死ぬか、何の得も無いまま元の世界に戻される可能性だって高い。そんなものにされなくて済んだのだ。華月には滅身奉仕の精神など、もう在りはしないし、「勇者? マジ俺凄くね!?」等と言う自己中思考も持ち合わせていなかった。

「何を考えているのか知りませんが、今の貴方はある意味勇者と同じほど面倒な立場に在ります」

「は?」

 まるで華月の思考を読んだかのようなテレジアの言葉に、思わず聞き返してしまった。

「一つ。今、貴方は女皇陛下と契約を交わし、竜騎士として此処に存在しています。その身体は最早、人ではなく竜になっています。最も、純竜種と違い、一度竜化したら戻れませんが。当然、元の世界には帰れなくなりました。その身にこの世界の理が上書きされましたので。

 話が逸れましたね。

 二つ、竜騎士とは主たる竜に仕える下僕です。主が死なない限り粉微塵になっても死ねず、逆に主が死ねば自身が健常だろうと死にます」

 華月が頭を抱えたくなったのは当然だろう。

 元の世界に未練は無い。だが、あのままならば確実に死んでいたし、仮に怪我もなくこの世界に来たところで訳が解らないまま殺されていた可能性が高い。女皇や魔法、魔王に勇者という単語と、明らかに文明レベルが彼の居た世界より低いと推測できるこの部屋の造り。結果として導き出されるのは完全にRPGのような夢とロマン溢れる幻想世界なのだろうという結論だ。

「その表情からすると割と理解が早いようですね。手間が省けて助かります。

 そして、此処からが重要です。

 三つ、貴方はドラグ・ダルクの女皇陛下が竜騎士です。これから体術、適正が在る武器の扱いは元より学術に適正が在れば魔法も覚えていただきます。それも人間レベルの温い物ではなく、半不死となったその身体の限界の無い訓練です」

「それって、始めは何回も死ぬような事になるって訳か」

「その通りです。本当に理解が早いですね。こちらとしては好都合ですが。ただ、貴方が早々に必要なものを身につければ済む話です」

 正直洒落にならない話だ。

「口頭での説明は以上です。以降の教育は基本的に私が行います。疑問が在れば気兼ねなく尋ねてくれて構いません」

「了解……。で、訓練ってもしかしなくても今からだよな」

「当然です。そこの服に着替え、向かいます」

 華月が寝ていたベッドの脇には、黒い布で作られた服があった。というか、既に着ている服が自分の物では無い事に今気づいた。が、深く気にすると色々終わる気がしたので華月はその事に触れるのを止めた。

「私は扉の外に居ます。一応言っておきますが――」

「逃げたりしないよ。朦朧としてたが『契約』を交わしたんだし、何より……」

「何です?」

「何でも無い」

 ヴェルラに、「期待している」と、言われたから。なんて、とても言えるわけが無かった。




[26014] 第3話 無謀と果敢。履き違えると惨事
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/02/19 23:23


 華月は周囲の風景に呆然となった。

「なんだ、ここ……」

「これがドラグ・ダルクの全容です」

 目の前には高々と聳え、周囲をぐるっと囲んでいる山脈があり、そこに出来た広大な盆地に幾つも街のようなものが作られていた。山脈の山にも小さい穴が幾つも穿たれていて、何か在ると解る。

 街のようと表現したのは建物の間に道が無く、緑で埋められている為で、建物の間が狭いところが集落の単位なのだろう。幾つか広場らしき場所も見えるが、自然に開いていた場所をそのまま使っているのだろうと思われる。

「四方をヴェネスド山脈に囲まれ、大陸と繋がっているのはごく僅か、おまけに山脈の向こうは海です。つまりドラグ・ダルクは半島にある国となります。

 ドラグ・ダルクには基本的に闇黒竜種(ダークネス・ドラゴン)のみが住み、山にドワーフと、森の一角にエルフが少数居ます。若干、竜騎士を従える竜が居ますが、圧倒的少数ですし、貴方を含み竜騎士は人間では在りません。したがって人間は皆無です」

 そこで、テレジアは鋭い視線を華月に向ける。

「我ら竜種、それも特にダークネス・ドラゴンは人間を嫌悪しています。私も人間が嫌いです、個人的に。しかしながら竜騎士の皆さんはそれぞれが才覚を見初められて、高潔な精神を持ち此処に居ます。貴方がそうなるか否かは貴方次第です」

 そしてふいっと顔を逸らす。何と言っていいか浮かばなかった華月は黙っている他無かった。

「行きますよ。まずは貴方の基礎身体能力を確認します」

 大人しく後をついて行くと、皇宮の下部には訓練施設らしき場所があった。

 天然石で囲われ、地面が剥き出しになっている。そこの中央にテレジアが佇み、華月を見ている。

「出来るものなら私に一撃入れてみてください。もう始まっていますので」

 そう言われ、華月は自分の身体を意識する。何かが変わっているのだろうか? それとも身体能力自体は以前と同じなのだろうか。既に馴染んでいるのか変わっていないのか、感覚で解る事は無かった。

 軽く囲いに使われている天然石を殴ってみる。以前なら間違いなく痛みを感じるだろう力で。

 だが、痛みは無く、むしろ石が若干ずれた。

「……」

 無言で重心を落とし、軽く前傾姿勢を取る。

 両脚で思いっきり地面を蹴る。

 今まで感じた事の無い風を切る感覚。

 急激に迫るテレジア。

「でやっ!」

「……」

 華月の右ストレートはテレジアの半身だけズラす見事なスウェーで回避された。

「あれっ!?」

 むしろ引き残したテレジアの足に躓かされ、派手に真正面から地面にダイブする羽目になる。

「……擦り傷も無い?」

 地面を盛大に転がったはずなのに、体には傷一つついていなかった。

 そうなると、無様に転がされた事実が華月の頭に染み渡り、怒りを巻き起こす燃焼源となる。

 羞恥と不甲斐無さで握り締められた拳が、華月の怒りの度合いを窺わせる。

 ゆらりと立ち上がり、自然体を装う。

 そしてあくまで自然に、前のめりに倒れこむ。

「?」

 テレジアがその動きを怪訝に思ったときにはもう華月は行動に移っていた。

 右足で思い切り地面を蹴り、全力で走り出す。

 移動速度が人間の枠を超えていた。

 顔を上げてテレジアの位置を確認し、彼女の間合いの外で鋭く方向転換。以前では考えられない鋭い動きで背後を取る。

 左足を軸にし、右の回し蹴りを放つ。

「甘いですよ」

 それはテレジアの右手で掴まれていた。

 そのまま足を持ち上げられ、上空に放り投げられた。軽く十メートル程飛ばされ、落下する。下ではテレジアが迎撃する様子も無く立っているが、何もしないわけは無いだろう。

「このままだと、一回殺されるな……」

 確実な死の予感を感じるが、最早怖いとは思わなかった。感じなかった。

 想ったのは――。

「やられっぱなしってのは、面白くないな」

 姿勢を変え、足を地面に向け蹴りの形を取り、空気抵抗を出来るだけ減らせると思われる体勢を取る。

 空気抵抗を抑え、急加速しながら降下する。これを強襲降下(パワーダイヴ)と言うのだが、当然華月はそんな事は知らない。最も、生身でそんな事をすれば地面との接地時に足を大々的に損傷し、良くて再起不能、普通なら死亡となるだろう。

 急に加速した華月の動きにもテレジアは見事に対応した。

 自分の脚技の間合いに華月の足の裏が入った瞬間、自らの右足の裏を突き出し華月の重力加速度まで完全に相殺した。

「取りあえず、見事と言っておきましょう」

 一瞬の停滞時間でそう告げ、再び重力に引かれた華月を今度は左足で蹴り飛ばした。飛ばした先は周囲を囲う天然石の側面だ。普通の人間なら骨折その他で生きているかも解らない状態になる速度が出ている。

「……痛く、ない?」

「当然です。貴方の身体は最早竜種のそれと同等。先ほど説明したとおり、主の祝福を受けた竜血には激痛と引き換えに人間を竜化する効力が在るのです。体験したでしょう。それにより人間を殺すには十分な力程度では痛みなど感じません。

 さぁ、きなさい。まだ終わりませんよ。次からは、その竜化した身体でも軋む私の普通の力で反撃します」

 挑発する。徹底的に実地で学ばせる気だ。

「上等だ!」

 華月は無謀――いや、果敢に挑んで行った。





[26014] 第4話 フルボッコの後は
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/02/26 14:47


 全身の打撲が収まり、骨折が治っていく。

「ふむ、この程度ですか。意気込みは十分でしたが、やはり実力が伴っていませんね」

「……悪かったな」

 結局反撃だけで散々にボコボコにされ、だらしなく地面にへたばっている。

 殴られ、蹴られ、投げられ、極められ、徐々にその力加減が強くなって、気がつけば無数の打撲と骨折を負っていた。竜化の影響か痛みなど無視できたが身体が動かなくなって降参したのだ。

「しかし、竜化は上手くいったようですね。あれだけやられても動いていましたし、傷の回復も随分速い。竜騎士としての基礎性能は十二分に在ります。その点は評価しましょう」

 言われても、華月はあまりうれしくなかった。褒められているのかどうか、微妙な言い回しだったからだ。

「しばらく休んでいなさい。開始からそれなりの時間が経過しています。そろそろ昼食です。私は陛下に報告と食事の準備をしてきます。私か、他の誰かが呼びに来るまでそうして大人しくしているといいでしょう」

 言うだけ言ってテレジアは階段を登っていく。

 それを見送った後、華月は身体を起こす。

「は、転がってられるか。あれだけやられ放題で悔しくないわけ……」

 少し軋む程度まで回復した身体を動かす。

 さっきのテレジアの動きは捉えられる範囲で観察していた。中には速すぎで掴みきれない動きもあったが、基本的な拳打、蹴打、身体の動かし方、そして――。

「こう、か……?」

 握った右手に意識を集中する。すると、右手から薄く陽炎が見えた。

「お……、上手くいったか?」

 時折テレジアが自分の手や足から陽炎を立ち上らせているのが見えた。それがどういうものなのか、理屈も何も解らなかったがテレジアの動きはこの現象が起きるとき一瞬のタメがあった。そこから意識の集中が重要なのだろうと当たりを付けた。

 何より、この状態で殴られ、蹴られると物凄く痛かったのだ。

「しかし、これ何だ?」

 試しにそのままの状態で天然石を最初と同じ力で殴ってみる。

 するとどうだ。天然石に皹が入った。さっきは動くだけだったにも拘らず、だ。

「破壊力? が上がったのか?」

 よくは解らないが、攻撃を強化できるのだろう。そう当たりをつけ、納得しておく。

 そのまま陽炎を出した状態を維持しながら、身体を動かす。

 中々にその状態を維持し続け、行動する事は困難で、身体を動かすことに意識を振ると途端に陽炎は消えてしまう。

「あはは。意識しないと魔力を纏えないようじゃぁまだまだ、だねぇ」

「……誰だ?」

 突然声をかけられ、動きを止めてしまった華月。声をかけたのは漆黒の真っ直ぐな長髪を揺らしながら薄い蒼の瞳を細めて微笑する少女。何時から居たのか華月には解らなかったが、彼が居る位置とは丁度真逆の岩の上に腰掛けていた。

「キミが陛下の新米竜騎士だよね」

「誰だと、聞いてるんだけど」

「あ、あたし? あたしはフェリシア。フェリシア=リステンス」

 ひょい。っと、非常に軽い身のこなしで岩から飛び降り、華月に近づいてくる。

「いや~、まだまだとは言ったけど、凄いね。成り立ての竜騎士でこの岩に皹入れたのあたし初めて見たよ」

「君は、竜か」

「そうだよ。成長が遅いみたいで小さいけど、これでも500年は生きてるよ」

 華月が皹を入れた岩の表面を撫でながら答える。

「一度も竜騎士なんて持った事が無いから他の人が訓練してるの見てただけだったけど。契約から目覚めて初日の訓練で魔力に気づいて、このドワーフも手古摺るヴェネスド岩に皹を入れる騎士は初めて見た。

 キミ、テレジアはあんな事言ってたけど素質は一番なんじゃないかな」

 165cmの華月。決して大柄とは言えないはずだが、その華月と比べても明らかに頭一つ分ほどフェリシアは小さかった。腕を伸ばして華月の肩を叩くが、とても500歳を過ぎているとは思えない。

 傍から見ると兄を背伸びして褒めている少々ませた妹にしか見えない。

「……フェリシア様、何をしてらっしゃるのですか?」

「あ、テレジア……。早かったね?」

 華月が皹を入れた岩の上に、テレジアが立っていた。その顔が若干怒っている様に見えたのは、華月の錯覚だろうか。

「本日は、倉庫の手入れをなさる筈ですが?」

「あ、あはは……。飽きちゃっ――」

 肉と骨を打つ鈍い嫌な音が響いた。

 神速で地面に降りたテレジアがフェリシアの頭頂部に、鋭い手刀をこれまた神速で打ち下ろしたのだ。それも華月を相手にしていた時以上に力を籠めて。

「……痛い……痛いよ、テレジア……」

「当然です。痛くなければ意味が在りません」

 涙目で頭を抑えるフェリシアを見て、少しだけ可哀想になった華月だったが、仕事を放り出してこんな所に来る方が悪いよな。と、思ったので同情はしなかった。

「割り振られた仕事は、きちんと消化してください」

「解ってるよ。でも、息抜きぐらいいいでしょ? あんな穴倉に篭りっ放しじゃ心が病気になっちゃうよ」

「ああ言えばこう言いますね。本当に、こればかりは血筋でしょうか」

「あたし、母様ほど適当じゃないよ。

 それに、テレジアが直々に教育する竜騎士がどんな者なのか見たかったし」

「テレジアが直々にってのは、珍しい事なのか?」

 思わず口を挟んだ華月だったが、テレジアの無表情とフェリシアの呆れ顔にちょっと拙い事を言ったかと後悔した。

「あ~、テレジアの役職知らないんだ。

 テレジアはね、女皇付侍従総纏役なんだよ。女皇に付いてる近衛も、従者も、全部最終的にはテレジアの指示で動くの」

「……何、それってかなり重要な役職じゃ?」

「一応はそうなっていますが、私の仕事などたいした事では在りません。適度に各部署を確認し、異常が無いか見回るだけです」

 謙遜も甚だしいが、やってる本人に言わせればどんな事もこんなものだろう。自分の就いている仕事が難しいと思うようでは一人前とは言えない。

「しかし、私の役職を大変だと思うのであれば、早く一人前の竜騎士になることです。そうすれば私から貴方の面倒を見ると言う仕事が無くなります」

「……出来る限り――いや、それ以上やってやるさ」

「本当に、気概だけならば立派なものです。さっさと実力を追いつかせなさい。

 ですが、飲まず食わずで身体が保てるものでは在りません。竜騎士は死にはしませんが飢餓感などは普通にあるので。今から食事です」

「あ、そんな時間なの?」

「はい。もう昼食の時間です」

 テレジアはそういうと背を向けて歩き出す。





[26014] 第5話 食後に座学は寝落ちフラグ?
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/02/27 23:05


 食事の内容は、華月が考えていたものとは色んな意味で違っていた。

 まず、きちんと調理がされていた事。

 次に豪華絢爛と言う事は無く、普通もしくは質素と言っていいものだった。

「……」

「何ですか? その予想を裏切られたと言うような顔は」

「あ、ああ……。俺の先入観が悪いんだ。気にしないでくれ」

 テレジアの不審げな言葉に、華月は思ったとおりの事を言った。

「大方の予想は付きますが、何も生肉を貪り喰らうのが竜種の食事だ。などと言う事はありません。少なくとも、この姿をしている時は」

 空いた食器を片付けながら、テレジアは淡々と答える。

「竜化した状態では家畜一頭程度では到底足りませんが、この人化している姿なら味覚から必要な食料まで人間と大差ありません。味覚が十全に機能していると言う点のみ面倒ですが、限られた敷地で多数が生存するにはこの姿の方が利便ですからね」

「そりゃ、そうだろうな」

 食料の消費から何から、人化している方が少なくて済むのだから。というよりも、竜という生物は一体どのぐらいの食料をどの程度の期間でどの程度消費しなければ生存できないのかということすら、華月には解らなかった。

「竜化した状態では魔力運用以外のあらゆる面で消費が激しすぎるので、余程の変わり者でもない限り、人化しているのが竜種の常識です。とは言え、勘違いしないでください。

 いいですか? 私たちが人間の姿を真似ているのではありません。人間とは我々先発種族の反省点を踏まえ、最も後に創造され――」

「食事時に講釈を垂れるものではないだろう、テレジア」

「陛下……」

 優雅に食後の茶を啜りながら、ヴェルラがテレジアを嗜める。

「カヅキが異世界の人間で、神やら何やらの概念すら違うかもしれないのに、それらを無視して言った所で納得しないだろう。そう言う事も含め、講義の時にしっかり教えてやれ」

「……はい」

 少ししょんぼりしてしまったように感じるテレジアの反応だが、表面上本人は顔色一つ変えていないように見えた。

「では、午後は座学になります。居眠りは『決して』許しませんので、覚悟して望んでください」

「……ぉう」

「気の抜けた返事ですね。しゃんとしてください」

「了解!」

「宜しい」

「何だか、テレジアにカヅキを盗られた感じがするな。やはり私自らが――」

「陛下は公務に集中してください。

 ……私は騎士を必要としていません。それは陛下もご存知のはずですが」

 毅然としていたテレジアの表情が少しだけ曇った。

「そうだったな。

 余計なことを言った。私は公務に戻る。カヅキ、しっかり励め」

「ああ」

 少しだけテレジアのことが気になったが、アレコレ詮索するのは得策ではないと判断し、華月は黙った。

「では、講義に移りましょう。付いて来てください」

 片付けが終わったのか、テレジアは華月にそう言うと歩き始めた。置いて行かれないよう華月もその後を追う。

「座学ってどの位掛かる予定だ?」

「時間の感覚が私たちと貴方とでどう違うのかも知らないので、答えようが無いのですが」

「じゃぁ、この世界の時間の概念を教えてくれ」

「そうですね。この世界の時間の計り方は日が昇って沈み、また昇るまでで一日。一日は昼間十二時間、夜十二時間で計二十四時間」

 何だ、一緒か。と、華月が言おうとした所で。

「一時間は百二十分、一分は六十秒です」

「……。何で一時間が百二十分なんだ?」

「六十進数で一分、その後百二十進数になっているからですが、何か?」

「何で六十進数の後が百二十進数になるんだ? 六十進数のままでいいじゃないか」

「それでは昼夜合わせて四十八時間になってしまいます。後になればなるほど、位が大きくなって言い難く扱い辛くなります」

「結構違うなぁ……。

 それじゃ、一年って?」

「百八十二日で、一年置きに一回百八十三日になります」

 何とも言い知れない奇妙な感覚に襲われた華月だった。

(一日の長さが違うだけで、後の計算は一緒か)

「まぁ、解った。一時間の数えだけが違うけど、慣れるだろ」

「そうですか。

 では、最初に質問された座学の予定される必要時間ですが、ざっと丸七日と言う所でしょうか」

「あ、その程度で済むの?」

 華月の反応は、テレジアにとって意外なようだった。視線だけ華月に向けてきた。

「そんな眼を向けないでくれるかな? これでも元の世界じゃ一般教育を受けてたんだから」

「一般教育、ですか?」

「語学、世界史、自国史、数学、物理、化学……。まぁそう言う教育機関に都合十年以上通ってたんだよ。だから、丸七日程度で終わるなんて思ってなかったんだ」

(それでも俺の感覚だと二週間分の時間はちょっとキツそうだなぁ)

「……驚きました。貴方の世界は随分と余裕があるのですね。そんな長期間、勉学に費やせるなど」

「働くにしても最低限、九年は教育機関通いだからなぁ。そこから先、更に三年から七年勉強し続ける奴も居る」

「話に聞く人間の学習院みたいなものですか」

「ああ、この世界にもあるんだ」

 結構共通点が多いことに驚く。

「詳しくは知りませんが、数年から十数年の学習期間を取る、一部の階級のみが通えるところらしいですが」

「その辺も含みで教えてくれるんだろ?」

「この世界の概念から種族の在り方、一般常識を中心に教育します。それ以上は自分で書物を紐解くことをお勧めします。

 その辺は、貴方の方が慣れているでしょうし、得意でしょうから」

 テレジアは視線を前に戻した。

(あれ? それってテレジア自身は勉強が嫌いだってことか?)

「着きました。この部屋です」

 重苦しそうな扉を開け、テレジアが中に入っていく。華月も続いて入る。




[26014] 第6話 座学前編、基礎知識と因縁
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/03/19 20:47
「へぇ……凄いな」

 華月は感心の声を漏らした。

 部屋の左右には高々と聳える書架が在り、その全てに本らしきものや巻物っぽい何かが収められている。

「ダークネス・ドラゴンが貯蔵する書物です。創世の時代を記す物もある、歴代の長老達が書き連ねたものから近代史まで無節操に存在しています。

 これらは基本的に下位竜種言語(ロー・ドラゴニア)で書かれていますが、その身に『意思疎通』の玉を持っている貴方なら普通に読めるはずです」

「ん、そうなのか? 便利なんだな」

「偶々、運が良かっただけです。発現率の低い玉なのですから。まぁ、そのお陰で私たちとも言葉を交わすことが出来ているわけですが。

 此処を使います」

 部屋の中を進み、たどり着いた先は一つのテーブル。椅子は一脚で、羊皮紙のような色合いをした用紙が数十枚と、インクの小瓶と羽ペンらしきものがあった。

「こりゃまた古風な筆記用具だな……」

「古風とは随分な言い草ですね。これが一般的な製紙とペンです」

 華月の物言いが気に障ったのか、テレジアの声に険が載った。

「元の世界だとちょっと違う物を使ってたから」

「色々と、こちらの世界とは違うと言うことですか。

 服の素材から違っているようでしたし、当然かもしれませんね」

 そこで自分の制服がどうなったのか、聞いていない事を思い出した。

「そうだ。俺の制服はどうしたんだ?」

「貴方が着ていた服なら、洗濯して保管してありますよ。なんとも貧弱な素材なので、破かないように随分気を使いました」

「……え? そんなに弱いもんじゃないと思うんだけど」

 ナイロンや綿などが主な素材だ。前の世界においては簡単に破れる様な軟弱な生地ではないはずなのだが。

「そう思うなら、今着ている服を破こうとしてみてください」

「ん?」

 言われて、華月は服の裾を両手で左右に引っ張ってみた。

「堅っ? 何だこれ!?」

「それが我々の使う基本的な素材です。ある昆虫の繭を紡いで作っています」

「へぇ~、随分頑丈なんだなぁ。着心地は変わらないのに」

「その位の強度がないと、扱い辛いのです。うっかり加減を間違えて破けるようなものでは日常生活に支障をきたします」

 随分と生活臭のする発言だが、その格好で生きていれば当然かもしれない。

「そういや、竜でも服を着るんだな」

「……それは、我々を馬鹿にしているんですか?

 そうでした。その辺りもきっちり理解していただきます。雑談はここまでで講義に入ります。着席してください」

 華月の発言は薮蛇だった。テレジアの額に薄ら血管が浮いたようにも感じる。

 言われたとおりに大人しく着席し、テレジアの話を聞く事にする。

「必要なら自分の読める文字でメモを取ってください。では、始めます。

 まず、我々の住むこの世界は、総括して『アードレスト』と呼称されます。原始の創造神は『クリミナ』と呼ばれ、彼の存在が今の世のあらゆるモノの原型を創造したとされ、唯一無二の存在とされています。

 そうして築かれた世界なのですが、後ほど世界地図を見せますが海に果ては無く、東西南北のどの方向でも同じ方向に進み続けると始めの位置に戻ってくることから、平坦なわけではなく球状をしていることが解っています。これは闇黒竜族と白光竜族が協力して突き止めた事実です。

 大陸は全部で四つ。我々が住む中央大陸『ウェルデシア』、北大陸『ヴァネスティア』、東大陸『ヴォーディシア』、西大陸『ウィデスティア』、南大陸『ウェンティア』です。

 島は大小合わせると多く、総数は把握できていません。所有国と所有者のいる島だけで現在三百四十二」

 そこまで話された時点で、華月は取り合えず世界名、大陸数と大陸名、島の総数、そして言及されてなかったが、どうやら方角も東西南北で変わり無いらしい事を日本語でメモしていた。

「随分と変わった文字を使いますね」

「俺の国の母国語がこれなんだよ」

「……どこかで似たような文字を見た記憶がありますが、まぁそれは後回しですね。続けます。

 アードレストに生息する生物は何々種何々族と区別しますが、把握されているもので六百八十九種。その内、言語を持つ種族は大別して六種。

 一つ、神魔種。一つ、純竜種。一つ、精霊種。一つ、妖精種。一つ、亜人種。一つ、人類種」

「案外少ないんだな」

「当然です。原始の創造神『クリミナ』は、無駄に種を増やすことを好みませんでした。

 まず、手足となり、世界を管理する者として神魔種を創造し、最初の住人として純竜種を。

 そして肉の器に囚われない者として精霊種を。

 両者の特徴を受けた妖精種を。
 
 獣の特徴を受けた亜人種を。

 最後に今までの集大成として万能の器である人類種を創造しました。

 その間に細かな、言語を持たない獣などを少数種創造しましたが、あれらは実験種だったためか世代交代と変容が著しく、多様の枝分かれをしていきました」

「……。じゃぁ、初期に創られた種族ほど長寿命で世代交代が少ないって事か?」

「人類種は当てはまりませんが、その通りです。神魔種はほぼ代替わりしないと言われています。通常は己らに与えられた神魔階に我等とは違った形態で存在し、この世界には殆ど干渉しません。一説では不死不滅の存在だとか。

 我等純竜種も代替わりは殆どしません。強靭な肉体と莫大な魔力を持ち、滅多な事では死にません。固体が何らかの形で減少した際、同族の中から新たに出現します。

 精霊種は個体数が限定されていますが、肉体を持たないが故に基本不滅です。何かの原因で存在が維持できなくなると、世界へ回帰し、新たに再構成されるという話です。

 妖精種もその寿命は数百年から数千年です。肉体強度や魔力量は族によりバラけます。彼らまでいくとその個体数は自身等で調整するようになります。

 亜人種はこれまでの族種に比べ短命といえます。肉体強度、魔力量共に妖精種と同じく族により差が激しいようです。寿命は十数年から数十年で、個体数も族によってまちまちとなり、一概には言い切れません。

 人類種は数十年の寿命で、その肉体は全体的に脆弱、魔力量も少量な部類になります。ただ、これは個体差が激しく、環境によっても大きく異なります。そして個体数は全種族中最多を誇ります。万能の器として創造されたことに起因しますが、環境適応能力や知識・知恵の蓄積、次代への引継ぎが円滑に行われ、様々な方向へその進路を取れるが故に目覚しく種として成長しています。

 が、同時に最も愚かで、細かな差違が発端となり、同族での同士討ちが絶えません」

 テレジアの説明は淡々と円滑に進むが、人類種の説明だけは何か感情が混じっていたようだった。

「何か質問は?」

「今のところは。内容についての質問は無いよ」

「そうですか。

 では、まだ続けます。

 種族により各大陸の各地に集落や国が作られています。基本的に長年の暗黙の了解で互いに不可侵となっているのですが、人類種にはそれが通用しません。空白地を占領するだけでは飽き足らず、他種族の領域を侵略し、その地を簒奪することが此処数百年で数え切れないほど起こっています。それにより数を減じたり、地を追われ、他種族の領域に逃げ込んでくる者達も少なくありません。下手をするとその地に住む一族が揃って移動することもあります。

 我がドラグ・ダルクにも、ヴェネスド山脈には一部の妖精種ドワーフ族が、領地の外れに一部の妖精種エルフ族が避難してきました。何れも人類族にその居住地を脅かされ、我等を頼ってきた者達です」

「どの世界でも、人間ってのは似たような性質を持ってんだな」

「……続けます。

 世界がそういった形で変容し始めた800年程前から、突如として今まで存在しなかった特異なモノが現れました。『異界人』と呼ばれる他世界からこの世界に現れた人間達です。

 始めは混乱がありましたが、彼らにはその身に高純度の魔力結晶であり、魔力精製器官として機能する『玉』と呼ばれるモノを必ず二つ宿しており、それらには様々な能力が秘められていました。その中の一つが貴方の持つ『意思疎通』であり、それを持つ者との交流により様々な事が発覚していきました」

「始めは勝手に現れてたんだ?」

「はい。意図せず、何らかの理由によりこの世界に現れてしまったという事でした。

 様々な世界からこの世界へ現れたらしく、統一性が無いのが特徴で、姿こそ酷似していましたが、思想から何から、合致しない方が多かったようです。

 そうして、ただでさえ面倒だった人類種の成長が、異界人を受け入れた事で階段を飛ばすような勢いで加速しました。様々な世界からの来訪者だったことが連中にとっては幸いし、我々にとっては災いでした」

 テレジアの表情が歪み始めた。口調も若干荒れ始める。

「文明的に発展した世界、この世界とは別方向に発展した世界、本当に様々な世界から色々な人間が現れたようでした。そのおかげで連中は異世界の知識を手にし、とんでもないものを造り上げ始めました。

 そして500年前、人類種は我等純竜種、その中でもダークネス・ドラゴンに忌み嫌われる事になります」

「それは、何でだ?」

 テレジアはその顔を歪めたまま、華月の質問に答えようとしなかった。嫌な沈黙の中、こんな言葉が聞こえてきた。

「殺したからだ」

 聞こえてきた声に反応して華月が振り返ると、そこにはアルヴェルラが腕を組んで立っていた。その表情からは、何も伺えない。





[26014] 第7話 座学後編。※最後は手抜きではありません
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/03/19 20:46


 アルヴェルラはそのままの格好で続ける。何かを思い出すように片目を閉じたままで。

「今まで手も足も出なかった、この地上で最強の種族である純竜種が一つ、闇黒竜族の強力な個体を。私の妹であり、皆に慕われるほど愛嬌があり、テレジアの唯一無二の親友だった皇女・イナティルを。友好の為、各竜族の代表たちと共に国外活動に勤しんでいた、心優しいあの子を。

 当時の己らの知識、技術、その粋を集結し造り上げた、対竜種特化兵装である忌まわしき竜滅の大剣『ドラゴン・アニヒレイター』を使って、な」

 悠々と二人に向かって近づいていく。

「ヴェルラ……?」

 華月の呼び掛けを無視し、その脇をすり抜けるとテレジアに近づいていく。そしてテレジアの頭に右手を乗せると、幼い子供にするように髪が乱れるのも構わず、くしゃくしゃと撫でた。

「テレジア、やはりここで詰まったな。世界の成り立ちからの説明なら、ここは通るだろうと思って、一応見に来たわけだ。

 言い難い部分は私が代弁したんだ、その顔を戻せ。カヅキはイナティルを殺した人間ではないんだ」

「……はい。理解しています。

 ――失礼しました。無様を晒した事をお詫びします」

「いや、それは別に謝られることじゃないから」

 華月はそこで言葉を切る。安易に「それだけ大切だったんだろ」とか「それなら人間が嫌いになっても仕方ない」とは言わない。そんなことを言った所でテレジアにはなんの慰めにもならないし、寧ろ不快感を与える公算の方が高い。というか、自分ならそんな事は言われたくなかったからと言うだけだが。

「陛下。もう、大丈夫ですので」

「ああ。私は退散するよ。仕事を放り出してきたからな。

 また後でな、カヅキ」

 華月たちに背を向け、左手をひらひらさせながら軽い足取りでアルヴェルラは戻っていった。

「……見透かされていたとは、私も精進が足りませんね」

「さっきのが、テレジアたちが人間を嫌う一番の理由なのか?」

 華月の質問に、今度は一呼吸の間だけで簡潔に答えた。

「――その通りです」

「じゃぁ、そのイナティルって竜を殺した人間は、どうなったんだ?」

「……。

 先ず、人間の法には他種族を殺したからといって特に罰則があるわけではありません。ですので、その事実が発覚した時点で――」

 テレジアの瞳が真正面から華月を捉えた。華月の心胆を底冷えさせるほどの冷たさを宿した恐ろしい瞳だった。

「その人間を見つけ出し、八つ裂き、晒し、あの大剣を造った都市を丸ごと一つ灰燼に変えました。陛下と、私と、二人だけで。

 今ではその地は湖になっています。神魔種、純竜種、精霊種は特別な手順を踏まずとも魔法を行使することが出来ます。その威力を持ってすれば、地形を変えるなど造作も無いことです。

 如何に強力な剣を鍛えようが、その真価が発揮できない状態であれば消失させることなど容易いものです。あの大剣は、粉々に砕いて火山に撒いてやりました」

「なるほど。さすが、地上最強の種族って異名は伊達じゃないってことか。

 解った。それじゃ、その話はそこまでで、講義の続きを頼むよ」

 感心した風にそういうと、華月は講義の続きを促した。
テレジアが華月の顔を一度、奇妙な物を観る眼で凝視してから短く息を吐き、頭を左右に振ると、自分で自分の両頬を張った。

 軽快なパチンッ。と、いう音が響き、テレジアがいつもの顔に戻った。

「では、講義に戻ります。大まかな歴史の流れはここまでとします。今度は用語の解説を、貴方に関係のある部分から始めます。

 人類種の話の端々に出てきた『異界人』ですが、カヅキ。貴方も元々は異界人と言う事は理解できますね?」

「ああ。異世界からこの世界に来て、『意思疎通』の『玉』を持ってるんだからな」

「宜しい。では、それを踏まえ厄介な異界人について説明します。一部は貴方にも通じる部分があるので特に注意してください。

 異界人とは前述の通り、この世界に出現した時点で体内に『玉』を二つ宿します。これは異界人が死亡すると体外に排出され、手にしたモノの望むままに魔力を精製したり、特性を発揮します。ただ、特性を発揮させるには異界人が生きている内に一度、特性を発露させなければ意味がありません。発露されることがなかった特性は発揮されず、単なる魔力精製器としか機能しません。

 人間の身にしては莫大な魔力を精製する異界人ですが、その精製量は平均ではせいぜい下級神魔種程度で、我ら純竜種には到底敵いません。連中の真に厄介な点は、それらが保有する『知識』であり、『技術』なのです。現在用いられるようになっている殆どの単位が連中によって浸透されたものです。方角、距離、速度……。基準化、数値化されたものはそれこそ数知れません。

 おまけに異界人たちの中には、この世界とは時間の感覚から違う者がいたりするために、研究や労働に関する基準が違っていて、阿呆のようにそれらにのめり込む者も居ます。その結果が先述の対竜種武器を始めとする各種特化兵装であり、人々の生活を豊かにする各種技術であり、その発現分野は多岐に亘ります。
その全てが秘匿されている訳ではありませんが、他種族がその最先端の技術の恩恵に預かる事はあまりありません。人類種と交易を行っている場合や、奴隷として使役されている場合ぐらいでしょう。竜種に限って言えば絶無です」

 そう言うと、テレジアはポケットから一つの球体を取り出した。紫色のそれは、華月からすれば一見大きめの硝子玉にしか見えないものだった。

「……。それは?」

「一見、単なる色付きの硝子玉か、紫水晶のようですが、これは人類種が作りだした『擬似玉』と言い、異界人の玉に似せた魔力精製器です。本物には到底及びませんが、それでも連中にしたら画期的なものです。我らには全く必要ないものですが」

 ことり。と、その擬似玉をテーブルに置く。

「手に取って見て構いません。ただ、魔力を与えないようにしてください。迂闊に魔力を作用させると勝手に動き出してしまうので」

「そんな風に言われると、やりたくなる――」

「――」

 そこまで口にしたところで華月は冷ややかなテレジアの視線に気付き、軽口を叩くのを止めた。

「使用用途は多岐に渡りますが、魔力を少量与えてやると後は勝手に魔力を精製し続けるというものなので、基本的には魔力を消費して動く連中の発明品の動力源に使われます」

「随分詳しいんじゃないか?」

「敵を知れば百戦危うからず。どこの格言か知りませんが、正にその通りです。ある程度は知っていないと困る事になるのは自分たちです。それが世界中で版図を広げようと画策している相手なら尚更です」

 そこで、テレジアの右手が硬く握られ、バキンバキンと異音を発していた事に気付いた。

「このドラグ・ダルクには辿り着くまでに人間にとっては幾多の困難があるので、直接的に攻め込まれる事は無いはずですが、我等は友好関係にある妖精種の国や、亜人種の国、精霊種の顕現出来る地域を守護する事もあります。騎士を従える者が主ですが、私も赴くことがあります」

「友好関係にある他種族の国かぁ」

「妖精種であればドワーフ、エルフ、ピクシー等。亜人種であればラミア、スキュラ、ハーピィ、ケンタウロス等。精霊種はほぼ全てですね。

 ああ、ついでです。我ら闇黒竜族(ダークネス・ドラゴン)の他、純竜種には白光竜族(シャイニング・ドラゴン)、紅炎竜族(フレイム・ドラゴン)、蒼水竜族(アクア・ドラゴン)、緑樹竜族(フォレスト・ドラゴン)、大地竜族(グランド・ドラゴン)が存在します。他に少数の混血種もありますが、勢力となるほどではありません。純竜種に及ばず、言語と知性を持たぬ者として亜竜種というものも存在します。

 純竜種の普段の姿はこの人型ですが、この姿は本来の姿を圧縮、更に各部を最適化した結果です。強大な力を振るう本来の姿に対し、世界に対する負担を減らし、合理的に生きる為の姿。それがこの姿です。我等は自在に姿を変えることが出来ますが、後の種族は出来ません。我らで出た結果がその後の種族にそれぞれ反映されたからです。

 純竜種の六族は相互同盟関係にあり、一定期間でそれぞれの代表が集まり合議する『六族会議』を開いたりします」

「仲が悪いわけじゃないんだな」

「当然です。

 我ら六竜族が本気で総力戦争などを起こしたら、この世界など三日と掛からず吹き飛びます。純竜種の六竜族の長、竜皇はそれぞれの種族で最強の個体が務めます。竜皇は単体で大陸を粉微塵にする事が出来るだけの実力を持っていると言われます」

 そこで、華月が奇妙な顔をした。

「ってことは、ヴェルラも一人で大陸を終わらせられるわけか?」

「当然です。陛下は闇黒竜族の歴代竜皇の中でも特に強大な力を持っています。もしかすると、単体でこの世界を滅ぼせるかもしれません」

 華月は口にしなかったが、「よくそんな奴の妹を手に掛けたな、当時の人間は」と、思った。示威行為にしても相手が悪すぎるだろう。下手をしたら自分たちのせいで世界が終わる所だったかもしれない。

 話が途切れたところで、テレジアが何やら華月の顔色を確認する。

「さて、今日の講義はここまでです」

「え? そんなに時間が経ったか?」

「そういうわけではありませんが、そろそろ貴方の頭が限界を迎えます。何せこの図書室の情報を片っ端から流し込んでいますから」

「は?」

 意味が理解できない。

 すると、テレジアは人の悪い笑顔でさらりと流す。

「あの程度の時間で済むのか。と、言われたので、その時間で最低限ではなく最大限、詰め込む事にしました。幸い、脳に直接情報を圧縮記録する魔法が存在しましたので、この図書室を管理する歴代の竜宝珠(カーヴァンクル)に協力して頂き、カヅキの頭部の玉に干渉していました」

「それって――」

 そこで、自分の頭の中に自分の知らない知識が渦を巻いている事を自覚した。それは洪水となって、華月の自意識を飲み込み始めた。

「あ――く、そ……」

「結果は良好です。全ての情報を転載出来ました。後は貴方がその情報を咀嚼出来れば万事問題ありません。

 ごゆっくり。恐らく酷く苦しいでしょうが、耐えてください」

「勝手な、事を……」

 身体は意識をシャットダウンし、情報の整理に全力を傾けようとしているらしい。急速に意識が遠のいていく。テレジアに文句を言うため、何とか最後の一線で踏み止まっている。

「陛下が期待すると言うカヅキ、私も貴方に期待してみたくなりました。

 一度しか言いませんが……頑張ってください、期待しています」

「……チッ、ずるい」

 意識を失う最後に、視界の橋に見えたテレジアは少し。ほんの少しだけ、微笑んでいた。





[26014] 第8話 休憩? いいえ、昏睡です
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5bd77187
Date: 2011/03/25 21:33


 様々な情報が駆け巡る。

 何かの数式だったり、化学式のような何かだったり、意味の分からない呪文だったり、幾何学模様だったり、紋章だったり、意匠だったり。


 溢れる情報の洪水が、自分の記憶と混ざっていく。


 それをただ眺めているわけにはいかなかった。一つ一つ、ラベルを付け何の情報だか分かるようにしておかなければならない。


 総数は一体どの程度になるのだろう。

 考えたくも無くなる。

 しかし、何の因果か、これら全てが理解できるし、何だか判ってしまう。

 相応に時間が掛かるが、出来ないことではない。


 華月はため息をつきたい所だったが、期待していると言ったアルヴェルラとテレジアの顔を思い出し、苦笑して作業に取り掛かった。



 ベッドで横になり、寝息を立てている華月の周りに、人垣が出来ていた。

「ねぇ、これが陛下の竜騎士なの?」

「そうです。

 というより、貴女たちは仕事に戻りなさい」

「今は休憩時間ですよ、纏め役」

 ベッドの脇にはテレジアが座っており、華月の様子を看ていたのだが、手隙になった皇宮に使える者たちが噂になった『女皇陛下の竜騎士』を見物にきたのだ。

「異界人の竜騎士って珍しいよね」

「確か二人目じゃない?」

「線が細いわね、大丈夫なの?」

 姦しくなっていく。

 直接的に人間を知らない大部分の同胞が大抵こんな反応をするのが、テレジアにしてみれば面白くないのだが。

「こうしてると、人間ってそんなに怖く無いわね」

「生物としたら、私たちより脆いんだよ? 怖がる事も無いじゃない」

「でも、ほら、変なもの使って色々するって話だし」

「いい加減にしなさい。

 彼は今、私が教育中の身です。全てが終わった後、陛下から全員に紹介があるでしょう。それまで待ちなさい」

『わ、解りました!』

 全員が声を揃えて返事し、そそくさと出て行った。こめかみに青筋を浮かせながらも何時も通りの口調で注意してきたテレジアが恐ろしかったのだろう。

「全く……」

「テレジアも大変だね」

 少し離れた窓枠に、一人の少女が座っていた。

「フェリシア様、今日は――」

「お休みだよ」

 窓枠から飛び降り、テレジアが座るのとは反対側に回り込む。

「あたしだってサボってばっかりってわけじゃないんだからね」

「解っています。貴女は優秀です」

 静かに目を瞑り、フェリシアに誰かの姿を重ねているようだった。

「あたしの事は、今はいいよ。

 それより、随分無茶したんじゃない?」

 寝ている華月の頬を突っつきながら、フェリシアはテレジアを見る。

「ほんの数日前まで唯の人間だった奴に、図書室の記述を全部転送するなんてさ」

「無茶ではありません。出来ると判断したから行ったまで、です」

「ふぅん。テレジアにしては、豪い高評価を付けたもんだね。異界人とは言え、人間にさ」

「能力的には問題ありません。人格もまずまずでしょう。胆力は十二分にあるようです。危うさはまだ見えませんが、大丈夫だと推測できます。

 交わした言葉の数、過ごした時間は私が一番長い物となっています。陛下より教育に関し全権を預かっている身です。その上で判断し、合理的な手段を取ったに過ぎません」

 フェリシアは意地の悪い笑顔を浮かべるだけで何も言わない。

 普段の、それこそ平常運転しているテレジアなら、まず言わない言葉が並んでいると分かっていながら黙っている。

「テレジアの人間嫌いは食わず嫌いと同じだったか」

「……どういう意味ですか? 私は変わらず人間が嫌いですよ。

 ただ、正当に評価しただけです」

 頑なに意見を曲げようとしないテレジアに、フェリシアは肩を竦めてため息をつく。

「まぁ、いいけどね。

 それで、今日で二日目の昏睡ってことになるけど、本当に大丈夫なの?」

「元々頭が良くない部類だったのでしょう。記録の整理に手間取っているだけのようですから、そんなに心配しなくても大丈夫です」

 テレジアはそんな質問に華月の額に左掌を乗せ、さらっと答える。

「竜宝珠(カーヴァンクル)使って干渉してるの?」

「一応の状態確認はして置きませんとなりませんから。こう言う時、異界人だと楽ですね」

「そりゃぁ、あたしら竜族のカーヴァンクルと異界人の玉は互換性があるからね」

 純竜種の竜族は、その身体のどこかに竜宝珠(カーヴァンクル)と呼ばれる属性色の宝珠を持つ。それらは竜の力が大きさを決め、竜の知識が色を深める。ダークネス・ドラゴンのカーヴァンクルは漆黒の宝珠だ。普段目にすることはできないが、それらは他の同色の宝石よりも美しいと言われる。

 カーヴァンクルは異界人の玉に干渉することができるが、異界人の玉はカーヴァンクルに干渉することはできない。保有魔力量の違いが大きすぎて、玉の方から干渉しようとすると弾かれてしまう。

「この調子だと、後三日ほどこのままでしょう」

「三日とか、長いね……。カヅキってそんなに頭悪かったんだ」

「……頭が悪いというより、これは要領が悪いというほうが正しそうですね。丁寧に一つ一つ片付けているようです」

 今も現在進行形で干渉中なのだろう。

「自分の判断でそうしちゃったから、カヅキにずっと憑いてるの? テレジアの仕事だってそんなに空けっ放しでいいもんじゃないでしょ。大丈夫だって思ってるなら放って置いていいんじゃないの?」

「確かに、放置していても問題ないでしょう。ですが、今後もこんな調子では困るので、今から強制介入を行います。変質した肉体の使い方に慣れてもらうには、やはり実践させないと駄目な様なので」

「え? ちょっと、まさかカヅキの中に意識を送るつもり!?」

「はい。一時間少々で戻ってきます」

「あ!」

 テレジアは目を閉じ、掌に意識を集中したかと思うと、寝息を立てていた。

「あ~あ……。テレジア、何だかんだ言って入れ込んでるじゃない。こんな無茶するの初めて見たよ」

 少しだけ呆れ顔になって、肩を竦めたフェリシアは窓に向かって歩き、おもむろに窓枠に足を掛けた後。

「まぁ、そういうテレジアも嫌いじゃないな」

 一度だけ眠るテレジアを見て、窓から外へ飛び出した。

 背中から皮膜の翼を一対生やし、皇宮の下へ滑空していく。




[26014] 第9話 楽しい昏睡学習
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5bd77187
Date: 2011/03/26 21:33
 360°の暗闇の世界。小さい無数の星が方向を問わずに薄蒼い心細い光で輝いている。

「カヅキの心象風景は、人間にしては我ら寄りですね……」

「へぇ、ダークネス・ドラゴンの意識の中も似たようなもんなのか」

「はい。基本的なダークネス・ドラゴンはこんな感じの心象風景をしています。暗闇は自らの属性、無数の星は記憶の塊です。

 カヅキ、何を手間取っているのですか。同時に幾つか仕分ければそんなに掛からないでしょう」

「簡単に言うけど、俺はそんな器用な真似出来な――」

「出来ます。下地はあるのです。竜騎士に変質したその身体は、無数の思考を同時に展開できます。人間が発動まで長い時間を使って呪文の詠唱をしないと魔法が使えないのは、無数の思考を同時展開し、連携演算できないからということも原因の一つです。竜族にはそれが出来ます。応用すれば記録の整理など手短に済ませられます」

「また無茶を……」

 だが、出来る事だと言われた以上、やってやれない筈は無い。

「具体的に、どんな感じで連携演算ってのをやればいいんだ?」

「他の竜騎士たちは口を揃えこう言います。『頭の中に、自分の他に無数の自分が居て、それらに何をするか指示を出す』感じらしいです。どの位別の自分が居るのかは個人差があるので貴方の中に何人居るかは知りません」

「そうですか……」

 なんとも参考にならない助言だ。だが、他の竜騎士たちがそう言うというなら、感覚としてはその通りなのだろう。

「自分の中に無数の自分ねぇ」

 軽く左目を閉じ、意識を凝らす。

 確かに、何か居る感覚がある。自分の周りに、自分と同じ何かが。

 すると、華月の目の前に華月そっくりの人型が一体現れた。

「なんだ、俺の場合はこれだけ――」

「では、無いようですね」

 華月の正面にいたテレジアは、華月の背後を見ながら呆れたような声を出した。

 華月も振り返って、空いた口が塞がらないというのを体感した。

「1、5、10……。どんだけ居るんだよ……」

「探知出来る範囲で35の分割意識体を確認できます。訓練無しでこれだけ分割出来るという事は、魔法適性も高いということになりますね」

 同時に、華月は覚えることが増えたことになり、テレジアは教えることが増えたことになる。

「ほら、カヅキ。この意識体たちに指示を出しなさい。総てが貴方なのですから、これらの作業結果も貴方の物になります」

「ぜ、全員でこの記録を記憶にする! 掛かれっ!!」

『おーっ!!』

 オリジナルと違って随分とノリが良い。

「……本来の貴方は快活な性格をしているのですね」

「さてな。これが俺の本質とは限らないだろう」

 華月は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「しかし便利だな、この分割思考は」

「統率する主体が脆弱だと破綻する事もあるんですが。貴方は大丈夫でしたね」

「テレジアの訓練を受けて思うんだけどさ……」

「何でしょう」

 華月が凄い微妙な顔をしながら呟いた。

「テレジア、俺が壊れたらどうするつもりだ?」

「さて。壊れる事など考慮していません」

「は? ――な?」

 何を馬鹿な事を。と、言う様な調子で返され、華月は流石に何も意味ある言葉を返せなくなった。何か言おうとするのだが、纏まってくれず、喘ぐように単音を発するのが限界だった。

 テレジアは両目を伏せ、事実勧告を開始した。

「私には、貴方が壊れることを、考慮する必要が、在りません」

「だ、だから、何で!? 理由は!!」

「理由、ですか」

 そこで半分だけ目を開いた。

「貴方がアルヴェルラ女皇陛下の竜騎士だからです」

「意味が解らないって!」

 女皇の騎士というなら、それこそ壊れないように教育するものではないか? そんな疑問が華月に芽生えるが、自らそれを問うほど華月は自己中心的な性格はしていなかった。だからそれの回答が聞けるように誘導する。

「何故竜皇の竜騎士が壊れる心配をしないのか。その答えは非常に簡単です」

 テレジアの目が完全に開いた。

「壊れないからです」

 言い切った。完全無欠に断言した。

「竜騎士についての説明も十分ではありませんでしたが、ここで少し教えましょう。

 竜皇の祝福を受けた竜血の作用は、同種のものよりも数倍……いえ、数十倍の効力を持ちます。それだけ、その血を享ける竜騎士候補に強い資質を要求します。今まで1000年間、陛下の血を享けた候補7名の中で、自我を残し、変質段階で崩壊しなかったのは貴方を除いて他に居ません。言い方は悪いですが、それ以下の資質で務まる竜騎士たちが同様の訓練で壊れることがそもそも稀です。

 故に、この程度の基礎訓練で壊れる心配など不要なのです。要らない事を考慮する必要は無いでしょう」

「……マテ、俺はヴェルラの血に耐えられなかったら、どうなってたんだ?」

「竜血の力に意識を喰い潰された場合、肉体が崩壊します。皮膚が剥げ、肉が腐り、血液が沸騰し、神経が爆ぜ、骨格が塵芥になります。

 一説には魂にまで傷を負い、取り返しがつかなくなるとかならないとか」

 これが本当だとすれば、文字通り『命懸け』だったわけだ。

「まぁ、そんな過ぎ去った事はどうでもいいのです。これから、その拾った命で陛下の為に頑張ってくれればいいのですから」

 このセリフだけを抜き出すと、トンデモなくアクどい奴の吐く最高に下衆な類のものだ。

「その為に必要な知識――は、揃いましたね。技術も何もかも、私が教えます。陛下に対し、私はこのテレジア=アンバーライドという『名』を懸けて約束しました」

 自分の胸に右手を当て、テレジアは華月を見据える。

「今、私たちはお互いの意識と意識で直に触れています。少し集中すればお互いの思考も筒抜けになるような状態です。そんな状態で、私は貴方にこう言います。

 セギ カヅキ、私は貴方を一人前の竜騎士にします。同時に、私の人間に対する志向を変えるべきかどうかの指針とします。

 どうか、強く在ってください。一番大きな期待は陛下ですが、その他にも貴方に期待する者が居ることを、忘れずにいてください」

「え――?」

 また、唐突に華月の意識は遠くへ行こうとし始める。

「整理が終了しましたね。現実へ戻る時です。私も自分の身体へ戻ります。

 今の話、努々忘れないように。戻ったら食事を摂って訓練です。今日からしばらくは体術をみっちり、文字通りに叩き込みます」

 今までのシリアスな顔を台無しにする素晴らしい笑顔で、テレジアは微笑んだ。





[26014] 第10話 竜なのに鬼教官
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5bd77187
Date: 2011/03/27 21:18


 全身が戦うことを拒否しようとする。

 竦む。

 ただ只管に敵わないと思う。実感する。

 放たれる見えない圧力がビリビリと皮膚と感覚を刺す。

「掛かってこないのですか? ならば――」

 すぅ。と、華月と対峙するテレジアが、涼しい顔で滑らかに、自然に重心を移動する。両足に魔力が纏われ、陽炎のように立ち上る。

「こちらからいきます」

 テレジアの踏みだした地面が爆ぜ、姿がかき消える。

 プレッシャーが一時的に消失したように感じられるが、それは違った。

 華月の右の脇腹に異様な衝撃。テレジアの左フックが深々と突き刺さっている。

「衝撃は徹しません。吹き飛びなさい」

 衝撃を対象の内部に浸透・拡散させず、わざと表面で炸裂させ、作用と反作用を生み出し華月の体を吹き飛ばす。

 上半身と下半身に分かれてしまいそうな威力を堪え、華月は衝撃に逆らわずに自ら跳ぶ。

「ほぅ?」

 領域を区切っているヴェネスド岩にぶつかりながら、華月は倒れることだけは避けた。

「理屈は、解ってんだけどなぁ」

 だが、やはり理解しているだけでは身体がついてこない。タイミング、その他の要素が掴めず上手く機能しない。

「二つにならないだけマシですね。ですが、いつまでもそのまま成長しないようでは仕方がないのですが」

 テレジアが変わらない無表情で淡々と喋る。これが華月の回復を待っている無駄な間だということは、間を与えられている華月も理解している。だが、悲しいかな。その与えられた間を使うしかない。正直、さっき食べた食事を逆流させないように堪えるだけでも一苦労なのだ。

 人前で反吐を吐くなど、華月にしたらそれこそ耐えがたい屈辱だ。華月の意識に潜ったテレジアは、華月のそういった部分だけ浚い、そこに漬け込むような手段をとっていた。

「さて、一発一発でそのザマでは――」

 また、テレジアの姿が消えた。

「私の連撃に、耐えられるのですか?」

 華月の正面に現れ、右のアッパーカット。

 寸前で何とか首を反らし回避。

 だが、伸びきった姿勢では、

「これは、どうします?」

 振り抜いた右腕が若干たわめられ、今度は全身の荷重が一点に集中された右肘が、魔力を纏った状態で肋骨の中心に炸裂する。

 今度は後ろに逃げるわけにはいかない。後ろは岩で塞がれている。

「がっ!!」

 今度は徹された衝撃が肋骨を圧し折り、

「まだ、ですよ」

 右足を軸に鋭く時計回りの回転。魔力を纏った左足が良く撓る鞭のように華月の右太腿を打ち据える。たったそれだけで大腿骨が砕かれ、姿勢が崩れる。

 下に少し落ちた華月の右頬にテレジアの魔力+の左拳がクリーンヒット。

「今の拳ぐらい、避けてもらいませんと」

 左足でローキックを放って、足を引き戻してから左拳で殴った。そこには一拍の間があった。少しでも反応できていれば多少は防御できたものだったのだが。

「まだ、無理でしたか」

 テレジアが追撃を止めた。

「ッメんじゃねぇ!!」

 華月は崩れるままに任せ、体勢がある形に変化したところで怒声を上げ、左のショルダータックルを敢行する。

「っ!」

「どぉだッ!?」

「まだ反撃を諦めなかった点は評価します。ですが」

 両腕をクロスし、完璧に防ぎきった後、華月の身体を跳ね飛ばし、

「詰めが甘い!」

 華月の首を左脇に抱え込み、そのまま後ろに飛んだ。

 結果、華月の頭は硬い筈の地面に見事にめり込んだ。

「まだまだ、児戯のレベルを脱しませんね」

 溜息でもつきそうな感じで、テレジアが起き上がる。

「テレジア、鬼だねぇ」

 その様子を岩の上から見学していたフェリシアが引き攣った笑いを浮かべていた。

「私は鬼ではなく竜ですよ」

「いや、そこに突っ込まれても……。よっと」

 軽い身のこなしで岩から飛び降り、顔の半分まで地面に埋まっている華月に近づく。

「カヅキ~? 生きてる~?」

「……あっ!? 糞っ!! 何だこりゃ!?」

 意識が飛んでいたらしく、反応までに少し間があったが、華月は大丈夫だったようだ。

「フェリシア様。カヅキは死にませんから、生きているかと問うのは間違っています」

「いや、解っているけどね? さすがにこんな恰好で地面に突き刺さってたらそう言いたくなるって」

「くっ! ぬ・け・ろぉ~っ!!」

 ばごん! と、いう奇妙な音と共に周囲の土をひっくり返しながら華月の頭が地面から抜けた。

「……うわっ、血みどろ……」

「さすがに一度、頭が割れましたか。まぁ、この辺の土は踏み固められていますから、滅多な事では割れたりしませんし。そんな処に頭をめり込ませれば割れもしますね」

 やっておいてテレジアは涼しい物言いだ。

「あ? 血がなんだ! まだ終わってねぇ!!」

「一方的にやられて悔しいのは解りました。気付くかと思ったのですが、気付かないようなので教えますから少し落ち着きなさい」

 ずどごん! と、これまた奇妙な音を立てながらテレジアの手刀が華月の脳天に叩きつけられた。

「……ぉふぅ……」

「あ~……痛いんだよねぇ、あれ」

 同情するような視線を向けるフェリシア。

「さて、カヅキ。初日の運動と先ほどの訓練で私が時々魔力を纏って攻撃していたことには気付いていましたね」

「……あの、陽炎みたいなののことか?」

「そうです。それが視認できるなら、魔力を扱うことができるということです」

「ああ、確かに集中すれば同じような事は出来るみたいだけど。でも、そんな状態じゃ戦えるわけが――」

「集中しないとダメというのは、分割意識体のどれかがその作業をしていれば済むでしょう。分割した思考も貴方なのですから」

 華月の悩みをテレジアがさらりと解決してしまった。

「……ああああっ!?」

「……まさか、そんな事にも気付かずに愚直に身体能力だけでどうにかしようと思っていたのですか? さすがの私も武術の心得も無さそうな貴方に、いきなりそんな無謀な事は言いませんよ。

 更に言うなら、戦うこと自体を分割した思考に任せて主体は総括すれば戦闘中に魔法を使ったり、スムーズな連携を簡単に行うことだってできます。慣れるまではそうすると思っていたのですが」

 またもさらりと簡単な戦い方を示唆され、華月は頭を抱えたくなった。

「おおおおっ!?」

「……何のために分割思考のやり方と総括するという方法を、貴方の意識に潜ってまで実践して教えたと思っていたのですか。あれは私なりのヒントのつもりだったのですが。評価マイナスですね」

 こんどこそ溜息をついて、テレジアが明後日の方向を見た。

「か、カヅキ、あんまり落ち込まないでね? 普通、これって実践の前に理屈で説明することだから」

「フェリシア様、甘やかさないでください。その為の知識はもう全部、カヅキの頭の中にあります。自己努力が足りないだけです」

「テレジアは意地悪だよ! 実践で教えるのも大事だけど、まずはやり方とか使い方とか、ちゃんと説明してあげないと!」

「全ての理屈はカヅキの知識として入っています。事前に何が必要か、その知識を浚えば全て揃います」

 頑として意見を曲げないテレジア。対してフェリシアも意固地になり始めている。

「それとも、フェリシア様は私の教育方針に何か文句がお有りですか?」

「有るよ! 何も丁寧に一から教えろって言ってるんじゃないんだから、取っ掛かり位は始める前に言ってあげたっていいじゃないって言ってるの!」

「平行線ですね。

 解りました。文句があるというのなら、陛下に直談判してください。私に命令できるのは陛下だけです」

「~~っ! 解った!!

 カヅキ、行くよ!!」

「え?」

 フェリシアは華月の手をとって、走り出した。

「あぁぁぁぁぁぁっ!?」

 ドップラー効果で引き延ばされる声を残し、華月はフェリシアに連れ去られた。

「……」

 残されたテレジアは、少しだけ寂しそうな顔をしていた。



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