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[26383] 【ネタ】時給ゼロの使い魔【「GS美神」風・ゼロの使い魔】
Name: よむだけのひと◆397a1e58 ID:810debff
Date: 2011/03/07 01:13
    
『急募!! GS助手使い魔
 スリリングで楽しい仕事……霊に興味ない方でも気軽にどうぞ
 時給ゼロ・勤務地ハルケギニア・住み込み・食事付き』

 そのポスターを街で見かけた時、平賀才人は、冗談だと思った。
 何しろ、書かれている内容が理解不能だった。まず『GS助手』というのが何を示すのか判らない。しかも『使い魔』という、あやしげなルビがふってある。下手に応募したら一生拘束されそうな言葉の響きだ。
 二行目から判断するに、幽霊やオバケに関係する話だろうか? しかし、この世にそんなものはいない……はずである。
 そして、三行目。『時給ゼロ』というのは正気であろうか? 勤務地も聞いたことがない地名だが、カタカナだから外国なのか……。

(いや、これ……店の名前なんじゃね?)

 ポスターの最後に描かれた女性の姿を見て、そう判断する。
 褐色の肌をした露出度の高い女性が、ただでさえグラマーな体を強調するポーズで微笑んでいた。彼女がアルバイトを募集している、とも読める文面だが……。もう一つの読み取り方も出来るのだ。

(……そういうイメージで営業しているピンク系のお店。その呼び込み広告だな、これ。……紛らわしい。それじゃ高校生の俺には関係ないじゃん)

 そこまで考えた時。突然、ポスターが歪み始めた。それは、ジロジロと覗き込んでいた才人を吸い込んで……。

########################

「あーっ、痛ぇ。頭がクラクラする……」

 自分の後頭部をナデナデする才人。顔を上げると、まるで別の世界へ飛ばされたかのような景色だった。
 ゴミゴミした東京の街中ではない。緑あふれる山々がどこまでも続く。狭い日本の田舎町とは違う。異国のようだった。

「ヨーロッパ……?」

「ハルケギニアよ!」

 声がするので、振り返る。
 そこにいたのは、才人と同じくらいの年頃の少年少女たち。みんな同じ服なので学生服なのだろうが、日本の物とは明らかに違う。
 どうやら、ここは学校の広場だったらしい。視界の隅に、校舎っぽい物も見える。引率の先生っぽい人物もいる。が、才人の目に留まったのは、一人の少女。

「あーっ!」

 ポスターに描かれていた褐色肌の美少女だ。
 理屈は判らないが、突然こんなところに来てしまったのは、こいつが原因。そう判断して、そちらに歩み寄ろうとしたが……。

「キュルケじゃないわ。私が呼んだの」

「ってて……!」
 
 横から伸びてきた手が、才人の耳を引っ張った。そちらに視線を向けると、立っていたのは小柄な少女。褐色肌とは違って、胸は控えめ。まあ、小柄かわいい系なら、変に巨乳よりは、このほうが似合っていて良いのであろう。
 ちなみに、髪の色はピンク。

(なんだ、やっぱりピンクじゃん。別の意味だったけど)

 と、ピンク系店舗説を才人が否定した時。

「光栄に思いなさいよ!」

 ちょっと怒ったような照れたような態度で、ピンク髪の少女が顔を近づけてくる。

「な、なんだよ!?」

「動かないで! わ、私だって……し、し、仕方なくするんだから!」

 チュッ!! 

 ファーストキスから始まる、二人の除霊ストーリー。
 その幕開けである。
 恋のヒストリーではない。念のため。

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「……というわけよ! わかった!?」

「あー……何となく」

「何となくとは何よ!? 私が、こんなに丁寧に説明してやったのに! このバカ犬!」

 才人は今、ピンクの髪の少女と共に、山道を歩いていた。事情説明もそこそこに連行されたのだ。
 歩きながら、一応の説明は聞かされた。まず、彼女はルイズという名前らしい。フルネームは長過ぎて覚えられなかった。

「ごめん、ごめん。……一応、ポイントは押さえた」

「じゃあ、言ってごらんなさい?」

「ここは、俺から見たら異世界、ハルケギニアってところ。さっきの場所はトリステイン魔法学院って学校で、ルイズ達が……」

 ジロリと睨まれた。ルイズが杖を振りかぶったので、才人は慌てて言い直す。

「……御主人様たちがやっていたのは、使い魔の召還儀式」

 魔法学院というだけあって、生徒は基本的に魔法が使える。才人は、ルイズの使い魔として召還されたのだ。あのポスターは、使い魔召還のためにルイズが送った念だったらしい。ルイズの姿ではなく友人の姿だったのが微妙に詐欺っぽいが、そこはルイズのコンプレックスだったのだろう。
 なお、あの友人の名前はキュルケというそうだ。ルイズは

「友人じゃないわ、敵よ!」

 と言っていたが、ようするにライバルのポジションなのだ。どうせそのうち共闘とかするんでしょ、と才人は思っていた。
 ルイズ曰く、キュルケではなくタバサという少女が一番の友人なのだそうだが、ルイズが指し示したのは、ルイズと同じように背も胸も小柄な少女だった。そのタバサという青髪の少女は、ルイズと才人が出発する際、一言だけ声をかけてくれた。

「……がんばれ」

 無口でおとなしい少女のようだが、ルイズに言わせると、ああ見えてタバサは凄い家柄の御嬢様。親から受け継いだ十二匹の韻竜を使い魔としており、それが暴走したら誰にも止められないのだそうだ。
 ……そんなふうに広場での出来事を回想していたら、ルイズがまた睨んでいた。

「……で?」

「で、俺が御主人様の使い魔になった。だから、こうして御主人様の進級試験のため、いっしょに除霊に来た」

 才人は、無意識のうちに左手の甲をこすった。あの時、美少女にキスされて喜んでいたら、激しい痛みと共に変な文字が刻まれたのだ。囚人の刺青のようなもの、つまり一生ルイズの奴隷という意味だ……と才人は理解している。
 ちなみに、あまりに痛かったので口を開けてしまい、軽いファーストキスがディープなキスに変わってしまったのは御愛嬌だ。直後、ルイズから激しいツッコミが来たのも御愛嬌。ルイズのツッコミは、爆発魔法であった。

(こう見えても……このルイズって子、凄腕の魔法使いなんだよな)

 才人に話しかけるのをやめ、前を向いて歩く隣の美少女。彼女を見ながら、サイトは身を以て知った威力を思い出していた。
 なんとルイズは、どんな魔法呪文——召還魔法は例外——を唱えても爆発魔法になるという特技を持っているらしい。過激な魔法戦士である。デメリットの多い『特技』な気もするが、御主人様が『特技』と言うからには特技なのだろう。

(この子と一緒なら、まあ、大丈夫だろう。しょせん俺は……GS助手だ)

 才人は、ルイズから聞いた話を頭の中で反芻する。
 この世界には貴族と平民の区別があり、貴族は皆、魔法が使える。そして魔力を持つが故に、霊や魔物を、平民よりもハッキリ見ることが出来る。
 だから、いわゆる『除霊』をするのも貴族。そして、魔法で妖怪や悪霊と戦う貴族——ハルケギニアのエクソシスト——を、人々はゴーストスイーパー(GS)と呼ぶのである!

########################

「着いたわ!」

 二人が辿り着いたのは、山の中腹にある温泉だ。ここに出没するという魔物を退治するのが、ルイズの進級試験の課題だった。
 今、ルイズはハイテンションだが、才人は違う。ここまで来ただけで疲労感がある。自分に向かって「とりあえず、お疲れさま」と言いたいくらいだった。

「せっかく来たんだから、温泉で汗でも流そうぜ……」

 口にした瞬間、才人は後悔する。どうせ馬鹿とかスケベとかいう罵声と共に爆発ツッコミが来るに違いない。そんなつもりはなく、本当に汗ダクだからポロッと言ってしまっただけなのだが……。

「あら。バカ犬のくせに、いいこと言うじゃない」

 なんと!
 目の前で美少女ルイズがスッポンポンになった!

「さすがプロ! 必然性があればためらわない! ……じゃないよな!? あれ? 除霊とは関係ねーよな?」

「……当たり前でしょ? ま、一応、除霊の前に身を清めるって意味はあるけど……」

 素っ裸の美少女が胸を張って腰に両手を当てているのだ。なかなか刺激的である。ちなみに、こうして胸を突き出すと、ルイズといえど、立派なものである。『脱いだら凄いんです』というキャッチコピーが才人の頭に浮かんだ。
 なお、凄いと言えば。ルイズは厳密にはオールヌードではなく、小さな杖だけは手放していない。だから、いつでも凄い魔法が使える状態だ。きっとハルケギニアでは『裸にソックス』の代わりに『裸に杖』の需要があるのだろう、と才人は思った。

「い、いや、そうじゃなくて。おまえ……じゃなかった、御主人様、恥ずかしくないのか? 男の前で、そんな格好……。別に誘ってるわけじゃないだろ?」

「は? 男の前……?」

 少しキョロキョロしてから。
 ルイズは、ポンと手を叩いた。

「あんた勘違いしてるみたいだけど。あんたは使い魔だから『男』扱いじゃないわよ?」

「……そういうことか」

 要するに『バカ犬』という連呼の通り、犬だと思われているわけだ。ならば才人も服を着ている必要はない。犬は犬らしく、裸になろう。ルイズが裸になって以来、妙にズボンが窮屈なのだ。
 そう思って、才人も脱ぐ。隠すとかえって恥ずかしいので、隠さない。犬とはいえ、こういうところだけは男らしいのだ。
 だが。

「な、な、な……何やってるのよ!?」

 いきなりルイズが怒り出した。攻撃魔法が来た。危なかった。

「ちょっ!? 『何やってる』は、こっちのセリフだ! もう少しで、男じゃなくなるところだったぞ!?」

「だ、だ、だって……! そんなもん、御主人様に見せつけるのがいけないのよ!? い、い、犬なら犬らしく、おとなしくしときなさい!」

 そんな無茶な。御主人様が魅力的なので、こうなった。責任取ってくれ。……と言いたいくらいだが、別の意味で『取ってくれ』そうだっただけに、迂闊に口に出来なかった。

「だ、だいたい! あんた使い魔なんだから、御主人様と一緒に温泉入れるわけないでしょ!?」

 というわけで……。

########################

「あー。いい湯ねえ……」

 一人で温泉に浸かるルイズ。
 才人は再び着衣して、彼女の後ろで見張り役だ。
 二人は温泉旅行に来たわけではなく、除霊に来ているのである。対象である魔物がいつ出てくるか、判らなかった。

(でも……。この状況で襲われたらヤバいんじゃねーか? 俺一人じゃ除霊なんて無理だぞ!?)

 突然、不安になる才人。ルイズに視線を向けても、後ろからでは髪しか見えない。こういう場合、女のうなじは色っぽいと相場が決まっているのに、それすらピンクの髪が隠している。まるでピンクのワカメだった。
 その時。

 ゴソゴソ……。

 近くの茂みから物音が!?

「来たわね……」

 ゆっくりとルイズが立ち上がる。ザバーッと湯を滴らせる姿は、神よ私は美しいと言わんばかりの神々しさであった。
 焦らず体を拭き、制服とマントを着ける。彼女にとって、これは言わば聖なる衣なのだ!
 戦闘準備を終えたルイズが杖を向け、宣言する。

「さあ、出て来なさい! このマンボーン温泉を騒がす魔物め!」

 ガサガサ。

 音に続いて、草木を割って現れたのは……。

「……ああ。ようやく……人間に出会えました……」

 黒髪の巨乳少女だった。
 ルイズと胸が逆なら、もっと話が判りやすかっただろうに。そんな考えが、なぜか才人の頭に浮かんだ。

########################

「なあ、御主人様? この世界の魔物って……人間と同じ姿なのか? たしかに、男にとっては、この胸は魔物かもしれんが……」

「はあ!? バカ犬の世界では、みんな、そんなにエロばっか考えてんの!?」

 と、二人がカルチャーギャップ——ただし誤解——をぶつけあう前で。

「魔物なんかじゃありません! 私は、シエスタといって……」

 黒髪巨乳が説明を始める。
 彼女はタルブ村で生まれ育った平民であり、名前はシエスタ、年齢17才。このたび、とある貴族の学校にメイドとして奉公することが決まり、そこへ向かっていた。ところが、途中で道に迷ってしまい、しかも、怖いオーガを目撃。慌てて走って逃げた際に、地図と紹介状も落としてしまい、途方に暮れていた……。

「……地図には、場所に印がついてただけで、学校の名前は書いてなかったんです。奉公先への紹介状は当然開封していないので、私は、行くべき学校の名前、知らなくて……」

 なるほど、シエスタは山中で苦労したのだろう。服はところどころ擦り切れており、微妙なチラリズムを演出する源になっていた。
 そんな彼女を見ていると、男なら慰めてやりたくなる。だが、ルイズと才人には、先にやるべき事があった。

「なあ、御主人様。俺のいた世界だと、オーガっていうのは空想上の魔物の名称だけど……」

「あら、奇遇ね。こっちでも魔物よ。聞いての通り、こっちじゃ実在してるけど」

 そのオーガこそ、ルイズが退治するべき魔物なのだ。
 二人は、嫌がるシエスタに道案内させ、オーガ目撃地点へと向かう。故郷から奉公先への道のりでは迷ってしまったシエスタだが、目撃地点は近くだったようで、大丈夫だった。
 それっぽい咆哮が聞こえてくる。

「じゃ、軽くやっつけましょう!」

 というわけで。
 凄腕GSルイズの爆発魔法で、オーガは、あっけなく散った。一行の描写も要らぬ程、簡単な戦いだった。
 まあ、しょせんは学生の進級試験の課題である。難しい除霊のわけがなかった。

########################

「ありがとうございました」

 オーガ退治の礼を言う少女。しかし、まだ彼女は心配そうだ。
 そりゃあ、そうだろう。奉公先には辿り着けないし、そもそも、場所も名前も判らない。故郷に戻れば判るかもしれないが、この状態で帰っても、彼女の立場はない。務めるはずだった学校側も、予定していたメイドが来ない以上、もう新たに別の者を雇ってしまったかもしれない……。

「……ってことでいいんだよな? 俺の世界の理屈で考えてみたけど……こっちでも同じだろ?」

「この、バカ犬! あんた、女のコ虐めて楽しむ趣味があるわけ!?」

「え?」

 ルイズに言われて、才人も気づいた。
 サイトの状況確認で、シエスタは、あらためて自分の悲観的状況を思いしらされたらしい。目から涙を溢れさせていた。頬を伝わるだけでなく、チャーミングなソバカスも水浸しにしている。

「ああ……。ごめん。そんなつもりじゃなくて……」

 シュンとする才人を見て、ルイズも理解する。彼に悪気があったわけではないのだ。
 少しの間、シエスタの嗚咽の音だけが、山中に響き渡る。
 その雰囲気を壊したのは、この場のリーダー、ルイズだった。

「わかったわ。じゃ、こうしましょう!」

 彼女は、シエスタの肩に優しく手を置いた。

「あんた、私の専属メイドになりなさい! 私が雇った専属メイドとして、私が通う学校に連れてってあげる」

「え……?」

 シエスタが顔を上げた。
 平民のシエスタにとって、貴族に仕えるというのは名誉な話である。

「いいのでしょうか? 私のような者が……」

「ええ。本来なら使い魔にやらせるべき仕事も、ちょっとバカ犬だけじゃ、無理みたいだから」

 ルイズが才人に冷たい目を向ける。異世界から来たという才人では、ハルケギニアに順応するだけで大変だ。しばらくは役立たずであろう。

「こっちも誰か欲しかったところなんで、ちょうどいいわ。日給は奮発して30……」

 と、ここでルイズの言葉が止まる。条件を再考したのだった。

「……いや、要らないわね。あんた私に助けられたわけだし、当然、無給で仕えるんでしょ? 一応、住むとこと食べ物くらいは出してあげるから」

「はい、もちろんです! ……やりますっ!! いっしょーけんめー働きます!!」

 満面の笑顔で頷くシエスタ。
 ルイズも、良い事をしたという顔になっているが……。
 サイトは、ルイズを見ながら、小さくつぶやいていた。

「お……鬼だ……」





(完? つづく?)

########################

(あとがき)

 ルイズ = ツンデレな女主人公 = 美神令子
 シエスタ = 黒っぽい髪のサブヒロイン(ただし物語の進行と共にその座から陥落?)= おキヌ
 キュルケ = 褐色肌のライバル = 小笠原エミ
 タバサ = 御嬢様っぽい親友 = 六道冥子
 コルベール = 頭の薄い(でも実力者でもある)先生 = 唐巣神父
 カリーヌ = 昔は凄かった(今でも本気出せば凄い)お母さん = 美智恵

 ……誰でも考えつきそうなネタだけど、そういうSSを読んだ事がないので(私自身がゼロ魔SSをあまり読んでないから見つけてないだけかもしれませんが)。じゃあ自分で書いちゃおう、既出だったらゴメンナサイ、チラ裏だから許してください、ということで。
 GSの二次創作なら、他の投稿サイトで使っていた元々のHNを使おうかとも思いましたが、これ、GS関係あるけど『GSの二次創作』とは違う気がするので、やはり『よむだけのひと』として投稿しました。
 SS書く時間がない日に限って、こういうのを突発的に書きたくなるものです。
 とりあえず今のところは一発ネタの短編ですが、気が変わる可能性もアリ。……というより、いかにも長編の第一話と言わんばかりに『説明』が多いので、続けないといけない気もしてきた。うーん。
 
(2011年3月7日 投稿)
    



[26383] 第二話 僕はバラの花からも精気を吸えるんです
Name: よむだけのひと◆397a1e58 ID:810debff
Date: 2011/03/14 20:12
   
 才人が目覚めて、初めて目にしたものは、美少女ルイズの寝顔であった。あどけない寝顔であった。
 ただし、同じベッドにいるわけではない。ルイズはベッドの中、才人は硬い床の上。それでも寝ている間に美少女御主人様の方を向いていたのは、少年の本能なのか、あるいは使い魔の本能なのか。
 床が硬いくらいで不満を言う才人ではなかった。友人の部屋での飲み会の後みんなでザコ寝……と思えば、これもアリ。しかも、部屋主は美少女、目が覚めたら他のみんなは帰っちゃったから二人きり、彼女は無防備に寝ている、というオプション付きだ。高校生の才人には、まだ、そのような実体験はない。が、想像するだけでヨダレが出るシチュエーションである。

「あれ? なんだかんだ言って……使い魔って幸せかも?」

 使い魔というものは、本来、雑用だったりGS助手だったりをするものらしい。
 だが、ルイズが専属メイドを手に入れたので、今のところ才人が雑用をする必要はない。御主人様の下着や洋服の洗濯は、専属メイド・シエスタにおまかせだ。そのメイドさんは学院の使用人宿舎に泊まらせてもらうことになったので、この瞬間はこの部屋にはいないが、必要になれば来てくれるはず。
 また、GS助手としてもラクなものだ。GSとしてはルイズは凄腕。彼女自身が言っていたし、実際、昨日はアッサリとオーガを倒していた。だから才人は見ているだけでOK。

「そう、見ているだけだった……」

 昨日の除霊仕事で見たもの。美少女ルイズのオールヌード。服が擦り切れた巨乳少女シエスタのチラリズム。至福の光景であった。
 思い出しただけで、才人の顔がニヤけてくる。ほっぺたが落ちそうなくらいだったが。

「あ……」

 当のルイズの寝顔を前にして、昨日のヌードを思い浮かべるのは、少し刺激が強すぎた。
 腹の皮つっぱれば目の皮たるむ、という言葉があるが、若い少年の場合、頬の皮たるめばズボンがつっぱる。体の一部がMAXになってしまった。

「し、静まれ……俺の体よ……」

 このままではまずい。昨日なんて、ルイズに『取られそう』になったのだ。そうか、昨日はルイズの裸を見ただけではなく、お互いに裸を見せ合ったのか。
 迂闊に思いを馳せて、ますます大きくなった。MAXがますます大きくなるのは矛盾だが、エネルギー充填120%という言葉もある。あれと同じだ。

「……この世界にも、トイレくらいはあるよな? ちょっと、このままにはしておけないから……」

 御主人様が目覚めないよう、そーっと廊下へ。
 なお、ここは女子寮。当然トイレも女子トイレであり、才人は「きゃあ、チカン!? 変態!?」と騒がれる事になった。

########################

 本塔の最上階にある学院長室。そのドアがガタンと勢いよく開けられ、教師コルベールが中に飛び込んだ。
 部屋の主が、ジロリと睨む。

「なんじゃね? 朝から騒々しい……」

 コルベールは一目で、その場の状況を理解した。
 学院長オスマンは、朝も早くから、秘書ミス・ロングビルを相手にチェスを嗜んでいたのだ。 

「またですか……」

 呆れたように漏らすコルベール。これではミス・ロングビルが可哀想だと思った。
 彼女は真っ赤な顔をしているのである。
 そりゃあ、そうだろう。彼女が身につけているのは、下着一枚。いわゆるパンティーだけだった。
 魅惑的なバストを覆う布もなく、必死に手で隠そうとしているが、全部はカバーしきれていない。片方の頂きが、あらわになっていた。服の上からでも豊乳に思えたが、こうして見ると、あれでも『着やせ』していたらしい。

「……朝から脱衣チェスやるのは、そろそろ、やめたほうがいいのでは? また秘書が辞めてしまいますよ?」

 ミス・ロングビルは、最近入った秘書である。彼女がいつまで保つか、コルベールは心配している。
 学院長オスマンは、この手の遊技が大好きであった。エロジジイであり、かつ、ゲーム猿なのだ。さすがにやりこんでいるだけあって、どんなゲームも強い。いつも脱がされるのは、相手の女性の方だ。

「さあ、あなたも。ちょっと大事な話があるので、席を外してください」

「ありがとうございます……」

 コルベールは、自分のマントを外して彼女にかけてやる。今まで堪えていたのに、彼の優しさで感極まったのだろうか。彼女はホロホロと泣き出した。

「なんじゃ、これは。これではワシが悪者みたいではないか……」

「いや、『みたい』ではなく、そのものです」

 襲われた被害者女性のような態度でミス・ロングビルが部屋から立ち去った後。

「……で、なんじゃ?」

 オスマンが真面目な表情に変わった。コルベールが早朝に突然来訪した以上、かなり重要な用件だと察したのだ。
 こういうところは、さすがオスマン。コルベールは、かすかに尊敬した。
 こう見えてもオスマンは、凄い魔法使いなのである。顔に刻まれた皺のせいで、一見、猿のようでもあるが、見かけに騙されてはいけなかった。
 オスマン自ら生徒に魔法の修業をつける際には、彼の実力の片鱗も、うかがえるらしい。
 ただし、オスマンが本格的に修業をつける現場を、コルベールは見た事がなかった。オスマンの修業は、トリステイン魔法学院最高にして最難関。『ウルトラスペシャルデンジャラス&ハード修業コース』とも呼ばれており、コルベールの知る限り、挑戦した者は誰もいなかったのだ。
 そんなオスマンの前に、コルベールは、一冊の本と一枚のスケッチを差し出した。

「オールド・オスマン、これを見てください……」

########################

「大変な目にあったぜ……」

「あんたが悪いんでしょ? 自業自得よ!」

 チカン騒動は、なんとか終了した。
 ルイズの部屋に逃げ込んだ才人は、使い魔がそんなことをすると彼女の名誉も傷つくということで、ルイズから爆発魔法を食らう。だが、朝の世話のために来たシエスタが、仲裁役になってくれた。「まーまー」となだめるシエスタのおかげで、大ケガをせずにすんだ才人である。
 そのシエスタは、洗濯をしに行ったようだ。再びルイズと二人になった才人は、今、食堂へと向かっていた。

「まあ、いいわ。あんたのいた世界とは、色々違うみたいね。こっちでは、トイレは女性用と男性用に別れていて……」

「それは俺の世界もそうだよ!」

「え? 何? じゃあ、あれは確信犯……?」

「違う、違う! そうじゃなくて……」

 なんだかんだ言って、ルイズは物わかりも良いし、色々と説明してくれる。きっと、そうでないと話が進まないからであろう。その点、才人は、ルイズに感謝している。
 昨日は『ハルケギニア』を国の名前だと思った才人だが、それは誤解だった。ここは『トリステイン王国』という国なのだそうだ。国王没後、次の王は即位しておらず、王妃と若い王女が頑張っているが、ある意味、貧しい国らしい。経済的にはともかく、人材的に貧乏なのは確実で、重臣も他国から引っ張ってきている状況。

(貧乏な国で……若い王女さま……)

 ふと、お下げ髪で巨乳の可愛らしい少女の姿が頭に浮かんだが、たぶん才人の妄想に過ぎない。そう誰も彼もが魅力的なわけもなかろう。才人は、自分の空想を振り払った。
 こうして色々と、才人が教わった話を反芻している間に、二人は目的地に到着した。

「ここよ! ホントならあんたみたいなバカ犬は、この『アルヴィーズの食堂』には一生入れないんだけど、私の使い魔だから特別なのよ?」

 ルイズの言い方は恩着せがましいが、才人は頷いておく。
 食堂には、やたらと長いテーブルが三つ。ごちそうがたくさん、豪勢に並べられていた。

「なあ、御主人様。シエスタは?」

「彼女は、まだ仕事中。洗濯の後には、部屋の掃除もあるし……。大丈夫、魔法学院の使用人と一緒に食べられるよう、手配しておいたから」

 シエスタは、賄い食なのか。ちょっと可哀想だな、と才人は思ったが、他人事ではなかった。

「何……これ?」

「あんたのゴハン」

 テーブルのごちそうは貴族様のもの。使い魔サイトの分は、床の上の皿が一枚。といっても、カラの皿ではない。スープが入っているし、端にはパンも置いてあった。
 こんな虐待は許せない! これじゃ賄い食より酷いだろ!? そう言いたいのだが、グッと堪える。頭の中で、天使と悪魔が葛藤していたからだ。
 天使曰く。

「耐えるのです。犬扱いも、よいではありませんか。昨日の温泉のような出来事もあるのです。美少女が目の前で、平気で脱いでくれるのです」

 悪魔曰く。

「バカじゃねーの? ヌード披露だけだぞ? 何もさせてくれないんぞ? 生殺しじゃん。だいたい、一度見て目に焼き付けたから、もう十分だろ?」

 天使曰く。

「一度見て、目に焼き付けた。……それで、本当に十分なのですか?」

 悪魔曰く。

「ああ、十分だ。あとは妄想だよ、妄想! 現実では無理な事も、妄想なら出来るだろ? 妄想するための素材としては、一回見れば十分だ」

 天使曰く。

「あなたは間違っています。妄想のネタにするとしても、素材は多い方がいい。せっかくの機会です、最大限に活用するべきなのです」

 悪魔曰く。

「でも……このままじゃ人間扱いされないぞ?」

 天使曰く。

「それだけの価値はあるでしょう。思い出してごらんなさい、昨日の興奮を。今までの人生で、あのような美しいエロティシズムに遭遇した事がありましたか? 今後の人生で、あると思いますか?」

 悪魔曰く。

「うう。俺の負けだ……。裸を見飽きるまでは、このままでいい。見飽きる頃には状況も変わるかもしれねえ」

 こうして。
 才人は、硬いパンを齧り始めた。
 しかし、平穏に食事している場合ではなかった。

「おはよう、ルイズ。あら、本当に昨日の少年が使い魔なのね」

 ルイズに声をかけてきた巨乳少女。キュルケである。
 才人がこちらに来てから『巨乳』という言葉を思い浮かべる機会も急増したが、キュルケの巨乳は並の巨乳ではない。メロンみたいである。食事がわびしい分、齧りつきたくなるが、後が恐いので思いとどまった。

「……おはよう」

 キュルケの後ろには、青い髪の少女。小柄で貧乳で無口な眼鏡っコ、タバサである。才人にはストライクど真ん中ではないが、こういうタイプを好む男もいるであろう。もちろん才人にとっても、ストライクど真ん中ではない、というだけで、ボールゾーンではなかった。

「おはよう、タバサ。おはよう、キュルケ。あらキュルケ、その火トカゲは使い魔でしょ? だめじゃない、食堂に入れては」

 ルイズの言葉で、才人も気づいた。タバサに気を取られていたが、よく見れば、キュルケはファンタジーな生き物と一緒だった。

「ルイズだって、使い魔の少年、連れ込んでるじゃない」

 艶かしい少女の口から出ると、違う意味のように聞こえる。俺は美少女ルイズに連れ込まれたのか、と才人は少し幸せになった。

「使い魔には使い魔を紹介しなくちゃね。火竜山脈のサラマンダー、名前はフレイムよ!」

 主人に呼応するかのように、フレイムが口を開けた。炎の舌を見て、才人は少し恐くなった。が、一応、名乗り返す。

「俺は、平賀才人。ルイズに召還されて……」

 最後まで言う事は出来なかった。眼鏡っコが参加してきたのだ。

「……私も紹介する。みんな出ておいで」

「え?」

 ルイズとキュルケの顔が引きつった。誰かが「やめろ!」と叫んだ。別の誰かが「にげろ!」と叫んだ。
 だが、全ては遅かった。十二匹の韻竜が、タバサの陰から出現した。突然、一斉に。優秀な魔法使いのタバサでもコントロールできない勢いで。
 食堂は、あっというまに大混乱。これがタバサ名物、十二韻竜大暴走であった。

########################

 朝食は途中で中断。何事もなかった状態に戻すため、学院の使用人たちが必死に片づけている。
 才人もルイズも他の生徒たちも、少しの間、食堂の外で待つ事になった。
 そんな中。

「大丈夫かい、君たち」

 暴走に巻きこまれた生徒を労って、一人の男が声をかけて回っている。マントや制服を着用しているので、彼自身、生徒のひとりのはず。

「なんだ、あれは……?」

 才人は、少し不思議に思った。遠目で見ても、目だつ格好なのだ。
 巻いた感じのクセのある金髪で、フリルのついたシャツを着た、気障な少年。口には薔薇をくわえているが、それが絵になっていた。きっと魚座だ。この世界の星占いは、地球とは違うだろうけれど。

「あいつ、もしかして……メシ食えなくなったから、代わりに薔薇を食ってんの?」

「そうよ。ギーシュは、バラの花からも精気を吸えるんですって」

「へえ〜〜! 魔法使いって、そんな事も出来るのか!? ちょっと見直した……」

「ちょっとキュルケ! うちのバカ犬に嘘を吹き込まないで!」

 ここでルイズから訂正が入った。

「いくら何でも、そんなことは出来ないわよ。吸血鬼じゃあるまいし。……ま、確かにギーシュはそんなこと言ってるけど、それはハッタリよ、ハッタリ!」

「ハッタリ?」

「そ。色男の二枚目だから『ハッタリかましてブラジャーからパンティまで何でも揃えてみせるぜ』ってことよ」

「ミサイルじゃないのかよ!? 女性の下着ばっかじゃん! そう言って女のコから下着を剥ぎ取るのかよ! 脱がしのテクニック!?」

 才人は、あらためてギーシュという男を見つめた。
 よく見れば、女のコしか労っていなかった。
 しかも、あの手つきはセクハラだ! でも女のコたちはポーッとなっている。

「二枚目だからか!? ……あーあー美形さまはよー! 口説くのも簡単で、よーございましたなー!」

 才人は騒ぎ過ぎた。
 ギーシュがこちらに、怪訝な顔を向ける。

「何かね?」

「二枚目は何やっても許されるのか!? どうせ二股かけたりしてんだろ!?」

 才人は言ってやった。
 ギーシュより早く、取り巻きの少女たちが反論する。

「そんなわけないでしょ!」

 まずは、見事な金髪ロールの少女。後頭部の赤い大きなリボンもチャーミング。ルイズほどではないが、独特の魅力を漂わせる美少女だった。

「ギーシュさまは、一途な男性です!」

 続いて、後輩っぽい女のコ。栗色の髪をした、可愛い少女だった。

「そうよ、そうよ!」

 他にも、幾つかの声が賛同する。
 そして、再び金髪ロールが。

「ギーシュは、私だけの男なんだから!」

 だが。

「……え?」

「いいえ、ギーシュさまは私の……」

「いや、私の……」

「いや、ボクの……」

 女の子が口々に騒ぎ出した。誰も「どーぞ、どーぞ」とは言わなかった。

「あー。二股どころじゃなかったのか……」

 才人が呆れている間に、女のコたちは掴みあい取っ組みあいのケンカを始めてしまった。朝からキャットファイトとは、刺激的な話だ。服のはだける者もおり、なかなか生々しかった。
 ギーシュも仲裁できない。オロオロはしていないが、少しエロエロしている。そんな顔だった。が、サッと表情を引き締めて、才人に怒鳴った。

「君の軽率な発言で、こうなった。どうしてくれるんだね?」

 いや悪いのはおまえだから、と才人がツッコミを入れる前に。

「決闘だ!」

 というわけで……。

########################

 才人が連れて来られたのは、『ヴェストリの広場』と呼ばれる場所だった。
 ギーシュと二人で来たわけではない。ギャラリーを引き連れての大移動だった。野次馬連中にしてみれば、食堂再開までの暇つぶしにはもってこいのイベントなのだ。

「さてと、では始めるか」

 ギーシュの言葉と同時に、才人は走り出した。ケンカは先手必勝である!
 だがギーシュが薔薇の花を振るうと、突如、才人の前に何かが出現した。
 甲冑を着た女戦士の形をした、人間サイズの金属人形だ。一瞬、機械人形かと思ったが、そうではなかった。

「これが僕の魔法。僕の二つ名は『青銅』、青銅のギーシュだからね。したがって、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」

 ワルキューレ。戦乙女。いかにもな名前だが、きっとコケ脅しだ。本当に強ければ、マリアとかテレサとか、そういう人間っぽい名前をつけるはず。そう思った才人だが、甘かった。

「げふっ!」

 一発殴られただけでノックダウン。
 見かねて、御主人様ルイズが駆け寄った。

「使い魔が醜態をさらすと主人の私の名誉も傷つくけど……。もういいわ、ここまでよくやったわ」

 いや『よくやった』と言われる活躍はしていない。いきなりパンチを食らっただけだ。ルイズの発言はおかしい。
 才人は反論したかったが、痛くて何も言えなかった。

「やっぱり男のコなんだなって、正直、見直したわよ、もう十分でしょ?」

 なんだか人間扱いされた気がする。それは嬉しいのだが、痛くて、それどころではなかった。

「もう寝てなさいよ、いいわね?」

 肯定の返事もできないくらい、痛い。そんな才人を見て、ルイズが誤解する。

「御主人様のゆーことが、きけないってゆーの!?」

 ルイズが勝手に怒り出した。これは酷い。

「相手は貴族なのよ!? あんたみたいな平民じゃケガじゃすまないのよっ!? この私が、そこんとこ気遣ってやってんのが、わかんないわけ!?」

 才人の胸ぐらをグギューッとつかむルイズ。
 さすがにこのままにはしておけないと思ったのか、場外から、第三者の声が割り込んだ。

「……私にいい考えがある」

 タバサだ。青い頭がよく似合うセリフだと、才人は思った。

########################

 ところ変わって、ここは学院長室。
 コルベールがオスマンに長々と説明していると、ドアがノックされた。
 ミス・ロングビルが入ってくる。服も着ており眼鏡もしており、いかにも淑女といった雰囲気だが、コルベールは、つい、先ほど見た裸身を思い出してしまった。

「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるようです」

「……誰じゃ?」

「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」

「あのグラモンとこのバカ息子か。おおかた女の子の取り合いじゃろう。オヤジも色の道では剛の者じゃったが、息子も同様の女好きじゃからなあ」

 オスマンの言葉に対して、コルベールもミス・ロングビルもツッコミを入れなかった。おまえが言うな、とは言わなかったのだ。
 ギーシュはともかく、父親のグラモン伯爵は好色で有名だからである。グラモン伯爵と比べれば、オールド・オスマンもまだまだ小物だと思えた。
 通称、吸血鬼グラモン伯爵。バンパイアに血を吸われた人間が眷族となって逆らえなくなるように、一度でもグラモン伯爵と交わった女は彼の虜になって逆らえなくなるという。
 さいわい、息子のギーシュには、そのような凄い力はない。女性をたくさん口説いているようだが、父親をバンパイアに例えるならば、せいぜいがバンパイア・ハーフである。

「……で、相手は誰じゃ?」

「それが魔法使い(メイジ)ではありません。ミス・ヴァリエールの使い魔の少年のようです」

 彼女の言葉を耳にして、オスマンとコルベールが視線を交わす。
 壁にかかった大きな鏡に向けて、オスマンが杖を振った。

(それを使うのですか……?)

 内心で驚愕するコルベール。
 何気なく壁にかけてある鏡だが、実は、マジックアイテム『遠見の鏡』なのだ。自称調査官のメイジから、かつてオスマンがゲームで勝って巻き上げたものだった。覗きが仕事だと言い張った魔法使いであり、それがないと仕事にならないと嘆いていたそうだが……。要するに、そういうアイテムである。
 
「……ん? 誰もおらんではないか」

 ヴェストリの広場が映し出されたが、完全に無人である。

「申し遅れましたが、彼らは場所を変えました。……ところで、オールド・オスマン。まさかとは思いますが……その鏡で私の部屋を覗いた事はないでしょうね?」

 オスマンは、何も言えなかった。

########################

(なんだか……話が大きくなっている気がする……)

 才人は移動中であった。闘技場だか修業場だか、そんな場所へ向かっているのだ。
 提案したのは、タバサである。本来は無口でおとなしいタバサだが、優秀な魔法使いであり修業も好む彼女は、こういう話になるとキャラが変わってしまうらしかった。

「……このままでは戦いにならない。魔法が使えない彼のために、せめて『法円』を利用させるべき」

 タバサの言う『法円』が何を意味しているのか、才人には判らなかった。だが、イヤな予感しかしない。そもそも「私にいい考えがある」発言は、悪い考えフラグなのだ。

「お、おい。なんだよ、これは……」

 その場所の入り口には、花で飾られたアーチ状の門があった。しかし、その可愛らしさには似合わぬ但し書きがあった。

『この門をくぐる者、汝一切の望みを捨てよ』

 体が硬直するが、才人は両腕をそれぞれキュルケとタバサに連行される形であり、立ち止まることは不可能であった。

「ああ、これ? これは大げさに書いてあるだけ」

 キュルケが丁寧に説明してくれる。
 ここは本来、学院に入ったばかりの新入生しか使わないので、新入生を『歓迎』する意味で、脅し文句があるのだった。ならば可愛らしく装飾するのは不自然なのだが、これは昔、ルンルン気分の新入生が「歩いてくぐるアーチは、アカシヤのアーチにするべき」と言って、勝手にやったのだという。その生徒は後に立派なGSになったため、彼女にあやかって、ここをアカシヤで飾る者が後を絶たない。

「……というわけだから、あんまり気にしなくていいわよ」

 キュルケは親切だ。才人は、そう思った。右腕に当たる胸の感触も、彼女の評価を上げていた。
 反対側の腕にも胸の感触はあるのだが、それは、まるで背中のような感触だった。才人は、チラッと左に目を向ける。タバサと目が合った。

(そりゃあ、治療してくれたことには感謝してるけど……)

 ギーシュの青銅ゴーレムにやられた傷は、タバサが韻竜を出して治してくれた。『治癒』の呪文よりも強力だから、ということだった。食堂での暴走が記憶に新しいだけに、才人は少し恐かったが、一匹ならば完全に制御できるらしい。確かに、シルフィード11号のヒーリング能力は効果抜群だった。
 だが。

(……タバサがいなければ、こんな雰囲気には、ならなかったよな?)

 才人は、決闘を続けたかったわけではない。痛みが酷くて何も言えなかったら、こうなった。口がきけるようになった頃には、もう、やめると言える雰囲気ではなくなっていた。
 なお、この点、ルイズには誤解されている。才人が彼女に逆らって決闘続行となったと判断し、彼女は、とても機嫌が悪い。才人から少し距離をとっているくらいだった。家事を一時中断して急遽合流したシエスタが、頑張って「まーまー」とルイズをなだめていた。

(はあ。とりあえず、なるようにしかならないだろうな……)

 状況に流されて、才人は、石タイルで舗装された丸い舞台へ上がった。才人とギーシュの足下にそれぞれ、複雑な模様を伴う小さな円がある。

「その『法円』を踏んで」

 この場を仕切るタバサの声。すっかり道場主キャラである。
 おとなしく従う才人。すると。

 ビュウゥム!

 才人の体から、何か出てきた。

「な……なんだよ、これは!?」

「あなたの『影法師(シャドウ)』。魔力、精神力、その他あなたの力を取り出して形にしたもの」

 ここは、まだ魔法もロクに使えぬ者のための修業場だった。
 身体から魔法力を放出する感覚をマスターするための補助が、この『法円』である。
 もちろん才人は平民であり、貴族のような魔法力はなかった。しかし、魔力とは生命エネルギーの一種。平民だって、ごく微量は持っているのだ。異世界から来た才人の場合、ハルケギニアの平民より、そのレベルは高かったのであろうか。
 才人の『シャドウ』は、彼の半分くらいのサイズの人型だった。

「こ……こんな情けないシャドウは初めて見た……」

 ギャラリーから、そんな感想が聞こえてきた。彼らは貴族の『シャドウ』しか見た事がないのだ。
 が、才人自身は、これでも立派な物だと思う。額にバンダナを巻いたような装飾があり、ジーンズの上下を着込んだようにも見える外観は、熱血漫画の主人公だと言われてもおかしくない風情を漂わせていた。

「これなら、ギーシュのワルキューレとも対等に戦えるぜ!」

 才人は、自らを奮い立たせる。見れば、ギーシュは『法円』を使っていない。必要がないのだ。ギーシュは、薔薇の杖を振るった。

「これで僕も、全力を披露できるよ」

「……え?」

 先ほどは一体だった青銅ゴーレムが、なぜか七体になっていた。

「始め!」

 タバサの号令で、決闘試合が再開する。
 七体の戦乙女たちに取り囲まれる、才人のシャドウ。
 ちょっとしたハーレムだが、気持ちよくはなかった。蹴られ、殴られ、叩かれ。才人は痛い思いをするだけだった。シャドウの痛みが本人にも伝わる事を、才人は初めて知った。

########################

(サイトさん、がんばって……)

 シエスタは、心の中で声援を送っていた。
 彼は、シエスタと同じ平民であり、同じ貴族に仕える身なのだ。メイドと使い魔という差こそあれ、彼女が親近感を抱いてしまうのは、当然であった。
 その彼が、なんと貴族と戦っている!

(励ましたい……。でも、何と言っていいのか……)

 彼はルイズの使い魔だ。本当ならば、シエスタがやっている雑用も、彼がやるべき仕事。彼が出来ないから、シエスタが雇われたのだ。誰かが、彼に色々と教えてあげねばならなかった。そして、彼も、それを望んでいるはず……。

(そうだわ!)

 さっきまでルイズの下着を洗っていたシエスタは、こう叫んだ。

「サイトさん、がんばって! 御主人様のパンツの洗い方、教えてあげますから!」

########################

 シエスタの声援は、痛みで朦朧とする才人の心にも届いていた。

(なんじゃ、そりゃ? それが何の御褒美になるんだよ……。普通『ルイズさんのぱんつ盗ってきてあげる』って言うべきだろうが……)

 ルイズと同室で寝泊まりする才人は、今さら、ルイズのパンツなんて欲しくなかった。才人も頭が回っていないのだろう。が、満足に働かない頭脳で、シエスタの言葉の意味を、もう一度、よく考えてみた。

(シエスタから、ルイズのパンツの洗い方を教えてもらう……)

 この世界には、洗濯機なんてない。手洗いだ。黒髪巨乳少女に、手取り足取り、教えてもらうのだ。
 すると……どんなハプニングが起こり得るのか? サイトは、容易に想像できてしまう。
 冷たい水の中、二人の手と手が触れ合って。

「こうですよ、サイトさん」

「こうかな?」

「違いますよ、ほら」

 ……なんて感じで、手を取り合いながら。
 時には、ピチャッと水が撥ねて。

「キャッ!」

 顔に付いた水しぶきを拭ってあげたり。
 あるいは。

「あ〜〜ん、ビショビショです……」

 濡れて胸が透けるまで待ってから、拭いてあげるという口実で巨乳にタッチしたり。

(あれ……? もしかして……。とっても美味しいシチュエーションなのでは……)

 別の美少女の下着を洗うという背徳感も交えながら、チャーミングな女のコと戯れる光景……。それが才人の脳内を満たしていく。

(うおーっ! 妄想全開!)

 才人は元気になった。

########################

 その瞬間。
 才人のシャドウの姿が変わった。ごく一部ではあるが、形が変わったのだ。
 ギャラリーの目にもハッキリわかる変化であり、特に女性たちが、キャーキャー騒いでいた。

「槍が生えたわ!」

「攻撃力がアップしたってことかしら!?」

「……その通り。今までとは比較にならない突進力を手に入れた」

 顔を赤らめつつも、冷静に解説するタバサ。
 その間に、才人シャドウの猛攻が始まっていた。『槍』に引きずられるかのように上がったスピードで、青銅ゴーレムを翻弄する。
 シャドウの『槍』が薔薇の乙女達を貫く。貫く。どんどん貫く。快進撃だ。
 あっというまに、七人斬り達成!

「そんなバカな!?」

 残るはギーシュひとり。
 彼の目の前まで来て、シャドウはピタリと動きを止めた。
 才人とギーシュが、言葉を交わす。

「俺は……男を『槍』で貫きたくはない」

「僕もだよ。貫かれるのは嫌だ。むしろ貫く方がいいね。でも、もちろん女の子限定だ」

 心からの共感が芽生えて、二人は、ガシッと握手した。
 男の友情が生まれ、決闘は終了した。

########################

「こんなんで……いいんでしょうか?」

「これでいい」

 目を丸くしたシエスタに、タバサが静かな言葉を投げかけた。
 なお、後にタバサが語ったところによると。
 本当に危なくなったら、タバサ自身が止めるつもりだったそうだ。逆鱗に触れたとか何とか適当な事を言って、韻竜を暴走させて介入する予定だったという。
 そんな展開にならなくてよかった、と思うルイズたちであった。





(第二話「僕はバラの花からも精気を吸えるんです」完  第三話へ続く?)

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(あとがき)

 完全な長編は無理でも、連作短編なら、と思って第二話投稿。最初は「GS美神」もそんな感じだったと思うので。
 これ長編として続けると、アシュ編で「ゼロ魔」ファンに怒られますよね?
 さて、前回はルイズのサービスシーンがあったので、今回はミス・ロングビル。といっても、毎回そういう場面を入れる余裕があるかどうか、わかりませんが。そもそも、絵じゃなくて文章なのに『サービス』になるのかどうか、わかりませんが。
 なお、貧乳であり王族であるタバサは、ある意味『小乳姫』なので、今回は、ちょっと兼任してもらいました。
 「ゼロ魔」しか知らない読者には意味不明かもしれませんが、この機会に、どうか「GS美神」にも興味を持ってください。「GS美神」ファンからの御願いです。
 
(2011年3月14日 投稿)
   



[26383] 第三話 ドクター・モンモの挑戦!!
Name: よむだけのひと◆397a1e58 ID:810debff
Date: 2011/03/17 21:07
   
 そこは、薄暗い部屋だった。
 テーブルの上の一本のロウソクに照らされ、部屋の全てが不気味に見える。
 机の上には怪しげな器具が並べられ、壁際の棚には、毒々しい色の液体を秘めた瓶がズラリと並んでいた。
 魔法薬を作るための器具や材料である。そして今、部屋の主である女性が、新たなポーションの調合に勤しんでいた。
 ここハルケギニアでは魔法が科学のようなもの。いわば彼女は、ハルケギニアのマッドサイエンティスト。この部屋は、彼女の研究所であるが、人里離れた村の中に作られたものではない。
 トリステイン魔法学院女子寮の一室。モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシの自室であった。

「まったく……冗談じゃないわ……」
 
 ブツブツとつぶやきながら、るつぼの中の秘薬を、すりこぎでこね回す。
 長い金髪の縦ロールと鮮やかな青い瞳が自慢のモンモランシーは、れっきとした貴族の娘であった。しかし、実家のド・モンモランシ家は領地の経営が苦しい状態。貴族の娘にしては貧しいという点も、まるで、研究に金を使い過ぎて貧乏になったマッドサイエンティストのようである。
 しかし、彼女の場合、こうしてポーションを調合して売り払うのは、小遣い稼ぎにもなる。むしろ、趣味は実益も兼ねているのであった。『香水』のモンモランシーと呼ばれるだけあって、彼女のポーションは、女子生徒の間で結構人気があった。
 今、不満に思っているのも経済状態などではなく……。

「なんで私のギーシュが、あんな平民なんかに負けちゃうのよ!?」

 それは今朝の出来事だった。
 彼女の彼氏が、こともあろうに平民——ルイズの使い魔である少年——と決闘し、敗北したのだ。
 最終的に決着はうやむやになったとはいえ、誰が見てもあれは『敗北』であった。

「使い魔の少年め! 平民の分際で、私のギーシュに恥をかかせるなんて……」

 決闘の直前までは、ギーシュの浮気がバレて、女同士で争っていたモンモランシーである。が、いざ決闘が始まれば、皆、一致団結してギーシュを応援していた。
 それなのに……!
 終わった後、驚きのあまり彼女はその場に崩れ落ちてしまい、しばらく動けないほどだった。

「……その罪、死をもってもまだ償えないわ!」

 現在彼女が調合しているのは、友人に売るための香水ではない。
 古代より伝わる暗殺用ポーション『時空消滅外用薬』。
 ただし、その名称は大げさなだけだとモンモランシーは知っている。さすがに、ギーシュの復讐とはいえ、他人を殺す覚悟はなかった。

「死よりも恐ろしい経験を味あわせてあげる……」

 使い魔の少年の運命を思い浮かべ、不気味な冷笑を浮かべた時。
 扉をノックする者があった。

「誰よ……こんなときに……」

「ケティ・ド・ラ・ロッタです」

 一年生の少女である。ギーシュをめぐる恋のライバルだ。
 決闘直後も、ケティはモンモランシー同様、その場で唖然と立ちすくんでいた。最後まで動けなかったのは、二人だけ。つまり、ケティとモンモランシーだけが、ギーシュへの想いも格別ということだった。

「……いいわ、入りなさい」

 机の上を片づけることもしない。場合によっては、彼女も『時空消滅外用薬』の対象である。モンモランシーは、そう思っていた。
 入ってきたケティは、部屋の様子を見て少し顔が引きつったようだが、すぐさま、冷静な態度を取り繕った。モンモランシーにすすめられ、彼女の前に座る。

「何の用?」

「私……このままじゃいけないと思うんです」

 なんだ、この小娘は? 対決しに来たのか?
 モンモランシーは、心の中で身構えたのだが。

「……ギーシュさまの汚名挽回のためにも、ミス・ヴァリエールの使い魔をギャフンと言わせないと!」

 しょせん一年生、間違って使っている言葉がある。が、一年生にしては、古くさい言葉もある。それこそ、指摘したらギャフンと言うのはケティであろうが、モンモランシーは敢えてスルーした。それよりも、話の主旨が重要だったからだ。

「ふーん。私と手を組んで……ルイズの使い魔をやっつけようってことね?」

「はい!」

 昨日の敵は今日の友。とりあえず、ギーシュ争奪戦に関しては、ひとまず休戦だろう。だが。

「いいわ。でも……その前に、一つ、聞いておきたいことがあるの」

「……なんでしょう?」

「あなた……ギーシュとは、どこまでいったの?」

 モンモランシーは、ケティの目を覗き込む。相手が嘘を言っても見抜いてみせるつもりだった。
 そんなモンモランシーの表情に少し怯えながら、ケティは、正直に話す。恥ずかしそうに、小さな声で。

「ラ・ロシェールの森まで……いきました」

「……え?」

「ラ・ロシェールの森です!」

 力強く叫ぶ彼女を見て、モンモランシーは少し驚いた。確認のため、聞き返す。

「……何それ? いきなり外でヤっちゃったの?」

「え?」

 今度はケティが聞き返す番だった。

「だから……ラ・ロシェールの森で、ギーシュと……その……」

 口ごもるモンモランシーを見て、彼女の言いたいことを推測するケティ。真っ赤になった。

「ち、違います! ラ・ロシェールの森まで一緒に遠乗りをしただけです! そりゃあ、乗り降りの際には手を取ってもらいましたから、肉体的接触が皆無だったとは言えませんけど……でも、キスもしてません!」

「あら? ギーシュって案外、純情なのね。やっぱり……ヤっちゃったのは私だけ……つまり本命は私ってことなのかしら」

 何気なくつぶやくモンモランシー。
 一年先輩の彼女を、偉大な人生の先輩であるかのように見つめるケティ。
 実は、この時点で、まだ二人の間には誤解があった。モンモランシーの『ヤっちゃった』とはキスのこと。貧乏貴族とはいえ貴族は貴族、彼女はお嬢さま育ちであり、どこかズレているのであった。

「よかったわ。あなたと……なんとか姉妹になっちゃったかと思った」

 そう言ってケティに微笑むモンモランシー。なんとか姉妹、これも『唇姉妹』とハッキリ言いづらかっただけだが、ケティをいっそう勘違いさせた。
 ケティは、モンモランシーとギーシュの間には既に肉体関係があるのだと解釈した。

「……まあ、いいわ。それじゃケティ、とりあえず手を組みましょう。でも……今の会話で判ったように、学年だけじゃなくて、ギーシュとの関係でも私が先輩。だから……」

 モンモランシーは、ニヤリと笑った。

「……この復讐作戦では、あなたは私の命令どおりに動くのよ?」

「イエス! ミス・モンモランシ!」

 従順なロボットのように返事するケティ。
 この時、この二人組の関係は決まってしまった。

(まだ『時空消滅外用薬』が完成するまで、少し時間がかかるわ。その間に……この娘を第一の刺客として送り込みましょう!)

 心の中で作戦を練るモンモランシー。すっかり悪役であった。

########################

 ギーシュとの決闘から一夜明けて。
 才人が目覚めて、初めて目にしたものは、シエスタの寝顔であった。なぜか隣に寝ていたのだ。

(え? なんで? ……いつのまに、そんな関係になったんだ!?)

 まだ高校生の才人に経験はなかったが、ドラマや漫画で何度も見たシチュエーションである。何かしたのに覚えていないというのであれば、何とも勿体ない話であった。

(いや……違うぞ。二人とも服は着ている……)

 着衣は乱れていない。着たまま何かしたわけでもなさそうだ。
 それでも、呼吸に応じて上下する豊かな胸や、寝息の漏れる艶かしい唇は、何かしたくなるほど刺激的だった。
 もちろん、グッと我慢する。「シエスタにセクハラしたんじゃ完全に悪者じゃないスか、俺」という言葉が、頭に浮かんだ。

(それにしても……)

 こうやって間近で見ると、シエスタがとても色っぽいことに気づく。
 そばかすもチャーミングな黒髪少女。野に咲く可憐な花。それが、今までのシエスタのイメージだった。
 ルイズのような美少女系でも、キュルケのような妖艶系でも、タバサのような幼児体型系でもなく、シエスタは、可愛い系のはずだった。
 ところが、どうだ。今のシエスタは、何とも色っぽい。食べちゃいたいくらい色っぽいではないか。

(……いつもと雰囲気、違うなあ)

 しばらく、こうして見ていようか。そう思った時。
 シエスタが、パチリと目を開けた。ゆっくりと、こちらに顔を向ける。

「あ。……おはようございます、サイトさん」

「おはよう、シエスタ」

「……ごめんなさい。私、いつのまにか寝ちゃってました」

 シエスタが説明する。
 硬い床の上で寝ているサイトを見て、大変だろうと思い、どれくらい大変なのか実体験してみようと考えたのだ。

「……やっぱり硬いですね。でもサイトさんの寝顔を見ていたら、なんだか気持ちが緩やかになって……」

 うっとりとするシエスタ。
 才人も嬉しいが、今は、やめて欲しかった。
 寝起きで頭も回っていないのだ。理性もゼロに近い。シエスタにこんな顔をされては、何かしてしまいそうだ。

(いかん、いかん! すぐ近くにはルイズもいるんだ。ここで何かしては、さすがに起きてくる!)

 見られながらの初体験。そんなのは嫌だった。だがそれがいい……という気持ちは、まだ早い。
 とりあえず黙っていると変なムードになりそうなので、才人は口を開いた。

「でもさ、シエスタ。どうやって入ってきたの? 魔法で?」

「あら! 私はミス・ヴァリエールの専属メイドですから、合鍵を持っています。留守の間に掃除やら何やらするために……」

「あ、そうか。そう言やあ、そうだったな」

「そもそも私は平民ですから、魔法は使えません。それに学院内で『アンロック』の呪文を唱えることは重大な校則違反ですから、貴族の方々だって、使いませんよ」

 意外に物知りなシエスタである。

「……それより、サイトさん。そろそろミス・ヴァリエールを起こしましょう。そのために……私は来たのですから」

「あ、ああ。そうだな」

 二人がかりでルイズを揺する
 一応、いやらしくない場所をいやらしくない手つきで触ったが、朝からネグリジェ一枚の美少女に——ベッドに横たわる美少女に——触れるのは興奮した。
 しかも、別の女のコと一緒なのだ。三人で一つのベッドに集合なのだ。まるで三人で戯れているような気分の才人であった。

########################

 貴族であるルイズは、着替えも一人ではしない。メイドのシエスタにやってもらう。
 その間、才人は背中を向けて、着替えを見ないようにしている。シエスタの指示である。
 ルイズは使い魔に裸を見られても気にならないが、才人と同じ平民であるシエスタとしては、才人がルイズの裸を見るのは、良くないことなのだ。
 今日も才人は、部屋の隅で丸くなっていたのだが。

「今日は来なくていいわよ」

「え? どういう意味だ?」

 ルイズに声をかけられて、思わず振り返ってしまう才人。ルイズのピンクの乳首が見えたが、シエスタのメッという顔も見えたので、慌てて視線を逸らせた。

「昨日は私が授業うけるのに付き合ってもらったけど、今日は来なくていいわ」

 才人はギーシュとの決闘の後、大きなケガも疲労もなかったので、昨日は一日、ルイズについて回った。魔法学院だけあって、教室で講義を受けたのだが、皆、様々な使い魔を連れていた。

「……いいのかよ? 使い魔って、御主人様と一緒にいるべきじゃねーのか?」

 ルイズを見ないようにして会話する才人。ある意味失礼なのだが、これはルイズも許している。

「そーだけど、あんたが魔法の講義聞いても、あんまり意味ないでしょ。それより、この世界のことシエスタに教えてもらった方が有意義だわ。……パンツの洗い方、教えてもらうんでしょ?」

 昨日の決闘におけるシエスタの発言は、ルイズだってちゃんと覚えていたのだ。
 だが、ここで、ふと才人は疑問に思った。

「……なあ、御主人様。俺が、こっちの世界に順応して、色々と出来るようになったら……シエスタはどうすんの?」

「え?」

 元々シエスタは、『本来なら使い魔にやらせるべき仕事も、ちょっとバカ犬だけじゃ、無理みたいだから』という理由で雇われたのだ。
 才人の発言の意味を、シエスタも理解したらしい。

「ミス・ヴァリエール……。もしかして……私、クビなんでしょうか? また……行くところがなくなっちゃう……」

 涙声のシエスタ。
 心配になって、才人も彼女たちを見る。もうルイズは全裸ではなく、半裸だった。そのルイズが、シエスタの頭を軽く撫でた。

「大丈夫、そんなことしないわ。一人より二人のほうが、私も助かるから」

「ミス・ヴァリエール……」

 ジーンと感動したシエスタの目から、たまっていた涙がこぼれ落ちる。

「……大好き!」

「あ、ちょっと! やめなさい!」

 感極まって、ルイズを抱きしめるシエスタ。
 メイド服シエスタの豊かな胸が、半裸ルイズの慎ましやかな胸と、おしくらまんじゅう。おされてポヨヨン。
 朝から良いものを見た、と満足する才人であった。

########################

 そんなわけで、今日の使い魔の一日は、シエスタと一緒の一日である。
 ルイズはアルヴィーズの食堂へ向かったが、才人はシエスタと共に部屋に残って、朝の掃除をしていた。
 大丈夫、別に朝食抜きというわけではない。今日からは、才人もシエスタのように厨房で賄い食を貰えることになったのだ。ルイズが手配してくれたらしい。どうやら、昨日の決闘で良いところを見せたので、才人の待遇も少し上がったようである。

「それじゃ……私たちも行きましょうか」

「ああ」

 二人でやれば、掃除も早く終わる。それに、楽しかった。ベッドメイクなどは、そのまま二人でベッドに倒れ込みたいくらいだったが、ちゃんと才人は我慢した。
 幸せな気分のまま、二人で厨房へ向かう。

「あ、違いますよ、サイトさん! こっちです」

「ああ、ごめん。俺、場所わからないから……」

「もう! 迷子になっちゃいますよ?」

 途中から、才人はシエスタに手を引いてもらった。つまり、厨房へ入った時には、二人は手をつないだ状態。

「あら、シエスタ! 朝からお熱いことで……」

「うわあ、これが噂のカレ〜〜?」

 わらわらと使用人たちが集まってきた。シエスタは学院の使用人宿舎に泊まっているので、メイドたちは皆、シエスタの友だちだ。
 シエスタは学院勤務のメイドから、魔法学院のルールや噂などを聞く。メイドたちはシエスタから、ルイズや才人の話を聞く。ちゃんとギブアンドテイクが成り立っていた。
 特に、平民が貴族と決闘して勝利したという話は、皆が大喜び。当然のように今、才人は注目の的なのであった。

「ほらほら、お前たちは、まだ仕事があるだろ! どいた、どいた!」

 人波を払ってくれたのは、丸々と太った体に立派なあつらえの服を着込んだ男。ここのコック長であった。
 給仕や後片付けで忙しいメイドたちとは違って、彼には時間があった。昼食の仕込みには、まだ早いのだ。

「……誰?」

「『石神』のマルトーさんです」

 才人の小声の疑問に、隣で答えてくれるシエスタ。ちなみに、二人は手をつないだままだ。

「『石神』の……? 二つ名があるってことは、この人も貴族?」

「違いますよ! マルトーさんは……」

 貴族が料理人になるわけがない。が、魔法学院のコック長ともなれば、下手な貧乏貴族などより羽振りもいいし、何より、皆から尊敬されているのだ。平民であるのに貴族からも一目置かれる存在ということで、路傍の石に自然に宿った神様——石神——に例えられている。

「へえ。凄い人なんだな……」

「そうですよ。ここを仕切っている偉い人です。私も、最初は大変だったんですよ……。なかなか認めてもらえなくて……」

 ここでマルトーが二人に割り込む。

「ハハハ、大丈夫だ! 俺はお前には『誰の許可もらって厨房ウロついてんだい』なんて言ったりしねえ!」

 ぶっとい腕を才人の首根っこに巻きつけて、シエスタから引き剥がしてしまった。

「なんてったって、お前は『我らの槍』だ!」

 羽振りのいい平民の例に漏れず、貴族と魔法を毛嫌いしているらしい。だからマルトーは、ギーシュに勝った才人を『我らの槍』と呼んで、もてなすのだった。
 才人とシエスタを座らせて、温かいシチューの入った皿と、ふかふかの白パンを出してくれた。

「あら!? これ……」

「うまい! うまいよ!」

 早速食べ始めた二人が感激する。

「そりゃそうだ。そのシチューは、貴族連中に出してるものと、同じもんさ」

 そう言うマルトーの手には、ヴィンテージのぶどう酒のボトルが。

「今日は『我らの槍』が初めて来てくれた記念だ! お前たち! 一緒に飲むぞ!」

「はい、親方!」

 若いコックや見習いたちも、まだ昼食を作るまでは時間があった。こうして、才人とシエスタを囲んで、朝からちょっとした宴会が始まる。皆、才人から直接、武勇伝を聞きたいのだ。
 残念ながら、魔法学院のメイドたちは仕事中なので参加できない。食堂と厨房を行ったり来たり、料理や空き皿を運びながら、羨ましそうに眺めるだけ。彼女たちは、メイド同士で言葉を交わすのだった。

「ねえ、シャドウって確か……本人のエッセンスを形にしたものなのよね?」

「そうよ! だから……メイジのゴーレムを貫くほど立派な『槍』を、シャドウが持ってるってことは……」

「まあ! じゃあ……カレ本人も立派な……!?」

 なぜかメイドたちの方が、ワインを飲んでいる連中よりも赤くなっていた。

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 こうして、楽しい朝食会の後。
 才人は、シエスタと共に、楽しい楽しい洗濯。学院のメイドたちとは仕事のスケジュールが違うようで、現在、洗い場である水汲み場は、才人とシエスタの二人きり。
 お湯なんて出やしない。わき水は冷たいが、軽く酔って火照った二人には、むしろ心地良かった。

「サイトさんに教えないといけないのに……」

 ポワーンとした雰囲気で、才人にもたれかかるシエスタ。

「ちょっと酔っちゃいました……」

 それでも、さすがプロのメイド。手は正しく動かしており、ちゃんとルイズの服や下着を洗っていた。

「いや……仕方ないよ。シエスタが悪いわけじゃない」

 才人も酔っているのだが、とりあえず言葉遣いは正常である。

「それにさ。ほら、シエスタを見てるだけでも勉強になるから。……同じようにすればいいんだろ?」

「はい。私と同じようにしてください……」

 そう言いながら、さらに体を預けるシエスタ。
 彼女に従って、才人も。二人で互いを支え合うような形で、洗濯を続ける。

(ああ……。昔、教わったな。『入』という字は、こうやって人と人とが……。あれ? ナニにナニを入れるんだっけ?)

 シエスタと密着しているのだ。酔った頭でそれ以上考えるのは危険な気がした。
 頭を切り替える意味で、才人は適当に話を振ってみた。

「シエスタは、昨日もこうやって働いてたんだね」

「はい……。昨日は一人でしたけど、今日は才人さんが一緒……。寂しくないです」

 上目遣いのシエスタ。頬や目元が赤いのは、酔っているせいだろうか。吐息が甘い香りを放つのも、ぶどう酒のせいだろうか。才人は、そう決めつけることにした。

「俺は、昨日はルイズと一緒だったからなあ。寂しくはなかったが、講義とかは退屈だった。それに……教室のルイズ、ちょっと変だった」

 とにかく、話題を変えよう。理性がゼロにならないうちに。
 そんな才人の努力が実を結び、シエスタが話に乗ってくれた。

「ああ、ミス・ヴァリエール。彼女は『ゼロ』のルイズですから」

「ゼロのルイズ……?」

「はい。ミス・ヴァリエールの二つ名です」

 ルイズは魔法が使えない。どんな呪文を唱えても、失敗して爆発してしまう。成功の確率ゼロ。だから『ゼロ』のルイズと呼ばれている。

「ええっ!? あれで……『ゼロ』なのか!?」

 才人は知っている。ルイズの爆発魔法は、凄いのだ。
 それはシエスタも見ていたから理解している。

「はい。ですから……あれはミス・ヴァリエールの、努力の賜物なのだそうですよ。どうせ失敗するなら、それを活かしてやろう、って」

「そうか……。ああ見えて、あいつも苦労してるんだな」

「ええ。今では『ゼロ』と呼ばれても、それは既存の五つの魔法系統とは違う系統だから……『爆発』系統だから、って逆に胸を張っているそうです」

 こうしてルイズの爆発魔法に思いを馳せれば、ルイズのオーガ退治の光景が頭に浮かぶ。
 あれは、しょせん学生の進級試験の課題。だから、たいしたことない除霊だったのだが……。そこまで考えが及ぶ二人ではなかった。

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 才人がハルケギニアで過ごす三日目は、とても楽しい一日だった。が、それも間もなく終わろうとしている。

「それじゃ……おやすみ、シエスタ!」

「おやすみなさい、サイトさん!」

 メイドとしての仕事も終わり、あとは寝るだけ。もう夜も遅いということで、才人は、シエスタを使用人宿舎まで送り届けたのだった。
 もちろん、ハルケギニアの風習としては、その必要はない。かりにもここは、魔法学院の敷地内なのだ。が、夜でも明るい東京で暮らした才人の感覚からしてみれば、危険な気がする。何より、少しでも長くシエスタと一緒にいたかった。
 今、ルイズのいる女子寮——才人が寝る場所——へ一人で戻りながらも、頭の中では、シエスタのことを考えてしまった。

(いいコだよな、シエスタ……)

 今日一日、ずっと一緒だったのだ。今まで気づかなかった新発見もあった。
 大きな黒い瞳は親しみやすさを演出していたし、低めの鼻も愛嬌があって可愛い……。

(こんなに長い時間、女のコと二人きりだったのって、初めてだなあ)

 ルイズが相手では、少年と少女という意識は少ない。ルイズは才人を犬扱いするからだ。でも、シエスタは同じ平民同士ということで、人間扱いしてくれる。

(恋人出来たら……。毎日こんな……幸せな感じなのかな?)

 才人の彼女いない歴は、年齢と同じだ。だから感覚も想像するだけ。実際には、恋人関係よりもむしろ付き合う寸前のドキドキの方が近いのだが、そこまでわかるわけがなかった。
 ともかくも、今日一日を反芻しながら、だらけた表情で女子寮を歩く才人。廊下の角を曲がったところで、彼は、事件に出くわした。

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「うぅ……」

 廊下の壁際に、一人の女子生徒がうずくまっていた。
 マントに包まって、背中を向けている。マントの色はルイズたちとは違うので、学年が異なるらしい。他にも何か違和感を覚えたのだが、才人は、その理由がわからなかった。

「あの……君? 大丈夫か?」

 女の子が苦しそうにしていれば心配するのが、思春期の少年の本能。
 才人が近寄ると、少女は振り返った。

「あっ、君は……」

 名前は知らないが、顔は見たことある。栗色の髪をした、可愛い少女。昨日、ギーシュ争奪キャットファイトをやっていた一人だ。
 彼女は才人の顔を見た途端、その場から立ち上がった。その拍子に、ガバッとマントも広がった。

「ええっ!? おい、その格好……!」

 裸マントだった。マントの下には、何も着ていなかった。これが先ほどの違和感の正体!
 当然であるが、マントというものは、後ろは隠すが前は隠さない。
 スレンダーな体つきに応じた、適度な大きさの胸。微乳ではない。美乳だ!
 目を下へ向ければ、股間の茂みもバッチリ……いや、ない!? ツルツルだ!
 ルイズ——全裸目撃済み——や、シエスタ——チラリズムまで——や、キュルケ——未見だが胸の感触は覚えている——や、タバサ——ノーコメント——とは、また違った魅力のある女性だった。

「なんだ……これは!? 本日のサービスシーンか!?」

 混乱する才人の方へ、ゆっくりと歩み寄る少女。
 そのまま才人に抱きつき、才人を押し倒す。

「せ、積極的! ハルケギニアの娘って……」

 才人が鼻息を荒げる間に。
 少女は彼の背中へ腕を回して、ガシッとしがみついたまま、クルリと反転。
 才人が少女の上にのしかかる体勢になった。
 そこで彼女が、満を持したように、口を開く。

「キャー。助けてー。襲われるー」

 一生懸命、叫ぶ。しかし、まるでロボットのような、ぎこちないセリフだった。気持ちがこもっていなかった。演技であることがバレバレだった。

(これは……)

 才人の気持ちが、一気に冷めた。
 周囲を見渡せば、廊下の反対側の角に誰か隠れているのもわかった。大きな赤いリボンが、少しだけ見えていたのだ。

(なんだか知らんが……罠じゃねーか!)

 どーせそんなこったろーと思ったよチクショー。
 心の中で血の涙を流しながらも、冷静に撤退準備。罠を罠と見抜くことは、嘘を嘘と見抜くこと以上に大切なのだ。

「ごめん。俺……釣られないから」

 少し名残惜しいが、才人は、彼女を振り払った。しょせん、女の細腕だった。
 裸マントを放置して、ルイズの部屋へと向かう。

「よりによって、つつもたせとは……」

 才人は、後ろを振り返らなかった。

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 そんな寸劇を眺めていた者は、モンモランシー。この一件の仕掛人であり、赤いリボンの持ち主である。自身の存在がバレているとは、気づいていなかった。

「作戦は失敗ね……」

 本当ならば、ケティの悲鳴を聞きつけて、人が大勢やって来るはずだった。
 ケティはマント一枚というショッキングな姿だ。あの使い魔も言い逃れは出来ない。大問題になっただろうに……。

「まあ、いいわ。これは、どうせ前座に過ぎない。本当の作戦は……明日よ!」

 でも、せっかくだから噂も広めておこう。
 そう決意するモンモランシーであった。

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 そして翌日。才人がハルケギニアで過ごす四日目。
 この日も、前日と同じく、シエスタと一緒の一日。あえて違いを述べるとしたら、朝食が飲み会ではなかったこと。さすがに、あれは初日の歓迎会であり、毎日というわけではないようだった。それでも、スープもパンも美味であり、才人は大満足。
 こうして、才人が楽しいハルケギニア生活を満喫している頃。彼の知らぬ場所では、彼に対する陰謀が着々と……。

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「できたわ!」

「……ついに完成したのですか!?」

「そうよ!」

 薄暗い部屋の中、二人の少女が言葉を交わしていた。
 部屋の主である金髪ロールと、その助手と化してしまった栗毛。

「……もう痴女みたいな真似するの嫌ですよ、私」

「大丈夫よ、今日はこれを届けてもらうだけだから」

 金髪ロールが、顔に悪役のような笑いを浮かべつつ、栗毛に優しい言葉をかける。
 栗毛も、今日は昨日とは違って、裸マントではなく制服にマントという普通の格好だった。

「くっくっくっ。古代より伝わる暗殺用ポーション『時空消滅外用薬』。作るのに苦労したわ」

 小ビンに注ぎ込みながら、金髪ロールが説明する。

「あの使い魔! 完全に、この世から消えてもらうわ! 過去からも未来からも……! それほどまでに恐ろしい、時空消滅外用薬! 体に塗ったらどーなるかというと、これがもー……凄い!」

 魂が過去へ過去へと少しずつ遡り、最後には自分が産まれる前まで戻って消滅してしまう……。それが、一般に言われている時空消滅外用薬の効能だった。
 実際には、本当に魂を逆行させる力はない。まるで昔に戻ったかのような気分になるだけ。例えば一年前に戻るわけではなく、一年前のような気分になる……つまり、最近一年の記憶を失ってしまうのだ。
 が、ただの記憶喪失薬と侮る事なかれ。時空消滅外用薬の恐ろしいところは、それが何度も起こるという事。少しずつ逆行するかのように、どんどん記憶が失われていくのだ。最終的には、産まれてからの全ての記憶が失われるのだから……まさに『消滅』である!
 
「時空から因果を……あれ? ケティ?」

 いつのまにか、栗毛はいなくなっていた。小ビンもなくなっている。早速、届けにいったようだ。

「……」

 我に返って部屋を見渡せば、いつも以上に乱雑に散らかった研究室状態。
 だが、ちょっと今は、片づける気がしなかった。だから、とりあえず、そんなものは無いと自分に思いこませる。

「ケティ……あなたが行っちゃったら、部屋がガランとしちゃったわ……」

 モンモランシーは、背中を丸めて膝小僧を抱え込んだ。

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「ハルケギニアって天国だなあ……」

 今日もシエスタを部屋まで送り、一人、ルイズの部屋へと戻る才人。
 こうして書くと、まるで、同棲状態の女がいるくせに他の女と一日中デートしていたプレイボーイのようである。だが、才人に関わる女は、その二人だけではなかった。

「サイトさま……」

「おい!? また……お前か!」

 前日と同じ場所で才人を待っていた栗毛少女。
 今日は普通に制服を着ており、少し残念に思うと同時に、罠ではないと安心もする。

「昨日は、申しわけありません。サイトさまをお慕いするあまり、あんな……はしたない真似を……」

 ポッと頬を赤くしながら、目をそらす少女。
 もう騙されないぞ、と才人は思う。たしかに昨日より演技は上手くなったが、それでも、昨日のが本気だったとは思えないのだ。
 少しキョロキョロしてみる。昨日とは違って、赤リボンが隠れているのは発見できなかった。だが。

(悪魔が俺を狙ってる……俺の気持ちを利用しようと狙ってる……。緊急状態だ、油断をするな……。迂闊に心にスイッチ・オンしたら、どうなることやら……)

 才人が自分に言い聞かせている間にも、彼を直視せぬまま、少女が手を伸ばしてきた。

「これ……昨日のお詫びです」

 その手には、ガラスの小ビンが乗せられていた。鮮やかな紫色の液体が入っている。
 怪しい。

「なんだ、これは?」

「とてもリラックスできる香水です。……サイトさまは、ミス・ヴァリエールから酷い扱いを受けていると聞いたので……これを体に塗って、気持ちを鎮めて下さい。……あ、場合によっては、ミス・ヴァリエールにも塗ってあげたら宜しいかと」

 才人に小ビンを押しつけ、去っていく少女。
 彼女の後ろ姿を見送りながら、才人はつぶやく。

「こんな得体の知れない物、使うわけないっつの」

 しかし、そこら辺に投げ捨てておくのも危険だろう。とりあえずポケットにしまって、才人はルイズの部屋へと向かった。

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 さらに翌日。才人がハルケギニアで過ごす五日目。
 少しずつ才人も仕事を覚えてきた。シエスタを見ているだけではなく、邪魔になるわけでもなく、ちゃんと役立つようになってきた。
 二人でやれば、何でも早く終わる。仕事が終わったメイドは、部屋で御主人様の帰りを待つだけである。
 そんなわけで、才人とシエスタは、ルイズの部屋で仲良く談笑していた。

「ははは……」

「うふふ……」

 だが、二人の幸福な時間は、突然終了する。

 バン!

 勢いよく扉が開いて、入ってきたのは御主人様ルイズ。授業が終わったのだろう。だが、なぜか鬼のような形相である。

「おかえりなさいませ、ミス・ヴァリエール」

「やあ、御主人様。おかえ……。うわっ、あぶね!?」

 爆発魔法が飛んできたので、慌てて避ける。どうやらルイズは、かなり機嫌が悪いようだ。

「このバカ犬! あ、あ、あんた……噂になってるわよ!」

 ゼロのルイズの使い魔は、とんでもないスケベ。決闘では、ギーシュの戦乙女たちを貫いた。女型ゴーレムだけでは飽き足らず、今度は貴族の子女を狙っている。実際、魔法学院の生徒が押し倒された……。

「……って、そーゆー噂が流れてんのよ!? みんな言ってんのよ、『気をつけろ、奴は本能で行動する。ゼロのルイズの使い魔は、理性ゼロだ』って!」

「そんな!?」

 時給ゼロの使い魔と呼ばれるならまだしも、理性ゼロの使い魔では酷すぎる。才人もシエスタもびっくりだ。
 だが、才人には少し心当たりがあった。一昨日の裸マントだ。才人は何もしなかったとはいえ、それに関係した話に違いない。

「……何、その顔? 思い当たるフシがありそうね……」

「いや、違うぞ!? ちょっと待て……」

「そうです! サイトさんは、そんなことする人じゃありません!」

 シエスタも弁護してくれるが、今のルイズには通用しない。使い魔の不名誉は、主人であるメイジの不名誉なのだ。

「あんたなんか……クビよ! 私の使い魔なんて辞めて、もう、どこへなりと行っちゃいなさい!」

「ええっ!? 使い魔ってクビに出来んの!?」

「出来ないわよ! でもクビ! クビったらクビ!」

 使い魔は死ぬまで辞められません。それを承知した上で、感情的なセリフを吐いてしまうルイズ。
 その時。

「じゃあ、サイトはあたしがもらうわ!」

 叫びながらキュルケが飛び込んできた。キュルケの部屋はルイズの隣、この騒動も、当然のように聞こえていたのだ。

「どういうことよ、キュルケ!? あんたには関係ない話でしょ!」

「あら、そうとも言えなくてよ」

 キュルケ曰く。
 決闘で才人がギーシュを倒すのを見て以来、キュルケの心に火がついてしまった。しかも、あの時の才人のシャドウの姿! なんと雄々しい『槍』! 恋多き女を自認するキュルケでさえ、見た事がないような……。

「だからね。恋してるのよ、あたし。あなたに。恋はまったく、突然ね」

 キュルケが歩み寄り、後ろから才人に密着した。これには才人もたまらない。

「あああっ! おっぱいが背中ああ……いや耳に息ああああ……」

「キュルケ! 誰の使い魔に手を出してんのよ!」

「そうです! サイトさんは私と一緒に、ミス・ヴァリエールに仕えてるんです!」

「はあ? たった今、クビにされたんでしょ? もうルイズのもんじゃないわ」

 クッと言葉に詰まるルイズだが、そう簡単には引けなかった。

「ふん! どうせ私の物だから欲しくなっただけでしょう? まったく、これだからツェルプストーの女は……」

「違うわ、あたしの情熱が燃え上がったのよ。あたしはね、松明みたいに燃え上がりやすいの。だってあたしは『微熱』のキュルケだもん」

「『微熱』? あんたなんか『お熱』のキュルケよ!」

「なんですって!?」

 こうして二人の貴族が口喧嘩する中。シエスタは、ただオロオロするばかり。
 一方、才人は、キュルケの体の感触で既に蕩けていた。
 結局。

「それじゃ、もらってくわよ!」

 才人は、キュルケに連れられて行ってしまう。やはりクビ宣言をしてしまった以上、ルイズは勝てなかったのだ。
 女二人が残された部屋で、シエスタは主人に懇願する。

「ミス・ヴァリエール! なんであんなこと言ったんですか!? 今ならまだ……」

「バカ犬ううう〜〜! あの裏切者っ! よりによってキュルケのところになんか……!」

「あたりまえじゃないですかっ! サイトさんをクビにしたのはミス・ヴァリエールですよ!?」

「あそこでバカ犬が泣いて私にすがりつけば、キュルケのメンツもつぶれるってもんでしょーが!」

 そう言い放つと、ルイズは、疲れたように椅子に座り込んだ。
 シエスタも、もう何も言えない。
 そのまま、少しの時間が流れた。
 無言の空間に耐えられなくなったのは、ルイズの方だった。

「なーによ、シエスタ。その陰気な顔は?」

「……別に。私、平民ですから」

「しょーがないでしょ! ちょうど悪い噂も流れてたんだから」

「そですね」

 シエスタが冷たい。貴族とその専属メイドという立場を考えれば、本来、こんな態度をとる彼女ではないのだが……。
 そんなシエスタを見ているうちに、ルイズも考えを改めた。

「はあ。仕方ないわね……。少し頭を冷やしてから、二人で迎えに行きましょうか」

 もちろん、頭を冷やすべきなのはルイズである。

########################

 一方、隣の部屋では。
 ロウソクが並んだ幻想的な光の中に、ベッドに腰掛けたキュルケの悩ましい姿があった。
 ベビードールというのだろうか、そういう、誘惑するための下着をつけている。というか、それしかつけていない。

「そんなところに突っ立ってないで、いらっしゃいな」

 キュルケの色っぽい声に誘われて、才人がフラフラと歩み寄った。これも魔法に違いないと思いつつ、才人は、彼女の隣に座った。

「あなたは、あたしを……はしたない女だと思うでしょうね」

「キュルケ!?」

 彼女の手が、才人の体をまさぐった。でも服の上からであり、直接ではない。だから才人は、彼女をはしたないとは思わなかった。
 そのまま黙って、されるがままにしていたが。

「あら?」

 突然、キュルケの手が動きを止める。異物感があったらしい。

「……何、これ?」

 才人のポケットから、小ビンを取り出した。一昨日の裸マントから、昨日才人がもらったものだった。
 ビンの形と中身の色から、キュルケは推測する。

「モンモランシーの香水じゃないの」

「モンモランシーっていうのか、あのコ? ギーシュに惚れてたっぽい女の子……」

「そうよ。たぶん、ギーシュの本命」

 微妙な誤解が発生したが、二人とも気づかない。

「そのコから押しつけられた」

 詳しい事情は説明しない。才人は、これ以上、話を複雑にしたくなかったのだ。それに、せっかくキュルケが誘惑してくれているのに、他の女性の裸マントの話をするのは失礼である。

「……どういうこと? まーいいわ、とにかく没収」

「お、おい!?」

 怪しげなシロモノではあるが、一応、可愛い女のコからの貰い物。取り上げられては良い気はしないが、ここで、才人は思い出した。裸マント曰く、これはリラックスできる香水なのだ。

「ああ、そうだな。キュルケにやる。だから……今すぐ使ってみてくれ」

 裸マントの言葉を信じているわけではないが、藁にもすがる思いだ。発情キュルケを何とか出来るのであれば、ちょうどいい。
 もしも嘘だったとしても、危険な薬だったとしても、自分やルイズやシエスタが被害を受けるよりはマシ。才人は、キュルケに毒味をさせる気分だった。

「あらあ。サイトがそう言うのなら……」

 ニンマリしながら、ビンを開け、キュルケは中身を一滴、自分に振りかけた。が、すぐに顔をしかめる。

「……変ね? 香り……しないわよ?」

「量が足りないのでは……?」

「香水って、そういうもんじゃないけど……」

 それでもキュルケは、どんどん体に塗り始めた。くんかくんか匂いを確かめながら、結局、全部使ってしまった。

「どうだ……?」

 恐る恐る、才人が声をかけた時。

 ビクン!

 キュルケの体が、大きく震えた。口からは、声にならぬ声が漏れている。

「あ、あぁ……」

「やっぱり……ヤバい薬だったか!?」

 心配な才人だが、異変はすぐに収まったようだ。
 ポカンとした表情で、キュルケは周囲を見回している。

「あら? あたし……なんで部屋にいるのかしら?」

 キュルケがそう言った時、窓の外が叩かれた。
 そこには、恨めしげに部屋の中を覗く、一人のハンサムな男の姿があった。

「キュルケ……。待ち合わせの時間に君が来ないから来てみれば……」

「ベリッソン? あたし……あなたと約束した覚えなんてないけど?」

「話が違う!」

 キュルケは煩そうに、胸の谷間から魔法の杖を取り上げ、振るった。ロウソクの炎が大蛇のように伸びて、窓ごと男を吹っ飛ばした。

「あら? あなた、たしか……ルイズの使い魔?」

 ここでようやく、キュルケは才人に気づいたらしい。

「さいです」

「なんであたしの部屋にいるわけ? それに……あらやだ、あたしの格好!」

 才人を誘ったことも忘れたのか、顔を真っ赤にしている。こういうキュルケは新鮮で可愛いと才人は思った。
 その時、今度は窓枠が叩かれた。精悍な顔立ちの男が、悲しそうな表情をしている。

「キュルケ! その男は誰だ!」

「スティックス?」

「今夜は僕と過ごすんじゃなかったのか!」

「だから、知らないってば!」

 キュルケが杖を振るい、男は火にあぶられ、地面に落ちていく。ちなみに、ここは三階である。
 悲鳴が聞こえた。が、落下男ではなかった。新たに別の三人が来ていたのだ。三人は同時に、同じセリフを吐いた。

「キュルケ! そいつは誰なんだ! 恋人はいないって言ってたじゃないか!」

「マニカン? エイジャックス? ギムリ?」

 今まで出てきた男が全員違うので、才人は感心した。キュルケは女版ギーシュだと思った。そのうち今の男たちの一人も、裸マントになるのだろうか。
 才人がそう考えている間にも、三人はキュルケの魔法で焼かれていた。

「……で? あなたは……あたしのベッドの上で何やってるのかしら? あたしを脱がせたのも、あなたなの!?」

 今度は才人が焼かれる番らしい。しかし、杖が振り下ろされる前に。

 ビクン! ビクン、ビクン!

「あっ! あああっ……」

 キュルケの体が、激しく痙攣する。今度は一度だけではなく、しばらく続いた。

「おい!? 大丈夫……じゃねーな、これは……」

 キュルケに『香水』を勧めたことを後悔する才人。どうしたらいいのか、わからない。薬を作った人間を連れてくるのが一番の解決策であろうが、そこに思い至る前に。

「おにいちゃん……だれ?」

 ナイスボディなキュルケの口から、幼女のような言葉が飛び出した。
 そこへ、幼女言葉の似合いそうな少女が、手下と共に飛び込んで来る。

「このバカ犬! 何マニアックなプレイしてんのよ!」

「うわっ!? ちげーよ! 俺のせいじゃねーよ! とりあえず……爆発魔法はやめろ!」

「だめですよ、ミス・ヴァリエール! ここはミス・ツェルプストーの部屋ですから……」

「うわーん! あのおねーちゃん……こわい……」

 炸裂するルイズの爆発魔法、逃げまわる才人、慌てふためくシエスタ、泣き出したキュルケ。
 もう無茶苦茶であった。

########################

「……というわけなんだ」

 裸マントのことも含めて、事情をスッカリ説明した才人。途中、ちょっとルイズやシエスタの視線で凍りつきそうだったが、もう隠し事をしている場合ではなかった。

「はあ。そういうことなら最初から言いなさいよ、バカ犬。……じゃ、あの噂も、モンモランシーの悪だくみってことじゃない」

 才人は裸マントを『モンモランシー』だと思っているため、ルイズとシエスタにも、そう告げている。
 なお、才人に間違った知識を与えたキュルケは、もう何もわからない状態。とにかく色々と恐いようで、今は、シエスタの背中に隠れるようにしがみついている。自分の使い魔すら怖がっており、「トカゲしゃん……こわい」と言われたフレイムは、悲しそうに部屋を出て行った。
 だから、今、キュルケの部屋にいるのは、五人だけ。……え、五人?

「……この症状は、たぶん魔法薬による記憶喪失」

「うわっ!?」

 才人とルイズとシエスタが驚いた。いつのまにか、タバサがいたのだ。

「これだけ騒げば、誰でも気になる。……無関心な私でさえも」

 と、参加理由を述べた後で。

「薬による記憶喪失なら、本当に『喪失』したわけじゃない。思い出せないだけ。衝撃を与えれば、記憶は蘇る」

 冷静に解説を始めた。タバサは、実家関係で裏仕事の手伝いもするため、こうした非合法の薬にも詳しいのであった。

「……もちろん、物理的な衝撃ではダメ。24時間以内の衝撃的な出来事……強烈に印象に残ったことを再現すれば、元に戻る。衝撃度によっては、24時間以内ではなく、数日以内でも有効」

「でもね、タバサ。キュルケの私生活なんて知らないから、何が衝撃的だったかなんて、私たちにはわからないわ」

 ルイズの意見に、タバサは頷いた。

「……そのとおり。だから私たちは、今できることをするしかない」

「今できること……ねえ。じゃあ、まず……魔法を使えるようにしましょうか」

 色々と忘れてしまったため、今のキュルケは、魔法使用不能状態。
 そして、さすがゼロのルイズである。魔法学院において魔法が使えない事がいかに大問題となるのか、よく実感しているのだった。
 というわけで……。

########################

「また、ここかよ!?」

 叫んだのは才人だった。
 五人が来たのは、才人が絶対に忘れない場所。ギーシュをくだした石舞台である。

「当然でしょ。身体から魔法力を放出する感覚をマスターする……。そこがスタートなのよ」

 ルイズが才人に説明している横で。
 自称管理人のタバサが、キュルケに指示を出していた。

「その『法円』を踏んで」

 ビュウゥム!

 さすがに魔法使いだけあって、キュルケのシャドウは、大きかった。人の背丈の二倍か三倍くらいのサイズだ。
 頭部は、耳の辺りに羽飾りのついたようなデザイン。体は、ゆったりとしたローブを羽織っているような形状であり、腕からも裾が大きく垂れた感じになっていたが、その『ローブ』は、上半身のみ。下半身は、申しわけ程度のカバーしかなかった。
 実物のキュルケとは違うが、独特な露出の雰囲気を漂わせるシャドウである。

「で……これから、どーすんの?」

 キュルケのシャドウに色気を感じていた才人は、ルイズやシエスタの刺すような視線に気づいて、ごまかすように尋ねた。
 真面目なタバサが返事をしてくれる。

「修業する。だから相手が必要」

 タバサの視線は、才人に向けられていた。
 ルイズやタバサでは、今のキュルケの相手としては強すぎる。シエスタは平民だから無理。結局、才人しかいないのであった。

「また俺かよ……」

 ビュウゥム!

 才人のシャドウも出現。まだ『槍』も生えていない、ノーマルモード。
 それでも、精神状態が幼女なキュルケの目には、恐ろしい存在として映ったらしい。

「やだ……こわい……」

 逃げ出そうとするキュルケ。遠くまで走り去る事こそしなかったが、闘技舞台からは降りてしまった。ルイズの背中に隠れて、ソーッと様子をうかがっている。
 
「どーすんだよ?」

「……私にいい考えがある」

 シャドウを用いた修業もできないようでは、話にならない。まずは恐怖心を取り除くべきであり、それには、軽い試合を見学させるのがよかろう。
 これがタバサの『いい考え』であった。才人も、何となく納得する。

「でも『軽い試合』って誰がやんの? やっぱり……俺?」

 ルイズやタバサでは、レベルが高すぎるのだ。才人が出場するのは、当然である。しかし一人では試合にならないので……。

########################

「なんで私が!?」

 才人の対戦相手として放り込まれたのは、シエスタだった。
 平民同士の低レベルな争いならば、ちょうどいいという判断である。

 ビュウゥム!

 魔力とは生命エネルギーの一種。平民だって、ごく微量は持っている。ちゃんと、シエスタからもシャドウが現れた。
 しかし、やはりエネルギー不足。サイズが小さいだけでなく、実体化させるのも難しいのであろう。全身が透けているし、脚も途中までしかなかった。まるで幽霊である。
 ちなみに、これもエネルギーが足りないせいだと思うが、シエスタ本人とは違って、胸も大きくはない。シエスタのシャドウは、貧乳幽霊であった。

「始め!」

 タバサが号令するが……。

「えーっと……どうしたら……」

 シエスタはオロオロしている。才人も何も出来ない。
 外野から、ルイズの声が飛んだ。

「何やってんのよ、バカ犬! ……この間みたいに、戦闘モードに変身しなさいよ!」

「無理いうな!」

 才人の即答に、ルイズも少し考えたらしい。前回の決闘を思い出したのだ。

「ああ、そうだったわ。変身するためには……呪文が必要なのね?」

 だからルイズは、前回のシエスタの真似をした。

「シエスタのパンツ盗ってきてあげる!」

「なんじゃ、そりゃ!?」

 思わず叫ぶ才人であったが。
 言われてみれば、才人は、シエスタの裸は見た事がない。かなり親しくなったはずなのに、まだ、出会った日の『服はところどころ擦り切れており、微妙なチラリズム』より先は、未知の世界なのだ。

(うん。確かに……シエスタの裸や下着には、興味があるぞ。そして今、俺は、そのシエスタを相手にしていて……)

 才人の妄想に、スイッチが入ったらしい。
 シャドウに『槍』が生えた!

「さあ、バカ犬! その『槍』でシエスタを貫くのよ!」

 ちょっと問題発言な気もするが、御主人様が言うのであれば、仕方がない。

(いっけーっ!)

 才人のシャドウが、シエスタのシャドウを貫いた!

########################

「きゃ〜〜ん!」

 シエスタの可愛い悲鳴が、響き渡った。
 興奮していて才人は気づいていないのだが——ギーシュの青銅ゴーレムを貫いた時も気づかなかったが——、シャドウの痛みは、本人にフィードバックするのだ。
 だから……。
 この時シエスタは、サイトに貫かれる感触を、しっかり体感していた。

########################

「……という感じ。だから怖がる事はない」

 タバサがキュルケに、一言で試合を総括。
 しかし、どうやら不要だったらしい。
 キュルケの瞳が、爛々と輝いているのだ。

「サイト〜〜! 次は、あたし〜〜!」

「何いってんの!? やめなさい、バカ犬は私の使い魔なのよ!」

「キュルケ!? おまえ……思い出したのか!?」

 才人に抱きつこうとするキュルケ、止めようとするルイズ、逃げようとする才人。
 そんな三人を横目で見ながら、疲れた表情のシエスタが、舞台から降りて来る。
 シエスタは、肩で息をしていた。ヨロヨロとした足どりだ。内股でありガニ股であるという、矛盾した歩き方だった。

「……どういうことなんでしょう? ミス・ツェルプストーは……記憶が戻ったのでしょうか?」

「そう。キュルケは治った。私の計画とは違ったけれど……終わりよければ全てよし」

 タバサがシエスタに解説する。
 キュルケの記憶は、衝撃を与えられたことにより、頭の奥底から表面に戻ってきた。その『衝撃』とは、最近目撃した衝撃映像の再現。才人シャドウの『槍』が女性型を貫く場面だったのだ。

「あなたとサイトのおかげ。あなたは、とても役に立った」

 シエスタの労をねぎらうタバサ。
 貴族に褒められて嬉しいのだが、でも釈然としないシエスタ。何か喪失した気分なのだ。
 ちなみに。
 部屋に帰った後、シエスタは、手と指と鏡を使って確認。あるべきものは、ちゃんとあった。無事だった。『喪失』は、あくまでも気分だけだったのだ。彼女は、ホッと胸をなで下ろしたという。





(第三話「ドクター・モンモの挑戦!!」完  第四話へ続く)

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(あとがき)

 最初『賜物』と入力したら『タマモの』と変換されました。私のPCは、そういう仕様。……という冗談は、さておき。
 シエスタ=おキヌ=幽霊ならば、他の使用人たち=おキヌの幽霊仲間である浮遊霊たち。「GS美神」には、浮遊霊の寄り合いが出てくる話も幾つかありましたから、それを思い出すと、マルトーさんもこんな役割に。
 さて今回は、「ゼロ魔」的には、オリジナルストーリーである決闘後日談に、マルトー登場シーンやキュルケ誘惑シーンを加えたもの。「GS美神」的には『ドクター・カオスの挑戦!!』&『愛に時間を!!』(それに『石は無慈悲な夜の女王!!』と『上を向いて歩こう!!』も少し)。でも、この解決方法は……さすがに下品すぎるのでしょうか? 一応、記憶喪失の『喪失』が、この結末の伏線だったわけですが。まあ、シエスタは「気分だけ」でしたから、皆様、御安心ください。
 それにしても。「GS美神」のSSは、かなり書いてきたつもりでしたが、今の今まで、こういうシャドウの使い方、考えたことなかったです(もしかすると私が知らないだけで実は使い古されたアイデアなのかもしれませんが)。これが、本当のシャドウ・セッ(ry
 なお、この作品の才人、除霊もしない上に雑用もシエスタがやってくれるというのであれば、ただのヒモ状態。なんと羨ましい話! そろそろルイズたちの除霊シーンが必要だと思いますので、次回は『魔物を倒せる者をGSと呼ぶんじゃないわ! 魔物に後ろを見せない者をGSと呼ぶのよ!』の予定……なのですが、変更の可能性もアリ。
 
(2011年3月17日 投稿)
    



[26383] 第四話 Something Muddy This Way Comes !!
Name: よむだけのひと◆397a1e58 ID:810debff
Date: 2011/03/21 21:27
     
「槍を買いに行きましょう」

 部屋の主であるルイズが、突然、そう言い出した。
 一日の仕事が終わり使用人宿舎へ帰ろうとしていたシエスタが、足を止める。
 彼女を送って行こうとしていた才人も立ち止まる。
 不思議そうな顔をする二人に対して、ルイズが言葉を続ける。

「平民がキュルケの恋人になった、なんて噂が立ったら……。バカ犬、あんた無事じゃすまないわよ?」

 キュルケの才人へのアタックは、あれから、まだ続いていた。ルイズとシエスタが二人がかりでガードしているため、才人がキュルケの部屋へ連れこまれることはなかったが、それでもキュルケは諦めていないようだ。
 せめてシャドウで貫いてくれとキュルケに懇願され、それくらいならばいいかと才人は思ったのだが、シエスタには止められた。それを見て、頭の上に電球がついたような表情になり、ルイズもシエスタに賛同。才人は、シャドウ禁止令を出されてしまった。どうせあの場所に行かねばシャドウは出せないが、それでも、固く禁じられたのである。

「キュルケに好かれたんじゃ、命がいくつあっても足りないし。振りかかる火の粉は自分で払いなさい」

 ルイズに言われれば、才人も思い出す。
 キュルケの魔法で火あぶりにされた男たち。彼らに集団で襲われたら大変だ。
 才人から見れば、キュルケは女版ギーシュなのだ。女生徒たちがギーシュ争奪戦でキャットファイトしたように、彼らも日夜、キュルケ争奪バトル・トーナメントをしているかもしれない。ギーシュ争奪戦の参加生徒が裸マントで現れたように、キュルケ争奪武闘会の出場選手も、裸マントで才人の前に立ちはだかるのであろうか。
 男の裸マントなんて、想像すらしたくなかった。裸マント全選手入場という恐ろしい絵が、才人の脳裏に浮かんだ。

「シャドウであれだけ使えるんだから、本物も使えるはずよ。だから、槍、買ってあげる」

 才人が恐怖で体を震わせたのを見て、ルイズは優しい表情を作った。彼女はケチかもしれないが、守銭奴ではない。必要な金は惜しまないのだ。

「明日は虚無の曜日だから、街に連れてってあげる。……シエスタも来るわよね?」

「はい! もちろんです!」

 シエスタは嬉しそうだ。見ているだけで、ルイズも嬉しくなるほどだ。
 だから。

「私もイきます! ミス・ヴァリエールや……サイトさんと一緒に、私もイきます!」

 ちょっと口調が変だったが、ルイズは敢えて何も言わなかった。

########################

 翌朝。
 三人は馬車で出発した。魔法学院からトリステインの城下町までは、馬でも三時間かかる。徒歩では行けない距離だ。しかしシエスタも一緒であり、メイドに乗馬は無理と思ったため、ルイズは馬車を手配したのだった。
 虚無の曜日ともなれば、街まで出かける者も多い。昨日の今日で、立派な馬車を用意できるわけがなかった。屋根ナシの荷車のような、簡単な馬車だ。
 二人掛けの椅子が向かい合って並んでおり、片方をルイズが独占している。結果、才人とシエスタが並んで座っていた。

「おでかけって……わくわくしますわね!」

 シエスタは、そう言って才人に密着する。

「わくわくというより、むにむに、ですね」

 激しくゆだった頭で、才人が相槌をうった。
 旅行というわけではなく、あくまでも買い物。シエスタはルイズのメイドとして同行しているので、いつものようにメイド服だ。
 開放的な大自然の緑をバックに、清楚な雰囲気を撒き散らしているメイドさん。しかも、妙に大胆なメイドさん。並んで座れば、腕を絡ませて激しく胸を押しつけてくるメイドさん。
 秋葉原にあるというメイド喫茶でさえ、ここまでのサービスはしないだろう。才人は、そう感じた。故郷を懐かしく思う余裕もなかった。

「シ、シ、シ、シエスタ……?」

「はい、なんでしょう?」

「そんなにひっついたら、たら……腕に胸とか、とか……当たってるんですけど、むにって、当たって……」

 才人、しどろもどろ。
 ハルケギニアに来て以来、女性の刺激的な姿を見る機会は多い。だが、視覚と触覚は別である。まだ後者には慣れていなかった。
 使い魔解雇騒動の際、背中にキュルケの胸を押しつけられたが、あれは一瞬。また、ギーシュとの決闘の際、キュルケとタバサに連行される形で胸の感触を味わったが、あれは腕を引っ張られただけ。色っぽい雰囲気ではなかった。一方、今のシエスタは、明らかに何らかのムードを作り出しているのだ。さすがに才人も動揺してしまう。

「あ、わざとですから」

 ほら、やっぱり!
 屈託のない笑顔で言っていいセリフではない。
 これが本でしか読んだことがない『小悪魔的な笑顔』というものだろうか。さすがハルケギニア、ファンタジーの世界。悪魔だ。悪魔がいる。
 才人は、やめてとは言えなかった。自分の良心をなだめるために、形ばかりの抗議をする。

「そ、そんな、わざとって、その……。人がいるところでそんな、ねえ、きみ……」

「ミス・ヴァリエールなら大丈夫です。公認ですから」

 公認? 公認って何だ? 振り向かないことか?
 才人は、正面を見る。ルイズのイライラしたような顔があった。

「シエスタなら、いいのよ。……キュルケみたいなツェルプストーの女じゃないから」

 ルイズの言葉で、シエスタはさらに大胆さを加速させた。才人の肩に頬をのせて耳に口を近づけ、吐息混じりに声をおくる。

「ほら……ね?」

 ああ、シエスタ! 君は、ちゃんと前を向くべきだ! 才人は、そう思った。ルイズが、明らかに不機嫌オーラを発しているのだ。
 言葉とは裏腹に、使い魔である才人が女の子と仲良くすることがつまらんらしい。飼い犬が自分より他人に懐いているとムカつくアレである。とにかく使い魔に対する独占欲の一種、と才人は解釈していた。

「シエスタとサイトなら、平民同士だから釣り合うでしょ」

「はい、ミス・ヴァリエール……」

 さりげなく才人を『サイト』と呼んでくれたルイズ。うっとりシエスタは聞き流していたが、才人は騙されない。まだルイズは才人をペット扱いしており、才人がシエスタとイチャイチャすれば、不愉快なのだ。
 そんな才人の硬い視線に気づいたのであろうか。ルイズは、小さく溜め息をついた。

「……あのねえ、サイト。私も忘れてたけど……シャドウって、本人にも痛みが伝わるのよ?」

 何の話だ? 突然話題が変わって、才人、少し混乱。

「あんた、あんな使い方して、痛くなかったの? ギーシュのゴーレム、一応『青銅』だったのよ?」

「あの……御主人様? 俺には、意味が判らんのだが……」

 しかしルイズは才人を無視して、シエスタに話しかける。

「シエスタは……痛かったんでしょ?」

「はい、とっても」

 そう言いながら、シエスタは才人の首筋に唇を押しつけてきた。柔らかいとろけてしまいそうな感触に、才人は驚愕した。

「そ、そ、そうよね、やっぱり……。わ、私も悪かったわ。貫け、なんて言っちゃって」

「いいえ、いいんです。いずれは本物を経験するわけですから……いい予行演習になりました」

 シエスタの唇は才人のうなじをつたい、耳たぶをかみやがった。
 才人の脳髄がちりちりに焼きつく。空気が固く冷えていく。脊髄にも焼け火箸を突っ込まれたような感覚で、ビンと背筋が伸びた。

「え? え? こんな……感覚だったの!?」

「バ、バ、バカ犬! そ、そ、そんなもんじゃないはずよ!? わ、わ、私も経験ないけど……で、でも、女の子は……は、初めての時は……」

 真っ赤になったルイズ。
 とりあえず今の状況から現実逃避するためにも、才人は、ルイズとシエスタの会話の意味を考えることにした。
 シャドウ。本人にも伝わる。シャドウ。貫いた。才人の『槍』がシエスタの『花』を。本人にも伝わる。予行演習……。

「えーっ!?」

 ようやく理解して、飛び上がりそうになる才人。でもシエスタが離さなかった。耳たぶ甘噛み継続中。

「はあ……。バカ犬、やっとわかったの? もっとシエスタの気持ちも考えてあげなきゃ、かわいそうでしょ!?」

「いいえ、いいんですよ。サイトさんが相手なら……」

 器用なシエスタ。唇で耳たぶを挟みながら。言葉を紡ぐ。当然、才人の耳には息が。甘い息が。
 まるで、甘い甘い声のチョコレート。ちょっと最後の手段となって決まっちゃった。才人、ステキに陥落。シャラララ……。
 もうルイズなんて関係ねえ!

「シ、シ、シエスタ……!」

 空いている方の手——片腕は依然としてシエスタに捕捉されてムニムニ攻撃中——をガバッと伸ばし、彼女を抱きしめようとして……。

「でもね。二人とも、よく聞いてちょうだい」

 ルイズの冷たい言葉が、才人の動きを止めた。ちなみに、シエスタも止まっている。才人の耳たぶを甘噛みしたまま、止まっている。

「ふ、二人とも……イ、イ、イチャつくもの、ほどほどにしなさいよ?」

 ルイズの体から、何かどす黒いオーラが立ち上っているように感じ、才人は怯えた。シエスタは隣で平然としているが、これが女性の強さであろうか。あるいは、とっくにシエスタは別の世界へトリップしているのか。後で我に返って何倍もの恐怖に襲われるのか。

「ま、まだ今は、それ以上はダメなんだからね? ダメ、絶対、ダメよ!? シエスタが……に、に、に、に、妊娠しちゃったら、メイド仕事できなくなっちゃうから!」

 いわゆる『おあずけ』である。やっぱり俺は犬だ、と才人は思った。

########################

 キュルケは、昼前に目覚めた。今日は虚無の曜日である。休日である。

「そうだわ、休日よ、休日。サイトを口説く時間も……たっぷりあるわ!」

 そう考えるとウキウキしてくる。丁寧に化粧をし、自分の部屋から出て、ルイズの部屋の扉をノックした。
 しかし返事はない。あけようとしたが鍵がかかっていた。校則違反など気にせず、『アンロック』の呪文で解錠する。
 入ってみたが、部屋はもぬけの殻だった。才人もルイズもシエスタもいない。

「相変わらず、色気のない部屋ね……」

 部屋を見回すと、ルイズの鞄がない。休日に鞄がないということは、どこかに出かけたのであろうか。
 窓から外を見たが、遠くまで視線を飛ばしても、ルイズたちの姿はない。きっと早めに出発したのだ。

「どこへ行ったのかしら……?」

 考えてもわからない。
 こういう場合は、青い髪の少女に頼むのが一番だ。まるで便利な道具を持つ青い機械人形のように、青い髪の少女は、便利な韻竜を従えているからだ。

########################

 タバサの部屋まで移動したキュルケは、どんどんとドアを叩く。返事がないので、ルイズの部屋と同じように、勝手に入った。ルイズの部屋とは違って、留守ではなかった。
 タバサは、本を読んでいる。

「あら、また……?」

 タバサの趣味が読書であることをキュルケは知っていた。こういう場合のタバサは、自分の世界に入り込んでいるのだ。
 先日の魔法薬騒動のようにタバサの方から首を突っ込んでくるのは、むしろ例外。タバサは基本的に、他人と関わるのを厭う少女だ。しかし、そうした『例外』があるように、時々、キャラが違うかのような行動を見せることがあった。これをキュルケは、タバサの複雑な事情ゆえだと理解している。何となく察しているキュルケは、タバサが自身を装っていると思っていた。

「どうせ、今も『サイレント』の呪文でもかけてるんでしょ?」

 キュルケはタバサの本を取り上げた。肩を掴んで自分に振り向かせる。

「聞いてちょうだい、ねえ、聞いて! あなたが必要なの! あなたの使い魔が!」

「……聞こえてる」

 何度か喚いたら、返事があった。『サイレント』を解いてくれたようだ。 

「タバサ、今から出かけるわよ! 早く支度をしてちょうだい!」

「虚無の曜日」

 それで十分であると言わんばかりに、タバサはキュルケの手から本を取り返そうとした。キュルケは本を高く掲げる。身長差があるので、これで絶対に届かない。魔法で何かされないうちに、キュルケは理詰めで説明する。

「あなたも知ってるでしょ? あたしね、恋したの! でね、その人は今、ルイズと出かけてるの! あたしはそれを追って、どこに行ったか突き止めなくちゃいけないの!」

 タバサは首を振った。関係ないね、という態度だ。タバサは『雪風』のタバサなのに、今ならば氷の剣を目にしても、関係ないね、と言いそうだ。 

「出かけたのよ! どこだかわからないの! あなたの使い魔じゃないと追いつけないのよ! 助けて!」

 キュルケはタバサに泣きついた。タバサでなければダメだという理由を述べたのが功を奏したのか、タバサは、やっと頷いた。

########################

「いつ見ても、あなたのシルフィードは惚れ惚れするわね」

 キュルケは今、タバサと共にウインドドラゴンの背に乗っていた。十二匹全て一度に出てきたら大暴走だが、一匹ならば、キュルケも恐くなかった。タバサの使い魔は、力強く両の翼を陽光にはためかせ、大空に浮かんでいる。

「この子は、シルフィード10号。亜音速で飛行する」

 タバサは、全部に同じ風の妖精の名を与えている。違うのは号数だけだ。キュルケにはどれも同じに見えるが、タバサは見分けているはずだった。

「……どっち? ルイズたちは、どっちへ行ったの?」

「わかんない……。それも、あなた頼りなの」

 行き先も判らないならば、普通は困る。でも大丈夫、タバサの韻竜の便利さは、不思議な道具レベル。

「……シルフィード1号を使う」

 もう一匹、韻竜が出てきた。1号の特殊能力は、霊視能力。見えないはずの遠くまで、見ることが出来るのだ。だが、タバサが何匹まで同時に制御できるのか、少しキュルケは不安になってきた。

「……あっち」

 方角が判明したらしい。シルフィードが凄いスピードで動き出した。
 タバサはキュルケの手から本を奪い取り、尖った韻竜の背びれを背もたれにしてページをめくり始めた。

########################

 トリステインの城下町を、才人とルイズとシエスタは歩いていた。魔法学院からここまで乗ってきた馬車は、町の門のそばにある駅に御者ごと預けてあった。
 ここは、スリが多い場所でもある。あまりシエスタがポーッとしていては危ないという理由で、ルイズが二人の間に割って入っており、三人で並んで歩いていた。初めてきた才人や慣れないシエスタがはぐれないよう、手をつないでいる。ルイズが小柄なため、見ようによっては、三人は親子のようであった。

「ピエモンの秘薬屋の近くだったから、この辺のはずなんだけど……」

 大通りから狭い路地裏に入ったところで、ルイズが辺りをキョロキョロと見回した。秘薬屋の主人の双子の兄弟が武器屋をやっている、と聞いていた。

「あ、あった」

 剣の形をした胴の看板を見つけて、三人は、その店へ。
 店の中は昼間だというのに薄暗く、ランプの灯りがともっていた。壁や棚に、所狭しと剣や槍が乱雑に並べられ、立派な甲冑が飾ってあった。
 が、肝心の主人の姿は見えない。店の奥から、それらしき声は聞こえるのだが……。

「どうする?」

「行ってみましょう」

 他人の店だというのに、ズカズカと上がり込むルイズ。これだから貴族さまは、という顔を見合わせて、才人とシエスタも続いた。 
 店の主人は、本を読んでいた。ひどく興奮して、一人で喚いている。

「おおっ!」

 客が来たのにも気づかないようだ。武器屋がここまで興奮するということは……商売道具に関する勉強であろうか?

「ええいっ! 何を言ってやがる!? 一気にいけ!」

 違うらしい。何かの物語のようだ。

「よおーし、きたきた!」

 男の興奮、最高潮。
 だが。

「なめとんのか、コラーッ! てめえ、それでも男かぁ!? シナリオ書いた奴、出てこいっ!」

 結末が気に入らなかったのだろう。武器屋の主人は、本をその場に叩き付けた。

「……ん? いつのまに入った!?」

 ようやく客の存在に気づき、同時に、ルイズが貴族だということにも気づいたらしい。

「なんだ、貴族さまですか。てっきり盗賊かと思って、驚きましたぜ……」

「盗賊……? ああ、『土くれ』のフーケね」

「そうでさ。なんでも『土くれ』のフーケとかいう魔物の盗賊が、お宝を散々盗みまくってるって噂でしょう? 貴族の方々は恐れて、下僕にまで剣を持たせる始末で。へえ」

 ここで主人はニヤッと笑った。

「ま、おかげで……うちの剣も、それなりに売れてるわけですが」

 商売っ気を取り戻した主人。彼とルイズの会話を聞いて、才人がルイズの肩を叩いた。

「なあ、御主人様」

「……何?」

「魔物の盗賊って……どういうこと? もしかして……GSの出番?」

「ええ、そうね。土くれのフーケというのは、土ゴーレムの魔物なの。でも、ただの土ゴーレムじゃないわ」

 ハルケギニアの国々を荒しまわり、各国が賞金をかけて世界中のGSに抹殺を呼びかけている魔物。それが『土くれ』のフーケだった。
 姿形は普通の土ゴーレムであるが、片手がラッパか笛のような魔道具になっており、それを吹くことで、何でも土に変えてしまう。もちろん、その魔道具も土で出来ている。

「何でも……土に?」

「そうよ。その土のラッパ笛で、扉や壁を粘土や砂に変えて、忍び込むの。ちょうど『錬金』の魔法と同じね。貴族だってバカじゃないから『固定化』の呪文で守っているんだけど、普通の『錬金』より強力らしくて、効果がないって話よ」

 つまり。自身も『土塊(土くれ)』である魔物が、『土くれ』である魔道具を使って、扉や壁を『土くれ』に変えて盗みに入る。だから、『土くれ』のフーケという二つ名がついたのだった。

「こわいですね。魔法学院にも、宝物庫があるから、狙われるかも……」

 シエスタが、ギュッと才人の背にしがみつく。ルイズが顔をしかめながら、彼女を安心させる。

「大丈夫よ。うちの学院には『破壊の杖』があるから。土ゴーレムなんて……イチコロよ!」

「なんだ、その『破壊の杖』って? ……金の針か何かなの?」

「はあ? 何いってんの、バカ犬?」

「いや、俺の世界だと……そういうアイテムがあるんだ。金の針。想像の産物だけど。石だか土だかのゴーレムには有効な……」

「誰が空想の話してんのよ? これは現実の話なの!」

 才人を叱りつけるルイズだが、では『破壊の杖』とはどういった物なのか、それはルイズにも説明できなかった。彼女も現物を見たことがないのだ。ただ何となく、それならば『土くれ』のフーケにも勝てる気がするだけであった。

「……で、御客様。立ち話もよろしいのですが……今日は、何をお買い上げで?」

 話が終わったと判断し、タイミングよく割り込む主人。とにかく売りつけなければ、商売にならない。しかも、見た感じ、この三人は武器には詳しくない様子。「カモがネギしょってやってきた」と、ほくそ笑んでいた。
 しかし、そんな主人の目論みを邪魔する者が。

「無駄だ、無駄だ。こいつらにゃ剣や槍は似合わんよ」

 その声は、店先から聞こえてきた。ルイズたち三人が、ヒョイとそちらを覗く。人影はなく、乱雑に剣が積んであるだけであった。魔物の話の直後なだけに、ちょっとした怪談である。

「私……こわいです」

「なんだよ、誰もいないじゃん」

「……変ね?」

 ルイズがつかつかと声のする方へ近づくので、才人とシエスタもついていく。主人も奥から出てきた。
 すると、声が再び。

「ほら、見ろ。こいつらの目は節穴だ!」

「あら、インテリジェンスソードね」

 ルイズが気づいた。サビの浮いたボロボロの剣から、声は発せられているのであった。

「剣がしゃべってる!」

 才人は興味津々。さすがファンタジーの世界だと面白がっている。
 店の主人は、これを一つの好機と思った。

「そうでさ、御客様。意志を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ。いったい、どこの魔術師が始めたんでしょうかねえ、剣をしゃべらすなんて……。とにかくこのデル公は、やたらと口は悪いわ、客にケンカは売るわで閉口してまして……。こいつでしたら、エキュー金貨200で結構でさ。……いかがです?」

「エキュー金貨200!? こんなボロ剣が!?」

 エキューで200ということは、新金貨なら300だ。ルイズたちは、新金貨100しか持ってきていない。買うつもりはなかったが、つい値切り交渉を始めてしまう。

「新金貨で50しか持ってきてないわ……」

「ご冗談を。御客様のような立派な貴族さまが、それっぽっちということはないでしょう?」

「でも……あんた、この剣、厄介払いしたいんじゃないの?」

「そうですが、いくらデル公でも、さすがに新金貨50じゃ売れませんぜ。せめて100でないと……」

 二人が駆け引きをしている間。
 才人は、剣と話をしていた。

「お前、デル公っていうのか」

「ちがわ! デルフリンガーさまだ!」

「俺は平賀才人だ」

 剣は黙った。じっと才人を観察するかのように黙りこくった。

「……どうした? もう魔力が切れて、しゃべれなくなったか? ゼンマイでも巻けばいいのか?」

「おでれーた。見損なってた。てめ、『使い手』か」

「『使い手』?」

「ふん、自分の実力も知らんのか。まあいい。こういう場合は、えーっと……」

 いったん言葉を区切った後、厳かな口調で、剣は再び話し始めた。

「私は、いわば赤ん坊の歩行器のようなもの……。おぬしが成長の可能性を秘めているなら、おぬし自身の心の目を開き、歩き方を教えてしんぜよう。わしはそなたを導き、そなたの力を100%活用するためのアイテムだ。それ以上でもそれ以下でもない……」

 だが、続かなかった。

「……えーい、ダメだ、ダメだ。こんなの、俺っちのキャラじゃねーや」

「ああ、俺もそう思う。無理すんな。……その気もないのに無理すんな」

「ともかく、難しい話はいい。てめ、俺を買え。……っていうか、まず俺を握れ」

「……?」

 半信半疑のまま、才人がデルフリンガーを握った。左手で。
 すると……。
 才人の左手が光り出した。

########################

「これは……!?」

 主人との会話を打ち切り、ルイズも振り返った。

「ルーンが輝いてるの……!?」

 才人はルイズの使い魔だ。左手に刻まれたルーンは、その証だ。今それが……光を発している!?
 一方、才人はよく判っていないようだった。

「なっ、なんだろう、これっ!? 変な病気!? ちがうよねっ!?」

「わっ、私に聞かれても……」

 シエスタを困らせる才人。が、すぐに何か気づいたらしい。

「体が羽のように軽い……。まるで飛べそうだ……」

 と、小声でつぶやいた後。

「もっ、もしかしてっ……! ルイズに犬扱いされてた俺が、ついにヒーローへの道を歩み出したのでは!? 近づいてるっ! 俺がルイズを超える日が近づいちゃってるよ!」

 才人は、大声で叫び始めた。

「まさにこれは栄光をつかむ手ーッ! 『ハンズ・オブ・グローリー(栄光の手)』ッ!」

 恥ずかしい。武器屋でやるイベントではない。そもそも左手だけなので『ハンズ』ではない。
 とりあえず軽い爆発魔法で才人を黙らせてから。
 ルイズは、店の主人にニッコリと微笑んだ。

「新金貨100なら売る……って言ったわよね? 買うわ」

 もともとは槍を買いに来たのだが、それは気にしないルイズであった。

########################

 武器屋の主人は、満足していた。煩いデルフリンガーが新金貨100に化けたのだ。最初に示した額は、どうせ吹っかけただけだ。100でも十分だった。彼らには特別な価値があったようだが、100が彼らから引き出せる限界だったようなので、あれでよかった。
 そこに、新たな来客が。

「ああ! サイトたち……いないじゃない!?」

「……たぶん入れ違い」

 驚いた。今日はどうかしている。また女性客だ。しかも今度は二人連れで、二人とも貴族だ。赤毛と青毛のコンビであり、特に赤毛の方は妖艶な美女。商売女でも滅多にいないくらいの超巨乳、スーパーカップである。

「ねえ、御主人」

 赤毛が色っぽく笑った。それだけで、むんとする色気が熱波として襲ってくるようだ。

「へ、へえ。先ほどの貴族さまの……御友人でしょうか?」

 二人の会話から関係を察して、彼女の質問に先回りする。少しでもポイントをアップしたい気分になっていた。

「あら、話が早いわね。何を買っていったか、教えてもらえるからしら?」

「へ、へえ。剣でさ。ボロボロのを一振り」

「ボロボロ? どうして?」

「あいにく、持ち合わせが足りなかったようで。へえ」

 今度の貴族の娘は、さきほどのやせっぽちに比べて、財布の中身も豊かであろう。彼の商売人の勘が、そう告げていた。

「御客様も、剣をお買い求めで?」

「ええ。みつくろってくださいな」

 ほら、きた!
 主人は奥からサッと、とっておきの剣を持ってきた。

「この剣は、先ほどの貴族のお連れ様が欲しがっていたものでさ。しかし、お値段の加減が釣り合いませんで。へえ」

 嘘も方便。彼はプロなのだ。

「ほんと?」

「さようで。何せこいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金術師シュペー卿で。魔法がかかってるから鉄だって一刀両断でさ」

「おいくら?」

 主人は、あらためて彼女を値踏みした。財布の中身を見透かしたいのだが、別の部分に目が釘付けになってしまう。男としては、そちらも見透かしたくなる。

「へえ。エキュー金貨で3000。新金貨で4500」

 とりあえず、最初に提示するのは、こんなものだろう。

「ちょっと高くない? まけてくれるのでしたら、代わりに……」

 そう言いながら、巨乳赤毛が体を寄せる。しかし、彼とてプロの商売人。簡単には騙されなかった。
 この女は、貴族なのだ。平民相手にイヤラシいサービスをしてくれるわけがない。そんな話は、物語の中だけであって……。

「そうだ、物語!」

 いい考えが閃いた。いったん奥へ入って、少し前まで読んでいた本を持ってくる。

「あ、あの……。お二人で、これを再現してくださったら……いくらでも値引きしますが……」

 ちょうど二人組なのだ。青髪少女の方は背も低いし胸もないので、年下少年役にピッタリだ。
 本を開けた赤毛は、少し顔をしかめたが。

「これ……演技だけでいいのよね!? フリだけで?」

「へえ! もちろんで!」

 それでも十分、興奮する。ブンブンと首を振って頷く主人の前で、二人が寸劇を始めた。

「こわがることないのよ、タカシくん。ブラをはずしてちょうだい」

「せー。先生ー。でー。でもボクー」

 青い方は棒読みだが、肝心の赤い方は、情感タップリに演技している。服の上から胸を手で覆っているだけなのに、本当にブラ一枚になったかのような臨場感があった。

「先生の言うとおりにすればいいのよ」

「ダメだー。ボクやっぱりできませんー」

「タカシくん!?」

 そこで終了だった。この本は、いいところで『つづく』となっているのだ。だから読んだ時は腹も立ったのだが、こうして目の前でやってもらうと、ここまででも十分満足できた。

「……これでいいのかしら?」

 赤毛の超巨乳は、まるでまだ『先生』であるかのように、熱っぽい流し目を送った。

「へ、へえ!」 

「じゃあ、約束どおり、こちらの言い値でいいのね?」

「へえ!」

 何かおかしいな、と思いながらも、主人は頷いてしまった。

「それじゃあ……こういう場合は、ルイズを見習って……」

 彼女の口から『ゼロ』という言葉が漏れた。その吐息の艶っぽさに主人がクラクラしている間に、赤毛は剣をつかむと、青毛と共に店を出て行った。
 ハッと我に返った主人は、唖然とする。

「あの剣をタダで売っちまったよ!」

 デルフリンガーを100で売れた幸せなど、既に吹き飛んでいた。

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 虚無の曜日は休日である。授業はない。魔法学院の教師たちも、それぞれの余暇を満喫していた。一日中、好きなことをしていられるのだ。
 ミスタ・コルベールは、当年とって42才。『炎蛇』の二つ名を持つ魔法使い(メイジ)である。彼の趣味は研究と発明であるが、妙な胸騒ぎがして、部屋を出た。

「……ん?」

 何気なく、本塔へ足が向いた。上っていくと、宝物庫のある階から人の気配がする。宝物庫には、魔法学院成立以来の秘宝が収められているのだ。トラブルがあっては、大変である。
 いざその階まで到着すると。

「おや、ミス・ロングビル。ここで何を?」

 緑の髪の美女が、扉を見つめていた。
 休日だから私服なのだろう。いつもの服装よりも、胸が大きく見えた。だが、実際には、こんなものではない。以前にオスマン学院長の部屋で見た生バストが、コルベールの頭をよぎった。
 そんな彼の脳内映像を知ってか知らずか。彼女の顔がパーッと明るくなった。

「ミスタ・コルベール! ちょうど良いところに来てくださいましたわ! こちらの鍵……持っていますか?」

「中に入りたいのですか?」

 聞くまでもないが、聞いてしまう。ここは不用意に入ってよい場所ではないのだ。

「はい。休みの日を利用して、宝物庫の目録を作ろうかと思ったのですが……」

「ミス・ロングビル。仕事熱心なのも結構ですが……それは、やめた方がいいですな」

 美人で有能なミス・ロングビル。しかし、そこまで頭が回らなかったか。いくら彼女でも、勝手に宝物庫に立ち入れば、後でどのような処罰をくだされるか判らないのだ。特にオールド・オスマンはエロジジイなだけに、これにかこつけて、また卑猥な行為をしでかすかもしれない。
 そうした話を、やわらかく噛み砕いて告げたのだが、どうやら怖がらせてしまったらしい。彼女はガタガタと震えており、立っているのも辛いようで、彼にしがみついてきた。

「まあ、どうしましょう! 私……そんなつもりじゃなくて……ただ……」

「わかっていますよ。今日のことは、誰にも言いませんから」

「ありがとうございます!」

 彼女は、まだ少し足がフラフラしている。この状態の女性を放置できないと感じて、コルベールは、照れくさそうに口を開いた。

「その……ミス・ロングビル」

「なんでしょう?」

「もし、よろしかったら、なんですが……。お茶でもいかがですかな? 私の部屋で」

「まあ! ミスタ・コルベールの……お部屋で!?」

 しまった、と彼は思った。彼女は目を丸くしているのだ。さすがに、いきなり部屋に呼ぶのはまずかったか。下心があったわけではないのだが。もちろん男である以上ゼロとは言えないが、それでも、そんな意味ではなかったのだが。
 後悔するコルベールに対して。

「……いいのですか、本当に? 私が……お邪魔しても?」

 予想もしない言葉が続けられた。

「私……前々から、お伺いしたかったのですわ! ミスタ・コルベールのお部屋、一度でいいから見てみたいと……。色々な研究をなさっていると聞いたので……」

「私の研究に……興味があるのですかな?」

「ええ、もちろんです!」

 コルベールは、変わり者だの、変人だのと呼ばれることが多い。優秀な『火』のトライアングルメイジであり、かつては凄腕のGSだったくせに、今ではその力を嫌っているからだ。『火』が司るものは破壊だけではない、と言い出し、さらには魔法そのものを否定するかのように、魔法に頼らずとも同様のことが出来る装置を開発しようとしていた。
 そんなコルベールは、女性から疎まれることこそあれ、好かれることはないはずなのだが……。

「私は……貴族の名をなくした者ですから」

 小声で付け足して俯く彼女を見て、彼は、少し納得する。
 魔法は使えるものの、魔法を使うべき身分ではなくなった女性。だからこそ、魔法の要らないコルベールの装置に興味を持つのであろう。コルベールもまた、魔法を教える身ではあるが、従来のような魔法はなるべく封印しようとしている。なんだか、彼女に対して妙な親近感を抱いてしまった。

「でしたら……今日は、たくさんお見せしますぞ」

「まあ!」

 ミス・ロングビルが顔を上げた。花のような笑顔だった。

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 コルベールの研究室は、本塔と火の塔に挟まれた一画にあった。見るもボロい、掘っ立て小屋である。

「初めは、自分の居室で研究をしておったのですが、なに、研究に騒音と異臭はつきものでしてな。すぐに隣室の連中から苦情が入りました」

「まあ! ミスタ・コルベールの研究、理解してくださらない方々がいるなんて……」

 コルベールはドアを開けた。が、そこで立ち止まる。どうやら、ミス・ロンングビルも気づいたらしい。二人で同じ方向に視線を向けた。

「そこにいるのは誰かね? 出てきなさい」

 コルベールの言葉で、建物の影から一人の少年が姿を現す。金髪の巻き髪に、フリルのついたシャツを着ている。ギーシュ・ド・グラモンだった。

「なんだ、君か……。私に用かね?」

「ミスタ・コルベール。美人というものは、自然が作り出した芸術。まさに一輪の薔薇。それを部屋に連れこもうだなんて……。悪い噂になりますよ?」

 どうやら、二人が仲睦まじくしているのを見て、気になって後をつけてきたようだ。

「あら、さすがはグラモン伯爵の御子息。お上手ですこと。ですがミスタ・グラモン、残念ながら、私たちは、そのような関係ではありませんわ。……ねえ、ミスタ・コルベール?」

「そうですとも!」

 相槌を打ちながら、コルベールの頭に小さな疑念が浮かぶ。今の彼女の言い方が、男あしらいに慣れているような口調だったのだ。ミス・ロングビルのような淑女が何故……?
 しかし、それも一瞬で消えた。おそらく、エロジジイ・オスマンに仕えるうちに、自然に身に付いた技術なのだろう。ああ彼が彼女を変えてしまったのだ。そう考えると、少しオスマンを憎らしく思うのだった。

「ミスタ・グラモン、大人をからかっている暇があったら、あなたの愛しい少女たちを可愛がってあげてはいかがかしら? 休日を一日費やしても足りないほど、たくさん御相手がいるのでしょう?」

「いや、ミス・ロングビル、それは昔の話です。彼女たちは薔薇の存在の意味を理解していなかったようだ。今では、僕のことなど見向きもしなくなった」

 コルベールとミス・ロングビルは顔を見合わせた。二人とも考えていることは同じであろう。要するに、ギーシュは決闘で平民に負けたからフラれたのだ。

「ああ、そういうことなら……君も、我々と一緒にお茶にするかね?」

「そうですわ! 二人っきりでは誤解されるというのなら、可哀想なミスタ・グラモンも是非!」

 二人に誘われ、ギーシュも小屋へ入っていく。

「全員が全員、去ってしまったわけではないが……。残った二人は二人で、何か悪だくみをしているみたいだから、ちょっと危なくてね……」

 と、独りごちながら。

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 室内に入ったギーシュは、ちょっと引いた顔をしていた。彼の恋人候補の大本命であるモンモランシーの部屋も、怪しげな魔法薬の材料やら道具やらに溢れていたが、ここはそれ以上である。
 つぼやら試験官やらビンやらが雑然と並んだ棚があり、その隣は壁一面の本棚。天体儀や地図もあれば、檻に入ったヘビやトカゲもいる。埃ともカビともつかぬ、妙な異臭も漂っていた。

(ああ、モンモランシー。君は、まだまだ小物だったんだね……)

 恋人候補の部屋と比較しながら、顔をしかめるギーシュ。彼を見て、コルベールがつぶやいた。

「なあに、臭いはすぐに慣れる。しかし、ご婦人方には慣れるということはないらしく、この通り私は独身である」

「まあ! 私は、まったく気になりませんわ!」

 目を輝かせながら、ミス・ロングビルは、コルベールの発明品を物色している。なんだか似合いのカップルのように思えた。

(あれ? おかしいな……?)

 ギーシュは、強い違和感を覚えた。
 普通ならば、今のコルベールのポジションにいるのが自分であって、ミス・ロングビルの位置には、たくさんの女生徒の一人。そして現在の自分の位置に、友人のマリコルヌあたりが居るべきではないだろうか?
 そう思いながらも、珍しい経験を楽しむことにする。見れば二人は、ギーシュの存在など忘れたかのように、夢中で話をしていた。

「これは……なんですの?」

「『愉快なヘビくん』と申しましてな。まず、この『ふいご』で油を気化させる。すると、この円筒の中に、気化した油が放り込まれ……」

 遠目で見ているせいか、ギーシュには何が面白いのか、よくわからない。ヘビの人形がぴょこぴょこ動いているが、だからどうしたというのだ?

「まあ! これ……荷車に載せて車輪を回せば、馬が要らないのでは!? 船に水車と共に取り付ければ、帆が要らないのでは!?」

「おお、さすがミス・ロングビル! そうなのです、まさにそれです! それこそ、私が目指しているところであって……」

 あまりに二人が二人だけの空気を作っているので、ギーシュもチャチャを入れたくなった。

「そんなの、魔法で動かせばいいじゃないですか。なにもそんな妙ちきりんな装置を使わなくても」

 二人が振り返る。二人とも、同じような表情をしていた。

「あら、それは違いますわ、ミスタ・グラモン。これを発展させれば、魔法以上の力を発揮させることも出来るかもしれないでしょう?」

「魔法以上……ですか!? いや、さすがに私も、そこまでは考えていませんでしたが……」

 結局、またギーシュそっちのけで、二人で向き合ってしまう。

「ねえ、ミスタ・コルベール。例えば……先ほどまで私たちがいた宝物庫。あそこは強力な『固定化』呪文で守られていると聞きましたが……」

「そうですぞ。だから、たとえ大盗賊でも……最近噂の『土くれ』のフーケですら、入れないでしょう」

「魔法に関しては無敵だとしても、物理的な力には弱いのではないですか?」

「おや、ミス・ロングビル。そこに気づきましたか。……そうです、私もそれは心配していますが、大丈夫ですよ。そんなに強い物理的な力など、存在しません」

「存在しない……? ミスタ・コルベールの発明品でも……?」

「ハハハ。さすがに、それは買いかぶり過ぎですな。私の装置は、まだまだ、そのレベルには達していません。ですから……もしも盗賊が私の発明品を盗んだところで、それを悪用するのは無理でしょう」

 照れ笑いするコルベール。過大評価されて、くすぐったい気持ちもあるのだろうが、でも少し嬉しそうだ。
 しかし。

「……なんだ、つまらない。がんばって損しちゃった」

 ミス・ロングビルの顔から、幸せそうな微笑みが消えた。能面のような無表情となる。スタスタと歩き出し、なんと小屋から出て行ってしまう。

「あの……ミス・ロングビル? いったい……!?」

 彼女の突然の変化に戸惑い、硬直する男二人。
 だから、『炎蛇』コルベールでさえ、対応できなかった。
 彼女が外からドアを閉めた瞬間。小屋は壁も天井も土くれに変わり、二人は生き埋めになった。

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 こうして、ギーシュやコルベールが大変な目に遭っていた頃……。ルイズの部屋では小さな騒動が持ち上がっていた。
 ルイズとキュルケは、お互い睨みあっている。才人は自分の就寝スペース——今ではシエスタが差し入れてくれた毛布がある——の上でガタガタ震えている。シエスタも才人と一緒に震えている。タバサはベッドに座り、本を広げていた。

「どういう意味? ツェルプストー」

「だから、サイトが欲しがってる剣を手に入れたから、そっち使いなさいって言ってるのよ」

「おあいにくさま。使い魔の欲しがってる剣なら、私が買って与えたの。ねえ、サイト」

 体を震わせたまま、首を縦にブンブン振って頷く才人。だが、そんな彼を見るルイズの視線が、みるみる冷たくなっていく。才人は気づいていないのだが、あまりの恐怖のため、才人とシエスタは、身近なものにギュッとしがみついているのだ。つまり、二人で抱き合っているのだった。

「あんたたち……」

 ここで二人がハッとする。自分たちの状態を悟ったのだ。バッと離れて、ルイズの機嫌を取ろうと必死に努力する。

「そ、そうだよ! 御主人様の言うとおり! 俺は、御主人様から立派な剣を買ってもらった! 御主人様、万歳! 御主人様、優しい! 剣を買ってくれた!」

「そうです! ミス・ヴァリエールが! サイトさんに! 剣を!」

 二人は同時に、壁に立てかけてあったボロ剣を指さした。

「おい!? 俺っちを巻き込むな!?」

 雉も鳴かずば撃たれまい。うっかり口を開いたデルフリンガー、さあ、みんなの仲間入り。

「なあに、このサビサビのボロボロは?」

「……インテリジェンスソード?」

 キュルケは馬鹿にした態度だが、どうやらタバサが興味を持ったらしい。てくてくと歩み寄り、ジーッと眺める。

「……面白そう」

 皆の意識がデルフリンガーに向いている間に、才人とシエスタは少し冷静になった。

「だいたい、俺はこれ以外の剣を欲しがったりしてねーぞ? キュルケ、あの店の主人に騙されたんじゃねーか?」

「そうですよ、ミス・ツェルプストー。サイトさん、この剣と相性ピッタリなんです。握っただけで、手がピカーッと光っちゃって……」

 二人の言葉で、ルイズも本来の話を思い出したらしい。二人への凍るような空気も収めて、キュルケに対して胸を張った。

「どう、わかったでしょ?」

 しかしキュルケは諦めない。ここで才人がキュルケの剣を選べば、ルイズのメンツも潰れるし、才人にプレゼントも出来るし、一石二鳥なのだ。

「知ってる? この剣を鍛えたのはゲルマニアの錬金術師シュペー卿だそうよ?」

「知らない」

 才人はそっけない。キュルケは、熱っぽい流し目を才人に送った。

「ねえ、あなた。よくって? 剣も女も、生まれはゲルマニアに限るわよ? トリステインの女ときたら、このルイズみたいに気が短くて、ヒステリーで、プライドばっかり高くて、胸は低くて……」

「なんですって!? あんたなんか、ただの色ボケじゃない! なあに? ゲルマニアで男を漁り過ぎて、尻軽女扱いされたから、トリステインまで留学して来たんでしょ?」

 ルイズとキュルケの睨み合い、再開である。

「あの……お二人とも……。私もトリステイン生まれなのですが……。平民は女のうちに入らないのですか、そうですか……」

「大丈夫、あなたが一番サイトに近い。あなたが彼のヒロイン。……今は」

 ちょっと寂しそうな口調のシエスタを、タバサが慰める。なにげに最後に酷いことを言っていたりするが、小声だったのでシエスタの耳には入らなかった。
 そして、シエスタやタバサや、見ているだけの才人とは無関係に、ルイズとキュルケの対決気分は盛り上がっていく。

「この間は助けてあげたというのに……恩をアダで返すつもり?」

「あら? 助けてくれたのは、サイトとタバサとシエスタよ。ルイズは何もしてないでしょ? それより……」

「なによ」

「そろそろ、決着をつけませんこと?」

「そうね」

「あたしね、あんたのこと、大っ嫌いなのよ」

「私もよ」

「気が合うわね」

 キュルケは微笑んだ後、目を吊り上げた。ルイズも、負けじと胸を張った。二人は、同時に怒鳴った。

「決闘よ!」

 二人は杖に手をかけたが、それより早く、タバサが自分の杖を振る。
 つむじ風が舞い上がり、キュルケとルイズの手から、杖を吹き飛ばした。

「……それでは意味がない」

 淡々と言った後、タバサは才人に指を向けた。それからデルフリンガーを、最後にキュルケ持参の剣を指さした。
 そして。

「私にいい考えがある」

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 巨大な二つの月が、魔法学院の本塔の外壁を照らしている。色々あって、既に夜になっていたのだ。
 壁の前に現れた少年少女の姿を、二つの月の光が浮かび上がらせていた。ルイズ、キュルケ、タバサ、才人、シエスタの五人である。

「じゃあ、始めましょうか。まずは、あたしの」

 言いながら、キュルケが才人に剣を手渡す。
 タバサの提案に従い、これから才人が二つの剣を比べるのだ。どちらの剣が相応しいか、実際に使ってみるのが一番……ということだった。
 ただし相手をする者がいないし、下手に人間相手では全力を出せないかもしれない。そこでタバサが選んだ舞台が、この本塔外壁である。五階に宝物庫があるため、強力な『固定化』の呪文がかかっている壁。思いっきり斬りつけても、大丈夫なはずだった。

(ようするに……壁打ちテニスみたいなもんだよな?)

 才人は、そう理解している。休日であり夜であるから本塔に人はいないというタバサの判断も信用している。今度こそ本当に「いい考え」だと思えた。
 だから、キュルケから渡された剣を握った。すると。

「……あれ?」

 左手のルーンが光る。ハンズ・オブ・グローリーの発動だ!

「何……それ!?」

「……おお!」

 初めて見る二人が驚いている。
 
「サイトさん!?」

「ちょっとバカ犬! なんでキュルケの剣で!?」

 二度目の二人も驚いている。

「デルフリンガーじゃなくてもいいのか!?」

 才人自身も驚いている。
 彼は、デルフリンガーに首を向けた。ボロ剣は、シエスタが抱えている。

「……なんで?」

「おでれーた! 皆が驚いてることに、おでれーた!」

 剣は人とは感性が違うのであろうか。五人とは違う点に驚いていた。
 いち早く事情を理解したのは、才人の主人であるルイズであった。

「そういうことだったのね。デルフリンガーじゃなくて……剣なら何でもよかったのね!?」

「……ってより、武器なら何でも、だな。どんな武器を握っても、相棒は、ああなる。それが『使い手』ってもんだ」

 解説役に早変わりするデルフリンガー。まだ俺っちは御用済みじゃないぜ、という自己主張であろうか。
 ともかく。

「見せてやるぜ! 俺の……ハンズ・オブ・グローリーの力を!」

 熱血少年漫画の主人公のような顔つきで、才人は剣を振るった。
 ガキーンと鈍い音がして、剣が根元から折れた。本塔の外壁には、傷ひとつ、つかなかった。

「キュルケ、わりい。これ……ナマクラだったんだな」

「ああ……ゲルマニアの逸品が……。高かったのに……」

「……嘘はダメ」

 崩れ落ちるキュルケや冷静にコメントするタバサを横目で見ながら、ルイズは勝ち誇っていた。

「この勝負、私の勝ちのようね? しょせんキュルケの選んだ武器なんて、その程度だったのよ」

「まだ……わからないわ!」

 ルイズに挑発されて、立ち上がるキュルケ。

「ルイズの剣だって折れるかもしれないでしょ!? ……そうよ、そうに決まってるわ!」

「はあ!? そんなわけないでしょ! インテリジェンスソードなのよ!? 特別なのよ!? 解説役なのよ!?」

 ルイズがキッと目で合図した。
 怯えたシエスタが、デルフリンガーを才人へ。
 その際、少女と少年と剣が小声で密談する。

「サイトさん……どうします?」

「うーん。こいつまで折っちゃったら、本末転倒だよな……。手を抜くか?」

「でも……。そんなことして、あとでミス・ヴァリエールにバレたら……」

「安心しろ、相棒。俺は折れねえ。全力全開を見せてやれ! 娘っ子たちを驚かせてやれ!」

 とりあえず、デルフリンガーを信じることにした。
 だから、シエスタが離れるのを待って。

「えいっ!」

 才人は剣を振るった。
 今度は、キンッと鋭い音がした。ボロボロのサビサビな剣は、無事だった。
 だが、塔の外壁には、大きな傷が出来ていた。最上階まで続くような、一筋のヒビ割れが……。

「これ……ヤバいんじゃね?」

 才人の呟きと同時に、全員の頬に冷や汗が流れた。

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(面白いものを見せてもらったねえ)

 才人たちの騒動の一部始終を、中庭の植え込みの中から見守る者がいた。
 ミス・ロングビルだ。学院長オスマンの秘書としては、出ていって生徒を叱責するべきかもしれないが、そこまで忠実に『秘書』役をするつもりはなかった。
 すでにコルベールとギーシュの前で仮面を外し、二人を始末した後なのだ。一応、二人が生きていた時に備えて、ある程度のごまかしは考えてあるが、もう今までほど完璧に『秘書』仕事をこなす必要はないであろう。

(いったい、あの使い魔は何なのだ?)

 あんな風に輝くルーンなんて見たことがない。そして、あんな錆びた剣を使って、あの威力。そもそも、人間の少年が使い魔になること自体、異例なわけだが……。

(いや、今は……どうでもいいさ)

 彼女は頭を振った。それより、このチャンスを逃してはいけない。あらためて外壁の強度を調べて困っていたところだったのだ。そこにヒビが入ったのだから、これぞ天の助けである。
 呪文を詠唱し始めた。長い詠唱だった。
 詠唱が完成すると、地面に向けて杖を振る。
 彼女は、薄く笑った。
 音を立て、地面が盛り上がる。
 土くれのフーケが、その本領を発揮したのだ。

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「まあ、どうしましょう! 使い魔の不始末は……主人の責任よねえ?」

 全員冷や汗の状態から最初に回復したのは、キュルケだった。まだ少し顔が引きつっているが、とにかくルイズに責任をかぶせる。

「そんなわけないでしょ!? だいたい……タバサ! あんたが悪い!」

「……私?」

「そうよ! だって、これ、タバサのアイデアに従った結果なのよ!?」

 ルイズは、タバサに責任転嫁。でもタバサは淡々と才人を指し示した。

「……想定外の威力。やったのは彼」

「おい!? 俺は知らねえぞ!? こんなの……聞いてないよ!」

 才人は、いわば余所者だ。ハルケギニアの常識にも疎いのだ。まして魔法学院の建物の『硬い壁』の強度など、わかるはずもない。

「まーまー。皆さん、ここで責任を擦り付け合っても、話は進みません。……この場から早く逃げましょう!」

 全員を宥めるシエスタ。逃亡するのも無責任かもしれないが、現状ではベストの選択だ。
 しかし、その時。
 背後に巨大な何かの気配を感じて、一同は振り返った。

「な、なにこれ!」

 巨大な土ゴーレムがこちらに歩いてくるではないか!

「きゃぁああああああああ!」
 
「……シエスタに賛成」

 ちょうど逃げようという提案があったばかり。四人は、悲鳴をあげて逃げ出した。

「……あれ? 一人たりねーぞ!?」

 才人が振り返る。シエスタが、その場に座り込んでいた。あわてて彼女に駆け寄る。

「何やってんだ!」

「こ、腰が抜けて……う、動けません……。助けて……」

 そんな二人の頭上で、ゴーレムの足が持ち上がる。もう間に合わない。才人は観念した。せめて最期は柔らかな感触を。

「シエスタ……!」

「サイトさん……!」

 ゴーレムの足が落ちてくる。才人はシエスタをムニュッと抱きしめた。
 間一髪、タバサのウインドドラゴンが現れた。才人とシエスタを両足でがっしり掴むと、パッと姿を消す。
 ズシンと音を立て、一瞬前まで才人たちのいたところに、ゴーレムの足がめり込む。

「ありがとう、タバサ」

「……あれはシルフィード3号。特殊能力は、短距離の瞬間移動」

 夜空を飛ぶシルフィード10号の背中の上で、ルイズがタバサに礼を言う。キュルケも一緒、つまり三人で乗っているが、もう喧嘩している場合ではなかった。
 シルフィード3号が、シルフィード10号の隣に並んだ。足にぶら下がったまま、才人が震える声で呟く。

「な、なんなんだよ。あれ……」

「たぶん……。あれが、土くれのフーケね」

 ルイズの言葉に、タバサとキュルケが頷いていた。

「あんなでかいの! いいのかよ!」

「だから言ったでしょ!? 恐ろしい魔物なの! 各国が賞金をかけてるの! ……武器屋で買い物してる時、教えてあげたでしょ!?」

「ああ、覚えてるよ!」

 ルイズから聞かされた話を、才人は思い出した。ちなみに、一緒に聞いたはずのシエスタは、すでに目を回して気絶している。ウインドドラゴンがしっかり掴んでくれているが、一応、落ちると危ないので才人もシエスタを抱きしめていた。

「土くれの道具で……何でも土くれに変えてしまう……土くれの魔物……」

 見れば、眼下の巨大ゴーレムの右手は、確かにラッパか笛のような形をしていた。が、ここで一同は気づく。

「あれ……人間じゃねーのか!?」

「女の人みたいね!?」

「美人は宝……ってことかしら?」

「……たぶん人質」

 ラッパ笛とは反対側の左腕で、女性らしきものを抱えているのだ。暗いので誰だか判別できないが、悲鳴もあげないところを見ると、意識を失っているのかもしれない。
 才人たちは、そう思った。その女性こそがゴーレムを操っている事も、もしものための隠蔽工作としてさらわれたフリをしている事も、彼らには判らなかった。

########################

 ミス・ロングビルは、巨大な土ゴーレムの腕の中で、薄い笑いを浮かべていた。
 上空を舞うウインドドラゴンは気にしない。それに乗る生徒の一人が「美人は宝」と言っていたが、そう思ってもらえるならば、好都合であった。
 コルベールやギーシュと一緒にいたはずの自分は、土くれのフーケに誘拐されたことになったのだ。万一彼らが生きていたとしても、これで誤摩化せる。少し話が噛み合わないだろうが、どうせ二人は重傷のはず。記憶が曖昧だとしても不自然ではない。

(今夜限りで学院ともオサラバのつもりだったけど……もう少し、いてやってもいいかねえ?)

 ヒビが入った壁に向かって、土ゴーレムのラッパ笛が叩き付けられた。
 ミス・ロングビルは、インパクトの瞬間、ラッパ笛を鉄に変えた。壁にめり込み、壁が崩れる。そのまま土ゴーレムの腕の中程まで、宝物庫に突っ込んだ。
 ミス・ロングビルは微笑んだ。

(本当は……笛を吹かなきゃいけないんだけどねえ。ここは『錬金』が通用しないから、今回は例外さ)

 ゴーレムの腕を操作して、お宝を物色する。狙いはただ一つ、『破壊の杖』である。
 様々な杖が並べられた一画に、どう見ても魔法の杖には見えない品があった。御丁寧に『破壊の杖! 持ち出し不可!』と書かれた鉄製プレートもあった。

(間違いないね!)

 ミス・ロングビルの笑みがますます深くなった。
 ゴーレムのラッパ笛が『手』の形に変わる。『破壊の杖』を掴みながら、人さし指を伸ばして、壁に文字を刻んだ。

『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

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 目的を終えたゴーレムは歩き出した。魔法学院の城壁をひとまたぎで乗り越え、ずしんずしんと地響きを立てて草原を歩いていく。

 ちゅらちゅらちゅら……ちゅーらーらーっ!

 今さらのように笛を吹くゴーレム。
 その上空を、二匹のウインドドラゴンが旋回する。片方の足にぶら下がる才人が、もう片方の背にまたがった者たちと言葉を交わす。

「あいつ、壁をぶち壊してたけど……何したんだ?」

「宝物庫」

 タバサが答える。才人も理解した。何か盗まれたのだ。

「なあ、御主人様。……このまま逃しちゃって、いいのか?」

「いいわけないでしょ! 私たちは貴族なの! GSなの! 戦わなきゃ!」

「……まだ学生だから見習いのようなもの。GS見習い」

 冷静なタバサのツッコミ。ルイズは、キッとした表情を彼女に向けた。

「じゃあ、見逃すっていうの!?」

 タバサは首を横に振った。

「……戦う。GS見習いもGSのうち」

 それを聞いて、ルイズの顔が柔らかくなった。だが。

「……シルフィード2号は、色々吸い込む。シルフィード4号は、鋭い翼で敵を切り裂く。シルフィード5号は火を吹き、敵を石化。シルフィード6号は電撃攻撃。シルフィード8号は毛針攻撃。シルフィード12号は怪力自慢」

 攻撃に適したシルフィードたちを列挙するタバサ。
 横で聞いているルイズとキュルケの顔に、恐怖の色が浮かぶ。タバサは既に二匹のシルフィードを使役中なのだが……?

「ねえ、タバサ。そんなにたくさん……一度に制御できるの?」

「わからない。試してみる。失敗したらゴメン」

 タバサは、サラッと言ってのけた。
 ルイズとキュルケは、顔を見合わせた。お互い、同じ表情をしている!

「やめて、タバサ! 私が悪かったわ!」

「あたしたちも乗ってるのよ!? 今こんなとこで暴走されたら、何もかも終わってしまうわ!」

 ルイズとキュルケは、二人がかりでタバサを押さえつけた。
 そうこうしている間に。
 巨大ゴーレムは、悠々と去っていった。

########################

 翌朝……。
 トリステイン魔法学院では、昨夜からの蜂の巣をつついた騒ぎが続いていた。
 何せ、秘宝の『破壊の杖』が盗まれたのである。噂の魔物怪盗、土くれのフーケに。
 しかも、土くれのフーケの昨日の犯行は、宝物庫からの窃盗だけではなかった。その少し前に、ミスタ・コルベールの研究所も襲われたという。

「小屋ごと土砂に変えられておる。間違いなく、土くれのフーケの仕業じゃの」

「何を呑気なことを言っているのですか、オールド・オスマン! 大事件ですぞ!」

「しかしのう。そちらは皆、生き埋めじゃ。話を聞くこともできん」

 興奮した教師に詰め寄られても、オスマンは平然としている。長い口ひげをこすりながら、前に並ぶ生徒たちを見つめた。

「……だから、まずは宝物庫の件から片づけるべきじゃろうて。さいわい、そちらは目撃者がおるのじゃ」

 教師やオスマンの前で直立しているのは、ルイズ、キュルケ、タバサ、シエスタ、才人の五人である。彼らは呼び出されて、学院長室に来たのだった。壁に入ったヒビが生々しい。あらためて、昨夜の事件を五人に思い起こさせる。
 オスマンの視線は、才人のところで止まっていた。才人は、どうして自分がジロジロ見られるのかわからずに、かしこまった。

(この爺さん……女だけじゃなくて男にも興味があるのか? 俺は、そっちの気はないんだ。やめてくれ……)

 才人が顔をしかめている間に、ルイズが代表して、昨夜の見たままを述べた。

「あの、大きなゴーレムが現れて、宝物庫の壁を壊したんです」

 あくまでも、見たままである。それだけだ。自分たちがやったことは、言う必要なかった。それが五人の暗黙の了解だった。

「そして宝物庫に手を突っ込んで、中から何かを……その『破壊の杖』だと思いますけど……盗み出した後、ゴーレムは城壁を越えて歩き出して……。私たちが慌てているうちに、行ってしまいました」

「それだけか……」

 オスマンはひげを撫でた。
 
「後を追おうにも、手がかりはナシというわけか……」

「あ! 言い忘れましたが、ゴーレムは、女の人を抱えていました!」

「本当かね!?」

 先ほどの興奮教師が、ルイズの言葉に食いついた。そして、再びオスマンへ。

「きっとそれは、ミス・ロングビルですぞ!」

「まあ、そうじゃろうな。他に行方不明の女性はおらんのじゃから」

 ルイズや才人たちも、ある程度の事情は聞き知っている。
 昨日コルベールは、ミス・ロングビルと二人で歩いていたという。その後ろを何故かギーシュがつけていたという。それらはコルベールの小屋が土くれに変わる前の話であり、現在、その三人の姿は行方がわからない。となれば、一人がさらわれた事も、他の二人が生き埋めとなっている事も、容易に推測できた。

「では……ミス・ロングビルは……今頃……」

「そうじゃろうな。あの魔物……土くれのフーケに食べられておるかもしれん」

 オスマンの言葉に、少女たちは恐れおののいた。なぜかシエスタは頬を赤くした。一人、別の受け取り方をしたようだ。
 しかし、そんな風に噂をしていると。

「私は……無事です……」

「おお! ミス・ロングビル!」

 ヨロヨロと、話題の主が飛び込んできた。
 服があちこち破けている。豊かな胸も片方は完全にポロリと露出しているのだが、それどころではないといった表情だ。顔や手など、もとから露出している部分は、泥と血で茶色く汚れていた。

「申し訳ありません……。魔物につかまってしまって……でも、何とか逃げてきました……」

 それだけ言うと、その場に座りこんでしまう。
 教師の一人が駆け寄り、彼女にマントをかけてやった。オールド・オスマンや才人の視線に気づいたからだ。同時に『水』魔法で簡単な治療をする。ここで治せる程度の軽傷のようだった。

「私は……昨日……」

 彼女の説明によると。
 コルベールの研究所で三人で歓談していたところに、土ゴーレムの魔物が出現。彼女をさらって、小屋を土くれに変えてしまった。まだ中にはコルベールとギーシュがいたので、おそらく今頃……。

「二人のことは心配するでない。今、必死に救助活動をしておる。それに、コルベール君は優秀なメイジじゃ。二人とも生きているはずじゃ」

 オスマンは知っていた。『炎蛇』コルベールの秘奥義では、発動の過程で、空気の一部を別のものに変えるという。ならば、生き埋めになっても、酸素不足にはなるまい。秘奥義の応用で、適当に酸素を作り出すであろう。しかも、一緒にいるのは『青銅』のギーシュ。彼のゴーレムが中から掘削すれば、ある程度の空間も確保できるはず。

「……それより、その後は?」

「はい。魔物の腕の中で意識を失ったので、私自身、何をされたのか判りません。ただ、気がついた時は暗い洞窟の中で、近くに魔物の姿はありませんでした。だから、必死に逃げてきたのです」

 急いでいたので余裕はなかったが、そこは魔物のアジトだったらしい。貯め込んだ宝物らしきものも見受けられたが、どうすることもできなかった……。

「場所は、わかるかね?」

「地図で何処と指し示すことは出来ません。ですが、逃げてきた経路を逆に辿れば、そこに行き着くはず。今ならば途中の風景もまだ覚えていますから、私が案内役になって、見覚えがある場所を行けば……」

「すぐに王室に報告しましょう! 王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」

 彼女の言葉の途中で、興奮教師が叫んだ。が、オスマンは首を振る。目をむいて怒鳴った。エロジジイとは思えない迫力であった。

「ばかもの! 王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ! 住処の宝も他へ移動されてしまうわ! その上……身にかかる火の粉を己で払えぬようで、何が貴族じゃ! これは魔法学院の問題じゃ! 当然我らで解決する!」

 彼は咳払いをすると、有志を募った。

「では、捜索隊を編成する。我と思う者は、杖を掲げよ」

 教師たちは杖を掲げない。困ったように顔を見合わすだけだ。そもそも、ここにいる教師たちは、行動力のない者ばかり。しっかりした者たちは、コルベールの小屋で救出作業を手伝っていた。
 そんな大人たちを見かねて、ルイズがスッと杖を掲げた。続いてキュルケも、タバサも。

「何をしているのです! あなたたちは生徒ではありませんか!」

 教師の一人が驚いた声を上げるが、オスマンが遮った。

「よいではないか。彼女たちは、敵を見ている。その上、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士であり……」

 タバサを称賛したのだから、次はルイズやキュルケの番だ。一瞬口ごもるオスマンだったが、ちょうどこの時。

「私たちも行くわ!」

「ギーシュさまの仇討ちです!」

 呼ばれてもいない生徒が二人、駆け込んで来た。金髪ロールと栗毛の、少女二人組だ。

「ああっ!? おまえらは!」

 才人が思わず叫ぶ。栗毛の方は、忘れもしない裸マント少女。そして金髪ロールの赤い大きなリボンは、あの時隠れていた共犯者の物だ。

「あの……ミスタ・グラモンは、まだ死んでないのでは?」

 シエスタが小さくツッコミを入れるが、誰も聞いていなかった。
 すぐ近くで、二つの怒りの炎が天井を突き破りそうだったからだ。廃墟の中からでも立ち上がれそうな勢いだった。

「あんたたち……よくも私の前に、おめおめと顔を出せたわね!?」

「あたしも、忘れてないのよ!?」

「あんたたちのせいで、私なんて……バカ犬をクビにしちゃったのよ!? 一時的だったけど。すぐ取り消したけど。でも……この怒り……どうしてくれよう……」

「あら珍しい。ルイズもあたしと同じ気持ちみたいね? あたしも、そりゃもう大変だったから……」

 ルイズとキュルケの魔法が、同時に炸裂。
 爆発魔法と火炎魔法で、少女二人組は黒コゲになった。シリアスシーンであれば死んでいたかもしれないが、しょせん今回の彼女たちは出オチ要員。医務室直行で済んだ。

「何しに来たんだ、あいつら……」

 運ばれていく二人組を見て、才人は呆れた。
 閑話休題とばかりに、オスマンがコホンと咳をする。そして、途切れてしまった言葉を続けた。

「……見てのとおり、ミス・ヴァリエールとミス・ツェルプストーは凄腕のメイジである! この三人に勝てる者が……ここにおるかね?」

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 五人と案内役のミス・ロングビルは、早速出発した。ミス・ロングビルが手綱を握り、馬車で行くのだ。
 屋根ナシの荷車のような簡単な馬車だが、城下町まで買い物に出かけた時のものより、少しだけ大きい。あれでは五人は乗れないからだった。

「あの……なんで私まで?」

 ルイズの隣で、黒髪の少女が困惑気味につぶやいている。

「シエスタは私の専属メイドでしょ。ルイズ除霊チームの一員なの。だから当然よ」

 ルイズは、シエスタと才人の間に割り込むように座っていた。買い物に行った時のようなイチャイチャはやめろという意味だ。
 なにしろ、これから彼女たちは、悪名高い魔物と戦いに行くのだ。ラブコメ気分では困ると思っていた。

(そうよ、ただそれだけ。今は二人がくっつくのは見たくないの。今だけよ……)

 自分に言い聞かせたルイズは、正面を見る。
 さんざん才人を誘惑しようとしていたキュルケでさえ、今はおとなしくしていた。タバサの隣で、ボーッと景色を眺めている。
 タバサはいつもどおりの読書だが、あれはあれで、きっと除霊の前の精神統一なのだ。ルイズは、そう好意的に解釈した。

「あら、この道は……」

 キュルケが何か気づいたらしい。

「どうしたの?」

「これって……『ビュル・ド・テーレ』へ向かってるんじゃなくて?」

「『ビュル・ド・テーレ』……?」

「ルイズは知らないの? ほら、しばらく前に開発が中止になった巨大娯楽施設よ」

 トリステイン国内のことなのに、ゲルマニアから来たキュルケの方が、こういう話には詳しかった。
 国家事業の一つとして建設が始められた巨大娯楽施設、その名称が『ビュル・ド・テーレ』である。広大な敷地と莫大な予算をかけて建設中だったが、予想以上に膨大な経費がかかってしまい、計画に関わった政治家たちは失脚。工事をしていた現場の者たちも夜逃げしてしまい、今では放置されているらしい。

「しょせん小国トリステインには無理だったのよねえ。ゲルマニアに助けを求めれば、色々なノウハウも教えてもらえたでしょうに……。ほんと、トリステインって娯楽施設も足りないから、デートに行く場所すらなくて困るわ……」

 どうせキュルケのデートは、部屋のベッドで行われるのだ。娯楽施設なんて必要ないではないか。
 そうツッコミを入れそうになったが、ルイズは思いとどまった。今は、キュルケとやり合っている場合ではない。
 そんな彼女たちを乗せた馬車は、鬱蒼とした深い森へと入っていく……。

########################

「ここから先は、徒歩で行きましょう」

 ミス・ロングビルがそう言って、全員が馬車から降りた。
 森を通る道から、小道が続いている。その先に高い建物のような物があるのが、才人にも見えた。

「暗くて怖いです……」

 シエスタが才人の腕に手を回してきた。

「あんまりくっつくなよ。またルイズが怒る」

「でも……」

「そんなに怖いなら、馬車に残るか? ルイズに頼んで……」

「いえいえ! とんでもない!」

 シエスタが首をブルンブルン振っている。
 才人としては気を遣ったつもりなのだが、考えてみれば、ここで一人で取り残される方が恐ろしいのだろう。そこに思い至らないとはどうかしてる、と才人は自省した。
 が、どうかしてるのは才人だけではない。ルイズも同じだと才人は思う。シエスタが来ても意味がないのに、ここまで連れて来てしまったのだから。
 ルイズが、チラッとこちらを見た。使い魔の思考が御主人様に伝わったのか? 少し心配になる才人だが、取り越し苦労だったらしい。才人とシエスタの密着ぶりを見ても、ルイズは何も言わなかった。

(そうだよな。今は、いちいち騒いでいる場合じゃない……)

 少し歩いただけで、一行は開けた場所に出た。森の中の広い空き地といった風情だが、自然に出来た空間ではなさそうだ。人の手で切り開かれたのだろう。その証拠に、人工的な施設や建物が無数に設置されていた。

「ここが悪魔フーケの巣……『ビュル・ド・テーレ』!」

 ルイズの声だ。彼女の言葉が、車中の会話を才人に思い出させる。異世界人である彼は聞き流していたが、今、ようやく意味を理解していた。

(ハルケギニア版の遊園地だな、ここは!?)

 観覧車っぽいもの、メリーゴーランドっぽいもの、ジェットコースターっぽいもの……。この世界だから電気で動くのではなく、魔法で動くのだろう。でも、目的は同じだ。遊ぶための施設だ。キュルケの言っていたデート云々も、そういうことだったのだ。

(遊園地か……)

 なんだか地球が懐かしくなった。東京で暮らしていた才人は、もちろん、何度も遊園地に行ったことがある。デートではなかったが。家族に連れられてだったが。
 ここハルケギニアでは、シエスタやらキュルケやら、好意を向けてくれる女性がいる。デートの相手もしてくれるだろう。でも、もう家族とは会えない……。

「サイトさん? どうしましたか?」

 そのシエスタが、不思議そうに才人の顔を覗き込む。

「え? どうしたも何も……」

 聞き返しながら、才人も奇妙に思った。なんでシエスタの顔が、ぼやけて見える……?
 彼女の手が伸びてきた。才人の顔を拭った。

「あ。俺……」

 才人は気づいた。いつのまにか、涙を流していたらしい。

「サイトさん?」

「ああ、ごめん。何でもない。ただ……こういうの、俺の世界にもあったから……」

 才人は知った。これが望郷の念というものか、と。

########################

「あれです。あの中から、私は逃げてきました」

 遊園地『ビュル・ド・テーレ』の敷地内に入ったところで、ミス・ロングビルが一つの施設を指さした。彼女が言っていた『洞窟』は、人工の物だったのだ。才人的に言えば、ジェットコースターの一種である。カートの類いが地下へ入っていくアトラクション。そのためのレールが、外から中へと続いていた。

「車両も魔法設備も、一応そろってるわね。もうほとんど完成してるみたいだわ」

 乗り場まで来た時点で、キュルケが解説する。

「どーすんだ? 乗って行くのか?」

「冗談はやめなさい、バカ犬。こんなところで魔法の無駄遣いはしたくないわ」

 なるほど、才人の常識で考えるならば、完成はしているが電気を流すのがもったいないということか。

「そうね。この軌路に沿って進めばいいんじゃなくて?」

「キュルケの言うとおりだわ。ただ、突然フーケに出くわすかもしれないけど……」

「……たぶん大丈夫。土くれのフーケは巨体。中では満足に動けない」

 タバサが冷静に分析する。何かあっても、自分たちが逃げ出す方が早いという事だ。

「でもよ、あんな大きいのが中で暴れたら、ここの全体が潰れるんじゃねーのか?」

 コルベール研究所だって土くれに変えられ、二人が生き埋めになったのだ。才人の心配ももっともだが、タバサは首を振る。

「……たぶん大丈夫。もしもの場合は、私のシルフィード3号で短距離瞬間移動」

 ウインドドラゴンが出せるほど中が広いかどうか、才人は、まだ不安だ。だいたい、内部に十分すぎるスペースがあるならば、巨大ゴーレムより自分たちが有利という前提も崩れるのだが……。

「ま、ここでグダグダ言ってても、しかたねーか」

 才人も心を決めた。先を心配する気持ちも、故郷を懐かしむ気持ちも、一時的に捨て去る。

「では、皆さんは中にどうぞ。私は……ここで待機していますので」

「あ、それじゃ私も」

 ミス・ロングビルとシエスタは、入り口で見張りということになった。
 そもそも、ミス・ロングビルは誘拐された被害者だ。ここまで来るだけでも怖かったはず。また、シエスタは、ただのメイドである。だから誰も二人に、中へ入れとは言わなかった。

「じゃあ、俺たち四人で……」

 剣を背負った才人が、男らしく先頭を行く。三人の少女を従えて、ゆっくり慎重に進んだのだが。

「あ、ちょっと待って!」

 十歩も行かぬうちに、キュルケがストップをかけた。

「ねえ、タバサ。今、思いついたんだけど……ここからでも奥の様子、探れないかしら? ほら、あなたの……シルフィード1号!」

 三人の視線が、タバサに向けられた。
 注目されても恥ずかしがることもなく、彼女はポンと手を叩いた。

「……忘れてた」

########################

 レールが水に浸かり、池のようになった広い空間。たくさんの風船が浮かぶメルヘンな雰囲気の場所が、フーケの宝物庫だった。それぞれの風船に奪ってきた宝が一つずつ括り付けられて、宙に浮いている。
 シルフィード1号で確認の後、シルフィード3号が瞬間移動できるよう、その近くまで四人で進み、シルフィード3号に取ってきてもらった。

「破壊の杖」

 タバサがウインドドラゴンから無造作に受け取り、皆に見せた。

「あっけないわね」

 叫んだのはキュルケだが、ルイズも同感だ。
 が、才人は別の感想を抱いていた。彼は『破壊の杖』をまじまじと見つめる。

(遊園地の次は、これか? これなんて……そのまんま、俺の世界のもんじゃねーか)

 今度は郷愁に誘われることもない。もとの世界では使ったことも触ったこともないシロモノだ……。

「とにかく、終わったんだわ。フーケはいなかった、でも宝は取り戻した。……いったん学院に帰りましょう」

 ルイズの意見に、皆が賛同する。来た道をてくてくと戻り、人工の洞窟の外へ出たのだが。

「あれ? シエスタたちがいねーぞ?」

 その才人の疑問はすぐに解消される。

「助けて〜〜」

 女性の悲鳴が聞こえてきたのだ。四人は一瞬顔を見合わせてから、その方向へと駆け出した!

########################

 遊園地の中央広場にある大観覧車。その隣に今、観覧車よりも大きな魔物が立っていた。巨大ゴーレム、土くれのフーケである。

「助けて〜〜才人さん〜〜」

 土ゴーレムの両腕には、それぞれシエスタとミス・ロングビルが抱きかかえられている。意識はあるが、泥土で拘束されており、体を動かすことも難しいようだ。

「お願いします! これでは逃げられないのです!」

 才人たちの姿をみとめて、ミス・ロングビルが叫ぶ。かつて一度は逃げ出した彼女だったが、土くれのフーケも馬鹿ではないということか。今回は逃亡阻止のために土で拘束しているのだ。才人たちは、そう思った。

「あたしにまかせて!」

 キュルケが胸の谷間から杖を引き抜き、呪文を唱える。だが、先にタバサが杖を振った。小さな竜巻きが舞い上がり、キュルケの杖を吹き飛ばした。

「タバサ!?」

「……危ない。二人も燃えちゃう」

 キュルケは、ゴーレムを火炎に包もうとしていたのだ。土が燃えるより早く人が燃えるのは、考えてみれば当然だった。

「人質ってことね……」

「……戦略的撤退」

 タバサが呟く。
 キュルケとタバサは一目散に逃げ出し始めた。
 しかし、ルイズは退かない。ルーンをつぶやき、ゴーレムに杖を振りかざした。

 ドーン!

 巨大な土ゴーレムの表面で、爆発魔法が弾けた。腕から土煙が上がったが、ただ、それだけだ。

「きゃあ!」

「やめろ、ルイズ! シエスタを殺す気か!?」

 才人がルイズに駆け寄る。もう少しズレていれば、シエスタに直撃するところだったのだ。もはやゴーレムも動き出しており、人質を避けて正確に当てるのは難しい状態となっていた。

「タバサの言うとおり! 一時退却だ!」

「いやよ!」

 ルイズは唇を噛み締めた。

「シエスタを助けなきゃ! シエスタ連れてきちゃったの、私なんだから!」

 それはそうだが、そもそも連れてきたこと自体が間違いなのだ。今さら言っても仕方ないのだが、才人の気持ちは、顔に出てしまったらしい。
 ルイズが弁解を始める。

「だって! サイトとシエスタは一緒にしてあげないといけない……って思ったんだもん!」

「そのわりには、イチャイチャしてると不機嫌なくせに……」

 今度は口に出してしまった。

「だって! シエスタとイチャつくサイト見てると、なんだか胸がキュ……」

 何か言いかけて、訂正するルイズ。

「……なんだかイライラするんだもん!」

「なんだそりゃ!?」

 才人には女心はわからない。でもルイズは自己完結したらしい。

「だから、シエスタは私が助けるの!」

「無理だ! あんなヤツに勝てるワケねえだろ!」

 感情的に言い返すのではなく、ルイズは、一つ深呼吸した。
 少し冷静になった。乙女の顔から、GSの顔に変わる。そして叫んだ。

「魔物を倒せる者を、GSと呼ぶんじゃないわ! 魔物に後ろを見せない者を、GSと呼ぶのよ!」

 こうして二人が言葉を交わす間に、ゴーレムはすぐ近くまで迫ってきた。ゴーレムの巨大な足が持ち上がり、二人を踏み潰そうとする。
 間一髪、ルイズの体を抱きかかえた才人が、地面を転がって逃げた。

「死ぬ気か! お前!」

「だって……」

 そんな二人の前に、タバサとキュルケを乗せたシルフィードが滑り込んだ。

「乗って! 早く!」

 タバサが珍しく焦った調子で言った。
 そう言えば、今回は瞬間移動シルフィードによる救出ではない。ルイズを韻竜の上に押し上げながら、才人は尋ねる。

「もしかして……今日のシルフィードは打ち止め?」

「もう魔力が限界。この一匹を使役する力しかない。……そんなことより、あなたも早く!」

 しかし才人は乗らずに、迫り来るゴーレムに向き直った。
 ドラゴンの上からルイズが叫ぶ。

「サイト!」

「俺に『破壊の杖』を! そして……俺を残して行け! 早く!」

 タバサは無表情に才人を見つめた後、彼の言うとおりにした。『破壊の杖』を彼の足下に落として、韻竜を飛び上がらせる。

(ルイズの分まで……俺がやってやる!)

 才人は今、色々と思い出していた。
 デルフリンガーは言っていたのだ、『武器なら何でも』と。『どんな武器を握っても、相棒は、ああなる』と。

(だから『破壊の杖』も使いこなせる! これは……俺の世界の武器だ!)

 タバサは言っていたのだ、『危ない。二人も燃えちゃう』と。
 才人自身もルイズに言ったのだ、『シエスタを殺す気か!?』と。

(でも……この武器ならば! 精密な照準がある、これならば! 二人を巻き込まずに、ゴーレムだけをピンポイントで! これは……ゴーレムを一撃で倒すアイテム、いわば『金の針』!)

 才人は『破壊の杖』を掴んだ。左手が輝く。才人は叫んだ。

「ハンズ・オブ・グローリー!」

 空中の仲間たちも、意図を察したらしい。

「ちょっと!? 人質がいるのに……」

「危ない」

「サイト!? あんた、さっき、ダメだって自分で言ったくせに……」

 三人のうち、才人はルイズにだけ答えた。

「大丈夫だ!」

「本気なの!?」

「ああ! やると言ったら本当にやる!」

 悪魔が人質でもって無言の圧力をかけてきても、それに屈してはいけない。GS見習いもGSのうちならば、GS助手もGSのうちだ。
 ここで才人は、さきほどのルイズの言葉を思い出す。それを借り物の言葉ではなく、才人自身の言葉に直して、口にした。

「ゴーストスイーパーは……」

 この会話の間に、準備は終わっていた。安全ピンもリアカバーもインナーチューブも照尺も安全装置も。
 だから。

「……悪魔の言いなりにはならない!」

 言い切ると同時に、トリガーを押した!

########################

 飛び出した弾頭がゴーレムに吸い込まれる。正確に体の中央にめり込み、そこで爆発。
 才人は思わず目をつむりたくなったが、そうもいかない。

「きゃ〜〜あ!」

 胴体を失ったゴーレムの両腕が吹き飛んだ。抱えられた人質ごと。

「シエスタ!」

 左手が光っている間に、超人的なスピードで走り込む才人。落ちてくるシエスタを、見事キャッチ。が、ホッとしている暇はなかった。
 反対側の腕は、ここからは遠い距離へ。間に合わない!?

「ミス・ロングビル!?」

 焦る才人だが、それは杞憂。彼女の体が、フワッと浮いた。ゆっくりと着地する。タバサが『レビテーション』をかけてくれたらしい。才人は忘れていたが、ここは魔法の世界だった。

「ありがとうございます」

 礼を言うミス・ロングビル。タバサのウインドドラゴンも降りてくる。皆が才人の周りに集まった。

「サイト! すごいわ! やっぱり私の使い魔ね!」

 シエスタを降ろした才人に、ルイズが抱きついてきた。
 驚き喜ぶ一同。なにしろ、土くれのフーケを倒してしまったのだ。崩れ落ちた魔物ゴーレムは、土の小山と化していた。

「これで……本当に終わったわね」

「ええ。本当に……本当にご苦労様でした」

 スッとミス・ロングビルの手が伸びて、皆に取り囲まれる才人の手から『破壊の杖』を取り上げた。代わりに持ってくれるのか、と思ったが。

「……ミス・ロングビル?」

 タバサが一人、怪訝な顔をする。
 ミス・ロングビルは皆から少し離れて、五人に『破壊の杖』を突きつけた。
 一同の歓声が収まった。

########################

「さっきのゴーレムを操っていたのは、わたし」

「え……じゃあ……」

 彼女はメガネを外した。優しそうな目など、もう必要ない。彼女本来の、猛禽類のような目つきに変わる。

「そう。土くれのフーケっていうのは、世間で思ってるようなゴーレムじゃない。……わたしが、その本体さ」

 彼女は、さっき才人がしたように『破壊の杖』を肩にかけ、五人に狙いをつけた。
 シエスタが理解不能という顔をする。

「どういうことですか、ミス・ロングビル?」

「まだわからないのかい? わたしは『土』の魔法使い。あのゴーレムは、わたしの『錬金』で作ったもの。ゴーレムがラッパ笛を吹くのも、ただのパフォーマンス。それに合わせて、わたしが『錬金』で土くれに変えていたのさ」

「カモフラージュってことか……」

 つぶやいたのは才人だった。それに彼女が反応する。

「違うね!」

 彼女は苦々しく吐き捨てた。

「わたしはね、貴族が嫌いなんだ! その価値観を受け入れる平民も嫌いなんだ! ……魔法で魔物をやっつける、GSってもんが嫌いなんだよ! だから、わたしじゃなくて……魔物に魔法を使わせるんだ!」

 しょせんポーズに過ぎない。実際に魔法を使うのは、彼女自身だ。それを否定するかのごとく、彼女は言葉を続ける。

「魔法で魔物を退治する? ……フン、その考え方が間違ってるんだよ!」

「……え?」

 誰も彼女についていけない。それでも、若者たちを前にして、彼女は持論を展開するのだった。

「GSはね、魔物を退治すればいいってもんじゃないんだ。魔物は全部悪者だ……そう決めつけることが、まず差別なんだよ!」

 彼女は今でも忘れない。
 昔、彼女は、親の除霊にコッソリついていった。でも迷子になってしまう。そんな彼女を助けてくれた親子。『魔物』と『半魔』として扱われたが故に、隠れ住んでいた母と娘。その娘には竹トンボのおもちゃを作ってあげたり一緒に遊んであげたりして、とても慕われたのだが……。

「悪魔にだって友情はあるんだ……ってこと?」

 ルイズの言葉が、彼女の回想を止めた。
 言い当てられたような、でも微妙に違うような気分になった。

「……ちゃかすんじゃないよ!」

 そう言われても困るのだろう。ルイズはルイズなりに『フーケ』の言葉を翻訳したのだろう。

「GSは……魔物退治するのが仕事でしょ?」

「違うね。時には、魔物を保護することも必要さ」

「何言ってんの!? そんなバカなことするGSは、魔物と一緒に退治されちゃうわよ!?」

 キュルケの意見だが、ルイズたちも同意である。
 それを見た『フーケ』の表情が、複雑になる。悲しそうな、それでいて、ルイズたちを哀れむような……。

「異世界から来た俺には、よくわからねーが……」

 ここで、それまで黙っていた才人が口を開いた。

「……一つ、はっきりしていることがある。今はあんたが悪役だ、ってことだ!」

########################

 GSの概念論は、才人には難しかった。さきほどは『ゴーストスイーパーは……』などと言ってしまったが、やはり理解の範疇を超えていた。
 ただ、現在の状況は判っていた。
 ミス・ロングビルがフーケであること。『破壊の杖』を盗んだのは彼女であること。

(いったん俺たちに取り戻させたのは……使い方が判らなかったからだな。誰かに一度、使わせてみたかったんだろーぜ)

 才人には、容易に推測できた。あんなものの使用法を、この世界の人間が知るはずないのだから。

「もういいでしょう? 破壊の杖がピッタリ狙ってるわ。全員、杖を遠くに投げなさい」

 少し穏やかな口調でフーケが命じる。皆、杖を放り投げた。
 しかし。

「あら? ……使い魔君は、頭は悪いようね?」

 才人は、逆に、背中の剣に手をかけた。ゆっくりと鞘から引き抜く。

「よう、相棒! 待ちくたびれたぜ!」

「ああ、待たせたな」

 デルフリンガーと言葉を交わす。才人の左手が光る。デルフリンガーも光り輝いた。

「そうだ、相棒! その調子だ! 心を震わせろ!」

 フーケを前にして、才人の感情が高ぶる。

「『使い手』の強さは心の震えで決まる! 怒り! 悲しみ! 愛! 喜び! 劣情! なんだっていい! とにかく心を震わせな、そうすれば俺っちも本気を出せる!」

 もはやデルフリンガーは、ボロ剣ではなかった。今まさに研がれたかのような、真新しい輝きを放っていた。
 フーケが顔をしかめる。

「その剣を捨てな! なんだか凄い剣みたいだから……ついでに、わたしがもらってやるよ!」

「やだね! こいつは、俺んだ!」

「そうかい? じゃ……死にな!」

 フーケは『破壊の杖』を押した。しかし、何も飛び出さない。

「な、どうして!?」

「それは単発なんだよ。……俺の世界の武器だ。ロケットランチャーっていう、一発限りの使い捨てさ」

「なんですって!?」

 言葉の意味はよく判らないが、とにかく凄い状況だと判った。だからフーケは『破壊の杖』を放り投げて、杖を握る。
 しかし、彼女が杖を振るうより早く。

「……させるか!」

 才人が駆け抜けていた。一瞬の交錯の間に、無数の斬撃を繰り出していた。

「きゃあ!?」

 悪女フーケが叫ぶ。
 才人が剣を鞘にチンと収めた瞬間。
 彼の斬り散らかした物が、風に舞った。

「サイト!?」

 目の前の兇行に唖然とするルイズ。悪人とはいえ、フーケは人間の女性なのだ。
 だが、才人は振り返ってニカッと笑う。

「安心しろ。峰打ちだ」

「でも……」

「血の一滴も流しちゃいないぜ? ……ほら!」

 才人は、あらためてフーケを見た。
 全ての衣服を斬り刻まれた彼女は、生まれたままの姿になっていた。傷一つない、きれいな体だった。
 立ちすくむ白い裸身が美しい。が、自然の彫像は長くは続かなかった。峰打ちで意識を失っていた全裸美女は、少し遅れて、その場に崩れ落ちた。

「彼女と正面から対峙したら、思い出したんだ。学院長室での『ポロリもあるよ』姿! あれが頭に浮かんでさ! ……そうしたら心が震えた。だから、その気持ちのまま剣を振るったら……こうなった」

 カッコつけた表情で語る才人。

「中の人は傷つけず、その服だけを斬り捨てる。……すげーだろ、俺!」

 場の温度が下がっていくことにも気づかない。自分ではカッコいいつもりで、彼は言い切った。

「……これが本日のサービスシーンだ」

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 ルイズのお仕置き爆発魔法で黒コゲの才人と、ロープで縛られたフーケを連れて、四人の少女は魔法学院へ戻った。

「おお! よくやった!」

 裸のままロープで縛られたフーケを見て、オールド・オスマンは大いに喜んだ。

「裸ロープ! 裸ロープ! じゃが……これでは縛り方が甘いぞ?」

 逃げられないようにシッカリという口実で、彼はマニアックな縛り方に変えた。
 皆、顔をしかめていたが、相手は大盗賊。
 服を着せてやろうという寛大な女教師もいなかった。
 魔法衛士隊に引き渡され、連行されていく間も、フーケはその格好だった。
 これも一種の罰なのだ。人々は、そう噂したという。





(第四話「Something Muddy This Way Comes !!」完  第五話へ続く)

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(あとがき)

 おキヌちゃんはそんなことしない。でもシエスタはそんなことする。「ゼロ魔」原作六巻冒頭のシーンを、早くも流用です。キャラクターの違いだけではなく、そんなことするほど胸が……と一瞬考えましたが、そうではないはず。私は「おキヌちゃんは普通だよ、貧乳じゃないよ」派です。
 ……という冗談のような言い訳は、さておき。「GS美神」に詳しくない「ゼロ魔」ファンの方々でも簡単に参照できるように書いておきますと、今回の主な「GS美神」エピソードは、武器屋の主人が『サイキック・パワー売ります!!』、デルフ自己紹介が『誰が為に鐘は鳴る!!』、左手ルーン発動が『香港編<8>栄光の手!!』、そしてメインが『何かが道をやってくる!!』。コルベールやギーシュがやられてしまうのも、これがパイパー編であるが故でした。フーケ=パイパーは、モンモン=カオス以上に、強引というか、意表をつくというか、そんなつもりだったのですが……。感想欄を見ると、もしかすると既に予測されていたのでしょうか? ちょっとビックリです(なお、チラッとだけ書いたフーケ回想シーンにも参考エピソードがあるのですが、今回はサワリだけで後々もっと書く予定なので、今は一応内緒)。
 さて、今回で「ゼロ魔」原作一巻がほぼ終了。原作どおりならば次回でアルビオン編に突入ですが、その前に少し別のイベントを前倒しでやる予定。『迷うことなんかないって……! また会えばいいだけさ! だろ!?』『私……絶対戻ってきますから! 二人のところへ……すぐに……』と書いたら、「GS美神」ファンには、わかってもらえるでしょうか。それとも、これでは改変がヘタクソかな?
 
(2011年3月21日 投稿)
       



[26383] 第五話 Leaving Beauty !!
Name: よむだけのひと◆397a1e58 ID:810debff
Date: 2011/03/26 21:26
   
 ハルケギニアの暦では、一年は十二の月からなり、ひと月は四つの週、一週は八日となっている。
 トリステイン魔法学院では、ウルの月フレイヤの週ユルの曜日に『フリッグの舞踏会』が開かれる。学生たちが楽しみにしていたイベントだ。土くれのフーケ騒動で開催が危ぶまれていたが、才人たちがアッサリと解決したため、予定通り行われることになった。
 今、食堂の上にある大ホールは、華やかなパーティ会場となっていた。それを才人は、夜風に当たりながら、ぼんやりと眺めていた。

「相棒、お前、中に入らないのか?」

 バルコニーの枠に立てかけられた抜き身のデルフリンガーが、同じ枠にもたれる才人に声をかけた。

「ああ。なんか場違いな気がするから……」

 中では着飾った生徒や教師たちが、豪華な料理が盛られたテーブルの周りで歓談している。さっきまでは綺麗なドレスに身を包んだキュルケが才人のそばにいて、なんやかやと話しかけていたが、パーティが始まると中に入ってしまった。
 そのキュルケは今、たくさんの男に囲まれ、笑っている。どうやら今夜の『微熱』は才人には向けられていないらしい。才人としては、ホッとしたような寂しいような、複雑な気分だった。

「三日天下」

 才人を指さして呟いたのはタバサである。黒いパーティドレスを来たタバサは、小さな淑女といった雰囲気だ。彼女も忙しいようだが、相手は男ではない。一生懸命に中央テーブルの上の料理と格闘していた。
 たまに才人のところにも料理の皿を持ってきてくれるので、才人は感謝している。やたら苦いサラダが多いのだが、これがハルケギニアの貴族の一般的な嗜好なのだろうか、と才人は勘違いしていた。

「フーケの一件じゃ、相棒が一番の大手柄なのになあ……」

「いいんだよ、俺は。ここで」

 才人は、夜空を見上げた。二つの月と、無数の星が煌めいている。
 月の数は違うし、星座も異なる。それでも、地球と同じような星空だった。

「星に照らされたテラスで、ひとり孤独な夜更けを過ごす……。これもまた、オツなもんだろ?」

 そう言って、才人は両手を広げた。まるで、月や星の光を浴びるかのように。

「なんでえ、相棒。まだ夜更けって時間じゃねーぞ? だけど、なんだかロマンチックなこと言うじゃねーか。さては……てめー酔ってるな?」

 確かに、才人はワインを口にしている。最初にキュルケが持ってきてくれた壜を一本、キープしているのだ。

「いや、別にそういうわけじゃ……」

 才人が剣に反論しようとした時。
 ホールの壮麗な扉が開き、才人の御主人様が姿を現した。
 門に控えた呼び出しの衛士が、ルイズの到着を告げる。

「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな〜〜り〜〜!」

 才人は息を飲んだ。
 長いピンクの髪をバレッタにまとめ、ホワイトのパーティドレスに身を包んだルイズ。胸元が開いたドレスでも、慎ましやかな胸をもつルイズだから上品に見えた。もちろん、ルイズだってそれなりに胸はあるのだが、それを知る男は少ないであろう。

「まさに……正統派ヒロインだな……」

「ん? 何か言ったか、相棒?」

 才人はデルフリンガーを無視した。
 ホールでは音楽が奏でられ、貴族たちが優雅にダンスを踊り始めた。ルイズも色々と誘われたようだが、すべて振り切って、こちらへやってきた。
 才人の前に立つと、ルイズは腰に手をやって微笑んだ。以前に温泉で見たのと同じポーズであり、あの時のスッポンポン姿が、才人の頭に浮かんだ。
 それを見ていないデルフリンガーが、ルイズのドレス姿を褒めた。

「おお、馬子にも衣装じゃねえか」

「うるさいわね」

 ルイズは剣を睨むと、腕を組んで首を傾げる。が、首を傾げたいのは才人の方であった。

「お前は……踊らないのか?」

「うん。今日は、私じゃなくて……」

 ルイズが目を逸らした。釣られて、才人も視線を同じ向きへ。
 彼女は、バルコニーから続く外階段の下を見ていた。そこに、誰かが立っている。

「ん?」

 才人は不思議に思った。なんで貴族様が、外から来るのだろう?
 立っていたのは、淡いグリーンのドレスに身を包んだ少女だった。暗くて顔はよく見えないが、室内から漏れる灯りに照らされて、黒髪が艶やかに光っていた。

「ほら、いらっしゃい!」

「はい……」

 ルイズに呼ばれて、少女が一歩ずつ、階段を上がってくる。
 露出の少ない清楚なドレスであったが、少女本来のスタイルが良いのであろう。彼女が近づくにつれて、若々しい色気が漂ってくる。
 キュルケほどではないが、豊かなバストをしていた。キュルケの巨乳が完熟メロンであるならば、この少女は、まだ熟れきっていない青いメロンといった感じだ。
 青いメロンの溜め息みたいな、おっぱい……。ドレスの色も相まって、そんな言葉が才人の頭に浮かぶ。

「あ、あれ……?」

 そうやって胸に目が釘付けだったから、才人が少女の正体を知ったのは、彼女が目の前まで来てからだった。

「シエスタ!?」

「こんばんは、サイトさん」

「そんなに驚くことないでしょ?」

 からかうようなルイズの声だ。

「え? でも……どうして? それに、いつもと違うような……」

 ドレス姿のシエスタは、まるで貴族のように見えた。それに青いメロンも、いつもより大きく見えた。

「だってドレスだもん。シエスタだって……似合ってるでしょ?」

 たぶんルイズは、才人の疑問を理解していない。が、偶然、その答になっていた。なるほど、パーティドレスだからウエストがキュッとくびれており、豊かなバストをいっそう強調しているのか。

「ああ、そうか。うん、シエスタ……きれいだね」

「サイトさん、ありがとうございます……」

 それ以上、言葉が続かない二人。まるで初々しいカップルだ。
 沈黙を嫌ったのか、横でルイズが説明する。

「ほら、バカ犬はフーケ退治で頑張ってくれたでしょ? だから、これが私からの御褒美。あと、シエスタは無理矢理つき合わせちゃったから、そのお詫びということで……」

 平民を着飾らせてパーティ会場へ入れるのは問題があるかもしれないが、ここならばOK。それがルイズの判断だった。

「ドレスも、私が貸してあげたのよ!」

「おい、娘っ子。そのドレス……どうせ、お前にゃ着れんだろ?」

「うるさいわね! いつか成長したら着ようと思ってたの! それが……今のシエスタにちょうどよかったから!」

 デルフリンガーを叱った後、ルイズはシエスタに優しい言葉をかける。

「ほら、シエスタ。メイド仲間が教えてくれたんでしょ? 練習の成果……見せてごらんなさい」

 何の話だ? 才人が疑問に思うより早く。
 シエスタはドレスの裾を恭しく両手で持ち上げると、膝を曲げて彼に一礼した。

「私と……一曲踊っていただけませんか?」

 そう言って顔を赤らめるシエスタは激しく可愛くて、綺麗で、清楚であった。
 才人はフラフラとシエスタの手を取った。
 彼女の手は、熱を帯びていた。

「でも……俺、ダンスなんかしたことねえよ?」

「私に合わせてください。今日の話をしたら……みんなが教えてくれたんです」

 なるほど、それが『練習の成果』なのか。正式なダンスの機会など滅多にない平民のメイドたちが、皆で知識を寄せ合わせて、シエスタに教え込んだのであろう。
 チラッと会場に視線を向けると、給仕に忙しいメイドたちが、時々こちらに目を向けていた。その目は「がんばれ!」と言っているようだ。今のシエスタは、メイド仲間の希望の星なのだ。

「わかった。それじゃ……頼むよ、シエスタ」

「はい」

 シエスタのリードで、二人は踊り出した。
 夜空の星々も見守る中、テラスは今、二人だけのダンス会場だった。

(なんか……不思議な気分だ……)

 たどたどしいステップを踏む二人。本来のダンス以上に、体と体が密着する。
 シエスタには胸を押しつけられたこともある才人だが、いつもいつもというわけではない。シエスタにもプロのメイドとしての分別があるようで、掃除や洗濯の時には、そんなことはしない。最初の洗濯では二人は寄り添っていたが、あれはワインのせいであり、例外だった。
 だから、今。
 才人は、シエスタの体にドキドキしている。だが、何故か、スケベな気持ちにはならなかった。

(そうか。これが……)

 才人は理解した。これが幸せという感情だ。
 シエスタも、才人と同じように、うっとりした表情を見せていた。
 幻想的な雰囲気の中、幸福な時間を過ごす二人。
 このとき彼らは、知る由もなかった。ヒロイン度が上がり過ぎたサブヒロインの運命など……。

########################

「どういうことですか、オールド・オスマン!?」

 ルイズが怒っている。

「話が違うじゃない!?」

 キュルケも怒っている。

(ほら、見ろ。なんだかんだ言って……二人は意気投合してるじゃねーか)

 才人は、後ろでぼーっと眺めていた。
 『フリッグの舞踏会』も終わり、学院に再び平穏な時間が流れ始めて数日後。ルイズ、キュルケ、タバサ、シエスタ、才人の五人は、学院長室に呼び出されたのだった。
 重要な伝達事項があると言われて来たのだが……。

「すまんのう。各国が賞金をかけていたのは、あくまでも『フーケ抹殺』だそうでな。『捕縛』では……賞金は下りんとのことじゃ」

 長い口ひげをこすりながら、平然と語るオスマン。

「何よ、それ? そんなの屁理屈じゃない!?」

「そうよ、あたしたち納得できないわ!」

 ルイズとキュルケの剣幕を見ていると、才人は不思議に思う。つい、口に出してしまった。

「なんだよ、別に金には困ってねーんだろ? いいじゃん、捕まえたっつう名誉だけで」

「ダメですよ、サイトさん。そういうこと言っちゃあ……」

 シエスタが小声で諌めるが、遅かった。ルイズがキッとした顔を向ける。

「そーゆー問題じゃないのよ! たしかに貴族としては名誉は大事! でもGSルイズとしてはタダ働きは許せないの!」

「そう、それがGSってものなのよ!? GSキュルケとしても……」

「あら、あんたは別にいいんじゃない? 私と違って『GSキュルケ』なんて、しょせん色ボケ女。お金じゃなくて男がいればいいんでしょ? おツムの足りない女は……」

「はあ!? ルイズこそ胸も足りないくせに、何言ってんの?」

「なんですって!?」

 あれ? いつのまにかルイズとキュルケが口喧嘩を始めてしまったぞ!?
 どうやら怒りの導火線がかなり短くなっていたらしい。何にでも噛み付きたい気分でライバル同士が向き合えば、こうなるのも必然か。

「おいおい……。二人とも喧嘩すんなよ。今は共通の敵がいるんじゃねーのか?」

「……共通の敵」

 才人の言葉に続いて、タバサがビシッとオスマンを指さした。無表情だから判らないが、無報酬の件に関しては、彼女も不満があるのかもしれない。

「じゃが、ワシに言われても困るのう」

 皆の意識が再びオスマンに向けられたが、オスマンの態度は変わらない。

「……それから、もうひとつ。宮廷に出しておいた『シュヴァリエ』の爵位申請じゃが、それも却下された。なんでも、規定が変わったとかで、とても学生には……」

「はあ!?」

「まーまー。ミス・ヴァリエールもミス・ツェルプストーも、少し落ち着いてください。きっと何か代替案があるんですよ……」

 宥めるシエスタだが、なにげにオスマンを追いつめる発言でもあった。

「うっ……」

 一瞬、言葉を詰まらせるオスマン。しかし、亀の甲より年の功。彼は、とっさの機転を働かせた。

「……おお、そうじゃ! 代わりと言っては何じゃが……これをプレゼントしよう!」

 机の中からゴソゴソと取り出してきたもの。それは羊皮紙の束だった。

「何……これ?」

 五人は、その束を見つめた。地図らしきものが描いてある。

「宝の地図じゃよ」

「宝ぁ?」

 一同のキョトンとした声が重なった。

「賞金が下りぬのであれば、自分たちで宝を探しに行けばよかろう。これがワシからの褒美じゃ」

「でも……」

「なーに、事情が事情じゃ。一週間や二週間くらいの休みは、ワシがなんとかしよう。……そうじゃな、課外授業……いや、GSの実地研修という名目でよいかな? どうせ宝のあるところには、魔物や悪霊も出るじゃろうし……」

 少しずつ話を具体的にしていくオスマン。しかしキュルケが、顔をしかめて呟いた。

「でも……このたくさんの地図、どう見ても胡散臭いんだけど……」

「いやいや、そんなことはないぞ!? これはミス・ロングビルの……つまり、土くれのフーケの私室から出てきたものじゃ。盗賊フーケの宝の地図……ということじゃな」

「フーケの!?」

 一同の目の色が変わる。『フーケの宝の地図』と聞いて、信憑性が出てきたのだ。
 オスマンも、してやったりの表情になる。
 そもそも、フーケは貴族や大金持ちの所持品を奪うタイプの盗賊であり、隠れた秘宝を自分で発掘するようなトレジャー・ハンターではなかったのだが……。
 その点を失念し、オスマンの口車に乗せられる若者たちであった。

########################

 翌朝。
 才人とシエスタを連れたルイズが集合場所の広場へ行くと、すでにキュルケとタバサが待っていた。

「あら、またシエスタ連れてくの?」

 キュルケが尋ねてきた。先日のフーケ騒動を思い出したのだろうか。

「そうよ! でも、今回は私の気まぐれじゃないわ」

「宝探しって、野宿したりするんでしょう? 保存食料だけじゃ、物足りないに決まってます。私がいれば、どこでもいつでも美味しいお料理が提供できますわ」

 シエスタ自身に説明させるルイズ。ルイズたち三人の荷物が多いのも、厨房から料理の道具や調味料などを借りてきたからである。
 なおシエスタはルイズの専属メイドであり、魔法学院に勤務するメイドではない。ルイズたちは学院の厨房で作られた料理を口にしているため、シエスタの料理の腕前は、誰も知らない。だが平民であれば貴族とは違って料理が出来るのも当然であり、また、彼女自身がこれだけ自信たっぷりに言うのだ。皆、シエスタ同行に納得した。

「それじゃ……出発ね!」

「ちょっとキュルケ、なんであんたが仕切ってんのよ!?」

 ルイズがキュルケに軽いツッコミを入れた時。

「おやあ? こんな朝早くから……君たち、どこへ行くんだい?」

 その場に通りかかったのは、フリルのシャツを着た少年。薔薇をくわえた気障野郎、ギーシュであった。

「あらギーシュ、おはよう。もう元気になったのね?」

 土くれのフーケによりコルベールと共に生き埋めにされたギーシュだったが、男二人で協力して、無事、生き延びたのだった。
 オスマンの予想したとおり、『青銅』のギーシュが青銅ゴーレムで中から掘り進めてスペースを広げて、同時に、『炎蛇』コルベールが酸素を作り出したようだ。
 コルベールは『火』のトライアングルメイジ。『土』魔法である『錬金』を『火』と組み合わせずに単体で用いたところで、たいしたことは出来ないはずなのだが、それでも十分な効果があった。これで彼の実力を思い知ったギーシュは、最近、コルベールに師事する素振りを見せているらしい。

「ああ、そうさ! 僕がいつまでも床にふせっていては、学院のレディたちが悲しむからね」

 救出されたギーシュを一生懸命看病してくれたのは、『学院のレディたち』の中でも、わずか二人である。
 そして。

「……なんだって! 君たちは、宝探しに行くと言うのかい!? ならば……僕も連れてってくれ!」

 ルイズたちの話を聞いたギーシュは、同行を申し出た。

「ダメよ、これはフーケを捕えた褒美なんだから!」

「そんなこと言わずに! 頼む! 僕を助けると思って……」

 ギーシュにはギーシュの事情があるのだった。彼は、しつこく迫り来る二人組から逃げたいのだ。

「なんだよ、それ。さんざん看病してもらったんだろ? だいたい……お前、女好きじゃん。逃げる必要はねーぞ!?」

 さすがに才人が口を挟んだ。美少女二人に追い回されて、それを迷惑に思うなど、男として許せないのだ。自分の状況はともかく、他人の環境は良く見えてしまう年頃である。

「そうだ、僕は女性が好きだ。それでも……今の彼女たちは、ちょっと苦手なのだよ」

 ギーシュは、苦悩の声を上げた。

「早く元の彼女たちに戻ってくれないかなあ。昔は、あんなじゃなかったのに……」

 大げさな身振り手振りで語り出すギーシュ。
 彼を放置して、五人は、タバサの韻竜に乗せてもらう。荷物も多いので、二匹のシルフィードに分乗だ。

「薔薇は美しく咲いてこそ、気高く咲いてこそ、薔薇なのだ。風を受けながらそよいでいるのが良いのであって、あんな食人植物のような勢いで迫り来るべきではなく……」

 ギーシュの一人芝居は無視して、二匹のドラゴンが飛び立つ。
 見る見るうちに小さくなる眼下のギーシュに対して、才人はポツリとコメントした。

「なんだったんだ、あれは……?」

 隣の韻竜から、タバサの反応があった。

「……経過報告」

########################

 それから数時間後。
 才人は息をひそめて、木のそばに隠れていた。目の前には、廃墟となった塔がある。かつては壮麗を誇った門柱も崩れ、鉄の柵は錆びて朽ちていた。

(ハルケギニアにも、高い建物はあるんだな。俺には、オフィスビルのように見えるが……)

 ここは数十年前にうち捨てられた開拓村の領主の屋敷であった。荒れ果て、今では近づく者もいない。幽霊屋敷の雰囲気が漂っている。旅する者がここを訪れたなら、肝試しを始めようなどと思うかもしれない。
 そんなオドロオドロしい雰囲気が、突然の爆発音で吹き飛んだ。
 ルイズの爆発魔法が、左側の門柱を木っ端みじんにしたのだ。

(よし……!)

 木陰の才人は、デルフリンガーを右手で鞘から抜いた。
 塔の中から、この開拓村がうち捨てられた理由が飛び出してくる。
 それはオーク鬼だった。
 身の丈は、才人の単位で言えば、二メートルほどもある。体重は人間の何倍もありそうだ。生意気にも、獣から剥いだ皮で着飾っていた。
 その数は、ザッと数えたところ十二匹。人間の子供が大好物という、困った嗜好を持つこのオーク鬼の群れに襲われたせいで、開拓民たちは村を放棄して逃げ出したのだった。
 だが、今ここに来た一行は、平凡な開拓民とは違う。

「ふぎぃ! ぴぎっ!」

 人間の存在を感知して、いきり立つオーク鬼。その頭上に、氷の矢と炎の塊が降り注ぐ。タバサの『ウインディ・アイシクル』とキュルケの『フレイム・ボール』だ。
 その一撃で、三匹のオーク鬼が絶命した。仲間を倒されたオーク鬼たちは、傷を負ったにも関わらず、ますます興奮する。

「あぎっ! んぐぃぃいいいいいッ!」

 しかし、しょせんは手負いの魔物だ。今がチャンスと思い、才人は駆け出した。左手も剣に添える。

(ハンズ・オブ・グローリー!)

 心の中で叫んだ。左手が光る。体が軽くなる。
 正直、オーク鬼を一目見た時は恐怖も感じたが、もはや、それも消えていた。
 才人は、自分に言い聞かせる。こんな奴ら、敵じゃねえ! ただのデクノボウだ! 心を震わせろ! 背後の美少女たちを思い浮かべろ!

 ドウ!

 才人の剣の動きは、そのオーク鬼には見えなかった。首を失った一匹が、地面に崩れ落ちる。
 何が起きたのか、他のオーク鬼たちには理解できない。硬直している一匹の胴を、才人はなぎ払った。剣の勢いを利用して体を回転させ、背後の敵をも斬り捨てる。
 これで三匹。氷炎でやられたのも合わせれば、六匹。あっというまに半分の仲間を失った魔物たちは、警戒して才人を取り囲んだ。しかし。

(バーカ。俺は……囮だよ)

 オーク鬼が、次々と爆発していく。ルイズの魔法攻撃が始まったのだ。
 さすが才人の御主人様。才人に当てるような下手な真似はしない。いつものお仕置き魔法とは逆に、巧妙に才人だけを外して、オーク鬼を撃破していく。
 もちろん、才人とて、ただボーッと立っているわけではなかった。彼の剣で斬り殺されるオーク鬼もいた。そしてタバサとキュルケも、才人を巻き込まない程度の魔法で援護する。
 まもなく、オーク鬼は全滅した。

(全滅!  十二匹のオーク鬼が全滅! 三分も経たずに!)

 剣を鞘に収めながら、心の中で興奮する才人であった。

########################

 バッサバッサと、タバサの韻竜が地面に降り立った。シエスタが戦闘に巻き込まれないよう、彼女を乗せて上空に避難していたのだ。
 シエスタがシルフィードから降りる。駆け寄ってきて、感極まったように才人に抱きついた。さすがに今は意図していないであろうが、彼女の柔らかい塊が才人の体に当たった。

「すごい! すごいです! あの凶暴なオーク鬼たちが一瞬で! さすが私のサイトさん!」

「いや、俺だけじゃないから……」

 相手は化け物とはいえ、生き物である。魔物退治といえば聞こえはいいが、要は生き物同士の殺し合いである。勝ったって気分はよくなかったが、こうしてシエスタからムニュッとされると、嫌な気分も吹き飛んだ。
 そんな二人の周りに、三人の魔法少女が集まってくる。

「ねえ、サイト……」

 ルイズがジトッとした目つきで話しかけた。

「今日も凄い剣士ぶりだったけど……今日は、何を考えてたの?」

「……え?」

「ほら! 土くれのフーケの時は、彼女の胸を思い浮かべた、って言ってたじゃない!? で、今は? オーク鬼が相手じゃ、楽しい想像なんて出来なかったはずだけど……」

 御主人様の追求である。才人は正直に、しかし彼女の機嫌を損なわないよう、慎重に答えた。

「あ、ああ。だから今回は、これまでの経験を駆使して……」

「そうですよね! サイトさん、今まで色々、がんばってますからね! 私、サイトさんを見ていると、いつも感激しちゃうんです! 平民でも、こんなに……」

「ちょっと、シエスタ。あんた……意味わかってる?」

 キラキラした目で才人を見つめるシエスタを、ルイズが制止した。

「バカ犬が言ってるのは……これまで目に焼き付けた女性のハダカを思い出してた、ってことよ?」

 その通りだった。
 オーク鬼と対峙した時。才人は、敵を見ていなかった。
 ルイズに指摘されて、あらためて、その際の脳内映像が再生される。
 ハルケギニア初日の、美少女ルイズの全裸姿。三日目に見た、栗毛少女の裸マント。つい先日の、ミス・ロングビルの片乳ポロリと、その後の裸ロープ。
 それらが今ふたたび、才人の脳裏に鮮明に浮かんだ。まるで走馬灯のように……。

(……あれ? 本日のサービスシーンって、ただの総集編? っていうか、走馬灯!? それって……)

 ハッとする才人。
 目の前では、ルイズがニコニコしていた。

「シエスタ、こっちおいで」

「はーい」

 スススッと移動するシエスタ。いつのまにか、ルイズと同じ表情になっていた。

(あ……)

 こうして。
 才人は、軽く黒コゲになった。
 ルイズにとっては、これも爆発魔法の程度調節の訓練……なのかもしれない。

########################

 あらためて。
 塔を見上げて、一同は相談する。

「最上階」

 タバサが指し示したのは、高い塔の先端部分。そこに宝があると地図には記されていたが、彼女が言いたいのは、そういう意味ではないらしい。

「ああ、なるほどね」

 ルイズが気づいた。かつて魔法で失敗してばかりだった彼女は、その分、座学を頑張った。だから、GS関連の知識は人一倍だった。

「どういうこと?」

 キュルケが素直に聞いてきたので、丁寧に説明する。

「よく見てごらんなさい。ここの領主の趣味だったんだろうけど……てっぺんが変な形してるでしょ?」

 この塔に住んでいた領主が、なるべくユニークなデザインにしようということで、複雑な多層構造を取り入れたらしい。しかし貴族のくせに、魔法や霊力に関する知識が疎かったのだろう。偶然、最上階が魔力を集めるアンテナになってしまったのだ。

「……つまり、オーク鬼たちが引き寄せられたのも、それが原因ってことか?」

「そーゆーこと。バカ犬でも判ったってことは、みんな理解できたわね?」

 一同が頷く。

「でもよ? それじゃ、またさっきみたいな連中が来るってことか……?」

「だから! そこに着いたら、宝をもらうついでに、部屋は壊しちゃうの! そうすれば、もう魔物も来ない。ここは平和な村になるわ!」

「いや、そうじゃなくて。まだ中に、何かいるんじゃ……?」

「まあ! 怖いです、サイトさん……」

 シエスタが才人にしがみつく。
 だが、タバサが首を横に振った。

「……大丈夫。中にいるのは、もう小物ばかり」

 いない、とは言わないタバサであった。

########################

 ゴーッ……。

 タバサのシルフィード2号を先頭にして、五人は塔の中を進んでいく。
 オーク鬼の子供やら、才人には何だか判らない魔物やら、時々出てくるが、すべてシルフィード2号が吸い込んでしまう。これが、この韻竜の特殊能力だった。

「こんな便利なもんがあるなら……さっきも使えばよかったのに」

「相棒はバカだな。なーんも判っちゃいねえ……」

 才人の手の中で、剣が持ち主に答えた。先ほどの戦闘中は沈黙を貫いていたが、今は余裕があるから、黙っていられないのだろう。

「……ぁあ? どういうことだ?」

「魔法の修業」

 剣ではなく、前を歩くタバサが返事をくれた。
 使い魔で簡単に片づけてしまっては、『GSの実地研修』にならないということだ。

「あれ? じゃ……今は?」

「今度は、使い魔を使役する修業」

 なるほど。タバサは韻竜大暴走が名物になるほどの少女だ。たしかに、その訓練も……。

「え?」

 顔色が変わる才人だが、彼だけではない。ルイズとキュルケが、顔を見合わせた。

「タバサ!? このシルフィード……使いこなせるのよね!?」

「暴走しないわよね!? あたしたちまで吸い込んだりしちゃ、やーよ!?」

「……大丈夫」

 タバサは、静かに振り返った。

「今は一匹しか出していない」

 それだけ言うと、また前を向いた。
 確かに、今は2号しか使っていない。先ほどとは違って、シエスタを空中避難させているわけでもなかった。シエスタは、才人の背中に隠れるようにしながら、同行しているのだ。

「私を信用して」

 小声でつぶやくタバサ。彼女だって、ちゃんと考えているのである。

########################

「あら……?」

 最上階まで辿り着いたところで、キュルケが声を上げた。三人の魔法少女が身を固くする。
 構造上ここが狭くなっているのは外からでも判っていたが、それにしても小さい部屋だ。四方の壁は、レンガのような一定の大きさの石を積み重ねたもの。採光用の小窓が一つあるだけの、薄暗い場所だった。
 才人はキョロキョロしてしまうが、ルイズたちの表情は険しい。

「何やってんの、バカ犬?」

「え? いや、御主人様たちこそ……どうした?」

「ああ、そうね。バカ犬には見えないのね……」

 才人を見もせずに呟くルイズ。ルイズもキュルケもタバサも、正面の壁の一点を見つめている。

「相棒! 意識を高めろ! 心を震わせろ!」

「ああ? お前には……何か見えてんのか?」

「当然! 俺っちは魔剣デルフリンガー様だぜ!」

 剣に言われて、気持ちを高ぶらせる才人。目の前には三美少女の後ろ姿があり、斜め後ろからは黒髪巨乳がしがみついているのだ。心を震わせるのも、容易だった。
 すると。

「な、なんじゃこりゃあ!?」

 才人にも見えてきた。
 彼らの正面に、人の顔のような物がボーッと浮かんでいる!

「ど、どうしたんですか!? み、皆さん……何が見えてるんです!?」

 シエスタがガタガタ震えているが、才人にも説明できない。
 冷静に呟いたのは、タバサだった。彼女は、地図に書かれた名前を覚えていたのだ。

「……ベト・トロワ・ラ・モティキュール・ド・ラ・オーグル。ここの主人」

 死んだはずの領主、つまり幽霊である。
 才人は今、ハルケギニアへ来た日にルイズから聞いた話を思い出していた。

(この世界には貴族と平民の区別があり、貴族は皆、魔法が使える。そして魔力を持つが故に、霊や魔物を、平民よりもハッキリ見ることが出来る……)

 いわゆる『除霊』をするのも貴族。魔法で妖怪や悪霊と戦う貴族——ハルケギニアのエクソシスト——を、人々はゴーストスイーパーと呼ぶのだ。
 
(だからシエスタには見えないわけか……)

 才人は魔法使いではない。だが、左手の力のおかげで見えるのだ。いや見えるだけではない。集中すれば、その声まで聞こえてきた。

『んぐおーっ! なめとったらあかんどーっ! どあーっ!』

「うるさい!」

 ルイズの爆発魔法が炸裂。魔法使いがGSである以上、この世界では、霊に魔法が通用するらしい。ベト・オーグルは早くも半分、消滅した。それでも威勢は変わらない。

『おんどれワシを誰やと思てけつかんどんねん! この村を治めるベト……』

「その残りカスでしょうが」

 今度はキュルケの火炎魔法。さらに半分になった。

「だいたい……あんたが死んだのって、かなり昔でしょ!? ここがオーク鬼に襲われる前のはず……」

「武闘派の領主だった……って話よね? 隣の領地との抗争で死んだ、戦場で死んで満足だったんじゃないか……って。それなのにまだ成仏できないってことは……よっぽどの未練があるのかしら?」

 ルイズもキュルケも、一応、ここの情報は頭に叩き込んでいた。そして。

「……たぶん、お宝」

 タバサが誰よりも的確な推理を披露する。
 ルイズとキュルケが、顔を見合わせた。

「ここで頑張ってたってことは……」

「……その壁の向こうに、宝があるってことね!?」

『な、何もないわい!』

 否定する幽霊オーグルだが、あからさまに怪しかった。

「……シルフィード2号」

『うわーっ! やめろーっ!』

 タバサに命じられ、幽霊を吸い込もうとする韻竜。それに抵抗する幽霊。
 そんな駆け引きを横目に、ルイズが魔法で壁を壊す。はたして、隠し部屋があった。

『わーっ! 見るなーっ!』

 徐々に韻竜の口に近づきながら、幽霊は必死に叫んでいた。もちろん、誰も言うとおりにはしない。
 皆で秘密の小部屋に入る。そこは書庫だった。壁一面の本棚だ。

「何?」

「魔法研究の……貴重な資料かしら?」

 適当に一冊、手に取ってみるルイズ。その題名は……。

「『ベト・トロワ・ラ・モティキュール・ド・ラ・オーグル愛の詩集第568巻』?」

「『愛……それは僕の心をせつなくぬらす朝露の輝き……』」

 キュルケも別の一冊を読み始めた。

「何、これ?」

『知らん! わしゃ知らん!』

「知らないわけないでしょ? あんたの隠し部屋から出てきたのよ?」

「もしかして……これを世間に知られるのが恥ずかしくて、成仏できなかったわけ?」

 ルイズとキュルケが二人で幽霊を責め立てる間に、タバサも読み始めていた。

「『夢で出会ったスイートハート、君はいったい誰?』……。うぷぷ」

 いつもは無表情なタバサが、珍しく笑っている。

『やめてくでーっ! 読むなーっ!』

「ベト・オーグル、あんた……」

 もう魔法も必要なかった。
 
「……バカだわ!」

『ぐわわーっ! あ……あ……』

 ルイズが断言した瞬間、よりどころを失ったかのように、幽霊は韻竜に飲み込まれた。

「……というわけで悪霊は片づいた。もう安心していいぞ、シエスタ」

 見えないシエスタに解説する才人。だが、見えない者のほうがよく見えるというのは本当だったらしい。

「では……結局、その素人詩集が、ここのお宝だったんですか?」

「あ……」

 シエスタの一言で現実を思い知らされ、脱力する一同であった。

########################

 その晩、五人は除霊した塔に泊まった。昔の領主の屋敷であるため、部屋数だけは多い。まだ使える部屋も幾つかあったのだ。
 最上階を魔法で吹き飛ばしたので、もう新たに魔物が寄ってくることもなかった。ついさっきまで幽霊屋敷だったところに宿泊するのも複雑な気分ではあったが、野宿するよりはマシと思われた。

(ルイズは……もう寝たみたいだな)

 各人が適当に部屋を選んだが、才人は学院と同じく、御主人様と同室である。借り物のベッドでルイズが寝息を立てるのを確認してから、一人、部屋を出た。そういう気分だった。
 塔からも出て、さらに歩く。昼間魔物退治をしたので、もう近辺に危険はないと思った。少し離れた草地まで来たところで、そこに横になった。手足を大きく広げて、仰向けに寝転がる。

(大自然の夜空だ……)

 夏休みに田舎へ遊びに行って、そこで眺めた夜空。それも、こんな感じだった。
 でも、ここは地球ではない。ハルケギニアという、まったくの異世界。今日の昼に魔物や幽霊と戦ったように、言わばファンタジーの世界だった。それが、この世界では現実だった。

(今頃みんな……どうしてるのかな)

 もとの世界の家族や友人の顔が、頭に浮かんだ。たぶん、もう二度と会うこともない人たち……。

「サイトさん……?」

 才人の視界に、突然シエスタが入ってきた。考え事をしていたので、彼女の接近に気づかなかったようだ。

「風邪ひきますよ、こんなところで寝てると」

「ああ……。ありがとう」

 シエスタは、毛布を抱えていた。そして、パジャマ姿だった。チェックの柄のパジャマだ。メイド服やドレス姿以外のシエスタを見るのは、初めてだった。

「隣……いいですか?」

「うん……」

 彼女はバサッと毛布を広げると、それを才人にかける。才人があれっと思う間もなく、同じ毛布の中に入ってきた。

「シ、シエスタ……?」

「ごめんなさい。あとをつけてきちゃいました。せっかくだから……こうやって二人で、お話したくて」

 シエスタの両腕が、才人の左腕を抱え込む。もう「あたってます」どころではなかった。女の子は、寝るときはブラジャーをしないらしい。もはや「はさまってます」だった。

「……あ。でも、勘違いしないでくださいね」

 まるで才人の思考を読んだかのごとく。

「別に……はしたない真似をしようとか、そういうんじゃなくて……」

 月の光に照らされて。

「ただ、こうして一緒に居たいだけですから」

 シエスタは、なんだか色っぽかった。
 それでも。

「うん、わかってる」

 シエスタが本心からそう言ってるのだと思えたから、才人は、いやらしい気持ちには成れなかった。心を落ち着けて、シエスタの顔を見る。すると。

「あ! ちょっと……動かないでくださいね?」

 シエスタが顔を寄せて。

 ペロッ!

 才人の目元を舐めた。

「え? い、いったい何を……」

 才人が動揺しているうちに、彼女は反対側も舐める。それから顔を戻して、恥ずかしそうに。

「ごめんなさい。両手が塞がっていたから……」

 だから舌でぬぐったのだ、と言いたいらしい。才人の疑問は別のものだったが、その答も、シエスタの口から続いていた。

「サイトさん……また、泣いてたんですね?」

「あ……」

 言われて気づいた。遊園地の時と同じだ。知らないうちに涙を流していたのも、それをシエスタに拭いてもらったのも。
 男の子としては、女の子に泣き顔を見られるのは恥ずかしい。だから、つい弁解してしまう。

「なんだかさ、急に故郷が懐かしくなって……」

「まあ!」

 才人は、自分が異世界から来たことを隠してはいない。それを信じる者は多くなかったが、御主人様であるルイズは、信じているはず。そしてシエスタも、もちろん。

「……サイトさん、帰りたいんですか?」

「わかんね」

 帰りたくない、と言えば嘘になる。でも、郷愁が強いわけではない。なぜ今、こんな気分になっていたのか……。

「あ!」

「どうしたんです?」

「シエスタ、おいしかったよ。さっきのシチュー」

 今日の夕食を作ったのは、シエスタである。うさぎや野鳥や山菜など、材料の調達は皆でおこなったが、それも彼女が指導したのだった。
 そのシチューは、シエスタの村の郷土料理なのだという。そして、今にして思えば……才人が日本で口にしていた鍋料理の味だった。

「……それでさ。ちょっと思い出しちゃったのかもしれない」

「そうなんですか……」

 シエスタが微妙な顔をする。才人が料理を気に入ってくれて、彼女も嬉しいはずだ。でも、その料理のせいで才人が故郷を想って泣いたのであれば、彼女は悲しいのだろう。
 だから、才人はシエスタを安心させるように。

「ありがとうな。また……作って欲しいな」

「……はい!」

 シエスタが笑った。うん、シエスタは笑っている方が可愛い。当然のことを、才人は思った。

「あの……サイトさん? 前々から聞きたかったんですけど……サイトさんの国って、どんなところなんですか?」

 ある意味、いい機会だ。聞く方にとっても、答える方にとっても。

「そうだな……。月が一つで、魔法使いがいなくって……」

 シエスタが目を丸くした。

「サイトさんじゃなかったら、からかってると思うところだけど……。サイトさんが嘘言うはずないですもんね。信じます、その話」

 それから彼女は、目を輝かせた。

「でも……すごいなあ。まるでファンタジーですね」

 違うよ、シエスタ。俺にとっては、ハルケギニアこそがファンタジーなんだよ。そう思ったが、才人は口にしなかった。代わりに、思い出せる限りで、才人の世界について話した。
 魔法の代わりに科学が発達していること。だから貴族や平民という区別はないこと。魔物や悪霊もいないこと……。
 シエスタは、一生懸命に聞いている。大ざっぱな話などすぐに尽きて、途中からは具体的な話に——明らかに背景説明の足りない話に——なったが、それでも、彼女は熱心に聞いてくれた。
 そして、才人の話が途切れたところで。

「いいなあ、サイトさんの世界。私も行ってみたいな……」

 そう言いながら、ギュッと腕に力をこめた。ただでさえ密着していた才人の左腕が、彼女の柔らかな双丘に深くめり込んだ。

「もしもサイトさんが帰る時は……私も連れてってくれますか?」

「……え?」

 既に才人は、帰還の魔法はないとルイズから聞かされていた。召還魔法は一方通行だというのだ。だから、帰ることは難しいと思う。万一可能だとしても、それは不可逆であろう。シエスタを連れて行ったら、たぶん、今度はシエスタがハルケギニアに戻れなくなる……。

「いいんです。どうせ……私、故郷には帰りづらいですから」

 その言葉で、才人はシエスタとの出会いを思い出した。
 シエスタは、奉公すべき貴族の学校に辿り着けなくて、ルイズと才人に拾われたのだった。当時の才人は、ハルケギニアにおける身分の差というものを理解不十分だったが、今ならば、よく判る。
 結果だけ見れば、シエスタは、貴族に仕える約束を勝手に無視した事になるのだ。お咎めなし、というわけにはいかない。最悪の場合、家族にも累が及ぶかもしれない……。

「だけど……帰れないわけじゃない。帰りづらいのと、帰れないのとは、違うよな……」

 しまった、と才人は思った。口に出すつもりはなかったのだ。
 でも、シエスタは気にしない顔をしていた。才人は、少しホッとした。

「そうですね。サイトさんの言うとおりです。家族も心配しているかも……」

 今度は、シエスタが語る番だった。

「あのね? わたしの故郷も素晴らしいんです。タルブの村っていうんです。ブドウ畑くらいしかない、辺鄙な村なんですけど……とっても広い、綺麗な草原があるんです」

 今、シエスタの瞳には才人の顔が映っていた。でも、彼女の脳裏には、故郷の景色が浮かんでいるのだろう。

「……春になると、春の花が咲くの。夏は、夏のお花が咲くんです。ずっとね、遠くまで、地平線の向こうまでお花の海が続くの。今頃、とっても綺麗だろうな……」

 シエスタの目の焦点が、才人に向けられる。

「サイトさんに見せたいな、あの草原。とっても綺麗な草原。……あのね、サイトさん?」

「な、何?」

「私が一人で帰りづらかったら……。一緒に行ってくれますか?」

「うん」

「……ありがとう」

 シエスタの目が潤む。故郷を思い出したから、だけではないのだろう。それくらい、才人にも理解できた。
 そのまま、シエスタが目を閉じる。その意味も、理解できた。
 だから。

 チュ……。

 二人の唇が重なった。
 才人にとっては、人生で二度目のキス。でも一度目は『契約の儀式』だったから。

(そう考えると……。これが本当のファーストキス……ってことか?)

 ファーストキスから始まる、二人の幸福ストーリー。
 恋の歴史というほど、まだ積み重ねはない。
 それでも、たしかに、この時の二人は幸せであった。

########################

 数日後の夜。
 一行は、放棄された寺院の中庭で焚き火を取り囲んでいた。この寺院の奥には祭壇があり、祭壇の下には、かつての司祭が隠した秘宝『ブリーシンガメル』があるという話だったのだが……。

「で、その秘宝ってこれ?」

 キュルケが、恨めしそうに口を開いた。彼女の視線が向けられているのは、真鍮で作られた安物の装飾品だ。

「私に文句言わないでよ。帰ってからオールド・オスマンに言ってよ」

 ルイズも機嫌が悪い。タバサは黙って本を読んでいるが、彼女だって物語に没頭しているのか、内心の不満を我慢しているのか、不明である。

「だって、これで七件目よ? 地図をあてに苦労して行っても、見つかるのはガラクタばっかり!」

「うるさいわね。腹立ってんのは、あんただけじゃないのよ! 廃墟や洞窟は魔物や悪霊の住処になってるし……これじゃタダで除霊させられてるようなもんじゃない!? 私はタダ働きは嫌いなの!」

 険悪な雰囲気が漂った。才人は、ここで何か言えば二人の怒りの矛先が自分へ向くのではないかと考え、固く口を閉ざしていた。

「まーまー。おなかが減ると、機嫌も悪くなりますよね。ほら、みなさん、お食事ができましたよ!」

 シエスタが焚き火にくべた鍋からシチューをよそって、めいめいに配り始めた。たしかに、いい匂いが鼻を刺激する。それも、記憶にある匂いだ。条件反射で涎が出そうなくらいだ。

「これ……最初の日と同じヤツ?」

「はい、ミス・ヴァリエール! 私の村に伝わるシチューで、ヨシェナヴェっていうんです」

 チラッとシエスタが才人を見る。才人はドキッとした。あの夜のことを思い出したのだ。
 もちろん、才人はシエスタに『手を出した』わけではない。抱き合ってキスしただけだ。それでも、才人にとっては十分オオゴトであった。
 シエスタの柔らかな唇を彼が堪能したのは、あの最初の晩だけである。ああやって外で二人きりになったのは半ば偶然であり、あんなムードになることも滅多にない。才人は、そう考えていた。

「サイトさん、おいしい?」

 いつのまにか、シエスタが隣で微笑んでいた。シエスタは、才人が「また作ってね、シエスタのシチュー」と言ったのを覚えているのだ。彼女の目が、そう告げていた。
 笑みを返しながら、才人は、ふと思った。

(もしかして……これ、イエス・ノー・シチュー? 今日も……俺たちキスするのかな?)

 勘繰り過ぎであった。

########################

 食事のあと、キュルケが宣言した。

「次で最後にしましょう!」

 ルイズが頷いた。
 タバサも頷いた。
 才人はシエスタを見ていた。
 シエスタは「私は貴族さまに従います」という顔をしていた。

「それじゃ……真剣に選ばないとね!」

 ルイズがキュルケの方ににじり寄って、二人で目を輝かせて地図を覗き込む。そして、一枚の地図を選んで、地面に叩きつけた。

「これにしましょう!」

「そうね。よさそうな感じだわ」

 二人の意見が合致したらしい。タバサも声をかける。

「……なんというお宝?」

 ルイズとキュルケが、声を揃えて振り返った。

「『竜の羽衣』!」

 シエスタがブホッと吹き出した。給仕をしていた彼女は、まだシチューを食べていたのだ。が、ちょうど才人と向き合っていたため、彼の顔にかかってしまった。というより、才人はポカンと口を開けていたので、ちょっと口に入ってしまった。

「ご、ごめんなさい」

「いや、シエスタの口から出たものだから平気! むしろ大歓迎!」

 ちょっとアブノーマルなセリフだが、シエスタは気にせず才人の顔を拭く。小声だったので、さいわい他の者には聞こえていない。
 それから、ルイズたちに向かって。

「『竜の羽衣』って……ホントですか?」

「なによシエスタ。知ってるの? 場所はタルブの村の近く、って書いてあるけど……」

「タルブの村!?」

 今度は才人が反応した。ルイズが怪訝な顔をする。才人はハルケギニアには詳しくないはずなのだ。

「い、いや! シエスタから教えてもらったんだよ! な?」

「はい。だってタルブの村は……私の故郷なんです」

 ルイズが黙った。シエスタの境遇を考えたのかもしれない。
 しかし、キュルケは身を乗り出してきた。

「あら? それじゃ、この『竜の羽衣』についても知ってる?」

「はい。それは……うちの家で管理している物ですから」

 これは才人にも初耳の話である。
 皆がシエスタに注目した。
 平民のシエスタは、自分が主役になるのに慣れていない。ポツリポツリと語り出した。

「今でこそ『竜の羽衣』なんて呼ばれていますが……元々は、村を襲う化け物だったんです」

########################

 今から数十年以上の昔。
 タルブの村の上空に、それは出現した。
 人々は、それを『モー・トゥス・ドゥーユ』と呼んで、恐れた。
 誰も見たことがない、緑色の竜だった。まっすぐに横に伸びた翼は、まるで固定されたように羽ばたきを見せない。それでも、信じられない速さで空を駆けていた。

「その竜のブレスは、普通のブレスじゃなかったそうです。鉄の塊だったと言われています」

「鉄を吐く竜? もしかして……韻竜の一種?」

 タバサが興味を持ったらしい。

「わかりません。ただ、その鉄のブレスを受けた者は、無惨に飛び散るだけだったとか……。田畑は荒され、人々も逃げ惑うばかりで……」

 そんな世紀末な状態に、一人の救世主が現れた。見慣れぬ格好の彼を、村人は、東方から来た賢者だと思った。
 その男は言った、竜は悪者に操られているのだ、と。自分が悪の支配から解き放ってみせる、と。
 そして、本当にそれを実行してしまった。大人しくなった竜は、その後、彼によって封印される。彼は、封印の意味で村の近くに寺院を建てて、その管理のため、タルブの村に留まった。

「あれ? さっきシエスタ、うちの家で管理してる……って言ったわね?」

 ルイズの指摘で、シエスタは照れくさそうに笑った。

「はい。実は……その人物が、私のひいおじいちゃんなんです」

「え? それじゃ、シエスタって……偉い人の末裔!?」

 驚いたように口を挟む才人。しかしシエスタは、両手をバタバタさせて否定した。

「違います! 私は、ただの平民です! ひいおじいちゃんも、村の人からは賢者扱いされてましたけど、別に魔法が使えるわけでも何でもなくて……。遠い遠いところから来た、ただの旅人だったそうです」

 これでシエスタの説明は終わりだった。
 少しの沈黙の後、キュルケがつまらなそうに口を開く。

「じゃ、その『竜の羽衣』って……化け物の死骸なの?」

「よくわかりません。生き物とは思えない硬さですから……たしかにマジックアイテム扱いされても不思議ではありません。もう飛べないそうですけど、いつかまた飛べる日が来るかもしれない、ってことで、ひいおじいちゃんは貴族にお願いして『固定化』の呪文までかけてもらったそうです」

「なるほどね。でも……それじゃ、どうせ持ち出せないのよね? 封印されてるんでしょ? なんで宝の地図に記されてるのかしら?」

「あ! 一応、その寺院には『試練』が用意されていて、それをクリアーした者に『竜の羽衣』は譲られることになってるんです。……それが、ひいおじいちゃんの遺言なんです」

 キュルケとルイズが顔を見合わせた。なかなか面白そうな話になってきたのだ。少なくとも、これまでのようなガラクタとは違う。

「……決まりね」

「そうね。それで最後にするかどうかはともかく……行ってみる価値はありそうだわ」

 こうして、次の目的地はタルブに決定。
 ひょんなことから里帰りすることになり、シエスタは複雑な顔をしていた。そんな彼女に今どんな言葉をかけるべきか、才人には思いつかなかった。

########################

 翌日。
 才人は目を丸くして、『竜の羽衣』を見つめていた。
 ここはシエスタの故郷、タルブの村の近くに建てられた寺院である。なるほど、封印の寺院なのだろう。『竜の羽衣』を包み込むように建てられていた。
 その寺院は、才人に懐かしさを覚えさせた。丸木が組み合わされた門の形。石の代わりに、板と漆喰で作られた壁。木の柱。白い紙と、縄で作られた紐飾り……。
 そして、中央に鎮座した『竜の羽衣』。『固定化』のおかげか、どこにも錆は浮いていない。作られたそのままの姿を見せていた。

「サイトさん、どうしたんですか? わたし、何かまずいものを見せてしまったんじゃ……」

 あまりにも才人が呆けたように見ているので、シエスタが心配そうに声をかけた。
 しかし才人は答えない。ただ感動したように『竜の羽衣』を見つめるばかり。
 他の三人も、才人ほどではないが、興味深そうに眺めていた。
 だが。

「そこで何をやっているのです?」

 突然、声をかけられて、五人は振り向いた。
 入り口に女性が立っている。逆光で表情も判らないが、何か叱責しているようだ。

「ここは私の家が管理している寺院です。一般公開されていますが、入る前に、うちに来て、まず一言いってもらわないと……」

 そこで彼女の言葉が止まった。五人の中に、見知った者がいたらしい。

「シエスタ!?」

「お母さん……!」

 彼女の胸に、シエスタが飛び込んでいく。女性は、シエスタの母親だったのだ。

########################

 才人たちは、シエスタの生家に連れて行かれた。シエスタの奉公先の貴族とその仲間たちということで、シエスタの家族に紹介された。
 父母に兄弟姉妹たち。シエスタは、八人兄弟の長女だった。久しぶりに家族に囲まれたシエスタは、幸せそうで、楽しそうで、才人は少しうらやましく思った。

(帰りづらいなんて言ってたけど……やっぱり家族なんだな)

 今夜は泊まっていってくれと言われ、ルイズたちも頷いていた。だが、まだ夜までは時間があった。それに、ここへ来た目的を果たしていない。
 一行は、寺院へ戻ろうとする。家族団らんのシエスタは置いていこうとしたのだが。

「私も行きます!」

 案内役として、シエスタも同行を申し出た。

########################

「これが試練……?」

「はい。なんでも……選ばれた者ならばプレートに刻まれた文字が読めるはず、とのことで……」

 ルイズとシエスタの会話で、才人もそちらに目をむけた。先ほどは『竜の羽衣』に目が釘付けで気づかなかったが、よく見れば、隣には黒い石盤が置かれていた。

「文字……? ただの装飾じゃないの?」

「……古代のルーン文字でもない」

 キュルケとタバサの意見だ。三人のGSでも読めないらしい。
 しかし、才人は違う。

「なあ、シエスタ。これ……お前のひいおじいちゃんの墓も兼ねてるんだろ?」

「はい。死ぬ前に自分で作った墓石だそうで……」

「サイト? もしかして……あんた読めるの!?」

 ルイズが気づいた。そうでなければ『墓』であるなどと判るはずがない。

「ああ。『海軍少尉佐々木武雄、異界に眠る』って書いてある」

「異界って……まさか!?」

 さすが才人の御主人様、話が早い。

「そうだ。シエスタのひいおじいちゃんは……俺の世界の人間だ」

 だからシエスタは黒髪だったのだ。だからヨシェナヴェは日本の味がしたのだ。

「そして、この『竜の羽衣』は……」

 あらためてそれを見上げて、ソッと左手で触れた。才人の手が輝く。

「サイト!? もしかして……」

「……俺の世界の武器だ。ゼロ戦っていう、昔の戦闘機」

 それから、ちょっとした冒険が始まった。
 墓に付記された注意書きに従い、才人は、左を向いて突き進む。壁に突き当たると、そこに文字が書かれていた。ハルケギニアの人間には、これも傷か飾りに見えたかもしれない。理解できない文字は、文字だと認識されないのだ。

「今度は……壁に左手をあてたまま十歩進んで、足下を見る」

 人によって歩幅は違うわけだが、五人でやれば大丈夫。才人は次の指示を発見した。

「石畳を外して、八、一、三を押す」

 敷き詰められた岩のプレートが一つ、外れる仕組みになっていた。中には、数字付きの棒がある。指定された順番で押すと、ゴーッと音がして、三つ隣のプレートが動き出した。
 地下に続く階段が出現する。

「何、あれ?」

「隠し通路だわ!」

「……宝探しの定番」

 三人の美少女が駆け込んだ。

(昔の日本人が、ハルケギニアで頑張って作ったカラクリ仕掛け……)

 少し胸が熱くなりながら、才人も続いた。その腕には、シエスタが掴まっている。

「ここが……終点のようだな」

 小さな倉庫だった。
 古ぼけたゴーグルや、よくわからない機材があった。『竜の羽衣』の整備パーツだろうか。

「いや、これは……ビデオカメラ?」

 数十年前の日本に、そんなものがあっただろうか。一瞬疑問に思ったが、考えてみれば、昔だってニュース映像があるのだから、似たような機械は既に存在していたはず。

「ああ、とりあえず……これを見ればいいのかな?」

 才人が指さしたのは、古いタイプの映写機だ。そこには、既にテープもセットされていた。
 電源はどうなっているのか、才人には判らなかった。充電池か発電装置のようなものと接続されているのか、あるいは、貴族に『固定化』呪文を頼んだように、こちらの世界の魔法技術が使われているのか。ともかく、スイッチを押すと、機械は動き出した。
 ジーッと音がして、テープ・リールが回り始める。白壁がスクリーンとなって、そこに人影が浮かんだ。

「幽霊!?」

「……でも霊気は感じない」

「そうだ。これは記録映像。本人はとっくに成仏して、この世には留まっていねーだろーな」

 シエスタの曽祖父が、自分で自分を撮影したのだろう。映像の中の男が、話し始めた。

『これを見ている者がいるということは、他にも、この世界に迷い込んだ者がいるということ。その者があれを陛下にお返ししてくださると信じて、私は、このような仕掛けを残しました』

「陛下って、どこの国の陛下なのかしら……?」

「しっ、黙って!」

 誰かが口を挟んだが、別の者に止められた。これは一方的な記録メッセージなのだ。ちゃんと耳を傾けていなければ、どんどん先に進んでしまう。

『私がこの世界に迷い込んだ経緯の一部をお伝えしましょう。この村と我が愛機と……そのために死んだ者の経緯を……』

########################

 佐々木武雄は海軍少尉であり、ゼロ戦のパイロットだった。当初ゼロ戦は、航続距離、武装、格闘性能など、どれをとっても敵軍戦闘機を遥かに上回っていた。
 そのため、機体情報を入手しようという試みが為されるのも不思議ではなかった。秘密裏に潜入する連合国のスパイ。連合国側がゼロ戦を超える機体を開発し、もう必要なくなった頃にようやく情報を手に入れる間抜けなスパイもいた……。

「誰だ、貴様!?」

 その日、佐々木は、自分の愛機に近づく不審な人物を発見した。整備員のような格好をしているが、佐々木は騙されなかった。これは……敵軍に協力するスパイだ!
 男はコクピットに乗り込むところだった。男に続いて飛び込んだ佐々木は、愕然とする。

「貴様、何をした!?」

「うるせえ! 邪魔なものをどけただけだ!」

 座席の後ろには、本来馬鹿でかい無線機が積んであった。が、いつのまにかそれが取り外されていたのだ。代わりに、見慣れぬ機械があった。スパイ男が諜報活動で使っていた機材を持ち込んだようだった。

「貴様!」

 佐々木は腰の拳銃を引き抜いて男を撃とうとしたが、男が妨害する。佐々木を振り落とさんとして、ゼロ戦を発進させた。
 空母甲板から飛び立つ戦闘機。コクピットの中で男二人が揉み合ううちに……。

「なんだ、ここは!?」

「てめえ、何しやがった!?」

 いつのまにか、戦闘機は見知らぬ世界に迷い込んでいた。日本でもアメリカでもない、平和な花畑だった。

「とにかく……おとなしくしろ!」

「畜生! てめえのせいだ!」

 低空を滑る戦闘機。その風で、無数の花が舞い散った。
 その時、佐々木は思った。ここは戦争とは無縁の世界なのだ、と。
 だが、そんな感傷が隙となったのか。ついに佐々木は振り落とされてしまった。

「くっ!」

 低い位置だったのが幸いした。花のクッションにも助けられ、一命を取り留めた。左腕は激しく痛み、肩も上がらなかったが、それだけだった。

「……俺は軍人だ」

 佐々木は、御国のために戦ってきた。ここは、あきらかに彼の国ではない。だが、平和な世の中を守ることこそ、軍人の使命である。

「俺は……あれを止めなければならない」

 スパイ男は混乱して、取り乱しているようだ。ゼロ戦の機銃が火を吹き、のどかな山村を荒していた。
 彼の愛機が、今、平和を乱す怪物と化している。彼には、許せなかった。

「俺の責任だ。俺が……この世界に持ち込んでしまった災厄だ」

 佐々木は立ち上がった。少し離れたところに、彼の拳銃も落ちていた。ちょうど、それを手に取った時。
 まるで彼の意志を察したかのように、ゼロ戦が方角を変えた。彼の方へ向かってくる。

「そんな銃で……戦闘機に勝てるものか!」

 風に乗って、男の叫びが聞こえた気がした。
 右手一本で、彼は拳銃を構える。機銃が掃射されるが、彼は無視した。そうそう人間一人を狙えるものではないのだ。

 ダダダダ……!

 弾は彼の左右を穿ったが、彼は無事だった。弾痕の列に挟まれて、彼はジッと立っていた。
 行き過ぎたゼロ戦が、ターンしてくる。今度こそ、と思っているのだろう。しかし、それは佐々木も同じこと。

 ダーン!

 佐々木の銃声が鳴り響いた。

########################

『……パイロットだけを撃ち抜かれ、我が愛機は墜落しました。しかし、胴体着陸のような形になり、機体に大きな損傷はありませんでした』

 佐々木のバトルストーリーが、終わろうとしている。

『ならば今度は平和利用を……。そんな考えも浮かびましたが、すぐに燃料も尽きてしまいました。もう飛ぶことも出来ません。飛べないゼロ戦は……ただの「竜の羽衣」です』

 映像の中の男は、いったん言葉を切り、目をつむった。再び目を開けた時、彼の顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。

『私が生き延びたことも、機体が無事に残ったことも、奇跡かもしれません。でも……それは、ただの奇跡ではありません。陛下の御加護があってこそ、と今でも思っています。だから……願わくば、いつの日か、あれが陛下にお返しされんことを……』

 そこで、映像記録は終焉を迎えた。
 少しの間、五人は黙ってしまうが、その静寂をタバサが破る。

「……わざわざ映像にしたのは無意味。書き残せば十分」

 身も蓋もない感想だった。

########################

 夕方、才人は、村のそばに広がる草原を見つめていた。夕日が草原の向こうの山の間に沈んでいく。こうやって夕日を眺めていると何だか危険な気がしたが、きっと気のせいだ。
 辺りは本当に、だだっぴろい草原だった。所々に花が咲いている。
 なるほど、シエスタが言ったとおり、綺麗な草原だった。シエスタの曽祖父が——この世界に迷い込んでしまったパイロットが——守った景色だった。

(そして彼は……この村に留まり、この世界の人間になったんだ。俺も……ハルケギニアの人間になるのだろうか?)

 草原を見つめ、遠く故郷へ想いを馳せている才人のもとへ、シエスタがやってきた。
 いつものメイド服とは違う、茶色のスカート。木の靴、そして草色の木綿のシャツ。お陽さまの香りが似合う格好だった。

「ここにいたんですか。お食事の用意ができましたよ」

 才人を呼びに来たようだが、動かぬ彼を見て、その隣に並んだ。

「一緒に来てくださいって言ってたら、みんなで来ることになっちゃいましたね」

 目の前に広がる草原に向かって突き出すように、シエスタは両手を広げた。沈む夕日が、辺りを幻想的に染め上げている。

「この草原、とっても綺麗でしょう?」

「うん。でも……」

 それ以上、言葉は必要なかった。

「まあ、サイトさんったら!」

 才人の瞳が告げていたのだ、シエスタも同じくらい綺麗だよ、と。
 夕日に照らされて、シエスタの頬が赤くなる。唇も、いつもより艶かしく見えた。

「サイトさん……」

 吐息まじりに名前を口にしてから、彼女は目を閉じる。彼女が何を求めているのか、才人にも判った。それは彼が望むことでもあった。
 だから。
 優しく彼女を抱きしめて、唇を合わせた。
 無言の時間が流れる。
 風の音だけが二人を祝福していた。
 そして。

「そろそろ……行きましょうか?」

「うん」

 二人の顔が離れた時には、すでに夕日は沈んでいた。
 昼と夜の隙間の時間は終わり、夜になったのだ。
 家の方へと歩き出す二人。ごく自然に、手をつないでいた。

「サイトさんと一緒に……飛びたいな」

「そうだね」

 煮えた才人の頭ならば誤解したかもしれないが、今の才人は違う。落ち着いた幸福感に包まれていたので、間違えることもなかった。
 いやらしい話ではない。ゼロ戦の話だ。寺院の宝の伝承に従えば、そしてシエスタの曽祖父の遺言に従えば、才人こそが、あのゼロ戦の新たなる持ち主であった。
 しばらく黙って歩いてから。

「ところでさ……」

「なんでしょう?」

 指を絡ませてくる少女に対して、才人が話しかけた。

「大丈夫だった? 帰りづらいって言ってたじゃん、シエスタ。行くはずだった奉公先の話……問題なかった?」

「あ、そのことなら……」

 シエスタがクスッと笑った。

「まだ、ちゃんと説明してないんです。『竜の羽衣』の一件で、バタバタしちゃってましたから」

「そっか」

 もしも大きなトラブルとなっているのであれば、家族の方から話題にしてきたはず。それがないということは、たぶん大丈夫なのだろう。
 少女の笑顔を見ながら、才人は、そう判断していた。

########################

 夕食の後。
 ルイズと才人に用意された部屋へ、シエスタがやってきた。

「あの……お二人に話があるんです」

 夕方と同じ服装だ。だが、表情は全く違う。神妙な顔つきだった。その顔を隠すかのように、ガバッと頭を下げた。

「申しわけありません、ミス・ヴァリエール!」

 ルイズは怪訝な顔をする。謝られる心当りはなかった。

「どうしたの、シエスタ? とりあえず、顔を上げて」

「実は……お暇を頂きたく……」

 悲しい表情で、シエスタが説明を始める。
 家族にルイズたちを紹介した際、シエスタは『奉公先の貴族とその仲間たち』と言った。シエスタはルイズに奉公しており、他の者はルイズの友人と使い魔だからだ。ところが、これを家族は『シエスタが奉公している学校の生徒である貴族』と『その従者である少年』だと理解したらしい。

「あ! それじゃ……」

 ルイズが気づいた。これはまずい。

「はい。勤めるはずだった学校からは、時々、伝書フクロウが届くそうです。予定のメイドはどうした、って催促が。今回ミス・ヴァリエールたちを連れてきたので、家族は『学校に着いたからこそ、そこの生徒と一緒に来ることができた』とホッとしたらしいのですが……」

 ルイズは予定の学校の貴族ではないということで、家族は今、大慌て。もちろん貴族である以上、この家で歓迎することに変わりはないが、問題はシエスタの処遇である。

「おい、どういうことだ?」

 才人がルイズに尋ねた。少女二人は理解し合っているようだが、異世界人である才人には、まだピンとこなかった。いや、何となく想像できたのだが、自身の考えをルイズに否定して欲しかったのだ。

「つまりね。シエスタが行くはずだった学校が、別のメイドを雇ったなら、このままで良かったの。でも、まだ向こうがシエスタを待っているのであれば……」

「……私、そちらへ行かないといけないんです」

 ああ! 悪い想像が的中してしまった!

「でもよ!? 御主人様だって貴族だろ? 貴族の専属メイドを取り上げるような真似は……」

「無理ね。その考えは通用しない」

 ルイズが首を振った。

「私も貴族だけど……しょせん学生だわ。うちは一応、位の高い貴族だけど、でも実家を巻き込むのは難しいの。それこそ『たかが平民のことで』って言われちゃう。それに、そもそも向こうが先に決まっていて、私が横から、かっさらった形だから……」

 ルイズの説明が決定打となったのか。シエスタの目から、ポロポロと涙がこぼれた。

「私……サイトさんやミス・ヴァリエールと出会えて……本当に幸せでした。まるで夢のような日々でした……」

「平民の幸せなんて、夢のように……はかないものだもの……。目ざめた時ほとんどの夢が泡のように消えてしまうのと同じで、指から水がこぼれるように失われることも……」

「ちょっと待てよ!? それじゃ今までのことは、シエスタには、ただの夢だっていうのか!?」

 ハルケギニアには貴族と平民の区別がある。頭では理解しているつもりだった。が、才人は、初めて現実を突きつけられた気がした。

「ひどい話じゃないか!? てめえ……そこを何とかするのが貴族様ってもんじゃないのか?」

「そんなこと言われても……。というより、私に向かって『てめえ』とは何ごとよ!」

「まーまー。ここは抑えて……」

 泣きながらも、宥め役に回るシエスタ。健気な少女である。

「シエスタ……」

 落ち着いたルイズが、シエスタの手を取った。

「夢は、人の心に必ず残るものよ……。そして、いつか現実(ほんと)になるものなの。それが素敵な夢だったのなら、なおさらでしょ? 指から水はこぼれても、手のひらにはしずくが残るわ。それは本物の水でしょ?」

「ミス・ヴァリエール……」

 ルイズは上手いこと言っているつもりかもしれないが、才人は、強引な話だと感じた。でもシエスタが感動していたので、野暮なツッコミは出来なかった。

「行って、シエスタ! 予定の学校へ奉公しに行って……そっちを勤め上げた後、あらためてまた本当の主人とメイドになりましょう……!」

「ミ……ミス・ヴァリエール……! でも……そんなこと言われても……」

「俺だって……俺だって……別れたくないよ!」

 二人を見ているうちに、才人の目からも涙が溢れ出した。

「だから、さよならはナシだ! 行ってくれ、シエスタ!」

「サイトさん! でも……私だって本当は行きたくないんです! だから……」

「迷うことなんかないって……! 俺たち……ずっと待ってるから! ルイズだって……御主人様だって、他のメイド雇ったりしないから!」

「そうよ! 私の使い魔はサイトだけ、私のメイドはシエスタだけなんだから!」

「だからシエスタ、また会えばいいだけさ! だろ!?」

「サイトさん……! ミス・ヴァリエール……!」

 シエスタが、ガバッと二人に抱きついた。

「私……絶対戻ってきますから! 二人のところへ……すぐに……」

 それ以上は、言葉にならなかった。才人もルイズも、何も言えなかった。
 ただ三人で抱き合って、涙を流していた。

########################

 次の日の朝、シエスタは旅立っていった。父親も一緒だ。今度は迷わないように、父親が彼女を送り届けるのだ。
 まだ誰も起きないほどの早朝である。が、朝もや煙る丘の上から、シエスタの出発を見守る者がいた。
 本当は朝に弱いはずのルイズである。隣には、眠そうな目をこする才人もいた。

「いいの? シエスタ……行っちゃうわよ? 追いかけていかなくていいの?」

「いいも悪いもねーだろ。これがハルケギニアのしきたりだっていうなら、従うしかねーよ。それに……俺は御主人様の使い魔だ。御主人様をほっぽって、シエスタにくっついて行くわけにもいかねー」

 才人は寝不足の顔をしていた。

(無理もないわね……)

 彼は、朝までシエスタと二人で一緒だったのだ。
 これは、ルイズが気を利かせたのである。シエスタの家族に対しては、三人で朝まで語り合うという形にして、その実、ルイズはキュルケやタバサの部屋に泊めてもらったのだった。
 本当に二人だけにしてあげる為に、デルフリンガーもルイズが持参。三人で話し合っていた時は空気のようだったが、それでも魔剣はお邪魔虫に成りかねないとルイズは判断したのだった。
 なお、ルイズも何だかイライラして熟睡できなかったのだが、それは才人たちが気になったのではなく、キュルケと同室なのが不快だったのだ……と自分では解釈している。

(だけど……大丈夫よね?)

 ルイズは、才人とシエスタを信用していた。才人は犬ではあるが狼ではないのだ。それにシエスタもキュルケとは違う。年齢不相応な行為をするような、ふしだらな娘ではない。
 きっと、ずっと二人で語り合っていたのだろう。
 シエスタにかぎって、「貴族の学校に奉公したら、横暴な貴族に奪われちゃうかもしれません。だから、その前にサイトさんに……」なんて展開、起こらないはずだ。

(そうよね。ちゃんと信じてあげなきゃ……)

 変な想像をするのは、シエスタに対して失礼であろう。
 小さくなっていく後ろ姿を見ながら、ルイズはクスッと笑った。

「どうしたんだよ?」

 ブスッとした声で、才人が尋ねてきた。ルイズが笑顔を見せる。

「今ね、わかったのよ。予感」

 そう、ルイズはGSなのだ。才人とは違って、霊感がある。だから、断言できるのであった。

「シエスタ、すぐに戻ってくるわ! 私のカンは確かなんだから!」





(第五話「Leaving Beauty !!」完  第六話へ続く)

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(あとがき)

 本当は「ゼロ魔」でメロンおっぱいと言えばキュルケなのでしょうが、孤独な夜更けの星が綺麗なテラスということで、つい。……と言っても判る人はおられないかもしれませんが、誰も気づかないようなマニアックな小ネタも、パロディの隠し味です。
 さて、『フリッグの舞踏会』はこういう形で使いましたので、ダンスの相手も改変。さよならシエスタ物語の導入部にした以上は、やはりシエスタでないと。そして、さよならシエスタ物語である以上、いつもよりヒロイン扱いも高めにするべき、と考えて「ゼロ魔」原作七巻のキスイベントを参考にしようかと思ったのですが……。結局、この程度になりました。このSSではキュルケ誘惑シーンでキスさせてなかったので、二人目のキスはシエスタということに。
 今回も一応、記しておきますが、参考にした「GS美神」エピソードは、宝探し前半で『サバイバルの館!!』(お仕置きシーン)と『オフィスビルを除霊せよ!!』と『(特別読切)極楽亡者』、タルブ村で『スリーピング・ビューティー!!』。しずも編にしてはアッサリ終わってしまいましたが、今後もタルブ村が舞台になる場面はあると思うので、その際また利用するかもしれません。
 なお、もはや一発ネタではないものの「明らかにあり得ない設定」という意味で「チラシの裏」で続けてきましたが、ある程度受け入れられたのであれば(もう「明らかにあり得ない設定」とは言えないのであれば)、「ゼロ魔」板へ移ろうかと思います。ここになければそちらを探すよう、よろしくお願いします。
 
(2011年3月26日 投稿)
   


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