『急募!! GS助手
スリリングで楽しい仕事……霊に興味ない方でも気軽にどうぞ
時給ゼロ・勤務地ハルケギニア・住み込み・食事付き』
そのポスターを街で見かけた時、平賀才人は、冗談だと思った。
何しろ、書かれている内容が理解不能だった。まず『GS助手』というのが何を示すのか判らない。しかも『使い魔』という、あやしげなルビがふってある。下手に応募したら一生拘束されそうな言葉の響きだ。
二行目から判断するに、幽霊やオバケに関係する話だろうか? しかし、この世にそんなものはいない……はずである。
そして、三行目。『時給ゼロ』というのは正気であろうか? 勤務地も聞いたことがない地名だが、カタカナだから外国なのか……。
(いや、これ……店の名前なんじゃね?)
ポスターの最後に描かれた女性の姿を見て、そう判断する。
褐色の肌をした露出度の高い女性が、ただでさえグラマーな体を強調するポーズで微笑んでいた。彼女がアルバイトを募集している、とも読める文面だが……。もう一つの読み取り方も出来るのだ。
(……そういうイメージで営業しているピンク系のお店。その呼び込み広告だな、これ。……紛らわしい。それじゃ高校生の俺には関係ないじゃん)
そこまで考えた時。突然、ポスターが歪み始めた。それは、ジロジロと覗き込んでいた才人を吸い込んで……。
########################
「あーっ、痛ぇ。頭がクラクラする……」
自分の後頭部をナデナデする才人。顔を上げると、まるで別の世界へ飛ばされたかのような景色だった。
ゴミゴミした東京の街中ではない。緑あふれる山々がどこまでも続く。狭い日本の田舎町とは違う。異国のようだった。
「ヨーロッパ……?」
「ハルケギニアよ!」
声がするので、振り返る。
そこにいたのは、才人と同じくらいの年頃の少年少女たち。みんな同じ服なので学生服なのだろうが、日本の物とは明らかに違う。
どうやら、ここは学校の広場だったらしい。視界の隅に、校舎っぽい物も見える。引率の先生っぽい人物もいる。が、才人の目に留まったのは、一人の少女。
「あーっ!」
ポスターに描かれていた褐色肌の美少女だ。
理屈は判らないが、突然こんなところに来てしまったのは、こいつが原因。そう判断して、そちらに歩み寄ろうとしたが……。
「キュルケじゃないわ。私が呼んだの」
「ってて……!」
横から伸びてきた手が、才人の耳を引っ張った。そちらに視線を向けると、立っていたのは小柄な少女。褐色肌とは違って、胸は控えめ。まあ、小柄かわいい系なら、変に巨乳よりは、このほうが似合っていて良いのであろう。
ちなみに、髪の色はピンク。
(なんだ、やっぱりピンクじゃん。別の意味だったけど)
と、ピンク系店舗説を才人が否定した時。
「光栄に思いなさいよ!」
ちょっと怒ったような照れたような態度で、ピンク髪の少女が顔を近づけてくる。
「な、なんだよ!?」
「動かないで! わ、私だって……し、し、仕方なくするんだから!」
チュッ!!
ファーストキスから始まる、二人の除霊ストーリー。
その幕開けである。
恋のヒストリーではない。念のため。
########################
「……というわけよ! わかった!?」
「あー……何となく」
「何となくとは何よ!? 私が、こんなに丁寧に説明してやったのに! このバカ犬!」
才人は今、ピンクの髪の少女と共に、山道を歩いていた。事情説明もそこそこに連行されたのだ。
歩きながら、一応の説明は聞かされた。まず、彼女はルイズという名前らしい。フルネームは長過ぎて覚えられなかった。
「ごめん、ごめん。……一応、ポイントは押さえた」
「じゃあ、言ってごらんなさい?」
「ここは、俺から見たら異世界、ハルケギニアってところ。さっきの場所はトリステイン魔法学院って学校で、ルイズ達が……」
ジロリと睨まれた。ルイズが杖を振りかぶったので、才人は慌てて言い直す。
「……御主人様たちがやっていたのは、使い魔の召還儀式」
魔法学院というだけあって、生徒は基本的に魔法が使える。才人は、ルイズの使い魔として召還されたのだ。あのポスターは、使い魔召還のためにルイズが送った念だったらしい。ルイズの姿ではなく友人の姿だったのが微妙に詐欺っぽいが、そこはルイズのコンプレックスだったのだろう。
なお、あの友人の名前はキュルケというそうだ。ルイズは
「友人じゃないわ、敵よ!」
と言っていたが、ようするにライバルのポジションなのだ。どうせそのうち共闘とかするんでしょ、と才人は思っていた。
ルイズ曰く、キュルケではなくタバサという少女が一番の友人なのだそうだが、ルイズが指し示したのは、ルイズと同じように背も胸も小柄な少女だった。そのタバサという青髪の少女は、ルイズと才人が出発する際、一言だけ声をかけてくれた。
「……がんばれ」
無口でおとなしい少女のようだが、ルイズに言わせると、ああ見えてタバサは凄い家柄の御嬢様。親から受け継いだ十二匹の韻竜を使い魔としており、それが暴走したら誰にも止められないのだそうだ。
……そんなふうに広場での出来事を回想していたら、ルイズがまた睨んでいた。
「……で?」
「で、俺が御主人様の使い魔になった。だから、こうして御主人様の進級試験のため、いっしょに除霊に来た」
才人は、無意識のうちに左手の甲をこすった。あの時、美少女にキスされて喜んでいたら、激しい痛みと共に変な文字が刻まれたのだ。囚人の刺青のようなもの、つまり一生ルイズの奴隷という意味だ……と才人は理解している。
ちなみに、あまりに痛かったので口を開けてしまい、軽いファーストキスがディープなキスに変わってしまったのは御愛嬌だ。直後、ルイズから激しいツッコミが来たのも御愛嬌。ルイズのツッコミは、爆発魔法であった。
(こう見えても……このルイズって子、凄腕の魔法使いなんだよな)
才人に話しかけるのをやめ、前を向いて歩く隣の美少女。彼女を見ながら、サイトは身を以て知った威力を思い出していた。
なんとルイズは、どんな魔法呪文——召還魔法は例外——を唱えても爆発魔法になるという特技を持っているらしい。過激な魔法戦士である。デメリットの多い『特技』な気もするが、御主人様が『特技』と言うからには特技なのだろう。
(この子と一緒なら、まあ、大丈夫だろう。しょせん俺は……GS助手だ)
才人は、ルイズから聞いた話を頭の中で反芻する。
この世界には貴族と平民の区別があり、貴族は皆、魔法が使える。そして魔力を持つが故に、霊や魔物を、平民よりもハッキリ見ることが出来る。
だから、いわゆる『除霊』をするのも貴族。そして、魔法で妖怪や悪霊と戦う貴族——ハルケギニアのエクソシスト——を、人々はゴーストスイーパー(GS)と呼ぶのである!
########################
「着いたわ!」
二人が辿り着いたのは、山の中腹にある温泉だ。ここに出没するという魔物を退治するのが、ルイズの進級試験の課題だった。
今、ルイズはハイテンションだが、才人は違う。ここまで来ただけで疲労感がある。自分に向かって「とりあえず、お疲れさま」と言いたいくらいだった。
「せっかく来たんだから、温泉で汗でも流そうぜ……」
口にした瞬間、才人は後悔する。どうせ馬鹿とかスケベとかいう罵声と共に爆発ツッコミが来るに違いない。そんなつもりはなく、本当に汗ダクだからポロッと言ってしまっただけなのだが……。
「あら。バカ犬のくせに、いいこと言うじゃない」
なんと!
目の前で美少女ルイズがスッポンポンになった!
「さすがプロ! 必然性があればためらわない! ……じゃないよな!? あれ? 除霊とは関係ねーよな?」
「……当たり前でしょ? ま、一応、除霊の前に身を清めるって意味はあるけど……」
素っ裸の美少女が胸を張って腰に両手を当てているのだ。なかなか刺激的である。ちなみに、こうして胸を突き出すと、ルイズといえど、立派なものである。『脱いだら凄いんです』というキャッチコピーが才人の頭に浮かんだ。
なお、凄いと言えば。ルイズは厳密にはオールヌードではなく、小さな杖だけは手放していない。だから、いつでも凄い魔法が使える状態だ。きっとハルケギニアでは『裸にソックス』の代わりに『裸に杖』の需要があるのだろう、と才人は思った。
「い、いや、そうじゃなくて。おまえ……じゃなかった、御主人様、恥ずかしくないのか? 男の前で、そんな格好……。別に誘ってるわけじゃないだろ?」
「は? 男の前……?」
少しキョロキョロしてから。
ルイズは、ポンと手を叩いた。
「あんた勘違いしてるみたいだけど。あんたは使い魔だから『男』扱いじゃないわよ?」
「……そういうことか」
要するに『バカ犬』という連呼の通り、犬だと思われているわけだ。ならば才人も服を着ている必要はない。犬は犬らしく、裸になろう。ルイズが裸になって以来、妙にズボンが窮屈なのだ。
そう思って、才人も脱ぐ。隠すとかえって恥ずかしいので、隠さない。犬とはいえ、こういうところだけは男らしいのだ。
だが。
「な、な、な……何やってるのよ!?」
いきなりルイズが怒り出した。攻撃魔法が来た。危なかった。
「ちょっ!? 『何やってる』は、こっちのセリフだ! もう少しで、男じゃなくなるところだったぞ!?」
「だ、だ、だって……! そんなもん、御主人様に見せつけるのがいけないのよ!? い、い、犬なら犬らしく、おとなしくしときなさい!」
そんな無茶な。御主人様が魅力的なので、こうなった。責任取ってくれ。……と言いたいくらいだが、別の意味で『取ってくれ』そうだっただけに、迂闊に口に出来なかった。
「だ、だいたい! あんた使い魔なんだから、御主人様と一緒に温泉入れるわけないでしょ!?」
というわけで……。
########################
「あー。いい湯ねえ……」
一人で温泉に浸かるルイズ。
才人は再び着衣して、彼女の後ろで見張り役だ。
二人は温泉旅行に来たわけではなく、除霊に来ているのである。対象である魔物がいつ出てくるか、判らなかった。
(でも……。この状況で襲われたらヤバいんじゃねーか? 俺一人じゃ除霊なんて無理だぞ!?)
突然、不安になる才人。ルイズに視線を向けても、後ろからでは髪しか見えない。こういう場合、女のうなじは色っぽいと相場が決まっているのに、それすらピンクの髪が隠している。まるでピンクのワカメだった。
その時。
ゴソゴソ……。
近くの茂みから物音が!?
「来たわね……」
ゆっくりとルイズが立ち上がる。ザバーッと湯を滴らせる姿は、神よ私は美しいと言わんばかりの神々しさであった。
焦らず体を拭き、制服とマントを着ける。彼女にとって、これは言わば聖なる衣なのだ!
戦闘準備を終えたルイズが杖を向け、宣言する。
「さあ、出て来なさい! このマンボーン温泉を騒がす魔物め!」
ガサガサ。
音に続いて、草木を割って現れたのは……。
「……ああ。ようやく……人間に出会えました……」
黒髪の巨乳少女だった。
ルイズと胸が逆なら、もっと話が判りやすかっただろうに。そんな考えが、なぜか才人の頭に浮かんだ。
########################
「なあ、御主人様? この世界の魔物って……人間と同じ姿なのか? たしかに、男にとっては、この胸は魔物かもしれんが……」
「はあ!? バカ犬の世界では、みんな、そんなにエロばっか考えてんの!?」
と、二人がカルチャーギャップ——ただし誤解——をぶつけあう前で。
「魔物なんかじゃありません! 私は、シエスタといって……」
黒髪巨乳が説明を始める。
彼女はタルブ村で生まれ育った平民であり、名前はシエスタ、年齢17才。このたび、とある貴族の学校にメイドとして奉公することが決まり、そこへ向かっていた。ところが、途中で道に迷ってしまい、しかも、怖いオーガを目撃。慌てて走って逃げた際に、地図と紹介状も落としてしまい、途方に暮れていた……。
「……地図には、場所に印がついてただけで、学校の名前は書いてなかったんです。奉公先への紹介状は当然開封していないので、私は、行くべき学校の名前、知らなくて……」
なるほど、シエスタは山中で苦労したのだろう。服はところどころ擦り切れており、微妙なチラリズムを演出する源になっていた。
そんな彼女を見ていると、男なら慰めてやりたくなる。だが、ルイズと才人には、先にやるべき事があった。
「なあ、御主人様。俺のいた世界だと、オーガっていうのは空想上の魔物の名称だけど……」
「あら、奇遇ね。こっちでも魔物よ。聞いての通り、こっちじゃ実在してるけど」
そのオーガこそ、ルイズが退治するべき魔物なのだ。
二人は、嫌がるシエスタに道案内させ、オーガ目撃地点へと向かう。故郷から奉公先への道のりでは迷ってしまったシエスタだが、目撃地点は近くだったようで、大丈夫だった。
それっぽい咆哮が聞こえてくる。
「じゃ、軽くやっつけましょう!」
というわけで。
凄腕GSルイズの爆発魔法で、オーガは、あっけなく散った。一行の描写も要らぬ程、簡単な戦いだった。
まあ、しょせんは学生の進級試験の課題である。難しい除霊のわけがなかった。
########################
「ありがとうございました」
オーガ退治の礼を言う少女。しかし、まだ彼女は心配そうだ。
そりゃあ、そうだろう。奉公先には辿り着けないし、そもそも、場所も名前も判らない。故郷に戻れば判るかもしれないが、この状態で帰っても、彼女の立場はない。務めるはずだった学校側も、予定していたメイドが来ない以上、もう新たに別の者を雇ってしまったかもしれない……。
「……ってことでいいんだよな? 俺の世界の理屈で考えてみたけど……こっちでも同じだろ?」
「この、バカ犬! あんた、女のコ虐めて楽しむ趣味があるわけ!?」
「え?」
ルイズに言われて、才人も気づいた。
サイトの状況確認で、シエスタは、あらためて自分の悲観的状況を思いしらされたらしい。目から涙を溢れさせていた。頬を伝わるだけでなく、チャーミングなソバカスも水浸しにしている。
「ああ……。ごめん。そんなつもりじゃなくて……」
シュンとする才人を見て、ルイズも理解する。彼に悪気があったわけではないのだ。
少しの間、シエスタの嗚咽の音だけが、山中に響き渡る。
その雰囲気を壊したのは、この場のリーダー、ルイズだった。
「わかったわ。じゃ、こうしましょう!」
彼女は、シエスタの肩に優しく手を置いた。
「あんた、私の専属メイドになりなさい! 私が雇った専属メイドとして、私が通う学校に連れてってあげる」
「え……?」
シエスタが顔を上げた。
平民のシエスタにとって、貴族に仕えるというのは名誉な話である。
「いいのでしょうか? 私のような者が……」
「ええ。本来なら使い魔にやらせるべき仕事も、ちょっとバカ犬だけじゃ、無理みたいだから」
ルイズが才人に冷たい目を向ける。異世界から来たという才人では、ハルケギニアに順応するだけで大変だ。しばらくは役立たずであろう。
「こっちも誰か欲しかったところなんで、ちょうどいいわ。日給は奮発して30……」
と、ここでルイズの言葉が止まる。条件を再考したのだった。
「……いや、要らないわね。あんた私に助けられたわけだし、当然、無給で仕えるんでしょ? 一応、住むとこと食べ物くらいは出してあげるから」
「はい、もちろんです! ……やりますっ!! いっしょーけんめー働きます!!」
満面の笑顔で頷くシエスタ。
ルイズも、良い事をしたという顔になっているが……。
サイトは、ルイズを見ながら、小さくつぶやいていた。
「お……鬼だ……」
(完? つづく?)
########################
(あとがき)
ルイズ = ツンデレな女主人公 = 美神令子
シエスタ = 黒っぽい髪のサブヒロイン(ただし物語の進行と共にその座から陥落?)= おキヌ
キュルケ = 褐色肌のライバル = 小笠原エミ
タバサ = 御嬢様っぽい親友 = 六道冥子
コルベール = 頭の薄い(でも実力者でもある)先生 = 唐巣神父
カリーヌ = 昔は凄かった(今でも本気出せば凄い)お母さん = 美智恵
……誰でも考えつきそうなネタだけど、そういうSSを読んだ事がないので(私自身がゼロ魔SSをあまり読んでないから見つけてないだけかもしれませんが)。じゃあ自分で書いちゃおう、既出だったらゴメンナサイ、チラ裏だから許してください、ということで。
GSの二次創作なら、他の投稿サイトで使っていた元々のHNを使おうかとも思いましたが、これ、GS関係あるけど『GSの二次創作』とは違う気がするので、やはり『よむだけのひと』として投稿しました。
SS書く時間がない日に限って、こういうのを突発的に書きたくなるものです。
とりあえず今のところは一発ネタの短編ですが、気が変わる可能性もアリ。……というより、いかにも長編の第一話と言わんばかりに『説明』が多いので、続けないといけない気もしてきた。うーん。
(2011年3月7日 投稿)