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注目記事

 

「円高で内需拡大」の嘘

飯田泰之(駒澤大学准教授)

 経済閣僚のあいだでは「外需依存体質を脱却し、内需主導の日本経済をめざす」とのマクロ経済政策姿勢が共有されているようだ。たしかに、長期にわたる不況とそれによる雇用情勢の悪化へ対処するために内需の拡大は欠かせない要件である。しかし、問題はその手段だ。

 外需から内需へという主張としばしばセットで語られるのが為替レートである。そして、「円高にもメリットはある」「円高は原材料価格の低下を通して内需を後押しする」といった解説を目にすることは多い。しかし、これは本当だろうか?

 最近、海外に行ったことがある人ならば、誰もが円高の力に驚いたことであろう。数年前と比べると海外旅行時の買い物は大幅に安くなった。こういった素朴な経験から、「円高になると海外製品が安く買えてお得」というイメージが形成されるのは無理からぬことであろう。しかし、1万円で買えるものが増加しても、同時にその1万円を稼ぐのがより困難になったならば、それは何の得にもなっていない。重要なのは相対的な関係であって、絶対的な金額ではないのだ。

 日本経済にとって得な状況とは、「より少ない日本製品」を売るだけで「より多い海外製品」を手に入れることができるようになる状態を指す。つまりは、日本の輸出品と日本の輸入品の価格比が重要なのである。このような価格比は交易条件と呼ばれる。日本の輸出品が世界でより高く売れるとき、また海外製品がより安く入手できるようになるとき「交易条件が改善した」という。

 では、はたして円高によって「輸入品が安くなり交易条件が改善」したり、反対に円安によって「輸入品が高くなり交易条件が悪化」したりしているのだろうか。データで確かめてみよう。図は、国際的な原油価格が比較的安定していた1992年から2003年にかけての米ドルレートと2000年を100とした交易条件をプロットしている。一見してわかるように両者のあいだには何の関係もない。

 ここで自動車を輸出し、オレンジを輸入している経済を考えよう。1ドルが200円のときには、1トンのオレンジを買うのに100万円必要だったとしよう。ここで1ドルが100円になると、たしかに1トンのオレンジを買うのに必要な日本円は50万円に低下する。ただ、輸入品が100万円から50万円になったとしても「得」しているとはかぎらない。為替レートが変化したときに、いままで5000ドル(100万円)で売っていた車を1万ドル(100万円)で売ることはできない。ドル建ての販売価格を5000ドルに維持することになる。円換算の輸出価格は50万円である。オレンジの価格が半分になると同時に自動車の価格も半分になっている。つまりは交易条件の変化は生じないのだ。

さらなる内需の停滞

 このように為替レートの変化に対して交易条件が変化しないのは、国際的に取引される財(貿易財)の市場が競争的であることに由来する。自国の為替の都合などで海外での販売価格を変えることはできないのだ。なお、日本の交易条件は主に原油価格に左右される。図の期間以降には、国際的な原油価格の上昇が生じたため日本の交易条件は大きく悪化している。

 このように為替レートの変化には交易条件の面での損得は存在しない。ならば為替レート動向は国内経済に影響しないかといえば、それもまた誤りである。円高は輸入品の円建て価格を低下させることで、国内関連商品の価格を低下させる。これは輸入品と同種・類似の商品、競争的な市場において顕著である。さらに、労働市場においても日本人の労働が割高となる。額面の賃金はそう簡単には下げられない。その結果、雇用の海外流出を招くことになるだろう。価格の低下、雇用の縮小はさらなる内需の停滞をもたらす。

 円高は、「原材料が安くなる」「海外旅行がお得」などといった印象とは裏腹に、国内の企業と家計に深刻な重荷となるのだ。このような縮小策が望ましいのは、インフレ率が高騰しその抑制が政策課題になっているケースである。そして、現在の日本はインフレには程遠い状態にある。したがって、現在の経済状況での円高は、まったくもって「得」なことではないのである。

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