太平洋戦争における日本軍の技術の質的な脆弱性について、小銃や機関銃における多種乱造やゼロ戦に見る名人芸的製品設計の問題点を前稿で確認した。今回は戦時日本の技術にとってより深刻な弱点について見てみたい。
そのひとつはシステム技術、システム化の遅れであった。
「日本軍はレーダーやソナーなど情報兵器の開発に力を注がなかった。レーダーについては1930年代の初めから一部技術将校に注目され、その開発が始められている。しかし遅々として進歩しなかった。陸上に設置する対空レーダーについてはすでに開戦時に一応実用化されているが、性能はよくなかったようである。1942年春にアメリカが東京を初空襲した際、房総海岸と三浦半島に設置されたレーダーは、侵入する爆撃機B25を捕捉できなかった。（中略）
その二年前にバルト・オブ・ブリテンでイギリスのレーダー網がドイツ空軍を散々悩ませ、ヒットラーにイギリス上陸をあきらめさせる主因となったことと比べると、その差は歴然としている。海軍は開戦後の一時期、せっかく配備した艦上レーダーを戦闘に邪魔であるという理由で撤去させただけでなく、その開発を一時中止するという信じられない誤りを犯している。
八木アンテナやマグネトロンなど技術的なシーズでは欧米に劣っていなかったのに、質の悪いレーダーしか開発出来ず、その性能を最後まで充分発揮できないままに戦争を終わってしまった。これは、直接戦果に結びつかない防衛兵器にはあまり熱意を示さない用兵側の戦略的誤りもあるが、電子管や増幅器、アンテナなどの数多くの部品をうまく組み合わせるシステム技術の遅れにも原因があったと思われる。
ソナーも日本の開発したものは性能が悪かったという。その理由のひとつに日本の潜水艦が非常に騒しかったことが挙げられる。自艦の発生する雑音のために判別能力が落ちるのである。これも日本の兵器がシステム化されていなかったことのあらわれである。」（木村英紀『ものつくり敗戦』日経プレミアシリーズより）
システム化の遅れについて、木村氏はもうひとつの事例をあげている。それは以外にも「戦艦大和」である。
「海軍の誇る戦艦大和は最高速が27ノット強であり、33ノット出せる航空母艦と共同作戦を行うことは難しい。航空機が海戦の帰趨を決めることを十分意識していた海軍の首脳部が、なぜ速度を犠牲にしてまでこのように大きく高価な戦艦を作らなければならなかったのか理解に苦しむ。ちなみに大和に一足遅れて就役したアメリカの四隻のアイオワ型戦艦は、大和に比べれば小ぶりであるが、空母と同じ速度を出すことが出来た。
豊富な実践経験に恵まれていたにもかかわらず、日本の兵器開発担当者は、兵器をシステムとして運用する思想と能力を決定的に欠いていた。大量生産の時代を経てすでにシステムの時代に突入していた技術のトレンドを肌身で感じることのなかった当時の日本の技術の状況から見ればやむを得ないこととも思われるが、過去の栄光にあぐらをかき、新しい近代戦の様相に目をつぶっていた軍部の怠慢はひどいものであったと言わざるを得ない。」（木村英紀『ものつくり敗戦』より）
「兵器をシステムとして運用する思想と能力」を欠いていた日本の兵器開発担当者は、大和に何を求めたのか。それは搭載火力の最大化による攻撃力のアップである。大和に限らず日本の軍事技術は直接性能を表す攻撃力の増強に集中した。銃における射程の長さや口径、航空機における旋回能力、航続距離などである。「しかし、兵の体力、補給の容易さ、機動性、故障の起こりにくさ、他の兵器と一緒に用いたときの相乗効果などを総合的に考えた性能が追求された形跡はほとんどない」（木村氏）。
兵器におけるシステム技術の遅れやシステム化の欠如ばかりではなく、情報処理、軍体制のマネジメントにおいても日本はシステム思考を決定的に欠いていたと木村氏は指摘する。例えば情報戦においては、日本は米英のいくつかの重要な暗号の解読に成功していたにもかかわらず、せっかく得た情報が作戦担当者の主観的な判断で取捨選択され、正しい戦略の決定に使われなかったこと、すなわち情報を戦略に生かすシステムが欠如していたのである。
軍体制のマネジメントにおいてもシステム思考は決定的に欠いていた。
「日本軍というシステムの最大の欠陥は、陸軍と海軍のセクショナリズムにあった。両者が共同で兵器を開発した例は、長い両者の歴史を通してほとんどない。すべての兵器の開発も製造も、そしてその使用も頑固な自前主義をどちらも最後まで通してしまった。ベンツの同じ航空機エンジンを陸海軍が別々に購入し、別々の航空会社に作らせたという信じられない話さえある。レーダーもそれぞれが独立に開発した。原子爆弾さえも陸軍は理科学研究所に、海軍は京都大学にそれぞれ開発を依頼し、別々のチームを立ち上げている。
共同研究をやらないだけでなく、お互いに機材や物資を奪い合った。成果が得られても、そしてたとえそれが相手にとって役に立つ場合でも相手に教えないことが多かった。
その極めつけは次の事実である。陸軍はアメリカ国務省が使っているストリップ暗号の解読に開戦前後に成功していた。かなり高度な暗号である。海軍はそれを知らず、少将をヘッドとする二十名ほどのチームを作ってその解読にあたらせた。数学者を含むその海軍チームは、懸命の努力にもかかわらず結局解読に成功しなかった。海軍は、戦争が終わるまで陸軍が解読に成功していたことを知らなかった。」（木村英紀『ものつくり敗戦』より）
唖然とするほかない。これで戦争に勝てるはずがない、という意味ばかりではなく、これが決して昔の話ではない、という意味においても唖然とするのである。木村氏の指摘は残念ながら、私には過去のことでも他人事でもなく、現実に直面する課題として認識させられる。日本企業、特に製造業に勤めている方なら、私と同じように感じるひとも少なくないのではないだろうか。性能一辺倒の商品開発、システム思考を欠いた経営戦略や経営マネジメント、そしてセクショナリズム。70年経っても、何一つ変わっていないではないか、と。
木村氏は、システム思考を欠いた性能一辺倒主義が日本人の技術のとらえ方に深く根ざした根深いものであると分析されている。ここからが木村氏の論点の確信に迫る部分であるが、長くなりそうなので、次稿とさせていただく。
＜関 連＞
「ものづくり」神話−�／靴燭覆詛塰�
「ものづくり」神話−�¬梢遊歸�製品設計
「ものづくり」神話−��システム思考の弱さ
「ものづくり」神話−�は�働集約型技術
「ものづくり」神話−�ゲ奮悗筏蚕�
「ものづくり」神話−�β荵阿硫奮愕很�
[数 値]−日本編
世界を知る−��チャイナ（北京編）
そのひとつはシステム技術、システム化の遅れであった。
「日本軍はレーダーやソナーなど情報兵器の開発に力を注がなかった。レーダーについては1930年代の初めから一部技術将校に注目され、その開発が始められている。しかし遅々として進歩しなかった。陸上に設置する対空レーダーについてはすでに開戦時に一応実用化されているが、性能はよくなかったようである。1942年春にアメリカが東京を初空襲した際、房総海岸と三浦半島に設置されたレーダーは、侵入する爆撃機B25を捕捉できなかった。（中略）
その二年前にバルト・オブ・ブリテンでイギリスのレーダー網がドイツ空軍を散々悩ませ、ヒットラーにイギリス上陸をあきらめさせる主因となったことと比べると、その差は歴然としている。海軍は開戦後の一時期、せっかく配備した艦上レーダーを戦闘に邪魔であるという理由で撤去させただけでなく、その開発を一時中止するという信じられない誤りを犯している。
八木アンテナやマグネトロンなど技術的なシーズでは欧米に劣っていなかったのに、質の悪いレーダーしか開発出来ず、その性能を最後まで充分発揮できないままに戦争を終わってしまった。これは、直接戦果に結びつかない防衛兵器にはあまり熱意を示さない用兵側の戦略的誤りもあるが、電子管や増幅器、アンテナなどの数多くの部品をうまく組み合わせるシステム技術の遅れにも原因があったと思われる。
ソナーも日本の開発したものは性能が悪かったという。その理由のひとつに日本の潜水艦が非常に騒しかったことが挙げられる。自艦の発生する雑音のために判別能力が落ちるのである。これも日本の兵器がシステム化されていなかったことのあらわれである。」（木村英紀『ものつくり敗戦』日経プレミアシリーズより）
システム化の遅れについて、木村氏はもうひとつの事例をあげている。それは以外にも「戦艦大和」である。
「海軍の誇る戦艦大和は最高速が27ノット強であり、33ノット出せる航空母艦と共同作戦を行うことは難しい。航空機が海戦の帰趨を決めることを十分意識していた海軍の首脳部が、なぜ速度を犠牲にしてまでこのように大きく高価な戦艦を作らなければならなかったのか理解に苦しむ。ちなみに大和に一足遅れて就役したアメリカの四隻のアイオワ型戦艦は、大和に比べれば小ぶりであるが、空母と同じ速度を出すことが出来た。
豊富な実践経験に恵まれていたにもかかわらず、日本の兵器開発担当者は、兵器をシステムとして運用する思想と能力を決定的に欠いていた。大量生産の時代を経てすでにシステムの時代に突入していた技術のトレンドを肌身で感じることのなかった当時の日本の技術の状況から見ればやむを得ないこととも思われるが、過去の栄光にあぐらをかき、新しい近代戦の様相に目をつぶっていた軍部の怠慢はひどいものであったと言わざるを得ない。」（木村英紀『ものつくり敗戦』より）
「兵器をシステムとして運用する思想と能力」を欠いていた日本の兵器開発担当者は、大和に何を求めたのか。それは搭載火力の最大化による攻撃力のアップである。大和に限らず日本の軍事技術は直接性能を表す攻撃力の増強に集中した。銃における射程の長さや口径、航空機における旋回能力、航続距離などである。「しかし、兵の体力、補給の容易さ、機動性、故障の起こりにくさ、他の兵器と一緒に用いたときの相乗効果などを総合的に考えた性能が追求された形跡はほとんどない」（木村氏）。
兵器におけるシステム技術の遅れやシステム化の欠如ばかりではなく、情報処理、軍体制のマネジメントにおいても日本はシステム思考を決定的に欠いていたと木村氏は指摘する。例えば情報戦においては、日本は米英のいくつかの重要な暗号の解読に成功していたにもかかわらず、せっかく得た情報が作戦担当者の主観的な判断で取捨選択され、正しい戦略の決定に使われなかったこと、すなわち情報を戦略に生かすシステムが欠如していたのである。
軍体制のマネジメントにおいてもシステム思考は決定的に欠いていた。
「日本軍というシステムの最大の欠陥は、陸軍と海軍のセクショナリズムにあった。両者が共同で兵器を開発した例は、長い両者の歴史を通してほとんどない。すべての兵器の開発も製造も、そしてその使用も頑固な自前主義をどちらも最後まで通してしまった。ベンツの同じ航空機エンジンを陸海軍が別々に購入し、別々の航空会社に作らせたという信じられない話さえある。レーダーもそれぞれが独立に開発した。原子爆弾さえも陸軍は理科学研究所に、海軍は京都大学にそれぞれ開発を依頼し、別々のチームを立ち上げている。
共同研究をやらないだけでなく、お互いに機材や物資を奪い合った。成果が得られても、そしてたとえそれが相手にとって役に立つ場合でも相手に教えないことが多かった。
その極めつけは次の事実である。陸軍はアメリカ国務省が使っているストリップ暗号の解読に開戦前後に成功していた。かなり高度な暗号である。海軍はそれを知らず、少将をヘッドとする二十名ほどのチームを作ってその解読にあたらせた。数学者を含むその海軍チームは、懸命の努力にもかかわらず結局解読に成功しなかった。海軍は、戦争が終わるまで陸軍が解読に成功していたことを知らなかった。」（木村英紀『ものつくり敗戦』より）
唖然とするほかない。これで戦争に勝てるはずがない、という意味ばかりではなく、これが決して昔の話ではない、という意味においても唖然とするのである。木村氏の指摘は残念ながら、私には過去のことでも他人事でもなく、現実に直面する課題として認識させられる。日本企業、特に製造業に勤めている方なら、私と同じように感じるひとも少なくないのではないだろうか。性能一辺倒の商品開発、システム思考を欠いた経営戦略や経営マネジメント、そしてセクショナリズム。70年経っても、何一つ変わっていないではないか、と。
木村氏は、システム思考を欠いた性能一辺倒主義が日本人の技術のとらえ方に深く根ざした根深いものであると分析されている。ここからが木村氏の論点の確信に迫る部分であるが、長くなりそうなので、次稿とさせていただく。
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