「ものづくり」を考えるうえで、工学博士で理化学研究所BSI−トヨタ連携センター長の木村英紀氏は太平洋戦争における日本の軍事技術を引き合いに出されて、日本の技術の特徴を分析されている。非常に分かりやすく、また興味深い内容であるので引用を中心にご紹介したい。
「明治維新以来、富国強兵・殖産興業のスローガンのもとで営々として築きあげてきた日本の技術は、まさにこの戦争（太平洋戦争）のためにあったと言っても言い過ぎではない。当時の日本の先端技術の多くが軍事技術であった。
航空機や造船など戦時下で軍事技術の中核を担った技術者が戦後日本の基盤を作り上げたので、人のつながりという面で戦後の技術は戦時下の技術を引きついでいる。日本の軍事技術に見られる特徴のいくつかは、今もその形を引きずっている。」（『ものつくり敗戦』日経プレミアシリーズより）
太平洋戦争の開戦にあたっては、日本は総力戦を想定して、敵であるアメリカの戦力、資源と工業力の日米格差をそれなりに分析していた。1940年に陸軍が発足させた「戦争経済研究班」では、東京帝大や東京商科大などの若手経済学者が中心になった資源埋蔵量や工業生産力の調査分析を行い、圧倒的な日米格差を確認する報告をあげている。1941年初めには、「総力戦研究所」が内閣のもとにつくられた。このチームは開戦のシナリオを机上演習し、対米英戦必敗と結論づけた。さらには1941年3月に参謀本部が陸軍主計大佐の新庄健吉をアメリカに派遣してデータを収集分析させた。結論はここでも「敗戦」であった。残念ながら、敗戦というシナリオを描いたこれらの分析レポートが受け入れられることがなかったのは言うまでもない。
「私は前述の三つの情報源に直接ふれていないので確言は出来ないが、これらについて書かれた文献（略）などを読む限り、日米格差の量的な側面のみが指摘されている。実際に戦局を支配したのは、生産力の量的な差ではなく兵器の質的な差であった。
（中略）
石油以外も生産力には圧倒的な差があるので、戦争が長引けば勝利の可能性はあり得ないことは誰の目からみても明らかである。したがって、緒戦の一撃で勝利を収め、それによって敵の戦意をくじくことに一縷の望みを託さざるを得なかった。しかし、もし開戦時にすでに兵器が質で引き離されていたことが充分認識されていれば、その一縷の望みも期待できないことが分かったはずである。
作戦のミスが原因とされているいくつかの戦闘の敗北は、その背後に兵器の質的な（量的ではない）差があった。戦局の転換点となったのは、開戦約半年後のミッドウェー開戦の敗北である。戦史によれば、この敗北の原因は指揮官の判断の誤りとされている。しかしそれと並んで兵器の質の差も大きな要因である。
参加した日本の艦艇には、レーダーが装備されていなかった。アメリカ艦隊はレーダーによって日本軍の第一次攻撃を不十分な結果に終わらせたことが、日本側の作戦を狂わせた。そして少数の被弾で大火災を発生し航行不能に陥ってしまった日本の航空母艦の脆弱な構造が、敗北を早めた。」
「質的な差は比較がしにくいし、質で劣っていることは認めたくないのが人情である。しかしこれは動かし難い事実であった。例として潜水艦の戦績を比較しよう。潜水艦は大戦中にアメリカが二百隻、日本が百二十六隻作っている。アメリカは大西洋にも振り向ける必要があったので、日米の戦力は量的にはほとんど互角であったと言える。しかし上げた戦果は比較にならないほど大差がついた。アメリカの戦艦に対して日本の潜水艦が上げた戦果はアメリカの戦果の五分の一にすぎず、輸送船や商船に至っては二十分の一である。（中略）量だけでなく質でも日本は圧倒的に敗れたのである。」（『ものつくり敗戦』より）
日米の技術の質的な差がいったいどこにあったのか。木村氏は「大量生産と大量消費の時代を経ているかいないか」の違いに、質の差の背景があることを指摘する。アメリカでは1913年にフォードが流れ作業によるT型フォードの大量生産を実現させている。詳細は後述するつもりだが、大量生産は部品の「互換性」を前提とする。この前提を実現するために「規格化」が進む。規格に合せた部品が揃って初めて大量生産が成立する。ところが戦前の日本の機械工業では、この規格化が大きく遅れ、組み付けは仕上工の熟練に委ねられていた。アメリカから技術を導入した企業では規格化を進め部品の互換性を確立しようという動きもあったのだが、役割を失うことを恐れた仕上工による様々な抵抗により、それは阻害された。
「これがそのまま戦力の差となって、最も基本的な武器である銃火器にあらわれた。日本の陸軍が太平洋戦争を通じて使っていた三八式歩兵銃は、職人が一艇ずつ部品を調整して作っていたので、部品の互換性が同一工場の製品の間にしかない。工作機械を使うことを除けば、織田信長の時代の鉄砲鍛冶と変わらない。」
「小銃だけでなく機関銃についても同様である。部品の互換性がないだけでなく、あるいはないからかもしれないが、日本では驚くほど多くの機関銃を作っていた。海軍だけでも三十種類の機関銃が作られ、弾薬に至っては百二十種類が作られたという。このような多種乱造は生産の効率を下げただけでなく、使う側の練度向上の妨げになったことだろう。整備や補給にも混乱をきたしたであろうことは、想像に難くない。（中略）
ちなみにアメリカは、太平洋戦争を通じて重機関銃と軽機関銃をそれぞれひとつの基本形式しか作っていないという。しかもそれらは陸、海、空で共有されている。」
日本の技術力が集約されていた戦闘機「ゼロ戦」に関する木村氏の話しはさらに面白い。
「ゼロ戦は日本の航空技術の到達点を示すものであり、疑いもなく名機であった。しかし、その名声は開戦後のほぼ一年しかもたなかった。新しい戦闘機がアメリカで開発され戦場に投入されるとゼロ戦は急速に陳腐化し、その戦力をみるみる落とす。
その理由がゼロ戦の拡張性の乏しさにあると見る専門家は多い。エンジンや機体の性能がそれぞれ極限でバランスを保っており、実践での教訓を生かしてどこかを改善しようとすると、設計をすべてやり直す必要が生じてしまうのである。ゼロ戦のエンジンの出力は九百馬力であったが、これをアメリカのグラマンなみの二千馬力に増強した「烈風」は結局終戦に間に合わなかった。
こうして、ゼロ戦は大きな仕様変更もないままに三年近くも太平洋の戦場で戦わざるを得なかった。また、ゼロ戦の機体形状が名人芸の設計を反映してきわめて複雑であり、一機作るのに多くの工数と熟練工の手を必要としたことも、総力戦兵器としてのゼロ戦の欠陥であった。戦争末期には、前線の基地に到着したゼロ戦のニ〜三割しか戦力にならなかった、という話もある。（中略）
製品がユーザーの厳しい評価を経て進化していく大量生産、大量消費のダイナミズムを経験していない日本の産業の未熟さが、このような名人芸を兵器に使う錯誤を生み出した。匠の技は総力戦には向かない。」
小銃や機関銃における多種乱造や、ゼロ戦に見る名人芸的製品設計は、どちらも大量生産を進めるうえでのボトルネックを自ら用意しているようなものである。
太平洋戦争から70年あまり経った現代においても、日本では当時と同じように製品に特殊な、あるいは突出した品質を求める傾向が強い。技術者ばかりではなく、むしろ消費者がより先鋭な差別化を製品に対して求める志向が強いように思う。煙がでないタバコや消せるボールペンなどを真面目に考える民族は日本人くらいしかいないのではないだろうか。そうした志向が結果として日本市場をガラパゴス化させる土壌になっているのかもしれない。
戦時技術の質的問題として木村氏はさらに、開発が遅れた情報兵器や攻撃力しか評価しない直接性能主義の問題点を指摘されている。紙幅がないので、それは次稿に譲りたい。
＜関 連＞
「ものづくり」神話−�／靴燭覆詛塰�
「ものづくり」神話−�¬梢遊歸�製品設計
「ものづくり」神話−��システム思考の弱さ
「ものづくり」神話−�は�働集約型技術
「ものづくり」神話−�ゲ奮悗筏蚕�
「ものづくり」神話−�β荵阿硫奮愕很�
[数 値]−日本編
世界を知る−��チャイナ（北京編）
「明治維新以来、富国強兵・殖産興業のスローガンのもとで営々として築きあげてきた日本の技術は、まさにこの戦争（太平洋戦争）のためにあったと言っても言い過ぎではない。当時の日本の先端技術の多くが軍事技術であった。
航空機や造船など戦時下で軍事技術の中核を担った技術者が戦後日本の基盤を作り上げたので、人のつながりという面で戦後の技術は戦時下の技術を引きついでいる。日本の軍事技術に見られる特徴のいくつかは、今もその形を引きずっている。」（『ものつくり敗戦』日経プレミアシリーズより）
太平洋戦争の開戦にあたっては、日本は総力戦を想定して、敵であるアメリカの戦力、資源と工業力の日米格差をそれなりに分析していた。1940年に陸軍が発足させた「戦争経済研究班」では、東京帝大や東京商科大などの若手経済学者が中心になった資源埋蔵量や工業生産力の調査分析を行い、圧倒的な日米格差を確認する報告をあげている。1941年初めには、「総力戦研究所」が内閣のもとにつくられた。このチームは開戦のシナリオを机上演習し、対米英戦必敗と結論づけた。さらには1941年3月に参謀本部が陸軍主計大佐の新庄健吉をアメリカに派遣してデータを収集分析させた。結論はここでも「敗戦」であった。残念ながら、敗戦というシナリオを描いたこれらの分析レポートが受け入れられることがなかったのは言うまでもない。
「私は前述の三つの情報源に直接ふれていないので確言は出来ないが、これらについて書かれた文献（略）などを読む限り、日米格差の量的な側面のみが指摘されている。実際に戦局を支配したのは、生産力の量的な差ではなく兵器の質的な差であった。
（中略）
石油以外も生産力には圧倒的な差があるので、戦争が長引けば勝利の可能性はあり得ないことは誰の目からみても明らかである。したがって、緒戦の一撃で勝利を収め、それによって敵の戦意をくじくことに一縷の望みを託さざるを得なかった。しかし、もし開戦時にすでに兵器が質で引き離されていたことが充分認識されていれば、その一縷の望みも期待できないことが分かったはずである。
作戦のミスが原因とされているいくつかの戦闘の敗北は、その背後に兵器の質的な（量的ではない）差があった。戦局の転換点となったのは、開戦約半年後のミッドウェー開戦の敗北である。戦史によれば、この敗北の原因は指揮官の判断の誤りとされている。しかしそれと並んで兵器の質の差も大きな要因である。
参加した日本の艦艇には、レーダーが装備されていなかった。アメリカ艦隊はレーダーによって日本軍の第一次攻撃を不十分な結果に終わらせたことが、日本側の作戦を狂わせた。そして少数の被弾で大火災を発生し航行不能に陥ってしまった日本の航空母艦の脆弱な構造が、敗北を早めた。」
「質的な差は比較がしにくいし、質で劣っていることは認めたくないのが人情である。しかしこれは動かし難い事実であった。例として潜水艦の戦績を比較しよう。潜水艦は大戦中にアメリカが二百隻、日本が百二十六隻作っている。アメリカは大西洋にも振り向ける必要があったので、日米の戦力は量的にはほとんど互角であったと言える。しかし上げた戦果は比較にならないほど大差がついた。アメリカの戦艦に対して日本の潜水艦が上げた戦果はアメリカの戦果の五分の一にすぎず、輸送船や商船に至っては二十分の一である。（中略）量だけでなく質でも日本は圧倒的に敗れたのである。」（『ものつくり敗戦』より）
日米の技術の質的な差がいったいどこにあったのか。木村氏は「大量生産と大量消費の時代を経ているかいないか」の違いに、質の差の背景があることを指摘する。アメリカでは1913年にフォードが流れ作業によるT型フォードの大量生産を実現させている。詳細は後述するつもりだが、大量生産は部品の「互換性」を前提とする。この前提を実現するために「規格化」が進む。規格に合せた部品が揃って初めて大量生産が成立する。ところが戦前の日本の機械工業では、この規格化が大きく遅れ、組み付けは仕上工の熟練に委ねられていた。アメリカから技術を導入した企業では規格化を進め部品の互換性を確立しようという動きもあったのだが、役割を失うことを恐れた仕上工による様々な抵抗により、それは阻害された。
「これがそのまま戦力の差となって、最も基本的な武器である銃火器にあらわれた。日本の陸軍が太平洋戦争を通じて使っていた三八式歩兵銃は、職人が一艇ずつ部品を調整して作っていたので、部品の互換性が同一工場の製品の間にしかない。工作機械を使うことを除けば、織田信長の時代の鉄砲鍛冶と変わらない。」
「小銃だけでなく機関銃についても同様である。部品の互換性がないだけでなく、あるいはないからかもしれないが、日本では驚くほど多くの機関銃を作っていた。海軍だけでも三十種類の機関銃が作られ、弾薬に至っては百二十種類が作られたという。このような多種乱造は生産の効率を下げただけでなく、使う側の練度向上の妨げになったことだろう。整備や補給にも混乱をきたしたであろうことは、想像に難くない。（中略）
ちなみにアメリカは、太平洋戦争を通じて重機関銃と軽機関銃をそれぞれひとつの基本形式しか作っていないという。しかもそれらは陸、海、空で共有されている。」
日本の技術力が集約されていた戦闘機「ゼロ戦」に関する木村氏の話しはさらに面白い。
「ゼロ戦は日本の航空技術の到達点を示すものであり、疑いもなく名機であった。しかし、その名声は開戦後のほぼ一年しかもたなかった。新しい戦闘機がアメリカで開発され戦場に投入されるとゼロ戦は急速に陳腐化し、その戦力をみるみる落とす。
その理由がゼロ戦の拡張性の乏しさにあると見る専門家は多い。エンジンや機体の性能がそれぞれ極限でバランスを保っており、実践での教訓を生かしてどこかを改善しようとすると、設計をすべてやり直す必要が生じてしまうのである。ゼロ戦のエンジンの出力は九百馬力であったが、これをアメリカのグラマンなみの二千馬力に増強した「烈風」は結局終戦に間に合わなかった。
こうして、ゼロ戦は大きな仕様変更もないままに三年近くも太平洋の戦場で戦わざるを得なかった。また、ゼロ戦の機体形状が名人芸の設計を反映してきわめて複雑であり、一機作るのに多くの工数と熟練工の手を必要としたことも、総力戦兵器としてのゼロ戦の欠陥であった。戦争末期には、前線の基地に到着したゼロ戦のニ〜三割しか戦力にならなかった、という話もある。（中略）
製品がユーザーの厳しい評価を経て進化していく大量生産、大量消費のダイナミズムを経験していない日本の産業の未熟さが、このような名人芸を兵器に使う錯誤を生み出した。匠の技は総力戦には向かない。」
小銃や機関銃における多種乱造や、ゼロ戦に見る名人芸的製品設計は、どちらも大量生産を進めるうえでのボトルネックを自ら用意しているようなものである。
太平洋戦争から70年あまり経った現代においても、日本では当時と同じように製品に特殊な、あるいは突出した品質を求める傾向が強い。技術者ばかりではなく、むしろ消費者がより先鋭な差別化を製品に対して求める志向が強いように思う。煙がでないタバコや消せるボールペンなどを真面目に考える民族は日本人くらいしかいないのではないだろうか。そうした志向が結果として日本市場をガラパゴス化させる土壌になっているのかもしれない。
戦時技術の質的問題として木村氏はさらに、開発が遅れた情報兵器や攻撃力しか評価しない直接性能主義の問題点を指摘されている。紙幅がないので、それは次稿に譲りたい。
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「ものづくり」神話−�ゲ奮悗筏蚕�
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