西日本新聞

「まちが死んだようだった」 東日本大震災 被災地に飲料水輸送

2011年3月27日 01:06 カテゴリー:九州 > 福岡
被災地の状況を上司に報告する竜王運輸の荒木宣寿さん(右)

 「まちが死んだようだった」-。東日本大震災の被災地に飲料水などを運んだ桂川町吉隈の竜王運輸(藤田五夫社長)の運転手、荒木宣寿さん(46)=飯塚市大分=と篠原和広さん(39)=同市勢田=が無事に帰ってきた。帰社後、長距離ドライバーとして関東と筑豊を往復する合間に西日本新聞社の取材に応じた荒木さんが、「現実とは思えなかった」という現地の様子や東北へのアクセスの困難さを語った。

 二人が大型トラックで桂川町を出発したのは震災5日目の15日午後2時。「水が一番困っているのでは」と思った藤田社長(64)が約90万円でミネラルウオーター10トンを購入。二人に託した。

 当初の目的地は、取引先の飯塚市の食品製造会社の営業所がある仙台市。高速道を東へ急いだ。二人とも仙台行きは初めて。藤田社長は、混雑を避けたかったのと、福島第1原発から漏れる放射能を警戒し、太平洋側を通らず、福井から北陸自動車道に入り、新潟回りで仙台に向かうルートを指示した。東北自動車道は福島県に入ると道路がひび割れ、あちこちで路肩の一部が崩れていた。でこぼこになった道で13トンのトラックが何度もバウンドした。速度を60キロに抑え、ハンドルをぎゅっと握った。

 仙台市に入ったのは16日午前10時。交代で仮眠しながら20時間、約1500キロを走った。ふぶいていた。車内も冷え込んだ。ガソリンスタンド周辺では給油を待つ車列が5-10キロもつながっている。コンビニ店には客が50人ほど並んでいた。

 まず向かったのは食品会社の営業所。水を渡そうとした所長から「今一番困っているのは石巻。行ってやってください」と言われ、水は約50キロ北東の宮城県石巻市に届けることにした。

 津波で壊滅的な被害を受けた同市。16日に会見した亀山紘・石巻市長は「市の行方不明者は最終的に1万人程度になる」と述べた。仙台から石巻までの道中、大破した車や船、家々の残骸がどんどん増えた。窓を開けると、ガソリンやオイルの臭いが目や鼻に痛い。田んぼは黒い湖のようだ。停電で信号機も点灯していない。ガス欠の車が方々で立ち往生していた。

 16日午後1時、石巻総合運動公園の緊急物資受取所に到着。道が狭く避難所には近寄れない。現地の男性が雪でびしょぬれになりながら、荷降ろしを手伝ってくれた。男性は「遠い福岡から、わざわざありがとう。何も食べてないでしょう」とカップラーメンを差し出した。しかし、二人は「支援にきた立場。受け取れない。被災者に回してください」と固辞した。男性の家や家族、友人はどうだっただろうか。詳しい話はできなかったが、荒木さんは、その気遣いに「東北の人の優しさと強さを感じた」

 同日午後2時40分に石巻を出て、帰路は茨城を経由し、西へ。満タン(800リットル)にして出発した燃料は、復路の京都で空になった。会社に着いたのは18日午前6時だった。2泊3日、往復約3200キロの強行軍だった。藤田社長は「二人が無事に帰ってきてよかった」と胸をなで下ろした。日常業務に戻った荒木さんは「被災者が一日も早く元の生活に戻れるよう、みんなで助け合って乗り越えるしかない」とあらためて思っている。

=2011/03/27付 西日本新聞朝刊=

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