IAEA 新たに専門家派遣へ
福島第一原子力発電所の事故を受けて、IAEA=国際原子力機関は、現在、福島県で放射線量を測定している専門家に加え、新たに東京などに専門家を派遣することを決め、調査体制を強化することにしました。
これはIAEAの当局者が、22日、明らかにしたもので、日本政府の要請を受けて、現在福島県で活動している4人の専門家に加え、新たに3人の専門家を東京など首都圏に派遣することを決めたということです。3人は23日に日本に到着し、今後、文部科学省などとともに大気や土壌に含まれる放射線の量を測定したり、草木などを採取したりして影響を調べることにしています。IAEAは今回、調査体制を強化することで、短期間にできるだけ多くのデータを集め、日本側から提供されるデータと比較しながら、より客観的な情報を加盟国に提供していきたいとしています。
2011年3月23日 NHK
IAEAでは日本政府や東京電力から提供される情報が不十分であるということで、「専門家」を3人前追加したようです。IAEAは「われわれは正確な状況を知らされていないのではないかと懸念している」そうですが、これは日本が辻雅之さんがかつて指摘した事に留意しているためであると思われます。
辻雅之さんによれば「日本のような先進国が原発の安全性を確かめてもらうためIAEAにお願いするというのは、実はちょっと迷惑」なのですから、「正確な状況を知らせ」たりして「お願い」しないことが求められます。
http://allabout.co.jp/gm/gc/293846/
辻さんによればこれはIAEAの予算の問題、そしてIAEAが存在する目的に関わります。その目的はひとつが「原子力平和利用の促進」であり、もうひとつは「核物質の軍事転用防止」です。もっとも特別な予算がつくのは特別査察だけであり、これは主に軍事転用防止の目的に沿って行なわれます。現在日本で行われている調査は、「迷惑」なことにIAEAの通常の乏しい予算の中から行なわれているのです。
もっとも、IAEAとしてもその活動は「原子力の平和利用」の「促進」という目的に規定されますから、「迷惑」をかけようがかけまいが同じ事なのかも知れません。菅政権ではこの「目的」のために「運命」を受入れる崇高なる義務を自覚している模様です。
原発は重要エネルギー源=地震多いのは運命−与謝野経財相
与謝野馨経済財政担当相は22日の閣議後会見で、福島第1原発事故に関連し、「日本中どこの地域を探しても環太平洋火山帯の上に乗っている国だから(地震が多いという)その運命は避けようがない」と述べた。これは原発推進の立場から地震が多いことは原発を止める理由にならないとの考えを強調した発言。
同相は「将来とも原子力は日本の社会や経済を支える重要なエネルギー源であることは間違いない」と語り、あくまでも原発を続けるべきだとの考えを示した。
2011年3月22日 時事
核災害で癌になったり死んでみたりするのは日本の「運命」でありますから、どうせもうどうしようもありません。それに「運命」のとばっちりを受けるのは与謝野さんではありませんから平気なものです。もとより原発の設計はこの「運命」について相当割り切った考えで行なわれているようです。
原発安全性確保に「想定」世界的見直し必要
班目(まだらめ)春樹・原子力安全委員会委員長は22日の参議院予算委員会で、今回の東京電力福島第一原発事故について「12日の班目氏の総理への発言が総理の判断を楽観的なものにしたのではないか」と福島みずほ社民党党首から追及され、「水素爆発がおきないとしたのはあくまでも格納容器内での話で、建て屋での話には言及していない」とした。そのうえで、今回の事故については(安全対策上)「想定を超えたものであり、想定について世界的な見直しがなされなければならない」との認識を示した。
また、12日の総理への発言で総理の判断を狂わせたようなことはないと言明した。
福島社民党党首はさらに、班目氏が浜岡原発の裁判で行った証言をとりあげ「非常用ディーゼルが2台とも動かない場合に大変なことになるのではないかと質問を受け、そのような事態は想定しない。そのような事態を想定したのでは原発はつくれない。だから、割り切らなければ設計なんて出来ませんね、と言っている。割り切った結果が、今回の事故ではないのか」と追求。班目氏は「割り切らなければ設計は出来ない、というのは事実。ただし、割り切った割り切り方が正しくなかったということも十分反省している」と答弁した。
また「(そういう想定をすると原発はつくれないという発言は)ある意味、原子力をやっている者全体の意見を代表していってきたこと」としながらも「原子力を推進してきた者の1人として、個人としては謝罪したい気持ちがある」と語った。(編集担当:福角忠夫)
2011年3月22日 サーチナ
このような割り切りは「原子力をやっている者全体の意見」なんだそうですから、もう僕たちとしては「運命」がこの身に降り掛かるのを待っているしかないようなのですが、アメリカでは重要な軍事施設である日本列島の核汚染を懸念していたようです。
日本の原発は「コスト優先」=米外交官が06年に疑念−ウィキリークス
【パリ時事】22日発行の仏紙ルモンドは、内部告発サイト「ウィキリークス」が入手した米外交公電を基に、在日米大使館の外交官が2006年の時点で、日本の原発について、コスト削減を優先し安全性をおろそかにしているのではないかと疑念を抱いていたと報じた。
同紙によれば、米外交官は公電で、電力各社にコスト削減を強いる電力自由化の問題点を指摘し、日本政府が原発の安全性に関してルーズなのではないかと疑念を示した。また、原発の耐震性に関心を寄せ、地震が多い地域で原発建設への反対運動が増加していると指摘した。
外交官はさらに、使用済み核燃料から取り出したプルトニウムを再利用する「プルサーマル発電」に関して、東京電力の事故隠しで延期されたものの、日本政府が推進すると決めた以上、電力各社に選択の余地はないとする関係者の話を紹介。「われわれは経費節減と生産性向上を合言葉に、安全が犠牲になる例をあまりに多く見てきた」と報告したという。
2011年3月23日 時事
アメリカでは電力自由化が大問題を引き起こしましたが、福島第1原発については1971年から稼働していますから、「経費節減と生産性向上を合言葉に、安全が犠牲になる」のは自由化だけの問題というワケでもないようです。
とはいってもやはり安全性を確保するような考え方だと「原発はつくれない。だから、割り切らなければ設計なんて出来ません」というのが「原子力をやっている者全体の意見」であることには変わりありません。これはおそらく火力発電とのコスト競争が存在したんでしょう。
原子力発電は火力発電よりも低コストでなければならなかったのではないでしょうか。そうでなければあんなアブナい事をする意味がありません。原発推進はいわば国策なのであって、法律もないのにいきなり原子力研究予算を提起した中曽根康弘さんの縁故で就職した日本原子力発電株式会社出身の与謝野さんなどはそれを象徴するような政治家であるわけです。
したがってコストは何がどうなっても抑制しなければなりませんが、この場合、事故が起こった場合は仕方ない、てゆーか事故は常に「想定外」であり、したがってコストがかからないわけですから、「想定」については思いっきり「割り切る」ことによってコスト削減を図ることになる、というのが関係者の共通した了解であった、と斑目さんは言っています。事故が起これば大変な被害が発生するがそのときは政府が面倒見ますということです。
逆に高度な安全対策を行なった結果コストが上昇すると電気料金が上がる可能性があります。これは電力消費を抑制する効果を持ちますが、そうなると原発を作る理由がなくなってしまいます。作らなくてもよければ作らなければよい、というワケにはいかないらしいのがツライところなのです。
したがって安全対策上の「想定」は故意に低く抑えられ、起こるべくして起こる災害は「運命」として国民に押し付けられることになります。「心配ない」「大丈夫」と言っていたのが、一転して「運命ですからヨロシク」になっちゃう日が来ないとも限りませんが、「運命」に不公平があるのは何かと不都合ですから、東京ドームには隣接して専用の原発を設ければ良いのではないでしょうか。しかし東京も要りもしない、しかし除去可能な「日本の運命」を2つも背負わされちゃ大変ですね。
既にガンを罹患されているヨサノサンにしてみれば多くの国民が放射線物質によってガンになることで同じ苦しみを味わえば良いと思っておられるんじゃないかとつい邪推してしまうわけですが、氏の場合はガンに罹る前からニホンにとってはガン細胞みたいなものなのでガン細胞本来の能力を力イッパイ発揮されておられるだけのことかもしれません。