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[18615] 【ネタ】一般生徒チハる!【ネギま・ほぼフルTS】
Name: Ryo-T◆8faf544e ID:e840ed6e
Date: 2010/11/01 23:44
 この世界はつまらない。そう彼が絶望したのは何時だっただろうか。
 彼がまだ幼かった頃、当たり前のように彼は普段目にしているこの世界の裏側に、テレビアニメやゲームのような物語が繰り広げられている。車よりも速く走るヒーロー、魑魅魍魎を相手にする始末屋、次元の違う力を操る超能力者に魔法使い、そして世界を終わらせようとしている強大な悪に立ち向かう勇者たち。
 そういった存在が、この世界の裏側にはきっといるはずだ。
 そして、いつかは自分もそういった特殊な力が目覚めて――以下略。

 要は完膚なきまでに中二病患者だった彼だが、早熟だったのが功を奏したのか小学校の高学年になる頃には病も鳴りを潜め、そういう世界はどこにもないけど、まあその主人公みたいになれたらかっこいいだろうな、と軽く引き摺るくらいの症状で収まったどこにでもいる普通のヲタクな少年になっていた。
 クラスメイトのくだらない話に対して、「ガキだなこいつら、フッ」と斜に構える痛さは残ってはいたものの、世界に絶望するような病状からは脱却していたのだ。
 世界がくだらないのなんて、もうわかっている。
 つまらない日常に埋もれて、ほんのささやかな趣味を生きがいに、俺はこれからも生きていく。
 そう、『もっと世界が面白くなればいいのに』とか神(クトゥルフ的な)に願っていた時代は当の昔に過ぎ去ったはずだった。

 はずだったのだ。









 彼こと、長谷川千晴は今だからこそ思う。
 そんなアホなことを願っていた過去の自分と自分でさえ忘れた頃に願いを叶えやがった神をぶん殴りたいと。

 そう、真新しい制服に身を包んで、麻帆良学園中等部1年A組の教室の扉を開いた時に初めて、埋没するような平凡な日常の有難味を実感したのだった。














一般生徒チハる!



















 確かに多少は期待もしていた。
 そのまま地元の中学に進むのが一般的な地域で、自分だけは進路に全寮制の麻帆良学園中等部を選択し、それまでいた環境との決別を図った。
 勿論、趣味(コス)から早く卒業しろなどとほざく両親が若干煩わしく、全寮制のこの学園に行くことで自由になるという打算的なものもなくはなかったが、それだけでわざわざヌクヌクとした親元を離れるかというとそんなことはありえない。
 この選択で少しはこの埋没する日常が面白いものになるんじゃないか。そんな期待が一切なかったかというと嘘になる。
 やっぱり変わりたい自分が、諦めかけていた自分の中にいたのだ。
 モノクロームで描かれるような褪せた日常ではない、心から面白いと思えるような輝ける日々を手に入れたい。
 そんな変革を求めて、自分はこうしてこの教室の扉を開いたのだ。

 ただ、だからといって。

「拙者の名は長瀬楓でござる。以後見知り置きを。ニンニン。」
「俺の名前は古菲アル。座右の銘は『考えるな、感じろ』アル。フォォオオオオオオオ、アチャァアアアアアアアア!!!」

 とのっけからテンションフルマックスな忍者とイエロータイツ男がいるような日常は願い下げだった。

 とりあえず、扉を閉める。

 頭を抱える。

 なんだ、あのミラクル馬鹿共は。

 環境変わりすぎだろう常考、と心から思う。流石に今までの人生であんな馬鹿にお目にかかったことは一度もなかった。

 そして、同時にまさかと思う。あのレベルのド馬鹿で埋め尽くされてるんじゃないかと。

 困る。

 非常に困る。

 流石にあんなテンションに付いていけるはずもなく、地元にいた何気ない会話すら不可能になるのではという不安がムクムクと膨れ上がってきた。

 いやいや、そんなことはないだろう。

 あれらは世界でも希少なバカだ。あんなもん大量発生したら日本が終わる。

 そう思って、扉を再び開ける。例の二人をできるだけ視界から外して軽く見回すと、思った通りそれを超えるアホの姿は確認できなかった。
 ほっとして、黒板の前に立つ。名前も知らない何人かが集まっていたスペースに向かうと案の定、黒板には既に決まった席順が貼り出されていた。黒板の前で緊張した面持ちで、件の二人にちらちらと視線を向かわせる級友たちに心から同情する。そして、自分も同じ気持ちだと肩を叩いてやりたかったが、流石にそこまで気安く声をかけられるほど、自分は垢抜けた人間じゃない。
 でも、そんな自分らしくない行動を取らせてしまいそうになるほど、インパクトの強かった二人に対してため息をつきながら、千晴は自分の席を確認した。
 出席番号順から横に並べたのだろうか。窓際最後尾。席替えをするなら、間違いなく取り合いになるだろう場所だ。
 思わず、グッと拳を掲げた。
 そして、そのまま自分の席に目を向けて、ついでにこれから世話になっていくだろうその隣り――エヴァンジェイル・A・K・マクダウェルという名の外人の姿を拝もうとして。

 思わず、掲げた拳を力なく落とした。


















 一言でいうとそこにいたのは変な奴だった。
 変というか気狂いと言った方がいいかもしれない。
 生気のない白い顔、というか、白い絵の具をぶっかけたような顔には黒と赤のペイントが引いてある。
 そして、不自然に逆立った金髪。なんかもう、どっかで見たことがある攻撃的な衣装、というか仮装というかなんというか。

 ぶっちゃけ閣下がそこにいた。
 ちっこいデーモン閣下が鎮座してらっしゃった。

 素で帰りたくなる。よりにもよって、アレの隣りである。まだ、さっきのアホ二人の方がマシな気さえする。
 ちなみに、その後ろで従者のように控えているロボコップらしき存在のことは、何も見なかったことにした。気にしたら負けだ。俺は何も見ていない。
 そう、多分、気にしたら負けなんだ。
 ロボコップは元より、閣下も多分、昔の自分よろしくまだ進行中の病を抱える可哀想な人間なんだ。
 実際、『自分の前世は悪魔で、俺はその記憶を持っている』なんて中二ネタはグーグル先生に聞けば一発で出てくるようなネタである。で、ちょっと参考資料を間違っただけだろう、アレは。
 流石に前世ロボコップは知らんが、そう思ったら少しは仲良くできそうな気もしてきた。

 無論、関わる気は1ミクロンたりともないが。



 だが、隣人に一声もかけずに席に座るのはどうだろう。
 今後の円滑な人間関係の構築の為にも、例えそれが血統書付きの純キ印でも挨拶くらいはしといた方がいいんじゃないだろうか。
 そんなことを一瞬でも思ってしまった俺が馬鹿だった。

「よう。隣りの席になった長谷川千晴だ。これから宜しくな、閣下」
「なん……だと……?」

 エライ勢いで睨まれました。
 どうやらなんかよくわからんが琴線に触れてしまった模様。

「貴様、今、“閣下”と。確かにそう言ったな」
「……いや、言ったけどさ」

 気にしていたんだろうか。
 ペイントに包まれた目が驚きに包まれたように見開かれる。
 正直、絶賛後悔中であります。幾ら何でもこのキ印と友達付き合いなんて死んでもありえなさすぎる。
 汝、隣人を愛せよというが、これは正直キリストの御大でも無理だろう。
 塩を送るんじゃなくて、その場に盛りたいくらいだ。

「茶々丸よ。此奴と吾輩が邂逅したことが過去にあったか?」
「NO。アリマセン。マスターと長谷川は完全に初対面になります」
「だが、確かに“閣下”と。“閣下”と呼んだぞ、此奴は」

 いや、誰がどう見ても閣下なんだが。というツッコミは思い切り飲み込んだ。
 どう考えてもやばい。なんか嫌な予感がプンプンすぎてゲロが出そうだ。
 だから、これで話は終りとばかりに机に突っ伏して狸寝入りだ。
 もう、俺は何も聞こえない。あと、お前らとは関わらない。

「フハハハハ! 吾輩との力の差を、この刹那の間に感じ取ったか。だが、感じられる力は只の人と相違ない」

 だが、そんなの関係ないとばかりに隣りでなんか言ってる閣下。
 狸寝入りにいびきを追加するしかあるまい。

「その隠行、眼力。そして、吾輩を前に狸寝入りを続けるその不遜。気に入った!! 吾輩のことはこれよりエヴァと呼べ!! 貴様を我が友として認めよう!!」

 そのままフハハ笑いで大フィーバー中のエヴァ。

 こんなに嬉しそうなマスターは久しぶりデス。とガッチャンコンガッチャンコンしてる茶々丸とかいうロボコップ。

 そして、今なお狸寝入り中の俺。急にいろんなことが起きたんで頭の中をゆっくりと整理したいんだが、そんなことしなくても突き当たる一つの事実がある。
















 やべぇ。

 超地雷踏んだ。























【あとがき】

 次更新したら名前本HNに戻すつもりだったのですが、型月板にイカリング軍曹名義でSS投稿してた者です。そっち書けてないのに、こんなん書いててすいません。

 異様なほどの仕事+転職活動の忙しさでここ数カ月死にかけてたのですが、今度はストレスで死にそうなので、設定とか流れとかぶった切って書けるような話をと、投下させてもらいました。

 あくまでも、ネタです。正直、エヴァンジェイル閣下と漢に囲まれてオロオロする幼女先生が書きたかっただけなので。長編というよりは短編連作のイメージでいます。

 あと、他のキャラクターの中に名前が思いつかないのが結構います。特に超。なんで、何かいい案があったら是非ともお願い致します。



[18615] 友達100人できるかな
Name: Ryo-T◆8faf544e ID:5acb7b38
Date: 2010/05/08 17:54



 前略

 お父さん、お母さん、お元気でしょうか。

 麻帆良学園中等部に入学してから早いもので一ヶ月が経ちました。

 新しい生活にも大分慣れ、日々を楽しく過ごしているのですが。

 非常に残念なことに、



 未だに、友達が出来ていません。
















 あの衝撃的な出会いから一ヶ月が経った。初っ端からパンチの効いた出会いが多かったとは言え、流石にそこまで弩級の馬鹿は数名しかいなかったようで、ホッとしたのもつかの間、一ヶ月もすればある程度仲良しグループが固定される訳で。
 結論としてははみ出してしまったのであった。
 今更仲良しグループに割って入る度胸もなく、というか、入ろうとしたが笑顔で避けられ、しかしながら、中学3年間、下手したら中高一貫で6年間、一緒に過ごす友人もいないような、こんな暗すぎる生活を送るのは悲しすぎる。

 という訳で、まだ仲良しグループに入っていない一部のはみ出し仲間に声をかけてあわよくば友達になろうと。
 題して、長谷川千晴の友達100人計画。
 無論、初日に最大限のインパクトをもたらしたキ印と同じ匂いのする奴は論外。という訳で、教室の隅の席に座っているピエロ野郎は正直危険すぎる匂いしかしないので却下しておいたが、そうなると残りは非常に残念なことにたったの二人しか存在していなかった。

 龍宮真也と桜咲刹那である。














【Case.1 龍宮真也の場合】

 龍宮真也。浅黒い肌と長髪。細身なのに筋肉質で、尚且つ高身長というイケメン野郎である。
 正直、漫画やゲームならそのままクラスのリーダー格になってもおかしくない高スペック野郎だが、ぶっきらぼうな性格が災いしてか、未だに休み時間なども一人で突っ伏していることが多い。帰りも当然一人だ。これは俺と同じく友達がいないと判断してもいいだろう。
 その廃スペックは男として思うところも当然あるが、背に腹は変えられないのである。ぶっきらぼうだけど実は優しい、なんて話は原状聞いたこともないが、多分悪いヤツじゃないと思ってる。休み時間は寝っぱなしだが、授業は真面目に聞いてるし。というか、キ印じゃないだけ、エヴァより100倍マシだ。なんとかして友達にならないといけない。

 という訳で、作戦スタート。
 授業の間の休み時間に真面目な真也くんに勉強教えて貰おう大作戦!

 そんなこんなで狙ってた休み時間、寝ている龍宮に対して、出来る限り友好的に、にこやかな微笑みをもって後ろから近づいた。

「おーい、龍宮。ちょっといい『カチャ』――か?」

 ありのままに起こったことを話そう。
 俺はノートとシャーペンをもってあくまで笑顔で近づいたのですよ。
 そしたら、なんかいきなり銃を突きつけられたとです。
 ちょ、ちょっと待ってちょんまげ。

「――俺の後ろに、立つな」

 大変目が座ってらっしゃいました。
 これは見た目が普通だっただけで、完全にエヴァと同類だったわけですね。わかります。

 本当に、ありがとうございました。

 そうして、俺は無言で席に戻って、さめざめと泣いた。

















【Case.2 桜咲刹那の場合】

 桜咲刹那。こっちも長めの髪を後ろで縛ったイケメンだ。
 先の龍宮真也はリサーチ不足で中身気狂いという事実に気付づかなかったが、今度こそそのような失態を犯すまいとリサーチは完璧だ。
 授業態度は真面目そのもの。教師やクラスメイトに対する受け答えも丁寧で、何より部活は剣道部に所属したらしい。ちなみに、ここ重要。剣道といえば心技体を鍛える武道の一つだ。礼節を重んじるこのスポーツに、気狂いが生息する余地は一寸たりとも存在しないはずだ。
 問題はこれほど、しっかりとした人間がどうして一人でいるのかさっぱりわからないという点であるが、恐らく俺と同じように機を逃してしまったのだろう。不憫さに泣けてくる。これは是が非でも友達になってやらないといけない。

 という訳で作戦第二弾スタート。
 ――する前に、自分の席に座っている桜咲がなにやら苦しみ始めた。
 なるほど、病気なのか。それで居づらくなったクラスメイトが離れていった訳だな。合点がいった。
 何故、剣道部に入ったのかもわかる。病気で弱い体と心を鍛えるためだ。これで全てのピースが揃った。

 なんて、可哀想な奴なんだろう。
 そして、なんていい奴なんだろうか。
 もはや、刹那(←苗字から昇格)が孤独だったのは、俺という存在を友にする運命だったからだと思わざるをえない。
 
 俺はそんな親友を放っておくことなんかできない。
 助けてやろう。一人苦しむ親友を。
 分かち合ってやろう。親友が抱える苦しみを。

「大丈夫か」
 そう言って、刹那の肩に手を置く。
 すると、くぐもる様に険しい声が、小さく俺の耳に届いた。

「――早く、俺から離れろッ。力が……力が押え切れな……クッ」



 患者だった訳ですね。わかります。
 俺はそのままUターンすると、自分の席で一人、泣いた。


















「――という訳なんだよ。ついに俺は一人になっちゃったんだよ」
「それは大変やなー。まあ、龍宮もせっちゃんも悪いヤツちゃうでー」

 そんなこんなで友達100人計画は初っ端から躓いて断念せざるを得なかった傷心ボーイの俺はたまたま暇そうだったクラスメイトの一人に愚痴っていた。
 愚痴くらいは付き合って貰わないと、不登校になりそうだ。というか、いっそ不登校でいい気がしてるけど気のせいかな。気のせいだということにしとこう。

「てか、せっちゃんって何? お前、あの中二病真っ盛りの痛い子と知り合いなの?」
「幼馴染みなんよー。最近はあんま喋ってもらえへんのやけどな」
「しゃ、喋ってもらえないっておま。アレと喋りたいの? てか、会話できるの? 凄いよ、お前。マジ凄いよ」
「あっはっは。全然すごないて。せっちゃんもいつもあーなっとる訳やないんやで」

 いや、それでも凄い。後光が見えるほどいい奴すぎて感動した。
 てか、なんで俺、気付かなかったんだろうか。
 こいつなら俺と友達になってくれるんじゃないかということを。
 というか、今もう既に友達?
 やっぱ友達は自分から作るものじゃなくて、自然とそこにいてくれるものだよね。

「それは無理やわ」

 と思ったら一瞬で否定された。
 そして、教室の後ろを指差す。
 わかってる。
 わかってるさ。

「アレと友達なんやろ? じゃあ、ちょっとボクには荷が重すぎるわ」

 指差した先には当然の如く、フハハ笑いをしてるエヴァ閣下+1。
 思わず、頭を抱える。
 どうりで、えらい勢いで仲良しグループから避けられた訳だ。

 俺=エヴァの友達→俺と友達になる=エヴァとも友達になる

 確かに、俺だって嫌だ。もれなくエヴァが付いてくるなら、それがどんないい奴だろうと全力で離れる。
 すごく、すごく悲しいことに、えらい勢いで納得できてしまったため、余計に凹んだ。

「まあまあ、そんなことより、その喉から手が出るほど欲しい友達が呼んでるで」
「――わかってるよ。少しだけ気づかないフリさせてくれ」

 俺からの視線に気付いたのだろうか。
 エヴァがこちらをガン見して、さっきよりもさらにフハハフェスティバルを行っている。
 誰も注意しないが、まわりのクラスメイトも非常に迷惑そうだ。

「とりあえず、アレを何とかしてきてくれん? 愚痴ならナンボでも聞いたるさかい」
「了解。その言葉、絶対忘れるなよ、コロ――」

 殺気。
 そして、思わず首を逸らす。
 通り過ぎる拳風を頬で感じ、危うさに冷や汗が滴る。

「あっはっはー。その渾名で呼ぶなや。ブチ殺すでー」

 そう、愚痴仲間のクラスメイト――近衛木乃助は笑顔で言ったのだった。
 その言葉に半泣きで頷いたのは、決して俺が弱いからじゃないと思う。















 ――で、結局、エヴァの件はなんだったかというと。

「で、なんだよエヴァ。俺に用か?」
「フハハハハハハ! 喜べ! 今日は貴様に吾輩の居城での謁見を許そう!!」
「……遊びにこいってことか?」
「フハハハ! なかなか肝の座った言葉を吐くのである! これは謁見である!!」
「……そーかい」



 無論、無視して帰った。
 俺の友達はパソコンだけだ。

 そしたら、次の日。



「この吾輩を謀ったのは悠久の月日の中でお前を含めて二人のみである! ますます吾が配下に加えたくなったわ!! フハハハハハハ!!」



 ますます気に入られた。













【あとがき】

 コロ助の修正ちょっとかけたら、2話吹き飛んだでござる。

 という訳で、ご迷惑をおかけしました。



[18615] 閣下担当委員 長谷川千晴
Name: Ryo-T◆8faf544e ID:5acb7b38
Date: 2010/09/26 23:43
 ――自分でも、よくわからないんです。

 独白のように紡がれた言葉は閑散とした教室の中で、僅かばかりの反響を残して消えていった。たった二人しかいない教室は、いつもよりも広く、そして寒々しい。見上げた天井は毎日のように視界に入るそれよりも、圧倒的に高く、そして遠く感じた。
 そんな感慨を、まるで過去の自分を見ているみたいだ、と彼は自嘲するように笑った。たった一人、異なる世界に取り残されて、ガラスのような境界の前で、ただじっと膝を抱えている。
 知らなければ、そのガラスは少し回り込むだけで超えることもできたのだろう。触れるだけで、自分だけを隔てるこの壁を砕くことだってできたのだろう。でも、時を経る毎に、いつの間にかそれは自分を檻の中に捉えるように自らの境界をなくしてしまった。分厚い壁はどれだけ叩いても砕けることはなく、どれだけ手を伸ばしても彼方に届くことはない。

 そして勿論、声も届かない。



「最初は、まあそれもいいかと思ったんです。わからないままでいれば、自分の限界以上に傷つくこともないだろうって。俺はただそこに揺蕩うようにいられればそれでよかった。でも――」

 初めて知ったんです、と彼は静かに吐露する。
 そんな壁を、初めからなかったように壊せる人間がいるということを。
 自分だけだった世界を、あっという間に飲み干して、自分たちの世界に変えれる人間がいるということを。

「だから、教えて下さい。高畑先生」

 強く、ゆっくりと押し込むようにその言葉を告げる。
 確実に彼女に届くように。
 その声が、分厚いガラスの壁をも超えて、彼女の世界に残るように。

「エヴァとどうやったら離れることができるんですか。まわりからの視線がメチャクチャ痛いですし、話しかけても避けられるし! それにいつの間にか“閣下担当委員”とかいう役職についちゃってるんですけど! 正直、学級委員とかよりめんどくさそうな仕事なんですけど!! ねぇ!!」



 タカミ・T・高畑は何時になく深刻そうな教え子の表情と言葉に、小さく一つ溜息を漏らした。
 だが、すぐに決意を込めて表情を引き締める。
 自分は、この哀れな教え子を救わなければならない。
 自分がかつて救われたように、彼もまた救われなければならない。

 “元・閣下担当委員”タカミ・T・高畑は、かつての自分を重ねながら、そう決意したのだった。















 結論として、慣れればそんな悪い人間じゃない。
 先程、目頭を抑えながら諭すようにそう言ってきた担任教師の話は、正直なところ糞の役にも立たなかった。
 というか、どうやって慣れたらいいのか分からない。

 だが、つい1ヶ月ほど前にエヴァを知ったはずのこの担任の言葉は何故か妙な説得力を伴っていた。
 もしかしたら、似たようなケースに巻き込まれた経験があるのかもしれない。
 だとしたら、あの先生の授業だけはしっかりと真面目に取り組まなければいけない、と彼は心から同情した。
 二回もあんなんに出会うなんて気の毒すぎる。優しくしてやろう、同志として。

 と、そんな事を考えながら廊下を歩いていると、いきなり胸ぐらをつかまれて、廊下の壁に押し付けられた。
 急なことに動転しつつも、見覚えのあるその相手の名前を思い出す。
 クラスメイト。確か、コロ助といつも一緒にいて、委員長と二人で大騒ぎしている奴だ。
 特徴のある赤毛と多分、桜咲が死ぬほど羨ましがっているだろうオッドアイ。漫画やらゲームやらで間違いなく主人公を張るような、この存在感を忘れる訳がなかった。
 神楽坂明日那である。

「おい、テメェに訊きたいことがある」

 神楽坂は余裕のない声でそう訊ねる。眼前に迫ったその瞳は、怒りに染まってか血走っていた。
 正直、なんでこんなことするのか訊きたいのはコッチの方である。しかし、残念ながら喧嘩とは無縁の貧弱ボーヤであるところの俺は、そんなこと聞き返せる度胸など微塵も存在していなかった。
 ただ、せめてもの虚勢として、余裕のあるポーズだけは示す。内心、殴られるんじゃなかろうかとガクブルであったが、神楽坂を睨みつけて胸ぐらを掴んでいた手を離させようとした。しただけでどうにもならなかった。えらい腕力すぎて、欠片も勝ち目がないことを悟っただけだった。
 それでも僅かに残った自尊心がなんとか彼に向かって言葉を紡ぐ。「なんだよ」と。
 その言葉に、神楽坂は満足そうに頷くと手を放した。
 そして――。
 その後に続いた言葉に、彼はうんざりして溜息を漏らした。












「そんで、誰もいない教室で高畑先生は言うんだよ!『明日那君、ダメ。私は教師で貴方は生徒』って。俺は言うね! 『そんなの関係ない! 俺は先生のことが、好きだ!!』ってな!! そしたら先生は――」
「なあ、これ、何時まで続くんだ? てか、俺への訊きたいことは最初の一発目だけで良かったんだよな。もう帰っていいんだよな」
「まあ、そう言わんと付き合ったってーや。もうちょっとしたら、多分帰ってくるさかい」

 神楽坂のピン芸人も真っ青のコントに付き合っていると、いつの間にか隣りには楽しそうに笑うコロ助がいた。
 正直、何が楽しいのかさっぱりわからない。
 話を聞いていくと、どうも熟女萌えで高畑LOVEな神楽坂が俺と高畑が誰もいない教室に入っていく姿を見かけ、ラブでにゃんにゃんな行為をしているのではないかという妄想を繰り広げ、そして今は自分とにゃんにゃんな妄想に耽っていると。

 はた迷惑すぎる。

「でも、明日那も悪い奴ちゃうんやで。ちょっと妄想癖あるけど、ええとこもぎょーさんあるしな」
「そう言っているお前が尋常じゃなくいい奴だってことはよく分かったよ」

 これはなんとしてでも友達になりたいと思う。
 正直、変な奴だらけで先が暗くなってきた3-A事情を省みて、俺は決意を新たにしたのだった。
 で。














「それで帰り際に先生は振り返ってだな。『明日那くん、今日のことはもう忘れなさい。私も忘れるから』って言うんだ。それを俺は――」


 本当に、これは何時まで続くんだろうか。





















【あとがき】

 本当ならこの話1KBで終わらせて、次の話とセットで出そうかと思ってた小ネタだったのですが、若干短めながら伸びたのでそのまま投下しました。

 次は小ネタ的なせっちゃん話と同じく部活的な話を出していこうと思っているのですが。



 以下、昔酒飲んで寝たらいつの間にかできてた設定資料より。

●大河内アキラ

●柿崎
柿崎ィイイイ!!
名前が浮かばない。

●神楽坂明日那
硬派ツンデレ。熟女萌え。
「嫌に決まってるだろうが。なんで俺がこんなガキのお守りしなきゃいけねぇんだよ」

柿崎、本当にどうしよう。



[18615] 中一なのに中二生徒セツな!
Name: Ryo-T◆8faf544e ID:5acb7b38
Date: 2010/05/23 05:58


 虚より生まれし者共の生は儚い。
 初めて降り立った浮世の悠久に流るる刻と比べると、ほんの刹那。ただその身に刻まれし理に従い、己が主の望みを叶え、朽ちる。
 元より存在し得なかった者に亡骸など塵芥さえ残らない。無は無へと還り、現世はただ在るが如く其れを受け入れ、消えゆく波紋が如く静寂へ回帰する。
 恰も、其の者共が初めから存在しなかったように。
 故に、初めから其の者共に、生を全うする猶予など成し得無い。式が生きる、その僅かな常の中で、その存在の意義を示す者が如何程いるのだろうか。

 そして、今宵刻まれた式札に従い闇を闊歩する者の中に、受け入れざる波濤の如き奔流を秘めた者が存在した。
 僅かばかりの生しか与えられぬその者にとって、それが俗に云う感情と呼ばれしものであったことなど解る術もない。
 だが、その込み上げる何かがどう云ったものであるのか、式共は本能の中で汲み取っていた。

 それが、恐怖というものであることを――。

 辺りは漆黒のような闇に塗り潰され、鬱蒼と茂った木々の隙間から慟哭の如き風音が鳴り響いている。
 闇の呪法により生まれし者共にとって、闇は忌むべきものではない。元より己が一部であり、そして己が全てである。その仮初の魂に安寧を与えるものでしかない。
 では、何を恐れる。
 何に恐怖を感じる必要がある。

 その者の問い掛けに応えたのは、己と同じ定義を持ちし者。異形の姿をさらに二つに分ち、音もなく無へと気散する。
 敵と認識するよりも早く、其の魂に宿した式がその身を動かす。
 脆弱なる人の形代を、瞬く間もなく只の肉塊へ変える。ただ振るうだけで良かった筈であった。其の腕は優に幾人もの人間を殺めるだけの力を持って、現れし敵を貫き、胴を裂く筈であった。
 しかし、次の瞬間、虚空に舞ったのは花のように咲く人の臓物ではなく、先程まで其の力を振るっていた己が腕であった。

 ――神鳴流、斬岩剣。

 呟くような無機質な声が、闇を這う。
 そして、息すら吐く間もなく、もう一方の腕が、両足が、そしてその身が刻まれていくのを感じた。

「塵は塵に、灰は灰に――そして、基より虚無なりし者ならば、その身一片たりとも残さず、無へと消えろ」

 式は、其の目に映る凡そ成人には至らぬ童こそ、己が死であること悟った。
 そして、式はその僅かな生の中で恐怖とは別の、二つ目の感情を得ることに成功する。
 彼の者が得たその感情の名前は――。

 ――“絶望”と云う名の感情であった。

















 慣れ親しんだ闇の中で、桜咲刹那は静かに太刀を納めた。静寂が支配する夜の森の空気は、恰も己が心境を写し出す鏡の如く、鋭敏に自分の状態を伝えてくる。
 僅かに期待した、その背に宿る疼きが治まることはなかった。
 諦念のような溜息が漏れる。慣れぬ学校での日常より、慣れ親しんだ身が動くままに剣を振るという行為が無意味だったことを悟る。やがて、完全に諦めると、誰もその場にいないことを確認し、本能が導くままに抑え付けていた力を開放した。

 一点の光すら宿さぬ漆黒の髪が、鮮やかな白髪へと変貌する。
 そして、まるで天界に住む御使のような、穢れなき純白の翼がその背に広がる。

 しかし、彼はその翼のことを何よりも嫌っていた。
 自分が忌み子として定義されたその姿を、他の何よりも嫌悪していた。

「日に日に制御が効かなくなっていく。残された時も、あと僅かか――」

 自嘲するように笑みを浮かべる。元より自分のような化生が、あのような大切な任を与えられたこと自体がありえないことだ、と。
 だが、それでも彼は思う。例え、自分が自分でなくなろうとも、必ずこの任を全うしてみせる、と。
 幼い頃、何よりも嫌いだった闇――人という存在が抱える闇から自分を解き放ってくれた恩人を護ることができる。
 かけがえのない思い出に残るあの笑顔を、自分の力で護ることができる。それを僥倖と言わず何と言うのであろうか。
 だからこそ、彼は誓う。今の自分に最期まで抗うことを。
 人として、最期まで彼を護り抜くと言うことを――。

 しかし、と彼は霧散した式の後に残る式札を一瞥し、嘆息する。
「式も増えてきたところを見ると、そろそろ西も抑えが効かないということか」
 ただでさえ、東も油断ならないというのに。
 そう独りごちると、一人のクラスメイトの姿が脳裏に浮かんできた。

 長谷川千晴。
 一見して普通の人間だ。調べた経歴にも何ら違和感のない、裏とは関わりのない一般人。
 だが、彼はあのエヴァンジェイル・A・K・マクダウェルに見初められ、ほぼ彼のグループに加わることに成功していた。
 “闇の福音”“人形使い”“不死の魔法使い”“禍音の使徒”などの数多の異名を持つ大魔法使いにして吸血鬼の真祖である、あのエヴァンジェイル・A・K・マクダウェルにその力を認められたのである。

 余程、隠行が巧いのかまだ自分はその力を計れずにいる。
 表の人間なのか、裏の人間なのか。善なのか、悪なのか。それすらもわからないまま、ただ時間だけが過ぎていくことに苛立すら憶えていた。
 そして、だからこそ恐れる。ここのところ、あの男が我が主に近づこうとしている。
 だが、斬る訳にはいかない。例え、もしただの一般人であったとしても、斬ることに関しては元より化生の身、躊躇などない。
 だが、もし万が一裏の――それもエヴァンジェイルに近い力を持った化け物だとしたら。
 そして、もしその男が、エヴァンジェイルと手を組んで、こちらに牙を向いてきたとしたら。

「今はいい。これまで貴様から悪意を感じることはなかった。だが、もし――」

 長谷川千晴が、木乃助様を貶めようとするのであれば――。

 ただ、風切り音だけがその場に響く。一瞬の内に抜刀した刀は、確かに眼前の木を通り抜けていった。
 カチン、と静かに納刀する音が聞こえる。

「その時はこの命に代えて、貴様を斬る」

 そして、彼は歩き出す。
 軋み、倒れゆく木を背に。
 己が魂に刻んだ誓いを胸に秘めて。























【あとがき】

 実は勘違い系だったでござるの巻。



[18615] 部活動烈風伝
Name: Ryo-T◆8faf544e ID:5acb7b38
Date: 2010/05/23 05:53


「お願い、します――」

 大粒の雨が少年を容赦なく打ちつけていく。とうに濡れた服はピッタリと肌に張り付き、そして彼から体力を奪い去っていく。
 寒さで、死んでしまいそうだった。このまま家に帰ってしまえばどれだけ幸せだろう。そう考えてしまったことに叱咤する。
 夢があった。
 何を犠牲にしてでも叶えたい夢があった。
 他に、好きなことなんて幾らでもある。でも、ここでしか手に入れられない夢があった。
 だからこそ、彼は叫ぶ。掠れた声で、紫色に染まった唇を震わせて。
 叫ぶ――。

「――俺を、サッカー部に入れてください!」

 部室の前で、額を地に擦りつけながら。
 無様な姿だと、人は思うかもしれない。
 笑えばいい。
 惨めだと、そう指をさして笑えばいい。

 それでも、俺は折れない。
 夢を叶えてみせると誓った。例え笑われてもいい。それでも必ず、自分自身の誓いを守ってみせる、と。
 後悔したくなかった。たった一度きりのこの時だから、今の気持ちに正直に生きたかった。

 雷鳴が轟く。
 泥と雨で汚れた顔を拭おうともせず、少年は叫び続ける。
 いつからだろうか。その少年の前に、一人の人間が立っていた。
 麻帆良と胸にプリントされたユニフォーム。邪魔にならないように、長く伸ばした髪は後ろで束ねられている。
 彼女は、疲れた表情で嘆息する。そして、少年の上に持っていた傘を差した。
 打ち付けていた雨が急に止んだことに気づき、少年は見上げるように彼女を見る。

「どうして――」

 そう彼女は問いかける。
 無理だとわかっているはずだ。
 というか、そもそもそれなりの知名度を持っている男子サッカー部があるにもかかわらず、なんでまたここに、と激しく思う。

 麻帆良学園女子サッカー部。
 部活動が盛んな麻帆良学園において、まだ同好会の域を抜け切れていない弱小部。 
 何でも強ければいいってことはない。でも、強いからこそ叶う夢だってある。
 元々、サッカーが好きで、でも女だからという理由で部に入ることが適わなかった自分にはよくわかる。
 だから、彼女にはわからなかった。
 少年が――男である彼が、どうしてそうまでして、この女子サッカー部に入ろうとしているのかを。

「君は、何を夢見てここに来たの?」

 彼女を見上げる少年の瞳は、その強い意志を示すかのように爛々と輝いている。
 問い掛けられた少年は、はっきりと己の言葉を持って、その問に応えた。

「サッカーしてる女の子が、好きだから――ッッ!!」

 雨は――まだまだ止みそうになかった。

























「という展開やったら、普通は入れるやろ。雨でドロドロの捨てられた子犬みたいな俺のささやかな願いを断るなんて、あの部長どう考えてもドSすぎやろ。でも、そんなところにも萌えとる俺がおる」
「いや、どう考えても入れないだろう。少なくとも俺が部長でもそんな変態はゴメンだ」
「いやいや、待ちって。水着のおにゃのこ視姦できる水泳部所属の鬼畜アキラ先生に言われたないわ」
「鬼畜って……。俺はお前と違って、昔から水泳やってただろうが。というか、なんでまた急に女子サッカー部なんだよ」
「俺、この前、早乙女からゲーム借りてな。キミキ――」
「OK。わかった。せめて、漫画のホイッスルかエリアの騎士にしてくれ」
「小島有希はポニテちゃうから、アウトオブ眼中やな」
「……わかった。わかったから黙れ。お前の夢は間違っている」

 新しい学校生活にもそろそろ馴染み、一緒にいるメンバーも大体固定し出した。
 そして、大河内アキラと共にいるのは、この胡散臭い関西弁を話す変態――和泉亜樹と他に二人。その二人に関してもかなり癖があるのだが、また後で語ろう。とりあえず、目の前の変態を早く何とかしないといけない。

「それで、結局どこに入ったんだ? 男子サッカー部とか?」
「そんなん入ってもポニテのサッカーおにゃのこなんておるわけないやろ。朝倉と一緒に報道部入ったわ」

 良かった、とアキラは安堵の息をついた。これで怪しげな部に入るようなら、仲良くなってしまったことに後悔せざるを得ない。
 一応、水泳部にも誘ってみたが、背中に傷があるらしく、あまり水着にはなりたくないらしい。背中に逃げ傷なんて漢がすたるとかなんとか。
 でも、とりあえずは真っ当な部に入ったようで、心から安心した。クラスメイトの朝倉も怪しげな商売をしている点で危うくはあるが、悪い奴ではない。きっと、楽しくやっていけるはずだと。
 だが、その後に続いた。「但し、女子サッカー部専属のパパラッチや! 激写しまくるでー!!」というさらにキワいセリフに突っ伏した。
 亜樹は基本的に明るくて楽しい奴だが、生粋のアホだった。まあ、でも楽しければいいか、と投げやりな気持ちで顔を上げる。
 そして、他の二人の内の一人――明石裕と目が合った。

「フンフンフンフンフンフンフンフン!!」

 ボール回しをしながら突っ込んで欲しそうにこちらを見ていた。
 無視した。

「そう言えば佐々木は何部に入ったんだっけ?」
「ちょ、無視?! 誰かそろそろ『お前はスラムダンクか』とかツッコんで欲しいんだけど! てか、そろそろ息が上がって死にそうなんですけどッ!!」
「明石が大変そうだけど、ほっといてもいいの?」
「いいからいいから」

 そう、背を押すようにニコニコ笑っている佐々木槙久に問い掛ける。
 亜樹と比べると非常に真っ当な部活選びをした裕だったが、やってることはアホの一言で終わる。
 というか、そろそろやめろよ。酸欠で目が虚ろになってきてるんだけど。
 そう思いながら、槙久の言葉に耳を傾けた。
 そして、耳を疑った。

「僕はカウボーイ部にしたよ」
「――リピート」
「カウボーイ部にしたよ!」

 そう言うと、未だにフンフンしてた裕に向かって縄を投げる。

「うげごぁ」

 釣れた。

「主にこういう活動をしてる健全な部活動さ!」
「色々ツッコむところが多すぎて、どこからツッコめばいいのかわからないんだけど」
「あ、カウボーイ部のこと馬鹿にしてるね。結構武闘派で活発な部なのに」

 武闘派なのはわかったから、とりあえず裕を離してやれよ。
 首が絞まって、さっきより余計に死にそうなんだけど。

「この前、練習場のことでイチャモン付けてきた馬術部がいてさー。先輩と一緒にこんな風に引き摺り回したら、既に馬術部掌握してたいいんちょーが出てきて、血で血を洗う抗争が」
「うん。わかった。もういいよ」

 入ったばっかりだけど、麻帆良がどういうところなのか改めてわかってきた気がした。
 とりあえず、このアホアホ空間から一刻も早く現実に戻りたいので、たまたま近くにいた柿崎美砂斗に話しかける。
 確か、この前話した時は軽音部に入ろうかとか言ってたけど、どうなったんだろうか。

「ああ、俺は応援団にしたよ」
「あれ? この前は軽音部に入るとか言ってなかった?」
「うん。入ろうかと思ったんだけど――」

 美砂斗はそう言うと、教室の隅の方に視線を向けた。
 つられるように、同じく目を向ける。

 閣下がいた。

「アレがいそうで、ね」
「確かに。メチャクチャいそうだ、な」
「アレと一緒に部活動は、流石に、ね」
「それはきつい、な」
「長谷川も気の毒に。アレに気に入られるとか」
「大変だよな」

 そう言うと二人して溜息を漏らした。
 教室の隅から聞こえるフハハハハという笑い声が、やけに大きく耳に残った。




















【その頃のアレ】



「そう言えば、お前、部活は何やってんだ?」
「フハハハ! 吾輩と茶々丸は茶道部と囲碁部である!!」

 後ろでフンフンしながら首吊ってるバカの姿が目に入って、思わず聞いてしまった。
 聞いてしまったら、困ったことに想像せざるを得ないのである。
 てか、この二人が茶道て。囲碁て。

「……えーと」








『その1 閣下とロボコップが茶道をしているの図』

 カポーン←ししおどしの音

 シャカシャカシャカシャカガッチョンガッチョンガッチョン←茶々丸、お茶をたてるの巻

「粗茶デスガ」
「結構なお点前である! フハハハハハ!!」











『その2 閣下とロボコップが囲碁してるの図』

 カポーン←ししおどしの音

 ウイーンガチョーンパチーン←茶々丸、囲碁を打つの巻

「初手、5ノ5。ゲリラ戦(乱戦)は得意中の得意デス」
「フハハハハ! ならば、次手、天元! 碁盤の中心こそ吾輩に相応しいのである!!」













「――ブボッ」

 吹いた。
 壮絶に吹いた。
 ギャグにしか思えない。というか、この格好で和室て。もはや場違いを通り越して、新たなアートかと疑う。
 だが、ここで笑ってはいけない。日本文化をこよなく愛する欧米人は大切にしないといけない。笑ってはいけないのだが、破壊力が強すぎる。
 そう、必死に笑いを堪えていた俺を見て、何を勘違いしたのか、エヴァは再び笑い出した。

「興味があるのなら、どちらの部にも入ることを許そう。ちょうど人が足りなかったのである」

 また、地雷である。
 いい加減、踏みすぎだろうと思った。
 血の気が引いたまま、なんとかそれだけは回避しようと言葉を探す。

「人足りないって。お前らの他には?」
「茶道部はマスターと私のみデス。マスターが部長で、私が副部長になってイマス」

 やばい。
 やばすぎる。
 3人だけの部活とかやばすぎる。
 完全に閣下グループ入りしてしまう。
 それは嫌だ。今までの努力が完全に無駄になるじゃないか。

「囲碁部は?」

 期待を込めて訊ねる。
 まだ、他に人がいるなら、なんとか堪えられるかもしれない。というか、原状断る理由がないが、少しでも話題が増えれば話を上手く逸らせるかもしれない。
 そうしたら、いてくれたのである。第3の人が

「吾輩たちの他にもう一人いるな」
「実力順で、マスターが副部長。私はヒラデス」

 ここだ、と思った。
 道を開くならここしかない、と。

「……3人いるなら、人数は足りてるんじゃないのか?」

 囲碁の試合は団体戦でも3人一組のはずである。
 エヴァと茶々丸と実力的に一番の部長がいるなら全然人足りてるんじゃないかと。
 そこで話題を逸らしながら、逃げる。俺は帰宅部のままでいてみせる。
 そう思っていたら、エヴァが少し残念そうに笑った。

「幽霊部員なのである」
「いや、待てよ。幽霊部員で部長ってマズくね? というか、幽霊部員に負けるお前らってどんだけ――」
「マスターも私も有段者デス」
「どんだけー」

 そう、どんだけーである。
 確かに、10万年くらい生きてそうな閣下とえらい計算強そうなロボである。囲碁鬼強そうだ。
 そして、それよりも強いとかいう謎の幽霊部長。俄然興味が湧いてきた。

「その、部長ってどんな奴なんだ?」
「強いのである。吾輩も数多の碁打ちを見てきたが、奴ほどの猛者には出会った事ないのである」

 普段、なんかよく解らん理由で褒められてる俺であるのであまり気づかないが、エヴァは滅多に人を認めない。
 そのエヴァをもってして、ここまで言わせる存在。
 下手をすると、プロより強いかもしれない。

「その人の名前、教えてもらっていいか?」

 別に囲碁に興味はない。が、もしかすると未来の有名人とすれ違っているのかもしれない。
 だから、将来名前が出た時に、今のことを笑って思い出せるように、名前だけでも聞いておこうと思った。
 そう、笑って思い出せるといいな。というか、早く思い出になるといいな。

 エヴァは少し考えて、そして神妙そうにその名前を告げた。
 ずっと先の未来に、笑って思い出せるといい。そう考えた自分だったが、その期待はあっさり裏切られることになる。
 その名前を再び耳にするのは、笑って思い出せるような思い出になる前の――ほんの1年くらい先のことであった。



「――相坂佐為。それが囲碁部史上最強の部長の名である」



 そして、後に、なんでこの時クラス名簿を見ておかなかったのかと後悔した瞬間である。

























【あとがき】

 随分久しぶりで申し訳ないです。激務で死んでました。

 多分、これから先もそうだと思うのですが、毎月20日付近が仕事の〆切なので、その前1週間ほど、家は寝るだけ生活になります。

 なので、決して前回の話で腕が疼きすぎて、第二世界の門を開いていたとかそういう訳じゃないので。

 書いた後、死にたくなったけど、そういう訳じゃないし!




[18615] 中学生日記(龍宮真也編)
Name: Ryo-T◆8faf544e ID:5acb7b38
Date: 2010/06/06 12:54



 日記という習慣がついたのは、まだ俺が幼かった頃、その生活の大部分を戦場で過ごしていた頃のことだった。
 幼いながらも戦場に身を置き、戦うことしか知らなかった俺を不憫に思ったのか、よく面倒を買ってでてくれた一人の戦友がいた。
 その戦友がつけていた日記に興味を持ったのが始まりだった。

 ――こんなとこじゃ何時おっ死んじまってもおかしくねえからな。 

 生きていた証を刻んでいる。自分がそこにいた記録を残している。
 そう照れ臭そうに笑った男の顔を、俺は今でも憶えている。
 そして、その想いが残っていたからこそ、キャンプでたった一つだけ残された彼の遺品を俺は受け継いだ。

 それ以来、この日課は続いている。
 それは例え、今のように命の危険のない平和な場所に身を置いていたとしても変わらない。
 戦友が生きていた証を受け継いでいく。
 彼が残した想いが、俺の心にいつまでも残っていくように。

 そして、いつか自分が死んだ時に、龍宮真也が生きていた証が彼と共に生き続けるように。











中学生日記(龍宮真也編)












 中学生になった。時が経つのは早いものだ。
 あの男は俺はこうして平和な世界に身を置くことを願っていた節がある。俺自身は向いていないと思っているが、こうしていることが彼への供養に繋がるのなら悪くはない。
 
 それはそうとして、新たにクラスメイトとなった中に面白い者が何人かいた。
 特に驚くべきことは、エヴァンジェイル・A・K・マクダウェルの存在だ。
 かの真祖の存在は、戦場の中でも多々耳にすることがあった。
 闇の福音、人形使い、悪しき音信、不死の魔法使い、禍音の使徒、童姿の闇の魔王など挙げればきりがないほどの異名と共に、だ。
 なるほど、その姿を見るのは初めてだが、その姿からも禍々しい気配を感じることができる。
 かの賞金首がこうして生徒として身を潜めていることを知らない学園ではないだろう。担任のタカミ・T・高畑はかの紅き翼のメンバーだったことでも有名だ。
 だとすると、学園側で保護されていると考えるべきなのか。それとも、ジョーカーとして雇われているのか。興味は尽きないが、詮索するのは危険だろう。
 だが、一応の注意はしておくつもりだ。
 どういう訳か力も抑えられているようであり、俺の魔眼を持ってすれば不意をつかれても問題ない。
 




****





 身元引受先の神社で、神主の真似事をしていたら、クラスメイトの長瀬楓に会った。
 これから修行に行くらしい。なるほど、初めて見た時から魔眼が違和感を訴えてはいたが、身のこなしは大したものだ。
 無名とは言え、油断はならない。ほぼ、俺と同程度の使い手と考えていいだろう。
 つくづく面白い学校だ。修行に同行しないかと誘われたが、これほどの使い手との初戦が訓練という点に些か勿体無さを感じて断った。
 だが、必ずいつか相見えよう。その際、遅れを取らない程度には鍛えておかなければ、な。






****






 学園長から学園への侵入者を撃退する依頼を受けた。
 つくづく俺は戦場から逃れられない運命のようだ。平和に生きることが彼の願いとはいえ、俺には荷が重すぎる願いなのかもしれない。

 それはそうと、学園長がその依頼したのは俺だけではなかったらしい。
 桜咲刹那。
 俺とエヴァンジェイルほどではないが、身体から血の匂いがしたクラスメイトだ。
 実際、腕は大したものだった。
 仕事自体はそれほど満足できるようなものではなかったが、やはりこの学園は実に面白い。そう感じた一日だった。







****








 特に何もなかった。
 そう言えば、休み時間に俺の後ろに立つという命知らずが出た。
 エヴァンジェイルの隣りの席だった記憶はあるが、誰だったか。名前が思い出せない。
 まあ、それほど必要な情報だとは思えないので、気が向いた時に憶えておけばいいだろう。







****






 喫茶店で餡蜜を食べた。
 美味すぎた。







****







 何度目かの夜の依頼の際、同行していた刹那から別件の依頼を受けた。
 マークして欲しい人間がいるらしい。怪しい動きがあれば知らせて欲しいとのこと。
 その場で始末せず、知らせるだけでいいらしい。正直、拍子抜けするほど平和な依頼だ。
 まあ、提示してきた報酬は悪くない。せいぜい、目を光らせてやるさ。
 しかし、長谷川千晴だったか。
 刹那ほどの使い手に、ここまで警戒されるとは、どんな人間か楽しみだ。








****







 長谷川千晴を見た時は正直目を疑った。
 取るに足らないと判断した人間だ。これと言って特徴のない一般人。確かにそう切り捨てた人間だった。
 だが、刹那はそうは見ていないらしい。下手をすると自分たちも問題にならない使い手の可能性があると、そう告げた。
 確かにエヴァンジェイルと共にいる点は気になる。
 あの闇の福音がその他の有象無象と切り捨てていないのだ。ただの人間ではないだろう。
 とりあえず、刹那の言葉は鵜呑みにすることはせず、注意深く観察してみる事にする。







****






 今日は初めて学食で餡蜜を食べたが、味は悪くない。どうやら食に関して言えば、ここは最良の環境のようだ。
 それはいいとして長谷川千晴のことだが、なるほど、刹那が言っていたことの意味がおおよそ掴めてきた。
 あれから、注意深く彼を観察していたが、隙だらけに見える。他の一般人と変わりない、何の変哲もない普通の中学生にしか見えない。

 だが、俺の魔眼は誤魔化せない。

 隙だらけのように見えて、アレはどんな攻撃を受けても対処できるという自信から来るものだろう。そう認識して見るとどうだ。まったく隙を感じられない。
 どうやら、俺の魔眼も曇っていたようだ。あれほどの化け物を一般人などとは。
 恐らく、最低でも高畑女史クラスの腕を持っていると考えていいだろう。下手をするとエヴァンジェイルと同等、いやそれ以上の実力を持っていてもおかしくない。
 これからはさらに注意して、奴を監視することにする。





****





 長谷川千晴が近衛木乃助に対して、なにやら話をしていた。
 刹那が警戒している理由がこれか。
 関東魔法協会の長である学園長の孫にして、刹那の護衛対象。今はまだ裏の世界のことを何も知らないただの一般人のようだが、その潜在魔力は膨大だ。利用価値は幾らでもある。
 今はまだ尻尾を掴ませないが、いつ牙を剥くかわからない。
 刹那から最初に依頼を受けた時は、始末しなくてもいいのかなどと訊いたが、これは刹那に感謝だな。
 一人で奴と相対するなど自殺行為だ。できれば、刹那に知らせるだけで留めておきたい。





****





 長谷川千晴が買い物に行くようだったので尾行した。
 フラフラと歩いているようだが、俺の魔眼は誤魔化されない。
 手芸店に入っていったところを見るに、魔力を付与させたアミュレット等の魔法具を製作するつもりだろう。
 もしかすると、どこかに販売ルートがあるのかもしれない。奴の実力の一端を知れる情報だ。調べておこう。





****





 この俺を持ってしても奴の販売ルートは発見できなかった。
 自分で使っているのかとも考えたが、それはないだろうと確信する。
 何か特殊な素材を使わない限りは、エンチャントを施した術者以上の魔法具を作ることは不可能だからだ。
 だとすると、俺でも見つけられないほど高度に隠蔽されたルートを持っているということか。
 だんだん、奴に関わることが怖くなってきた。
 早く尻尾を掴んで、この仕事から手を引こう。





****





 今日も何の変哲もない学生を演じる長谷川千晴に苛立ちを覚えていた。
 しかし、そんな俺を見て、奴は嘲笑っていたのだろう。
 いつから気付いていたのかわからない。
 僅かに気を逸らしたその一瞬の間、奴は確かに俺の方を見ていた。
 死角からでも俺の魔眼は問題ない。だが、今日は逆にそれが恨めしく思えてくる。
 奴に目をつけられるなど、死地に飛び込むようなものだ。正直、生きてる心地がしない。
 俺の魔眼を持ってしてもここまで全容を計らせない相手だ。
 迂闊に動く訳にはいかないだろう。一刻も早く始末したがっている刹那には悪いが、これまで以上に慎重に動く必要がある。
 
 しかし、気付いているなら長谷川千晴よ。そんなに美味そうに餡蜜を食う必要はないんじゃないか。
 思わず、苛立ちで引き金を引きそうになったよ。




















「最近、やたらと視線を感じるんだけど」
「あの程度の気配にすら反応するか。流石は吾輩が見込んだ男である」

 フハハハと笑い出すエヴァを尻目に焦り出す俺。
 ちょ、やっぱ気のせいじゃなかったんすか。友達いないのにストーカー被害とか誰に相談していいかわからないんですけど。
 てか、ちょっと待って。
 もしかして、今もいるの?

「ふむ、吾輩から見て4時方向から、やはり貴様を見ているな」

 4時方向って言っても人いっぱいいるじゃねえか。
 何処にいるのかさっぱりわからねぇ。

「して、どうするのだ。殺るのか?」

 そう期待するように訊ねるエヴァに俺は言った。

「いや、何もしないけど」

 というか、正確には何もできないんですけどね。
 ぶっちゃけ何処にいるのかもわからないですし。

 そして、そんなことよりも。

「なるほど、如何な手段で攻撃を受けても対処できるということか。そして、羽虫を目の前にしても己の手の内を隠し続けるか。ますます貴様のことを知りたくなったわ」

 とりあえず、先にこのエヴァの方から早く何とかしないといけない。
 なんだよ攻撃って。なんだよ手の内って。
 俺は理解をまったく得られない空しさに、さめざめと涙を流しながら、食堂の餡蜜を口に入れた。

 餡蜜は、涙の味がした。






















【あとがき】

 遅くなりまして申し訳ありません。
 ぶっちゃけこの話よりも先に“激撮!!広域指導員密着24時、改め――『撲殺熟女タカミちゃん』”というタイトルの話を必死こいて書いてたのですが、ちゃんとした戦闘シーンを真っ当に書くのがぶっちゃけ7年前の一度きりとか意味わからないほど過去だったので、まったく書き方忘れてました。
 とりあえず、そっちもその戦闘シーンが書けたらすぐ出せるところまで来てますので、次の次くらいには出せると思います。
 そんなこんなでのんびりやってますけど、宜しくお願いします。



[18615] ネギ・スプリングフィールド(♀)
Name: Ryo-T◆8faf544e ID:5acb7b38
Date: 2010/07/28 03:24








 ピンチになったらあらわれる。

 どこからともなくあらわれる。

















 火の爆ぜる音が聞こえる。建物が崩れる音が聞こえる。そして、呪いのような悪鬼の唸り声も聞こえている。
 聞きたくない音ばかりが耳を掠めて、思わず耳を塞ぎたくなる衝動に駆られる。だけど、塞ぐわけにはいかない。耳に届く不快な音に顔を顰めて、それでも俺は聴き続けた。耳を塞いでしまったら、もう一度聞きたい音すら届かなくなってしまう。

 俺は救いたかった。
 自分の大切なものを、自分の力で護りたかった。
 きっと、そのために俺は魔法使いになったのだから、と。

 でも、届かない。
 悔しさで、歯を砕かんばかりに噛み締める。
 どれだけ泣いても、どれだけ叫んでも、自分の声は届かない。
 どれだけ拳を握りしめて、どれだけ駆け出そうと足に力を込めても、自分の手は届かない。

 俺は慟哭する。喉を潰し、涙ももう枯れた。
 それでも、叫び続けた。
 無力さを嘆くように。
 この悪夢から、早く覚めるように。

 やがて、景色は切り替わる。そこは記憶に偏在するもう一つの故郷の光景。
 それは平穏で、優しさに満ちた思い出に相反する、重ね合わせの世界。
 崩れた家、焼けた庭、消えた人々。平穏の代わりに静寂が、優しさの代わりに虚無が支配した一番新しい記憶。

 その世界の中で、俺はなおも叫び続けた。
 誰かの声が聞きたかった。
 耳を塞がなくても、結局届くことがなかったあの優しい音を、もう一度だけでも聞きたかった。

 でも、聞こえない。届かない。当たり前だった音が、聞こえてこない。
 大きい声でよく怒鳴ったけど、いいことをした時は怒る時よりもっと大きな声で褒めてくれた隣りの家のトールおじさんの太い声。
 お菓子を作るのが好きで、よくケーキやクッキーをごちそうしてくれた向かいのエリスさんの明るい声。
 俺たちの話をめんどくさそうに、でもしっかりと最後まで聞いてくれたスタンじいさんのしゃがれた声。
 
 そして、強かった父さんの声も。
 優しかった母さんの声も。
 もう、何も聞こえなかった。



 ――アイツは嘘つきだ。
 
 思い出すのは幼馴染みの少女の声。忌々しいほど脳天気に、腹立たしいほど楽観的に。整った顔にそんな表情を貼りつけて、アイツは確かに言っていたはずだ。
 でも、アイツが言ったことは何一つ叶わなかった。
 父さんも、母さんも、村のみんなも。
 誰ひとりとして、助けてくれなかった。



 みんなのピンチに、サウザンド・マスターは――。
 アイツの母親は、来てくれなかったんだ。


















 悲鳴と共に、ベッドから跳ね起きる。寝惚けた頭を振って、痛いくらいに激しく鼓動する胸に手を置いて、ゆっくりと息を吸う。
 吐く。
 ボヤけた視界が徐々にはっきりしてきた。視界に広がった光景は、想像上のその時の光景でも、記憶に残る焼けた村の光景でもどちらでもなかった。
 長閑な、どこにでもある朝の姿。スズメが仲良さそうに囀り、どこからかパンが焼ける匂いが香る。本当にいつものあるべき朝の姿だ。

「――また、あの夢か」

 諦めたように、嘆息する。何度も忘れようとして、乗り切ろうとして。それでもどこかにシコリとして残っているのだろう。
 まるでそれは楔のように。吹っ切った、忘れた。そう笑顔で思えた時に決まって同じ夢を見ていた。

 故郷が悪魔に襲われた。
 十数年前に大きな戦争があった魔法世界では、割とありふれた悲劇だ。
 俺は運良く魔法学校の寮にいて助かった。すっげーラッキー。生きてるって最高。
 そう、割り切れればどれだけ幸せだっただろう。
 何も知らなければ、俺はただ笑っていられたのだろうか。
 廃墟と化した、あの村の姿を見ずにいれば、俺は――。

「……アニヤ、起きてる? 早くしないと授業始まるよ」

 ドア越しの声に、耽っていた思念を霧散させるように振り払う。
 じゃないと、俺は笑えない。笑って、アイツの前に立つことなんかできない。
 そして、俺はアイツの曇った表情なんか見たくない。何故だかわからないけれど、確かにそう思っていた。
 だから、その声に応えよう。
 暗い残り香など、決して見つけられないように。精一杯の微笑みを浮かべて。
 そうさ、俺は笑える。

「起きてるって! 今いくよ、ネギ!!」
















 俺の幼馴染みは特別だった。
 出会った時から、どういう訳か大人たちのアイツを見る目が違っていて、それを疑問に思う前に両親からアイツのことを聞かされた。
 サウザンド・マスター、ナギ・スプリングフィールド。その名の通り千の呪文を用い、紅き翼を率いて世界を救った英雄の名前。
 そして、その娘の名前がネギ・スプリングフィールド。英雄の娘、それが俺の幼馴染みに与えられていた役割だった。
 俺の父さんも、母さんも、村の人達も皆、アイツのことを気にかけていたのが子供でもよくわかっていた。
 最初は羨ましいと思った。皆に大切にされ、その笑顔に囲まれているネギに嫉妬したこともあった。
 でも、それがアイツにとって決して幸せなことではないと気付いたのは、それからすぐのこと。
 いつもたった一人で寂しそうに遊ぶアイツの姿を見つけた時、俺は思ったんだ。

 アイツは決して幸せなんかじゃない、と。
 一人でいることを寂しいと思える、普通の女の子なんだ、と。

 そして、俺とネギは友達になった。
 ネギは、俺と遊ぶようになってから、本当に楽しそうに笑うようになった。
 あの時見た寂しそうな表情なんて、今は欠片も見当たらない。あの頃と違って本当に幸せそうなネギの笑顔は、まるで咲き誇る花のようにしっかりと地に根を張って、鑑賞する人たちに暖かさをあたえる力を持っていた。
 そして俺は、そんな幼馴染みの笑顔が何よりも好きだったんだ。



















 急に揺さぶられるような衝撃を受けて、焦点の合っていなかった意識を無理矢理戻す。
 視界に映るのは、いつの間にか誰もいなくなった教室の光景と呆れたように俺を見る幼馴染みの姿。ちなみに、ネギと俺は一学年違うから、決して同じ教室ではない。
 ああ、そうか。と納得したように頭を抱えた。状況が見えてくるほど、ネギが呆れている理由がわかる。
 時計の針は、授業中に見た時のそれとは大分離れていた。授業が終わるのすら気付かずに俺は放心し続け、一緒に帰るはずだったネギを待ち合わせ場所で待たせまくって、そして心配したネギが教室まで迎えに行ってみれば、呆けたままの俺が椅子に座っていた、と。
 正直、情けなすぎる。俺はネギよりも一才も大人なのに。

「アニヤ、夜更かしは良くないと思うよ」

 そう呆れながら言ってくるネギに、俺は「違う」と応えた。そして、胸を張る。「俺は大人だから、お前と違って、色々想いに耽ることだってあるんだ」と。
 しかし、何やらわかったげなネギが楽しそうに笑う。
 何か嫌な予感がする。
 凄く、勘違いされているような、そんな気がする。

「例えば、どんなこと? ちなみに今日の晩ご飯はお兄ちゃん特製のスープだよ」

 案の定、勘違いされていた。
 スープは好きだが、全然違う。

「違う違う。全然違う。お前より大人な俺は、お前と違って崇高で、計り知れないほど重い考えをだな」
「むー。わたしとアニヤは一才しか変わらないんだから、アニヤが大人ならわたしだって大人だもん」
「そう言ってる内はガキなんだよ。たかが一才、されど一才。お前は永遠に俺には追いつけないのさ」
「追いつくもん! それにわたしだって、色々考えてることくらいあるもん!!」
「食べ物の話だろ? お子様なネギにはお似合いだよ」
「違うもん違うもん!! 食べ物のこと考えてるのはアニヤだもん!!」
「ばッ、ちげーよ! お前と一緒にすんなよな!!」

 ムキになって否定したところで、ハッと気づいた。
 視線の先にはニヤリと笑ったネギが見える。普段のネギは素直で、子供っぽい普通の女の子だ。でも、こういう時のネギは違う。
 子供っぽくて素直だけれど、それを差し引いても感が鋭くて、頭も抜群に良かった。
 ハメられた、と思う間もなく、ネギはにっこりと微笑んだ。そして、その笑顔を近づけながら訊ねる。

「じゃあ、何を考えていたの?」

 あー、と気まずそうに頭をかく。
 興味津々とばかりにさらに顔を近づけてくるこの幼馴染みには、多分適当なことを言っても通じないだろう。
 かと言って、本当のことを言ってもいいものか。俺のでも、言わんでも機嫌が悪くなるし、うーん。
 えーい、ままよ!

「――昔のこと」
「え?」
「昔のこと、考えてたんだよ」

 出会ったばかりのお前のことを、なんて言葉だけは何がなんでも死守する。
 感のいいネギにどこまで通用するかわからないけど、譲る訳にはいかない。
 よくわからないが、なんか大変なことが起きるような気がするのだ。

 そう、身構えた。
 でも、何時まで経っても、追求するような言葉はなかった。
 代わりに、少しだけ俺から離れて。
 そっか、とだけ言ってもう一度笑った。

「帰ろうよ、アニヤ」
「え、あー、うん。そうだな、帰ろ帰ろ」

 ネギのそんな態度に、なんだか肩透かしを食らったような気分に陥る。
 いや、ありがたいことはありがたい。
 だけど、なんかモヤモヤするというかなんというか。
 そんな俺の姿を見たのか、ネギは少しだけ悪戯するような表情で俺に言った。

「……でも、さっき言いかけてた続きも聞きたい、かな?」
「――お願いですから、それだけは勘弁して下さい」

 その場で祈るように膝をつく。
 そんな俺の様子に、ネギは非常に楽しそうだった。
「いいよ、もう。聞かないから」「ホントにホントだな! 嘘言ったら怒るぞ!」「聞かないってば」
 そう言いながら笑顔で教室から逃げるネギを、俺もすぐに追いかける。
「絶対だぞ!」「もう、聞かれても言わないからな!!」と、俺も笑いながら。
 そんなやりとりを何度繰り返しただろうか。
 もうすぐ、自分たちの部屋に着く。そんな時に、ネギは急に立ち止まった。
 振り返ったネギの表情を見て、俺もゆっくりと彼女に近づく。
 先程の微笑みとは打って変わって、真剣な表情で俺を見つめていた。
 思わず、ゴクリと唾を飲み込む。そんな俺を待って、ネギはその真剣な表情を崩さないまま、ゆっくりと俺に言った。

「――大丈夫。絶対に聞かない。アニヤのお願いを聞いてあげる」 

 その言葉に、俺はホッと胸を撫で下ろす。
 怒らせた訳ではなかったらしい。そりゃそうだ。別にこんなやりとりはいつだってしてるし、別にそれで怒らせたこともない。いつだってネギは笑って、俺も笑っている。今日もホントはそのはずだった。
 じゃあ、なんでそんな顔をしているのだろう。
 その疑問はすぐに解決した。
 ネギは、先程の言葉に続けるように、ゆっくりとその先を俺に投げ掛けたのだった。



 ――その代わり、一つだけわたしのお願い聞いてくれる?



















 誰にだって忘れたい過去があるように、俺にも思い出したくない黒い歴史があったりする。
 思い出すのはまだ俺がこの学校に入って間もない頃。同じく寮暮らしのクラスメイトたちと一緒に、夜の校舎に忍び込んだことがあった。肝試しだった。俺は怖くなんかないぞ。俺だって。という売り言葉に買い言葉が入り乱れた結果の痛い思い出だ。
 メルディアナ魔法学校は魔法という幽玄の彼方にある技法を扱う学び舎であるだけあって、夜の校舎の雰囲気は闇の福音が出そうなぐらいに不気味な空気が漂っていた。地下書庫に秘蔵されている封印級の魔道書から夜な夜な悪鬼が漏れて、校舎の中を徘徊しているという噂はメルディアナ魔法学校の中でも特に有名な七不思議の一つだった。
 そこに忍び込んだ俺とクラスメイトたちは、例によって途中で怖くなってしまって、その場で立ち竦んで震えているところを見回りの教師に見つかって御用。こっぴどく怒られたという経験があったりするのだ。
 お化けや悪鬼なんかより教師の方が怖いとピカピカの新入生だった俺達に植え込んだ、あまり思い出したくない過去であったのだが。

 何の因果か、それで懲りたはずの一年後、再び夜の校舎に侵入する羽目になるとは思わなかった。




「――お前、怖くないのかよ」

 そして、クラスメイトの代わりに隣りにいる少女はというと、一年前の俺たちとは比べものにならないほどに肝が座っていた。一年前の経験を経て、免疫がついた俺ですら、目的の場所を考えると前に進む足が鈍る。最も有名な怪談話の発生点である地下書庫、一年前の俺たちなら近づこうとも思わなかったその場所に向かっているというのに、ネギは怖がる素振りなんて一向に見せようとはしなかった。
 俺の隣りを歩くネギの表情は、普段の向日葵のような笑顔は鳴りを潜め、ここに来ることを告げた時と同じように真面目な表情をしていた。その足取りはまるで何かに突き動かされているように、真っ直ぐ目的の場所へと伸びている。
 そんな彼女の様子に押されるように、何も言えなくなった俺は無駄口を叩かず黙って彼女の隣りについた。
 ただ二人の足跡だけが古びた校舎の壁に反響して消えていく。徐々に重たくなっていく足取りに対して、ネギに負けたくないという一心で活を入れた。男の俺が怖がってどうするんだ。そんな情けない奴じゃないだろう、俺は。念仏のように心の中で反芻して、暗い校舎を僅かな灯りを元に歩き続けた。
 そんな最中、ネギが唐突に口を開く。俺の方を見ることなく、ただ只管に前を向いて。

「――アニヤがね、優しいことくらいずっと前からわたしは知ってるんだ」

 本当に唐突だった。動揺して彼女の方に顔を向けるが、その表情に変化はなかった。だったら、と俺もただ前だけに視線を戻した。急に頬が熱くなっているような気がするのも気のせいだ。気のせいじゃないと、負けな気がするのだ。
 声に出すとそんな自分の動揺が出てしまいそうだったから、俺は無言で彼女の次の言葉を待った。また少しだけ目的地に近づいて、ようやく鼓動が少しだけ治まってきた時に、彼女はようやく待ちわびた次の言葉を投げ掛けた。
 そして、その言葉はある意味、先程の言葉が霞んでしまうほどに、自分を動揺させるのに十分な威力を持った言葉だった。

「だから、ずっとわたしのことを恨んでることだって、わたしは知ってる。アニヤのお父さんやお母さんを、村のみんなを助けられなかったわたしを」

 そんな馬鹿な、と俺は思った。
 確かに、ピンチになったら母親が助けてくれる、なんて無責任に言っていたネギに虚無感も怒りも、悲しみも全部ぶつけたいと願った時もあった。でも、それは違うとすぐに納得したはずだった。
 ネギは何も悪くなんてなかった。同じように両親を失ったことでようやくわかったがあった。
 ネギはただ、お母さんに会いたかっただけだ。当たり前の幸せを願っただけだ。

 ネギの母親ほどではなくても、俺の父さんも母さんも強い魔法使いだった。そんな両親でも敵わない悪魔に対して、今よりもっと小さかったネギに何ができる。何もできなくて当然だ。
 それなのに、そう思って、嘘つきと罵って、自分の無力さをネギに押し付ける弱い自分を殺してきたのに、ネギは何を言っているのだ。

「アニヤは優しいから、そんな自分を押し殺して、わたしを励ましてくれた。笑いかけてくれた」

 アニヤが笑ってくれるたびに、わたしはごめんなさいって言いたかったんだよ。
 そう寂しそうに笑うネギ。その表情を俺は憶えている。見たことがある。出会ったあの頃と同じ、孤独の中で強がる曇った微笑み。俺が見たくないと願った幼馴染みの微笑み。
 同時に、思い出したことがある。
 俺が、彼女にこんな曇った表情をさせたくなかった理由。
 なんでわからないけど、と気付かないふりで蓋を占めた、出会ったあの時から続く俺の想い。
 俺は、そんなネギの本当の笑顔を見たかったんだ。
 幸せそうに笑うネギの笑顔が、俺は好きだったんだ。

「――違うッ!!」

 気がつけば叫んでいた。巡回の教師に見つかろうが知らない。驚いた表情でこちらを見ているネギにしっかりと視線を向けて、もう一度同じ言葉を叫ぶ。

「違うッ!!」「違わないッ!!」

 荒げた声が重なった。
 初めて前を向いていた足を止めて、俺に向き直る。困った時のネギ、怒った時のネギ、悔しがっている時のネギ、今まで見たどんなネギとも当てはまらない鬼気迫った表情を俺に向ける。

「どこも違わないよ、アニヤ! あの時、わたしとお兄ちゃんだけがなんで助かったのか、アニヤは知ってるの?! わたしが誰に助けてもらったのか、アニヤは知ってるの?!」

 ずっと目を瞑っていた事実がそこにあった。
 どうしてネギだけが、村で一番無力だった少女だけが助かったのか、俺は全く知らない。でも、きっと隠れてて、それで助かったんじゃないかって、勝手にそう思い込んでいた。
 いつの間にか彼女は笑っていた。寂しそうに、でもそれだけじゃない。どこかに嬉しそうな色を含んで、彼女は落ち着いた声色で言った。

「お母さんがね、来てくれたんだ」













 金具の錆び付いた地下書庫の扉は二人がかりでも開けるのに一苦労だった。
 あれだけ怖かったその場所も、入ってみればなんてことない普通の書庫だ。お化けとか、悪鬼とか、そんなものは欠片も見当たらない。でも――。

「幽霊はいるんだよな、実際に」
「お母さんは死んでなんかないよ。だから、探しに行くんだ」

 頬を膨らまして彼女が言う。そんな彼女に俺はからかうように笑いながら、軽く頭を撫でた。
 あれから、地下倉庫の扉を開けるまで、俺たちは歩きながら話し合った。ネギは、自分と姉だけが母親に救われたことに罪悪感を感じていたらしい。彼女の母親が俺の両親を救えなかったことを、母親と共に謝りたい、と。
 それに対して、俺はアホかと彼女の頭を叩いた。涙目で睨む彼女見ながら俺は笑う。
 確かに、ピンチになっても現れなかったサウザンド・マスターと、脳天気にそれを歌っていたネギがシコリとして残っていたのも事実だ。でも、実際は確かに現れていたんだ。そして、今も隣りで唸り声を上げている幼馴染みのピンチを、あの歌のように救ってくれたのだ。
 胸のつかえがとれたような気がしていた。
 ネギは嘘つきなんかじゃなかったし、それにそもそもサウザンド・マスターはネギの母親だった。
 両親のことは確かに悲しい。でも、それは俺が助けなきゃいけない存在だったんだ、と。
 ネギのピンチを救った、ナギ・スプリングフィールドのように。

「アニヤ!」

 ネギの声に、耽っていた意識を戻す。彼女は難しそうなたくさんの魔道書を抱えて、嬉しそうな表情で俺に向かって言った。

「わたしは進むよ。いつか必ず、お母さんを見つけ出す。それに強くなるよ、わたし。例えお母さんが来なくても、大切な人を護れるように――」

 いつものネギの笑顔に、やれやれと嘆息する。
 そして、俺もすぐ近くにあった魔道書を手に取り、埃を叩いた。

「じゃあ、俺も手伝ってやるよ。お前の母親が見つからなくても、俺がお前を助けてやる」

 どこからともなく現れて、な。
 そう、俺が言うと、ネギも大きく頷く。
 そして、二人して吹き出して、壊れたようにお腹を抱えて、力いっぱい笑い合った。






















【あとがき】

 幼馴染みの年下の女の子と素直になれない年上の男の子。
 これだろ? 俺達の求めたユートピアは――。
 というコンセプトで、ネギのお披露目を書いたつもりだったのですが、予想以上のアニヤの主人公っぷりに全俺が泣いた。千晴乙。

 という訳で、非常に時間が空いてしまいました。申し訳ありません。
 原因は、職場爆発しろで大体説明できるのでありますが、それ以上に『悪魔襲来時にアーニャも村にいた』と勘違いしてたことがでかいです。5回くらい読み直してる最中に、寮にいたから助かったとかいうネギのちっちぇえ台詞に気づきました。ネギ爆発しろ。

 とりあえず、口直し的な外伝なのですが、確実に感想で『鬼か、おまいは』と言われるだろうことだけ予想して、筆を置きたいと思います。かしこ。






[18615] 激撮!!広域指導員密着24時、改め――『撲殺熟女タカミちゃん』
Name: Ryo-T◆8faf544e ID:5acb7b38
Date: 2010/08/26 23:37


 麻帆良学園都市。
 明治中期、埼玉県麻帆良市に創設され、幼等部から大学部までありとあらゆる学術機関が集まった巨大学園都市。
 大学機関は最も生徒数の多い総合大学――麻帆良大学をはじめ、麻帆良工科大学、麻帆良芸術大学、麻帆良国際大学など多岐に渡り、また付属の高等学校からは進路に応じて各大学への道が開かれている。
 生徒数は本校中等部(男子・女子を含む)だけで4000名以上。その膨大な数の生徒たちを支える各種施設も充実しており、特に麻帆良湖に浮かぶ図書館島と呼ばれる巨大図書館は世界最大級の蔵書量を誇っており、一つの名所となっている。

 充実した設備と穏やかな校風。この恵まれた環境の中で生徒たちは皆、輝ける未来を掴むために、勉学に励んでいる。
 だが、光あるところには必ず影がある。
 その影――羽目を外して道を誤った生徒たちを指導する立場にある広域指導員。
 この物語は、朗らかに笑う生徒たちを見守りながらも厳しく指導する、熱き大人たちの記録である。











激撮!!広域指導員密着24時、改め――『撲殺熟女タカミちゃん』













 麻帆良学園報道部と言えば、この広大な学園都市内においても屈指の部活動である。
 主な活動は定期的に発行される独自メディア『まほら新聞』の制作。その制作においては、活動内容が6つの班に分かれ、取材・撮影から記事原稿作成業務を主とした突撃取材班、新聞紙面から折込チラシまでの仕入れ・印刷から搬入までを行う印刷購買班、広告提案営業及び原稿作成が主の広告営業班、突撃班と営業班から依頼された原稿の制作を一手に請け負う編集制作班、販売業務を一手に引き受ける新聞販売班、そしてその全ての業務を取り纏める統括本部からなり、中学生から大学生までの幅広い年代に多くの所属部員を持つ麻帆良の名物サークルの一つである。
 規模だけなら他にも名物と呼ばれる部活動は勿論存在している。同じく麻帆良全校合同サークルである『図書館探検部』や『さんぽ部』、強豪で知られるバレーボール部、ドッジボール部、新体操部、水泳部などもその所属人数なら負けてはいない。
 だが、それらの団体とは一線を画す事柄をこの報道部は持っている。その事柄とは、資本力。
 支給される部費とは別に独自の収入源を持つこの部は、麻帆良学園有数の“裕福な”部活動なのであった。

 そして、その収入源は何も“まほら新聞”だけではない。
 生徒間で公然の秘密として取り扱われる闇のマーケット。各部の(優先購入権という餌に釣られた)有志を集い、万全の体制で行われるこの闇市の主催こそ、かの報道部なのである。
 誰もがかわいいあの娘、憎いあんちくしょうの写真が欲しい。そして、その希望に応えるよう報道部突撃取材班が総力を挙げて、取材(隠し撮り)した写真が多数出回るこのマーケットは常に盛況であった。
 だが、当たり前のように、報道部のこの活動は学園側からの認可が下りていない。
 だからこそ、マーケットの前に“闇の”という言葉がつくのではあるが、この特殊なマーケットは教師からは目の敵にされていた。

 そして、今日も報道部と教師の熱き戦いの火蓋が切って落とされる。












 次々と売れていく写真。盛況なマーケットの、その光景を見て、朝倉和巳は満足げな笑みを浮かべた。
 自分たちが集めた写真を売る。それはスクープを追い求めるという最大の好事にも匹敵する喜びであった。
 情報が氾濫するこの世界において、価値のある情報など人それぞれ異なる。
 それぞれの最高の情報を集めたこの市場より優れたメディア市場など存在し得るだろうか。一つの至高のメディア・リテラシーの形がここにある。メディアにおける楽園というものが仮に存在するとすれば、即ちそれはこの場のことであると朝倉は心から思っていた。
 それが、自分にとってどれほど嬉しいことであろうか。
 そう、一人離れた場所から笑っていた朝倉だったが、不意に後ろから肩を叩かれ、振り返る。
 そこには同じ突撃取材班所属のクラスメイト――和泉亜樹が、人懐っこい笑みを浮かべて立っていた。

「流石に余裕やな、突撃班の若きエースは。そないに自分の作品に自信あるんかい」
「まあ、自信はあるよ。そういう和泉こそ上々の成果じゃないか?」
「女子サッカー部への情熱は誰にも負けん。志同じくする人間にはその魂が伝わるみたいやね」
「取材対象としてかの部を選んだ君の慧眼、畏れ入るよ」
「いやいや、学園都市全体から目玉と言われるようなものばかりを取り揃えた朝倉センセにはまだまだ敵わんて」

 互いに言葉に、ニヤリと笑い合う。
 それぞれ自信があるからこそできる言葉の応酬。己が作品こそ至高の逸品であると疑わないからこそ、相手の作品を褒め讃えた。
 一見して、趣味の悪い行動であったが、それは互いに理解しているからこそ生まれたやり取りである。情報は等価値ではない。その大前提があるからこその言葉であった。
 だが、理解し合っているからこそ、これ以上の言葉が必要ないことであるのも事実だった。
 マーケットでは一般流通は流石にできないレアものオークションが始まり、大きな歓声が上がっている。
 宴はたけなわと言ったところだ。
 
「で、そんなことを話すために来たんじゃないんだろ?」

 朝倉はそんな賑やかな光景に対して、憧憬を込めて見ながら言った。
 自分はゲストではなく、主催側。華やかな表舞台をゲストと共に楽しむ資格は持っていない。
 そう固く意志を持った朝倉に対して、やれやれと和泉は頭を振った。
 少しは肩の力を抜いて楽しめばいいのに、と。

「新田は第2防衛線で抑えたと統括本部からの連絡や。ただ悪いニュースも、一つ追加しとる」
「高畑か?」
「ご明察。現在、第3防衛線まで突破。第一空手部と第二剣道部が交戦中らしいんやけど」
「デスメガネ相手じゃ、時間の問題だろうね。で、俺たちはどうすればいいのさ。統括本部は何と?」

 時間稼ぎにしかならないのなら、進行を前倒して、巻いて終わらせるべきだろう。
 もちろん、ある程度顧客も覚悟してここに来ている。が、もし広域指導員に摘発を許したら、必ず次のマーケットの売上に響いてくる。
 今やマーケットの売上は報道部の予算を組む上でも大きな存在だ。報道部が摘発される訳にもいかないが、ゲストに不利益を被せる訳にもいかない。
 ましてや、相手がこの数多の猛者を抱える麻帆良学園都市において、拳一つで数々の馬鹿騒ぎを鎮圧してきた学園都市最強の広域指導員――タカミ・T・高畑である。仕方ない、と朝倉が諦めたような表情で、マーケットを統括する班長に緊急退避警報発令を進言しにいくのも致し方ない行動であっただろう。
 しかし、そんな朝倉に対する和泉は笑顔だった。巻きで進行することは同意見だったようだが、緊急退避警報は出さなくていいと朝倉に告げる。
 納得がいかない表情の朝倉に、和泉は先程直に聞いた統括本部長の自信に溢れた言葉を再現するように言った。

「なんでも、秘密兵器があるみたいやで。あの慎重な部長が、あないに自信満々に告げるような、新兵器がな」

 普段の統括本部長の姿と重ねて、朝倉は驚きで目を見開く。
 その秘密兵器が何なのかわからないが、そこまで部長が言う限りは信頼できるものなのだろう。
 踵を返して、舞台裏の班長に進言に向かう。
 でもそれは、中止の旨ではない。巻きでオークションを進行するように、との言葉を伝えるために。














  

「――セイッッ!!!」

 放たれた渾身の一撃は、タカミを驚嘆させるに十分な力を持っていた。
 だが、所詮は表の業。気も、魔力も纏っていない素の拳である。込められた気迫には目を見張るものがあったが、それでも裏である自分には児戯に等しい。
 掠るように拳の横を通り抜ける。そして、スーツのポケットから出した拳を握り、ガラ空きになった胴に打ち込む。
 苦悶の声を上げて、青年は倒れ伏した。

「本当に、仕方のない子たちだ」

 煙草を取り出して火をつける。教師――しかも、広域指導員という立場にあるタカミが神聖な学び舎の、その校舎内で喫煙することに躊躇がない訳ではない。
 しかし、それでも抑えきれない衝動があった。吐き出した煙の先に見える倒れ伏した道着姿の生徒たち。つい数ヶ月前まで目を瞑っていても捉えられると思っていたその少年たちの拳は、まだまだ未熟であるものの確かに成長していた。
 所詮は表の業。そう言い放った拳に、どれほどの研鑽が、想いが篭っていたのか。
 仕事の終わりの一服は格別なものだ。だからこそ、教師である彼女にとって、少年たちの成長が煙草の味をより深い味にしてくれる。まだまだ成長途中、終わりではない。だが、その天まで届かんと藻掻く少年たちの研鑽を確かめられたことは、己の戒めを解くに十二分に値することだった。
 ふぅ、と一息吐いて、持ってきた携帯灰皿に灰を落とし、揉み消す。
 まだまだ火を消すには早く、燃え尽きる前の煙草の葉は残っていた。
 だが、それでも彼女は煙草を懐に仕舞う。
 肌を震わせるほどに強大な気配の持ち主が近づいてくる。
 その者の前に煙草を吸い続ける余裕など、僅かばかりも与えてはくれないであろうことを理解して。

「あまりかわいい生徒たちに手を上げたくはないんだけどね」
「そいうワリには嬉しそうアルネ」

 コツンと。
 リノリウムの廊下を弾くような足音が響く。
 現れたのは見知った生徒。褐色の肌と肌に貼りつくようにタイトなトレードマークの黄色い服。まだ幼さが色濃く残る容貌は、これから始まる戦いへの期待で楽しそうに口元を歪めている。
 その様子に、タカミはやれやれと頭を振った。

「朝倉君に頼まれて仕方なく――という訳ではなさそうね。違う?」
「そアルナ。頼まれたのは部長で、仕方無くでもないネ。我只要和強者闘(俺が望むのはただ強者との戦いのみ)。この学校に入ってからオレはずっと――」

 ――高畑老師、アナタと本気で戦ってみたかった。

 そう告げると、彼――古菲は両手を大きく開き、腰を落とす。
 戦いを避けられないと理解したタカミはゆっくりと正眼に拳を構えた。
 空気が張り詰めていくのを感じる。どちらともなく始める名乗りは、互いに強者だと認め合った証であり、戦いの始まりを告げる鐘の音でもあった。
 
「麻帆良学園都市広域指導員、タカミ・T・高畑――」
「麻帆良学園中等部、中国武術研究会、古菲――」

 ――参るッッ!!

 瞬時に詰めた間合い。鋭く突いた拳がぶつかり合う。一寸の狂いもなく最短距離で鳩尾を狙った古菲の拳を迎え撃ったタカミは、驚愕に彩られた表情で彼を見る。
 疾い。そして、強い。
 その業は決して裏のものではない。しかし、表の域は優に超えている。拳に残る僅かな痺れが、目の前の少年が今までの生徒たちとは一線を画した実力を秘めていることを明確に告げていた。
 インパクトの瞬間、僅かに顔を顰めた古菲はそれに構うことなく、次の一手を指す。出した拳を大きく引き、巻き込むように反転し跳躍。顔の側面目掛けて、全体重をかけた回し蹴りを見舞う。
 入る、と確信を持った一撃。しかし、高速で放たれた連続攻撃に対して、タカミの表情はまだ余裕を残していた。脇を締め、腕を使ってその蹴りを防ぐ。そして、死に体になった古菲の脇腹目掛けて、空いた拳を突き立てる。

 ――強い。だが、まだ荒い。

 しかし、この一戦でますます彼は強くなるだろう。そんな未来予想図を描き、顔を綻ばせる。しかし、その表情は一気に緊張したそれに塗り替えられることになる。
 大きく吹き飛ばされた古菲は、脇腹を抑えながらもゆっくりと立ち上がった。通常なら耐え切れない一撃を堪えた理由。それは、タカミの腹部に突いた足跡がはっきりと物語っていた。
 死に体だったはずの古菲は、無理矢理上体を逸らし、蹴り足とは逆の軸足を刺すようにタカミの腹部に打ち込んだのだ。
 その反動で僅かばかり後ろに下がることができ、タカミの拳の威力を軽減することに成功している。
 並の人間にできる反応ではなかった。十二分に素質を持った逸材。荒削りながらも大きな輝きを見せる原石を前に、タカミは身震いする。 
 その原石が、この学園の中で磨かれていくだろう未来に。
 その業も、力も、そして発想も、これからさらに育っていくのだ。この学園にはそれだけの環境がある。

「――――痛かたネ。やっぱり強いアル。高畑老師」

 まだ痛む脇腹を摩りながら、古菲は嬉しそうに言った。
 発展途上の表の業とは言え、ここまで鍛え上げたのだ。この学園に来るまで、恐らく本気で戦える相手などいなかっただろう。
 しかし、その表情からは憤りなどの負の感情は一片たりとも存在しない。井の中の蛙であったことを呪うことなく、それを受け入れる素直さとより高みを目指せる喜びに満ちている。
 本当に、素晴らしい生徒だ。タカミは緩んでいく表情を引き締めるのに必死だった。
 ならば、応えよう。今まで彼が堪えてきた孤独を、私がこの手で払おう。
 先が見えないなら私が導こう。暗くて見えない道の灯火になろう。

「このまま古菲君と手合わせするのも楽しそうなんだけどね」
「うむ、まだまだ足りないアル。手合わせするネ」
「いや、私にも仕事があるから。だから――」

 タカミはゆっくりと両手をパンツのポケットの中に入れる。本当に強い相手にしか見せない、タカミ本来の構え。
 流石に咸卦法は出せない。そんな大人気ない真似はできなかったが、それでも一つ手札を切ろう。
 構えた古菲の手が衝撃に跳ね上がる。己の間合いの外からの、まったく視認できない一撃に驚愕して、タカミに目を向ける。
 しかし、対するタカミは先程から変わらぬ構えで、悠然と古菲に微笑みかけていた。

「最初はサービスだよ。これが本当の私の力」

 そう微笑むタカミに、古菲はさらに闘志を剥き出しにして笑った。

「上等アル。手加減ナシでお願いするネ」

 次の瞬間、古菲の姿が掻き消える。
 ――活歩。形意拳、八卦掌に伝わる特殊歩法。脚打七分・手打三分の拳訣の元、自在に俊敏なる動きを可能にする技。
 瞬動ではない。しかし、見紛うほどに古菲のそれは卓越した技術と功夫が積み重ねられていた。並の使い手なら見失ってもおかしくない。
 だが、タカミは並の使い手ではなかった。
 その動きを見切り、さらに上回る疾さをもって拳を走らせる。居合い拳。刀の代わりに拳を、鞘の代わりにポケット用いて行う神速の居合。
 しかし、古菲はそれを弾いた。見切ったのか、それとも感か、偶然か。打点をずらして、顎を打ち抜くはずだった拳を肩で防ぐ。
 そして、尚も加速する。
 瞬時にタカミの目の前に現れた古菲は、大きく床を踏み抜いた。その震脚から伝わる力を集約し、前へ――。

 ――貼山靠。

 背面による体当たり。懐に潜り込んだ回避不能のその一撃にタカミも堪らず後方へと弾き出される。
 だが、あくまでも弾き出されただけだ。当たる瞬間に後ろに跳んで衝撃を逃がす。古菲が先程行ったことを意趣返しされたようなものである。
 手応えのなさを実感していた古菲はそこにさらに一歩詰め、嵐のような連打を放った。

「ハイハイハイハイハイッッ!!」

 拳撃、蹴撃。タイミングをずらし、角度をずらし、虚実を織り交ぜた中国武術ならではの連撃。
 しかし、そのどれもが空を切る。その拳は半身で躱され、また足は潜るように躱され、ある時は片手で軽々弾かれた。
 ならば、と古菲は一旦距離を置く。そして、先程以上に大きく震脚。突進しながら拳を突き出した。
 弓歩沖拳。最大速度による最大威力の一撃。柳のように捉え所の無いタカミに業を煮やした上での決断だった。

「今のは良かったよ」

 しかし、当たると思った瞬間、タカミの姿が幻のように消え去る。
 その声は背後から聞こえてきた。驚きで目を見開いたまま、しかし何とか体勢を取り直そうと反転した。
 だが、足が言うことを聞かない。
 そのまま縺れ、倒れ伏す。あとから顎に走る痛みに気付き、今自分がどうしてこのようなことになっているのかを理解した。
 立ち上がれない。揺れた脳は容易に古菲の平衡感覚を奪い、四肢の反応を鈍らせた。
 でも、諦めきれない。
 こんな戦いはもうできないかもしれない。こんなにも楽しい、心踊る手合わせは――。
 そう考え、必死に立ち上がった。でも、やはり立てなかった。
 仰向けに、大の字になって倒れる。衝撃で息が漏れ、そして観念した。
 そう、戦えない。
 今の自分では、もうこれ以上戦えない。
 だから――。

「――――またやるアル!!」

 だからこそ、古菲は言った。
 参った、なんて言葉は死んでも吐かない。次はもっと強くなる。そして、もっといい戦いをしてみせる。
 その言葉に、タカミは苦笑する。やれやれ、と呆れたように。でも、確かに嬉しさが篭ったタカミの返答に、古菲もまた笑顔で頷いた。
 辺りに、ライターの石が擦れる音が響く。
 ゆっくりと煙草を吐き出すタカミのその表情は、古菲の贔屓目に見たとしても、満足気に笑っているように見えた気がした。















 まあ、大分時間をかけたしね。
 それが目的地の閑散とした様子を見たタカミが呟いた言葉であった。
 恐らく、ギリギリまで粘ったのだろう。微かに残滓として残るその熱気は確かにここが報道部の闇のマーケット会場だったことを証明している。片付けきれなかったパイプ椅子や長机などは残っているものの、商品である写真やリストなど、そのバカ騒ぎの主催が報道部だったという証拠になるものは一切残されていなかった。
 しかし、そんな散々たる結果ではあったが、タカミの表情は明るかった。
 自分たちを止めるために出張った各武闘派部活動の部員たち、先程自分を大いに驚かせた古菲に、それだけのメンバーを足止めとして揃え、参加者を誰一人として犠牲にすることなくイベントを成功させた報道部の手腕。
 そのどれもが確かに成長している。
 確かに褒められたことではない。でも、この学園で研鑽し、確かに大きく育っているのだ。

「――次は、もう少し本気を出そうかな」

 もう一度独りごちる。
 ほんの少しだけ悔しさを滲ませて、そう締め括ったタカミはゆっくりと会場を後にした。















 こうして、広域指導員と麻帆良学園報道部の戦いの一幕は終演した。
 しかし、これはあくまでも広域指導員としての活動のごく一部にしか過ぎない。
 麻帆良学園都市。数多の学生を抱える巨大学園都市の平和を護るため、戦え! 撲殺熟女タカミちゃん!!
 学園都市の悪い子たちに、明日も繰り出せ! マジカル☆豪殺居合い拳♪































【あとがき】

 今回の更新で『フルTS』という看板を降ろしました。
 色々先のネタを考える限り、原状4人だけそのまんまの性別で行きたいと思っています。概ね、ネタのためというか、そっちの方が笑えるか萌えるかどっちかが跳ね上がるので致し方なく、という理由です。
 3人は、ですが。

 完全に前回ミスりましたよ。
 スタン爺さん忘れてた。
 という訳で、自戒を込めてスタン爺さんはそのままにしときますが、爺さん入れてもTSしないキャラは4人です。もしかしたら増えるかもですが、この縛りは出来る限り守っていきたいと思ってます。

 というか、閣下二回連続で書いてないよ。そろそろ禁断症状やばいよ。やばいよ。

 ※そして、彼とからんま状態でミスってた部分を直しました。
 タカミはアレなんですよ。
 正直、前半は全然キャラが掴めてなかった時期があって、もういっそ男で書いちまって後で直せばいいんじゃね?とか思ったら後半は割と掴めてきてそういうことしてしまってたのをうっかり忘れてました。
 と、すごくいいわけです。
 sgさん、本当にありがとうございました。



[18615] バカとテストと吸血鬼
Name: Ryo-T◆d978ac80 ID:80eb9b8e
Date: 2011/02/21 02:16

【第一問】

問 以下の問題に答えなさい。

『1789年にフランスで起こった代表的な出来事と当時のフランス国王の名前を答えなさい。』



 
長谷川千晴の答え
『出来事……フランス革命』
『国王……ルイ16世』

教師のコメント
正解です。フランス革命におけるルイ16世の処刑をもって、フランスは絶対王政から民主主義へ転換します。授業では答えられなかった問題をよく復習しました。





超連杰の答え
『出来事……バスティーユ襲撃』
『国王……ルイ=オーギュスト』

教師のコメント
正解ですが、確かにこちらのミスでした。1789年~1794年に起こった出来事は、というのが正しい問題でした。しかし、それだけ理解しているなら素直に流してくれても良かったのでは、と言ってみます。





神楽坂明日那の答え
『出来事……なんとかかく命』
『国王……ピエール・エスカルゴ』

教師のコメント
すごくがんばったことはわかりますが、せめて革命くらいは漢字で書いて下さい。




古菲の答え
『出来事……天下一武道会』
『国王……チャパ王』

教師のコメント
訊きたいのはあなたが戦ってみたい舞台と王じゃありません。




早乙女ハルトの答え
『出来事……フランス革命』
『国王……佐天ルイ子16世』

教師のコメント
確信犯すぎて泣けてきます。愛も程々にして下さい




エヴァンジェイル・A・K・マクダウェルの答え
『出来事……吾が居城の便所が詰まった。吾輩すごく困った。』
『国王……吾輩が育てた』

教師のコメント
嘘吐くなと否定できませんが、とりあえず黙れ。












バカとテストと吸血鬼










 タカミ・T・高畑の朝は早い。
 クラス担任以外に広域指導員、そして夜の警備と多忙を極めるタカミにとって、通常の業務の遅れが出てしまうことは仕方のないことだった。しかし、彼女が持つ生来の生真面目さがそれをよしとはしなかった。だからこそ、疲れた体に鞭を振るってもこうして誰よりも早く職員室を訪れ、溜まった教職員としての業務をこなしていくのだ。
 しかしながら、いくら生真面目な性格と言えども、疲れは等しくやってくる。軽快にキーボードを弾きながらも時折溜息が漏れてくる。専門は英語であり、元々ネイティブに近いからこそ、普段なら苦とも思わない作業である。だが、流石に試験問題の作成となると、多少は頭を捻らなくてはならなかったし、それは疲れ切った頭には堪えた。気分を変えるために、と大きく伸びをして開けっ放しになった窓の外へと視線を向ける。
 窓からの景色は青く輝く空が広がっていた。五月晴れというには少し梅雨に近づいたというのに、それでも、時折頬を撫でる風からは湿気などは感じられない。
 ははっと、そんな爽やかな風を浴びながら彼女は笑う。
 そう言えば、あの時もこんな風が吹いていた。あれは今と同じように、中間試験の問題に頭を悩ませていた頃の話。ただ、今とは違って、作るのではなく、解く方に悩ませていた頃の話だ。

「また、前みたいに困ってるのかな。彼は――」

 そう、空を見つめながら想いを馳せる。
 彼女が過ごした掛け替えのない日々の思い出。
 彼と出会い、過ごした色褪せないあの頃の騒がしい日々の思い出に。












 元風紀委員、タカミ・T・高畑は怒り狂っていた。
 授業が終わって、友人たちと過ごせる昼休みだ。この学園に転入して、初めて過ごした学校生活という時間にはまだ慣れてはいない。時折、脳裏に浮かぶ悔恨の念が、穏やかな流れに身を委ねようとしている自分を阻んでいた。
 本当に、自分はここでこうしていていいのだろうか。そう思う度に、思い切り頭を振って否定した。彼を託された自分が率先して導かないでどうする、と。今は亡き師が望んだことを、不肖の弟子である自分が答えないでどうする、と。
 だから、未だに慣れてはいないものの、戸惑いながらも出来たばかりの友人に笑いかけることが出来た。くだらない話に、一緒になって笑い合うことができるようになったのである。
 そのため、この昼休みという時間をタカミは非常に大切に思っていた。師の想いに応え、次第に彼を導けるよう変わっていく自分に対して喜ぶ。そんな貴重な時間だったのだ。
 それなのに、その貴重な時間をぶち壊した奴がいる。絶対、ぶちのめす。捻り潰す。それは「お願いだから頼む」とあまり話したことのない学友から泣きつかれ、一緒にお弁当を広げていた友人たちが「大変だね」と乾いた笑みを浮かべた瞬間からの決定事項だった。
 怒りを表すように廊下を踏みしめる。その足音とは違った騒がしい音が聞こえるので、自分が呼ばれた原因はよくわかっている。
 というより、自分が呼ばれる原因がほとんどそれの対処なので、もはや確認するまでもない。
 騒ぎの中心を囲うように人だかりになっているのをかきわける。かきわけた学友たちは自分を見る度に口々にその名前を呼ぶ。

「高畑委員だ」
「委員様が来たぞ」
「じゃあ、俺は今日は委員様に食券5枚だ」
「私はその逆に食券10枚!!」

 全くもって腹立たしい。
 大体、自分はもう委員じゃない。入ってたった1ヶ月でクビになったのだ。
 なのに、委員ってなんだ。私を呼ぶならちゃんとした役名があるだろう。

「来ましたね」

 そう人だかりの中心近くにいた人に声をかけられる。
 見知った顔だった。自分に風紀委員を辞めるように告げた人物がそこにいた。
 現風紀委員長――源静馬。穏やかな声に見合った表情で微笑む彼に、タカミは一つ溜息を漏らす。
 若干二年生で風紀委員長という役職に抜擢されながらも、彼はあまり騒ぎを止めようとはしない。学生なんだから、騒がしいのは当たり前だろうと、そういうことを平気な顔で宣う人だ。
 だから、騒ぎを前にして穏やかに佇む彼に対して若干恨みがましく殺意を込める。そんな目で見られても、彼は相変わらず柳のようにいなして、タカミに言った。

「今日もお願いします。マクダウェル係のタカミ先輩」
「言われなくとも」

 そう。言われなくともぶん殴る。
 そう決めた。楽しい昼休みをぶち壊された恨み。まだ昼飯食えてない恨み。鬼の風紀委員と呼ばれた頃に、その対策に走り回された恨み。そして、あまりにも同一案件が多すぎたため、自分の仕事と誇りにしていた風紀委員という役職をクビになって、委員としても認められていない訳のわからない係を押し付けられた恨み。
 その他諸々を篭める。拳を握りしめて、輪の中心に出る。

「フハハハハハ! よくぞここまで来た、タカミ・T・高畑!! 今日こそ貴様を吾輩の蝋人形にしてくれるわ!!」
「――この、バ閣下がぁぁぁぁあああああああっっ!!」

 やんややんやと周りが囃し立てる。
 そして、その声は悲鳴へと変わる。
 未だ完成には至っていない豪殺居合い拳。中途半端に混ざり、自身でも制御できていない咸卦法が爆発する前に、その拳をちっこいデーモン閣下の顔面へと叩きつけた。
 吹っ飛ぶエヴァンジェイル・A・K・マクダウェルと、その余波に巻き込まれて吹き飛ばされるトトカルチョしていたバカ共の姿に、ほんの少しだけざまあみろと思ったのは、タカミの秘密である。










 
 エヴァンジェイル・A・K・マクダウェルとの出会いは紅き翼と別れ、黄昏の御子を伴って麻帆良学園に来た時に遡る。
 ナギに連れ回されたことで既に顔見知りになっていた学園長――近衛九重は、嫌味のない優雅な振る舞いで彼女に告げた。

「紅き翼のタカミ・T・高畑。主にお願いがありんす」
「はぁ」

 そう上品に口元を隠す学園長に対して、少し身構える。
 関東魔法協会の長である彼女は、その立場にして、妙に悪戯心が過ぎるきらいがある。
 ナギはあの性格だから、飄々とそれをかわすか、寧ろ面白がって首を突っ込んでいた。
 かわした時はいい。首を突っ込んだときに関しては、その度に師匠のカグラさんと共に頭痛を堪えたものだった。
 だからではないが、この粛々とした女性に、タカミは苦手意識を持っていた。
 そして、ナギとは違い、世話になっているこの女性を裏切れない。断ることなんて出来ない。
 だからこそ、彼女がお願いといった時、何を言われるのかと身構えたのだ。
 そんなタカミの姿を見て、学園長はケラケラと楽しそうに笑う。

「そう身構えないでくんなまし。主に頼みたいことは、そう手数ごとではありんせん」
「はぁ。それで、その頼み、というのは」
「なぁに。わっちの願いとは、ただ主に学園に通って欲しいだけでありんす」

 と、その時はそんな風に笑っていたのだが、気付くべきだったのだ。
 その時の学園長の表情が、ナギが嬉々として首をつっこむような面倒事を頼んだ時と同じ顔をしていたことに。

 そして、騙されて転入した初めての教室で、たまたま、というか明らかに意図的に隣り合わせられた生徒は、割と昔からの顔なじみで。
 しかしながら、その昔なじみはどこをどう間違ったのか訳の分からない格好で、訳の分からないことを宣う奇っ怪な存在へと変貌を遂げていたのだ。

「フハハハ! 実に久しいな、タカミ・T・高畑よ!! 貴様が此処にいるということはナギも来ているということか!!」
「いや、来てないけど。それ以前に何なの、その仮装は」

 そして、今に至る――。










 そんなこんなで、残り少ない昼休み。
 タカミはお昼ごはんを食べるのも諦めて、ぶん殴ったエヴァの首元を掴んで引き摺っていた。
 忌々しいことに源風紀委員長は、一発殴った後も日頃の恨みを込めて殴りまくるタカミを制して、こんなことを言いやがったのだ。
 曰く、「学園長が呼んでるから、マクダウェル先輩と一緒に学園長室までお願いします」
 なんとなく、楽しそうな学園長の顔が浮かんだ。
 間違いなくロクでもないことだった。
 だが、それでも行かざるを得ないこの性格が恨ましい。
 癖になりつつある溜息を堪えて、改めて表情を引き締め直す。
 弱いところを見せたら、さらに面白がって厄介事を増やすに決まっているのだ。
 だから、内心嫌々であったが威勢よく学園長の執務室の扉を叩く。

「タカミ・T・高畑とボロ屑です。麻帆良学園が長、近衛九重殿の招集に参上致しました」
「フハハハ。ボロ屑とは言うではないか、タカミよ。貴様のツンデレも吾が配下に加わるとなると心地良い。吾輩が本来の力を取り戻したのなら――」
「うるさい黙れ」

 ノックする手を止め、掴んだエヴァを扉に叩きつける。
 ぴぎゃ、と轢かれたような声を上げて沈黙したエヴァを再び引き摺って開いた扉を潜る。
 すると、相変わらず何歳なのかわからない学園長が胡散臭い笑み浮かべて座っていた。

「よくぞおいでなんし。ゆるりと寛いでゆきなんせ」
「はあ、どうも」

 初めて会った時から変わらず、この御仁は苦手である。
 ついでに、応接用のソファーに座った時、ようやく先客がそこにいた事に気付いた。

「遅かったですね、タカミ先輩」

 源静馬であった。いつ先回りしたのか、えらい寛ぎようだった。
 その言葉を無視して、いつの間にか置かれたお茶を飲む。あはは、と静馬は笑った。こちらの悪意に気付いているのか、気付いてないのか。掴み所がないが、一つの純然たる事実がタカミに一息吐くだけの余裕を与えていた。
 あまり信じられないが、先程からこちらを手のひらで傀儡としている静馬はあくまでも一般人である。
 一般人である彼がいるこの場で、裏のややこしい話を振られることはないだろう。
 エヴァと一緒に、という時点でかつてないほど覚悟を決めていたタカミであったが、静馬の存在である程度柔らかい表情に戻ってきた。
 それが束の間の休息とも知らずに。










「――で、勉強ですか?」
「うむ、勉強でありんす」

 学園長に言われたのは、自分の足元に転がって、さめざめと泣くバカが見た目同様バカだったという話だった。   
 1年、2年とまったく勉強しない。テスト酷い。所属クラスの足引っ張り過ぎで担任かわいそうです。
 そんな話だった。

「僕としては別にどうでもいいと思ってるんですけど、ただ何とかできそうな人が今年の春から転入してきてくれたんでこりゃ幸いと」
「わかったから、静馬。君は黙っててくれ」

 やれやれと額を押さえる。
 ある意味、ややこしい事態ではあったが、自分にとっては実に僥倖な願いではあった。
 元々、生真面目な性格のタカミは授業サボりまくり、問題起こしまくりのエヴァに対して、やっぱり思うところがあったのだ。
 こうして、些細なところからでも、彼を更正できるのは願ってもないことである。

「待つのである。この吾輩が無知であると? この500年生きた真祖たる吾輩がそんなことある訳――」
「黙りなさい」
「マクダウェル先輩は500歳じゃなくて10万歳でしょう。間違えちゃ駄目じゃないですか」
「お前も黙れ」

 そうして、再び静寂を取り戻す室内。静かに状況を見守っていた学園長が、視線でその返答を促してくる。
 横を見ればいつもと変わらない静馬の微笑みが見える。どう答えるのか、既にわかっているような表情に、再び頭痛が込み上げてくるような気がする。
 下を見る。ズタボロになったエヴァが、断れ断れと呪詛のように呟いていた。なんとなく、視線がスカートの中に向いているような気がしたので、力いっぱい踏み抜いておいた。
 そして、学園長へと視線を戻す。
 タカミの返事は勿論決まっていた。

「わかりました。その役目、未だ不肖の身ですがお受けしましょう」
「よろしい。では、その任をもって、主に新たな役目を与えりんす」

 学園長は持っていた扇を開くと、優雅にその役目を告げた。
 そして、その日から、麻帆良学園中等部に新たな委員が誕生した。

 ある一人の生徒から学園の秩序を護る、崇高なその委員の名前は。
 閣下担当委員と、そう名付けられた。











「いやぁ、楽しかったなぁ。あの時は」

 あの頃のことを思い出す。ナギと別れて、師匠が去って、そして失意のもとで辿り着いたこの学園。そこで過ごした日々は、本当に楽しかったと今だからこそ思う。
 閣下担当委員になってからというもの、休まる暇なんて全然なかった。授業をサボろうとするエヴァを力づくで席に座らせ、授業中に寝ているエヴァに気で強化した消しゴムをぶん投げて。
 でも、そんな日々があったからこそ、こんな風に自然と楽しいと思える自分になったのだと、そう思うのだ。

 ――なんでこんな問題もわからないんだ! 君は本当に真祖なのか?!
 ――フハハハ! この吸血鬼の真祖たる吾輩に社会など不要!!
 ――社会が出来ないから、そんなにアホなのだ、君は。いいからやれ!
 ――フ、ハ、は。タカミよ。吾輩は褒められて伸びるタイプだ。殴られても伸びぬぞ。
 ――いいから黙れ。そしてやれ。

 ふと、あの頃の思い出が脳裏を過ぎっていく。
 どれもこれも、掛け替えのない。私自身の思い出だ。本来なら吸血鬼の真祖たる彼に、そんなことをすればどうなるかなんて、恐ろしくて考えられない。でも、例え力を封じられていなくとも、付き合った今だからこそ言えることもあるのだ。
 彼は、きっと変わらない。
 女子供には手を出さない。悪の魔法使いと言いながら、どこか間の抜けた賞金首。
 変わらない。きっとどうなろうと私は彼と友人になったし、彼を悪い奴とは思わなかった。
 やがて、時は経ち、同級生から教師と教え子の関係になって。
 でも、やっぱり変わらない信頼を彼に抱いている。
 だから、当時の自分と同じ役目を授かっている彼には、気の毒だと思う気持ちは勿論あるけど、知って欲しいこともたくさんあった。

 そして、タカミは自分のディスプレイへと視線を向ける。
 そこには作りかけの中間試験の問題があった。自分が担当している英語は彼の得意分野だったけど、勿論彼の苦手な教科も試験が近づいていて――。
 そして、彼女は少し意地の悪い笑みを浮かべる。
 もうあの頃のように無理矢理勉強をさせる訳にはいかない。勿論、気で強化したチョークを投げるくらいはするが、彼の傍らで共に歩むのは自分の跡を継いだ者の役目だろう。
 鬼気迫る表情で、自分に助けを求めてきた跡目の生徒の言葉を思い出す。

 ――正直、学級委員とかよりめんどくさそうな仕事なんですけど!!

 まあ、大変かもしれないけど、そんなに悪い役目じゃないよ。
 そう考えて、ふふっと笑う。
 彼は苦労するだろう。あの頃の自分がそうだったように。
 厄介事に巻き込まれて右往左往して、欲しくもない称号だけが周りに広がって。
 それでも――。

「本当に、悪い奴じゃないからね。きっとその内気付くはずさ、君もね――」

 そう、受け持っているクラスで一番気の毒な男子生徒の未来を想って、タカミは飲みかけの珈琲を静かに空に掲げた。
 
「だから、エヴァのこと、よろしく頼むよ。長谷川君」
















 ちなみに、その頃の気の毒な生徒はというと――。

「てか、なんで英語以外サボりにサボってる奴に、勉強なんて教えなきゃいけないんだよ。授業出ろよ」
「フハハハ、何故吾輩ほどの者が授業なんて受ける必要がある!」
「じゃあな。テメェで頑張れ」
「ま、待つのである!! このままだとタカミに殺されるではないか!! 助けるのである!!」

 高畑すげぇ。マジすげぇ。何でか知らんが、この弩級馬鹿にすげぇビビられてる。
 普段の姿からは想像もできないほど狼狽える閣下の姿を見て、長谷川千晴は改めてそう思った。

 そうして、なんか知らん内にタカミ・T・高畑は、担当クラス生徒から崇拝に近い信頼を得ていたのであった。

























【後書き】

 学園長→上品で悪戯っ子なクソババァ→浮かんだババァども(紫、イングリッド、アル、ナギ、狼etc)→ババァじゃなくても良くね?→つか、普通のチャキチャキババァ語じゃなくてもよくね?→廓詞
 という変遷でござんす。わちきじゃなくてわっちなのは、まあ置いといて。
 そして、タカミ、ナギ以外に初めて出てきた赤き翼がガトーさんだとは筆者自身も考えてなかったです。
 あと、タカミの口調が違うのは仕様です。若い頃はこんなんでいいんじゃないかと。それが枯れて、ああなった、と。残念すぎる。

 ここ最近、Fateのも含めていまいち面白く書けてない気がして、でも身構えて面白い話・巧い文章を書こうとする筆が一切進まないというジレンマに陥りました。
 開き直って、つまんなくてもいいんじゃね?という心持ちであっさり筆が進む辺り、やっぱ気の持ちようなんだなぁと。
 あと、ご報告ですが、残りもう少しで本編突入まで来ました。といっても、長いんですが、予定では
 中間試験の話→夏休みの話→遠足の話が終わったら本編突入します。
 そして、そうなったらようやくネギまSSと胸張って言える状態になるので、本編突入次第、赤松板に移したいと考えています。
「オメェ、これはネタすぎるから本板やめとけ」って言葉も多く頂くことと思いますが、何卒宜しくお願い申し上げます。

















【おまけ:本編に使えそうにない小ネタ】



 エヴァにお願い(1回目)

「エヴァ、お願いがあるんだ」
「フハハハ! 何のお願いか知らんが、ならまず吾輩の足を舐めろ」

 豪殺居合い拳(未完成)





 エヴァにお願い(2回目)

「エヴァ、お願いだ! 豪殺居合い拳の完成のため、別荘貸してくれ」
「フハハハ、何を言い出すかと思えば、あの忌々しい技を完成させるだと! 足を舐めるだけではすまぬわ!! 足舐めて吾輩の下僕となれ!!」

 豪殺居合い拳(未完成)×2





 エヴァにお願い(3回目)

「修行のために別荘を貸すんだ」
「フ、ハハ、ハ。貴様、その前に言うことがあるのではないか。吾輩をここまで殴ったことに対して、誠心誠意ごめんなさいするがよいわ!!」

 豪殺居合い拳(未完成)×2+ただのフック(脇腹直撃)





 エヴァにお願い(4回目)

「悪いことは言わない。別荘を貸せ」
「ひ、ひぃ! た、タカミではないか。貴様、ごめんなさいするなら今の内である! 吾輩が力を取り戻した時に命が惜しいのなら、もっと吾輩に優しく――」

 豪殺居合い拳(未完成)×2+ただのフック(脇腹直撃)+ガトリング居合い拳







 エヴァにお願い(5回目)

「今日も別荘借りるよ」
「ま、また来たのかタカミ! お願いだからもう来るなと言ったではないか。た、助けろチャチャゼロ! 主のピンチである!!」

 豪殺居合い拳(ほぼ完成)+咸卦法強化型フック(アバラ粉砕)
 従者はエネルギー切れで動けず。







 エヴァにお願い(6回目)

「エヴァ」
「ひ、ひぃいいいいいいい! 吾輩、ごめんなさいするのである!! 足舐めるのである!! ペロペロするのである!!」
「変態かっ!!」

 殺意の波動に目覚めた豪殺居合い拳(完成版)
 エヴァ、トラウマが残る。

 完







[18615] 中◯試験
Name: Ryo-T◆d978ac80 ID:80eb9b8e
Date: 2010/10/04 02:48




 中間試験である。
 初めて扉をくぐった時から、濃厚なアホさに定評があったこのクラスであるが、幾ら何でも試験直前くらいはいつものお祭り騒ぎにはならず、皆が皆試験に向けて最後の悪あがきを。

 してる訳がなかった。

「……こいつら、勉強しなくても大丈夫なのかよ」

 かく言う俺は絶賛悪あがき中である。
 しかしながら、もしかすると最後のあがきが必要ないくらいにある程度勉強していたのかもしれない。
 確かに、ブルースもどきじゃない方の中国人留学生、超連杰なんかも滅多に勉強しない割にはたまに大学研究者かと思うような数式だらけの本を読んでたりする。テストは初めてだが、恐らくメチャクチャ頭いいだろう。ちなみに、類は友を呼ぶのか、今仲良く談笑している相手は眼鏡白衣という中二病なのかガチなのか判断つかなかったりする葉加瀬聡である。友達の少なさに定評のある俺であったが、たまに笑顔で吐き気がするほど難しい論文の話とかしているこの二人の中には入りたくなかったりする。
 そして、普段から大人しい宮崎や村上、那波なんかもまったくもってノートや教科書を開いたり、空を見ながら暗記事項を暗唱したりはしていないのだ。普段の授業から考えても、こいつらはどう考えても余裕だ。予習復習もちゃんとしてるから、テスト前でも問題ないよって奴らだ。死ねばいいのに。
 無論、多分アホだろうと思える連中も勉強などしていない。昨日まで死にそうな顔で泣きついてきたエヴァですら、不敵に笑ってテスト開始を待っている状態だ。あれ、なにこれ。俺がヘタレなだけなの? とか思えてきて泣けてくる。

 ちなみに、悪あがき仲間は俺を除くと、あと一人だったりする。
 そして、そのたった一人の仲間も、今まさに馬鹿騒ぎの中へと身を投じようとしていた。

「ハッハッハ! この期に及んで悪あがきとは実に見苦しいな、明日那君! 普段から勉強をしてないから、そうなるのだよ!!」
「うるせぇ、ペド!! 俺は今は数式の暗記で忙しいんだ、邪魔すんな!!」
「暗記だけしても無駄だと思うがね。大体君はたまに掛け算すら間違うではないか」
「いいんちょー。こんなこともあろうかと、ちょうど算数の教科書持っとったわー」
「よしわかった。テメェら表出ろ」

 そんなこんなで、さらに騒がしくなった教室で突っ伏した。
 ついに、悪あがき人口がゼロになった瞬間である。というか、勉強してる方がバカに見えるこの学校って。このクラスって。
 と、涙を流しながら人生を呪っていた時である。
 友達の少なさなら誰にも負けない俺に、エヴァ以外の誰かが話しかけてきた。

「どうしたでござるか、千晴殿」

 振り返ると初日に全力でドン引きした忍者スタイルのバカがいた。
 でも、今となってはこんな奴でも凄く嬉しい。こっちからではなく、向こうから話しかけてくれるエヴァ以外の奴ってかなり貴重なのだ。

「どうもこうもねーよ。みんなテスト前なのに余裕だなと思ってさ」

 開いたままのノートをヒラヒラさせて、微笑みかけてくる長瀬に訊ねる。「長瀬も、普段から勉強したりしてたのか?」
 そして、俺のその言葉に、長瀬は少しだけ困ったように頭をかいた。

「いや、拙者も勉強の類は苦手でござるよ」
「へぇ。の割には、結構余裕だよな」
「そうでござるな。拙者も一応、準備だけはしっかりしてきたでござるよ」

 そっか、と笑いながら長瀬に言う。普段の授業では結構バカだったと認識してきたけど、きっとこの日に向けてしっかり勉強してきたのだろう。
 苦手なことでも精一杯努力する。しかも、人の見えないところで、だ。
 裏でこそこそしやがって、なんてそんな陰口を叩くほど、俺は落ちぶれてはいない。そんな在り方ができる人間を尊敬することはあっても、嫌いになるなんて俺にはできない。
 正直、初日に変な奴とレッテルを貼ってた俺はこいつに謝りたい。メチャクチャ真面目で、人当たりもいいナイスガイじゃないか。
 そう改めて見直していた俺であったが、この忍者バカはそんな俺をあっさり裏切ってえらい爆弾を投下してきたのであった。

「千晴殿。このテストはカンニング上等の高度な情報戦でござるよ」


















 カンニング。腕に書いたり、ノートの切れ端をこっそり忍ばせたり、要はそういうことである。
 当たり前だが、見つかったら0点確実である。というか、そんなもん根性入れてやるほどバカなやつなんてなかなかいない。いる訳ないのだが。

「で、お前以外には誰が?」
「ふむ、例えばエヴァンジェイル殿でござるが」

 少し考え込んだ長瀬は、すぐにエヴァの方に顔を向ける。よりにもよって、エヴァである。確かに、カンニングでも考えてなければ、あの変わり様はありえないんだが、でもあいつがそういうみみっちいことするのかという疑問もある。
 そんな俺の表情を感じ取ったのか、長瀬は「そういうのではござらぬよ」と軽く笑って上を見上げる。
 まさか、天井に答案が貼ってあって、鏡の反射でとかそういうのか。昔、マンガで見たことがあったけど、流石にそれはバレるだろ。
 とか、思っていたが、内心エヴァならやりかねないので素直に従って上を見上げた。エヴァは基本的にアホなのである。

「……コウモリがいるな」
「拙者も最近知ったのでござるが、使い魔、というのがあるそうでござるよ」

 長瀬が示す根拠とは、即ちそういうことであった。
 エヴァはこのコウモリをどうにかしてカンニングを行っていると。
 アホか。

「他にもいるでござるよ。例えば、真也でござるが」
「……真也って、ああ! あのゴルゴ野郎か」

 結構親しいのか、呼び捨てだった。
 あれを下の名前で呼び捨てできるとか、長瀬すごいな! 尊敬する!!
 ちなみに俺は、前に銃突きつけられてから一言も喋ってない。

「拙者も最近聞いたのでござるが、魔眼というのがあるそうでござるよ」

 長瀬が聞いた話では、龍宮は魔眼(笑)の使い手で、死角は存在しないとのこと。
 なるほど、奴も患者だったのか。
 そう言えば、桜咲とよく一緒にいるところを見る気がする。
 類友、乙。

「あとは拙者の推測でござるが、風太殿と史哉殿もあやしいでござるな」
「いや、あのショタ双子が、か? ないだろ流石に」

 長瀬が言う風太と史哉とは、まだ小学校から上がって間もないとは言え、一瞬低学年かと見紛うほどにその道のおねいさんたちが大喜びする容姿をした双子、鳴滝兄弟のことだ。
 イタズラ好きの兄、風太と真面目でなんか巻き込まれ系なとこが親近感湧く弟、史哉。
 だが、授業態度なんかは結構真面目だし、時折教師から当てられても困ることなく答えてた気がする。
 だから、わざわざカンニングなんてする必要もないとは思うんだけど。

「いや、風太殿は文系が、史哉殿は理系がどちらかと言えば苦手でござるよ」

 長瀬の推測はこうだった。
 彼らは双子である。容姿に見分けがつかない。だから、得意科目を入れ替わることも可能なはずだ。
 もしくは、双子だからきっとテレパシーとかできるに違いない。魔眼とか使い魔とかがあるんだから、そんくらいあるだろうと。

「すまん。悪く言うつもりはないんだけど、一言だけ言わせてくれ」
「なんでござるか?」
「お前、すごくアホだな」

 魔眼とか使い魔とか信じてるとか、純粋すぎてかわいそうになる。どうせあの中二2号と悪魔の戯言だろう。現実を見ろ、と言いたい。
 それに、双子入れ替わりとか、一人はいいけど、もう一人はダブル苦手科目だろうと言ったら、長瀬はそうでござったな、と笑った。
 アホとか言った後でも、そんなこと気にせず笑っていた。
 やっぱりいい奴である。アホだけど、いい奴だった。

「で、肝心の長瀬はどうなんだよ。カンニングの準備、何かしてるんだろ?」

 腕に書いたりとか、ノートの切れ端とか、机の落書きとか。
 まあ、結局そんなもんじゃないかな、と思って俺はその時は笑っていたんだ。
 甘かったわけだが。

「そうでござるな。真也が言うには千晴殿なら大丈夫でござろうし、教えても構わないでござるよ」

 そう、えらい聞き捨てならないことを言いながら、長瀬は再び天井へと視線を向けた。
 て、ちょい待て。龍宮が俺のことなんか言ってたのかよ。やべぇ、超気になる。てか、あんな危ないのに目を付けられるとか終わってるんですけどオイ。
 と思いながら、長瀬に合わせて天井を見上げた。

 なんか、天井がめくれていた。
 で、なんかもう一人の長瀬が手を振っていた。
 て、オイィイイイイイイイ!!

「影分身と隠れ身の術でござる。皆の答案を覚えて、瞬動術で拙者と入れ替わるでござるよ」

 口パクパクしながら指さしてた俺に対して、何でもないような口ぶりで宣う長瀬。
 そっかー、分身の術と隠れ身の術ね。長瀬、忍者だもんね。あるあるー。
 て、ねぇよ。

「おっと、そろそろ試験が始まるでござるな。それでは千晴殿、健闘を祈るでござる」

 そう言って、爽やかに去っていく長瀬。
 ありえない。こいつバカすぎるだろ。凄いけど、アホだろ。
 とりあえず、今の衝撃で頭真っ白になった俺を何とかしてくれ。昨日、覚えた内容全部吹っ飛んだんですけど。
 俺はそんな風に混乱する頭を抱え込むようにして、再度机に突っ伏すことにした。
 現実逃避である。













 そして思った通り、メチャクチャな精神状態で受けたテストの点数は最悪なものだった。
 では、カンニングした長瀬は、というと。

「答えを全然覚えられなかったでござるよ」

 そう笑いながら、俺以上に酷い点数を見せつけてくる長瀬を見て、俺は後悔と共に頭を抱えるのであった。
 なんてことはない。初日に感じた俺の直感は正しかった。
 長瀬は確かに悪い奴ではないが、近づくにはアレすぎて。そして。

 やっぱり長瀬はアホだった。









【後書き】

 c.m.さんの超の名前、有り難く使わせて頂きました。多謝。
 なんか久しぶりの千晴一人称ですが、前回までがありえないほど、千晴いなかっただけで、一応千晴メインの話が続くはずです。
 続くはずです、多分。





[18615] 俺のおかんが見つけたエロ本を机の上に置かないはずがない。
Name: Ryo-T◆d978ac80 ID:80eb9b8e
Date: 2011/02/21 02:52

 そこに王国があると定義する。
 国内は一定の法則で統一され、多少の差異はあっても皆等しく一つの方向に向かっている。人種は違えど、同じように2本の足で立ち、統一された言語を用い、ただ一人の神を信仰している。
 優しい国であった。王は国の土台を興し、それぞれの人種が住みやすいよう整理を行なうだけでなく、国民全てに対して平等に権利を与えた。認められた権利は存在を保証できること。無限に拡張される世界の中において、均一の価値観を持って己の普遍的価値を認められる。近代の世に初めて認められた基本的人権が大前提となって最初から組み込まれているこの王国は、見る人が見れば楽園とも言えるほどに優しい国であっただろう。

 そう、見る人が見れば、だ。
 法の中にいるものには楽園なのだ。
 では、その法則の外にいた者たちはどうだったのだろうか。

 それでも王国は優しかった。異なる神を信仰し、法則を違える異端に対しても、国は消極的に許容することを認めた。幾つかのルールに従う。郷に従ってもらう。外的危機に際し、王国が崩壊しないよう、浸透し、帰化することで彼の者たちがそこに在ることを許したのだ。
 だからこそ、その隠れ里は生まれたのだ。外面だけ国民らしさを保った本来排斥されるべきであった異端の者共が、身を寄せ合って生まれた異端の集落。しかし、優しい王は単に目を瞑るだけではなく、時に彼らを重用することすらしてみせたのだ。国民に擬体することは彼らを侵害するものでは決してなく、寧ろ彼らの安寧を護るものであった。その国王の優しき意を汲み取り、国民が総じて彼らのことを受け入れたのも、この優しき王国においては必然と言えることであった。
 かくして、隠れ里は存在を許された。ただ、無論異端であるからこそ緊張感をもって留まり、だからこそ、多種多様な集落が存在していた中でも確かな存在感を持っていたのだ。
 それは普段目にも留まらないような些細な移動ですら、その王の目にはっきり映るほどに。

 そんな手厚く保護された異端の隠れ里。
 本棚という王国内に小さく、しかし確かな存在感を持ってそこに在るその隠れ里はその特性と装いを改めなければならないという特徴から、こう呼ばれていた。

 “エロ本の里”と。















「―――いや、いやいやいやいや」

 長かったというか、色々ありすぎて長すぎた一学期がようやく終わって夏休みに帰省した時の話である。
 ちなみに、こういう普通のイベントを無意識で妨害してくれそうなエヴァはというと、件のカンニングで中間試験は乗り切ったものの、期末試験でたまたま巡回していた高畑に見つかり、なんか物凄い轟音と共にガラスをぶち破りながら窓の外に飛び出していった。自分でも言っててよくわからんが、無傷だったこともあり逃亡でも謀ったのだろうと思ってる。しかし、一瞬で飽きて教室に帰ってきて、水の入ったバケツと額に貼られた『吾輩はカンニングしました』札の装備で廊下に立ってフハハ笑いをしてた姿はどう考えてもいつものエヴァの奇行であったので不可思議な事象に首を傾げながらもクラス中が納得していた。
 そして、思いっきり邪魔なBGMをスルーしてテストがようやく終わった時、ありがたいことに尊敬する高畑大先生様はエヴァに夏休みの補習を申し付けてくれたのだ。あの人には本当に頭が上がらない。そんなこんなで、こうして俺は平和な夏休みを満喫するために久しぶりの我が家に戻ってきたという訳だ。
 そう、平和な我が家に戻ってきたつもりだったのだ。
 家に帰って、本棚の明らかな違和感に気付くまでは。

「そ、そう言えば、家出る前にバレないようにさらに場所を入れ替えたりとかしなかったかなー」

 あははー、参ったなー。とか乾いた笑いをしてみたが、まったくもって記憶にない。
 俺の記憶が正しければ、家を出るその日までしっかりとお世話になったお宝様は本棚の下から2段目の右から3冊目の――その奥にカバーを変えてしっかりと鎮座なさっていたはずなのだ。間違えるはずなどない。
 それが、右から5冊目に移動していたのだ。そう、えいえんはここにあったんだ。て、違う。
 問題は別にエロ本がよっこらせっくすと知らん内に動いてたことではない。いや、それも大いに問題だけど、違うのだ。最大の問題、その論点は別のところにあるのだ。
 問題は誰がこう動かしたのかという点だ。下手をすると家族会議で晒し首という可能性があるのだ。
 その犯人像に最も近いのは母親。元々、俺が麻帆良に行く前から留守中勝手に掃除をしてはハイエナのごとく、お宝を発掘してくるのだ。もはやおかんの掃除=トラウマという事象は確定事項で間違いないだろう。
 しかし、この度の事件に関しては疑問点がある。母親の発掘能力は折り紙付きだから俺の薄っぺらな嘘ドッキリテクスチャーでは誤魔化し切れないのは解る。だが、だったらどうして奴は本棚にわざわざそれを戻したのか。

 何故、見つけたお宝を、机の上に置かなかったのか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 そこまで思考して、俺はふと首筋にチリチリとした何かを感じた。
 思わず振り返る。だが、視界に映った光景はあくまでも在りし日の記憶のまま、何一つとして変わってなんかいない。
 幼い頃から過ごした2階にある自分の部屋の窓。少し傷んだ隣りの家の赤い屋根。その先に見える瓦と電信柱。そして、最近建ったマンションが、色とりどりの屋根の中でポツンと存在感を表している。
 慣れ親しんだはずの世界。でも、何故か俺はその風景に妙な違和感を感じていた。何処がおかしいとかはわからない。でも、確かにおかしい。何処かがおかしい。
 ゆっくりと学習机に戻り、昔使っていた少し型遅れのデジタル一眼レフを取り出す。感度を最低まで下げ、レンズを絞る。流石にやりすぎたのかシャッタースピードの遅さが気になったが、まあ構わないだろう。動きを撮る写真ではない。あくまでも、風景写真なのだ。
 撮れた写真をパソコンに取り込むと、画像編集ソフトを起動した。明るさ度外視で撮ったため、最初の仕事はコントラストの調整だった。一通り、違和感のない明るさになったところで画像を拡大する。
 念には念を入れてみたものの、別段おかしいところなんて見つからない。日々のアレな生活に追われて疑心暗鬼になっていただけかもしれない。そうだよなー。あっはっは。
 と、笑いながらもプレビューの位置をずらしていく。間違い探しをする要領で、目を凝らしていく。
 そして、画像としてはほんの小さな一点。何倍にも拡大しないと気付かないような。そこに明らかな違和感を覚えて、俺はその点をさらに拡大した。画質を上げておいて本当によかったと思う。粗い解像度なら、ただのボケで終わっていた。

 拡大して気付く違和感の正体。新しいマンションの近くにある、ややくたびれた感のあるアパートの廊下。
 人が写っていた。それだけなら、ただの住民で終わる。だけど――。
 その姿に、俺は見覚えがあった。

 全力で。もう一度、今度は双眼鏡を手に窓へと走る。そして、先ほどの作業のような精密さをもって、アパートの隅から隅まで、その人間を探した。
 たまたま着替え中のおねいさんの姿なんかも見つけてしまった訳だが、普段なら凝視するムッツリな俺もすぐに視点を他の場所に移す。
 そうしなければならないほど、その人間がここにいることはやばかった。されども姿は見えず、半泣きになりながらもう一度ディスプレイに視線を向ける。
 綺麗な長い髪に、浅黒い肌。モデルガンにしてはやたらとごついスナイパーライフルのスコープを覗きこんだ謎の男が画面に映し出されている。謎の男と言ったが、行動が謎なだけで、別に見たことない人間だった訳じゃない。その人間とは会ったことがある訳で、むしろ毎日のように見かけている訳で。というか、クラスメイトな訳で。

 言うまでもない。
 どこからどう見ても、龍宮真也だった。
 重度中二病患者のバカが、ゴルゴスタイルであからさまに俺のタマ狙っていた。

 /(^o^)\ナンテコッタイ













 寮までの距離がもどかしい。それでも走り続けるしかなかった。軋む両足はもとより、激しく鼓動する心臓はとうに限界を自分に伝えていた。でも、それを他人ごとのように受け取って、一歩でも前へと進むしかなかった。
 転がり込むように自分の部屋へと戻る。そのままベッドに倒れ込みたくなる衝動に駆られたが、なんとか奮い立たせて机へと向かうことができた。激しい呼吸が喉を枯らし、咳が出るたびに痛みを覚える。だけど、今は1秒でも惜しかった。刹那でも早く、それを使わなければならなかった。

「……あった」

 我が子を抱きしめるように、机の中から探り当てたものを抱きしめた。それはたった1枚の紙片。一度グチャリと丸めた跡が残る皺くちゃなメモ用紙だ。
 でも、わざわざ実家から麻帆良まで、ほとんど休む間もなく、文字通り飛んできた価値がこの紙片にはあったのだ。
 そこに書かれていた無駄に達筆な文字を何度となく復唱する。誤りがないことを確認し、ポケットの中にあった携帯電話を取り出した。
 そう、紙片に書かれていたのは昨日までは死んでも電話なんかしたくないというか、したらますます懐かれそうで危険な相手、エヴァンジェイル・A・K・マクダウェルの電話番号が書かれていた。
 龍宮真也という生まれる国を間違えたキ印バカに対抗するためには、さらに上を行くキ印を用意するしかないという考えである。というか、友達少ない俺に他の人の携帯番号きくなんてありえないさ。ハードルが高すぎる。
 ちなみに、エヴァの番号もこっちから聞いたわけではない。押し付けられたものだ。どんだけ迷惑だったかは、この皺くちゃさが物語っていよう。でも、俺は言いたい。当時の俺、捨てないでいてくれてありがとう! エヴァみたいなのと友だちになってくれてありがとう!!
 てか、そもそも龍宮はなんで俺狙うのか。スイス銀行に全額振り込むからやめてくれと言いたい。もしくは戦争したいなら、中東辺りに行ってくれと言いたい。俺を巻き込まず、人知れず楽しい戦争をしてきて欲しい。

 ともあれ、今は電話するのが先だ。ロポコップなんて最新鋭なのか古いのかさっぱりわからないロポを引き連れてるくせに、何故か家電なエヴァ宅へ電話をする。嗚呼、これで救われる。あのバカは、バカだけどきっと俺を助けてくれるはずだ。めんどくさいし、気狂いだし、近寄りたくないし、バカではあるけれど、実は意外といい奴だってことも俺は知っている。
 何度かのコール音。焦れた手が何度か机の上を叩く。そして、もう何度かコールが続いた後、ガチャっと受話器を取った音が聞こえた。
 安心から、満面の笑顔に変わった俺。そう、やっぱ神は見捨てない。一瞬、実家帰ってたらどうしようかと思ったけど、神は死んでなんかいなかった。ざまぁ、ニーチェ!!

「もしもし、エヴァか! 今語るも恐ろしい事態がはっs」
『フハハハハハ! 吾輩は留守である!! 用があるのなら言ってみるがいい! 聞くだけなら聞いてやろう!!』

 そのまま、フハハ笑いがハイテンションのまま続いてたが、伝言など残さず切った。
 やっぱ神は死んでた。
 信じた俺がバカだった。
 というより、エヴァみたいな変態を信じた俺がアホだった。

 そして、また違和感。なんかもう、慣れたものでささっと実家から持ってきた双眼鏡を構える。
 こんなにあっさりと慣れたのは、別に俺の順応性が高いとかじゃなくて、単に何度となくそんな違和感を感じていたからだ。違和感というか、視線。メンチビームみたいな。首筋をジリジリと焼くような感覚には幾度となくさらされていたのだ。
 で、今日、その正体がなんだったのかわかった訳で。あー、俺ずっとあんな風に狙われてた訳ね。エヴァと餡蜜食ってた時に見てた気狂いってこいつだった訳ね。てか、知ってたんなら教えてくれよエヴァ。というか、さっさとスカル・クラッシュなり、アクマイト光線なりで始末してくれよ。アイツ殺るとか俺絶対無理じゃん。というか、アイツと関わったら俺の中に眠る黒歴史が蘇ってきて、悶えて死ぬじゃん俺。

 という訳で見た。
 えらく遠い木の上に2人いた。
 2人?

「ぎゃおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 そう、気狂いは2匹いたのだった。
 先ほどと同じスタイルでスコープを覗く龍宮。
 そして、その隣で幹にもたれながら、明らかに日本刀と思われる白鞘を手にこちらを見ている桜咲。
 ……増えやがった。
 それが正直な反応だった。1匹でもやばいのに2匹とかおま。無理。絶対無理。中二2人とかマジ無理。というか、あれは多分アレだよ。奴らが光の勇者の末裔で、俺が実は異世界の魔王の生まれ変わりなんだとか、もしくは俺がラピュタ王の末裔だとかそんなんだよ。『今はまだ俺達しか気付いていないが、奴が目覚めることで世界が滅びる。世界は、俺達が護らなきゃいけない』とか『あの言葉を教えて。俺も一緒に言う』とか言っちゃってるんよ、きっと!! ぐぎゃぁああ! 目がぁ! 目がぁああああああああ!! らめぇええええええええ! 俺しんじゃうぅぅぅうううううう!!

「さらば!!」

 なんか過去のアレな記憶がふつふつと蘇ってきた俺は、それを振り払うように部屋を飛び出した。人間若気の至りくらいある。そうだよ、これが若さ故の過ちって奴さ。だから、おまいら頼むから俺を巻き込まんでくれ。じゃないと、疼くから。―――そう、俺の過去あやまちって奴が、な。

「て、ぎゃああああああああああああああああん!!」

 やばい。やばすぎる。少しずつぶり返してきてる気がする。
 とにかく、離れなければ俺が死ぬ。ともかく、奴らのいない場所へ。
 俺は、全力で走った。ただひたすら、前だけを見て。
 そう、若さとは振り向かないものなのである。














 とはいえ、逃げ場なんてなかなかないもので。
 頼みの綱だった職員室には誰もいなかった。補習はもう終わってしまったらしい。という訳で、第一目標であった絶対無敵高畑先生は叶わないが、それなら第二目標の本来なら暇真っ盛りのはずのエヴァに今度こそ頼るのが自然ではあった。エヴァいなくとも、茶々丸なら何とかしてくれそうな気がするからだ。でも、残念ながら俺はエヴァの家など知らなかった。遊びに来いと誘われたことは多々あるが、当然のごとく行く訳ねぇ。てか、悔いてもしょうがない。それに、きっとエヴァも流石に親元に帰ってるだろう。アレの親とか想像するのがえらく怖いけれど。
 そんなこんなで。
 悩んで行き先もなく走って、ようやく視線を感じなくなった。どうやら撒いたらしい。ホッと一息吐いて、周りを見渡す。
 森だった。
 というか、山だった。
 振り返っても森だった。
 鬱蒼と茂った森だった。

 ……どこさ、ここは。

 振り返らず走ったら、道に迷ってしまったらしい。
 まったく、だから若さってのは恐ろしい。

「だれかーーーーーーーーー!!」

 迷わず叫んだのであった。というか、完全インドアな鍵っ子千晴くんがこんな山の中で遭難して生きていける訳ない。
 というか、ここまで走ってこれたのだって奇跡だ。正直な話、もう一歩も動ける気がしない。
 仰向けに倒れたまま、俺はたった独りだけ世界に取り残されてしまったような、そんな感傷を覚えた。
 木の幹に頭を打ちつけて、なんとか我に返る。今度はセカイ系とか。なんかもう、割と重症っぽいのである。
 手のひらを顔に置いて、瞼を覆った。そのまま、上がった息を整える。
 完全に視界を奪ったことで、逆に世界が広がる。まるで、大地に体ごと溶け込んでしまったかのように、自分の周りのことが手に取るようにわかった。先程までは聞こえてこなかった森の息遣いを感じる。優しい土の温もりを感じる。そして、獣たちの脈動する音が聞こえる。
 ――て、獣か。
 ここら一体に、人を食うような動物はいないはずである。でも、停止しかけた思考がどうしてもその警笛を打ち鳴らしている。なんとなく、食われるかもなぁ、とか他人ごとのように感じていた。
 もしくは、このまま朽ち果てて、死ぬかもしれないなぁ、とか。
 なんとなく、それでもいいかと思った。
 学校には友達いないし、変なのばっかで気が休まる暇はない。楽しいことより辛いことのほうが多いこんな世界に未練なんかない。
 もう、いいか。と、そう思った時だった。もう、十分頑張った、と諦めた時だった。

「―――声が聞こえたので来てみれば、千晴殿ではござらんか」

 誰かが覗き込んでくる。その声に、一気に思考力が戻った俺は、覆っていた手を退けて、閉じていた瞼を押し上げた。

「こんなところで寝てたら、風邪をひくでござるよ」

 そう言って、いつも通りの忍者スタイルでかんらかんらと笑う長瀬を見て、何故だか涙が込み上げてくるのを感じていた。



















 それから、俺は長瀬についていくことにした。
 どうせ帰る場所なんかない。いや、ないことはないけど、アレ2匹がまだ張ってるだろうと思うと、気が重かった。というか、ここで長瀬と会ったことも何かの縁だろう。そう思って、長瀬についてきたのだが――。

「いや、お前、すっげぇ忍者な。もう、一点の曇りもなく忍者そのものなのな」
「はて、何のことでござろうか」
「いやいや、分身と隠れ身も焦ったけど、やっぱいるのな忍者って。俺は素ですげぇと思うよ」
「いやはや、千晴殿が何を言っているのか、拙者もよくわからないでござるが、褒められたことは素直に嬉しく思うでござるよ」

 なんか頑なに忍者と認めようとしない長瀬だったが、やってることは忍者そのものだった。
 今も、川に向かって手裏剣投げているし。しかも、全部命中してるし。

「で、お前はこんなとこでなにしてたんだ。やっぱ修行とか?」
「そうでござるよ。拙者は田舎で育った故、山に来ると身が引き締まるでござる」

 今度は否定されなかった。忍者はダメでも修行はいいのか。正体を隠すにしても、修行とか今のご時世、坊主くらいしか使わないと思うんだけど。て、やっぱダメ。なんか使いそうなのいっぱいいそうだ。例の中二とか、中国な奴とかが。
 てか、修行かー。と、俺は思った。
 長瀬の動きはインドア派で、スポーツは深夜アニメの天敵という認識しかない俺からしてみても、常軌を逸したものだと思う。
 てか、今も3メートルくらい飛んでるし。しかも、木と木を跳ね回りながら宙返りとかしてるし。俺の目が腐ってないなら、水の上に立ってる気がするし。
 間違いない。長瀬は忍者かどうかは知らんが、本物の達人であるのは間違いない。
 そして、それを修行で身につけた、と。エヴァ辺りが同じことしてたら、まあエヴァだしな、で納得したが、長瀬は間違いなく俺と同じ人間だ。
 だったら、俺にだってできるかもしれない。
 例え、長瀬のようになれなくても、少しでも今より力を身につけられたのなら。
 あの気狂い2匹から、今よりしっかりと逃げられるようになるかもしれない。
 でも、と俺は嘆息した。
 以前、テスト前のあの時、長瀬は俺にこう言った。
『真也が言うには千晴殿なら大丈夫でござろうし、教えても構わないでござるよ』
 それは、長瀬もまた、俺を魔王の生まれ変わりとか、なんかの末裔とか思ってるのかもしれない。
 もしくは、エヴァと同じように、やたら俺が強いとか思ってるとか。忍者であることを隠してる様子から見るに、あの隠れ身も分身も普通の人間には見せないものであったのだろう。だとすれば、俺のことを妙に買ってるのは間違いない。
 そんな奴に事情を話して、一から修行をつけてもらえるのだろうか。万が一、魔王の生まれ変わりとか言う戯言を信じてたとしたら、そんな悪い奴に自分の努力の結晶を教えるのだろうか。
 でも、四の五の言っていても始まらない。
 そう思って、俺は飛び回る長瀬を必死に目で追いながら、俺は必死になって言った。

「なぁ、長瀬。龍宮から何を聞いているのかは知らないが、実は俺は――」
「――実は、弱いのでござろう。千晴殿」

 目を見開く。
 長瀬が輝いて見える。
 理解者が、求めて止まなかった理解者がそこにいた。

「拙者の隠身や分身に、心底驚いていた様子でござったからな。それに真也や刹那が言うほど――」

 空中で振り返って、彼は俺の方を見ていた。
 その動きがどれだけ素早くても、俺がどれだけどん臭くてもわかるような、溢れんばかりの笑みを浮かべて。

「千晴殿は悪い人間には見えぬでござるよ」

 長瀬はそう言ったのであった。
 そして、俺は前に自分が感じた印象が間違ってなかったことを今更ながら知った。

 長瀬は、本当に――バカらしくなるくらいにいい奴だった。
















「で、拙者に修行をつけて欲しいと」
「そうなんだよ。あの2人から完全に逃げられるようになりたいんだ」
「――まあ、今更拙者が説得したところで2人とも納得はせんでござろうな。構わぬでござるよ。かと言って、僅かな修行で千晴殿が逃げられるようになるかはわからぬでござるが」

 と言って、修行をつけてもらった、数時間後。

「千晴殿」

 ゼイゼイと息を切らす俺を見て、長瀬は――。

「完全無欠に、一寸たりとも、これっぽっちも才能がないでござるな」

 匙を投げたのであった。

「いやいやいや! 最初だし、できないのは当たり前だろ!!」
「それにしても、才能の欠片も見当たらんでござるよ。このまま修行して50年過ぎても、あの2人から逃げるのは叶わないでござる」
「いやいや、もうちょっとまけろよ! ケンイチ式でも、ドラゴンボール式でもなんでもするから、血反吐吐いてでも身につけなきゃいけないんだよ!!」
「いやー、覚える前に千晴殿が死ぬでござるよ」

 絶望した! 自分自身に絶望した!!
 というか、薄々は感じていたんだが、もしかして、もしかすると。

「なぁ、長瀬。ぶっちゃけ嘘だと言って欲しいんだけど、あの2人って強いのか」
「ふむ、しあったことがないので具体的にはわからぬでござるが」

 しあうとか、多分アレですよね。試合うとかじゃないですよね、死合うですよねー。なにそれー、こわーい。

「恐らく、真也は拙者と互角以上の使い手でござるよ。刹那も身に纏う気の質量からかなりできると思うのでござる」
「うあーい。最高に最悪ってやつですねー」

 俺自身がアホになるくらいに最悪だった。
 もしかしたら中二ではないかもしれない。精神的な死が遠のくので、それは確かに喜ばしい。
 だが、もしアイツらがガチで長瀬級の達人で、ガチンコで俺のタマ狙ってたとしたら。
 最悪である。末路は射殺か斬殺しか想像できない。
 というか、何で普通のクラスメイトには空気扱いなのに、エヴァとか茶々丸とか桜咲とか龍宮とかの変なのばっかから、こうもモテるのであろうか。
 放っておいてくれればいいのに。
 というか、俺は空気になりたい――。

「――ッ! 千晴殿!!」

 いいよ、長瀬。もう疲れたんだ。
 行こう、パトラッシュ。

「凄い才能でござる! これなら――これなら例え拙者からでも逃げられるようになるかもでござる!!」
「ふぇ?」

 今、なんて言った?
 長瀬からでも逃げられる、だと?
 それはつまるところ、同レベルの桜咲龍宮からも逃げられる、と?

「その才があれば可能でござる。拙者もこれほどまでの天性と出会ったのは初めてでござるよ」
「マジで?」

 もしかしなくても、俺は生きてていいんだろうか。
 というか、すげーね俺。そんなに才能あったのね。
 やはり隠れていた才能が命の危機に晒されて発芽したのだろうか。今まさに死ぬほど命の危機感じたから、間違いない。
 で、俺はどうすれば、奴らから逃げられるのだろうか。
 その問いに、長瀬は屈託のない笑みを浮かべて応えたのだった。

「隠身の術でござる」

 隠身とな。あの天井で見せてくれたアレ?
 なるほど。確かに、アレで隠れたら奴らから逃げるのも可能かもしれない。
 でも、バレるのでは。
 素直で、心から俺を心配して、修行までつけてくれる長瀬というナイスガイは、笑顔でその疑問を否定してくれたのであった。

「それ程までの影の薄さ。忍ぶにはこれ以上もない才能でござる」

 長瀬は素直な男だった。
 だから、何の悪気もなく、そんな死にたくなるようなことを言っちゃうんだ。
 嗚呼、俺は貝になりたい。
 もしくは、くらげ。




















 で、後日。



「糞ッ! 見失ったか!! 奴め、どうやって!?」
「まあ、待て刹那。長谷川千晴がどんな手段で姿を消したのかはわからないが、この俺の魔眼をもってすれば、捉えられないものなどないよ」
「助かる。では――わかるか、龍宮」
「ふむ、なるほど。どうやら、すぐ近くに……そこだッ!!」
「いないじゃないか」
「ふむ、おかしいね。確かにそこにいたはずなんだが」
「仕方ないな。とりあえず、教室に戻ろう」
「休み時間の終わりも近いしね。まあ、長谷川千晴もどうせ戻る。監視はそれからでも遅くないさ」
「そうだな――」







 と、2人が去った後、先ほど龍宮が銃撃した木の皮がペラリと剥がれる。

「あ、あぶねぇええええええええ!! てか、何あのエアガン! 幹貫通してんじゃねえか!! 死ぬだろ! これ死ぬだろ!!」

 修行の成果はというと、俺は長瀬からお墨付きを貰えるほどの隠身の術を取得した。
 だが、龍宮の魔眼(笑)はどうやら本物だったようで。
 確実に俺がいるところを射撃してくる龍宮。隠身したまま、間一髪かわす俺。
 隠身は1ミクロンも役に立ってないが、おかげ様で異様なほどに俺の回避能力は向上していた。
























<後書き>

 ご無沙汰してました、Ryo-Tです。
 えらい間が開いたのは以前からちょくちょく言ってた転職の件でして、結局転職やめて社内異動でケリを付けました。
 ただ、引越し、引継ぎの上、完全に業種が違うので、仕事を一から覚える作業が。いや、まだ全然覚えられてないんですが。
 ともかく、そんな理由です。インターネット繋がったのが最近なのも原因。フヒヒ、サーセン。

 なんらかんらで、のんびりやっていければ、と思います。プロットは完全に固まってますので、第一部完結まであと3話。なんかこの前3話とか言ってたけど、気になさらず。
 とりあえず、ゆるりとお待ち下さいませ。そして、しょうもないことで結構です。感想乞食カコワルイと思いながらも、やっぱ乞食ですんで、是非とも感想、宜しくお願い致します。





[18615] アーティファクト 前編
Name: Ryo-T◆d978ac80 ID:80eb9b8e
Date: 2011/03/23 23:28


 ここ、麻帆良学園に来てから、1年近い時間が経過した。
 俺は2年生になった。最初は戸惑っていた学園生活ではあったが、今は何も問題ない。腕の方も以前と比べて、それほどは鈍っていないだろう。麻帆良学園が狙われやすい土地だったこと、同じく裏の者が多数在籍していることは、表で生きている人間からはマイナスであるが、俺としては好都合だ。存分に利用させてもらっている。
 また、クラスメイトからの刺激もある。楓、刹那、古の3人は私から見ても大した腕であったし、長谷川千晴やエヴァンジェイル、絡繰、超のような者までいる。刺激を受けない方がおかしいだろう。
 長谷川千晴に関しては、未だに実力をつかめていない。なんせ、こちらから強引に近づいても相手にすらされないのだ。監視していたところを見つかった時は肝を冷やしたが、これだけ敵意を見せても反撃の一つすらない。恐らくは、こちらが如何な攻撃を行っても、彼に毛ほどの傷すらも与えられない、そう思われているのだろう。
 現時点で確実にわかっていることは2つ。探査能力が著しく高いこと。そして、隠密行動が優れていることだ。こちらが以下に離れていようと、彼の目から逃れることはできず、その隠行はどれだけ近づいても察知することはかなわない。この俺の魔眼すら誤魔化すように、存在しない場所に微かな気配だけを置いていくのだ。神業としかいいようがない。
 そして、それだけのものを持っているのだ。この能力に見合うだけの攻撃能力を持っていないはずがないだろう。それこそ学園長や闇の福音にも匹敵するような――我々程度の使い手なら、小蝿を払うように打ち払うことができるであろう力を、彼はきっと持っているのだろう。
 彼は一体、何者なのだろうか。様々な伝で情報をかき集めたが、そのすべてが徒労に終わった。出てくる情報はあくまでも当たり障りのない、ダミーとしか思えないもの。ごくありふれた両親の元で平凡に育ったという、あまりにも胡散臭い情報だけなのだ。
 実力、経緯、目的、それら全てが謎に包まれた人物。しかし、たった一つだけ、安心できることもある。
 恐らく彼は、依頼主の刹那が言うような目的でここに来た訳ではないようだ。彼がその気になれば、近衛木乃助を害する、または拉致する機会など幾らでもあった。いや、機会などなくとも、彼ほどの実力があれば多少強引でも無理を通すことができたはずだ。しかし、1年以上、彼は何のアクションも起こしていない。刹那は危険だ、斬るなどと言っているが、彼にその気がないなら、自らを滅ぼすような愚を犯してまで深追いする必要はなかった。
 彼が何のためにここに来たかはわからない。だが、少なくとも、もうしばらくはあの男が望んだ平穏な生活とやらが送れそうだった。
 正直、こんな何もないような日々も悪くないと思ってきたところだ。
 せいぜい、じゃれつく程度に留めておけば、彼の思いを裏切るようなことにはならないだろう。



                       ―――龍宮真也の日記より抜粋













  アーティファクト 前編













 困ったことが起こった。いや、そんなことを言い出したら、1年前に麻帆良学園男子中等部に入学した時から困りっぱなしであるが、今回は極めつけである。
 事の起こりは、2年生に進級したばかりの5月の半ば。半分諦めてはいたものの、もしかしたらクラス替えとかあるかな、あるよね、あるといいな、とか思ってたけど、教室に行ったら何も変わらないメンバーが揃っていて絶望したショックからようやく立ち直った、とある日のLHRの時間である。
 今回の主な議題は6月に迫った麻帆良祭について。元よりお祭り好きな連中が揃っているから、教室はいつも以上に騒がしい。さっき綾瀬がチェーンソー持ったメイドさんに拉致されたなんてハプニングがあったにしろ、いつも以上に騒がしいのだ。あと、早乙女はさっきからぱるぱるぱるぱるやかましい。そりゃどこぞのおぜうさまと噂があったり、綺麗なメイドさんに拉致されるとか健全な男子学生として妬ましいのはわかるけど、死ねばいいのに、とかは言いすぎだ。いや、やっぱメイドさんは妬ましい。もげろ。

「さて、今年の最終日のイベントだが、『学園全体鬼ごっこ』に確定した」

 黒板の前に立った雪広がチョークを走らせる。ルールは各クラスから5名の“獲物”を選出。残りの参加者全てが鬼となって、捕まえた鬼によって賞品をゲット。捕まらなかったなら鬼が賞品山分け。単独勝利なら総取り。うわ、結構賞品いい。はにトラのフィギュアとか、アレ確か、DVDと関連商品コンプが応募条件で50体限定の鬼抽選だったはずだ。コス仲間が100万近く投資して入手に失敗してたのを覚えてる。
 他にも海外旅行から、高級電化製品、高額の食券まで勢揃い。あー、あのノーパソ、高スペックの新型だよ。欲しいなー。エヴァ辺り突っ込ませて賞品ゲットだけ出来ないかなー。
 とか、そんな事を思っていた時代がありました。まあ、去年は茶道部の茶室でその穏やかな空気を台無しにするフハハBGMを聞きながら、茶してたら無難に終わってくれたんで油断してた。思いっきり油断してたんだよ。
 さて、5名の“獲物”であるが、真っ先に手を挙げた古菲、食券に釣られた神楽坂と明石、あとインドア派のはずだが、何故か教室に戻ってきてすぐに挙手した綾瀬の4人は早々に決まった。
 だが、あと一人が決まらない。そりゃそうだ。こんな明らかに危ない臭いがするイベントの、しかも獲物だ。つか、獲物って何だよ。言い方悪すぎだろ。明らかに無事に終わるとは思えない役柄だ。不吉すぎる。
 しかし、このまったくありがたくない役柄はクラスで5名、確実に選ばなければいけないらしい。
 徐々に、空気が「お前逝けよ」「アホか。お前が逝け」と擦り付け合いの空気に変わってきた。ぶっちゃけやばい。一番ありがたくない流れである。
 こういう時、得てして一番立場の弱いはみ出し者が選ばれる。うちのクラスのはみ出し者といえば、ブッチギリでエヴァだろうが、流石にエヴァにそんなことして目を付けられるような愚は犯さないだろう。同様の理由でピエロ野郎とかロボコップとか、他のやばそうなのも選外。というと、他の候補は一人しかいないのであった。
 言うまでもない。俺だ。本当にありがとうございました。
 この空気をさっさと霧散させるべく、俺は動いた。こういうやばくてアホなイベントにはやばくてアホな奴が行けばいいんだよ、そうだよ。とばかりに、長瀬に目配せをする。そんな俺を最初は不思議そうに眺めていた長瀬であったが、しばらく続けているとようやく俺の想いを汲み取ってくれたのか手を挙げた。
 そうだよ、それでいいんだ。お前なら逃げられるだろ。で、ノーパソくれ。

「拙者は千晴殿を推薦するでござる」

 ガビーン、と顎が外れそうになった。
 違う。
 違うんだ、長瀬。
 俺が求めていたのは、そういうのじゃないんだよ。
 てか、アイツにそんな真っ当なことを頼んだ俺が間違っていたと、一仕事終えたとばかりに笑顔で親指を立ててくる長瀬を見ながらそう思った。
 ほら、アイツ、アホだし。
 で、案の定、クラスメイトはよく言ったとばかりにスタンディング・オベーション。
 あーあ。

 と、嘆いていた時である。
 ここぞとばかりに立ち上がった奴がいた。

「貴様が出るか。なら、俺も鬼として参加しよう」
「乗りかかった舟だしね。俺も参加するとするさ」

 と言いながら、俺に向けてヤバい笑みを浮かべる気狂い2人。
 いや、ほら、こいつら中二だし。てか、今まさに俺ら中二だけど、病気だしコイツら。
 あーあ。

 て、あーあ、じゃねえ!!
 やべえよ。明らかに鬼ごっこする目じゃねえよアイツら。
 どう考えても、この機に乗じて俺を抹殺する気だ。
 洒落にならない。最近、少しマシになってきたかと思ったらコレだよ。
 とりあえず、期限はあと1ヶ月。それまでに、何とかあの気狂いズを何とかしないといけない。
 黒板に、やたら達筆な字で最後の獲物“長谷川千晴”の名前が書かれていくのを恨めしく見つめながら、俺は密かにそう思ったのだった。














 所変わって、エヴァンジェイル邸である。
 そう、エヴァんちなのである。死んでも顔を出すものかと思っていたエヴァの棲息地なのだ。
 学園の敷地内、その外れにある森の中。そこにひっそりと佇む小さなログハウスの場所は、以前の反省もあって、絡繰から教えてもらっていた。目からビームみたいなのが出て、地図が投影された時は正直このロボコップのコス欲しいと思った。
 ともあれ、エヴァンジェイル邸である。
 入りたくないと今も心から思ってはいるものの、背に腹は代えられないのである。
 なんせ、今の俺は敵意に漲った特A級のキ印二人から逃げ切らねばならない。
 同じ特A級だが、まだ友好的なエヴァの方がマシだと考えたのだった。

 だからこそ、今、俺はここにいる。

 エヴァの家は、あの悪魔閣下スタイルからは逸脱して、割と小洒落た可愛らしい雰囲気だった。正直、ここに来るまでは絶対エヴァの家にはなんかクッパ城みたいな雰囲気でトゲとか鎖とかつきまくってるイメージがあったんだが、拍子抜けするほど普通である。
 まあ、あれだよ。エヴァのあの閣下スタイルもファッションの一環で、外で自分の殻に閉じ篭るための鎧なんだよ。
 そんな事を思いながら、ドアノブに手をかけた。勝手に入ってこい仰せつかっているだけあって、鍵はかかっていない。

 で、入って盛大に後悔した。
 まだ、アイツらしく蝋人形があった方がマシだったかも知れない。

「―――なんで、トーテムポール?」

 トーテムポールである。どっかの原住民的なアレである。
 インテリアだと、必死になって思い込もうとしたが、そんな生易しい考えで終わるほど、エヴァは甘くなんかなかった。
 ぶっちゃけ部屋中トーテムポールである。トーテムポールだらけなのである。棚の上にもちっこいトーテムポールである。ついでに違和感バリバリの五月人形も置いてあったりするが、それはきっと片付け忘れたんだろう。季節感を大切にする男としては珍しいことに。
 そんで、なんかその五月人形がメッチャこっち見てる気がしたが、視界に入れないように心がけた。
 嫌な予感しかしなかったからだ。

「フハハハ、よくぞここまで辿り着いた、千晴よ! 我がエヴァンジェイル城へようこそだ、フハーッハハハハ!!」

 で、主人の登場である。
 だが、こっちは見慣れてるからどうでもいい。

「お、おう。いや、あー」
「ふむ、我が下僕たる人形共が気になるか」

 人形っておま。
 どう考えてもポールだろ。
 これを人形と言い張るか。

「言わずとも知っているだろうが、これらは我輩がドールマスターと呼ばれていた頃の物だ」

 そう言いながら、昔は100万体引き連れて、人間共を恐怖に陥れたとか何とかほざく。
 そら怖いわ。
 こんなんいっぱい持ってたら、それだけで怖いわ。
 というか、今も怖いわ、アホ。
 とはいえ、あれだよな。キワモノ趣味ってのはなかなか受け入れられることがない。
 俺もオタクさ。それくらいの理解はある。

「あー、まあ、俺の知り合いにもいたからな、ドールマスター」
「ほう……。知り合いに、か」
「まあなー」

 こっちはトーテムポールなんてキワモノじゃなくて、単なるフィギュアですけどね。
 月の給料のほとんどをフィギュアにつぎ込んでたバカがいただけって話だ。ちなみに俺はそっちにはノータッチである。金がいくらあっても足りん。

「……なるほどな、裏は広い。少なくとも千晴クラスの者が我の知らぬところで同じ名を名乗っていたとはな」
「いや、それほど大したもんじゃないと思うけどな」
「その言葉は謙遜と受け取ることにしよう。フハハハハハハ!! とりあえず、よくぞここまで辿り着いた!!」
「やっぱり突っ込まないとだめなのか」

 お前はどこかの魔王かと。
 この言葉、エヴァがやたら喜ぶからあんまり使いたくないんだよな。

「まあいい。ゆっくリしていくがよい。茶々丸よ、千晴を奥に案内するのである!!」

 そこでようやく、トーテムポールに溶け込んでいた絡繰の存在に気付いた。
 ちびりそうだった。




















「フム。なるほど、千晴はただ普通に皆殺しにするのは面白くないから、違う方法を探している、と」
「全然違うからな。皆殺しとかないからな」
「なるほど、手の内を明かしたくはないということか。流石は我が友。用心深いのである」
「手の内とか、ないからな。というか、お前、友達とか言ってるくせに人の話全然聞いてくれないのな」

 必死に訴えても無駄である。前からエヴァはそうだったのだ。
 案の定、今回もふむふむ考え込んだ様子でこっちの話なんかまったく聞いてくれてないようだった。
 本当に最悪だ。最高に最悪だ。どうにかして、こいつを一度ギャフンと言わせられないだろうか。

「ならば、仮契約でもすればよかろう」

 と、聞きなれない言葉をエヴァが告げる。
 思い切りエヴァをギャフンと言わせる妄想に耽っていた俺には、聞き逃してしまうほどに自然な声色で。

「仮契約?」

 知らない言葉だった。
 契約+エヴァならどう考えても、俺は逃げ帰っていた。どう考えても、サバト的な何かしか浮かばなかったはずなのだ。
 でも、エヴァが発した仮契約という言葉には、いつも大仰に表現するエヴァの趣味から外れていて。
 それでいて、妄想と切り捨てられないほど、自然な響きを持っていた。

「まさか、知らんとは言わんだろうな」
「そのまさかだ」
「フン、仮契約を知らずして、その実力か。いささか面白くないのである。あえて、傍観した方が、千晴の手の内を知るには良かったかもしれんな」 

 相も変わらず勘違い続行中のエヴァ閣下。
 そんなエヴァを否定するために上げた声は、続くエヴァの説明に制止された。

「仮契約とは魔法使いによる仮の主従契約のことである。オスティアの初代女王アマテルを祖とし、以来この制度は魔法界を中心に広く行われている。これは―――」

 なんかえらい語り出したエヴァ。
 その言葉の端々が、異様に俺の古傷を抉る。
 魔法とか、おすてあとかちょっと待ってちょんまげ。
 わかった。お前の設定妄想力がパネェことはよくわかったから、これ以上はマジやめてくれー。

「つまるところ、固有の魔力波動を同調させることにより、従者の潜在能力を具現化。これをパクティオーカードと言うのであるが、聞いているか千晴」
「なるほど、全然わからん」

 というか、これ以上俺の右手を疼かせないでくれ。
 ぶっちゃけ、わかりやすく頼む。

「―――まあ、わかりやすく言うと、仮契約すれば、お前専用のアーティファクトが手に入るということなんだが」
「わかった。それゲットしたらなんとかなるんだな!! やろう! やってくれ!!」

 正直な話、これ以上この話に付き合いたくない。
 エヴァの話はよくわからんが、とりあえず、折角これだけ親身になってくれてるのに、とっとと帰るのは申し訳ない。というか、機嫌損ねて後で何されるかわからない。
 パクティオーだか、パックマンだか知らんが、とりあえず、やるだけやらせて帰ろう。で、麻帆良祭は引き篭もろう。もう決めた。

「――本当に、いいのだな?」
「オッケーオッケー。全然構わん。さっさとやってくれ」

 なんか珍しいことに、妙に念を押してくるエヴァ。
 普段もこれくらい慎重になってくれると助かるんだけどな。

「わかった。茶々丸」
「イエス、マスター。ハセガワを取り押さえます」

 で、何か絡繰に羽交い締めにされる俺。
 なんだろう。嫌な予感がムクムク湧いてきた。

「では――――行くぞ」

 で、俺に近づくエヴァ。
 その距離はドンドン縮まり、目と鼻の先を超えて。
 あれ、なんかおかしくね。
 近すぎね? というか、凄く近すぎね?
 てか、ちょ、おま。
 目とか瞑ってるんじゃねぇ。
 待って、俺ちんこついてる。
 俺男の子、お前も男の子。
 それ以上は、ちょ。
 ぼく、はじめてなのに。まって、おねがいだから。
 いや、らめぇええええええええええええ!!
 アーーーーーーーーーーーーッ!!















 CHU☆















 しばらくお待ちください。


















「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「―――耳元でやかましいぞ、我が従者よ」
「て、おま。ちょ。ちゅーて。俺の素敵なファーストチッス返せ!!」
「しろしろ言ってたのは千晴なのである」
「チューしろとは言ってねぇよ!! オゥェエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
「安心しろ。我輩も初めてなのである」
「嬉しくねぇええええええええええええ!! 余計気持ち悪いわボケェエエエエエエエ!!」

 俺がバカだった。アホだった。なんでエヴァに全部任せたんだろう。
 犯された気でいっぱいだ。持ってる同人誌はレイプものも多くあったが、今日処分しよう。これは可哀想すぎる。
 てか、ちょっと待って。

「なんでキスなんだよ!!」
「だから、これが仮契約だと言っているのである。ほれ、パクティオーカードだ」

 そう言って投げてきたカードを受け止める。
 いつの間に作ったやら、魔法少女の格好をした俺の姿。
 ストーカーすぎる。

「よし、殺そう」
「待つのである、千晴よ。さては疑っているのであるか?」
「冗談にしてはひどすぎるぞ、これは」
「本物だと言っておろう。騙されたと思って、召喚してみるがよい。貴様に最も適するマジックアイテムが得られるはずである」
「わかった。その代わり、嘘だったら殺すからな。絶対殺すから」
「本来なら千春ほどの者と殺り合えるのは僥倖であるが、封印されたこの身では為す術もないであろうな。まあ、我輩を信じるのである」
「絶対だな、絶対だからな」

 もう一度、カードを見る。
 中には相変わらず魔法少女のコスプレした俺の姿。
 しかも、かなり見覚えがある。

「……ビブリオンじゃなくて魔砲少女かよ」

 冥王の方であった。
 ぶっちゃけ、正当派たるビブリオンこそ神だと思ってた俺には、リリカルも肉体言語も苦手分野であると言っていい。
 だが、俺はコスプレイヤーだった。
 苦手とは言ったが、出来ないとは言っていないのだ。
 その台詞ごときの復唱くらい、造作も無い。

「――――じゃあ、行くぞ!」

 我、使命をうけしものなり。契約のもとその力を解き放て
 風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に
 この手に魔法を! レイジングハートセェエエエエットアップ!

 唱えた。
 何も起こらない。
 そよ風すら吹かない。
 もちろん、光ったり変身したりなんてする訳ない。

「一言言っておくが――」

 なんだか、やたらと気まずそうにエヴァが言う。

「発動の呪文は来れアデアットである」

 そうか、わかった。
 死のう。












<後書き>

 地震により亡くなられた方のご冥福をお祈りします。ご無事だった方には心からの応援を。
 りょーとです。お久しぶりです。私自身は現在岐阜にいまして、特にこれといった被害はありませんでした。
 が、勿論、知り合いの中には東北の方もいるわけで。
 幸いなことに全員無事でしたが、きつい原状も聞いてます。
 とりあえず、募金だけはしてきました。それだけしかできないのがなんとも歯がゆいですが、本当に頑張ってください。





[18615] アーティファクト 後編
Name: Ryo-T◆d978ac80 ID:80eb9b8e
Date: 2011/03/26 04:31


 彼の部屋をスコープ越しに覗くのは、もはや習慣と言っても良かった。
 刹那に依頼され、半信半疑ながら彼の動向を探る。そして、彼の隠された実力が徐々に明らかになっていくにつれ、戦慄を覚えるのと同時に興味も抱いていた。
 彼は、一体何者なのか。
 そして、彼ははたしてどれほどの強さを持っているのか。
 触るべからずと自らを律したのにもかかわらず、彼から目を離すことができないことは悪癖と言っても間違いではなかった。確かに僅かな情報が生死を分ける戦場においては、その癖に随分と助けられた。
 しかし、ここは麻帆良学園である。恐らくは、この世界でも指折りの安全が保証された地域だ。
 強固な結界と多数の魔法戦力を有するこの場所において、空気も、状況も、何一つとしてその悪癖を認めるものではなかった。
 だが、それでもやめることなどできない。
 惹かれたといえば、そうかもしれない。あの若さで、あの強さを誇り、それでいて過去を消し、血の匂いを隠しながら平穏に生きる彼の生き様に。
 もしかすると、自分を重ねていたのかもしれない。平穏な世界で生きるよう願われた、自分自身の姿に。
 そんな考えを巡らせ、一人自嘲する。どうにも、気が緩んでいるのかもしれない。
 一緒だから、どうしたと言うのだ。
 自分の居場所は既に戦場にこそあると決めている。
 無駄なことを考えている暇があるなら、より集中すべきだ。今までも散々煮え湯を飲まされてきたのだ。今度こそ、逃げられるわけにはいかない。
 スコープに映る彼は、ちょうど制服から私服へ着替え終わったところなのだろう。
 ベッドに仰向けに倒れ込んだ彼からは、警戒する様子は見られない。どうやら、珍しく気付かれていないようだ。今日こそは、彼の様子を刹那に報告できるかも知れない。
 そう思い、口を釣り上げた時だった。
 彼は忽然とその場から消え去った。
 一瞬足りとも目を離したつもりはない。しかし、何の前触れもなく、その場からなくなっていたのだ。
 あたかも、はじめから存在しなかったかのように。

 彼の行動を振り返る。
 ベッドの上で無造作に投げ出した四肢は緩んでいた。あの体制から、どれだけ動こうともこの目をかいくぐるほどの疾さで、俺の視界から消えることは不可能。
 瞬動ではない。では、転移か。
 消える直前、ポケットから取り出したものが気になっていた。
 それは、なんでもないものに見えて、けして見落とせるようなものではない。
 かつては、自分も持ち、それを手に戦場を駆け抜けた。だからこそ、彼の手にあったものを見間違えるはずなどない。

「――――パクティオーカード、か」

 魔法使いと主従契約を結ぶことで、様々な効果を得ることができる仮契約。そのメリットの最たるものが、一定の割合で手にすることができる固有のアーティファクト。
 彼のアーティファクトがどのような能力を持っているのかはわからない。だが、忽然と姿を消したことと無関係ではないだろう。
 転移か、もしくは強力な認識阻害か。いや、その程度であるはずがない。
 風の噂で時間操作が可能なマスターピースが見つかったと聞いた覚えがある。恐らく間違いないだろう。
 なんせ、わざわざベッドメイクまでして消え去っているというのだから。

「やれやれ、本当に厄介な存在だよ、君は」

 どこまで、自分の興味を惹けば気が済むのだろう。
 立ち向かうのは死と認識しながらも、離れることなんてできやしない。
 彼の力がどこまで自分と隔絶しているのか知りたい。
 索敵能力、隠行術、時間操作。そのすべてが並の使い手が持つ力ではない。
 とにかく、今回は収穫だった。まだまだ力を隠していたということがわかっただけでも僥倖だ。恐らく、この程度は俺に明かしてもいい力だと判断したのだろうが、知っているに越したことはない。

「刹那に、どう伝えればいいのか悩むな」

 そんな危険な人物を野放しにできない。斬ろう。とか言い出しそうな気がする。
 そして、そんな光景が頭の中で鮮やかに夢想することができたことに、真也は小さく笑みを浮かべた。
 続いて、溜息を吐く。
 なんてことはない。暴走した刹那を止める役目が自分にあったことを思い出したからだった。


















 一方の千晴はというと。

 こちらは先程から全く動かずベッドに寝そべっていた。
 そう、ただの一歩すら動いていない。では何故、真也が彼を見失ったかというと、その理由は彼の姿にあった。

 ――――身体は羽毛でできている。

 某弓兵風にいうとそれだ。もしくは、ガンダム風にいうとこうなる。

 ――――俺が、羽毛布団だ!!

 そう、俺は羽毛布団になっていた。すべては、エヴァとの忘れたいあの日に手に入れた、このアーティファクトによるものだ。
 名づけて、『レイジングハート(笑)』。
 冥王のコスが描かれていたので、空戦S+で、OHANASHIしまくりの無敵モードかと思いきや、所詮は千晴のアーティファクトであった。なんせ後ろに(笑)が付いているのだ。
 その能力は、変身。
 その場にあって最も違和感のないものに変身できる。しかも、変身ことを悟らせない、ドラえもんでいう“石ころ帽子”のような力も持っているらしい。
 実際、エヴァの家で使った際には、俺は見事にトーテムポールに変身し、しかも目の前で変身したのにもかかわらず、エヴァに見失わせるほどの効力を確認できた。
 正直、最初はガッカリしたものだが、よくよく考えれば無敵モードである。まさに、今俺が必要としているものを用意してくれたと言えよう。

「――ならば、やることは一つ」

 まだまだこの便利アイテムの力を試さねばならない。なんせ、こちとらヤバい二人組に命を狙われているのだ。
 そう、これはあくまでも実験だ。やましい気持ちなど、1ミクロンたりとも存在しない。
 だから、たまたま実験中に、うっかりラッキースケベがあったとしても、それは不幸の事故というものであろう。
 俺は、悪くなんかないのだ。こんなもん俺に寄越した神かエヴァが悪いのだ。

「――――行くぞ、ウルスラ女子寮。風呂場の準備は十分か」

 いざ、征かん。
 まだ見果てぬ桃源郷へと。















 ウルスラ女子寮といえば、広大な麻帆良学園都市の中でも、最も男子生徒が憧れるスポットである。
 小汚さで定評がある中等部男子寮とは比べようがないほど、新しく整った外観はクラシックな西洋の客観美を意識しながらも、近代的機能美の両立すら実現していた。もちろん、設備も充実しており、そこかしこに意匠を施した広い大浴場や食堂、そして寮生が住まう部屋さえも寮という括りから逸脱した豪奢な様相を呈しているらしい。
 と、色々語ったが、そんなのはどうでもいい。
 重要なのはハードよりソフトだ。中身の問題だった。
 麻帆良学園聖ウルスラ女子高等学校。麻帆良学園都市に数ある高等部の中でも、特にキレイどころの、しかもおぜうさまが揃うと有名であった。
 だからこそ、俺は征くのだ。というか、思春期真っ盛りの中二坊やに、こんなの渡しちゃいかんでしょ。俺じゃなくても、そうする。お風呂覗く。
 いやいや、あくまでも実験なんだけどね。実験だよ。そこにスケベ心なんてあるわけないじゃないの、ハハハ。

来れアデアット

 さて、準備万端である。今の俺は、寮においてある観葉植物的なサボテンになっている。流石に風呂場には似つかわしくないので、もう一回変身しよう。それで、ダンボールの必要もなく、ミッションクリアだ。
 改めて言おう。
 最高のアーティファクトである。
 ありがとう、エヴァ。あの日のことはトラウマ化しているが、水に流してやろう。
 と。
 そんな事を思いながら、大浴場に向かっていたところ、バッタリと廊下で寮生にはち合わせた。
 ウルスラの制服とは違うセーラー服に、長いロングスカート。昔でいうスケバンスタイルに身を包んだ、黒髪ロングの美人さんが一人。

「さ、さ――」

 そうか。止まらなきゃマズイよな。いや、でもエヴァが言う認識阻害がかかっているはずでは。
 とか、そんなこと考えていたら、顔の横をなんか得体のしれない衝撃が通り抜けていった。
 頬からサボテン水がツーッと伝う。

「サボテンダーだ! まさかサボテンダーとエンカウントするとはね! 良いわ。あたしの超必殺の錆にしてくれる!!」

 バ レ た。
 というか、今の何さ! 明らかに離れた距離から攻撃してきたよ、このお姉さん!!
 まさか、この人もエヴァと同じような魔法使いなのか!!

「行くぞ! 喧嘩殺法未羅苦流究極闘技!!」

 なんじゃそら、と思う。
 どうも見た目通り、不良さんらしい。
 勿体無い。美人なのに、珍走とか。

「超必殺・乙女魂!!」

 無意識に下がると足元が砕けていた。
 一気に血の気が引く。
 どうにも、ネタじゃ済まないらしい。明らかにネタっぽい技なのに、食らったら頭砕けるとか。
 とりあえず、戦略的撤退。後ろに向かって全力疾走である。大丈夫、サボテンダーなら、回避率も防御力も高いはずだろ。気合入れろ、俺! 大丈夫、俺はできる子!!

「くそ、ちょこまかとすばしっこい!! いいから、あたしの乙女魂を食らえぇええ!!」

 御免被る!
 というか、出口はまだか! さっきから弾幕のように、エネルギー弾みたいなのが飛んで来るんですけど!!
 そういうのはドラゴンボールか東方だけにしてください。ホント、お願いします。
 あと、僕、サボテンダーじゃないんで。倒しても、魔法習得値10ポイントとか貰えないんで。

「薫ちん! 何の騒ぎさ、一体!?」
「慶子か! サボテンダーがいるんだ!!」
「うそ! ホント?! なら、私の3D柔術でアビリティポイント大量ゲット!!」

 増 え た !!
 Ⅷ派とか、このスイーツ(笑)め!!
 この人も美人だけど、頭は残念らしい。

 というか、誰だよ。ウルスラはおぜうさまと美人の宝庫とか言った奴。
 戦闘民族しかいないじゃないか!!

「はぁあああああ!! 究極奥義・超乙女魂!!」
「かわした?! 達乃ちん、そっち行ったよ」
「かーめーはーめー波ぁああああああ!!」

 ま た 増 え た !!
 とりあえず、増え続ける戦闘民族の訳の分からない攻撃を必死に避け続けて小一時間。
 ようやく撒いて、肩で息をしながら倒れこんだ俺は、動いたら余計目立つというアーティファクトの糞性能について、この経験から大いに学んだのだった。
 それから、この経験から学んだことは、もう一つ。ここは前園さんの言葉を借りよう。

 ―――のぞき、カッコ悪い。












<あとがき>

 なんか出来があんま良くないのが残念な後編です。やっぱ時間かけないといけないな、と猛省。次回更新の際、大幅に直すかも知れません。
 今回はアーティファクト説明回。その性能ですが、要は石ころ帽子です。割と当初からこうするつもりだったんですが、まさか原作で似たようなのが登場するとは思いませんでした。
 下に設定っぽいの載せときます。孤独な黒子の劣化版的な感じです。レイジングハート(笑)。
 ともあれ、次で最後です。第一部完結します。最後は最後らしく締めたいと思いますので、応援宜しくお願い致します。




レイジングハート(笑)

 いっそ空気になりたい、という千晴の心意気を汲んだ展開型アーティファクト。
 名前は正式名称ではなく、見た目から千晴が名付けた新種であり珍種のアーティファクト。だからと言って、すごい能力を持っている訳でもなく、失敗作に近い代物。
 某魔砲少女のものに似通っているが、そのものが召喚される訳ではなく、呪文も“来れ”である。
 能力は任意の対象をその場において最もあってもおかしくないものに完全に変身させる。変身型石ころ帽子。発動時には認識阻害がかかり、目の前にいても変身したことに気づかない。
 一応、形としてはなのはコスが正式な形。だが、基本で省略できるため、殆ど使うことはない。
 ちなみに、動くと通常の3倍目立つ。あと、複数の対象に同時に発動させることはできない。






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