セシリアは揺れる荷台の上で、膝立ちで無造作に引き金を絞った。
ライフルはアークティック・ウォーフェアー。エヴァンゲリオン零号機が使用していたスナイパーライフルの原型だ。
「微妙に気にいりませんわね、この銃」
「気にいる銃でも、さすがにシールド破れないんじゃない?」
鈴音が言うように、セシリアの弾丸はアッガイに中るが、シールドで弾かれる。
そもそも、対人用のライフルでまともに撃った所でダメージが与えられるはずもない。
「とりあえず癖は掴みましたわ。次は狙った所に飛びますわよ」
「じゃあ何とかあいつのシールドぶち破らないとね。シャル、何か武器はない?」
「あるよ。えっとね、まずは……」
シャルは運転しながら、足元をごそごそと漁り、長いスナイパーライフルを取り出す。
「どこに入ってたのよ。と、いうかなんでまたスナイパーライフルなのよ」
「Steyr IWS2000!?どうしてそんなゲテモノを持ってきますのよ!わたくし、そんなの撃つのは嫌ですわ!!」
Steyr IWS2000。
弾薬は15.2mmAPFSDS弾。
距離1,000mで40mm厚の防弾鋼板を撃ち抜くことに成功した対装甲用ライフルだ。
その構造は戦車の主砲をそのままサイズダウンさせたような形となっている。
だが、数々の問題点があり、狙撃精度はお世辞にもいいとは言えない。
量産化を諦め、試作品で終わった幻の一品だ。
撃ち出すのは弾丸ではない。浪漫だ。
「あとはね。パンツァーファースト」
第二次世界大戦末期ドイツ軍が制作した対戦車擲弾発射装置を、
「有澤重工が外側だけ似せて作ったやつだから……凄いよ?」
「……使ったら、こっちが吹き飛びそうですわね」
「そうだね。あとは……パンツァーファースト」
二本目のパンツァーファーストが荷台に置かれる。
「あとは……パンツァーファースト」
三本目。
「そしてね。パンツァーファースト」
四本目。
「ち、ちょっと待ってよ!?確かに役に立ちそうだけど、どうしてパンツァーファーストばっかりなの!?」
「え、パンツァーファースト。いいよね?」
むしろ、何言ってんだこいつ?と言わんばかりにシャルは首を傾げる。
「はぁ……まぁいいですわ」
「そうね。武器は手に入ったんだし」
「これで、あいつの尻を月まで蹴飛ばしてやれるね!」
言いたい事は間違ってはいないが、表現が何か違う。
そう思ったセシリアと鈴音ではあったが、ミラー越しに見えるシャルの笑顔を見て色々と諦めた。
――――ああ、この子可愛いのに真性だ。
そう悟ったからだ。
しかし、
「鈴さん……わかってますわよね?」
「ええ……真性でも一夏に近付けたら、確実にフラグが立つわ。
絶対、一夏にシャルを助けさせる訳にはいかない……!」
今回、何の得もないデュノア社襲撃を二人が手伝っているのは織斑一夏ハーレムにシャルロット・デュノアを参加させないためだ。
お互いに織斑一夏の一番に自分がなれると信じて疑ってはいないが……
――――一週間は七日しかないのだ。
三人なら一週間に確実に二回になるが、四人なら一回。上手く行って二回……!
一週間に夜は七回しかないのだ。
「あ」
「あ」
「お?」
だが、そんな彼女達の想いを踏みにじるかの如く、唐突に奴が来た。
清廉な……だが、余りに気高き魂は覚悟無き者を切り刻む。
――――最強の戦乙女。
――――白騎士。
――――織斑一夏のお姉ちゃん。
数々の称号に背負うに相応しき烈女の名は織斑千冬。
正中線を股下から額までを一直線の一閃はアッガイの開きへと変貌させた。
彼女の刀はまさに正道。
「ま、MKⅢィィィィィィィィ!?」
悲痛な産みの親の叫びは彼女の正道に一ミリたりとも影を落とさない。
「つまらぬ物を斬った……」
納刀。そして、爆発。
享年二ヶ月。それはあまりにも早い死だった。
――――しゃらん、と音がした。
まるで鈴が鳴るが如き玲瓏な響きを発するは『贋作・之定』
担い手の魔人の名を篠ノ之箒と言う。
――――しゃらん、と音がした。
一閃目で腰断。二閃目は袈裟斬り。
――――しゃらん、と音がした。
三閃目、いや、四、五、六。まだまだ続く。
神速と言っても過言ではない剣が踊る。踊る。踊る。
すでにアッガイの命の炎は消えている。
だが、箒の剣は止まらぬ。
まるで嫌な物は全て無くしてしまおう。そう言うかのように。
斬った相手に礼儀無き彼女の剣、まさに外道。
「MKⅡゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?」
悲痛な産みの親の叫びは彼女の外道たる琴線に触れ、にたりと嘲った。
「姉は全て斬る」
納刀。そして、弾薬や燃料が全て入り混じり、粉々になったアッガイが地に落ちる。
享年三カ月。あまりに惜しまれる死だった。
「まーいごぉぉぉぉぉおっど!?なんなんだ、あのサムライガール達は!
Fack!やっぱり装甲に蒟蒻張りゃよかった!」
「こうなったら……行け、アッガイ!忌まわしき記憶と共に!」
最後に残ったサイコアッガイは全ての砲門を開く。
可愛い妹達の仇を取るために、この怨敵討たねばならぬ。
魂無き機械のはずのアッガイではあるが、彼女は常に沢山の研究者から愛されて来た。
ならば彼女に愛が、魂が宿らぬ道理はあるまい。
愛を汚したサムライガール達に天が罰を下さぬのならば自らが下す。
人、それをアッガイ誅と言う。
「ハイダラァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアア!」
アッガイ、吼える。
「その怒り、良し」
そして、奴が現れた。
「ど、どうして、あの方がここにいますの!?」
「あ、そう言えばさっき呼んじゃったかも」
「何してるんですの!?」
「し、仕方ないじゃないのさー!!」
「ふあー……すごーい」
呼んだら本当にやって来た。
地球の裏からやって来た。
主力戦車程度なら跡形も無く消し飛ぶほどの弾丸を浴び、なお小揺るぎ一つしないその偉容。
彼の名は織斑一夏。
「だが、足りぬ!」
その拳はまさに覇道。
正道も、外道も、アッガイも。
全てを等しくぶち抜く。
――――せめて、彼に倒されてよかった……
享年一歳。彼女はいつも笑顔に包まれ、最後も笑顔のまま逝った。
零れた一滴の涙が、地面に落ちた。
織斑一夏はやって来た。
馬に乗ってやって来た。
巨大な馬でやって来た。
――――次回予告
努力することが悲しみであれば諦めていることが幸せな時もある。
諦観に沈む少女。
彼女が諦めの中で想いを馳せるは、クールでいなせなあの男。
天下無双のあの男。
次回、『覚醒』