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[26698] 【R15】IS――その拳は天を掴む【ネタ】
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/25 18:58
ジャンルとしてはハーレム、最強、ORIMURA。所謂、最低物です。
正確には最低物の皮を被った何かです。
世紀末は関係ありません。

この作品はシリアスです。キャラクター達は。あと書いてる私は。

携帯で書いており、一話が約二千字前後です。オチない時もよくあります。妙なネタが多いです。

R15にはなっていますが、前に「ぴくりとも反応しない」とも言われた事があります。
ですが十五歳未満の方はご遠慮ください。

被災地にいて、原作二巻以降が手に入りません。
「つまんねー」と思われても是非、復興のため募金などお願いします。

なお、このSSはにじファン様にも投稿させて頂いております。

怒られるまで、ここにいさせてください(´・ω・`)



[26698] 山田真耶
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/25 00:58
インフィニットストラトス、通称ISの登場は世界を変えた。
戦闘機を超える機動性、戦車を超える火力、歩兵を超える制圧力。
既存の全ての兵器を鉄クズへと変えてしまった。
単騎で千を超えるミサイルを迎撃し、やる気になれば単騎でホワイトハウスを落とせるであろう兵器に如何なる相手が立ちふさがれると言うのだ。

かのドレッドノート級戦艦の登場を超える軍事バランス変動は国家を変え、地方を変え、町を変え、男女間のバランスを変えた。
つまりは絶対的な女尊男卑。
男が腕力で女を従える時代は終わり、女がISで男を従える時代が始まったのだ。
ISは潜在的に全ての女性が使えると言われているが、男はISを使えない。
もし、男女間で戦争が起きようものなら、三日どころか三時間で制圧される事だろう。

しかし、絶対的な女尊男卑を超える一人の男。……いや、漢が現れる事になる。
ISを史上初めて起動させた男、という特異性により彼の名は初めて歴史に記される事となるが、彼の特異性は単純にISを動かせるなどというくだらない事ではなかった。
その証拠に織斑一夏を知る強敵(とも)である五反田弾は何の動揺も見せずに言った。

「奴がIS程度を動かせぬはずがあるまい」

後の世に覇王と呼ばれる漢、織斑一夏の天下取りはIS学園より始まる事となる。












それはまるで岩だった。
山田真耶から見る織斑一夏はまさに硬い岩。
教卓の正面に鎮座する織斑一夏は立っているはずの真耶と目線の高さが等しい。
これがせめて見下ろされていれば、まだマシだっただろうに……と真耶は思った。

明らかに特注である制服ですら織斑一夏の身体をしっかりと包み隠す事は出来ていない。
太ももの過剰に発達した筋肉は布地に多大な負担をかけ、はちきれんばかり。
並みの女のウエスト五人分はありそうな太い胴は真耶が必死に両手を回したとしても、手は届くまい。
両の腕を包み込むはずだった制服は織斑一夏の筋肉の前に屈服し、無残にも破れてしまっている。

「お、織斑くん……そ、その制服はどうしたのかなー?」

必死に笑顔を作ったつもりだったが、それが成功しているかどうかは真耶には自信がなかった。

「……………………………………………………」

織斑一夏の返答は黙殺。
しかし、丸太のような首に乗っている顔は、目は真耶を貫いている。
その視線はもはや物理的な圧力となり、真耶の心を打ち砕く。
私だって頑張って先生やってるのに!このままじゃ初めてのショートホームルームが!という憤りも。
歴戦のIS乗りとしてのプライドも。
男より強い女としての優越感も。
ありとあらゆるプライドを砕き、ただ一人の女としての真耶を露わにする。
それは単純な、ひどく単純な本能。

強い雄に従いたいという原始的な雌の本能。

それに気付いてしまえば、その筋肉の塊のような体躯はひどく好ましく見えて来るし、野性的に刈り上げられた髪を優しくなでてやりたくなってしまうから困ったものだ。

しかし、山田真耶は教師だ。
教師山田真耶はぴしっと生徒を叱らねばならない。
それが織斑一夏の巨大な、人の頭より巨大な拳を振るわれる事になったとしても、山田真耶にはやらなければいけない義務なのだから。

「お、織斑くん!」

ありったけの勇気を振り絞り、この雄に従えと叫ぶ本能をねじ伏せ、真耶は叫んだ。
しかし、

「気にいった」

織斑一夏の声を聞いた瞬間、真耶の子宮が動き出した。
雄を受け入れるために活動を開始したのだ。
ただ織斑一夏の声を聞いただけで、未だ男を受け入れた事のない真耶の身体は雌になったのだ。

気付けば織斑一夏は立ち上がっていた。
色に惚けていて気付かなかったのではない。
それなりに訓練を積んでいるはずの真耶すら反応が出来ないほどの武の極みを立ち上がるという誰にでも出来る動作で真耶にまざまざと見せ付けた。
まだまだ未熟な学生には理解出来ないだろうが、織斑一夏がその気になり、拳を振るえば真耶は死んでいただろう。
だが、織斑一夏は拳を振るう代わりに真耶をその胸に抱いた。

「我が女になれ」

見た目を裏切り、真耶に傷一つつけずに優しくすらある手際で抱き締められ、荒ぶる所なく静かに放たれた声は真耶の身体に、細胞に、魂に染み渡る。
熱いとすら思える雄の筋肉に抱き締められた真耶の心は暴力的なまでに凶悪な力によって、奪われてしまう。
織斑一夏により、山田真耶の心は根こそぎ奪われてしまった。
真耶の返答はただひとつ。

「……はい!」

教師としての義務感、IS乗りとしてのプライドを忘れ、ただ圧倒的なまでの女としての喜びだけが真耶の声にはあった。




















「……山田先生と織斑はどこだ?」

会議で遅れてやってきた織斑千冬は奇妙なまでに静まり返った教室に困惑していた。

こうして織斑一夏のIS学園入学初SHRは終わった。
具体的に何をしているかは想像にお任せしたい。



[26698] セシリア・オルコット1
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/25 01:00
「………ねえ、やっぱりさっきのってさ」
「………なのかなぁ?」
「織斑様……一夏様どっちもしっくり来ない………」

普通であれば三人、女が集まれば姦しい(かしましい)所ではあるが、一時間目が終わり、休み時間を迎えた一組には不思議な空気が漂っていた。
それはそうだろう。
今まで完全に女子しかいなかったIS学園に男、それも超特級の規格外にも程がある雄が現れたのだから。
男性に接点の無かった彼女達が織斑一夏という存在を持て余すのは仕方あるまい。
真後ろに座っていた子など前に座る分厚い背中で黒板は見えないわ、雄の体臭に含まれるフェロモンにより、じゅん…としちゃうわで大変だった。
じゅん……とした部分がどこかという疑問には残念ながら本人の名誉のために答えられない。

そして、SHRでの山田先生強奪事件だ。
次は誰が……ひょっとして私が!?という妄想をしてしまう彼女達の脳内では「漢の求愛=いきなり攫ってベッドイン」という公式すら出来上がっている。
織斑一夏が山田先生一人を愛し続けるような人格の持ち主だとは、この場にいる誰も思ってはいない。
逆に織斑一夏の超絶倫……もとい織斑一夏の愛を一身で受け止められる女がいたら見てみたいくらいだ。
実際に織斑一夏の下半身の事情は知らないが、想像の中ではえらい事になっている。

現実の織斑一夏は更にその上を遥かに超えているのであるが。

……次の被害者は誰になるのだろう?
この場にいる少女達の共通の疑問。
いや、被害者という言葉は相応しくないかもしれない。

――織斑一夏の寵愛を次に受けるのは誰だ。

そう考えた時にまず真っ先に名前が挙がる女が一人いる。

(それはわたくし、セシリア・オルコットですわね!)

イギリス代表候補生にして、入試主席。

(更には容姿端麗にして……その、なかなかのスタイルですわ。あのケダモノがわたくしに目をつけないはずがありまして?あり得ませんわ!)

胸は同年代の白人系女子には負けるが、それがまた全体的なスタイルを整えるのに一役買っている。
そして、すらっと伸びた足は艶めかしい流線型を生み出す。
セシリアの専用機『ブルーティアーズ』はそれがわかっているのか胸よりも足と尻をアピールする作りになっている。
この足と尻を手に入れたいと思わない雄はいないはずだとセシリアは自画自賛。

顔を赤らめ、いやんいやんと蠢くセシリアに周りの生徒が引いている。
しかし、その視線に気付くようなヤワな神経をしているのであればイギリス代表候補生などやってはいられない。
縦ロールは伊達ではない。

縦ロールという手入れの難しい髪型はセシリア・オルコットのプライドだ。
決して被弾せずに、この優雅な髪型を維持するという誓いと、それを可能とする確かな実力の証。
セシリア・オルコットの縦ロールは伊達ではないのだ。

(いえ、でもわたくしは山田先生のように売れ残りの安い女ではなくてよ……!
もし、わたくしを手に入れたいのであれば、きちんとデートをして手順を踏んでからでないと……
まずは二人で街を歩いて……えへへ)

巨大な織斑一夏とセシリアのカップルが街を歩いていたら、相当な画になるだろう。
むしろ、織斑一夏に相応しい景色など剣電弾雨が飛び交う戦場くらいしか無い気がするが。

「はーい、皆さん席に着いてくださーい!」

織斑一夏が愛の言葉を囁き、セシリアを連れ、夜の街に消えて行く所までセシリアが妄想した所で現実の山田真耶と織斑一夏が戻って来る。
夜の街に消えた後はセシリアの知識不足という名の壁により、妄想すら不可能。

しかし、その壁を開通させた女がいた。
未通で「こちら側」だったはずの山田真耶はトンネルを開通させ、「向こう側」へと旅立っていった。

(トンネルを抜けると、そこは何があるんですの!?)

三島先生に謝らなければならないような事をセシリアは考えた。ごめんなさい。



イギリス代表候補生セシリア・オルコットの胸に、じりじりと焼き付くような火が灯る。
セシリアはこの火の名前を知っている。

――これは嫉妬だ。

天才と呼ばれるセシリアではあるが、実際にそうでは無い事を自身が一番知っている。
両親が亡くなった後、莫大な遺産を金の亡者から守るために必死に勉強をした。
その一環で受けたIS適性テストでA+を叩き出し、IS搭乗者となったが、第三世代装備ブルーティアーズを専用機にするまでに紆余曲折があった。
セシリアが出来ない機動もあっさりとこなす他の搭乗者を見た時に感じた嫉妬。
今の山田真耶から、いや、あの時以上の嫉妬をセシリアは感じていた。

その身を縮こませ、怖い物から自分自身を守ろうとしていた山田真耶はもういない。
人の顔色を窺うように他人を見上げる山田真耶はもういない。

そこにいるのは正しい女としての在り方を見つけ出した山田真耶だ。
小さくなるために猫背だった背筋はぴんと伸び、自信に満ち溢れている彼女の視線は正面から相手を受け止める。
その顔は男を愛し、愛されているという実感に満ち溢れている。

完全に女として、セシリア・オルコットは山田真耶に敗北していた。

「皆さん、教科書開いてくださいね」

おどおどと声をかけていた真耶を変えたのは、織斑一夏。
この嫉妬の炎を消すには、山田真耶から織斑一夏を奪わねばならない。
セシリア・オルコットの生来の反骨心がめらめらと音を立てて燃え上がり始めた。

(山田真耶……負けませんわよ!)

セシリア・オルコットの嫉妬はその身を激しく輝かせる炎なのだ。
ブルーティアーズを手に入れ、目標を見失っていたセシリアは再び越えるべき壁を見つけた。
セシリア・オルコットは確かに自らの炎で輝いていた。



[26698] セシリア・オルコット2
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/25 01:02
セシリアにとって、じれったい二時間目の授業がやっと終わった。
甘い雰囲気を醸し出す女子生徒の空気を押し返す山田真耶の幸せ全開のパワーにセシリアのみならず、クラス全員がげっそりとしていた。
授業中の一幕でも、

「あ、あなた……じゃなくてお、織斑くん、わからない所はありますか?」
「問題ない。続けよ」
「はい、わかりました!」

教師と生徒というよりも犬と飼い主にしか見えない。
山田真耶に尻尾が生えていれば、高速で左右に揺れていた事だろう。
だが、セシリア・オルコットは違う。

(あのような羨ま……破廉恥な行いはこのイギリス代表候補生セシリア・オルコットには相応しくありませんわ!
私が尻尾を振るのではありません。織斑一夏、貴方がわたくしに膝を屈し、忠誠と………そ、そのあああああ愛を誓うのです!)

「あなた……わたくし幸せですわ」
「安心せい。これから我がうぬをもっと幸せにしてやろうぞ」

結婚式は海の見える教会で……あ、ブルーティアーズのような青いウエディングドレスはどうでしょうか?これからは千冬義姉様(おねえさま)とお呼びするべきかしら?それに一夏さんと呼ぶのも違いますわねあなたではあの泥棒猫と被ってしまいますわ!ここは一つ御主人様というのはどうかしら?

「ちょっとよろしくて?」

そんな事を考えるセシリアだったが、いつの間にか織斑一夏の前に立ち、声をかけていた。

(なん……ですって……!?)

本来の予定では、織斑一夏は一組最大の獲物であるセシリア・オルコットの魅力に我慢出来ずに、のこのことやって来るはずだった。
そこでセシリアが散々に焦らしに焦らし、我慢が出来なくなり無様を晒す織斑一夏を優しく慰める事によりセシリア・オルコットは織斑一夏の上に立つという計算をしていた。
イギリス代表候補生セシリア・オルコットの輝かんばかりの美があれば、その計算が現実の物になる確率は高かった(とセシリアの脳内では確定事項になっている)。

(それが逆に声をかけてしまうとは迂闊ですわ!)

しかも、困った事に完全にノープランだ。
織斑一夏が声をかけてきたら、ああしようこうしよう、あらあらいけない狼さんねとかわすプランは大量にあるというのに、セシリアから声をかけてしまうとは……

「セシリアさん、すごーい……」
「さすがはイギリス代表候補生ね……」
「なんて言うつもりなのかしら……」

そして、更に悪い事に周囲には大量のクラスメイト達がいた。
話しかけるには厳しい壁があるが、かと言って無視するには大きすぎる存在感を発する織斑一夏を注目しない者はいない。
無論、それは即座に色恋へと結び付く話ではないが、だからと言って初めて彼に立ち向かった勇者セシリア・オルコットへと向けられる賞賛が変わる事はない。
ここで無様に逃げ出したとしても、セシリアを蔑む者はいないだろう。
正直、織斑一夏の後ろの席の子は授業中、発せられるプレッシャーでちょっと漏らしたほどだ。しかし、席を変わる気は一切ないのだから業が深い。
授業開始二時間にして色々な汁で彼女の下着はえらい事になっている。

だが、そんなギャラリー達の暖かさに満ち溢れた思いはセシリアには通じない。

七つの海を制覇したイギリス人には数多くの欠点と数多くの美点があった。
その中でも粘り強くいかなる苦難にも挫けないという性質がある。
セシリアの中にも強く流れるイギリス人の血が今回は裏目に出てしまった。

「わ、わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら!?」

確かに織斑一夏の態度は悪かった。
一応、視線こそセシリアに向けてはいたが何の返答も返しはしない。
だが、

ISを使える。

それが国家の軍事力になる。

だからIS操縦者は偉い。

IS操縦者には原則女しかいないから女は偉い。

そんな論法を持ち出すかのような十把一絡げの男達に接するような態度で、この織斑一夏に対するとは……!

「せせせセシリアさん!?」

周りから、そんな声が挙がるが彼女達はそれが精一杯。
もし、織斑一夏の鍛え抜かれた拳が振り下ろされてみろ。
貧弱な少女達の身体など何の障害にもならず砕かれるに違いない。
少女達は己の無力に泣き、そしてセシリア・オルコットという名の一日だけのクラスメイトのために祈った。














「ふむ、我は気の強い女は嫌いではない」

だが、次の瞬間に彼女達は己の目を疑う事になる。
なんと織斑一夏がほんの僅かだが笑ったのだ。
木石ではない織斑一夏が笑う事があるのは確かに道理だ。
しかし、セシリアの愚かな振る舞いを快く許し、微笑むという器の大きさを見せつけるとは誰もが思わぬ大度(大きな度量)であろう。
織斑一夏は、ただ野蛮なだけの雄に非ず。愚か者を許す大器の持ち主でもあったのだ。
その広い器に自ら飛び込みたいと思う織斑一夏の笑みを見た名も無き少女がいる一方、










「このセシリア・オルコットを舐めてもらっては困りますわっ!」

何たる無礼!
何たる増上慢!
この男はすでにセシリア・オルコットを、その身の下に組み敷いたつもりだとでも言うつもりなのか!

セシリアの反骨精神は枯れ草に火をつけたかのように一気に燃え広がり、地獄の業火も生ぬるいと言わんばかりに燃え上がった。
許すという行為は上の人間が、格下の人間に対して行うものだ。
セシリア・オルコットをまだ何も知らない織斑一夏がやっていい事では絶対に有り得ない。
織斑一夏はセシリア・オルコットをきゃんきゃんと吠える子犬のように扱った。
セシリア・オルコットを織斑一夏はナメた。
こんな屈辱を許せる程、セシリア・オルコットは枯れてはいない!

「山田先生!」
「は、はいっ!?」

愛を知った山田真耶ですらたじろがせる力が、そこにはあった。
擬音にするなら、ギロリと表現するのが相応しいセシリアの視線が真耶を貫く。

「クラス代表者を決める必要がありましたわよね。
そこでクラス代表者を選出するために、わたくしセシリア・オルコットと織斑一夏さんの決闘で決めるのはいかがかしら!?」

何たる暴論か。
他のクラスメイトに適格者はいない。ただ自分と織斑一夏のみがそれに相応しいと言っているに等しい。

だが、この暴論はクラスメイト達に好意を持って受け入れられる。

「織斑様なら……それに織斑様に立ち向かえるセシリアさんなら……」
「あそこまで無謀極まりないと逆に凄いわよね……」
「異議なーし!」

異議なし!
異議なし!
異議なし!

クラスにその声が広がる。
しかし、運悪く担任の織斑千冬がおらず、真耶はこのような事を独断で決めていいのか判断に迷う。
だが、すぐに絶対的な指針がある事を真耶は思い出した。

「真耶」

何を迷っていたのか自分でもわからなくなるくらいに、織斑一夏にただ声をかけられた、その瞬間に真耶の迷いは晴れる。
織斑一夏が誰かに従う道理があるというのか?こんな形で一組の覇権を握るチャンスが飛び込んで来たのだ。
織斑一夏がこんなくだらない試練とすら言えない試練で躓くはずはあるまい。

「わかりました。
それでは勝負は一週間後の月曜の放課後、第三アリーナで行います!
織斑くんとオルコットさんはそれぞれ用意をしておいてください!」

山田真耶の凛とした宣言が響き渡る。
そして、歓声。

「織斑一夏。あなたにこの!セシリア・オルコットとブルーティアーズの名、刻み込んであげますわよ!」

セシリアは烈火の如く燃え上がり、

「よかろう。我が力、とくとその身で味わうがいい」

織斑一夏は淡々と――だがその目には一分の油断も無く――言った。



[26698] セシリア・オルコット3
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/25 01:04
織斑一夏、初めての専用機を開発した研究者は後に語った。

「ああ、Mr織斑の専用機ね……
ありゃあ僕の最高傑作って呼ばれてるらしいけど、僕にとっては駄作中の駄作だね。……え?なんでだって?
あんた、兵器とそれを操る人間の関係を知ってるかい?
そう、それだよ。あくまで人間は兵器の力を限界まで引き出すためにいるんだ。

……Mr織斑の専用機を作れるって聞いた時は初め凄く喜んだよ。
だって、そりゃそうだろう!今はFack'nな女共に独占されている空をまた男が飛べるかもしれない。そう思ったらさ……わくわくしちゃってね。
でもさ、Mr織斑を一目見た瞬間……ああ、僕みたいな存在とこの人は器が違う。僕みたいな小物とは規格が違うって思い知らされちゃってさ……

おっと、話がズレちまったね。
どこまで話したんだっけ?
そう!兵器と人間の関係性だったね。
Mr織斑はまさにスペシャルさ。
兵器のために人がいるんじゃない。Mr織斑のために兵器があるんだ。
いやぁ、本当に苦労したよ!
何せ当時の第三世代機を装着したMr織斑が何て言ったかわかるかい?

「脆い」

ちょっと力を籠めたら、ISが弾け飛んじゃってさ。あれは自分の目を疑ったね。
仕方ないから、頑丈さだけが取り柄の第一世代型を必死に改造して、Mr織斑に合わせたよ。
あれは……技術者からしてみれば本当に屈辱だったね。
必死に作った研究成果を完全に否定されたようなものだったからね……あれは忘れられないや」

――つまり、あなたは織斑一夏を恨んでいるのですか?

「おいおい、君は今まで何を聞いてたんだい?
僕がMr織斑の『百式』を作ったのは僕の人生最大の誇りさ!
『白式』はMr織斑という力を加え、付け加える事の無いパーフェクトな百に生まれ変わったんだ。
それが僕の力じゃなくて、ちょっとばかり悔しかったけどね」

民明書房「織斑一夏という漢」





そんな未来を現時点のセシリア・オルコットが知覚する術はない。
だが、織斑一夏の規格外のパワーを感じられない者がいたとしたら、すでに生物として当たり前のように持つ危険察知能力が欠けている者だけだろう。
だからこそセシリアは自らを鍛える事に決めた。

たった一週間で何が出来ると言うのか?

そんな疑問は一日目ですでに投げ捨てた。
三日目を数えるセシリアの訓練は授業が終わり、すでに五時間を超えたが休まない。

「497、498、499……!」

腕立て伏せは腕が太くなるから嫌だった。
もう、セシリアは誰が見ても限界だ。

しかし、ありとあらゆる方法で織斑一夏にセシリア・オルコットを理解させると決めたのだ。
ブルーティアーズ得意の中距離射撃戦のみで戦わせてくれるような甘い相手ではないはずだ。
不得意な近接戦闘に備え、持久力をつける事は必要な事だ。
銃口を横に向けエレガントさを追求した『スターライトmkⅢ』の展開イメージを常に相手に銃口に向けて、どんな体勢でも展開する事が出来るように修正した。
近接用武装『インターセプター』の展開はまだ一秒近くかかってしまうが、それでも言葉にしなくても展開出来るようになった。

「もういいでしょう?ここまでやれば十分ですわ」

弱いセシリアが囁く。
確かに三日前のセシリアからすれば、長足の進歩だろう。
それにセシリアは織斑一夏に勝てるのだろうか?

「無理に決まってますわ。あんな規格外の男に負けてるのは仕方のない事ですわ。こんな無駄な事はもうやめなさい。今の貴方は無様ですわ」

確かに仕方ない事なのかもしれない。
戦っている所を見た事はないが、あの織斑一夏が弱いはずがない。
セシリア・オルコットでは存在自体が違いすぎる。
最初から勝てるはずがない。
そんな事はすでに理解している。
だが、

「このくらいで負けてらんないのですわぁぁぁぁぁぁぁぁ!……500!!」

乳酸が溜まり、ぱんぱんになった腕でもセシリアは五百回の腕立て伏せをやり遂げた。
必死に歯を食いしばり、乙女としては見せられない形相で。
セシリアの肢体を包む青いスクール水着にも似たスーツは汗ですでにドロドロ。

「織斑一夏……絶対、貴方にわたくしの存在を刻み込んであげましてよ……!」

だが、織斑一夏に最高のセシリア・オルコットを魅せつけてやるのだから。
こんな所でうずくまっている暇は無いのだ。
次は腹筋五百回。まだまだセシリア・オルコットは突き進む。

残りは後四日。セシリアはその日が来て欲しくないような、待ち遠しいような不思議な気分の中にいた。





























一方、織斑一夏の後ろの席の子は、

「うん、明日はパンツ三枚持って行こう」

色々とダメになっていた。



[26698] セシリア・オルコット4
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/25 01:05
女は男より強い。
それがこの世界のルールだ。
現在、存在する467個のISコアは女による世界征服を成し遂げた。
その中でイギリス代表候補生セシリア・オルコットはどこの場所にいるのだろうか?
専用機持ちとはいえ所詮は一介の学生。第一線で活躍する連中には勝てはしまい。
学生を教える教師には?
世界最強の座を射止めた織斑千冬には?

たった独り、男の看板を背負う織斑一夏には?

セシリア・オルコットは勝ち目がない。
ただのセシリア・オルコットでは勝てるはずがない。

だが、今日ここにいるセシリア・オルコットは違う。
一味も二味も違うセシリア・オルコットが織斑一夏に無惨にも為す術無く敗北するというのか?

「そんなはずはありませんわ」

その身に纏うはブルーティアーズ。
天空ではなく、それは海の青。
海は時には人を優しく包む母なる存在。
時には荒れ狂い全てを飲み込む。

未だ開かぬゲートを前にセシリアは目を閉じる。
猛り狂う波濤の如き心を静め、己のテンションをコントロールする。

その心境はすでにZENで言う所のSATORIの境地へと達していた。
SATORIを開いた者に捉えられぬ獲物無し。
古のSAMURAIが皆、ZENを学んだのはこういう理由だったのか。そうセシリアは思った。
ならば今日のセシリア・オルコットは一人にして一軍。
たった一人で巨大な敵に立ち向かうというのに――その心に高ぶりあれど、恐れなし。

「…………………………」

セシリアがすっと手を上げ、虚空を掴んだ。
ここに山田真耶か、織斑千冬クラスの者がいれば、その目を驚愕に見開く事だろう。
人体を動かすのに力のロスが生じ、十の力が必要な所に十一、十二の力を使ってしまう。
だが今のセシリアは十の力が必要な所に十をぴたりと持って来た。
つまり、それは動作の最適化。
銃で狙いを付けるという動作にしても余計な周り道をしなければ、より早くなるのは幼子でも理解出来る事だろう。

そして、SATORIを開いたセシリアは殺気すら消してみせたのだ。
ただ虚空を掴んだだけど思われた手を開いてみれば、その中から一匹の羽虫が慌てたように飛んで行く。
目から入った情報を脳に伝え、身体の筋肉に命令を下すのに0.2秒もの時間がかかる。
これは訓練ではどうにもならぬ人体の限界である。
しかし、剣豪が振り下ろす刃を避けるには0.2秒は長すぎる。
一流と呼ばれる境地に至る者は必ず殺気を見る事により、0.2秒の壁を超えるのだ。

だが見事、殺気を殺されれば、相手は一体どう対応すればよいと言うのだ。
セシリア・オルコットの弾丸は決して外れぬ必中の魔弾と化す。
もはや、セシリア・オルコットは人にして人に非ず。SATORIを開いたHOTOKEへと生まれ変わった。
だが、敢えてHOTOKEへと至る道を捨て、SYURAとして織斑一夏を射抜くのみ。
たった七日でセシリアの一念は武芸者の極みへと辿り着いてみせた。

神箭セシリア・オルコット。
それが今の彼女に相応しき名だ。

神箭セシリア・オルコットは目を開いた。
その透き通った青き瞳はうんともすんとも言わぬゲートを見据える。

『ゲート解放まであと二・〇五七一八四二二秒』

ブルーティアーズが間の外れた報告をセシリアへと寄越す。

「今だけは…………わたくしだけを見てくれますわよね」

セシリアの胸が一つ、大きく高鳴った。
その甘い感覚を勿体無いと思いながら、切り捨てた。


――何故ならそこに『敵』がいるのだから。



[26698] 篠ノ之箒1
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/25 01:08
「セシリア・オルコット……なんと見事な立ち振る舞いよ!」

ゲートから悠々と現れるセシリアを見て、観客席に座る篠ノ之箒は叫んだ。

「え、いつものセシリアさんと違うの?篠ノ之さん」

その箒の横に座るのは、織斑一夏の後ろの席の少女だ。
すでにもう色々とぐちゃぐちゃで始まる前からトイレに行きたい。

「うむ、動いても体幹が全くブレていない。それがどういう事かわかるか?」

「うーん……わかんないかな?篠ノ之さんは知ってるの!?」

「箒でいい。……体幹がブレぬという事は飛行時に余計な力が掛からず、スピードと安定性が増す。一夏の圧勝かと思ったが、これは案外、セシリアが一矢報いるかもしれんぞ……」

箒の目に映るセシリアの表情は何の感情も宿してはいないように思える。
だが、それが己の眼が節穴だっただけだと箒は自分の不明を恥じた。

セシリアの向かいのゲートがゆっくりと開く。
まるで観客を、セシリアを焦らすかのようにゆっくりと。
だが、それは極限まで集中する事により、一秒が万秒まで引き延ばされただけに過ぎない。



奴が来た。



ごくり、と横に座る少女が唾を飲み込む音が箒の耳に聞こえるほどの静寂が観客席を包む。
百を超える少女達がおしゃべり一つしない異常事態。
彼女達は理解しているのだ。
これから現れるは天に愛された漢。
最強という名を冠するに相応しき王が現れるのを。

その姿はまさに文字通りの天衣無縫。
はちきれんばかりの筋肉を覆い隠すは、ただのIS学園の制服。
両の腕が破れているのは、筋肉の膨張を押さえ込めなかったからではない。両の腕の筋肉があまりに美しく、これを隠すのが忍びないと制服が思い、自ら破れてみせたのだろう。

「制服ながら、なんと天晴れな心意気よ!」

「箒さん、何を言ってるの!?……で、でも一夏様はどうして制服のままで!?
専用機もらったはずですよね!」

少女の疑問は至極当然だろう。
生身で弾丸に当たれば、その身が砕けるのは人の理(ことわり)。
どう筋肉を鍛え抜こうとも、どこまで突き抜けたとしても、ただのタンパク質の塊。弾丸が砕けぬ道理は無い。
だが、それは、

「あくまで人の理よ。一夏は天だ。天を弾丸で砕けぬわ」

そう言うと箒は完爾と笑った。
生身でISの前に出た幼なじみが、ISに勝てぬ理由がないとばかりに笑ったのだ。
それを理解しているのは箒だけではない。
織斑一夏に相対するセシリアも、それを理解した。

――セシリア・オルコットではISを纏おうとも織斑一夏には勝てぬ事を。

「だが見事なり、セシリア・オルコット。勝てぬと理解しながら、なおも笑ってみせるか!」

勝てぬから、破れかぶれで突撃する。
これは簡単な事だ。ただ命を投げ捨てればいいだけの話。
覚悟の一つでも決めれば己の命など捨てられるのが武人の心得だ。

だが、勝てぬと悟りながらも、まるで咲き誇る華のように笑ってみせたセシリアは同性の箒から見ても美しく感じられた。
先程まで表情を失ったかのように見えた彼女は黒の色だったのだろう。
数々の感情という名の色を混ぜてしまえば黒になる。だが、そこから浮かび上がる色があった。
それは桜花の心意気。

アリーナステージの直径は僅か二〇〇メートル。
セシリアが纏うISブルーティアーズの持つ六七口径特集レーザーライフル『スターライトMrⅢ』が発射から目標到達までの予測時間〇・四秒。
織斑一夏がセシリア・オルコットへと直線で疾走し、捉えるまでに一秒と箒は見た。

「これは如何に一夏と言えども苦戦は免れまい……!」

「どうして箒さんは当たり前のようにISに乗ってるセシリアさんが負けるって思ってるのかな!?」

当たり前の話ではあるが、ISには飛行能力がある。
空を自由に舞うセシリアが地を這う織斑一夏を一方的に撃てる事を意味するのか?

「否、一夏ほどの使い手がたかだか空を飛ぶ程度で止められるはずがあるまい」

「どうも話が微妙に通じてない気がするよ……」

そんな箒と名はないがキャラだけは立ち始めている少女の思惑を余所に主役達二人の気は高まりを見せていた。



[26698] セシリア・オルコット5
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/25 18:58
「最後のチャンスをあげましてよ」

セシリアはびしっと人差し指を織斑一夏へと突きつける。

「わたくしが勝利を得るのは自明の理。ですから、今ここで謝るというのなら、許してさしあげないこともなくってよ」

これはダンスの誘い。
セシリア・オルコットは織斑一夏に膝を屈する事はないという宣言。
正気で織斑一夏に降伏勧告をするほどイカれてはいない。
別の意味でセシリアは織斑一夏にイカれてはいるが。

その証拠に二人の顔には笑みが浮かんでいるではないか。
相手の喉笛に食らいこうとする獣の笑みが。

にぃっ、と嬉しそうに笑う織斑一夏のように今の私も笑っているのだろう。セシリアは思う。

「断る。我が覇道に後退は無し!」

だから、二人は前に出た。



ブルーティアーズの機動力は幾多のISの中でもさほどではない。
何故なら速度より射撃時の安定性を優先しているのだから。
そもそもブルーティアーズは多対一を想定している――という訳ではない。
前線を別な機体で止め、ブルーティアーズの同型機を何体か揃え、射出型ビット『ブルーティアーズ』により砲数を増やし、勝利を決定するという設計思想なのだ。
つまり、競技用ではなく戦争用IS。
七つの海を支配したイギリスらしい艦隊決戦型IS。それがブルーティアーズだ。
駆逐艦のように高機動のISが突っ込み、戦艦であるブルーティアーズがトドメを刺す。
ゆえに単体の戦闘力を求められてはいない。

だが、主砲たるスターライトMrⅢで、副砲たるビット『ブルーティアーズ』で織斑一夏を打倒出来るか?
それは否。

一秒にも満たない中、セシリアが進んだ距離よりも、アリーナ全体に広がる勢いで砂埃を激しく撒き散らしながら踏破してくる織斑一夏を止められはしない。
スターライトMrⅢで、ビット『ブルーティアーズ』で織斑一夏を倒せはしない。
だからこそ太平洋戦争で不幸にも敵となったこの国、日本のようなKAMIKAZEの精神で踏み込むしかない。
セシリア・オルコットは大気中で減衰するレーザーを減衰しない距離。つまり、ゼロレンジアタックによる一斉射撃を選んだ。
まさにそれはブルーティアーズ最大の攻撃力だろう。
如何に織斑一夏が頑強であろうと一斉射撃なら?
あとはセシリアが中てるのみだ。


残り五メートル。
――今更、二十メートルまで接近したと報告してくるハイパーセンサーをオフに。

残り四メートル。
――今だけは一夏さんはわたくしだけを見てくださいますのね。
知ってますの?最初は山田先生にわたくし、嫉妬していましたの。

残り三メートル。織斑一夏は右の拳を振りかぶる。
――でも、気付きましたのよ、わたくし。
それでは、わたくしは貴方の事を見ていないと。
わたくしが見ているのは貴方ではなく、山田先生だって事を。

残り二メートル。いまだ二人が動き出してから〇・八秒。
――貴方は誉めてくれるのかしら?よく自分で気付いたなって。
それとも、始めから気付けと怒るのかしら?

残り一メートル。もはや、織斑一夏の剛拳はセシリアの視界を埋め、
――まだまだ貴方の事、わからない事ばかりですわ。
だから、これから理解し合いませんこと?

「さあ、踊りなさい。
わたくし、セシリア・オルコットとブルーティアーズの奏でる円舞曲で!」

セシリアはセシリア・オルコットの全てを織斑一夏へと解き放った。






























「見事なり、セシリア・オルコット。………――――だが、足りぬ」

「え!?え?箒さん、何がどうしたの?」

織斑一夏が撒き散らした砂煙はまるで煙幕のように、スタジアムの視界を遮っていた。
これでは何も見えないはずだ。
しかし、ファースト幼なじみ篠ノ之箒と織斑千冬。更には未だ合間みえぬ何人かの強敵達のみは見切っていた。

シールドにより密閉されているせいで砂煙は自然に治まるのを待つしか無い。
一分、二分と経ち、道理の解らぬ未熟者達が一向に動きの見えぬスタジアムに向け、ざわめき出した。

やがて、砂煙が薄まり、二人の姿が露わになっていく。

まるでダンスのラストのようだ。
そう誰かが言った。




絶対防御が発動し、身動きが取れずに横たわるセシリアを織斑一夏は右手で抱きかかえていた。
その左手には無骨な黒い鉄塊……いや、

「セシリア・オルコット。うぬは強かった。我にISを抜かせるとはな」

ただの鉄塊ではない。それは巨大な織斑一夏の拳を包む更に巨大なISの腕。
織斑一夏はISを部分展開し、セシリアの射撃を凌ぎきったのだ。

「わたくしの円舞曲……お気に召しまして?」

幼子が母の腕の中で安らぐような、蕾が花開く瞬間のような笑顔を浮かべ、セシリアは言った。

「ああ、我が女になれ。セシリア・オルコット」

花が、開いた。

「はい、お慕い申しております。旦那様」











「うわぁ、すごい!いいなぁ!ぶちゅーって!?ぶちゅーって!!ねぇねぇ、箒さん!箒さん!ねぇ!……あれ?」











名も無き少女を捨て置き、箒は独りきりで光指さぬスタジアムの通路を歩いていた。

「くっくっく……ふふ……………あーっはっはっは!」

箒のその顔に刻まれるは、明らかな凶笑。

「それでこそ……それでこそ私が追い求めていた織斑一夏だ!
私の一夏だ!
ああ……その当たり前の事がこんなにも嬉しい。
長かったぞ、お前と離ればなれだった日々は!
だが、まだだ……まだ、時が来ていない。
最高の舞台で、最高に愛し合おうぞ!
私とお前で!」

箒は迷い無き歩みで進んで行く。
暗い暗い道へと独り歩んで行く。



[26698] セシリア・オルコット6
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/25 19:01
クラス代表決定戦(だとセシリアは忘れていた)が終わったのだが、織斑一夏の拳はセシリアの絶対防御を抜いていた。

かの剣豪、宮本武蔵は髪の先についた米粒のみを切断したという。
宮本武蔵と勝るとも劣らない技量を持ち、望んだ物のみを破壊する織斑一夏ではあるが、一つ考えて欲しい。
宮本武蔵と言えども剣を抜いた佐々木小次郎の髪の先に着いている米粒のみを斬るという行為は可能だろうか。
すでにそれは技がどうこうではない夢想の領域。
シールドと絶対防御を抜く事は織斑一夏にとって容易い事だが、セシリアを無傷で倒す事には失敗した。
確かにセシリアは敗北し、内臓に刻みこまれた痛みはあるが、それはある種のセシリアが織斑一夏に勝利した証だ。
織斑一夏の手加減をセシリアは打ち砕いたのだから。
だからこそ代表決定戦から数日、絶対安静を言い渡されたセシリアが自由を手にした時、

「我が世の春が来たぁぁぁぁぁ!ですわっ!」

セシリアがつい叫んでしまっても仕方があるまい。
地に足が着かない思いはセシリアの足をスキップという形で動かし、セシリアを閉じ込めていた学園内にある病院を飛び出した。

余談ではあるが、怪我が多いIS学園では生徒のために骨折や小さな怪我。ガンの手術まで出来るような病院が併設されている。

鼻歌も高らかに麗らかな春の昼下がりを満面の笑みでスキップしながら去って行く。
そんなセシリアを見ながら、病院の看護士は呟いた。

「春だねぇ……」

看護士がどういう意味で言ったのか。それは誰にもわからない。



旦那様の下へ、このまま一直線!と考えたセシリアではあったが重大な問題に気付く。

「こんな格好では行けませんわ!?」

ルームメイトが持って来てくれた(セシリア的には)みすぼらしい服装で恋い焦がれた思い人の前に出れるはずがあるまい。
それに下着も上下で不揃いだ。
乙女として許せる事ではあるまい。

「こうしてはいられませんわぁぁぁぁ!」

ブルーティアーズを展開し、一路自分の部屋へと飛び立つ。
パンツルックなど持っていないセシリアはブルーティアーズを展開してしまうと、乙女の絶対領域が丸見えになってしまうが、そこは愛の前には小さな事でしかない。
ちなみに青である。



「こっちのわたくしの心のような純白と、ちょっと貴方のために背伸びをしましたわ!という黒……どっちがよろしいかしら?」

ここからは具体的な描写を止めさせて頂く事になる。
何故なら左右の手に白と黒の下着を握るセシリア。
女性が下着を着ける時、どうやって身に着けるだろうか?
誰だって服を脱ぐだろう。
君達の愛するセシリア・オルコットも服を脱いでから、下着を着けるのだ。

「うーん、白がいいんじゃないかなぁ?……というか私だって織斑様の事、好きなんだけど」

答えるのはセシリアの豪華な調度品に押されるようにして小さく暮らし、更には織斑一夏の後ろの席に座る名も無き少女。
何故、彼女がここにいるのか?ご都合主義だ。そう言うのであれば言うといい。このSSにはツッコミがいないのだから。

「……いえ、ここはピンクですわね!」

「あれ、やっぱり私の言葉って通じてない時、多いよね!?」





「さて……旦那様の所に向かいましょうか」

純白のサマードレスにはワンポイントでピンクのリボンが着いている。
普段は大人びたセシリアが可憐な少女のような装いをする事により、専門用語で言うと『ギャップ萌え』を狙っているのだ。
ここにセシリア×ギャップ=破壊力という公式が発見された。

同室の少女の情報では織斑一夏は寮の部屋にいる。
何故なら先触れとして、セシリアがパシらせたからだ。
今度、あの子に何かをおごってあげましょう。そう思い、セシリアはウキウキとした気分で織斑一夏の部屋をノックしようと――はしたない女と思われないかしら?

もし織斑一夏に嫌われたとなれば、もし織斑一夏に軽蔑されたとしたら?
セシリア・オルコットの魂は砕けてしまうのではないだろうか。

「あっ……」

それに気付いてしまえば、浮かれていた気分は消え去り、身体がバラバラになるような、足元の地面が砕けてしまうような。

「いやぁ……!」

それが初め、誰の声かわからなかった。
セシリア・オルコットがこんなにも情けない声を出すだなんて自分でもわからなかったのだ。
ただ僅かに考えただけでセシリアの瞳には涙が浮かぶ。

しかし、唐突にセシリアの迷いは断ち切られた。
扉が向こう側から開くと、そこには織斑一夏。
セシリアの二倍はありそうな長身には、その身を動かすためにこれでもかと言わんばかりに筋肉を搭載している。
セシリアを傷付けた拳は今は開かれていた。

手は拳を握り、人を傷付ける事が出来る。
手は少女の流す涙をそっと拭ってやる事が出来る。
手は愛しい女をその胸に抱き寄せる事も出来る。

「あ……旦那様……」

手は思いを互いに通じさせる行為のために服を脱がす事も出来るのだ。
部屋に連れ込まれ、ベッドに寝かされたセシリアは―――――























やあ (´・ω・`)

ようこそ、バーボンハウスへ。
このテキーラはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

うん、「無理」なんだ。済まない。XXX板に行く気はないんだ。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、ここまで読んだとき、君は、きっと言葉では言い表せない 「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい、そう思って このSSを書いたんだ。

じゃあ、注文を聞こうか。



[26698] 鳳鈴音1
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/25 23:29
それからのセシリアはまるで親鴨の後ろを歩く小鴨だ。
織斑一夏の三歩後ろをしずしずと歩くセシリアはとても幸せそうな表情で常に微笑んでいる。
そのままふわふわと空でも飛びそうな気持ちのセシリアは幸せいっぱい夢いっぱい。
今の幸せが続くのであればセシリアは悪魔に魂を売り払うくらいの覚悟はある。
この幸せを壊す相手がいれば全力で迎撃するだろう。





「お、織斑様、おはようございます!」

朝、椅子に巨体をはみ出させながら席に着く織斑一夏にクラスに入って来る少女達は決しておざなりではない真摯な敬意を込めて頭を下げ、挨拶をして行く。
それも一人ずつ列を作ってだ。

「うむ」

対する織斑一夏も一言だけではあるが、しっかりと相手を見ながら応える。

「おはようございます……!」

次に挨拶をする生徒は顔を真っ赤にし、勢いよく頭を下げる。
これは彼女のいつもと変わらぬ癖のような物であり、

「保健委員!」
「はっ!お側に」

織斑一夏、裂帛の怒号が窓ガラスを震わせる。
その震えが消えぬうちに織斑一夏の横にIS学園の制服を纏う保険委員と呼ばれし少女が膝を付き、いつでも主より命を受けられる体勢で現れた。

「こやつを保健室へと連れてゆけい!」
「はっ、我が命は織斑様のために!」

ISもかくやと言わんばかりの速度で顔を赤くする少女を連れ去る。
例え表面上、何ともないように見えたとしても織斑一夏の眼から全ての病魔は逃げられぬのだ。



「そう言えば知ってます?今日、二組に転校生が来るらしいですよ」
「そうですの。おかしな時期に来ますわね」

すでに日常となったそんな光景を気にする事なく、織斑一夏の後ろの席に座るセシリアとその席本来の持ち主の少女が立ちながら噂話をしていた。
座席を交換したわけではないが休み時間などは常にこの状態だ。
何かおかしい気がするが、本人達は全く気にしていない。

「なんでも中国の代表候補生らしいよ」
「あら、今更ながら、このイギリス代表候補生セシリア・オルコットを危ぶんでの転向かしら?
愛を知り、夢想転生に目覚めた私は無敵でしてよ!」
「多分、セシリアさんには悲しみが足りないと思う」

「そんな事は同じく愛を知る私がいる以上、条件は同じよ!」

すぱーん!と快音を立てて教室の扉を開けて現れたのは――――

揺れるツインテールにスレンダーなボディ。
小さな胸の前で腕を組み、不敵に笑う少女がいた。

「中国代表候補生、鳳鈴音!今日はあんたに宣戦布告にやって来たわ!」

鈴音はずばっ!と音を立てそうな勢いでセシリアを指差した。

「鈴ではないか。見違えたぞ」

颯爽と現れた鈴ではあったが、織斑一夏に声をかけられた瞬間、

「一夏ぁぁぁぁー!」

まるで猫にマタタビ、猫まっしぐら。
覇王は如何なる時も動じない。
何ら慌てる事なく、飛び付いて来る鈴を抱き留める。

「久しぶりぃ!会いたかったよ!」
「うむ、久しいな」

まさに飼い主が帰って来た犬の如し。
鈴は身体全身で織斑一夏の愛を受け取ろうとしていた。

そして、破滅の音が鳴り響く。











「セ、セシリアさん?机にヒビが入ってるんだけど」

それはいかほどの力が籠められているのか?

技術者達が象が机の上でタップダンスを踊っても壊れない事を目標として、作り上げられた机のど真ん中から深い亀裂が走っている。
その光景を生み出しているのは、セシリア・オルコット。
二つの繊手に籠められた力は頑丈堅牢を絵に描いたかのような机の亀裂を広げてゆく。
――そして、崩壊(カタストロフ)

「私の席がぁぁぁぁぁぁ!?」

アイデンティティを突如、奪われ悲嘆に暮れる少女の涙を無視し、いきなり現れた怨敵にセシリアは立ち上がり、指を突きつけ叫んだ。

「あ、あ、あなた一体、何者ですの!?旦那様に馴れ馴れしいですわ!」
「ん、久しぶりの一夏でアンタの事を忘れてたわ。
そうね……アンタにはこう言った方がわかりやすいかしら?
私は一夏の『第一婦人』よ!」

セシリアに突きつけ返すかのように指を指す鈴。

「なん……ですって……!」
「ふふん。でも、いきなり私が第一婦人って言っても納得出来ないでしょ?
だから、アンタに宣戦布告をしに来たのよ!」

言葉の内容もそうだが、織斑一夏に身体を預けながら話す鳳鈴音がセシリア・オルコットには我慢がならない。

――――まだ、わたくしだって一回しかしてもらっていませんのよ!?

「いいでしょう。このセシリア・オルコット。逃げも隠れもしませんわ!!……そして」
「勝った方が一夏の第一婦人よ!」
「いいでしょう。では次のクラス対抗戦で勝負ですわ!」
「ぎったんぎったんにして、その縦ロールをアフロにしてあげるわ。せいぜい丁寧にセットしてくるのね」
「けちょんけちょんにして、その薄い胸をえぐってあげましてよ!」

二人の背後には肉眼で観測出来る虎と龍が飛び交っている。
不思議な事ではない。気と気がぶつかり合い、形作っているだけなのだから。

「あ、あのー……クラス対抗戦は代表が織斑様だからセシリアさん出れないんじゃ?」

龍虎の間に名も無き少女が口を挟む。

「はぁ?一夏出たら優勝決まっちゃうじゃない」

鈴音は心底、呆れたように。

「そうですわ。旦那様はこんな低俗な試合に出ませんわよ?」

セシリアは今にも溜め息をつきそうな。

敵対していたはずの二人のコンビネーションに少女は撃沈。

「え、そういう物なの!?」
「当たり前じゃない」
「当たり前ですわよ」










「織斑様、件の者は軽い風邪でした。命に別状はないようです」
「よくやった。保健委員」

そんな争いを気にする事なく、織斑一夏は報告を受けていた。

「それでは失礼します……我が命は織斑様のために!」

そう言うと保健委員は最初からそこにいなかったかのように瞬時にいずこかへと飛び去った。
その顔にうっすらと張り付いていた織斑一夏に誉められた喜びは本人と織斑一夏しか知らぬ事だった。



[26698] 鳳鈴音2
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/25 23:30
私こと鳳鈴音が織斑一夏と出会ったのは、小学生五年生の時だった。

中国から転校して来て、始めは不安だったけど一ヶ月くらいでやっとクラスに馴染んで来た頃、私は初めて一夏を見たんだ。
まるで丸太みたいなムキムキの足を無理矢理、半ズボンに押し込めて、大胸筋の形が浮き出るくらいピチピチのTシャツを着ていた。
一夏のランドセルが凄く小さく見えたのをよく覚えている。
あとで聞いた話だけど、もう身長二メートルを超えていたらしい。
私にあと十センチ寄越せって感じよね。
私と一夏が一緒に歩くと本当に大変なのよ!
あ、でも一夏ってちゃんと歩くスピード合わせてくれるんだよ。
あはは、見た目によらないかな?

それでね、初めて見た時は話しかけるよりも怖くて泣いて逃げちゃった。
えへへ、一夏より優しい人なんていないのにね。

でね、次に一夏に会ったのはうちの店に……あ、私の家は中華飯店やっててね。
いきなり一夏みたいにおっきな人が来たもんだから、お父さんびっくりしちゃって。

「だ、旦那!うちには金なんざありませんぜ!」
「酢豚」
「は?」
「酢豚を注文しておるのだ!」
「ひ、ひぇーい!」

あの時のお父さんは返事してるのか、悲鳴だったのかわかんなくて今、思い出すと可笑しかったな。
でも、その時の私はお父さんがいじめられてると思って、

「お父さんをいじめないで!」

って一夏に食ってかかっちゃったのよ。
そしたら、お父さんが厨房から転がり出て来て、

「な、何卒、娘のご無礼をお許しくだせえー!」

とか土下座しちゃって、びっくりしたわ。
でも、そんな私の態度を許してくれた。

「娘が父の心配をし、父が娘の心配をする。
そのような親子を咎める小さな器。この織斑一夏、持ち合わせておらぬ。
店主よ、安心して調理に励むがいい」

一夏は優しく言ってくれて、

「娘よ。勇気を出して、よくぞ父を守ったな」

私に笑いかけてくれたんだ。
一夏の事、大好きな理由は色々あるけど……これが一夏を好きになった瞬間だったのかな?
でも、それが恋だったってまだわかんなかったから、胸のドキドキして頭ぐるぐるして、何も言えなかった。
ただお父さんが酢豚を持って来るまで、ぽやーってそこに立ってただけだったね。

「だ、旦那……酢豚、お待たせしやした」

酢豚を持って来たお父さん……うん、顔を真っ青にして死にそうな顔してた。
普通の三倍くらい山盛りにした酢豚を持って来たけど、一夏の前に置くと小さく見えたわね。
人差し指より小さなレンゲで酢豚を掬って食べる一夏が、ちょっと可愛く思えた。

「…………………………………」

一掬い、また一掬い。
レンゲいっぱいの酢豚を一口で一夏はぱくぱく食べていった。
最後の一口を食べると一夏は、

「店主よ」
「ひ、ひゃい!?」

真っ青だったお父さんが今度は真っ赤に、

「いい酢豚だった。これからも精進せよ」

一夏にそう言われたお父さんは、

「旦那……!ありがとうごぜえやす!」

また土下座しちゃってた。
一夏が帰ってもそのままで、

「ありがてえ……ありがてえ……俺は……俺は旦那に認めてもらった……!」

泣きながら言ってた。
中国から日本に移り住んで、本当はお母さん凄く嫌だったみたい。
でも、一夏がうちの店に来てからはお父さん人が変わったように頑張り始めてね。お母さんもお父さんのために頑張ろうって思ったみたいで凄く仲良くなって行ったんだ。
それから一夏は週に一回くらいずつ来てくれるようになって、お客さんもたくさん入るようになったの。

たまに考えるんだけど……もし、一夏に出会えなかったら……ひょっとしたら今頃、うちの両親はダメになってたかもしれない。
あ、でも今、うちの両親、離婚してるんだけどね。
中二の頃さ。お父さんが私とお母さんに言うのよ。

「すまねえ。俺は……俺は旦那にもっと認められてえんだ!
一年だ!一年だけ、お前らの事を忘れて、修行させてくれ!」
「あんたがそう思ってる事……わかってたよ。もう荷物は纏めてある。私達は中国で迎えに来てくれるのを待ってるよ」

いや、うん……いい話なんだけどさー。その時、もう一夏の第一婦人になってたから一夏と離れたくなかったから、大喧嘩しちゃって。
でも、最終的に無理矢理、飛行機に乗せられて今に至る訳ね。

え、どうして一夏の第一婦人になったのかって?
えへへ、それは秘密だねー。
私と一夏との大事な思い出だからね。



















「……………鳳さん、一方的に話して帰って行った」

夕飯時、いつもの織斑一夏の後ろの席の少女の横に座った鈴が一方的にまくし立てる事、一時間。
少女の目の前にある塩サバ定食は水分を失い、からからになっている。

「うう……私も幸せになりたいよぅ……」

幸せいっぱいな鈴の表情を思い出し、少女は独り冷えた味噌汁を啜るのだった。



[26698] 鳳鈴音3
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/25 23:32
「と、いうわけで部屋を変わって」

寮の部屋、時刻は八時過ぎ。帝王が夕食を食べたからと言って怠惰に浸るはずもない。
織斑一夏は現在、兵を連れ領土(寮)の視察に赴いている。
そんな時、鳳鈴音が篠ノ之箒へと挑戦状を叩きつけに来たのだ。

「ほう、なぜ私がそのような事をしなければならない?」

形としては鈴音が奇襲をかけた事となるだろう。
だが、箒とて夜討ち朝駆けは当たり前の世界で生きる猛者。当方、常に迎撃の用意あり。
鈴音の幼稚な挑戦など薄ら笑いで斬って捨てる。

――――ぐにゃり。

と、二人の間の空気が歪んだ。
物理的な力を孕んだ二人の気により、大気が逃げ場を失い、慌てふためいているのだ。

「いやぁ、篠ノ之さんも男と同室なんてイヤでしょ?
気を遣うし。のんびりできないし。
その辺、あたしは『第一婦人』だから代わってあげようかなって思ってさ」

わざわざ第一婦人を強調したが鈴音はすでに作戦の失敗を悟っている。
電撃戦による強襲突破を狙った鈴音の目論見は無敵要塞箒の鉄壁の布陣の前に停滞を余儀無くされたのだ。

――――甘く見てた。こいつ千冬姉さん並みね。

鈴音は篠ノ之箒を仮想敵からセシリア・オルコット以上の恐るべき敵へと評価を上げる。

「ふっ、『第一婦人』か。安心せよ、私はそんな物には興味はない」

箒のあまりの言葉に鈴音のイタリア軍並みの忍耐力は瞬時に激発。

「(私の存在意義をそんなもので
















――――しゃらん、と音がした。

いつ取り出したのか箒の手には抜き身の刀が握られている。
もし、鈴音が自らの直感を信じず、感情に任せて飛びかかっていたとしたら、ISを展開していたとしても上半身と下半身が望まぬ別れを強いられていただろう。

「ふっ、かわしたか」

人を斬り殺しかけたというのに箒には毛一筋ほどの動揺も見せぬ。
そして、それほどの技の冴え。
それほどの刀。

箒の刀は間違っても名刀と呼ばれるような代物ではない。
鍛えられた鈴音の眼は気を視覚化する。

「(な、なんなのよ、あれ!?)」

おぞましき怨念が渦巻いている。
刀匠の才能が欠片も無き人でなしが作り、人としての尊厳を唐突に断ち切られた無念。そして、狂った遣い手。
その呪われたトリニティを創り上げた時、この刀は生まれた。
鈴音が知らぬ事ではあるが、その刀はこう呼ばれている。

『贋作・之定』

かの名刀匠、和泉守兼定の二代目は二代兼定は「定」の字をウ冠の下に「之」を書く独特の書体で切ることが多いことから、「之定」と通称される。
そして、『贋作・之定』はその数ある贋作の中でも下の下であった。
しかし、とち狂った人斬りがその刀を握った時、一本の刀は生誕した。
九十九の人命を生贄とし、最終的に追い詰められた人斬りは自らの命を刀に捧げた。
人の肉と骨により研がれた――――人に仇なす事以外、何の役にも立たぬ妖刀。それが『贋作・之定』
どれほどの永きに渡り封印されてきたのか。
しかし、この時代、再び『贋作・之定』は妖刀に相応しき、おぞましき人斬りの手に握られる事となった。
その名を篠ノ之箒。織斑一夏を愛する女である。

まずい、と鈴音は思った。
宣戦布告をしに来たと思ったら、相手はすでに戦争を始めていたのだ。
整わぬ心身では鈴音ほどの名人とて、その実力を発揮する事は叶わぬ。
技は剣聖に追随する鈴音ではあるが、心は未だ十五の小娘である。
突然の修羅場に手足が縮こまり、子宮が収縮する。
命の危険にせめて次世代の子を産む器官だけは守ろうと無為な努力をしているのだ。
これは男女問わぬ生物の性。

隙を探そうと鈴音は箒の目を見た。
視線から相手の動きを読むのは基本中の基本である。
しかし、直後に後悔する事となる。
そこには織斑一夏への愛しか無かった。

愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。
更にそこへ愛を注ぎ、どろどろに煮詰め、純粋な愛の結晶を取り出す。



それをどれだけ繰り返せば、今の篠ノ之箒に辿り着くというのか。
完全なまでに純化した愛は原型を留めぬおどろおどろしい何かへと変貌を遂げている。

つまり、言葉を変えれば鈴音など見ていない。
先程の剣も殺意を持って振った訳ではない。
ただその身が動くがままに剣を振る。これつまり剣の極致。
愛を突き詰める事により、篠ノ之箒は古の上泉信綱や柳生宗厳らの剣聖が辿った道とは違う所から剣の頂へと届いたのだ。
何という一念か。それはすでに愛に似た何かだ。



「……ふん、興が失せたわ」

唐突に箒は刀を納めた。
何故、と問うより早く箒の圧迫感が消えたおかげで鈴音も気付く。
織斑一夏だ。
王の帰還だ。
あと少しで織斑一夏の介入を招く事になってしまう。
それは互いに面白くない事だ。

「……………アンタは一夏の側に必要ないわ」

当たり前だ。
誰がかような猛毒を大事な存在と一緒にしておきたいというのか。

「下らぬ。私が一夏を必要なのだ」

そう言い放った箒の目は真っ黒に濁っていた。



鈴音はこれ以上の言葉を作れなかった。
これ以上、問答した所で篠ノ之箒の愛を砕けるとは思わなかったからだ。

――――だけど、私が、第一婦人の私がコイツをいつか必ず倒す。

鳳鈴音は篠ノ之箒に背を向けた。

狂犬の前に首を差し出すような所行ではあるが、平静な心を取り戻した鳳鈴音の背に打ち込める隙を篠ノ之箒は見いだせなかった。



[26698] 鳳鈴音4
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/25 23:36
「箒さん!箒さん!今日はクラス対抗戦のセシリアさん対鳳鈴音さんの試合だけど、どうなるのかな!」

わかりやすい説明台詞を話すのは毎度、お馴染みの名も無き少女である。
そろそろ場合によってはリストラの憂き目に合う以上、ここで頑張らなければならないのだ。
開始五分前に解説を入れ、視聴者にわかりやすく見てもらうという事は大事な仕事。

「ふむ、両者のISを比較すればセシリアのブルーティアーズ軍配が上がるだろう」

そう断言するのは篠ノ之箒。
国家機密であるはずの各国の専用機情報はすでに全て知っている。

「え、でも鈴音さんの甲龍もブルーティアーズと同じ第三世代なんだよね?
性能的には互角じゃないの?」
「甲龍は燃費の向上に重点を置き、継戦能力の獲得を目的とした機体だ。一対一を目的としていないとは言え、まともにやり合えばブルーティアーズの勝利だろう」
「で、でも、甲龍の肩にある非固定浮遊部位とか棘が付いてて痛そうだよ!」

箒はため息を一つ。
物分かりが悪い生徒を諭す教師のように話した。

「あれは実際に殴るものではない。空間自体に圧力をかけて、砲身を生成し生じる衝撃を打ち出す衝撃砲だ。
ただ銃弾が見えないだけで大した代物ではない」

私なら相手の視線から生身でもかわせる、と言葉を切った箒に、

「(それはもう人類じゃないんじゃないかなあ?)」

と思う少女だった。
だが戦場で生き残るのは常に臆病者だ。
それを言葉に出す事により生じる生命の危機をわざわざ得ようとは思わなかった。

「じゃあ、セシリアさんのブルーティアーズの勝ちで決まりかな?」
「いや、それはわからん」
「え、でも」
「あくまでブルーティアーズと甲龍のISとしての性能を比較しただけだ。
鳳鈴音が……甲龍の特性を生かせば、面白い事になるぞ」
「え、面白い事って?」
「ふっ、それは見てのお楽しみだ。
見よ、そろそろ試合が始まるぞ」




偏向射撃という概念がある。
単純に言えば、相手が避ける先に弾丸を送るという高等技術だ。
だが、神箭セシリア・オルコットにとっては児戯に等しい当たり前に使う技術だ。
その証拠にセシリアの弾丸は鳳鈴音を外さない。
だが、スターライトMkⅢの弾丸もビット・ブルーティアーズの弾丸も一発たりとも鳳鈴音を捉える事は適わぬ。










試合開始の瞬間、同一部位同時射撃――通称ジャックポットを狙うセシリア。
一発目が着弾し、シールドが薄くなった瞬間に二発目を当てる事により、シールドを抜くという魔技である。
セシリアが放ったスターライトMkⅢとブルーティアーズの二発の弾丸は狙いを過たなかった。
非固定浮遊部位を破壊し、IS自体にダメージを与え、試合を終わらせてしまおう事を目的としていた。
だが、

「甘いのよ!」

甲龍の衝撃砲には三つの特徴がある。

一つは見えない事。
これは殺気の射線が見えぬ者にとっては、どれほどのアドバンテージになるかは説明する必要があるまい。

二つ目に燃費がいい事。
角度を変えて撃ったブルーティアーズの弾丸を左右二門の衝撃砲が迎え撃つ。
さすがに鳳鈴音の技量ではセシリア・オルコットのように高速で飛来する弾丸を確実には打ち抜けぬ。
だが、来るとわかっていれば、そこの空間に衝撃砲を撃ち込み相殺する事は容易い。
ブルーティアーズ一発に対し、射撃砲一.五発というエネルギー消費量となる。

三つ目に死角がない事。
ほぼ上下左右三六〇度を完璧にカバーする射角は天空へと放たれ、頭上から撃ち下ろされたブルーティアーズの弾丸すら迎撃。
手動で操作される衝撃砲。つまり、鳳鈴音に死角はない。

「なら、これでどうですの!」

だが、衝撃砲の連射速度には限界がある。
その隙間を縫って放たれるスターライトMrⅢの弾丸は衝撃砲の弾幕を抜ける。


「甘いよ」

しかし、衝撃砲を操るのは鳳鈴音。
その鳳鈴音が衝撃砲より劣るはずがない。

鈴音が手にするは異形の青龍刀。両端についたその刃をバトンでも扱うかの如く、ほんの少しだけ回転させた。

まさに最低限の動き。
しかし、そこに絡め捉れた弾丸は明後日の方向へと飛んで行く。



「あれはまわし受け……!」

観客席から箒が叫ぶ。

「箒さん、知ってるの!?」

「ああ……空手などで極めれば究極とも呼ばれる受け技だ。
その回転運動に触れた物は矢でも鉄砲でも火炎放射機でも弾き飛ばす。
しかも、あのわずかな動き……エネルギーだけではなく、体力も温存しての完全な持久戦の構えか」



エネルギー収支で言えば、完全に鳳鈴音が勝っている。

「あんまりですのよ!」

セシリアの叫びは正当な物だろう。全ての弾丸をあっさりと弾かれてしまえば、銃使いに勝ち目はない。
とは言え、セシリアの心は平穏そのものだ。
激発しやすい己の心がざわめき出す前に叫ぶ事により焦燥を追い出す事を目的とし、あえて弱い自分をさらけ出す一流のコンセントレーションスキル。
全てを防ぐイージスの盾を持つ鳳鈴音に神箭セシリア・オルコットは如何にして挑むのか?

答えは単純にして明快。

―――中る距離まで近付きますわ!

一連の流れはアリーナの両端で行われた物。
この距離ではビット二本とスターライトMrⅢの三射でしか必中を望めぬ。
だが、二〇〇メートルが一〇〇メートルなら?
それが〇メートルなら?

セシリアはゆっくりと前に出る。
攻守は交代し、鳳鈴音の衝撃砲が嫌がらせのように撒き散らされる。
それはまさに嫌がらせ以上の意味を持ってはいなかった。
スターライトMkⅢを下ろし、踊るような華麗な回避。そして、どうしても当たる衝撃砲はビット『ブルーティアーズ』一門のみで十を超える見えない弾丸を的確に相殺して行く。

「くっ、やるじゃない。セシリア・オルコット!
それでこそ一夏の第二婦人に相応しいわ!」
「そちらもなかなかのものでしてよ、鳳鈴音!
それでこそ旦那様の妾に相応しくてよ!」

そう叫びながら、二人の距離は一〇〇メートルを切る。
さしものセシリアでも衝撃砲の乱舞を凌ぐのに、ブルーティアーズ二門を必要とし始める。
エネルギー収支だけを見れば、完全にセシリアの負けだろう。
だが、

「あなたに近付くまでにビット六発、スターライトMkⅢ一発撃てるエネルギーが残れば十分にお釣りが来ますわ」

如何にエネルギー差があっても同一部位同時射撃を決めれば装甲を穿ち、絶対防御が発動する。
セシリアの勝ち。

「ふん、あんたじゃ私に届かない事、教えてあげる」

そう言うと鈴音はぴたりと無駄な衝撃砲の乱射をやめた。
持久戦も立派な策だろう。
しかし、それでは真の意味では勝った事にならぬ。
どちらが真に織斑一夏に相応しき雌か。相手を屈服させねばいけない。

いっそ無造作に、と言ってもいいくらいに互いの距離が詰められる。
――八〇。

――七〇。

――六〇。

――五〇。

――四〇。

――三〇。



セシリア・オルコットは下ろしていたスターライトMkⅢの銃口を鈴音に向けた。



鳳鈴音はここに来て、異形の青龍刀を捨てた。










「遮断シールドが破られました!!」

天空より堕ちるレーザーがアリーナを包む遮断シールドを破壊すると同時に山田真耶の叫びが管制室に木霊する。
そして、セシリアと鈴音の間に現れたのは無粋な乱入者。

「何事だ!」

だが、叫ぶ千冬の目には何故だか、その巨大な機体がひどく悲しき物に見えた。



[26698] 鳳鈴音5
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/25 23:43
セシリアと鈴音の間に降り立ったのは黒にすら見える深い灰色。
IS、と呼ぶのには素直に頷きにくいだろう。
人の肌が見えぬ異形の完全装甲(フルスキン)。
長い腕は直立しているはずだというのに地面に着きそうである。
よくと見てみれば左右の腕にビーム砲門が左右に四門。
この腕より放たれたレーザーがアリーナの遮断シールドを撃ち抜いたのだろう。
頭部に不規則に設置されたセンサーはより、異形という印象を強くする。
身体各部に備え付けられたスラスターは姿勢制御のためか。
無粋な乱入者はまるで睥睨するかの如く、センサーを不気味に光らせる。
もし、この場に覚悟なき者があればその魂無き眼光のみで腰を抜かしてもおかしくあるまい。
それほどの禍々しき気を放っている。

だが、ここ立つは少女とは言え、すでに武人二人。
愛を知る彼女達を後退させるには全く足りぬ。

「うざったいですわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

セシリアは全砲門を解放。
叩きつけられた荒ぶるエネルギーを全て一カ所へ。
ただ漠然と撃つよりも同時に発射される事により数倍に増幅された恐るべし力は如何なる分厚い装甲すら穿つ。

「私の前に立つなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

青龍刀を捨てた鈴音は足指、足首、膝、腰、肩、肘、手首。
全ての関節を連動させる。

―――結果、拳は音速を超える。

名付けて、マッハ突き。
ISの補助が無ければ、あまりの反動に鈴の腕の筋肉が弾け飛ぶ荒技である。



















そして、戦場(いくさば)に立つ二人の乙女よりなお強き怒りが無粋な乱入者へと宇宙(そら)から降り注ぐ。
それは隕石だろうか?

―――否、大気圏で焼けぬ隕石が在ろうか?

それはミサイルだろうか?

―――否、ミサイルに怒りはない。

大気との摩擦により、その身を赤熱させるが帝王を焼くに能わず。
何故ならそんな生温き熱よりも熱く燃え盛る紅蓮の怒りを秘めているのだから。

宇宙(そら)より落下する者の名を織斑一夏と言う。

「戦いを汚す者よ、去れい!」

張り直された遮断シールドを即破壊した織斑一夏は一分の狂いも無く乱入者へと着弾する。










乱入者が現れた時よりも視界を覆い尽くす砂煙。

「ほほほ箒さん!?……ひぃっ!?」

仮面に深い亀裂を走らせたかのような邪悪な笑み。
魔人篠ノ之箒、会心の笑みである。

「ふはははははは!
まさか衛星軌道上からの自由落下とはな!
それでこそ織斑一夏だ!
だが………行くぞ!」

「え、どこに?どうして?」

後にすぐわかるであろう事を箒は説明する必要を認めなかった。
いきなり背を向けた箒の後を慌てて追う少女の目には何故か箒の頬が赤く染まっているのがうつった。





二人が去った後、わずかに砂煙が治まる。
何が起きたか理解していない観客席の少女達の目に飛び込んで来たのは、織斑一夏が雄々しく立つ姿。
肩へ幾重にも折り重なる分厚い筋肉は、織斑一夏の身を害する事の困難さを見る者に悟らせるだろう。

さすが織斑様よ、我々には真似出来ぬ。

あちこちでそのように膝を打つ音が響く。

―――そして、破れた遮断シールドより一陣の突風。

そこに立つのは織斑一夏。
大気圏突入による被害は当然、無い。
象のように太き腿ではあるが、象のように弛んだ様子は一切、見えぬ。
頑丈な骨を包む筋肉はまさにマッスル。
その足は地球の重力を悠々と振り切る。



――――だが、さすがに制服、下着まではその限りではない。
そして、その場にいる少女達の心は一つになった。

「「「「「「「「「「きゃぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!」」」」」」」」」」

だが、少女達の悲鳴を気にするでもなく、織斑一夏は雄々しく立ち、雄々しく勃っていた。




















「あれは通常時ですわね」

セシリアはまじまじと見つめていた。

「そうね」

と同じくまじまじと見つめる鈴音。
それだけを言うと織斑一夏に乱入者と一緒に吹き飛ばされた二人はがくりと気を失った。



[26698] 第一婦人騒動―――その顛末
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/25 23:49
『恐らく無人機であろう機体』が乱入した事により、クラス対抗戦は終了する事となった。
『恐らく』というのは、織斑一夏が徹底的に、粉々に、完膚無きまでに破壊したせいでISならば必ず存在しているはずのコアが見つからなかったせいだ。
あれだけの高出力のレーザーを放てるのだから多分、IS……なんじゃないかなあ?というレベルの扱いで無人機だと言われているのも有人であればミンチになった死体が見つかるはずだろう、という事だ。
スタジアムは織斑一夏の衝撃により巨大なクレーターが生まれ、更に摩擦熱によりスタジアムの六割が硝子化した事により、復旧には一週間ほどはかかる見通しとなっている。
もし、遮断シールドがなければどれだけの被害が出ていたかわかるまい。

結局、あの事件は全くの謎のまま終了する事となった。
一応、現場を破壊し尽くした織斑一夏に対して捜査の手が延びたが、静かに怒り狂う織斑一夏の闘気により、尋問を担当する捜査官が一夜にして白髪になり、出家して僧になると書いた辞表を提出し、これも終了した。
それまではエリート中のエリートで傲岸不遜を絵に描いたような捜査官がそのような有り様になれば誰だって嫌だろう。
同僚達は彼の第二の人生を応援した。

だが、それでは収まりがつかないのが二人。

「決着つけますわよ」

セシリア・オルコットと、

「第一婦人として、後宮の序列は正さないとね」

鳳鈴音である。

彼女達は事件時、絶対防御が発動する事により無傷で済んだ。
ISも小破で済んだとは言え、現在の時刻は午前一時。
場所は事件現場のスタジアム。
そのような所で私闘にISを使えば、ややこしい事になるという分別がまだ二人には残っていた。

「な、なんで私が連れて来られてるのかなぁ?」

二人から少し離れた所に寝巻き代わりのジャージ姿の名も無き少女。
寝ていたら、突然セシリアに叩き起こされ、スタジアムに連行されたのだ。

「決まってるじゃない。私がこの高慢ちきな縦ロールをぼこぼこにする所を見物するためよ」

鳳鈴音の勝負服は真っ赤なチャイナドレス。
スレンダーなスタイルに誂えたかのような一品は対織斑一夏用の勝負服でもある。
少しでも動けば乙女の絶対領域がちらちらと見えるような裾の短さ。
相手に髪を掴まれるのを防ぐためなツインテールはシニョンにまとめられている。
清く正しい中華スタイルだ。

「決闘には立会人が必要でしてよ。そこの貧乳を、このセシリア・オルコットがぎったんぎったんにする所をじっくりとご覧なさい」

セシリアの勝負服は所謂、乗馬服。
白いキュロットはセシリアの足と尻のラインをはっきりと浮き上がらせる。
お嬢様然としたセシリアが馬用の鞭を持ち、見下すようにして鈴音を睥睨する様は、その筋の紳士達には堪らないものがあるのではないだろうか?
なお、ベッドではセシリアは完全に逆である事を付け加えたい。

「ええー……凄い帰りたいんだけど……」

少女は大きくも小さくも特にコメントしにくい胸がジャージに隠れている。全体的に何とも言いにくい。
ネームの部分はかすれていて読めない。恐らく中学時代から使っている一品だろう。

「何を言ってますの?わたくし達、友人でしょう?………えーと、……さん」

「そうよ、あんたと私は友達じゃない………………名前なんて言うんだっけ?」

「え、二人ともひどい!?鳳さん、私と始めて話したよね!セシリアさん、私と同室なのに!
私の名前は「そんな事より」えー……」

セシリアと鈴音、二人の間に乾いた風が吹く。
まるでこれから起こる死闘を少しでも、回避しようと天に住まう存在が逃げ出したかのように。

「私の太極拳、受けてみなさい」

左手を前に、右手を後ろに高々と上げ、異様なまでに腰を沈めたその姿はまさに虎。
現在、太極拳はゆったりとした健康体操として一般には扱われているが、その実は違う。
そのあまりの力に恐れを抱いた共産党が年寄りの体操として扱う事により、若者の太極拳離れを狙った策なのだ。
一人の太極拳士が百人の完全武装の兵隊に匹敵するのは裏の世界では常識と言ってもいいだろう。
鳳鈴音の拳は、真の太極拳とは大爆発。
全てを破壊する剄はまさにビッグバン。

「わたくしのバリツ、甘くはなくってよ?」

名探偵シャーロック・ホームズ。
フィクションの中の存在だと思われているだろうが実は違う。
名は確かに違うが、彼の話は全てコナン・ドイルが実在する探偵をモデルとして描かれたのだ。
その探偵が明晰な頭脳で日本の柔術をベースとし、世界各地の武術を集めた総合格闘技。それがバリツ。
バリツは無手の技のみに非ず。
バリツの達人が扱う鞭は視界に捉える事は不可能だ。
織斑一夏がセシリアとは違うバリツの遣い手と戦った時にこう言っている。

「我が覇道に立ちはだかるはバリツかもしれぬ……!」

バリツとは、それほどの恐ろしき流派なのである。

「…………ごくり」

名も無き少女は特に武芸の心得を持たぬ。
シャレでIS学園に願書を送ったら、なんとなく合格したのだ。

そして、今宵、その場に現れる最後の一人。

「あらあら、あの方の第一婦人を決めるのに私を呼んでくれないなんて悲しいですねー」

教師、山田真耶。
雲一つ無い夜空より、降り注ぐ月光がその眼鏡を輝かせる。
だが、セシリアと鈴音は気付いた。
その目は猛禽。
笑顔に似た何かで細められた目は鷹のように二人の隙を油断なく探っているのだと。
普段のぽやぽやとした雰囲気とは似ても似つかぬ空気はまさに日本刀の切れ味。
触れれば切れ、背を向けて逃げる事も不可能。
ならばとばかりに、セシリアと鈴音はアイコンタクト。
まずは強敵を排除し、その後に二人で決着を―――――――










名もなき少女は語った。

「ええ、あそこにいたのは……鬼でした。
まず、セシリアさんの放った鞭です。
知ってます?鞭って先端は音速を超えるらしいですね。
それを人差し指と中指でキャッチしちゃいまして。
あはは、飛んでる紙飛行機でも掴んだみたいに簡単にですよ。笑うしかないですよね。
で、次に鳳さんが突っ込んで行ったんですよ。
私にはよく見えなかったんですけど……その後はよくわかりました。
知ってます?人間て殴られて縦に回転するんですよ。
あれは五回くらいは回転してたかなぁ?
鞭を掴まれたセシリアさんも無理しないで、鞭を離せばよかったんでしょうけど、やっぱり動揺してたんでしょうね。
山田先生に鞭を引っ張られて近付いたと思ったら、また縦に五回転してました……
えっと、私それを見て怖くて……本当に怖くて!!
だから、お漏らししちゃったのは仕方ないんですよ!」














「鳳鈴音さん……」

「鈴でいいわ、セシリア・オルコット……」

「わたくしもセシリアでよくってよ、鈴。あの方を倒すまで休戦いたしませんこと……?」

「私もそう言おうと思ってたわ、セシリア……」

二人は倒れ伏しながら、奇妙な一体感を味わっていた。
強くならなければいけない。そう決意しながら。

今宵の勝者はただ独り。
山田真耶。
現役時代は『狂犬』と呼ばれたその技の冴え。未だ死せず。
『狂犬』未だ死せず。



[26698] 織斑千冬1
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/26 00:03
学園の地下五十メートル。そこにはレベル4権限を持つ関係者しか入れない、隠された空間だった。
粉々に砕かれ、木っ端微塵となったISらしき物は、すぐさまそこへと運びこまれ、解析が開始された。

二時間、千冬は何度もアリーナでの―――落ちて来た織斑一夏により、即座に破壊されたせいでどちらかと言えばスクラップ工場の作業現場―――戦闘映像を繰り返し、見ていた。
かつて世界最高位の座にあった伝説の操縦者。その現役時代を思わせる鋭い瞳は、ただただ映像を見つめ続けていた。

「……………………………」

薄暗い部屋でディスプレイのみが千冬の顔を照らす。
その顔は、

「一夏可愛いよ一夏」

ひどくにやけていた。
恐らく本人は隠し切っているつもりだろうが、常はキリッとした口元は残念な感じに引きつっている。
冷ややかな声音の中にも、千冬の隠しきれぬ甘やかさが混じり合っている。

繰り返し映像を見ているのも、恐らくISだと思われる物に意識を向けているのではなく、ただ織斑一夏を見ているだけだ。
この時、一体どういう格好だったかを思い出すのは各自の自由だ。
そして雨の中、傘をささずに踊る者がいてもいいように、実の弟を見てニヤニヤする姉がいてもいい。
それが自由という物……なのかもしれないが、どうなんだろう?

「あの織斑先生よろしいですか?」

ディスプレイに割り込みでウィンドウが開く。
特にこの部屋に用事がないために別な場所で作業をしていた山田真耶だ。
つまり、千冬は最高機密の部屋をにやにやねとねとと織斑一夏を鑑賞するために使っていた。

「私の楽しみを邪魔をすると、ぶっ殺すぞ」

どうぞ。

にやにやしていた表情を一瞬にして切り替えると常の怜悧冷徹な鉄の女、織斑千冬の仮面を被り直す。
伊達に織斑一夏の小学生時代、近所の奥様方に、

「もう少しサイズ合った服着せてあげなさいよ」

という言葉を全て無視しきった訳ではない。
世間体よりも、自らの感じるがままに一夏に可愛い服を着せるのを優先したのだ。

「え、今なんて」

何故か怯えきった表情の山田真耶の咄嗟の判断の遅さは問題だ、と千冬は思う。
乳のでかさと愚鈍さは比例するのだろうと強く確信している千冬は真耶の言葉を無視した。

「それより何の用だ?」
「は、はい。あの方……いえ、織斑様と同室の篠ノ之さんの引っ越し先が見つかりましたので、ご報告に」
「そうか」

篠ノ之箒。
同じ天(織斑一夏)を抱けぬ悪鬼羅刹。
織斑一夏を独り占めしようとする不埒な彼女は織斑千冬の不倶戴天の敵。
今はまだ具体的な行動に移してはいないが、いつか姉の篠ノ之束もろとも斬り捨てるべきだと考えている。
束も束でタチが悪い。
だが、箒と実力は拮抗し、よくて相討ち。天秤の傾き次第では千冬の敗北もあり得る。
もしも、千冬が死ねば、あの『可愛い』弟が泣くだろう。

―――ああ、それはいけない。

織斑一夏の守護者を自任する千冬に出来る事ではない。

「では私がそれを伝えに行こう」
「いえ、私が行きます。第一婦人ですから」

この牛をまず箒にぶつけて―――どちらが勝つにせよ―――生き残った方を斬り捨ててやる。
千冬はそう思った。
第一婦人などいくらでも代わりはいるが、織斑一夏のお姉ちゃんは織斑千冬のみなのだ。
どちらが偉いかは自明の理だろう。
そんな東から太陽が登るかのような当たり前の事が理解出来ないとは……

「な?」
「何がな?なんですか!?」

やはり、乳は脳へと致命的な損傷を与えるらしい。
なんたる愚鈍か。

―――私のような大き過ぎず、小さ過ぎない美乳こそが理想なのだ。
千冬は改めて確信した。

「私は織斑に話があるのだ。私用は後にしろ」

千冬が一夏と話をして、はぁはぁするのは、私用。そして公務を超えている事だ。
何の問題もない。少なくとも千冬のログにはない。

「はい、わかりました。それでは失礼します……あとでお部屋にお邪魔しよっと」

ウィンドウが消える寸前に真耶の呟きはしっかりと千冬の耳に入っていた。
端末を操作すると、再びディスプレイに通信用のウィンドウが開く。

「山田先生が今日の宿直を変わって欲しいそうだ。わかったな?
『私がそう言っている』」

画面の向こうの三組の担任はモデルのように整った顔を真っ青にしながら、壊れた玩具のように首を縦に振った。
とても疲れているのだろう。山田先生はとてもとてもいい事をした。

雑事を済ませた千冬は椅子から立ち上がると、椅子に立てかけておいた愛刀を腰に差した。
箒の前に素手で千冬が姿を見せたら、いきなり斬りかかられてもおかしくはない。
あくまで勢力が拮抗しているから冷戦は成り立つのである。

「待ってろ、一夏。お前のお姉ちゃんが今、行くぞ!」

織斑千冬、出陣である。



[26698] シャルル・デュノア1
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/26 06:02
シャルル・デュノア。本名シャルロット・デュノアがIS学園に転入して来た理由はただ一つ。
母を人質に取られ、生まれてこの方まともに話した事のないデュノア社の社長である父に、「織斑一夏の力の秘密を探って来い」と命じられたからだ。

だが、デュノア社が手に入れた織斑一夏の戦っている映像を何度か見てみたが、あれは何か秘密がある訳ではなく、天然物であるとシャルルは思った。
虎や狼が日々鍛錬などするかね?
虎は虎だから強いように織斑一夏は織斑一夏だから強いのだろう。

そんな事がわからないほどに父は焦っているのだろうか。

デュノア社は確かにIS産業では第三位の大企業だ。
ラファールなどの名機を送り出して来た実績がある。
しかし、第三世代――操縦者のイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵器の搭載を目標とした世代――の開発には難航しており、織斑一夏の力の秘密を手に入れる事により一発逆転を狙っているのだ。
シャルル自身は第二世代の信頼性が置ける武装群を好んでいるが、やはり人間新しい物が好きなのだろう。
実弾系武装の素晴らしさと、無理矢理に取り付けて貰ったパイルバンカー――通称とっつき――の益荒男ぶりを理解出来ないとは……シャルルは恐怖の代名詞であった父もただの人間だという事にその時、初めて気付いた。
あと出来たらミサイルを一斉発射したい。サーカスレベルで、だ。

しかも、何故、男装せねばならないのだろうか。
織斑一夏はすでに数人の女性に手を出していると聞いている。
女子として潜入した方がよほど情報が手に入るのではないだろうか?

――――父は過ちを犯す不完全な存在なんだ。

そう気付いた時、シャルルは反逆する事を決意した。
だが、シャルル一人ではデュノア社から母を守る事は出来ない。
だから、シャルルは転入を明日に控えているが、先にまだ面識の無い織斑一夏へと会いに行こうとした。
織斑一夏なら……織斑一夏なら何とかしてくれる。そう信じ、向かっていた。

「(僕が渡せる対価なんて僕自身しかない。だけど、きっと彼は僕を救ってくれる)」

あの太い腕で、あの分厚い胸板で抱きしめられれば怖い物はこの世界にありはしないだろう。

数々の汚れ仕事をこなして来たシャルル。世界は怖い事に満ち溢れていた。
シャルルにとって世界とは優しさの欠片もない恐ろしい物だった。

疎まれ、殺されそうになり、誰もがシャルルを見なかった。
ISを使える道具として、何にでも使える使い勝手のいい工作員として、ただの敵として。
まだ十五の心身では到底、耐えられるはずのない世界にシャルルは生きていた。

辛かった。悲しかった。痛かった。苦しかった。
だが、母を守らねばならないという一心でシャルルは必死に生き延びた。
任務を終え、病身の母に会う時だけがシャルルから、ただ独りの少女シャルロットになれた。



―――シャルルは男の子だから強い。僕は強いんだ!



そう自らを必死に欺き……だが、そんな欺瞞も限界を迎えていた。

そんな時、織斑一夏が、光を見つけた。
守るべき相手ではなく、シャルロットの絶対的な庇護を与えてくれる王。
未だ会った事の無い織斑一夏はシャルロット・デュノアのスーパーマンだ。

「(報酬の先払いをしてでも……ううん、私が持ってる物なんて他にないんだから、私の全部……初めてを………)」

生まれて初めてシャルロットは自らを美しく産んでくれた母に感謝した。
豊満な胸はシャルロットを実験動物扱いする研究者達の汚らしい視線に晒され、豊かな母性を表す尻と腰はスキンシップと称したタッチが日常的に行われていた。
反吐が出るような、自らの身体を切り刻んでしまいたくなるような。何故、自分はもっと醜く生まれなかったのか。
そう泣きながら思った事もあった。

しかし、今こうして疎んでいた自らの身体が役に立つのだから世の中はわからないものだとシャルロットは思った。

――これまで被っていたシャルルの仮面は織斑一夏の部屋に近付くにつれ、剥がれ落ち、ただのシャルロットになっていた。



もし、シャルロットがシャルルの仮面をまだ着けていたのであれば?
世界にIFはないが、シャルルであれば……………この後の惨劇は起きなかったに違いない。
























「鈴さん、どこかから発情した牝の臭いがしますわねぇ?」

「そうね、セシリア。一夏を狙う牝がいるわ」

「えっ!?え?ち、ちょっと待って!僕は………いやぁぁぁぁぁぁ!ちょ、そこは胸ぇ……!」

セシリアと鈴音のヘル・イクスパンションズにシャルロット・デュノアは捕らえられた宇宙人のように連行されて行った。



[26698] シャルル・デュノア2
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/26 06:03
デュノア社警備隊。
彼らはISの登場により職を失った軍人達により構成されており、その豊富な装備と確かな練度は小国程度なら簡単に陥落出来るであろう質と量を有していた。
彼らが守るデュノア社はまさに難攻不落――そのはずだった。

だが、

「くそっ、マイケルがやられた!」
「ちくしょう、本当にあいつら人間かよ!」
「俺さ……帰ったら、マンマのピッツァ食いてえな……」
「おい、嘘だろ!?俺の腕が!」
「援軍だ!援軍を寄越せ!」

デュノア社は、燃えていた。





始まりは22:00
今日も何の変哲もない一日だったと大部分の社員達が帰宅し、わずかな研究者と社長。そして、機密を守るために存在する警備隊のみがデュノア社にいた。
フランスでは下手に残業をさせると即ストライキが起こるのだ。
今、残っている研究者達は逆に残業させないとストライキを起こす!と喚いた筋金入りのマッドと守備隊のみが二十四時間営業だ。

襲撃者に最初に気付いたのは入り口のゲートで歩哨をしていた筋骨隆々の黒人と白人。

「おい、見ろよ。スティーブ。可愛い可愛い子猫ちゃんがいるぜ」

「またかよ、このペド野郎!まだローティーンだろ、あの子」

いくつか外壁に沿って設置してある街灯の下、ロリータ趣味のないスティーブと呼ばれた兵士もはっとするほどの美少女が立っていた。
髪をサイドで括るツインテール。
ほっそりとした肢体は彼らが抱きしめられれば、折れてしまいそうだ。

「ねぇ、お兄さん達ィ」

恐らく少女はまだ十二か十三ほどだろう。スティーブは思った。
しかし、少女の声に込められた色気は何十人もの女達を抱いて来たスティーブの背筋すらも、ぞくりとさせる。
コケテイッシュで甘い声音は少女と女の境界の危うさ。

「な、何だい?お嬢ちゃんはゴーホームして、ママのおっぱいしゃぶってる時間だぜ。H、HAHAHA!!」

スティーブは豪快に笑い飛ばそうとしたが、薄暗い街灯の下でぺろり、と自らの唇を舐める少女から目が離せない。
手に入れれば、どこまでも堕落してしまいそうな極上の美少女。

「(おいおい、マジかよ!俺はYESロリータNOタッチだぜ!)」

スティーブが相棒に目をやれば、すでにぽかんと口を開いて間抜け面を晒している。
しかし、自分もそんな間抜け面なんだろうと鏡を見ずともわかった。

少女がゆっくりと近付いて来る。
その歩く姿すら美しく、彼らに自らの職務を忘れさせた。

三歩、二歩、一歩。

スティーブと、その相棒の顔に手を添えた。
ひやりと感じるその手の感触は、

「おやすみ、お兄さん達」

ごきり、という音と共にスティーブ達の顎を一二〇度ほど跳ね上げた。
手首のスナップのみで屈強な兵士達の顎をへし折った少女の名を鳳鈴音。織斑一夏の第二婦人である。

「さてと」

隠していたM92R――ベレッタM92Fのカスタム――通称クラリックガンを両手に一丁ずつ構えた。
蝙蝠男が前職で使っていた銃を、とある趣味的なガンスミスが作り上げた逸品を昔、鈴がパク……もらい受けて来たのだ。
銃床には凶悪なまでに尖ったナックルガードも設置してある。
そして、銃弾がたっぷりと詰まったマガジンをあちこちから取り出すとデュノア社の内部にぽいぽいと投げ込んで行く。
無論、それが爆発したり誰かを殺傷する訳ではない。
だが、それでいいのだ。



―――カンフーと銃技が融合した究極武術ガン・カタの計算し尽くされたレボリューションなリロードをとくと見よ―――



鈴音はまるで自分の部屋に帰るかの如く気楽な足取りでデュノア社を正面突破。
ゲートを蹴破り、正面の隠れる場所などありはしない広い場所へと出る。
噴水やベンチなどが設置され、恐らくランチタイムともなれば社員達の憩いの場となるのだろう。
しかし、今宵それは終わる。



退屈な夜勤だと思い、だらだらとしていた男達もゲートが破られたと聞けば、あっという間に屈強な兵士の顔へ。
そんなプロフェッショナルな兵士達は自動小銃を片手に続々と現れ、鈴音をあっという間に包囲する。
十を超える兵士達に囲まれながらも鈴音の表情には一点の曇りもなく、逆ににやにやと笑みを浮かべるほどだ。

「スタァァァァァァップ!」

これだけの包囲を前に、まるでカメラのフラッシュを浴びて見事に歩くモデルのように威風堂々とする鈴音に業を煮やしたのか、一人の兵士が誰何の声を上げた。
鈴音はまるであらかじめ計算していたかのように、ぴたりと足を止め、両手を掲げる―――無論、その手に少女には似合わない無骨な拳銃が握られている―――。

さすがにいくらプロだとは言え、ローティーンの少女を撃つのは夢見が悪い。

―――ちょっと尋問の時、味見でもさせてもらうか。これも悪さをした子猫ちゃんを躾るためさ。

僅かにほっとした空気が流れ、そんな甘い夢想が兵士達に広がる。

だが、彼らは知らぬ。
まさに鈴音が今、計算通りの位置へと辿り着いたから足を止めただけだと、彼らは知らなかった。

「行くよ、セシリア、シャル」

鈴音はISでも使われている超小型の無線機に声を送った。



[26698] シャルル・デュノア3
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/26 06:06
まるで聖母のような手付きでセシリアはトリガーを引く。
当たるかどうかは考えていない。セシリアの弾丸は『中ったから』放たれただけの話。

セシリア・オルコットはスナイパーだ。
しかし、常に身を隠し、敵に発見される事を恐れるスナイパーとは違い、その身の絢爛豪華さを敵に見せ付けてやると言わんばかりに軍用ジープに備え付けられたブローニングM2重機関銃で堂々と狙撃し続ける。
スコープ以外、距離を正確に測量する機材を用いる事なく淡々と、いっそ無造作とも言えるペースで引き金を引き続ける。
この場所はデュノア社から三〇〇〇メートルほど離れた小高い丘の上。
兵士達が持つ自動小銃では届くはずもない。
そんな常識外れの距離でセシリア・オルコットの弾丸は一発も外れない。
風も、人の動きも何もかも読み切ったセシリアからは何人たりとも逃げ切れない。
今も放たれた弾丸の前に兵士が一人飛び出し、むざむざと肩を撃ち抜かれた。

いつしかセシリアの唇からはゆったりとした歌が流れ出す。
ゆったりとして哀愁溢れる音色に合わせ、人が倒れて行く。

ブローニングM2重機関銃の良好な弾道特性はセシリアの好みにぴたりと当てはまった。
いい銃とセシリアの腕があれば、セシリアの意識は必要ない。
ゆったりと原曲のテンポ通りだった鼻歌は、いつしか加速していく。
戦場の音は聞こえず、遠くで鈴音が戦っているのを視界に入れながら見てはいない。
ただ撃てる兵士を撃ち続けるのみだ。
もはや、聞こえるのは自らの声とブローニングM2重機関銃の獰猛で可愛らしい声だけ。

だが、そんなスナイパーを放置しておくほどデュノア社の兵は甘くはない。
いつの間にやら飛び立っていたヘリが、セシリアのいる丘へと向かっていた。

「ヘイ、ボォブ!あのクレイジーなパツキンの姉ちゃんの尻の穴を増やしてやる用意は出来たかい!?」
「HAHAHA!勿論さ、トォム!今すぐこの熱々の弾丸を腹一杯食わせてやるぜ!」

そう言って、ボブはコンソールを操作し、セシリアに――



――――彼らがそれに気付く事は無かった。



どこからか飛来した一発の砲弾。そう『砲弾』が彼らをイエス様の元へと超特急で送り出した。

それを成したのは、

「うわぁ、汚い花火だなぁ!」

嬉しそうに、とてもとても嬉しそうに微笑むシャルロット、いや、シャルル・デュノア。
爆炎に照らされた彼女の艶のある金髪は、まるで黄金の冠を被っているかのように輝いていた。

そして、彼女の横には巨大な8.8 cm Flugabwehrkanone。第二次世界大戦、ドイツで使われた対空砲―――に見せかけた有澤重工製の多目的制圧砲が設置されている。
変態企業有澤重工の社員達が暇つぶしに作ったそれは特に名前がない。
むしろ、「アハトアハト以外に何て呼ぶの?」と言っていた。
シャルルは最初、OIGAMI―――通称社長砲を借りて来ようとしたのだが、さすがに駄目だった。
あれは社長以外に使わせる気はないらしい。

有澤重工が何故、シャルルに協力しているのか?それには少し説明がいる。
シャルルの父、現在の社長には敵が多い。
反社長派とでも言う派閥が存在しているのだが、彼らにシャルルは接触をしていた。

「私が社長を排除するから、会社は皆さんで好きにしてください」

反対派に接触したシャルルではあったが、いきなりそんな旨い話には乗れはしない。
ひょっとしたら社長が反対派を一掃するための罠かもしれないのだ。
そんな反対派をシャルルは硬軟合わせもった説得で―――時には脅し、時には脅し、時には脅した―――一定の譲歩を引き出す事に成功し、デュノア社傘下の有澤重工を協力させる。
もし、失敗しても有澤重工が勝手に暴走しただけだと弁明すればいい。
成功すれば日陰者の彼らが一躍メインストリームに立つ。

―――有澤側の成功報酬が「もっと好きに作らせろ」というのが不安ではあるが。

今でも「デュノア社?ああ、あの有澤の親企業の……」と言われているのに……これ以上、どうしろと言うのだ。

本来であれば有澤重工も武器を渡し、そこで終わればいいはずが暇な社員達が十人ほど参加していた。

「大陸軍はー?」

「「「「「世界最強ー!」」」」」

―――轟音。

アハトアハト好き勝手に撃てるぜ!という奴らがお姫様(シャル)の親衛隊となり、次弾を装填していく。
シャレで作ったせいで、自動給弾機や照準を付ける装置がない。
しかし、効率よく手作業で装填。数秒後、再び轟音が辺りに響き渡る。
遠くから聞こえる連続した爆発音は恐らくデュノア社機甲部隊の火薬庫に引火したのだろう。

シャルロット・デュノア本人のワンオフアビリティ『グレネード直当て』が発動しているのだ。

「みんなー抱きしめてー!宇宙のぉ果てまでぇ!」

「「「「「シャールちゃああああん!」」」」」

――――轟音。

まだまだ夜は始まったばかりだ。



[26698] シャルル・デュノア4
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/26 06:08
後半、八針来夏様のインフィニット・ストラトスVSオービタルフレームとデュノア社の社長の心境が丸被りしている部分があります。
この事は八針来夏様にお許し頂いたので、このまま投稿させて頂きます。
最初、読んだ時びっくりした(´・ω・`)










始まりは一人が突然、倒れた事だった。

「お、おい、ジョージ……?」

狙撃。
それに気付いた兵士達は声も無く散開。
ただ一人、戦友の死を信じられなかった男がセシリアの魔弾に喰われた。

「OK、Let's Rock!」

鈴音の口から、流暢な英語が飛び出す。
そして、掲げられていた腕がまるで誰かを抱きしめるかのように広げられる。
その手には拳銃。
セミオートにも切り替えが可能なその拳銃はセシリアから逃れようとする兵士達の鼻の穴をもう一つ二つ増やす事に協力を惜しまない。

何とか遮蔽物がある地点まで逃げ切った兵士達も何人かいた。
だが、彼らが持つ自動小銃では遮蔽物が邪魔し、微妙に射線が通りにくく、もたもたしている間に鈴音の連射が彼らを薙ぎ払って行く。
撃てたとしても、ただ歩いているだけの鈴音に何故か弾が当たらず、マガジンの中身を無駄にバラまくだけだ。

「ちくしょう、あいつにはセガールの生き霊でも取り憑いてんじゃねえのか!」

「失礼ね。ツイてるだけよ」

鈴音から放たれた弾丸が叫んだ男の額にヒット。
そして、

「あらやだ」

弾切れだ。
そして、弾が当たらないなら……!とばかりに、

「うおおおおお!俺の【ディック】をくわえやがれ!」

鈴音の近くに隠れていた兵士が飛びかかる。

―――あの細腕で俺との格闘など出来るはずもない。

そう判断した彼は間違ってはいないだろう。
それが鳳鈴音でなければ、と注釈が付くが。

「はっ!」

鈴音はあらかじめバラまいておいたマガジンを掬うようにして足を回す。
その軌道上についでとばかりに兵士の顎。
いっそ軽くかすっただけにしか見えない鈴音のつま先がその兵士の脳を頭蓋骨の中でシェイクさせる。
更に腕を回し、右手の拳銃のマガジンを解除。遠心力により、マガジンに取り付けられていた尖ったナックルガードがまんまと鈴音の尻を掘ろうとしていた兵士の眉間に突き刺さった。
そのまま落ちて来たマガジンを手に取る事なく、拳銃に装填する。
ナックルガードが刺さり、倒れこむ兵士の下にはもう一つのマガジン。
どこをどうしたか、それは鈴音の足元を狙うようにして飛んで来た。

「超っ!エキサイティングっ!」

鈴音は飛んで来たマガジンを全力シュート。
右往左往していた別の兵士の頭にジャストミートし、鼻っ柱を叩き潰し、跳ね返って来たマガジンを、左の拳銃の弾倉に収めた。
そして、背後に爆炎。

シャルのアハトアハトが砲撃を開始したのだ。
有澤重工が開発した砲弾は気化爆弾でも積んでいるのではないかと思う勢いで破壊の限りを尽くしている。

「「「「「シャルちゃんのー!ちょっといいとこ見てみたいー!はい!はい!はい!はい!」」」」」

「えー…僕、恥ずかしい……でも、行っちゃう!」

ぽちっとな。



こんなノリで辺りを吹き飛ばしている。

「こ、こんなのに巻き込まれてられないわよ!?」

ヤンマーニタイムはすでにスーパーシャル様タイムへと番組を変更しました。

もう狙ってんだか、トリガーハッピーなのかは知らんけど、鈴音を吹き飛ばすか吹き飛ばさないかのギリギリのラインにとにかくぽんぽん砲弾が飛んで来る。

「いやぁぁぁぁ、死にたくないぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

ちょーやばいマジヤバい。今日も元気だ地球がヤバい。
炎に炙られながらも、とにかく鈴音はシャルの母親がいるはずの医療施設へと走った。

「助けて一夏ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

零れた涙も即蒸発した。























シャルロット・デュノアの父であるデュノア社の社長は男である。

女はただ自分の血筋を残すだけの道具であり、子供はデュノア社をより巨大にしていくための物。
経済という観点のみから見れば、それは正しいのかもしれない。だが、人の親としては明らかな不適格。
そんな彼の前にISが現れた。
道具としてしか見ていなかった女が力を握る女尊男卑の世界は彼のプライドに深刻なダメージをもたらす。
しかも、デュノア社が更に飛躍したのは憎たらしいISのせいだ!

何という屈辱だろうか。
道具が彼の上に立ち、蔑んでいた道具に生かされている。
その怒りはただ社長という生き方をしていた彼を僅かばかり、その道から外した。


――――ISを破壊し、女を皆殺しに出来る兵器を。

ここで優秀な傘下の企業を生かし、一丸となって第三世代機の開発に挑んでいたら現在のデュノア社の斜陽は無かったかもしれない。
しかし、研究機関のリソースを三割ほど使った研究は彼のごり押しで進められた。

「くそっ!くそ!なんで私ばかりこんな目に合うんだ!」

仕立てのいい、一目見ていい物だとわかるスーツは爆発により煤けており、普段は一分の隙もない髪のセットは乱れに乱れている。
突然、始まった襲撃に彼は巻き込まれ、やっとの思いでデュノア社の敷地内にある研究所へと辿り着いた。

「し、社長、よくご無事で!」

彼の姿に気付いた研究者が駆け寄ってくる。
有能だが女。それがまた彼のカンに触った。

「やかましい!それよりも『あれ』を出せ!」

「『あれ』をですか!しかし、まだ百パーセント完成したわけでは」

「相手はたった十人程度だと報告を受けている!
それともあれだけの金をかけた『あれ』がISですらない人間十人に負けるのか!
いいから出せ!」

「……わかりました。
皆、『あれ』を出すわよ!」

彼の目には、不吉に輝く装甲板の輝きが。そして、激しい狂気が渦巻いていた。



[26698] 『あれ』1
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/26 23:05
『あれ』は歪な存在であった。
ただISを倒すためだけの兵器である『あれ』が求められたのは、空を駆けるISを撃ち落とすための火力。
とにかく積めるだけ積みました、と言わんばかりの実弾兵器を、丸い陣笠のような頭部に突き刺すようにして何本も生やしている。
一発で当たらないのなら、百発撃てばいいという設計思想は誰でも見てわかるだろう。

次に必要なのは装甲だ。
ISコアを使わないという縛りがある以上、シールドを張るには非常にエネルギーが厳しい。
火器が実弾オンリーなのも攻撃に回すエネルギーがないからだ。
それでも普通のISの半分以下のシールド強度しか産み出せないのだから、つくづくISとは恐ろしい存在だ。
だからこそ装甲はひたすら分厚く、対弾性を上げるためにも全体的に丸みを帯びた形になっている。

そして、機動についてだが、そもそもどうしようもない。
大量の弾薬を内蔵させ、重い装甲を取り付けたのだ。
だが、それでも無理矢理、二足歩行をさせたデュノア社の研究者達は賞賛されるべきだろう。
ひどい短足になってはしまったが、自重で土にめり込まないようにするためにも色々と新機軸の技術が盛り込まれているのだ。

そして、一人の研究者が言った。
















「あれ、これ頭に色々刺したアッガイじゃね?」

――――それは確かにアッガイだった。

一〇メートルサイズで、頭の魚雷管に大量のゴボウを突き刺したアッガイ。
それがデュノア社、秘蔵の新兵器の姿だった。
言われてみれば、何と愛らしい姿なのだろうか。
アッガイは技術的必然性の元、二次元より三次元へと産み落とされたのだ。
即、装甲を茶色に塗られた『あれ』はまさしくアッガイだった。

しかし、ここで困った事がある。

「社長に何て報告しよう?」

と、いう事だ。

頑張って研究してたら、何故か日本のアニメーションのロボットになりました。

ナイスジョーク!

と笑ってくれるような社長ではない。
下手すれば全員、シベリア支社に飛ばされ、延々とシベリアの木を数える作業が待っている。

仕方ないので、とりあえず彼らは名前だけを変えた。
アッガイというキュートでセクシーな名前を変える事には勿論、反対意見が多数上がった。
しかし、

「俺達がいなくなったら……誰がアッガイたんを完成させるんだよ!」

その一言で皆の心は一つにまとまった。

――――いつか……誰も文句一つ言えない完全なアッガイを作れたその時には………

そんな悲痛な思いを胸に『デストロイ(仮)」というコードで社長に報告をした。
しかし、研究者達はそんな無粋な名前で呼ぶ者は誰もいない。
彼らはこう呼んでいる。

『サイコアッガイ』、と。

シールドのエネルギーを全て回すと、三センチくらい飛ぶんだぜ?
全然、安定しないから、すげーぷるぷるして可愛いぜ!


















「何なのよ、あれは!?」

――――見た目はキュート。だけど、おもしろ半分で近付けば火傷するぜ?

そんなサイコアッガイに鈴音は追いかけ回されていた。
突然、現れたサイコアッガイはましくクレイジー。
ボディのあちこちに設置された機関銃、頭に備え付けられたグレネード発射管から、火山の噴火のようにぽんぽん色々と飛んでくる。
両手のハンドミサイル……はさすがにミサイルを積む容量が厳しかったので、火炎放射器を積んだ。
両手から炎を撒き散らし、頭からメギドの雷の如くグレネードを撒き散らすサイコアッガイは……シャルと親衛隊がもたらしたより、巨大な被害をデュノア社に与えていた。

「ひゅー!さすがはアッガイたんだぜ!マジCool!」
「はっはっは、まるでデュノア社がゴミのようだ!」

研究所の屋上から、アッガイの雄姿にテンション上がった研究者達が操作していたのだ。

「なんなのよ、あんた達は!」

鈴音はそいつらに拳銃を乱射するが、

「守れ、アッガイ!」

アッガイは見た目を裏切る軽快なサイドステップで、鈴音の弾丸を防いだ。

「ちくしょー!ムカつくー!……シャル!シャル!」

「どうしたの、鈴?」

耳元の通信機からシャルの声が聞こえる。

「あのでかぶつに一発お見舞いしてやって!」
「うーん、ごめん。弾切れ!」
「あんた、どんだけ撃ったのよ!?」

鈴音は叫びながらも必死に走りまわる。
言っている間にも、サイコアッガイの火線は止む事がない。

「じゃあ、セシリア!研究所の屋上の連中を狙撃して!」
「くっくっくっく……………」
「…………セシリア?……はっ!?あんたまさか!?」
「おーっほっほっほ!鈴さん、あなたはいい友人でしたけれど……
旦那様を巡るライバルだったのがいけないのですわ!」

「セシリア!裏切ったな、セシリア!?」

鈴音の悲痛な叫びが炎に焼かれる空に木霊する。
それは友の裏切りへの怒りか、それとも海を越え、遠くにいる思い人への切なる願いか。











――――次回予告

ペンキを零して赤く濡れた肩。
地獄のアッガイと人は言う。
デュノア社に、一年戦争の亡霊が蘇る。
アジアの密林、ジャブローの水中に。
キュートと謳われたサイコアッガイ。
情無用、命無用のシャイニングフィンガー。
この命、三〇億円也。
最も高価なワンマンアーミー。
次回「サイコアッガイ」。
鈴音、危険に向かうが本能か。



[26698] 『あれ』2
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/26 23:07
爆炎と凄まじい弾幕を撒き散らしていたサイコアッガイが唐突にぴたりと動きを止める。

「あれ?」

一時は真剣に死を覚悟した鈴音ではあったが、この瞬間、奇妙な沈黙が戦場に流れる。
それどころか何と優勢であったはずのアッガイがじりじりと下がっているではないか。
それもそのはず。大火力のサイコアッガイではあるが、その分、弾薬の消費量が洒落にならないのだ。
ちなみに一回のフル補給でサイコアッガイ一体が製造出来る。
現代兵器の割にはかなりお安い価格となっております。

「チャァァァンス!」

凡百の者でも後で考えれば、「あの時、ひょっとして……」と気付く事はあろうが、ここは流石の鳳鈴音。
両手を上げ、背を向けて走るサイコアッガイに何の躊躇いも無く、追走。
サイコアッガイ自体を倒す事は叶わなくとも、サイコアッガイを操っている研究者に鉛玉をご馳走してやればいいのだ。

「ふぁぁぁぁぁっく!あのアマ、アッガイたんのケツを狙いやがって!」
「待て!こんな事もあろうかと……!」

研究者なら一度は言ってみたい台詞を叫ぶと何かのボタンを押した。



「うわぁぁぁぁぁん!」

サイコアッガイを追っていたはずの鈴音が再び逃げ帰って来る。

「出ろォォォォォォォォ!サイコアッガイ―MKⅡ!!MKⅢ!!」

サイコアッガイの現状のスペックでは単騎ではISには勝てない。
なら、もう一機二機作ればいいじゃない、という発想の元に量産されていたのだ。
なおMKⅢはダウン以外では怯まない鬼設計だ。

「無理無理無理無理!助けて本当に!」

そろそろマジ泣きが入り始めた鈴音。
一機でも必死で逃げまわっていたのに二機。時間を置けば、もう一機も戻って来るなど悪夢以外の何物でもないだろう。

「ふはははは!ここが貴様の墓場となるのだ!」

悪役としか思えない台詞を吐いた研究者はコマンドを入力。

「サイコアッガイ一斉射撃!よーく狙えよ!」

サイコアッガイMKⅡ、MKⅢの一斉射撃は振り返った鈴音の視界を赤一色に染め、



















「ところがぎっちょん!ですわぁぁぁぁ!」
「僕もいるよ!」

シャルが運転するジープの荷台に乗ったセシリアが手にした予備のライフルを襟首に引っかけ、鈴音を釣り上げる。

「ぐえっ」

結果、鈴音は乙女らしからぬ声を上げて荷台に叩きつけられた。

「セ、セシリア!?」
「おーっほっほっほ!無様ですわね、鈴さん!
わたくし、セシリア・オルコットがいなければ今頃、消し炭でしてよ!」

腰に手を当てて、高笑いを上げるセシリア・オルコット。
これでこそ我々が待ち望んだセシリア・オルコットだ。

「で、でも、あんたさっき……」
「あの後、よく考えましたの。見殺しにするより恩を売って、あの狂犬の壁にした方がいいと……
さあ、帰ったら特攻して頂きますわよ!」
「あんたは鬼か!?」

荷台で喧嘩でも始めそうな二人の間にシャルの笑い声が割り込む。

「あはは、さっきまでセシリアさん、「もっとスピード出ませんのぉ!?鈴さんが!鈴さんが!」とか言ってたじゃない」
「な、シャルロットさん、わたくしはそんな事、言っていませんわ!?
取り消しなさい!」

顔を真っ赤にしながら叫ぶセシリア。
にやにやと獲物を見つけた猫のような笑みを浮かべる鈴音。

「えー、ほんとぉ?心配してくれてたんだぁ。鈴ちょー嬉しいなっ」

それはまさにネズミを前にした猫が如き所業であった。普段より一オクターブ高くなっている声は如何にしてセシリアをからかうか。
それのみに集約されている。
だが、敵は……鈴が相手をするのはセシリア・オルコットである。一筋縄ではいかぬ。

「ううう…………そ、そうですわよ!凄く心配してましたわよ!
友達の心配をしていけませんの!?」
「いや、あ、えっと……」

思いがけぬ事にストレートもストレート。
ど真ん中過ぎて、鈴は打ち返せなかった。

「あ、あのね……えっと、セシリア……ありがとう……ね?」
「ふんっ、当たり前の事をしたまでですわっ……」

――――甘々も甘々、このままでは天を掴む拳どころか咲き誇る百合にタイトルを変えねばならない。
シャルが笑顔の裏で、そう思ったその時である。

「OK、Let's party!!」
「さすがに大統領に勝てるアッガイとか無理だよなぁ」

それまで空気を読んでいたサイコアッガイが再び火を吹いた。

「きゃぁぁぁ!シャル、よけて!」
「了っ解!」

ジープのタイヤが持つグリップ力が慣性に負け、横滑りするほどのハンドリングはまさにインド人を右にする。

「イナーシャルドリフトぉ!」

それはまさに消えるコーナリングと言うに相応しい。
アッガイの火線をかわし、ついでに読者すら引き離す。
今回、全体的にネタが古すぎる。

「何とかかわしましたが……このままではじり貧ですわね」
「そうね……さすがに国外の企業を襲撃するのにISを使ったら足がつくし…………」
「何とか僕達で……あの可愛いロボットを倒さなきゃいけない」

炎に照らされる三機のサイコアッガイを見ながら、少女達は覚悟を決めた。
テロリストvsアッガイの死闘は次の局面を迎える。



[26698] 『サヨナラ』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/03/26 23:08
セシリアは揺れる荷台の上で、膝立ちで無造作に引き金を絞った。
ライフルはアークティック・ウォーフェアー。エヴァンゲリオン零号機が使用していたスナイパーライフルの原型だ。

「微妙に気にいりませんわね、この銃」

「気にいる銃でも、さすがにシールド破れないんじゃない?」

鈴音が言うように、セシリアの弾丸はアッガイに中るが、シールドで弾かれる。
そもそも、対人用のライフルでまともに撃った所でダメージが与えられるはずもない。

「とりあえず癖は掴みましたわ。次は狙った所に飛びますわよ」

「じゃあ何とかあいつのシールドぶち破らないとね。シャル、何か武器はない?」

「あるよ。えっとね、まずは……」

シャルは運転しながら、足元をごそごそと漁り、長いスナイパーライフルを取り出す。

「どこに入ってたのよ。と、いうかなんでまたスナイパーライフルなのよ」

「Steyr IWS2000!?どうしてそんなゲテモノを持ってきますのよ!わたくし、そんなの撃つのは嫌ですわ!!」

Steyr IWS2000。
弾薬は15.2mmAPFSDS弾。
距離1,000mで40mm厚の防弾鋼板を撃ち抜くことに成功した対装甲用ライフルだ。
その構造は戦車の主砲をそのままサイズダウンさせたような形となっている。
だが、数々の問題点があり、狙撃精度はお世辞にもいいとは言えない。
量産化を諦め、試作品で終わった幻の一品だ。
撃ち出すのは弾丸ではない。浪漫だ。

「あとはね。パンツァーファースト」

第二次世界大戦末期ドイツ軍が制作した対戦車擲弾発射装置を、

「有澤重工が外側だけ似せて作ったやつだから……凄いよ?」

「……使ったら、こっちが吹き飛びそうですわね」

「そうだね。あとは……パンツァーファースト」

二本目のパンツァーファーストが荷台に置かれる。

「あとは……パンツァーファースト」

三本目。

「そしてね。パンツァーファースト」

四本目。

「ち、ちょっと待ってよ!?確かに役に立ちそうだけど、どうしてパンツァーファーストばっかりなの!?」

「え、パンツァーファースト。いいよね?」

むしろ、何言ってんだこいつ?と言わんばかりにシャルは首を傾げる。

「はぁ……まぁいいですわ」

「そうね。武器は手に入ったんだし」

「これで、あいつの尻を月まで蹴飛ばしてやれるね!」

言いたい事は間違ってはいないが、表現が何か違う。
そう思ったセシリアと鈴音ではあったが、ミラー越しに見えるシャルの笑顔を見て色々と諦めた。

――――ああ、この子可愛いのに真性だ。

そう悟ったからだ。
しかし、

「鈴さん……わかってますわよね?」

「ええ……真性でも一夏に近付けたら、確実にフラグが立つわ。
絶対、一夏にシャルを助けさせる訳にはいかない……!」

今回、何の得もないデュノア社襲撃を二人が手伝っているのは織斑一夏ハーレムにシャルロット・デュノアを参加させないためだ。
お互いに織斑一夏の一番に自分がなれると信じて疑ってはいないが……

――――一週間は七日しかないのだ。

三人なら一週間に確実に二回になるが、四人なら一回。上手く行って二回……!
一週間に夜は七回しかないのだ。

「あ」
「あ」
「お?」

だが、そんな彼女達の想いを踏みにじるかの如く、唐突に奴が来た。



清廉な……だが、余りに気高き魂は覚悟無き者を切り刻む。

――――最強の戦乙女。
――――白騎士。
――――織斑一夏のお姉ちゃん。

数々の称号に背負うに相応しき烈女の名は織斑千冬。
正中線を股下から額までを一直線の一閃はアッガイの開きへと変貌させた。
彼女の刀はまさに正道。

「ま、MKⅢィィィィィィィィ!?」

悲痛な産みの親の叫びは彼女の正道に一ミリたりとも影を落とさない。

「つまらぬ物を斬った……」

納刀。そして、爆発。
享年二ヶ月。それはあまりにも早い死だった。



――――しゃらん、と音がした。

まるで鈴が鳴るが如き玲瓏な響きを発するは『贋作・之定』
担い手の魔人の名を篠ノ之箒と言う。

――――しゃらん、と音がした。

一閃目で腰断。二閃目は袈裟斬り。

――――しゃらん、と音がした。

三閃目、いや、四、五、六。まだまだ続く。
神速と言っても過言ではない剣が踊る。踊る。踊る。
すでにアッガイの命の炎は消えている。
だが、箒の剣は止まらぬ。
まるで嫌な物は全て無くしてしまおう。そう言うかのように。
斬った相手に礼儀無き彼女の剣、まさに外道。

「MKⅡゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?」

悲痛な産みの親の叫びは彼女の外道たる琴線に触れ、にたりと嘲った。

「姉は全て斬る」

納刀。そして、弾薬や燃料が全て入り混じり、粉々になったアッガイが地に落ちる。
享年三カ月。あまりに惜しまれる死だった。

「まーいごぉぉぉぉぉおっど!?なんなんだ、あのサムライガール達は!
Fack!やっぱり装甲に蒟蒻張りゃよかった!」

「こうなったら……行け、アッガイ!忌まわしき記憶と共に!」

最後に残ったサイコアッガイは全ての砲門を開く。

可愛い妹達の仇を取るために、この怨敵討たねばならぬ。

魂無き機械のはずのアッガイではあるが、彼女は常に沢山の研究者から愛されて来た。
ならば彼女に愛が、魂が宿らぬ道理はあるまい。
愛を汚したサムライガール達に天が罰を下さぬのならば自らが下す。
人、それをアッガイ誅と言う。

「ハイダラァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアア!」

アッガイ、吼える。















「その怒り、良し」

そして、奴が現れた。



「ど、どうして、あの方がここにいますの!?」
「あ、そう言えばさっき呼んじゃったかも」
「何してるんですの!?」
「し、仕方ないじゃないのさー!!」
「ふあー……すごーい」



呼んだら本当にやって来た。
地球の裏からやって来た。

主力戦車程度なら跡形も無く消し飛ぶほどの弾丸を浴び、なお小揺るぎ一つしないその偉容。
彼の名は織斑一夏。

「だが、足りぬ!」

その拳はまさに覇道。
正道も、外道も、アッガイも。
全てを等しくぶち抜く。

――――せめて、彼に倒されてよかった……

享年一歳。彼女はいつも笑顔に包まれ、最後も笑顔のまま逝った。
零れた一滴の涙が、地面に落ちた。


織斑一夏はやって来た。
馬に乗ってやって来た。
巨大な馬でやって来た。















――――次回予告

努力することが悲しみであれば諦めていることが幸せな時もある。
諦観に沈む少女。
彼女が諦めの中で想いを馳せるは、クールでいなせなあの男。
天下無双のあの男。

次回、『覚醒』


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