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たとえがれきの山に埋もれても、郷土が生んだヒロインの遺志を継いでいこう―。1984年のロサンゼルス五輪女子マラソン日本代表で、一昨年死去した永田(旧姓・佐々木)七恵さんの故郷・岩手県大船渡市で、故人の功績をたたえるマラソン大会開催を希望する人がいた。
七恵さんの現役引退後の88年から毎年秋に行われている「大船渡ポートサイド女子マラソン」は、市内の2~10キロの4コースを走るレース。今年で60回目を迎えた「大船渡新春四大マラソン」と並ぶ風物詩として市民に親しまれてきた。七恵さんの親戚で、大会を指揮する市体育協会・佐藤隆衛理事長(69)は「今はこんな状態なのでなんとも言えませんが、もしできることなら、開催したい、という思いはあります」と語る。
佐藤さんは84年、センバツベスト4に進出して旋風を巻き起こした、大船渡高で監督を務めた。釜石南高でも96年に甲子園へ導いた名監督。「同じ年に五輪があった七恵さんとは、お互いに『甲子園』『五輪』と励まし合いながら、一緒に目標を実現させたんです」
佐藤さんにも、大船渡高時代の教え子で、89年のエース左腕だった陸前高田市職員・戸羽久夫さんの訃報が届いた。「2月下旬に会った時に『まだまだ老け込まないで下さいよ、監督』なんて言っていたのですが、まさか…」。市の沿岸部は、見渡す限りのがれきが広がる。絶望感に覆われる街で、佐藤さんは「天才は有限 努力は無限」という七恵さんの言葉を胸に秘める。
思えば、地元のヒロインは女子マラソンという当時は未開だった世界に挑んだ。「雲をつかむような情熱があればできるって教わりましたから」。だからこそ、街の復興へ、情熱を注ぎ続ける。
◆永田 七恵(ながた・ななえ)1956年2月8日、岩手・大船渡市生まれ。旧姓・佐々木。日体大卒業後にマラソンを始め、エスビー食品入社。83年の東京国際で優勝。84年、女子マラソンが初めて正式種目となったロス五輪に出場して19位。09年6月、直腸がんのため急逝した。
(2011年3月26日06時01分 スポーツ報知)
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