600メートル近くの高さから東に瀬戸内海を一望できる廿日市市大野の経小屋山。目の前には世界遺産の島・宮島が鎮座し、北には広島港、約15キロ南の埋め立て地には定規で線を引いたような米軍岩国基地(山口県岩国市)の滑走路が見える。「ゴー」という不快な轟(ごう)音が迫って来たかと思うと、米軍機と思われる2機の黒い機影が宮島の真上を通過して飛び去って行った。
「宮島は静けさもあって世界遺産に選ばれている。『神様の島』の上空を米軍機がガンガン飛んだら、参拝者も観光客も来なくなってしまう」
米軍機は廿日市上空を通過し、県北方面で実戦に備えた低空飛行訓練を行う。今年度上半期だけで、北広島町309件、廿日市市138件など計712件の目撃情報が県に寄せられた。県は日米両政府に、訓練実態の公表や生活地域での訓練中止を繰り返し求めているが、一向に改善されない。07年に広島市で岩国基地の米海兵隊員が女性に集団暴行する事件が起こるなど、事件や事故が絶えない。
「訓練区域内の山間部で、米軍機に家が攻撃されるかと思って裸足で外に跳び出した人もいる。学校の卒業式で校長先生のあいさつが聞こえなかったこともある。墜落や不時着もよそごとではない」
その岩国基地が、日米両政府の合意による米軍再編で増強されようとしている。米軍厚木基地(神奈川県)の空母艦載機部隊59機の移駐などが計画され、西部住民の会は、米軍機だけで128機を抱える極東最大級の基地になると強く反対する。
「騒音は増えるし、治安は悪くなる。空から何が落ちてくるか分からない。艦載機移駐はごめんだ」
毎年、元旦の宮島で、初詣客に空母艦載機移駐の賛否を投票してもらう活動をしているが、最近、艦載機移駐問題を知らない人が多いと感じる。
西部住民の会は、広島市長選(27日告示、4月10日投開票)と、県議選(4月1日告示、10日投開票)の立候補予定者に空母艦載機移駐への考えを聞く公開質問状を送り、回答を原文のまま、会のホームページ(http://www.k5.dion.ne.jp/~stop/iwakuni-kichi/)で公開している。
「空母艦載機が移駐されれば、核兵器が搭載可能な戦闘攻撃機が来る。原子力空母が入って来る可能性も高い。米軍再編を容認するにしても、反対するにしても、立候補者はきちんと考えを語ってほしい。有権者も広島の問題としてきちんと受け止め、判断してほしい」【樋口岳大】
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■人物略歴
53年、広島市出身。不動産会社勤務などを経て、05年の設立時から「岩国基地の拡張・強化に反対する広島県西部住民の会」の事務局長。会員約280人。電子メール(stop_iwakuni_kichi@yahoo.co.jp)で、米軍機目撃の▽日時・場所▽機影確認の有無▽音の大きさ・方向--などの情報を募っている。廿日市市在住。
毎日新聞 2011年3月26日 地方版