ゲームの開発費が高騰するなかで、自分たちが作りたいゲームをどう開発するかという課題に、面白いアプローチで挑む企業が現れた。そのゲームの開発を望むユーザーのコミュニティーに開発費の提供を呼びかけ、何と35万ドル以上のお金を集めたのだ。ソーシャルゲームなど無料(フリー)モデルがブームとなるなかで、別の解決案を見いだした米国の開発会社Unknown Worlds Entertainmentのケースを報告する。
根強い人気だった「Natural Selection」
米ゲーム大手Valveが1998年に発売した「Half-Life」(パソコン向け)は、ソースコードや開発ツールをユーザーに積極的に公開し、商業利用を除いて自由に使えるようにした「Mod戦略」で成功したタイトルだ。ModはModify(改変する、改良する)から派生した言葉で、Modを楽しむユーザーが集まりいくつものコミュニティーが形成されていった。
そのHalf-Lifeの環境を使って02年に公開され、約100万人がダウンロードした「Natural Selection(NS)」という人気Modがある。これは、人間とエイリアンの戦いをテーマとした複数人参加型の一人称シューティングゲームだが、従来のゲームのように単に撃ち合いをするだけではなく、プレーヤーが協力して軍事的な拠点を作り上げることでゲームを有利に展開できるという戦略性を含む点が新しかった。
NSは07年までアップデートされ、今も根強い人気がある。ただ、04年には「Half-Life2」がリリースされ、初代のHalf-Lifeが土台としていたゲームエンジンやグラフィックスは時代遅れのものとなった。その結果、NSも市販品として製品化する機会を逃すことになった。
ただ、ユーザーはNSの続編を求めていた。開発会社Unknown Worlds EntertainmentのCEOでゲームデザイナーも兼ねるチャーリー・クリーブランド氏にとって、悩みのタネは開発資金をどう調達するかだった。当時はすでに、「プレイステーション3」や「Xbox360」向けの大型ゲームが主流で、大型タイトルの開発コストは数千万ドルにも跳ね上がっていた。続編は開発したいが、現在でも常勤スタッフ5人という小所帯でそれだけの資金を集めることは不可能に近い。
クリーブランド氏は2年間苦労して交渉した結果、ようやくエンジェル系のファンドから50万ドルの支援を得て、「Natural Selection 2(NS2)」を開発する初期資金を確保した。しかし、その程度の金額では最新のグラフィックスクオリティーを実現するだけの費用をとても賄えない。通常であれば、大手パブリッシャーに販売契約を持ちかけて面倒を見てもらうところだが、クリーブランド氏は独自の道を進むことを選択した。
予約販売でユーザーを巻き込む
09年5月、Unknown Worlds Entertainmentはまだ開発していないNS2に40ドルという価格を付けて予約販売(Pre-Order)を開始した。予約の受け付けはValveが提供しているパソコン向けネット流通プラットフォーム「Steam」を使った。もちろん、成算がない賭けではなく、ネット上の熱心なファンに相談して購入してくれる意志があるかという議論を重ねたうえでの試みだった。
熱心なユーザーたちは、続編が登場することなくNSが消えていくことを惜しんでいた。そのため開発資金の提供に喜んで協力し、予約購入者はすでに約1万人に達する。今も予約は増え続けているといい、開発を継続するための重要な収入源になっている。
開発の進捗状況は、公式のウェブサイトを通じて公開し、今後追加する予定の機能などを積極的に情報発信している。Modコミュニティー出身の開発会社らしく、予約購入したユーザーには特典として自社開発したマップ作成ツールを付けた。
ユーザーはまだゲームそのものを遊ぶことはできないが、いずれ発売されるゲームに思いをはせながら、マップ作成を楽しんでいる。すでにネット上では、複数のNS2用マップが発表されているという。また、独自のイベントなどを作り込めるスクリプト環境や、ムービーを撮影するためのツールも、近く予約ユーザー向けにリリースする予定だ。
初代のNSはバージョンアップを重ねるにつれ、ゲームとしてのバランスがよくなっていった。実際に遊んでいるプレーヤーからのフィードバックを元に調整していったからだ。NS2でも同じように、開発プロセスに参加したいユーザーに積極的に門戸を開く形式を取っている。
世界に散らばる外部スタッフ
ゲームエンジンやツールはすべて自社製でゼロから開発している。当初は、Half-Life2のエンジンをライセンス購入して拡張する考えだったが、自分たちの作りたいゲームとは仕組みが合わないと最終的に判断した。メーンプログラマーであるマックス・マクギール氏は、膨大な作業に一つひとつ取り組んでいる。
マクギール氏は極めて有能なプログラマーであり、大手ゲーム会社に勤めればこんな苦労をせずにはるかに高給を得られるだろう。彼自身もそれは否定しなかったが、あえてベンチャー企業の開発に参画したのは「自由にクリエイティビティーを発揮できるのが大きな動機」と語っていた。また、「すでに予約購入してくれている1万人のユーザーの期待に応えたいからね」と話していたのが印象的だった。
Unknown Worlds Entertainmentは開発体制も独特だ。開発拠点はサンフランシスコのオフィスにあるが、マップや3Dモデルの開発、音楽・音響といった作業は10人の外部スタッフに発注している。その10人は米中部、カナダのトロント、オーストラリア、イギリス、エストニア、インドネシアなど世界中に散らばっている。
Modコミュニティーのなかで能力のある人に依頼したり、友人に紹介された人をリクルートしたりして、スタッフを集めているという。実はマクギール氏は10人のうち2人ほどにしか直接会ったことがないという。開発データを管理するサーバーの更新でそれぞれの仕事状況がわかるので、問題はまったくないそうだ。
完成時期は「わかりません」
現在は、プレイができる最初期版であるαバージョンに向けて開発を進めている。ただ、リリース時期を聞くと、クリーブランド氏からは「わからない」という答えが返ってきた。投資家と月に1度ミーティングがあるが、「毎月、まだできていません、リリース時期はわかりません、と返答してばかりで呆れられる」という。しかし、ユーザーが楽しみにしていることを彼らは痛いほど感じていた。
ユーザーに資金を支えられ、大きな期待を背負いながら開発を進めるUnknown Worlds Entertainmentは、予算をまず確保して期限を決めて開発に入るという既存のゲーム会社とはまったく別物だ。自分たちが作りたいと思うゲームをフットワークのいい小さなチームで、Modコミュニティーのユーザーを巻き込んで開発している。
NS2はいまブームのソーシャルゲームとは異なり、本格的な大型タイトルに区分できるだろう。しかし、大手のように資金をつぎ込むだけでなく、別の方法で製品化を実現する道もあることを示そうとしている。マクギール氏によると、北米では同じようなユーザー支援モデルを採用する企業が何社か登場し始めているようで、今後、ますます注目を集めるかもしれない。
[IT PLUS 2010年3月12日掲載]
〈筆者プロフィル〉 新清士(しん・きよし) 1970年生まれ。慶應義塾大学商学部及び環境情報学部卒。ゲーム会社で営業、企画職を経験後、ゲーム産業を中心としたジャーナリストに。国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)代表、立命館大学映像学部非常勤講師、日本デジタルゲーム学会(DiGRAJapan)理事なども務める。
Xbox360、開発費、プレイステーション3、ゲーム、開発ツール
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