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[19077] スタンド先生ジョジョま!(ネギま×ジョジョ)
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2011/01/25 20:00
このSSは、ネギまとジョジョの奇妙な冒険のクロスSSとなります。

2010/05/24 開始

2010/07/19 チラ裏から移動

2010/09/19 書式改訂

※注意事項※

・両作品の重大なネタばれが含まれますのでご注意を。

・作者はコミックス派なのでウルジャンのネタばれはご勘弁。

・荒木飛呂彦氏、赤松健氏に関係する作品からのクロスも含まれます(AI止まなど)。

・独自解釈があります。

・視点は3人称視点ですが、承太郎視点、ネギ視点など話によって変わる場合があります。

・徐倫の年齢に合わせて時間軸に変更点有り。(ネギまキャラは原作通りの年齢になるように調整)

・舞台は麻帆良学園、ネギま本編開始が2007年(徐倫が15歳になる年)、ネギま本編第1部(文化祭編まで)をベースにします。

・スタンドの事を魔法使いは、魔眼あるいは霊体が見える等の能力があれば見えるようにしています。

・ジョジョ本編において再起不能リタイアであったキャラの何人かが登場することもあります。

・ネギま原作の仮契約パクティオー能力や特殊な能力がスタンドになっているキャラが居ます。

・スタンド使いと魔法使いの情報網が違うため、承太郎の能力自体は魔法使い側ではあまり知られていないという設定です。

それでは、始めます。

┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/



[19077] 導入部  始まりの引力
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/09/19 00:08
導入部  始まりの引力








世界に誇る大企業、SW(スピードワゴン)財団のとある途上国にある支部の一つ。

途上国支部といっても、その規模は日本の中小企業のビル以上に巨大であるからして、基礎財源の巨大さがうかがわれる。

この支部の『表向き』の役目は、近隣の村の発展と整備を請け負うこと。

NGO団体よりも精練度の高いスタッフにより、近辺は環境汚染も少なく目覚ましい発展を続けている。

ただし、あくまでも『表向き』ではあるが。





この支部には異常なセキュリティを誇る一室がある。

出入り口は1つで、5回もの生体認証による入室許可制。

窓は一切存在せず、建物の中身を立方体にくりぬいているかのような印象を受ける。

あらゆる電波、電磁波、放射線を遮断する壁は核ミサイルが直撃しても衝撃に耐えきる程に強靭。

さらに、この部屋が使用される際は、部屋中に設置されている監視カメラとマイクにより360度から常時モニタリングされる。

死角など存在しないし、蟻が歩く音すら感知できるマイクには聞き逃せない音など何もない。

これだけのセキュリティならば大統領の緊急シェルターにでもなるのではないか、と思われるだろう。

だが、いかにセキュリティが高度でも、大統領にはこの部屋は使用させられないだろう。

『壁面全体に幾何学模様が描かれている』という異質な空間に、国の最高責任者を入れることはできない。





この意味不明な幾何学模様にはきちんとした意味がある。だがしかし、そもそもこの模様は何なのであろうか。

これを見た者はこう感想を述べるだろう。「前衛的な芸術作品だ」と。

またあるものはこう感想を述べるだろう。「意味なんてあるものか。設計者の悪戯だろう」と

だが、オカルトやTVゲームに精通している者ならば、この幾何学模様は何であるか、戸惑いながらもこう答えるだろう。

すなわち「『魔法陣』である」と。





SW財団にはいくつもの研究部署が存在している。

近代アメリカの基礎を作り上げたといわれるほどの経済・医療部門、財団を設立するきっかけとなった石油部門、etc...

その中でも一般人はおろか通常の社員では知りえることのできない部署も少なからずある。

その中の一つが、この部屋を作り上げる際に必須であるとされたファクターが絡む、『超常現象』部門である。

超常現象などという荒唐無稽なものを研究する部門が存在している理由は、きわめてシンプルだ。

すなわち『超常現象は存在する』からに他ならない。





SW財団の設立者であるロバート・E・O・スピードワゴンは若き頃、超常現象に遭遇した。

銃弾を何発受けても死ぬことなく、人を喰らい使役する邪悪なる存在、『吸血鬼』。

人の持つ生命エネルギーを極限まで高め、太陽の波長が弱点である吸血鬼を倒すための技術、『波紋』。

その2つの力がぶつかり合う戦場に、スピードワゴンは参加していた。

彼は邪悪なる吸血鬼、ディオ・ブランドーとの戦いにおいて痛烈に思ったことがある。

なぜ自分には力が無いのか。

対抗手段さえあれば『彼』……ジョナサン・ジョースターはあのような結末を迎えなかったのではないか。

石油を掘り当て、莫大な資産を持った彼がまず初めに行ったことは、吸血鬼に対抗する技術を研究することだったとも言われている。

波紋、吸血鬼、吸血鬼を従えていた超生命体『柱の男』、果ては黒魔術など様々な方面に研究の幅を広げた。

スピードワゴンが死んだ後も研究は続けられ、そして現在、研究班は人間の持てる至高の力に行き着いた。

それは人の生命エネルギーが作り出すヴィジョン。

それは世界に遍く魔力を使い事象を発生させるもの。

そのどちらも普通の人間には感知できない力であるゆえに、対抗手段が必要であった。

その研究成果が、どちらの力も感知する効果を持った魔法陣である。

あらゆる物理要素、そして超常現象に対抗するための手段がそろっている部屋であるが、設計担当者曰く「これでも不十分である」だそうだ。





今、その一室には2人の男――印象がまるで違う――が存在していた。

方やきっちりとした漆黒のスーツに身を包んだ生真面目そうな男。職業はSW財団の連絡員。

方や紫の帽子とコートに身を包んだ美丈夫。職業は世界中を飛び回る海洋冒険家。

椅子に座り、机を挟み対面している姿は、部屋の構造のせいかどこか取調室のようにも思えた。

「単刀直入に聞きます。承太郎様、魔法をご存知でしょうか?」

スーツ姿の男が切り出してきた言葉は普通に考えたらあまりに荒唐無稽。

まともな人間が聞けば「イカれてるのか?この状況で」と言われること間違いなしである。

だがすでにここは普通ではない。普通である者はここに存在することすら許されない。

「魔法使いが存在することは知っている。既に何度かやりあっているしな。
わたしに恨みを持つものが雇い入れたようだが、何も分からないままにスタンド攻撃を受けるよりは対処は容易だったな。
……それで、依頼とは何なんだ?」

コートの男、『空条承太郎』はそう切り返した。





人の生命エネルギーが作り出すヴィジョン、その名は『スタンド』。

世界に遍く魔力を使い事象を発生させるもの、その名は『魔法』。

本来なら交わることのない2つの強大な力は、何かに導かれるように少しずつ近づいていく。

さながら『引力』のように。





空条承太郎――スタンド名『星の白金(スタープラチナ
          依頼を受けに、SW財団支部へIN!


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│To Be Continued   >
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[19077] プロローグ 奇妙な依頼
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/09/19 00:09
「依頼内容はそのままの意味ならば非常に簡単なものです。
承太郎様には埼玉県にある麻帆良学園都市に教師として赴任していただきたいのです」

連絡員は少しの淀みもなく内容を語っていく一方、承太郎は多少不機嫌になっていく。

理由としては、承太郎はここ十数年間世界中の海を渡り歩いてきたため、一か所に長くとどまることに若干の苦手意識を抱いていたためである。

「承太郎様は博士号を取っておられますので、教員免許に関しては労力をかけずに作成できます。
というよりも受けてくださるならば即日で発行できる手筈となっております」

堂々と偽造しますと宣誓するのはいかがなものかと思うが、そもそも潜水艦を所有しているような企業である。

この程度の事は偽造のうちにも入らないのだろう。

「確かに博士号を持ってはいるが、本格的な授業となると門外漢だ。
海洋学ならSW財団お抱えの博士の方が向いているんじゃないか?」

「いえ、今回麻帆良から提示された依頼は、空条承太郎その人を招致することが第1目的となります。
それに教鞭をとっていただくのは海洋学部ではありませんから……」

「……何?」

ここにきて連絡員に逡巡の色が見え始めた。よく見るとどこか冷静さも欠けているようだ。

まるでトイレでハプニングに見舞われたのを隠すポルナレフくらい挙動不審だ。

「言いにくいことがあるのかもしれないが大丈夫だ、遠慮なく言ってくれ。
こちらはただでさえ様々な事件で手を貸してもらっている。たまにはそちらからの無茶くらい聞くさ」

不機嫌そうだった承太郎だが、不意に微笑みを浮かべて相手を安心させようとする。

これは承太郎が半ば無意識に使うようになった会話での戦略である。

その言葉と表情を受けてようやく決心がついたのか、連絡員は意を決して話し始める。

「今回承太郎様に頼みたい事は、麻帆良学園女子中等部のとあるクラスの副担任を務めていただくことです」

「だが断る」

「早い!?」

岸辺露伴もびっくりの速度で断った。催眠術や超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ、断じてないのである。








プロローグ 奇妙な依頼








「何故喧しい女が大勢いる女子中等部になんか行かなくてはならないんだ。
そちらなら私の嫌いな物の1つくらい知っているだろう?」

この空条承太郎は嫌いな物の1つに『鬱陶しい女』がある。

理由としては若いころ周囲にモテていて、取り巻きが存在していたからだ。

生まれがイギリス系アメリカ人と日本人のハーフであったため、彫の深い顔立ちに生まれたのが運のつき。

普通の男子ならば嬉しいものだが、慎ましい大和撫子が好きな承太郎としては邪魔以外の何物でもなかったのである。

結局は大和撫子ではないものの、可憐で慎ましい性格のアメリカ人女性と結婚することになったのだが。

ちなみに周囲の男子からは『もてキング』と陰口を叩かれていた。

そんなあだ名をつけたおにぎり頭は後日、直々にオラオララッシュを叩きこんでいるのだが、何故か再起可能だったらしい。

閑話休題。








「いえ十分承知なのですが、先方がどうしてもと」

「……わたしを直接指定してきたからには重要な何かがあるんじゃないのか?
始めに魔法について聞いてきたんだ、無関係ではないだろう?」

ふむ、と少しばかり考え込む連絡員。

「分かりました。それでは詳しい話をさせていただきますのでこちらをご覧ください」

スーツの男が手元にあるリモコンを押すと、天井からスクリーンが下りてくる。

下りてきたスクリーンに映し出されたのは巨大な樹が生えている広場と湖に建っている建物であった。

「これは麻帆良学園の象徴ともなっている『神木・蟠桃しんぼく・ばんとう』です。
まぁ神木は正式な名前を知っている者も普段は『世界樹』と呼称していますが。
そしてこちらは『図書館島』。世界中の書物が収まっていると言われる巨大な図書館となります」

神木・蟠桃と図書館島の詳細なデータがスクリーンに細かく映し出されていく。

世界樹は樹高270m、なんという馬鹿馬鹿しい大きさだろうか。根が張っている範囲と深さも、考えられないほど広い。

一方、図書館島は広大な湖の真ん中に立っており、イタリアのサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会のようである。

「さて承太郎様、この世界樹と図書館島を見て何か思うことはありませんか?
これが日本の埼玉県に存在し、魔法が関わっていることを念頭に置いていただいたうえで、ですが」

突如問われた内容に思案を巡らせる承太郎であったが、その表情はすぐに驚愕に変わることになる。

「これは……よくよく考えれば異常だ。何故ここまでの『異常な存在に対して違和感がない』?」

そう、気付いたのは『あまりの違和感の無さ』である。

270mもある樹木と湖に建つ図書館が日本の埼玉県に、何の違和感もなく溶け込んでいるのである。

普通ならばTV番組やら新聞記者がこぞって取材に来ること間違いないようなぶっ飛んだ代物であるというのにだ。

麻帆良学園の名前は日本でもかなり有名だ。もちろん承太郎も知っている。

だがおかしなことに、『誰1人としてそれらに関心を持っていない』のである。

普通ならば「270mある樹木があったら調べるだろう?誰だってそーする。おれもそーする」ということだ。

知らぬ間に意識を操作する、という能力はスタンド能力では割とポピュラーな部類のものであるが、それを日本全体、いや全世界規模で展開しているというのだからでたらめである。

「これこそが麻帆良全域を包んでいる『認識阻害の結界』の効果です。
この結界の内側にある異常は、『異常として感知されなくなる』効果があります。
ただし、認識阻害を受けない方法はいくつかあります。
『魔法使いである』、『一般人でも魔法に対して耐性がある』、『魔法が存在することを知る』等々、といったところでしょうか」

「やれやれ、ぞっとしないな。今回は『魔法を知っていたから』という訳か」

「いえ、承太郎様の場合は『スタンド使いであったから』です。
スタンドは生命エネルギーを元に発現させるため、対極にある魔力を無効化レジストしやすいのです。
ただ承太郎様のスタンドは無効化能力が弱かったようで、『魔法が存在することを知る』という条件を満たしてやっと感知できた訳です」

「なるほどな。それで、ここまでの大規模な魔法を使う理由は何だ?」








連絡員が再度スクリーンを操作すると、麻帆良学園全体の俯瞰図が表示された。

西洋風に統一された町並みは美しく、日本ではないような雰囲気だ。

「ここ麻帆良学園都市は、実際には関東魔法協会の総本山であり、日本において重要な拠点でもあります。
もちろん一般人も多く存在しますし、日本の中では最高レベルの教育も実施されています」

その町並みの6箇所に円で囲まれたエリア、さらにそこを通るようなパイプラインが何十本も追加表示される。

円で囲まれたエリアは世界樹を中心にして一定の間隔で存在しているようだ。ラインについては麻帆良全域に広がっている。

「これが麻帆良が重要拠点である所以、地脈の流れです。
この配置は霊地として最高の土壌であり、その力を溜める世界樹は世界でもトップクラスのパワースポットとなります」

パワースポットというと、胡散臭い心霊療法などが浮かぶ事が多い。マイナスイオン並みに信憑性が無い代物だ。

だが実際に魔法がある以上、関係者にとってはこの上ない都合のいい場所なのだろう。

「魔法を束ねる者の総本山、しかも世界樹には莫大な量の魔力が蓄えられています。そのため……」

「この場所を狙う輩が多い、というわけだろうな」

そう、麻帆良は非常に狙われやすい場所である。

何かの組織、しかも裏に通じているとなれば恨みを持たれることも少なくない。

関東魔法協会の総本山であることは抜きにしても、魔力が潤沢に満ちている場所などそうそうない。

邪な考えを持つ魔法使いやそれに準ずる者たちは、世界樹の魔力を自分の物にしたいと考え、夜な夜な襲撃をかけてくる。

魔物は香しい魔力の香りに誘われ、爵位持ちと呼ばれる魔物へと進化するために貪欲にどこかから現れ、進撃してくる。

また、様々な企業がバックについている為に、企業の跡取りが麻帆良で教育を受けていることが多いため、『表の世界』の犯罪者までもが麻帆良に侵入しようとする。

現在それらすべてを退けている麻帆良の力量は推して測るべし、といったところか。








「だがそれにしても疑問が残る。単に武力の増強ならば内輪で済ませればいいだろうに。
推測だが、わたしを麻帆良に赴任させるのは侵入者と戦わせるためというのも含まれるだろう?
確実に戦って負けるとは言わないが、スタンド使いと魔法使いでは圧倒的に土俵が違いすぎる」

スタンド使いは基本的に接近戦特化の者が多い。それはスタンドの本質が、傍に立つStand by me者であるからだ。

生命エネルギーが作り出すパワーある像である故に、どうしても遠距離では戦えないか、戦えるとしても力が落ちるスタンドが大半だ。

遠距離型や自動操縦型スタンドもいるが、複雑な操作がしづらいために、乱戦になるであろう襲撃者たちとの戦いでは不安が付きまとう。

スタンドの事を誰よりも把握している承太郎の言葉に、連絡員は申し訳なさそうな表情になる。

「いや、それがそう上手くいかないのですよ。近年、襲撃者がスタンド使いを雇い入れるという事態が増えてきています。
スタンドの大前提、それが魔法使いにとっては脅威となるのです」

「……『スタンドを見ることができるのはスタンド使いだけ』、か。『魔法使い』ではスタンドを感知する術は無いというわけか」

「いえ、特別な能力を持つ魔法使いならば『スタンド使いでなくてもスタンドを見ることができる』のですが、そのような技能を持つ者は限られています」

その言葉に承太郎は驚かざるを得なかった。ごく少数でもスタンドを視認できる魔法使いがいるとは流石に知らなかったからである。

「むしろそのこと自体は、見える者と連絡をリアルタイムで取れば一応は何とかなります。
一番の脅威は『スタンド使いは引かれ合う』、この無意識化で行われる特性が何よりも脅威なのですよ」

「っ!? ……そうか、麻帆良は学園都市だったな。
都市である以上、そこで生まれそこで生活する者もいる。買い物をする施設にも恵まれるためか、都市外に行く者はそこまで多くない。
学生生活はほぼエスカレータ式で、周囲は自然に囲まれている。
だからこそ、『スタンド使いもしくは資質を持つ者が集まり易い状況』という訳か」

現在の麻帆良は、杜王町での事件を考えると分かりやすい。

『スタンド使いは引かれ合う』という特性は、スタンド使いが多ければ多いほど強くなるという奇妙な特性を持っている。

この特性によって、杜王町においてのスタンド使い人口密度が短い期間で急激に跳ね上がったのである。

杜王町よりも外に対して閉鎖的である麻帆良では、それがより顕著なのだろう。

「それに加え、麻帆良においてスタンド使いの人数が把握できていないということが問題なのです。
スタンド使いの存在は魔法使いよりも秘匿性が高いですからね。
承太郎さんにも経験がおありでしょう。『周りを傷つけないために能力を隠したこと』が」

「……人が悪いな、あんたも。スタンドを『悪霊』だと思っていたことはなかなかに思い出したくない事柄なんだがな」

「失礼、失言でしたね」

スタンドの暴走、今思えばあれがこの奇妙な運命の始まりだったかもしれない。承太郎はそう思った。








「さて、話を元に戻しましょう。今回承太郎様が呼ばれた理由は3つ。

1、新しく赴任する担任の先生を補佐していただきたい。
これは魔法使いの世界における重要人物であるからです。
『彼』を補佐するには、『重要たる所以を知らない強者』を付けるのがベストだと思われたためです。
先入観を持った者に任せてしまったら、『彼』が歪みかねません。

2、増え続けるスタンド使い侵入者へのけん制。
魔法使いの情報網では分からなくとも、スタンド使いの情報網を持っている者ならあなたを相手にしたくはないでしょう。
なにせ『世界最強の能力を持つスタンド使い』ですから。
それに多くのスタンド使いと戦っているため、能力の見極めが早く、それが侵入者の排除に役立つためです。

3、魔法使いの中でもっとも有名なスタンド使いであるから。
魔法使いとスタンド使いの情報網は違いますが、それでも承太郎様のネームバリューは強力です。
どこの馬の骨か分からない者を寄越させるより、とりあえず知っていた名前の人物が欲しかったのでしょう」

「一つ質問だ。何故俺の名前が知られている?」

「簡単な話ですよ。『魔法使いでも邪魔だった存在を排除した』ためです」

その質問を予期していたのか、連絡員はスクリーン操作をしながら話す。

程なくして画面に現れたのは、首の後ろに星型のあざを持つ男の後ろ姿。

忘れもしない仇敵――DIOだった。








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もうとっくの昔に死んでいるはずなのに、今なお写真から感じるプレッシャーは何なのか。

この部屋の中にDIOが居るように感じ、2人の額には若干ながら汗が浮かぶ。

死してなお邪悪の頂点に君臨するは、帝王のカリスマともいうべきか。

「忘れもしない……DIOッ!!」

「吸血鬼DIO……最悪な事件でしたね。あなた方が行動した50日間の裏で、相当な数の人間が文字通り餌食にされました。
何も知らない一般人、従わなかったスタンド使い、そして果敢にも邪悪に挑んだ魔法使い等、様々な理由で……。
……最終的な死者の数はいまだに判明していません」

承太郎は1989年の事を思い出す。長いようで短かった旅。苦楽を共にしてきた仲間とは、家族と共にいるような安心感があった。

だが、生き残ったのは承太郎を含め僅か3人。彼らが生き残れたのは、死んでしまった仲間の意思があったからだ。

自分が死ぬまで忘れることのない、魂に焼きついた旅だった。

「……魔法使いからも犠牲者が出たと言ったな。それが有名になった原因という訳か」

「はい。魔法使いはDIOに対して1000万ドルもの賞金を懸けました。これは魔法使いが賭けた懸賞金の中でも最大です。
これを受けて自身の正義感から戦いを挑んだ者、金に目がくらんで戦った者、様々な魔法使いがいましたが全滅。
最終的に承太郎様が倒すまで、数えきれない魔法使いが帰らぬ者となりました。
賞金は魔法使いでないと受け取れないため、代理としてSW財団が一時的に預かり、後日ジョースター家に入金させていただきました」

「つまり、化け物を倒した『英雄』扱いされている訳か。
ちっ、妙な魔法使いに絡まれたのもそのせいか。『お前を倒して師匠に認めてもらう』だのなんだのは」

「それに関してはこちらの不手際です。誠に……」

「いや、謝罪はいらない。『魔法は秘匿されなければならない』、これが『魔法使い』のルールなんだろう? なら仕方ないさ」

しかし大前提を崩してまで外部の人間を引き入れたいとは、麻帆良は切羽詰まっているのかもしれない。

ならば助けない訳にはいかない、そう承太郎は考えた。








「補足しますと、麻帆良学園バックには世界企業の中でもトップクラスのものたちが出資をしております。
SW財団も出資をしておりますゆえ、圧力さえかければ白紙に戻すことも可能ですが……」

「……やれやれだぜ」

多数の企業をバックに持つ組織において一つの企業が圧力をかけると、そのパワーバランスは崩れてしまう。

結局のところ……

「……どう考えても断れるわけがないだろう」

……拒否するメリットなどどこにもないということだ。

「ありがとうございます。それでは引越しの準備を始めさせていただきたいと思います。
既に奥様には『承太郎様が日本に教師として赴任する。着いて行きませんか?』という旨を伝えてあります。
あとは承太郎様が直接説明なさってください、もちろん魔法は秘匿してですが」

瞬間、時が止まった。

ただし、スタープラチナ・ザ・ワールドを発動したわけではない。承太郎からのプレッシャーによってである。

「どういうことだ……!」

連絡員は直感に従い魔法障壁を発動させるが、スタープラチナの一撃でたやすく割れてしまった。

もちろん、承太郎は財団の人間に対して本気で拳を打ち込むことはなく寸止めで終わらせたのだが、打ち込まれた方はたまったものではない。

正直言って、ケツの穴にツララを2~3本ほど突っ込まれた気分になっていた。

このまま嘘でごまかしたりなんかしたら、速攻で再起不能リタイア間違いなしだ。

「すみません、実はもう一つ理由があります!
大奥様に『孫夫婦の離婚危機を解決してほしい』という要望がありまして、そのために今回の赴任はご家族揃っての形となります!」

「スージーの祖母さんのせいか、くそっ!」

年齢の割にまだまだフランクな祖母の余計なおせっかいが、確実に承太郎を追いこんでいる。

おそらくは逃げ道という逃げ道を塞いでいるだろう。なにせジョセフの奥さんを続けてきたような人だ。

「もし海に逃げようとしたら、船を爆破しろとまで言われております!
お願いします承太郎様、ご観念を!」

嵌められた、承太郎は心からそう思わざるを得なかった。








「……やれやれだぜ」








空条承太郎――麻帆良からの依頼を半ば無理やりに引き受けさせられる。
          ただ、離婚危機を回避できたことには感謝した。

承太郎の妻――海洋冒険に出かけないならと、赴任を喜ぶ。一緒に住めるならばどこでもいいようだ。
          説明を聞いてすぐに離婚用の書類をすべて処分した。

空条徐倫――嫌いな父と日本に行くことに対し猛反発していたが、母親の幸せそうな顔を見て渋々納得。
         蝶のタトゥーを入れてささやかな反発をしたが、母に泣かれる。


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│To Be Continued   >
└―――――――┐/



[19077] 1時間目 空条承太郎!協力者に会う
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/09/19 00:09
2007年2月の頭。寒さのピークが早めに過ぎはしたが、気温もまだまだ寒い季節である。

そんな気候の中、麻帆良学園中央駅へと続く道を一風、というか三風程変わった2人組が歩いていた。

「あー、ったく。こんな日に財団お抱えの新任教師の迎えなんてしないといけないなんてなーっ」

テンガロンハットを被り、全身砂色のコーディネイトをした男は心底嫌そうな口調で隣の若者に愚痴をこぼす。

本来麻帆良学園都市は西洋風の建物のつくりのため、外国人でも風景に合うようになっている。

だが彼の恰好はどう見ても『西部劇のガンマン』であり、周りから非常に浮いていた。

「しっ、し、し……仕方ないです、ハイ。僕らはあ、あくまでもSW財団経由で雇われています。
雇用主の命令はぜっ、ぜっ、絶!……対! 昔みたいにお金に困らないだけまだいいです」

もう一人の若者は普通の服装だが、少し髪型が変だ。彼はウェーブのかかった髪の毛をヘアバンドで天へと逆立てている。

また珍しいことにブックホルダーを腰につけ、個性的な絵柄の『漫画本のようなもの』を持ち歩いていた。

「しかもSW財団からの連絡は適当だしよー! 
『指定した日時に麻帆良中央駅に行けば、何故あなた方が選ばれたのか分かりますから』だってよ!」

「ぼ、僕はもう知ってるんですけどね、誰が来るか。僕のスタンド能力……を使えばか、簡単っ、です。
だけど、予言通りには動きたくない、です」

「……お前も変わったよなぁ。便利なはずの予知能力通りにはあまり動かなくなってきたし。
あくまでも危険察知にのみ使ってやがるからなぁ……っとと、着いたか」

凄まじい数の改札機が並んだ駅にたどり着くと、2人は近くにあったベンチへと座り込む。

ちょっと前に買っておいてために、若干だが温くなった缶コーヒーを開けながら一息つく。

だがそれらの動作全てにおいて、2人が改札口から目を離すことはなかった。

だるそうにしている見た目とは裏腹に、身のこなしにも隙はない。

「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか、ってな。 ヒヒッ」

引きつった様な笑いは、駅前広場に響かずに、ただ消えていった。








1時間目 空条承太郎!協力者に会う








(結局、引っ越しを完全に済ませるのに3日間を費やすことになったか)

アメリカの方から服などをまとめて輸送させたため、こちらに着くのが大幅に遅れたのが最大の要因だ。

お気に入りだった家具もいくつか持ってきたので、税関で引っかかったらしい。

(徐倫は麻帆良中等部女子寮に住むことになってしまったし、家族全員一緒に住めるかと思っていた妻は残念そうだったな)

母親離れができていないため嫌々といった形でだが、教職員用の家よりは学校に近いため妥協した様だ。これでまた嫌われてしまった。

(しかし久々に乗る日本の電車は、やはり乗り心地がいい。アメリカの電車とは比べるべくもない)

そんな事を思いながら、承太郎は麻帆良学園中央駅へと向かう電車に揺られて、景色を眺めていた。

電車の中は適度な暖房が利いており、天気もいいので日差しが心地よい。いっそのこと、このまま眠気に体を預けたくなる。

しかし、承太郎にはそれができなかった。寝過ごしを恐れて寝ないようにしているわけでも、電車では寝れない訳でもない。

なぜなら――

「……でたらめ過ぎるだろう、これは……」

――車窓から見える麻帆良の『でたらめ』さに、心底頭を痛めていたからである。








車窓から見える西洋風に統一された町並みは、美しいの一言だ。

研究の一環で一時期滞在したヨーロッパ諸国、特にイタリアの町並みを彷彿とさせる。

煉瓦作りの建物が並ぶ街道には様々な商店が見え、普通の暮らしならば学園都市内だけで完結させられそうなくらい豊富だ。

日本では特定の地域以外見かけることのなくなった路面電車も、周りと調和するように走っている。

公共施設面は文句なしにパーフェクトだ。病院、市民プール、公園に図書館エトセトラetc...。

しかもどれもが巨大な施設のため、余程のことが無い限り、空間に対する窮屈さは感じないだろう。

自然も見たところかなり良い状態で保存・管理がされているようだ。

麻帆良学園都市内で幾つか川が流れているらしく、釣りをしている者が何人か見えたので魚もいるようだ。

学園案内によると、場所によってはクマまで出るような区域があるらしい。……学園都市なのにいいのか、安全面で?

また学園都市として最も重要である教育施設は、正直に言って圧巻だった。

広大な土地に惜しむことなく建てられた学校はデザイン、機能性共に最高水準。

体育館やプールといった運動施設も広く、また整備も行き届いている。

オリンピック等の公式会場としてでも使える設備が乱立しているというのは、他の学校関係者が見たら卒倒ものだろう。

学生寮はもういっそ馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの豪華さである。

麻帆良女子中等部は全寮制のため、徐倫のために各種手配をしたが、下手なマンションよりも充実していた。

学生寮という扱いだから家賃はかなりの格安であるが、もしも都心ならば15~20万円程の家賃がかかること間違いないだろう。








まぁ、『ここまで』は良い。豊富な資金と高度な技術者を結集すれば、これくらいの都市は作れるだろう。

頭が痛くなるの『ここから』だ。








まず頭が痛くなったのは学生の『基本能力』である。スタンドでもないのに能力というのも何だが、そうとしか言いようがない。

何せ先ほどから、『電車と同じ速度で走る学生』が常に見えているのだから。

郵便のバイトでもしているのだろうか、手紙の入った赤い袋を抱えて走っている。

周りの乗客は「まぁ速いわねぇ」とか「かっこいー!」とかはしゃいでいるが、それが極めて異常!

この異常に対して鈍くなる現象と異常な身体能力については、事前に説明を受けていてよかった。

効果を知っているかどうかで初動が決まるのは何もスタンドバトルだけではない。

曰く、麻帆良の一部の学生は、麻帆良の大気に満ちている通常よりも濃い魔力の影響で『気』の扱いに無意識で目覚め、身体能力が異様なほど伸びるそうだ。

車などと同じ速度で走り、一飛びで建物を飛び越え、はたまた波○拳のような技を使いだす生徒までいるらしい。

ただ余程の者で無いと学校の敷地内から出た場合、周囲の魔力の減少によってその身体機能は大人しくなるらしいが。

……こんな表現で説明された以上、気の扱いを意識的にコントロールすることに成功している生徒もいるのだろう。

認識阻害の結界によって周りは異常を感じていないようだが、もし結界に不備が出たらどうするつもりなのだろうか。

知らずに持っていた力によって自分自身さえ信じられなくなり暴走、というのが最悪のケースだ。

スタンド使いも力を認識できるまで能力が暴走したりするように、気が爆発でもしたら目も当てられない。

そのための最終手段が記憶消去によって技術の封印をすることらしいが、封印も完全ではないらしい。

この件については保留だと考え、承太郎は次の思考に移る。








次に、技術面の異常な高さだ。

……こちらに関してはSW財団にも言えることになってしまうが(ナチスドイツ由来のサイボーグ技術とか)。

それはそれとして、先ほど工学系の大学棟の近くを通り過ぎたが、最初は目を疑った。

『20メートル近い大きさのロボットが動いている』なんて状況が現実にあっていい訳が無いからである。

あらゆる物理法則をぶっちぎりながら動いてる姿は中々に格好良い物だったが、そこまではしゃぐ年齢でもないし、なにより趣味でもない。

どちらかというと、先ほど『電車に乗り込んできたアンドロイド』の方が興味深いし、脅威であると考えた。

緑の髪と球体間接、耳の部分についているアンテナのようなパーツ。どう見てもロボットなのだが、周りの者は気に留めるような素振りを見せない。

これも認識阻害なのか、それともロボットが普及しているから騒ぎ立てないのか、現時点では判断は難しいと考える(後日、前者だと判明)。

……一般の技術部門では二足歩行させるのにも一苦労だというのに、完全な人型で、しかも人工知能AIまで搭載しているとは……。

顔なじみでも電車の中にいたのだろうか、少し年老いた乗客としっかりと会話をこなしている。

会話できるほどの知能を持った独り歩き型スタンドでも、あそこまで人間に近いことはできないだろう。

この技術面に何割かはSW財団が関わっているらしい。

財団はこういった技術は我先に欲しがるだろうし、技術情報確保のために出資することが多いから納得である。

今回の内部協力者の一人がロボット工学を大きく進展させた者らしいので、その時に詳しい話でも聞こうと、また思考を変えていく。








最後に非常識な樹木、というか『神木・蟠桃しんぼく・ばんとう』、そして『図書館島』である。

前々から疑問だった認識阻害結界が必要な理由は、間違いなくこの2つだ。

片や270メートルの樹高を誇る木、片や湖に浮かぶ巨大な島を利用した図書館。

世界樹は言わずもがな、間違いなく認識阻害させないとマスコミだの何だので大変なことになる。

図書館島に関しては厳密には建っていてもありえなくはないが、それでも印象に強く残ってしまうような建物だからだろう。

ただ図書館島の認識に関して、承太郎は後日頭を抱えることになる、主に内部の構造的な意味で。

ともかく、麻帆良のどのような場所からでも確認できる世界樹は、認識できる者からしたら最悪でしかない。

結界が無くなる、それでなくても結界に異常が見られればそこで全てがお陀仏になるような代物だ。

世界中に魔法の存在が露見し、秘匿されるべき魔法技術は拡散され、誰もが拳銃並み、むしろそれ以上の武力を持てる時代が来てしまうだろう。

この麻帆良を守る魔法使いは常に薄氷の上で戦っているのだと分かり、承太郎はさらに頭を痛めた。








「次はー、麻帆良学園中央駅ー。次はー、麻帆良学園中央駅ー。お出口はー、右側ですー」

いろいろと考えている間に目的地に着いたようだ。少しだけ凝り固まった体をほぐしながら立ち上がり、電車を降りる。

土曜日の夕方だが部活か何かだろうか、思ったより多くの学生の乗り降りがあった。

その中には先ほどのアンドロイドも含まれていたが、特に気にもしなかった。

認識阻害はほぼ効かなくなっているとはいえ、ああいう非常識な者に強制的に慣らされるくらいには効果があるようだ。

何人かの女子生徒がたまにこちらを見ているようだが、『いつもの事』だと思い無視を決め込む。

空条承太郎、1971年生まれなので2007年では36歳になる。

しかし、イギリス系アメリカ人ハーフなのに「高校時代より若く見える」と、母親から軽い嫉妬心込みで言われている程の若々しい顔である。

いまだに二十台前半と歳を誤魔化しても通用する若さゆえか、若い女性、しかも娘の同級生にすらよく声をかけられているのが長年の悩みだったりする。

……そんな対応のせいで、この後しばらくの間『こちらを観察し続けるアンドロイド』に承太郎は終ぞ気が付かなかった。








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「マスター、対象補足完了いたしました。なぜか分かりませんが対象の警戒レベルは低いようです。
出来る限り距離を取りながら情報収集データのサンプリングを実行いたします」

「御苦労だ×××。あまり心配ないと思うが気付かれるんじゃないぞ。
さて、観察させてもらおうじゃないか、空条承太郎。……いや、『世界最強のスタンド使い』……!!」

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駅前にはまばらではあるがそれなりの人混みがある。

女子中学生とみられる者のグループや、結構な人数の男子高校生のグループ、はたまた仕事終わりで集まったのだろうか、教師の集団も見える。

とりあえず、この中から顔も知らされていない内部協力者エージェントと会わなければならない。

一先ず承太郎は、連絡員から事前に渡された今日の要件に関する紙をもう一度読むことにする。

「空条承太郎様

この度は関東魔法協会ならびSW財団の最重要依頼を受けて頂き、ありがとうございます。

依頼を受けて頂きましたが、麻帆良での仕事はこれまで以上に厳しいものとなるかと思われます。

理由としましては、今回は杜王町の事件の時と違い、大規模な支援が行えなくなることが挙げられます。

麻帆良という陸の孤島に対しては航空支援が必須なのですが、麻帆良が魔法使いの領域テリトリーである以上、領空は完全防御体制となっています。

麻帆良上空に関しては『大統領の乗った飛行機ですら即時撃ち落としが行える権限』があるため、手続きには非常に時間がかかります。

もちろん陸路でも支援が可能です。しかし、緊急時の致命的なロスになることは免れません。

そのため、以前から麻帆良で働かせていた内部協力者エージェントに支援させることにいたします。

余程の事が無い限り、内部協力者の支援以外で対処するような事態にはそうそうならないでしょう。

顔合わせのために2月3日土曜日午後4時に、麻帆良学園中央駅にお越し下さい。協力者をそちらへ迎えに行かせます。

また、そのまま最高責任者である学園長『近衛 近右衛門このえ このえもん』との対談予定となっております。

学園長との対談で、より詳しい麻帆良の状況をお伝えできると思われます。

――(以下、緊急連絡手段等の通達)」








とりあえず分かることは、今この場に協力者がいること。そして推測できるのは、協力者は十中八九スタンド使いであることだ。

今回の赴任に関して重要な事の一つに『空条承太郎が麻帆良を襲撃するスタンド使いへの抑止力となること』があった。

つまり、『スタンドバトルにおいて負けることが無いような状況』が必要不可欠なのである。

よって導かれる答えは一つ、『承太郎の弱点を補えるような能力を持つスタンド使い』を協力者に充てているということだ。

考えられる基本性能としては射程の長い近距離パワー型、もしくは精密動作のできる遠隔操作型だろうか。

スタープラチナとの連携が必要不可欠であるため、能力よりも基本性能を重視した人材選びであるはず。

特殊技能持ちの魔法使いでも良いかもしれないが、スタンド能力を重く考えることのできる人材は恐らくほとんど居ないだろう。

「ボクシング選手が野球選手にどう勝つか」なんてことを真面目に考えられるような人物でなければ、スタンドバトルは生き残れない。

同時に必要とされる技能は抜け目の無さだ。

聞く話によると、魔法使いの大半は魔法を過信し過ぎている傾向が強いらしいが、それでは駄目だ。

スタンドバトルにおいて『絶対』なんて言葉はちり紙よりも軽い。

自分の能力を隠しながら相手の能力を看破するなど、騙し、騙され、揺れ動くか細い勝機を己のセンスで切り開く精神が無くてはならない。








そう、例えばこのように。

「……殺気をもう少し消すことだ。協力者じゃなければ本気で拳を叩きこんでいたところだ」

「ッ!? お、オーケーオーケー、冗談だ。だからその物騒なスタンドを仕舞ってくれ、頼むから。
……ヒヒッ、『アイツ』と同じで心臓に悪い男だぜ全く」

真後ろには何時の間にか男が接近していた。しかし、承太郎は振り返る素振りなくその行動を止めさせる。

しばらく前から奇妙な視線を感じてはいた。ただしあからさまに敵意を向けているのではなく、こちらの様子を探るような視線だ。

方向は分からないが少なくとも二人はこちらを見ているはずだ。とりあえず一人は控えだとして、もう一人は死角から接触を図るつもりだろう。

そのため、視線を向けられた時点でスタープラチナを体の内側に出し、射程に入った瞬間に飛び出させるようにした。

その結果、近づいてきた男の腕をスタープラチナで捻り上げることが出来たのである。

スタンドはスタンド使い以外見えないが、『体内に配置しているスタンド』は流石に見えない。

DIOとの戦いから編み出した、対スタンド使いの基本戦術である。








「しかしSW財団からの協力者がお前だとはな。18年ぶりに顔を見たが全く変わらないじゃないか、『ホル・ホース』」

「そいつはお互いさま……じゃねぇな。何であの頃よりも若く見えるんだ、お前は?
まぁお前が『アイツ』を倒した結果、吸血鬼になってました~、なんて言われても驚かないけどな。ヒヒヒッ」

SW財団からの協力者の片割れである砂色の男は、かつての戦いの中何度も戦いを繰り広げたホル・ホースだった。

何となくポルナレフと気が合いそうだった調子の良さは、18年たった今でも変わっていないようだ。

承太郎は『正義ジャスティス』のスタンドを倒すために若干ではあるが協力したことがあるため、生き残るためならば何でもする性格なのは把握している。

これならば自分に対して裏切ることはないだろうから信頼しても良いか、とスタープラチナを解除する。

「さっさともう一人を紹介してくれないか。これでも、わたしは赴任した直後で忙しいんだがな」

「分かった、分かった。そう急かすんじゃねぇよ、全く。おいコラ、ボインゴー! さっさと出てきやがれー!!」

もう一人の協力者は雑踏の一角から現れた。どうやら男性のグループを間に挟んでこちらを監視していたようである。

……こちらが恐縮してしまうくらいオドオドしながら近づいてくる。傍から見れば、強面の不良とそれに従うパシリに見えるだろう。

「は、は、初めまして、ですかね? こちらはあなたを知っていますが、ち……直接の面識は、一、度も無かったですから。
僕の名前は、ボ、ボインゴと言います。以後お見知り置きを」

ウェーブヘアーの若者『ボインゴ』は、所々どもりながらも手を差し出し、挨拶をする。

承太郎と一応の握手をしたが、手は冷や汗だらけだったようで、承太郎の額に僅かながら皺が寄った。








「本当ならもう一人スタンド使いの協力者、それと結構な数のSW財団所属の生徒や職員もいるんだが、それぞれ用事があって来てねぇ。
どっちにしろ戦闘には全く参加できないタイプだから、後回しにしても問題ないから良いだろ」

ホル・ホースのぞんざいな言い方に、ボインゴが眉をひそめる。どうやらボインゴの身内か何かがその中に居るらしい。

「とにかく、さっさと学園長のところにご案内してやる。こっちはいい加減寒くなってきたしよー。
それと、道中の会話は『スタンドを使って』しようぜ。あれなら普通の魔法使いには会話内容が全く聞こえない便利な方法だしな。
実感はあまりないだろうが、おめーは魔法使い連中からすれば『吸血鬼殺しの英雄』だからな。会話内容に興味津々のご様子だぜ。
(本当はDIOの部下だったってことが知れたら大変な目に会うからだがなー! 承太郎には内密にそれを伝えなきゃならん!)」

言われるまでもなく承太郎は周囲の状況の変化と、ついでにホル・ホースの真意に気づいていた。

駅前広場の人混み具合は相変わらずだが、明らかに漂う空気が違う。勘の良いグループは早々に退散してしまったようである。

あからさまにこちらに目を向けている者、憧れのアイドルでも見ているかのような視線を向ける者。

気付かれないようにしているが探るような目つきでこちらを見る者、何故か敵意むき出しの者。

サーカスの見世物動物を見るかのように、至る場所から不作法に見られているのは気分が悪い。

DIOの部下だった件に関しては、魔法使いのDIOに対する印象を考えれば察しは着く。

魔法使いのほとんどが目指すものは『立派な魔法使いマギステル・マギ』とかいう曖昧な称号だ。

立派な魔法使いの定義についてはともかく、立派だというからには絶対的な正義にならないといけない、とでも考える者が多いのだろう。

そこに『邪悪の化身の部下だった者』なんて放り込んだら、闇討ちにでも会う可能性がある。

協力者がいなくなるのは勘弁してもらいたいので口裏はしっかりと会わせておくか、などと承太郎は考えていたりする。

この男、以外に打算的である。

「了解した。奇妙な縁での繋がりだが、これからはよろしく頼む。……『過去は水に流して』な」

「ッ!? (おいおい、事情がばればれじゃねぇか!? こっちとしては助かるが、間違いなく弱みを握られちまったぜチクショー!)
お、おう、大船に乗ったつもりで安心しやがれ! 何たって、誰かと組みさえすれば最強のスタンドなんだからよォー!」

思い切り声を裏返しながら啖呵を切るホル・ホースは、大股で歩き始める。

ホル・ホースとの付き合いの短い承太郎と、それなりの長い付き合いであるボインゴは、長年のパートナーであるかのごとく同時に頭を抱えた。

「「これで良いのか(良いんですか)、SW財団の人事部(さん)……」」








空条承太郎――協力者と合流。予定通り学園長室へと向かう。

ホル・ホース――スタンド名『皇帝エンペラー
          出会って早々に弱みを握られる。他人を利用することは好きだが、利用されることは大嫌いである。

ボインゴ――スタンド名『書物の神トト神
        精神的成長は遂げているが、暗い性格はまだまだ直せず。

謎のアンドロイド――情報収集をしていたが、スタンド会話の開始によって収集が困難となり帰還。

マスターと呼ばれた者――恰好つけた割に大したことができず、承太郎に対して逆切れる。
                一緒にモニタリングしていた2人の共犯者から生温かい目線を向けられひどく落ち込む。再起可能。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/



[19077] 2時間目 学園長に会いに行こう
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/09/19 00:09
「……という訳だ。長年いろいろなスタンドを見てきたが、あれには正直驚いたよ」

「ふーん、ポルナレフも面白いことになってやがったんだな。
というかギャングの幹部構成員が凄腕のスタンド使いだらけとか、正気の沙汰じゃねぇよ。誰も手出しが出来ねぇじゃねぇか」

「だからこそ、み、ミドラーやグレーフライのようなスタンド使いが裏の業界に幅広くいるんです。
SW財団に雇われなかったとしたら、僕らもギャングからス、スカウトが来ていたかもしれませんね。
あ、暗殺とかには僕らの能力はかなり有効ですし……」

「んで使い捨てられるってかぁ? 一瞬でも大金が得られるかもしれないけどよー、報復とか考えると割に合わないっつーの」

「使い捨てられるのが嫌なら組織に入れ、ということだろう。
組織に入れば大金と内側にいるなら守ってくれる盾が手に入るからな、中々理にかなっている」

学園長の元へ向かい始めてから少しして、街灯に灯りがともり始めた。西洋風の作りをしている街灯は、オレンジに近い色で辺りをやさしく照らす。

2月の16時過ぎともなると辺りはそれなりに暗く、寒い。

それでもまだ街には暖かい服装をしている結構な数の学生たちが居るためか、暗い印象は受けない。

寒さなんか関係ないと言わんばかりにはしゃいでいる者もちらほらと見えるし、休日での売り上げを少しでも伸ばしたいパン屋の店員が声を張り上げて売り込みをしていたりもする。

そんな中で、ギャングだの暗殺だの物騒なことを話しながら歩いている、街の雰囲気ぶち壊しの3人組が居た。

ご存知、空条承太郎、ホル・ホース、ボインゴの3人である。

実際はスタンドを介した会話でしか話していないので、周りには会話の内容は全く聞こえていないからこその内容だ。

……周りから見れば、男3人が並んで黙々と歩いているようにしか見えないので、それはそれで雰囲気ぶち壊しなのだが。








2時間目 学園長に会いに行こう








学園長に会いに行くまでの道中、スタンドを介して承太郎とホル・ホース、そしてボインゴは様々な情報を交換していた。

承太郎が話す内容は1989年のあの戦いの結末から始まり、1999年の杜王町連続殺人事件、2001年に判明したDIOの息子を主軸に置いていた。

DIOとの決着、生き残りは3人だけ、亡くなった者たちから託されたのは意思という未来への遺産。

ポルナレフとはしばらく連絡を続けながら、スタンド使いを生み出す弓と矢の捜索。

高校卒業後には海洋学を学んで海洋冒険家となり、後に海洋生物研究の第一人者として学会に名を馳せた。

その途中、愛する者と出合い、大切な娘である徐倫を授かる。

ポルナレフとの連絡が突如途絶え、SW財団でもその後の行方は分からなくなる。

学者となってしばらく経った28歳の折、急に判明したジョセフの隠し子。

年下だが血縁上叔父である東方仗助、その近辺に居るという脱獄犯との戦い。

DIOによって人生を狂わされた兄弟が持っていたスタンド使いを生み出す弓矢、街に急激に増えたスタンド使い。

美しい手に執着するスタンド使いの殺人鬼、殺人鬼に殺された女性の自縛霊、仗助を中心に集まったスタンド使いとの共闘と決着。

娘の徐倫が高熱を出していたのに日本に居続けたため、妻と娘、特に娘に嫌われた。

杜王町滞在中に執筆したヒトデに関する論文で博士号を取り、海洋冒険家としての名が更に広まる。

有名になりすぎたせいで、至る所でスタンド使いとの戦いに巻き込まれるようになる。

この頃に初めて、承太郎は襲ってきた相手から魔法使いの存在を知った。

杜王町事件から2年後、DIOの息子が居ることが発覚。

杜王町事件で知り合った広瀬康一に調査を依頼、『汐華 初流乃ジョルノ・ジョバァーナ』の人となりをある程度調査。

ジョルノの皮膚を入手したりもしたが、結局『この時点では』調査の意味は全くと言っていいほど無かった。

調査から3年後の2004年、イタリア近海の調査に来た時にジョルノ・ジョバァーナからの接触があった。

イタリアの巨大組織『パッショーネ』のボスとなっていたジョルノは、以前に自分を調査していた者の素性を調べ上げたらしい。

そこで承太郎は、死んだと思われていた(実際死んでいたが)ポルナレフとの再会を果たす。

アジトでの会談で語られたのはパッショーネのボスとの戦いの顛末と、『鎮魂歌レクイエム』と呼ばれるスタンドの進化。

短い時間であったが、ジョルノから『黄金の精神』を感じ取った承太郎は、またの再会を約束し、別れた。

そして月日は流れ去年の暮、SW財団からの麻帆良への赴任依頼……。

よくもまぁここまで密度の濃い人生を歩めるものかとホル・ホースとボインゴの2人は呆れ気味だ。

だが、様々なエピソードの中でもDIOに息子がいたという事実に2人は少なからず衝撃を受けたようだ。

ただ、どちらかと言えば『黄金の精神』を持っている方に驚いていたようだが。

どこまでもどす黒い邪悪から生まれた者が、吐き気を催す邪悪を打倒するほどの精神を持っていたなど、少年漫画でもそうそうないような展開だ。

「何にせよ、なんで『世界最強のスタンド使い』って呼ばれているかはつくづく分かったぜ。
あんな並はずれた『能力』を持っていたとしても、これだけの戦いを潜り抜けてきやがるなんて常人じゃ無理だ」

「スタンド使いとして重要な精神力と戦いのセンスが、もはや完成していると言っても過言じゃない、です」








一方、ホル・ホース達のその後も意外と過酷だった。

DIOが倒された時、ホル・ホースとボインゴは病院のベッドの上で再起不能リタイアと再起可能の間を行ったり来たりしていた。

退院できたのは決着から約1ヶ月後であり、何をするのにも全てが終わってしまったあとだった。

仕方が無いので、アスワンで入院中だったボインゴの兄であるオインゴを迎えに行き、一緒に傭兵でもしようかと考えていた。

そしてオインゴと合流した直後、待ち構えていたSW財団にスカウトされた訳だ。

聞くと、SW財団からのスカウト対象はDIOが用意した金に釣られて承太郎達と戦った者のほぼ全てが対象だったらしく、そこにホル・ホースやオインゴ・ボインゴ兄弟も含まれていたらしい。

ただしこのスカウト、承太郎達との戦いでできたトラウマによってほとんどのスタンド使いがスタンドを出せなくなった状態だったため、結果は散々だったという。

最終的に財団にスカウトされて働いているのは麻帆良で先に働いている3人と、別のところで働く2人だけだったそうだ。

その2人とは、『審判ジャッジメント』のカメオと、『ティナー・サックス』のケニーGという承太郎の知らない男2人。

この時チームが作られ、ホル・ホース、オインゴ、カメオの3人で仕事を任されるようになった。

ボインゴだけはこの時点で魔法使いの存在を知らされ、内部協力者として麻帆良学園に編入した。

理由としては「子供にはきちんと勉強をさせた方がいい」という意見と、「子供のころから在籍していれば、後々融通がきかせやすくなる」という打算的な意見から決定したという。

ケニーGは詳細不明。チームが組まれたという話も聞かないし、能力についてもよく知らないそうだ。

ともかく、3人チームの仕事内容は初期は財団がリサーチしたスタンド使いと思わしき人物に接触し、可能な限りデータを集めるような仕事だったらしい。

内容自体は情報収集と簡単そうに聞こえるが、そう考えたのは本当に最初だけだった。

スタンド使い同士が接触した時点でまともに情報収集できる機会なんてほとんど無くなり、大体の調査対象と戦うはめになったからである。

その取り巻く状況も最悪。

『スタンド使いは引かれ合う』という法則のせいか、調査対象もしくは自分達が、全く知らない別のスタンド使いとばったり出くわしたりする可能性が非常に高かったのだ。

そのため、時には調査対象と共闘、時には四面楚歌で戦うという、非常に厳しいスタンドバトルを繰り広げる羽目になった。

精神的成長はしたが、間違いなく寿命は縮んでいるはずだとホル・ホースは言う。

その後、ホル・ホース達は1998年になってから魔法使いの存在を知らされ、魔法方面の仕事も任されるようになった。

カメオとはこの頃から別のチームに分かれたため、その後は分からないそうだ。

魔法使いについて知った後は、今まで以上に世界中を回ったという。

何せ表向きは世界中で支援活動をしているいくつかのNGO団体が裏では魔法使いの集団であるらしく、紛争地域や発展途上国を行ったり来たりするはめになったためである。

並行して現地のスタンド使いの情報収集とスカウトも行わなくてはならないので、何度か疲労で倒れたりもした。

「それでも福利厚生はしっかりしてるし、経費も給料もきちんと出してくれるから美味しいんだよなー」とはホル・ホースの言。

想像以上に精神力が高い(図太い)ため再起不能にならず仕事をこなし、ホル・ホースとオインゴは気が付けばSW財団スタンドチームでも幹部級に居座っていたそうだ。

そして3年ほど前、とあるNGO団体への支援活動をこなした後に麻帆良への派遣が決まったという。

再会した時に驚いたのは、ボインゴが教師になっていたことだったらしい。

麻帆良としては長い間協力関係にあった者を手放したくなく、融通をきかせてくれたらしい(この点は財団人事担当の勝利だろうか)。

ボインゴとしてはある程度SW財団から打診されていたのもあるし、長い間通っていた学園に愛着があったからこそ、不満も無くこの進路を選んだという。

関係者ではあるが勉強を教えられるほどの学力では無いため、ホル・ホース及びオインゴは昼間は事務員として働き始めた。

こうして今回、財団からの連絡で迎えに来たわけである。

「つまり麻帆良、ひいては魔法使いの情報をより多く知っているのはボインゴの方で、戦いを経験しているのはホル・ホース組ということだな。
ボインゴにはしばらくの間色々と教えてもらうかもしれないが、その時はよろしく頼む。
ホル・ホースには戦いになった時に援護してもらうが、大丈夫だな?」

「こち、らこそ……です。 僕のスタンドにパワーは無いので、戦闘に巻き込まれたらた、助けてもらうしかないですから」

「誰に言ってやがるんだ承太郎。 俺はパートナーを得て、初めて実力を発揮するタイプなんだぜ?
スタンドバトルで援護させたら俺の右に出る者はいない……筈だ!!」

片方は戦闘以外で頼りになりそうだが、もう片方は変なところでミスをしそうだ。

機転は利かせられそうだから良しとしよう、行動パターンがポルナレフと同じタイプだしな、ホル・ホースは、とか承太郎は思っていた。








話が大体終わったころ、3人はようやく学園長の待つ麻帆良学園女子中等部校舎にたどり着き、現在は廊下を歩いている途中だ。

「……しかし、何故学園都市最高責任者の部屋が女子中等部の校舎にあるんだ? 立地的にも不便だろう」

「あー、それは俺も前々から思ってたわ。 ボインゴ、どういう訳か知ってるかぁ?」

「あまり詳しくは、し、知りませんが、明治中期の麻帆良学園建設時、ここに基本となる学校が建っていたようです、ハイ。
その後、各所で増改築を繰り返しながら麻帆良学園都市は拡大していったのですが、その際にここが女子中等部へと改築されることになりまして、その際ミスが……。
結果、女子中等部への改築時にそのまま学園長室を作ってしまったらしく、移転させるのも面倒だということで、そ、そのままらしいです」

広大な土地を誇る麻帆良の学園長室、実は設計ミスで作られました、とは何とも情けない話である。

「くだらねぇー! 意味ありげかと思ってたのに聞かなきゃよかったぜ!」

「だが考えようによって、魔法使いにとって有効かもしれないな、この場所は」

ホル・ホースはどうでもいいような真実に心底呆れていたが、承太郎は着目する点が違っていた。

「いいか? 麻帆良の学園長を狙うような輩は、恐らく一般人にはいないだろう。狙うとしても敵対する魔法使いかそれに準ずるものだ。
だが学園都市の中では、限定的な時間以外に必ず『周りに一般人が居ること』になる。これがどういうことか分かるか?」

少しの間2人は考え込むが、魔法使いの事情に詳しいボインゴが気づいたらしく、挙手をした。

「魔法使いの最大のルール、『一般人に魔法を知られてはいけない』、ですね」

予想以上に優秀な新しい同僚に僅かながらに笑みを浮かべ、承太郎は話を続ける。

「休日の夕方でもそれなりに人がいるこの状況は、秘匿を信条とする魔法使いにとっては明らかにやり辛くなっている。
どんな悪人でも余程狂っていない限りは、『一般人に魔法を知られてはいけない』というルールに従っているらしいからな」

その言葉を受けて廊下周りと窓の外を見てみると、なるほど、こちらを監視している者たちを除いても結構な人数が居る。

「スタンド使いなら関係無く攻めようとするだろうが、雇用主が魔法使いである以上、それらの行動は制限される。
単独犯なら分からなくもないが、スタンド使いが魔法使いの大きな拠点を狙ったところで旨みは無い。
以上の点から、こと魔法使いへの対処としては優秀な場所であると言える、ということだ」

承太郎の推理に、2人は「「おおー」」とか感心していた。

「さて、無駄話もこれくらいだろう。 ……着いたようだ」

無駄な装飾は無いにもかかわらず荘厳な雰囲気を出す扉が、3人の目の前に存在していた。

ルームプレートには『学園長室』とあり、間違いはなさそうだ。

「んじゃ、さっさと入っておわらせようぜ。 ノックしてもしもお~し!」

ホル・ホースがかなり乱暴にドアをノックし、返事も待たぬままドアを開けて中に入っていく。

一応礼儀正しく入るため、承太郎とボインゴはしっかりドアへの4回のノックの後に入室していった。








学園長室に入ってまず目に見えたのは意匠を施された窓ガラス、学園長という肩書に対するいかにもな仕事机、そして『奇怪な頭部』だった。

「フォフォフォ、初めまして空条 承太郎君。麻帆良学園へようこそ、といったところかの。
わしがこの麻帆良学園の責任者をさせてもらってる近衛 近右衛門じゃ。これからよろしく頼むよ」

「どうも、海洋博士兼海洋冒険家、空条承太郎です。麻帆良学園に講師として働かさせていただきます」

3人と学園長以外いない部屋で承太郎は一歩前に近づき、学園長に手を差し出す。

学園長も机越しに、何故か少し遅れて手を差し出した。

この時、承太郎はいたって普通のあいさつをしているが、内心では非常に動揺している。

見た目がエイリアンっぽいとか、なぜ先端だけに的確に髪の毛が生えているのかとか、やたら長い眉毛と髭とか突っ込みたい心をポーカーフェイスの下に抑え込む。

「この空条承太郎に精神的動揺による会話ミスは決してない!と思っていただこう」と、懐かしい声が聞こえた気がした。

「な! すっげーだろこの頭! はじめて見た時は『魔法使いの親玉だから悪魔なんじゃねーか?』とか思ったもんだぜべッ!?」

「……失礼しました」

ボインゴがトト神を手に持って、ホル・ホースの頭を強打した。ホル・ホースが床で悶絶しているのを見る限り、角が入ったとみられる。合掌。

「ゴホン。 さて、早速じゃがこの麻帆良でやっていただきたいことを纏めた書類をお渡しする。それを見ながら話を聞いてくれい」

ポンッ、と学園長の手元に書類束が現れるが、キャッチし損ねそうになっていた。さておき、魔法の便利さが分かるような光景だ。

『空条承太郎氏用機密書類』と銘打たれた書類を一枚ずつめくっていく。

まず書かれていたのは麻帆良のマップに戦略的要素が組み込まれたものだった。

複数の防衛ラインとダミーを含めた重要拠点、敵予想突入ルートと迎撃チームの最適な進撃ルートなど、予想できる限り最善手を打てる戦略書だ。

「知っての通り、この麻帆良は裏表問わず様々な思惑を持つ者に狙われておる。
身代金目的の武装した一般人、莫大な魔力を狙う魔法使い、昔からの禍根を晴らそうとする呪術師、雇われのスタンド使いなどなどじゃ」

事前に聞いていた通り、狙われることがかなり多いようだ。資料の中にも、侵入者が来る曜日や時間の統計データが記されている。

「だが、学園には結界というものがあるはずです。名前からして進入を防ぐ効果も備えていると思っていたのですが……」

「その通りなんじゃが、ちと厄介でのう。
学園を守る結界は全方位を完全に守るようにしたいのじゃが、高位の術者が集まってしまったりすると強行突破される可能性があるんじゃよ。
もし強行突破されてしまったら麻帆良全域の結界が一時的に消えてしまい、目も当てられないことになってしまう。
そこで、一定の場所に意図的に弱い部分を作り、進入ルートを限定することによって防衛と迎撃を行っておる」

「なるほど、だからこその進入ルート予想がここまで精密に……。失礼いたしました、続きをお願いします」

「ホッホッホ、中々優秀な方じゃの。こっちもやりやすくて助かるわい」








パラパラと書類をめくり、学園長の説明を受け、不明瞭な点があれば質問していく、といったことをしばらく続けていた。

「……ふぅ、呑み込みが早くて助かったわい。予定していたよりだいぶ早いが、さて、次が最後にして最大の要件じゃ」

言葉を受けて書類をめくると、その眼に映ったのは――

「……子供、ですか?」

――ヨーロッパ系の人種であろう少年の顔写真とプロフィールが載っていた。男性、10歳、ウェールズ出身といった基本的なことから順に見ていく。

「その少年の名は『ネギ・スプリングフィールド』。
メルディアナ魔法学校の終了課程は7年間何じゃが、それを5年で、しかも首席で卒業したいわゆる天才じゃ。
そして、スプリングフィールドの名は魔法について予習をしてきたのならば、おそらく知っておろう」

「はい、確かに。魔法世界において起きた『大戦』において英雄と呼ばれるほどの活躍をした魔法使い『ナギ・スプリングフィールド』ですね。
その使用する呪文の豊富さから『千の呪文の男サウザンド・マスター』という異名を持つとか……。
……関係者という訳ですか?」

「ホッホ、関係者どころじゃないわい、『実の息子』じゃよ。
サウザンド・マスターの魔法使いに対する影響力が強いためか、ごく一部の関係者にしか存在を知られていなかったんじゃ」

なるほど、英雄の息子であれば都合のいい偶像プロパガンダに使用してしまおうと考える輩や、英雄を恨む者に狙われる可能性があるという訳である。

子供のころから汚い部分を見せたくない、そのための秘匿処理であると考えられる。

「だが彼が麻帆良とどのような関係が? 資料を見る限り接点が無いようですが」

「あー、それなんじゃがのう……」

急に歯切れが悪くなる学園長に、つい最近同じようなことがあったな、とか考える承太郎。

頭の中ではこれまでの人生で鍛えられてきた危機管理能力が警鐘を鳴らし続けている。ジョースター家に伝わる戦いの発想法をしたい気分でいっぱいだ。

「まぁぶっちゃけて言えば、君が補佐をする新任の先生がこの子、ネギ君なんじゃよ」

ド―――――z______ン

「……は?」

「いや、ネギ君が新任の教師で、承太郎君が副担任になるんじゃよ」

聞き間違いじゃ無く、本当に10歳の新任教師に36歳の副担任が付くことになるようだ。

後ろではホル・ホースがニヤニヤしており、ボインゴは非常に申し訳なさそうな表情をしていた。学園長の突飛な発言は、麻帆良において普通なのだろうか。

「そもそも労働基準法などは……いや説明は結構です」

きちんとした教員免許を持っていない承太郎が言っても全く説得力が無いし、麻帆良には認識阻害があるからこれくらいは大丈夫なんだろう、そう思いたい。

これから先やっていけるかどうか、いきなり不安になる承太郎であった。








「さて承太郎君、最後に何かあるかのう。スリーサイズ以外の質問なら何だって答えるぞい?」

結構な時間話し合いを続けていたこともあって、空はすでに真っ暗だ。

学園長としての仕事もあるだろうし、ここらが切り上げ時なのだろう。

「……ああ、それでは一つだけ。 

























『本物の学園長は今どこにいらっしゃいますか』だ、偽物野郎」

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

「……ほう、どうしてそう思うんじゃ?」

学園長室の空気がガラッと変わる。和やかだった雰囲気が、一瞬にして戦場へと変貌した。

「理由は3つ。
まず1つに『握手を求めた時に一緒に出したスタンドの手が見えていた』こと。一瞬だが躊躇したな?」

そう、承太郎は初めに握手をしようとしたときに『スタープラチナの手を同時に出していた』!

スタンド使いかどうかを簡単に判別するために、承太郎はいつ頃からか、この方法で相手を確かめていた。

「フォフォ、わしがスタンドを見ることのできる魔眼を持っていたとしたらその前提は崩れるがのう」

「確かにな。ならば2つ目に『魔法で出した書類を取り落としそうになった』こと。
関東魔法協会とかいう組織の理事にいるような魔法使いなんて、優秀どころじゃないだろう。自分の魔法でミスをするなどそうそう考えられん」

関東地域のトップに君臨する魔法使いが、ぱっと見簡単そうな魔法で小さなミスをすることに承太郎は違和感を感じたのである。

「いやー、この歳になると目が悪くなってのう。遠近感がつかみづらいんじゃ」

「視力に関しては、後々なら確認のしようがあるさ。医療記録でも探ればいい。この場での決定的な証拠にはならんだろうがな」

「ならば3つ目の理由にさぞかし自信があるのかの? 見ものじゃわい」

目の前の学園長は全く動揺を見せるそぶりが無いし、かかって来いといった雰囲気さえ出している。

対する承太郎も、ここまで予測の範囲内での反論だったのだろう、確信を持ってお前は偽物だと言っているかの表情だ。

「絶対の自信を持つ3つ目の理由なんだが……恥ずかしい限りだが『長年の勘』……としか言いようがない。
最初から感じていたんだが、あんたの体から何か『違和感が拭えない』。これが俺の用意できる最大の理由だ」

3つ目の理由を受けて学園長は目を見開いた。まさか一番の理由が勘だとは思ってもいなかったのか、反論が口から出ない。

その驚愕の表情はやがて観念したかのような表情になり、そして顔が別のものに変わった。

――その表現には少し誤りがあるだろう。なにせ、文字通り『別の者の顔に変化した』のである。

実際には本来の顔を出しただけなのだが、この際それはどうでもいい。『学園長が本当に偽物だった』ということが重要なのだ。








「ギャハハハハハッ、まさか勘なんかでばれていたなんてな! 学園長、入ってきていいですぜー!」

その声を受けて、近くの部屋で覗き見でもしていたのだろう、本物の学園長が入ってきた。

本物も後頭部がアレな感じであることに、承太郎が少し驚く。まさか過剰な演出で無かったのか、と。

「フォフォ、残念じゃったの『オインゴ』君。
さて、あらためてわしが学園長の近衛 近右衛門じゃ。悪かったの、こんな小芝居を打たせてもらって」

「やれやれだぜ。その様子じゃ、そこのオインゴってやつの芝居は完璧に再現していたみたいだな。
うちの爺さんの若いころを思い出すぜ」

呆れた顔をしながら握手を交わす。

同じようにスタンドを出したが反応は無いようだ。ただ単に見えていないふりをしているのかもしれないが、そうだとしたらとんだ狸ジジイである。

「ジョセフ・ジョースターのことかの? いやはや懐かしい。
麻帆良学園都市の拡大の際、『不動産王』に一枚噛んでいただいたんじゃよ。元気にしとるか?」

「白内障を患ったり呆けが進行しているが、いたって健康だよ。
……世間話ならまた今度にして頂けないか。多少、疲れてしまったので」

いい加減茶番につきあうのが疲れてきた承太郎は、さっさと帰って休みたかった。

「おお、済まんかったの。
それでは一つだけ頼みごとをするので、それをしてくれるのなら明日は完全オフにしていいぞい」

「……承ります。内容は?」

ニヤッ、と好々爺の表情が緩む。ろくでもないことを頼まれるだろう。

「なに、簡単じゃ。明後日の月曜日に来るはずのネギ先生を、麻帆良学園中央駅に迎えに行って欲しい。
わしの孫とその友達を一緒に迎えに行かせるので、この写真の二人と朝に合流すると良いの」

学園長から渡された写真には活発そうなツインテールの女子と、長い黒髪を持つおしとやかそうな女子が写っていた。

「了解しました。それでは失礼いたします」

承太郎は写真を上着にしまいこみ、ホル・ホース、オインゴ・ボインゴ兄弟とともに学園長室を後にした。








「さてさて、一筋縄じゃいかなそうな相手じゃの。楽しくなってきたわい」

静かになった学園長室の中で、承太郎の資料とネギの資料を見ながら近右衛門は悪役顔で呟いた。








空条承太郎――ザ・ニュー任務!

ホル・ホース――頭に強烈な一撃を受けてたんこぶをゲット。再起可能。

ボインゴ――兄の変装がばれたことにショックを受けるが、相手は承太郎だししょうがないと思う。

オインゴ――スタンド名『創造の神クヌム神
        4日間もかけて行ったリハーサルの成果である変装がばれたことにショックを受けるが、何故か上機嫌であった。

近衛近右衛門――変装していたオインゴに、机の中に隠していた秘蔵の酒を飲まれていた事に気付く。
            後日オインゴの給料を酒代分、天引き処理した。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/


後書き:
クロスによって変質した独自設定多数な時系列の説明がメインの回でした。

キャラの設定データとかは、ある程度出揃ってから投稿しようと思っています。



[19077] 3時間目 魔法先生とスタンド先生!①
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/09/19 00:10
蝋燭の幽かな光と、満ちていると言うより充満していると言った方が良いお香の匂い。

ここはイギリス、ロンドンの西方おおよそ200kmに位置するウェールズのとある一室。

本来ならば日当たりも良い部屋であるはずだが、暗幕が掛けられているため、昼頃だというのに部屋には陽の光は全く入ってこない。

部屋の中央には奇妙な絵柄のテーブルシートが掛けられた机と、お互いが対面する形で椅子が2つ置いてあり、椅子はすでに埋まっていた。

どちらの椅子にも座っているのは小柄な影。

片方はサイドポニーの少女であり、細長いカード状のものを一心不乱にシャッフルしている。嫌な事でもあったのだろうか。

もう片方は燃えるような赤毛の少年であり、強すぎるお香の香りでくらくらしている。見た目相応に子供っぽいようだ。

「さぁネギッ! あんたの最終課題の行く末を占ってあげるから、覚悟しなさい!」

バシーン!と勢いよく山札を机に叩きつけ、ビシッと少年に指をさす。

「人を指さしちゃだめだよ、アーニャ。それによく分からないけど気合が入りすぎじゃない?」

「今回行うタロット占いは、私独自の展開法スプレッドでやるわ。その名も『アンナ十字法』よ!
ギリシャ十字法を基本として、占いたい事柄に関係するものを5枚の十字で占う方式に変更!
十字の位置による個別回答は無いけど、その代わり、中央に出たカードが最も力を持つ対象となって表れるわ。
5枚のタロットの結果には、その質問において関わるものの本質が表れるのよー!」

ネギと呼ばれた少年は至極真面目な反論をするが、アーニャという少女には、悲しいかな欠片も通じていない。

「さっさとカードをもう一度シャッフルして、十字に並べなさい。最初は『立ち向かわなければいけない困難』にでもしましょう」

反論は許さないという気迫に当てられ、渋々といった形で少年――ネギ・スプリングフィールド――はタロットに手を付ける。

再度の入念なシャッフルの後、ネギはカードを十字に並べていった。

並べられたタロットを少女――アンナ・ユーリエウナ・ココロウァ(通称アーニャ)――は開いていく。

「結果は……大体予想通り、かなり厳しいわね」

5枚のタロットはそれぞれ、正位置の『恋人』、逆位置の『力』、逆位置の『運命の輪』、逆位置の『死神』、正位置の『悪魔』であった。

中央には『運命の輪』が収まっている。

「うう、前途多難な感じがするよー。というか何でまた機嫌が悪くなってるのさー!」

「うるさいわね、何でも無いわよ!
(困難なことで悪魔とか死神が出ることは予想してたけど、何で正位置の恋人が困難な事に出てくるのよー!)」

気になる年下の男の子に遠く離れた地でフラグを立てられるのは、幼馴染として看過できないようだ。

「とにかく最初に言った通り、タロットに現れるのは関わるものの本質。
『立ち向かわなければいけない困難』を質問にしたから、人なのか出来事なのか分からないけど、本質さえ分かれば対処はできるでしょ。
それにしても、興味深い結果ね。まぁ、修行だから仕方ないか」

タロットの十字に表現されていたのは、『運命を中心にして回る困難』であった。

最終課題は、卒業者の運命によってその内容が決まる。当然と言えば当然な結果であるだろう。

「この中で特に気を付けるとしたら、運命じゃないわね。それはズバリこ……ゲフンゲフン、ず、ズバリ悪魔よ!」

何やら言いかけながらビシッと悪魔のタロットに指を指すがネギの反応が薄い。どうかしたのかと見てみると、自殺間際のように見えるくらい落ち込んでいた。

占いの結果があまりに悪そうで落ち込んでいるのかと思ったが、どうやら違うようである。

「悪魔、か。……また僕のせいで6年前みたいなことが起こらなければいいけど……」

ネギの呟きにアーニャはハッとする。『あの時の事件』から長い時間がたったが、心の傷が完全に癒されていたわけではないのだ。

『悪魔』というワードはネギとの会話では忌避すべきものだったのに、うっかり言ってしまった。

ただでさえ暗い雰囲気の部屋に、鉛でも流しこまれたかのような重さが付加されてしまっていた。








「……ああ、もう! いつまでうじうじしてんのよ、男の子でしょうが!!」

アーニャはうつむいてしまったネギの頭をわっしゃわっしゃとかき乱し、いつもの強気で強引に部屋の雰囲気を戻そうとする。

いきなり髪の毛を乱暴にされたネギは涙目だが、少なくとも先ほどまでの鬱屈とした気分は晴れたようだ。

「もー、アーニャってば乱暴なんだからー!」

「うるさい! ほらさっさとシャッフルしなおすわよ。次の質問は『困難に立ち向かう仲間』にしましょう。
質問の内容を人物に限定したから、向こうに行った時の目安にしやすいわね」

先ほどと同じようにシャッフルを互いにし、ネギがカードを置いていく。

結果は全て正位置であり、絵柄はそれぞれ『皇帝』、『女帝』、『恋人』、『隠者』、そして『星』であった。

中央に位置するのは『星』のタロットだ。

「……なんかもう至れり尽くせりって感じの布陣ね、これ。周りで導いてくれる人がたくさんいるみたい。
星を中心に動いているってことは、『霊的な直観力と身体』を持った仲介者が最も力を持っている? もしかして、これ……あら?」

「ど、どうしたのアーニャ。……ってこれは!?」

アーニャが星のタロットを持ち上げると、ひらりと何かが宙を舞った。

拾い上げてよく見ると、これまで表向きになっていた物とは違う絵柄のタロットカードのようだ。

どうやらネギがタロットを置くときに、間違って重なったまま置いてしまったようである。

「あわわ、どうしよう! ただでさえアーニャの占いは当たりやすいのに、変なミスしちゃったよー!」

ネギは青くなって大慌てだが、アーニャは頬に朱を混じらせながら何かについて深く考え込んでいる。

ちなみにアーニャが少し赤くなっているのは、ネギが自分の占いを評価してくれたからである。

「大丈夫よネギ、占いにはミスなんて起こり得ないの。全ては占いの結果に直結するから、ミスも『運命』の一つ。
それに、悪い結果でもないしね。ほら、このタロット見てみなさいよ」

「ふぇ? えーっと、たしか正位置の意味は完全と成就……だっけ?
特定の人物を指している中じゃ最高の評価ってことかな、これ」

「その通り! この2枚から察するに相当頼りがいのある人物を中心にして事態が回っていくみたいね。
『星』の暗示と組み合わせて考えるに、麻帆良学園にいる『立派な魔法使いマギステル・マギ』があんたの師匠にでもなるのかもしれないわ」

そう言いながらアーニャが見せたタロットには、正位置の『世界』が描かれていた。








これは、空条承太郎が学園長に会う3日前の事である。

そして引力は互いを捉える。








3時間目 魔法先生とスタンド先生!①








「ほぇ~、全世界の海を回ってたんですか~。うちもいろんなお魚さん見てみたいわ~」

「いやいや木乃香、船の移動って辛いらしいわよ。というか遊ぶためにダイビングとかするわけじゃないから!」

「ふむ、神楽坂は現実的な思考を持っているな。だが中学生なのだから、近衛くらい夢を持っていた方が良いぞ」

2007年2月5日月曜日朝7時45分、麻帆良学園中央駅から流れ出る人の津波の影響を受けない場所に、見た目に全く統一性の無い3人が居た。

ほんわかした雰囲気を持つ黒髪の少女、『近衛木乃香』。

活発そうなツインテールの少女、『神楽坂明日菜』。

白いコートと帽子を身に付けた背の高い男性、『空条承太郎』。

見ていてちぐはぐな印象を受けるが、この3人は共通の目的――今日やってくる新任教師を迎えに行く――があって一緒にいる。

元々迎えに行くのは木乃香と明日菜の2人だけの予定だったが、麻帆良に来たばかりの承太郎に登校の凄まじさを見せるため、学園長が同行させた形だ。

「でもさ、学園長の孫娘のアンタと新任の空条先生が、何で別の新任教師のお迎えまでしなきゃならなんないの……でしょうか」

明日菜は話し相手は友達以外にも新任ではあるが先生がいたのを忘れかけて、ため口で話してしまいそうになってしまった。

ああもう初対面なのにやっちゃったー!と言わんばかりのオーバーリアクションで頭を抱える。

「授業中以外なら、多少砕けた口調でも構わんぞ。
少し前にかかわっていた奴なんて敬語なのかヤンキー語なのかよく分からん口調で話しかけてきていたからな」

一方承太郎は年下の叔父東方仗助のせいでそういった砕けた口調に慣れていたため、特に気分を害した様子は無かった。

「そう言っていただけると助かります。良かったー、見た目より怖い人じゃなくて」

「アスナー、そういうことを思ってても本人の前で言ったらあかんえー」

承太郎は頭の中でひっそりと、木乃香は天然が入っている大和撫子で、明日菜は女版仗助という評価を付けた。

哀れ、明日菜。

「そういえば、新任の先生ってどんな人なんですか? 私たち顔も知らされてなくて」

ここまで来て今さらな質問が明日菜から出てきた。新任教師本人と行き違っていたらどうするつもりだったのだろうか、学園長は。

「そうやねー。お爺ちゃんは何か企んどる時、なんも言うてくれへんからなー」

孫娘である木乃香は学園長の行動に慣れている様子で、達観しているような雰囲気だ。

「そうだな、とりあえずヒントだけ教えておこう。『ここに来ていたらおかしい人物』が新任教師だ」

「……なんですかそれ。そんなに変わった人が私たちの学校に来るんですか?」

「変わっているというか……そうだな。恐らく今までの常識は覆されるかもしれないな」

承太郎の不安を掻き立てるような言動のから、明日菜は承太郎への印象を大きく変えた。

知的で優しそうなお兄さんという印象から、真面目そうに見えているが十分に変な人、と。








「それにしても、ただ待ってるだけなのは暇やな。どうです先生、簡単な占いでもしましょうか?」

待ち始めてからしばらく経つが、駅の方からは特に変わった人物が訪れる気配は無い。

そこで木乃香は普段占い研究部で鍛え上げている(?)占いの腕前を披露したいと考え、それを承太郎に提案した。

「……占い、か。少し懐かしいな」

「? どうしたん、先生。なんかものすごーい遠くを見るような瞳でしたけど」

「いや、何でも無い。昔の知り合いがタロット占いの専門家でな。
旅をしている途中に何度か占ってもらったことがあって、それを思い出していたところだ」

承太郎の胸に去来するのは過ぎし日の思い出。始まりを暗示する魔術師のスタンドを持つ、かけがえのない仲間の姿だった。

「……占いも随分と久しぶりだ。一つ、お願いしよう」

「よっしゃ、頑張るでー! 占い道具を持ってきてへんから、簡単にできる人相占いにしますわー。
ちょっと顔をじろじろ見ることになるけど、勘忍して下さいねー」

そういうと木乃香は、承太郎の顔をまじまじと見つめ始める。

右目と左目の間隔、鼻の高さ、皺の深さと数、眉毛の長さなど、顔中のパーツを確かめていく。

「人の顔の相は、運の力を左右させるんですー。
だから、顔を見ればどんな幸運が来るのか、どんな不幸が押し寄せるのかが分かるんよー」

杜王町のどこかで聞いたことのあるような話だな、とか承太郎は考えながら、木乃香に顔を見られ続ける。

1分ほど見つめ続けられ、急に木乃香が何かを考え始める。どうやら結果が出たようで、どう表現すれば良いかを自分で添削しているようだ。

よし、といった形でポンと手を叩き、口を開く。

「うーんと、承太郎先生の運勢は、山あり谷ありのジェットコースターな運勢です!
滑落と急上昇が行き着く暇もないくらい繰り返される人生になること間違いなーし!」

その口から放たれた言霊に、承太郎は苦笑を浮かべることしかできなかった。

木乃香はあれー?といった形で首をかしげており、明日菜は親友の歯に衣着せぬ物言いにあわあわとしている。

「ふふ、大丈夫だ2人とも。あまりにも占いの結果が今までの人生に対して的中し過ぎていたものでな。
そうだな……近衛は占い師の才能があるのかもしれないな」

ポンポンと木乃香の頭を軽くなでてやり、怒っていないことを態度で表わす承太郎。

なでられた木乃香は嫌がる素振りを見せず、えへへーと満面の笑みを浮かべていた。

父親と離れて暮らしているため、こういった父性を感じる行為に飢えていたのかもしれない。

明日菜も若干羨ましいとでも思ったのだろうか、横目でチラチラと承太郎を見ているが承太郎本人は気付いていない。

こういう僅かな好意の機微に気がつかないから、自分の家庭が崩壊寸前まで行ってしまったのだろうか。








「そや。ついでって言ったら言い方は悪いかもしれんけど、明日菜もどうやー?」

満足げな顔をした木乃香は、照れくささを隠すかのように明日菜へと話題を振る。

流石に親友の前で、家族以外の人に頭をなでられて気持ち良さそうにしている姿を見られていたのは気恥ずかしかったようだ。

「んー、そうね。このまま待っていてもただ暇なだけだし、お願いしちゃおうかな」

堪え性が無い彼女は、ただ突っ立って待っているだけというのが性に合わなかったらしい。

「なら私が駅の方を見ていよう。時間から考えるにそろそろ到着するはずだからな」

時間はもう8時10分ほどになっている。余裕を持って教室に行くのなら、そろそろ厳しい時間になりそうだ。

「それじゃ始めるでアスナー」

そう言って明日菜の顔に近付き、人相占いのための観察を開始する。

しかし、承太郎の時と同じく顔全体のパーツを順々に見ていくが、先ほどと違って木乃香の様子が少しおかしい。

結果に納得がいかないのだろうか、何度も顔のパーツに向ける視線を行ったり来たりさせ、考えてはまた観察に戻るということを繰り返している。

明日菜はそんな親友の姿を見て、そこはかとない不安が押し寄せてくる。

そんな状態が数分間続いたせいか、2人は周りに対しての視野が狭くなっていた。

だから承太郎が何かを発見しており、その対象がこちらに向かってきていても気付かなかったのは仕方のないことだったと言えよう。

「……うん、正直に言うわアスナ。実はアスナの恋愛運が――」

「あのー……あなた失恋の相が出てますよ?」

「――救いようが無いくらい最悪やったんやー! って、アレ?」

木乃香は意を決して占いの結果を口にするが、一番重要な部分は横から入ってきた幼い声によって先に言われてしまっていた。

横を見てみると、承太郎に軽くたしなめられている外国人の少年――小学校3~4年生くらいだろうか――がいた。

少年の背中には巨大なリュックがあり、細長い棒のようなものが飛び出しているのが見える。

「ありゃ、あの子に先言われてしもうた。しかしぱっと見ただけで分かるなんて、あの子も占いに凝ってるんかな。
アスナー、あの子の言った通り恋愛運は……ヒィッ!?」

明日菜の方に振り返ると、そこには絶望的な顔をしている『明日菜のようなもの』がいた。

そう、『ようなもの』としか形容できない異形の物体がそこには存在していたのである。

ちなみにここでの絶望的な顔とは、自分の恋愛運の無さに絶望している顔と、失恋なんて不吉な事を言ってくれた子供に絶望を与えるための顔が綯い交ぜになったものである。

少なくとも女子中学生がしていい顔ではないので、彼女の名誉のために『明日菜のようなもの』と木乃香は認識していた。

「し……しつ……って。まだ始まってすらいないのに、か……簡単すぎる……あっけなさすぎる……」

「見えないッ、アスナなのかよく分からないッ!!  見ていない! うちは見てない。 なあーんにも見てないッ!」

木乃香は脳内から眼前にあるものの記憶を消すことに必死で、『それ』を止めることはできなさそうだ。

少年はまだ知らなかったようだが、恋する乙女に失恋という単語を使ったことは死を意味する。

神楽坂明日菜、第一の爆発まであと数十秒。








「しかし初対面でいきなり『あなた失恋します』はいささかやりすぎではないのか、ネギ・スプリングフィールド君」

「い、いえ、何か占いの話が出てた様だったので。……って僕の名前を知っているってことは、学園長さんからのお迎えさんですか?」

「ああ、君の補佐を担当することになった空条承太郎だ。
ボソッ。(ちなみに魔法使いではないが特殊な力を持っている。後で説明しよう)」

「あ、わ、分かりました! よろしくお願いします、空条先生!」

一方、承太郎と少年は明日菜の様子に全く気付かずに会話をしていた。

いや、もしかすると気付いているのかもしれないが、お互いに触れてはいけない空気というものを知り尽くしているのかもしれない。

主にサザエさんヘアーや幼馴染といったことで。

だが気付かないふりをしても爆発は待ってくれるということはなく、確実に爆発物は2人のいる方向へ近づいてきている。

「あの、空条先生? なんか僕、先ほどから寒気が止まらないんですが」

「……2月だからな、日本は温暖な気候と言ってもそれなりに冬は寒い。それに自業自得というやつだ、大人しく怒られておけ」

少年の背後からコッチヲ見ロォ~、と地の底から響くような声が聞こえてくる。

振り向いた時点で命は無い!

本能でそう察知した少年は振り向かずに走り去ろうとしたが『1手』遅れてしまったらしく、抵抗むなしく明日菜のアイアンクローに捕獲されてしまった。

小学生くらいの男の子とはいえ、少年の胴体と同じくらいある荷物を持っているのに、女子中学生の細腕一本で持ち上げる様は圧巻である。

「し、失恋ってどどど、どういうことよ! テキトー言うと承知しないわよ! 取・り・消・し・なさいよー!!」

「あうう、日本の人は男の人も女の人も親切で優しいって聞いたのにーっ!」

周りの登校中の生徒は一斉に目を逸らす。誰だって目に見えている地雷原に突撃したいとは思わない。

大多数の日本人が親切で優しいのは確かだろうが、こんな状況だったらいくら悟りを開いていても助けてはくれないだろう。

「もしかして傍観ですかーッ!?」

「YES! YES! YES! 『OH MY GOD』」

後日彼は「世の中の厳しさを思い知りました」と語ったという。








しばらくアイアンクロー状態で問答が続いていたが、きりのいい所で承太郎が割って入り、止めた。

「神楽坂、それくらいにしておけ。『ネギ先生』が赴任初日で病院送りになるのは少々忍びないからな」

「え゛っ!?」

承太郎の口から出た聞き逃せない一言に、明日菜は動きを止めた。

あまりのショックからか片手に込められていた万力のような力が抜けきり、『ネギ先生』と呼ばれた少年は地面にポテンと尻もちをつく。

やっとアイアンクローから解放されて、涙目になりながら頭を押さえている様子は庇護欲をそそられること間違いないが、それを感じられる者は悲しいかな誰もいなかった。

「え……せ、先生? 朝から空条先生が言ってたのってもしかして?」

やっと記憶の消去に成功して立ち直った木乃香が、驚いて質問をする。

「あ、ハイ、そうです」

コホンと声の調子を整えて少年は自らを名乗り上げた。

「この度、この学校で英語の教師をやることになりました、『ネギ・スプリングフィールド』です……」

「「え、えー!!」」

明日菜と木乃香は驚いて声を上げる。

あまりの声の大きさに登校途中の生徒がこちらを振り返ってしまい、他の生徒同士で衝突事故を起こしてしまっていたが、2人にはそれすら目に入っていない。

「ちょ、ちょっと待ってよ、先生ってどーいうこと!? あんたみたいなガキンチョがー!!」

「まーまー、アスナー」

あまりの衝撃にネギの首根っこをつかんでぶんぶん振り回すが、そんなことをしてしまったら喋ることもままならない。

というか息ができない。

木乃香は止めようとするそぶりはあるが、やはり先ほどの衝撃のためか止める力が弱々しい。

そのため、見る見るうちにネギの顔がセルリアン・ブルーになりつつあった。

「ちなみに2-Aの担任が高畑先生からネギ先生に変わるぞ。もしかして知らされてなかったのか?」

「知らないわよそんなのー! そもそもあたしはガキが嫌いなのよ!
こんな無神経でチビでマメでミジンコで……」

承太郎の言葉が多少は効いたのか、ネギは呼吸を取り戻すことに成功するが、まだまだ振り回され続けている。

力の掛け方が凄まじいため、旋風が起き始めているほどだ。

だからこそ、この後の悲劇が起きてしまった。








切欠は簡単、明日菜の髪の毛がネギの鼻の近くを撫でた、たったそれだけである。

それによって引き起こされたのはネギのかわいらしいくしゃみ。

「ん……ハ……ハ……はくちんっ!」

瞬間、『神楽坂明日菜の制服がはじけ飛んだ』ッ!

もう一度確認するが、ここは登校生徒が非常に多い麻帆良学園中央駅周辺であり、当然のことながら人通りが多い。

しかも先ほどの大声によって注目している人も多かった。

結果――

「キャーッ、何よコレーッ!?」

――周囲に大々的に下着くまパン姿が晒されることになってしまっのである。

至近距離で悲鳴を聞いたネギは先ほどまでのダメージの影響もあり、ふらりと倒れてしまった。

明日菜はしゃがみこんで必死に体を隠しており、木乃香はあわてすぎていて軽いパニック状態である。

ただ一人落ち着いていた承太郎は、物言わずに着ていたコートを明日菜に羽織らせて、新たな生活の良く末に頭を痛めていた。








空条承太郎――新任が早速問題を起こして頭を痛める。

ネギ・スプリングフィールド――『魔法使い見習い』
                   自業自得であるとはいえ、神楽坂明日菜への苦手意識をゲットする。

神楽坂明日菜――承太郎への評価を上方修正、ネギの評価はストップ安に。
            この後しばらく流れ続けた『駅前のくまパン女』という噂に頭を抱えることになる。

近衛木乃香――嫌な記憶を消去し、親友との友情にはヒビ一つなく過ごせる状態になる。
          思ったよりも強かなのかもしれない。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/




[19077] 4時間目 魔法先生とスタンド先生!②
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/09/19 00:10
ここは麻帆良学園学園長室。2日ほど前に承太郎が依頼内容の確認を行った部屋である。

現在この部屋には学園長と、先ほどまで駅前にいた4人が揃っている。

ただ、明日菜だけは先程までとは様子が違う、というより服装が違っていた。

「学園長先生!! 一体どーゆーことなんですか!?」

「まあまあアスナちゃんや、そう怒らないことじゃ。ところでどちらに対しておこっとるんじゃ?
突然の強風で制服が吹き飛んでしまったことかの? それとも担任がネギ先生に変わることかの?」

「両・方・です!!」

そう、先程の強風により制服を吹っ飛ばされた明日菜は現在、女子中等部指定ジャージに身を包んでいた。

このジャージは機転を利かせた承太郎が、近くの購買で買ってきた代物である。

巨大通学路である故に、道の途中にそういった店があるのは必然であったと言えよう。

緊急を要するため全額承太郎が立て替えており、明日菜は「後で必ず返しますから!」と言ってきたが支払いは断っていた。

ちなみに承太郎は代わりに、原因になったネギにジャージ代を後ほど請求するのだが、今この場では関係無いだろう。








「……なるほど、修行のために日本で学校の先生を……。そりゃまた大変な課題をもろうたのー、ネギ先生」

「は、はい。よろしくお願いします、学園長先生」

至って普通の会話をしているように聞こえるが、ある1点に違和感が生じていた。

「ん? しゅぎょー?」

そう、明日菜が反応したように、新任教師がやってきた理由に『修行』なんて言葉は普通は相応しくない。

だが彼――ネギ・スプリングフィールド――は色々と普通ではない。

なぜなら彼は若干10歳にしてメルディアナ魔法学校首席卒業を成し遂げた、正真正銘の天才少年であるからだ。

今回ネギが日本の麻帆良学園都市に来た理由は、メルディアナ魔法学校の卒業後の修業先に選ばれていたからである。

代々魔法学校卒業者にはその者に相応しい修行内容が卒業証書に浮かびあがり、その修業をこなせなければ立派な魔法使いマギステル・マギとして認められない。

ちなみにネギの修行内容は『日本で先生をやること』という、10歳の男の子にやらせる内容では到底無い物が浮かんでしまった。

この結果に姉は卒倒し、幼馴染は自らの修業先を強引に改ざんしようとしたなど、どちらかと言えば周りの方がしっちゃかめっちゃかであった。

ともかく、魔法使いの修行で教師をするとなると周囲が魔法についての理解が必要なため、必然的に場所は絞られてくる。

絞られるというか、日本で魔法使いが関わる学校と言ったら麻帆良ぐらいしかないために正直決め打ちである。

「しかし、まずは教育実習ということになるのう。基本的な教職課程は既に終わらせておるんだったかの?」

「はい、それについては問題無く課程を修了しています。
ついでに日本語も余った時間で日常会話として使用できるようにしたので、難しい慣用表現さえ気を付ければ大丈夫です」

さらりと言ってのけるネギだが、内心で承太郎は驚いていた。

多くのイギリスの学校では基本的に7月に卒業式が執り行われる。おそらく魔法学校でもそれは同じであるはずだ。

卒業後の修行内容と修行先が決まったのはその直後だとしても、準備期間があまりにも短すぎる。

つまり、去年の7月から今年の2月までの7ヶ月の間に、通常の教師志望が行うのと同じ教職課程を終わらせ、挙句日本語までほぼマスターしたというのだ。

普通の人間ならば、そんな狂気じみた勉強量を続けることはできないだろう。

もしやり遂げたのならば、間違いなくその人物は天才である。

……まぁそこまで詳しく分からない明日菜とか木乃香は、普通の子供より頭が良い程度にしか考えていなかったりするが。

「噂通り優秀な子じゃの。(聞けば聞くほどあやつの息子だとは到底思えんわい)
しかし修業とはいえ、さすがに10歳の少年1人に中等部の担任をさせるわけにはいかなくてのう。
真面目な君にとっては不本意かも知れんが、副担任を付けることになったんじゃよ」

「んー、じいちゃん。もしかして副担任の先生が空条先生なん?」

木乃香からの質問で、ここでやっと、一歩下がった位置で沈黙を続けてきた承太郎に部屋の皆の視線が行く。

「その通りだ、近衛嬢。学園長の親友がうちの祖父でな。
補佐に回せるだけの教師の数が麻帆良にいないからと、そのつながりで教員資格を持っていたわたしが呼ばれたわけだ」

特に不審な点は見当たらない説明に、明日菜と木乃香は納得したようだ。

だが学園長はこの言葉を聞いて、よくもまぁすらすらと即興の嘘がつけるもんだと呆れていた。

だからこそ、英雄の息子を任せられるだけの信頼を置くことができるのだろうが。

「フォフォ、あ奴の孫ということもあるが、人生経験が豊富な空条先生に補佐を任せておけば周りの教師たちも安心じゃろうて。
とりあえず、ネギ先生は教育実習期間として雇用させてもらうことになるかのう。期間としては今日から3月の終業式までじゃ」

「ち、ちょっと待って下さいってば! 大体、子供が先生なんておかしいじゃないですか!? 
しかもうちの担任なんて……。百歩譲って空条先生が担任なら納得できましたが、こんなのじゃ納得できません!」

明日菜が必死に食い下がるが、既に決定事項であるため止める術などどこにもない。

ただただ学園長はフォフォフォフォ笑うだけで受け流し続けており、相当の狸っぷりであることが窺える。

「そうそう、もう一つ言い忘れていたんじゃが――」

「もう、まだあるんですか学園長先生!!」

「――このか、アスナちゃん。しばらくはネギ君をお前さんたちの部屋に泊めてもらえんかの?
ちょっと別件で立て込んでいて後回しにしたせいで、まだ住むとこ決まっとらんのじゃよ」

学園長のその一言で、明日菜とネギの時間が止まった。

明日菜は言葉の意味を反芻しており、ネギは先程植えつけられたトラウマを再生し始めてしまっていた。

そんな2人であったが、先に再起動したのは明日菜だった。

「そんな、何から何まで学園長ーッ! 理由はともかくワケを言えーーッ!!」

明日菜第二の爆発は、相手にに突撃を仕掛けるッ!

しかし、学園長の机に身を乗り出して叫ぶが、学園長は相変わらずフォフォフォと笑うのみだ。

「いや、元々は3人部屋を一人で使っている長谷川君の部屋に住まわせようかと思ったんじゃが、そちらに編入生を入れることになってのう。
いきなり2人も慣れない相手を入れるのは酷じゃろうて、それならアスナちゃんとこのかに任せた方が良いと思った次第じゃ。
それに毎日の食事に関してがどうしてもネックで、自炊もできて空間に余裕があるというのも選んだワケじゃぞ?」

それに加えて至極真面目な理由で反論されては、明日菜も返す言葉が出ない。

「もうえーやん、アスナー。かわえーよこの子」

「ガキは嫌いなんだってば!」

木乃香は既にネギを気にいっているため、味方にはなってくれそうにない。

それならばと承太郎にちらりと目線を向けるが、一切目を合わせようとしないあたり既に諦めているのだろう。

結局、明日菜の主張は最後まで意見として通ることは無かったのであった。

「納得いかなーい!」








4時間目 魔法先生とスタンド先生!②








「さて、わしらはこれから教員としての話がある。
HRには多少遅れてから行くことになるから、木乃香とアスナちゃんは先に教室に行って説明しておいてくれんかのう」

学園長がそう切り出したのはちょうど8時30分になった頃であった。

これは人払いであると同時に、HRが定時で始まらないことを良いことに、2-Aのはしゃぎ好きメンバーが色々とやってるかもしれないことを危惧しての提案である。

そこら辺を明日菜も木乃香も分かっているのか、きちんと従って学園長室を出ようとする。

「りょーかーい。アスナー、行くでー」

木乃香はさっさと部屋から出て行ったが、明日菜が中々出ようとしない。

だが、学園長が「どうしたんじゃ?」と声をかけようとする前に、やっとトラウマから復帰したネギに向かってビシィッと指を指して高々と宣言をする。

「……あんたなんかと一緒に暮らすなんてお断りよ! 担任としても認めないから!」

そうして捨て台詞を言い終わった瞬間、猛ダッシュで学園長室から飛び出していった。

「……やれやれ、中々難儀な生徒に目を付けられてしまったな、ネギ先生」

「あうう、僕これから大丈夫なんでしょうか……」

承太郎はまた涙目になりそうなネギを、よしよしとあやすようにする。

「元気なのが取り柄な子じゃからの。じゃが悪い子ではないから時間をかけてでもいい、分かりあってくれると助かるわい」

学園長の言葉尻から察するに、孫娘の木乃香同様に可愛がっているようだ。

「は、はい! アスナさんとも打ち解けて、立派な担任になれるよう頑張ります!」

「フォフォ、立派な担任もよいが、本来の目的である『立派な魔法使いになるための修行』を怠ってはならんぞ」

学園長の言葉から周りに一般人が居なくなったことを察し、ネギはより一層真面目な顔つきになる。

「この修行がだめだったら故郷へ帰らねばならん。状況によってはオコジョになって送還する事態もありうる。
失敗すれば二度とチャンスは無いが、その覚悟があるんじゃな?」

もうここには先程までの好々爺は無く、関東魔法協会のトップに君臨する大魔法使いがそこにはあった。

放つ威圧感は、寝ている子供ですら泣き叫び始めてしまうのではないかと言うほど凄まじい。

だがしかし、ネギはその威圧感を真っ向から受けてもその眼に宿る意思を揺らがせることは無かった。

「『魔法の修行をする』、『年上の人たちの担任をする』、どちらも僕にはムズかしい事なのかもしれません。
ですが僕は、幼いころの『あの雪の日』からとうに『覚悟はできてる』! 麻帆良での修行、よろしくお願いします!!」

ネギを良く見ると、本当は体は小刻みに震えている。だが恐怖を知りながらも勇気を衰えさせたりはしていない。

承太郎は威圧感に負けず自分を押し通すその姿に、透き通った『黄金の精神』の原石を見た。

「やれやれだ。どうしてわたしにネギ君の補佐を任されたのか分かった気がするよ。
改めて学園長、今回の依頼である『魔法使い見習い、ネギ・スプリングフィールドの補佐』を受けさせて頂く」

ならば承太郎がすべきは、この少年を正しく『成長』させることだ。とりあえず目標は康一君のような強い心を持った少年である。








「フォフォフォ、それでは2人ともよろしく頼むぞい。それでは最後にネギ君、何か質問はあるかね」

満足のいく返事が得られた学園長は、これ以上自分からは特に言うことは無いようだ。

「んーと……それじゃあ、承太郎先生についての説明をお願いしたいのですが。
魔法使いでは無い特殊な能力とは、いったい何なのでしょうか?」

駅前で承太郎から小声で伝えられた言葉、『魔法使いとは違う力』がネギには気になっていたようだ。

「その能力については、恐らくネギ君も名前を知っているだけで内容は詳しく知らんはずじゃな。
魔法学校の方でも本格的に学んだ方がいいといっとるのに、まだ始めとらんから対策が……おっと、爺の愚痴は聞き流しておくれ。
では空条先生、少しでいいから『アレ』を出して見せてくれんかの?」

「わたしの能力は見せ物ではないのだが、まぁいいでしょう。ネギ君、感覚の目でよく見てみると良い」

そう言って承太郎は己の魂の本質の力、『星の白金(スタープラチナ』を発現させる。

だがスタンド使いでは無いネギと学園長には見えることは無い。

「わたしの能力とは『スタンド』と呼ばれるものだ。
スタンドとは本体の魂や精神力が生命エネルギーを使い、パワーある(ヴィジョンとして顕現したもの。
今現在わたしの後ろに出しているのだが、見えているか?」

既にスタンドの発動は完了しているとの言葉に、ネギは驚いている。

「言われてみると確かに、空条先生の後ろに漠然としてではありますが違和感があります。
でも余程集中しないとその違和感すら感じられないです。これならまだ暗闇の中にいる蝿を探す方が簡単ですよ」

何となく覚えのある例えだったが、とりあえずスルーして承太郎は説明を続ける。

「そう、スタンドの大きな特徴は『スタンド能力者以外にはスタンドが見えない』ということだ。
魔法使いの中には『魔眼』とかいう希少スキルによって見ることのできる者もいるらしいが、例外はそれくらいだ」

そうして承太郎はスタンドについての様々なルールをネギに教えていった。

一方ネギは乾いたスポンジのように、スタンドの内容を知識として吸収していく。

最終的には15分間ほどで、スタンドの基本ルールと性質の説明を終えたのであった。

「……個人が使役する精霊みたいなものでしょうか。個人の素質によって性能が変わったりするところがそっくりですので」

しばらくの説明から、自分なりの理解を生み出したようだ。このあたりの聡明さが天才たる所以なのかもしれない。

「確かに似たようなものじゃよ。だが、あくまでも似ているだけじゃ。
魔法と同じ感覚で相手取ると痛い目を見るから覚えておきなさい……いいか、絶対じゃぞ!」

学園長のやけに実感のこもった言葉に、承太郎は怪訝な顔になる。

「……何か以前にスタンドであったのか、学園長?」

「……空条先生のお祖父さんに90年代後半に会ってのう、ギャンブルを持ちかけられたんじゃ」

「その先は言わなくて結構です、把握しました。今度会ったときに注意しておきます」

ジョセフの能力と性格から考えるに、そのギャンブルを始めた先に何があったかは明白であった。

何も知らないため蚊帳の外だったネギは、ただならぬ2人の雰囲気に若干ではあるがスタンドに対して危機感を覚えたのであった。








「さてさて、こんなもんかの。いやー、長い間時間をとらせてすまんかった。
1時間目は予め自習にしてあるから生徒とのコミュニケーションにでも使用して、授業自体は2時間目から頼むぞい」

学園長は手元にクラス名簿をポンッと呼び出すが、取り落としそうになることは無かった。

クラス名簿には『ネギ先生用』と『空条先生用』の2つがあり、それを適切な方に渡していく。

「さて、これから『とある人物』をこの部屋で出迎えなければならん。すまんが、名簿の確認は教室に向かいながらにしてくれい」

言外に、件の人物が来る前に早く退席しろと言っているようだ。学園長の態度からすると、余程の大物が来るのだろうか。

「分かりました、それでは失礼いたします」

「あ、失礼しました! 待って下さい空条先生ー!」

承太郎は教室の位置を知っているが、ネギは来たばかりで全く知らないのである。

置いていかれないように駆け足で承太郎を追いかけていくネギの様子を元通りの好々爺な表情で見送った学園長は、机の中から一枚の資料を出す。

その資料は、これからこの部屋にやってくる予定の人物についての資料だった。

「……この采配がどう転ぶか、わしにも全く読めんのー。
ただでさえ不確定要素が多いあのクラスで、どんな『運命の風』を巻き起こしてくれるか……」

そうこう考えているうちに、部屋にノック音が響き渡る。

「しずな先生じゃな、入りなさい」

「失礼いたします、学園長。××××さんを連れて参りましたわ」

グラマラスな体系を持つ先生である源しずなともう一人の『客人』が学園長室に入ってくる。

その人物は学園長の頭に驚いているようで、どうも学園長とは初対面であるらしい。

「はじめまして、××××ちゃん。麻帆良学園にようこそ――」








学園長が謎の人物と会っている頃、承太郎とネギは受け持ちである2-A教室の直前にまで差し掛かっていた。

「しかし授業の方は大丈夫そうか、ネギ先生?」

「あ……う……ちょ、ちょっとキンチョーしてきました。
名簿を見る限り2-Aクラスには31人もの生徒さんが、しかも皆さん僕より年上なので少し怖いです」

故郷とはまるで勝手が違う国で、年上に囲まれて仕事をするというのは想像以上につらいことだろう。

ましてや10歳の男の子であるので、きちんとまとめられるのか不安なのだ。

「注意してどうにかなるとは思わんが、あまり気負うな。
修行だからと言って周りの人を全く頼りにしない、なんてことはしなくても良いのだからな。
辛い時は助けを呼んでくれてもかまわないし、こちらからできるだけフォローもする」

「は、はい! ……ありがとうございます空条先生、少しだけ気分が楽になりました」

「それなら、早速入るか。もう教室の前だしな」

確かに見ると、2人はすでに2-A教室の扉の前だった。

廊下側の窓から中を少しだけ覗くと、活発そうな生徒たちが思い思いの暇つぶしをしていた。

「まずは担任の先生が前に入るのが良いだろう。少し後に続いて、副担任のわたしが入る」

「そ、そうですね。そそそそそれではぼ、僕から入ります」

ネギは緊張からか数瞬程躊躇ったが、すぐにグッと握りこぶしを作り、意を決して教室の扉を開く。

「失礼しま……」

だが出迎えたのは生徒たちの言葉でも、生徒たちの姦しい空気でも無かった。

「……ふぇ?」

突然、ネギに向かって頭上からチョークの粉がたっぷりの黒板消しが降ってきた。

そう、ネギを真に出迎えたのは教壇まで仕掛けられている罠の数々だったのだ。

しかし、ここで焦ったのは罠にかかったネギではなく承太郎の方だった。

(降ってきた黒板消しを無意識のうちに魔法で阻んだだと!? このままでは不味い!)

なんとネギは黒板消しに対して半ば無意識のうちに魔法を発動させ、黒板消しの速度を緩めてしまったのだ。

スタープラチナの影響で視力が良い承太郎はそれを正確に捉えていた。

こんな罠を仕掛けているということは、教室中の視線がこちらに向いていることは間違いないだろう。

放置していたら、赴任していきなり魔法がばれる羽目になってしまう。

そして承太郎のとった行動は――

「やれやれ、やけに古典的な罠だな。近頃の女子中学生でもこの類は主流なのか?」

――全力で手を伸ばし、黒板消しをつかみ取ったのである!

冷や汗もののタイミングであるが、違和感がない程度にはフォロー出来ているだろう。

それでも幾分か遅れてキャッチをしたため、動体視力の良いものには一瞬止まった状態をキャッチしていたのが丸分かりだろうが、フォローしないよりは良かったに違いない。

「あ、ありがとうございまふっ!?」

状況を把握したネギは黒板消しをキャッチしてもらったお礼を言おうとするが、そのせいで足元がお留守になっていたのが災いした。

ピンと張られていたひもに足を引っ掛け、水の入ったバケツが頭に被さり、後方から吸盤つきの弓矢が発射され、それが当たった衝撃で前のめりに転んだ。

最終的には背中から教壇にダイブすることとなってしまった。ド○フでもここまで見事な嵌り方はしないだろう。

一連の見事な引っかかり方に、一部の生徒を除いて教室内の皆は大爆笑であった。








「えーっ、子供ー!? 担任の先生を罠にはめようと思ったらちっちゃい男の子が引っかかっちゃったよー!?」

「ありゃー、だいじょーぶ?」

ひとしきり笑った後に、ようやく状況を理解した生徒がネギに駆け寄っていく。

それに続けてまだ扉の下にいた承太郎は、黒板消しを黒板に戻しながらネギを助け起こしに向かった。

「ほら、立ち上がれるか? それと、お前たちの新しい担任の先生はこの子だぞ?
今から自己紹介をするから、お前たちは自分の席に戻れ。 さぁネギ先生、教壇に立って自己紹介を」

「は、はい。ご……ゴクリ」

承太郎の言葉を受けて、半信半疑ながら自分の席に戻っていく生徒たちを確認してから、ネギは立ち上がる。

ふらふらとした足取りではあるが教壇の前に立ち、恐る恐るといった感じで自己紹介を始めた。

「ええと……ボク……今日からこの学校でまほ……英語を教えることになりました、ネギ・スプリングフィールドです。
教育実習なので3学期の間だけですけど、よろしくお願いします」

自己紹介の後の教室はシーンと静まり返っていて、ネギは何かミスをしたのかと戦々恐々だ。

だがすぐにクラス全体が元の調子を取り戻し始め、喧騒に変わるまでそう時間は必要無かった。

「「「「「「キャァーッ、かわいいいいいー!!」」」」」」

「何歳なのー!?」「どっから来たの!?」「お人形さんみたいー!」「持ち帰っちゃってもいいですかー?」

我先にとネギへ群がっていく女子生徒の勢いに、わたわたしていたネギが飲み込まれていく。

承太郎は呆れたような眼で見るだけで、補佐としては助けるべきなのだが特に手出ししようとはしない。

理由としては、喧しい女が苦手だからである。これでいいのか、副担任。

そんな状況に一石を投じたのは、意外にもネギを毛嫌いしていた神楽坂明日菜だった。

明日菜はもみくちゃにされているネギに一気に近づくと、その胸元を強く掴みかかった。

「ねえあんた、さっき黒板消しに何かしなかった? 朝から思ってたけど、なんかおかしくない?
キッチリ説明しなさいよ、チ・ビ・ス・ケー!!」

「え……(まずい、ばれたー!?)」

明日菜の一言からさっきの魔法行使がばっちり見られていたと気付き、ネギの顔はすぐさま真っ青になっていく。

魔法使いであることが一般人にばれてしまったら、本国へと強制送還されてしまい、最悪の場合はオコジョの刑が執行される。

絶体絶命のピンチだったが、ここでやっと承太郎が動いた。

「いい加減にしておけ、神楽坂。年下の子供が先生だからと言って、乱暴に扱っていいとは言ってないぞ」

「う゛、空条先生。でも……ああもう分かりました、今すぐ離しますからその威圧感たっぷりの目線はやめてください!」

朝の一件から多大なる恩義がある承太郎に、明日菜はどうしても強気に出ることができない。

加えてやくざでも逃げ出してしまいそうな眼力を見せつけられたら、ただの女子中学生では意見を通せるはずもなし。

結果、平穏無事とは言い難いが、ネギは明日菜のホールドから解放される。

承太郎があっさりと明日菜を止める様子を見て、怒られる前にぞろぞろと席に戻ろうとする生徒たちだが、その行動は中断されることになった。

「おサル……いやアスナさん、そちらの殿方はどちら様です? 今までそんな格好の先生は見たことが無かったはずですが?」

やっと収まるかと思った騒動に、特大の燃料が投げ込まれたためである。

委員長である雪広あやかは、ただただ明日菜を止めた承太郎について聞こうとしたのだが、少し失言が過ぎたようだ。

ただでさえ不完全燃焼だった明日菜にとっては、格好のストレス発散目標に映ったことだろう。

「……いいんちょ、今サルって言ったでしょ、絶対言ったでしょ! 相変わらず良い子ぶってるわねアンタ!
もしおサルって言ってなかったとしても言い返させてもらうわ、このショタコン女!!」

「なっ、言いがかりはやめなさい! あなたなんてオヤジ趣味で高畑先生の事……」

「わー! その先を言ったらぶっ飛ばすわよ、この女ー!!」

言い合いからシームレスで乱闘に移り、互いの制服を掴みながら取っ組み合いを始める明日菜とあやか。

ネギは慌てるばかりで止めに入れず、他のクラスメイトは「もっとやれー」などと煽る始末。

そんな止まることの無いカオスな状況に、とうとう承太郎は今までのうっ憤を晴らすかの如くプッツンしてしまうのであった。








「やかましいっ! うっとおしいぜっ!! お前らっ!
他の授業中のクラスの迷惑になるから、さっさと席に着け!」








空条承太郎―― 副担任として2-AにIN!
           「教室でプッツンした瞬間に時を止めていたら、7秒は止められたかもしれん」と後に話す。

ネギ・スプリングフィールド――新しい担任として2-AにIN!
                   承太郎のことを怖く思う反面、事態収拾能力が羨ましいと思う。

神楽坂明日菜――ネギに対して何らかの疑いを持つ。
            また、承太郎に対しての申し訳なさが増大した。

雪広あやか――ネギに対して胸のときめきを感じる。
          承太郎に関しては、怖いが真面目そうで良い人だと印象を持った。

他のクラスメイト―― 一部の者を除いて、承太郎に逆らっちゃいけないという共通意識が芽生える。
             その一部達は承太郎を見て、色々な意味でわくわくが止まらないようだ。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/




[19077] 5時間目 魔法先生とスタンド先生!③
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/09/19 00:10
普段は授業中でもわいわいがやがやとうるさいはずの麻帆良学園女子中等部2-A。

だが今現在この教室は、かつて無いほどの静けさに包まれていた。

皆が皆、座りながらも姿勢をピンと正しているため、一見すると軍隊か何かだと錯覚を起こしてしまいそうだ。

こんなことになっている理由はとても簡単、全員が『副担任の前で騒いだらヤバイ』と理解したからである。

「さて、やっと静かになった様だな。中々聞き分けが良い生徒たちでこちらとしても助かる」

((((いや、あんたが怖すぎて誰も騒ぐに騒げないだけだよ!))))

クラス全員の心が初めて一つになった瞬間であったが、そこに感動も何もありはしない。

あるのはただ一念のみ。

((((どうしてこうなったんだろう……))))

「あのー、何となくですけど自業自得ってやつだと思います」

余りにも皆の顔にありありと浮かんでいたため、魔法的な読心術ではなく正しい意味での読心術で皆の心を読み取り、ネギが一言突っ込みを入れた。








5時間目 魔法先生とスタンド先生!③








「さて、そろそろいつも通りの状態に戻っていいぞ。正直さっきのは怒りすぎだったからな。
流石にここまでビビられるとわたしとしても非常にやり辛いし、ネギ先生も委縮してしまうだろう」

柔らかな笑みを浮かべた承太郎からのその一言で、氷が少しずつ解けていくようにひそひそ話や普通の会話が戻っていく。

相変わらず、承太郎のスマイル効果は目を見張るものがある。

だが思っていたよりも騒がしくなるのが早かったので、もう少しあの雰囲気でも良かったか?とか早くも思い直していたりする。

とりあえず細かいことを考えるのを止め、ネギよりも窓寄りの位置で自己紹介をしようとする。

「そういえば自己紹介がまだだったな。わたしの名は――」

「く、空条 承太郎先生ですよね!? ヒトデの論文で超有名な海洋学者の!」

「ゆ、夕映!? 私も気持ちは分かるけど落ち着いて!」

突然教室の後ろの方にいる小柄な生徒が大声を上げて立ち上がり、承太郎の自己紹介を先取りする。

顔は真っ赤になっており、それが人前で叫んだ緊張からくるものなのか、有名人に出会えた嬉しさからくるものなのかいまいち判断がし辛い。

周りのクラスメイトがざわついているところを見るに、普段は大人しい生徒なのだろう。

「えーと、出席番号4番の『綾瀬 夕映』さん、ですね。
僕は知らなかったんですが、空条先生ってそんなに有名なんですか」

クラス名簿を見ながら、ネギが突然立ち上がった夕映に質問をする。

「何を言ってるんですかネギ先生! 有名も有名、超有名なのです! むしろ知らない方がおかしいと思うですよ!!」

「ひうっ!? ちょ、ちょっと綾瀬さん、落ち着いて下さいー!」

夕映はテンションが振り切っているのかつかつかと教壇の方に歩いていき、バンと教壇を両手でたたいた。

そのあまりの剣幕にネギは半分涙目だし、承太郎も初めて知った自分のファンに少々引き気味である。

「……わたしには綾瀬がそこまで興奮しているのが良く分からないのだが。
海洋学の学会でもそこまで有名だったとは思わないんだがな」

「空条先生は御謙遜が過ぎます!
一躍有名になったヒトデの論文も然ることながら、他の独創的な観点から捉えた海洋生物の論文も非常に素晴らしかったです!」

「ほえー、すごかったんやなー空条せんせー」

「ただ怖い人かと思ったけど、結構すごい人だったんだねー」

夕映の説明を聞いたクラスメイトは承太郎に対する認識を改めてきているようだ。

テンションが上がりっぱなしなのはいただけないが、少なくともこれで承太郎が一方的に怖がられることは無いだろう。

だが気を抜きすぎたのか、承太郎はこの後非常に心臓に悪い体験をする。

「でも何より私が尊敬しているのは文武両道なところです! なんてったって空条先生は世界最強の――」

その言葉が出た瞬間、承太郎と教室内の一部の空気が変わる。

出るところに出れば『世界最強のスタンド使い』という情報が出回りまくっている承太郎であるが、それでも一般人が知っているような情報では無い。

(まさかこいつ、スタンド使――)

速攻でスタープラチナを出したとしても到底口を封じるには間に合わないタイミングに、承太郎は内心毒づく。

クラスの中に既にスタンド使いがいて、自分の依頼の破滅を狙っているなど誰が予想できるだろうか。

「――海洋冒険家なのですから!」

「……は?」

しかし夕映の口からでたのは、予想していた答えと全く違っていた。

よくよく冷静に考えてみたら、そりゃそうである。

スタンド使いも魔法使いと同じく一般人から正体を隠すのが主流だし、そうでなくても一般人に教えたところで特にメリットなど無い。

さらに承太郎はもう一つミスを犯してしまっている。

それは、クラス内にどれだけ魔法使いなどといった裏の関係者がいるかどうかのチェックを行えなかったことである。

明らかに先程の発言に対して複数の食いついている気配があったため、おそらく3人以上は関係者がいるだろう。

だが既に変質していた空気が霧散してしまったため、気配を発していたのは誰かは結局判別できなかった。

(……つくづくペースが乱されているな、今のわたしは)

空条承太郎、人生の中でも考えられる限り最低のミスだった。








「でも世界最強ってどれくらいなの? 報道部の私にそこんとこ詳しく」

最前列に座っていた生徒がメモ帳を取り出しながら、夕映に対してさらなる燃料を投下していく。

承太郎に少しでも近づけたこととメモを取り始めた友達のせいで、夕映は今まで見たことの無いくらい最高にハイな状態になってしまっていた。

「ええもう存分に語りますよ!
空条先生の海洋調査では、普通の海洋学者なら危険すぎて行かないような海域に積極的に向かってるんですよ。
そのおかげで、今まで誰も見たことが無かった生物の発見数は100種類を超えてるです」

「ち、ちなみに危険すぎるというのは、その海域が非常に荒れやすい場合と、武装した海賊が頻繁に出るような海域の場合があり……ます」

テンションに当てられたのか、長い前髪で目元を隠した生徒も、夕映のする承太郎の説明に補足を入れ始めた。

「そんな中、襲ってきた海賊に対して行ってきた武勇伝が凄まじいのです!
曰く、銃を持った相手を素手で叩きのめした、反撃のために船から船へ飛び移った、錨を投げ付けて海賊船を沈没させた等々!」

「ちなみに裏付けは取れていないんですが、某国において海賊行為を繰り返す組織を丸々叩き潰したなんて話もあります……。
その組織の構成員はほぼ全員、海を見るだけでパニックになってしまうほどのPTSDを受けたとか……」

「ふむふむ、なーるほど。ちなみに空条先生、これ実話?」

若干冷や汗を垂らしながらも、報道部所属らしい彼女は果敢にも裏付けを取ろうとする。

「……何故知っているのかは知らないが、とりあえず今出た話は全て事実だ」

「はは、そうですよね嘘ですよね、ってうええ、マジッすか!? (ヤバいよこれー、もしかしたら授業中のほんわかした空気がピンチだよー)」

こうしてまた変なところで承太郎にマイナスの印象が付いてしまった。

逆にこれを聞いて目を輝かせている輩が何名かいたのだが、またしてもその視線に承太郎が気づくことは無かった。

「……そろそろわたしの話はやめてくれないか? さすがに恥ずかしくなってきた。
1時間目が終わるまでまだまだあるし、ここからはネギ先生とわたしに対する質問の場にしたいのだが」

「……ハッ!? わわ、私は何て恥知らずな事を! 空条先生すみませんでした、今すぐ席に戻るです!」

それを受けてやっと夕映が通常状態に戻った。

先程の力説状態よりも顔を真っ赤にして、そそくさと自分の席に戻っていった。

そんな彼女を見守る目線は慈しむような目だったり、何となく思惑が外れて残念そうな目だったりしていた。








1時間目も半分以上過ぎ、新任教師2人への質問タイムが始まった。

「はーい、それでは質問ボックスの開票を行いまーす! 皆、盛り上がってるかーい!!」

「「「「「イェーイ、盛り上がってるよー!!」」」」」

しかし、なぜか質問はボックスに1人1人入れた質問を書いた紙からすることになっている。

その理由は余りにも皆が一斉に質問を始めるため非常にうるさく、先程と同様の展開になることを恐れた者が提案したためである。

どちらにしてもうるさくなってしまっているから、本末転倒と言えなくもないが。

「本日の開票係を務めるのは私、出席番号3番の『朝倉 和美』でーす!
それでは早速一枚目を引きたいと思います! なにが出るかな、何が出るかなーっと」

ノリノリで朝倉が開票しているのを、ネギはそれなりに緊張して、承太郎は特に思うこと無く見ていた。

「わー、何が出るんでしょうね、空条先生」

「……とりあえず答えられないような突飛な質問が出ることは無いだろうが、このクラスだからな……」

短いやり取りの中で既に2-Aの特徴を掴んだ承太郎は、やっといつものクールな状態に戻りつつあるようだ。

だが、スタンドバトルで鍛えた判断力の無駄遣いの様な気がする。

「最初の質問はこれ! えーと、『先生の年齢は何歳?』……普通だね。……あっ、ごめん村上ちゃん、嘘嘘、大丈夫だって。
そ、それでは先生’s、答えをよろしくお願いします!」

辛辣な一言により生徒のうち一人が精神的に再起不能リタイアしそうだが、とりあえず流して質問に答える。

「えーと、僕は10歳になります、数えですけど」

「数えってことは……9歳じゃん!? 私たちの担任9歳!?」

「いやいや朝倉さん、ネギ先生はオックスフォードをお出になったとお聞きしております。
担任を務めることに何ら問題は無いのではなくて? むしろ超オッケ……ゴホン!」

あやかが学力があるから年齢については問題無いと説明するが、裏にある感情がダダ漏れなために台無しである。

「ちなみにわたしは今年で36歳になったな」

「こっちはこっちですごいこと言ってるし!? どう見ても大学卒業後、すぐに赴任してきたようにしか見えないよ!」

「……神様は不公平だ」

「ああ、やっぱり気にしていたのでござるな、真名。大丈夫でござるよ、千鶴殿に比べたら……ヒィッ!」

「あらあらどうしたの長瀬さん? 少し『世間話』がしたくて近づいたのに……」

承太郎の一言により、今度は物理的に再起不能リタイアになりそうな者が出ているが、誰も止めようとしない。

というか巻き込まれたら間違いなく跡形もなくなって死ぬと言わんばかりの殺気に、誰もが見て見ぬふりを決め込んでいる。

承太郎ですらここまでの殺気は感じたことが無く、手を出せば腕の一本でも持って行かれる未来予想図しか浮かばない。








「気を取り直して次言ってみましょう! 次の質問は『恋人はいますか』、だねー。
さぁどんどん答えてください、お2人さん!」

「えーと、僕に恋人はいません。仲の良い幼馴染がいましたけど、男勝りの性格だからそういう感情とは無縁でしたねー」

「わたしには恋人と言うか、妻がいる。結婚してから大分経つが、娘もお前たちと同じ歳で1人いるぞ」

この質問にはネギには照れが含まれているが、承太郎は堂に入ったものである。

「2人ともベクトルは違いますが、爆弾発言が出ましたー! 特にネギ先生はその幼馴染と再会した時のご冥福をお祈りします」

「あうっ、僕何かまずいこと言っちゃいました!?」

生徒たちは「あれは不味いよねー」とか「9歳だし仕方ないんじゃない?」とかひそひそ話すが、誰も教えようとはしない。

逆にあやかはこれ幸いと言わんばかりの満面の笑みだ。だが、その目つきは狩る者の目である。








「さぁ、時間ももうすぐリミットになるから、もう一気に引いちゃいましょう!
さてさて引いたのは……『好きな女性のタイプ』、『好物』、『好きな本』、『尊敬するアーティスト』の4つだねー」

時計を見ると、いつの間にか1時間目が終わるまで残り5分くらいになってしまっていた。

しかし朝倉の生放送キャスターのような無駄のないコーナー進行は、一体どこで身につけているのだろうと疑問になる。

「女性のタイプはまだ特には無いですね。好物は紅茶と焼き鳥、特にねぎま串が好きです。
好きな本は古道具好きなので古美術の本とかをよく読んでますが、アーティストに関してはこれと言ってありません」

「女性はやはり、妻が一番のタイプだ。好物も嫌いな物も特になし。
本は船や飛行機に関する本や海洋学の論文が愛読書だ。好きなアーティストは久保田利伸と実父だな」

「へぇー、2人とも中々個性的な好みをお持ちで。
しかしネギ先生は焼き鳥が好きとは中々通だねー。空条先生についてはお惚気ごちそうさまでーす」

ここで朝倉がちゃかしている中、一人の生徒が手を挙げる。

「はいはーい、しつもーん。空条先生のお父さんって、あの『空条 貞夫』さんですか?」

手を挙げた生徒を見て、承太郎は少しだけクラス名簿を見ながら答えた。

「出席番号7番の『柿崎 美砂』だな。その質問に対してはYESと答えさせてもらう」

「うおー、本物の息子さんですか! 今度アルバムを渡したら、先生経由でサインとかもらえたりします!?」

柿崎のその質問の答えから、俄かにクラスが活気だつ。

何名かの音楽に詳しくない生徒は置き去りになっているが、「今度アルバム貸してあげるよー」とか話しているところを聞くに、すぐに広まりそうだ。

承太郎は、父がデビューしてから大分経つのにこんなに女子中学生にも人気だとは思いもしなかったため、少し面くらっていた。

「そ、それなら私は、空条先生自身のサインが欲しいです!」

サインを貰うという流れでまたスイッチが入ってしまったのか、夕映がガタンと椅子を倒しながら勢いよく立ちあがる。

「綾瀬、いいから落ち着いて着席しろ。
今日のところは父のサインはどうなるか分からないが、私のサインくらいなら後でいくらでも書いてやる」

その言葉を聞いて夕映は嬉しさから失神しかけるが、なんとか椅子を直しながらすぐに着席する。

夕映の様子を見て、サインを書いたらショック死するんじゃないかと承太郎以下全員が考えていた。








「さて、時間的に最後の質問、行ってみま――」

「ごめんなさい、良いところかもしれないけど失礼するわね」

1時間目が限りなく終わる時間になってから、突如教室に入ってくる者があった。

「ありゃ、しずな先生。どうしたんですかこんな時間に?」

「いえ、ネギ先生と空条先生にまだ伝えていなかったことがあったんです。それを伝えに」

その人物とは、指導教員の源しずなであった。

「……あっちゃー、すっかり忘れてた。いきなり担任が子供だったりしたから、伝えるのが抜け落ちてたんだな」

教室の後ろにいる、不釣り合いなほど大きな眼鏡をかけた生徒がうめき声を上げた。

ネギはすぐさま顔を確認して、クラス名簿を開いて名前を確認する。

「えーと、出席番号25番の『長谷川 千雨』さんですね。
僕らに伝えなければならなかった用事とは、一体何なんですか?」

ネギの方を見ながら何やらぶつぶつ呟いている様子だったが、用件を手早く終わらせるために伝達事項を言おうとする。

ちなみに呟いていたのは「そもそも労働基準法どうなってんだ」である。

ほとんどの者が聞こえていないようだったが、聞こえていた者はうんうんと首を縦に振っていた、主に承太郎。

「いや、今日新任の先生が来るのと同時に、最近同室になった転校生がこの教室に編入になるんです。
学園長と話をした後にこちらに来る手筈でしたから、遅れて教室にやってくる、というのが伝達事項です」

新任教師の次は季節外れの転校生という漫画みたいな展開に、またもやクラス内が賑やかになっていく。

だがそこら辺は指導教員、パンパンと言う拍手ですぐさま鎮静化させた。

この様子を見て新任教師2人は「次はああしてみよう」とひそかに勉強していたりする。

「ああそうそう、こちらが修正版のクラス名簿となります。
前任の高畑先生が書いていた注釈もそのままですので、古いほうのクラス名簿はこちらで回収いたしますわ。
それじゃ、転校生に入って来てもらおうかしら」

そう言ってしずなが開けた教室の扉の先には、承太郎にとっては『非常に見覚えのある者』が立っていた。








日系のハーフであるアメリカ人で、少しきつさが見える顔つき。

髪の毛は黒髪部分と金髪部分で分かれていて、黒髪部分を2つの団子状にしながらも腰近くまで後ろ髪は伸びている。

麻帆良学園女子中等部の制服は着ている者にある程度の落ち着いた印象を与えるのだが、その気迫とでも言うべきオーラを抑えることはできなかったようだ。

まだしずなの影になっている承太郎に気づいていないらしく、教室にずんずんと入って来ている。

転校生の横顔を見て、気付ける生徒はこの時点でその素性に気付いたかもしれない。

だってその顔が、『余りにも承太郎に似ていた』のだから。

転校生は教壇の近くまで来た時にやっと承太郎の存在に気づいたらしく、急に足を止めた。

ネギはその鬼気迫る様子にビビっていて、「初めまして、転校生さん」などといった気のきいた一言も声を発することができないでいた。

そして、いぶかしむ様な顔で承太郎を見つめた転校生は奇しくも、1時間目終了時間いっぱいでその質問を口にした。

「……一つ聞くけど、何であんたがここにいる訳?」

「……今日からこのクラスの副担任になったんだ、徐倫ジョリーン

承太郎が質問に答えた瞬間、1時間目終了のチャイムが教室に鳴り響いた。








その転校生の名は『空条 徐倫』。

名前から察することのできる通り、2-A副担任である空条承太郎の実娘である。

そして引力は互いを引き合い、加速を始める。








空条承太郎――実の娘を同じクラスにした学園長を、頭の中で8ページオラオラしてストレスを発散する。
          このままいくと本当にラッシュを叩きこむ日が来るかもしれないと思い始める。

空条徐倫――転校生として2-AにIN!
         未だその身に流れる血の『才能』には目覚めていない。

ネギ・スプリングフィールド――転校生の素性を知って、親子共々やっぱり怖いと考える。

朝倉和美――自称『麻帆良のパパラッチ』
         今回の質問タイムで、明日以降使える新聞記事を大量ゲット。

村上夏美、長瀬楓――質問タイムにおいて両者ともに大打撃を受けたが、再起可能。

那波千鶴――関係者間で一時期付けられていたあだ名は『見目麗しい亜空の瘴気』。
         長瀬楓を再起不能リタイア寸前まで追い込んでやっと溜飲を下げる。


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│To Be Continued   >
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[19077] 6時間目 魔法先生とスタンド先生!④
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/09/19 00:11
日本でも海外でも、勉強している学生に共通する絶対に聞きたい音とは何であるか。

落ち着けるような鳥の声? 人によってはうっとおしく感じるから、NOだ。

涼しさを感じる風の音? 風の音を聞いたところで本当に涼しくなる訳でもないし、NOだ。

好きな異性の声? 色恋沙汰に興味が無い生徒にしてみれば別にどうでもいいということになるので、これもNO。

答えは非常に簡単。まぁ、学校によって微妙に違った音になっているかもしれないが、基本的にはこれだ。

即ち、『キーン、コーン、カーン、コーン……』というチャイムの音、というより授業終了の音である。

「はーい、それでは今日の授業はこの辺で終わりになりまーす。
期末テストまであと1ヶ月ですので、ノートに書いた内容は必ず覚えておくようにしておいてくださいー」

「それと冬場だから暗くなる時間が早いため、夕方からの外出は十分気を付けるように。
それでは解散だ。明日も遅刻者が出ないことを祈っているぞ」

そう担任2人が良い終わるのと同時に、「よっしゃー終わったー!」と元気よく教室を飛び出す生徒たち。

『学生は勉強が本分』などと言う言葉があるが、ここの生徒たちを見ているとそれが正しいことであるのかの判断が揺らいでしまいそうになる。

そんなこんなで、あっという間に教室からほとんどの生徒がいなくなっていた。

「……徐倫も行ってしまったか。ここに転校してきてどうだったか、直接聞きたかったんだがな」

「うーん、授業中の態度を見るに、意外とクラスの雰囲気に溶け込んでいたと思いますけど……。
ただ、やっぱり機嫌は悪そうでしたね。空条先生の事を視界に入れまいとしていましたから」

「……良い意見をありがとうネギ先生。それに初日ながら生徒たちの事を良く見ているようで感心だ」

ネギは見た目とおっちょこちょいさはともかく、担任であることに関しては割と有能であるようだ。

ただし人の悪意に鈍感であるらしく、また年上だということに遠慮して注意ができないという部分があるようだが。

実際に授業中にちょっかいを出そうと消しゴムを飛ばしてきた生徒もいたのだが、そこは副担任らしく承太郎が諌めた。

そうやって授業内容を心優しいネギが担当することによってストレスなく授業を進行させ、妨げになるものを承太郎が止める。

考えようによっては非常にバランスの取れた布陣である。

(学園長、まさかここまで考えてわたしを副担任にしたのか? だとしたらジョセフ並みに食えない爺だ)

学園長にとっては、息抜きの遊びも適切な仕事も同一に考えての行動だったりするのだろうか。

ただ本当にそうだとしても、担任の娘を同じクラスに編入させるのはどうかと思うが。








「やぁ、ネギ先生に空条先生。初授業はどうでしたか?」

そうして2人が教室を出ようとしたとき、スーツ姿の短髪の男が近づいてきた。

承太郎は明らかに面識の無い人物だったため警戒するが、ネギはその男を見て満面の笑みに変わる。

「あーっ、久しぶりタカミチーッ!
麻帆良に到着するのが予定より遅くなっちゃって、初日に職員室で会おうって言ってたのに行けなくてごめんなさい!」

言い終わるが早いか、タカミチと呼ばれた男とネギは会うなり軽いハグを交わす。

ちなみにイギリスにおいて軽く抱き合うハグとは、一般的に久しぶりに会ったときに使われる挨拶である。

それでも恥ずかしさからか親しい間柄でしかされないこともあるため、この様子を見るに相当親しい関係なのだろう。

それでも必要最低限の警戒は残したまま、承太郎も近づいていく。

「お初にお目にかかる、副担任を務めることになった空条承太郎だ。
タカミチというと……たしか前担任の名前が『タカミチ・T・高畑』だったか」

「その通り、空条承太郎先生。2-A前担任のタカミチ・T・高畑です、よろしく」

前担任と新副担任は互いにがっしりとした右手を出し、握手を交わす。

ここで交わされる握手とは本来ならば親愛の証であるのだが、タカミチと承太郎は手のひらの感触から互いの力量を図っていた。

(ほう、相当鍛えこまれているようだな。ネギとの間柄を考えるに、魔法使いでもかなりの使い手か)

(噂に名高い『吸血鬼殺しの英雄』空条承太郎、確かに名前負けしないだけの力があるようだね)

一応周囲に一般人がいるため戦うことはできないはずなのだが、互いの力が如実にわかってしまったために、無意識のうちに闘気を出し始める。

どうもこの2人、戦いが身に染みついてしまっているようだ。

「タ、タカミチ? 空条先生? あの、周りの生徒たちが怖がっちゃってますけど……」

ネギのその言葉でやっと教室前だということに気付いた2人が周囲を見てみると、余りの気迫に普通の生徒がプルプル子犬のように震えていた。

平和な学び舎に突如として鉄火場寸前の雰囲気なんか出されたら、そりゃ女子中学生は怖がるというものである。

怖がっている生徒達は「私たち高畑先生デスメガネが怒るようなことしたっけ?」とかいう会話が聞こえている。

「あ、ああゴメンゴメン。ほらほら大丈夫だから、僕と空条先生は別に怒って無いから。
説教とかする気も一切ないから、帰れる人からどんどん帰宅していいよー」

タカミチが気持ち顔を赤らめながら怖がっている生徒を復帰させて、とりあえず帰宅するように促す。

承太郎も少々周りが見えていなかったためか、照れ隠しで帽子を深く被り直す。

「ははは、僕たちの間で『英雄』として呼ばれている人物の1人に会えたからって、ちょっと昂り過ぎちゃったね」

「……やれやれ、わたしは『英雄』と呼ばれるようなことをした覚えは無いんだがな」

昂り方がちょっとどころじゃ無かった気もするが、そこは大人な承太郎、特に突っ込むことも無く流していった。








お互いに落ち着いたところで、担任としての会話に話を戻す。

「どうです、1日で分かるくらい癖の強いクラスでしたでしょう?」

「癖が強いとかそういう次元では無いと思うがな。余りに尖り過ぎていて、むしろ自然に見えてくる始末だ」

そう、前担任の感想でも『癖が強い』と言わしめるほど、2-Aは濃いメンツが揃っている。

「僕と同い年かそれ以下にしか見えない人、承太郎先生と同じくらいにしか見えない人、妙に多い留学生……。
日本の中学生さんって、皆こういう人たちばっかりなの、タカミチ?」

ネギはイギリスにずっと住んでいたせいか、日本の女子中学生基準の常識範囲が良く理解できていないようだ。

こんな生徒ばっかりだとしたら、日本の教育現場は大混乱である。

「流石にそれは無いよ、ネギ君。ここは麻帆良でも一番混沌としているクラスだからね。
ここの担任を始めた当初は、学園長の作為的な嫌がらせだったんじゃないか、って思ったくらいだよ」

タカミチはなんてことないように言うが、眼鏡の奥に見える瞳は明らかに遠いところを見ている。

苦労することになるよと如実に語るその瞳から考えるに、承太郎の頭痛の種は確実に増えそうである。

「心配しなくても大丈夫だよ、タカミチ。
補佐してくれる承太郎先生もいるし、クラスのみんなは騒がしい人たちばっかりだけど悪い人はいなさそうだし!」

だがネギはそんな瞳を見ても、臆することなくそう言ってのけた。

(困難を目の前にしても恐怖することなく前に進もうとするか……。
これなら大抵の事があっても、折れることはなさそうだな)

「ははは、ネギ君は相変わらず元気いっぱいだ。これなら2-A担任を任せても大丈夫そうだね」

「もう、子供扱いしないでよタカミチー!」

前担任であるタカミチのお墨付きをもらい、ネギは言葉とは裏腹に嬉しそうにはしゃいでいる。

子供らしくもあり、大人らしくもある。それがネギ・スプリングフィールドの精神の本質であるのかもしれない。

「「やれやれ、なら大人として良い手本になれるようにしないとな(ね)」」








承太郎はこの依頼、非常に苦労することになるかと思っていたがどうやら杞憂だった、という風にこの時点では考えていた。

だがここは麻帆良学園、日々平穏に過ごすなんて事を、そうは問屋が卸さなかった。

承太郎が盛大に考え直すことになるまで、後30分。








6時間目 魔法先生とスタンド先生!④








「ふー、やっと一段落つけそうですねー」

あの後タカミチと一緒に職員室に行った承太郎とネギは、他の先生へのあいさつを早々に済ませて女子中等部から家路に就くところである。

本来なら書類仕事があって帰れる筈も無いのだが、「最初の1週間は慣れるまで大変だろうから全部やっておいたよ」というタカミチのおかげだ。

「赴任初日だから精神的にも来るものがあるのだろう。
今日はこの後しっかりと部屋で休んで……そういえばネギ先生、部屋は確か……」

「そうなんですよねー。えーと、神楽坂明日菜さん、でしたっけ。それと同室の近衛木乃香さん。
今日はこのお2人の部屋に泊めてもらうってことなんですけど……」

朝、学園長室で起こったことが思い出される。

『……あんたなんかと一緒に暮らすなんてお断りよ! 担任としても認めないから!』

そう明日菜は啖呵を切っているのである、しかも頼んだ張本人である学園長の前で。

「むー、何だか思い出したらちょっぴり怒ってきました。こうなったらクラス名簿のアスナさんに落書きでも書いちゃいます!」

普段は真面目にしているが、こういうところは子供っぽいネギである。

承太郎もこれにはあきれ顔だ。

「……おそらく神楽坂には泊めさせてもらえないだろうな。どうだネギ先生、行く当てがないなら私の家にでも泊まるか?」

徐倫は女子寮に入っているため、承太郎は教師用居住区画の家で妻と2人暮らし中だ。

SW財団が色々と根回ししていたため、2人で暮らすというレベルじゃない広さを誇る家だ、1人増えたところでどうということは無いのである。

「うーん、授業とかでもお世話になっているのに、これ以上お世話になったら修行じゃなくなっちゃいます。
とりあえず僕自身の力でできる限りやってみたいので、もし本当に抜き差しならない状況になったら頼らさせていただきます」

だが見た目は子供、心は紳士なネギはさすがに遠慮の気持ちが勝ってしまったようだ。

「ふむ、了解した。だが謙虚すぎるのはその年齢では損だぞ?」

「後で自分の発言を思い返してみて謙虚すぎちゃったかな、とはたまに思うんですよね。
でも僕は立派な魔法使いになるのと同時に、立派な英国紳士としても大成したいんです。これって欲張りなんでしょうか?」

「……どんなに欲張りだったとしてもそれは立派な夢だ、大切にしなさい。
それに欲張りや我が儘が通せるのは子供の間だけだ、精一杯欲張りに生きると良い」

だがこの言葉は、承太郎自身の心に浅くない傷をつける。

なぜなら、他でもない自分の娘の我が儘を聞いてやれたことが無かったからである。

妻1人に徐倫を任せ、自分は1年のほとんどを海洋冒険に費やしていた。

そのせいで徐倫は母親に負担をかけまいと、自分のしたいことをずっと押し殺してきた。

(思えば、徐倫には我が儘を言わせてやれるだけの余裕が無かった。そんなことがずっと続けば、嫌われるのも当然だろう。
だからネギ先生に対して、娘にさせてやれなかったことをさせる……本物の娘が、いつもより近くにいるというのにな……)

――全く、度し難い――。

承太郎のそのつぶやきは風の音にかき消されて、隣にいたネギには聞こえていなかった。








そんな時、2人の前方にある長階段を降りてきている、少しだけ見覚えのある生徒が見えた。

その生徒は明らかに多すぎる量の本を持っており、危なっかしいことにふらついている。

本を抱え過ぎていることによるバランスの悪さと、本によって足元が見えていないことによるものなのだろう。

「あれ……あれは出席番号27番の『宮崎のどか』さんですね」

ネギの言うとおり、本を持っている生徒は2-A所属であるのどかであった。

「そういえば綾瀬がわたしの説明をしていた時、補足に回っていたのは彼女だったか。
余程の本好きなのだろうが、あれはさすがに本を持ちすぎだろう。しょうがない、時間もあるし、ネギ先生も手伝ってくれるか?」

「はい、そういうことならッ――!?」

ネギと承太郎がのどかを手伝うために近付こうとした瞬間、足を挫いたのか、バランスを大きく崩して、階段の横へと倒れて行く。

普通なら手すりにぶつかったことによる軽い打撲などで怪我は済むのだろうが、しかしその階段には『手すりが無かった』。

(くそ、あの高さは不味いッ! 間に合うか!?)

状況を把握し次第走り始める承太郎だったが、あまりに急なため『能力』を使う一息が入れられなかった。

目測で距離は15メートル前後、スタープラチナを普通に出すだけなら有効射程は約2メートル。

だがのどかが地面に叩きつけられるまでの数秒で、10メートル少々を走りぬくのは到底不可能である。

これまでか、と生徒が大怪我をする最悪の状況を幻視した承太郎であったが、不幸中の幸い、その場にいたのは承太郎だけではなかった。

「止まれー!!」

ネギはすぐさま背負っていた荷物から布に包まれた杖を掴み、のどかに対して魔法を発動させていた。

魔法使いに厳密な射程距離は存在しないが、一般的には目視できる範囲ならば余裕で射程範囲内である。

ネギは最も得意とする風を操る魔法を使い、地面から1メートルの所でふわりとのどかの体を浮かせることに成功する。

それでも急ごしらえの魔法であったために衝撃すべてを逃がせたわけでは無く、また最悪な事に頭が体の一番下に来ていた。

いくら1メートル程度の高さでも、頭から落ちればただでは済まない。

そして、浮いていたのどかの体はまた落ち始める。

「ッ! 間に合わ――」

「いいや間に合ったぜ、ネギ先生」

だが、ネギがのどかを浮かせたことによる僅かな時間で、承太郎は射程範囲でのどかをキャッチする事が出来た。

承太郎の立ち位置を見ると、のどかから2メートルくらいの距離に立っていた。

ネギにはヴィジョンが見えないものの、スタンドで抱えているのだろうか、のどかの体は浮いたままだ。








承太郎はのどかをゆっくりと下ろし、茫然自失となっているのどかに大丈夫かどうかの確認をする。

「大丈夫か宮崎? 怪我は無いか?」

「だ、だいじょうぶですか宮崎さん?」

「う、先生……?は、はい……」

地面に下ろされたのどかは承太郎と駆け寄ってきたネギの呼びかけに受け答えはするものの、混乱しているのか動きが忙しない。

顔も何やら赤くなっているため、先生2人はどこか怪我でもしていて、それを我慢しているのではないかと不安顔である。

だが2人のその認識は違ったようだ。

「お、男の人がこんな近くに……その、あの……すみませんでしたーっ!」

そう言い終わった直後、落ちている本を1冊も拾わずに、のどかはどこかへ走り去ってしまった。

「……どうやら軽度の男性恐怖症、もしくは対人恐怖症でもあるのかもしれないな。
止むにやまれぬ緊急事態だったが、知らなかったとはいえ悪いことをしてしまったかもしれん。
ほらネギ先生、嫌われたわけではないだろうから元気を出してくれ」

のどかの態度から嫌われて避けられたのだと思ったのだろうか、ネギの顔は不安げになっている。

だがこの時、承太郎は表情が示す意味を完全に取り違えていた。

ネギは走り去ったのどかを見て顔色を悪くしたのではない。

直前にネギは、のどかが走り去って見えなくなったので、承太郎へと視線を戻そうとしていた。

そして、その『視線を戻している途中でに見てしまったもの』のせいで顔色が悪くなってしまったのだ。

ネギがプルプルと承太郎の後ろへ右手の指を上げて行ったため、承太郎はようやく、自分の後ろにある何かを見てしまったためだと気付く。

急いで振り向くと、そこには最も話し合いがしたいものの、最もこの場に居て欲しくない人物が立っていた。








「あ、あんたたち一体……」

ツインテールに日本人では珍しいオッドアイ、『普段なら』勝気な雰囲気の神楽坂明日菜がそこにいた。

ちなみに『普段なら』というのは、彼女は今何か衝撃的な物でも見たのだろうか、茫然としていたからである。








とりあえず2人は、この状況から導かれる1つの結論に至った。

それは、『魔法とスタンドを使うところを一般人に見られた』ということである。

さてここで、魔法使いのルールにおいて最も重要な事を思い出してみよう。

どんな悪人ですら守るという魔法使いのルールで最も重要な事とは『一般人には魔法を秘匿すること』である。

……修行開始初日、24時間経たずにばれてしまっていた。

「……ネギ先生、うちの家系に代々伝わるこういうときのための発想法を伝授しよう」

「ええ、ぜひ教えてください。なんとなく僕は察することができそうですが」

「だろうな。では教えよう。それは――」

承太郎とネギは足の向きをくるりと回転させ、全力で足を動かそうとする。

「「逃げッ――!?」」

だが明日菜はそんな2人の後ろ襟を一瞬で接近して掴み、全力ダッシュで近くにあった茂みへと引きずっていこうとする。

引きずる際の力はネギだけならば朝のやり取りから分かるが、身長195cmで体重82kgという体格の承太郎まで片手で浮かせて引っ張るとは、女子中学生というか人類からしても規格外である。

明日菜の余りの馬鹿力に、少しだけスタンドを出して抵抗しようかなどとも考えたが、さすがに一般(?)の女子中学生を、しかも受け持ちクラスの生徒を殴るのは気がひけたので自重した。

そうこうしているうちに茂みの奥まで連れてこられた2人は、掴まれていた部位を胸襟に換え直された上で、背中から近くの木に押しつけられた。

明日菜による圧迫尋問開始である。

「ああああ、あんたらなんなのよ! 超能力者? 超能力者なの!? なんか本屋ちゃん浮いてたし!!」

「い、いや、ちが――」

「ごまかしたってダメよ! 最初っから目撃したわよ、現行犯よ!!」

「あううーーっ!」

恩人である承太郎には頭が上がらないため(それでも乱暴には扱っているが)、ネギを集中して攻め立てる明日菜。

多分、全く状況を知らない人がこの現場を見たら、子供相手にカツアゲをしている女子中学生にしか見えないだろう。

しかも大の大人諸共絞めあげてる分、相当の不良に思われること間違いなしである。

「白状なさい、超能力者なのね!」

「ぼ、僕は魔法使いで……」

「そんなの変な力が使えるだけで、どっちでも同じよ!」

もう少し耐えられるかと思ったが、ネギは割とあっさり白状してしまった。

考えてもみれば、5歳近く年上の人物に胸襟掴まれてぶちギレられたら、9歳の男の子なんてすぐに陥落してしまう。

その恐怖、推して測るべし。

「どちらかというと私が超能力者だがな」

承太郎ももうばれてしまったということで、あっさり自分の事をばらす。

これはばれている嘘は早めにオープンすることで、相手の油断を誘うことができるためだ。

駆け引きなど何も知らない女子中学生を出し抜くなど、承太郎にはお茶の子さいさいである。

予想通り、この事実に明日菜はパニック状態になっている。

「嘘、空条先生もそんな世界びっくり人間の一員だったんですか!?
もう、何なのよ今日は! 今までの人生で最悪の日だわーーっ!!」

わー!わーっ。ゎー……。

明日菜の空しい叫びが、茂み周辺に響いた。








「……ネギ先生、もう隠すのは無理だろう。しっかりと見られてしまっている以上、口封じか記憶消去しか手は無いぞ」

明日菜がパニック状態になってくれたおかげで簡単に拘束を振りほどくことができた2人は、図らずとも挟み打ちの形で明日菜と対峙していた。

「な、何よ口封じって! いたいけな女子中学生を殺す気!?」

明日菜はその言葉に反応して身構えるが、少なくともいたいけな女子中学生なら大人を片手では持ち上げられないと思う。

「うー、口封じは絶対に駄目です! ここは安全に記憶消去で行きましょう!
ごめんなさいアスナさん、魔法がばれたことが知れてしまったら大変な事になってしまうので、ここ十数分間の記憶を失っていただきます!」

ネギは切羽詰まり過ぎているものの優先して行うべきことは分かっているため、速攻で杖を構えて記憶消去呪文の詠唱を始める。

一方承太郎は、予想できる射線上から動かさないために最適な位置取りで明日菜をけん制していた。

逃げ道は、無い。

「というかそもそも記憶消去なんてものが本当に安全であるか分かんないでしょうがー!」

「大丈夫ですよ、痛みはありません。……ただちょっとだけパーになるかもしれませんが、許して下さい」

「すまんな神楽坂。今度菓子折りでも持って見舞いに行かせてもらう」

「空条先生、私がパーになるの確定ですか!? ギャー、ちょっと待ってーっ!!」

恩人であったはずの承太郎からの事実上死刑宣告により、明日菜の抵抗しようとした気合は無くなってしまった。

そんな無抵抗になった明日菜へ、ネギは無慈悲にもその呪文を開放させる。

「記憶よ、消えろーーっ!」








結果としては、明日菜の一部は確かに消え去った。だがそれは決して記憶ではなく、また肉体的な欠損でも無い。

「……どうなっている、ネギ先生。明らかに記憶は消えていないようだが」

消えているのは現代社会に生きる者として、最低限必要な物。

「ご、ごめんなさい! 確かに記憶を消すための呪文だったのに……」

明日菜から消えてしまったものと同じ機能を持つものは、時を遡ればアダムとイブですら必要とするものである。

「おーい、ネギ先生に空条先生。そんなところで何やってるんですか……ん?」

「「「あ゛」」」

さらに明日菜に止めを刺すかのように、先程の叫びを聞きつけて現れるタカミチ。

「ひっ、い、い――」

さて、それでは何が起こったのかのありのままを話そう。

『神楽坂明日菜の記憶を消そうと思ったら、なぜかパンツが消えていた』。

何を言っているのか分からないと思うが、かけた本人もかけられた明日菜も、何が起きたのか分からなかった。








「い、いやぁーーーーーっ!!」

明日菜の羞恥心からの叫びは、遠く世界樹広場にいた者にまで聞こえたという。








空条承太郎――頭痛の種が大きくなりすぎて、一旦、そのことについて考えるのをやめた。

ネギ・スプリングフィールド――担任開始初日で一般人に秘密がばれる。
                   なお、『記憶消去呪文は完璧だった』。

神楽坂明日菜――担任2人の秘密を知ってしまい、結果としてパンツが消えた。

タカミチ・T・高畑――異名『死の眼鏡デスメガネ
             2-A前担任だが、出張が多くなりネギたちと担任を交代。
             また、明日菜への印象が『ノーパン』へ変化。


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[19077] 7時間目 魔法先生とスタンド先生!⑤
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/11/04 14:45
現時刻は夜9時少し前。

クラス全員が行ってくれた新担任歓迎会&転校生歓迎会はとっくに終わり、学校の校舎自体にもほとんど人がいない状況だ。

教室の中は7時頃まで飲めや歌えの大騒ぎ(勿論アルコール無しで)だったのだが、何名かが行なった完璧な掃除によって朝と同じくらいに戻っていた。

ちなみに歓迎会自体は大成功と行っても過言ではない。

料理を得意とする者が各自作って持ってきた料理は美味であったし、宮崎のどかや雪広あやかといった面々からのプレゼント授与も滞りなく行われた。

バンドをやっている者たちは教室でのミニステージで全員のテンションを振り切らせもしたし、新担任2人も転校生である徐倫もクラスメイトとのコミュニケーションが取れた。

クラスの補佐を手伝ってくれるタカミチやしずなも参加し、教室は大賑わい。

ネギは生徒たちにもみくちゃにされながらも喜んで歓迎され、喧しいことは嫌いなはずなのに承太郎の顔には笑顔が浮かんだ。

最初は煩わしく感じていた徐倫も、歓迎会が終わるころには皆とほぼ完全に打ち解けていたのには、承太郎が我が事のように喜んだほどである。

……終始承太郎とは口を利かなかったが。

閑話休題。








しかしとうに歓迎会は終わって、さらには帰宅時間は過ぎているのに、教室の中には承太郎、ネギ、明日菜の3人が居残っていた。

明日も授業があるのに何故こんな時間まで教室にいるかというと、承太郎とネギにとって予測しうる限り最悪の事態が起こってしまったからだ。

本来ならば『正体がばれた』事によって、歓迎会の前に終わるはずだった明日菜の記憶の消去。

だがそれは為されず、今もなお明日菜には魔法に関する記憶が存在している。

その対処をするために残ったのだが、そこから発展して分かった『もう一つの最悪』のせいでこんな時間まで残る羽目になったのである。

「ああもう、空条先生にお礼をもっかい言おうと思って探していたら、こんなことになるなんて……」

「それはこちらも同じだ。というより誰がこんな事態を予想できる」

現在、承太郎は副担任用の椅子に腰掛けてこめかみに手を当てている。

明日菜は自分の席に座っており、さっきから納得がいかないと言って机をバシンバシン叩いている。

「大丈夫ですよアスナさん。僕たちがそんな目にあわせたりはしないですから」

ネギはそんな明日菜をなだめようとしているが、効果はいま一つのようだ。

さて、ここで3人が行おうとしたのは、明日菜と担任2人それぞれの希望を一致させること。

明日菜は胡散臭い魔法使いの事情に巻き込まれたくはない。

2人は正体がばれたことを隠滅して、明日菜を元の日常に戻したい。

なら一番手っ取り早いのは明日菜の今日1日の記憶をすっぱりと消してしまうことなのだが、『もう一つの最悪』がそれを阻んでいた。

「……恨むのならば、生まれ持っていただろうその特異体質を恨んでくれ。
認識阻害といった『日常的な魔法』には反応しないが、『本体の体に影響をなす魔法』を完全に無効化レジストするその体質を」








それではどうしてこうなったのか、少し時を戻してみよう。








7時間目 魔法先生とスタンド先生!⑤








夜7時10分くらい、歓迎会が終わって帰ろうとしていた明日菜にかけられたのは「話があるから少し残れ」という承太郎の言葉だった。

勿論無視してこの場で帰るなり魔法を暴露するなりもできたのだが、「学園長からのお願いについて話がある」と先んじて言われてしまい、周りのクラスメイトやタカミチは気を利かせてさっさといなくなってしまった。

「ご愁傷様ですわー」という委員長のありがたいお言葉や、「アスナー、私はもう了承しとるからなー」という親友の言葉がドップラー効果でしか聞こえない。

タカミチですら「ははは、帰るのが遅くならないようにねー」という言葉を残して一目離した隙に消えていた。

学園長、信用無し。

まぁもともと詳しい話を聞かせてもらうために教室に連れてきたはずが、教室で歓迎会をすることを忘れてしまっていたため、図らずも誘導してきた形になった明日菜。

そうしてうやむやのままに歓迎会を進めることになってしまい、詳しい話を聞けずじまいになっていたのである。

毒を食らわば皿まで、数少ない意味まで覚えている諺が頭をよぎった明日菜はあえて踏み込んで行くことを決めた。

……結果としては藪をつついて蛇を出すの方が正しかったが。








とりあえず事情の説明を始めてから15分、大体7時半を回ったところ。

「それじゃあ、もう一度確認するわよ?
ガキンチョは立派な魔法使いマギステル・マギとかゆーものになるために、麻帆良に修行に来た『魔法使い』。
空条先生はこのガキンチョを補佐するために呼ばれた、超能力が何らかの形として出せる『スタンド使い』。
そんでもって、これが一般人にばれると魔法仮免許没収、最悪はオコジョに変えられて刑務所生活……これでいいのよね?」

「ああ、その認識で構わない。意外と物分かりが良いようで助かる。
ちなみにオコジョにされるのは魔法使いであるネギ先生だけで、わたしはもともと外部協力者だから謹慎処分程度で済むだろうな」

「……生まれて初めて位に頭脳的な物で褒められたのに、物凄く嬉しくないわ。というか分かりたくなかったわよ、こんな事ー!」

3人の他には誰もいない2-A教室に、説明を聞き終わった明日菜の叫びが響き渡る。

「ちょ、ちょっとアスナさん!? いくら教師が一緒にいるとはいえ、本来ならこんな時間に生徒が残ってるってばれたら不味いんですって!」

「はん、良いんじゃない? そうすれば担任のあんたが責任を追及されるんだから」

ネギは突然大声を出したことに焦るが、明日菜は取りあおうとしない。

パンツ消去の加害者と被害者という絶対的なイニシアチブがある以上、決して強気に出ることができないのが痛いところである。

「……うう、どうしてこんなことになっちゃったんだろう」

「仮にも担任が生徒の前で泣くなーっ! 私だって高畑先生にあんな姿見られて泣きたいわよ!」

夕方の事を思い出してさめざめと泣くネギに、明日菜は先程から終始怒りっぱなしだ。

さすがにいい加減話が進まないと思ったのか、承太郎が先を促す。

「ネギ先生、うなだれている場合じゃないぞ。先程のようにならないようにしっかりとした準備をお願いする。
ともかくここまで説明したのは良いがやることは夕方と一緒だ。神楽坂、記憶を消させてもらうぞ」

ここまでネギと承太郎が明日菜に事情を話したのは、結局ここに行き着く。

つまり、『何故正体を知ってしまった者の記憶を消さなければならないのか』である。

夕方のばれた瞬間では一刻も早く対処しなければと思ってあのような対応になってしまったが、その場で失敗してしまった以上はある程度協力してもらわないとまずい。

記憶を消さないといけない事情の説明、魔法を知ってしまった場合のメリットとデメリット、それらを示したうえでの記憶消去の提案である。

「やるならやるでさっさとして下さい。明日も新聞配達があるから早く寝たいんです」

もちろん、魔法使いになんて係り合いになりたくない明日菜は記憶消去を受け入れた。








……受け入れたのだが――

「何でまた衣服の一部が吹っ飛ぶのよー!?」

――お約束というかなんというか、またしても明日菜の衣服が吹っ飛ぶ。

だが承太郎が事前に提案した危機回避策は功を奏したようだ。

その内容とは、明日菜はジャージを着た状態で、ネギは記憶消去魔法をかける部位を人物指定ではなく頭の方だけにしておくというものだ。

結果、明日菜の着ているジャージの首回りが綺麗に吹き飛ぶだけで済んだため、被害は明らかに少なくなっている。

それでも着ていた服が吹っ飛んだことには変わりないので怒るが。

「……ネギ先生、呪文に間違いがあったりとかはしていないか?」

「いえ、そんなはずはありません。
念のために魔法教本を読みながら詠唱しましたし、そもそも記憶消去は魔法学校の中でもかなり初歩の段階で教わる呪文なんです。
こんな風に衣服がはじけ飛ぶなんて、戦闘用の『武装解除エクサルマティオー』くらいしかありません」

「洋服を吹き飛ばす戦闘魔法って……いや確かに有効的ね、というかえげつなさ過ぎない?
素っ裸で戦えとか言われたら戦うどころじゃないし、まず社会的に死ぬわよ」

「その魔法が暴発した可能性は……なさそうだな。
呪文が一致しているのであればその魔法が発動するはずだし、魔法学校を首席卒業できる人物がそんな初歩的なミスを犯すとは思えん」

その後何回かかけ直してみたものの、結局記憶消去魔法は明日菜に効くことはなかった。

また、魔法をかける度にジャージが破れて行くのかと思いきや同じ場所に同じ魔法をかけているなら同様の場所が破れるらしく、最初の時と破れ方はほとんど変わらなかった。

「……やっぱり駄目です。ここまで効かないとなると、もしかしたら魔法への対抗力が強い特異体質かもしれません」

「となると他の種類の魔法を試してみないことには分からんな。
ネギ先生、神楽坂、もう少しだけ実験に付き合ってもらうぞ。まずは攻撃魔法から――」








そして約1時間後の8時50分頃。

「――よし、めぼしい魔法は使ってみたか。ご苦労だったな、2人とも」

「「つ、疲れた……」」

紙束を持った承太郎は満足げな顔をしており、対照的にネギと明日菜は疲労困憊という風に机に突っ伏している。

理由はかれこれ一時間、ネギが知っている限りの魔法を片っ端からかけていき、その反応の仕方をひたすら書きとめるという作業が続いたからである。

「すまない、子供の頃『刑事コロンボ』が好きだったせいか、細かいことが気になると夜も眠れなくてな。
周りの者からはやり過ぎだとか容赦無いとか言われる程で、それが高じて海洋学者になった様な物だ。
だが収穫はたくさんあったんだ、許してくれないか?」

「うー、魔法の使い過ぎで疲れましたー。でも確かに収穫はたくさんありましたから大丈夫です」

「収穫が多いと私は大変なのよ!
せっかく空条先生に頂いたジャージはもうボロ切れになっちゃってるし、私の体が特殊なのも分かっちゃったし……」

承太郎が言うように、細かい部分が気になってしまったせいでここまで時間がかかってしまっていた。

同じ魔法でも射出する数や魔力の込め方、範囲指定でどのように効果の差が出るのかをいちいち試したのだ。

結果は『頭が痛くなる』ようなものであったが。

攻撃魔法の『魔法の射手サギタ・マギカ』に『武装解除エクサルマティオー』、『眠りの霧ネブラ・ヒュプノーテエイカ』や『風精召喚エウォカーティオ・ウァルキュリアールム』はほぼ無効化を確認。

魔法の射手や武装解除は当たった瞬間にその威力を分散させるようだが、力を分散させる分だけ衣服が吹き飛ぶようだ。

眠りの霧は効かないばかりか「煙い!」と腕の一払いでかき消し、風精召喚を用いた分身は見分けがつかなかったものの殴ってみたら消滅してしまった。

逆に、『身体強化』といった人体操作系の魔法と回復系の魔法は効果が出ている。

それと、魔法の効き目がある場合には衣服は吹き飛ばされない様子。








「さて、ここまでの実験で分かったことは3つ。
1つ目、『神楽坂は自身に悪影響、もしくは敵意を持って与える魔法を無意識のうちに無効化できる』。
身体強化や回復などが効果ありだったのは、体に良い影響を発生させるからだろう。
2つ目、『無効化した時に体の表面へ魔力が分散され、その影響で衣服にダメージが入る』。
こちらに関しては実験で使った魔法の属性、種類がネギ先生の使える物だけであるから何とも言えないが、おそらく他の属性等でも同じ反応をするだろう。
3つ目、『認識阻害や魔法による変装といったものは見破れない』。
ただし認識阻害についてはこれを意識したために効果がゆるくなってきており、変装は物理ダメージを与えると解除される」

手元の資料を見ながらスタープラチナを使って黒板に一つ一つの特徴を書いていく。

かなりの達筆で書いているところを見るに、精密動作性の無駄遣いである。

「うーん、聞けば聞くほど異常さが際立ちますね。完全に魔法使いにとっての天敵ですよ、この能力。
アスナさんは本当に魔法についてご存じなかったんですか?」

「至って普通の学生生活を送ってきた私が知るわけないでしょ。魔法なんて絵本とかゲームの中でしか知らないわよ」

これだけ魔法使いキラーな能力を持っているにもかかわらず、今まで魔法の存在を知らなかった明日菜。

ネギならばこの事実を『奇妙な偶然』として深く考えなかっただろうが、ここに一緒にいるのは承太郎であり、やはり単なる偶然とは考えていなかった。

「……『引力』か」

「ん? 空条先生、何ですかその『引力』って」

「いやいやアスナさん、多分理科の授業で習ってるはずですよ。
2つの物体の間に働く相互作用の1つで、引き合う力のことです。例を挙げるなら磁石のくっつこうとする力ですね」

「いやそうじゃなくて。空条先生は何となく違う意味で言ってるように感じたから……」

「ほう、神楽坂は観察眼が良いようだな。神楽坂の言っている通り、わたしが今呟いた『引力』とは本来の意味合いとはだいぶ違う」

さて、と言いながら体の向きを2人の方に変え、承太郎は語り始めた。

「『引力』というのはスタンド使い同士あるいは強い力を持つ者同士の間に発生する力だ。
強い力は別の強い力を呼び寄せていき、思いもよらない出来事を発生させていく。人によっては『運命』と言うやつもいるがな。
今回の場合だとネギ先生とわたしがこのクラスに来たことによって、神楽坂の能力が引かれ合ったのだろう」

エジプトまでの旅、杜王町事件、イタリアにいるDIOの息子、海洋冒険中の海賊の襲来。

承太郎はスタンド使いであるが故に、今までの人生で様々な危険がその身を襲っている。

楽しかったことや悲しかったこともあったし、時には仲間として出会い、時には決して相容れぬ敵として多くの人物と出会ってきた。

『偶然』なんて陳腐な言葉で今までの出会いを括られたくはないが、『運命』ならば許容もできるものだ。

もちろん、大切な仲間と死に別れたということだけは決して認められない部分ではあるが。

「力を持つものは死ぬまでその力に悩まされ続ける。例え無人島に住み続けていたとしても、人生の中で一度は別の力を持ったものと出会うらしいからな。
そのせいか何時、何処で、誰に出会うのかが分からなくてノイローゼになってしまったものがいるほどだ」

「……魔法を使うものの心得にも『力に飲まれるな』という言葉があります。
ただ単純に力に執着しすぎるなという意味ではなく、もしかしたらこの事も指していたのかもしれませんね」

「ということはもしかして私ってばこれから先、受難続きってこと!?」

「結論から言ってしまえばそうなるな」

「うわぁ、とっても聞きたくなかったわ、その結論……」

これから確実に受難が起こると宣言され、明日菜はがっくりとうなだれた。

そして冒頭のシーンへとつながるのである。








「さて、ここでわたしから神楽坂に提案がある」

話すことや実験することも終わり、停滞していた空気に承太郎が切り込みを入れる。

「結局のところ、わたしたちは魔法がばれたことが周りに伝わらなければそれで良いんだ。
記憶を消す方法が今のところ無い以上、秘密を守ると約束してくれるのならこのまま普段通りの生活を送ってくれていい」

「ちょ、空条先生!? 確かにばれちゃったのはミスですが、嘘をつくのは良くないと――」

「ならこのまま修行をやめにするか? 2度とチャンスはないと聞いたが」

「あうう、でも~!」

生真面目なネギは承太郎の提案に乗り気ではないが、修行をやめたいかと聞かれたらやめたくないに決まっている。

納得できないという表情をしているが反論が出来ないため、仕方なくその提案を通すことになった。

「うーん、本当ならゴネたいけど、空条先生からのお願いなら仕方ないです。でもそれだと私だけが損してませんか?」

「それなら対価は考えてある。
内容は『神楽坂の悩みやピンチを、わたしたちの能力がばれない程度にサポートする』というものだ。
力は死ぬまで付き纏われるものだが、使用方法さえ誤らなければ助けにはなるからな。これで良いだろうか?」

「人の役に立つために魔法を使うのも修行のうちですから、僕はその提案に賛成します」

魔法を無効化する能力が数奇な運命からネギと承太郎にばれてしまった以上、他の人物にも直に露見する可能性は限りなく高い。

もし悪い魔法使いとやらに情報が流れ、挙句捕まえられてしまった場合、戦闘中の盾扱いにされてしまったり、下手すると実験動物扱いされて解剖される可能性だってある。

そうなる前に明日菜を守るものが必ず必要になってくる。

また女子中学生は多感な時期であるために数多くの悩みがあるだろうことを考え、過程を吹っ飛ばしてでも解決させてやりたいためでもある。

「……仕方ないわね、その提案受けさせてもらいます。いきなり襲われて気付いたら解剖されてたとか嫌だし」

どちらにしてもこのままじゃ埒が明かないということは理解しているので、明日菜は比較的穏便に提案を受けることにした。

頭は弱いが空気は読める乙女なのである。

「ただし! 助けてくれるって言ったんですから、私と高畑先生の仲を取り持つことは日常的に手伝ってくださいね!」

「は、はい! タカミチと仲良くなりたいんでしたら、僕としてもお手伝いしたいと思います」

「ふっ、やれやれだ。倫理的に正しいとは言えないが出来る限り手伝うことにしよう」

こうしてここに、担任2人とその生徒の間に奇妙な同盟が組まれたのであった。








夜の9時を過ぎているというのに、街は店の明かりや街頭によってまだまだ明るい。

思ったより人影も多いが、2月の夜の寒さで身を縮こませているためか数が多いという風には見えない。

そんな中を、承太郎たちはのんびりと話しながら駅へ向かっていた。

「あーあ、街はいつも通りの光景なのにどこか違って見えるわ」

「おそらく認識阻害魔法の効きが弱くなったから、普段は気にも留めていなかった部分が見えているんだろう。
世界樹の方を見てみると良い、違和感が凄まじいことになると思うぞ」

「どれどれ……あーホントだー。よくあんなもんに対して不思議さを感じなかったのか、今更ながら少し怖いわね」

「魔法を悪くばっかり言わないで下さいよー。
知識や経験が必要ですけど、さっき空条先生が言った通り正しく使いさえすれば物凄く便利なんですから」

「ふーん、例えばどんな?」

「掃除を自動でやってくれたりします!」

「うわ、確かに便利よそれ。早朝に新聞配達してる間、木乃香にばれないようにやってもらえるなら助かるわー」

取り留め無い話ばかりであったが、3人の間には少なくとも夕方の時のような険悪さは感じさせていない。

それに明日菜の今の一言で、ネギとの関係に良い兆しが見え始めているのが分かる。

「木乃香さんにばれないようにって……もしかして泊めさせてもらえるんですか!?」

「あくまでも仕方なくよ。
このままあんたを野宿させるのも寝覚めが悪いし、他の誰かの部屋に泊めさせたとしてもそっから魔法がばれたら世話無いわよ」

それに、と言いながらネギと承太郎より前へ出てから振り向く。

「アンタと空条先生は私の事守ってくれるんなら、どっちか片方が私の近くにいた方がいいじゃない?
それに、アンタはほっとくと際限なく魔法をばらしちゃいそうでハラハラするのよ。だから私もフォローくらいしてあげる」

勝気な顔でウィンクをする明日菜の顔はネギにとても近くて、ネギの顔は恥ずかしさから真っ赤になっていく。

承太郎はそんな2人の様子を見て、思ったよりも相性がいいのかもしれないと思っていた。

「それでは今日からよろしくおねがいしま……ふぇ……」

「あれ、なんかどっかで同じことがあった様な。えーと、で……で……デジタルがするんだけど」

「……おしいところまで行ったが間違っているぞ、神楽坂。恐らくデジャブと言いたかったのだろうが、奇遇だな、わたしも同じような事を考えていた」

……のだが、そこはやっぱりネギ・スプリングフィールド、良いところでやらかしてしまうのであった。

「ハクシューン!」

「きゃあー! ああもうやっぱりかー! 洋服が吹っ飛ばないのは良かったけど、それでもパンチラはいやー!!」

「……やれやれだ」

寒空の下、明日菜は風によって捲れ上がったスカートを必死に押さえつけながらネギをはたき、承太郎は承太郎でスタープラチナを使って帽子が飛ばないように押さえていた。

どちらかというとスタンド出してまで風に抵抗する承太郎の方が必死である。

(退屈はしなさそうだが、さてどうなるかな)

また言い合いを始めた2人を見ながら帽子を整え、承太郎はこれからについて思案し始めるのだった。








空条承太郎――ネギ、明日菜と秘密を共有する。
          様々な種類の魔法を間近に見て、学者としての好奇心が滾ってきている。

ネギ・スプリングフィールド――承太郎、明日菜と秘密を共有する。
                   同居人となる明日菜への印象を『乱暴だけどいい人』に変えた。

神楽坂明日菜――承太郎、ネギと秘密を共有する。
            この日からネギを同室で泊まらせることを許可した。
            だが、木乃香や他のクラスメイトに魔法をばらさないようにする苦労を背負うことをまだ知らない。


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│To Be Continued   >
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[19077] スタンドデータ①
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2011/03/24 20:48
この作品でのスタンドステータスと本体の補足その1

ステータス評価:A - 超スゴイ  B - スゴイ  C - 人間と同じ  D - ニガテ  E - 超ニガテ








星の白金スタープラチナ

本体名:空条 承太郎

破壊力―A  スピード―A  射程距離―C(2m)  持続力―A  精密動作性―A  成長性―完成



ジョジョ世界ではご存知、世界最強と呼ばれるスタンドである。

最強と呼ばれる所以は能力の『スタープラチナ・ザ・ワールド』であり、これは所謂『時を止める』能力である。

実際には時を止めているのではなく、スタプラが光の速度を超えることによって、相対的に周囲の時間が止まって見えている。

とりあえず、ただ単に時を止めると考えてよい。

全盛期には5秒間の時を止めることができ、同じ能力を持つ宿敵DIOを数々の機転を生かして打ち破った。

この作品では麻帆良の魔力の影響で生命力が活性化され、4秒間の時を安定して止められるようになっている。

だがこのスタンドの強さは、時を止める能力だけでは無い。

トラックすら粉砕するパワー、発射された後の弾丸を見切ることのできるスピードは接近戦において無類の強さを誇る。

さらに数mmの敵すら掴む精密動作性を駆使し、本体の戦闘センスも相まってかオールラウンドに戦えるその基本性能こそが真骨頂である。

唯一の欠点と言えば射程距離の短さであるが、物を投げたりすることでフォローは可能。

その強さは原作でかなり贔屓されており、第3部序盤から第6部のクライマックスまで常にずば抜けていた。

6部と同じく、スタンドパワーの成長はすでに完成済み。



本体の承太郎は作品内の2007年には36歳になるというのに非常に若々しい、というか高校生時代より若返って見える外見。

服装は授業のある日は4部の白い衣装、オフなら6部の紫の衣装を着ている。

服の内側には襲撃者との戦いにおいてネックになるだろう遠距離攻撃対策に、一見ばれない程度にベアリングと投げナイフを携帯している。

麻帆良学園女子中等部2-Aに副担任として赴任することになったが、スタンド使いとしての宿命か、また厄介事に巻き込まれていく。

ちなみに麻帆良学園で時を止める能力を知っているのは魔法使いでは学園長ただ一人。

ただしスタンド使いは独自情報網を持っているためその限りでは無い。

既婚者であるが、海洋冒険家稼業が長かったため家庭は崩壊の一歩手前まで進行していた。

そのため一人娘の徐倫からは毛嫌いされている。

今回の麻帆良赴任により妻との仲が良好になって離婚危機は回避されたから、原作よりも幸せな運命に乗っているだろう。



ジョジョとネギまのクロスをするにあたって真っ先に主人公として採用し、年代設定のため苦労させられた人。

真面目さとユニークさ、そして豊富な知識を持つ承太郎はネギまの雰囲気に合い、ネギを支え導く賢者のような立ち位置へと自然にはまっていった。

大筋の経験は原作と同じであるが、ジョルノと出会って居るなど細かいところでずれが生じている。

また、本来の時間軸とは異なった道を歩いているのは『一巡した世界だからではない』。

その辺りの細かい設定は、番外編である『補習』で順次補足していく。








皇帝エンペラー

本体名:ホル・ホース

破壊力―B  スピード―B  射程距離―A(1km)  持続力―C  精密動作性―E  成長性―完成



回転式拳銃とそれに装填される弾丸型のスタンド。

拳銃の形をしているが、スタンドでできているため一般人と普通の魔法使いには全く見えない。

スタンド能力としては撃った弾丸の軌道を自在に操ることが能力と地味であるが、初見の相手には非常に有効な能力である。

例としては、弾丸を見切ることのできるポルナレフに一撃を入れそうになったほど(庇われたせいで外したが、即死させる寸前だった)。

基本的に目視することの出来ない魔法使いにとっては、見えない弾丸など恐怖でしかない。

また、拳銃と同じように扱えるため、近~中距離の援護としては最高の性能。

第3部の時と違ってステータスで成長性が完成しているが、元が成長性Eのため、戦いながら18年も経っていたらそりゃ完成するってもんである。

成長性の完成によって伸びた能力は射程距離と破壊力。

射程距離は拳銃の最大射程距離と同じくらいの1kmになり、破壊力はBのままであるがしっかりと成長している。

大凡50AE版デザートイーグルと同じ威力にはなっているのだが、破壊範囲が狭いために破壊力Aには届かない。

もちろん対象から離れれば離れるほど威力は落ちるが、スタンドの弾丸であるために風圧などの物理法則による威力の減衰は起きないという完全距離依存の威力。

最大の成長理由は、とある人物から拳銃で戦う際の限界性能を知ったためである。



ホルホルは生年月日の設定が無いため、この作品ではポルナレフと同じ1965年生まれとする(作品内の2007年で42歳になるということになります)。

服装は相変わらずガンマン姿だが、麻帆良の認識阻害のおかげで溶け込めている。

SW財団によって世界各地を転々としてきたため、承太郎と比べてもそれなりの場数を踏んでいて足手まといにはならない。

魔法使いとの戦いも、持ち前の射撃技術と生き意地の汚さで勝ち抜いてきた。

タバコは麻帆良に来てからも続けており、タカミチと喫煙コーナーで一緒にいることが多い。

それと、麻帆良学園にいる某人物2人とフラグを立てている。

事務員仕事は、生粋のNo.2根性で非常に有能。

侵入者との戦いは木の陰に隠れながら弾丸を乱射して面制圧を行うが、「卑怯だ」とか言われたりする。

「勝てばよかろうなのだァァァァッ!!」と考えているホル・ホースにはどうでもいいことではあるのだが。



今回この作品に登場させた最大の理由は、作者が好きなキャラだからという身も蓋もない理由から。

しかし設定を練ってみるといろんなキャラとの接点が生まれ、第2の主人公として使えるくらいになってしまった。

今でこそ事務員だが、オインゴ・ボインゴ兄弟を使わなければ彼も教師の予定だった。

だがこいつに教わるのは不可能だろ、ということで事務員になりました。








書物の神トト神

本体名:ボインゴ

破壊力―E  スピード―E  射程距離―E  持続力―A  精密動作性―E  成長性―E



独特な絵柄で描かれた漫画型のスタンド。

珍しいことに一般人にも見ることのできるスタンドであり、たまに麻帆良学園の生徒に読ませてくれとせがまれる。

スタンド能力は、漫画を通してごく近い未来(最長でも1時間先くらい)を予知するというもの。

時間経過によって浮き出る漫画の通りに行動すれば、その内容に忠実な出来事が起こる。

だがしかし、漫画の内容の再現が完璧でないと予期せぬ事態として漫画内容を再現しようとするためハイリスクハイリターン。

本体の精神の成長がトラウマによって大幅に進んでいなかったため、18年前と同じ性能と考えて良い。

ボインゴは書かれた運命がそこまで絶対ではないと過去の戦いから学んだため、現在の使用方法はとりあえずの危機の事前察知程度。

運命で全てを縛れば絶対に勝てると確信していた子供の頃よりは、遥かに成長していると言える。



ホル・ホースと同じく生年月日の設定が無いため1980年生まれとし、この作品の2007年に27歳になります。

つまり、第3部では8~9歳だというのに承太郎たちと戦っていたということに……。

18年間の麻帆良学園生活によって、性格の改善は割と出来ているようだ。

戦闘能力は皆無なので、予言による麻帆良への侵入者の察知を子供のころから依頼されている。

大学卒業後に先生となり、社会系の教師として麻帆良女子中等部で働いている。

根暗ではあるものの、受け持ちの生徒からの信頼は厚い。

スタンド能力の相性と木乃香の護衛としての意味も含めて、占い研究部の顧問を担当していたりもする。

身長はそれなりに伸びて150cm弱といったところ。



ホル・ホースを出すならこいつも出すべきだろうと思って執筆直前にプロットにねじ込んだキャラクター。

暗い性格だが決して不真面目では無いので、麻帆良学園で更生してもらってからの仲間入り。

バトルシーンでは後方支援担当なので、解説役としての立ち回りを受け持つ。

独特なしゃべり方のため、台詞の作り辛さは現時点でNo.1かもしれない。








創造の神クヌム神

本体名:オインゴ

破壊力―E  スピード―E  射程距離―E  持続力―A  精密動作性―E  成長性―E



スタンドビジョンが無く、能力行使しかできないスタンド。

能力は本体の姿を自在に変化させるスタンドで、帽子などの身につけている小物も変化が可能。

ただ姿を変えるだけなので、役に立たないと言えばそれまでである。

変化は完璧であるのだが、記憶の複写などは行えず、自分自身の演技力が高くないといけないためやはり微妙。

スパイとして使うには申し分のない能力ではあるのだが、魔法使いのスパイとして使うとなると魔法行使できないので無意味。

もっぱら事務員として働いているときに小さな子供を驚かせたり、逆にあやす時などに使用している。

そのせいか、幼等部や小等部低学年の子供たちの人気者になってしまっている。



生年月日の設定が無いため、花京院と同じ1971年4月以降生まれの、作品内2007年に35歳としている。

ホル・ホースやカメオとチームを組んでいたが、戦闘でカスほどにも役に立たないため、基本的に調査対象への直接干渉が仕事だった。

自衛ができないため、ある意味ではチーム内で一番危険な仕事であったかもしれない。

戦闘力は皆無であるために麻帆良でも基本的に事務仕事メイン。

麻帆良での事務員仕事は前述の子供人気のために、幼等部や小等部周辺に駆り出されることが多い。



おそらく麻帆良学園にいるジョジョ原作キャラの中で一番影が薄いキャラクター。

ぶっちゃけるとボインゴだけでも良かったのだが余りにも哀れ過ぎて何も言えなくなりそうだったので、ミスリード要因としてプロットにねじ込み。

というかミスリードを作り上げる以外で使いどころが良く分からない。

地味なうえに本編キャラに関わり辛いエリアに飛ばされる彼の出番は、完結までにどれだけあるのだろうか。



[19077] 8時間目 暗闇の迷宮①
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/12/06 13:48
何時から此処にいたのか、詳しいことは何も思い出せません。

気付いた時には此処にいて、気付いた時には何もかもが遅くて。

大地に立って歩くための足が無いのに、人としての命を支える心臓が無いのに、そもそも命が無いのに、私は日々を過ごしています。

出来ることはあまりにも少ないですし、出歩ける範囲は世間一般に比べてとても狭くて退屈です。

でも月日が流れるたびに変わっていく様子がどこか楽しくて、月日が流れても変わることのできない自分が悲しくて。

この世に未練があるのか、それとも天国や地獄は満員のため新しく入ることはできないのか、60年ほど経った今も変わらず此処から離れられないでいます。

誰にも見られず、誰とも触れられず、誰とも話せず、誰とも友達になることが出来ず、教室の中で皆を遠巻きに眺めているだけ。

私を見ることが出来た人もいたけど、気味悪がって2度と私を見ようとはしませんでした。

去年くらいからそんなことも無くなってきたけど、やっぱりクラスメイトとしてはどうなのかなって思ったりします。

だって私の事を見れる人としか友達になれないなんて、寂しいじゃないですか。

何を叫んでも聞いてもらえない、何を望んでも手に入れられない、何を感じても伝えられない……そんなのはもう嫌なんです!

だからお願いします、私を此処から連れ出して欲しいんです。

結果として消えてしまっても良い……此処で無いどこかへ行ってみたいから。

だから連れ出してください、このいつ終わるとも知れない『先の見えない迷宮』のような毎日から――








8時間目 暗闇の迷宮①








人は見慣れてしまったものを軽視する傾向にあるという。

例えば、学園中央駅からそれぞれの学校に向かう人の波、というよりも津波。

体に付いている2本の足で走る者や路面電車に乗っていく者、バイクに乗っている者もいて、古今東西の移動手段の見本市のような有様である。

赴任当初は凄まじい勢いだと思ったものだが、1週間もすると日常の一部と認識するに至ってしまった。

今では自分もその津波の一部だと考えると、人間の持つ適応力とはかくも偉大なものなのだと思ったものだ。

例えば、中学生がオーナーをやっている飲食店。

受け持ちの生徒が飲食店オーナーで、調理師も受け持ちの生徒、ウェイトレスも受け持ちの生徒、全部生徒。

高畑先生に連れられてネギ先生と初めて食べに行った時、見慣れた顔が仕事をしていた事と料理のおいしさに驚いたものだ。

実力さえあれば何でもできるのが麻帆良学園であると分かってからは、特に気にも留めなくなっていった。

生徒たちもどこか尖っている印象が多い感じだが、これも大体慣れてしまっている。

「やっほー、空条せんせー!」「今日もでっかいねー!」

どう見ても小学校入りたてにしか見えないような鳴滝姉妹。

「おはようございます、空条先生。今日もお変わり無い御様子で」

麻帆良に来た最初の方で見た覚えのあるアンドロイド(細かいことを言えばガイノイドらしいが)の絡繰茶々丸。

小さい人間なら康一君も同じようなものだし、人工知能技術自体は90年代には確立していたため、ボディさえ完成すれば学校に通えるくらいにはなっているだろう。

「おはようございます、空条先生」

「おはよう、承太郎先生」

「おはよアル、先生!」

「空条殿、おはようでござる」

竹刀袋を持った桜咲、銃を隠し持っているだろうことが服の上から分かる龍宮、拳法家らしい古、時代劇のような話し方をする長瀬ら4人、通称『武道四天王』からの殺気や闘気混じりのあいさつにも慣れたものだ。

だがどれほど見慣れたとしても、どうしても感覚的に慣れないものがある。

『あ……おはようございます~』

弱々しい挨拶を投げかけてくる出席番号1番の『相坂さよ』、これがどうしても慣れない。

何故なら彼女は半透明で空気的な人物、と言うよりも『幽霊』だからだ。
















承太郎が彼女に気付いたのは赴任2日目の授業中である。

生徒一人一人の席順と顔を覚えるためにクラス名簿を見ながら教室を見まわしていたのだが、最前列窓際の席に生徒がいないことに気がつく。

(昨日に引き続き欠席か。……しかし昨日は思い過ごしかと思ったが、あの席から感じる気配……確かどこかで――)

それだけならばただ欠席しているだけで流すことが出来たが、どうにも昔どこかで感じた違和感が誰も座っていない席から発せられていた。

ともかく、現在教室にいる生徒とクラス名簿を見比べながら誰がいないかを把握しようとした承太郎は、席の主が相坂さよであることを知る。

ここで不思議に思ったのはクラス名簿のさよの写真と、タカミチが残した一言メモの内容である。

写真を見ると制服の意匠がまるで違い、また写真は色あせていた。これだけ見ればさよは転校生か何かで、その際の書類の不手際と思える。

メモは二言残されており『1940~』『席、動かさないこと』と書かれている。数字は年号で間違いないと思うが、席を動かすなとはどういう意味か。

この時点で分かることと言えば、相坂さよの席は60年以上前から何かしらの思惑があって動かされていないということだけ。

理解力の良い承太郎でも、これだけの情報では正直ここに籠められた意味が分からない。

仕方が無いので、承太郎は違和感を発し続けている席を、生徒たちに不審に思われない程度に感覚の目でよーく見てみることにした。

スタンド使いはスタンドヴィジョンを表に出さなくても、体の内側で発動させるだけで感覚を一体化させることができる。

スタープラチナの目と自分の目を同一とし、普段は見えづらい物を見よう眼を凝らす。

しかし眼を凝らしたところで違和感が形になって出てくるわけでもなく、時間の無駄かと思って目線を外そうとした時、それは起こった。

承太郎の目に、席に座っている何かがぼんやりと浮かび始めてきたのである。

(――そうだ思い出した、これは杜王町の『ふり向いてはいけない小道』で感じていた空気!
『杉本 鈴美』と会話していた時に常にも感じていた、『生気の無い存在』が発する違和感!
なら相坂さよはまさか……)

その光景を見て、やっと感じていた違和感の正体を思い出した承太郎は、相坂さよの正体を悟ったのである。

即ち、幽霊であると。








席に現れたぼんやりとした輪郭はすぐに白い人型のシルエットとなり、ポラロイドカメラで撮った写真のようにじわじわと形を鮮明にしていく。

この光景が見えているのは恐らく承太郎ただ一人。

でなければさよの席が視界に入る生徒の誰かが何かしらのリアクションを取るはずである。

少し教室の様子を見る限り、生徒たちの態度に特に不審な点は見当たらない。

『……ぁ……ゎ……』

ぐにゃぐにゃと揺らめく白い液体を一纏まりにしたような姿は、間もなく完全な人型に変わりそうだ。

姿が見えるようになってきたためか、さよが発しているだろう声がか細くであるが聞こえてくる。

『……ぃぃ……すねぇ』

声量が小さくて不明瞭、しかもノイズがかかった様な声なので、若干ではあるが嫌悪を感じてしまう。

幽霊の言葉が生身の人間に対して与える不安定になるなどの影響は、案外ただの生理的嫌悪感だったのかもしれない。

やがて写真に映った姿と同じく、古い形式のセーラー服を着たさよがはっきりと見えるようになった。

見た目は詩的に表現すると、深窓の令嬢と言った感じか。

2つの意味で透き通った白い肌をしており、腰まで伸ばした髪は絹糸よりも滑らかに風になびいている。

窓の外を見ながらアンニュイな表情をしており、もし動くことが無ければ絵画の一場面や精巧な人形のようにも見えただろう。

その美しさは、同年代の男子学生が見たら一撃で再起不能リタイア間違いなしといったところだ。

ただ、雰囲気が若干暗いので好みが分かれるところではあると思うが。

(ほう、幽霊でも風の影響を受けるのか。それによくある怪談話のように足が存在しない……。
しまったな、杉本鈴美のときにももう少し観察するべきだったか)

だがそんなことはお構いなしにその様子を観察する承太郎。

この男、着目点が違い過ぎると言わざるを得ない。

『ふぁ~、冬とはいえ窓際は暖かくて気持ちいいです……。
どうせ見えないからもう寝ちゃいましょうか……いや、幽霊だから寝れませんけど……』

そうしてクリアになったさよの声は、なんともほのぼのとしたものであった。

おどろおどろしい恨み事でも呟いているのかと思えば、割とどうでもいいことを綺麗な姿勢で呟いているのは中々にシュールである。

『新しい先生には私の事見えていないみたいですし、どこかに出かけ……いやいや、一応生徒だから授業だけはきちんと受けないと……』

もうちょっと鈴美のように初見のインパクトがあれば承太郎としても危機感を持ったのだろうが、どうも見る限り誰かに危害を加えられるようには見えない。

(……見た感じ、教室の誰かに悪影響を及ぼしている様子は無しか。しばらくは様子見だな)

さよの雰囲気が穏やか過ぎてあまりに拍子抜けだったため、承太郎の興味も早々に消えてしまったようだ。








だが長いこと視線を向けていたせいか、さよが視線に気づいて承太郎に顔を向ける。

考えてみれば普段視線が向けられないような人物が自分に向いている視線を感じたら、視線の主の方を向くのが道理である。

『あれ……もしかして副担任の承太郎先生、私の事が見えていたりしますか……?』

きょとんとした顔を少しだけ傾げながらこちらを向く姿は、文字通り儚げに揺れている。

(……こちらの視線に気づいたか。しかしどうする?
他の生徒に気づかれないようにコンタクトを取るべきか、それとも見えないふりを……いや、隠すメリットが無い。
問題はどうやって伝えるべきかだが……)

忘れがちではあるが、今現在この教室では授業が行われている真っ最中だ。

黒板の方を見れば、ネギが雪広あやかに渡された踏み台を使って板書きをしている様子が見える。

視線のほとんどはネギの方に行っているとはいえ、人間の視野角の広さは馬鹿にならないのを知っている承太郎は下手に動こうとはしない。

それに、ネギに対して消しゴムを飛ばしていた明日菜を注意した後から教室が割と静かになったため、小声で伝えようとしても周りの生徒にばれる可能性がある。

『承太郎先生ー? やっぱり見えてるんですかー?』

そんな悩んでいる承太郎を余所にさよは席から離れて承太郎に近付き、顔の前でひらひらと手を振って必死に確認しようとしていた。

いくら周りの生徒に見られていないとはいえ、些か自由奔放である。

(ふむ、向こうから近付いてきているならこの方法で……)

だがそんなさよの行動は承太郎には好都合だった。

承太郎は授業用の資料に走り書きをし、こんこんと指でその部分を叩いてみる。

その行動に気付いたさよは、承太郎の体をすり抜けながら走り書きをのぞき見る。

ちなみにすり抜けられた瞬間に承太郎は言いようのない悪寒を感じていたのだが、幽霊に触れられるとこうなるのかなどと感心していた。

『えーと、授業終了後に後ろをついて来い、ですね。 分かりました、憑いていきますー』

何かイントネーションがおかしかった様な気がしなくもないが、ともかくこちらの意図には気付いた模様。

その後は特にさよも承太郎もすることが無く、時折ネギの授業のフォローをしながら『表面上は』普通の授業が続いていった。

なお『水面下』では、承太郎の行動を注意深く見つめる者が『少なくとも4人』いた事をここに記す。








「ハイ、今日の授業はここまでです! 宿題はたった10問だけですので、忘れないようにしてくださいねー」

「まぁ、教科書と板書きしたノートさえあれば十分解ける内容だ。
ただし、宿題を忘れた者と正解率が芳しくない者は居残り授業になるので心してかかるように。では、お疲れ」

「「「「「「はーい、先生さよーならー!!」」」」」」

本日の授業も終わって、この後には職員会議も無し。

書類もタカミチが1週間分を終わらせているため、今週中だけはネギも承太郎もすんなりと家路に就くことができる。

しかし教師が授業終わりに直帰ができるなんて、普通の学校では恐らくありえない光景である。

「そういえば空条先生、この後用事があったりしますか?」

「ああ、1件先約があってな。どんな用事だったんだ」

そんな恵まれた環境で教師を務める2人は、職員玄関で靴を履き換えながら話をしている。

「いえ、アスナさんがタカミチの事を好きらしいので、この『魔法の素・丸薬七色セット(大人用)』を使ってホレ薬でも作ってみようかと思って。
空条先生は色々な魔法に興味がありそうだったので、良かったら一緒にどうかなー、なんて」

本来ならこんな珍しい内容に承太郎はすぐさま食いつくはずなのだが、眉間を揉みながら考え込むように皺を寄せている。

「……ネギ先生、わたしの記憶が正しければホレ薬を作るのは違法で、ばれたらオコジョ刑間違いなしのはずなんだが……」

「はい、空条先生ならそう言うと思ってってええーっ、ウソ!? 僕もう少しで作っちゃうところでしたよ!」

「……魔法にそれほど詳しくないわたしが知っている事なんだが……。仕方ない、明日にでもわたしが読んだ魔法法律関係の本を貸そう」

「うう、すみません。何か昨日からずっと修行を台無しにするような失敗ばかりです……う……うわーん!」

ネギは自分への情けなさからとうとう泣き出してしまった。

10歳というか実際には9歳のネギは、まだ2日間とはいえ常に年上の真っただ中に立たされている。

慣れていない環境もあってか、ホームシックのような部分もあったのだろう。

それに加えて前日に起こった騒動である。

歳不相応に見せようとしていた精神の堤防はわずかにひび割れ、感情が流れ出してしまったのだ。

「あー、ネギ先生。まぁ、その、失敗は誰にでもあるだろう。だからなんだ、泣きやんでほしいんだが……」

しかしここで焦ったのは承太郎である。

たった2日間だけでも周囲からの自分たちへの認識は、ネギ=子供先生、承太郎=超厳しい先生となっている。

この状況だけを見られたら間違いなく、子供先生に説教をして泣かせてしまったなどと誤解されてしまう。

いくらなんでも昨日から非常にビビられ過ぎているので、これ以上悪印象を持たれたくは無いというのが嘘偽りない本音である。

だが子供のあやし方なんて育児経験が妻に任せっぱなしだったせいで皆無に近い承太郎が知っている訳もなく、とにかくなだめようと言葉を続ける。

「頭が良いのは分かるが、まだネギ先生は子供だ。
未だ知らないことなど山のようにあるだろうし、何が正しくて何が悪いのかなんてのはこれから学んでいくことだろう。
それに子供のフォローは大人の仕事だし、わたしはネギ先生を責めているわけでもない」

「それでも思っちゃうんです。僕みたいなのが上手くやっていけるのかどうかを」

「担任なのだから胸を張って行動するんだ、そうすれば結果も生徒も後から付いてくる。
その行動が正しいのならばわたしは何も言わないが、間違っていたのならばすぐに正してやる」

「グスッ、ま、また迷惑をかけてしまうかもしれませんよ?」

「その時はその時だ。安心しろ、叔父に会いに行ったら殺人鬼と戦うことになったこともあるくらいトラブルに慣れている」

「プッ、あはは、そんなことあるわけないじゃないですかー。……でもおかげでなんとなく気分はすっきりしました、ありがとうございます」

「……ふう、やっと泣きやんでくれたか。ただし今話した内容は本当だ、そこのところははっきりさせて置くぞ」

やっと泣きやんだネギは、心なしか昨日よりも瞳の輝きが増しているようにも見える。

それは決して涙に濡れているからではない。

その小さい体に無理やり背負っていた重荷が幾分か軽くなったためだろう。

「本当にありがとうございます、おとう……いや、その、空条先生。
あのー、もし良かったら授業以外の時は『先生』ではなく『君』付けで呼んでもらえませんか?」

「別に構わないが……突然どうかしたのかネギ先生?」

ネギは頭を下げながら承太郎にお願いをするのだが、肝心の承太郎は会話展開に付いていけていなかった。

「あの、突然こんな事を言われると困っちゃうかもですけど、なんだか空条先生は『お父さん』って感じがして……。
僕、本物のお父さんにはほんの少ししか会ったことが無いので、父親というものを良く知らないんです。
昨日会ってからこれまで2日間だけですけど、英雄の息子としてじゃなく僕をきちんと叱ってくれる空条先生はお父さんみたいだと思ったんです。
だから普段は先生としてではなく、ネギという1人の子供として見て頂きたいんです……駄目ですか?」

ネギからの説明でやっと状況を悟ったが、予想以上に重い内容だったことに気づく。

実の父親を知らないで生きてきた子供、それはどんなに辛い事なのだろうか。

いや、努めて考えないようにしていたのだが、やはり徐倫とどうしても被って見えてしまうことが多い。

こうしてネギと交流を交わしているのも逃避なのだろうか。

答えは出ない。

「いや、駄目では無い。それでは今からそうさせていただこうか、ネギ『君』」

君付けで呼んだだけなのに、ネギの顔はパァーっと輝やくような笑顔に変わった。

例え方が悪いが、もし雪広あやかがこの場に居たら、鼻血の出し過ぎで憤死しているかもしれないほどの良い笑顔だ。

「それでは長々とお話しさせちゃってすみませんでした! それじゃ、僕はアスナさんたちの部屋に戻ります!」

「ああ、今日はお疲れ様、ネギ君」

杖と書類が入ったリュックを勢いよく持ち上げ、軽快に走り去ろうとするネギ。

そんな後ろ姿に承太郎は、一言質問を投げかけてみた。

「ネギ君、始まったばかりで何だが今の生活は楽しいか?」

きょとんとした顔でこちらを振り向いたネギだが、さも当たり前であるかのような顔をして質問に答える。

「ハイ、辛いように感じることもちょっとありますけど、楽しいです!!」

そうして再び走り始めたネギの姿は、砂煙をあげながら瞬く間に見えなくなっていった。








『いやー、青春ってこう言うのなんでしょうか? 余りに昔過ぎてもう思い出せません……』

ネギを見送っていた承太郎の背後から突然声が聞こえ、反射的にスタープラチナの右腕を背後に振りぬく。

間違い無く周りに誰もいない状況下での声だったので、「新手のスタンド攻撃か!?」とか若干考えながらの行動である。

しかし放課後にしていた約束を間一髪で思い出し、今まさに背後の人物に当たろうとしていた右腕をピタリと止める。

『いやあああああ、死ぬ! 死んじゃいますー……ってあれ? そういえば私、もう死んでるんでした……』

案の定、背後にいたのは『授業終了後に後ろをついて来い』と承太郎自身が伝えておいたはずのさよであった。

麻帆良にはしっかりとした人物をポルナレ――もとい、おっちょこちょいにでもする効果があるのだろうか。

「……すまない、ネギ君の対応をしていてすっかり忘れていた。怪我とかは大丈夫か?」

『えっと、大丈夫です……。ほら、それにもう死んじゃってるわけですから、多分当たったとしても何ともないですよ』

「……そう言ってくれると助かる」

やれやれと少しだけずれた帽子を直しながら、承太郎の背後霊と化しているさよに向き直る。

『でも承太郎先生も不思議な力を持っていたんですね。ネギ先生は魔法って言っていたからすぐに分かりましたけど』

「む? 魔法を以前から知っているような様子だな。
まさか幽霊には認識阻害が効いていないのか……いや効くわけがないな、そうまでする必要が無い」

またまた幽霊についての考察を始めようとした承太郎だったが、冷静に今聞いた言葉を思い返してみると、無視できない事柄が含まれていたことに気づく。

杉本鈴美の時と比べてみると、明らかに無視できない項目が一つ。

鈴美はあくまでもこれを『不思議な力』として感じていただけのはずだ!

「……すまない相坂、これスタンドが見えるのか?」

スタープラチナの全身を完全に顕現させ、背後霊のように配置する。

『え? はい、勿論見えていますよ? 私みたいな幽霊と違ってとっても強そうな背後霊さんですね……』

そう、相坂さよは『スタンドが見えていた』!

もしも『スタンドはスタンド使い同士で無いと見えない』というルールが幽霊にも適用されるのならば――

「相坂さよ、まさかお前は……」

――彼女もスタンド使いで無いと矛盾してしまうのである。

『スタ……ンド? 何ですか、それ……?』








『引力』は時すらも超え、どんなものにでも存在する。








空条承太郎――幽霊生徒、相坂さよと接触!

ネギ・スプリングフィールド――憑き物が取れたような晴れ晴れとした表情で部屋に帰ったが、そんな表情だったためか逆に明日菜に心配される。

相坂さよ――麻帆良学園中等部2-A、出席番号1番、『スタンド使いと思わしき幽霊』。
        自分でも知らなかった体の秘密を教えてくれた承太郎に、己の願いを伝える。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  


後書き:
さよの幽霊としての設定は『デッドマンズQ』とは違います。

そうでなければとっくに2-A教室で死んで(?)しまいますから。

このSSでは生前に罪人であった場合のみ、『デッドマンズQ』の幽霊設定を適用させます。



[19077] 9時間目 暗闇の迷宮②
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/12/06 13:57
さよがスタンド使いではないかとの疑惑が浮上した後、承太郎は学校周辺を歩きながらさよと会話していた。

ちなみに誰にも見えないはずのさよとそのまま会話していたら承太郎の社会的地位が危険なので、周囲には携帯電話で話しているように見せている。

「つまり、相坂は自分に存在感が無いから周りの人に見えていないと思いこんでいたんだな」

『はい……。私ってば学校に縛られている地縛霊じゃなくて、幽波紋スタンドって種類の浮遊霊だったんですね』

「厳密には違うが、まぁ大体そんなところだ。
見える人物は限られているし、もし見えていたのならば警戒していたんだろう。おそらく『新手のスタンド攻撃か!?』とな」

『うう、私ってそんなに攻撃的に見えますか……』

「うおっ!? ……相坂、その気合を入れた顔はやめておけ。割と怖かったぞ」

『ご、ごめんなさい承太郎先生!』

どうやらネガティブな感情になると顔の造形がホラーなものに変わってしまうようだ。

数々の修羅場を潜り抜けてきた承太郎ですら若干ビビってしまうような造形であるため、ただの女子中学生がそのシーンを見たら間違いなく話しかけようとはしない。

さよの事を見る事が出来た者が彼女を避け続けた理由はこれなのだろう。

さよは強面な承太郎の軽く引いた顔を見てショックを受けたが、直ぐにプルプルと頭を振って造形を元に戻す。

『こ、これで大丈夫ですか?』

「ああ、元通りになっている。しかしあの顔だと下手するとお前を見える奴に攻撃されるから、意識して出さないようにしておけ」

『はい、分かりました……』

今度は顔の形は変わらなかった。

どうやら意識するだけでどうにかできる体質であるらしい。








「……意識するだけで動作を制御する、か。もしかすると相坂はスタンド使いでありながら、自身の体そのものがスタンドヴィジョンであるのかもな」

だがその様子から承太郎は、さよがスタンド使いであることを完全に確信した。

『? 私がスタンドでスタンド使い……自分で自分を操っているってことですか?』

「多分な。 スタンドとは精神力と生命力を用いてヴィジョンとして形作るもののこと。
スタンド使いになるには素質と強い精神力が必要となるんだが、素質があって死ぬ瞬間に強い思いを抱えていた者はどうなるのか?
おそらくは本体の魂自体がスタンドとして変質して、死んでしまいそうな体の中にある生命力を使ってスタンドになるのだろう」

以前知り合いに聞いた話からも推測しているんだがな、と承太郎は付け足した。

「自分が死んだ場所に特別な思いがあるわけでもなく、自分を殺した特定の人物に恨みがあるわけでもない。
相坂はあくまでも自分のスタンドに行動を縛られ続けている幽霊なんだろう」

『おおー! それじゃ私は自分で自分を束縛しているから、地縛霊ならぬ『自縛霊』なんですね!』

瞬間、余りの寒さに空気が凍る。

承太郎はもとより、さよの声が聞こえていないはずの周囲の人々まで寒さを感じているようだ。

射程距離はホワイト・アルバムは静かに泣くジェントリー・ウィープスよりも遥かに広大である。

しかも瞬間的に射程内の人々を氷漬けにしているのだから恐ろしい。

なお、氷漬けにした本人は絶賛どや顔中である。

「オホン!」

だが承太郎の咳払いで滑った事に気付き、その白い肌を真っ赤にして『い、いや、違うんですー!』と手をぶんぶん振り回して涙目になった。

幸いにも承太郎は聞いて無かったことにしてあげたため、空気は先程までの緊張感あるものに戻る。

それによって空気の冷凍も治まり、「何だったんだろう、今の?」とか思いながら人々の行動は再開された。

……さよの涙目はしばらく治らなかったが。








「スタンドであるなら何かしらの能力があるはず。
わたしは先程からいくつか能力の推測を立てていたのだが、おそらく相坂のスタンド能力は『幽霊として振る舞う能力』だ」

さよから道中聞いた話によると、気合を入れれば血文字やポルターガイスト現象など、比較的ポピュラーな心霊現象を起こすことができるらしい。

しかしそんな事を長い時間この世に留まり続けている幽霊全てが出来るのならば、吉良吉影はとっくに杉本鈴美に殺されていた。

どう考えてもさよより杉本鈴美の方が精神力が勝っているのは間違いない。

「幽霊は強い精神を持っていれば、特定の対象を求めて行動することができる。
振り返ってはいけない小道の幽霊は『振り返ってしまった者をあの世に送る』、杉本鈴美は『自分を殺した相手を殺し返すまで消えない』といった形でだ」

『それだと私はどうなるんでしょう?
誰かしらに恨みも無いですし、学校に縛られてはいますけど、学校周辺って限定された地域内なら割と自由に動けますよ?』

「わたしもその点が気になっていたんだ。さっき言った通り、相坂は『自分の信念に縛られている幽霊』のはずだ。
だがスタンド能力が私の思った通りなら、その謎には答えが出せる」

いつの間にかコンビニの近くまで歩いてきており、承太郎が止まることによってさよもつられて止まる。

「確かこのコンビニからちょっと行くと進めないんだったな?」

『そうですね、ここまでは何故か出歩けるんです』

「それがそもそもおかしいんだ。ここは麻帆良学園都市。言ってしまえば『この都市全てが学校』と言っても過言じゃない。
ならば何故、麻帆良女子中等部周辺にのみ縛られているんだろうな」

『それは……私は教室で幽霊になっている事に気付いたから……』

「おそらくはその時に刷り込みインプリンティングをしてしまったんだろうな。
『私はこの教室の地縛霊だから、この周辺しか移動できない』とな。
まだ死因ははっきりしていないから何とも言えないが、『教室の地縛霊ではないから、ここに縛られることは無い』と意識できればどこへでも行けるはずだ」

そう言って承太郎はコンビニから駅の方へ歩き出す。

さよも付いていこうとしたが、突然見えない壁に阻まれたかのように止まってしまった。

『やっぱり駄目です、ここからは進めません』

「……やはり長い時をかけて刷り込まれた認識は早々変えることはできないか」

直ぐに振り返り、さよが立ち止まったところまで戻る承太郎。

孤独が嫌だというさよに対して割と血も涙も無い事を何も説明せずに行う点は、流石承太郎と言うべきか。

いや、決して人に誇れるようなことじゃない。








「仕方ないが今日はここまでだ。そろそろ家に帰らないと妻の機嫌が悪くなるからな」

『あ、長々とお付き合い頂いてありがとうございました』

さよはぺこりと頭を下げるが、どうも浮かない顔をしている。

「まぁ、とりあえずわたしは明日までに相坂の死因などを調べて来る。
明日も同じように携帯電話を隠れ蓑にして会話はできるが……やはり一人で教室にいるのはさびしいのか?」

『いえ、もうそれには60年以上の中で慣れちゃいました』

寂しげに笑う彼女の眼には嘘を言っている様子はないが、何かを伝えようとする決意が見えていた。

さよは何かを逡巡するようにしていたが、やがて手を固く握り締め、意を決して口を開く。

『……承太郎先生、一つお願いをしても良いでしょうか?』

「む? ああ、わたしに出来る範囲の事であれば構わないが」

『それでは一つだけ……私を、此処から連れ出して欲しいんです――』

こうして承太郎は、さよが囚われ続けている迷宮の出口を探すことを了承したのだった。
















(教師用ログイン……完了。次に全生徒名簿からの相坂姓の生徒検索開始……相坂姓該当者複数、親族か?
ならば絞り込み検索、名前は相坂さよ……該当1件、これか)

現在深夜0時、承太郎は新たな自宅のパソコンから麻帆良の教師用データバンクにログインしていた。

そんなことをしている理由は、覚えていることは自分の名前くらいしかないさよの事を書類情報から調べるためである。

生前の人格などは詳しく把握できないだろうが、少なくとも幽霊になったタイミングと死因だけは分かる。

予想外だったのは麻帆良学園の生徒名簿は時代の波に合わせて全て電子情報化処理済みであるため、短時間で簡単に見つけることが出来てしまった事だ。

第2次世界大戦の折に麻帆良学園への被害がほとんど無く、また書類の保存状態が良かったために、データバンクには文字通り全生徒情報が入っている。

しかし入力には多大な時間がかかるわけで、ならば一体どれだけの労力をかけてこのデータバンクを作り上げたのだろうか。

承太郎は後日知ることになるのだが、麻帆良大学工学部のガイノイド軍団フル稼働した結果である。

そりゃアイカメラで見た紙の情報をリアルタイム通信で登録していくだけだから、人間のタイピングより早いに決まっている。

閑話休題。








そして今、承太郎のPC画面には当時の名簿をスキャンした画像と、書かれていた文章を見やすいようにテキスト化したデータ、その2つが映し出されていた。

(麻帆良学園女子中等部所属生徒、名前は相坂さよ、1925年生まれ、没年1940年……やはり60年以上教室に縛られているのか。
当時の成績と素行はどちらも良好、問題を起こしも起こされたりも無し、目立たない生徒だったが友達は多かった、と当時の担任が書いているな)

色あせた名簿用紙に書かれた当時の担任のメモには、他にも『彼女を卒業させてあげられず無念だった』と書いてある。

余程悔しかったのだろう、用紙の隅に何か――おそらくは涙だろう――で濡れた跡が残っていた。

また、テキストデータには文集へのリンクが張られており、生前書いた短歌が残されているようだ。

開いたページに映るのは『石蕗を 植える小さな 彼女の手 時がみちるを 楽しみにして』という短歌。

綺麗な短歌だが、どこか物哀しい印象を与えてくる作品だった。

だが承太郎が感傷に浸ったのは数瞬、その短歌を画面の隅に移動させながら、継続して関連情報を開いていく。

今必要なのは悲しむことじゃない、承太郎はそう割り切って作業を進めて行った。

しかし通常権限で見れる情報に生徒の死因などが書かれている訳もなく、名簿データからの情報では行き詰ってしまう。

(……さすがに生徒の死亡原因は名簿に書かれていないか。なら特別教師権限で麻帆良附属病院のカルテを探すか)

名簿データがだめなら病院の患者データ、承太郎は通常なら見ることのできない病院のデータバンクへのアクセスアイコンをダブルクリックした。

実は魔法先生と同等の権限を持つ『スタンド先生』である承太郎なら、麻帆良にある大抵の情報へのアクセス権を保有している。

冷静に考えてみたらプライバシーの侵害に当たるかもしれないが、そんなことを気にしていたらSW財団の仕事なんで出来やしない。

過去にはジョセフによって隠されていた写真から仗助の素性を1から10まで調べ上げたのだから今更である。

(相坂さよに関するカルテ……思ったよりも少ない。これで病気による死は除外できるな)

カルテももちろん情報化済みであるため、名簿からページを飛んで病院の内部ページへと進んで、さよに関するデータを漁っていく。

しかし承太郎が可能性の一つとして考えていた病気による死は、カルテの内容を見る限りではありえないことが早々に判明した。

ならばなぜ15歳という若さで彼女は死ぬことになったのだろうか。

それを知るために、承太郎は一つ一つのカルテを丁寧に読み進めて行く。

そして、カルテの中で最も新しいもの――それでも60年以上前のではあるが――にたどり着いた時、彼は真実を知ることになった。

(これだな、相坂さよの死亡時のカルテは。さて、死因は……!?)

そこに書かれていた死因は、承太郎の予想から大きく外れたものであった。

それもそのはず、こんなものは『悲劇』としてしか言い表せない内容だったからである。

こんな死に方を予想できる奴なんて居る訳がない。

居たとしても、頭の中がネガティブで感情でいっぱいになった狂人くらいだ。

(この証言からすると彼女の家族は……関連して親族の情報と現場の現状の検索開始!)

さよが死んだ原因の切欠の一つに関する重要な証言があり、すぐさま家族と現場の情報を探り始める。

そうして出てきた彼女の母親の情報には、さよが死ぬ以前にすでに亡くなっているという事実が記載されていた。

一方現場の情報には、最近補修がされた事と『とある花』についての情報があった。

(……しかしどうする? この事実を伝えたうえで『あの場所』に行けば、間違いなく記憶が呼び起こされるはず。
だが記憶が戻った事によって成仏であれ暴走であれ、その時相坂は『どうなってしまうのか』? 
……判断材料が少なすぎるが、やるしかないのか)

真実は時に残酷であり、真実は時に救いとなる。

だがこのままでは完成したばかりの特効薬を直ぐに患者に飲ませるようなもので、余りにリスキーだ。

少なくとも、さよが望んでいる『此処で無いどこかへ行きたい』という望みは叶えられる事になるが……。

(結果だけを考えていても仕方がないな。過程があるからこその結果、ならばわたしは過程で手を出すだけだ)

考えをまとめた承太郎はPCを速やかにシャットダウンし、寝室へと足を運ぶ。

妻の寝息が聞こえるため、暗殺者もびっくりなくらいに気配を消してベッドへと入る。

(わたしに今できることは『先の見えない迷宮』に明かりを射してやる、それだけだ。
その先に何があろうと、あとは相坂が決めたうえで進んで行くだろう。何せ――)

スタンド使いだからな。

そう呟いた後、気疲れからか早々に眠りに落ちる。

承太郎が久しぶりに見た夢は、黄色い花が一面に咲く花畑で佇むさよの夢だった。








9時間目 暗闇の迷宮②








『私の本当の死に場所が分かったんですか!?』

次の日の放課後、同じように携帯電話を片手に歩きながら承太郎とさよは『ある場所』に向かって歩いていた。

ただし『ある場所』の詳細についてはまだ承太郎しか知らない。

さよはただ後ろについて歩いて――正しくは浮いて――いるだけだ。

「ああ、死因は台風の日に外出した際、頭に飛んできた瓦礫で頭を強打した事によるものだ。
死亡診断書によれば目立った傷は無いのだが、脳に強い衝撃が加わったことによって脳内出血を起こし、そのまま現場で死んでいるのが見つかったらしい」

『うう、誰にも看取られなかったなんて、可哀そうな私……』

本当の死因を知ったは良いが当人に記憶がないため、第三者に対して泣くような形になってしまっているのが奇妙だ。

現状を考えると、人間としての自分は死んでいるはずなのに、幽霊として自分は存在していることによるパラドックスなのだろう。

肉体は死んでいるのに精神は死んでいない、これは果たして死と言えるのだろうか。

(少なくとも今考えることではないな。まぁ一応は興味深い事例だ、後でSW財団の哲学者にでもデータのサンプルを送るか)

……なんというか、承太郎は空気が読めない質のようだ。

こんな事だから妻が愛想を尽かしかけていたのかもしれない。

「ともかく、これで相坂は教室に縛られることは無い事が分かったな。
もう少しで今までの活動限界地点に差し掛かるが、覚悟は良いか?」

『ぐすっ……教室の地縛霊じゃないって思いこめばいいんですよね?』

返事に力がこもっているのは分かるが、泣いていたためか声が少し掠れている。

しかし必死に涙をぬぐっている様子を見て、何か含みのある微笑み方をする承太郎。

さよはそんな突然の承太郎の微笑みに、何か変な事でもしたかと慌てて自分の体を確かめ始めた。

「……泣いていたから気付いていなかったようだな。周りを見てみろ、既に『ラインは越えている』」

『ふぇ……ええーーっ!?』

冷静になって周囲を見渡してみると、昨日進む事が出来なかったコンビニの少し先に進み終わっているではないか。

涙を拭って泣きやむことに集中していたため、全くと言っていいほど気付けなかったのだ。

「相坂は普段から無意識のうちに『進めない場所』というのを定めていたらしい。
だから周りを良く見ていない状態で進んだら、前を阻む壁がなくなったという訳だ」

またしても何も説明してくれないまま進ませた承太郎に向かって、さよは頬を膨らませながら全力で抗議する。

『むぅー! 承太郎先生って意外と意地悪です!』

「それに関しては謝罪する。だが上手くいっただろう?」

『上手くいったとかそうじゃなくて、とにかく納得できませーん!!』

「だからこうして……うおっ!? 相坂、屋外でポルターガイストはやめてくれ!」

『自業自得ですよー!』

さよはそこら辺にある石ころを周りの目を気にせず承太郎に向かって一斉に殺到させる。

対する承太郎は精密動作性Aのランクに恥じないラッシュで叩き落としていく。

お互いに全く意識していないが、実はハイレベルなスタンドバトルを繰り広げていた。

後日2人は口をそろえてこう語ったという。

「「本当に人が見ていなくて良かった(です)」」
















だが、『人でない者』ならばこの場を目撃していたようだ。

「マスター、空条先生が何者かと戦闘に入ったようです。いかが致しますか?」

『こちらからは手出しするな、このまま録画を続けていろ。どうせお前には何も見えていないだろうからな』

「了解です、マイマスター」

『……しかし奴にあれほどの力があったとは、人は見かけに依らないものだな』

「見かけに依らないという点ならマスターも結構なものだと思いますが」

『おい×××! 後で酷いからな!』

……謎の人物たちとの『引力』は、まだ遠い。
















15分程歩いた承太郎とさよは、補修作業が終わったばかりらしい麻帆良学園時計塔前に来ていた。

数年前に取り壊される予定だったが、学園長のたっての希望、及び麻帆良学園創立初期からある建築物としての価値により補修工事をすることになったという。

古びてヒビの入った塀には埋めた跡があり、塀の上から見える時計塔の建物自体もずいぶんと新しく見える。

『ここが私の死んだ場所……』

「ああ、間違いなくここで死んでいる。台風の日に此処に来て、目の前にある石造りの塀から飛んできた瓦礫に因って死亡したらしい」

『……でも私ってば何で台風の日にこんなところに来てたんでしょう?』

「それは今から敷地内に入れば分かるはずだ、行くぞ」

『は、はいっ!』

見たところ建物の保存のために門には頑丈そうな鍵が掛けられているが、心配無用。

予めこの地域担当の事務員であるホル・ホースに門のカギを借りていたため堂々と入ることができる。

もし鍵が借りられなかった場合は塀を飛び越える予定だったから、ぶっちゃけるとあんまり関係ないのだが。

やがて鈍い音を立てて開け放たれた門の先には、補修されたばかりの時計塔と――

『……これ、石蕗の花?』

―― 一面に広がる石蕗の花畑が存在していた。

「以前は此処に小さな花壇があったらしい。
そこで育てていた石蕗がいつの間にか増えて、これだけの花畑を形成していったそうだ」

『……っ!?』

承太郎がこの場所の説明をしていると、さよは急に何かを探すように動きまわり始めた。

(どうやら記憶の一部、もしくは全てが蘇ったらしいな。だが問題はここから……)

当初の目論見通り、さよはこの場所に来た事によって眠っていた記憶が呼び起こされたらしい。

今のところスタンドが暴走する様子は無いが、不安定な精神では事態がどう転ぶか分からない。

承太郎は不測の事態に備え、静かにスタープラチナを構えていた。








やがて目的のものが見つかったのか、さよは足元の一点に注目したまま動きを止めてしまう。

そこは花畑の中でもかなり奥の方であり、花の広がり方を見るにおそらくは元々の花壇があった場所なのだろう。

承太郎は足元の石蕗を必要以上に踏まないようにしながらさよの元へと向かっていき、途中から変わった靴裏の感覚から一旦足を止めた。

見ると、やはり花壇がそこに存在していたようで、朽ちた煉瓦の囲いが続いている。

割と近くにいるさよは、その煉瓦の内の一つに釘づけになっているようだ。

近寄って覗き込んで見ると、そこにはたどたどしい文字が彫られていた。

<おかあさんとおねえちゃんがかえってきますように>

不自然な書き順ででつながっていることから、真ん中の『とおねえちゃん』の部分は後から書き加えられたものであるらしい。

(これは恐らく――)

『……妹は誰に吹き込まれたのか、この花壇が石蕗で一杯になったら母親が帰ってくるって信じてたんです……』

承太郎の思考を遮るように、さよは文字を見つめたまま語り始める。

『花壇に願い事を書いて、一生懸命に石蕗の世話をしている妹の様子を見て、私には微笑みかけることしかできませんでした』

目からは既にとめどなく涙が溢れていたが、零れた涙は地面を濡らさずに虚空へ消えて行く。

『あの時も、妹の花壇を守ってあげたくて、それで私は!
私は、ただ妹のためにっ、妹の花壇を守るために……!』

一瞬、場の空気が殺伐としたものに変わる雰囲気がしたが、すぐにその気配は霧散していく。

『……私は、誰も恨んでなんかいなかった!
瓦礫が当たって薄れて行く意識の中、このまま死んでしまっても良いかななんて思っていたんです!!』

それは己に対する悔しさか、憤りか。

『でも最後の最後で怖くなった! 妹を一人にしちゃう事に最後の最後に気付いた!
だから願ったんです、死にたくないって! だから60年以上彷徨う事になったのは、私の、私の……っ!!』

そして心が耐えられなくなったのか言葉が詰まり、両手で顔を覆って唯々泣き続ける。

その間、承太郎は身じろぎ一つせずにさよを見守り続けた。








「……石蕗を 植える小さな 彼女の手 時がみちるを 楽しみにして」

そうしてどれくらい経ったのか日も落ちかけ、さよの嗚咽が収まってきた頃に、承太郎は昨日見つけた短歌を口にする。

「相坂が生前に残した短歌だ。覚えているか?」

『ぐすっ……覚えています、というよりさっき思い出しました。
妹が石蕗を植えている様子を見て考えついた短歌で、先生やクラスのみんなから褒められた作品です』

先程まで泣き続けていたために目は真っ赤で、瞼も腫れ上がっている。

だというのに、何処となく顔つきが明るくなっている風に感じる。

「相坂の妹は石蕗の花言葉通り、ずっと花壇の手入れを続けていたそうだ。
雨の日も風の日も、大きくなって死んだ者が生き返らないことが分かっても、ただひたすらにな」

『石蕗の花言葉、ですか?』

「……もしかして知らなかったのか?」

承太郎の説明で出た石蕗の花言葉をさよは全く知らないようで、返事はコクンという小さいうなずきだった。

承太郎は苦笑いを浮かべながら、さよに石蕗の花言葉を伝える。

「石蕗の花言葉は『困難に傷つけられない』。
相坂の妹はどんなに心と体が傷ついても花壇の世話をし続けた。
魂が困難に傷つけられない強さを持っていたんだよ、お前と同じようにな」

『……私は困難に傷つけられてばっかりですよ?』

「そんなはずはない。60年以上彷徨い続けても、どんなに孤独で辛くても、お前は自我を保ち続けた。
並みの者ならばとっくに狂って、悪霊として他人をこちらに引きずり込んでいただろう」

『それでも私は――』

「相坂は諦めずにいたから、今こうして迷宮の出口へと案内する者と出会えたんだ。
これはわたしの功績ではなく、お前の功績なんだ」

その言葉を聞いて、再び涙を流し始めるさよ。

だがその涙は先程までのものとは違う意味を秘めていた。

その証拠に、さよは涙を流しながらも穏やかな笑みを浮かべている。

『……私を迷宮から連れ出していただいてありがとうございました』

「まだ出口にはもう少しだけある。それに迷宮の出口からお前を連れ出すのはわたしではない。
他ならぬ相坂自身で出て行かなければならないんだ」

『ふふっ、最後まで意地悪ですね、承太郎先生は。
でも分かる気がします、わたし自身が出口に向かわないといけないって』

さよは涙を全て拭い、自分の体を抱きしめるような体勢になる。

これはスタンドが己自身であるがこその最適な体勢であると言えよう。

『お願い、私のスタンド……』

自身の体を強く抱きしめると、やがてさよの体が光に包まれる。

光に包まれると同時、幽霊としての体を構成していた粒子状のものが剥離して消えて行く。

「……行くのか、相坂」

『ええ、本当にご迷惑をおかけしました』

「迷惑なんかじゃない。生徒の相談に乗るのは教師として当然だ」

『あはは、本当に承太郎先生が副担任になってよかったです』

話しながらも体はだんだんと消えて行き、もう残すところは首から上のみという状態。

だから次が最後の言葉になるとお互いに理解し合っていた。

『……さようなら、承太郎先生』

「……さよならだ、相坂」

「『また会えたらいいな(ですね)」』








こうして、相坂さよはこの世から姿を消した。
























……消した、はずだった・・・・・

『あ、おはようございます承太郎先生』

次の日の早朝、さよの席へ花を手向けようとした承太郎の目に映ったのは消えたはずの生徒の姿。

写真に映った姿と同じく、古い形式のセーラー服を着たさよがはっきりとそこに存在していた。

何というか、スタンドも月までブッ飛ぶこの衝撃!

承太郎は余りの衝撃に、額に手を当てて最近多くなった頭痛を堪える。

あれだけ感動的な別れをしたのに、色々と突っ込みたいところが多い再会になってしまった。

『いやー、承太郎先生の授業をもっと受けないまま消えるのが嫌だと思っていたら、いつの間にかここにいましたー』

「……そうか」

『そうそう、それとこのスタンドに名前を付けたんですよ!』

「……そうか」

承太郎はとにかく疲れて――憑かれてでも合ってる気がする―― 一時的に考えるのをやめているようだ。

それに比べてさよは生気は無いが元気いっぱいだ。

『名付けて『暗闇の迷宮メイズ・オブ・ザ・ダーク』!
出口の分かった迷宮なんて怖くないんですよ。ね、先生っ!』








空条承太郎――HRが始まるまで停止していたが、チャイムの音で復活。

相坂さよ――スタンド名『暗闇の迷宮メイズ・オブ・ザ・ダーク
        一度消滅したように見えたが、スタンドの能力で復活。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  

後書き:
ここからしばらくのスタンドデータは、図書館島編が終わったころに投稿しますのでお待ちください。



[19077] 10時間目 徐倫の新たな日常
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/09/19 00:13
2月20日火曜日、現在昼休みの真っ最中。

2-A教室には学食棟に行かず、お弁当を作ってきた女子が互いの机を合わせて島にしながら昼食にしている。

そんな中、先週の頭に転校してきた空条徐倫は、神楽坂明日菜、近衛木乃香、長谷川千雨の4人でグループを作っていた。

「うーん、ママの作った弁当はやっぱり最高ね。でも木乃香が作った煮物も同じくらい美味いわ。
そうそう食べさせてから何だけど、千雨はこの弁当の味付け、口に合う?」

「いや美味いよ。美味いけど……なんで私はお前らと食事してんだろうな」

ずいぶんと分厚いミートローフを頬張りながら、ジト目で明日菜と木乃香をみる千雨。

「んー、徐倫ちゃんの様子を先週からずっと見てて、なんか長谷川さんとばっかり会話してたからなー」

「そうそう、せっかくだからもっと知り合いたいじゃない? そんでもってお弁当を出し始めてたからついでにどーかなーって」

明日菜と木乃香はおそろいの弁当を食べている。

その理由は木乃香が料理上手で、食費を浮かせるために弁当を作っているためだ。

ご飯にはふりかけ、おかずには出し巻き卵とタコさんウィンナーと前日の残りである野菜の煮物、それに彩りを加えるためのブロッコリーが入っている。

ちなみに同室のネギにも同じものを作っており、今頃は職員室で同じものを食べているはずである。

「それにしても徐倫ちゃんのお弁当もすごいわー。
なんかいかにもアメリカ人っぽい弁当なんかなとか思ってたら、日本でも定番のおかずが入ってるんやもん」

「アメリカっぽいって……一応ママはアメリカ人だけど、『あいつ』はイギリス系ハーフではあるけど生粋の日本人だからね。
日本的味付けが一番好きだっていうから、好みの料理を必死でおばあちゃんに教わったらしいわよ?」

徐倫と千雨もおそろいの弁当を食べてはいるが、作ったのは彼女たちではない。

既に話している通り、徐倫の母親が作ったものである。

ご飯はおかかの載ったのり弁、おかずには卵焼きとミートローフ、マカロニチーズに里芋の煮っ転がしが入っている。

徐倫は寮生活なので外食ばかりだと栄養が偏るからと言って毎朝早起きして作り、教室で会う承太郎に持たせて渡しているのだ。

……そう思うならもう少し料理を教えればよかったのにと言う突っ込みは禁止。

また、千雨の分も作っているのは単純に同室で暮らしている彼女へのお礼の代わり。

実は夫と娘の仲を取り持つための切欠になればと思って転校してきた週の火曜日から始めたのだが、今のところ千雨経由でしか渡せていないのが現状。

承太郎は徐倫に凄絶に嫌われているため、近づくだけでファイティングポーズをとりながら避けられるからである。

閑話休題。








なにはともあれ、4人はせっかくだからとおかずの交換をしながら食事を続けている。

「でもこのマカロニチーズってのと、普通にハンバーグみたいなミートローフは本当に美味しいわ。あーん、幸せー」

「美味しいのは当然、っつーか2つともかなりカロリー高いから気を付けなよ? アメリカ人がデブになる原因の一つとして有名な料理だから」

「うぇっ!?」

「あーもうアスナー、箸からマカロニ落ちたでー」

地味に体重コントロールを気にしていた明日菜は衝撃の一言に体を硬直させておかずを取り落とすが、長年の親友である木乃香が直ぐに後始末をした。

どちらかと言うと母親と手のかかる娘のようである。

しかしながら女3人寄れば姦しいというが、それが女子中学生ならなおさらと言ったところか。

実際には4人いるのだが、千雨は傍観者に徹しているため物静かだ。

「食べるか喋るかどっちかにしとけよ……」

悲しいかな、千雨の突っ込みは3人には全く届かなかった。








「しっかし先週から教室の雰囲気が変わったよな、授業中なんか特に」

弁当も食べ終わり、繋げたままの机にだるそうに頭を預けている千雨がこぼす。

「そりゃ間違いなく『あいつ』のせいっしょ。もし担任が子供先生だけだったら間違いなく授業進まないくらい騒いでたと思うわよ。
1週間このクラスで過ごしてきたけど、もう断言できるくらいには理解したわ」

徐倫はすっかりこのクラスに馴染んでしまったようで、何がどうなるのかの予想すら立てている。

「ちなみに騒ぐだろうなーとか思ってるのはアスナと鳴滝姉妹、それにチアリーダー3人組かな」

「あはは、全く否定できないわね」

「アスナなんか特にそうやもんなー。初日も消しゴム飛ばしてたりしたし」

「はうあっ! ううー木乃香ー、分かってても言わないのがお約束でしょ!」

明日菜はいつもの事なのだろうか、木乃香の突っ込みに怒っているのだが、反対の席にいる徐倫は木乃香の容赦ない一言に冷や汗をかいている。

とりあえず気になったことを隣でだれている千雨に小声で聞いてみる。

「……ねぇ千雨、木乃香ってもしかしなくても強い?」

「んあー? そういや近衛と那波に関してはクラスで勝ててるやつを見たことないな」

「人畜無害そうな大人しい顔して、人は見かけによらないわね」

「あのぬらりひょんの孫だからな」

「……オーケー、理解したわ」

学園長の孫なら仕方ない、というのがクラス内の共通常識なのであった。

これが心で理解できた今、徐倫は真の意味でクラスに馴染めたと言える。

……言える、のだろうか?








「そう言えば気になってはいたんだけど、何で徐倫ちゃんって空条先生と仲が悪いん?
なんかいっつも『あいつ』って呼んどるからおっかしいなーと思って」

「ちょっ、木乃香!? 今までの会話からの脈絡ないし、しかも一番聞きづらい事をズバッと聞いたわね!?」

先程の一言から発展した明日菜とのじゃれあいをしながら、木乃香が徐倫へと首を向けて質問する。

明日菜も一応は注意をするのだが、やはり自分も気になっていたのか強く止める気はないようである。

質問の内容に徐倫は一瞬だけムッとするものの、すぐに観念した様な顔になって語ろうとする。

「んー、まぁ別に隠すことじゃないしね。あいつを嫌っている理由は単純よ?」

語ろうとするのは良いものの、やはり苛立ちの方が先に来るのか椅子の座り方をラフな形にする。

具体的には背もたれに思い切り寄りかかって、倒れるか倒れないかのギリギリのラインで足を組みながら座っているのだ。

「――今まで生きてきて、あいつから父親らしいことをしてもらった覚えがない、それだけよ」

そう言った徐倫は左腕に入れた蝶のタトゥー部分を強く掴んだ。








10時間目 徐倫の新たな日常








「物心ついた時には、既にあいつが自宅に帰って来る日は1年間でほんの少ししかなかったわ。
せいぜいがママと私の誕生日、それに収穫祭とクリスマス程度かしら」

「1年間に1週間あるかないかって事!? 」

ため息をつきながら語り始めた内容は、最初からハードな物であった。

その余りの内容に明日菜が素っ頓狂な声を上げてしまい、話好きな生徒たちが一斉に耳を立て始めてしまう。

「いや、そこまでではないけど大体そんな感じ。他にも帰ってきてた日はあったんだろうけど、正直印象が薄すぎて覚えてないわね。
多分家に帰って来ていても私に構っている暇は無かったんでしょうよ、帰って来た当日と次の日のママの態度がすごく変わってたしねー」

なんというか身も蓋もない補足に、分かってない生徒は頭上にハテナマーク、うぶな生徒は赤面、耳年増な生徒「ほぅ……」と興味深そうにし、ネタが無かった漫画家志望は目を輝かせていた。

……最後の奴は承太郎をネタにした事がばれたら死ぬんじゃないだろうか。

「いっつも帰ってくるときには大量の書類を持ってきて、論文とかを書くために自室にこもるの。
ただ、意味の分からない工芸品、それと無駄に多い生き物の写真を土産に持ってくるのよ」

「私はそれでも良いと思うんやけどなー」

「……ならこう言えばいいかしら。
私に渡すだけ渡して、土産の内容もそこに至る経緯の説明も一切しないの。渡すだけで終了」

「あー、それはあかんわー」

もうこの時点で承太郎の擁護に回るものはほぼいなくなり、持ち直し始めていた承太郎の評価がストップ安まで落ち込んでしまっていた。

ファザコンである裕奈がいれば何とかなったかもしれないが、生憎と冬限定メニューの学食を食べに行っているため不在。

つまり現状ではどうしようもないのである。

承太郎、現在何も知らないまま職員室で食事中。

合掌。








話しているうちに徐倫はイライラがピークに達したのか、とうとう足を机の上に乗せてしまう。

「あいつは一切家の事を省みようとはしなかった。例えば8年前、1999年の話ね。
わたしが高熱を出してぶっ倒れた時も、曾お爺ちゃんの隠し子だか何だかに遺産相続の話をしに日本に行ってたのよ。
ちなみに帰ってきたのは全快してから。いくら電話しても戻ってこないから、ママが久しぶりにブチギレていたのが印象的だったわ」

「高熱ねぇ……。参考までに聞くが何度くらいだったんだ?」

「確か42度よ。遊んでいる途中で意識が飛んじゃってたらしくて、気付いたら病院だったわ。
何度か本気で死にかけてたから、医者も2日間貫徹で付きっきりでいてくれたんだってさ」

「……なんかすまん。いや、さすがにそこまでやばいとは思わなかった」

珍しく千雨が他人へのフォローを入れようとしたのだが、大失敗。

見事なまでに承太郎の墓穴を掘り切ってくれた。

「後で聞いた帰ってこれなかった理由なんて最悪よ? 何が『隠し子が命を狙われていた』よ! 子供だってもう少しましな嘘つくっての!」

「でも海賊に襲われていたこともあったんだからありえるんじゃないのか、それ?」

「何がどうなったらそんな三文小説みたいなことが起こるってのよ、常識的に考えて」

「いや、結構あるんじゃねえのかなぁ……」

「……?」

この時徐倫以外には気付かれなかったようだが、千雨は最後に何かを言おうとしていた。

まだ2週間前後の付き合いであるが、それなりに人を見る目がある徐倫には隠しきれない。

「ねぇ千雨、今何か――」








「ちょっとよろしいかしら?」

だがそれが何かを問いただそうとした瞬間、予想だにしなかった人物が割って入ってきた。

「ん? なによ、えーと……確か『雪広いいんちょ』だっけ?」

「あやかです! あ・や・か!!」

「ああゴメンゴメン睨まないでったら、もちろん冗談だってば。んで何か用?」

どう考えても不良少女にしか見えない――大体あってる――徐倫に話しかけるのは、良いとこのお嬢様である雪広あやかである。

いつも通りの長い金髪をさらさらとなびかせながら不良に近づいていく様は、よくある学校バトル漫画のワンシーンのようだ。

……原作的に考えるとあながち間違いではないのだが。

「とりあえず足を机からおろして下さらないかしら。その……下が丸見えではしたないですし」

先程も言ったように、現在徐倫は机の上に足を乗せている。

常識的に考えてマナーが悪いということもあるが、もっと別の問題もある。

当然のことながら女子中等部の制服の下部分はスカートであり、そんな体制をしていたらどうなるのかは自明の理。

もう見えてると言うか逆に見せているんじゃないかってくらい丸見えだ。

ちなみに色は黒で、日本人の感性からすると勝負下着に分類されてしまいそうなくらい派手である。

何故かサービスシーンには全く思えないが。

「同性に見られても別にって感じなんだけどね。もしかしてあやかってそういう趣味?」

「違います! 私の趣味はネギ先生のような可愛い男のkゲフンゲフン……そ、聡明な殿方ですわ!」

「あー、うん、そうなんだ。まぁ好みは人それぞれだよね。それじゃバイバーイ」

「はい、お手数を……ってまだ本題を聞いてないじゃないですか!
とにかく、私が聞きたいのは隠し子が居たっていうあなたの曾お祖父さんのお名前です」

そう、わざわざ話を遮ってまで徐倫に話しかけたのは、あやかが曾祖父の名前を聞きたかったからである。

あやかは至って真剣な表情だが、先程までのやり取りで多少落ち着いてきた徐倫はどうでもよさげな表情だ。

「私の曾お爺ちゃんの名前ならジョセフ・ジョースターよ。それが何かあるの?」

「やっぱり……ってもしかして徐倫さん、曾お祖父さんの事を詳しく知らないんですの?」

あやかは心底呆れた顔をするが、何も知らないんだからしょうがないと言わんばかりに徐倫は反論する。

「質問を質問で返さないでよ。でもまーいっか、とりあえずその質問にはYESと答えるわ。
物心ついた時にはボケが進行していたから、曾お爺ちゃんからの話のどれが本当の話なのか判断が出来なくて、仕方ないっちゃ仕方ないんだけどね。
んで、もう一回聴くけど曾お爺ちゃんって何かあるの?」

普段あやかが小さい男の子以外にあまり反応を示さない――しかも割と本気で――ので、これにはクラスの聞き耳も興味津々である。

さらに、いつの間にか学食から戻ってきた面々も野次馬に混ざってきており、中でも要注意人物である朝倉は既にメモを準備して万全の態勢だ。

野次馬は「いいんちょにもオヤジ趣味が!?」とか「いやいやオヤジどころじゃないよ、棺桶に片足突っ込んでるよ」とか好き勝手言い合っていたりしている。

「……ジョセフ・ジョースター、通称『不動産王』。
巧みな話術と豊富な知識で不動産を最適な、いえ最上の条件で売買して、たった一代でジョースター不動産を大企業へと変身させた天才。
余り知られていないのですが、この麻帆良学園都市が高度経済成長期以降に急激に拡大したのはこの方の手腕によってですわ」

「……えっと、マジ? あの曾お爺ちゃんが?」

「ええ、今はどのように変わられているかは知りませんが本当の話です。
1999年に起きたジョセフ氏の隠し子が狙われた事件、経済界では有名な話ですわよ?
ちなみに犯人は今でも行方不明となっていますが、既に秘密裏に消されたと言われています」

「本当にその隠し子ってのが命狙われてたわけ!?
うわ、あいつが言い訳するために考えついた嘘話だと思ってたのに、そんなに有名な話だったんだ」

「あくまでも一部の財閥や企業関係者だけですけどね」

ここまで話を聞いて、野次馬の一部が顔を青くし始める。

その理由は『犯人は秘密裏に消された』という部分。

「こんな事知っちゃったら消されるんじゃ!?」という風に想像力豊かな者が考えて、それを周りに流したからである。

本来なら極上のネタを手に入れたと喜んでいるはずの朝倉も、「今までマスコミに報道されてないってことは、嗅ぎまわった私も消される!?」とか戦々恐々している。








「……今更そんなこと聞いたってあいつへの評価は変わらないわ」

「ん、おい徐倫!」

「……本当の事だったからって許してやれとでも?  私にとっては、そんなことどうでもいいのよ!」

だがそんな騒がしい空気を止めたのは、何故かまた苛立ち始めた徐倫であった。

千雨が止める間もなくうっ憤を晴らすかのように机を拳で叩き、バ―――z____ン!という強烈な音を文字通り叩きだす。

何が起こったのか分からないものは硬直してしまい、徐倫の剣幕を見たものは竦んでしまう。

そうしてシーンと静まり返った教室と、おびえたように自分を見る目線に耐えられなくなった徐倫は、急速に冷えて行った。

「……ゴメン、熱くなりすぎたわ。ああもう、皆してそんな顔しないでったら。
はい、止め! この話終了ね!」

徐倫が無理やりに話を終わらせ、この日の昼休みは終わっていった。

教室に何とも言えない嫌な後味を残したまま。
















(はぁ、なーんでいきなりあんな話しちゃったかなー。しかも勝手にキレ出して、あげく怖がらせるとか、軽く自己嫌悪だわ。
でも昼休みのあの愚痴から、どうも胸にすっきりとした感覚があるのも確かなのよね)

6時間目の授業は英語をやっており、徐倫は心の整理をしていた。

アメリカで長く過ごしてきた徐倫にとっては、今更スルーしてても何ら問題ないから適当に受けているのである。

隣にいるエヴァンジェリンや少々離れたところにいるザジも同じような事をしているので多分大丈夫だろうとか思っている。

他にも適当な事をやっているのがいるが、半分は英語が分かる者で、もう半分は分からなさ過ぎて思考を放棄している者だ。

それはともかくとして、徐倫は何で愚痴を皆の前で話してしまったのかを考える作業に戻る。

(アメリカでの同級生にも話したこと無かったのに、どうして高々1週間程度の付き合いの同級生に話しちゃったのか、自分でも分かんないわね。
正直に言えば、此処までの愚痴を聞かせたことはママにすら無いし)

見た目や態度が非常に不良っぽい徐倫ではあるが、『承太郎以外』の家族や友達には真摯に対応する少女だ。

内面は2-A的にいえば明日菜と木乃香を足して割った感じの、激情的かつ親切と言う矛盾した精神を持っている。

だがよくよく考えてみれば他人の悩みや愚痴を聞いたりしてやることもあったが、自分の愚痴に付き合わせた事が無かったのである。

(考えるに、どうもこのクラスは私にとって非常に過ごしやすいんだ。
誰も彼もがしつこく付きまとって来るように見えて、その実適切な距離を保ってきてくれる。
踏み込まれたくない領域には決して踏み込まず、許可するならばいくらでも踏み込んできてくれる、そんな感じ。
だからこそ今まで溜めこんでいたものが全てぶちまけられたんだと思う)

今までの良くも悪くもアメリカンな友達に比べて、無理に周りと合わせる必要もないのも彼女にとっては良い環境だったようだ。

ちなみに父親が嫌いとか言ったら「HAHAHA! だったら[ピー]せばいいじゃん!」とか言っちゃう奴らが以前の友達である。

そりゃ愚痴なんか下手に言ったら本当に消されるかもしれない。

ただし友達が承太郎に消されるという意味だが。

(今回の木乃香の質問はちょっと性急な感じがしたけど、ある意味で良い切欠にはなったと思う。
というか人の感情の隙間に入り込むのが上手すぎるんじゃないかしら?
今なら分かるけど、明日菜に対する黒い一言だって、これくらいなら大丈夫って分かっててやってるっぽいもの)

つくづく、クラスで誰も勝てないって言っていた理由がわかった徐倫であった。








(んー、でもやっぱりこの教室はただ一点を除いて過ごしやすいわ)

そんな徐倫もクラスにすっかり馴染んでいるが、どうしても馴染めないものが存在している。

徐倫的にはいつ見てもちびっこい先生が勉強を教えてるのは全然いい。

ロボットとか小学生みたいなのがクラスメイトなのも全く問題にはならない。

唯一の駄目な点と言うのは、ネギの隣で補佐をしている空条承太郎――彼女は認めようとしないが正真正銘の父親――である。

(にしても、何で今更あいつはわたしの事を気にかけるのかしら。
副担任としての体裁? それともママに頼まれてそう振る舞えってことなの?)

そもそも徐倫が承太郎を嫌いになったのは、肉親とは思えないくらい接する機会が少なかったためである。

愛情を受けたのは母親からだけ、父親からは一切ないという幼少期。

更には肉親でありながら自分や母親を気に掛けなかった外道、というように周囲の友達の家族関係を見て比較してしまったため、余計に嫌悪が出てしまっている。

だが先程のあやかの証言を聞く限り1999年の事については情状酌量の余地があったため、憎む気持ちに一欠けらでも揺らぎが生じてしまっていた。

『もしかしたら止むにやまれぬ事情があったから今まで接して来なかっただけなんじゃないか』、と。

だからそんな風に一瞬でも思ってしまった自分自身に苛立って、思わず机を殴りつけていたのだ。

(ああもう! こっちはこんなに悩んでんのに、いつもと変わらない仏頂面のあいつが余計に憎く見えるわ!
……いや、これは流石に我ながら酷い八つ当たりね。とりあえず落ち着かないと)

承太郎を意識し始めてまた苛苛してきた徐倫は、とにかく落ち着く方法を模索し始める。

一番早く落ち着けるのは人や物をぶっ飛ばすことなのだが、さすがに授業中にやったら不味い(注:授業中じゃなくても不味い)。

母の顔を思い出して溜飲を下げようとしても、最近までの承太郎と一緒にいて上機嫌の時しか思い浮かばなくて速攻でやめる。

そんな徐倫の頭の中にある解決策は現時点で次の3つ。

①キュートな徐倫は突如落ち着くためのアイデアが閃く。

②友達と遊んで気を紛らわす。

③誰かを殴って憂さ晴らし。(殴られた相手の)現実は非情である。

(私が丸を付けたいのは②だけど、今は普通に授業中だから却下。
③なんか選んだら私の学校生活はどん底になっちゃうし、とりあえず①に賭けてみるしかないか)

何か落ち着く方法は無いかと教室内を見まわしている徐倫だが、どうも芳しくない。

それに見回す際に承太郎がちらちらと視界に入るので、逆にイライラが増してきた。

しかしもう少しでプッツンしそうになった時、教室のとある人物が眼に入った事でアイデアが浮かぶ。

ちなみにその人物とは出席番号19番の『超鈴音』、2-Aでもトップクラスで胡散臭い友達である。

(えーと、そういえば超が簡単に落ち着ける方法を言ってたっけ。
確か『困った時や落ち着きたい時には素数を数えるがいいネ! 天国が見えるくらい落ち着くヨ!』とかなんとか。
とにかく暇だし、数えてみるかな……)








「769が限界だったわね」

「……? どうしたんだ、くう……徐倫?」

放課後、徐倫と千雨は特にすることもなかったので2人して夕飯の買い物に出ていた。

なぜ下校途中でそのまま行っているのかと言うと、ただ単に着替えてから行くのが面倒くさいのと、下校途中ならメリットがあるからである。

学園都市という性質からか、下校途中にスーパーで買い物をするとそれだけで全品5%オフになるのが非常にオイシイのだ。

女子中学生ともなると下世話な話ではあるが必要な物もだいぶ多いのでたまに買い溜めておきたい。

しかし2人とも手間がかかることは一気に終わらせたいタチなので、都合の合う日に食料品と一緒に買い溜めている。

これが週に2回ほど、寮に入ってから続いている作業である。

だが2人の間に流れる空気はいつもより暗い。

「いやいや、なんでもないわよ。っつーか千雨ってば、まーた私の事を空条って呼ぼうとしたでしょ?」

「うぇっ!? し、仕方ねーだろ! その、友達をしたの名前で呼ぶ事に慣れてないんだから。
……それより徐倫はもう大丈夫なのか、昼間のアレ」

「んー、大丈夫っちゃ大丈夫かな。落ち着くための良い方法があって、それのおかげよ」

「ならいいんだけどな」

色々と買ったものが入ったビニール袋を揺らしながら、2人はゆったりとしたペースで寮へ向かっていた。

その途中、千雨は一つの話題を提示する。

「……徐倫はあの時気付いてたっぽいけどさ、ちょっと言おうとした事があるんだよ」

「あー、あの時ねー。んで結局何だったのよ?」

徐倫が愚痴をこぼしていた時の言いかけていた事、それがお互いに気になっていて妙な空気になっていたのだった。

内容が内容であるため、普段から何事もどうでもよさげな顔をしている千雨が珍しく真面目な顔つきだ。

「いやさ、三文小説みたいな出来事ってのは意外と身近にあるもんだ、って言おうとしたんだよ。
私も何年か前にちょっと死にかけてさ、だから頭ごなしにありえないなんてことが言えなくてな」

千雨が死にかけた、さすがの徐倫もこれには驚く。

「……へぇ、日本は安全な国って聞いてたけど意外とそんなことがあるのね」

「まぁ日本は基本的に平和だよ。平和じゃねぇのはここ、『麻帆良くらい』だ」

「? 麻帆良って何かあるの?」

しかしここにきて千雨は急に、失敗したとでもいうような顔をしてしまう。

徐倫は怪訝に思ってると、彼女から質問が来た。

「あー、いや何でもねぇ。……ところで徐倫はこの学校についてどう思う?」

「どうって言われても、とりあえずぶっ飛んでるっていうのは分かるわ。
バカみたいにでかい木とか、車みたいな速度で走る学生とか、見ていて飽きないわよねー。
それに千雨みたいなクールな友達もできたし、此処に来て良かったとは思うわよ」

そう言った徐倫の顔には屈託のない笑顔が付いていた。

普段からのきつめの印象は無いため、年相応に見える。

そんな徐倫の様子に千雨は圧倒されているようだ。

「っ! そ、そうか。それなら良いんだけどよ。
とにかく、あんなことがあってもクラス連中はお前から離れてったりはしないから、もう少し話せるってんなら相談くらいには乗ってやる」

「……うん、ありがと千雨。よーし、じゃあ今日の夕飯当番は私が代わりにやるわ!」

「おー、じゃあこれだけの食材があるから――」

こうして先程までの妙な空気もなくなり、2人は今日の夕食について考えを巡らすのだった。








次の日の2-A教室。

徐倫は教室に入るなり「昨日はごめんなさい!」と大音量でクラスのみんなに謝罪した。

もしかしたら駄目かもとか思っていたのだが、千雨の言っていた通り暖かく迎え入れてくれたのである。

これでまたいつも通りの2-Aに戻るだろう。








……と思いきや、また新たな変化が直ぐそこに来ていた。

「それじゃ、自己紹介をお願いします!」

「は、はい! あの……病気のためにしばらく休学していた相坂さよです。よ、よろしくおねがいしまひゅ!」

(((((噛んだ……)))))

「……それでは、相坂は最前列のあの席に着いてくれ」

2月21日、2-A教室に新しい仲間が増える。

もちろん徐倫の時と同じように歓迎されたのだが、何人かの生徒は何故か警戒気味だった。

「どうしたの、千雨?」

「……何でもない……」

この変化が新たな騒動を巻き起こすとは、誰もが『予想していた』という。

……いや、2-Aに居る面々が予想しない訳がないじゃないですか。

「何にせよ、また楽しくなってきたじゃない。そう思わない、千雨?」







空条徐倫――真の意味でクラスの一員となる。
         相坂さよが来て、またクラスが楽しくなるだろうと思いを巡らせていたりと、多少余裕が出来た様子。
         また承太郎と会話をしないまでも、弁当を受け取るようにはなった。

長谷川千雨――徐倫と大親友になった。
          相坂さよが来たことにより、また受難続きになる未来を予想している。

相坂さよ――何故かちゃんとした肉体で2-A教室に休学終わりとして来る。
        何人かの生徒に露骨に警戒されて涙目。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  

後書き:
何でさよが物理的に復活してるんだよ、という突っ込みがあるでしょうが、きちんと次回に説明いたします。

あと今回は物凄い勢いで色々なフラグが……。



[19077] 補習1回目 New Power Soul
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/09/19 00:13
2月16日金曜日、雲一つない晴れ。

煉瓦造りの町並み、街ゆく人々、美味そうなトマトなどが並ぶ商店街は相変わらず活気にあふれている。

男も女も美味そうな店があれば入り、初対面の相手にも情熱的な言葉の応酬をかけるという日常風景。

少し車を走らせれば直ぐにヨットハーバーに行けるため、浅黒く日に焼けたヨット乗りが非常に多く見られる。

さて、海が近いというところから気付いた方もいるだろうが、今回は埼玉県の麻帆良が舞台ではない。

何時もとは打って変わって舞台はイタリア、ピッツァ発祥の地であるネアポリス(ナポリ)。

そんな町にある、少しだけ豪華な様相の雑居ビルから今回の物語は始まる。








カツ、カツ、カツ、カツ。

規則正しい靴の音を奏でながらビル内部の小奇麗な階段を上る男が一人。

その男は鍛え上げられた筋肉を隠すのではなく存分にアピールできるようになっているぴったりした服に、独特な形の頭巾のような帽子を着用している。

彫の深い顔から見える眼光は鋭く、堅気ではない事はこの地域に住む者なら誰でも分かる。

おしゃれに気を使ってブランド物の香水を使っているようだが、その身からは隠せないほどの危険な香りが漂っていた。

……ちなみに隠しきれないのは腋臭じゃなくて硝煙の臭いです、あしからず。

とりあえず腋臭は事実であるが一旦置いておこう。

(しっかしエレベーターが使えないだけでこんだけ面倒になるとはなー)

割と新しいビルであるためエレベーターが設置されているはずなのだが、彼がわざわざそれを使わずに階段を上っているのは現在調整中だから。

頭の良い同僚の一言によって360度監視カメラ+侵入者対策の罠を取り付けているため、あと2週間はエレベーターを使用できない。

監視カメラは男が務めている『会社』と近年協力関係になったSW財団製の高性能カメラ、罠は四方から飛んでくる弾丸や即効性の各種ガス。

突然底が抜けたり、エレベーターワイヤーを強制切断するギミックも搭載予定なので、凄腕の暗殺者でも割と楽に屠れるような内容だったりする。

こんな設備を作るなんて普通の『会社』ではありえないのだが、意外と近所には似たような設備を持った『会社』のビルが多い。

まぁそのどれもこれもが一つの団体の傘下であるから仕方ないのだが。

(最近はこの地域も平和だっつーのに、『あいつ』はどうも心配症が過ぎるぜ)

普段は愚痴っぽい彼が不平不満を言わないのは、『あいつ』という人物が優秀だからか、それとも信頼しているからなのか。

(おそらくは両方なんだろうな。ったく、あいつもあの時船に乗りゃこんな気苦労しなくて済んだのによー)

そんなことを考えながら階段を上る彼に、突如として声が掛けられる。

『ミスタ、ボスノ居ル階ヲ過ギチマイソウダゾ!』

『コノママモウ1ツ上ノ階ニイッタラ『4階分』上ガルコトニナッチマウゼェー!』

声が掛けられるは良いのだが、階段にはミスタと呼ばれた男以外に影は無い。

普通の感性を持つ者なら上下どちらかのフロアから声をかけられたのではないかと考えるが、今現在の階段には1階から最上階まで『ミスタしかいない』。

「おっとと、すまねぇなNO.6にNO.7、このまま上に行ったら不味かったぜ。お前らは後でサラミたっぷりのマルゲリータだ」

『『イエェェェーイ!!』』

だがこれは何時もの事なのだろうか、特に気にした様子もなく少しだけ上り過ぎた階段を下りるミスタ。

どうやら声は丁度彼の腰辺りにしまってある拳銃から聞こえていたようだ。

いい加減分かっていると思うが、先程までの声は彼――グイード・ミスタ――のスタンドである『セックス・ピストルズ』のものである。

スタンドは基本的に本体と一心同体な存在であるので、先程も言ったように階段には『ミスタしかいない』という訳だ。








止まった階には派手すぎない装飾が施されたドアがあり、横には指紋認証用コンソールが設置されている。

ミスタは手慣れた様子でコンソールに付いているボタンを押し、『指紋認証をせずに』コンソールに向かって話し始めた。

「おーい、ボス。今日届くって言ってた日本からの荷物が届いたぜー」

『ああ、ありがとうございますミスタ。今からドアを開けますよ。というかボスと呼ばないで下さいと何度言えば分かるんですか』

「仕方ないだろうが、親衛隊の奴らに示しがつかねぇんだからよ」

そう言いながら、一切の音を立てずに鍵が開いたドアから室内に入る。

どうやら指紋認証はブラフで、中にいる人物がドアの前の人物をカメラで見て判断して開けるシステムらしい。

中には社長席と言えるくらいの豪華なテーブルと椅子が用意されており、金髪の若い男が書類作業をしていた。

「もちろん分かっていますよ。ただあなたからのその呼び名は何年たっても慣れないもんですから」

「そんなら俺がボスになってや「おや、寝言は寝てから言ってくださいよミスタ」ってフーゴか、珍しいな此処まで来てるなんて」

ドアの陰になって分からなかったが、壁際にもう一人男が立っていたようだ。

名はパンナコッタ・フーゴ、かつて起きた事件において前ボスの恐怖からチームを抜けていたが、それでも陰ながらミスタ達を支援していた男である。

とある人物が新たなボスとして襲名してからは幹部として人材関連の仕事に携わっている。

「仕方ないじゃないですか。面白いものが見れるから来いって、わざわざボス直々の命令として手紙をよこしたんです。
この時期になると地元の若い奴らがこぞって入団しようとしてくるから無駄に忙しいというのにですよ!?」

「……そりゃ勅命無視したら造反の疑いをかけられるわな。おいジョルノ、それってさっき届いた荷物が関係してるのか?」

ジョルノと呼ばれた金髪の若者は悪びれもせず、光り輝く爽やかさをたたえた表情で是と答える。

「ええ、あの荷物はネアポリスのギャング『パッショーネ』のボスとしてではなく、『ジョルノ・ジョバァーナ』という個人宛てに届けられています。
勿論荷物に張り付けてある行先はダミー企業の会計監査役に対してとなっていますが。
正直に言えば事前に届くという連絡を入れてなければ別のシマからの『熱烈なプレゼント』として対応せざるを得ないような方法です」

そう、この若者――ジョルノ・ジョバァーナ――は齢22歳にして、この辺り一帯をシメているギャング『パッショーネ』のボスなのである。

ボスの座に就いたのは6年前の2001年4月頃、当時16歳でギャングのトップに就いている。

切欠は前ボスであるディアボロの麻薬売買を良しと思わず、自らがギャングとして君臨して麻薬を一掃しようとした事。

それが回りまわってこんな事になるのだから、人生とは分からないものである。








さて、ビルの1階に届けられた荷物の配達方法をなんてこと無いように言うものの、ミスタとフーゴは凄い勢いで冷や汗を流している。

「そりゃえらく物騒な方法だな、オイ。
いくらこのビルの『表向き』が不動産会社だとしても、少し腕の立つ情報屋に探らせればパッショーネのアジトの1つだって割と簡単に分かっちまう」

「しかも在籍スタッフの中には幹部であるミスタがいて、更には親衛隊が常駐。
……余程の命知らずじゃないと建物に目を向ける事すら躊躇う布陣ですよ?
そんな場所に荷物を送りつけてくるなんて非常識ですよ、少しでも情報が漏れたらヤバいって言うのに」

「そう、ディアボロの時と同じように、全く見当もつかないところから情報が漏れることもあり得ないとは言い切れない。
ですが依頼料と危険手当として50万ユーロ(約5千万円)と素晴らしい情報を頂きましたから、きちんと筋は通っています」

「ジョルノがそう言うならいいけどよ。んじゃ1階から親衛隊に持ってこさせるぜ」

「ああ、それならついでに『亀』も持って来させて下さい」

あいよーとこちらを見ずに返事をしながら、ミスタはこの階にある備え付けの電話へと歩いて行く。

普通のギャング組織においてならかなりの不敬に当たる行為なのかもしれないのだが、ジョルノもミスタも気にする様子は無い。

余程互いを信頼しているのだろうか。

ここで、ミスタがある程度離れたのを見計らって、フーゴはジョルノに質問をしてみることにした。

「……先程の筋ですが、いささか安すぎはしませんか? あの程度の金額ならやろうと思えば一晩で稼げるというのに」

「いえ、ユーロに関してはオマケみたいなものです。僕が欲しかったのは『とある情報』でして……。
おそらく今から来る荷物に資料と案内役が入っているはずです」

「……資料は分かりますが、案内役が入っているとはどういう?」

「中身が聞いた通りならですけどね。まぁおそらく一目見れば分かりますよ」

その答えにフーゴは納得がいかないながらも食い下がりはしなかった。

いくら自分より年下でも一応は上司、強くは出れないのが社会の常である。








1分ぐらい経った頃だろうか、親衛隊が2人がかりで部屋に荷物と『亀』を持ってきた。

1m50cm四方くらいある箱は案外重かったらしく、たった3フロア上がるだけで息が軽く切れている。

そんな親衛隊員にジョルノは御苦労、と言いながらチップ代わりに500ユーロを手渡すと、隊員たちは顔を緩ませて部屋から出て行った。

そんな太っ腹な様子にミスタは納得いかない顔をしている。

「おうおう、お駄賃なら連絡係だった俺にくれてもいいんじゃねぇの?」

「ならミスタ、500ユーロ渡しますからこの前の抗争で壊したビルの弁償を「すまん、俺は今なにも言わなかった」分かればよろしい」

やれやれといった態度を隠すことなく肩をすくめるジョルノ、縮こまるミスタ、呆れてものも言えないフーゴ。

普段の様子からは分かり辛いが、意外と上下関係は確固たるものになっているらしい。

そんな3人に下方向から声が掛けられる。

「まったく、ミスタは相変わらずだな」

「うるせーぞポルナレフ、鍵を取り外して成仏させてやろうか?」

「むぅ、それは非常に困るからやめてくれ」

足元を見ると、先程一緒に持って来られた『亀』の背中に取り付けられている鍵の宝石から半透明な傷だらけの男が上半身を出していた。

彼の名はジャン=ピエール・ポルナレフといい、6年前に死んでから亀のスタンドに取り憑いている幽霊である。

それだけ聞くとぶっちゃけホラー以外の何物でもないが、スタンド使いの彼らにとっては割とどうでもいい事だったりする。

意思疎通ができて敵じゃなければそいつの出自なんて考えないというギャング的価値観でもある。

「それはそうと何の用だ、ジョルノ。親衛隊連中に施している対スタンド使い訓練に関して何か問題でもあったか?」

「そちらに関しては問題ありませんよ、むしろ感謝しているくらいです。
スタンドを見る事が出来ない者がこの間の抗争で大立ち回りをしてくれまして、非常に早く片が付きました」

「相手が良かったんだろうさ。あの程度ではスタンドを使うオランウータンにも勝てんぞ」

「ならもっと強くしていただかなくては。どうせ鍵を外さなければ成仏しないんですから」

「そうだな、時間はたっぷりあるからな」

非常に和やかな会話のように思えるが、双方の目は全く笑ってない。

せめてミスタを倒すくらいまで育ってもらわなくては、いいだろうやってやろうじゃないか、ほう二言はありませんね、無論だ。

蚊帳の外にいるミスタとフーゴにも目で語っている内容が手に取るように分かる。








「なぁ2人とも、いい加減荷物開けねぇか? さっさとこれ終わらせてピストルズに飯食わしてーんだけど」

しばらくの間、和やかな会話をしながら視線での殺し合いを並行して行っている2人を見ていたミスタだったが、どうやら飽きてきたようだ。

フーゴなんか壁に寄りかかりながら小説を読んでいる始末。

「……良いでしょう、荷物を開けますか(空気を読んで下さいよ腋臭)」

「頃合いだろう、続きは後日だな(空気読め腋臭)」

「おい、何か分からねーが泣いていいか?」

良い笑顔のジョルノとポルナレフだが、ミスタは何か言い知れないものを2人の言葉から感じていた。

何故か全世界から腋臭と呼ばれているような気がして、ミスタは今にも心が折れそうである。

そんなミスタに止めを刺したのはフーゴだった。

「まったく、小説が良いところだったのにぶち壊しですよ、腋g……ミスタ」

「おお、ミスタが膝から崩れ落ちたぞ」

ポルナレフの言うとおり、ミスタはKOされたボクサーのように膝立ちになっている。

『シクシクシク……』

しかも心が折れて泣きだしてしまったのか、部屋に女々しい泣き声が響く。

「……ミスタ、本当に泣くことは無いでしょう?」

「ん? 何言ってんだフーゴ? 俺は泣いてないぞ?」

フーゴはちょっとやり過ぎたと思って心配そうにするが、ミスタは心が折れて感覚が麻痺したのか平然とした顔で彼の方向を向く。

目が死んだ魚のように濁っていて、ロオォォォーードとかいう叫び声が体内から聞こえてきそうであるが。

だが確かに涙が流れている様子は無い。

「妙だな、確かに泣き声がしたんですが。一体どこから――」

ジョルノは音が聞こえてきた方向を見てみるが、そちらの方には先程持ってきた荷物しかない。

そう、『箱しかない』のである。

『シクシクシクシクシクシク……』

「――ああ、箱の中からですね。それじゃあフーゴ、あなたが箱を開けてください」

「ちょっとまてジョルノ!? 君は中身を知っているんじゃないのか!?」

「知ってますが? さて、ボスの命令です、開けてください」

「このド畜生!!」

ニコニコとし続けるジョルノは非情にもボスの権限を振り上げる。

『ボスに逆らっちゃいけない』という事でチームからいったん抜ける事になったフーゴは、ボス権限にはめっぽう弱いのである。

対応の仕方に何回かブチ切れてパープル・ヘイズを出した事もあったが、その度にワクチンを作られてウィルスは効果無しという悪循環。

しかもチームを抜けた事による罪悪感もあってか、ジョルノとミスタには頭が上がらなくなってしまっている。

結果として、ここぞという時に矢面に立ってくれる部下であり同僚であり友人(笑)になってしまっていた。








「よし、それじゃ開けますよ?」

哀愁感漂う背中を見せながら恐る恐る荷物に近付いたフーゴ。

ジョルノは相変わらず余裕で椅子に座っており、ミスタは再起動中、ポルナレフはある程度の距離を保って見守っている。

何があっても助ける気0な布陣に、ふと涙が出そうになった。

気を抜けば泣きそうになる心を振り払い、深呼吸して封に手をかける。

「せーのっ!」

ビリィと勢い良く開けた箱の中をのぞき見たフーゴは拍子抜けした顔を見せた。

だが何かを発見したのか突然硬直してしまい、それが何なのかを理解したのか汗がとめどなく流れ始める。

「おいフーゴ、一体何があったんだ……ってうおぉ!?」

再起動完了したミスタは心配になって駆け寄るが、フーゴが指さしていた部分を見て叫び声をあげた。

さて箱の中には『見るからに分厚い本』が数冊、『資料の束』、『何かが詰まっている壺』、そして『体育座りで泣いている女の子』が入っていた。

もう一度言おう、本、資料、壺、女の子である。

『うう、せっかく驚かせようと思ってスタンバイしていたのにここまで放置されるなんて……。
やっぱりスタンドだろうと幽霊だろうと私ってば影が薄いんですね……』

普通に考えれば空輸する前の荷物チェックでばれる人間の輸送であるが、運ばれてきた女の子には全く関係が無い。

相坂さよ、生まれて初めての海外がダンボール詰めから解放されてようやく始まった。








補習1回目 New Power Soul








『――という訳で、魔法についての情報とお金を引き換えに、ジョルノさんのスタンドで私の体を復元してほしいのです!』

「無論お受けしますよ。では骨壷を開けてもかまいませんね?」

『はいどうぞどうぞ、ちゃんと私のお墓から持ってきた純正品です。それに骨なんか見られても恥ずかしさとか無いですからねー』

ふよふよと浮きながらジョルノと会話していたさよは、これから行われることに対して浮かれている。

対してジョルノは、これから行うことに対してわくわくが止まらないようだ。

片や文字通り死活問題、片や地元が平和になったために生じた暇つぶしのため。

テンションは高いものの、どうも噛み合っていない気がする。

そんな2人を見ているフーゴとポルナレフは頭を痛め、ミスタは注文したピッツァを食べながら話半分で聞いていたため状況が良く分かっていなかった。

「んでフーゴよォ、何がどうなってるんだこの状況?」

ミスタからの質問にピクンと青筋を増やしながら、フーゴは律義に答える。

「……今回届いた荷物は空条承太郎氏からの物で、幽霊でありながらスタンドである相坂さよの体を復元することが依頼となります。
なんでも『波長が合う肉体に取り憑く事が出来る』から、日常生活を送るために彼女の遺骨から体を作り上げるらしいですよ」

「モグ……ふーん、そうか。んで依頼料の『素晴らしい情報』ってのは何だったんだ?
さっき妙に騒がしかったけど、もしかしてそれについて聞いてたのか?」

ピクピクン、と倍々で増えて行く青筋にミスタは全く気付いていないようだ。

「…………僕ら社会の裏である『ギャング』よりもさらに裏の存在、『魔法使い』という集団についての情報でした。
どうやらファンタジーやメルヘンの話じゃ無く、様々なNGO団体を隠れ蓑にして表でも活動しているようです」

「あー美味ぇ。 しっかし魔法使いか……ハ○ー・ポ○ターみたいな魔法でも使うのかよ」

ピッ、ピッ、と青筋が痙攣し始める。

「……………………魔法を使っている者のDVD映像を流していたんですが」

「んー、さっき見てた奴か。てっきり新作映画の映像をシマ代としてもらってきて、それを見てるんだと思ってたぜ」

ブチンッ!

その瞬間、派手に何かが千切れる音が部屋中に聞こえた。

ハイテンションだったさよとジョルノ、傍観を決め込んでいたポルナレフも何事かと辺りを見回し、直ぐに判明した音の発信源を見て固まってしまう。

ミスタはどうしたかって? ピッツァに夢中で、部屋に出現した鬼には気付いていないKYのことでしょうか?

大方の想像通りに音の発生源であるフーゴは、ゆらりとした足取りでミスタがついている席に近付くと、おもむろに置いてあるフォークをミスタの頬に突き刺した!

「アぎャァァーーッ!」

「人に話を聞いといて、ピッツァ食いながら適当に聞いてるとか舐めてんのか! この――」

突然の暴挙になす術無いミスタはそのまま頭をわしづかみにされる。

この後起こるだろう事について「ああ、なんかデジャブが……」とか考えてるので余裕があるのかもしれないが。

「――ド低脳がァーッ!」

そして放たれるのは一種の様式美。

頬に刺さったフォークが当たらないようにしながら、鼻が上手くテーブルで潰れる様に角度が調整された叩きつけは美麗であった。








「さて、早速始めに行きま――」

『あ、あのー、1つ質問が……』

先程までの惨劇ですっかりビビり切ってしまったさよは、恐る恐ると言った感じでテーブルに沈み込むミスタを指さす。

現在彼が突っ伏しているテーブルは赤一色となっているが、その原因はピザソースであると思いたい。

既に他のパッショーネ組は自業自得とまでに完全放置を決め込んでいるため、彼を助けられるのは現状ではさよしか居ない。

「大丈夫ですよ、ミス・相坂。彼は銃で腹を撃ち抜かれてもホチキスとガムテープさえあれば生きていられる男ですから」

『いや、でも、ミスタさんのスタンドが大慌てなんですが』

『ミスタァー! 目ヲ覚マシテクレェー!』

『ウワァーン、ミスタァァァー!!』

必死になってミスタを揺り動かすピストルズを見てジョルノは眉をひそめるが、直ぐにさよに満面の笑顔で向き直る。

「大丈夫、大丈夫。 ミス・相坂は優しい人ですね」

『あわわわ、いやあのその……優しいなんてそれほどでもー』

(ぱっと見では)屈託のない笑顔を向けられ、男性と話した経験が少ないさよはくねくねと体を揺らして恥ずかしがる。

「ふふ、イタリアの男はかわいい女の子には声をかけずにはいられないんですよ?
それでは遺骨から復元をしようと思うのですが、一先ず1つ下の階にある医務室に行きましょう」

『可愛いなんて言われたの四半世紀以上ぶりですー! もうどこにでもついて行っちゃいますよ!』

「一応女性の体を復元させるという事で、むっつりなフーゴとスケベなポルナレフは此処に残っていてくださいね?」

「「誰がむっつり(スケベ)だ! 撤回を要求する!!」」

「却下で。それじゃあどれだけ時間がかかるか分からないので、適当にくつろいでいて下さい」

『それではまた後ほどー』

さっさと部屋から出て行くジョルノとそれに憑いていくさよ。

この時さよの思考からはミスタの事なんてとうに抜け落ちていた。

ジョルノのナンパ力が遺憾なく発揮された事によってまんまと意識を逸らされ、ミスタの最後の希望は儚く消える。

「……亀の中で本でも読んでましょうか」

「……俺は音楽でも聞いてるかな」

残されたポルナレフとフーゴは、突っ伏したまま死体安置場への道を着実に進み続けるミスタを横目に亀の中に入っていった。








「んで内線で医務室に呼び出されたのは良いものの、なんでお譲ちゃんは落ち込んでるんだ?」

2時間ほど経った頃、内線電話を通じて呼び出された2人が目にしたものは、空中で四つん這いになり、黒線が見えるほどに落ち込んださよだった。

ちなみに呼び出されたのが2人じゃ数が少なくないかと思う方は御察しください。

「ああ、ミス・相坂は根本的な事を忘れていたようでして」

『うう……誰かが覗くとかじゃ無くて、そもそも体を復元してくれるジョルノさんは男の方なの忘れてました……』

「……なるほど、元の体の何からナニまで見ら『言わないでくださーい!』うおお!? 鋏が飛んでくる!?」

思わず昔の乗りで呟いてしまったポルナレフであったが、さよの前で言ってしまったのは悪手だった。

先程まで行われていた羞恥心に耐えながらの復元作業を思い出して、感情が高ぶったさよが八つ当たり気味に辺りのものを投げ付けた。

一応ポルナレフも幽霊ながら物に触れたりできるようで、宿主の亀――ココ・ジャンボ――を自らの手で動かしながら必死に物を避けている。

「うわ、彼女の能力ってえげつないですね。ポルターガイストを普通の念力みたいに使えるんですから……ああ!?
駄目ですよ相坂さん、薬の入ってる戸棚は結構高いんですから!」

「フーゴ、気にする所はそっちじゃないだろ! というかお前も横目で新しい体をチラチラ見てるだろうが!」

「なっ!? ぼ、僕は別に見てなんか……ってうわぁ、こっちにも来たぁ!?」

『デリカシーの無い人はどうにかなっちゃって下さいー!』

ベッドの上に横たえられている復元作業が終わったさよの体は素肌の上から入院着を着せられており、割かし扇情的だ。

何故か男としての本能がとりあえず見ておこうぜとでも囁いてしまったのか、フーゴは思春期の中学生よろしくチラ見してしまっていたのである。

トリッシュの一件の時もそうだったが、やはりこの男はむっつりなのだろう。








しばらく乱闘騒ぎが続いていたのだが、軽くキレたジョルノが発した底冷えするような制止の声によって終了となった。

現在、原因となった発言と行動をとった2人はタイルの上に正座させられている。

「少々遅くなりましたが憑依実験を行います。それではミス・相坂、体に近付いて下さい」

『はい……』

遺骨を全て用いて復元された体はベッドに横たえられており、ただ息をしているだけの人形と言うのがいちばん近い状態である。

心臓などの各種内臓器も問題無く機能しているので、少なくともブチャラティの体よりは上等であるが。

この体にスタンド能力を使ってさよが取り憑けば、理論上では生身と同様に動かせるはずだ。

厳密には同一ではないのだが、60年以上ぶりの自らの体に恐る恐る近づいた。

静かに眠る自分の体を見ると、思わず白雪姫みたいとか考えてしまう。

さしずめさよは眠り姫を起こす王子様と言ったところか。

『……ただいま、私の体。遅くなってごめんね……』

体に手を触れた瞬間、霊体のさよの姿は肉体のさよの方へ吸い込まれるように消えて行く。

その様子を固唾を飲んで見守る3人であったが、直ぐに肉体の方に反応が出て安堵のため息を漏らした。

だがそれっきり反応しなくなったと思ったら、今度は突然痙攣し始めたので俄かに慌ただしくなる。

「ど、どういうことだジョルノ!? きちんと彼女は肉体に取り憑けたんじゃないのか!?」

「私のように相性の良い憑依先では無かったのかもしれん。ジョルノ、早く応急処置を!」

「分かっています! 『黄金体験ゴールド・エクスペリエンス』ッ! 生命エネルギーを彼女に――」

「ゴホッゴホッ……カハッ、カハッ……ハー……ハー」

「――っ!? ……どうやら息を吹き返したようですね。ですが完全に安心はできないので、念のために生命エネルギーを流しこんでおきましょう」

ジョルノのスタンドであるゴールド・エクスペリエンスの手をさよの額に置き、少しずつ生命エネルギーを流し始める。

「ふむ……どうやら霊体と肉体の生命の波長が微妙にずれていたせいで体調に乱れが生じていたようですね」

「ジョルノ、波長のずれをどうにかできないのか?」

「もうやってます。というよりずれが本当に少しだけだったので、自然治癒の後押し程度でどうにかなりました」

「……すーはーすーはー」

ジョルノの言葉通りさよの体の異常は鳴りを潜め、落ち着いた呼吸になっていった。

大分落ち着いたさよは上半身を起こして胸に手を当てる。

「ふー……いやぁすみません、余りに生きてるのが久しぶり過ぎて呼吸の仕方を忘れてましたー」

「はは、どうやら上手くいったようですね。その体は使っている途中で身体機能が低下しないように、生命エネルギーを極限まで注ぎ込んであります。
日常生活を行うのであれば、年に1回の補充で十分でしょう。そのため、毎年ここに来てもらうことになって不便でしょうが、ご了承ください」

折り目正しく頭を下げるものの、さよが慌ててそれを押しとめた。

「いえ、せっかく生き返らせていただいて、しかもアフターサービス付きなんてこっちが頭を下げるくらいです!
あの……死んじゃうまでよろしくお願いします」

「はい、こちらこそ」

さよはペコペコと頭を上げ下げし、ジョルノはそんな彼女に朗らかに笑いかける。

そんな微笑ましい様子の2人を遠巻きに眺める正座中のスケベ達はと言うと……。

「あれって間違いなくプロポーズとして言ってないか? 特に意識はしてないようだが」

「どうするんでしょうね、ジョルノ。トリッシュから積極的なアプローチ掛けられてるんですよ?
このままいくとスタンドバトルという名の修羅場になっちゃいますね」

「メイズ・オブ・ザ・ダークが物を投げて、スパイス・ガールがそれを柔らかくして無効化……トリッシュの勝ちじゃないか?」

「このままですとそうなります。
ですが幽霊が起こせる現象を知っていればそれを再現することが出来るそうなので、後々火の玉について教えときましょう」

「火の玉ってプラズマだったか? 自由自在に動かせるプラズマ……楽しくなりそうだな」

今後起こりうる最悪の状況に思いを馳せていたりした。








それから3日後の2月19日月曜日、さよやジョルノ達はイタリアの空港に来ていた。

元々は日曜日の時点で帰る予定だったのだが、60年以上ぶりの食事や、死んだ当時では考えられなかった海外への旅行という事でつい長く楽しんでしまったのだ。

だが本業は中学生であるし、もう生身の肉体であるためにそろそろ授業に出るべきだと承太郎からおしかりの連絡が来たためので帰国となった。

普通に考えたら『パッショーネの幹部連中が揃って女子中学生と会話している』というのはこの付近に住んでいる者にとっては衝撃的であるため、空港のVIP用エントリーでの見送りとなっている。

「それでは皆さん、3日間の間本当にお世話になりました!」

「いえ、僕も興味深いお話をたくさん聞けて良かったです。戦時の状況なんて歴史の授業でも詳しく知れませんでしたから」

「俺も楽しかったぜ。ほらピストルズ、遊んでもらったお礼を良いな」

『『『『『『楽シカッタゼェー、アリガトナァー!』』』』』』

「また今度来て下さったときは普通の観光じゃ知られてないようなスポットにもご案内しますよ」

「可能性を目の前で見せてもらったんだ、私も肉体を持てるように試行錯誤してみようと思っている」

この数日間ですっかり打ち解けた皆から思い思いの見送りの言葉をかけられる。

「うう……私、絶対にまたイタリアに来ますから」

そんな久しぶりに出来た友達と呼べる人たちとの別れにさよは泣いてしまうが、そんな彼女を慰めるためにジョルノが近づき、手を取った。

「ミス・相坂、可愛いあなたに涙は似合いませんよ。それに今生の別れではありませんし」

「グスッ……それでもせっかく仲良くなれたのに、次に会えるのがいつなのか分からないんですよ?」

「なら再会を願っておまじないでもしましょうか」

「おまじないですか。いいですよ……ってジョルノさん、顔を近づけて一体何を――!?」

チュッ。

そんな軽い音が顔を近づけていた2人の間から発された。

決してズキュゥゥゥンではない、あしからず。

「なななななななななな何をしてるるるるるるるんんでしょうかかかかかか……」

直ぐにお互いの顔は離れるが、さよは真っ赤になって正常な言語を発することが出来なくなってしまっている。

対照的にジョルノは平然とした顔をしていた。

この辺りが異性との慣れの違いなのだろうか、それとも日本とイタリアの価値観の違いなのか、または両方か。

「……ジョルノの奴、頬っぺたにキスしたのか。イタリアの男としては及第点だが口づけくらい行っても良かったんじゃないのか?」

「おいおいポルナレフ、歳の差を考えろよ。それにしてもフーゴ、あいつってもっとクールじゃなかったっけか?」

「対応はベター、性格に関してはノーコメントで。どうせジョルノはこっちの話が聞こえてるでしょうし」

そんな仄かなラブ臭の中、残り物のイタリア男性三人はキスに対して好き勝手に批評している。

『お客様にご連絡いたします。間もなく日本行きの旅客機が離陸いたします。ご搭乗される方は……』

ここでさよは場内のアナウンスで搭乗時間が迫っている事に気付き、少しだけパニックが治まってきた。

「そ、それじゃ、ももももうすぐ飛行機が出ちゃうので、ししし失礼します!」

「ええ、息災で。おまじないが効いてる事を祈りますよ」

「おまじないは絶対に効かせます! だから……その……」

さよはまた真っ赤になるものの、意を決して胸にある普段じゃ言えない言葉を放つ。

「……次にお会いした時には、どこかに2人だけで遊びに行きましょう!! ではまたいつかー!!」

言いきるが早いか、全身をゆでダコの様にしながら搭乗口に走って消えるさよであった。








「……行っちゃいましたね。3日間だけとはいえ、ずいぶんと仲良くなってしまったものです」

空港から出て親衛隊の運転する車に乗る直前、ジョルノは後ろの面々……むしろ飛び去って行った飛行機の方に体の向きを変える。

「いいんじゃねーの?
最近は組織の事で手いっぱいだったし、経験すること無く過ぎ去った青春が今頃来てくれたとでも考えりゃ……って何だその驚いた顔は?」

「いえ、ミスタからそんな詩的な言葉が出るとは思いませんでしたので」

「うるせーよ! ちょっとくらいロマンチックな言葉くらい良いじゃねぇか!」

ジョルノからの辛辣な一言でミスタは機嫌を損ねてしまったようで、さっさと車に乗りこんでいく。

残った2人はやれやれと肩をすくめた。

ちなみに外で亀から体を出すわけにはいかないので、ポルナレフはフーゴに抱えられている亀の中で肩をすくめている。

「全くミスタは……それより『ボス』、この後は予定通りにあの場所へ?」

さよという堅気の人間がいなくなったからか、フーゴは身に纏う空気を『仕事』をするためのものに変える。

対してジョルノは、何時もと全く変わらない空気で『ボス』として答える。

「その通り。空条承太郎から送られてきた資料の中の、『魔法使いの犯罪組織について』……あれが手に入ったのは僥倖でした。
スタンドとは違う能力を使うギャングの噂は与太話だと思っていたんですけどね」

ふぅとため息を吐き、車の方に向き直る。

いつの間にか車の発着場には多くの黒い高級車が集っており、それらの搭乗者は一様に車から降りて頭を下げていた。

「「「「「「「ボスッ、御命令を!!」」」」」」」」

「……ネアポリスの我々のシマにいる以上、即刻潰しましょう。ついて来てくれますか? ミスタ、フーゴ、そして我が同胞たち」

「りょーかい、準備はばっちりだぜ」

「はっ、了解しました『ボス』……」

「「「「「「「「パッショーネに栄光あれ!」」」」」」」」

そしてジョルノの乗った車を集団の中央に据え、全ての車両はネアポリスの喧騒へと消えて行った。

次の日の地元の新聞にはネアポリス郊外の屋敷一つが倒壊したという記事が載るが、関連があるかは定かではない。








相坂さよ――ジョルノ製ボディと恋心を入手して帰国。
        ボディに入れても霊体なのは相変わらずなのだが、本人はそれでも幸せである。
        しかし帰国後にずれ込んでしまった再編入の手続きに追われることとなった。

ジョルノ・ジョバァーナ――スタンド名『黄金体験ゴールド・エクスペリエンス
                魔法使いと言う新たな力の存在を知り、組織の強化に使えるだろうとまた新たに動き出す。
                後日トリッシュに今回の話が流れてしまうが、どこ吹く風といった感じで聞き流した。


グイード・ミスタ――スタンド名『セックス・ピストルズ』
            散々な目に合った気もするが、それなりに楽しめた様子。

パンナコッタ・フーゴ――スタンド名『パープル・ヘイズ』
               3日間だけではあるが穏やかな日々を過ごし、去りし日を思い出す。

ジャン=ピエール・ポルナレフ――元スタンド使いの『幽霊』。
                     さよの姿を見て、肉体を手に入れるための方法を探す事にする。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/

後書き:
何時もとは逆にジョジョをネギま寄りにしてみましたが、ノリが軽過ぎてしまったかもしれませんね。

それと、次回更新時に赤松板に移ろうかと思います。

次の話がUPされてないなと思いましたら、そちらの方をご覧ください。



[19077] 11時間目 長谷川千雨は普通に暮らしたい①
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/11/16 23:37
2月18日、日曜日の某所。

そこは空が人工物のように真っ青で、太陽のような物からは汗をかかない程度の光が放たれていているため過ごしやすい気温が保たれている。

そんな環境に設置されているのは、比喩じゃなく水平線が見えるくらい広大なプールだった。

水はどこまでも透き通っていて清潔感あふれているのだが、プールの底が何故か水面からじゃ見えない。

しかし底が見えない理由など簡単だ、光が届かない程度に『単純に深い』というだけである。

もはやプールではなく海と形容するべきその場所には休憩用の小島が幾つかあり、申し訳程度のヤシの木オブジェが立っているのが見える。

そんな金持ちの道楽の象徴のようなプールにフロートマットで漂いながら、水着姿でだるそうにノートPCを動かす者がいた。

「あー、ヒット数は上がってるのは良いけど荒らしや粘着が多くなっていやがるな。
パケットフィルタリングにこいつらのPC情報を設定してシャットアウト、ついでに串通して偽装したうえでIPをどっかの掲示板にでも晒すか」

ぼやきながらカタカタとキーボードを動かし、頭の悪い連中にえげつないお仕置きを開始する。

やっているにしては少し過激な事であるのだが、不思議と『彼女』がやっていても様になっているような気がする。

地味目な髪型、しかも身に着けているのは冗談のような丸眼鏡なので、いわゆる典型的な『オタク』といった雰囲気であるためだ。

そんな事をしながらリゾート気分満喫の彼女であるが、実のところこんな広いプールを持てるほどの財力を有していない。

というよりこんな広い場所は、彼女の所属するクラスで一番の財力を持つ雪広あやかでも持ちえない代物だ。

どうして彼女――長谷川 千雨――はこのような場所を占有しているのだろうか?








「ってもうこんな時間か。出かけてた徐倫が戻って来ちまうし、そろそろ引き上げっか」

パソコンの右下に映る時計部分を見ると『17:08』と表示されていた。

今日の食事当番は千雨なので、もうそろそろ準備を始めないと19時までに夕飯にありつけなくなる。

「面倒だけどやるしかねぇな。 さて、さっさと『非現実』に戻りますかね。
『××××』、家への道を開けてくれ」

『了解しました、ちう様!』

彼女が呼び声をかけると、何も無いところから突然ネズミに似た生き物が敬礼しながら返事と共に現れた。

その小動物は物理法則を無視しながら空中に浮いており、体毛の色はクリーム色、目は宝石であるかのような光を湛えている。

見た目はかわいいのだが、突然現れるとか言語を理解して話すとか宙に浮いているとか色々とおかしい。

そんな奇妙な小動物は空中にパソコン画面のような物を表示させて、高速で操作し始めた。

操作と言っても画面には一切手(前足?)を触れていないのだが、その手をかざした画面部分から表示が変わるのでその表現で良いだろう。

やがて画面の操作が進むにつれて、周囲のプールに変化が起き始めた。

脈動するように空間全体が揺れた後、島やプールなどと言ったありとあらゆる物の色彩が極めて希薄になる。

そして余りに広大だったプールの水はきれいに消え失せていき、人工的な空も太陽も存在が始めから無かったかのように白い天井へと変わっていく。

プールの水が突如消えてしまったためフロートマットごと底へ落下するのではないかと思われたが、水面であった場所は何の変哲もない床部分となっていた。

千雨は床に置いてあるだけのフロートマットから立ち上がりながら降りて、先程とは全く様相の違う空間を見渡す。

天井は見えるものの、周囲は果てが見えないほどの白い空間。

先程までのプライベートプールは、生も死も感じられない、あまりにも無機質なものになり果てていた。

「んー、『先生』の好きだった空間を真似してみたけど、あんまり楽しくねぇな。
泳いだところで疲れるだけだし、次回からは別のリゾート地をイメージして組み上げてみるか」

寝そべった体勢のせいで凝り固まった体を伸ばしながら、ずっと操作を続けているネズミの方へと近寄る。

「だいこん、ログアウトにかかる時間はあとどれくらいだ?」

だいこんという独創的な名前で呼ばれたネズミは画面から目線を外して千雨の方を向き、その小さな手でサムズアップをして見せた。

『既に転送処理は待機状態に移行済みですので、ちう様の指示さえあればラグ無しで開始できます!』

「おお、作業ペースが速くなったな。
昔は仮想サーバ停止とログアウトの両方をこなすのに30秒近くかかってたけど、早くなったよなぁ。これなら5秒くらいか?」

『厳密には4秒09で処理が完了していまーす。褒めてくださいちう様ー!』

だいこんは構ってーという感情のままに尻尾を振りながら、キラキラした眼で千雨の周りを飛び回る。

やれやれと思いながらも千雨はだいこんに手を伸ばし、その頭を撫でてやった。

「偉い偉い、その調子で頑張れよ。そんじゃ、ログアウト開始してくれ」

『了解、転送開始ー!』

千雨がそう言った瞬間にその体が光に包まれ、目の前の空間に突如として開いた穴へ向かって光となった千雨は進んで行く。

光とネズミは数瞬で穴の中に消え去り、光が通って行った穴も急速に狭まりながら消えようとしていた。

やがて穴が完全に無くなると、どこまでも白い空間には存在するものが無くなり、痛いほどの静寂のみが存在することとなった。








11時間目 長谷川千雨は普通に暮らしたい①








2月22日木曜日、朝8時ちょうど。

長谷川千雨は登校津波の影響が少ない大通りの端を歩きながら学び舎へと向かっていた。

けだるそうに歩いている姿はお世辞にも姿勢が良いとは言えず、眼鏡で見えづらくなってはいるものの、眼の下には隈が少なからず存在していた。

こんな状態になってしまった理由は、先日に起こった転校生騒ぎの疲れが取れなかったためである。

実際には転校生ではなく休学終わりでクラスに戻ってきただけなのだが、『普通の生徒なら』1度もクラスで見なかった生徒なのでそれでも正しい気がする。

まぁ千雨は『普通では無かったため』に毎日のようにクラスで見ていた訳だが、わざわざそれを口に出そうとはしない。

それはともかく、イタリアの病院で療養していたらしい相坂さよへの質問と言う名のバカ騒ぎ、そして放課後に行われた退院祝い&歓迎会によって、うるさい事が嫌いな彼女の体力はガリガリ削られてしまっていた。

その疲れ方は余程のものだったらしく、夜中に寝苦しさから頻繁に起きてしまう始末。

寝ては起きるの繰り返しで体が休まる事が無かったのだ。

(こーゆー時に同居人がいると楽だなーとか思う私って、結構駄目女だよなぁ……)

こんな事を思う理由は、本来なら今日の朝ごはん当番は千雨だったのだが、疲れでだるそうにしている姿を見た徐倫が代わりに朝食を作ってくれたためである。

それと何時もは洗い物を一緒に済ませたうえで徐倫と共に登校しているのだが、「洗い物やっとくから先に学校言って教室で寝てなさいよ」と言われたから学校に向かっていたりもする。

ほんの少しのウォーキングを挟むと寝つきが良くなるという話をどこかで聞いた事があるので、千雨は厚意に甘えて学校に向かうことにしたのだが……。

「くそ、歩くのもかったるいし、そもそも教室に言ったところであいつらがバカ騒ぎしてるだろうから寝れる訳無いんだった」

疲れで頭の回転が鈍っていたのがウォーキングで多少ましになり、教室で休むという愚行を犯そうとした事を激しく後悔することになってしまっていた。








それから10分後には教室に到着したのだが、予想通り駄弁っている生徒が多いので寝るには適さなさそうだ。

「長谷川さん、おっはよー!」

「あー……おはよーさん」

朝っぱらから元気な美空をスルーしながらとりあえずは自分の席に着き、机に突っ伏して寝る体勢だけは取ってみる。

適当にあしらったために「元気が足りないぞー!」とか前から聞こえてくるが、誰も彼もが年がら年中元気の訳無いだろうと考え、これも華麗にスルーした。

お気に入りの伊達眼鏡はガラスが傷つかないようにケースにしまったので、思う存分だらけた態勢で休む事が出来る。

(しっかし机が冷たいのはどうにかならねぇかな。教室が暖まってるから良いものの、下手すると眠気が飛びそうだ)

疲れを取るために今はとにかく1分でも多く寝たいので、片っぱしから眠りを妨げるものを排除しようと現状で動かせる脳のリソースを割いていく。

とりあえず冷たい机は時間が経たないとどうにもならないので、腕を枕にしてしのぐ事にする。

腕は洋服越しでもそれなりに冷たいが、気にならない程度にはなった。

(でもやっぱり周りがうるせぇ。どうにかしてーけど、MP3プレーヤー忘れたから耳栓代わりのイヤホンもねーんだよなぁ)

どうしても周囲の話し声が気になるので、ちょうど枕代わりにしている自分の二の腕を上手く耳に被せて簡易耳栓にしてみる。

これが思った以上に具合が良く、冬服の適度な厚さのおかげで防音効果はバッチリになった。

席は窓から離れているので腕枕程度で暗さは確保でき、ようやくそれなりに眠りやすい体制に移る事が出来た千雨。

あとは動作の悪くなった頭をスリープにするだけだ。

(よし……これで……寝れ……)

「あの……おはようございます、長谷川さん。ちょっとよろしいでしょうか?」

だがどれだけ防音をしていたとしても幽かに声は聞こえる訳で、しかもそれが自分を呼ぶ声であるなら尚更である。

せっかく良い感じに落ちかけている時に起こされる、ここまで理不尽な事は無い。

だからこそ千雨はうつ伏せたまま声を出して抗議する。

「おい……殺すぞ」

眠りに着きそうであったために少ししゃがれてしまった喉からは非常に簡潔で、それでいて効果的な言葉が飛び出した。

さらにうつ伏せになっているので声はくぐもり、その迫力に拍車をかけていた。

「ひぅっ……ごごご、ごめんなさーい!」

かくして声を掛けたクラスメイトは鬼気に当てられて謝りながら逃げることとなってしまう。

さすがの千雨もこれにはやり過ぎたと感じるが、あくまでも『睡眠>(超えられない壁)>その他』な状況のために追いかけて弁明する気も起きない。

(眠かったとはいえ少しだけやり過ぎたかなー。
……そう言えば顔をあげて無かったから……誰が話しかけてきたのか……微妙に分からなかった……な)

それが、長谷川千雨の午前中における最後の思考となった。








心地よい眠りから目が覚めると、その瞳に映ったのは知らない天井だった。

「知らない天井だ……って散々使い古されたネタが頭に浮かぶ時点で、私ってやっぱりパソオタなんだなぁって思うわ」

誰に伝えるでもなく思わず口に出してしまった言葉だが、彼女にとっては好ましくない事に聞いていた誰かがいたようだ。

「はて? 使い古されたって言いますけど、そんなに有名なんですか、その言葉」

「うげ、今の聞かれてたのかよ。……誰だか知らんが今聞いたことは即刻忘れてくれ、私の精神衛生上のために」

「いえいえ、知らない仲じゃないですよ。ただし私が千雨さんの事を一方的に知ってる感じですが」

「あん?」

何となく嫌な予感がして、千雨は改めて自分の置かれている状況を整理してみる。

とりあえず現在、千雨は消毒用アルコールの匂いを感じる部屋での真っ白なベッドの上で横になっているようだ。

常識的に考えて保健室か病院の一室だろうが、すぐそばの窓の向こうからは姦しい声が聞こえるので保健室だろう。

確かに教室で寝ていた筈なのに何故自分はここにいるのかを考えようとしたが、これについては後でクラスメイトでも担任にでも聞くことにすればいい。

寝ている内に起きた事など、いくらでも脳内でストーリーが組めてしまうから意味がないためである。

次に衣服の乱れを確認しようとするが、さすがにそこまで深刻な状況だったら身動きが取れないだのあるはずなので、直ぐに止める。

こう言うところはパソコンで様々な知識を蓄えてあるために耳年増だ。

何となくそんな自分自身に気まずくなったのでコホンと咳払いを入れる。

ともかく次の確認、今さっき自分と受け答えをした人物の確認だ。

だがこれに関してはもう既に分かっているのだが、色々と認められない部分があるので気付かないふりをしていたというのが正しい。

だって『一昨日まで幽霊で、昨日から復活したクラスメイト』等と言う漫画展開は、至って『普通』の人間である自分には関係の無い事だからだ。

平穏無事に生きて行くのならそんなものと関わり合いになりたいとは思わないのが常識的な考え方だろう。

(あー……もうそろそろ現実逃避もお仕舞いかもしれねぇな)

しかし、常識的に考えるならばそんなものが存在しているという事は真っ向から否定されるべきものだ。

だが千雨は、そういうものが存在すると知ったうえで『関わり合いになりたくない』と考えてしまっていた。

認識の違い……それは昔から千雨を悩ませ続けてきた事柄の1つでもある。

「んで結局……何の用だ、相坂?」

上半身をベッドから起こしながら、視線を向けずに相手の名前を呼ぶ。

これで間違っていたら悶絶するほど恥ずかしいのだが、どうやらその心配はなさそうだ。

「……まさか普通に話しかけられるとは思いませんでした。これってもしかして……」

やはり話しかけてきたのはさよだったのだが、どうも様子がおかしい。

ベッドの横に置いてある椅子に座ってこちらを見ているのは良いが、両手を口の前に当てて何か感極まっているような様子だ。

何となく嫌な予感がした千雨だが、喋るのを止めさせる前にさよがその口を開く。

「これが……噂に聞くデレ期! デレ期なんですね!?」

「違うわ!!」

想像以上にお間抜けな答えを出したさよの頭を、千雨は手首のスナップを利かせて枕で叩いたのであった。








「んで、本当に何の用だよ、相坂」

千雨は上半身だけ起き上がった状態で、頭を押さえて涙ぐむさよに改めて質問する。

何で保健委員でも寮の同居人でも無いさよが自分の付添人になっているのかが分からないためでもある。

「あうう、突っ込まれるのは分かっていましたが、もう少し手加減してくださいー」

「手加減も何も、どうせそこまで柔じゃないんだろ?」

「いくら死んだ事があっても、痛いものは痛いんですよ!」

「はいはい、悪かった悪かった。というか本当に何しに来たんだよ」

流石にこのままだと話が進まないと感じたのか、さよは居住まいを正す。

「私がここにいるのは、私が朝のHRの時に長谷川さんを運んできたからです。
長谷川さんは覚えていないと思いますけど、HRになって先生が来ても起きなくて、クラスのみんなが心配してたんですよ?
保健室の先生が言うには、極度の寝不足による血圧の低下で失神してたらしいです」

「失神してたって……うげ、今何時だ!?」

少々女の子が出してはいけないうめき声を出しながら慌てて保健室内の壁掛け時計を探すが、普段保健室になんて来ない千雨は中々見つける事が出来ない。

千雨が起きるまで少しの時間保健室内で待っていたさよは、場所の分かっている時計を指さして時間を告げた。

「現在午後3時23分くらいですかね。ちなみに帰りのHRも終わっちゃってます」

「……午後3時過ぎって、午前中どころか午後までの授業が全滅かよ。
ちっくしょー、テスト近いのに授業受けられないとか最悪だ」

朝8時から午後3時までの実に7時間ほど失神していたものの、テスト対策に支障を来すなんてことが考えられる程度には体調が回復しているようだ。

「大丈夫ですよ、ネギ先生と承太郎先生が今日行った授業内容を後でプリントにして配布してくれるそうです」

「いや、それはそれで面倒なんだよ。授業として出来る事を何でわざわざ家でやらなきゃならないんだ」

「んー、もしかして長谷川さんって効率重視な人ですか?」

「ただの面倒くさがりだよ。授業とテスト対策以外で自宅勉強をしたくないだけだ」

大仰に肩を落として、面倒だという雰囲気を出しながら嘆息する千雨。

そんな千雨の様子にさよは苦笑するしかなかった。

「んん! さーてと、まだ結構寝足りないし、さっさと部屋に帰って寝るかな」

妙に体が痛くて、肩や首の関節を鳴らしながらまんべんなく動かす。

床ずれではなさそうだが、筋肉が軽い筋肉痛のように強張ってしまっている。

そうなってしまった理由は、長時間の失神をしてしまったためだ。

失神というのは意識が完全に落ちている状態であるため、睡眠時の半覚醒状態と違って体の姿勢維持をせず、休息がし辛い。

人間は無意識下に重力に逆らうよう筋肉を常に使用しているのだが、失神しているとその働きが弱まり弛緩してしまう。

また、失神と睡眠のメカニズムは別物であるため、眠気は解消されない。

だから失神後に体の調子が悪くなったり、眠気を感じてしまうのだ。

そんな訳で猛烈に休みたい千雨は、さっさとそばにおいてあった鞄を掴んで保健室から出ようとする。

「あ、じゃあご一緒しますよ。どうせ方向は一緒だし、それに帰宅途中にまた倒れたら大変ですし」

「そんなの別に……って、まー良っか。そんじゃ一緒に帰るか」

「はいっ!」

此処まで運んでもらった恩義もあることだし、一緒に帰るくらい良いかと考え、共に保健室を出ることにした。

だからこそ、この直後に襲った出来事はあくまでもさよの責任ではない。

責任ではないのだが――

「おお、丁度良かったな。様子を見に来たのだが、その調子なら大丈夫そうだ。
しかし長谷川に相坂、2人だけでは心配だからわたしも同行しよう」

「あー、長谷川さーん! 良かったです、心配してたんですよー!
僕も明日菜さんたちの部屋に帰らないといけないので方向が同じですし、ご一緒します」

「……好きにしろよ……」

――どうしてもさよがこの事態を持ってきたのではないかと考えざるを得ないのだ。








見慣れた帰り道に影4つ。

周りは雑談や街灯に付いたスピーカーからのBGMで騒がしいのだが、承太郎たち4人のところだけはやけに静かである。

教師と生徒のグループであるから話を振り辛いという訳ではなく、取り立てて話す事柄もないために帰宅中は会話も殆どしないで黙々と進んでいるだけの状況だ。

さよも承太郎もネギもこういう状況にはそれなりに強いのか何も言わない。

何故強いのかというと、さよは孤独に慣れている、承太郎はそもそも雑談をあまりしない、ネギはアーニャと歩いている時に突然押し黙られてしまう事があったから。

ちなみにネギの場合は不用意にフラグを立てる様な言葉を出してしまって、アーニャが嬉しさを顔に出さないようにしているからである。

閑話休題。

しかし千雨は沈黙がどうにも我慢できなかったらしく、ぽつりと質問をすることにした。

「……何も聞かないんだな、私の能力について」

その一言にスタンド使いであるネギ以外の2人は少し驚いた顔をする。

ネギはここ数日に合った出来事をまだ詳しく知らないので、今の千雨の一言についてよく分かっていない。

「……ふむ、では聞いた方が良いのか?」

「……徐倫が空条先生の事を嫌ってる理由が分かったよ」

「ぐっ!?」

苦虫を噛み砕いたような顔をした承太郎を見てしてやったりという表情を見せる千雨。

だがすぐに表情を仏頂面に戻してしまった。

「どうせ全部ばれてるんだろ、教室にいるスタンド使いは。
……相坂が見えていて、スタンド会話が聞こえる人物を選出していたみたいだしな」

「ああ、相坂が見える人物は複数人いたようだが、スタンド会話で反応を見せたのは、相坂と長谷川を含めて『4人』だ。
まぁ聞こえていない振りをしている奴が居てもおかしくは無いから、全部では無いのかも知れんがな」

ここにきてやっと千雨が何を言っていたのか理解したネギは、自分の生徒にもスタンド使いがいた事を知って慌て始める。

「え、えー!? 相坂さんと長谷川さんがスタンド使いって……しかも他にも何人かいるんですかー!?」

「ああそうだよ、『魔法使い』のネギ先生」

「しかも僕の事までばれてるー!!」

何を今更と言った感じで千雨は肩を竦める。

「スタンド使いはこの麻帆良を覆っている認識阻害の結界の効果を受けづらい。
だから不自然な事があっても補正がかからないから、魔法使いの事は一方的に知ることが出来る。
それに言葉の端々に魔法使いと関連付ける単語があったりとか、杖を持ち歩いてる時点で当たりを付けるのは楽だったぜ?」

あわわわとまたしても正体がばれてしまった事に慌ててしまうネギだったが、千雨は心配いらないと手を横にひらひらと振る。

「オコジョ刑執行なら安心しろ、先生の言動から確信に至った訳じゃないし、ばれても黙っておけば大丈夫だしな。
詳しい事は私がまほネットの裏データバンクに『入り込んだから』から分かったんだよ」

「えっと……データバンクに『入り込んだ』って事は……駄目ですよ、違法アクセスは不味いですって!」

ネギは『入り込んだ』という部分を違法アクセスだと勘違いしたようだが、承太郎とさよは今の表現でピンと来たようだ。

「ああ、なるほど。電子機器好きですからねー、長谷川さん」

「……あっさりとばらしてしまったのはどういうことだ?」

「隠したところで『引力』のせいでばれるだろうし、戦闘力が無いのが分かれば助けてもらえるだろう算段込みだよ」

そう言いながら千雨は右手をサムズアップと同じ形にして、自分の後ろの方を親指で指す。

「……!? 気付いていたのか?」

「ちょっとした対人恐怖症持ちでなー。こっちを見る視線とかに敏感なんだよ。
この感覚だと……多分2人かな」

「ふぇ? 何か後ろにあるんですか?」

千雨と承太郎は気付いているが、さよとネギが気付けてない事が能力以外にある。

最近はめっきり減っていたが、やはり『英雄』の肩書は存外重いようで、時折承太郎とネギの後ろをつけてくる者がいるのだ。

魔法でも使っているのか、それなりに距離が離れていても見え方や聞こえ方に変化は無いようである。

そのため、おそらくは明日菜に魔法がばれた事はその日の内に情報が広まっているだろうが、あえてそれをネギには言わない。

「今までの会話は聞かれているだろうな。クラスにいるスタンド使いの残り2人には早めに接触しないと、何をされるか分からん。
長谷川の能力については『あんなもの』であると確信はできないだろうが、この後はどうする?
分かるはずは無いと思っても、盗み聞きされるのは些か気分が悪い」

「なら次の角を右に行きますか。あそこなら人通りも少ないし、角に折れた瞬間いなくなればいくらなんでも諦めるだろうし。
空条先生と相坂は能力に気付いてるだろうから良いとして……ネギ先生、私のそばに寄っておいて下さい」

「あ、はい」

少しだけ距離を置きながら横並びに歩いていた4人は、千雨を中心に周りを残りの3人で囲む形にしながら歩き続ける。

そうすると後ろから誰かが急速に近づいて来る気配がした。

追いつかれても厄介なので、4人はアイコンタクトで合図を取り、曲がり角まで一斉に走り始めた。

「ちっ、会話が聞かれているから諦めて帰るか、しつこくこちらの能力を確かめようとするかの2択だったんだが、後者かよ。
あーあ、今日という日はとことんついてねーな」

「この距離なら角に曲がった時点で奴から死角になる。何時でも能力は発動できるのか?」

「今のご時世、『あれ』を持ってない奴はいねーよ」

そう悪態をつきながら、角に入った直後に千雨はネギの方を見る。

「ネギ先生、今から私たち3人は『消えます』けど、そのまま走って女子寮まで向かって下さい!
その間、荷物の中身を確認しようとかすんなよ!」

「うええ!? ちょっと長谷川さん、『消える』とかってどういう意味ですかー!?」

「そのままの意味ですよ、っと。行くぜ、『プリズム』ッ!!」

『『『『『『『アイアイサー!』』』』』』』

状況が分かっていないネギは半泣きだが、そんな事お構いなしに能力を発動させる。

走っている千雨が自らの分身の名前を叫ぶと、その体から7匹のネズミが飛び出し、4人の体の周りをくるくると飛び回り始めた。

「対象はネギ先生の持っている『あれ』だ! 3人転送だから、フルにリソースを割きやがれー!」

『了解です、ちう様。 我ら『プリズム』にお任せあれ!』

『転送終了まであと5秒! 衝撃にお気を付け下さい!』

そして飛び回るネズミから放たれた霞のような光によって、ネギ以外の3人の体を包み込む。

ネギはスタンドの姿を見る事が出来ないため、突然光に包まれた3人を見て何が何だか分からず「何これー!」と叫ぶしかない。

やがて3人をそれぞれ内包した光は文字通り一丸となり、ネギに向かってすっ飛んで来る。

「ちょっ!?」

突然迫ってくる光の球と言う現象にネギは悲鳴を出そうとするが、それがきちんと口から出る前に体当たりでも食らったかのような衝撃が発生し、悲鳴を飲み込んでしまう。

衝撃によって走っている状態から勢いよく転んでしまうが、前回り受け身の要領でそのまま体勢を整えて再度走り始める。

女子寮まで走れと言われているからには、意地でも走り通してやろうという感じなのだろう。

「あいたた、びっくりしたー。もう、こんな事になるなら一言だけでもくれれば良いのにー!」

文句を言いながらも走り続けるネギは生真面目と言うか何というか。

一応後ろから追跡している人物がまだいるので、撹乱という意味では正しいのだが。

「絶対……絶対に能力について教えてもらいますからねー!」

叫びはすぐに街の喧騒に混ざって聞こえなくなっていった。

頑張れネギ、電車に乗らないなら女子寮まで後20分以上だ!








空条承太郎――千雨の能力でとある場所に転移中。

ネギ・スプリングフィールド――色々と訳が分からないまま女子寮に向かって全力疾走中。
                   本人は気付いていないが、何故か持っている携帯電話が光っているようだ。

相坂さよ――千雨の能力でとある場所に転移中。

長谷川千雨――スタンド名『プリズム』
          追手から姿を隠すために能力を使用中。
          電子機器に関係する能力のようだが……?


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  

後書き:
チラシの裏から移動してから最初の話となりました。

これからもよろしくお願いします。



[19077] 12時間目 長谷川千雨は普通に暮らしたい②
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/11/16 23:51
光に包まれて進んだその先トンネルの先は、何も無い白い空間だった。

何処までも白一色で、僅かな黒ずみさえも確認することは出来無い。

上を見ると天井があるのだが、周囲には地平線が広がっており、その果ては見えない。

果てに見える地平線に丸みが無いため、この空間は完全な直方体で構成されている事だけは分かる。

それと、この空間に何も無いというのは語弊かもしれない。

少なくとも自分たちという存在と、満足に呼吸できるだけの空気はある。

まぁ結局のところ単なる言葉遊びではあるが、そうでも思わなければやってられないというのが承太郎の正直な思いだ。

「……今まで様々なスタンドを見てきたが、割とトップクラスに凄まじい能力だな、これは」

何しろ果ての無い世界が目の前に広がっているのだ。

流石の承太郎でもここまで『異質な空間』は見た事が無い。

空間からは湿度は全く感じず、気温は高くもなく低くもなくといったところ。

今まで走っていた路地の寒さからすると、湿度面以外は些か快適である。

しかしおかしなことに、湿度を感じなくても乾燥しているとは思えないのだ。

(DIOの屋敷の時のような違和感は、ここからは感じない。これが自然な姿なのか?)

空間を変質させる能力は程度はどうであれ、どうしても違和感を生じさせてしまうものだ。

だがこの空間からは、少なくとも何かを変えたような歪さは感じない。

と言っても、そもそもただただ白い空間から異質感は感じているのだが。

それに、どうも生者が住んではいけない気がするのだ。

どうにも機械的というか、それがこの異質感の正体なのかもしれない。

「うわー、広いですねー。もしかして此処があの世ってやつなんでしょうかー?」

「相坂でも分からないあの世が、わたしに分かるはずがないだろう。
そもそもお前はある程度は能力を推測していたし、それに追手から逃れるためにあの世に言ってどうする」

さよはここをあの世だと言ったが、今までの会話から推測した能力からするとその可能性は考えられない。

それはさよも分かっているのか、「冗談ですよー」とぽやぽやした表情で笑っている。

緊張感が足りなさ過ぎるきらいがあるので、スタンド使いとしての教育が必要だなと考えた。

「長谷川、大体予想は付いているのだが一応聞く。ここは一体どこなんだ?」

能力にあたりは付けているのだが、詳しいところは本人に聞かなければ分からない。

そのため、此処に連れてきた本人である千雨がいるだろう方向を見る承太郎だったが、いつもの仏頂面が何故か呆れ顔になる。

理由は、千雨のある意味悲惨な状態のためだ。

「ぜー、ぜー……し、死ぬっ! インドア派に、ゴホッ、50メートル以上走らせるんじゃねぇよ、畜生……。
さっき追いかけてきてた奴らが分かったら、絶対に此処で恥ずかしい目にあわせてやる……」

真っ白な地面から顔を上げる事も出来ず、息も絶え絶えに呪詛を吐く千雨。

最低限のプライドだろうか地面に倒れこみはせず、プルプルと体を揺らしてはいるが四つん這いの状態だ。

その様はどこか生まれたての小鹿を連想させる。

先程の100メートル程度の軽いダッシュでここまで息を上げるとは、もはやもやしを通り越してスプラウト並みの弱さである。

これはもう貧弱具合がインドア派とかそういう次元じゃないと思うのだが。

しかも追跡者に八つ当たりをしようと言うのだからタチが悪い。

何をする気か分からないが、少なくとも何か大切なものを失うようなことであるのは間違いない。

「まぁ、その……なんだ。とりあえず落ち着いてくれ、長谷川」

「……顔の加工かメイクでプライバシーだけは最低限確保するのは良いとして、格好は露出の高い……ブツブツ」

承太郎の頼みは残念ながら聞こえていないようである。








「……!?」

ネギを追跡している人物は、今日の場合は2人いる。

背の高い者と少しだけ背の低い者なのだが、どちらもフードの付いた黒いローブを深く着こんでいるために、表情や性別を見た目から判断するのは難しい。

現在、走りが魔法による強化で速くなっているネギの姿を常に捉え易いように屋根の上へ行き、建物を飛び移りながら追っていた。

そのうちの片方、背の高い方が、突如として感じた妙な悪寒によって急に立ち止まってしまう。

もう一人の追跡者は後ろから付いてくるように走っていたので、あわや激突といった状態だったが、立ち止まった追跡者をさらに飛び越えるようにして避けた。

「ど、どうしたんですかお姉さま!? 急に立ち止まってしまったらネギ先生を見失ってしまいますー!」

「ご、ごめんなさい、愛衣。少し気になる事があって……」

どうやら2人とも女性、それに声色からすると結構若いようだ。

『お姉さま』と片方が呼称されたことから、姉妹なのだろうか?

「……って愛衣、このままじゃ振り切られるから先に行って!」

「は、はい! それでは先に行かせていただきます!」

背の低い追跡者――愛衣と呼ばれた少女――は『お姉さま』からの指示で迅速に追跡を再開するが、その『お姉さま』は立ち止まったまま、先程感じた悪寒の大本を探そうとする。

屋根の上にいるためにこちらを視認できる場所は限られてくるので、それらしい人物が居ればすぐに分かるはずだと思ったためだ。

しかし視認できるだろう場所には誰もおらず、また下に見える道からの視線も感じない。

ただ単に気のせいと捨て置くにもどうにもしまりが悪いが、見つからないものは見つからない。

結局、何の手がかりもつかめないまま一分後には追跡に戻る事になった。

(……何だったんでしょう、とても……とても嫌な感じがしましたわ。
何か後々にとてつもない辱めを受けるような、予感とも言うべきおぞましい何かを……)

だが謎の人よ、その『予感』という認識は間違いだ。

あなたが何かしらの恥ずかしい目に合うのはもはや確定事項であり、これはあらゆる並行世界における不文律なのだ。

この運命はどんなラブトレインでも飛ばす事が出来ず、既に脱出不可能チェックメイトである。

南無。








さて、場面は元の白い空間に戻る。

体から行き場の無い呪詛をありったけ吐きだしてすっきりした顔の千雨、それを見てドン引きしている承太郎とさよがそこには存在した。

気のせいだろうか、この何処までも白い空間の中で千雨の周りだけが黒く霞がかって見えるのは。

『よいしょっと。……ふぅ、演出のために黒い霞プログラムの実行完了しました』

『僕たち偉いですか? ねぇちう様ー!』

訂正、本当に黒い霞が出ていたらしい。

下手人である2匹の可愛い姿形のネズミは、僕らやり遂げました感を小さな体を余すところなく使って表している。

具体的にはポージングレベル2だ、手足が短いから完成はしていないが。

そんなポージングを継続しながら良い仕事したとばかりに目を輝かせる2匹を見て、千雨はゆっくりと満面の笑顔を向けた。

「しらたき、ちくわぶ……お前ら今日の夕飯抜きな」

『『ごめんなさい』』

しかし口から出てきたのは死刑宣告。

2匹はその言葉を受けて迷うことなく土下座に移行した。

千雨はため息をつきながら、土下座している2匹を視界から外して承太郎たちの方に向き直る

「ったく、どうしてこう緩い性格になっちまたんだろうな、こいつら。
……んで空条先生、此処が何処なのかって質問してたよな?」

「……一応聞こえてはいたのか」

「一応な。んで、先生は此処は何だと思うんだ?」

質問を質問で返す千雨だったが、特に気分を害した様子もなく承太郎は周囲を見ながら答えた。

「通常とは別の空間なのは分かるが、何かを介して行うようだったな……推測するに、何かしらの電子機器の中か?」

その答えに千雨は「まー合ってる」と一言だけ返し、両腕を前に出しながら軽く肘を曲げて構えをとる。

すると空中に半透明な二面型のキーボードとディスプレイが現れ、それを高速でタイピングし始めた。

タタタタと一切途切れないタイピング音から、相当のパソコン技術を持っている事が窺い知れる。

その打ち込みには一切の無駄な要素が無く、動作の流れからは洗練された剣……いや、宝石のような鋭い輝きを感じた。

「私の能力を行使するために必要な条件は二つ。
一つ目は、『出入り口として設定する電子機器の電源がその時点で使用できる状態に移行できる』事。
二つ目は、『その電子機器が私の手の届く範囲にある』事」

タタンッ。

気持ちの良いくらい軽快な音を立て、今まで継続されていたタイピングが会話の最後に合わせて途切れる。

同時に、承太郎たちを取り囲むように無数のディスプレイが表示されていく。

ブラウザクラッシュの様に際限なく画面が現れ、すわ此処まで来て攻撃してくる気かと承太郎とさよは戦闘態勢を取る。

「おいおい、気が早ぇえよ。しっかり表示された画面を見ろ、ただのデモンストレーションだ」

そんな二人を見て血の気が多いなと思いながら注意を促す。

確かに良く見てみると、表示されているのはごく普通のホームページや今の時間に放送されているテレビ番組などである。

それらが周り一面に表示された中心、不遜な態度で腕を組んだ千雨はその『力』の在り方を示す。

「私のスタンド名は『プリズム』、能力は『電脳世界に出入り出来る』事。
ようこそ、世界中の夢見がちな奴らオタクが心から入ることを望んだ電脳世界へ」








12時間目 長谷川千雨は普通に暮らしたい②








「さて、こんな状態じゃゆっくり話も出来ねぇな。ちょっと模様替えするから待ってろ」

このまま立ちっぱなしで話をするのは面倒だとでも思ったのだろう。

一体何をするつもりなのかは分からないが、千雨は再度キーボードを操作し始めた。

目測で二十を超えた時点で数えるのをやめたディスプレイ群は一斉に消え失せ、代わりに家具のカタログの様なものが千雨正面のディスプレイに表示される。

いや、カタログと言うよりも箱庭ゲームのエディット画面の方がより近いかもしれない。

先程の操作した際の結果を考えれば、千雨はこの空間に自由に干渉できるのだろう。

模様替えという言葉から察するに、落ち着けるように椅子やテーブルでも出してくるのだろうか。

「一応和装とか洋装とか南国風とか色々設定できるけど、どうする?」

「どうする……と言われてもだな……」

突然に「今日の夕飯、和食と洋食のどっちにする?」みたいなノリで言われても、常識的に考えてついていけない。

「はいはい! 戦前では洋装に馴染みが無かったので、洋装でお願いします!
それと、もし出来るのなら物語に出てくるようなお嬢様チックな物が良いです!」

……お構いなしに注文できる者が居たようだが。

まぁ、さよにとっては誰かと触れ合える機会があれば積極的に行きたいんだろう。

長い間の孤独から解放されたのだ、これくらいはしゃいでも罰は当たらない。

そう考えて、承太郎も千雨も特に何も言わなかった。

「……あいよー。という訳でプリズム、外のネギ先生が女子寮に着くまでそんなに無いから、七人全員で働きな。
それと、構成待ちついでに各自の自己紹介しとけ」

そう言いながらまたキーボードをたたきだす千雨。

指示を受けて横一列に並んだ七匹のネズミ達は、それぞれ承太郎たちの前に一匹ずつ出て挨拶をしていった。

『はいです! 僕はだいこんです、よろしくー』『うう、しらたきです』『きんちゃくともーしますー』『……ちくわぶです』

『ねぎなのだー』『はんぺんです、以後おみしりおきをー』『こんにゃくでーす』

「うわー、とってもかわいいです。私もこんなスタンドが良かったなー」

元気良く挨拶してくるプリズムの姿は、可愛いものが大好きな女子中学生にはたまらないものがあるのだろう。

ただし、夕飯抜き宣告をされた二匹は元気が無かったが。

それは一先ず置いておいて、さよは我慢できなくなったのか、だいこんを手元に持っていって撫でまわしている。

ちなみに「良ぉおーーーしッ!よしよしよしよしよしよしよしよしよし」という狂気じみた撫で方ではなく、普通にハムスターの撫で方である。

撫でているさよも、撫でられているだいこんも非常に気持ちよさそうな顔をしている。

その様子を見て『次は僕ー』とか言って他のプリズムもさよの前に順番待ちしている始末だ。

そんな風に代わる代わる数分間撫でていたのだが、千雨の作業が終わった様で終了となった。

「んーっと、こんなもんかな。ほらプリズム、気持ち良いのは分かるが準備しろー」

「ええー!?」

「いや相坂、ええーじゃねぇよ。こちとらいい加減立ちっぱなしなのが辛いんだよ。
お前らも名残惜しそうにしないでさっさと準備だ」

『……了解しました』

「ほー、余程夕飯がいらな『準備完了しました!!』よろしい」

見事な飴と鞭によって一瞬でプリズムを自らの周囲に配置させる。

今正に撫でられていたこんにゃくも、どういう原理か分からないが一瞬でさよの手から抜け出していた。

ミスタに、というかセックス・ピストルズに見せてやりたい光景だ。

……見せたところでどうにもならないだろうが。

「さーてさっさとやるぜ。このフィールド構成プログラムをコンパイル完了後にすぐ起動だ」

先程まで操作画面となっていたディスプレイが球体へと転じ、宙に浮かぶそれをそれを取り囲むようにプリズムが飛ぶ。

取り囲みながらプリズムは、各自のサイズに合ったディスプレイでプログラムを動かし始めた。

『はーい! 念のためのデバッグかんりょー』 『異常無ーし!』 『コンパイル開始します』 『3……2……1……コンパイル完了しました』

しらたき、はんぺん、だいこん、ねぎがプログラムを使用可能に出来るよう調整を行う。

『お客様たちの居る範囲にプログラムの適用をしないように実行しますー』 『空間が揺れます、注意ー!』

ちくわぶとこんにゃくが承太郎たちに悪い影響が及ぼされないように環境の設定をする。

『箱庭プログラム、起動しまーす』

最後にきんちゃくがプログラムを起動させた。

余談ではあるが、きんちゃくだけ楽そうに見えるが、パソコンのCPU代わりなので一番負荷がかかっていたりする。

それはそれとして、プログラムが起動されると承太郎たちの居る場所以外が急激に変化していく。

端的にどう変化しているのかと言えば、真っ白い空間が某不思議の国に迷い込んだ少女のお茶会シーンになったのである。

周囲は森に囲まれ、テーブルの上には紅茶のポットやケーキが乗せられているが、どうも見た目だけの背景データ扱いの様だ。

「そんじゃま、ここに座って話そうぜ。洒落た紅茶なんてのは出ないがな」

そんな様子の変化に慣れ切っているのか、千雨は特にリアクションも見せずにとっとと高級アンティークのようなの椅子に座る。

「……確かに相坂の要望通りの内容になったな」

「すごいです! 長谷川さん、ありがとうございます!」

承太郎は能力のスペックにほとほと呆れているのだが、対照的にさよはテンションがうなぎ登りだ。

ここら辺が若さの違いなのかもしれない。

……冷静に考えてみるとさよの方が年上だが。








「さてと……何から聞きたいですか?」

そこまで大きくないデザインテーブルで三人は席に着き、やっと話し合いの出来る体勢となった。

アリ○のお茶会な感じなので、何処までも話し合いに向かない空間ではあるのだが。

「……まずはスタンドの覚醒した時期だな。それと、この場は学校とは関係ないから敬語はいらん」

「あー、了解。でも聞くのはやっぱりそっからだよなぁ」

ぽりぽりと頬をかき、若干言いづらそうにする。

結局のところ、スタンド使いはそれを見る事の出来ない一般人には理解されないものである。

そのためか、スタンドの覚醒で周りとの調和がとれなくなったり情緒不安定になってしまうことが多いのだ。

そんな状況は本人にとっては忘れたい事柄になってしまうため、とにかく話したがらない。

承太郎だって暴走したスタープラチナを悪霊だと勘違いして、周りに迷惑をかけないために警察に厄介になったのは当時の仲間にすら隠している黒歴史になっているほどである。

「まぁ聞きたい事を言わせたのは私だし、話す事にするわ」

話したくないですと言うオーラを出しながらも律義に話し始めるところから、意外に真面目なのか。

飲み物の入っていない飾り物のティーカップを弄びながらその先を紡ぐ。

「まだスタンドを知覚していないものの、良く分からないまま能力が発動したのは麻帆良に来る前の5歳くらいの頃だったな。
ほら、1997年に起こった世界規模のサイバーテロがあっただろ? 多分相坂には分からないと思うけどさ」

確かにそのような事件があった事を露知らないさよは恐縮してしまう。

「あうう、確かにその当時はずっと教室に憑いていたから、学校周辺で起こっていることしか分からなかったんです」

「大丈夫だ相坂、わたしが概要だけ教えてやる。
『SPIDER』というコンピュータウィルスによって全世界の発電所や経済ネットワークに影響を与えた事件があってな。
これによって発生した損害は結構な物で、ネットワークシステムの発展に力を入れざるを得ない事が分かった教訓とも言うべき事件だ」

突如発生し、急速に解決したこの事件。

皮肉にもこの事件によってインターネットが注目されブームを巻き起こしたので、IT革命の起爆剤とも言われているのである。

「ちなみに解決したのは当時の最高レベル女性型AIだぜ。
ただ意図しないとはいえ、AIとウィルスが戦ってる部分が全世界の映像を表示できる機器で流されてたんだよ。
あれはまずいよなー、誰か一人でも録画してたら今でもアウトだったし」

「……? 流れていた映像はわたしも見たが、その話はわたしも初耳だな」

「ん? まぁちょっと知り合いが事件関係者だったから、詳しく当時の状況を聞いてな。
それよりも能力が発動した事だろ? 続けて良いか?」

「ああ、頼む」

承太郎としてはそこの部分を掘り下げたかったようだが、機会はまだあるので後々に回すことにする。

「その戦っている映像を親のパソコンで見ててさ。当時の私は何を思ったのか、『戦っているお姉ちゃんの応援に行く!』って強く祈ったんだよ。
そしたらパァーッと眼の前が光って、気付いたら画面と同じところに居てなー。まぁものの十秒くらいで元居た部屋に戻ってたけど」

「無自覚の能力行使か。確かジョルノにも同じような事があったと……ああ済まない、こちらの話だ」

生まれついてスタンド素質が高いものは、スタンドが見えなくてもその能力に出来る事であれば無意識に発動させる事がある。

この場合は理解していないままに、電脳空間へ直にAIの応援に行こうとしたのだろう。

「で、そんなこと親に言っても信じてもらえる訳もないし、寝ぼけて見た夢なんじゃないかって当時は考えた訳よ」

今度は飾りのリンゴをぽんぽんと放り投げながら話を続ける。

もしかしたら何かをいじって無いと落ち着かないのかもしれない。

「……スタンド能力を自覚するに至ったのは、麻帆良学園小等部1年になってからだ。
覚醒理由は簡単だよ……私の言動が周囲に理解されなかったから」

「それはまさか……」

「考えてる通りだよ。
『スタンド使いは認識阻害が効きづらい』から、私が認識できる異常を誰もが気のせいとか見間違いとか言いやがったんだ」

パリンと、この場に似つかわしくない音が鳴る。

発生源は千雨の手で、リンゴをかたどっていた物は今やドット状に分解されていた。

「大体普通に考えておかしいだろ! 何なんだよ、車より早い人間とか人型ロボットとかさ!
いちいちあれがおかしい、これがおかしいって指摘したら駄目か!? ああおい、人を狼少女扱いしやがって!
『車より速い人なんか居るに決まってるじゃん』とか『あの子がロボットに見えるとかおかしいよ』とかお前らがおかしいわ!
友達だった奴らも教師も、挙句の果てに両親すら胡乱気に私を見てくる始末だしよ! てめぇらについてるその両目をちゃんと機能させやがれ!!」

……どうやら相当腹に溜めこんだものがあったらしく、完全にプッツンしてしまったらしい。

承太郎たちが居るのにも構わず、テーブルの上にあるオブジェクトを片っぱしからデータに戻しているこわしている程だ。

仗助と同じで周りが完璧に見えていない様子である。

話を聞いている限りでは、おそらく認識阻害結界の効果が薄かったため、麻帆良で起きている全ての異常をしっかりと感知出来てしまっていたが故の悲劇だったようだ。

周りに合わせて認識を鈍らせればよかったのだが、どうしても納得がいかなかったのだろう。

千雨は子供ながらに朱に交わろうとせず、自分の色を貫いたのだ。








「はぁ、はぁ……。あー悪い、取り乱したな」

プッツンしたまま時間が経過するものと思いきや、サザエさんヘアーと違って速い時間で再起動を果たした。

発散するのは慣れているのだろうか、既にすっきりとした表情を見せている。

「まーそんな環境だったせいで学校に行っても面白くもなんともないしさ。
家にこもってパソコンとにらめっこする日々が続いた訳よ」

「パソコンとにらめっこ……そんな機能があるんですね!」

瞬間、空気が凍る。

「……相坂、シリアスな部分だから少し喋らないでくれるか?」

「え? あの、空条せ「相坂?」わ、分かりました!」

有無を言わさずに眼力でさよの発言を押しとどめる。

このファインプレーには機嫌の悪い千雨も思わず親指を立てた。

「そんで、ちょっと辛くなって部屋で泣いてた時があってよ。『私が正しいのに、何でみんな見て見ぬふりをするんだ!』ってな。
そしたら私以外誰もいないはずの部屋で、急に私を慰める声が聞こえてきたんだ」

『それが僕たちプリズムの誕生の瞬間だったんでーす』

「なるほど、強い感情によって覚醒か。この場合は『不条理な現実への反抗』がキーになっているな」

ただ能力を考えると、『誰にも理解してもらえない現実からの逃避』の心での覚醒かもしれないが、こればかりは本人にしか分からないだろう。

いや、もしかしたら本人でも良く分かっていないのかもしれない。

自分の精神ほど分かりやすくて理解しづらい物は無いのだから。

『でも生まれて初めてした事が本体を泣きやませる事だとは思いませんでしたね』

『『私の友達になってくれるの?』とウルウルした眼のちう様は可愛らしかったですよー』

「わー! そこまで詳細な事を話さんでいい!」

プリズムの余計な一言によって真っ赤になりながら怒るが、いじられ慣れていないのか勢いが無くなっている。

承太郎たちは微笑ましい目線を送るだけだった。








「はい、この話終わり! 次の質問!」

未だに真っ赤な顔を継続させたまま、千雨は怒っているのか恥ずかしいのかいまいち判断しかねる状態だ。

でもこの場合は後者だと思う。

「次の質問はですね、一応能力を詳しく知りたいんですけど」

「……一応聞くが良いのか、長谷川?」

何となく今の雰囲気なら話しても大丈夫だと思ったさよが、普通ならスタンド使いに聞いてはいけない質問No.1を出す。

スタンド使いが能力を知られることは弱点を知られることと同義なためだ。

しかし今回に関しては既に千雨の方から能力を明かしても良いとのことなので聞いたのだ。

「別に構わねー。走ってるときにも言ったけど、私のプリズムには戦闘力は無いんだよ。
いや、この空間に連れてくれば戦闘とか出来るんだけど、正直そんなことしている間にボコられて終了だからなぁ」

肩を竦める長谷川と、恐縮して縮こまるプリズム達。

どちらにしても余りにも戦う気概と言うものが感じられなかったので、承太郎は真意を探るまでもなく言葉に嘘が無い事を理解していた。

「さっき簡単に説明した通り、私の能力のメインはあくまでも『電脳世界への出入り』だ。
オプションとして、この空間に干渉できる特殊なキーボードとかディスプレイを出せたりするけどな。
でも実際の作業とかは自分自身のプログラミング技術とか、プログラム構成を頭で理解してないと駄目だったりするんだ」

『だからこそ僕たちが居るんです!』

『ちう様がまだまだ未熟だった頃は、あれやってこれやってというのを代理でやってたんですよー』

どうだ偉いだろうと胸を張ってるが、体が小さくて迫力が無いし、何より小動物的可愛さの方が勝っていたのでシュールだ。

「それなら今展開されている空間の設定は……」

「私がちゃんと作ってるぞ。ただこの空間に合うようなコンパイルが通常用だと出来ないから、最後にはプリズム頼りになるけどな」

事も無げに言うが、ただの女子中学生がここまでプログラミングできるのは異常ではないだろうか。

「ちなみにハッキングもクラッキングもプログラミングも、超優秀な『先生』と『師匠』に教えてもらったから結構なレベルで出来るぜ?
日本の国家施設設備くらいなら気付かれずに進入出来るから、そんな訳で麻帆良のデータベースに侵入するのは朝飯前ってこと」

「ほう、それくらい出来るならSW財団が情報部の人材として欲しがりそうだな」

「……そういえば空条先生ってSW財団がバックに付いてるんだっけか。んじゃあ就職先が決まらなかったら世話にでもなるかな」

そうすりゃ楽できるなんて言いながら笑っているが、SW財団はS○NYやMicr○softに入るよりも倍率が厳しい企業として有名だ。

入社試験に合格した者が落選した者から逆恨みで殺されるという事件まで裏では起きている程の価値なのに、ずいぶんと気楽に考えるものだと承太郎は逆に感心した。

(ふむ、それなら人材部の者にしばらくの間一枠を開けてもらうか)

この時、まさか冗談半分で言った言葉で、後々に本当に財団に入る事になるとは千雨は全く思っていなかったのだった。








「それではこちらからの質問は次で最後だ」

経過した時間を考えると、そろそろ外で疾走しているだろうネギ先生が女子寮に着く頃だ。

とりあえず知っておきたかった能力の詳細を聞けたので、他に聞きたい事は本来なら無かったのだが、今までの会話からどうしても一つだけ気になる事があったのだ。

「……どうしてプリズム達に『ちう』という名前で呼ばれているんだ?」

「あー、それはわたしも気になりましたー」

「う……それについてはちょっと。……絶対に話さなきゃ駄目か?」

此処に来て初めて、千雨が話したがらないという事態になった。

これはスタンド能力という一番ヤバい情報をあっさり明かした千雨らしからぬ反応だ。

「いや、話したくなければ別に――」

『別に良いんじゃないですか、ちう様。平仮名で『ちう』って入れて検索しちゃえば、一発で判明しちゃうんですから』

『謎のベールに包まれたNo.1ネットアイドル! その正体は長谷川千雨様なのです!』

「おあーっ!? 何勝手に暴露して……ってコラァー! わざわざサイトを晒すじゃねぇ!」

承太郎は別に良いと言おうとしたのに、勝手にプリズムがテンションを上げて盛大に暴露しだした。

慌てた千雨が何処からともなく出したハリセンで暴露した2匹をスパコーンと叩くが、残っているプリズムが千雨のサイトを空中に表示させていってしまう。

これがもう出てくる出てくる。

一般的(?)なメイド服やバニーガールといった衣装から、おそらくアニメ作品のキャラクターであろう衣装まで山のような画像ページが羅列されていく。

幾つかは世間の流行りなんて全く知らない承太郎とさよで良かったと思える作品のキャラの恰好までしている始末である。

主に日曜日にやってる作品とか。

まぁ作品の内容が分からなくても感じ取れる部分はある。

「……綺麗だとは思うが、周りにばれないようにすることだな」

「大丈夫ですよ、長谷川さん! これだけ可愛いならクラスの皆に見せても恥ずかしくないですって!!」

「……先生、お褒めの言葉と御忠告ありがとうございます。だが相坂、お前は駄目だ。どう考えてもこんなん見せたら私が恥ずかしいわ!
何より、私はあの変態の巣窟なクラスに馴染みたくないんだよ!」

千雨はあまりの怒りにうぎゃーと頭をかき乱し、未だに作業を続けるプリズムへ向かって何処からともなく取りだした大鎌を振りかぶる。

おそらく攻撃プログラムなのだろうが、プリズム達を攻撃して自分に反動は出ないのだろうか。

キャーキャー言いながら逃げるプリズムを追いかけながら、千雨は明日菜も驚いてしまうんじゃないかという声量で叫び声を上げた。

「私はあくまでも平穏無事に、普通に暮らしたいんだよー!!」

おそらく、その言葉はスタンド使いである限り無理だろう。

つまり死ぬまで出来ないという事だ。

「人の夢と書いて儚いんですよ」

「相坂、お前が言うと非常に意味が重いし、何より長谷川の前で言うな。本気で消されてしまうぞ」

幸いにして、聞こえていなかったようである。
















「あれ、なんだろう……時の向こう側が見えます」

「はーい、お疲れさん。んじゃ、私は部屋に戻るから」

現在、麻帆良女子寮の玄関部分。

電脳空間組はネギが到着したのを見計らって帰還し、ちょうど玄関で分かれるところだ。

ちなみにネギは追手を撒く事に成功したようだが、余りの疲れに見てはいけない様なものを見ている状態だ。

魔力で体を強化しているネギでも全力で走り続ければ疲れるのは当たり前なのだが、この時点では魔力の調節が甘いために余計疲れているのである。

しかしそんなヤバげなネギをスルーして部屋に戻ろうとする千雨は血も涙もないというかなんというか。

「だ、大丈夫ですかネギ先生!? あうう、長谷川さんも部屋に戻らないでくださいー!」

「嫌だ。私は魔法使いが大っ嫌いなんだよ。まー認識阻害を取っ払ってくれれば好きになるかもな」

バッサリと切り捨てて部屋に戻ろうとする千雨だったが、何かを思い出してネギの方へ振り向く。

「そーいやネギ先生ってパソコン持ってます?」

「あはは、ここが幸福な世界なんですねー。……ガクッ」

「ああ、ネギ先生!?」

「…………。(サッ)」

どうやら疲れが頂点に達したせいで意識が飛んだらしい。

流石にこれには罪悪感が出たのか、千雨は目を逸らして見なかった事にしようとする。

気絶して答えられなくなったので再度、しかもそそくさと帰ろうとするものの、今度は承太郎が声をかけた。

「……ネギ先生がノートパソコンを持っているのを見た事があるが」

「あ、ああ分かった。そんじゃ、さっきまでの会話をムービーで送っとくから、説明に関してはそれでチャラってことで、メンドイし」

「了解した、後で伝えておこう。アドレスは――」

「アドレスは聞かなくて良いのかとか愚問ですよ。相手を指定さえすれば、後はプリズムがやってくれますから」

『おまかせー』

「……そうか」

つくづく、この情報化社会において最強の能力なんじゃないかと承太郎は思う。

戦闘も苦手と言っていたが、不意を突かれて電脳空間に強制移動させられた後、デリート処理でも適用させられたらどうなる事か。

……多分「面倒くさい」とか言って戦闘せずに真っ先に逃げるだろうが。

「ならこれで用事は済んだな。それでは、私は帰るとしよう。ネギ先生については相坂に任せても大丈夫だな?」

「はい、長谷川さんの時と同じように運んでいきます。神楽坂さんたちの部屋で良いんですよね?」

「その通りだ、よろしく頼む。それではまた明日、調子が良かったなら教室でな」

そう言って承太郎は女子寮を後にした。

残されたのはこっそりポルターガイストを利用してネギを軽々持ち上げるさよと、心底疲れましたと表情に出している千雨。

「……帰るか」

「はい、それではまた」

女子寮の寮監さんに挨拶をしながら、2人はそれぞれ行くべき部屋に向かうのだった。

しかしこの時のさよの発言について、千雨はもっと意味を推し量るべきであった。








「あー疲れた。さっさと飯食って寝たいわ」

行儀悪く大口を開けて欠伸をしながら部屋に戻ってきた千雨。

なんだか色々あり過ぎて、明日の学校はサボりたい気分である。

(調子が悪いって言って休もっかな。徐倫だったら口裏合わせてくれそうだし)

靴を脱ぎ捨ててリビングのドアを開けると、もはや見慣れた光景になっているソファに寝そべる徐倫と既に用意された料理、そして妙に大きな荷物が千雨を出迎えた。

「あー、お帰りー。 悪いわね、先に帰っちゃって。
本当なら同室の私が一緒に居た方が良かったんだけど、部屋の掃除とか食事の用意とかあったから別の人に頼んじゃって。
お詫びの印に弱った胃でも食べれるようなもん作っといたから」

「の割にゴマ油の香りが……あー中華粥か。普通の粥って好きじゃないから良かったわ」

「おかずも軽いのにしといたから、もうチョイしたら食べましょ」

「あ? なんで今すぐじゃないんだ?」

「いいからいいから、とりあえず席についといて」

何故かは分からないが徐倫が妙に機嫌が良く、されるがままに食卓に着く千雨であったが、何かこのままじゃヤバいと頭の中で警報が鳴っている。

このまま何もしなかったら絶対に後悔するというのは感じ取れるのだが、もはやどう動いてもどうにもならないという確信の方が強い。

そもそも考えてみたらそれらしい事はあったのだ。

『朝一に話しかけて来たり』、『保健室に連れてってくれていたり』、『帰り道を一緒にしたり』と、向こうからの接触は妙に多かった。

今思い返してみると朝の時にわざわざ話しかけてきたのも、何か伝えようとでもしたのかもしれない。

極めつけは『不自然に運び込まれている荷物』だ。

最近これと似たような状況を見たはずだ。

そう、今月初めに合った徐倫の入室の時に。

やっぱり夕飯を食べないで寝ようと思って立ち上がろうとした瞬間、ピンポーンというありきたりなインターホンの音が部屋に響く。

先程別れたタイミングを考えると、確かにこれくらいのラグはあるだろう。

「さよでしょー? 鍵開いてるから入ってきていいわよー」

「お、お邪魔しまーす」

やっぱりというか何というか。

大方の予想通りに、入ってきたのは相坂さよであった。

「千雨はさよの事よく知ってるんだっけか。なら自己紹介とか大丈夫よね。
という訳で、今日から『同じ部屋』だから仲良くしましょ」

「待て、いや待って下さい。つーかどういうことだよ相坂ァ!」

納得のいかない千雨ではあったが、徐倫の発言から既に内堀まで埋められている事は察してしまっている。

つまりは悪あがきである。

「いやー、すっかり話すのが遅れちゃいましたけど、今日から私はこの部屋で過ごすことになったんです!
よろしくお願いしますね、長谷川さん」

「休学から復帰したのは良いけど部屋が決まって無くて、それで昨日は仕方なくあいつとママが住んでる家に泊ってたらしくてさ。
そしたら和食が大得意なのが判明して、それなら『徐倫に美味しい和食をを食べさせて、ついでに教えてあげて!』ってことでママにここに入るのを勧められたんだって。
丁度良いじゃん、ここって元々三人部屋だから余裕があるし」

「……もうどうにでもなってくれ」

もう駄目だ。

そう完全に理解した千雨に出来る事は、慣れることと諦める事だけだった。

(もしどっかにいやがるんだったら神様、私に普通の暮らしを下さい。もしくは死んでください)








『引力』は空気を読まずに厄介事を引っ張る。








長谷川千雨――突然増えた同居人のための心労で、次の日学校を休む。
          体調が戻ってからは電脳空間にあるスタジオで、うっ憤を晴らすために片っぱしから衣装データを着て撮影を行った。
          その後1ヶ月間はブログランキングで、2位との差を2倍以上付けてぶっちぎり1位を独走した。

相坂さよ――千雨&徐倫の部屋にIN!
        千雨の能力を使えばイタリアに毎日のように行ける事を知ってからは、事あるごとに能力の使用を迫るようになる。

空条徐倫――千雨とさよの様子から仲は良好と判断。
         後日、さよの作った和食を食べて「……ママの作る和食より美味しい」と言ったらしい。

空条承太郎――数日後から妻が作る和食が増えたことに困惑。

ネギ・スプリングフィールド――目が覚めたら風呂場で、明日菜に頭を洗われていた事に困惑。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  

後書き:
ちょっと話のつながりが悪い部分があったので11時間目もちょこっとだけ本文が変わってます。

あれ?と思われたなら、いったん別窓で開いてみてください。



[19077] 13時間目 誇りと行進曲①
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/09/19 00:15
「準備は良いか、承太郎さんよー」

「当然だ。予測進入ルートは以前見せてもらった通りだな?」

≪は、はい、トト神の未来予想でも索敵班の報告と同じ状況を描いていま……す。
……というか、な、何ですかこの未来。書かれている内容が『侵入者六人が為す術もなくボコボコにされる』って……≫

「当ったり前だろー? 何せ俺様と承太郎が組むんだ、DIOだって倒してみせらぁ!」

2月28日夜11時過ぎ。

麻帆良の周囲に広がる森林のとある地点で、承太郎とホル・ホースは待機していた。

本来この地域担当の魔法先生はガンドルフィーニという先生なのだが、風邪をひいた娘を看病するために出られなかった。

そのため、割と暇だったというのと侵入者の撃退にまだ一度も出ていなかったという事で、承太郎に白羽の矢が立ったのである。

魔法について知らない妻には飲み会があるからと言って出かけており、その辺りの口裏合わせは他の教師がきちんとしてくれるらしい。

現在は爆心地でも通信が聞こえる性能の高感度イヤホンを取り付け、後方支援のボインゴから侵入者の情報を受け取っている最中だ。

≪い、今さっき言った通り、侵入者は全部で六人。陰陽術師と思われるのが四人、残りは装備から召喚師だと思われます。
よって、ぶ、物量戦に入られる前に召喚師を撃破、その後に各個撃破でお、お願いします。≫

「布陣はどうするべきだ? わたしとホル・ホースならどうとでもなるだろうが」

「構わねぇ、二人して突撃するだけだ。スタンド使いが居ないのなら俺たちの独壇場だ」

≪一応あ、後詰めで瀬流彦先生も来る予定ですが……≫

「ふむ……手間をかけさせる訳にもいかん、数分で終わらせるぞ」

「あいよ。期待してるぜ、『凄まじい精密性とパワー』が能力の最強のスタンド使いさん?」

そこら中から感じる視線や動物の気配へ向けて、ホル・ホースがわざとらしく言う。

そんな視線を感じる理由は、侵入者撃退に向かわない魔法生徒か先生が何かしらの方法を使ってこちらを覗き見ているためだ。

使い魔や式神、単純に五感強化で空中からなど、駄目な方向に野次馬根性がいかんなく発揮されている。

スタープラチナの能力を『凄まじい精密性とパワー』なんて言ったのもそのためだ。

一応、麻帆良で承太郎の本当の能力を知ってる魔法先生は居ない。

もしかしたら学園長は知っているかもしれないが、それでも出来る限り知っている者は少ない方が良いのだ。

「まったく、人気者は辛いってな。パンダより人気者なんじゃないか? ヒヒッ」

「……見ている者に一応言っておく。期待させているようで悪いが、わたしの戦い方は割と外道なので真似はするな」

英雄がやっている事だからと真似をされたら洒落にならない、そう思って承太郎は眉間を揉む。

ちなみにどこら辺が外道かというと、そこらの瓦礫を投擲する、問答無用で殴る、わざわざ顔を趣味の悪い形にしようとする等など。

生き意地汚いと言えばそれまでであるが、生き残るためには何だってするスタンド使いとしては清濁併せ飲むしか強くなれない。

なので、良い意味でも悪い意味でもまっすぐな魔法使いには少々刺激が強すぎるのだ。

「いいじゃねぇか、別に。強さこそ正義ってのは俺は好きだぜ?」

≪その考え方はぼ、僕も好きです。……それと、そちら方面の侵入者が結界に入りました≫

ボインゴからの連絡で、緩くなっていた空気が一瞬で引き締まる。

承太郎は目線だけで相手を殺せそうなほど力を滾らせ、スタープラチナを顕現させる。

ホル・ホースは相変わらずのにやけ面だが、達人でも間近で無いと感じられないほど殺気を押し隠した状態でエンペラーを構えた。

巨大な気配に注目すればホル・ホースが狙い撃ちにし、隠された殺気を探ろうとすれば隙をついて承太郎が殴る。

近距離のスペシャリストと遠距離の玄人。

サイモンとガーファンクルのように互いを引き立てる『戦闘の調和』がここに成り立っていた。

「……それでは終わらせようか」

「りょーかい、っと。そういや承太郎、くれぐれも止めは刺すなよ? 一旦捕獲して、裏の出すとこに出すから。
終わったら美味い酒でも軽く飲もうぜ。良いBARを知ってるんだよ」

魔法使いとは違って手加減を全く知らないスタンド使い達。

その情け容赦無い戦い方に見学者たちが恐れをなすまで、残り一分。








「――どうやら始まったでござるな」

「ありゃー、出会い頭で一人瞬殺されたアルネー。符を使った防御が右パンチでぶち抜かれてるアル」

承太郎たちが戦闘を行い始めた場所からほど近い地点。

世界樹には到底届かないものの、かなりの高さを誇る樹木の頂点に何者かが2人居た。

「召喚師は結構凄腕ぽいけど、あれじゃ駄目ネ。物量作戦は良いけど配置が悪いアル。
あれなら私でも一纏めに吹き飛ばせるヨ」

割と小柄な少女は胡散臭い大陸訛りを含んだ話し方をしており、服装もそれらしいものを着ている。

戦いの行方を見てウキウキしている所から、戦闘好きであることがうかがえた。

「おろ、空中に居た物の怪が一斉にはじけ飛んだでござる。あれは……パチンコ玉だろうか?
ああなるほど、豆まきの要領で投げているのだな。いやー、これは参考になるでござるよ」

もう片方の背の高い少女はあずき色をした『時代劇でよく見る衣装』を着ており、これまた時代がかった話し方をしている。

着ている服といい喋り方といい、日本人でも外国人でも一目見ればこう言うはずだ。

忍者だ、と。

「事務員殿は冷静に対処しているござるね。
木の陰に隠れていた侵入者を諸共拳銃で吹き飛ばすとは……いやはや、文明の利器がスタンドになるとああなるんでござるな」

「おー、鬼が持てた金棒を奪って全力で投げた! 妖怪と召喚師が文字通りなぎ倒されてるアル!」

「むむ!? 反撃として投げた御札から巨大な氷塊が出てきた!?
……うわぁ、ラッシュでガリガリと削られているでござる。しかも反撃に使われて……御愁傷様としか」

坦々と実況しているが、内容は物騒極まりない。

少なくとも普通の女の子なら、最初のスタプラのパンチを目の当たりにした時点で悲鳴を上げるレベルの凄惨さであるからだ。

侵入者から現時点で死者は出ていないものの、死んだ方がましなんじゃないかってくらいの怪我をしているのがちらほら。

しかも、腕が曲がっちゃいけない方向に曲がっていたり、前歯が全損していたりと日常生活に支障が出そうなものばかりである。

ともかく、この光景はR15相当である事だけは間違いないだろう。

実は承太郎たちは侵入者への見せしめのつもりでここまでやっていたりする。

「侵入者は今ので全滅したようでござる。あ、まだ動ける生き残りが逃げ――うわぁ、両足の腱が撃ち抜かれたでござるよ……。
あれはどう見ても再起不能リタイアでござるな」

「アイヤー、効果的ではアルけどオーバーキルっぽいネー。
えっと、大体1分半程で終了ね。あっけないにも程があるアル」

小柄な少女が落胆を見せるものの、それは侵入者が弱くてがっかりしたのではなく、承太郎たちの戦う姿があまり見られなかったためである。

言葉の真意に気付いているのか、長身の忍者――正しくはくノ一――が宥めるように話す。

「むしろあの2人にそれだけ保っただけ良いでござろう? 生かして返さないつもりなら出会い頭に鉄の球で終わっていたナリよ」

「それもそうアルね。あー、速く戦ってみたいアルー!!」

それでも戦闘意欲が治まるところを知らず、少女は樹木の上だというのにはしゃぎ始めた。

うずうずしている様子は、まるでおもちゃ屋で欲しい玩具を見つけた子供の様だ。

まぁそのうずうずする対象が女の子らしくなく、むしろ世紀末寄りなものであるため、その様子を愛でる事は到底できないのだが。

そんな級友を見て、くノ一はやれやれと肩をすくめた。

「テストまであと2週間でござるが、おそらく我慢できないのは目に見えている。
そこで、挑戦状を渡す日時を1ヶ月繰り上げて、明日渡す事にするでござるよ!」

「イェーイ! 勉強はどうせ出来ないから、現実逃避アルねー!」

「「アハハハハハハハハ!」」

期末テストまで間もなくの時に新作ゲームが出る気持ち、分かるでしょうか?

ああ、これはテスト捨てるしかないなという感覚、分かるでしょうか?

おそらくは全世界中の学生のうち半分以上が感じたであろうその悪魔の囁きに勝てる者はあまりいない。

この2人は心から湧き上がるようなその感覚に、身を任せて流れて行くことにしたのだった。

「「はぁ……」」

僅かながらに残る理性で、自分への駄目っぷりを自覚しながら。








13時間目 誇りと行進曲①








「いやー、今日の職員会議はやけに時間がかかりましたー。やっぱり期末試験でピリピリするのは何処の国でも共通なんですね」

「この中等部からでは進学はエスカレータ式とはいえ、少しでも良い成績を残させたいから当然だろう。
それに、ここまで大きい学校で期末試験の出題範囲の告知を間違えたら洒落にならないし、うっかり内容を漏らしてしまったらそれこそPTAが出張ってくるしな」

3月2日金曜日。

職員室から教室に向かって承太郎とネギは歩いていた。

今日の教室までの雑談は、今朝の期末試験に関しての諸注意についての様だ。

ちなみに前日に在った侵入者騒ぎは一切教えていない。

他の魔法生徒や魔法先生に頼り過ぎないよう、警備団に関わらせないようにしているのは学園長からの指示である。

「試験日程は一日だけという過密スケジュールのため、今のうちに意識していないと駄目なのだろうな」

「でも数学、国語、英語、理科、社会の5教科を一日でやらせるって言うのは結構無茶なんじゃないでしょうか?」

「かもしれないな。だが範囲は広いものの応用の出題が少ないから、基礎さえ出来ていれば問題ないだろう。
それとも、ネギ君は自分たちの生徒が信じられないのか?」

どうかしたかと言わんばかりの平静顔に、ネギは頬を膨らませていじけてしまった。

この辺はやはり子供っぽい。

「むぅー、意地悪ですよ空条先生。そんなこと言われたら何も言い返せないじゃないですか」

「なら心配はいらないだろう? わたし達に出来る事は教え導く事だからな。
試験結果ランキングで良い結果を残させる事が出来れば、教師として頑張った結果が出せたと胸を張って言えるだろう」

「……そう言えば僕たちのクラスって最下位なんでしたっけ。少しでも良いので順位を上げたいですね」

「……そうだな。しかし超や葉加瀬といった天才どころが固まっているというのに、何故最下位になれるのかが不思議でしょうがないんだが」

そう言いながら原因を考える2人であったが、ものの数秒で原因に思い当たったようだ。

お互いに全く同じ顔と同じ人数を思い浮かべた事を悟ったのか、自然とため息が出てしまった。

「あの5人だな」

「あの5人ですよねぇ」

2人が思い浮かべたのは神楽坂明日菜、綾瀬夕映、長瀬楓、古菲、佐々木まき絵の5人、通称バカレンジャーである。

どれくらいおバカさんなのかと言えば、ランキング上位を狙えるだけの平均点をこの5人だけで大幅に下げ、結果的に最下位に追いやっている程だ。

他の生徒たちも平均的におバカというか抜けているところがあるので、一概にそうとは言えないのではあるが。

夕映だけは勉強が面倒だと思っているため真面目にやらせればそうでもないのだが、他の4人ははっきり言ってもうどうしようもない。

授業中に知恵熱でオーバーヒートするのは当たり前、ミニテスト形式の補習で1時間以上かかるのはざらであるなど、どうしてこうなった状態である。

前任のタカミチ曰く、「やる気さえ出してくれればそれなりに出来るはずなのに、どうしても残念な結果になる」だそうだ。

「まぁテスト対策自体はわたしとネギ君でどうにかなるだろう。5人については基礎中の基礎プリント配布でどうにかするしかないな」

「特別扱いはいけないと思いますけど……」

「違うぞネギ君、逆に考えるんだ。『補習で教室に残りたくないなら、宿題をすれば良い』と考えさせるんだ。
幸いにも女子中等部は全寮制だから、同室のメンバーがどうにかフォローしてくれるはずだ」

「でも明日菜さんの宿題っていっつも木乃香さん頼りになってるから、テスト前だと負担がかかっちゃいます。
長瀬さんのルームメイトは双子の鳴滝さんなので不安が残りますし。
くーふぇさんには早乙女さん、まき絵さんには和泉さん、綾瀬さんにはのどかさんがルームメイトとしていますから、多分大丈夫だとは……」

そうして2人は教室でのそれぞれの様子から、きちんと勉強できるかどうかを自然とシミュレートし始めた。



うあーごめんこのかここおしえてーはいはいゆうはんのじゅんびおわったらなーねぎあんたもおしえなさいよー

かえでねえーいっしょにあそぼーいやいやべんきょうがあるのでござるがそんなのあとまわしーはっはっはしかたないでござるな

ううーわからないあるうるさーいきがちるわてすとよりもげんこうのほうがだいじなんだからぱるのほうがうるさいあるよ

わからないよたすけてあこーはいはいわかったからじゅっかいめだけどここのしきもっかいおしえるわようえーん

だめだよゆえーべんきょうしないとこのしんかんをよみおわったらするですううそれわたしもがまんしてたのにー



「……教室での補修で良いか」

「ですね……」

結論、十中八九無理。

シミュレートでどんなポジティブなパターン組みをしても5分保てばいい方で、何故か絶対に脱線してしまう。

しかも、どう頑張っても脱線の余波が大なり小なりルームメイトにも飛び火してしまうのだ。

シミュレートの時点で結果が見えてしまうとは、恐るべしバカレンジャー。

というより一部の面々だとバカレンジャー以外も駄目な子になってる気がするので、恐るべし2-Aといったところか。

とりあえず現時点で言えるのは、期末試験対策は戦争になるのは間違いないということだ。

「タカミチ……苦労してたんだね」

「人ごとじゃ無いんだがな」

あれ? ネギも意外とヤバいかもしれない。








テスト期間が近いと言っても結局2-A。

何時も通りバカレンジャーがオーバーヒートし、明日菜とあやかが授業中に喧嘩をしてネギが慌て、承太郎が一喝する。

だいたいそんな感じで授業が終わるのが通例というのはどういうことなのだろうか。

ただ鬼教師の新田先生に言わせれば、「高畑先生よりは厳しくしてくれていますので、部分部分で前より静かで助かります」らしい。

以前まではどうだったんだと思いたいが、どうやら一定の基準までうるさくなった後、それ以上うるさくならなかったという。

多分生徒たちがタカミチが怒りだすギリギリのラインで騒いでいたんだろう。

今はそのラインが急速に下がってきているので、生徒たちはこのラインを見極めているのかもしれない。

(授業に集中してほしいんだがな)

そんな事を考えながらネギが手に負えない部分を手助けしているのだが、やはり先月に比べて怒る回数が少なくなったように思う。

その頭の良さをきちんと勉強に向けてくれればと切に願う。

(ああ、これが高畑先生が感じていたもどかしさか。
変なところばっかり能力が伸びているから余計にそう考えてしまうんだろうな)

ぶっちゃければその辺りの頭の良さは動物的勘の範疇なので、どうあっても勉強に向ける事は出来ないのだが。

「えっと、それじゃここの公式を……」

「全授業関係なく出席番号順で回していたから、次は早乙女だな。
黒板の前に出て続きを書いてみろ」

「はいはーい」

「はいは一回で良い」

授業は、極めて滞りなく進む。

『普段に比べて一角が大人しいまま』。








普段に比べて『わずかに』静かだった授業及びHRが終わり、あっという間に生徒たちが教室から居なくなっていく。

承太郎とネギも教室に残るべき用事など無く、さっさと職員室に向かおうとしていた時だった。

「あの、ネギ先生に空条先生、少しよろしいでござるか?」

後ろから掛けられた声にふり返ると、細めで長身の受け持ち生徒がいた。

時代劇がかった話し方をする彼女の名は『長瀬楓』。

その容姿と言動から裏では『忍者』と呼ばれている生徒である。

「むむ? 何か良からぬ事を考えてはござらんか?」

……勘も良いようだ。

「もー、楓が忍者だとかそういうことはどうでもいいアルよ。速くあの手紙を渡すネ」

「ンッンー、何の事か分からんでござるなー♪」

何処からともなく身も蓋もない様な台詞が飛び出してきたので、承太郎は驚いて周囲を調べる。

まぁすぐに判明するのだが、どうやら楓の長身の陰にもう一人いたらしい。

「なんだ、くーふぇさんですか。また新しい幽れ……いや転校生が現れたのかと」

「長瀬に古か……しかし私たちに用とは一体何だ? 休日を利用しての補習ならば考えてやらん事もないが」

ネギは地味に墓穴を掘っているような気がするが、特に承太郎がフォローに入る様子もない。

普段ならお小言をいう場面であるのだが一切無いのだ。

つまりは『そういうこと』だ。

よって、古菲と楓の話の続きを聞く方が先決である。

「ああ、大したことではござらん。この紙を渡せば用事は終わる故」

「中身を見れば大体分かるはずアル。あ、でもここでは見ない方が良いアルね。
後ろのパパラッチやお祭り好きのクラスの面々が何しでかすか分からないアル」

「「「チッ!」」」

まだ教室に残っていたパパラッチや漫画家志望などが露骨に舌打ちをするのを気に留める事無く、楓がほいと封筒を気軽に承太郎へ渡す。

ネギにも用事がある様だったが、ネギに渡すのは不安だし、どうせ職員室まで一緒だから承太郎に渡せば良いという事で封筒は1枚なのだろう。

封筒の表面には『招待状』とだけ書かれており、透かして見ることができないように中の紙は何枚か重ねているようだ。

「それでは『また明日』」

「楽しみにしてるアルー」

「えっ!? ちょっ、それどういう……って速い!?」

意味深な言葉にネギが食いつくものの、時すでに遅し。

いつぞやの明日菜との話し合いの時よろしく猛ダッシュで居なくなってしまい、選択肢が手紙を読む事しかなくなってしまうのであった。








そして日を跨いで3月3日土曜日。

承太郎とネギは人々でにぎわう世界樹前広場で、暇つぶしにすることも無いため手持無沙汰に立っていた。

何故休日に教師二人でこんなところに来ているかと言えば、手紙にそう書いてあったからである。

あの後職員室で読んだ手紙に書かれていた内容は非常に簡潔で、『明日の午前10時に世界樹前の広場に来て下され』とのこと。

実際には他にも二言三言書かれており、むしろそちらの内容があまりにも危険だったためにこの招待を受けたのだ。

「しかし遅いな……。待ち合わせ場所が間違って居る訳でもないし、単純に向こうのミスか?」

「うーん、もしかしたら世界樹を挟んだ反対側に居るのかもしれませんね。僕が見てきましょうか?」

「いや、私が行こう。この人ごみだと私の身長の方が互いに見つけやすい」

ただ、既に時間は10時32分。

2人が駅で待ち合わせたうえで到着したのが9時48分だったので、初春とはいえまだ寒い中30分以上待たされている事になる。

比較的普段は温厚なこの2人でなければ、怒られても文句は言えないレベルである

そして痺れを切らせた承太郎が広場の反対側へ見に回ろうとした時、それを妨げるかのように声が聞こえてきた。

「アイヤー、お待たせしたアルー!!」

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広場に繋がる大通りのド真ん中から、猛然と土煙を発生させながら承太郎たちの方へ向かってくる物体が見える。

物体という呼称は正しくなく、少女であるのだが。

ともかく、猪突猛進という言葉を体現したかのような走りから逃れるために人々は道の端に移動し、さながらモーゼの十戒のように休日の道路が開かれた。

「……目立ってどうする……」

忘れたのか承太郎? 彼女はまごうこと無きバカであると。








でも中には逃げ遅れた人物もいる訳で……。

「む? 素潜りで入ったは良いが見た事も無いエリアだと?」

「どいたどいたー! 轢いちゃうアルよー!!」

「ま、またあの娘か!? お、俺のそばに近寄るなああーーーッ!」

「しっかり受け身取るねー! そりゃあ!」

ドゴォ!

まるで大太鼓を叩いたような音がどこからか発せられる。

これが何の音かと言えば、爆走する古菲が逃げ遅れた人――斑模様の髪をした男性――にぶつかった際に発生した音である。

そのまま男性は衝撃によって、重力に逆らいながら天高く舞い上がっていく。

……ただぶつかっただけならばもう少し被害は少なく済んだのだが、古菲は男性に慣れているせいでちょっとやり過ぎてしまった。

詳しく言えば、速度を緩めない+先手を取るために慣れ親しんだ技を出して男性を飛ばし、そのまま通ろうとしたのである。

うろたえていたために引け腰だった男性の懐へと入り、半身ずらして正面に向けた背面を、相手をかち上げるように叩きつける。

八極拳で特に有名な技、『鉄山靠』である。

ゴチャッ!

液体の入った袋を壁に叩きつけたような水っぽく、そして生々しい音が遠くから響き渡った。

聞こえてきた場所は、大体先程の男性が落ちてきたらここだろうなという地点。

というか男性が落下したから聞こえた音である。

だが古菲はそんな惨状が遅刻で慌てているせいか見えておらず、とうとう承太郎とネギの元へたどり着いていた。

「いやー、本当にごめんアル。楓の準備を手伝ってたらこんな時間になっちゃってネ」

「いや、それは別に良いんだが……あの男性は大丈夫か?」

「あわわわ、あ、頭から落ちて行きましたけど。それに物凄い音がしていましたし、もしかしたら……」

ん?と何も分かっていない古菲であったが、承太郎が先程吹き飛ばした男性の事だと指摘すると「無問題無問題」と言いながらひらひらと手を振った。

「ああ、大丈夫アルよ。あの人たまに私への挑戦者の中に居て、どんな攻撃を喰らって倒れても自分の足で家に帰るタフガイね」

古菲の言う挑戦者とは、毎朝のように行われている多対一形式腕試しの事である。

一度に数十人の腕に覚えのある男子学生が挑戦しているのだが、古菲の戦歴に一度たりとも泥を付けれたためしがない。

しかもヒートアップしすぎて古菲以外と戦い始める学生が出てしまう事もあり、ギャラリーもかなり離れて見学しているほど過激だ。

その中でどんな攻撃を喰らっても自力で帰る事が出来るとは、なるほど、たしかにタフだ。

「ん? おい、落下したあんちゃんは何処消えた!?」

「ありゃ、一目離したすきに居なくなってる。じゃあ生きてるんじゃない?
頭から落ちたせいで首が凄い方向向いてた気がしたけど」

「あははははは、そんなの見間違いだって。ほら、血の跡とか全く無いじゃん」

落下現場の会話から、確かに男性は無事だったらしい。

ただ誰一人として歩いている姿を見ていないのが気になるが、もしかしたら気の使い手で、そのために認識阻害でも働いたのだろうか。

(だとしたら死んでいる事は無いだろうな)

そう承太郎は結論付けたのであった。








「それで古、私たちへの用事は何なんだ? 『あんな』手紙を寄越したんだ、何か目的があるのだろう?」

世界樹広場の一角で、承太郎たちは固まって話していた。

先程の一件のせいで取り巻きは無く、遠巻きにしかこちらをうかがっている者が居ないために屋外でも堂々と話しやすい。

ただ魔法での盗聴は半ばあきらめたので放置しているが。

「いやいや空条先生、怖い顔しちゃだめヨ。私たちせんせの敵になるつもり無いね。
これから2人にちょっと付き合って欲しい事があるだけアル」

そんな空気を感覚的に理解しているのか、気楽に古菲が用件を告げた。

ただ聞いただけだとダブルデートのお誘いともとれるものだが、明らかにそんな浮いた話で無い事は分かる。

「ええ!? そんなことで良いんですか?」

「? そうアルけど?」

ただネギは額面通りに受け取った様で、ショッピングに付き合えばいいのかななどと、何とも間の抜けた事を考えていたりする。

10歳の子供に闘争の雰囲気を感じろというのも酷な話であるが。

「……おそらくネギ君が考えてるものと古が考えてるものは全くの別物だぞ。
そんな生易しい用件なら『来なかったら生徒に魔法を、魔法関係の人にはスタンド能力をばらします』なんて事を書く必要は無い」

「うっ。確かにそうですけど」

「まぁ大体の想像は付いているんだがな。古菲の普段の行動を考えればおのずと理解出来る。
改めてネギ君にも分かるように聞くが、目的はなんだ?」

回りくどい言い方は無しだと如実に目が語っている。

普通の人ならこの睨みでビビってしまうのだが、古菲は逆に喜んでいるようだ。

もしかしたら戦闘民族なのかもしれない。

「付き合って欲しい事ってのは、おバカな私でも簡単に覚えられる事アルよ」

そう言いながら世界樹に背を向けて、先程走ってきた道の方向へ指を指す。

ただ指を向けているだけなのだが、まるで場所を直接指しているのではないかというくらい精密に場所が把握できるように感じた。

「ただ単に、これから案内する誰にも邪魔されない場所でスタンドバトルをしてほしいだけアル。
私は空条先生と戦うから、ネギ坊主は楓と戦って欲しいネ」

承太郎たちの方に向き直った古菲は、これ以上無いくらいの笑顔だった。

……非常に良い笑顔なのだが、笑顔とは本来攻撃的なものである事を忘れてはならない。








空条承太郎――クラスに居たスタンド使いの残り2人と接触できて好都合と思っている。
          ただ、戦うのは面倒だとは感じている。

ネギ・スプリングフィールド――生徒と戦うのは言語道断だと反対する。
                   しかし古菲の「ネギ坊主じゃ楓に傷一つ付けられないで終わる」という挑発に乗ってしまう。

古菲――2-A所属の『スタンド使い』。
      憧れの人物と戦えるという事でテンションが上がり、前日の練習で木人人形全てを完全粉砕してしまっていた。

長瀬楓――2-A所属の『スタンド使い』。
       戦うための場所を準備中であり、途中で邪魔されないようにえげつないトラップを仕掛けまくっている。

斑模様の髪をした男――スコア0。
               古菲の鉄山靠を喰らった後、着地に失敗して首を折って死亡。

┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  



[19077] 14時間目 誇りと行進曲②
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/09/19 00:16
麻帆良外周に広がる深い森の中、響く音は風や動物の動く音や鳴き声しかないような地点がある。

何時もならそんな大自然を感じられる場所なのだが、今日は些か趣が違うようだ。

聞こえる音は高速に動く一つの足音と金属音、そして『……ォォォォォォォォォ』という地の底から響くような唸り音。

生命の気配は他にも多数感じるものの、奇妙な事に気配に伴うはずの音が感じられない。

森の中で音を出さずに移動できる生命など居ただろうか?

「ッ! 風楯デフレクシオ!」

シュンッ、シュンッ、カキンッ。

森の木々の合間合間から何かが飛び出す音が聞こえたと思うと、その直後に甲高い何かをはじく音が続く。

弾かれた物は地面に落ち、黒光りしながら散乱していく。

どうやら音を出さずに移動する何者かが、音を出しながら移動する者に向かって何かを投げているようだ。

投げられているのは細工の施された鋭く尖ったナイフ状の武器で、『本来ならば』当たってしまえばただでは済まないだろう物だ。

何故かと言えば、今投げられているナイフ状の武器――苦無――は切れないように刃の部分が潰されており、先端も切り落とされているため刺さりはしないようになっている。

ただし、刃は潰れていると言っても鉄で出来た武器であるので、それなりの速度で飛んできているのなら当たれば打撲程度にはなる。

故に投げられた者は回避か防御に必死にならざるを得ない。

「くっ……ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 魔法の射手、光の3矢サギタ・マギカ・セリエス・ルーキス!!」

そんな中、音を出している影が何事かを叫びながらその手に持った杖を森に向けた。

すると杖から光の球が現れ、その球が光の軌跡を残しながら矢となって木々の間を飛んでいく。

「ほう、反応速度は中々でござるな。だがっ!」

音もなく移動する者は、先程から一定の間隔で投げられている苦無を飛来する光の矢に向かって投擲して相殺しようとする。

だが、威力が足らなかった様だ。

「おろ?」

光の矢になんなく苦無は弾かれ、矢がそのまま体に吸い込まれるようにして当たってしまった。

この光の矢、威力だけで言えばスタンドパワーC判定はある代物であり、さらに光属性の付随効果として『破壊』がある。

つまりまともに食らってしまったら骨の一本や二本は軽く折れてしまうレベルなのだ。

体を鍛えていればある程度大丈夫かもしれないが、それでもクリーンヒットしてしまったからには多少動きに支障をきたしてしまう。

しかし、絶対的な隙が生まれてしまうだろうその瞬間、食らった者の口唇が悪戯っぽくつり上がった。

「――残念でござったな」

ボフンッ!

光の矢を受けた衝撃でだろうか、『体が木っ端微塵に吹き飛んだ』。

まるでダイナマイトを体内で爆発させたかのように、煙を放ちながら跡形もなく。

だがしかし本来ならそこまでの威力では無いし、仮にそうだとしても周囲に撒き散らされるであろう体の破片は全く存在していない。

それどころか『そこに本当に体が存在したのか分からない』くらいそこには何も残されてはいなかった。

「また分身ですか……。切りが――無いッ! 風楯!!」

シュンッ、シュンッ、カキンッ。

森の木々の合間合間から何かが飛び出す音が聞こえたと思うと、その直後に甲高い何かをはじく音が続く。

繰り返し、繰り返し。

この戦いが始まってから既に10分以上。

苦無を投げられては防ぎ、攻撃を当てても一時的に減るだけの『影分身』にしか攻撃が当たらないために、勝負が平行線上に乗り続けていた。

(違う、平行なんかじゃない! これだけ明らかに手加減されているんだ、僕は下に居る!
僕を戦闘不能に追い込むだけなら、一斉にかかってくればいいだけの話!)

そう、影分身は周囲の森に『多数』いる。

詳しい人数は木々の間を高速移動しているために全く分からないが、少なくとも10人は居るだろう。

しかも何度倒してもしばらくすると『……ォォォォォォォォォ』という音とともにまた増えてしまう。

(それに『接近戦は苦手』なんて言っていたけど、そんなの嘘だ。
『隙在らば接近しようとする』プレッシャーが尋常じゃない! こんな状態で、本当に一撃だけでも入れられるのかな……)

刃の潰れている苦無でも、手に持った状態で叩きつければ鈍器になる。

接近戦を風楯で一時的にしのげたとしても、周囲360度から絶え間なく攻撃を与え続けられればいつかは競り負ける。

それほどまでに人数差は埋めがたいものなのだ。

「どうしたでござる、ネギ坊主。先程の威勢はただの強がりだったでござるか?」

「そんな事はありません……よっ! 長瀬さんこそ隠れてばかりじゃないですか」

「ふふふ、忍者にそんなこと言うのはノンセンスでござる」

楓の軽い口調に息切れの様子は無く、反対にネギの呼吸はかなり乱れ始めていた。

それでも幼き魔法使いのやる気だけは一切衰えていない。

「ノンセンスじゃなくて、ナンセンスの方がカタカナ英語としては正しいですよ!
ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 魔法の射手、光の一矢サギタ・マギカ・ウナ・ルークス!」

皮肉を言いながら制御性に優れる光の矢を放ち、分身を一体一体確実に消していく。

「拙者は馬鹿でござるからなー。でも勉学で勝てずとも、勝負には勝たせてもらうでござる!」

森の中で相対するのは小柄な少年と大柄な少女。

片や魔法使い、片やスタンド使い。

世界の裏に存在する異能力の2大トップが壮絶な戦いを繰り広げていた。

いたちごっこは、まだ終わらない。








14時間目 誇りと行進曲②








冒頭から1時間程時間を巻き戻そう。

世界樹の最寄駅から何駅か先で降りた承太郎たちは、古菲に導かれるままに麻帆良外周部分の森の中へと踏み入っていた。

登山道のように整理された道は無く、かろうじて判別できるくらいの獣道をかき分けながら奥へ奥へと進んで行く。

「しかし……こんな状況でなければゆっくりと来たい場所だな。
動植物に対して人間が手を加えていないから、興味深いデータやサンプルが取れそうだ」

「あれ? 空条先生って海洋学者なんじゃ?」

「一応はそうだが、どうも気になった事には深く突っ込んで調べてみたくなるものでな。
様々な分野に幅広く手を伸ばしている。ネギ君、その分野には魔法も含まれているんだぞ?」

「へぇー、そうなんですか……ってもしかして僕、研究対象ですか!?」

「……」

「何か言って下さい!」

体力はあるので、この程度の森林行軍なら会話しながらでも楽勝な2人。

ただ、同じどころかそれ以上の体力を持っているだろう古菲は何故か沈黙を保っていた。

それに、まだ森に入ってから十数分だというのにおびただしい量の汗をかいている。

「……やっちゃったー……」

「む? どうしたんだ、古?」

「あ、アイヤー、何でもないアルよ!?」

「……それなら良いが」

いかにも何か隠していますと言った雰囲気の古菲であったが、特に承太郎は突っ込まないでおいた。

正直、ここで突っ込んでいれば面倒な事にならなくて済んだのだが。








森に入ってから約40分。

入口から数キロメートル離れた場所に行くと、ぱっと見キャンプ場のような開けた場所が存在していた。

綺麗な川も近くにあって、水の中を見ると岩魚が泳いでいるのが見える。

「やあやあ、ようこそいらした。何も無いところなのでそう気を負わなくても良いでござるよ」

そこで待ちかまえていたのはいかにも『忍者!』という恰好をしている楓だった。

腰に手を当てて仁王立ちしており、また服装が動きやすさを重視した忍者装束であるせいか、豊満な一部分がやけに強調されている。

どうみても中学2年生には見えない、具体的に何処がと聞かれても深く言及はしないが。

それに対して、迎えられた承太郎たち3人は何故か妙に疲れ果てていた。

よく見ると微妙に衣服の一部が千切れていたり、露出している肌に薄い切り傷が見えていたりする。

「楓ー! 罠仕掛けすぎアルよー!!」

「……し、死ぬかと思いました」

「やれやれだ」

承太郎たちの台詞から分かるように、原因は楓が半ば私物化している麻帆良の森の、一定の場所への侵入者対策として設置したトラップの数々のせいである。

結んだ草などの軽い罠や鳴子連動式の矢、突然飛んでくる丸太に竹やり落とし穴など、どこかの不思議な場所のような感じだ。

最終的に目的の開けた場所まで到達するために回避すべき罠の半分くらいが、気を抜くと簡単に重傷患者になってしまうような代物という鬼畜仕様。

それらをここまでの軽微なダメージで通り抜けてくるのは、普通の魔法生徒ぐらいでは絶対に不可能である。

そのため、間違えて一般人が入ってしまった時のために、奥に行くに連れて鬼畜度が上がるよう罠を設置していたりする。

普通なら再序盤の威嚇用弓矢で逃げ帰る事だろう。

「もしかして古……道間違えたでござるか?」

「あははは……ごめんアル。通ってきた道の罠、全部壊しちゃったアル」

「んー、まぁ別に構わんでござる。そろそろ風雨で縄が弱くなってきた罠もあったし、取り換え時期だと思っていたところでござるよ」

やっちゃったーといった表情で頭をかく古菲だが、楓は気にしていないらしい。

「古菲達に壊されたという事は、反応速度が良ければ対処可能という事。今度作る罠はもっと巧妙に隠さねば!」

「……ほどほどにしておけ」

壊されたことで逆に燃え上がっている楓だが、それらを対処してきた承太郎たちにとっては心底止めて欲しいと思った。

なにせ何かが足に引っ掛かったと思ったら、死角からおびただしい数の矢や丸太が飛んでくるのだ。

事前情報が無くなりでもしたら本当に洒落にならない。

ジョセフがDIOとの戦いで感じていたであろう、突然宙に現れたナイフへの理不尽さを体験できること間違いなしだ。








「さて、始めるとするか」

「そうでござるな。いやー、腕が鳴るでござる」

「久々に能力を思う存分使えるアルー♪」

「いやいやいや、ちょっと待って下さいよ!?」

楓が普段使っているというテントの中に不要な荷物や貴重品等を置いた後に河原に集まっていた4人は、先程までの行軍の疲れを軽く取るために思い思いに休んでいた。

承太郎は川の水質などを検査したり飲んでみたり、古菲と楓はその場でストレッチを始め、ネギは大きめの石に座って自然を満喫していたのであるが……。

「いやネギ君、そうでもしなきゃ恐らく帰らせてくれないぞ。またあの罠の中を掻い潜って帰りたくは無いだろう?」

「うう、もう罠は嫌ですけど……嫌ですけど!」

何となく落ち着いていたムードは承太郎の一言によってあっさりと終了し、事態に付いて行けないネギ以外は何時でも戦闘に入れる体勢となった。

というかネギの反応の方が本来、人としては正しい。

スタンド使いと魔法使いという一般人から逸脱した存在である事を省みても、3人の戦闘に対する反応の速さは異常だ。

「そもそも何で僕たちと戦いたいんですか、くーふぇさんに長瀬さん?」

「至極真っ当な意見なのだが、此処まで来てそれは愚問でござるよ」

「私は言ったアルよ? 『戦って欲しいだけ』って」

「だから! それがおかしいんですって!!」

ネギは野蛮で粗野な事にこの時点では抵抗があるため、楓たちの行動が理解できない。

だが、元を辿ればネギの本来の目的と同じことを、別の切り口から試しているにすぎないのである。

「とはいっても拙者たちも無益に戦いたい訳ではござらん。きちんとした目的がある故」

「『修行』アルよ、ネギ坊主。私たちはそれぞれの流派において先導者になる、そしてより高みを目指すという目標がアルよ。
そのために戦いで力と技を磨くのは、悪い事アルか?」

「修行……僕と同じ。いや、それでも生徒と戦うのはやっぱり……」

修行。

そう、ネギも麻帆良に魔法の修行のために来ている。

2-Aでの担任を行っているのは修行のためであるし、担任をする以外にも魔法の射手の練習や魔法薬の生成なども行っている。

ただ、やはり実学として対人戦闘の模擬的修行をしたいという事を何度か考えた事がある。

なら楓達が何らかの団体から修行に来ているとして、それを自重させるという選択肢は正しいのかどうか。








「……ネギ君、大丈夫だ。君の心配している事にはならない」

「空条先生……」

ここで承太郎がネギに助け船を出す。

ネギは優しいから、この点について気にしているのだろうと察したためだ。

「古や長瀬とは実力が違いすぎる。ネギ君がどれだけ頑張ろうと、大した怪我もなく軽くあしらわれるだろうな」

「……」

その言葉を受けて、ネギがピタリと動きを止める。

承太郎はここまでの付き合いの中でネギの人となりをある程度把握していると思っていたが、ある部分で大きな勘違いをしていた。

ネギは確かに心優しく、そして真面目な少年である。

だが、何故かは分からないがある一定の部分でどうしようもなく頑固なのだ。

「……良いでしょう。くーふぇさん、長瀬さん、戦いましょう」

「ね、ネギ坊主?」

「……失敗した。まさかこんな所に地雷があるとは」

誰に似たのか、負けず嫌い。

英国紳士である事を心掛けてはいるものの、やはり男性として年上とはいえ女性に負けているのが悔しい様だ。

学園長やタカミチが今のネギを見たら、「やっぱり親子だ」と口にすることは間違いない。

『英雄』と呼ばれている父親は女性(しかも見た目は子供)相手にでも一切容赦しなかったという事を、ネギはまだ知らない。

「考えてみたらそうですよね。
父さんに会うためには勉強だけ出来ても意味が無いですし、『あの時』みたいな事を起こさせないためにも実力は必要です。
僕はまだ未熟だから、もっと強くならなきゃ父さんを探せない」

「ほー、ネギ坊主にも中々の信念がアルね。幼いながら良い気迫アル」

先程までとは打って変わって、完全に戦闘態勢に入っているネギ。

心なしか、その瞳が黒く燃えているような気がした。

「……承太郎先生はネギ坊主の事を見誤っていたようでござるな」

「そのようだ。普段は優しいがやる時はやる。
ふふ、あの頃の康一君を見ているようだな」

考えてみれば初めての教え子とでも言うべき青年の事を思い出して、承太郎は苦笑する。

でもそうすると「おまえはバカ丸出しだッ!」とか言ってしまうようになってしまうんじゃないかと少しだけ心配ではある。

(だが何故だろう。ネギ君も康一君と同じように、野菜人とか言われるようになりそうな予感が……)

承太郎、妙な所でいらない第六感を発揮したりしていた。








「さて、一応模擬戦闘なので条件付けで戦うでござるか」

「賛成だ。このままだとネギ君がどうにもならないからな」

いい感じに全員が戦闘態勢に入ったが、一先ずルール決めをする事になった。

だがこの提案にネギはあくまでも不服であるらしい。

「うー、大丈夫だと思いますけど」

「いいからそうしておいた方が良い。負けず嫌いなのは良いが、実力差というものを感じ取れるくらいにはなってもらわないと困る」

「……空条先生がそこまで言うなら、多分本当に実力差が大きいんですね。
分かりました、今の実力で何処まで出来るか試してみます」

「よろしい。ではルールはどうする?」

2人の様子を見て軽く和んでいた楓達は、承太郎の言葉で佇まいを正す。

「これから戦ううえで一番大きいのは、戦うのはチーム戦形式じゃない点でござる。
いきなりチームを組まされても、承太郎殿とネギ坊主じゃ連携も何もないでござろう?」

「という訳で、空条先生はわたしと戦うアル! ネギ坊主は楓と戦うアルよ」

楓は至極落ち着いているのだが、古菲はテンションが上がりに上がっている様子だ。

なるほど、戦闘好きとはいっても様々なタイプがあるのだなと承太郎は感心している。

まぁ今まで承太郎が出会ってきた戦闘好きが揃いもそろってハイテンションだったせいであるが。

「戦う場所はここから少しだけ森の奥に行った所にある開けた地点でござる。
以前起こった落雷による火事で木々が焼けてしまったために出来た空き地で、周囲を森に囲まれているためにさながら闘技場コロッセオでござるよ。
獣よけの煙を使ったためにその広場周辺には鳥一匹すら居ないので、思う存分戦えるでござる」

「そして、片方のペアが戦っている間に残っている者たちが観戦しているのか」

「いや同じような空き地がもう一か所ある故、そちらで同じくらいの時刻から戦っていただきたい。
どうしても拙者たちの戦いは周囲を巻き込むので、どちらにしても観戦は出来ませぬ」

やれやれと言った感じに肩を竦める楓。

やはりそうは言っても、承太郎と古菲の戦いは見たかったのだろう。

「仕方ないでござるからな。拙者のスタンドは『一般人にも見える』し、拙者自身が魔法使いと戦ってみたいというのもあったでござるから。
それに『古菲と違って遠距離戦が出来る』故、遠距離主体のネギ坊主とは相性がいいでござる」

「酷いアル! 私も遠距離戦は『限定的だけど出来る』ヨ!」

「でもそれをやったら下手したらネギ坊主が大変な事になるから駄目でござる。
あの技使ったら加減なんて無かろうに」

そこからギャーギャーと軽い言い合いになってしまった2人。

しかし何気ない会話であったが、承太郎は良い事を聞いたと言わんばかりの顔をしている。

そして何も分かっていないようなネギに耳打ちをした。

「ネギ君、今の会話を忘れないようにするんだ」

「え? 一応聞いていましたけど、一体どうして……」

「今、長瀬はスタンド能力に関する『重要な部分』を言ったんだ。恐らく素で言ってしまったのだろうが、後々絶対に重要になる。
相手の能力が分からないときには、以前教えた対スタンド使いの戦い方の基本と一緒に思い出してみてくれ」

「わ、分かりました」

そうこうしている内に言い合いが終わったのか、楓が一つ咳払いをした。

「コホン……それではそれぞれの舞台に移動するでござるか」

そう言ってネギの近くに行き、「あちらの方にあるでござる」と案内しながら森の中へ消えて行く。

その時一瞬だけだが承太郎の方を向き、細目であるために分かりづらかったがウィンク一つを残していった。

(さっきのは『やはりわざと』か。やれやれ、ネギ君を騙すような形になってしまったな)

いくらなんでもあそこまでスタンド能力のヒントを口頭に出してしまうのは不自然過ぎた。

恐らく古菲と打ち合わせでもして、適当な場面でヒントを出すつもりだったのだろう。

どうやらそういった気配りに関しては、楓は承太郎より上に居るのは間違いない様だ。

「ん? 楓の方なんか見てどうしたアル? さっさと移動するアルよ」

「……分かった、それでは行こう」

訂正、古菲は乗せられただけの様である。








ネギと楓は5分ほど歩いた先にある広場にたどり着く。

周囲は結構な高さの木々によって囲われており、なるほど確かに闘技場のような円形に整えられていた。

その自然に出来た円の中心に、5メートルほど離れて両者が相対する。

「さーて、始めるとするでござるか。準備は良いでござるか、ネギ坊主」

楓は何も構える事無く、自然な体勢でネギを見据える。

「大丈夫です、何時でもいけます」

ネギは身の丈以上の杖を構え、若干強張っているものの強く楓を捉えていた。

そんな様子のネギを見て、楓は薄く微笑む。

その中学生離れした容姿と相まって、まるで子の成長を見守る母親の様だった。

「ああそうそう、もう一つルールを言い忘れてござった。
『ネギ坊主はわたしに一撃でも入れる事が出来たら勝ち』でござるから」

その提案にネギは驚いた表情をするも、すぐに不機嫌顔になる。

「……いいんですか? そんなルールにしたら、いくらなんでも不利になるだけじゃ」

「大丈夫でござる。今のままじゃかすり傷一つ負わせることは出来ぬだろうし。
そっちこそ大丈夫でござるか? そんな心配をしていたら『相手が無傷のまま終わってしまう』でござるよ」

「……分かりました。全力で行かせてもらいます!」

「それでこそ我らの担任でござる!」

挑発めいた楓の言葉に触発されて、ネギのやる気も完全に最高潮に達したようだ。

その体に震えは既に無い。

「こっちからも条件を一つだけ良いですか?」

「別に構わないでござるよ」

魔力が目に見える形となってネギの杖の周囲に集まり、集まった光は球となって規則正しく並んでいく。

「この勝負、僕が勝ったら期末試験対策で毎日補習をしてもらいます!」

楓は何時の間にか苦無を片手に持ち、あくまでも自然体のままでいた。

「ははは、こりゃ負けられなくなってしまったでござる」

舞台は整った、後は始めるのみ。



MAKE UP MIND



「行きます! ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 魔法の射手、連弾・光の7矢サギタ・マギカ・セリエス・ルーキス!!」

集う光の球は、矢となって楓に殺到する。

「来るでござるよ、ネギ坊主! 『カプリシャス・マーチ』!!」

楓の首に長い布が現れたと思うが早いか、その体が16に増えて散開した。



FIGHT








ネギ・スプリングフィールド――楓の能力の詳細が掴めず、防戦一方。
                   能力を解くカギは『会話』と『音』。

長瀬楓――スタンド名『カプリシャス・マーチ』。
       能力の詳細、不明。

┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  

後書き:
スタンドを持たせた結果、原作よりも好戦的になってしまった古菲と楓。

承太郎を副担任にした結果、原作よりも子供っぽくなってしまったネギ。

こういった点から少しずつ原作から乖離してきました。

ちなみに楓の戦い方には原作とは全く違う部分があるのですが、今回のヒントで分かる人が出るかどうか。



[19077] 15時間目 誇りと行進曲③
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2011/02/14 00:51
息を吸い、吐き出す。

それだけの動作が非常に面倒に感じられる。

心臓の稼働率は既に70%を超えており、血液を送る音は鋭敏になった聴覚に常に届いてうっおと……いや、うっとおしい。

何処から苦無を投げてこられるか分からない緊張感と、度重なる詠唱のせいで口の中はとうに乾いてしまっている。

それでも、この体は止める事はしない。

限界が近づいている体を動かす燃料はただ一つの意地。

『負けたくない』、ただそれだけ。

(でも、意地だけじゃ何も変わらない! 何か……何かこの状況を打破できるだけの切欠を見つけなきゃ!)

今まで戦いなんて訓練形式でしか経験した事の無いネギにとって、この状況は一分一秒ごとに体力を削っていく魔界の様に感じられる。

だがそれと反比例して感覚はより鋭く、速くなっていく。

アドレナリンで覚醒していく意識の中、ネギは驚くほどの冷静さを保っていた。

(以前空条先生に聞いた事を思い出せ! さっきの長瀬さん達の会話を思い出せ! そこに打開のヒントがある!)

忘れがちではあるがネギはこの歳で『天才』と言われる程の才能を持った魔法使いだ。

その天才たらしめる要因は二つ。

魔法を的確な操作で使うといった基本魔法のセンス、そして知識を統合して使用することのできるセンスだ。

得た知識によって最適な魔法を割り出し、適切な運用によって状況を打開する。

ただし経験不足からか、恋の成就を魔法の薬で行おうとするといった、過程を素飛ばして結果を得ようとするせっかちな部分もある。

だがその欠点を補って余りあるほどの優秀さ。

それが楓との戦いの中で、戦闘面への素質を発揮し始めていた。

(感覚を外側へ……思考を内側へ……考えるんだ……!)

苦無をわずかな音などで感じ取り対処しながら、思考をより深くに持っていく。

奇しくもその姿は承太郎の言った通り、広瀬康一を彷彿とさせるものだった。

楓もネギの纏う雰囲気の違いを感じ取ったのか、嬉しそうな声を上げながら苦無を投げる。

「ははは! このような状況で考えごとに没頭し、それでなお防ぐかネギ坊主!
ならもう少しだけペースを上げるでござるよ!」

「……」

今までよりも苦無の投擲間隔が短くなり、その数も増してきた。

だがネギは見ている者が居るのならばうすら寒くなるほど冷静に防いでいく。

楓に一太刀を浴びせるために、打開策を練りながら。








15時間目 誇りと行進曲③








「スタンド使いへの対処の仕方?」

「はい、他の魔法使いへの対処の仕方言うのは魔法学校でマニュアルがあって学べるんですが、スタンド使いの対処法って無いんです。
というかそもそもスタンド使いに関しての勉強が無いもので……」

千雨がスタンド使いだと判明してから数日後、ネギは朝のHRが始まる前に承太郎へ思い切って質問してみる事にした。

魔法とは対極に位置する異能力、スタンドについて。

「しかしながらいきなりだな。突然そんな物騒な事を聞くなんて、ネギ君らしくないとは思うが」

「いや、その……少しだけ不安になってきちゃいまして」

恥ずかしながら、と言いながら頬をかくネギ。

そして少しだけ逡巡した表情を見せるものの、思い切って言葉にする。

「ここ最近スタンド使いの生徒と触れ合ってみて思った事があったんです。
彼女たちの能力は、使いようによっては矛にも盾にもなる……まぁ魔法でも同じことが言えるんですが。
でも魔法とは違って僕には見る事が出来ないから、対処することが出来ないんです」

さよの『メイズ・オブ・ザ・ダーク』、千雨の『プリズム』。

そのどちらも凄まじい能力を持ってはいるものの、『結果』を起こした時点でしかネギには感知できなかった。

スタンドヴィジョンを見る事が出来ない、それは見えない拳銃を向けられているのと同じだ。

もちろんこれは魔法にも言える事だが、魔法ならば一般人でも過程は見えるため、やはり大きく違う事を考えさせられる。

「だから……彼女たちの事を少しだけ、怖く思っちゃったんです」

「そうか……」

未知なるもの、そして自分とは違うものへの恐怖は人間が有している本能の中でも根深いものだ。

魔法か、スタンドか。

何かが違っているだけで、人は親愛を向けた対象を即座に恐怖の対象へと変貌させる。

「ならそれでいいんじゃないか?」

「えっ?」

だからこそ、承太郎はその感情を肯定する。

「正体の分からないものを『怖い』と口にし、そのうえでネギ君はわたしにスタンド使いについて聞きたいと言った。
それは十分に『勇気』ある行動だ。

「『勇気』ですか? でも僕にはまだそんな……」

「『勇気』とは『怖さ』を知ること、『恐怖』を我が物とすることだ。
『勇気』は無謀な行動を賞賛するためのものではない。『勇気』とは、怖さを知った上でそれをねじ伏せる強さだ」

祖父からの受け売りだがな、と承太郎は薄く笑いながら付け加える。

「恐怖を飲みこむ強さ、か……」

「まぁそこまで深く考えなくても良い。ただ、心のどこかにはとどめておいてくれ。
それはきっとネギ君の進むべき道を切り開く糧となるはずだ。
……話が大分脱線したな。スタンドについてなら、今日の放課後にでも詳しく教えよう」

もともと学園長からネギに様々な知識を与えてくれと頼まれていたので、スタンド使いの知識もその範疇に入るだろう。

もののついでに明日菜たちにも説明してしまおうかと考えている承太郎であった。

「あ、はい! よろしくお願いします!
……ってうわぁー!? 不味いです空条先生、HRの時間過ぎちゃってます!」

会話の途中でほんの少しだけ目線を外したネギが突然悲鳴を上げた。

ネギの悲鳴から職員室にある壁掛け時計を見てみると、確かに時計は8時25分をとうに過ぎていた。

「不味いな……このままだと新田先生が注意に来るくらいはしゃいでいるかもしれん」

「は、走りましょう、怒られない程度に!」

ネギはわたわたと、承太郎はあくまでもクールに荷物をまとめて職員室から飛び出す。

この日、HRは10分遅れで始まることとなった。








そしてその日の放課後。

駅に向かうまでの間に終わる程度で説明できるため、歩きながら説明する事になった。

一応ネギの手によって簡易の人払いの魔法が二人の間にかけられており、物騒な話が出来るように配慮済みである。

……だったらこの前の千雨の時にもすれば良かったんじゃないかな、という突っ込みは野暮である。

「さて、それではスタンド使いへの具体的な対処法なんだが、これは非常に簡単だ。
まず重要なのは、相手スタンドの射程距離を掴むことだ」

そう、スタンドには有効射程距離というものが厳密に決まっており、この範囲を超えた力の発動は出来ないというルールがある。

物を投げたりすれば戦う距離は増えるのだろうが、それでも根本的にスタンドが動ける範囲は限定的だ。

「とりあえず出来る対処としては、すぐに距離をとることだな。
その理由は、スタンドの多くが本体のそばに出現するという『近距離型』が多いため。
スタンドという名は『傍に立つ Stand by me』から採られているくらいだ。
この近距離型の最大の特徴は、射程距離が短いのを物ともしないほどのパワーを持っている事」

この点は大きく魔法と違っているため、ネギには上手く伝わり辛い部分である。

何故なら、魔法は魔力を込められただけ威力が増し、射程距離が長くなっていくために、間合いというものが定まっていないためだ。

その分詠唱時間という制約があるものの、最終的に熟練者は距離に関係ない魔法行使が可能になる。

それに詠唱呪文と魔力量さえ同じであれば、誰でも同じ現象を起こす事が出来るのだ。

だがスタンドでは距離とパワーの最大が個体ごとに決まってしまっているため、全く同じ攻撃力と射程距離というのは余程でない限り起こらない。

しかし魔法のように予備動作を必要としないため、常にフルスロットルで戦い続ける事が出来る。

そのために間合いが重要になってくるのである。

「射程距離とパワーは反比例する、という考え方で大丈夫ですか?」

「一概にそうとは言い切れないが、スタンドの力が強ければ強いほど、その射程距離は短くなるというのが基本だな。
それと、物理的な力は弱くて射程がそれなりに長いスタンドもあるのだが、その場合は能力が強力である事が多い」

前者の例としては、承太郎の持つスタープラチナを考えると分かりやすい。

車ですら10秒ほどでスクラップに出来るほどのパワーとを持っている代わりに、スタンドを出せる距離はせいぜい2~3メートルが限界なのである。

後者の例としては、千雨の持つプリズムが妥当だろう。

スタンド自体のパワーはせいぜい羽虫を潰せる程度ではあるが、電脳空間へのダイブという強力な固有能力を持っているために射程距離は10メートル前後となっている。

「それとは別に、数百メートルから数キロメートルにわたる射程を持った『遠距離型』と呼ばれる種類のスタンドも居る。
おおざっぱな動作でしか動かせなかったり戦闘能力が比較的低かったりするのだが、その分だけ強力な能力と射程距離を誇る。
まぁこれも一概には言えないんだがな」

承太郎が戦った中で長い射程を誇ったスタンドと言えば、エンヤ婆の『正義ジャスティス』が思い起こされる。

あのスタンドの射程範囲は他に比べると小さくはあるが街全部であった。

能力も非常に強力で、『霧状になったスタンドで相手を攻撃し、体内に霧を入れて体を操る』という凶悪極まりない物だった。

その分だけスタンド自体にパワーは無く、吸い込むだけで倒せてしまったが。

こういったような広範囲を攻撃できるスタンドが長距離型である。

しかし、ただ単に長距離射程で動かせるだけの単純な能力を駆使して戦った男が居たのも事実。

「……スタンド能力は基本的に『1つ』だけだ。
戦いの中で2つ以上の『一般では在り得ない現象』が起きたなら、それは確実に本体が何かの技術を有していると思った方が良い」

「本体の技術というと、先程言っていた『技術の先にあるスタンド使い』でしょうか?」

「いや、素質があるだけのスタンド使いでも起こりうることだ。
聴覚が非常に良いために数キロメートル先の音を聞き取ってきて、『水を操る事が出来る』というだけのスタンドで殺されかけたくらいだしな」

そう言って、承太郎はかつての旅の途中で戦った盲目の男を思い出していた。

ンドゥールという名の盲目のスタンド使い。

スタンド自体は精密操作性がDというほどに動作が悪いのだが、持ち前の超感覚で見事なまでに操作しきっていたのである。

あくまでも『水を操る能力』だけであったのに、ンドゥールはそれに『音に反応して攻撃する』という付加価値を付けた。

そういった本体自身の技術はスタンドバトルにおいて非常に有効になってくる。








「とにかくネギ君にはスタンドが見えないから、スタンドビジョンから能力の推測を付けると言った事は無理そうだな。
だから、とにかく距離を取った上で相手を観察して、その能力を推測するしかない」

「うう、せめて見えればもう少し楽なんですよねー。何かのマジックアイテムでどうにかならないかな……」

「魔眼を持った者なら見えると言っていたが、道具での代用は難しいだろうな。
……待てよ、見えると言えば……」

「……空条先生?」

突然何かに気付いて押し黙った承太郎は、ネギの言葉さえ気づかないままにその場で立ち止まって何かをブツブツと呟き始めた。

まるで「我天命を得たり」と言わんばかりに思考に没頭する承太郎。

その鬼気迫る様子に、ネギはただただ承太郎が元に戻るのを待つしかなかった。

そしてたっぷり数十秒ほどして、不意に承太郎が口を開く。

「金を積めばいけるか……?」

「く、空条先生!?」

承太郎の言葉にネギは思わず大声をあげてしまい、簡易的な人払いの処理能力を越えて周囲の人々に叫び声だけ伝わってしまった。

周囲の人々は「また何もないところから声が……」とか「今日は寒くならないな」とか言っている。

でも突然承太郎がそんな事を呟けば誰だって驚く、俺だって驚く。

そういう訳でネギには全く非は無いのだが、またやっちゃったと自己嫌悪に陥ってしまう。

ただ、黙り込んで何事かを考えていた承太郎は、一体何の算段をつけていたのだろうか。

「ん? ……ああ済まないネギ君。少しだけ考えごとをしていてな」

「いやいやいや、なんか物凄い事を呟いていましたけど!?」

あれを少しと言い張る承太郎はやはりどこかずれているのではないか?

「大丈夫だ、何ら違法性のある事をするつもりはない」

「違法性は無いと言われましても……」

しかしながら、ネギからしてみれば確かに承太郎が違法な事をするという印象は無い。

まぁ若い頃に喧嘩騒ぎで警察の厄介になったり、教師をぼこぼこにして再起不能にしたり、バイクを盗んでみたりしていたりしていても知る術は無いからだが。

まだ納得していない様子のネギに、どうやって今の考えごとをオブラートに包んで言おうかと考え始める承太郎。

そして承太郎に一つの冴えた答えが見つかり、深く推敲することなく言霊として発した。

「大丈夫だネギ君。ただ少しだけお金に苦労をしている人にお金を貸して、その見返りに協力してもらおうかと思ってな」

「アウトー!!」

全身全霊の突っ込みによって今度こそ人払いが解除され、2人は衆目に晒されることになってしまったのだった。








「見える見えないで思い出したが、ネギ君にも見えるスタンドというものがある」

「それ本当ですか……?」

訝しげな眼で承太郎を見つめるネギ。

そりゃあんな事を言ってのけた男に対して、疑うなと言う方が厳しいというものだ。

「あー……先程は済まなかった。端的に伝えようとし過ぎていたからな」

「いや、どっちにしても変わらなかったじゃいですか。恩の押し売りと言うのはどうかと思いますけど」

「それが最も簡単な解決法であるのは疑いの余地がないからな。
まぁそれはいったん横に置いておいて、だ」

ゴホンと一呼吸置いて、ぐだぐだになっていた空気を払しょくする。

ここら辺の気配りが大人である。

「見えるスタンドには2種類あって、『物質と同化しているタイプ』と『その方が使いやすいタイプ』がある。
そのどちらもスタンド自体の強さではなく、能力の強さ、多彩さで戦闘を有利にしていくのが多い」

スタンドはスタンド使い同士でなくては見る事が出来ない。

その大原則を半ば無視したスタンドが、ごく稀にだが存在する。

そのほとんどの場合が強力無比であり、生半可なスタンドでは立ち向かうことが困難である。

「船や車に乗ることで、その性能を条理の外に持っていく能力があるのだが、これは前者。
あとは同僚のボインゴが持っている漫画本、あれは後者に当たる」

「へぇー……ってボインゴ先生もスタンド使い!?」

「……知らなかったのか」

どうやら学園長は本当に魔法関係者の情報をネギに渡していないらしい。

修行の手伝いをさせないためとはいえやり過ぎだとは思うが、あの学園長の事だ、何か別の考えでもあるんだろう。

ろくでも無いことは間違いないが。

「ちょうどボインゴ先生の話も出たところだ、彼の能力を教えておこう。
彼のスタンドであるトト神の能力は、ごく近い間隔ではあるが未来予知だ」

「……なんかもう何でもありな気がしてきました」

「スタンドなんてそういうもんだ。いずれ慣れると思うがな。
とにかく、ネギ君に見えているという時点で相当な能力を持っているはずだから、周囲に頼れる人が居ないなら迷わず逃げておけ」

「うーん、分かりました」

納得のいかないネギではあるものの、承太郎が言う事に物凄く実感がこもっていたので了解をしておく。

承太郎はこの時点でネギの負けん気の強さに気付くべきだったのだが、今更と言わざるを得ない。

そして駅が見えてきた頃、承太郎が忘れかけていた最も大切な事をネギに教える。

「ああ、最後に一つだけ。戦いの中で『絶対に思考を止めるな』、そして『躊躇うな』」

「思考を止めず、躊躇わない?」

「その通り。スタンドバトルにおいて相手の能力を推測するのは非常に困難だ。
だからこそ幾つかの可能性を考慮しつつ、その全てに対処できるように動き続けるんだ。
そして相手を打ち破りたいのなら、放つ攻撃に躊躇を含ませてはいけない。……難しいと思うが、ネギ君なら出来るさ」

これで話は終わりだとばかりに定期券を出して、麻帆良中央駅の構内に入っていく承太郎。

そうしてネギが一緒のホームに着いた後は他愛もない話だけをして、電車に乗って帰宅したのだった。
















(なんだか余計な部分まで思い出した気がするけど、空条先生に教わった部分は記憶から引き出せた!)

周囲から聞こえる苦無の飛来音に気を配りつつ、走って回避することをあきらめて、立ち止まりながら防御に専念する。

手加減のためか苦無が全方向から飛んでくる事は無いのだが、的確に死角になる方向から飛んでくる。

一瞬でも気を抜いたらそこから崩されるのは間違いない状況だ。

それでもネギは熱くなっていく体とは対照的に、頭は冷えて冴えてきたように感じていた。

初めての本格的な戦闘で、短い時間の中だが確実に成長をしているのである。

(さっきから森の中で動き回っているけど、離れ過ぎる事は無い。だから間違いなく『近距離型』であるのは間違いない。
それに首に巻かれた布がスタンドみたいだし、スタンドが見えていたから『能力特化』か……)

スタンド自体の分析は出来たものの、分かったのは近距離能力特化型という事だけ。

まだ能力の解明には至っていない。

(さっきからの長瀬さんの行動の中で不自然な部分は2つ。『減る気配の無い苦無』と『分身』、これだ)

そう、この戦いの中で楓は、無限にあるのではないかと思われるほどの苦無と分身をネギに見せつけている。

もしも真っ当なスタンド使いならば、能力は『1つだけ』だというのにである。

これは明らかにおかしい。

(今考えられる能力は『物を増やす』、『武器を作り出す』、『分身を作る』くらいかな。
もしくは苦無か分身のどちらかが長瀬さん自身の能力であると考えられるけど……本当に忍者なら分身が彼女自身の技術?)

そう思ったネギの脳裏には、アーニャが良くテレビ見ていた日本の忍者アニメが思い起こされた。

忍者なのに何でオレンジ色なんだろう、とか言ったら思いっきり殴られてしまったくらいしか記憶がないのだが。

(確か手を合わせて呪文の様なものを唱えると分身が出ていた気がしたけど、流石に無いだろうなー……ん?)

と、そこで一つだけ思い当たることがあった。

影分身が増える瞬間、何処からか『……ォォォォォォォォォ』という音が聞こえてきたのではなかっただろうか?

(あれがもしスタンドによって分身を出すための副産物だとしたら、苦無を投げる時にも何かしらの音が聞こえるはずだよね。
だとしたら苦無と分身の間に『スタンド能力の関係は無い』のかな)

この時点では確信は出来ないものの、からくりの糸は一本だけ見えてきた。

ならそのどちらがスタンド能力に因るものかを判別したいのだが……。

(スタンドの姿は恐らく『首に巻いている布』なんだろうけど、あの布を出した瞬間に分身していたし、能力は断定できない。
空条先生は目に見えるスタンドなら能力の推測が出来るとか言ってたけど、そもそも観察の機会が来ない!)

考えてみれば木に隠れながら攻撃してくるため、苦無を投げる瞬間と、分身が現れる瞬間を目で見た事がない。

となれば、発動の瞬間を見れば分かってしまうような能力なのだろう。

打開するためには、木々の間を駆け抜ける楓の姿を間近で捉えるか、能力の完全判別をあきらめて勝負をつけに行くか、どちらかしかない。

(このままじわじわと押されるよりは、一気に攻める!)

ここでネギが選択したのは勝負をつけに行くという事だった。

幾つかは能力について推測が出来ているからこその選択である。

そう決めた瞬間にネギは強く杖を構え、周囲の木々の間隔で最も大きな幅に狙いを定めた。

そして……。

「はぁっ!」

魔法による身体強化の勢いで、木々の間から見えた分身のうち一体に特攻して行く。

「血迷ったでござるな、ネギ坊主!」

だが分身は冷静に手に持った苦無を構え、肉薄して来ようとするネギを確実に迎撃できるようにしている。

しかも風楯を発動させられても、後詰めで苦無を構えた分身が一斉に飛びかかれるようになっていた。

誰の目にも分かる詰み状態。

だが、これは『魔法使い』と『スタンド使い』の戦い。

何も奇をてらった動きが出来るのはスタンド使いだけでは無いのだ。








(……今の状態じゃ長時間詠唱は出来ないけど、分身を振り切れば行けない事もない。
大きな魔法で一斉に消してしまえばある程度自由に動けるから、そこが狙い目)

木々の間を一気に駆け抜けながら、分身であろう楓の一体に向かっていく。

既に楓が苦無を万全の態勢で構えているのは分かっている。

そしてこのままいけば間違いなくドンピシャで攻撃を受けてしまい、負けてしまう事も。

だからこその一か八かの大勝負。

ネギは長大な杖を普段よりもさらに強く握り、タイミングを計っていた。

(ならまずは『邪魔が出来ない場所』に行けば良い!)

分身のどれかが武器を投げる瞬間を!

風楯デフレクシオ!」

接近した分身の目前で風楯を発動させ、苦無を受け流す。

その瞬間、背後から無数の風切り音。

他の分身が苦無を一斉に投擲したのだ。

その光景は、あたかもエジプトでの承太郎とDIOの戦いの焼きまわしの様だった。

つまり「脱出不可能よッ!」状態である。

これには少しばかり楓もやり過ぎたと思ってしまったが、正直勉強をしたくないのでまぁ良いかとも考えていた。

もし時を止める事が出来たとしても脱出不可能なその苦無の壁の中、ネギはというと……。

(来た! これで――ッ!)

にやりと笑みを浮かべ、杖を真上に向けたのだった。

「飛べー!!」

「ッ!? しまっ――!」

無数の苦無で戦闘不能になるかと思われたネギであったが、苦無の壁の唯一の抜け道、真上へ向かって急上昇していく。

そう、いくら周囲のあらゆる角度から苦無を投げていると言っても、『真上からは』投げていなかったのだ。

忍者である楓は基本的に不必要に体を晒す真似はせず、能力の隠匿をメインにして戦うことに基軸を置いていた。

現に周囲からの投擲において、長い時間体を晒している分身は一体も居ない。

よって、体を完全に晒す上空は忌避すべき部分であり、またそれ故に警戒すべき部分であったのだ。

スタンドバトルは経験しているものの、魔法使いとの戦いは初めてである楓にとって飛行は盲点。

そのせいで、ネギは不確実ながら苦無包囲を抜ける事に成功したのである。

だがこの作戦の成功は、楓が真上に来ない事によって成立する。

本当に一か八かの賭けであったが、ネギの胆力の賜物か、掛け金は倍額になって戻ってきた。

上空50メートルまで一気に昇ったネギは、杖に跨ってその手を眼下に向ける。

自らの分身で以って、分身を一掃するために。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 風精召喚エウォカーティオ・ウァルキュリアールム剣を執る戦友コントゥベルナーリア・グラディアーリア!」

ネギの構える手から杖に跨った姿のネギの分身が16体現れた。

現れたネギの分身は楓の使うような精巧な分身ではなく、魔力である程度形を似せただけのエネルギー体である。

その手には剣や槍、棍が握られており、まさに剣を執る戦友といったところだ。

だがまだ撃鉄が起こされているだけの状態であり、相手に向かって突撃はしない。

引き金を引くのはネギの一言だ。








「――迎え撃てコントラー・プーグネント!!」

一瞬の逡巡の後、放出される魔法。

自らの教え子である楓に対して引き金を引くことへの躊躇か、それともこの魔法で本当に対処できるかどうか迷ったからか。

ともかく、そこには限りなく短い時間ではあるものの、空白が出来てしまっていた。

賭け終了の呼び声ノー・モア・ベットまでに一瞬の隙があれば、勝負師はチップを賭ける事が出来る。

ここが分水嶺となった。








一斉に放たれた風精は森の中に散らばっている16体の分身に向かって飛んでいき、その体を激突させて諸共に吹き飛ぶ。

どうやら本物の楓は16体の分身と入れ替わって、戦闘区域のどこかに潜んでいるようである。

だが何時入れ替わったかなんてものは今は重要じゃない。

これは紛れも無いチャンスであり、一気に勝負を仕掛けるべき場面であった。

「これならっ! 来れ雷精ウェニアント・スピーリトゥス風の精アエリアーレス・フルグリエンテース! 雷を纏いてクム・フルグラティオーネ吹きすさべフレット・テンペスタース南洋の嵐アウストリーナ! 『雷の暴風』ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス!!」

広範囲に攻撃出来て、なおかつかなりの威力がある雷の暴風を選択したネギ。

森の中に隠れている楓を燻り出すには最適だろう。

だが『最適』ベターではあっても『最高』ベストな選択とは言えなかった。

今更ながら、相手は忍者である。

単純な忍者のイメージと言うのは、闇夜に隠れながら気配を消し、素早く相手を倒していくといったものだろう。

テレビゲームでも大体そのようなステータスになっているくらい一般的なイメージだろう。

……もうお気づきかもしれないが、楓はとにかく素早い。

ならば、先程の空白と合わせて今発生した長時間詠唱は――

「……おしかったでござるな、ネギ坊主」

「……あれっ?」

――彼女にとっては対応するのに十分すぎる時間を発生させてしまっていたのだ。








地上50メートルだというのにもかかわらず、彼女はネギの真後ろに存在していた。

ネギのように飛行できたのか?

否。

ならば分身は空中を歩けるのか?

それも否。

答えは単純だ、『ただ高くジャンプしただけ』。

詳しくいえば『瞬動術』という技術なのだが、この場合は上に向けての使用なので違いは無い。

ともかく、彼女はネギの真後ろに存在しており、その手に持った苦無の腹がネギの後ろ首に添えられていた。

そしてその手を、楓は軽く押しこんだ。

たったそれだけ。

それだけでネギの頭は揺さぶられ、その意識を奪っていった。

「悪いでござるな。しっかりキャッチするから許して欲しいでござる」

そう謝罪した楓は苦無を首に巻かれた布へと収納し、体はポンッという音とともに消えて行く。

どうやらこの楓も分身だったようだ。

その音を合図として、『意識を失いかけている』ネギの体は杖の上からぐらりと傾き、重さの比重が大きい頭を下側にして真っ逆さまに地上へと墜落して行く。

あわや頭をスイカのようにはじけさせる事になるかと思われたが、分身の謝罪の通り着地地点には楓がおり、高速で落ちてきたネギを長く伸びたスタンドで包み込んでキャッチする。

不思議な事に首に巻かれた布状のスタンドに当たると、その物体の威力が殺されるようだ。

ならばこれが能力かと問われれば厳密には違うのであるが。

そうしてネギをスタンド――カプリシャス・マーチ――から楓の腕の中へ移動させると、ネギが軽く声を出しながら力を抜いていった。

「――ぁ……」

「……およよ、今の瞬間まで意識を保っていたでござるか?
ふむ、間違いなく子供の意識を飛ばせるくらいの当て身を打ったのだが、なかなか見た目よりタフでござったな」

拙者もまだまだ修行が足らんでござるとごちりながら、ネギを抱えてテントの方へ戻ろうとする楓であったが……。

ズシンッ!!

とその時、軽めの地震と割と近い距離から響いた音にふと足を止める。

「……古か。どうやら『アレ』を使ったようだが果たして……」

そう言って承太郎たちが戦っているだろう方向に目を向けた。

その眼に映るのは、天まで届くのではないかという巨大な――――
















首に衝撃を受けて体が反転していった瞬間、見えたのは苦無をスタンドに仕舞う所。

優しい何かに包まれた安心感から意識を失う瞬間、感じたのは『コオオオオオォォォォォォォォ』という楓の呼吸音。

(スタンド能力は…………布の中に『物を収納できる事』…なら………分…は……恐ら…長瀬さ……自身の……)

おぼつかない思考の中で、ネギは今見た事、感じた事を整理していく。

だが、いかんせん遅すぎた。

(上手くい……事で思考を…………止めてしまっ……た僕……の……負けだっ……んだ。
それにいざ…………撃する時……躊躇……ゃって……)

承太郎の忠告を二つとも守らなかったために、大事なチャンスを逃してしまったネギ。

せっかくのチップは大部分が失われる結果となった。

だが、この戦いで得たチップも少なからず残っているのだ。

戦闘の経験、そして最後の最後で判明させる事が出来た楓の能力。

これはネギの取り分だ。

(次にやる時は……必ず一撃を……)

そう闘志を燃やすものの、ネギの意識は急激に闇に落ちて行った。

完全な敗北。

後に『英雄』と呼ばれる少年の初の戦いは、それで締めくくられたのだった。








ネギ・スプリングフィールド――目立った怪我は無いものの、極限の緊張と当て身によって気絶して敗北。
                   再起可能。
                   余談だが、楓にお姫様だっこで運ばれていた。

長瀬楓――分身殺法を駆使した戦いによってネギの意識を奪う事に成功して勝利。
       補習は無しになったが、少しだけ勉強頑張ってみようかな、と思った。

┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  

後書き:
私用で長期間自宅に居なかったため、投稿が遅れました。

さて、忍者の使う術は波紋で説明できてしまえるため、ジョジョクロスらしい設定変更として楓は波紋忍者となりました。

というか忍者は波紋の流派の一つと言う設定。

例えば水の上に浮く奴とか、あとは布を首に巻いているという事で、リサリサ先生をイメージしていたりします。

また楓の分身は生命エネルギーを凝縮させた疑似スタンドです。

なので後々出てくる小太郎の影分身とは原理がまるで違います。



[19077] 16時間目 誇りと行進曲④
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/09/27 17:28
「向こうは始まったみたいアルね。多分、というか絶対楓が勝つ思うけど」

「多分そうなるだろう。以前『覚悟』をしていると言っていたが、まだまだ世間知らずな所がある。
どこかで甘さを出してしまうだろうな。まぁそこが美点ではあるのだが」

森の中に文字通り自然に出来た闘技場コロッセオの中、非常に自然な構えで承太郎と古菲は相対していた。

獣除けの煙のせいで周囲からは風の唸る音しかせず、そのせいか程近くにあるネギたちが戦っているだろう方向から金属音が届いていた。

「ふむ……この音ならば忍者らしく苦無や手裏剣といったところか。ネギ君も魔法の盾で上手く防げているようだな」

「あー、多分苦無ネ。訓練用の刃が無いやつがあったはずだから。というかよく分かったアルね、空条先生」

「……あの恰好をしておきながら拳銃でも使ったら、日本人の大多数に張り倒されるだろう。イメージだ、イメージ」

やれやれと帽子をかぶり直しながらため息をつき、古菲を見据える。

同じくらいの時間から始めて欲しいと言われていたため、ここらがその時間だと考えたのだろう。

世間話はもうお仕舞いと言わんばかりの重圧を、帽子の奥から覗くその視線に乗せていた。

普通の者ならこれでビビってお仕舞いなのだが、流石にそこまで柔じゃ無い様だ。

重圧を受けた古菲は左半身が微妙に正面に来るように足の位置を変え、一歩も怯むことなくその眼をにらみ返す。

「その程度の圧力なら腐っちゃうほど体験してきたアル。甘く見ないで欲しいアルよ」

「……そうか。ならば……」

承太郎が、ポケットに手を入れたまま仁王立ちになる。

たったそれだけで、途端に空気が変わった。

3月の上旬であるためまだ涼しく、そして森の木々によって爽やかさを感じられていた空気が、一瞬で熱した鉛のようになる。

空気の質としてはそこまで重くは無い。

だがしかし体に纏わりつくように、そして浸み込むように発せられる『打倒』、そして『必殺』の気迫。

一般人ならば腰を抜かして、そのまま気絶してしまいそうなくらいの殺気だ。

余程の手錬でも思わずブルッてしまうだろう。

実際、海洋冒険をしてる時に襲ってきた海賊にはこの気迫をぶち当てて、ビビったところに殴り込みをかけていたくらいだ。

そんな空気の中、古菲は多少身じろぎをしてしまう。

よく見ると、体は微細に震えているようでもある。

だがそれでも、その瞳は揺るがない。

「ふふ、これが無茶ぶり……じゃなかった、えーと……武者震いってやつアルか。生まれて初めて感じたアル。
故郷の老師よりも荒々しいから、思わず反応してしまったネ」

「……国語の補習をしなければな」

「はうっ!」

……せっかくカッコイイ流れだったのに、若干台無しである。








「それで、最初はどうする?」

「うーん、やっぱりラッシュの速さ比べから始めたいアル。近距離パワー型スタンドの醍醐味アルよ」

手をわきわきと動かしながら、これから起こる事に思いを馳せる古菲。

しかし承太郎相手にラッシュの速さ比べの申し込みとは、知っている人が聞けば耳を疑う内容だ。

なにせ狙った場所に寸分違わず、しかも超高速で打ち込まれるパンチを捌かないといけないのである。

勝つためには特殊な能力持ちか、仗助のクレイジーダイヤモンドのような馬鹿力が無いと恐らく不可能。

ある意味自殺ともいえる要求なのだ。

ただ自信を持ってこんな要求をしてくる以上、十分に打ち合える自信があるという事だ。

故に承太郎は手を抜かない。

「そうか。なら遠慮なく始めよう……『スタープラチナ』ッ!」

青色をした逞しい筋肉を付けているスタンドが承太郎の正面に現れた。

それは世界で最も多くのスタンド使いと戦い、そして勝ち続けてきた最強の存在である。

「行くアルよ! 『プレシャス・プライド』ッ!」

相対する古菲は己の力の名を叫ぶと同時、体が虎柄のアーマーに包まれていく。

イメージとしては全身ライダースーツ+ヘルメットだろうか。

フェイス部分は強化ガラスの様な物で出来ており、視界の確保は問題ない様になっている。

手の部分はキグルミのようになっており、ぱっと見では肉球の様なものと爪が見受けられた。

飾りだろうか、頭の部分に虎耳、お尻の付近に布のように薄い虎尻尾が付いていたりもする。

その姿は承太郎は知らない事であるのだが、全体的なフォルムでに『ホワイト・アルバム』というスタンドに非常に酷似していた。

あのスタンドよりは可愛げのあるデザインなのだが。

「ほう、装着型のスタンドとは珍しい。という事は能力以外で身体能力の強化があるな。
……その爪と、一見無意味そうに見える尻尾はお前の中国武術ならば使いこなせるだろう?」

「ありゃー、もう半分くらい替身(スタンドの特徴つかまれちゃってるアル。
というか尻尾に関してよく分かったアルね? 今まで戦った人たちは全く気付かなかったのに」

「スタンドの姿に『無意味』な物は無いんだ。見ればそれくらいは察することが出来る」

「……どうやらスタンドの能力よりも、承太郎先生の頭脳の方が凶悪な性能っぽいアル」

古菲はここでようやく、承太郎の真の恐ろしさに気付いた様である。

承太郎の持つ強さとはスタンドもさることながら、やはり本体の洞察力と行動力こそが最大の強みであるのだ。

例えスタンドが出せない状態になっても、どのような形であれ承太郎は間違いなく相手を打倒するだろう。

というか実際打倒している。

……つくづくチートだと思わざるを得ない。








なにはともあれ、互いにスタンドを出しているのだ。

この状態からすることは一つだけ。

「手加減は互いに不要だろう? ……全力で来い!」

「……文字通り骨が折れそうアルね。でも楽しくなってきたアル!」

スタープラチナを挟んで、承太郎と古菲の視線が交錯する。

眼に宿るのは『打倒』の一念。

「この空条承太郎が直々に相手をしてやる」

スタープラチナがその腕を振り上げる。

我只要和強者闘(私が望むのはただ強者との戦いのみ。手加減無用ね、行くアル!!」

古菲はスタンドを纏った体で『三才式』という形意拳の構えをとり、何時でも拳を出せるようにした。

そして――

「「はぁッ!!!」」

ドゴォッ!!

――ラッシュの速さ比べ、そしてスタンドバトルが始まった。



MAKE UP MIND



「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ――」

撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ!!

「アータタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ
タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ
タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ
タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ――」

打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ!!

いや、『撃ち(打ち)つける』!



FIGHT



「――オラァ!!」

「――オワッタァ!!」

ドッゴォッ!!

衝撃が森の中を突き抜け、その木々を激しく揺らす。

あまりの衝撃だったため、一時的に互いの距離が若干開く。

既にラッシュの中心地の地面はズタボロになっており、互いに拳を撃ち(打ち)つける度に地面には罅が広がっていた。

「もっと来いオラァ!!」

「破ァ!!」

だがそれでも止まらない。

開いた距離は一息入れる間もなく埋まり、そしてまたラッシュが始まった。








16時間目 誇りと行進曲④








(スピードもパワーも中々だな。スタープラチナよりは少し弱いくらいか……だが少なくともラッシュについてきているのは確かだ。
……というより身体強化してこの破壊力は、元の肉体が相当なパワーを持っていないと不可能! 間違いなく『気』を使っているな)

凄まじいラッシュを微塵も衰えさせずに思考に没頭する承太郎。

手加減する気などまるでなく、DIOや仗助に放ったのと同じくらいのパワーでラッシュを繰り出している。

一発でも受け損なえばミンチは免れない。

だが受け切れると確信しているからこそ放っているのであり、ある意味では古菲を認めているということだ。

(くうっ! こ、こりゃ予想以上に厳しいアル!
ラッシュ一発一発の重さはもちろん、打ち込む箇所が正確すぎて、こちらから向こうの拳にダメージが通っていないアルよ!)

しかし受けている方はたまったものじゃない。

場慣れしていると思っていた古菲ですら、一発ごとに神経と寿命をガリガリと削られていく感覚を感じているほどだ。

世界中を旅しながら各地で戦っていた承太郎とまだ14歳の古菲では、越えた場数が違いすぎるから仕方ないのだが。

(しかもラッシュをほんの少しだけ『後出し』してるアル。こっちの打ちこもうとする場所をその一瞬で見極めて、効果的に潰しに来る!
だからといってこっちも後出ししようとすると、急激に早く振り抜いてくる! 緩急の見極めが上手いってもんじゃないアルー!)

後出しで攻撃を潰し、先出しで潰されない攻撃を出す。

相手の出方を見てから効果的な攻撃を出すこの方法、実は日本古来から伝わる方法である。

日本でかなり有名な柳生新陰流において『転(まろばし)』と呼ばれる技法であるのだが、古菲はこの駆け引き方法を感覚的にしか知らないのだ。

これが桜咲刹那であれば対処法だけは見出せたかもしれないが、このような状況で無い物ねだりは出来ない。

あとは今までの経験から解決策を見出さなければならない。

(こちらのペースを相手に握らせなければいいだけアルけど、それだけの時間がひねり出せない。
もし準備できるだけの隙を作るなら、もう『アレ』を使うしかないし……)

実は楓と同じく、古菲にもスタンド能力とは別に本体だけで出来る秘策がある。

その秘策と言うのが楓とほぼ同じ方法のベクトル違いであるのだが、いかんせん承太郎はこれについて間違いなく知っているというのが難点である。

ここまでの時点で承太郎に情報を与えるというのがどれほど危険であるか理解しているため、迂闊に実行には移せない。

(多分、能力に移行するための隙を作り出せた時点で最大の警戒を受けるネ。というよりもう警戒されてるアルけど。
最悪の場合は『アレ』を出し続ける状況に陥るけど、こうなったらやるっきゃないかな)

だが出し渋った挙句、良いパンチを貰って終了という事態は避けたいので、危険を承知で勝負に出る古菲。

しかし承太郎はその意図に気付いていた。

(少しだけ動きにブレが出来たな……何か大技を出すつもりか? 仕方ない、どのような技かは分からないが出させてみるか)

その意図を気付いたうえで潰さない選択をした承太郎。

良くも悪くも好奇心旺盛な男であるため、古菲がこのラッシュを打開する策を見てみたいと思ったのだ。








そして、古菲が動き出す。

「コオオオオオォォォォォォォォ!!」

「!? くそ、これは不味い!!」

ラッシュを打ち込みながら突如として深呼吸を始めた古菲と、その呼吸音を聞いて失策だったと考え直した承太郎。

その互いの冷静さと動揺によって、古菲にとって僥倖と言える好機が訪れた。

その刹那にラッシュの一発を避けて懐に潜り込み、沈み込む体勢で更に拳の威力を上乗せさせる。

そして低い体勢から大地を力強く踏み込み、握りこんだ拳を鳩尾目掛けて打ち抜いた。

炮拳(パオチュアン!!!」

「ぐぅっ!?」

「がふっ!?」

腹部から背中にかけて暴風が流れるような感覚。

シンプルかつ絶大な威力を誇る炮拳をその身に受けて、承太郎と古菲の間合いが一気に10メートル以上も離れる。

生半可なスタンド使いならば今の一撃で決着が付いていただろうが、そこは百戦錬磨の承太郎。

すぐにスタープラチナの両腕を使って防御をし、更に後ろへ大きく跳躍する事によって衝撃を軽減させていた。

しかも跳躍する瞬間に右足を振り、置き土産とばかりに古菲の肩口に強烈な蹴りを叩きこんでいる。

十分な威力を以って承太郎を倒そうと足を地面にしっかり据えていたのが災いして、蹴りの衝撃は古菲の全身を貫いた。

そのため相討ちと言っていい状態だ。

だがそれでも承太郎の方には『不自然なほどに』体の内側へのダメージがあった。

脂汗を流しながらゴホゴホと荒く息を吐き出し、簡易ではあるが拳を喰らった腹部を触診する。

「くっ、致命傷は避ける事が出来たか。骨にも損傷はないみたいだが……あのガードの上からここまでとはっ!」

スタープラチナのガードはその筋力から、クレイジーダイヤモンドのパンチ相当のダメージを完全に耐える事が出来る。

先程までのラッシュから考えると、古菲の力はそれでも無かったはず。

だがまるで防御が意味を成していなかったかのような状態だ。

「……これは『波紋』の応用だろうな。 
相手の体に波紋を流して効果を発揮させるのではなく、波紋を突き抜けさせてダメージを与えているのか」

その承太郎の言葉に、同じくらい肩で息をしている古菲がやっぱりかという苦い表情で返答した。

「はぁ、はぁ……ゲホッ、一撃でそこまで看破するとは、流石はあのジョセフ・ジョースターのお孫さんアル。
もうほとんどばれてるっぽいから言うけど、これは生命エネルギーを破壊力に変換する波紋……いや、『気功』アルよ」

『気功』。

それは一般人でも健康に関して興味がある者なら知っているくらいの物だ。

一般的には体内に『気』を循環させ、『気』の質やコントロールする能力を高める事によって生命活動をよりよくするための技法である。

体操や深呼吸、鍼灸や足つぼマッサージも『気』の循環道を整えるための方法の一つ。

源泉は微妙に違うものの、インドのヨガなども同じ原理で出来ている。

この気功という技術、体内の気をコントロールさせる内気功と、気の取り入れと吐き出しを行う外気功の2種類に大別される。

内気功ならば身体能力の強化や免疫力の増加、外気功ならば悪い気の排出や他人の気を癒す効果がある。

だが余程の鍛錬を積まなければ自分自身の気をも乱してしまうという危険な技術でもある。

特に自分以外の他人へ気を流すのであればなおさらだ。

そのため古代中国では気を高度に扱うものを仙人として崇め、そして仙人は人々にその技術を受け継がせていったのだ。

「誰が最初に仙道を国に広めたのかは分からないけど、私たちの使う気功はもはや『波紋であって波紋では無い』アル」

「……なるほど、波紋疾走(オーバードライブとは違う極地に達した波紋か。
おそらく身体強化と気功に特化したのは、お国柄の特色だろう?」

「その通り。国の守りを固めるために兵士に鍛錬を行わせ、相手を鎧の上からでも倒せるようにしたのが始まりとされているアルよ」

このような技術発展はヨーロッパの方で発展した『とある技術』でも同じことが起きている。

その技術は自然界から力を得て万物に影響を及ぼさせるものと、もう一つは要人の護衛のために対人戦に置いて絶大な威力を誇るものに分かたれた。

この場合、気功は後者の様な道筋を辿っていたと考えられる。

対人戦特化。

これが中国拳法が現代でも特に強いと言わしめている理由だろう。

「接近戦で防御をぶち抜く攻撃……恐怖以外の何物でもないな。だが弱点は見えている。
気を溜めて一発の威力を高めるために、深呼吸が必要なんだろう? でなければラッシュで連続して出せばいいだけだからな」

「むー、分かっているなら聞かないで欲しいアルね。……っとと、無駄話はこれくらいアル。
承太郎先生もだいぶ立て直したみたいだし、今度は能力を使ってくヨ!」

「ああ……第2ラウンドだ!」

互いに会話を通して短時間で持ち直したようで、呼吸は既に整えられている。

つくづく人間離れしていると思わせられる光景だ。

そうでもしなければ生き残れないのがスタンド使いである以上、仕方のない事なのだが。








先程の衝撃で離れたままに、戦いは第二局面に突入していく。

ここで古菲は一部だけスタンドを解除し、ポケットに手を突っ込んで何かを取り出そうとしていた。

ややあってポケットから何かを取り出した古菲だったが、手のひらに収まる物の様で、承太郎からはそれを確認することは出来なかった。

能力が分からない以上、不用意に近づく事はしない承太郎。

果たして吉と出るか凶と出るか。

「それでは行くネ! 『プレシャス・プライド』ッ!」

先手必勝とばかりに高らかにスタンド名を叫ぶとスタンドからオーラの様な物が出てきて、握りこんだ右手に集っていく。

そしてオーラを纏った右手を承太郎に向けて開いた。

まさか波○拳でも出すつもりか!?と驚いた承太郎は咄嗟に右方へと転がるように回避。

これが功を奏した。

「何っ!?」

何せ今まで立っていた空間が『突如として伸びてきた棒状の物』によって貫かれていったのだから。

しかもそのままでは終わらない。

「でやぁ!!」

その伸びてきた棒は既にしっかりと古菲が両手でつかんでおり、転がって回避した承太郎を打ちすえようと薙ぐように振ってきたのだ。

サイズから比べて速すぎるとも思える薙ぎ。

転げた体勢のため回避は困難と判断した承太郎は、その棒をスタープラチナのパンチで撃ち払おうとするが……。

「っ! 間に合え!」

そのパンチを地面へと叩きこみ、その反作用で空中に浮かびあがって薙ぎ払いを回避した。

承太郎の突然の行動変更。

それは先程痛手を受けたことからくる第六感によってであった。

回避後に着地と同時に接近しようとするが、長さが古菲の身長ほどになって手元に構えられた棒を見て接近するのを中断する。

もしあのまま近づいて居たら今の二の舞になっていただろう。

棒術とは中~近距離でオールラウンドに戦える格闘技術だ。

それに遠距離補正まで付いたら、対策を立てないままの生半可な接近は全てカモとなってしまう。

「……危ない所だった。あのまま受けていれば『棒に流した気功』で文字通り大打撃だった」

そう、波紋を源流としているのなら物体に流す事が出来るのは自明だ。

ただでさえ『呼吸を整える時間』があったのだから、先程よりも威力の大きい一撃を乗せることなど造作も無い。

あのままパンチで受けていたが最後、特大の気功により最悪は片腕がへし折れていただろう。

だからこそ、古菲は構えに隙を見せないものの不満顔だ。

「……承太郎先生ってもしかしてニ○ータイプかなんかアルか? 普通あのタイミングで回避を選択とかできないアル」

「いや、ただの勘だ」

「理不尽アル!!」

一撃必殺の念を賭して放った攻撃がただの勘で避けられてしまいご立腹である。

正直仕方ない、視界外のライフルによる狙撃に反応できるくらいなんだし。

もはや思考が早いとか反応速度が異常とか言うレベルじゃない。

「ともかく『二の打ち要らず』とはいかなかった様だな。それに能力も分かった事だし、どう攻めてくるつもりだ?」

しかも今の一撃だけで能力が分かったとか言ってしまう承太郎。

故に古菲の頬がピクリと引き攣ってしまったのは仕方がない事だと言える。

「……一応聞くけど、何だと思うアル?」

「質問を質問で返すんじゃないと言いたいところだが、まぁ良い。
能力は『オーラを纏わせた物のサイズを自由に変更できる』だろう。それと、先程ポケットから出したのは棒術用の鉄棒だ」

その解答にがっくりと肩を落としてうなだれる古菲。

重ねて言うが、それでも隙は見えない。

「……やっぱり理不尽アルよー!!」

古菲よ、その憤りは正しい。








「では私も能力を発揮させてもらおうとするか」

そう言いながら承太郎も先程の古菲と同じようにポケットに手を突っ込む。

すぐに引き抜かれた手の中にはひとつかみ分のパチンコ玉――正確にはベアリング弾――が握られていた。

ベアリング弾を視認した古菲は、数日前の凄惨な光景がフラッシュバックして一筋の汗を流す。

いくら自身のスタンドがそれなりの防御力を持っていたとしても、あれだけの大きさの弾を散弾銃の様に投擲されては耐えられるかは微妙なためだ。

『いいか古菲、私の本当の能力については絶対に話すな。魔法関係者には『凄まじい精密性とパワー』が能力だと流しているからだ、勘弁してくれ』

『おっと、スタンド会話ネ。りょーかい、『アレ』については話さない事を武に誓うアル』

ここで念のためのスタンド会話で古菲に釘を刺した。

何時もの様に露骨に覗き見られている感覚は無いのだが、それでも首筋にチリチリとする感じが拭えない。

明らかに高位の術者がこちらを見ているようだ。

よって、体面通りの能力である『凄まじい精密性とパワー』で古菲と戦わなければならない。

(正直にいえば能力を使って手堅く勝ちたいが、見られるのも嫌だし、何より卑怯くさいからな)

ここで微妙な違和感。

何故かと言えば、承太郎は極めて合理的な思考を持っている男であるからだ。

今までの彼ならば何かしらの手段で覗き見を掻い潜って能力を発動し、勝利を収めていただろう。

スタンドの争いごとに家族を巻き込まないために家族と距離を置く様な男だ、それくらいはやってのける。

だが今の承太郎は合理的とは言い難い選択を取っている。

麻帆良に来て変わった……というより丸くなってきているのだろうか?

周りはおろか本人でさえ全く気付いていないため、真相は未だ不明なのだが。








「このベアリング弾をスタンドの指で弾いてお前に飛ばす。スタンドの防御力が高ければ耐えられるだろうが、普通の拳銃以上の威力だと考えてくれ」

「忠告ありがとネ。でもそんな余裕があるのか、なっ!!」

「もちろんあるさ。はぁっ!」

突き出した途端に伸びてくる棒――便宜的に如意棒とする――を大きく避けて、承太郎はベアリング弾を矢継ぎ早に弾く。

並みの拳銃の威力を越えたベアリングをその身に受けて僅かながらに後退してしまう古菲。

スタンドの頑丈さから明確なダメージは通っていないようだが、それでも相当な衝撃だろう。

おかげで承太郎は難無く如意棒を抜ける事が出来た。

それでもゆっくりする時間など無く、すぐにでも次の一撃を放とうとする気配が押し寄せる。

(警戒すべきはどの程度サイズの変更に自由度が有るかだが、どうやら元の形状を損なうような変化は出来ないようだ。
でなければあの如意棒を横に大きく広げて板の様にして、気功を込めて叩きつければいいんだからな)

スタンドの能力は何処までいっても万能とは言えない。

無敵に思えるような能力でも必ず何らかの欠陥、もしくは制約が付きまとう。

ならその穴を突けばいいのだが、それを補うための技術は古菲には十全に用意されていた。

(中国武術……甘く見過ぎていたな。素手は元より、棍や錘、剣でさえも巧みに扱えるらしいが、なるほど侮れない。
突く、薙ぐ、叩きつける……どうしても一定の距離から全く近づけん!)

そう、この場合の能力の欠陥は『元の形から逸脱できない変化』なのだが、古菲には全く関係ない。

棍術は中国武術において嵩山少林寺が有名であり、ミーハーな彼女はもちろん修めている。

よって長さが変わったくらいで棒の扱いがぶれる訳でもなく、能力も相まって究極の間合いともいえる状況を作り出していた。

(更に最悪なのは長さではなく『太さ』まで変えられるだろうこと!
でなければ最初にポケットから取り出した時点での太さで伸びるだけだからな)

ブォンッと空を切りながら迫る如意棒を危なげなくかわして、ベアリングを今度はばら撒きながら古菲へ向かって加速する。

距離が離れているから呼吸がし易く、一撃ごとに気功が込められているために絶対に当たる訳にはいかない。

だがしかし、古菲はすぐに短めに戻した如意棒を構え直して承太郎へと薙ぐ。

薙ぎながら伸びて行く如意棒だが、承太郎はベアリングを当てて軌道を変えさせて避ける。

「しまっ!?」

「オラァ!」

浮きあがった如意棒をくぐるようにして、一気に肉薄した承太郎であったが……。

「……なんてね」

「何っ!?」

『靴底が一気に伸びた』衝撃で古菲は宙に飛び、靴底を戻しながら尻尾を周囲の木々に伸ばして掴み、空中を移動していく。

まるで曲芸の空中ブランコの様であるが、優雅さは全く感じられない。

むしろあの状況から回避する手段を自由に選択出来るほどの能力の応用力に戦慄すら感じるほどだ。








「接近戦の方が本当は好きだけど、こうなってしまった以上接近はさせないアルよ」

いつかどこかで見た西遊記の孫悟空の様に如意棒を振りながら、不遜に佇む古菲。

年下に良いようにあしらわれているこの状況。

そんな自分の姿を客観的に見てほんの少し、ほんの少しだけ(重要なので2度言う)イラっときてしまった承太郎は、スタープラチナの右腕を弓を引き絞らせるかのように構えた。

「……やれやれ。本当は使いたくなかったんだがな」

その独白は自分自身への呆れか、それとも古菲への称賛か。

どちらの意味にしてもやることは変わらないから関係無いが。

そうしてベアリング弾を全てポケットに戻しながら、ゆっくりと古菲に向かって歩き始める。

そんな様子の承太郎に対して最大限の警戒をしながら、如意棒を油断なく構える古菲だったが――

「今からドぎつい一撃を入れに行く。舌を噛み切らないようにしておけ」

「うぇっ!? ま、まさか『アレ』を――」

――承太郎のその一言によってサァッと蒼白顔になってしまった。

当たり前だ。

『あんな能力』を使われたら攻撃も防御も関係なくぶち抜かれる。

故に潰すチャンスはこの時にしか無かったのだが……。

「行くぞ!!」

「ちょまっ!?」

待ったをかける間もなく承太郎は引き絞ったスタープラチナの右腕を全力で解放させ、地面へと叩きつけた。

ひび割れていた地面が爆散し、砂礫と砂塵が辺り一帯にばらまかれる。

その一撃はまさしく星を砕く一撃(スターブレイカーだった。

(こ、これはひっじょーに不味いアル!)

だが今の一撃で何のダメージを受けていないはずの古菲は、ダラダラと汗を流して周囲を見渡す。

しかし承太郎の影も形も、砂塵によって何も見えない。

そう、『何も見えない』のだ。

(承太郎先生は魔法使いの人たちに能力を知られたくないから『アレ』を使わないって言ってた。
だったら『全て見えなくしてしまえば』使えるという事!!)

そう考えた瞬間に如意棒を地面に突き刺し、全力で能力を開放する。

「『プレシャス・プライド』! 全力で伸ばせえぇぇぇ!!」

波紋の呼吸によって蓄えていた生命エネルギーを全力でスタンドに回し、凄まじい速度で天に向かって伸びる如意棒。

その先端を持っていた古菲は、まるで天に伸びるコンベアに乗せられているかのように空へと上がっていく。

(ここまでくれば『アレ』の時間では届かない!)

この時点で意識を失っていないことに安堵するのもつかの間、100メートル上空まで上がった彼女は今度は如意棒を瞬時に小さくさせる。

そして第二局面の初めの時くらいまで小さくなった如意棒を広場に向けて構え、これで三度目のスタンド全力発動を敢行した。

集いに集ったオーラが如意棒へと流れ込んでいき――

「『プレシャス・プライド』! 極限まで巨大化アルー!!!」

――まるでビルの様な大きさまで膨れ上がった如意棒がそこに顕現した。

「ぶっ潰せー!!」

古菲の手で押し出されていった巨大な如意棒は轟音を伴いながら広場に叩きつけられる。

ドッゴォンという音は森全体に響き渡り、地震は森の外部まで広がっていった。

当然のことながら地面は跡形もなく粉砕され、広場よりも大きい直径であったため周囲の木々がなぎ倒される。

「哈ッ!!」

しかも駄目押しとばかりに気功を打ちこむ。

光り輝くエネルギーが如意棒を伝わって地面に叩き込まれ、再度地面を揺らした。

サイズ差だけ考えると、蟻一匹を殺すのにバズーカを叩きこんだような物である。

古菲はうぬぼれ屋ではないが、これならば勝っただろうと思っていた。








だがそれでも。

……ォ……ラ…………オラ……オラオラ………………

如意棒の下の方から『あの声』が聞こえてくる。

それは鉄を破壊する鈍い音を立てながら、ゆっくりと古菲の方へと移動してくる。

古菲にはそれが、死神の足音のように聞こえていた。

「………………オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!」

やがて見えてくるその姿。

あまりに似合いすぎているコートと、外したところをまだ見た事が無い帽子。

間違いなく空条承太郎、その人だった。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!」

「くっ、如意棒をラッシュで破壊しながら上ってきた!?」

その通り。

承太郎は如意棒へとラッシュによって腕を刺し、引き抜いては刺すという行動で、まるでロッククライムの様に上がってきたのである。

「……はは、本当にヤバいアルね」

それを視界に収めた古菲は度重なるスタンドの酷使と波紋の使い過ぎで疲れ果て、その手を如意棒から離してしまう。

するとオーラが離れてしまい、急激に如意棒はその大きさを縮めていった。

完全に縮みきる前にスタープラチナの足で高く跳躍した承太郎は、ようやく古菲と同じ高さまで到達した。

「……結局こうなったな」

「ここまで来るとこれくらいの方が気が楽アル」

「違いない」

お互いに自然落下していく体をまっすぐに向け合い、始めに行っていた『あれ』を再開する。

すなわち、『ラッシュの速さ比べ』を。








「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ――」

撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ!!

「アータタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ
タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ
タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ
タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ――」

打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ!!

地面に落ち続けながらラッシュを続ける両名。

だが元々気功なしではスタープラチナのパワーに勝てていなかった古菲。

なら疲れ果てている彼女では――

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ――」

「アータタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ………………ぐっ……がぁっ……!」

――耐える事は出来ないのだ。

分厚い鉄板の様なスタンドの防御力を突き抜けて与えられて行くダメージ。

そして地面に到達する瞬間、決着がついた。

「オラァ!!!」

「がはっ!!」

ドグシャァッ!

トドメとばかりに繰り出された渾身の打ちおろしを受けて派手に地面に叩きつけられる古菲。

その衝撃によって、新たに人型の破砕痕が大地に刻まれることとなった。

……もしかしてこれ死んじゃったんじゃないかと思われるが、そこは承太郎ですから大丈夫。

「スゥ……スゥ……」

「……安心しろ、最後のラッシュだけは手加減してやった。聞こえていないとは思うがな」

どうやら手加減されていたらしく、古菲はきちんと呼吸をしていた。

手加減の意味を履き違えているようではあるが、多分ラッシュを撃ちこんで生きていたら手加減なのだろう、多分。

こうして広場に立っているのは承太郎だけとなり、ここに勝敗が決した。
















「いやー、めちゃめちゃ体が痛いけど楽しかったアル!」

「……長瀬の作った傷薬が効いているとはいえ、タフすぎるだろう」

「ネギ坊主はもう大丈夫でござるか?」

「あ、はいなんとか。しかし下手な魔法薬より効きますね、これ」

「あいあい、波紋の技術を取り入れてある秘薬でござる。作り方は秘密でござるよ?」

あの後、気絶した古菲を背負ってテント前に戻ってきた承太郎。

既にテントには楓と気絶していた状態のネギが戻ってきており、それならば丁度良いと同性同士で治療にあたっていたのだ。

ちなみに楓は一緒くたにやっちゃおうとしていたのだが、流石に気絶している間に異性に治療されているのは恥ずかしい物があるだろうという承太郎の提案によって、ネギと古菲の自尊心は守られていた。

現在、遅めの昼食と言う事でたき火を囲んで獲れたての魚を焼いているところだ。

「しっかし承太郎先生、非道アルよ。まさかあの宣言がブラフだったなんて」

「あれだけ言えば大技を出してくるだろうと思ってな。目論見は成功した訳だ」

「くぅっ、そのせいで何時の間にか補習が確定してしまっていたアル。ネギ坊主が提案した内容聞いた瞬間の超スピードだったアルよ」

「まぁまぁ、多少手伝うから頑張るでござるよ」

「!?」

「……ネギ君、驚きすぎだぞ」

さっきまで真面目に戦っていたとは思えない空気ではあるが、それでいいのだろう。

麻帆良における第一次大規模スタンドバトル、ここに終幕。








空条承太郎――巧みなブラフとラッシュによって勝利。
          最強のスタンド使いとしての連勝記録、更新中。

古菲――ペース配分を間違えたせいで力尽き敗北。
      再起可能。
      補習を受ける事になったため、後日再起不能になりかける。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
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後書き:
割とあっさり決着。

しかし承太郎の行動は大人げなさ過ぎる気がしなくもない。

次回からやっと図書館島編に入ります。



[19077] 17時間目 AWAKEN――目醒め①
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/09/19 00:17
3月12日、今にも雨が降りそうな空模様のこの日、麻帆良に新たな波乱の芽が植えられることとなった。

その出所は麻帆良学園に存在する、広くて日当たりの良いクラシックな作りの学園長室。

期末テストまであと一週間となったこのタイミングで、承太郎とネギは久しぶりにこの部屋に呼ばれていた。

折り目正しいノックをしたうえで部屋に入って目にしたものは、相変わらず人間離れしている頭の学園長とタカミチ、そしてしずな先生だった。

「おお、よく来たのうネギ君に空条先生。いやー早朝から来させて済まんかった」

「いえ、早起きくらいなら別にかまいません。逆に夜遅くだったら辛かったかもしれませんけど」

「……ネギ君、後の言葉はいらなかったんじゃないか?」

「あう……」

こちらも相変わらずの失言で承太郎が思わず突っ込みを入れ、そんな様子に先に部屋に居た3人は微笑ましそうに笑っていた。

何となくばつが悪そうに頬をかくネギだったが、はっと我に返って学園長に用件を尋ねる。

「それはそうと、本日はなぜ呼ばれたんでしょうか? ……もしかしてこの間の森の件ですか?」

「フォフォフォ、アレに関してはお咎め無しだから安心しなさい。こっちとしても面白い物を見させてもらったからのう」

「……やはり見ていたか」

「当然じゃろうて。……おっと、しずな先生はアレに関しては全く知らないからこの話はここまでにしておくかの」

なんてことない様に言うが、色々な意味でその一言の重みは大きい。

承太郎やネギ、楓や古菲の情報を得るために森の一区画を犠牲にし、なおかつ完全に観戦していたというのだ。

学園長として麻帆良の敷地を守らなくていいのかという突っ込みが出そうだが、どうせこの狸爺はのらりくらりとかわし切るだろう。

よってここで追及しても時間の無駄であるし、学園長の様子からしずな先生は一般先生であるようなので、承太郎もそれ以上追及することをやめた。

(ネギ君の指導教員であるからじゃなく、これを見越してしずな先生を呼んでおいたのだろうな。やはり食えないジジイだ)

ジョセフと親しかった様な爺だ、食えないのは当然である。

というより、ジョセフに関わったからこんなになってしまったのかもしれない。

かなり天然ボケだったはずのスージーQしかり、ジョージア州の市長にまでなったスモーキーしかり、そして承太郎しかり。

あそこまで大成してしまうとなると、間違いなくジョセフの影響を受けているようにみられるのだが、果たして……。

閑話休題。








「今回わしがお主らを呼んだのは、ネギ君の正式な教師採用の課題を言い渡すためじゃ。いやいや、これが大いに揉めてしまってのー。
教育委員会連中を納得させられるだけのハードルの高さが難しいのなんの。かなりの時間議論してしまったわい」

学園長はその長いひげをさすりながら言うが、言っていることの胡散臭さが半端ではない。

事実しずな先生は目を横に逸らしながら苦笑しているし、タカミチはどうにでもなれというあきらめの表情だ。

「……ボソッ(教育委員会との会議は10分ほどで終わったはずなんだけどなぁ)」

「……何かな、タカミチ君?」

「いえ別に」

タカミチがぼそりと言った一言、ネギは聞きそびれていたが、承太郎にはスタプラの影響でばっちり聞こえてしまっていた。

何となくタカミチに目を合わせて、アイコンタクトで同情の意を送る。

(……苦労しているな)

(はは、空条先生こそ)

この間、実に0.2秒。

むちゃくちゃな老人に振り回されるのは何時だって若い世代の者たちなので、以心伝心具合がスタンド会話並みである。

まぁそれはそれとして本題はネギの課題だ。

忘れがちではあるが、ネギはまだ教育実習生として麻帆良での仕事をしている。

本来の教育実習であるならば教育実習期間が過ぎれば終了だが、ネギの場合はその辺りが複雑なのだ。

何せ10歳。

いくら表向きではオックスフォードを卒業している天才(実際それだけの学力はある)と言っても、日本ではその年齢がネックになってしまったのだ。

よって、表の方にも広められるような課題を出し、広く納得を得られるようにしなければならなくなってしまったのである。

……まぁ学園長が本気になって動けばそこら辺はどうとでもなりそうだが、どうなのだろう。

楽しんでいるのか、はたまた何かしらの思惑があって動いているのかは分からないが。








「という訳で、ネギ君の課題はこれじゃ。開けて読んでみなさい」

学園長はそう言って机の中から封筒を取り出し、ネギに手渡した。

緊張からか、ネギにはこの封筒が非常に重く感じられる。

実を言えばこの所の出来事で鍛えられている第六感的な物が働いて、その封筒の危険性を感覚的に感じてしまっていたのだが、ネギはそれに気付かない。

魔法学校の卒業式でさえ感じなかった異様な重圧から、恐る恐ると言った形で封筒を開ける。

封筒の中には三つ折りの手紙が入っていた。

手に取って開こうとするネギだったが、何故か頭の中から「開くな……開くな……」という声が聞こえてくるような気がした。

そんな幻聴を振り切って、とうとうネギはその課題内容を目に収めた。

――その時ネギに電流走る――

出された課題を見た瞬間にネギはびくりと体を震わせて、彫像の様に硬直してしまった。

隣に立っていた承太郎と、部屋に居たは良いが肝心の課題内容を伝えられてなかったしずなとタカミチはその様子を見て同じ事を考えた。

(((何書いたんだ、学園長……)))

当の学園長はフォフォフォと笑って……いなかった。

なんと学園長ですら目を逸らし、「すまんのう、すまんのう……」とボソボソ謝罪している始末なのだ。

一体どれほどの難行が!と戦慄する3人だったが、いい加減内容が分からないと先に進めないので承太郎が口火を切る。

「ネギ君、一体その紙には何が書かれていたんだ?」

「あ……あう……」

どうやらあまりの衝撃に脳が思考を放棄しているらしく、不明瞭なうわ言しか口から出てこない。

これは不味いと承太郎は大声を張り上げ、強制的にネギの意識を覚醒させようとした。

「ネギ君!!」

「はいっ!?」

結果は効果覿面。

優しさ6割、好奇心3割、殺気1割を含ませた怒声は、ネギの体を跳ねさせながら確りと意識を取り戻させた。

優しさが半分以上入っているからこそのこの効果……ではなく、ぶっちゃけると1割の殺気に反応して覚醒したのだが。








まだ目の焦点が合っていないネギが落ち着くまでに数十秒を要し、どうにか会話できるところまで元に戻った所を見計らって再度承太郎は質問をする。

「君に聞くのは酷ではあるが、教えて欲しい。一体課題は何なんだ?」

というかネギの持ってる紙を貰って読めばいいのに、承太郎は何をしているんだろうか。

可能性としては学園長の憔悴した姿を見てしまったせいで、承太郎自身も軽くパニック状態であるのかもしれない。

他2人も同様である。

「え、えーと……本当に言わなくちゃだめですか?」

少しだけ涙を浮かべながら上目づかいで承太郎を見るネギ。

意識してやっていないだけ破壊力は抜群であり、あやか辺りが見たら悶死するんじゃないかという程だ。

「駄目だ」

「……ですよねー」

しかしバッサリと切り捨てる承太郎。

その切れ味はアヌビス神の乗り移っている刀を遥かに超えていた。








結局のところ空気的にも言わざるを得ず、ネギは渋々答える事とした。

「……来週の期末試験ランキングで2-Aが最下位を脱出できたら正式な先生になれるそうです」

――瞬間、外で轟音を伴いながら雷が落ちた。

そういえば朝から雨が降るとかニュースでやっていたな……などと考える余裕もなく、誰しもが課題の内容が頭を離れない。

そして再び落雷が発生し、落ちた場所が近かったのか、学園長室の大きな窓がビリビリと震えた。

稲光は学園長室を強く照らし、その強烈な光が引いた部屋は焼き付きで影がこびりついているように見えた。

というか実際に部屋の雰囲気と人物の姿が暗く見える。

「……ごめんなさいね、ネギ先生。私……私っ!」

「僕は出来る限り助けると言ったけど、これに関してはもう頑張ってねとしか言いようが……クッ!」

「本当にすまんのう、こればかりは仕方が無かったんじゃ。
開始数分で子供先生を認めないとかいったもんだから、納得させられる条件がこれくらいしかなかったんじゃよ……」

「今までよく頑張ったな、ネギ君」

「うう、みなさん……」

もはや葬式の様になってしまった学園長室。

集まった者たちは思い思いにネギ君への謝罪とお別れの言葉を繰り返すという限りなく暗い状況だ。

というか学園長、魔法が絡まないと意外と弱いのかもしれない。








「……なんか好き勝手言ってるけどどうする、このかー?」

「何言うとんの。こうなっちゃったのは大体アスナたちが原因やんかー」

「…………」

「いや、目を逸らしたらあかんて」

たまたまネギが弁当を忘れて行ったので、ネギに渡すついでに学園長に挨拶しようとした明日菜と木乃香。

しかし扉を開けるとそこはお葬式会場。

話を聞いてみれば2-Aが最下位を脱出しなければネギは正式な先生になれないという事で、2人も空気に飲まれてしまっていた。

「あははは、こんな無理ゲーどうするんやろなー」

「……笑えないって」

木乃香は既にその無理ゲー具合から壊れかけ、明日菜は一端ではあるが責任が自分にもあるように感じて沈み込んでいる。

この混沌とした状況は、たまたま書類を学園長に届けに来た瀬流彦先生が来るまで終わらなかった。








ずれた時間、違う状況、本来ならいないはずの人物。

『引力』は台本の引き裂かれた舞台に必要な、最後の人物を引き込もうとしていた。








17時間目 AWAKEN――目醒め①








「という訳で今週一週間のHRは、大・勉強会にします!
次の期末試験まであと一週間、とにかく一人ひとりの基礎力と応用力の強化に当てたいと思います!!
放課後はこちらが指定した方と希望者で補習も行いますので、そのつもりでいて下さい!」

「今回のテストでこのクラスが最下位を脱出できなかったら、ネギ先生は麻帆良を去ってしまう事になる。
そうなってしまった場合、3年に進級してからの担任はわたし、もしくは新田先生になってしまうぞ。
……わたしが新田先生同様非常に厳しい先生と思われている事は知っているので、この際それが起爆剤となって欲しい。以上だ」

その日の朝の2-A。

落雷の影響で電車が止まってしまい、HRに遅刻してしまう生徒が多数だったため、全校で1時間目が丸々LHRに変更されてしまっていた。

普段ならばHRは緩い進行なのだが、今日は些か趣が違う。

とにかく教師2人が必死なのだ。

教卓に立つネギは指示棒を持った手を必死に振り、黒板に書かれた『期末試験対策』という文字に注目させている。

必死になる理由は単純で、元々の課題が『麻帆良で教師をする』であるため、教師が出来なくなった時点で終了となってしまうのだ。

つまりこの課題を失敗すれば立派な魔法使いマギステル・マギへの道は閉ざされてしまう。

故に必死。

この間の楓との戦いの時と比べても、必死さはこちらの方がはるかに上だ。

一方承太郎はと言うと、ネギの傍らに立ちながらの態度は何時も通りに見えるが、よく見ると微妙に眼力が強い。

こちらも理由は簡単、SW財団の依頼として来てはいるものの、ぶっちゃけ一人で女子中の先生なんかしたくないからだ。

ネギの補佐としてなら教室で矢面に立つ事が少ないために耐えられるのだが、担任として教卓には立ちたくないのだ。

何よりもこのクラスをまとめられる自身が無い。

じゃじゃ馬ばかりのこのクラス、承太郎は怒ってでしかまとめられないのに、ネギは自然体でまとめているからである。

それを省みるに既に2-Aの担任としては最適に思えるのだが……。

「うわーん、教育委員会のばかやろー!!」

そう、頭の固い教育委員会のせいでこんな事になってしまった。

(春日、よくそれを言ってくれた!!)

(美空さん、よくそれを言ってくれました!)

机から立ち上がった美空の、うがーという擬音が飛びそうな叫びに、教師であるために迂闊な事を言えない承太郎とネギは心の中で親指を立てた。

教育現場を見てから意見しろと言いたい現場の教師、迂闊に言えない現実。

まだ1ヶ月しか教師をやっていないものの、色々とうっ憤としてたまっている事はあるのだ。

閑話休題。








そして始まるHR中のテスト対策。

もちろん勉強嫌いが多いこのクラス、当然のごとくブーイングとかがあったのだが――

「文句があるならネギ先生ではなくわたしに言え」

(((((((無理ですっ!!)))))))

――本気マジ顔の承太郎に文句を言える者など『表』の生徒にはおらず、なし崩し的に勉強会が開催されてしまったのだった。

まぁ切り替えの早い生徒たちばかりなので、最初の方に真面目にやらせれば程度によるが持続はするため、案外スムーズに進んで行った。

……ごく一部を除いては。



「このかー、もう私駄目かもしれないー」

バカレッド、神楽坂明日菜。



「……こうなったら職員室に忍び込んで……」

バカブルー、長瀬楓。



「楓、それは駄目アルよ」

バカイエロー、古菲。



「もう無理……」

バカピンク 、佐々木まき絵。



「これだから勉強は嫌いなんです」

バカブラック、綾瀬夕映。



2-Aにおける成績下位組、5人合わせて『まほら戦隊 バカレンジャー』。

お呼びとあらば(勉強をほっぽり出して)即参上。

そんな問題児5人が足を引っ張るのなんの。

国語・英語・数学・理化・社会、どの教科でもやる気の片鱗を見せた夕映以外の成績が伸びない。

小テスト形式は赤点10連続などざらであったし、二者択一の問題で正解率が3割という事もあった。

さらに何故だか分からないが彼女らの近くに居るだけで勉強意欲が無くなっていく作用があるらしく、クラス内の全体的なテンションが下がる始末。

頭脳的な意味で史上最弱が最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も恐ろしいィィのかもしれない。 

そんな5人を時には優しく(ネギ)、そして時には厳しく(承太郎)指導した結果……。

「「「「「そうだ、これは現実じゃないんだ……」」」」」

「どうしてこうなったんでしょう」

「わたしに聞かないでくれ」

醸し出されるダウナー系オーラによって、まるで密室状態の面会室で溶かされている様な有様の5人が完成したのであった。

はっきり言って、普通の教育実習生なら匙を全力で月の裏側まで投げたくなるほど面倒である。








そうこうしている内に日にちは流れ金曜日。

何故だか時間の進みが早い気がするのだが、どうせどこかのボスが時をふっ飛ばしでもしたのだろう。

突っ込んだら負けである。

「どどど、どうしよう。このままじゃ来週の期末で最下位脱出する事なんて……」

放課後の補習が終わった教室にはネギと承太郎。

その手には先程まで実施していた小テストの答案が握られているのだが……。

「一週間やってこれか……よく出来た方ではあるんじゃないか? 大体、当社比2倍と言ったところか」

「10点が20点になってもあんまり変わらないじゃないですか!!」

握られている答案は軒並み赤点ラインを下回っている物ばかりで、お世辞にも良い成績とは言えない。

一応バカレンジャーにしてはよくやってる方という結果なのだが、そんな物は慰めにもならない。

「大丈夫だネギ先生。少なくとも高畑先生よりは結果を出せているんだ、胸を張ると言い」

「うう……もう駄目だぁ……お仕舞いだぁ……」

心が追い込まれてしまい、さめざめと泣きながら膝から崩れ落ちるネギ。

承太郎のタカミチに対して容赦のない、必死の慰めもその心には届かなかった。

というかこの状況、よくよく考えて元を辿ればタカミチのせいでもあるのかもしれない。

だがしかしそんなことはお構いなしに、ネギの頭の中では『故郷へ強制帰国』『ダメ先生』『ダメ魔法使い』という言葉がぐるんぐるん回ってしまっており、眼の前に岬があればすぐにでも飛び降りてしまいそうだ。

「……ハッ、そうだあの手があった!」

パニックが一週回って冷静になったのか、ネギは記憶の片隅にあった魔法を引き出すことが出来たようである。

ろくな事にならない気はするが。

「期末テスト当日の朝に使えば効果的な、しばらくの間頭が良くなる禁断の魔法があるんですよ!」

「……参考までに聞くんだが、何か副作用的な物は無いのか?」

これまでの経験上、こういった状況でネギが提示する魔法はどれも副作用が非常にヤバい代物だったため、迂闊に許可など出せる訳が無い。

この時点ではそう思った承太郎だが……。

「副作用で1ヶ月ほどパーになりますが、この場合は涙を飲んで強行するしか!!」

「いいだろう、『許可』する」

一か月パーになった所で春休みがしばらくあるし多少は大丈夫だろうと考え、承太郎は無慈悲にも許可を出した。

「5人は少しばかり可哀そうだと思うが、背に腹は代えられん。早速魔法をかけるための打ち合わせを……」

「コラーッ、やめやめー! ネギだけなら分かるけど、空条先生が率先してやろうとすんなー!!」

スパーンと、何か軽い物で後頭部を引っ叩かれる承太郎とネギ。

対して痛くは無く、何が起こったのかと振り返ると、そこには明日菜が教科書を持って立っていた。

表情を見るとえらくご立腹の様だ。

まぁ自分の与り知らぬところでそんな物騒な話をされていたら、怒るのは当然であるが。








「期末前の追い込みのために教室に忘れた教科書を取りに来たと思ったら、何考えてんですか!」

「むぅ、しかしだな」

「しかしも案山子も無いです!
そんな方法で成績上がってもインチキみたいでうれしくないですし、というかそんな魔法使ったら関係者には即バレなんじゃないですか?」

期末試験で良い成績を残したけど、クラスの何名かがおかしくなってしまいました。

確かにそんなことが起これば魔法関係者だけではなく、一般教育者でも何か裏があるだろうことには気付いてしまうだろう。

余程切羽詰まっていたのか、教師としての本分を見失っていたのかもしれない。

「……あー、それを失念してました。しかもこんな魔法に頼ってちゃ、教師としては失格ですよね……」

「……わたしとした事が、余りに酷い状況のために視野狭窄に陥ってしまっていたようだ。すまなかった、神楽坂」

「いや、謝られるとこんな状況を作り出してる私が申し訳なくなるというか」

教師2人が頭を下げるものの、こんな暴挙に走ってしまった理由の渦中にある明日菜としてはどうにも居心地が悪い。

どうせ進学はエスカレーター式なんだからテストなんて大丈夫ー、とか言っていた桜子と裕菜ですら頑張っている状況であるので、貢献できていない自分が嫌になっているのだ。

「まぁ、まだ猶予は2日ほどある。この調子で残り日数を消化すれば、なんとか赤点は免れるようになるだろうさ。
5日間頑張れたんだ、残り2日なんてここまでくれば我慢できる範囲だろう?」

「空条先生……」

だがそれを知ってか知らずか、承太郎は非常に良い励ましをかけた。

根っからの元気を喪失しかけている明日菜にとっては、砂漠で飲む水の様な優しさだったのだ。

「そうですよ、僕も部屋で勉強を教えますから!」

「ん。あんがと、ネギ」

ネギも自分が教師としてなすべき事を考えて、明日菜を励ます。

勉強疲れで少し元気の無かった明日菜だが、これだけ心配してくれている人がいるのだ、元気を出さねばなるまいと考えて笑顔を見せた。

「そんじゃ、私はお先に失礼します。ネギ、夕飯までには帰って来なさいよ」

「大丈夫です、職員室に寄った後はすぐに帰りますから」

「ああ、それでは明日の半ドンで会おう」

教師にするにしては気軽なあいさつを交わし、明日菜は教室を出て行ったのであった。








「……やれやれ。教師は生徒に勉強を教えるだけじゃなく、生徒から学ばなければならない、か。
何処の誰が言い始めた事かは良く知らないが、なるほど、確かに理解できる言葉だ」

「そうですね。僕たちは2-Aの人たちを成績だけで考えちゃってたのかもしれませんね」

「かもしれん。この歳になってもまだ学ぶことが多いとは、人生は分からんものだ」

肩を竦めながらも微笑む二人。

お互いに思う所があるのだろう。

そんな二人だったが、ややあってネギが何かを決意した表情になり、杖を構えた。

「……うん、僕決めました。期末試験が終わるまで、余計な事をしちゃわないように魔法を封印しちゃいます」

「魔法を封印……そんなことができるのか?」

「はい。本来なら罪を犯した魔法使いに課せられる呪文なんですが、修行用に調整されたバージョンがあるんです。それを使おうかなって」

「……そうか。ならネギ君のやりたいようにやればいい。いろんな無茶が出来るのは若い物だけの特権だ」

「ありがとうございます。では……ラス・テル・マ・スキル・マギステル。
triaトリアfilaフィーラnigraニグラpromissivaプロミッシーワmihiミヒlimitationemiリーミタチオーネムperペルtresトレースdiesディエース! 誓約の黒い三本の糸よ――我に3日間の制約を――」

閉め切った教室の中にもかかわらず、どこからかネギの足元を取り囲むように風が流れ、それが光の束となっていく。

かと思えばその光の中から黒い帯状の物がまるで蛇のように現れ、ネギの体の表面をなぞるように上昇して行った。

そして上昇しきった黒い帯はネギが差し出すように伸ばした右腕にその先端を向け、蛇が獲物にとびかかるが如く右手首へと殺到して吸い込まれる。

帯が飲みこまれた後の右手首にはタトゥーに似た色の三本線が入っており、掌に近い方から順にギリシャ数字で『Ⅰ』『Ⅱ』『Ⅲ』と刻まれていた。

「ふぅ、これであと3日間は一切魔法が使えない状態になりました。
呪文詠唱も出来ないですし、普段から使ってる肉体強化も無いので、今の僕は完全に一般人と変わりありません」

掌を握ったり開いたりして感触を確かめるネギ。

承太郎はその様子を見るのだが、確かに普段に比べて力強さが無くなっているようである。

「ふむ……相手を拘束した状態でかける事が出来れば、相当使える魔法だな」

「一応そういう使い方も出来ますけど、相手の魔力の流れを阻害するように使わないといけないので、調整で詠唱時間がどうしても伸びちゃうんですよ。
強い魔法使いなら拘束なんてすぐに解いちゃいますし、相手の魔力以上の魔力を使わないといけないから一か八かです」

「なるほどな。ならば事前にその効果が出る魔法薬を作っておいて、戦闘中にかけるというのはどうだろうか?」

「いや、どうだろうかって……というか物凄く外道ですね、その戦い方」

新たに見る魔法を速攻で考察し、それを戦闘に役立てようとする。

ある意味スタンド使い特有の職業病なのかもしれない。








「しかし今更ながらに思うが、本当に封印して良かったのか?」

封印をかけた後、承太郎は今の今まで考慮していなかった危険性を示唆する。

「と言うと?」

「いやなに、わたしたちは『引力』のせいで厄介事に巻き込まれやすい。もしかしたら期末までの間にトラブルにでも巻き込まれるんじゃないかと思ってな」

そう、大なり小なり関わらず、特殊な力を持っている物はトラブルに巻き込まれやすい。

2-Aの担任になった事、さよを復活させた事、千雨の能力を知る事になった事、楓と古の模擬戦闘に巻き込まれた事。

この一カ月だけでも相当に密度の濃い出来事が連続して発生している。

ここまで来ると偶然では済ませづらい。

「あはは、さすがにそんなことありませんって」

「……だといいがな」

心配そうにネギを見る承太郎だったが、当の本人は特にそんなことはあり得ないとでも思っている。

確かに期末までの2日間の休日にそんなことが起きる確率など、天文学的な値であるに違いないからだ。

「それじゃ帰りましょうか。明日の午前中授業用のプリントも作らなくちゃですし」

「そうしよう。しっかりと休息を取って、明日の追い込みに備えるとするか」

どうせ何も起こらない。

そう思い込むようにしながら帰宅する2人だった。








その夜……。

19時を回ってすっかり暗くなった図書館島の裏手に無数の人影があった。

「さぁ、頭が良くなるとかいう『魔法の本』を探しに行くわよ!」

「「「「「「「「おー!!」」」」」」」」

明日菜の掛け声に、何故か一緒に集まっていた他のバカレンジャー、それに加えてのどかにハルナに木乃香、そして徐倫が勢い良く返事をする。

それぞれバカレンジャーと木乃香と徐倫は登山でもする様な装備を持っており、のどかとハルナは携帯電話を持って何やら準備をしている。

「あのー、これは一体?」

そんなどこかに探検しに行く気満々な集団の中で、パジャマを着ているために浮いていたネギがおずおずと手を挙げて質問をする。

夕飯を食べた後にすぐに寝に入ったのに、いきなり起こされたうえで明日菜に連れてこられたため、状況が全く分からないのだ。

「何よ、聞いてなかったのネギ? これから図書館島に隠されているとかいう『魔法の本』をパクリに……借りに行くのよ」

「……はい?」

そうして帰ってきた言葉は、厄介事である感じが痛いくらい伝わってくるものであった。








ネギは後日、こう語ったという。

「もう『引力』を甘く見たりしないです!」








空条承太郎――教師としてレベルアップ。
          明日に備えてプリントを鋭意制作中のため、ネギたちの行動は把握していない。

ネギ・スプリングフィールド――教師としてレベルアップ。
                   何時の間にか探検隊の一員に入れられていた。

バカレンジャー+α――図書館島への突入準備中。
              突入班はバカレンジャー、木乃香、徐倫にネギを加えたチーム。
              他は外部連絡班。

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後書き:
やっと原作2巻相当の図書館島突入編です。

徐倫が一行に加わっている理由は、大体タイトルで察していただけるかと思います。

そう言えば『わずかな勇気が本当の魔法』ってくだりを最初に入れ忘れていまして、どこでネギに思い出させるか……。

おじいちゃん涙目です。



[19077] 18時間目 AWAKEN――目醒め②
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/12/06 14:13
3月16日金曜日。

承太郎とネギの暴挙を寸前で食い止めた明日菜は、少し早目の夕飯の後に寮ご自慢の大浴場『涼風』に来ていた。

部屋にも備え付けのシャワーはあるものの、さすがに冬場のシャワーは厳しいし、なにより大浴場の方が開放感があって気持ちいい。

よって大多数の寮生は利用時間内だったらここを活用している。

故に『2-Aの面々がやけに多い』状況もありえなくは無いのだ。

「あ゛ー、気持ちいいわー」

「なんか年寄りっぽいで、アスナ」

「良いじゃなーい、疲れてたんだからー」

言いながらぶくぶくとプールの様に広々とした浴槽に沈んで行く明日菜。

鼻の辺りまで沈んだ状態で周りを見ると鳴滝姉妹や楓、まき絵に古菲、そして図書館探検部の面々が見える。

図らずともバカレンジャー勢ぞろいとなってしまった。

「やっほーアスナー、調子はどう?」

「良くも無いし悪くも無いわ。まぁお風呂に入っている分調子はいいんだけどね」

ハルナがやけに楽しそうに話しかけてくるが、お風呂で悦に入っている明日菜は少しだけ鬱陶しそうに返事をする。

お風呂にゆったり使っているのだから邪魔しないで欲しいという意味合いもあるのだが、邪険に扱った理由はそこでは無い。

『嫌な予感』がするのだ、ネギにあった時くらいの。

もともとハルナはパパラッチである朝倉並みにうわさ話や恋愛沙汰が好きである。

これこれこういう話があれば即座に広め、誰彼が好き合っていたり付き合っているとすれば首を突っ込みたがる。

まぁほとんどの場合、最悪の事態には決して陥る事が無いから傍から見ている分には良い。

当事者には決してなりたくないが。

良くも悪くも愉快犯と言うか刹那的快楽主義者と言うか。

もちろん明日菜の語学力ではそんな表現で考える事が出来ないため、『トラブルメーカー』という評価を下している。

ともかくハルナの機嫌が良い時は大抵がろくな事にならない事を知っているので、なるべく関わりたくないのだ。

「ねぇ、急激に頭が良くなる方法があるとすればどうする?」

だがハルナの一言に、少なからず反応してしまったのは仕方がないことと言える。

いや、だって頭が良くなる方法ですよ?

期末試験前にそんなこと言われたら反応してしまうのが学生の悲しきサガである。

「……また前みたいにハカセの怪しい機械じゃないでしょうね。なんか昔のアニメ見て考えたとか言う睡眠学習装置は効果なかったじゃない」

というか引っかかった事あったのか、明日菜よ。

「大丈夫大丈夫、今度のはハカセの奴みたいな感じにはならないと思うからさー」

「アンタが言うと胡散臭すぎるわよ……」

「アッハッハッハッハ! でも今回の情報発信者はわたしじゃなくて夕映だよ?」

悪びれる素振り無く豪快に笑うハルナは、クイクイと右手で夕映を指した。








当の夕映はわしゃわしゃと大量のシャンプーを用いて頭を洗っていたが、こちらの会話はしっかりと聞いていたらしい。

シャワーを垂れ流しにして泡を流しながら、何時も通りの説明口調が始まった。

「実は図書館島にまつわる話しの中に、頭が良くなる『魔法の本』という物があるのです。それを探せばどうかと思いまして」

魔法。

その単語を聞いて露骨に反応してしまった者が3人。

もちろんこの場に居る者の中で魔法を知っている人物は限られてくる。

御察しの通り、明日菜、古菲、楓の3人だ。

既に承太郎やネギ経由で『裏』の関係者であることは互いに知っているため、瞬時に協力態勢に入る。

学校に魔法使いがいる以上、本が実在する可能性が高い。

ここから魔法についてばれる事があるかもしれないが、それでも成績は惜しいのだ。

そう思った3人はアイコンタクトで意見をそろえた。

『確保するぞ』、と。

しかし明日菜、先程の承太郎たちを止めた君は何処へ行ったのか。

周りの皆は「魔法だってー」とかキャッキャと話しているが、ここで流されてしまっては困る。

そこで楓がこの話題を深く掘り下げる事にしたのだった。

「いやぁ、流石にこの年齢になって魔法はどうかと思うでござるが……して、真偽のほどは?」

とにもかくにも、まずは信憑性の確認。

期末前の貴重な時間を割くので、無駄足と言う事だけは保険のために避けたい。

だが夕映はその質問を予期していたのか、貧s……慎ましい胸を張って返答する。

「以前その本を一時的に手に入れた人が10年くらい前の探検部OBに居たとかいう事でして、実在することは分かっています。
証拠写真もありますが、部屋のパソコンから携帯に転送しなくちゃ見れませんね」

「ほう……」

確定、魔法の本は実在する。

実在するならば話しは早いと、楓の細い眼が更に細くなる。

「ただ探すと言っても、現在は何処に置かれているのかは不明でして……。
それを見つける事が出来れば部内で一種のステータスになるのですが、今回はそれは二の次でしょう」

「それはそれは……」

発見されていないのなら、魔法使いによって厳重に隠されているに違いない。

ならば自分の無効化レジスト能力が存分に役立つだろうと、明日菜の目が輝く。

「まぁ大方、出来のいい参考書の類だとは思いますが、見つけさえすれば期末テスト対策の強力な武器となります」

「好都合アル……」

どうせ補修がこの前の戦いの後から連日のように続いているので、別に参考書でも構わない古菲はニヒヒと口元を押さえた。

「行くなら行くで、今日とかにした方がよさそうですね。丁度部活動停止期間ですし、忍び込むのが楽です」

善は急げという猪突猛進ハートに、完全に火が灯る。

聞きたい情報は安置場所以外大体揃ったと言っても過言ではない。

ただ『一時的に手に入れた』という部分が気になるが、大方魔法使いが取り返していったのだろう。

だったらそれまでに本の効果を受ければいいだけの事。

実に都合のいいこの状況に3人は邪悪な笑みを浮かべ、意気揚々と叫びをあげる。

「「「――行こう! 図書館島へ!!」」」

「ゲフッ!? ゴホッ、ゴホッ!!」

「ちょっ、ゆえ大丈夫!?」

説明を終えてすぐに抹茶コーラを飲んでいた夕映は、その叫び声でびっくりしてむせてしまったのだった。








夕映がむせていると、急に大浴場の扉が勢い良く開く。

妙に多い湯気の中から見てみると、どうやら入ってきたのは徐倫で、タオルを肩にかけて洗面器を両手に持っている。

足を真横に振り抜いた体勢であることから、恥じらいなど度外視で豪快に足で扉を開けたようだ。

その後ろからは風呂に入るというのに眼鏡をかけっぱなしの千雨に、透き通るというか死人のように白い肌をしたさよがついて来ていた。

「おーっす、なんか2-Aのメンツ多いわね」

「……もう少し遅くにくりゃあ良かった」

「まぁまぁ、たまにはいいじゃないですか」

徐倫は何時も通りの様だが、クラスの皆が多く居たため千雨がやけに機嫌が悪く、逆に皆が居て機嫌の良いさよが宥めていた。

この3人、ある意味ではバランスが取れているのかもしれない。

「んで夕映はどうしたの? なんか物凄く死にそうになってるけど。それに叫び声が聞こえた気がしたし」

洗面器を持ってシャワーの方へ移動し、髪留めを外してその長い髪を開放する徐倫。

お湯を浴びながら固まっている髪の毛をほぐすようにしている徐倫は、気になっている事を明日菜に聞く事にした。

「あー、夕映ちゃんは飲み物が気管に入っちゃったらしくてむせてんのよ。そんでもって、叫び声は私とくーふぇと楓ちゃんがちょっとね……」

「あれ? 明日菜が叫んでるのは分かるけど、楓とかって叫んだりするような子だったっけ?」

「……私ってそんなに普段から叫んでる?」

「……自覚なかったのね。私としては明日菜の野性的本能からくる習性か何かだと思ってたわよ」

「うわーん! このかー、徐倫ちゃんがいじめるー!」

徐倫のアメリカンな容赦のない突っ込みに明日菜は木乃香に向かってダイブする。

プール並みの大浴場であるため風呂の角に頭をぶつけるようなことは無いのだが、当然のごとく飛沫は上がる訳で。

そして飛沫をかけられたら2-A連中がどう動くのかも丸分かりな訳で。

「うわっぷ! ええーい、やったなアスナー!!」

「わーいお湯のかけ合いだー!」「お、お姉ちゃんやめようよー」

「かけ合いアルか! ならば……」

「ちょ!? 古、気功は不味いでござ――だああぁぁぁぁ!!」

古菲の悪ノリで、ゴバァという重い音とともに風呂が爆ぜる。

流石に気功は使わなかったものの、強烈な力で発生した津波は大浴場の三分の一を占めるお湯を巻き込んでいた。

「だから嫌だったんだー!!」

波に飲み込まれた千雨の叫びはお湯と阿鼻叫喚によって遮られ、届く事は無かった。

合掌。








「きゅー……」

「……へぇ、魔法の本ねぇ」

「ごめんなさいアルー! 許して欲しいアルー!」

「まぁ魔法ってのは眉唾ものだけど、効果があるのなら別にどっちでもいい感じね」

「駄目だ。さよが眼を覚ますまで、しばらくはタイルの上に正座な」

「面白そうじゃん、私も一枚噛ませてよ。最近テスト勉強ばっかで肩こっちゃってさ。気晴らしに良いかなって」

「固くて冷たいアルよー」

さよの看病をしながらもプッツンした千雨の折檻をBGMにしながら、明日菜は徐倫にここまでの経緯を説明していた。

すると徐倫もついて来ると言いだしたのだ。

てっきり明日菜は「ある訳ないじゃん」的なリアクションをしてくると思ったのだが、どうやら彼女はギャル風ではあるものの、意外と明日菜たち寄りの思考の持ち主であるらしい。

ただし成績を上げるためという訳では無く、気晴らしに付いて来たい様であるが。

「……ちなみに徐倫ちゃんって成績どんな感じ?」

「英語はもちろんパーフェクト。国語と社会がちょっと不安だけど、赤点取る程じゃないから問題無いわ。
ママの喜ぶ顔が見たいからって、こんな見た目だけど勉強に関しては割かし出来るのよ」

「……さいですか」

見た目とか雰囲気は本人が照れながら言う通り不良っぽいのに、中身は至極普通の中学生な徐倫。

母親のために勉強を頑張るなんて、今時の女子中学生を鑑みるに、十分真面目な学生の範疇だろう。

体育についてもアメリカで護身用の格闘技を少しだけ習っていたという事で、運動神経は中々のものだ。

一日くらい勉強しなくてもどうにかなる様な頭の持ち主であり、図書館島に入るのに十分な体力を持っているから、参加に異論は無いだろう。

徐倫本人に言ったら怒るだろうが、やはり承太郎の娘という事を再認識させられる。

「ただ、どれだけ時間がかかるか分からないけど大丈夫?」

「楽勝でしょ、うちのクラスの面々が行くんだし」

「うわぁ、凄い説得力」

すっかり徐倫もクラスに馴染み切っているようで、自然と明日菜の顔に笑みが浮かぶ。

とは言っても魔法の本の場所が分からないのは純然たる事実である。

いくら非常識人の集まりとはいえ、限界があろうというもの。

魔法使いがここ10年間隠し続けている様なものを果たして見つける事が出来るのだろうか。








と、ここで意外な人物が助け船を出す。

「魔法の本、ねぇ。……最近麻帆良のサーバから流出した、図書館島の最新マップデータでも印刷してやろうか?」

「あれ? 千雨ちゃんってこういうこと嫌いじゃなかったっけ?」

明日菜が疑問に思うのも無理は無い。

楓達同様、承太郎から既にスタンド使いである事は伝わっている。

ただ平穏に暮らしたいため、麻帆良にある『裏』には必要以上に関わり合いたくないから一定の距離を置いている事も。

そんな彼女がここまで魔法に絡みそうな事に首を突っ込んでくるのは意外過ぎたのだ。

明日菜の意外そうな顔を見て何を言いたいのか大体察した千雨は、若干顔を赤らめながらそっけなく答える。

ちなみに顔が赤いのはお風呂のせいではない。

「確かに巻き込まれるのは絶対に嫌だけど、徐倫が行くなら手伝ってやらない訳にもいかねぇよ。なんてったって、その……大切な友達だからな」

「……ありがと、千雨」

そう言って、恥ずかしさから顔を背ける千雨。

普段の彼女しか知らない者からすれば、驚くべきリアクションだろう。

現に遠くの方でその様子を見ていたハルナは「ツ……ツンデレだと……」とか言いながら驚いている。

ただし眼がギラついているので、漫画のネタゲットー!とかも考えているっぽい。

そんなハルナを尻目に、徐倫は明日菜たちに続きを促した。

「よーし! そんじゃ、何時に何処集合にする?」








『引力』は『力』を与えるのではない。

『引力』は『覚醒』を促すだけだ。








18時間目 AWAKEN――目醒め②








「これで道のりは半分ってところです。いったんここで休憩にしちゃいましょう」

「りょーかい。あー疲れたー」

図書館島上層、第178閲覧室という地点に到達したネギ一行。

夜の図書館島に潜入してからまだ30分。

魔法の本が安置されていると言われる場所まで片道2時間として、往復約4時間という当初の予定より速く、ここまで無難に進む事が出来たのだった。

だが本来ならば張り巡らされた罠によって、ここまで来るのに熟練の探検部員でも1時間はゆうにかかるはずなのだ。

いくら楓や古菲がいたとしてもここまで短縮は出来ないはずなのだが、先頭に立つ夕映が持っている地図束がその問題を解決していた。

「しかし千雨殿から頂いたこの地図、見事な物でござるな。3次元的に描かれているおかげで、罠の位置が丸分かりだったでござる」

「初めは半信半疑だったですが、まさかここまでの物だったとは思いもしなかったです」

そう、夕方風呂場で千雨が印刷すると言っていた流出データをプリントアウトした物だ。

まるでゲームの攻略本の様にマッピングされており、罠の位置や隠し通路までもが網羅されている代物である。

ただし魔法の本へのルートのみしか無く、幾つかの情報について黒塗りされているのが気になるのではあるが。

「この地図って流出してたって言ってたよねー。元々誰用のデータなのかな」

≪……もしかしたら図書館島を管理しているという『幻の大司書』さんのデータなのかもしれませんね≫

「おわ!? 本屋ちゃん、いきなり通信したらびっくりするってー!」

≪ご、ごめんなさい!≫

まき絵の疑問に、常に送受信モードにしていた通信機で答えたのどかだったが、図らずも驚かせてしまったようだ。

いくら罠の把握を行っているとしても、もしかしたらまだ知らぬ罠があるかもしれない場所だ、何か些細な物音でパニックになりかねない。

だが現状何らかの情報を得るためには最善手だったと言えるため、のどかの行動は不可抗力であった。

「あの……『幻の大司書』とはなんでしょうか?」

おずおずと手を挙げたのは、明日菜から上着を貸してもらっているネギである。

さすがにパジャマ状態で連れだしたことに罪悪感があったのか、寒がるネギに渡していたのだ。

容姿はともかく、質問に答えるのは通信機の向こう側に居るハルナだった。

≪『幻の大司書』っていうのは、図書館島に伝わるうわさ話の一つだよ。
誰も本の貯蔵量とか地下の深さとか、そういった全容を知らないこの図書館島だけど、何故か管理は徹底されてるんだよねー。
なら誰かが管理しているんじゃないかって言う推測部分から立った噂が『幻の大司書』って訳よ≫

「なるほど……」

≪でもこうなってくると本当にいるかもね。
塗りつぶされちゃってるから判別しづらいけど、通常司書クラスじゃ知り様がない階層のデータまであるよ、コレ≫

地上で通信班をやっているのどか達にも同じ地図が渡されている。

通信しながら読み進めているのか、めくった時の音が時折マイクに伝わりノイズが走る。

「たしかにウチもここまで深いとこまでの地図は見た事無いわー。大学生用のやつでもせいぜい地下30階くらいまでだったと思うし」

夕映たちと同じく図書館探検部に入っている木乃香も、その地図には圧巻だったようだ。

「とすると……アスナさんとか、少しいいですか?」

ちょいちょいと『裏の関係者』を部屋の隅に誘導するネギ。

ああまたなんかの厄介事だろうなー、と思いつつも、そちらに向かう明日菜であった。








「端的に言えば、あれは下手すると最高クラスの機密かもしれません」

開口一番、明日菜、楓、古菲に告げるネギ。

いきなりあれが機密書類だと言われても、「そうですか」というリアクションしか返せない。

「んで、それが何の問題?」

「問題しかないです! 多分千雨さん、流出データを手に入れたんじゃなく、麻帆良のサーバに侵入してこの地図を手に入れたんですってば!
一応今回の目当てである本へのルート以外塗りつぶしてくれたみたいですけど、魔法に関してじゃ無く『法』で危ないんです!」

不正アクセス禁止法。

これに抵触した場合は一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金刑となる。

千雨はぶっちぎりでこの法にタッチ、もとい乗り上げていた。

「……それは些か問題でござるな」

「ですよね! 分かりますよね!」

「サーバのぜい弱性が」

「分かって無かった!?」

これもう駄目だー、と天井は見えないが天を仰ぐネギ。

しかし、楓は神妙な顔つきのままだ。

「分かって無いのはネギ先生でござるよ。麻帆良の電子ネットワークは簡単にハッキングできる様なものではござらん。
まほネットと呼ばれる比較的大きな区画にすら、拙者たちが立ち入れないように魔法で処理してあるでござる」

拙者も存在を知ったのは最近でござるよと楓は言うが、そう言われるとそちらも確かに相当ヤバいのかもしれない。

隠匿する魔法をぶち抜いたハッキング……そんな方法が世間に広まれば大パニックだ。

「……ま、大方千雨殿の能力か何かだとは思うが」

「っ!?」

「ああいや、答えなくとも結構でござるよ。拙者も能力をネギ坊主にきちんと教えて無いくらいでござるから」

「それは初耳なんですけど!?」

「そりゃ言ってないアルからねー」

楓も古菲も笑っているが、ネギにとっちゃたまったものじゃない。

特に楓に関して、アレが能力の全容じゃなかったのかと恐々としている。

こんな事になっている理由は一つ、秘匿の問題からの情報の出し惜しみだ。

千雨・さよ、楓・古菲、ネギ・明日菜の3組は承太郎によって繋がっているものの、互いが魔法使いやスタンド使いと知っているだけで、能力の詳細は教えられていないのだ。

特にネギに教えるのはヤバいという事で、承太郎から緘口令の様なものが引かれているのである。

それはそれとして、現在の問題は能力ではなく結果だ。

「ともかく! このままだと寮に居る千雨さんの元へ麻帆良の魔法使いが記憶を消しに行ったりするかもしれません。
僕らがここでした会話は学校側には筒抜けかもしれませんし、もう脱出した方がいいと思うんです」

「うーん、確かにそれはヤバいかもだけど……」

明日菜もネギの推測には一理あると考える。

彼女もネギの正体を知った瞬間に記憶を消されそうになった事があるためだ。

「大丈夫でござるよ、多分」

だがそんな心配をよそに、楓は手をぷらぷらと振って無い無いと笑う。

余程その読みに自信があるのか、いつも以上に笑顔である。

「楓さん、その根拠は何ですか?」

「知れた事、学園長が面白がっているだろうからでござるよ。ネギ坊主の修行のために手回ししているようだし、今回もその一環とか考えてると思われる」

「「うわぁ……」」

意味合いが違うものの、同じ呟きを思わず口にしてしまったのはネギとアスナ。

ちなみにネギは「そんなんでいいんですか学園長!?」という意味で、明日菜は「あーやりかねないなこれ」という意味だ。

「だから当面は罠だけ心配しながら進めば問題ござらぬ。
……おっと、どうやら夕映殿たちもそろそろ出発しようとしているので、拙者らも準備しなければ」

言われてそちらを見れば、まき絵が「さっきから何の話してるのー?」とこちらに手を振っている。

少し低いところを見れば徐倫が荷物をまとめているので、なるほど、確かに出発する気満々である。

「ここまで順調だったアルから心配ないネ。さっさと手に入れて地上に上がるヨ」

古菲のその言葉に頷いて、ネギたちも出発準備に取り掛かる事にしたのだった。
















休憩から一時間後。

下の見えないくらい高い本棚の上や、麻帆良子から流れ込んだであろう水が広がる区域を踏破してきた一行。

そして今、匍匐でしか進めない通路の天井の一部をどかした彼女らは、RPGゲームの様な空間にたどり着いていた。

部屋の中間には大きな穴があり、石橋が掛けられている少し下にはボードゲームのような模様の入った足場が見える。

文字通り道なき道を行く彼女らがそこに到達したのは地図のおかげだけではなく、ひとえに努力の結果だろう。

……その努力を素直に勉強に向ければ良かったんじゃないかとも思えるが、ここまで来てそれは野暮である。

ひとしきり部屋を見ていた一行だったが、何かに気付いた徐倫が部屋の一角、2体の巨大石像に挟まれた台座を指さした。

「なんかあそこに本が置いてあるけど……まさかあんな無造作に置かれているのが魔法の本?」

徐倫が疑問混じりにそうごちるが、本を見たネギはその見た目と魔法量から驚愕の表情を浮かばせた。

そんなネギの様子に気付いた明日菜は、小声でネギに話しかけた。

「で、どうなのよネギ? 本物っぽいの?」

「は、はい! メルキセデクの書……読む者に英知を与える伝説の魔法書です。
ここからじゃ本物かどうかは分かりませんが、あの魔力なら贋作でもかなりの効果が出るはずです」

そう言いながらも視線は本から外れない。

恐怖でも無く、驚愕でも無く、本の持つ呪いでも無く、眼が離れない。

その眼の色を誰かが見ているのであれば、2-Aの面々ならこう評しただろう。

『恋する乙女の目』のようだ、と。

ネギ・スプリングフィールド、齢10歳。

彼の数少ない趣味、魔法の古道具集め。

つまりその……なんだ。

贋作でも真作でも良いから、触ってみたい。

ここに来てやっと、やる気が出てきたのである。

「多分アレが魔法の本です! まき絵さん、罠を回避するためにリボンで確保ー!!」

「い、イェッサー!」

ギラギラとした眼をしているネギは、すぐさままき絵に指示を飛ばす。

あれだけこれ見よがしに置いてある以上、罠の存在は間違いなくあると思われた。

よって、ここまでの道中で見た一行の能力を思い出し、その中で最も有効だと思われる方法を出したのだ。

楓との戦いで多少育っている判断力が、非常に駄目な方向に発揮されようとしていた。

だが駄目な方向だとしても、この場では非常に最適な方法だった。

これ見よがしにかけられている橋を無視する形でリボンは伸び、魔法の本に巻きついていく。

「掴んだ」という感覚に従い、まき絵はスナップを利かせて本を引っ張った。








それがあらゆる事の『引き金』となった。








【侵入者確認、侵入者確認。速やかに脱出経路を塞ぎます】

「きゃっ!」

魔法の本が台座から離れたとたん、2体の石像からビーッビーッという警報音と警告が鳴り始める。

それに驚いたまき絵はリボンの持ち手を緩めてしまい――

「本が!?」

――解けたリボンから魔法の本が離れ、宙を舞ってしまった。

少しの間上昇しながら宙を舞った本であったが、当然のごとく重量に従って落ちていく。

落ちて行くだろう予測地点は、台座へと続いている橋から僅かに逸れた場所。

下にボードゲーム風の足場があるので大丈夫だと思われたが、何時の間にか足場は消え失せていた。

「ああっ!? このままじゃ穴に本が落ちちゃう!」

「くっ、間に合うか!?」

つまりは底の見えぬ奈落である。

足の速い楓が瞬動でキャッチしようとするが、丁度同直線上にまき絵や夕映がいるためそれが出来ない。

回り込むように瞬動を使うにしても部屋の横幅はそこまで大きくなく、周囲が本棚なので壁を蹴って方向転換という訳にもいかない。

古菲も同様の様だ。

もう駄目だと誰もが思いかけた時、動いたのは意外な人物だった。

「ここまで来て落としてたまるかってのよッ!」

「じょ、徐倫ちゃん!?」

今までそんな風になったのを見た事がないくらい、徐倫が熱くなっていた。

低い体勢で飛び出した徐倫は、かけられた石橋の中でも本の落下予測地点に一番近いだろう縁部分を駆ける。

一歩でも踏み違えば落下は免れないというのに、その足取りに淀みは感じられない。

そして本の高さが徐倫の顔ほどまでになった時、徐倫は足からスライディングをして、限界まで手を伸ばした。

「届けぇー!!」

スカートで隠されていない生足部分からザリザリと嫌な音が聞こえるが、徐倫は決して怯まない。

その信念が届いたのか、魔法の本はギリギリの所で徐倫の手に収められた。

往年の番組におけるショットガンタッチもかくやといったところだ。

しかし代償は右足のふくらはぎの擦り傷。

たかが擦り傷と言うには少しばかり深いようで、少ないながらも血が流れ出ていた。

「ッしゃあ! 目的のもん手に入れたからずらかるわよ!!」

痛みを気にした様子も無く速攻で立ちあがった徐倫は、元来た道を引き返そうとする。

その痛ましい様子を見た夕映は一瞬固まってしまうものの、今まで通ってきた狭い道に潜ろうとする。

今となっては、ここで固まったのが幸いだった。

何故かと言えば、その狭い通路に凄まじい勢いで水が流れ込んできたためだ。

どうみても人間が流れに逆らうことは出来ないレベルだ。

「こ……これじゃあ帰れません。ほ、他に道はありませんか!」

「駄目アル! 他の場所に通じる道なんて何処にも無いヨ!」

「……風の動きはあそこの大穴から感じるでござるが、ウォールクライムが出来るだけのロープを固定するものが無い」

「そんな!?」

大穴があるものの、事実上の八方ふさがり。

せっかく本を手に入れても脱出できないのなら意味が無い。

そこにさらなる追い打ちをかけるものが現れた。








【警告、警告。本を台座に戻さない場合、実力行使で排除します】

「せ、石像が動いたー!?」

台座を挟む様な配置の石像が、飾りかと思われていた巨大な剣と槌を持って動き出す。

しかし無機質な音声で警告を発するだけで、こちら側に近付いてこようとしない。

何故かと考えるネギは、見れば分かる様な簡単な答えに行き着いた。

「いくら強い動く石像ゴーレムでも、こちら側にはあの巨体じゃ来れません! 後ろに下がれば……」

「っ! 皆、後ろに下がるわよ!」

だがネギよ、人それを『死亡フラグ』という。

後ろに下がれば~、なんてのは退路を断たれる系のフラグであり、その言葉をネギが紡いだせいかどうかは分からないが背後から重い音がし始める。

ゴゴゴゴという音が最初は何から発せられているか分からなかったが、石像から逃れるために下がり切ったまき絵の悲痛な叫びから判明した。

「か、壁が迫ってきてるー!!」

「はぁ!? ちょっとそれって……」

「このままいくと穴に落下か、もしくは石像の武器でプチッとされるかの2択でござるな」

楓は軽く言い放つが、他の物は気が気で無い。

実を言えば、楓と古菲がいる事によって第3の選択肢がある。

石像をぶっ壊すという選択肢が、だ。

ただし戦闘を見せた時点でここに居る全員が『裏』に関わってしまう。

今はまだ図書館島が用意していた石像であるために認識阻害が効いているが、身内である彼女たちが奇想天外バトルを繰り広げればそれも効果があるか微妙な所だ。

気絶させても良いのだが、橋部分以外に横たえていたら背後の壁で押されて行って、最終的には落下してしまうだろう。

故に動けない。

このまま成す術も無いかと思われたのだが、またしても事態を好転させたのは徐倫だった。

「……横穴から水が出てる。それに下から響いてくる音って……」

ゴーレムからの距離はあるため、橋の近くに居た徐倫。

先程の通路の水責めの後から、この大穴へと余剰水が流れている事に気付いたのだ。

流れ落ちる水の先、深すぎるせいで暗い穴の奥。

そこから反響して聞こえる、豊かな水を湛える音にも。

「……! みんな、この穴に飛び込んで! この穴の下、でかい貯水場みたいになってる!」

「本当ですか徐倫さん!?」

徐倫の言葉を聞き、穴の近くまで終結する一行。

確かに耳を澄ませれば水の溜まっていく音が聞こえる。

「……これだけの勢いが出ている水の着水音がこれなら、貯水場の深さはゆうに10メートルはありそうでござるな」

「着地は何とかなるにしても高すぎるって! ここ飛ぶのは勇気が必要だよー!」

「ならまき絵、言っちゃ悪いけどここで死ぬ? 私は御免よ! 絶対に生きて帰ってやるわ!」

後ろを見ればもう穴まで10メートルを切った壁、前を見れば必死に手を伸ばそうとするゴーレム。

迷っていてもいずれは落下、落下を渋ればゴーレムにプチッである。

選択肢は、ここに来て一つの方向へと狭められていった。

「ーっ! あーもう! このままスットロい事してたら何かしてくるかもしれないじゃない!」

徐倫が躊躇している木乃香やまき絵に怒鳴り、自身は迫りくる壁の方まで下がった。

「穴に! 飛び込むのよーッ、みんなーッ!!」

そして魔法の本を固く握りしめ、助走をつけて宙に身を躍らせる。

「うおおおおおおおおおお!!」

「じょ、徐倫ちゃーんッ!?」

途中で横水に当たったらしく、少しだけ体勢を崩したものの、徐倫は暗い穴の向こうへと消えて行った。

見つけた本人が体を張って先陣を切ったのだ。

このままゴーレムに潰されるくらいなら、友を信じて続こうという意識の統一が行われる。

「ならば拙者らも続くでござる!」

「あれ、なんでウチを抱えとるん?」

「ちょ!? 楓ちゃん、何で私も抱えて……きゃあああああああああ!!」

「私も行くアルよー!」

「くーふぇさん、私もですかー!?」

楓は木乃香とまき絵、古菲は夕映を抱えて穴へと飛び込む。

悲鳴はドップラー効果で急速に遠のいて行く。

残されたのはネギと明日菜。

「よし、いくわよネギ!」

「うう、杖無しのダイブ……ええい南無三!」

意を決して飛び込む二人。

部屋に残ったのは静寂と石像だけとなったのだった…………?








【対象の落下を確認。修行用行動開始】

石像2体が重力に抗うことをやめて、穴に続けて落ちて行く。

今度こそ本当に部屋は静寂に包まれた。
















(くそ、正直しくじったわね。本を抱えてたら体勢が整えづらいわ)

真っ先に飛び降りた徐倫であったが、少々問題が発生していた。

先程横水に当たったせいでポケットから『ある物』が飛び出してしまったのだ

現在それと並行して落ちている状況だ。

(あと少し……あと少しだけなのにッ……。あれだけは、ママからもらった『ペンダント』だけはッ!)

急速落下する内に濡れていたせいで体温が下がってしまい、少しだけ末端の感覚がマヒしてきているためかキャッチすることが困難になっている。

一番手っ取り早いのは本を手放して両手を自由にしてしまう事なのだが、ここまで来てそれは避けたい。

だがどれだけ体が動かなくなろうとも、大切な母親からもらったペンダントを、徐倫は落下しながら掴もうとしていたのだ。

その願いが通じたのか、ペンダントの端っこに指がかかる。

(これならッ!)

そのまま指の摩擦で手首の方へと引き寄せ、しっかりと掴む。

瞬間、掌に鋭い痛み。

「いっ……痛でェエエーッ!!」

感覚からすれば針が刺さった様な、彫刻刀でうっかり切ってしまった様なほんの少しの切り傷であったはずだ。

しかし痛みが尋常じゃない。

余りの痛みにペンダントを掴んでいる右手の方を見る。

(ッ!? 血の量がおかしい!)

ペンダントを握りこんでいる拳から、噴水のように血が出ている光景が目に入った。

手を開いて確認しようにもペンダントが離れてしまうために出来ない。

(何なのよ今日は! 地下のダンジョンみたいなところやら、動き出す石像やら! 何がどうなって――くっ!?)

そんな葛藤の最中、急な光の発生に眼をつむる徐倫。

どうやら貯水場、というより湖が広がっている区域に出たらしく、そこには光源があったようだ。

バッシャァーッ!

だがそんな事を知る前に、徐倫は下に広がる湖の水面に叩きつけられる。

相当な勢いだったのか、かなりの高さの水柱が立った。

(…………ま…………ママ………)

意識を失う直前、徐倫は母の名を呼んだ。

しかし脳裏に映るのは母だけでなく――
















「ッ!?」

夜9時過ぎ、自室でテスト対策プリントを作成していた承太郎は、首筋に鋭い痛みを感じた。

18年ほど前に感じた感覚とは違う。

これはもっと血のつながりが濃いものだ

「まさかこれは……徐倫、なのか……?」

そう言いながら押さえた首筋には、星型のあざが存在していた。








空条徐倫――目覚め。

突入班――大穴でダイブ中。
       間もなく着水体勢に入る。

外部連絡班――ネギの確保命令を境に連絡が途絶し、パニック中。

┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  

後書き:
ツイスターなんてなかったんや。

そして原作との大きな違いはゴーレムを学園長が操作していない、ネギがまき絵を使って本を取る、と言ったところでしょうか。

様々なフラグの引き金はどう動いて行くのか、お楽しみに。



[19077] 19時間目 世界からの解放――ストーン・フリー①
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/09/19 00:18
9月17日土曜日、朝8時。

承太郎は何時も通りに職員室で授業の準備をしていたのだが、しずな先生から学園長室に来るように言われ、そちらに向かっているところだ。

昨日感じた感覚から、徐倫が何らかの形で『裏』に巻き込まれたのだろうとは察することが出来る。

『引力』がもたらした危機的状況によるスタンドの覚醒……恐らくはそういうことだろう。

直接の原因となったのはペンダントに入れた鏃か、はたまた血統による覚醒かは分からないが、スタンドに覚醒しているという事だけは今この時点でも感じている。

相当に距離が離れているのか、正確な位置を把握することは出来ていない。

もしネギの修行に関係してわざと徐倫を巻き込んだというのなら、それだけで学園長を殺すという覚悟を決めていた。

「……いう事……………レオ!………しに連絡………………地底図書…………ゴーレムも……手を加え…………!!」

そうして学園長室前に着いたのだが、どうも中が騒がしい。

どうやら学園長が誰かと電話で口論になっているらしかった。

「………収集を……………………危険な事はしないどくれ……………帰還は日曜日に…………」

扉の前で機会をうかがっていた承太郎。

やがて電話が終わった頃を見計らってノックをし、入室する。

「失礼する。学園長、用件があるという事で参上した」

「ぬ!? ……ああ、空条先生か。という事は今の会話は聞かれていたと考えるべきかの?」

「肯定だ。だがほとんど聞き取れなかったため、何が起きているかの把握は出来ていない。一体何があったんだ?」

嘘は許さないと如実に承太郎の目は語っている。

もし少しでも取り繕ったりしたら指の一本や二本、たやすく折りに来そうである。

やれやれと学園長は嘆息しつつ、今現在何が起きているのかを語り始めた。

「昨夜19時、ネギ君と2-Aの生徒7名が図書館島に『魔法の本』を手に入れるために侵入。
本の安置場に設置されていたトラップで、最下層にほど近い『地底図書室』ブロックに移動させられておる」

「怪我の有無は?」

「アスナちゃんが肩のあたりを打撲しており、徐倫ちゃんは右足に擦り傷、らしい」

この言葉に承太郎が明らかに反応するのだが、それはこの時ではないと言葉を続けさせる。

怒りやすいとは言っても、爆発させるべき部分は心得ているのだ。

「何故彼女たちの現状が把握できているんだ?」

「……それが今回、ワシですら今日の早朝まで事態を把握できなかった原因でもあるんじゃ」

本当に何しでかしてくれてるんじゃと、学園長はもはや何度目だか分からないため息を吐く。

「とある事情があって図書館には2人の特別司書がいるんじゃ。そのうちの片方が趣味が人間観察でのう。
ネギ君の修行込みでスタンド使いの観察もしたいと、トラップとして設置しているゴーレムの操作権をわしから剥奪しとったんじゃ。
ある程度の情報を渡してきてはいるものの、それは必要最低限でしかない」

「……何だってそんな奴を司書にしているんだ」

「とある事情があって図書館島から離れられないから、仕方なくと言った形での。普段は食っちゃ寝しとるわい」

「よし、殴らせろ」

「会えたなら好きなだけ殴るといいわい」

承太郎としては徐倫が怪我をする切欠となった者に容赦をする理由は無い。

学園長も木乃香が巻き込まれているので、ゴーサインを出す。

いずれ相見える時、この事態を生み出した元凶に命は無いかもしれない。








「みんなー、大変だよー! ネギ先生とバカレンジャー、それに木乃香と徐倫ちゃんが行方不明に……!」

8時半現在、2-Aはハルナの持ってきた情報によって蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

それもそうだろう。

せっかくテスト対策をしていたのに、バカレンジャー達がネギ先生を巻き込んで図書館島で行方不明になっているのだから。

最たるものとしては雪広あやかはネギが行方不明と聞いて倒れ、宮崎のどかは泣いてしまっている。

他の者たちもどうするどうするとあたふたしているだけだ。

唯一、朝倉和美だけは即席で行方不明になった8人の遺影を作っておちゃらけているが、千雨の丸めた教科書によって鎮圧させられていた。

それはともかく、せっかく先程までは最下位脱出出来るんじゃね?といった感じだったのに、それが今や無くなりそうである。

だが、救世主というものは意外とどこにでもいるようだ。

「どうした皆、HRの時間は過ぎているのだから早く着席しろ」

扉を開けて教室に入ってきたのは副担任である承太郎。

普段ならば一緒にネギも入ってくるはずなのだが、やはりその姿は見えない。

「く、空条先生! ネギ先生が、バカレンジャー達が大変なんですよー!」

「昨日の夜から行方不明になっちゃったんです!」

「このままテストに間に合わなかったらどうしようー!」

いつもは承太郎の一言で問答無用で席に着く生徒たちなのだが、今日はそうも言ってられない。

いくら怖くても今起こっている状況を話し、指示を仰がなければと何人かの生徒が承太郎に詰め寄った。

だが承太郎は予想できていたのか、宥めるように詰め寄ってきたうちの一人である裕奈の頭をポンと手を置いた。

「ああ、その事について報告がある。現在の状況が判明しているから、それを今から話そうと思うんだが……着席してくれるか?」

「ふぇっ!? は、ははははいぃぃ!!」

「へぇ……ゆーなのファザコンセンサーに反応があるとは」

「う、うるさい! ほら、さっさと座る!」

「はいはーい。怒られる前に皆も座っちゃえー」

適当な指示ではあるが、三々五々に着席して行くクラスメイト達。

ネギと承太郎が着任してからここ1ヶ月で、少しではあるが真面目寄りになってきているのかもしれない。

全員着席した所を見計らって、承太郎は教卓に着いた。

「さて、ネギ先生たちだが、現在図書館島深部の地底図書室で缶詰め状態で勉強をしているらしい。
怪我は大きい物は無いようだが、2名ほど擦り傷や打撲があるとの事だ。
まぁ一日二日で治るような軽度のものだし、湿布や絆創膏が常備されているらしいから大丈夫だろう」

とりあえず行方不明になった者たちが五体満足であった事に安堵する2-Aの面々。

しかし、そもそも何でこうなってしまったのかがハルナ達から事情を聞かされていなかったため、そこが気になるようだ。

「しつもーん。なんで図書館島の深部にいるんですか?」

「ああ、そこからなのか。
というのも、図書館島で最も優れている参考書である『魔法の本』と呼ばれるものを取りに行ったらしく、そこで罠にかかったそうだ。
テスト前でこの参考書を見てしまえばテストは楽勝になるとまで言われた参考書でな、相当巧妙に隠されていたらしい。
ちなみにそこに仕掛けてあった罠はテスト前まで地底図書室に閉じ込め、生徒を缶詰め状態にして勉強させ続けるためのものだ。
日曜日の夕方には脱出口が用意されるそうだから、皆は心配しなくても大丈夫だ」

「ああ、良かったです。ネギ先生たちに何かあったら私……」

「本屋ちゃん、一番心配してたからねー」

一応魔法の存在を隠すために承太郎の説明は半分くらい嘘なのだが、これでようやく納得してくれたようである。

というか余りに堂々としているせいで、嘘なんかついている気配が欠片も感じられないためでもある。

送り出してしまった責任から泣いていたのどかもやっと落ち着いてきたみたいだ。

ざわついていた2-Aは、ここで何時も通りの雰囲気へと戻る。

「なんだ無事なら良いやー」とか「バカレンジャーってば突拍子の無い事してー」など言いたい放題ではあるが、そこに暗いニュアンスは含まれていない。

良くも悪くも好き放題エンジョイする、それが2-Aなのかもしれない。

まぁそんな和気藹藹な雰囲気もすぐに終わるのだが。








「という訳で今から授業だ。どうやら今日に限っては午前中の間、どのクラスでも終わっていない範囲や復習に好きなだけ時間をかけていいらしい。
このクラスは範囲自体は終わっているので、帰りのHRまで各教科の総復習を行う事にする」

何人かの生徒の頭の中から、ピシリと氷に罅が入るような音が聞こえた気がした。

真面目である生徒でも、何か嫌な予感を感じて額から汗が流れ落ちる。

何せ承太郎は容赦がない授業をすることが多い。

何回かネギの代わりに授業をした事があるのだが、分かりやすく丁寧、だけど絶望的なまでに密度があるのだ。

バカレンジャーでも50点満点の小テストで5点は点数が伸びるのだが、終わった後に一片の悔いなしと言った形で崩れ落ちてしまったことは記憶に新しい。

そんな時、座席でも最後尾に居るエヴァンジェリンがサボろうと部屋を出ようとするが――

「オラァ!」

「へぶっ!?」

――かなりの速度で飛んできたチョークによって阻止されてしまう。

(((((ああ、これ逃げられないな……)))))

またしても承太郎のおかげでクラスの気持ちが一つになったが、やはり嬉しくない。

しかし案ずることは無い、承太郎はこれでも丸くなってきてはいるのだ。

恐らくトイレ休憩くらいは挟んでくれるはずである、多分、きっと。

……後に『地獄の3時間』と呼ばれる勉強地獄が、今始まろうとしていた。

「こーゆー時だけはあのちびっこ先生がいれば楽だなぁ、とか思うわ」

千雨のつぶやきは、座席周囲にポヤポヤしている裕奈しかいないために聞かれることは無かったのだった。








19時間目 世界からの解放――ストーン・フリー①








私にとって、眼に映る世界は全て石だった。

何をしてもつまらないし、何を頑張っても得られるものは無いと思っていた。

いくら誰かと接しても温かみを感じず、触れ合っても私か相手のどちらかが傷つくだけ。

幼いころでは唯一、私の世界に色と温かみをくれていたのはママだった。

ママのためだったら勉強だって頑張るし、友達だって作ろうとした。

まぁ友達に関しては温かみも色も感じる事が出来たから、後々から自発的にするようになったけど。

でもコンクリート造りの世界にいくらペンキを塗りたくっても、その根本は変わらない。

冷たくてざらついていて、本当に『アイツ』そっくり。

でも……この土地に、麻帆良に来てからはずいぶんと自分も世界も変わってきたように思える。

固かった世界を思う様にぶっ壊して歩み寄ってきてくれたクラスメイトの皆。

冷たいだけだと思っていた世界の見た目は、これだけはっちゃけていれば一週回ってクールに思えた。

それに、アメリカに居た頃じゃほとんど感じる事の出来なかった、ママと一緒に居る時の様な温かみ。

同室の千雨やさよからそれを感じ、もう彼女たちは家族の一員の様に思っているほどだ。

だからこそ、私は自分を含めた世界から自由になりたい。

クラスの皆が見ている視点を、私も見て見たいんだ。

この石造りの世界つまらないせかいの本当の姿を。
















「……う……ん?」

肌に纏わりつくざらついた感覚で、徐倫は眼を覚ました。

どうやらどこかでうつぶせに寝てしまっているようだ。

体を動かさないまま、昔どこかで感じた事のあるこの感覚は何だろうと記憶をひっかきまわすと、海に遊びに行った時に砂浜で寝転がっていた感覚だと行き着いた。

……それと同時にそれはおかしいと、覚醒し始めた理性が警鐘を鳴らす。

理由は簡単だ。

気を失う前に『どんな状況だったか』を、記憶の表層に置いたままだったのだから。

「ッ! 落ちてから、どれだけ時間が過ぎた!?」

まだ感覚の鈍い両腕を突っ張って跳ね起き、寝起きのために軽く霞む両目を酷使しながら周囲を見る。

すぐに足元に一列に並ぶ様に倒れている図書館島突入班の面々を見つける事ができ、おぼつかない足取りで一人ひとりの脈や呼吸を確かめた。

「良かった……みんな生きてる……」

いくら下の方に深い水があるからと言って、体勢によっては体が着水の衝撃ではじけ飛んでしまう危険性もあった。

それを鑑みれば、ここに全員が五体満足で生存している事は奇跡のように思えた。

肝心の魔法の本は着水の衝撃でどこかに行ってしまったようだが、ペンダントはしっかりと持っているのでこの際どうでも良かった。

安堵と右足の痛みからか、その場にへたり込んでしまう徐倫。

いくら気が強いと言っても、まだまだ中学生でしか無い。

自らのせいで友達が一人でも死んでしまったなら、その心は死んでしまっていたかもしれない。








「あれ……? ここ……どこ?」

「おはよ、明日菜。気分はどうよ?」

徐倫が動き回っていたために発生した音で、明日菜が眼を覚ましたようだ。

するとそれを皮切りに、少しずつ倒れていた者たちが起き上がってくる。

ちょっと前まで落ち込みかけていた徐倫であったが、湿気た顔を皆に見せるのは嫌なので無理やりにでも笑顔を作る。

幸い寝起きの頭に表情の差異を考えるほどの余力は無かったらしく、スルーされてくれて助かった。

そんな表情を隠すように皆に背を向け、改めて周囲を見渡してみる。

どうやらこの空間はドーム状の空洞になっているようで、その内壁には世界樹のものであろう巨大な根が広がっていた。

照明か何かで部屋が明るくなっているのかと思いきや、内壁が光り輝いているために明るい様だ。

気絶していたため時間はまだ良く分かっていないが、それでも遥か地下でここまで明るいのは不思議である。

それに加えて周囲に散乱しているのは水没した本棚。

そのどれもが水に浸かっているはずなのに、痛みなどが全く見られない。

(さっきの石像でも思ったけど完全にゲームの世界よね、これじゃあ)

でも何故だか『違和感が少ない』ため考えても無駄だろうと思い、さらに遠くを見る。

すると柱のように据わっている根の隙間から、洋風の建物が見えた。

「……ちょっと、向こうに家っぽいのが見えるんだけど」

「ほんとに!? もしかしたら誰かが居るかもしれないから、向こうの方に行ってみましょ!」

「ぶわっ! ちょ、アスナさーん! 罠があったらどうするんですかー!」

徐倫が家を発見したと告げるや否や、明日菜が元気良くそっちへと走り去る。

まるでスポーツカーのフルスロットルであるかのように走っていく明日菜だが、なんで砂浜であそこまでのスピードを出せるのか甚だ疑問である。

「……明日菜殿を忍者にしたら面白そうでござるな」

「やめとくね、楓。勉強そっちのけで波紋法を習っちゃう気がするアル」

「あのー、それだけは本当に勘弁して下さい。僕、なんだか自身無くなっちゃいそうで」

楓は走る姿を見てノリノリだが、古菲はこれ以上勉強できなくなるのは本気で不味いと考え、ネギはただでさえ一般人なのに恐ろしい身体能力を持つ明日菜が強くなったら自分の立つ瀬がないと考えて止めに入る。

というかこの3人に良い身体能力だと考えられている時点で一般人の枠にはめ込むのは千雨に失礼だろう。

「んー? なにしとるん3人とも。はよ行かな見失ってまうでー」

木乃香の一言でハッとなる3人。

どうやら3人をほったらかしにして、他の面々はそこら辺を探検し始めていたようだ

「幻の地底図書室……うふふふふふ」

「すっごーい、どこかのリゾートみたいー!」

「へぇー。ハワイよりいい場所かもね、ここ」

夕映は見た事も無い上機嫌な笑顔で、まき絵と徐倫は世間話をしながら水辺をゆったり歩いている。

先程までは耳が痛いくらいの静寂、そして神秘的な雰囲気を漂わせていた地底図書室はすでに無い。

どんな場所でも、例えルーブル美術館だったとしても瞬く間に2-Aのテリトリーとなってしまうのだろう。

「よし、僕らは木乃香さんと一緒に明日菜さんを追いかけましょうか」

「あいあい」

「ついでになんか珍しいもんでも探すアル」

こちらに害を成す気配も無いので、4人は明日菜の通ったであろう地底湖にかかる橋を渡って行くのだった。








「ふむ、気配を消し過ぎてしまったせいで気付かれませんでしたかね? まぁいいでしょう。楽しませてもらいましょうか」

訂正。

本来なら気配があるにもかかわらず、巧妙に隠していたようだ。








ゆったりとした速度で歩いていた一行は、やがて明日菜がキッチンの様な場所で茫然と立っているのを発見する。

あれだけ元気に走っていた明日菜があそこまでボーッとしているのだ、もしや幻惑系のトラップかと思い、警戒しながら楓が先行して近づく。

周囲に薬品の臭いは無いが、魔法の薬品だとしたら判別は無理かと思い、明日菜を揺り動かした。

「こんなところで立ちつくして、一体どうされたアスナ殿?」

「……痛っ!? って、楓ちゃんか。脅かさないでよ」

「いやいや、アスナ殿が茫然自失だった故、肩を動かしたんでござるが……肩を打ってしまっているようでござるな」

「あー、それは着水の後の『アレ』でね。それと、ちょっとここに置いてあった紙を見てびっくりしちゃってさ」

「紙、でござるか」

明日菜が指を指す方向には確かに一枚の紙が見える。

というか遠目からキッチンの様だとは思っていたが、コンロや流し台が備えられており、まんまキッチンである。

普通ならばまな板を置いて野菜などを切るためのスペースに一枚の紙。

なんとなく『今日のおやつは冷蔵庫の三段目』とでも書かれているんじゃないかと思ってしまった。

だが魔法無効化能力を持っている明日菜を茫然自失にさせた魔法使いの紙。

それなりの覚悟を決めて手に掴み、その文面を読み取った。

「……は?」

唖然茫然とは正にこの事かと言わんばかりに大口を開けて呆ける楓。

明日菜と同じように呆けた楓を見ていた徐倫は、居ても経っても居られずに近づいて行って、楓からひったくるように紙を受け取る。

ぶっちゃければこの紙には魔法の類はかかっておらず、また持ち上げた時に発動する無臭性のガスなどと言った罠も存在しない。

紙に書かれていたのは人を小馬鹿にしたような説明だけ。

『どうもー。魔法の本を探しに来たは良いけど、実質脱出不可能な罠のオンパレードはいかがだったでしょうか?

あれは無理ゲーですよねー。

全部私が作っておいてなんですけど。

まぁそれは置いといて、ここは魔法の本に頼ろうとした者用の缶詰部屋となっています。

キッチン、トイレ、ベッド、救急キットなど生きて行くには問題無い環境となっているので、人間らしい営みは可能です。

日曜日の夕方くらいには脱出できるから、それまで自由に過ごして下さいね♪

幻の大司書より』

「ふんっ!」

「ああっ!? 紙が真っ二つに!?」

こんなおちょくり方をされたら徐倫は我慢できるだろうか?

いや、出来ない。

誰もが死ぬ思いをしてきているのだ、遊び半分でやられていたなら殺意くらいは湧く。

ただでさえ徐倫は身内の敵には容赦がないのだ。

いずれ相見える時、この事態を生み出した元凶に命は無いかもしれない。

……つくづく似たもの親子である。








一応周囲の安全を確認したうえで、リビングと思われる空間に8人は集合する。

先程の紙に書いてあった通り救急セットがあったため、明日菜の肩と徐倫の右足にはそれぞれ処置が成されており、幾分かは楽そうである。

さて、ここに集まった理由は方針決めのためなのだが、正直な話すでにネギが方針を決めていた。

「脱出口はここの管理者である大司書さんが用意してくれるという事なので、期末に向けて勉強しておきましょう!」

「べ、勉強アルかー」

「うぐぐ、珍しい本を読みあさりたいです」

「勉強したくないー!」

古菲に夕映、それにまき絵は大いに不服そうである。

それもそうだろう、こんなファンタジックな空間に来ているのに勉強なんかしたくないのだ。

特に夕映は図書館探検部員としてここをさらに調査したいという気持ちと、読書好きであるために希少本を読みあさりたいという気持ちが強い。

「……拙者が言うのもなんでござるが、当初の目的は期末試験な訳で」

「んー、まぁ出られるって分かってるからそれでいいと思うけど」

「そうそう。ここは楓ちゃんの言うとおり、素直に勉強しましょうよ」

「うわー、アスナが自分から勉強しようとするなんて、もしかしたら瓦礫かなんかでも降ってくるんやないかなー?」

「……木乃香、それもう起きてるから」

しかし他5人は特に読書しなければ死んでしまう!といった感性を持っていないし、元々試験勉強をする予定だったため異論は無い様だ。

勉強はしたくないのだが期末前であるし、ダラダラと過ごすくらいならと考えていた。

ここら辺の切り替えの良さはお気楽な彼女たちの得意な事であると言える。

「それじゃあ早速勉強を――」

ぐぎゅるー。

ネギが授業を開始しようとした瞬間、珍妙な音がその場に鳴り渡った。

もしや罠として何らかの生物が居るのかとも考えたのだが、約一名が顔を赤くしているためにややあって音の原因が判明した。

「……そういえば昨日の夜から何も口にしてないんですよね。何か食事を取ってから勉強にしましょうか」

「あ、あはは。……さんせーい」

「はは、あのお腹の虫はまき絵殿でござったか。確か食材はあちらの冷蔵庫にあったでござるよ」

「それじゃあウチがご飯作るわー。和食で大丈夫?」

「アメリカ育ちでも和食は大好きよ。というか私も和食作れるから手伝うわ」

「おおきになー」

食事に関しては木乃香と徐倫が担当するらしく、2人の腕前を知っている者は朝から美味しいものが食べられるとウキウキであった。
















「はぁ……いくら環境が変わっても、やっぱり勉強は疲れるものねー」

本棚や世界樹の根によって周囲からは見えづらくなっている一角。

そこで徐倫は岩場に腰掛けながら両足を水に晒していた。

休憩のためにこうしているのだが、時折怪我をした右足が痛むのが玉にきずだ。

だがそれを差し引いてなお、水の冷たさやゆっくりとした流れが心地良い。

思い切って裸になって泳ごうかとも考えたが、今からタオルを取りに行くのも面倒だと思ってそのままだ。

足を水に入れたまま、このドーム状の地底図書室の天井を見る。

時計によればもう夕方くらいなのだが、朝から変わらない光量で光り続けていた。

「……やっぱなんかおかしいわ、ここ。苔の一種が光っているなら分かるけど、壁自体が光ってるとかありえない。
そもそも図書館島自体がなんかおかしいのよね。中の至る所に仕掛けられてる罠とか、魔法の本を守る石像も」

どうも今日の朝方に目を覚ましてから、『普段ならどうでもいいと思う事』が気になってしょうがない徐倫。

私ってこんなに『世界』に対して神経質だったかなぁとごちるが、当然のごとく答えてくれる者などいない。

「変な事で思い当たるものと言ったら、やっぱあのペンダントだよなぁ」

ポケットの中からペンダントを取り出し、しばらく手の中で弄んだ後に開く。

中にはママと『アイツ』の写真、それに加えて『尖った石』の様なものが納められていた。

徐倫は石を取り出し、一か所だけ血が付着して黒ずんでいる部分を詳しく見る。

「昨日のダイブ中にこれで手を切ったのは間違いないっぽいけど、やっぱり血の量は微々たるものよね。
……まさかこの石に幻覚作用のある物質でも組み込まれてるとか……ってママがそんな物を渡すはずもないし」

大方デート場所で拾った石なのだろうと当たりを付けて、ペンダントに仕舞いこむ。

気晴らしに足をばたつかせて水しぶきを立てたものの、もやもやとした気分は晴れない。

やはりタオルでも持ってくるべきだったかと考えなおしていると――

「ん? ネギ先生と明日菜たちか」

――少し離れた滝壺の方にネギ、明日菜、楓、古菲の4人の姿を見つけた。

結構な距離があり、また根の影の関係でこちらの方には気付いてないらしい。

「そういえばあの4人って度々内緒話してるわよね。何か知ってるのかしら?」

そう思って近づこうかと考えたが、4人が居る場所まで湖が広がっており、迂回するとしたら彼女らの視界に入ってしまうルートしかない。

泳いで行くのが最も良いとも思ったが、水しぶきの音でばれるだろう。

さてどうしたものかと思っていると、急に明日菜の声が聞こえてきた。

『……るの? このまま日曜日の夕方になるまで勉強するつもり?』

「っ!? な……何これ!?」

耳を押さえても頭の中に響き続ける声。

どうやら原理は分からないが、向こうで話をしている明日菜たちの会話が直接頭の中に聞こえているようだ。

気味が悪いものの、丁度良いと思いながら会話に意識を集中する。








『今は下手な手を打つべきではござらん。安全だけは確保されてるので、無難に勉強をしているのが得策でござるよ』

『僕も魔法を封印していますし、出来る限りは向こうの指示に従った方がいいと思います』

『うう、確かにね。でも今回の件も学園長が仕組んだのかしら?』

『さっきコノカに確認してみたけど、あの手紙の筆跡は学園長じゃないらしいアル。大司書は別の魔法使いと考えた方が良いアル』

『そっか……。あ、そう言えばダイブの時、着水で変な感覚だったんだけど、あれは楓ちゃん? それともくーふぇ?』

『確かに水の表面がトランポリンみたいになってましたね。
魔法の水だから大丈夫だったのかと思いましたけど、考えてみたらアスナさんだと無効化しちゃいますよね』

『ああ、あれはどっちもでござる。波紋を水に流して、水をゼリーの様に固めていたでござるよ。
拙者のスタンドでも良かったでござるが、キャッチし損ねたら大惨事でござるからなぁ』

『でもアスナ達が落ちてきた後にゴーレムも落ちてきて驚いたアル。衝撃で波紋が切れちゃって大変だたアルよ』

『目覚めて見たら肩が痛かったから、多分波の衝撃で打っちゃったんだと思う。
んであのゴーレムは何処行ったのかな。流れ着いた場所の近くには沈んでなかったと思うけど』

『大司書さんが回収したのかもしれません。ああいうのって結構なお金がかかっちゃうので』

『世知辛いアルねー』

『それを考えるとスタンド使いって良いですよね。なにも準備なしですぐに使えるんですから』

『いや、結構準備とか必要でござるよ? ただ単に使うだけだと限界があって……』








「何よ……本当に何なのよこれ!? さっ、さっきから何かおかしい!」

徐倫の眼で見える所で、とんでもない話が行われている。

さっきから魔法魔法と何度も言っているが、そんなものがこの世に実在する訳が無い。

中学生にもなってと、普段なら吐き捨てる事が出来るような代物だ。

そんな物が存在するはずが無いのだが……。

「魔法は存在しないって心と、魔法はあるんだって心がごっちゃになってる……ああもう、訳分かんなくなってきた!」

本人に自覚は無いのだが、麻帆良全域を包んでいる認識阻害の効果が徐倫に対して薄れ始めているために、思考がこんがらがってしまっていた。

頭痛にも似た焦燥感が頭の中を支配し、訳も分からないので髪の毛をかき乱す。

すると両手に、今まで感じた事の無い感触が伝わってきた。

「あれ? 何時の間に糸が髪の毛に……?」

感触は糸なのだが、何故かその部分に触れていると手の別の場所に触れている感覚があるのだ。

不審に思い、両手を開いて確認してみる。

「ゆ……指から糸が出てる!?」

その眼に入ってきたのは、指先から生えるように伸びている『糸』であった。

いや、よく見ると生えている訳ではない。

『変わっている』のだ、徐倫の肉体が。

まるで肉体という糸束から糸を伸ばしている様な光景。

伸びている先を見ると、明日菜たち4人の居る方へと延びていたようである。








ポチャンッ……。

「ッ!?」

理解が追いつかなくなってきて思考を放棄しようとした瞬間、近くで何かが跳ねる音がしてふり返る。

辺りをすぐさま見渡すが、音がした方向には人はおらず、沈んで行く石ころが見えただけだった。

どうやら天井の一部から石が落ちてきて、それが水音を立てていたようだ。

誰かに見られなくて済んだと思い、再度両手を見る徐倫。

「……!?」

だがそこには『糸』なんて影も形も無く、綺麗な両手があるだけだった。

それと同時に会話も聞こえなくなる。

(何なの? 今のは…………と、突然聞こえなくなった。指から出てるように見えた『糸』も……。
失くなった・・・・・……頭の中で響いていた会話の内容も何だったのかしら。
『幻聴』? あたし妄想見やすいタイプなのかな? 父親の愛情無き幼児体験送ってっからな……)

何かの幻覚かと思いたい気持ちはあるが、紛れも無いリアルであったと心でなく『魂』が理解しているように感じる。

(一体……あたしの体に何が起こってんだ!?)








空条徐倫――体から『糸』が出るのを確認。

┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  



[19077] 20時間目 世界からの解放――ストーン・フリー②
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/11/08 17:09
「長谷川、相坂、少し良いか?」

「ああ゛? 今度は何だってんだ」

「……あのー千雨さん、女の子としてその声と顔は駄目ですって」

3月17日土曜日、昼過ぎ。

『地獄の3時間』を終え、死体のような足取りで帰っていく生徒の中から千雨とさよを呼び出した承太郎。

正真正銘精根尽き果てている千雨はさっさと帰って休みたいので、承太郎を無視して行こうかとも思った。

だが承太郎の表情と朝の話から、何故自分が呼びとめられたのかを察した。

「……徐倫に何かあったのか?」

先程までとはニュアンスの違ういぶかしむ表情で承太郎を見据える。

そんな千雨に小さい頷きと共に答えた。

「ああ。ほぼ確定しているのだが……徐倫がスタンドに目覚めた」

「はぁ!? ……いや、考えてみりゃ長瀬と古もいるんだったか。明らかに『引力』じゃねぇかよ」

「それに加えて魔法関係者としてネギ君と神楽坂が居る。ここまで来ると『必然』に集められたメンバーだという事が分かるな」

「また『引力』……。あの、もしかして私たちが引き金になっていたりもするんでしょうか?」

「そうかもしれないし、そうでないかもしれん。どちらにせよ徐倫にはスタンド使いの才能があったはずだから、遅かれ早かれこうなっていただろうさ」

「……自分の娘が危険な目にあっているというのに、ずいぶんと余裕が――」

「あると思うか?」

バギィ!と承太郎の右手から破砕音が鳴り響いた。

音に釣られて視線を移すと、右手からプラスチックでできた破片が零れ落ちているのが見える。

どうやら握っていたボールペンを、怒りを抑えるために手に力を入れ、結果として粉砕したようだ。

よく見れば破片で手を傷つけてしまったため、少量だが血が流れているようである。

一体どれだけの感情を込めればこうまで出来るのか。

まだ自分の子供というものが居ない2人では漠然としか理解することが出来ないが、徐倫は承太郎にとってかけがえのない存在である事は痛いくらいに分かった。

「千雨さん、いくらなんでも言いすぎでしたよ!」

「……いや、悪かった。徐倫から聞いた話じゃ『愛情を持っていない父親』って聞いてたからな」

「娘を愛していない訳が無い。徐倫が幼いころから距離を置いていたのも、スタンド使いの戦いに巻き込まないための苦肉の策だった」

「……そのせいか」

「だからこそ、スタンド使いについての知識はお前たちが教えてやってくれないか? 私には、それだけの資格は無い」

「まぁそう言うなら良いんだけどよ」

確かにスタンド使いは様々な厄介事を呼び寄せてしまう。

特に承太郎は相当な知名度と力を誇るスタンド使いだ、千雨やさよには想像もつかないような事件が起きたりしているのだろう。

愛する妻と娘を巻き込まないために距離を置く、それも一つの選択だ。








だが、その選択を看過できないものが居た。

「……めです……」

「? どうしたんだ相さ――」

「駄目ですよ、そんな悲しい事!」

さよが、彼女が出したとは思えない声量で承太郎に怒りかかった。

そんな様子に、まだ短い期間ながらも同室である千雨は、見た事が無いほど怒りを表しているさよに唖然としていた。

しかしただ単に怒っているだけではなく、同時に涙を流している。

その涙を見て以前の花畑の事と家族関係の事を思い出した承太郎は、失言だったと眼を伏せた。

「……そうだったな。すまない、相坂は……」

「親は、片方だけじゃ駄目なんですよ……」

出自を考えれば自ずと分かる事だったのだ。

忘れがちだがさよはもともと1940年代、つまり戦時中の学生である。

その当時の男性はほとんど全てが戦争に関わることとなり、それはさよの父親ですら例外では無かった。

兵士として駆り出され、家には母親と妹と自分。

数字の上では4人が3人に変わっただけではあるが、その1人にかかる重さは筆舌に尽くしがたい。

その後に母親まで亡くしてしまっているさよとしては、生きているのに、今すぐにでも会えるような関係なのに距離を置く事が信じられないのだ。

だからこそ、承太郎に対して心から思っている事をぶつけようと決めた!

「世界最強とか言われているなら、それに値するだけの力を持っているなら、どうしてそばで守ってあげなかったんですか!
承太郎先生は家族を巻き込みたくなかったから距離を置いたって言ってたけど、だったら何で結婚して、子供まで授かったんですか!?」

「だがわたしは――」

「頑張って欲しい物を手に入れても、都合が悪くなりそうだって結局それすら手放そうとして…………先生は身勝手なんです!」

「おいおい、その辺に――」

「『逃げない』で下さい! 自分が大切だと思うものなら!! ……私は……したくても出来なかったんですから……」

言い終わると同時、涙を拭こうともせずに教室から飛び出していくさよ。

追いかける事も言い返す事も出来ないまま、承太郎と千雨は教室の中で佇んでいた。

足が動かない理由は先程の言葉のせいだ。

『逃げるな』。

この場に残った2人には非常に痛い言葉である。

承太郎は家族を巻き込まないために距離を置いていたと言ったが、その実、自分のせいで家族が傷つくことに耐えられないための逃避であったと言える。

また、穏やかな日々を過ごして欲しいという意味もあったのだが、それも自己満足に過ぎない。

千雨は自分が一般人として生きるために、人間関係のほとんどを放棄して一人で過ごしていた。

自分の秘密を話せる相手が出来てからはそれも薄れているのだが、それでも世界から逃げ続けていたのだ。

どちらも『自分のため』に周りを切り捨てていたのである。

周囲を気にしない自己保身、それは『逃げ』だ。

ジョースター家の戦いの発想法ではあるのだが、それとこれとは意味合いが違う。

勝利のために一時的に逃げるのか、保身のために逃げ続けるのか。

ジョセフがしていたのは前者であり、承太郎と千雨がしていたのは言うまでも無く後者だ。

行動に込めている信念の強さは同程度だろうが、向けられるベクトルが余りにも違いすぎている。








「……そろそろ年貢の納め時かもしれんな」

観念したように承太郎が呟く。

だが不思議とその呟きには暗い感情が込められていない。

望むところだと言わんばかりの意気込みを感じる。

「だが最初の説明だけは長谷川達に任せるぞ。その後、徐倫が望むならわたしに直接聞きに来るように伝えてくれ」

「あいよ。まぁ心配はいらないと思うぜ?」

千雨はなんてことないように言うが、何を根拠としてそんなことが言えるのか承太郎としては気になる所である。

「ふむ、その根拠は?」

「決まってんだろ? なんたってあいつは――」

鞄を握り直して教室のドアへと向かって行く千雨。

承太郎に背を向けて歩きながら、決定的な一言を言い放った。

「――あんたの娘だからな、空条先生」

「……ふっ、そうかもしれないな」

言い切って、教室から出て行く千雨。

ここで少しでも振り返っていれば世にも珍しい承太郎の笑顔が見れたのだが、どちらにしても彼女は見ようとしないだろう。

大方「その笑顔は徐倫に見せてやれ」とでも言って、そっぽを向くに違いない。

「『逃げない』で下さい、か。……ならば立ち向かうStand Up Toか、全てと」








20時間目 世界からの解放――ストーン・フリー②








昨日の晩から試してみて分かった事がある。

この不思議な力――便宜上今は『糸』と名付ける事にする――はあたしの『心』、つまり意思によって出して動かせるようだ。

『糸』に変化させたい体の部分はある程度自由に決める事が出来るみたいで、好きなように伸ばして好きなように動かせる。

水に浸けるとふやけて、風にさらせば乾燥して行くことから、性質は本当に糸であるらしい。

だが力は微々たるものらしく、靴ひもですら解けないほど非力だった。

ちょっとムカついておもいっくそ力を込めたら千切れやがるし。

そしたら糸を出していた指先の肉が『糸のように千切れやがった』。

どうやらこの『糸』はあくまでも私の『体』を変化させたものであり、『糸』が傷つけば同様にダメージを受けるみたい。

この段階でこの事に気付いて、ある意味ではよかったかもしれない。

また、この力は普通なら見えないらしい。

昨日寝る前に色々と試してみた時、うっかり後ろから近づいてきた夕映に気付かなかった。

自分の手の中で絡みつかせるように操作していたんだが、両手はおっぴろげにしてたし、糸の量からいって見られるに違いなかった。

だが彼女は「もしかして手に怪我をしているんですか?」と全く気付いた様子は無かったんだ。

ここで私は考える。

もしかしたらこれが『魔法』ってやつなのかと。

そしてこうも考えた。

『魔法』はその力を持っている人にしか見えず、だからこそ現代の中でも『魔法使い』とやらが存在しているのだと。

だからこそこの力を試す時は細心の注意が必要だ。

少なくとも子供先生、アスナ、楓、クーフェイは魔法関係者である事が分かっている。

あの4人に見つからないように試す必要がある。

さて、今日の夕方には地上に戻れるらしいから、一応大人しくしとくかな。
















3月18日の日曜日、正午過ぎ。

空を見上げようにもここは地下であるために天気は分からない。

ただ一つ言えるのは、外が曇りだろうと雨あろうとここの明るさは変わらないということだ。

そんな環境で青空(?)教室をしていた図書館島突入組一行だったが、今は食事を含めた休憩の時間なので思う存分にだれている。

ただし夕映と木乃香は復習に余念がなく、明日菜もだらけてはいるが教科書を流し読みしていた。

この後の予定としては模擬テストを行い、その後は大司書が用意するという脱出口待ちとなる。

テスト終了後の脱出までの時間は好きにしていいということだったので、夕映は特に力を入れて模擬テストに臨もうとしていた。

彼女にしては珍しく真面目に復習に取り組んでいるのもそのためだ。

「ふふふふふ。さっき見つけた『吟遊詩人ビードルの物語』……世界に7冊しかないこの本に、幻の8冊目があったなんて……」

……いや、希少本に目がくらんでいる状態なので真面目とは言いづらい。

それに比べれば木乃香は至って真面目であり、ノートの見返しをしたり応用問題をついでに解いたりしている。

驚くべきは明日菜だろう。

普段なら活字を読むだけでオーバーヒートするというのに、流し読みとはいえ教科書を読んでいるのだ。

あやかが見たら「偽物ですわね! 本物はどこですか!」とか言い出しそうだ。

勿論そんな予想を明日菜に言えばただでは済まないと思うので、他の面々も考えてはみても口には出さないが。

「あーあ、もう気付けば明日には期末試験なのよねー。もういっそここに閉じ込められてる方が楽なんじゃないかって思うわ」

「アスナ、それだけは思ってても言ったらあかんて。それに高畑先生にも会えなくなるで?」

「うぐっ! そ、それは盲点だったわね」

「アスナは何処まで行ってもアスナアルね」

「くっ、言い返せないのが辛い……」

「あ、あははははは」

そんな彼女らの様子を見てネギは苦笑することしかできない。

いくら9歳とはいえ男の子である。

そんなネギが女子中学生のパワー満点な会話に入っていけるはずもなく、少し離れた所で模擬試験用紙を作りながら横目で見るくらいだ。

そんな時、ネギは徐倫の姿が見えない事に気付いた。

「あれ? 徐倫さんは何処に行ったんでしょうか?」

「徐倫ちゃんならそこらへんの本棚を見て回るって言ってたけどー」

「そうですか……。昨日の夕方から少し様子がおかしかったので、何かあったんじゃないかと思いまして」

「大丈夫でしょ。結構徐倫ちゃんって頼もしい子なんだから」

考えてみれば普段から副担任である承太郎と一緒に居るため、徐倫との接点があまりないネギ。

千雨やさよの様子を見る限りいい人である事は分かっているのだが、いかんせん見た目で判断してしまうきらいがあった。

この癖のせいで後々痛い目を見るのだが、それはまた別の話。








「んー? なんかあたしの事呼んだー?」

噂をすればなんとやら、徐倫が地底湖に広がる桟橋から歩いてきた。

タオルで頭をわしゃわしゃと拭いており、どうやら地底湖で泳いでいたらしい。

「いやさ、何処行ったのかなーって話してただけだよ?」

「ふーん。ああそうそう、あたしらが着水したあたりに例の『魔法の本』は無かったわよ。波かなんかで流されちゃったかも」

「あれを探してくれてたの!? もうほとんど諦めてたから別に良かったのにー!」

「ほら、あたしのせいで見失っちゃったわけだしさ。色々と責任感ってもんがねー」

気にすんなーと手を振りながら冷蔵庫へ向かう徐倫。

ややあって取り出した『セロリイチゴジュース』を、腰に手を当てて直飲みし始めた。

……いや、3月では旬の物だからといってこの飲み物はいかがなものかと思う。

しかも風呂上りのおっさんの様な体勢であるのに全く違和感が無いし。

余りにも堂が入っているため、女の子としてはしたないと注意する事も出来ない。

「……なんというか豪快な人ですね」

「でも悪い子じゃないってことは分かったえ?」

「ええ、それはもう」

木乃香とネギは微笑ましそうにその様子を見るのだった。
















「さてさて、17時にタイマーセットして……っと。扉の開閉装置も同時にセットして……」

「……やけに嬉しそうだな、×××××」

図書館島某所、16時過ぎ。

地底図書室ではとうに模擬テストが終了し、生徒たちが思い思いにくつろいでいる頃、2人の男が胡散臭い格好をしながら胡散臭い会話をしていた。

どれぐらい胡散臭いかと言えば、エンヤ婆のホテル従業員の振りくらい胡散臭い。

「ああ、わかりますか×××さん! 『彼』の息子が来てますからとっておきの悪戯を仕掛けようと思ったんです!
魔法が封印されているからといっても、周りにはスタンド使いが2人――いえ、3人いますからね。少々派手にしようと思って」

片方の線の細い男は感極まった様子で両手を挙げる。

余程この状況が楽しくて仕方が無い様だ。

対してもう片方の小柄な男は冷めきっている。

いつも相方の突飛な行動に振り回されているためか、どうにでもなれというあきらめの感情が見える。

「お前の言う3人目、まだ力に目覚めて間もないから戦えはしないだろう」

「大丈夫ですってば。3人目は自身の能力について分かっていないため、巻き込まれないように行動するでしょうし」

「そういった前提が崩れるからこそ、スタンド使いは魔法使いと同列の異能力なんだ。それをお前は――」

「まあまあ、抑えて抑えて。怪我しないようにしますから」

「……信じていいのか?」

「ええ勿論!」

キラキラと輝く眼には嘘偽りは無い様だ。

つまり、『怪我しない程度に遊び倒す』ということだろうと小柄の男は解釈した。

「……俺は寝てるからな。後は勝手にしろ」

「元よりそのつもりです♪」

部屋の奥へと帰っていく小柄な男を見送り、優男はウキウキしながら先程までの作業に戻る。

「えーと、侵入者レベル設定は魔法生徒初級レベ……あれ?」

水晶玉(おそらく操作板代わり)を操作していた優男は、突然間の抜けた声を出す。

そして直後に物凄い勢いで操作を再開する。

(対象レベル設定に致命的な欠陥!? レベルが魔法先生中級から変更できない……不味いですねぇ、こりゃ。
もしかして落下した時に魔法プログラムに異常が……わたし自身が出向いて止めるにしても、面白くないですし……さて)

真面目なんだか不真面目なんだか分からないが、一応彼的には至って真面目に対処している。

最後に考えていた事が致命的にアレだが、果たしてどう行動するのか。
















地底図書室、16時55分。

夕映以外は何時でも外に出れるような準備をしているのだが、いかんせん指定時間が『夕方』というアバウトな時間なため、若干手持無沙汰な様相を見せていた。

いつ案内人が現れるとも限らないため、一か所から離れるのは面倒だとリビングに集まったのだが、それにしても娯楽が少ない。

いや、夕映だけは娯楽まみれだ。

食事に使っていたとはいえ確りと清掃されたテーブルの上に、読みたい本をどっさりと載せている。

明らかに1日で読み切れる量では無いため、あわよくば持ち帰ろうとでも思っているのだろう。

どう考えても体格の関係からぶっ潰れるだろうが。

とにかく、他の面々は会話ぐらいしかする事が無い。

「にしても何時になったら出れるアルかー?」

「夕方としか言及されてなかったから、どうなんやろなー。大体夕方って言ったら17時くらいやし、そろそろやと思うけど」

「別に良いんじゃない? どうせ部屋に戻ってもテストの追い込みくらいしか出来ないんだし」

「……やっぱりここで暮らしても良いんじゃないかな?」

「バイバイ、アスナ。短い間だったけど楽しかったよ」

「こらー! 徐倫ちゃんが言うと冗談に聞こえづらいわー!!」

「ちょっと、あたしじゃないわよ!?」

「はっはっは、拙者の声真似でござる」

まぁ会話だけでも彼女らには十分であるようだ。

明るい会話、明るい雰囲気。

だが一か所だけ暗い雰囲気を醸し出している部分があったので、明日菜がそちらへと近づいた。

「なーに辛気臭い顔してんのよ、ネギ。もうすぐ出れるんだからシャキっとしなさいよ」

「あ、ごめんなさいアスナさん」

少しだけうつむき加減のネギであるが、どうも暗いというよりも何かを考え込んでいたようだ。

頭の良いネギがこの状況で考え込んでいるので、何かヤバい事でもあるのかとネギに問いただす。

「ねぇ、なんか考えごと? 私でよければ相談に乗るけど」

「いえ、一か所だけ気になる事がありまして」

「気になる事? もしかしてこの状況を作り出した幻の大司書の事でも考えてたの?」

「人物については当たり、内容については半分当たりです。大司書は何故こんな回りくどい方法で勉強させたのかな、って思いまして」

確かに言われてみればそうだ。

魔法の本を手に入れた時点で眠りの効果のある魔法でも使って眠らせ、地上に送り返すと言った方法もとれるはずである。

だというのに大司書はわざわざ地底図書室に一行を誘いこみ、こんな場所で勉強をさせるように誘導した。

魔法を秘匿する流れの強い魔法使いの思考にしては異端が過ぎると考えたのだ。

「この事態を予測していたように教科書が用意されていたことから、地底図書室に追い込むことが目的だったと考えています。
でも、だとしたらそんな事をする目的が分からなくて」

「うーん……。この場所になにか特殊な魔法がかかっていて、能率が上がるとか?」

「あー、そういう考え方もありですね。アスナさんに相談して良かったかもです」

「よしてよ、そうとは決まった訳じゃないし。んで、もう半分ってのはなんなの?」

「それなんですが、これが僕の修行として行われていた場合、静かすぎるなぁって考えまして」

「……確かに。仮に学園長が画策したんじゃ無くても、こんなことする奴だったらなんかしらちょっかいを出してくるわよね」

「だから、脱出の時に何か――」








ピンポンパンポーン。

ファンタジックな場所にそぐわないチャイム音が聞こえる。

周囲にスピーカーなど見えないため、裏の関係者は魔法で音を出しているのだと気付いた。

そしてこの場所、このタイミングでそんな事をする人物にも心当たりがあった。

≪あー、あー、マイクテス、マイクテス。≫

余りにもテンプレート過ぎるボケに、だぁーと全員がずっこける。

このリアクションを見越して今の台詞を言ったのだとしたら、やはり大司書は愉快犯なのだろう。

≪えー、聞こえますか? 私は図書館島の『幻の大司書』です。約束通り、君たちを地上に戻す準備が整いました。≫

「よかったー。これでやっと帰れるよー」

「しっ。まだ何か言おうとしてるアル」

まき絵が安堵しているものの、古菲が言葉から感じた微妙なニュアンスから警戒する。

≪ですがちょっとした問題が発生しまして……。≫

「問題、ですか?」

「なんやろなー?」

夕映と明日菜は頭の上にハテナマークを出しながら首をかしげている。

「ちょ、ちょっと! 本当に外に出れるんでしょうね!?」

≪ああ、脱出に関しては問題ありません。ですが、問題があるのは道中の警備システムでして。≫

「警備システム、でござるか?」

≪はい。皆さんが『魔法の本』を見つけた部屋にあった石像、覚えてますよね? あれが暴走しちゃってまーす。
しかも皆さんを逃がそうにも放送も脱出口も規定時間近くにならないと操作出来ない仕様でしてー。≫

空気が凍りついた。

あっはっはっはーやっちゃいましたーという笑い声が何処からともなく聞こえてくるものの、全くもって笑えない。

あれだけの質量を持った石像型警備システムが暴走?

そんなもんが襲ってきたら、ロボット兵器に立ち向かう一般兵士のごとく蹴散らされる様子しか想像できない。

知らず知らずのうちに全員の額から汗が流れていた。

「ん? どうかしたですか?」

「「「「「「「聞いてなかったんかい!!」」」」」」」

……夕映だけは本に夢中で聞いてなかったようで、汗一つ流していないが。

どうやら夕映は本を読んでいると周りが見えなくなる性質のようである。

少しだけ弛緩した空気であったが、すぐにそれも元に戻る。

ドッゴォ!!

他の7人が突っ込みを入れた直後、地底湖の一角――ちょうど一行が着水した場所――の水が爆ぜた。

結構遠いのではあるが、衝撃で立った水柱から水が撒き散らされ、一行の近くが濡れて行く。








≪はっはっは……さて、そろそろ不味いです。出来る限り抑え込んでおきましたが、限界が近いようです。
という訳であの水柱が立った場所から離れて下さい。 向こうにある滝の裏に17時ジャストに開く脱出口が隠されていますから、そちらへ退避を。≫

「そんな切羽詰まった様子で言うんだったら、笑ってないで先に言えー!」

「あ、アスナさん、大司書さんに怒っている場合じゃないです! 早く行きましょう!」

「わ、分かってるわよ! みんなー、走ってー!」

言いながら、魔法で強化が出来ないネギを小脇に抱えて走り出す明日菜。

他の面々も慌てながら、椅子から立ち上がって水柱に背を向けて走り出す。

「せ、せめて1冊でも良いから本をー!」

「諦めるでござるよ夕映殿!」

「コノカも行くアル!」

「ほえー、速いわー」

本を持ち帰ろうとして出遅れていた夕映は楓が、それを抑えていた木乃香は古菲が担ぎあげる事によって運ばれて行く。

ヒュー――

担がれながら未練がましくリビングを見続ける夕映だがすぐにその顔が真っ青になる事になる。

――ズズン!

何処からか物が飛来するような風切り音が聞こえたと思ったら、中空からリビングに石柱が落ちてきたためである。

いや、よく見れば石柱では無い。

『剣』だ。

それは剣というには余りにも大きすぎた。

大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。

それはまさに石塊だった。

……何処からともなくそんな電波が飛んでくるようなでかさの剣だが、もちろん勝手に飛んでくる道理は無い。

という事は誰かが投げてきたという事なのだが、そんなものは分かり切っている。

いつの間にかそこまで近づいたのか、リビングに刺さった剣を引き抜く石像が見えた。

先程の水柱の地点よりも遥かに一行との距離が近い。

その大きな歩幅で走り、一気に距離を詰めてきたのであろう。

「きききき、来たー!!」

「も、もっと速く走るでござる!」

「無茶言うなー!」








勿論そんな姿を見てしまったらパニくるのは自明の理。

それに加えて滝までもう少しという油断もあったのだろう。

「きゃっ!?」

佐々木まき絵が、転ぶ。

それは誰が見ても致命的な隙であった。

侵入者を排除するという行動を組み込まれたゴーレムは、老若男女容姿関係無くまき絵を排除しにかかる。

全員が全力で走っているために、助け起こすことは出来ない。

ただそれが出来るだけの身体能力を持っている楓と古菲は、それぞれ人を抱えているために瞬動が使えないでいた。

ならばと抱えているものを下ろそうとするが、それにはまず止まらないといけない。

急激に立ち止まる2人だったが、抱えられている2人に車の急ブレーキ時の様な衝撃が加わり、すぐに立つ事が出来なかった。

そんなもたつきにお構いなく、まき絵に確実にゴーレムが近づいて――

「あ……」

――巨大な影がまき絵の上に広がっていく。

そうしてゴーレムは、まき絵が射程に入ったと感知したのだろう。

走りながら何時の間にか後ろに振りしぼられていた剣が、力強く前方に解き放たれる。

立ちあがる事も、悲鳴を上げる事も出来ずに、まき絵は目の前に広がる絶望を見ているしかなかった。

そして――








ドグシャア!!

――まき絵がへたり込んでいた場所ごと、桟橋が薙ぎ払われた。








「ま、まき絵?」

それは誰の呟きだったのか。

いや、全員が呟いていたのかもしれない。

眼の前で、まき絵が、『薙ぎ払われた』。

現実感の無い光景に、思考と理解がついて行かない。

「い……いやぁぁぁぁぁ!!!」

「まき絵さーん!!」

先行して脱出口を開けていた明日菜とネギはふり返った先にあったその光景を見て、喉が裂けんばかりにその名を叫ぶ。

だが返事が返ってくるはずもなく、その事に絶望してその場に座り込んでしまう。

「そんな……」

「う、嘘やろ?」

ゴーレムは何故か動かない。

だがそれと同時に、ネギたちも動けなくなってしまっていた。
































「なーに勝手に絶望しちゃってんの? まき絵は無事よ」

不意に徐倫の言葉がその場に響く。

まき絵が、『無事』?

その言葉を受けて、走っている者の中でもちょうど中ほどを走っていた徐倫の方へと全員の視線が集中する。

「あ、あれ? 私、生きてる?」

「ほら、茫然としちゃってるけどピンピンしてるわ」

徐倫の腕の中には確かにまき絵が抱かれている。

だがその距離がおかしい。

徐倫の今いる位置は、楓や古菲に比べてまき絵のいた位置から若干遠い。

助け起こすにも圧倒的に遠すぎるのだ。

瞬動さえ使えればどうにでもなるのだが、そんな力が彼女にある訳が無い。

「じょ、徐倫殿?」

「今のはまさか……」

だが、瞬動では無いのだが『力』はあるのだ。

この場でそれを見る事の出来る者は、能力から言っても動体視力から言っても楓と古菲のみ。

見えるものには見えていただろう。

まき絵の体には、『縄のように固まった糸』が巻き付いており、それを全力で引っ張っていた事がッ!

「さぁ、さっさと逃げましょ。……そのクソ石像をぶっ潰したらね」








『引力』には逆らうな、それは逃げとなる。

『引力』には立ち向かえ、それは道となる。








空条承太郎――『運命』に立ち向かう覚悟完了。

空条徐倫――『世界』に立ち向かう覚悟完了。

┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  

後書き:
2回で終わるはずだったこの区切り、3回になってしまいました。

次回、クライマックス。

それと、夕映が読みたがった本は実在しています。



[19077] 21時間目 世界からの解放――ストーン・フリー③(大幅改訂)
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/09/19 00:19
私たちは今、死に物狂いで走っている。

比喩じゃない、正真正銘文字どおりの意味でだ。

何故かと言えば、『追いつかれたら死ぬ』からに他ならない。

現在、さっきのうざったい放送の後から狙った様に出てきやがった動く石像に、私たちは追いかけられているのだ。

……幻の大司書とか言う奴、いつか絶対にボッコボコにしてやる。

暴走したとか何とか言ってたから制御装置に損傷でもしたんだろう。

出てきた場所から考えても、大方落下した時にぶっ壊れた事が推測できる。

だったらあんな大穴の近くに置いとくんじゃねぇよとも考えたが、そもそも遠隔操作の警備なんか置くんじゃねぇという事に気がつく。

だがまぁ貴重な本とかいう話だし、学校関係者以外が盗みに入るのを防止するためなんだろうけど。

あれ?

ってことはこの地底図書室って外部侵入者の処刑場?

……。

……深く掘り下げると非常に不味い気がする。

誰かが殺された恐れのあるような場所で勉強したり泳いだりしてたのか、あたしら。

いや単なる想像なんだけど、妙にリアリティがあって困る。

というか『糸』が使えるようになってから妙に頭の回転が良くなったような気がする。

息が切れるかもしれないくらい全力で走っているのに、頭の中は至って普通の平常運転だ。

それに体が妙に軽い。

もしかしたらこの『力』には人を強化する副作用でもあるのかもしれない。

そう考えるとこの麻帆良でオリンピック級の身体能力を持つ生徒が多いのが納得できる。

……うん、やっぱり頭の回転、というよりも閃きの力が強まってるっぽい。

最初は何なんだよこの力とか思ってたけど、日常生活でも役に立つかもしれない。








「滝の裏に脱出口あったよー!」

「皆さん、早く来て下さい!」

頭を動かす事を一時的に止めて視界に集中すると、先行していたネギ先生と明日菜が出口を見つけたらしい。

今は出口の扉を開放しようとしているようだ。

確かに走ったまま突入できるようにしてくれるのはありがたい。

大きさから言ってもあの石像は入ってこれないだろうから、あそこが私たちのゴールだろう。

走るのが遅そうな木乃香と夕映は楓と古菲が確保しているし、このまま逃げ切れるはずね。








「きゃっ!?」

そんな事を思った矢先、悲鳴が聞こえてきたから後ろを振り返る。

結構な身体能力を持っているはずのまき絵が、焦って体勢でも崩したのか、桟橋の細かな出っ張りに足を引っ掛けて転んでいた。

そしてさらにその先には剣を振りかぶった体勢の石像。

不味い。

まき絵から私との距離、推定20メートル。

まき絵から石像との距離、推定50メートル。

石像の歩幅を大きさから考えると、まき絵の所に石像がたどり着くまでの猶予は5秒ほどだろうか。

頭の中で計算される予想が、一つに向かって収束し始めてる。

このままじゃまき絵が死ぬと。

急激にスローモーションになる『世界』の中、まき絵よりも自分寄りの方へと視線を動かす。

楓と古菲はそれぞれ人を抱えているため、すぐに助け出すには時間がかかってしまうだろう。

腕の動きなどから見るに、抱えていた者を下ろして助けに行こうとしているのは分かる。

でも駄目だ。

このままじゃ『間に合わない』というのが素人目にも分かる。

他に助けを求めようにも先生と明日菜は後方に居るから除外するしかない。

楓達が木乃香らを下ろそうとしているが、衝撃で体が硬直しているのが見てとれた。

あれじゃあすぐさま立ち上がるのは難しいはずだ。

どう考えても詰んでいる。

1秒経過。



……いや、実は詰んでいる訳ではない。

あたしの『力』、これを使えばどうにかなるかもしれない。

こんな状況ではこの『力』を隠すとか言ってられない。

『力』がばれて周りの奴から怖がられるよりも、出し惜しみをしてせっかく仲良くなった友達を失う方が遥かに嫌だ。

でも問題点がある。

私が使えるこの『糸』の力は微々たるものだから、まき絵を引っ張るだけの力は無い。

せめてロープくらいの強度があれば巻き付けて引っ張り上げる事が出来るのだろうけど。

……『ロープくらい』?

2秒経過。



そうだ、あたしは何を勘違いしていたんだ。

『糸』を自在に動かせるなら、それを『編み上げて別のものにする』ことも出来るはずだったんだ。

なまじ使うときの形状が『糸』だったから、そのまま活用することしか考えていなかった。

そしてロープは結局、繊維を強靭にして使用するために編み上げて作られたものだ。

ならこの『糸』をロープ状に編み上げて伸ばせばいけるかもしれない。

そう考えた瞬間、自分でも驚くほどに素早く体が動いた。

もうまき絵のすぐ手前まで石像が迫っている。

一刻の猶予も無いって言うのは正にこの事ね、とか考えながら『糸』を伸ばしていく。

伸ばしながらイメージを組み立てる。

頭の中で『糸』を『ロープ』に編み上げるイメージをして、その通りに操作する。

するとそのイメージに合わせて『糸』が編み上がるのではなく『固まって』いった。

ここでもう一つの勘違いが判明した。

この『糸』はただの肉体の延長じゃない、『エネルギー』なんだ。

あたしの『心』に応えてくれるエネルギーの『固まり』。

ならそれを一点に集めれば『エネルギーは高まっていく』!

そして完全にロープの形状になったあたしの『力』は、へたり込むまき絵の体に巻き付いた。

3秒経過。



石像は既にまき絵のすぐそばに居り、振りかぶっていた剣に力を込めていた。

だがこれはある意味幸いだ。

あのまま走ってまき絵を踏みつぶされていたら間に合わなかったかもしれない。

そんな可能性が脳裏によぎって、冷や汗が流れる。

しかしそんな事で手を止める時間など無い。

あたしの腕の4割くらいを消費して作られたロープを引っ張る。

だが引くだけの筋力が足りない。

まき絵が少しだけ身じろぎするように動いたが、それだけだ。

なら引っ張る力を高めれば良い。

イメージ。

このロープを引っ張る事の出来る『力』の固まり。

ぶっつけ本番だが、右手から伸びているロープを引っ張るために右肩を『エネルギー』に変化させようとする。

指先からしか出来ないのかとも考えていたが、心に応えてくれるなら大丈夫だろう。

急速に肩の重さが無くなっていき、代わりに力強さを感じた。

4秒経過。



剣先が動くのが見えるのと同時、集束が完了した『エネルギー』がロープを引っ張る。

横目で見たそれは、全てをぶち壊してくれそうなパワーのこもった腕だった。

……何故だろう、この感覚。

この腕に、あたしはどこか懐かしさを感じているのだ。

だが思考の海に飲まれるより速く、逆バンジーの様にすっ飛んで来るまき絵が見えた。

質量の少なくなった体で抱きとめるのは難しいと思い、右肩のエネルギーを元に戻す。

何時もよりも力が滾る体で、茫然としているまき絵を抱きとめた。

5秒経過。



瞬間、まき絵が居たはずの桟橋が爆ぜた。

石像は振りかぶった剣を、その全質量を込めて叩きこんだのだ。

でもそこには誰もいない。

抱きとめたまき絵の体温を感じてふぅとため息をついた。

すると、興奮していたためにスローモーションで見えた『世界』が、落ち着いてきたために元に戻る。

……小さい頃に見た『マ○リックス』みたいでかっこよかったのに、とか思ったのは内緒だ。








さてと、なんかまき絵が死んじゃったとか思ってるのが居るみたいだし、安心させてあげましょうか。

「なーに勝手に絶望しちゃってんの? まき絵は無事よ」

その言葉に反応したのは周りに居る奴だけじゃ無かったみたい。

「あ、あれ? 私、生きてる?」

「ほら、茫然としちゃってるけどピンピンしてるわ」

腕の中に居るまき絵がぺたぺたと自分の頬を触って、生の実感を噛みしめている。

そんな小動物みたいな様子に思わず笑っちゃいながら、こんな事態を引き起こしやがった石像を見据える。

剣を桟橋に叩きこんだままピクリとも動かないでいる石像。

多分、確実に仕留めたと思っていた獲物がいつの間にかいなくなっていたもんで、茫然とでもしているのだろう。

「じょ、徐倫殿?」

「今のはまさか……」

ほらほら、あんたらも呆けている場合じゃないでしょうが。

私たちの今の状況、思い出してみなさいよ。

この地底図書室から逃げ出そうとしている最中だったじゃないの。

……でもまぁ、ここまできたらただ逃げるのも癪に障るわね。

「さぁ、さっさと逃げましょ。……そのクソ石像をぶっ潰したらね」

せっかく新しい使い方も分かったんだ、サンドバックにでもなってもらいましょうか。








21時間目 世界からの解放――ストーン・フリー③








「とゆー訳で、ほらまき絵。あっちに出口があるっぽいからさっさと走った走った。じゃないとまた死にかけるよ?」

「え、え? えええ!?」

未だに茫然としているまき絵であったが、『死』という単語に強い反応を示した。

そりゃそうだろう、死にかけて生き残って、また死にかけるのは誰だって勘弁願いたいものだ。

「ほい、まだ走れるんだったらネギ先生の方に行きなさい。私は大丈夫だから」

「う、うん! 助けてくれてありがと、徐倫ちゃん!」

徐倫はそっと背中を押してやり、まき絵をネギたちのいる滝の裏へと進ませてやる。

もともと逃げるために走っていたため、思考が追いつかずとも体は勝手に駆けて行く。

これなら大丈夫だろうと、徐倫はまた石像へと向き直った。

途中に茫然としている楓と古菲がいたが、今の徐倫の行動を見て、今するべき事が分かったのだろう。

ゆっくりと抱えていた者を降ろし、徐倫と同じように背中を押してやる。

「……夕映殿も行くでござる。ここは拙者らが時間稼ぎをする故」

「コノカも行くアル。ネギ坊主ー! 後は任せたアルー!!」

「ちょ、ちょっと待って欲しいです。まさかあの石像と戦うつもりですか!?」

「そうでござるが? なに、戦えるものだけで固まればいけない事も無いでござる」

「にしても危ないて。ほんまに大丈夫なん?」

「大丈夫大丈夫、無問題アル。麻帆良武術四天王のうち半分が居るアルから」

えいと力こぶを見せるように腕を見せる古菲。

華奢なようにしか見えない腕だが、毎朝の戦いを見ている身としては実力的に納得せざるを得ない夕映たち。

……あれだけの力を出せるというのに、力こぶはほとんど見えないのはなんでだろうか。

ともかく、あれだけの実力を持っている者が大丈夫だというのだ、勝算があるのだろう。

そう考えた夕映は木乃香の手を取ってネギたちの方へと走り始める。

「必ず、無事に追いついて来て下さいよー!」

「あいあい。委細承知したでござる」








そして楓は夕映に向かって手を振りつつ、ネギへと視線を向けた。

どうやら魔法も使えない身であるにもかかわらず、これから行われるだろう戦いに参加しようとしているようだった。

気配からそれを察した楓は、大声でネギへと釘をさす。

「ネギ坊主! 先生なのだからちゃんと引率するでござるよー!」

「っ! ……でも僕も――」

「戦えないなら戦えないなりに、出来る事はあろう? 天才なら分かって欲しいでござる」

「……大丈夫、なんですね?」

「ネギ坊主じゃ勝てぬかもしれんが、拙者らならいけるでござるよ」

この間の結果を持ちだして挑発するように言う楓。

ムッとした表情をするネギだったが、楓の実力は文字通り痛いほど知っている。

格下である自分がここで彼女を心配するのは侮辱である事も。

「……ゴーレムをお願いします。僕は明日菜さん達と共に先行しますから、必ず追いついて来て下さいね!」

「承知したでござる」

そう言って楓はネギから目線を逸らし、石像を見据えた。

ネギの方には一切の気配を向けていないため、先行脱出組は完全に任せたということだろう。

ならば期待に応えてみせると、今は何の意味も無くなっている杖を握り締め、皆を鼓舞した。

「楓さんや古菲さん、それに徐倫さんが石像を足止めしてくれるようです! 僕たちは彼女たちを集中させるために、早く外にたどり着きましょう!」

「ね、ネギ? 楓ちゃんとか、本当に大丈夫なの!?」

そばに居た明日菜が聞いてくるが、答えなどとうに分かり切っている。

「大丈夫です! この前僕は全力で挑戦したのに、あっさり負けちゃったので! そんな楓さんたちなら安心です!」

「……武道四天王のひとりに挑戦とか、無茶するわねアンタ」

だが今の言葉で明日菜は納得したようだ。

それにまき絵や木乃香、夕映が脱出口に走ってきていたので、このままの勢いで脱出できるように先行しなければならない。

「だったら私もしっかりしなきゃね! 背負ってあげるから、行くわよ!」

「は、はい!」

そうして徐倫、楓、古菲以外の5人は、滝の裏の脱出口から先に進んで行くのだった。








「さて、やりましょうか?」

「いやいや、ちょっと待つアルよ!」

徐倫は未だに動かないゴーレムに向かって進もうとするが、古菲がそれに待ったをかけた。

よくやったという表情の楓も、実は突っ込みたくてうずうずしていたらしい。

『裏』を知らないものが居なくなった今、喋り放題である。

「というか徐倫殿、スタンド使いだったでござるか」

「スタンド? 何それ? もしかしてこの力、魔法じゃないの?」

「全くの別物アルよ。魔法の反対側にある力アルね」

「へぇー。いや昨日から突然使えるようになったんだけど、あんたらの会話から魔法なのかなーとか思っててさ」

「……昨日から、でござるか」

「あちゃー、『引力』アルねー」

徐倫から話を聞いてみれば、何だか頭が痛くなるような話ばっかりだ。

昨日から使えるようになったとか、『裏』について自分たちの会話からばれたとか、ぶっつけ本番で能力を応用させてまき絵を助けたとか。

特に最後に関しては冷や汗ものだ。

スタンド使いについて徐倫よりは詳しい楓達は、こんな事になった理由が簡単に理解出来た。

すなわち『引力』であると。

という事は今回のトラブル、実はネギを中心に回っていたのではなく徐倫を中心に回っていた事になる。

「っつーことは、まき絵が死にかけたのってあたしのせい?」

「一概には言えないけれども、ある程度の要因としては関わってるでござるな」

「……そう」

自分のせいで友達が死にかけた。

楓は正直に伝えたが、少々素直に言いすぎたかと思った。

隠す事はためにならないし、もし知らなくてもいずれは知る事になる。

それでも今じゃなくて良かったのではないかと。

だが徐倫は屈しない。

「だったら、毎回毎回助けてやればいいんじゃない」

「……徐倫殿」

徐倫はそんな事になるなら『力』なんていらないとも考えそうになったが、今更この力を消せるかどうか分からない以上、ポジティブに考える事にした。

巻き込まれる人が出てしまうのなら、毎回助ければ良いと考えるのだ。

俗に言う『逆に考えるんだ理論』である。

実にジョースターの血統らしい、というよりも徐倫らしい考え方だ。

「だからあたしは大丈夫よ。だから、目の前のクソ野郎をぶっ潰しましょ?」

「まぁ落ち込むよりはいいけど、その発言は女の子として駄目でござろう」

呆れ顔だが、落ち込むよりはいいと考えた楓はそれ以上何も言わなかった。








話もまとまった所で石像に対処しようとした3人だったが、何かに気付いた徐倫が何故か待ったをかけた。

一番石像を粉砕したいと考えていた彼女にしては妙である。

そして徐倫は、石像に向かって話しかけ始めた。

「さってと……大司書だっけ? さっきの放送はやっぱり嘘で、あんたがその石像を動かしてた訳かしら?」

「おや、居る事が気付かれるとは思いませんでしたね。どのようなトリックで?」

まさか石像から返事が返ってくるとは思わず驚いた楓と古菲であったが、ややあってその理由を理解する。

石像の上には何時の間にかフードをかぶった男が立っており、その全身には糸が巻き付いていた。

「石像の全身に『糸』を這わせて、脆い所があるかどうか確かめてたのよ。そしたら透明な誰かが石像の上に居るって分かった訳」

「スタンド能力ですか。いやはや、魔法使いよりもスタンド使いに生まれたかったですね」

「そんなことはどうでもいいのよ。あたしが聞きたいのはアンタが黒幕かどうかってこと」

「いえいえ、誤解ですよ。私は地底図書室に落ちている石像の動きを止めているだけです。
ハンマー持ちの方は既に抑えていたのですが、こちらの方には対処が遅れてしまいまして」

そう言って、大司書は徐倫の方に顔を向ける。

わずかに覗き見れる表情には、焦りしか見えなかった。

「……空条徐倫さん、佐々木まき絵さんを助けてくれてありがとうございました」

「礼を言われる筋合いは無いわ、当然の事をしたまでだし。というか何で今の今まで出てこなかったのよ?」

その徐倫の言葉に、申し訳ないといった形に肩を竦ませる大司書。

その身ぶりは流麗なのだが、どこか現実感というか生命の流れを感じない。

「私としてもここまで危険だと分かっていたならさっさと止めに入ったんですが、それにしても限界があるんですよ。
私ってばこの図書館島に封印されているようなもんでして、特定の時期以外には魔法が著しく制限されているんです」

「封印、でござるか?」

「ええ、とある空間以外からも出れないのでこの姿も分身です。
というかもう石像を抑え切れなくなってます。保ってあと30秒くらいでしょうか」

その言葉を受けてよく見ると、確かにその姿が時折明滅して消えているのが分かる。

出来そこないのホログラフの様であり、生命を感じなかった理由はここにあった。

「くっ……すみません、もう抑えるのが限界です。流石にこの状態で二体同時は無茶が過ぎました。
この姿が消えると同時に、地底図書室に居る暴走中の二体が動きだします。
ゴーレムはどっちもぶっ壊しちゃっていいので、後始末をお願いできますか?」

「言われなくてもそのつもりよ。あんたは残骸の片付け準備でもしてなさい」

「これは手厳しい。それではまた何時か会いましょう、私からは積極的に会いにいかないと思いますが」

「最後の最後で最悪アル」

最後にだらしない事を言いながら足元から消えて行く大司書。

3人的には一瞬で消えて欲しいが、そんな事に文句を言ってもしょうがないので動き出すであろう石像に警戒する。

そして肩口まで消えた頃、何かを思い出したように口を動かした。

「ああそうそう、制服似合ってませn――」

「フンッ!!」

言い終わるよりも、そして消え去るよりも早くに大司書の顔がねじ切れた。

徐倫が大司書の体に巻き付けていた糸を固めて、まるでボンレスハムの糸を万力で引き絞るようにしたためである。

何となく尊厳を傷つけられて我慢出来なかったんだろう。

他の2人は気不味そうに眼を逸らしていた。

……薄々感じてはいたようである。








さて、そんな温い空気もここまで。

石像は大司書の分身が消えた瞬間からギチギチと音を立てながら動き出した。

遠くからは水が爆ぜる音が聞こえ、それと同時に水柱が見える。

どうやら大司書の分身その2が止めていたとかいう石像が、地底湖の底から動き出したようだ。

こっちに居る個体は石で出来た大剣を持っているので、向こうの個体は鉄製ハンマーを持っていた方だろう。

武器から考えるに、破壊力的にはハンマー持ちの方が高そうだ。

「それじゃ、私は向こうのゴーレムを倒してくるアル。楓は――」

「徐倫殿のフォロー、でござろう? やる気十分とはいえまだまだスタンド初心者、何かあったら大変でござるからな」

「そういう事アル。それじゃ、武運を祈ってるアルよー!」

「上等!」

徐倫のサムズアップを受けながら古菲は水柱の立った方向へと向き、スタンドを展開すると同時にその体を瞬時にかき消した。

見られても全然大丈夫という事で、瞬動術ですっ飛んで行ったんだろう。

アメコミみたいでクールだわ、とは徐倫の談。

戦闘慣れしている楓と古菲は勝手に話を進めていたが、徐倫としてもこの申し出はありがたい。

後顧の憂いは断っておくのが一番だという事を知っているからだ、主にアメリカ時代の喧嘩で。

「フォローは念のためにお願いしとくわ。でも手は出さないでね」

「本当に危なくなったら横槍を入れるが、それでいいでござるか?」

「それで十分。手間かけさせるわ」

パンッと左手に握りこんだ右手を叩きこみ、気合を入れて石像に近付く。

気合十分の肩からは『糸状のエネルギー』出ており、それが一つの方向性を持って固まり始めた。








「そんじゃ行きます……かッ!」

先手必勝。

元より手加減不要であるため、まだ正常に起動していない石像の近くへと走り、固めたエネルギーの腕で土手っ腹を殴り倒す。

バギィッ!という破砕音とともに、立ちあがる途中だった石像は数メートル吹き飛ばされた。

全長5メートル近くある石像が、その3分の1以下の身長しかない女の子に吹き飛ばされる光景は、性質の悪い夢にしか見えない。

いや、現実感がある以上、怪物を倒す勇者の舞台劇の様なのかもしれない。

「へぇー……固めればこんな形してんのね、この『力』」

徐倫は自分の肉体と感覚が繋がっているそのエネルギーを、掌をグーパーさせながらまじまじと見つめる。

既にエネルギーは腕だけでは無かった。

今やエネルギーは頭、肩、両腕、胴体、両足が――つまりは人型で――存在している。

繊維質の固まりである事が分かる見た目のボディでありながら、そこからにじみ出る半端じゃない圧力からひ弱な印象は感じられない。

何故かエネルギーなのにサングラスをかけており、そのボディラインは女性的というよりも中性的な形状だ。

女性でありながら男――しいて言えば漢――らしい気質を持っている徐倫にぴったりの姿だと言える。

「ガチガチの『近距離パワー型』スタンドでござるか。何というか徐倫殿らしいスタンドでござるな」

「おーい、あんたあたしの事どう思ってた訳ー?」

「……いや、実を言えばヤンキーだと思ってたでござるよ。ほら、目つきとか凄いし」

米軍兵ヤンキー? ……ってああ、不良ヤンキーの方ね」

「へ?」

「……分かって無いなら良いわ。っと、無駄話してるほど余裕は無いか」

言って、バックステップ。

直後に徐倫の立っていた部分に剣が叩きこまれた。

割れた桟橋の一部が飛んできて頬に一筋の傷を付けるが、徐倫は一切瞬きをせずに石像を捉え続ける。

「ワンパターンなのよ、このウスノロ!!」

桟橋から引き抜かれる前に刀身へと裏拳を叩きこむ。

叩きこまれた瞬間に刀身は真っ二つに割れ、バランスを崩した石像はたたらを踏む。

いくら石で出来ているために頑丈とはいっても、この程度ならば近距離パワー型の力の前には問題などありはしない。

というよりも基本的にスタンドのパワーは異常なのだ。

パワー判定C(人間と同じ)のはずなのに鉄パイプをぐちゃぐちゃにしたりとか、ヘリコプターを両断とかできるし。

まぁ何を言いたいかと言えば、このゴーレムではスタンド使いに対しては力不足である。

せめて鋼鉄製だったら何とかなったかもしれないが、元は対魔法使い用の守りであるためにそこまでする必要が無かったんだろう。

つまり、攻撃を避ける事さえできれば近距離パワー型の敵ではない。

「もらったわよ!」

持ち直そうとする石像に猶予を与える事無く肉迫。

だがゴーレムもさるもの、半ばから折れている剣を牽制のために投擲してくる。

だがそれを避けようともせずに真正面から拳を叩き付けた。

「オラァ!」

相当な速度で飛んできたために徐倫にも少なからず衝撃が響いたが、それを上回る力でねじ伏せる。

砕けた礫は弾丸としてゴーレムに跳ね返り、その身に大きくぶち当っていく。

そのうちの一発が頭部に当たったのか、ゴーレムは大きくのけぞってよろける。

徐倫はいくら初心者でもそこを見逃すほど甘くは無い。

「駄目押しよ! 喰らいやがれ!」

えぐりこむように放たれた2発の拳が的確にゴーレムの膝関節を破壊し、立てなくなったゴーレムの下半身が刺さるように桟橋に沈み込む。

もがきながら体を引き抜こうとするが、足が無くなってしまった以上そこからどうする事も出来ない。

早々に勝負が付いた。








……いや、これだけじゃ終わらない。

徐倫は最初に言ったのだ、『石像をぶっ潰したら逃げる』と。

ぶっ潰すという事は動けなくする事だけで終わる訳が無い。

『完膚なきまでにぶっ壊してゴミにする』。

それでやっと目的が達成されるのだ。

「さーてと、止めを刺して先生とかを追っかけましょうか。楓、破片が飛んでくるかもしれないけど防いでね」

「こっちは気にしなくても大丈夫ナリよ。……そういえば気になっていたけど、徐倫殿はスタンドの名前を決めていないのでござるか?」

「名前ぇ? それって好きなように決めていい訳?」

「そりゃ自分自身から生まれた能力でござるから。まぁ大体頭の中にフワッと浮かんでくるでござるよ。
名前を決めると心なしか能力も強くなるし、万全を期して止めを刺したいなら今決めちゃった方が良いかと」

「うーん、そうねぇ……」

なんて事の内容に会話しているが、実はこの時点でもゴーレムの抵抗は続いている。

具体的にいえば、自身が刺さっている桟橋の一部を剥がして投擲しているのだ。

それを徐倫は適当に『糸の固まり』で弾き、楓は大道芸人の様にアクロバティックに避けている。

まるで駄々をこねた子供が手当たり次第に物を投げているようだが、あくまでも相手はゴーレム。

その大きさと速度からもたらされる威力は、ただの一般人なら体をグチャグチャに出来る威力である。

それを片手間であしらわれているのだ、普通の人間なら心が折れるはずだ。

「……よし、決めたわ」

一方、徐倫は名前を意外とすぐに決めたみたいである。

良い事思いついたみたいな表情をしているのだが、今この場には物凄くそぐわないために違和感を感じる。

良い表情のままに、ゴーレムへと一歩一歩確実に歩き始める徐倫。

心なしか怯えたような動きを取るゴーレムは、自分の死神となる人物を排除するために手を大きく振り回し始める。

「これじゃ本当に駄々っ子じゃない。負けが決まってんだから少しぐらいしゃきっとしなさいよ」

そんな様子を鼻で笑い、徐倫はゴーレムの腕が届く範囲に侵入する。

間合いに入った瞬間、振り回していた腕をその勢いのままに正拳突きでぶちこもうとするゴーレム。

だがその拳はエネルギーの拳に止められ、ボゴオォンッ!という鈍い爆砕音とともにゴーレムの腕に罅が走る。

「あんたみたいな木偶の坊が理解できるかどうか分からないけど教えてあげるわ。この力は『ストーン・フリー』。
この石造りの世界つまらないせかいからあたしを解放してくれる……いや、解放してくれた力。今この瞬間から、あたしは自由フリーになる。
聞こえた? 『ストーン・フリー』よ……これが名前」

その一言に恐怖を覚えたように、ゴーレムは最後の抵抗としてまだ健在の左腕を叩きこもうとしてくる。

だだ徐倫には、そんなものは目に入って無かった。
















遅い。

全てが遅い。

全世界が遅い。

石造りの世界が、私に対して最後の抵抗をしてきている。

ここから進めば、お前は自由だ。

ここから戻れば、残酷な真実を知らなくて済む。

そんな言葉が頭の中に語りかけてくる。

ならどうすればいいかなんて、とっくのとうに決めている。

ぶっ壊して進むのだ、灰色に染まった全てを。

あたしに向かって、ゆっくりと『壁』が押し迫ってくる。

これが『境界線』。

乗り越えて見せろという『境界線』。

だからあたしは、この拳を『世界』に宣言するように振るう。

懐かしい感じのする腕――ああ、ずいぶん昔にこの腕に撫でてもらった事がある気がする――を振るう。

全身全霊、掛け値なしに文字通り全ての私を叩きこむ。

叩きこむときの気合を入れるための叫びは自然に浮かんできた。

ならば今はそれに従おう。

『解放』してやるんだ、全てから自分を。
















眼の前には迫りくる左腕。

だが臆することなく、迷うことなく、徐倫は息を深く吸い込んだ。

吸い終えた瞬間、肺の中身は逆流を起こし始める。

『魂の叫び』を、『世界』に聞かせてやるために。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ――」

空気と共に吐き出されていく叫び。

それは生きてきた中で溜まったうっ憤が、伝えたかった思いが、そしてこの先に進んでやるという気合が込められていた。

その一つ一つを『世界』に知らしめてやるように、ゴーレムの体に叩きこまれていく。

その体は次第に崩れ、砕かれ、砂にまで変わっていく。

そして――

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ……オラァッ!!」

――最後の一撃で、ゴーレムの顔を吹っ飛ばす。

ここまでくらってゴーレムは動けるはずも……いや、原形を留めるはずなど無い。

長い間魔法の本を守り続けてきたゴーレムは、地底湖のオブジェの一つへと変わった。

「バイバイ、クソ野郎」

最後に送られたものはただ一つ、徐倫の中指を立てた光景のみだった。
























「ねぇ、徐倫ちゃん達は本当に大丈夫かな」

「大丈夫ですよ。担任である僕が保証します!」

先行して脱出しようとしていたネギや明日菜たちは長い螺旋階段を経て、地上直通エレベーターの前に到達していた。

道中あった問題壁はみんなで協力しながら突破し、残る障害は何もない。

だがしかし、徐倫たちがまだ追いついて来ていないために二の足を踏んでいる状況だった。

「あれから30分以上経ってる……うう、心配だよー」

「果報は寝て待てと言いますが、流石にこれは……」

まき絵と夕映は心配そうにそわそわしているが、他の面々は至って冷静だ。

……落ち着こうとしなければ今にでも下に向かっていきそうで、それを我慢しようとしてるにすぎないのだが。

だがここで自分たちが下に向かったら、足止めを引き受けてくれた彼女たちの信頼に背く事になる。

だからこそ最後の一線を越えずに耐えているのだ。








「…………ぉーぃ…………」

やがて、螺旋階段の下から待ち望んでいた声が聞こえてくる。

その声を聞いて、手すりの無い階段部分から頭だけ乗り出し、下をのぞき見る。

「……おーい、無事ー?」

一行の目に入ったのは、元気良く階段を駆け上がってくる徐倫、楓、古菲。

ゴーレムの足止めを買って出た3人であった。

「ーーーっ! そ、それはこっちの台詞よー! 心配したんだからねー!!」

感極まった明日菜が大声で叫び、エレベーター前に居た面々の耳をキンキンさせた。

その大声は下の3人にも伝わっていたらしく、耳を押さえながら苦笑していた。

「皆さん、早く帰って明日に備えましょう!」

「「「「「「「おおー!」」」」」」」

ネギの声に一斉に返事をし、徐倫ら8人はエレベーターに乗り込んだのだった。








空条徐倫――スタンド名『ストーン・フリー』。
         地底湖において剣持ちのゴーレムを完全粉砕する。
         地上に戻った彼女は、鮮明に写る『世界』に眼を細めたのだった。

突入班――3月18日(日)18時過ぎ、地底図書室から脱出。
       各自いったん部屋に帰ってから、明日菜たちの部屋で徹夜で勉強会を開く事になった。

外部連絡班――脱出した面々からの通信が入り安堵する。
          上記勉強会にも、同様に参加することにした。

┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  

後書き:
大司書の行動が、結果的に意図したものと違う表現となっていたために大幅改訂。

大司書はハンマー持ちのゴーレムを先に抑えていた→剣持ちがまき絵を殺しにかかって焦って分身を出す→徐倫に感知される→余計な事を言って消される。

この流れがアンチに捉えられるような描写になっていたので、そこを加筆修正しました。

その他、表現のおかしい部分や違和感を修正。



[19077] 22時間目 イッツ・ア・ワンダフル・ワールド
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/09/19 00:19
3月19日月曜日、期末試験当日。

青く澄み切った空は陽光を遮る事無く、若干ではあるがここ数日の中でも暖かい。

もうすぐ春になるのだという期待を抱かせてくれる爽やかな日和だ。

懸念されていた列車の遅延も起きず、小等部から大学部まですべての生徒が時間どおりに期末試験に臨めるだろう。

ただし個人的な理由で遅延してしまった場合はその限りでは無いのではあるが。

いやいや、まさか期末試験の日に寝坊して遅刻など、よっぽどのおバカさんでないとありえないはずだ。








「ちっ、遅刻遅刻ーッ!!」

「最後の悪あがきに徹夜で勉強したら遅刻アルー!」

「すっかり寝てもうたー」

「い、急ぎましょう! 空条先生に連絡をしたら、遅刻者用の別室を用意してくれるそうです!」

「でかしたわよネギ!」

……まぁ大方の予想、というか期待通りにバカレンジャー達は遅刻街道まっしぐらである。

昨日図書館島から帰還した後、一端各自の部屋に戻った後に明日菜たちの部屋に集まり、徹夜で勉強をしていた一行。

自室で千雨たちと何かあったのか、徐倫だけ少しばかり遅れての参加ではあったが。

しばらくして連絡班だったのどかとハルナも参加し、教師であるネギを含めた10人での大勉強会が開催される。

結局朝方5時まで続いた勉強会は、「短時間でも睡眠すべき」という睡眠の有用性を説いた夕映によって終了。

各々の部屋に戻って同居人を起こすのも気が引けるため、このまま7時まで雑魚寝する事になる。

だが図書館島での疲労、及び地上で心配していた事による心労で、10人全員の体力は既に限界だった事に誰も気づかなかったのが災いした。

一人、また一人と死んだように眠っていく者達。

目覚まし時計のタイマーセットはバッチリという安心感もあったのだろう。

それはもう見事なまでにぐっすりと眠りこんでしまったのだ

その後、壁掛け時計の音に反応して明日菜が起床し、起きて見たらあら大変。

7時に起きるはずだったというのに、8時きっかりまで熟睡してしまっていたのだった。

彼女たちにしてみれば時が吹っ飛んだりとか、ありのまま今起こった事を話したい状況だったろう。

しかし彼女らにそんなリアクションを取る時間すら無く、速攻で部屋に戻って着替えて、すぐさま学校へと向かう事になったのだった。

「目覚まし時計をちゃんとセットしたはずなのに、ど、どうしてこんな事にー!?」

「アスナの目覚まし時計なら、部屋の片隅で粉砕されてたわー」

「へー、粉砕かー……ふ、粉砕!? うあー、お気に入りだったのにー!」

今回の寝坊の最大の原因であり、そして生命線のはずだった明日菜お気に入りの目覚まし時計。

そんな目覚まし時計は見るも無残な姿になって、着替え終わった直後の木乃香によって発見されていた。

「粉砕ってことは……」

「古菲、お主……」

「し、知らないアル! 今回ばかりは濡れ衣アルよー!」

目覚まし時計を粉砕→という事は力持ち→武道四天王が部屋に2人→楓ちゃんはありえないからおそらく古菲。

走っている者の8割が、普段のあれこれから連想してそう考えていた。

「ご、ゴメン! 目覚まし時計、あたしが寝ぼけて粉砕しちゃってた!」

だが予想しない方向から謝罪が聞こえる。

声のした方を見れば、金髪と黒髪の両方の癖っ毛をゴムでまとめながら走っている、彫の深い帰国子女がみんなに謝っていた。

意外や意外、犯人は空条徐倫だった。

「何時もの調子で目覚まし止めようと思ったら、ちょっと力入れ過ぎちゃって……」

「力を入れ過ぎたって――ああ、納得したでござる」

「確かに。あの石像を足止めしてくれるために残った時点で気がつくべきだったです」

「そういえば私も何時の間にか助けられてたしねー」

楓と夕映とまき絵が納得したと頷いているが、納得の方向性は全く違う。

楓は寝ぼけてスタンドを出したのだろうなと考えているのに対し、夕映とまき絵は徐倫も武道四天王に比肩する身体能力を持っているんだと考えていた。

本当に正しいのは前者なのだが、こうなってくると後者もあながち間違いではない様な気がする。








「――って無駄話してる場合じゃないわよ! 走れー! 石像に追いかけられた時よりも速く!!」

「ちょ!? あたしが言うのもなんだけど、アスナの目覚ましへの思い入れってそんなもん!?」

「粉砕されてるなら嫌でも吹っ切れるわよー!」

「ああもう本当にごめーん!! 後で絶対に弁償するからー!」

明日菜と徐倫は会話しながらも徐々にスピードを上げて行く。

明日菜については2-Aでは周知なほどに健脚なのだが、徐倫は片足を怪我をしているはずなのにそれなりについて行っている。

そんな様子を、本気のほの字も出していない走りの楓と古菲が見ていた。

「ふむ……徐倫殿はスタンドに目覚めていい方向に変わったでござるな」

「む? スタンドで活性化された身体能力アルか? 確かに人によっては人体の害になるアルけど……」

「はは、違うでござるよ」

もっと良く見ろと言外に言う楓にムッとしながら、古菲は徐倫の姿をもう一度よく見て見る。

足の怪我している部分から、髪の毛を団子状にまとめている頭のてっぺんまで、じっくりと見渡す。

やがて古菲の目線が徐倫の瞳に移った時、彼女はようやく理解した。

「――ああ、ちゃんと笑ってるアルね」

「うむ。ちゃんと『世界』を見て、心から笑ってるでござる」

人がスタンド使いになった時、直後から大きく変わるのは『世界』に対する価値観だ。

『力』を手に入れて自分は普通の人間よりも偉いのだと考える者、誰にもばれずに生きて行きたいと考える者、自分らしく生きて行こうとするもの等々。

それらの行動に程度はあれ、今までの周りとの付き合い方をがらりと変えてしまうものが少なくない。

では徐倫はどうだろうか?

昨日までの彼女はどこか冷めた様に『世界』を見て、作り物の笑顔を浮かべていた。

世の中を『石造りの世界つまらないせかい』だと思って――否、思いこもうとして――周囲と壁を作っていた。

なんてことは無い、実際に壁を作り出していたのは『世界』ではなく『彼女自身』だった。

それが今は、明日菜と話しながら本当に楽しそうに笑っている。

『境界線』としていた壁を、暴走しているゴーレムごとぶち抜いたためだろう。

壁自体は同室の千雨やさよ、それに2-Aの皆との触れ合いで少しずつではあるが穿たれていたが、止めを刺したのは紛れも無く彼女自身だ。

壁を抜けた場所、それは彼女にとって『色とりどりの世界すばらしきせかい』であるようだ。

「さて、そろそろ明日菜殿の言うとおりに不味い時間になってきたでござるな」

「アイヤー、本当アルね。それじゃ、ちょっと加速するアル」

「ついでに何人か担ぐでござるかな」

道の途中に設置された時計台を見ていよいよもってヤバい事に気付いた2人は、少し遅めの友達を担いで加速を始めるのだった。








麻帆良学園女子中等部昇降口に、遅刻組10名が必死の思いでたどり着く。

「ハァ……ヒィ……や、やっと着きました」

「寝起きダッシュはやっぱりきついわね……」

期末テスト開始が9時ちょうどであるが、現在の時間は8時56分。

今ここに着いたとしても着席するまでの間にチャイムが鳴ってしまい、テストの進行が若干ずれてしまうだろう。

そのため、ネギが事前に連絡して空き教室を借りられたのは僥倖だったと言える。

「アスナーっ! 早く早くー! 始まっちゃうよー!」

上から声がするので見上げて見れば、2-Aの他の皆が窓際に集まってこちらに手を振っていた。

明日菜と犬猿の仲(?)であるあやかですら窓際に移動して一行の様子を見ていた。

金曜日の夜から行方不明になっていたのだ、言葉には出さずとも心配していたのだろう。

「ハァ……みんなゴメーン!」

「あたしら別室らしいから、そっちはそっちで頑張ってー!」

「りょーかーい! 頑張んなよー、バカレンジャー+アルファー!」

互いに大声で応援し合うのだが、忘れちゃいけないのが今日行う事。

期末テスト開始まであと数分なので、明らかに他のクラスへの騒音妨害となってしまっていた。

下に別教室へと案内する新田先生も向かったのだ、これ以上は不味いと判断して、教室に居た承太郎がそれを止めに入る。

「それくらいにしておけ。もうチャイムが鳴るんだ、着席しろ」

「あう……そんじゃ、また後でねー!」

「……やれやれ」

テスト直前なのに元気なもんだと承太郎は肩を竦めながら窓際に立ち、眼下に居る面々の中から徐倫を視界に収める。

そんな視線に気がついたのか、徐倫は2-Aの窓際へと再度顔を向けた。

交錯する視線には、互いに今すぐにでも話をしたいという思いが込められていた。

だが今はその時では無い。

そう思った徐倫は伝わるかどうか微妙だったものの、アイコンタクトを行う。

後で必ず事情を説明してもらう、と。

徐倫から接触を図ってきた事に驚いている様子の承太郎だったが、どうやらしっかり伝わったようだ。

対する承太郎の答えもアイコンタクトで戻ってくる。

必ず、と。

だから今はそれだけで十分。

徐倫は程なくして昇降口に来た新田先生の案内を受けて、別室に向かう事にしたのだった。

しかしテスト前だというのに疲労困憊であり、こんな状態でテストを受けて集中できるのだろうかという疑問は残る。

だがまぁ、おそらくなんとかなるだろう。

なんたって2-Aなのだから。
















ジリリリリリリ。

今時にしては珍しい、ベルによって着信を知らせるアンティークな電話が学園長室に鳴り響く。

『もしもし、学園長。×××××です』

きっちりワンコールで学園長が受話器を取ると、図書館島の大司書からの電話だったようだ。

もちろん話す内容は昨日の一件、魔法の書を取りに来た生徒へのゴーレムの暴走である。

「待っとったぞ。今回の図書館島の件、下手したら生徒が死んでいたかもしれないそうじゃないか!
わしに黙って勝手にゴーレムの操作をした結果なんじゃ、一体どういうことか説明してもらうぞい」

『…………』

「うん? どうしたんじゃ×××××? 何時ものお主なら軽口くらいは叩くじゃろうが」

『……壊れていなかったんですよ、一切』

だが学園長が予想していた大司書の言動、その全てが今の一言で覆される。

一瞬呆けてしまうものの、聞き間違いかと思い直し言葉を続けさせる。

「……もう一度言ってくれ」

『ですから、全く壊れていなかったんですよ、あのゴーレムは。遠隔制御用の魔法装置に、傷一つ見受けられなかったんです。
もっとも、それを確認できたのは古菲という少女が戦った方だけですが。どうやら中心にあるコアのみを上手く破壊したらしくて、綺麗なもんですよ』

「古菲ちゃんか……中心だけを破壊したなら気功かの。それで、詳しい調査結果は?」

『埃の詰まりも魔法陣の表記誤りも無し。駆動系周りはあの高さから落下したのに丸々流用できる程度の損傷でした。
脆い駆動系が損傷軽微なら、頑丈に作られているはずの制御系に問題が出るなど考えられないですよ』

「動作記録は?」

『修行用プログラム起動後、着水までは正常運転。その後、動作記録は残っていませんでした』

「×××××……つまり、わしに何が言いたい?」

そう尋ねる学園長でも、あの地底図書室で何が起こっていたのかなど想像がつく。

しかし認める訳にはいかないのだ。

それを認めてしまえば、この麻帆良は平和でも何でもなくなってしまう。

『……あのゴーレムは何者かによって図書館島の外から操作されていたという事です』

だが現実はそう甘くは無く、大司書は躊躇なく最も可能性の高い答えを言い放つ。

瞬間に、学園長は足元がぐらりと傾いた気がした。

「そんな馬鹿な!? あのゴーレムはワシ自ら調整した物じゃぞ!?」

『いくら私がここに封印状態でも、図書館島に居る者の把握くらいは出来ます。もちろん、ゴーレムの定期整備にも不備は無かったはずです』

「……麻帆良学園内に裏切り者、もしくは侵入者が居るということか」

『あるいは両方……。しかもここ数日の間に我々に察知されないで、ゴーレムに細工を施す程の実力を持った、ね』

学園長は大司書の言葉を聞いて嘆息する。

封印されているお主でもそこまで言うか、と。

「疑いたくは無いんじゃが、×××君はどうなんじゃ? お主に一番近いのは彼じゃろうて」

『いくら彼でも無理ですよ。そもそも魔法使いじゃないのに、ゴーレムの制御なんて行える訳ありませんし』

「むぅ……。ともかく、そちらでも調査を進めてくれ。こっちはまだ情報は広めないでおく」

『賢明な判断ですね。今情報を漏らしたら、魔法先生及び魔法生徒間で疑心暗鬼になってしまいますから』

「それにネギ先生と空条先生、この2人に聞かせるのも不味い。油田に爆弾放り込むようなもんじゃ」

『その辺は学園長がお願いします。私はあくまでも出歩けない身でありますし』

「フォッフォッフォ、抜かりはしないわい」

出来る限りこの情報を広める訳にはいかない。

ただでさえ爆弾をいくつも抱えている麻帆良なのだ、これ以上不安の種――この場合は火種だろうか――を増やす訳にはいかない。

ここで、大司書が重く口を開く。

『…………学園長、この責任は私がとります』

「どうした×××××、お主らしくも無い。しおらしくしおって」

『愉快犯を自負する私としては、この結果は甚だ不本意なので。
私の遊戯板を血生臭いものに変えた誰かさんに必ず『お礼』をしなければ。だから必ず尻尾を捕まえて見せますよ』

「よかろう、好きにするがいいわい」

『……それでは』

何時もの彼らしからぬ言動。

彼としても本当にこのような事態になるとは思っても見なかったのだろう。

大司書の受話器が置かれる音をしっかり聞いてから、学園長も受話器を置くのだった。

チンッ。

受話器を置いた時の音が、どこか物哀しく聞こえた。








「フォフォフォ、しずな先生が居なくて助かったわい。こんな顔を見せる訳にはいかんからの」

その表情は何時もの好々爺ではなく、年季を重ねた歴戦の強者のものであった。

見る者を威圧する、圧倒的な力。

今だけは、彼は道化の仮面を捨てていた。

ゆっくりと椅子から立ち上がり、後ろにある窓から眼下の様子を見る。

そこに広がるのは、何時もと変わらないありふれた学園生活。

だがいつもなら笑顔で見る事の出来るそんな風景が、ひどく虚飾されているように感じられる。

ここのどこかに、生徒へ危害を加えようとした者が居る。

それだけではらわたが煮えくりかえりそうだ。

「誰だかは知らんが、わしらに牙を剥いた事を後悔させてやるわい」

フォッフォッフォと何時もの様に笑うが、顔は全く笑っていない。

体から放たれる重圧は、ひとたび笑うだけで世界が軋む様である。

そんな学園長だったが、ふと大通りの方に目を向ける。

そこには遅刻しているらしいネギや孫娘の木乃香、明日菜たち2-Aの面々が見えた。

「……期末試験に遅刻とは、やれやれじゃな。まぁ色々あって疲れとったんじゃろうが、果たして結果はどうなるかのう」

その光景を見て、何時も通りの好々爺の表情に戻る学園長。

しかしその眼の奥には揺るがざる意思が見え、静かに黒く燃えるのであった。

「願わくば、彼女らの未来が『素晴らしき世界』で在らん事を……フォフォ、詩人っぽいのう」








22時間目 イッツ・ア・ワンダフル・ワールド








テストの翌日、3月20日火曜日。

女子中等部期末試験結果発表会場には多くの生徒と先生が集まっていた。

誰もがスクリーンの前に立ち、今か今かと発表を待っている。

だがここまで大勢が集まっている理由は、ただ単に試験結果順位が気になるからではない。

こんなに結果が待ち遠しいのは、なんと期末試験の順位発表で食券を賭けたトトカルチョが行われているためだ。

周囲をよく見て見れば、まるで馬券の様な物を持っている者がかなりの数居るのが分かる。

「うードキドキするー」

「そうねー。しっかし、ウチの学校は何でもお祭り騒ぎにするんだから困るわね」

「まぁ麻帆良だから何でも有りアル。ちなみに私はS-Bで食券5枚と、A組単勝に5枚賭けたアル」

「ぼ、僕は空条先生に勧められてA組に20枚賭けました」

「S-Bは鉄板ですけど、うちのクラスはどうなんでしょうね。良い線行ったとは思うんですが」

「というかネギ、あんたもかい。そもそも教師も賭けに参加できたんだこれ」

「はい。聞くところによると、ほとんどのクラスの担任の先生は自分のクラスに賭けているそうですよ?」

「……いいのかなぁ、これ」

明日菜は麻帆良の教師勢に若干の不安を覚えたのだが、まぁ麻帆良だし気にしない事にした。

もしかしたらこういう所にも認識阻害が働いているのかもしれないが、真相は誰にも分からない。

閑話休題。








やがて結果発表が始まり、俄かに会場が騒がしくなっていく。

初めに女子中等部の1年生のランキングから始まり、それが終わり次第2年生のランキングに移る予定だ。

さすがに発表まで緊張し続けるのもあれなので、明日菜はふと気になった事を質問して気を紛らわせる事にする。

「そう言えば徐倫ちゃんと空条先生は? あの2人も結果発表が気になってたはずなんだけど」

そんな質問に答えたのはネギだった。

「空条先生たちは生徒指導室で話し合いをしていますよ。何でも家庭の事情があるから他の耳が入らないようにって」

「へぇー。でも、徐倫ちゃんって言っちゃなんだけど空条先生の事毛嫌いしてたじゃない? 急にどうしたのかな?」

「うーん……図書館島の一件で心境の変化があったんでしょうね。徐倫さんも大変な目に会いましたし、それでかと」

「ネギ坊主、そこはちょーっと違うアルよ」

ここで話を聞いていた古菲が横から割って入る。

古菲はほんの少し周囲を見て、ちょいちょいと顔を近づけるように手で招いた。

「ヒソヒソ(徐倫は図書館島でスタンドに目覚めてたアルよ。もう魔法の事もばれてるし、多分そこらへんの説明アル)」

「ヒソヒソ(ええ!? 徐倫ちゃんまでスタンド使い!? ってことは、これでクラスにいるスタンド使いが……えーと……5人じゃない!)」

「ヒソヒソ(空条先生も入れれば6人ですけどね。生徒だけでも全体の6分の1……これも『引力』ですかね)」

「ヒソヒソ(間違いないアル。ここまで来ると魔法関連のクラスメイトも多く居そうアル)」

「ヒソヒソ(ちょっと、滅多なこと言わないでよくーふぇ! 本当にそうなりそうだし!)」

「さっきから3人とも何話してるんやー?」

「ううん、何でも無いわよ」

「特に何でもないアル」

「世間話ですよ?」

「そうかー、それならええんやー」

(((あっぶなぁー!)))

いくらヒソヒソ話でもこれだけ周りに人がいるのだ、漏れ聞こえて居たら洒落にならない。

幸いにも一番近くに居り、なおかつ聴覚が割と良い木乃香が聞きとれていなかったのでセーフだろう。

これ以上ここでこの話をするのは危険という事で、後は別の機会にでも話そうと結果発表に意識を戻すのだった。








『それでは続きまして第2学年の成績発表に移りまーす』

スクリーンの前の学生役員の声で、とうとう自分たちの学年の番が来たと身を固くする2-Aの面々。

祈るように手を合わせて、今か今かと発表を固唾をのんで待っていた。

『学年平均点は77.4点! 今年は中々高いですねー』

「うう、いきなり駄目そうな予感がしてきた……」

「気持ちは分かるけど、試験直前まで頑張ったんだから大丈夫よ」

「そうですよ皆さん! 空条先生も僕たちが図書館島に行ってる間に色々と対策をしてくれたみたいですし」

ネギの言う通り、承太郎は『勉強地獄』を残っていた人員に施していたのである。

承太郎らしく内容は非常に分かりやすく順序立てられているのだが、とにかく一つ一つの密度が濃いのだ。

しかもネギの正式採用がかかっている事もあり、入る力も強くなろうというもの。

期末試験終了後にその事を聞いたバカレンジャー達だったが、しかしその内容を知ることはできなかった。

チアリーダー組やのどか&ハルナの連絡班はその内容を黙して語ろうとはせず、あやかは「ごめんなさい……」と眼を逸らす。

恐ろしい事にクラスどころか学校中で一番成績のいい超鈴音ですら空笑いを浮かべていた始末だ。

授業内容はすらすらと思いだせるがその過程を思い出したくない様で、誰も彼もがこの話題を振ると体を小刻みに震わせていた。

過酷さは推して測るべき。

その有様を思い出した明日菜たちだったが、努めてその様子を記憶から追い出すことにした。

「……ともかく、ここまで来たら結果は決まっちゃってるんだから、どっしり構えてましょ」

とにもかくにも既に結果は決まっているのだ、全員が座して待つしかない。








『――では、第2学年のクラス成績を良い順に発表して行きましょう!』

いよいよ発表の瞬間。

ここに集まったすべての人間がスクリーンに目を向け、耳はスピーカーから流される声に集中する。

「よし、来いッ!」

まき絵が気合を入れて組んだ両手に力を込める。

その様子を見た明日菜だったが、いくらなんでも最下位から1位になるというのは無茶があるだろうと嗜めようとする。

「いやいや、さすがに最初っから2-Aは無いでしょ?」



『栄えある第1位は――なんと2年A組!!』



「ほら、1位はA組だってさ。さーて私らは何位にな………………え゛?」

「今、間違いなくウチらのクラスが呼ばれたなー」

その発表を受けて、会場のざわつきや会話が急激に無くなっていく。

凍りつく空気、凍りつく生徒と先生、凍りつく時間。

誰もが今の発表を理解することが出来ず、考える事をやめて彫像となり果てていた。

耳が痛いくらいの静寂が空間を包み込む。

何時までそうしていたのか、1秒なのかあるいは10秒なのか、あるいは1分か1時間か。

静まり返った会場と自らの発表した内容に動揺しつつも、改めて手渡された結果の紙を見直す学生役員。

だが何度見直そうとも1位の部分に書かれているクラス名は『2年A組』だった。

会場の出入り口にいる速報係に目を向けても、テレビを使うようなカンペを掲げて『それで合ってます』と書いていた。

『……えー、わたし自身も非常に驚いているのですが、結果に間違いないようです。
もう一度発表しますが、第1位は……うん、見間違いじゃない……えーと、2年A組!!』

持ち直した学生役員がもう一度発表する。

凍りつく静寂から一変、次に会場に発生したのは火山噴火の様な歓喜と慟哭の叫びだった。

「えーと……私たちが1位?」

「うわあああああああああああ!? 万年最下位から1位いぃぃぃぃぃ!?」

「うわぁ!? あ、明日菜さん! 声がちょっと洒落にならないくらい大きいんですけど! み、耳が!」

「やったな、アスナー。これでネギ君も教師やねー」

「やったアル! 単勝倍率でも20倍だから、食券100枚ゲットアルー!」

「……予想外すぎたです」

会場に居た2-Aの面々は抱き合ったりしながら歓喜の声を上げている。

そりゃせいぜい最下位脱出できれば良いやと考えていたから当然なのだが、それにしたって1位になった事は単純に嬉しい。

「チクショー! ダークホースにも程があるだろうがー!」

「食券がー!」

「私、これから1週間は卵かけごはんしか食べれないわ……」

「なん……だと……!?」

「このチケットが紙屑なら……何のために……みんな何のために飯を抜いたっ……!?」

対する慟哭であるが、こちらはトトカルチョで鉄板どころや自分のクラスに賭けていた者たちだ。

誰もがこの後の打ち上げでパァーッと食事が出来ると思っていたのに、手元にあるのは紙切れになり果てたトトカルチョの券。

ある者は涙を流し、ある者は崩れ落ち、またある者は天に両手を挙げて世の理不尽さに絶叫する。

阿鼻叫喚を具現化した有様である。

まぁ今回、彼らは賭けごとの危険性が分かる大変貴重な勉強を受けられたという事で涙を飲むしかない。

合掌。








ともかく最下位から脱出できたという事で、これでネギに対する試験も無事に完了ということだ。

騒がしいという事で会場から出る事になったが、もはや結果は出ているので気にしない。

そして自分に課せられた試験、そして生徒たちの試験も円満に終わった事をようやく理解したネギは、涙ぐみながら今この場に居る2-Aの生徒たちに感謝の意を伝える。

「みなさん、本当にお疲れさまでした! これで僕も晴れて正式な担任の先生という事になります!
まだまだ頼りないかもしれませんが、新学期からもどうかよろしくお願いします!」

「「「「イェーイ!!」」」」

聞いているのか聞いていないのか分からないが、とにかくめでたいという事だけで騒いでいる面々。

実に2-Aらしいと言える。

「それじゃ、このまま食堂棟に行きましょー!」

「私の懐は今物凄く暖かいから少しは奢るアルよー!」

「いえ、食券が20枚から400枚になっているので、教師として僕がおごります!」

「キャー、ネギ君サイコー!」

プルルルルル。

意気揚々と食堂棟へ向かおうとしたその時、明日菜の携帯電話の簡素な着信音が鳴り渡る。

誰かなーと思いながら液晶画面を見て見ると、そこには『徐倫ちゃん』と表示されていた。

「あー、そういえば地底図書室から脱出後に番号交換をしてたっけ。っとと、もしもし?」

『もしもし、アスナー? なんか外が凄い事になってるみたいだけど、何かあったの?』

「凄い事?」

はて、何か事件でも起こったのだろうか。

周りを見ても交通事故か何かで何処ぞから煙が上っているという事も無いし、何かの間違いではないか?

そう思った明日菜は徐倫に逆に問いただしてみる。

「んー……特に事件が起きてるような事は無いんだけど。徐倫ちゃんの居る場所から何が見えるの?」

『今生徒指導室で『父さん』と話し合いしてたんだけど、窓の外で紙切れを握ってゾンビみたいに呻いてる奴が大勢見えるんだよね。
バイオ○ザード? それともドーン・オ○・ザ・デッド? それとも古めだけどス○ラー?』

「あー……」

紙切れを持ったゾンビみたいな者達。

おそらくは先程のトトカルチョに負けた者のなれの果てだろう。

実はトトカルチョは男女別の学校、別のクラスにも賭ける事が出来る。

その中でも安定した的中が出来る麻帆良女子中等部は密かな穴場として、ギャンブラーがド本命に食券を賭けていたりするのだ。

「多分呻いてる奴らはトトカルチョでスった人たちよ。うちのクラスが学年1位になったから、かなりの人数が被害にあったみたい」

『ええ!? あたしらのクラスが1位!? そりゃすご……ん? どうしたの、父さ……』

急に携帯電話から聞こえてくる音が不明瞭になる。

どうやら徐倫がその場に居る承太郎に何事かを聞いているらしく、携帯電話を顔から離しているようだ。

20秒ほどその状態が続いたが、徐倫からの呼びかけでまた電話が再開された。

『もしもーし? ゴメンゴメン、ちょっと確認することがあってさ。んでちょっと頼みたいんだけど、今からクラスの皆に手分けして連絡回して欲しいんだよね』

「連絡? 別に良いけどなんかやったりするの?」

『こう伝えてくれれば良いだけだから。『超高級学食JoJo苑に18時集合。2-Aの面々に空条先生が焼肉を御馳走してくれる』ってね』

ねじの切れたおもちゃの様に明日菜の動きが止まる。

やがて今の言葉を範唱し、ようやくその言葉の意味を理解した。

「……やきにく……焼肉!? しかもJoJo苑!? 行く行く、絶対に行くから!!」

その明日菜の興奮具合に、食堂に行こうとしていた一行は同じようにピタリと立ち止まる。

古菲は今の会話が聞こえており、「焼肉アルー!」と同じく大興奮していた。

そこからはガソリンに引火するようにテンションが爆発。

日本の焼肉をあまり知らないために「焼肉? バーベキューみたいなものでしょうか?」と首をかしげているネギを、テンションのままに胴上げし始める。

されるがままになっているネギを横目で見ながら苦笑する明日菜。

その大声は電話越しに徐倫にも聞こえたらしく、からからと笑っていた。

『あはは、楽しみにしてよーか。そんじゃまた後でねー』

「うん、また後――あ、ちょっと待って」

『ん?』

電話を切ろうとする寸前に、明日菜が徐倫を呼び止めた。

そんな事をした理由は1つ、スルーしそうになった『あの事』である。

「今徐倫ちゃん、空条先生の事を『父さん』って読んでなかった?」

『……あ、あははははは。うん、まぁそれは……その……焼肉の時に話すわ! んじゃ!!』

「ちょっと!? ……あーあ、切れちゃった」

少し残念そうに携帯電話の液晶画面を眺める明日菜。

「ま、いっか。後で聞けるみたいだしね」

そう呟いて、焼肉を食べれると聞いてフィーバーしている面々に自分も混ざるのだった。
















時間を10分程巻き戻し、生徒指導室内。

簡素なテーブルには2つの椅子が対面式に備えられており、そのそれぞれに男女が座っていた。

男の方は空条承太郎、女の方は空条徐倫だった。

この2人が一緒に居る理由は、承太郎がスタンドに覚醒した徐倫に今までの全ての事を伝えるためであった。

「……以上が、この麻帆良に来るまでの話せるだけの事実だ」

「……なんで、あたしらを頼んなかったんだよ。あたしも母さんも、あんたに守られ続けるだけじゃないわ」

「わたしは、もう大切な誰かを失うことが怖かった。
あの旅で失った友は、もう二度と帰ってこない場所に行ってしまった。未だにあの悲しみに縛られ続けているんだ、わたしは」

「女々しい事言ってんじゃないわよ、世界最強」

「……すまなかった。だからこそ、わたしはお前たちを守ろう」

「私は結構よ。守られるだけの時期はとうに過ぎてるんだから。だから、ママは確実に守ってよね」

「いや、必ずどちらもだ。少し前に生徒に『身勝手だ』と言われてな。ならわたしはそうあろうと思っている」

「……勝手にしなさいよ」

本当なら来たくなかった徐倫だったが、酷く真面目な表情をした千雨と泣きそうなさよに説得されたら行かざるを得なかった。

だが、今は来て良かったと彼女は思っている。

自分がスタンドに目覚めたときの事、DIOの事、結婚した事、徐倫が生まれた時の事、杜王町で起きた事件の事、巻き込まないために距離を置いた事、そしてここで教師をやる本当の理由の事。

それら全てを自分に話してくれたからだ。

だからこそ泣いた。

子供の頃の孤独には、きちんと理由があったのだと。

私の事を、きちんと愛してくれていたのだと。

理由があっても許すものかと思っていた徐倫だったが、今は静かに涙を流していた。

泣いてしまったのが悔しかったからでも無く、今まで怒るだけで避け続けてきた自分が後ろめたくなった訳でも無く。

ただ、承太郎からは惜しみの無い愛を向けられたから。

だからこの涙は、彼女の枷を解くストーン・フリー本当の鍵。

そして、承太郎を縛っていた義務感の鍵でもあった。








「グスッ……あーあ、みっともないとこ見せちゃったわ。話しこんじゃったせいで発表にも間に合わなかったっぽいし」

涙を拭きながら徐倫は悪態をつくが、何時もの険のある睨み方じゃなかった。

どうも弱みを見せて年相応に動揺しているようだ。

「みっともない所ならわたしも同様だ。やれやれ、歳はとりたくないもんだ」

「……あんた、その見た目で言っても嫌味なだけよ」

「ふむ……」

そんな承太郎の様子に、プッと徐倫は吹き出した。

その笑顔にもう涙は見えない。

「てか本当に結果発表どうしよっか? 今から会場行くのもかったるいし」

「なら同級生に電話すれば良いんじゃないか? 携帯電話、持っているだろう」

「ああ、そっか。んじゃあ明日菜にでもかけるかな」

そう言って携帯電話を取り出す徐倫。

窓の外を見ながら嬉しそうに電話をかける徐倫を見て、承太郎は静かに思う。

今度こそ徐倫を、そして妻を正しく守ってみせると。

そうして徐倫を見ていた承太郎だが、徐倫の会話のある一言で固まってしまう事になる。

「今生徒指導室で『父さん』と話し合いしてたんだけど――」

ピクン、と体が跳ねる。

聞き間違いじゃなく、確かに今徐倫が自分の事を『父さん』と呼んだ。

『あんた』じゃなく『父さん』。

頑なにそう呼ぼうとしなかった徐倫がである。

思わず茫然としてしまった承太郎だったが、続く言葉でまた衝撃を受ける事になる。

「うちのクラスが1位!? そりゃすご「何っ!?」ん? どうしたの、父さん?」

最下位から脱出できれば御の字だと思っていた承太郎ではあったが、今回ばかりは1位になっている事が大きい。

思わず大声を上げ、コートの内ポケットに入っている『とある紙』を取り出す。

そして電話の途中で大声を出されて怪訝な顔の徐倫は、承太郎にどうしたのかと問いただす。

その問いに対して承太郎は、『とある紙』の表面を見せながら答えた。

「……もしも学年1位になったらクラス全員に高級焼き肉を奢る約束だったんだ。すまんが神楽坂達にも伝えてくれ」

「マジで!?」

「ああ。ちょっと椎名と約束をしていてな」

その紙には『女子中等部2年A組:単勝 食券枚数100枚』と書かれていた。

単勝倍率は20倍であるので、承太郎に対する配当食券枚数は2000枚となる。

つまり、食券長者になったのだ。

ちなみに高級学食JoJo苑には焼肉食べ放題コースがあるのだが、おひとり様食券10枚必要である。

クラスの人数は徐倫を入れて32人、教師であるネギと自分を含めても34人のため、必要枚数は340枚。

その規模を考えると恐ろしい勝ち方をしたもんだ。

そして徐倫は高級焼き肉という事で興奮しながら電話を再開していた。

「……焼肉の時に話すわ! んじゃ!!」

最後の方には顔を真っ赤にしていたのだが、幸いにも承太郎はその内容は聞いてなかったようである。

そんな徐倫の生き生きとした、そして微笑ましい様子に承太郎はふと思う。

(花京院、アヴドゥル、イギー……わたしは――いや、俺は徐倫たちを守りきれるだろうか)

空に問うても答えが返ってくるはずもない。

だが彼らならこう言うだろう。

大丈夫だ、承太郎なら――と。

何故か、承太郎はそんな声が聞こえた気がした。








『引力』、即ち『ラブ』!








空条承太郎――徐倫との仲があるべき形に戻る。
          2-Aの全員+αに焼肉を奢り、残り食券枚数1640枚。

空条徐倫――承太郎との仲があるべき形に戻る。
         彼女の世界は色とりどりだ。

ネギ・スプリングフィールド――自らの試験を突破。
                  だがクラス全体の成績が上がったのは、承太郎の課した『地獄』の影響が大きかったのに気付き凹む。
                  だからこそ気合を入れて新学期に臨もうと意気揚々だ。

近衛近右衛門――信頼できる何人かに今回の件を伝え、行動開始。
            そして試験発表日の夜、伝えていなかったのにホル・ホースが早々にゴーレムを操っていた犯人を確保。








スタンド先生ジョジョま! Part.1『素晴らしきこの世界』 完








┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  

後書き:
ジョジョま!第一部『素晴らしきこの世界』完ッ!

副題はジョジョ第6部の最終話へのアンチテーゼであり、承太郎と徐倫を中心に回った『引力』の起こした現在の結果を表しています。

このSSでは全5部(プロット見直しで増えました)を予定しており、部の終わりでやっと副題を出す形にしたいと思います。

しかし今回で22話でもネギま原作では2巻の中ほどまでしか進んでいないという……先は長い。

さて、近右衛門の欄にある犯人は次回更新の『断章』で判明します。

ヒントは『ジョジョ3部に出た、ゴーレムを動かせるような能力を持った人物』です……1人しかいないですけど。

それと何時の間にか10万PV超えておりまして、本当にありがとうございます。



[19077] スタンドデータ②
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2011/03/24 20:48
この作品でのスタンドステータスと本体の補足その2

ステータス評価:A - 超スゴイ  B - スゴイ  C - 人間と同じ  D - ニガテ  E - 超ニガテ








・ストーン・フリー

本体名:空条 徐倫

破壊力―A  スピード―B  射程距離―C  持続力―A  精密動作性―C  成長性―A



自身の体を糸にして、その糸を自在に操ることのできる近距離パワー型スタンド。

糸の状態では射程が長い代わりにパワーが弱く、糸を人型に固めると射程が短くなる(2m)になる代わりにパワーが強くなる。

ただし変化させた糸が傷つくと自身の体の元の部位にダメージが通るため、内臓系統は糸にすると非常に危険。

そのためか、糸の変化は主に指先や背中部分等の体表から行っている。

変化の限界は体の7割前後で、それ以上変化させると体の維持が難しくなって命に危険が及ぶ。

……ジョジョ原作6部後半ではそんな設定が無かったかのように全身を変化させていたので、ある程度成長したら制約解禁とする。

糸は形状が変幻自在で、攻撃を受けそうになった場合に防弾チョッキのように編みあげてダメージを軽減したり、攻撃のあたる箇所を空洞にして回避することが可能。

体が裏返るような衝撃を糸状にした体で緩和したり受け流す事も出来るので、攻撃よりも防御面でのメリットが目立つ。

理論上では体を網状にした時点でほとんどの衝撃に耐えられる筈である、痛覚はそのままなので痛いだろうが。

また、応急処置として自身の糸を使って傷の縫合が可能である。

肉体的ダメージに関してはどんなに骨が折れても、たとえ腕が千切れても糸にしてから再構成すれば問題無い。

この回復の問題点としては、削ぎ落ちてしまった肉や失った血液はどうにもならないという点であり、頼り過ぎるのは危険。

その他にも応用方法は複数あり、糸を用いるもしくは繊維状のものを用いる形状は再現できる。

まだスタンドに覚醒したばかりであるため、原作6部終盤のように他人の服に偽装したり、触れた他人を糸に変えることは『まだ』不可能。

しかし第6部よりも若いため精神力の成長性は原作以上であり、比較的早い段階でその領域にたどり着くだろう。

スタンド覚醒理由は、原作通り『ペンダントの中に入っていた鏃の破片で手を傷つけた』ため。



2007年に15歳になる彼女は、ネギと承太郎が受け持つ2-Aクラスに転校生として編入することとなった。

出席番号は転校生なので32番、座席はエヴァの左隣である5列6段目。

2-Aに転入することになったのは、スタンドは覚醒していなかったものの、生まれ持ち備わっていた素質によって『引かれ合った』結果である。

見た目は原作6部において描写されていた車窃盗未遂事件の頃と同様で、癖のある後ろ髪が非常に長い状態。

髪の毛の色は荒木先生の書いたカラーイラストの中の一つである黒+金の組み合わせ。

割と徐倫の性格が丸いのは、14歳の頃の車窃盗未遂事件が発生しなかったためと、母親の幸せそうな様子から。

個性の強い面々が蔓延る2-Aにはすぐに馴染み、特に仲が良い生徒は同室の千雨とさよ。

出会った当初は互いに不干渉な立ち位置が気に入っていたらしいが、すぐにそのラインも無くなった。

承太郎の事は嫌い、というよりもどう接すればいいのか分からない苛立ちから一方的に避けていた。

父親の愛を知った今、彼女は父親、ひいては世界と向き合う強さを得ることになる。



承太郎を先生にするなら2-Aに徐倫を編入させればもっといいかも、と思って時代設定を丸々変更させた張本人。

彼女のおかげでネギま世界の時系列は4年間ずれ込むこととなりました。

2003年時点の小学生設定のままで進めることも可能でしたが、作り手としてせっかく出すなら本編に絡めたいというもの。

ストーン・フリーの使い方にはオリジナルのものを用意しており、早く出したい気分でいっぱいです。

また、スタンドの名付け方を『石の海から自由になる』から『石造りの世界からの解放』に変えたのは作者渾身のアイディア。








暗闇の迷宮メイズ・オブ・ザ・ダーク

本体名:相坂さよ

破壊力―E  スピード―C  射程距離―D  持続力―A  精密動作性―D  成長性―B



さよが長年幽霊としてこの世に存在できた理由であるスタンドで、完全な独り歩き型スタンド。

ヴィジョンはないが、さよ自身がスタンドヴィジョンと言っても間違いではないので一体型のスタンドであるとも言える。

幽霊としての特性を前面に出しているスタンドのため、日が落ちてから昇るまでの間にはスタンドパワーが増す。

能力は『この世に幽霊として半永久的に存在できる』事と、本体であるさよが考える『幽霊が出来そうなことを本当に行うことができる』というもの。

能力前者はスタンドによって体に深刻なダメージを受けた場合にのみ存在不可能となるが、一定量の生命力を他人から吸い取ることで消滅する前に復活可能。

本編であっさり復活したのはダメージが無かった事、生命力の豊富な承太郎から知らず知らずのうちに吸収していた事、そして未練が出来てしまった事が原因。

ちなみに体は厳密にいえばスタンドであるので、『物理的衝撃』と『対魔性能の無い攻撃』では一切傷つかない。

能力後者は軽いものだとラップ音の発生、強いものだとポルターガイスト現象を起こすことが可能である。

怪談話で定番である幽霊の呪いは、さよ自身がこの世や特定の誰かに強い恨みが無く、気弱なために使うことが不可能。

出来たとしても小石につまずく程度の不幸を起こすくらいか。

また自分の体と波長が合う体に取り憑くことが可能で、その際には体を乗っ取るか、背後霊となることが可能。

今のところ波長が合うのは明石裕奈と朝倉和美、それと自分が見えるスタンド使い全員。

精神力が強い相手は乗っ取ることができず、背後霊状態止まり。

今まで教室の中で起こっていたとされる不可解な現象は、さよの心細いという感情が無意識に暴走していたために起きていた。

スタンド覚醒理由は『このままでは死んでも死にきれない』という無念からであるが、それが死ぬ間際の事なのか死んだ後の事なのか、誰にも分からない。

スタンドの名前は自分自身をここまで存在させた『暗闇の迷宮』という状況から考えつき、スタンド制御後に付けた。



麻帆良学園女子中等部2-A所属、出席番号1番、教室の席順は原作と同じく1列1段目。

60年間以上女子中等部A組をループし続けている気弱な幽霊。

それだけの時間を1人で過ごしても誰にも恨みを抱かなかったところから察するに、ある意味エヴァよりも心が強いのかもしれない。

存在感が無いせいで誰からも認識されていないと思っていたが、実はスタンドと融合しているような状態のせいだった。

魔術的な方法で皆の目に映るのではなく、「ようこそ!我が永遠の肉体よ!」 といった形でジョルノ製の肉体を手に入れて、物理的に存在することが出来るようになった。

本当は幽霊であることを知っているのはクラスメイトでは極わずか。

現在、能力の幅を増やすために幽霊の文献を図書館島に通いながら読んでいる。

しかし、たったそれだけで強くなれるスタンドと言うのは中々に危険なのかもしれない。

ネギと承太郎の呼び方はそれぞれ『ネギ先生』と『承太郎先生』。



作者が一番好きなキャラクターと言うことで、オリジナルエピソード1本目に使用。

ええ、大好きです。

死亡原因はアニメ第1期を元に再構成。

アニメ第1期でのさよメインの話は数少ない評価できる部分だと思います。

ジョジョま本編ではジョルノの作った『さよの遺骨を元にした人間』に入り込んで人間として生活できるようにした訳ですが、これを考えついた流れは2つ。

1つは原作でもあったさよの憑依、もう1つはジョジョ5部クライマックスのジョルノがナランチャの体から元の体に戻るシーン。

この2つを加味して、さよと全く同じ構成の人体を作ったら入り込めるのではないかと思い、こんな展開になりました。

スタンド名の由来は、アニメ第1期キャラソンの『Maze of the dark』から。

名前の決め手になったのは歌詞の内容。

CDを持っていない方は気になったら歌詞だけでも調べてみてください、かなり良い内容です。








・プリズム

本体名:長谷川 千雨

破壊力―E~A  スピード―D~A  射程距離―C~A  持続力―A  精密動作性―C~A  成長性―A(∞)



7匹のハムスターのような姿をした群体型スタンド。

ネギま原作における仮契約能力、力の王笏スケプトルム・ウィルトゥアーレの『千人長七部衆』と同じ外見だと考えて頂きたい。

それぞれの個体の名前は「しらたき」「だいこん」「ねぎ」「ちくわぶ」「こんにゃく」「はんぺん」「きんちゃく」。

個々の名前は、本編開始4年程前に携帯の待ち受けイラストとして姿を見ていたところを佐々木まき絵に見つかり、名前を付けてもらった(付けられた)。

スタンド能力は、パソコンや携帯電話などのネット環境に接続している機器から生身のまま、もしくは精神体として電脳世界へと入り込むことができるというもの。

その際、近くにいる人間や物を一緒に引き込むことも任意で可能。

早い話が電脳世界版マン・イン・ザ・ミラーとエニグマ。

現実で存在するものは転送速度が変わるものの何でも出し入れ可能であり、パソコン操作を適用させる事が出来る。

ただし現実から持ってきていないプログラムで出来たものは、一時的に現実に持ってくることは出来るがスタンドパワーを消費し続ける。

大体1秒間ごとに50メートルくらいを全力疾走した後並に疲れる。

また、体をネット世界に放置させるという鬼畜なことも可能である。

電脳空間においての能力は原作通りであるが、力を行使する際の呪文が不要となっている点や、名前の文字制限解除などで細かな差異がある。

特に違うのは『生身で電脳空間に入れる』という点で、これを使ってネットワークを移動して、世界各地に日帰り旅行していたりする。

ステータス能力にばらつきがあるのは現実世界での力と電脳世界での力があまりに違うためである。

成長性がAであるが、情報技術が新しくなるにつれて自動的に性能がアップデートされていくため、実質∞であると言える。

スタンド覚醒理由は、本体である千雨の『非現実が現実世界の真実だというなら、自分にとって都合の良い仮想現実へ逃げ込んでしまいたい』という願望から。

スタンドの名前は千雨が彼らにどう呼べばいいか尋ねた時、総称としてそう名乗ったため(スパイス・ガールと同じ感じ)。



麻帆良学園女子中等部2-A所属、出席番号25番、教室の席順は原作と同じく4列5段目。

原作での認識阻害の効きづらさは、幼いころから持っていたスタンド使いの資質のためであると変更されている。

幼いころ発生した全ネットワークにおける非常事態の時、スタンドの素質の片鱗によって、無自覚であるが電脳空間に入っていた事がある。

スタンドに完全に覚醒した時期は小学校低学年の時で、認識阻害が効かないが故の発言から友達が離れて行き、自室で泣いていたところを覚醒したプリズムに慰められて知覚した。

千雨のネギ達への対応の若干の違いは、小さい頃の時点でまほネットに能力で入り込み、魔法の存在を知っていたためである。

だが自分が非現実的な物の一部になることを恐れ、スタンド使いであることを長い間隠し続けてきた。

また双方の隠ぺいの仕方が下手だったために、能力は知らないながらも古菲と楓にはスタンド使いであると互いにばれている。

スタンド使いのネットワークについては自分の能力について調べていた際に発見、その後活用。

対人恐怖症は原作よりも抑え目になっており、理由はスタンドやAIとはいえ相談相手がいたから。

一人であるが孤独ではない、そんな環境で育った彼女の精神は自分らしさを失わない確固たる強さを持っている。

そういった意味では徐倫やさよと同類であるので『引かれ合った』のかもしれない。

プログラムの先生はMITの天才兄妹とAI3姉妹、ハッキングの先生はビリー・GとNo.31というハイブリッド仕様。

ネギと承太郎の呼び方はそれぞれ『ネギ先生』と『空条先生』。



作者がネギまの中でのどかと同率2位で好きなヒロインであり、とにかく序盤で活躍させたかったためスタンド使いにしまsゲフンゲフン。

……えーと、半分くらい冗談です。

こうなった理由は舞台設定で『スタンド使いは認識阻害が効きづらい』とした時に、ネギま2巻で千雨に対して認識阻害があんまり効いていないことを思い出したため。

それと徐倫の寮の部屋を決める際に千雨が唯一1人部屋っぽかったので、丁度良いやと考えまして。

女版花京院というのを意識して描いたので、仲間ができたから徐々にデレます。

スタンド名の由来は、ドラマ版の佐々木まき絵&長谷川千雨&村上夏美で構成されたグループである『pRythme』から。

名前の決め手になったのは、プリズムの屈折実験によって見える虹の七色と千人長七部衆の個体数の一致と、最近聞いていた少しだけ古い歌の歌詞がぴったりだったため。

ときめきはプリズムなんです。








・カプリシャス・マーチ

破壊力―E  スピード―B  射程距離―E  持続力―A  精密動作性―E  成長性―D

本体名:長瀬 楓

黒く長いぼろ布のような形状をしたスタンド。

スタンド能力を持たない一般人にも見ることのできるスタンドである。

体に被ることにより周囲の景色と同化するステルスと、布の内側にある日本家屋型特殊空間が能力。

つまり、ネギま原作における仮契約能力、天狗之隠蓑テングノカクレミノとほぼ同様の能力である。

活用方法は、内側にある空間から巨大手裏剣を射出したり、身に纏う事によって出来る完全ステルスでの奇襲など。

しまっている武器からどれを射出したいか、残量はいくつか等は念じるだけで指示・把握が可能であるため、武器庫兼砲台としても優秀。

魔法を布の内側へ通して無効化する方法も同様に使用できるが、布自体ににダメージを受けると本体にダメージがフィードバックされるのが原作との違い。

だがその弱点は、布の表面に弾く波紋を流すことによりある程度無視することは可能であったりする。

また、内側にある日本家屋は攻撃を内側に通した時に損壊してしまうが、最終ダメージからぴったり24時間で自動修復される。

ただし後から持ち込んだ武器や日用品には自動修復は適用されないので、そういった物は流れ弾が届かない位置に置いていたりしている。

普段このスタンドは修行中の息抜きとしてのくつろぎスペースになっているため、お茶とお菓子は隠し戸棚に常備。

普通に4次元○ケット扱い。

影分身には共有空間として能力の一部を分ける事が出来るものの、武器を出し入れする機能しかなくなってしまう。

スタンドの覚醒理由は、忍者である楓の波紋技術がその先へと到達したことと、『規律に束縛されない場所が欲しい』という願望から。

スタンドの名前は自然と頭の中に浮かんできたタイプ。



麻帆良学園女子中等部2-A所属、出席番号20番、教室の席順は原作と同じく2列2段目。

さんぽ部に所属しており、同部活仲間の鳴滝姉妹とは同室である。

だがその正体は甲賀流中忍というとんでもない中学生。

……そういう設定なら2-Aに限っては今更な感じがしないでもないが。

しかし、糸目で背が高くて中学生離れした容姿というかなり特徴的な外見なのに、くの一としていいのか。

幼いころからのスタンド使いであり、魔法使いの存在は里の者に教えられているために、原作とは違って既に知っていた。

忍者として必要になる世間の一般常識や戦闘技術を育てるために魔法使いが納める麻帆良へ甲賀流の長から入るよう言われたのだが、現在バカブルー担当。

とにかく戦闘能力だけが育ち過ぎてしまっている。

たまにさよに話しかけていた人物その1。

ネギと承太郎の呼び方はそれぞれ『ネギ坊主』と『承太郎殿』。



楓の設定はジョジョとのクロスで違和感が無いように『忍術は波紋の派生』としてあるが、これが異常な程のハーモニーを生み出してしまった。

いまいち原理が分かっていない影分身を波紋による『スタンドの出来損ない』としたら、バトルシーンがとても派手になったのは嬉しい誤算。

またこの設定によってジョセフ並みの波紋の素質を持っていた楓が、麻帆良で承太郎に出会ったのは必然であったようにできた。

ネギと戦闘させてみたのは、単純に遠距離戦闘で承太郎と当ててしまうと、力押しで突破される図しか思い浮かばなかったから。

口調が難しく、ボインゴを抜いて書きづらいキャラNo.1です。

スタンド名の由来は、ネギま!?でのキャラソンの『気まぐれ行進曲♪』から。

名前の決め手になったのは、忍者らしくない規律無視のネーミングにしようと考えたため。








・プレシャス・プライド

本体名:古菲

破壊力―A  スピード―C  射程距離―C  持続力―A  精密動作性―E  成長性―D



虎を模した全身スーツのような装着型スタンド。

姿のイメージはホワイト・アルバムのフォルムを丸くして虎柄にし、虎尻尾に加えて頭部に可愛らしい虎耳が付いた感じ。

手は手のひら部分に肉球、指先には鋭い爪の出し入れ機能の付いたグローブ状になっており、ドラ○もんよろしく何故かどんなものも掴める、

スタンドを身に纏っている間は本体の防御力やパワーを強化し、元々生身でも強い古菲が防御度外視で攻撃できるようになる。

ただしホワイト・アルバム並みの馬鹿防御力ではなく、厚さ5センチの鉄板程度(十分過ぎる気がしないでもない)。

スタンド能力は『その身から放つオーラを纏わせた物質の太さ、長さを自在に変えられる』というものであるが、生物や動植物には効果を出せない。

大きくすればするほど等倍で重さも増えていくが、持っている本人は元の重さでしか感じない。

ネギま原作における仮契約能力、神珍鉄自在棍シンチンテツジザイコンの効果をどんな無機物にでもという感じです。

オーラの伸ばせる範囲は自分の手の届く範囲までであるため射程距離判定はC。

物体の大きくできる限界はスタンドパワーを込められるだけ際限なくであり、両手で持てない大きさになってくると消費が激しくなる。

オーラを使って大きくした物体は元の大きさに戻るまでにラグがあり、オーラから離れても3秒間は大きさを保つ。

そのため、物を投げた瞬間に一気にオーラを流し込んで、ビルのように大きくしてぶつける攻撃が最大の技である。

スタンドバトルで古菲は如意棒を模したアクセサリーか、布槍術用の細長い布製尻尾を大きくして活用している。

他にも相手の衣服を伸ばして体勢を崩したりするといった使い方も可能のため、接近戦ではオアシスのように絡め手が多くなる。

だが、スタンドを纏っているだけで終わってしまう戦闘しか経験していなかったので、能力を使った時の方が構えが甘くなってしまう欠点がある。

スタンド覚醒理由は、気功の先へと到達したうえで、『限界の無い力が欲しい』という願望があったため。

スタンドの名前は自然と頭の中に浮かんできたタイプ。


麻帆良学園女子中等部2-A所属、出席番号12番、教室の席順は原作と同じく5列4段目。

中国武術研究会に所属しており、その中でも最強であるということから部長となっている。

人間としての最高水準スペックを誇る身体能力を持ち、波紋の呼吸と形意拳、八卦掌、八極拳、心意六合拳を混ぜた独自の型で戦う事が出来る。

本人いわくミーハーなだけらしいが、少なくともミーハーなだけでこれだけの拳法を習得できるわけがない。

根っからの戦い好きに、格闘方面に特化した成長性と言う何処のサ○ヤ人だと言いたくなるような女の子、それが古菲である。

だが格闘特化のためか勉強の方は非常に芳しくないため、結果として付いたあだ名がバカイエロー。

日本語を覚えるので精一杯と言っているものの、普段の行動を見る限りではそれだけが原因じゃないのは確か。

そんな訳で同じような境遇の波紋忍者である楓とはすぐに打ち解け、いつの間にか近~遠バランスのとれたタッグになった。

たまにさよに話しかけていた人物その2。

ネギと承太郎の呼び方はそれぞれ『ネギ坊主』と『承太郎先生』。



波紋の呼吸を用いる戦い方の中で、『身体能力強化メイン』はほぼ無かったなぁと思って、『中国武術も波紋の派生』にしちゃいました。

でも仙人と呼ばれる人物は波紋を使っていた、というような記述がジョジョ原作に合ったので、意外と辻褄は合っていたりする。

どちらにせよ古菲の気の扱い方を前面に押し出したかったので、原作通りの力と言えばそれまでですが。

彼女をスタンド使いにしたからこそ、承太郎との真っ向勝負が描写できたと思います。

ただ、後々のまほら武道会における龍宮真名とのバトルが一方的になってしまう可能性が浮上してピンチ。

スタンド名の由来は、ネギま第1期アニメ版の後期ED『おしえてほしいぞぉ、師匠』のカップリング曲である『a precious pride』から。

名前の決め手になったのは、戦う者の誇りを持っている→彼女にとって最も大切な誇り→precious prideという連想。



[19077] 断章 Missing Link①
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/09/20 12:18
断章 Missing Link①








「ハァッ……ハァッ……ハァッ……ッ!」

麻帆良を取り囲むように広がっている森。

夜遅くにもなれば一切の光は見えず、全てを覆い尽くす様な闇に飲み込まれる。

その闇の中を、妙齢の女性が走っていた。

来ている衣服は冬場にしては全体的に薄く、上品なダンサーの様だ。

美しいボディラインからどこかのモデルを連想させるのだが、現在の彼女に自らを美しく見せる余裕などない。

走り辛いハイヒールはとうに脱ぎ捨て、素足で森の中を走り続ける。

石や枯れ木で既に足の裏はズタズタにされており、傷口には対象の土や小石が入り込んでいる事だろう。

いや、そもそも彼女の体は暴漢に襲われたように傷だらけだった。

それでも決して走る事をやめない。

何故なら、止まってしまった瞬間に命運は決してしまうからである。

「こ……ここまで来ればもう――」

「もう、なんなんだい?」

「ッ!」

だからこそ彼女の命運はここで尽きる。

突如として眼の前に砂色の洋服を着た男が現れ、武骨な拳銃を突きつけられた。

走っていた彼女は思わず足を止めてしまうものの、眼の前の男の顔を見て何かに気付き、もう一度走り始めようとする。

だが全てが遅かった。

「ヒヒッ……『お前は完全に包囲されている』ってな。動かない方が良いぜぇ? 俺以外の奴らは女にも容赦がないからなぁ」

男の言うとおり、すでに逃げていた女性は完全に包囲されていた。

身長は様々であるが、一様に黒いローブを着て己の姿を隠した者がずらりと周囲の木の上に居た。

麻帆良学園の魔法生徒及び魔法先生のパトロール班である。

そして銃を女性に着き付けている男は魔法使いではないものの、パトロール班を仕切るだけの実力を持った男だった。

感じる雰囲気から周りに居る者はそれなりの強者であると判断した女性は、苛立たしげに砂色の男へと罵声を放った。

「何故……何故貴様がここに居る! 卑怯者のホル・ホースッ!」

「どうしてここに居るってお前、そりゃこっちの台詞だぜ? まさかお前がスタンド使いとして復帰してたとは思いもしなかったっつーの。
しかも夕飯の帰りにお前を見かけたもんだから、嫌々ながらに事務員兼警備員として働かなきゃいけなくなったんだよ」

そう言いながらポケットから煙草を取り出し、悠々と火を付けるホル・ホース。

プハァーとだらしなく紫煙を吐く姿に周りの魔法使いの何人かが眉をひそめるが、誰も文句は口に出さない。

隙が無いのだ、これっぽっちも。

拳銃を構えながら煙草を吸うその姿に、付け入る事の出来る空間が存在していなかった。








「……なぁ、『ミドラー』。てめぇ何でこの麻帆良に来やがった? ここは特定時期以外は観光には向かねぇぜ?」

「……話す事など無いわ!」

「おお怖い怖い。ヒヒヒヒッ」

逃亡していた女性の名は『ミドラー』。

かつてDIOを倒すための旅において、鉱物を操る女教皇ハイプリエステスを使い、承太郎たちを襲った刺客。

スタープラチナのラッシュでスタンドの歯がへし折られた事によって無残な顔となった筈の彼女であったが、整形か何かで顔は治っているようだ。

恐らくは美貌を取り戻した事によって精神力が戻り、スタンド使いとして返り咲いたのだろう。

だがそれでも疑問は残る。

ホル・ホースの言った通り、『何故麻帆良に来た』のか。

「ったく、話してもらえねぇと進まねえんだけどなー。それとも両足に風穴でも開けたいのか?」

「フフ……お前さんには出来ないよ。 『女には絶対に暴力を振るわない』んだもんなぁ?」

嫌らしく嗤うミドラーと、グゥッと唸って笑みを崩すホル・ホース。

このポリシーは彼の最大の美点であるが、彼の最大の弱点でもあった。

今となっては認めたくないものの一応はかつての同僚という事で、互いに弱点というものは筒抜けだ。

だがどれだけホル・ホースよりも精神的優位に立とうとしても、すでにミドラーは『終わっている』のだ。

「……はぁー、やっぱりかよ」

「……? 何がだ?」

だからこそ、ホル・ホースは暴力を使わないで引導を渡す。

ニヤついた笑みが何時も通り顔に浮かび、「俺が上! 貴様は下だ!」と言わんばかりに余裕だ。

「お前、トラウマでまだスタンドをまともに扱えないだろ。出来たとしても何らかの条件が要るはずだ。
察するに……精神が平静じゃないと使えないとかか?」

「――ッ!!」

「図星だな。おーい、さっさとこいつを拘束しちまえ」

その言葉を受けて、少し離れた位置で警戒していた魔法使いが数人、ミドラーを拘束するために近づいてくる。

そもそも、本来の彼女ならばこの状況から逃げ出す事なんて朝飯前なのだ。

鉱物を操るという彼女の女教皇ハイプリエステスであるが、土や石でも鉱物の一種が混じっているので十全に動かせる。

しかも彼女の近くであればある程パワーが強力になっていき、最終的には爪は鋼鉄をも切り裂き、歯はダイヤモンド並に硬くなる。

だが一行に抵抗しようとしなかったので、ホル・ホースは自分を囮にしてミドラーの能力を把握しようとしたのである。

ハイプリエステスの攻撃はどれも並の魔法障壁では間違いなく防ぐことのできない威力であるため、ホル・ホースは部隊の者を少し離して配置。

いざという時には自分を見捨てて逃げる様にも言明してあった。

もちろん内心では心臓バクバクなのだが、おくびにもその様子を出さない当たり流石である。

結果として彼女は逃げる時に一切能力を使おうとしなかった。

絶対に攻撃して来ない(出来ない)ホル・ホースを前にしても、走る以外の逃走の選択肢を取らなかったのである。

ホル・ホースの大博打は成功だったのだ。

「はぁー、こんなん当たっても嬉しくねぇっての。トトカルチョ痛かったなぁー」

「……? 何か言いましたか、隊長?」

「……いーや、なーんも」

……彼もどこかに賭けたトトカルチョで大損したらしい。








「ホル・ホース部隊長! 彼女の体におびただしい量の痣が!」

ミドラーを拘束していたうちの一人が、ホル・ホースに向かって気付いたことを報告する。

それを受けてミドラーに再び近づく。

暗くて見えづらかったので、すでに照明用の魔法はチームのうちの一人が発動済みである。

明かりの中で見て見れば、確かに体の至る所、特に関節部分に集中して痣が出来ていた。

この状態で走ったとなるとかなりの激痛が伴うはずだが、衰えたとはいえ一流のスタンド使い、精神力の根幹は強靭であった。

「こいつは……多分スタンドのフィードバックで受けたあざだな。お前、本当に麻帆良で何をやってた?」

「…………」

「答えられない、か。まぁ良い、連れてけ」

「了解!」

一本目の煙草を携帯灰皿にねじ込み、二本目の煙草を取り出してくわえる。

火を付ける際のホル・ホースの顔は、酷く痛ましいものだった。

(俺もSW財団に拾われなかったら、あんな感じになってたのかねぇ。ああやだやだ、せっかく焼肉で気分が良かったのによー)

先程までわいわい食ってた焼肉を思い出しながら、嫌な思いを振り切るように煙草を深く吸う。

ふと、何かが引っかかっている様な感じがした。

歯の間にではなく、頭のどっかにだ。

(何だ? 何かがおかしい気がする。この違和感はなんだったか……)

横目で運ばれようとしているミドラーを見る。

何かにひどく怯えており、拘束している魔法使いは歩かせるのもままならないようだった。

(何かへの恐怖? 拘束される事に対してじゃないな。一体何n――)








悪寒。

まるであいつの背後に立った時の様な――








「――皇帝エンペラーァーッ!」

自分の感覚を信じ、右手に構えていたエンペラーを背後の森に向けて乱射する。

手ごたえは……無い!

しくじったかとごちりながら、油断なくエンペラーを構え直した。

それと同時に、少しばかり温い世界に居すぎたかと考える。

周囲に居ながらも何事かをまだ把握できていない部隊員は、ホル・ホースの突然の動きに泡を食っていた。

あくまでもエンペラーは『スタンドの銃』であるため、スタンド使い以外は銃身と弾丸はおろか、銃声ですら聞こえない代物である。

しかし彼を隊長に据えて1年間くらいになる部隊員達は、銃が見えずとも彼が戦闘態勢に入った事は分かっていた。

だからこそ、慌てているのである。

「っ!? な、何故構えてるんですか隊長!?」

「馬鹿野郎! こいつの雇い主、もしくは関係者が森に居やがる! ミドラーの口封じに来てんだよッ!」

「なっ!?」

馬鹿な、そんな気配は無かった!

その言葉は口から出る事は無い。

なぜならホル・ホースは周囲の森を油断なく睨み、すぐにでも射撃に移れる体勢だからだ。

普段はだらけているものの、やる時はやる事を知っている部隊員達。

だからこそ同じように最大級の警戒態勢に入る。

杖を構え直し、副隊長がホル・ホースのそばに寄った。

「て、敵は何人でしょうか?」

「知るかよ……と言いたいところだが、多分一人だ」

「何故そう言いきれるんです?」

「んなもん簡単だ」

短くなった煙草を地面に吐き出し、いらだたしげに踏み消す。

普段なら喫煙マナーは守る彼だが、よっぽど頭に来ているらしい。

「2人以上いたらもう『終わってた』……!」

「そ、そんな……。こちらは隊長含めて10人居るのに……」

「気ィ抜くなよ? 気付いたら死んでたなんてざらだろうよ」

10人がミドラーを背にしながら囲み、周囲360度を警戒する。

だが相手は恐らくスタンド使いなので、ホル・ホースにしてみればこんな布陣は気休めである。








(能力が分からない以上、下手に撃ったら不味いな。さてどう出る?)

銃を構え、森の中を見る。

その時、森の一角から何かが投げられ、銀色の線を闇に描いた。

銃弾の軌跡すら見てとれる眼でホル・ホースが見れば、それは『大きめのCD』だった。

(何だこりゃ? とりあえず撃ち落と――)

そう思った瞬間、腹部に衝撃。

「ガァッ!?」

余りの衝撃に体が浮き上がり、その勢いのまま近くに居た隊員を巻き込んで吹っ飛ぶホル・ホース。

今食らった衝撃の主を視認してやろうと思ったのだが、腹部を殴ったであろうスタンドの拳は一切確認できなかった。

そして突然吹き飛んだホル・ホースを見て周囲の隊員も何事かとうろたえてしまう。

それが不味かった。

その大き過ぎる隙によって、投げられた『大きめのCD』がミドラーの頭に直撃する。

「あ……ああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

ずぶずぶという擬音でしか表現できないように、ミドラーの頭の中に沈み込んで行くCD。

入り込むに従ってミドラーの悲鳴が苛烈になっていった。

「あがああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
消える! 消える! 私が消える! いやあああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「ば……馬鹿野郎……早くそのCDを……。 」

ホル・ホースがCDを抜きとれと指示するが、他の隊員の内、魔法先生はホル・ホースと同様に正体不明の攻撃を受けて吹き飛ばされている。

魔法生徒は無事であるのだが、ミドラーの狂ったような叫びに当てられて体が竦んでしまっていた。

いくら警備部隊で戦いに慣れているとは言っても、実際に人の生き死ににかかわる様な場面に直面した事が無いため、怯えて動く事が出来ないのだ。

言ってみれば事故現場を目の当たりにしたペーパードライバーの様なものだ。

(畜生ッ! 再起不能になってたはずのミドラーだけなら何とかなるって思ったのが間違いだった!)

これはホル・ホースにしてみても痛恨のミスであった。

そうこうしている間に、森の中から放たれていたか細い気配が完全に消え去る。

どうやら目的を達したので余裕で帰っていったようだ。

苛立ちを紛らわすために何発か森の中へと銃を撃とうとしたが、木々を傷つけると自分が整備しなきゃいけないのを思い出してやめる。

「ああああああああああああああああああああ――――――――あ」

やがてCDが頭の中に入り切った瞬間、糸の切れた操り人形のように倒れこむミドラー。

すわ死んでしまったか!と恐々となる隊員達だったが、助け起こされてよろけながらミドラーに近付いたホル・ホースが首元に触れる。

呼吸……あり。

脈……興奮していたために少しだけ早いがきちんとある。

ミドラーは気絶しているだけであり、『何故か』生きていた。

(いや……生きているだけかもしれねぇな。頭の中に入っていく『CD』――いや、妙にでかかったし『DISC』とでも呼称しとくか。
入った場所とミドラーの様子から考えるに、記憶か何かに手を加えられてるだろうな。重要な情報だけを殺したか)

数時間後には判明するのだが、彼の推測通りミドラーの全ての『記憶が無くなって』しまっていた。

一般常識、歩き方などは覚えているが、個人としての『記憶』というものが綺麗さっぱり消されていたのだ。

まだ図書館島の件について何も伝えられていないホル・ホースではあるが、何らかの容疑者であろう人物は確保したものの、結果はまったくの無意味である事は理解している。

無駄な労力を使ったと、思わずホル・ホースは伸びた枝で塞がれて何も見えやしない天を仰いだ。








とりあえず生きているのならと部下にミドラーを運ばせる事にしたホル・ホース。

隊長はどうしますかという部下の問いにはもう少し休んでから追いつくと手を振って答えた。

未だにふらつく足でポイ捨てしてしまった2本目の煙草を拾って灰皿に入れ、どこか座れる場所を探す。

そうして近くにあった丁度いい大きさの石に座り、森に入ってから3本目となる煙草を箱から出して火を付ける。

「スゥー……ッゲッホゲホッ!! ……あーちくしょー、煙草が上手く吸えねぇ」

最初の一口を深く吸おうとしたが先程腹部に受けた衝撃の影響でむせてしまう。

だが、彼は煙が勿体ねぇと無理やり吸い続ける。

「さっきの奴の気配、そして攻撃……あの『DISC』も良く分からねぇし、嫌な感じだぜ」

鬱蒼とした木々に覆われており、上を見上げても星は微かにしか見えない。

そんな上空に向けて紫煙を吐き、可能性はあり得なくはないという思いを込めて、一つ呟いた。

「……まさかまたDIOの残党かぁ? けど奴らにとって裏切り者である俺に対して手加減された理由が分からねぇし……」

苦し紛れに呟いてみたら、急にこの闇が怖くなってきたホル・ホース。

煙草をくわえながら立ち上がり、部下達の後を追いかけるようにその場を後にしたのだった。
























『サテ、ミドラーノ全テノ記憶トトモニ、ワタシニ関スル記憶ハ消エサッタハズダ。ダガコレデシバラクハ麻帆良内デハ手ヲ出センナ……』

……闇が深まっていく。








ホル・ホース――承太郎たちの焼肉パーティに何気なく参加した帰りに、街に居たミドラーを発見。
          自分のチームを使って追いかけ捕縛するも、『エピソード記憶を消去』されていたために情報は得られなかった。

???――アンノウン。
       ミドラーの記憶を消去後に姿を消す。


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│To Be Continued   >
└―――――――┐/  



[19077] 補習2回目 Make or Break
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/11/08 16:36
3月13日火曜日、ネギが正式な教員となるための課題が出た次の日の夕方。

期末前ともあって、まだ割と早い時間であるにもかかわらず道草を食っている生徒は少ない。

理由としては他にも、ここ最近出費が多かったために抑えたかったり、ただ単純に冷え込むから外でだらだらしたくないというのもあるだろう。

そんな少しだけ寂しい大通りを、授業と職員室での残りの仕事も終わったネギと承太郎が並んで歩いていた。

手には温かい缶の飲み物があり、冷えた手を温めるために包むように握られていた。

「しかし皆さんがここまで集中してくれるとは思いませんでしたね。アスナさん達も悩みながらですがきちんとやってましたし」

「それはひとえにネギ君の人気ゆえだろうな。もし同じ条件でわたしが対象なら、何人かは全力で平均点を落としてきそうだ」

「いや、空条先生の授業方法だと点数落とす方が難しい気が……」

「……そうなのか?」

「えっ!?」

承太郎はひどく神妙な面持ちをしているが、ネギは何を言ってるんだこの人という顔で見てしまう。

ネギは承太郎の授業について、しっかり勉強できるけど恐ろしいほど厳しい授業であると考えている。

だが承太郎としてはまだまだ温いと感じていた授業方法だったため、2人の間に認識のずれが起きてしまったのだ。

ちなみにこの会話で承太郎が自身の授業の効果について知ってしまったために、後の『地獄の3時間』を生み出してしまうとは思いもしなかったのだった。

……思える訳が無い。








さて、缶コーヒー&ココアを持ちながらの話題は専ら、期末試験対策のために昨日から実施し始めた大・勉強会についてである。

昨日からHRと放課後に補習を取り入れたが、まだ2日目という事を加味しても思った以上に成果が出ている。

承太郎の提案によって『最下位脱出できなければネギがいなくなる』という事を正直に伝えたため、勉強にいつも以上に力が入っているためだ。

ちなみにこの事実を話した瞬間、いいんちょこと雪広あやかが眼に炎を滾らせながら勉強に打ち込み始めたのは言うまでも無い。

それはともかく、真面目な学生は何時もより力を入れ、不真面目な学生はそれを超えて力を入れている様子だった。

前者は主にあやかや超などが主導で寮で勉強会を開いているようで、何時も通り期末試験に取り組めば別段問題は無いくらいだ。

後者はその勉強会に飛び込み参戦しているようで、少しずつではあるが理解力を高めているようだ。

しかし普段は「勉強が嫌い」と公言している彼女達がここまでするとは、何か悪いものでも食べたのではないかと勘ぐってしまいそうになる。

ただ、力を入れる理由は実に単純だ。

やはりネギから承太郎or新田に担任が変わるのは、ハジケたい年頃の女の子にとっては避けたい事柄だからだろう。

今は必要に迫られて勉強しているものの、もしも担任が変わってこのような状況が長々と続くのは、さすがに誰でも嫌になる。

つまり現状で頑張りさえすればその運命を変えられるということであり、そういったゴールが見えているからこそモチベーションが高く保たれるのだ。

普段がお祭り気分な面々はもちろん、バカレンジャーですら危機感を持って長い時間勉強に取り組んでいる程だ。

ネギは一瞬にしてクラス全体をまとめ上げたこの方法に、ただただ感動するばかりだった。

承太郎としては餌をぶら下げて速く走らせるという極めて原始的かつ現実的な方法をとっただけなのだが、純真なネギにはこのような選択肢は考えられなかったのだろう。

以前、少しばかり効率的な方法でも教えようかと承太郎は考えたが、ネギがそういった方法を覚えてしまうと無垢な笑顔をした悪魔になりそうで自重している。

(康一君の様になってしまったら、学園長に何を言われるか分からんしな)

ある意味人生最初の教え子である広瀬康一を思い出しながら、さすがにネギは極端にならないように注意しようと誓うのだった。








「それでは明日の復習する範囲なんだが……どうした、ネギ君?」

歩きながら会話している途中、ネギの視線と首の向きが承太郎から逸れた。

人と話す時は相手の顔を見て話すという模範的行動をとるネギにしては珍しい事である。

承太郎に指摘されて初めてそんな自分に気がついたのか、あたふたと慌てるネギ。

やがてある程度落ち着いたのか、ネギが何に注目していたのかを指さした。

「あうう、話の途中にすみません。何かあっちの方に人がたくさん集まってるなー、って気になっちゃいまして」

「人が?」

「あの、あそこなんですけど」

指を指した方向を見て見ると、立ち並ぶ西洋風の建物の一角に、確かに大勢の人々が集まっているようだ。

しかも学園都市には珍しい事に、生徒から先生まで老若男女問わず騒いでいるのである。

一体何に集まっているのだろうか。

「……生徒だけじゃないな。教師も何人か集まっているようだが……」

「あ、本当ですね。教員会議で見た事ある方が何人かいます。えーと、あそこの看板にはトトカルチョって書いてありますけど。
…………って、ええええええええ!? なんか『期末試験トトカルチョ』って書かれているんですが!?」

「……世も末だな」

2人が看板を見てみると、そこにでかでかと表記されていたのは『トトカルチョ発券所』というカラフルな文字。

そう、其処にあったのは、麻帆良学園都市の最大の賭け事施設であるトトカルチョ場だった。

現在のトトカルチョは麻帆良学園の期末試験発表で行われるランキング上位を当てるというもので、賭け方は競馬などと同じ形式のようだ。

違う点と言えば、自らが賭ける物が現金ではなく食券だということだろう。

正直に言えば現金と何ら変わらない様な気もするが、各種行事で優秀な成績を残した者に食券が配布されたりするので、必ずしも食券=現金とはならないようだ。

……詭弁な気がしなくもないが。

今は期末試験を対象としているが、時期によっては『どれだけの部活が全国大会に行くか』や『文化祭最優秀クラスはどのクラスか』というのもあるらしい。

教育委員会などが黙っちゃいなさそうだが、後日学園長に聞いてみたところ特に無いとのこと。

あまりにも非常識過ぎて、おそらくこれにも認識阻害が適用されているのかもしれない。








「……あ、どうも……ね、ネギ先生に空条せ、先生。あなた方もトトカルチョ……ですか?」

そんな風に会話していた2人だったが、不意にトトカルチョ場の方から声をかけられる。

声のした方向を見て見れば、そこに居たのはブックホルダーを腰に巻いた背の低い男。

ネギたちの同僚でありSW財団から出向しているスタンド使いである、麻帆良女子中等部1年D組担任のボインゴだった。

軽く手を挙げながら近づいてきた彼の手には、トランプ程度の大きさの紙が握られていた。

「あれ? 1年のボインゴ先生じゃないですか。どうしてこんな所に……ってもしかして先生も賭けてるんですか?」

歳は違えど同僚であるボインゴの不真面目さにジト目で抗議するネギ。

それを受けたボインゴは何かまずい事でもしたっけな?とか思いながら、ネギは麻帆良に来てから1ヶ月弱しかたっていない事を思い出す。

「そ、そうですけど…………って、そういえばネギ先生とかはし、知らないんですよね。麻帆良では有名な験担ぎなん……です」

「ほう、なるほどな」

「験担ぎ?」

承太郎は今の一言で理解したようだが、ネギは英国生まれである故に単語の意味が分からなくてちんぷんかんぷんの様だ。

授業で使う様な慣用表現は理解できているというのに、いまいち風俗表現に弱いみたいである。

一応教師になるために日本語の勉強をしたのだが、どうして微妙に弱いのだろう。

もし承太郎がいなかったら、未遂で終わった英単語野球拳も行われていただろうと承太郎は考える。

それはともかくとして、承太郎はネギに説明する。

「験担ぎというのは、ネギ君ならジンクスと言えば分かるだろうか?」

「ああ、それなら分かります。でもジンクスだったら余計やっちゃいけないんじゃ?」

「く、空条先生。英語だと語源からくる意味が……」

「……む、そう言えば日本だと意味合いが違うんだったか。ネギ君、日本ではジンクスというのは良い意味でも悪い意味でも使うんだ。
良い方の例だと神社仏閣にお参りに行ったりする、悪い方の例だと紙幣を折ってしまうというのが有名だろうな」

他にも『爪が急激に伸びた年は良い年』というジンクスもある、日本で一人しかやっていなかったが。

「なるほど……。それで、このトトカルチョはどんなジンクスがあるんですか?」

「ジンクス、というよりも発破としての意味合いの方が強いですけどね。
『自分の教え子なら試験結果は大丈夫だ!』という事で、とある担任が自分のクラスに持っていた食券全てをかけたのが始まりと聞きます。
実際にそのクラスは1位になりましたが、担任のトトカルチョの参加を見つけて、これは頑張らなければいけないともう勉強した結果らしいですが」

「その担任の方、とても生徒たちから愛されていたんですねー。僕もそんな風になりたいです」

「「……何を言ってるんだ(でしょう)」」

とっくのとうに人気者だろう。

そんな言葉が承太郎とボインゴの口から出そうになったが、本人が気づいていないなら無理に言う必要も無いと思いスルー。

何よりも謙虚で居てもらいたいのだ。

特にボインゴは小さい頃から魔法使いと接してきたため、彼の父親であるナギ・スプリングフィールドの詳しい性格を学園長経由で知っている。

だからこそ『ああならないように』と学園長やタカミチから言われており、細かい所で気を使っていた。

今も昔も苦労人であることには変わらないようだ。

閑話休題。








「と、とも……かく、物は試しに賭けてみたらどう、ですか? 食券が余っているならそれを……つ、使うとか」

ボインゴは変なことを口走る前に注意の対象を変えようと話題を振る。

この場でベストな煙の巻き方は、間違いなく後ろにあるトトカルチョだろう。

そんなボインゴの心中を知ってか知らずか、そろそろ寒空の下でただ会話をすることが面倒になってきた承太郎がトトカルチョ場へ向かおうとする。

どちらかというと興味の方が勝ったと思われる。

「うむ、そうさせてもらおう。では我々も行くか、ネギ君」

「あ、はい。それじゃボインゴ先生、さようならです」

「さ、さようなら……」

ネギはぺこりと頭を下げ、承太郎の後を追って行った。

なんだか父親と散歩をしている親子の様で微笑ましい。

そんな2人を見送った後、ボインゴはポケットから一枚の紙を取り出す。

そこには先程買っていた1年D組のトトカルチョ券よりも、倍以上の食券が賭けられていた。

「……ごめんなさいD組のみんな。『空条承太郎がトトカルチョで2-Aに賭ける』という予言を見ちゃったら全てを賭けて買うしかないじゃないですか。
ただでさえ運命を捻じ曲げまくる人なんですし、少しばかり運を分けてもらいますよ」

この男、見た目の弱さとは裏腹に意外と強かなのかもしれない。

まぁ本質的にはスタンド使いであるから仕方ないのだが。

「ウケッ、ウケッ、ウケコッ……ウヒャホコケコケコケケケケケケケケケケケケケコケコ」

……この笑い方は何年経っても治らなかったらしい。

余談だが、1年D組も学年1位になったらしく、ほっくほくだったそうだ。








補習2回目 Make or Break








「うーむ、B組にするかF組にするか……それともS組安定かなー」

トトカルチョの配当表示掲示板の前にうんうん唸る女子中学生が一人。

癖のある髪の毛を両サイドで結び、前髪を小さいクリップ2つで留めているのが特徴的である。

彼女の名は椎名桜子。

麻帆良女子中等部2-Aの中で、ある意味最も強烈なミラクルを度々起こす人物である。

その運の良さたるや、信号機で一回も止まらない事が多々あるという微妙なものから、じゃんけんで50連続勝利という馬鹿げた強運と幅広い。

そんな彼女がいま思い悩んでいるのは、あり余った食券を何処に賭けるかだ。

実は彼女、前回の期末試験で結構な大勝ちをしており、未だ食券の保有枚数に大分余裕がある。

それなのに悩んでいるのは、ひとえに賭けるなら勝ちたいからである。

「うーん……思い切って大穴のうちのクラスでも良いんだけどにゃー。昨日から始まった勉強会でみんなやる気だし」

そう言いながら昨日から猛勉強しているクラスメイト達を思い浮かべる。

勉強は嫌いという者が大半を占めていた2-Aは、かなり様変わりし始めていた。

先月までとの違いはやはり新任教師2人。

普段の勉強でもそうなのだが、今回の期末試験で浮き彫りになってきたこの2人の相性の良さ。

優し過ぎるネギと厳し過ぎる承太郎のコンビは、例えるならサイモンとガーファンクルのデュエット!

今回の期末試験でもその効果が存分に発揮されていた。

みんながみんなネギを失いたくないがために勉強を頑張り、承太郎の見事な飴と鞭っぷりで無意識のうちに勉強に走るよう誘導されている事からもそれが分かる。

一部(あやかとかのどかとか)が異常にヒートアップして、普段不真面目な周囲を焚き付けているので延焼はさらに加速。

同じチアリーディング仲間である釘宮 円や柿崎 美砂ですら頑張っているので、桜子自身も置いて行かれないようにペースを上げ始めていたりする。

ともかく、今2-Aはノリに乗りまくっているクラスなのである。

だからこそ、彼女は賭けの候補にその名を出したのだが……。

「……うん。やっぱり鉄板のF組にしておこうっと。50枚賭ければ3倍戻りの150枚……ちょっとしょぼいかな」

彼女はそう言っているが、ちなみに全然しょぼくない賭け方である。

食券は基本的に何枚かの綴りで購入する事が出来るのだが、その1枚ごとの値段は学園都市らしく300円と非常に安くなっている。

だが食券一枚で定食やカレー、果てはデザートプレートなど割と自由に食べられるので、1枚当たり500~700円、物によれば1000円の価値があるだろう。

それを考えると彼女が賭けた50枚は元の値段が1万5千円、資産価値は最低でも2万5千円、払い戻しされる150枚には資産価値が最低7万5千円ある事になる。

女子中学生のする賭け事にしては、かなりハイリスクハイリターンだ。

しかしそんな結果になるとしてもしょぼいと言ってのける彼女は、そう思えるほど常勝してきたのだろう。

おそらく運を吸い取る始末屋でも彼女をどうこうできない次元だ。

ともかく彼女の賭け対象は決まったので、意気揚々と鞄から食券50枚を取り出し、窓口へと向かって行った。








「すいませーん! この食券50枚を麻帆良女子中等部2年え――」

「食券100枚、麻帆良女子中等部2年A組に頼む」

「――A組にお願いします! ……………………ほあぁ!?」

受付窓口で勢いよく食券を叩きつけてトトカルチョ券を買おうとした桜子だったが、ここで致命的なミスをしてしまう。

隣の窓口に来た人物の2-Aに賭けるという声を聞いて、思わず「あ、自分のクラスだ」と思ってしまい、賭け対象として言ってしまったのだ。

しかもその人物は食券を100枚もつぎ込んでいるため、そちらにも気を取られていたのが不味かった。

すぐに「すいません、今の間違いでした」と言えばどうにかなったのだろうが、既に受付の人はトトカルチョ券を発行し終えていた。

目線だけ動かして見えたのは、受付と客を隔てるプラスチックウィンドウに貼られているラミネート加工された注意文。

『一度発行されたら変更不可』

つまり食券50枚はもう2-Aから変える事が出来なくなってしまったのである。

「倍率20倍……当たれば1000枚……まぁこれはこれでいいんだけどさー。自分で頑張れば確率上がる訳だし」

2-Aに賭ければ倍率は20倍なので相当美味しいのだが、それでまだまだも低確率であることには変わりない。

それでも思ったよりショックを受けていないのは、意外と良い線いけるかもと心のどこかで思っていたからだった。








「にしても誰よ、私たちのクラスに賭けるような酔狂者は?」

とりあえず今回のミスを生み出した者を見てみようと隣の売り場を見てみる。

そこには食券100枚を2-Aに賭けた証である紙を握っている、割と派手な白いコートを着た、最近頻繁に見かける人物が立っていた。

というか承太郎だった。

「く、空条先生!?」

桜子の驚いた声で承太郎が桜子の方へと振り向く。

「む? ああ椎名か、奇遇だな」

「いや、奇遇っちゃ奇遇ですけど。というか先生もトトカルチョやるんですね」

「たまたまボインゴ先生に出会ってな。験担ぎのために賭けてみてはと勧められたんだ」

「験担ぎかー。……それにしては気合入れ過ぎじゃありません? 食券100枚って相当なもんですよね」

桜子が賭けた食券はあくまでも前回の勝ち分の残りであるため、50枚賭けた所で直接の痛手は無い。

だが新任の承太郎がそういったもので食券を稼いでいるとは思えず、だからこそ心配しているのだ。

しかし当の承太郎は全くの涼しい顔であるため、桜子は頭の上にハテナマークを浮かべた。

そんな様子に気付いたのか、少しばかり言いにくそうに承太郎が理由を話す。

「実はここに赴任してきた時に学園長からサービスで食券を100枚もらってな。
『ここの食堂棟にはハズレが無いから楽しむといいわい』ということだが、いかんせん持て余し気味だったんだ」

「あー、そう言えば空条先生ってお昼は奥さん手作りのお弁当食べてるし、夕飯もきっちり自宅で食べてるそうですねー。
そりゃ普段の食事なら持て余すだろうけど、食堂棟ってデザートとかテイクアウトできますよ? 奥さんに買って行けばいいのに」

「……初耳だ。というより食堂棟に入った事が無いな。外食は知り合いに教えてもらったBARや超包子の出張店舗くらいだしな」

「うわー、現金店舗ばっかりは勿体ないですってー」

呆れたように言う桜子だったが、承太郎としても色々と食べ歩いてみたいという気持ちはある。

だが、今の承太郎にはそれが出来ない理由がある。

先程よりもさらに言いにくそうにしていたが、照れるのは自分のキャラじゃないと考えて思い切って言ってみる事にした。

「…………妻が張り切って食事を作る物でな」

「……甘ーい」

桜子は少しばかり顔を背けている承太郎を見て思う。

これがラブ臭か、と。

(いっつもハルナが食いつくのが分かるわ。これは非常に掘り下げたい)

ただしそんな度胸は桜子には無く、ネギがトイレから戻ってくるまでお互いに空笑いを続けるのだった。








賭けの手続きも終えたのでトトカルチョ場から出た承太郎、ネギ、桜子の3人。

当然のことながら3人が3人、2-Aに食券を賭けていた。

ちなみにネギも学園長からもらった食券があったのだが、明日菜と木乃香へのお土産やおかずの1品足しにに何回か使っていたらしく、残りは80枚程だった。

それなのに賭けるのは20枚だけだった理由は、自分が悪い事をしている気分になったからと、何となく当たる予感がしたからという2つからだ。

何処までも良い子である。

そんな良い子は自責の念に駆られているのか、承太郎や桜子よりは後ろの方でぶつぶつ言いながら歩いている。

ぱっと見、両親に怒られた男の子が後ろをしょぼくれながら歩いているように見えなくもない。

一応そっとしておいた方がよさそうだと判断した桜子は、暇なので承太郎に気になっていた話題を振ってみる事にした。

「そういえば気になっていたんですけど、食券が大量にあっても、普段使わない先生はどう処理するんですか?」

どうせ使わないというのに食券を増やしてどうするのか。

いくら強運持ちの彼女であっても、この時点でこの質問をするというのは中々に奇妙な事であった。

何せ彼女は『当たった事前提』で話しているのだから。

もしかしたらこの時点で予感めいたものがあったのかもしれないが、他ならぬ彼女自身が気づいていないなら考えるだけ無意味だ。

ともかく、重要なのは使い道だ。

ただ彼女は何となくではあるが、もしも承太郎が宝くじを当てたとしても別に使わないんだろうなー、とかイメージで思っている。

実際はSW財団からの援助で深海魚を間近で見るために潜水艦をレンタルしたり、海外の様々な希少文献を買い漁ったり、割と豪気にお金を使うのだが。

それを知らない桜子は、恐らくは『家族サービスにでも少しずつ使う』という答えを予想していた。

実際、半分は当たりだ。

だが承太郎の答えは、良い意味で桜子の予想の遥か上を行っていた。

「ならば妻と食事に行きたいな。
……ふむ、どうせならついでにクラスの者全員に高級なものでも奢ってやるか。椎名、学食の中でも高級でなおかつ広い店は何処だ?」

「…………はい? ………………はいィ!?」

なんだか今日は驚きっぱなしだと思いつつも、今の承太郎の一言を頭の中で反芻する。

クラス全員、高級学食で、奢り。

理解した瞬間に脳内麻薬が大量分泌され、最高にハイッ!な状態になる桜子。

手持ちが乏しい女子中学生にとって、高級店舗での食事全額奢りは正に夢の様な言葉だ。

その言葉を受け、脳内桜子会議はある一つの店名を本体へと送った。

「じょ、JoJo苑が良いですッ! 高級焼肉学食JoJo苑!! 高級お肉食べ放題のコースがあるんですッ!!!」

「あ、ああ。ならそこにするか」

「よっしゃぁー! カルビとサーロイン、牛タンが私を待っているー!!」

わははと道端で高笑いするくらい興奮した桜子に当てられ、少しばかり身じろぐ承太郎。

承太郎が身じろぎするという異常な事態を引き起こすほど、桜子のテンションは上がりに上がっていた。

もしかしたら、何処ぞの帝王が言っていた絶頂とはこのような幸福感に包まれている状態なのかもしれない。








「まぁお前達が必死に勉強して、期末試験で1位にならなければ意味が無いんだがな」

「……にゃはははは」

しっかり約束はしたものの、結局奢りをしてもらうには自分が頑張らなければならないことを再確認させられ急激に元のテンションに戻る。

だが承太郎の言葉からは、どうも嫌味な響きは無かった。

それが桜子には不思議でしょうがない。

「しっかしずいぶんとあたし達の事信頼してるんですねー。なんかもう1位にならなくても奢ってくれそうな感じがしますし」

「流石にそれは無いが、少なくともわたしはお前達の事を高く買っているぞ」

それは彼女にとっては結構意外な言葉だった。

博士号を持っているというから、学力重視の先生だと思っていたのだ。

「んー、でも私らって結構バカだけど?」

「学力だけでわたしは人を判断しないさ。何というか、あのクラスなら大抵の事が大丈夫に思えるんだ」

「それは物凄く分かりますねー。そう聞くと本当に1位になれそうな気がします」

「ふっ、そうだな」

「……ふーん」

ふと浮かんだ承太郎の笑顔。

横目で見ただけであったが、非常に優しい笑顔だった。

チアリーディングを通して笑顔なんてしこたま見ている桜子が、思わず感心してしまうほどに。

「ん? どうしたんだ?」

「いえ、べーつにっ♪」

少し珍しいものが見れましたとは言わず、お茶を濁しながら笑顔を向ける桜子だった。

(ふふっ、これって幸運かも)
















後日、麻帆良で新たな幸運伝説が発布された。

何時も通りの稼ぎ方をした桜子は、『大明神』という肩書にランクアップ。

そして子供のころから妙に的中率の高いボインゴも、占い部顧問という事もあって『預言者』という肩書がついた。

最後に桜子の幸運に大きく関与したことが目撃されていた承太郎には、『幸運を運ぶ帽子』という肩書が付けられるのだった。

周囲の反応は前2人は何時も通りだったが、どうも後者には余計な噂が付加されていたらしい。

曰く、『承太郎先生の帽子に触れば幸運になれる』。

何故そんな噂が出来たかと言えば、誰も承太郎の帽子を脱いだところを見た事が無かったので、それを見るために新聞部(主に朝倉)が画策したためである。

おかげで承太郎は幸運を求める学生に帽子を付け狙われる事になり、少しだけ苦労が多くなったのだった。








椎名桜子――期末試験トトカルチョで大穴が大当たり。
        50枚の食券が1000枚に膨れ上がったが、承太郎の奢りのおかげでクラスメイトにはたかられなかった。
        ついでに、怖いと思っていた承太郎への好感度アップ。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/

後書き:
桜子との約束、そして少しだけ多い食券の消費についての伏線終了。

2名分多かったのは前回ちょろっとだけ言及してたホル・ホースと、承太郎の奥さんでした。

ちょっとシリアス分が多かったのでゆるーい展開。

あと分かる人には分かりますが、今回のタイトルはとあるゲーム劇中歌でして、意味は『一か八か』。

トトカルチョに絡めるにはちょうど良い名前だったかと。

それではまた次回。



[19077] 補習3回目 Someday
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/10/30 23:41
ネギ・スプリングフィールド。

魔法界の大英雄、ナギ・スプリングフィールドの一人息子である。

英雄の息子ともなれば有名であってもおかしくないのだが、逆に英雄の息子という事で狙われる可能性があるため機密Aランク相当の秘匿人物となっていた。

そういう事情もあってか、つい最近までは魔法使いの中でも極々限られた人物にしか存在知られていなかった。

魔法使いとしての適性及び才能は文句なしの『天才』であり、保有魔力量も彼を『魔力タンク』と言い換えられるような量となっている。

使える魔法は主に風と光と雷属性の物であり、魔法の理論をしっかり学んだために魔法の自作すら行える。

あくなき向上心から優秀な成績をキープし続け、メルディアナ魔法学校を飛び級+首席卒業という快挙を成し遂げたことからも『天才』は伊達では無い事が分かる。

正に『立派な魔法使い』に成るために生まれてきた様なものだ。

さて、若干10歳(これは数えなので正式には9歳)の彼は、魔法の修行のために麻帆良学園で教師をやっている。

副担任である空条承太郎に助けられながらではあるが教育実習期間を終え、来月からは正式な教師として教鞭を振るう事になっていた。

今年度の終業式も終わった後もしばらくは仕事があったのだが、今日から2日間だけは生徒たちと同じく休暇だ。

そんな彼が現在何をやっているかというと……。



「うーん……おねぇちゃん……」

「勝手に私の布団に入んなー! そして抱き付くなー!!」



同居人の布団に寝ぼけながら潜り込み、あまつさえ抱き付いているといううらやま……けしからん事をしでかしていた。

今回は大層なネームバリューを考えずに、彼を中心とした『平凡な日常の1ページ』を見てみよう。








補習3回目 Someday








2007年3月30日金曜日。

彼が同じ部屋から聞こえてきた叫び声で目が覚めると、目覚まし時計は4時12分を指していた。

まだはっきりとしない意識の中、酸素を多く取り込もうと脳が一つの命令を出す。

「……ふわぁぁ……」

即ち欠伸である。

紳士を目指す彼はみっともなく見えないように大口を片手で隠し、もう片方の手で涙目になった両目をこすりながら上半身を起こす。

紳士になりたいとは言ってもまだまだ子供であるので、その見た目はあどけない子供の起床にしか見えないのが難だが。

3月も最終週になるが、まだ日の出は1時間以上先であるためにカーテンの隙間から見える窓の外は暗い。

そこまで頭が回るようになってから、ふと何の音で起床する事になったのかを考え始めたネギは、ややあってその音の発生源を見つける。

「だあぁぁぁー! マフラーどこに置いたっけー!?」

同居人かつ秘密を共有している者である神楽坂明日菜が、寒空の下で行うバイトで必須の防寒具を探していた。

つい先ほど起きたばかりのはずなのに、既にパジャマからの着替えは終わっており、明るい色のジャージがその身を温めていた。

まぁ恰好はともかく、新聞配達のバイトに行くならそろそろ出発しないと不味い時間になりそうである。

ネギは明日菜が昨日マフラーを何処に置いていたかを想起しようとするが、どうやっても思い当たることが無く、それに加えて寝起きだったため全く分からなかった。

明日菜も割とまだ眠いのか、念入りに探そうとしているもののどこか粗雑である。

そうして手詰まりと判断して部屋を出ようとしたその時、ネギの居る場所の足元から回答が聞こえた。

どうやら2段ベッドの下の段で寝ている近衛木乃香が、明日菜が騒いでいたせいで起きてしまったみたいである。

「……えーと、マフラーは洗濯物かご確認した時に入ってたから、ちゃんとネットに入れて洗ってるはずやー」

「あ゛」

それを聞いて明日菜は思い当たった事があったのか、1文字という簡潔具合ではあるが心情を的確に表す言霊を吐きだした。

少なくとも華の乙女が出してはいけない類の声だった事もここに記す。

洗面台近くに備え付けられている洗濯機を振り返ってみると、起床時間に洗濯が終わるようにタイマーセットされていたために絶賛稼働中となっている。

代えのマフラーは無いので、明日菜はがっくりと肩を落とすこととなった。

そんな様子を見ていたネギは何かを思いついたのか、いそいそとベッドから降りてコートハンガーに向かう。

そしてコートハンガーにかかっている物の中から自分のマフラーを手に取り、玄関で靴を履き始めた明日菜に手渡した。

どうやら明日菜はマフラーが無いならと、そのまま行こうとしていたようだ。

「はい、明日菜さん。僕の使っているサイズなので小さいかもしれませんが、もし良かったらどうぞ」

「おーありがと、ネギ。ありがたく借りる事にするわ。っとと、そんじゃ行ってきまーす!」

「「いってらっしゃーい」」

ネギと木乃香の2人は手を振って見送るのだが、明日菜は余程急いでいたのかこちらを振り向かずに走っていった。

そんな慌ただしい明日菜の足音が離れていった頃、木乃香が目を半分ほど閉じながらネギに朝食は何が良いか質問する。

「ふぁー……ネギ君は朝ごはん何がええー?」

「えーっと……昨日パン屋さんで買ってきたクロワッサンがあったはずなので、それに合わせてスクランブルエッグが良いです」

「りょーかーい。それじゃ、7時くらいまでもっかい寝るわー」

「あ、僕もそれくらいまでもう一度寝ちゃいます。今日から2連休ですし、普段よりもゆっくりしないと」

「そう考えてる時点でゆっくりできてないなぁ」

「ははは……」

そう話しながら、2人はそれぞれ寝床に着く。

思っていた以上に眠気が残っていたのか、2人ともすぐに眠りに落ちていった。

その後起床したのはきっちり7時。

目覚まし時計なしでこの精度とは、羨ましい限りである。
















朝8時21分。

朝食を終えたネギはここ最近始めた特訓のために、女子寮の入口に降りて来ていた。

朝早くから出入り口を箒で掃除している管理人さんに会釈をしながら建物を出ると、冷たいながらも澄み切っている空気を吸い込む。

まだ頭の奥が眠気でちょっとだけ重く感じていたのだが、その空気の冷たさでいい感じに吹っ飛ばされたようだ。

気持ちを切り替えるために軽く伸びをすると、女子寮を出て少しした所にセカンドバッグを持って歩く人物がいるのに気付いた。

丁度ネギには背を向けている体勢なので顔で判別することはできないが、後ろ姿からでも知っている人物ならば分かる。

まず見えたのはお団子ヘアーであり、次に認識したのは陽光を受けて煌めく黒と金の髪の毛。

お団子ヘアーなら意外と麻帆良では多い髪型なのだが、黒と金の髪の毛を持つ者など大分限られてくる。

学園都市であるが故に髪を染める事はある程度制限がかけられているので、彼が考えている人物でまず間違いないだろう。

という訳で、ネギは元気良く挨拶する事に決めた。

「徐倫さーん! おはようございまーす!」

「ん? ああ、おはよーさん」

横に並んで一緒に歩けば、その顔はやはり想像通りの人物だった。

これでもし違う人物だったら失笑ものだが、幸いにも間違っていなかった様だ。

空条徐倫。

彼の補佐をする副担任の空条承太郎の娘である。

実の娘がいるというのに自分の受け持ちのクラスに居ていいのかと以前聞いた事があったが、「麻帆良だからな」と言われた時は笑うしかなかったのを思い出す。

それはそれとして、ネギは徐倫が何処に向かおうとしているのか、一緒に歩きながら聞いてみる事にした。

「徐倫さんもこれから特訓ですか? 何時もと荷物が違うみたいですけど」

「あー、今日は特訓の方には参加しないわ。これから家族3人+同居人で旅行に行くのよ。父さんの休暇に合わせて1泊2日でね」

「旅行ですかー、いいですねー。……あれ? 同居人と言えば長谷川さんと相坂さんですよね? 一緒に行くんじゃないんですか?」

家族と同居人で旅行に行くと言っているが、だったらこの時点で千雨とさよが居ないのはおかしい。

もしかして準備に手間取っているのかとも思ったが、徐倫が笑いながらクイクイと指でこっちに来いと言う。

ネギは言われるがままに徐倫の所まで近づくと、彼女はネギの耳に顔を近づけて小声で説明する。

「(千雨の能力は知ってるんでしょ? あれ使って私の携帯に向かって部屋のパソコン経由で転送してくるらしいわ。
移動時間くらいは家族水入らずでってことで、気を使ってくれてるのよ)」

「(あはは、千雨さんらしいです。そう言えば能力を使ってほぼ毎週のようにイタリアに遊びに行ってるって言ってました。便利ですよねー)」

「(だから私の着替えとかの荷物もそれでお願いしててさ。それでこんな身軽で行けるって訳)」

そこまで話すと徐倫は顔を離した。

しかし改めて魔法使いの観点から見ても、千雨の能力は反則である。

電子機器があればそこに自由に入り込む事ができ、さらにネットワーク機能付きならどんな場所へでも行く事が出来る。

難点と言えば入口を自分で保持できないということだろう。

自身の持っている携帯電話に入り込もうとすれば携帯電話だけがその場にとり残されてしまい、状況から能力の把握や個人情報を持って行かれる可能性がある。

それにしてもメリットの方がデメリットよりも遥かに大きい。

ネギは転移魔法の応用で同じこと出来ないかなとか考えてみるものの、「スタンドの再現をするだけ無駄」という承太郎の言葉を思い出してやめていた。








「そう言えば旅行って何処に行くんですか? やっぱり東京とかの大都会の方なんでしょうか?」

「うーん、そっちにも行ってみたいけど違うわ。
父さんと仲直りした事だし、ちょっとおじさんの所に行こうと思ってね。ほら、『命狙われてた隠し子』の本人よ」

「えーと……1999年の事件でしたっけ。マスコミには知られなかったけど、経済界では有名だとか言う……」

1998年生まれであるネギがそんな事件を知っているはずが無いのだが、もちろん知っている理由はある。

実は徐倫のよく事を知ろうとクラスの人達に評判を聞いて回った時に、ついでという事でいいんちょこと雪広あやかから教えてもらったのだ。

だがどうにもあやか興奮しながら話していた印象が強く、肝心の詳しい内容はあやふやだ。

(いいんちょさんってお話しするのが好きなのかなぁ)

いいえ、ちっちゃい男の子ショタ好きです。

閑話休題。

「そうそう、その事件の奴。んで住んでる所が宮城県の杜王町ってところなんだけど、スタンド使いがわんさかいる町らしいわ」

「わ、わんさかですか!?」

スタンド使いがわんさかいると聞いて冷や汗を流すネギだが、麻帆良も大して変わらないように思うのは気のせいでは無い。

麻帆良と杜王町、『裏』の世界ではどちらも似たような評価付けをされているのだが、2人が知る由は無い。

「そんなビビんないでよ。スタンド使いが多いのは事実だけど、その代わりに名所がかなり多いらしいからさ。
それに世界中を回った父さんですら、これ以上の店は無いって断言したレストランがあるらしいのよ」

「へぇー。それなら僕も行ってみたいですけど、まだまだ未熟なのでそんな余裕ないんですよ」

「真面目ちゃんねぇ。だったら今度千雨にお願いすれば良いじゃん。
所要時間片道数分でイタリアにすら行けるから、お願いすれば大抵の所には行けるよ」

「あー、それが一番いいのかもしれませんね。機会があればそうします」

「千雨が魔法使い嫌いなのが難点だけどねー」

あははと徐倫は笑うが、教師であると同時に魔法使いであるネギとしてはどうにか仲良くなりたいと思っている。

仲良くなるきっかけとしてはこれが一番良いのかもしれないと思いながら、今歩いている場所を見て足を止める。

「では僕が特訓があるのでここで失礼します。特訓で会ってもなかなか世間話が出来なかったので、非常に有意義でした」

「こっちとしても楽しかったわ。今度は年相応の会話が出来たらいいんだけどね」

「……善処します」

徐倫は暗に『子供っぽくないから子供らしくしろ』と言っているので、少しムスッとするネギ。

そんなリアクションを予測済みだったのか、軽快に笑う徐倫。

表情が対照的な2人は、駅と森への分岐点で分かれるのであった。
















12時39分、麻帆良外周部の森の中。

以前ネギと承太郎がそれぞれ激闘を繰り広げた闘技場コロッセオの近くにある、キャンプ場という名の修行場所。

さらにそこから数十メートル離れた所にある川岸。

普段人が居ないその場所では、古菲とネギが特訓を行っていた。

「接地が甘いアル! もっと腰を据えて拳を打ち出すアル!」

「ハイッ! 古老師ッ!!」

「今度は軸がぶれたアル! 全身を一本の柱だと思って構えるアルよ!」

「は、ハイッ!」

ヒュパッという風切り音を放ちながら、踏み込んだ足の衝撃を拳に乗せて打ち出す。

何故この2人が一緒に特訓しているかというと、単純にネギが古菲と楓に特訓のコーチをお願いしていたためである。

実は模擬戦闘の件や図書館島の件でネギに思う所があったのか、魔法有る無しに関わらずそれなりの基礎体力が必要だと感じていたのだ。

模擬戦闘では連続魔法詠唱での疲労がそのまま戦闘能力に響き、図書館島では身体強化無しだと同年代の平均運動能力より劣ってしまう事が分かってしまった。

どちらも魔法の性能に頼り切りだったために起こった事なので、勉強と同じように早いうちに間違いを直すべきだと強く思ったのだ。

そのため、中国拳法と忍術といういかにも強そうな武術を使える者に師事し、とにかく基礎能力の底上げがしたかったのである。

後々それぞれの武術で指導組に回るだろう2人としては、ネギを弟子入りさせる事はむしろ好都合だったので快諾。

という訳で早速、期末試験結果発表の次の日から特訓が開始されたのだった。

ちなみに焼肉屋でこの会話を盗み聞きしていた徐倫も、アメリカ在住時代に軽く拳法をやっていたらしいのでたまに参加している。

そして今、ネギは学んだばかりの中国拳法の型を必死に再現しようとしているが、砂利の上で行っているという事もあってまだまだその見た目は拙い。

大声を上げながら教えている古菲はというと、隣に並びながらネギに教えた型を完璧に実演している。

並べて見れば錬度の違いは明らかであるが、それでもネギの演武は中々様になっていた。









さて、数日に渡って各種特訓を試した結果、近接戦闘では古菲に、遠距離戦闘では楓に師事をする事になっていた。

日替わりでどちらかから特訓してもらうのだが、今日は古菲に中国拳法を教えてもらう番である。

現在古菲から伝授されているのは、中国拳法の中でも質実剛健を地で行く『形意拳』と『八極拳』。

これをまず初めに教えた理由は、体格で分が悪いネギではあるが、カウンターメインになる形意拳ならばその小柄さが逆に活かせるためだ。

魔法による身体強化もあるので、短い腕のせいで間合いが極至近距離になったとしても、八極拳でコンパクトに決定打を与える事が出来るのも強みだ。

またその他でこの2つを選んだ理由として、型が『槍術』に動きが通じるという特徴があるからだ。

この特徴は魔法を使う際に大型の杖を使っているネギに対してこの上なく好条件である。

しかしこの古菲、勉強はてんでダメだというのに、拳法に関してだと何故ここまで頭が回るのか。

場面を森の中に戻そう。

朝から4時間ほど川辺で修行している2人だが、実はこの場所を選んだ理由は『邪魔や覗き見が少ない』という事以外にもある。

ここで特訓する一番の理由は、『足腰が強制的に鍛えられる』からだ。

足元は川辺特有の不規則な形をした砂利があるため、その場にまっすぐ立とうとすることが難しい。

そんな場所で中国拳法の型を行うとなると、体重の移動に気を付けなければすぐに体がぶれるということになる。

という訳でこういった不安定な場所で特訓を重ねると、足元がどんな状況であれ意識的にではなく無意識に最適な足運びが出来るようになるのだ。

また中国拳法は地面を強く踏み込む『震脚』と呼ばれる動作が多いので、地面からの反作用が多いこの場所なら衝撃に強い足が作り上げられる。

慣れるまでが非常に辛く、本来ならある程度型を学んだ後にした方が良いこの訓練であるが、古菲はあえてこちらを先に執り行った。

「魔法で身体強化をすれば型の再現くらいは簡単に出来てしまうアル。だからこそ、それがし辛いこの環境で自然に出来れば完璧アル」

「分かりました、古老師!」

「返事で型が乱れてるアル! 集中!」

……もう一度言うが、何故拳法に関してだと何故ここまで頭が回るのか。

教え方も特訓方法も非常に適切で、ネギに尊敬の念を込めて『老師』と呼ばれるまでそう時間はかからなかった程である。








「プハァッ! …………あー、死ぬかと思ったでござる」

ネギと古菲が型の練習を行っている横の川から、突然にザパァッ!と勢いよく誰かが飛び出してきた。

川の中から服ををびしょびしょにして現れたのは、波紋の亜流である甲賀流忍者の長瀬楓だ。

ネギと古菲しかいないと思われていたが、彼女もしっかり修行していたようだ。

確かに考えてみればこの修行場所は元々楓個人で使っていたし、ここまで来るには数々のトラップを回避しなければならない仕様となっているので居るのは当然である。

ついこの間までトラップのほぼ全てが古菲や承太郎によって破壊されていたのだが、その後、楓にとって暇な時間に更に凶悪性が増した物が再設置されている。

どれくらい凶悪化と言えば、後半になると古菲ですらスタンドを展開しないとどうにもならないほどのトラップだ。

そのため地上からでは、もはや楓が森の入口から案内しなければ来ることが不可能になってしまっている。

古菲は耐える事が出来るために地上から行くが、ネギはまだそこまで強くないので杖で飛んできている。

それでもキャンプ場には対空トラップが仕掛けられているため、着陸時には楓の誘導が必須だ。

そのせいか、たまにではあるが麻帆良への侵入者がここで虫の息になっているらしい。

閑話休題。

「いやはや、やはり波紋の基本練習はきついでござるな。水中息止め1時間は流石にやり過ぎたか」

楓は何時の間にか手にしていたタオルで体を拭きながら気楽に笑う。

びしょびしょに濡れていた忍者装束は何時の間にか乾いており、どうやら『弾く波紋』で水分を飛ばしたようだ。

しかし彼女がやってた修行方法は、息止め公式世界記録が鼻で笑われるほどの所業である。

ちなみに水中息止め世界記録は15分58秒なので、訓練のために潜っていた時間はその約4倍という事になる。

波紋使いはつくづく人間の範疇を超えていると思う。

「……厳しいのは3月の水の冷たさからくる寒さじゃなくてそっちなんですね……」

「ネギ坊主、私が言うのもなんだけど、もう沈んでた時間には突っ込まない方がいいアルよ」

幼いころから波紋使いである古菲は慣れているので驚かないが、ネギはどうしても慣れないでいた。

やはり魔法を基本として考える癖はいまだに抜けきっていないようである。

これさえ抜ければ精神的に一つの壁を越えられるのだが、いずれどうにかなると古菲と楓の両名は考えている。

((どうせ『引力』で多少なりとも常識が擦れるからなぁ))

内容がアレ過ぎるから絶対に口には出さないが。

グギュゥー。

と、ここで誰かの腹の虫がけたたましく鳴き、午前中の修行はこれで終了となった。

「ゴホンッ! そ、それじゃあ一旦ご飯にして、食べ終わってから1時間で午後の修業を始めるアル」

「ネギ坊主は火の用意をするでござる。すぐに魚の下処理を終えて行くでござるから」

「ハイ!」

努めて平静を保とうとしている腹の虫の飼い主だったが、羞恥から顔が真っ赤で駄目駄目だった。
















17時01分、女子寮にほど近い商店街。

ネギは午後の修行をきっちり終えて、今は朝出かける前に木乃香から頼まれていた食材の買い出しに来ていた。

一緒に住んで1ヶ月ともなれば連帯感が出来るのは当然で、生徒と先生という立場をプライベートではなるべく考えず、出来る家事などを分担して行うこととなっている。

もちろん道徳的違反は先生の立場でしっかり注意するが、余り注意するような事態になった事はない。

良くも悪くも、2-A副担任である承太郎が厳しくしたおかげだ。

そのせいで承太郎は新田先生並に怖がられていたのだが、期末試験後くらいから生徒たちと談笑する姿が目撃されたおかげで多少は緩和されてきていた。

相乗効果で新田先生の評価も変わり始めたらしく、前よりはピリピリした空気を放つ事が少なくなってきているようだ。

……ライオンが寝転がっている映像を見て『ライオンって可愛いんだー』という認識を持ってしまうのと同じで、本質は変わっていないのだが。

ただ本質は変わらずとも性質は変わるものであり、今回はそれが良い方向へ行ったのだろう。

ネギと承太郎の2人は麻帆良に来てから、どうも麻帆良に吹く風が変わってきたようだ。

余談だがネギは承太郎と新田を先生としての最適像として見ている。

だからこそ少しだけ怖がられた上で信頼されてみたいと思っているのだが、承太郎と新田の2人からやんわりと「やめておいたほうがいい」と言われていた。

理由は推して測るべし。








さて、ここ数日は修行のために出かけっぱなしなので必然的に買い物係にされているネギ。

同じくらいの年頃の男の子なら嫌がったりするものであるが、ネギは買い物に行く事によって麻帆良の様々な場所を知れるということで嫌がっていない。

つくづく良い子である。

きょろきょろと店の看板を確認しながら歩いているネギの手には食材メモが握られており、書かれているのは雑多な野菜と豚肉、そしてゴマだれ。

まだまだ肌寒い季節という事で、おそらく夕食は鍋にするつもりなのだろう。

メモには他にも野菜はどの店が良い、肉はこのお店のタイムサービスを狙えなどなど、非常に主婦染みた内容が書かれている。

だからこそ麻帆良の地理や食材選びに不慣れなネギでも、出来る限り鮮度の高い食材を買って帰れるのだ。

八百屋やお肉屋の店主は良い物選ぶねーと笑ってくれるが、スーパーの店員は良い物ばっかり持って行かれて涙目である。

ちなみにこのメモは木乃香が書いているのであるが、ネギが初めて見た時は思わず苦笑いしてしまったものだ。

曰く、「まるでお姉ちゃんみたい」。

それを聞いた木乃香は「ウチをお姉さんだと思って甘えてもいいんよー?」と少し喜んでいたが、ネギは真っ赤になりながら謹んで辞退していた。

補足ではあるが、幼いころから両親が居なかったネギにとって、姉であるネカネ・スプリングフィールドは母親のような存在だった。

つまり、『お姉ちゃんみたい』=『お母さんみたい』という事である。

ネギよりは年上だとしてもまだ中学生である木乃香にとって、これは良い評価なのか悪い評価なのか判断に困る。







「すいませーん、この白菜下さーい」

「おおネギ君か! 相変わらず良い目利きのセンスしてるねぇ」

「いえいえ、僕の目利きなんてまだまだですよ。全部の食材のチェックが出来る訳じゃないですし」

「くぅー! こんなちっちゃい子なのに謙虚じゃねぇか! サービスだ、このニンジン持ってけ!」

「あ、ありがとうございます!」

ネギが買い物をしていると毎回どこかしらのお店がサービスをしてくれるのだが、初めは慣れなかったものだ。

10歳ではあるものの一応は教師。

そういった立場もあるが、昔っから自分で自分に厳しくして育ってきたためか、甘やかされているような感覚が居心地辛いと感じていたのかもしれない。

ただ何回か経験するうちに元々ウェールズで住んでいた村の人たちとの付き合いみたいだと理解してからは、こういったサービスはありがたく受けている。

それに暖かいのだ、とても。

言葉で表現するなら家族愛とでも言えばいいのだろうか。

ネギとしても、まさか全く血のつながりも無い、しかも相手の名前すら知らない人たちにこんな想いを抱くとは思わなかった。

魔法使いの住む村ではこんな感情は抱かなかったというのにである。

だがすぐに理由は判明する。

ああ、『麻帆良』だからか、と。

一般人も、魔法使いも、スタンド使いも、その全てを内包しながらなおも存在し続けている麻帆良

懐が深いというよりは節操が無いと感じるが、それでも家族という関係に無意識に飢えていたネギにとってはとても喜ばしい事だった。

それに『英雄の息子』として接してくる人たちが殆ど居らず、『ネギ・スプリングフィールド』として見てくれるのも大きな要素だった。

この感情を認識した夜は思わず涙が出てしまい、主に明日菜のパジャマを汚すこととなっていた(翌朝げんこつを喰らうという弊害もあったが)。

だからこそ思う、修行内容が『麻帆良で教師をする』で良かったと。

そう物思いに耽りながら買い物をしていたら、腕時計を見れば既に17時半過ぎ。

そろそろ下ごしらえに取り掛からないと不味いと思い、身体強化で駆けだすのだった。

















20時30分、麻帆良女子寮内大浴場『涼風』。

ネギは今、麻帆良に来てから何度目か分からない追いかけっこを実施していた。

原因は『ネギがきちんと体を洗わない』からであり、とりあえずの保護者として洗ってやろうと明日菜は追いかけている。

全体的にネギが悪いのだが、どうも追いかけまわされている光景を見るとネギが悪いようには見えないのはなんでだろうか。

明日菜も良い事をしているというのに、絵面から連想されるのは子供を連れ去るなまはげである。

その様子は丁度同じタイミングで入ったクラスメイトに笑いながら見物されていた。

というかどうしてこうもクラスの半分近くが同じタイミングで入ってくるのか。

「こらー! 運動して汗臭いってのに逃げんなー!」

「自分で洗えますからー! というか少しは恥じらいを持って下さいよー!」

「『カラスの行水』みたいに頭流すのは洗ってるとは言えないわよ! そして恥じらいどうこうはあんたに対しては既に諦めたわーッ!」

「あ、アスナが諺を使ってるなんて…………もしかしてさっきのお鍋の豚肉、火の通りが甘かったんかな」

「こーのーかー!」

「きゃー♪」

うがーと吠えながらネギと木乃香を追いかける明日菜。

新聞配達で鍛えた足の速さは濡れたタイル上では発揮できず、ネギと木乃香はしばらくの間逃げ続ける事が出来ていた。

浴槽に浸かっている朝倉は捕まるか捕まらないかを風呂上がりジュースで賭け出すし、周りの皆は止める気は全くないようだ。

だが、逃走の終焉はある人物の介入によってもたらされた。

「お風呂場で走っちゃ……駄目です」

「うわぁっ!?」

「あらー?」

ネギと木乃香の2人は突然首根っこを掴まれたかと思うと、気がついたら空中に投げ飛ばされていた。

背後から風切り音と気配がしたので、おそらくは超スピードを出せる人物の仕業だろう。

かくして数秒間重力から解放された2人だったが、重力に引っ張られてニュートンの林檎よろしくお風呂へと落ちて行った。

着水による派手な水しぶきをバックに、明日菜は投げ飛ばした張本人に親指を立てた。

「ナイス、アキラちゃん!」

2人を投げ飛ばしたのは大河内アキラ。

大人しい性格である彼女だが、実は運動神経が麻帆良武術四天王並みに高く、人を軽々投げ飛ばせる怪力の持ち主である。

争い事が嫌いな彼女は、この追いかけっこが我慢ならなかったのだろう。

という訳で喧嘩両成敗。

「アスナも走っちゃ駄目でしょ。という訳でえいっ!」

「ちょ!? 何時の間に背後に……きゃあー!」

「おー、飛んでる飛んでる。しっかし気持ち良さそうだねぇ」

シャワーで体を流していた春日美空は口笛を鳴らしながらその光景を見ていた。

瞬動もかくやといった速度で明日菜を投げ飛ばしたアキラは今の言葉を聞いていたのか、美空の方へと向き直って首を傾げた。

「……美空も飛ぶ?」

「絶対にノゥ! 私にマゾっ気は無いからね!?」

「……そう、残念」

「なんで残念がるの!?」

物凄く残念そうな顔をしているが、投げられる方からしてみればたまったものじゃない。

いくら着地地点がそれなりに深いお風呂だとしても、人を高く投げているのだから体重と着水角度によっては非常に危険だ。

ただ覚悟が出来ていれば結構楽しいと思われる。

現にネギがプールのような浴槽の中でぷかぷかと気持ち良さそうにうつ伏せに浮かんでいるし。

……浮かんで?

「……ってうわぁ!? ネギ君白目剥いてない!? め、メディーックッ!」

「のわぁ! 木乃香と明日菜も浮いてるー!」

「や、やりすぎちゃった……」

「落ち込んでないで早く助けないとー!」

和気藹藹とした大浴場が一転して事故現場へと早変わり。

最終的に、すぐにショック状態から持ち直したアキラが迅速に処置したおかげで大事には至らなかったのだった。
















21時44分、麻帆良女子寮の明日菜たちの部屋。

一時的に呼吸が止まるというハプニング(と言うには危なすぎる)があったものの大事には至らず、朝が早い明日菜のために就寝準備をしているところだ。

明日菜と木乃香はパジャマに着替えており、ネギは自分のスペースであるロフト上で努めて下を見ないように布団を敷いている。

どうせ布団を敷いたとしても何時も通り寝ぼけて明日菜の布団へと潜り込んでしまうのだろうが、いい加減明日菜も慣れたもので、もはや湯たんぽの代わりという認識になっている。

これも一種の共存関係なのかもしれない。

「ふあぁ……それじゃあおやすみなさい」

「あら、何時もより早いわね。休暇だっていうのに、すぐ眠くなるくらい疲れたの?」

「そういう訳じゃないんですけど……多分ばっちりリラックスできたからこそ眠いんだと思います。あんまり疲れは感じませんし」

「古菲達と武術の特訓してんでしょ? 私が言うのもなんだけどタフねぇ」

「いいんやない? 子供は風の子って言うしなー」

「微妙に本来の意味から外れてますよ。その諺は子供は寒さに強いって言う意味……はふぅ」

先生らしく指摘しようとしたが、どうにも我慢できない欠伸によって中断させられる。

うつらうつらとしているために足元も少しだけふらついていて、ロフトの上という位置状況を鑑みれば危険である。

「ああもう、梯子近くで欠伸は危ないでしょうが。きっついならさっさと寝なさい」

「はい……おやすみなさ……」

ポフンッという音を立てて柔らかい布団へと倒れこむネギ。

もうすぐ4月だとしてもまだまだ部屋は寒いので、掛け布団を無意識に手繰り寄せて包まる。

そんなネギの様子を見ていた階下の2人はやれやれといった形に微笑む。

「なべて世はこともなし、ってやつかしらね」

「んー、アスナー? 何処でそんな言葉覚えたん?」

「いいんちょが言ってたのよ。どっかの有名な詩人の作品の一説らしいわ。
本文もしっかり聞かされた事があるけど、その部分以外ちんぷんかんぷんだったのよねー」

「あはははは、アスナらしいわー」

「……どういう意味なのかは考えないでおいて、私たちも寝ましょうか」

「そうやな。そんじゃ、おやすみー」

「おやすみー」

壁にあるスイッチで部屋の明かりを落とし、それぞれが2段ベッドの自分の段に潜りこむ。

冷えている羽毛布団は厳しい物があるが、時期に体を温めてくれるだろう。

ふと『視線』を感じた気がして明日菜がカーテンの隙間から窓の外を見ると、三日月というには少しばかり細い月が見えた。

視線の主を探そうとしても特に何も見えず、大方鳥か何かの視線だったのかな、とカーテンを閉め切った。

そうして部屋に帳が落ち、『平凡な日常』の一欠片が終わるのだった。








ネギ・スプリングフィールド――着々と肉体改造が進んでおり、接近戦でもそれなりに動けるようにはなってきた。
                   あくまでも『それなり』のため、まだまだ古菲達に攻撃を当てる事が出来ていない。

神楽坂明日菜――ネギの居る日常に慣れ、もはや保護者のような心境である。

近衛木乃香――ネギと明日菜が仲良くなった事に安堵すると同時、自分も『幼馴染』とまた仲良くなりたいと気持ちを新たにする。

空条徐倫――家族3人+同居人2人で杜王町に旅行中だが、当然のごとく様々なトラブルが起きていた。

┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/

後書き:
いまいち影の薄いネギに焦点を当てようかとも思いましたが、それよりもフラグ立てにメインが置かれた回でした。

どうせ第2部はネギの戦闘メインになるので、勝手に目立ってくれますからね。

そして次回からはジョジョま!第2部となります。



[19077] 23時間目 桜通りの吸血鬼(ファントムブラッド)①
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/10/11 23:38
4月9日月曜日21時過ぎ、麻帆良女子寮近くの桜通り。

4月に入った途端に陽気な天気が続いたため、夜になっても幾分か暑いと感じるほどの気温を指していた。

そんな気温に浮かされたのか、春に代表される花々は花壇に咲き乱れ、薄明かりの中でも色彩を楽しませてくれる。

だが最も美しいのは『桜通り』という場所だけあって桜の木であろう。

満開にはまだ少しばかり早く、概ね八分から九分咲きといったところではあるが、これくらいの桜の方でも十分美しい。

夜でもこの陽気ならば、おそらく明日の昼頃には満開になるだろう。

しかし夜闇の中、明日には満月になるだろう月の明かりに照らされる桜の何と美しい事か。

明日の天気が良ければ、満開の桜と満月が同時に見る事が出来るはずである。

酒飲みならばこれにかこつけて酒をかっ食らうに違いない。

まぁこの辺りには学生しかいないので、酒を嗜む者が出たら問題となってしまうのだが。








そんな美しい桜通りの一角に、雰囲気に似つかわしくない闇が蠢いていた。

いや、古来より桜の下には死体が埋まっているから綺麗に咲くとか、陰陽の陰を司る月から齎される光には魔の力があるとかいう話があるので、意外とマッチしているのかもしれない。

そう考えるのならば風流であると言えるのかどうか。

ともかく、闇は人の様な形を成し、空腹を満たすために今宵の獲物を追いたてていた。

月明かりも届かぬ木々の闇の中でなお燦然と怪しく輝く目からは、捕食者としての愉悦しか感じられない。

「ハァッ……ハァッ……」

そしてその闇に追われ、追いつかれまいと必死に走っている少女が一人。

手には風呂桶があり、その中に入れたシャンプーとタオルはお湯に濡れていた。

おそらく大浴場で体を流した後、夕涼みのために桜通りに出てきていたのだろう。

もしも彼女が『巷で流行っている噂話』を知っていたのなら、このような愚行は犯さなかっただろうに。

いや、もしかしたら知っていた所で『自分は大丈夫』と言いながらここに来たかもしれない。

どちらにせよ過ぎてしまった話であるので、ここで『もしもIFストーリー』を模索した所で建設的では無い。

今の彼女の心を占めるのはたった一つの単純な疑問。

「なんで私ばっかりこんな目にー!?」

勿論返事が返ってくる訳も無く、その叫びを聞いた捕食者は心なしか目の輝きを増させたように見える。

理不尽を叫んだ彼女――佐々木まき絵――は、ここ最近はどうもトラブルに見舞われ過ぎていると感じていた。

副担任の鬼のように厳しい補習、図書館島での九死に一生、そして今回の追いかけっこ。

そのどれもが強烈な印象を持たざるを得ないものばかりで、騒がしいこと好きのまき絵でもそろそろお腹いっぱいである。

ただしそのどれもが元を正せば自分のせい(小テスト赤点、期末を裏技頼みにしようとした、門限後の夜間出歩き)で引き起こされた事だ。

これに懲りて真面目に過ごして欲しいと思うのだが、彼女が彼女まき絵がまき絵である限りおそらく叶わない願いだろう。








「キャッ!?」

余計な考えをしていたせいか、図書館島の一件の焼き増しの様な転び方をするまき絵。

今の今まで全力で走っていてギリギリ追いつかれないでいたので、もはや今すぐに立ちあがったとしても逃げ切る事は出来ない。

しかし心のどこかで諦めが生まれようとも、未だ生きている以上、逃げる事を続けるか諦めて神に祈るかを選択せざるを得ない。

転んだ事で恐怖を再認識してしまったために腰が抜けてしまっているが、彼女は前者を選び、風呂上がりである事にも構わず這いずってでも逃げようとする。

「……普通ならばガタガタ震えながら神様にでもお祈りする所だが、私に対する恐怖を持ったまま逃げの手を打つか。
個人的にはその対応は不満なのだが、必死の中で少しでも生き続けようとする姿勢、それはどのように無様であれ敬意を表する」

這いずりながらじりじり進んでいたまき絵に、突如として声がかけられる。

すわ誰か通りがかりの人でも居たのかと思いもしたが、振り向いてみればどうやら彼女を追いたてていた『闇』が語りかけてきているようだ。

どうして闇が語りかけているのか分かったのかと言えば、まるで三日月のように開く口が音を発しながら動いているのを見たからだ。

その口の中には鋭く伸びた犬歯が見え、ああ、あれで食い殺されてしまうのだろうかとまき絵は俯瞰的に見ていた。

それと同時に、闇が蠢いている様にしか見えないというおどろおどろしい容姿に反して、紡がれる声は鈴の音の様だと感じてもいた。

またどこかで聞いた事のある声だとも。

だがそれを脳内からサルベージする精神的余裕と時間は無く、そうこうしている内に闇は覆い被さるように倒れているまき絵に近づく。

「だからといって見逃すかどうかというのは全く別の話だ。せっかく見つけた獲物を逃がすほど、私は断食が得意ではないのでな」

闇でなお輝く目と三日月の様な口が、まき絵の首筋へと吸い込まれるように移動される。

恋人同士で行うのなら非常に官能的な動作であるのだが、捕食と被捕食の立場にある両者からでは『食事』としてしか映ることはない。

そして『闇』がまき絵の首筋に一息吹きかけて一言。

「――ああ、今のお前に言った所でどうなる訳でもないが、ここ数分の記憶は綺麗さっぱり無くなる。だから大人しく食われておけ」

ぞぶり。

息を吹きかけられたために強張っていたまき絵の首に鋭い犬歯が突き刺さり、その痛みから彼女の意識は沈んでいった。

だがそんな様子のまき絵に構うことなく、捕食者はその喉を鳴らす。

後に続くのは短いながらも生命を啜る音。

――『血液』を啜る音。

時間にしてみればものの10秒足らずであったが、今の『闇』にとってはこの程度で事足りる。

何よりここで食い過ぎてまき絵を殺す事は彼女の『流儀』に反することだ。

だからこそ気を失ったまき絵を桜通りの中でも目立つ場所にある桜の木の下に寄りかからせ、その場を去ろうとする。

最後に何処からか怪しげな液体の入ったフラスコを取り出し、その中身をまき絵にかけて、『闇』は夜闇に溶けるように消えて行った。

その場に残されたのは安らかに眠るまき絵と、首筋についた2つの刺し傷だけだった。








23時間目 桜通りの吸血鬼ファントムブラッド








「『桜通りの吸血鬼』ィ? 何なのよ、そのB級映画臭漂う素敵な噂話は」

「おい徐倫、B級映画舐めんな。初代の『ター○ネーター』だってB級だと言えるんだから、せいぜいがC級だろ」

「……そういえば千雨がネットに落ちてるからってよく見てたのはアニメとかそういう映画とかばっかりだったもんねー。んじゃあC級だと何がある?」

「実写版の『ストリー○ファイター』じゃねぇの? なんでヴァン○ム使ってあそこまで駄目になったのかが良く分からんし」

「あー、あれはもう完全に名前負けだったわよねー」

「……『桜通りの吸血鬼』について、続きを話しても良い?」

「「別に良いぞ(わよ)」」

「……さいですか」

4月10日火曜日、進級したために2-A改め3-Aの教室。

徐倫の小旅行やらあやかの家への訪問やらパートナー探しやらという一波乱があったものの、それ以外は概ね何もなかったと言える春休みは終わり、新年度となった。

新年度という事でHRから1時間目にかけて身体測定が行われる事になり、それぞれの教室に各種測定器が持ち込まれて絶賛測定中。

そのためにこの教室は、同年代の男子生徒にとっては是非とも拝んでみたい光景が繰り広げられている。

具体的にいえば『ブラ&パンツのみで身体測定』である。

一部の物はブラを必要としない体形なのでパンイチだったりもするのだが。

「いいんちょ、65キログラムねー」

「ひいぃ!?」

「あははは、去年から全く成長してないからまだまだぺったんこー!」

「「「「ぐふぅッ!」」」」

「ああ!? お姉ちゃんの不用意な発言で結構な人数に甚大な被害が!」

……女子三人集まれば姦しいというが、32人もいれば姦しいどころではなく騒がしい。

しかも今回に限っては何処のクラスもワイワイ騒ぎながら測定をしているようで、学校全体が同じような有様である。

注意しようにも前述の通りの恰好なので、女性教師以外が下手に注意しに行ったりしたらセクハラ教師という不名誉なあだ名が付けられかねない。

しずな先生は学園長の仕事を手伝いに行っているために不在なので、野放しといっていい状況だった。








そんなワイワイガヤガヤととにかく騒がしい中、測定の順番待ちで暇だった朝倉から一つの大きな話題が投下される。

その話題とは『早朝、桜通りでまき絵が倒れているのが発見された』という物騒極まりない話であった。

なんでもルームメイトの和泉亜子と大浴場に向かった後、涼みに出かけると言って一晩中帰って来なかったらしい。

そうしたら早朝巡回の警備員によって桜通りで倒れているのが発見され、病院も開いていなかったために非常勤が待機していた保健室に運ばれたという。

おそらく夕涼み中に何かあったのだろうと言われているが、診断では軽度の貧血とのこと。

亜子は疲れていたために浴場から帰ってきた後はすぐに寝付いてしまい、まき絵が帰ってきたかどうかに気付けなかったらしい。

本来なら警戒してしかるべき情報なのだが、やれうっかり転んだ衝撃で気絶しただの、やれ『アノ日』の影響で貧血起こしただの何が原因かを好き勝手話しあっていた。

それを聞いた『とある生徒』が若干青筋を浮かべたようだが、誰にも気づかれずに話は続いていく。

そして割かしうわさ好きな柿崎美砂が、それを煽る様な話題を追加投入した。

「ねぇねぇ、最近寮で話題になってる『桜通りの吸血鬼』って噂、どう思う?」

「『桜通りの吸血鬼』ィ? 何なのよ、そのB級映画臭漂う素敵な噂話は」

そう徐倫が返し、最初の流れに繋がるのである。








「なんかしばらく前からある噂なんだけど、なんか満月になる日の前後で桜並木に出るらしいのよ。
夜な夜な上手そうな血を求めてさまよう吸血鬼がー!」

「「「き……キャーッ!!」」」

「しっかし何でまた吸血鬼なのよ。満月だったら狼男の方が良くない? まぁ『羊の振りした送り狼』の方が怖いけどね」

「もー、確かにそれはそれで怖いけど、もうちょっとあそこの連中みたいにビビってくんない?」

「きゃーこわいー、って感じで良い?」

「ああいや、やっぱりいいわ。徐倫ちゃんってそういうキャラじゃないしね、どう考えても」

ブラ&パンツの状態で腰に手を当てて余裕な表情の徐倫。

その下着のド派手さと外国人特有の顔つきのせいで、そんな何気ないポーズでも妙な色気を出している。

話している内容も少しばかり『R』に数字がつきそうな内容だったなので、その雰囲気に拍車をかけていた。

同性であるにもかかわらず美砂は若干たじろぎながら、吸血鬼という固有名詞が付けられた来歴を話す。

「まぁ確かに吸血鬼ってどうなのとも思ったけど、理由はちゃんとあるのよ。
実はこの噂は一定周期で流行る噂でさ。その噂が流れた直後に必ずと言っていいほど桜通りで気絶してる生徒が出るのよ。
犯人が居るかどうか不明だから被害者って言っていいか分かんないけど、被害者には軽度の貧血の症状と首に刺し傷が確認されてる」

「そういったプレイ好きなただのサイコ野郎じゃないの?」

「うーん……一応遠目からの目撃証言で『真っ黒なぼろ布を身に付けた小柄な影』が確認済み。
あとは実際に桜通りで気絶してた人の証言で、『おぼろげにしか覚えていないけど、犬歯がとにかく長い口を見た』ってのがあったはず」

「もしも野犬なら気絶だけで済む訳が無ぇな。っつーことはやっぱり劇場版『踊る大○査線』のアレみたいな感じか」

「また千雨ちゃんってば微妙に分かり辛い例えを……」

分かる人にしか分からない例えなので補足すると、とあるキャラが吸血鬼の模倣で長い犬歯をアタッチで付けるシーンがあるんです。

ちなみにそのキャラ、百からから一引いたお笑い芸人の小柄な方。

意外に目撃証言と合っているという。

閑話休題。

「ま、まぁともかく、まき絵がそれの被害者かもしれないってことが言いたかったのよ」

「ほぇー、吸血生物に噛まれたんかー。確かにまきちゃん美味しそうやけど」

「このか、絶対に吸血鬼とは違う生物想像してない? 多分吸血鬼よりもヤバそうな器官を持つ奴」

美砂は一筋の汗を垂らしながら、期待に(慎ましやかな)胸を膨らませている木乃香に問う。

実はオカルト好きな木乃香、すぐさまそうやでーという実に良い笑顔での返答をしてくれた。

しかも多分こんなんやーと言いながら黒板に想像していた図を描いていく始末。

出来あがった絵はチョークで書いたにしては非常に精緻なチュパカブラで、小学生辺りが見たらトラウマ確定なレベルだ。

実際、怖い話が苦手な鳴滝姉妹と宮崎のどかの心に大きな打撃を与えている。








「もー、そんな噂デタラメに決まってるでしょ。アホな事言ってないで測定終わらせちゃいましょうよ」

とここで明日菜が身体測定の列の流れが悪くなったために注意をする。

普段が普段な彼女にしては珍しく真面目な発言をしたのだが、盛り上がっていた周囲の面々はブーイング気味だ。

「ブー! アスナってばノリ悪ーい!」

「そんなこと言って、アスナもちょっと怖いんでしょー?」

「違うわよ! あんなの日本に居る訳ないでしょうが! というかあんたら分かって無いでしょ」

「何が?」

やれやれと肩を竦めながら両手を『お手上げ』といった形にする明日菜。

未だに分かっていない彼女らに、明日菜は決定的な一言を発する。

「保健室に居るまき絵のお見舞いからネギと空条先生が戻ってくるまでに測定を終わらせる事、って言われてたわよね」

「「「「「げ……」」」」」

そういえばそうだったと顔を青くするお祭り騒ぎメンバー。

周りを良く見れば一部の者は既に測定を終わらせ、体が冷えるからと制服を着始めている。

「ちなみにあたしらはその隙に測定を終わらせてたり」

「お前らが騒いでくれていたおかげでスムーズに済んだわ。あんがとさん」

「あの、お先に着替えさせていただきますね」

千雨の部屋の3人は測定を終わらせ、今から着替えに入るようだ。

手に持っている測定結果記入用紙を見れば、実は明日菜と木乃香もしっかり終わっているようである。

「ち、ちくしょー! 抜け駆けかー!」

「不味いって! 私まだ身長しか測ってないよ!?」

「ヤバい、みんな体重計を最後にやろうとしてたせいで大混雑してる!」

「早く測定しなきゃー!」

話に夢中で測定が遅れていた者たちは我先にと測定器に群がるのだが、考える事は一緒なのか体重計を敬遠していたようである。

そのせいで体重計には長い行列が出来てしまい、このままだと本気で間に合わなくなるかもしれない。

そこからは先程までとはまた違う騒がしさ、というよりも阿鼻叫喚といった状態になるのだった。








「……んでさっきの話、どう思う?」

明日菜は気になった事があったので、着替えながら徐倫たちへと耳打ちをする。

徐倫たちも同じことを考えていたのか、コクリと頷いてから自分の考えを返す。

「吸血鬼でしょ? 父さんが18年前に倒した奴と同じ種族なら、血を吸われた人間は即屍生人ゾンビ化するはずよ。
そうなったら太陽の光に当たった時点で体が崩壊して死亡。そもそも驚異的な身体能力がフル稼働させられるらしいから、気絶してる訳も無いし」

その話を聞いて青ざめる明日菜。

もしも噂が本当ならば、朝になった時点でまき絵が化け物として死んでいた可能性もあったのだ。

実際には大丈夫だったようだが、それでも嫌な気分は拭えない。

「だから可能性があるとすれば本当にサイコ野郎、もしくは魔法とかで生まれた別の成り立ちからの吸血鬼ってとこだろうね。
もしかしたら特殊なスタンドってこともあるかもしれないし、今断定するのは少し危険かな」

徐倫はそう締めくくるが、明日菜はもうお腹いっぱいである。

ただでさえネギと関わってから碌なイベントが無いというのに、今度は本当に血を吸うかもしれない化け物との遭遇である。

正直言って、犯人がサイコ野郎だとは微塵も思っていない。

魔法かスタンド、そのどちらかが関わっているだろうことは嫌が応にも感じ取れていたためである。

「はぁ……。なんでこう、麻帆良ってばこういう事件が起きやすいのかな」

「どう考えても『引力』ですねー。
一度巻き込まれたらその後も雪だるま方式で巻き込まれてくので、ここで暮らしてる限り明日菜さんは平穏は望めないと思います」

私は60年間巻き込まれましたからねーと朗らかに笑うさよだが、その具体的な年数を聞いて明日菜の顔は引き攣る。

ちなみにさよの正体は春休み中にばれているので、年代に関する突っ込みは要らなかった。

「うう……全て忘れて価値観をどうにかしたい」

「多分それでも何かに巻き込まれて、『失われていた記憶が~』とかいうイベントが起きるんじゃねーか?」

「ゲームじゃないんだからって言いたいけど、本当にありそうだから困るわ」

あはははと笑う両名だが、まさかこの例え話が後々本当の事になるとは思ってもいなかったのだった。
















3-Aで身体測定が行われている頃、女子中等部保健室。

内装が白で統一され、消毒液の臭いが四六時中するこの部屋には今、早朝に発見された佐々木まき絵がベッドの上で眠っている。

ベッドの傍らには担任であるネギと承太郎が立ち、意識の戻らないまき絵の様子を観察していた。

「どうだネギ君、何か分かるか?」

「……微かにですが、魔力を感じます。麻帆良には僕以外にも魔法使いが居るはずなので、その誰かが襲ったか、または助けたかですね」

まき絵が運び込まれたと聞き、丁度良く身体測定だったのでお見舞いに来た2人。

保健室で死んだように眠る彼女を見て焦るが、特に外傷はなかったという保険医の診断を聞いて安堵したのも束の間。

ベッドに近づいた時、承太郎は長年の勘から、ネギはその身に同じものを持つが故の共感覚から奇妙な違和感を感じていた。

そして保険医が一時的に席を外したので、承太郎はネギに杖を使って調べてもらう事にしたのだ。

結果は感じ辛くはあるが黒。

図書館島で数日間一緒に過ごした際に彼女から魔力を感じなかったので、外的要因が加わったとみて間違いないだろうと考えている。

「ふむ。ちなみにどちらだと思う?」

「普通に考えるなら恐らくは前者だと思います。個人的には麻帆良に悪い魔法使いが居るなんて考えたくも無いですけど」

「ふっ、上出来だよネギ君。出会った頃のままの君なら悪い魔法使いなんていない、とか言いそうだったしな」

「うう、なんか素直に喜べません……」

「大人になるというのはそういう事に慣れていく事だからな」

少しばかり擦れてきたのか、前よりは善悪において善を強く主張する事が無くなってきたネギを承太郎は成長と見ている。

そもそも善悪や立派という定義自体が他人から与えられる価値観なので、意識している者が本当にそうなれる訳が無い。

そういう意味からすれば、ネギはようやく『立派な魔法使いマギステル・マギ』へのスタート地点に立ったと言える。

どこかで高校生くらいの人物がくしゃみをしたのは、きっと気のせい。








「さて、噂話通りなら吸血鬼に襲われたという事になるが、屍生人ゾンビにはなっていないようだな」

「えーと、噂話ですか?」

「知らないのか? 『桜通りの吸血鬼』という話なんだが」

噂話流行の中心地である女子寮に住んでいるというのに、ネギはこの噂話を掻い摘んで説明する事にした。

ネギは話を聞き終わると、急いで首元に傷があるかどうかを確かめる。

そうして確認してみても一度は傷跡が無いと思いほっとしたのだが、承太郎が精密に見てみれば傷が塞がった跡がうっすらと2か所に見受けられた。

その結果を受け、ネギは難しい表情をしながら顎に手を当てて考えごとをしだした。

少しだけ時間が過ぎ、重く口を開く。

「……もしも本当に魔法の使える吸血鬼なら、まき絵さんは吸血鬼に近い状態にさせられている可能性があります」

「近い状態? 私の知っている『吸血鬼』とは違うようだな。奴らに血を吸われたなら問答無用で屍生人になるはずだが」

「え? 承太郎先生って『吸血鬼殺しの英雄』って呼ばれているから、僕より詳しいんじゃないんですか?」

「……どうも魔法使いの定義する『吸血鬼』と、わたしの知っている『吸血鬼』は別物の様だな。
なら、わたしが知っている限りの事を教えよう。ついでに何故わたしが――いや、ジョースターの者が吸血鬼殺しと呼ばれているかも教えよう」








さて、ジョースターの一族と深い因縁で結ばれた関係にある吸血鬼について説明しよう。

その成り立ちは『闇の一族』と呼ばれる2000年周期で世に復活し、人を食料として喰らう謎の生物まで遡る。

地球上のどこで生まれ、そして何時から知恵を持ったのか分からないが、地球上の食物連鎖ヒエルラキーの頂点に君臨し続けた闇の一族。

奴らは生存のために非常に多くのエネルギーを必要とし、原生生物の中でも特にエネルギーを豊富に持っていた人間を主な食料として生活していた。

高い知性と身体能力を持っていたため、もしかすればこの時代まで地球は彼らによって統治されていたかもしれない。

しかし彼らには地球で生きるには些か致命的な弱点、『紫外線に弱い』という生命欠陥があった。

そのために彼らは夜間でしか活動できず、おかげで人間もかなりの人数が生きていくことが出来たのである。

それでも絶対的に君臨し続ける彼らの中で、一族最強の頭脳を持つ男がさらなる高みへ至ろうとした。

その男の名は『カーズ』。

野心にあふれるこの男は紫外線を克服して、究極生命体アルティメット・シイングになろうとしたのである。

その過程で作られた『石仮面』。

この石仮面は、血液をトリガーにして飛び出す骨針で脳を突き刺して、その突き刺された対象に強力な生命力と戦闘能力をもたらす。

だが闇の一族用に作ったはいいものの、彼らの強靭な肉体では骨針の力が足りなかった。

そこで人間に使ってみたところ、突き刺された者は人間よりも高エネルギーを持つ『吸血鬼』へと変貌。

闇の一族に近い性質を持ち、本能的に他の生物の血液からエネルギーを求めるようになる吸血鬼は、闇の一族にとって最高の家畜となったのである。

その後ある程度の繁栄を続けた闇の一族だったが、カーズによって後に『柱の男』と呼ばれる事になる若干名を残して滅亡。

残された文明から発見された石仮面は人間の手に渡り、それを用いた文明には繁栄と滅亡を繰り返した。

そして巡り巡って石仮面はジョースター家にたどり着き、そして長きにわたる因縁が始まったのだった。

石仮面を用いて進化した男『ディオ・ブランドー』、時を経て復活した『柱の男』。

どちらも多くの犠牲を払いながらも打倒する事に成功し、一度はその因縁の鎖が断ち切られたと思われていた。

しかし死んだと思われていた吸血鬼ディオ――いや、闇の帝王『DIO』――の復活よって、今代のジョースターを継ぐ者、即ち承太郎に因縁が再び結びつけられた。

長い時間をかけてDIOの元へたどり着いた承太郎は、瀕死の重傷を負いながらもDIOを撃破。

だが親友となった男、スタンドの在り方を教えた男、最後まで我を通し続けた犬という犠牲を払った先にあった勝利であることを忘れてはいけない。

これをもって吸血鬼は事実上地球から姿を消し、吸血鬼との100年以上にわたる因縁に本当の決着を打ったのだった。








「これがわたしの知る限りの吸血鬼の知識、そしてジョースターと吸血鬼の因縁だ。
まぁ吸血鬼という種族の因縁は消えたものの、今度は『DIO』との因縁が出来てしまっている訳だがな」

「……何と言うか、壮絶ですね。もしも僕が同じ立場なら――」

耐えられない。

そう一度は言おうとしたネギだったが、何かに気付いて頭を振った。

普通なら耐えられないと考えてもおかしくはないし、その内容の過酷さから言っても逃げたとして恥じる事では無い。

だがネギも、幼いながら同じ信念を抱えている。

だからここで耐えられないなんて言ったら、自身の決意をも捨てる事になってしまう。

「――いえ、同じ事をするでしょうね。『大切な人』の命がかかっているなら、僕はもし死ぬ事になっても抵抗します」

幼いころからの決意であり、彼を彼たらしめる要因。

それは、死んだと思われている父親と母親を探しだすという事。

だからこそ、大切な者を守り通した承太郎を理想の大人として目指すことは間違いでは無かったと思えた。

そんな少しばかり危うい意思を固めている様子のネギに、承太郎は忠告を残すことにした。

「……そうか。だがこれだけは忘れないでくれ。
どんなに回復に優れたスタンドでも、どんなに優秀な回復魔法だったとしても、『生命が終わったものはもう戻らない』事を。
時には逃げる事も『勇気』であり、生きていなければ何事もなせないという事を」
























「……じゃあ逃げられないような場合はどうすればいいんでしょうか」

「ん? 何だ坊や、気でも違ったか?」

「いえ、具体的な対策を聞き忘れていたなぁ、と思いまして」

「何を言っているのか意味は分からないが、下手な真似は止すんだな。血を吸う前にその首、へし折っても良いんだぞ?」

4月10日の夜、桜通り。

ネギは半ば予想していた事ではあるが吸血鬼と遭遇し、現在大ピンチに陥っていた。

小柄な吸血鬼に背後から羽交い絞めにされて身動きが取れず、血を吸うという動作は何時なんどきでも取り掛かれるようになっている。

正に絶体絶命とも言える体勢である。

「貴様のパートナーは私の従者と戦っているが、『あいつ』は果たしてどこまでやれるかな」

「……『彼女』はパートナーじゃないですよ」

「なら余計に好都合だ。後々面倒な事に成りそうな不確定要素の一つを潰せるんだからな」

カカカッと笑う吸血鬼の目には深淵を覗いた様な闇と好奇心による輝きが見えるのだが、ネギがその眼を見ることは叶わない。

ネギは必死に振りほどこうとするものの、同程度の身長しかないはずの吸血鬼の体はびくともしない。

「何で……何でこんな事をするんですか、エヴァンジェリンさん」

「その質問、非常に下らんな。そんな事決まっていだろう」

ニタリと切り裂く様に開かれた唇から覗くのは鋭い犬歯。

「私が吸血鬼だからだ。食事をするのは当然だろう? まぁ貴様への場合はそれ以外にもあるんだがな」

女子中等部3年A組出席番号26番、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

それが『桜通りの吸血鬼』の正体であり、ネギが直に接する初めての『因縁』であった。








ネギ・スプリングフィールド――桜通りで吸血鬼であるエヴァンジェリンと接敵。
                   善戦するものの、柔術で投げられて拘束中。

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――『闇の福音ダーク・エヴァンジェル
                         桜通りでとある生徒を襲おうとした時にネギに遭遇。
                         苦戦するものの、地力の差でネギを拘束することに成功する。

『従者』と呼ばれた者――エヴァンジェリンの従者。
                現在、ネギを助けようとした者と戦闘中。

『パートナー』と間違われた者――ネギの生徒。
                     現在、ネギを襲おうとしていた従者と戦闘中。

┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/

後書き:
少しだけシーンが飛んでいますが、投稿ミスとは違いますので。

次回は遭遇シーンと、魔法側の吸血鬼の説明から開始となります。

しかし、パートナーに間違われた者の予想は立てやすいかもしれませんね、6択ですし。



[19077] 24時間目 桜通りの吸血鬼(ファントムブラッド)②
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/10/18 00:23
4月10日火曜日、夜。

空を見上げればすっかり日も暮れ、雲も薄いために満月がその存在感を大きく主張していた。

桜通りに設置してある街灯は少ないのではあるが、月明かりが強いためにそこまで暗さを感じない。

風は凪いでいるため桜の花は自然にその身を散らせてまっすぐ降り、街路にはまるで薄桃色をした雪の様に積もっている。

肌寒くも暑苦しくも無い、そんな過ごしやすい空気で桜の散る中を歩けば、どんな者でも気分が良くなるというものだ。

「こ……こわくないー♪ ……こわくないですー……こわくないかもー♪ ……はぁ」

だが気分が良いとは言ってもその歌はどうかと思う。

小学生が夜中にトイレへ行くときに歌いそうな歌を口ずさみながら歩いているのは、麻帆良女子中等部3-A所属の宮崎のどか。

本当に心の底から怖い物が苦手である彼女は、朝の身体測定で美砂の話や木乃香の書いた絵のせいで、ビビりながら件の話の舞台である桜通りを歩いていた。

というか彼女には苦手な物がかなりあるのだが、中でも男性とホラーは下手をすると気絶してしまうくらい苦手である。

だからこそ途中までは明日菜たちとともに帰宅していたのだが、明日菜たちは夕飯の買い物のために途中で分かれてしまっている。

だったらそちらについて行けばよかったのではと思うが、彼女にはそれが出来ない理由があった。

何故なら、家に帰ればまだ買ってから封を開けていない新刊の小説が待っているからである。

分かる人には分かるだろう、家に帰らなければ新刊を読めない時のジレンマを、そして辛さを。

運動神経はそれほど良くないのに図書館島探検部に入るほど本が好きな彼女。

本を読むと近くで喧嘩があろうが爆発があろうが全く気付かないほどの熟読派であり、国語の教科書に乗っている小説を読んでいたら授業が終わっていたなんてこともしばしばあった。

しかも途中まで読んでしまうと、最後まで読まなければいけないという義務感に襲われてそわそわしてしまうのだ。

だからこそ、休み時間に読んでしまってはその後の授業に身が入らなくなるといった理由で家に置いてきたのだが、見事に裏目ったことになる。

そんな彼女が吸血鬼の話を聞いた夜に桜通りを通るのは精神的自殺行為にしかならない様な気もするが、女子寮に帰るためには通らないといけないので仕方が無い。

という訳で小学生辺りがやりそうな、歌を歌って自己暗示をかけるという手法で恐る恐る帰宅中なのだ。

正直、不審者からしてみれば襲って下さいと言わんばかりの有様である。








そんな時、急にざわっ、という木が擦れる音とともにのどかの近くにあった桜の木が揺れる。

「キャッ!」

周囲をビビりながら警戒していたのどかは当然の如く反応してしまい、怖いもの見たさで思わず動いた木の方へと振り返った。

見上げた桜の木は太めの枝が大きく揺れており、まるで『何か』が飛び去った後の様に上下しているのが見える。

「と……鳥さんでも居たのかな?」

もっともらしい理由を付けてみたものの、それでは不自然になってしまう理由がいくつかある。

鳥が羽ばたいた音も、飛び去っていく姿すらものどかは見ていない。

ならば風かとも思ったが、現在は先程から完全に凪いでいる。

地震が起きて揺れたとしても、それだけの規模の地震にのどかが気づかない訳は無いし、そうだとしても一本の枝だけ揺れているのはおかしい。

だとすれば一体何が起きたというのか?

「ま、まさか吸血鬼……じゃないよね……?」

思ったことを思わず口に出してしまい、恐怖している事を再認識してしまう。

うすら寒い想像を無視するように頭を振り、のどかはそそくさと桜通りを抜けようとする。

だが時すでに遅く、この場所はもう『狩り場』と成っていた。

走り去ろうとするのどかの前方にある街灯からの光が、『何か』によって一瞬だけ遮られる。

「えっ?」

今まで多少なりとも明るかった場所で急に光が遮られれば、人は否応なしに原因を確かめようとする。

脊髄反射で原因を確かめようと街灯を見れば、かなりの高さがあるはずの街灯の上に黒い『闇』が佇んでいた。

いや、それを『闇』と形容するにはこの場所は明る過ぎている。

足元に存在する街灯からの照り返しがそのシルエットを際立たせ、言うなれば日常に焼き付けられた『影』といった所か。

黒い布を纏い、小柄で、桜通りに現れる。

一つ抜けている情報があったとすれば、『まるで童話の魔法使いの様な黒くて大きい帽子をかぶっている』という部分だろう。

ともかく噂から得た情報を統合して考えるに、その『影』は間違いなく『桜通りの吸血鬼』そのものであった。

そして件の吸血鬼は、その口を小柄な外見に似合わないほど妖艶に開いて言葉を紡ぐ。

「27番宮崎のどかか……。悪いけど、少しだけその血を分けてもらおうか」

何故名前を知っているのかという疑問と、血を吸わせてもらうという問いにどう答えれば良いか分からない疑問。

その2つに対する答えをのどかは必死になって導こうとする。

だがこの思考は決して現状をどうにかするためのものでは無く、余りの状況に脳が逃避するための逃げ場を用意したに過ぎない。

当然のことながら思考回路はめちゃくちゃに寸断され、体は自分のもので無いかのようにピクリとも動かなくなる。

逃げる事も助けを呼ぶ事も出来ないのどかを見て吸血鬼はにやりと笑う。

まるで『やはりこうでなくては楽しくない』と愉しげに言っているようだ。

哀れな子羊を眼下に置き、吸血鬼は己の存在意義レゾンデートルを再確認させるために動く。

「抵抗するなよ? そうしたらお前を殺さない自信が無い」

それ即ち『吸血』である。

身に纏う黒い外套を翻しながら街灯から飛び、一直線にのどかに迫る吸血鬼。

「キ……キャアァァァァァァァ!!」

ここでやっとのどかは悲鳴を上げる事ができ、体も先程よりは大分マシに動く様になった。

だが動こうにも吸血鬼の放つ威圧感に圧倒されて、今度は精神が追いついてこない。

のどかとの直線距離はそれなりにあったのだが、まるで距離など無意味といった形で目前まで迫っている。

物理法則を無視し、街灯から直線的にのどかの目前へと宙を舞った吸血鬼。

そして足音も無く目標手前2メートル程に着地し、茫然自失のために棒立ちになってしまったのどかの方へと更に近づく。

「むぅ……少しばかり首の位置が高いな」

ここで吸血鬼は近づいたは良いものの彼我の身長差を考慮していなかったのか、ポリポリと頬をかく。

この殺伐とした状況ではいささか不似合いではあるものの、何故かその一連の動作が『妙に様に成っている』気がする。

吸血鬼本人にいえば怒り狂うだろうが。

「……まぁいいだろう。首にしがみつけばどうにでもなる」

身長について悩みでもあったのだろう、少々不機嫌に言葉に間を開ける。

だがその目的だけは変わらない。

やがてのどかの至近距離へと足取りだけは淀みなくたどり着き、血を吸うために飛んで抱きつこうとしたが――








「待てーッ! ぼっ、僕の生徒に何してるんですかーッ!
ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 風の精霊11人ウンデキム・スピリトゥス・アエリアーレス縛鎖となりてウィンクルム・ファクティ敵を捕まえろイニミクム・カプテント――」

「チィッ! 予想以上に早い登場じゃないかッ!」

――3-A担任であるネギの乱入によりその行動は中止させられた。

瞬間、ネギの声を聞いたことによりわずかにでも安心したのか、のどかは糸の切れた人形のように倒れこむ。

位置関係でいえばのどかの後ろから駆けて来ているネギにとっては、こののどかの気絶は二つの意味で助かった。

一つに今から魔法を使うのに遠慮が要らなくなった事、二つに吸血鬼への射線が完全に確保された事。

楓や古菲との訓練において、隙あらば撃てという動作を叩きこまれたネギにとってはまさしく僥倖。

ただし、まだ対象の目的が分からない以上問答無用で傷つけるつもりはなく、様子見という意味合いも兼ねて捕獲用の魔法を放つ。

対する吸血鬼は懐から何かを取り出し、ネギから発射される魔法の射線を予測しながらそれを放り投げた。

「――魔法の射手・戒めの風矢!!サギタ・マギカ・アエール・カプトゥーラエ

「フッ、見え見えの攻撃だ。氷楯レフレクシオー……」

(ッ! 魔法障壁で防いだってことは、やっぱり!)

打ち込んだ11発の魔法の射手が全て防がれたものの、ネギは動揺を抑えながら現状で最適だろう行動を心掛ける。

身体強化で早くなった足で走り、杖を左手で持ったまま飛行を発動させているネギ。

この高速移動方法は楓との特訓で編み出したものであり、切欠は楓の言い放った一言だった。



『強化による足の速さは小回りに秀でているが拙者には追いつけない。
杖による空中移動は拙者に追いつけそうではあるものの小回りに難が見受けられる。
ならば状況によって使い分けるのではなく、それを同時には使えば良いのではないでござろうか?』



楓のスタンド使いらしい柔軟な発想により出来たこの移動法、コンセプトでいえば『足の生えた戦闘機』である。

杖をブースターとして直線的な加速を手に入れ、小回りを利かせる場合には駆けている足でステップを踏めばいいだけ。

弱点があるとすれば接地状態からの急上昇がジャンプを用いているため早い代わりに、空中に上がってしまうと利点が無くなるという事だろうか。

だからこそ隙を見せないために、大技を放つ時以外は上下の移動は決してしないようにしている。

体勢は低く、そして前傾姿勢にして空気抵抗を最大限減らし、その速さとシルエットはまさしく超低空でかっ飛ぶ戦闘機の様だ。

そんな急激な接近を見て第二波を警戒した吸血鬼はバックステップで距離を開けるが、そちらには最低限の注意だけを向け、地面に横たわっているのどかへと一気に駆け寄る。

やがて彼女のそばに着くと同時、急ブレーキのためドリフトの様に急速旋回して靴底を減らしながら、開いている右手でのどかを抱える。

身体強化をしているために体格が大きく違うのどかを抱える事はさほど苦でも無く、右手だけで所謂『お姫様抱っこ』をして吸血鬼と同じようにバックステップ。

そうして開いた互いの距離は大凡10メートル前後といったところか。

そう、この場で最も優先することがあるとすれば、それは『非戦闘員の戦場からの排除』である。

生真面目なネギの事だ、もし何らかの事件で生徒たちが人質に成れば、迷うことなくその身を犠牲にしようとするだろう。

それを危惧した承太郎が楓達に特訓で教え込む様に良い含めていたのだが、どうやら効果覿面だったようだ。

勿論、承太郎の教えである事はネギは知らないでいる。

閑話休題。








急激な加減速で息を僅かに乱すネギだったが、『吐納法』と呼ばれる『太極拳』の呼吸を用いてすぐに落ち着かせる。

次に体の熱を維持させながらも、冷静に現状の確認を執り行う。

右手に感じるのどかからはしっかりと生命の鼓動を感じ、襲われた直後だというのに首筋には全く傷跡は無いため、多少安堵した。

視線を動かして正面を見据えれば、苦々しい表情をしている黒衣の金髪少女が見える。

どうやらあれが吸血鬼の素顔であり、先程の攻撃は防ぎきったものの、余波で帽子が吹き飛ばされていたようだ。

余波で揺れていた髪の毛が落ち着いたのでしっかりと顔を確認しようとしたネギは、その人物の顔を見て固まる事になる。

何せ自分の受け持ちクラスで目立たないまでも、顔を見た事があったからだ。

「……え、ええっ!? 君はウチのクラスのエヴァンジェリンさん!?」

「フフフ、そうだよネギ先生……いや、ネギ・スプリングフィールド。そういえば正式な教師になったお祝いをしていなかったな。
プレゼントを送ることはできないが、言葉を送ってやろう。おめでとう、そしてさようならだ」

晒された顔を見て驚愕するネギに、エヴァンジェリンは容赦なく襲いかかろうとしていた。








24時間目 桜通りの吸血鬼ファントムブラッド








魔法使いサイドが一般的に対峙する『吸血鬼』とは、『石仮面』によって成り果てたものとは違う。

吸血鬼へと至る方法は至ってシンプル。

吸血鬼に血を吸われた者が吸血鬼に成る、ただそれだけである。

だがしかし、こちらの『吸血鬼』の起源は不明。

何時、どのようにして吸血鬼が生まれたのか、全く持って資料が無いのだ。

成り立ちは不明ではあるが、一番大きな可能性としては、魔法を使って『闇の一族』と同じラインに立とうとしていた者がいたという説だ。

その結果に完成した吸血鬼になる魔法があまりにも危険だったために、それについての情報が抹殺されたと考えた方が良いだろう。

さて、そんな魔法使い由来の吸血鬼の中でも特に強大な力を持つ『真祖』と呼ばれる個体が存在する。

真祖とは簡単にいえば、吸血鬼のルーツを辿っていった際にその根本に居る者である。

ネズミ算式に増えた吸血鬼のスタートラインとでも言ったところか。

総合的な能力は闇の一族から大きく劣るものの、その身に秘める莫大な魔力を以って魔法を発動し、敵対する者を殲滅する戦い方だけは優劣という枠組みを軽く凌駕する。

一族や石仮面の吸血鬼と違って日光は効かず、ニンニクや十字架といったおとぎ話の類も効果無し。

倒すというのならば真祖が持つ極めて個人的な弱点で攻めるか、悪魔をも滅する上位古代語魔法くらいの火力でしか倒すことはできない。

吸血行為は下位の吸血鬼に比べて絶対に必要という程でも無く、食事というより体力や魔力を効率よく回復させるために吸っているようだ。

欲求というよりも嗜好、といった感じか。

このように大きな違いがある魔法側の『吸血鬼』ではあるが、やはり本質では同じだろう。

『人類の敵』という、どうしようもないまでの本質で。
















ネギの隙を見つけたエヴァンジェリンの行動は早かった。

黒衣の中から黒色の液体が入った試験管と、青い液体の入ったフラスコを取り出して構える。

どうみても体に害のある物にしか見えないそれを、エヴァンジェリンは躊躇なくネギの方へと投げ付けた。

だが投げ付けた試験管とフラスコはネギの目前で互いの体をかち合わせて破裂し、その身を砕いて宙に中身を撒き散らす。

中身はネギたちにはぎりぎり届かない程度にしか撒き散らされず、一般人ならば投擲を失敗したと思う所だろう。

だが生憎と魔法使いにとってはそうではない。

(ま、不味い! あれは詠唱キャンセル用の魔法薬――)

「反応が遅いぞ? 氷結・武装解除フリーゲランス・エクサルマティオー!!」

「くぅっ!!」

反応が一瞬遅れたせいで風楯デフレクシオを発動させる暇もなく、単純に魔力を放出して武装解除への抵抗レジストを試みる。

その判断が功を奏したのか、ネギの衣服で引き飛ばされたのは魔力を放出した左手のみ。

だが予想以上の威力だったらしく、防いだために横に流れた余波がのどかに当たってしまう。

問題、魔法に全く関係の無いのどかに武装解除という魔法が当たればどうなるか?

「み、宮崎さん、だいじょうぶですか! ……ってわぁっ!? ふ、服がーッ!」

もちろん、抵抗力が無いために衣服は簡単に吹き飛んでしまうのである。

右腕でお姫様抱っこ状態だったのが災いしたか、左手の杖で防いだ余波は腹部から下半身にかけて集中的に当たってしまったようで、見事なまでにあられも無い裸体を晒してしまっていた。

胸部は少し肌蹴た程度に成ってるのだが、そこから下にはもう肌色しか存在しない。

もしも今の状況を第三者が見ていたとしたら体勢から言って、裸に剥いた女子生徒をかどわかそうとしている少年とそれに対抗する少女、という風に見れなくもない。

もしかしたらそんな事態に成ったのかもしれないが、先程からの物音に気がついてやってくるような人物は特に見えない。

だからこそ、エヴァンジェリンは再度試験管とフラスコを構える。

「拙いまでも、中々に良い判断だ。『天才』などと言われているだけはあるな」

「……恐縮です。でもこの状況だけを鑑みれば、エヴァンジェリンさんにこそふさわしい名前だと思いますが」

「良い返しだとは思うが、まだまだ皮肉が足りん。私の採点は厳しいからな、20点だ」

「その程度なら次は赤点から脱出しますよ」

お互いに会話をしながらも、決定的な隙を見つけようと水面下での牽制が交わされる。

その有様はまさしく舌戦といったところか。

エヴァの標的は既にのどかからネギへと変わっており、抱かれているのどかには一瞥もくれない。

いや、ネギの行動を制限するお荷物程度には思っているのかもしれない。

何にせよ現在不利なのはネギだ。

状況を打開できる『切欠』があればどうにかなるかもしれないが、そんなアメコミのような展開は望めないだろう。

「そういえばきちんと聞いていませんでした。エヴァンジェリンさんが『桜通りの吸血鬼』ということで良いんですね?」

「YES。ちなみに魔法を使って吸血鬼の振りをしている訳ではなく、正真正銘の吸血鬼さ」

口の片側に指を入れ、見てみろと言わんばかりに引っ張り上げる。

大きく開かれた口の中にはナイフの様に鋭い犬歯が見受けられた。

「ッ! で、でも日光の中で活動しているじゃないですか、それだとおかしいです!」

自分のクラスに居る生徒が吸血鬼だったという事を信じたくないのか、否定的な言葉を発するネギ。

そんな様子を見てエヴァンジェリンはニヤニヤと笑うだけだ。

「日光の中でも活動できる理由、知りたくば私を倒して見せろ」

「……やるしかないんですね」

ネギはのどかを自分の上着をかけて地面に横たわらせ、杖を構え直して相対する。

その間の隙を狙わなかったことから、エヴァンジェリンとしても真正面からぶつかってみたいと思っていたのかもしれない。








「――悪いけど、理由なんか知らなくても良いと思うのよ」

「「なっ!?」」

「危ない、マスターッ!」

硬直したまま相対していた二人だったが、突然上空から声が聞こえたと思った瞬間にエヴァンジェリンが何者かに弾き飛ばされる。

ドッグォォンッ!!

直後にエヴァの立っていたはずの地点から破砕音――いや、爆砕音とでも称すべき激音が発せられる。

そして亀裂が蜘蛛の巣のように亀裂が走り、激しい音に恥じないくらいに地面が臼状に陥没して行くのが見える。

捲れ上がった破片は放射状に周囲に飛び散り、ネギとエヴァはすぐに障壁を張って互いの連れを守ろうとしていた。

桜通りの綺麗に整備された街路はその場所だけが見る影もなく、戦場のド真ん中を切り取って持ってきたのではないかと思えるくらいのあり様に成っていた。

「伏兵が居たってわけね。チッ、仕留められると思ったんだけどねー」

「じょ、徐倫さん!? 一体何をしてるんですか!」

爆心地に五体満足で立っていたのは空条徐倫。

先程の上空から聞こえた声と状況から、どうやら彼女がこの破壊の下手人であるのは間違いない。

ネギの言葉を受けても何の反応も示さず、彼女は不満と殺気をぶち撒けながらエヴァンジェリンと、彼女を寸での所から救った人物を射殺すように睨みつける。

対するエヴァも赤子が失神する程の目つきで睨みつけ返す。

「空条、徐倫……! 貴様、何故ここに!」

「簡単よ? 女子寮からここの様子を盗み聞きしていただけで、なんか戦闘が始まったからスタンド使って急行しただけだし。
しっかしまさかアンタが吸血鬼だったとはね、エヴァンジェリン。それに茶々丸までそっち陣営……。
まったく、隣の席に居たのはただのサボり魔じゃなくて吸血鬼とは、アニメとか漫画みたいな超展開ね」

吸血鬼エヴァンジェリンに付き従うのは同じく3-A所属の絡繰茶々丸だった。

「申し訳ありません、徐倫さん。私はマスターの従者ですので」

律義に頭を下げて謝ろうとするが、エヴァンジェリンはそれを手で制する。

頭を下げさせたくないという意味合いもあるのだが、隙を作りたくないというのが一番大きな理由だ。

何故なら、徐倫は何時でもエヴァンジェリン達を『殺し』に行ける体勢であるためである。

「……貴様はそこまで正義感がある人間とは思えないんだがな」

「まー確かに、元々は父さんから桜通りを警戒しろって言われてたから仕方なくだったんだけどさ。でも、どうやら戦う理由ができたっぽいわね」

そういってネギの方へ首を動かす。

その眼で見据えているのは、エヴァの注意が離れた隙にネギの手によって大地に寝かされていたのどかだった。

ネギは怪我をしないように着ていたパーカーをかけて寝かせている。

しかしその下は服が吹き飛ばされており、その原因を作ったのはエヴァの放った魔法である。

「あたしってね、友達は大事にするんだ。友達との繋がりってのはあたしの『日常せかい』そのものだからね」

「ハッ、ずいぶんと狭い世界に住んでいるんだな」

徐倫の価値観をせせら笑うエヴァンジェリンだが、徐倫は気にした様子も無い。

「狭いのは分かっているわ。でもさ、広くした所でどうなるって訳?
地球のどっかで起こっている戦争なんて知ったこっちゃないし、地球の裏側の人と仲良くなんて国のお偉いさんにでも任せちゃえばいい」

暴論のようにも聞こえるかもしれないが、実際徐倫の言っている事は正しい。

世界のために、世界のためにと国やマスコミは言う。

だが所詮人は目の届く範囲、手の届く範囲にしか本格的な関心を示す事なんてできない。

テレビの向こうは別世界などと誰が言ったか。

「だからこそあたしは手の届く範囲の『日常せかい』を大事にする。
そしてそれをぶっ壊そうとする者がいれば、あたしがぶっ壊し返してやる。たとえそれが隣の席に居るクラスメイトでもね」

手を強く握り、もう一度エヴァンジェリン達を見る徐倫。

先程よりも濃密になった殺気は、全てがエヴァと茶々丸の2人に注がれる。

「あんたはまき絵とのどかに手を出した。あんたをぶっ殺す理由はそれだけで十分」

「……クハハハハッ! いいぞ、空条徐倫! 貴様の様な人間に会うのは久方ぶりだ! いいぞ、縊り殺してやる!」








互いに殺意をむき出しにしてにらみ合うが、もう1人の存在を忘れてはいないだろうか?

「だ、駄目ですよ徐倫さん! それにエヴァンジェリンさんに茶々丸さんも! 相手を殺すとか簡単に言っちゃだめです!」

殺意全開の2人に食ってかかるのは、のどかに危害を加えられないように静に徹していたネギである。

にらみ合っていた2組は勿論ネギの方を向き、その結果暴風の様な殺気はネギとのどかに振りかかる。

「エヴァンジェリンさん、とりあえずこんな事をした理由だけでも教えてください! 戦いでも何でもしますから!」

だがネギは殺気を受けても普通に話ができている。

背後で気絶しているのどかが、無意識であるにもかかわらず顔をしかめさせるほどの殺気を受けてもなお、である。

殺し合いじゃなく単に戦いなら良いみたいな事を言ってもいるし、これもある意味では古菲の特訓の成果だろうか。

どちらにせよ戦いにおいて結果的に相手を殺すことにもなり得るというのにこんな事を言うとは、結果よりも過程に重きを置いているようである。

そんなネギを見てエヴァンジェリンは、忘れかけていた当初の目的を思い出したようだ。

「ほう、これだけの殺気を受けてもそんな口が叩けるか。……ならば空条徐倫、残念ながら貴様は後だ」

「ああん!? ここまで来てお預けは無いでしょうが、よ!!」

いい加減我慢するのが面倒になったのか、徐倫がスタンドを展開してエヴァンジェリンに殴りかかろうとする。

体を糸に変化させ、それを固めて人型へと固める。

「『ストーン・フリー』ッ!!」

「させません」

だがエヴァの盾になるように目の前に躍り出た茶々丸の両腕のガードによってストーン・フリーの拳は防がれる。

しかし防いだもののどうやら茶々丸にはスタンドが見えていないようで、微妙にガードポイントを外していた。

それでも的確にガードして見せたのは、予想される攻撃軌道を読む事が出来たからだろう。

時間をかければ徐々にダメージを蓄積させて打倒できるだろうが、短期で攻められたら不味い。

そう考えた徐倫はストーン・フリーで地面を蹴り、先程まで立っていた場所に戻ろうとする。

「茶々丸、着地を狙え」

「了解」

茶々丸は腰を低くし、高く飛んでいる徐倫の着地時の隙を狙おうとする。

さて、ここでもう一度言おう。

誰かを忘れてはいないか、と。

「いい加減に……してくださーい!! 魔法の射手・戒めの風矢!!サギタ・マギカ・アエール・カプトゥーラエ

堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに、ネギは容赦なく魔法を発動させる。

急速に強い魔力反応がネギの方から発せられ、魔力を感じる事が出来るエヴァと茶々丸は振り向いた先に広がる光景に唖然とする。

目の前にあったのは先程と比べると2倍近くの数の戒めの風矢であり、それが高密度で迫って来ていたのだ。

捕縛用の魔法でダメージ自体は然程無いとはいえ、近距離パワー型のスタンド使いである徐倫が居る最中に身動きが取れなくなるのは非常に不味い。

誰も簀巻き状態でボッコボコにはなりたくないのだ。

脅威度が低いと思っていた対象からの突然の攻撃にやや驚きながらも、エヴァは懐から取り出した小瓶2個を目の前に放り投げる。

最初の接敵でも投げていた防御用の魔法薬を用い、エヴァは防御呪文を一息に唱える。

氷楯ッ!レフレクシオー

氷の特性を持つ魔力によって物理的及び魔法的衝撃を防ぐ盾ではあるが、受け止めた魔法の密度にギシギシと不快な音を発する。

元々が捕縛用の魔法であるために破られることはないだろうが、もしこれが攻撃用だったらとエヴァはここで初めて冷や汗を流す。

ゴッキイィィィン!!

横からは金属に何かが叩きこまれた重低音。

エヴァが盾の維持をしながら横目で見れば、何時の間にか最接近していた徐倫が茶々丸と壮絶な殴り合いをしていた。

何発か茶々丸も良い物を貰っているようだが、対する徐倫も無傷とまではいっていないようだ。

ここで心底、茶々丸に中国武術の動作が入っていた事に感謝した。

しかしスタンドはスタンド使い以外では見えないために非常に厄介な相手であり、時間がかかればかかるほど彼女の状況は悪くなるばかりだ。

(せめてスタンドが見えれば御の字なんだが……ええい、無い物ねだりしてしまうではないか!)

不死性を持つ彼女は思わず自分の目を抉り出したくなる衝動に駆られた。








ここで一つ言っておくが、吸血鬼であるエヴァは幽霊を見る事が出来る魔眼を持っている。

当然ながら教室で自縛霊(誤字にあらず)をしていたさよについても『ある程度』知っていた。

『ある程度』というのは、『普通の幽霊』ならば見えていたはずなのに『さよは薄ぼんやりとしか見えなかった』ためだ。

理由は簡単、エヴァは人間の持つ魔眼と違い、『幽霊を見る事が出来るが、スタンドは不鮮明にしか見えない』のである。

そもそもスタンドの成り立ちを考えれば分かるだろう。

スタンドとはすなわち生命エネルギーがビジョンになったものであり、幽霊はどちらかというとその対極にある存在だ。

その身は生命力にあふれているもののあくまでもエヴァは吸血鬼であり、生命位相は負の方に傾いている。

そんな彼女が幽霊をはっきりと見る事が出来るのは、魂と肉体の成り立ちがそちらに近いためだ。

スタンドをうっすらとではあるが視認できるのは、生命エネルギーを吸い取るために人を選り好みして見抜ける力が上手く働いているだけである。

魔眼持ちの人間よりも幽霊はしっかりと見えるが、反面スタンドは見えづらくなる。

それが吸血鬼エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルにとって、スタンド使いを苦手とする要因となっていた。








(チィッ、このままじゃジリ貧だ。せめてどちらか片方ならばもう少し楽できたものを!)

現在の状況は極めて悪いとしか言いようが無い。

のどかを守るために全くその場から動かないネギは魔法砲台としてエヴァを牽制し、その隙を突く様に徐倫はスタンドで攻撃を仕掛ける。

徐倫の攻撃に関しては攻めるラインが甘いために茶々丸でもガードできているのだが、茶々丸はエヴァを守る体勢であるために攻めあぐねているようだ。

それを見かねて攻撃魔法でも援護で叩き込んでやろうとすれば、即座にネギが魔法を放つ。

場は一方的な膠着状態であった。

(先日はパートナー探しで騒がしかったが、まさか結果としてここまでの奴を手に入れていたとはな)

この時点でエヴァは知らない事実であるが、ネギと徐倫はパートナーでも何でもない。

ただ単に森の奥で一緒に特訓をしているため、得意不得意が何となく分かっているだけの間柄でしかないのである。

即席だというのにここまでの連携。

もしも本当にパートナーという間柄ならば、とっくに勝負は決していただろうに。

――まぁ、そんなことは『決してあり得ない』のだが。

その理由はまた後日にでも話すとしよう。








(ネギ・スプリングフィールドと空条徐倫、くみしやすい相手なら間違いなく坊やだな。さて、どうやって引きはがすか)

ともかく今のエヴァに必要な事はネギと徐倫、どちらかと一対一の状況に持ち込む事。

切欠さえあればどうにでもなりそうだが、それまで持ちこたえられるかが問題である。

そんな時、従者である茶々丸からエヴァに念話が入る。

『マスター、近くに動体反応を確認しました。2名、こちらに向かってきているようです』

思わずピクリと眉を動かすが、幸いにしてネギにも徐倫も気づかれなかった事に安堵するエヴァ。

来るのが魔法関係者でなければ、エヴァの待ち望んでいた切欠が来た事になる。

念話での確認から帰ってくるのはそれを裏付ける情報だった。

『確かか?』

『人物の詳細も分かります。照合の結果、神楽坂明日菜さん及び近衛木乃香さんが接近中である事は99%確定となります』

『パーフェクトだ茶々丸。ならば奴らの視界に入る前に急速離脱するぞ。どうせ宮崎を神楽坂達にまかせて追ってくるだろうからな。
離脱するタイミングはお前が指示しろ。目くらましの魔法でも使うから、こちらには一瞥もするなよ』

『了解、何時でも行けます』

気取られないように細心の注意を払いながら、取り出しやすい位置に目くらまし用の魔法薬を配置する。

徐倫もネギもエヴァの意図には全く気付いておらず、後は少しの時間を耐えるだけであった。








そして絶好のタイミングが訪れた。

『マスター、神楽坂さんたちがこちらを視認できる距離まであと少しとなります。ここが最適かと』

『なら仕掛けるか。しっかり合わせろ…………3、2、1――』

エヴァが小瓶を投げた瞬間、桜通りは閃光に包まれる。

一瞬ではあるが真昼よりも強い光を発せられた事で、ネギたちは網膜に白色を焼きつけてしまうこととなってしまった。

「くぅっ!? め、目くらまし!?」

「オラァッ!!」

「残念、空振りだ」

徐倫は見えない状態でもストーン・フリーを振り抜くも、エヴァと茶々丸はもう射程範囲から逃れていたようだ。

エヴァは出来れば徐倫を仕留めたかったのだが、期せずして徐倫はそれを防いだのだった。

「フフフ、悔しければ追ってくるがいい。まぁ貴様らが追いつけるかどうかは知らんがな」

「クソがッ! 絶対に逃がさないわよ!」

言うが早いがエヴァは急速に桜通りから離れていく。

だがネギや徐倫の視力は徐々にではあるが回復してきている。

ぼやけた視界からでもエヴァの走り去る方向を確認していたので、2人の速度ならば追いかけようと思えば十分追いつける。

「何や今の爆発音と光は!?」

「ネギと徐倫ちゃん!? それにほぼ裸の本屋ちゃんに、戦場みたいな桜通り!? 何がどうなってるのよー!」

ネギの後方から明日菜と木乃香がやってくるが、先程からの爆音と閃光、そして目の前に広がる惨状に既にパニック気味だ。

「明日菜と木乃香じゃない。丁度良い、のどかの事頼むわ。体に別状はないと思うから、部屋に運んで服着させてあげて」

「ちょ、頼むってどういう事よ!? なんで本屋ちゃんこんな恰好な訳!?」

「せ、説明は後でします! 僕らは原因になった犯人を追いかけますから!」

渡りに船という事でのどかを明日菜たちに任せる事にするネギたち。

魔法について知らない木乃香もいるので余計な事をしゃべる訳にもいかず、場の雰囲気で流しちゃおうという魂胆もある。

何かを聞かれてぼろを出す前に、ネギと徐倫は走り始めるために足に力を込めた。

「犯人を追いかけるって、具体的には何なのよ!?」

明日菜が訳が分からないと激昂する。

そりゃこんな状況で目まぐるしく何かが起こっていたなら冷静でいられるはずもなく、気の短い明日菜なら尚更だ。

異常に対する認識阻害のせいで余計に混乱しているのもあるだろう。

だから簡潔に何をするかをわざと正直に伝え、煙に巻く事にする。

「あー……吸血鬼とロボットかな? んじゃ、また明日ねー」

「帰るのが遅くなると思うので、夜ごはんはラップで持掛けておいて下さーい!」

「え、ちょ――うわ、早ッ!」

「あーもう、後で詳しく説明してもらうからねー!」

あーあーきこえなーい、といった感じに抗議の叫びを受け流し、ネギと徐倫は一気に駆けだした。








ネギは身体強化を足に強めにかけて、徐倫は両足をストーン・フリーに置き換えて大地を踏みしめる。

少なからず路面に傷を付けながら、吸血鬼の去って行った方向へと夜闇を突き進む。

視界にはやがて、黒衣を翼のように広げるエヴァとブースターで飛んでいる茶々丸が入ってくる。

もうすぐ第二ラウンドが始まろうとしていた。








ネギ・スプリングフィールド――エヴァンジェリンと茶々丸を追って夜を駆ける。
                  明日菜たちの視界から外れた瞬間に離陸テイクオフし、先行して追いかける。

空条徐倫――エヴァンジェリンと茶々丸を追って夜を駆ける。
         速さで劣るためにネギを先行させているが、誤差は1分前後といった所。

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――のどかを襲おうとして予想外の強敵に襲われる。
                        それでこそ『奴』の息子だという風に楽しんでいる節があるが、意外と余力は少ない。

絡繰茶々丸――マスターであるエヴァに起こる不慮の事態を考慮して隠れていたのだが、徐倫の乱入によって表に出ざるを得なくなる。
          ブースターをふかしながら飛行してて逃走中。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/

後書き:
あれ、どちらが悪役か分からなくなってきたぞ?

そして吸血鬼の設定ですが、かなりの難産でした。

しっかし徐倫の能力ってGE並みに応用が利きすぎますね、情報収集もお手の物ですし。



[19077] 25時間目 桜通りの吸血鬼(ファントムブラッド)③
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/12/02 12:03
「警告します。マスター、ネギ先生が追いついてきました」

バーニアを噴かせながら空を飛ぶ茶々丸から警告が発せられた。

久方ぶりの空中遊泳を少なからず楽しんでいたエヴァは、若干嫌そうに眉を顰める。

そして結構な距離を稼いだ筈だがもう来たのかという驚きと共に、『奴』の息子ならば仕方が無いとも考える。

発想と思い切りの良さはただの子供ではああも出来まいだろう。

ただあそこまで好戦的だったか、というのが彼女にとって疑問だった。

「見つ……けた! エヴァンジェリンさん、追いつきましたよ!」

「……速いな。先程も思ったが、何なんだあのでたらめな移動法は。風の魔法が得意と言っても限度があるだろう」

エヴァが宙を飛びながら後ろを振り向くと、その瞳には大地を駆ける戦闘機と化したネギが映っていた。

静かな夜であったはずの麻帆良学園を、空を裂き、地を蹴りながら乱していく。

普段の大人しい印象とは打って変わって、その飛行の仕方は非常に荒々しいものだった。

「しかしながら苦言を呈するが、空条徐倫はどうした? 一緒に杖に乗ってくればいいものを」

この戦いにおいて唯一と言っていいほど攻撃に成功し続けている徐倫はしかし、この場に追いついてはいなかった。

いくらスタンドで大地を踏みぬいているとはいえ、風を用いるネギの速度に追いつくには少々荷が重かったか。

それでも視界を少しずらせば、小さくはあるもののその姿は見えるのだが。








「二人乗りだと追いつきづらいじゃないですか。それに――」

ほんの少しだけ速度が緩んだネギを見て、エヴァはすぐさま魔法薬を取り出して構える。

「――相手の足を止めれば問題ありません! ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 風精召喚エウォカーティオ・ウァルキュリアールム剣を執る戦友コントゥベルナーリア・グラディアーリア!」

「分身――いや、精霊召喚サモン・エレメンタルか!」

風精召喚はネギの得意とする魔法の一つであり、空中戦において物理法則ガン無視な軌道が出来るために非常に有用な手である。

今回展開する数は8体で、精霊に持たせている武器はリーチに優れた棍となっていた。

(風の中位精霊を用いて複製コピーを作る、しかも8体展開とはな。
なるほど、10歳の見習いにしては右に並び立つ者はいないだろう。だがそこまでだ)

それを見てエヴァは構えていた魔法薬を5つ、広範囲に液体を撒き散らすように投げた。

理由は精霊召喚の特徴からである。

精霊召喚の最大の特徴としては、作った分身一体一体に軽くではあるが知性があり、簡単な指示をすれば自立的に動けるという点だろう。

この自立的な行動は精霊が考えて最適な物を選択するのだが、大体が散開からの急襲というテンプレートかつ効果はお墨付きな物を使う。

だからこそ軌道の予測が容易であり、それを的確に潰すように魔法薬を投げたのだ。

しかしその判断は先程までは正しくはあったが、この場としては間違いだった。

捕まえてアゲ・カピアント!!」

「フッ、いくら『奴』の息子と言えど、捕縛用の精霊ではこの障壁は破れまい……なにッ!?」

精霊がネギの方から放たれる、ここはまだ良い。

予定通りの軌道を進む精霊を見てニヤリとしながら障壁を張る、ここも良い。

問題は次、精霊が散開したままエヴァを通り過ぎたのだ。

てっきりエヴァは自分を狙うかと思っていたのだが、どうやらネギは違う思惑で挑んで来ていたらしい。

間の抜けた顔を無様に晒してしまった吸血鬼は、すぐにその思惑を察して顔を引き締める。

「しまっ――」

「……油断しました」

その思惑とは、即ち戦力の分散である。

徐倫が追いついて来ていない今、自分よりも技量が上である対象に一人で立ち向かうのは愚の骨頂。

だからこそ茶々丸を落とし、先程まで対等に戦えていた徐倫に対処を丸投げしようとしたのだ。

エヴァと共に飛んでいた茶々丸を叩き落とすために、広く展開した精霊たちは上方から棍を打ちつける。

元々が捕縛用魔法なのでダメージは然程でもないのだが、副次的効果がこの場合は不味い。

精霊は棍が当たった瞬間、バーニアを含む胴体に纏わりつく様に風のリングへと姿を変える。

一体が当たった後は、残りの七体が殺到するようにぶつかりに来る。

最初に油断したと言っていた通り全く迎撃態勢を取っていなかったので、避ける事も防ぐ事も出来ずに茶々丸へと吸い込まれる様に当たっていった。

全弾当たった後には完全な簀巻き状態にされた茶々丸が出来あがり、バーニアの炎が上手く放出できずに今にも墜落しそうであった。

「高度維持……エラー。解除までの間に落下は確実なので、着地の衝撃に備えます」

「茶々丸!」

「心配ありません、マスター。このまま徐倫さんの足止めをした後、すぐに追いつきますので」

「……いいだろう。その言葉、違えるなよ」

「御武運を」

そう言い残して、茶々丸は眼下へと落下していく。

あれだけの事をエヴァに対して言ってのけたのだ、簀巻き状態で落下しても恐らく大丈夫なのだろう。

「坊や、従者を傷つけた落とし前は付けさせてもらおうかね」

「僕の方が先にのどかさんとまき絵さんの分の落とし前を付けさせます!」

全幅の信頼を寄せている己の従者は大丈夫だと視界から外し、一先ず空中に飛んできたネギを迎え撃つ事にするエヴァ。

ネギとエヴァの戦いはここに来て、ドッグファイトへと突入しそうだ。








茶々丸が落下して行った場所からゴシャアッ!という小さくない衝突音が聞こえてきて、エヴァが一瞬そちらを見ようとしてしまったのは余談である。








25時間目 桜通りの吸血鬼ファントムブラッド








「あー……何と言うか大丈夫なの?」

「心配ありません、衝撃には強く作られているので」

「ならいいんだけどさ。しかしロボットっつってもドジするもんなんだ。抜け出すの手伝おうか、奇襲じゃなくてさ」

「お気づかい感謝しますが、遠慮します。それとロボットという呼称は正しくありません。正しくは『ガイノイド』となります」

「はいはい。つーか、なんか戦うっていう空気じゃないわよね、これ」

エヴァたちに追いつこうとしていた徐倫が途中で見つけたものは、下半身が地面にめり込んだ茶々丸だった。

どうやら体勢を整えようとした結果らしい。

落ちている途中に姿勢制御を強引になそうとしてバーニアを噴かせたが、捕縛魔法のリングの隙間から不規則に炎が噴き出すためにめちゃめちゃに回転。

ならばと捕縛解除プログラムを実行するものの、動体制御と並行して行ったためにラグが生じ、解除出来たのは地面との距離2メートルだった。

しかも頭が下方に来ている状態だ。

人間と同じ外見構造になっているものの頭の方が重い訳ではないので、頭から地面に落下していたのは単純に運が悪かったのだろう。

頭を保護するために茶々丸がとった行動は、一瞬の内に体を捻って足から着地する事。

そして目論見通りに一瞬で上下を反転したは良いが、地面に突き刺さってオブジェ化してしまった訳である。

唯一運が良かった点と言えば、街路から逸れて柔らかい地面に落ちれたことぐらいか。

おかげでかなりの速度で落ちたもののダメージは軽微である。

やがて体を地面から抜いた茶々丸は一言も発さず、文字通り黙々と体についた泥を落とし始める。

彼女にしては珍しく心なしか落ち着かない様子であり、これがもし明日菜ならば懊悩しながら愚痴をこぼす所だろう。

視界に移る状態パラメータは、頭部が熱の上昇でエラーを発しているのをけたたましく知らせている。

落ちる直前に心配無いと言った手前、戦わずに再起不能リタイアというのは感情が完成していない茶々丸としても勘弁してもらいたいと感じた様だ。

おそらくメモリーには黒歴史として記録されることだろう。

流石に徐倫もそんな様子の茶々丸に殴りかかるのは憚られた様で、大人しく身支度を整えるのを待つ。

やがて取れるだけの泥を落とし切った茶々丸はようやく頭部の熱が収まってきたようで、何時も通りの物静かな状態に戻る。

ただこの状況の一部始終を見ていた徐倫とすれば、まだ何時も通りには戻っていないと感じていた。

恐らく聞けば曖昧ながらこう答えるだろう。

「なんか恥ずかしさを押し殺してる感じがするのよ」と。








さて、準備が整ったのならすることは一つ。

「お待たせしました徐倫さん。それでは、マスターの下に向かえないように鎮圧したいと思います」

「おーおー、いい啖呵切ってくれるわねー。さっきまで置きものみたいになっていたのに吠える事だわ」

「……なるべく忘れて頂けると助かるのですが」

「やなこった」

べー、と舌を出しておちゃらけた様子を見せる徐倫だが、反応が芳しくないのですぐに親譲りの仏頂面へと戻る。

どちらにせよこんな態度をとるのは少しだけと決めていたので、それが早いか遅いかの違いしかなかったのだが。

とにかく、御巫山戯するのはここでお仕舞いだ。

「……正直あのミニマム吸血鬼、底が見えないのよ。だからネギ先生に任せるのはちょっと不安なの」

少しばかりの邂逅であったが、それでも徐倫はエヴァの異質さを感じ取っていたようだ。

ジョースター家の血のせいか、吸血鬼に対するセンサーの様があって、エヴァンジェリンに反応したのかもしれない。

「多分今のネギ先生じゃ勝てない。それだと私が困るのよ」

「徐倫さんが困る……ですか?」

「ええそうよ」

『やれやれだわ』と肩を竦めている徐倫だが、茶々丸はそこから言い知れない圧迫感を感じた。

茶々丸はこの時点で感情や空気をまだ上手く感じ取れない状態であるため、本来ならそのように感じるのはおかしい。

ただ彼女の脳裏――記憶媒体からの仮想再現上――では、既視感の再現のために一つの映像記録が再生され始めていた。

その映像とは『刃物を研ぐ』という行為を記録したもの。

『爪を研ぐ』という言葉にもあるように、獲物を打倒するための準備をしているのだろうと漠然と理解はできた。

やがて徐倫は竦めていた肩を、相手を殴りやすい様な形に変えていく。

俗に言うファイティングポーズである。

少しばかり普通のファイティングポーズと違って、中国武術の流れを汲んでいるもののようではあるが。

「この時点でエヴァンジェリンに勝てなかったら、まき絵に施された『仕掛けトラップ』を解除できないじゃない」

「――!?」

「『反応した』わね。ってことはマジで何かされてんのかよ、面倒くさい」

あくまでもこの事件で徐倫は『友達のため』に戦っている。

そう、徐倫は自分が傷つけられたことよりも、友達が傷つけられたことを怒るタイプ!

そんな彼女が懸念事項として持っていたのは、今まで血を吸われた人物に何か細工をされていないかという点だった。

徐倫自身が思い当たったのではなく、承太郎からの「桜通りに注意しろ」という連絡でもう一つ伝えられていた懸念事項ではあるのだが。

「……何故分かったのですか? 余程の事が無い限りばれないはずでしたが」

茶々丸は徐倫の様子を窺うように聞いて来る。

ここにエヴァがいれば頭を引っぱたくところだろう、「自白してどうする!」とか怒りながら。

この辺りの駆け引きがまだ疎いのが、徐倫にとっては大きな突破口だ。

茶々丸の予想以上の反応を見て内心ガッツポーズをとりながら、徐倫は話を続ける。

「私が聞いた話の吸血鬼は、基本的に食料である人間に情けなんてかけない外道って事だった。
ああ、怒らないでよ? 私は吸血鬼なんて今まで出会った事も無かったからエヴァンジェリンが同じかどうか分からないわ」

少しだけムッとした様子――表情は全く微動だにしていないのだが何となくそう感じた――の茶々丸を宥めすかしながら話す。

「んじゃあ何で殺さなかったのかって理由でぱっと考えられる事は二つ。
一つは単純に殺すのがいやだったから、もう一つは生かしておいた方が都合が良いから。順当に考えれば後者を警戒せざるを得ないわよね」

じりじりとすり足で距離を詰め始める徐倫。

茶々丸もそれを織り込み済みで話を聞いているのか、こちらも中国武術的な構えでじりじりと迫る。

「んでエヴァンジェリンは魔法使い側の吸血鬼って分かった訳だし、後は童話よろしく何かしらの魔法でもかけてんのかなーってさ」

「……不確定要素だらけの推理から、よくもここまで推測できますね」

「飛躍的過ぎるっていうのは理解してるけど、まんまと引っ掛かってくれたから楽だったわ」

「……あの、出来ればマスターには内密に……」

「いいわよ? これで貸し二つ、こっちとしては美味しいわね」

抜け目のない事である。








軽口をたたきながら、何時の間にやら彼我の距離は2メートル。

一足踏み込めば打てる茶々丸に対し、徐倫は既にスタンド射程内に相手を収めている。

だが徐倫は全く卑怯だとは感じていない。

勝負に卑怯もくそも無いという事もあるが、嫌という程に感じているのだ、茶々丸の技量の高さを。

『スタンドを使ったとしても良いとこ五分』。

それが徐倫が茶々丸に下した評価である。

(古菲は喰らったら終了って感じだったけど、こっちはペースに飲まれたら終了ね。ストーン・フリーの使い方の上手さがここで試されそうだわ)

森での特訓で組み手をするのだが、古菲は技量も然ることながら、気功を躊躇無く撃ってくるので掠ればアウトという印象が強い。

そのため、気功が無い古菲を仮想敵として考えるのが得策と判断した。

気功が無いのならば正面からガードでも何でも出来る。

そこに勝機を見出していた。

(徐倫さんのスタンドは近距離パワー型と断定。ただし諜報能力に優れている様でもあり、その場合の射程は長大でもある。
……見えない事も含めて射程が掴みづらいです。極至近距離に持ち込んで反撃をさせないようにパターンを構築……)

一方の茶々丸は理論詰めで迎撃しようとしている。

体裁きからの攻撃軌道、特定状況下の人間がとる行動の先読みなど、計算できる部分から相手を潰しにかかるというのは非常に嫌らしいものだ。

唯一の不確定要素と言えば、スタンドバトルが未経験であることか。



MAKE UP MIND



「クラスメイトだからって手加減なんてしないわよ。アンタは敵だッ!!」

「……お相手しましょう」



FIGHT



「オラァッ!」

「ハッ!」

様子見の一撃を互いに打ち合う両者。

徐倫はスタンドで左ストレートを顔面に、茶々丸は低く踏み込んだ体制からの肘打を水月に打ち込もうとする。

ストレートを体勢を低くして避けた茶々丸が徐倫の懐に踏み込み、全く躊躇せずにボディへとめり込ませていく。

だが肘から感じる感触は、どう考えても『人体を殴った感触』では無かった。

例えるなら『布束を殴った』様な、柔らかいんだが固いんだかよく分からない感触である。

「!? 手ごたえがおかしい!?」

「がぁ……ッ! ――オラァッ!」

「しまっ――ぐふっ!?」

打ち込まれた肘のダメージを隠そうともせず、血反吐を吐きそうになりながらも徐倫は腕を動かした。

スタンドは体勢が崩れた所で威力は変わらないため、例え倒れている途中でも大地を踏みしめている時と同じ拳を繰り出す事が出来る。

破壊力Aの拳はまっすぐに放たれ、茶々丸の肩口を痛烈に叩き付けた。

当たったのは肩口であったが、そのあまりの威力に大きく後ろへと吹っ飛ばされる茶々丸。

飛ばされながらも追撃を警戒していたのだが、徐倫は腹を押さえて苦悶の表情を浮かべていた。

「……見えないというのは厄介ですね」

「見えてても厄介よ、アンタの場合。と言うか攻撃に容赦無さ過ぎ。アシモフに謝りなさいよ」

「私の製作者のモットーで、三原則は基本的に無視されて……ますっ!!」

「アンタの製作者はスカイネットかっつー……のっ!!」

拳と拳が正面からぶつかり合い、ゴギィンという鈍い音が響く。

この場合は早期に潰そうとしてきた茶々丸の拳を徐倫が真っ向から迎え撃った形である。

相当に鋭い拳だったはずだが、スタンド使い特有の銃弾すら見切る動体視力で完全に捉えていた。

……何となく感じるのだが、スタンド使いの一番ヤバい付随能力はこの動体視力だと思う。








拳と拳がぶつかり合い、衝撃で互いの体が後方に飛びそうになる。

そこで取った二人の行動は真逆。

茶々丸は勢いをそのままに後方へとステップ、徐倫は勢いを殺し切って前方へと踏み込んだ。

(殺った!)

バックステップという回避方法の難点は、動作後のワンクッションが非常に大きいという部分にある。

そのワンクッションとは、後方に飛んだあとの着地でかかる背後への慣性を殺すための踏みとどまりである。

速さと体重によっては無視できなくも無い要素ではあるものの、茶々丸の速度と重量では間違いなく決定的な隙になるはずだ。

事実、着地の瞬間にアスファルトが削れる程の力を入れて急制動をかけているのが見える。

徐倫は茶々丸のボディを捉える己の拳を幻視し、その軌跡のままに拳を前に突き出した。

「――着眼点は良かったですが、私には無意味です」

「なっ……『バーニア』だとぉッ!?」

しかし茶々丸は背中についているバーニアを用いて空中へと緊急脱出をする。

先程までエヴァと共に飛んでおり、しかもダメージは軽微だったのだ、使えない訳ではない。

もちろん拳が茶々丸を捉える事は無く、空を裂くだけに終わった。

苛立ちを抑えきれず、少し離れた場所に降り立った茶々丸を睨みつけるままの徐倫。

「……万国びっくりロボットめ」

「その言葉は製作者が聞けば非常に喜ばれると思います。こう、よくぞ言ってくれた、みたいに」

「言っちゃなんだけどド変態――ねッ!」

「……否定はしま――せんッ!」

ダンッという地を蹴る音が聞こえたと思った瞬間、両者は再び激突する。

相手を破壊せしめんと放たれる拳はいなされる。

相手を鎮圧せしめんと撃たれる拳は潰される。

一足一足に裂帛の気合を込めて踏みしめ、一撃一撃に殺意を込める。

押しては引き、引いては押しの乱打が続く。








(くっそ、受け流しが完璧すぎる! あたしのストーン・フリーなら楽勝でぶっ壊せるくらいの固さだろうに、僅かにへこむ程度で済ませてやがる!)

何合か打ち合ってみて、徐倫は改めて茶々丸の技術に舌を巻いていた。

(こいつの特徴は『動きが柔らかい』ってこと! 見えないはずのスタンドを完全とはいかないまでも見切り、体勢などから導かれる最適な行動をする!
体の硬さは人体に比べるまでもなく、しかも耐えられる限度を超えた瞬間に流す! 『暖簾に腕押し』っつっても合金製じゃない!)

茶々丸の強さを決定的にしているのは、その身体スペックを正確に把握し、最適な行動をとり続ける事だ。

材質からの防御限界、機動性からの移動範囲及び可動範囲の把握、そして相手の防御を掻い潜る様な的確すぎる攻撃。

人間では目まぐるしく変わる状況で逐一確認なんてしていられないのだが、茶々丸ならそれが容易にできる。

確定要素の適宜選択による『完全理論武装』とでも称すれば良いだろうか。

本来の理論武装という言葉とは大きく意味合いが違うが、この場合は『理論に基づいて最大限の武力を行使する』という事である。

(格ゲーで最高レベルAIと戦ってるみたいだわ……ってもろそのまんまね。最悪なのはこれがリアルだってこと!)

自身の右腕を振りかぶって、付随するスタンドとともに思い切り振り抜く。

放たれる拳は近距離パワー型の醍醐味とも言える、完全躊躇なしの殺人パンチ。

どう考えても女子中学生から放たれる拳では無く、プロボクサーでさえ避けられない速度、しかも当たれば頭蓋骨をぐちゃぐちゃに出来る様な一撃だ。

だがその必殺の一撃を、茶々丸は腕をレールか何かに見立てて滑らせるように受け流す。

その際少しばかり装甲を削ることはできているのだが、所詮『薄皮一枚』といった程度である。

そしてレールを前に突き出せばそのままカウンターとなり、『皮を切らせて骨を断ち』に来る。

技術によって肉を切らせるリスクを限りなく減らし、ローリスク・ハイリターンを地でやってくるのだ。

しかも既にストーン・フリーの攻撃の軌道は見切られており、最早リスクは無きに等しい。

(さっきの肘打なんてストーン・フリーで攻撃のあたる個所を『防弾チョッキのように、三重に編みこんだ』からこそ耐えられた一撃!
つーかスタンドが見えないはずなのに見切られてるし、打つ手は何か無いの!?)

苛苛しながらもカウンターを捌く拳は鋭く、ラッシュをしている割には呼吸も乱れていない。

目立ったダメージも最初の肘打ぐらいであるし、徐倫は攻撃が当たらないという事から判断しているだけで、実際は五分五分である。








「……時間がかかり過ぎていますね。そろそろ終わらせてもらいましょうか」

そんな中、茶々丸が今までのコンパクトな打撃から一変、距離を取った瞬間に不自然なくらい右腕を引き絞る。

五分の状況から脱出するために大技を放とうとしているのか、それともわざと隙を作って徐倫の行動を誘導しようとしているのか。

どちらにしてもこの一進一退の状況下では『出し得』の判断であることは間違いない。

何故なら茶々丸ならばここから『自分のペースに乗せる事が出来るから』である。

相手が大技を潰すために動いても、大技を警戒して防御しても。

隙を突くために突っ込んできても、わざとらしい隙には乗らないと引いても。

その他どのような反応でも大凡が『予測の範囲内』だ。

(んな事は百も承知よ! このまま突っ込む!)

一番厳しいのは大技を出される事。

現時点で五分五分ならば、一分でも変わればそのままずるずると押されていく。

徐倫は罠でも何でもいいから、大技を出すことだけを阻止しなければならない。

「させるかぁ!」

パワーだけならば徐倫が完全有利。

茶々丸と同じように右腕を引き絞り、その圧倒的パワーで先出しをし、大技ごとぶっ潰そうと目論む。

……ここでの徐倫の幸運は、『不用意に接近しなかった』事だ。

ストーン・フリーのパンチはひとたび放てば想像を絶するスピードでかっ飛んでいく。

だからこそ溜め時間があったとしても、その後に素早く行動できるのだ。

「――ロケットパンチ」

「なぁっ!?」

故に茶々丸は先んじて大技を繰り出した。

その名も『ロケットパンチ』。

実際には引き戻しのためのワイヤーがついているので、厳密にいえば『ワイヤード・フィスト』なのだが。

しかし誰もが憧れた有名武装搭載とは、製作者はロマンというものを分かっているようである。

兎も角として、茶々丸は引き絞ったままの体勢から前に振りかぶらず、腕だけが徐倫の体に向かって飛んでいく。

推進燃料を燃焼させながら迫る拳は今までの茶々丸の拳よりも数段早い。

もしもここでラッシュを選択して接近していれば、そのまま徐倫がこれを喰らって負けだっただろう。

溜めのために離れていた徐倫はそれを見て防御を選択。

引き絞った腕から一時的に力を抜き、すぐに両腕を体の前で交差させる。

だがこの行動も予測済みだったのか、茶々丸はワイヤーでつながっているロケットパンチに振動を与えて、軌道を変化させる。

ロケットパンチは若干沈み込み、そこから斜め上に急激に上昇する。

そして徐倫のガードに着弾。

「ぐぎっ! クソ痛えぇ!!」

下方から浮き上がるように迫ってきたパンチを受け、交差していたスタンドのガードが吹っ飛ばされる。

パンチ自体は耐えきったのだが、万歳をする形で徐倫の体はがら空きとなってしまった。

「これで終わりです」

カシャンいう音を立て、徐倫の眼の前に何時の間にか立っている茶々丸。

今の音はどうやらロケットパンチを元の腕に接続し直した音で、その腕は先程と同じように引き絞られていた。

極至近距離の溜めパンチなんて、がら空きのボディに入るには威力が些か大き過ぎるオーバーキルだろう。

ガードをするにも両腕は万歳状態、蹴って止めようにも浮きあがろうとする体を踏ん張らせるために強張ってしまいすぐには動かせない。

傍から見ても、詰みだった。

「さようなら」

引き絞られた腕が唸りを上げながら徐倫に迫り、グシャリという音が響いた。








茶々丸の拳から・・・・・・・』。








「……え?」

茶々丸はこれまで聞いた事の無い程に感情のこもった様な声を上げる。

何故、どうして、ありえない、攻撃は完璧だったはずだ、今までのパターンと違うetc……。

AIが現在の状況を確認しようとしているが何度やっても理解できないトライ&エラー

右腕の全壊に伴うエラーと倫理エラーで、茶々丸の視界に移るデータ群は堰を切ったように赤色で流されていく。

「……アハ、アハハ、アハハハハハハハハハハハ!!」

突然狂ったような笑い声が聴覚センサーに入り、茶々丸は確認するためにエラー分すべてをバックグラウンドに移行させる。

とりあえず正常に戻った視界で徐倫を見れば、片手で顔を抑えて自嘲する様に笑っていた。

「そうよね、当たり前よね! 『スタンドとは一心同体』って言っても、『必ず同じように体を動かす必要はない』んだわ!」

狂笑していた徐倫は一変、自身に対するアホさ加減からくる愚痴を吐く様に言葉を紡ぎ始めた。

それに伴って徐倫の足元が、徐倫は足を動かしていないのに破壊されていく。

他にスタンド使いが居れば、ストーン・フリーが地団太を踏む様に地面へ八つ当たりしていたのが見えていただろう。

「杜王町で見た『クレイジーダイヤモンド』も『エコーズ』も、それに『プリズム』だって本体が動いてなんかいなかったじゃない!
普段見てたのが体を自分で動かすのばっかだったから、完全に見落としてたわ! そりゃ動きだって読まれるわよ!」








それは、『体を変化させて運用する』という事を始めに覚えてしまった彼女の認識間違い。

妙だとは思わなかっただろうか?

なんで『スタンドで殴る時に同じように動いているのか』と。

人間は何かを行う時、初めて行った動きで『慣れ』てしまうという習性がある。

歩き方、箸やペンの持ち方と使い方、キーボードの打ち方、泳ぎ方等々。

一度このようにやるんだ、という認識を持ってしまうと矯正にはかなりの労力と時間がかかる。

今回の場合は『肉体を変化させていたのだから、肉体の延長上として動かさなければならない』という慣れであったため、一々体も一緒に動かしていたのだ。

矯正時間と労力は一瞬。

体が動かない状態で攻撃を止めようと、ストーン・フリーに動くなら動くよう念じただけ。

半ばやけっぱちな願望だったのだが、自身の『心』は応えてくれたようだ。

結果として茶々丸の右拳はストーン・フリーの渾身の蹴りによって叩き壊され、徐倫はこうして自身の間抜けぶりに怒り狂っている所なのである。








「ああもう! さっさと終わらせてミニマム吸血鬼をどうにかしないと……」

地面を修復する者が泣きを見る事確実な程に地面を粉砕してやっと溜飲を下げたようだ。

もっともイライラは継続中で、雰囲気からは抜き身のナイフの様な危なさが感じられる。

その様子と発言から、茶々丸は右腕から回線ショートによる火花を散らしながらも徐倫に立ち向かおうとする。

「……もう私は眼中にないという訳ですか?」

「大丈夫、あんたから目を離す程に余裕はないわ。あんたを身動きとれなくしてから行くってこと」

先程までとは違い、下手な構えなどせずに茶々丸の方に向かう徐倫。

制圧前進。

どこの鳳凰を冠する拳法の使い手だと言いたいが、そう表現するのが最も分かりやすいだろう。

何処をどう見ても隙だらけにしか見えないが、思うだけで拳を放てるのならばこれくらい気楽に行った方が反応は早い。

(片手を失ってはいますが、瞬動で決めるしかなさそうですね)

だが茶々丸は先手を打つ事を選んだ、しかも『本気で潰す気』でだ。

そこまで本気にさせた理由は単純明快。

今まで相対してきた麻帆良の魔法使いはどうやってもネームバリューでビビり、本気で殺しにかかろうとした者はいなかった。

だが徐倫は違う。

エヴァの正体を知っても臆さず、クラスメイトという立場を無視して欠片の躊躇も無く殺す気だ。

もしも徐倫が魔法使いだったとしても、同じ状況ならば間違いなくエヴァを殺そうとしただろう。

(認識させない速度での攻撃……耐えられるはずがない!)

背中と足の裏にあるバーニアを何時でもフル稼働できるようにし、更には疑似的瞬動のために足に力を込める。

勝負は文字通り一瞬で決まるだろう。

そして、余り間を置かずにその時は訪れる。

(――今ッ!!)

瞬動で移動する際に一番やりやすい距離に徐倫が入った瞬間、茶々丸の姿はかき消える。

一般人が見れば正しく消えたとしか思えない速度であり、弾丸と同等か、それよりも早い。

しかもバーニアまで追加で付けているのだ、瞬間速度だけでいえば麻帆良で反応できる魔法使いはエヴァとタカミチ、それに学園長くらいだろう。

だが相手はスタンド使い、しかも能力の分かっていない者だ。

『その程度』の突飛さなら、相性さえ良ければどうとでもなる。

この場合は相性が良かったと言えばいいのか、それとも茶々丸の運が悪かったと言うべきなのか。








「――なぁっ!?」

間違いなく瞬動で仕留められると思った茶々丸だったが、徐倫の手前2メートル程でそのスピードが急激に殺された。

センサーには細かい線状の圧力がかかったと表示されているが、茶々丸には全く見る事が出来ない。

ならばこれは――

「まんまと『網』にかかったわね。ただのパワー馬鹿だと思ったら大間違いよ?」

自身の糸を編み込んで作成した『網』に加わった衝撃によって体から血を噴出させた徐倫が、動きの止まっている茶々丸の左腕を見る。

そしてヒュパンという軽い音が鳴ったと知覚した瞬間、無事だったはずの茶々丸の左腕が根元から吹っ飛ぶ。

人体に負荷のかからないように無意識化で速度を制限していた先程までの打撃と違い、段違いの速度と威力である。

「おー、体に伴った動きじゃないから半端ない速度ね。んじゃ、終わらせましょうか」

『網』の中でもがく茶々丸の力によって血で濡れて行く自身を省みず、徐倫は一歩踏み出す。

ここからはもはや戦いでは無く、一方的な蹂躙である。

つくづく似たもの親子だ。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ……オラァッ!!」

「うっ……ああああああああああああ!!」

一撃一撃が茶々丸を強く打ち据え、そのボディを吹き飛ばす。

すでに茶々丸の体を止めていた『網』は無いのだが、もはや彼女が自力で動く事は不可能だろう。

何せ『胴体と頭以外で繋がっている部分が無い』のだから。








殴られ過ぎて所謂『達磨』状態になった茶々丸を、徐倫は無遠慮に『無傷』の頭部をスタンドで掴む。

そうして目線を合わせた徐倫はザマミロ&スカッとサワヤカな表情だ。

半分くらい自爆で劣勢になっていたのだ、これだけやってようやく爽やかになれたんだろう。

非常に血生臭いが。

「はい、終わり。念のために背中部分も部壊したから飛べないはずよ?」

「……何故完全に私を破壊しなかったのですか?」

それは当然の疑問。

『エヴァをぶっ殺す』と息巻いていた彼女ならば、完膚なきまでに壊されていてもおかしくはなかったというのに。

一番重要な部分である頭部には一切攻撃しようとしなかったことからも、本気の殺意では無かった事が分かる。

その質問に、徐倫は考えながら答えようとする。

「んー。まぁ私もクラスメイトをぶっ殺せる程非情じゃなかったっていうのと――」

ストーン・フリーの肩に茶々丸を担ぎ直し(スタンドが見えれば人攫いのようにも見える)、思い当たったもう一つの理由を話した。

「――なんというかこう、人質?」

クラスメイト云々が帳消し+評価がストップ安になりそうなほど身も蓋も無かった。








空条徐倫――茶々丸との戦いでほんの少しだけ『成長』して勝利。
         身動きの取れない茶々丸をストーン・フリーで担いで、ネギとエヴァの戦場へと移動中。

絡繰茶々丸――スタンド使いとの戦いの経験の無さから敗北を喫する。
          『達磨』状態では足手まといになると思い必死に抵抗しようとしたが、徐倫にある『取引』を持ちかけられて思いとどまる。

┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/

後書き:
実は徐倫の戦い方に違和感が出る様、こんな伏線を張っていたんですー。

……分かるか!

自分でもうっかり普通に動かす所でした。

しかし戦闘描写は難産にも程がありました。

徐倫勝利パターンとしては以下の2つも考えましたが、何となく没。

①抑えつけるために背後から関節を極められた際に、関節を糸にして脱出、カウンター気味に胴体粉砕。

②司書にやったみたいに茶々丸の関節部に糸を巻き付けてボンレスハムを万力で引き絞るようバラバラ粉砕。

結局粉砕です。

次回でこのサブタイが終わる予定。



[19077] 26時間目 桜通りの吸血鬼(ファントムブラッド)④
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/11/03 23:33
麻帆良市内の夜空を、2つの未確認飛行物体が飛び回る。

細長い棒状のものを持った物体は物理学者が頭を抱えそうな軌跡を描きながら、もう一方の物体へと緑色の閃光を射出する。

相対する黒い物体は青い燐光を放つ壁を作り出し、緑色の閃光を打ち消した。

まるで戦闘機同士のドッグファイトで、フレアを撒き散らしながらミサイルを乱舞させているようだ。

威力も精密動作性も、突き詰めればミサイル以上に理不尽な事になり得るが。

……まぁこのような書き方をせずとも分かるだろうが、ネギとエヴァは夜空の上で絶賛魔法の打ち合い中である。

風メインの魔法使いらしい高速戦闘を繰り広げるネギと、物理影響力の高い氷魔法でそれを牽制するエヴァ。

互いの持っている技術を惜しみなく発揮しながら、自分の成すべき目的のために互いを魔法で攻撃し合っていた。

(エヴァンジェリンさんが何故こんな事をしたのか絶対に聞きだす!)

ネギは持ち前の正義感と担任としての義務感からエヴァの目的を問いただそうとしている。

(『あの男』がかけた呪い、貴様の血で以って解かせてもらうぞ!)

エヴァは己に科せられた楔を解き放つために戦っている。

両者の成すべき目的は共通して、相手の事情お構いなしの『自分の主張を押し通す』事。

この戦いを一般人に晒さないように、付近で隠れながら認識阻害をかけている魔法使いは、これを『正義と悪の戦い』とでも認識しているだろう。

だがこの戦いの本質は『正義と正義』、もしくは『悪と悪』の戦いだ。

互いに自分の行動こそが正しいと信じ、互いに相手の行動を煩わしく感じている。

例え切欠がエヴァがのどかを襲おうとした事だったとしても、ネギがこの時点でその事について考えている様子は欠片も無い。

だからここには一般的な意味での『正義』は無く、『自己中心的』な戦いしかないのだ。

最も、ネギ自身がこの戦いに関して正義だの悪だのと考えていないため、どうでもいいことではあるのだが。








「チィッ、本当にしつこいな。しつこい男は嫌われるぞ?」

攻撃用魔法薬を投げながら、苛立たしげにエヴァがネギに向かって言う。

対するネギは放たれた氷結・武装解除フリーゲランス・エクサルマティオーを曲芸飛行でかわしていく。

「御忠告はありがたいですけど、『手袋を落とされた方』を追いかけるのは悪いことでしょうか?」

「ハハハッ、そう返すか! さっきの問答よりも中々良い返しをするようになったじゃないか!」

愉快そうに高笑いしながらも手の動きは淀まず、青色の魔法が矢継ぎ早に放たれる。

その魔法を杖を掴んだまま宙へ身を投げ出して、その荷重移動で直角に避けるネギ。

ネギの回避方法は見ていてひやりとする場面ばかりなのだが、動作に『慣れ』が見てとれるために、同時に安心感すら感じさせる。

その安心感がエヴァにとっては腹立たしい。

「……しかし何処までも優秀だな。全く『あの男』――『千の呪文の男サウザンド・マスター』とは大違いだ」

「……え?」

何気なく呟いたエヴァの一言にネギは大きく反応し、空中で動きをピタリと止まってしまう。

そんな隙だらけのネギに向かって魔法の射手サギタ・マギカが大量に飛来するが、一切慌てることなく風楯デフレクシオで防いでいく。

防御の後は反撃でも来るかと思いきや、ネギはその場で何かを考えるように俯き始める。

少し長めの髪形のせいでネギの表情は、若干上方に居るエヴァからは窺い知ることはできない。

様子のおかしいネギを下手に刺激しないように静観を決め込むが、やがてネギはエヴァの方へと視線を向けながら口を開く。

「……父さんの、手がかり」

――ゾクリ。

この瞬間エヴァは、久しく感じていなかった『恐怖』という感情に翻弄された。

(な、なんだ!? 坊やの様子がおかしい!)

突然の変貌ぶりに戸惑いつつも、何をされても反応できるように魔法薬を持てるだけ構える。

対してネギは期待に満ちた表情をしていた。

その瞳を『黒く染めて』。

そんな瞳に、この場では思い出せないまでもエヴァは見覚えがあった。

(あの目……いつかどこかで……)








だが数百年間分の記憶の海からサルベージする時間など戦闘中にある訳が無く、否応なしに現実へと思考が引き戻される。

すでにネギは先程以上のやる気を見せ、西部劇のガンマンの様に何時でも抜き撃ちが出来る体勢である。

「……エヴァンジェリンさん、僕が勝ったら父さんの事を全て教えてもらいます!」

「い、良いだろう! だがそう簡単に――」

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 風の精霊11人ウンデキム・スピリトゥス・アエリアーレス縛鎖となりてウィンクルム・ファクティ敵を捕まえろイニミクム・カプテント魔法の射手・戒めの風矢!!サギタ・マギカ・アエール・カプトゥーラエ!!」

「――問答無用という訳かッ!」

言葉を交わす時間すら惜しいと言わんばかりに、ネギは容赦なく魔法を浴びせかける。

あくまでも捕縛をメインに置いているためか、障壁を破りやすい光属性の魔法の射手を使おうとはしない。

もしここでそちらを選んでいればこの時点で終了していただろう。

そうならなかったために、エヴァはお決まりの氷楯レフレクシオー拡散発動でしのぎ切るのだが。

だが、ここでネギは勝負を決めに来る。

「捕縛を恐れての広範囲防御……でもその分だけ発動と発動の間に隙が出来る。だからこれで終わりです!」

「ッ! 流石にワンパターンすぎたか! だがただではッ!」

風花・武装解除フランス・エクサルマティオー!!」

氷結・武装解除フリーゲランス・エクサルマティオー!!」

青と緑の波濤が空中でぶつかり合い、光と暴風を辺り一面に撒き散らす。

副次的に発生した鎌鼬や氷礫が互いの体を細かく傷つけあうが、目は両者ともに片時も瞑ってはいない。

そして均衡は、割合早い段階で崩れ始めた。

(くっ! やはり魔法薬の追加投擲では威力が足らなさ過ぎる!)

(やっぱりだ。エヴァンジェリンさんは詠唱の簡略化のためじゃなく、魔力不足を補うために魔法薬を使っているッ!
でも吸血鬼は魔力の多い種族だって本にはあったけど……満月下でこれなら、魔力量は人間並みかそれ以下だ。一体何なんだ、彼女は!?)

均衡崩壊の原因は単純にエヴァの出力不足のためである。

魔法薬は魔力を込められた特殊な触媒を用いて、簡易詠唱を火種として魔法を行使させるためのものだ。

長所はそれなりに強力な魔法を手早く行使できる事、短所は出力が長く保たない事。

実力者が牽制程度に使う事があったりはするが、主に魔力の少ない魔法使いが使う事の方が圧倒的に多い。

だからこそネギは相当な実力者だと思い、捕縛用魔法も出来る限り多めで発動させていた。

予想が外れたのは、蓋を開けてみれば大言を吐く程の実力はあるものの魔力が恐ろしく低かったことか。

しかしこの撃ち合いだって『均衡せずに終わらせる』つもりで魔法を放ったのにしばらくの間耐え続けたことから、技術が高い事は完全に理解している。

そのためにネギはこれだけの時間戦っているというのに、いまいちエヴァの実力を測りかねていた。

ただ測れずとも『噛みつく事』は出来る。

「いっけえぇぇぇぇ!!」

「ッ!?」

均衡が崩れた途端に出力を上げ、エヴァの氷結・武装解除を押し流していくネギ。

ややあって、エヴァは緑色に輝く風に飲み込まれる。

武装解除の効果はすぐに発揮され、翼のように広げていたマントは元の姿である蝙蝠として分解され、着ていた服は花弁となって消え失せた。

持っていた魔法薬は全て砕かれてお釈迦になり、完全に丸腰になってしまった様だ。

そうして出来あがったのは、申し訳程度にキャミソール姿となったエヴァだった。

しかしてマントが無いと上手く空を飛べないのか、浮力を失って近くの建物――麻帆良女子寮――の屋根に落ちていく。

それなりの高高度で戦っていたが近くの建物の高さは8階建てで、落ちると言ってもコンクリート塀から飛び降りる程度の高さで済んだ様だ。

危なげなく着地したエヴァを見て、ネギも少し離れた場所ではあるが着地する。

格好も場所も違うが、概ね出会った当初と同じ感じとなったようである。








「これで僕の勝ちですね。教えてもらいますよ、父さんのことと、何故桜通りで生徒を襲っていたのかを」

「フフ、目的順序が変わっているぞ。……まぁ良い、お前の父親――『千の呪文の男サウザンド・マスター』についてだったな」

「……そもそもがおかしいんです。僕の存在は最近まで『完璧に近い形で秘匿されていた』はず。
なんでエヴァンジェリンさんが知っていたのか、それがどうにも腑に落ちない」

「『完璧に近い』と言っている時点で分かるだろう? 情報統制なんてもの、今も昔もまともに機能した事なんて無いさ」

「……とにかく、エヴァンジェリンさんを拘束させていただきます。マントも触媒も無くなった今、あなたは魔法を使えないはずです」

「確かに魔法は使えん。だが貴様はわたしの体を知っているだろう……?」

にやりと笑う口からは鋭い犬歯が見え、彼女がまともでは無い事がひしひしと伝わってくる。

そう、『まとも』じゃないのだ。

「ッ! そうか、身体能力ッ!!」

「正解だ、坊や。御褒美にキスでも差し上げよう」

そう軽口を言いながら一足でネギの懐に潜り込むエヴァ。

『瞬動』。

それは茶々丸が徐倫との戦いで使ったものとは比べるべくもない程の粗雑さ。

だが高速戦闘に慣れていないネギにとってはそれでも十分に脅威だ。

十分に脅威なのだが、ネギは対策を立てていなかった訳ではない。

というか古菲&楓と特訓していて高速戦闘に対策立てていなかったらそれこそ間抜けだ。

懐に潜り込んできたエヴァに、最近やっとこさ形になってきた『寸勁』をぶちかまそうと動く。

『寸勁』とは『発勁』のなかでは最もポピュラーなもので、あのブルース・リーが見せた『ワンインチパンチ』と同様の技である。

体内で練った『勁』――通常は『気』だがネギの場合は『魔力』――を欠かす事無く全身を巡らせながら相手に打ち込む。

何週間か前に古菲が見せた『気功』の源泉と言えばイメージがし易いだろう。

原理はともかくとして、重要なのは『最低限の動きで最大限の威力を放てる』という点だ。

そして、決着を付けるために密着にほど近いエヴァに対してもはや問答無用と言わんばかりに魔力を込めた拳を前に押し出す。

密着状態、くわえて必要最低限の動作しか行わない寸勁。

文字通りワンインチ2.54センチメートルパンチである。








練習の時よりも上手にできた寸勁、だが結果は『ネギの天地が逆転する』という結果に終わる。








「がふっ!? ……じ、柔術!?」

「惜しいな、『合気道』だ。『女子供でも極めればプロレスラーすら投げられる』ような武術なんだが、便利だろう?」

本当にワンインチ2.54センチメートルしか動かさなかった手首をエヴァは掴み取り、流麗な足取りで取った腕を捻る。

捻ると言う動作、たったそれだけでネギの小柄な体はエヴァを中心に半月を描く様に足が飛んでいく。

『突小手返し』。

刃渡りの短い刃物を持った相手への返し技なのだが、今回の場合は寸勁をナイフを突き立てる動作に見立てて投げた様だ。

密着状態から無理やり投げられたため受け身もまともに取れず、強かに体を屋根に撃ちつけるネギ。

呼吸もままならないまま掴まれている手を捻り上げられ、関節を極められたまま無理やり立ち上がらせられる。

よくある『警察官が犯人を拘束する時』の体勢だ。

あの関節の極め方はシンプルかつ非常に効果的である。

ただ、犯人が暴れた時のために腕をクッション代わりにするので、彼女の目的である血を吸う行為には非常に不向きだ。

だからこそ、彼女はネギがまだ上手く動けない隙に彼を羽交い絞めにする。








「……じゃあ逃げられないような場合はどうすればいいんでしょうか」

「ん? 何だ坊や、気でも違ったか?」

「いえ、具体的な対策を聞き忘れていたなぁ、と思いまして」

羽交い絞めに移行するわずかな時間で少しでも回復したのか、まだ苦しそうではあるものの愚痴の様なものを呟く。

ただ内容があまりにも意味不明だったので、エヴァは強く投げ過ぎたかもしれないと思っていた。

「何を言っているのか意味は分からないが、下手な真似は止すんだな。血を吸う前にその首、へし折っても良いんだぞ?」

とりあえず訳のわからない事は投げ捨てて置くに限る。

そう考えたエヴァは余計な事を考えないようにスルーし、高圧的な態度で場を制そうとする。

ふと気になったのは先程邪魔してきた徐倫の事。

この状況では制裁与奪はエヴァにあるため、質問すれば『快く』応えてくれるだろうと思い質問する。

「貴様のパートナーは私の従者と戦っているが、『あいつ』は果たしてどこまでやれるかな」

「……『彼女』はパートナーじゃないですよ」

「なら余計に好都合だ。後々面倒な事に成りそうな不確定要素の一つを潰せるんだからな」

スタンド使いはただでさえむちゃくちゃなスペックを持っているのだ、仮契約でもされていては洒落にならない。

そう考えているエヴァにとっては非常にいい返事であった。

……彼女は仮契約の問題点――『スタンド使い』との仮契約は無意味――を知らない様だ。

でなければ今の情報をわざわざ聞き出したりはしない。

「何で……何でこんな事をするんですか、エヴァンジェリンさん」

「その質問、非常に下らんな。そんな事決まっていだろう」

必死にもがくネギを見てニタリと笑い、鋭い犬歯に舌を這わせて湿らせた。

「私が吸血鬼だからだ。食事をするのは当然だろう? まぁ貴様への場合はそれ以外にもあるんだがな」

これで話しは終いだと、エヴァは噛みつくためにネギの首筋に顔を近づけた。
















「そこまでよ、ミニマム吸血鬼。可愛い従者をぶっ壊されたくなければ、交渉の席を用意しなさい」

「……申し訳ありませんでした、マスター……」

「んなぁっ!?」

「ひいぃ! ちゃ、茶々丸さんの腕……いや、両手足が無い!?」

しかし捕食行為は、眼の前に降り立った人物によって中断させられる。

正面の屋根の端に下から跳躍して現れたのは、傷を負ってはいるものの五体満足な徐倫。

そして徐倫に担がれた両手足の無い茶々丸。

それを見たエヴァはだらしなく口を呆けさせ、ネギも驚いて抵抗することをやめてしまっていた。

「何も言わないってんなら『アメリカ式』の交渉術でも良いけど……早く決めな。じゃないと彼女の頭がベシャリと潰れるわよ?」

茶々丸の体はストーン・フリーでガチガチに固められており、言葉通りに何時でも破壊できる態勢だ。

場の空気はエヴァの支配から一転、徐倫の制御下に移行することとなった。








26時間目 桜通りの吸血鬼ファントムブラッド








「要求は一つ。『血を吸った生徒にかけた魔法を解く』……簡単でしょう?」

茶々丸を拘束している徐倫がエヴァに対して要求したのは、あくまでも友達にかけられている魔法を解き、安全を確保するためのもの。

今現在ネギがエヴァに依って血が吸われそうになっているというのにこの要求をするとは、ネギの事なんて眼中に入っていない様である。

その点が気になったのか、エヴァは要求に対しての返答前に聞いてみる事にした。

「……私が言うのもなんだが、坊やは良いのか?」

「うーん、割とどうでもいいわね。最初に言ったはずだけど、私の『日常せかい』って狭いのよ。
んで、まき絵とかと先生を比べたらどう考えてもまき絵優先かなー、って。それに下手な手出しが出来ないように、布石を蹴散らすのは定石でしょ?」

「それでいいです! 僕の事は気にせずに――」

「「あんたに(お前に)発言権は無い!」」

「――うぅ」

あっけらかんとネギを見捨てると言うが、確かに損得勘定でいえばこの考え方の方が理にかなっている。

しかしいざ眼の前の命とこの場に居ない他多数の命を天秤にかけ、それでもなお他多数を選ぶ思考。

常人ならば躊躇うというのにそんな素振りは欠片も無い。

この辺りの精神力の強さは父親譲り故か、それとも単に薄情なだけか。

「……良いだろう、貴様の要求を飲んでやる。だが坊やに魔法薬を全て吹き飛ばされたのでな、明日解除薬を渡してやる」

優秀な従者である茶々丸を失うのは大きな痛手。

そのように考えたエヴァは渋々ながらも条件を飲むしかなかった。

「いい返事ね。それじゃあ茶々丸を返すわ」

「はぶっ!」

どさりとぞんざいな扱いで徐倫とエヴァの中間地点に投げ下ろし、あー重かったと言わんばかりに肩を回す。

茶々丸は両手足が無いために受け身なんて取る事も出来ず、彼女らしからぬ間の抜けた悲鳴を上げた。

しかしながら、人質を返すというより落としたから拾え、という感じである。

こんな事をされたらいかにブッダとて激怒するだろう所業だ。

徐倫としてはこの対応で怒り狂い、こちらに襲いかかってきてくれた方が楽だったのだが、エヴァは至って澄まし顔であった。

その態度が徐倫の癇に障る。

「しかしあんたも大概冷静よね、自分の仲間がこんな状態だってのに」

「……貴様には十分ブチギレている。しかしこの怒りを表面化したら坊やを八つ裂きにしそうなんでな、自重はしているんだ」

ほんの少し感情の抑えがゆるくなったのか、ネギを締め付ける力が強くなる。

みしりという感覚とともに肩の関節がしなり始め、ネギは苦痛に顔を歪めた。

そんなネギの様子に「我慢しろ」というありがたい一言を与え、徐倫は会話を続けた。

「甘ちゃんね。私なら拘束している奴を八つ裂きにしたうえで、相手を八つ裂きにするわ」

「それでは私の第一目標が達成されないのでな。過程はどうあれ、坊やの血を飲めないのは困る」

「ネギ先生の血、ね……」

恐らく今回の騒動はそこに帰着するんだろうと当たりをつける。

吸血鬼と言えばついて回るものは血しかない。

ジョースター家も承太郎の代まで吸血鬼の影がついて回ったことから、似たような境遇だったのかと予想する。

まぁその予想は遠からずとも近からずという結果なのだが。








「そうだ! 私に忌々しい呪いをかけた、あの『ナギ・スプリングフィールド』に繋がる血が必要なのだ!」

腹の底から、不快さを吐き出すようにエヴァは言う。

「真祖として、そして闇の魔法使いとして君臨していた私にかけられたくだらない内容の呪い……『登校地獄インフェルヌス・スコラスティクス』!
名前からして最悪だが、内容まで最悪だ! 何が悲しくて15年間も繰り返し中学生生活を続けねばならんのだーッ!」

「うわぁ……プフッ。す、少しは同情するわ、それ……クフフ」

「笑いを噛み殺しながら同情なんてするなぁ!! 余計に物哀しくなるだろうが!!」

にやけ面で同情していると言っても説得力など皆無。

というか8割方おちょくる目的で言っているのだから皆無で構わない。

不満を吐きだして怒っているエヴァにその態度は、まさしく『火に油を注ぐ行為』だった。

油を取り込んだエヴァは、更に愚痴をぶちまける。

「ナギ――サウザンドマスターに敗れてからは魔力も極限まで封印され、こんな小童一人に苦戦する始末。
封印を解くには奴の魔力が必要だが、奴が行方不明だか死んでいるのか分からんこの状況では解かせることもできん。
だからこそ直系のネギ・スプリングフィールド、こいつの血が必要なのだ!!」

「つまり父親の尻拭いにネギ先生が巻き込まれたってことね、そりゃ面倒だわ」

こればっかりは徐倫でも同情した、ただしネギに。

代々の因縁というのは非常に厄介である事を知っているためだ。

徐倫だってDIOとの因縁の余波のせいで、空条家の家族仲は崩壊寸前になっていた。

この前杜王町で出会った東方仗助も、DIOの因縁から複雑に広がっていった事件に巻き込まれている。

吸血鬼側の事情は知った事ではないが、そういったことから人間側の苦労というのは痛いほど分かっている。

だからこそ、よりエヴァを見逃すわけにはいかなくなった。








「それじゃあクソ重い人質も解放した事だし、あんたを殺させてもらうわ」

「もう一度言うが、坊やが居るんだが?」

「命を賭けた戦いで負けたんだから仕方ないでしょ? という訳で黙とうだけは捧げてあげる」

「あぁ……僕の与り知らぬ所で命の価値が決められてる……」

殺る気満々の徐倫と不敵な笑みを浮かべるエヴァ。

エヴァに羽交い絞めされているネギを完全に無視する形でお互いに戦い始める気の様だ。

殺気に関しては慣れたものだが、こうも人権無視されていると非常に居心地が悪い。

それと同時に、この羽交い絞めされている状況がかなり有利に働いている事も理解している。

(エヴァンジェリンさんは僕を殺す気が無い。という事は徐倫さんがこのまま攻撃を仕掛けば、僕を離す為のワンテンポが発生する事になる)

ワンテンポというのはスタンド使いにとっては非常に大きく作用する。

何せ長ったらしい詠唱も必要無いし、何よりスタンドの拳はスピード判定Cだとしても弾丸を捉えられる程の速度だ。

1秒あれば事足りる。

それを理解しているのか、エヴァは羽交い絞めにしている片腕を緩ませ、片手を前に突き出した。

所謂『制止』の合図である。

「……何のつもりよ」

「いやなに、交渉の席を用意させてもらおうか」

「なに、今更命乞い?」

「クックック、いまいち交渉という物に慣れていないお前に絶望を教えても良いと思ってな」

愉快そうに笑うエヴァを見て、徐倫の眉間のしわが深くなっていく。

それに比例して体から発せられるプレッシャーも尋常じゃない密度になっていった。

「――交渉の案件は『生徒たちを再度襲わない』というものでどうだ?」

「ッ! ……ああもう、完全にしくじったッ!!」

しかしエヴァの言葉を聞いた瞬間、内容の意味を理解した徐倫は纏っていたプレッシャーを一時的に雲散霧消させた。

そう、徐倫の最初の交渉で確定できたのは『血を吸った生徒にかけた魔法を解く』ことだけ。

だから『後でもう一度襲っても問題は無い』のだ。

徐倫のミスはただ一つ、『再犯防止』の約束を取りつけなかった事。

テロリストとは交渉の余地なく殲滅、というアメリカ式の交渉程度しか知らない徐倫ではそこまで気が回らなかったのだ。

まぁそこまで気が回ったら回ったで中学生らしからぬ思考だとは思うが、そんなものは非常に今更な話題である。

結論として言えば『詰めが甘かった』、それだけである。

「対価はそうだな……『私と坊やの因縁に干渉するのを禁止する』というのはどうだ? ああ、非常に有意義じゃあないか」

「……でもここでアンタを仕留めればそんな約束はどうとでも出来るわよねぇ~~ッ!」

だがまだ完全に『詰み』ではない。

桜通りでの戦いぶりと、今現在ネギを盾にしてうやむやにしようとしているというこの状況。

徐倫はそれらからエヴァが『封印のため弱体化がかなりかかっており、力は通常の魔法使いと大差ない状況』ということを完全に理解していた。

だからこそここで仕留めるという選択肢を選びぬき、同時にネギを助けようと動こうとしていた。

やはり彼女は何かを犠牲に出来る程、口で言っているよりも強くは無いのだ。

『繊細さも纏め束ねれば強靭さを兼ね備える』。

彼女のスタンドが糸になったのもそこから来ているのかもしれない。

閑話休題。

「ほう、貴様如きが私に勝つと? 面白い冗談だな」

「だったら人質を盾にしないでお前からかかって来いよ、ミニマム吸血鬼」

「挑発は無駄だよ。生憎だが見え見えの罠に飛び込む程浅慮では無いのでな」

そう言って徐倫の近くの空間を見るエヴァ。

その様子を見た徐倫は面倒な事になったと言わんばかりに眉をしかめた。

「……へぇ。見えてるんだ、コレ」

「答える必要は無い」

実は徐倫はそこら中に『糸の結界』を作っていた。

相手がどれだけ高速移動しようとも、糸のどれかが切れれば即座に相手の位置を把握できる運用方法である。

この結界のどこかで糸が切れればそちらの方向に向けて『網』を作り、接近してきた相手を絡め取る。

茶々丸を行動不能にしたのもこれによってだ。

本人は全く知らない事であるが、これは承太郎のかつての親友が最後の最後に使った技と酷似している。

しかも相手は同じく吸血鬼……『運命』とは恐ろしい物である。

「もうぐだぐだやってるのも飽きたから、一瞬で殺すッ!」

「やってみろ! このエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルになぁッ!!」

(この状況なら、少し抵抗すればどうにかなる!)

三者三様の決意を決め、この日最後の戦いが――








「コラァーッ! 何子供をとっ捕まえていじめてんのよーッ!!」

「はぶぅっ!?」

――始まらなかった。

「あぶぶぶぶぶぶ――ごぎぃ!?」

「マスター!?」

真後ろから何者かに凄まじい勢いで蹴っ飛ばされたエヴァは衝撃でネギを離してしまい、バランスを崩して屋根の上を悲鳴を上げながら滑る。

終着点は屋根に放置されていた茶々丸。

ヘッドスライディング状態から硬いボディの茶々丸へと突っ込んだのだ、鉄板に頭突きをかますのと同等の痛さだろう。

痛みから奇妙なうめき声を上げた後、エヴァは突っ伏したまま沈黙した。

「えっ? いや、何この……ええー」

「な、何が起きたんでしょう?」

シリアスムード全開だったのが一変、どうにも状況がつかめないカオス状態に変貌していた。

徐倫は何が起こったのかバッチリ見ていたからのリアクションであり、ネギは真後ろからの衝撃に目を白黒させているからのリアクションである。

こんな状況を作り出した元凶はと言うと、ネギの後ろで両手を腰に当ててふんぞり返っていた。

「あ、あれ? 蹴り飛ばしたのはエヴァちゃんで捕まってたのはネギ、向こうに居るのは徐倫ちゃんと両手足の無い茶々丸ちゃん。
……手足が無い!? ちょっ、何でこんなスプラッタな事になってんのよー!」

突然の闖入者の正体は神楽坂明日菜。

どうやら先程桜通りで出会った後、ネギと徐倫を探し回っていたようだ。

そして女子寮の屋根の上で一悶着している人影を見つけたため、猛スピードで階段を駆け上がってここまで来て、エヴァを蹴り飛ばしたのだった。

状況は全く把握していなかったため、とりあえずネギを拘束していた人物を思い切り蹴り飛ばし、現在は状況の把握中である。

ただ彼女の頭でこの現状を把握できるかどうか、甚だ疑問であるが。

「えーっと、とりあえず何が起こってたのか説明お願い」

結局理解することを他人に投げた明日菜。

建設的ではあるが少しだけ諦めが早すぎやしないだろうか。








「か、神楽坂明日菜……よくも足蹴にしてくれおったな……」

ここでようやくエヴァが頭を押さえながら起き上がる。

涙目なために先程までとは打って変わって威厳が微塵も感じられない。

まるで喧嘩に負けた女の子の様だ、良い得て妙だが。

「覚えておけ! 貴様らは次の機会に縊り殺してやるからな!」

「ッ! 逃がすかッ!!」

「ふふふ、月夜ばかりと思うなよ……」

「え? なんかエヴァちゃん飛び降りちゃったけど……ってここ8階!」

エヴァは達磨状態の茶々丸を抱え上げ、屋根の上から飛び降りる。

明日菜の所業で軽く放心状態だった徐倫は一拍反応が遅れ、スタンドの拳を当てる事も出来ずにみすみす逃がしてしまった。

少しばかりイラついているためか明日菜を睨むが、ある意味ではこの膠着した状況を打破してくれたのだ、恨む覚えはない。

まぁ空気を読めとは言いたいが。

「……はぁ。まー明日菜が来てくれたおかげで先生は助かったのかもね。先生は後でスイーツでも奢ってあげなよ?」

「あ、はい。一応命の恩人ですから、それくらいなら。何となく釈然としない気持ちもありますが」

「よねぇー。不完全燃焼というかなんというか」

「ねえ、何か私怒られてるの? それとも褒められてるの?」

「「どっちかといえば褒めてるわ(います)」」

「……とりあえず事情だけ教えてよ? 勢いだけでクラスメイト蹴り飛ばしちゃったんだし」

納得はしていなようだが、兎にも角にも事情説明が必要である。

この後は関係者が勢ぞろいとなる徐倫の部屋に行き、説明会をしてこの日は更けるのであった。
















「神楽坂明日菜……最悪のタイミングで蹴り飛ばしてくれたな。せっかく興が乗ってきたというのに」

「しかし状況だけで判断すれば離脱するのに最適でした。マスターのダメージも軽微ですし、重畳かと」

「割り切れるものでもあるまい」

茶々丸を抱えて、エヴァは麻帆良の空を駆けながら帰路へとつく。

未だに鈍痛がするのか涙目ではあるが、幾分かカリスマ性は戻ってきている様である。

「思わぬ邪魔が入ったが、今日の落とし所はこれくらいだろうな。それに、最後の最後で『爆弾』を落とす事も出来た。
これが上手くいけば、後は坊やにパートナーが出来る前に仕留めるだけだ。覚悟しておけよ、ネギ先生……」

やる気は衰えず、眼には野望が輝く。

まだまだ油断のならない夜は続きそうだ。








ネギ・スプリングフィールド――エヴァ一味と戦うものの水入りで引き分け。
                  相変わらずの詰めの甘さを指摘され、説明会中に涙目。

空条徐倫――エヴァ一味と戦うものの水入りで引き分け。
         スタンドの運用性の高さを再認識する夜となったが、不完全燃焼。

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――ネギ&徐倫と戦うものの水入りで引き分け。
                        ギリギリの魔力で飛んで帰ったため、自宅に着くなり気絶した。

絡繰茶々丸――ネギ&徐倫と戦うものの水入りで引き分け。
          緊急連絡で超と葉加瀬を呼んで修理してもらおうと思ったら、やってきた2人の悲鳴で聴覚センサーに止めを刺される。

神楽坂明日菜――よく分からんが喰らえッ!という形で勝負をうやむやにしてしまう。
           ただネギの安全を確保した功績は大きく、後日新作デザートを進呈された。

┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/

後書き:
そういえば話を書く上で役割的にはネギ=ジョニィ、承太郎=ジャイロとしています。

今回も少しだけ発揮しましたが、ネギは心に闇があるため『漆黒の殺意』とマッチさせやすいんですよ。

それと余談ですが、ネギの飛行方法は『HyperSonicWitch』という5~6年くらい前の漫画をモチーフにしています。

……単行本は何時になったら出るのでしょう。



[19077] 27時間目 作戦会議
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/11/08 16:44
「ヤバいわよネギ、さっさと着替えなさい!」

「あわわわ、このままじゃ空条先生に怒られちゃうー!」

「夜遅くまで眠いのに話しあってたからでしょうが! 私なんか新聞配達があるからさわりだけ聞いて、部屋に帰ってすぐに寝たわよ!」

「それはそれで駄目駄目じゃないですか!」

「問答無用! 寝坊する方が悪いのよ!」

4月11日水曜日。

いくら前日の夜に吸血鬼と戦っていたからといって、朝が来ないという訳でも無い。

世界常識というよりもそうであって当然という形で太陽は巡り、今日も今日とで世界を定時で照らす。

既に外は登校中の生徒の喧騒が飛び交い、この状態で寝る事が出来る者は相当神経が図太いと思われる。

騒がしい麻帆良の着火点は陽が昇った瞬間からだ、という事を長年教師をやっている者は言っているそうな。

そして世界がどんな朝を迎えようが、どうしても朝という時間帯で発生する事柄がある。

暖かい布団という悪魔、もしくは寝不足という死神によって引き起こされるそれで、どれだけ多くの人類が涙したか。

「ああもう遅刻しちゃうじゃなーい!」

「こればっかりは本当にすみませーん!」

即ち『遅刻』。

これを失くす事だけは世界平和よりも難しいのではないかと思う。

全世界で一斉に『今日だけは銃を手に取ることはやめましょう』とするのと『今日だけは遅刻しないようにしましょう』では後者の方がリアルに難しいだろう。

果たして世界が終わるまでの間に遅刻者0の日は出来るのだろうか。

そんな益体も無い考えをしながら、ネギは動きを着替えに集中する事に決めた。








急いで寮を出て全力で駅まで走り、朝のHRに間に合う最終電車に滑り込んだネギ・アスナ・木乃香の3人。

電車から降りた後も大通りを全力疾走し、3-A教室についたのは8時23分、非常にギリギリである。

既に携帯電話で承太郎に遅刻の旨を伝えてあるため、HRの準備は承太郎がきっちり準備しておいてくれる手筈となっていた。

だが「説教はさせてもらう」というありがたいお言葉があったため、ネギは若干教室に入る際に躊躇が見られた。

承太郎が怖すぎてエヴァの問題が頭から飛んでいたのは、果たして良いことなのか悪い事なのか。

「みんな、おっはよー」

「お、おはようございまーす」

「あ、ネギ君にアスナー。おはよー」

「おっはよーございまーす」

教室に入るとまき絵と裕奈が元気に挨拶を返す。

しかしまき絵の顔色がまだ若干悪いのが気になる所だ。

血を吸われた影響がまだ糸を引いているのかもしれない。

「……ん? 何かネギ君ビビってるけど何かあった?」

「……今の時間と承太郎先生がここに居ない事を加味して判断していただけると助かります」

「うわー、ご愁傷様? でも寝坊した方が悪いからねぇ」

「十分承知してます……」

あううと呻きながら教卓に突っ伏すネギ。

普段ならば教室に居る面々が「可愛いー」などと言ってはやし立てる所だが、今日はそれが見られない。

理由は簡単、遅刻した事があるものが芋づる式に怒られるのを防ぐためである。

藪蛇を突いて出すどころか大群で飛びださせるような3-A連中がここまで消極的なのは、やはり承太郎の影響が大きいという事だろう。

承太郎相手だと蛇じゃ済まないのは分かり切っている事で、おそらく虎やライオンが出てくる羽目になる。

今やクラス全体の天敵ランキングは新田先生を抜いて承太郎が堂々の第1位。

しかし同時に好きな教師ランキングではネギの次に人気というのが奇妙な所だ。

本人の器の大きさによるものか、はたまた渋かっこ良さが原因か。

何にせよ前担任のタカミチ涙目である。

閑話休題。








「おはよう、遅刻者は……まぁ、生徒からはいない様だな。今席についていない者は欠席の旨が連絡されているから心配無用だ」

「空条先生、す、すみませんでしたー!」

8時25分、朝のHR開始を告げるチャイムとともに承太郎が教室に入ってくる。

入ってくるなり腰を90度曲げて頭を下げるネギに承太郎は少々面食らったものの、とりあえず頭を上げさせた。

「みんな知っての通り、ネギ先生は本日の授業準備に間に合わなかった。そこで、原因となった夜更かし組から放課後に事情を説明してもらう事にする。
確か長谷川の部屋の3名と神楽坂だったな。放課後は今言った生徒以外は、巻き込まれたくなければ教室から速やかに出るように」

「「「は、はーい!」」」

「うむ、いい返事だ」

表向きには教師の遅刻原因になった者への注意勧告を実施するのだと思えるが、本当の目的は昨日の夜に起きた出来事の確認である。

承太郎は自分の生徒からの評価を知っているため、少し厳しめな発言をすれば割と素直に聞いてくれることを理解していた。

そのためにわざと『巻き込まれたくなければ』と言って逃げ道を作り、生徒全員の意識を誘導したのである。

使えるものは最大限利用する、承太郎らしい方法だ。

そして承太郎は一息入れ、未だおどおどしているネギに進行を促す。

「それでは先生、一応出席だけはしてくれないか? この後の連絡事項はわたしが行おう」

「あ、はい。それじゃあ、相坂さよさん……」

順番に生徒の名前を呼び、呼ばれた生徒は返事を返す。

勿論席に座っていなければ返事をする訳も無く、出席表に×印が付けられた。

今のところ欠席者は出席番号順に絡繰茶々丸、超鈴音、葉加瀬聡美の3名。

出席確認の順番は葉加瀬の次は千雨、そしてその次は――

「……エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルさん」

「……はい、先生」

昨日散々やり合った吸血鬼、エヴァンジェリンがムスッとした表情でおざなりに返事をする。

机に肘をつきながらのその表情から、『学校に来たくなかった』という想いがありありと感じ取られた。

いくら温厚なネギですら、少しばかりイラッと来てしまった程である。

(なら来なければいいのに……ってそういえば呪いで強制的に来させられてるんだっけ)

登校地獄インフェルヌス・スコラスティクス』。

ネギの父親であるナギが彼女にかけたという呪い。

尊敬する父がそんな事をしたという事が今だに信じられないが、事実としてエヴァは麻帆良で封印されているために信じざるを得なかった。

どちらにせよ詳しい所は彼女に打ち勝たなければ一言も喋らないだろう。

封印の事自体については感情が高ぶり過ぎてポロッと言ってしまったようだが、もうあんな単純ミスは望むべくもない。

だからこの話題は今考えるべきではない。

一時的に思考の隅の方へと追いやり、出席確認を続ける。

その後は最後まで欠席者は無し。

表面上は普通な、関係者からすれば非常に胃の痛い出席状況であった。








27時間目 作戦会議








「……以上が昨日のあらましです」

「ふむ、吸血鬼にガイノイドの従者、それに封印か。仕留めるならば絡繰が修理中である今だな」

「あー駄目駄目、それに関しては昨日の議論で無しになっちゃったから」

「ネギ先生は優しい性格ですけど、逆にいえば甘いですからねー」

「ちゃっちゃと終わらせて後腐れ無くハッピーエンドで良いんじゃねぇか?」

「「どうしてそう物騒なんですか(なのよ)、スタンド使いは!!」」

放課後の3-A教室。

今現在ここでは『エヴァンジェリン対策会議』が実施されていた。

教室には認識阻害や防音用の魔法を発動済みなので、盗み聞きの心配は限りなく低い。

しかし人員が魔法使い1人、一般人(?)1人、スタンド使い4人。

解決内容が過激になるのは日の目を見るよりも明らかだった。








初めに昨日起こった事件の内容をネギ側、及び徐倫側から説明。

特に徐倫側の話は機械であるにしてもクラスメイトを達磨にするという非常に過激なものであったが、その過激さに引いたのは明日菜だけ。

承太郎は慣れ切っているし、さよと千雨は「まぁ徐倫ならやるんだろうな」と納得しているし、ネギはもう色々と諦めていた。

そういえば戦いらしい戦いに明日菜が巻き込まれたのはこれが初めてである。

非日常に半ば身を置いているにしても、いきなり鉄火場の話を聞かされるのは余りに酷だ。

引いてしまった所で仕方の無い事であるし、元々自身の能力を悪用されないために協力しているだけの彼女では耐えられまい。

だが、明日菜はもう『引く事の出来ない領域』に突入している。

それを認識させるために、徐倫は覚悟を決めさせる。

「今更だけど、もう明日菜はエヴァンジェリンに敵として認識されてるわよ?」

「うえ!? いやいやいや、私ってばとりあえず不思議な力を持っている一般人よ? 何だって敵として見られる訳?」

「いや、昨日エヴァンジェリンを蹴っ飛ばした後、あいつが言ってたじゃん。『貴様らは次の機会に縊り殺してやるからな!』って」

「あー、それってもしかして……」

明日菜はプルプルと震え、冷や汗を流しながら先を促させる。

いや、いくら頭が悪い彼女でも理解はしているのだ、認識したくないだけで。

というか彼女は頭が悪いとは言っても、頭の回転が悪い訳ではない。

もっと言えば、ここまで御膳立てされて理解できない奴の方が稀だ。

そんな明日菜を見て、一切の容赦なく徐倫は結論を言う。

「『貴様ら』って間違いなくあの場に居たあたしとネギ先生と明日菜よ。特に一番恨みがあるのは思いっきり蹴飛ばしてくれた明日菜だと思うわ」

「……いやあぁぁぁ!! 何だってこう、ネギが来てから不幸続きなのよォォ~~ッ!!」

「でも図書館島でも今回の件でも首を突っ込んだのは間違いなく明日菜からだしさー。もういい加減覚悟決めちゃいなよ」

「うう、しかも反論できない」

そういえばどれもこれも関わらなくても済む物だったのに、完全に自分から突っ込んでいる。

今更ながら自分の後先考え無さ加減に、明日菜は頭を抱えた。

そんな彼女の肩を、承太郎が優しく叩く。

「空条先生……」

「神楽坂、大丈夫だ」

ああそうだ、こういう細かい気配りが出来るからこそネギの次に人気がある教師なのだ。

普段が厳しいから不意に見せる優しさが何倍にも見えて、妙に良い印象を与えてくる。

だがそんな明日菜の居る状況は、紛れも無く『裏』の会話。

そんな状況で承太郎が優しい意見を述べてくれるだろうか、いやあり得ない(反語)。

「巻き込まれる時は何時も突然だ。わたしも最初は戸惑ったが、慣れれば楽なもんだぞ」

ゴツン。

明日菜はこの瞬間まで感じていた優しさを明後日の方向に放り投げ、余りのアレさに力が抜けて机に頭をぶつけた。

予想通り、承太郎は非常に辛辣な意見を明日菜にぶちかましてくれちゃったのである。

しかしながらこの意見には他のスタンド使いも同意見の様だ。

「確かね。あたしも図書館島の中でスタンドに目覚めたけど、脱出の日までには慣れてたわ」

「正直言って『裏』を知った後に『表』の人間で居られると思わない方が良いぜ? 私も一度知ってからはもう色々諦めたからなぁ」

「徐倫ちゃん、千雨ちゃん、経験からくる言葉ありがとう。でも最初は巻き込まれただけなのよ!?」

「ネギ先生が来たその日に巻き込まれたんですよね? ならその日に巻き込まれていなくても、いずれ同じ状況になったと思います」

「さよちゃんが止めを刺しに来た!? あの朗らかな最初の印象を返せー!!」

うぎゃーと両手を上げて世の不条理さを嘆くが、周囲の面々は『諦めろ』と言外に言ってきている。

まさに四面楚歌といった様相だ。








「……アスナさん、今からでも記憶を消す方法、幾つか試してみますか?」

「うっ!」

ここで根本の原因と言えなくも無いネギが明日菜に助け船を出す、小動物の様な眼で。

さてここで問題、僅かでも情が移った相手から『今までの事を忘れますか』とうるんだ瞳で言われて、受け入れられるでしょうか。

追加要素としては、相手の事を弟の様に感じ始めている、借りもいくつかある、といったところ。

「……はぁ。空条先生とか千雨ちゃん達もこういう事が分かってて言ってたの?」

「「「「まぁ、一応」」」」

「とりあえず取り繕うくらいしなさいよ。……どうせこの体質のせいで記憶は消えないんだし、覚悟決めるしかないか」

そもそも体質のせいで記憶は消えないだろうし、赴任直後の教室での話し合いで承太郎とネギは彼女の事をサポートしてくれると言っていた。

普段学校に通うための教育費を自分で払おうとしている様な明日菜の事だ、おんぶにだっこは性に合わないのもあるのだろう。

結局、選択肢は一つだけだったのだろう。

「え!? そ、それじゃあ……」

「『毒を食らわばなんちゃら』って言うし、巻き込まれてやるわよ、ネギ坊主」

「な、何となく締まらないですけどよろし「突っ込みを入れるなー」わぷぷっ!?」

嬉しそうな顔をするネギの頭をもみくちゃにし、明日菜はようやく『裏』にどっぷり浸かることとなった。

遅かれ早かれこうなっていただろうが、直前で躊躇ってうだうだされるよりは余程いい。

「まぁ神楽坂を守るというスタンスは崩さんから安心しろ。ただ相手を殺すとまではいかなくても、自衛手段は必要だな」

「あっ……そういえば殺すとか傷つけるとかそういうのはやっぱり……」

「……守りが絶対に必要か。同室であるネギ先生が何か道具でも渡しておいてくれ」

「はい、了解しました」

覚悟がまだ甘い明日菜は、同じく甘いネギにまかせておくのが適任だろうとし、任せることにした。

(それに、学園長はわざとこうなるように仕組んでいただろうしな。でなければここまで事態を放置はしないだろう)

承太郎はネギとじゃれあう明日菜を見て、学園長がここまで想定していたんだろうと考えていた。

お人よしの彼女の事だ、一度秘密を知ればずるずると協力を続けるだろうことは人となりを知れば嫌でも予想できる。

彼女が持つ能力も、恐らくは周知なのだろう。

ならば、存分に甘えさせてもらうという方針だ。

(せいぜい、学園長には他の魔法先生の説得や火消しに回ってもらうとするか)

心の中でそう呟き、停滞気味の対策会議を進める事にした。








「さて、肝心の吸血鬼エヴァンジェリンとの戦闘だが……」

次の議題は敵対する相手の情報の確認と何時仕掛けるか。

とはいえこれは今の状態では余り意味が無いだろう。

「戦闘能力は大体把握していると思います、封印されている現状だけの話ですが。
使ってきた魔法は氷属性の物、発動媒体としては魔法薬、飛行方法に蝙蝠変化のマントを使っていたので闇属性を使う可能性もあります」

「正直言って、今だけなら古菲とかの方が強いと思うわよ。
ただし、そんな状態でもネギ先生を抑える事が出来たから、魔力は無くても技術はそのままでしょうね」

そう、あくまでも現状のエヴァは大部分の力を押さえられた状況にある。

それでも結構な技量をもつネギを拘束するに至ったのだ、長生きしている分だけの経験量が尋常ではない。

だからこそ満月では無い現状で仕留めるのが良いと思うのだが、待ったをかけたのはネギと驚く事に徐倫。

「流石に無抵抗の人を攻撃するのはちょっと……」

これは至極真っ当な理由。

封印されているエヴァは満月という環境下ですらあの様だったのだ、それ以外の日ではもっと弱くなっているだろう。

いくら前よりも『少し』好戦的になったとはいえ、ネギの優し過ぎる心根はそう簡単には変わらない。

それに因縁の渦中にあるネギがそう言ったのなら、部外者である他の全員は口をはさむべきではないと承太郎は結論した。

「弱い者いじめする趣味は無いからパス。それにあいつと約束したから、あたし自身はあいつに手出しできないわよ」

「えっと、約束って話の最後の方に出てた奴?」

「そうよ。そういえば明日菜はその時にはまだいなかったからねー」

対して徐倫も一応同じ理由ではあるのだが、後半の内容がぶっ飛び過ぎていた。

実は徐倫は朝の開いている時間で例の解除薬を貰った時に、先日の約束は今からでも良いかと打診していたのだ。

結果は「別に構わん」という簡潔な一言。

まき絵にかけた魔法を解く薬を、言った通り次の日に渡してきたのだ、間違いなく約束は守るだろう。

ちなみにその薬はまき絵に『貧血に効く飲み物』として飲用させ済みである。

「『エヴァンジェリンとネギの因縁に干渉するのを禁止』すれば『生徒たちを襲わない』っつー条件を出してたわよね、アイツ。
だから取り付けられるか不安だったんだけど、上手くいって良かったわ」

「……なるほど、よくやったな徐倫」

「え、何が? 徐倫ちゃんが抜けたら戦う人はどうするのよ」

良く分かっていない明日菜に、承太郎が『よくやった』といった理由を説明する。

「今回の約束は『徐倫が手を出さなければ生徒に手を出さない』という約束だ。
これによって懸念されるのは戦力の低下だが……さて神楽坂、ネギ側についているスタンド使いは徐倫を抜いて何人だ?」

「えっと、ここに居る空条先生に千雨ちゃんとさよちゃん、居ない人ならくーふぇに楓ちゃん……って多ッ!?」

「そーゆーこと。あの場だったら受ける訳にはいかなかったけど、仕留めるタイミングを逃した今ならどうとでも出来るのよ」

「『生徒を襲わない』ってありますけど、流石に敵対した人なら攻撃してくるでしょうね。でも後ろを気にすることが無いから楽ちんです」

「もしもの場合のために神楽坂には守りを一人つけるとしても2人か。
いや、プリズムを神楽坂の携帯につけて何時でも逃げ出せるようにするのも良いな。
まぁ空条先生だけでも動ければオーバーキルじゃねぇの?」

そう、別に徐倫がひとり抜けた所でそこまで痛くは無いのである。

千雨とさよは余り戦闘には向かないが、他3人はバリバリの戦闘特化型だ。

徐倫1人が抜けたとしても、他の3人が補填として入れば数量的にも戦闘力的にも段違いになる。

ここでのエヴァの失敗は『スタンド使いが干渉するのを禁止』にしなかったことと、軽はずみに約束を了承してしまった事だ。

今頃自宅で「しくじったぁー!」とベッドの上で悶絶している頃だろう。

不機嫌状態での生返事ほど不用意な物は無いのである。








「だから後は何時何処で戦うかが重要なんだが……マクダウェルが動く日に見当がつく者はいるか?」

この質問にはネギが手を上げる。

「昨日と同じく力が多少でも戻る満月の日だと思います。茶々丸さんの修理もありますし、期間的には丁度良いかと思います。
ただこれだけ戦力が揃った今、もうエヴァンジェリンさんは動かないかもしれません」

ネギは多少楽観視している節があるが、確かにそう考えるのが普通でもある。

満月の夜に戦った所で、まだまだ未熟なネギに辛勝といった感じなのだから。

だが15年間も辛酸を舐め続けてきた相手だ、この程度で諦めるはずが無い。

吸血鬼の執念深さを知っている承太郎は、素直にその意見を飲むことはできなかった。

「しかしこのタイミングで向こうは動いていたんだ、何かがあるはずなんだが……」

承太郎が気になっていたのはエヴァの動いたタイミングであり、この時期に動く理由が何かあると考えていた。

満月の日ならばネギが赴任して少しした辺りにもあったのだ、今頃動くというのも少しおかしい。

赴任当初の隙だらけな時期を狙わなかった理由、それがエヴァの動きを掴む鍵になりそうである。

「タイミングっつったって、魔力が大きくなる周期があるとか?」

「でもそれは満月の日も言えますよね。なら吸血鬼個人個人でそういう周期があるんじゃないでしょうか」

「そんなもんがあるなら15年間もただただ大人しくしていないだろ。十数年周期だったとしても、そのタイミングでネギ先生が来なければご破算だ。
『安定して行える基盤』が無いと手を出そうとは思わないはずだしな。少なくとも私はそうする」

「うーん、桜の木が魔力をくれるとか? ほら、よく死体が埋まってるとか言うじゃない」

「確かに花から魔力を得る方法もありますけど、それなら花が開く前か開いた瞬間の方が効率が良いんです。
それに花の魔力を使うのは風とか光とかの魔法なので、エヴァンジェリンさんじゃ労力がかかり過ぎると思います」

「……意外に言ってみると出てくるものね。それじゃあ――」

やいのやいのあーだこーだと話しあっているが、承太郎はその隣で静かにロジックを組み立てていた。

どんな些細な情報でも何がきっかけで繋がるか分からない。

そのため、やいのやいの言っている会話からも単語だけは抽出していた。

吸血鬼、魔力増加、周期、安定して行える。どこかからの魔力供給、効率etc……。

繋げては外し、取っては捨て、理論を磨いていく。

こうなってくると、ネギの周囲に居る者の中で一番必要なのは、冷静に考えを巡らせられるような人材であることが如実に分かる。

何故なら年齢を重ねた事による経験豊富な『指導者』は、いくら天才だろうと女子中学生だろうと代わりは出来ない。

人生経験の少ないネギや生徒達にとっては、この上なく最適な立ち位置なのだ。

だからこそ、この時点で判明することが出来ないはずの真相にたどり着ける。








数分、数十分と時間が流れ、集中して議論するのに飽きが来た者がちらほら出た頃。

飲み物も無く話しあっていたためにのども渇き、疲れたからと体勢も崩し、空気がぐだぐだに濁り切っている。

これ以上話しあい続けてもらちが明かないだろうと、承太郎が終了の合図を出そうとした時だった。

疲れ切った明日菜が不意に口に出した言葉が、情報の結合を進展させた。

「あー、なんでこうトラブルにまみれているのかしら、私。どっかでゆっくりと過ごしたいわ。
……あー、そういえば今月の下旬に修学旅行だっけ。その修学旅行までに決着がつけばいいけど」

「アスナさん、それは絶対に成し遂げます! だからもう少し意見を……」

修学旅行。

その単語にピクリと反応した承太郎は、その括りを大きな視野で見始める。

程なくして、ある一つの仮説が出てきた。

「……この時期に何か『行事』は無いか? 例えば『麻帆良全域が対象になる』規模のものなんだが」

急に承太郎が口を開き、周囲の面々が驚く。

それもそのはず、話し合いが始まってからは一言もしゃべらずに考え込んでいたためだ。

何か意見を聞こうにも独特のプレッシャーを放ちながら考え込んでいる承太郎に話しかける勇気は無く、半ば置物と化していたから仕方ないのだが。

閑話休題。








さて、突然の承太郎の質問には気圧されながらも千雨が答えた。

「あ、ああ。一個だけあるぜ、でかい行事。来週の火曜日に『麻帆良大停電』っつーインフラのメンテナンス日があるんだ。
公共機関や事前申請しておいた食料品店とか以外は、20時から24時まで完全に電力がカットされる」

麻帆良が都市として最も優れているものは、建物や福利厚生といった直接的な物よりも、それらを支える公共インフラだろう。

西洋風の街並みを壊す事無く街中に配置されたそれは、都心の様にごみごみとした印象を与えないように配慮されている。

綺麗に整備されている上下水道と大雨対策の貯水池、光通信の通信網、過不足なく配分される電力などなど、何処から出ているのかいまいち不明な資金力でユビキタスに存在しているのだ。

だがそうなると工事の手間やその範囲が膨大な物になってしまうのもまた事実。

そこで麻帆良は年に2回、全インフラを一時的にストップして大規模点検工事がおこなわれる。

この日だけは本当に短時間で工事を終わらせたいという事で、一般生徒の夜間外出は普段よりも厳しく設定されている程だ。

「という事は真っ暗になるから動きやすい、ってことでしょうか。まだ教室で幽霊やってた時、月明かり以外光源が無かったくらいですから」

「へぇー。普通の生徒は部屋から出てはいけないって言われてるから、外の状況って分からないんだよね」

「あっ! だからかもしれませんよ! 『目撃者または邪魔者を減らす』という点と『自分に有利な場を作る』という点では条件としては最適です!
……ただ、月齢としてはそこまで意味の無い日ですね。到底魔力が戻るとは思えないんですけど……」

ネギが魔法的観点から補足をし、承太郎はまたも考え込む。

そうして出した結論は、『限りなく黒に近い灰色』という評価だった。

「……『場を作る』というだけでは理由としては薄いな。だがこの日に何かがあるはずだ。長谷川、情報収集を頼めるか?」

「あいよ、ハッキングなら任せておきな。魔法関係者のデータを抜き出しまくってやるさ」

「狙うのなら学園長のデータ辺りが最適だろう。くれぐれもばれるなよ?」

「……うーん、ここ数年で『電子精霊』とか言うものを魔法使いが使ってるから厳しいっちゃ厳しいが、なんとかなるだろ。
まぁ最近『師匠』もこれに気付いたらしく修行させられたから、今なら『五角形』の情報まで抜き取れるさ」

「……何?」








何気ない一言。

千雨の放ったそれだけで、承太郎が今まで見た事が無いくらいに汗をかき始めた。

かつてエジプトで起こったDIOとの戦いでもここまで汗はかかなかったんじゃないかというレベルであり、正に滝の様と形容していい程である。

引き攣り始めた口をどうにか動かし、今の一言に関しての安全面の確認を取る。

「……『ペンシルベニア通り1000番』にはばれていないのか?」

「あー大丈夫大丈夫、あいつらちゃんと察知しない限りは全く動かないから。お役所仕事だよなぁ。
その点、麻帆良はセキュリティがしっかりしてるから隠ぺいのやりごたえがあるわ」

あはははと彼女にしては珍しく豪快に笑っているが、対照的に承太郎のテンションが目に見えて落ちていっている。

眉間に手を当てて、何か頭痛を堪えるような、又は葬式で遺族が見せるような沈痛な面持ちをしていた。

ふと周りを見れば、知識だけなら普通のレベルである女子中学生だらけであるため、何の事だかわからなくてハテナマークが林立していた。

ネギも『天才』と評されるような教師ではあるが、知識が妙に偏っていたりするために明日菜たちと似た様なリアクションだ。

だからこそ、千雨と承太郎は敢えて説明しない。

十中八九、むしろ九分九厘の確率で、詳しく説明したらドン引きされること間違いないからである。

ちなみに分からない人に説明すると、『ペンシルベニア通り1000番』はそのまま、『五角形』は英単語に訳して検索すれば分かるはず。

ハリウッド映画も真っ青である。
















「――これくらいか。古と長瀬には寮で話でも通しておいてくれ。ただし勝手に宣戦布告等をしないように釘は刺すように。」

そうして教室を出ようとする前に、再度承太郎がまとめを言った。

「もう一度言うが、徹底する事項は3つ。
一つ、『マクダウェルの情報は多く仕入れ、こちらから向こうには漏らさない』。
二つ、『停電の日に関して探っている事を感づかれてはならない』。
三つ、『戦闘力に難のある神楽坂は、ここに居るメンバー+古&長瀬の誰かが、事件の収拾がつくまで夜間では付き添っておく』。
ただし三つ目に関してだが、ある程度の自衛力を持ち得、そして本人が納得しているのならその限りでは無い事にする。分かったか?」

その問いに承太郎以外の全員が力強く肯定の意味の返事で以って答えた。

「りょーかーい。って、結構話しこんでたわね。もうすっかり暗くなっちゃってる」

作戦会議は長々と続き、色々と想定される事態を虱潰しにしていたらすっかり時間が経過してしまっていた。

徐倫の言葉で外を見れば、確かに夕日が沈みきるまであと半刻もいらないくらいであった。

それを見て自炊組はげんなりとした表情を見せた。

「くっそ、冷蔵庫の中身を切らしとくんじゃ無かった。まさかこんな時間になるとはなー」

「今からじゃ御夕飯の支度は面倒ですねー。今日くらいは楽して外食でも良いかもしれません」

「それでいいんじゃないの? ご飯食べた後に割り引きシールの貼られた食材買ってけばいいし」

「日持ちだけが問題だけど、まぁさよが居るから問題ないな」

「問題無いわね、大食いだし」

「生命エネルギー補充のためなんで仕方ないんです!」

さよが増えてからしっかりと自炊するようになった千雨と徐倫、実に所帯じみた会話である。

逆に家に帰れば同居人が食事を作ってくれる面々はのほほんとした様子である。

「ふむ……確か今日は海鮮料理だから昼では控えろと言われていたな。実に楽しみだ」

「えーと、ネギ。木乃香は何作るって言ってたっけ?」

「今日はセールで安いアサリ料理だって言ってました。もしかしたら空条先生の奥さんも同じ物を買っているかもしれませんねー」

「アサリなら確かに旬の食べ物だから安くて美味いな。……ふむ、今度の総合学習では海洋学から学ぶ旬の食材でもやってみるか」

「あはははは、結構楽しそうですねー」

自宅にさえつけばあつあつの食事が待っている面々は非常に気軽そうだ。

そんな3人をジト目で見つめる千雨部屋組。

つい先ほどまで『作戦会議』なんていう物々しいものを開いていたとは思えない光景である。

メンタルの切り替えというのは中々に難しい事なのだが、かたやスタンド使い、かたや魔法使いとそれに巻き込まれる元一般人。

精神力は間違いなく強く、というよりも図太くはなるだろう。

図らずとも既に一般人から大きく逸脱し始めた明日菜及び早熟し始めたネギは、この事実に気付いていないのであった。
























「……学園長、今からでも空条先生を魔法先生の作戦司令室に置けませんか? もしくは指導だけでも良いんですが」

「……止めておいた方がいいじゃろうなぁ。承太郎先生の指導を受けたら、侵入者を生きて捕縛とかできなくなるかもしれん」

「スタンド使いは徹底的なリアリストですからね。おかげでネギ君や明日菜君がどんどん逞しく……ううっ」

「お前さんにとっては息子とか娘みたいなもんじゃからのう。階段5段飛ばしで成長されたらそりゃ泣きたくなるわい。
ただまぁ、修行という観点から言えば相当なもんじゃな、これ。教育者としては非常に頭が痛いがのう」

ひよっこの認識阻害なんて取るに足らないという形で、持ち前の技術でばっちりと盗み見していた学園長とタカミチ。

しかし、正直ここまでしっかりと対策を立ててくるとは、流石の学園長も想定外であった。

承太郎の学園長に対する読み、大外れである。

というより昨日の今日でここまで真相に限りなく近づけるなんて、普通は思わない。

以前古菲も感じた事だが、こういった思考の考えの速さと洞察力の鋭さは承太郎の持つ力で最も危険な点である。

「それと学園長のパソコン、不味いんじゃないですか? 彼女はパソコン技術に関するスタンドみたいですし、色々な情報が抜かれちゃいますが」

「今LANコードを抜いて全ての通信から切断したわい。流石にわしの持ってる情報はやばすぎるのでの、これなら一安心じゃ」

(あ、フラグ立った)

そう思うものの、タカミチは口には出さない。

意外に薄情であるが、もしかしたら普段の学園長の突飛な行動に頭を痛めている腹いせかもしれない。

覚えておこう、これが因果応報の典型的な例である。

補足だが、3-A関連で学園長がスタンド能力を完全に把握しているのは承太郎とさよと古菲と楓である。

徐倫、千雨の2人の能力はいまいちよく分かっていない。

だからこその楽観視だったとも言える。

「兎にも角にもエヴァが消滅させられる、もしくはネギ君が殺される事を回避しなければならん。
だが停電の日は殆どの魔法先生や生徒が出張ってしまうため、結局歯止めは空条先生に任せる事になるのお」

「……伝えますか?」

「心配いらんよ。どうせもう気付いておるじゃろうて。……やっぱりジョースター家のものは相手取りたくないわい」

フォフォフォと宇宙忍者の様に笑う学園長だが、やがてタカミチとともに同じタイミングで溜息。

「「空条先生を入れたの、ある意味では失敗だったかもしれん(しれません)」」

色々と段階すっ飛ばして成長するネギと明日菜の様子を見て、2人の意見は初めて合ったという。








ネギチーム――承太郎を参謀に置き、エヴァへの対抗策を練る。
          明日菜はようやくどっぷりと『裏』にIN!!

エヴァチーム――エヴァは前日の疲れを癒す為に休息、茶々丸は魔改造……もとい強化パーツ取付け中。

学園長チーム――来るべき決戦日のための裏回しを進行中。
            それと予想通りというかなんというか、学園長は自分のデータが既に抜かれていた事に一切気付かなかった。
            「プリズムは半自立型だ。私が先生に言われた時点でやってくれたよ」だそうです。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/


後書き:
ネギパーティの露骨な戦力増強フラグ構築回。

この時点でネギが周囲を頼ればこの程度は出来るという見本市でしたが、書いている自分すらびっくりする状態ですね。

ただしその分だけエヴァの容赦無さが文化祭編並みにアップするのでプラスマイナスで言えば限りなく0。

第一のボスが2戦目パラメータのバルバトスみたいなもの、しかも敗北イベントじゃないし(心が折れなければ勝てなくは無い)。

そして明日菜がすんなり『裏』に入ったのは、原作以上に不可思議が周りに多すぎるからであり、諦めの境地に似た感じです。

次回更新は茶々丸受難編、その次にエロオコジョ登場予定。



[19077] 補習4回目 What I’m made of...
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/11/16 22:39
状況確認:再度開始

パーソナルデータ確認中…………完了

個体名称:絡繰茶々丸

初回起動日:2005年4月1日

製作者:葉加瀬聡美・超鈴音

現在時刻:2007年4月11日11時35分

体の状態確認…………首から上しか存在せず

体から上だけではあるが、センサー類の動作確認…………ほぼ全てが新規パーツに置き換わっているため、動作確認をバックグラウンドで進行

記憶領域の個別データチェック…………異常バグ無し

スリープ直前の状態を読み込みロード…………完了

書類上生活しているログハウスへとマスター【エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル】に、大規模破損の影響で自分からは動けないために輸送される

ログハウス到着後、破損の修理を頼む旨の救難信号を発し、待機

10分27秒89後に製作者である葉加瀬聡美・超鈴音が到着

直後、聴覚センサーが大音量を受けた影響により破損判定

全身の70%以上が破損状態になったため、AI保全機能が強制発動

記憶データのバックアップを送信後、スリープ状態に移行

以上、状況確認終了

連絡:バックグラウンドで行っていた動作確認終了

視覚センサーを通常視点起動…………目覚めますHello World








目を覚ませば見覚えのある、というよりもあり過ぎる部屋が眼に入って来ました。

麻帆良学園における『独立自治区』とでも言うべき部屋。

ここは麻帆良大学工学部、葉加瀬聡美及び超鈴音専用研究室。

工学部の通常生徒からは専ら『マッド部屋』やら『スカイネット本部』やら『世界征服前線基地』などと呼称されています。

彼女達に作られた私が言うのもなんですが、間違いなくその異名通りだと思います。

夜中まで機械を動かす音が聞こえ、時折高笑いする声が響いてくる研究室。

マッドサイエンティスト呼ばわりされても不思議ではありません、というよりも呼ばれなければ逆におかしいです。

ハカセはマッドサイエンティストと呼ばれると喜びますし、超さんも事有るごとに私に特殊武装を積み込もうとしますので。

それに、私の弟機である『T-ANK-α3』なんて何処からどう見てもカリフォルニア州知事が未来から来た姿です。

……思考がずれました。

視線を右にずらせば散らかり放題の書類机とコードがむき出しになった機械の残骸――私の昨日までのボディ――が見えました。

隣には怪しい液体の入ったカプセルに大型発電機、作業用パワーアームと作りかけの小型兵器等々。

相変わらず散らかり放題な部屋です。

来週に控えた作戦が終わり次第、また掃除に来なければなりませんね。

……思考がぶれました。

気を取り直して今度は左に視線をずらしましょう。

こちらにはセッションスペースがあったはずですから誰かいるとすればこちらに――ああ、いましたね。

私の製作者である葉加瀬聡美、そして超鈴音がセッションスペースで話しあっています、『目をぎらつかせて』。

……嫌な予感しかしない、もとい、嫌な行動予測しか計算できません。








2人が眼をぎらつかせて議論している時、大抵が碌な目に遭いません。

以前は私の極地戦闘装備が出来たと言われるがままに装着してみれば、キャタピラ駆動、両手ガトリング装備、肩部に2門の長距離砲が搭載されました。

確か名前は『茶々丸タンク・銀幕で巡り会えない仕様』でしたか。

試し撃ち現場は悲惨でしたね。

試射場の巨大コンクリートブロック壁が、肩の砲台からの一発で粉々に吹き飛んでしまいましたから。

それなのに固定アンカーが要らない程の低反動とは、何なんでしょうか、あの砲塔。

他にも『巨大杭打ち機』や『両手を合わせてから横軸回転するロケットパンチ』、『共振破砕音波発生装置』など、やたら性能が良いのに扱い辛い物ばかり付けようとします。

性能が良いからこそ余計に性質タチが悪い事もあるのです。

それに着けろと言われたら製作者には逆らえません。

ロボット三原則無視している割に製作者による権限は付けてあるんです。

なんでも「AI作成の礎を作った人物にあったんだガ、管理者権限付けないとああも自由気ままになるんだネ。参考になったヨ」と超さんが言っていました。

冷や汗まみれで。

一体アメリカで何を見てきたのでしょうか。

MITのデータベースにアクセスしようにも、見た事無いくらい強固防壁でシャットアウトされていたせいでどうにもできませんでした。

ならばと電子精霊でハッキングするも、電子精霊が全て向こうの指揮下に入れられたりと散々な結果に終わりました。

私の先祖とでも言うべきAI……いつかは会ってみたいものです。

以前それをハカセに伝えたら、「やめて! あんな非常識な能力を見に行かないで!」と泣き疲れましたが、諦めていません。

ちなみに後日、千雨さんの紹介で会う事が出来ましたが、その時になってやっと2人の言っていた意味が分かりました。

あれは反則でしょう。








とりあえず通常起動しましたし、あちらで白熱した議論を行っている2人に、私の無事を伝えなければなりません。

「ハカセ、超さん。おはようございます」

「だからドリルはロマンですから――ってあら、茶々丸。もう起きたんだ」

「ありゃ、五月蠅くしすぎたカナ? 茶々丸が起きた事に気づかないまま議論とハ、いやはや私もまだまだ甘いナ」

ハカセは相も変わらずな無造作ヘアーと、眠そうなのに力強さがある眼でこちらを向きました。

超さんはこれまた変わらず、飄々とした表情で――いえ、少しお疲れのようですね。

表情だけは普段通りなのに、目が酷く充血していました。

これは間違いなく貫徹していますね。

体があればコーヒーでも紅茶でも淹れて上げられるのですが、首だけの状態じゃどうにもなりませんので素直に諦めます。

「自立稼働したので、声量に関してはお構いなく。ですが一つ聞きたい事が」

「ん? 別に何でも聞いて良いけど」

「それでは。あの、先程仰っていたドリルって……」

「あ、ああ! 何でも無い何でも無い! 気にしなくていいからねー!」

ハカセがぶんぶん手を振って何やらごまかそうとしていますが、反応から見るに間違いなく新武装の案ですね。

恐らくこのまま案が通れば、遠からず私の手首から先などがドリルアームになるでしょう。

完成まであと一週間くらいですかね。

どうせ私が設計図を如何こうしないようにプロテクトが掛けられているはずですし、なによりこの人たちは話をしている時点で生産可能直前まで行っているはずですから。

たまにマスターがその事について「大丈夫なのか?」と聞いてきますが、AI本体に傷が入る訳ではないので「大丈夫です」としか答え様がありません。

……いえ、共振破砕音波発生装置だけは本気で危なかったですが。

しかし、答える度に悲しそうな眼をするマスターを見ると、AIにノイズが入るのは何故なのでしょうか。

計算では、求められません。








「さーて、と。それでは第26回茶々丸新武装お披露目会を準備したいと思いまーす」

「イェーイ! 私たちの科学力は世界一ィィィィッ!!」

「…………」

なんでしょう、少しだけ悲哀を誘う様な思考をしたというのに、台無しにされた感じは。

せっかく夕映さんに教えて頂いた本から自分で流用して構築した言葉だったのですが。

……考えてみれば口に出さなければ意味無いですね。

なまじ出した所で、寝不足からくるテンションが一週回り切って、更に二週目すら振り切り始めた今の2人では悉くスルーしそうですが。

後で思考ログででも見てもらいましょうか。








補習4回目 What I'm made of...








さて、あれから少しだけ時間が経ちまして。

とりあえず現在の状況を確認してみましょう。

まずはハカセ。

何処からか持ってきたホワイトボードに、普段の彼女の様子からでは想像できないくらい可愛らしい文字で『お披露目会』と書きこんでいます。

色とりどりの水性マーカーでカラフルに文字を塗りつぶし……ああっ!? あれ油性ペンではないですか!?

……スキャン結果、完全に油性ですね。

今度ハイテクスポンジで磨かないとホワイトボードは使い物になりません。

一応は学校から支給されている備品なので、大事に使っていただきたいんですが。

次に超さん。

いそいそと研究室の奥から布がかけられた何やらを台車で持ってきています。

大きさと形状からいって、間違いなく私の新ボディですね。

布のせいで完全にボディラインが出てますし。

普段の彼女なら箱に入れて持ってくるくらいするのですが、どうやら眠気で思考回路に異常をきたしている様です。

……ある意味では普段から異常をきたしていると言えなくもありません。

ともあれネギ先生を軽く凌駕する『天才』のはずである彼女にしては初歩的なミスであることは否めません。

最後に私こと茶々丸。

これはあまり変わりないですね。

何せ首だけですから動こうにも動けませんし、胴体の動力源が無いためにケーブルで繋がれていないとこうして思考する事も出来ません。

いえ、首だけの状態で動けたとしても、積極的には動きたくは無いですが。

首だけで動くガイノイド。

ホラー映画も真っ青ですね。








「うふふふふ、茶々丸。この布に包まれたものが何か分かるかなー?」

ホワイトボードに絵を書き終えたハカセが、正しいマッドサイエンティストとはこういう顔だ、という見本の様な顔でこちらを見てきます。

寝不足で顔色が悪いはずなのに目は燦然と輝いているのが非常に怖いです。

面倒くさい、という感情はこのような状況を指すのでしょうか。

ともあれ答えなければ進まないようなので答えましょう。

「はい。私の新ボディだと思われます」

「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」

「………………………………」

「………………………………全く分かりません」

「そうだよねー。いやー、茶々丸はまだまだ成長の余地があるわー」

何と言う圧迫面接。

指定した答え以外を全く寄せ付けないとは、流石はマスターと友好関係にあるようなお人です。

『類は友を呼ぶ』という言葉の真の意味を、今ここで理解できました。

「何を隠そう……実はこれは茶々丸の新ボディなんです!」

「わーすごいですねー(棒)」

「ふふふ……今回は私の頭脳を総動員したネ。『日常生活を送ることのできる兵器』をモットーに完成した新ボディ! ガイノイド技術の新しい夜明けヨ!」

「ものすごくきたいしています(棒)」

ああ……超さんも大分壊れ始めました。

何なんでしょう、このテンション。

毎回毎回必ず私のデータログ見たときに自分の痴態で凹むんですから、眠ければ寝ればいいでしょうに。

という訳でこの光景は複数バックアップを取っておきましょう。

いい教訓に成り得るはずです。

「特に今回こだわったのは何と言っても腹部のじゅ「という訳で新ボディ、オープン!」う……」

辛抱堪らなかったのでしょうか、ハカセが超さんの言葉を完全に無視して布を捲くりあげました。

今まで見た事が無いくらいのジト目でハカセを見る超さん、ドヤ顔しながらそれに全く気付いていないハカセ。

凄いです、今日だけでとてもいい映像がたくさん撮れています。

後で確実にマスターに見せましょう。

ワイン片手に高笑いしながら映像を見るマスターは非常に楽しそうですので。








さて、このままお二人の様子を見ているだけではいけませんし、新ボディの方に目を向けましょう。

新ボディには一体どのような奇天烈な装備が……おや、普通ですね。

見た目は完全に昨日大破したボディと同じみたいですし、目立った特徴らしいものもありません。

てっきりドリルとかチェ-ンソーが付けられているものとばかり。

……いえ、そんなものを付けたら学校に行けなくなることくらいは分かっています。

ですがあのお二人が作った物が額面通りであるわけがありません。

気になってみたので解析開始。

……解析完了。

やはり計測して見た所、サイズとそこからの予想重量が今までの物と大分違いますね。

一回りというには小さく、若干というには大きいサイズアップです。

身長だけでいえば丁度2センチ伸びていますね。

内部構造は機密保持のためか、案の定スキャンが通りませんでした。

麻帆良では意外と普通の技術であるガイノイドですが、外にとっては間違いなくオーバーテクノロジーですし、これくらいは当然です。








「それじゃあ茶々丸、各武装の説明はあなたが把握し次第やっていくね。一先ず装着しましょうか」

「はい、ハカセ」

「今回はスリープモードにならなくても良いヨ。実は装着時に一々休止させるのが面倒だったから、茶々丸のAIにも少し手を加えて置いたネ」

「助かります。ログハウスにあるスペアボディへの換装の際、毎回マスターにメモを残しておくのも不安でしたので」

「……未だに機械の扱いに慣れないカ、あの吸血鬼」

どれだけ暴走していたとしても、こういった慎重な作業では素に戻るハカセと超さん。

頼もしい限りではあるのですが、誰かが見れば確実に情緒不安定に見られてしまいます。

それ以前の問題である気もしますが。

「兎も角、ささっと接続しよウ。ほら、パイルダー○ンを始めるヨ」

「どちらかと言えばビル○アップですけどね、磁力はありませんけど」

そう言いながら手元の機械を操作するハカセ。

すると私の首の下にボディを乗せた台車が動いて行き、丁度真下になった時に自分の目線が下がっていきました。

非常にゆっくりと首が下ろされていき、接続用のプラグにスムーズに入る様、細かな微調整を繰り返しています。

そうして、カションという軽い音とともに私の首はボディへと接続されました。

勿論ですが、差し込むだけの簡易アタッチメントではありません。

現在チュイイィィィンという甲高い音を立てて、内部でプラグがねじの様に固定されています。

この固定方法、本来ならば利点と欠点がない交ぜになっています。

利点は接続が容易である事、欠点は数ミリの誤差で接続が削られて僅かに固定が甘くなってしまう事。

ですがその辺りはやはり『天才』と言うだけあって、全く問題としていないかのように出来てしまうんです。

チートとか言われそうですが、そうでもなければ人型機械なんて完成させられるはずもありません。








接続も問題無く終わりましたので、まずは体の状態を確かめてみましょう。

……確認完了。

やはり見た目からは分からないくらい魔改造されていますね。

運動用パーツの小型化によって出来た空きスペースに、武装を詰められるだけ積み込んでみましたという印象が大きいです。

しかも首から上のパーツもボディと接続した事によって、幾つかの追加機能がアンロックされました。

そちらの確認は後にして、まずはボディの具合から。

……装甲の厚さは変更無しですが、関節パーツは重量アップのために強度が上がっているようですね。

動力のラインを交換した事によって瞬間最大出力も向上していますし、元々あったブースターもその分小型化しています。

ですが最大稼働時間が短くなっていますね、差としては微々たるものですが。

「どうだネ茶々丸、新しいボディの具合ハ?」

「……本格的な稼働がまだなので言い切ることはできませんが、日常生活と戦闘を同一ボディで行う事に関しては、前ボディよりも効率的に出来ます」

「模範的解答ありがとネ。それじゃあハカセ、内容確認に移る事にしよウ」

「はいはいっと。それじゃ、こっちの画面を見てね」

そう言ってリモコンを押すと、スクリーンが必要無い完全立体映像で説明画面が出てきました。

麻帆良祭で使う奴の試作型でしょうか。








「基本のパラメータは私たちよりも茶々丸の方が把握しているだろうし、追加武装の話だけするね。
追加と言っても両腕両足に一つずつ、胴体に一つ、頭部に二つくらいだから、説明しなくても自分で把握しそうだけどさ」

「私だけで判断すると基本通りの使い方しかできない可能性もあります。出来れば製作者の観点からの説明は頂きたいです」

「うむ、製作者の顔を立ててくれるのはありがたいねー。それでは下の方に装着している順に説明しましょうか。
でも最初に紹介する両足は武装とは言っても武器じゃないわ。疑似瞬動用の補助ブースターがふくらはぎに片足一基ずつ追加ね」

言われたので軽く展開してみましょう。

システムに指示を出すと、ガションという音と共に後ろふくらはぎの装甲が開き、小型のブースターが出てきました。

「体が重く、肉体強化の出来ないあなたは本当の意味の瞬動は出来ない。
そのために理論付けされた、ブースターによる疑似的瞬動の強化案がこれよ。
瞬動の致命的な欠陥である『直線的な軌道になる』ことの脱却と、『初動と接地の隙の軽減』を目的に取り付けたの。
足の裏の奴もそのまま使えるから、結果的に空中制御効率も大幅アップしてる」

「正直にいえば、これはまだ取り付ける予定は無かったヨ。
ただ、やはりスタンド使いと相対するなら防御力は意味無いのでネ、万全を期するために取り付けさせてもらったんダ」

なるほど。

確かに徐倫さんと戦いましたが、まさかあの速さの攻撃を見切られているとは思いませんでした。

徐倫さんのスタンドの威力も相当な物で、受け流す事に失敗したなら最初の一撃で全て終わっていたでしょう。

となると防御を捨てて速度で押し続けるしか手は無いようです。

実に合理的な選択です。

ですが本当の瞬動に関しては古菲さん達が使えるので、慣れられたらあくまでも疑似的な瞬動ではどうにもならないと思います。

その事を話したら一言だけ帰って来ました。

「あ」

……忘れていたんですね。








「次に胴体の武装、小型内蔵銃。まぁこれに関しては基本的にはゴム弾装備だね。機関銃装備と散弾銃装備の2パターンで換装可能」

「機関銃なら遠距離けん制用、散弾銃なら接近戦で一撃必殺用ネ。空気圧による発射だからメンテナンスも容易ヨ」

これも同様にロック解放。

ガチャガチャと腹部から出てくるのは、明らかに腹部に比べてオーバーサイズになっている機銃。

……何故このサイズの機銃がここまでコンパクトに収まるのでしょう。

超さん曰く「1939年には完成していた技術だかラ、発展させればここまでになるのだヨ」とか何とか。

そして運用方法ですが、前者は想定の範囲内、後者はとにかくえぐいです。

接近戦闘で殴り合いしている最中に腹部からショットガン……実弾ならばミンチよりもひどい事になります。

いえ、考えてみればゴム弾でも相当痛いですよ?

弾頭の大きさにもよりますが、下手すればプロボクサーのパンチと同じ威力を面積の小さい弾で喰らう事になるんですから。

「あ、場合によってはT-ANK-α3に装備する予定のビーム砲も行けるヨ。残念なことに出力不足で衣服ぐらいしか吹き飛ばせないガ」

「本当に残念ですよねー」

「「ウフフフフフフフフフ……」」

「次の説明に行きましょう!」

危ない、このまま話を続けさせたら何しでかすか分かりません。

嫌ですよ、ビームで相手が蒸発する光景とかを見るのは。








「両腕は格納式の高周波ブレード。まぁ入れたは良いけど致死性が高すぎて今度の作戦では使えないねー」

「アハハハ。いやー、アイア○カッター再現をやりたかったのもあるけド、まさかここまで危険な性能になるとハ」

「そりゃ軽くて薄いのに、厚さ30センチの鉄板がまるで豆腐の様に切れますから。対人というよりも召喚された化け物用の武装です」

「SW財団が参考にくれた『柱の男』の情報から『輝彩滑刀』をモチーフにしたラ、エラい事になってしまったネ」

「「まぁ付けたかったからしょうがないよね(よネ)」」

「…………」

これは完全にフルスロットルですね、お2人の駄目な癖。

『ロマンのためならいかなる倫理も投げ捨てる』とか『科学の発展のためには多少の非人道的行為もやむなし』とか言っちゃう方々ですからね。

しかし高周波ブレードですか……この場で出すのはやめます、危な過ぎます。

人によっては近くで起動させていると鼓膜に異常をきたしてしまいます。

というよりもハカセ達が言っている通り今回の作戦では使えませんから、警備の時以外は封印してしまいましょう。

……今度硬いカボチャを切る時にでも活用しましょうか。








「最後に頭部だね。まぁこれは最後の手段としての装備かな?」

「目からレーザー、それとレンズ洗浄液の高圧発射装置ネ。
レーザーは威力がそれなりにあるけど燃費が悪い。高圧発射装置も液体が無くなれば打ち止めだし、今回の様に身動きが取れなくなった時用だナ」

レーザーですか……これも使いどころに困る代物ですね。

ビームに比べれば直接的な攻撃力は低いのですが、地面を熱で吹き飛ばせる威力はあるので、かなり広範囲に攻撃できます。

つまり加減が出来ないのです。

後者も手加減は無理そうですね。

しかし目の部分に高圧発射装置とは、一体どんな発想から生まれたのか気になります。

「ああ、石仮面製吸血鬼の攻撃をモチーフにしてるヨ。たしか『空裂眼刺驚スペースリパー・スティンギーアイズ』と言ったかナ。
本来ならば眼球内の体液に高圧力をかけ、瞳の向ける先に発射する技なんだガ、似たような事が出来るかなと思って実装したヨ」

吸血鬼の従者に吸血鬼の技を再現した装備ですか。

これもある意味お揃いと言えなくも無いのでしょうか。








「ふぁ……これで説明は……オッケーかな」

「むっ……いかんネ、大分限界ヨ。流石に張り切り過ぎたカ」

ハカセと超さんの動きが急に緩慢になって来ました。

どうやら説明し終えた事で興奮が冷め、一気に眠気がぶり返してきたようです。

立つのも辛くなってきたのか、足が生まれたての小鹿の様にプルプルしています。

「ハカセ、ベッドまでお運びしましょうか?」

「うあーお願ーい」

普段の彼女とは違ってとても子供っぽく感じます。

眠過ぎると人は幼児退行を起こすのか、それともこれがその人本来の姿なのか。

統計が無いのでいまいち分かりませんが、後者なら現在の状況を興味を持って見る事が出来ます。

そんな事に思考のリソースを割きながらも、俗にいうお姫様抱っこでハカセをベッドに連れていきます。

もはや研究室はハカセの私室と言っても過言では無い状況です。

アインシュタインのデザインがされた時計やら洋服やらで、ベッドの周りが埋め尽くされています。

……おや、ハカセが私の腕の中で眠ってしまったようですね。

とりあえずベッドに寝かせてしまいましょう。

「いやー済まなかっタ。あ、私は自分で部屋に帰れるから心配無いヨ」

ハカセに一言かけて帰る予定だったのでしょうか、超さんがこちらに顔を出しました。

「よろしければお送りいたしますが」

「それも含めて無問題と言いたかったんだヨ。嬉しくはあるガ、何処となく気恥かしくてネ」

確かにハカセに比べれば足元もしっかりしているようですし、本人が言っているのなら心配は無いでしょう。

「それではお疲れさまでした。お気を付けてお帰り下さい」

「ありがとネ、茶々丸。それじゃあまた学校で会おうカ」

軽く頭を下げ、挨拶。

この辺りの礼儀作法が彼女らによってプログラミングされている事を何時も疑問に思いながら、見送ります。








ふと。

本当にふと思い出したかのように、超さんが研究室のドアの前で立ち止まり、ふり返りました。

「――ああそうそう。今回の映像、エヴァンジェリンに見せたら『アレ』をばらすヨ」

その言葉に不覚にも、体を膠着させてしまいました。

それは余りにも不用意な、軽率な行動でした。

このタイミングで言うんですから、昨日の『アレ』でしょう。

「…………『アレ』、とは?」

思わず聞き返してしまったのですが、どうやら彼女は全て分かっているようです。

何故なら、眼がぎらついていたから。

研究談議に花を咲かせている時よりも、ずっと綺麗に、危険に。

「決まってル、『空条徐倫の人質として取引した』事ネ」

「ッッ!!」

本当に失敗しました。

この件に関しては完全にデータを消去したはずなのですが、超さんには全く意味無かったようです。

どこかで映像が途切れていたとしても、超さんなら気になってサルベージすることは自明の理でした。

「いやはや、徐倫サンも直情型かと思えば、なかなかどうして頭が回ル。流石はジョースター家、一筋縄じゃいかないカ」

徐倫さんが私にした事は、戦闘中に出来てしまった『借り2つ』をその場で清算させる事。

その清算内容を聞いた瞬間、私は思わずなるほどと感心してしまうほどに優れた取引でした。

「『バックアップ機能があるかどうかの質問』と『エヴァンジェリンと連絡をしない』。この2つを以って茶々丸のことを人質にするとハ……。
バックアップ機能のある無しに関わらず聞いた時点で、徐倫サンへのメリットだらけになるじゃあないカ」

『やれやれ』と空条先生か徐倫さんの真似なのか、肩を竦めて手を広げる動作をする。

この『やれやれ』。

果たして私とマスター、どちらに対しての物だったのか。

「バックアップ機能があるなら人質としての価値は無いからネ。
もしエヴァンジェリンがその事を知っていれば問答無用で襲いかかってくるシ、あえて目の前で破壊すれば挑発代わりにもなル。
バックアップ機能を知らなければ、人質としての効果は絶大だから非常にお得ヨ。
……せめて自分の従者の機能くらい把握しておいて欲しいものダ。携帯電話買って、メールと電話しか使わない老人でもあるまいシ」

「……あの、出来ればマスターには内密に……」

「モチロン。ギブアンドテイクだから大丈夫ネ」

ぎらついた眼はなりを潜め、何時も通りの不敵な表情に戻りました。

どうやら私は超さんには一生を賭けても勝てない、そんな気がします。

「それじゃ、今度こそさよーなラ」

最後に嵐を起こしたにもかかわらず、超さんは至って普通に帰っていきました。

あの人の行動原理を理解出来たことは、真の意味では無いのかもしれません。

……はぁ、私も帰って家の掃除でもしましょう。

作戦にかかりっきりで隅々まではできませんでしたし、学校は欠席しているので思う存分やりましょう。
























(やはり茶々丸のAIの成長が早いナ。異常なまでの人間臭さの習得具合は、まるで『彼女ら』を見ている気分ネ。
スタンド使いは魂のステージを引き上げる者……ならば茶々丸にも魂と呼べるものが?)

帰り道、超鈴音は茶々丸のAIの成熟具合をログから確かめ、その成長の速さに舌を巻いていた。

(なんにせよ、今回の戦いで間違いなく茶々丸は『一段上がった』。それは弱さとなるか強さとなるか……)

どちらにせよ面白い。

超鈴音はそう呟き、一人静かに歩く。








絡繰茶々丸――『成長』もしくは『強化』。
          だが大多数の武器は自主的に封印。

葉加瀬聡美――異名『マッドサイエンティスト』。
          貫徹で茶々丸の新ボディを仕上げ、やり遂げた顔で就寝。

超鈴音――異名『麻帆良の最強頭脳』。
       茶々丸の成長具合にほくそ笑みながら帰宅するも、眠気が限界に来たためベッド手前で轟沈した。

┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  

後書き:
強すぎるから封印だらけな武装による、した意味があったのかどうか分からない強化回。

もしくは25時間目のラストに描いた『取引』の種明かし。

いつか茶々丸が大暴れします。

タイトルの意味は『私が何で出来ているか』。

ちなみに各種武装の具体的な元ネタもしくは形状イメージは以下の通り。

巨大杭打ち機=リボルビング・ステーク、両手を合わせてから横軸回転するロケットパンチ=スパイラルナックル

共振破砕音波発生装置=ソリタリーウェーブ、腹部機銃=シュトロハイムのあれ、

高周波ブレード=カーズの輝彩滑刀もしくはバオー・リスキニハーデン・セイバー・フェノメノン



[19077] 28時間目 小さな来訪者
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2011/02/23 23:20
4月11日水曜日、ネギや承太郎らの作戦会議から少々時間を巻き戻して、昼休み中。

春の陽気を一番に浴びる事の出来る穴場スポット、麻帆良学園屋上にて、一人の生徒が微睡まどろんでいた。

自らの膝まで届くほどに伸ばした金髪を地面に粗雑に放置しながら、校舎の壁に寄りかかるようにしている。

学校の中の騒がしさからは隔離され、アンティークドールのような穏やかな顔をしていた。

いや、穏やかと言うよりは気の抜けた、と言った方が正しい描写だろう。

(やはり学校は眠くなる。午前中は気まぐれに出てやったが、午後からの授業はここで眠って流しておくか)

勤勉な生徒や真面目な教師が心を読む事が出来たなら、十中八九殴られているだろう事を考えている生徒。

その正体は麻帆良に縛り付けられている吸血鬼、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルであった。

15年間もの間中学生を続けていた彼女は、既に学校生活と言う物に完全に飽き切っている。

そのため、「学校には来てやるが散々やった事のある授業など受けん!」という事で授業は基本的に全てサボっていた。

しかし、授業を屋上で寝てサボるくらいなら帰宅すれば良いのにと思う者もいるかもしれない。

勿論彼女はそうしたいのだが、そうも出来ない理由がきちんと存在する。

登校地獄インフェルヌス・スコラスティクス』。

不登校の生徒を半ば強制的に学校に来させるための魔法で、その効果とは『授業のある日に学校に居なければ苦痛が襲う呪いをかける』という実は過激な物だ。

ただし台風や地震などの災害に因っての休校や、自身の体調不良により来られないという場合にはその限りでは無い。

この魔法からくる苦痛、通常ならば頭痛を起こす程度でしかないのでエヴァは当初耐えられるものだと思っていた。

しかしこの魔法をかけたものは、馬鹿みたいに強大な魔力を持った魔法使い、『千の呪文の男サウザンド・マスター』ナギ・スプリングフィールド。

膨大な魔力によってかけられているために威力が増し、頭を万力で捻り潰されるかのような痛みが襲ってくるのだ。

不死身の肉体を持つ者として痛みには慣れていたエヴァだが、流石に気が狂いそうなほどの痛みに日がな半日ただ耐えるのは流石に辛すぎた。

だからこそ彼女は、一応という形ではあるが学校には来るのだ。

ここで疑問に思うのは、「学校に来させる魔法なのに授業をサボっても大丈夫なのか?」という点だろうが、その点に関しては全く問題ない。

先にも言った通り、呪いの発動条件は『授業のある日に学校に居なければならない』という規約を無視した場合である。

この規約、実は大きな穴があるのだが、もうここまで書けばもうお分かりだろう。

つまり『学校に居さえすれば痛みは発生しない』のだ。

初めてこの魔法を作ったものは条件に関してそこまで深く考えていなかったのかどうか、本人が居なければ分からないが、ともかく穴は穴。

と言う訳で、特に体調が悪くない日には学校の敷地内に居る事を強制させられているものの、授業には出なくても良いのである。

地獄なのは学校生活を受ける事では無く、登校する事自体。

なるほど、確かに名前通りの呪いである。








キーンコーンカーンコーンと、昼休みの終わりを告げるチャイムが屋上に鳴り響く。

校舎外にも届かせるようにスピーカーが設置されているため、屋上では場所によって校舎内よりも音が大きいのではあるが、しかし彼女はその辺を熟知済み。

音が一番聞こえづらい場所に最初からもたれかかっていたため、多少眉をしかめながらも聞き流して眠り続けている。

絵本の挿絵の一幕のような穏やかな時間。

しかしそんな穏やかな時間がもうすぐ終わろうとしていた。

学校と言う存在を完璧に蔑ろに――まあそうなってしまった理由に同情する余地は大いにあるのだが――している彼女は、学問の神様か何かに嫌われているのだろう。

そもそも吸血鬼を好く神様は居るのかどうか分からないのだが、ともかく。

(……む?)

脳裏に移る、壁を何者かが越えたイメージ。

たった一瞬のそれだけで、彼女の本日の昼寝は完全無欠に終了してしまった。

「何か来たな。昼間から結界を越えて学園都市内に入るとは……全く、面倒な事だ」

ポフポフとお尻のあたりを払って、伸びをしながら立ち上がる。

中途半端に昼寝していたせいで体にだるさが残るが、彼女にとってはだるさと言う物は何時もの事。

封印されてから常に付きまとうもの。

その事実を努めて考えないようにして、階段へと向かう事にする。

(昼間の対策としては、あの面倒くさがりのカウボーイホル・ホースも、結界周辺にセンサーでも仕掛けたらどうだと言っておっただろうに。
こういう風に変な所でケチるから、要らん所で金を使う破目になるんだ)

実はエヴァにかけられている『登校地獄』にはオリジナルには無い機能が取り付けられている。

その機能とは『学園都市の侵入者に反応してエヴァにその情報を伝える』という機能。

ちなみにこの機能、ナギ・スプリングフィールドがエヴァに魔法をかけた際、学園長からの依頼ついでに『適当』組んで盛り込まれたものだ。

この場合の適当とは本来の使い方での『適当』、そして誤用としての『適当』の意味、そのどちらも正しい。

普通なら適当にやった所で複合魔法は失敗する確率が高いのだが、何の因果かこうして15年経った今でも効果が残っている程に成功している。

――まあ、当時の効果が残っていると言うのは『正しい真実』では無いのだが。

ともかくこの機能のせいで、エヴァは侵入者が来た場合にすぐに現場付近に向かわなければならなくなっている。

ただしこれに関しては別に拒否する事も出来るのだが、しっかり侵入者を撃退もしくは捕獲しなければ学園長からお給金が出なくなる。

ログハウス暮らしなので光熱費は全額自己負担であり、お給金が出ないのは文字通りの死活問題になってしまう。

それともう一つ、この警備員としての機能には特徴がある。

それは、『警備員として動いている間ならば学校外に出ても呪いが発動しない』という条件矛盾解消用効果だ。

と言う事は……?

(タイミングが良いと言えば良いのだが……まあいいか。せいぜい時間をかけて探し回ってやろう)

つまりはそういう事。

下校時刻までのんべんたらりと探し回っていれば、退屈な学校に居なくても済む訳なのだ。








(……真綿で首を絞めるように緩やかに死んでいく日常はもうすぐ終わる。やっと、やっとだ!
停電の日、あの坊やの血で以って登校地獄を解呪し、その暁には――)

その暁には、何をすればいいのだろう。

ふとその事実に気付き、足を止めるエヴァ。

封印を解いた所で、長い間賞金首として狙われ続ける日々が始まるだけではないだろうか。

隠遁生活を送るにしても、何処から嗅ぎつけたのか分からない賞金稼ぎどもが平穏な日常を荒らしにやってくる。

かといってこのまま麻帆良で過ごすのは安全かと言われれば――ネギを手にかけたならば麻帆良に居られる訳がないのだが――それは否であり、侵入者の中にはエヴァの首を狙っている者も偶には居るのだ。

今更世に出て、全世界の魔法使い相手に人形の軍勢で攻め入るのも、昔ならいざ知らず何の得にもならないから却下。

それ以前にそんなモチベーションは最早欠片も残っていない。

今エヴァの中に巡るモチベーションはただ一つ、『呪いを解く事』に傾けられているものしかないのだ。

ならば呪いを解く事が出来たのなら、その身には何一つ残らないだろう。

……いや、それは些か誇張が過ぎるか。

いくら世界に絶望している彼女にしても、まだまだやりたい事や欲求と言う物は豊富にある。

だから全てを捨てる事になって尚、心に一つだけ残せると言われれば、彼女は間違いなくこれだけを残すだろう。

擦り切れそうな程の焦がれる思い、これだけが彼女には残る。

現時点の彼女において、絶望には変わりは無いのだが。

(……籠の中の鳥は世界で最も平穏な生き方かもしれん。だが元々は野生で生まれた鳥なら、籠の外に出たいと思うのは当然の事だ。
私は、だからこそ楔から解き放たれたい。たとえ籠から出た先が、死ぬ事に直結したとしても)

いや、それこそが本懐なのだろうか、と彼女は思う。

緩やかに真綿で絞殺されるくらいなら、いっそのことひと思いにワイヤーで絞殺されたい。

吸血鬼を殺す方法は、悪魔すら消滅させる魔法では無く。

ただ単に、世界に飽きさせるだけで済むのだろう。

(ナギの居らん世界になぞ、最早未練など無い。だが最低限、自由にはならせてもらうぞ)

悲壮な決意を固めているエヴァ。

彼女を動かす理由は、何処まで行ってもナギだけなのだろう。

だからこそ、彼女を真に救えるのは――








過去に向かって歩く事が出来ない以上、未来に向かって進むしかない。

けれども、歩いた先に過去が落ちている事もある。








28時間目 小さな来訪者








「僕って、周りに流されやすいんですかね」

3-A担任であるネギ・スプリングフィールドは、時折そう考えることがある。

幼いころは暇さえあれば幼馴染であるアーニャに有無を言わさず連れまわされ、野を山を駆けまわり、買い物にも幾度となく付き合わされた。

姉であるネカネにも意外と強引に外に連れ出され、長時間かけて姉の進める衣服を着たり買ったりする事があった。

何時も良くしてくれたスタンお爺さんや村の人達にお酒を勧められて、場の雰囲気から思わず飲んでしまいそうになった事もある(飲む直前にやってきたネカネによってネギを含めた全員が折檻されたから未遂で終わった)。

麻帆良に来てからも、自分の意思をしっかりしていれば回避できるようなトラブルに巻き込まれ続けている。

芯は変わる事がないが、流されていく。

そうなってしまう要因は、恐らく彼の心の在り方に原因があるだろう。








ネギは若干10歳にして、人生最大の目標を『両親を探し出す事』にしてしまっている。

幼いころにたった一度だけ出会えた、自分だけのヒーロー。

村を襲った悪魔たちを正しく一騎当千の勢いで蹴散らした姿は、今でも彼の瞼の裏に鮮明に思い起こす事が出来る。

そのヒーローが両親なのだ、探し出す事を目標にするのも仕方がないと言える。

――普通ならば・・・・・

これだけならば、幼い頃から両親と共に居られなかった子供の当然の欲求として考えられる所ではあるが、その欲求の強さが問題なのだ。

人生の目標、と言う風に先に表現したが、実際には『生きる目的』になっているとすればどうだろうか?

人生を送る上で幾度と決めるような目標であるならば可愛げがあるものの、生きる目的であれば薄ら寒い物を感じてしまう。

敢えてもう一度言おう、ネギは『まだ』10歳なのだ。

長い時間をかけて歩んで行く旅の終着点を、既にこの年齢で決めているという事実。

心の根が純粋であるが故に、ネギは『両親』という目標に殉教してしまっているのである。

だから彼は目標以外の事柄に対して、常人と比べれば驚くほどに関心が薄い。

常に最高値を叩きだす目標に比べて、周囲の事柄は尽くそれ以下の判断になっているためだ。

関心が薄いから、流されてしまう。

立派な魔法使いマギステル・マギ』になる事も、立派な教師になる事も、一応のところ関心は高くはある。

だが決して最高値に到達することは無い。

それが、彼に相応しくない程の心の闇となっている。

10歳に背負わせるには、と言うより大人にして見ても重すぎるほどの。

彼の精神状況を例えるのなら、小型のボートでタンカー用の錨を下ろしているような状況だ。

小型のボートは言うまでも無くネギ自身、錨は両親を探し出すという目標、浮いている海ないし湖が周囲の状況である。

完全に下ろし切った錨は小型のボートに積むには重すぎており、引き上げる事はそのままでは叶わない。

ならば諦めて錨と繋がっている鎖を切ればいいのだが、船は錨を失うことに未練が大きいので切る事が出来ない。

周囲の波が高くなれば鎖の長さの限界まで船は流され、それでも錨があるために流され続ける事は無い。

芯は流されないが、自身は流される。

ともすれば転覆して自沈してしまいそうな状況だ。

しかし、彼は知らず知らずの内に大勢の人々によって支えられている。

アーニャに、ネカネに、スタンといった村の人々に、承太郎に、学園長に、タカミチに、明日菜に、3-Aの他の人達に。

転覆してしまいそうな最後の一線を、彼らに支えてもらっている。

だからネギは親しくなった人たちが窮地に追い込まれる時、最高値とまではギリギリでいかないものの、極めて大きな関心を向ける。

知らず知らずでも、分かる所は分かるのだ。

それが彼の普段の強さとなっている。

彼が本当に沈没するとすれば、それは自身が傷ついた時では無く、周りの誰かが傷ついてしまったときだろう。

そして救われるとするならば、エヴァと同じくナギと出会うか、もしくは鎖を切り離そうと考える程のかけがえの無い物を見つけるか、そのどちらかだろう。








……少しばかり話が逸れてしまったか。

ともかく、彼は心の在り方に因って流されやすいということを知っておいてもらえればよい。

それだけが重要な部分だ。
















「ネギ君、頭洗ってあげるよー!」

「それなら私は背中流してあげるー」

「んじゃ私は前を……」

「ち、ちょっとあなた方! 前は私が――もががっ!」

「わーん! 誰か助けてー!!」

周囲に流されやすい少年、ネギ・スプリングフィールド。

今現在彼は、自らが教鞭を執るクラスの皆にお風呂的な意味で体を流されていた。

とはいってもこの有様を見る限り、体を流しているよりもセクハラをされていると言う方が合っている気がするが、まあ些細な違いだろう。

何故こんな事になっているかと言えば、ひとえにネギを元気づけてあげたいと言う事で、生徒たちが知恵を振り絞った結果である。

承太郎に怒られると本気で凹むため、お風呂で気晴らしすればいいんじゃないか、という意見からこうなったのだ。

しかし実際にはネギは怒られていないので、元気づけるも何もないのだが……。

とりあえず言おう、どうしてこうなった。

「あはははは、ネギ君ちっさくてかわいー」

「おっきくしてみよっか♪」

「うわーん! そっちは触らないでくださいー!!」

……うむ、セクハラ大会だったようである。

ちなみにネギは全裸で生徒は水着。

この時点でセクハラ以外の何物でも無かった。








「……ったく、何が『ネギ先生を元気づける会』だよ。逆セクハラ大会になっちまってんじゃねぇか。
そもそも空条先生に怒られたりしてないんだから、大きなお世話なのにな」

「いいんじゃない? そんだけネギ先生は人気なんだから。あ、あと元気づけるってのは間違ってないんじゃないかしら」

「あれで元気づくかー?」

「元気づくでしょ、下にあるネギ先せ「言わせねぇぞコラァ!」んもー、部屋にそういうのある癖にー」

「うるせぇ、あれは文学だ。……というか何で隠してあるやつを知ってんだよ!?」

「まぁまぁ。それに文学って結構エロいの多いんですよ? 私の生まれた頃は規制も何もなかったので、そりゃもう凄いのが……」

少し離れたシャワーの並ぶ安全地帯で頭を洗っている何時もの3人組。

正面にある鏡で後ろの様子をちょこちょこ見ているが、特に興味は無いようだ。

助けてあげれば良いのに。

ネギへのセクハラが行われている地帯――この場合は痴態でも正しいと思われる――に居ても積極的でない面々は、彼女らを見てそう思った。

ここで3人組が近寄らない理由を言うとするなら、お風呂ぐらいゆっくりしたいからと言う他無い。

思った以上に普通な理由である。

ただ、少しばかりやり過ぎだとは思っているみたいで、3人と並んで頭を洗っていた者に訪ねてみる事にした。

「いいの、明日菜? あんたんとこのお子さんが歳不相応の行いをされているけど」

「誰がお子さんよ。保護者扱いは百歩譲って受け入れるにしても、息子扱いだけは許さないわ。いいんじゃないの? 別に強く抵抗してないんだから」

「ふーん、そんなもんなのね。あ、いっそのことタカミチとの間の養子と思えばどうよ」

「…………」

「おーい、そこで悩むんじゃねぇ。徐倫も下手に神楽坂を焚き付けんな。こいつはガチであのメガネに惚れてんだから」

どうやら保護者さんの意向も一応は放置という方向らしい。

こうなってしまうとネギが助かる道は身体強化で無理やり脱出くらいしかなくなってしまうのだが、女性には優しくあれという英国紳士な取り決めを律義に守っているためそうはしない。

こういった紳士らしくする、というのも彼が流されやすくなる要因の一つかもしれない。

やはり心の在り方が問題である。

閑話休題。

「にしても何となく平和だよな。吸血鬼との戦いに備えてるなんて、この状況では全く考えつかん」

「ピリピリした空気は苦手だから、私としては助かってるんだけどねー。あのガキンチョもそこまで気負っていないから、そんなものなのかも」

ボディソープの容器を受け渡しながら、今日一日の中であまり考えようとしなかった事に言及する。

確かに先日にあんなことがあったと言うのに、ネギの関係者は何時も通りの生活を送っているのだ。

気にならない訳は無いのであるが……。

「うーん。多分エヴァンジェリンさんがこっちに手を出してくる日が明確に分かっているからじゃないですか?
ほら、それこそ学校行事に被って襲ってくるので、前日くらいでないと気にならないんだと思います」

さよは精神的な観点からそうなっただろう予測を立てた。

なるほど確かに理には適っている。

だがどうもそれだけでは説明がつかないのは確かなのだ。

泡を流しながら考え込む彼女ら。

そこで明日菜は、比較的一般人に近い人間としての考えをぽつりと言う。

「案外、この学園じゃ突飛な事が多すぎるから、もはや脳が不可思議について考える事を無意識的に放棄してるのかもよ?」

「認識阻害以前に、脳が認識することを拒否するってか。ハハハ、中々面白いなそれ」

それなら魔法使いの努力は無意味じゃん、と笑いながら体についた泡を流していく。

それを見て他の者らは揃って苦笑。

千雨の魔法使い嫌いは最早彼女の人格の一柱であるらしかった。

「どちらにしても大人しく平和を享受しましょうよ。あ、もし良かったら気分転換に週末を使ってイタリアにでも行きますか? 私イタリア語喋れるので」

「おー、面白そうね……って怖っ!? 千雨ちゃん物凄く怒ってるんだけど!?」

「何時もの事ですよー。大丈夫です、あの部屋の食卓はわたしが支配していますので」

家庭で一番強いのは、食卓を握った者です。

さよは慎ましやかな胸を張ってそう言った。

確かに吸血鬼と戦う雰囲気では微塵も無く、平和そのものである。








「キャーッ♪」

「やだもー、ネギ君のおませさんー」

「ん? ネギ先生がとうとうセクハラし返したか?」

背後のセクハラ現場が俄かに騒がしくなり始めて、千雨が怪訝な顔をする。

今は体を流し終わり、徐倫から教えてもらったアロマオイルによる美肌ケアを実施している所だ。

つまり、頭を洗っている時よりは後ろの状況がしっかり見える。

ただし眼を合わせて巻き込まれたくないので、あくまでも鏡越しでの確認であるが。

さて、そんな千雨の一言に明日菜が突っ込みを入れる。

「下心はあいつには無いわよー? 人の裸見ると、早く服着て下さいって言いながら本気で目を瞑って衣服を渡してくるもの」

「それじゃあ何時も通りのいやらしハプニングですかね?」

「多分そうじゃない? というかさよ、言いまわしが古臭い…………あん?」

ここで徐倫が鏡越しでは無く、勢いよく振り向いてセクハラ現場を見る。

振り向くとすぐに目を凝らし、何かを探るように視線をせわしなく動かし始めた。

傍らを見れば彼女のスタンドである『ストーン・フリー』が立っており、一種の物々しい雰囲気を漂わせていた。

「……どうした、徐倫?」

「今、ネギ先生たちの方に『何かが居た』わ。結構なスピードで動き回っていて、水着を外したりとかしょぼいちょっかいを出し続けてる」

「水着を脱がす時点でただの生き物じゃないみたいですねぇ。もしかしてスタンドでしょうか」

「いいや、普通に見えてるみたいよ。つーかイタチだとかネズミだとか言ってる」

「だったらネギ先生の立ち位置の案件だろ。放置でいっか」

「……あんたたち薄情ねー」

魔法側は向こうで処理させればいい、そう思った千雨は無視することを提案した。

だが、徐倫はその言葉を聞いて苦笑いを浮かべている。

基本的にスタンド使いには『対岸の火事』など無いのだと。

「うーん、そうも言ってられないみたいよ?」

「は?」

「……こっちの方に逃げようとしてるっぽい。千雨……いやさよ……どっちも無理ね。明日菜、迎撃お願い」

「はいぃ!? 何で私が!」

まさかの代打指名に明日菜が素っ頓狂な声を上げるが、至って徐倫は真面目な表情である。

「千雨だとあの速度にはついてこれないっぽいからねー。さよかあたしのスタンドだと威力高過ぎて殺っちゃう可能性があるのよ。
だから桶でも何でもいいからあいつを引っ叩いて頂戴。動きはこっちで止めるからさ」

「ううー……後でアイス奢ってよね!」

「もちろん、ダッツを奢るわ」

そう言って徐倫は最近お気に入りの使い方である『糸の結界』を作り出し、明日菜は桶を構える。

そんな彼女たちの様子を知ってか知らずか、イタチのような生き物がこちらの方に向かって逃げてきた。

心なしかその小動物の顔が「ニヒヒ」といやらしくにやけている様な気がする。

それを見て少しばかりイラッときた明日菜は、不埒な生き物に鉄槌を喰らわせるために大きく桶を振りかぶる。

見ようによっては片手剣か斧でも持っているかのように構えられ、意外とその様は堂に入っていた。

対して小動物は、「素人がッ! やれるもんならやってみろッ!」とでも言うように高速で跳躍した。

ジグザグと細かい軌跡を描きながらシャワー方面に向かってくる小動物。

しかしながら徐倫が待ち構えている時点でスピードは全く意味を成さない事に、この時の小動物は知る由も無く。

「『ストーン・フリー』、あいつの動きを止めろ」

「ッ!? キ、キューッ!?」

「とりゃあッ!」

スパコーン、と景気の良い音が大浴場に鳴り響く。

糸の結界に当たった瞬間、見えない糸によって雁字搦めになった小動物は切ない鳴き声を上げるも、それを明日菜は黙殺。

あわれ、身動きが取れないままにカエル絵の描かれた風呂桶によってスマッシュされてしまうこととなった。

その着弾音は確実に桶の芯を叩き込んだものだったため、シャワー組の誰もが仕留めたと思った。

「キ……キュキュー!」

「しまっ――ッ!?」

しかし、明日菜の一撃が見た目よりも浅かったのか、小動物がサイズ以上にタフだったのか、あるいはその両方か。

更に言えばストーン・フリーは仕留めたと思ったから解除済みだったのが災いした。

未だ足を止めず、決死の勢いで白い体を全力で唸らせて、小動物は何処かへと去っていってしまった。

ほんの数秒。

それだけの時間で広い大浴場から姿を消したのだ。

恐らくは小窓や更衣室のドアから逃げたのだろうが、魔法関係の動物なら転移とかもできるのかもしれない。

何れにせよ逃がしてしまったものはしょうがないので、「はあ」という一息を挟んで大人しくスキンケアに戻る徐倫たちだった。

ちなみに周りの連中は明日菜の容赦ないアタックに茫然としており、水着を引っぺがされた事を忘れて突っ立っていた。

やはり明日菜たちはタフになっていると言わざるを得ない。
















あの後、正気に戻った(?)生徒たちによってネギへの悪戯は再開され、解放されたのは半刻ほど経ってからだった。

ただ意外と普通にマッサージをされてもいたようなので、もみくちゃにされていた筈のネギは元気いっぱいである。

解放されてからは第二波を恐れてすぐに風呂から上がり、今は女子寮の廊下を何時ものメンツで歩いていた。

「いやー、皆さんのおかげで元気が出ましたー。ただ何か大事な物を無くした気がしますけど……」

「気にしたら負けよ、ネギ先生」

……どうやら元気が回復したのは肉体的な面のみであり、精神的な面は疲れ切っているらしい。

ここで軽く同情しても良い場面ではあるが、そんな事は知った事じゃないと徐倫はばっさりと切り捨てる。

そんな徐倫の手にはお風呂用品を入れた袋と、アイスが大量に入ったビニール袋が見える。

どうやらお風呂上がりに近くのコンビニに行ってアイスを買ってきたようだ。

数を詳しく見るに、ここに居るメンバー全員に一つずつある。

ハーゲン○ッツを人数分とはずいぶんと豪気なお金の使い方である。

後ろを見れば、明日菜やさよは早く食べたいとうずうずしているのが見えたはずだ。

「風呂で温まった体が冷めないうちに、さっさと部屋でアイス食べましょうよ。ほら、先生の分」

「うわっと……あ、ありがとうございます」

「…………へぇ、本当に元気になったみたいね」

「はい?」

「こっちの話よ」

徐倫はつっけんどんに言うが、その実内心ではネギの事を心配していた。

見た目には分かり辛いが、正直言って今日のネギは心が参っていたのだ。

理由は明らかに先日の戦い。

途中からネギの方へと乱入した徐倫はそれまでのいきさつは知らなかったのだが、何かしら彼の心の琴線に触れる物があったのだろう。

しかし何故徐倫はそれが分かったかと言えば、ひとえに『同じ目』をしていると感じた事があったから。

世界はつまらない。

しかも原因は両親ともなれば、最早性別や年齢はたまた肌の色関係無しに同族である。

背負い込む癖も、自分の心からの意見を出さないのも同じ。

流されるだけ。

(このちびっこ先生の場合、本当に心の壁を取り除いてくれるのは今持ってる『目的』じゃないわね。解放してくれるのは――)

頭に浮かんできたのは3-Aの面々。

(――この子を好きになった子たち、かしらね)

だがその方法は口には出さない。

だって同族だから、同族だからこそ。

(ちょっと前までのあたしってこんな感じかー。ブン殴りたいわねー)

同族嫌悪で殴りそうだから、そっちはそっちで勝手に助かってろ。

徐倫はそう思っていた。








「アイス、アイスー……って、あれ?」

さて、いよいよもって部屋の前にたどり着くと言ったその時、一行は廊下に白い何かが打ち捨てられているのが見えた。

白い何かと形容したのは、ビニール袋にしては細いし、雑巾にしては小奇麗過ぎるからである。

明らかに落とし物には見えず、かといってゴミでもなさそう。

しかも落ちている場所は狙ったように――実際狙ったのだろうが――明日菜たちの部屋の前。

この状況からただ一つ言えるのは、ネギ以外の全員が全員、嫌な予感しかしていなかったという事か。

「うぅー、ネギの兄貴ィー。俺っちだよ。オコジョ妖精の『アルベール・カモミール』さー。やっと会えたぜー……ガクッ」

「あーっ!? か、カモ君!? どうしたの、なんか会って早々にぐったりしているけど!?」

ネギはその物体、もとい小動物に慌てて駆けよっていくが、他の物たちは眉間に手を添える。

また厄介事が舞い込んできた、と。

「……あれってさっき大浴場に居た奴だよね」

「間違いないわね。さて、乙女にちょっかいかけたあの小動物にじっくりと話を聞かせてもらうとしましょ?」

「ああ、見えないけど分かるわ。いま明らかに徐倫ちゃん、スタンドを出した」

そう言って、神に祈るかのように明日菜は両手を合わせた。

いや、この場合はむしろ死者に対するものだろう。

……オコジョ妖精アルベール・カモミール、次回まで無事でいられるだろうか。

ともかく、合掌。








ネギ・スプリングフィールド――目に見えない疲れを取り除く事が出来たが、本人は完全に無自覚。

アルベール・カモミール――種族『オコジョ妖精』。
                 明日菜からの一撃で殆どの体力を奪われていたらしく、ネギに抱かれた安心で気絶した。

明日菜、徐倫、千雨、さよ――また厄介事かと頭を悩ませる。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/

後書き:
結構こいつら似た者同士+小悪党的小動物参戦な話。

考えてみるとナギを好きになる奴って、まともな思考を持つ人少ないですよね。

詠春さんは本当に苦労したんだろうなぁ。

そういえば話は変わりますが、ラブひな漫画版が無料ダウンロード化らしいですね。

これで、もしかしたらクロスの幅が広がるかもしれません。

……ボソッ(危なく中古で買うとこだった)。



[19077] 29時間目 仮契約
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2011/03/24 00:33
4月12日木曜日。

窓の外を見れば、麻帆良学園の各地で咲いている桜は満開に咲き誇り、今日も多少散った花弁が街路を桃色に染めている。

普通の桜は満開になった後は比較的速やかに散っていくのだが、異常気象の影響か、はたまた魔法使いが何かを施しているのか。

今日も今日とて不自然な程に満開のままで咲き続けていた。

まあ長く咲いていた所で困りはしないし、見た目が奇妙という事もないので問題ない。

案外麻帆良に勤めていた昔の魔法使いが、長い期間桜が見たいがために土壌に魔法を仕込んでいたのかもしれない。

真相は今の麻帆良に居る中では誰も知りはしないが、こんな益体の無い事を考えるとは、『桜の魔力』にでも当てられたのだろう。

それこそぞっとしない話だが。








さて話は変わるが、桜の木が多く使われる映像作品にはどのような物があるだろうか。

とはいっても昨今の若者が見る物と言えば、昔に比べて過激さが無くなったバラエティに、妙に恋人やらが死んで終わるのが多いドラマ程度かもしれない。

それとも最近では深夜界隈に飛ばされていったアニメかもしれないが、ともかく。

だがどれにしたとしても、共通して見る機会が多いのは以下の3つの舞台背景のある作品だろう。

青春もの、入学式や卒業式の印象付けに間違いなく使用されている。

刑事もの、桜田門を背負っているという事で時期が合えば物語に関係無くても入れる程。

怪談もの、桜の木の下には死体が埋まっているという都市伝説が出来るくらいなので、魔の性質を持つ花として描写される。

普通にテレビを見ている人ならば、大体この3種類から枝分かれしたジャンルのもので多く見ている事だろう。

善も悪も、聖も邪も併せ持った類稀なる花である桜。

どんなシーンでも映える事は間違いない。

だがこの花を上手く映像で使うのなら、どんな世代の人間でもこれを見てもらわなければ語って欲しくないジャンルがあるのだ。

それは『時代劇』。

もともと日本の花=桜というイメージは江戸時代前後に『花は桜木、人は武士』という言葉からきているという説があり、最古の桜の記述ともなれば『古事記』に載るくらい古くからのものだ。

その中でも特に人気が高かった時代と言えば、桜の品種開発が活発だった江戸時代と言っても過言ではない。

散ってゆく桜の儚さや潔さが風流と言う事で、この頃から日本の各地に競うように桜が植えられて行ったことからもそれを表している。

だからこそ、時代劇では桜が多用される。

殆どの時代劇で描写される季節が春であることも、これ以上ないくらいの裏付けと言えるだろう。

ならば時代劇で桜を用いるシーンは何が一番桜を上手く使っているのかと問われれば、どのシーンだろうか?

悪の御代官と戦うシーン?

否。

桜の柄の刺青を見せるシーン?

否。

桜は儚さや潔さを持っているからこそ映えるのであり、痛快な場面では印象には残るが、主役を飾り立てるものでしかない。

だから、一番桜を上手く使っているシーンとしてわたしはこれを挙げよう。

『切腹、そして介錯』のシーンを。

命の儚さ、そして武士の潔さを、桜は余すところなく表現してくれるだろう。
























「さて、何か申し開きはあるかしら?」

「……無いッス」

時は夕方、魔法及びスタンド関係者が話をするのに最適な千雨の部屋。

夕暮れの光が窓から差し込む中、一人……もとい、一匹のオコジョが正座で座らされていた。

わざわざフローリングに用意された茣蓙(ござ)に座らさせられ、その様はあたかも切腹場のようである。

夕日が上手い具合に体に当たっているために影のかかり方が絶妙であり、物哀しさが余計に増している。

……念のためにもう一度言おう、体勢は正座である。

ただ動物好きの人なら、前後ろ合わせて4本の足が短いはずのオコジョが正座など出来るのかと思われるだろう。

というよりオコジョが人の言葉を完全に理解できるだろうか。

出来る、出来るのだ。

勿論普通のオコジョならば出来るはずもないが、ここに居るのはオコジョ妖精というファンタジーな種族であるからして、一般の常識には当てはまらない。

と言う訳できっちり後ろ足で正座をして、細長い体をまっすぐに伸ばしている。

そんな常識に当てはまらないオコジョ妖精であるアルベール・カモミールは、5年前に引っかかったトラバサミの罠以上のやっちまった感を感じていた。

最初は上手くいくと思ったのだ。

相手は可愛い物好きの女子中学生であるからして、自分の見た目からそこまで強気には出られないだろう。

それに普通の女子中学生は自分の速度についてこられないだろう、とも。

だが悲しい事にカモミール――以下、彼の愛称であるカモとする――は、大浴場に入る時間が不味かった。

これがせめて30分ほど前後していれば、彼は下着なりなんなりを盗み放題であったのだが、今言った所で結果が変わる事は無く。

どちらにしてもカモの探し人であったネギの匂いを嗅ぎつけてたどり着いていたために同じ事になっていただろう。

とにかく結果として彼は、魔法関係者からはアンタッチャブルとされていた3-Aの面々を相手取ることとなってしまったのだった。

魔法関係者にスタンド使い、その他一般人なのに卓越した身体能力を持つ者多数。

今回の件では動いたのは徐倫と明日菜だけであったが、彼女らが動かなくても誰かしらがとっ捕まえていたに違いない。

一言でいえば『間が悪かった』としか表現できない。

因果応報、自業自得、天罰覿面、悪因悪果。

どの言葉も正にこの状況を表しているだろう。








ここで周りの状況を見てみよう。

机に座って割とどうでもよさそうに眺めているのは部屋の主である千雨。

パソコンを操作しながらたまに横目でカモを見て「掃除が面倒だから血は飛び散らせるなよー」とか言っている。

もう彼女の中では死亡判定が出されているらしい。

カモの周りをぐるりと囲むようにしているのはネギと明日菜と徐倫。

ネギはカモの弁解を聞いてはいたのだが、承太郎と出会った事によって物事を深く考えるようになった彼にしてみれば嘘だとすぐに分かるものであり、そのせいで彼の弁護には回らなかった。

いや、もしかすると徐倫や明日菜を同時に相手するのが怖かったのかもしれない。

今はイギリス人らしく堂に入った様で胸で十字架を切っており、助かることはほとんど無いだろうとある程度察している様子だ。

親友という間柄の割には薄情っちゃ薄情である。

徐倫と明日菜は怒り心頭と言った様子。

そりゃこのオコジョは婦女子に対してやってはいけない事ベスト3に入るだろう事をされかけたので仕方がない。

ドア付近には万が一にも逃げられないように承太郎が立っていた。

スピードに関しては抜きん出た力を持っている承太郎が居るのだ、ここを抜けるのは不可能に近い。

そもそも複数のスタンド使いの近くに居るという時点で詰んでると言えなくもない。

この状況から逃げられるのは、世界広しと言えど一握りしか居ないのではないだろうか。

泣いても良いぐらいの完璧な布陣である。

ちなみにこの場に居ないさよは、今晩使う食材を買い物中。

『カモ < 夕飯の支度』であった。








「さて、アンタの罪状をもう一度確認するわ。イギリスの方で下着泥棒……しかも二千枚」

裁判官兼死刑執行官となっている徐倫は左手にエアメールを持ち、右手には握りこぶしを作ってそう言った。

このエアメール、ネギの姉であるネカネから送られてきているのだが、その内容が問題だった。

要約すると『ネギと仲が良かったオコジョ妖精が下着二千枚の泥棒として逮捕、その後脱走して手配されています。あなたの所に来なかった?』というもの。

最早このタイミングを狙って送ったんじゃないかと言わんばかりの手紙である。

前日は気絶したうえに、朝起きてすぐ学校に行くネギに付いて行ったために手紙の存在は知らなかったカモ。

そして帰ってきてから明日菜が郵便受けからこの手紙を発見し、あれよあれよという間にこの有様になっていた。

女子寮+下着泥棒=こいつはメチャゆるさんよなあぁぁぁ!と言う訳で、速攻で身柄を拘束され連行。

この私刑――同音同義で死刑――上等な断罪裁判に移行したのは当然の流れと言えた。

「断罪をする前にあんたが出来る事を教えなさい。それ如何では助けてあげない事も無いわ」

ただ数が不足していた魔法関係者が増えるのは好ましい事であり、エヴァ対策に何か良い手が出てくるかもしれないと思っている。

だから元々助ける気があったというのに脅しに近い形でカモに協力させようとしていた。

そうすればこちらを裏切りはしまいという考えからなのだが、女子中学生が考えることとしては別格の黒さだ。

効果的であるのは否めないが。

「魔法が使えるんなら話は早いんだけど、そこんとこどうなの?」

「お、俺っちはそこまで強い妖精じゃねぇから魔法はしょぼいのしか使えねぇ。でも情報収集能力に関しては誰にも負けねぇぜ。
それに、ネギの兄貴が覚えようとしなかった魔法についても俺っちは知識だけはあるッス」

「ふーん、割と優秀ね。というかネギ先生でも習って無い魔法あるのね。卒業するのに大丈夫なのかしら」

「選択科目式で、単位さえ取れれば良いんです。だからこそ7年かかる課程を5年間で終わらせる事ができました。
実は勉強は魔法の射手サギタ・マギカといったような攻撃用の魔法ばっかり学びまして、だから身体強化の上位版などといった補助の魔法は殆ど覚えていません。
一番詳しく学んだのも禁書に載ってた上位魔法ばっかりだったので、パートナーが居ないと戦闘中には詠唱することすらままなりませんし」

「それッス! パートナー作りッスよ!
俺っちは『仮契約パクティオー』を執り行えるッス! これからの兄貴には必要な事だと思うんですが……どうでしょう?」

ここでカモは良い風が来たと言わんばかりに自分を売り込もうとする。

そんな事をしなくても仲間に入れる事は確定しているのだが、この時点でそんな計画を立てていると分かっているのは承太郎と徐倫のみ。

必死そうに売り込みをするカモの姿が若干切なく感じたのか、徐倫と承太郎はそろそろ終わらせるかとアイコンタクトをする。

「『仮契約』、ね。父さん、どう思う?」

「私も『仮契約』という名前だけは聞いていたし、気になっていた所だ。能力と素性に関しても特に問題無いだろう。
海外で起きた下着泥棒事件の脱走者はここに来なかった、来たのはネギ君の友達だけだ。それでどうだ?」

「あ、姉御……それに旦那……!」

徐倫が握りこぶしを解き、エアメールをネギに投げ渡した。

好きに処分しろという事だろう。

「ようこそ麻帆良へ。来てまだ1ヶ月少しの私が言うのもなんだが、歓迎しよう」

「まぁすぐ働いてもらう事になるんだけどね」

「良かったねカモ君! 僕もう駄目かと思ったよ」

「ううー、兄貴ーッ! 本気で死ぬかと思ったぜー! 改心して頑張るからよろしく頼むぜー!」

ネギとカモは感極まって涙ぐみながら抱き合う。

そんな微笑ましい様子に部屋に居た面々に笑みが浮かんだ。

「……ああ、改めてオコジョが喋りながらうれし泣きしている事実が嫌だわ」

「神楽坂、諦めが肝心だ。私の夢は『普通に暮らす事』という時点で察しろ」

若干2名は少し憂鬱気味だったが。

だが明日菜よ、君はこの後もっと憂鬱になることを知らない。








29時間目 仮契約








「へへ……あっしはここまでのようでさ。イギリスの妹よすまない、短いオコジョ生だったぜ」

「てい」

「おごぉぉぉぉぉ!? 潰れる! 中身出る! ……でもこのまま潰れた方が楽に……」

「おいコラ諦めんな。というかあんた、まだ相手の名前を言っただけじゃないの。明日菜もそいつを掴む手の力緩めなさいって」

「いやなんか小芝居にイラっと来て」

「人の部屋で動物をイラっとしたからって握り殺すなよ、おサルさん? 間違って未練でも持って、部屋が呪われたりしたら叶わん」

「心配しなくても、私だって殺したくないから手加減してるわよ! ってか千雨ちゃんって偶に毒吐くわよね!?」

「偶にじゃねぇ、五分五分だ」

「ムキー!」

「――あ、コレヤバい」

「カモくーん!?」

「神楽坂、それ以上はいかん!」

先程までの微笑ましい空気はなりを潜め、カモが恐怖でテンパリまくっていたせいで部屋は軽く騒ぎになっていた。

何故こうなったかと言えば、抱き合った後のカモにただ今回の事件のいきさつを話しただけなのだが、その相手の名前が不味かったのだ。

「エヴァンジェリン相手にするとか正気の沙汰じゃねぇよ! 今この場で死ぬのと少し先で死ぬの、後者の方が今は怖いッス!」

「そうならないように対策を考えてるんだよ、カモ君。それじゃ仮契約に関して、皆に説明をお願いするよ」

「俺の意見スルー!? というか兄貴は怖くないんスか!? あの『闇の福音』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルッスよ!?
失効しているとはいえ歴代最高……いや、『闇の帝王』のせいで下がりはしたけど歴代2位である600万ドルの賞金首!
というかクラスの中に居たらしいのに、子供のころから聞いて育った兄貴が正体に気付かなかったのは何故!?」

「いやー、それがねー……」

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

付けられた異名は数多く、『闇の福音ダーク・エヴァンジェル』、『不死の魔法使いマガ・ノスフェラトゥ』、『悪しき音信あしきおとずれ』、『人形使いドール・マスター』、『禍音の使徒』、『童姿の闇の魔王』が有名な所か。

この異名のどれをとっても禍々しい事から分かる通り、彼女は正真正銘の『悪の魔法使い』である。

その半生は戦いの連続であり、吸血鬼の真祖となってから600年の間、彼女はナギ・スプリングフィールドに封印されるまで多くの魔法使いを返り討ちにしてきた。

彼女が襲われる理由は吸血鬼であるから、賞金がかけられているからといった多岐に渡る理由からであるが、ともかくそれら全てを凌いできたのだ。

真祖の持つ膨大な魔力と長年培われてきた戦闘センス。

たかだか20~30年間生きてきただけの人間ではまともに太刀打ちできるはずも無い。

戦いの中で襲った者の大多数は死んでしまったが、それでも一つの戦いで何人かは生き残る事があり、生き残った者はその戦いの有様を家族や村に語りついでいたのだ。

曰く、地平線を埋め尽くす様な人形の軍勢に襲われた、30人がかりで撃ったものより多い数の魔法の射手サギタ・マギカが撃ち返されてきたなど。

いつしかその話は魔法使いの中では『なまはげ』のように語り継がれており、今でもなお恐怖の象徴として語り継がれているのだ。

魔法使いの家庭では夜遅くまで起きている子供に「早く寝ないと『闇の福音』が来て一滴残らず血を吸われる」などと言って躾に使われている程である。

この躾の恐ろしい所は恐怖の対象であるエヴァがまだ存命である点であり、天文学的なめぐり合わせによっては現実になってしまうという部分だ。

おそらくネギと同年代の魔法使いは、エヴァンジェリンの名前を聞くだけでビクッとリアクションを見せるだろう。

ならば何故ネギは自分のクラスに居るエヴァの名前を見て驚いたりしなかったのだろうか。

「……単なる同姓同名だと思ってたんだよね」

「あー……確かに話を聞く限りでは仕方がないかもしれないけどよー」

勿論名簿の名前を見たときには少し驚きはしたが、流石に話に名高い真祖の吸血鬼が中学生をやってるはずも無いと疑問を流したのだ。

日本人で分かりやすい例えをするなら、クラスの中に『木村拓哉』という名前が居た様なものである。

確かに普通なら本人が居る訳も無いが、何度も言及している通り、生憎と麻帆良学園は普通では無い。

それでも授業サボり魔の金髪幼女がまさか吸血鬼本人とは夢にも思うまい。

加えて言うなら陽の出ている時に学校に来ているので、吸血鬼であるとは思えなかったのも理由の一つだ。

学園側から説明がない以上、クラスの裏情報を何も知らされないまま教師をやらされて、隠された真実に気付けというのも酷というもの。

開始合図の無いかくれんぼに気付いてみろという無理難題に近い物がある。

ともかく、サボり魔というイメージで邂逅してしまったため、ネギはエヴァに対してそこまで恐怖を感じていないのだった。








「どちらにしても『闇の福音』とのダイヤグラムが『仮契約パクティオー』ぐらいで変わる訳がないですよぅ! 逃げましょうぜ兄貴ィッ!」

カモはネギが魔法使いとしてはまだまだ未熟である事を5年間仲良くしていたから知っている。

だから封印されているとはいえ、伝説に近い存在であるエヴァとは会わせたくも戦わせたくもないのだ。

彼の怯えている様子は何も自分が死ぬ可能性があるだけでは無い、ネギが死ぬ事も同じくらい重要な物として考えてのことだ。

こんな助平な嗜好を持つオコジョ妖精に分け隔てなく接してくれたネギへの、せめてもの懇願だった。

だがその訴えを、ネギはゆっくりと首を横に振って断った。

「それは駄目だよ。経緯はどうあれお父さんが原因になっているらしいから、僕はスプリングフィールドとしてこの問題から逃げる事は許されない」

ネギは両手を握りしめ、まっすぐにカモの目を見て話す。

握りこまれた両手は僅かに震えているが、それは恐怖から来ているのか、それとも友達にこんなに心配をかけている自分への怒りか。

「確かに吸血鬼を相手にするのは不安だけど、僕には承太郎先生やこの場には居ないけど師匠だっているんだ。
後ろに守るべき誰かが、そして支えてくれる誰かが居るのなら、僕は絶対に負けないよ」

部屋の中を見渡して、力強くカモに応えるネギ。

1か月前だったら全部自分で抱え込もうとしていただろう。

だが自分の現在の強さ、そして一人だけで行動することの限界を知ったネギは、仲間と呼べる人に頼ることを恐れはしない。

誰かが見ればその行為は臆病だと思うかもしれない。

しかしその認識は間違いだ。

何故なら頼った人も同じだけの危険にさらされるのだから、自分一人に傾ける以上の勇気が必要となる。

だから、覚悟があるのなら決して間違った選択では無い。

一人では限界があるからこそ魔法使いは後述の仮契約というシステムを作り上げたのだ、頼る事に関してはむしろ推奨されていると言っていいだろう。

だからと言って頼りっぱなしと言う訳にはいかないが、そこら辺に関してはネギは大丈夫だろう。

ネギは強くなった。

その身に巣食う闇を自覚するに至ってはいないが、承太郎たちと接した事によって間違いなく強くなっている。

『誰かさん』の言葉を借りるとするなら『魂のステージが一段上がった』のだろう。

そんな強くなったネギを見てカモは男泣きしていた。

「あ、兄貴……兄貴は強くなったッス! 今の兄貴なら俺っちは命を賭けられるッ! もう吸血鬼でも何でもかかってこいやぁーッ!」

そうしてカモの頭から逃げるという選択肢は塵と化して消え、己の命をネギにBETすることとなったのだった。

――後でこの選択を何度か白紙に戻したいと考えたくなるのだが、それはここで語るべきではないだろう。
















「という訳で『仮契約』の説明に移らせてもらうぜ」

男泣きからしばらくして、ネギの使い魔としての軽い契約を交わし、説明に入ろうとしていた。

何処から出したのか分からないが、カモはホワイトボードにテキパキと魔法陣やら絵やらを書いていく。

描かれた魔法陣を見て、承太郎は去年SW財団支部の特別室で見たものを思い出していた。

(……円の中の文字と図形で効果を付けているようだな。法則を見極めれば素人でも何の魔法陣なのか判別できそうだ)

そんなこと出来るのはお前だけだ!

承太郎が心の中で考えている事に誰も突っ込みを入れられるはずも無く。

やがてカモは準備が出来たのか、詳しい説明を始める。

「『仮契約』ってのはつまるところ『魔法使いの魔力を分け与えて、戦闘力が強化される仲間を作る行為』なんでさ。
契約方法は至って簡単、仮契約用魔法陣の上で適切な処理して、最後に契約完了が出来る物が居れば即時契約可能。
儀式が成功すれば『仮契約パクティオーカード』がオリジナルとコピーの2種類出現して、『魔法使いの従者ミニステル・マギ』の誕生ッス」

「へぇー、知らなかった」

「……ネギ君は本当に首席卒業なのか不安になるな。ああ、仮契約を結ぶにあたって何か副作用は無いのか? メリットしかないようだが」

「副作用は無いっすねー。デメリットと言えば『本契約』に比べて従者に魔力を与えて強化するコストがかかるってことぐらいでさ。
というか仮契約のメインはカードだし、気にすることは無いッス」

「カード?」

「そうッス。カードには『従者に最も相応しい道具と恰好』が描かれるんですが、それを自由に身につける事が出来るんですよ!
特に道具――『アーティファクト』には確実に何らかの効果が付加されているから、下手な魔法道具を使うよりもよっぽど効果がありますぜ!」

「効果的な道具、か」

ちらりと視線を横にずらす承太郎。

視線の先には説明が分からなくて右耳から左耳へ言葉が抜けている明日菜の姿があった。

いくらなんでも承太郎の眼光が自分を向いていたら気付くのか、明日菜は承太郎が何故こちらを見るのか尋ねた。

「え、空条先生? なんで私の方を見るんですか?」

「いや、関係者の中で一番そういった物が必要なのは誰かと思ってな」

「……なんかもうこの後どうなるのか分かった様な気がする」

「「諦めな、明日菜(神楽坂)」」

「徐倫ちゃんと千雨ちゃんは気楽でいいわよね、チクショー!」

この後待ち受けるだろう光景を思い描いてしまい、明日菜はウギーと奇声を上げた。

そんな明日菜を半ば無視するようにして、カモは話を進ませる。

「カードの効果はさっき言った『従者への魔力供給』や『アーティファクト』以外にもいろいろあるッス。
5~10キロメートル圏内に居る従者を呼び寄せる『召喚』、使用に難があるけど遠距離会話が出来る『念話』、アーティファクトを出した時に自動でかかる『耐久力の上昇』、カードに描かれた姿や登録した格好に変わることのできる『衣装の変更』。
どれもこれも非常に効果が高いぜ!」

「衣装の変更かー。それだけは普通に羨ましいかもな」

今の今までパソコン画面にのみ強く集中していた千雨が、カモをしっかり見据えながらぽつりと漏らす。

その言葉を聞いて『千雨の裏の顔』を知らない明日菜が疑問に思って尋ねてみる事にする。

「千雨ちゃん、何か着たい服でもあるの?」

「ノーコメント。掘り下げるならお前の裸写真をネットに流す」

「ヒィッ!? なんか魔法で殺すとか言う脅し文句よりも怖いんですけど!?」

「あっ、そういえば千雨さんはネッ「余計な事を言ったら魔法を全世界にばらしますよ?」何でもありません!」

「……アルベール、続けろ」

「……あのメガネの姉さん、めちゃめちゃこええー」

情報化社会最強の能力を持つ千雨、彼女の趣味を掘り下げる事は社会的な死を意味する。

閑話休題。

「まあ続けろと言われてもこれくらいしか話す事無いんスよね。仮契約のシステム自体は非常に簡単ですし」

てりゃっ、と言いながらホワイトボードを消すカモ。

なるほど、こういった小道具的なものを出したりするくらいの魔法が使える様だ。

まさしく『妖精』の働きであると言えるだろう、本当に局地的な活躍しかできなさそうだが。

と、ここで承太郎は気になった単語を掘り下げてみる事にした。

「ふむ。そういえば『本契約』はどうなんだ。そちらの方が効果は高いのだろう?」

「そっちはネギの兄貴に話すにはちいっとばかし――大体『8年』ほど早いんでさ。それで察して下せえ」

「……黒魔術的な『アレ』か。すまん、配慮が足りなかったな」

普通に尋ねるのは失敗だったかと、承太郎にしては珍しく心から失敗したと悔やむ。

少なくとも女子中学生の部屋で話す内容ではないだろう事は容易に推測できた。

だがまあ、今の暗喩だけで分かるはずもないだろう。

横目でネギを見ればやはり理解していない様で、首をかしげて頭上にハテナマーク。

明日菜も似たような感じだが……千雨は理解しているのか顔が赤い。

承太郎はそんな千雨のリアクションを努めて気付かない振りをして、本契約の話は打ち切りとなった。

――そこのあなたは意味がわかるだろうか?








さて、説明も終わったという事でこの場でやることはただ一つになった。

「それではネギ君、神楽坂。仮契約をするんだ」

「やっぱりですか……」

予想通りだと分かってがっくりと肩を落とす明日菜。

ただこの提案は戦闘力を持たない明日菜の身を案じて言っている事を理解はできているので、無碍に断る事も出来ない。

それに自分でもこのままじゃ危険だという事をひしひしと感じてはいたのだ。

渡りに船とまではいかないが、一つのチャンスであることは間違いなかった。

だがそれでも何となく納得がいかない部分があるのも事実。

「仮契約ですけど、一番強い空条先生がすれば良いんじゃないですか? 『世界最強のスタンド使い』らしいじゃないですか」

「それは私も考えたが、あくまでも今一番必要なのは神楽坂の安全の確保だ。だからこそ「そいつは無理っすよ」む、どうした?」

「そういや兄貴のお仲間さんって大体がスタンド使いなんだっけか。いやー、すっかり忘れてた注意事項があるんでさ。
仮契約ってのは従者にする相手の条件は『基本的には無い』んです。同性でも異性でも、年齢すら関係無いんだ……ある一点を除いて」

うっかりしてたと言いながらポリポリと頭をかくカモ。

一体何が問題なのだろうか。

「『スタンド使いは仮契約できない』、これがルールに組み込まれちまってる。
さっきも言った通り『仮契約』の利点は幾つもある。でも、スタンド使いの場合はその利点が『競合してしまう』んだ」

「競合、だと?」

「そうさ。そもそもスタンドは――まあ俺っちには見えないんだけど――『気』という生命エネルギーを使用して顕現する。もうこの時点でアウトなんだ。
強化のために供給されるマスターの『魔力』なんだが、これが『気』と物凄く相性が悪い! 例えるなら油と水のようなもんさ。
仮に仮契約出来た所で、『魔力を供給させちまうとスタンドが弱体化、もしくは顕現させる事が出来なくなる』!」

「……確かにそれは問題だな」

「もう一つあるぜ。仮契約のメインである『アーティファクト』――いや、『従者に最も相応しい道具』。これがどういった風に選ばれるか分かるかい?」

含みを持たせて放つカモのその一言。

分かるかといきなり言われても分かる訳も無く、『最も相応しい物』が出てくることに何か重大なメカニズムがあるのだろうか。

部屋に居た者がその答えが分からないため一様に押し黙る中、確信には至っていないものの、承太郎が答えた。

「……その者に最も相応しい、と言ったな。ならばスタンドが覚醒するのと近い形で『その対象の才能』を元にしている、という訳か?」

「旦那の考えは惜しいな。実はアーティファクトが選ばれるメカニズムは『スタンドと全く同じ』なのさ」

「何だとッ!?」

それはあまりにも衝撃的な事実だった。

――いや、よくよく考えてみれば衝撃的でも何でもないのかもしれない。

そもそもスタンドとは個人の持つ技術の到達地点、もしくは魂のが強い力を持ったために具現化した物である。

到達するためのアプローチ方法は過酷な修行の先にあったり、『弓と矢』で選ばれば良かったりと、星の数とも言えるほど多岐に渡る。

ならばこそ、『魔法で到達しようとした者が居てもおかしくは無い』のだ。

「顕現方法が『アーティファクト』か『スタンド』かの違いだけなんすよ。だからスタンド使いが仮契約しても、カードにはスタンドが表示されるだけになっちまう」

「なるほど、ならばこういう事か。
『仮契約は魔力によって対象の才能をアーティファクトとして具現化する』事が出来る。
ただし『スタンドに覚醒している者が仮契約すると、もともと才能の具現化である己のスタンドがあるためにアーティファクトが生成されない』。
つまり『仮契約とはスタンドに覚醒していない者に、魔力製のスタンドのようなものを与える魔法』という訳か」

Exactlyその通りでございます。でも『アーティファクトを持っている人物でも、スタンドに覚醒しなくなる訳ではない』んだぜ。
そうすると今まで使っていたアーティファクトとほとんど同じ能力を持ったスタンドが生まれるんだ、それが当人の魂の形だからな。
ただしスタンドに覚醒した時点でカードが強制的に破棄されちまうから、仮契約の意味が無くなっちまうけど」

「不可逆的、という訳か」

「そういう事ッス。魂の形により近いのはスタンドだから、仕方ないっちゃ仕方ないんですが」

「やれやれだ。もし出来るのならばわたしもアーティファクトを持ってみたかったのだがな」

「承太郎の旦那は世界最強のスタンド使い、でしたっけ? いやぁ、そんな力を持つアーティファクト、見てみたかったっすねー」

ふふふ、と大人の笑いをする2名――詳しくは1人と1匹。

この2名、意外と相性がいいのかもしれない。

どちらかと言えば清廉潔白を目指そうとする気風が主な魔法使い側のカモが、スタンド使い寄りの現実主義者であるのが大きいためだろう。

「……今の説明、分かった?」

「うーん、大体は分かったけど……とりあえず『スタンド使いは仮契約できない』って所だけが重要じゃないかしら」

「つーことは、だ。神楽坂、お前の逃げ道は満員だ、逃げる事は出来ねーぞ」

「いよいよもって進退極まったわ……」

「あ、アスナさんが難しい慣用表現を「野球拳を知らなかったこの口がそんなこと言うかー!」いひゃい! いひゃいれふあふなふぁん!」

その後ろの方では子供たちがワイワイガヤガヤやっていた、まあ騒がしいのはネギと明日菜くらいではあるが。

これだけ真剣な空気でここまでできる奴はそうそういないだろう。

ある意味、この2名も相性がいいのかもしれない。








なんやかんやで室内にカモの手によって魔法陣が描かれ、その上にネギと明日菜が向かい合って立っていた。

足元の魔法陣は不規則に光り輝き、中に居る2人を幻想的に照らす。

だが照らされた明日菜の顔はどこか憂鬱である。

理由はちゃんと成功するかどうか非常に不安だったから。

カモは心配いらないというものの、そんな言葉は慰めにもならない。

まあ今までネギが魔法がまともに成功する所を見た事がなかったため、仕方がないと言えなくも無い。

それに加えて自身の無効化レジスト体質も気になる所だ。

儀式の途中で魔法を無効化してしまったら何が起こるかまるで分からない。

ただしこの件に関しては大丈夫なようである。

「全てを無効化するのなら魔法陣に乗った時点で打ち消しているはずだろう。今現在もそんな様子は見られないから安心すると良い」

裏付けとなるありがたい言葉を承太郎から受け取り済みである。

こればっかりは見逃せなかったのか、無神経な承太郎を徐倫と千雨が小突いた――教師相手に容赦無い――ので溜飲は下げているから良いのだが。

余談、魔法陣を描く際に部屋の実質的な主である千雨が「フローリングが!?」と悲鳴を上げたものの、魔力が視覚的に固められているだけなので汚れてはいなかった。

なまじ魔法陣を床に描くために使用している道具がチョーク型なので誤解されやすいのだが、環境によろしい仕様となっている。

閑話休題。








「そんで、この後どうすんのよ? ネギも知らないみたいだし、教えてもらわなきゃどうにもなんないわよ」

魔法陣の上に立たされたは良いが、肝心の魔法の発動方法を知らない両名。

魔法陣から放たれる光が何となく気持ちいいのもあって、背徳感から逃れるために早く終わらせたいという一心があった。

「ん、ああ簡単ッス。その魔法陣の中でキスするだけで完了でさぁ。さ、ブチュっと一発かましたって下さい」

「へぇ、そんだけでいいんだ。そんじゃネギ……」

「あわわ! ちょっ、キスって!?」

カモから仮契約の方法を聞いた明日菜はすぐに終わらせるため、ネギと顔の高さを合わせる。

急に同じ目線に、しかも真面目な表情で見つめられてしまい、更に仮契約の手段を聞いてネギの顔がまるで茹蛸のようになる。

そして明日菜は慌てるネギを無視して、ゆっくりと体と顔をネギに近づけ――



「……ってアホかぁーッ!!」



――ネギの両肩を掴んで全力で投げた、しかもカモの居る方へ。

何の脈絡も無く、行間から読む事も出来ない突発的犯行。

このまま躊躇わずにキスするのかと思っていたカモにそれが避けられるはずも無く。

「あいたっ!」

「ぐぎゅぅっ!?」

哀れ、車に轢かれたカエルの様な声を出して潰された。

いくらネギの体が小柄だとしても、それよりも遥かに小さいオコジョとは大きさなんて比べるまでも無い。

平均身長の人間の視点からすれば、カモにネギが倒れ込むのは10メートル級の巨人が倒れてくるようなものだ。

普通なら死ぬような所だが、カモは見た目以上に頑丈なのか、それとも不思議な力場でもこの部屋に働いているのか、苦しそうではあるが死にそうでは無かった。

死にそうでは無い物の苦しい事は苦しいので、ネギに早く退くようにキューキューと責付かせている。

十数秒後にようやく退いてもらえたカモは、ゼハゼハと肩で息をしていた。

「ゼェッ……ゼェッ……こ、殺す気ですか姉さん!?」

「当り前よ! 乙女の唇をなんだと思っているか、このエロオコジョ! き、キスってあんたねぇッ!」

先程とは打って変わって明日菜の顔は真っ赤である。

キス寸前まで乗せられて行きそうになったことへの羞恥とカモに対する怒り、それがない交ぜになって顔を赤くしているようだ。

オヤジ趣味ではあっても初心ウブではあるらしい。

「仕方ないじゃないっすか、この場で出来る一番簡単かつ一般的な方法がそれなんですから!
俺っちだって仮契約を執り行うために勉強して契約方法を初めて知った時、『ああ、魔法使いって駄目だな』とか思った事ありますって!
恐ろしいのが他にも色々と方法があるというのにキスを同姓、しかも男同士でやるという奴らもいることでさ。
それならまだ5歳も年下、というか10歳の兄貴なら楽勝でしょう?」

「むー。 確かにそう考えてみたら、ネギみたいなガキンチョにキスする所で別に何でも無いわよね。
というか後半の男性同士って、マジ?」

「マジッス」

想像するに恐ろしい事実を明かすカモ。

……いや、極一部の特殊な思考を持つ方々なら生唾を飲みながら「見せて下さい!」と懇願するようなものではあるが、やはり一般的では無い。

この時、何処かで触角の様な髪形を持った人物が「美味しいネタが何処かに!?」と何らかの電波を受信していたが、多分関係無い……はず。

ともあれ確かにそんな話を引き合いに出されたら、ネギとキスする事なんて蚊に刺されるような些細な物だ。

比較対象が大きく間違ってはいる気はするが、納得できるならそれに越したことは無い。

それにキス自体への忌避感を回避させてもいるので、可愛い見た目から推し量れないほど策士過ぎる。

「いい加減やっちまいなよー。キスくらいなんでも無いじゃん」

「徐倫、アメリカで育った者からすればその程度だろうが、日本では少し厳しい物があるんだぞ?」

「空条先生の言うとおりだよ。衆人環視の中でキスとかアメリカじゃねーとできねぇって」

「そんなもんかしらねー」

アメリカンな考え方の徐倫はキスくらいどうってこと無いというが、承太郎は若いころ、千雨は生まれてこのかた日本で暮らしているためにキスと言うのは慣れ無い物である。

千雨に至ってはキス経験など無いので、かなり恥ずかしいだろうなと思って同情していた。

それでも止めさせはしない所がなんともまあ。








「ああもう面倒くさくなった! ほらネギ、さっさと立ってこっちに来なさい」

いい加減現状に関して諦められるだけ諦めた明日菜が投げやりに言う。

矢でも鉄砲でも持って来いとでもいうくらいやけっぱちだ。

対するネギは1週間ほど前に流されるままとはいえパートナー探しをしていたというのに乗り気ではないようだ。

イギリスも挨拶代わりのキスがあるはずなのだが、頬にするかどうかの違いは向こうでも大きいのかもしれない。

「うう、僕的にはキスはあんまりしたくないんですが。それに初めてですし」

「紳士気取ってんなら女性の顔を立てなさい! それに私だって始めてよ!
わ、私は高畑先生が好きなんだから、あんたとのキスなんてノーカンなんだから!」

「く、空条先せ――目を逸らすどころか背を向けている!? いえ、正しい配慮なんでしょうけど嬉しくない!」

明日菜が恥ずかしがっているのは分かり切っていた事だったので、少しでもやりやすくするように承太郎他2名はネギたちから背を向けるようにしていた。

後ろ姿から微妙に分かるのだが、何時用意したのか耳栓まで付けている模様。

2人に対する配慮というよりも見捨てたというのが正しい。

八方塞、四面楚歌。

逃げ場の無くなったネギを明日菜は無理やり魔法陣に立たせ、先程と同じように目線を合わせる。

よく観察してみると、ノリで流され挙句ネギを投げ飛ばした時と違って明日菜の顔はほんのり赤い。

御遊びの様な――と言うと悪女の所業のように聞こえるが――キスではあるものの、彼女も人並みには恥ずかしいらしい。

「そんじゃ、目ぇ閉じなさい」

「ふ、ふつつか者ですが……」

「その台詞はやめときなさい」

魔法陣の輝きが増し、それに合わせるかのようにネギと明日菜の顔が近くなっていく。

そして。



ズキュゥゥゥン!!



「え? なに今の音……じゃねぇや! 仮契約パクティオー成立、『神楽坂明日菜』!!」

妙な音を立ててネギと明日菜のキスが為され、カモが仮契約成立手続きのための呪文を唱える。

魔法陣の輝きは臨界に達し、やがて光が収まる頃には魔力に当てられてへたり込む2名が居た。

しかし唇と唇が触れ合う程度のキスだというのに、どうしてあれだけ大きな音が発生したのか。

……様式美と言えばそれまでなのだが、この部屋に居る者、どころかこの世界に居る者全員は一生理解できないだろう。








「よっしゃ、仮契約成功ッス! 見て下せえ、これが仮契約パクティオーカードでさ」

カモは意気揚々と2枚のカードを掲げて言う。

これが先程言っていたオリジナルカードとコピーカードなのだろう。

見ればカードには、麻帆良女子中等部の制服を着て、身の丈以上の大剣を握った明日菜が描かれていた。

オリジナルは仮契約でマスター側になった者、つまりネギに渡され、コピーは従者側になった明日菜がカモから受け取る。

そうして渡されたカードの表面を見て一瞬嬉しそうな表情になった明日菜ではあるが、何故かすぐに苦い表情になった。

「……絵は綺麗だけど英語だらけで読めないわねこれ」

「ふむ、英語では無くラテン語の様だな。私もそこまで詳しくは無いが……ネギ先生は読めるか?」

「あ、はい。えーっと、契約者『神楽坂明日菜』、称号『傷付いた戦士』、色調とかは関係なさそうだから飛ばして……あっ、アーティファクトの表記がありました。
アーティファクトの名前は『ハマノツルギエンシス・エクソルキザンス』って言うらしいです。
多分描かれてる大剣だと思うんですが、一旦出して確認してみましょうか」

「でも、これをどうやって出すのよ。もしかして呪文が必要だとか?」

「その通りッス。呪文さえ唱えれば魔法使いじゃない姉さんでも自由に出し入れできますぜ。
そんじゃ兄貴、初めての仮契約の場合は全てのアーティファクトの起動にプロテクトがかかってるんでさ。
これを唱えれば、以降は新規契約の人でも自由に出せるようになるから、今ここでこの呪文を唱えるッス」

そういってカモは、また何処からともなく取り出したアンチョコをネギに渡した。

ネギは軽く一瞥しただけで覚えた様で、スッと杖を構える。

それを見た千雨がここは室内だという事を注意しようとするが、時すでに遅く。

「ちょ、まっ――」

「えっと、それじゃあ行きます! 能力発動エクセルケアース・ポテンティアム、神楽坂明日菜!」

バシュウゥゥゥゥゥ!!

ネギから放出された魔力が明日菜の手に集まり、強烈な風のうねりを伴いながら何かを形作ろうとしていた。

……うねりが発生しているために部屋の調度品が若干数横倒しになっているが、多分大丈夫だろう。

視点を明日菜の手元に移せば、そこにある魔力の固まりのおぼろげな形から、やはり剣の様なものを成そうとしているようだ。

「な、なんかスゴそう……」

余りの迫力に明日菜はビビってしまっているが、そうは言っても途中で止めることはできない。

しばし魔力が安定するのを待つと、急に閃光が部屋を満たす。

すわ失敗かと戦々恐々となるが、眼が光の影響から抜けた後には一本の武器が握られていた。

「こ、これって……!?」

派手な飾りは無いが武骨さというものを感じさせないグリップ、芯が通った様な綺麗な直線を見せる刀身。

威力を高めるために均一に折られた刀身は、通天閣すら震わせるだろう。

そのフォルムは、ある意味神を降ろす剣と言える。

「………………ハリセン?」

誰が呟いたか分からないが、有り体に言えば形状はまさしくそれであった。

カードの絵柄とは似ても似つかないその形状。

ハリセンの刀身(?)には『MINISTRA MAGI ASUNA』と刻印がされており、無駄に凝っているのが窺える。

だがしかし、これで身を守れるとは到底思えないのだった。

「こ、これでどう身を守れって言うのよー!!」

「……やれやれだ」








ネギ・スプリングフィールド――カモと使い魔契約、明日菜と仮契約を交わす。

神楽坂明日菜――ネギと仮契約し、『ハマノツルギ』をゲット。

アルベール・カモミール――仮契約の報酬である5万オコジョ$の存在よりも、生き残れた事が幸運と感じる。

空条承太郎――仮契約を間近で見れて、顔には出ていないが割と好奇心が躍った。

空条徐倫&長谷川千雨――私物が魔法の影響で倒れたため、ネギとカモに片づけを手伝わさせる。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/



[19077] 30時間目 英雄と悪者①
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/12/13 11:46
「でりゃあッ!」

「おっと、なかなかやるアルね。流石に本気のラッシュにはついてこられないけど、それでも見切りが上手いアル」

「ありがとくーふぇ。なんか身体強化が入ってると訳分かんないくらい周りが良く見えるのよね。
だからゆっくりに見える相手の攻撃に合わせるように振ってるだけって感じなのよ」

「……初速って知ってるアルか? 小パン見てから迎撃余裕でしたとか、『後の先』にも程があるアル」

「そうは言っても出来てるからしょうがないじゃな、いッ!?」

「甘いアル。大きく振りかぶって決定打を狙う癖、直した方が良いアルよ。基本的に大技はコンビネーションから繋げるヨロシ」

「うう、がら空きだとしても乙女のボディを狙うのはやめてよね」

「無問題無問題。ジャブのように繰り出した鞭打だから、内臓にはダメージは入っていないはずアル」

「それじゃあ安心……出来るかぁ! 結局痛いもんは痛いじゃないのよ!」

「痛くなければ覚えないアル。ほら、また大振り――おっとと、フェイントを挟んだアルか。でもその後が見え見えアル」

「そっちこそ迎撃が見え見え――えええっ!?」

「はい終わりー。受け身はとるアルよー?」

「ちょっ――ふんぬッ!!」

「……空中で体を捻って四足着地アルか。素人じゃあ出来ないけど、アスナはどっちかと言えばお猿さんみたいアルね」

「誰がサルよ! ……あいたた、手足が痺れた」

「やれやれアル」








4月14日土曜日、麻帆良外周部の森の中。

普段ならネギ、徐倫、古菲、楓が修行の場として使っている一角ではあるが、今日はもう一人増えていた。

まあ冒頭の戦いの会話を聞いていただく限りバレバレだろうが、大方の予想通り神楽坂明日菜がこの森に来ていた。

理由はただ一つ、自衛手段の確立である。

彼女は一昨日の夕方に仮契約を執り行って『魔法使いの従者ミニステル・マギ』になったは良いが、戦闘に関してはずぶの素人。

いくら身体能力が強化され、アーティファクトという便利な道具を手に入れたとしても、地力が低いのなら宝の持ち腐れ。

とは言っても高々あと数日の間にエヴァとタイマン晴れる程に強くなれという訳ではなく、あくまでも場慣れさせるのが一番という判断が下された。

そのためにネギに同行して森に入り、古菲と模擬戦闘をしていたのである。

体力や運動神経については普段から一般人場慣れしていた明日菜なので、基礎的なトレーニングはとりあえず後回し。

とにかく場慣れさせるために、適当に打ち合い続けて対処法を体で理解させるという方式を執る事になった。

開始してから何セット目かの様子が冒頭の打ち合いなのだが、この様子を麻帆良の一般学生が見れば驚くだろう

何せ『麻帆良武道四天王』の一人である古菲と、いくら手を抜かれているからとはいえ『30分以上』も打ち合いを続けているのだから。

麻帆良の武術系部活動の部員が見れば目を疑うこと間違いなしだ。

それに加えて明日菜の得物もそれに拍車をかけていた。

明日菜の手元を見れば一目瞭然だったかもしれないが、彼女が持っていた得物はなんと『ハリセン』であった。

長さは少なくとも1メートル以上、遠目から見れば白い直剣に見えなくもないが、間違いなくハリセンだ。

どんな材質で出来ているかは分からないが、岩をも砕くと言われる――実際朝飯前で出来る――古菲の拳を真正面から受け止め、挙句弾くハリセン。

少なからず明日菜の技術によって成されている事もあるが、支えているのは紛れもなくそれである。

古菲に木刀で挑んだ剣術系部員がこれを見れば、こぞってハリセンで武装しようとするだろう。

返り討ちにあうのが関の山だが。








「いやー、やっぱりアスナは新聞配達をしているせいか、基本能力はかなりあるアルね。
打ち合いの合間に会話を挟んでも息切れ一つ起こさないし、動体視力も良好。下手なスタンド使いくらいなら倒せそうアル」

「くーふぇにそう言われると強くなってる気になっちゃうわねー。
そっちは本場の拳法、こっちはただのチャンバラだから勝てる訳ないのに」

「そのチャンバラがある意味では問題アル。
素人というのは後先考えない滅茶苦茶な打ち方をするけど、身体能力が高いアスナはそれを自由自在という様に御せるネ。
相手の動きが分かっているし、ただ振っているだけのはずなのに戦える。達人にしてみれば戦いづらいことこの上ないアル」

「そんなもんかしらね」

「そんなもんアル」

適当な岩に座り込んで休憩する明日菜と古菲2人。

合間合間にスポーツドリンクを飲みながら、2人は先程までの打ち合いをふり返っていた。

ただし『打ち合い』とは言っても打っているのは古菲が一方的にであり、明日菜はただただ迫りくる拳をかわし、弾き、競り合っただけだが。

何の気なしにやり切った明日菜だが、それがどれだけ『異常』な事か明日菜はきちんと理解出来ていない。

いくら手を抜いたからといって古菲の拳はそうそう捉えきれるものではないのだから。

まあ最終的に投げには反応できずに空高く舞い上げられたのだが、野生動物さながらの受け身で以って耐えきれたのは驚嘆に値する。

結論からすると明日菜の武術家としての適性は恐ろしいほど高い。

ネギですらまだまともに古菲と打ち合えないというのに、たかだか数時間で順応してしまったのだから当然だろう。

「それにしてもなんなのかしらね、このハリセン。見た目にそぐわない大層な名前だし、そもそもカードの絵柄とも違うし。
それと『私の体質をそのまま反映させた』ような効果……魔法使いにしか効果ないじゃないのよ」

「いや、それ以外にも利点はあるアル。アスナは『相手を傷つけたくない』からこそこの形で『ハマノツルギ』を出しているアル。
という事は『覚悟』を決めさえすればハリセンが大剣に変わるという事。これは相手を油断させるのにこの上なく有効ネ」

アーティファクトである『ハマノツルギ』はハリセンの形で顕現しているが、この理由は既に一昨日で判別していた。

承太郎の経験則――とはいっても自分自身ではなく康一君の体験なのだが――から推測した事だが、明日菜の相手を傷つけるということへの忌避感が能力を制御しているのではないか、というのが現時点での回答だった。

実はこの推測、100%的中している。

前にも言ったが、アーティファクトはスタンドと同じく魂の形を具現化させた物である。

だからこそ本体の魂、もしくは精神が不安定であるとその力は著しく制限される。

例えば先にも出た杜王町の広瀬康一。

彼が生まれて初めてスタンドを出した瞬間、スタンドは卵の姿をしていた。

これは彼がまだまだ気弱だったからであり、無意識下の中で力を忌避していたからに他ならない。

しかし彼は自分、そして周囲の親しい物のために怒り、スタンドを孵化、成長させていった。

魂の成長によってスタンドが本来あるべき形へと変わっていったのだ。

まあ康一の場合は穏やかな気質と炎の様な気質、そのどちらも併せ持っていたために多面性のあるスタンドとなってしまったが、それが最も彼らしい魂の具現なんだろう。

ならば明日菜の場合は相手を切る覚悟が出来さえすれば、自ずとハリセンが大剣に変わるはずなのだ。

破魔の剣ハマノツルギ――己に仇なすものを切り捨てるための剣。

今の彼女では過ぎたるものだと魂が理解できているのだろう。

必要なのは『覚悟』、ただそれだけだ。

「『覚悟』ね……出来る限り相手を傷つけないで戦えるって言うのは良いんだけど、私としてはそんな事態が起きない方がいいわ」

「すでに起こっている事態からは既に逃げられないアル。それが分かっているからこそこうしている訳だし」

「もう自分じゃ気付かない間に『覚悟』は決まってるって言いたいの?」

「記憶を消すなりなんなり逃げ道はいくらでもあったはずだから間違いないアル」

「……はぁー」

深いため息をつく明日菜。

だが表情は悲観的なものではない。

どうやら『覚悟』とはいかないまでも、『決意』なら出来た様である。

これならハリセンが大剣になる日もそう遠くなさそうだ。

「んじゃ、続きをやりましょうか。さっさと強くならないと」

「その意気アル。次は蹴りも入れるから、上手く対処するアルよ?」

「うげ……」

とはいえ痛いのが嫌なのも事実。

まだまだ太陽は頂点にすら達していない。

お昼休憩まではしばらくかかりそうだった。
















「ふにゅー……」

「……アスナ殿に魔力供給しながら戦ったから、いつも以上に消耗したようでござるな」

「兄貴ーッ! なんで兄貴は未だに魔力を垂れ流しにするんだよォーッ! 魔力の持ち腐れッスよォーッ!!」

少し離れたところではネギが魔力切れで大地に突っ伏していた。

立会中だった楓はそんなネギを見て苦笑、カモは要らない所で進歩していない自分のご主人さまの意識を戻す為に頬をぺちぺちと叩いていた。

そんな中、明日菜たちが居るであろう方向から「あ痛ーっ!?」という声が聞こえてきたのは、間違いではないだろう。

どうやら魔力供給切れで幾分か身体能力が下がったようであり、結構いい攻撃を受けてしまったようである。

まだまだ未熟なこの主従。

後3日しかないのだが、果たして吸血鬼に勝てるのかどうか。








30時間目 英雄と悪者①








時間は少し進んで4月16日月曜日、森にほど近い地域である桜ケ丘方面。

そこの住所でいえば桜ケ丘4丁目29に、現代日本では珍しくなった建物が構えられていた。

一言でいえば西洋風ログハウス。

2階建てのうえに結構大きい離れがあり、更には煙突まで備えられ、外見からはとても素敵に見えた。

だがこの屋敷の主は600年という長い時を生きる吸血鬼。

外見は綺麗でも内部まではどうなっているのか見当がつかなかった。

「ここがあの女のハウスか」

一昔前に流行ったネットスラング。

目の前に広がる光景を見た瞬間に唐突に言いたくなって、我慢できずに思わず口に出してしまった千雨。

しかし言ってしまってから周りに自分以外の人がいる事を思い出し、恥ずかしさを悟られないように努めて無表情を貫こうとしていた。

幸いにして近くに居る他の2人にはよく聞こえなかったらしい。

「……? 何か言いましたか千雨さん?」

「いや、何でもねぇ。空条先生、見た所罠とかはなさそうですかね?」

深く追求されるのも嫌なので、千雨は承太郎に対して話題を振った。

少なくとも承太郎の方が空気を読めるという認識からも彼女をそう動かしたのかもしれない。

当たり障りがなく、更に自らの利益になるだろう会話の糸口を投じる。

ぼっち経験が長かった千雨は、会話で相手の意識を何処かに向けさせることに長けていた。

……自慢にも何にもなりはしない。

ともあれ、罠の有無だ。

「とりあえず大丈夫だろう。魔法関係の罠は分からないが、物理的な世間一般で言う罠はなさそうだ」

「魔力の流れから読み取ってみましたが、全く無いみたいですね。
隠ぺいされている可能性も無きにしも非ずですが、この距離まで近づいて一個も無いなら大丈夫でしょう」

「定石から言えばその通りだな。ただでさえ元賞金首、自らの間合いに入れる前に駆逐したいと思うはずだ。
そうでなければ600年の間、心から休む事も出来ないだろうからな」

思ったよりも食い付きが良く、千雨は成功したと内心にんまりしていた。

それでも表情に出さない当たり流石である。

「ならさっさと済ませようぜ? 優秀な護衛付きでクラスメイトのお見舞いなんだ、安全だけど片っ苦しくてしょうがない」

「そうしよう。もしもの時には期待しているぞ、逃がし屋」

「そんな事態にならなきゃいいけどな」

皮肉に皮肉を返す。

そういった面から考えれば、承太郎は千雨好みではあった。

好きか嫌いかで分ければ間違いなく嫌いだが。

「ごめん下さーい! エヴァンジェリンさんいますかー?」

「「…………」」

とりあえず罠がないからと能天気にカランコロンとインターホン代わりのベル鳴らしたネギを軽く小突きつつ、千雨は何でこんな事になったのかを思い出す。

では、時間を昼休みまで戻そう。
















食堂棟の日当たりのいいテーブル。

そこに認識阻害の魔法をかけて、ネギ関係者がそろい踏みで昼食をとっていた。

わざわざ認識阻害をかけた理由は、言わずもがな『裏』に関係する事柄の情報を交換するためである。

とはいっても昼休みは有限。

午後の授業に気持ち良く取り組むためにメインは食事、情報交換はついでといった様相だ。

……それでいいのか、ネギパーティ。

「学園長のパソコンからの情報、結構いい情報が入ってたぜ。解析に時間はかかったけど、停電の日の警備状況とかが入ってた」

何の気なしに言うが、学園長が持っていた以上、麻帆良学園の最重要機密情報だろう。

誰もが思ってはいるものの、今更そんな無粋な事には突っ込まない、というかもう言っても無駄だと感じていた。

「マクダウェルがその日に仕掛ける理由についてはどうだ?」

「術式と魔力の代替の概要があったんだが、ここの魔法使い、ネギ先生の父親の魔法を独自解析して発展させてやがったぞ。
しかも魔力の代わりに莫大な電力で術式行使を維持してる。だから停電の日にあいつは動くつもりなんだ」

「もぐもぐ……でも停電の日に封印が解けるなら、とっくに気付いていてもおかしくないと思うけど」

徐倫が頬張っていた唐揚げを飲みこんで、当然ともいえる疑問を口に出した。

莫大な魔力を封印されているらしいエヴァ。

この間のアーティファクト顕現で使われた魔力ですらあれだけの圧力を感じさせるのだから、そんなものが戻れば嫌が応にも気づくだろう。

しかし電気を利用している以上、対抗策はすぐに分かる事だ。

「じゃあ問題だけど、停電の時に病院とか生鮮食料品店ってどうやって患者や品物を維持させてると思う?」

喋りっぱなしで弁当がなかなか減らないのが気になったのか、千雨は問題を提示しておかずを黙々と食べ始める。

ここで誰よりも早く答えたのは、正直な話ではあるが意外な人物であった。

「……なるほど、非常用電源でござるか」

「ング……ふぅ、正解だよ、長瀬。麻帆良病院を含めた公共機関は非常用電源が設置済み。
生鮮食品店舗などは事前申請で各エリアの非常電源を使用する許可がもらえている。
ならここを統べている魔法使いが使用する電源なんて言わずもがな、ってやつだよ。というかお前が良く分かったな」

「失敬な。忍者たるもの、相手の行動を制限させる方法を熟知済みでござる。建物の停電は初歩中の初歩故」

ニンニンと箸を持ったまま手を忍者っぽく構える楓。

ちょっと行儀が悪かったので、飲食店でアルバイトをしている古菲が軽く頭を叩いて止めさせたが。

「なら非常用電源に切り替えて封印を維持してるってことかー。お金がかかってるわねー……モシャモシャ」

「相手は600万ドル――単純計算で6億の報奨金がかけられた元賞金首です。
電気を使えば縛り付けられるのならば、それに越したことは無いでしょうね……相変わらず美味しいですね、この卵焼き」

「おお、こいつは美味ぇ……しっかしそれなら尚更セキュリティが厳しいんじゃないですかい?」

ネギと明日菜、そしてカモは、木乃香謹製のお弁当の出汁巻き卵をぱくつきながらそう呟く。

甘い味付けの卵焼きにしばし笑顔になるが、そうそう笑顔でも居られない。

何故なら非常用電源で封印が維持されるというのに、エヴァが行動に移そうとしているためである。

千雨は大きな煮物を箸で切り分けながら、エヴァがこの日に動くであろう理由を言う。

「考えられるのは、非常用電源で起動するもう一つの術式のセキュリティが甘いか、切り変わる瞬間に隙が出来るかってことだな。
年に2回しか使わない設備にそうそう金をかけてらんないんだろうし、切り替えにはどうしてもラグが発生する」

「そこを茶々丸がハッキングするアルね」

「多分だけどな。封印の根本を狙わない理由は、恐らく『電子精霊』でプロテクトを固められているからだろ。
一つ一つが意思を持っているから何か異常があれば間違いなく記録に残っちまうし、即座に動かれても不味い」

「パソコンに関しては千雨さんに任せるしかありませんねー」

だから電子精霊は厄介だと千雨はごちり、さよは苦笑しながらタコさんウインナーにかぶりつく。

ハッカーとして、技術が介入しづらい電子精霊は肌に合わない、というよりも魔法使いへの嫌悪感の延長で苦手なのかもしれない。

だがアメリカを壊滅させられそうな千雨にそうまで言わせるほどのセキュリティ、隙があるのなら付け込むしかあるまい。

「停電のメリットはこれだけじゃない。電力で術式を維持しているって言ったけど、この学園を覆っている結界も同じ仕様で、これも止まっちまう。
だから魔法教師及び魔法生徒……ネギ先生にはまだ知らされていない奴らが一斉に警備に出る。
一般生徒たちを出歩かせないようにしている理由は、結界が切れた所を狙って襲ってくる連中の迎撃に巻き込まないためだとさ」

「それ故の停電日、という訳ですか。非常用を狙う事が出来、なおかつ追手や邪魔者が来づらいですから」

「周到に練られた計画……少なくともネギ先生が来てから練ったとは考えづらいわね。
つーかネギ先生の赴任情報が早い段階で流れたから作戦を練られたんじゃない? あたしと父さんの情報は通っていなかったっぽいけど」

そういえばエヴァはネギの情報を掴んでいたのを思い出す。

封印されている状況では外の情報が手に入り辛いはずなのに、何故かネギの事を詳しく知っていた。

赴任当日には特にリアクションも無かったので、それ以前から知っていたと考える方が自然だろう。

ならば手段は?

収集していたのが茶々丸だとしても、そうそう簡単には掴むことはできない類の情報なのだが……。

まあ麻帆良学園の教員を決める立場にある人物を考えれば、自ずと見えてくる。

「……学園長がわざと流したんじゃないですよね?」

ネギが凄いジト目で後者の方角――詳しくは学園長室の方角――を見やりながら言う。

そのネギの呟きに一同は「あー……」と俯き加減だ。

ただし、やりかねないというのは重々承知なのだが、ここまで危険な事に首を突っ込ませようとするかは疑問が生じる。

「愉快犯っていうのは、最低限安全は保障するようなやり方をしているッスけどねぇ……」

「拙者もカモ殿と同意見でござる。だがしかし、図書館島の一件から分かる通り完全では無いのでござろう。
というより、人を言葉だけで動かすことの危険性がイマイチ分かっていないようでござる。今更ながらに麻帆良は大丈夫なのだろうか」

そう楓は言っているが、実は元々の流れでいけばここまで深刻な状況には陥らなかったはずなのだ。

学園長はネギ単体ならばエヴァが手加減するだろう事を予測していた。

だが現実には承太郎を含めて多数の強豪がネギの味方に付き、更に修行をさせて強化を施している。

イレギュラーにも程があるというものである。

学園長の思い描いていたシナリオ通りに進み、エヴァとの戦いは世間の厳しさを知らない、戦いの厳しさを知らないネギだったのなら、最悪で大怪我はしたとしても死にはしない程度で済んだはずだ。

しかし蓋を開けてみれば世間の厳しさも、戦いの厳しさも知ってしまったネギが登場。

あまつさえ封印状態にあるとはいえ、一時的にエヴァを圧倒する戦闘能力とセンスを有していた。

格下相手なら手加減できる所が普通に強い程度までランクが上がってしまったために、エヴァにしてみても手加減しづらい状況となってしまっているのだった。

手違い、間違い、勘違い。

学園長にも多くの魔法使いと同じく、どこかスタンド使いを軽く見ているような部分があったのかもしれない。

それ故の『必然的なイレギュラー』なのだろう。

「……うちの爺さんを彷彿とさせる。あの爺さんも自分で行動した時の方が万事が上手くいっていたしな」

他人任せにした事例は大体失敗しているらしい、と承太郎は言った。

なるほど、そうすると学園長とジョセフは『類は友を呼ぶ』という諺通りの関係にあると言えなくも無い。

だとすると学園長も飛行機に乗ると墜落するのだろうか。

……関東魔法協会のトップだから、平気で飛行機爆破とかをやられそうではある。

「まあそれは置いておいて、明日の動きの流れについてだが……」

承太郎が本来の流れに話題を戻し、現状打てる手を打ち尽くそうと対策案を話し始めた。

今ここで内容を明かす事は出来ないが、『本当の物語からは逸脱する流れ』であった事だけは伝えておこう。

しかしながら、なんかこの物語って対策練ってばっかりな気がする。

閑話休題。








明日どう動くかの具体的な方策を離し終えた一同。

軒並み弁当の中身も消え去ったので、そろそろテーブルを立とうかとする直前。

「あのー、一つ良いですか?」

「ん? 何かあるのか?」

ネギが手を挙げて、承太郎に意見を投げかけようとした。

今までの対策会議では聞き役に回り続ける事が多かったネギなのだが、今日は珍しく自分の意思を前面に出してきている。

ネギの目を見ても、黒くなる事無くまっすぐに前を見据えているようにも感じられた。

恐らくだが今回の件に関しては並々ならぬ意欲があるようだ。

ここまで意欲が発揮されている理由は父親の情報が手に入るかもしれないという事がメインなのだが、こうなってくるとサブでもそれなりに理由はあるらしい。

その理由は、後で明かされることになる。

「あの、停電になった後の決闘開始の時間ですけど、今日エヴァンジェリンさんに直接言いに行った方がいいと思うんです」

「ふむ、根拠は?」

「エヴァンジェリンさんは感情で突発的に行動するという傾向が見られます。徐倫さんとの契約も不機嫌だからこそ通った訳ですし。
だから風邪で休んでいるらしい今日の内に、果たし状を渡したりしてこちらの優位な条件にするべきだと思います」

吸血鬼が風邪をひいて学校を欠席。

不老不死の存在である吸血鬼が風邪なんてひくのかと思うだろうが、現在の彼女は大半の魔力を封印状態である。

大半の魔法使いは日常的に魔力で身体能力を強化しているため、魔力を封印すれば年相応の体力しかなくなってしまうという欠点がある。

しかも吸血鬼という種族は魔法生物や魔物の一種でもあるために、魔力の有無による身体強化の下げ幅が大きいのもある。

故にエヴァは見た目相応の体力しかなく、風邪をひいてもおかしくは無いという訳だ。

『悪の魔法使い』でも魔力がなければ病原菌には無力だったようである。

「……採用だな。たしかにそれは盲点だったか」

そして見た目相応の体力で学校を休む程の風邪をひいているのならば、熱で判断力はかなり低下していると思われる。

そこに付け込む形で有利な条件を叩き付ける。

日米修好通商条約を取り付けたタウンゼント・ハリスのように、やるなら徹底的に有利な条件を付けるべきだろう。

「決まりだ。では放課後にネギ君とわたし、そして長谷川でマクダウェルの家に行くか」

「うーっす……っていやいやいや!? 何で私が行かなきゃなんねえんだよ!?」

思わず返事をしてしまった千雨だが、よくよく考えてみたら非戦闘員である自分が行くのはおかしい事に気がつく。

スタンド使いであるために体の頑丈さには多少自信はあるが、それでも千雨の能力では太刀打ちはできない。

しかし承太郎はその程度の反論なら予測しなくても対応できる。

「簡単な事だ、念のための逃げ道の確保だよ。いくら吸血鬼の家といえど電話くらいは備え付けてあるだろうさ」

「畜生、筋が通っているから断るに断れねえ……いや、襲われたらそこで決着付ければ良いじゃねぇかよ!」

ネギはどうなるか分からないが、承太郎が居るのなら吸血鬼だろうがなんだろうが文字通り瞬殺だろう。

決着がつけられるのならそれでよさそうなものだが。

「それはそれで逆恨みされる危険性もある。なにせ向こうから襲ってきたのにほぼ返り討ちに遭い、不機嫌な顔を携えて学校に来るくらいだ。
真正面からぶつかり合って潰さない限り諦めてはくれんだろうな」

「私らが戦おうとしている吸血鬼は子供かッ! ……まあ見た目は子供か」

「これで納得できたか?」

「……できなくは無いけど。あーあ、面倒くせぇ」

どちらにせよ承太郎に指名された時点で逃げることは不可能だろう。

徐倫やさよ、明日菜が肩をぽんと叩いてテーブルから立ち上がっていく、その優しさが逆に痛い。

『普通に生きたい』という事が夢である千雨。

最近とみに夢から離れている気がするのだった。
















時間は戻ってログハウス前。

ベルの音を聞き付けたのか、ログハウスの中から出てきたのは何故かメイド姿に身を包んだ茶々丸だった。

「――ネギ先生、空条先生、それに長谷川さん……こんにちは……」

突然の訪問だったからだろう。

何時もなら無機質に感じられる表情には、『若干の戸惑いが見られた』。

ただしそこまで付き合いが深い訳ではないネギたちでは、茶々丸がそんな表情を浮かべる事がどれだけ異質な事か理解していなかったのだが。

それでも意外と言えば意外だろう。

戸惑う程度でこちらに対応しようとしているのだから。

正直にいえば扉が開けられた瞬間に不意打ちを警戒していたのだが、それも完全に無いようである。

こちらに(直接的な)敵意が無いのに気付いたのか、茶々丸は丁寧に出迎えの体勢を、限りなく自然かつ即座に整えた。

見事にメイドをしていると言える。

「マスターに何か御用でしょうか? マスターは御病気ですので」

「見舞いだ。ありきたりだが果物籠、それと今日配布したプリントを持ってきた」

敵地とはいえ仮にも病人がいる家に訪問するのだ、最低限見舞いとしての形式は保つつもりらしい。

ログハウスに入る前に、承太郎は持参した見舞い品を茶々丸に差し出した。

抜け目のない事だ。

そういう風にネギと千雨は感じた。

「わざわざありがとうございます。どうぞ中にお入りください」

瀟洒な対応で3人を中へと案内しようとする茶々丸。

なるほど、格好に見合うだけのアルゴリズムはインプットされているらしく、本物のメイドの様に行動出来るらしい。

(いいなぁ……)

サブカルチャー知識ばかりある千雨は、目の前に広がる光景に思わず嘆息。

ロボット娘にメイド、その全盛期を知っている彼女のオタクとしての琴線に触れたことは間違いない。

ただし製作者が超鈴音だと知った際に、「お前かよ!?」と言いながら果てしなく落胆したのだが。

……すごく欲しかったのだろう。








「お、お邪魔しまーす」

ネギは恐る恐るといった形でログハウスに入るが、目の前に広がる光景からその緊張をほぐす。

敵地で気を抜くとは間抜けにも程があるが、この場合は仕方が無い。

むしろログハウスの中身を見れば、いかな屈強な男でも驚く、もしくはやる気が削がれる事だろう。

実際承太郎もテンションがガタ落ちになったし。

ともあれ何がそんなにやる気を殺すのか、部屋を見てみよう。

英語やラテン語で書かれた本が収まっている棚……の上に人形。

クロスがかけられてはいるが値打ち物だと一目でわかるアンティークテーブル……の上に人形人形人形。

何処のセレブだと言わんばかりにふわふわな素材ふんだんに使われているソファー……の上にも人形人形人形人形人形。

キッチンに人形、椅子に人形、窓枠にも人形、偶に絵画、天井からつりさげられる形で人形。

人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形人形。

部屋の中を見渡す限り、どこもかしこも人形の山。

人形のゲシュタルト崩壊の坩堝とでもいえば良いか。

ウサギであったりクマであったりピエロであったり、はたまた人形とはいってもマトリョーシカやこけしまで。

材質も木から布、鉄やガラスに陶器と豊富な種類で作成された人形まみれである。

それが西洋風のレイアウトと相まって、まるで絵本の世界に居る、もしくはインテリアに凝った人形専門店に居るかのようだ。

どうやら真祖の吸血鬼は見た目通りの嗜好を持つ様だ。

……半分ほど冗談だが。

まあ嗜好云々よりも彼女が『人形使いドール・マスター』と呼ばれている所以を考えれば、何故こうまで多くの人形が置かれているか分かるものなのだが。

エヴァの昔の悪行を正確に知れば、この部屋に入った事を『文字通り死ぬまで』後悔する事になるだろう。

もっとも、今現在の彼女では『本来の目的』で使用はできないから安心であるので、ただ単に可愛いだけと認識すれば良い。








人形まみれの部屋に面食らった3人だったが、わざわざ敵である自分たちを丁重にもてなしてもらっているのだ。

失礼にならないよう泥落としで靴の裏を綺麗にし、お邪魔させてもらう事になった。

しかし入ったは良いが、これがまあ落ち着かない事落ち着かない事。

辺り一面の人形に見つめられている様な気がして居心地が悪いことこの上ない。

「ケケケケケケケケケケ……」

何処からともなく声が聞こえてくるし、実はもてなすふりをしてこちらの精神力を削りに来ているのではないかと邪推してしまいそうになる。

やるならやるで別にかまわないと思っているが。

ともあれ、本題は見舞いなどでは勿論無い。

こちらに有利な果たし状、それを叩き付けるために来たのだから。

しかし問題点が一つだけ。

もしもエヴァが寝てたら不味い、という事だ。

「さて、マクダウェルが寝ているのならネギ君からの果たし状を後で見てもらうだけでいいのだが」

「流石に風邪をひいていたら寝ちゃってますよね?」

「はい、風邪薬を飲んで眠っているはず……でしたが」

「……まあ気付くよなあ。よお、元気にしてるかエヴァンジェリン」

いくら戦闘スキルの無い千雨でも、階上で人――正しくは吸血鬼――が動けば否応なく気付く。

風邪でだるいのならば足音をたてないようにする努力もふらついてしまって意味は無く。

ログハウスというのは意外と音の遮断が甘いんだなと思いながら足音を追った。

かくして階段を見れば、ネギたちを見て不敵に笑うエヴァが立っていた。

「ゲホッ……ゲホッ……フン、よく来たな。私が直接もてなす事が出来ないのが残念だが、礼だけは一応言っておこう。だが帰れ」

傲岸不遜、無礼千万。

吸血鬼らしい態度での出迎えであったが、以前桜通りで感じたようなプレッシャーは欠片も無い。

なにせ顔は熱で真っ赤、寝巻は汗で張り付いていてみっともなく、階段の手すりに片足を乗せていかにも悪役な雰囲気を出そうとしていて、若干滑稽、むしろ痛々しい限りだった。

厨二病。

『裏』を知らなければそう呼称されてもおかしくは無い。

15年間中学生を繰り返して発症しているとなると、もはや手遅れだろうか。

「オイコラ、貴様何か失礼な想像をしなかったか!?」

「したぞ、多分に」

「『な』じゃなく『に』で言って全面的に肯定するな! クソッ、貴様はもう少し大人しいやつだと思っていたんだがな」

「内弁慶なだけだ。今も安全すぎるからこそおちょくれるしな。」

この場はとにかく毒を吐いた方が良い。

熱を出して見た通りに精神が不安定なエヴァに付け込む千雨。

今回の果たし状を受け取らせる流れで一番重要なのは、とにかく『エヴァを冷静にさせない』こと。

徐倫との交渉でもそうだったが、エヴァは感情によって判断力が鈍る傾向がある。

吸血鬼という人間を超えた存在特有の優越感からくる驕りなのか、それとも彼女の元々の性格なのかは分からない。

だが致命的な隙である事は分かり切っている事項であった。

だからこそ寝ていられたら困ったのだが、幸いな事に――エヴァとしては不幸な事に――来客に気がついて起きてしまっていた。

ならばさっさと用件を終わらせよう。








「んでちびっこ。お前に担任2人からの見舞い品があるんだが、受け取ってくれるか?」

「ふん。私に引導でも渡しに来たか」

「のし付けて返しちまえ、そんなもん。果物とプリント、それと果たし状だよ」

「果物か、中々気がきくがプリントは正直……うん? 果たし状、だと?」

「そうです、エヴァンジェリンさん。僕と正々堂々勝負していただきたいと思いまして、果たし状を持参してきました」

エヴァが食いついた瞬間、ネギが一歩前に出て話を続けさせる。

冷静な判断力を奪う作戦、第二陣。

目の敵にしている人間が病気の自分を見舞いに来る、それだけでもイラつくものであるが、それに加えて挑戦を叩きつけてくる。

どうだろう、もしあなたが風邪をひいたときに中の悪いクラスメイトが「喧嘩申し込みに来た」とか言って家に上がっていたとしたら。

こっちは熱で苦しんでいるのにいきなり挑戦。

例えクラスの中でも非常におとなしい部類に入るのどかだとしても、辞書の角で相手を殴るくらいはしてしまいそうである。

「明日の停電の最中、誰も手出しが出来ない場所で戦っていただきたいんです。僕の陣営は僕とパートナーの2人だけ。
空条先生を含めたスタンド使いの方たちには、一切手出しさせません」

本題だけをずけずけと話して内容自体には触れさせない。

果たし状の重要な部分は『戦い』では無いのだから。

「……貴様が望む物はなんだ? 貴様は自殺志願者で無ければメリットは無いはずだが」

「僕が勝ったら授業にきちんと出て頂きます。負ければ封印を解く事に命をかけましょう」

「なに?」

「聞こえなかったんでしょうか、エヴァンジェリンさん。授業に出て頂く、と言ったんです」

わざと挑発的な態度で、僅かにずれた眼鏡をクイッと上げながら言う。

承太郎から心掛けるように言われた動き。

聞き返してきたら聞こえなかったかと嘲るように言い、付けている装飾品をいじれ。

それだけで相手を逆撫で出来る、と。

600歳の吸血鬼がたかが10歳の少年にそんな態度をとられる、ここまで屈辱的な事は無いはずだ。

当のエヴァも予想通りにカチンと来たのか、音も無く魔法薬入りの試験管を構える。

「――ここで決着をつけるか? 貴様だけならこの場でも殺せるが……」

「……挑戦から逃げるんですね?」

「……言うじゃないか。チッ、いいだろう。挑戦でも何でも受けてやるから、とにかく帰れ。本当に気分が悪いんだ」

――待っていた言葉が出た。

ネギは後ろに居る承太郎と千雨に目配せをする。

返ってきた無言の言葉は「上出来だ」という一言だった。

あとは気付かせないように帰るだけである。

「了解しました。果たし状は置いて行きますので、後でお読みください」

「……まったく、起きて損した」

そう言ってエヴァは二階の部屋に戻ろうと手すりから足を降ろし――



「――あっ」



――熱でふらついて、階段から転げ落ちた。

ガラガラガシャン。

よく漫画で階段から落ちた時に使われる擬音ではあるが、まさしくその通りなのだとこの場に居た全員が思った。

「きゅー……」

いや、落ちた当人は感じる間もなく気絶したから全員では無いのかもしれない。

なんにせよ、この状況ですべきことは一つ。

「……ベッドまで運んでやるか」

「……ありがとうございます、空条先生」

心なしか、茶々丸の表情が俯き気味だった事をここに記しておく。








ネギ・スプリングフィールド――『決闘をとりつける』という目標、『完了』。
                   成り行きでエヴァの看病をする事に。

空条承太郎――エヴァンジェリンをベッドまで運び、しばらくの間看病する事になる。

長谷川千雨――ログハウス内のネットワーク把握完了。
          逃げようと思えば逃げられるが、寝ているエヴァを見て一つ面白い事を思いつく。

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――熱に浮かされて落下、気絶。彼女の意識は過去に飛ぶ。

絡繰茶々丸――状態が悪化したエヴァを見て、大学病院へと薬を取りに行くことを決めた。
          その間の看病は客人ではあるが、ある程度信用できる3人に託す事に。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/


後書き:
決闘の前準備、ただし不平等。

エヴァの美点は誇り高き精神ではありますが感情的になりやすいのが難点……?

一筋縄ではいかない相手であるからして、これくらいでも釣り合えませんが。

次回は原作通りに夢の見学です。



[19077] 31時間目 英雄と悪者②
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/12/13 14:06
現在の状況を整理しよう。

目の前には明日の夜中に戦う対象。

ベッドの上に居るのだが、風邪をひいて熱を出しているうえに、先程階段から転げ落ちた際に頭を打って気絶中。

対象の味方とも言うべき人物は大学病院で処方してもらえるという効果の高い薬を取りに行き、今から何があったとしても駆けつけるにはしばらくかかるだろう。

ログハウスは住所こそしっかりしているものの、森の中にあるという形のためにお隣さんなど絶無。

騒いだところで周囲に露見することは無い。

つまりどういう状況かと端的に言えば。

「最高のチャンスだよな」

コスプレが趣味の少女はにんまり笑い。

「絶好の機会ですよね」

魔法使い見習いの英語教師は控え目に微笑み。

「格好の餌食だな」

スタンド使いの海洋学者は含みのある笑みを浮かべた。

寝ている人物からしてみれば最悪の状況であるが、それを看病する事になった者たちからすれば、好きなだけやらかすチャンス。

今更説明するのも野暮であるが、寝ている人物はエヴァ、看病しているのはネギ、承太郎、千雨の3人である。

アウェーだったはずなのに完全に逆転してしまっている。

今なら額に『肉』と書いてもばれないだろう、明日の戦いで麻帆良が壊滅する恐れがあるが。

「さて、何をする?」

「個人的には痛みを感じる間もなく終わらせたいが……ネギ君が嫌がるしな」

「というか果たし状渡しておいてそれは駄目ですって。うーん、こういう時に効果的な魔法って何かあったかなー?」

エヴァが寝ているからと好き放題し放題な3人ではあるが、一応の筋は通してある。

千雨が汗を拭きとってパジャマを着せかえ、承太郎とネギは果物を切り分けて褐変反応が出ないように処理済み。

ついでに部屋の空気を入れ替え、干しっぱなしだった洗濯物も取り込んだ。

茶々丸に頼まれた看病を一通りきちんとこなしている辺り、言っては何だが几帳面というか義理堅いというか。

これから何かやらかす際のアリバイを作るため、というのが一番近い行動理由かもしれない。








「……ううっ……」

「「「ッ!?」」」

エヴァが突然声をあげ、3人の間に僅かながら緊張が走る。

結局はそこまで構える必要は無かったのだが

「……うーん……」

「……うなされていただけか。ネギ君、念のために催眠魔法をかけておいてくれないか?」

「あ、はい。ラス・テル・マ・スキル・マギステル。
大気よ、水よアーエール・エト・アクア白霧となれファクタ・ネブラこの者にイリース・ソンヌム一時の安息をブレウェム――眠りの霧ネブラ・ヒュプノーテエイカ

テキパキと催眠効果のある魔法を発揮して、うなされていたエヴァを深い眠りへと誘う。

どうやら気絶状態から眠りの方にシフトした際、うなされた様な声を上げてしまったらしい。

下手するとこのまま起きられる可能性すらあったので良い対応だったと言えよう。

実際、千雨は嫌な予感から冷や汗をかいていた。

スタンド使いは妙に勘が鋭い部分があるため、ここまで反応しているのならば放置していたら確実に起きていたのだろう。

まあ何もしていない今に起きられても問題は無いのだが、あの吸血鬼の事だ、承太郎たちの表情だけで何か察する可能性があったので、正しい処置であった事だけは間違いない。

「ふう、ヒヤッとしたな。話は戻るけど、とりあえず家捜しでもするか。ネギ先生の父親についても知っているみたいだし」

「確実なのは写真だが、マクダウェルがそんなものを持って行動しているとは思えん。
日記帳はどうだ? それならば確実だと思うが」

言って、結構な広さのあるエヴァの部屋――というか二階はフロア丸々が彼女の部屋――に、小ぢんまりと置かれている棚の物色を始めようとする。

だがそれを、ネギが杖を通せんぼ代わりにして押しとどめた。

家捜しを止めたのは真面目な性格だからか、とも思えたが違った。

ネギは探すのに手間がかからない方法を見つけたから、承太郎たちを止めたのである。

「それなんですけど、僕、良い方法を思いつきました」

杖を構え直したネギが、ニコリとしながら承太郎と千雨を見る。

恐らくはエヴァに魔法をかけた時に思いついたであろう提案。

内容は確かに効果的なのだが、流石の承太郎と千雨でもネギの表情と提案を聞いた後は、思わず一歩後ずさってしまった。

というか引いた。

念のためにもう一度言う、ネギは『ニコリと笑いながら』この提案を出した。

「夢を覗いちゃいましょう」








後年、全てが終わった後の承太郎の述懐。

「この瞬間、わたしは人に道徳を教える事が苦手だと確信した。あの時のネギ君は、まるで康一君を見ているようだったよ。
……ああいや、強くなってくれた事は良かったのだが、その……な。正直な話、『やり過ぎた』としか言いようが無い」








31時間目 英雄と悪者②








睡眠時に見る『夢』というのは現代科学でもいまだに研究されている分野である。

なぜならば『夢を見る』ための脳のメカニズムが途方も無く不明確であり、同一の事例が確認されることは稀で、設備が整って研究が進められる程に新事実が発掘されていくためだ。

知覚現象ではあるものの、睡眠中に起こるためにデータは脳波などでしか測れない事もそれに拍車をかけている。

だからこそ学会では日進月歩で研究が進み、毎年のように研究成果が更新されていく。

一つの事例としては、浅い眠りであるレム睡眠で夢を見る事が出来、深い眠りであるノンレム睡眠では夢を見ない、という分け方が為されていた時期があった。

しかし近年の研究の結果、どちらの睡眠状態でも夢を見ることが確認されてしまったのだ。

そのおかげで夢に関する本の刷り直しが大量に発生したとかいう話もあるくらいだ(書店で第何版か確認すると面白い)。

また夢の内容はどのように発生するのかも研究されていたりする。

『無意味な情報を捨て去る際に知覚される現象』だとか『必要な情報を忘れないようにする活動の際に知覚される現象』、『抑圧されて意識していない願望』だったりと、何を見ているのかという議論は意外と本格的だったり推論が混ざっていたりする。

とまあこのように、おそらくは人類が存在する限り一生研究される内容である事を把握していただければよい。








ここからは魔法の観点から『夢』についてアプローチしていこう。

魔法使いには子供向けの物語にもある様な夢の中に入り込む魔法があるのだが、そもそもなぜこのような魔法が生まれたのだろうか。

結論から先に言うが、肉体と精神と魂、この3つが互いに最も服わない(まつろわない)状況が睡眠時であり、術者にも負担が軽いためである。

と言っても何が何だか分からない人が多いと思うので簡単に説明すれば、先に言った三要素は人間の魔法的な存在定義。

解釈は様々なのであるが、現実で行動するためには『肉体』が必要、生命を営むためには核となる『魂』が必要、そして記憶や思考するという行動には『精神』が必要となる。

そして肉体と魂は精神によって結びつけられている……というのがざっくりとした人間の成り立ち方である。

さて、肝心の夢に入る魔法の効果だが、プロセスを省いて結果を言えば、睡眠時に三つそれぞれの結びつきが弱まった時に精神に侵入すること。

『夢に入り込む』というのは、同義で『心に入り込む』という事なのだ。

普段ならば肉体や魂が精神に入り込もうとするものを阻害するのだが、睡眠状態であるとその防壁が弱まってしまう。

吸血鬼ならば魅了の魔眼で目から同様の事をするが、普通の魔法使いにそんなレアスキルがある訳も無く。

故に相手が既に寝ていなければならないものの、大衆の魔法使いでも侵入が出来るようにこの魔法が作成されたのだった。

似たような事は承太郎も――花京院から後で教えてもらった形になるが――スタンド攻撃で受けた事がある。

はっきり言おう、『下手をすればDIOすら倒せる能力』だった。

スタンドは魂と肉体と精神、この全てが揃ってこそパワーが生み出される。

そのため結びつきが弱い夢の中ではスタンドを出す事が出来ず、一方的に好き勝手できる相手スタンドに対して全くの無力だ。

だとすると魔法使いはどうだろうか?

今まで何度も言及していたが『魔法はスタンドとベクトルが真逆の方に向かった技術』である。

ならば言わずもがな、結果は同じ事になるだろう。

また、結びつきが弱いとは言っても三要素は密接に関係しているのは変わりが無いため、精神が傷つけば肉体と魂にも影響は出る。

これはスタンド使いや魔法使い以外でも同じことが言える。

分かりやすい例でいえばストレスによる胃痛、シャドーボクシングで仮想敵からの攻撃で感じる痛み、想像妊娠などがそれに当たる。

精神の不調が肉体に現れるのはそう珍しい事では無い。

そして魔法で夢に入り込んだ時に相手の精神を傷つければ、同じように傷がついてしまう。

……もしかしたら最強の魔法では無いのだろうか、これ。

前提条件としては相手の眠っている隙を突かなければならないというものがあるが。
















という訳で前提条件を大きく満たしたネギ一行。

周囲には真っ白な空間が広がり、しかしその白さも何かを形作ろうとして模様が変わっていっている。

彼らは今、エヴァの心象風景に侵入していた。

仮に罪状を付けるのならば、精神不法侵入及び個人情報保護法違反だろうか。

露見しないから全く無意味だが。

「さて、この風景だけを見る限りでは長谷川の能力の空間に入ったときみたいだな。これからどうなるんだ?」

「多分エヴァンジェリンさんの今見ている夢が見れるはずですが、うなされ気味だったので印象の強い過去を見ているかもしれません。
夢は結局のところ『追憶』が基礎となっていまして、それが混線するからこそ意味の分からない夢が構成されるんです」

「知らない事は夢にならない、か。心理学者がこの魔法を使えたら歓喜するだろうな」

「でも夢を見続けると精神に異常をきたすという話もありますから、あんまりこの魔法は使い勝手が良くないんですけどね」

ネギと承太郎は至って平常運転、議論を交わしている最中だった。

頭のいい者同士、しかもネギは着眼点を広く持てるようになったので、互いに話していて楽しいのかもしれない。

もしこの場に居たのたら、超や葉加瀬も熱く議論を交わす事が出来ただろうに。

「……あんたら、この状況で議論するのはそれかよ」

そんな2人に千雨は、地の底から響く様などすの利いた声で怒りをあらわにする。

そんな怒りを向けられている2人だが、何がそんなに気に入らないのか分かっていないようだ。

「? 何がだ?」

「格好だよ、か・っ・こ・う! 私らの今の恰好、まるっきり全裸じゃねぇか!!
ご丁寧に魔法少女アニメのバンクシーンみたいに、胸とかその……下とか、完全に見えなくするぼかしが入っているのは良いけどよ!」

言いながら真っ赤になるが、普段から見ている魔法少女の気持ちが分かった様な気もするので痛し痒しだ。

そう、今現在の彼らは精神体としてエヴァの夢の世界に入っている。

肉体として現実世界で生活している際の洋服というのは結局外付けパーツであるからして、中身だけがこちらに来ているために姿はそのままになってしまうのは当然の事。

なので生まれたままの姿、早い話が全裸になってしまうのは致し方ない事だった。

だというのに……。

「というかなんで空条先生は帽子だけあるんだよ! あれか!? あの帽子は心の具現化なのか!?」

そう、承太郎たちも等しく全裸であり、局部にもぼかしというかシャットアウト的な肌色べた塗りが為されている。

だが承太郎だけは帽子を被っているのだった。

何故かと言えば『承太郎だから』で済みそうなのが怖い。

「まあある意味では一心同体だな。スタンドよりも付き合いが長い」

「こればっかりは納得しないからな! なんだよ、本当に朝倉の適当に流した噂みたいに帽子が一つの生命体なのか!?」

「それだけは無いと言っておく。なぜかこの帽子に他人が触れようとすると、時折スタープラチナが自動迎撃しようとするが」

「あんたの意思なのか帽子の意思なのか微妙に分かり辛いな、それ!」

(あくまでもこの)世界で初めてと言える承太郎の帽子への突っ込み。

悲しいかな、妙な疑惑を生み出してしまうのだった。

閑話休題。








無駄話を続けて暇を潰していたが、そろそろ本命が来たようだ。

「ッ! 周囲が形を持って……」

「夢が形になります!」

不規則に風景が変わっていた周囲の状況が一変、一つの風景を表す為に一気に集束していく。

その光景は、真っ白な部屋を使って絵を描いているかのようだった。

描かれた絵は3次元的な物であるので、その表現が正しいかどうかは微妙であるが。

兎にも角にも、エヴァの夢は一つの形で表された。

それは何処までも白い砂を足元にした、夕暮れの波打ち際。

……いや、良く見れば日常的に見る風景の一部が遠くに映っている。

神木・蟠桃しんぼく・ばんとう』、そして『図書館島』。

紛れも無く麻帆良学園都市の象徴だった。

遠目ではあるが一部の高層建築は現在のものと違うため、それなりに昔の麻帆良学園都市なのだろう。

「となるとここは海沿いでは無く、麻帆良湖沿岸のどこかか。マクダウェルの麻帆良での日常風景の記憶なのか?」

「だとしたらこの記憶に意味なんか――」

「いた」

たった一言。

それだけで千雨は、全ての言葉を飲み込んだ。

発せられた言葉はネギのものであり、どうしようもなくカラカラに乾いた口をどうにか閉じながら傍らに居る彼を見れば、一点に集中して微動だにしていない様子であった。

瞬きもせず、ひたすらに目の前の風景を記憶しようとしている。

ネギのこの反応、目線の先に誰が居るのかなど、自明の理だ。

もう一度目線の先の波打ち際を見れば、そこには2人の人影。

片方は誰もが息を飲む様な絶世の美女が居り、黒を基調としたナイトドレスに身を包み、不気味なマリオネットを片手にしながらもう一人に相対していた。

放つ気配は蠱惑的でありながら暴力的。

逃れ得ぬだろう絶対的な死を纏っていた。

夢で再現された過去だというのに、承太郎たちにもその圧力は十分に届いてきた。

相対するローブを目深く被った人物はそんな圧力を放つ美女に対して気楽な態度を取っており、左手には見覚えのある杖を持っていた。

うっすらと見てとれる髪の毛は、燃えるような赤毛をしている。

「……父さん」

伝説の英雄、『千の呪文の男サウザンド・マスター』ナギ・スプリングフィールド。

承太郎と千雨は初めて、ネギは二回目となるその姿を目に焼き付けた。








「ついに観念したか、『千の呪文の男サウザンド・マスター』。この極東の島国でな。
今日こそ貴様を打ち倒し、その血肉を我がものとしてくれる」

「『人形使いドール・マスター』、『闇の福音ダーク・エヴァンジェル』、『不死の魔法使いマガ・ノスフェラトゥ』エヴァンジェリン……恐るべき吸血鬼よ。
己が力と美貌の糧に何百人を毒牙にかけた? その上俺を狙い、何を企むかは知らぬが……」

ナイフよりも鋭いと感じさせるほどの眼光を美女――状況から言ってエヴァ――に向けるナギ。

「……諦めろ。何度挑んでも俺には勝てんぞ」

口から出たのは必勝の言霊。

場の雰囲気も相まって、さながらRPGのエンディング前の会話の様だ。

あながち間違いではないが、エヴァは封印されるし。

過去のその風景を見てネギたちは緊迫した空気も相まって、2人の行動の行く先に見入っていた。

ただし承太郎と千雨は眼の前の雰囲気に何か『妙な感覚』を感じていたが。

そんな中、放つ雰囲気とは似つかわしくないが、ネギはサーカスの最前列に居る子供の様な表情だった。

(すごい! イメージ通りの最強の魔法使いだー! わーい♪)

そんな緊迫した空気と子供の純真なまなざしを破ったのは、意外な人物だった。



「……あー、やめだやめだ。お前の恰好に合わせた言葉使ったけど、俺にはどうにも合わねーわ。
こんなことしてたのがアルやラカンに知られたら死にたくなるっつーの」



ピシリ、とネギに罅が入った(ように見えた)。

あーあやってらんねーとか言いながら、フードをばさりと脱ぐナギ。

フードの下から現れた顔はネギの父親というだけあって、確かにネギそっくりの――この場合はネギがナギに似たのだが――顔だった。

10人中10人がカッコイイと評せる様な端正な顔立ち。

だがしかし、なんというかこう……どうしようもなく不良面だった。

彼が英雄と言われても、暴走族でも潰した伝説の不良にしか思えないくらいに。

「ナギ! やるならやるで最後までやらんか! 私まで恥ずかしいだろうが!」

「うるせえ、ストーカー吸血鬼。1ヶ月もこっちを追い続けて何が『観念したようだな』だよ。
そりゃ観念するよ。どこまでもベタベタベタベタ、ひよこの様に追いかけて来やがって」

「そ、それはだな……」

「つーかその異名もやめろよな、箔付けるために仲間が勝手に言い出した異名なんだし。
それに本当に覚えている魔法なんて5、6個しかないし、魔法学校も中退だ。恐れ入ったかコラ」

ビシリ、とネギに亀裂が入った(ように見えた)。

そりゃそうだろう、『立派な魔法使いマギステル・マギ』だと思っていた父親が見た目通りの不良だったのだから。

中退したことについて悪びれる事も無くドヤ顔しているのにもそれに拍車をかけていた。

夢の中のエヴァも、ここに侵入しているネギ達も、揃って唖然である。

唯一の救いと言えば本当に世界を救った英雄であるという事実なのだが、これを見ながらそれを言われても信じられないだろう。

「まあ『嫁さんの手料理から逃げている』内にお前みたいなの引っ掛けちまって、どう落とし所を付けるか迷ってた所だし、挑戦を受けるのもやぶさかじゃなかったんだぜ?
果たし状使って場所を指定するくらいの久々のガチバトルだし、場所もそれなりに俺にとって都合のいい場所だしな」

「ふ、ふん! やはり貴様ほどの男なら挑戦を受けるかってえええええええ!? き、貴様結婚していたのか!?」

「あ? 言って無かったっけ?」

「一言も無かったわ! ……畜生、この気持ちの落とし所はどうすれば……」

「おーい、なんか最後の方聞こえなかったんだけどー?」

「うるさい! さっさと勝負だ!」

「なに涙目になってんだか。その姿でそんな態度されると若干引くぞ」

何処までも飄々とした態度を崩さないナギと、見目麗しい美女の姿でわめき散らすエヴァ。

何となくちぐはぐな印象を受ける。

しかしそれでもこの2人の間から何か『妙な感覚』を、スタンド使い2人は感じていたのだった。








「ええい、貴様と問答を続けていても埒が明かん! さっさと決めさせてもらうぞ!」

勝負と予め言っていたのだ、切欠は何時起こしても良い。

口ではどうにも勝てないとでも思ったのか、それともむしゃくしゃしたのかは分からないが、先手必勝とばかりにナギへと襲いかかる。

「パートナーの居ない魔法使いに何が出来る! 行くぞチャチャゼロ!」

「アイアイサー。 ケケケッ、久々ニ人ガ切レルゼ」

エヴァは吸血鬼としての身体能力を活かして宙から急接近する。

と同時に手に持っていた不気味なマリオネット――チャチャゼロというらしい――が独りでに動き出し、ナイフを持ってエヴァよりも角度を広げてナギへと躍りかかる。

「ったく、めんどくせぇ。えーと、あれはあそこに仕掛けたから……」

「なにをごちゃごちゃと呟いている! このまま死ぬか!」

「死なねーよ。嫁さん残して死ねるか」

よっと、と軽く一息。

その一息と共に、杖を持たない右手をパンチを出すように前へと振った。

「――魔法の射手サギタ・マギカ

「なッ!?」

その瞬間に、光の束がナギの右手から放出された。

魔法を発動したというのにもかかわらず、発動キーを含めて呪文を唱えるという工程は一切無し。

『無詠唱』と呼ばれる技法である。

この技法、本来ならば発動する魔法の威力はある程度減衰するはずなのだが、ナギの場合は違った。

魔力量のせいか、はたまたナギの技術力のなせる技なのか。

対空として放たれた魔法の射手の数、199矢。

無詠唱で出せていい数では、決して無い。

それでも敵であるエヴァもさる者、従者であるチャチャゼロとともに空中を自在に動き回って避け切って見せていた。

魔法の射手は軌跡にまで魔力の残滓によって中り判定があるが、基本的に自分で相殺しないように飛んで行くようになっている。

ならばこそ、どれだけ密度を濃くしようとしても、か細い隙間は生まれてしまう。

蜘蛛の糸に縋るように本当にか細いが。

結果的に何発かは掠っていたものの、全体的に見れば大したダメージでは無い。

が、避けられたは良いものの、結構生きた気はしなかった。

吸血鬼になって久しく、心臓が激しく動悸していた。

「で、出鱈目過ぎる! 貴様は本当に人間か!?」

「正真正銘人間様だよ、吸血鬼。来れ虚空の雷ケノテートス・アストラプサトー薙ぎ払えデ・テメトー――」

たたみかけるように今度は詠唱魔法。

不意打ち気味な魔法の射手を大きく避けてしまったためにそれなりに距離があり、エヴァでは止める事が出来ない。

「――雷の斧ディオス・テュコス!!」」

雷の魔力がナギの手に合わせて圧縮され、触れるもの全てを断ち切り、焦がしつくす巨大な斧となる。

それをナギは、体から大きく離して横薙ぎに解放させた。

横向きに斧を投擲する形だ。

それがナギの手から離れて10メートル程まで静かに飛び、頃合いと見たのかいきなり解放される。

落雷よりも凶悪で強力な稲光が、切断という指向性を持ち得ながら発動する。

世界樹にブチ当てれば両断出来てしまうのではないかと思えるような一閃。

しかし大きく腕を引いて溜めて、一気に薙ぎ払うというオーバーアクションで繰り出されたために、エヴァは落ち着いて上空に跳躍して回避。

雷の斧は何もない空間を薙ぎ払ったが、余波で麻帆良湖と砂浜が、10メートル級の津波の様に捲くれ上がった。

足元に広がるそんな光景に冷や汗を流しつつ、音も無く着地したエヴァとチャチャゼロはナギの懐に飛び込もうとする。

「いかに詠唱が早くても、ゼロ距離ならッ!」

「死ニサラセーッ!」

ナギの正面から見て左右ともに45度からの突撃。

この角度、実際に相手がいると仮想してシャドーをやってもらうと分かるが、非常に嫌らしい角度なのだ。

右手で右方の相手、左手で左方の相手をするなんてことは力が入らないから不可能。

かといって高速攻撃で各個撃破をしようにも、超スピードで同時にかかってくるエヴァたち相手にはナギでも出来る筈は無い。

魔法の射手は無詠唱といえどこの速さでは対応できない。

同様に雷の斧も不可能。

というかもし放てるのならばどうだったのかと思うが、薙ぐ動作では左右へ攻撃が到達する時間にラグが出来るので堅実では無い。

障壁はこの短時間で作ったとしても吸血鬼の身体能力や魔法で押し切られる。

避けるのも良いが、すぐに追いつかれて同様の事をされるはずだ。

ならば打つ手は?

観戦しているネギたちはこの後どのように行動するのか、食い入るように見つめる。

未だナギの使える魔法の全容を見た訳ではないのでこの程度しか迎撃策は思いつかないが、ナギには何かしら手はあるのだろう。

でなければ――

「かかったなアホがッ!!」

――あんなに不敵に笑えるはずは無い。

「何をする気かは知らんが……」

不敵に笑うナギを見てエヴァはどんな手で来るのかを内心楽しみにしながら、両手の爪を伸ばしてナギの首を捉えようとする。

「真正面カラ切リ捨テル!」

チャチャゼロは久方ぶりに鮮血の散る様を見る事が出来ると、嬉々としてナイフを振りかざした。

しかし、どちらの凶器もナギに届く事は無かった。

何故なら、急にナギとの距離が離れたためである。








ズボッ。

「うおっ!?」

己が凶器で以って必殺を取ろうとナギの懐まで潜り、地面を強く踏みぬいた瞬間、足元が重い音を立てて陥没した。

ドパーン!!

「アブッ!?」

次いで、着水。

陥没した穴の中には水が満ちており、エヴァとチャチャゼロはものの見事に嵌ってしまった。

落とし穴。

ナギが不敵に笑っていた理由は、これを戦う前から仕込んでいたためだった。

なるほど、確かによく見れば『ナギの周辺に戦いの余波が全くと言っていいほど無い』。

本来ならば縦に振りおろす形で発動させる『雷の斧』を溜めてまで横向きに出したのは落とし穴を壊さないためと、津波の余波で足元の不自然さを隠す為だったようだ。

……最初の方でナギはこの戦いを『ガチバトル』と言っていた。

ならばこれは、彼なりの正々堂々なのだろう。

……先程までの手に汗握る戦いの光景が台無しである。

外道な戦い方上等と考えている承太郎と千雨でも、これは完全に「うわぁ……」とか引いている。

ネギを見ればハイレベルな魔法の発動で一度持ち直したというのに、余りのショックに精神体が瓦解寸前だ。

「ひ、ひいぃぃぃぃぃ!? 私の嫌いなニンニクや葱ーッ!?」

「ふふふ、お前の苦手な物はこの1ヶ月で把握済みだ。ほーれ、追加投入」

「や、やめッ……」

いろんな意味でトドメとばかりに、ナギは何処に隠し持っていたのか分からないが、ニンニクや長葱の入った袋を開放して落とし穴に投入する。

投入されたそれらは落とし穴の中に満たされた水に浮かびあがり、すぐさま強烈な臭いを発する。

いくら苦手では無くともここまで強烈な水の中に入れられたら、間違いなく精神力が摩耗されるだろう。

苦手ならば更に倍。

「あうう……」

「アアッ! ゴ主人ノ幻術ガ解ケタ!!」

ボフンッという音とともに、美女だったはずのエヴァの姿が何時ものちんちくりん……もとい、小柄な姿に戻った。

なるほど、封印されているから小柄な少女の姿なのではなく、もともとからそんな姿だったようだ。

そういえばナギも『そんな姿で~』と言っていたので、元々の姿では無いということは明白だったが。

「ひ、卑怯者ー! こういう決闘で搦め手使うとか、貴様はそれでも『立派な魔法使いマギステル・マギ』かー!」

「ああん? そんなもんになった覚えはねぇよ。それに……」

にやけ面が一変、表情に影が落ちる。

「……本当に立派なら、あんな結末を迎える訳は無かったんだ」

心からの残悔。

しかし本当に一瞬の間に表情は元に戻る。

「ム? 貴様、今……」

「聞くな。お前まで『巻き込まれる』からな」

「それはどういう意味だ!」

「どういう意味だろうなー」

あくまでも飄々とかわすナギ。

影は、もう何処にもなかった。








「さーてと、お前さんのこれまでの悪事もここで終焉だ。変な呪いでもかけて、一生悪さできない体にしてやるぜ」

手には何時の間にか、手帳の様な物が握られていた。

口ぶりから察するに、呪いの呪文でも書かれているのだろう。

本来ならば呪いなんて、吸血鬼の真祖たるエヴァには効かないはずだ。

だが現在のエヴァは弱点、というか苦手な物に囲まれているために本来の抵抗力を持っていない。

これならネギでも呪いを付与することが出来るはずだ。

しかし眼の前の過去のナギは更に駄目押しとばかりに、自身のバカみたいな量を誇る魔力をぶちこもうとしていた。

手帳――中身はアンチョコ――を見ながら魔力を開放させるナギ。

その余りの大きさにエヴァは戦慄していた。

「なんだこの強大な魔力は!? 真祖に匹敵するくらいの魔力量だと!? お、お前の様な人間が居るか!」

「いるんだな、これが。あー、そういえば麻帆良のじじいが優秀な警備員欲しがってたんだよな。
んじゃ、ついでにそんな感じの効果を加えて、と……えーと、マンマンテロテロ……」

「おい!? そんな力でテキトーに魔法なんて組むんじゃない! だ、誰か助けッ――」

「アキラメタ方ガイイゼゴ主人。アリャモウムリダ」

従者であるチャチャゼロは早々にあきらめムードを醸し出し、遠い目で空を眺めていた。

主人であるエヴァは最後まで必死に抵抗しようとしていたが、落とし穴はネズミ返しの構造であったために這ってでは脱出不可能。

詰んでいた。

「……完成! 発動、『登校地獄インフェルヌス・スコラスティクス』!!」

「うわーん! ナギの馬鹿ー!!」

エヴァに幾重もの光の帯が殺到し、ラッピングをするが如く巻かれていく。

そしてそのラッピングが全身に渡った瞬間、まばゆい光が麻帆良湖沿岸を包み、そして――
















「――あッ!」

余りの寝苦しさに飛び起きる。

寝ぼけた頭で体の状況を感覚だけで確認すれば、体中が汗まみれで、肌に服が張り付いて気持ち悪い。

だが少しだけ違和感。

私はこの服を着て寝込んでいただろうか、という。

そうして落ち着いてきた頃、冷静に寝る前に起こった事を記憶から掘り起こして――

「……寝よう」

――階段から落ちる所までを思い出し、その記憶を努めて消し去ろうとした。

現実逃避とも言う。

だが、何故だか視線を感じたために掛け布団を被ろうとした手を止める。

続いて嫌な予感がして、汗まみれの中でも冷や汗が一筋。

ゆっくりと左方へと首を回せば、そこに居たのは3人の客人(?)。

「うなされていたが、大丈夫か?」

「風邪引いた時は大変だもんなぁ。体を拭くタオルは居るか?」

「あ、窓開けましょうか」

承太郎、千雨、ネギが、生温かい視線をこちらに向けながら立っていた。

何故ここに居る、どうして果物が綺麗に切って置いてある、その視線はなんだetc……。

様々な疑問が頭に浮かんだが、とりあえず一つだけ聞いてみる事にした。

「……なんで、そんな目をしている?」

汗をかいていたせいでのどが渇き、少しばかりかすれてしまったが、ネギたちはしっかりと聞き取れたようだ。

質問を受け、代表としてネギがその答えを言った。

「えーっと……寝言を聞いてしまいまして」

「――ッ!!」

勿論ネギの答えは嘘である。

寝言どころか夢の中に入り込み、今見ていた過去を丸々把握済みだ。

だが風邪の影響及び階段落下による気絶+睡眠魔法で眠らされていたエヴァが寝起きでそれに気付けるはずもなく、そして間の悪い事に夢の内容を覚えていたのが災いした。

だとすれば何を聞いた?

あの時言ったあれこれ、どれも致命的に恥ずかしいものが多い。

認識した途端、一気にエヴァの顔が赤くなる。

「で……出てけー!!」

茹蛸になってオーバーヒート気味な頭から発せられた指令は、『とにかくこいつらを追い出せ』だった。

念のための防備として枕元に隠されていた魔法薬を取り出し、口早に発動させる。

だがエヴァが魔法を発動しようとした瞬間、彼らはもう2階のエヴァの部屋にはいなかった。

数少ない魔法薬が消費されなくて済んだ事に対する安堵感よりも、どうやって消えたのか分からない事に対する不信感の方が強かった。

まあ階下から声が聞こえるので、寝ぼけた視点で視覚情報のコマ数が数コマ飛んだのだろうと当たりを付けて自己完結する。

ようやく本当の意味で冷静になって、一息。

そうして体の調子をもっと本格的に調べてみれば、眠さと封印のせいでだるさはあるが、熱は引いているようだ。

服が取りかえられ、額のシートも新品になっていたため、うまく作用して体の調子が良くなったのだろう。

「茶々丸は……居ないようだな。だとすればあいつらが?」

従者契約をしている茶々丸は少し魔力を使えば何処に居るのかが分かる。

感覚で探してみれば、片道1時間程の麻帆良中心部のスーパーに買い物に行っているようだ。

時計の針を見てみるに、茶々丸の足や電車では、エヴァの服を替えたりしてからこの時間であそこまで行くのは無理だ。

ならやったのはネギたちであると言える。

「……ふん、決闘前に塩を送るか。何処までも甘いやつらだな」

そう呟いて僅かに微笑む。

と、ここで果たし状を受け取ったな、という事に気がついたエヴァ。

丁度良い事にベッド近くの引き出し棚の上に置かれていたので、ベッドに乗ったまま開封する事にした。

中には決闘をしろという意味の文と、日取りと時間。

意外としっかり書いてるなと思いつつ全て読み、元の封筒にしまおうとした、その時。

あれ?

そう思って見返す。

中には決闘をしろという意味の文と、日取りと時間。

文、日取り、時間。

決闘をして下さい、4月17日火曜日、午後11時30分。

午後、11時、30分。

「……は……」

停電時間は午後8時から12時まで。

「……はか……」

つまりエヴァの封印が解けるのはその4時間しかない。

「謀られたー!!」

決闘時間で使える全力は僅か30分間だけ、ということだ。

哀れなり。








『謀られたー!!』

「む? どうやらマクダウェルが果たし状の中身にでも気付いたらしいな」

「どうする? このままじゃ『内容を訂正しろ』とか言って襲ってくるかもしれないぜ?」

「いや、誇り高い性格っぽいので、律義に守ってくれると思いますよ」

エヴァ宅1階。

千雨の能力でログハウスに張り巡らされた無線LANを用いて、1階の電話機に転移した一行。

頭上から聞こえるドスンバタンという音に気付いてはいるが、至って冷静である。

理由はネギの言った通りの内容。

不平等だからと言って難癖を付けた暁には、10歳の子供の出した条件では戦えない悪の魔法使い(笑)、とでも評されてしまうためだ。

魔法使いはある程度名声を気にする風潮がある。

それを逆手に取ったという訳だ。

「でも実際問題どうするよ? 絡繰の頼みだから帰る訳にもいかねぇし」

「それなら私が残ろう。少し、マクダウェルに個人的に聞きたい事があったのでな」

「空条先生が?」

ああ、とネギの言葉に肯定した承太郎は、帽子の位置を直す為につばを掴んだ。

「別の吸血鬼について知っているかどうかの確認だ」

「……ふーん。ならお言葉に甘えて帰りますか」

帰っていいのなら帰る。

そう言って千雨はログハウスを出ようとするが、伝える事があるからと一旦承太郎の方に寄った。

そうして二言、耳打ちする。

「――――。――――」

「――――!? ……――――」

何か驚いている風な承太郎だったが、最後に「すまない」と千雨に言い、階段の上へと消えて行った。

それを見送り、千雨とネギはログハウスを後にするのだった。








「何の用だ、空条承太郎」

「なに、聞きたい事があってな。お前は――」








ネギ・スプリングフィールド――『エヴァ宅から無傷で帰る』という目標、『完了』。

空条承太郎――エヴァに一つの質問をする。

長谷川千雨――実はエヴァの背中に『ミニマム』と書かれたメモ用紙を、着替えさせた時に貼っていた。

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――承太郎からの質問で機嫌が良くなるが、背中のメモ用紙に気付いて激怒。

絡繰茶々丸――買い物から帰ってきてから、承太郎にお礼を言う。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/


後書き:
期末用レポート7割、モンハン2割、今回の話を40%ほど書き直し1割のせいで遅れてました。

前回の話もちょこちょこ変更してますので、何かつながりが悪かったら一つ前を参照してください。

それと承太郎たちが感じていた『違和感』はエヴァの姿についてと、ナギが何かしようとして手加減している事に対してです。

次回、停電当日の決闘前まで。



[19077] 32時間目 それぞれの準備、それぞれの戦い
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2011/01/19 11:38
4月17日火曜日、天気は晴れ。

この日は朝から戦闘のできる魔法関係者が、特別会議室の中でそろってピリピリとしたムードを放っていた。

まあ壁に寄りかかって楽にしているホル・ホースは微塵もそんな気配は無いのだが。

ともかく、関係者がピリピリする理由は言うまでも無く今日の大規模メンテナンスだ。

何せ夜の時間帯に4時間も麻帆良学園都市全体が停電になるこの恒例行事。

メンテナンス用の停電ぐらいがどうしたとマンションやアパート暮らしの人達は考えるだろう。

だがここは麻帆良学園『都市』。

住人が10万人もいる規模の都市を一斉に停電させるのだ、警備上の問題もあってピリピリせざるを得ない。

普段ならば電力を用いた結界によって侵入者の情報は逐一確認できるのだが、停電下では予備電源によって賄われる最低限の警備システムしかない。

そんな状況で都市の周囲360度からくまなくやって来ようとする侵入者に、戦えるものは全力で立ち向かわなければならない。

取り巻く状況は最悪。

しかし不思議と、悲観的な考えをする者はいなかった。

いや、もっと言えば『こんな戦いは早く終わらせよう』と考えている者ばかりだった。

何故ならこの日、魔法関係者ならば誰もが見たかっただろうドリームマッチが実施されるのだから。

闇の福音ダーク・エヴァンジェル』ことエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

『英雄の再来』と言われているネギ・スプリングフィールド。

この2名が全力でぶつかる。

名声に重きを置く魔法使いが興味を持つ当然であり、決闘の日時が噂として流れるのにそう時間がかからなかった。

よって、関係者のモチベーションはうなぎ登り。

何時もは冷静沈着なタカミチですら抑えきれぬ期待に、侵入者退治へのウォーミングアップを朝も早くから始めていた。

抑えきれぬ期待は闘気となり、ピリピリとしたムードは一層加速する。

これなら決闘の始まる午後11時30分までに、侵入者のその尽くを排除し終えるだろう。

まるで野球中継を見るために仕事を早々と終わらせるサラリーマンの様だ。

言い得て妙だが。

「さて、諸君。今日は七面倒なサーバメンテナンス及び侵入者の撃退が、普段よりも大きな規模で行われる。
まぁここに居る諸君はある程度場慣れしておるだろうが、それでも油断は禁物じゃ。
文字通りの生命線である情報網も、普段の半分以下の稼働率しか維持できないと言えるのでのう」

関係者が集まる部屋で、あり得ないと思うくらいに響く声で、学園長は演説をする

内容は侵入者対策だったのだがそれも終わり、今は関係者を鼓舞している最中だ。

「しかし、今回来るだろう侵入者の『方々』には、同情を禁じえないわい」

フォフォフォとバルタン笑いをすると、その通りだ、とばかりに部屋に軽い笑いが起こる。

すぐにその笑いは収まったが、ピリピリとしたムードは良い具合に霧消したみたいだ。

「フォフォ、何せ最高の戦いが見れるんじゃ。邪魔する輩は丁重に対応しなければならんのでな」

だから。

そう言って学園長は、阻む者は即座に射殺す、という意志を体現したかの如く鋭い眼光を見せた。

好々爺の仮面を、一瞬にして捨てたのだ。

今ここに居るのは近衛木乃香の優しいお爺ちゃんでも、悪戯好きの麻帆良学園都市の学園長でも無い。

関東魔法協会理事、麻帆良最強と言われる魔法使い、近衛近右衛門。

関東最強とされる魔法使いが、ここには居た。

迫力に押された魔法使いが思わず息を飲む。

近右衛門はそんな様子の魔法使いに「若いのー」と思いながら、導火線へと勢いよく着火させた。

「本日は各々が全力で対処して構わん! 勿論、人間相手は殺さないという最低条件は守ってもらうがの」

「「「「「「「「了解ッ!!」」」」」」」」

「よろしい。各自、本日の通常業務に戻るといい。殺気や闘志は隠すんじゃぞ?」

すぐに好々爺の仮面をかぶり直す近右衛門。

近くに居たタカミチや相当の実力者たちは、その様子に苦笑しながら席を立つ。

普段からそうしてれば良いのによー、と部屋の隅に居たホル・ホースが言った。

学園長をやるのに殺気はいらないわい、と近右衛門は言った。

それに。

「孫娘に怖がられるのは嫌なんじゃ」

それは大いに同意します、と全員が言った



停電まで、残り13時間。








32時間目 それぞれの準備、それぞれの戦い








関係者がピリピリしようとも、侵入者が夜に来ようとも、日中は普段通りの授業が行われる。

一部の教師――主に連絡系の仕事を持つ魔法教師――は忙しさに目を回してしまいそうになっていた。

そんな中、3-A担任であるネギと承太郎は本当に自然体だった。

今日の夜遅くに本当に決闘をするのか不審なぐらいに。

そんな彼らは授業の準備しながら、明らかに空気の違う今日の職員室を見回していた。

「……どうやら魔法先生は忙しいようだな」

「みたいですね。いくら情報をほとんど渡されていないとは言っても、これだけあからさまなら僕でも気付けますって」

というか今まで何で気付かなかったんでしょう、とネギはごちる。

ネギは基本的に、学園長から他の魔法先生や魔法生徒に関しては情報を渡されていない。

しかしここ最近で鍛えまくっているネギにしてみれば、あからさまな者なら『一般人』か『そうでないか』くらいは分かる。

まあクラスに居る者は余程巧妙に隠しているのか、実態は霞の様に掴む事が出来ていないのだが。

ともかく関係者間の会議に出ていた者で闘志を抑えられなかった、もしくは隠し過ぎてしまった者は、ネギに完全に「あ、この人も魔法使いなんだ」と把握されてしまっていた。

ちなみに前者でいえばガンドルフィーニ先生、後者でいえば瀬流彦先生がこれにあたる。

他にもたくさんいるが、キャラ立ちしているのは大体この2人だろう、多分。

追加補足だが、タカミチは本当に自然体で職員室に戻ってきた。思わず本当に魔法関係者なのかと勘ぐってしまうほどに。

やっぱり強い。

改めてネギと承太郎はタカミチの強さを認識していた。



停電まで、残り12時間30分。








「起立ーっ、礼!」

「「「「「おはよーございまーす!!」」」」」

「あ、どーも。それでは、英語の授業を始めます」

「教科書の続きのページは覚えているな? 今日は例文の和訳を重点的に行う」

教室に入ってすぐに鳴滝……ええと、最前列に座っているから姉の風香が、日直なのかきちんと挨拶をしてきた。

教室の皆も併せて挨拶。

2か月もネギ&承太郎の授業を受けているのだ、この辺りはしっかりやらないと後が怖い事を身を以って知っているようだ。

超密度の承太郎式詰め込み授業。あの悲劇を繰り返さないために、承太郎が居る時の3-Aの大人しさといったらない。

新田先生曰く『最近の3-Aは借りてきた猫どころではない』とのこと。

そんな(表面上を整えているために)礼儀正しい生徒たちを見て微笑みながら、今日も今日とて授業が始まる。

とその前に、教室の後ろで頬杖ついている生徒に突っ込みを入れる。

「エヴァンジェリンさん、体の具合はどうですか?」

「……昨日世話になったから、風邪は治ったよ。世話になった借りだ、授業くらい普通に受けてやる」

「出来れば毎日きちんと出て欲しいんですけどねー。でも確かにエヴァンジェリンさんじゃ英語は楽しくないですよね」

それでは授業を始めます、と会話を切り上げるネギ。

そこからは至って何時も通りの授業が始まった。

(ほう……ここまで落ち着いていられるか。フフ、今夜は楽しくなりそうだ)

決闘当日だというのにここまで自然体でいるため、エヴァは若干ではあるがネギの評価を上方修正する。

夜が楽しみで仕方が無くなってきたのか、にやりとエヴァが笑った。

世話だの何だのという言葉が気になったためにエヴァの方へ振り向いていた生徒は、人によって様々な反応をしていた。

(風邪の世話をネギ先生が!? う、うらやましいですわ!)

あやかは平常運転で突っ走り。

(へー。エヴァちゃんってあんな風に笑うんだ)

桜子は余り話した事の無いクラスメイトの意外な表情を見て感心し。

(ああ、今日の依頼は断ればよかったかも。ゆっくり見学したい)

(お嬢様の護衛も大事だが……クッ! 強者の戦いは是非とも見たい! 私はどうすれば……)

(やべーッスよ! なんかあの吸血幼女、えらい気合入ってんじゃないのー!)

クラスに居る魔法関係者は各々が今日の仕事へのモチベーションを上げ下げしていたりした。

一方でその話題の渦中に居る者たちはと言うと。

(なー姉さん。このクラスって俺っちが考えていた以上にヤバいかもしれないッス)

(授業中に話しかけてこないでよ、エロオコジョ。つーかネギの所にいなさいって。んでヤバいって何が?)

(ああ、話はするんですね、授業が分かんないから……ストップ! 鉛筆は刺すもんじゃないですってば!
あ、あのですね、明らかに『表』じゃない方々が居るっぽいんでさ。ものっそいこっち見られとりますし。人外魔境とはこの事ですぜ)

(ああそんな事ね。諦めが肝心よ? 認識阻害が薄れてから分かったけど、このクラスって他のクラスに比べたら『おかしい』のよ。
まるで漫画だか小説みたいに『個性的過ぎる面々が多い』の。これも『引力』なのかしらねー)

(かしらねーって……なんかもう兄貴が強くなった理由が分かった気がしますわ)

明日菜とカモはクラスのヤバさを改めて認識し。

『退屈でござるなー』

シュパッ。

『眠ったらまた先生にチョーク投げられるアルよ?』

シュパッ。

『こ、今度は受け切って見せるでござる』

シュパッ。

『受け切れないに食券3枚アル』

シュパッ。

楓と古菲は超高速で手紙を飛ばしながら筆談し。

「くかー……」

「ボソボソ(おい徐倫、せめて寝るなって!)」

英語を学ぶ必要のない徐倫はふてぶてしく寝ていて、千雨は承太郎がいつ爆発しないか戦々恐々。

(話し相手が近くに居ません……)

窓際最前列のさよは寂しく真面目に勉強していた。

こんなことしていたら承太郎が怒るのも無理は無く。

「……授業は真面目に受ける事だ」

さよを除きカモを含めた11名に向かって、腕の動きに合わせてスタープラチナを動かして、もう使えないくらい短いチョークを一斉に投げた。

ヒュン――パァン!

「「「「「「「「「「「あ痛ッ!?」」」」」」」」」」」

吸い込まれるようにチョークは各々の額に飛んでいき、着弾した瞬間にチョークが勢いで爆ぜた。

何人かは見切れそうなものだが、教室で目立つ得物を持っている者は防ぎようが無く、教室で目立たない得物を持っている者にはピンホールショットの如く、一つの弾の後ろに複数発重ねて投げ付けていた。

正面からでは一発しか見えないので、初弾を防いでも意味が無いのだ。

ちなみにこの高度な投げ方で投げ付けられたのは4名である、誰とは言わないが。

生徒の3分の1が額を押さえる、至って平和な授業風景であった。



停電まで、残り11時間。








「ふぇ、ひょうのふぉれらももふぃぶぁはほほよ(で、今日の俺らの持ち場は何処よ)?」

「食べ、な、ながらし、喋らないでください……よ。えーと……ホル・ホースは麻帆良大橋付近……です」

「ゴクンッ……おお! 特等席の近くじゃねぇか! ヒヒヒヒッ、気合入れて仕事すっかー!」

「しかも承太郎先生もいますから、た、多分最速です」

「んで俺は何処なんだボインゴ?」

「に、兄さんは何時も通り、学童保育の停電お泊まり会に参加する子供のお守です。戦闘能力が無いと楽……だよね」

「安全なのはいいことだろ、どう考えたって。給金に危険手当が入りにくいのはあれだけどな。
そういやガンドルフィーニの娘も今年で小学校に入ったせいか活発になったし、学童保育は元気な子供が多いんだよなー。
停電の間、大人しくしてくれるかどうか不安だぜ」

「あん? 弐集院とこの娘に抑えてもらうのはどうなんだ? あんなにちっこいのに凄まじい幻術使うじゃねぇか」

「幻術は使えても引っ込み思案だからなぁ、あの子。そういった事に使いたがらねぇだろ」

「なんか良い子はいないのか?」

「うーん……あ。そういや良いのが居たな、『表』だけど」

「『表』じゃそこまで意味ねぇだろ。」

「ガンドルフィーニの娘だって『裏』を知らねえから『表』だろうがよ」

「そういやそーだな」

「話を戻すけど、アメリカからの留学生で小学一年の男子が居るんだが、あいつは皆をまとめるのが上手いな。
この前も手品をやって幼稚園クラスの奴らからすっげぇ寄られてたし、あいつに抑え役頼むかな」

「へぇ。僕の小さいころとはせ、正反対な子供ですね」

「いや、結構似てるぞ。その男子も変におどおどしてるし。
でもやっぱガンドルフィーニの娘が一番リーダーしてんだよなー。あの父親にしてこの娘あり、ってな」

「「正義感?」」

「正解。固っ苦しい大人にはならないで欲しいなー」

「……お前事務員じゃなくて保育士とかの免許取ればいいんじゃないか?」

「残念、もう3月に取った。久々に猛勉強したぜ」

「というかホル・ホースはし、知らなかったんですか?」

「知らねー。最近はデート以外のメールは流し読みばっかりだったしな」

「仲間がいの無い奴め。しっかし年齢がそれなりに高い独身教師が居て良かったよな。んでどうすんだ?」

「何が?」

「結婚とかどうすんだ、って話だよ」

「……ここ最近それで悩んでんだよ。
向こうからのアプローチはまんざらでも無いんだが、本当にこいつの相手が俺でいいのか、って思っちまって」

「い、良いんじゃないですか、彼女と一緒にここに骨を埋めても。
僕はこの街で出来る限り過ごしたいですし、知り合いが多ければ僕としても助かります」

「俺もボインゴに同意だ。飯は上手いし給金も良い、職場は最高に楽しい。根無し草が根付いても良い場所だと思うぜ、ここは」

「……どうすっかなー」

「「あーあ、リア充爆発しないかな」」

「うるせぇ! 兄弟揃って言うな! 悔しかったらお前らも良い女を見つけろ!」

そんな感じの、食堂棟で飯食ってるスタンド使い3人の会話。



停電まで、残り7時間30分。








「うーむ……麻帆良大橋周辺はホル・ホース君で事足りるとして、そこから若干離れたエリアが問題じゃのう」

学園長室で、本日の警備員の配置図を見る学園長。

麻帆良を真上から俯瞰で撮影した写真を使い、地形の状況を完全に把握できる地図を使っているのだが、これがどうにも作戦を立てづらい。

麻帆良周囲を固める自然の城壁である森が、完全包囲戦が発生する今日の様な場合にネックになっていた。

何せ森だ。

地形を把握しようにも上空からでは分からず、分かった所で呪術師に比べて魔法使いは、森の様な地形が魔法の飛び方を阻害するために戦いづらい。

広範囲殲滅出来る大掛かりな魔法ならその限りではないが、そんな事をしたら隠蔽が大変になり過ぎる。

「木々の間が狭い森林部分には近接格闘CQCが得意なガンドルフィーニ先生を配置したは良いが……。
タカミチ君でカバーするにも本隊が来るだろうポイントに配置しておるから難しいことこの上ない」

人材不足じゃのう、としみじみ思う。

かつての大戦で多くの若者や実力者が散った影響が、未だに色濃く残っている。

元々が人数の少ない魔法使いなのだから、千人単位で死者が出たのなら、その影響は後々に大きく響く。

「若い人材はしっかりと育てればよいのだが、どうも魔法世界の育て方は性に合わんしのう。
上部からの要請でネギ君に執り行なってみれば、師匠たる空条先生に引っ張られ過ぎて成長しすぎるし……」

今の魔法世界は新たな『英雄』を求めている。

ただし『自分たちで意のままに動かせる』という条件付きだが。

そんなものを求める理由は明白で、間違いなく大戦時のナギの影響だろう。

結局ネギをこのように――現実的な考えを持つように――成長させてしまったため、試練に逐一口出ししていた魔法世界の協会幹部は一掃されるはずだ。

無論そうなるようにわざと従い、鬼札として承太郎を入れたまでだが。

「フォフォフォ、そう考えるとこれはやはり成功なのかもしれんな。
このまま成長すれば本当の意味で『立派な魔法使いマギステル・マギ』になるやもしれん。
思想や組織に縛られない、その時その時に『正しい』と万人に思われる行動……まあナギと同じか」

やはりあの男は英雄じゃったの。

そうため息をついて地図を仕舞おうとし。

ジリリリリリリ。

慣れ親しんだ電話のベルがワンコール分鳴ったので、すぐに受話器を手に取った。

「もしもし、学園長の近衛近右衛門じゃが……」

――この電話のおかげで、停電時の警備の配置が大きく変更されることとなった。



停電まで、残り4時間。








スーパーの店員がレジでてんやわんやになっているのを横目に見ながら、宮崎のどかはカゴを乗せたカートを押していた。

傍らには綾瀬夕映が居り、時折新製品の中でもキワ物と思われる品物を手にとって概要を眺めている。

もう一人のルームメイトである早乙女ハルナはお菓子コーナーに向かったきり、こちらの方に合流して来ない。

おそらく漫画の資料用に使う食玩をサーチしているのだろう。

たまにのどかは自分をお母さんみたいだと思う。

(見た目から言えばクラスの千鶴さんの方が似合って――危ない。考えただけでも何故か千鶴さんは現れるんだった)

考えを頭から消して、またドリンクコーナーに向かおうとする親友に声をかけた。

「もうー、ゆえってばそんなもの見て無いで手伝ってー」

「いえ、新作ドリンクの『クリームイチゴ大福』が気になって……」

「……それドリンクなのかな」

名前だけ聞けば意外と飲めそうではあるが、それでも手を出したいとは思えない。

なんでこう自分の親友はこういった変な方向にチャレンジしようとするのだろう、とのどかは内心でため息をつく。

「早く缶詰めを買わないと売り切れちゃって、ハルナが怒るよ? 『停電といったら缶詰めでしょうがー!』って」

「むう。それは確かに困るのです」

「でしょ? ……もう罰ゲームと称してのべた塗り手伝いは嫌だよ……」

もう一人の親友は漫画家を目指して――いや、既に同人誌で活動しているためにセミプロである。

彼女の絵は非常に上手く、作成スピードも恐ろしい程早い。

だが妙な点で怒ったりして、よく分からない罰ゲームをやらされることが何回かあった。

「同意です。しかし何で一瞬で終わらせられる作業を私たちに手伝わせるのか、全く持って理解不能です」

「なんでも『今度書く作品の参考のためにやらせた』って言ってた」

それを聞いて夕映は沈黙。

そしてそこから導き出される、今の時期を考えた場合の最悪を口に出した。

「……今回ハルナの機嫌を損ねたら、『夏の祭典用』のネタにされるかもしれないです」

「…………」

否定できなかった。

彼女は身内でも構わずネタにするきらいがあるので、一度でもそう考えたのなら本当にやるだろう。

『リアリティこそが作品に生命を吹き込むエネルギー』だと言っているハルナは、一度動き出したら止められない。

自分と夕映で半裸もしくは全裸で絡ませられる事態を空想しようとして――後でぎくしゃくしそうだから止める。

だが考えた事は一緒だったのか、赤いのか青いのかいまいちよくわからない顔色をお互いに向き合わせ、互いに頷く。

そしてすぐさまのどかと夕映は缶詰めコーナーへと足を向け、一気に加速した。

「「缶詰を確保しなきゃ!」」

棚と棚の間に居た店員から「店内で走らないでくださーい」という声を無視して、2人は普段はあまり使わないコーナーへと前進するのだった。



停電まで、残り2時間半。








「これで前準備は完了か。あー、どうにか間に合ったし、つっかれたー」

自室でパソコンと数時間にらみ合っていた千雨が、首をポキポキ鳴らしながら肩を回す。

ここ数日はそんな作業の繰り返しだったので、今までの疲れが出てきたというのもあるのだろう。

「お疲れ、千雨。コーヒーでも飲む?」

「いや、停電前に風呂入っておきたい。コーヒーは停電直前に飲むわ」

「夜食はどうしますー?」

台所の方からさよの声が聞こえてくる。

どうやら今日のネギとの対戦を見ながら食べるためのサンドイッチを作っているようだ。

手を出せず、手を出されないため、完全に観客として大橋に向かうつもりらしい。

そんなさよの様子に苦笑しながら、千雨は肯定の意を返す。

「卵サンドで頼む」

「りょーかいでーす♪」

「あははは、本当に気楽なもんよね」

徐倫はどうにも今の状況がおかしいらしく、カラカラと軽快に笑った。

つられて他の2人も笑った。

優しい笑顔が満ちる空間。

もうすぐこの部屋は、4時間にわたる戦場への入口に変わる。



停電まで、残り30分。








「くかー……」

「むにゅう……」

「すまないでござるな、風香、史伽。拙者が部屋に居ない事がばれるのは問題故、明日の朝まで眠っていてもらうでござる」

普段なら双子の姉妹が元気に部屋でゲームなりなんなりをしながら騒いでいるものだが、今日は恐ろしい程に静かである。

理由は先に本人が言っている通り、同室である楓が2人を眠らせたからである。

本来忍者としては首筋に当て身でもして気絶させた方が楽なのだが、友達に手を下す事を良しとはしない彼女は睡眠香で部屋を満たして穏便に眠らせる事にしていた。

姉妹にはアロマキャンドルとして言っておき、停電間際に電気を消して先に付ける。

始めの頃は幻想的なアロマキャンドルの火と甘い香りにキャッキャしていたが、ものの数分で深い眠りへと落ちて行った。

後は風邪を引かないようにベッドへと運び、継続して眠るように部屋にアロマを移して置いておく。

「さて、千雨殿の部屋に行くでござるか」

戦闘服である忍者装束に身を包み、一切の気配と音を発しないままに部屋を抜け出す楓。

寮の廊下から見る外の景色はまだ明るいが、後数分で全ての明かりが消えるだろう。

間もなく、本当の夜が訪れる。

「~♪」

職業柄のために闇に紛れることの多い楓は、久方ぶりの本当の暗闇に微妙に嬉しさを感じるのだった。



停電まで、残り2分。
















【――こちら放送部です。これより学園内は停電となります。
学園生徒の皆さんは、極力外出を控えるようにして下さい……】

ザザザッとノイズが走り、放送がぷっつりと消える。

と同時に時計塔が8回鐘を鳴らし、午後8時を告げた。

学園内の光源が一斉に消え、幾つかの寮からは「うおー」だの「キャー」だの叫び声が聞こえる。

だが一般生徒は決して外には出られない。

そうなるように、魔法使いは各寮の周囲に結界を張っていた。

だからこそ心おきなく、前線で戦えるというものだ。

――停電開始。



決闘まで、残り3時間30分。
















「封印結界への電力停止確認――予備システムへの介入及びハッキング開始……」

桜ケ丘のログハウス内。

本来なら電気が切れてしかるべきなのだが、この家の中で唯一パソコンだけが通常の電源から電気が供給されていた。

詳細は省くが、彼女らへの協力者によって設営された緊急電源と強制介入LANが、ログハウスに存在する。

協力者曰く「これくらいなら手間でも何でもないヨ」だそうで、お言葉に甘えて存分に活用していた。

「……ハッキング成功しました。すべて順調……これでマスターの魔力が完全に戻ります……」

パソコンをカタカタ動かす機械仕掛けの従者は、心なしか嬉しそうな表情を浮かべて作業を終える。

――表情と言っても、普段の能面のような無表情から数ミリしか違いは無いのだが、それでも驚くべきことである。

ハカセがこの様子見たら軽く発狂するだろう。ありえない、とか叫びながら。

ただしまだまだ未完成な人工の心は、まだそこまで多くの感情を自発的に感じる事は出来ない。

だからだろう、この状況が所謂『御膳立てされている』ことに気付かなかったのは。

機械仕掛けでありながら日々『成長』する従者はこの夜、『悔しい』という感情を覚えることとなる。



決闘まで、残り3時間27分。








麻帆良外周部の森の中、魔法使いと侵入者は大規模な戦闘を行っていた。

「今だ! 魔法の射手サギタ・マギカを一斉に放てッ!」

「ぐああぁ!? くっ、くそ、報告と違う! 麻帆良の連中は甘ちゃんばかりでは無いではないか!」

「当り前や、相手は『都市の未来』を守っているんや。過去にしがみついていたら負けるに決まっているやろが」

「ええい黙れ黙れ! お主もさっさと攻撃せぬか!」

「はいはい……」

侵入者である西側の呪術師の一人である50歳を超えているだろう男性は、目の前に広がる光景に愚痴を吐くしかない程に追い詰められていた。

頭の中はどうしてこうなったのかという疑問と、私は実は弱かったのかという自問で満ちていた。

そんな中、鬼気迫る表情で術を使っている中年男性の近くには、飄々とした30代半ばの男性がいた。

光源の存在しない暗闇の中でグラサンをかけ、いかにも陰陽師!といった格好をしているのがちぐはぐに見える。

このグラサン呪術師、飄々とした見た目からは分からないが地元ではかなりの実力者として名が通り、実際大きな戦果をあげて関西呪術協会の長である近衛詠春にも直々に賛辞を貰った事もあるのだ。

それもあってか、彼自身の中では協会に不満など無い。

……不満は個人としては無かったのだが、生憎と彼が生まれた家が悪かった。

『東にお嬢様を渡した裏切り者』。

詠春の魔法協会との折り合いを非難する者は組織の中でも割と居る方である。

彼の生まれた家は、不幸な事にその中の一つだった。

だからこそ今回の件はそんな彼にとっては不服であり、適当に下級の鬼を2、3体召喚したうえで、頃合いを見計らって降参しようと思っていた。

本来の得意分野である紙飛行機型の式紙は1枚も使っていないことからも、彼が手を抜いているのが良く分かった。

『どうするんや、術者のあんちゃん。わいらもかなり押されてきとるんじゃが』

「適当に戦って送還されろ。今度酒飲ます為に召喚してやるから」

『かか、けったいなやっちゃのー。そや、あんさんを気に入ったからワイを式神にしてくれんか?』

「何体かもういるんやけど……考えとくわ」

下級の鬼を召喚したはずなのに出てきてしまった結構な力を持つ鬼と会話しながら、頃合いを見計る。

チャンスはもう少しで来る、彼の直感がそう言っていた。

木陰に隠れながら魔法の射手を防ぎ、近くに居る彼の父親の無様な姿を確認し続ける。

そうして数分が立った頃、チャンスが到来した。

「ええい、こうなれば玉砕覚悟でッ!!」

父親は木陰から身を乗り出そうと、息巻いて呪符を手に持つ。

意識が前にしか向いていない今こそが好機!

その瞬間に、式神にしてくれと言っている鬼に指示を出し、手に持つ棍棒の柄で父親の首筋を殴らせた。

即座に昏倒――という事は無く、障壁に阻まれて大部分が阻害されていたがしかし、歩けなくなるくらいには脳に振動が通っていたようだ。

「な、何を……?」

茫然とつぶやく父親を見下すように立ちあがり、少々ずれていたサングラスをかけ直す。

「何をやあらへん、クソオヤジ。あんたの考えはもう古いんや。
ちぃっとばかし遅くなってしもうたが、今この瞬間からわいが当家の長になる」

「貴様ッ! 私を裏切るのか!?」

「あー、ちなみにかーちゃんやあんた以外の家のもんには全員同意を貰っとる。『討魔師としての本分はどうした』ってな。
ついでに言えば魔法協会との個人的な繋がりを作れとも長に言われとる」

裏切ったのは家全体。

こうなってくると全体の意見を無視してこのような蛮行に及んだ父親こそが裏切り者だ。

しかも背後には西の長までいる始末。

それを理解した父親は青ざめ、命乞いをしようとしたが……。

「眠っとけ。起きたら檻ん中や」

これ以上の無様な姿を見たくないがために札で眠らせたのだった。

「……かーっ、まったくもってしんどいわ。ああ、鬼さんは白旗振れ。
今までの俺の行動を記録した式もあるし、うちの家の総意を書いた書簡もある。なに、変な目に遭いはせんやろ」

そう指示出しして、父親をぞんざいに肩で担ぐ。

無駄に重いが捨て置く訳にも行くまい。

「さーてと、ちゃっちゃと学園長にお目どおりして、長の仲間の息子さんがする戦いでも見させてもらうか」

彼は西の長と直々に会っている。ともすれば、昔の話を聞く機会もあっただろう。

本当ならば参加するのも嫌だったこの戦いに参加した理由は、それも目的に含まれていたためだった。

(それに、長と親しい安倍や百手との関係も早く修復したいしの)

父親の言動によって自分の交友関係も少なからず壊されたのだ、少しくらいは良い思いをしても罰は当たるまい。

彼――叶見人(かのう けんと)は、白旗を振る鬼に続いて木陰から出るのだった。

「おーい、魔法使いはん。うちは降参しますさかい、攻撃やめてーやー」



決闘開始まで、残り1時間35分。








別の地区、森林の中でも木々がまさしく乱立しているとも言うべき場所。

木と木の間がある所では1メートルも無いこの場所で、黒い死神が次々と侵入者を刈り取っていた。

「がっ!?」

「何ッ!? ど、どこから攻撃が!?」

「…………」

死神は声も発せずに、ただ淡々と手に持つナイフと拳銃で相手を無力化して行く。

ナイフは召喚された鬼や妖怪を切り裂き、発砲された銃からは魔法で特殊な処理を成された強化ゴム弾が飛び出して人間を昏倒させる。

時にはナイフを首に突き付けて戦意を喪失させ、捕縛魔法で身柄を拘束させたりもしていた。

驚くべきはその一連の行動、全て『スーツを着用して行っていた』事だろう。

動きにくいスーツを着ながら森の中を認識外の速度で動き回る。

――実際にはそこまで早く無く、相手の視線と視線の間を縫うように移動しているためにそう感じているだけなのだが、見えないという事実だけ分かれば侵入者は理解する必要は無い。

「ち……畜生……『黒い死神』か……」

「…………ふぅ、終わったか」

やがて周囲に居た召喚された化け物はすべて倒され、召喚していた侵入者もこの地区にいる者は全て捕縛された。

そうなってやっと死神は一息つき、声を発した。

気配を何時もの状態に戻し、得物をスーツの下に装着しているホルスターに仕舞いこむ。

「終わったか、じゃないですよ。どうしたんですかガンドルフィーニ先生? なんかいつにも増して気合入っていますけど」

「……瀬流彦先生か。いきなり現れないでくれ、肝が冷える」

「あっ! す、すみません! 援護用に気配とか音を遮断する結界を張ってまして……」

「まったく、スーツの下から銃を撃つ所だったよ」

「は、ははは……危なかったぁー!」

見れば死神――ガンドルフィーニは何時の間にかスーツの下に手を入れて得物を掴み、何時でも背後に向かって撃てる態勢だった。

危うくゴム弾を喰らう所だった瀬流彦は、どっと汗を流した。

先程までの2時間以上の戦いでもここまで汗はかかなかったというのにだ。

余程敵に回したくないと思っているのだろう。

「しかしガンドルフィーニ先生も『黒い死神』なんて呼ばれるようになりましたか。なんか感慨深いですねー」

「やめてくれ恥ずかしい。娘もいるんだ、もう少し大人しい感じの異名の方が良かったよ。
それに同じ死神という異名でも『笑う死神』には絶対に勝てないからなあ」

「分野が違いすぎますって。ガンドルフィーニ先生は対人特化、高畑先生は対軍特化ですから」

「……いずれは一本とってみたいものだ」

そもそも彼がスーツを着て戦う事になった理由はタカミチによる影響が大きい。

かつて『英雄』ナギ・スプリングフィールドが所属していた団体『紅き翼アラルブラ』。

そこにタカミチは所属し、かつメンバーの一人であるガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグの愛弟子として修行をしていた。

話を聞くだけでも分かるくらいに恵まれた状況で育ったタカミチが弱い訳が無く、今現在の麻帆良において学園長の次に強いと言われているほどの実力者となった。

そんな彼は戦いに出る際に必ずスーツを着用して戦うのだが、ガンドルフィーニは始めは「この人、頭おかしいんじゃないか」と思っていた。

実際にその通りだろう。

柔軟に動くことが必要とされる戦場へとサラリーマンのような格好で出向くのだ、どう考えても非効率極まりない。

だがタカミチはその認識を戦場で覆させた。

常に微笑みを浮かべながら前進し、両腕をポケットに入れたまま眼前の敵を薙ぎ払うその姿。

高速移動しながら敵の懐に潜り込んで、スーツに一切の傷も汚れも付着させずに生還するそのあり得なさ。

麻帆良に赴任したての頃のガンドルフィーニに強烈に焼き付けられることとなったその光景。

その影響から、次の戦い以降にガンドルフィーニはスーツ着用で戦う様になった。

もちろんCQCに最適とは言えないために無理やりスーツでも動けるように基本動作を改良するという困難もあったが、今ではそれも良い経験だったと思える。

そして、憧れは何時までも抱いておくものでは無い。

次に行うべきは憧れに追いつく事、そして追い抜く事。

何度か模擬戦をやってもらった事もあるが、かつて戦いの中で見た大技を一つも引きだす事が出来なかった自分が嫌で、とにかく修行に打ち込んだ。

それなりに強くなった今でもタカミチに勝てるレベルでは無い事は分かっているが、諦める気はさらさらない。

「まあガンドルフィーニ先生は強くなるよりも先に、奥さんや娘さんにかまってあげる方が先決ですよね」

「うぐっ……た、確かにそうなんだが」

諦める気はさらさらないが、ここ最近は家族の方が大事だったりする。

家庭を持つと色々と大変そうだ。

――ゴォアッ!!

とその時、他愛も無い話をしていると、遠くから怖気の走るほどの魔力の発生を感じた。

思わず得物を取り出し、身構える2人。

しかしその発生した方向を見て、ああなんだ、と警戒を解いた。

「……まったく、驚かされる。あんな者に『英雄』は勝てたと言うのか」

「学園長でもギリギリ勝てないレベルだそうですから……味方だとしても恐ろしいものがあります」

「全くだ。だが、この時ばかりは感謝せざるをえまい」

「同感です」

ガンドルフィーニは緩んでいた己を引き締め直し、瀬流彦は防御用の魔法を重ねがけし始める

何をいきなりと思うだろうが、こればかりは仕方が無い。

『なんや今の力は!?』

『アホウ、声出すな! 隠遁の呪符の効果が切れるやろが!』

何せ自分たちの周囲に呪符の効果で姿を消していた鬼が大勢居たのだから。

どうやら今の魔力の波で動揺したために効果が切れてしまったようだ。

もしあの魔力が発生しなければ今頃2人はミンチにされていただろう。

「やれやれ、休めると思ったんだが」

「というよりこのざまと言ったらないです。この件は秘密という事で」

「互いにこれは恥ずかし過ぎるしな。……やはりもっと強くならなければ」

「あはは――っと、来ます!」

2人に気付かれた事は分かり切っているため、先手を取ろうと鬼の一匹が攻撃を仕掛けてくる。

それを難なくかわし、お返しとばかりにナイフで両断し、とどめに魔法の射手で吹き飛ばす。

若干八つ当たりも入っているようだ。

「さて、悪いけど消えてもらうよ。妻と娘を永遠に待たせる訳にはいけないのでね」

「先生、それ死亡フラグ……」

瀬流彦の突っ込みを無視して、ガンドルフィーニは敵のまっただ中へと躍りかかった。



決闘まで、残り50分。








様々な形の杖、怪しげな色をした薬品の入った瓶、一見すると玩具にしか見えない形状の銃、宝石があしらわれたネックレスや指輪といった装飾品、等々etc……。

床に並べられたのは今まで個人的に集めていた魔法道具マジック・アイテム

それらの中でも特に攻撃的な効果を持つ品物が今夜、好事家が聞けば卒倒されるくらいに大盤振る舞いされる予定だ。

「それじゃあアスナさんにはこれとこれ、あとこれですね」

「結構軽いのね、これって。しっかしこんな物があんなにアホみたいな威力になるなんて思わないわよ」

「だからこそ魔法使いの強さは見た目に寄らないって言われるんすよ。よく考えると非常に怖い事だけどなー」

「でも子供の頃は誰もが『立派な魔法使いマギステル・マギ』を目指すのでその辺の道徳は教え込まれますけど、結局使い方次第です」

「まあそれでも犯罪者は出てるんだものね」

ネギと明日菜、そしてカモが自室で、その床に広げられた品々を装備し始めていた。

ネギはローブやカジュアルな服装にベルトやホルスターを付け、全身が武器庫といった様相である。

明日菜は普段着ない様な派手な服装に身を包み、おっかなびっくりで二品ほどをその身に付けていた。

カモは銀色のリボン状の物体をいそいそと不思議空間に収納していた。

「これでよし、と。防御面が若干不安だけど、仕方ないわよね」

「防御効果のある装飾品を身に付けると、アスナさんの魔力無効化能力で壊しちゃうんですから仕方ないです」

「……若干むくれてない?」

「いえ……少ーし高かった品物だったもので」

「魔法の射手数発分に耐える装飾品って結構高いんですぜ、姉さん」

趣味が道具収集のネギとしては、使われるのならばせめて戦いの中で壊れて欲しかったと思っている。

だというのに準備段階で粉砕、機嫌が悪くなろうものである。

「まあ死蔵していた物ですから、勿体ないなーってだけですね。『使えるものは使えるだけ使え』って空条先生にも言われていますし」

「そ、そう。……あんたってば強くなったわよねー」

「確かにそうッスね。見違えるという言葉がここまで相応しいのも珍しいですし」

「そうですかね」

「そうよ」

「そうッス」

些か子供じみたやり取り――実際に子供の方が多い――をする3名。だが普段と比べてみると少しばかり固い印象が見られる。

……仕方ないと言えば仕方が無いかもしれない。何せこれから『決闘』をしに行くのだから。

文字どおりの意味で生死をかけた戦い、否応なく緊張せざるを得ない。

しかし、諦める気は毛ほども無かった。

予定していた品物全てをその身に装着し、ゆっくりと立ち上がるネギ。

手には愛用の杖、目には強い輝き、たとえ負けようとも最後まであがき続ける意志。

準備が整った。

「……行きましょう」

「ええ、行くわよ」

「しっかりとついて行くッス」

ベッドで眠っている――否、『眠らせた』木乃香を横目で見て、「朝までには帰ります」と聞こえるはずの無い約束をする。

それで十分。

これで帰ってくる理由が出来た。

さあ、戦おう。



決闘まで、残り30分。
















そして……。

「満月の前で悪いが今夜ここで決着を付けて、坊やの血を存分に吸わせてもらうよ」

「そうはさせませんよ。僕が勝って、エヴァンジェリンさんに悪い事をするのをやめてもらいます!」

麻帆良大橋に、役者がそろう。



決闘まで、残り30秒。



┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/



後書き:
ほのぼのとしていそうでしていない『表』、殺伐なのか緩いのかよく分からない『裏』。

それぞれの日常や戦いはさわりだけですが、多くを語られなくてもそれぞれのストーリーがある事を表現できたでしょうか。

特に後半はスタイリッシュにしてみました。

あ、途中で出てきた叶見人は『もて王サーガ』に出てきた討魔師です。



[19077] 33時間目 真夜中の闘劇①
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2010/12/26 10:26
4月17日火曜日深夜11時15分、麻帆良外周部に位置する麻帆良大橋直前。

後10分ほどで決闘が始まり、そして何らかの形で決着をつけねばならない。

それは生かそれとも死か、はたまたまだ見ぬ決着がつくのかは分からない。

だが日付の変わる0時には、自分を取り巻く環境が変わっているだろうことだけは、ネギにも明日菜にも、そしてカモも感じていた。

どう転んでも益になる事など殆ど無い事も理解はしている。

……いや、益ならあるか。この決闘を通して生き残れたのならば『強くなれる』。

修業の身である自分にとって、これ以上ない程の益となるのは明白だった。

ここにきてやっと、麻帆良の安全を最優先すべきはずの学園長がこの決闘に干渉して来なかったのかが理解出来たネギ。

思わずため息を吐いてしまい明日菜に軽く心配されるものの、「大丈夫です」としっかり目を見て返しておく事にした。

変な所で心配させる訳にはいかない。その心配が思わぬミスへと発展するのだから。



『不確定要素は出来る限り排除すべきだが、絶対に心は排除してはならない』



承太郎から散々口が酸っぱくなる程に言われた言葉だ。

不確定要素の排除はネギにも簡単に理解することが出来た。

しかし心を排除してはならない、という部分は最初は何を言っているか分からなかった。

確実性を求めるのなら機械のように動くべきではないか、と。



『その考えはある意味では正しい。だけど考えてみてくれ。魔法でもスタンドでも、そして単に生きる上でも、心を捨てたものに力は与えられない。
相手がどんな力を持った化け物だとしても、精神的な壁だったとしても、最後に勝つのは心を捨てなかった者だけだ。
ならばそれは何故か? それは心こそが人間の可能性そのものだからだ』



魔法もスタンドも、そして生きる上でも、力というものは単純なエネルギーだけで発生するものでは無い。そこには必ず心が作用する。

ならばこそ、機械のように動くのであれば十全な力が発揮されないのは当然の事。

淡々と何も考えずに動いて最高の結果が出せるのならば、人間に感情なんてものは必要ない。

そして心があるからこそ、人間は困難に立ち向かう事が出来る。

単純だからこそ人が見失う原点。それを再認識したネギは、一先ずこの戦いだけは漆黒に飲み込まれたりはしない。

殺意だけではエヴァには決して勝つ事は出来ない。

勝つために必要なもの、それは――








「……来たか、ネギ君」

「……空条先生、それに皆さん」

承太郎、徐倫、古菲、楓、さよ、千雨。

麻帆良大橋の端の方へ到着すると、橋へ行くのを塞ぐように、親しいスタンド使いが立っていた。

邪魔をするためでは無く、助太刀する訳でも無い。

ただ一つ、最後の意思確認のために彼らはそこに立っていた。

「いよいよ決闘という訳だが、覚悟はできているな?」

「愚問ですよ空条先生。覚悟が出来ていないなら、そのまま部屋で寝ていれば良いんですから」

どうですこの装備、とか言いながら承太郎に己の姿を見せる。表情を見れば少しだけ四つ角が立っていた。

……どうやら承太郎に子供扱いされたのがお気に召さなかったようである。

「まったく、装備を見せたいのか怒ってるのかどっちかにしなさいよ」

「そういう明日菜の恰好も凄いわよね。クールだわ」

「あーこれ? 仮契約パクティオーカードの着せ替え機能で作った奴なのよ」

明日菜の恰好はなんというか派手としか形容できない格好だ。

全身真っ赤な服に赤いコートで、コートの下にはネギの部屋で身に付けた道具が二つ。

まるで悪魔が泣いて許しを請いそうデビルメイクライなド派手な衣装だった。

流石に派手すぎるし、男装っぽい服だからだろう。まじまじとクラスメイトに見られて恥ずかしそうな様子だ。

……千雨だけは見る目が違っていたが。

さておき、そんなネギと明日菜の年相応らしい様子に苦笑しながら、各自が一言ずつ声をかける。

「ネギ先生。ぶっちゃけ私は魔法使いは嫌いですけど、ネギ先生はそれなりに好きですよ。だから勝って下さい」

「あはは……一応激励として受け取っておきます」

千雨は何故か疲れた表情でおざなりな激励を送る。

普段の彼女を考えればこれでもかなり気合を入れた激励なのだが、いかんせんそれを察知できるのは同室の2人だけだった。

「拙者らは言う事は一つだけでござるな」

「そうアルね。『やるなら勝て』、それだけアル」

「はい! 修行の時に教わった方法で、絶対に勝ちます!」

師匠である2人からは単純かつ効果的な言葉。

これで結果が出せなければこの2人の顔に泥を塗る事になるため、否が応にも勝たなければならないプレッシャーがかかる。

しかし『この程度』のプレッシャーに負ける位なら先など無い。だからネギは必勝を口にした。

「私は戦いに行くのをやめろ、とは言いません。ネギ先生らしく、信念を貫きとおして下さい」

「あたしも同様。直接手ェ出せない分、あんたに託すわ。欠片残さず吹き飛ばすくらい頑張んなさいよ」

「はい、最後まで僕の思いを、エヴァンジェリンさんにぶつけます!」

さよは人として出来る最善の策を、徐倫は過激ではあるものの彼女らしい応援をネギに渡した。

裏表の無いストレートな応援。単純とも言えるが、単純な分だけ大きく心に響く。

「わたしからは特に言う事は無い。だが、心構えを忘れてはいないだろうな」

「大丈夫です、忘れませんよ」

承太郎は既に送るべきものを送っている。だから、本当に確認だけ。

勝つために必要な、最大の武器の。

「『勇気』とは『怖さ』を知ること、『恐怖』を我が物とすること。
『勇気』は無謀な行動を賞賛するためのものではない。『勇気』とは、怖さを知った上でそれをねじ伏せる強さ……ですよね?」

「グッドだ。そして『絶対に思考を止めるな』、そして『躊躇うな』。もはや体に嫌というほど刻み込んでいるだろうがな」

「それはもちろん」

日々の修行で刻み込まれたその心構え。以前の楓との戦いではそれを怠ったがために手痛い敗北を喫した。

今度こそ、迷わない。それが受け持ちの生徒を傷つける行為だとしても。

敵という存在は時と場合で簡単に変わる。ならば今日だけは、エヴァンジェリンを傷つける覚悟を。

覚悟――即ち勇気を。

「……そうだ。『勇気』といえばお爺ちゃんも……」

ここでネギは、かつてウェールズに住んでいた際に祖父から聞いた言葉を不意に、本当に不意に思い出した。

麻帆良に来てからここまで、故郷の事を考える余裕なんて限りなく無かったため、想像以上に記憶の奥底に仕舞われていたようだ。

かろうじて姉の温もりを求める様な行動をしていた時期もあったが――まあその辺りの彼の感情についてはここでは必要ないだろう。

重要なのは『勇気』という単語に反応して不意に思い出した言葉だ。

「『僅かな勇気が本当の魔法』、か」

「む? その言葉は?」

「いえ、故郷のお爺ちゃんが言っていた言葉です。ふふ、強い人って本当に勇気があれば何でもできちゃうみたいですね」

「そうだな。ネギ君のお爺さんも、英雄と呼ばれるべき人間だったのだろう。君は、その言葉に応える事が出来るか」

「最初に言いましたよ、愚問だって」

「そういえばそうだったか」

口元を互いに少しだけ歪ませて微笑む。師匠である承太郎に引っ張られているという学園長の考察、ズバリであった。

ふと隣を見れば、この後ネギと同様に頑張る事になる明日菜が、徐倫たちの手によってもみくちゃにされていた。

まるで部活の面々で大会に赴く前の様である。

3-Aの者としての自然体。下手に真面目にやるより、これくらいが丁度いいのだろう。

ただし緩み過ぎも厳禁。腕時計を見れば良い時間なので、適当に切り上げさせた。

「さて、そろそろ5分前といったところか。……行って来い、ネギ君」

「はい!!」

力強い返事に承太郎は、橋を塞いでいた体を退かす事で答えた。

同様に他の者も体を退かし、橋の正面から見て両側へ並ぶ。

その間を、ネギと明日菜とカモは進んで行った。

歩き抜けた後にも、背中にかかる期待の念を受けて。








橋の中央よりも少しだけ麻帆良寄りの方。

丁度麻帆良の外へつながる道路の方に目を向け、背後に承太郎たちの視線を感じながら、ネギはエヴァを待つ。

先程から感じる莫大な魔力のおかげで大体の位置は既に分かっている。そして、ここに近付いている事も。

何時もならば魔力を感じ取ることが出来ない明日菜でも、放たれる魔力の密度のせいか、何とも言えない圧力として感じ取れているようだ。

でなければネギと同じ方角に注意を向ける事なんてできるはずもない。

カモの場合は曲がり形にも妖精であるため、ネギよりも魔力を感じやすい。そのせいか、感じる魔力の凄まじさに全身の毛を立たせていた。

だんだんと近づいてくるのを嫌でも感じる事になり、近づかれた分だけ動悸が早くなっていく。

ドクン、ドクン、ドクン。

少なくともこの時点で、エヴァの視界には3名が映っていたのだろう。舐めまわすように吟味されるという、怖気の走る感覚が3名の体を突き抜けた。

蛇に睨まれたカエルの気持ちが分かる。これは、動けない。

ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。

そうして圧力が橋の真上に来た時、心臓の音がピークに達した。

心臓が痛い、喉が渇く、汗が止まらない、目がくらむ……。

緊張から齎される様々な症状を無理やり抑え込み、ネギと明日菜は上空を見上げた。

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

それは心音か、それとも魔力で軋みを上げる橋の音なのか。

どちらにしても場の緊張感は今この瞬間こそが最高潮だと、心で理解していた。

のどの渇きを気にしないようにしながら、ネギは二重の意味で自らの上位に居る者へと声をかけた。

「こんばんわ、エヴァンジェリンさん。体のお加減は?」

「これ以上ないくらいに最高だよ。ウォーミングアップ代わりに侵入者を吹き飛ばしてきたからな。
今なら一人だけでもこの街でも、地図上から消し去るくらいに吹き飛ばせる気がするほどさ」

見上げた先には絶世の美女。

扇情的な衣装――身も蓋も無い言い方をすればSM用のような意匠の衣装――に身を包み、こちらを二重の意味で見下す。

傍らには緑髪の従者。昨日の夢の中で見た小さい人形では無く、クラスで共に勉強した者の姿。

メイド服を着た状態で背中からの炎で宙に居り、服装に反してこちらを見る無機質な瞳はいつにも増して冷たい。

普通の魔法使いならば気を失いたいと思える様なこの状況。

ネギは恐れず、次の言葉を発した。

「……なんでわざわざ幻術を使ってるんですか? こういうとあれですけど、意味無いと思います」

「う、うるさいわ! というか何で幻術だと分かった!? ここは『これが私の真の姿だ!』とか言う場面だろうが!!」

「だって異名に『童姿の闇の魔王』ってあるじゃないですか。そうなると必然的に――」

「ええい、それ以上冷静に言うな! チッ、『あいつ』とは違う方向でやり辛い……」

言ってエヴァは幻術を解いて、何時も通りの小柄な姿へと戻り、橋へと降り立った。

服装は先程とは打って変わって黒を基調にしたフリル付きワンピースに大きなマント。

恐らくはこの間と同じく、蝙蝠を変化させた衣装だろうとネギは推測していた。








「さて、そろそろ始めたいが……」

エヴァは勿体ぶりながら橋の向こうを一瞥し、ネギに確認をする。

「坊やの後ろに居る奴らは、本当に手出ししないんだろうな」

「大丈夫ですよ、エヴァンジェリンさん。『僕が死なない限りは手を出しません』」

「……周到だな。それにもしも坊やが死ねば、どちらにせよ麻帆良の魔法使いは一斉に私に襲い掛かってくるだろうしな」

そう、スタンド使いに手を出させなかった理由はこれが一番大きい。

承太郎や古菲、それに楓がこの場には居るのだ。

ネギとエヴァの戦いから行動パターンを読み取り、ネギが死んだと分かった瞬間には的確に攻撃してくるだろう。

特に承太郎の能力はエヴァにしてみても情報が少な過ぎて恐ろしい。

手錬の魔法使いが複数で挑んでも勝てなかった吸血鬼に勝った伝説の男。表向きで言っている能力なぞブラフに決まっている。

だからこの決闘で真に警戒するべきは――

「エヴァンジェリンさん、何処を見ているんですか?」

意識を承太郎に移していたのがお気に召さなかったのか、ネギがエヴァの思考を遮らせる。

確かに考えてみれば舐めた話だ。決闘の相手では無く、立会人にばかり気を向けているのだから。

そんな様子に薄く嗤いながら、良いだろう、と構えを見せた。

「ふふ、嫉妬か坊や? どうしても構って欲しいのなら、この戦いで私の気を引いてみろ」

「……確かに僕の力を見せてからでなければいけませんでした。良いでしょう、見せつけてみせます!」

「ハッ、言ったな! ならば満月の前で悪いが今夜ここで決着を付けて、坊やの血を存分に吸わせてもらうよ」

「そうはさせませんよ。僕が勝って、エヴァンジェリンさんに悪い事をするのをやめてもらいます!!」

双方共に臨戦態勢。

ネギは杖を構え、明日菜は徒競走のようにスタンディングスタートの体勢。

エヴァはマントを翻して悠然と構え、茶々丸は中国拳法独特の構えを取った。

一触即発のこの状況。

呼び水を作ったのは、後ろに居た承太郎だった。

手には1ドル硬貨。それを橋の中央に向かって投げる。

宙を飛ぶ硬貨は丁度橋の真ん中に落ち、チャリンと音を響かせた。



――瞬間、麻帆良大橋が光に包まれた。








33時間目 真夜中の闘劇①








『まず言っておくが、正々堂々と戦おうとだけはするな。卑怯と罵られようが欠片も構うな』



ネギが隣でエヴァンジェリンと会話を交わしている間、明日菜はとにかく今まで言われていた事を思い出していた。

とにかく緊張している。期末試験でも、そして大好きなタカミチの前に居ても、ここまでの緊張を感じた事は無い。

だからこそ必死になって言われた事を反芻する。そうしなければ緊張で押しつぶされてしまいそうだったから。

明日菜は今まで至って普通に暮らしていた『一般人』なのだ。これくらいの反応は当然と言えた。

そしてこの行動は、色々な意味でこの状況では最適だった。

なにせ親しいクラスメイトの助言なのだ、有益でもあるし何より落ち着く。



『とりあえずお前の特技を思い出してみろ。それで何が出来るか、というのは二の次だ』



特技は『足が早い』ことと『力持ちである』こと、それと『魔法を無効化できる』こと。激しく女の子らしくない特技だ。

好きでこうなった訳ではないが、自分としてはもう少しだけ大人しく、そして清楚な女の子になりたかった。

それこそ同室の木乃香のように――



『余計な事を考えるな』



ペシリと頭をはたかれた事も思い出し、以前と全く同じ事をしている自分に気がついて頭を振る。

(それにしてもあんなに叩く事は無かったじゃない)

千雨からの辛辣な言葉と突っ込みの数々。そして内容は『勝てれば良い』という外道極まりないものばかりだった

最初は反発して見せたものの、理論武装している千雨にバカレッドである明日菜が勝てるはずも無く。

なし崩しに聞いてみれば日常でも役立つ心得ばかりだったのが余計に腹が立った。



『世の中は綺麗事だらけで構成されている。特に今の日本なんか見栄で着飾っているような連中ばかりだ。
そんな奴らは危機的状況に陥った時でも見栄を張ろうとする。それが命取りだなんて欠片も思わずにな。
だからこそ、仮にも『裏』に身を置くんだったら危機的状況だけでも外道になれ』



千雨はこの言葉に続けて「震災中の火事場泥棒を私は推奨する」とまで言っていた。

何でそんな事をという問いには、「死んだら何にもならねーだろうが」と言いきった。生きるためには泥水すら啜ってやるとも言った。

死んだら何にもならない、だからあがいてでも生き残れ。

繰り返し繰り返し、千雨には口を酸っぱくするほど言われた。

そして、知り合いに死なれるのは寝覚めが悪い、とも。

なんだかんだ言って、友達を大事にする子だと分かった時、思わず笑ってしまった程だ。



『な、何笑ってやがる。つ、次だ! ……とりあえず『力が強い』ってのは魔法使いには一切関係ないから考えるな。
だからお前は『足の速さ』と『魔法の無効化』を最大限の武器にしろ』



武器にしろと言われても……。

そう言った瞬間に小突かれたのはそこまでよくも無い思い出だ。

短絡的で思考を止める癖があると指摘され、相当に落ち込んだためである。

こういう時に友達から精神鑑定されると、何ともダメージが大きかった。



『これくらいで落ち込むな。お前の頭が悪いのは分かり切っていることだろ。
兎も角、とりあえず足が早いならやることは『速攻で攻撃すること』だ。攻撃を出させず、攻撃を出し続ける。奇襲ってやつだな。
今回はお前の担当は絡繰だろ? 奇を衒った作戦なら上手くいくだろうさ』



なるほど。でも徐倫ちゃんの話では、かなり茶々丸ちゃんって動きが早いって言ってたわよ?

スタンド使いでも捉えるのが難しい動きに私なんかが……。

そう言った明日菜に対して千雨は、何とも言えない味のある表情で返した。



『……ひょっとしてギャグで言ってるのか? どう考えても古菲の動きを追えるお前なら大丈夫だろうよ。
まあそれでも正攻法で倒せるとは思っていない。だからこそ最初に奇襲って言ったんだ。無策で飛びこんだらなんにもなりゃしねぇ。
とりあえずお前にはそのオコジョを一緒に付かせて、そいつに奇襲の『奇』を担当してもらう』

『がってんでさ、千雨の姉さん』



オコジョ妖精のアルベール・カモミール。妖精という割には狡賢いというか現実主義というか、『小悪党』のような性格の奴だ。

良くも悪くもスタンド使いによく似た思考を持つ彼は、なるほど確かに明日菜の足りない部分を補ってくれる。

だが彼自身は戦いの中で助言を出す程度しか活用できないんじゃないか? そして戦闘中にそんなものをゆっくり聞いている暇は無い。

そう思った明日菜はストレートにカモに聞いてみる事にした。あんたは何が出来るのか、と。



『別に大したことはできねぇっす。小柄だし、魔力量も妖精としてはまだ若いんで少ないッス。
ただ、奇襲なら良い考えがあるんでさ。俺っちってばほら、警官みたいな仕事をする魔法使いから逃げて来れるくらいなもんで』



あー、確かに。

その一言を聞いてそういえばこいつ、下着泥でイギリスから逃げてきたんだったと思いだした。

地球のほとんど裏側にある様な国から飛行機か船で海を渡って日本へ来ている。

考えてみればこのご時世で密入国出来ているとは、成功する確率の方が低いものを完遂していることに他ならない。

しかも所々が科学による防犯装置よりも効果が高いだろう魔法の仕掛けを突破してである。

現実的な考えで、夢見がちな魔法使いの裏をかく。ある意味ではカモも魔法使いキラーであると言えよう。

となると明日菜とカモのコンビは完全に魔法使い殺しだ。魔法を無効化し、奇策で相手を打倒する。

ただし今回の相手は謎技術の固まりであるガイノイド、出席番号10番の絡繰茶々丸が相手だ。

これでは本領を発揮できないのではないか。

明日菜がそれに気づくよりも圧倒的に早く、カモがそう苦言を呈した。

千雨はお前らこそ何を言っているんだと逆に苦言を呈した。



『あのなあ……まあいいか。流れを説明しながら、お前らに私なりの作戦を伝える。あ、ちなみに空条先生に添削してもらってるから安心しろ』



そう誇らしげに言う千雨の顔は、明日菜が今までの見てきた彼女の表情の中で最も生き生きしていた。

……相手を罠に嵌めるのが好きなのだろうか。

以前に少しだけ語った『先生』だか『師匠』の影響かもしれない。








「――僕が勝って、エヴァンジェリンさんに悪い事をするのをやめてもらいます!」

明日菜が意識を浮上させれば、隣に居るネギがエヴァに向かって啖呵を切っていた所だった。

どうやらもう間もなく戦いが始まるようだ。

事前に打ち合わせしていた通り、何時でも走りだせるようにスタンディングスタートの態勢を取る。

ここから明日菜のやるべきことはどうあがいても『10秒少しで決着がつく』。

成功すれば明日菜の勝ち、失敗すれば茶々丸の勝ち。

分の悪い賭けの様だが、茶々丸と正面切ってでは勝てないのだ。勝てる可能性が少しでも出ただけ御の字だろう。

さあ、耳にだけ意識を研ぎ済ませよう。

明日菜は茶々丸の居る方向を完全に覚え、目を瞑った。



『決闘が始まる時、空条先生が何かしらの音が鳴るもので開始させる。その瞬間に目を瞑って走れ』



何時襲われるかもわからない状況で目を瞑る。

非常に危険な行為ではあるが、これから起こる事を直視しないためには必要な事だった。

橋の上を流れる風の音を聞いて落ち着きながら、その時を待つ。

そして、待ち望んでいたチャリンという音。

聞いたと感じた瞬間に、理解を待つ事無く走りだす。

「オコジョフラーッシュ!!」

同時に、明日菜はしっかりと目を瞑っているにもかかわらず、強い光が発生したのを感じた。



『カモ。お前は音が鳴った瞬間に目くらましをしろ。出来るだけ強力で、意地の悪い効果を持つ奴をな』



(単純かつえげつない作戦をとるもんだぜ、コンチクショー!)

カモはネギの部屋でしまいこんでいた魔力を込めたマグネシウムリボンとライターを片手に、内心で冷や汗をかきながら叫ぶ。

明日菜の奇襲作戦の『奇』担当の彼。ここで失敗してしまった時点で今日の作戦は総崩れとなる。

ある意味ネギや明日菜よりも重要なポジションに立っていた。

(開幕で視界を奪い、その隙に一撃入れる! シンプルだがこれ以上ない作戦だ!)

そう、ネギたちが取った作戦はなんてことは無い簡単な作戦、『閃光で視界を奪い、その間にフルボッコにする』というものだった。

卑怯に感じるだろうが、真剣勝負に卑怯もクソも無い。勝てば官軍負ければ賊軍とも言うし、遠慮心は皆無だった。








契約執行90秒間シス・メア・パルス・ペル・ノーナギンタ・セクンダース!! ネギの従者ミニストラ・ネギィ『神楽坂明日菜』!!」

ネギは閃光を感じる前から契約執行の呪文を唱え、閃光が炸裂した瞬間に発動させた。

発動すると同時にこそばゆい感覚が体に流れながらも活力がみなぎり、明日菜は普段から早いその足を更に加速させ、韋駄天もかくやといったスピードで橋をかっ飛んでいく。

着ている服も相まって、周りからは赤い線のように映って見えた。

一歩踏み出すだけで数メートルの距離を縮め、二歩走る頃に目を開き、五歩走る頃には茶々丸の懐にたどり着く明日菜。

スローに感じる視界で茶々丸を見れば、未だに閃光によってアイカメラが焼き付いているようだった。

人間の目に比べると機械の焼き付き現象は治るまでに時間がかかる。場合によっては永遠に焼き付き跡が残ってしまうこともある。

これ以上ないチャンスだ。

「『来たれアデアット』ッ!」

懐に飛び込むか否かというタイミングで明日菜はアーティファクト『ハマノツルギVer.ハリセン』を召喚する。

そして目が見えていない状態でも必死に迎撃しようとする茶々丸の腕を抜けて、勢いよくその手に持つハリセンを振りおろした。

スッパーンッ!という気持ちのいい音を立てて振り抜かれたハリセンに、茶々丸は頭部をカクンとふらつかせる。

だが彼女ならば今食らった攻撃の角度から、完璧に明日菜を捉える事が出来る。

一撃を入れたは良いが、その後の動きでは戦闘経験豊富な茶々丸に分があるのだ。

――しかし、それは成されなかった。

ふらついた頭部、という時点ですでにおかしかったのだ。

彼女は機械であり、各関節はAIによって自在に動くようになっている。

ならば『衝撃を受けた瞬間に関節部分を止める』事も出来たはずなのだ。

だがもう一度言うがそれは成されなかった。

何故ならこの時、彼女は数瞬ではあるが『意識を失っていた』のだから。



『私が絡繰に神楽坂を当てた理由は単純な人数合わせじゃない。お前の『魔法無効化能力』が最高に作用するからなんだよ。
考えてみろ。あれだけのロボットが単純に電力だけで動くなら、二足歩行ロボットを作っている会社は『バッテリーの小型化』なんて研究しねぇ。
恐らく十中八九で絡繰は『魔力で動いている』。そこでお前の力、ひいてはアーティファクトが重要になる』



千雨の言うとおり、最初の一撃はAIを格納しているであろう頭部にブチ当てた。

もし予想通り魔力で動いているのならば、AIに電力相当のエネルギーの供給がなくなった瞬間に演算が止まるはずだ、と千雨は言っていた。

だからその言葉を信じ、明日菜はハマノツルギを茶々丸の頭部に当てたのだ。『魔力を霧散させる』という意志を込めて。



『神楽坂の無効化レジスト能力はある程度の取捨選択が出来るんだろ?
お前の力の――魂の具現化がそのアーティファクトだってんなら、『何々の魔力を無効化したい』という思いを込めればそれに応えるはずだ』



以前承太郎の実験で分かった明日菜の能力の詳細。

1つ目、『神楽坂は自身に悪影響、もしくは敵意をもって与える魔法を無意識のうちに無効化できる』。

2つ目、『無効化した時に体の表面へ魔力が分散され、その影響で衣服にダメージが入る』。

3つ目、『認識阻害や魔法による変装といったものは理解しないと見破れない』。

今回重要なのは1つ目だ。

そもそも魔法は魔力の固まりが指向性を持ったものである。

固まりである魔法を無効化できるのならば、空気のように遍く固定化されていない魔力自体も無効化できるはずだった。

賭けは当たり、大当たり。

茶々丸の頭部に流れていた魔力は霧散させられ、AIは本当に一時的ではあるが機能を停止した。

だが胴体に魔力タンクだか電源装置だかがある以上、そのラグは数秒だろう。

だからその数秒の間に、明日菜は勝負を付ける。








(取り落とさないように、引き抜く!)

強烈なのをお見舞いするために両手持ちだったハリセンを右手だけに持ち直し、左手でコートの下に取り付けて隠していた道具を引き抜く。

水晶のような意匠を施されてはいるものの、元々の形状を見ればその美しさも消し飛ぶ道具。

構成パーツは銃口、砲身、撃鉄、銃把、弾倉、引き金程度しかない簡易な物。

ぱっと見はおもちゃのようではあるが、まごうこと無き拳銃だった。

拳銃とはいっても表で流通しているものとは勝手が違う『魔法拳銃』だったが、使い方はそう変わらない。

引き金を引くだけで使える、それだけだ。

銃口の大きさは不通の拳銃よりも遥かに大きく、マグナムなぞ目では無いと言わんばかりに大口を開けている。

その銃口を、茶々丸の顎にカチ上げるように付き付けた。

どう頑張ってもチェックメイト。茶々丸が如何様に動こうが、それよりも早く明日菜は拳銃から弾を吐きだせる。

ゴリッという鉄の骨組み同士がぶつかる感覚で以って、ようやく茶々丸は意識を取り戻したようだった。

「……ああ、また私は負けたのですね。手加減なんてするつもりも無かったというのに」

「こっちは卑怯と罵られても良いくらいの事をしたからこそ勝ったんだけどね。それで、蹴りを付けても良いかしら?」

「何時でもどうぞ。どうせ私のAIは自動的なバックアップ処理が為されています。
頭部をその魔法拳銃で吹き飛ばしたとしても、時間さえかければまた学校に通えますので」

自棄にも思えるこの言葉。

彼女が機械であることを否応なく理解させられ、悲しい表情を浮かべながらグリップを握り直した。

「……そう。それじゃあ――」

明日菜は左手の人差し指に力を込める。

茶々丸がどう動こうが即座に撃てる態勢。エヴァが従者を守るために横槍を入れてきそうなものだが、彼女は今それどころでは無くなっていた。

どうにもならない状況の中、明日菜は一呼吸いれてから、引き金を引き絞った

「――私の勝ちね」

カチンという音とドォウッという爆発音が麻帆良大橋に響いた。
























「…………え?」

引き金を引く音、そして弾が発射された音。

そのどちらも茶々丸は耳のセンサーで観測していた。

だというのに茶々丸の頭部は、欠片一つも吹き飛んでいない。

これはどういう事かと、硝煙のように魔力を銃口から立ち昇らせる銃をフーッと吹いている明日菜に問うた。

「ああ、今撃ったのは空砲よ。徐倫ちゃんもそうだったらしいけど、やっぱりクラスメイトを傷つけるのは嫌でさ。
正直に言えばハリセンで叩いたのだって心が痛かったのよ?」

もしかして本気でやられると思ったの?と明日菜はぷりぷりと怒っている。

そんな明日菜の様子がこの場にそぐわな過ぎて、思わず茶々丸は声を荒げて怒鳴りつけた。

「……情けのつもりですか! これは正真正銘の真剣勝負! そんな甘いことでどうして――」

「あのね、これでも私は真剣にやったわよ。現に1回、茶々丸ちゃんを『殺している』んだもの」

対する明日菜はお前の方がどうしたといった風に返す。

「この拳銃は6発装填式で、中に装填されてるのは1発目だけ空砲、それ以降は正真正銘の魔法弾頭よ。
それに私のコートの下には、もっと威力の高い弾丸も予備として入っているわ。
私はあくまでも『茶々丸ちゃんを再起不能リタイアにできる』だけの装備はあったの」

「なら、それでは!」

「そういうこと。今回は私の自分勝手な感情で殺さなかっただけ。まあ後が無いから1発限りの大勝負だったけどね」

本当に吹き飛ばさざるを得ない状況になったら攻撃はやめてただろうけどね、と明日菜は付け加えた。

それを聞いて茶々丸は愕然とした。

神楽坂明日菜という人間は少し身体能力が高いだけの一般人であるという情報しか無かった。

だからこそ仮契約によってパートナーになったとしても、実戦経験の多い自分の方が上だと、そう思考してしまっていた。

だがこの結果はどうだ?

いくら卑怯な方法とは言っても、真剣勝負に明確なルールなんて定まっていない。彼女たちのとった方法は正しいのだ。

完全な負け。

茶々丸のAIはこの状況から感じる未知の思考パターンに、今にもオーバーヒートしてしまいそうだった。

『悔しい』という感情。

負ではあるが正でもある感情をこの時、彼女は手に入れたのだった。








「ま、とりあえず負けは負けだから退場しておいてね。向こうの方に承太郎先生とかが居るからさ」

結局明日菜は茶々丸との勝負の勝者は自分だときっぱりと言い、本来なら頭部が吹き飛ぶはずだった茶々丸は決闘から除外された。

この処理は甘い。

茶々丸から明日菜が気を逸らした瞬間に後ろからザクリ、といっても良かったのだから。

だが彼女はそうはしなかった。

殺したくないからこそこの選択を取った明日菜。一歩間違えれば自分が大怪我を負う可能性だってあったはずだ。

そんな明日菜は、今はネギと共に自分のマスターと戦っている。

大切なもの――ネギ木乃香やその他のクラスメイト、ひいては麻帆良という全て――を守るために、相手を傷つける戦いに赴く。

相手を傷つけるのが嫌だという彼女が戦いに行くという矛盾。戦わずとも赴いただけで傷だらけになるだろう姿に、茶々丸は敬意を表していた。

「……どうだった、絡繰」

「どうだった、というのは?」

「ネギ君と神楽坂は、お前の眼で見て強いか?」

おもむろな承太郎の質問。

恐らくは客観的な見解では無く、自身がどう感じているかの質問なのだろう。

だからこれにはこう答えた。

「……マスターよりも戦闘力は圧倒的に低いでしょう。ですが、ネギ先生とアスナさんは『とても強い』です」

「そうか」

言って、そこからは会話も無く。

ただ、眼前を見据えるのみ。








神楽坂明日菜VS絡繰茶々丸。

勝者、神楽坂明日菜。








┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/



後書き:
とりあえずパートナー側の決闘風景でした。

分かり辛いといけないので流れは簡単にいえば以下の通り。

目くらまししている間に接近→ハマノツルギで頭部の魔力を霧散させて機能不全→顎に銃突き付けて決着。

作戦の考案は千雨。

持っているカードで最大限に攻撃するという彼女らしい戦法でした。

さて、次回はネギ側の決着ですが、年内更新は課題もあるのでおそらく無理そうです。

それでは皆様、よいお年を。



[19077] 34時間目 真夜中の闘劇②
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2011/01/07 09:35
(何の冗談ですか……)

決闘が始まってからまだ10分経つか経たないか。たったそれだけの時間で、麻帆良大橋の上は既に無残といった有様であった。

コンクリートは所々捲れあがり、煉瓦造りの柱は半ばから吹き飛ばされ、橋を支えるためのワイヤーは三分の一が断ち切られていた。

これらは全て10分間の戦いの余波で起きた破壊。

もし橋の上では無く市街地だとしたら、一般人が軽く巻き込まれていた事だろう。

(何の冗談ですか……っ!)

だが今のネギにそこまで考える余裕は無い。

全力を以って目の前の魔法を捌き、かわし、反撃を試みるのみ。

魔力や装備はまだまだ半数は残っているので余力はあると言えばある。

だが『この程度の余力』なんてもの、目の前の圧倒的暴力に比べれば、吹けば消える程度のものでしかない。

パートナーたる明日菜の方は魔力の供給で大体ではあるが状況が把握できるが、彼女も芳しくないみたいだ。

先程から魔法の射手サギタ・マギカを魔法無効化能力のついたハリセンで凌いではいるが、些かきついものがあるようだ。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 光の精霊29柱ウンデトリーギンタ・スピーリトゥス・ルーキス魔法の射手連弾・光の29矢サギタ・マギカ・セリエス・ルーキス!」

「ほーら、どうした? まだ10分しか経っていないぞ? その程度の力で私には向かおうとしたのなら――」

何でも無いように避けたうえで余裕を見せつけながら呪文の詠唱。

無防備な姿を晒すそんな様子のエヴァに、ネギは呪文詠唱の必要が無い魔法銃で対処した。

恐らくは無駄だろうと思い、同時に障壁の準備をしながら。

そうこうしている内に魔法銃から発射された弾頭――ネギの魔力を追加した強化弾――がエヴァに吸い込まれるように当たり。

エヴァの姿が粉々に分解された・・・・・・・・・・・・・・』。

「――片腹痛い。死んだと認識できないくらいの速度で殺してやる」

粉々になったはずのエヴァの破片が離れた場所で再結合し、再びエヴァの形を成した。

彼女が行った回避方法はなんてことは無い、吸血鬼の映画でもよく使われるチートの様な能力。

『無数の蝙蝠に分裂して攻撃を無効化した』だけだ。

映画だとベタベタ過ぎる能力で失笑が起こるか、逆に王道だとして盛り上がるかもしれない。

だが実際にやられると何よりも厄介だ。何せ今までこちら側が放った攻撃の8割はかわされているのだから。

「ほーら、捌き切って見せろ! 氷の精霊199頭セプテンデキム・スピリトゥス・グラキアーレス魔法の射手連弾・氷の199矢サギタ・マギカ・セリエス・グラキアーリス!!」

そして再びエヴァとしての形を成した瞬間、余裕をもって詠唱された魔法の射手がネギと明日菜に殺到する。

ネギと明日菜に放たれた魔法の射手の数、それぞれで199矢。

奇しくも夢の中で見たナギの放った射手の数と同じであった。詠唱をきちんとしているために単純に2倍も発射されていたが。

これをネギは例の移動法――杖と身体強化の二段ダッシュ――で橋の外側へと飛んで大きく回避。

明日菜は確実に当たるものだけをハリセンで捌き、幾つかは甘んじて受けた。

体にある本来の無効化能力のおかげで魔法の射手は軽い痛みだけで済む。

当たった部分の服がはじけ飛ぶが、仮契約カードに登録した衣装なのでいくらでも再構成できる。

そうして捌いても息つく間もなく、すぐに次の攻撃が殺到し始めた。

(本当に、冗談であって欲しいッ!!)

つい吐き出しそうになる弱気な言葉を噛み砕いて飲み下し、『恐怖』を『勇気』を燃やす窯へと投げ入れる。

一面に広がる魔法の射手の間を縫って、ネギは魔法の拳銃を放った。








今現在で何よりも深刻なのは『精神力』だ。

常にフルスロットルで動いているためにアドレナリンは大量分泌され、心拍数は最大とはいかなくてもかなり高い。

集中力とモチベーションがガリガリと削り取られていくのが手に取るように分かる。

一発でも当たればそこから雪崩込むように押し切られてしまうだろう。現在ですら飽和寸前なのだ、それだけは起こしたくない。

(僕に出来る最大の策は昨日の内から仕込んだ捕縛結界3か所、それと『雷の暴風』を始動キーのみで放てる濃縮魔法薬が2瓶。
せめてそれらを使うのは、もう10分は耐えてからにしたい! だから今は凌ぎ切るしかないんだ!!)

ネギの奥の手は強力な捕縛結界と魔法薬。

捕縛結界は前日の果たし状受け渡し後にすぐさま設置。魔法薬は決闘の日時を整えるよりも前から密かに準備していた代物である。

特に結界は如何に強力な相手だとしても――それがネギのトラウマになっている悪魔だとしても――間違いなく数秒間は足止め出来る威力を持っている。

だがせっかく決闘条件を整えて策を練ってきたのに、それを30分ある内の10分そこらで使う訳にはいかない。

それに策が破られた瞬間、ネギたちに打つ手がなくなってしまう。

そうしたら待っているのは全身氷漬けのオブジェ化や、凍らされた状態からぶち砕かれるという凄惨な死に方。

いや、もしかしたら吸血鬼の身体能力によって生きたまま八つ裂きにされたり、全身くまなく輪切りにされるかもしれない。

戦いの最中だというのに思わずホルマリン漬けにされる自分の姿を想像しそうになり、余りに嫌過ぎるので頭から考えを消し飛ばす。

(あとはアスナさんのハリセンをクリーンヒットさせる事が出来れば、一定時間はエヴァンジェリンさんの障壁や変化を無視できる)

明日菜の無効化能力を以ってすれば、魔力を使用する蝙蝠変化や多層式障壁は紙くず以下の防御となり果てる。

だがエヴァは既に明日菜の能力の特異性に気がついている。

相当な威力を持ったはずの魔法の射手が当たった瞬間に消えるし、複数張っていた障壁が飴細工の様に砕けるのだ、気付かない方がおかしい。

ただしこの能力について『仮契約で得たアーティファクトの能力か』という風に勘違いしてはいるが。

それでも結局のところエヴァは最初の方で一撃を入れられて以来、明日菜を半径5メートル以内まで接近することを許さなかった。

(こんな絶望的な状況でも一つだけ幸運と言えば……)

眼前に迫るエヴァの魔法に対処しながら、その向こう側のエヴァをにらみつける。

(僕は手加減されている・・・・・・・・!)

そう、エヴァは決して全力で対処なんてしていない。

夢の中で見た動きよりも数段遅く、また使う魔法も『魔法の射手』かせいぜいが『氷結・武装解除』、『氷爆』程度だ。

手を抜かれている訳では無い。何故なら一発一発に込められた殺意は紛れも無く本物だから。

あくまでも『手加減している』だけなのだ。

(最初に僕が言った通りに『力を見ている』のかな。だったら僕が少しでも情けない所を見せれば――)

死。

ゾクリと背筋に悪寒が駆け巡る。

……こんなタイミングで悪寒が発生した理由なんて分かり切っている。

エヴァの攻撃が少しだけ緩み、ネギは表情をしっかりと見る事が出来ていた。

エヴァの顔は、笑っていた。待ち望んでいたかのように、これでようやく本気が出せるとでもいうように。

そして笑っているのに――恐ろしかった。

(ようやく気付いたか。まあ及第点だな)

そうしてその笑顔をネギが認識して数秒。

来たれ氷精、闇の精ウェニアント・スピーリトゥス・グラキアーレス・オブスクーランテース! 闇を従え、吹雪け常夜の氷雪クム・オブスクラティオーニ・フレット・テンペスタース・ニウァーリス――」

「ま、まずッ!?」

「姉さん、あれは受け切れねェ! 避けろォーッ!!」

「ちょっとォッ!?」

「――闇の吹雪ニウィス・テンペスタース・オブスクランス!!」

早口で詠唱された呪文は溜める事無く解放された。

ゴバァッ!という空気を巻き込む音とともに、停電で発生した闇よりなお濃い闇が放出する。

『闇の吹雪』。

強力な吹雪と闇の捻じれを発生させて相手を薙ぎ払う、黒色と白色が混じり合った絶対的暴力。

普通の魔法使いが使っても『人間相手なら十分すぎる程の威力』だというのに、真祖の魔力を持つエヴァが使えば『戦車ですら消し飛ばせる威力』まで跳ね上がっていた。

しかも威力を高めるための『溜め時間なし』でこれだ、非常識にも程があろう。

白黒の竜巻はゴゴゴゴという唸りを発生させながら触れるもの全てをぶち壊していく。

そして闇の吹雪が消えた頃、麻帆良大橋の一部が丸ごと消し飛んでいた。

ミサイルでも突っ込んだのかと言いたくなるような有様だ。巻き込まれたなら塵も残るまい。

幸い、ネギと明日菜は寸前で範囲から逃れられたのか、橋の壊れた部分のすぐ横で肩で息をしている。

余波で少なくない切り傷を負っているが、目から闘志は消えておらず、上空で悠然と佇むエヴァを睨みつけた。

(((これが、最強の魔法使い!)))

かつてナギに封印されるまで600年もの期間、賞金首を撃退し続けたという恐ろしい力を持つ吸血鬼。

ここに来て攻撃を更に苛烈にする気らしい。底なしの魔力を持つ化け物、というのは本当の様だ。

闘志は衰えないものの、冷や汗が止まらない。

「さあ、お遊びはここまでだ。私を楽しませてみろ!」

吸血鬼は叫ぶ。私にその力を示せと。








34時間目 真夜中の闘劇②








「……彼らの様子はどうだ?」

「うォッ!? い、いきなり出てくるんじゃねぇよ、マナ。思わず撃っちまいそうになったぞ」

「その時は相討ち覚悟でホル・ホースを殺すさ」

麻帆良大橋から市街へとつながる道路脇の森の中。そこに麻帆良が誇る遊撃手2人が双眼鏡を持って戦いを見学していた。

ちなみにこの双眼鏡、暗視機能や集音マイクといった戦場で役立つ機能搭載のため、遠くの状況を把握しやすくなっている。

まあそんなミリオタ垂涎な逸品を使って、関係者の中では最も近い位置でホル・ホースともう1人は決闘を観察しているのだった。

「それで現在の状況はどうだ? 私の担当区域にしぶとい輩が多くてな、今の今まで戦っていたんだ」

「あー、あんまり子供先生側は芳しく無いな。
攻撃をクリーンヒットさせたのはたったの2回、しかも最初の3分間ぐらいだから、そっから防戦一方」

「……あの『闇の福音ダーク・エヴァンジェル』に例え一撃でも入れられたのなら、それだけで武勲ものなんだがな」

「武勲なんてものは生き残ってから与えられるものだぜ? とりあえず撮影もしてあるから、録画を止めないように確認してみろ」

ホル・ホースは言って、傍らに設置してある高級そうなビデオカメラの群れと屋外用のジェラルミンケース式パソコン端末を指さした。

高性能カメラ、暗視カメラ、サーモグラフ式カメラ、超スピードカメラ等々、カメラだけでも10台以上ある。

それに加えてドルビーサウンド録音でもしようというのか、録音機材がそれこそ山のように。

明らかに100万円は超えているだろう超設備にマナと呼ばれた少女―― 3-A出席番号18番、龍宮真名――は引き気味だ。

だがホル・ホースの背後に居る団体を考えれば、この設備を彼に提供したのが誰かは分かりそうなものである。

この戦いを記録したい者はSW財団側にもいるらしい。でなければ貧乏性のホル・ホースがこんなものを用意するはずが無い。

「……今何か失礼な事を考え無かったか?」

「気のせいだ。さて、決闘開始の瞬間は、と……」

PCの画面をサクサクっと操作し、録画ファイルを最初から再生させる。もちろん録画自体はバックグラウンドで動かすのを忘れない。

どうやら録画を開始したのはエヴァが麻帆良大橋に到達してからのようで、その辺りから見始める。

まあすぐに閃光で目を瞑る事になるのだが。

「おっと、開幕で閃光とはえげつない。しかし単純だが最高の方法だね」

「そこら辺は目にワリいけど、一時停止したり巻き戻したりして何度も見直してみな。ツインテールのお譲ちゃんとガキンチョがそれぞれ半端ねえから」

「分かった。しかし一言ぐらい注意をくれても良かったんじゃないか?」

「知らん。本当はその映像を社中秘にしたいから、麻帆良の人間に見せるのも駄目なんだよ」

「ああそういうことか。なら私が『勝手に見た』という事にしないとな」

「ヒヒッ、物分かりが良くて助かるぜ」

軽口をたたき合いながらホル・ホースは今現在の光景、真名は録画ファイルを見る。

何時の間にやら手には温かい缶コーヒー。

真名がここに来る途中で買ったものらしいそれを飲みながら、広がる光景とは全く相応しく無い空気を醸し出していた。








開幕直後の部分をしばらく巻き戻しと再生で繰り返していた真名だったが、6回程見直しをしてからようやく感想を口にした。

「何と言うかこう……色々とぶっ飛んでいるな」

普段ならば明確に物事を分析して発言する彼女にしては曖昧な表現。

それほどまでに閃光が起きてから――決闘が起きてから――のネギと明日菜の行動が衝撃的だったのだろう。

「神楽坂の動きはまだ想像の範疇にある。だけど本当につい最近まで一般人だったのかと疑いを感じるな。
なんであんな動きで茶々丸を封殺出来た? あいつはそこまで『甘い』訳じゃないぞ」

まだ『裏』に入ってから少ししか経っていないので雑な動作が多い明日菜だが、それでも茶々丸に引導を渡した一連の動きは目を見張る。

目を見張る、と言っても悪い意味も含めてだ。

何せ『素人同然の動きで事を成した』のだから。

ぎこちない走り方、ぎこちない武器の振り方、ぎこちない銃の抜き方etc……。どれを抜き出しても大凡『成功するはずの無い動き』の数々。

しかし結果はどうだ? 

まだ稼働し始めてから2~3年間しか経っていないとはいえ、茶々丸はエヴァから格闘技術を直々の指導を受けて学び、侵入者の撃退のために度々実戦にも出ているのだ。

『素人が勝っていい相手では、決してない』。

例えるのなら右手と右足を、左手と左足を同時に出しながら走っているのに世界記録を取る様なものだ。

もし真名自身がこれと同じことをやれと言われたのなら、一連の流れだけなら明日菜以上のスムーズさで事を成せる自信はある。

それでもこれだけのバクチを無傷で終わらせられる自信は無かった。

何故なら、茶々丸が目が見えないながら放った牽制の攻撃、あれは真名にしてみても避けるのは五分五分と言えるものだったためだ。

そんな攻撃を明日菜は、九分九厘避けられるだろうな、と思える『完璧な』動きで避けて見せたのだ。

あの動きだけは実戦経験を多く積んでいる真名ですら寒気を感じていた。

明日菜の動きに対して訝しげな様子の真名を横目で見て、ホル・ホースは肩に力を入れ過ぎだと指摘する。

「ビギナーズラックって考えは無いのか、おめーは?」

「生憎と奇跡とか神様なんか信じちゃいないんでね。私が信じているのは相棒だけでいい」

「お前はまがりなりにも巫女さんなんじゃ無かったか?
まあそれよりも相棒って銃か、それとも人間。お前が言うとどっちを指してるのか全く分からないな」

「決まってるだろう、どっちもさ」

「ああそうかよ」

言って、ホル・ホースは煙草に火を付ける。照れ隠しなのか単純に煙草が吸いたくなったのか、表情からは分からない。








そんな黄昏気味のホル・ホースは置いておいて、真名はもう一度だけ画面の映像を巻き戻す。

今度は明日菜に注目していたカメラの映像では無く、ネギに注目していた角度のカメラへとメインを切り替えた。

「正直言えば、ネギ先生は純粋培養された生温い感覚を持っていると思っていた。でもこの映像を見て認識が変わったよ。
エヴァンジェリンの身体的特性や魔法の腕を加味しなければ『一撃で死ぬ』ような洒落にならない事をしてのけたんだからな」

「あれは俺もビビったぜー。まあ十中八九、承太郎のせいだろうよ。ヒヒヒヒッ」

さて、従者への魔力供給を行い、麻帆良大橋に閃光が満ちた後、彼の動きがどのようになっていたのか順に見て行こう。

画面に映るスロー映像ではネギの動きがゆっくりと動いて行く。

弾丸の飛ぶ姿すら滑らかに見ることのできる高性能カメラだ、生半可な速度でさえ無ければ捉え続けることが可能である。

ネギは未だ『瞬動』の域には達していないために十分捉えきることが出来ていた。

ネギは閃光を目を瞑って回避した後、すぐに例の加速方法――即ち、杖の加速と身体能力強化の二段式加速――で駆けだした。

瞬発的な速さこそ瞬動には届かないものの、もはや常人の目では追えない速度であることは間違いなかった。

杖を突き出すように持って地面を駆ける姿は、某剣客浪漫に出てくる三番隊組長の必殺技の様だ。

その速度といったら魔力供給を受けている明日菜よりも遥かに早く、明日菜が2歩進んだ時点でエヴァへと接敵していたほど。

決闘開始早々に至近距離へとまんまと入り込めたネギが何をしたかと言えば。

「……あのままの速度で杖を叩き付ける、しかも叩き付けた状態で魔法の射手を放つとはな。
詠唱は魔法薬で省略したために本数は少ないものの、『破壊』という特性を持つ光属性だから威力は抜群。生半可な障壁なら破り抜くだろう」

……まんま牙○をしていた。だがこれは非常に効果的であるのは否めない。

何せ車を超える速度で以って、面積の狭い杖の先端を相手に叩き付けるのだ。単純な威力だけでも人体は貫通できる。

それに加えて『破壊』特性を持つ光属性の魔法の射手を先端から放出する。この時の本数は3本だけだったが、ゼロ距離なら十分すぎるだろう。

「どちらかというと俺は『狙った場所の方がヤバい』と思うけどなー」

「確かに。狙った場所が『左胸』とは、本気で殺しに行ってるな」

「まあこれでも仕留めきれないと分かっているから、あえて躊躇無く心臓と肺を狙いに行ったんだろうけどよ。
不死身という事は殺す心配が無いっつー事だ。甘ちゃんが実践と血に慣れるには最適なんだろうさ」

杖を叩き付けた場所は人体の中でも分かりやすい部類の急所である左胸である。

詳しく言えば肋骨に守られている左肺と心臓、それを狙い打っていたのだ。

結果としては三重に張られた障壁と魔力を持つ蝙蝠で出来た服によって大きく威力は減衰されてしまったものの、それでもエヴァの左肋骨を1本持っていっていた。

これはネギ側にはしばらくの間有利になれる重要要素だろう。理由は、派手に動けば折れた肋骨が内臓器官を傷つけてしまうからだ。

いくら不死身でも治るまでに時間が多少必要となるのは間違いないため、少なくとも10秒、長くても1分間は大きく動けない。

懸念事項は不死身という特性を生かして傷つこうが何しようが動きまわるという事なのだが、そんな事をしてくるのならエヴァが戦いの中で障壁を張る必要なんてない。

何故なら体がどれだけ損傷していたとしても相手に突撃すれば相討ちで仕留められるのだから。

そして相討ちになった後にエヴァはゆっくりと復活すればいい。

この事から、痛覚自体は人間と同じ程度にあるという事、そしてわざわざ治る傷を無理して広げようとしない先見性があるという事が分かる。

『柱の男』や『DIO』に比べると『自分の限界』が分かっている戦い方である。慢心しない、とでも言えば良いか。

吸血鬼でありながら太陽の下を歩ける、ある意味では『究極生命体アルティメット・シイング』の彼女とはいえ、何らかの弱点があるために余計な傷を受けようとしないのだろう。

だからこそ付け入る隙を与えてしまう事にもなってしまったのだが。








「意図しなかった肋骨へのダメージ、自らの絶対的な防御の要である障壁への信頼、そして素人くさい神楽坂への警戒の薄さ。
この後にエヴァンジェリンが、神楽坂のアーティファクトであるハリセンの一撃をくらったのは必然かな」

明日菜が茶々丸を場外へ押しやった頃、エヴァンジェリンは杖の一撃で吹き飛ばされた状態からマントを変化させた翼で空中へと持ち直し、ネギとド派手な砲撃戦を繰り広げている所だった。

だがやはり肋骨へのダメージが大きかったのか息苦しそうにし、詠唱が途切れ途切れになりかける部分が何箇所か見受けられた。

それでも執念で詠唱を唱え切り、本調子と変わらない速度で魔法の射手を連発する姿は、これまでの経歴がどうであれ尊敬に値する程に輝いて見えた。

そんな勇ましくも苦しげに戦っていたエヴァに向かって数発、接近するための牽制として魔法拳銃を撃った明日菜。

発射された魔法弾はエヴァによって文字通りの『片手間』で弾き飛ばされ、牽制もクソも無い結果に終わった。

だがこの結果から見えてくるものもある。

エヴァはこの時点では自分に手傷を負わせたネギとの砲撃戦に夢中になっている。そして明日菜は魔力供給で少しばかり強くなった素人としか見ていなかった。

ネギ9割、明日菜1割くらいの割合で注意を向けていたのだ。

この事からの明日菜の思考は以下のように流れた。

かなり強力なはずの拳銃が効かない→というかこっちを一瞥もしないで弾かれてた→あれ? 私のこと半ば無視されてる?→地味にネギがピンチじゃないの!→意識されてない今がチャンスっすよという肩に居るカモからのアドバイス→上等じゃない! 接近戦よ!

……うむ、ネギにも当てはまるのだが古菲に毒され過ぎである。何処の戦闘民族の王子だと突っ込みたい。

まあ数日間とはいえ四六時中も武を交わしあっていれば、戦闘中だけでも精神が引っ張られるのは間違いない。

『自分よりも強い古菲の在り方を真似すれば強くなれるんじゃないか』という考えが出来ているのだ。野球少年が好きな選手のフォームを真似るのと同じである。

喧嘩っ早いのはともかく、意識を明日菜側に割いていない今がビッグチャンスだとして、明日菜はネギの援護メインでは無くハリセンをぶちかます事を最優先事項に変更。

魔法を無効化できるという事はエヴァの防御全てを無に帰する事も可能という事だ。

元々30分間耐えれば勝ちの様な決闘なのだ、少しだけでも時間稼ぎが出来るのならそれに越したことは無い。

思い立ったが即行動。明日菜は魔力供給による身体強化の上げ幅を惜しみなく出し切り、エヴァへと駆ける。

だがいくら身体能力が上がろうとも、結構な高さを飛んでいるエヴァに通常のジャンプでは到達できそうにない。

そのため明日菜は大橋の主塔の壁へと飛び、見事なレンガ造りの壁を三角蹴りで踏み砕きながら更に高く飛んだ。

手の届く範囲までエヴァに近付いた明日菜は、渾身の力でハリセンを振るう。

曲芸じみた方法で接近してきた明日菜を見て鼻で笑うエヴァだったが、いざハリセンを振り下ろされてから表情が激変した。

「とりゃあーッ!」

「な!? ……グオォッ!?」

それもそのはず、先程ネギに破られたために今度は五重に張った障壁を貧弱そうなハリセンによって、攻撃を受けたという手ごたえを感じる事も出来ずに破られたのだから。

人は――この場合には吸血鬼だが――来るはずが無いというタイミングで攻撃が当たると、筋肉を硬直させられないためにダメージが大きくなる。

ボクシング等で言う『カウンター』がこれに当たる。

障壁を無効化しながら振り抜かれたハリセンはエヴァの顔面に当たり、予想だにしなかった衝撃に頭がよろけた。

「今だッ! ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
光の精霊37柱ウンデトリーギンタ・スピーリトゥス・ルーキス集い来たりて 敵を射てコエウンテース・サギテント・イニミクム! 魔法の射手連弾・光の37矢サギタ・マギカ・セリエス・ルーキス!!」

「待てー!?」

よろけた隙を突く形でネギが魔法の射手を殺到させ、明日菜は「ネギのアホー!」と言いながらエヴァを踏み台にして橋の主塔の天辺へと飛んだ。

明らかにあのままだと明日菜が巻き込まれていただろうから、明日菜の怒りはもっともだった。

踏まれて態勢がおぼつかないエヴァは、魔法の射手を受け切るためにここで初めて蝙蝠に変化し、ネギの攻撃を避け始めた。








「……そしてここからは様子見をしなくなったエヴァンジェリンが、ネギ先生と神楽坂を追いこみ続けている、と」

防戦一方になってからは目の前に広がる光景と同じ状況が続いていたために画面の再生を止め、パソコンを録画に集中させる。

なんともまあ非常識な戦いだと呟きながら、缶コーヒーの残りを飲みほした。

「追い込みどころじゃねぇけどな。常に背水の陣を強いながらの戦闘になるようにマッチメイクしてやがる。ありゃあ楽しんでるわ」

「なるほど。最初はどれだけの力を出せばバランスがいいのかを調べ、次に手加減をしているから均衡していることに気付かせる。
最後に気付いた相手にトラウマを刻みこむが如く玩具にする、といったところか。見た目のように子供じみているな」

「そうかー?」

真名の意見にホル・ホースが分かってねぇな、と返す。

視線の先には3連続で放った闇の吹雪によって壊れていく麻帆良大橋。

ネギと明日菜は息も絶え絶えに迎撃を試みており、制空権を握りっぱなしのエヴァは高笑いしながら次の魔法を準備しているのが見える。

それを踏まえたうえで、ホル・ホースはこう言った。

「俺には『子供と遊ぶために四苦八苦する親』みたいに見えるけどな。
封印を解くために戦っているのなら、勝つ事なんて何時でもできるんだ。理に合わねェんだよ」

「ほう? じゃあなんだ、エヴァンジェリンは封印を解くためで無く、やり合いたいから戦っているだけだとでも言うのか?」

「少なくとも俺にはそう見えるな」

「うーむ……」

こういう時のホル・ホースの直感は当たる事が多い。

でも本当にそうだとしたら『この戦いが何の意図を以って戦っているのか』が分からなくなってくる。

エヴァは素直に学園長の意図に乗るという事は無い。そして自分に利益の出るようなことしか積極的にはやらないはずだ。

個人的に修行を付けるためだとしても、最近までのネギひいてはナギへの恨みは本物だったはずであり、そこまでする義理は無いはずだ。

ならば何のためにエヴァとネギは戦っているのか。

(……誰が何を企んでいるのかが見えてこない。でも間違いなくこの決闘という『盤』を操作している人物がいる)

この決闘を操作して益のある者と言えば筆頭は学園長、次点でエヴァ本人や承太郎辺りか。

この3人ならば何かしらをしでかしそうな雰囲気があるが、この決闘からネギの修行経験以外に得られるものがあるとは思えない。

(さて、どうなるんだろうか)

もうすぐ決闘開始から20分になる。後10分少々もすれば決闘の結末がどうであれ分かるだろう。

ミステリー小説の様な考えを一旦退けておき、真名は双眼鏡を使わずに橋を眺めることにした。
















流れ出る汗と橋が損壊した際に出た粉塵の影響で目が霞む。口の中はとうに乾き切っており、興奮状態にあるためか口内に酸味を感じられた。

体の損傷は表面の細かい切り傷ぐらいで戦闘には支障は無さそうだ。

無さそうだが――

「どうした! 避けるスピードが落ちてきているぞ!」

「くうっ!!」

――そもそもにして戦闘が成り立っているとは言いづらい。

最初の優勢なんて幻だったのではないかと思える位、ネギはエヴァからの一方的な蹂躙を受けていた。

攻撃を直に当てる事が出来たのは僅かに2回。しかも決闘が始まってから数分間の出来事だった。

あれは失敗だった。あの時点で仕留める事が出来れば楽だったのだが、仕留めきれなかったために相手に警戒心を与えてしまいすぎた。

最早様子見などという甘い事はしないエヴァが、真祖の吸血鬼がここに居る。

肋骨の怪我? そんなものは折れてから1分後には治った。

魔法無効化? エヴァが能力を把握してからは、明日菜が半径5メートル以内に接近できていない。

奥の手を使おうにも3か所あった結界は橋の足場が崩されて全て消滅している。こんな事になるなら使えば良かったと後悔。

特製の魔法薬入り瓶は使うのなら捕縛結界に絡めて使いたかったが、こうなってしまった以上は通常の詠唱で放つ魔法の威力ブースターとして使った方が良いだろう。

一歩でも先に進みたいというのに、全くもって二進も三進もいかなくなっていた。

(エヴァンジェリンさんの攻撃のパターンは一定なのは既に掴んでる。
まずは『魔法の射手』で動きを牽制、続けて『氷爆』で行動範囲をさらに潰し、トドメに『闇の吹雪』で広範囲を薙ぎ払う。
単純な魔法の連携だけど、それでも十分すぎる位に『行動が限定される』! 連携から抜けるのなら繋ぎに差し込むしか!)

エヴァがとっている戦法は見た目とは裏腹に至ってシンプル。

単純に弱→中→強→弱……という順番で、威力や詠唱時間の違う魔法を連続で放っているだけだ。

だが単純だからこそ使いやすく、やられた方はたまったものでは無い。繋ぎは完璧なので付け入る隙も見当たらないでいた。

唯一の救いと言えばネギと明日菜の位置がエヴァを挟んで丁度対面に居ることぐらいか。

これなら片方ずつに分けて、尚且つ同時に魔法を放たないといけないので威力は多少でも軽減される。

ただし飛んでくるものが戦車砲から機銃に変わった程度だ。どちらにせよ当たればミンチである事に変わりは無い。

それよりなにより、エヴァはやろうと思えば飛んでくる魔法をすべて爆撃機が落とす焼夷弾以上の威力にする事も出来るのだ。

ここに来てエヴァが本気を出しているなんて、ネギは欠片も思っていない。せいぜい出していても1~2割だろう。

(停電終了まで残り10分前後。もし仕掛けるとしたらこれぐらいのタイミングだけど……)

だがどうやって?

現時点で詠唱をまともにする暇は無く、魔法道具マジック・アイテムも大まかな物は使いきり、体力も目に見えて無くなり始めている現状では突破口は開けない。

王手飛車取り。詰んだ訳ではないが、絶望の境界線には片足を乗せている。

(でも! 負けたくない!)

ここまで粘れたのだ。勝ちとまでは行かなくても、負けでは無い何かを成したい。

しかし状況を打開するための決定打が圧倒的に不足していた。








『なーにしょぼくれた顔してんのよ、ネギ。あんた勝つ気あるの?』

「えっ?」

とここで突然、頭の中に明日菜の声が響き渡った。

何かと思い、対面に居るであろう明日菜を攻撃を避けながら見れば、カモが仮契約カードを明日菜の額に当てているのが見えた。

どうやらカードに付いている『念話機能』で言葉を飛ばしてきたようだ。

この機能は額にカードを当てたうえで送信側は声を出さなければならないという点に難があると思う。

戦闘中に使うとすれば片手が埋まってしまうし、口に出して話す必要があるために秘匿性皆無。

初めて仮契約カードを作った魔法使いが「こんな機能もあればいいかな」という安易な考えで付けたのが手に取るように分かる機能だ。

さておき、明日菜からの念話である。

このタイミングで行なったという事は何か秘策があるのだろうか? ネギは氷爆から飛んでくる礫を避けながらどうにか返答しようとする。

が、どうにも攻撃が激し過ぎるので無理そうだ。

『ああ、そっちからの返答はいらないわ。こっちが喋ってるだけで事足りるだろうし』

その気遣いにネギは素直に感謝する。念話するためにカードに額を当てるという事は片手が塞がれるという事。

右手で杖を持って加速している状態で左手まで塞いでしまったら咄嗟の行動が出来なくなる。

エヴァが魔法に力を入れているのはどちらかと言えばネギ側であり、先の通り片手を塞ぐだけの余裕の無いほどに攻撃に晒され続けているため、どちらにしても念話を送り返す事など出来ようはずも無かった。

『そろそろ停電の時間も終わるし、何らかの形で一矢報いたいでしょ? 私としてもこのままじゃ収まりがつかないから何とかしたい訳。
今の所エヴァちゃんの防御を抜けるのは私ぐらいだし、一回だけなら何とかしてやるわよ』

明日菜はネギの求めている事を的確に言い、不敵な笑顔でネギを――

『ハボッ!?』

「アスナさーん!?」

――笑顔でネギを見ていたのだが、会話に集中しすぎて魔法の射手サギタ・マギカの一発をカードから少しずれた額に食らっていた。

ここまで維持されてきたカッコイイ雰囲気が、ここにきてこの一発のせいで一気に薄れた気がする。

額へ加わった衝撃でもんどり打った明日菜は、地面で痛みをこらえながら足をばたつかせている。

このままでは良い的だと思われたが、何となく追い打ちをかける気も無くなったくらい呆れたのか、エヴァはネギの方へと一時的に攻撃を集中させていたために難を逃れていた。

ある意味では明日菜に対して大ダメージであると思われる。

『いったぁーい!! ……もういいわ、相討ちになっても良いから私が突破口を開く!』

格ゲーキャラの如く地面から跳ね起きた明日菜は怒り心頭といった様子。

直接的に悪いのは自分自身のはずだが、彼女としては「空気読め!」といった所なのだろう。明らかに八つ当たりである。

そんな明日菜の痴態ではあるが、肝心の中身は中々良い物である。

(アスナさんが突破口を開く……カモ君もいる事だし、余程危ない方法はとらせないはずだけど、この状況じゃ何とも言えない。
時間から考えてもこれに乗らない手は無いけど、それでも危険すぎる!)

彼女の提案はこの状況では余りにも魅力的だった。例え『明日菜の身の安全が保証できない』としても。

ここまででネギ側に大きな怪我は無いが、これから起きないとも言いきれない。

エヴァのような回復力も無いので、一撃でそのまま死ぬ可能性だってある。

それでも。

(パートナーを、アスナさんを信じていいんですよね?)

カードを額にも付けず、ましてや声にも出さず、ただ明日菜の方を見ることだけ――むしろ見るだけでもよく出来たものだ――をしたネギ。

アイコンタクト程度で伝わるかは不安だったが、彼女にしてはアイコンタクトだけで十分すぎたようだ。

今度こそ攻撃をばっちりよけながら微笑んで見せていた、肩に乗るカモも一緒に。

『当り前よ! 絶対に成功させてやるから、あんたは最大火力でも用意してなさい!!』

『兄貴ィ! 今から俺っちが合図を出しやす!
そこから兄貴が詠唱を開始してくれれば、死に物狂いでエヴァンジェリンをどうにかするぜ!!』

『だからネギ――』

スゥッ、と大きく息を吸う音が聞こえて。



「「『『絶対に成功させるわよ(ッス)!!』』」」



現実と念話の両方で明日菜とカモの大声が響いた。

というか後半の方は力が入っていたために結構な大声で、上空に居る間違いなくエヴァにも聞かれているだろう。

まあどの道小声で話していたとしても全部聞かれていたに違いない。でなければ叫んだ瞬間の隙を突く形で魔法は飛んで来はしまい。

明日菜たちの叫んだ声はすぐにエヴァの魔法の余波による爆音でかき消されていった。跡形も無く、余韻も無く。

でもネギの心には未だ響いている。響き過ぎて――体の中が熱いくらいだ。

(……多分これが泣いても笑っても最後のチャンス)

カモの言っている合図は決闘の始まりでも使ったアレの事だろう。おそらくエヴァも気づいているはずだ。

だからアレ自体に効果は無く、最初とは違って有利に動く事は無いだろう。

(絶対に、成功させてみせる!)

予想通り、カモが魔力を込めたマグネシウムリボンを何処からともなく取り出し。

「ラス・テル・マ・スキル――」

ネギが詠唱を始めたのと同時、決闘において2度目の『閃光』が――いや、相手の視覚を潰せないのなら最早閃光では無いか。

訂正しよう、『ただの合図』が麻帆良大橋で光った。








「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!」



奇しくもネギとエヴァが詠唱を始めたのと同時に閃光を放つ事になった。

どうせエヴァも目を瞑るなりなんなりで閃光なぞ聞いていない事は承知済み。ならば余計な事は考えずに実行あるのみだ。

しかしカモが提案した作戦は大凡作戦と呼べるものでは無く、言ってしまえばただの玉砕である。

具体的に内容を言ったとしても、明日菜の完全魔法無効化能力をあてにしての神風特攻と表現するのが一番正しいだろう。

ただし玉砕とはいっても無駄死にをするつもりはさらさら無いし、ここにきてエヴァに大怪我させる気すら欠片も無かった。

傷つけるのも傷つくのも、明日菜は等しく嫌なのだ。

これから先に彼女の信念がどうなるかは分からないが、この時点ではそれが根幹に根ざしていた。

(エヴァちゃんはわざとこっちの土俵に立ってくれてる)

エヴァは本気を出さなくてもネギの詠唱を邪魔することが出来る。それこそ片手間にだ。

だがエヴァはそれをしようとしない。

エヴァは恐らく見定めようとしているのだ、ネギと明日菜の覚悟を。

そこに慢心は無く、ネギを邪魔しないのもネギだけが持つ『覚悟』を見極めるためだ。

だからこそ真っ向から魔法の出力勝負をネギと行う。しかし莫大な魔力を持つエヴァに真正面からでは太刀打ちなんてできない。

言外に明日菜へと問われている。お前に状況を返せるだけの覚悟があるのかと。

(私の勘違いかもしれないけど、エヴァちゃんはわざと誘ってる! だったら私も『覚悟』を持って立ち向かわなくちゃ!)

そもそもの話、この決闘に一番ふさわしく無い者と言えばぶっちぎりで明日菜だろう。

何せ他の面々――勿論カモも含めて――は相手に怪我をさせる、ないし死なせてしまう戦いを『覚悟』してきている。

人を始末しようということは逆に始末されることになるかもしれないという危険を、戦いに身を置くのなら常に覚悟していなければならない。

この戦いでは始末までとは確実にいかないまでも、そうなる可能性だって十二分にあったはずだ。

その『覚悟』が明日菜には無い。持ち得ない。

……ここまでは・・・・・

(私は相手を傷つけたくない。それに自分が傷つくのももちろん嫌。
でもどちらかを捨てる必要があるなら、私は自分を犠牲にする! 『自分が傷ついても、相手を傷つけない覚悟』をするッ!)

だから彼女は『覚悟』した。他人を傷つけないために自分の身を省みないと、相手よりも自己を犠牲にすると。

例えネギに手を貸した結果に相手が傷つく事があったとしても、それすらも引き受けてみせると。

偽善者と言われればそれまでかもしれない、エヴァの求めている覚悟とは対極にあるような甘っちょろい考え。

それでも彼女なりに出した答えだった。

彼女の仮契約カードに書いてある称号、『傷付いた戦士』の通りの覚悟。だからこれこそが彼女の『魂』が持つ最大の答え。

そう言えば以前承太郎は明日菜の事を女版仗助と(心の中で)称していたが、本当にぴったりな評価だったように思える。

どちらも自己犠牲でもって仲間を守り通そうとする者なのだから。

ならばこそ、ここに居る明日菜が今から見せる覚悟はダイヤモンドのように強く輝くはずだ。



来れ雷精ウェニアント・スピーリトゥス風の精アエリアーレス・フルグリエンテース!!」

来れ氷精ウェニアント・スピーリトゥス闇の精グラキアーレス・オブスクーランテース!!」



エヴァはネギの力がどれほどか確かめるべく、闇の吹雪の詠唱を行う。御丁寧にも詠唱速度を合わせてやってだ。

それくらいなら楽にできるが、明日菜の方にも集中しなければならないので意外と面倒だったりする。

完全魔法無効化マジックキャンセル能力。

魔法発動中に手元を狙われた場合は発動した魔法が暴走する可能性があるため、嫌でも意識しなければならないだろう。

もしも暴走してしまえば自分は不死身だから良いものを、際限無く放出される魔力によってこの一帯が消し飛ぶ可能性がある。

なまじ生き残れたとしても、停電が終わって封印が再発動したら目も当てられない。

今度こそ学園長が止める事も出来ずに麻帆良の魔法使いによって殲滅させられる。

(気苦労が絶えんな……)

停電が終われば『一区切り』なのだ、こんな所でミスする訳にはいかない。

だからエヴァは詠唱に集中するために明日菜が来づらい上空に飛び、さらなる警戒のために自分と明日菜の中間に『糸』を張り巡らせている。

人形使いである彼女は操糸術にも長けているため、この程度ならば気付かれる事無く出来る。

自身の魔力を流した『糸』は鋼鉄ですら柔らかいと言える固さを誇り、蜘蛛の巣状に張ったので衝撃にも強い。

『ハリセン』では破る事能わず、といった所だ。

(これを超える事が出来れば多少は認めてやろう)

まさか一般人に毛が生えた程度の小娘に破られるとは思っていないエヴァ。

彼女がしたこの日において『唯一』の、そしてこの決闘までの一連の流れの中では『3つ目』である失敗がこれだった。



雷を纏いて、吹きすさべ南洋の嵐クム・フルグラティオーネ・フレット・テンペスタース・アウストリーナ!!」

闇を従え、吹雪け常夜の氷雪クム・オブスクラティオーニ・フレット・テンペスタース・ニウァーリス!!」



ドシャアッ!

「クッ! このままじゃ!!」

「姉さん、あの糸は魔力無しでも頑丈すぎる! このままじゃ進めないですぜ!」

明日菜は空中に張られている糸をハリセンで払おうとするも押し返され、全霊を以って飛んだというのにあっけなくはじき返されていた。

知らぬ間に張り巡らされた糸に気付いた時には時すでに遅く、明日菜はエヴァと、更にはネギとも分断されていたのである。

夜闇の中で見えづらいというのもあるだろうが、それにしても気付けないままドーム状に周囲を囲まれているなどとは思わなかった。

つくづく相手が色々な意味で『化け物』だと思い知らされる。

しかも最悪な事に糸自体の強度も尋常では無く、軽く触れただけでも体に切り傷が走った。

ハリセン無しで突っ込んでいたら骨に達する程の裂傷になる所だっただろう。

「立ち止まってなんかいられないのよ! 絶対に押し通る!」

魔法拳銃はとうに空っケツ。もしも弾が残っていたとしてもこの糸は突破できないだろう事は分かっていた。

突破するには、現状では圧倒的に威力が足りなさ過ぎる。

もう所持している武装はアーティファクトである『ハマノツルギ』だけだ。

いや、逆に言えば『ハマノツルギ』ならば有るのだ。

(ッ! そうだ、このハリセンはわたしの心に応えてくれる! なら――!!)

千雨は言っていた。

『お前の力の――魂の具現化がそのアーティファクトだってんなら、『何々の魔力を無効化したい』という思いを込めればそれに応えるはずだ』と。

この言葉、よくよく考えてみれば能力の対象設定という事では無く、アーティファクトの本質を言っていたではないだろうか。

魂の具現というのならば、心から思う事には最大限応えてくれるのだ。

さあ、ここで思い出して欲しい。仮契約カードには本来、アーティファクトがどのように表示されていたかを。

(あのカード通りの形に出来ればッ!!)

身の丈ほどもある大剣。それが本来の『ハマノツルギ』の形状である。

仮にそれだけの大きさの鋼鉄の剣があったとして、威力はどの程度になるかは容易に想像がつく。

ハリセンでは糸の魔力を消すだけで精いっぱいだった――もとい、魔力は消す事が出来た。

なら『魔力を消したうえで多大な威力を与える』ことが出来れば……?

(迷ってなんかいられない! ハマノツルギ! 本当の姿になりなさい!!)

心と両手に力を込め、明日菜は眼前の光景から一時も目を離さない。

もう魔法は発動するのは間違いない。ならそれはそれでやりようはあるのだ。

(私の覚悟を――)

乾坤一擲、全身全霊。

歯から音が出るほど食いしばり、思いの限りをアーティファクトに込めた。

痛いのは本当は嫌だけれど、誰かが傷つくなら自分が傷つくことを恐れない。

『覚悟』を決めた(極めた)。

――キィィィィィン。

程なくして甲高い音が鳴るとともに、ハリセンから光が溢れだす。

それに伴ってハリセンという輪郭が無くなっていき、新たな形へと変貌を遂げていく。

「あ、姉さん!?」

「――見せてやるわ!!」

形が明確に定まる事を待たずに、明日菜は光を糸に対して振り下ろした。



雷の暴風ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス!!」

闇の吹雪ニウィス・テンペスタース・オブスクランス!!」



放たれた魔法は互いに正面からぶつかり合い、耳障りな激音を発生させながら麻帆良大橋に炸裂する。

(くうぅっ! 押し返されないようにするので精いっぱいだ! このままじゃ魔法薬でのブーストが出来ない!)

ネギは杖を力強く握り、雷の暴風を最大限に放出し続けている。

元々保有魔力量は高く、明日菜への魔力供給をしながら2~3時間は訓練出来るほどだ。だからこそ、ここで残りのすべてを出し切ろうとしていた。

下手な小細工はここに来て通用しない。ならば勝負を決めるのは出力だけだ。

(アスナさん、信じてますよ! 絶対に突破口を開くって言ってたんですから!)

足に力を入れて、押し返されそうになる体をどうにか支える。

魔法と魔法のぶつかっている部分を見れば、ネギとエヴァの出力差が3:7程までになっていた。このままでは押し返される。

しかし悲観することは無い。

だって、成り行きで成ったとはいえ自分のパートナーである明日菜が、絶対にどうにかして見せると言ったのだ。

信じているからこそ、この場を凌ぎ切らなければならない。むしろ自分一人で押し返すくらいの気概を持たなければならない。

(魔法薬の仕舞いこんでいる位置は把握している。一瞬でも隙が出来れば――)

その時、ネギの視界の隅に光る何かが見えた。

あれは何なのか、という疑問は全くない。どちらかと言えばやっとか、という感想しか出てこない。

なら、覚悟に応えるために自分も準備しなければ。

「はああぁぁぁぁぁぁ!!」

右手のみで杖を持ち、左手でローブの中に手を入れた。



「どうしたぼーや? この程度で終わるのか?」

「……終わりません! 終わらせません!! 終わらせてなるものかーッ!!!」



魔法のせめぎ合いが2:8程になったその時、エヴァは背後に迫る気配を感じ取った。

誰が接近してきているのかなんて、橋の上に居る者は限定されているのだ、言われずとも分かる。

(バカな!? あの糸は相当な硬さを誇るはず!)

闇の吹雪の出力を落とさないようにふり返れば、先程とは打って変わって、見る者を圧倒させる大剣を持った明日菜が飛んで来ていた。

ここにきてやっと、エヴァは明日菜が全力を出していなかった事に気付いた。

実際は明日菜が相手を傷つけるのをためらったために全力が出し切れなかった、という方が正しいのだが、この場においてはどうでもいいことだろう。

明日菜が糸を突破してきた事実が重要なのだから。

「てりゃああああああ!」

明日菜は上段に構えた大剣をまっすぐに振り抜き、押し負けているネギを助けるためにエヴァの近くの空間を、そしてせめぎ合っている闇の吹雪を諸共に切り裂く。

パキィィィィンというガラスが割れたような音とともにエヴァの障壁と闇の吹雪は一時的に消え去るが、エヴァの手からはまだ放出が続いている。

そのために返す刃で再度エヴァンジェリンを捉えようとしていた。

「そこまではやらせん!」

「きゃあっ!」

ドゴォッ!

黙ってやられる程エヴァは殊勝では無い。

本来ならここでエヴァを真っ二つにしてしまえばそれで終わっていた可能性があったが、あくまでも相手を傷つけたがらない明日菜は魔法障壁と闇の吹雪を切るだけに留めてしまった。

そんな迷いのある明日菜に対して逆袈裟に大剣を振られる前に腹部へと蹴りを放ち、大橋へと墜落させる。

寸前で大剣を盾にしたために明日菜の肉体へエヴァの蹴りが直接届く事は無かったが、それでも衝撃はかなりのもの。

大橋に叩きつけられ、路面が陥没する程の衝撃を背中から受ける羽目となった。

「う……ぐっ!」

「姉さん! アスナの姉さん!」

落ちた時の打ち所が悪かったのだろう。明日菜の意識は朦朧としてしまっていた。

カモは念のために体の部位を検査――なんと下心一切ぬきで!――するが、幸いなことに酷くても打撲程度で済み、骨折は見られなかったのでとりあえずであるが安堵のため息を吐く。

そして苦痛に身を捩ろうとして呻く明日菜だったが、その表情は何処となく笑っているように見えた。

(後はあんたが頑張んなさい。ちょっと……疲れちゃった……)

見れば、闇の吹雪は先程までと違って放出されている形が不安定だ。これなら威力も随分と落ちている事だろう。

目眩が大きくなり、作戦が少なからず成功したので緊張が途切れたのもあってか、明日菜は気を失った。



「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 雷の暴風ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス!!」

「チイッ! 魔法薬での簡易詠唱か!」



明日菜が作ってくれた隙。その間にネギはローブから取り出した魔法薬を2瓶とも構え、始動キーからの詠唱省略でもう一つ雷の暴風を放った。

一時的に消えていたために距離の離れていた闇の吹雪と再度中間地点付近でぶつかり合う。

高電位の衝突によって辺りにイオン臭が漂うが、そんなことを気にしている余裕なんてない。

ネギは魔法薬に含まれていた魔力のおかげでどうにか拮抗状態に持ちこめていた。

(魔力が少し暴走している状態のエヴァンジェリンさん相手に拮抗しているだけじゃ足りない! 全身の魔力全てを出し切るッ!)

杖を両手で持ち、2本の雷の暴風を放ち続けるネギ。

余りにも一度に多くの魔力を放出するためか、ネギの全身の末端から裂傷が広がり始めている。

興奮状態から痛みは感じないまでも、見ると気が削がれるために意識から外す。誰だって自分の体から景気良く血が出る所を見たくは無い。

とうに足元には血だまりが出来、ネギはそれでもなお膝を揺らす事無く立ち続けている。

彼を支えているのは一つの信念。ただ負けたくないという一心だ。

だがそれもここで終わる。



「……よくぞここまで耐えきったな、ぼーや。認めよう、ぼーやは決して弱くは無い」

「……エヴァンジェリンさん?」

「だがそろそろ時間も惜しい。だから終わりにしてやる。舌を噛むなよ?」

「ッ!?」



エヴァは眼の前のネギを見て、その姿にかつて好いていた青年の姿を見出した。

勿論力は比べるべくもないが、それにしても似ていると思ったのだ。

だからこそ、成長させるために壁になってやる。この壁如き超えられないのなら、ネギは目標にたどり着けないだろう。

エヴァは明日菜の手によって暴走気味の闇の吹雪の制御を『抑え目にしていた魔力をほんの少し多めに解放させて』強引に取り戻す。

「終わりだ」

ゴバァァァァァ!

闇の吹雪の大きさが突如として数倍に膨れ上がり、2本の雷の暴風をいともたやすく飲み込む。

今までの拮抗状態なんてまるで無かったかのような光景。

「う……うわあああああああああああああああ!!」

エヴァにしてみればたったそれだけ、と言える魔力量を込めただけだ。

それだけで拮抗状態は破られ、ネギの体は闇の吹雪の中に消えた。
















麻帆良大橋は凄惨を極める、という有様になっていた。

魔法の衝突の余波で主塔は崩れかけ、路面の至る所は麻帆良湖へ崩落している。

麻帆良大橋の上には血だまりに沈むネギと気絶した明日菜、そして明日菜のそばに観念した様子で大人しくしているカモ。

上空にはネギを満身創痍にした元凶であるエヴァが、悠然と佇んでいた。

「褒めてやるよ、ネギ・スプリングフィールド。私に『1割』も力を使わせた事をな」

「……………………」

「ほう。声は出せなくてもこちらを睨みつける事は出来るか。つくづく面白いやつだ」

ネギは力を使い果たしたためにうつ伏せのままで動けはしないが、なんとか首だけを動かしてエヴァを睨み続けていた。

血の気が引いて真っ青な表情だというのに、その瞳からは一切闘志が薄れていない。

だがそれだけしかできないネギに、もはや打つ手は無かった。

「これで私の勝ちだ。決着を――」

エヴァは血だまりに沈んでいるネギに近づくため、翼を動かそうとした。

が、その時。

「いけません、マスター!!」

遠くから従者である茶々丸の声が聞こえ、同時にバシャン!と、麻帆良大橋の中でも奇跡的に壊れかけという程度で済んだライトが点灯した。

それの意味するところと言えば。

「予定よりも7分27秒も停電の復旧が早いです! 早く地面へ!!」

「ええい! いい加減な仕事をしおって!」

停電の復旧。

つまりは麻帆良の結界が全て起動するという事。

だとすれば空中に居たままで不味い。

このままでは結界が作動した瞬間に全ての力が再封印され、地面に真っ逆さまという事になる。

封印状態になってしまえば魔力も再生力も一般人の子供並になってしまうエヴァなのだ、この高さでは助かることはまず無くなる。

そのために迅速に地面へと降り立とうとしたエヴァであったが、流石に電気が復旧するよりも早い訳にはいかず。

「グゥッ!?」

エヴァの全身へと破裂するような光が上空から走り、衝撃と共に纏っていた魔力が完全に霧散する。

魔力を纏った服ごと翼も消え失せ、重力が彼女の体を急速に引きずっていく。

ガラッ。

追い打ちをかけるように、彼女の近くにあった主塔が崩壊していく。

元々崩壊しかけていた主塔に、霧散した魔力の圧力でどうやら止めを刺してしまったらしい。

落ち行く視界の中、自分の体に覆いかぶさる様な巨大な瓦礫、橋の入口から茶々丸が走ってくる姿が見えた。

後者はどうやっても間に合わないだろうことは、こんなときでも状況把握出来るため嫌なくらいに理解出来た。

「姉さん! 兄貴! 動いてくれー!!」

カモの声がエヴァの耳に入る。

そういえば主塔周辺で戦っていたのだ。この瓦礫が落ちれば下に居るネギと明日菜も巻き込まれてしまうだろう。

(ある意味で待ち望んでいた決闘の結末がこれか! つくづく神は私が嫌いらしいな!)

生き残れたのなら麻帆良の技術担当連中に文句を付けてくれると心の中で息巻くが、地面はもうすぐそこにあった。

最早助かるまい。

スイカのように爆ぜる自分の頭蓋を夢想し、エヴァは目を閉じた。
























「……やれやれ、麻帆良の管理者は何をやっているのだか」

「……何!?」

目を閉じた瞬間、今まで落下してきた事による反作用も無かったのに抱きかかえられている感覚があり、エヴァは慌てて目を開ける。

そこに広がっていたのはクラスの副担任の仏頂面。肩周りにはぐったりとしたネギと明日菜が浮いて――スタンドに担がれて――いた。

ふと横に首を動かしてみれば、崩落していく麻帆良大橋の主塔が遠くに見え、橋の途中に茶々丸が茫然とへたり込んでいた。

周りにはネギたちを応援していたはずのスタンド使いが、承太郎を見て戦々恐々としている。

そして自分の状況を確認すれば。

「~~ッ!!!」

副担任である空条承太郎にお姫様抱っこで抱えられていた。

魔力を飛ばされてしまったために全裸でもあった彼女だが、そこは承太郎が気を利かせてくれたのだろう、承太郎の大きなコートが体に巻かれていた。

恥ずかしさにカーッと赤くなるエヴァだったが、よくよく考えるとこの状況はおかしい。

(待て、そもそも何なんだこの結果は!? あれだけの距離を何の影響も出さずに移動なぞ、あり得ん!
転移や超スピードでは断じてない! もっと……もっと恐ろしい何かをこの男は成したッ!!)

橋の入口から一歩も動いていないだろう位置に承太郎がいるにもかかわらず、自分やネギたちを抱えているという事。

そして崩落現場へと向かっていた茶々丸がこちらに気付いていないという事。

この2つの事象、並大抵の事ではこんな結果はあり得ない。

ただの転移では遅すぎるだろうし、超スピードだとしても度が過ぎている

訝しげなエヴァを見て承太郎は、何か不都合な事があったか?と聞く。

「不都合では無いわ! 貴様、一体何をした!?」

「何を、と言われてもだな」

承太郎はネギと明日菜を地面に横たえ、楓と古菲に波紋による治療をお願いしている。

エヴァは日光が効かないとしても波紋はどうなるか分からないので、地面に下ろしてはいるが治療は保留。

そしてやれやれと帽子のつばを握りながら、こう返した。

「少しばかり速く動いただけだ」

「…………」

「む? どうしたんだ、マクダウェル?」

「ど、どうしたもこうしたもないわ! 『少しばかり速く動いただけ』だと!? そんな嘘が通じると思うなよ!!」

「……嘘では無いのだがな」

ギャーギャー叫ぶエヴァを若干うっとおしく思いながら、承太郎は再度やれやれとぼやいた。

「さて、無駄話はこれくらいで良いだろう。決闘の立会人として、ここに決闘の結果を言い渡す」

「無駄話の訳無かろうが! ……しかしまあ良い、時間は何時でもあるのだからな」

「よろしい」

聴衆はこの場に見えずとも大勢居り、宣言だけは形式上する必要がある。

まあ結果は分かり切っている事であるし、気絶しているネギと明日菜には聞こえていないだろうが、承太郎はここに決闘の勝敗を宣言する。

「決闘の勝者、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル!」

「ククク……ハハハ……ハァッーーーハハハッ!!」

勝者は文句のつけよう無くエヴァだ。如何にネギびいきの魔法使いがいたとしても、どうにも覆せない程に圧勝だった。

エヴァが高らかに笑い、麻帆良大橋にその笑い声が響いた。








「……何であんなに笑えるんだか」

「悪役というのは高笑いしてこそでござるよ? あれは良い笑い方でござる」

「いや、ゲームとかしてるから何となく理解は出来るけどさ」

「どちかと言えば楓は時代劇を対象にしてるっぽいアル」

「時代劇かー。あれって何となく好きじゃないのよね。アメリカのドラマと比べるとどうにもストーリーが弱く感じちゃって」

「CS○とか○4とか見てる国は感想が違いすぎるな。まあ確かに同意だけど」

「……宣戦布告と取っていいでござるか?」

「止めとくアル。時間の無駄アル」

「あのー、一応真面目に治療しませんか?」

「「「「真面目にやってるぞ(わよ・アル・でござる)」」」」

「……むー」

千雨たちはエヴァの様子を客観的に見ながら治療中。

とは言っても本格的な治療は楓と古菲と徐倫が行い、千雨とさよは包帯を巻くと言った作業をしているだけだが。

「ま、笑いたくなる気持ちも分からないでもないが」

「ん? どういう事でござるか?」

クックッと悪役面で笑う千雨に楓が問いかける。

千雨はなんてことは無いと返した。

「ああ、少しばかりこの後にプレゼントを用意したんだ。
エヴァンジェリンはこの決闘に勝った時の約束事を封印解除としていたけど、それだけなら最早ネギ先生と『戦う必要なんてなかった』んだ」

「!? そ、それはどういう……」

「苦労したぜ? 何せ色々と御膳立てしてやったんだから」

確かに千雨は麻帆良大橋に来た際、何故か疲れた表情をしていた。

何か裏で動いていたのだろうか。

「0時になれば分かるはずだ。『千の呪文の男サウザンド・マスター』が全部方を付けてくれる」

千雨は意味ありげな事を呟き、エヴァを見ながらニヤニヤと笑っていた。








4月18日水曜日午前0時。

麻帆良を取り巻く環境が、大きく変わる。








ネギ・スプリングフィールド――粘り強く戦うも、圧倒的な力の差を見せつけられて敗北。
                   出血量が洒落にならないレベルだったが、波紋治療で何とかなった。再起可能。

神楽坂明日菜――良いアシストと覚悟を見せつけるが、隠しきれない迷いの隙を突かれて気絶。再起可能。

アルベール・カモミール――細かい切り傷はあるものの、上記2人に比べれば無い様なもの。再起可能。

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――圧倒的な力を見せつけて勝利。
                         午前零時、彼女は更に高らかに笑った。



┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/



後書き:
良い区切りの出来る部分が見つからなくてそのまま書いたら2万字超え。どうしてこうなった。

決闘の結果は偶然であれエヴァに勝つのは無いなぁ、と思ってこのような結果に。

そういえばネギはこの作品では一回も勝って無い気が……まあ修学旅行編では、ね。

それと突っ込まれそうなので、エヴァの失敗3つは以下の通り。

交渉=操った生徒による多角攻撃が出来なくなった、果たし状=4時間ネチネチと戦うつもりだったから、甘く見た=多少なりとも動揺してしまった。

それと、夢を見られた事に関しては実は大局的に見れば失敗では無いんです。

次回、第2部完ッ!



[19077] 35時間目 たったひとつの冴えたやり方
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2011/01/17 15:03
4月18日水曜日、天気は晴れ。

この日も前日と同じく、朝から魔法関係者が特別会議室の中でそろってピリピリとしたムードを放っていた。

まあ壁に寄りかかって楽にしているホル・ホースはまたしても微塵もそんな気配を発していないのだが。

「……それでは、会議を始めようかの」

学園長が心底疲れましたという声を隠しもせず、開始の号令を発した。

魔法先生は手元に配られている資料をパラパラとめくり、内容に目を通していく。

昨日の侵入者の出現地域と進入路、そして防衛ラインの変遷が図と文章で以って説明されていた。

各地域の警備状況の報告は代表者としてタカミチが行い始める。

「……昨日の停電中に起きた侵入者騒ぎですが、侵入者は全て確保されています。
捕縛者数は手元の資料通り……まあ例年よりは少ないですね。
麻帆良への和平申し込みをする陰陽師もいましたし、侵入者側も麻帆良に対する意識が変わっているのかもしれません」

「――遮る形での発言失礼いたしますわ。その和平申し込みをしたという西側の陰陽師、本当に信用に値するのですか?」

「葛葉先生?」

手を上げて質問をしたのは元関西呪術協会所属だった葛葉刀子だ。

なるほど、元々所属していたために相手側の内情が分かっている以上、警戒するのは当然である。

だがタカミチは「心配無いよ」と言いながら資料に書いてある件(くだん)の陰陽師の名前を指さす。

「葛葉先生はどうにも寝不足みたいだね。この陰陽師――叶見人は穏健派として有名じゃなかったかな?」

「あっ!? す、すみませんでした! 確かにあの方ならばあり得る話でした!」

あわわわと普段の彼女らしからぬ慌てふためきよう。どうやら本当に眠気で注意力散漫になっていたようだ。

化粧で上手に目の下の隈を隠そうとしても、タカミチからすれば雰囲気で分かったのだろう。

ともあれこのままでは会議としての雰囲気を維持できないため、刀子を落ち着かせるために言葉を続けた。

「いや、葛葉先生の懸念ももっともだ。それに彼は大丈夫だとしても父親は筋金入りの過激派だったようだしね。
ああ、念のために彼が提出した映像だけでなく、彼自身の記憶も見させてもらいました。完全な真っ白で間違いありません」

「うむ。これに関してはわし自ら記憶を確認させてもらったので大丈夫じゃな。
葛葉君の質問も皆の疑問の代弁だったのじゃろ? すまんのう、矢面に立たせてしまって」

「は、はい……」

珍しく学園長からまともなフォローが入り、とりあえずこの話は後で各自聞きに来いと話題を終わらせる。

刀子は赤面しながら着席し、それを眺めていたホル・ホースはニヤケ顔だ。

彼女とホル・ホースが交際しているというのは最早周知の事実。そんな2人の様子を見て会議室の嫌な空気がほぐれた感じがする。

まあニヤケ顔をしていたためにホル・ホースは後で刀子に切られかけると思われるが、それも日常風景だったりする。

閑話休題。








「魔法関係者からは死傷者無しで、重傷者に関しては全人員の0.5割、軽傷者は4割ほどといったところでしょうか。
病院の特別区画では回復魔法や魔法薬で治癒を続けている状況でしたが、今朝がたには大体終わったそうです。
入院する程の重傷者が居なかったので、とりあえずは安堵すべきかと」

一番懸念されていた人的被害は軽度……と言えるかどうかは微妙なところだが、最低限に留める事が出来たようだ。

こういう時に魔法というのは役に立つものだ。何せ物理法則や生命工学無視で治癒が行えるのだから。

いかんせん魔法が秘匿されている現状では大っぴらに使う事が出来ないのが難だが。

「建造物への被害はどうかね?」

「侵入者騒ぎにおいての建造物被害は主に路面や森の樹木ですね。市内の建物には特に被害はありません。
また、決闘騒ぎの影響で麻帆良大橋の崩落が確認されています。侵入者よりも身内の戦闘の方が被害が大きいとは皮肉です」

「ひ、被害額は考えたくありませんね……」

小市民的な感性を持ち、尚且つ社会科担当であるボインゴがぽつりとこぼす。

あれだけ西洋風にデザインが凝られている大橋が崩壊しかけているのだ、修繕費は8桁クラス、もしかすれば9桁にすら達するかもしれない。

しかも陸の孤島とでも言うべき麻帆良から外側へつながる交通の一つが寸断されるのだ、流通でも若干の打撃が予想される。

「その辺りは麻帆良に資金を提供してくれている雪広財閥やスピードワゴン財団などに泣き付くしかないでしょう。
幸い、SW財団に関しては『良い映像が取れた』という事で協力は惜しまないとのことですので」

「映像一つで橋の修繕費とは、ギブアンドテイクとしては些か釣り合わないがのう。まあこういうときは素直に受け取っておくとしようかの」

一つ一つの損害状況を見て、幾つかの肩の荷を下ろす。

学園長としてはこれくらいならば許容範囲と考えたらしい。

「これならば被害は軽度、と言っていいじゃろうな。この結果は皆が一体となって頑張ってくれたおかげじゃ、責任者として礼を言おう」

学園長は立ちあがり、頭を下げる。

麻帆良学園都市を本当に愛している学園長だ、これは本心からの礼なのだろう。

部屋に居た教師たちも学園長に礼を以って返した。

そんな教師たちの様子を長い眉毛をさすりながら見渡し、続けて学園長は修復工事計画についてのページを眺める。

「うーむ……麻帆良大学土木建築研究室の面々に手伝ってもらったとしても3日『も』復旧にかかってしまうようじゃのう」

「……むしろこれだけで済むことに驚くべきでは?」

「……そう言えばそうじゃった。魔法使いを総動員するよりも早く修繕してくれるので、うっかりしとったわい」

全長1キロメートルに届くくらいに長い橋が崩壊しかけている状態を、たった3日で直す事は普通は無理だ。

だがそこは麻帆良、超人的な速度で直す事の出来る団体がいるのだ。余りに日常過ぎてその凄さをイマイチ忘れがちの様だが。

魔法使いですら称賛せざるを得ない土木建築研究室の面々、一体何者だろうか。

まあ本当に本編の内容に一切関係ないので出番は欠片も無いのだが。








タカミチは会議室の面々に資料のページを捲るように促し、次の話題へと転換させる。

「次にネギ先生とエヴァの決闘についてですね。まあ結果自体は皆さんも既にご存知でしょうから、短くすませます」

その言葉に少なからず教師の面々が暗くなる。

勝てる試合では無いという事は分かっていたのだが、それでも『英雄の息子』ならばもしかしたら、という淡い希望でもあったのだろう。

そんな希望は木っ端微塵に砕かれてしまったのだが。

「勝者はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。決着は高出力の『闇の吹雪』を当てた事によるネギ先生の戦闘不能によるもの。
ネギ先生は20分以上も健闘しましたが、やはり経験の差や技術の差が大きすぎましたね」

僕でも本気の彼女には勝てないし、とタカミチは続けた。

そんな事を聞いてしまえば負けて当然だろうという考えしか出てこず、仕方ないかという意見が教師の間でちらほら出始めた。

「そ、それでも十分に称えられるべきです! あの『闇の福音ダーク・エヴァンジェル』に一時的とはいえ手傷を負わせたんですから!」

「止めとけ、瀬流彦先生。これは真剣勝負だったんだ、俺たちがどうこう言う事じゃない」

「でも……」

瀬流彦がネギのフォローに入ろうとしたが、グラサンと髭が特徴の教師――神多羅木(かたらぎ)――に窘められる。

これはあくまでも『決闘』という名目で行われていた。ならば下手な慰めは、例え本人がこの場に居なくても無礼に値する。

それが分かっているからこそ神多羅木は瀬流彦を止めた。

しかしながら彼としても悔しかったのは同じの様だ。強面なためにいつもはつり上がっている彼の眉が若干下向きになっていた。

そんな彼らの様子を汲んで、学園長が言葉を発した。

「フォフォフォ、確かにネギ君は頑張った。それこそこの場に居る皆に迫るくらいの技術をもってしてじゃ。
そこでグッドニュースじゃ。『例の修学旅行』が始まる前に、魔法教師の紹介だけはしておこうと思っての」

「……学園長、良いのですか?」

「もともとネギ君がまだ弱いうちに周囲に頼り過ぎないようにと取っていた処置じゃ、少し速い気もするが構わんじゃろう。
ネギ君は空条先生や事情を知る生徒に修行を付けてもらうだけで、頼り切るという事はせんかった。わしは大丈夫だと思うが、皆はどう思う?」

これには暗くなっていた教師たちも揃って驚き、また喜びを露わにした。

何故なら魔法先生という立場を隠して接さざるを得なかったので、ネギとは殆ど交流が取れていなかったのだ。

それに学園長に少なからず認められたということもあり、『流石は英雄の息子』と思う気持ちもあって喜んでいる。

(まあ本当の目的としては『ネギ・スプリングフィールド』として彼のありのままを見てもらいたかったというのもあるんじゃがの)

学園長はそんな教師たちの認識を知っているからこそ、このタイミングで制約を解禁した。

早い段階でネギと接させれば、彼自身をないがしろにするような評価も薄れるだろうという魂胆だ。

達観を決め込んでいる学園長だが、やはり甘いのは彼も同じだった。








「学園長、この決闘に関して一つ疑問が」

「ん? なんじゃねシスターシャークティ」

一応決闘の内容としては各自が現場を様々な方法で見ていたため、詳しい説明をしなくてもどうにかなるという事で各自資料を見ろと割愛された。

だがシャークティは決闘の内容でどうにも気にかかる点があるようだ。

学園長は何を聞いてくる気かと思い、頭の中で不都合にならない結果を残す為の様々なシミュレートを組み立てようとする。

しかしその心配は無かったようだ。

「決闘そのものというよりも、決闘の決着直後についてです。空条承太郎先生……彼は一体『何をした』のでしょうか?」

それは誰もが見ていたが、一切理解が出来なかった現象。

一歩もその場から動いていなかったというのにもかかわらず、橋の中央にいた3人をどのようにして救出したか。

「瞬動をかろうじて眼で追える程度の私では説得力が無いかもしれませんが、空条先生の動きは一切追えませんでした。
ですのでこの場に居る誰かがそれを見えていたのなら、それで解決するものなのですが……」

シャークティは会議室の教師陣に見えていた者はいないかと言うが、誰一人として「見えていた」と名乗り出る者はいなかった。

瞬動を超えた移動方法である『縮地』を見切ることのできる学園最強と呼ばれる学園長や、次に強いとされるタカミチですらも。

ただし学園長だけは『何をした』かは把握している。

そんな微妙な反応に、人の感情の機微に気付かなければならない職種であるシャークティは問い詰めた。

「……何か知っていらっしゃるようですわね、学園長」

「う、うむ。流石にシスターシャークティには隠し通せんかったか。
正直に言うが、わしも何も見えてはおらん。じゃが空条先生が『何をした』のかは把握しておる」

「それでは――」

「じゃがそれを話す事は出来んのじゃよ。それがSW財団との約束での」

ふうと息を吐きながら学園長は答える。

「空条先生の情報自体はスタンド使いの間で相当有名なものではあるらしい。
じゃがむやみやたらに広めるというのも嫌だそうでの。その辺りはホル・ホース君たちの方が詳しかろうて」

「げっ。こっちに振るなよ、畜生」

壁際でのんびりしていたホル・ホースやオインゴ・ボインゴ兄弟に部屋中の視線が移動する。

その視線がうざったく感じたのか、さっさと視線を外させるためにホル・ホースが口を開いた。

「あー、承太郎の情報は出るとこ出れば数万円でもあれば手に入る程度のもんだ。だがこれはあくまでもスタンド使い側の情報網でのことだ。
この情報は魔法使い側の情報網には一切乗ってねぇ。何故だか分かるか?」

この質問には刀子が答えた。

「……『スタンド使いと魔法使いが互いを知らないために情報が回らない』ということでしょうね」

「ヒヒッ、正解だぜ。スタンド使いは基本的に大多数が一般人だから、世界の『裏』に居る魔法使いを知らない奴の方が圧倒的に多い。
逆に魔法使いは存在を秘匿しているから、限りなく『表』側にいるスタンド使いからは情報を得るのが難しくなっている、っつー訳よ。
『表』の情報屋はスタンド使いを知っているけど、『裏』にいる魔法使いの情報屋を知らない。逆もまたしかり、ってね」

「りょ、両方にコネを持っているSW財団が特別なん……です。SW財団は良くも悪くも『両面』で有名ですから」

「そんでもって、SW財団の創設者であるロバート・E・O・スピードワゴンは承太郎の家系であるジョースターにかなりの恩義を感じていたため、SW財団の全てはジョースターを守るように動いているんだよ。
スタンド側の情報網には出回るだけ出回っちまったから手遅れだったが、魔法使い側に流れた情報は財団がもみ消しているだろうな。
実際、俺も情報屋に変装して火消しに従属していた期間もあったしな」

財団から派遣されてきているスタンド使いが順番に説明を補足していく。

なるほど、こうなると魔法使いが承太郎の情報を手に入れようとするならコネの少ない『表』の情報屋を頼るしかないらしい。

「ちなみに俺たちは財団から『魔法使いに承太郎のスタンド能力について直接話してはならない。ただし彼自身が明かしたのなら別』って言われてる。
どうせみんな、承太郎が言ってるスタンドの能力は嘘だって気付いてたんだろ? 気になるならあいつから直に聞きな」

多分素直には教えてくれないだろうけどなとホル・ホースはカラカラ笑った。

そんな空気の読めないホル・ホースを置いておいて、シャークティが再度学園長に問うた。

「一つだけ聞かせて下さい。もしも学園長が空条先生と戦う事になったとして、学園長は勝てますか?」

「フォフォフォ、嫌らしい聞き方をするのう」

確かにこの聞き方ならば能力自体は分からなくてもどの程度の脅威であるかは測れる。

学園長は何時もの調子で笑ったと思うと、少しばかり思案してからこう述べた。

「彼の視界に入っていない超長距離から奇襲して何とか勝てるくらいかの。少なくとも視界に入っていたら負けるのは間違いないわい」

その一言に会議室にいる魔法先生は揃って凍りついた。何せ関東最強の魔法使いをもってしても奇策を用いなければ勝てないと言ったのだから。

ホル・ホース達は揃って苦笑した。能力の自重さえしなければ負ける事は無いと知っていたから。








「さて、これで昨日の停電時についての会議は終了……と言いたかったんですがね」

「うむ……」

本来ならば前日の警備の報告、そしてネギとエヴァの決闘の結果を報告するだけでこの会議は終わるはずだった。

しかし0時に起こったとある出来事のせいで関係者各位は寝ずに原因究明に取り組まざるを得なくなったのだ。

そうなると会議で使う報告書が増加、しかも徹夜で作成する事になってしまい、体のコンディションは誰も彼もが最悪と言ってよかった。

もしこの瞬間に大勢の侵入者が現れれば麻帆良は陥落していただろうと冗談抜きで思える。

「ここからの詳細は情報関連に詳しい弐集院先生にお願いします」

「は、はい。それでは資料だと細部が潰れてしまう程だった図と、資料に入れるには膨大な量になるプログラムの一部を、見やすいようにスクリーンに表示します」

何処かで見た事がありそうな外見をした教師――弐集院 光(にじゅういんみつる)――がタカミチから会議の進行を委譲され、席から立ち上がって説明を始める。

彼が手元にあるノートパソコンのスイッチを何回か押すと、会議室のスクリーンに一つの図形と文字列が表示された。

表示された図は幾何学的な模様が描かれている円――即ち魔法陣だった。余りに複雑な構造をしていて、確かに資料では訳が分からなくなるだろう。

文字列はプログラムのソースコードの様だが、少なくとも一般に用いられているプログラム言語とは組み方が違うようだった。

魔法陣の肝心の効果は何なのか、弐集院は流れる汗を拭いながら話し始めた。

「これは『指定対象の力を押さえ付け、特定の行動を取らせるように設定された魔法』を魔法陣に置き換えたものです。
そして此方の膨大な文字列はこの魔法陣を更にプログラムに置き換えたものです。効果の程は……言わずとも分かっているでしょうが……」

弐集院は太っているという事から考えても異常とも思える程に汗が流れ出ている。

それもそうだ、想定していなかった部分からの打撃は非常に効くのだから。カウンターという奴だ。

「この魔法はプログラムとして、電力制御で以って保持されています。しかも最高機密ブロック……麻帆良学園を覆う結界と同様の場所にです」

麻帆良学園を覆う結界は麻帆良に侵入する者の感知機能、認識阻害、魔物の魔力を抑える効果などが様々に含まれ、麻帆良防衛の要とも言えるものだ。

だからこそこの結界が一時的とはいえ解かれる停電時は侵入者が激増する。

そんな重要すぎる結界は麻帆良独自のネットワーク上で厳重に管理されている。それこそ国家機密並み、もしくはそれ以上のプロテクトでだ。

各種ファイアーウォールにパスコード認証が多数、電子精霊を用いた電子的侵入者の感知etc……。

茶々丸ですらまともに中枢までは進入できず、別所の予備プログラムの方にしか進入できない程だったのだ、強固さは分かるだろう。

だが。

「今日の午前0時丁度……この『登校地獄インフェルヌス・スコラスティクス』を管理するプログラムが『消え去りました』!」

「「「「「…………」」」」」

弐集院の言葉によって、会議室に重い沈黙が流れる。

『絶対に大丈夫だと思われていた箇所の突破』。重くなるには十分すぎる内容だ。

その事実に、様々な魔法先生が泡を食ったように矢継ぎ早に質問を投げる。

「内部犯という可能性は?」

「無理です。プログラム自体に到達するためには、管理者として認証をしたとしても数分はかかります。そんな事をすれば嫌でも気付きます」

「電子精霊による監視体制はどうでしたか?」

「電子精霊を扱う事の出来る魔法使いを総動員し、停電開始前から常に監視を続けていました。
ですが侵入に関しての一切の痕跡無し。電子精霊に意志を伝えさせても『何も無かった』としか伝えてきませんでした」

「電子精霊を使える別の魔法使いの仕業ではないのかね?」

「それにしても痕跡が少なすぎます。電子精霊はそれこそ星の数以上がネットワークに存在しているので、全てにおいて痕跡が無いなんてありえません」

「実行犯や動機に心当たりは?」

その質問を受けて、弐集院がウッと言葉に詰まる。

詰まりはしたが言わないと先に進めないので、意を決して言霊にした。

「……『実行犯と動機なら判明』しています」

「流石に分かる訳な…………は?」

弐集院の何気ない一言に、今日何度目か分からないが会議室がシンと静まり返った。

意味が分からない。

侵入経路、侵入方法は一切が謎に包まれているというのに、何故実行犯の特定と動機が判明が出来ているのだろうか。

そんな空気を感じ取って、弐集院が慌てて言葉を続ける。

「じ、実は消された登校地獄プログラムの元々存在していた箇所に、このようなメッセージ画像が残されていたんです」

ノートパソコンを操作すると一つの画像が表示された。

登校地獄プログラムの存在していた場所にあったというその画像は、荒々しい筆跡のメッセージが記されている紙のスキャンデータだった。

そこに記されていたのは簡潔な文章。

『15年間待たせたガキンチョに遅ればせながらプレゼントだ。ありがたく受け取りやがれ』

乱雑で見づらい英語の筆記書きで、文章だと言うのに粗雑な口調で書かれていた。言っては何だが子供の悪戯みたいだ。

誰がこんな事をとざわめく教師たちだったが、それを見た学園長が驚愕に目を見開く。

「な……ナギの筆跡じゃと!?」

「……やはり本物で間違いないようですね。実はこれは画像の一部を拡大したものです。これが本当の全体図になります」

学園長の反応から本物であると半ば確信したのか、画像の表示方法を切り替えた。

改めて表示しなおされたメッセージには簡潔な追伸と筆者の署名が記されていた。これ以上ないくらい証明できる証拠として。

『15年間待たせたガキンチョに遅ればせながらプレゼントだ。ありがたく受け取りやがれ。
P.S.卒業するまでうちの息子と麻帆良を頼む  天才魔法使いのナギ・スプリングフィールド様より』

「馬鹿な……あ奴は死んだと……」

「生きていた、という事になるのでしょうか。実はここに裏付けとなる空条先生からの調書もありまして……」

「空条先生から?」

「はい。決闘の場で空条先生はエヴァンジェリンの封印が解けた事に対してあまり驚いていませんでした。
そのために疑念を抱いた明石教授が現場に急行、空条先生から話を聞いています」

「内容ははどうだったんじゃ!」

学園長の剣幕にひるみながら懸命に説明をする弐集院。

今まで見た事の無い学園長の焦った様子に、教師たちはいよいよもってざわめき始めた。

まさか本当に英雄が、ナギ・スプリングフィールドが生きているのか、と。

「空条先生は、その、SW財団の情報網を駆使して連絡を一度だけ取る事が出来たらしく、もしエヴァンジェリンが勝てば封印を解くよう打診したらしいです。
ですが『英雄』ナギ・スプリングフィールドは勝敗関係なく封印は解いてやる、と言っていたと……」

「確かに当初は3年間で封印を解く約束じゃったから、条件がどうあれ封印を解こうとするじゃろうな。
しかし一体ナギは何処に居たというのじゃ? もしや決闘を見るために麻帆良に来ていたのか?」

「明石教授も気になったらしく、彼の所在をしつこく聞いたそうです。ですがあくまでも連絡を取れただけで、居場所はてんで分からないそうでして。
根拠のない自信たっぷりな声で『俺なら何でもできる!』とか言っていたとか」

「ますますもってそんな事を言うのはナギしかおらんのう……」

ふうとため息を突き、格好を崩すように椅子に深くもたれかかった。

それはナギが生きていたことへの安心なのか、それともまた厄介事を起こしてくれたなという呆れからなのか。

なんにせよ、どっと疲れが噴出したのは言うまでも無い。

「現在、明石教授はSW財団の諜報部の方と会談中です。詳細な情報は正午までには来ると思われます」

「……そうか。それでは、ここで会議を終わらせるとするかの。少しばかり話し込み過ぎてしまったのでのう」

学園長の一言でこの場は解散となった。

この後は魔法先生から魔法生徒まで、ナギ生存の話が瞬く間に広がるだろう。

その真偽を見極められないままに。








35時間目 たったひとつの冴えたやり方








「世の中のもの全ては0と1で表す事が出来る」

放課後、麻帆良市内の『STARBOOKS』というコーヒーショップでコーヒーを嗜みながら、千雨は前置きも無く突然そう話し始める。

円形の屋外テーブルには千雨を含めて4人いて、各々がコーヒーを飲んだりしながらそれを聞く。

「言語はもとより、今じゃ風景も画像ファイルとして0と1に置き換えられるんだ。
人間なら声も指紋も何もかも、更にスパコンと検査機器があれば細胞からDNAまでもが全身くまなく0と1に置き換えられる。
なら魔法が0と1で表現されるように発展したとしても何らおかしくは無い流れって訳だ」

「すると何か? 貴様はただの電子技術で私の呪いを打ち破ったと言うのか?」

「対象がプログラムになっているのなら私の領分だ、ファイルを弄るのと大差ねぇよ」

それにしたって手間は大きく変わるけどよ、と千雨は言う。そういうものなのか、とエヴァは唸る。

「つーかお前も意外にアホだよな。学園側が呪いを電力制御していると言う事は『呪いの解析が完了している』ということだろ。
制御っつーのは対象の構造を知らなきゃ出来ねぇ。構造を知っているなら相手は『解く方法を握っている』と言う事だ」

切欠は承太郎がカモから仮契約の説明を聞いていた時。

承太郎はこの時、『魔法陣の描かれる法則が解れば素人でも判別が可能ではないか』と考えていたのを思い出して欲しい。

実はこの考えなのだが、その日の内にネギやカモに聞いていたのだ。

この承太郎、子供の頃『刑事コロンボ』が好きだったせいか細かい事が気になると夜も眠れない男である。

いい年こいた男が子供やオコジョに気になる事を追及する。学者としてその姿勢は良いとは思うのだがいかんせんシュールだ。

まあそのおかげで千雨が結界の制御機構に気付いた際に、魔法陣の法則解析プログラムを作成できたのだからこの際無視しておこう。

「あまりマスターを苛めないで下さい。マスターは携帯電話もまともに使えない程家電オンチなんです。そこまで考えが回らなかったのでしょう」

「おい茶々丸! 気付いていなかったのはお前もだからな!」

「ああ! 公衆の面前でネジ巻きは勘弁して下さい……」

「……続けていいか?」

「良いのではないか? 一応聞き耳は立てているようだしな」

堂に入った構えで優雅にエスプレッソを飲む承太郎が、構わないだろうと先を促す。

表情もいつも通りの仏頂面でエヴァと茶々丸のてんやわんやを完全にスルーしている。

騒がしいのが嫌いという割にはこういう空気に慣れているようだ。

そんな承太郎に昔の旅で何かあったのかなと思いつつ話を進め直す。

「ま、いっか。肝心の結界維持サーバだけど、プロテクト自体は確かに国家重要機密のファイル並みだった。
ただ私や絡繰ならそういった電子障壁だけなら突破自体は出来る。問題になるのは電子精霊だ。
一つ一つが意志を持っている微粒子による監視と排除って言った方が分かりやすいと思うが、露見しないようにするのがとにかく面倒なんだよ」

「はい、それが私が予備サーバに侵入せざるを得なかった理由です。
しかしこうなってくると予備サーバの方に電子精霊の防衛網が無かったのは仕組まれていたという事でしょう」

「そうだろうな。んで電子精霊だが、実はこれさえどうにかすれば麻帆良の電子網なんか楽勝だ」

「……私でも電子精霊は操れますが、麻帆良の人達に気付かれずに行うのはとても……」

情報ネットワークこそが自分のホームフィールドである茶々丸がそこまで言うのなら、千雨の所業は本当に前人未到のものだったのだろう。

ずいぶんと表情豊かになってきた茶々丸を微笑ましく思いつつも、エヴァンジェリンはそもそもにしてどうしてそのような事が出来るのかを問う。

「しかしそんな技術があるのなら魔法使いの間どころか一般でも使おうとする者がたくさんいるだろうに。
貴様は何処でそれだけの技術を学んだと言うんだ?」

「あー……一応聞くけど、お前の張った結界って本当に情報は漏れないのか?」

話すことはやぶさかではないが、やはり不用意に情報を流すべきではない類のものなのだろう。

このコーヒーショップで席に着いてからずっとエヴァが全盛期の力を以ってして特殊な結界を張っているため、一般人はおろか魔法使いでも会話内容を窺い知ることは出来ない。

それでも幾分か心配のために確認をする千雨だったが、エヴァの方は見くびるなとジト目で睨む。

「貴様のおかげで呪いを解く事が出来たんだ、一応の礼のつもりで最大出力で結界を張ってる。
もし聞けるとしても麻帆良広しといえどあの狸爺だけだろうし、強引に見られても分かるから大丈夫だ」

麻帆良学園最強と呼ばれている学園長くらいしか覗けない、しかも覗かれれば分かるのならば機密性はおおむね良好だろう。

それにしたって不安が無いわけでもないが、麻帆良においてこれ以上の機密性は望めないだろうと高を括って話す事にした。

「それなら良いけどよ。ぶっちゃけて言えば『プログラミング技術』は絡繰のご先祖さんっつーか、大本になった人たちから直接学んだ」

「まさかマサチューセッツ工科大学MITの神戸兄妹ですか!?」

茶々丸がかつてない勢いでテーブルに身を乗り出す。

勢いのせいでテーブルの上のカップが大きく揺れて倒れそうになるが、間一髪のところで承太郎がスタプラでそれぞれのカップを支えた。

この辺りが承太郎の手出しするラインかなどと思いつつ、茶々丸の75点くらいの解答に採点を行う。

「ちゃんと聞け、大本になった人たちって言っただろ。プログラミングや電子制御技術は神戸先生の作りだしたAI3姉妹が私の先生なんだ。
神戸先生自体はあくまでもAI作成の方が専攻だから、あの人からはそっちしか学んでねぇ」

「す、凄いです! 私の原形になった方たちから技術を学べるなんて……」

キラキラとした瞳――無表情なのに何故だか瞳だけがきらめいているので若干怖い――を向ける茶々丸に引き気味の千雨。

そんな様子ではもう少しだけ話そうと思っていた事柄を飲み込むしか無くなってしまう。

(……言えねー。この流れでハッキングの師匠はネットワーククライシスの原因になったウィルスの製作者だなんて言えねー)

未だにIT技術者から恨み事と称賛の声が挙げられる天才ハッカー、『ビリー・G』。

実は彼女の『ハッキング技術』に関しては殆ど彼から教わったのだが、それをこの場で言ったら何かが台無しになる気がしたのが飲み込んだ理由だ。

どう取り繕ってもビリーは犯罪者であるし、件のAIであるサーティを何度か破壊しようとしたりもしたので憚れると思ったのだ。

実際の所そんなことは全く無く、逆に茶々丸やその製作者からしてみれば教えてもらった方がテンションが上がったはずだ。

無論、悪い方向にであるのは間違いないが。








千雨の個人的な話は別の機会にするという事で一先ず置いておいて、今度は麻帆良の魔法使いを騙した手法についてである。

とは言ってもここまできたら分かると思うが、ナギ関連の物品は全て千雨が偽造したものである。

「魔法使いの目を欺くためにナギ・スプリングフィールドの声紋を再現して作った証拠もSW財団に回したし、多く出回っている情報から直筆の品物を探し出して筆跡をそっくりそのまま再現もした。
英雄大好きな奴らばっかなんだ、お前に被害が行く事はよっぽどの事が無い限り在り得ないだろうさ」

「学園長に昼休みに呼び出されて見せられたよ。ぼろを出さないように苦労したが、精巧に出来ていたな」

一般人ですらフォ○ショップなどで顔や背景を好きなようにいじれる世の中だ、千雨なら趣味のネットアイドルも相まって朝飯前という程度。

更にどんな精密に解析しても偽物と判断できないように作っているから性質が悪い。

そうでもしなければ容易にばれると踏んで作ったからなのだが、それにしたってアフターケアのバッチリさ加減が異常だ。

「声や性格は私の夢を見た時に把握したらしいじゃないか。見られた事に腹が立ちはしたが、こう事態が好転するとどうすればいいかよく分からん」

「素直に喜んどけ。10分前後のプライバシー無視映像で何もかもが上手く行ったんだからよ」

何時もならコーヒーだけで済ませる所だが、今日はエヴァが奢ると言う事で中々頼まないニューヨークチーズケーキをフォークで切り分けながら気楽に千雨は言う。

確かに言われてみればネギのおかげで無茶なねつ造がまかり通れるくらいの出来になったのだ、結果的には最良だろう。

ただそう簡単に割り切れない部分もある訳で、エヴァとしてはいまだに複雑な気分である。

ちなみに夢を除かれたという事実はログハウスに残った承太郎が交渉のために暴露してある。

そうすればナギのあれこれをコピーすると言う話に信憑性が生まれるため、スムーズに事が進むと思ったからだ。

「ログハウスでマクダウェルと話しあおうとした時、長谷川に二言告げられたのは驚いたぞ。
『これなら色々と証拠をねつ造できるから封印が何とかなるかもしれない。エヴァンジェリンを共犯としてこちらに引き入れろ』とな」

「間に合うかどうかは微妙なラインだったけどな。
停電前まではパソコンでできるだけ作業やって、停電後には直接の影響を受けない携帯電話からネットワークに入り込む。
そんで電子精霊に『何も無かったと報告してくれ』って頼みながらプログラムに細工して、そっから決闘の見学に行ったんだからな」

「ギリギリではないか。万が一失敗していたらどうするつもりだったのだ?」

「んー? そうだな……」

失敗する事について考えていなかったのか、腕組みをしながら本気で悩みこむ。

そうしてたっぷり20秒くらい考えて出した結論がこれ。

「失敗するくらいならサーバの初期化かな。魔法を世間に全バラシして魔法使いを混乱させたなら、お前一人に構う事も無いじゃん」

「「「…………うわぁ…………」」」

これには揃ってドン引き。これなら犯罪者が自分の師匠だとばらす方が何万倍も良かっただろう。

例えるなら、襲い掛かるライオンから一人を逃がす為に人の豊富な一つの街を犠牲にするという様なものだ。

等価交換なんかクソ喰らえという過程ガン無視の結果主義である。

ただしこんな結論に達したのも千雨が認識阻害結界に相当な恨みを持っているからであるからして、普段の彼女ならばもう少し穏便な方法を取るはずなのでそこのところは誤解無きよう。








「しかし貴様、何のために私なんかの封印を解いた? 貴様は魔法使いどころか周りの全てに不干渉を決め込んでいたと記憶するが?」

ここでエヴァは、こうまで力を入れて動いた千雨に対して最大の疑問をぶつける。

クラスメイトを変人の集まりとして避け、誰とも交流を持たなかった彼女がエヴァに対してこうまで真摯に動いたのか。

「ああ? そんなもん決まってんだろ」

そんな疑問をぶつけられた千雨は、何で今更そんな事を聞くんだと目に見えて不機嫌な顔をする。

だが不機嫌な理由はそんな事言わなくても分かるだろ的なものでは無く、むしろ恥ずかしいから聞くなということらしい。

不機嫌ではあるが顔が赤くなっているのが良い証拠だ。指摘したらヤバめの画像を流出されるだろうから誰も突っ込まないが。

「…………じょ、徐倫のためだよ」

絞り出すようなか細い声は、確かにそう言った。

「空条徐倫が? おい空条承太郎、どういう事だ」

「……こればかりはわたしも知らん。わたしはただ長谷川に良い作戦があると言われ、それを踏まえて決闘までのお膳立てをしたに過ぎない」

飲み終わったカップやマドラーをトレイの上でまとめ、無手になった承太郎は知らないと大袈裟に両手を横に広げた。

娘とは和解したものの未だに適切な距離感が分からない父親であるからして、そういった機微は門外漢も良い所だった。

そんな承太郎にもう少しコミュニケーションを取れ――交友範囲の狭い千雨に言われたくないだろうが――と言い、徐倫がどう絡むか訳を話す。

「徐倫は『自分の世界』を守るために戦ってた。その中にはエヴァンジェリン、てめーも含まれていたんだぜ?」

「はあ!? 碌に話した事の無い私ですら自分の身内として勘定していたと言うのか!?」

徐倫とはこの騒動中、屋上で対峙した時くらいにしか交流した覚えは無いためにエヴァが驚く。

「私が言うのもなんだが徐倫は甘いんだよ。徐倫は身内を傷つける様な『敵』に対しては絶対に容赦しない。
あいつは言ってたはずだぜ? 『あたしはクラスメイトをぶっ殺せる程非情じゃなかった』って」

「……確かに徐倫さんは私にそう仰いました。それにわざわざ私を人質にしてマスターとも交渉しようとしていましたし」

「なら何か? あいつはあれだけの殺意をぶちまけながら私ですら心の底では保護対象としていたと?」

「徐倫からは『穏便に済ませられるならそうしてくれ』って頼まれてる。ははっ、先生の娘さんは本当にいい子だな」

「この状況で言われても皮肉にしか聞こえんぞ」

「まあ皮肉だしな」

苦虫をつぶしたような承太郎の表情を見てしてやったりと言った感じの千雨は軽快に笑う。

「それと打算的な部分ももちろんある。あれだけ奇人変人が集まった3-Aだし、これから先に色々な厄介事に巻き込まれるのは想像に難くない。
だからずば抜けて強いやつと恩やコネを作ってピンチの時に役立てようって訳さ」

「むう。それならば貴様にはかなりの恩が出来てしまっているな。
封印を解いたのもそうだが、あ奴……ナギについての詳細な情報を集めてくれたのもあるしな」

「そこら辺はおいおい払ってもらうと言う事で。ついでに偽造文書にあった様に子供先生の世話もしてもらえると助かる」

「『徐倫の世界』であるクラスを守るため、だな?」

「言いたくはねーけど『私の世界』でもあるからな、本気でお願いする」

物理的な攻撃力を持たない千雨だ、周りが守ってくれるような状況に持っていきたいのだろう。

今回麻帆良の状況を一変させた千雨ではあるが、その実彼女自身はパソコンに強い一般女子中学生でしかないのだから。

……そこはかとなく違和感があるが戦闘能力で言えば間違いは無いはず、多分。








「しっかしまあ、色々な思惑の交差する決闘だったよなー」

「確かにな。わたしの知る限りでは麻帆良の魔法使い全て、学園長、マクダウェル、ネギ君、長谷川、そしてわたしくらいか」

「あの狸爺が絡んでいたのなら魔法協会の幹部も噛んでいるだろうさ。あんな結果に終わったからその幹部が果たして『幹部でいられるか』は分からんがな」

確かに考えるとエヴァとネギの決闘という『盤上の遊戯』は誰がどうやって場を操っているのかが分かり辛いものだった。

場を用意したのが学園長や魔法協会だとして、実際に行動を起こしたのはネギとエヴァ、裏から色々引っ掻き回したのはエヴァと承太郎と千雨。

最終的な結果から勝者と言える人物は、ネギの修行を進める事の出来た学園長、封印の解けたエヴァ。

だがエヴァに負けたネギではあるが何回かエヴァの意表をついてダメージを負わせる事が出来たので、ある意味では勝ちと言えなくも無い。

複雑に絡み合った盤上の駒は、どれが本当に勝ったのかを明確には表していなかった。

「今回の決闘、間違いなく勝者は貴様だよ、長谷川千雨。全てを俯瞰で見ながら双方の鬼札を奪い去っていったんだ、一人勝ちだろうよ」

「それを言ったら私は徐倫のために動いた訳だし、どうなんだろうな」

「学園長はネギ君の修行をつけるという観点だけで言えば全体として勝利と言えなくもないが」

「マスターは学園長の予期していなかった封印解除を協力者がいたとはいえ成し得たんですから、マスターの勝利かと」

「茶々丸、それを言ったら結局は長谷川千雨のおかげになって……」

ワイワイガヤガヤと互いにあーだこーだ言うが、誰も彼もが勝者に思えてくるために答えがまとまらない。

『会議は踊る、されど進まず』という奴だ。

そもそもにして決闘でも戦争でも明確な勝利というのは無いのかもしれない。

銃を大量に使ってどちらかの陣営が勝っても、一番の勝ちは銃を生産してぼろ儲けした企業であるかもしれないのだから。

そんな不毛な話し合いは、次の結論で決着がついた。

「「「「勝ったと思える奴が勝ちだ」」」」

……見事な投げっぱなしだった。

往々にして真理というのはこんなものかもしれないが、それにしてもあんまりな気がする。

そんな事を考えるような殊勝な輩はこの場にはさっぱり存在しないから良いのだろうが。








決着と呼んで良いのかいまいち判断しづらい結論を出した4人はもう一杯コーヒーでも飲むかという事になり、一端席を立ちあがる。

そうして厳重に張られていた結界を解除すると同時、狙っていたとしか思えないタイミングでとある人物たちがやってきた。

「そんじゃコーヒーでも奢ってもらおうかなー。ね、先生?」

「ううう、それくらいなら別に良いですけど……」

「あ、兄貴ー、俺っちはエスプレッソで!」

もちろんネギ、明日菜、カモの3名である。

前日の怪我は楓と古菲が全力で波紋を流してくれていたので見る影も無く完治されている。

そんな彼らはどうやら、昨日のねぎらいでコーヒーショップに来たようだった。

「ぬ、丁度良いな。あいつらも誘うか」

「良いのか? お前ネギ先生の事嫌いだったろ」

「それはぼーやが腑抜けだと思っていたからだ、今は多少でも認めてやっている。
ご褒美に私くらいしか知らないだろうナギの情報でもくれてやるとするさ」

「それはなによりなこって。あ、ネギ先生にはあの文書が偽物だって言うなよ?」

肩を竦める千雨と尊大な態度で笑うエヴァ。

そんな様子を承太郎と茶々丸は見て、奇しくも同じ事を思った。

決闘の勝者はエヴァと千雨だな、と。

笑顔を見せる彼女たちを見ていると、無性にそう思わざるを得なかったのだった。








ネギ・スプリングフィールド――決闘の敗者、盤上の勝者。
                  エヴァからナギの手がかりを聞かされて決意を新たにする。

神楽坂明日菜――決闘の勝者、盤上の敗者。
            巻き込まれる事に慣れてきたため、ネギの助けになる事には抵抗が無いらしい。

空条承太郎――決闘の傍観者、盤上の勝者。
          教師になってから興味深い事が多いものだとしみじみ思う。

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――真の勝者。
                        千雨の偽造した追伸を学園長から見せられていたため、ネギの魔法の師匠になる事に。
                        本人としては別にまんざらでもないようだ。

絡繰茶々丸――決闘の敗者、盤上の勝者。
          マスターであるエヴァの封印が解けた事によって未知の感情を感じる。
          まだ上手く処理できていないようだが、『喜び』の発露だろう。

長谷川千雨――真の勝者。
          徐倫に良い感じに毒され、クラスメイトのために動いた末にこの結果を導き出した。
          厄介事は勘弁してほしいと言うが、クラスの誰かがピンチになった時に彼女は迷わず手を差し伸べるだろう。








スタンド先生ジョジョま! Part.2『盤上の神』 完








┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/



後書き:
半年かかってやっと原作3巻分が終了……長い。

承太郎とエヴァの会談シーンを書いては見たものの、蛇足という感じがしたのでカットしてしまいました。

第2部のコンセプトは『デウス・エクス・マキナ』と『複雑な思惑』、それと『果たして勝者とはだれなのか』です。

せっかく緻密に進めたチェス盤は一匹の子猫によって荒らされてしまいました。

この時、有利に進めていた方の勝ちなのか、不利になっていた方の勝ちなのか、それとも無かった事にしたネコの勝ちなのか。

そんな感じの終わり方にしようと思っていたのですがこれがまた難しく、第1部に比べると制作ペースが落ちてしまいました。

それに加えて勝者だと思える者は無数に、それこそ決闘前の部分でも数多く居るようにしたために伏線が嵩張るetc……。

私としてはひねくれ者同士妙に気が合うようになってしまった千雨とエヴァが勝者だと思うのですが、皆さんは誰が勝者だと思うのか、そういうのも楽しみです。

次回からはしばらく番外編となる補習が入り、幾つか消費した後に第3部である修学旅行編となります。

リアルの事情で投稿は遅れるでしょうが、今後ともよろしくお願いします。



[19077] 断章 Missing Link②
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2011/01/21 21:15
断章 Missing Link②








2004年夏、イタリア南部約30キロメートルに位置するカプリ島。

かつて古代ギリシャ人が地中海の各地を植民地にした際、『世界で最も美しい景観の場所は何処か?』と探し求めた事があった。

その探し求めた場所の一つがこのカプリ島である。

特産物はレモンであり、そのことから別名レモン島とも呼ばれているこの島。

古くの文献では西暦27年、時のローマ皇帝ティベリウス・ユリウス・カエサルが統治していた期間の後半において10年もの間、この地を別荘としてローマに帰らなかったという逸話の残る観光地だ。

碧い海と輝く空!

それに厳しく対比するかのように白く切り立つ要塞の様な断崖絶壁の海岸線。

島を船に乗って見るだけでも十分に観光が成立するといわれる場所である。

よく買われる土産品は特産のレモンを使ったレモンチョコレートやレモン酒。

碧い海を見渡す事の出来るポイントには多くのレストランもあり、新鮮な食材を使ったイタリア料理も楽しめる事で有名だ。

しかしこの島には名物としてそれ以上に綺麗かつ有名な場所がある。

その名も『青の洞窟』。

カプリ島は断崖絶壁であり、そのためか島の周辺には海食洞が散在している。

『青の洞窟』はその中でも最も有名な場所であり、ティベリウス皇帝が個人的な浴場として使用していたことが記録に残されているほど美しい光景がみられる場所である。

現在では温暖化の影響で海面が上昇したために立ち入れる事が稀になってしまっているが、それでも尚世界中のガイドブックに記載されている。








さて、長々とカプリ島について語ったが、今回の物語ではこの島の上では物語は進まない。

この物語ではカプリ島から少し離れた地点、ナポリ湾のど真ん中で話が進んでいく。

船の上から見る周囲には何も無く、見えるものと言えばせいぜいがウミネコの群れが飛んでいる姿だろう。

そんな何の変哲も無い様に見えるこの場所ではあるが、実は数年前、身元不明のヨットが沈没しているのが見つかった場所である。

船体には大きな穴があき、積んである荷物はそっくりそのまま海の底へと諸共に沈んでいったことが地元のダイバーの調査で判明している。

だが不思議な事にその船には燃料が積まれていなかった。いや、というよりも『燃料が積まれた形跡が無かった』。

いくらマストがついているとはいえ、現代でスクリュー付きの船に乗っている以上、普通ならば燃料を積んでいくにも関わらずだ。

まるで『海の上に突然姿を現した後、沈没していった』かのように思える船は地元ダイバーにその奇妙さから恐れられながらも、燃料による汚染が皆無なために周辺にすむ魚が大量に集まる漁礁として穴場スポットになっている。

いわくつきのダイビングスポット。

海洋学者たる『彼』はその噂をSW財団から聞くや否や、すぐさま調査へと乗り出した。

新たな漁礁による生態系の調査。

この一件が全ての流れを大きく変える事になろうとは、承太郎はまだ知らなかった。
















(ほう、事前の報告通り環境への影響は最小限になっているようだ。生態系のバランスもこれといって異常は見られないな)

かつての旅の途中に見た紅海の海底以上の景観。

高校生の頃に海洋学者に成ろうと決めた思い出の風景が軽く凌駕されるインパクトをここは与えてくれていた。

見渡す限りの碧い海と群れを成して泳ぐ魚の姿に目を奪われつつも、承太郎は研究のためのデータを蒐集する。

生息している生物の種類、個体の大きさ、食物連鎖のバランス、海底の温度変化、海底の成分検査用の海水採取などなど。

イタリア方面のSW財団員の協力の下で今回の調査は行われているのでサンプルは多くても問題無いだろう。

財団の用いる研究用の機材は大抵がオーバーテクノロジーだったり、どうしてそんなものを作ったり協力してくれたりするだけの予算があるのかと疑問に思う事があったりもするが、研究に役立つのなら黙殺せざるを得ない。

そんな学者としては破格と言っていい環境、しかも美麗なナポリ湾で研究を行う承太郎だが、研究好きな彼にしては表情が余り浮いていないように見える。

……いや、普段から仏頂面だから大して変わらないのではないかと思われるが、これでも承太郎は表情豊かだったりする。

大きく表現できないだけであって、決して無愛想では無い……はず。

そんな少しだけ浮かない表情の彼は、しみじみとここに来る前のアメリカでの出来事に思いを馳せていた。

(……つくづく妻や娘を連れて来たかったと思うな。時期が悪かったか、それとも私の言い方が悪かったか……)

実は承太郎、今回の調査に妻と娘を同行させようと動いていたのだった。

「一緒にカプリ島に行かないか? 研究のついでになってしまうかもしれないが、観光の時間はたっぷり取ろう」

噂に名高いカプリ島観光、しかもダイビングまで出来るとあれば多少は家族の交流になったかもしれないが、この時点ではまだ徐倫は承太郎に対して良い感情を持っていない。

だから徐倫が承太郎に「別に行きたくない」と言い、妻も徐倫を残して出かける訳にはいかないと言ったため、結局承太郎一人で来ることになってしまった。

本当は徐倫も家族で旅行に行きたかったのは山々だったのだが、まだ小学生だった彼女は承太郎を困らせるために行きたくないと言ったのだった。

後年、彼女がカプリ島に観光に来た時に「あの時行っとけばよかった!」と叫ぶのはまた別のお話。

そりゃあモナコやトルコに並ぶ勢いの観光名所に行けると言うのを自分から蹴ったのだ、悔しくもあろうというものだろう。

閑話休題。








結構な時間を海底で過ごした承太郎は、各種サンプルを耐圧容器に入れて浮上しようと考えていた。

想像以上にサンプルの量がかさ張ってしまったが、家族旅行という目的も潰えたので調査する時間はたくさんある。

……空しい現在の状況を至って考えないようにし、承太郎は浮上準備に取り掛かる。

承太郎は自分の背負っているボンベの容量を海底に居た時間と経験則から計算し、水圧を考えた浮上のプロセスを組み立てる。

(ボンベの容量はまだ多く残っているが、万全を期すならこのくらいが限界だろう。浮上の合図を船上に居る財団協力者に伝えるか)

スーツに付いている簡易通信機を使い、地上に連絡を行う。

スイッチを押す事で船上にブザー音が短く鳴るので、仕事をきっちりこなすSW財団の人間ならば間違いなく気付くだろう。

船に戻った瞬間にタオルと帽子、そして研究資料を収める箱を持って出迎えてくれるはずだ。

スイッチを押してから何秒かその場で待機した承太郎は少しだけ眉をひそめる。

何か不都合でもあったのかと思えるリアクションだが、船上ではきちんと『ブザーは鳴っている』ので故障では無い。

勿論海の中に居る承太郎がスイッチが故障しているかどうかなど分かるはずも無いので、おそらく別の点で不可思議に思ったのだろう。

そうしてたっぷり1分経った頃、承太郎は急激な水圧変化が起きないようにゆっくりと深度を上げ、それなりに暗い海底から燦々と輝いている海面へと移動して行くのだった。








「プハッ……ふぅ、流石に疲れたな」

調査用のヨットへと上がった承太郎は重いボンベを取り外しながら息を深く吸う。

肩を数回回し、首の調子を整えていると。

「お疲れ様です、空条博士。タオルを持ってきました」

「……ああ、ありがとう」

一人の男が船内から大きめのタオルを持ってきた。

タオルを持ってきた男の顔を見て一瞬訝しげな表情を見せる承太郎だったが、とりあえず濡れてしまった体を拭く事に専念する事にした。

ダイビングスーツを脱ぎ、中に着ていたインナーの様な水着のまま船上に備え付けられた簡易シャワーで体に付いた塩を洗い流す。

海水には危険な微生物がいる場合もあるので、その予防としてのシャワーである。

そうして体を清潔にしたうえで承太郎は体を拭き始めた。

そんな承太郎を見て、タオルを持ってきた男はやや呆れ顔である。

「……驚かないんですね。僕がここに居るのは想定外の事態だと考えると思ったんですけど」

金髪の若い男はマイペースに行動する承太郎の様子が自分の思い描いた様子と違ったために残念そうでもある。

この時点で大体分かると思うが、この男はSW財団の人間では無い。心配せずとも元々の財団スタッフは船内の部屋に拘束中だが怪我は無い。

そして現時点ではこの男、承太郎の敵でも味方でも無い。承太郎の取る態度如何ではどう転ぶか分からないが。

さて、承太郎は男の呟きを聞くとタオルを置き、向き直って話し始める。

「海底から浮上の合図を出した時、『了解』という意味の返答ブザーが鳴らなかった」

簡潔な一言だが、承太郎が驚かなかった理由はその一言に集約される。

「それだけで船に異常が起こっていると?」

「言っては何だがこの船のスタッフ、何処ぞの軍隊よりも規律がしっかりしているのでな。何か一つでも異常があればそれは緊急事態だ」

「なるほど、僕の部下達にも見習わせたいですね。ああそれと、いきなりスタンドで襲いかかってこなかったのは何故ですか?
船がいきなり占領されていたら問答無用で殴り倒してもおかしくは無いでしょうに」

「以前にイタリアのギャングに襲われた事があってな。イタリアのギャングは『相手を殺そうと思った時には既に完了させる』という心構えがある。
船に乗った時点で襲ってこなかったから少なくとも今すぐ如何こうしないと思っただけだ。……所で何の用だ――」

承太郎の目に映るのは金色の髪を独創的に巻いた男。

背は低くも無く高くも無く、顔立ちは日系とのハーフだろうという印象を持った。年齢は10代……いや、そういえばもうすぐ20代か。

目の前に居る人物、彼は数年前に承太郎が財団と協力して追っていた人物だった。

とある因縁を持つ人物の実の息子。

その名も。

「――『汐華 初流乃』……ああ、今は『ジョルノ・ジョバァーナ』だったか」

『ジョルノ・ジョバァーナ』。

ジョースター家の因縁である『DIO』が100年の時を経て復活し、承太郎に倒されるまでの間に生まれた息子である。

「正解ですよ、『空条承太郎』さん。初めまして、と言った方がいいですか? あなたは僕を知っているだろうが、僕はあなたを知らないので」

「この場合は互いに初めましてだろう。さてもう一度言う。用件はなんだ?」

「用件と言っても僕はあなたと話しあいたいだけです。船上にテーブルを用意しましたから、ジュースでも飲みながら話をしましょうか」

そう言って船上の一角を指さすと、確かに準備がされていた。

ジョルノの仲間はいないようだが、テーブルの足元には何故か亀がのんびりと眠っているのが見えた。

ギャングは義を重んじる。飲み物に何かを仕込まれたりはしていないだろう。

そう考え、承太郎はジョルノとの会談に応じるのであった。















「さて、もう一度自己紹介をしておきます。僕はジョルノ・ジョバァーナ。イタリアギャングの『パッショーネ』で『幹部』に着いています」

優雅にレモネードのグラスを持つジョルノは、言葉を選ぶようにして身分を明かす。

幹部と言ったのは何処から情報が漏れるか分からないため。イタリアギャングはまだ複数の組織があるために気が抜けないのだ。

それでも尚若輩の身でありながらトップに立ち続けるジョルノの恐ろしさ。

手練手管は相当なのだろう。

「まずあなたの事を探し出した切欠からお話ししましょうか。
とは言ってもその切欠の半分は察しがついていると思いますが」

「まあな。広瀬康一君、だろ?」

「はい。少しばかりイタリアギャングの中でも『高い位置』に着いてしまいましたから、身辺整理をする事になったんです。
その時に康一君の事を思い出しまして、調べないとな、と」

「今までの経歴の抹消か」

「いえ、抹消とまでは行きませんが。そうしてしまうと前任者の二の舞になりそうでして」

苦笑するジョルノに承太郎はただ一言、そうかとだけ言った。








承太郎がかつてジョルノの存在を知った時、とあるエージェントを介して接触を試みた。

その名は承太郎の回想で度々出てくる名前ではあるが、杜王町に住む広瀬康一である。

別にそういう仕事は仗助や億安でもいいのではないかとも思えるが、すぐ感情的になるために少々扱いづらい所があるために却下。

康一は承太郎の知り合いの中でも指折りのスタンド使いであり、冷静かつ大胆に動ける人材として一目おいている

彼が大学に進むか就職をするか迷っていた時期に、SW財団の人事部が動くより速く承太郎自らが彼の自宅へ赴き、財団入りを強く勧めていたほどだ。

結局彼は財団入りを果たし、初任給で恋人である山岸由花子と早々に結婚式を上げたりと、同期の中では超勝ち組になっていたりする。

さもありなん。

ともかく、康一はかつてジョルノと接触し、協力して戦った事もある。

その時康一はジョルノが目的でイタリアに来ていた事を少なからず漏らしていた。

やがてジョルノがボスの座につき、不都合になる様な経歴を消す作業を始めたのだが、その時になって康一の背後関係が気になったのだ。

「だけどどうやっても背後関係が洗えなかったんですよ。今にして思えば、あなたのスポンサーである財団が行っていたんでしょうね」

「つくづく優秀でな、大抵の情報は隠蔽でも捏造でも好きに出来るらしい」

「へえ。力を貸してもらえたらいいんですけど」

「それはそちらの出方次第だ」

ギャングという言葉は聞こえが悪いが、結局のところその地域一帯の情報などはギャングの方が集まりやすい。

財団は幾つかの国ではそういったグレーゾーンな組織と契約しているため、本当に出方次第では協力体制は取ろうとしている。

既に別の話で結果は出ているが。








さて、組織の力を用いても背後関係が洗えず、捜査が難航していたのだが、一本の電話から劇的に状況が変わる。

「ある日、アジトに匿名のタレこみ電話が来ました。表向きでは普通の会社ですから電話ぐらい来るでしょうが、内容が不味かったんですよ。
『ジョルノ・ジョバァーナ君、空条承太郎という男が君の父親を殺した』とね。そして送られてきた資料から、後は芋づる式に……」

「……タレこみ相手は判明したか?」

「まったくです。影も形も掴めずじまいでしたよ。だからこそあなたの情報に絞って調査を進めさせました」

やれやれとジョルノが呟き、レモネードに口を付ける。

そうして全部飲みほしたグラスをテーブルの隅に置く。カランとグラスの氷が鳴った。

「そうしてわたし……ひいてはDIOの情報を得たという訳か」

「その通りです。まああなたの所在以外はその日の内に判明したんですけど」

「む?」

いくらタレこみがあり、なおかつ強大な組織力を持つとしても、そこまで早く調査が進むのはおかしい。

それこそ千雨レベル――この時点で走る由も無いが――でなければ無理だろう。

ならば何らかの形で承太郎に関わった者が近くに居り、そこから判明して行ったのだろうか?

気になった承太郎はそう話すと、ジョルノは大体そんな感じですと足元を見ながらこう返した。

「もう出てきても良いですよ、ポルナレフ」

『まったく、もう少し早く会わせてくれてもよかったじゃないか』

「ブファッ!?」

足元でゆったりしていた亀の上に付いていた装飾品から、筋肉を見せびらかす様な格好の半透明な男が現れる。

承太郎はジョルノの言った名前、目の前に広がる光景、そして出てきた男を認識するという三段階の驚きを以ってして飲んでいたレモネードを盛大に噴出させ、船の上に綺麗な虹を発生させた。

ジョルノや出てきた男にかからないよう明後日の方向を向いて噴出されたので人的被害は無いが、触れるとカタツムリになる訳でも無い虹が消えた後には若干汚れてしまった船上が見えた。

だがそんな事を気にする余裕なんて色々な意味で無かった。

ゴホゴホとせき込む承太郎は何とか呼吸を整え、絞り出すように声を出す。

「ゴホッ、ゴホッ……ポ、ポルナレフ……?」

「ああ。こんな体になってはいるが、正真正銘本物のジャン=ピエール・ポルナレフだ」

よっこらせとジジくさい掛け声を発しながら亀を余っていたテーブルの上に動かす。

下半身が亀の中にあるのにどうして亀を持ち上げる事が出来るのかは不明だが、とにかくこれでポルナレフと承太郎の視線の高さが近くなった。

「……久しぶりだ、友よ」

「……まったくだ。連絡が途切れた時は心配したんだぞ」

「それについては素直に謝ろう。俺自身死にかけていたし、生死を隠しておかなくてはならなかったんだ」

弓と矢の情報を集め過ぎてディアボロに追われ、全ての情報網を遮断されたうえで崖に追い詰められて落下。

生き残ったは良いがイタリアのどの通信を使ってもばれる可能性があったために連絡を取る事が出来ず、ジョルノ達がディアボロの顔に行き着くまで成す術が無かった。

最終的にはジョルノ達に力を与えられたは良いものの、元々の肉体は失う破目になってしまった。

こう振り返ってみるとDIOと戦っていた時の方が安全だったんじゃないかとも思えるから不思議だ。

「まあなんだ、この亀の中で続きを語らうとするか……船の上が少しばかり汚れてしまったからな」

「……そうだな」

そう言って亀の中に引っ込んだポルナレフに続いて、亀に付いている鍵に触れ、中に入り込む承太郎。

その様子を見ていたジョルノは一息。

「ふう。戦いが無くて良かったですよ。まあ話に聞く父さんが最悪過ぎて、復讐する気なんか欠片も起きなかったから良いんですけどね」

情報の中には当然のことながらスタンド能力に着いても存在していた。

あんなチート能力に正面切って戦いたくは無いジョルノはだからこそ穏便に話を付けたいと思っていたのだった。

ポルナレフがいる時点でどうにかなるとも思えたが、用心を重ねる分だけなら構うまい。疲れが溜まったのは仕方ないと割り切ろう。

「僕も中に入りますかね。中の方が飲み物が冷えているでしょうし」

何気に家電製品が動くココ・ジャンボミスター・プレジデントへ、ジョルノは最後に入って行くのだった。
































「空条承太郎がジョルノ・ジョバァーナ及びジャン=ピエール・ポルナレフとの会談に臨んだ様です。
亀の中に入ったため、これ以上は監視できません。これであなたの思う通りの流れになりましたが、どうお思いですか?」

『――――』

「いえ、皮肉ではありません。あなたは我々に興味深い情報を与えてくれていますから、それだけで協力する理由になります」

『――――』

「はい。指示通りにジョルノ・ジョバァーナへ連絡を取り、『DIO』及び『空条承太郎』の情報をある程度渡しました。
あとは空条承太郎の仲間である『ジャン=ピエール・ポルナレフ』の名前を出せば、ポルナレフ自身から事の真相を話させる事が出来る。
『黄金の精神』を持っている以上、ジョルノ・ジョバァーナは空条承太郎の敵になる事は無いでしょう」

『――――』

「勿論逆探知なんてできませんよ。出来たとしてもたどり着くのはその辺に居るホームレスですから」

『――――』

「思惑……ね。それはあなたの方にこそ必要な質問でしょう。私たちはあくまでも見返りとして協力をしている訳ですから。
協力をしてはいてもそれが『どのような結果』になるかは全く知らされていない」

『――――』

「世界のためになる、ですか。ならばその『世界』というのはどれだけの規模を指しているのでしょう?」

『――――』

「……ハハハハ、そうですか! これは面白い! あなたは『彼ら』に憎しみしか持ち合わせていないと言うのにですか!」

『――――』

「いえ、何も問題はありません。私もいささか調子に乗り過ぎてしまいました。
……これからの計画に必要なファクターは揃いつつあります。目的が達成するまで、あと数年と言ったところでしょうか」

『――――』

「空条承太郎。彼の存在はこの世界の『運命』を握っていますからね。我々も協力を惜しみませんよ」

『――――』

「その点についてならご心配無く。SW財団の中で『スパイ』とも言うべき我々の動きを察知出来ているものはいないでしょうし」

『――――』

「……ええ、それではまた何時かお話したいものです」

『「我々の望むべき完全なる世界のために」』








カプリ島から船の上の様子をノートパソコンでモニタリングしていた財団の男は静かに席を立つ。

飲んでいたコーヒーの代金にチップ分を上乗せして店から出ると、店の外は観光客や地元民でごったがえしているのが見えた。

彼はその雑踏へと踏み込み、そして普段通りの仕事をするために所属している支部へと赴く。

名も無き彼はそこに痕跡というものを一切残さなかったが、歴史には大きく痕跡を残すこととなった。

今この瞬間を以って、麻帆良という『盤』のための布石が整えられたのだから。








空条承太郎――ジョルノとの出会い、そしてポルナレフとの再会を果たす。

ジョルノ・ジョバァーナ――父親のDIOを吐き気を催す邪悪とし、承太郎とはより良い関係でいたいと伝える。
                そのため、この日を境にSW財団が『パッショーネ』に協力するようになる。

ジャン=ピエール・ポルナレフ――スタンド使いである亀の『ココ・ジャンボ』の中に間借りしている幽霊。
                     承太郎との再会に涙を流しながら喜んだ。

SW財団の男――何時も通りの財団の仕事に戻る。

???――アンノウン。
       スパイを使って麻帆良という『盤』への準備を開始した。


┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  



[19077] 補習5回目 Kiss On My List
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2011/01/25 20:03
4月19日木曜日、放課後。

あの決闘から終わってから二日経過し、麻帆良大橋の修復度が7割くらいになった頃。

前日はエヴァや千雨たちがコーヒーを嗜んでいたSTARBOOKSに、褐色の肌をした長身の女性が入っていった。

長身なんて女性ならば170センチ台だろうと思う方もいるかもしれないので細かく言えば、彼女の身長は184センチである。でかい。

すらりと伸びた黒髪を靡かせながらカウンターに注文しに来た彼女を見てどきりとした男性店員だったが、ややあって彼女の服装に気付き、そうしてまたひどく驚いた。

なんてったって着ていた服装が『中学校の制服』だったのだから。だがこれはコスプレでは無い。

どう見ても大学生にしか見えない風貌の彼女は正真正銘の14歳。

麻帆良学園女子中等部3-A出席番号18番、龍宮真名。それが彼女の素性であった。

だから最初の方の『女性』という表記も間違えであり、正しくは『少女』である。本当に少女と呼ぶには違和感が付きまとうが。

(また間違えられたか。大人びているという響きは良いが、実年齢以上に見られるのはどうにかならないものかな)

自分の見た目と恰好からくる店員の様子は慣れているのか、彼女は特に気にした様子も無く注文をしていく。

頼んだものはキャラメルマキアートグランデサイズ(470円)のキャラメルシロップカスタマイズ(+50円)にキャラメルソース追加(無料)。

コーヒーをどれだけ甘くしたいんだと言わざるを得ない代物だ。頼まれた店員も目を白黒させていたほどである。

少しして出てきた極甘コーヒーを受け取り、ゆっくりするための席を探すが……。

「参ったな、殆どの席が満席じゃないか」

店内も店の外も見える限りの席はすべて埋まってしまっていた。

いや、正確には幾つかの丸テーブルで席は空いているのだが、様子を見るに椅子の数より少ない人数のグループで座っているようだ。

あの空気の中に相席として入るのは自殺行為以外の何物でも無い。せっかくのコーヒーをわざわざ嫌な空気で飲む事も無いし。

かといって席を立つ人物を待ったり、飲みながら歩いて帰宅するというのも負けた気がして何となく嫌だった

「うーむ、どうしたものか……」

いかにしてゆったりとコーヒーと愉しめるかを考えながら真名は店外へと出る。

外に出て席を探してみてもやはりグループ客ばかりで入り辛い。

こちらを見てヒソヒソ話をしている男子大学生グループもいるが、あからさまなナンパの渦中には入りたくない。

どうにも間が悪かったかと、手元のコーヒーの温かさを感じながらしみじみ思った。








こうなったら女子寮まで身体能力を魔力で限界まで上げて、自室でゆっくり堪能しようかと思い始めたその時、真名に声がかけられた。

「あら? 龍宮さんじゃない。そんな所で突っ立っててどうしたのかしら?」

「……葛葉先生」

嫌な人に会ってしまったものだと真名は心の中でごちる。

葛葉刀子、京都神鳴流の使い手。現代においてすら『神鳴流に飛び道具は効かない』とまで言わしめる技術を有する剣術の担い手。

麻帆良の防衛の時に何度か一緒に戦いはしたが、銃火器を使う真名としては何となく嫌な気分になる相手だった。

そんな刀子は一人でテーブルに座り、エスプレッソを飲んでいるようだった。

正直に言えば珍しいと感じた。ここ最近の彼女は何時も『彼』が隣に居る印象しか無かったからだ。

だからこそ自分を名指ししてわざわざ呼びとめた理由も分かったし、その後に続く言葉にも何となく予想がついた。

「立ち話もなんだし、ここで一緒にお茶でもどうかしら?」

「お茶というかコーヒーですが……まあお相伴にあずかりましょう。丁度席を探していた所ですので」

「それは丁度良かったと言わざるを得ないわね。一度龍宮さんとしっかり話しておきたかったし」

「私とですか?」

「ええ」

ああやっぱりかと、真名はテーブルについてキャラメルマキアートを一口。

M○Xコーヒーには届かないものの、甘味好きの彼女に馴染む味わいが口の中に広がり、自然と顔をほころばせる。

「私と出会う前のホル・ホースについて、龍宮さんなら色々知ってると聞いてね」

ほらきた。

こうなるんだったらもう少し甘さ控えめでもよかったかもしれないと今更ながらに考えた。

他人の惚気話なんて聞いた暁には口から砂糖が吐ける。エスプレッソをそのまま飲んでいる刀子が多少羨ましくなった真名だった。








補習5回目 Kiss On My List








「ホル・ホースとの出会いは2年前……ああ、もう3年になりますか。ともかく中東の紛争地域で出会いました」

なんてことない様に言うが、初手からかなりのものを放つ真名。重い話になりそうな予感がぷんぷんする。

少なからず裏の話を出さざるを得ないためテーブルに認識阻害の結界を張ったが、裏の話が無くても張っといてよかったと思った。

「いきなりヘヴィね……」

「仕方ないでしょう、私の所属していたNGO団体『四音階の組み鈴カンパヌラエ・テトラコルドネス』は紛争地域の治安維持組織だったんですから。
まあNGOと言っても『悠久の風』のように表向きだけの魔法使いの団体ですけど」

「その実は傭兵部隊とも聞いていたわ。
立派な魔法使いマギステル・マギ』を目指しているにしては活動が現実的で、戦いに出た事の無い魔法使いからは批判が来るけど、経験者からは喝采を送られるとも」

刀子の知っていた評判を耳にし、甘いコーヒーを飲んでいるにもかかわらず真名の表情が苦々しいものになる。

治安維持のための組織で活動が現実的。となると活動は募金などという生ぬるいものでは無い。

何故なら紛争地域は国家基盤が崩壊しているために治安維持が国によって成り立たなくなっている事が多いためだ。

近年で言えばアフガニスタンの例が分かりやすいだろう。

2001年のターリバーン政権崩壊後、アフガニスタンでは様々なテロが蔓延った。

理由はターリバーン政権寄りの思想を持っていた者たちが感情を爆発させたためだけでは無い。

前提条件として政府、そして警察組織や軍など、司法・立法・行政がまともに機能しなくなったためである。

アフガニスタン自体が軍をどうこう出来る様な状況じゃない以上、現地に駐留中のアメリカ軍を始めとした多国籍軍の部隊が治安維持活動を行うことになる。

しかし住民の一部は守ってもらっているにもかかわらずこの行為を『他国の侵略』として考え、テロリストへと変貌する事もある。

四音階の組み鈴カンパヌラエ・テトラコルドネス』はそういった状況下にある部隊の援軍として派遣されるのだ。

とはいえ援軍と言っても出来る事は限られている。

補給物資を輸送して現地住民に配り、住民からの支持を得ると言う比較的穏やかな活動もあるにはある。

ただ治安維持をするために必要と言える――本来ならば避けるべきだが『必要とされてしまう』仕事の方が圧倒的に多い。

「結局のところ、紛争地域で傍若無人な行いをしているテロリストや犯罪者の殲滅部隊、と言った方が正しいですよ」

真名の言うとおり、結局はそこに行き着く。治安を乱す者がいるのならそれを排除する。

街頭で聖書を持ちながら『皆さん、隣人を愛するのです』と高説垂れるよりはよっぽど効果的だ。

一万人の住民を守るために200人のテロリストを殲滅する。

テレビの向こうからでしか戦場を知らないものたちはこの行為を『虐殺』とでも呼称するのだろうが、地元住民にとっては『救い』である。

テロリストを数多く殺した魔法使いは平和を求める者たちからは羨望の眼差しを受ける。それが殺人の先にあるものだとしても。

乱れる国にとって『立派な魔法使いマギステル・マギ』とは案外そんなものなのかもしれない。

だからこそ魔法使いの中でも『四音階の組み鈴』の評価が分かれるのだろう。








「で、ホル・ホースと出会った時だったか。その時は私たちの居た部隊が分断されてしまってね。
私はとあるマギステル・マギ――まあぶっちゃけると恋人で、私は彼の従者だったんだが、その彼と2人きりで包囲戦を仕掛けられたんだ」

魔法使いが出張ってくる以上、相手となるテロリスト側にも多かれ少なかれ魔法使いは存在する。

その時に真名とパートナーが相対していたのが丁度魔法使いのテロリスト集団であり、現地で最大の勢力を誇る集団だった。

ほおっておく訳にもいかないのでしばらくの間情報収集をしていたのだが、真名の所属していた部隊は表向きでは都市部に対する大規模な自爆テロ、裏向きでは高位魔法による都市への魔法攻撃という洒落にならない情報を得て奇襲を敢行した。

「いやはや、まんまと騙されてね。
幻覚を見せる魔法で部隊の面々が散り散り、しかも全方位から魔法と鉛玉が飛んでくる最悪な状況に放り込まれたんだ」

だが情報は偽物だったらしく、罠にはめられて絶体絶命。

あの時は本当に死ぬかと思ったよと自嘲気味に笑う真名を見ては、刀子も苦笑いを返すしかない。

(なるほど、彼女が麻帆良防衛で気楽にやっているように見えたのはここの戦いがヌル過ぎたせいでしたか)

これだけ過酷な状況で戦った事のある彼女だ、麻帆良を守るという仕事は簡単すぎるのだろう。

少しだけあった疑問が氷解するとともに、続きに集中しなおす。

「周囲には数十人の魔法使い、しかも銃火器で武装した連中。こっちは瓦礫に身を隠して散発的に反撃を試みるしか無くなってた……」

紛争地域だけあって瓦礫には事欠かず、朽ち果てたビルにたてこもって反撃を試みた二人。

背の低い瓦礫が直径3メートルほどで周囲を取り囲んでいるという少々心もとない場所で二人は耐え忍ぶ。

だが古来より『戦争は数だよ!』という訳で、二対数十ではジリ貧以外の何物でも無かった。

建物ごと崩しに来る魔法やグレネードに対処するくらいしか出来る事は無く、後はジリジリと嬲り殺されるだけかとも思い始めてしまった。

そうした油断があったのだろう。精神的摩耗から一つの致命的なミスが発生した。

「1時間程持ちこたえた頃か。集中力も弾薬も魔力も大分無くなってきたせいで、攻撃の軌道を見極めるのが困難になってきたんだ」

魔法使いが一般人と大きく違うのはその運動神経の高さだろう。

銃弾が銃口から飛び出したのを視認してからでも動くことのできる異常性。

稀に一般人でもその領域に達することのできるものが存在はするにはするが、それにしても大多数の大衆との数は比べるべくもない。

まあ要するに攻撃の軌道が読めなくなったと言う事は、一般人と大差ない状況になってしまったと言う事だ。

となれば待っているのは……。

「……一発の銃弾がパートナーの頭に突き刺さった。
瓦礫を突き抜けた後、地面で跳弾した弾から私をかばおうとしてくれてね。かばった弾が頭に……」

ドン。

真名は人差し指で眉間を斜めに、脳天に抜けるようにトントンと突いて見せた。おそらく件の彼に当たった弾の軌道を指しているのだろう。

沈痛な空気がテーブルを包んだ。

「くずおれた彼を、私は泣きながら必死に体を揺することしかできませんでしたよ。アレは本当にプロ失格だと思います」

「……失格でも良いんじゃないかしら。大切な人が目の前で倒れて泣けないなんて、その方が悲しいもの」

「戦場では命取りですよ。実際、その間に包囲線を狭められましたから」

真名がパートナーの体を揺さぶっている間にテロリストは包囲する円の半径をじわじわと短くしていった。

それこそ真名の耳に下卑たやり取りが聞こえるくらいまでに。

声が聞こえるレベルの接近=遠くても10~20メートル=銃火器的には至近距離だ。更に絶望するには十分すぎるだろう

「あの女はどう『使う』、っていう会話が聞こえたあたりで我に返ってね。
そんなことされるならと、すぐさまワンカートリッジしかない拳銃を額に当てたよ」

「屈辱的に生かされるのならばいっそこのまま彼と死ぬ、か。教育者としては止めたいけど、場所が場所だから何とも言えないわね」

「ええ。……そんな時ですよ、彼が来たのは」

どうやらその瞬間を思い出しているのだろう。ここに来て久しぶりに、真名の顔に素直な笑顔が浮かんだ。








『おいおい、よってたかって彼氏持ちをナンパとは関心しねぇな』

完全武装したテロリストが周囲に数多く居るはずなのに、何時の間にか真名の後ろに誰かが立っていた。

その声の所在に気付いた瞬間、額に当てていた拳銃をすぐさま向ける。

だがその拳銃は力強い手によって止められた。

『おいおい、多分俺はお前らの味方だぞ。あー、『四音階の組み鈴カンパヌラエ・テトラコルドネス』のメンバーか?』

クソ言いづらい団体名しやがってと愚痴を吐く男は、現代の戦場に居るにしては冗談みたいな恰好をしていた。

テンガロンハットにカウボーイブーツをきちんと付けた全身が砂色のカウボーイ。

何処の映画館の銀幕から飛び出してきたんだと、知らない内に声に出てしまっていた。

そんな真名の言葉にカウボーイは――ホル・ホースはこう答えた。

『ああん? まあワイアット・アープ関係の映画じゃねぇの?』

事も無げに言うホル・ホースに唖然となりながらも、ともかく味方だと言うのならば彼を助けて欲しいと懇願した。

だんだんと冷たくなっていく体が無性に怖かった。

敵味方問わず人が死ぬのを見た事があったが、こんなに怖くなったのは生まれて初めての経験だった。

ホル・ホースは倒れ伏した真名のパートナーを一瞥して少し遅かったかと一瞬悔やんだ表情を見せるが、すぐに笑顔を見せながら約束をしてくれた。

……今にして思えば彼が助からないと見て分かったからこそ悔やんだ顔をしたのだろう。

それでも真名を安心させるために笑顔を作ったのだ。

『俺は世界で最も女性にやさしい男だ。待ってろ、すぐに屑どもを蹴散らしてやるさ。ヒヒヒヒッ!』

自称世界一のフェミニストはそう言い放ち、子供が遊びでするように『何も持たない手で拳銃を持った』。








「まあその後は1分もしないうちにテロリストが全滅した。銃声もしないし弾丸も見えないし、防ぎようが無いからな」

ホル・ホースが人差し指を動かすたびに爆ぜていくテロリストの頭。

何が起こっているのか把握できないまま一人、また一人とテロリストが人数を目減りさせていく。

カウボーイ姿の男が何かをしているとまでは気付いたが、気付いた時点で既に遅く、頭の風通しが良くなるテロリストたち。

1秒間に6発以上の弾丸が発射され、何処にいようが何に隠れようが一切関係なく敵は死んでいった。

そうして1分どころか30秒前後で辺り一面を血の海に変えたホル・ホースはこう言ってのけたのだ。

『ヒヒッ、ゴミ掃除終了。これでおまんまにありつけるぜ』

人を殺した事に一切の呵責を感じさせない軽い調子。

今までの私たちの必死の抵抗は何だったのかと言いたかったが、こんな様子を見ればなるべくしてなったのだと嫌でも認識できた。

スナック感覚で人を殺すなんて事、いくら自分を『プロ』と言っている真名でも出来ない。

本物以上の『プロ』なんだと否応なく『心で』理解させられた。

それと助けてくれた事には文句は無い。むしろ感謝しかできないので、その姿に恐怖を覚えたりはしなかった。

恐怖を覚えたのはやはり……。

『お、お願い! 早く彼を、コウキを助けて!』

最愛のパートナーを無くす事が一番怖かった。

彼を亡くすくらいだったら今ここで死んでやると口に出すより早く、行動で以ってその態度を示した。

つまりは先程と同じように額に拳銃である。

必死すぎる真名の様子を見てホル・ホースは頭をかきむしった。

『っあー! 分かったから泣くな! 助けてやるから泣くんじゃねぇ!』

おそらく出来るかできないかを考えたうえでとりあえず運ぶだけなら出来ると結論を出し、お節介過ぎる自分にイライラしていたんだろう。

助からないだろう男を背負ってテロリストがまだいるかもしれない地域を抜ける。

下手をすれば自分たちも死者の仲間入りする事になる行為なのは間違いない。

それでもホル・ホースは女の涙が見たく無くて動いた。

冷たい体のパートナーを手荒く扱わないように背負い、銃弾が撃ち込まれ過ぎてぼろぼろになった瓦礫を踏み越えていく。

『ったく、男を背負う趣味はねぇっての……ん?』

何かに気付いたホル・ホースは次にビルの外を見て、やがて駆けだす。

ビルの外には真名の見知った仲間が揃っていた……。

「その後は動けなくなった彼を背負ってベースキャンプまで全員を護衛してくれました。
キャンプまで戻ると他の仲間も揃っていて、皆が皆、ホル・ホースに救われていたらしい」

「だから遅れちゃったわけか。それにしてもそんなに多くの人を助けるなんて、ちょっとしたヒーローね」

「ヒーローですよ、正真正銘」

丁度コーヒーも飲み終わって、くぅと小さく声を出しながら伸びをした。

刀子もそれに倣い、両腕を天に伸ばす。








「それにしても、『死傷者ゼロで済んでよかった』わよね」

「まったくですよ。『銃弾は斜めに当たっただけで、頭蓋骨の表面を削っただけで済んだ』んですから」

という訳でネタばらし。

眉間へと銃弾が飛んできた場合、被害はどうなるでしょうか。威力と角度にも着目せよ。

考慮する要素は『瓦礫を突き抜けた後に地面で跳弾していた』ことと『撃たれた人物は魔法使い』ということ。

単純に考えれば瓦礫を抜け更に跳弾したのだから、弾丸に残る威力はだいぶ弱くなっていると思われる。

次に入射角を考えると、背の低い瓦礫に囲まれている状況で防衛戦ならば二人は座り込みながら頭をカバーしていたという事だ。

この時、瓦礫に囲まれた部分の直径は3メートルであり、銃弾が瓦礫を抜ける可能性を考慮して、瓦礫から一番離れた中央に陣取るのは間違いない。

そして男女ともに肩幅の平均が35~40センチ前後であることから瓦礫からの距離は2メートルと暫定的に求める。

どれだけ背が低くても座り込んだ時の眉間の高さは、身長の半分より10センチ前後下方なので60~70センチ前後。

ここで瓦礫を抜けた末に地面から跳弾して眉間へ斜めに当たったなら跳弾地点は二人から1メートルくらいで、入射角はどうでもいいけれども、反射角は大体ではあるが45度くらいになる。

『真名が地面に跳弾していたことを知っていた』ことと『パートナーが庇える状態にあった』ことから弾は二人が視認出来る方向である正面から出てきた事になり、庇った場合は横からドンと押し倒す形になる。

となると体が多少浮いている状態であるのは間違いなく、そんな体勢で頭部に衝撃が加われば頭が後ろにのけぞる。

のけぞると言う事は額から侵入する弾の角度が更に大きくなり、脳へ到達するラインから更にずれると言う事だ。

また着弾した時点でパートナーは弾丸の軌道を見切っていたため、身体能力の強化が入っていたという要素も確認できる。

強化された肉体の表面によって更に威力が減衰され、最終的に頭蓋骨を少し削っただけで済んだのだった。

生きてたのかよ!と思った人は色々見直してみよう。

特に最後のキャンプに戻る時の描写だけ『冷たい』という記述が無くなっているし、『動けない』という風になっているので。

「体が冷たくなっていったのはショック症状からのチアノーゼってところかしら」

「お恥ずかしながらその通りでね。本当にあの時はどうかしていたとしか言いようも無いんですよ」

ホル・ホースが彼を背負った時に気付いたのは普通に心臓が動いていること。

頭に銃弾を撃ち込まれると割とすぐに体の機能が止まって行くのだが、背中から感じる心音は弱々しくあるものの、今にも止まりそうという事は感じ無かった。

そしてビルの外に魔法使いが居るのを見つけてすぐに簡易ではあるが治療をし、キャンプまで戻ったのである。

頭蓋骨をホンのちょっと削っただけで弾丸は貫通して行ったため、風穴を塞ぐだけで済んだのが幸いだった。

とはいえ弾丸は通って行く時にかなりの振動を与えていくため脳に影響が出る可能性はあるにはある。

そのためパートナーはしばらく現地の病院で入院する事になったのだった。

勿論真名は付きっきりで看病。こればかりは爆発しろとは言いづらい。

「この事件があった後、彼と私は活動を休止する事にしたんです。麻帆良に一緒に行かないか、とも言ってくれまして。
パートナーとしての契約も過剰な武力は必要ないからって破棄して、割と平穏に過ごせてますよ」

アーティファクトも何も出やしないただのカードを見せながら、それでも荒事には巻き込まれてますけどと彼女はクスクス笑った。








「それで、ホル・ホースとの顛末はどうなるのかしら?」

「この後は2週間ほどホル・ホースが同行してくれてましてね。その時に拳銃の知識を教えたりスタンドの知識を教えてもらったりしました。
まさか麻帆良に来てから再会するとは思いませんでしたけど」

今考えると銃の知識は教えるべきじゃなかったと真名は言う。

それもそうだろう。ただでさえ収拾がつかないくらい応用力のある『皇帝エンペラー』がデザートイーグル以上の攻撃力を持ったのだから。

まあ見返りとしてスタンドの知識を得られたからよしとしよう。

肝心の能力については殆ど教えてはもらえなかったとはいえ、スタンドの基本ルールを知れただけでも儲け物だと思っている。

「うーん、そうじゃないのよね」

だが刀子はそういった事を聞きたいのではないらしい。

何なのだろうなと思いながらも言葉を待つ。

「ほら、龍宮さんって貸し借りをゼロにするタイプでしょう? 何か違和感があってね」

「……チッ……」

「露骨に舌打ちしたわね。さーて、何があったのかしら」

思いっきり態度に出してしまったせいでばれた。というか違和感を感じられた時点で詰んでいたかもわからない。

そうしてチャキンという音が聞こえたと思ったら首筋に冷たいものが当たっている感触。

正面に居る男子生徒に人気抜群の教師は今、白目と黒目を反転させて生徒に日本刀を押し当てていた。

怖い。

何となく以前彼女と結婚した人がかわいそうに思えてくる。嫉妬深いのか何なのか。

そういう風に好きな相手を思える事は美徳だと真名は考えるが。

「いやまあ……お礼をしただけ、ですけど」

「お礼、ね」

「あの、日本刀が食い込みそうなんですが――ああもう白状しますけど、頬にキスしただけですよ」

本格的に頸動脈から出てはいけないものが出てしまいそうなので正直に白状する。

代わりに口から出たのは、大人っぽい真名にしては子供っぽさ極まりないお礼だった。いや、年齢から考えればこれくらいで良いのだが。

「コウキを助けてくれたお礼に頬にキスしたんですよ。ええそれだけです」

「……ならよしとしましょう」

すっと刀を収め、目の色の反転も元に戻った。これくらいなら別に良いかと思ったようである。

ちなみにホル・ホースから返された言葉は『ああ、彼氏持ちのレディからのお礼としては最上級だな』だそうで。

これは爆発しても良い。








「それでは私は全部話したのでお暇させていただきます」

「あれ? こういった場合はお互いの恋人自慢とかするものじゃないの?」

「いや、先生の馴れ初めとかデートの様子は有名過ぎて別に……」

ここまできたら恋バナがしたい刀子は真名を留めようとするが、ぶっちゃけクラスの皆にも彼氏持ちである事を隠し通しているのでこれ以上は勘弁してほしかったりしていた。

パパラッチである朝倉から隠すのは至難の業なのだ。

というか不純異性交遊は良いのか、現職教師。

それと刀子とホル・ホースの馴れ初めは、ホルが『銃は剣より強し』と言った事に対して腹を立てて勝負を挑み、女には一切手を出せないと言うホルを押し切っての模擬戦闘からだ。

結果は皇帝で刀子の持つ太刀を刀身の根元から吹っ飛ばしてTKO。彼の妥協点が武器の無効化だったらしい。

後日弁償という事で二人で刀匠の工房に行き、帰りに食事をしたりして『やだ、これデートじゃないかしら!?』と刀子がヒートアップ。

あれよあれよとデートを繰り返し、何時の間にやら自他ともに認めるバカップルとなりましたとさ。

突っ込んではいけない注意事項、年齢。

「という訳でもういいですかね?」

「なんだかさっきまでとは打って変わってぞんざいね。彼の話をしていた時は生き生きしているように見えたのに」

「まあ彼のおかげで私の価値観から『立派な魔法使いマギステル・マギ』は無くなりましたからね。
私としてはどんな教師よりも教師らしいと思いますよ、ホル・ホースは。尊敬もしているしな」

彼女が目指すのはホル・ホースの様なプロ……ではなく、単純に平和に暮らしたい、それだけだ。

なんというかこう、格上を見てしまったせいで技術を極めるのが億劫になってしまったような感じだ。

自分の『世界』の平穏に戦う事が必要ならいくらでも戦ってやろうという意気込みはあるけれども。

それ以外に関してはどうでもいいと思わざるを得ないのだ。

「それじゃ、また仕事の時にでも」

「ええ……あ、そうそう」

帰ろうとする真名を三度止めた刀子は、危うく忘れる所だったと慌てながら連絡事項を伝える。

「明日の夕方、世界樹広場にはどうするつもり?」

「……ああ、教師陣だけばらすとかいうあれですか?」

「その事なんだけど、生徒の方にも情報が出回っちゃったらしくてね。生徒も来たいのなら来ればいいってことになって」

ネギと承太郎に麻帆良所属の魔法使いをばらすという集まり。同じクラスだが、余り慣れ合うのは好きでは無い真名はすぐさま。

「なるほど。じゃあ私は参加しない方向で」

と返した。

「了解。長々と引きとめて悪かったわね」

「まったくです、と言っておきましょう」

コーヒー1杯でどれだけの時間を潰したんだと自分に呆れながら、鞄を持って帰路に着く。

空を見ればオレンジ色が無くなりかけているのが見える。すっかり日が暮れてしまっていた。
















(ホル・ホースへのキス、か)

恋人兼パートナーである龍宮コウキに後ろめたいため、例え頬にしたキスでもなかなか割り切る事が出来ない。

3年経ってもどうにも心にしこりが残っていた。

どうせ自分がこれだけ悩んでいても、ホル・ホースにとっては『最高に素敵な物の一つとしてリストに載っているけど、唯一無二ではない』程度でしか無いキスなのだろう。

本当に嫌になる。

けれども。

「あ、おかえり」

見慣れた自宅である女子寮の近くへとたどり着くと、最愛の人が待っていた

同じバイアスロン部所属の部長、というかパートナー、というより恋人。

おそらく部活が終わってから真名に会おうとしたのだろう。手には携帯電話が握られ、自分の手元の携帯電話がマナーモードで震えていた。

(ああもう、本当にこの人は……)

鬱屈とした気分を何でもないかのように吹き飛ばしてくれる。

『君を愛している。君がいなければ私は死んでしまう』。

とりあえずその気持ちを伝えようと、彼にハグする事にした。








龍宮真名――思い出話をして若干鬱屈になり、コウキに出会えて嬉しくなる。

葛葉刀子――最愛の相手であるホル・ホースについての情報を聞きにんまりとする。

龍宮コウキ――『生存』。
          バイアスロン部の部長として頑張る傍ら、たまーに真名と一緒に麻帆良防衛をする事があるのが目撃されている。



┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  



後書き:
意外と2次創作でも救済されている事が少ない龍宮真名の救済+刀子先生の結婚への道。

苦いんだか甘いんだかわからないコーヒーの様な話の流れにしてみました。

最終的にM○Xコーヒー並みにダダ甘になりましたが。

それとこの作品で一番割食ってるのはネギま原作のバイアスロン部部長。

たつみーの恋人生存のため存在が完全にボッシュートされてしまいました、哀れ。

タイトルはホル・ホースの名前の元となった『ダリル・ホール&ジョン・オーツ』の曲名。

それと今回の捻りに捻った謎かけですが、入れた理由は西尾維新先生の作品を呼んで無性にこういうのが書きたくなったため。



[19077] 補習6回目 Bout a Wish
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2011/02/08 10:18
「さて、今日ここに来てもらったのは他でもない。
もう何人か顔ぶれを見て気付いとるかも知れんが、ここに集まっとるのは学園都市の各地に散らばる小・中・高・大学に常時勤務している魔法先生、及び魔法生徒たちじゃ。
まあ各々の事情もあって全員は来れなかったが、かなりの数がここに居るわい」

「はあ。顔見せ、という事で良いんでしょうか?」

ネギは至って真面目な顔で集まった人間の顔を一人一人確かめていく。

顔ぶれを見てこの人までそうなのかという少々の驚きはあったものの、顔に大きく出る程でも無い。

職員室の中で感じた違和感から考えていけば、まあ順当な結果かと思っている。

そんなネギの様子に、上っ面だけのロールだとしても一応は愉快犯である学園長は不服そうだ。

「……やっぱり驚かないか。お主ら、隠蔽が甘かったようじゃぞ」

「結構気を使っていたんですけどね。流石は天才と言ったところかな」

「いえ、僕は空条先生に言われるまで全く気付かなくて……」

「日常生活するにあたって違和感を消し切れていない者と違和感を消そうとし過ぎている者を気にかけていれば大体分かる。
とは言え生半可な察知では見つけられないのは事実だから、そこはネギ君の功績だろう」

無数の羊の群れの映像の中に、余りに精巧過ぎて本物とは見分けがつかないレベルのCGで加えられた羊が1、2匹いたとしよう。

知らずに映像を見ている者、つまり一般人は疑いなくその映像を見る事が出来る。

だがCG、もとい魔法使いが紛れていると知っているのならば、精巧なものであったとしても見つけづらくはあるが気を付ければ判別は出来る。

承太郎が行ったのは『あの群れの映像にCGで出来たものが紛れている』と教えただけ。

なので実際に探し出して見せたネギは意外と凄いのである。

いや、単に凄いと言うと最初から達成人のように聞こえてしまうか。正しくは『成長した』ために凄くなったのである。

「本当は学園祭期間の辺りでばらそうと思ったんじゃが、こちらの想像以上にネギ君が成長したのでの。
むやみやたらに周囲に頼らないようにとの配慮だったんじゃが、エヴァンジェリンとあれだけやりあえるのなら問題無かろう」

そう言って学園長は顎鬚を撫でた。








さて、本日は4月20日金曜日の午後。

エヴァンジェリンの決闘から3日が経過し、既に麻帆良大橋の修理状況は九分九厘終わっていた。

残す所は安全確認を含めた最終点検のみとなった今日、ついでに学園内の全校舎の臨時点検を行うという事で半ドンで授業が終わっていた。

急な予定の変更ではあったものの、学年によっては週明けから修学旅行となっていたので、準備が長くとれると生徒ははしゃいでいた。

その分、別の日に授業の埋め合わせをする事を考えない所が少し抜けていると言えば抜けているが。

ただし一番きついのは授業の遅れを取り戻そうと血の涙を流しながら日程を組む教師だろうけど。

ともあれ午後が急に暇になったのはそれなりに喜ばしい事である。

そんな中、ネギと承太郎は麻帆良学園のシンボルである『神木・蟠桃しんぼく・ばんとう』のそびえる世界樹広場へと学園長に呼び出されていた。

最初は何をするつもりなのかと訝しげにやってきた2人だったが、広場に近付くにつれて人の姿が減り始めたために結界で広場が区切られているのに気付き、この事から幾つかの予想できる事を頭に立てていたのだった。

結局予想した中の一つと同じ状況になり、割りと涼しい顔で顔見せに臨んでいるのだった。

広場に集まったのは先生と生徒を合わせて大凡50人といったところ。

ただまあ、仮に50人以上いた所で名前の無いキャラクターが喋れはしないのだから、人数に意味は無いと思うけれど。

以上、状況説明終了。








「しかしこうして対面するのは初めてだね。初めましてネギ君」

「あ、どうも初めまして」

「あはは、緊張しなくても良いよ。そういえばうちの娘はクラスで元気かな?」

「ええ!? ぼ、僕のクラスに娘さんがいらっしゃるんですか!?」

「ああ、明石裕菜だよ。魔法については全く知らないけどね」

気さくそうな男性――明石教授――に話しかけられて、ネギは少し戸惑いながらも会話をしている。

年齢差のある人物との会話は幼いころから年上ばかりの環境だったために慣れてはいる方なのだが、それでも初対面だと緊張する様だ。

ましてや大事な娘が自分のクラスの生徒である。緊張しない方がおかしい。

「どうも、空条先生。ホル・ホースとバーでお酒を飲んでいる時に会った以来かしら」

「葛葉刀子先生だったか。あいつと知り合いという時点で『裏』の人間だとは思ったが……」

「いえ、ただの知り合いじゃありませんよ。彼とは『恋仲』なもので」

「……そうか」

一方で承太郎は刀子と話をしていた。

まあ共通の知り合いがホル・ホースである事もあって会話のとっかかりが出来た故に一番最初に会話が成立したのだ。

しかしながら承太郎は刀子から感じるプレッシャーに少しだけ冷や汗を流していた。

深い関係にあった事を梅雨知らず、知り合いと評したのが不味かったかと考えていた。

余程ホル・ホースに情念があるのか、日本刀もかくやと言わんばかりの鋭い圧力を感じる。

まあ傍らにある大太刀を抜かないだけ先日のコーヒーショップでの一件よりは理性的の様だ。

抜いたら抜いたで承太郎がスタプラで白羽取りをし、問答無用でへし折ろうとする予想図しか浮かばないが。

そうなってしまえばVSアヌビス神の焼き増しのようになってしまうだろう。洒落になりゃしない。








その後はしばらくの間、入れ替わり立ち替わり様々な先生や生徒と会話を交わす。

「そろそろ僕達にも話させてくれないかな。特にガンドルフィーニ君なんか今日が楽しみで睡眠時間が――」

ふくよかな体をした、電子精霊を巧みに操る事の出来る弐集院光。

「に、弐集院先生! その話はしないと約束をしたじゃないですか!」

褐色の長身男性、拳銃とナイフを用いたCQCと魔法の複合で戦うガンドルフィーニ。

「あらあらガンドルフィーニ先生、素が出てしまってますよ。冷静沈着な先生らしくも無い」

十字架を用いた対魔技法で戦うという心優しきシスター、シャークティ。

「あははは。ガンドルフィーニ先生も子供っぽい所あるんですねー」

言っては何だが地味目ななりをした、防御用魔法に自信を持つ瀬流彦。

「男は何時までも子供の心を忘れない生き物だからな。無論、私でもそういう部分はある」

髭とグラサンが特徴的な無詠唱魔法の使い手である神多羅木。

「神多羅木先生が仰ると物凄く違和感がありますわ……」

操影術を用いて戦う、麻帆良学園聖ウルスラ女子高等学校2年生の高音・D・グッドマン。

「お姉さま、それは流石に失礼ですってば!」

気弱ながらも無詠唱が出来る程の技術を持つ、麻帆良学園本校女子中等学校2-D生徒の佐倉愛衣。

「口に出して言うのも相当駄目だと思いますけど……」

水属性の魔法を器用に扱うものの平均的な強さである、麻帆良芸大附属中学校2年生の夏目萌。

「良いじゃねぇか、正直なのは良い事だぜー?」

魔法使いからしてみれば全く知覚する事の出来ない弾丸を発射する存在であるホル・ホース。

「ホ、ホル・ホースは自重してくだ……さい」

近い未来を予知することのできるスタンド使いのボインゴ。

「自重するっつータマかァ? コイツがよー」

顔面を自由自在に変化させることのできる、言っちゃあなんだけど地味なオインゴ。

他にもタカミチや学園長も含めた魔法関係者の顔と名前を改めて覚えていく2人。

まさかこんな人まで魔法関係者だったのかという驚きもあるにはあったのだが、悲しいかな名無しモブキャラには出番が無いのであった。









「フォフォフォ、そろそろ全員がネギ先生と空条先生に名前を覚えてもらった頃かの」

満足げな学園長が何やら奇妙な箱を持ち出して全体に向かって語りかける。

持っている箱の外見は紅白で彩られており、上部には丸い穴が開いているようだ。

一瞬だけ見えた箱の中身はどうやら大量の紙切れ。

見た者の誰もが一体何をする気なのかと訝しんでいたのだが、次の学園長の一言でそんな空気が払しょくされる事になった。

「それじゃ、2人の先生と模擬戦が出来る者をくじ引きで決めるとするかの」

「「……はい?」」

「「「「「「「「う……ウオォォォォォォォォッ!!」」」」」」」」

ネギと承太郎の間の抜けた声が集まった関係者の歓声によってかき消される。

事前に何も聞かされていないまま顔見せが始まり、そしてこのまま模擬戦へと移行しようとしている。

起承転結が飛び飛び過ぎて超展開にも程があるというもの。

青天の霹靂とはまさにこの事か。

とは言ってもそもそも魔法使いは覚える魔法の種類のせいで大部分が武闘派であるため、いずれはこうなっていた事は想像に難くない。

特に麻帆良の魔法使いは先のエヴァ戦を見て、成長途中のネギ、そして学園長をして戦いたくないと思われる承太郎、そのどちらかと手合わせしたいとうずうずしていたのだ。

欲を言えば他のスタンド生徒とも手合わせしたいと考えていたのだが、古菲たちは余り関わり過ぎても元々の所属に迷惑がかかるという事でここに来るのを辞退していたために実現することは無かった。

古菲だけは最後まで名残惜しそうにはしていたが。

どいつもこいつも戦いの求道者である。

「い、いやいやいや!? 学園長先生はいきなり何を!?」

真っ先に抗議したのは驚くべき事にネギだった。

普通ならば承太郎が真っ先に言い出しそうな事ではあったが、承太郎の様子を見てみれば『もうどうにでもしてくれ』と眉間を揉んで諦観の姿勢だ。

2対約50の状況で多数決なんてやるだけ無駄だと思っている。

「えー? いやだって皆が皆、ネギ君とかと戦ってみたいって常々言うんじゃもん」

「『じゃもん』じゃないですよ! そんなんでいいんですか教育の現場が!?」

「……ネギ君、この国に伝わる魔法の呪文を教えてあげよう」

至極真面目な顔で学園長は高らかに言い放つ。

全国のお母さんが子供を強制的に納得させる呪文を。

「『よそはよそ、うちはうち』!」

「最悪だー!?」

……何にせよ、学園長が実行に移した時点で止める手だてなどなく。

半ば強制どころか完全に強制的に模擬戦へと移る事になってしまったのだった。

合掌。








補習6回目 Bout a Wish








世界樹前の広場でも特に広く、障害物が無い区域に複数人がかりで厳重に結界が敷かれる。

何故なら今からここは学園都市に住む者たちの憩いの場所では無く、魔法使いと魔法使い、及び魔法使いとスタンド使いの戦いの場となるからだ。

誰も見ていないという状況だとしても、突然路面が吹き飛んだりしたならば認識阻害の処理を超える可能性があるため、路面の強度を上げなければならないのだ。

無論戦う者同士も物損被害を出さないために細心の注意を払うが、戦いとはそう上手くいくものでも無い。

対策というのは立て過ぎても困るものではないし、人員も豊富にいるのだから使わないだけ損だ。

そうして出来あがった即席の闘技場――とは言っても森の中のアレと比べるべくもないが――にネギと相手が立つ。

ネギの正面で優雅に髪をなびかせているのは、聖ウルスラ女子高等学校2年生の高音・D・グッドマン。

その手には『ネギ・スプリングフィールド』と書かれた紙切れが握られていた。

どうやら箱の中に入っていた当たりくじのようである。

周りの教師などを見れば何も書かれていない紙を持って悔しがっているので間違いないだろう。

「『闇の福音』と戦いぬいたネギ先生は相当お強いでしょうし、油断も驕りも無く、全力でお相手させていただきますわ」

ビシッとネギを指さして高らかに宣言する高音。

何故だろう、その姿は決まってはいるのだが『死亡フラグ』という単語が頭から離れない。

それに油断も驕りも無くと口に出してしまった時点で語るに落ちた感がある。

承太郎はその姿を見ながら内心、「ポルナレフを見ているようだ」と聞く人によっては失礼に取られるだろう考えをしていた。

勿論悪い意味だけで考えている訳ではない。

プライドというのは心の中でもかなり芯の通った感情の動きだ。

いかなる状況でもしなやかに作用し、冷静でありながらも熱された鉄の様な苛烈さを持つ強さを発揮することが出来る。

だが行き過ぎると意固地になり、しょうもない所で大ポカをしてしまう事になる。

それでも魔法もスタンドも結局のところ感情で大きく作用される力であるので、力を引き出すにはかなり最適とも言える。

(プライドが高い人物は戦闘の初速が限りなく早い。だがそれ故の弱点も存在する。
さて、ネギ君には嫌という程に傾向と対策を仕込んであるけれども、どう動くか見させてもらおうか)

高音は恐らく結構な使い手だろう。

実力の程は分からないが、『操影術』という珍しい技術を使うのだ、拍子抜けの相手という事はあるまい。

格上の相手とばかり戦い、麻帆良に来てから負けっぱなしのネギがどう動くのか。

承太郎は学者としての興味を爆発させるのだった。








「それでは始まりの合図を学園長が行うから、それを聞いてから動く様に」

タカミチが何時もの飄々とした態度を崩さずに言う。

「制限時間は特に設けないけど、どちらかが戦闘不能になったと感じた時点でこちらで止めさせてもらうよ」

「別にかまいませんわ」

「僕も大丈夫です」

ネギと高音は臨戦態勢。ネギも最初は嫌がっていたが、いざこうしてみるとワクワクしているようだ。

つくづく魔法使いという存在は某野菜人のように戦闘意欲が高い様である。

杖を持つ手には力ががっちりと込められ、魔力が全身に満ち満ちているのがうっすらと見てとれた。

そんな様子にタカミチは苦笑しながらも、最後にこう言い残す。

「あ、ネギ君はポケットのそれ、使わないようにね」

「……ちぇっ」

ネギはポケットの中に緊急用に仕込んでいるマグネシウムたっぷりの閃光玉を、ニコニコしているタカミチへと手渡す。

エヴァ戦でも使っていたが、閃光というのはどんな状況でも非常に有利に働くのだ。

なにせ人間が一番頼っている感覚である視覚を潰せるのだから。

何処の国の軍隊でも室内戦闘や屋外戦闘問わず、フラッシュバンを使用することからもそれを裏付けている。

また、視覚に強烈な光を当てる事によって対象を気絶させる事も出来る。

もしもタカミチが注意しなければネギは遠慮なく使い、最適な形で炸裂すれば開幕2秒で終わっていた所である。

その事実に行き当たった高音は、ネギを見る目を少しだけ変えた。具体的には『年齢の割にはえげつない』という風に。

「……ネギ先生は本当に容赦がありませんわね」

「あはは……。空条先生とかにかなり言われたんです、『勝つためには全てを使え』って。
『本当の戦いでは基本的に生か死でしか決着はつかない。だから手段を選ぶな』とも言い含められています」

「ず、ずいぶんと実戦主義ですのね」

高音はちらりと承太郎の方を見るが、承太郎はサッと目を逸らす。

周りの関係者も全員が承太郎を見ているようなのだが、器用な事に全員の視線から目を逸らしているらしい。

そりゃ『子供に何教えてんだ』と言われてもおかしくは無い事をしでかしてしまったのだ。

承太郎本人も『どうしてこうなった』と考えているので目を逸らすしかないのである。

「まあその考え方は嫌いじゃないけどね」

そんな中、にこやかにしながらタカミチは高音に対してそうこぼす。

「? でも高畑先生はそんなシビアな戦い方していらっしゃらないでしょう?」

「いやー……『紅き翼アラルブラ』の人達、特にナギさんの戦い方がねー……」

「かの大英雄であるナギ・スプリングフィールドが、ですか?」

「あー……知らない方がいいですよ、いえ本当に」

不躾だとは分かっていてもネギが途中で口をはさむ。その表情は何とも言えない微妙な物だった。

エヴァの夢の中で見た光景、それが頭の中をぐるぐる回っているのだろう。

タカミチとネギ、そして同じような表情をしていた学園長や承太郎が揃って嘆息する。

何も知らない高音は頭上にハテナマークを出し続けていたが、こればっかりは知らない方が幸せである。

閑話休題。








「フォフォ、会話はこれくらいにして、始めようかの」

学園長が二人の中間地点から直角に離れた場所で、右手を振り上げて準備をする。

その右手が振り下ろされた時、ネギと高音は激突する。

お互いに明確な実力が分からない者同士の戦い。決め手は初動にかかるだろう。



MAKE UP MIND



「ネギ・スプリングフィールド、戦わせていただきます」

「高音・D・グッドマン、お相手させていただきますわ」



FIGHT



始め!という学園長の言葉は、最早彼らには届いていなかった。

だが学園長が声を発しながら右手を振り下ろしたタイミングとドンピシャで、指し示したかのように模擬戦が始まった。

引き絞った弓を放つように、ネギは先手必勝のために駆ける。

だが対する高音はその場でどっしりと構えて動かない。

いや、動く必要が無い。

黒衣の夜想曲ノクトウルナ・ニグレーディニス!」

高音の足元から影が間欠泉のように噴き出し、そのシルエットを完全に覆い尽くす。

始動キー無し、単純詠唱での発動。麻帆良においては彼女しか使えないだろう『操影術』の行使。

今までに見た事の無い光景からネギは一先ず近接戦闘に持ち込むのをやめ、中距離から牽制用の魔法を放つ。

魔法の射手、連弾・光の7矢サギタ・マギカ・セリエス・ルーキス!」

対象の防御力がまだ不明瞭な以上、風属性の魔法の射手では少々心もとない。

破壊効果のある光属性を選んだのは当然の結果と言える。

だがかなりの威力があるはずの魔法の射手は、湧き出る影が壁のように立ちはだかって止められた。

「ふふふ、影は移ろいゆくものですからね。どれだけ攻撃を与えられようと、すぐに補填して防げば問題はありませんわ!」

影に飲み込まれていた高音が、湧き出る影を全て特定の形状に固着させながら現れる。

ウルスラの制服を着ていた筈の彼女は今、ずいぶんと扇情的な衣装に身を包み直していた。

黒を基調として、胸元を大胆に見せるドレス。何となく衣装だけならば、この場に居ないエヴァと気が合うかもしれない。

だがこのドレス、ただ派手に見せびらかしたいだけじゃない。

(魔力の塊をドレス状にした鎧ですね。効果的なのは風花・武装解除フランス・エクサルマティオーだけど……)

見れば高音が身に纏った以外の影は、黒衣を羽織り、道化師の仮面を付けた異形へと成っていた。

使い魔、という奴だろう。痛みを感じず、ただ主人の命令を受けて攻守のために犠牲にさせる影で出来た人形。

アレらが一斉に襲い掛かってくるとなると、武装解除は数体の使い魔によって遮られ、発動した隙に袋叩きに遭うだろう。

かといって遠距離でちまちまやっていればだんだんと数を増やされる事も考えられる。

(やるなら広域で吹き飛ばす魔法か、コンパクトに大打撃を与えられる八極拳の組み合わせ!)

やることを定めたネギはとりあえず数体の使い魔に向かって魔法の射手を放ち、機を窺う事に徹するのだった。








高音・D・グッドマンは高揚していた。

攻撃を放つ――ネギの動きが早すぎて当たらない。

攻撃を防ぐ――自分に傷は付かないものの、確実に使い魔の数を減らされる。

杖を弾き飛ばし、取り囲んで取り押さえる――中国武術らしき動きで使い魔全てが吹き飛ばされた。

高速用の魔法を放つ――放った以上の拘束魔法で迎撃され、使い魔でどうにか防ぐ。

ネギの背後に使い魔を召喚する――ふり返らずに魔法の射手を放たれて即消失。

何をしても紙一重で避けられ、何を受けても被害が出る。

……高音はいわゆる天才、という訳ではない。

無論操影術という希少な魔法を扱えることから才能はそれなりに高いのではあるが、天才という域にまでは達していない。

彼女は幼いころから努力して今の実力を身に付けた。

だからこそ、目の前のネギを見て気分が高揚している。

(ネギ先生は単純に天才である、などと考えていたのは浅はかでしたわね)

一つ一つの動きが精錬されており、攻撃を避ける際には決して瞼を閉じずに状況を把握しているその姿。

(ネギ先生は『努力の天才』ですわ。習熟速度は別としても、彼の動きは一つ一つが己の身をすり減らして身に付けたもの!
私がここまで築き上げてきた努力を一蹴する程にまで積み重ねてきた努力の結果ッ!)

17歳にもなろうという自分以上の力量を持つ事は、この戦いが始まってしばらくしてから薄々感じていた。

だがただ単に天才だから負けているのではなく、その努力の密度の違いからくるものだと理解もしたのだ。

『英雄』である父に追いつくための努力。10歳の身に対して、それはどれだけ過酷なものなのだろうか。

自分に限りなく近いが、自分よりも高みに居る存在。

(でも負けっぱなしは嫌です。被害度外視で、あれを使いますか……)

年上というプライドもあるのだ、ネギの度肝を抜かしてみたい。

始動キーは要らず、ただ唱えるだけで出せるものが数多くあるのだが、ほんの少しだけ溜めが必要なのが難点な技が一つ。

その分だけ威力は抜群だ。

(仕掛けるタイミングは使い魔で再度取り囲んだ後! 今度は一斉にかからずに、一体ごとのタイミングをずらせば!)

そうして17体召喚できる使い魔の内8体をネギに回し、残りを全て自身の周りに配置する。

溜めの隙を狙われる事はこの状況では少ないとは思うが、それでも万が一という事もある。

影よウンブラエ!」

詠唱というよりもただの掛け声に近いもので使い魔を操作する。

ネギを取り囲む使い魔は彼の周りをまるでメリーゴーランドのように円形軌道をしながら攻撃の機会をうかがっていた。

そうして死角となる方向からワンテンポ、時には2~5テンポもずらして使い魔を突撃させる。

(1……2…………3…4……………5………6……ここッ!)

6体目までが迎撃された瞬間、続く7体目と8体目をネギの動きを止めるために動かす。

防御を度外視して使い魔の体を薄く、大きくし、ネギからこちらが見えないようにする。

「さあ、受けてごらんなさいッ!」

魔力を溜め、強烈な一撃を喰らわせるために高音は構えた。








(行動パターンが変わった。何か仕掛けてくるみたいだけど、どうしようかな)

使い魔8体に囲まれていたネギは、冷静に状況を確認する。

戦いとは数量差でだけで決まる事は無いのだが、この場合は間違いなく自分に不利になってしまっている。

ただ、こんな状況になってもネギはペースを崩さない。

(……空条先生に以前言われた事が分かった。『布石は気付かせた時点で意味が無い』って事が)

あからさまに行動パターンを変えてきた以上、その後には大技が来るに決まっている。

そう考えるとこの間のエヴァ戦、それに楓との戦いを思い出しても全てが駄目駄目だった事になる。

(あー……)

……努めて考えから排除するようにする。こんな事で凹んでいたら色々とやってられない。

眼の前の脅威を排除しなければならないのだから。

とはいえすることと言えば高音の動きに気を付けるだけだ。

攻撃が来ないのならこちらから仕掛けようかと考え始めたのだが、ここで使い魔が順番に襲い掛かってくる。

影が人の形を成しているその姿に生理的嫌悪感を感じながらも、ネギは慌てずに一体一体処理して行く。

振りかぶる拳の軌跡は分身楓よりも粗雑なため、捌くだけならどうにでもなる。

慣れとは恐ろしいものだ。

(僕に付けている使い魔は8体、仕掛けるのなら6~8体目かな?)

こういう時に役立つのは『自分ならばどのタイミングで仕掛けるか』という考え方だ。

読み間違えてしまうと大変に危険なのだが、読めれば完全に自分のペースに持っていける。

それにこういった『自分が傷つかない手段』ならば大体が後半に切欠を持ってくるはずなので読みやすいのだ。

狙いが分かれば後は即座に反応できるようにするのみ。

死角から飛び出してきた一体目――杖で仮面を砕いて吹き飛ばす。

間髪置かずに出てきた二体目――返す杖でカチ上げる。

テンポを長く置いて出てきた三体目――無詠唱の魔法の射手・光の1矢で打ち貫く。

三体目に重なるように襲い掛かる四体目――杖を真上に投げるように手放して崩拳でぶっ飛ばす。

気分が悪くなるくらいにテンポを外して襲い掛かる五体目――キャッチした杖で横薙ぎにする。

不自然なまでに規則正しく攻撃してきた六体目――そろそろ来るだろうと身構えながら杖の先端で大きく距離を開けさせる。

そして七体目と八体目――使い魔の体がカーテンのようになり、視界の全てを塞がれる。

「さあ、受けてごらんなさいッ!」

(――来た!)

百の影槍ケントゥム・ランケアエ・ウンプラエ!!」

高音のドレスから影が噴き出し、無数の細長い影――影槍が飛び出してくる、

百の影槍という名の通り百本の槍状の影のそれぞれがドレスの中から伸び、安全のために丸めた先端が獲物目掛けて突き進んでくる。

だがそれらの動きがネギには全く関知できない。

何故なら使い魔がネギをカーテン状になって覆い尽くし、サーカスのテントのようになっているからだ。

しかしながら姿が見えないというのは高音にも言えることだ。

暗幕に包まれたこの時、ネギは詠唱を開始していたッ!!








「ラス・テル・マ・スキル・マギステル、魔法の射手、光の9矢サギタ・マギカ・セリエス・ルーキス!」

槍術を基本形とした八極拳。その神髄は一点への突破力にある。

技としては格闘ゲームでもよく使われる鉄山靠や猛虎硬把山が有名だろうが、そのどちらも相手の体を掌打や肘打で突き刺すような形式となっている。

というよりも八極拳の技は大体、掌打や肘打を使い分ける事が基本になっている。

理由は簡単で、その方が威力が高いから。

だがこれらの技はあくまでも徒手空拳の際に用いられる技である。

まだこの時点では杖以外の魔力媒体を持たないネギは、だからこそ八極の源流とも呼ばれる槍術を用いて杖を『槍』へと変える。

杖の形状からすれば棍術の方が適しているとも思えるが、それでは威力が足りない。

絶対的な防御力を抜くのならばやはり槍が良い。

それに、八極とは『大爆発』であり、その一撃は『二の打ち要らず』とならなければならない!

「八極拳、六合大槍!」

魔力そのものではなく雷属性を付与した魔法の射手サギタ・マギカを纏わせた状態の杖。

かつてウェールズで見たナギの雷の暴風。巨大な槍のように見えたそれを、ネギは強くイメージする。

やがて込められた魔力が、ネギのイメージに沿って鋭く尖った形状へと変化していく。

長く、そして鋭くなりきった円錐状の槍頭は、流れる魔力によって細長いドリルのようにも見える。

雷鳴を放ちながらバチバチと吼えるそれを、ネギは腰を深く落として構え、そして――

「ふっ!」

「ッ!?」

――お得意の二段加速で駆け、黒衣仮面の使い魔の暗幕、そして高音の近くに備えていた使い魔がオート防御として変化した壁、さらにはその奥にある『黒衣の夜想曲』へトップスピードで叩き付ける――いや、突き刺す!

「『雷華刺槍・疾風迅雷勢』!!」

魔法の射手9発分を面積を限りなく小さく、そして弾としてではなく槍として叩き付ける事により、威力は通常通り放つよりも格段に上がっている。

暗幕は無かったかのように突きぬけ、使い魔を固めて出来た強固であるはずの壁はギャリギャリと耳障りな音を立てて削れていく。

高音はその光景を見て馬鹿な、と思う事は出来なかった。

その瞬動に届きそうな速度もさることながら、ただでさえ元からの威力が高かったネギの魔法の射手が指向性を持って固められているのだ、その威力は推して測るべし。

というか数日前にエヴァの障壁をブチ破る光景を見たのだ。

全盛期の魔力を以って張られていたエヴァの障壁。不意を突いた所で抜くのはたやすいはずが決して無い。

百の影槍は元々狙っていた場所に大部分が行ってしまい、遅めに伸ばされた分もネギに派手に当たりはするが止める事が出来ない。

高音は慌てて再度使い魔を追加召喚し、壁を更に厚くしようと試みるが。

「はあああアァァァァァァ!!」

既に抜かれていた穴のせいで進行速度が止められず瞬く間に補填した部分が抜かれていく。

拮抗は起きず、やがて杖の先端が壁を貫通した瞬間。

「破ァッ!!」

「あぅっ!?」

ピシャァァァァン!という雷が落ちた様な音が聞こえたと感じる間もなく、高音の体は衝撃と雷撃に貫かれていた。

トンッ、と。

「あら?」

……予想していたよりも遥かに小さい衝撃に高音は驚いた。

衝撃の強さは細長い棒で小突かれたくらい、雷撃の強さも静電気程度だったためである。

しかし使い魔をぶち破るようなあれだけの威力だ、腹部を貫通してもおかしくは――

「――ああ、模擬戦ですものね。私だって百の影槍の先端を丸めていたじゃあないですか」

「あはは、そのままの威力でやったら洒落になりませんよ。使い魔さんを抜いた時点で魔力を爆発させました」

ネギの姿を見れば百の影槍が結構当たっていたようで、見える範囲で肌の色が所々紫色になっていた。

だが痛みにひるむことなく突っ込んできたために勝利する事が出来たのだ。

「……私の負けですわ」

「フォフォフォ、それでは勝者はネギ君じゃな」

うおぉぉぉぉぉぉぉ!という周囲の歓声の中、両手を上げて降参のポーズ。

正面からの殴り合いで負けた様なものだ、何処からどう見ても決着がついてしまっている。

高音は悔しさと清々しさからふぅと息を吐いた。

だがそんな高音の姿を見た妹分の愛衣は、血相を変えて高音に向かって叫ぶ。

「ああ!? 駄目ですよお姉さま、力を抜いちゃ――」

「ふぇ?」

ポフンッ。

クッションにもたれかかったような音とともに、高音の服装が正に『影も形も無くなって』しまった。

影からできたドレス型の鎧である黒衣の夜想曲。

かなりの防御力を誇るこの魔法なのだが、欠点は魔力が霧散すると消失してしまう事。

さらに肌に密着する方が防御力が上がるという謎な特性もあって、高音がこれを使うときは大体影の中で服を脱いでから纏う。

つまる所どういう事かと言えば。

「み、見てませんから!」

一糸まとわぬ姿でその場に放り出されたという事だ。

「い……いやあァァァァァァ!?」

「ぺぽっ!?」

余りの恥ずかしさにとりあえず眼の前のネギを張り倒し、その場から逃走する高音。

慌てて追いかける愛衣を横目で見やりながら、女性である故にその様子を最初から最後まで見ていた萌は呟く。

「……なんですかね、この決着」

決着後にダウンさせられた勝者を見れば、そりゃそう思うってもんである。
















「えー、ハプニングもあった――いや、無かったから次に行こうかの」

「くすん……くすん……」

「泣かないで下さいよ、お姉さまー」

「……あー、なんじゃ。触れないであげる事!」

観客の輪から若干離れた位置で、ジャージに身を包みすすり泣く高音の姿が余りに可哀そうだったのか、学園長にしては珍しくフォローに入った。

誰だって裸を見られれば恥ずかしいのは分かる。なら魔法で武装解除する奴らは何なんだという話にもなるけど。

ともかく次の模擬戦は承太郎VS瀬流彦。

……うむ、勝てるビジョンが一切浮かばない。それは周囲の魔法使いたちどころか瀬流彦自身も感じている。

どうしてこういうときだけ運が良い――この場合は悪い――のだろうかと瀬流彦は思う。

こういう役回りはどちらかというとガンドルフィーニ先生なんじゃないか、とも。

「開始合図は先程と同じじゃ。良い戦いを期待しておるぞい」

先程の焼き増しのように学園長が右手を天に掲げる。

振り下ろされれば始まるはずなのだが、振り下ろされた瞬間に終わる気がしてならない。



MAKE UP MIND



「……お手柔らかに頼みます」

「……いや、面倒になってきたから速攻で終わらせてもらう。舌を噛まないでくれよ?」

「ちょっとォッ!? いや僕、戦闘は苦手で――」

「始めッ!!」



FIGHT



瀬流彦が悲痛な叫びを発するが、学園長は無慈悲にも戦いの合図をする。

ネギの戦い方も楽しみだったのだが、それと同等、人によってはそれ以上に承太郎の戦いには興味があったのだ。

麻帆良最強である学園長があれだけ戦いたくないと言っていたのだ、否応なくハイレベルな戦いになるのは間違いなかった。

とりあえず始まってしまったものはしょうがないので、瀬流彦は自分の周りをガチガチに防御魔法で固める。

その強度と言えば、まともにやり合えばスタープラチナのパンチを一回は防げる――でも一発、されど一発――という代物だ。

だが、承太郎はそんな事を気にしない。

「『――――』」

小声で承太郎は何かを呟く。



それでお仕舞い。



パリンというガラスが砕ける音とドサリという重いものが倒れ込む音が同時に鳴り渡る。

「「「「「――ッ!?」」」」」

と同時に瀬流彦が一切の声を発せずに倒れ込む。

承太郎はその場に悠然と立ったままだ、まるで麻帆良大橋の一件の再演のように。

魔法使い全員が、間違いなくその瞬間を見ていたというのに『見えていなかった』。

「ヒヒヒヒッ。マジで全力かよ、承太郎?」

「わたしの能力が気になるようなのでな、大人げないが全力で行かせてもらった」

模擬戦だから気絶させただけだがなと、ホル・ホースの笑いに承太郎は生真面目に返す。

瀬流彦を助け起こそうとする魔法使いがまるで見えていないかのようだ。

というよりも『全く問題にしていない』。

何せこの程度の不可思議、スタンド使いにとっては日常茶飯事であるからだ。

相手の存在に気付いた時点で決着がつくというのは珍しく無い。

まあとは言っても、オインゴとボインゴは能力自体は知っているけれど、改めてヤバさを認識したために引きつった笑いをしていたが。

味方になってよかった、と。








こうして一波乱起きた顔見せと模擬戦は幕を閉じた。

この出来事が後にどう響くのか、まだ分からない。

ただ、明々後日からの修学旅行に大きく響くのだけは確定だろう。








ネギ・スプリングフィールド――麻帆良で恐らく初めての勝利。
                  怪我は十数か所の打撲だったが、回復が得意な魔法先生によって治療済み。

空条承太郎――圧倒的勝利。
          力の程を見せつけたが、能力についての情報は全くくれてやらなかった。

高音・D・グッドマン――努力の差によって敗北。
              この模擬戦が脱げ女伝説の先駆けとなった。

瀬流彦――何をするでもなく敗北。
       気付いたらベッドの上だったためにひどく驚いた。

多数の魔法使い達――若き英雄の卵と吸血鬼殺しの英雄の力をまざまざと見せつけられ、テンションが上がる。
              当面の目標は承太郎の能力を暴くことらしい。



┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/  



後書き:
就活ェ……。

それはさておき、タイトルの通り『手合わせ願おうか』という回。

ネギが強化されているというのにイマイチ強い印象が無かったから、高音さんとぶつけてみました。

承太郎は力の差を見せつけるために瀬流彦とぶつけましたが、ガンドルフィーニでもよかったかも。

まあ噛ませ=作者が好きなキャラ=強化フラグなので良いんですけど。

次回は街へ出かける話ですが、原作と大幅に違う予定です。



[19077] 補習7回目 My Sweet Passion
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2011/02/13 11:13
4月21日土曜日。

流行を年中無休で発信している街、原宿。

普段いる麻帆良からだと若干遠いために頻繁には来る気にならないのだが、様々な種類の商品を買うというのならこちらの方が良い。

百貨店でもハンズでも何でも有るので、服でも雑貨品でも何でもござれだ。

そんな若者の街に、若者にも程があるだろうという2人がいた。

「わぁー! 麻帆良も凄いと思いましたけど、都心に近いともっとすごいんですねー!」

パーカーとジーンズを着た赤毛の少年が、イギリス人であると見た目以外で分からないくらい日本語を上手く使ってはしゃいでいる。

そんな微笑ましい少年は勿論ネギ・スプリングフィールド、10歳。

もともとイギリスではウェールズの片田舎に住んでいたからか、こういう騒がしく近代的な場所が物珍しい様である。

「あ……あんまりはしゃぐと他の人にぶつかっちゃいますよー」

ネギの隣で歩く、前髪で目元を隠した大人しそうな少女は、ワンピースにロングカーディガンを着ていた。

周りをきょろきょろ見ながらはしゃぐネギに小声で注意するが、持ち前の身体能力で人混みをスイスイ避ける姿を見てほっと胸をなでおろす。

内気そうな少女は宮崎のどか、14歳。

男性恐怖症のためにネギ赴任当初はまともに話す機会が少なかった彼女だが、こうしてネギと共に買い物に来ているという事は、多少なりとも恐怖を克服できたのだろうか。

いや、そもそも何故この2人が原宿に来ているのだろうか?

結論から言えばネギは単純に買い物、のどかは片思い中の相手であるネギとデート(のつもり)だ。

どうしてこうなったのか、少しだけ時間を巻き戻してみる事にしよう。
















「のどか、ネギ先生の付添に立候補するです」

前日である4月20日金曜日、帰りのHRが終わった後の教室。

週明けの準備のために早々にクラスメイトが帰る中、教室に居るのはのどかと夕映、そして教師2人だけだ。

残る理由も特にないため、机の中の本を仕舞いながらのどかが帰ろうとしていたのだが、親友である夕映からいきなりそんな言葉をかけられた。

いきなりそんな事を言われても返せる言葉は決まっており、「え?」と疑問符を返すことしかできなかったのは仕方のない事だろう。

そんな自分の親友を見てやれやれと嘆息する夕映は、矢継ぎ早に言葉を続ける。

「今さっきネギ先生がこのかさんに明日買い物に行くからと付き添いを頼んでいたんですが、このかさんには用事があったらしく断りました。
これはのどかにとっては願ってもないチャンスなのですよ?」

「えっと……何が?」

いまいち何を言いたいのかが分からないのどかはただただ首をかしげる。

ただしネギの話題が出たためか、目線はちらちらと教卓の近くに居るネギの方に向いているが。

そんな奥手も奥手な親友の姿に再度嘆息。ここまで言えば分かるだろうとでも言いたげである。

「だから、『付添なら自分が行きます』とでも言えば良いんですってば。
男女が一緒に買い物とか普通にデートですよ、デート。のどかはネギ先生の事がすk――」

「わー!?」

慌てて夕映の口を塞ぐのどか。口どころか鼻まで塞いでいるために若干苦しそうである。

まあすぐに手を離したので大事には至らなかったが。至ったら至ったでヤバいし。

ちなみにこのやり取りは全て小声なので、ネギと承太郎に聞かれる心配は無い。

傍から見ればじゃれ合っているようにしか見えない。

「で、でも私なんかじゃ無理だよー」

「何を言ってるですか! 男性恐怖症も殆ど治ってきているのですから、ここで他者からリードしなくてどうするんです!」

「だって空条先生が近くにいるんだもん……先生のおかげで男性恐怖症がましになったけど……」

そう、のどかは男性恐怖症を克服する一歩手前まで来ている。

理由というのがまたアレなのだが、簡単に言えば『承太郎より怖い男性はいない』と思い始めたからである。

例えば猫嫌いな者が居たとして、ライオンと暮らすか子猫と暮らすかと問われれば断然後者を選ぶ。

これを人間に当てはめれば分かるだろう。

正直言えば、承太郎よりも顔や雰囲気が怖い人間はいないだろう。

ヤクザや不良に慣れているような警察官ですら気圧されるくらいのレベルなのだから。

という訳で今のところ承太郎以外の男性には何とか対応できるようにはなっている。

逆に承太郎が近くに居ると何時も通りになってしまうという事だ。

それに加えて絶賛片思い中のネギにデートの取り付けみたいな事をするのだ、委縮するなと言っても酷である。

「でもそうでもしなきゃネギ先生が誰かに取られちゃうです。結構人気が高いんですから……」

「ううー……」

ネギの人気はこれまた承太郎との比較のせいで高い。

いや、承太郎の人気も決して低くは無い、むしろ麻帆良全体でもかなりの上位に居る。

ただし、それを踏まえたうえでもネギはぶっちぎりだ。

頭が良い、勇気がある、かっこいいし可愛い。こうまで要素が揃うと女子人気が上がらない方がおかしいのである。

3-Aだとそれが顕著で、明確なLoveで言えばのどかとあやか、Likeだとまき絵や鳴滝姉妹と言ったところか。

それに同居人の明日菜や木乃香、最近妙に一緒に居ることの多い古菲や楓、徐倫や千雨やさよも怪しい。

考えてみたらライバル候補が多い事に気付き、あわわわと声に出せない恥ずかしさや焦りが生まれてきた。

それに視界にはもうすぐ教室を出ていきそうなネギの姿。

更には夕映の「行ーけ、行ーけ……」という催眠術の様な言葉。

トドメはラブ臭を感知して音もなく、そして何処からともなく近づいてきたハルナの一言。

「早くしないといいんちょが嗅ぎつけて、ついてっちゃうんじゃないかなー♪」

ピシリとのどかに罅が入る。

先にも言ったがあやかはネギLoveである。そんな彼女にネギとの関係をリードされたら――

「あ、あの!?」

「うひゃあッ!? み、宮崎さん?」

そう考えた瞬間、残像すら残せそうな勢いでのどかはネギへと肉薄した。

そしてのどかは。

「あの、お買い物の付き添い、私でよければ!」

普段からは考えられないくらいの声量で約束を取り付けたのだった。








補習7回目 My Sweet Passion








(うう……勢いで一緒に買い物に来たものの、全然まともに話せないよー)

隣には大好きなネギが居るため、テンションやら動悸が上がりっぱなしなのどか。

それに比例して緊張が上昇しているせいで、元来の奥手具合のためにまともな会話が交わせない。

ネギから何か話題を振ってくるか、ネギの行動で危なっかしい所があったりすると言葉を発する事が出来るのだが、それ以外では会話が途切れ途切れになってしまっていた。

(ま、これでもいいのかな。一緒に居られるだけでも幸せだし)

それでも大好きな人と共に居られるだけで幸せを感じていた。

そこで満足しちゃって進展しないのが彼女らしい所だろう。

……ひと山越えれば猛烈アタックを仕掛けそうな予感が何故かしてくるが。大人しい子ほど一皮むけると凄いもんである。

とここで、幸せに浸っていたのどかの手をネギがそっと掴む。

「ふぇっ!?」

「あっ、驚かせちゃいましたか? ちょっと人が多くなってきて、背が小さい僕だとはぐれちゃいそうで……」

手から伝わる温もりにドキドキしながら周りを見れば、確かに人通りが土曜日の割には多い様だ。

この人ごみでは小柄なネギだけでなく、のどかですらも簡単にはぐれてしまえそうである。

だからネギは、のどかを上目づかいで――背が低いから当たり前なのだが――見つめて、こう一言。

「あの……危ないので手をつないでも良いですか?」

ドッギャアァァ――――z______ン!

そんな効果音を発生させながらのどかの心に電流が走る。

年下のかっこいい男の子+好きな相手+不安そうな小動物的上目づかい=超破壊力。

仮にこの場に居たのがあやかだった場合、彼女は鼻血を噴出させて死んでいたかもしれない威力だった。

「本望ですわ……」とか辞世の句で残しながら、安らかな顔で眠りに着く光景がありありと浮かぶようだ。

ともあれのどかへのダメージ結果。

鼻血こそ出ないものの、今にも頭が爆発しそうな勢いで真っ赤になってしまっていた。熟れたトマトもかくやという勢いである。

何かしらの衝撃がもう一度加えられれば本当に爆発してしまうように思える。

のどかは以前超に教わった方法で必死に頭を冷やそうとするが、ネギに手を握られた状態ではどうやっても下げられる訳が無い。

このままでは自分でもネギに何をしでかしてしまうか分からなくなってしまっていた。

そんな微妙に不穏な空気を感じ取ったのか、ネギが心配になってのどかの顔を覗き見ようとする。

目線が隠れているだけでも人の表情の機微は分かり辛いため、ネギの取ろうとした行動は仕方のない行動だと言えるだろう。

だが今ののどかには刺激が強すぎた。

「あのー、大丈夫ですか宮崎さん?」

本当に心配しているために憂いを帯びた表情のネギ。

そんな顔を至近距離で見させられれば否応なくテンションが上がってしまう。

石油タンクに火炎放射をぶちかます勢いで恋心が大炎上だ。

「あ、あのその、大丈夫というか大丈夫じゃないというか……あわわわわわわわわわ!」

「うわあァァァァァァ!?」

もうどうにも制御が利かなくなったのどかは、ネギの手をがっしりと掴みながら井の頭通りを爆走するのだった。
















「……ねえ、これってさ……」

「いやー、間違いないよね。何処からどう見ても、ねえ?」

「デートだよね、アレ」

そんなネギとのどかの様子を、少し離れた場所からキワ物クレープ片手に見つめる目が三対。

キャップをかぶった長い髪の者、かたや一瞬男子にも見える程ボーイッシュな者、かたや癖っ毛をクリップやゴムでまとめた者。

それぞれの人物の名前は柿崎美砂、釘宮円、椎名桜子。

麻帆良学園女子中等部3-A所属の、クラスメイトからはチアリーディング三人娘と一括りにされる事が多い者たちである。

何故ここに居るかと言えば、彼女たちは週明けからの修学旅行に必要になるだろう洋服や小物類を買いに、久しぶりに麻帆良から出てショッピングに来ていたためである。

いくら麻帆良市内でも生活に必要な大体の物が揃うとは言っても、やはり年頃の女の子にしてみたら麻帆良は狭いのだろう。

それに流行の服を買うのなら原宿や渋谷周辺が良い。

そう思って麻帆良から出てきて、少しだけ本来の目的を忘れながらプラプラしていたら。

「まさかあんな光景を見つけちゃうとはねー」

初々しいカップルに見えなくもないネギとのどかの姿を見かけたという訳だった。

実はこの状況は3-A関係者からすれば、自他共に認めるパパラッチである朝倉和美にばれる並にヤバい状況である。

何故なら彼女らは良くも悪くも『3-Aの生徒』だからだ。

お祭り騒ぎがあれば更に騒ぎ立たせ、騒ぎが無くても騒ぎ立てる。

つまるところ、こんな『美味しそうな状況』を三人の心の内に仕舞いこむ事なんて出来はしないという事だ。

「で、でもネギ君10歳だし、ちょっと兄妹感覚で買い物に来ただけじゃないの?」

「それでわざわざ原宿まで出てくるー?」

「ってことは私ら、結構な地雷踏みそうになってるかもねー」

「でも踏みたくなってくるから困る」

「爆死したいの!?」

だが騒ぎ立てたくても、下手をすればネギが麻帆良に居られなくなるような案件は流石に回避したいようだ。

先生と生徒の禁断の関係。

ドラマで見るだけならば良いけれども、現実で見てしまうと結構焦る。

まあそれでも見なかった事にしないのが流石と言えば流石なのだが、悪い意味で。

「とりあえず保護者のアスナかこのかに連絡してみる? なんかお宅のお子さんが面白い事になってますよ、って」

美砂がすぐさま携帯電話を取り出し、アドレス帳から明日菜と木乃香の欄にカーソルを移動させながら言った。

そんな様子を見て円と桜子は戦々恐々だ。

「いやいやいや!? 下手に情報が広まったらヤバいっしょ!
先生が生徒に手を出したなんて他の先生やPTAにばれたら、ネギ君がクビだよクビー!」

「とにかくいいんちょに情報が行かないようにねー!」

それでも強くは止めないあたりが彼女らたる所以だろう。

結局、一番保護者らしい明日菜に電話することにした。








『んー、別に良いんじゃないの? それ言っちゃったら、今の私の恋心完全否定だしねー』

電話越しに明日菜はそう言った。

もうお昼近くなのに眠たそうな声なのだが、どうやら休日は新聞配達が無いためにだらだらと過ごしているようだ。

寝起き+割と自分にとってはどうでもいい事柄=片手間。

自らのタカミチへの恋心もあるためか、ネギとのどかが仮にそういう関係だとしても別に良いんじゃないの、という肯定派らしい。

「ちょ、それでいいのか保護者!?」

『誰が保護者よ、誰が! どっちかと言えば空条先生でしょ、保護者なら』

「だって同室なら色々知ってるかと思ってさー」

「それに空条先生だと洒落になりそうになかったからね。というか連絡先知らないし」

『えーと……今日の事に関しては単純に『宮崎さんと買い物に行ってきます』とか言ってただけよ?
あと誤解してるかもしれないけど、空条先生なら大丈夫じゃないかなー』

「? 何で?」

『だってさー……』

心底今の姿とイメージが違うわとでも言いたいかのように、電話の向こうから深いため息。

『『ばれなければイカサマじゃない』とか言っちゃうんだよ? 空条先生って。それと元不良だからさ』

「「「えぇー……」」」

強面副担任の意外な面と過去を思わぬ所で知って、三人娘はげんなりとした表情を見せた。

朝倉が早々に承太郎への突撃取材を身の危険を感じて切ったので、承太郎の過去は近しい生徒しか知らない。

だからこそこの話題は三人には新鮮だった。

「えーっと、マジで?」

『大マジよ。何でも、高校生時代に日常的に飲酒と喫煙やらかしたらしいし。あと喧嘩で警察にご厄介になったりとか』

「おお!? 思った以上にはっちゃけてたんだね、空条先生」

『なんなら色々教えよっか? 徐倫ちゃんから又聞きした話も結構あるけど』

「聞きたい聞きたい! ねぇねぇ、他には一体どんな話が――」

真面目そうな承太郎のはじけていた時代の話を聞きたいと、美砂や桜子がヒートアップする中。

三人娘の中でもかなり冷静だった円が、ぽつりと漏らした。

「あれ? ネギ先生と本屋ちゃんは?」

「「あ」」

元々の話題だった二人は、とっくのとうに視界から消えていた。
















夕暮れ時、代々木公園。

のどか大暴走は実はすぐに収まっており、あの後は普通にハンズや百貨店で買い物をしていた。

時には洋服、時にはアンティーク、時にはスポーツ用品を見ながら原宿を回る二人。

そうして目的のものを買い終え、歩き疲れたために代々木公園に休憩に来ていた。

二人の手には買い物袋と炭酸飲料。冷えた缶の感触が、歩き疲れて温かくなった体に丁度いい。

「いやー、今日は東京が見れて楽しかったです」

「ふふ、でも疲れちゃいましたね。先生もふらふらしちゃってますし、ここに座りましょうか」

「そうですねー」

長い階段の途中に腰掛け、荷物を傍らに置いてふうと一息。

口に炭酸飲料を含むと甘さと刺激が押し寄せて、疲れた体に活力を分け与えてくれるように感じた。

オレンジ色に輝く夕日を背に受けながら、二人は都会の喧騒から遠く、まったりとした時間を過ごす。

「それにしても宮崎さんが居てくれて良かったです。僕だけじゃあんなに良い誕生日プレゼントを用意できなかったですし」

「私はお店を幾つか教えただけですけどね。色々と先生が見定めた結果があのプレゼントですよ」

ネギが麻帆良から出て買い物に出たかった理由は、今日が誕生日である明日菜にプレゼントを買うためだ。

麻帆良だとニアミスしてしまって驚かせられなくなる危険があったため、わざわざ東京まで出て来ていたのである。

それが好転してのどかのデートに繋がったのだから、人生とは分からないものだ。

肝心の相手はデートなどと欠片も思っていないのが悲しいことだが。

そんなニブチン――子供にそこまで期待するのは酷だ――なネギは素直に、買い物に付き合ってくれたお礼を言う。

「それでも見つけられた切欠は宮崎さんのおかげですから」

「あ、ありがとうございます」

「そうだ、宮崎さんもこの後のアスナさんの誕生日会に来ませんか?
アスナさんたちの部屋で、少しだけ豪華な料理とケーキを食べようと思ってるんです」

「ぜ、ぜひ行かせて下ふぁい!」

壮絶に噛んだ。

どうやらこの一日で何度も会話を交わしたので、のどかもある程度はまともに喋れるようにはなったらしい。

それでも目は合わせられないし、噛んだりするけれど。

そうして会話しながらゆったりと時は流れ……。

「ふぁっ……」

「ひゃあっ!?」

コクリコクリと会話しながら船を漕いでいたネギが、不意にのどかの方へと寄りかかるように倒れ込む。

はしゃぎ疲れた事によって眠気が来て、どうにも我慢できなくなってしまったらしい。

ネギはのどかの腕に寄りかかるように眠ってしまったのだが、首の位置関係で寝苦しそうなので、寝る体勢を変えてあげる。

「べ、別にここここここここれくらいなら、いいいいいいよね」

恥ずかしいけれどこれも役得と思い、勇気を振り絞って膝枕へと移行させた。

固めの髪質と頭の重さがスカートの上から感じられるが、それ以上に穏やかな気持ちが湧き上がってくる。

そっとネギの頬を撫でると、くすぐったさか心地よさを感じたのか、眠りながらも微笑みを見せた。








「……本当に、こうしていると普通の子供みたいですね」

自らの膝の上で眠る担任の頭を手で撫でながら、独白のようにのどかは言葉を紡ぐ。

ネギは眠っているし、周りには人が居ないため、普段よりもずっと素直になっているのだろう。

「私って、ほんの少し前までは全ての男の人が怖かったんです。
タカミチ先生ですら怖かったのに、それ以上に怖い空条先生が来て、好きな本の作者さんだとしても怖くて。
可愛いって皆がネギ先生の事を言っていても、私はどうしても怖いとしか感じられなかった」

老若問わず、男性というものが怖かった。

切欠は全く分からない、というより覚えていない。物心ついた時点で男性が怖かったようだったと思いだす。

今まで唯一と言っていい程に大丈夫だったのは父親くらいだろうか。

「でもネギ先生と空条先生にあの日助けられて、それから少しずつ変わる事が出来たんですよ?」

脳裏に浮かぶのは多くの本を抱えた自分の姿と浮遊感、そしてそのあとすぐに感じた自分を抱きしめる力強い感触。

一瞬だけ気を失ったものの、すぐに目を覚ましたその眼前に居たのは、小さくても力強い雰囲気を持ったネギの姿と、悠然と立つ承太郎。

突然に目の前に男性が居たせいで、その場ではすぐに逃げてしまったけれど。

でもこの時から、なんとか慣れて行かないと駄目だと思い始めたのだ。

「今まではゆえやパルがフォローしてくれたおかげで外出しても大丈夫だったんです。
でも、私がネギ先生や空条先生にお礼を言いに行くのに付き合ってもらうのは、なんか違うんじゃないかな、って」

結局その日の歓迎会でプレゼントを渡す時にお礼を言えたものの、やはりこのままじゃいけないという気持ちが強かった。

だからせめてネギと承太郎に慣れられるよう、意識して授業を受けていたのだ。

「頼りなさそうでもしっかりと皆を見てくれているネギ先生。怖そうに見えて実はとっても優しい空条先生。
お二人を見ていたり、何気ない会話で触れ合って行くうちに、自然と男性恐怖症が改善されていって……」

少し空を見上げて。

「……何時の間にか、好きになっちゃってたんです」

そう本心を告げた。

夕焼けで分かり辛いが、やはりというか顔が真っ赤である。

通りすがりの誰かやネギ自身に聞かれていたらどうしようという気持ちもあったため、昼頃の暴走時よりも三割増しで赤い。

「ネギ先生は多分、私が見てきた人たち中でも一番の努力家さんなんですよね。
私たちに分かりやすいように授業を作ってくださっていますし、コミュニケーションもしっかり取ろうとしてくださいます。
くーふぇちゃんたちと格闘技でもしているのか、たまに手とかに傷があったりしますし、そういう方面でも頑張れるってすごいです」

流石に承太郎は歳が離れ過ぎているし、何よりも好きな本の作者だということでそういった目で見る事は出来なかったけど。

歳がそれなりに近くて、私よりも小さいのに頑張っている先生であるネギの事を。

宮崎のどかは、何時からか好きになってしまっていた。

「切欠は助けて下さった一件かもしれないけど、好きになった過程は自分でも分からないんです。
ネギ先生の事を見ていて、ネギ先生の頑張り方を少しでも真似できるように参考にして。
そうこうしている内に、そういった事無しでも、自然に目で追うようになっちゃって……」

だから、これが恋という感情だって気付くのに時間がかかってしまった。

何せ男性恐怖症が長かったために、こういう感情を感じたのが初めてだったのだ。

『初恋』だったのだ。

「……本当はいけない事なんだとは分かっています。先生と生徒の恋なんて、小説みたいに上手くいくとは思いませんから」

文学作品でそれなりに数のある先生と生徒の『禁断の恋』。

結末は大抵が理想論だらけのハッピーエンドか、現実を思い知らされるようなバッドエンドの二極しかない。

でも、だからと言って諦められるほどには弱くは無いのだ。

何故ならのどかは、ほんの少しだけでも『成長できた』のだから。

「私の『初恋』、まだこの先どうしようか迷っていますけど、いつか絶対に伝えたいと思います」

今度はネギ先生の真正面から、正々堂々と。

恋する乙女はそう宣言した。

他の誰でも無い、自分自身に。








……未だのどかは知る由もないが、その機会は案外すぐにやってくる。

数日後、彼女は一世一代の賭けへと出る事になるのだった。
























「……どうやらのどかは大丈夫そうですね」

「それにしても、ちょーっと過保護が過ぎるんじゃないの?」

「それぐらいしなきゃ、のどかの恋は成就しないのです」

「まーね。でもま、ああまで言ったんだから、良いシチュエーションさえあれば勝手に告白するかもね」

「そうなるように仕組んだんですから、むしろそうなってもらわないと困るです」

ネギとのどかの丁度死角になる茂みに、夕映とハルナがこそこそ隠れていた。

どうしてそんな所に居るかと言えば、焚き付けた親友の行動がダメダメそうならフォローに入ろうと、一日中後をつけていたのだ。

ぶっちゃければ出歯亀以外の何者でもない。

「さーてと、後はチアリーディング三人娘をどうにかしないと」

「ただのデートじゃなく、アスナさんへの誕生日プレゼントを見繕っていたと、偶然を装って接近したうえで伝えないといけませんね」

「じゃなきゃ『誤解しっぱなし』だもんねー」

ハルナが邪悪な笑みを浮かべてそう言った。

そう、あくまでも『先生と生徒がデートしている』という事実は隠蔽しなくてはならない。

理由は言わずもがな。

だからこそ自分たち以外の情報を持っている人物の認識を覆させなければならないのだ。

このまま『デートしていた』と認識されたままでは、絶対に不味い事態に噂が進むのは目に見えている。

そういった意味から言えば、この出歯亀は最高に都合が良かったと言える。

……夕映たちが自分を正当化しようとしているようにも見えるけども。

「それじゃあ、美砂さんに電話しましょうか」

「そうだね。原宿に明日菜の誕生日プレゼントを買いに来てたら、のどかとネギ先生がはぐれちゃってさーとか言ってみるといいかも。
後はそっちの姿を見かけたから、もし良ければ合流しないか、とか付け加えてさ」

「サンキューです、パル」

「いえいえー」

そうして二人は根回しに精を出すのだった。








余談。

明日菜の誕生日パーティには、当初予定していなかったのどか、夕映、ハルナ、三人娘、そしてあやかが飛び入り参加した。

部屋が狭苦しい事になったが、明日菜は嬉しさのあまり半泣きで笑ったという。








ネギ・スプリングフィールド――買い物に出かけて、明日菜のためにオルゴールを買った。

宮崎のどか――デートに出かけて、明日菜へのプレゼントとして簡単な内容の文学本を買った。

柿崎美砂
釘宮円
椎名桜子――修学旅行のための買い物に来たはずが、なんやかんやで明日菜へのプレゼントを買う事に。

綾瀬夕映
早乙女ハルナ――友人のフォローのために出かけ、アリバイ作りのためにプレゼントを買った。




┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/



後書き:
何時もに比べれば短いですが、買い物話更新しました。

この作品では目に見えてフラグを立てていないのどかを、修学旅行編で活躍させるための踏切り板的な回ですね。

作者はネギ×のどか派なので、書いてて物凄く楽しかったです。

次回から本編再開します。



[19077] ここまでの時系列
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2011/02/13 13:46
この作品の時系列。

ネギま原作側は4年間ずれているので注意して下さい。

また、各部は以下の通り。

・第1部 『素晴らしきこの世界』 (1~22時間目)

・第2部 『盤上の神』 (22~35時間目)

・第3部 ??? (京都修学旅行編)

・第4部 ??? (ヘルマン編)

・第5部 ??? (文化祭編)








・1400年頃
日時不明       エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、10歳の誕生日に吸血鬼にされる



・1890年頃
日時不明       麻帆良学園設立



・1940年頃
日時不明       相坂さよ、台風の影響で飛んできた瓦礫によって死亡



・1965年
日時不明       ホル・ホース、誕生
12月頃        ジャン=ピエール・ポルナレフ、誕生



・1971年
2月頃         空条承太郎、誕生
8月頃         花京院典明、誕生
日時不明       オインゴ、誕生



・1979年
5月以前        岸辺露伴、誕生

・1980年
日時不明       ボインゴ、誕生



・1988年
11月頃        空条承太郎、スタープラチナ発現 (ジョジョ第3部開始)
11月28日      杜王町で記録的な大雪、東方仗助が高熱で運ばれる

・1989年
1月16日       DIOとの戦いに決着 (ジョジョ第3部終了)
2月頃         ホル・ホース、オインゴボインゴ兄弟、ケニー・G、カメオの5人、SW財団に雇われる
4月頃         ボインゴ、麻帆良学園に入学



・1992年
日時多数       3-Aの面々、この年の中で誕生
日時不明       エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、ナギに『登校地獄』の呪いをかけられる

・1993年
日時多数       3-Aの面々、この年の中で誕生

・1994年
4月6日        サーティ、誕生 (AI止ま本編開始)



・1997年
3月頃         世界最悪のネットワーククライシス (AI止ま本編終了)
日時不明       ナギ・スプリングフィールド、トルコのイスタンブールで行方不明になる

・1998年
日時不明       ホル・ホースチーム、魔法の存在を教えられる
日時不明       ネギ・スプリングフィールド、誕生

・1999年
4月頃         空条承太郎、東方仗助に出会う (ジョジョ第4部開始)
7月頃         東方仗助、吉良吉影との戦いに決着 (ジョジョ第4部終了)

・2000年
冬頃          ネギ・スプリングフィールド、村が襲われた所を『両親』に助けられ、杖を託される

・2001年
3月29日       ジョルノ・ジョバァーナ、ブチャラティと出会う (ジョジョ第5部開始)
4月6日        ジョルノ・ジョバァーナ、ディアボロをG・E・レクイエムで倒す (ジョジョ第5部終了)
日時不明       岸辺露伴、麻帆良に取材旅行に来る

・2002年
日時不明       アルベール・カモミール、罠にかかっていた所をネギに助けられる

・2003年
4月以降        ボインゴ、麻帆良学園の教師になる

・2004年
夏季期間       空条承太郎、ジョルノとの接触、ポルナレフとの再会 (断章:Missing Link②)
日時不明       ホル・ホースチーム、NGO団体『四音階の組み鈴』の救出活動をする
上記以降       ホル・ホース、オインゴ、麻帆良へ事務員として着任



・2006年
11月頃        空条承太郎、SW財団から奇妙な依頼を受ける (序章、プロローグ:始まりの引力、奇妙な依頼)

・2007年
2月3日(土)     空条承太郎、麻帆良に到着 (1時間目:空条承太郎!協力者に会う)
同日          空条承太郎、近衛近右衛門と出会う (2時間目:学園長に会いに行こう)

2月5日(月)     空条承太郎、ネギ・スプリングフィールド、神楽坂明日菜の3人が協力関係になる (3~7時間目:魔法先生とスタンド先生!)
2月6日(火)     空条承太郎、相坂さよを認識 (8時間目:暗闇の迷宮①)
2月7日(水)     空条承太郎の導きにより、相坂さよが一時的に成仏する (9時間目:暗闇の迷宮②)
2月8日(木)     相坂さよ、スタンド能力により復活

この期間中      岸辺露伴、『六壁坂』の妖怪の取材に出かける

2月14日(水)    相坂さよ、空輸開始
2月15日(木)    相坂さよ、岸辺露伴の破産をSW財団出資でチャラにする代わりに『イタリア語が話せるようになる』と書き込んでもらう
2月16日(金)    相坂さよ、ジョルノ・ジョバァーナの手によって新しい体を手に入れる (補習1回目:New Power Soul)

2月19日(月)    相坂さよ、イタリアから日本に帰国
2月20日(火)    空条徐倫、友達に愚痴をこぼす (10時間目:徐倫の新たな日常)
2月21日(水)    相坂さよ、復学する
2月22日(木)    長谷川千雨、承太郎やネギにスタンド使いである事がばれる (11~12時間目:長谷川千雨は普通に暮らしたい)

この期間中      空条承太郎、ネギとの会話で露伴を使えば誰でもスタンドが見えるようになるんじゃないかと推察(15時間目の回想シーン)

2月28日(水)    空条承太郎、ホル・ホースと侵入者を撃退する

3月2日(金)     空条承太郎、ネギ・スプリングフィールド、長瀬楓と古菲から招待状を渡される (13時間目:誇りと行進曲①)
3月3日(土)     空条承太郎、ネギ・スプリングフィールド、森の中で長瀬楓、古菲と模擬戦をする (14~16時間目:誇りと行進曲②~④)

3月12日(月)    ネギ・スプリングフィールド、学園長から課題を言い渡される
3月13日(火)    椎名桜子、トトカルチョ発券場で承太郎とネギに会う (補習2回目:Make or Break)

3月16日(金)    ネギ、明日菜、古菲、楓、まき絵、夕映、木乃香、徐倫の8名、図書館島へ潜入(17~18時間目:AWAKEN――目醒め)
3月17日(土)    上記8名、地底図書室に閉じ込められる (19時間目:世界からの解放――ストーン・フリー①)
3月18日(日)    上記8名、18時に地底図書室から脱出 (20~21時間目:世界からの解放――ストーン・フリー②、③)
3月19日(月)    麻帆良学園一斉期末試験 (22時間目:イッツ・ア・ワンダフル・ワールド)
3月20日(火)    期末試験結果発表と焼肉での打ち上げ (断章:Missing Link①)
3月21日(水)    ネギ・スプリングフィールド、空条徐倫、古菲と長瀬楓に弟子入り

3月30日(金)    ネギ・スプリングフィールド、平穏な一日を過ごす (補習3回目:Someday)

4月9日(月)     佐々木まき絵、桜通りでエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルに襲われる
4月10日(火)    ネギ・スプリングフィールド、空条徐倫、エヴァ&茶々丸と戦闘(23~26時間目:桜通りの吸血鬼)
4月11日(水)    ネギチーム、エヴァに対する事柄の話し合い (27時間目:作戦会議)
同日          絡繰茶々丸、葉加瀬聡美と超鈴音によって強化措置が取られる (補習4回目:What I’m made of...)
同日          アルベール・カモミール、ネギと合流 (28時間目:小さな来訪者)
4月12日(木)    カモによる仮契約の説明、そしてネギと明日菜の仮契約 (29時間目:仮契約)
4月13日(金)    ネギ、明日菜、カモ、茶々丸の偵察を行う
4月14日(土)    神楽坂明日菜、森の中で古菲達と特訓する

4月16日(月)    ネギ・スプリングフィールド、エヴァに果たし状を渡す (30~31時間目:英雄と悪者)
4月17日(火)    麻帆良学園都市全体がメンテナンスのために停電 (32時間目:それぞれの準備、それぞれの戦い)
同日          ネギ&明日菜、麻帆良大橋にてエヴァ&茶々丸と決闘 (33~34時間目:真夜中の闘劇)
4月18日(水)    承太郎、エヴァ、千雨、茶々丸の4名によるネタばらし (35時間目:たったひとつの冴えたやり方)
4月19日(木)    ネギ、承太郎が学園長から修学旅行についての説明を受ける (36時間目:京都、そして任務)
同日          龍宮真名、葛葉刀子とカフェで会話 (補習5回目:Kiss On My List)
4月20日(金)    麻帆良にいる魔法教師と魔法先生がネギに明かされる (補習6回目:Bout a Wish)
4月21日(土)    宮崎のどか、ネギと一緒に街へ出かける (補習7回目:My Sweet Passion)

4月23日(月)    修学旅行1日目




┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
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[19077] 36時間目 京都、そして任務
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2011/02/24 09:49
4月19日木曜日。

エヴァとコーヒーを嗜んだ次の日であり、ネギと承太郎が他の魔法関係者を紹介されるよりも一日早い日であり、同じ時間には何処ぞのスナイパーがチャンバラ女教師と苦かったり甘かったりする恋バナを交わす日である。

この日ネギと承太郎は例によって例の如く、学園長に呼び出されていた。

一昨日の決闘に関してまた話があるのかとも思ったが、その考えはすぐに訂正される事になる。








「おお、待っとったぞ。なに、すぐに終わる話だから楽にしなさい」

相も変わらず綺麗に整えられている学園長室の机に着きながら、学園長は来客用のソファーを勧める。

特に断る理由も無いのでネギと承太郎はソファーに座る事にする。

適度な硬さと柔らかさを背中と臀部で感じながら、今度はどんな厄介事が舞い込むのか思案を巡らせていた。

まあどれだけ思案を巡らせたところで、この学園長の考えている事は中々読めないのだが。

流石にトップに立つだけあって色々と狸だ。

「それで今日はどのような用件で?」

「フォフォ、空条先生は何となくわかっておるのではないかの」

「ええ、何となくは。『厄介事』ですね」

「ま、またですか……」

もう厄介事はお腹いっぱいだ。そういったニュアンスを含ませてネギが呆れた様な声を出す。

それを受ける学園長は何時も通りのバルタン笑いで受け流す。

厄介事の数を気にしたのなんて、恐らく数十年前くらいなのだろう。達観とも諦めとも言う。

「今回ばかりは仕方ないんじゃ。このままじゃと来週からの京都修学旅行を中止せざるを得なくなってしまうのでの」

「ええー!? 京都は僕も少なからず楽しみだったのにー!」

「……理由は?」

ネギは外国人らしく京都に興味があったのか、まるでこの世の終わりに直面したかのように大袈裟なリアクションで落ち込む。

対して承太郎は、どうして『京都のみが駄目なのか』という部分に突っ込みを入れる。

学園長はあくまでも『京都修学旅行を』と言った。

つまり京都の方に何か問題がある、もしくは自分たちが京都に行くと何か不都合があるということだ。

「せっかく勿体ぶった言い方したのに、空条先生はちゃんと気付くから面白くないのー」

「…………」

無言でスタープラチナを出し、上着の内ポケットに入れてあるベアリング弾を指に構えさせる。

狙いは瓢箪頭のど真ん中、心中線の延長線上だ。

親指を少しだけパチンッとすれば、耳の欠けた鼠のように脳が頭蓋から解き放たれて撒き散らされる事になるだろう。

そうして承太郎は狙いを定め――

「ストップ、ストォォォォォップ! 冗談じゃから! マジ冗談じゃから!」

学園長が宙に浮いたベアリング弾を見て何かを察したのか、学園長が慌てて取り繕う。

だが承太郎はその後にボソリと言った「半分くらいは……」という言葉を聞き逃してはいない。

まあ突っ込んだ所でまたお茶らけるに決まっているので、眉間を揉みながら聞かなかった事にする。

承太郎は無駄な事は無駄だからしないのだ。無駄無駄。








36時間目 京都、そして任務








「関西呪術協会?」

「そうじゃ。まあ呪術と言ってもブードゥーの様な過激さは無いから安心せい。
呪い(のろい)ではなく呪い(まじない)の方がメインで、世界に知られている技術だと『風水』などが代表的じゃな」

「でも同じ『裏』の仲間同士なのに、どうして……?」

「仲間、のう」

ハァーっと深いため息。

そういう風に考えてくれる者が多ければ、そもそもこんな事態には陥らなかったのだから、このため息も仕方ない。

いや、原因を作ったのは主にこちらなので、ため息を吐く資格も無いか。

「関西呪術協会はもともと日本にあった組織。対して関東魔法協会はせいぜいが江戸の終わりから明治にかけて入ってきた組織。
日本呪術協会だったものが、江戸から流入する魔法協会に押されて関西以西に追いやられた経緯があっての」

『関西呪術協会』。

日本に存在する魔的な者を打ち滅ぼし、時には使役して、代々この国を守ってきた組織。

風水や太陰対極図の方式を用いて京の都を碁盤目に整備させ、天皇の居る地を数多くの災厄から守ったのも彼らだ。

有名な術者の名を挙げれば、平安時代において最強の陰陽師として知られた安倍晴明ですら協会に居たという。

そんな歴史を持つ組織が、たった百年と少しでパワーバランスを崩されてしまった。

開国後に流入してきた魔法使い。

世界との交易拠点とされていた関東から徐々に勢力を伸ばし、今に至るという訳だ。

「日本人は古くからのしきたりを尊ぶ……反発は凄まじい物だっただろうな」

「その通りじゃよ、空条先生。文字通り、血で血を洗うような戦いが頻繁に起こっていたんじゃ」

というか今でも偶にあるわい、とりあえず流血沙汰は『基本』起きないがの。学園長はそう付け足した。

察するに、古くから所属する家系はさぞかしご立腹なのだろう。

承太郎的に言えば、ジョースター家を乗っ取ろうとしたDIO――若いころだからディオか――との関係の様な物である。

どれだけ致命的に相性が悪いか分かるだろう。

「それに加えて二十年前の魔法世界での大戦で関西にも被害が出ての。
『魔法使いなんかに関わらなければ』と思っている者はかなり居るのじゃよ」

「とばっちりを喰らったから腹いせに、という訳か」

「あれ? でもそれなら衝突が『偶に』の訳ないですよね」

「……ネギ君も面白くな――悪かったわい! 無言で杖を構えんでくれ!」

天丼として何回か被せないと面白くないのは分かるが、一度は命の危機だったというのに懲りない人だ。

それにしても学園長を殺すというビジョンが全く見えないため、関東最強は伊達では無いのだろう。

どこまでも底が知れない。

「簡単にそうまで鎮静化した理由を言えば、わしの娘を向こうの長と政略結婚させたからじゃ。
古くからのしきたりに拘る所を突かせてもらった形じゃが、娘は本気で向こうに惚れていたようでのー」

「……何と言うか、意外と壮絶ですね」

「当人たちが好き合っているのなら良いわい。
婿殿は結婚する前から平穏を望んでいたため、過激派が早期に収まることにも繋がったしの」

「ならば今回は、向こうの組織の管理から離れてしまった部分での厄介事か」

「理由の一つとしてはそれじゃな」

そろそろ本題をしっかり伝えるかの、と言いながら羊皮紙を広げる。

白紙の羊皮紙に学園長が手をかざせば、文字や京都の地図が浮かび上がってくる。

京都市内の一部には別色で囲まれたエリアがあり、恐らくはこのエリアが関西呪術協会の総本山なのだろう。

「京都修学旅行が中止になりそうな理由は、『ネギ先生の名前に難色を示した』事に端を発する。
戦争を止めた英雄の息子という事で、『戦争をもっと早く止めてくれればよかったのに』、『英雄の息子を殺せば魔法使いの奴らが意気消沈する』とか過激な事を考えおる輩が出てきそうになっているらしい。
過激派を抑えたい穏健派は、出来る事なら火種は来ないで欲しいと思った様じゃ」

「だが管理者レベルで噂が来ているなら、逆にそいつらを一網打尽にする事も出来るのでは?」

「わしらもそう思った。だからこそネギ君には……なんじゃ。言いづらいけども『囮』になって欲しいんじゃよ」

「僕が『囮』になって、組織としては不要な患部を切除するための検査をする、といったところでしょうか」

「身も蓋もない言い方をすればそうなるのう」

大人な考えが出来るようになっているネギに少し違和感の様なものを覚えながら、それならそれであけすけに物を言っても大丈夫そうだと認識し、単刀直入に今回の両組織の思惑を伝える。

「今回ネギ先生と空条先生に頼みたい事柄は三つ……いや、四つ。
一つ、『ネギ君が関西呪術協会に親書を届ける』。二つ、『生徒に被害を出さない』。三つ、『可能ならば首謀者の捕縛、もしくは排除』。
そして四つ、『孫娘の木乃香を守ってもらいたい』。
三つ目に関しては出来る限りで良いが、他の事柄は出来る限り被害なしでお願いしたい」

学園長が頼んできた四つの事柄。

ニュアンスから鑑みるに、四つ目の木乃香の守護だけは限りなく個人的な強さを持つ様だ。

孫娘が狙われるというのだから当然か。

「近衛木乃香……そうか。先程聞いた政略結婚の上で生まれた子なのか、彼女は」

「その通り。ただし権力争いに参加させないために、木乃香には『裏』について一切教えておらん。
そして木乃香を過激派から遠ざけるために麻帆良に来てもらっておったんじゃ。
……魔力量がネギ君を軽く超える量を内包しておるせいで、誘拐されればどうなるか想像したくもないわい」

ネギを超える量の魔力。

それだけ聞くとどれほどのものか分かり辛いので、どの程度のものか聞いてみる事にした。

「……僕の魔力でさえフルで使えば、山一つを地図上から消す事が出来ます」

返ってきたのは恐ろしい事実。

一般人も多い麻帆良に襲撃をかけてくるような過激派に捕まってしまえばどうなるのか。

もし承太郎が相手の立場なら、麻帆良を地図から消すくらいはやりそうだ、と客観的に思考した。

「サポートには瀬流彦先生が居るので、通常の生徒の守りはなんとかなるじゃろう。
じゃが3-Aに限って言えば、ネギ先生や木乃香を狙うために守りきれなくなる可能性がある。
出来ればスタンド使いの子らにも注意を呼び掛けておいてくれんか?」

どのような場面でも戦える応用力を持った徐倫、圧倒的攻撃力の古菲、分身という手数による制圧力を持った楓、難攻不落の電脳要塞に避難可能の千雨、物質透過と気配の無さによって隠密行動可能なさよ。

この五人が完全にサポートに回れば、冗談抜きで米軍の一個大隊でも相手取れそうな最強の布陣。

何人かはせっかくの修学旅行なのだからゆっくりしたいとか言い出しそうだが、根が優しいので本当にヤバければ手伝ってくれるだろう。

後はイレギュラーが起こらない事を祈るのみだが、祈るだけ無駄な気もする。

つまりはそういう事だ。








(……手伝うと言えば……)

そういえばここ数日で一番の変化であるとある生徒を思い出す。

彼女に頼めば全てオールグリーンなのではないかと思い、承太郎は聞いてみる事にした。

「マクダウェルに頼めばいいのでは? 『最強』の名にふさわしいだけの力を持つ奴なら、絶対に大丈夫だと思うが」

『誰かさん』のおかげで魔力を完全復活させたエヴァ。

全盛期と同じ魔力を持つ彼女は今、並どころじゃない相手すら本当に指先一つでダウンできる戦力を有している。

彼女にしてみれば高々三十人前後を守るなんてこと、赤子の手を捻るよりも楽なはずだ。

「うーむ、それなんじゃがの」

だが渋るように言う学園長の様子を見て、やはり元高額賞金首が『裏の中の表に近い舞台』で戦わせるのは不味いのだろうか。

「いいや。ナギが封印を解き、しかもネギ先生を頼むと任されている以上、悪とは言え立派な事を成そうとしているという訳で大丈夫なんじゃ。
問題はエヴァンジェリン自身にあってのー」

しかしそうではなく、もっと別の問題で彼女は戦えなかった――もとい、『戦わなかった』。

「二人を呼ぶ前にそれとなく相談はしたんじゃよ。答えは『観光が出来なくなるからNO』だったわい」

「「……はい?」」

「じゃから、修学旅行で京都に行けるのが楽しみだから、そんな瑣末な事に関わっている時間は無いと言ったんじゃ、あ奴は」

「年齢考えろ」と暗に言う学園長。某政党の様なブーメラン発言だということを分かっているのか。

「あ奴は日本文化が好きでの。茶道部と囲碁部に入部して居る位なんじゃよ。
今回の修学旅行に向けて、麻帆良市内の京都ガイドブックを全種類買っていく金髪少女の姿が目撃されているそうじゃ」

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、見た目は少女だが御歳6××歳。

好きなもの、日本の景色。

お祭り騒ぎが好きな3-Aの面々を差し置いて、実は一番浮かれているのがエヴァだった。

頭の中は既に、寺社仏閣や碁盤目に整備された町並みの実際の姿を見ることしか占められていない。

十五年間も麻帆良から出る事が出来ず、その時々の修学旅行に参加できなかったうっ憤もあるのだろう。

生まれて初めてとなる修学旅行、しかも古き良き文化の残る京都に行ける。

それらを鑑みても浮足立つのも無理は無かった。

それでも年齢考えろ、という身も蓋もない率直な意見が消える事は無いが。

「まあせっかくの旅行を邪魔されるのも嫌がるだろうから、何かしらの協力はしてくれるじゃろ。
それに、ナギからのメッセージもあるのでの。言質は取れると思うぞい」

「分かりました。近日中に魔法の指導をしてくれるそうなので、その時に話してみる事にします」

ナギのメッセージを偽物だと知っているのは極少数。

メッセージについての反応から千雨の能力に行きつかれるのも困るので、ネギや明日菜には偽物である事を伝えていない。

父親が息災であるという嘘を、父親を追い求めているネギについている事に、承太郎は一抹の罪悪感を覚えた。
















時は流れて日曜日。

のどかとのデート(?)やら明日菜の誕生日会やらがあった次の日である。

この日、エヴァのログハウスにネギは訪れていた。

ここに訪れた理由は、エヴァに修学旅行での協力を求めた際に。

「それなら日曜日に家に来い。協力『は』してやるから」

と言ってきたためだ。

ネギは何となく察していた。

ああ、修行を軽くつけさせて、それで本番でも頑張れという気だろうな、と。

戦いの後から数日間エヴァを観察した結果、彼女は本当に必要だと思ったことしかしていない事は掴んでいた。

ならばこそ、十五年も我慢させられていた楽しみである京都修学旅行を堪能するために、事に当たる人物の強化に手を出すだろう。

だがまあ、不安が残るのは自分だけだというのも何となく気付いている。

スタンド使い達は自分の能力での戦い方を完全に把握している。使う魔法の選択に悩む様な自分より、決断力も戦闘能力も高い。

つい最近まで一般人だったはずの明日菜なんて、自分はまだまだついて行くのがやっとな古菲のラッシュに曲がり形にもついて行っているのだから、近接戦闘能力だけで言えば遥かに上であるだろう。

消去法で、一番弱いのはネギという事になる。

『弱い』とはいっても、そんじょそこらの魔法使いでは太刀打ち出来はしないほど『強い』のだが。

さておき、予想されるのはエヴァ直々の修行だろう事は十中八九間違いないと思う。

だが問題がある。

エヴァとネギが修行のためだとはいえぶつかって、果たして周囲の物が無事でいられるのか。

本気の戦いで大橋を大破壊したのだ、修行だとしてもビルを破壊するレベルの被害が周囲に出るだろう事は想像に難くない。

ログハウス周辺の森でやり合うとなれば、些かやり辛くなるのだろうなと、来る途中のネギは考えていた。

だが心配は杞憂に終わる。

何故なら『百人はゆうに入れる空間、しかも屋外がログハウスの地下に広がっていた』からだ。

言葉の意味が分からないと思うが、その通りだから仕方が無い。

正しくは地下に安置されている『ミニチュアの入った球状の物の中』に広がっているのだが、表現的には大差ないだろう。

――『ダイオラマ魔法球』。

巨大なボトルシップのようにも見えるそのオブジェは、触れるとオブジェの中に出来た空間に入る事が出来るマジック・アイテムだ。

何でも、外の空間と中の空間で時間の流れを変える事が出来るとかどうとか。

後に古菲がその説明を聞くなり「精神と○の部屋アルか!?」と叫んだのは仕方ないことだろう。

ドラゴン○ールを一度でも見た事がある学生なら、誰もが一度は夢見るアイテムなのだから。

ただしこの別荘代わりの魔法球、通称『EVANGELINE'S RESORT』での外との時間の違いは、現実の一時間が別荘の二四時間相当。

ちなみに○神と時の部屋の比率は、現実での一日が部屋の中での三六五日。

流石に元ネ……ゲフンゲフン、漫画の様にはいかないという事だ。








「という訳でぼーや、この魔法球の中で一週間ほど頑張るんだ。
私は一日で外に出るが、それ以降は専属のコーチを用意してやるから大丈夫だろう」

リクライニングチェアーに寝転がりながらトロピカルジュースを飲み、人工的に作られた日差しを浴びて伸びをする吸血鬼。

いくら『吸血鬼の真祖』ハイ・デイライトウォーカーだから日差しが問題無いとはいえ、吸血鬼としてそれは無いだろうと思わせる体勢だ。

それに加えて格好だ。

子供にも程があるネギに見られてもどうでも良いと思っているのか、寝転がりながらスカートが捲れ放題である。

ネギは顔を赤くしながら眼を逸らし、茶々丸は従者らしく進言……しても無駄だと分かっているためか、何も言わずにスカートを戻している。

駄目さ加減が半端じゃない。

やがてジュースを飲み終わったエヴァは立ち上がると、かったるそうに腕を回す。

そうして手をグーパーしながら、フッと息を吐いた。



瞬間、世界が白黒になる。



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世界が鳴動しているかのように音を立てる。

エヴァが何をしたのかと言えば、準備運動をすっ飛ばすために魔力を開放しただけだ。

肉体強化は言い換えれば肉体の活性化だ。いきなり活性化するのならば、準備運動というプロセスを無かった事に出来る。

つまり『結果』だけだ! エヴァの体には『結果』だけ残る!!

ゴァッと突風が吹き荒れ、同時に視界が陽炎のように揺らめく。どちらも途方も無い魔力を撒き散らした『だけ』だからである。

指向性を持たせて魔力を開放すれば、それだけでネギが面白いように弾き飛ばされ、ボロ雑巾のようになっていた筈だ。

魔法球が軋みを上げるが、余りのプレッシャーに聴覚が一時的に途絶えてしまっているため、ネギは破滅の音を感じる事は無かった。

エヴァはゴキゴキと首を鳴らしながら魔法球の中央に立つ。

歩いた様子は見えなかったというのに、何時の間にかその場所に居た。

そうしてクイクイと片手でネギを招き寄せる。

その動作を以って、ネギはやっとこさ体を動かす事が出来た。従者である茶々丸ですら同じような様子だ。

なるほど、大橋での戦いはアレでもまだ『自重していた』らしい。

気がつけば汗まみれ。知らぬ間に額から垂れた汗が目に入り込んで少し沁みた。

「来い、ぼーや。とりあえず基本的な立ち回りと、ナギが好んで使っていた連携を教えてやる」

「はい! ありがとうございます、エヴァンジェリンさん!」

「ふん、私は曲がりなりにも貴様に教える立場になるんだ。師匠マスターと呼べ」

「分かりました、師匠マスター!」

結構ノリの良いネギにエヴァはニンマリ。不遜な態度を取りながらも、ネギを強者として作り上げるのは彼女自身も楽しみだったようだ。

年齢が行っている割に、その境遇故に弟子を取る事が出来なかったので、初めての弟子に浮かれているのかもしれない。

必要無い事はいっそ清々しい程に手を付けないが、やるなら徹底的にやろうとする彼女。

目標として置くとしたらナギ超えだろうか。

何とも気が長くなりそうな話だが、ネギはまだ10歳なので時間には余裕があり、エヴァは不死身なのでどれだけ時間がかかった所で瑣末事だ。

それにどちらもナギを中心に考えているので、目標と過程の姿がすり合わせし易い。

つまり相性がいい。

ネギ強化計画、魔法面のスタートだった。
















五時間を一セットとして三セット。セット間にはしっかりと休憩を入れ、睡眠時間も取る。

内容は実践形式……という名の一方的な虐殺耐久チキンレース。

エヴァの放つ魔法の連携と近接戦闘、しかも茶々丸がサポートしてくるという攻撃の嵐の中から、戦い方を自分で防ぎながら盗めというカンフー映画さながらの手法だった。

だがこれは良い方法だ。何せ自分がこれから使う技術の利点と欠点を文字通り身に染みて叩きこむ事が出来るのだから。

それに休憩をはさむのも良い事だ。スポーツ工学が発達した今、根性論だけで強く成れるとは思えない。

休憩を入れることにより精神と肉体を安定させ、モチベーションの維持にもつながる。

効率を重視しながらも、緩める所と締める所をはっきり区別した修行。

その初回である二十四時間がもうすぐ過ぎようとしていた。

「まあこんなもんだろ。今回教えた魔法の連携を基本において戦うんだな」

「あ、ありがとうございました……」

いくらネギが体力に自信があるとは言っても限界はある。

魔法を容赦なく叩きこまれ、体の隅々までもが酷使されている。

古菲達との修行をしているネギであっても、初回だけでかなり体力が無くなっていた。

だが厳しいのはこれからだ。

後六日間分、同じセット数で別のコーチに鍛えてもらう事になるのだから。

「あれ? そういえばこの後のコーチって何方なんです? もしかして茶々丸さんですか?」

「いえ、私は家事をしなくてはならないので違います。コーチは私の姉ですね」

「お姉さんですか」

少し想像してみる。

(茶々丸さんのお姉さんかー。緑色の髪で、しずな先生やネカネお姉ちゃんみたいにお淑やかな人なのかな)

ネカネと茶々丸としずな先生を足して三で割ったような人物が頭の中に浮かんだ。

あんまり怖そうじゃないなーとか思っていると、そんなネギの考えを察したエヴァが釘を刺す。

「多分ぼーやが考えている印象とは真逆だぞ。私の初めての従者でな。私よりも小さくて、性格は残忍だ」

「ざ、残忍?」

「ある程度自制の効くシリアルキラーと言った方が良いかな」

「めちゃめちゃ危険じゃないですかそれ!?」

「ハロルド・シップマンや切り裂きジャックよりは遥かに危険だな」

「イギリスの代表的(?)な殺人鬼以上!?」

ヤバい。エヴァがここまで言うのだから絶対にヤバい。

初めての従者という事は、少なくとも百年以上はエヴァと共に居た事になる。

戦いの強さは、経験してきた年季からも来る。どれだけ弱い人間がいたとしても、百年以上戦う生活を潜り抜ければ相当な戦士になる。

それにエヴァが弱い者を従者にするとは考えられない。ある程度の力を持った従者を選んだ事だろう。

つまりどういう事かと言えば、ヤバいという事に集約される。

いっそエヴァと一緒に魔法球から出てしまおうかとも思ったが、エヴァがそんなネギの行動を読んでいたのか、切り札を言い放つ。

「そうそう。残りの六日間を生き残る事が出来たら、ナギと京都を結びつける情報を教えてやろう」

「え!?」

「やる気が出たか? なら頑張れ」

「いやっ、ちょっ!?」

「頑張ってください、ネギ先生。それと……」

死なないで下さいね。

魔法陣式の出入り口から消えていく茶々丸が最後にボソリと呟いた言葉が嫌に耳に残った。








カツーン、カツーン。

ネギの背後にある柱の陰から突如として何かが歩く音が聞こえ始める。

恐らくは件のコーチなのだろう。ネギは油断なく杖を構える。

「ヒャハハハ、随分ト肝ノ据ワッタガキジャネェカ。普通ナラビビッテニゲダスクライスルノニヨー」

「……逃げ場なんてないですし」

「ソレモソウダナ」

ケタケタと笑う声がだんだんと近づいてくる。影が見えるのだが、確かに小柄なようだ。

ただし『体だけ』は。

影をさらに見れば、その全身以上の大きさの横に長いシルエットが見える。

(ウェールズで見た事ある様な……)

「アン? 得物ガ気ニナルノカ? ナラ――」

長い影が横に動き始めたのを見て、ネギは咄嗟にバックステップ。

「――見セテヤルヨ!」

ザシュンと何かを切り裂く音、次いで滑らかな断面を見せながら倒れる柱。

先程までネギが立っていた場所は柱を叩き切った『鉈』が通り過ぎるのが見える。

(そうか、見た事ある影だと思ったら鉈だったんだ。すっかり忘れてた)

田舎で過ごしたネギにとって、農具や伐採道具は見慣れたものだ。

ただし切れ味に関してはここまで凄まじいものでは無かったが。

あのまま突っ立っていたら間違いなく真っ二つだったはずだ。思わず背筋が震える。

そして、ようやく現れたコーチの姿は小さな人形だった。

「チャチャゼロダ。マスターノ指定シタセットノアイダ、オ前ヲ殺ソウトシ続ケルカラナ。覚悟シロヨ?」

チャチャゼロと名乗った人形は、確かに茶々丸の姉というのも納得できる造形だった。

ただ、怖い。アンティークドールの様な外見と手に持つ得物、そして声色と行動の一致しなささがアンバランスで何故か恐怖を感じる。

「……お手柔らかにお願いします」

「ヤワラカイタタキニシテヤルゼー!」

「わーっ!?」

会話のドッジボールを一方的に切り捨てて、チャチャゼロはネギに躍りかかった。

頑張れネギ! あと144時間だ!
























一方その頃、承太郎が何をしているかと言えば。

「ふむ、この店に暇があれば行くか」

京都の酒がおいしい店をネットで探していた。

あわよくば新田先生と飲もうかなどと思っている。

まあ厄介事に巻き込まれて疲れるのは確定なのだ、これくらいは許されるだろう。

ただタイミングが、今起こっている別地点の状況を知らないとはいえ描写的に最悪だった。

「ネギ君はマクダウェルの所だったな。死んでいなければいいが」

あ、承太郎分かってて放置だ。








ネギ・スプリングフィールド――命がけのサバイバルを生き抜く。六日目を終えた後、もう一日分を使って英気を養った。

チャチャゼロ――久方ぶりに動けて上機嫌。鉈に血がついた事でうっとりとしている。

空条承太郎
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル
絡繰茶々丸――京都修学旅行への準備に日曜日を費やす。




┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/



後書き:
リアルが忙し過ぎて困る。

まあそれはさておき、次回は新幹線の中になります。

……ええ、襲撃ですよ。派手さは無いですけどね。



[19077] 37時間目 悪夢の超特急①
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2011/03/15 17:25
4月23日月曜日、窓の外を見れば天気は清々しい晴れ模様。

今日から四泊五日というスケジュールで、京都への修学旅行と成る。

「お、おはよーございますー……」

だというのにネギは朝っぱらから気だるく挨拶をする。

何時も元気はつらつな様子を見せるネギにしては、それは異常とも言うべき有様だった。

パジャマから制服へと着替えていた明日菜と木乃香は、そんなネギの様子に驚いている。

「ど、どないしたんやネギ君? 昨日部屋に帰ってきた時もだったけど、えらい疲れてるみたいや」

「どうせ修学旅行が待ち遠しくて眠れなかったとかでしょ?」

「いえ、物凄く深い眠りについてましたと思うんですけど、多分疲れが残ってるんでしょうね」

子供にありがちな『行事の前日に楽しみで寝られなくなった』訳ではなく、あくまでも前日に行われたサバイバル修行の疲れが残っていたネギ。

魔法球の中で丸一日を休養日に充てていたというのに、この疲れの残り方は異常である。

木乃香は教師の仕事で立て込んでいたのかなー、とか思いながら朝ごはんの調理に取り掛かる。

ネギの疲れが少しでも和らぐように、簡単に食べられるおにぎりにしようとしていた。

一方で明日菜は昨日に何かあったなと思い、部屋の隅で欠伸を噛み殺しているカモに事情を聴く事にした。

勿論、ひそひそとだ。

「(姉さん、ネギの兄貴ってば昨日はうなされてたでしょう? 多分昨日の一件でトラウマが出来て、寝疲れしたんだと思いやさ)」

「(トラウマって……何やられたのよ、エヴァちゃんに)」

「(直接の原因はエヴァンジェリンじゃないんですがねー。まあ似たようなもんに文字通り死ぬほど追いかけられただけでさ。
具体的には石柱を豆腐の様に切り裂く鉈を持った人形にッス)」

「(あー、そんなもんか)」

そんなもの、という言葉で済まされない事を言っている気もするが、大分明日菜も毒されてきたようである。

カモも今までならその光景を思い出してブルッてしまう所だったろうが、少なくとも今はそうでもないらしい。

スタンド使いに関わると、じゃんけんをしている時に宙に浮こうが、目の前で人が爆散しても取り乱さないレベルに成るのだからしょうがないか。

ともあれネギをシャキっとさせるために後頭部に軽めのチョップ。

結果、「ぴぃっ!?」という小鳥の囀るような可愛らしい声を上げ、数秒後に何時もの調子に戻ったのだった。








疲れはまだ癒えぬものの、とりあえず元に戻ったネギは着替えや杖を規則正しく入れた荷物を背負い、ウキウキしながら玄関で靴を履く。

いくら若年でも教師は教師。予定されていた集合時間よりも遥かに早く集合しなければならない。

当然、教師たちで当日の流れ確認の話し合いも行われる。遅刻する訳にはいかなかった。

「ネギ君は教員だから早い集合やし、道中で食べれる朝ごはんやー」

「ありがとうございます! おにぎりですかー。このかさんの料理ですから、きちんと食べたいと思います!」

「あはは。塩を手に付けて、適当に昆布とか梅干し入れて握っただけやけどなー」

木乃香からラップで包んだおにぎりを入れたきんちゃく袋を手渡され、途中でお茶でも買って行こうかと考える。

木乃香の作るご飯に日本食が多いせいか、最近は緑茶にもハマってきているネギ。

湯のみで緑茶を飲んでいる様は日本人よりも日本人らしいと評判だ。

ちなみに明日菜はその姿を、お子ちゃまのくせに爺むさいと一蹴した。

閑話休題。

事前準備は土曜日の内に終わっており、持っていく荷物の準備は万端……と思ったが。

きんちゃく袋を持つ時に自分の手を見、そして『ある物』を装着するのを忘れていた事を思い出す。

せっかく履いた靴を脱ぎ、とてとてと自分のスペースである中二階へと向かう。

そしてテーブルの上に置いておいた小形の箱から『ある物』を取り出して、右手中指に嵌める。

その様子を見た明日菜はふと疑問に思って質問をしてみた。

「ん? あんたそれ、指輪?」

「え? ああ、はい。頂きものなんですが、ちょっとした御守りみたいなものです」

「御守りねー」

銀で出来ているのだろうか。鈍い銀色だが、どこか神秘的な輝きを放っている。

リングと一体化しているプレートには、明日菜にはよく分からない言語で書かれた刻印が三行に渡って刻まれている。

とここで、玄関に戻ってきたネギの手元を木乃香が覗きこむ。

「へー。めっちゃ可愛いやんかー。うちもそういうの、いい人から貰いたいわー」

「木乃香ってばよくお見合いするじゃ――」

「お見合いだけは嫌や」

「……さいですか」

明日菜の突っ込みが言い終わるより早く、木乃香が拒絶の意を示した。

よほどお見合いが嫌なのか……まあ普通に考えて嫌だろう。

何せ自由恋愛は、お見合いをまともに受けた時点で出来なくなるからだ。

別に現時点で好きでも何でもない年上の男と、半強制的にくっつけさせられるならば、抵抗するのもやむ無しである。

ともあれ、指輪の話だ。

魔法使いのいう『御守り』という事は、多分魔力によって何らかの効果があるものだろう。

京都修学旅行で何者かの襲撃があると軽く説明されたので、それ対策だと当たりを付ける。

でなければわざわざ取りに戻る様な事はするまい。

木乃香の居る前では効果を詳しく聞く事は出来ないため、後でカモにでも聞いてみようと、明日菜はこの場ではそれ以上追及しなかった。

どちらにしても、明日菜の肩に乗っかっていたカモはネギの肩へと飛び移っていたので、追求しようがなかったけれど。

「それじゃ、行ってきまーす!」

「はいはい。どうせ合流するんだから別にいいのに」

「もう、アスナはぶっきらぼうやな。行ってらっしゃいな、ネギ君」

まだ残る眠気のせいで適当に手を振る明日菜と、律義に手を振ってくれる木乃香に見送られながら、教員の集合地点へと急ぐネギであった。








「えらい気合が入ってるなあ、ネギの兄貴ってば」

「そりゃあそうだよ。なんたって、京都にはお父さんやお母さんの手がかりがあるらしいんだから!」

エヴァンジェリンに前日齎された情報。

それはナギ・スプリングフィールドは以前、妻や仲間と共に京都に滞在した事があるという情報だった。

親書を西側の長に届けるのも、木乃香を守り抜くのも大事だが。

「よーし、頑張るぞー!」

「うおぅ!? 兄貴、走るスピードが尋常じゃあぁぁぁぁぁぁ……」

それ以上に、相変わらずネギはファミコン――ファミリーコンプレックスの略――なのだった。

ドップラー効果で小さくなって行くカモの声は、幸いなのか運が悪いのか、誰にも聞かれる事は無かった。








37時間目 悪夢の超特急①








「えー、本日のスケジュールの確認ですね。生徒たちの集合は九時ちょうどにJR大宮駅。
点呼等を行いながらJR新幹線あさま506号に順次乗車、九時五十分出発となります。
十時十六分に東京駅着、十分以内にJR新幹線ひかり213号に乗り換えます。
この時、東京土産を買おうとして乗り遅れる生徒が出てしまう恐れがあり、教員の皆さんは全ての生徒を列で誘導して下さい」

場所は変わってJR大宮駅構内、改札口からほど近い広めのスペース。

そこに今日から京都修学旅行に向かうクラスである麻帆良女子中等部三年のA、D、H、J、S組の教師と、指導員である新田が集まっていた。

もう一人いるのだが、そちらは会話に参加する気が無いので一端放置。

教員から代表して、しずな先生が修学旅行開始時の説明を行っていた。

参加する『教員全員』は真面目なので、日程を既に完璧に把握している者ばかりなのだが、まあ形式という訳だ。

それに、どの部分で注意しなければならないかは流石にしおりに乗っていない。

この辺りは経験者しか分からないので、細かい注意点を出してくれるのは、ネギと承太郎という教師初心者組にはありがたかった。

「ここまでを予定通り行えば、後はどうにでもなりそうだな」

「ええ、その通りです。十時二十六分発で、京都に到着が十二時五十九分。
その後、一日目は全て団体行動ですので、空条先生と新田先生がいらっしゃれば問題は無いでしょう」

承太郎の質問に、例年よりは楽になりそうだとしずなが言う。

態度は厳しいものの、人気のある教師になった承太郎と新田。この二人に凄まれれば、生徒たちは言う事を聞かざるを得ないだろう。

「了解した、出来る限り団体行動をスムーズにさせよう」

「空条先生が居ると頼りになりますな。私も鬼と呼ばれた身ですから、厳しく行きましょうか」

やる気満々の二人にしずなは満足げな顔。他の教師も大概が同じような顔だ。

何せ――

(A組が大人しくなれば色々と楽だからなあ……)

――ネギや承太郎も含めて全員が全員、こう思っているのだから。








しみじみと今年は多少は楽になるかなあ、とか思いながらも話し合いは続く。

「今日のメインとして清水寺周辺の観光が全体行動でありますが、この時の注意しなければならないラインはこの辺りですかね」

「ふむ……確かに土産物屋が多い通りは横道が多いからな。坂でもあるから、方向感覚が掴みずらいのもある」

清水寺周辺は坂が多く、また清水寺へと続く道には土産物屋や御茶屋が非常に多い。

有名な観光スポットという事で商魂たくましい店が多いのだが、意外とどの店に入っても品質が良い所が多い。

特にメインの通りにある漬物と生八つ橋は絶品である。

観光客で賑わいのある通りではあるのだが、しかしこれが少しでも横道に入ると簡単に迷えてしまう。

古き良き日本家屋も多く存在し、近代建物とのちぐはぐな印象から道を覚えづらくなり、土地勘が無いのも重なって道が分からなくなってしまうのだ。

そういう時はただ単純に声が多く聞こえる方面に向かえばいいのだが、それでも迷う輩は出るものだ。

それにかこつけてバスの出発時間の限界まで土産を買い漁るものが出る可能性もある。

教師としては非常に厄介な場所でもあるのだった。

「あはは、流石に空条先生は以前行った事があるようですね」

承太郎の発言に瀬流彦が何気なく言う。

確かに承太郎の顔はハーフであるゆえに少しばかり日本人の顔よりも造形が濃い。

だが歴とした日本人だ。顔がどれだけ外人っぽくてもその事実は変わらない。

そのため中学や高校時代に京都修学旅行に行ったとしても不思議では無いのである。

……無いのだが、何故か意識しないと承太郎が行ったようには思えない。そこら辺はまあ、思い切りルックスの問題である。

古き良き京の街並みに、今現在のコート姿の様な改造学ランを着た承太郎。うむ、違和感バリバリだ。

言外で似合わないと言われているのを察してか、承太郎は少し不満げだ。

「……似合わないか」

「あ、いや、別に似合う似合わないじゃなくて意外だなー、とか思ってしまって……あは、あはははは……」

そんな微妙な所で気分を落とした承太郎を見て、思わずいらん事を口走った瀬流彦に非難の目が突き刺さる。

瀬流彦は口は災いのもとだという事を、身を呈してネギに教えていたとも言える。

「ヒヒヒヒヒヒヒッ、アーッハッハッハッハッハッ!」

だがそんな中、承太郎の様子を見て大笑いする物が一人。

本来ならこの場に居るべきではない『教員では無い者』。

「あー、笑った笑った。承太郎もそんな味のある表情をするんだなー」

「……ホル・ホース、少し黙っていろ」

「ヒヒヒッ、しばらくはお前の珍妙な顔が酒の肴になりそうだな」

そう、広域事務員のホル・ホースがこの場に居た。

実はホル・ホース、有給がしこたま残っている――根っからの貧乏性のせいで普通の休日しか使っていなかった――ので、ある程度を休暇代わりに使い、この修学旅行について行く事になっているのだ。

勿論多少は教員の仕事を手伝ってもらうが、それ以外では京都を自由に観光できるようになっている。

とまあこれが『表の理由』。当然のことながら『裏の理由』は『生徒の護衛』だ。

だが休暇というのもまんざら嘘では無い。基本的に深夜、教員が寝に入る時間の見回りくらいしか仕事らしい仕事は無いのである。

荒事になれば話は別だが、表だって動くことは少ないだろう。この辺りはホル・ホース自身も予感めいたものがあるらしい。

「まー俺がこの場にこれ以上は口出ししねーよ。
学園長の粋な計らいで生徒と同じとは言え宿泊場所も確保されているようだし、なんなら手伝える限りでは手伝うつもりだしな」

「そう言っていただけると助かります。流石に貫徹で見回りをする訳にもいきませんからな」

新田はこういう手合いの者は慣れているようで、むしろきっちりとやる所はやるために信頼を置いている。

他の者も同様だろう。No.1よりNo.2が信条のホル・ホースは、事務仕事に手を抜かない事で有名なのだから。

見た目で誤解されがちなホル・ホースが麻帆良で過ごすことを決めたのは、こういった中身で人を見てくれる人物が多いからだろうか。

以前DIOの手下として出会ったころに比べ、明らかに丸くなった様に承太郎は感じた。

ホル・ホースからしてみれば「お前が言うな」とか言いそうだが。








大まかな話し合いも終わり、時間もそろそろ八時になりそうだ。

忘れられがちだが、麻帆良は埼玉県の市の一つだ。

近場とはいえ麻帆良から隣であるさいたま市の大宮に行くとなると、月曜日という要素もあってか混雑に巻き込まれる可能性がある。

その事を生徒も分かっているため、生徒たちが来るとなると集合の一時間前から、つまり八時前後から多くなるだろうと踏んでいたのだ。

つまりそろそろ生徒が来るという事。

流石に生徒たちが教師陣を見落とす事は見晴らしも良いため無いだろうし、きっちりと集まってくる筈だ。

しかし集まった傍からはしゃがれては一般のお客さんに迷惑がかかる。

なので生徒たちの動向を見守るためには、そろそろ教員としてクラスを纏める用意をしなければならないのだ。

これからの四泊五日、生徒たちの安全が教員にかかってくるのだ。全員が万全の態勢で困難を迎え撃つ所存だった。

「えーっと、それじゃあ頑張りましょう!」

ネギの掛け声に皆が「応ッ!」と応えた。

全員の目的はただ一つ。生徒たちに楽しい経験をさせるため、全力を尽くすだけだ。
















午前九時半過ぎ。

全ての生徒が九時の時点でそつ無く集まり、班ごとの列を作って新幹線の乗りこみに備えていた。

承太郎と新田が生徒全体を見ているために、はしゃぎ過ぎて周りの迷惑になるという事は無く、話したいものは小声で話しあっていた。

さながら羊と牧羊犬だ。

ネギも大人しくて助かると思っている反面、効果があり過ぎではないかと苦笑い。

ただし厳しくするのは修学旅行が行えなくなる事態を回避するためであり、生徒たちも薄々感じているからこそ大人しい。

ただ厳しいだけなら反骨心からはしゃぐ輩が出てもおかしくは無いのだ。それが無いからこそ、相互理解が行われていると考えられる。

まあ全体に関してはこれくらいでいいだろう。

物語の中心となる3-Aは今、クラス順番で乗車するので、一番最初に新幹線に乗り込もうとしていた。

ネギはA組のために振り分けられている車両の入口で、六つある班を待ちかまえている。

ちなみに班分けは一班につき大体五名か六名で構成されており、そのほとんどが仲のいいグループで集まって出来た物だった。



まず一班。

「鳴滝姉妹と一緒かー。少し五月蠅くなっちゃうかもねー」

「いいんじゃない? 修学旅行は楽しんでナンボだもん」

「あ、ネギ君! 一昨日の誕生日会は楽しかったねー! 私の時もやってくれるのかなー」

「キャッホー!」

「あー!? 駄目だよお姉ちゃん、そっちはA組の車両じゃないよー!」

柿崎 美砂、釘宮 円、椎名 桜子、鳴滝 風香、鳴滝 史伽の五名。

簡単に言えばチアガールズと鳴滝姉妹の班。

おそらく一番平和で、班員が何事も無く修学旅行を謳歌出来る唯一の班。



次に二班。

「少しだけ不幸ッス……」

「? どうかしたアルか、美空? 元気が無いなら肉まんを食べるアル」

「お主は食べすぎでござるよ……っとと。拙者にも一つ下さらんか、五月殿」

「京都の肉まんと言えば『551○莱』……ふふふ。私たちの超包子チャオパオズ特製肉まんがどこまで通用するかナ」

「品物を真空パックで持ってきて、小型蒸し器も準備万端。観光名所でパンフレットを配りながら売り歩きましょうか」

「一つ百二十円です。楓さんはクラスメイトなので、一個百円でいいですよ。」

春日 美空、古 菲、超 鈴音、長瀬 楓、葉加瀬 聡美、四葉 五月の六名。

スタンド使い、マッドサイエンティスト、料理人と陸上部所属という微妙にちぐはぐな班構成。

傍からは分からないが、結構な実力者が集まっている班だった。



続けて三班。

「さーて、京都の景色をばっちり撮るぞー!」

「あらあら、あんまりはしゃぎすぎないようにね? じゃないと……」

「おい、那波。黒い何かが見えるぞ。あれか、清水の舞台から突き落とすのか」

「あれ? この班だと私っていつも以上に地味?」

「ネギ先生はこちらにいらっしゃって下さい。グリーン車を貸し切りにしてありますので、そちらでゆっくりと……」

「あやか、あたしの国なら一発で逮捕だわ」

朝倉 和美、那波 千鶴、長谷川 千雨、村上 夏美、雪広 あやか、空条徐倫の六名。

スタンド使い二人と、その他は一般生徒という組み合わせの班。

一般生徒が荒事に巻き込まれる危険がスタンド使いには常にあるので、逆に対処し易いように二人の能力者を入れたのだった。



今度は四班。

「なんで亜子ってば顔色悪いのよ。行きの電車で酔った?」

「ちゃうねん。超包子の肉まん食べ過ぎたんや。美味しいからって朝から三個はやり過ぎたわ……」

「新幹線の揺れとか大丈夫かな? 酔い止めあるけど飲む?」

「おっはよーネギくーん! 自由行動になったら一緒に回らないー?」

「やれやれ。大丈夫なのかな、色々と」

明石 裕奈、和泉 亜子、大河内 アキラ、佐々木 まき絵、龍宮 真名の五名。

ここも比較的安全かと思われるが、一人だけ色々な意味で色の違う生徒が居る班。

まあ真名にしてみればこの班を守ることくらい、銃を分解するよりも楽にできるだろう。



お次は五班。

「のどか、今度は自由時間の付添に立候補するです。ネギ先生は頼めば断れない人ですから、いけるです」

「ネギ、疲れとか大丈夫? ちゃんとご飯食べたんでしょうね?」

「しっかり食べてくれたみたいで嬉しーわー。……せっちゃんもどうや?」

「さっきまき絵がネギ先生誘おうとしてたよん♪ のどかも頑張らなきゃねー」

「……いえお嬢様、私は結構です。では……」

「うう……どうしよう……」

綾瀬 夕映、神楽坂 明日菜、近衛 木乃香、早乙女 ハルナ、桜咲刹那、宮崎 のどかの六名。

今回の修学旅行で、間違いなく台風の中心になる班。

不和と調和の一体化した、ある意味ではバランスのいい班である。



最後に六班。

「京都ですかー。私、修学旅行は戦時中だったから行った事無かったんですよねー」

「ああ、マスターがこんなに嬉しそうに! データ領域を大きく確保しなければ!」

「フフフ……古き良き建造物に、各種甘味や懐石料理が楽しみだ。京都よ、待っているがいい!」

「…………」

相坂さよ、絡繰茶々丸、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、ザジ・レイニーデイの四名。

奇しくも人外同士が集まる事になった班。

ちなみに刹那も当初はこの班の予定だったが、エヴァが「辛気臭いからあっち行け」と言い放ったために五班に行かされている。



かくして計六班、総勢32名が一つの車両に乗車した。

行先は新幹線の乗り換えのために、とりあえずは東京になる。

東京駅で新幹線ひかりに乗り換えてからが、色々な意味で修学旅行の本番となるだろう。

他のクラスの乗りこみも終わり、後は東京に着くまでやる事がない。

「ネギ君、そろそろ座席に着いておこう。私たちが居る中で、流石に他の車両に移動しようとは思わないだろうからな」

「そうですね。僕、新幹線に乗った事が無いので楽しみだったんです!」

「ふふ、ならしっかり楽しむと良い。もっとも、乗り換え後のひかりの方が純粋に新幹線の速さを体感できると思うがな」

キラキラと純粋な目で新幹線を見るネギ。どうやら速い乗り物には、普通の子供の様に興味があるらしい。

承太郎は特に教師としての注意はせず、そのまま楽しませることにした。

ぶっちゃければ、至って普通の感性を養わせるための情操教育だ。

この前のネギのアレコレで思う所があったのだろう。

(願わくば、平穏無事な修学旅行になってくれればいいのだが)

承太郎はただそう願う。

……だが、承太郎は一つ重要な事を忘れていた。

実は承太郎が体験した事のある修学旅行も、正直に言えばまともでは無かったのだから。

同じ事は二度あるものだ、程度の差はあれど。
















同時刻、JR東京駅構内。

新幹線の乗り場に一組のカップル……に見えなくもない男女が居た。

片方の女は野暮ったい眼鏡を着用した女。見た目は綺麗なのだが、その目つきの悪さから、寄ってくる男はいなかった。

もう片方の男は中東系の黒人青年。バンダナの様なものを頭に巻いて、人畜無害そうに笑みを浮かべていた。

「……もう三十分程かいな。準備はどうや?」

「俺には準備なんて必要ない」

「そういえばそうやな。期待しとるで?」

「……やりたいようにやるだけだ」

「ふん、無愛想なやっちゃ。払った金の分は頑張ってもらえればええんやけど」

女は話を振るのもおっくうになったのか、そのままじっと立ったままになる。男も同様だ。

この二人の予定は、十時二十六分発のJR新幹線ひかり213号に乗る事。

目的は二つ。一つは『英雄の息子』が持っている親書。そしてもう一つは。

「お嬢様をうちらのもんにして、西洋の魔法使いどもに復讐や」

承太郎たちに害を成すものは、確実に迫っていた。








『引力』は消えず、『引力』は忘れられず。








ネギ・スプリングフィールド――目的:親書を届ける、木乃香を守る、両親の手がかりを得る。

空条承太郎――目的:ネギを守る、生徒を守る、敵を出来る限り殺さずに拘束する。

3-Aの面々――目的:最大限修学旅行を楽しむ。

謎の女――目的:親書を奪う、木乃香を浚う、魔法使いに復讐する。

謎の男――目的:クライアントである女の指示に従う、承太郎に復讐する、快楽のために人を殺す。



┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/



後書き:
ご無沙汰しております、無事だったTonboです。

地震発生直後は地元の耳鼻科に居り、その後は特に怪我無く帰宅する事が出来ました。

こっちはまだ余震が続いている状況でして、皆さんも余震にはお気を付け下さい。

次回更新も多分遅くなります。

それでは。



[19077] 38時間目 悪夢の超特急②
Name: Tonbo◆ddbb7397 ID:af78a2fb
Date: 2011/03/24 00:41
さて、そろそろ作戦開始といったところか。

乗車時間をガキどもに合わせて乗車だっけか。あんたは列車内の販売員に扮して、俺は普通に乗客として潜入。

俺の乗車位置はここだ。なるべく近い車両の方が精度は上がるんだ、隣の車両に居た方が何かと便利だろうよ。

……やっぱり全員で乗り込んだ方が早かったんじゃないのか?

俺が能力を発動させている間に、全員でかかれば楽勝な筈だろう?

……リスクの分散、ねえ。どうせ遅かれ早かれ協会から追われるっつーのに、意味無いと思うんだがな。

ん? ああ、その辺りは安心しろ。

俺の顔はさすがのSW財団でも分かるはずが無いからな。

あの頃とは余りにも違う顔……まあ当然の結果なんだが。

ともかく顔だけでばれる事は無い。ただし、能力自体は承太郎に知られちまってるからな。

知られた所でどうこうなる訳でもないが。

とにかく俺が出来るのは『目撃者を発生させない事』と『好きなように相手を殺す事』だ。

……無関係な奴を殺すな、だと?

甘ちゃんだな。西洋魔法使いに、ひいては矢面に立っている麻帆良に復讐するなら、一般人からも犠牲を出すっつー事だろうが。

その程度の覚悟なら、始めから復讐なんて思いつくな。

――っとと、作戦が始まる前から俺を殺す気か?

分かった、分かったよ。依頼主クライアントはあくまでもアンタだ、従うさ。

少なくとも普通の生徒なら殺さないでおいてやる。抵抗してきたらその限りじゃあないがな。

ただし、俺が承太郎を殺すのだけは自由にしてもらわないと困る。そうでなくちゃここに来た意味が無い。

ほら、もうすぐ新幹線が来る。さっさと乗り込むとしようぜ。

ああ、お互いに利益が出るといいな。








…………。

……行ったか?

……ウケケケケ、少しぐらいウサ晴らししても罰は当たんねえよなぁ!

さあ、現実では体験できない『悪夢』の始まりだ!








38時間目 悪夢の超特急②








近衛木乃香には幼い頃、とても仲の良い友達が居た。

どうして過去形になってしまうかの説明はとりあえず省くとして、一時の別れが来るまでは本当に仲が良かったのだ。

京都の山奥に箱入り娘として大事に育てられてきたため、自らの境遇が寂しいものだという事に全く気付いていなかった幼いころの木乃香。

大人ばかりの環境で初めてできた友達が、彼女だった。

彼女――桜咲刹那が生まれて初めての、同年代の友達だった。

剣道、もとい剣術が得意だった刹那は、幾度となく木乃香の遊び相手になってくれた。

文字通りの意味で野を駆けまわり、森に入って隠れ鬼を行い、川辺ではしゃいだりしたものだ。

怖い犬から常備していた竹刀で守ってくれたし、単に寂しい思いから守ってくれるという事もあった。

木乃香の家に住み込みになってからは、一段とその傾向が強くなった。木乃香も今まで以上に甘える様になった。

その仲の良さは、友達というよりも家族という言葉の方がふさわしかった程だ。

『ウチ、このちゃんといっしょー友達やから!』

『ウチもせっちゃんとずーっと友達や!』

幼いころの約束は、本当に一生続くかと思えていたのだ。

それが壊れた。

自分の不用意な発言、そして行動のせいで。

あんな事さえなければ、今でも自分は彼女と笑いあえていたのだろうか。

無駄な事だとは分かっていても、どうしてもIfを考えてしまう。



『今日は暑いから、川に水浴びでも行かへんか?』



子供だけで水場に行くことの危険さを、当時の木乃香は微塵も分かっていなかった。

水着では無く和服で川に入る、準備運動が無かった、保護者が居なかったetc……。

様々な要因が重なって、一つの事故が起こった。

木乃香が川で流されるという、お遊びでは済まされない事故が。

川に入って遊んでいた際、足元の石がぐらりとずれた感覚を感じてから、木乃香自身の記憶は曖昧になっている。

気がつけば実家によく顔を見せにくる大人に助けられ、大量に飲み込んでしまった川の水で咽ている自分が居た。

刹那は少し離れた場所で、自分以上に泣いてしまっていた。

『まもれなくてごめん、このちゃん……ごめんなさい……ごめんなさい……』

俯いたまま謝罪を繰り返す刹那に、木乃香は謝らなくていいと伝える。

ただ一緒に居てくれるだけで良いと。私が悪かったのだからと。

だが刹那は頑として聞き入れなかった。

『もっともっとつよおなるから……もっともっと……』

明確に言葉を交わしたのはこれが最後。

次の日から刹那は木乃香の実家に姿を見せる事は無くなった。

父に尋ねてみた所、「剣の稽古が忙しくなったから」と言っていたが、子供ながらに分かる事はあった。

ああ、会いたくないのか、と。

無理も無い。自分に付き合ったせいで大人から怒られる事になったのだ。

恨みはせずとも、嫌うくらいは仕様が無いと思える……いや、思えてしまった。

だからこそ受け入れてしまった。刹那が遊びに来ない事を。

初めての友達は、初めて出来た時と同じくらい、あっさりと消えた。








やがて木乃香は麻帆良へ引っ越しをする事になる。

今の彼女は知る由もないがこの時期、関西呪術協会内で過激派が大きな――大き過ぎる動きを見せてしまったためだ。

人質として麻帆良に行かせたなどと過激派は言うのだが、元を辿れば自分たちのせいだったのである。

この時、西の長である近衛詠春は、理由については言っても聞かぬだろうと捨て置いた。

これにより過激派の中で独自にこの件を調査する者が現れ、その真相を知るにあたり、一部の過激派は下剋上等で内部崩壊を起こすことになる。

真相を知ったとしても、逆恨みをする過激派は残ったのだが。

閑話休題。

麻帆良に行く事自体に、木乃香に躊躇いは無かった。

祖父が向こうに居るとはいえ、父親と離れるのは当然辛いと思ったけれど。

だけど、それ以上に刹那との思い出のあるこの家に、これ以上居たく無かった。

楽しかった記憶が全て反転し、執拗に木乃香を傷つけるこの家に。

要するに逃げたのだ。

父親に頼みこめば、無理やりにでも会う事は出来ただろう。それをしなかった木乃香を、弱いと断言する事は出来ないが。

結局、痛みと向き合う事は出来なかった。

強制的に向き合わされる事になる、中学一年生になった時の再会まで……。
















修学旅行が始まる前から、常々考えている事がある。

(どないしたらせっちゃんと仲直りできるんやろか)

先程まで乗っていた新幹線、あさま506号の中でも考えていた事だ。ひかり213号に乗り換えたとしても、それは変わらない。

というよりも、幼少期から常に考えていたのかもしれない。今更になって強く思うのは、いつも以上に刹那と近い距離に居るからだろうか。

(中学に入って再会してから、基本的に喋ってくれへんしな。やっぱりあの時の事、まだ怒っとるんかな)

一言、二言程度なら話は出来る。だがそれを一般的な喋る事、即ち会話とは呼ばない。

それ以上長く喋ろうとしても凄い勢い――明日菜でも追いつけなかった速度――で逃げるため、どうやってもコンタクトが取れない。

女子寮で同室の龍宮真名にそれとなく打診――麻帆良の女子の間で有名な和菓子茶屋で、スペシャルクリームあんみつを5杯奢るという条件で――した事もあるのだが、すげなく断られてしまった経験がある。

真名曰く、親しい関係というのは間に誰かを通すべきではない、らしい。

何時も冷静な印象を残す彼女にしては、感情の熱を多分に含んでいた言葉だったと思う。

現状、新幹線の中ならば座席はそれほど離れていないだろうし、逃げ場も無いのだから話しかければ良いだろう、と思うかもしれない。

だがいくら新幹線とは言え、そして間に居るのが仲の良い友達とは言え、窓際と窓際という距離で話すのもどうかと思う。

移動して席を変えたとしても、刹那は今度はお手洗いに行くなりなんなりで、体よく逃げるだろう。

それに周りが騒がし過ぎて、よしんば話しかけたとしても、木乃香の声量が小さいために聞こえなかった、とでも言われればそれでお仕舞いだ。

何より。

これ以上心が傷つくのは別に耐えられるのだが。

はっきりと拒絶されるのが、怖い。

「もう友達なんかじゃない」ということを、彼女の口から聞きたくは無い。

まだ何とかなるのではないか、という希望を失いたくは無い。

堂々巡りの袋小路に入り込んだ思考に、木乃香は心底嫌になる。

おかしい、自分はもっと活発じゃ無かったか、と自問自答する始末である。

アイデンティティの曖昧化、パーソナリティの希薄化。

思春期にありがちな『生きる事と死ぬ事』について考えてしまうような典型的自己矛盾に、木乃香は完全に陥っていた。

解消するには『考えてもどうせ解らない』という身も蓋も無い結論が必要なのだが、木乃香の場合はそれ以外の解決策が必要だろう。

(あーあ。アスナが落ちこんどる時みたいに、どっかーん……ってぶつかる様な解決が出来たらいいんやけど)

実際、それで解決するはずなのだが、神では無い身である木乃香に分かりようも無く。

(ホンマ、どないしよ)

悶々とした感情は、この場では晴れる事は無かった。
















一人の少女が友人関係の事、そして自分自身の事で悩んでいようが、時は変わらず進んでいく。

貴重な中学三年生での修学旅行なのだ、一分一秒が数億円よりも重い。

ちなみに参考までに記述するが、一億円は重さにして約10キログラムである。地味に重い。

「それでは皆さん、今年度の修学旅行はここからが本番となります。
四泊五日と長いようで短い期間だけになってしまいますが、楽しい思い出をいっぱい作って下さいね」

「「「「「はーい!」」」」」

ネギの言葉に、車両が震えるレベルで返事を返す生徒たち。その様子を見てネギは苦笑する。

「元気いっぱいですねー。でも僕たち麻帆良学園の修学旅行は、自主性を高めるために班別自由行動が多くなります。
勿論楽しむのも良いのですが、現地の方々に迷惑をかけないよう、そして怪我をしたり時間に間に合うようにしなければなりません」

「班別行動で集合時間に間に合わなかった者、及び問題行動を起こした生徒は、修学旅行終了後に私と新田先生直々の特別指導が待っている。
ここまで言えば分かるはずだな?」

「「「「「い、イエッサー!」」」」」

ネギの言葉の時と同じくらい、力のこもった返事が戻ってきた。承太郎は特に表情には感情を表さず、うむ、と一つ頷いた。

見事なまでの飴と鞭。

車両ごとを見て回っているしずな先生が、たった二ヶ月ほどでここまでA組を抑えるとは……と冷や汗を流していた。

それもそうだろう。タカミチですら抑え切れなかったA組を、教師になってまだ二ヶ月の二人によってまとめ上げられていたのだから。

ここで注意してもらいたいのが、タカミチの能力が低い訳ではないという事だ。

こうまでA組の纏まり方が違うのは、単に相性が悪かっただけなのだ。

魔法使いの仕事関係の出張で長期間居なくなるため、どうしても生徒たちに甘かったタカミチより、時間があればあるだけ生徒と接しようとし、時に厳しく時に優しくと緩急をつけるネギ&承太郎の方が、A組の者を御するためには最適だったのである。

というか御するという表現を使う時点で、何がが致命的に間違っている気がしないでも無い。

間違っている気がしないでも無いのだが、やはり3-Aなら仕方ないという思いもある訳で。

それと同時に、麻帆良一番のじゃじゃ馬であるこのクラスを真の意味で抑え込むことは、心底不可能に近いだろうという確信が教師陣にはあった。








諸注意も度を過ぎれば煩わしいだけだ。

幸いな事に3-A生徒はやってはいけないラインというものを心得ているため、注意喚起はこの程度でも十分だろう。

まあ承太郎の脅しがあるので、余計に安全になることは間違いないのだから。

「隣の車両まで聞こえる程でなければ、はしゃいでもらって構わん。無論、器物破損はするなよ?」

「良いですかー?」

「「「「「はーい!」」」」」

事実上の好きにしておけ発言で、3-Aの生徒たちは思い思いの遊び道具を鞄から取り出す。

やはり取り出す物に個性が出る様で、班の括りから大きくはみ出したとしても、ルールが分かっている者同士で遊び始めているようだ。

それを横目に見ながらしずなは別の車両へと赴き、ネギと承太郎は教師用に用意された席へ座った。

「よっしゃー、トランプやろー!」

「定番の大富豪だー!」

「定番と言ったらババ抜きだよー!」

「私はダウトの方が良いんだけどなあ。誰かダウトやろーよー」

「UNOやる人ー」

修学旅行ではおなじみと言えるカードゲームが、ネギたちが席に座るより早くに始まる。

ショットガンタッチもかくやという速度だ。耳から脳に許可の言葉が駆け巡った瞬間、遊ぶために動き出したとしか思えない。

クラスの三分の一が確実に定番カードものを持ってきている程なので、すぐにそこかしこでカードが受け渡しされる。

持ってきたおやつを賭けに出している者もいる様だ。直接的な金銭では無いため、承太郎もこれには黙認。

……魂を賭けるレベルじゃないと口出しして来ない様な気もする。

「カード麻雀持ってきたから誰かやらないー?」

「麻雀のルールなんて分かんないよ!」

「私は国の方でやったから出来るアルー」

「囲碁の相手をしろ、茶々丸」

「了解です、マスター」

カード麻雀やマグネットタイプの囲碁といったコアな遊びを持ってきている者もいる様だ。

ちなみに前者は桜子、後者はエヴァが持ってきている。前者はともかくとして、何をしている吸血鬼。

マグネット式囲碁は明らかに新品であり、今回の修学旅行のために買ってきた物であるのは明白だった。

本当に楽しみで仕方が無かったようである。

「よし、ポケ○ンだ。誰か持ってきている奴は居るか?」

「千雨ちゃんガチパだー!?」

「開幕にスカーフ持ちのガブ○アスは無理だって!」

「勝てたらお菓子を全部やるよ」

「くそ、やるっきゃないっしょ!」

中学生の卒業旅行にしては珍しく、トランプ以外にも携帯ゲーム機やMP3プレーヤを持ってきて良いため、一部で電子の支配者である千雨無双が開始されている。

スタンド能力を惜しげも無く使用し、孵化時の確率を操作して作りだした6V厳選パーティ、しかも先鋒がスカーフ持ちガブ○アスという事で、通信対戦を始めたそばから蹂躙されていく様が繰り広げられている。

手加減してやるという言葉と共に出されるのも厳選メタグ○スであり、接待プレイは一切しないつもりの様だ。

2007年のこの時点では金剛石と真珠バージョンしか出ていないために、厳選されたガブ○アスやメタグ○スに勝てるとしたら、極少数の対戦特化型ポケ○ンをさらに厳選して対抗するしかない。

だがそこまでやりこむ者はクラスには居らず、結果として千雨の手元にお菓子がどんどん増えていったのだった。

……負けると分かっていて何でお菓子を賭けるのか。
















そんなクラスの者たちによる喧騒からは遠く、桜咲刹那は窓の外に広がる風景に集中していた。

集中していたというより、列車内から目を逸らす為に窓の外を見ざるを得なかったのだが。

(このちゃ……木乃香お嬢様を守るためにここに居るというのに、お嬢様から目を逸らさないといけないとはな。
目を合わせれば、間違いなくお嬢様は私と喋るために近づいてくるだろう。でもそれは……)

駄目なのだ。

まだ未熟な自分がお嬢様と言葉を交わすなぞ。

言葉には出さず、きつく心の中で己を戒める。そうしないと、何時の間にか戒めを緩めてしまいそうだったから。

刹那がここまで木乃香を避けている理由は、木乃香の事を嫌っているからではない。むしろ大好きである、親友として。

だがそれ以前に、刹那は木乃香の護衛だった。

元々は単に護衛のため、そして木乃香に同年代の友達が居ないからついでの要素として、歳が同じ刹那があてがわれただけだった。

始めは頑なに護衛として勤めようとしたのだが、お淑やかさとは裏腹に押しの強い木乃香に押され、何時しか親友として接するようになった。

両親から捨てられた自分を救ってくれた神鳴流しんめいりゅうの師範代へ恩を返すため、剣術を極めようと躍起になっていた刹那だったが、木乃香との触れ合いで人間らしさを育む事も出来た。

一生の友達として共にあるはずだった木乃香。

その関係が壊れたのは、他ならぬ自分の短慮のせいだと考えている。

幼い頃、川で溺れた木乃香を助けられなかった事を、刹那は未だに引きずっているのだ。

きちんと考えれば、子供だけで川に遊びに行くことの危険性くらい分かった筈だというのに。

護衛として間違いなく失格。

自らの短慮さと、溺れている親友を助けられない自分の無力さに、止め処なく涙が溢れた。

『まもれなくてごめん、このちゃん……ごめんなさい……ごめんなさい……』

『そんなんええよ。ウチはせっちゃんが一緒に遊んでくれるだけで』

あくまでも川へ遊びに行くと言いだした自分の責任だと、木乃香は譲らなかった。

死にそうな目に遭ったというのに、この件は刹那のせいで起こった事ではないと、刹那を怒らないであげて欲しいと言ったのだ。

それが、無性に悔しかった。

自分に力があれば、もっと深く考えていれば、木乃香にそんな事を言わせずに済んだというのに。

『もっともっとつよおなるから……もっともっと……』

だからここで、弱い自分と決別した。護衛対象である木乃香と親しくするためには、木乃香を守り切れるだけの力が必要だと信じて。

子供の頃らしい、理論が飛び飛びの信念。

親友であるためには、力なんて不要だというのに。逃げる事は弱さだというのに。

しかし刹那は物心つくより前から剣術に打ち込んでいたため、更に言えば刹那にとっても木乃香は初めての友達だったため、友人との付き合い方が全く分かっていなかった。

だからこそ自分の理由だけで一方的に交友を断ち切り、力を付けるために修練を積む事を選んだ。

その選択こそが、木乃香をより深く傷つけるという結果になる事を知らずに。








……考えてみれば、刹那と木乃香は似たような理由で思い悩んでいる。

木乃香は自分のせいで刹那に嫌われたと思っている。刹那は自分のせいで木乃香が死にかけたと思っている。

話しかけて自分の甘い考えが壊れてしまうのが怖い。話しかけてしまったら木乃香の好意に甘えてしまいそうな自分が恐い。

お互いに責任と恐怖を自分の内側に見出しているからこそ、相手に話しかける事に忌避感を抱いてしまっている。

だからこそお互いの間に広がる溝を深くしているのだと、互いに気付かない。

気付けない。

そんな二人が元の関係を取り戻せるときが来るのなら、恐らくは溝を埋める外因が必要だろう。

二人を隔てる距離なんて知った事かと、横合いから溝にコンクリートを流し込む何かがあれば、たちどころに関係は修復されるはずだ。

その外因……まあ修学旅行であるし、ましてやスタンド使いや魔法使いが一か所に集まりながら移動するのだ。

厄介事は向こうから勝手に舞い込んでくるだろう、刹那の望む望まないにかかわらず。

それが幸運なのか、不幸なのか。

結果を見なければ判断できようも無かった。








ずっと外の景色を見続け飽きてきたのか、刹那が一つ欠伸を漏らす。

どちらかと言えば景色を見続けていると電車酔いになると思うのだが、体を鍛えている刹那は酔うなんて事は無く。

そのために『異常』に気が付けないでいた。

(いかんいかん。京都にはお嬢様を狙う輩が居るんだ、移動中でも気を抜くわけにはいかない)

かぶりを振って眠気を覚まそうとする刹那だったが、いくらやっても眠気は覚めない。

ぶんぶんと頭を振って、乱暴に眠気を解消させようとするのだが、やはり効果は無い。

少し長めのポニーテールが大きく波打ち、隣に座っている明日菜の顔をはたく。

だが普段の明日菜ならば軽く怒りだしてもおかしくないというのに、『一切の苦情が来ない』事に刹那は気付かない。

(うーむ、朝方二時まで刀を研いでいたのが不味かったか?
だが私は六時間も寝れれば、生まれつきの『体質』のおかげで体調は万全になるんだが……)

段々と大きくなっていく眠気を覚まそうと手の甲を抓るが、余りの眠気に痛覚がマヒしているのか、何の痛みも感じなかった。

(……痛みを感じない!?)

ここでようやく、痛烈な違和感を感じる。

遅すぎはしないか、とも思えるが、実際はこの時点で意識が落ちていなければおかしい程の睡魔に襲われている。

意識を保っている時点で奇跡なのだ。

刹那は緩慢になって行く自身の体を何とか動かし、視線を列車内の方に向ける。

「なッ!?」

目の前に広がるのは、見える範囲に居るクラスメイト全員が眠りに落ちているという異常な状態。

見えていない部分も恐らく同様だろう。そこかしこから寝息が聞こえてきているのだから。

ある者はトランプを持ったまま、ある者はお菓子の箱を開ける途中で眠りについているのが見える。

まるで時が止まったかのような異常な光景から、刹那は焦りを覚えるしかない。

木乃香も窓際で寝ているのが見える。何者かの攻撃であることが分かっている以上、そばで守らなければならない。

「お……嬢……さ…………」

だが気付いた時点ですでに遅い。

結局刹那は席から一歩も動く事が出来ず、まどろみの中に沈んでいった。

……刹那は意識が落ちる直前、妙な声を聞いた気がした。

緊張感が無い様な、それでいて狂気を孕んだ声で、奇妙な響きの言葉を。

たしか……有名なゲームの魔法だったような……。
















『ラリホォーーッ!』
















「……これは、敵の攻撃でしょうか?」

列車内で一つだけ動く影があった。

眠ることの無い人物と言えば一人しかおるまい。

「少なくとも麻帆良関係者の車両全てに効果が出ていますね、そして前後一つずつの車両も、念のためという訳でしょうか」

機械仕掛けのガイノイドであるために眠ることの無い茶々丸は、囲碁をしている途中で眠ってしまったエヴァの体勢を整えながら、高性能センサーをフル稼働させて状況の収集に当たる。

サーモセンサーや動体センサー、各種音声収集マイクなどから送られてくる情報により、麻帆良関係者全員――茶々丸は除外するにしても――が全員眠りに落ちてしまっている状況を知る茶々丸。

次に魔力センサーを起動するが……。

「この場の空気に魔力反応なし……いえ、車両入口前後二ヶ所から反応あり。
マスターや皆さんが眠っているのは魔法の効果では無く、今から入ってくる物体は魔法で出来たものの様ですね」

嘆息する茶々丸。

後者は呪術協会の過激派が差し向けてきたものだと分かるが、前者はどうにも正体がつかみづらい。

いや、実は大体の目星は付いているが、まさかそんな、あり得ないという様にAIが警告を発している。

何故ならそれは、麻帆良と同じことを過激派がしてきたという事なのだから。

「……スタンド使いが何処かに居る様ですが、私では判別できませんね。なら私は、出来る事をしましょう」

言って、車両の中央に通る通路を陣取る。

相手の目標としてはネギの持つ親書、および木乃香の身柄を確保する事だろう。

防衛戦なら楽勝だ。車両に損害を与えてはいけないというのが少しばかり骨だが。

やがて車両間を繋ぐドアから、魔力で体を構成された『何か』が入り込んでくる。

「ウキャ?」「ウキキ?」「ウキャキャー!!」

入ってきた『何か』は、子供向けキャラクターのようにデフォルメされたサル……の姿をした式神の様だ。

茶々丸は魔力センサーを更に稼働させ、個体ごとの力具合を確認する。

結果は何とも拍子抜けする結果に終わった。

パワーとしては、あったとしても精々が一般的な男性成人程度。茶々丸の敵では無い。

だが少々数が多いのが厄介だ。それでも負ける事は万が一にも、どころか億が一にもあり得ないだろうが。

「マスターは今回の修学旅行を楽しみにしておられます。それを邪魔するのであれば……」

茶々丸の体の各部分がカシャンカシャンと音を立て、臨戦態勢に移る。

サルの形をした式神は目の前に居る茶々丸をただの女子中学生と認識している様で、幾つかの個体は鼻で笑うような反応を見せていた。

その姿はいっそ哀れだ。哀れ過ぎて何も言えない。

茶々丸は素早く引導を渡してやろうと、両ドアに右手と左手が向くように体を進行方向に対して垂直に体の向きを変える。

「排除させてもらいます」

言って、両腕のロケットパンチ――正確にはワイヤードフィスト――を起動。

爆発的なジェット噴射で加速させられた鋼鉄の腕は、圧倒的な威力を持って着弾する。

ドア周辺に固まっていた式神は、その大部分を紙吹雪として散らされることとなった。

勿論細心の注意を払ったので、車両には罅や傷といった被害は一切無し。

「ウ、ウキャ!?」

ここにきてようやく目の前に居る者の力を知って恐れ慄く式神たちだったが、残念ながら時すでに遅く。

「逃がしません。一匹も残さず、余すところなく排除します」

そして戦闘と呼べない一方的な蹂躙が始まる直前、献身的な従者は宣言する。

「……夢の中からマスターやクラスの皆さん、そして先生たちが戻ってくるまで、あなたたちの目的は達成させない事を宣言しましょう」

出来るものならやってみろ、と。








列車内状況――麻帆良関係者乗車中の車両及びその前後にある車両の一般人を巻き込み、眠りに落としている。








┌―――――――┘\
│To Be Continued   >
└―――――――┐/




後書き:
意外と速く書けちゃいました。停電中の暇な時間に描き溜めたからでしょうね。

それとあの口癖で間違いなくばれたでしょうが、一応建前として言っておきましょう。

いったいだれなんだー(棒)。

あ、ちなみに次回でこのサブタイは決着ゥー!です。 速い!


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