ミッドチルダ北部にあるもっとも大きい施設である聖王教会本部は、闇に包まれ真新しい血の香りで包まれていた。
人工的な光は全て絶たれ、月明かりすら不吉なほど黒く厚い雲に遮られて作り出された闇の世界。
その闇の中に異質な三つの影があった。彼らは揃いも揃って胸に剣十字のシンボルをつけている。その証こそが彼らを結びつけるものであり、信仰の対象でもある。
剣十字教。
管理局が危険な宗教団体として名前をあげている中でも異質な存在だ。名前をあげられる程度はよくあることだ。
宗教団体や自然保護団体や思想団体など次元世界には数多の組織が存在する。片足をそれらにつけた人間も管理局に入るが、それらの組織を危険だと考える人も管理局にはいる。
結局は思想の問題であり、一部の人間にこの組織に入っていると危険視されるという程度だ。
だが剣十字教が異質なのはもっとも多くの人が危険視、さらには敵視をしている。その人たちの共通する特徴は献身な聖王教徒だということだ。
剣十字教を信仰する局員は管理局にはいないとされている。それは多くの管理世界からの参入された組織である管理局では考えられないことでもあった。決して小さくない規模の宗教組織に所属する人間が一人もいないということは数学的に不自然だ。噂のレベルでカモフラージュされているや聖王教徒にいるなどの話があるが真偽は不明だ。
そのため剣十字教がどのような宗教なのかを詳しく知っている人間は管理局には極少数しかいない。
一つだけわかっていることは、あまりにも強い騎士が所属するということぐらいだ。
強さが分かったのは過去に一度だけ起きた剣十字教と管理局の戦闘の記録からだ。
記録では管理世界内で布教活動中の剣十字教が他宗教といざこざを起こし、異なる管理世界から発生した宗教による宗教戦争に発展した。地上部隊の管轄を超えた事態に本局は航行部隊を一部隊派遣した。当初の目論見では喧嘩両成敗で中立の立場を貫くはずだった。
要請から一週間、戦艦からの連絡は途絶えていた。本局は当該世界の地上部隊に調査を要請した。
地上部隊からの報告は信じ難いものだった。
Aランク以上が20名近く、さらにSランクが在籍した部隊は壊滅。それに剣十字教徒は10人にもみたないという。
調査報告自体には間違いはなかった。だからこそ信じられなかった。その後地上部隊には連絡が届かなかった。
最終的に管理局は最高戦力を投入し教徒を全滅させた。それほどまでに強いとされていた。ある種の神話に近い強さを持ったのが剣十字教徒だ。
その剣十字教徒が今ミッドチルダ北部にて数名確認された。事態を重く見たレジアス・ゲイズ中将はサイレント・コンサートの使用を許可した。
ミッドチルダの地上部隊では処刑演技と揶揄されているサイレント・コンサートが幕を上げた頃、三人の若者は聖王教会のエントランスを進んでいた。
日中なら暖かい日差しに包まれた石造りの質素ながら心地よさを感じさせる石畳。夜は月夜に照らされて石の白さが美しさに変わる。今は、血で穢され昼の暖かさも夜の美しさも持たない冷たい石の道となっていた。
「停電かい? 後続部隊の仕事ではないな」
長い直槍を片手で持つ槍騎士は周りの闇を図った。
「予備電源もないか。おおかた、外部から力でもかけたのか」
大剣を背負った騎士は細い目をわずかに開いた。
瞬く間に背負った体を隠すほどの大剣を手軽に振るう。重い一撃は小豆色の衝撃と共に石畳を砕き、大小様々な無数の礫を巻き上げた。地面へと打ち込まれた魔力は波のように前へと流れ、礫を銃弾の速さで打ち出した。
彼らを倒そうと隠れていた教会の騎士達は礫の洗礼を受けた。予想以上に早い察知と攻撃でバリアが間に合わなかったものは礫に体を砕かれた。
バリアが間に合った者達も礫の突風を前に防戦一方となり、隠れていたことによる優位性を失った。
突風が終わる、それを感じる間さえ二人は与えよう都市内。
「まだ終わらないよな。そうだよな」
槍騎士は直槍で目の前を穿つ。それだけで直槍から直線上の礫を防ぐバリアを張っていた騎士の体に風穴が開けられた。
彼の槍術は魔力で射程そのものをあげている。実際の間合いは彼が持つ直槍そのものの何倍にもなっている。
この騎士は常識では扱うことができないほど長い槍で貫かれたようなものだ。
「なんだ、この程度か」
大剣を下から上へ目掛けて振るえば、下から上へ突き上げる魔力の壁が前方へ放たれた。
処刑器具のような魔力の壁は礫を防ぎ終えた騎士たちを引き裂き、空へと葬り上げた。
「くそっ、ひぃっ、うわぁあぁぁぁぁぁっぁああっぁ」
「終わったか。聖王教会の守備は温いか」
空から落ちた屍には目もくれず、二人の騎士たちは聖王教会の本部へと足を進めようとした。
だが踏み出せなかった。
二人の目の前には一人の女性が立っていた。豊満な体つきをしているが、鋭く力強く鍛え抜かれいる。長い桃色の長髪は一つにくくられ、鋭くそれでいて静かな眼光。すらりと伸びた肢体は情欲の対象にもなり得るが、凛としたその姿はただ単に美しいだけだった。
腰には三本の刀を差して、右腕に一振りのサーベルを握りしめていた。失われた左腕は肘からしたを包帯で固められていた。
普通に考えれば片腕の人間が四本もの刀を装備するなど馬鹿らしいと嗤うだろう。
だが腕に覚えのある二人は気づいていた。彼女の力を発揮するにはあの程度の武器では全く足りるはずがない。
(聖王教会は人が悪いな)
(これほどの力量を持った騎士を隠し持っているか)
目の前に突如現れた強敵を前に二人は自ずと一歩下がった。
「時空管理局一等空尉シグナムだ。貴様等二人を殺人罪で逮捕する」
シグナムの敵意が向けられたのを二人は感じ取った。
死線ならば幾らでも潜ってきた。自身の力を上回るような敵とだって戦ったことがある。
その経験が二人に教えていた。目の前の騎士には絶対に勝てないことを。
だが心は踊った。
「強いな。強いよあんた!!」
槍騎士はここに来て初めて本気の一撃を打ち込んだ。上半身の力だけでさっきまでは突いていた。今度は全身の動きを連動させた。魔力と力は直槍を伝わり、藍色に輝く穂先から一直線に穿つ。
槍から打ち出された藍色の閃光の矢は大砲のような威力で本部ごと貫通するほどだ。
大剣を持った騎士も同時に動いた。槍を避けた隙に最大の一撃を叩き込むためだ。この時点ですでに剣士の方は槍騎士の攻撃が失敗すると想定して動いていた。
攻撃を避けられることは槍騎士も想定していた。それでも隙を生み出すために最大の一撃にかけている。だが現実は二人の想像を超えていた。
「まずは、一人」
シグナムがとった行動は左足を踏み込み、右手に持ったサーベルで突くことだった。
サーベルの動きは音速だ。人間大の重さで銃弾よりも上の早さで繰り出された、突きは音の壁ごと突き破りながら迫っていた。
槍騎士の渾身の一撃であった矢のような射程の伸びた槍は、サーベルと衝突した先端から真っ二つに引き裂かれた。
「たった一撃で、強いよ、強すぎるよあんた」
シグナムはさらに一歩魔力で強化された利き足で踏み込み狙撃銃のように素早く正確に飛び、紫色の閃光と共に槍騎士を一撃で斬り伏せた。
「お前が弱すぎるだけだ、小僧」
そのまま振り返ることなく背後に刃を振るった。人間大もある大剣の鈍重たる一撃を、片手で持ったサーベルで難なく防いだ。サーベルの強度が高いわけではない。
「防ぐか、だが我はそうはいかん!!」
二人はほとんど同時に力を込めた。力と力、二つの魔力が正面からぶつかり合い弾きあう。
互いに一歩ほどの距離が生まれる、はずだったがシグナムは一歩も下がらない。弾かれると一刹那の間もなく前に踏み込んでいた。
(まさか我の力を相殺したのか!?)
剣技のレベルが違いすぎた。体制を崩してしまった大剣の騎士はシグナムの斬撃の嵐に防戦一方となった。
シグナム以上の背丈を持つ彼の体を覆い隠すほどの大剣はシグナムの猛攻を防ぐ盾となった。
しかし防御は長くは続かない。シグナムの攻撃は並のものでは腕が何本にも見え、さながらマシンガンのような怒涛の斬撃だ。一撃一撃で決められずとも豊富な手数で圧倒する。
なんとか反応して凌いでいた彼だったが、シグナムの猛攻は単に刀を降るっているにあらず。高い技量は防御の動きを制限し、作らせた隙を一突きした。
吹き飛ばされながらも体制を立て直そうと力んだ彼の目には、烈火の如く間合いを詰めて紫炎の剣を振るうシグナムが映っていた。
「なんだ、この程度か」
一閃。そんな言葉が彼の脳裏に浮かんだ。盾にした大剣は紫炎の剣に紙のように切り落とされた。
シグナムの剣は止まることを知らず、そのまま剣を失った騎士に考える間も与えることなく切り倒した。二人を倒している間、シグナムは一度たりとも左腕を動かさなかった。
この五年間シグナムは模擬戦実戦問わず一度も左腕を使っていない。その制限された戦いの中でも圧倒的に敵を斬る強さからシグナムは隻腕の剣士とまで呼ばれていた。もっとも左腕の包帯の中身を見たものがいないため、もっぱら左腕はないというのが大衆の見解だ。
空気はいまだに焼かれている。
二人を倒したシグナムの闘志は衰えていなかった。むしろさっきよりも強くなった。気おくれすれば、その時点で殺されるかと錯覚するほどだ。
「出てこい」
最初は静かに。
「出てこい」
次は重みを加えて。
「出て来いと言っているだろう!! この卑怯者がっ!!」
最後は殺気すら込めて。
「おやおや、隻腕の剣士どのは恐ろしいですねー」
「恐ろしい? 仲間がやられているのを黙って見続けれる貴様の方が恐ろしい」
シグナムの背後、それも死角から声は聞こえた。
死角からの攻撃を防ごうとしたシグナムだったが、ジュッと嫌な音が聞こえた。あまりの激痛に顔が歪んだが、シグナムは気配がする方へ刃を振るった。
「おお、いい反応ですねー。左肩を焼かれて反応が出きるなんてねー」
刃は流された。男が両手に持つ刀は刀身そのものの長さは同じだが、強い反りがあるシミターといった刀だ。
シグナムは肩の傷を横目に見た。騎士甲冑を貫かれた上で傷口を焼かれていた。斬ると同時に焼くことにより、攻撃箇所に酷い火傷をおわせる。
「炎熱系の魔力変換を使うシミター使い。そうか、お前が焼き刃のアルベルトか」
反りの強い二本の刀を持ち、騎士甲冑にしては薄すぎる場違いに白い衣。左胸に刻まれた十字の証は彼が剣十字教徒であることを明かしていた。
「そういう貴女が隻腕の剣士シグナムどのねー。ふーんいい女ですねー」
焼けて焦げた髪でさえ異質だが、頬骨が浮き出るような顔と口調が異質どころか生理的嫌悪感をシグナムに与えた。二振りの刀は強い反りで受け流すことと切り裂くことに特化している。鍔迫り合いには向いていないため彼は一撃離脱のような手段をとっている。
焼き刃のアルベルト。単身で騎士数十名を切り殺した経歴を持つ剣十字の剣士。炎熱をまとった刀で切り裂くと同時に焼き払う。火傷を負った騎士たちは治癒も空しく息絶えた。普通の炎熱攻撃では体の表面を焼くことが精いっぱいだ。だがアルベルトは切り裂くと同時に内部まで焼くことを可能とした。
(地のスピードは私と同じかそれ以下。攻撃力は同等。だが炎による錯覚で気配を隠している)
脱力した様子だが隙がなかった。不用意に近づけはその場で切り裂かれる。周囲に蔓延する熱気は彼が作り出したもので、熱気に飲まれれば錯覚し大きな隙をつくらさセルだろう。
一方間合いを図りながらシグナムは攻めあぐねていた。炎の刀は一度受けてその傷の深さを十分理解した。バリアブレイクに特化したデバイスで防御を破り、体を引き裂くと同時に傷口を焼き払う。いくらシグナムでもそう何度も受けていられるものではなかった。
しかしそれだけの苦戦だというのに表情は明るい。先ほどの二人はそこそこの力量だが、JS事件直前のエリオ程度だった。アルベルトは焼き刃の異名がつくほどの手練だ。直接対面しその力量をよくわかった。
久々にシグナムが楽しめるレベルだった。
(スバルやセイン、ディードの相手をするのもいいが、このレベルの相手と生死をかけ戦いは久しぶりだ)
シャッハ亡き後の聖王教会本部にはシグナムと一騎打ちできるほどの使い手はいなかった。次点でスバルやディード、最近伸びてきたセインだが彼女達との模擬戦はシグナムにはなじめないものだった。
だからこそ本当にシグナムにとっては久しぶりであり、訓練の成果を存分に試せる相手でもあった。
間合いを測るシグナムにしびれを切らしたのか、アルベルトの口が動いた。
「攻めてこないのかねー。十字架の方々が直接伺うと言われるほどかねー」
「なんだ? その十字架というのは」
シグナムの返答にアルベルトは三日月のように唇をゆがませた笑みを見せた。ここに来て初めての笑みだった。
歪んだそれは殺意に満ちながらも歓喜にあふれ、頬骨が着き出るようだった。悪魔のような笑みとともに、シグナムの目にはほんの一瞬だが赤色の魔力光が見えた。
「今から死ぬ人に教える必要はないのねー」
待っていました、と言わんばかり明るい口調で渋い声で紡がれる不気味な言葉とともにシグナムの周囲が明るくなった。
燦々と燃え上がる赤い炎はシグナムを照らした。突如燃え上がった炎は燃えるはずのない石畳の上を燃えていた。
魔法による炎熱。シグナムは最初にそう判断を下した。しかしすぐに違うことに気づいた。
「この鼻につく匂いは……アルベルトッ!! 貴様人の脂を燃やしているな!!」
「それがどうしたのねー」
アルベルトはシグナムに奇襲を仕掛ける前に、自分が作った死体に仕掛けを施していた。合図の魔法とともに爆発するように燃える仕掛けを。そして今脂を元に燃えている。その中にはシグナムが倒した剣十字の騎士二人もいた。
この二人はすでに仕掛けを施されているようだ。
それに気付いたシグナムは怒りを隠しきれずに、獣のように鋭い眼光で睨みながら吠えるようにアルベルトに問いただした。
「貴様!! 仲間を……何だと思っている!!」
「君は捕まって仲間を危険にさらすくらいなら死を選ぶねー。私はこいつらの無駄になった命を再利用してあげているだけねー。リサイクルはいいことねー」
シグナムは激しい怒りを感じた。騎士として剣士として同じような存在だと思っていた。だが彼らは根本から違っていた。目標達成のためならば命すら惜しまない。
その理念はシグナムにも理解できる。だがあまりにも迷いがなさすぎる。命と崇拝を天秤で比べ崇拝が勝った結果を彼女は垣間見た。
「さあさあ、人肉のステーキはいかがねー? 私は貴女のサイコロステーキを食べたいねー」
死臭の炎に三角形の魔法陣が浮かんだ。炎から弾き出されるように火の刃が飛んできた。
シグナムのサーベルは紫炎と化した。何百もの火の刃の攻撃をシグナムは全て切り落とした。
その勢いは修羅の如く。
「どうやら貴様は以下しておくことすら許せない外道だな」
紫炎の刀が赤い炎を切り裂けば、その先にアルベルトを見つけた。シグナムの魔力は更に燃え上がった。
すでにサーベルは跡形もない。量産型のデバイスにすぎないサーベルではシグナムの炎に耐えきれなかった。だがそれで十分だった。
少なくともシグナムが目の前の男を切り捨てるには十分だった。
炎の斬撃が体を切り裂くため一歩足を踏み入れたとき、天を焦がすほどに伸びる炎がシグナムを包んだ。
「まずはじっくりと焼き上げてねー」
炎の刃が再びシグナムに降り注ぐ。
「バラッバラに切ってねー出来上がりねー。うーん、まだ動けるのねー」
楽しそうに言った彼の目の前には焼かれ、刀身がほとんど刃こぼれしてぼろぼろになったサーベルを握りしめ、立ち尽くすシグナムの姿があった。もはやサーベルというよりただの棒だ。騎士甲冑は焼かれ痛々しい皮膚が顔をだし、鮮やかな朱色の髪も焦げてしまった。
火柱の直撃を受けても立っていられたのは、長年培った勘によるものだろう。また自身が炎熱系の変換資質を持っていることも幸いした。
「死体に炎熱変換魔力を付加させた爆弾トラップに、補助魔法で発射位置をずらした射撃魔法か。器用なことをするんだな。正面からの戦いを避け、不意をつくことしか脳がないのか」
ダメージはあるはずなのに、シグナムは至って冷静だった。ダメージを受けたことでより冷静になれたようだ。それだけではなくアルベルトの戦術を見抜いていた。
「言ってくれるのねー。じゃあこれでどうねー」
足元に赤色の魔法陣を発動させながら、アルベルトは刃を互いに擦った。刃と刃の摩擦からこぼれた魔力は赤色の炎になり刀に灯った。さらにアルベルトの周りに16個もの火球が浮かんだ。
16個の火球は拳ほどの大きさでも、熱の塊そのものだ。アルベルトの周囲をゆっくりと回っていたと思うと、突然16個同時にシグナムに襲い掛かった。
火球を見たシグナムは焦り一つ浮かばなかった。
「私を焼きたいのであれば高町にでも基礎から学び直せ」
シグナムは屑鉄の棒を振るうことなく、わずかな動きだけで火球を全て躱した。
その時、音もなく素早い熱線がシグナムを貫いた。貫かれた太さは糸ほどだが、その一点から伝わる熱による激痛が瞬時に体中を駆け巡った。
「捕まえたのねー」
火球による攻撃は熱線を当てるための囮だった。火球が当たらなくても、熱気と魔力によりシグナム相手にもごまかしが通じていた。
そしてシグナムが怯んだ一瞬に接近したアルベルトの手には、炎をともした「焼き刃」が握りしめられていた。
「さあ、内臓焼きの時間だねー」
ヘブンズソード・甲板
嗅覚が鮮血と火薬の匂いを感知。嫌悪感上昇。発生源は3秒前まで右翼にいた同分隊の陸士。狙撃された模様。
「ネシア分隊長っ、ジャンプ3、え、エンリケが、被弾、しましたっ」
部下、ジャンプ6フリアンが発言。状況把握のため左眼球を動かし負傷者の確認を行う。被弾箇所は右脇腹、出血多量、止血しない場合の致死率80%、魔力残量20%未満。戦闘続行可能性5%。
「被害報告、隊列の変更、ゲート構築まであと5分」
現在、IS使用CPU85%。他の領域を使用し演算中。対物センサーが反応。射撃を確認。
「敵機補足、10時の方向から射撃、2時の方向から突撃」
現状は劣勢。ゼスト総隊長が推定オーバーSの魔導師と交戦中。戦況は不利。キルギス隊長及びハラレー副隊長及び第一分隊は敵戦闘機人を一体撃墜、敵前衛勢力と交戦。第三分隊、敵第二次戦力の奇襲を受ける。四足のフレームに大型のガトリング砲を搭載した機体が合計6機、甲板に隠されていた発射口から出現。
フレームの中心を軸にガトリング砲の方向変換可能。不確定事項で全方位への弾丸の掃射可。第一分隊が敵前線勢力へ攻撃時に自衛へ攻撃。
対策として甲板を剥がし障壁を作るも敵火力により突破。現在は射撃魔法により一定の距離を保持、残存戦力残り僅か。魔力防壁の持続時間は使用者の魔力量から計算して約4分。敵攻撃力と自身耐久力を考慮、防壁崩壊後の戦闘続行可能時間は約40秒。結論、目標達成不能。
機能低下演算能力で演算結果、失敗。不確定再度演算を開始。
第三分隊が貼った防衛戦は作戦の鍵となるISを発動させるネシアを中心に行われている。分隊長の任は広範囲に渡る索敵と高い情報処理能力を持つネシアだが、IS発動に集中している彼女はISのために敵に背を向けていた。
彼女の固有武装によるセンサーによる一把握と演算能力により、最適な防御陣形を選択していたが攻めることができずすでに障壁は破られ、徐々に追い込まれていた。
猛攻に防戦一方の陸士たちの表情は焦りと恐怖が浮かんでおり、魔導師の一人エンリケが倒れたとき一部はパニックに陥りかけていた。だが被弾から5秒も経たない内にネシアからの陣形変更の指示が出された。
この指示は隊員の欠落を埋めるためと、陸士たちがパニックに陥る前に指示を与えることで精神安定を保つためでもあった。極限状態に陥る一歩前に上からの指示を聞いた彼らは冷水を浴びせられたように冷静さを取り戻せた。しかし状況は悪化している一方だった。
ガトリング砲の集中射撃により防壁が削られ、破壊されたときだった。
「苦戦しているのか」
声と共に1機爆散する。煙の向こうにいたのは短い金髪頭の長身。四番隊副隊長コウライだった。
侵入していた彼は人知れず周囲を伺っていた。
「震え炎、奔れ雷」
右手には黄金の炎、左手には黄金の雷。異なる魔力を両手の拳に宿したコウライが、真横に拳を振った。右は黄金の炎が空間を飲み込み、左は黄金の雷が空間を引き裂く。
彼の右にいた機体は炎で炭となり、左のは雷により煙を物言わぬ巨体となった。
瞬く間に3機撃墜したコウライはそのまま黄金色の火炎と雷撃を振るう。そこに第三分隊の残存戦力が必死の攻撃を打ち込んだ。
彼があらわれてからすぐさまに、ネシアの背後は黄金色に染め上げられた。それは圧倒的すぎる存在感と戦闘力だった。
第三分隊は輸送を主目的とした構成となっている。戦闘力は控えめであり、大型輸送などの魔法に特化した部隊編成であり戦闘は苦手な方である。そんな彼らからすればコウライの戦闘力は嫉妬を通り越して羨望の領域だった。
コウライは駆けつけてから1分程度で最後の一体に炎をまとった拳を浴びせ破壊した。
「ゲート展開まで後何分だ」
「残り3分57秒。脳の全機能をISに回します」
ネシアは普段から感情の起伏のない表情をしている。だが発言の後のネシアの表情は生気すら感じられないものだった。深緑色の瞳は光をなくし、両手を前に向けただけの石像のようになった。視界の平衡感覚のためと言って、唇にかかるほど真ん中だけ伸ばしている前髪だけが風で動いた。
今、ネシアは脳の生命維持に必要最低限を除いた全てをISに費やしていた。当初の予定と大幅に狂ったためネシアはこの荒業を使うことにした。この状態は人であるというよりも機械といった方がいいだろう。決められた仕事以外は一切行うことのできない機械だ。
もし仮に今斬られてもネシアは声一つあげない。体を潰されたとしても声一つあげない。どんなことをされても声一つあげることができない。
「どれくらいの短縮が可能か?」
コウライは返事することすらできないネシアの代わりに近くの隊員に尋ねた。聞かれた隊員はコウライの眼力に気圧されて肩を一度震わせたが、震えつつも答えた。
「50%の短縮が可能になります。2分以上の使用は脳が潰れる可能があるので控えていました」
尋ねた当のコウライは聞いているかと思いきや、突然動いた。
「来たぞ、迎撃体制をとれ」
黄金色の魔力を発しながら、静かにそれでいて鋭く必殺の拳を新たな敵に向けてはなった。動きに反応して動いたコウライはそこで初めて敵の姿を見た。
「E型戦闘機人……いや、これは違う」
ヘルメットを被り、手に武器を持った戦闘機人たちが彼らを襲った。コウライが疑問に思ったのはその連携の完璧さだった。一体がコウライの攻撃を受けると同時にもう一体が攻撃を仕掛け、防げば更にもう一体が攻撃を仕掛ける。
「気をつけろ、この敵は今までとは違う」
コウライの声も虚しく、第三分隊は押されていた。複数を相手にする場合は通常一対一を続けるものだ。だがE型の動きはまるで全てが同じ意思でも持っているかのように統率された動きだった。
どれだけ上手く立ち回ろうが、一体複数に追い込まれた。
ヘブンズソード・司令室
「良い出来だな」
モニターに映し出された戦況は想像以上の結果だった。
「面白い状態ですね。アモン、これはいったい何をしているですか」
「テレサか」
背後の気配に気づいたのは声をかけられる直前だ。なかなかに恐ろしいものだ。後ろにいるどう贔屓目に見ても12歳程度だというのに、感じる気配はただ魔力が多いだけの子供ではなく歴戦の威圧だ。
BJか騎士甲冑かこの場合何というのかは知らぬが、真っ白な修道服を着込んでいた。白地に金糸の刺繍を施している。頭には実用性に乏しい三角形のかぶりものをしているが、おそらくこいつらのよくわからない宗教的な何かなのだろう。平らな胸元に輝く金色の十字架然り。
「どこを見ているですか」
目ざとい女だ。外見に騙されてはいけない証拠だろうな。睨み自体が殺気の塊に見える。魔力そのものならば高町の方が上だろう。しかし感じられる威圧感や殺気はこやつの方が強い。
「まあいいですよ。ところでその映像は一体何ですか」
「そうだな。教えておこうか。これがE型の真の力だ」
「ふーん、意識のリンクによる攻撃の協調ですか。単体の戦力が低くても、多数の状態をキープできれば勝てるですか」
一目で見破ったか。こやつの言う通りだ。E型は生産性の高さと命令遵守の高さが武器だが、個体のスペックは低めになっている。そこで脳を完全にリンクさせることで全体の意思を一つに集約した。実行可能な命令が単純なものになったが、個体の考えでありながら全体で動くことが可能になった。
どんなに腕のいいものでも集団戦では一対一を繰り返す。多数対一を選ぶようなものは愚の骨頂だ。進化の可能性もない。
だが一の規模が全体ならばどうなるか。意識をリンクしたE型は互いの情報を常に共有し、行動する事ができる。
「だから一人だけと戦おうとすることができないですね。一人を攻撃しようにも背後を攻撃されてるですね」
「そういうことだ。まあ、数で勝っていなければならないから消耗が激しいがな。アエーシュマと対峙した二人にはダゴンをぶつけている。救援には迎えまい」
「そうですかね? あの二体ってそんなに実力差があるですか?」
純粋無垢にも見え、悪意にも染まっているようにも見える、白と黒のオッドアイは結構な戦略眼のようだ。こやつも人の次元で遥かなる高みに立つのか?
疑問が出来たときには手に力が入っていた。か細いにも程がある首一本へし折る程度、造作もないことだ。戦い殺すことならば時間なくできるだろう。
だがまだ早いのではないか? こやつはもっと強くなるはずだ。ゴミ屑のような二体よりも。
「ないな。あえて言えば相性だろうな。お前ならばあの二体が相手ならばどうする」
ゴミ屑といってもあやつがDの称号を与えると決めたほどはある。魔導師で言えばAA以上に匹敵するはずだ。そういえばこやつの力量はどの程度だ。同盟関係にある組織から借りたやつらだが。竜騎士の方は想像以上の働きをしている。我と戦うことができる高みにいけるかもしれん。こやつの方はどうだ?
「どうするですか? そんなの敵に回ったなら叩きのめすに決まっているですよ」
面白いことを言う。だからこそ少しばかり試してみた。この前アリシアを圧したプレッシャーをかけた。アリシアは怯え逃げ出したが、こやつはどうだろうか。恐怖に怯みすぎて動くこともできないか?
いや違う、その答えは想像以上だ。
「甘いですよ」
プレッシャーを威圧で弾き飛ばしたか。驚いたな。体を動かすことなく、浴びせられたプレッシャーを威圧で吹き飛ばしている。練度の低い平ならば目の前に立つこともできない威圧だろう。
「素晴らしい」
「知らないようですから言っておきますが、私は剣十字の十字架の一人ですよ。いくらあなたが化物みたいに強くてもプレッシャーだけで圧せるとは思わないで下さいです」
十字架か、どうやら楽しめる連中はまだいるようだ。
剣十字教において最高位の戦力に数えられる者共か。ただの一兵卒ですら、Aランクと言われる剣十字教にて力でそれらを束ねる長ども。楽しめそうだ。
「あれ、もう二人しか立っていないですよ。一人はコウライ? あれは空戦AAAランクです、でももう一人は何をしているですか?」
モニターを見ればE型たちが圧倒していた。無理もないやつらはBランクかも疑わしい。ここまで持った方が奇跡的だ。よくてもE型一機分の戦力しかないだろうに。それを同時に2、3と相手にできるはずがない。可能性もない程度の低いやつらだ。
残った一人はよく戦っている。炎と雷撃の壁で押し返しているようだ。しかし編隊を崩そうとしているようだが無駄だ。個人を攻撃する時確実に隙を狙われる。相当の力量はあるだろうが、戦場と戦況が悪いな。倒れたやつらを庇いながら一人で奮迅している。見捨てることができない以上、この男はここまでだ。
己の力量以上のことをすることは愚者の行為だ。自分を知らぬゴミに進化の価値はない。
さてもう一人は何をしている? 映像からはわからない。ならばと計器を見た。そこに映し出されているのはありえない数値。
「面白い空間型か。かなりのレアものではないか」
少し残念だ。E型は関係なしに殺すだろう。あのタイプは珍しいことが勿体無いな。
走行している間に男の炎雷の壁は犠牲となったE型を壁に突破され、数体を足止めしている間に突破された。
「ふむ、いい実験結果が出た」
一体の刃が機人の女を斬ろうと、振り上げられた。
ミッドチルダ北部・聖王教会本部
まっすぐ振り下ろされたサーベルはアルベルトの足を貫いた。刃こぼれしたそれでも貫く程度のことはできた。炎をともした剣は足を焼くほどだった。
刃で切りつけられるよりも早く、シグナムはサーベルの持ち方を換えアルベルトの足に突き刺して地面に貼り付けた。
「捕まえたぞ、この焼身狂い」
「それがどうし」
たのねー。とアルベルトはまたもや愉快そうに続けようとした。だがその声を告げるよりも早く、サーベルに込められていたシグナムの渾身の炎がアルベルトを焼いた。
まず感じたのはその熱だ。表面が一瞬で炭化するような凄まじい熱だ。次に感じたのは風だった。傷口から切り裂かれ、体が砕け散りそうな風を全身に浴びた。
シグナムと同じ炎熱を使う彼はわかった。その炎が何なのか。
(これは爆炎……まさか私の攻撃を受けながら魔力を貯めていた!?)
目が砕けそうな中アルベルトは見た。シグナムが新しいサーベルを抜こうとしているのを。このまま抜かれて斬られれば即死だろう。抗議しようにも口が動かず、そもそも声すらでない。
(ならば、こうするまでですよねー)
目には目を、爆発には灼熱を。
アルベルトには美学がある。物の真価は焼けるときにある。それを追求した結果が高熱の炎で全てを灰にすることだった。炎で焼くというよりも炎で喰らうことを。
燃えるのは一瞬。その一瞬で骨まで焼き尽くす。両手のシミターに込められた魔力を変換し、デバイスの限界値に匹敵する炎を生み出した。両手から打ち出された荒れ狂う炎はシグナムを押し、赤い灼熱の口で飲み込んだ。
それは獣だった。数千度の炎で作られた貪欲な怪獣だった。獲物として差し出されたシグナムは怪物の口に喰らわれた。
「さあ、真っ黒炭人形の完成ねー」
声が体に軋む。それでも歌わずに入られなかった。熱気と焦げ臭い匂いがあたりに充満した。アルベルトがもっとも好む空気だ。あとは足を突き刺している
「これがお前の最大の炎か? 温いぞ」
え、という反応すらアルベルトはあげることはできなかった。
紫炎の一閃。
シグナムの新しいサーベルは紫炎を纏い、赤い炎の怪物を一刀両断にした。
いつの時代も怪物は勇者に倒される。勇者が持つ武器は一本の剣と怪物に立ち向かう勇気。それだけで十分だった。
ただシグナムは前に一歩踏み出し、怪物を紫炎の剣で切り裂けば赤い炎の道が出来上がる。シグナムは炎の道を突き進み、紫炎と化したサーベルを叩き込んだ。
「受け取れ、パイロマニア。私の炎を」
攻撃の型は平突き。まっすぐに一直線に貫くその一撃は火竜の如く。シグナムの目前を飛翔する火竜が通った跡は焼け焦げた石畳が続いた。
「お前の剣は軽すぎる。誇りのない剣で私を斬れると思うな」
紫炎に攻め立てられ石畳の上に叩きつけられたアルベルトをシグナムは見た。圧倒的な差を見せつけたシグナムだったが、行動を省み反省した。
(やりすぎたか。騎士甲冑ごと焼いてしまったな。この傷跡は……)
体中にある無数の火傷の跡を見たシグナムは驚き呆れてしまった。
アルベルトの体には古い火傷の後がいくつもある。傷跡があるのは騎士にとっては不自然ではないが、傷の付け方から見て自分で焼いてつけたようなものだ。
「まさか、焼ける相手がいないときは自分を焼いているのか?」
シグナムは先ほどパイロマニアと口にしたが、ここまで来ると表現する言葉がシグナムの語彙にすら存在しない。
狂人かと思ったが、左胸を見たとき違う驚きで目を見開いた。まず浮かんだのは疑問だ。本来ならば心臓があるはずの位置だ。そこにはデバイスのコアが埋め込まれていた。そのコアには中心に十字が刻まれている。
「なんだこれは、デバイスのコアのようだが? 人体にコアを埋め込むなど聞いたことがないぞ」
生身の体を抉るように埋め込まれたコアを見たシグナムは、無意識のうちに半歩後ろに下がった。シグナムを下げたもの、それは戦慄。
長く生きてきたシグナムですら、不気味さに後ずさるほどの「異質」がそこには存在した。
「うぅぅぅうぅぅうわぉぉぉぉ」
突然、謎の雄叫びをあげてアルベルトが目を見開いた。聞いている方も痛みを感じるような苦しい雄叫びに合わせて、左胸のコアが赤色に輝いた。
コアから溢れ出した光は生きているかのように彼の体を包んだ。赤い光に包まれたアルベルトの体は倒れたまま光に引っ張られるように起き上がった。
「まさかねー。貴方にこのエクステンスコアを見られるなんてねー」
「エクステンスコア? その左胸のコアのことか、まさかお前は」
「正解ねー。私たち剣十字の戦士達の中でも選びなかれた十字騎士はこのエクステンスコアを使うことを許されるねー」
語ることが幸せ。そんな感想を抱く表情だ。アルベルトが初めて見せる恍惚な表情にシグナムは嫌悪感よりも、恐怖を感じていた。
「自前の心臓はどうした?」
返答はわかっているというのにシグナムは聞いてしまった。
「あんなものこれの素晴らしさに比べたらいらないものねー。生きるためにしか使えないあれと違って、これは私たちに膨大な力を与えてくれるのねー」
アルベルトにとってもともと持っていた心臓はいらないものだった。
その魔力は強大だった。だがそれは明らかにさっきまでアルベルトの魔力とは質が違う。
魔力光は変わらない。しかしシグナムにはその魔力が人為的でおぞましいものに感じられた。
「リンカーコアから放出する魔力ではないな。なんだその不気味な魔力は」
「よくわかっているのねー。エクステンスコアはリンカーコアの単なる増幅器ではないのねー。リンカーコアと融合して、この鍛え上げられた肉体を土台に膨大な魔力を生み出すのねー」
「だからそんな腐ったような魔力なのか」
シグナムは一言嫌味を言った。だがそんな言葉が的を射ている、それほどまでに異質な魔力だった。
暴走しているかと思うほど膨大な魔力がアルベルトを包み込んでいた。指の先まで魔力に犯されている。魔力はクリーンなエネルギーというイメージが強いが、この魔力は毒々しく体を蝕んでいるようだ。
全身を毒が包み込んでいるようなものだというのに、アルベルトの表情は清々しい。肉体を改造しているのか、それとも本人には影響はないのかはシグナムには分からないが、人とは体の造りが異なっているという判断はつく。
(これでは私達の方が人間らしいな。全く馬鹿なことだ)
そんな風にさえシグナムには思えて、そんなことを考えたことを自嘲した。異質な魔力はたしかに危険なものだというのに、シグナム自身は特に気にしていなかった。
結局のところシグナムがすることは変わらないからだ。聖王教会本部を襲撃しようとしたこの男を捕まえる。どう転ぼうがそれだけだ。
たとえそれがなのはやフェイトに匹敵するほど膨大な魔力を持っていようと、見たこともない奇妙で怪しい道具を使っていようと彼女の剣には迷いはない。
「さて、これを見せてしまったのだからねー。あなたには特別にとっておきを見せてあげるのねー」
アルベルトを包む膨大な赤い魔力が炎に変わった。瞬時に全身が赤い炎に包まれた。
自爆かとシグナムは考えた。だが炎の中から現れた化物にシグナムは声一つでなかった。
「どうしたのねー? 驚きで声もでないのねー?」
それは炎だった。
それは人だった。
それは化物だった。
人の形をした炎の化物。炎の中から現れたのはそんな化物だった。両手は原型を留めておらず反りの強い、熱で赤く染まった刃物になっている。他は人の形をした炎といったところだろう。
「勘違いしているようだから教えてあげるのねー。エクステンスコアと融合した肉体は魔力と融合しているのねー。だから炎熱の魔力変換で燃えるに肉体を作ることぐらい簡単なのねー」
「武具崇拝も大概にしろ。崇拝する対象に近づきたいのは分からないこともないが、お前たちがやっているのは崇拝対象への侮辱だ」
「博識なのねー。私たちが崇拝するのは聖王に非ず、聖王の剣そのものねー。でも侮辱とは心外ねー。これは由緒正しき剣十字教の教えなのねー」
聖王の剣。長く生きているシグナムにさえ実在するかどうかわからない代物だった。聖王が実在していたのは事実である。聖王教会はその聖王を称え敬い作られた教会だ。剣十字教の発足時期については諸説あるが、聖王教会の最大派閥が分離したという節が最も有名だ。
「血統主義である聖王教と袂を分かち、実力主義をとったのがお前たち剣十字教だったな。貴様等にとって進行すべきは聖王ではなく、戦争にて武勲をあげた戦士達、そして聖王が使ったとされる剣」
「血統主義に対する反発はわからなくもないが、肉体を改造することは戦士達への侮辱、なにより貴様等の最終目標は聖王の剣を聖王以外が使えることを証明することではないのか? お前たちのそれは結局血が違うだけで聖王教と違わないな」
冷めっきたシグナムは淡々と評価を下した。エクステンスコアのことはわからないが、その力は万人の力ではない。結局、選ばれたものでしか強くなれないという証明のようだ。部下の二人は選ばれず、力を持っていなかった。
「お前の部下は選ばれていないようだが、それは力量が足りないからか? どの道努力ではなんにもならないものを教えとした時点で剣十字教も終わりだな」
「勘違いが酷いねー。彼らが選ばれなかったのは単に努力と信仰が足りないだけねー」
「信仰か。ここに身を寄せる立場で言えた口ではないが、胡散臭い言葉に聞こえる。まあいいだろう、アルベルト。貴様が信仰心で戦うというのならば、私は主はやてへの忠誠心を持って戦おう」
シグナムがサーベルをアルベルトに向けたとき、語らいの終わりを告げた。
一歩前踏み込む。石畳を砕くその一歩は爆発的な速度をシグナムにもたらした。動かない状況から瞬時に最高速度まで加速する爆発的な加速と敏捷性、そして鍛え抜かれた身体と磨かれた魔力運用によって可能だった。
やはりシグナムには関係のないことだった。アルベルトが例え炎の怪物になったところで、デバイスと体が融合したところで、彼女にとって倒すべき敵だということに変わりはない。
なによりこの程度の敵に負けることは彼女の中の誇りが許さない。
一方アルベルトは燃え盛る肉体の炎を駆使し攻撃した。闇に染まっていた世界を真昼の如く赤に照らす彼の炎。両手に集められたそれは灼熱の刃に宿り、振り下ろされると同時に燃え盛る赤壁と化した。
シグナムの目の前を真っ赤な炎で覆いつくすほどの激しさだが、シグナムは止まろうとはしなかった。
「今更、その程度で私を止められるとでも思ったか!!」
先ほどの攻防と同様、シグナムの炎を纏ったサーベルで炎を切り開いた。そう切り開けるはずだった。
炎の壁はシグナムの刃を受け止めた。正確には炎から生み出された火の刃がシグナムの剣を防ぎ止めていた。炎の壁の一部は巨大な火炎の刃だった。先ほどよりも更に硬度の高い炎の魔力刃はシグナムの斬撃でも斬り伏せることはできない。
背後から熱気を感じたシグナムは、サーベルで刃を抑えながら立ち回り、火炎刃を弾き背後へと斬りかかった。
いつの間にかシグナムの背後にまで赤い火の手は回っていた。焼くためではない。炎の刃で切り裂き焼くためだ。
迫りくる巨大な火炎の刃と斬り合うシグナムの頭上にアルベルトは飛んでいた。
「上ががら空きですよねー」
炎の壁で囲まれているシグナムに蓋をするように真っ赤な大きすぎる蓋がが落とされた。それは焼き殺すほどの炎で作られた籠。
赤い炎の籠の中は全方向の炎から吹き出される火炎の刃の罠。一変して囚われの獲物と化したシグナムはただ切り刻まれるのみ。
「勝負は時の運ねー。貴女の方が強かったかもしれないけれど、結局最後に生き残るのは私なんですよねー」
火炎人間と化したアルベルトは変わらず最後をねで伸ばす口調だった。シグナムとの戦闘では彼の心を揺れ動かすには足りないようだ。
「いい加減にしないか、その腹立たしい言い回しを」
戦いは終わっていない。シグナムは燃え盛る籠を真正面から突き破っていた。籠のなかでの陰湿な攻めをしのいだサーベルはすでに刀の形状を留めていない。
火炎の刃を押しのけ、紫炎でアルベルトの炎の壁を打ち払ったようだ。だがその程度だ。
「やるのねー。私のフレイムコルブを突き破るなんてねー。でも満身創痍ねー」
満身創痍という言葉通りだった。防ぎきれなかった刃に切り裂かれ、赤く燃え盛る炎に焼かれた体からは流れるはずの血が焼かれていた。
体力の6割近くを消費している。一方のアルベルトはまだ十分すぎる余力がある。
「つまらないものねー。ここまで戦力に差があるとねー」
「言ってくれるな放火魔。実力差があるとでも思っているのか?」
シグナムとアルベルトの実力差はむしろシグナムが勝っていた。攻撃力と防御力は互角。機動力と敏捷性はシグナムが圧倒的に有利。技術力はシグナムの方が若干上手。
しかしながら戦力差がここにきて裏目に出た。エクストラコアにより大幅な魔力の増加を行ったアルベルトはシグナムを凌駕する魔力を保有する。そしてもっとも大きな戦力差を出しているものがある。
「武器の差だねー。そのサーベルでは私の刃を防ぐことなんてできないのねー。そもそもそれはあなたの武器なのねー?」
「お前のようなパイロマニアを斬るのにはこれでさえ勿体無い」
シグナムは虚勢を張るが武器の差は明確だった。武器に特化した剣十字のデバイス。シグナムのは教会で支給されたサーベル型デバイス。性能差は雲泥の差だった。
そして今にも片膝をつきそうなほど追い詰められたシグナム。
「あなたがもっとましなデバイスを持てば私とももう少し有意義に戦えたのですがねー」
両腕のシミターから赤い炎が再び激しく燃え上がり、アルベルトからシグナムを切り刻む炎の嵐が打ち込まれた。
ヘブンズソード・甲板
グサリ。鉄の刃は肩口から深々と切り裂いた。
深く斬られ、止めどもなく血が流れているがネシアは身動き一つとらなかった。とろうとも考えられなかった。
それは痛みで動けないのではない。運動神経へ動きを命じることができないからだ。
傷ついたという情報自体、今のネシアには伝わらない。
感覚神経から神経伝達するだけの能力も今の彼女にはない。
深緑色の瞳は何も写していない。ボタンのようなピアスをつけた耳は何も聞こえない。
だから、自分の身に降りかかろうとしている危機にも気づけない。
コウライを突破したE型戦闘機人達の凶刃が首を刎ねようと横なぎに振るわれる。
首の皮を刃が触れたとき、ネシアが反応した。
「演算完了。ISワープゲート開門」
首の皮を斬ったとき、E型の腕は貫かれていた。反応するまもなく頭を潰され、遠くへと蹴り飛ばされた。
さらにネシアの肩を切りつけていた機人は何が起きたのかを理解するよりも早く、腕を切り落とされ電撃で破壊された。
ISワープゲート。
事前に指定した座標と座標をつなげる門を生み出すISだ。最大の特徴は門を通る質量には制限がないことだ。発動させるための演算処理に時間がかかるのが欠点だが、大量部隊の瞬間長距離輸送を可能にした。
ゲートが開いたと同時に一人の少年が駆けつけた。
「ご苦労さまです。ネシア陸曹。後は任せてください」
赤い髪と仮面を被った少年がネシアを庇うように立った。
少年により被害を被ったE型機人たちは、ネシアよりも先に彼を倒すことに決定した。
コンビネーションという枠を越え、意識の共有による包囲網は完璧だった。一人の人間が大勢の体を持つようなものなのだから当然だ。
だが、彼にはそんなものどうでもいいことだった。
「いいですよ。まとめて相手をします」
最も近くにいた一体を槍で真っ二つに斬ると同時に、左手の鋭利な爪で頭を貫通。
消えたかと思うと、離れた機人の真上から槍で串刺し。すぐさま電撃で槍を使う妨げになっている肉体を焼き払う。
甲板を蹴ると左手のクローで身近にいた機人の頭を掴み、潰しながら離れた正面の機人を貫いた。
それはあまりにも一方的すぎる蹂躙だった。
意識のリンクをしているはずのE型戦闘機人たちが動けなかったのは早さの違いだった。
いくら意識をつなげ広い知覚があるとしても、反応すらさせない早さで動けば問題はない。
現に、周辺の戦闘機人を蹴散らすまで誰一人撃墜されたことすら認識できなかった。
圧倒的なスピードで機人の命を刈り取る。瞬時に戦場を赤色に染める姿からつけられたあだ名は「赤い死神」。その蔑称をエリオは背負う。目的を果たすために。
「ティアナが高町一佐を倒したんだ。ここからは俺が頑張る番です」
槍と爪は返り血で赤く染まっている。限りなく人に近い人でないものを「殺す」ことが主な任務になってから、彼は返り血が目立ちにくい黒色に換えた。心のどこかにあの優しい保護者への思いがあるかもしれない。でもそれは責任を押し付けるためなんかじゃないことは、誰よりも自分自身が理解している。
「さあ、始めましょうか」
今から突き殺すであろう敵から目を背けないためにも、心を落ちつかせるためにも静に口にした。
そんな言葉を無視するかのように、攻めようとしていたE型が音を立てて沈んだ。
銃弾のように早く、斧のように重い鉄拳。この攻撃が誰のものかなんて、振り向かなくてもわかる。
「これじゃあ私たちが出遅れしているみたいね。エリオ君、もっと足並みを揃えられない?」
一撃でE型を仕留めたギンガ隊長は呆れたような口調で言った。この人には怒られてばかりなような気がするな。
横目で見ると、長い青髪を垂らしてため息をつかれていた。
ギンガ隊長のBJは昔よりも大幅に装甲部分が増えている。藍色の追加された装甲は重量感がたっぷりとあるけれど、気にならないみたいだ。
もっとも目に見える装甲よりも、素体そのものの方が何倍も厄介だ。
「まあいいか、後でティアナに叱ってもらえばいいだけだから。コウライ、ルサカ一気に片付けるわよ!!」
「承知」
「正直、今行きますからちょっと待ってください隊長」
前方からコウライ副隊長が黄金色の雷撃を放ち、ゲートから虎のように飛び出してきたルサカの両手から炎が打ち込まれた。
「とりあえず食らっておいて。私のIS」
ギンガ隊長が拳を下に繰り出したとき、目の前の世界が降下した。
雷撃も炎も叩きつけられ、同じように叩きつけられたE型を一網打尽にする。
「結構激しいですね。こっちも頑張らなきゃな。ああ、来ましたか。気をつけてください、今までの敵とは少し違います」
「誰に言っている、エリオ隊長。ルーテシア、手筈通りいくぞ」
「わかった。行こう、ガリュー」
コートを羽織ったチンク副隊長の側を歩くルーテシアに、二人の少女(チンク副隊長にはこちらが子供扱いされるけれど)を見ているガリュー。
寡黙というか未だに意思伝達にはルーテシアを介さないといけないから何を考えているのか全然わからない。ただ二人の母に頼まれているのかもしれないな。
「頼みますよ。そっちが上手くいかなかったら、こっちにとばっちりが来るので。尻拭いをするのは嫌ですよ」
「何を言っている」
目の前の世界が今度は爆ぜた。
ISランブルデトネーター。金属にエネルギーを付加させて、爆発物にする彼女の十八番。その破壊力は分厚い防護壁を容易く突破するほどだ。
今だって綺麗すぎる連携で迫ってきたE型に、デバイスの効果で作り出したシルバーナイフを投げて木っ端微塵にしている。
「この程度で私が遅れを取るとでも思ったか。見くびるな小僧」
小柄な背中なのに随分とたくましく思えた。
「エリオ隊長。5番隊工作部隊並びに救出班全員到着しました」
「了解。あれ、セント空士。嵐山陸曹は?」
しなくてもいい報告だけど、するのは班長を任せられた嵐山陸曹だと思ったのに。
疑問に思って振り向くと、珍しく焦ったような表情のセント空士を見つけた。
「な、あのロリコン刀馬鹿ッ!! 全員散開!! 修の奴、いきなり業炎を使うつもりだ」
困ったようなセント空士と視線がぶつかるとほぼ同時にチンク副隊長の怒声が耳を劈く。
作戦には入っていなかったと思う。いつもの暴走だとしても、どんな魔法だろう。
「業炎? 広範囲攻撃か何かですか」
「四元流火系統飛式業炎。嵐山陸曹の持ち技の中でも最大規模の攻撃範囲を持つ技です」
セント空士の諦めたような声で解説されながら、当の本人に目をやった。
烏羽色の巨大な魔力を刀に宿している。それはまだまだ大きくなるようだ。
あれだけ大量の魔力を使っているのに疲れがないようだ。
「どうやら、振り切ったようですよ。もう止めるものはなにもないと言っていました」
そんな目だ。多分止めろと命令されても彼は止まらないだろうな。むしろ精神が逝っているかもしれない。
「邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔ジャマジャマジャマJAMMER」
どうみても逝っている。
「アイリス、エナジーブレイカーでシェーラとネシア陸曹を守って」
塊のような魔力が叩きつけられ、黒い波動が甲板覆った。
戦艦スレイプニル
「あれは……嵐山ね。先手必勝の広範囲攻撃は作戦としては間違っていないんだけど、ちょっとやりすぎじゃない?」
スレイプニルのハッチを開けて甲板の方を見た。
黒い魔力が甲板の上で爆ぜている。味方が巻き添えになっていなければいいな、と願ってしまうほど無茶苦茶な魔法だ。
これで甲板に詰められていた迎撃態勢を乱せれた。あとはエリオたちなら突破できる。
「あとは私が頑張らなくちゃ」
なのはさんとの戦いで消耗したけど、そんなことを言っている場合じゃない。
ヘブンズソードはマルコム隊長の拘束魔法で停止している。拘束方法はシンプルに魔力で押さえつけるなんていう力技。直径約3m高さ150mの巨大な柱が108本も海面から伸びてヘブンズソードを囲んでいる。その上で柱と柱を太さ1mもある鎖で縛っている。
柱とヘブンズソードの間にはあのAIRが張り巡らされていた。さっきギゼラさんたちが開けた穴ももう塞がっている。でも抜け道は見つけた。
「やっぱりバリアは小さなバリアを数億枚張り巡らせているみたいね」
ヘブンズソードのバリアは戦艦全体を覆う大きなものじゃなくて、細かなバリアを何億枚も繋げているものね。だから必要な箇所にだけバリアを張ることができる。
さっきの突破で円形にだけ破れたのも頷ける。一枚のバリアなら崩壊がもっと大きく広がるはずだ。
「そしてバリアが展開されるのはヘブンズソードから200m先に向かってくる物体を感知してから0,5秒で10m前方」
バリアがカバーする点から300m先に物体があればオートで発動するみたいだから、霍乱はするだけ無駄ね。秒速600mが出せるようなら誰も苦労しない。
だから私が出来る手段で突破するだけ。
「ところでどうしたのミンスク? 物陰に隠れた程度で分からないとでも思った」
「あ……気づいて……ましたか。ごめんなさい……声をかけようと……思ったのですが……」
この子は四番隊の中でも医療専門の役職についている。見た目は肩まである透き通った白髪をして真っ白な肌をした女の子らしい。しかも年から年中白衣らしいから見た目は本当に真っ白。
他人に尽くすことに熱心で、医療に特化したISを持った優秀な子だけど。
「集中して……らっしゃるようなので……声をかける……ことが……できませんでした」
彼女は酷く病弱だ。見た目からも病弱らしい。ジャックによれば制作時に重大な欠陥があったようだ。設計上見落とすことがありえない欠陥らしく、製作者の悪意を感じると言っていた。
「ところで……どのような……作戦で向かう……つもりですか」
「そうね、簡単に言えば真正面から突撃かしら」
「え……そんなことしても……バリアに阻まれる……だけですよ」
ミンスクに言われなくてもそれくらいはわかっている。スレイプニルはヘブンズソードから400m離れている。今の私の早さならすぐにバリアにぶつかる。
「大丈夫よ、ちゃんと策は考えているから。ところでなのはさんの様態はどう?」
「右手が……細胞レベルで……損傷していますが……再生は可能です。ですが」
「どうしたの?」
こんな風に止められては不安しか感じられない。
「ティアナ副隊長に……頼まれた……デバイスの修復は……コアの損傷が激しく……」
「そう。ご免ね、無理なこと言って。なのはさんのこと任したわよ」
一歩、空へと踏み込んだ。
やっぱりダメだった。あの人にとってレイジングハートがどれだけかけがえのないデバイスなのか想像もつかない。9歳の頃からずっと使い続けていたから、もう他のデバイスじゃああの人は満足できない。
こんな自体を引き起こしたのは私の実力不足だ。私がもっと強ければ、レイジングハートを壊すことなくなのはさんを捕まえることができた。これがきっとフェイトさんやギンガさん、エリオとかだったらそんなこともできた。
自惚れていたのかな。この5年間で強くなったんだって、もうみんなのことを失わないで済むって。
「これで二度目だ。なのはさんに全力で助けられるのは」
両足とも空へと放り出した。
5年前にもなのはさんは焦って暴走して壊れる寸前だった私を全力で止めてくれた。今回もなのはさんは自惚れて身を滅ぼそうとしている私を全力で止めてくれた。
中途半端に強くなったから血を流していただけだった右手は潰された。
「ありがとうございます。なのはさん」
重力が体を海へと引っ張る。私の行動を見たミンスクが焦ったように叫んだ。
「ダークネスファントム・セットアップ」
両腕に嵌めている六芒星のシンボルが二丁の拳銃に変化した。六課時代から着用しているBJの上にさっきの戦闘でボロボロになった黒いコート。左手の傷も痛む。
「まだ、飛べる」
立て直して飛翔する。
そのまま飛び、センサーの感知領域に近づいた。
手段は唯一つ。私の存在そのものを消せばいい。
不可視だけでなくセンサーの透過に無音。
今の私は誰にも気づかれることはない。200mの境界線に入った。
本当は速く進みたいけれど、この幻術は激しい動きに弱い。その代わりにいかなる感知能力だって無視できる。
消費は激しい。なのはさんとの戦いで消耗しすぎたのもあるけれど、飛行魔法と高レベルの幻術を併用するのはやっぱりきつい。凡人の私には無理なのかな。
「ティアナ、もう凡人は禁止だよ」
そうだった。あの人に言われたばっかりだった。それにいつまでも凡人だからって自分をけなしていたら、こんな私を強くしてくれたあの人に失礼だ。
根性論は理解しにくいけれど、今の私ならできる。
姿を消したまま空を飛ぶくらいできる。
感知能力をフルに活用して、目標を探し出す。打ち抜くのはそれ一つ。
「見つけた」
咄嗟に銃を構える。ここで失敗したら私は侵入できないだろう。この時はそんなマイナス予想が何一つわかなかった。
「ファントムブレイザー」
かなりの威力を持つ砲撃魔法であるこれを使うと、当然私を守っていた存在消滅のカーテンははらわれた。
バリア展開には0.5秒かかる。普通ならば300m手前で察知できるから問題ない。
「でも、ここまで接近されて打ち込まれるとは想像していなかったみたいね」
打ち抜いたのは一つ。目の前の点のバリア発生装置。バリアを破ることは5番隊の仕事だ。ただ私は自分が入られるだけの穴を開けるだけ。
そのまま接近し至近距離から連射を叩き込む。連射機能がクロスミラージュに比べて格段と上がっている、今の相棒の猛攻を受けてもなかなか壁は壊れなかった。
「だったらファントムビットタイプⅥエクスキュート」
背中から飛び出したビットは鋭く尖った魔力刃を生やしている。それで四角形を描くように四つの角に突き刺す。
「さあ、処刑の時間よ。セメンタリーボックス」
四角形に魔力が収束され爆ぜる。だが分厚い装甲はそれでも壊れない。
「だったらもう一発」
再び表面が爆ぜる。だがまだ壊れない。
「いい加減に壊れなさい!!」
三度目の正直。それでも壊れない。
「あのねぇ、私は急いでいるの。壁なんかに邪魔されるわけにはいかないのよ」
ダークネスファントムから魔力刃を発生させて、目の前の壁を切り裂いた。
するとさっきまでの方さが嘘のみたいに、あっさりと切り裂けた。
「さっさとそうすればいいのよ」
打ち破った壁の先は通路だった。
さっさとヴィヴィオの救出に向かおうとしたとき、理由の分からない悪寒がした。
意味不明な気配だ。
なのはさんのような威圧感ではない、マモンのような恐怖でもない。
もっと異質でぐちゃぐちゃして言葉にもできない、そんなものが感じ取れた。
「こっちの方が先ね」
異質の方に好奇心も手伝って足を進めた。
ヘブンズソード・司令室
「行くか」
「あら、行っちゃうんですか、アモン」
「うむ、侵入者どもも増えたようだからな。それもいい粒が」
絶対的で絶望的な存在が動いた。
ただ、己の欲望を満足させるためだけに。
「待っていろよ。我を楽しませるために」
あとがき
剣十字教はこの編ではあまりめぼしい活躍はしませんが、根幹に関わる集団です。
「Dナンバー」「剣十字教」そして「ヴァルハラ」
これらの組織が敵という立場です。