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[8479] 無明の守り手 (オリ設定+オリジナル展開)
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:d028621e
Date: 2011/03/24 03:56
オリジナル設定多数の独自展開です。
JS事件から5年後の世界。ただしJS事件の最中からのIFものなのでエピローグのような世界とは全く違います。
感想やご指摘お待ちしております。待っています。

過去編 第零話 第四話
日常編 第一話~第三話
HS編 第五話~第二十三話
教会編 第二十四話~



投降者名を諸事情で変更しました。(元村雨)
「にじファン」にて二重投稿しています。
以下更新履歴


7/14  1話2話加筆。
8/10  3話4話加筆修正。背景と基礎が足りなかったため。
9/2   かなり加筆修正。オリキャラの背景などの整理を行いました。既読の方もどうぞ一読を
10/5  7話8話修正。
10/9  2話修正
10/29  12話投稿。
11/12  13話投稿。タイトルを短くしました。
11/21  13話誤字修正。
11/27  諸事情により名前を変更。詳しくは下記。
12/20  14話投稿。誤字修正
1/09  0話投稿。誤字修正
2/03  誤字修正。
2/07  誤字修正。
2/14  15話投稿。誤字修正。
2/22  16話投稿。PV5万突破記念投稿。
2/23  0話修正。
2/27  1話修正。
3/09  2・3話修正。
3/11  4・5話修正。
3/12  6話修正。
3/15  7・8・9・10話修正。
3/16  11話修正。
3/18  12・13・14話修正。
3/19  15・16話修正。
3/29  17話投稿。
3/31  15・16話修正。
4/19 18話投稿。プロローグ・零話分割。
5/16  プロローグ修正。読みやすくしました。
5/24  19話投稿。
5/30  1話修正。
6/20  13話修正。
6/27  20話投稿。
7/ 2  プロローグ修正のため下げます。
8/ 4  21話投稿、プロローグ改変版再投稿。
8/15  22話投稿、21話加筆修正。
10/11  23話投稿。2話3話修正。
11/ 1  24話投稿。4話修正。
11/12  19話誤字訂正。
12/ 6  25話投稿。
1/11  26話投稿。24話修正。
2/22  27話投稿。5話6話7話修正。
3/24  28話投稿。27話修正。








全て板及びその他板で元のHN「村雨」で検索すると同名の投降者による作品を見つけました。この投降者とは一切関係はないのですが、相手方の方が古くからあるようなので、こちらが問題を事前に防ぐため名前を変更することにしました。一字のみ追加のため大きな違いはありません。



[8479] プロローグ
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:f393325e
Date: 2010/08/07 18:49
 「私は生きている」
 
 自分でつぶやいてみて、すぐに自嘲する。
 生きているなんて状況は、再確認する必要もないくらい当たり前の物だ。
 だって生きているから、私、ティアナ・ランスターはここで今そう考えている。
 でも、私はあえてそれを確認する。

 6歳のあの日に私は人の死というものを知った。そして死という物が突然なものだと知った。
 7歳の時に続いて母が死んだ。記憶にある母の姿は病的なものばかりだったから、それは当然なのかもしれない。その時私は死は身近なものだと知った。
 父親が居なくなったのは8歳の頃だと思う。思うというのは私の記憶に父の姿がないから。父は死んでしまったのだと思う。記憶からの忘却もまた死だと思う。それは私には理解出来ないものだった。
 そして兄が亡くなった。
 あの日は突然だった。
 昨日まで笑顔で居た兄の大切な女性は思い詰めたような表情で私を迎えに来た。
 どうしてか理由が分かってしまった。
 兄が死んだ。死体をみたわけでもないのにそれが私には分かっていた。
 理由は分かっていた。人が死ぬ空気だ。突然現れて身近にいて理解出来ないそれがそこにはあった。
 そこは暗かった。人の死がある暗い世界だった。
 でも、私はそれを受け入れてしまった。
 悲しみと同時に私はここが私の世界なのだと悟った。
 優しかった兄は居ない。
 記憶にない父は居ない。
 笑顔でいた母は居ない。 
 大好きだった彼は居ない。
 真っ暗で先も見えないような無明の世界。
 そこが私の世界なんだ。
 見えない世界でも、希望だけはあった。私はそれに縋って生きてきた。
 それを叶えるためだけに生きてきた。
 その中で親友が出来た。仲間が出来た。恩師が出来た。仲間が出来た。
 でも私は真っ暗な世界にいた。
 どれだけ大切に思ってもいつか死ぬ。だからこの世界が真実だと思っていた。
 壁に気づいたのはその頃だった。
 誰と話していても、一緒にいても壁を感じた。
 相手との間に見えない壁を張って、心は触れることも触れられることもなかった。
 それがなんなのか私には暫く解らなかったけど、そのうち理解できた。
 生者と死者の境界線だった。
 死を受け入れきっている私は、いつの間にか死んでいるようなものだった。

 「私は死んでいる」
 
 この言葉は矛盾している。
 死んでいることを観察することは出来ない。死んでいることを意識することは出来ない。
 それなのに私は死んでいると認識している。
 矛盾している。
 私の存在は矛盾している。
 でも、それでいいと思えた。
 死んでいるのなら、それでいいのじゃない。
 そうやって私はずっと誤魔化してきた。気づかないふりをし続けていた。
 ただ私は失うことが怖いだけだった。
 だから誰にも期待したくなかった。誰かを大切に思いたくなかった。誰かに頼りたくなかった。
 私は一人で生きていたかった。そうすれば辛い思いは二度としなくて済むから。
 
 でも、彼に出会ってしまった。
 最初は似ていると思った。
 記憶の中にある彼の姿に。
 死んだことを思い出したくなくて、奥底に沈めていた記憶だから曖昧となっていた。
 でも、忘れるのが怖くなって思い出してみたら恐ろしくなった。
 似ているんじゃない。一緒だった。
 どうして、と尋ねることさえ怖かった。
 なんで死んでいないのか。そんなこと聞けなかった。
 悩んでいると、彼に話しかけられた。
 その姿は真剣で、記憶の中の彼とだぶってしまった。
 
 「あなたは、誰?」

 「エリオ・モンディアルですよ。もしかして、覚えてくれていないんですか」 

 そう問いかけると、彼は記憶の彼の名前を名乗った。
 名前は前々から知っていたはずなのに、今になって記憶の中の彼の名前と一致した。
 エリオは私に好意を持っていた。それは彼と同じだった。
 エリオはこんな私にも優しくいてくれた。それはあの人達と一緒だった。
 エリオは私を一人にしないようにしてくれた。それもあの人達がしてくれたことだった。
 いつしか私はエリオが死んでしまうように見えてきた。 
 死は当然なことだ。
 死は身近なことだ。
 だからエリオが死ぬとしても、それはおかしくないことだ。
 でも、嫌だった。
 エリオを生かすために私は何だってすることに決めた。
 彼の愛を別の方向へ向かわそうとした。丁度いい子がエリオの近くには居た。
 彼の優しさをもっと庇護するべき対象へと向かわした。丁度いい幼子が居た。
 彼の周りには、たくさん人がいるから問題はなかった。
 それでも彼は私に好意を持っていた。
 その好意を受け入れてしまいそうになっていた。
 でも、私は拒絶しなければならなかった。
 受け入れてしまった後が怖かった。
 今までひとりで生きてこれた。
 でも、受け入れれば二度と一人では生きていけそうにない。
 
 いつの間にか考えが変わっていた。
 彼を生かすためだったのが、受け入れた後の恐怖を考えていた。
 だから理解した。
 
 「私はエリオのことが好き」

 それを受け入れた。
 依然として世界は真っ暗だけれど、受け入れることは出来た。
 そして彼の好意を受け入れた。
 
 でも、その罰なのか表の世界が死で染まった。
 多くの人が死んだ。
 JS事件解決と同時に起きたDN事件。
 管理局史上、人為的災害としては最悪の事件だった。
 エリオと私は狂人と遭遇した。
 ナンバーズの子らのような無邪気な悪意じゃない。 邪気に満ちて、悪であることを理解しきっているのにその狂気を留めない本当の狂人だった。
 私自身が初めて死を間近に感じた。
 その恐怖を乗り越えた先にはなにもなかった。
 だからすべてを諦めた。
 
 でも、諦めた私の手を握ってくれる人がいた。
 それでもこの世は何も無い真っ暗な闇の中。
 闇から逃れることなんて出来ない。闇を抜けた先は存在しないのだから。
 だから私は決めた。
 この闇で生きることを。
 
 「私は生きている」
 
 それは違う。

 「私は生きる」

 この言葉を真実とするために、私は明かりのない世界を進む。



[8479] 第一話 闇夜の射手
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:d028621e
Date: 2010/07/03 03:04

 息を潜め階段を昇る。気配を絶ちながらの動作は訓練を要した。人が単の気配に気づくための手法に対する方法をすべて同時に行わないといけない。姿を消す魔法があるから簡単だと思っていたけど、意外に難しいものだ。
 人の気がないところで上の様子を調べると、扉の前には雇われたであろう男が一人立っている。
 周辺に探りを入れてみても、誰一人居る気配もなくて結構不用心だと思う。でも侵入する側の自分にとっては不用心な方がありがたい。

 たった一人だとしても警戒を怠るわけにはいかない。ここからは気配だけでなく姿も絶ち階段を上った。それでも呼吸一つ気になった。
 ちょっとした油断が命取りになる。そんな経験は飽きるほどしてきた。
 射程に入ったところで止まる。銃口を向けるときは気配を経つことはできない。どうやっても、攻撃する戦意を消し去ることは不可能だった。
 頭の中で処理するのは弾丸到達までの時間と相手の想定行動。
 いつも狙撃の前には1日も欠かさず行ってきた射撃の反復練習を思い出す。それが自信に繋がり必中と速射に繋がる。大丈夫、私なら打ち抜ける。
 イメージするのは正確な速射。急所を一発で打ち抜く。
 男は力なく崩れていった。

 抜く、構える、撃つ、この3つをどれだけ手早く性格にこなせるかがガンナーの力量を決める。
 消音設定にしているから、威力と弾丸の速度は若干落ちる。だからこそ正確に急所を打ち抜く必要があった。
 銃口を向けた瞬間、男は反応を示した。多分それは誰かに敵意を向けられたことを悟った、人の本能。
 だけど姿を消した私に気づくことはなく、男は眠りに突いた。
 脳を激しくゆらされた男は軽い脳震盪を起こしている。先ほどの手順で威力を高くすれば用意に暗殺となる。
 男が完全に意識を失っているのを確認して拘束した。バインドで両手と両足を縛った。

 冷たい壁を背にホルダーに差してある銃を抜いた。
 銃を持っていない片方の手で扉に手をかけた。同時に扉の奥にいる人間と配置も詳しく確認した。同時にトラップとAMFの確認を行ったけど見当たらない。
 中和法が確立してから廃れて行ったあれだけど、依然として魔導師には有効なこともあるから、重要度の高い研究施設などではおいているところが多い。
 それがないということはよほど自信があるのか、それともなにもないのか。
 多分、後者なのだろう。
 まだAMFがあるなら、期待もできたけれどきっとこの様子ではない。
 こんな任務を受けるようになって随分と経つけれど、めぼしい情報につけたものなんてほんの一握りもなかった。

 5年前はこんなことを想像することはなかった。
 スバルとはいつか別れるとは思っていたけれど、笑顔で別れれるものだと信じていた。それは六課の皆も一緒だ。
 こんな疑問だって出てくる、

 なんで、私はこんなところにいるのかな?

 自分に問いかけてみれば応えはすぐに浮かんだ。
 5年前のあの日、災厄のDN事件で私たちは助けられて地上本部の秘密救護所で治療を受けた。
 運命を分けたのはあそこなのかな。
 どれだけ考えても過去には戻れない、仕事を終わらそう。

 内部には研究員らしき人物が5人。護衛の傭兵らしき人が2人。扉の近くに1人と研究員たちの側に1人いた。
 各個撃破は難しい。だけど敵を一網打尽にするチャンスは一瞬しかない。研究員1人でさえ逃げられてしまえば失敗だ。
 証拠を欲しがっているエリオのためにも、全員捕まえて取り調べる必要がある。
 エリオのため、なんて言葉がすぐに出るってことは私も随分とあいつに染められてしまっている。でも、それが悪いことだとは思っていない。
 そんな事を心の中で苦笑しながら、さらに解析を進めた。

 内部の配置や動きを全て解析した。そして同時に頭の中で数十通りの展開を描いた。可能な限りありとあらゆる状況を想定する。経験と知識と能力で想定する未来予想図には次々と浮かんだ。
 私は絶体絶命のピンチからたった一人で華麗に脱出できるようなエースストライカーじゃない。だから必要以上に策略を練る。戦闘中に作戦を練る時間なんて極僅かだ。さらに想定外で作戦を全て変える状況なんて実践ではよくあることだった。そんな船橋を何度も体験してきたら、私の脳は作戦に必要な情報処理能力と構成能力が上がっていた。情報収集に適したスキルを持っていたことは幸いだった。
 まず問題のない戦闘のようだけど、不安がないわけがない。私の領域にシェーラが入った。このパターンはA-3だ。この時間にこちらに来るってことは、敵の主戦力は問題なく倒せたみたいね。

 その時一人扉に近付いているのに気づいた。足取りからして標的の研究員ではなく警備の人だ。おそらく扉の警備の交代だ。男が扉を開ける気配を感じた。
 交代が戻らないとなれば不信感を抱く。そうなれば臆病な研究員に逃げられるかもしれない。突入を急がないといけないみたい。
 逃走されるのは嫌なものだ。臆病な人は安全を選ぶ。どれだけ強く速くても追撃しきれない可能性が出てくる。シェーラに作戦をパターンB-1への変更を念話で送った。
 黒く染まっている相棒を両手に扉を開けようとする男に狙いを定めた。

 呼吸と動きを男のものに同化させる。
 これは違和感の払拭が狙いで、気配を気取られるのを遅らせられる。
 扉を開け男が自分の姿を確認するよりも早く銃で隙も与えず一発ぶち込んだ。魔力弾は非殺傷設定にしているから、気を失うだけで済む。
 1人を撃つと同時にもう一丁の銃から一発、研究員たちの側にいる傭兵に放った。
 あっけなく崩れる男達。息はしている。あとは研究員たちを取り押さえるだけだ。
 研究員たちの感情が驚きから恐れに変わった。
 逃げられる前に脅しをかける。研究員たちに撃つのではなく頭上に一発撃った。わざと銃声を大きくしている。狭い室内銃声がよく響いた。
 恐れからくる怯えで逃げられる前に、恐怖によって動きを拘束させる。
 バインドなんか使わない簡単な制圧方法だ。相手が銃声になれている場合は効果がないけれど。
 だけど研究員は銃の扱いは知っていても慣れてはいない。そういう科学者は極小数しかいない。だからこそ、魔法よりも銃のようなとてもわかりやすい武力で脅す。

 「時空管理局です。違法質量兵器製造の疑いで全員逮捕します!!」

 1人をのぞいて男たちは腰を抜かしていた。ただ1人だけ、ほかの4人とは踏んだ場数が違うようで驚いた気配もなくスイッチを押した。
 恐怖はあったはず。でも、女一人と認識してから余裕を感じた。魔導師の女一人くらいどうにでもなると思っているのだろうか?

 「管理局の小娘か、まあいいこいつの実験につきあってくれよ」

 感じた大きさは2mを越していた。中型の自動戦闘兵器のようだ。
 かつてJS事件でいやというほど見たガジェットどもに少し似ている。左右に二門の大型平気を装備し移動は妙な四本足のようだ。
 むしろガジェットと似ているというのが失礼なほど雑な作りだ。
 冷たい自動兵器はなんの前触れもなく連射。ガトリング砲のようだが問題なく避けれる。この戦闘はすぐに終わると感じながら、ここも外れだと落胆した。
 センサーも粗雑な作りのようだ。練度の低い幻術で攻撃が外れ続けている。
 たまに練度の高い凶悪兵器がミッドに現れるときがある。倒すのが少し面倒だが、それの背景にいる組織からの情報は有力なものが多い。
 逆に練度の低い兵器を運用する程度の組織に期待はない。
 あきらめを心のなかに沈めて、私は幻術が破壊された頃合に背後から男の首に銃口を当てた。

 「……!!」

 声にすらならない。そのために勝利を確信し最大の油断をしたところをついたのだから。勝利を確信した瞬間は心にとても大きな隙ができる。それを突くのは制圧のための定石だ。

 「無駄な抵抗はやめてください。これ以上抵抗するなら……分かりますよね」

 こういう時は高い声でゆっくりとしゃべれば効果的と聞いた。またあえて相手に判断させることで反抗心を奪うことができる。
 現にさっきまで余裕だった男の心は、恐怖に満たされている。
 男は抵抗する意思がないのを示すために手を上げようとした。違う恐怖が感じられた。動作の不自然さが手に取るようにわかる。
 命の価値を理解できない科学者は嫌いだ。

 「その手に隠してあるコントローラーは捨ててください。自爆でもするつもりですか? それとも、打ち抜かれたいですか?」

 自爆する、そんな度胸この男にはない。それでも追い打ちとして、銃口を頭にくっつけた。
 そもそも中型兵器で攻撃させれば自分も巻沿いになることに気づいていないのかしら。
 男はついに観念した。兵器の方も機能を停止している。


 「ティア副隊長、とうそう通路のふうさ、かんりょうしました。って、もうおわっちゃってる」

 タイミングを見計らったつもりじゃないようだけど、タイミングはいいと思う。でも、少し遅かった。
 そんなことを考えつつこれまでの戦歴を思い出した。訓練校から出たばっかりの彼女たちにも経験を詰ませたいのは山々だけど、危険な戦闘や重要な任務を彼女たちだけに任せたことは今のところない。だから結局のところあまりいい経験を積ませてあげられていない。
 隊長が若すぎるために下手をすれば部下は年上ばかりになる。無駄ないざこざが起きてしまう。六課も小隊には隊長よりも年上の隊員はいなかった。嫉妬など理由なんていくらでもある。
 それを避けるため、まだ訓練生であるこの子たちを見習いとして部隊においている。DN事件によって訓練校も大打撃を被っているから、現在ではまともな教習が出来ない状況にある。地上は地の利を生かして訓練生を現場に参加させることを考えた。部下二人の魔導師はそんなところ。
 だから死が隣り合わせになるような場所では必ず私かエリオ、もしくは他の隊の副隊長以上がいるようにしている。訓練生に過ぎないこの子たちには危険な目に遭わせられない反面、経験が積めないこともある。
 だから上官の戦いから技を盗めといつも言っている。終わっているというのは盗む間も与えてくれなかったことへの非難だろう。
 その罪は甘んじて受ける。
 今思えば、あの人達だって私たちに経験を積ませたい一方で経験を積ませられないジレンマに陥っていたと思う。

 「向こうはもう終わった? 二人は怪我していない?」
 後衛のシェーラは無傷でも、前衛アタッカーの二人は怪我をしているかもしれない。腕のいい子だ。同じ頃の私とは比べものにならないくらい強い。だけど、その分無理をしすぎている。

 「はい、無傷です。アイリスちゃんとわたしのコンビネーションをなめないでください。それにしんぱいしなくてもエリオ隊長はぶじです」

 言葉は優しいが最後は投げやりな口調だった。そんなに心配している用に見えるかな?
 包帯を目にまいているから感情は読みにくいはずだと思うんだけど。

 「ティア副隊長、わたしたちだってがんばって強くなっているんです。いつまでも、足をひっぱりません」

 頬をふくらませて出張された。軽くなだめておこう。出来るようになったっていう錯覚が危険だけど、自身を持てなくて無茶苦茶をした私よりかはましなのかな。
 それにしてもアイリスはエリオと残っているようだ。いまだにエリオはアイリスを信用していないのだろうか? スバルと同じようには性格が真逆だから無理だとしても、そろそろ呪縛から解かれればいいのに。私はいつまでも待つから。
 エリオの気持ちも分からないわけじゃないけれど、何時までも考えが偏っていたら前には進めないよ。
 過去を切り捨てて、前に行くことに決めたんでしょ。

 あとは研究員たちの拘束だけだ。これは彼女に任せるべきだと考えた。ちょっと簡単すぎるかもしれないけれど、動いて必死に抵抗する相手なんだからためになる、と思う。

 「そうねシェーラ、全員凍らしといてくれる?」

 はい、という元気な返事の後にジャラジャラという音が聞こえた。
 凍らすという発言に怯えた研究員たちは、今は不思議なものでも見るような視線を彼女に送っている。
 彼女の見た目は青い髪の小柄な少女らしい。美しいというのは幼い可愛らしい少女のはずだ。そんな少女が太い鎖を扱うのは異様に見えるのかもしれない。

 「あれ、にげないのかな? まあ、いっか。とりあえず凍っちゃって」

 そんな彼らの思考もここまでだった。鎖型デバイスグレイプニルから放たれた氷結魔法「フリーズウィンド」。冷たすぎる風は体の動きという動きを封印する。束縛するだけならバインドで十分だ。
 だけどバインドでは微細な操作ができない。
 バインド魔法に特化した魔導師ならともかく自分たちには向かない。その点氷結魔法ならば細部に渡って動きを止めることができる。細胞自体の動きを止めることも可能だから使い勝手がいい。
 しかし氷結の変換自体難易度が高くて、一般には流通しないやり方だ。一部の人だけが使えるようなレアスキルは使い勝手が悪いものだ。
 氷の風に晒された彼らは全身が凍りついていた。死亡の危険がないにしてもこの状態で放っておくのはよくないだろう。

 (それにしても……相変わらず早いのね)

 現在の部隊にも氷結魔法を使用する魔導師は何人かいる。かつていた部隊の部隊長も使い手の一人だった。それと比べると、有効効果範囲こそ魔力が圧倒的に多い彼女の方が上だが発動速度はシェーラが断然上だ。

 「流石ね。難易度の高い氷結魔法を瞬時に使うなんて」

 「だってわたしは氷結の魔力変換資質をもっているんですから。これいがいの変換はぜんぜんだめです」

 その氷結の魔力変換資質自体が希少技能なのだが。一番古株である中将ですら彼女以外の氷結の資質持ちは知らないらしい。
 誰かが言っていた「雪原の妖精」というあだ名は的をいているだろう。

 「さてと、シェーラこの人たちを引き渡したらエリオ達の所に行くわよ。凍結時間は20分くらいだったかしら」

 「驚かないでください。なんと23分に増えました」

 笑顔で答えるシェーラに少しだけ微笑み頭を撫でた。

 「強くなったじゃない。この調子でもう一つやっちゃおっか」

 首を傾げるシェーラ。敵は目の前にいるんだけどね。さっき、見落としていた私が悪いといえば悪いけれど。
 肩と肘に仕込まれているビットから砲撃し、攻撃される前に先制攻撃を決めさせてもらった。

 「わわ、まだうごいている。こわれてなかったの?」

 いつの間にか再起動していた兵器が攻撃体制に入っていた。
 まだ、シェーラが相手にするには早すぎかしら。

 「最近の兵器はオート機能がついているのよね。操作しなくても自動的に標的を攻撃する厄介な機能が」

 「えーと、だったらぜんぶ凍らせばいいんですか?」

 先ほどの攻撃が効いているところからAM装甲ではないようだ。しかし無駄に分厚い。
 量産性に優れたガジェットと比べると、耐久性を上げているようだけどシステムが雑だ。
 射撃が効き難い防御力の高い敵が苦手だった頃もあった。
 しかし今の私の敵ではない。
 機械に意識はないけど、標準を合わせられたのを感じる。

 「遅いわよ!! ファントムブレイザー!!」

 ガトリング砲がうつよりも早く、高速収束させた砲撃魔法を叩き込んだ。
 今の収束スピードはなのはさんにだって負けていない。あの大規模崩撃には劣るけれど。
 回転によってリロードを省くこの兵器は走行を厚くすることはできないようだ。
 内部が動いている様子からまだ装備があるようだが使う隙を与える理由がない。後一発スターライトブレイカーで確実に倒せる。
 でもこの子に任せてみよう。

 「さてと、シェーラ一人でやれる」

 「え……はい、だいじょうぶです。わたしやれます。倒せます。やらせてください」

 いい返事。信じてみよう。ううん、信頼できる。
 鎖が回転し、空を切る音が聞こえる。それと同時に周囲の温度も下がりはじめた。

 「おちついて、おちついて。いつもどおり、冷静に」

 シェーラほどの氷結の変換資質があるとすぐに魔力が氷に変化する。氷に変化させるのではなくて、氷に変化するのを抑えるほうになる。抑えきれなかった魔力が氷になり周囲の温度を 下げさせる。
 足元に魔法陣が展開されている。魔力の運搬方法と魔法陣の内容から、防壁を先に張るみたいね。
 でも敵の火力からして薄い防壁をはったところで、削られるだけよ。

 「アイスウォール」

 目前から冷たい風が吹いた。そしていい選択よ。
 シェーラが作り出したのは巨大な氷壁。
 魔力防壁ではなく物理防壁。私のダガーや嵐山の剣など数多くあるバリアブレイクに対しては有効だけれど、大規模破壊に弱いのが弱点だ。
 その弱点をシェーラは利用している。
 弾丸を受け止めている氷壁は罅が入り壊れかけていた。でも、シェーラは焦った様子はない。
 もうすでにシェーラは別の魔法を発動させた。
 物質加速魔法。

 「とんでけー」

 砕かれた氷は礫とかし、機械を襲撃した。質量のある氷に押しつぶされ機能停止した。

 「よくできたわね、シェーラ。あとはもう少し気配を感じれるようにね」

 「はいティア副隊長」

 こんな調子のマンツーマンを続けてきた。
 もうこの子たちだけでも大丈夫と思う反面、まだ甘いなと思うところがある。
 あの人たちもこんな風に私を思っていたのだろうか。
 守る立場になって、教える立場になって、ようやくあの時のあの人の事がわかってきた。伝えたいことが伝えられない辛さはどれだけのものだったのだろう。
 心を読む力があの時あればわかったのに。



[8479] 第二話 変わった日常
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:d028621e
Date: 2010/10/11 04:03
 オイルなのか血なのかよくわからない液体の匂いが鼻についた。人で言う血液だと思う。詳しいことに興味はないから知らないけれど。
 こういう時に嗅覚が敏感なことが少し嫌になった。いっそのこと潰れれば良かったのかもしれない。体の一部がつぶれてしまえば、他もどうでもいいという一種の諦めかな。
 しかめた顔をしていたのか、隣にいる少女は不安そうな目でこちらを見ていた。さっきまで冷静に敵を切り裂いていた、人物と同一人物に思えない。
 戦闘中の精神状態が彼女をそんな極限状態に追い込んでいたのかもしれない。

 「どうかされたのですか? エリオ隊長、お顔が優れないのです」

 部下に心配されている自分の顔は鏡のないここでは分からない。まあ、ろくなものではないとは思うけれど。
 不安そうな彼女に眼をやる。
 俺と同色の赤。いや、紅に近いだろう。昔のティアナほどある長い髪と欠陥が見えるほど透き通った目。シェーラが水色に近い人間だとすると、この子は赤に染まった人間だ。
 人に似た血潮の赤と紅だ。

 とりあえず自分が流した血にも返り血にも染まっていない。返り血に染めてしまったら、この子の保護者に何を言われるか。それに同族殺しだけはさせる気にならない。
 自分の蔑称なんて、なんでもいい。人としての思考すら持つことができなかった彼らを殺すことには、俺だけはなんの後ろめたさも持たない。
 だけどそれでもやつらを人だと思いたがる人がいる。優しいからだろう。それまで否定したらもう戻れない気がしていた。
 だから血に染まるのは俺一人だけでいいはずだ。

 大半は俺が処理したけれど、それでも7体近く相手していたはずだ。それだけ戦っといて無傷ですんでいる。少し前までは1体倒すのも大変だったのによく成長した。

 「エリオ隊長、私の顔になにか付いているのですか」

 顔を上げて、上目遣いで視線がぶつかった。
 その角度は以前よりも上がっている。そういえば背がまた伸びたのかな。

 「アイリスは何cmだった?」
 「えっ……それは急に聞くことなのですかエリオ隊長。えーと159なのですよ。そういえば隊長また背伸びたのですね」

 アイリスはいつもの調子を取り戻したようだ。しかしなぜ顔に悲しみというか憐みがあるのだろうか。

 「そうだね。正直言えばもっと欲しいけど」

 こうしてみると普通の女の子だ。むしろ俺の方が人の枠からはみ出しているような錯覚を受けている。

 「隊長は私と一歳しか違わないのです。そんなに急いで背が伸びる必要はないのです」

 「そうかもしれないけれど、やっぱりまだ低いと思うんだよ。成長期だからまだまだ伸びると思うけれど」

 「もうティアナ副隊長は越したのです。初めてあった時は同じくらいだったと記録しているのです」

 一昨年はまだ俺の方が低かったよ。そういえばいつからだっけ自分のことを「俺」っていいだしたのは。
 ティアナを抜いたあたりからだったかな? 多分そうだと思う。あの頃から、「僕」と言っているのが気恥ずかしくなってきたんだ。だから「俺」と言い出した。

 「隊長が自分のことを俺と言い出したのも、同時期だったと記録しているのです」
 
 「あれ、声に出していたかな?」

 「隊長のにやけた顔を見る限り、ティアナ副隊長のことに思考がいっているというのは分かるのです。会話から類推するに、追い越した辺りのことと察せられるのです。そこでの変化としては、関連したものは一人称の変化なのです」

 綺麗な顔つきを活かせきれていない、表情変化の乏しい顔で淡々と言い切った。
 当てられた。思いっきり当てられた。大正解だ。人の心を読むのに特別な力なんていらないって、ティアナに言われたことはあるけれど、本当だったんだと理解した。
 それとも単純に読まれやすいだけなのかもしれない。でもこれじゃあ潰れた顔につけた仮面の意味がない。

 「とにかく、あまり背が高くなると、見上げるのが大変なのです。六番隊は隊長よりも背の低い美少女で構成されているのだから良いのです」

 今度は威勢よく一気に言い切った。その表情には非難のようなものはないけれど、自分の言葉に自身を持っているのは分かる。
 宣言でもするかのように妙な反論をされた。戦闘機人の場合は成長期とかはないのかな?
 なぜかそれを言い切った彼女は清々しいようにも見えた。どうにもこの娘が理解できない。ティアナとは似ているようでぜんぜん違うタイプだ。自分の中に芯を持っている。ちゃんと一本の芯がある。
 そもそも一人、「美」は認めても「少女」は認められない人が居るのだけど。可愛いのも綺麗なのも認めるよ。だけど、どうしても少女だけは認められない。
 だって、もう二十を越している。二人とも知らないけれど酒だって飲んでいる。悪酔いしてしまうから、あまり飲まない方だけど。
 だけど、少女ではないと言い切るのは躊躇われた。
 だって好きだから。

 「十四歳の君らからしたら、十五の俺もまだまだ少年と言われる年齢なのかな」

 「そういえばティアナ副隊長はいくつなのですか? 少なくとも私やシェーラよりも年上だと思うのですけど」

 ティアナの話から逸らそうとしたけれど、言葉に引っかかりを覚えたアイリスは首を傾げた。
 その質問は、いつかは来ると思いながらどう答えれば良いのか分からないものだ。もうそろそろ教えてやってもいいのかな。
 でも教えた場合いろいろと説明しなければならない。それは彼女にとって嫌なことも含まれているかもしれない。傷ついた表情を見たくない。でも答えないのもおかしいだろうな。
 しかし下手な返答をすれば無駄なほど勘のいいアイリスのことだ、きっと全部わかっちゃうんだろうな。仕方なく責任逃れをすることにした。

 「そもそもティアナに聞けば。どうして俺に聞くの。女同士なら教えてくれると思うけれど」

 わざわざ俺に聞いてくる理由は予想が付いている。
 以前エルベ隊長の年を聞いた一番隊の不良隊員がいたけれど、翌日包帯だらけの姿で執務をこなしていた。あれは俺の心にも女性の年齢を無闇に聞くのは、死に値すると刻み込むほどだった。
 もっともそのあと一番隊恒例の「死ぬ気」の追いかけっこを普段通りしていたから、そこまで重症じゃないはずだ。適度な痛めつけ方と言う奴なのだろう。

 そういえばアイリスに最初から優しいのはエルベ隊長だけだった。今でこそ母親だけれど、あの頃の関係は曖昧。高町空佐とヴィヴィオに似た関係だった。
 普段は優しい母親が年齢を聞かれたときに起こったのが怖いからかな。ティアナが同じ行為でもするのかと考えたのだろう。

 「嵐山陸曹があんな目にあっていたのです。それに、ほらティアナ副隊長と一番長く居るのってエリオ隊長なのです」

 嵐山の行動について表す言葉は、短絡的かつ馬鹿としか語彙の中からは見つからない。地味に暴走してしまっていたのが、運のつきだったんだろうな。嵐山がやられた姿を思い出しているアイリスの表情は、珍しく青ざめていた。
 怯えるとかそういうのとは無縁のようにも見える、この子にもそんな感性があるのだと感心した。
 母親といってもエルベ隊長もまだ若い。女性としてもいるつもりだから、年齢に関することはタブーだと確信した。
 そんな事を思い返しながら、ティアナの話をどう切り返そうかと思案した。

 ティアナの事に関しては当然だろう。そうやって切り替えそうと思ったが、以前同じことをして蜂の巣にされかけたのを思い出した。事実なのにそういうことを肯定するのは嫌う。昔から露骨な表現とかは恥ずかしがっていた。
 ツンデレとも取れる彼女のそれが、あの災厄のあとでもなくなっていないのは心の癒しを与えてくれた。ツンツンされることが趣味なのではなくて、そういうのを隠して俺だけに見せてくれるデレがいい。決してそういう変な趣味はない。
 今思えば、あの絶望的な災厄が今の二人を作ったのかもしれない。
 あれがなければティアナがあんな正確になることはなかった。僕が俺になることもきっとなかった。
 執務官補佐になったティアナとたまに会えることを楽しみにしている、地上部隊の騎士をやっていたかもしれない。
 でもそれは全部仮定の話だった。それに嫌なことも沢山あったけれど、良かったことも沢山あった。

 5年も一緒にいるから彼女の事で知らないことなんてない。それがとても嬉しかった。
 彼女のパートナーよりも彼女を知り尽くしている。
 彼女のパートナーよりも彼女と共に居る。
 彼女のパートナーよりも彼女に必要とされている。
 そんなことがとても嬉しい。酷いようだけど嬉しかった。
 仕事が仕事だからシェーラは遠ざけアイリスと二人で残ったのが失敗だったのかな。

 「それに、ティアナ副隊長に聞くなら隊長に聞けって言われたのです?」

 どうやらすでに聞いた後のようだ。自分の年齢を自分で口にすることで自覚するのが嫌だったのか、それともアイリスらが知るかどうかまで委ねているのか。
 どちらにしても、さっきまでの葛藤はなんだった。

 「そういうつもり……俺はかまわないよ。そうか、また苛められたいんだね」

 今度はどれだけ耐えられるかな。どうにも優しくは出来そうにない。頭に次々と浮かぶのは彼女を虐めながら可愛がる算段だ。
 辱めて追い詰めて屈服させてそれからさらに虐めて落としたところ可愛がって。脳裏には責められて可愛らしく泣くティアナの姿が浮かんだ。
 でもはっきりとイメージしたせいで顔に出てしまった。

 「なんでそうなるのですか隊長? またって……隊長誰のことを言っているのですか?」
 しまった。と思ったときにはすでに遅かった。アイリスは首を傾げて尋ねている。
 想像していたことを悟られたわけではない。だけど勘の良い彼女のことだから、下手な言い訳をしていたらなにかを悟られてしまうかもしれない。
 それはヤバイ。気づかれたら終わりだ。精神的且つ社会的に抹殺されてしまうかもしれない。


 だからここはあえて堂々と話題を変える。

 「気にしないで。アイリスはティアナを見た目何歳に見える?」

 一言で話を終わらして、慣れない笑顔を仮面で覆われていない左顔に浮かべた。ぎこちなくて怪しいかもしれないけれど、下手に会話を続けるよりかは何百倍もましだと思う。
 アイリスも殺気の発言が自分に向けられたものではないことには気づいたようだから、少し考える仕草をして彼女は答えた。

 「16・7です。あ、でもチンク副隊長が21だから……ティアナ副隊長って年を誤魔化す魔法とか使っているのですか?」

 アイリスが唇に指を当てて呟いた年齢は予想通りのものだった。人を見て年齢の判断が付く人ならば、百人中九十人が同じように答える数字だ。
 もっとも肉体年齢はあっているから、それはそれで間違いない。実年齢のことを尋ねた会話だと間違いだけれど。
 アイリスの眼力を褒めるべきなのかもしれないけれど、意外な人物の年齢を知っていることを聞いた。

 「アルピーノ副隊長の年齢は知っているんだ」

 理由としてまず浮かんだのは同じ機人だから。
 レジアス中将に拾われてから居る部隊である首都守備隊は、存在していながら存在していない部隊。その面々も曰くつきの人が多くて、中には戦闘機人もいる。目の前のアイリスのように。
 そのなかでもギンガ隊長とアルピーノ副隊長、ナンバーズの5チンクは稼動期間が他の個体よりも遥かに長いため、奇人たちの指導役も担っている。
 二人とも面倒見の良い姉御肌であったことも関係している。

 でもそれは説明にならない。
 アイリスとアルピーノ副隊長の二人が仲良く話している場面なんて見たことがない。
 面倒見はいいけれども、それはたった一人になってしまった妹と母親に重点的に向けられている。最近は嵐山とかも含まれているようだけれど。
 アイリスは他の戦闘機人の子と比べるとかなり特殊な戦闘機人に部類される。ギンガ隊長とも接点は少ない。
 そうなるとあのアルピーノ副隊長がわざわざ年齢を言うわけがない。あの人の見た目は十代前半で、どれだけ贔屓目に見ても21なんて言う数字が出てくることはあり得ない。出てくるようならばその人には眼下への受診を勧める。
 じゃあ誰からだ?

 「はい、知っています。本人からではなくて、ルーテシアから聞いたのです」
 「ああ、ルーテシアね……あの子のこと苦手だよ」

 虫使いのルーテシア・アルピーノ。JS事件では敵として対峙した。
 苦手だと言ったことに疑問を持ったアイリスに、元々は敵だったと小声で付け足した。
 小声で言うということはあまり本気に思っていないということ。そんな考えも一緒に伝わるかと思ったが、アイリスの勘のよさならば気づくだろう。

 しかし顔は落ち込んでいた。敵という追加は余計だっただかな? 声量に隠した意図は伝わっているようだけど。
 でもアルピーノ姉妹との関係性を語るには敵であったという事実は重要になる。とくにルーテシアの方はJS事件で本気で刃を交えている。最近は姉の方が別の意味で交えることが多いけど。
 そこまで考えたとき彼女の視線がどこに向いているのかに気づいた。俺の左腕だ。

 それは代わり果てた左腕、戦闘用の特殊な義手に目をやった。BJの変更と同時に鋭利な爪に変化する特殊な義手。もっとも装着した頃はなれなかったが5年もすれば十分扱い慣れた。
 落ち込む理由は分かった。この腕になったのが彼女らの存在のせいだと思っている。

 「きっかけは確かに彼女たちがかかわったJS事件。だけどこの左腕を切り落として、顔の半分を溶かしたやつは別だよ。彼女らを憎んだことはないから」

 忘れたことは一度もない。あの焼けるような痛みも、初めて機人を殺した時の感触も。忘れようと思ったことなど一度たりともない。
 なによりもあの日のティアナの泣き顔も。

 「そうなのですか?」

 疑問で返されるとは思っていなかったから答えに窮した。初めて知った情報のような態度だ。それでいて欲しかったわけではない。そこでおかしいことに気づいた。
 彼女らにはJS事件のことは一部しか知らされていないはず。つまり左腕云々はたんなる早とちりだった。
 でもそうなると余計分からない。じゃあ彼女は一体何を気にしているのかな?
 アイリスの方へと視線をやると、なぜか一歩下がられた。

 「まさか今でも俺が君のことを殺そうとしていると思っている? 俺が殺したいほど憎い種類の機人だからって」

 アイリスを見ると頷いていた。今まで散々蔑称は利用してきたけれど、今ほど憎いことはなかった。裏社会にしてみれば名前と顔を出しただけで道を開けてくれる。それほどまでビックネームになった反面、機人の人たちからは白い目で見られている。
 蔑称とかを利用するのは良くないことだと言うのは十分認識はしていたつもりだけど、こんなところで痛い目を見るなんて思っていなかった。
 良く見ればアイリスの視線は分からないものを見る疑義にのある視線じゃなくて、恐ろしいものを見る恐怖の視線だ。
 心外だとショックを受けた反面、自分の行動を振り返ればそう思われても仕方ないことをやってきたような気がする。

 「殺さないよ。今のアイリスは俺の部下だから。部下を殺して正義をなすほど落ちぶれてはいない」

 自分の行動に反省しよう。アイリスの視線からは怯えが薄らいでいる。
 それにしても今の上官が聞けば苦虫を噛みつぶしたような顔をするだろうな。
 有能な人間だとは思うけれど、あの時の行動はどうしても理解しきれない。
 誰かを守りたいから力を求めた。これはとても理解できるし共感出来る。
 力が手に入らないから違法に手を染めた。これは理解できても共感出来ない
 悪の上に成立する正義なんて偽善でしかない。

 でも反省するのはまだあとみたいだ。アイリスの方は怯えが消え去り鋭い視線になっていた。
 良い切り替えだ。スイッチでも入れたみたいにあっさりと切り替えている。

 「さてとアイリス」

 「生き残りがいるようなのです」

 わらわらと機械のフレームを人の肉で覆った人形兵が姿を見せた。
 買ったのか作ったのか、どっちでもいいけど雑な作りだ。
 戦闘機人E型。簡易に作れうことからイージータイプとも呼ばれている。
 意識を持たないE型でもこいつらは価値が一番低い。工場で簡単な知識で大量生産が可能な類だろう。ここまでくると人という言葉は似合わない。肉をつけただけの機械に思えてくる。
 擬似的な脳をつくることで微細な動きができるようだけど、鈍く感じる。かつて戦ったナンバーズやましてDナンバーと比べると性能は雲泥の差だ。仮に1000体あっても足りないだろう。

 槍、アウトバーンを構えながらアイリスに目を遣る。
 隣にいるアイリスは持った剣で器用にジャグリングしていた。柄は彼女の得意な戦い方の為に、わざと少しだけ長めに作られている。
 今は手を軸に滑らすような回し方をしているけど、柄の先には輪がついていて、それに指を引っ掛けって回すことも多い。この姿だけを見れば曲芸師だ。
 手癖が悪いといわれる彼女の剣技は嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。正しい剣士の戦い方からは外れているけれど、流れるように太刀筋を変える彼女の戦い方は見ていて楽しいものがある。
 剣で打ち合うことなく受け流して、そして舞うように戦うことを中心とした舞踏剣術。独特のリズムと捌きは攻撃にも防御にも使える。

 「行くのです、シュナイド」

 敵は3体、手を出さなくても十分やれる。
 ティアナも言っていたけど出来る限り経験は積ませたい。ここは傍観することにしよう。
 仮面のような無表情の機人の手には太い棒が握られている。魔力を持たない普通の局員なら苦戦するかもしれないけれど、この子なら問題はない。
 片手持ちのサーベルを軽く握り駆けた。
 込められた魔力により刃が紅く光る。
 紅い刃を横薙に振るった。
 機人は空を断つ紅い刃を棒で防ぐ。
 見た目の太さの割に強度は高いようだ。だが防御した時点でこの機人は敗北した。
 普通の剣士ならこのまま斬り合いに持ち込む。だけどアイリスは違う。
 防御されたサーベルを滑らした。
 サーベルを覆う赤い魔力刃の性質を変えることによる妙技の一種だ。
 手元に戻しながら防御の力を流し、素早く斬り伏せた。

 重心。
 
 魔導師も騎士もそれは存在する。アイリスはその重心を巧みに破壊する戦術を駆使している。
 背後に一体回りこまれていた。
 サーベルを持つ手を替えながら一回転。
 そのままきると思ったら、サーベルを回しながら持ち方を変えて逆手で棒を防いだ。
 しかし回転の勢いを殺さず、棒を絡め獲りつつ切り裂いた。

 自分の力を使うよりも相手の力を利用する剣士としては珍しいタイプだ。
 剣劇ではなく剣舞。
 もともとは剣というより刃物の扱いにたけている程度だったけれど、その長所をいかした独自の剣術は一定の型のない捉われない我流剣技にまで成長した。
 アイリスの成長を確信していると邪魔が入った。
 E型の面倒なところは心がないから恐怖を抱くこともない。どこまでも機械的に戦う。
 全滅させないといけないのは本当に面倒だ。

 「邪魔」

 左手のクローで頭から切り裂いた。
 生命力が残った状態で行動不能に陥れば自爆する能力をもっているこいつらは、確実に殺さなければならない。臓器も機械を埋め込んでいるのに、人間のところがあるから血もでる。
 BJもクローも黒色だからなんにも問題はないけれど、神経が通っているから流れる血をリアルに感じる。
 相手は機人だ。機人だから殺せるんだ、と自分に何度も言い聞かせてきた。今では機人相手なら顔色一つ変えずに壊すことができるようになった。
 それでも気分がイイものではないけれど。
 なによりも雑魚を何百殺したところで、妙な蔑称がさらに酷くなるだけだ。

 「アイリス、どいて」

 槍を構えアイリスが倒した機人を見た。爆発まであと少しだろう。
 十分すぎる時間だ。
 一歩で機人たちに近づき、いつも通り脳を貫き破壊した。

 「相変わらず速いのです。どうやったらそんなに速くなれるのですか?」

 「簡単だよ。誰よりも速く。それを頭において生きてきたから」


 義眼になった右眼が生体反応の接近を知らせた。その方向を見て、そして魔力反応からして間違いないだろう。ただこれは魔導師のみに通用するやり方だから、ティアナの様に見ずに判断はできない。
 あの能力はそういう面ではとても有益だ。本人は嫌っているけれど

 「ティアナとシェーラが来たみたいだよ。……ところで」

 アイリスの方を急に見るとビクッと反応した。
 六課にいた頃はそんな態度をとられたことは一度もなかった。多分もてていたのかなと今更ながら思う。
 今は怯えられている。それは十分理解した。
 一番大切な人は側にいてくれるからいいけれど、やっぱりなんとなく寂しい気もする。浮気する気はないけれど、女の子に嫌われるのはいい気がしない。
 だから恐怖されるものを減らそうと思う。

 「この仮面やっぱり怖い?」

 「自覚あるのですね」

 あの事件、俗にDN事件で戦った強敵によって顔の半分が焼けただれた。
 そのことには後悔していない。きっと戦わなかったほうが後悔するだろうし、庇わなかったほうがもっと後悔した。傷の部分を覆うように仮面をつけている。
 今の自分の仕事上無骨なほうが有利だと考えた結果、この仮面をつけている。
 その結果ついた仇名が「紅い死神」。血まみれになった赤髪と無骨な白い仮面、そして命を狩り続ける黒い槍に黒い装い。死神と呼ばれても仕方ない気もする。

 「さてと、今回も外れだった。帰ろうか、ティアナ」

 室内に入ってきたティアナに振り返りながら帰還を告げた。
 それを申し訳なさそうな顔を見せるティアナ。お仕置きが残っているけれど、今はそんな表情をして欲しいわけではない。これはティアナが悪いわけじゃないから。

 「ごめんね、エリオ。だけどミッドにはもう居ないんじゃない?」
 
 「そう考えるのが妥当なのです。なにかが出てきたと言うことは今のところないのです」

 彼女も気づいていたようだ。このところというより半年近く手がかりが一つもつかめていない。あるのはやつらが与えた技術の残りかすみたいなものだけだった。
 残りカスでも何かをつかめるかもしれないとなんども踏み込んで入るけれど、それが当たった試しはない。
 それでも何かはないか探し続けるしかない。

 「さあね。だけど関係はあったのは間違いない。Dがいないにしても、手がかりぐらいはあると思うけど」
 「でも、そんなしょうこをのこすかな」

 シェーラの言うことは一理ある。やつらが証拠を残すなんて思えない。
 本音を言えばDナンバー連中がいなくて良かったと思っている。DN事件の主犯とされる特殊な機人。個々の戦闘力はオーバーSとされている。
 少なくともシグナム副隊長が片腕を失い、ヴィータ副隊長は殉職。フェイトさんと高町空佐は完敗。あのころ圧倒的だと無敵だとばかり思っていた彼女らが敗北している。
 今の力量であいつら相手にどこまで戦えるかわからなかった。勝目はないかも知れない。そのとき訓練生にすぎないこの二人を守れる気がしない。
 そんな反面5年前のあれ以来どこの部隊も一度も遭遇していないのが不気味だった。
 本当にどこの部隊もぶつかっていないのか?


 「そういえばアイリスとシェーラ。今度の任務の予定分かっているわよね」

 やつらの情報に付いていろいろ考えているとティアナが突然そんな事を言った。記憶を振り返ってみたけど、任務の予定が思い出せない。
 ティアナは腰に手を当て二人に確認していた。訓練生である彼女たちは任務がある時以外は普通に訓練校に通っている。今の訓練に通う価値なんてないってのが多くの人の意見だけど、管理局員としての自覚を持つにはいいらしい。
 通ったことないから良く知らないけど。
 だけど何かあっただろうか? 一応隊長だからそういう任務がある時の日程は覚えていたはずだけど、どこの研究所や工場に攻撃を仕掛けるんだ?
 でもここに突入したのは他にめぼしい情報がないからで、やっぱり記憶にはない。

 予定のことをすっかり忘れられているのを見抜かれたのか、振り向いたティアナにじっと見つめられた。見つめられたといっても、彼女は両目に包帯をまいているからどんな目をしているのかは見えない。
 でもきっと疑心に満ちた目をしているはずだ。心が痛い。
 アイリスとシェーラも驚いたように見つめてきた。これはあれだ、覚えていないことに驚いている目だ。

 「隊長、まさかとは思いますが今度の任務のことを忘れたのですか?」

 「エリオ隊長、わたしは隊長のことをしつぼうしました」

 二人の言葉が心に突き刺さった。精神攻撃とは意外な手を使ってきた。でも、駄目だ心が折られている。
 彼女らの視線は向けられた銃口のような痛さを与えた。心への痛い弾丸を今にでも撃ちそうだ。
 多分、撃たれたら凄い精神ダメージがあるだろうな。一発でライフポイントが空になるような。
 だから取る行動はただ一つ。

 「降参。本当に憶えていないよ」

 両手を挙げて降参のポーズを取った。それでもジッと見つめる視線は消えない。
 それでも俺は降参するしかない。武力ではこれは解決出来ない問題だ。プライドがない訳じゃない。むしろ降参しない方がプライドを捨てているようなダメージを受けるのだからこのほうが良い。
 そんな様子を隠された瞳で見つめていたティアナはため息を付いて言った。
 冷たい視線は消え失せ、いつもの空気に戻った。

 「はあ……あんたは忘れちゃダメでしょ。どうして忘れたの? それとも日付には興味がない?」

 「日付に興味? ああ、そうか。もうそんな時期か」

 やっと思い出した。確かにどうして忘れていたんだろう。
 憎しみは忘れていないはずだった。あの時の悔しさも一度も忘れていない。だけど無理があるだろ。

 「仕方ないだろ。慰霊祭が執り行われるのは事件当日の1ヵ月後。記憶にも残らないよ」

 DN事件による死者を弔うための慰霊祭。人災としては管理局史上最大規模の惨劇。
 直接的な事件は1日だけだった。しかし地上本部の活躍も虚しく死者10万を越した。
 皮肉なのはその間本局は見て見ぬふりをしていたことだった。後の本局の言い分は『各管理世界に重大な悪影響を与え兼ねない犯罪集団の取り締まりを最優先させていたため遅れた』というものだった。
 1ヶ月も取り締まりに時間を掛けたかは考えたくもないけれど。でも掛けたのかもしれない。
それほどの脅威なのだから。

 「あんな慰霊祭は本局がミッドチルダの人間のご機嫌取りにやっているだけだろ」

 どんな喜劇だろう。ミッドを中心に発達した管理局が、今最も信頼を受けていない世界がミッドチルダだなんて。
 式典が一ヶ月後なのはレジアス中将による非常体制終了宣言がされた日だから。それでさえ大将の一人が認めた日らしいけれど。

 「エリオそんな言い方したらダメよ。まあ……間違ってはいないけど、そういう事しかできないのよ」

 出来ないことぐらい分かっている。ミッドチルダといっても管理世界の一つ。今も増え続けている管理世界の一つに過ぎないここを特別視することは出来ない。今の状況でも十分特別扱いだと思う。
 それでも本局の人たちはミッドの住民の冷たい視線に気づかないのだろうか? かつての上司がそんな連中が正しいとし地上本部を叩こうとしていると知ったときは落胆した。









 エリオは本局のことを思い落胆している。きっとエリオが頭に浮かべたのはかつての上司のことだろう。
 あの人の行動には驚かされるしかなかった。呆れも混ざった驚きだ。
 なのはさんの話によれば、あれ以来会っていないらしい。仲の良い三人組はもうないと言っていた。
 その気持は私にも分かる。スバルと会わない生活は寂しくも辛くともないけれど、ふとした時に居ないと言うことを自覚させられる。でもそれは悲しくもある。パートナーとはその程度のものなのか。

 「あの……じゃあどうしてさんかするんですか?」

 シェーラが聞いていのか戸惑いつつ尋ねた。戸惑うのも無理はないと思う。
 一応いろいろ言われながらも冷静というよりクールな男に頑張ってなろうとしているエリオが、突然あれだけの敵意をむき出しにしているんだから。
 ただ二人には知っていて欲しかった。これがエリオにとってタブーであることを。

 「参加じゃないよ。去年クーデターがあって本局の一佐が刺殺された事件があった。だからその日は地上本部に所属する隊員は全員警戒行動することになった。とてつもなく面倒だけど」

 面倒だけどの部分が妙に強調されていた気がする。
 エリオの本局嫌いは本物ね。いや、ここまできたらもはや病気かもしれない。機人への憎しみを糧に生きるよりかは大分ましだと思うけれど。
 総隊長は感覚の違いだと言っていた。
 その世界だけを守ろうとする地上と次元世界全体を守ろうとする海。そんな違いがあるのだと言っていた。
 でもそれは分かる。私たちはこの世界の人達を守るために全力を注いでいる。でもそれ以外の世界の人達は守ろうとしていない。
 他の次元世界でテロが起きて数百人亡くなったと聞いても情報として捉えるだけで、ミッドチルダで事件が起きて死者が一人でも出たのならばなんとしてでも止めようと思う。
 私はどっちでもいい。エリオが居たいところに居るだけだ。

 そう言えば総隊長はこんなことも言っていた。

 「ただ今年の慰霊祭は新型戦艦の進水式を兼ねているみたいよ」

 「新型戦艦? そんなもの製造している情報あるのですか」

 アイリスが驚いたように喰いついてきた。エリオに負けず劣らずの偽クールのこの子にしては珍しいミスね。単語に過剰な反応を示すのは驚きで思考が麻痺している証拠になる。
 ミッド自体の情報ならば入手していたが他の管理世界などは抜けている点がある。しかし今回話に登った戦艦は最近になるまで本局の大将以上の人間しか知らされていなかった。
 二番隊の諜報網に不明金が引っかかって、それを一番隊が捜査して分かった。

 「本局がミッドチルダで極秘裏に開発を進めていたヘブンズソード。天国の剣って意味ね」

 「ふざけた名前だろ。さらに将来的にあのナカジマ准将が新しく率いる部隊の旗艦になるらしい」

 エリオは憎しみの篭った声でその名を口にしていた。昔はあれだけ懐いていた准将にここまで敵意をむけるなんて。あれ、懐いてなかったかな。
 保護者が聞けば卒倒するかもしれない。でも真っ青になって倒れるフェイトさんを見てみたいとも思った。

 苦虫でも噛み潰しているかのようなエリオは怒りを隠しきれていない。漏れ出した怒りが言葉と共に流れ出てきた。
 その怒りを感じたシェーラなんかは怯えている。

 「哀れな人だよ。地上本部が悪の巣窟だと決め付けて他のことが全く目に入らなくなった」

 「無理もないわよ。あの時、あの人が持っている情報ではJS事件もDN事件も同じなんだから」

 ジェイル・スカリエッティを単なる犯罪者としてしか理解しなかった時点で、彼女の思考が行き着く先が正解になることはなかった。
 しかしそれは人としては当然だろう。事件直後のあの時にそんな情報があるわけでもないし、なによりもヴィータさんの死を目の当たりにしたあの人の悲しみは計り知れない。
 兄さんが死んだ時のような苦しみをあの人は味わったのかもしれない。だとしたら、共感できて無理もないと思う。

 『あの、ティアナ副隊長。一つ聞いていいのですか?』

 突然アイリスが念話で話しかけてきた。わざわざ念話を使うあたりエリオかシェーラに聞かれたくない話なのだろう。シェーラなら気づいた時点で口にしてしまいそうな気がした。
 そういう点この子はその部分をわかっている。さすがはギゼラ隊長の娘だと心の中で賞賛した。
 でも口癖のせいで言葉の意味が違って聞こえてしまう。

 『いいわよ。アイリス』

 『エリオ隊長はどうしてナカジマ准将のことが嫌いなのですか? 確かナカジマ准将は機動六課の部隊長だったはずですが』

 エリオや私の過去の経歴の事は知っているみたいだ。誰が教えたのだろうか?
 ギンガ隊長あたりと予想をつけておいた。実際言われたところで問題のない情報だけれど。
 でもそんなに仲いいはずがないから、ギゼラ隊長かな?

 『まあね。でも無理もないと思うわ。あの時は私も本気であの人を憎んだから』

 あの時のことを思い出した。胸に浮かんだのは苛立。やっぱり私も怒っているみたいだ。
 もっともあの時あの場にいなければここまで嫌いになることもなかっただろう。冷静になれば仕方のないことと処理出来ることだった。現に中将は当面したのに何一つ気にしていない。
 老獪な人だからあの人らしいといえばそうだけど。

 『なにをしたのですか?』
 
 『災害復興支援を行っている地上本部に殴りこんできて、何をするかと思えばレジアス中将を犯罪者補助の件で逮捕しにきたの。復興を何もせず沈黙している本局に全て任せて今すぐにでも中将を逮捕しようとしてね』

 本当はもっとひどいことを彼女は口走っていたのだが、わざわざ話す必要もない。あの時のあの人は感情だけで動いていた。そんな剥き出しの感情に難癖をつけるのは人としてどうかと思う。

 『……ちょっと待って下さいです。もしも中将が復興中に逮捕されたりしたら……』

 『暴動が起きていたでしょうね。多分今の平穏どころか暗黒時代に逆戻りね。あの人もまだ若くて自分たちの正義だけしか知らないから、自分たちがする行動や身内が絶対に正しいと思っているんでしょうね。まあ裏がとれなかったから結局逮捕することはできなかったけどね。そのまま聖王教会に帰っていったわ』

 アイリスは分かっているようだ。あの時のミッドチルダがどれだけ殺気に満ちていたのか。いつ暴動が起きるか分からない緊張状態だったのか、それを抑えていたのは誰だったのか。
 もっともあの時は逮捕する権限すらなかったけれど。
 所詮一介の二佐にすぎなかったあの人が中将相手に自由なことができたのは、後ろ盾の存在に他ならない。あの時後ろ盾だったクロノ提督は殉職していた。そして伝説の三提督もあの時は引いていた。
 結果として管理局側の後ろ盾の力をなくしたあの人は何もできなかった。
 あの人自身のコネは後ろに極端に強い人が数人いるだけで、横に広がりはほとんどない実際はすごく狭いものだった。
 そんなことに気づいたのはここに来てからだったけれど。
 今思えばあの人の立場はすごく危ういものだった。それなのにかなりの無茶をしてそれを知られないようにしていた。
 でもそれはすべて大事な家族と仲間のためだった。だから暴走した。それは人としては間違っていない。
 管理局員として間違っていただけだ。時と場合が悪かっただけだ。
 中将を逮捕、もしくは詰問しようとすることは間違っていない。あの人は白でもグレーでもなくて黒の人だ。

 『どうして……ミッドチルダに住む人間の命なんてどうでも良かったのですか?』

 アイリスの言葉には悲壮さが混じっていた。感情を出来る限り抑えるのが管理局員に求められることだけれど、こんなことまで抑えなくて良い。
 でも冷血人間ではないと思う。しかしあの時の彼女は冷静さを欠いていた。ヴィータ副隊長の死が原因だろう。
 一度の暴走で三提督とのコネを完全に無くしてしまった。本局の大将と繋がりができたから次元航空艦隊の提督をしているけれど、リンディ統括官も亡くなられたからすでにあの人の後ろ盾はほとんどなくなった。
 六課は強い後ろ盾が居たからこそできた部隊だった。世間知らずとされる19歳の若手が隊長を務めていた実験部隊。どれだけ危険な立場なのかあの頃は気づけなかった。

 それに気づいていないのはあの人たちも同じだったけれど。
 ヴィヴィオを守るために何が必要かを気づいたなのはさんは、あの手この手を使ってトントン拍子で出世した。今では一等空佐だ。
 直接な教導ができなくなった代わりに、自分一人でヴィヴィオを守り抜けるだけの権力を手に入れた。
 反面、今までと同じように仕事をこなし、地位などを一切考えなかったフェイトさんは上に行くことよりも自分たちが現場に出れることを優先し続けた。
 その結果、リンディ統括官亡き後は反対勢力に昔の罪やハオラウン家の罪などを掘り返されてしまった。執務官としての権限を凍結させられたと聞いた。
 ミッドチルダの人の命を自分の手で守ろうとしたフェイトさんと、権力を手に入れて守ろうとしたなのはさんは対極的だ。仲のいい二人がどうしてこんなに違う道を歩むのだろう。
 私はきっとフェイトさんと同じ道を歩む。ミッドチルダの人の命を守りたいから。
 だからミッドチルダの命を数時だけじゃないと気づいた人の下についている。
 きっとあの人も大丈夫だ。


 『そんな人じゃなかったと思うんだけど。あと、あの人中では私とエリオは死んだことになっているから』

 「えっ、どういうことですか」

 「一体何が? さっきから念話で話していたみたいだけど」

 アイリスもまだまだね。ちゃんと念話に集中しなきゃ。
 エリオが少し苛立ったようにアイリスを睨んでいる。それじゃあクールでも大人っぽくもないのに。アイリスはあたふたとしている。シェーラはそんな二人の間に立って悩んでいる。
 いつもどおりの六番隊の風景だ。
 でもね、エリオ。あんたはあの人をはやて・ナカジマを憎んでいる。
 それは信じていたから、好きだったからでしょ。じゃなきゃに君だりしないものね。


 三等空尉と二等陸尉の小隊。私たちの今の居場所。
 ねえエリオあなたは幸せだよね。



[8479] 第三話 居場所
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:d028621e
Date: 2010/10/11 04:04
 朝日が昇るのを感じて目が覚めた。まだまだ一眠りする時間はある。
 だけどなんとなく外の景色を見てみた。薄明るい空は今日が晴れることを示している。雲を見て天気の測り方はここにきて教わったことだ。
 鋭敏な聴覚は音を捉えた。静かな朝に似合わない音だ。
 視線を下げると、自然と一体化するということこそ最強への道だとか言っている人が外で朝の運動をしているのが見えた。
 こんな早朝から鍛錬するような人間には今でも見えない。スキンヘッドの強面。日光で視界を遮られる対策にサングラスをしているから、裏社会の人間だと最初は思っていた。

 まだリハビリをしていた頃、一度だけ彼の鍛錬に付き合ったことがある。

 「さあ、エリオよ、どうだ、儂と共に朝の鍛錬は。身も心も清々しい気分になるぞ。自然との調和を行うのだ」

 仰々しい話し方で誘われた。寝ぼけ眼のまま参加した鍛錬は六課にいた頃にはなかった鍛錬だった。だけどまたしたいとは思えない。
 ここでやってきた訓練は六課とは全く違う。どっちが正しい訓練法かはこの際どうでもいい。どちらが俺にあっているかだろう。
 あの人たちには悪いが俺にもティアナにもこっちがあっていた。
 高町空佐は短期の教導は得意だろう。短い期間に全力でぶつかってくる相手に自分の力で伝える。計画性を必要としないこれならば、あの人の持ち味を生かせる。
 その反面、長期間に渡って計画を立てて行う教導は不得意だろう。そもそも教導隊の人間はそんなことをしないとバイカル副隊長が言っていた。余裕そうに見えて一杯一杯だった。だから自分の考えは全部伝わっていると早合点してしまった。その罪はティアナの暴走だけですんだ。
 ティアナが先に暴走してくれてよかったかもしれない。じゃなきゃきっと俺が暴走していた。あの教導で劣等感を抱かないのは盲信しているか諦めているかのどっちかだ。俺はそのどちらにも属していなかった。
 高町空佐が悪いわけじゃない。教導は経験だ。ときどきアイリスやシェーラに戦技を教える時に痛感した。あれは自分がどうやって強くなったかを理解している人に向いている。あの人にその経験がなかった、それだけの話だ。
 そしてあの人がどれだけ考えて俺たちを鍛えてくれていたのか、それを自覚させられた。
 あの人は無茶を許されない体だった。俺たちは無茶をしながら自分の限界を超えて強くなるタイプだった。だからここでの鍛え方があっていたんだ。今ではそう思える。


 過去を省みていると外から「太陽よ!!」なんて近所迷惑にしかなりえない大声が聞こえてきたため、思考は中断された。心が誰よりも清々しくなっているのだろうと苦笑いした。

 マルコム・スペリオル。自然魔法の使い手にして、自然調査隊三番隊の隊長を務めている。
 スペリオル隊長の戦いを一度だけ中将に映像を見せてもらったことがある。地上部隊でしか生かせない力の持ち主、というのはよく理解できた。自分の才能を模索した結果があれだったと笑っていた。
 朝の鍛錬と言うのに付き合ったときスペリオル隊長の昔話をしてくれた。

 今でこそ隊長として、Sランクの陸戦魔道士として確かな力量を持っているあの人は、昔はDランクさえ怪しい魔導師だったらしい。さまざまな手法を試してみたけれども、強くなることができなかった。
 自分の限界を感じたこともあるらしいけど、まだ上にいけるという野望だけは最後まで捨てていなかった。そして十数年自分と向き合い、己を知って自分の戦い方を身につけるに至った。だからこそ自分の強さと力を信じられるらしい。

 スペリオル隊長の戦い方を真似できるなんて思っていない。だけどあの人の心は真似したいと思った。そんな心の強さがあの人を強くしたんだろう。その話をされたときは相当仰々しい話し方で約三十分はかかったことは苦い記憶だ。
 隊長になってあと少しで一年が経つ。戦闘機人の研究所に対する強行部隊六番隊の隊長を任されたときは心底驚いた。
 中将が5年間をかけて集めた地上部隊の切り札となる首都守備隊。隊長の肩書きを持つものはSランク級の魔導師ばかりだった。その面々は中将が今まで積み上げてきたものだった。
 身内の力で周りを固めたあの人とは違う、苦汁を嘗めても諦めず才能ではなく努力でここまで上り詰めた男だからこそ出来た部隊だった。
 だからこそこの地上で本局の部隊にも負けない精鋭部隊を作れた。
 そんな部隊の隊長をまだまだ青い俺が担うのには抵抗があった。その反面嬉しかった。血反吐を吐いてでも手に入れた力を認めてもらえた。数多の人物を見てきた人に信頼できる人物だと認めてもらえた。
 身内だからって甘くしないことで中将は有名だった。亡くなった娘さんもさまざまな部署で実績をつんで秘書になれたらしい。無条件の信頼よりも培ってきた信頼の方が強いものなのだと実感した。

 黒い噂が事実だってことは知っている。それが悪いと分かっている。全て地上のためだった。罪だと分かっていても次元世界に住んでいる人たちの笑顔と未来のためだった。
 それを言い訳しないことぐらいわかる。だから力になりたいと思えた。でも力不足だと最初辞退しようと思っていた。
 だけどあの信頼に答えたかった。力不足かもしれない、だったら強くなればいい。もっともっと強くなって大事な人も信頼してくれる人もみんな守れるくらい強くなる。
 それを任命されるときに言ったら、そんな俺だから隊長を任せられるといわれた。
 隊の役割は俺の悲願に近かった。そして何より一番後押しをしたのは彼女の存在だろう。

 いつの間にか起きる時間になっていた。
 枕の傍らにおいてあった仮面に手を伸ばすと、まだ夢の中にいるティアナの寝顔が目に入った。昨夜はやりすぎたようだ。
 普段は厳しいけれど、甘やかしてくれるところでは無制限なまでに甘やかしてくれる彼女。こんな関係になってもう半年近く経ったが、飽きることは永遠にないだろう。
 いつもはない無防備な姿を見て口元が緩んだ。昔と違い少し緩んだ感じをいつも受けるけれど、隙は昔以上になくなっている。そういえば最近自分たちを見る目が変わった気がする。

 昔は少し屈辱的だけど、仲のいい姉弟が一緒の部屋で寝泊りしていると見られていた。
 滅んだ東部の数少ない生き残りだったため、お互い離れるのが怖かったんだろうと思われていたのだろう。同じ部隊にいたというのが効果的だった。
 あの時はまだ押さなかった俺が怖がっているのだと思われていたようだ。重傷を負っていたためティアナが看護しているのだと思ったのだろう。
 実際はティアナが離れたくなかったのが原因だ。まあ少しは俺がそうだったのもあったような気もするけど、そこはそんなに重要なことではないと思いたい。

 しかし俺も15歳、体格も十分よくなった。一度バイカル副隊長あたりに部屋を別にした方がいいと持ちかけられた。
 だからその場で思いついたことで、切り返させてもらった。冷静沈着で何が起きても動じないあの人が豆鉄砲を食らったような表情をした。

 「あの時のバイカル副隊長の顔忘れないな……」

 「あら、レナと一体何があったのかしら」

 「ちょっとした……起きてたの?」

 独り言を呟いていると背後にちょっとした殺気を感じた。これからの対応次第でこのさっきに変化があるだろう。
 鬼となるか、それとも誰かに依存しなければ生きることができないか弱い乙女になるか。
 生命の危機を感じながらも嬉しかった。要するに嫉妬してくれているのだろう。だけど思い出して欲しい。俺に浮気するなんて選択肢が残っているかを。
 普段はあんなに頭がきれるのに、どうしてこういうときは思考速度が落ちるのだろう。寝起きだからかな? そういえば低血圧の彼女は寝起きがすごく弱い。

 「この前15歳の誕生日を祝ってもらったとき、バイカル副隊長に言われた。"ねぇ、そろそろ部屋を別にしたらどうって"だからこう言い返したんだ。ティアナは俺の物ですから。そばに置きたいって」

 これがベストだ。嘘を交えてず、ありのまま真実のみを語る。安堵して振り向けば、足元にはオレンジ色の魔法陣。
 視線を上げれば、彼女の指先にはオレンジ色の魔力光。いつ放たれてもおかしくない。
 表情は俯いていて見えない。でも危険だと言うことだけは伝わる。

 (え、失敗!? どうして? どこで選択肢を間違えた!?)

 とりあえず気になるのはどこで地雷を踏んだのか。俯いているから表情はわからない。見えていないのだから躱せるようにも見えるけれど、すでに命中率に視力なんて関係なくなっている。
 しかしすぐ撃たないないことから、今のティアナが抱えていることが読めてきた。

 「…………なに、レナの前で恥ずかしいこと言ってるのよ!! このエロオ!!」

 そっちか!! こころの中で激しく突っ込んだ。でも落ち着いて処理しないといけない。そうすればまだ間に合う。

 「なんだ、恥ずかしいだけ? じゃあ別の部屋にしてもらう? 総隊長にでも言って」

 そういうとティアナはそっぽを向いた。頬の赤みはまだ残っている。

 「いいわよ。5年も一緒に生活したらこの状況に慣れたから。……それにあんた寂しいでしょ。急に一人になったら、だから、その、一緒にいてあげるわ」
 
 「……じゃあそうしてもらうよ」

 プライドとかそういうものは全部捨てたように思っていた。だけどティアナらしい感性はまだ残っている。
 ツンデレはまだ健在だ。
 そっけない態度をとって彼女をいじめるのも時にはいいけど、今は無理にこれ以上の幸せは必要ない。そう思いながら寝台に手を伸ばして顔半分の仮面をつけた。


 二人で朝の支度をしながら後ろにいるティアナに問いかけた。
 ティアナが着替えるときは別の方向を向くという約束があるからこの状態をとっているけれど、この約束はきっと永遠に有効だろう。
 それでも好奇心などから何度か振り向いたり、鏡を使ったりして見たことがある。多分気づいているだろうけど、なぜか見逃してくれている。でも露骨だと額に銃を突きつけられるけれど。

 「ねぇ、エリオ。髪の毛だけじゃなくて顔も真っ赤になりたい?」

 すごくすごく綺麗で優しい笑顔だった。そう記憶している。
 それは暗に頭をぶち抜いて抹殺すると言う意味だろう。真摯な態度で謝り続けて見逃してもらって、それ以来露骨なことは辞めた。
 たまに試みるけど。

 順番でも決めているかのようにいつも同じ順番で着替えるティアナが包帯に手を伸ばしたタイミングで切り出した。

 「包帯で目隠しするのはもうやめたら? それともまだ騙し続けるの? 透視能力があるなんて」

 「別に騙しているつもりなんかないわよ。詳しく教える必要がないだけよ」

 騙すということばは良くない言葉だと思う。そこには信頼が存在しない。
 しかし彼女の場合は少し別だ。
 希少技能《レアスキル》の一種でありながら、それに組さない。色々と厄介なスキルだ。だからこそ仕方ないと思う反面、それしか方法はないのかとも思う。

 「欺いているのは敵だけよ。味方は騙しても欺いてもいない。真実を伝えていないだけ。誤解よ誤解」

 背中合わせだからティアナの表情は見えないけれど、声からして笑っているのだろう。表情は昔と比べるとよく変わるようになった。
 怒っている表情は減って、代わりに笑顔が増えている。

 「そうだね。それに副隊長以上はだいたい感づいていると思うけどね。でもアイリスは気づいていないのかな」

 「あの子勘はいいから気づいているかもね。まあ気づいたら気づいた方が可愛そうかもね」

 ただの透視能力の方が何倍ましかしら。背後で笑っているのが背中からもわかった。その言葉には同意した。
 もう着替え終わった頃だろうと思い振り返ると、彼女の短くなった明るいオレンジ色の髪が見えた。
 あの日、彼女は髪を切った。兄の夢のためだけに生きてきた自分と決別するために。
 立ち上がるための決意を得るために。

 「そろそろ行こうか。今日の朝練はアイリスたちと実戦だよ」








 首都守備隊訓練場付近

 「結構慣れてきたね。教導する側っていうのにも」
 
 「そうかしら。あの子たちの成長速度は全然予測がつかないから、全然うまく行っている気がしないけど」

 悩んでいるティアナを横目に訓練場へと歩みを進めた。
 その中で朝練のために訓練場へ向かう中こんな状況になったのを考えてみた。

 六課にいた頃は上官が教導隊から来たこともあって日常茶飯事に行われていた。普通はありえないことで、部隊長のコネによるものだった。
 しかし訓練校の機能が落ちている現在、新人達が現場で戦えるレベルに達してないことが多くなった。訓練校を卒業しても、全く使えないレベルでしかないのがほとんどだ。
 それを改善するために地上部隊では新人教習を仕事の一つにつけている。救難隊でも警邏隊でも航空隊でも新人教習が行われている。
 ここでは更に早期から行っている。
 二番隊副隊長が教導隊の出身であり、彼女を中心として訓練校に在籍している段階から経験を積ませる計画が始まった。
 シェーラやアイリスはその計画で六番隊にいる。彼女が考えた訓練科目を着実にこなしている。それが一区切りつくと俺たちとの実戦演習になる。

 そして俺たちが絡む理由がもう一つある。それは情けない理由でもある。これについてはティアナは落胆した様子だった。
 六番隊は強行突入が主な仕事だ。でも突入するにはまず、突入先である工場や研究所は探さなきゃ見つからない。俺たちも頑張って探すけど、それで見つかるのならわざわざ専門部隊なんていらないだろう。
 だから必然的に俺たち二人は時間が空くから、開いた時間は鍛錬に費やしていた。他の部隊は多忙なのに時間が空いてしまっていた。その時間を新人の教習に当てろということだ。
 だからこそ他の部隊と比べて六番隊、俺とティアナは格段と新人教習が多い。
 アイリスやシェーラでもない限り、俺の方が年下になるのだからそのことについてはどうかと進言したけど却下された。
 総隊長曰く、生まれつきの才能ではなく努力で強くなった方が教導には向いているらしい。
 もっともティアナは大掛かりなときは作戦隊長という立場上、新人達がどんなことができるか性格に把握していないといけないらしいけれど特攻隊長ともいえる俺の場合はあまり関係ない。


 二人で訓練場へと足を運んだ。アイリスたちが行ってきた訓練を確認した。訓練内容が生かせる状況にアイリスたちを追い込むのが実戦の一番の目的だ。
 包帯で隠された目で見ずに、書類の内容を物質として把握していたティアナが言った。

 「ルーテシアにも本格的な幻術を教えようかしら」

 「幻術? ルーテシアってその方面の才能があったの?」

 まず良く聞こえる耳を疑った。幻術魔法は努力ではどうにもならない分野を含む魔法の一つだ。
 希少技能と言われる魔法はその人や少数の人間にしか使えない。
 そして幻術魔法はなによりも使い手に才覚と素質と努力を必要とする。
 一般には燃費の悪さが取り沙汰にされるが、実際は幻術の構成や展開がもっとも重要になる。
 昔と比べたら増えたらしいがそれでも少なくて、実際幻術使いは各部隊に最低一人は欲しいのが現状だ。一の力を千にも見せることができる。
 一番隊には当該者はいなかった。だからあれば良いとは思うけれど、ないものをあるようにするのは難しいことだ。
 ティアナに聞き返すと少し微笑みながら語った。

 「シェーラほどじゃないけど。幻術破りと簡単な偽装は出きると思うわよ。後衛向きの幻術もいくつかあるから」

 虫を使役し、それらの後ろでブーストや攻撃魔法を放つあの子が幻術を使用する場面を想像したけどできなかった。
 昔は正直なところ幻術を侮っていた。
 一発できえる単なる偽物。攻撃を繰り返せば問題ないものだと。だけど自分の力量が高みに登るほどそれがどれだけ愚かだったのかというのを嫌なほど理解した。いや、させられた。
 高速戦闘において一瞬の判断ミスが命取りになる。その判断ミスを強制させる幻術。
 また射撃戦においてもわずかな歪みを見せることで射撃を無力化できる。一発をはずすと言うことはそれだけで敵の攻撃を受けることに繋がる。
 幻術使いは戦場を自由に描くことができると隣の彼女は豪語していた。最近の大掛かりな任務ではそんなことが多くあった。
 考えれば考えるほどあればいい能力だ。でも需要に供給が追いついていない。
 だからこそそれを踏まえた訓練をするよりも、ないとした状態での訓練の方が時間を有意義に使える。
 訓練する時間は無限にあるわけじゃない。あの時の訓練で感じていた焦りはそんなものだとこの立場になって分かった。

 「そういえば高町一佐の教導を受けている頃から思ったんだけど、朝から激しい鍛錬は止めた方がいいと思うけど」

 「そうかしら。大切だと思うわよ。問題があるのは私たちの方でしょ」

 苦笑しながらティアナは答えた。言わなくてもティアナもわかっていたようだ。
 朝からオーバーワークで後々響いているのはどうすればいいのか。バイカル副隊長にしてみれば量を調整すればいいだけらしいけれど、それが難しいから今苦労している。
 限界ギリギリの量になるように調整し続けていたあの人がすごいと言われる所以が良く分かった。
 だからこそあの人が居なくなったことの喪失感が強まっている。

 「……高町一佐の件は知っているよね」

 わざとあの人名前を出してみたが予想と違い顔色一つティアナは変えなかった。
 そんなはずはないと自分の中で否定してから、まさか知らないのではないのかと思い尋ねてみた。

 「一か月前の教導隊壊滅事件で会ったけど、一週間前から行方知れずだけど」

 「その割には冷めてない?」

 ティアナは高町一佐と仲が良かったフォワード陣だ。あの人にとってみれば愛弟子みたいなものだと思う。そしてティアナも尊敬する人だと言っていた。
 だけどティアナは淡々と事実を述べただけだ。表情には曇も陰りもない。おかしい。
 顔には映っていないがきっとなにかを疑っているのだろうか。よりによって一番隊が捜査している。それで何かあるかを疑わない方がおかしい。

 「教導隊壊滅事件と同じ日に無限書庫が焼き討ちにあってアルフさんの死骸が見つかった」

 ティアナとはなんの関係もないアルフだけれど、書類の上で確認したときは気づかれないように顔をしかめた。
 やっぱりティアナは淡々と事実を述べているだけだった。そこで気づいた。逆に言えば淡々としすぎている。無理に感情を抑えているのかもしれない。
 自分の心を吐露しないように、そして俺を傷つけないように。
 結局のところ守られているんだ。
 悔しさを感じたけどティアナだって無理をしているのに、ここで荒れるのはルール違反だ。

 「そうだね。だけどやり口が全然違う。まず、同一犯じゃない」

 片方は放火で片方は襲撃、つまるところテロだ。
 気持ちを抑えて思考を整理する。
 まずティアナは何が言いたいのだろうか。たまに彼女は遠まわしなことを言う。
 急に無限書庫の話をするなんて、あそこになにかあるのだろうか?
 高町一佐と関係がある? 一体何が?

 「そうね、ここからはキルギス隊長に聞いて」

 そのままティアナは早足で訓練場へと向かった。
 背を追い越しても彼女に言いように扱われているときがある。
 それは決まって俺自身の事を心配していることが多い。
 これ以上は語るのも嫌なのか、それともそれくらいは調べれるようになって欲しいのか。多分どっちからだろう。








 首都守備隊隊舎・食堂

 以前よりもさらに激化した朝の鍛錬が終わった、お腹が空いたから朝食を取っていた。ティアナと食べていたのだけど、彼女は少し前に終わって先に行った。
 そもそもの量が3倍近く違うせいかな。去り際にティアナが言っていた。

 「よく、それだけ食べれるわね」

 「ティアナこそそれだけで足りるの?」

 そう返すと頭を抱えて聞き取りにくいほど小さな声で、「大丈夫、スバルで慣れている。大丈夫」と呟いているのが聞こえた。
 食事の量の違いは昔から感じていた。でも減らすとお腹が空く。だからこれでいい。
 そんなふうに自己完結していると大柄の男が視界に入った。ここに居る面々であれだけの体格を持っている人はこの人だけだ。だからこそ遠くからも見つけることが出来る。
 五番隊隊長キルギス・ビーシュ三等陸佐。六番隊とは比較にならないほどの人員を要する五番隊を纏める人だ。この人ほどのリーダーシップを自分が持てるだろうか。

 「ビーシュ隊長、少しよろしいですか」

 「なんじゃ、エリオ」
 
 力強い渋い声で答えられた。声変わりして自分の声も若干低くなったけれど、この人の声は低く響く感じだ。
 そして近づいてくるとその巨体に圧倒されてしまいそうだ。


 「それで何かないんですか? ビーシュ隊長」

 「ふむ」

 悩むように顔をしかめたビーシュ隊長。視線を合わせるためには上向きで居なければならない。
 自分では伸びたと思ったが、この男の前ではまだまだ小さいように感じる。
 身長215cm体重150kg。何といっても大きい。さらにすでに50を過ぎているというのに衰えていない全身の筋肉。仮面で隠している下の顔ほどではないが、無数の傷跡が残る顔。歴戦の戦士というのが伺える風貌だ。
 焦げた体は荒く鍛え抜かれた肉体をひっそりと強調していた。日や火に焦げたボサボサした髪を掻き毟りながら、

 「なぜティア嬢は儂にそれを聞けといったのだ?」

 質問の返答は質問だった。質問を質問で返していいのかと思ったけれど、疑問は当然だ。教導隊襲撃に比べて、無限図書放火の方はただの放火でしかない。犯人も自殺した姿で発見されている。
 本局の捜査部も地上部隊も法務部でさえも同様の見解で終了している。だからこの事件に不明な点なんてないはずだ。

 「事後処理をしたのは五番隊のはずですが? 焼け跡になにかあったんですか?」

 「ああ、そのことか」

 ビーシュ隊長は納得したかのように、ポンっと手で相槌を打った。
 そもそもビーシュ隊長は一体何を聞かれているのかわかっていなかったみたいだ。さっきまで悩んでいたのは、何を訪ねられているか分からなかったからみたいだ。
 救難隊の総指揮と聞いたが、頭の回転が悪いのか事後処理には興味がないのかよく分からない。目の前の命を救うために全てを賭すような男だと前聞いたことがある。
 熱血タイプなんだろうな。

 「珍しいもんなんてなんもない。よくある火災現場じゃったわい」

 「え? なにかあったんじゃ? それも高町一佐に関係することが何かあったのでは」

 「ないない、焼死体がごろごろ転がっていただけだ」

 嫌なものでも見るような表情をしながらビーシュ隊長は語っていた。
 どうやら本当にないようで彼は頭をかきむしりながら悩んでいた。
 そんなところにビーシュ隊長と比べて段違いに若い声が聞こえた。

 「エリオ隊長よぉ。それは無限書庫の事後処理のことか?」

 隊長という言葉には敬意がほとんど感じられず、まさに愛称が「隊長」である友達に話しかけるようだった。敬称ではないのは確かだ。
 こんな風に自分を呼ぶ男には一人しか心当たりがない。先ほど彼に言われたことを考えつつ答えた。
 
 「そうですが、ジンブ副隊長。なにか知りませんか?」

 「おう、ハラレー。どうした?」

 自分よりも背が高いがビーシュ隊長と比べると小さい印象を受ける。逆立っている緑色の髪はくせ毛なのか未だに良くわからない。細い目で何を見ているのかは知らないけど。
 首都守備隊五番隊副隊長ハラレー・ジンブ一等陸尉。熱血タイプのビーシュ隊長と違って彼はどちらかと言えば爽やか系だ。
 彼とは階級は同じだ。また彼は五番隊の24ある救難分隊の第一特殊救難小隊の小隊長だから、ほとんど俺との階級に違いなんてない。だから年上である彼を敬うのは俺の方だ。

 「そうだな、焼け跡自体は普通だった。あれはまちがいなく放火だな。ただあるべき焼死体がなかった」

 「一体誰の焼死体がなかったんですか?」

 ああ、あれのことか、と隣にいるビーシュ隊長が再び相槌を打った。
 記憶にはあったようだ。救難隊だからか、現場にあるものにはとことん目を配るけどないといけないものという考えがないのかもしれない。

 「ユーノ・スクライア司書長だ。火事のとき間違いなくいたはずだが、死体だけがない」

 「よりによって司書長本人が? 焼死体だから判断がつかないだけじゃないんですか」

 「いいところに気づくな。だがしかし!! 今の科学の力を舐めてはいかん」

 キルギス隊長は拳を力強く握り締め、熱弁を語った。しかしなぜ判断できるか分からない。
 焼死体の場合、全身が焼かれていることが多いから見た目では判断がつかないことが多い。そうなると歯型で確認するしかないけれど、そこをついて偽造した犯罪が増えたため信憑性が減っている。

 「管理局員は細胞とかの欠片からでも判断出来るように登録されている。だから、焼死体全てから採取したんだが、司書長のだけ見つからなかったんだ」

 登録されていると言うことは知らなかった。健康診断の時とかに登録されているのかな? 分からないことはないけれど、教えておいて欲しいような。それとも俺が聞いていないだけかな?
 司書長の遺体がないのに事件が終了したのは司書長が事件に関わっていないと判断されたからだろう。焼死体が潰れてしまっていたら採取なんて出来ないだろう。

 それ以上のことを聞こうとすると、ジンブ副隊長がここだけの話と念話でここからは話始めた。

 『重要参考人だった使い魔のアルフとユーノ・スクライアの血痕が見つかったんだ。それも致死量だ』
 
 『まさか二人を殺したのをばらさせないために、無限書庫を燃やした。……容疑者も死んでいるのに、二人を殺したリスクにしては大きすぎると思います』

 「甘いぞお前たち」

 渋い生の声でツッコミを居れられた。あれ、機密事項だから念話で話すのじゃないのかな? ジンブ副隊長は声をだしたビーシュ隊長にあっけに取られているようだ。
 そのビーシュ隊長はなぜか笑を浮かべている。

 「なにが甘いんですかビーシュ隊長」

 「無限書庫の入り口には監視カメラがついている。火事になるまで通った人物の裏は全部とったが、火事で亡くなった人と管理局員、そして死亡した容疑者だ。そして局員については全て確認済だ」

 「どこが甘いんですか?」

 「そもそも犯人を特定できたのは監視カメラに移った中で唯一、無限書庫と無関係の人間だったからだ。そして自宅に放火に使われたであろう機材も発見された」

 「何もおかしいところはないと思いますが」

 「いや、無関係すぎた。そいつは無限書庫の職員の誰とも一切関係がない。二人を殺害する動機なんてものは全くなかった」

 「動機なしに殺したって言うんですか?」
 
 「そうではない。そもそもそいつはただの一般人だ。Sランクの使い魔や魔導師を殺せるはずがない。この二名の事件についてはいまだに調査中だ」

 たしかにおかしな事件だ。一体誰が殺したのか、そして司書長の遺体はどこに行ったのか、なぜアルフは放置したのか。
 ある仮定が頭に浮かんだけれど、それを立証するには証拠がまったくない。
 そんな様子を見たビーシュ隊長に堂々と笑いながら背中を叩かれた。

 「悩め、少年。悩めるうちに悩んでおけ」

 「しかしこの隊長みたいに筋肉バカになるなよ」

 「わかっていますよ、ジンブ副隊長。ビーシュ隊長のようにはなりませんよ」

 口を開けて驚いているビーシュ隊長を尻目に足早にその場を立ち去った。確かに不思議だ。
 こういうやりとりにも慣れた。父の様に兄の様に接してくれる彼らは今の俺にとって大切な人たちだった。








 首都守備隊隊舎・調査室前

 「じゃあ、ティアナはそのつもりはないの?」

 「ない、とだけ言っておきます」

 昨日の研究所の件の後処理のために二番隊を訪れているとレナに遭遇した。ちょうど今朝、エリオとの話題に登っていたためそれについて聞いてみた。
 彼女らしい心配だった。まあ問題がないのと手遅れなのが拒否の理由だけど。

 レナ・バイカル二等空尉。教導隊に所属していた経歴を持ち、最年少入隊記録を持っている。最年少脱退記録も同時に持っているけれど。
 エリオから聞いた話によると髪も目も魔力光さえも青色。似た色付きのシェーラは、髪は藍色で目は水色と違いがあるらしいけれど、この人は全て同色の青になっている。制服こそ普通だけれど手袋や靴やピアスなど装飾品も青色で統一しているらしい。
 教導隊に所属していただけあって戦闘力は高く、とくに技量においては他の追従を絶対に許さない ありとあらゆる戦型に通じているためついたあだ名が
「戦技図鑑」だ。
それにしても諦めを含んだ不満を少しだけなぜか感じる。なんでそんな風な態度なんだろう。
彼女に関しては妙な噂も効いているから、体が身構えてしまう。

「もう、あなたも随分と趣味が悪いわね。 それだけ綺麗なんだから、もっとましな男捕まえれるでしょ」

 頬を指で撫でられた。動きは読めていたから驚きはしないけれど、手つきがだいぶ怪しい。エリオでもこんな風に頬を触ったことは時々にしかない。
 やっぱり同性愛者とかいう噂は本当なのかな。

 「エリオは十分いい男だとおもいますよ」

 まず、気になった一言にだけ反論しておいた。この人には無駄なことぐらい分かっているけれど。
 ふふふ、と笑いで返されてしまった。男の良さを問いてもこの人には絶対に伝わらないだろう。

 「あら、惚気はいいわよ。部屋隣だから、そんなの必要ないくらい聞こえているから。昨日も随分と、ね」

 「……!!」

 かなり恥ずかしさで逃げ出したくなった。口調はさっぱりとしたものなのに、どこか艶っぽく感じてしまう。口調と動作が正反対だ。
 何故こんな話を堂々と言えるのか、この人には羞恥心なんてものはないのだろうか。

 「もう、ティアナは可愛いと綺麗の両方を持っている。そんな女の子激レアよ。それに最近は逞しさとか追加したから、私が欲しいくらいよ」

 「欲しい、ですか……」

 まっすぐな言葉で随分と危険なことを言っている気がするのは間違いじゃないよね。私、女ですよ。
 口調が明瞭な分、本気に聞こえてしまう。高揚感とかで浮ついたものじゃないのは確かだ。だからこそ本格的な危険を感じてしまう。
 反射的に足が一歩下がろうとした。

 「ちょっと、引かないでよ。別に今からティアナをとって食おうってわけじゃないんだから」

 足を一歩だけ引こうとしたとき、声をかけられた。腐っても戦技教導官ということか。驚異的な観察眼でどんな技をも盗み出す。それによって戦技図鑑のあだ名を頂戴しているのだろう。
 羨ましい能力だ。
 たった一言をそこまで邪推する私はどれだけ力に飢えているのだろう。この前、自分の実力が確かに成長しているのは十分確認したのに。
 妬ましい感情を曝け出しそうな自分を戒め、話を変えることにした。

 「ところでレナ、私に何かようですか? 用がないのなら、データの処理がありますので」

 「もう、仕事熱心ね。用ならあるわよ」

 怒っているような言葉だけど口調も感情も波はない。
 手の動きを悟ると何かを持っているようだ。輪郭を捉えたところ書類のようだ。書類仕事は苦手ではないけれど、昔と比べると面倒な部分が少し増えた。

 「ああこれ、高町を憎んでいる奴等の名簿よ」
 「名簿って、こんなにあるんですか!?」

 名簿? 紙の大きさはA4だろう。それが数枚ほど纏められクリップで止められている。内部のインクを探る限り、一面にびっしりと書き連ねている。
 いるとは思っていたけれど、これほどまでとは思わなかった。私の驚きにはレナも納得しているように感じる。

 「ほら、意外でしょ。高町の出世が原因のも多いけれど、今は半数が聖王教会に所属している人やその縁者が占めているわね」

 「手柄目当てに多くの抗争や事件に手を出していたみたいですから。でも、そうしなかったらヴィヴィオは間違いなく道具になっていますよ」

 高町ヴィヴィオの存在は教会にも管理局にも大きい。管理局としては教会への重要なカードとしての認識程度だ。
 しかし教会は違う。
 ヴィヴィオを聖王として奉り立てる派閥と、人間ではないと断言し異教徒任命を行おうとする派閥。どちらも血統に弄ばれている気がするのは間違いない。
 どちらにせよ、なのはさんの元から離れたヴィヴィオにまともな未来なんてないだろう。

 「まあ、本当は戦線に出て多くの人を守りたいって言っていたけれど、ただの一等空尉じゃそんな政治カードを保有するのは無理だから当然といえば当然よ」

 「やっぱり教導隊壊滅事件も恨みを持っている人の犯行ですよね。戦技教導隊連隊長として管理職に就いていたなのはさんの立場はあれで一気に怪しくなりましたから」

 「まあ、そんなところよ。高町については私たちと一番隊が頑張っているから大丈夫よ。それよりあなたに聞きたいことはこれよ」

 どうやら私の勘違いだったようだ。
 手渡された資料を調べると、面白いことが乗っていた。少しだけ口元が綻んでしまった。
 感想でも述べようとしたとき、やばい気配を一つ感じた。








 首都守備隊隊舎・医療研究室

 「筋肉バカね。ハラレーさんも面白いこというじゃない。たしかにキルギスさんって筋肉バカっぽいわね」
 
 「なんだろう。なぜか釈然としない」

 メディカルチェックのついでにさっきの食堂での話をギンガ隊長にはなしていた。
 腰ほどまでに伸びた青色の髪。しかしアウトドア派だと思っていた彼女がインドア派の象徴でもある白衣をきる姿は未だに似合わなかった。
 昔の彼女とはそれほど、というよりほぼ接点がなかったが少なくともこんな感じの人間ではなかったことは覚えている。
 釈然としない理由が分かった。少なくともこの人が言えるような言葉じゃないからだ。

 「今失礼なこと考えなかった?」

 「いえ、ギンガ隊長。俺がそんなこと考えるはずがないじゃないですか」

 最近の女性にはデフォルトで読心術が備わっているのだろうか。それはないことは確信している。
 もしそうなら今頃俺の体は地面に激突しているはずだ。インファイトに追い込まれるとこの人にはまず勝てない。

 「そんなこと考えていませんよ。ギンガ隊長」

 「そう、ならいいけど。……まあいいわ」

 彼女の後ろの机には無造作にパーツや工具がおかれていた。机に張られている設計図は新型のものだろう。だけど気にしないことにする。関係のないことだろうから。
 ただこの人にこんな才能があったと言うのは意外でしかなかった。

 「はい。エリオ君の健康診断の結果。……ねぇティアにも教えておくの?」

 わざわざそんなことを聞くことに違和感を覚え手渡された書類に目を通し、ギンガ隊長の質問に答えた。
 服装は変わったけれど彼女の表情は変わっていない。

 「聞かれれば。ティアナは俺だけには素直でいてくれますから、俺もティアナには全部さらけ出します」

 「憎たらしい笑顔ね。意外なのよ、まさかエリオ君とティアがこんな関係になるなんて。六課にいた頃エリオ君結構もてていたじゃない」

 いつの間にか表情が笑顔に戻っていたようだ。それもあの頃のような無知で愚かだった頃の笑顔に。だからすぐに表情を硬くした。
 たまにギンガ隊長と話すときに妙な感じがした。最近になってそれがなんなのか分かってきた。ギンガ隊長と俺には価値観の相違があるみたいだ。

 昔を懐かしむように笑っていた彼女だったが、笑みが消え真剣な顔つきになった。
 やっと本題に入るようだ。
 時々総隊長がギンガ隊長のことをクイントに似てきたと言っているのを見かけた。クイント・ナカジマについては写真や映像などでみたことがあるがこの 様な表情をしているところは一つもなかった。
 いくら同じ遺伝子を持っているからといっても別人になるということだな。それは俺も同じだ。
 諦観が含まれて冷めているようで、貪欲さを感じられる熱さ。相反する感情を彼女はいつも持ち合わせている。

 「私の専門は医学じゃないから詳しいことはジャックに聞いてね。高速処理モードは最大で10分よ。それ以上したら絶対に脳がぶっ壊れるから」

 「ぶっ壊れるって……頭痛とかじゃないんですか?」

 そう尋ねるとギンガ隊長は口元に手をあて、そして柔らかく微笑んだ。でもその笑には影を感じられる。
 人の不幸を蜜の味として楽しむ人の笑みだ。
 
 「簡単にいえば頭がパーンと弾けるような感じでぶっ壊れるわ」

 ようするに死ぬと言うことだろう。勝てば問題がない。そんな心が読まれたのか彼女は不機嫌になった。
 勝たなければ意味がない。それはあの事件で体をバラバラに切り裂かれたギンガ隊長は、俺よりももっとそれがわかっているって信じていた。
 だからこれまた意外に感じた。

 「あんた最近生意気になったわね。昔の弱気で押しの弱い少年だった頃の方がよっぽどましよ」

 そしてこんな言葉が彼女の口から出てくるという現実を意外に思った。
 まず感じたのは失望だった。ティアナの次の次の次くらいには信用していた。力量もあるけれど、同族と言われても必殺の拳で打ち砕く彼女は信用に値した。
 だからこそ昔がいいなんていう戯言は聞きたくなかった。


 あの日自分の弱さに絶望した。全てが終わったとき目に映ったのは白い魔力に飲まれ消えていく世界。
 なによりも力を切望した。守れる力を。大切なものを壊そうとするやつらを壊せる力を。
 力に力で抵抗しても意味がないことぐらいわかっている。それでも力が欲しかった。もうあんな思い二度としたくないから。
 それなのに目の前のこの女はあんな弱いだけで守られてばかりの方がいいといった。
 すでに目の前の彼女が昔を感じれる数少ない人だったという認識はなかった。仲間だという認識すら希薄になっている。

 「ふざけるな!! 奴等から皆を守るには力がいるんだ。もっと強い力が」

 こいつも同類だ。
 結局人の敵、人の皮を被った殺人兵器だ。
 そう思うと殺意が体を動かした。どう殺せばいいのか頭が次々と作戦を立ててくれる。

 殺すなんて考えている時点で彼女を人間視しているのにどうして俺は気づかない。目の前の女の用に破壊神でなく死神と呼ばれていることに安堵しているのも事実だ。
 力を望みすぎだということはわかっている。暴走した力は新たな悲劇をうむだけだということも知っている。
 だけど護りたいんだ。ティアナだけじゃない。この仲間たちを。
 そのとき後ろから抱きしめられた。
 羽交い絞めではなく優しく抱きしめられえた感じだった。

 「やめてエリオ。ギンガさんは貴方が死に急いでいるように見えるの」

 身長差からか背中に顔を押し付ける形でいるティアナ。なぜか背中が濡れたように感じた。
 泣かせたようだ。
 総隊長に誓ったはずだ。
 二度と彼女の涙をながさせないために強くなるって。
 それなのに強さで泣かしている。一体俺は何をしているんだろう。
















 無人世界「ムスペル」・時空管理局特設造船所。
 真夜中の静寂に包まれ多世界を桜色の閃光が引き裂いた。

 あわてて夜営の見回りの局員が武装し発射口に視線を向けた。
 そこには白い服に身を包んだ一人の女性がいた。月をバックに夜空に浮かぶ女性はその儚い表情と相まって美しかった。

 だが彼女の周りを漂う数百の桜色の星は何だろう。優しい光だ。だからそれが何なのか理解するのが遅れた。
 なぜならそれは優しい光など出せるはずがないから。優しく見えるのは彼女の心によるものだろう。

 それがなんなのか理解したとき女性はつぶやいた。

 「ごめんね、スターストーム」

 謝罪だった。そして殺戮の幕開けだった。

 数百もの桜色の星、アクセルシューターは一斉に発射された。優しい光が命を奪う。それは女性には耐えられない光景だった。
 だが女性の脳は冷静に戦いに集中していた。心の一部の痛みを無視して。

 桜の光は一つ一つが不規則な動きをするため、弾丸を読み回避することは不可能に近い。事実、彼女はただ発射しただけで操作している様子がどこにもなかった。

 何も考えなくても、何もしなくても命を奪うプログラム。

 星の嵐。まさにその名の通りだった。嵐を避けることはできない。桜色の星はその人の命なのだろう。

 地上に直撃したそれは小規模の爆発を起こした。一発なら問題無いが、数百も起きれば被害は甚大だ。

 ようやく武装した生き残りの管理局員たちは為す術もなく地に伏せていた。崩れた建物の下敷きになるしか他はない。阿鼻叫喚の図がそこにはあった。

 それににつかない女性は唇をかみしめて血を流していた。ただその様子を女性は見つめていた。一頻り滅ぼした後に女性は杖を構えた。

 「レイジングハート、終わらすよ。スターライトブレイカー」

 淡々とした様子で大技を放った。ほとんど無意識のうちに放ったのは彼女の主力砲撃魔法だった。

 分厚い壁のような魔砲は直線上にあるものを全てなぎ払う魔王の技だった。

 ここではじめて女性の表情が変化した。真っ向勝負ならば今でも絶対に誰にも負けない自信があった。この技で破壊できないものなど存在しないとばかり思っていた。

 しかし目の前にあらわれた船は傷一つついてなかった。先ほどの砲撃はこの戦艦を隠していた倉庫などをなぎ払うためのものだった。半信半疑だったが信じざるをえなかった。

 「これがアンチインパルスリフレクター……ゆりかごの障壁のほうがかわいいよ」

 独特のフォルムをしている新型戦艦ヘブンズソード。
 周りを見て彼女は一息ついた。崩壊した建物。瓦礫を染める血。ボロボロになった死体。地獄絵図を描いていた。

 「もう後戻りはできない。ごめんね、フェイトちゃん」

 親友に別れを含めた謝罪をつぶやいた高町なのは。その瞳にかつての輝きは残されていなかった。

 その日管理局の技術の結晶であるヘブンズソードが時空管理局による支配からの脱退を謡う反管理局組織「ヴァルハラ」によって強奪された。
 情報は全て厳重に管理されていた。それは管理局が極秘裏に作っていた強大な戦力が明るみに出ることへの恐れと、有名すぎる局員の離反を外部に知らせないためだった。


















連隊長……陸上自衛隊の場合は教導隊の隊長は一佐が行う。規模から考え連隊長。



[8479] 第四話 追憶 少年の絶望
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:d028621e
Date: 2010/11/01 01:58
 あの日のことを忘れれた日などなかった。今でも夢に見るあの悪夢を。



 それを感じたのは、ルーテシアの意識が途切れてすぐだった。
 戦いの最中でみさせられたフェイトさんの映像がまだ頭に残っていた。だから今度は助ける。今度は僕がたすけにいくんだ。
 だけど助けにいくことは妙な音に遮られた。耳だけはいいからだろう、随分と遠くから聞こえた。
 これは悲鳴? 気になって聞こえた方向を向いた。
 その方向からは記憶にこびりついて離れない嫌な空気が漂っていた。近頃は全然嗅ぐことのなかった空気だ。
 間違いない。これは……死の空気だ。血と脂のまざった匂いと恐怖の合わさった空気だ。
 それを理解するころには自然と足がその方向へ向かっていた。
 後ろで自分の名前を呼ぶ声が聞こえたがそれどころじゃなかった。
 すぐに雑音に混じった。








 空気に導かれるように足を進めた。
 足取りが重いのは疲れているせいだ、そう決め付けた。
 フェイトさんことは気がかりだったけれど、彼女なら大丈夫。そんな確信があった。
 周りを見れば都市部の被害は予想よりも大きいようだ。
 すでに建物がいくつか崩れていた。これだけの被害は復興にどれだけ時間がかかるのだろうか?

 そんなことを考えたのは一種の現実逃避かもしれない。
 つい先ほどまで近づくほど悲鳴は酷くなった。まだ活動している戦闘機人がいるのだろうか?
 崩れた建物で出来た道を通り、開けたところに着いた。
 先ほどから聞こえていた悲鳴はもう悲鳴は聞こえない。
 人が生きた証はもう何もなくなっていた。

 「なんだよ……一体何があったんだ」

 目に入ったのはあまりのも惨たらしい亡骸の山だった。
 切り刻まれた死体は手酷く扱われ、五体満足で残っている死体など一つもなかった。
 そのどれもが苦痛で歪んだ表情を浮かべ、静かなのに恨み言や恐怖の声が聞こえてきそうだった。
 視覚から想像してしまう声が聞こえる。それは恐怖からの悲鳴と死ぬことへの悔恨。
 地獄とはこのような世界なのだろう。
 人だったものがたくさんある空間。足が震えてしまった。
 そんな地獄絵図野中に、一人だけ生きて立っている者がいた。
 それを見たときは生存者がいる。そんな喜びがあった。
 だけど、近づこうとした瞬間おかしなことに気づいた。

 笑っている。

 こんな惨状で笑い声が聞こえた。
 とても愉快で楽しそうな笑い声だった。
 後ろから分かる太陽の光を受けて輝く金色の短い髪。でもフェイトさんのとは違う。この金色には病的な白さがあった。
 男がいる空間だけが周囲と切り離されているように感じられた。
 目の前で笑っていた男は自分の気配に気づいたのか、振り返った。
 奇妙なフェイスメイクをした痩せ気味の男。
 そのまま下に目線をずらすと、両手には血で染まっている鉄鞭。
 鉄鞭を持った両手は紫色に染まっていた。
 いやな赤さに嫌悪感を抱き目線を再びあげると笑顔の男がいた。フェイスメイクと相まって醜く恐ろしい笑みだった。
 視線がかち合ってしまった。

 「逃げろ」

 本能が危険を告げた。
 自慢のスピードを生かして後ろに飛んだ。
 目の前で二つの鉄鞭が空気を引き裂いた。

 「いー反応だな。坊や」

 声を聞いた途端、身震いがした。


 逃げろ
 逃げろ逃げろ逃げろ
 逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ
 逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ



 とにかく目の前にいる男は危険だった。
 理由なんてわからない。
 頭の中の警告灯が鳴り響いていた。

 逃げろ。
 今すぐ逃げろ!!

 恐怖に当てられていない冷静な部分が告げた。
 声からは男の狂気が垣間見える。
 恐怖に怯える中、逆に冷静な思考も働いた。
 この地獄絵図の中で唯一笑って生きている男。
 この男がこれだけの惨状を作り上げたのだろう。それなのに男には傷一つない。
 分かることは強いということ。
 狂気だけじゃない、戦闘力自体が桁違いだった。
 多分ガリュー何かとは比べ物にならない。
 もしかしたらフェイトさん並かもしれない。

 そんなことを考えているとき、視界の男の腕が動いた。

 「来る!!」

 反射的に走った。
 動いて動きまくって、撹乱する。
 今取れる戦術はそれだけだった。
 でも、逃げることがなかった。
 肝心の鉄鞭が見えなかった。動体視力には自信があったけど、そんなこと無意味とでも言われているようだ。

 「ストラーダ!!」

 ストラーダを盾にするように前に出すと、フレームが削られた。
 細かな切れ込みの入った鉄鞭は、叩くと同時に削る。
 周辺の死体の損傷が激しいのはそのせいだろう。
 初見で見たときよりもリーチがあるから、伸縮自在かもしれない。

 「坊や、君はどんな声で死んでくれるのかい?」

 その声は甲高く響く悪魔の声だった。
 悪魔のような笑みを浮かべた男は、恐怖以外の何者でもなかった。
 その笑みのまま鞭を振るった。今度は二本同時だ。

 「動くなよ。坊やのその柔らかそうな肉を引き裂きたいから!!」

 目にも留まらぬ速さで空中を翔ける二匹の鉄の蛇にとって、地面など触れるだけで削れるものだった。
 一匹の蛇と接し良くした地面が砕かれ、破片が飛ぶ。
 その時声が聞こえた。

 『右に飛んで伏せて!!』

 咄嗟に言われたように動いた。
 伏せながら左を見ると地面が裂け、礫が宙を舞っている。
 そして頭上を何かが走った。
 もう一本の鉄鞭だ。あの速さで撫でられていたら死んでいただろう。

 『いい、鞭見たいなものを目で追ったら駄目よ。腕の動きから鞭の動きを想定して』

 耳に響いた声は彼女の声だった。フォワード陣のリーダーでもあるティアさんの声だった。
 彼女の声を聞いたら安心した。戦う勇気を取り戻せた。
 フォワード陣のリーダー格の彼女が来てくれれば、この状況の打開策をはじき出してくれるはずだ。

 『今そっちに向かっているから、もう少しだけ粘って。大丈夫よね』

 『はい、ティアさんが来るまで耐え切って見せます』

 彼女がくる前に、少しでも手傷はおわせておこう。
 そんな風に考えていると釘を打たれた。

 『回避だけに専念しなさい。下手に攻撃したら殺されるわよ』

 男の目を見ればそれはよくわかった。
 だけど絶望しかけたときだったから助かった。
 その代わりに、あまりにも常識的なことを見落としていた。



 念話をしている間男は手を出してこなかった。念話が傍聴されているかもしれないけれど、さっきの会話は傍聴されても問題はなかった。
 それにいつでも僕を殺せるっていう余裕があるんだろう。

 「さあ、坊や。苦痛に染まる準備はできたか?」

 「できてないです。だから逃げさせてもらいます」

 僕が返事すると同時に男の手が動いた。男の表情は依然として歪んだ気味の悪い笑顔だ。
 動き出した手を見ながら、走って躱し続けた。
 鞭の動きは男の手の動き一つで大きく変わる。
 巧みな二つの線を躱すには、とにかく動き回るしかない。
 スピードだけには自信がある。
 回避行動にも自信がある。

 「なんだ、今までの訓練と同じだ」

 鞭の攻撃は見ることはできない。
 だけど、懐に入ろうとしなければ躱せる。一定の距離さえあれば躱し続けられる。

 「当たりませんよ、そんな攻撃なんて」

 男の鞭は周囲の地面を削るだけだった。
 削り取られた礫が次から次からと飛び上がっている。
 後はティアさんの射撃による援護さえ入れば、こいつを取り押さえられる。

 「坊やの割にいー動きをするんだな。少しレベルをあげてあげよう」

 自分の考えがあまりにも愚かだと言うことを痛感した。



 突然スピードをあげた鉄鞭。
 それは僕の血肉で染まった。
 腕の動きを目で捉えきれなかった。



 「はぁ、はぁ」

 幸い致命傷にはなっていなかった。
 捉えていた男の腕の動きが突然変化した。
 単純だった腕の動きが突然複雑に変化した。
 腕を振るうだけでなく、手首を駆使した操作。
 鉄鞭はまるで生きているかのように、襲い掛かってきた。
 蛇のようなではなくて、まさに蛇そのものの鉄鞭は反応する時間などくれなかった。
 ただ切り裂かれるだけだった。

 ストラーダでなぎ払おうとしたけれど、鉄鞭は巧みに槍をすり抜けた。
 そしてバリアジャケット程度の防壁などなかったように引き裂いた。
 鉄鞭は臓器に触れることなく、腹から胸にかけて縦二筋の太い傷をつけた。

 「ぐはぁっ」

 抉られ太く深い傷だった。無造作に掘られた傷の痛みで体中から力が抜けていた。
 抜けて行ったのは力だけではなかった。
 勇気も抜けて行った。戦おうとする戦意も勇気も闘志もなんもかも一撃で砕かれてしまった。




 負けた。
 言い訳なんてない。
 油断して負けた。負けたんだ。
 さっきの戦いで一度負けたガリューを倒せたから、強くなったって思い込んでいた。
 なによりも訓練を積んだことで強くなったと思い込んでいた。
 だけど実際は立ち上がることすらできないくらいに弱い。
 僕が動けないことを確信した男は笑みをさらに不気味なものに変えた。

 「はーははははっ、さぁ坊や、苦痛の時間だよ!!」

 笑っていた。
 僕を嬲り殺すことが楽しいんだろうか。
 さっきの攻撃のとき追撃でとどめを刺そうと思えばいくらでも刺せた。
 その時、周りにあった死体の表情の理由がわかった。
 どの死体も苦痛で歪んだ表情だ。
 わざとだ。
 こいつはわざと致命傷を逸らして、僕を生かしている。
 生かす理由なんて一つしかない。

 「楽しそうですね」

 自然と諦めを含んだ声が出た。
 もう心は折れた。何もかもがダメだと考えてしまった。
 体から流れていく血と共に勇気も流れてしまった。

 「楽しーかだって? ああ、楽しーさ、その苦しみこそが私の力の源になる」

 やっぱり、だから僕は生きている。いや、生かされている。
 この男の楽しみのためだけに今僕は生かされている。
 勝機も退路も全て絶たれた。
 血はとまらない。むしろ固まる様子さえない。
 血の凝結を止める毒でも塗っていたのだろう。
 失血死する苦しみでも味合わせたい、そんな男の気持ちが感じられた。

 もうそんなことはどうでもいい。
 だって楽しみながら戦う男に敗北している。
 そしてその「楽しみ」のために生かされて、「楽しみ」のために殺される。
 人ですらない僕にとっては妥当な人生なのかな。
 前にも同じようなことを思ったことがある。
 ティアさんに初めて告白して振られたときだ。

 「なんだ、もー諦めたのかい。坊やはつまらない男だね」

 つまらないか……二度目に告白して振られたときはそれについて悩んだっけ。
 三度目のときはしつこすぎて嫌われたんじゃないかって落ち込んだな。
 男が笑みを絶やさずに近づいている。
 だけど僕の意識はすべて回想に回っていた。
 四度目のときも断られたけれど、嫌っていないとすぐに言ってくれた。そこから年齢がどうとかまだ十歳なんだからとかいろいろ言われた。
 このころ僕はティアさんを口説くのが楽しみになってきた。
 真っ赤な顔をして恥ずかしがるティアさん。誤魔化そうと頑張るティアナさん。そしてあと少しで口説けそうなティアさん。
 そう思えば目の前の男と僕は似ているのかもしれない。人の苦痛を眺めるのが楽しみというのが少しだけわかる。人に限りなく近い僕としては納得がいかないけれど。
 ……まさかこいつ人間じゃない?

 「さあ、楽しい時間の始まりだよ。坊やはかわいい声でないてくれるかい? ここにいた連中はむさ苦しい男ばかりでいささか食あたり気味なんだよ」

 聴力がいいのが災いして、聞きたくもない男の言葉が全て耳に入った。
 理解しても納得がいかない言葉ばかりはいていた。そんなやつに今から僕も嬲り殺されるのだろう。
 僕ができる抵抗をするだけだ。







 「そーれ、ひとーつ」

 鉄鞭が体に振り下ろされた。笑みを浮かべたまま男は鉄鞭を僕の体に振り下ろしていた。
 胸のあたりを叩かれ、そこから鋭すぎる痛みが走った。
 さっきの攻撃とは違って鉄鞭の凹凸で撫でるわけではない、ただ叩きつけているだけだ。
 ダメージよりも痛み。心を砕き悲鳴を挙げさせるため。だから僕に出来るのは悲鳴を挙げないことだけだった。

 「さらーに、ふたーつ」

 間髪なくもう一本の鞭も振り下ろされた。
 痛みと共に抉られた血肉が中に浮かぶのが見えた。一発と傷口が交差するように叩かれた。

 「そしーて、みーつ、よーつ」

 二本の鉄鞭は叩くと同時に体の上を勢い良く撫でた。
 全身を痛みがかけめぐって脳がパニックして意識が飛びかけた。

 「はーん。じゃあ、これでどーかな」

 男はそういうと鉄鞭をで叩くのではなく、撫でた。
 凹凸のある鉄鞭で撫でると、血飛沫を上げながら体を引き裂かれた。

 「くあっっっっ」

 最初につけられた二筋の太い傷に似たものが、体にまた描かれていただろう。あまりの痛みに反応出来なかった。
 止めどもなく溢れる血は僕のバリアジャケットを真っ赤に染めていった。
 ここで気づいたけれど男は満気味だった。やっぱり僕の態度は男をいらだたせていた。
 だからこそ一度も僕は悲鳴も泣き言も挙げなかった。

 「君はつまらないね。もっとかわいー悲鳴をあげてくれないか? やっぱり男はダメだ。無駄に耐えよーとなんてする」

 男は不満そうな顔をして、出来他ばかりの傷口を踏みつけた。
 止めどもなく溢れる血で濡れている体を思いっきり踏みつけた。

 「あぁ……」

 声にもならない激痛が体中を走った。
 もう声を上げないじゃない。声をあげることすら出来ない。
 音の出し方すら分からなくなるほど痛みで麻痺している。
 今になって気づいた。もう体は限界なんだって。限界を越してしまっているって。

 (自分の限界値が分からないなんて、今まで僕は何を殺っていたんだろ)

 一度心が折れてしまえばあとは済し崩しだった。ただ一方的になぶられるだけの人形に成り下がるのは簡単なことだった。

 「ふーん、つまらないな」

 胸の交差している傷口を踏みつけた男は不満だった。せっかく楽しめそうだと思ったのにこんな男だったからかな。
 だとすればそれでいい。少しでもこいつの心を苦しめさせられた。
 足をどけた男はそのまま僕を蹴り飛ばした。

 「そうだな、やっぱり女がいい。それも若くてかわいい女の子だ。黄色い声で泣き叫ぶ姿が一番いいに決まっている」

 蹴り飛ばされて地面に叩きつけられる中、そんな音が耳に入った。
 薄れゆく意識のなかで情報が繋がった。
 ここに来てくれる人は誰か?
 その答えが出ると、折れた心が元に戻った。
 もう動かないハズの体を動かすのに十分な心を取り戻した。

 「待てよ」

 立ち上がれた。自分の両足はまだ立ち上がる力を残していた。
 槍を握った。自分の両腕はまだ槍を握り締める力を残していた。

 限界だと思っていた。
 でも、まだ戦える!!

 「へぇ、まだ動けるんだ」

 男が何かを言っている。でも言葉が理解できない。
 理解する気が起きない。
 血は流れ続ける。速く止めないと失血死する。
 でもこれだけ傷が大きいと止血なんて出来やしない。
 だったらどうすればいいのか。答えはあまりにも単純だった。

 「必要なのは、覚悟だけだ」

 意識を集中し魔力を操作した。
 まさかこんなことをするなんて、思いもよらなかった。
 魔力は電撃に変換される。
 それを傷口に放つ。

 「ぐはっ」

 電撃が体を走った。
 男は目を見開いて驚いていた。
 血が固まらないのなら焼けばいい。無理やりだけれど止血できた。
 きっと傷跡は生々しいだろう。
 切り裂かれたバリアジャケットの下は酷い火傷になっている。
 電撃を足から食らった男は一瞬怯んだ。その隙を狙って、立ち上がり距離をとった。
 痛みが麻痺している。
 どういうわけかまだ戦えるようだ。

 「いーね。その諦めていない表情。それを絶望に変えたらどれだけいーんだろう」

 守りたい人がいる。大事な人がいる。だから逃げるわけにはいかない。
 五度目の告白したときに全てを語られた。僕の知らない過去の僕がティアナさんを苦しませていた。
 だからこそ約束した。

 「絶望ですか? もうしませんよ。あなたに殺されるつもりはありません」

 カートリッジを一つ入れ構えた。
 最高速度で敵の懐に飛びかかった。
 走っている。だけど飛ぶという言葉の方が正しいだろう。
 爆発的な加速で翔ぶが如く駆ける。
 方向操作も自由に効かないスピード。次の瞬間には貫いた後だ。

 「はあぁぁぁ!!」

 最高速度の一撃は何も貫かなかった。男はステップ一つで避けた。

 「死んでくれよ、坊やぁ」

 「まだだぁ!!」

 男は鉄鞭で襲いかかってきたけれど、槍で払い距離をとった。
 そこへ鉄鞭の攻撃がくる。でもさっき攻撃を受けたときに気づいた。結局は鞭に二本だけだ。目に見えないだけでニ本しかない。
 だったら捕まえればいい。
 右手に持ったストラーダで鞭の一撃を捌いた。ガリガリッとフレームが削られる音がしたけれど、そんなことは気にならなかった。
 もう一本の鞭を左手で掴んだ。血が噴水のように出たけれど、痛みなんてもう感じられない。
 そして左手に魔力を集める。

 「まさか、がはぁっ」

 また止血のために電撃を左手に浴びせた。その電撃は鉄鞭を伝って、男に届いた。
 僕でも耐えられた電撃を浴びて男は仰け反っている。
 この機会を逃すわけには行かない。

 「今だ!! ソニックムーブ」

 距離はほとんどない。
 電気を帯びた雷槍ストラーダ。それをただ力の限り振り抜く。

 「喰らえ!! 紫電一閃」

 男の顔面を叩き割った。
 頭を潰したと思った次に感じたのは腹部の鋭い圧迫感だった。
 男の足が腹部を貫いていた。いつの間にか腹を蹴られている。殴ったと同時に蹴り返してきた。それしか考えられない。

 でもこれくらいなら耐えられる。

 「ストラーダ!!」

 蹴り飛ばされるのをストラーダの加速でこらえ、魔力を収束した矛先で切り裂いた。
 切り裂いたところからは機械のパーツが見えた。
 やっぱり戦闘機人。

 「まさか坊やなんかに傷つけられるなんて、パイチェプファイル」

 いつの間にか手に戻っていた鉄鞭が、矢のように鋭く飛んできた。
 両肩を鉄鞭が貫通した。
 腕を交差するように男は鉄鞭を手元に戻した。僕の肩の血肉と一緒に。
 抜かれたとき痛いかと思ったけれど、痛くなかった。でも一歩踏み出した瞬間に、体中の力が抜けきり倒れてしまった。

 「脳内麻薬が切れたみたいだね。そもそも人間があれだけの傷を追ってあんなに動けるはずがない」

 男の言うとおりだった。体がまた動かなくなっていた。
 神経にどれだけ脳が命令を発しても作動しない。心は折れていない。まだ戦う意志ならある。でも体が動いてくれない。

 「さーて、それでは坊やに最大のい・た・みを与えよーか」

 躱すことも防ぐことも毛出来ない。
 ここまでなのかと諦めそうになった。

 「殺すなら、今度は一撃で殺った方がいいですよ。そうでなければ、次は貴方の首を狩ります」

 この殺意を言葉にした。こんな殺意を自分が抱けるなんて驚いてしまうほどだ。
 言葉には嘘はない。動けるのならばその場で殺している。

 「ここに来て面白いことを言う。逆転の可能戦なんて0じゃないか」

 「それを決めるのは貴方じゃない。僕だ!!」

 「ならば、実現不可能な妄想を抱いて苦しむがいー」

 鉄鞭がゆっくりと見えた。死の危険が感覚を研ぎ澄ましている。
 間違いなく、この鉄鞭を喰らうと僕は死ぬだろう。
 それだというのに僕の心は全く諦めていなかった。そして見えた。
 オレンジ色の流星を。

 「なんだとっ!!」

 回避も防御も間に合わず、男にはオレンジ色の閃光が直撃した。

 「大丈夫、エリオ」

 その声だけで誰が駆けつけてくれたかは分かった。

 「大丈夫ですよ。ティアさん」

 情けなかった。女の人の背中に守られている自分が情けない。守りたい人に守られている自分が許せなかった。

 「エリオ、もう大丈夫よ。これ以上あなたを傷つけさせない」

 二丁の銃を構えたティアさんは自信に満ちていた。その背中を僕は見ることしか出来ない。

 「おやおや、今度は可愛らしい子だ。ふふふ。いいね、君みたいな子の悲鳴を聞きたいよ」

 男はティアさんの砲撃魔法が直撃したというのに、平然と立ち上がっていた。
 そして背を向けているから表情はわからないけれど、きっと彼女の藍色の瞳はまっすぐ敵をみている。

 「戦闘機人……スカリエッティ? ううん……違う。やつが起こしたにしては規模が」

 ティアさんがそう呟いたとき男の腕が動いた。

 「ティアさん危ない!!」

 叫んだときにはクロスミラージュから弾丸が放たれていた。
 橙色の弾丸は鉄鞭を打ち抜いていた。
 さらにティアさんはもう片方の銃から斜め上を目掛けて弾丸を撃っていた。被弾したのはティアさんを叩こうと振り上げられていた鉄鞭だった。

 (鉄鞭の攻撃を見切っている!?)

 「くくく、面白い!!」

 鉄鞭を弾丸で弾かれたことに呆気にとられていたが、男は再びあの不気味な笑みになった。
 そして最初に攻撃を受けたときのスピードに変化した。数段速い速度で蛇の如く複雑に動く鉄鞭。ティアさんに叩くのではなく切り裂くような鞭が迫っている。

 「これを弾けるものなら弾いて見せろ!!」

 こんなもの弾き返せるわけがない。ティアさんの射撃じゃスピードで弾かれるだけだ。
 ティアさんを助けようと立ち上がろうとしたが、力が入らない。
 好きな人ひとり守れないと言う現実が僕にはあった。
 僕にできることはただ一つ。

 「逃げてくださいティアさん!!」

 だけどティアさんは動こうとしなかった。
 どうして?
 どうして逃げてくれないんだ。目の前で好きな人が死ぬなんて嫌だ。

 「あら、どうして逃げないといけないのかしら」
 
 「えっ」

 目の前にいたティアさんは鉄鞭が触れると消えた。そしてティアさんは男の背後から首に銃を突きつけていた。

 「管理局員殺害及び傷害の現行犯であなたを捕縛します」

 目の前の展開についていけない。
 
 そうか、幻術魔法!! 全く気付かなかった。それは男も同様で完全に不意を突かれていた。

 「いいね。お嬢ちゃんの努力に褒美をあげよう。貴様等にも名前は教えてやろう」

 こんな状況でも男は態度を変えなかった。どうしてそんな余裕があるのか疑問だ。 

 「貴様等を狩るために使わされたDナンバー12マモンだ。さあ苦しめ、泣きわめけ」

 空振りしていた鉄鞭が突如動きを変えた。男の腕は動いていなかった。
 同時にティアさんが叫んだ。

 「エリオ、下がって!!」

 「ストラーダ!!」

 ストラーダの加速だけで無理矢理後ろに下がった。最初は鉄製の鞭だと思っていたが、細かく分かれた剣のようだ。
 シグナム副隊長のシュランゲに似ているけど、あれよりも更に分解している。そして独自に動くこともできることも分かった。
 猛スピードで動き、接触した地面がえぐられた。僕とほぼ同時にティアさんは距離をとっていた。よく見れば鉄鞭の長さが伸びている。あのスピードでのあのリーチでは攻撃は避けきれそうにない

 「そうだな。選択の時間を与えてやろう。どちらから死ぬ?」

 すぐに反論しようとしたがティアさんに制された。

 「その前に聞いていいかしら。あなたは一体誰に使わされたの?」

 「なぜ貴様等に我らが主の名を伝えねばならん」

 余裕の現れだろうか。対峙するティアさんも無表情だったが危機感を感じていた。
 だけどティアさんは立ち向かった。立つことすらできない僕の代わりに。無茶だ。あんな攻撃躱せるはずがない。

 「囮にでもなるのか小娘。ヒャハハハハ」

 醜悪な笑い声が聞こえた。
 囮、そんなのダメだ。鞭が空を斬る音が聞こえた。

 「ファントムブレイザー!!」

 マモンと対峙している彼女の声が聞こえた。
 僕の後ろから。

 「なんだと!!」

 ほぼ同時に焦った声を上げるマモン。幻影の爆発を冠する砲撃は鋭く貫いた。

 なぜティアさんがいた位置と砲撃の発射位置が違うのか。答えは簡単であり複雑だ。

 幻術。

 それ一つで大体片付く。マモンの背後で不意を突いたと見せたのも幻術だった。
 でも同時に疑問が浮かぶ。
 彼女は幻術使いだ。魔力に恵まれない彼女の戦術と技術はその欠点を補って余るほどだ。しかし魔力に恵まれていないはずの彼女がどうしてあれだけ動く幻術を使える?
 幻術を動かすのは魔力を悪戯に浪費すると言っていた。

 疑問の解決は本人に聞くことだった。
 ティアさんの砲撃魔法ファントムブレイザー。はじめて練習で見せてもらったときは途中で終わったけど、以前に一度だけ見せてもらったことがある。
 あの悪夢が蘇ると本人は使うのをだいぶ渋っていたけど、頼み込んで二人で自主練をしたときに見せてもらった。
 攻撃範囲は狭いものの破壊力は驚異的だった。
 技自体は射撃魔法と違う長いオレンジ色の槍というイメージだった。押しつぶすなのはさんの砲撃とは違う貫く砲撃。
 一度威力を知っていたため、倒れているという確信があり油断が生じた。
 地面を強く蹴った音が聞こえ振り返ったときには既にマモンは目の前にきていた。
 キラリと鈍く光る鉄鞭がが手には握られていた。
 しかしマモンがそれを僕に振り下ろす前に的確な射撃がマモンを襲った。

 「気を抜いちゃダメよ。あれを受けてまだ動けるなんて化物ね」

 人間で言う三半規管を直撃していた。
 戦闘機人の体は機械にあうように作られているけれど、人間に限りなく近いはずだ。
 あの直撃を受けたらなのはさんやフェイトさんでも危険だ。それでもマモンは倒れない。
 どうやら途方もない敵を相手にしてしまったようだ。



 ティアさんは二丁の拳銃を構えマモンを睨んだ。
 彼女の瞳にはあってほしく無い物が浮かんでいた。
 一度だけ彼女が教えてくれたことが本当ならば、さきほどの幻術の謎は解けた。

 「来なさい。あんたの相手はあたしよ」

 挑発されたマモンは鞭を振るった。
 肉眼で捉えることのできない鞭の攻撃をティアさんは避け続けていた。
 独自に動く鉄鞭とマモンの技量が合わさった結果、全く攻撃が読むことができなかった。
 そんな猛攻をティアさんは躱していた。
 さらに避けるだけでなく銃撃によるカウンターもしていた。

 「なめやがって……準備運動はもー終わりだ。死ね!! パイチェツヴィンガー」

 鞭の攻撃が更に激しくなった。腕の動きでさえ目に止まらなかった。
 素早く振るうだけだったさっきとは違いとまることない猛攻だった。
 まるで彼女を包囲するような鞭の檻だった。
 ティアさんがいる場所は裂かれた地面の礫が宙に舞い続けた。
 鞭の檻は地面を削り取っていた。
 そんな激しい猛攻の中ティアさんは避け続けていた。
 このままでは埒があかないと気づいたマモンは鉄鞭を手にしまった。鞭を一発も浴びていないティアさんを見て、マモンには焦りが生じていた。

 「無駄な足掻きをまだ続けるのかしら」

 「なめるな小娘!! ならばこの技を受けて死ぬがいー。パイチェシュトゥルム」

 マモンは高く飛び上がり鞭を振るった。一本の鉄鞭を回転させながら振るった。
 回転しながら進む鉄鞭に対してティアさんは銃口を上に向けていた。
 その表情には焦りはない。ただ冷静だ。

 「クロスミラージュモード3」

 2丁の拳銃が1丁になった。大型の拳銃。これを使うということはあの技しかない。空中でうねりながら鉄鞭は迫っていた。
 しかし回避行動をとらずチャージをしていた。

 「ティアさん逃げてください!!」

 「大丈夫よエリオ。もう詰んでいるから」

 余裕の笑みを浮かべるティアさん。次の瞬間理由がわかった。
 鉄鞭は彼女を傷つけることなく空中で分解された。

 「これで決める。スターライトブレイカー」

 オレンジ色の砲撃が天へと登った。
 空戦能力を持っていなかったマモンは回避することができず直撃を受けていた。





 「ティアさん一体どうやって」

 「私がただ避けているだけだと思った? 回避する度に魔力刃で切れ込みをいれていたのよ。奴が手に戻したときには色んなところに切れ込みをいれておいたわ。まあ回避するのが精一杯だったから少しだけど、ああいう武器は分裂させている分脆くなっているの」

 勝目がないと思った敵を彼女は倒した。
 すごいな。と伝えようとしたとき彼女の後ろに一人の男が立っているのに気づいた。
 ティアさんも気づき振り返りながらクロスミラージュを構えた。
 振り返るよりも早くに何かが飛んできた。
 ティアさんは最大砲撃による影響で狙撃が間に合わなかった。
 仕方なく魔力刃を発生させ二つの刃で弾こうとした。飛んできたものはナイフだった。このとき問題なく弾けると思っていた。

 「えっ」

 驚いた彼女の短い声が聞こえた。
 見えたのは銃身を切られグリップだけのクロスミラージュと宙を舞う銃身だった。
 咄嗟に首を傾けナイフの直撃は避けた。しかしツインテールの片方がかすり切り落とされた。オレンジ色の綺麗な髪が宙に舞った。
 愛用のデバイスを一瞬で破壊された彼女は膝を地面につけ震えていた。
 震える彼女を落ちつかせるために肩に手をおきながら、目の前にいる敵に目を向けた。
 そこには機械の体が見え肉体がある部分からは紫色の液体を流すマモンの姿があった。

 「見るがいー私のオーバースキル・シュメルツェン。あらゆるものを溶かす猛毒だ。この毒に溶かされ死ぬがいい」

 溶ける顔で笑う彼は不気味以外の何者でもない。
 いつも冷静な彼女が恐怖に怯えていた。

 「なんなのよ、こいつ死んでいるのに」

 「この私をここまで追い詰めるとは。覚悟しろ!! 貴様の体を溶かし尽くしてやる!!!」

 怯える彼女を見たとき、頭の中でなにかが壊れていくのを感じた。
 耳障りだと思った。
 目の前の存在が凄く憎い。なぜまだ生きているのか。その憎悪で頭が一杯になったとき、動かなかった体が再び動き始めた。






 立ち上がり、ティアさんを守るように槍をマモンに向けた。
 不思議だった。恐怖がなかった。

 どんなになっても戦う覚悟ならもう出来ていた。
 目の前の手きを屠る殺意はもうあった。
 そして戦う理由も出来た。

 これで戦えない理由がない。そしてさっきまでの体のダメージが全く感じられなかった。

 「その口を閉じてくれませんか。耳障りです。それにこれ以上彼女に近づけさせません」

 殺しを快楽とするもの。
 存在自体は一度だけシグナム副隊長から聞いていた。実際に出会うことになるとは思ってもいなかったけど。
 さっきの砲撃でも誰もこないところからこの近辺で戦っているのは僕らだけのようだ。
 都合が良かった。
 なぜだろう。今の僕は止まらない。

 誰が相手だろうと殺せる。

 「坊や君から死ぬのか? いーね、その顔を溶かすのがたまらないよ!!」

 放っといたら全身が溶けるのかと思っていたが一定まで溶けると止まった。
 どうやら鉄鞭は特殊な材質でできているらしい。あの溶解液が付着しているのに解けていない。
 滴る液体は大地を溶かした。溶けた大地が煙となり、マモンを包んでいる。

 「さー、始めようか!! 未来のある少年が無惨な姿となるショーを」

 マモンの言葉なんてもう聞いていない。ただ負ける気なんてもうない。
 鉄鞭を振るってきた。なんで鞭の一本や二本に苦戦していたんだろう。避けれないんだったら、もっと動けばいいだけの話だ。捉えられないくらい速く動けばいい。
 横に駆けるとマモンは鉄鞭で横なぎをした。

 「莫迦め!! そっちは行き止まりだ!!」

 確かに目の前は建物だ。
 横に逃げようとすれば鉄鞭が襲ってくるだろう。
 だけど、問題ない。道がない?
 そんなの世界のどこを探してもあるはずがない!!

 「行き止まりじゃない!!」

 縦に走ればいいだけだ。落ちるよりも速く壁を登る。出来るかどうかを戸惑うことなんて無かった。

 「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 壁に足をかけて、もう片方の足を上にかける。加速した勢いが消える前にもっと速く走る。
 やってみれば簡単なことだった。足場が縦になっただけだ。
 体が軽い!! 今なら誰よりも速く戦える!!

 「小癪な、これでどーだ!! 足場が崩れれば何もできまい」

 鉄鞭はそのまま建物を横に薙いだ。足場が突然不安定になった。

 「さー落ちてこい坊や。その建物と一緒に溶かして混ぜ合わせてあげよー」

 「死ぬのは貴方一人で十分ですよ!!」

 カートリッジを入れたストラーダを握りしめた。
 穂先に集めた魔力を叩きつけて爆発させる。
 単純な破壊。一点から始まった破壊は崩れていく建物を粉々に砕くには十分だった。
 砕けていく瓦礫の中で瓦礫を蹴飛ばして加速した。

 「まだだ、まだ飛べる!!」

 マモンは瓦礫の中を鉄鞭で荒らしたけれど、一本の鞭で僕を捉えられるはずがない。
 残っている全てのカートリッジを投入した。オーバーした魔力が電気になっていく。

 「ストラーダ。今までありがとう。フォルムドライ」

 気のいい相棒と今日でお別れになるだろう。
 瓦礫を通ってマモンの頭上をとった。溢れた魔力を穂先から下に叩きつけた。
 雷撃による広範囲制圧魔法。
 瞬間的にすることで膨大な電圧をマモンの体に与えた。だけどカートリッジはこのためじゃない。

 「これで終わりだ!!」

 操作不能の加速による急降下攻撃。
 ストラーダ自体の耐久限界を越えていて、僕の限界も超えているかもしれない。
 背後に大きな三角形の魔法陣を展開した。
 爆発的な加速を起こしてストラーダに引っ張られるように突撃した。もう操作なんて効かない。僕がするのは自分の魔力を全て加速に当てることだけだ。

 加速してすぐ感じたのは下からくる圧力だった。

 「うおぉぉぉぉ」

 体が砕けてしまいそうなくらい、すごい圧力を感じた。
 
 傷口が開いていく。骨が砕けていく。

 だけどこの槍だけは絶対に離さない!!

 「うおぉぉぉぉ!!」

 「くそっ、坊やの癖にっ!」

 麻痺から回復した。だけど体が動かないのか、逃げられない。しかし鉄鞭だけは動いた。
 左から薙ぎ払うつもりだ。ここで防がれたら殺されるだけだ。視界にティアさんが目に入った。

 「させるかぁ!!」

 左手だけをストラーダから離して、鉄鞭を掴んだ。
 手は刻まれて溶け始めた。
 もともと使えなくなっていく左手の最後の仕事として、鉄鞭を引っ張るように加速させた。
 ストラーダの穂先がガラ空きだったマモンに直撃する、直前に顔の右半分をマモンの手に掴まれた。

 「あと少しだ……届け、そして貫け!! ストラーダ!!」

 残っていた全ての魔力で一瞬だけさらに加速した。
 もう、片手ではストラーダを掴めない。
 手放した瞬間にストラーダはマモンを連れて行った。鉄鞭を掴んでいた左手は千切れた。
 支えをなくした僕はそのまま地面に叩きつけられた。

 「は、はは、ハハハハハハ」

 指一本動こうとしない。血を流しすぎた。
 だけど、僕は勝った。

 「僕の勝」


 「ヒーヒャッヒャッヒャッヒャッ、殺ス、コロす、苦しメ、泣きワめケ」


 全身からショートした回路の火花が飛ぶマモンが立っていた。
 ストラーダによって胴体を貫かれている。
 それなのに立っていた。

 「坊ヤ、コロス、溶カす、シャァーーーーーハハハハ」

 体はもうぶっ壊れている。無理やり動くようになっているんだ。その命令を出している脳もかなりぶっ壊れているようだけれど。
 ほっといても死ぬだろう。だけどそれよりも先に僕が死にそうだ。

 「死ネ死ねシねしねし」

 突然声が止まった。いや、顔が真っ二つになった
 オレンジ色の刃で脳天から一刀両断。
 マモンの背後にはティアさんがいた。涙を浮かべていた。
 それを見たとき意識が途切れた。
















 「エリオ! しっかりしてエリオ!!」

 目を開けるとそこにはティアナがいた。
 顔と腕の痛みはもうなかった。
 見回すと隊舎にある自室だった。隣で眠っていたティアが心配した顔で見ていた。

 「どうしたのうなされていたけど?」

 明るさのかけた藍色の瞳。あの時から変わった彼女の瞳にも見慣れた。
 今では好きな瞳だ。

 「なんでもない悪夢を見ただけだから」

 「……あの時の夢?」

 「人の心を勝手に読むな!!」

 「だって震えている。あんたが震えるなんてあの時のことでしょ」

 図星だった。この5年の訓練よりもあの時の痛みの方が勝っていた。
 だから訓練にも耐えられたんだけど。枕元にある仮面に手を伸ばしたときなにかを落としてしまった。写真立てのようだ。

 「今の音なに?」

 「一ヶ月前に高町一佐と偶然再開したときに家で撮った写真が落ちた」

 「……なんか縁起が悪いわね」

 割れたガラスの亀裂で高町一佐の顔が見えなくなっている。本当に縁起が悪い。
 この時の嫌な予感が的中することになるとは思いたくなかった。



[8479] 第五話 違えた未来
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:d028621e
Date: 2011/02/22 04:07
 地上第一警邏隊。

 不都合な間取りをしているこの部屋で、ちょうど顔にあたる日で起こされたのは何度目だろう。慣れないと思ったのも遠い昔で、もう慣れてしまっいる。
 執務官の黒ではなく、地上部隊の茶色の制服を着るのもなれた。クローゼットの奥にしまいこんだ黒い制服が日の目を見るのはいつになるだろう。
 クローゼットの反対側、ベッドの縁の壁に書けてあるコルクボード。そこには思い出が飾られている。その中でも真新しいものを見た。
 私がまだ黒を着ていた頃の写真だ。真新しいのがそれだけ前だから、最近写真を撮っていないと感じた。

 「じゃあ、お義母さん、お兄ちゃん行ってきます」
 
 地球で知った形式で義母と義兄の墓前に手を合わしてから普段通り出勤した。部隊の宿舎に住んでいるから、徒歩数分で仕事場につく。

 仕事場の扉を開ける前から音で十分中の様子はわかっていた。煙草に火をつけて一服してから入った。
 ひとまず心を落ち着けておかないと、追いつけない。

 「ここが地獄絵図にならない日ってあるのかな?」

 散乱した書類と鳴り止むことのない通信端末。そんなかを慌しく動き続ける隊員達。
 でも今日はまだましな方だ。
 初めてここにきたときは過労で倒れた人がそのまま床に横たわっていた。そんな状況と比べるとましに思えてきた私は、もう随分とここに毒されているようだ。

 「おうはぇな、フェイト」

 「おはようスティールさん。で、今日は何が起きているんですか」

 声を書けてくれた男性の髪は銀なのか白なのか判断がつきにくい。とくに目立つのは生々しい傷によって潰れた片目。この部隊の隊長スティール・クラウザーだ。煙草を加えたまま話している。まあ私もだけど。
 彼はタバコを吸いながらこたえた。現在管理局で禁煙が敷かれていないのはこの部署くらいだと、頭の片隅で考えた。

 「暴動だぁ。それに、強盗とかが数件、しかし、いつも通りの量だぁ」

 いつも通り。その言葉は嫌な言葉だが、適切な表現でもあった。
 今のミッドではほぼ毎日暴動が起きている。規模は個人的なものから組織的なものまで差がある。もとも犯罪の多いところだったけれど、5年前まではかなり押さえ込んでいた。
 誰が出たのかと周りを見渡すと、あのむさ苦しい二人組が居ない。

 「取り押さえたやつのほとんどがジャンク、この前の連中の生き残りがまだいるみたいだぁ」

 「ラブ・シードですね、ハロゲンとニオブが取り締まりに行ったみたいだから、じゃあ私は売人のほうを捕まえますね」

 あの事件のあと鳴りを潜めていた組織や新たな組織がミッドで暗躍するようになった。近年の他の次元世界では、ミッド出身の犯罪組織が黒幕となった犯罪で溢れている。
 海に居た頃、激化して行く組織犯罪の対策を任された私はミッドチルダに向かった。
 本局は危機感を感じていなかったけれど、犯罪の根本を叩く必要があると思った私はミッドの地上部隊との交流を図った。今思えばあまりにも本局の対応は不自然極まりないものだった。本局と地上部隊の対立を目の当たりにした。
 その対立で出来た隙を付かれている。あまりにもできすぎた展開だから、地上にも本局にも密偵が居るのかもしれない。

 「流石だぜぃ。確かやつらは30番台の無人世界の大陸を一つ薬物の温床にするような奴らだろぉ。よく、捕まえるなんて考えれるものだぁ。おっと通信のようだぜぃ」

 確かにあの組織は強大だ。表面上は慈善活動を行う団体を装い、薬物の売買を続けている。管理局が実態を把握したときには史上最大量の薬物を確認した。

 通信を受けたスティールさんの方を見ると珍しいものがあった。普段からよく言えば堂々として、悪く言えば横暴な人だ。でも、通り名のわりに話し易い。
 そんな彼が顔を真っ青にしていた。女性問題だろうか? そんな予想をした自分に嫌気が差して、気持ちを切り替えるようにその場を離れようとした。

 「あ、おい、待て、え、そりゃ、その、はい、すまん、待ってくれ、フェイト執務官」

 「はい?」

 え、今の誰の声か疑ってしまった。焦って振り返ると、やっぱり顔を真っ青にしたスティールさんが居た。一応空三佐の彼でも将官には真面目に対応していたっけ。地上部隊で将官……まさか、レジアス中将?

 「あの、そんなに震えなくてもいいんじゃ」

 「いやぁ、俺にとってはあの管理局の白い悪魔よりも恐ろしい人物だからよぉ」

 管理局の白い悪魔ってなのはのこと? 風評の恐ろしさをつくづく実感してしまう。
 そして彼から端末を受け取って相手の声を聞いた。私に端末を渡したスティールさんは煙草を吹いていた。そんなことに意識がとられるのも一瞬だった。
 人によればなのはよりも恐ろしいかもしれない。








 ミッドチルダ中央区居住区

 もう体の一部といってもいいほど手に馴染んだ刀を握りしめた。
 日本刀型デバイス「月光」。その名の通り光を浴びると三日月の様に映える。
 水平に構え目の前の扉を見る。なんの変哲もない平凡な玄関の扉。ネームプレートにはあの人の名前がある。
 最後にここを潜ったときは一人じゃなかった。
 扉を開ければ満面の笑みで駆け寄ってくる少女。傍らには優しく微笑んでくれているあの人。

 「迷いが剣にでているぞ」

 「!! ……分かっています。だって俺は裏切られたと思っていないから」

 隣にいるゼスト隊長は剣を見ただけで俺の心情を見抜いた。只者でないと思っているのに驚かざるを得ない。
 俺が返事をすると、そうかと頷いた。

 「それはティアナもエリオも同じだろう。ただ、お前の方は歪んでいるがな」

 「歪み? そりゃそうですよ。俺はそもそも歪みきってますから。俺の愛情は他者から見ればそうなるでしょう」

 「愛情か、愚直なまでにまっすぐなお前の事だ、一度惚れた女のためならなんでもするつもりか?」

 この人が誰のことを言っているのかわかる。
 死神という蔑称を受けながら自分の信念を貫き通す彼の事だろう。
 でもその瞳にはぶっきら坊な優しさがあった。穏やかでありながら厳か。そんな感じだ。 

 「少し違います。ゼスト隊長なら、わかるはず。心底愛した、女性がいた、と聞きました」

 一番隊の隊長であり地上の切り札首都守備隊の総隊長を務めるゼスト・グランガイツらしからぬ表情だった。普段から無表情で、気難しい人なのに珍しい。
 目を見開き驚きを顕にしている。そして笑みに変わった。
 この表情も珍しい。めったに笑わない人なのに。

 「そうだな。助けたいのだろ」

 「当たり前だ、ですよ。俺はあの子を助けるためにここにいる!!」

 今の俺を動かしている覚悟を口にすると念話が聞こえた。

 『随分と熱いな、修。うるさいぞ。こちらブレイド2チンク・アルピーノ。作戦範囲内の金属へ仕掛けが終わった』

 銀髪の副隊長の仕掛完了の合図がけが終わったようだ。うるさいと言われたことに僅かにショックを受けたけれど、いつものことだと諦めた。
 月光を見る。切れ味鋭い相棒は振るわれるのを今かと待っているようにも見える。

 『了解だ。これより突撃する』

 隊長の合図を聞くと同時に体が動いた。
 扉の向こうに敵勢力がいる可能性があるから、扉を突き破り一気に制圧する予定だ。
 刀を持つ右手を引き、左手で前方に三角形の魔法陣を展開する。

 「突式・疾風」

 右足の踏み込みによって加速しながら突きの面のみ巨大化した。
 前方にあるものをなんでも突き飛ばし、素早く前進するためだけの技。
 扉を突き破ると中は普通のマンションの一室だった。前に入った時とは変わらない。
 いや、一点だけ違う。
 前方にあるはずが無い物を確認した。設置型の兵器のようで銃口がこちらを向いていた。
 邪魔だ。
 ただそう単純に思った。

 「飛式・断空」
 
 刀から放たれる高速の魔力の刃はあるはずの無い物を切断した。
 玄関に入ったものを自動で銃殺するために設置されていたオートマシンのようだ。質量兵器なんてものを局員の家においてあることはまずない。
 機能の停止を確認して刀を鞘に戻した。
 わざわざ納刀する理由は得意の居合い抜きを直ぐできるようにするためだ。狭い室内、出会い頭に斬り合いになる可能性はいくらでもある。

 「ヴィヴィオ!! どこだ、ヴィヴィオ!? いたら返事をしろ!!」

 手当たり次第に部屋の戸を開けていった。
 どこにもあのオッドアイも、茶色の髪もみあたらない!!
 少しだけ見慣れた場所だというのに違和感がある。
 普段あの子がいる部屋の扉に手をかけ開いた。
 ここにいてくれヴィヴィオ!!

 「ヴィヴィオ!! あんたは確か……」

 そこには青髪の男が壁に貼り付けになっていた。
 全身の至る所に釘を刺された上、身動きがとれないように鎖で縛られていた。
 床に染み付いた血は黒く乾いており時間の経過が伺われた。

 「まだ息があるようだな。知っているのか修?」

 「高町さんがいないときヴィヴィオのお守りをしていた人です。たしかヴォルケンなんとかの一人だって言っていました」

 一度だけ手合わせをしたがかなりの実力者だった。あの堅牢な守りは単に硬いだけのものではなかった。それだけでなく高い格闘能力も持っていた。それなのにここまでぼろぼろになるなんて。
 さっき感じていた違和感は生活感のなさと損傷箇所の多さ。この部屋は大きく壁が抉れている部分があり戦闘があったのは間違いない。

 「仮に戦ったのであれば妙だな」

 隊長はなにかを危惧しているようだった。
 でも、それよりもヴィヴィオがいない。そんな事実が頭によぎっていた。

 「戦闘があったにしては妙だ。なぜ損傷は一室にしかない」

 そんなことをゼスト隊長が言っていたけれど、頭には入らなかった。
 どこにもヴィヴィオの姿はなかった。
 守れなかった。そんな現実に打ちひしがれてしまいそうだ。

 「とりあえずその男を運ぶぞ。釘と鎖を爆破するから退いていろ」

 自分より頭3個分以上背の低い少女に怒鳴られた。
 でも、ヴィヴィオを守れなかった俺には当然なのかもしれない。

 「何か言ったか修」

 顔にでも出ていたのだろうか? そして一瞬殺意を感じたのは気のせいか?
 彼女は俺を睨んでいたが、そのままザフィーラの方に向かった。
 全ての釘と鎖に降れたあと指を鳴らすと一瞬で砕けた。
 どさりとザフィーラの大柄の体が床に落ちた。磔にされて傷だらけだけれど、まだ生きている。

 「お見事ですね。魔法陣なしで?」

 「爆破したわけではない。亀裂をいれた程度だからな。エネルギーを少ししようするだけで十分だ。まあ微調整に集中力がいるのが難点だな」








 首都守備隊・治療室

 「具体的なことはザフィーラさんの意識が戻ってからね……どうしたの、エリオ?」

 ティアナから説明を受けながらザフィーラと言われた人を凝視していたのに気づかれたようだ。
 視線というので判断しているらしいけれど、いまだによく分からない。
 彼女は俺の心を読んだのか、それとも付き合いからくる勘なのか分からないけどわかったようだ。
 でも、当然の反応だと思うのだけれど。

 「今は人の姿をしているらしいけど魔力とか生体反応とかザフィーラさんそのものよ」

 「分かっているけど。高町一佐が行方不明になってからだから、最大で一週間貼り付けになっていたんだよね。よく生きているよ」

 やっぱりあの人たちは人間ではない。一週間磔にされて生きているなんて信じられない。
 今思えばあまりにも妙な関係だった。ナカジマ准将と深いつながりがあるのは誰が見ても明らかだった。
 そんなことを話しながらレジアス中将の元へ向かっていた。
 今朝突然各部隊の上位ニ名、つまり隊長と副隊長に召集がかかった。大会議室に集まれとのことだ。寝ぼけ眼のままその伝令を聞いて向かっている最中に治療室に運び込まれているこの人を見つけた。
 成人の男性だった。色々と血まみれな男性だった。知らないのに見覚えのある男性だった。
 記憶障害か何かを疑っていると、ティアナが「ザフィーラ」と呟いた。
 その後近くにいた嵐山とかに聞いてみるとやっぱり「ザフィーラ」らしかった。
 会議のことも気にあるけれど、ザフィーラが人間化したことも気になる。
 ティアナはスルーしているけれど、気になってしまったから見てきた。

 「それにしても俺たち一体どうして呼ばれたんだろう? 突入意外で六番隊、強行部隊の俺たちが使われることなんて珍しい」

 「それは遠まわしに暇で飢えているってこと?」

 そう言われると落ち込む。やっぱり暇なのかな?
 くすっと微笑みながら隣を歩く彼女を横目に見た。
 肩にかかるくらいまでは伸びた髪。包帯で隠されたサファイアの瞳が見れないのは少し惜しい。
 なんとなく右手で彼女の顎をつかんだ。

 「えーと、なにかようエリオ」

 俺以外の人間がこんなことをすれば彼女のデバイスが火を吹く。そして後で貫いてやる。
 俺だけに許された特権。俺だけの行為。
 顔から手を離そうと俺にまだ何か言おうとした彼女の口を塞いだ。
 一瞬で顔が真っ赤になった。何度もやっている行為なのにまだなれないらしい。顔を赤くし恥ずかしがるティアナを見るのも好きだから、慣れる必要はないかな。

 「ねぇ、あなたたちいちゃつくのは人の目がないところにしてくれないかしら」

 恥ずかしさでいっぱいのティアナは返す口がないらしい。意識がトリップしている。
 後ろにいる頭を抱えている女性に振り返った。
 悩んだように頭を抱えているのはバイカル副隊長だった。

 「バイカル副隊長も呼ばれているんですか?」

 階級は同じで役職としては俺の方が上。だけど年は向こうの方が断然上だから、態度は気をつけなければならない。
 決して彼女が年を食っているわけじゃなくて、単に俺が若すぎるだけ。女性は25歳から年齢を気にし始めるらしいけれど、だからって言っていいわけでもない。

 「ええ。ギゼラ隊長はもう行っているわよ。どうやら本局から厄介な人が来たみたい」

 厄介な人という言い方が気になった。言い方から察すると、管理局の上層部と言うわけでもないようだ。

 「厄介な人? お偉いさんとかじゃなくて?」

 思考が戻ってきたらしく普通に返答していた。

 「そうみたいよ。さっきの隊長からの連絡によれば本局所属執務官フェイト・T・ハオラウン」

 彼女の口が紡いだ名前は昔一番大事だった人だった。








 首都守備隊・エントランス

 執務官としての先輩からの久々の連絡だった。
 確かにスティールさんの言葉には同意したけれど、それでも嬉しかった。けれど告げられた内容は残酷だった。
 地上本部の切り札として本局から恐れられている首都守備隊にいると聞いてやってきた。
 そして受付である人物と再開した。
 ルキノ・リリノ。5年前の事件で撃沈したアースラと運命を共にしたとばかり思っていた。生きていて嬉しい反面、気がかりなこともあった。

 「さっきの嬢ちゃん、知り合いかぁ?」

 ルキノに案内されて、彼女と別れてからスティールさんが口を開いた。彼も気づいたようだ。

 「はい。機動六課で一緒に働いていた人ですよ。でも、昔はあんな風ではなかった。あの事件のせいでしょうね」

 妙な沈黙が始まる前にスティールが口を開いた。

 「両足とも義足だぜぃ。それもかなり高性能なやつだぁ。昔からかぁ?」

 「そんなことはないよ。多分5年前の事件かな。彼女がいたはずの操舵室は損傷がひどかったから」

 アースラ自体完全に潰れていた。乗組員のほとんどが帰らぬ人となった。たった一体の戦闘機人によって。
 あの事件の後どうして生きていたことをかくしていたんだろう。知らせられる状況じゃなかったか、知らせてはならない状況だったか、それとも単に知らせたくなかったか。
 最後の考えは否定した。あの場所がいやな場所だったと思いたくなかった。

 「体重の移動やバランスから見てもってぇ、聞いてるかフェイト」

 「え、あ、ごめんなさい」

 「まあいいぜぇ。両足、義足なのに足音が生身と違うことぐらいしか判断できないなんてよぉ、どんな技術者を抱えているんだぁ」

 秘匿性が地上部隊でもっとも高いことで首都守備隊は知られている。存在自体が幻とされた部隊の会議に出席するため、地上本部にきている。
 噂ではSランクを多数配備しているらしい。それが可能なのは中将の権力と人脈だろう。
 例えば私やなのはがどこかの部隊に入るのを隠すのは不可能だろう。自分たちの評価がどんなのものかようやく分かってきたからこそ言えるけれど、私たちは目立ちすぎる。
 だから死んだとされるものは扱いやすいのかもしれない。まさかルキノは口封じをされているの?
 その時目の前に本当に懐かしい人の姿が見えた。

 「久しぶりね、フェイト」

 「先輩。久しぶりですね。まさかあなたがここにいるとは思いませんでした」

 「もう私は執務官じゃないんだけれど、まあいいわ。あと久しぶりね、スティール」

 女性は細く長いさらさらした朱色の長髪が特徴だった。私の執務官としての先輩ギゼラ・エルベ。史上最年少で執務官試験に合格した元執務官。
 聖王教会と大きな問題を起こして地上勤務になっていた。さらに7年ほど前に本局とも大きな揉め事を起こして、執務官としての資格を剥奪された。その時にはもう連絡ができなくなっていた。今のこの人は実力が高いのに日陰に属する人だ。

 「連絡ぐらいしてくれればいいのに。どうして何も教えてくれなかったんですか?」
 
 「だってあなたは真面目すぎるのよ。どうせ、浮いた話の一つもその年になってないんでしょ。それに貴方には私の理想でいて欲しかったの。多くの人を一人で救える夢みたいな執務官に。私と付き合ってたらそうなれないでしょ」

 私の問いに苦笑しながら先輩は返答した。ただ言っている内容は痛いことだ。
 さらりと痛いことを言われた気がする。それに人に理想を押し付けるのは止めてほしい。
 そんなことを考えていると、腰に手を当てて教えるような仕草で言った。

 「さて、今から会議室につれていくけど、フェイト。下手に戦うような意思は見せちゃダメよ」

 「私はなのはのことでここに来たはずですよ」

 急に何を言い出すのかな。
 私がなのはのことを悪く言われたからって、バルディッシュ片手に暴れるとでも思っているのかな。もしそう思われていたのなら酷い勘違いだ。
 先輩の発言の意図が分からなくて悩んでいると、スティールさんが解釈を話した。

 「ここにいる連中はぁ、レジアス中将を筆頭としてなにかと本局と折り合いの悪いやつが多いってことだろぉ」

 そういうことか。
 ここにきてハオラウンの名が重荷になってしまうようだ。私がどういう人物かは名前で決められてしまう。この名がどれだけの重みがあるのか今の私なら分かる。
 でも実際どうにもならないことで、悩んでも仕方がないことだ。
 しかし先輩はスティールさんの解釈を聞いて、思いっきりため息をついていた。少しわざとらしい。

 「あなたは相変わらずバカなのね。50点よ」

 ダメ出しされたスティールさんは固まっていた。なにか言いたげだけど結局何も言わなかった。

 「ハオラウンの名なんて、あの爆破テロ以降なんの権限もないわ。それに名前を振りかざすような人じゃないでしょフェイトは。あなたが言っているのは名前で態度を変えるような連中のことよ」

 「なら、何が問題なんだぁ?」

 意外と復活が早い。でも確かに何が問題なんだろう。私は喧嘩っ早い人間じゃないことぐらい、先輩は知っていると思うけれど。
 まさかなのはのことだろうか。

 「フェイトは予想ついているでしょ。頭のいいあなたのことだから。高町なのはは犯罪者として扱われるわ。多分あなたの彼女について知っていることは根掘り葉掘り気かれるでしょうね。でも怒って手をあげたらダメよ。優しいあなただから大切な親友を守りたいのはわかるけどね」

 先輩は教え諭すと言うよりも、私の心配をしていたみたいだ。
 でも大事なところで勘違いされているようだ。それは優しさじゃない。

 「そんなの優しくありません、ただ甘いだけだから。私がすることはなのはを信じて待つことです。それが親友への優しさだと思います」

 先輩はそれを聞いて微笑んでいた。しかしすぐに呆れたような顔をするのはなぜだろう。
 視線は良く見れば口元に向かっている。先輩が言う前に何を指しているのかは分かっった。

 「あと、二人共ここは禁煙よ」

 「なぜだぁ、中将ぉぉ!! どうしてここまで喫煙者を排斥しようとする」

 「諦めましょう。ついでに言っておきますが、普通は全て禁煙ですよ。喫煙が可能なのは私たちのところだけですよ」

 携帯灰皿で煙草を処理した。そういえばいつの間にかあそこを自分の居場所だと思っている。
 頭を抱えた先輩は三白眼でスティールさんを睨んでいた。優しかった先輩の意外な一面を見た。

 「フェイトに煙草なんか教えたのはあなたね。管理外の97だったかしら、流通元のあそこでも問題になっているらしいわよ。体に悪いから、いい加減やめたら」

 罰の悪そうな顔をスティールさんはしていた。でも 私も一日に数本は必ず吸っているから、すぐにやめられそうにないな。はじめる前はこんなものがあるところで耐えるための訓練だったのに。








 首都守備隊・会議室

 今回の事件は地上としても信じられないことだったようだ。元教導隊所属高町なのは一等空佐が新造艦強奪犯の援助をした。
 守備隊を構成している六部隊の上位二名を交えた会議をこれから行うようだ。まだ全員が揃っていないらしく会議は始まっていない。

 「フェイトォ、少しは落ち着けぇ」

 スティールさんは笑いながら私の緊張をほぐそうとしてくれた。
 本局ではこの事件を扱おうとはしなかった。隠蔽するつもりのようだ。きっとなのはは難癖をつけて始末する算段だろう。
 管理局にとって広告塔でもあるなのはは有名だけれど、重要な存在というわけでもない。広告塔としての影響力は確かにあって、若手たちにはおおきな打撃を与えることになる。

 「しかし、なんだぁ、この面子。機動六課がかわいく見えるぜぃ」

 「まあ、そうだよね」

 実際六課の面々の方が可愛い。今先輩を含めて隊長を担っている人たちが四人いるけれど、全員オーバーSだ。本局が扱いきれない人員をかき集めたようだけれど、その手腕には驚いた。
 面々を見たスティールさんが解説するように話しかけてきた。

 「救難部隊のボス、キルギス・ビーシュに自然魔導師のマルコム・スペリオルに元天才執務官のギゼラか。揃いも揃って一筋縄じゃいかねぇ連中だなぁ」

 あきらかに保有戦力に抵触しているようだけれど、リミッターを使わずに解決している。書類上では部隊を6つに分けて、各部隊で保有戦力を決めている。
 その舵取りを中将が行うことで高ランク魔導師を集めた部隊が完成する。

 「だから首都守備隊は存在しない部隊なんですね」

 「そうね。中将が6つの部隊を統括しているけど、それは地上本部として統括しているだけ。登録は各部隊を別々に登録しているから」

 その存在しない部隊の長の一人である先輩は気まずそうな顔はしていない。この人はこういう人だ。
 ずるいな。そんな風に思ったけど口には出せない。本局でも同じことをやっている部隊なんていくらでもあるだろう。大将直参として知られるあの艦隊はすごく怪しい。はやてだったらどうだろ。
 横の繋がりとか下に繋がりの少ないはやてだと少し難しいかな。それは私にもいえることだろう。信頼できる部下とかが階級のわりにほとんど居ない。小さい頃から管理局にいるのに、自分たちの外に知り合いがいない。
 突然スティールさんが念話で話しかけてきた。

 『しかしよぉ。いくらなんでも死人はありか? 地上最強ゼスト・グランガイツ』

 『レリックでの蘇生が確認されていたけれど、いい手段だとは言い切れませんね』

 JS事件にて表にこそ出なかったが犯人グループの一人とされた騎士ゼスト・グランガイツ、そしてナンバーズの一人チンクといった犯罪者に近いものもいた。
 そんな人を集められるのは長年の実績と人望だろう。自分に人望があるかを考えて少しだけ怖くなった。
 何不自由なく私は管理局員として働いてきたけど、義母さんが死んでからはミッドから出ることすら儘ならない。
 最後にまともに動けた大事件はJS事件だけだ。

 そのJS事件はその後のDN事件により完全に歴史から抹消されていた。
 スカリエッティを追っていた私は逮捕できなかったことを落胆したが、今ではどうでも良くなってきた。
 少なくとも彼の夢は未来永劫潰えたのだろう。謎の戦闘機人に殺された長女の亡骸を抱きしめる姿は、娘をなくしてしまった父親そのものだった。理想をなくしたか学者ほど無意味なものはない。

 過去に思いを馳せていると、会議室の外から声がした。

 「あれ、ここって自動ドアじゃないの?」

 「暗証番号の入力が必要。ここの機密性は高だ」

 一つは聞き覚えのある女性の声だった。まさかと、期待で胸が躍る。

 「隊長、その構えは一体何をするつもりだ?」

 男の声は聞き覚えがない。何故か次の展開が見えてきた。

 「え、だって暗証番号入力が面倒ですから」

 変な音を立てて扉がこじ開けられた。あれってこじ開けられるような扉かしら。
 あまりの出来事に驚いたが、周りは無反応だった。どうやら日常茶飯事のようだ。
 でも冷ややかな視線はあるようだから、常識が欠落しているわけではない。
 そして扉の向こうの女性は私の期待通りだった。
 長い青い髪と顔立ち。研究員のような白衣は彼女のイメージとはかけ離れているけれど、その姿形はあの時の彼女そのものだった。

 「ギンガ!?」

 「フェイトさん久しぶりです。……あのどうしてまるで死人でも出てきたみたいな顔するんですか?」

 ギンガは首を傾げているけれど、それは当然だと反論したい。
 あの事件のあと彼女を護送中だった救急車は大破して見つかった。さらにその付近で切断された彼女の右腕や両足なども発見された。
 結果彼女は行方不明になったエリオやティアナと違い死亡扱いになっていた。

 「そういえば私は死亡扱いのままでしたっけ。まあいいや」

 ギンガはそんな事どこ吹く風のように感じているようだ。そういう面は彼女らしいといえばらしい。
 本当は良くないのだけど。それにしても研究員が着るような白衣は彼女に不釣り合いだった。彼女の後ろには壊れた扉を見て悩んでいる長身の男性がいた。動きからわかるけれど、服の下は結構な筋肉質みたいだ。
 先ほどのやり取りからギンガが隊長で彼が副隊長なのだろう。ギンガの力量は把握できないけれど、もしかしたらここの隊長の基準値まで言っているのかもしれない。

 『ねぇ、スティールさん。もしかして赤い死神も実在するのかな』

 『そこまでは知らねぇな。だが少し前に起きたミッド西部の戦闘機人による襲撃を解決したのはここだろうし、あの事件で確認された簡易型戦闘機人100体を殺したっていわれる死神もいるかもなぁ』

 スティールさんは笑みを浮かべた。そう言えばこの人もシグナムに似たバトルマニアの気質があった。
 情報でしか知らない簡易型戦闘機人による西部の制圧。一日で解決されたが内容は不明だ。それ以降西部では赤い死神という噂が飛び交うようになった。
 噂では返り血で染まった真っ赤な髪で殺したものの髑髏で顔を隠して、闇から生まれたような黒服を来て血に飢えた赤い槍を持つ、らしい。多分ほとんどが出まかせだろうけど。

 「あれ、扉がなくなっている? コウライさん……ギンガ隊長がまた壊したんですか」

 青色の髪をした私と同年代に見える女性がギンガの副官、コウライという男性にため息まじりで話している。
 そんなやりとりをしている二人を素通りして一組の男女が先に入ってきた。
 一人は赤い髪をして仮面で顔の半分を隠した男性だった。年齢は見える部分の顔も切り傷が多く判断がつかない。
 後ろを歩く少女は両目を包帯で隠していた。目が見えないはずなのに普通に歩いている。オレンジ色の肩ほどしかない髪型は記憶にある彼女と大きく異なっていたが間違いない。
 彼女は間違いないティアナだ。でも5年経ったはずなのに成長がすくない。
 それに違和感を感じつつ、私はティアナに声をかけようとした。でも、それよりも早く声をかけられた。

 「久しぶりですね、フェイトさん」

 ティアナの声とは思えない低い声だった。声を発したのは彼女の前にいた赤髪の男性のようだ。顔の右半分を白い仮面で覆っている。こちらからは顔がよくわからない。
 すると私の方に視線を向けてきた。左半分から除ける顔は結構かっこいい。左目は私を写しているのは間違いない。
 でも赤髪の男は一人記憶にあるけれど、彼が成長した姿とは逆の存在だった。それも彼のような優しい瞳ではなく、敵を射抜くような鋭い瞳だった。
 反応がない私を翠色の左目がずっと射抜いていたけど、すぐに納得したような顔になった。まさかと感じた。

 「エリオ久しぶりに会ったんだから、もう少し話したら」

 なにも言わずに彼は席についた。
 ああ、やっぱり。そこには私が描いた未来図とは全く違う「エリオ」が存在していた。




 エリオのショックは大きいけれど、今はなのはのことだけを考えた。
 なのはの犯行は無実だとかいう以前の問題で、彼女の攻撃がばっちりと監視カメラに録画されていた。容赦なしの破壊行動だ。かなりの怪我人も出ているようだ。
 幸いこの攻撃による死者は確認されていない。なのはのことだから故意的に行ったのかもしれない。

 「この映像から分かるように。高町一等空佐が犯行に関わっていることは明白です。ヘブンズソードは強奪された後次元間移動を行い現在の消息は不明です」

 先輩の事件についての現状説明が終わった。
 最初に浮かんだ疑問はなぜ、なのはがそんなことをする必要があったのか。
 次に浮かんだ疑問は、この映像のことだ。

 「あの、その映像はどこからもってきたものなんですか?」
  
 「ムスペルの地上部隊からのものだから。マスターテープの一次コピーだから信憑性は高いわよ」

 「そうですか、わかりました」

 映像は本物らしい。余計な編集が施された様子もない。
 次にゼストさんが私に尋ねたいことがあると前置きをした。

 「本日明朝に高町一等空佐の自宅に突入した。その際トラップらしき自動兵器と登録魔導師を一名確認した。名前はザフィーラ。この人物についての詳細となぜ彼があそこにいたのかを説明してくれないか?」

 弱った。このことはいろいろと問題がある。
 どう説明するか悩んでいると、ギンガの副官の人が答えた。

 「夜天の書、もとい闇の書のプログラムの一つ。現在の夜天の主は八神、いやナカジマ准将だ」

 コウライと呼ばれた男性が淡々と述べた。嘘は言っていない。このまま通すことにしよう。だけどおかしい。どうしてこの男はそこまで詳しく知っているの?
 気になることは山ほどあったけれど、後回しにする。

 「彼は4年前はやて・ナカジマ准将が長期航海に出る前にヴィヴィオの護衛として置いていきました。ヴィヴィオは知っていると思いますが、聖王の遺伝子をもっています。はやてはヴィータ三等空尉が殉職した件でいろいろあったので」

 実際は置いていかれただけだったのだけど、ヴィヴィオがザフィーラに懐いていたこともあり彼女の側にいた。
 そして一部の教会の過激派からヴィヴィオを守っていた。

 「その少女についてだが何処にもいなかった。現在修とルーテシアが探している」

 「それじゃあなのははヴィヴィオを人質に取られて……」

 「可能性の一つとしてはあるわね」

 なんであの二人ばかりこんな目に遭わなきゃならないのだろうか。聖王教会となのはが対立していたせいなの。
 この場合、聖王教会は過激派も保守派も穏健派も敵でしかない。
 聖王そのものであるヴィヴィオの存在を神輿としてトップに据えようとする過激派。
 聖王そのものであるヴィヴィオの出生を批判して汚点として排除を望む保守派。
 そして行動は起こさい代わりにヴィヴィオが聖王教会に関係する一切を拒否する穏健派。
 このことが聖王教会に知られると過激派には管理局を責める口実を与えて、保守派は最悪向こうの組織との提携を試みようとして、その派閥に対抗して穏健派が動いて宗教戦争が起きるかもしれない。
 ヴィヴィオが政治のカードとしては重要すぎると言うのはわかっていたつもりなのに。

 「そんなことよりレジアス中将。今回の件をなぜ陸で片付けようとするんですか」

 そんなことと、という言葉が気になったが道理にはあっている。本来ならばこれは海、本局が対処すべき事件だ。というより管理世界での対応をしている地上では捉えることができない。
 しかし逆立った緑髪の男性には見覚えはない。多分副隊長だと思うけれど、どこの部隊だろう。随分と言い切る人だ。

 「本局は表だった捜査はせんようだ。少将の一人が動いているという情報はつかんでいるがその程度だ」

 戦艦が奪われたわりには落ち着いたというかのんびりした捜査だ。だけど5年前の失態が響いているから、新造艦が盗まれたなんて公にできないだろう。水面下で管理局から離脱しようとしている世界もあるらしい。

 「しかし戦艦は極秘扱いだったはずだ。それを知った上での行動ならば、この情報量はヴァルハラか? 相変わらずいけ好かんことをする輩だ」

 大男、救難隊のキルギス三佐だ。救難隊のボスとして有名だ。彼が口にしたヴァルハラには聞き覚えがあった。
 次元世界規模で暗躍する反管理局組織ヴァルハラ。時空管理局と同じくらいの歴史を持つ最大規模の組織でもある。その組織員のなかには元管理局員も多く入っており、本局に対して影響力を持っているとされている。
 されているというのは私もあったことがない。義兄さんも見たことがないらしい。義母さんが昔話をしてくれた程度だ。
 そして先輩から存在を仄めかされたこともあったけれど、今回の件が起きるまでは信じていなかった。

 「本局が行わないから地上で捜査をするのか? それを海の連中が許すとは思えないが」

 「そうだろうなチンク。この一件は次元世界規模の犯罪だ。地上部隊の領域ではない」

 チンクちゃんは不満そうに言い、ゼスト隊長は無表情に述べた。正論だ。この一件をなぜ地上本部で議論する必要が有るのかな。

 「いや、やつらはミッドを襲撃するだろう。今日はそのときのための会議だ」

 それは攻め込まれたらという前提だ。そうなれば地上部隊の管轄になる。だけどどうして攻め込まれるって確信があるんだろう。何か重大な情報を隠し持っているの。

 「ヘブンズソードはあのままじゃ意味がないんですよ」

 手を上げて、そんなみんなの疑問に答えたのは意外にもギンガだった。だいぶ彼女の性格が変わった気がする。
 正確と言うか趣向が。

 「どういうことギンガ。映像を見る限りじゃなのはの砲撃を防いでるよ」

 なのはの砲撃は威力の観点から見れば、管理局でもトップクラスだ。それを防ぐような防壁を張れるのに意味がない? あの防壁には決定的な弱点があるってことかな。

 「それはヘブンズソードに搭載してある最新鋭防壁AIRです。AMFを固形化させて魔導師との共同戦線でも使えるようにしたAMRを発展させたものです。最大の特徴は障壁の質を変化させることにあります。これにより多種多様な攻撃の遮断に成功しました。
 ただ現在のシステムが一種類の攻撃ならば全自動で遮断できるんですが、攻撃の種類が増えると手動で処理をしなければいけないんです。その自動処理システムは半年後ナカジマ准将に受け渡しする際につける大型演算機に内蔵されています」

 ギンガはこんなタイプの人だったか。記憶にある彼女と全く違う。
 簡単に言えば今のままなら手数で壊せるってことだろう。そのためにミッドにくる。
 たしかにそれならば攻撃が予測されるから地上本部の管轄として対策を練るのは正論だ。

 「ヘブンズソードの最大積載量の5分の1を占めるほどの超大型演算機ですからこれを奪いに来るでしょう。ヘブンズソード専用に作られたものなので運ぶとかは無理ですよ。あとヘブンズソードの現在地ですが長距離空間移動システムもその演算機で行う予定だったんで移動中でしょうね。まあ一週間くらいでつくと思いますよ」

 一度話し出したら相手の返答を無視しても話続ける性格は残っているようだ。結構重要なことを一気に言うのは良くないと思うけれど。
 でも、彼女らしいところだからなぜか安堵した。変わってしまうことなんて当然だけれど、変わられてしまうと疎外感を感じる。

 「ならば、決戦は一週間後!! 要塞の如き戦艦、ヘブンズソードとの戦!! これは激しき戦いになるであろう」

 悪人面の隊長、マルコムさんが言った。ああいうタイプの人は少し苦手だな。それにしても話し方がなんか大げさだ。

 「その場合空中での艦隊戦になるが、レジアス、本局の方はどうにかなるか」

 ゼストさんの言葉は管理局に籍を置くヘブンズソードを攻撃することで問題が起きないかと言うことだろう。もし本局が管理局のものだと言い切った場合攻撃手段が非常に限られてくる。

 「大丈夫だ。ヘブンズソードを犯罪集団が作った戦艦として扱う。単純にミッドを守るための戦いだ。その時の決定権は儂にある。本局のやつらには文句は言わせん」

 それを聞いたゼストさんは少しだけ微笑んだように見えた。二人の間には厚い信頼があるのだろう。きっと私となのはと同じかそれ以上に強い絆が。



 そして今まで口を開かなかったあの子が口を開いた。

 「ところでそもそもヘブンズソードは誰が作っていたんですか? ナカジマ准将に新造艦を一隻造るだけの権利なんてないはずですけど」

 声は低くなったけれどどことなく面影は残っている。類似点なんかないけれど、彼だと今見れば分かる。
 それにしてもエリオ、はやてと何かあったのかな? 
 言葉の裏に明確な憎悪を感じ取れる。なにより顔につけている仮面のせいで、今のエリオはよくわからない。
 その質問に答えたのは意外にもレジアス中将だった。

 「制作の提案から人員や予算など全て一人の大将によって決定された」

 「大将が絡んでいるのか。中将」

 キルギス隊長が驚いたように口にした。その反応は当然だろう。
 現在管理局にいる四人の大将は最高評議会が崩壊した今、現場に対して絶対的な権力を持っているようなものだ。
 その中でそんな新造艦を作って、それもはやてに任せようとする人は一人しか居ない。

 「だとしたらガリウム大将ですか?」

 「鋭いな。流石だな、フェイト一等空尉。4年前に増加の傾向を表しはじめていた組織的犯罪に対して、抑制力として造船を開始させたようだ。そして……5年前の事件でハオラウン元提督が殉職したことに対する対策として、リンディ・ハオラウン元統括官がナカジマ准将の所有にするよう働きかけたようだ。資金援助もしたらしい」

 それ以外に当てはまる人がいない。
 今の管理局で改革派のトップとされている人だ。他の大将三名は現行の管理局を維持することに重点をおいているのに比べ、彼一人管理局のあり方そのものを変えようとしている。それでもなお上席に着いているのはその手腕に他ならない。
 それにしても義母さんも関わっていたんだ。ガリウム大将とはやてを引き合わせたのは義母さんだ。
 本局の中でも「海」、次元航海隊の統括官。海の王で管理局の最大戦力を掌握している彼が一体何を望んでいるのかなんて、想像もつかない。

 「へぇ、やばそうですね。このままだと責任を取らされてよくて降格、最悪懲戒されるんじゃないの」

 青髪の女性は愉快そうに話していた。でもそれはないだろう。今の管理局でそんなことをしたらどうなるかを考えればすぐわかることなのに。

 「無理だと思うよ。この程度の責任で大将格をどうこうできない。むしろ責任追及が及ぶのはムスペルの地上部隊だから。そもそも今回の事件にガリウム大将が絡んでいるという証拠が出ない限り、そうやすやすと将官に対して追求はできないよ」

 鋭い青い目で睨み返されたけど、それは一時ですぐに納得したようだ。確かに限りなく怪しいけれど、同時に限りなく白に近い。




 その時先輩がどこからか連絡を受けた。どうやら部下のようだ。

 「あれ、隊長どうしたんですか? ルイスの調べごとでも終わったんですか」

 青髪の人は先輩を隊長と読んだ。つまり二番隊の副隊長か。

 「ええ。これを見て」

 映し出された映像は街を行き交う人々を撮った写真だった。その中で一人がクローズアップされた。
 懐かしい人を見たけれど、右下に写っている日付がおかしいことに気づいた。

 「ユーノ君? この日にはもう亡くなっているはずなのに」

 写真の日付は10日前。無限図書の火災でユーノ君はアルフと共に死んだはずだ。それにしてもこれだけの群衆の中からよく見つけ出せられたものだ。

 「さらにこれをサーモグラフィーの映像に変えるわね」

 ユーノ君の体は濃い青色だった。周囲の人間と極端に温度が違う。この温度は人が生きている温度ではない。しかし続いて出された魔力反応はユーノ君のものだった。
 それにあんな帽子を彼はかぶらない。顔こそユーノ君だけど、顔色は土のようだった。

 「死体が動いている……ナンバー13」

 映像を見ていたギンガがなにかを思い出したように呟いた。

 「確かジャックが見せた資料にあった13のISは死体に憑依するものです。詳しいことは分からないんですが憑依した相手の能力や記憶なども全て奪うはずです」

 ギンガが何を言っているのか分からなかった。だけどISということばや13という数字である男の言葉が浮かんできた。

 『貴様等人間を根絶やしにするため我ら13の悪魔がわざわざで向いてやったのだ。感謝こそすれば恨まれる通りはない』

 脳裏に浮かんだのはあの悪魔がいった言葉。
 私はあの悪魔にすべてを出しきって戦った。でも、私の刃はあの悪魔には届かなかった。
 悪魔の戦闘機人Dナンバー。あの後の調査でわかった存在が10体。やつらにふられた番号でわかったのが4体のみ。能力に至ってはほぼ不明。
 それなのにこの部隊は能力についてまで調べている。ジャックと言う男に興味が湧いた。

 「ギンガ、まさかそれはDナンバーのこと? どうやって調べたの?」

 「まあ表に出せない手段で」

 苦笑いしている。非合法な手段でも用いたのかもしれない。だとすればそう簡単には教えてくれないだろう。でももう多少の違法な手段を犯してでも手にいれなければならない。
 それほどその情報には価値がある。

 「だけどそれだけ強力な能力を持っているのに13番なの? たしか彼らは所有する戦闘力の高さで序列が決まるはずじゃ」

 少なくとも私が対峙した奴はそう言っていた。そして13番がアルフを殺した(・・・)のだろう。憑依というのがどういのかはわからないけれど、すでにあったものを排除する力を備えているかもしれない。
 じゃなければアルフとのリンクを完全に遮断されるはずがない。

 「憑依した人間によって戦闘力が変動するからでしょう。それに彼らは基本的にあなたたち人間を下等生物としてみなしていますから」

 ギンガの言葉に妙な引っかかりを覚えた。ただそれを口にするのは憚れる。そんなことを気にさせてしまう社会を作った原因は私にも少なからずある。
 魂はまだ解明されていないものだけれど、多分意識と肉体の繋がりを切断する能力、ISを持っているかもしれない。だとすればアルフが死んだことに対して辻褄があう。使い魔としての契約が破棄された状態にされた。その考えを述べると周りの視線が一気に集まった。

 「噂には聞いていたがこれほどとはな。実に頼もしいではないか」

 キルギス隊長が笑いながら褒めてくれた。声も大きな人だ。

 「さすがですね。そこまで考えが及びませんでしたよ。そういえば頭に切り傷を負った焼死体があったっけ。もしかしたら」

 ギンガがぶつぶつと考えはじめた。変わっちゃったな。そういえばスバルはどうしているんだろう。一度に姉と親友を失ったあの子の背中はすごく寂しそうだった。
 いろいろと思案するギンガを見る限り、ここが持っている情報の程度を測れた。能力がどんなものかを大まかにわかっているが、詳細までは分かっていない。それでも能力がわかっているだけ、飛び抜けている。
 情報に付いてはあとでなんとかしよう。
 分からないことを理論しても時間の無駄だということはわかっている。だから早々と別のことに移った。
 その前にあの青髪の女性が口を挟んだ。

 「ふーん、敵の手段はよくわからないけど、つまり高町は知り合いの死体を使う敵に手を出せないってことでしょ。自分の教え子は殺しかけたくせに」

 殺しかけた? なのはがありえない。
 やはりあの青髪の女性だ。彼女とは全然意見が会わない。
 彼女はなのはのことを何だと思っているんだろう。

 「ねぇ、一週間後高町は必ず現れるでしょうね。利用できる人で彼女以上に便利な人もいないでしょう。その場合は中将、彼女は管理局から離反したとして処理していいんですか」

 「バイカルよ。家族の大切さを理解できないお前には分かり難いだろうが、子を思う母親にとって子の命よりも大切なものはない。たとえその結果自分が全てを失うことになってでも子を護るものだ。事情が事情だ、最初に警告をしろ。無視もしくは投降を拒否した場合は撃墜してかまわん」

 彼女の発言に今度は掴みかかろうと思ったけれど、レジアス中将の判断を聞いて抑えた。

 「バイカル副隊長ですか? なのはのことを無責任に語らないでください」

 「ええ、だって事実だもん。ああ、そっか。あなたがたまに高町が言っていた親友だっけ。私はレナ・バイカル。高町から聞いてない? 最年少で教導隊に入隊した青の教導官」

 そう言われて思い出した。なのはが一度自分と同い年の人が居ると言っていた。
 なのはは教導隊の中でも若いほうだけれど、なのはよりも早く入隊した史上最年少の魔導師がレナ・バイカルだ。でも、もう一つ記録がある。

 「ええ、思い出しましたよ。史上最年少で除隊になった教導官ですよね」

 「レナもフェイトもやめなさい!!」

 先輩に言われてはっとした。迂闊だった。頭に血が登っていた。

 「申し訳ありません」

 「え、私も悪かったわね」

 頭が冷えてもう一度考えてみた。
 これが最大限の譲歩なのだろう。母さんやはやてならもっといろいろとするだろうけど、それは既に組織という存在を無視している。本来はこれほどの犯罪に手を染めた局員はその場で処刑することが可能だ。
 裁判などをするとどうやっても一般に知られてしまう。そうするとなのはのような広告塔だと色々と問題になる。
 だから管理局の司法長官もそれを認可して、その場合は殉職となる。罪は全て外部の犯罪者がかぶることになる。
 そのまま会議は解散となった。いち早くその場から出ようとしている彼を追った。



























あとがき
幾つか追加。
レナのキャラが立っていないというか出現が少なすぎる。もう少し増やすべきかな。
聖王教会についてはまだでないけれどフェイトが危惧しているようなもの。



[8479] 第六話 少年の願望
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:d028621e
Date: 2011/02/22 04:07
 「エリオ、フェイトさんのことはいいの」

 ティアナの心配する声を敢えて無視した。会議が終わってすぐに彼女の手を握ってあの場から離れた。
 あの人とのことを一番清算できていないのはきっと俺本人だ。今でもあの人に頼ろうとしている。これじゃあ強くなったなんて思えない。
 あの人が想像した未来の僕と今の俺が違うことぐらいはわかっていた。
 それでもショックは拭えなかった。今の俺はあの人にとってエリオ・モンディアルじゃないのだろうか。 

 なんとなく、言葉にできないけれど嫌だった。未だに自分にとってあの人は絶対的だ。
 だからこそ信頼している。なんの根拠もないけれど、それは確かなことだ。
 あの日捨てられた日のことは今でも覚えている。今でもごくたまに夢に出てくる。手を下ろした両親。諦めたような瞳。連れていかれた白い建物。
 僕は道具なのだと理解した。
 だから助けてくれたあの人を無条件に信じていた。人として扱ってくれるあの人のことが、今なら好きだったといえる。それは家族愛っていうのだとこの前メガーヌさんから教わった。
 家族愛はフェイトさんも持っている。それはわかる。だけど彼女の理想と違いすぎた俺にその愛情が向けられるかは別だ。寂しいと思うけれど、辛いとは思えない。それが成長かどうかは自分次第だ。

 「ティアナ、俺は変わった? 変わったよね。そう言って」

 口調は変わった。たまに彼女に雑だと小言を言われてしまうけれど、自分は悪いとは思っていない。
 なにより声も大きく変わった。高かった頃が嘘なほど。
 だから欲しいのは後押しだった。彼女に背中を押してもらいたかった。
 返答はまず微笑みだった。

 「エリオは変わったわよ。貴方は自分の意思で前に進んできたじゃない。フェイトさんが作ってくれたレールじゃなくて自分で道を探して生きてきた」

 いつの間にか俺よりも背が低くなった彼女に頭を撫でられるのは久しぶりだった。
 行為こそ一緒でもあの頃とは違う。今いる此処は誰かに連れてきてもらったところではない。自分の足でここまでたどり着いた。自分の足で立っているところだ。

 「あとは自信を持ちなさい。この5年間であなたがどれだけ大きくなったかフェイトさんに見せてあげて」

 自信。普段は自信満々の人間を演じてきた。でもそれは隊長という重責を弱めるためだった。
 弱かったころの自分を否定するために。
 もう護られてばかりじゃない。俺が自分の手で護るんだ。


 エリオと呼ばれ振り返った。
 綺麗な金色の長髪は変わっていない。今思えば無理やりだった大人らしさが本物になったみたいだ。さっきはほとんど見なかったけど、今見れば本当に柔らかな美しさがあった。
 フェイトさんと呼びかけて止まった。どうすればいいんだろう。
 この部隊に入ってからは組織としての生き方と礼儀を習った。正しいと思っていたあの人がどれだけ違反を犯していたのか今更ながら気づきはじめた。
 昔のような態度は親しみやすいかもしれないけど、年上に対しては真面目な態度をとっている。
 親の様に慕ってきた彼女にどういう態度を取ればいいのか分からなかった。もう子供ではない。そんな風にいうと周りには笑われた。そしてそんなことを考えている事自体が子供だと気づいた。

 「エリオ、大きくなったね」

 その笑みは変わらないものだった。変わらないものなんてないと思っていた自分が浅はかだったと思ってしまうほど、変わらない微笑だった。
 優しい声で現実に帰った。ああやっぱり、この人の微笑みは変わらない。変わらないものって本当にあった。

 「5年も経ちましたから」

 言葉だと一瞬だけれども、とても色濃い5年だった。
 実験体として扱われた日々、彼女に育てられた日々、短い六課での日々、それらと比べて今の自分を形成したのは間違いなくこの5年間だ。過去の日々を否定するつもりはないけれど。


 でもきっとフェイトさんからすればたかが5年なのだろう。


 「そうだね。エリオは成長期だもんね」

 成長期、確かに成長期だ。だけどこの人に認めて欲しいのはそんな肉体的な変化だけじゃない。
 強くなった。心も体も全部含めて。
 どうしてか分からないけれえど、そのことを彼女に認めて欲しかった。誰よりも一番彼女に認めて欲しい。
 認められるにはどうすればいいか。そうやすやすとは認めてくれないだろう。いまだに保護した少年というイメージがフェイトさんにはこびりついているはずだ。
 そんな彼女の常識を覆すにはどうすればいいかを考えて、ひらめいた。
 簡単な事だ。模擬戦をすればいい。

 そんなことを考えていると尋ねられた。

 「エリオは今どこの所属なの? 先輩の部隊?」

 「先輩?」

 誰のことを言っているんだろう。でもフェイトさんの先輩になるような人物で考えてみると、一人しか心当たりがなかった。
 本局にいた経験があって、執務官に関係する人などといったらたった一人しか居ない。

 「エルベ隊長のことですか? いえ、違います。強行部隊の六番隊隊長を務めています」

 それを告げるとフェイトさんは驚いたような顔をした。やっぱり驚かれてしまうのだろう。
 フェイトさんでさえ隊長をやっていたのは19歳の時だ。フェイトさんのことだから俺の年齢は正確に把握しているだろうから、驚いているのだろう。

 「エリオが隊長? ティアナは?」

 「私は副隊長ですよ。エリオの部隊の」

 「……なんでそうなるの?」

 まさかティアナが隊長じゃなくて、俺が隊長だということがおかしいとでも言いたいのだろうか?
 褒められるとか喜ばれるとかは期待しなかった。隊長といっても部下の指揮はほとんどティアナに任せっきりだ。
 でも隊長を名乗れるだけの実力は手に入れた。


 きっとこの人は心配してくれているのだろう。だけど腑に落ちない。強くなったんだ。もう頼られてもいいくらい強くなったんだ。
 だからどうしようもなく侮辱された気分にもなる。やっぱりこの人にとって俺はまだまだ保護対称なのだ。

 「だったらフェイトさん模擬戦をしましょう。互いの実力を知るにはそれが一番いいですよね」

 あの人もよく言っていた。
 背後から鋭い視線を感じたが、彼女のものだから無視した。怒っている理由が二つほど頭に浮かんだ。
 フェイトさんはびっくりしたようで、慌てて反論した。

 「だ、ダメだよ。後一週間で大きな事件になるんだよ」

 「そうですね。ほかに自分の成長を示す方法はないのですか? 力さえあれば成長したなんて幼稚な論理ですよ」

 ティアナの丁寧言葉にどちらが子供だと言い返したくなったが堪えた。そんなことで怒るのは愛されている証だろうか?
 しかし二人の言うことは理解できる。というか一理ある。むしろ俺の考えの方が無茶苦茶だ。だったらどうすればいいのだろうか?
 誰かに自分の成長を認めてもらうのがこれほど大変だとは知らなかった。適当に認めてもらうだけじゃダメだ。ちゃんと認めてもらわなきゃダメなんだ。
 とりあえず優先事項を決め彼女の機嫌を治そうと動こうとしたときアナウンスがかかった。

 「エリオ隊長、ティアナ副隊長、フェイト隊長……じゃなかった一等空尉。至急医務室にきてください」

 「早くいきましょうか、エリオ隊長」

 すたすたと彼女は前を行った。なぜこのタイミングでアナウンスが……憎みますよ。リリノ軍曹。八つ当たりだとわかりながら彼女に心のなかで憎み事を言った。
 しかしフェイトさんの敬称が一等空尉というのは新鮮だった。リンディ・ハオラウンへのテロによってハオラウンが後ろ盾だった派閥が崩壊してフェイトさんはその煽りを受けたらしい。








 ちょっとむかついたから意地悪しただけだった。素直にそんなことが言えるわけもない。この年になるとさすがになんでもかんでも素直に言えなくなってきた。
 自分の歳は最近考えなくなってきたがこんな時だけ考えるのは身勝手かな?
 隣にいるエリオとの距離がすごく気まずい。こんな雰囲気になる原因はいつも私だ。
 謝ればいいのだけど、さっきからこちらに対し「疑い」と「不安」と僅かな「興味」を持った視線で見つめてくるフェイトさんがいるため、言い出せない状態に陥っていた。

 そのとき手に温もりを感じた。そのまま握りしめられた。エリオの手だ。
 「怯え」などの負の感情は出さないようにしているのだが、エリオは見抜いたようだ。
 右手で手を握ってくれた。エリオからは「安堵」と「愛情」が感じられた。「羞恥」がないのは仕方がない。一時は誰かに手を引いてもらわなければ満足に歩くことすらできなかった。そして私の手を引くのはエリオの役目だった。
 動作に比例してフェイトさんからは「怒り」が感じられるようになってきた。分からないことはない、けれどなんか嫌だ。まるで悪いことでもしているみたいだ。
 そしてフェイトさんはついにずっと聞きたかっただろう質問を口にした。

 「……二人はどういう関係?」

 軽く殺気が混じっていますよ、フェイトさん。なんてこと言えるはずもなく、黙り込むしかなかった。そんな私の心を知っているのか、エリオは握った手をそのままフェイトさんの方に向き直った。

 「恋人同士でいいですかフェイトさん」

 「愉快」がひしひしと伝わる。いつからこんな性格になってしまったのだろう。最近は無理に大人ぶっていて、真面目に見せようとしていたのに。妙なところで子供っぽい。
 でも「優しさ」と「愛情」が篭っている。
 フェイトさんは「怒り」がなくなり、「驚愕」と「寂しさ」の割合が増えた。エリオと私はつりあわないということだろうか。面白くないけれど。
 そう思う反面、無理もないと思う。新人達にはお似合いとしてみられているが実年齢を考えると後ろめたい。そしてなにより、フェイトさんはエリオの相手はキャロだと決め付けていたのだろう。ギンガさんでもあれだけ驚いていたんだ。この人の驚きは私には想像しきれない。

 少しして目的地にはついたけれど、室内から感じた感情がおかしい。
 大きく純粋な「殺意」が一つ。ただしこちらに向けられているわけではない。失った物の代わりに感じられるようになった物は便利な反面嫌なときもあった。現状などがそうだ。
 向けられてもいない殺意や敵意を感じてしまう。人の心ほど醜いものはないと思う。ただ人の心よりも美しいものもない。瞬時に変化するそれは一括りにすることなんて誰にも出来やしない。

 「エリオ、嵐山がすごい殺意を発しているから気をつけて」

 「そうなの? あの人ってそこまで血気盛ん……まあ血気盛んだけど、理由もなしに殺気出したり……しない……かな? また暴走しているのかな」

 その殺意が私たちに向けられたものでないということぐらいはエリオにも分かっている。向けているのは室内の人間に対してか、彼ならば自分に対してというのも考えられる。
 一番今気がかりなのは「疑心」や「怒り」や「孤独」を感じているフェイトさんのことだけれど。振り返ることこそしないけれど、厄介なことになりそうな予感はする。
 部屋に入るためにエリオは手を離した。
 この瞬間がすごく嫌いだ。いつかエリオが本当に手を離してしまうときがくる予兆のようで。エリオの心がいつまでも私に向けられているとは限らない。だから依存なんてするつもりはなかった。
 でも、もう依存しきっている。多分エリオを私のところに繋ぎ止めるためだったら、きっと私はなんでもするだろう。
 ねぇ、エリオ私はあなたに頼りきっていていいの?








 エリオとティアナの仲の良さに疎外感と時の流れを感じてしまった。さっきから一度も私のことを振り返ったりはしてくれなかった。
 本当は聞きたいことがいっぱいあった。
 エリオはどうして仮面なんかしているのか?
 ティアナはどうして髪を切ったの? なんで包帯なんかしているの?

 だけど部屋に入るときティアナの顔は俯いていた。そこに悲しみを感じて、同情のようなものを覚えた。

「離せ、ルサカ!! 俺はこんなところで止まっている暇はないんだ!!」

 そんな私の耳には男性の怒鳴り声が聞こえた。医務室に向かったはずなのに怒鳴り声なんて随分と行儀が悪いな。声がする方を見て行儀以前の問題だということに気づいた。

 日本刀みたいなものを持った黒髪の、どうみても日本風の青年が後ろから抑えられていた。顔つき自体は良い方だと思うけれど、さっきの発言は彼のものだろう。その視線の先に人はいない。想像だが何処かへ行こうとしているのを抑えられているようだ。鋭く尖った目つきをしている。
 彼が怒っているのは誰にだって分かる。怒りが全身からほとばしっている。
 そんな彼を抑えている人は白髪頭の短髪で頬に太い三本線の刺青があった。おまけに目もとても鋭く結構悪そうな顔つきだ。ただ表情が少し困惑している。体つきはとてもよく青年よりも10cm以上は高いだろう。
 しっかりと青年を抑えていた。青年が持つ抜き身の刀を危なそうに見ていた。見た目にそぐわない性格のようだ。

 「正直なところ落ち着けよ、修。正直なところ俺だって離したいけれど、離したら後で隊長の鉄拳が飛んでくるんだ。あれ食らったら正直なところ死ぬ。それに正直なところ男を抱きしめる趣味はないから安心しろ」

 自分に正直な人のようだ。こんな状況にそんなことを言われたためか、修という男性は殺気が萎えてしまったようだ。日本刀が変化し右手の手套になった。どうやらデバイスのようだ。
 真っ白な医務室のベッドに目をやると、褐色肌の男性が包帯にまかれていた。狼の姿を予想していたから少し予想外だった。
 いついらいだろうか、彼の人としての姿を眼にするのは。

 「ハオラウン執務官か。久しいな」

 「そうですねザフィーラ。人間形態のあなたを見るのは久しぶりですね」

 巻かれた包帯と生々しい未だ癒えていない傷が彼の重傷を物語っていた。そして彼ほどの人物がここまで追い詰められるほどの出来事が起きているのだと実感した。
 珍しそうに見る私に対してザフィーラは普段どおりの対応だった。

 「近頃は人間の姿でいることの方が多いのだがな」

 傷を負っている割に元気そうだ。その視線は先ほどから常に私を捉えていた。確かに会うのは久しぶりだけれど、そんなに見つめないで欲しい。いくら親しい人でも恥ずかしい。
 恥ずかしさを感じたけれど、同時にザフィーラがそこまで見つめるのかが気になった。そして彼の目には疑いがある。

 「あのザフィーラ? 私の顔に何かついていますか?」

 罰の悪そうな顔をしてザフィーラは視線を逸らした。妙だ。彼の反応がかなり不自然だった。しかしこここでそれを問いただす必要はないだろう。
 でも、何かはあるのだと言う確信はあった。そして事前に手にしていた情報から想像がつく。

 「ヴィヴィオを誘拐したのは死んだはずのユーノ司書長だけではないのですね」

 ティアナの一言にザフィーラは驚いたように彼女の方を振り向いた。まるでなぜ知っているかというような表情だ。ティアナについては私も違和感がいくらかある。
 しばらく彼女を見ていたザフィーラは沈黙を保っていたが、観念したかのように語りはじめた。


 「ああ。スクライア司書長らしきものは黒い帽子とクルタナを持って現れた。生気を感じられない目をしている割に流暢に喋ったが口調は昔会った本人とは全く違ったから別人、もしくは体を乗っ取られていると考えた。しかし高町空佐と共にそれに攻撃を仕掛けたとき、窓が割られ夜のわりに眩い光がした」

 「閃光弾でも使われたのですか?」

 エリオの問いに首を振った。質量兵器ではないようだ。
 この場合、そういう兵器を入手出来ない程度の組織なのか、それともそんなもの使う必要のない組織かのどちらかだ。
 おそらく後者で、単にそういう質量兵器を違法所持している程度ではなさそうだ。そもそもその程度で遅れをとるような二人じゃない。

 「いや、そのような類の光とは違った。一瞬眩しいと感じた程度だ。しかしスクライア司書長を捉えようとしたとき体が動かないことに気づいた」

 気づいた。拘束自体には気づかなかった? 閃光は意識をそらすための目眩ましかな? それとも光自体に拘束力があった?
 どっちにしたってザフィーラが気づけないほど鮮やかに拘束魔法を使ったとすると、敵はかなりの使い手だろう。それにきっとユーノ君以外の誰かがそれを使った。ユーノ君の攻撃ならばザフィーラは普通に見抜いていたはずだ。

 「それは物理的にそれとも精神的に?」

 淡々とした様子でザフィーラに尋ねるティアナにはやはり違和感が拭えない。確かに真面目な子だったけど、なにかが違う。
 精神的な束縛なんてものは普通の魔法ではない。そんなものを扱うような魔導師が敵だとしたら非情に厄介だ。

 「わからん。だが拘束は確かにあった。手応えのあるものがな」

 「それで貴様は手傷をおったのか鋼の守護獣ザフィーラよ」

 ギンガと一緒に居た長身の男性だ。細身の体に見えたけど、今見れば結構筋肉質だ。ザフィーラは彼を見ると驚いたような顔をした。
 彼にしては珍しい表情だ。少なくとも私の記憶にはない。親しい様子に思えるが……あれ、ザフィーラがどうして地上の、それもレジアス中将の直属部隊の人と付き合いがあるの?

 「……そうだな、スクライア司書長はヴィヴィオの頭を鷲掴みにして人質にとった。そのあと一人の少女の奇襲を受け磔にされたようだ。おそらくその後高町空佐も連れていかれたのだろう」

 「その少女が私に関係でもあるんですか?」

 ザフィーラのさっきの反応はここから発生しているように思える。現にザフィーラは一度だけ目を見開いた。

 「ああ、俺の磔に下のはハオラウンに良く似た小娘だった」

 エリオとティアナは互いに向きあってどういう事なのかを考えているようだけれど、私の中では答えが出た。
 それにしてもユーノ君の姿をした男がそんなことをしたのは辛かった。そして同時に許せなかった。なのはとヴィヴィオを傷つけたやつらが。
 抑えきれない怒りが言葉として出そうだった。

 「この腐れ外道がぁ!!」

 私の呪詛の言が出るよりもは早く、鋭い殺意を込められた言葉が耳に届いた。その言霊には殺意が載っている。言葉で人が殺せるならば、彼はこの部屋の人全員を殺めている。
 それほどの憎悪や殺意が込められた言葉だ。

 「よくもヴィヴィオに手を出したな!! 斬って刻んで殺し尽くす!!」

 修君は鋭い目つきだった。それだけで彼がどれだけなヴィヴィオを大事に思っているか伝わる。狂っているほどの感情すら。
 殺意の化身。そんな感じさえする。
 「落ち着けって修。向こうの居場所はわからない。正直なところ、馬鹿なことしてもいいこと何一つないんだぜ。とにかく落ち着こうぜ。無策に突っ込んだら大怪我の元だ」

 一方ルサカ君は大柄な見た目と反して温厚な性格のようだ。性格と顔つきが全くあっていない。見た目は猛々しい人なのに。
 一方抑えられている彼は悔しそうな顔をして床を殴った。魔力でもこめたのだろう、硬い床が砕けている。指から滲む血が気にならないほど悔しいようだ。落ち着けと言われて落ちつける人ではないことが見て取れる。
 ようやく痛みに気づき血を流す手を見ながら彼は言葉を口にした。それは紛れもない本心からの言葉だった。心を読んだわけでもないのにそんなのがわかったのは彼の瞳と声だろう。決意を固めた迷いのない眼と深く真っ直ぐな声。嘘や偽善をつく人の言葉ではないだろう。

 「守るんだ!! 俺がこれ以上壊れてでも!! 壊われた脳の、屑以下の価値だった俺を人だって認めてくれたあの子を」

 吐き出された言葉は彼の本心に違いない。ただそれがなのはのことを想ってなのか、自分のためかの判断はつかない。一種の狂信的な何かを感じ取ったのは気のせいだろうか?
 修君は立ち上がった。その瞳には狂気に近い憎悪が写されていた。

 「ヴィヴィオの幸せを阻むものは全て俺が斬り伏せる!! あの子の障害になるものは全て排除する!! それが俺の全てだ、ルサカ。そのためならどれだけぶっ壊れても構わない」

 狂気と殺意。その二つだけで彼は構成されているのだろうか。少なくともまともな管理局員じゃない。だからこそここにいるのかもしれないけど。
 こっそりとエリオに聞いてみた。

 「ねぇ、エリオ。彼はいつもああなの?」

 「嵐山陸曹ですか? まあ理性的な人間ではないですね。基本的に歪んでいます。結構強いのですが、暴走したときは周囲に被害が及ぶこともあるので、扱い辛いらしいですよ」

 扱いづらいってレベルだろうか? いや、単純そうだからうまく誘導すればいいだけか。
 むしろ単純と言うよりも一途なのかもしれない。

 「でも強いってどれくらい?」

 そう聞くとエリオは黙ってしまった。どう答えればいいか悩んでいるようだ。

 「嵐山の場合、能力に難があって強さが一定じゃないんです。ほら、フェイトさんやなのはさんの魔力は魔導師の中でも最上級ですよね」

 ティアナが代わりに答えた。他人の評価をするのはエリオよりも上手だろう。

 「まあそうだね。自慢するわけじゃないけど、生まれつきの持っていた魔力が私たちは多いよ。でもね、ティアナ、わかっていると思うけれど」

 「ええ。魔力の多さが強さを決めるわけではありません」

 気になって口にしたけれど、もう彼女は分かっているみたいだ。
 ティアナは魔力の多さで見れば私やなのはと比べて全く恵まれていない。だから劣等感を感じることが多かった。一度もそんな経験のない私たちにはわからないほどの挫折を味わせていた。
 この五年でそれを吹っ切ったみたいだ。

 「だけど、そんなあなたたちの30倍以上の魔力を保有しているならばどうですか?」

 言われたことに一瞬呆気をとられたけど、少しため息まじりに言い返すことにした。そんなバカなことをまだ考えていたなんて。いや、ティアナはそんなこと考えるような子じゃないような。
 そんなこと絶対にありえない。もしもそうならそれはすでに人間じゃない。

 「それはないよ。私たちの魔力はほぼ最高値だよ。それに30倍なんて、人が扱えるような魔力じゃない」

 魔力なんてリンカーコアの素質が関わる問題だ。それこそ努力でどうにかなるレベルではなく、素質でしかない。そして私たちの30倍だなんて改造手術でもなければありえない。 
 昔、管理局でそういう実験は確かにあった。数十年も前の話だけど。
 リンカーコア自体を改造して魔力を極端にあげる実験だ。その結果は悲惨なものだ。制御できず自分の魔力に押しつぶされて爆死、制御できたとしても脳が崩壊する。

 「私が言っても説得力はないけど、魔力が多いから強いなんてことは間違っているよ」

 ティアナは苦笑いしていた。よく見るとエリオもそんな感じだ。私おかしいこと言っただろうか? 間違ったこと入っていないはずだよ。

 「フェイトさんの言う通りですけど、いるんですよ。世の中にはそういう人間やめちゃった奴が」

 「代わりにすごくぶっ壊れた人間になっちゃったけど」

 まさかと思って振り向いてみた。確かに発言や動作が少しおかしいといえばおかしい。でもそんなにおかしいとは思えない。
 だけどもしもそうならば、目の前にいる青年は爆弾みたいなものだ。




 ザフィーラの話でわかったことは、ユーノ君はすでにユーノ君ではなくなっているということだけだった。そんなたった一つの事象が狂おしいほど憎い。

 「憑依され体を奪われたユーノ・スクライアを倒し、彼女に憎まれる覚悟はあるのか?」 

 部屋の奥の方から一人の男性が修君にそう声をかけた。不思議な男性だった。誰かのことが終始頭にひっかかる。白衣に身をつつんでいることから医官だろか? それにしては気配がなさすぎる。ただの医官がそんな鍛錬を積むだろうか? それにその隠し方は戦いのためじゃなくて、身を潜めるためのものだ。
 なによりも変なのは顔につけているお面だ。エリオの顔の半分を覆う無骨な仮面とは違う。昔なのはと夏祭りに行ったとき屋台で見たことがある赤色で線を入れられた白色の仮面だ。狐なのか猿なのかそれとも両方なのかはよくわからないけれど。

 「まるで憑依されたら二度と元の人間には戻らないとでも言いたげですね。どういうことか説明してくれますか? Dr.ジャック」

 それにしてもエリオはこんな少年だっただろうか。
 こんな、無理に背伸びをするような子だっただろうか。礼儀正しい子供に育てたつもりだったけれど、今目の前にいる彼は無理に大人の対応をしている様にしか見えない。
 この5年間エリオの隣にいるティアナに視線を向ければ、私の思考を汲み取ったように苦笑いをした。この笑顔一つで答えを弾き出すには十分だった。

 好きな女の子には男は格好いいところを見せたいものだとスティールさんが言っていた気がする。
 いつの間にか私が踏み出したことのない領域にまで踏み込んでいるエリオは大きくなった。

 「まだ机上の空論の域をでないが、写真からわかる限り頭に何かが埋め込まれているようだ。針ほどの細いものが刺さっているようだ。帽子がじゃまでよくわからないがな」

 たったそれだけで。咄嗟に出たのはそんなの言葉だった。それだけのことで人の体を自由にできるものなのか?

 「その通りだ。流石はフェイト執務官、いや元執務官か。まあ、いい。脳を体に命令を出すためだけの機関とするならば、どうだ? ISによる電気信号の操作を受けとるためのアンテナだろう」

 だとすればもうユーノ君は……
 悔しかった。助けることのできない自分が。あの頃からの友達がいなくなっていく。

 「ところで憎むってヴィヴィオに? あの子そんな子じゃないと思うけど」

 「これはギンガ嬢の受け売りなのだが、親しい人を傷つけるものを憎まないのもおかしいだろうということだ」

 確かにユーノ君とヴィヴィオは親しいかもしれない。そのユーノ君に傷つけられているヴィヴィオ。考えることさえ辛い。

 「それがどうした……斬ればいいだけだろ!!」

 ああ、壊れているんだな。そう、感じていた。この人はもう壊れきっているんだろう、叩けば直るかな。またセットアップした日本刀型のデバイスを握りしめている。
 エリオとかティアナが臨戦態勢に入っている。まるで普段通りの事のようだ。

 「だけどよ、正直なところヴィヴィオちゃんに嫌われるかもよ」

 「だからどうした!! 好かれてなくちゃ守っちゃいけないのか? 違うだろ。ヴィヴィオが俺のことを誰よりも憎もうが、俺は俺のやり方でヴィヴィオを守る」

 それは最悪なやり方だよ。まあ壊れて狂っている君にそんなことを言っても分からないかもしれない。それに君はヴィヴィオのことを理解してないね。ヴィヴィオは人をそんなことで憎んだりしないよ。

 「君は目的の為に何もかも失いそうだよ。でも、そんな壊れた刃で何ができるの? 君はヴィヴィオを悲しませたいの」

 喧嘩を売るつもりなんてないけれど、さすがにこれは見逃せれない。他の部隊に自分たちの常識を強制させるとか、大それたことをするつもりはないけど、ヴィヴィオに関するならば譲れない。
 彼がしようとしている先にあるのは、独り善がりの優しさの押し付けだ。そこに幸せなんてないことに彼は気づかないだろう。
 ヴィヴィオを大事に思ってくれているからこそ悲しかった。

 「少し話そう……いや、無駄かな。悲しいけれど、ちょっと手荒なことしないといけないかな」

 話せるなんて様子じゃなかった。周囲の表情から彼は普段からこうなのかもしれない。突然暴走し始める危険人物。こういう人物を部下として扱える上司はきっとかなりの力量なのだろう。私には無理だ。
 でも、部下としては扱えなくても止めるくらいのことは出来る。
 私が脅しをかけると大抵の人は引いた。でもこの子はその大抵にすら含まれないようだ。

 「いいぜ、刃向けるんだったら相手してやるよ!!」

 「!? へぇ、逆に清々しいよ」

 名前も顔も実力も有名だから、私と一対一で戦うことを喜ぶ人は滅多にいない。私より強い人が周囲にいないことはない。スティールさんとかは私と同じくらいの力を持っている。でも戦うことを望むのは、シグナムのような戦闘マニアくらいだ。どっちにしたってここまで殺意むき出しで局員相手に戦うなんて、初めての経験かな?








 「いいの、エリオ、とめなくて?」

 ティアナが焦った風に聞いてきた。珍しいな、こんな焦った表情をするのは。
 一体何を心配して、何を止めて欲しいのだろう。

 「嵐山陸曹がそんな簡単に止まるような人だったらこんなことにはならないよ。ここまで臨界点に達していたら、いちど熱を抜かないと駄目だよ」

 首都守備隊一番の問題児、嵐山修陸曹。普段は温厚とは言い難いけど、分別のある青年だ。ただ頭日が上りはじめたら、暴走が止まらなくなる。ことヴィヴィオに関してはその傾向が顕著だ。
 大方、ザフィーラからヴィヴィオのことを聞いてしまったのだろう。そして行き場のない怒りの刃を振るう場所を探し始めていた。
 するとティアナは首を横に振った。違ったみたいだ。

 「そうじゃなくてフェイトさんが戦うことよ」

 何を言っているのだろう。それこそ心配することのないことなのに。焦っているティアナに微笑みながら言い返した。

 「確かに嵐山陸曹は副隊長以下なら最強だと思うよ。でも、フェイトさんにはまだ遠く及ばない」

 単純な技量とか経験の前に、戦いに対する見方で負けている。鋭いだけの嵐山陸曹の刃じゃ、フェイトさんを捉えることなんて出来やしない。

 「フェイトさんが嵐山陸曹程度に負けるとでも思っているの?」

 一方的な蹂躙にならないことが心配の種かもしれないけど、安心してティアナ。そこまで彼はもろくないはずだから。
 もう、ティアナは焦った表情ではなかった。でも、呆れた表情に変わっていた。

 「そこじゃない。あんた外部の人を巻き込んでいいと思ってるの!?」

 「……あ」

 慣れって恐ろしいと痛感した。












 
 同時刻・ヘブンズソード

 どうして私はこんなところにいるんだろう? フェイトちゃんはきっと怒っているだろうな。
 でももう賽は投げられた。私はこれから堕ちていくだけだろう。
 風情も何もない外を見ながらため息をついた。今は次元を飛んでいる最中だ。ミッドへ着くのは一週間後らしい。
 じっとしているとすぐに考えてしまう。
 あの時の決断は本当に正しかったのだろうか?
 危険な賭けだけどザフィーラと手を合わせたら十分逃げることだって可能だった。そのまま地上部隊にいるらしいフェイトちゃんに連絡をとれば、なんとかなっただろう。少しヴィヴィオのことが気がかりになるけれど。

 そんなことを考えて私は首を横に振った。間違えたなんて考えるつもりはない。
 今の私には進むしか道はないのだから。それがどれだけ間違った答えだろうとも。
 戦場はミッドチルダだろう。その時私は誰と戦うのだろう。フェイトちゃんでないのは確かだ。今のフェイトちゃんは私を傷つけようなんて考えることができない。
 優しいフェイトちゃんは私を説得しようとするだろう。どれだけ危険でも、話し合いで止めようとするはずだ。私のことを調べれば調べるほど話し合えば止まってくれる。きっとそう信じてくれている。
 だけどそれはダメだろう。あれだけのことをしたんだ。認められない。それに今のフェイトちゃんにそんな余裕がないのも知っている。フェイトちゃん以外に私を……。自分が何を考えているかに気づいた。

 笑わせる!!

 自分の考えがどこへ行き着こうとしているのか気づき唖然とした。私はどこまで腐った人間に成り下がろうとしているのだろう。

 今更止めてもらいたがっている!? 
 だけどあんな裏切りをしておいて未だに私のことを大事に思ってくれている人がいる。だから私を止めてくれるはずだって確信している。性質の悪い確信犯がここにいた。
 今まで誰にでも好かれるように生きてきた結果なのかもしれない。でも今は、今だけは本心からの憎しみを受けたかった。そうじゃなきゃ、もう戻ることができない。
 ふと一人の顔が頭に浮かんだ。私を慕ってくれた子。でもほかの人とは一線をおいている。

 ああ、そうだ。
 あの子がいたじゃないか。
 あの子ならば私を撃ち落としてくれる。きっと今のあの子なら。


 足音が聞こえる。苛つく陽気な足取りはあいつしかいない。足音が近づくほど私は自分がどんどん苛立っているのがわかった。この感情を隠すつもりはない。
 それは背後にきた。私に憎悪と嫌悪という感情が一体どんなものなのかを教えさせた存在。

 「やあ、なのは元気かい?」

 好きだった人と同じ声。だけどもう振り向かない。もう笑顔は見せない。
 あるのは憎しみのみだった。

 「何か用かな? 一週間は自由にしていいって言ったのはお前だよ」

 ああ、どうしても彼に対しては棘が立ってしまう。後にも先にもここまで人を憎むことはないだろう。誰かを憎むなんて辛いことからは逃げてきた。だから不得手だけど怒りを込めた目で彼を睨んだ。
 どうしてだろう。はじめて憎しみを持ったのがあなたの姿をしているのは。私はね、あなたのこと好きだったんだよ。
 友人としても異性としても好きだったよ。
 でも、今は誰よりも憎い。

 「怖い怖い。綺麗な顔が台無しだよなのは」

 ユーノ君だった。
 ユーノ君の姿をした全く別の生き物がそこにはいた。ユーノ君はあんな冠をかぶらない。ユーノ君はあんな笑みを浮かべない。
 レイジングハートを握りしめた。いつでも打てるようにしてある。しかし目の前の男はそんな私を見越したのか、奴はある映像を出した。
 直前にユーノ君を侮辱する歪んだ笑みが目に入った。

 私を無抵抗にしてしまう悪魔の映像を。
 男の事なんてすぐに忘れた。
 映し出されたのは拘束されているヴィヴィオ。寒くて苦しそうだ。泣きたいのを無理に我慢しているのが音ない映像でも十分に伝わってくる。今すぐにでも助けにいきたかった。だけどそれはできない。
 徐に彼は懐から何かのボタンを取り出した。いやな予感がする。元の彼とは全くにつかない悪意にみちた歪んだ笑顔がとても癪に障る。
 出来ることなら殺してやりたい。
 これが殺意なんだね。ああ私は本当に悪魔になっちゃったよ、ヴィータちゃん。
 彼と同じ声で男は説明をはじめた。耳に入る音はどうしてこんなに似ているの?

 「いいこと教えてあげようか。このボタンを押すとね、この子を拘束している鎖に電流が流れるんだよ」

 逆らうことは許されなかった。人質を取られている以上私は奴に従うしかなかった。悔しさでいっぱいになり奴を睨んだ。その時後ろにあの子がいるのに気づいた。


 あの時と同じ金色の眩しい光が男の背後から発せられた。一度受けた攻撃であるため対処法は想定していた。あくまで想定していたレベルだから実践するのはこれが初めてだ。
 一度訓練でレナに似たような魔法を使われたことがある。多分同じような系統なのだろう。レナ自身、珍しい魔法だと言っていた。
 そして常に優位な状況での戦いしか行わないこの男は対処法などとるはずもなく、振り向こうとして固まった。出来の悪い石像が目の前にあるような感じだ。
 惜しむらくはユーノ君の姿をしていることだろう。折角の体が生かせてないよ。そんなことを彫刻師に文句を言ってやりたかった。

 私が動けることにあの子は目を見開いていた。決まらなかった経験はないのかな? どんなに強力な技でも失敗することはあるのに、それを忘れちゃダメだよ。
 あとでそんなことを伝えようと思ったけど、あの子は自分が作ってしまった不出来な像を壊すことに決めたようだ。それでいいよ、失敗したからって迷っている時間はないんだよ。

 黒く変色した血が舞った。白く細い手に握りしめられたナイフは男の血肉を抉っていた。男の肩ごしから冷めた彼女のルビーのような瞳が見えた。同じなのに全く違うすごく冷たい瞳だ。瓜二つなのにどこか違う金色の髪。初めてあったとき自己紹介してくれた彼女の声が全く同じに思えた。
 でも違った。私の記憶と同じなのに違う少女がそこにいた。

 「なんのつもりだ!! 僕に攻撃するなんてどうなるか分かってるだろうな」

 怪我に気づかないような声だった。すでに人ではない。目の前の彼は外法によって体を奪われ、眠りにつくことを奪われたのだと改めて実感した。今更ながら彼のことが人として友人として好きだったのだと改めて理解した。
 だからこそ、こんなに憎いのだろう。目の前の二人の争いが遠くの出来事にも思えた。
 華麗なナイフ裁きで男の体をズタズタに引き裂いていった。返り血を浴びた白魚のようなほほが赤く染まっていく。あとで拭いてあげよう。
 それだけ切り裂かれても平気なようだ。どこまで死者を侮辱しているんだろう。蹴り飛ばして踏み潰してから口を開いた。

 「はぁ、私の契約主アモンよ。あんたに攻撃するなって契約はしてないわよ」

 むちゃくちゃな論理だけど彼女は通して、男を蹴り飛ばした。頭に血が登った男は少女に罵詈雑言を浴びせた。本当に、本当に私の知っているユーノ・スクライアは居なくなっているのだ。心が死んだのに体だけを生かされ、動かされて奪われている。情けないな。Sランク魔導師の癖に自分の娘も大切な友達も誰一人救えないなんて。
 蹴りとばされた男はようやく拘束が解けたようだ。だけど逆らう気はないみたい。
 小心者だ。ユーノ君なら立ち向かっていたよ。戦うことが嫌いだけれど、彼は守るべきもののためならば勇者にだってなった。体は持っていても心は持っていないみたい。
 男は単純なようでそのまま立ち去っていった。本来の目的を完全に忘れてしまっているようだ。男に勝利したよく知る金髪の少女は誇らしい笑みで私に近寄ってきた。



 「ねぇねぇ高町、見たあの男の逃げ方。もう本当にださいよね」

 なぜだろう、すごい違和感がある。彼女と知り合って一週間ほどしかしていないのに? 
 普段の彼女と言うものも全然わかっていない。分かっているのは見た目がとても似ていることぐらいだ。あ、そうか。似ているということから違和感の正体がわかった。
 言葉にするのは憚れる。どうやら私は見た目で彼女の事を知ったつもりでいたようだ。随分と失礼な話だと思うけれどすこしばかり無理もないと勝手に決め付けてみる。酷いついでに思うなら、彼女にはあんな風に呼ばれたくないのだ。
だから酷いかもしれないけど、頼んでみた。

 「なのはって呼んでくれるかな、アリシアちゃん」

 すると突然顔を真っ赤にした。かわいいな。同性なのに思ってしまった。少し口を尖らしている。
 あの頃のフェイトちゃんにはなかった反応だ。

 「いきなりなによ。……あたしにフェイト・テスタロッサと同じように呼んでほしいの? まあいいわよ、呼ぶくらい。なのは。だから、その」

 いきなり確信を突かれてしまった。たしかにそれもある。でもそれ以上にアリシアちゃんにもそう呼んでほしい。
 数え切れないほど聞いてきた言葉に安堵した。やっぱり彼女にはこうやって呼んでもらいたい。15歳の頃のフェイトちゃんと瓜二つの姿をしたアリシア・テスタロッサには。
 上目遣いに私を除くアリシアちゃんの瞳は寂しそうなルビーの瞳だった。

 「どうしたの、アリシアちゃん?」

 すこし言い難そうにしていたからしゃがんでみると、耳打ちをしてきた。
 顔を真赤にしてすごく可愛い。一体なんだろう。
 
 「あのさ、笑わないでよ。そのね、えと、そうよ、なのはって呼ぶからさ、その、……抱っこして」

 不意に顔が緩んでしまったのを見られてしまった。不満げに顔を真っ赤にしている。
 そんなことぐらい、いくらでもしてあげるよ。
 背中に手を回して抱きしめると、アリシアちゃんも私の背中に手を回した。

 「なのはは暖かいね」

 あまり大きくないはずの私の腕にすっぽりとアリシアちゃんは埋まっていた。たしか年は15歳のはずだ。だけど少し小さい。平均身長位しかない。
 フェイトちゃんとは遺伝的には同じだから、栄養面が問題なのだろう。雇われ魔導師として食べているアリシアちゃんの食生活は良いものではなさそうだ。
 髪は首を越したくらいしかなかった。触った感覚もよくない。フェイトちゃんの髪がサラサラして綺麗なのに対して、アリシアちゃんのはザラザラして痛んでいる。この子が生きてきた世界がどれだけ過酷なものだったかを物語っている。

 悲しいのはこの子を助けれないこと。ヴィヴィオ一人救えない私が救えるはずがない。だから愛情だけはあげよう。無責任かもしれないけれど、忘れないで欲しい。

 ああ、力が欲しい。
 もっと多くの人を救える力を。
 ねぇ神様、どうして私の力はここまでなの。
 魔王と呼ばれようが、悪魔と罵られようが、力が欲しい。
 私の限界値の力じゃなくて、守りたい人を守れるだけの力。
 たったそれだけの力でいいのに。































あとがき
アリシア登場。管理局に所属しない雇われの魔導師をしています。
なのはにとっての力は最後の文程度のものです。それが多いのか少ないのかはなのはが決めることですが。



[8479] 第七話 正義であること
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:d028621e
Date: 2011/02/22 04:08
こ こんなのでいいのかな。現状に対して、いささか不満だ。

 「はぁ」

 「どうかされましたか? ハオラウン様」

 トントン拍子で戦うことが決定してしまった。なのはのことでここに来たはずなのに、私は一体何をしているんだろう。
 そんなことを考えてため息をついたら、案内係の局員に聞かれてしまった。
 茶色の短髪と笑顔が似合う少女だ。初見は厳しそうに見えたけど、実際は優しい子だ。敬称とかに気を使う子なのか、さっきから様付けで呼ばれている。

 「そこまでかしこまらなくてもいいよ」

 「そうですか、わかりました。フェイト様」

 一礼をしてから前に向き直り歩き始めた。
 この子デフォルトで様付けなのかな。行儀正しいからいいことなんだけど、壁を感じてしまう。歩き方を見ていて気づいたけれど、礼儀作法について幼少から叩き込まれたのだろうか、馴染んだ立ち振る舞いだ。
 お義母さんから教わった作法をより綺麗にした感じだ。名家の出身かもしれない。そういえば名前を聞いていなかったような。

 「ねぇ、そういえばあなたの名前を聞いてなかったよね」

 後ろから呼びかけてみると急に振り返るのではなく、動作一つ一つに気を遣った振り返り方だった。まっすぐと私の目を見て話すけれど、圧迫感を感じさせない目つきや視線だった。

 「申し訳ございません。案内係を命じられただけだったので。地上部隊首都諜報課ルイス・セント二等空士。此方では首都守備隊二番隊諜報部隊サテライト08です」

 首都守備隊は形式としての利便性を高めるために名乗っているだけだから、所属が別にあることになっているのだろうか。
 違う、これはもっと巧妙な手口だ。部隊として結束力を高めるための首都守備隊という名前をつけて、機動性を高めるために部隊を縦に分割している。
 セントという名字には聞き覚えがない。一応次元世界で名が効く名家の名前ぐらいは覚えているのだけど。もしかしたら管理局がそういう名家への対策の為に鍛えた人かもしれない。
 管理局の運営費はスポンサーによって賄われている。そのスポンサーは各次元世界の世界政府や国の政府だけれど、次元世界規模の名家などからの支援も受けている。
 そのような家単位のスポンサーの希望に対応させるための魔導師を育成する部署があった。5年前の事件で潰れたけれど、彼女は底の出身なのかも知れない。

 目の前には大きな空間が広がっている。
 いつのまにか訓練場についたようだ。空間設定はなし。室内訓練場での一騎打ちだ。高さに制限があることは陸戦の彼のための処置かもしれないけれど、問題はない。
 ちらりと観戦席の方を見渡した。エリオにティアナにゼストさんにチンクだったかな、彼は一番隊の所属らしいから上官がくるのはおかしくない。でも、 なんでレジアス中将までいるの?

 「ねぇ、レジアス中将はこういう模擬戦とかは見るの?」

 「はい。中将は首都守備隊でも上位の模擬戦は必ずご覧になります。今回は嵐山が戦うのと相手がフェイト様であることの二つが要因でしょう」

 上位というのは隊長陣のことだろう。それと同格に扱われる嵐山修、興味が湧いてきた。
 なによりも明らかに地球出身なのに地球出身の局員として記録に残っていないのが気になった。地球からの出身魔導師は全員暗記している。その中に「嵐山修」などという名前はない。
 彼は何者なのだろう。
 そしてスティールさんは何処に行ったのだろうか。

 「案内ありがとう。ルイスさん」

 私は彼女に背を向けて訓練場に入っていった。
 だから彼女が次にいった発言は聞き取れなかった。

 「これしきのことモンディアル家のメイドとしては当然の事ですよ。フェイト様」


















 首都守備隊室内訓練場 環境設定・室内戦闘

 「ルールは撃墜されたら終わりかな。危ないけれど、君もその方がいいみたいだね」

 黒き雷斧、バルディッシュを構えたフェイトは修を前にしてそう告げた。
 修のバリアジャケットは珍しい方だった。黒い色の羽織を着ている。その姿はフェイトに懐かしさを与えていた。ゆったりとしたものであり、動きやすさに重点をおかれている。
 返事は放出された魔力だった。漆黒の魔力に包まれた修に禍々しさを覚えなかったことはフェイトにとって不思議なことだった。握りしめられた銀色に輝く日本刀にもうっすらと黒い魔力が見えた。

 その魔力は確かに強大だ。
 フェイトと同等。それくらいはあった。
 だが一方で煮えきらない魔力だった。まるで魔力の出る栓をきつく閉めすぎたようだった。
 しかしフェイトには魔力から感じた不自然さを考える間などなかった。
 既に修の白刃はフェイトに迫っていた。

 「突式・疾風」

 フェイトからしてみれば、突然三角形の魔法陣を盾に修が突撃してきたようなものだ。
 修は間合いを猛スピードで詰めてくる。修の切っ先は確実にフェイトの首を捉えていた。

 (どういうこと? 攻撃を気づけなかった?)

 フェイトは決して修から視線をそらしていない。
 しかしフェイトが認識したときにはすでに修は攻撃態勢に入っていた。
 予備動作など何処にもなかった。
 鋭く速い踏み込みで飛ぶように加速する修は矢の如くフェイトに肉薄し、刃がフェイトの細い首を貫く。

 首を貫かれ息絶えたフェイトが突き刺さっているはずだった。
 しかし反射的に加速したフェイトは交差する一瞬に修の肩を飛び越えた。
 空中から金色の魔力で彩られた斧を後頭部から打ち砕かんと振り下ろす。
 炸裂するはずだった斧の一撃は振り返り様に振られた一太刀で凌がれた。
 フェイトが目を見張るほどのスピードを出していた修は足に魔力を込め、弾かれるように振り返り凌いでいる。
 宙を舞いながらフェイトは先ほどから感じている不自然さを考えようとした。しかし思考する隙を与えないかのように、修の剣技はフェイトを攻めた。

 絶え間ない攻撃を凌ぎつつフェイトは違和感の正体に気づいた。
 動作の初動がどうしても見えなかった。刀での攻撃の構えがないように、気づいたときにはすでに振り下ろされていた。
 人が攻撃する前に行う予備動作。構えといったものが修にはない。
 事前の動作と次の動作は全く繋がっていない。
 それでも修の攻撃は繋がっている。
 たとえ一振りを躱したところで、そこからニ撃目と繋がり続ける。
 動作無視キャンセルアクション
 それが無限の連撃の秘訣だった。

 (単に早いだけじゃない。まるで自然体のまま攻撃できるような)

 フェイトの考えはほぼ正解だった。
 自然体をキャンセルして攻撃になるため、フェイトが攻撃の初動を悟れないのは仕方ない。攻撃が来るという予測が一切立てられないのは近接戦としては不利だ。
 故にフェイトは一計を講じた。
 そのアクションを行うためにフェイトは回避を止め、バルディッシュを構えた。
 だが攻撃動作に一切の構えを不必要とする修にとってそんなところは隙でしかない。

 「止まってんじゃねぇよ!! 切り刻まれな!!」

 フェイトが見せた一瞬の隙を見逃さず、足を前に踏み込み前かがみになった。
 その瞬間修の腕が何本にも増えたかのように、目にもとまらぬ斬撃が何撃も繰り出された。

 斬式・散水。

 早すぎる斬撃の雨は風を生み出しフェイトを捉え切り刻む。直前の動作をキャンセルして次の動作に移る修の斬撃には一切の間がない。
 一撃一撃の間を零にすることで、返しの手を封じる。
 だが敵はフェイト・テスタロッサだ。
 一秒間に32回切り刻み命を断つ修の斬式・散水。本来なら終わった後に修の前にあるのは、体を刻まれたフェイトの亡骸。
 しかし目の前にいたのは傷一つなく全てを捌ききったフェイト。
 仕留めたという安堵が修の攻撃を終わらせてしまっていた。

 「もう終わり? じゃあこっちからいくよ」

 それは金色の閃光。膨大な魔力が弾丸の如き加速を生み出す。
 音速へと近づく攻撃を受ける中でさえ、修は刃を振るった。
 防御など、修の中には存在しない。




 フェイトの攻撃は直撃していた。
 カウンターとして修が放った斬撃もろとも修を貫いた。
 修の攻撃力など無意味だと証明するように真っ直修を貫いた。
 フェイトの突撃を受け、飛ばされていく中でフェイトは修の信じられない行動を見た。

 至近距離から瞬間的な加速での突撃を食らった修は飛んでいった。
 飛ばされていく中でフェイトへと刃を振るった。

 (攻撃しようとしていた。彼は攻撃しようとしていた)

 左肩を見た。白いコート上のバリアジャケットは斬られていた。
 それはフェイトがあの一瞬に見たことが幻ではなく現実だという証だった。

 (私の攻撃を受けた状態で攻撃したの。ううん、そもそも攻撃出来たの?)

 バルディッシュの一撃は確実に修の懐に直撃していた。手応えもあった。
 攻撃が命中して修が被弾したのは明らかだ。そんな状態なのに修は攻撃してきた。
 攻撃できたのだ。
 高速攻撃を得意とするフェイトは攻撃を受けながら振るわれた修の刀を見ることが出来た。だからこそ、反応出来た。
 そうでなければ腕を切り落とされているかもしれない。

 (どんな動きからでも自由に動けるだけじゃない。ダメージを受けたとしても、攻撃に移れる)

 流石のフェイトも驚いた。彼女はそんな魔導師の存在を生まれてこの方耳にすらしたことがなかった。
 (常時無敵ハイパーアーマーっていくらなんでも反則じゃないのかな)

 修の予想を遥かに上回る戦闘力に驚かされながらも、フェイトは攻略法を見つけていた。

 「突式・岩砕」

 予想よりも早すぎる修の攻撃にフェイトは身構えた。
 飛ばされた修は空中で体制を立て直しつつ、緩衝魔法で勢いを殺しながら魔力を込めた足で地面を蹴った。
 被弾と同時に攻撃するという無茶苦茶をした上で、即座に次の攻撃に移る修の攻撃力は高いを通り越して異常だ。

 (ダメージを受けようが攻撃出来る。防御をあの分厚いバリアジャケットに任せて、一切の防御行動を取らない代わりに全てを攻撃に注いでいる)

 フェイトは頭の中で修の戦術を整理した。それはフェイトの中ではあり得ない攻撃だった。

 フェイトの思考など露知らず、修の絶え間ない攻撃は始まっていた。
 刃による刺突と考えていたが、刀を持った方の肩を前にしての突進のようだ。烏羽色の魔力が盾のように彼の前を覆っていた。

 (なのはなら受け止めるだろうけど、これは少し危ないかな)

 その突撃が高い威力を持っていることぐらい見抜いていた。防御魔法を厚く張れば防げないことはないかもしれないが、少しばかり危険な賭けになるだろう。
 最も危ない橋を渡ることぐらいしなければ、修を倒すことなど出来ない。フェイトは先程の攻防でそう認識していた。
 だからさらに危ない橋を渡った。

 「じゃあ少しスピードをあげるよ」

 修の視界にフェイトがいなくなった。
 焦ることなく自然なまま修は攻撃を変えた。先程の攻撃を即座に解除し、別の攻撃に移る。その間はない。
 防御行動を捨てている以上、修には通常の魔導師の数倍の先読みが必要だった。
 だからこそ見えている。フェイトがどこを狙うか、修には読めている。
 そして振り返る。

 「後ろとるしか脳がないのかよ!!」

 暴言を交えて。
 背後からフェイトが振り下ろしたバルディッシュの一撃を斬撃で弾いた。
 重い一撃だが弾けない重さではない。
 弾いた瞬間に重さが消え、再びフェイトを見失った。
 弾かれると同時に打ち込んでいた袈裟斬りは空を切るだけだった。
 斬りながらも周囲を見渡すと、目の端に金色の魔力が引っかかった。
 金色の魔力光を放ちながら戦場を疾駆する姿はまさに「金色の閃光」だ。
 斬れれば倒せるだろう。しかし絶対的なスピードの違いが、攻撃を不可能にさせていた。
 フェイトの動きを予測し修は刃を振るう。
 しかし黒い刃は金色の残り香に触れるだけだった。
 瞬時に横に回ったフェイトはバルディッシュを振るう。
 胴体をぶち切るような勢いで撃ち込まれたが、綺麗過ぎるフェイントは反応時間を与えた。 

 「読めてんだよぉ!! そんな攻撃っ」

 修は開いていた横腹に叩き込まれそうだった一撃を、振り返りながら再び弾き返す。
 振り返った先にはフェイトはいない。
 そのまま飛び上がり前方に回転しながら刀を振るい、もう回りこんでいたフェイトの一撃を弾く。
 まっすぐフェイトは修に迫った。雷撃を迸る斧を片手に。
 回転しながら修は着地するよりも早くフェイトを薙払おうと、鋭い横なぎで斬り伏せる。

 そして刃と刃が交差する。
 金色と黒の反する魔力がぶつかり合った。
 つばぜり合いが続くかと思われたが、金色を纏った黒き斧に黒を纏った白刃は叩き伏せられた。
 フェイトは修が薙いだ方と逆方向から修を叩き伏せていた。
 翻弄された修はすぐに切り返そうとしたが、刃が降れた瞬間電撃が体を奔った。
 そのまま崩され、雷撃の如き一戦をその身に浴びた。

 「君は電撃に相性が悪いようだね。行動と行動の間がなくても、強制的に動けなくされたら負けだよ」






 観戦ルーム

 「嵐山をこうも容易く撃墜か。流石は執務官最強と言われるだけはあるな」

 戦闘を観戦していたレジアスは感想を述べた。隣に居るゼストも同意見だった。

 「そうだな。あのスピードでの戦闘が可能とはな。まだ修では荷が重すぎるようだ」

 「だが、あのバカがあの程度で倒されるか? なあティアナ」

 チンクは隣で観戦していたティアナとエリオに同意を求めた。しかし二人は戦闘を見たまま固まっているようだ。
 どうしたのかと、声をかける前にエリオが口にした。

 「フェイトさんは強かったけれど、なんだろう六課の頃の強さとは違う」

 「攻撃とか戦い方のきれが違うわ。あの頃よりも格段に上がっている。あんたでも厳しいじゃないの?」

 「……高町空佐とは大違いだ」

 エリオは悲しそうに述べていた。








 「お疲れバルディッシュ」

 やりすぎたかもしれない。でもこれで気づいてくれればいい。
 切り裂いた先にヴィヴィオの幸せがないことを。
 彼は強い。それは分かった。
 でも、それは過激で、行き過ぎだ。異常としか思えない攻撃性能。戦闘中一度も彼は防御を取らなかった。自分の身も守れない人が、誰かを守れるはずがない。
 目が冷めたらそう伝えよう。
 その時背後から叫び声が届いた。

 「待てよ、まだ終わってねぇだろうが!!」

 背後から声をかけられ心底驚いた。だってありえない。さっき浴びせた電撃はバリアジャケットを身に纏っていたとしても、意識を失わせるには十分なものだ。

 なのに、もう回復している。
 堂々と立ち尽くし、黒い魔力がさらに刃で渦巻いている。
 随分とタフだ。たしかにこれなら防御とかは必要ないのかもしれない。
 だったら、丁度いい。

 「そう。じゃあ新技の訓練相手になってよ。いくよパラライボール」

 特殊な形をしたスフィアを目の前に形成した。角張った球体型スフィアだ。
 彼の方はやっぱりこちらを待つことはしないらしい。

 「飛式・断空」

 もう攻撃してきた。
 攻撃は最大の防御というものを体現している。
 神速の速さで振るわれた白刃から黒い閃光が放たれた。
 攻撃が終わると同時に彼は動くだろう。
 私はゆっくりとスフィアを投げつけた。
 それじゃあ、続きの始まりだよ。








 投げつけられたスフィアは黒い魔力波とぶつかった。
 パラライボールごとフェイトを断ち切ろうとしていた修だったが、ぶつかった瞬間電撃が炸裂した
 電撃により衝撃は相殺された。
 それを横目で確認しつつ、修は攻撃を繰り出そうとした。
 刀を握りしめて、振り抜くところで修の視界にある者が飛び込んだ。
 見た途端に攻撃をキャンセルして駆け出した。 
 修を諦めさせたのはフェイトの周りに漂う多数の多面体スフィアだ。

 「動き回る犯罪者対策の魔法として考案したんだけど、まだ実験段階なんだ。君で試させてもらうね」

 フェイトの手の中には10個以上のパラライボールが作られていた。
 通常のスフィアと違い、多面体の特殊性だ。
 構造は単純だが、そのためえげつない。単純だということは応用がいくらでも効く。フェイトの力量とスピードならばいくらでも使い道があるだろう。
 幾多のパラライボールがフェイトの手から離れた。

 (来る!!)

 触れれば電撃が放たれるだろう。多少の攻撃はバリアジャケットで無効化できるが、あれだけの数は厳しいだろう。
 そしてその隙をフェイトに突かれる。
 攻撃の特徴に気づいた修は黒い魔力を刀に集め、走る動作をキャンセルし即座に攻撃に入った。

 「突式・烈火!!」

 魔力により巨大化した黒い突きはパラライボール全てを巻き込む。
 辺りに金色の雷撃が降り注いだ。
 だが開けた視界から修に見えたのは、先ほどよりも多くの迫りくるパラライボールだった。
 咄嗟の判断で刃を振るうものの間に合わず、いくつも修に直撃した。








 観戦ルーム

 「えげつない攻撃ね。あの子、鬼畜なの?」

 「フェイトさんは鬼畜じゃないと思いますけど、バイカル副隊長。あの魔法について何か知っているんですか?」

 いつの間にか隣に立っていたレナにエリオは尋ねてみた。
 あの戦技図鑑ならどんな技か知っているはずだと考えたからだ。特殊な魔法なら分からないが、あの魔法は特殊なスキルがいるようにはみえない。

 「構造はすごく単純よ。性質変換した魔力を魔力でコーティングする。変換後の魔力を確実に叩き込むための技術。変換と変換なしを同時にしないといけないから難易度は高いけどね。素質があれば後者、なければ前者が難しいの」

 なるほどとエリオは頷いた。それならばさっきの連射もわかる。作り方の難易度は高い反面、精製の工程は単純だから連発も可能だ。
 魔力を変換させないことが苦手なエリオには向いていないことが彼にはよくわかっていた。

 「とどめを刺すための魔法じゃないわ。用途は拘束ね。電撃で痺れさせるのが目的かしら」

 再び視線を戦場にやれば、修はパラライボールの直撃も耐えフェイトに迫ろうとした。
 そんな様子を見たレナは嘲笑さえ浮かべた。

 「馬鹿ね。あれじゃあ執務官様の思うツボじゃない」








 自身の攻撃範囲は自分が誰よりも理解している。間合いを把握していないのに戦うことなんてできるはずもない。
 多少暴走していても修はそれくらいわかっていた。
 修の攻撃は異なる性質の四種類で構成されている。それに攻撃動作を加えて剣術としている。
 しかし近接戦特化であり、最大の飛距離を持つ飛式でも射程はスフィアなどと比べると劣っている。
 モーションゼロの攻撃が出来たとしても距離という詰められない差が存在していた。
 だからこそ修はどうにもならないということはすでにわかっていた。

 「もう、諦めて。これ以上やっても無駄だよ」

 分かっているのに修はまだ戦っていた。
 数発のパラライボールを破壊しても、すでに懐にパラライボールは迫っていた。
 接触した瞬間に体を引き裂くような電撃が走る。それの繰り返しだった。
 だが修はまだ立っていた。すでに満身創痍だ。
 それでもその両足で大地を踏んでいた。

 「俺は……守る……そのための障害ならば、全て斬り伏せる!!」

 両手で彼方を握り締め、天高く持ち上げた。
 黒い魔力は剣にしたがい天へと登る。

 「飛式・裂土!!」

 振り下ろした剣から発生した魔力波は力強く大地を削りフェイトに迫った。
 大地を食らい破壊せんとする波動は、今まさにフェイトすら飲み込もうとしていた。
 対するフェイトは顔色一つ変えることなく、むしろ呆れたように片手から砲撃を放った。

 プラズマスマッシャー。

 金色の波動が黒い波動とぶつかり合い、共に消え去った。
 消滅の後にフェイトの視界は接近した修の姿を捉えた。
 裂土の影に隠れて修は突撃していた。そんな攻撃に呆れてフェイトはさらぶプラズマスマッシャーを発射したが、無敵ハイパーアーマーでダメージを無視した修は削ったプラズマスマッシャーを突き破った。

 「その首もらった!! 斬式」

 不意を突いたはずの修の神速の一閃はフェイトに届くことはなかった。
 代わりに届いたのは叫び声。
 それは誰のものか。
 そう、自分のものだ。

 高威力の魔法のぶつかり合い、フェイトに修の姿は見えなかった。しかしそれは修も同じだった。
 プラズマスマッシャーを撃つと同時に目の前にパラライボールをいくつか漂わせた。
 切り捨てようと接近した修はそれに気づかなかった。
 電撃を溜めるための魔法の玉。漂わせておき罠のような使い方も簡単にできる。
 自慢の高機動が生かせない屋内戦用にこの5年でフェイトが習得した魔法の一つだった。
 受けた雷の数はすでに20をこしている。
 その現実に少しフェイトは反省した。犯人確保のためでもこれだけ浴びせすぎだ。

 「やりすぎたかな。でもこれでわかったでしょ。君は攻撃に傾きすぎだよ。もう少し周りを見て、的確な行動をしないとダメだよ」

 意識は辛うじてあるはずだ。動けないけれど何とか意識がある程度でフェイトは抑えていた。
 見ればわかった。あまりにも周りを見られていない青年。似たような戦型の友人が強いのは、自分を律する強い心があるからだ。
 戦ってわかったが才覚はある。器もある。あとはもっと戦い方を訓練すればいい。そうすればもっと強くなればいい。
 それがフェイトの感想だった。
 戦闘が終わったためバルディッシュを待機モードに戻そうとした時だった。

 修が立ち上がっていた。
 
 (もう立ち上がれる? 今のは雷の直撃よりも威力はあるはずなのに)

 幾ら何でも早すぎた。あれだけ受けて動けるようになるにはもっと時間がかかるはず。しかし平然と立ち上がっている。
刀を横水平に構えた。そして刃の部分を指でなぞっていった。

 「終式・刹那」

 修の黒い魔力が溢れたかと思えば、それは刀に収束された。
 ぞわっ。
 フェイトは訳の分からない寒気を感じていた。体が震えている。恐怖から来る寒さによって。
 その魔力は危険だと全身が言っていた。

 (怯えている。体が、本能で怯えている。私があの剣に気圧されている!!)

 異常性はもう感じていた。フェイトは修の異常性なら戦闘中に十分理解した。だが、これは恐怖だった。異常だと理解出来ないのではなく、理解できるからこそ分かる恐怖だった。

 「バルディッシュ!! ハーケンフォーム!!」

 フェイトは咄嗟にデバイスの形状を変えた。
 烏羽色に染まった日本刀型デバイス月光はその名に反して、闇の剣と称すほかなかった。
 なにより黒い魔力とBJに身を包み黒い刀を持った修はまるで魔人のようだった。
 闇に染まり地獄からやってきた魔人。
 フェイトが危機感を抱くには十分だった。

 (なのはのどこが悪魔なんだろう。こんな化物みたいな悪魔がいるでしょ)

 管理局の極一部が口にしていた親友の蔑称は的外れだと確信した。なのはを誰よりも良く知るフェイトにすらそんな感想を抱かせるほどだった。

 修が魔人ならばフェイトは死神だろう。
 黒と白BJ。そして手に握りしめる金色の大鎌。

 「少しだけ、ううん。私は本気を出すよ。そうじゃなきゃ君は倒れてくれそうにないから」

 このままではヴィヴィオをいずれ傷つけるだろう。だからここで倒しておく。
 先ほどまでの速さとは次元が違った。速さの質は変わらない。無駄のない洗練された動きだ。動きという評価で見れば満点だ。
 それが今度は倍速だ。
 速くなればなるほど制御は難しくなる。それなのにフェイトは元の速さと同じ質の速さで動いていた。

 その速さ、まさに雷撃の如く。

 それに対して修は月光を納刀した。
 命を刈る死神よりも速く振り下ろされた雷光の一閃、ハーケンスラッシュ。
 修の命が金色の死神に狩られる刹那。黒い弾丸が彼の鞘から打ち出された。

 否、それは刀だった。

 弾丸のごとく放たれた居合抜きは、金色の大鎌と接触した。

 そして切り落とされた金色の魔力刃が宙を待った。

 修の意識はそこで途絶えた。
 最後に彼が覚えているのは、金色に輝くフェイトの左腕だった。








 
 「申し訳ございませんでした」

 謝るしかない。隣を見ればスティールさんも頭を下げている。
 やってしまった。娘同然のヴィヴィオの為といっても言い逃れなんてできない。間違いなくやりすぎだ。舞台の主力に大怪我をさせてどうするつもりだろう。

 「頭をあげろ。もともとはうちの隊員が無礼を働いた。謝るのはこちらの方だ」

 確かに態度には問題のある子だった。でもやっぱり私の方が悪いだろう。
 気絶させるつもりはなかったけど、結果としてそうなってしまった。これじゃあ高ランク魔導師による一方的な蹂躙だ。
 それに、あれを使ってしまった。あんなもの使うくらいならザンバーでも振り回した方がましかもしれない。

 しかしハーケンを一撃で切り落とされた瞬間、使ってしまった。一瞬5年前の戦いを思い出してしまった。
 桁違い、次元が違うのかと思ってしまうほどの強敵と戦った時を思い出した。
 瞬時に粉砕されたライオットザンバー。何一つできずに敗北した。
 あの時感じたものと同じものを感じていた。
 だから強くなった。それなのに同じような目にあっている。こんなのは三流がすることだ。

 「作戦に支障はでそうか中将? もしも出るなら穴埋めをするが」

 スティールさんの言葉で現実に戻った。
 穴埋めか。その手があったか。穴埋めとして作戦に参加できれば、なのはやヴィヴィオを助けることができる。自分の立場上できないかもしれないと思っていたけどこれなら。

 だけど中将はいらないと答えた。
 でも彼は間違いなく主力級の魔導師だ。本局にも彼ほどの実力者はそうそういないだろう。いくら高ランクを集められているといっても、あのレベルの戦力がいらないはずがない。
 地上戦で限られた空間の戦闘力なら、5年前の私と同等かそれ以上だ。

 「そうだな。入れ嵐山」

 まさかと思いながら、扉が開いた方を見るとそこには先ほどまで私が戦っていた嵐山修が立っていた。
 いくら何でもありえない。
 あれはまともな魔法ではない。鍛え抜かれた魔導師だって一日は最低でも寝込んでいる。禁じ手のようなものだ。
 なのに僅か数分で起き上がっている。
 まだ、顔色はよくないから体力は消耗しているようだけれどその程度だ。

 「驚くのも無理はないだろうが、こいつはこういう男だ。そう思っておけ」

 戦闘中に化物なんて形容してしまったことを後ろめたく思っていたけど、あながち外れていないみたいだ。これでは普通の人間と思うことができない。

 「いつもああなのか?」

 やや引き気味にスティールさんがレジアス中将に尋ねていた。レジアス中将は黙っていたけれど、沈黙は肯定ってことだろう。

 「嵐山、呼ばれた理由はわかっているな。今回のお前の暴走についての処分を下す」

 意外なことに眉一つ動かなかった。物事の大きさが分かっていないわけではないだろうから、肝が座っているのかな。それともまだ暴走している?

 「敵陣に突入し誘拐されている重要人物高町ヴィヴィオを保護しろ。敵陣への侵入は生存率が低くなる。相応の罰だろう」

 「待ってください!! そんなの重すぎます。今回の戦闘行為は私的魔法運用と反逆行為に値しますが、上官の管轄の元に行われました。それに責任の大半は私にあります」

 確かに元を正せば彼の暴走行為が原因だ。周囲の静止を無視していたのも事実だ。だけど私から戦闘を持ちかけて、今回の騒ぎになった。責任は上官の私の方が重い。
 まあ中将や隊長陣が止めないのを見る限り、この部隊としては多いことかもしれないけれど責任は私に及ぶのが普通だ。
 それに敵陣侵入。それも重要人物の救護というのはとても難易度の高い任務だ。敵地へ突撃して、その人を捉えている手きとの光線も考えられ、なによりもその人を守りながら戻らなければならない。

 「元々は奴の暴走が全ての原因だ。こいつは管理局の中でも指定観察人物だからな。今回の行為は暴走した観察対象への指導で十分済む。それにこんなことをしなくてもこやつは助けるだろうな」

 確かにそうだろう。だけれどそれでいいのだろうか? 

 「気に、しないで、ください。どのみち、作戦隊長に、頼み込んででも、その任に、つかせて、もらう、予定ですから」

 さきほど魔人と称してしまった相手とは思えないほどだった。素がどっちなのかはわからない。もしかしたら両方とも素なのかもしれない。
 確かにあれだけ倒してもヴィヴィオを護ると立ち上がった彼の意思に偽りはないだろう。それがどんな道であろうとも進むはずだ。

 レジアス中将に礼を言ってから私たちは部屋を出た。そして修君を別れ際に呼びかけた。

 「一つだけ忠告していい?」

 「なんですか、テスタロッサ執務官」

 黒い瞳は私を映していた。だけどその瞳は決して清らかなものではない。

 「ヴィヴィオを助けるためになにもかも斬り捨てる、なんて考えていたらきっとヴィヴィオを守れないよ」

 「どういう、ことですか」

 戦ってみてわかった。彼はあまりにも攻撃的過ぎる。戦闘中一度も退こうとしなかった。常に前に進んで刃を振るい続けていた。
 攻撃性は必要ないとは言わない。でも、過激なそれは守るというよりも破壊でしかない。

 「私たちは何? 管理局員、正義の味方だよ。その戦い方じゃ正義をなくすよ。管理局員ってだけで、正義になれるわけじゃないんだから」

 管理局員の闇の部分については調べていたから十分知っている。その闇が正義としての管理局を作り出したってことも。だからこそ私たちは正義を求め続けなければならない。

 「だったら、正義なんて、いらない。悪と、罵られても、俺は、ヴィヴィオ守る。傷つけようとするやつら、全部、斬り伏せてやる」

 「それじゃあ単なる犯罪者と同じだよ。みんなを傷つける人が正義なんて思える?」

 悪党になろうなんて間違っている。悪だと思い込んでしまったらもう歯止めが効かない。気づいたときには何もかもなくしてしまう。

 「なに、言っているんだ!! 正義、なんてない。この世の通りだろうが!!」

 また暴走し始めた。正義なんてないか。確かにそうだよ。絶対的な正義なんてない。正義は誰かに認めてもらわなければ正義じゃない。そこに絶対なんてない。

 「悪党でいいのなら暴れればいいよ。だけどその先は孤独だよ。誰にも認められない世界が待っている。君の言う通り正義なんてないかもしれない。正義を決めるのは自分じゃないから」

 自分たちで正義と名乗って正義ならば全てが正義だ。悪を気取る人もいるかもしれないけど大多数がそうだろう。でも正義は誰かに認められるから正義を名乗れる。
 管理局だって我が物顔を通し続ければ悪の組織のレッテルをはられるかもしれない。正義なんてあやふやなものだ。

 「私は管理局員として正義を追求する。管理世界全体に平和を守れる組織になれるような正義のために戦い続けるよ」

 戦うことだって大事だ。汚れのない正義なんてすぐに失ってしまう。でも汚れすぎた正義なんて誰にも認められない。白くあろうとする思いをなくしたら、それはもう悪になるだろう。
 ならば誰もが認める正義を目指そう。

 「分からない、ですね。なんで、そんなに、正義に固執する? 組織を、守りたいから?」

 彼の表情は暴走から疑問に変わっていた。
 組織を守りたいかどうかといえば守りたい。でもそれだけじゃない。

 「みんなが大好きだから。たくさんの人を守りたいから。それができる組織が管理局だから、私は今ここにいる。でも管理局は正義であろうとする姿勢をやめたら戦うだけの武力組織になっちゃう。
 そしたら危険視した他の組織と戦う。守るために傷つけあう。正義が存在しなくなったら戦いの繰り返しになって、何も残らなくなるだけだよ」

 修君は何も言わなかった。彼が間違っていると私は言いきれない。彼の考えも一理ある。自分が正義だと言い聞かせているだけだ。
 彼の剣は殺す剣だ。武器としては当然で間違っていない。だけど誰かを守るためならば守る剣でないといけない。傷つけてしまうということを言いたかったけど、うまく言葉にできない。
 管理局にはそんな面もあるってことを認めているからだろう。

 「だったら、ヴィヴィオにも、認められる、剣士になります。殺す、だけじゃなくて、救える剣士に」

 「それがいいよ。頑張ってね、君ならきっとできるよ」

 そう言って微笑んでみると、少しだけ顔を赤くして逸らされた。今気づいたけど私より少し背が高いな。

 「もう行くぜぇ、フェイト」
 スティールさんに急かされて、私は先を急ぐことにした。











 本心では私もこの手で助け出したかった。だけどこれ以上は明らかな越権行為になる。今の私にはまともな立場はない。
 それに越権行為以前の問題に今の私には行動する権限を一切凍結されている。
 自分たちの立ち位置がどれだけ脆いものだったのか、今の今まで一度も考えたことがなかった。ただ自分の才覚と力量で仕事をどんどんしていけばいい。他人に任せるのが嫌なわけではないが、自分の手で事件を解決したい。だから地位とかそんなのには興味がないって私は思ってきたけれど、それがこんなところで仇になってしまった。
 私のことを邪魔に思っている人たちがいることぐらい知っていたけれど、義母さんが死んだとたんにここまで圧力をかけてくるとは思わなかった。なにより私が義母さんの殺害を幇助した疑いをかけられていることが嫌だった。
 義母さんのやり口に反対していた人は味方にもいた。それらの人が義母さんを敵視する派閥の人に丸め込まれたのだと気づいたのは、事件が終わったあとだった。

 ここに来られたのだってスティールの繋がりで無理やり来たようなものだ。先輩から口伝で聞いた事件の重要参考人に関する情報を持っているための召喚だ。決して私が救援として呼ばれたわけではない。
 今の自分はどこにも所属していないようなものだ。本局に帰ることもできず、かといって地上部隊に所属しているわけでもない。
 こんな状況になってしまった原因は分かっているがどうすることもできない。なんとか最後に出向していた部隊の預かりのままにしている。そんな状況だ。

 「なに暗い顔をしているんだぁ、フェイト。美人には笑顔が一番似合うと思うぜぃ」

 暗く落ち込んでいる私を見てかスティールさんが陽気に話しかけてきた。
 励まそうとしてくれているのはわかっているけれど、どうもそんな気にはなれなかった。

 「どこの口説き文句ですか? そんなので靡くほど安い女じゃないですよ」

 「そりゃそうかぁ。雷の女神と名高いS+の美麗元執務官様にもなると晩酌してもらうだけで俺の給料が消えるぜぇ」

 なんの前触れもなく人の痛いところをさり気なくついてくる。褒めているのか、貶しているのかわかりにくい言い方だ。
 それに正確には元ではない。無期限免許停止処分を受けさせられているだけだ。もしかしたら免停が解けるかもしれない。溶けないかもしれないけれど。
 だから酷いかもしれないけれど皮肉をいうことにした。

 「地上の英雄さんなら私くらいの女性引っ掛けるぐらい簡単なんじゃないんですか?」

 予想では軽い返答が来ると思っていたけれどなかった。これでは調子が狂う。
 慣れないことをしたから、地雷でも踏んだのか心配になってきた。とりあえず彼に特定の恋人はいなかったはずだ。まず考えるのがこんなことだったことに対して随分と自分も俗っぽくなったと思った。
 こんなこと5年前じゃ考えもつかなかっただろう。狭い範囲で女友達との戯れあいの中でしか生きてこなかった私は地球で言う女学校でのお嬢様みたいなものだった。
 エリオを育てたと言ったところで、自分の恋とかそんなこと一度もしたことはない。そのせいで妙な疑いを良く掛けられた。同性愛者だとか子供に手を出した堕落したエースだとか。今となってはそれも思い出だ。
 ただ女性関係ではないとすれば英雄という呼び方に対してかもしれない。
 そういえばここでは誰も彼を英雄とは呼ばなかった。彼が所属する第一警邏部隊第1部隊では英雄とよく呼ばれていたのに。でも心当たりはあった。

 「英雄かぁ……ふざけた言葉だぁ。そう思わないかフェイトォ。英雄なんてものが本当にいたら、華麗に囚われた娘さんたちを助けれるだろぉよ。しかし俺にはそんなことはできねぇ。つまり英雄なんてものじゃねぇ」

 珍しい。スティールさんの自嘲なんて滅多に見られたものじゃない。言っている内容はあまりにも荒唐無稽で、子供だってそんな夢は言わないと思う。

 「でも貴方はそれだけの武勇と実績を持っていますよ。どうして臆する必要があるんですか? 不可能であることを可能に出きるものが英雄だというのならそんな言葉は存在しませんよ」

 謙遜なのかな? だけどこの人に謙遜なんて言葉がまったく似合わないことは、決して長いとは言えない付き合いの中で知っている。あれ、そもそもどうして彼は英雄なんて呼ばれているんだろう? 
 一度模擬戦したときに彼の実力を知ることができた。強くなったつもりだったけど今の私と同等だ。それほど強い彼が地上部隊にいることに驚いて彼のことを聞くと、多くの人が決まって「地上の英雄」だと言っていた。
 その時は深く考えなかったけれど、英雄と呼ばれるにはそれ相応の武勇伝がいる。もしかしたら彼が気にしているのは英雄と呼ばれた原因かな?

 スティールさんの過去に一体何があったのか。それは聞いていいことなのか。顔につけられた深く大きな傷はひょっとしたらその時のものなのか。聞いてみたいことはたくさんあった。いつか彼が話してくれるのを待てばいい。
 最近違和感がなくなってきた制服。衣替えができるのはまだずっと先だろう。それまでミッドから出られない私の居場所はあそこしかない。
 まあそんなことよりもとりあえず一言。

 「あの、スティールさん。どうして建物のなかにジャングルがあるんですか? 出入り口にこんなに植物ありましたっけ?」

 「いやいやジャングルにしては涼しいぜぃ。いやー大自然はいいなぁ、フェイト」

 なぜ目を逸らすのだろう。私たちの目の前には緑が広がっていた。此処にはいるとき奥に大きな木が何本か生えているのが見えたけれど、どうやら建物の一区画まるごと庭園にしているようだ。少し見渡しただけでも数え切れないほど草木の種類が豊富だ。
 隣に視線をやるとそっぽを向かれた。迷ったみたいだ。知っているようだから後をついていたのに。
 落胆してしまったけれど、彼がここに来たのはいつが最後なのか気になった。警邏隊に長いこと在籍しているとあの濃い二人組から言われたことがある。昔ならば建物に疎くても仕方ないのかもしれない。
 ふわりと鼻に甘い花の香りがした。いい香りだ。少しぐらいは構わないかなと思いつつ匂いがする方に足を進めた。

 目前には薄いピンクの大きな花が咲いていた。人の体ほどある大きな花は甘い香りを周囲に漂わせていた。それは甘ったるいわけではなく心が落ち着くものだった。しかし積み重ねてきた経験がこれ以上ここにいることを拒絶した。
 これはヤバイのだと経験が語っている。でも、思考は危険を感じていない。

 「あら、その子に近づいてはいけませんよ。A級指定危険植物ヴィオレシア。食人花として有名ですよ」

 不吉なことを言われて振り返ると麦わら帽子をかぶった女性がいた。手に持ったザルに草花をいれていた。地面に触れるすれすれの長い髪は森の様に深い緑色だ。和やかな表情をしており、美人だとかそういう俗っぽい言葉から離れた深層の令嬢ようだ。よく見ると先ほどの会議にいた人だ。
 一言も離さなかったから影が薄かったけれど、今思えば妙に場違いな存在のようにも感じた。彼女にはこのような場所が似合っていて、あんなところは似合って居ない。

 「ごめんなさい。自己紹介がまだだったわ。私はフィア・シュヴァルツバルト三等陸尉よ。首都守備隊三番隊副隊長を務めさせてもらっているわ。よろしくね、フェイト一等陸尉」

 本物のお嬢様のようだ。世の中にはこんな人もいるのだと感心するしかなかった。私と同じくらいの年なのに、その笑顔は慈愛に満ちている。どうやったらこんな笑顔が出きるんだろう?


 少し話しているといつの間にかお茶に誘われていた。連絡してみると暴動などは収まったらしいからスティールも道連れになった。彼女がいれてくれたハーブティーは優しい香りがした。
 そして彼女は人の話を聞くのが上手い。いつの間に私は色々なことを話していた。私の現状やここにきて驚いたことなどを自分から次から次と話していた。

 「そうなの。あなたが描いた未来像とエリオ隊長が違ったのね。でもそれはあなたが悔やむことなんかじゃないわよ。男の子は少し見ないうちに大きくなるものよ。あなたの保護を抜け出して、彼は自分の足で自分の道を歩いているのだから応援してあげなきゃ」

 「それはわかっているけど。あそこまで変わられちゃうと、もう男の子じゃなくて男の人になろうとしているんだって感じてなんだか寂しいよ。それにティアナと付き合っているみたいだけど早すぎるよ!! ……スティールさん、さっきからずっと茶菓子ばっかり食べてなんのつもりですか」

 茶菓子を取ろうと伸ばした手を抑え、罰の悪そう顔をした彼を見ると八つ当たりだと反省してしまう。
 私にはやっぱり酷いことは向かないみたいだ。フィアはそんな様子を笑って見ていた。彼女が指を回すとどこからともなく木の枝が伸びてきた。枝には果物が吊られていた。彼女は果物を採って私たちにくれた。抑えた酸味が口に広がり美味しい。それにしても今のはまちがいない。

 「植物使役ですか? 地上でははじめて見ました」

 希少技能レアスキルと言われるほど希少性が高くないため、特殊技能スペシャルスキルと分類されるものだった。でも数が多いためそれぞれができる範囲は大きく違うらしい。本局にいたときにも数人使い手はみたことがある。
 それでも地上では珍しい。自然保護隊やそういうところの担当に回されるのが多い。

 「そんなに珍しいものじゃないわよ。天候使役、動物使役とかは結構数がいるから。希少技能レアスキルの龍使役とかは本当に少ないわよ。管理局が確認しただけでも確か二人しかいないはずよ」

 「キャロと竜騎士って言われた人ですよね」

 名前だけは聞いたことがある。そういえばキャロはどうしているだろう。はやてと一緒に多次元航海をしているらしいけれど、元気になっているといい。
 あの事件でキャロは悲しい目に遭った。フリードもヴォルテールも居なくなって、そしてエリオまで居なくなった。生きていたのだから連絡くらいしてくれれば、キャロだってもう少し生気を取り戻せたのかもしれない。
 スティールさんの方を見ると、彼は渋い顔をしていた。僅かだけど彼から鋭い殺気を感じたのは間違いではないだろう。

 「竜騎士かぁ……いやな名前だぜぃ」

 名前を聞いただけで怒るなんて一体どれくらい憎しみが積もっているんだろう。竜騎士については龍を使う剣士としか私も聞いたことがないな。
 そのことを聞こうとすると先手をとられた。

 「そういやぁ、ティアナちゃん綺麗になったなぁ。あの子は母親似だぁ」

 意外な名前が彼の口から紡がれた。ティアナと知り合いだった? それに綺麗だったなんて言うにはティアナはあまり成長していない。五年前とほとんど変わっていない。髪と目に巻いた包帯でわかりにくいけど、変化は少ない。
 だから私たちが会うよりも前にあっている。

 「あらティアと知り合いなの? 人見知りの激しいあの子と知り合いなんて」

 フィアも驚いている。やっぱりつながりが見えない。

 「まあなぁ。まあ、ティアナちゃんというよりよぉ、あの子の兄貴との繋がりだぁ」

 ティーダ・ランスター。そういえば同じ年だ。確か執務官を志していて殉職したっていう空戦魔導師。ティアナはあまり兄について話すことがなかったから、詳しくは知らない。

 「どういう人だったんですか?」

 「現実が分かっているのに熱血漢だぁ。地上を守るというよりはぁ、目の前の多くの人間を守りたいって言っていたぜぃ。実力はぁ、今でも勝てる気がしないぜぃ」

 そんなに強いのかな? しかしそれならなぜ殉職したのだろう。すぐに逮捕できるような違法魔導師にやられるとは思えない。
 それを口にすると一瞬だけ隻眼が鋭く尖り、憎しみにみちた声を出した。

 「あの豚野郎ぉ、今思い出すだけでもぶち殺してぇ」

 これ以上聞くのは危険だ。そんな風に重い視線を逸らすとフィアが黒い色の草をすりつぶしていた。
 植物についての知識は殆どないけれど、処理の仕方からして薬品かなにかかな。

 「そういやお嬢さん。その草花はなんだぁ? 食べられそうにはないがぁ」

 お嬢さんとスティールさんはフィアを呼んだ。同じ歳で一応私も家柄からするとお嬢さんと呼ばれるのかもしれないけれど、そんな風には呼ばれたことはない。それにそもそも似合わない。しかし彼女には良く似合う。
 それにしても食べられるかどうかで判断するのかな?

 「ああこれは……あなたたちならいいわね。エリオ隊長が使う塗り薬の素よ」

 





 首都守備隊・作戦室前


 顔の半分に焼けるような痛みが走った。薬が切れてしまったようだ。慣れているけれど膝をつけてしまった。扉を背もたれにして座った。周囲に人がいないのが不幸中の幸いだ。こんな無様な姿他には見せられない。ティアナ以外に見せたくない。仮面を外して軟膏を左手で塗った。痛みが引いていくのがわかった。

 「やっぱり一緒に残るべきだったかな……駄目だ。そうだよ、あとで抱きしめればいい」

 いつもティアナは強がっているだけだ。本当はいつも心細く不安なのをしっている。もともと一人で生きていけるような人じゃない。良く言えば誰かのために、悪く言えば何かに依存して生きている。今の依存対象は兄の夢を果たすことから俺にシフトした。というよりそうなるように仕向けた。彼女を追い詰めた。

 いつからだったなんて覚えていない。いつも凛とした表情でいるティアナは綺麗だった。たまに見せる笑顔は、たとえ自分に向けられたものでなくとも嬉しかった。
 でも高町空佐に撃墜されたときすごく苛立った。彼女がどれだけ自分を追い詰めていたのか気づけなかった自分が憎かった。いつも隣にいたあの機人が邪魔だった。仲間としては嫌いではなかったけれど、笑顔も居場所も独占しているのが羨ましかった。気分転換に他の娘とデートしたりもしたけどダメだった。
 自覚したときにはもう手遅れだった。想いを止める手段なんてもう何一つなかった。

 「告白したときは……やめよう。嫌なことは考えるべきじゃない」

 一度は振られた。暫く一人のときは涙が出てしまった。でもおかしいことにも気づいた。だからそれを彼女に尋ねた。告白してから初めての会話だった。彼女の口から語られた事実は意外なものだった。もしそれをもっと早く聞いていたらどうなっていたのか想像もつかなかった。
 だけどもう乗り越えられたことだった。そして六度目の告白で成功した。
 それからは六課の誰にもばれないように頑張った。どうしてか聞くと、それぐらいは自分で考えなさいと怒られた。今でも答えは見つからない。恥ずかしかったのかもしれないけれど、受け止めて祝福してくれたと思う。
 でも本当はみんなに教える予定だった。六課の最終目標とも言えるJS事件が解決したら教えようって出撃前に二人で話した。絶対にみんなで帰ってくるって約束も含めて。

 でもそれは叶わなかった。滅んだ世界にいた俺たち二人は総隊長に救出され、レジアス中将が作っておいた隠れ家に身を潜めた。ティアナのダメージも俺の傷も大きすぎた。
 結果的にはそれで良かった。マモンにやられた毒はジャック以外の医師では中和することができないものだった。その中で六課との繋がりが薄くなり無くなるのを感じていた。
 その頃からだったっけ。ティアナといる時間が増えたのは。当然といえば当然だけど腑に落ちないことも増えた。そして自分がその状況に慣れてしまった。側にいるのが自分以外だとすごく嫌だった。

 それがもし男ならばとりあえず殺る。

 身勝手極まりないけどそう決めた。そのために権力がいるならば地位を得るため手を汚すことも辞さない。
 そんな男に成り下がった。元々が綺麗なことしかしらない無知な子供だっただけなのかもしれないけれど、今の心境とかがまっとうな人生を歩む人と比べると外れているのは十分分かる。
 でも、隣にはいつもティアナが居る。だからこそこれでいい。そう思っているけれど、よくよく考えれば駄目だ。

 「結局ティアナが俺に依存しているのか、それとも俺が依存させられているのかわかんないよ」

 一つだけ言えるのはこれからも二人でいることが俺の最大の望みだ。彼女を守るためならば何度でも死神にだってなれるんだ。
 背もたれにしている扉から彼女の声が聞こえた。昔は話しかけられるだけで心拍数が急上昇したのだから成長したものだ。でもなぜだろう。彼女の声で紡がれる言葉が恐ろしく感じるのは。
 誰も欠けることなく任務を成功させる。今も昔もこれだけは譲れない。そう考えると問題はない。
 だけど一応正義の味方である管理局員としてはどうなのだろう。
 今だけは珍しくこの聞こえすぎる耳が悪いのかと思ってしまった。

 「開き直ることはなんでもしていいって免罪符じゃないんだよ」

 聞こえていないと知りながら一言だけ言っておいた。







 首都守備隊・作戦室

 一週間と迫った戦闘に関しての作戦会議をティアナと行っている。大きな作戦の時にはよくあることだ。
 総隊長とかいう重苦しい肩書きを持った俺に対して、最初は臆していたが今ではその様子はない。そして毎度エリオが扉の前で待っているのもいつもどおりだ。

 首都守備隊の中でも優秀な指揮官でもあるこの子は六番隊副隊長という肩書とともに、作戦隊長としての肩書きも持っている。
 マニュアル通りの正攻法の中に凝った手を幾つも加え、部隊の生存と作戦の成功を両立させるその戦略性は十分評価出来る。敵の先読みを見越して凝った手で意表を突く。いい作戦だとは思う。
 ただ今回の作戦に付いてはどうも正攻法とずれすぎている。

 「随分と奇抜なことを考えるな。しかし的を絞りすぎではないか。可能性としては十分高いが、他の可能性を否定する根拠がない」

 策に対しての否定はない。現在分かっている想定される敵戦力と戦場となる区域の情報から、考えられる作戦の中では有効な手段だ。長年の経験から一見荒唐無稽にも見えるが綿密に計算し尽くされた策というのはわかった。
 ただこの作戦はどう贔屓目に見ても敵の手を限定しすぎている。その根拠が聞きたかった。

 「主戦場になる場所などの問題もありますが一番の理由は離反に対する危惧です。あの人が今向こうについているのは思想なんて関係なしに人質だけですから。もと居た組織と結託する可能性を考えると使い捨てにするのが妥当です」

 ティアナはそう言い切った。この子はエリオに対する態度から情に厚い子のように思えたが、切り捨てるところは徹底的に切り捨てている。

 「使い捨てにするならあの人ほど恐ろしい敵はないでしょうね。だからきっとこんな使い方をするはずです」

 ならば使わないという可能性を考えたが、戦力に余力がないのに裏切りを危惧してそんなことをするのは愚作だ。その方がこちらも随分と楽だ。向こうに彼女ほどの砲撃魔法もしくは射撃攻撃力を持ったものはいない可能性が高い。
 ああいうタイプが二人以上いる場合はかなりの戦闘訓練が必用になる。砲口が多いほど誤射などの危険性が高まる。ヘブンズソード自体の攻撃力はゼロというのがギンガ達四番隊の結論だった。

 艦隊戦が想定される上で砲撃力の優劣は勝敗を分ける。しかし向こうには絶対防御がある。一方的に砲撃を受けるのは避けたいところだ。そうするとこの作戦は効果的だ。問題は力量的に実行可能かどうかだ。そしてもう一つ精神的な面もある。

 「高町空佐はお前にとって師のようなものだろう。そんな人物にこんな策を使用することに迷いはないのか?」

 その問いには首を傾げられた。どうやらこんなことを言うとは想定していなかったようだな。

 「何か戸惑う必要があるんですか? あの人の強さは十分知っています。だからこそ策を張り巡らします。そうでもしなきゃ勝目はありません」

 口元に手を当て微笑んだ。その仕草は彼女を思い出させる。誰よりも強くそして脆かった彼女のことを。
 そんな過去に浸りつつもティアナの話は続いた。

 「むしろ無策に正攻法だけで挑んだほうが怒られますよ。私は私の戦い方でなのはさんを倒します。仲間を守るため、ミッドを守るため、そしてあの人のためにも弟子である私が引導を渡します。」

 普段包帯で隠れて見えない暗い藍色の瞳に迷いなど見当たらなかった。かつて憧れた師に対しての敬意の表し方なのだろう。戦力的には副隊長格最強を敵が労力を消費してまで仲間に引き込んだものにぶつける。戦力消費はこちらの方が少ないか同等だろう。相討ちでも十分だろう。
 だがそこにあるのは多少冷静な判断からは遠のいた思考だ。
 珍しく我欲で引き金を弾こうとしている。止めるならば今だろう。

 「それならばいい。ヘブンズソード突入時は海洋の上だな。ここならばマルコムの自然魔法でなんとかなるだろう」

 だが結局俺は止めなかった。その結果どうなるかぐらいは想像がつく。だがそれはいずれ必要になることだ。犠牲としてはあまりにも大きい。それでも必要だ。
 平和な世界をつくるという未来のためには必要不可欠な犠牲だ。

 「そういえばマルコム隊長の自然魔法ってどれくらいの威力があるんですか?」

 まだ見たことがないか。確かに奴が活躍するような場面は滅多になかった。あの類の魔法は強力だが扱いに難がある。

 「通常の魔導師は単に魔力素をリンカーコアで魔力に変化し使用するだけだ。自然魔法適用者は自然をリンカーコア代わりに使用して人の領域では不可能級の魔法を発動させる。三番隊の二人はそういうタイプだ」

 「まるではやて准将が二人いるみたいですね。でもあまり聞かないのはどうしてかしら? それだけ強力な能力なら多くの人が使ってもいいのに」

 例えがやや気になったが恐らく自分でも使えるかを考えているのだろう。隠された瞳はさらなる力を目の前に輝いているのかもしれない。
 最近はS-の力量もついてきて、強さなどには興味がないようにしているがまだ満足していない。飽くなき向上心はいいことだがこれは無理だ。

 「戦闘領域の狭さが一番の原因だがな。そもそも自然魔法を発動させるための下準備に時間がかかりすぎる。今回はすでに戦闘区域が分かっているから良いが、一週間くらいは準備に必要だ。広範囲での戦闘を行うお前には不向きだ」

 想定していた答えだったのかすんなりと納得した。
 ヘブンズソードへの侵入は作戦通りにすれば問題はないだろう。侵入時に想定される10パターン以上の妨害手段と対処法まで考えたようだが。問題は艦内戦だろうな。

 「そうですね。少なくともDナンバーがいるのは間違いないでしょう。だから突撃班にはエリオとギンガさんの二人で風穴を開けます。まあ6番以上なら問題なく倒せるはずですよ」

 問題は5番以下だ。あの教導隊壊滅も5番以下の仕業だ。
 艦内では必然的に少数でわけて行動せざるを得ない。もう少し構成の調整をしたほうがいいようだ。扉のところで待っている奴がいるが構わないだろう。

 「エリオのことですか? 大丈夫ですよ、エリオは強いですから」

 「そうだな。あいつは強くなれる素質がある」

 そうでなくてはこの四年間も指導に費やしたりはしない。幼い頃から管理局へ入局した者の多くは、最初から高ランクを所持して底ランクから地道に上がるものは少ない。だから力を欲してがむしゃらな努力を積むような者達の事が理解できないことが多い。彼らからしてみれば力は別段努力が必要なものではないからだ。

 だがエリオは違った。幼い頃から入局したのにもかかわらず天才的な戦闘センスや膨大な魔力があるわけではなかった。ただ貪欲なまでの力への執着心を持った騎士だ。天才タイプから見ればあいつに行った指導は間違っていると糾弾されるものだろう。
 それは正しい。あのやり方で再起不能になったものは多い。
 だがそれは力を追い求めることを諦めたのが一番の原因だ。あの指導を最後まで耐え抜き立っていたエリオは間違いなく首都守備隊のエースストライカーだろう。かつてのティーダがそうだったように。結局のところ昔が懐かしいだけか?
 そして自分の才能を開花させた。今思えば天才肌なのだろう。

 「それにしても考えれば考えるほどおかしな事件ですね」

 おかしな事件か。確かにそうだ。やつらの戦闘力からすれば演算装置を装着した後でも奪うことは用意だろう。今まで故意的に待ち伏せさせるような犯罪者はあったことがない。そこであることが閃いた。

 「まさか!! そんなことの為に戦力を投入するなんて……だとしたら今回の事件総力戦に持ち込むはずです」

 どうやら戦略を立て直す必要があるようだ。
 外で待ってもらう時間が増えそうだ。エリオにも綿密な作戦立案能力が必要になるだろう。しかし今は戦場での判断力を担う段階だ。この経験はこれから常に生きていく。













あとがき
修の戦闘に付いて追記しました。
格ゲーなどであるキャンセル。あれみたいなものです。
最後にゼストが思い浮かべたのは第零話のあの人です。んなのでいいのかな。現状に対して、いささか不満だ。

「はぁ」

「どうかされましたか? ハオラウン様」

トントン拍子で戦うことが決定してしまった。なのはのことでここに来たはずなのに、私は一体何をしているんだろう。
そんなことを考えてため息をついたら、案内係の局員に聞かれてしまった。
茶色の短髪と笑顔が似合う少女だ。初見は厳しそうに見えたけど、実際は優しい子だ。敬称とかに気を使う子なのか、さっきから様付けで呼ばれている。

「そこまでかしこまらなくてもいいよ」

「そうですか、わかりました。フェイト様」

一礼をしてから前に向き直り歩き始めた。
この子デフォルトで様付けなのかな。行儀正しいからいいことなんだけど、壁を感じてしまう。歩き方を見ていて気づいたけれど、礼儀作法について幼少から叩き込まれたのだろうか、馴染んだ立ち振る舞いだ。
お義母さんから教わった作法をより綺麗にした感じだ。名家の出身かもしれない。そういえば名前を聞いていなかったような。

「ねぇ、そういえばあなたの名前を聞いてなかったよね」

後ろから呼びかけてみると急に振り返るのではなく、動作一つ一つに気を遣った振り返り方だった。まっすぐと私の目を見て話すけれど、圧迫感を感じさせない目つきや視線だった。

「申し訳ございません。案内係を命じられただけだったので。地上部隊首都諜報課ルイス・セント二等空士。此方では首都守備隊二番隊諜報部隊サテライト08です」

首都守備隊は形式としての利便性を高めるために名乗っているだけだから、所属が別にあることになっているんだ。違う、これはもっと巧妙な手口だ。部隊として結束力を高めるための首都守備隊という名前をつけて、機動性を高めるために部隊を縦に分割している。

セントという名字には聞き覚えがない。一応次元世界で名が効く名家の名前ぐらいは覚えているのだけど。もしかしたら管理局がそういう名家への対策の為に鍛えた人かもしれない。
管理局の運営費はスポンサーによって賄われている。そのスポンサーは各次元世界の世界政府や国の政府だけれど、次元世界規模の名家などからの支援も受けている。
そのような家単位のスポンサーの希望に対応させるための魔導師を育成する部署があった。5年前の事件で潰れたけれど、彼女は底の出身なのかも知れない。

目の前には大きな空間が広がっている。
いつのまにか訓練場についたようだ。空間設定はなし。室内訓練場での一騎打ちだ。高さに制限があることは陸戦の彼のための処置かもしれないけれど、問題はない。
ちらりと観戦席の方を見渡した。エリオにティアナにゼストさんにチンクだったかな、彼は一番隊の所属らしいから上官がくるのはおかしくない。でも、なんでレジアス中将までいるの?

「ねぇ、レジアス中将はこういう模擬戦とかは見るの?」

「はい。中将は首都守備隊でも上位の模擬戦は必ずご覧になります。今回は嵐山が戦うのと相手がフェイト様であることの二つが要因でしょう」

上位というのは隊長陣のことだろう。それと同格に扱われる嵐山修、興味が湧いてきた。
なによりも明らかに地球出身なのに地球出身の局員として記録に残っていないのが気になった。地球からの出身魔導師は全員暗記している。その中に「嵐山修」などという名前はない。
彼は何者なのだろう。
そしてスティールさんは何処に行ったのだろうか。

「案内ありがとう。ルイスさん」

私は彼女に背を向けて訓練場に入っていった。
だから彼女が次にいった発言は聞き取れなかった。

「これしきのことモンディアル家のメイドとしては当然の事ですよ。フェイト様」








首都守備隊室内訓練場 環境設定・室内戦闘

「ルールは撃墜されたら終わりかな。危ないけれど、君もその方がいいみたいだね」

黒き雷斧、バルディッシュを構えたフェイトは修を前にしてそう告げた。
修のバリアジャケットは珍しい方だった。黒い色の羽織を着ている。その姿はフェイトに懐かしさを与えていた。ゆったりとしたものであり、動きやすさに重点をおかれている。
返事は放出された魔力だった。漆黒の魔力に包まれた修に禍々しさを覚えなかったことはフェイトにとって不思議なことだった。握りしめられた銀色に輝く日本刀にもうっすらと黒い魔力が見えた。

その魔力は確かに強大だ。
フェイトと同等。それくらいはあった。
だが一方で煮えきらない魔力だった。まるで魔力の出る栓をきつく閉めすぎたようだった。
しかしフェイトには魔力から感じた不自然さを考える間などなかった。
既に修の白刃はフェイトに迫っていた。

「突式・疾風」

フェイトからしてみれば、突然三角形の魔法陣を盾に修が突撃してきたようなものだ。
修は間合いを猛スピードで詰めてくる。修の切っ先は確実にフェイトの首を捉えていた。

(どういうこと? 攻撃を気づけなかった?)

フェイトは決して修から視線をそらしていない。
しかしフェイトが認識したときにはすでに修は攻撃態勢に入っていた。
予備動作など何処にもなかった。
鋭く速い踏み込みで飛ぶように加速する修は矢の如くフェイトに肉薄し、刃がフェイトの細い首を貫く。

首を貫かれ息絶えたフェイトが突き刺さっているはずだった。
しかし反射的に加速したフェイトは交差する一瞬に修の肩を飛び越えた。
そして金色の魔力で彩られた斧を後頭部から打ち砕かんと振り下ろす。
だが斧の一撃は振り返り様に振られた一太刀で凌がれた。
フェイトが目を見張るほどのスピードを出していた修は足に魔力をこめ、弾かれるように振り返り凌いでいる。
宙を舞いながらフェイトは先ほどから感じている不自然さを考えていた。だがそんな隙を与えないかのように、修の剣技はフェイトを攻めた。

その攻撃を凌ぎつつフェイトは違和感の正体に気づいた。
動作の初動がどうしても見えなかった。刀での攻撃の構えがないように、気づいたときにはすでに振り下ろされていた。
人が攻撃する前に行う予備動作。構えといったものが修にはない。
事前の動作と次の動作は全く繋がっていない。だというのに修の攻撃は繋がっている。たとえ一振りを躱したところで、そこからニ撃目と繋がり続ける。
動作無視キャンセルアクション
それが無限の連撃の秘訣だった。

(単に早いだけじゃない。まるで自然体のまま攻撃できるような)

フェイトの考えはほぼ正解だった。
自然体をキャンセルして攻撃になるため、フェイトが攻撃の初動を悟れないのは仕方ない。攻撃が来るという予測が一切立てられないのは近接戦としては不利だ。
故にフェイトは一計を講じた。
そのアクションを行うためにフェイトは回避を止め、バルディッシュを構えた。
だが攻撃動作に一切の構えを不必要とする修にとってそんなところは隙でしかない。

「止まってんじゃねぇよ!! 切り刻まれな!!」

フェイトが見せた一瞬の隙を見逃さず、足を前に踏み込み前かがみになった。
その瞬間修の腕が何本にも増えたかのように、目にもとまらぬ斬撃が何撃も繰り出された。

斬式・散水。

早すぎる斬撃の雨は風を生み出しフェイトを捉え切り刻む。直前の動作をキャンセルして次の動作に移る修の斬撃には一切の間がない。
一撃一撃の間を零にすることで、攻撃の手を封じる。
だがそこに来て修は敵が只者ではないことを理解した。
一秒間に32回切り刻み命を断つ修の斬式・散水。本来なら終わった後に修の前にあるのは、体を刻まれたフェイトの亡骸。
しかし目の前にいたのは傷一つなく全てを捌ききったフェイト。

「もう終わり? じゃあこっちからいくよ」

それは金色の閃光。膨大な魔力が弾丸の如き加速を生み出す。
その攻撃を受ける中でさえ、修は刃を振るった。
防御など、修の中には存在しない。




フェイトの攻撃は直撃していた。
カウンターとして修が放った斬撃もろとも修を貫いた。
修の攻撃力など無意味だと証明するように真っ直修を貫いた。
フェイトの突撃を受け、飛ばされていく中でフェイトは修の信じられない行動を見た。

至近距離から瞬間的な加速での突撃を食らった修は飛んでいった。
だがフェイトの表情は驚きだった。

(攻撃しようとしていた。彼は攻撃しようとしていた)

左肩を見た。白いコート上のバリアジャケットは斬られていた。
それはフェイトがあの一瞬に見たことが幻ではなく現実だという証だった。

(私の攻撃を受けた状態で攻撃したの。ううん、そもそも攻撃出来たの?)

バルディッシュの一撃は確実に修の懐に直撃していた。手応えもあった。
それは攻撃が命中して修が被弾したということだ。そんな状態のはずなのに修は攻撃してきた。
高速攻撃を得意とするフェイトは攻撃を受けながら振るわれた修の刀を見ることが出来た。だからこそ、反応出来た。
そうでなければ腕を切り落とされているかもしれない。

(どんな動きからでも自由に動けるだけじゃない。ダメージを受けたとしても、攻撃に移れる)

流石のフェイトも驚いた。彼女はそんな魔導師の存在を生まれてこの方耳にすらしたことがなかった。
(常時無敵ハイパーアーマーっていくらなんでも反則じゃないのかな)

修の予想を遥かに上回る戦闘力に驚かされながらも、フェイトは攻略法を見つけていた。

「突式・岩砕」

予想よりも早すぎる修の攻撃にフェイトは身構えた。
飛ばされた修は空中で体制を立て直しつつ、緩衝魔法で勢いを殺しながら魔力を込めた足で地面を蹴った。
被弾と同時に攻撃するという無茶苦茶をした上で、即座に次の攻撃に移る修の攻撃力は高いを通り越して異常だ。

(ダメージを受けようが攻撃出来る。防御をあの分厚いバリアジャケットに任せて、一切の防御行動を取らない代わりに全てを攻撃に注いでいる)

フェイトは頭の中で修の戦術を整理した。それはフェイトの中ではあり得ない攻撃だった。

そんな思考状態のフェイトなど露知らず、修の攻撃は始まっていた。
刃による刺突と考えていたが、刀を持った方の肩を前にしての突進のようだ。烏羽色の魔力が盾のように彼の前を覆っていた。

(なのはなら受け止めるだろうけど、これは少し危ないかな)

その突撃が高い威力を持っていることぐらい見抜けた。防御魔法をはれば防げないことはないかもしれないが、少しばかり危険な賭けになるだろう。
だが危ない橋を渡ることぐらいしなければ、修を倒すことなど出来ない。フェイトは先程の攻防でそう認識していた。

「じゃあ少しスピードをあげるよ」

修の視界にフェイトがいなくなった。
焦ることなく自然なまま修は攻撃を変えた。先程の攻撃を即座に解除し、別の攻撃に移る。その間はない。
防御行動を捨てている以上、修には通常の魔導師の数倍の先読みが必要だった。
だからこそ見えている。フェイトがどこを狙うか、修には読めている。
そして振り返る。

「後ろとるしか脳がないのかよ!!」

暴言を交えて。
背後からフェイトが振り下ろしたバルディッシュの一撃を斬撃で弾いた。
重い一撃だが弾けない重さではない。
弾いた瞬間に重さが消え、再びフェイトを見失った。
弾かれると同時に打ち込んでいた袈裟斬りは空を切るだけだった。
金色の魔力光を放ちながら戦場を疾駆する姿はまさに「金色の閃光」だ。

瞬時に横に回りこんだフェイトはバルディッシュを水平に振るった。

「読めてんだよぉ!! そんな攻撃っ」

修は開いていた横腹に叩き込まれそうだった一撃を、振り返りながら再び弾き返す。
そのまま飛び上がり前方に回転しながら刀を振るい、もう回りこんでいたフェイトの一撃を弾く。
まっすぐフェイトは修に迫った。雷撃を迸る斧を片手に。
回転しながら修は着地するよりも早くフェイトを薙払おうと、鋭い横なぎで斬り伏せる。

そして刃と刃が交差する。
金色と黒の反する魔力がぶつかり合った。
だが金色を纏った黒き斧に黒を纏った白刃は叩き伏せられた。
フェイトは修が薙いだ方と逆方向から修を叩き伏せていた。
翻弄された修はすぐに切り返そうとしたが、刃が降れた瞬間電撃が体を奔った。
そのまま崩され、雷撃の如き一戦をその身に浴びた。

「君は電撃に相性が悪いようだね。行動と行動の間がなくても、強制的に動けなくされたら負けだよ」






観戦ルーム

「嵐山をこうも容易く撃墜か。流石は執務官最強と言われるだけはあるな」

戦闘を観戦していたレジアスは感想を述べた。隣に居るゼストも同意見だった。

「そうだな。あのスピードでの戦闘が可能とはな。まだ修では荷が重すぎるようだ」

「だが、あのバカがあの程度で倒されるか? なあティアナ」

チンクは隣で観戦していたティアナとエリオに同意を求めた。しかし二人は戦闘を見たまま固まっているようだ。
どうしたのかと、声をかける前にエリオが口にした。

「フェイトさんは強かったけれど、なんだろう六課の頃の強さとは違う」

「攻撃とか戦い方のきれが違うわ。あの頃よりも格段に上がっている。あんたでも厳しいじゃないの?」

「……高町空佐とは大違いだ」

エリオは悲しそうに述べていた。








「お疲れバルディッシュ」

やりすぎたかもしれない。でもこれで気づいてくれればいい。
切り裂いた先にヴィヴィオの幸せがないことを。
彼は強い。それは分かった。
でも、それは過激で、行き過ぎだ。異常としか思えない攻撃性能。戦闘中一度も彼は防御を取らなかった。自分の身も守れない人が、誰かを守れるはずがない。
目が冷めたらそう伝えよう。
その時背後から叫び声が届いた。

「待てよ、まだ終わってねぇだろうが!!」

背後から声をかけられ心底驚いた。だってありえない。さっき浴びせた電撃はバリアジャケットを身に纏っていたとしても、意識を失わせるには十分なものだ。

なのに、もう回復している。
堂々と立ち尽くし、黒い魔力がさらに刃で渦巻いている。
随分とタフだ。たしかにこれなら防御とかは必要ないのかもしれない。
だったら、丁度いい。

「そう。じゃあ新技の訓練相手になってよ。いくよパラライボール」

特殊な形をしたスフィアを目の前に形成した。角張った球体型スフィアだ。
彼の方はやっぱりこちらを待つことはしないらしい。

「飛式・断空」

もう攻撃してきた。
神速の速さで振るわれた白刃から黒い閃光が放たれた。
攻撃が終わると同時に彼は動くだろう。
私はゆっくりとスフィアを投げつけた。
それじゃあ、続きの始まりだよ。








投げつけられた。スフィアは魔力波とぶつかった。
パラライボールごと断ち切ろうとしていた修だったが、ぶつかった瞬間電撃が炸裂した
電撃により衝撃は相殺された。
それを横目で確認しつつ、修は攻撃を繰り出そうとした。
しかしキャンセルし駆け抜けた。
修を諦めさせたのはフェイトの周りに漂う多数の多面体スフィアだ。

「動き回る犯罪者対策の魔法として考案したんだけど、まだ実験段階なんだ。君で試させてもらうね」

フェイトの手の中には10個以上のパラライボールが作られていた。
通常のスフィアと違い、多面体の特殊性だ。
構造は単純だが、そのためえげつない。単純だということは応用がいくらでも効く。フェイトの力量とスピードならばいくらでも使い道があるだろう。
幾多のパラライボールがフェイトの手から離れた。

(来る!!)

触れれば電撃が放たれるだろう。多少の攻撃はバリアジャケットで無効化できるが、あれだけの数は厳しいだろう。
そしてその隙をフェイトに突かれる。
そう考えた修は黒い魔力を刀に集め、走る動作をキャンセルし攻撃に入った。

「突式・烈火!!」

魔力により巨大化した黒い突きはパラライボール全てを巻き込む。
あたりに金色の雷撃が降り注いだ。
だが開けた視界から修に見えたのは、先ほどよりも多くの迫りくるパラライボールだった。
咄嗟の判断で刃を振るうものの間に合わず、いくつも修に直撃した。








観戦ルーム

「えげつない攻撃ね。あの子、鬼畜なの?」

「フェイトさんは鬼畜じゃないと思いますけど、バイカル副隊長。あの魔法について何か知っているんですか?」

いつの間にか隣に立っていたレナにエリオは尋ねてみた。
あの戦技図鑑ならどんな技か知っているはずだと考えたからだ。特殊な魔法なら分からないが、あの魔法は特殊なスキルがいるようにはみえない。

「構造はすごく単純よ。性質変換した魔力を魔力でコーティングする。変換後の魔力を確実に叩き込むための技術。変換と変換なしを同時にしないといけないから難易度は高いけどね。素質があれば後者、なければ前者が難しいの」

なるほどとエリオは頷いた。それならばさっきの連射もわかる。作り方の難易度は高い反面、精製の工程は単純だから連発も可能だ。
魔力を変換させないことが苦手なエリオには向いていないことが彼にはよくわかっていた。

「とどめを刺すための魔法じゃないわ。用途は拘束ね。電撃で痺れさせるのが目的かしら」

再び視線を戦場にやれば、修はパラライボールの直撃も耐えフェイトに迫ろうとした。
そんな様子を見たレナは嘲笑さえ浮かべた。

「馬鹿ね。あれじゃあ執務官様の思うツボじゃない」








自身の攻撃範囲は自分が誰よりも理解している。間合いを把握していないのに戦うことなんてできるはずもない。
多少暴走していても修はそれくらいわかっていた。
修の攻撃は異なる性質の四種類で構成されている。それに攻撃動作を加えて剣術としている。
しかし近接戦特化であり、最大の飛距離を持つ飛式でも射程はスフィアなどと比べると劣っている。
モーションゼロの攻撃が出来たとしても距離という詰められない差が存在していた。
だからこそ修はどうにもならないということはすでにわかっていた。

「もう、諦めて。これ以上やっても無駄だよ」

分かっているのに修はまだ戦っていた。
数発のパラライボールを破壊しても、すでに懐にパラライボールは迫っていた。
接触した瞬間に体を引き裂くような電撃が走る。それの繰り返しだった。
だが修はまだ立っていた。すでに満身創痍だ。
それでもその両足で大地を踏んでいた。

「俺は……守る……そのための障害ならば、全て斬り伏せる!!」

両手で彼方を握り締め、天高く持ち上げた。
黒い魔力は剣にしたがい天へと登る。

「飛式・裂土!!」

振り下ろした剣から発生した魔力波は力強く大地を削りフェイトに迫った。
大地を食らい破壊せんとする波動は、今まさにフェイトすら飲み込もうとしていた。
対するフェイトは顔色一つ変えることなく、むしろ呆れたように片手から砲撃を放った。

プラズマスマッシャー。

金色の波動が黒い波動とぶつかり合い、共に消え去った。
消滅の後にフェイトの視界は接近した修の姿を捉えた。
裂土の影に隠れて修は突撃していた。そんな攻撃に呆れてフェイトはプラズマスマッシャーを発射したが、ダメージは受ける無敵ハイパーアーマーのバリアジャケットを纏っている修は削ったプラズマスマッシャーを突き破った。

「その首もらった!! 斬式」

不意を突いたはずの修の神速の一閃はフェイトに届くことはなかった。
代わりに届いたのは叫び声。
それは誰のものか。
そう、自分のものだ。

高威力の魔法のぶつかり合い、フェイトに修の姿は見えなかった。しかしそれは修も同じだった。
プラズマスマッシャーを撃つと同時に目の前にパラライボールをいくつか漂わせた。
切り捨てようと接近した修はそれに気づかなかった。
電撃を溜めるための魔法の玉。漂わせておき罠のような使い方も簡単にできる。
自慢の高機動が生かせない屋内戦用にこの5年でフェイトが習得した魔法の一つだった。
受けた雷の数はすでに20をこしている。
その現実に少しフェイトは反省した。犯人確保のためでもこれだけ浴びせすぎだ。

「やりすぎたかな。でもこれでわかったでしょ。君は攻撃に傾きすぎだよ。もう少し周りを見て、的確な行動をしないとダメだよ」

意識は辛うじてあるはずだ。動けないけれど何とか意識がある程度でフェイトは抑えていた。
見ればわかった。あまりにも周りを見られていない青年。似たような戦型の友人が強いのは、自分を律する強い心があるからだ。
戦ってわかったが才覚はある。器もある。あとはもっと戦い方を訓練すればいい。そうすればもっと強くなればいい。
それがフェイトの感想だった。
戦闘が終わったためバルディッシュを待機モードに戻そうとした時だった。

修が立ち上がっていた。

幾ら何でも早すぎた。あれだけ受けて動けるようになるにはもっと時間がかかるはず。しかし平然と立ち上がっている。
刀を横水平に構えた。そして刃の部分を指でなぞっていった。

「終式・刹那」

修の黒い魔力が溢れたかと思えば、それは刀に収束された。
ぞわっ。
フェイトは訳の分からない寒気を感じていた。体が震えている。恐怖から来る寒さによって。

(怯えている。体が、本能で怯えている。私があの剣に気圧されている!!)

異常性はもう感じていた。フェイトは修の異常性なら戦闘中に十分理解した。だが、これは恐怖だった。異常だと理解出来ないのではなく、理解できるからこそ分かる恐怖だった。

「バルディッシュ!! ハーケンフォーム!!」

フェイトは咄嗟にデバイスの形状を変えた。
烏羽色に染まった日本刀型デバイス月光はその名に反して、闇の剣と称すほかなかった。
なにより黒い魔力とBJに身を包み黒い刀を持った修はまるで魔人のようだった。
闇に染まり地獄からやってきた魔人。
フェイトが危機感を抱くには十分だった。

(なのはのどこが悪魔なんだろう。こんな化物みたいな悪魔がいるでしょ)

管理局の極一部が口にしていた親友の蔑称は的外れだと確信した。なのはを誰よりも良く知るフェイトにすらそんな感想を抱かせるほどだった。

修が魔人ならばフェイトは死神だろう。
黒と白BJ。そして手に握りしめる金色の大鎌。

「少しだけ、ううん。私は本気を出すよ。そうじゃなきゃ君は倒れてくれそうにないから」

このままではヴィヴィオをいずれ傷つけるだろう。だからここで倒しておく。
先ほどまでの速さとは次元が違った。速さの質は変わらない。無駄のない洗練された動きだ。動きという評価で見れば満点だ。
それが今度は倍速だ。
速くなればなるほど制御は難しくなる。それなのにフェイトは元の速さと同じ質の速さで動いていた。

その速さ、まさに雷撃の如く。

それに対して修は月光を納刀した。
命を刈る死神よりも速く振り下ろされた雷光の一閃、ハーケンスラッシュ。
修の命が金色の死神に狩られる刹那。黒い弾丸が彼の鞘から打ち出された。

否、それは刀だった。

弾丸のごとく放たれた居合抜きは、金色の大鎌と接触した。

そして切り落とされた金色の魔力刃が宙を待った。

修の意識はそこで途絶えた。
最後に彼が覚えているのは、金色に輝くフェイトの左腕だった。









「申し訳ございませんでした」

謝るしかない。隣を見ればスティールさんも頭を下げている。
やってしまった。娘同然のヴィヴィオの為といっても言い逃れなんてできない。間違いなくやりすぎだ。舞台の主力に大怪我をさせてどうするつもりだろう。

「頭をあげろ。もともとはうちの隊員が無礼を働いた。謝るのはこちらの方だ」

確かに態度には問題のある子だった。でもやっぱり私の方が悪いだろう。
気絶させるつもりはなかったけど、結果としてそうなってしまった。これじゃあ高ランク魔導師による一方的な蹂躙だ。
それに、あれを使ってしまった。あんなもの使うくらいならザンバーでも振り回した方がましかもしれない。

しかしハーケンを一撃で切り落とされた瞬間、使ってしまった。一瞬5年前の戦いを思い出してしまった。
瞬時に粉砕されたライオットザンバー。何一つできずに敗北した。
あの時感じたものと同じものを感じていた。
だから強くなった。それなのに同じような目にあっている。こんなのは三流がすることだ。

「作戦に支障はでそうか中将? もしも出るなら穴埋めをするが」

スティールさんの言葉で現実に戻った。
穴埋めか。その手があったか。穴埋めとして作戦に参加できれば、なのはやヴィヴィオを助けることができる。自分の立場上できないかもしれないと思っていたけどこれなら。

だけど中将はいらないと答えた。
しかし彼は間違いなく主力級の魔導師だ。本局にも彼ほどの実力者はそうそういないだろう。いくら高ランクを集められているといっても、あのレベルの戦力がいらないはずがない。
地上戦で限られた空間の戦闘力なら、5年前の私に匹敵している。

「そうだな。入れ嵐山」

まさかと思いながら、扉が開いた方を見るとそこには先ほどまで私が戦っていた嵐山修が立っていた。
いくら何でもありえない。
あれはまともな魔法ではない。鍛え抜かれた魔導師だって一日は最低でも寝込んでいる。
なのに僅か数分で起き上がっている。
まだ、顔色はよくないから体力は消耗しているようだけれどその程度だ。

「驚くのも無理はないだろうが、こいつはこういう男だ。そう思っておけ」

戦闘中に化物なんて形容してしまったことを後ろめたく思っていたけど、あながち外れていないみたいだ。これでは普通の人間と思うことができない。

「いつもああなのか?」

やや引き気味にスティールさんがレジアス中将に尋ねていた。レジアス中将は黙っていたけれど、沈黙は肯定ってことだろう。

「嵐山、呼ばれた理由はわかっているな。今回のお前の暴走についての処分を下す」

意外なことに眉一つ動かなかった。物事の大きさが分かっていないわけではないだろうから、肝が座っているのかな。それともまだ暴走している?

「敵陣に突入し誘拐されている重要人物高町ヴィヴィオを保護しろ。敵陣への侵入は生存率が低くなる。相応の罰だろう」

「待ってください!! そんなの重すぎます。今回の戦闘行為は私的魔法運用と反逆行為に値しますが、上官の管轄の元に行われました。それに責任の大半は私にあります」

確かに元を正せば彼の暴走行為が原因だ。周囲の静止を無視していたのも事実だ。だけど私から戦闘を持ちかけて、今回の騒ぎになった。責任は上官の私の方が重い。
まあ中将や隊長陣が止めないのを見る限り、この部隊としては多いことかもしれないけれど責任は私に及ぶのが普通だ。

それに敵陣侵入。それも重要人物の救護というのはとても難易度の高い任務だ。敵地へ突撃して、その人を捉えている手きとの光線も考えられ、なによりもその人を守りながら戻らなければならない。

「元々は奴の暴走が全ての原因だ。こいつは管理局の中でも指定観察人物だからな。今回の行為は暴走した観察対象への指導で十分済む。それにこんなことをしなくてもこやつは助けるだろうな」

確かにそうだろう。だけれどそれでいいのだろうか? 

「気に、しないで、ください。どのみち、作戦隊長に、頼み込んででも、その任に、つかせて、もらう、予定ですから」

さきほど魔人と称してしまった相手とは思えないほどだった。素がどっちなのかはわからない。もしかしたら両方とも素なのかもしれない。
確かにあれだけ倒してもヴィヴィオを護ると立ち上がった彼の意思に偽りはないだろう。それがどんな道であろうとも進むはずだ。

レジアス中将に礼を言ってから私たちは部屋を出た。そして修君を別れ際に呼びかけた。

「一つだけ忠告していい?」

「なんですか、テスタロッサ執務官」

黒い瞳は私を映していた。だけどその瞳は決して清らかなものではない。

「ヴィヴィオを助けるためになにもかも斬り捨てる、なんて考えていたらきっとヴィヴィオを守れないよ」

「どういう、ことですか」

戦ってみてわかった。彼はあまりにも攻撃的すぎる。戦闘中一度も退こうとしなかった。常に前に進んで刃を振るい続けていた。その刀に正義は残っているのだろうか?

「私たちは何? 管理局員、正義の味方だよ。その戦い方じゃ正義をなくすよ。管理局員ってだけで、正義になれるわけじゃないんだから」

管理局員の闇の部分については調べていたから十分知っている。その闇が正義としての管理局を作り出したってことも。だからこそ私たちは正義を求め続けなければならない。

「だったら、正義なんて、いらない。悪と、罵られても、俺は、ヴィヴィオ守る。傷つけようとするやつら、全部、斬り伏せてやる」

「それじゃあ単なる犯罪者と同じだよ。みんなを傷つける人が正義なんて思える?」

悪党になろうなんて間違っている。悪だと思い込んでしまったらもう歯止めが効かない。気づいたときには何もかもなくしてしまう。

「なに、言っているんだ!! 正義、なんてない。この世の通りだろうが!!」

また暴走し始めた。正義なんてないか。確かにそうだよ。絶対的な正義なんてない。正義は誰かに認めてもらわなければ正義じゃない。そこに絶対なんてない。

「悪党でいいのなら暴れればいいよ。だけどその先は孤独だよ。誰にも認められない世界が待っている。君の言う通り正義なんてないかもしれない。正義を決めるのは自分じゃないから」

自分たちで正義と名乗って正義ならば全てが正義だ。悪を気取る人もいるかもしれないけど大多数がそうだろう。でも正義は誰かに認められるから正義を名乗れる。
管理局だって我が物顔を通し続ければ悪の組織のレッテルをはられるかもしれない。正義なんてあやふやなものだ。

「私は管理局員として正義を追求する。管理世界全体に平和を守れる組織になれるような正義のために戦い続けるよ」

戦うことだって大事だ。汚れのない正義なんてすぐに失ってしまう。でも汚れすぎた正義なんて誰にも認められない。白くあろうとする思いをなくしたら、それはもう悪になるだろう。

「分からない、ですね。なんで、そんなに、正義に固執する? 組織を、守りたいから?」

彼の表情は暴走から疑問に変わっていた。
組織を守りたいかどうかといえば守りたい。でもそれだけじゃない。

「みんなが大好きだから。たくさんの人を守りたいから。それができる組織が管理局だから、私は今ここにいる。でも管理局は正義であろうとする姿勢をやめたら戦うだけの武力組織になっちゃう。
そしたら危険視した他の組織と戦う。守るために傷つけあう。正義が存在しなくなったら戦いの繰り返しになって、何も残らなくなるだけだよ」

修君は何も言わなかった。彼が間違っていると私は言いきれない。彼の考えも一理ある。自分が正義だと言い聞かせているだけだ。
彼の剣は殺す剣だ。武器としては当然で間違っていない。だけど誰かを守るためならば守る剣でないといけない。傷つけてしまうということを言いたかったけど、うまく言葉にできない。
管理局にはそんな面もあるってことを認めているからだろう。

「だったら、ヴィヴィオにも、認められる、剣士になります。殺す、だけじゃなくて、救える剣士に」

「それがいいよ。頑張ってね、君ならきっとできるよ」

そう言って微笑んでみると、少しだけ顔を赤くして逸らされた。今気づいたけど私より少し背が高いな。

「もう行くぜぇ、フェイト」
スティールさんに急かされて、私は先を急ぐことにした。











本心では私もこの手で助け出したかった。だけどこれ以上は明らかな越権行為になる。今の私にはまともな立場はない。
それに越権行為以前の問題に今の私には行動する権限を一切凍結されている。
自分たちの立ち位置がどれだけ脆いものだったのか、今の今まで一度も考えたことがなかった。ただ自分の才覚と力量で仕事をどんどんしていけばいい。他人に任せるのが嫌なわけではないが、自分の手で事件を解決したい。だから地位とかそんなのには興味がないって私は思ってきたけれど、それがこんなところで仇になってしまった。
私のことを邪魔に思っている人たちがいることぐらい知っていたけれど、義母さんが死んだとたんにここまで圧力をかけてくるとは思わなかった。そしてなにより私が義母さんの殺害を幇助した疑いをかけられていることが許せない。

ここに来られたのだってスティールの繋がりで無理やり来たようなものだ。先輩から口伝で聞いた事件の重要参考人に関する情報を持っているための召喚だ。決して私が救援として呼ばれたわけではない。
今の自分はどこにも所属していないようなものだ。本局に帰ることもできず、かといって地上部隊に所属しているわけでもない。
こんな状況になってしまった原因は分かっているがどうすることもできない。なんとか最後に出航していた部隊の預かりのままにしている。そんな状況だ。

「なに暗い顔をしているんだぁ、フェイト。美人には笑顔が一番似合うと思うぜぃ」

暗く落ち込んでいる私を見てかスティールさんが陽気に話しかけてきた。
励まそうとしてくれているのはわかっているけれど、どうもそんな気にはなれなかった。

「どこの口説き文句ですか? そんなので靡くほど安い女じゃないですよ」

「そりゃそうかぁ。雷の女神と名高いS+の美麗元執務官様にもなると晩酌してもらうだけで俺の給料が消えるぜぇ」

なんの前触れもなく人の痛いところをさり気なくついてくる。褒めているのか、貶しているのかわかりにくい言い方だ。
それに正確には元ではない。無期限免許停止処分を受けさせられているだけだ。もしかしたら免停が解けるかもしれない。溶けないかもしれないけれど。
だから酷いかもしれないけれど皮肉をいうことにした。

「地上の英雄さんなら私くらいの女性引っ掛けるぐらい簡単なんじゃないんですか?」

予想では軽い返答が来ると思っていたけれどなかった。これでは調子が狂う。
慣れないことをしたから、地雷でも踏んだのか心配になってきた。とりあえず彼に特定の恋人はいなかったはずだ。まず考えるのがこんなことだったことに対して随分と自分も俗っぽくなったと思った。
こんなこと5年前じゃ考えもつかなかっただろう。狭い範囲で女友達との戯れあいの中でしか生きてこなかった私は地球で言う女学校でのお嬢様みたいなものだった。
エリオを育てたと言ったところで、自分の恋とかそんなこと一度もしたことはない。そのせいで妙な疑いを良く掛けられた。同性愛者だとか子供に手を出した堕落したエースだとか。今となってはそれも思い出だ。
ただ女性関係ではないとすれば英雄という呼び方に対してかもしれない。
そういえばここでは誰も彼を英雄とは呼ばなかった。彼が所属する第一警邏部隊第1部隊では英雄とよく呼ばれていたのに。でも心当たりはあった。

「英雄かぁ……ふざけた言葉だぁ。そう思わないかフェイトォ。英雄なんてものが本当にいたら、華麗に囚われた娘さんたちを助けれるだろぉよ。しかし俺にはそんなことはできねぇ。つまり英雄なんてものじゃねぇ」

珍しい。スティールさんの自嘲なんて滅多に見られたものじゃない。言っている内容はあまりにも荒唐無稽で、子供だってそんな夢は言わないと思う。

「でも貴方はそれだけの武勇と実績を持っていますよ。どうして臆する必要があるんですか? 不可能であることを可能に出きるものが英雄だというのならそんな言葉は存在しませんよ」

謙遜なのかな? だけどこの人に謙遜なんて言葉がまったく似合わないことは、決して長いとは言えない付き合いの中で知っている。あれ、そもそもどうして彼は英雄なんて呼ばれているんだろう? 
一度模擬戦したときに彼の実力を知ることができた。強くなったつもりだったけど今の私と同等だ。それほど強い彼が地上部隊にいることに驚いて彼のことを聞くと、多くの人が決まって「地上の英雄」だと言っていた。その時は深く考えなかったけれど、英雄と呼ばれるにはそれ相応の武勇伝がいる。もしかしたら彼が気にしているのは英雄と呼ばれた原因かな?

スティールさんの過去に一体何があったのか。それは聞いていいことなのか。顔につけられた深く大きな傷はひょっとしたらその時のものなのか。聞いてみたいことはたくさんあった。いつか彼が話してくれるのを待てばいい。
最近違和感がなくなってきた制服。衣替えができるのはまだずっと先だろう。それまでミッドから出られない私の居場所はあそこしかない。
まあそんなことよりもとりあえず一言。

「あの、スティールさん。どうして建物のなかにジャングルがあるんですか? 出入り口にこんなに植物ありましたっけ?」

「いやいやジャングルにしては涼しいぜぃ。いやー大自然はいいなぁ、フェイト」

なぜ目を逸らすのだろう。私たちの目の前には緑が広がっていた。此処にはいるとき奥に大きな木が何本か生えているのが見えたけれど、どうやら建物の一区画まるごと庭園にしているようだ。少し見渡しただけでも数え切れないほど草木の種類が豊富だ。
隣に視線をやるとそっぽを向かれた。迷ったみたいだ。知っているようだから後をついていたのに。
落胆してしまったけれど、彼がここに来たのはいつが最後なのか気になった。警邏隊に長いこと在籍しているとあの濃い二人組から言われたことがある。昔ならば建物に疎くても仕方ないのかもしれない。
ふわりと鼻に甘い花の香りがした。いい香りだ。少しぐらいは構わないかなと思いつつ匂いがする方に足を進めた。

目前には薄いピンクの大きな花が咲いていた。人の体ほどある大きな花は甘い香りを周囲に漂わせていた。それは甘ったるいわけではなく心が落ち着くものだった。しかし積み重ねてきた経験がこれ以上ここにいることを拒絶した。
これはヤバイのだと経験が語っている。でも、思考は危険を感じていない。

「あら、その子に近づいてはいけませんよ。A級指定危険植物ヴィオレシア。食人花として有名ですよ」

不吉なことを言われて振り返ると麦わら帽子をかぶった女性がいた。手に持ったザルに草花をいれていた。地面に触れるすれすれの長い髪は森の様に深い緑色だ。和やかな表情をしており、美人だとかそういう俗っぽい言葉から離れた深層の令嬢ようだ。よく見ると先ほどの会議にいた人だ。
一言も離さなかったから影が薄かったけれど、今思えば妙に場違いな存在のようにも感じた。彼女にはこのような場所が似合っていて、あんなところは似合って居ない。

「ごめんなさい。自己紹介がまだだったわ。私はフィア・シュヴァルツバルト三等陸尉よ。首都守備隊三番隊副隊長を務めさせてもらっているわ。よろしくね、フェイト一等陸尉」

本物のお嬢様のようだ。世の中にはこんな人もいるのだと感心するしかなかった。私と同じくらいの年なのに、その笑顔は慈愛に満ちている。どうやったらこんな笑顔が出きるんだろう?


少し話しているといつの間にかお茶に誘われていた。連絡してみると暴動などは収まったらしいからスティールも道連れになった。彼女がいれてくれたハーブティーは優しい香りがした。
そして彼女は人の話を聞くのが上手い。いつの間に私は色々なことを話していた。私の現状やここにきて驚いたことなどを自分から次から次と話していた。

「そうなの。あなたが描いた未来像とエリオ隊長が違ったのね。でもそれはあなたが悔やむことなんかじゃないわよ。男の子は少し見ないうちに大きくなるものよ。あなたの保護を抜け出して、彼は自分の足で自分の道を歩いているのだから応援してあげなきゃ」

「それはわかっているけど。あそこまで変わられちゃうと、もう男の子じゃなくて男の人になろうとしているんだって感じてなんだか寂しいよ。それにティアナと付き合っているみたいだけど早すぎるよ!! ……スティールさん、さっきからずっと茶菓子ばっかり食べてなんのつもりですか」

茶菓子を取ろうと伸ばした手を抑え、罰の悪そう顔をした彼を見ると八つ当たりだと反省してしまう。
私にはやっぱり酷いことは向かないみたいだ。フィアはそんな様子を笑って見ていた。彼女が指を回すとどこからともなく木の枝が伸びてきた。枝には果物が吊られていた。彼女は果物を採って私たちにくれた。抑えた酸味が口に広がり美味しい。それにしても今のはまちがいない。

「植物使役ですか? 地上でははじめて見ました」

希少技能レアスキルと言われるほど希少性が高くないため、特殊技能スペシャルスキルと分類されるものだった。でも数が多いためそれぞれができる範囲は大きく違うらしい。本局にいたときにも数人使い手はみたことがある。
それでも地上では珍しい。自然保護隊やそういうところの担当に回されるのが多い。

「そんなに珍しいものじゃないわよ。天候使役、動物使役とかは結構数がいるから。希少技能レアスキルの龍使役とかは本当に少ないわよ。管理局が確認しただけでも確か二人しかいないはずよ」

「キャロと竜騎士って言われた人ですよね」

名前だけは聞いたことがある。そういえばキャロはどうしているだろう。はやてと一緒に多次元航海をしているらしいけれど、元気になっているといい。
あの事件でキャロは悲しい目に遭った。フリードもヴォルテールも居なくなって、そしてエリオまで居なくなった。生きていたのだから連絡くらいしてくれれば、キャロだってもう少し生気を取り戻せたのかもしれない。
スティールさんの方を見ると、彼は渋い顔をしていた。僅かに、ほんの僅かに殺意さえ混じった感情を感じる。

「竜騎士かぁ……いやな名前だぜぃ」

名前を聞いただけで怒るなんて一体どれくらい憎しみが積もっているんだろう。竜騎士については龍を使う剣士としか私も聞いたことがないな。
そのことを聞こうとすると先手をとられた。

「そういやぁ、ティアナちゃん綺麗になったなぁ。あの子は母親似だぁ」

意外な名前が彼の口から紡がれた。ティアナと知り合いだった? それに綺麗だったなんて言うにはティアナはあまり成長していない。五年前とほとんど変わっていない。髪と目に巻いた包帯でわかりにくいけど、変化は少ない。
だから私たちが会うよりも前にあっている。

「あらティアと知り合いなの? 人見知りの激しいあの子と知り合いなんて」

フィアも驚いている。やっぱりつながりが見えない。

「まあなぁ。まあ、ティアナちゃんというよりよぉ、あの子の兄貴との繋がりだぁ」

ティーダ・ランスター。そういえば同じ年だ。確か執務官を志していて殉職したっていう空戦魔導師。ティアナはあまり兄について話すことがなかったから、詳しくは知らない。

「どういう人だったんですか?」

「現実が分かっているのに熱血漢だぁ。地上を守るというよりはぁ、目の前の多くの人間を守りたいって言っていたぜぃ。実力はぁ、今でも勝てる気がしないぜぃ」

そんなに強いのかな? しかしそれならなぜ殉職したのだろう。すぐに逮捕できるような違法魔導師にやられるとは思えない。
それを口にすると一瞬だけ隻眼が鋭く尖り、憎しみにみちた声を出した。

「あの豚野郎ぉ、今思い出すだけでもぶち殺してぇ」

これ以上聞くのは危険だ。そんな風に重い視線を逸らすとフィアが黒い色の草をすりつぶしていた。
植物についての知識は殆どないけれど、処理の仕方からして薬品かなにかかな。

「そういやお嬢さん。その草花はなんだぁ? 食べられそうにはないがぁ」

お嬢さんとスティールさんはフィアを呼んだ。同じ歳で一応私も家柄からするとお嬢さんと呼ばれるのかもしれないけれど、そんな風には呼ばれたことはない。それにそもそも似合わない。しかし彼女には良く似合う。
それにしても食べられるかどうかで判断するのかな?

「ああこれは……あなたたちならいいわね。エリオ隊長が使う塗り薬の素よ」







首都守備隊・作戦室前


顔の半分に焼けるような痛みが走った。薬が切れてしまったようだ。慣れているけれど膝をつけてしまった。扉を背もたれにして座った。周囲に人がいないのが不幸中の幸いだ。こんな無様な姿他には見せられない。ティアナ以外に見せたくない。仮面を外して軟膏を左手で塗った。痛みが引いていくのがわかった。

「やっぱり一緒に残るべきだったかな……駄目だ。そうだよ、あとで抱きしめればいい」

いつもティアナは強がっているだけだ。本当はいつも心細く不安なのをしっている。もともと一人で生きていけるような人じゃない。良く言えば誰かのために、悪く言えば何かに依存して生きている。今の依存対象は兄の夢を果たすことから俺にシフトした。というよりそうなるように仕向けた。彼女を追い詰めた。

いつからだったなんて覚えていない。いつも凛とした表情でいるティアナは綺麗だった。たまに見せる笑顔は、たとえ自分に向けられたものでなくとも嬉しかった。
でも高町空佐に撃墜されたときすごく苛立った。彼女がどれだけ自分を追い詰めていたのか気づけなかった自分が憎かった。いつも隣にいたあの機人が邪魔だった。仲間としては嫌いではなかったけれど、笑顔も居場所も独占しているのが羨ましかった。気分転換に他の娘とデートしたりもしたけどダメだった。自覚したときにはもう手遅れだった。想いを止める手段なんてもう何一つなかった。

「告白したときは……やめよう。嫌なことは考えるべきじゃない」

一度は振られた。暫く一人のときは涙が出てしまった。でもおかしいことにも気づいた。だからそれを彼女に尋ねた。告白してから初めての会話だった。彼女の口から語られた事実は意外なものだった。もしそれをもっと早く聞いていたらどうなっていたのか想像もつかなかった。
だけどもう乗り越えられたことだった。そして六度目の告白で成功した。
それからは六課の誰にもばれないように頑張った。どうしてか聞くと、それぐらいは自分で考えなさいと怒られた。今でも答えは見つからない。恥ずかしかったのかもしれないけれど、受け止めて祝福してくれたと思う。
でも本当はみんなに教える予定だった。六課の最終目標とも言えるJS事件が解決したら教えようって出撃前に二人で話した。絶対にみんなで帰ってくるって約束も含めて。

でもそれは叶わなかった。滅んだ世界にいた俺たち二人は総隊長に救出され、レジアス中将が作っておいた隠れ家に身を潜めた。ティアナのダメージも俺の傷も大きすぎた。
結果的にはそれで良かった。マモンにやられた毒はジャック以外の医師では中和することができないものだった。その中で六課との繋がりが薄くなり無くなるのを感じていた。
その頃からだったっけ。ティアナといる時間が増えたのは。当然といえば当然だけど腑に落ちないことも増えた。そして自分がその状況に慣れてしまった。側にいるのが自分以外だとすごく嫌だった。

それがもし男ならばとりあえず殺る。

身勝手極まりないけどそう決めた。そのために権力がいるならば地位を得るため手を汚すことも辞さない。
そんな男に成り下がった。元々が綺麗なことしかしらない無知な子供だっただけなのかもしれないけれど、今の心境とかがまっとうな人生を歩む人と比べると外れているのは十分分かる。
でも、隣にはいつもティアナが居る。だからこそこれでいい。そう思っているけれど、よくよく考えれば駄目だ。

「結局ティアナが俺に依存しているのか、それとも俺が依存させられているのかわかんないよ」

一つだけ言えるのはこれからも二人でいることが俺の最大の望みだ。彼女を守るためならば何度でも死神にだってなれるんだ。
背もたれにしている扉から彼女の声が聞こえた。昔は話しかけられるだけで心拍数が急上昇したのだから成長したものだ。でもなぜだろう。彼女の声で紡がれる言葉が恐ろしく感じるのは。
誰も欠けることなく任務を成功させる。今も昔もこれだけは譲れない。そう考えると問題はない。
だけど一応正義の味方である管理局員としてはどうなのだろう。
今だけは珍しくこの聞こえすぎる耳が悪いのかと思ってしまった。

「開き直ることはなんでもしていいって免罪符じゃないんだよ」

聞こえていないと知りながら一言だけ言っておいた。







首都守備隊・作戦室

一週間と迫った戦闘に関しての作戦会議をティアナと行っている。大きな作戦の時にはよくあることだ。
総隊長とかいう重苦しい肩書きを持った俺に対して、最初は臆していたが今ではその様子はない。そして毎度エリオが扉の前で待っているのもいつもどおりだ。

首都守備隊の中でも優秀な指揮官でもあるこの子は六番隊副隊長という肩書とともに、作戦隊長としての肩書きも持っている。
マニュアル通りの正攻法の中に凝った手を幾つも加え、部隊の生存と作戦の成功を両立させるその戦略性は十分評価出来る。敵の先読みを見越して凝った手で意表を突く。いい作戦だとは思う。
ただ今回の作戦に付いてはどうも正攻法とずれている。

「随分と奇抜なことを考えるな。しかし的を絞りすぎではないか。可能性としては十分高いが、他の可能性を否定する根拠がない」

策に対しての否定はない。現在分かっている想定される敵戦力と戦場となる区域の情報から、考えられる作戦の中では有効な手段だ。長年の経験から一見荒唐無稽にも見えるが綿密に計算し尽くされた策というのはわかった。
ただこの作戦はどう贔屓目に見ても敵の手を限定しすぎている。その根拠が聞きたかった。

「主戦場になる場所などの問題もありますが一番の理由は離反に対する危惧です。あの人が今向こうについているのは思想なんて関係なしに人質だけですから。もと居た組織と結託する可能性を考えると使い捨てにするのが妥当です」

ティアナはそう言い切った。この子はエリオに対する態度から情に厚い子のように思えたが、切り捨てるところは徹底的に切り捨てている。

「使い捨てにするならあの人ほど恐ろしい敵はないでしょうね。だからきっとこんな使い方をするはずです」

ならば使わないという可能性を考えたが、戦力に余力がないのに裏切りを危惧してそんなことをするのは愚作だ。その方がこちらも随分と楽だ。向こうに彼女ほどの砲撃魔法もしくは射撃攻撃力を持ったものはいない可能性が高い。
ああいうタイプが二人以上いる場合はかなりの戦闘訓練が必用になる。砲口が多いほど誤射などの危険性が高まる。ヘブンズソード自体の攻撃力はゼロというのがギンガ達四番隊の結論だった。

艦隊戦が想定される上で砲撃力の優劣は勝敗を分ける。しかし向こうには絶対防御がある。一方的に砲撃を受けるのは避けたいところだ。そうするとこの作戦は効果的だ。問題は力量的に実行可能かどうかだ。そしてもう一つ精神的な面もある。

「高町空佐はお前にとって師のようなものだろう。そんな人物にこんな策を使用することに迷いはないのか?」

その問いには首を傾げられた。どうやらこんなことを言うとは想定していなかったようだな。

「何か戸惑う必要があるんですか? あの人の強さは十分知っています。だからこそ策を張り巡らします。そうでもしなきゃ勝目はありません」

口元に手を当て微笑んだ。その仕草は彼女を思い出させる。誰よりも強くそして脆かった彼女のことを。
そんな過去に浸りつつもティアナの話は続いた。

「むしろ無策に成功法だけで挑んだほうが怒られますよ。私は私の戦い方でなのはさんを倒します。仲間を守るため、ミッドを守るため、そしてあの人のためにも弟子である私が引導を渡します。」

普段包帯で隠れて見えない暗い藍色の瞳に迷いなど見当たらなかった。かつて憧れた師に対しての敬意の表し方なのだろう。戦力的には副隊長格最強を敵が労力を消費してまで仲間に引き込んだものにぶつける。戦力消費はこちらの方が少ないか同等だろう。相討ちでも十分だろう。
だがそこにあるのは多少冷静な判断からは遠のいた思考だ。
珍しく我欲で引き金を弾こうとしている。止めるならば今だろう。

「それならばいい。ヘブンズソード突入時は海洋の上だな。ここならばマルコムの自然魔法でなんとかなるだろう」

だが結局俺は止めなかった。その結果どうなるかぐらいは想像がつく。だがそれはいずれ必要になることだ。犠牲としてはあまりにも大きい。それでも必要だ。
平和な世界をつくるという未来のためには必要不可欠な犠牲だ。

「そういえばマルコム隊長の自然魔法ってどれくらいの威力があるんですか?」

まだ見たことがないか。確かに奴が活躍するような場面は滅多になかったからな。技の発動に時間がかかるのも考えものだな。

「通常の魔導師は単に魔力素をリンカーコアで魔力に変化し使用するだけだ。自然魔法適用者は自然をリンカーコア代わりに使用して人の領域では不可能級の魔法を発動させる。三番隊の二人はそういうタイプだ」

「まるではやて准将が二人いるみたいですね。でもあまり聞かないのはどうしてかしら? それだけ強力な能力なら多くの人が使ってもいいのに」

例えがやや気になったが恐らく自分でも使えるかを考えているのだろう。隠された瞳はさらなる力を目の前に輝いているのかもしれない。
最近はS-の力量もついてきて、強さなどには興味がないようにしているがまだ満足していない。飽くなき向上心はいいことだがこれは無理だ。

「戦闘領域の狭さが一番の原因だがな。そもそも自然魔法を発動させるための下準備に時間がかかりすぎる。今回はすでに戦闘区域が分かっているから良いが、一週間くらいは準備に必要だ。広範囲での戦闘を行うお前には不向きだ」

想定していた答えだったのかすんなりと納得した。
ヘブンズソードへの侵入は作戦通りにすれば問題はないだろう。侵入時に想定される10パターン以上の妨害手段と対処法まで考えたようだが。問題は艦内戦だろうな。

「そうですね。少なくともDナンバーがいるのは間違いないでしょう。だから突撃班にはエリオとギンガさんの二人で風穴を開けます。まあ6番以上なら問題なく倒せるはずですよ」

問題は5番以下だ。あの教導隊壊滅も5番以下の仕業だ。
艦内では必然的に少数でわけて行動せざるを得ない。もう少し構成の調整をしたほうがいいようだ。扉のところで待っている奴がいるが構わないだろう。

「エリオのことですか? 大丈夫ですよ、エリオは強いですから」

「そうだな。あいつは強くなれる素質がある」

そうでなくてはこの4年間も指導に費やしたりはしない。幼い頃から管理局へ入局した者の多くは、最初から高ランクを所持して底ランクから地道に上がるものは少ない。だから力を欲してがむしゃらな努力を積むような者達の事が理解できないことが多い。彼らからしてみれば力は別段努力が必要なものではないからだ。

だがエリオは違った。幼い頃から入局したのにもかかわらず天才的な戦闘センスや膨大な魔力があるわけではなかった。ただ貪欲なまでの力への執着心を持った騎士だ。天才タイプから見ればあいつに行った指導は間違っていると糾弾されるものだろう。それは正しい。あのやり方で再起不能になったものは多い。
だがそれは力を追い求めることを諦めたのが一番の原因だ。あの指導を最後まで耐え抜き立っていたエリオは間違いなく首都守備隊のエースストライカーだろう。かつてのティーダがそうだったように。結局のところ昔が懐かしいだけか?
そして自分の才能を開花させた。今思えば天才肌なのだろう。

「それにしても考えれば考えるほどおかしな事件ですね」

おかしな事件か。確かにそうだ。やつらの戦闘力からすれば演算装置を装着した後でも奪うことは用意だろう。今まで故意的に待ち伏せさせるような犯罪者はあったことがない。そこであることが閃いた。

「まさか!! そんなことの為に戦力を投入するなんて……だとしたら今回の事件総力戦に持ち込むはずです」

どうやら戦略を立て直す必要があるようだ。
外で待ってもらう時間が増えそうだ。エリオにも綿密な作戦立案能力が必要になるだろう。しかし今は戦場での判断力を担う段階だ。この経験はこれから常に生きていく。













あとがき
修の戦闘に付いて追記しました。
格ゲーなどであるキャンセル。あれみたいなものです。
最後にゼストが思い浮かべたのは第零話のあの人です。



[8479] 第八話 思惑
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:d028621e
Date: 2010/03/15 03:39
戦艦ヘブンズソード艦長室

「お前の配置は此処だ。覚えておけ」

紙の艦内図を目の前で広げられ赤ペンで丸をつけただろう場所を記憶した。甲板から入った場合動力室への道だ。それにしても最新鋭の船のなかで紙地図にペンで印をつけるなんて。報酬がいいからって参加してみたけれど今まで多額の報酬をくれた成金どもとは少し違うようだ。
一見すれば悪魔としか言えない風貌。大鳥のような黒い毛で覆われた顔。太く短く鋭い嘴の中には鋭利な歯があるから鳥人間というわけではない。その正体が噂に聞いたミッドチルダ壊滅事件の首謀者Dナンバーだと言われたときは笑ったけれど、すぐにそれが事実だと知った。
たった30分。それだけの時間でこいつは私がいた町の人間を一人残らず殺し尽くした。ママよりも強いものを初めて見た。
アモンは一本の通路を指差した。あたしの持ち場につながる通路だ。

「アリシア、お前はここを通ってくる敵に奇襲を仕掛けろ。甲板に中型陸上自動兵器とバファメトを配置している。ここを通るのは少数だろう。別ルートに竜騎士を配置している。よほどのことがない限り突破はされまい」

「ねえアモン。そもそも船の内部に入られる可能性なんてあるの? なのはの最大砲撃を受けても傷一つつかないような防壁があるんだから」

「入られないのならばそれでいい。それならば堂々と正面突破して演算装置を奪えばいい。だがこの船はもともと向こうの物だ。データくらい簡単に手に入るだろう。防壁を突破する策は作られていて当然と考えるべきだ」

あれだけの戦力を持っている割に、傘にかからず戦略を練っている。絶対的だとは思っていないみたいだ。それは美点かもしれないけれど、ここまで徹底するとすでに恐ろしさすらある。
渡された図を読んでいるとおかしなことに気づいた。

「そのわりには主戦力のほとんどを艦内に配置しているみたいね。外の守りは自動兵器となのはだけ?」

艦内図になのはの名前がなかった。戦艦の外に書かれているだけだ。まるでなのはを矢面にするかのようだ。どうしてそんなことをするのだろう。

「外の守りというより攻めだな。強固な防御魔法と大火力の砲撃魔法を併せ持つ高町を前方に焼夷弾をつんだ自動兵器の大群で研究所周辺を火の海にする。地上部隊の戦力を分散させる。元より高町を手に入れた最大の理由はこの攻撃だ。向こうは高町の砲撃を撃たせないために兵力を消耗せざるをえない」

規模から見て積んでいる全ての質量兵器をこの攻撃につぎ込むつもりというのは驚くしかない。戦略的なことはあまりわからないけど、前戦力を一気に消費する短期決戦でもするつもりなのかな。
だけどなのはは人質をとられているからこちらにいるだけ。そのなのはがこちらの言う通りに動くとは考えられない。それをアモンに言うとあっさりと返された。

「これが成功すればヴィヴィオを返すと約束している。もししくじればヴィヴィオの命はないともな」

「そんなのでなのははあなたたちの計画に乗ったの? そもそも返してくれるかどうかも怪しいのに。というか向こうの迎撃力を甘く見すぎてない」

なのはがこんな契約を結ぶなんて意外だ。交渉としては失敗としかいえない。互いの地位に上下があるのだから。

「……当然返すぞ。相手が誰であろうと約束は約束だ」

なんだろう調子が狂う。でもなのは分かっているのかな。あんたは囮にされているんだよ。無駄に優しい彼女に接しすぎたのか、私はなのはに毒されてしまったみたいだ。
それとも自分一人で勝てるとでも思っているのかな。向こうは地上組織の切り札。なのはと同等かそれ以上のやつがいるかもしれない。
一人で組織に勝とうとするなんて無茶だよ。

「もちろん展開しているだろう空戦部隊や地上部隊にたいしての策はいくつかある。二重三重に策を仕掛けるのは戦の基本であろう。我が秘策をどこまで読めるかな」

楽しそうにアモンは笑っている。その笑みは悪魔の笑みそのものだけれど。
この人楽しんでいる? 戦略家には策を張り巡らし敵がそれにかかるのを楽しむ人がいる。この男(性別は分からないが見た目から男だろう)もそういう類なのかな?

目の前の者が危険な戦略狂だと思い引きかけたけど、よくよく考えてみればおかしい。そもそも劣悪種と罵る人間であるあたしを雇う事自体おかしいのだ。
もしかして見た目に反して人に対しても優しいのかな? 私は淡い期待を抱いていた。

「あなたってサタンと違って人間の事を認めているの?」

そういうとアモンは

「我らは劣化と人間を見る。しかし人間にも我らに打ち勝つ可能性がある。成長だ。我々は人では遠く及ばない能力を所持している。しかし人は生きていれば強くなる可能性を持っている。そしていつかは我らに匹敵するまで成長するものもあらわれるかもしれん。現に5年前にマモンは一度自分が圧した魔導師に殺されている」

噂としか思わなかったけど事実だったなんて。一体どんな化物よ。こいつらの情報や実際戦闘力を目の当たりにすると、生存することが勝利だと思いはじめていた。
でもアモンは仲間が殺されたという発言に笑みを出していた。どうしてだろうか。

「虫けら以下の価値しかなかったはずの奴等が我らを超える力まで成長したのだ。その可能性を持てているかは奴らの運次第だ。それだからこそ人間は面白い」

強すぎる力を最初から持ったものの苦悩? 
それとも不変の強すぎる力を持ったことへの不満? 
どうせあたしにはわからないことだ。考えるだけ無駄だろう。でも全ての人間が彼の期待に成長できるはずがない。そんな人はどうなるか考えると恐ろしい結末が頭に浮かんだ。

「そうわかったわ。始末しておくから」

得体の知れないものを感じた私は、その場を足早に立ち去ろうとした。するとアモンは思い出したようにポケットから何かを投げつけた。反射的にキャッチすると……剣のミニチュア? どういう意味だろう?

「今までの報酬代わりだ。高性能なデバイスは闇市で高く売れるのだろ。5年前機動六課だったか? そこの騎士から奪ったデバイスだ。AIは完全に破壊してある」

まさか聖王教会の隻腕の剣士のことかしら? あれが使っていたデバイスだとしたら結構高く売れるはずだ。こいつに雇われてから報酬の支払いがまだだったけど十分かな。

「もともとは成長能力を付加した新型の戦機にもたせる予定だったのだがな、あの紅い死神によって計画が駄目になってしまった」

戦闘狂じみた気配を感じた。ただそれは今まで見てきた戦闘狂とは全く異質のものだった。
仕事を受けるときだけ話すだけだったから今までで一番長く話した。長く話しすぎたみたい。
足早にその場を立ち去ろうとした。今回の仕事が終わったらさっさと次の仕事を探そう。奴といると常識が狂わされる。
根本的な種族の違い。きっとそれはどうしても埋められないだろう。

「そうだな、お前に一つ面白いことを教えておいてやろう」

さっさとこの場を出るしかない。そうしなければ何かが狂う!!
だけどあたしの足は動かなかった。まるで体が鉄にでもなったかのように重く感じられた。
背後のアモンは動いていない。でも、動いていないだけだ。そこに居る。
全身が圧力を感じている。身動き一つとれないほどの圧力を上から感じている。この感情には覚えがある。これは恐怖だ。恐れだ。

「人には絶望に追い込まれたときに真価を見いだす。その中には力が眠りにつかせていたかのようなものがいる。覚醒出来るかどうか、我はそれが楽しみだ」

振り返ることすらできなかった。声をあげることもできなかった。
助けてよ。ねぇ誰か助けてよ。
アモンが席を立った。ただそれだけの事で感じるプレッシャーは数倍にも膨れあった。
もう立っていることさえできない。
嫌だ、死にたくない!! 助けてよ、ねぇ、助けてよ、なのは!!

「どれ一つ追い込んでみるか」

ひ、い、いや、いやあぁぁぁぁぁァァァァァ








首都守備隊管轄技術研究所

「うーん。私ってやっぱり天才かもしれません」

シミュレーション結果をみてうっとりとしてしまった。次元航行を廃して通常空間での機動性能のみに重点をおき、最新型の魔力運搬機構を搭載した新型エンジン。映像で見たSSSランクの魔砲を真似した魔導砲に魔力素拡散ミサイル。自分の才能が恐ろしい、と優越感に浸っていると空気が少し変化した。誰か来たのかしら?
しかし視界からくる映像には仮面科学者しかいない。

「天才? マッドサイエンティストの方がにあっているようだが……ぐはっ」

隣にいた不届きなことを口にした仮面科学者は拳で黙らせた。あなたにだけは言われたくないですよ。私のどこが狂っているのだろう。
変化の元を探ろうとしたとき突然話しかけられた。

「狂っている人は自分を狂っていると認識できないものだ、ギンガ隊長。かつてのドクターがそうであったように」

そうなんだ。あれ、もしかして私はもう狂っているのか? やばいと顔が青くなりかけたけど、今聞こえた声が誰のものか思い出した。
普通に話しかけられたため反応が遅れたけど、彼女が変化の元だろう。
いつの間にか背後に来ていた幼女の姿をした爆弾魔と蟲使いの少女の二人組。

「そうなんだ。私も注意しないといけませんねチンク」

不自然な空気が漂っていたのはこの子によるものね。気配を絶ったことによる違和感だ。流石は一番隊副隊長。その時チンクの後ろにルーテシアがいるのに気づいた。きっとガリューが離れたところから視線を送っているのに違いない。あの寡黙な戦士はいつもルーテシアを見守っている。
間合いの違いか私は離れられると感知能力が落ちてしまう。近づいてきたらガリュー程度瞬殺なんだけれど。

「ところで一番隊の看板姉妹が揃ってここにくるなんてどうしたんですか?」

看板姉妹、アルピーノ姉妹。銀髪を風になびかせ鋭い眼光と隠された右目を持つ姉のチンク。小柄ながら優しさと強さを兼ね備えた彼女は、同性の私から見ても格好良い。
一方紫色の髪をした姉より少し小柄なルーテシア。守ってあげたくなるような彼女も姉同様にファンが多い。地上の秘匿された部隊だがアイドルみたいなものはどこでもできるようだ。

昔は私も所属していた部隊ではそんな感じだったような気がする。
気になるのは揃ってくることだ。あの事件以来人としての思考を廃したと言われる私にルーテシアは苦手としている。チンクの方は調整の関連でここによく来るけれど、その時はメガーヌさんといることが多い。メガーヌさんは親友を思い出すと言って私のこと気に入ってくれているけれど。
そうするとすくなくとも調整ではないようだ。だとすればそれを上回る厄介事か? 邪推している私にチンクは申し訳なさげに書類を手渡した。作戦書みたいだ。

目を通してチンクに渡すと燃え上がった。爆発後の火力まで調整できるようになったんだ。記録したから問題はないけれどいいのだろうか?
それにしても今の作戦、立案者はティアナだろう。あんな作戦あの子ぐらいしか思いつかない。最近どんどんぶっ飛んだ考えをしているみたいね。そして少しだけ、ほんの少しだけやばいものを作ってしまったと後悔が生じた。

「用件はこれだけ? でも本当にどうしたの?」

「母上が別件で出ているからな修がルーテシアに手を出させないために一緒につれてきたんだ」

母上と彼女が口にし始めたのはいつからだろうか? 昔は罪の意識からメガーヌ様ってよんでいたような。
それにしてもそんなに信用できない人かしら? スバルがましと思えるくらい真っ直ぐな剣士ってイメージなんだけれど。それによそ見ができるほど器用な人間には見えない。

「嵐山はなのはさんが好きなんでしょ。だったら浮気なんて……あれ、もしかして私何か勘違いしているの?」

怒りの度合いがさらにました目で睨んでくるチンクと可哀想な物でも見つめるようなルーテシアの視線。あれ、でもこの前のときあれだけ怒っていたんだから……まさか。
私は自分のなかで勝手に決め付けていることに気づいた。そして仮定が正しければ、考えただけでもぞっとする。

「……ちょっとルサカ!! あれ、二番隊の何でも屋? どうして」

嵐山とよくつるんでいる部下のルサカに連絡を取った。今は最終防衛ラインの武装調整を行っているはずだ。しかし無線で出たのは四番隊の人ではなく二番隊の子だった。名前はたしかルイスと言った。
控えめな子だったと思う。

「ああ確かあなたルサカの彼女よね。ねぇ嵐山が好きなのはまさかなのはさんじゃなくてヴィヴィオの方? あいつまさかロリコンだったの? 」

「落ち着いていただけませんか、ギンガ隊長」

控えめの声と口調で言っているけど、止まれない。分からないものを聴き続けるのは悪いことかな?

「まともな人間だって思っていたのに随分性質が悪いわね。こうなったらヴィヴィオとかミンスクに手を出す前に始末するわよ。ここにいる人には本局じゃ危険人物扱いされている人とかいるけれど」

「落ち着いていただけませんか、ギンガ隊長」

ビクッ
一瞬、私は誰と話しているのか分からなかった。それぐらい声が冷たい。
控えめな声から一転鋭く冷たい声が耳から入った。口調は変わっていない。だけど根本的なところが変化している。何か怖いな。

「嵐山陸曹はギンガ隊長が思われているほど危険な男ではありませんよ」

また控えめな声に変わった。「何でも屋」ルイスとしか知らなかったけど、結構怖い人なんだという認識が一番強く残った。ルサカも大変ね。ルイスからあらかた事情を聞くと、そこにいるルサカとコウライに言伝を頼んでおいた。しかし本当に知らなかったな。

「あと、私はジャンビ一等陸士の彼女ではありませんから」

否定されてしまった。それもすごく冷めた否定の仕方だ。フラグたたせないとダメよ、ルサカ。ルサカが不憫に思えたけれど、これ以上は本人同士の問題だ。
嫌われているわけじゃないと思うけれど、結局のところあいつはバカ虎だ。ザフィーラさんとコウライを見習おうと思わないのかしら。

「分かったか。あいつは高町が好きなんじゃない。娘の方が好きなんだ」

通話が終わった私にチンクが声をかけた。確かにそうだ。でもそれはチンクが危機感を感じることではない。ヴィヴィオは危ないかもしれないけれど。
総合した情報によればそうなる。

「まあ、そうみたいだけれど、でも、ルーテシアに手を出したことはないんでしょ」

「そういう問題ではない!! 手を出したことがないからどうした。手を出されてからでは遅いだろう」

「それは正論ね。でも、それでいつもあんな追いかけっこしているの」

「……そういうわけでもない」

そっぽを向かれた。でもね、チンク。私でも言ってはいけないことだって分かるから言っていないけれど、ルーテシアが守備範囲ならチンクもそうなんじゃない。
そういえば作戦には優先事項第二位にヴィヴィオの救出があったけれど、担当が修を筆頭にした班だったはずだ。まあ助けるまではいいだろうけど、フラグを確立させるのかしら。

「それなら、いいんだけれど。そういえばメガーヌさんは別件って何をしているの?」

あれ、そう言えばチンクの顔に赤みが差していなかった? それにルーテシアも修のことが嫌いなわけでもなさそうだから、あの男看板姉妹とフラグを立てていたりするのかな。
私のそんな妄想を露知らず、チンクはメガーヌさんのことを話した。

「まあいい。母上はナンバーズで未だに行方知れずのトーレ、クアットロ、セッテの行方を追っている」

そういえばあの事件のあとナンバーズと呼ばれた戦闘機人についてはかなりの情報規制が入った。事件そのものが有耶無耶になった以上、これ以上人員を避けないってことだろうか。

あの人が引き取った戦闘機人が2体。聖王教会が引き取ったのが2体。私の目の前にいるチンクと事件中に亡くなったウーノ、オットーそして管理局に入隊しているのが2体。計9体については所在が確認されている。
事件の最中にいつの間にかいなくなっていたトーレ、セッテの2体とゆりかごと共にいなくなったクアットロについてはいまだに所在不明だ。

「やっぱり気になるの? 姉妹としては」

ルーテシアがチンクの裾を強く握りしめたのが目についた。

「なにをいまさら。そのことはチンク・アルピーノとして生きるときに全て捨て去った」

その言葉は強気だけれど、若干寂しさを感じた。
正しくは捨てさせられただ。そんなことを言ったら、ナイフが飛んでくるかもしれないから口にしないけど。ナカジマ姓に含まれた彼女たちやヌエラ姓になったあの子も同じような処分になっている。姉妹としての結託を封じるのが一番の目的らしいけれど。

そうでなければ辻褄があわない。全てなくなっているのだから、関係性も無にしなければならなかった。これはそのための処置だ。だからこそ彼女たちは今、自然と生きている。姉妹という関係性を捨て去ることで。
この案は本当に良かったのか今でも疑問だ。犯罪の片棒を注いでしまった彼女たちの矯正については引き取った人の責任になっている。成功したといえるのか、結論はいつでるのだろう。

まあそこまでいくと心理学とか教育学の話になるから私の専門とは離れるからどうでもいい。重要なのはチンクが信頼できる仲間ってことだけだから。
そういえば今日はいつになくルーテシアがチンクの側にいるな。この子にそこまで複雑な情報は言っていると思えないけど、本能的に感じ取っているのかな。

今回の任務が本当に危険だってことを。

今までにも視線をくぐり抜けてきたことぐらい何度もあった。5年前一度私は死んだくらいだ。だけどあの時とは比べ物にならない恐怖を感じる。本能に従えば行くな、だけど行かなければスバルが討たれるかもしれない。

「あの子を護るために私は生きているんだから、恐れている場合じゃないか」

「なにか、言ったか?」

「ううん、なんでもないよチンク。そうだね、こっちは一段落ついたから模擬戦でもしよっか」

チンクからは快い返答を受けた。さて部隊最強の機人として力の差でもおもいしらせようか。
チンクは呆気に取られたようだけれど、すぐに笑みに変わった。
二人で訓練場に移動しようとした時。

「ギンガ隊長」

ここにきてはじめてルーテシアが口を開いた。

「あれはいいの」

ルーテシアが指さしているのは仰向けにぶっ倒れている仮面研究者。

「あれは、ダメじゃないか。ギンガ隊長」

「大丈夫よ。フェイトさんの攻撃に反応出来るような男なんだから。きっと大丈夫」








ミッドチルダ南部湾岸地域・本局管轄倉庫前

「はあ」

目の前の状況にため息をつくしかない。
普段の様子の見る影もない嵐山陸曹。それを宥めているジャンビ一等陸士とコウライ副隊長。

そんな図を現在進行形でルイス・セントが観察しています。
三人とも使える様子じゃないから、私がギンガ隊長からの連絡をとることになりました。
どうでもいいことの通信だったから問題はないのですが、もし、重要な案件ならばどうするつもりだったのでしょうか。

ジャンビ一等陸士はまだわかりますが、コウライ副隊長はこの様な行動は苦手だったはずですが。もともと余り物を言わないお方ですから、痛烈なことを言ってしまうのでは。
とりあえず状況はため息をつくしかありません。
私は任務の連絡としてここに来ただけなのに。任務に関わる人が二人いるから私もこの場に居た方がいいかもしれない。しかし不安になってきましたた。大丈夫なのだろうか心配になります。

こんな人が一班を率いるなんて。ランスター副隊長も無茶な作戦をお考えになる。感情で戦うなとこの前言ったのはどの口だったかしら。
作戦隊長としての能力は認めている、それに嵐山陸曹の戦闘力の高さも十分知っている。
しかし指揮系統の能力面は? 私が思うにランスター副隊長は指揮に集中するつもりなのでしょう。兵と指揮官は両立できないと言われますから。でもランスター副隊長は副隊長陣の中では最強クラスのエースストライカーのはずです。どうして自分で戦わずに他人に任せようとするのでしょうか? 別地点で戦闘でも行うつもりですかね。
彼女の考えがどうであろうとも、どうしても危険度の低い任務を私たちに押し付けた感じがいなめない。そんなに信用がないのかしら。自分の実力には私だって自信があるのに。

やめよう。こんなことを考えてはダメだ。とりあえず嵐山陸曹を何とかしよう。

「嵐山陸曹、今度の作戦で話があるのですが? それに一番隊に行ったらどうですか? メガーヌ様に話をされた方が落ち着くかと」

あの人は一番隊のアルピーノ姉妹の母親でもあり、グランガイツ総隊長が信頼を置いている部下で守備隊の面々からも信頼されている人です。特に目の前の人は彼女に信頼を寄せています。

「……居たら、そうしているさ。今日は、メガーヌさん、仕事、なんだよ。この状態で、チンク副隊長に、見つかって、みろ……」

ガクガクと震えていた。大の男が情けないと言いたいところだけど、仕方ないかもしれない。普段から全力の模擬戦に近い追いかけっこをしている彼としては死活問題なのでしょう。
アルピーノ副隊長は普段は理性的な人なのに、嵐山陸曹がアルピーノ一等陸士と一緒にいられると攻め立てる癖は治らないのでしょうか。妹思いのいいお姉さんだと思いますが、あれはいきすぎだと思います。
姉は遠くから見守る程度の距離感が一番いいと思います。

「ところで今日は一体どうしたんですか? 私で良ければ話を聞きますが」

「俺は、ダメだ……ヴィヴィオに、どんな顔で、会えば、いいんだ……」

今度の任務で重要になるヴィヴィオの名が出てきて、ことが重要なことだと考えた。まさか私が知らない高町ヴィヴィオについての情報で隠していることがあるというの?
私の緊張でも悟ったのだろうか、ジャンビ一等陸士が話しかけてきた。どう話せばいいか考えていたようです。

「いや、正直なところそこまで重要なことじゃないんだ、ルイスさん。フェイト執務官と今日戦っただろ。あの後フェイト執務官と話したらしくてな」

会話中に何か発見でもあったのでしょうか? でも重要でないとさきほど言っていたけれど。彼の言葉はあてにならないことはないと思う。

「その後間近で微笑まれてその、なんというか見惚れちゃったらしいんだ」

……それでどうしてこんな風になっているのでしょうか? フェイト様は同性の私から見ても綺麗な人だった。そんな人に近くで微笑まれたら健全な男性ならば、見とれるくらい普通なのでわ?

「俺は、ヴィヴィオを……浮気など、するつもりは、ないのに」

「いつ、高町ヴィヴィオがあなたの恋人になったのでしょうか?」

すぐに口に出てしまった。それくらい当たり前のことだ。高町ヴィヴィオについての情報はあらかた調べている。恋人などいなかったはずなのに。
目の前の男性三名を見る限り、そのことに思いつかなかったようだ。でも、自分の脳内だけで勝手に彼女にするのはひどいように思います。

「それを言ったら身の蓋もない」

抑揚もない言い方でコウライ副隊長に言われた。お言葉ですがこんなところでくよくよしている原因がそれなのですから、根本的な解決をすべきだと思いますよ。
嵐山陸曹はいまだに意識が戻っていないようだ。ジャンビ一等陸士に視線をやると、身を震わせたように見えた。そんなに怖い目をしていたのかしら?

「正直な話な、修はそんなつもりじゃないんだ。一途に思い続けるって誓っているから、ちょっと後悔しているんだよ」

焦ったように取り繕う彼は見た目に反している。初見はいかついイメージがあったけれど、実際はおどおどとして自分に自信がない。
初めて会ったときは大胆だと思ったけど実は違うようだ。

「嵐山陸曹、あなたは高町ヴィヴィオ以外の女性には価値がないとでも思っているのでしょうか?」

「そんな、ことはない!! だが、俺の、ヴィヴィオへの、想いは、あの程度、だったのか? そう思うと、俺は、俺は」

嵐山陸曹とはジャンビ一等陸士と同じ頃からの付き合いだけど、未だに人物像がつかめない。普段は理的とはいえなくとも、静かな人だ。
だけど一度暴走すると止まらない。実力で止める以外ないからとても厄介なことになってしまう。でもその暴走が最近頻発しているように感じる。以前は一度あれば忘れてしまえるくらいの間があったのに、今日は二度も暴走しようとしている。
そんなに大切なのだろうか?

「だったらいいじゃないですか。二人だけの殻に閉じこもって世界を狭めてしまうよりかは何百倍も素晴らしいことだと思いますよ」

そう言うと嵐山陸曹は考え直してくれたようだ。無駄に時間をとってしまった。

「ところでルイスさんは何でここに来ているんだ」

ジャンビ一等陸士は本当に今更なことを聞いてきた。私が来たとき男三人で固まっていたのはどこの誰なのか問い詰めたいところだけど、我慢しなければ。

「今度の任務での役割が決まったので報告にきました。嵐山修陸曹に誘拐された高町ヴィヴィオ救出分隊の分隊長を務めてもらいます」

「了解した。まあ、今回の、暴走の、責任って、ことで、することに、なっている、けどな」

いつの間にか普段どおりの口調に戻っている。暴走は終わったようです。
それだけで済んだのか。予想以上に軽い処分に驚いた。大方、フェイト様が嘆願したであろう様子が目に浮かぶ。
まあ中将も止める様子はなかったから実際はないに等しいのだけれど。責任ってことでこの役職につくことを合理化したのでしょう。

「その分隊の構成は」

急かさないで下さいよ、コウライ副隊長。今言いますから。

「救出分隊には私、ルイス・セント一等空士とルサカ・ジャンビ一等陸士が所属します。そして六番隊のアイリス・エルベ訓練生とシェーラ・リューベック訓練生が同行します」

私とジャンビ一等陸士の名前が出たときは嵐山陸曹の表情はいつも通りだった。しかし同行する二人の名前が出たとき凍りついたような表情になった。

「エリオ隊長とティアナ嬢はどうした」

「エリオ隊長はヘブンズソードの操舵奪回の任についています。ティアナ副隊長は全体の指揮及び砲撃手の撃破です」

どうであろうと、私たちは与えられた任務、高町ヴィヴィオの救出に全力を出すだけだ。それくらいわかっているはずでしょうに?
それにあの子たちは私よりも才能がある。気にしなくていいのではないだろうか?

「そうか。まあ正直不安なところもあるけど、頑張ろうぜ」

ジャンビ一等陸士が頑張って盛り上げようとしている。そういえば彼は私のことが好きなのだろうか? そんなことをギンガ隊長がおっしゃっていた。
どうでもいいことだ。どうせ、ジャンビ一等陸士みたいな人にはわたしのことなんて理解できないでしょうに。

「そう言えば、修。正直フェイト執務官と戦ってどんな感じだったか?」

それは少し気になりますね。あの「金色の閃光」と呼ばれた敏腕執務官様の力量できれば私も見てみたかったな。羨ましいな。

「そうだな。速かった」

速いでしょうね。あの閃光なんて呼び名がつくくらいなのだから。あの金色の魔力光を発しながら、流れるような金髪が風になびく姿は見てみたいものです。

「速いってそれだけか? 正直もっとあるだろ」

「そうです。ずるいですよ、一人だけフェイト様に師事していただくなんて」

二人の視線が一気に私に集まった。しまった。すごく恥ずかしい。
でも二人は私が目をそむけるとすぐに顔をそらしてくれた。なんだかんだで良くわかってくれている。

「ああ、その、なんというかな。動きが、綺麗なんだよ。ほら、エリオ隊長とか、ゼスト隊長の、速さ、鋭い感じ、だろ。でも、あの人の、動きは、綺麗だった」

よくわからない。この人は語彙に乏しい人ではないと思いたい。

「なんて、言えば、いいんだ。一つ、一つの、動きに、無駄も、隙も、なくて、あれだけの、高機動しているのに、雑な、ところが、一つも、ない。洗練された、高速機動って、感じだった」

噂はよくきく。戦闘データを少し見たこともある。でも最近のものはないから気になっていたけど、白兵戦ならとても強いはずの嵐山陸曹がそれほど感心するほどなんて。
やっぱりすごい人なんでしょうね。フェイト様。

「それにな、攻撃も、速いのに、的確だった。技の、きれも、鋭かったな。攻撃も、ほとんど、読まれていた。だけど、なんだろうな、動きに、刃みたいな、鋭さが、ないんだ。ほ、らゼスト隊長とか、エリオ隊長が、たまに使う」

「なくて当然」

語られていた嵐山陸曹を遮ってコウライ副隊長が発言なされた。めずらしい、コウライ副隊長がわざわざ他人の発言を遮ってまで話されるなんて。

「あれは、もともとミッドチルダが犯罪者の根城だったころに生み出された動き。対違法魔導師戦で確実に仕留めるため。殺し技であり今では使う人の方がすくない。それに必要のない技巧だ」

ならなぜエリオ隊長は使われているのでしょうか?









首都守備隊エントランス

女って怖ぇ。
それが今現在このスティール・クラウザーが抱いている感想だ。
帰る直前訓練校の制服の二人組を見かけた。最近の訓練校はシステムが大打撃を受けて以来、かなりレベルが下がってしまった。
だから多くの部隊が優秀な新人は卒業よりも前に確保して現場で経験をつませて急成長させる策を取っている。俺たち警邏隊でもそういう風に人員を確保してきた。
決して珍しいことではないが、海の連中はしてないらしい。まああそこの戦場は危険だから当然か。
珍しく映ったフェイトは声をかけた。あまりにも有名すぎるフェイトに声をかけられた訓練生の娘二人組はちょっと間違ったかしこまり方をした。緊張しすぎだ。
緊張しまくっていた。

「へぇ、そうなんだ」

「はい。ティア副隊長はじめてみたときはこわかったんですけど、優しいひとです。このまえわたしに幻術おしえてくれました」

すごくフレンドリーに話しているように見えるのは気のせいか?
もう手懐けたっていうのか、おい?

「まあ厳しいときは厳しいのですが、戦術面の知識も豊富でいろんなことを教えてくれるのです」

最初水色髪の女の子を守るように立っていた赤髪の女の子まで手懐けられている。
元気に返答する童顔の方がシェーラで、大人びているようだけど言い回しが独特なのがアイリスだったな。
流石は敏腕執務官でいいのかぁ? それにしてもこの二人、身内について話しすぎだろ。
一応この部隊は秘匿された部隊のはずだがこの二人は知らないのだろうか。

「エリオ隊長は、すっごくはやいです。たしか部隊最速だっていってました」

「そうなのです。この前の任務でも動きが目に止まりませんでした」

話しすぎだと思ったがもうあきらめた。まあ、フェイトに限ってそんなことはないだろう、と危惧していることの実現を自ら否定した。
さきほど出た名前には聞き覚えがあった。たまにフェイトが言っていた保護していた子の事だろう。その子のことを語るフェイトが生き生きしていた。

しかしあの面々で最速か。決してギゼラの奴も遅くはない。ゼストさんに至っては地上最強と言われるくらいだ。そんな面々を抑えて最速か。だいぶ興味がわいてきた。
おそらくはあの赤髪の仮面野郎だろう。右目は見えなかったが、あの左目から覗けたのは冷たさと優しさの混じった不思議な色だった。あの歳でどうやったらあんな目ができるんだ?

「あ、お母さん!!」

アイリスと言った紅色の髪の娘が、女性に近づいた。その女の顔は知りすぎたものだ。

「先輩!? そういえばエルベって言っていたけれど、先輩の娘さんなんですか」

ギゼラだった。あいつに娘なんていたか? 嫌な想像が浮かんだ。
もう一度アイリスを見てみた。年の頃は14,5歳ってところだ。確かティアナちゃんが訓練校に入校するまでは面倒を見ていたはずだから、どう考えても計算が合わねぇ。
義理の娘か。珍しいことじゃない。5年前の事件時に急増したといえばそうだが、その前からもかなりの数があった。親を亡くした子供なんて腐るほどいる。それこそ今も昔も変わらない。そして局員がそういった子供を養子にするのも多い話だ。

だからこそ驚くような話じゃねぇ。フェイトの言う通りエルベなんて言った時点で気づくべきだった。そういやぁ、あいつの家族はテロで全員死んでいるな。
それは仲の良い親子の絵だった。髪の色が似ているから普通に親子といっても通るだろう。年齢的にも。ああ、俺ももうそんな歳かぁ。

「おぉい、そろそろ帰るぜぇ、フェイト」

「そうですね。お話楽しかったよ、ありがとうねアイリスちゃんとシェーラちゃん。それじゃあ先輩いろいろとありがとうござりました」

訓練生二人に手を振って別れるフェイトを見たギゼラは俺と同様の感想を抱いたようだ。

「あなた、ずいぶんと会話力が上がったわね。見違えたわ」

俺としては今のお前に驚いているのだがな。
そんな俺の感情でも読み取ったのか、ギゼラの視線は俺に向けられた。全く最近の女は読心術でも身につけているのか?

「あら、執務官にはデフォルトで備わっているわよ」

完璧に読まれていた。
嘘だろ、怖ぇよ執務官。

「まあ、そんな冗談は置いといて」

冗談かよぉぉ、ふざけるなぁぁぁ。
ギゼラは苦笑しながらそんなことを言ってきた。そうだ、思い出した。この女は昔からこういう性格だった。

「冗談じゃないかもしれませんよ、スティールさん」

笑顔でフェイトは言った。その笑顔は綺麗だった。
だからこそ嘘だとは思えない。

「あなたは自分の役割を疎かにしないでね。風神さん」

そんなことをギゼラが言ってきたがこの際、置いておく。

「結局どっちだぁ。読めるのか読めないのか」

「そんなの、スティールさんが単純だから読まれているだけですよ」

なんだろう。俺は最近こいつに手玉に取られてきた。




外を出たときにはもう日が落ちていた。どの道泊り込みだから問題はないけどな。そう思うとなぜか疲れを感じた。最近働きすぎなような気もする。がんばれる理由はフェイトだろう。
あいつが頑張っているのに俺だけ休んでいるわけには行かない。

隣にいるフェイトも泊り込みだ。こいつの能力の高さは最近身にしみるほど教えられた。だが思う、なぜこいつみたいなやつが捨てられる。
地上は自分たちのところだけを守ろうとしているやつらだ。結局他のところがどれだけ地に染まろうが、関係の無いところの話だと思っている。
優しすぎるこいつじゃそりが合わねぇだろうに。
だとしたら優秀過ぎる故に邪魔だったってことか、こいつ手を抜くとか知らなそうだからな。気づいたらこいつにいらないことばかり教えた気がする。
昔からよく分からねぇ組織だったが、最近海がまったくわからねぇ。あの大将の事だからまた過激な事でもするんだろうなぁ。

「そういえばスティールさんは先輩と知り合いなの?」

「あぁ、まあな。腐れ縁みてぇなものだ。俺が首都航空隊にいた頃のなぁ」

あいつがいなくなった今その縁も途絶えてしまったのかもしれないな。俺たちだけの大将さんよ。

「首都航空隊ってティアナのお兄さんも在籍していましたね。知っていますか?」

ティアナか。そういや母親に似てきたな。写真でしか知らねぇけどな。

「俺もギゼラもティーダの部隊だぁ。答えはこれでいいかぁ?」

フェイトの表情が曇った。無理もない話だ。あいつは殺された。……待てよ、どういう風にあの惨殺は伝わっているんだ?

「おぉい、フェイト。お前はティーダについてどんな風に知ってんだぁ。ティアナちゃんの兄貴ってとこかぁ」

フェイトの知っている情報は少なかった。ティーダが執務官を目指していたことと、違法魔導師に殺されたこと。意外だったのはあの子が兄の無念を晴らそうと執務官を目指したこと。
なにより暴走してあの高町なのはに撃墜されたと聞いたときは驚かねぇ方がおかしいだろ。

「まあ、無理もねぇな。あんな殺されかたで、侮辱までされたらよぉ」

「あまり聞きたくないんだけど、一体どの様な殉職を遂げたの?」

「まともに残った肉片なんぞねぇよ。ようするに爆死だなぁ」

一気に真っ青になった。まあ当然か。人の死に様なんてものを聞いて平然としているやつは、死臭になれすぎたやつだ。しかし今のフェイトの言ったことはティアナちゃんから聞いたことだろうなぁ。

「おぉい、フェイトォ。今から言うことは機密だぜぃ」

「なんですかスティールさん」

本来なら墓場まで持っていくべきなんだろうが、これじゃあ俺は道化だぜぃ、なぁティーダァ。

「ティーダは違法魔導師に殺されたんじゃねぇ」

「え」

俺は今でもお前を憎むぜ。お前が俺の目の前に現れたときがお前の命日だ。

「逮捕された奴は直接関わっていねぇ。真犯人は管理局最悪の裏切り者にして最高の剣士だ」

お前が最高の剣士だってことだけは認めてやる。
だが、剣に生きて死ぬなんて死に様は認めない。無残な死に様を散らせてやるぜぃ。

「そういえば、首都守備隊の隊舎って地上本部にあると思っていたんだけど」

俺がそれ以上のことを話さないことに感づいたフェイトは話題を変えた。回転の早いやつだ。
そしてそれ以上に優しい奴だ。

「まぁ、当然の考えだなぁ。だけどそれじゃあ地上本部を攻められたときに動けねぇ。それに、かなり問題のある部隊だからなぁ。あまり表におけないんだろぉ」

クラナガンの最終防衛ラインとして作っているから、首都に置いておきたいだろうがここはねぇだろう。
昔ここにいたから知っていた。警邏担当もここだが、それでも警邏部隊のトップである俺でしか知らないけどな。他の地区担当の隊長にも伝えていない。フェイトは特別だ。
自分の身勝手な特別扱いが馬鹿らしくも思えてきた。いい歳して何をしているのだろうか。

「きっと私はまた来るかな」

「あぁ? 高町って知り合いのことでか」

何故か首を傾げられた。おぉい、それ以外何があるんだ?

「ああ、なのはもここに来るのかな。でも、そのことじゃないんです」

じゃあなんなんだ。たまにこいつがわからねぇ。
初めて会ったときはむかつく本局のエリート様だった。そんなイメージはすぐになくなった。ただ凛々しく優しくそして熱い人間だと思った。そんなこいつに年甲斐もなく惹かれた。
二度目にあったときは雨でずぶ濡れになって、今にも消えてなくなりそうな儚い表情を浮かべていた。
そんなこいつに惚れない男はいないだろう。
あの日からもう一年は経つか。それなのに知らないことの方がはるかに多い。

「そうですね、知りたいですか」

見上げられたルビーの瞳は欲を感じさせた。これを見せられて欲しがらない人の方が希少だろう。










ヘブンズソード第3トレーニングルーム。

陸に降りれないときに体を動かすためや訓練の為に作られた一室だ。第1と第2は自動兵器の格納庫代わりになっている。ただ第3はたどり着くだけでも大変だ。
もっともそれは一般の考えで、竜騎士と呼ばれる俺には関係の無いことだ。
この廊下だけでも感知式の自動小銃が六丁あるようだ。準備のいいことだと感心したいとこだが、今はそんなと気ではない。パスワードで一時的にセンサーを切っているが、もたもたしていたら逃げ場のない銃撃が来るだろう。申請さえすれば使用できる程度の質量兵器だが、油断は禁物だ。駆け足で廊下を走り抜けた。

絶対的な防御の代わりに迎撃性能を従来のものと比べ、大幅に下げたこの船は艦内戦を想定した作りになっている。侵入者を艦の心臓部、動力炉や操舵室などに近づかせないためにさまざまな仕組みがある。感知式トラップはましな方だ。しかしここまで警備を厳重にしてしまえば使用する局員も困るのではないだろうか? そこまでして奪われたくなかったものが、今は敵の手の中か。
堕ちたものだ、時空管理局。
己の古巣に対してはすでに愛着など残っていない。あるのは憎しみのみ。

現在この第3トレーニングルームを管理しているのは一人の悪魔。Dナンバー13サタン。アモンは「姿なき魔王」と称していた。なるほど姿なきとは言い得て妙だ。特定の姿を持たないということか。殺すことが叶わない者には人では勝てないから魔王ということだろう。

此処に来た理由に関係するといえばするが、どうでもいいといえばそうだ。

「おやおや随分と怖い形相だな、竜騎士どの」

金髪の優男。生気が全く感じられない瞳。見ているだけで反吐が出る存在だ。しかしこんなゴミを殺したところでこいつを殺したことにはならない。
憑依能力とはふざけている。そうとしか思えなかった。

男の後ろにある牢を一瞥した。もともとはこの部屋にあった牢ではなくサタンが持ってきたものだ。拘束するというより囲っているだけという印象を受ける。
その中にはただ一人、虹色の結界に守られた少女。
聖王の血を持つらしい。聖王教会の連中は皆殺しにしてやりたいところだが、血を継ぐという理由だけで殺す気にはなれない。子の命を積む刃では誇りなど語れやしない。

気丈な子だ。本当は泣きたいだろうに、涙を流そうとしていない。泣く力すら残っていないのか? まともに食事や睡眠も与えられていないようだ、結界が弱まっている。
このようなものを見る度に思う。俺は何のためにここにいるのか? 助けを求める少女一人助けられない、それは俺が人生最大の親友とあったことのない義妹すら捨ててまで辿り着いた答えなのか?

男が視界にちらついた。鬱陶しい。何を話しかけてきても興味すらない。
アモンならば考えはしないが、こやつ程度はまさにどうでもいい。

「竜剣」

拳に魔力を混めて貫くように解き放った。壁を突き破り隣の部屋まで吹き飛ばした。随分と脆い壁だ。強度をあげるまで予算がなかったのか? いや、そもそもこの壁は後付のようだ。
吹っ飛んだ奴を一瞥すると自分の行動を省みた。無意味な時間稼ぎだ。こんなことをしてなんになる。自分で行動の無意味さをしてきしながら、俺は少女の前に着くと持ってきた食料と水をおいた。

「食べろ、食べたら寝ろ」

明るさが失われた瞳でこちらを見上げた。こんなことしかできない俺への失望か?
そうさ、俺は君一人救えやしない。嘲るのならそれでいい。憎むのならそれでいい。どの道お前の未来は変わらないのだから。
すぐにその考えは否定することになった。壊れた人形の様にゆっくりと無表情から笑みに変わった。どこまでも儚い笑みだ。

「そんなことをしている暇があったら休め。笑っていれば休めやしない」

この少女が理解できなかった。「聖王の鎧」を自分のものにするために奴に精神的な苦痛を与えられ続けているのに、どうしてまだ笑えるのだろう。
虹色は未だに輝いているが、すでに輝きが失われつつある。
このままでは一週間もたないだろう。結界の魔力はこの子の命を燃やしているのだろう。
どうやらもう起き上がったようだ。向こうの部屋に目をやると棺が3つ安置されていた。やつに人の死を労るような感性はないはず。ならばあれは……つくづく腐った野郎だ。

そもそも今回の行動には意味がない。救うなど諦めた上できている。アモンもそれを承知しているから見逃しているのだろう。まったく管理局のS+が揃いも揃って情けない。
俺にできることはこの子が休む時間を稼ぐこと。アモンに気づかれるまでが精一杯だ。結局これは俺の自己満足。そして同情心。
ただそれでも、いいのかもしれない。

久々に刃に正義を灯すことができる。破壊のための戦でなく、守るための戦だ。戻れるかもしれない、あいつが生きていた頃の俺に。

「屍は寝てろ。餓鬼を穢すな」

まだ間に合う彼女を間に合わせたい俺の身勝手な思いだ。両手の拳に魔力を込める。ちょっとしたいざこざレベルを越してしまうかもしれないな。緩慢な動きを続ける奴の懐に飛び込み連打を決めた。
だが思い返してみた。
俺はなんのために刃を振るってきた? なあ、目の前の命だけでも救うためだけだ。そうだよなティーダ!!

「屍は屍らしく永眠しろ!!」

常識的には倒れているはずなのに立ち上がった。
何度やっても同じことだ。所詮貴様ごときでは俺には傷一つつけられぬ。

「まだ動くか。ならば肉塊するのみ」

彼女のわずかな安らぎの為に身勝手な拳を振るおう。










ヘブンズソード通路

「戦闘音が鳴り止みましたですね。ヴィヴィオちゃんがご飯を食べ終えたみたいですよ。ほら、竜騎士もこっちにきたですよ」

心配だったヴィヴィオの健康状態。周りが敵ばかりだから相談することもできなかったけど、元局員らしき二人に話しかけて正解だった。
最初に話しかけたのは目の前にいる12歳ほどに見える白髪の女の子テレサ・アヴィラ。元本局の准陸尉だそうだ。おそらく実年齢と肉体年齢があっていないだろう。ヴィヴィオのおかれている現状が間違っていると竜騎士さんを紹介してくれた。

「ありがとうね、竜騎士……あの、名前はなんて言うのかな?」

サタンと戦ったはずなのに傷一つなかった。鼻から下を全て鋼鉄のマスクで覆った長躯の男性だ。薄い赤色の髪は地毛らしい。32歳だと言っていた。
生々しい傷跡が額から顔の中心を走っている。気押すような気配は彼が潜ってきた修羅場そのものだった。
真っ向から戦えば私も勝機がない。特に龍とともに戦うときの彼は恐ろしく強い。
だからこそきっと竜騎士なんだろうと合点した。

「名前なんぞ親友を殺した日に捨ててきた。今はただの竜騎士だ。そして礼を言われるようなことはしていない。いや、できなかった」

その言葉には重みが感じられた。名捨ては親友を殺した詰みへの彼なりの自分への償い方だろうか。
仲間の信頼を受けていた自分へ裏切りを行ったことへの。
私たちにはそんなことができない。サタン一人なら5割でなんとかヴィヴィオを連れて逃げきれる。ヴィータちゃんの仇であるバファメトもなんとかなるだろう。
でもアモンには勝てない。私はどうやってもアモンに勝つことができない。だけどヴィヴィオを助けられる算段はついた。
それが悪魔との取引だとしてもかまわない。

「一つ尋ねていいか高町」

竜騎士さんの瞳は読めない。深いと言うよりも無情に近いものがある。
感情を殺し切った人はこんな目をしている。

「なにかな、竜騎士さん」

できる限り微笑むのはきっと癖だろう。たぶんきっと一生治ることはない。治さなくてもいいと思うけれど、誰にも彼にも気があるようにみえると親友からはお叱りを受けた。

「お前は娘のために命を掛けて仲間を全て裏切ったが、それほどまでに仲間が嫌いなのか?」

何を言っているのか少し理解に時間がかかった。嫌いなわけない。嫌いじゃないから今ここにいることが、仲間が側にいないことがすごく辛いんだ。
竜騎士さんは嫌いだから裏切ったのかな

「何を言っているの? 私はみんなのこと大好きだよ」

「だったらなぜ仲間に嫌われてから裏切らなかった。お前が仲間を好けば好くほど仲間もお前を好くだろう。裏切られたとき仲間がどれだけ傷つく? 本当に仲間を大事に想いそれでも裏切らねばならないのなら全てに憎まれてから、裏切っても誰も傷つかなくなってからにしろ」

そんなの嫌だ。でも私が辛いならきっと皆も特にフェイトちゃんはすごく辛いだろう。身勝手な裏切りだってことは承知している。心配してほしいのか、信じていてほしいのか、どちらにしたって本当に身勝手だ。
今まで命をかけてみんなを助けた気になってきたけど、そのときみんなどれだけ心配しただろう。もし私がみんなから嫌われていれば誰も私のことを心配しない、心を痛めたりしない。みんなの幸福を願うのならそれがいいのかもしれないけど、そんなのは嫌だ。

「でも貴方はそれをして失敗したじゃないですか。あなたとなのははぜんぜん違うのですよ」

テレサちゃんが竜騎士さんに揶揄するように声をかけた。失敗したらどうなるのだろう。嫌われるのかな。
でもテレサちゃんは私と竜騎士さんはぜんぜん違うと言った。どういう意味だろうか。

「そうだな。仲間を見捨てて嫌われてから裏切ろうとしたが、そんな俺のことを見抜いたやつがいた。本当に俺は馬鹿だ。高町、お前はまだ戻れるかもしれない。それを忘れるな」

裏切りという行為がどれだけ重いものなのか私は考えていなかったのかもしれない。
私の仲間は必ず信じてくれる。そんな期待、確信が心にはあった。
それに本当に手段はそれしかなかったか? あの時脱出して助けを求めることはできたかもしれない。

「裏切ったことを後悔しているんですか?」

テレサちゃんの上目遣いの問いかけは答えに窮した。後悔しているかどうかで言えばしている。
でも後悔していいのだろうか。後悔するようなことするわけにはいかなかったのに。そうやって今まで生きてきたのに。
今更だよ。

「どうだろ。私にはわからないよ。ただヴィヴィオを助けるために今からひどいことをするだけだから。何もかもを失ってでも、ヴィヴィオだけは守って見せる」

だってもうこれしかないんだ。
そんな私にテレサちゃんは感動したように賞賛し始めた。

「すごい、母親の鏡ですね。娘よりも大切なものなんてないですよ。やっぱりあなたはこんな所に居るべきじゃないです」

そうなのかな。母親としてはそれで良くても人としてはダメだと思う。それをヴィヴィオには真似してほしくない。

「そうだな。帰りを待つ友がいる。守りたい人がいる。愛する人……はいるかどうかしらないが、そのうちできるだろう。まだ若いんだ」

私の行為を批判しているのか、それとも同情してくれているのかよく分からない。ただ、私という人物が良く分かった。
私は裏切りなんか出来ない。裏切りをすれば、仲間も自分も傷つけてしまう。
仲間を守りたいから裏切ったようなものなのに、傷つけて。仲間を傷つけたから、自分も傷ついて。
これじゃあ、ただの馬鹿だ。
やり直したいとは思わない。私が自分で選んだ選択を自分で否定するつもりはない。
でも、皆の元に戻りたい。ヴィヴィオと二人で。その夢は捨てない。
決意を固めると、テレサちゃんが不安そうに話しかけてきた。

「でもいいんですか? たしかになのはちゃんは強いですけど、戦う首都守備隊はレジアス中将がこの5年で完成させた地上の切り札です。紅い死神とか青い闘神とか、極めつけに地上の鬼とか私がいうのもなんですけど化物揃いですよ。いくらあなたでもあんな作戦は駄目じゃないんですか?」

紅い死神と青い闘神。私が知っている二人はいつの間にかそんな神になっていた。どうしてこうなっちゃったんだろう。あの時のことは幻だったのかな。

「不幸中の幸いか風神は参戦しないだろうな。奴は警邏担当だ」

「風神って、地上の英雄っていわれているスティール・クラウザーのことですか」

「ああ。大型質量兵器密入事件や過激派宗教団体ピセロ教団殲滅戦、犯罪シンジゲートレネゲード壊滅戦、ミッドで起きた歴史に残るような重大事件を解決してきたような奴だ。首都守備隊の連中よりも数段厄介だ」

竜騎士さんはまるで褒め称えるかのようにスティール・クラウザーの経歴を語った。それをテレサちゃんは笑みを浮かべながら見ている。

「随分と気になるんですねぇ。ああ、やっぱりかつての戦友のことは気になるんですか」

「馬鹿か。今の俺にとっては障害にしかならん」

竜騎士さんにはなにか思うところがあるようだ。でも、利害関係で仲間に成っている今、それを聞くことは偲ばれる。

「大丈夫だよ。死なないように頑張るから。それに多分私の相手は違うよ」

よく分からないけど、そんな確信がある。あの子はこちらの作戦を大雑把に読んでいるだろう。その上できっとあの子が私の相手をするはずだ。
囮である私に戦力を裂かれないために立った一人で。作戦の説明を受けていたときにアモンに言っても良かったけど、私としてもその方がいい。あの子の実力を甘く見るつもりはない。今のあの子は私と同等かもしれない。きっと予想もつかない奇策を張り巡らしているはずだ。
劣勢になるかもしれないのに、それが楽しみな自分がいた。

「心当たりでもあるのか?」

「うん。私のことをあそこの人たちのなかで一番知っている私の教え子」

すると二人は顔を見合わせた。納得がいっていない顔だ。なにかおかしなことでも言ったのだろうか。
テレサちゃんは失望したかのような目を向けてきた。

「嬉しそうですね。まさか教え子を撃墜するのが趣味なんですか」

引かれてしまった。そういうつもりで言ったわけじゃないんだけど。

「違うよ。嬉しいのは、あの子が私と同じところに立ってお互いになんの気兼ねもなく全力で戦えるから」

やっぱり二人は少し引いている。おかしな考えなのかな。でも、そんなことはどうでもいい。
個別指導をしたのは一番多かっただろう。私の切り札も伝授した愛弟子。あの時やれなかった卒業代わりの模擬戦。真剣試合になったのはなおさらいい。
こんな形になったことだけが唯一気がかりだけど、私はあなたを全力を出して倒すべき敵として戦うよ、ティアナ。

突然、テレサちゃんはなにかに気づいたように手を叩いた。

「そう言えば首都航空隊の方はどうなんですか?」

「今のあそこに骨がある奴など居ない。いるのは腑抜けだけだ」

竜騎士さんは雑魚だと言い切った。あの部隊は地上でも虎の子のようなものだ。それでも五年前の事件で大きな打撃を受けて、戦力はダウンしている。シグナムさんでもいれば話は違うかもしれないけれど。
するとテレサちゃんがニヤニヤとしながら竜騎士さんに話しかけた。

「まあ、なのはも運がいいですよね」

「どういう意味だ?」

「だって、ティーダ・ランスターが居ないじゃないですか」

「!!」

そう聞こえるやいなや、竜騎士さんは抜刀した。
腰に指していた剣を一振り撃ち抜いた。ただの抜刀でも、まるで拳銃を撃つかのような速さだった。
その剣撃はテレサちゃんに向けられた。

分厚い装甲のヘブンズソードには剣撃による深い爪痕が出来ていた。
竜騎士さんの背後に。

「もう、なにやってんですか。そんな真正面からの攻撃なんかが私に通用するはずがないじゃないですか」

テレサちゃんは笑っていた。
特殊装甲の戦艦に深い爪痕をつけるような強力な斬撃を弾き返して、普通に笑っていた。
竜騎士さんもそのカウンターを僅かな動きで躱していた。

この船には人というのはヴィヴィオを含めアリシアちゃんと私たち三人だけだ。
アリシアちゃんはフェイトちゃんに似ているだけでなく、私とザフィーラを同時に捕縛するような腕の持ち主だ。
そしてこの二人もこんなところにいるだけあって、その力量は当然高い。
今の斬撃にしても、カウンターにしても私には出来ない。
そしてこんな凄腕の魔導師たちが束になっても勝てないほどアモンは強い。

「怒っちゃって、どうしたんですか? ティーダが生きていたらなのはの作戦なんて絶対うまく行かないですよ」

「当然だ!! あいつは誰よりも強い」

「ああ、そうですね。ティーダがいたら貴方は向こう側ですか。そうですね」

テレサちゃんは竜騎士さんを挑発していた。そして感情を殺して冷静な人のように思えた竜騎士さんは憤っていた。
ティーダ・ランスター。ティアナのお兄さんのことだ。違法魔導師によって殉職した優しくて強い人だ。

「テレサちゃんは何が言いたいの?」

「そうですね。ティーダがいたらなのははこんなことしなくて済んだんでしょうね」

「どういう事かな?」

「だってそうじゃないですか。ティーダが生きていればサタンなんかあっさりと対峙してヴィヴィオちゃんを助け出して、アモンも打ち破ってなのはの元に届けているですよ」

テレサちゃんは笑顔のままそんな事を言った。
最初は信じられなかった。でもテレサちゃんは堂々とアモンを打ち破るといった。
そんなに強い人がどうして違法魔導師によって殉職したの?
ティアナには何も聞かなかったけれど、もしかしたら隠された秘密があるのかもしれない。もしそうならば私は怒りを覚える。

「あ、その表情はなのはは真実を知らないんですね」

テレサちゃんは念話をつないできた。
そしてその真実を伝えられた。




怒りを覚えると思っていたこころは違った。
酷過ぎる。そんな事実あまりにも酷過ぎる。

「だから竜騎士は管理局を捨てたんですよ」

そんなふうに軽くいうテレサちゃんの言葉すら耳に入らないほど、私の心は掻き乱されていた。


そのとき軽い足音が聞こえた。この船のいる人たちでこんなに軽い足音をするのは目の前のテレサちゃんともう一人しかいない。
こんな状況では彼女だけが癒しだ。
向こうから走ってきた人影は予想通りアリシアちゃんだった。でも目に涙を浮かべていた。泣くような子には見えなかったのに意外だった。

アリシアちゃんは私目掛けて速度を落とすことなく走ってきた。そして飛びついてきた。
ちょっとよろけかけたけど、アリシアちゃんくらいの体重ならなんとか持ちこたえることができる。ちょっと危なかったけれど。
抱きついてきたアリシアちゃんは私の胸に蹲って泣いている。フェイトちゃんにはこんなことがなかったから新鮮で少し嬉しい。親友の幼い頃によく似た少女にこんなにも懐かれるなんて嬉しいことだ。

それにしてもどうしてこんなに泣いているんだろう?
よく見ればアリシアちゃんは震えていた。そんなに怖い目にあったのかな? ヴィヴィオにするように背中を撫でてやって落ちつかせようとした。

「もうどうしたの、アリシアちゃん? 泣いているばっかりじゃ私もわからないよ」

「うぐっ、だって、ひっく、あ、アモンが、ひっぐ、うわぁぁん」


アリシアちゃんの泣き言からアモンの名が出てきた。
Dナンバー2・アモン。5年前シグナムさんを一蹴したらしい。シグナムさんは生き残って見つかった六課の面々では一番の重傷だった。上半身の左半分が吹き飛んでいた。はやてちゃんの家族の中では2番目に酷い有様だ。
あの事件の最中みつけた半身に等しい融合騎のアギトは、シグナムさんの身代わりになって命を落とした。

私たちはあの頃全力を出せば倒せない敵なんていないと思ってきた。
だけどそれはあまりにも現実を知らなかった。私たちよりも強い人たちなんていくらでもいた。私やフェイトちゃんを打ち破った機人も間違いなく私たちよりも格上の実力者だろう。
私なんてやっとあの頃のレベルに回復した程度だ。
倒せる望みなんて誰かもっているのかな?

「それで、アモンさんに何をされたの?」

「ひっく、えぐ、ひゃりをね、槍をね、いきなりむけてきて、ひっぐ、怖かったよぉ」

一体なにがしたいんだろう? そんな無条件に暴れるような人だったかな?
アリシアちゃんを慰めながら考えてみた。どうしてあの人はそんな暴挙に出たのか。アリシアちゃんが何か粗相をした。それはないな。その程度で得物を向ける必要なんてない。アリシアちゃん程度なら素手で十分ひねり潰せるだろう。
だとしたらどうしてわざわざ槍を出した、いや出す必要があったの? わざわざ怯えさせるようなことをするなんて。

「なんかね、アモンが、限界を見てみたいとか言い出してね、ぐすっ、ひっく」

だから一体何をしているんだろう。
涙で服が濡れてきた。多分殺気に当てられたんだろう。私もあれを受けたときは勝てないって悟ってしまった。

「ねぇ、アリシアちゃん。アモンさんはその前になにかいってなかった?」

だいぶ落ち着いてきたのかな。少しは調子を取り戻してきた。
涙を拭った赤くなったルビーの瞳は赤に磨きをかけたようだ。寸分狂わず見た目はフェイトちゃんだ。

「覚醒がどうとか成長とか、あと5年前にDナンバーが局員に負けた話と……あ、そういえば赤い死神のことも言っていた」

赤い死神、5年前、Dナンバーに勝利、それらのキーワードは立った一人の少年を指していた。
そしてありえるだろう未来が予測できた。
だめだ。来たらダメだ。来たら殺されちゃう。

「なのは、どうしたの」

私の顔を覗き込むアリシアちゃんに作り笑顔で対応した。
焦る私をかくすために。
伝えられないことが口惜しい。幸せそうだったのに。どうしてこうなっちゃうの。お願い、来させないで。
エリオが殺されちゃう。

ねぇ、ティアナからどれだけ奪えば気が済むのかなぁ。この腐った世界は。











あとがき
なのはの部分の掛け合いを少し追加。
やっと修正作業も折り返し地点だ。



[8479] 第九話 約束
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:d028621e
Date: 2010/03/15 16:02
両腕につけた一対の腕輪。それが嵌められているのは毎日鍛錬を欠かさない人とは思えない白い綺麗な腕。それでいて不釣り合いな黒い腕輪だ。腕輪からは本人が言うには邪魔らしい鎖が伸びている。
鎖の先にあるのは黒い六芒星の文様。両方共中心に淡く橙色に光るコアが埋め込まれている。
マモンにクロスミラージュを破壊されたティアナは、母親の形見であるこのデバイスを使っている。

「ダークネスファントム、セットアップ」

両腕の腕輪は黒い拳銃に変化した。クロスミラージュと比べ一回り大きく黒い銃だ。見た目こそ普通だが、使用方法は通常の拳銃型デバイスと大きく異なる。
黒いコートを身にまとったティアナは目隠しを外した。光のない深い藍色の瞳が現れた。
母親の血筋だと言っていた。
本当は一生使うはずがなかった呪いだといっていた。
彼女の兄は夢と呪いによるメリットを秤に掛けて結果的に殺された。それが正しい選択かどうかは誰にも決めることができない。ティアナは夢を捨ててメリットを選んだ。大きすぎるデメリットと共に。

「ねえエリオ」

その声は冷たく耳に響いた。彼女の今の心情を表している。言霊はティアナの心を写している。
だから伝えたい言葉が見えてきた。

「なんだいティアナ?」

背を向けたまま出撃しようとしていたティアナは立ち止まった。辛気臭い空気だ。これは殺し合いだ。死がぶら下がった戦いだ。

「私ね、もちろんエリオのことが一番好きよ。でもね、みんなのことも好き」

振り返りながら優しい笑顔でそう告げられた。悪意も裏もない笑顔だ。
でもどういう意味だろう? そして俺に何を言うことを求めているんだろう。突然の発言にどう返事したらいいか迷っていたけど、ティアナは返事が欲しいわけではないようだ。
返事を待つことなく語りはじめた。

「本当は誰も好きになんて二度となりたくなかった。あんたのせいよ、私が好きなんて感情思い出したの」

忘れていたというより押し潰していたという方が近い。あの頃のティアナはそんな感じだった。

「悪かったって謝るべきなの?」

静に首を振って否定を示した。なんとなくほっとした。
だってそんなこと認めてほしくない。彼女に心底惚れた人間としては。

「なにもなければ失うことはない。私が傷つきたくないから誰も好きにならなかった。でもまた好きになっちゃった」

確かにそうだ。初めて会ったときのティアナは誰に対しても薄い透明な壁を張っていた。深く近づいて注意深く見ないと気づけない壁だ。
付き合うだけならば問題ない。彼女の親友のように気づくことなく触れ合うことだってできた。心の奥底に触れないことを気にしなければ。

だから距離をとっていると実感するまで時間がかかった。
距離といっても自分の心の奥底に触れさせない程度だったけれど。いつそれを砕いたのか実感はなかった。でもその向こうから二度と帰られないというのは実感した。
帰りたいと思えないのだからたちが悪い。
それを実感したときにはもう大量に中毒性が強く危険だと中将が言っていた麻薬に匹敵する、彼女の愛情を受けてしまった。
依存症になってしまった。

「また好きになっちゃたから、もう前みたいに心の奥底に沈めることなんてできない。エリオを好きになってからみんなのことも好きになった。ここにいるみんなのこと好きよ。誰も失いたくない。だから私はみんなの命を背負って戦う」

昔から行動理念だけは変わっていない。失いたくない、それが細い腕で銃を握り戦い続ける理由だ。でもいやな予想が頭をよぎるのは当然だと考えてほしい。

「……つまりティアナはこれから浮気するけど、本命は俺だから気にするなとでもいいたいの?」

彼女に依存していることは認めている。そしてこの前他の女性隊員全員にダメ出しされたくらい独占欲の塊だってこともわかっている。
でもティアナの愛情を受けてきたら、それを自分だけのものにし続けたいのは当然だと思う。
あんな深くて優しい愛情を受けたら誰だってそうするだろう。
そんな言葉に対して、目の前のティアナは驚き呆れたような表情だ。

「……どこをどう聞けばそうとれるのか、あんたの頭をジャックにでも解剖してもらいたいわね。……あんたを好きになったからみんなを好きになれたの。ありがとう、私に大切なことを思いださせてくれて」

まっすぐで裏のない言葉だ。でも続けられた言葉が無性に不安を与えた。普通の言葉だけど、まるでもう二度と会えないかもしれないみたいだ。
二度と会えない。たしかにそうだ。ティアナがこれから行う任務は生存率が低い。

「……ねぇエリオ、私は強くなった?」

「強くなったよ。ニアSが揃う副隊長格の中でも、最強って呼ばれるくらいになった」

武闘派として知られるコウライ副隊長や、教導隊の戦技図鑑と呼ばれたバイカル副隊長よりも強くなった。今では首都防衛隊の誰もが彼女を副隊長最強と認めている。
口にしながら、そんな言葉ではどうにもならないことをわかっていた。

「なのはさんよりも?」

返答ができなかった。
当然くるべき問いだったのに何も答えられなかった。
ティアナは努力を続けてきた。過酷な訓練も乗り越えてきた。修羅場もいくつか乗り越えてきた。その中で実力もつけてきた。強くなるために一日も欠かさずに鍛錬を積んだ。今よりも強くなることを望み、諦めず努力し続けてきた天才だ。

しかし相手は生まれながらの天才。最初から全てを持っている。この5年で俺たちが積み上げてきた努力の成果を、あの人は最初から持っていた。
なんの訓練も受けずに最初からAAAランク魔導師。今ではS+の魔導師。そこまであげるのに彼女は特別な訓練を積んだわけではない。経験を積んだだけだ。それだけで彼女には十分だった。
絶対的なまでの才能の差。あの頃、それをいやというほど見せつけられた。

「最初の差が違うんだ。雲に届くほどの差があるんだよ」

やっぱり無理だ。ティアナ一人であの人と戦うなんて。さっきからティアナの全てが不安に見えるのはそのせいだ。
間違いない。あの人は5年前に倒した強敵マモンよりも強い。首都守備隊の隊長格とほぼ同等かそれ以上だ。戦えば隊長陣でさえも食われるかもしれない。
だからこそこんな作戦になった。それはわかっている。でも、本当に可能なのか?

「昔のままの私じゃ何十年経っても無理でしょうね」

自分で認めているならどうして、そう言おうとしたけれど彼女に先を越された。
それは俺にはない強さだ。

「だからありがとうって言ったのよ。自分の命しか背負わないままじゃ、空には届かない。だけどみんなが好きだから、誰も失いたくないから強くなれた。あんたが私の手を引っ張ってくれたからここまで来れたの。仲間を信じることの強さをあんたが教えてくれた」

笑顔だった。自信にみちた笑顔だった。

よくわからない確信が生まれた。

「一人じゃ超えられない差でも二人なら超えることができる。今の私には空を飛ぶ翼だってある。雲より高く飛べるから。だから安心して私はここに帰ってくるから」

気づいたら抱きしめていた、抱きしめられていた。どちらから抱きしめたなんて覚えていない。衝動的に行ったときの事を覚えていられる人の方が少ない。

「あの人はきっと誰にも頼らない。自分一人で戦おうとする。でも、背負っている命の重さが強さに繋がるから。仲間を失う怖さに負けたあの人には絶対に負けない」

そんな綺麗な笑顔に魅了されていた。
癖になってしまったのかもしれない行為をしようとした。だけど止められてしまった。

「それは無事に帰ってきたときまでお預けよ」

柄にもなく顔が熱くなった。いつもは感じなくなっていたけど、やっぱりこの人は年上なんだ。いつもは姿相応の少女みたいに顔を真っ赤にしているのに。
こんなときに限って頼れる存在だと言うことを見せつけてくれる。

「約束だよ。必ず生きて帰ってくる」

それを聞き、再び背を向けてティアナは歩き出した。ばっさりと髪を切って以来、背中がオレンジ色に覆われることがなくなったのはどこか物足りない。
守りたい対象を持たずに守る力を得ようとしていた少女はもういない。仲間を失わないためにどんな敵とでも戦う少女は目の前にいるけれど。

そして不安もない。

ティアナは必ず勝てる。あの白い悪魔を倒す射手になるだろう。







首都守備隊・格納庫

周りのメンツを見渡した。
各部隊の隊員の中でも若手が揃っていた。気心が知れたといえばそうだけれど、隊長どころか副隊長もいない状態で敵地に攻め込むなんて初めてのやつもいた。

この一週間このメンバーで訓練をやってきた。打ち合わせといったところだ。
この役目を与えてくれたことには感謝している。もちろんヴィヴィオが無事ならば助けるやつは誰でもよかったけれど、やっぱり惚れた女の子の一人ぐらい自分の手で助けたかった。

だけど不安もあった。敵にはあのザフィーラを一方的に倒せるような能力者がいる。能力は未だにわからない。それにエリオ隊長の顔の半分と左腕を潰すような連中がいるかもしれない。

ヴィヴィオを助けられるのならば、敵が化物であろうとDナンバーであろうと戦える。きっとどんな恐怖に面しても俺のいかれた脳は臆すという指令を排除するだろう。
それが俺だ。人としてのまともな精神を全て売り払った男だ。

だけど俺一人じゃ無理だろう。覚悟とかそんなものの話じゃなくて、実力的に見て無理だろう。仲間が手を貸してくれればできるかもしれない、いやできる。

だけどその時俺は仲間を守れるのか? 今の俺にそんな力はあるのだろうか。隊を率いることはその隊員全員の命を背負うこと。背負いきれるか不安になりデバイスである右手の手套を見た。

違反魔導師だった頃から持っていたデバイスと同型。二度と戻れないようにする処置としてあの世界についてのほとんどの情報を忘れたけど、これが日本刀と呼ばれる形状で持っているのは俺だけということは覚えている。
昔を考えると自分がどれだけ狂った外道だったのかを再認識させられる。
親の顔も住んでいた土地も何一つ思い出せないなんて、まともであることをやめたとしか思えない。それでいいと思ったとき俺は狂ったのだろう。

いや、副隊長が言うには狂った人は狂っていると認識できないはずだ。だったら俺は狂ってないだろうな。
それでもまともな完成からずれた俺が仲間を守る

「正直、何悩んでんだ? やっとお前の望みだったヴィヴィオ救出ができるんだぜ」

馬鹿でかい図体に大きな刺青をしたルサカに笑いながら言われた。見た目は強面の大男だというのに、なぜか性格は気さくな野郎だ。見た目で誤解を与えてしまうと本人は言っていた。
なんか投げやりに返したくなった。

「だから単純だと言われているのでしょう? 嵐山陸曹は部隊を率いる自信がないのでしょう」

丁寧で控えめな言葉遣いで痛いところをつかれた。

「まあな、そんな、ところだ。ルイス」

短く、だけど女性らしく切りそろえている茶髪。立ち振る舞いもルサカと正反対で物静かだ。優しく控えめな声だった。隣に立っているルサカと比べてしまうと小さい印象を受けるが、女性隊員のなかでみると低くはない。
いや、比較対象がアルピーノ姉妹だからか? だけどティアナ副隊長よりか背は高い。でもほかと比べると高いわけでもないから、普通ってところか?

まあそんなことはいいとして図星だ。自信がない。暴走したらどうでもよくなるだろうけど。

「単独での、戦い方しか、まともに、習ってこなかった、から、そもそも、団体行動の頭なんて、実感がないんだ」

「仕方がないと言えばそれまでですが、部隊による作戦の成功は隊長が握っています。嵐山陸曹が根拠のない自信を持つような人物でないことはいいことですが、もう少し自信を持っていただかないと士気に関わりますよ」

ルイスの言うことは事実だ。なんであの人は俺を部隊長にしたんだろうか? 戦略面は認めるけれど、使う駒の特徴は覚えていてほしかった。
だけど弱音を吐くつもりはない。俺がヴィヴィオを助けることに代わりはない。それにこの二人は同じ頃に入隊して、結構な数場数を踏んできた。二人に俺の指示はいらない。俺が先陣を切って戦っていけばいいだけだ。
だから本当のところ気がかりなことは一つだけだ。

「だいじょうぶですよ。ティア副隊長は守備隊内ぜんいんの能力をはあくしていますから。そうだよね、アイリスちゃん」

無邪気な笑顔で微笑むシェーラ。水色の瞳と藍色の髪を、見た目からは冷たいイメージを受けるが優しいいい子だ。戦い方は見た目以上に寒々しいが。髪を縛っているリボンと童顔のせいで実年齢よりも幼い印象をうける。あれがデバイスらしいけれど。

「それはそうなのですけど、少し違うのです」

逆にこっちは棘のある、とまではいかないけれど冷静なタイプだ。背中まである濃い赤色の髪を一本にくくっていた。血管が見えているかと疑いたくなるほど真っ赤な赤目だった。
ギゼラ隊長の娘さんだけれど、関わりが少ないから詳しいところは知らない。

気がかりなのはこの二人だ。
去年入隊した二人は訓練生だ。1年間強行部隊としてエリオ隊長とティアナ副隊長の二人にくっ付いて過酷な任務をこなしつつ、レナ副隊長主導の訓練を受けてきた。
総隊長が言うには、潜ってきた場数は同期と比べると危険度も数も段違いに多く、元と言っても教導隊所属の魔導師に1年間も訓練を受けて十分なレベルに育っているらしい。

ただ二人は常に守られながら任務をこなしてきた。死の危険からは一定の距離を置いている。それが悪いとは思わない。訓練校での新人を潰してしまうよりかはましだ。
そう、気がかりなのはそこだ。
二人は初めてだ。守ってくれそうな隊長や副隊長なしでの任務は。経験や訓練の成果は俺だって認めている。しかし不安だ。

「アイリスちゃん? 違うってどういうこと?」

俺が一人不安と戦っているとルイスはアイリスの先ほどの発言について尋ねた。
付き合いは深くないが、アイリスはシェーラよりも大人だ。周りの状況に対しての高い判断能力を持っている。もしかしたらそういう面は俺よりも上だろう、この一週間でそれはわかった。
そういう面をあの人もみているだろうから、情報面の違いもあるだろうな。

「本当のことをいうと、ティアナ副隊長は嵐山陸曹の指揮能力に何一つ期待していないのです」

……どういうことだ?
そこまで俺は信用がないのか? 確かに昔模擬戦したときに掠りもしなかったけど、いまなら対等に戦えるはずだ。いや、対等は行き過ぎでも俺は強くなった。
だから全く言葉の真意が掴めず首をかしげていると、アイリスはまっすぐ俺の目を見て言った。

「嵐山陸曹、私たちの目的は高町ヴィヴィオの救出なのです。そしてあなたはヴィヴィオの事が好きなのですよね。この際ヴィヴィオはあなたより7歳も年下の11歳の子供で、あなたがロリコンかもしれないという疑惑は無視なのです」

「そうか」

一瞬何を言われているかわからなかった。だけど何も言わないわけにはいかないと考えてなんとか返せた。
後半の部分を後で訂正しよう。シェーラからの視線がすごく痛い。そんな目で俺を見るな。俺はロリコンじゃない。二人は生暖かい目で俺を見るな。

分かっているなら助けてくれよ。そう思った直後念話で諦めるようにと言われた。俺たち友達、いや仲間だよな? 俺たちの絆を疑っていいか?
こんな状況を作り出すことなんてあの時には思いもしなかった。人が誰かに惚れるのに理由なんていらないはずだ。それは何よりも大事で大切なことのはずだ。
それなのにこの仕打ちは何なんだ。

「首都守備隊としての最優先事項はヘブンズソードの奪還もしくは破壊なのです。でも貴方はきっとどんな状態でもヴィヴィオの救出を優先するのですね」

意外だがロリコンと言った張本人はあまり追求する姿勢がなかった。
首都守備隊の目的は当然それだろう。首都を守らないのになにが守備隊だ。だけど俺にとっては首都の命よりもヴィヴィオが大事だった。

「そうだな。悪いが、俺の、中での、最優先事項は、ヴィヴィオの方が、上だ」

これがまともな感性をしている人間だったなら一人の命よりも世界が大事だって言うんだろう。当然だ、100点の回答だ。だけどヴィヴィオを守れなかったとき俺は自分を殺すことになる。
だから人でなしと後ろ指をさされて、罵られてしまったとしてもどうでもよかった。

首都を守る精鋭部隊の一員としては間違っている。でも俺の本心だ。それになにより一番守りたい奴を守れないようなやつが、首都の平和を守れるはずがない。
当然そんな俺のわがままに付き合わされたことへの怒りが彼女たちにはあるだろう。俺はそれを甘んじて受け入れなければならない。それが上に立つってことなのか?

「構いませんよ。守りたいものがあるから人は戦おうとするのです。……それに私たちは貴方を隊長としてこの任務につくように命令されているのです。だから私たちの優先事項は高町ヴィヴィオの救出でいいのです」

どうやら俺の考えを少しは理解してくれているようだ。少しばかり安心した。それにしてもすごくわりきっているな。
ちらりともう一人の方を見た。シェーラの方は特に言うことはないようだ。かなりこの子のことが心配だ。見るからに戦いを得意とするようには思えない。

「あといろいろと不安みたいですけど。ご心配なく、シェーラは私が守る、のです」

気のせいだろうか。
一瞬だけ赤目に銀色が混じった気がする。雰囲気も一瞬だけだが変わった。
鋭く尖った感じだ。気を抜けば左手の手袋が待機を解き、真紅の刃となって俺の体を貫通していただろう。
なぜ目の前の少女からそんな殺気に似た殺気ではないものを感じ取ったのか自分でもわからなかった。
そして反応できるとき、つまり気づいたときにはなんともなかったように戻っていた。

あまりの変化に呆気にとられたけど周囲を見ればそんな風にしているのは俺一人だ。目の前のアイリスに至っては首をかしげてさえいる。
すぐに気持ちを切り替えることにした。

「そうか、ならいいぜ。まあ、俺は、敵陣を、全部切り捨てて、道を作る。ルイスは、ヴィヴィオの居場所を、突き止めてくれ。ルサカは、俺が、斬り残した奴等の、攻撃を捻じ伏せろ。二人は……普段通りに戦ってくれ」

強行部隊は今回の作戦みたいな手で動くことが多いはずだ。
最初に甲板の制圧を五番隊が行うはずだ。メインエンジン破壊のために陸戦の2トップも最初はいるからなんとかなる。いやなんとかしてやる。
助けるための手段も希望もみつかり、俺は活路が開けるのを感じた。
今のまま行ってもいいような気がしてきた。

しかしその前にせねばならないことがある。これをしなければヴィヴィオを助けるなんて夢に終わるだろう。それほどにこれは重要だ。
これをすることなしにうまく行くと考えるほどおれはバカじゃない。だってそうしなければきっと失敗するという確固たる予感がある。

「言っておくが、俺は、ロリコンじゃない。まだ、ヴィヴィオが、ロリと、呼ばれる年なだけだ。少なくとも、あの子が、他人との交際を、認められる年齢、16歳くらいに、なるまでは、特に何かを、するつもりはない」

最初は14歳と言おうと思った。世の中では10歳でもいいとするところはあるけれど、恋とかを考えるのはもっと遅くていいだろう。だから14と言おうと思ったが、こいつらは14歳だった。
まあ、俺がヴィヴィオと付き合う何てことは夢物語だけどな。俺はヴィヴィオが幸せになればそれでいいんだ。

「……いったいヴィヴィオのどこにほれたの?」

シェーラが不思議総な目で見つめてきた。まあそうなるよな。
8つも下の娘に本気で惚れている男なんておかしいからな。どうして惚れたか気になるだろう。普通じゃないからな。

「あ、あのおかしいとか思っていませんよ。その、わたしのパパだった人とママだった人なんて30もはなれていましたから」

どこを突っ込めばいいのか? 俺にはわからない。
これは突っ込むなってことなのか。単なるセリフだから気にするなってことなのか。そうだよな。こんなこと触れられたくないよな。
勝手に一人で決めさせてもらった。

「純粋で、まっすぐで、優しいところだな。俺が、どんな奴か、知っても、怖がらずに、接してくれたのは、あの子が初めてだ」

思い出せばありありと浮かぶ。というか、あの場面以外の記憶をどんどん消している気もする。人の微笑みが綺麗だと、世界に色を感じたのはあの色鮮やかな瞳を見たときだ。
だがそんな俺の思いは一気に切り捨てられた。

「それは単に善悪の判断がないだけなのです。さっき言った特徴はあの年の女の子の多くに当てはまるのです」

後ろでルサカが笑っているのがわかる。まあ、そうだよな。ルイスは笑わないように務めているんだな、ありがとう。

「違うな、最初あったときは、怒られた。だけど、もうしないって、約束したから。その約束を、俺は、違えるつもりはない」

俺みたいなやつを叱った。それも俺を思って。
あのころはまだ9歳かそこらだったけど。ただの純粋無垢じゃない。まっすぐに自分の信念を持っている強い子だ。きっと今でも泣いていないだろう。
それに約束は一つだけじゃない。ヴィヴィオを守ると約束した。その約束を果たすために絶対に助ける!!
後ろの二人は同調してくれた。

「そうだな。約束を違えるようなやつは男じゃねえ!!」

「男と言うよりも道徳的にどうかだと思います。まるで女性は約束を違えるような言い方じゃないですか。嵐山陸曹、いえ嵐山分隊長はその意気込みでいてください。二人もそれでいいよね」

分隊長と面と向かって言われて気後れしてしまったけど、すぐに持ち直した。そうだよな俺がこいつらの命を背負っているんだ。
腰を曲げ目線を合わして話すルイスは年下に対する対応が上手だ。そして二人共頷いてくれた。

「よし、じゃあ、今から、お前たちの、命を俺が、預かる。そして必ず、ヴィヴィオを助け出す!!」

高町ヴィヴィオ救出作戦決行まであと1時間。
必ず助け出す。




















ミッドチルダ・海洋上空

まだ朝日も登らない頃合。星がその役目を終えようとしているとき、異変が起きた。
雲が不自然な形に裂けた。星の役目をほとんど奪っていた真っ黒な雲が不自然に裂けはじめた。
そして雲を切り裂いた正体が姿を表した。
中型の白い戦艦「ヘブンズソード」だった。
決して剣に酷似した姿をしているわけではない。だが天国の剣を冠するわけはある。全面にAIRを展開できるこの戦艦はいかなる戦場をも切り裂くことができる。
あらゆる攻撃を理論上無効化可能なこの戦艦は、その力を内部から発せられた音を無効化することに力を注いでいた。

「無音だというのか? 戦艦が無音などありえん」

管制室にはアモンだけでなく竜騎士とテレサもいた。
普通の管制室と比べると広い空間があり戦闘機人が所狭しに並んでいた。
竜騎士はアモンに言われたことを信用できなかった。無理もないだろう。常識的に考えてこのサイズの戦艦が音を一切出さずに動くことなどできるはずがない。

「可能だ。まあ実験の一環だ。演算装置なしでどれだけの事ができるか試しているんだが、これはダメだな」

アモンの視線の先には演算装置代わりになっている10体以上の戦闘機人の姿があった。まわりには演算処理に脳がおいつけなくなり、それでも演算をさせ続けた結果ジャンクになった戦闘機人の山があった。
脳に直接コードを繋ぎ演算させるという機人だからこそできる技だった。しかし1時間程度消音しただけでも数十体の戦闘機人がだめになるほど膨大な量の演算だった。これらが壊れたところで問題はない。

戦闘機人E型、簡易型戦闘機人
管理局本局が定めている殺害可能なD型以外のもう一つのタイプ。そして直接的に被害を与える厄介な機人たち。
社会に不安を与えて人を人と思わず殺害を繰り返すDナンバーと呼ばれるものを管理局はD型と区別した。D型は抵抗の意思があれば即座に抹殺していいことになっている。E型は発見次第即座に破壊となっている。

破壊と抹殺。この違いは意思によって決まった。自分の意思を持つD型や他の戦闘機人は自分の意思というものを持っている。しかし簡易型戦闘機人、通称E型はプログラミングされた行動しか行わない。
人の体によって可能になった様々な動作を行える自動兵器のようなものだ。戦闘に駆り出せるものの多くが戦闘不能に陥ると自爆する様になっている。戦闘機人の保護を考えた管理局の一派がこれにより壊滅した事件は管理局員にとって記憶に新しい。

アモンにとっていくらでも代わりが効く道具にすぎなかった。しかしこのペースでの消耗は頂けない。それほど多くの数をここには積んでいないのだ。
あと数メートルで作戦開始位置に到着するためどうでもいいのだろう。
そろそろ連絡をしようかと彼が無線に手をかけたとき、向こうから連絡がきた。さすがはエースオブエースと恐ろしい悪魔の笑みを竜騎士だけは見ていた。

「それじゃあ私は出撃するよ。……約束は忘れないでね」

「無論だ。劣化しているといえども約束を反故にすれば、我らは劣化した人間以下になってしまう」

種族としての誇り。劣化と人間を罵る以上、約束を平気で破るようなことはできなかった。それが人間相手に交わしたものであっても。
その心には騎士の誇りのようなものさえあった。

そんな様子を竜騎士は複雑な面持ちで見ていた。
高町なのはがこれから行うのはミッド炎上作戦。彼女がミッドチルダ以外の世界出身者だということは知っている。娘の命と仕事でいるだけの世界。高町なのはは娘を選んだ。
竜騎士は感服していた。娘といっても義理の娘である。血が繋がっているわけでないのに、地位も名誉も命も投げ捨てようとしている。

その愛情はおそらく己でも斬ることができないだろう。管理局最高の剣士といわれた己の剣技でさえも、その強き親子の結束を斬ることなど出来ない。

(血だけで繋がっている家族よりも家族だ)

己を生んだ母も村すらその刃で殺めた竜騎士にとって、強い親子の絆は斬ることのできないものだった。きっとそれはただ一人親友と呼べた男が持っていたものと同じだろう。
そんな彼女の行動を奨励する反面、居心地の悪さを感じていた。それは11年前まではミッドチルダを守る剣士だったからだと、竜騎士は己の中の葛藤の原因に気づいていた。

あの悪夢がなければきっとなのはと竜騎士は対立していたのだろう。近くには幾千もの戦場を共に生き抜いてきた戦友たちがいる。
そんな世界を想像して竜騎士は己の愚かさを嘆いた。
なぜならそんな理想を破壊したのは己の凶刃に他ならない。
それでも願ってしまう。あの時あいつが来なかったら、義妹を実験台にしようと考える連中がいなければ、そもそも義妹が村から追放されるようなことがなかったら。
叶わないと知りながらも願ってしまう。それは竜騎士が人だからだろう。

「なあ、ティーダ。俺は間違っていたのか?」

答えてくれる親友はこの手で殺めたというのに。







ヘブンズソード・第3トレーニングルーム

耐えるんだ。
耐えるんだ。耐えなきゃダメ。

「まだだめなのか。いい加減にしろ餓鬼!!」

どうして私の鎧は音を遮断してくれないんだろう。
休みなく続いているこいつの拷問は全て防いでくれているのに。
目を開けていると疲れるから、目を閉じたのはいつだったかもう覚えていない。
私の虹の鎧はもうぼろぼろなんだろうな。

『ヴィヴィオはいい子だから我慢できるよね。少しだけ待っていて、絶対助けにくるから』

あの人はそう悲しい笑顔をしていっていた。
大丈夫だよ。私我慢できるよ。
でも、苦しいな、なのはママ。
もう体のどこも力が入らない。きっとこの「聖王の鎧」が破られたとき私は全てを奪われちゃうんだ。ユーノ君みたいに。

嫌だ。
嫌だよ。私じゃなくなりたくない。まだ私は私でいたいの。
誰か助けてよ。

『じゃあ、俺がヴィヴィオを守ってやる。たとえどんなやつが相手でもな』

その時頭に浮かんだのはなのはママじゃなかった。

『約束だよ。そうだ、小指出して』

『こうか? どうしたんだ、ヴィヴィオ、小指を、からませて』

『指きり拳万、嘘ついたら砲撃千発くーらわす。ゆびきった!!』

優しく微笑んでいる黒髪のお兄さん。
あの時はじめて困った顔を見た。

『えーと、どういうことだ、ヴィヴィオ?』

『約束やぶったらダメってことだよ。約束破ったらね、なのはママの砲撃を1000発食らわなきゃダメだからね』

『あーヴィヴィオ。それしたら俺死ぬよ』

『約束破るの?』

そういうと慌てた。普段と大違いだ。

『破るわけないだろ。よし、それでいいぜ』

そういって頭を撫でてくれた。ザラザラしているけど、優しくて大きな大好きな手だ。

『嵐山修はどんな時も必ずヴィヴィオを守る。俺はヴィヴィオの剣になるよ。全てからヴィヴィオを守るための剣にな』

『約束だよ』

『ああ。ヴィヴィオがピンチになったら必ず現れて颯爽と助けてやるよ』

そうだ居るんだ。
私にはヒーローが。
どんな時だって守るって約束してくれた、私のヒーローが。
そう思うと怖さがなくなった。
だって聖王の鎧が壊れたら修お兄ちゃんが来てくれるから。
私を助けにきてくれて、皆倒すからもう怖くない。







同時刻
ミッドの湾岸に一人の少女が立っていた。

黒に身を包み闇に飲まれていた。それでも夕焼けのような美しい髪は見えた。
闇に佇む姿は悲しくも見えた。しかし彼女の瞳には悲しみなどなかった。深い青の瞳はまだ明けない空を見つめていた。
その瞳には希望が残されていた。

オレンジ色の魔法陣が足元に描かれた。
魔法は人の夢を叶えるためにある。人を救いたいという夢を叶えるためにある。
彼女が魔法に願うことは唯一つ。あの人を助けたい。

もう、言葉は届かないかもしれない。助けることなんてできないかもしれない。そんな不安を吹き飛ばせるように。魔法は発動した。
簡単なことだ。
だって今は空だって飛べるのだから。きっと届く。この想いだって。

「ステルス02、ティアナ・ランスター出撃します」

天高く舞う少女は明けない空へと飛んだ。
全ては己の心のままに。希望を抱き飛べなかった少女はついに天を翔る。











あとがき
この回はそれぞれの約束。
生きて帰るという約束。
必ず助けるという約束。
娘を返すという約束。
助けを信じるという約束。
多種多様な約束。それを叶えたという望みのためにぶつかり合う。
綺麗なものではないのです。



[8479] 第十話 師弟決戦
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:d028621e
Date: 2010/03/15 17:12
ヘブンズソード・甲板

甲板に出て波風を感じた。心地よい。
もしかしたらこれが最後になるかもしれない長年の相棒に声をかけた。

「行くよ、レイジングハート」

長年の戦友が答える声も悲しく聞こえた。背後に控える自動戦闘機たちは全て私の号令で動く様になっている。私も随分と底辺まで落ちたものだ。ミッドチルダを焼く部隊を率いるなんて昔の私が見たら頭を冷やされるだろう。
一週間近く前の竜騎士さんとの会話を思い出した。

「違うよ、竜騎士さん。もう後戻りはできない。作戦開始、全軍続いて」

後悔はしている。でも、後戻りなんて考えない。
前に進む。私の力でその道を切り開く。私は現実から逃げない。

「待って!! なのは」

後ろからあの済んだ声で呼びかけられた。
不安そうな瞳で私を見るあの子がいた。
この子を見るのは今が最後だろう。私が生きて彼女にまた会える保障なんてどこにもない。
そしてまた出会えたときは敵同士かもしれない。

「どうしたの、アリシアちゃん」

できれば助けてあげたいけれど、不可能なことを彼女に示すつもりはない。
無言でアリシアちゃんは抱きついてきた。
だから私も何も考えずに抱きしめることにした。抱擁を、愛を彼女が忘れないように。

「初めてだったんだ。抱きしめてくれる人なんて」

「そう」

愛情を知らない。それは間違いなく悲しいことだろう。
それならばいっそ知らない方が彼女はよかったのかもしれない。でも、それは幸せと言えるのだろうか。

「お母さんは冷たかった。暖かいのはなのはが初めてだよ」

私は無力だ。私ができるのは彼女を抱きしめるだけだ。
時間は迫っているけどアリシアちゃんを抱きしめるくらいの時間はあった。アリシアちゃんは自分から抱擁を解いてくれた。
最初から闇だった。大罪人の娘としていきる覚悟を決めた彼女の未来は闇しかないだろう。だから雇われ魔導師なんかに身を落とした。


「バイバイ、なのは。今度会うときは敵同士だね」

そう言われてもう一度自覚した。
アリシアちゃん、テレサちゃん、竜騎士さん。きっと次会うときは敵なのだろう。
まだ迷いは尽きない。だから退路を経ってきた。

私が行える行動はもう一つしかない。
最後に残した選択肢を選び、ミッドチルダへと飛んだ。背後に重火力兵器の団体を引きつれて。
これは死の行進だ。
代価は私の全て。報酬はヴィヴィオの命。

「高町なのは行きます。止められるものなら止めてみなさい!!」

さあ、勝負の時間だよ。ティアナ。








ミッドチルダ・南部湾岸湾岸地域上空
小型機戦闘艦スレイプニル操舵室。

「センサーに反応あり!! 魔導師1に飛行兵器大型3、中型30、小型40……小型20ロストしました」

ルキノの声が響いた。あまり広くない操舵室。部屋にいるのは四番隊所属の者達だった。そこには技術主任でもある仮面博士ジャックの姿もあった。

「海にでも逃げ込んだのだろう……迎撃パターンはFだ。お嬢さんの読み通りだな。さてルキノ君、出航準備はできているかい」

その様子は敵襲があるといういのに余裕そのものだった。想定していたこともあるだろうが、本人の性格も関わっているはずだ。
この状況下でもその余裕を崩さないのは彼だけだろう。

「ええ。でも怖いですね。相手はなのは隊長……空佐なんですよ。機動性能を高めたこの戦艦では砲撃一発で沈みますよ」

不安そうにルキノは語った。機動六課に所属していた彼女は実力をよく知っている。
いつからか白い悪魔とも呼ばれた高ランク魔導師。そしてその名に裏付けされた圧倒的な実力。

「そのために君が舵を握っているのだろう? まあ、火器統制は任せておきなさい。君は初めてみることになるだろう、管理局最高戦力に等しきSSSランク級の砲撃を」

こみ上げてきた笑いを抑えきれないのか、ジャックは笑い続けていた。技術者ゆえだろう。己の才能に酔いしれていた。
ルキノはそんなところは無視していた。しかし無類の戦艦好きである彼女にとってこの船は夢の国に等しかった。戦闘前だというのに笑みを浮かべていた。

後ろのジャックは未だに火力について話をしている。

「さらに副砲は精度と距離に重点をおいた狙撃型砲撃にしている。従来の戦艦5隻を同時に相手しても勝つだろう。だがこの程度では完成ではない。更なる発展を望んでこそアンリミテッド……ゲフンゲフン」

先ほど言いかけた言葉をルキノは無視した。今や、仮面の下が誰かなどもうどうでもいいことだった。








ミッドチルダ南部・湾岸部上空

同時刻、なのはは作戦位置に到着していた。
ここに来るまで引き返す時間はいくらでもあった。だがそれを全て捨ててここにきた。葛藤がなかったわけではない。これから行う行為がどういう結果を生み出すかを理解していないわけではない。
こちらの行動を読んだのだろう。地上部隊による迎撃体制が整っていた。普通の彼女と同じ年頃の女性では足がすくんでいるに違いない。

だが不幸なことに彼女にはそれをなぎ払う力があった。
力を欲したことはなかった。力を持たなかったときを想像したことも一度ではない。元来の責任感の強さが彼女をここに縛りつけていた。今では力を忌々しいとさえ思っている。
引き返すという手段はもうない。今は仕事をこなすだけだ。

「フロント隊前へ!! 敵迎撃兵器へ一斉射撃開始!!」

彼女の声に従い小型の自動戦闘機が前方に出た。機関砲を装備したこれは地上への制圧には不向きだが、対人や兵器に対しては有効だった。
部隊名をつけたのはなのはだ。彼女としてはその方がやりやすいのだろう。
そしてレイジングハートを構えた。穂先に桜色の魔力が集まり、今すぐにでも解き放たれそうだった。無表情になったなのはが何を思っているかわからない。

「ディバインバスター」

抑揚もなくつぶやかれた言葉は破壊を表した。慣れた必殺の砲撃により囮の戦闘機を相手していた迎撃部隊は桜色の壁に飲み込まれていった。射程の長い砲撃魔法による戦術は東西随一の才覚を持っていた。
なのはは一対一は得意でない。接近される心配を廃し、防御と砲撃に専念したとき真価がある。
前衛代わりの自動兵器を盾にすることで、存分にその砲撃を発揮していた。
そして彼女の後ろにいる後衛に課せられるのは大規模攻撃力だ。質量兵器を使うことになると彼女は今まで思ってもなかっただろう。

「フロント隊散開!! プロミネンス隊照準合わせて!! 焼夷弾発射」

中型規模の自動戦闘機に積まれた爆弾が発射された。さきに迎撃兵器を殲滅したのはこのためだ。範囲は低いがかなりの高温で瞬時に焼きつくすため、万が一近くで爆発した場合全滅しかねない。
危険な兵器だがそれ相応の効果はあった。

なのはは目の前に広がる光景から目をそむけた。
瞬時に炎に包まれる港。これを自分はやったのだ。何人人がいただろうか? なのはは自分がどれだけの命を消し炭も残らない炎で焼きつくしているか気付いた。

黒い煙が立ち込めた。港全体から立ち上る黒煙は吸うだけで体に悪そうだ。こんな煙で空が覆われてしまえば、朝日は拝めないかもしれないとなのはは思った。
しかし自分が黒煙に包まれたときに気付いた。あれだけ焼いたのだから煙ぐらいでても不思議ではない。だが量が多すぎる。

(この煙……しまった!! 罠だ!!)

気付いた時にはすでにほかの機械への命令が出来なくなっていた。当初は燃えてできた煙だと油断してしまったが、どうやらこれは科学的に作られた兵器の一種だ。
なのは一瞬にして強制的に作られた闇にとらわれてしまった。

(焼かれることは読んでいたんだ。でも港全体に仕掛けていた? そうか、さっきの違和感は……だとしたら)

瞬時に仕掛けを見破り目的を探ることに移っていた。だが考えが纏まるよりも早くに射撃攻撃が下から迫ってきた。全身をバリアに包んだなのはは無傷だが、周囲の機械が次々と撃墜されているのに気付いた。
射撃位置は港だとなのはは推測していた。それは当たりであり煙の向こうには迎撃態勢になっている守備隊の姿があった。
それらは間違いなくなのはが先ほど押しつぶした迎撃部隊だった。この状況の答えをなのははすでに出していた。

攻撃までなのはは後ろめたさや焦りなどを感じていた。ミッドへの攻撃や囚われたヴィヴィオのことが常に脳裏にはあった。嫌なことはすぐ終わらせたいため、攻撃対象である港は視認で済ませていた。それが命取りになっていた。
さきほどの港はすべて幻術だ。こちらの攻撃によって画像を変化させていたのだろう。相当の使い手が近くにいるとみて間違いなかった。

煙幕が出るように仕掛けていたところに攻撃し、こちらの動きと火力を封じる算段だろう。単騎での奇襲に気付いただけでなく、それを逆手に取られるとはなのはは思いもしなかった。
煙は予想通り息苦しく、平衡感覚を削る成分が含まれているのだろう、安定して飛ぶことが出来なかった。しかし向こうも迎撃で魔法を使うためAMFが混じったものではないようだ。

これなら問題はない。
なのははふらつきながらも魔力を集めた。こんな状態で長距離砲撃が出来るとは思っていない。だが煙幕程度で縛られるほどエースオブエースは甘くない。

「薙ぎ払えばいいだけだよ」

重く濃い煙のため普通は薙ぎ払われることは想定されていない。だが彼女にとってこの程度は造作もないことだった。
レイジングハートを上に向ける。溢れる魔力は上下に広がる砲撃となった。

「薙ぎ払え、タワーバースト」

分厚い黒い煙を払いながら、桜色の塔が立った。普段使用する全方向への砲撃と違い、自分を軸にして魔力を筒状に放つ魔法である。全方向攻撃だが使い勝手が悪いため滅多に使うことがない。
何機かの戦闘機が巻き込まれてしまったようだ。制圧用の大型が巻き込まれていなかったのは不幸中の幸いだ。

「残存勢力は煙のない部分に集結!! 脱出するよ」

声が届く範囲にいた戦闘機を従え、なのはは目の前の煙を打ち払おうとした。当初の3分の1もない数だ。しかし大型は3機とも背後にいた。まだ作戦が不可能なほどの損害は被っていない。なのはは再び砲撃体勢に入った。だがなのはが砲撃を放つことはなかった。

光に魅了された。

視界を覆っていた黒煙が食われるように消えて言った。
目の前が明るくなった。光る壁が突如現れた。
極限状態において人の体感時間は遅くなるという。なのはの脳はこの光る壁が生命の危機だと感じ取っていた。それは経験による察知だった。それがなんなのか理解するよりも先に頭の中を警鐘が鳴り響いた。

条件反射で体は動き、後退をしながら最大出力のバリアを何重にも張っていた。
なのはが理解したときには同時展開の最大限界まで張り巡らされたバリアがあった。
だが理解したことにより威力を算出したなのはの表情は青ざめた。
砲撃魔法を主体に使うから分かる。これを防ぐことなど不可能。回避に移らなかったのは失敗時には確実に死ぬことが分かったからだろう。
よく壁のようだと評価された自分の砲撃。それを上回る砲撃が目の前に迫っていた。
砲撃の担い手だからこそわかったことが一つある。それは人の砲撃ではないということ。人間が制御できる魔力量をはるかにオーバーしていた。
人ではない、ただのマーダーウェポンだ。







煙幕トラップ上空

「防げない攻撃を防ごうなんてしませんよ、なのはさん」

なにもなかった空間に一人の少女が姿を表した。左手は黒い銃。右手にはオレンジ色の刃。
全てを感知する瞳はただ一人を狙っていた。
大掛かりな幻術を仕掛けていたティアナはすでに次の行動に移っていた。
彼女がこんな奇策を立てたのにはいくつか理由がある。

条件下での防御ならば絶対的な能力を有すヘブンズソード。防御面は戦艦の固有装備だけで十分足りる。
しかし動きが読まれている以上迎撃態勢が整っている。正面突破も可能かもしれないが、防壁の弱点を突かれるかもしれない。演算装置の奪取は難しいだろう。
実際、予告された盗みなど失敗するものだ。




ならばどうすればいいか。

アモンが出した策は重火力部隊による迎撃部隊の殲滅と被害の拡大だった。ミッドチルダを燃やせば向こうは鎮火を急がなければならない。無敵の防御力で火事場泥棒をするつもりだった。
そのために所有している火力のほとんどをつぎ込んだ。ヘブンズソードと周辺に対する迎撃を想定しているところに、迎撃が間に合わない攻撃を行う。火力面は手薄になるが、先に大打撃を与えておけば敵の攻撃力は落ちている。

高町なのはを味方に引き込んだのは広範囲に一方的な攻撃が可能だからだ。そこから作戦を読まれた可能性も高いが、エースオブエースと呼ばれる彼女の攻撃を防げるような魔導師が地上にいるとは思えなかった。またなのはが手中にあるという情報だけで一定の戦力を割くこともできると踏んでいた。




地上が防げないというのは正しかった。だからこそティアナは「防がない」作戦をとった。
奇襲に対して限定的な面でしか効果がない奇策で返すという大きな賭けだった。
だからこそなのはが部隊を引き連れて現れたとき、ティアナは姿を消した。高町なのはを無視したのだ。

結果、賭けにティアナは勝利した。
戦艦の主砲はなのはごと戦闘機を飲み込んでいた。
煙幕が消えるよりも前からティアナはなのは目掛けて急降下していた。
だがティアナに慢心はない。

この後の展開も何十通り考えていた。どの展開にもなのはが倒されたものはなく、止めなければ砲撃魔法が本物の港目掛けて放たれていた。
彼女はなのはの死体があったとしても、精巧に作られた偽物だと疑うだろう。SSSランクの砲撃を撃ったとしても、
まだ黒煙は残っていた。
だがティアナはその中にいるなのはの位置を正確に見抜いていた。現の光を写さない夢幻の瞳は、人には見えないものを捉えていた。

(やっぱりまだ戦える。だけど、これで決める!!)

闇を貫きオレンジ色の刃がなのは目掛けて振り下ろされた。射撃ではなく斬撃での攻撃を決めたのは確実に葬るためだ。
バリアを張られて奇襲が防がれる可能性を考慮したためだ。魔力刃には防壁破壊の効果が付与されている。
その刃を持って急降下による奇襲で切り裂く。

だが刃はなのはに届かなかった。
受け止められたのではない。押し返されている。
刃を押し返したものが何かティアナは見切り距離をとった。
高性能のバリア切断能力を持つティアナの魔力刃を止めたものは魔力の塊だった。

砲撃魔法にしようするものと同等の魔力をなのはは無意識のうちに周囲に放っていた。恐ろしいのはバリアのような形状にすることなく大量の魔力を周囲に留めさせておくだけの力だった。
ティアナの姿を認識したなのははわずかに微笑んだ。
なのはの目論見は当たっていた。
目の前に居るのは自分が手を掛けて育てた弟子。その弟子が自分を落とそうとしている。
そんな状況はなのはを昂らせた。

「防御には当然バリアを張るのが常識で一番効果的だよ。でもね、ティアナみたいなバリア殺しとか、さっきのバリアじゃ防げないものと遭遇することがある。これはダメージの軽減には使えるんだよ。まあ消費が半端ないからティアナには勧めないけどね」

BJの形状が先ほどと少し違っている。レイジングハート・エクセリオンのフルドライブ、エクシードモード。圧倒的な強さを誇る凛々しい服装だが所々破け、白地には赤色がにじんでいた。右手からは血の雫がたれていた。傷跡が砲撃の破壊力を示していた。
それでもなのははまだ戦えた。
戦艦の主砲を真正面から受けておいて、なのははまだ戦える。
ティアナを撃墜する余力を残している。

同じように砲撃に飲み込まれた戦闘機は跡形もなく消し飛んでいた。何重にも張ったバリアでも威力を僅かにしか削れず、なのははダメージ軽減のために荒業を使っていた。
だがそれで済んだ。
煙幕による罠からスレイプニルの主砲を発射するという策略はなのはにダメージは与えたが、それで済んだ。

「チャージバスター。スバルに教えてあげようと思っていた荒業だよ。魔力量の問題で断念したけど」

昔とかわらず教えるような口調でなのははティアナに説明していた。さきほどのティアナの奇襲は黒煙がわずかに変化したから対応できた。どの方向からくるかわからなかったため全体の魔力を増加するしかなかった。
激しい消耗をした後だというのに涼しい顔をしていた。

長槍に変形したレイジングハートの矛先をティアナに向けた。矛先に魔力が収束されはじめた。

「ティアナどいてくれるかな?」

声は優しい。だが行動は恐ろしい。
否定すれば悪魔と称された力が襲ってくるだろう。それが高町なのは。管理局の空のエースオブエース。
脅しともとれる行為に対してティアナは顔色一つ変えなかった。左手の銃を向けたことが彼女なりの返答なのだろう。

「元教導隊連隊長高町なのは一等空佐。最終通告です。投降してください。これ以上はあなたを次元反逆者として処理します」

昔に戻った様に話すなのはに対して、ティアナは淡々としていた。
彼女らしいといえばそこまでだ。しかしその表情の裏には確かな辛さがかくされていた。

「投降? フフフッハハハハッ笑わせないでよ!! ここまできて投降するくらいなら最初から離反なんてしないよ。どかないんだね。だったら力づくでどいてもらうだけだから」

ティアナはこのように高笑いするなのはの姿を見たことがなかった。
今のなのはがなにひとつ心の鎧をまとえていない証拠だ。余裕など欠片もなく、ただ目的を果たすことしかない堕ちたエースオブエースがそこにはいた。

矛先にたまっていた魔力は濃い紅色を出していた。だがそれが前向かって解き放たれることはなかった。
なのはは言い終わると同時に回転しながら一歩下がった。
自己ブーストにより前方に加速した。矛先に作られた紅色の刃は、振り下ろされたオレンジ色の魔力刃と衝突した。

「気づいていたんですか?」

「合格だよティアナ。私相手にあんな行動をするようだったら、ティアナはもう落ちているよ」

戦術としては合格点だ。通告後こちらの対応次第ですぐに処理する。
なのはがティアナの奇襲に気づいたのは、態とらしく悪態をついたときの違和感だ。
もしそれを感じなければ背後からの一撃を受けていただろう。最悪撃墜されていたかもしれない。
だからこそなのははティアナを褒めていた。そこまで強くなった彼女を褒めていた。

「嬉しいな。まさかティアナとこんな戦いが出来るなんて」

「貴方に笑っている余裕を与えているような私との戦いが楽しいですか。じゃあ、そんな余裕吹き飛ばして上げますよ」


ぶつかり合う二つの魔力刃が火花を散らした。二人の力は均衡していた。
なのはは加速しティアナを看破しようとしたが、左手に持った銃口が火を吹いた。
マシンガン如き散弾がなのは目掛けて放たれた。咄嗟に開いている手でバリアを張ったが、それがティアナの狙いだった。

「高町なのは!! 取った!!」

瞬時に魔力刃の形状が湾曲し、なのはの突きはいなされてしまった。
そのままティアナはなのはのバリアを引き裂いた。
左手の銃口は再びオレンジ色の光を放っていた。
バリアの裂け目に銃を突っ込み、今度は収束された一発が放たれた。加速が仇となった。

「ぐっ」

「逃がしません。ここで畳み掛けます!!」

肩を突き刺すような衝撃を受けたなのはは小さくうめき声を上げた。
接近戦は分が悪いと悟り距離をとろうとしたが、ティアナの回し蹴りが横腹に入った。
腕でガードを試みたが、脚の急な加速と腕の痛みにより間に合わなかった。
なのはは主砲を受けたときに負傷した右側を重点的に狙われていた。

ゴキッ蹴りを受けたとき妙な音がしたが、なのははレイジングハートを握り締め周辺に対して魔力を解放した。
バリアバースト
距離をとるためだけに使うバリアの応用技だった。簡単な技だがなのはの膨大な魔力により、普通の建物ならば跡形もなく吹き飛ばすほどの威力を持っていた。

ティアナの姿が視界からなくなり、呼吸を落ち着けようとすると痛みが体を走った。肋骨が先ほどの蹴りで折られているようだ。ガードが間に合わなかったのはあるが、バリアジャケットで守られた体を貫くほどの威力はあの不自然な加速に秘密があるとなのはは推測した。

(近接戦じゃ勝目がない。予想のはるか上だ)

口元が緩んでいた。先ほどの攻防でわかったことはマイナス要素しかない。実力差がまだあると思っていた元教え子はSランク並みの強敵に成長していた。
勝機が見つかったわけではない。それなのになのはは笑みを浮かべていた。

「これでも余裕なんですか? この状況で嬉しいなんて感情があるなんて。でも悲しいというのもありますね」

声は後ろから聞こえた。だがなのはは振り返らなかった。

(声は後ろから、でもティアナはきっと後ろにはいない。後ろをとれたのに話しかけてくるなんてバカはしない)

声をかけられるまで気配も何も感じなかった。今のティアナならそんな奇襲も可能なのかもしれない。
しかし声をかけた時点でなのはは幻術による騙しだと見抜いた。
幻術は音が聞こえる方向を騙しているのか、それとも幻術による音なのかは分からないが、せっかくの機会を見逃すほど甘い人間に鍛えたつもりはない。
気づかれずに後ろをとれたのならば、そのまま確実に討ちにいくべきだと教えてきた。

「いつから人の感情を当てるのが趣味になったの? ティアナにはどうして私が嬉しいのかわからない? 愛弟子がこんなに強くなった。それだけで十分だよ」

周囲の魔力を探査した。飛行魔法を使っているため、どれだけ気配を絶つのが上手でも隠しきれない。
なのはの予想通り上方にティアナの魔力をわずかに感知した。
カートリッジを一つ消費し矛先を向けた。ティアナの魔力を補足した状態での誘導制御砲撃。
あることが頭によぎったなのはは普段は使わない砲撃体制を取った。




なのはの動きを見たティアナは口元が緩んだ。

(狙い通り!!) 

なのはが彼女の反対方向に作っておいた偽物の方向へ、魔力を集めるのを感じ取ったティアナはそう思った。
声による揺さぶりに応じなかったため不安だったが魔力には反応した。通常の戦いにおいては、なのはのとった行動がベストである。
なのはの教えたレベルでの戦いならば、それで正解だ。
だがなのはの相手はティアナだ。幻術使いだ。そしてあれから5年経っている。
その年月はティアナに力を与えた。

(貴方に教えられたとおりでしか戦えないように育てられた記憶はありませんよ、なのはさん)

背中や横腹などに仕込まれているビットが宙を舞った。このビットは彼女の思い通りに動くサポートだ。
少ない火力をこれによってさらに高める。
ティアナの狙いは最初からなのはが砲撃した瞬間だった。

なのはは強力な矛と盾を持っている。
だが矛と盾は同時に成立しない。堅牢なバリアを展開した状態で攻撃することなどできないのと同様に、砲撃時には防御が手薄になる。
絶対的な戦力差を持つ、なのはを倒すにはそれしかない。


両手のダークネスファントムを一つにしようとしたときだった。
砲撃直前になのはがこちらを振り向いたのだ。砲撃時に体制が崩れるためなのはが滅多に使わない、直前方向転換技巧だった。まさにこういう場合に使用される。
想定される攻撃範囲と威力を頭の中でティアナは算出した。

「エクセリオンバスター」

桜色の壁にティアナは飲み込まれた。








技の反動に耐えられずなのはも吹き飛んだ。威力は3%ほど落ちてしまっただろう。普段は自分の体も空中で固定し吹き飛んでしまうような無様なことはしない。
だが一抹の不安がなのはにあの行動をさせた。

(ティアナはそんなに甘かっただろうか?)

自分の教え子だからといって贔屓しているわけではない。だが魔力素質に恵まれていないティアナは、その不利を覆すために努力を重ねてきた。それに自分も付き合ってきた。一対一のトレーニングも何度か行ってきた。
その経験が魔力は囮だという可能性を示唆した。
確かになのはが教えた通りならばなのはが予測した方にティアナは居るだろう。

(でもティアナは私に教えられたことしか出来ない様な子だった? 違う、ティアナはその私の考えの裏をついてくる)

ティアナは昔なのはの教えに反発して無茶な行動を行った。
あの時はティアナを厳しくしかった。しかしその一方でなのははティアナを高評価していた。
あの中での向上心はティアナが一番上だった。行動は許されたものではないが、その姿勢は評価出来る。
だからこそ思う。ティアナはその程度なのかと。

なのははこの5年間腕を鈍らせない程度の特訓を行ってきた。DN事件での負傷や騙し騙しにやってきたことによる体の不調のため一時期かなり能力が落ちていた。今はやっと六課時の能力値までに戻ってきた程度だ。
それに比べてティアナは成長していた。成長ぶりは自分も越してしまうかと思えるほどだった。
自分の能力の大半を知り尽くされている反面、なのははティアナの能力が未知数だった。
戦闘が長引くことは避けたかった。
だから休養中に書籍で読んだ荒業を試してみた。




なのはの砲撃はまさに一撃必殺。

いかにティアナが強くなろうとも、あれを受けて生きているはずがない。
竜騎士から与えられた情報によればヴィヴィオの聖王の鎧が破られるのはもう少しだ。

時間がない。
なのはの意識は焦っていた。しかし体が動かなかった。
感情だけ先走り、冷静な思考は動くことを危険と判断していた。
反する状況はなのはが今まで培ってきた経験によるものだった。

(私は、何を警戒しているの?)

警戒するものなどない。感情に直結している意識は判断した。

(でも動けない……動いたら危ない……)

その一方で経験を裏付けとした思考は停止を命じている。敵の生死を確認しろと

焦ることは危険だと考えているなのはは、ヴィヴィオに悪いと思いながらも思考に従った。焦ってしまう状況で周囲を見渡せる能力を持つ判断力もなのはの強さの秘訣だ。
心の中でヴィヴィオに謝罪した。もう少しだけ待っていてと。

だが次の瞬間にはなのはの思考からヴィヴィオは消え去った。

「そんな……バカな……ありえない」

口から出たのはそんな言葉だった。
無理もないだろう。
なのはの目の前にはエクセリオンバスターを受けたにもかかわらず、無傷のティアナが空中にいた。
彼女の前には6つのビットが彼女の前を覆う六角形のバリアの頂点になっていた。
バリアを解除した途端、ビットは役目を終えたように粉々になっていった。
だがなのはには絶望的な場面でしかない。

たったあれだけだったのか?
たったあれだけしか破壊できないのか?
たったあれだけの犠牲でティアナは防ぎきったのか!?
自分の砲撃に絶対的な自信があったなのはは現状が信じられなかった。

「まさかあんな撃ち方するなんて……あなたの可能行動範囲は見きっていたんですけど、切り札の一つをこんなに早く消費するなんて思ってもみなかったですよ」

無傷を装っている。そんな考えさえあった。だがティアナの発言を聞いて記憶の奥底に沈んでいたものが一つ引っ張り出されていた。

(そうかAMR!! あれなら私の砲撃だって防げる)

意識は種さえわかれば問題無いと攻撃を煽り、冷静な思考は攻略法を記憶と経験から出した。
AMFを元に精製された対魔導師専用の究極防御兵器AMR。AMFを固形化することで制圧用の結界としては使えない代わりに、魔導師を使用した戦闘での併用を可能にした。
AMFが無効化されている今であっても、AMRは魔導攻撃防御には高い評価を持っている。
しかし扱いが難しく、難易度も高い。そもそも魔導師は自分の力では精製出来ない。
だからこそなのははティアナのAMRを回数制限があると見抜いた。

結局のところ問題はないのだ。
今の攻撃が一発しか打てないわけではない。それにもっと強力なものも多数ある。
警戒する事項が増えたが問題はない。
製造不可能とされたAMRをティアナが持っているかなんてどうでもよかった。そんなことはティアナを倒すことに関係ない。倒す方法ならある。
今のなのはの頭にはヴィヴィオの事は残っていなかった。ティアナを倒す、それだけに集中していた。




一回だけだった。
ティアナが完璧なAMRを生成できるのは一度だけだった。
なのは相手に油断などするつもりもないが、今の攻撃を回避できなかったのは油断が原因でしかない。

それを自省すると同時に、周辺全ての警戒を行った。僅かな変化すら見逃すつもりはない。
だからいち早く気づくことができた。なのはが行おうとしていることに。

軽く100は越しているであろうスフィアを一瞬でなのはは作り出した。負傷している右腕には自分の魔力量の10倍以上の魔力が集まっていた。

「行くよ、ティアナ!! 全力全開、逆転させてもらうよ」

スフィアが一斉に放たれた。100以上のスフィア。
それだけでも驚きだというのに、なのは操作しながら新しいスフィアを作っていた。

一発でも当たればいいのだ。

一発でも当たれば、そこから連鎖的に攻撃が続く。

容赦などする必要がない。そういっているようなものだ。
高速で襲ってくるスフィアの大群にティアナは逃げ道などない。

(逃げるつもりなんて最初からないけれど、これじゃあ躱すところもない)

装備しているビットが火を吹いた。なのは目掛けて直進。
無謀かもしれないが、一番有効な手だった。
幻術で動きにぶれを生み出した。面ではなく点の攻撃に対してわずかなずれは致命傷だった。
単純な追尾ならどんな包囲網すら突破する勢いだ。
高速で繰り出される幻術はなのは一人では処理しきれなかった。

「だったらこれでどうかな」

避けられるのなら攻めなければいい。
スフィアはなのはの周辺を周りはじめた。
桜色の数百をこすスフィアが、彼女の周辺を余すことなく周り続ける。

「曲芸ですか。なめないでください!!」

普通の人が見れば桜の花吹雪だろう。
膨大な量のスフィア生成ができるなのはだからこそ可能な魔法。
なのはが行っているのはスフィアの作成と簡単な動作の付加。

スフィアを使い敵の動きを制限させる、そんな基本戦術をなのははここまで昇華した。基本戦術はさらなる力には弱いが、搦手には強い。
すでになのははティアナを追っていない。追う必用がない。

桜の包囲網に隙などない。
どんなに回避が上手くても、なのはに届く前に撃墜される。
どんなに強力な防御も、桜の嵐によって壊される。

だからティアナが選ぶ手段は真正面から力で突き破ることだ。

「ダークネスファントムモード3。ファントムビットタイプⅢバスター」

ティアナは両手の銃を一つにした。
また体から離された12個のビットは3つずつ組み合わさり、空に漂う四つの砲口となった。
カートリッジを4つも消費し、5つの砲口は桜の嵐に包まれているなのはを狙っていた。

「これで決める!! スターライトブレイカー」

一発一発はなのはのものほどの威力はない。
それでも5つのオレンジ色の砲撃はどれも桜を踏みにじるには十分。
防御力としては決して高くない桜の嵐は、あっさりと突き破りなのはに届く。
だがそれはなのはの読み通りだった。

「まだまだ甘いよ、ティアナ」

ティアナの判断ミスはなのはがスフィアによる制限を狙っていると思ったことだろう。
なのはの攻撃は全てティアナに砲撃させるためのブラフだった。
消えゆく嵐のなかから長槍を左手で持ち、右手は桜色にそまったなのはの姿。

「さあ、ティアナ。狩りでもしようか。獲物はティアナ、ハンターは私。武器はこの砲撃で」

ティアナは砲撃形態を解除しすぐさま回避行動に映った。
質の違う桜色の砲撃がさっきまでティアナがいた場所を塗りつぶした。
だが落ち着く暇などない。
回避した先にも再びなのはの砲撃が迫っている。
一点から放たれる流星群のように、流星のような砲撃がティアナに迫った。

「どこまでこの人は無茶苦茶なのよ!!」

幻術によるブレなど無意味。なのははティアナがいるだろう方向へ砲撃を乱射するだけだった。
回避が追いつかなくなるのも時間の問題だ。




(やっぱり、あの右手が魔力を収集する媒介になっている。使いたくなかったけれど、使うしかない)

ティアナはなのはの超速連射の秘密を見抜いていた。
負傷した右手が魔力を集めるアンテナがわりになることで、一定以上溜まれば尽きることない魔力運用が可能になる。
回避しながらティアナは連射の規則を見抜いていた、ファントムビットを操作して一気に加速した。
最優先で回避を行い、連射の隙をくぐり抜けることに成功した。

(なのはさん、かなり痛い目に遭ってもらいます)

成功したがティアナの表情は固い、むしろ青ざめている。

「嘘でしょ……こんなの」

連射の地獄から逃れたティアナの頭上には、なのはが先ほどまで使っていたスフィアが大量にあった。
その数は数千。
全てのスフィアを同時になのはは降らせた。
かつてマモンの高速の鞭を避けきったことがある。
あの時の攻撃対象は鞭一本だったため避けることができた。
だが今度は雨を避けることに近い。

「こんなの避けれるわけ……」

必死で回避と迎撃を行ったが、間に合わなかった。
海にへと降り注いでいったスフィアの雨が波を引き起こしている。

その一部で桜色の爆発が起こり、なのははティアナに直撃したことを確認した。

「崩撃に意識が取られすぎだよ。ティアナ、もっと周りを良く見なきゃダメだよ」

砲撃による流星群はティアナの可動域を制限するためでしかない。
無茶な魔力運用はなのはの体に重くのしかかっていた。折られた肋骨のせいで呼吸も苦しい。右手に集めた魔力を解放していた。

だからそれは偶然だろう。
右手を見たとき8つのビットが目に入ったのは。

(これはなに? ティアナが使っていたビット……まさか)

正方形の頂点に座したそれは、薄いオレンジ色の結界を作った。
結界の内部にはなのはの右腕が肘から入っていた。
不思議なことに痛みはない。
ここまで薄くなれば結界としても機能しないだろうな。そんなことを考えたとき。

一瞬、オレンジ色に結界が光った。

「えっ」

そして体を何かが走った。あまりにも一瞬のためなにかは分からなかった。
ただ右腕の肘から下が真っ黒に染まっていた。
痛みはない。
そう全く痛みはない。

「……」

攻撃を受けたはずなのに痛みがまったくない。
それがどれだけ危険なことなのかなのはは分かっていた。この状態はあまりにもやばいと。

「あまり、動かさない方がいいですよ」

黒いコートは破け、額からは血を流していた。
白く綺麗な顔に赤色が映えた。
BJの避けた所から赤色で滲んだ柔肌が至る所に見える。
ボロボロな姿だが、その意思は砕かれていないようだ。

「セメンタリーボックス。指定空間内の魔力素を暴走させて爆発を起こす魔法です。威力が魔力素量に左右されるから使いどころが難しい私の魔法です」

「すごいね。右手の感覚が一瞬で消し飛んだよ。痛くともなんともないや。でもティアナ、あんまり使っちゃダメだよ」

「心得ていますよ。なのはさん」

右手はもう使い物にならないだろう。治るかも怪しい。
痛みが一瞬で終わったのが不幸中の幸いだった。
一方ティアナもあと数発直撃していれば撃墜されていた。

ティアナは血が滴る銃をなのはに向けた。
なのはは左手で杖を握り締めティアナに向けた。
互いにもう限界が近い。勝敗が決するまであと少しだろう。




「最後に一つだけ聞いていいですか?」

淡々とした様子だが、少しばかりの怒りと嘆きを含んでいた。
ティアナが怒っているのは最初からなのはもわかっていた。

「なにかな?」

それを感じながらもなのはは構えを崩さなかった。

「なんで私と戦うんですか?」

なのはは何を言えばいいかわからなかった。
ティアナがなのはの邪馬をするから戦っているのだ。そうでなければこんなことにはなっていない。

「これは私の希望だったんですけど、一緒にヴィヴィオを助けてって一言言ってくれれば……」

それは単なる希望観測だ。しかしそんなことを一言でも言ってくれれば、彼女はヴィヴィオを守るために戦ったはずだ。敬愛する師匠と共に。

「それはできない相談だよ。ミッドチルダを焼けばヴィヴィオを返してくれる、そういう約束だから」

帰ってきた答えは悪魔との取引だった。そこには不屈のエースオブエースはすでにいなかった。

「なんで諦めているんですか!? 私が知っている貴方なら屈したりしない。絶対不屈のエースオブエースはどうしたんですか!?」

諦めた。
確かになのはは諦めてしまった。だが仕方のないことだ。

「無理なんだよ!! ティアナが協力したところで、あいつの目を盗んでヴィヴィオを奪還するなんて出きるものか!! こうするしか他になかったんだよ」

出きることならもう助けだしている。だけど無理だった。助けることなんて出きるはずもなかった。
そんな絶望をなのはは知ってしまった。

「戦う前から負けるなんて決め付けないでください。私だけじゃない……エリオだっています」

敵との実力差を感じたときなのはは仲間の手を借りることを諦めた。
自分一人傷つけばヴィヴィオは助けられる。
仲間の命をそのために危険に晒せなかった。
それだけは絶対にいやだった。

「私一人堕ちる所まで堕ちればいいだけの話だよ。協力してくれるならどいて、これ以上ティアナを傷つけたくない」

大事な仲間と娘の命。
ティアナの協力を仰ぐことはその二つを天秤に掛けることを意味する。
だからなのはは天秤にかけない方法を選んだ。

その時淡い期待を抱いた。ティアナがどいてくれると。
だけどやっぱりそんなことありえなかった。

「ここは退けません。私は大切な人に大切な人たちを撃たせない。誰も失いたくないんです!!」

当然だろう。ティアナは守りたいものがあるから今ここにいる。すでに戦いは抗えない状況だった。
それでも本心では戦いたくはなかった。

「変わらないんだね、その想いだけは。でもそのために仲間の命をかけるなんて間違っているよ。自分の命を掛けても足りないこと何てしたらだめだよ。私が言うこと間違っている」

確かに自分以外のものにまで被害が及ぶことをすることは間違っている。
なのはは最低限の被害で、そしてすべて自分の責任として処理するだろう。
あの時それをティアナに叩き込んだはずだ。ただなのはは彼女が認めるとは思えなかった。

「間違っています。仲間のために命をかけられる人が仲間なんです。あなたの周りにはそんな人ばかりじゃないですか。そんなに仲間思いだったら頼るぐらいしたらどうですか!!」

なのはが感じたのは落胆だった。想いは伝わったと思っていた、しかしティアナはなのはの考えに賛同しなかった。わずかなすれ違いがそこにはあった。
なのはとティアナの違いがそこにはあった。
どちらも天秤にかけているわけではない。
信頼しているから共に戦おうとするティアナと、大切だから遠ざけるなのは。

どちらも正しいといえば正しい。

だからこそ二人の魔導師は今戦っている。

「そんなのはただの我儘だよ。ティアナ、今度は頭冷やすだけじゃ済まさないよ」

長槍、レイジングハートを向けなのははティアナを睨んだ。

「もっと仲間を……私を信じてください。なのはさん、今度は私があなたの頭を冷やします」

拳銃、ダークネスファントムの銃口はなのはに向けられた。

互いに一度冷やした方がいいだろう。
根本的なところは二人共同じだ。
仲間を守りたい。
どうして二人共違った結果になったのだろうか。

「じゃあ最後の教導をはじめようか。間違った考えを持った教え子を叩きのめすのは師の最後の役目だから」

本当はあの事件が解決したら一対一で本気で戦いあいたかった。それをこんな形で実現させてしまったことは悲しい反面、実現できたことに嬉しさを感じた。

「だったら私はあなたに教えてもらった力であなたを倒します。師匠が頼れるくらいの弟子に育ったことを証明して見せます」

おそらく二度とここまで全力で戦うことはないだろう。

大切だから遠ざける。
大切だから信じられる。

近くて遠い二人の想い。
どちらの想いの方が相手を打ち抜けるのだろうか。

「レイジングハート、ブラスター!!」

「ダークネスファントム、フルドライブ!!」











あとがき
なのはは仲間を守りたい。傷つけたくないから戦う。
ティアナは仲間を失いたくない。そのために戦う。
守りたいから共に戦うわけにはないかない。失いたくないだけだから共に戦ってもいい。
そんな感じです。












「おいで、銃女。遊んであげるから」
「なのはさん、殺されるよ。怒ったティアナに殺されちゃいますよ」

入れようと思って断念しました。合わない。


「なのはさん、幾つなの」
「高町なのは17歳です」

これは絶対に合わない。



[8479] 第十一話 涙は希望へ
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:d028621e
Date: 2010/03/16 02:16
もうじき朝日が登る。そんな夜更け。
一人の男は黙って部屋を出ていこうとしていた。
身なりこそ整えているが、纏っているのは闘気だった。荒々しい嵐の如き闘気は近づくだけで、確実に葬られるだろう。
地上の英雄、またの名を風神。スティール・クラウザー。

スティールは扉に手をかけたときちらりと後ろを振り向いた。
まだ夢の中にいるはずのフェイトの顔でも最後に見ようと思ったのだろう。
似たような世界にいるのに、心の姿勢が全く違う彼女は光だった。
しかし振り向いた先にいる彼女は己と同じように身なりを正している。

「なぁフェイト。お前には、今日のこと伝えてねぇよなぁ」

「ええ。でも他の隊長達に連絡しているのを見ましたよ」

スティールは罰の悪そうな顔をした。フェイトが関わらないようにしていたが見抜かれていたようだ。少し能力をなめていたようだ。

「もともとはよぉ第3部隊、拳銃バカの西部担当のアマルガのタレコミだぁ。どうやらやっこさんが、襲撃のタイミングを言いふらしてるってよぉ。首都守備隊だけじゃなくて結構な戦力を投入するからなぁ。俺たちが守らなくちゃならねぇんだ」

手薄になるタイミングをさまざまな組織が知っている。その時守る役目が警邏隊だ。
言いふらした物が何者なのか、それを捕まえる必要性も感じられるがそれよりも目の前の事件だ。
地上らしい考えだ、とフェイトは感じた。これが本局ならば、その言いふらしたものを捕らえるために今でも動くだろう。
それは価値観の違いでしかない。

「そんなところだと思ったよ。それじゃあさっさと行きましょうか」

さっぱりとした雰囲気のフェイトにスティールは拍子抜けした。てっきり高町なのはや高町ヴィヴィオが関わっているヘブンズソードの方に行くと思っていたからだ。

「どうしたんですか? 特攻してくる人たちもいるかもしれませんよ。なのはの帰る場所がなくなったらどうするんですか?」

「驚いたなぁ。てめぇは自分の手で助けると思っていたのによぉ」

そう言うとフェイトはクスっと微笑んだ。スティールの言葉はフェイトの予想通りだったのだろう。

「何を言い出すかと思えば、それはティアナやあの男の子の役目です。私は二人の帰る場所を守るだけですから」

そこには信頼があった。
だがティアナとは六課時代の付き合いがあるとしても、あの剣士とは付き合いは短い。そう考えるとフェイトのこの一週間の行動が理解できた。

「この一週間、たまぁにいなくなると思ったらあそこに言っていたのかぁ?」

「そうですね。まあ目的は違いますけど」

目的、その言葉にスティールは引っかかった。一週間前にもそんなことを口にしていた。

「なぁ、お前の目的ってなんだぁ?」

「……私の体でおかしなことに気づきませんか」

珍しく無表情にそんなことを言われた。普段は慈愛にみちた笑顔でいる彼女だからこそ違和感がある。恐怖さえ感じさせた。
スティールは焦って様々な考えをしたが、フェイトの体におかしなことなどなかった。一つ気になったことがあったが、それは勘違いだろう。

「わからないんですか? あんなことしといて?」

視線が痛い。優しさが消え失せるのを感じていた。

「あぁ、えぇ、あれかぁ、いや、でもよぉ、心音が変だった気がするがぁ……」

「なんだ、気づいているんだ」

早く言ってほしかったなと付け加えてフェイトは部屋を出た。明かされた事実にスティールは理解できなかったが、フェイトに追いつくことはできた。
だが何と声を掛けるべきか悩んでいると、フェイトは独り語り出した。

「私は5年前に死んだんだ。心臓を戦闘機人に一突きにされて。だけど今こうやって私は生きている」

スティールは言われたことは理解できなかったが不自然なことにも気づいた。彼はフェイトの体に貫かれたような跡を見た覚えがない。
しかしスティールが話しかける間も与えずにフェイトは話していた。

「本当にすごいよね。傷跡の一つ残さずにそんな手術をするなんて。これのお陰で私はもっと強くなれてしまった。本当に犯罪者じゃなかったらきっといい友人になれたと思うよ」

技術力ということに行き着き全てが彼のなかでつながった。
どうやら失言だったようだ。

「あれから私は親友に会うのが少し怖くなったんです。私がどんなになっても受け入れてくれるって確信があるのに、真理を無視しているような気がして。だからあの時あなたを頼ったんです」

「そうかぁ」

二人外に出た。港の方に視線を向ければ橙色と桜色の魔力光が見えた。
そのことに感想を持つ前に伝達が入った。すでに暴動は起きているようだ。
スティールは腰から銀色のライターを取り出し、フェイトは懐から金色の三角形を取り出した。

「吸うかぁ?」

「それは帰ってからにします。ほどほどしないと体を壊すよ」

取り出した煙草の箱をしまった。ライター型のデバイスがライターの役割を果たせることはフェイトは面白いと思っていた。

「それじゃあよぉ」

「いきますか」

金色と銀色の魔力光が放たれた。

「バルディッシュ、セットアップ!!」

「ダインスレイフ・セットアップ!!」
黒き金色の雷斧と黒き銀色の大剣、その進軍を阻めるものなど存在しない。














夜空のキャンパスを赤系統の色で描く戦闘は感性が近い。
二人はこの一戦が決勝戦かのようなペースだった。

「綺麗だね。見違えちゃったよ」

なのはは本気で褒めていた。
昔と違う黒いBJはティアナの体に映えていた。それだけでも綺麗だと思っていたがフルドライブした姿は見違えていた。
ティアナを包み込むように生み出されたオレンジ色の翼。背中から映えた一対のそれは半透明であることで一層美しく鮮やかに見えた。

「お褒めの言葉として受けとります」

なのはの目の前にいるティアナは表情を変えることなくさらりとそんなことを述べていた。
それを聞いてなのはは少しだけ微笑み、はっとして振り返りバリアを張った。
バリアで弾かれた弾丸はオレンジ色の爆発を生み出した。

「やっぱり早く動く程度じゃ、あなたの不意はつけないんですね」

ティアナはなのはの後方に居た。どうやらなのはの目の前に見えたそれは幻術のようだ。
先ほどまでの打ち合いと戦術こそ同じだ。
しかしさっきまでの戦闘とは比べ物にならない緊張感をなのはは感じた。
なのはが考えたことが現実だとすれば、それはあまりにも凶悪な力だ。

「当然でしょ。フェイトちゃんやシグナムさんに比べたら遅いよ」

口だけは強気でいた。しかし内心は焦っていた。
幻術によるフェイントはなのはがティアナの姿を失ったときに使われた。だからこそなのははティアナを発見してもすぐにそれを信用することはない。

だが今の幻術は違った。
ティアナの姿を見失っていない。それなのになのはが対峙していたのは幻術のティアナだった。
なのはは目の前で幻術を使われていたことに気づかなった。
その事実は戦闘に影響し続ける。
なのはは砲撃魔法の使い手だ。その砲撃の標準に居るティアナが本物であるという確信を得ることができなくなった。
なのはが攻めてこないのを見たティアナは先手を取った。

「それじゃあこちらから行かさせてもらいますよ」

両手に持った黒い拳銃は先ほどより銃身が長くなっている。威力は確実に上昇しているだろう。
なのはは迎撃をしようとレイジングハートを構えた。
その時なのはの瞳には黒い銃口が見えた。

(……速い!!)

咄嗟に前方にバリアを発生させたが鋭い魔力刃に引き裂かれてしまった。
だが引き裂かれながら、バリアバーストで吹き飛ばし距離をとった。
そのまま砲撃で追撃をしようとしたが、疑念が浮かんだ。

そこにティアナは本当に居るのか?
迷いはなのはに砲撃を許さなかった。下手に砲撃すればそこは隙になる。

なのはは砲撃魔導師だ。それゆえに接近戦を得意とはしない。そのため接近戦が弱点として思われやすい。
それは間違いだ。接近戦に特化した敵との戦闘経験がないわけではなく、むしろ多いくらいだ。最速クラスの親友との模擬戦を行ってきたなのはにとって並のスピードでの空戦は自殺行為に等しい。

だからこそティアナのスピードはあまり気にしていなかった。
六課時代ティアナは速さを売りにしていなかった。だからこそ危険だと思える速さとは思っていなかった。
しかし今の攻撃はなのはが速いと感じるものだった。

(スピードはあの頃のシグナムさんくらいある。それに加えてあの幻術……)

幻術とスピードが組み合わさった相手との戦闘経験はなのはにはなかった。そしてそれがどれだけ強敵になるか想像もつかなかった。
ただ分かることはティアナが自分たちの領域に居るということだ。

「強くなったね。ううん、強くなりすぎだよ。ティアナ、もう凡人は禁止だよ」

「まだ余裕なんですか!?」

焦っているのはティアナも同様だった。
もともとティアナはなのはほど魔力に恵まれていない。本来ならなのはとの戦闘でフルドライブまで使うつもりはなかった。

しかし高町なのはは自分が想像した以上の強敵だった。
全てのスペックが常識はずれだった。手の内を隠して戦えるような相手ではなかった。
この後の作戦を考えれば魔力の使用しすぎだ。
だがティアナにはすでに制限して戦うという考えは残っていなかった。
ここでなのはを倒さなければ作戦に支障が出る。それは自分が魔力切れになることよりも大きな打撃だ。

何よりもティアナはなのはを倒したかった。
エリオとの約束だからだ。

「だったら、これならどうですか!!」

再びティアナがなのはに迫った。
しかし今度はティアナを捉えることができなかった。
高機動の速さは自分よりも上だが捉えられていた。しかし今度は速さだけでなかった。

ティアナの動きにはフェイクが見えた。動きによるフェイクではなく、幻術によるフェイクだ。
粗雑なコンマ単位で消える幻術を生成しながらのフェイクを交えた動き。

(幻術の発動タイミングが分からない。あのフルドライブは発動速度と移動速度の上昇が狙いだとしたら)

動きを見きることができなかった。
砲撃を撃ちフェイクごと打ち払えばいい。

(でもティアナに射程範囲の外に出られたら?)

迷いがなのはの頭を横切った。もしもそうなったらその隙を確実に取られるだろう。
先ほどの攻防がそんな恐怖をなのはに植えつけていた。
そして迷いに生まれた隙を逃すような鍛えられ方をティアナはしていない。
幻術は前にあるが、現実は背後から迫り頭を凶弾で打ち抜こうとしていた。

(動きを見切ろうと考えたら嵌められる。ティアナの保有魔力量は少ないから、短期決戦を狙っている。燃費の悪い高機動攻撃を使ったのは、私の裏をとるため)

戦闘の経験による勘がなのはを動かせた。
ただの砲撃に特化した魔導師ならばティアナは既に撃墜出来ている。だが、天才でもあるなのはの才覚は戦闘中に進化していく。

「その攻撃は読めた!!」
レイジングハートを振るい背後から迫りくる弾丸をバリアで防いだ。
そのままカウンターとして魔力弾を放ったが、直撃したティアナは霞の用に消えた。

(幻術? どこに……違う、移動しながら幻術を使っている。私が感じる魔力は全部フェイクだ。それならば罠を仕掛ける)

銃による襲撃が失敗したと同時にティアナは幻術を貼りつつ、体を伏せて空いたなのはの体へ回し蹴りをした。
鋭く繰り出されたその一撃には橙色の電撃が纏わりついていた。

「これは、エリオの紫電一閃? 違う、あれは単発だ)」

一撃で終わらず連続の蹴りがなのはを襲い、最後に一発サマーソルトキックを回転しながら決めると両手のダークネスファントムが火を吹いた。
紫電一閃を模倣する中でティアナが打撃力の低さから考え出した連撃・紫電連弾。
しかしティアナの攻撃はそこで終わった。
最後の弾丸をなのはは片腕で凌いでいた。

「いい攻撃だけど、私には通用しないよ」

レイジングハートを用いた砲撃ではなく左手一本から繰り出された弾丸はティアナの攻撃と相殺した。
間髪入れずになのはは大規模の砲撃を放った。
予想でもしていたかのようにティアナはなのはの砲撃を回避した。
しかし回避した先には桜色のスフィアが漂っていた。
なのはの罠だった。なのは自身はノーアクションのままスフィアを周囲に展開していた。
膨大な魔力によって魔力は隠され、なのはが動かなかったことによりティアナの瞳はそれに気づかない。

そのスフィアの直撃を見て、なのははあることに気づいた。
桜色のスフィアはティアナに直撃した。しかしオレンジ色の魔力翼を操りバリア代わりにしてダメージを防いでいた。
盾にした片翼は消え去っていたが、ティアナが魔法陣を発生させると瞬時に修復した。
再び距離をとった体制になった。

「ねぇ、ティアナ。もしかして目、見えていないの?」

なのはの尋ねにティアナは固まった。戦闘中に気づかれるとは思っていなかったからだ。

「流石ですね、なのはさん。ええ、視力ならば失いました。代わりに射程範囲なら全て見えますけどね」

全て事実だった。
5年前のマモン戦にてティアナはこの力を解放させた。夢を捨てる代わりに。

「この瞳は光を捉えません。でも、全ては把握しています」

「そう、すごい能力を身につけたね。だけど、それでも私は負けない」

なのはは戦略を瞬時に組み立てた。
理論はわからないがティアナはあらゆる動作を見抜くようだ。ならば見抜ききれない量で応戦すればいい。
ティアナの弱点は特異な技能やレアスキルなどではない、桁外れの力だ。戦略を無視する力で戦えばいいだけだ。そのためのブラスターなのだから。

「じゃあいくよ、ティアナ。これは避けれるかな」

レイジングハートを構えティアナに標準を合わせた。
瞬間、矛先からマシンガンのごとく桜色のスフィアが射出された。
魔力の動きから射撃は予測できたが、威力、弾速ともに想定の範囲をはるかに凌駕している。ティアナが使用する射撃魔法以上の弾速で、彼女の砲撃魔法級の威力だ。

「無茶苦茶な馬鹿力ですね。でも、直射型の射撃魔法が当たるとでも思っているんですか」

弾丸自体の大きさは小さいためティアナは少ない動作で避けた。
だがティアナの判断は間違っていた。

「え、そんな、誘導魔法!?」

驚くのも無理はない。直射型の速さの弾丸を合計32発。それも複雑に誘導させる。
こんな芸当ができるのは管理局の中でもなのは位だろう。

「驚かないでよ。中距離誘導射撃魔法アクセルシューター。私の十八番だよ。砲撃と比べると威力とかは劣ると思われるけれど、圧縮する魔力と操作性で中距離での攻防を圧倒するくらい簡単だよ」

アクセルシューターはティアナも知っている。
だが、このスピードと威力は想定外だ。このレベルになるともう別の魔法のようにさえティアナは思えた。

ティアナの周囲を取り囲むように猛スピードで32発のスフィアはティアナを攻め立てた。
球数は先ほどの攻撃の方が段違いに多かった。
だが誘導レベルが違う。さきほどの攻撃は単純な動作のみをなのはは行っていた。しかし今回の攻撃は一つ一つをなのはが制御していた。
それに加えて驚異的なスピード。ティアナは回避するので精一杯だった。幻術によるブレを加えた高機動は封じられた。先読みの力がなければすでに撃墜されていただろう。
今のティアナは360度全方向から高速の射撃魔法を撃ち込まれているようなものだ。

攻め立てるスフィアに対して、ティアナはスフィアを作り相殺しようとした。

「無駄だよ。そのスフィアはそんな攻撃じゃ壊せない」

なのはの言う通りぶつかればティアナのスフィアの方が簡単にこわされた。打つ手はない。
このスフィアは砲撃級の魔力を消費して生み出されていた。その一撃一撃の破壊力も桁違いだった。
だがティアナは諦めていなかった。

「諦めが悪いよ。さっさと降参して」

なのははティアナをこんなことで倒したくはなかった。素質だけで勝つような真似だけはしたくなかった。それではまるで努力を否定している。
ティアナがアクセルシューターをどれだけ極めても絶対にこの領域には達しない。
なのはとティアナの戦型は似ているようで全く違う。その違いが顕著していた。

圧倒的な才能。それは普段のなのはが見せないよう隠してきたものだ。まさに、他人の努力を嘲笑っているような無意識に暴力的な才能。悪意などなくとも、その才能だけで人は希望を失ってしまうだろう。

それだけの才能の差を見せつけられているのに、ティアナはまだ諦めていなかった。
必死に回避しているだけだが、力強くデバイスを握り締め誘導による結界の隙を狙おうとしている。

「諦める、馬鹿なこと言わないでください!!」

ダークネスファントムの魔力刃を発生させてティアナは二つ破壊した。しかしその隙を突かれて被弾した。痛烈なダメージがティアナを襲ったが、堪えてまだ戦い続けていた。
誘導魔法の牢獄に小さな亀裂が入った。

「舞いなさい!! ファントムビット」

ティアナのBJに仕込まれているビットが彼女の声に合わせ射出された。オレンジ色の魔力光が砲口から漏れていた。
デリンジャー程の大きさの黒いビットをティアナは全身に合計24個装備している。その操作限界の12個を射出した。

狙いは迎撃ではない。
ビットから発射される魔力弾程度ではなのはのスフィアを破壊できないのはわかっている。
だが、盾くらいにはなる
散開したファントムビットはティアナの目前のスフィアに突撃し自爆した。
そして開いた隙間に体をねじ込み、スフィアの檻を突破した。
しかしすでに背後にはスフィアが迫っていた。

「この程度で……止められるなんて思っているんですか!!」

数発直撃して激しい衝撃を受け、バリアジャケットは裂け、血が舞った。
それでもティアナはなのは目掛けて飛翔した。オレンジ色の弾丸のように。
圧倒的な才能をティアナは払いのけた。

「私が、あなたから教わった不屈の精神はこれくらいで砕けない!!」

ティアナはなのはへと迫った。
なのはの猛攻には弱点があった。スフィア操作中は操作に意識を全て向けるため動きが緩慢になる。

その隙を狙った橙色の二本の魔力刃がなのはを切り裂こうと迫った。
しかしそれよりも速くなのはのスフィアがティアナに迫った。刃がなのはに触れる寸前に攻撃をやめ、ティアナは急速で方向転換をした。
だが一連の行動はなのはの怒りを買うものだった。

「甘いって言わなかった? 突撃なんてふざけている!!」

砲撃の専門魔導師相手に正面からの特攻など自殺行為以外の何者でない。
なのはのスフィアはティアナをさらに猛追した。
桜色のスフィアは加速した。獲物を見つけた鳥が翔ぶが如く。
そして桜色のスフィアは炸裂した。
なのは自身に。

残ったスフィアはティアナに当たる直前に消えた。
あり得ないことだった。スフィアのスピードは限界まで上げていた。だからといって操作を失敗するはずがない。
なのはの操作能力はその圧倒的な才能と積み重ねてきた努力によって感性されたものだ。
失敗などするはずがなかった。

「どうなっているの……スフィアの、操作を、間違えるなんて」

それでも現実は、ティアナの攻撃ではなく自分の強力なスフィアに被弾したなのは確かなダメージを受けていた。
一方のティアナもBJは傷だらけで左手に大きなダメージを負っている。握った銃は目立ちにくいが赤く染まりつつあった。

「距離を、幻術で長く見せただけですよ」

なのはは距離感を狂わされたことによる操作ミスだと気づいた。ティアナによってミスを誘発されていたのだ。
誘導制御技術が高いなのはの制御は僅かなズレが命取りになってしまうようなものだ。僅かな認識のズレがなのはを自爆へと追いやっていた。
一体いつティアナに幻術を仕掛ける隙があったのかなのはは考えた。

「そうか、あの時。私の目に、銃口を向けたとき」

ティアナのフルドライブの最初の攻防の中で仕込まれていたようだ。だとすればなのははティアナによってこの戦闘に導かれてしまっていた。
なのはは完璧に戦略で敗北していた。

白いBJは赤く滲みはじめていた。それは肉眼でもわかるほどだった。
先ほどまで真っ暗だったため赤色は識別しにくかったが、日が登ろうとしているのだろう。薄く明るくなっていた。

「レイジングハート・ブラスター2」

なのははブラスターモードの段階を一つあげた。
ティアナはなのはの魔力の動きをみた。
先ほどの魔力とは段違いの圧倒的な威圧感を感じるほどの重い魔力だった。

格の違い。

どんな障害であろうとも蹂躙し尽くすような魔力。距離があるというのに気を抜けば飲み込まれてしまいそうだった。
管理局の大空のエースオブエース高町なのは。
PT事件を皮切りに数々の難事件を解決し、強敵を打ち破ってきた管理局のエースストライカー。
それが敵であるという現実をティアナは再認識した。

その一方でティアナは悔しく感じていた。

「私相手にはそれで十分ってことですか? ブラスターモードは3段階あるはずですよ」

ティアナの言う通りブラスターモードには3段階用意されている。まだもう一段階上がある。
なのははそんなティアナに呆気にとられたが、ほんの僅かに顔をゆるませていた。

「本当はね……10年は使っちゃいけないってシャマルさんに止められていたんだ。これは今、私が出せる最大出力だよ。これ以上は維持できないから」

なのはの体は5年前の戦いでずたずたになっていた。ブラスター3の連続使用と同時に受けたダメージはなのはの体に深刻な後遺症を与えていた。
だからこそ本来は使ってはならない。今度は命を落とすかもしれない。そんな危険性すら腹んでいた。

ティアナはなのはが嘘を言っているわけではないと気づいていた。
だからこそ信じ難かった。なのはの行動全てがティアナの理解を超えていた。

「だったらブラスターモードなんて使ったんですか!? 本当に死にますよ」

返答は笑みだった。変わらない笑みだった。
なのはにとって悲しいのはティアナの瞳にそんな笑みは映らないことだった。

「だって強くなったティアナに勝つには全力を出すしかないから。制限なんて掛けていられない。私は私の全てを持ってティアナ、貴女を倒すよ」

ティアナには伝わっていた。微笑みの裏に隠されていたなのはの強い信念が。
そしてなのはの本気が。
優しさに隠された闘気だった。殺気に良く似た闘気だった。

だからこそティアナもそれに応じた。
戦略的には失策かもしれない。しかし勝利条件を満たすためには手段を選べないようだ。
背中に生えた一対の透明な夕焼けのような翼が輝きをました。
余力がないのはティアナも一緒だった。魔力がそこを尽きようとしていた。今これを使ってしまえば後の戦闘がどれだけ不利になるかティアナにわからないはずがない。

それでもここで使わないわけにはいかない。
左手に持ったダークネスファントムをティアナは上に投げた。
それに合わせて右手に持ったダークネスファントムを上に向けた。
同時にティアナの足元にオレンジ色の魔法陣が描くと、投げた片方のダークネスファントムが落下した。
魔法陣が光を放ち、オレンジ色の魔力にティアナが包まれた。

そして魔力が薙ぎ払われ、飛散するオレンジ色の魔力を漂わせながらティアナは再び現れた。

「これが私の全力全開です。これを実戦で使うのはなのはさんが初めてですよ」

言葉と同時に右手に持つ鋭い銃口を向けられた。
なのはの初見はライフルだった。しかしよく見れば右手がデバイスと同化していた。
見えるのは引き金を引くための指がトリガー部分に見える程度だった。
黒い長銃の全長はティアナの背丈ほどあった。右肩の部分はシールドのように覆われ、大砲でも使うような装備である。
しかし槍のような鋭い銃口は大砲と言いづらい。また形状は細く鋭いフォルムの長すぎる武器。

「へぇ、かっこいいね」

なのはは冗談まじりにそう呟いた。率直な感想だった。

「ダークネスファントムのリミットブレイク・イレイザーモード。私の魔力でもあなたに匹敵するだけの破壊力を生み出せる切り札です」

ティアナの肘あたりに当たる部位にあるコアが発光した。すると右肩の部分に魔力素が収束されはじめた。
それを見たなのはは危険を感じ取り、ブラスタービットを2基生み出し傍らにおいた。
一方のティアナも残った6個のビットを射出し3個ずつの組にして砲撃形態した。
いつ打ち合ってもおかしくない状況だったが、互いに牽制しあう状況に陥っていた。
互いに魔力も精神力も体力も限界に近づいていた。
激しかった死闘の終焉は静かだった。

「最後はお互い最大の一撃での一本勝負で終わらせませんか?」

静寂を引き裂いたのはティアナの一言だった。
なのはは罠を疑った。なのはのことをよく知っているはずのティアナが、こんな提案をしてくることが信じられなかった。だが黒い銃口はいまにもなのはを打ち抜かんとしていた。
即断しなかった。幻術に対する迷いはほとんど消えていた。力でねじ伏せればいいのだ。
なのはは逡巡した結果、勝負を受けることにした。ティアナがどんな手でこようとも捻り潰す自信があった。そしてあることに気づいた。

「いいよ、ティアナに見せてあげるよ。砲撃魔導師の最大の一撃がどんなものなのか」

「それがどんなものであっても私が貴女に勝ちます」

互いの瞳には絶対の自信があった。
なのはにはティアナがしてくることがある程度わかっていた。

「ファントムビット・モード4プリズン」

6個のビットは正六角形の薄い幕をティアナの目の前に作り出した。よく見れば全てのビットとも魔力収集を行っている。

「ブラスタービット、チャージ開始」

両脇の大型のビット2基はティアナのそれ以上の速度での魔力収集をはじめた。
ダークネスファントムの標準はなのはに定められた。レイジングハートの標準もティアナに定められた。

「終わらせましょうなのはさん、最初で最後の一騎打ちを!!」

「そうだね、楽しかったけどもう終わりだよ。これで全部終わらせてあげるよ」

互いの中間地点を中心にオレンジと桜の魔力光がぶつかりあっている。
その均衡が崩れた。

「スターライトブレイカー!!」

桜色の全てを押しつぶす破壊の魔砲。
収束されてもあふれ出そうとする力は前へと雪崩れ込み、空も何もかも食らい尽くす。

「スターライトランス!!」

橙色の流星のように鋭く貫き通す魔砲。
砲撃だが弾丸のごとく射出されたそれは空を引き裂き、目の前のもの全てを貫く。

異なる二つの魔砲はついに撃ち込まれた。

そして互いに動いた。

「同じ手が私に通用するはずがないでしょ!!」

なのはとティアナの左右に分厚く巨大な魔力の壁が形成された。

「もう、逃がさないよティアナ」

なのはの読み通りだった。
ティアナがなのは相手に真っ向勝負をするはずがない。
なのはの最大砲撃の隙を狙っている。それくらいは読めていた。
だからこそ勝負に乗った。
ティアナの動きを封じる手など、なのはにはいくらでもある。

そして二つの壁に閉じ込められたティアナへと、壁の隙間を全て桜色で塗りつぶす星の光が注がれた。

ティアナの高速幻術をなのはは見切ったわけではない。
だがティアナの実体がないわけではない。
2基のブラスタービットの魔力を消費し、ティアナの逃げ道を封じる壁を作った。そしてその隙間をスターライトブレイカーで潰した。

砲撃を終えた後、なのはは意識が飛びかけた。
だが意識を飛ばしている間などなのはにはなかった。
桜の壁はまだ消えていない。
砲撃終了して間をおかずになのははさらなる攻撃に移った。

今の砲撃で耐えられるということはまずあり得ない。しかし直撃しなかったという可能性はあり得る。
その万に一つの可能性の芽すらなのはは摘もうとしていた。

「くっ」

だが体は悲鳴を上げていた。
当然だ。あんななのはの今の体であんな戦闘を繰り広げた。もう限界だ。

「限界なんて今まで何度も越えてきた。今度だって超えて見せる!!」

強い意志は体の限界を超えようとしていた。それがどれだけ危険なのか位なのはは分かっている。
それでも超えなければならなかった。

「これで終りだよ。ティアナ!! スターライトブレイカー」

ダメ押しの最後のスターライトブレイカー。
消耗しすぎなのは承知だ。それでもなのはは撃たなければならなかった。
もしもここで撃てないようならば、ヴィヴィオを助けるなどということは無理だろう。
左腕一本でレイジングハートを握り締め、最後の力を蓄える。
その時真横から声が聞こえた。

「これで終りです」

なのはの左横の桜色の壁を突き破り、橙色の魔槍が飛んできた。

体を左に旋回させ防御をしようとした。

だが、直前にスターライトブレイカーの魔力をチャージしようとしていた差が邪馬をした。

並の砲撃では破壊出来ない。

防御魔法は間に合わない。

そして回避はできない。

なのはの思考はあまりにも静かだった。

(インターセプトウォールが突破された?)

まず浮かんだのは疑問。そして回転の速い頭脳は即座に答えを導き出した。

(そうか、セメンタリーボックス。あれなら破壊出来る)

答えを導き出し、なのははティアナの思考に気づいた。

(最初から狙っていたんだね。私が砲撃した隙を)

ティアナは虎視眈々と狙っていた。たった一つの勝利の道を。

(どうしてかな、負けたのにすごく清々しい)

そして最後に思ったことは一つ。

(強くなったねティアナ。もう立派なストライカーだよ)

ティアナへの奨励だった。

橙色の閃光がなのはを貫いた。
衝撃波が数十m離れた海面にまで到達し、波を起こしていた。
魔法を使えないとわかりながらも前に構えたレイジングハートを貫通してへし折り、なのはの体を流星の槍は貫いた。
右側のインターセプトウォールに叩き付けられ、磔になった。
だがそれはBJがダメージにより消え去ったとき、壁も消え去った。
飛行する力を無くした体は重力に縛られ、真っ逆さまに海に落ちていった。

だがなのはの体が海面に達することはなかった。
ティアナが支えていた。
今にも落ちてしまいそうなその体を。








はじめて抱きしめたなのはさんの体は軽かった。
本当にちゃんと食べているのか不思議に思うほど軽かった。
手足は細くて、少し力を入れたら折れてしまうかもしれない。
それなのに9歳の頃から管理局員として戦ってきた、不屈のエースオブエース。
昔あんなに憧れて、その力に嫉妬して、一番の目標だったなのはさん。

その人にやっと勝てた。

それなのに頬が濡れるのはなぜだろう?
涙が流れるのはなぜだろう。

「どうして、私は泣いているの?」

壊れ物のような体に涙を降り注いでいた。


その時背後の空間に変化があった。遠くのその空間だけ空気が異質だった。
空間を遮断したかのような異質は戦艦ほどの大きさがある。
そうそれがなんなのかはわかる。
ミッドに災いをもたらす悪夢を運ぶ船。

「ヘブンズソード!!」

涙はすでに止んでいた。
泣いている間などなかった。
悲しみを断ち切るために、戦わないといけない。
流した涙がいつか希望になる日の為に。
手にした重みの願いを背負うために。

「私たちが相手よ。ミッドチルダを、兄さんがなのはさんが守ったここに生きる人たちにはこれ以上指一本触れさせない!!」

戦艦にこんな声が届くはずがないのはわかっている。
それでも叫ばずに入られなかった。

「ランスターの弾丸は全てを打ち抜く、覚悟しなさい!!」











あとがき
最後のティアナの攻防は修正前と変更してあります。
元は撃ち合いのティアナは幻影で回避して、背後から攻撃して勝利。
でもこれだとなのはがそんなことを考えなかったということになったため、今回のようになりました。



[8479] 第十二話 首都守備隊出陣
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:f393325e
Date: 2010/03/18 01:52
宙に浮かぶ新造艦スレイプニルの開いているハッチへ向けて体をねじ込むように入った。

「ティアナ・ランスター三等空尉、高町なのは一等空佐を連れて帰還しました」

なのはさんを抱えたまま乗り込むと、疲労感がやってきた。体を無理やり張り詰めらせていたリバウンドがきている。
自分の体だから良くわかる。これ以上の戦果は期待できない。もともと私は自分を捨て駒にするつもりで、この作戦を立案した。戦力としての自分の重要度はわかっているけれど、最大戦力の隊長を消費させるわけにはいかなかった。

「なのはさんを医務室に運んで。デバイスは……駄目ね」

待機してくれていた四番隊の子、ミンスクになのはさんを預けたとき、回収しておいたレイジングハートのコアを取り出して確認した。
なのはさんを抱えたときにレイジングハートも拾ったけれど、コアそのものが砕けていた。これでは修理のしようがない。ミンスクの諦めが伝わった。
もっと私に力があれば、もっと力があればこんな結末にはきっとならなかったと思う。なのはさんが昏睡するようなことにも、レイジングハートを破壊するようなことにもならかったかもしれない。
いつか超えたいと思っていたなのはさんに勝ったのに、後悔しか湧かなかった。
だけど泣いている暇なんてない。私にしかできない仕事がまだある。








ミッドチルダ南部・湾岸地区

「ルキノ陸曹から通信です。ティアナちゃんが勝って、ヘブンズソードが対物センサーにかかりました」

今も昔も私の隊長であり続けるゼスト隊長は一言だけ返事をすると、部隊に指示を出した。今は一番隊だけでなく、首都守備隊が持つ空戦魔導師全員をゼスト隊長は率いていた。

「首都守備隊空戦部隊!! 全軍俺に続け! 勝機は今だ、打って出る!!」

南湾岸地区防衛ライン最前線。ここには首都守備隊のほとんどの戦力が集結していた。突撃用の本隊もここで待機状態だった。
最終ラインである倉庫前は、レジアス中将が直々に指揮を取って防衛線を展開している。中将が戦場に出て指揮を取るのは珍しい。少なくとも私は今まで経験がない。
それだけ今回の戦闘は激化することが予想された。今まで隠してきた首都守備隊の戦力を全て曝け出しているように。
なにより命の灯火がいつ消えてしまうか分からないこの男を前線に出すということが、こんかいの事件の重要性を物語っていた。

「ゼスト隊長」

「どうした、メガーヌ」

今も昔も変わらない茶色のBJを身に包んだ騎士は、その秘めたる圧倒的な闘気を隠したまま私に振り返った。冷たく感じてしまう瞳の奥には、年甲斐もない熱い想いが今でもあった。
変わっていないことを嬉しく思う反面、いまだ変わらない熱血漢に呆れてしまった。死んだらどうするのだろうか?

「無茶をなさらないでくださいね。戦闘限界時間を常に考えていてください」

そのことか、とでも言うようにゼスト隊長は私に背を向けた。言わなくてもわかってくれるという信頼として受け取っていいのだろうか。なんでも前向きに考えてくれた親友が今隣にいないことが悔しい。

だけどこれだけは言わせてもらう。

「まだ現実から逃げるつもりですか。一度死んで後悔もなかったんですか? いい加減、今を見ましょうよ。今更後悔してもティーダ君は帰ってきてくれないんですよ」

さすがにこれには立ち止まってくれた。作戦時間が押しているのはわかっているけれど、言って釘でも刺さないと絶対無茶をするだろう。死なせてはいけない人なのに。
時折、嵐山君を見る目があの頃の目に似ていた。だから気づくことができた。この人の時計はもう11年以上前から止まっていることに。
今でもゼスト隊長は過去を生きている。悔いたあの日から未だに抜け出せていなのかもしれない。だから何時でも死ぬ気でミッドチルダを守っている。

まだまだ幼かったルーテシアが大きくなって、成長を見てあげられなかった。先輩と慕ってくれた彼が死んでいたことは悲しかった。そして親友が側にいないのは辛かった。
でも私たちは今を生きてしまっている。だったらちゃんと生きていないとクイントもゼスト隊の皆も向こうに逝ったとき許してくれない。それが生きてしまったものの償い方だと思う
それなのにこの人は死を恐れることを辞めてしまっている。

「俺は地上を、ミッドチルダを守ることに全てを賭した。それは今も昔も変わらない。それだけだ。
行くぞ!! 奴等にこの地を踏ますな!! 命がけで止めるぞ!! そして全員生きてこの地に帰る!!」

ゼスト隊長掛け声に空戦部隊の人たちは皆一応に声をあげた。一声で士気を鼓舞した。
そこへ二人の魔導師が近づいていた。

「あはっ、すごい意気込みですね、ゼスト隊長。ねぇ、これだったら地上最強の戦力ってのは見られますか?」

「あの武人は暴れることは好まない」

こんな大掛かりな任務なのに意気揚々としている女性と真逆にすごく冷めている男性。
二番隊副隊長のレナと四番隊副隊長のコウライ。二人共実力は現役だった頃の私とは段違いだ。その地位が実力で手に入れたことがよくわかる。
コウライ副隊長はBJではなく支給品の身軽な防護服を身につけていた。BJを好まない彼は技術部も兼ねている四番隊副隊長という地位で最新型の防護服を作っていた。製作者はやっぱりあのジャックだ。ただ性能はいいらしく魔力を持たない多くの地上局員にも支給されている。
地味なコウライ副隊長に対して、レナ副隊長のBJは淡い青一色だ。多少色の濃淡に違いはあるけれど、青一色のドレススーツになっている。双刃型のデバイスも青く染まっている。髪も目も手袋もピアスも青色で白色の肌が浮き彫りになっている。

「まあ、諦めた方がいいとおもいますよメガーヌさん。だって、ゼスト隊長ですよ。無理するな、ってほうが無理です」

悪びれもなく告げるレナ副隊長の言う通りだ。ああいう人に無茶をするななんて言うだけ無駄だ。
そんな様子を見ていたコウライ副隊長は一言だけ言って立ち去った。

「それが古代ベルカの騎士だ」

立ち去っていくコウライ副隊長にレナ副隊長も続いていった。共にニアSの空戦魔導師の二人も漏れなく空戦部隊だ。空戦魔導師なのに空戦部隊にもれたのは二人しかいない。







ヘブンズソード・司令室

「目標地点まで距離50。到着まで約30分です。現在100km毎時で進行中」

機械の声が部屋中に響いた。ヘブンズソードは冷たい女性の声をプログラムされているようだ。
現在ヘブンズソードは自動航行になっている。壁一面がモニターで構成され、画面には戦艦の周囲が全て映し出されていた。スイッチ一つで内部の映像もほぼ映し出すことができる。
これが絶対防御能力をヘブンズソードが持つ理由の一つだった。周辺の全ての情報を手に入れることで、防衛戦において攻撃側よりも有利にたつ。

しかしその過剰なまでの情報量は従来の情報処理システムでは対応しきれない。人が使うということを考慮されていない作りになっている。そのためここには常時通常の3倍以上の人員が必要となる。
だが今ここにいるのはたった3人だった。

この状況はアモンの想定外のことだった。
一切の死角を廃したといえるほどの監視システムだが、映るはずの壁一面のモニターはその全てが黒い。画面は黒であり、なにも写していなかった。
システムがまだ構成されていないのだ。時間はあったがアモンはここのシステムを使う必要はないと感じていたため、チェックなどをしていなかった。なのはによる攻撃が成功すればあとはごり押しで全て終わる。
だが、なのはは失敗した。

そのため急遽システムの確認を行うことになったが、ここに来てアモンはシステムの未構築を知ったのだ。本来なら手に入るはずの情報は遮断され、防衛線を展開せざるを得ない状況にアモンは追い込まれていた。
追い込まれているというのにアモンの表情には焦りはなかった。むしろ、この窮地を喜んでいるようにさえ見える。笑みこそ浮かべていないが、大柄なその体を椅子に預けるその態度には余裕が窺えた。悪魔のようにしか見えないその顔も今は状況に反して穏やかだった。

「随分と余裕だな。アモンよ」

アモンの態度は隣に立つ竜騎士に呆れを与えるほどだった。鋭い視線は射殺すようなものだが、アモンはその程度どうともないような風だった。

「余裕か、そうだな。余裕だ。むしろ退屈なほどだな」

太く鋭く黒い己の手を握り締めながら見つつ、アモンは竜騎士の問いに答えた。目配せした先には腕が何本もあるように錯覚するほど、機敏にか細い白い両腕を駆使するアリシアが居た。普段は勘の良い彼女だが、今は視線が向けられている事にさえ気づかないほど作業に没頭していた。
アモンにとって幸運だったのはシステム構築をアリシアが得意としていることだ。
その作業もひと段落したのか一息をついた後、アリシアはスイッチを押した。

「三次元情報解析システム構築完了。画面に映します」

続々と壁が色づき始めた。壁だけではない天井や足元に至るまですべてが画面になっていた。リアルタイムで戦艦の周辺情報を映し出す。その膨大な情報はそれを処理できる限り死角を乗員に与えない筈だ。

「ふー、疲れました。まあ、これでもあの世界で創られた存在ですからこれくらいはできますよ」

竜騎士に向けられたそんなアリシアの言葉も耳に入らないのか、男二人はその情景に圧倒されていた。しかし処理能力が桁違いに設定されているアモンはすでにすべてを把握していた。そして映し出されている現実と頭の中で構成していた防衛線の食い違いを発見した。

「どうなっている。J-14・J-17・J-18が居ないぞ」

護衛様戦闘機「J1」。戦艦の壁としても時には制圧用の火力としても頼りになるオリジナルだ。それを周辺に展開していたのだが、数が足りない。
アモンの声が自分に向けられていると感じたアリシアは体を怯ませた。おどおどとしながら振り返り、アモンに対応したが与えられた恐怖によって身が縮こまっていた。

「わ、分かりません。居ないだけ……」

「記録映像くらいはあるだろ。その配置の部分で魔力反応があったか確認しろ」

怯えるアリシアを見て竜騎士は助け船を出した。
アリシアは一度だけ頭を傾げ映像を探して正面のモニターに映した。映像には確かに茜色の弾丸に射抜かれて試算する防御用飛行機の姿があった。だがそれはアリシアには理解できないものだった。

「そんな、射撃時には10kmあったのに!? それもエンジン部を三機とも的確に射抜くなんて……」

現在のレーダー範囲は周囲10kmに設定されている。そしてこの空間にはなにひとつ魔力反応はなかった。だが映像を見る限り間違いなく射撃魔法で射抜かれている。すなわち10km以上先から射撃しているという事だ。
だがそんなことはありえないとアリシアは片づけた。単純に大量の魔力で長距離砲撃をしたならばまだわかる。しかし映像はどう見ても精密な射撃魔法だ。だが10kmなどという射程は聞いた事がなかった。そもそも人間の視力で10km先の的を明確に見えるはずがない。こんなものは不可能、そうアリシアは考えていた。

(幻術でレーダーから隠れている? でもなのはに着けていた発信機からの反応にはあの敵の魔導師以外いない)

なのはには発信機を付けて戦況の確認を行っていた。そこから周辺の情報などを入手していた。分かっている事はなのはが遭遇した魔導師はたった一人という事だけだ。余談だが、この発信機はスターライトランスを受けた時に壊れている。

「面白いな、どこに隠れている」

アモンはその射手にほんの少しの興味がわいてきた。彼が知っているDナンバーの戦闘機人にもそんな超長距離精密射撃をするものは一体もいなかった。
興味が僅かしかないのは、射撃主体である以上アモンには絶対に勝つ事が出来ない事だろう。だからこそ少しばかり悲しくもある。敵が弱いことに対して。

「茜色か」

「え、あ、はい。茜色の魔力弾ようです。竜騎士さんはなにか知っているの?」

振り返り鮮やかなルビーの瞳に見られた竜騎士は彼が知っている局員についての情報を答えた。気乗りがしないのか、面倒くさそうにみえる。竜騎士という男は元管理局員という立場だが、その情報を売るという行為は好んでいなかった。
事細かな情報を先に与えるつもりはないが、答えるくらいはした。

「地上部隊に首都全域が射程という魔導師がいた」

「それは人の視力のなせる業ではないだろう。いったい何を使っている」

首都全域が射程範囲など普通に聞けば眉唾ものだ。それは射程が数十kmもあるということだ。大型魔力兵器ならまだしも個人ではありえない。だが竜騎士の様子はさもそれが真実であるかのようで、そして目の前で見た長距離射撃からそれを信じざるを得なかった。

「簡単なことだ。よくある特殊技能「望遠」だ。奴のはそれが管理局最長なだけだ」

望遠。後天的に取得も可能である通常よりも遠くを見る技能だ。だが倍率の操作など習得が難解であり、デバイスのサポートなどがあれば必要もないためレアスキルではない。さらにスコープなどの補助機械によるサポートなどで使用者は限られている。








ミッドチルダ南部・海洋上空

首都守備隊の防衛ラインの最前線上空。一人の女性がその長い朱色の髪をなびかせて、空中で一人薄暗い空を睨んでいた。艶やかな赤色の肩当てなどの装甲をつけた、鮮やかな赤い騎士甲冑には銀色の胸当てが映える。
冷たい三日月をイメージさせる大弓を金色の手套を嵌めた左手で持ち、茜色の弦は今にも切れてしまいそうなほど張り詰められていた。
対になった銀色の手套を嵌めた右手には茜色の矢が握りしめられている。

そして闇夜を睨むその瞳、左目は魔力を込められ普段隠れている三角形の魔法陣が確認できる。今彼女の左目には50km近く先の様子が事細かに写されていた。そして脳に描かれた情報を右目から入る情報で倍率などの調整を行い、的を絞った。
張り詰められていた弦が元に戻った。すでに射た後だ。

左目にはエンジン部を打ち抜かれ、試算していく機械兵器が映し出されていた。確認するとすぐにヘブンズソードのバリア外に配置されているものに標準を合わせた。それは物理的には存在しない標準だが、彼女の頭の中にはロックオンの表示が浮かんでいた。
右手で弦を握り引くと、先ほどと同じ茜色の矢が生み出された。再び長距離狙撃を行おうとしたとき、敵の動きに変化があった。
周辺に居た戦闘機型の自動機械はバリアの中に入っていた。代わりに小型のなにかが猛スピードで彼女に向かって飛んできた。空戦魔導師用に作られた戦闘機械のようだ。ミサイルの様に飛び出してきたそれは大きな弾丸ともとれた。しかし不規則に散開するそれは、一つ一つに判断能力がある。だがこの距離で視界に入ってしまった時点で勝敗は決していた。

「舐められたものね、あの程度で私を止められると思っているのかしら」

淡々と全てを捉えた女性、二番隊隊長ギゼラが持つ矢は激しい魔力を迸っている。

螺旋のような回転する魔力の動きを持つその矢は、先ほどまで使っていた長距離狙撃用のものよりも太く男性の腕のようだ。右手の手套からは細い茜色の糸が矢に加えられ、足元には展開している正三角形の魔法陣。

「この攻撃かわせるかしら?」

大弓から弾かれるように打ち出された、太い螺旋状に魔力を走らせる弓は標的の中間目掛けで放たれた。しかしこの攻撃はかわす以前の問題で、標準が標的に定まっていないミスショットだ。先ほどまで狙撃不可能距離の狙撃を4度も人間離れした命中精度で成功させたこととは思えない。攻撃が回避不要と認識した突撃機はそのまま突き殺さんとする勢いだ。
だが、ギゼラが言ったことは正しかった。

太い螺旋状の矢と敵部隊の距離がある程度縮んだとき、回転速度を急激にあげたかと思えば矢は螺旋状に散りはじめた。
細い矢になった瞬間に急加速し飛んだ。
太い矢という塊にして、抑制していた速度が散らすことで発散されている。
螺旋状に散らばった矢は鋭くそして的確に全ての機械を突き刺した。
一瞬で針の山と化した突撃機は力なく落ちていくだけだった。
勝敗は最初から決していた。あの距離で、ギゼラの射程で捕捉された時点で全て決まっていた。


普通、狙撃魔導師にしろ砲撃魔導師にしろ遠距離攻撃を得意とする魔導師を相手にするとき敵の射程に迂闊に入ってはならない。その空間においては一方的に撃たれる的になるためだ。それゆえに守備がそういうタイプの場合、策を練った攻撃でなければワンサイドゲームとなってしまう。だからこそ数と機動性能に賭けた作戦をアモンはとっていた。
狙撃手にとって鬼門である機動性と数をとったのは正解だった。しかし相手が悪い、それだけの話だった。
射程内で十分な防御がとれない時点で撃墜されることは決まっている。もっともギゼラの射程が首都全域級というふざけたレベルでなければ有効だった攻撃だ。







ヘブンズソード・司令室

カメラの望遠機能でギゼラの姿を写していた。その技は華麗であり、見るものを魅了していた。

「こういうのもなんだけど、それは本当に人間?」

モニターに映った蹂躙を眺めていたアリシアは口に手を当てながら、後ろにいるであろう竜騎士に問うた。アリシアにとってギゼラのはなのはの砲撃とは別の意味で恐怖を感じる狙撃だった。

「人の定義と言うものは俺にはわからない」

答えは明瞭でない。だがアリシアにとっては十分な答えだった。人という定義を簡単に決められてしまえば、アリシアは人外の枠に入れられる。自らを人としているアリシアにとっては嫌なことだ。しかしアリシアのそんな考えはここでは不要だった。

「人であるかどうかなどどうでもいい。己を貫き通す力を持っているのならば」

現状は劣勢である。火力のほとんどをつぎ込んだなのはの突撃をティアナに破られ、砲撃が手薄のところを超長距離狙撃魔導師に狙われている。
鉄壁の守りこそ残っているが、いつ破られるかわからない状況だ。だというのにアモンは愉快さを感じていた。まるで攻略難易度が高いゲームでも目の前にあるような感じだった。おそらく彼にしてみればこの状況は攻略が決定されている状況で追い詰められている程度なのだろう。

「空戦陣形を前方制圧型にしろ、陸戦陣形を艦首から後退。迎撃形態をとれ、アエーシュマを前線に配置、ダゴンは入り口の防衛。バファメトを倉庫から甲板の防衛陣へ移動」

「あの、バファメトは行動に時間がかかるようですが」

「構わん」

肘掛に肩肘をついてその手で顔を支えるという怠惰な状況のまま指示を出した。驕るくらいで十分、その程度のことなのだ。オーバーSランクを倒す幻術使いも、超長距離射程の狙撃手も、展開されている魔導師たちも彼にとっては単なる障害にすぎない。
今、アモンにとって首都守備隊の存在は策略の実験にすぎない。この程度の障害は乗り越えるなどと考える程度ではない。

そんな圧倒的な余裕を持っているアモンに対し、アリシアは焦っている。ただ焦ってもどうにもならないということは分かっているため、自分の持ち場に急ぐことにした。

「じゃあ、私は持ち場に戻りますね。あれ、竜騎士さんは」

振り返るとさっきまでいたはずの竜騎士がいない。いつのまにか、風の様にその姿を消していた。







ミッドチルダ南部・湾岸地区

プロペラ音が静かな日も差さない午前に響いていた。
膨大な魔力を身に潜めつつ、精神を研ぎ澄ませている青年が一人いた。袴のような黒いBJに身を包んだ彼は普段よりも更に研ぎ澄まされた印象をあたえる。黒い鞘に収められた白刃はその煌きを潜めているが、彼と同調した鋭さは隠すに至らない。
そんな青年の様子を二人の少女が物陰から見つめていた。

「アイリスちゃん、あれ、嵐山陸曹だよね。このまえ見たときとちがうような。きんちょうしているのかな」

そうやって笑うシェーラの表情は引き攣っていた。一番緊張しているのは彼女だろう。普段エリオかティアナが着いている任務と違い、今度は近い立場のものが多い。初めての前線投入のようなものだ。
震えるシェーラの肩にアイリスは手をおいた。

「大丈夫、あなたは死なせないのです。私が貴女を守るのです」

透き通った赤目には虚栄も恐怖も見えなかった。

「正直、俺としては大きな作戦の前に怖がらないアイリスの方が怖いけどな」

心地よく笑いながらルサカが近づいてきた。白と黒の武闘家向けのBJを来た彼は虎に見える。それは両手の鋭利な爪型のアームドデバイスと、顔の彫り込みや見た目からだろう。さながら白い猛虎のようだ。

「恐れることは悪いことではありませんよ。正しい恐怖も局員には必要だと思われます」

諭すように二人に話しかけるルイスはよく似合う純白のBJをまとっていた。特徴のすくない構造なのは彼女が作戦で担う役割は多岐に渡るため、前衛向けでも後衛向けでもない形状をとっている。
右手に持った片手持ちの杖型デバイスは彼女が訓練校時代から使っていたものをバージョンアップさせたもので、単なるストレージデバイスだがその分癖もなくよく手に馴染んでいる。一般的な魔導師のスタイルそのものだ。

「確かにそうなのです、でもどうしてか怖くないのです。なんだろう、どんどん感情が覚めていくのがわかる」

最後の言葉のとき気配が様変わりしたのをルサカはその動物的な直感で見抜いていた。だが、それがなんなのかルサカにはわからなかった。ただ頭の中でアラームが鳴って、すぐに止んでしまった。その程度のことだった。
それは以前修が感じたものと同様のものだった。それがなんなのか、その答えは分からない。

「そういえば、アイリスのはBJじゃなくて、あれか、騎士甲冑か」

アイリスが纏っているそれはBJとは少し感じが違う。甲冑と言っても全身を金属で覆いつくしているような鎧ではない。しかしBJにはない装甲部分が備えられていた。黒色をベースに白色の装甲で関節部や両足を覆い、胸当て部分が銀色なのは母親の真似だろう。利き手左手は黒い篭手、右手は白い篭手と左右非対称だ。

「そうなのです。お母さんの騎士甲冑を元にして作っているのです。本当は赤色にするつもりなのですけど、六番隊の関係上黒色なのです」

「あれ、アイリスちゃんは黒色きらいだっけ?」

シェーラは首を傾げていた。彼女の無二の親友を自負しているが、黒が嫌いという話は聞いたことがなかった。
六番隊は闇に紛れての奇襲などが多いため、黒色にしている。シェーラも黒色のローブを羽織っている。見るからに白が似合いそうな彼女だが、下に着るBJは黒だ。ちなみに下着は不明だ。

「嫌い、ではないのですが、好き、ではないのです。そういえばお二人も嵐山陸曹の様子を見にきたのですか?」

ルサカとルイスはその場で互いに顔を見合わせた。なんともいえない空気が漂った。

「正直、半分正解だな」

「そうですね。半分正解です」

ぎこちない笑顔で答えた。その様があまりにもぎこちないものだから、アイリスとシェーラも乾いた笑顔で返すしかなかった。疲れが感じ取れる笑顔だ。
再び、静かな時間が訪れた。
ここで修でも来てくれれば状況はきっと変わるだろう。しかしすでに修は瞑想を始めていた。もはや彼からの救助を待つことはできない。だがこの空気を破れる勇者はここにはいなかった。
二人の言う通り修の様子を見に来たは半分正解だ。今からの任務に直結するのは修の状態だ。だがもう一つの理由を言い出せないことが、この空気の原因だ。

『ねぇ、アイリスちゃん。どうしてふたりともこんな笑顔をしているの? 聞きにくいよ』

『それでいいのです、シェーラ。こういう状況は向こうから話してくるのを待つのです』

念話で話しかけてきたシェーラの態度に感心しつつも、アイリスは二人が言いにくいことがなんなのか、大方の予想が付いていた。しかし口に出すことはできない。

(お二方は本隊の待機所に居たのです。だとすれば隊長のお二方なのです)

勘の良さが答えを導いていた。








倉庫防衛戦線・本体待機所

その場は穴が開いていた。遠巻きに人々はその一点のみを開けて陣取っていた。回りにいるのは屈強な救助隊員、五番隊の面々だった。しかしそんな屈強なやつらでも、その空間に入るのは躊躇われた。
中心には二人の男女が立っていた。一人は赤髪の仮面を被った少年。その左目からのみ少年としての明るさが垣間見ることができる。もう一人は青髪の女性。背丈は少年とほとんどかわらないが、顔つきから見て少年よりも少し年上だろう。

その二人には、エリオとギンガには誰も近づけない。とりわけ殺気を全身からほとばしっているエリオには。
近づこうものなら全身を瞬時に引き裂かれるようなプレッシャーを感じなければならなかった。敏感なルーテシアはすでにガリューとチンクの後ろに非難していた。
それほどまでにこの空気は重いものだ。
普段はここまで発展することはない。冷静に徹しようとしているため、こんなことにはならない。なりかけたとしてもティアナがすんでのところで止めている。しかし冷却剤のティアナはいない。

そのためギンガが冷却剤の代わりをしていた。

「あの、ほらエリオ君。もう落ち着こうよ、ね。ほら、周りの人たちも怖がって、これじゃあ士気が下がって作戦に支障が」

「血が疼くんですよ……毒で焼けた皮膚が痛むんですよ……」

普段のエリオとは全く雰囲気が違った。明るく冷静になろうと務める少年の面影はどこにもなく、殺気で縫われ血で染め上げられた黒いコートを身にまとった騎士の姿がそこにはあった。
黒い槍は沈黙を貫き通し、月を突き殺さんとする鋭さと狂気を潜めている。
代わり果てた左腕は鋭利で長い五本の刃と化し、指を居る仕草一つに恐怖を感じさせる。彼がその手で撫でただけで、人は赤に染め上げられるだろう。

「今度、赤色に染まるのはあいつらの番だ……命乞いしても許すつもりはない……くくくふふふふふあははははは」

高笑いする姿を見たギンガは六番隊の新人二人がいないで良かったと思った。同じ任務につく二人にこないように向かわせて正解だった。

こんなエリオを見てしまえばこれからの任務に100%支障が出る。恐怖でまともに動けないだろう。それは正義の局員とは対局の姿だった。きっとフェイトが見れば泣き崩れるだろう。昔のエリオが見れば刃を向けるだろう。
そこにいるのは首都守備隊六番隊隊長エリオ・モンディアルではなく、機人狩りで知られる紅い死神エリオだった。

「ところで、出陣はまだですか?」

優しい言葉には殺意はない。だからこそギンガは恐怖を感じた。溢れ出しそうな殺気を全て内包しているエリオの感情が爆発したとき、その矛先は誰に向くのだろう。それを想像してしまったギンガは恐怖と、仲間に対して負の感情を抱いた自分を恨んだ。
このとき、ギンガは考えられるはずのあることを想定していなかった。いや、想定できるはずもなかった。

「まだ五番隊の先遣部隊も空戦部隊の交戦もないから、まだよ」

そうですか、とエリオは短く答えた。ギンガは体が急に軽くなるのを感じた。円状に満ちていた鉛の雨のような重圧が消えている。すでにギンガの前にいるのは死神などではなく、若手隊長だった。
大きくなった体は黒いコートで隠されている。コートの裏側にしまいこんだ感情は黒い槍に注がれている。それは歳のわりに強すぎる嫉妬や独占欲、そして憎悪。もちろん立ち向かう勇気や守りたいと思う愛情なども込められていた。
心の分身のようなデバイス。今のエリオの心を映すそれは鳴りを潜め、戦場を駆けその鋭さが振るわれるのを待っているようだ。

ギンガにはその背が、黒衣のBJに身を包んでいるためか、闇に飲まれてしまったものの用に見える。心地よい日差しと明るい白い衣が似合わなくなっ槍騎士は、黒い衣によく似合う深い闇を味方にしていた。
変わってしまった。ギンガはその背にそんな印象を抱いていた。その事実をギンガはすんなりと受け入れることができた。なぜなら彼女も同等に染まっていたから。
だが彼らは闇の住人でも、都市伝説のような管理局の暗部でもない。その心にはいまだに強い信念が根付いていた。この信念こそが、二人を強くしたものであり己を保っている秘訣である。

ただしそれが人の常識に収まるかは別である。
そもそも人間でない、人の次元を飛び越えてしまっている彼ら魔導師に人の常識を問うこと自体間違っているのかもしれない。







防衛戦線・最前線

「来たか」

「やっと本丸のご到着かしら。随分と時間を掛けてくれたわね」

大刀を構えて上空に立つゼストの呟きにギゼラはため息まじりに答えた。
先ほどよりも少し時間が経過してようやくヘブンズソードが作戦区域に入った。
そんな二人のつぶやきにレナとコウライはツッコミを入れた。

「えー、さっきまで向こうからの戦闘機を尽く撃墜していった人たちが何を言っているの?」

「無双をしていたな」

眼下の海には藻屑が浮かんでいた。
すでに小さないざこざならあった。だが一機たりとも布陣を超えることはできなかった。周辺を守るように配備されていた
偃月刀のような大刀にはほころび一つのこされていないが、ゼストによって振るわれたそれは何機も撃墜していた。ひたすら力のみを追求したデバイスはあまりにも質素だが、反面耐久性や攻撃力においては群を抜く。
小細工などをデバイスに求めず、己の力量がそのままライフラインにつながるベルカの騎士らしい代物だ。

「あの程度、前哨戦にもならん。準備運動だ」

「安心して、私はあれだけの破壊をする行為が準備運動なんて言わないわ。前哨戦よ」

「いや、隊長。同じですよ同じ」

ギゼラとしては先程の衝突が準備運動などと称する異常性は持ち合わせていないと証明するように弁明したが、レナにしてみれば五十歩百歩だった。

二人が撃墜した物はどれもAランクの空戦魔導師に匹敵する性能はある、とレナは踏んでいた。それは機動性や火力、AIのシステムからレナの経験と照らし合わせて算出したランクだ。教導隊の頃の癖か、レナは戦力をランクとして評価する。教導隊員としてさまざまなランクの魔導師との戦闘経験と「戦技図鑑」と呼ばれるまでの知識による裏付けもある。
だからこそ正確性はあり、彼女は呆れていた。

「はあ、無傷なのはいいですけれど、主戦力である御二方が矢面になるのはどうなんでしょうねぇ」

「諦めろ」

ため息をつくレナに対してコウライはいつも以上に冷めた口調だった。それは普段のことのためレナは気に留めていない。命の取り合いになり兼ねない戦況になると彼は氷よりも冷たく研ぎ澄まされる。
両腕には黄金色の炎が巻きついていた。

「そうよレナ、それに向こうも本気みたいよ」

ギゼラの瞳には先ほどまでとは役割の違う物が映っていた。
機動性を排し、近づくものをうち滅ぼすために存在する迎撃兵器。空中に浮くそれは横長い大きな翼を広げた鳥のにも見える。横長く広がったかくばっており、中心には分厚い砲門が一つ見える。射出される弾丸は粗く削られ、貫通を目的とせず傷跡から抉ることを目的としていた。

そんなものが数十機も確認できる。
冷たい三日月の大弓は茜色の魔力に包まれた。弓を持つ逆の手には図太い茜色の矢が握りしめられていた。矢は的を射抜くだけでは止まらないようだ。

「さあ、打ち払いましょうよ。ゼスト隊長」

山吹色の魔力を纏ったゼストは静にその視線を敵に向けた。

「行くぞ、各隊員はダブルチームを崩すな!! 突破口を開く、両翼から詰めろ!! 副隊長以上は俺に続け」

「了解」







ヘブンズソード・最上部

その男は一人立っていた。
「龍すら平伏さす騎士」の名を頂く騎士はただ一人ヘブンズソードの頂点に立っていた。
そこの配置を命じられたわけではない。独断である。普段なら年齢不詳の幼女がつきまとっているが今はいない。いや、居られないのだ。

彼から発せられる殺気は腕に覚えがあるものほど恐れ、平伏すことを選択させる。普段ならその暴力を制する鋼の自制心がある。しかし戦況の変化が彼にかつての感覚を与えた。それはあの時に似ていると彼は一人感じていた。
眼下で敷かれている迎撃陣形に興味を示すこともなく、彼は一人遠くを見つめていた。
最後にして最強の迎撃兵器「J4」が数十機見えたが、無駄だと彼は感じていた。開発を知る彼はその戦力を知っている。強力な対魔法防壁に純度の高いAMR。中心の砲撃だけでなく、両翼から打ち出される「J5」と追尾機能を搭載した迎撃ミサイルの雨。機動性の低さが問題だが、配置を間違えなければ攻略しにくい代物だと感じていた。

しかし彼の視線の先にいる山吹色の魔力光を放つものには無駄だろう。

「この程度で落ちるほど、地上最強は甘くないはずだ、そうだろティーダ」

親友へ向ける言葉の返事は当然なかった。







防衛戦線・最前線

ゼストの指示に隊員が返事したとき、すでにゼスト自身はJ4の前にいた。
彼が隊長陣以外を自身の背後につかせなかった理由は、着いてこられないと知っているからだ。だからこそ背後の隊員達は迎撃部隊に開けた風穴を広げる役目を与えた。
鋭くそして素早く振り下ろされた大刀はAIに迎撃行動を許さなかった。
刹那の一閃は真っ二つに引き裂き、ゼストに進む道を与えた。
だがこんな不意打ちは一度しか通用しない。

囲むJ4の両翼からは何十個もの小さい蓋が開き、そこからは2種類のものが打ち出された。
ゼストたちと平行な穴からは黒い弾丸が、垂直なものからは鋭いミサイルが次々と発射された。
それらは「単騎」で突撃してきたゼスト目掛けて発射された。
切り裂かれた物の役目は壁としての時間稼ぎとなった。そして役目を終えたそれごと弾丸とミサイルは突撃し爆発した。
爆炎は切り開いた道を通ろうとするゼストを飲み込もうとした。
しかしゼストを包んだのは黄金色の炎だった。

「頭が一人突撃してどうする」

「あら、止めるだけ無駄だから諦めろと言ったのはあなたじゃなくて」

コウライが魔力で生み出した黄金色の炎で爆炎を凌ぐと同時に、レナは手に持った双刃型デバイス「ヴォルガ」から鋭く大きな衝撃波をJ4目掛けて放った。

ゼストの高速の突撃は「分断した」と思わせるためだった。
「単騎」で突撃したゼストにのみJ4の攻撃は収束した。その隙を狙っての連携だ。
打ち合せをしたわけではない。ゼストの動きから二人は読み取り行動した。
しかしそんな奇襲はJ4を行動停止させるだけのダメージを与えるに至らなかった。
レナは中心部を狙って衝撃波を放ったが、中心は攻撃を感知すると高純度のAMRを展開する仕組みになっていた。
ゼストの一閃が通じたのは展開すら間に合わない神速の一撃だったからにすぎない。

「あら、厄介ねこの防御力は」

技量で圧倒するタイプのレナにとって硬すぎる防御は苦手な分野だった。
そして厄介はそれだけではない。
ミサイルは追尾性能を持つだけだが、黒い弾丸はわけが違った。
すでに戦闘空域の至る所にあるそれは不規則に動き隊員達を襲っていた。
対魔法防壁にランダム行動のAIを追加させた「J5」は攻撃力こそ低いが、攻撃側の邪魔をするにはもってこいだった。

「あまり調子に乗るな黒豆」

苛立つコウライは全身から黄金色の雷撃を放った。
魔力としてよりも、純粋な雷に近づけた雷撃の網に降れてしまったJ5は動きが僅かに鈍った。
雷撃の網は縄張りだ。縄張りに入った獲物は捕食者に食らわれる。
ゼストに劣らない速度で飛行するコウライは、さながら荒野を欠ける獣の如くJ5を破壊していった。

同時に数えきれないほど破壊したが、それでも飛び交うJ5は減らなかった。
このままでは横からの攻撃を命じられていた隊員達の行動を制限するこれにより作戦を遅らされるだろう。
それはヘブンズソードがクラナガンに近づくことを意味する。まだ完全に立ち直っていないクラナガンに戦艦が近づくことは人々に恐怖を思い出させる。
だからこそ彼らはここで止めなければならない。

「嫌ね、この厄介な奴等……これでも食らってなさい」

レナの足元には瑠璃色の魔法陣が生み出された。それは2重に見える。
周辺に居た隊員達は一斉に距離をとった。

「いくわよ、フォースサークレット&ライトニングジャマー」

二重魔法同時発動。二つのコアを持つレナのデバイスは二つの魔法を同時に発動させる。
異なる魔法を組み合わせることによりレナは爆発的な火力を生み出す。
レナを中心に足元に大きく描かれた陣は範囲内のものに衝撃を与え、さらに変換された電流によりその動きを捉えた。
効果としては先ほどのコウライのそれに似る。
しかし範囲は戦闘空域ほぼ全てを覆っている。
威力は低いが広範囲に衝撃を与える魔法で足止めして、捕捉したものを電撃で拘束する。
単体では意味がないが、組み合わさることで効果を生み出していた。
普通なら周囲の仲間を巻き込むために使えないが、二人は陣が描かれ衝撃が放たれる僅かの隙に外に飛んでいた。
近いのが高い機動能力を持つ二人だけだから使える手段だった。

そして捉えられているJ5に赤い雨が降り注いだ。
雨はJ5に降れると、そのまま貫いていた。
赤い雨は茜色の矢の雨だった。
3人とは距離を取っているギゼラはレナの魔法に合わせて天に目掛けて太い矢を放った。
巨大なスフィアとして上に残ったそれは、拡散して雨のように降り注いだ。
残酷なる赤い雨は数多のJ5を瞬時に破壊し尽くした。
重荷を取り除かれた隊員達は両翼からJ4の一団に攻撃を仕掛けた。
J4の迎撃機能は当然その両翼に向けられた。ゼスト達4人への攻撃の手は緩められた。

「それだけの数で俺を捉えられるか」

ゼストは再び弾丸のごとく突撃した。
それは速いだけではない。
混ぜられた刹那の緩やかな動きにJ4の迎撃機能は向けられる。
残像を残すように振るわれた神速の一閃を捉えられずに切り裂かれていった。
風穴は切り開かれた。

「矢の冠を受け取りなさい」

目にも止まらぬはやさで動き始めた右腕からは次々と茜色の矢が作られ、散弾銃の如く矢は打ち出された。
戦艦目掛けて打ち込まれた矢はバリアに茜色の円を描いた。矢はバリアに触れるすれすれで止められていた。

「さあ、ブレイズリング&バスタージャベリン」

間髪入れずにレナの魔法がバリアに襲い掛かった。
茜色の冠をなぞるように瑠璃色の輪が描かれ、すでにおかれていた魔力を混ぜて爆ぜた。
そしてその「複雑」な爆発のなかに、レナの手から瑠璃色の大砲のような槍が投げられた。
最後に爆発の中を貫こうとする槍をコウライが黄金色の力強い炎を纏った拳で殴り、炎の推進力を着けた上で放った。
3人の魔力が混じりさらに「複雑」になった攻撃は防壁の処理が追いつかないものとなった。
一種類ならばどんな攻撃も、それこそ白い悪魔の砲撃だろうとも防ぐAIRだが、「今」はまだ複雑な攻撃に脆い。

ギンガから得た情報を当てにした連携は成功したようだ。
壁が崩れるように、ではなく処理しきれず無駄になったエネルギーが霧散していくようにバリアは消え失せた。
鉄壁を誇っていた壁は霧となるなか、絶望が姿を曝け出した。











あとがき
全体を通して前哨戦。
エリオと修の主人公格二人はトリップしている中で、その他のキャラが目立っている。



[8479] 第十三話 頂に立つ剣士
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:f393325e
Date: 2010/06/20 17:14
 霧のような余剰エネルギーは投げ槍に巻き込まれるようにして払われていった。
 その開けた視界から甲板に配備された数多の機影を、槍と共に突入しようとするコウライは見つけた。
 敵勢力を確認して彼がとるべき行動はただ一つ。

「蹴散らすのみ!!」

 コウライが蹴散らそうとヘブンズソードへ乗り込もうとしたとき、彼の意に反して体は後退した。彼は下がろうとなど考えていない。彼の体が勝手に後ろに下がっていったのだ。

(なぜだ、体が逃げている……危険だと言うのか)

 頭は自分の行動を理解していない。なにかに引っ張られるかのようにコウライは後退していった。それは誰かに命令されたわけでも、強制されたわけでもなく肉体だけが独断で下がることを選択したのだ。それは臆病な選択ではなく、命を先延ばすための選択の動きだった。
 突入しようとするその中でただ一人ギゼラの見えすぎる目だけが、真実を知りえていた。
 彼女の瞳には薄い赤髪の剣士が両手に持った剣を振るおうとしている姿だった。

 なぜここにいる。
 それが彼女の率直な感想だった。驚きすぎて後から怒りがやってきた。
 すっかりと忘れていた、忘れたかった怒りだった。
  
 なぜここにいる。
 昔と変わらず仮面に隠れ表情はつかめない。瞳すら意思を覗かせない。ただ閉ざされすぎた感情は溢れ出し、その一対の長剣に宿っている。10年以上前と変わらない紫黒色の魔力光は語っている。
 
 排除すると。
 目の前の敵はすべて排除すると。
 見えたのは両手を交差した構え。それが何を意味するのか、記憶がギゼラに答えを与えた。
 
「全員退避!! 離れなさい!!」

 そんな声が聞こえているのか聞こえていないのか、双剣を構えた剣士、竜騎士はその瞳に彼女の朱を入れた。容姿はわからないが、あの色だけはこれだけ離れていてもわかってしまう。 初見のときに鮮やかだと感心するほどだった美しい髪の色は、彼の記憶の捨てたくても捨てられない部分に保存されていた。
 それでも彼は攻撃した。躊躇いはあったかもしれない、しかし刃に曇りは写らない。脳裏に浮かんでいた優しかった日々は自分で振るった刃によって切り裂かれた。

 「龍衝」


 刃が交差した空間、最高の斬撃に引き裂かれた空間の歪みからは飛ぶ龍の如き紫黒色の衝撃波。
 切り開かれ虚空となったそこに叩き込まれた魔力は刃の鋭さを受け継ぎ、一直線上に立つ命全てを引き裂く刃となった。
 それは砲撃魔法とは違う。打ち落とすことを目的としたものではなく、切り裂く力を肥大化させたものでもあった。
 鋭く打ち出された巨大な魔力刃が正体である。しかし魔力砲撃と違い、硬度の高い魔力刃はバリア系の魔法では防ぎにくい。それは面としての攻撃と線としての攻撃の違いによる。
 分厚い防壁を張ったところでまとめて斬り伏せられるだろう。

 それを誰よりも知っているギゼラは退避を命じた。
 だが退避の命が届いて、反応するまでの間すら与えないほどの絶望的な速さだった。
 この攻撃には砲撃と違い威力の維持などはいらない。魔法の仕組みとしては射撃魔法に近い。それなのに威力は射撃魔法の類に収まらない。
 竜騎士の存在そのものをAIRが破れた瞬間から感じ取っていたコウライは、攻撃範囲から離脱していた。しかし反応の遅れた、二重魔法使用後に生まれた絶対的な隙を持ってしまったレナは間に合わない。
 ただ紫黒色の刃に切り裂かれるのを待つ運命だった。








 ミッドチルダ東部・荒廃区

 それは食らいつくす獣のようだった。獣のような獰猛さを持った、暴風が吹き荒れていた。
 その暴風の中心にて、刀身に細長い空洞と両面に溝を掘られている大剣型デバイス「ダインスレイブ」をスティールは力強く振るった。
 同時に吹き荒れる魔力を含んだ風。もはや物理的な攻撃力すら持ったそれは血に植えた獣の如く駆けめぐり、捕食者の様に暴れた。その暴風の前ではあらゆるものが塵に同じだ。

 「おいおい、この程度かぁ!! てめぇらの覚悟はよぉ」

 それは映画としても劇としても面白みの欠けた、一方的な戦闘の構図だった。武器で身を固めた犯罪者達を蹴散らすスティール。暴風に飲まれる犯罪者達。彼らの罪はこれほど罪なのかと疑問を抱かせてしまうほどだ。
 そこに本来あるのは一人の管理局員と、それを囲む大勢の犯罪者の構図だったはずだ。しかし現実は一人の管理局員に蹂躙される非力な犯罪者の構図だった。
 彼らとてむざむざやられるためにここに来たわけではない。誰もあっさりとやられてしまうような雑魚兵になんて成りたくなかった。しかし彼らを成りたくなどなかった雑魚にしたのは、ある情報だった。
 史上最大規模のあの組織の大規模な動き、それに合わした行動だった。勝機はあった。相手は管理局といえども所詮は地上部隊、死を賭して戦えば勝てたはずだ。

 ミッドチルダは今や犯罪組織の温床だ。存在する組織は大小合わせて星の数ある。多くは東部の廃墟に潜んでいた。生活する拠点としては悪い環境だが、隠れるには絶好の環境だった。
 そして今回の行動で管理局が揺らいでいるところに攻撃を仕掛ける手はずだった。
 東部に二人の局員が現れるまでは。

 「さぁて、そろそろ爆ぜる時間だぜぇ」

 空洞に鈍い銀色の魔力が込められた。地面を打ち砕くかのごとく叩きつけられたとき、込められた魔力は地を走り爆ぜた。
 前方へと打ち出されたのは、塵も大地も覆いつくし全てを飲み込む津波の爆風だった。
 スティールの目の前は皮を剥がされむき出しとなった大地だった。
 それを見て歪んだ笑みを浮かべつつ、笑った。

 「たっくよぉ、やりすぎちまったじゃねぇかよぉ」

 犯罪者を何百人蹴散らしたというのに罪悪感はなく、破壊しすぎたという気まずさだけがほんの僅かあるような口調だった。
 そんなスティールを狙うのは、成人男性ほどはある大きな銃器。本来ならば物理障壁を破壊するために使用されるような代物だ。一発でも十分装甲車に穴を開けるだけの殺傷力はある。
 そんな弾丸を連射することが可能だ。使用者の生命を全く省みない兵器であり、所持だけで懲役刑が確実になるような代物だ。ミッド製、魔力文化レベルは低いが科学レベルの高い管理外世界で作られたものを流用している。
 魔導師を持たないこの組織にとってこの武器は、魔法を行使する怪物に対抗する唯一の手段でもあった。これを買ったときは法外な値段を突きつけられたが、それだけ払う価値はあると確信していた。

 今、標準はスティールに合わされていた。
 当初は切り札であるこれをこんなところで使う予定はなかった。しかし出し惜しみをしている場合ではなかった。敵対していた組織の虎の子であった魔導師が赤子の手を捻るかのように叩き伏せられていたからだ。

 だからこそ切り札を切った。
 その選択は戦略的に見て満点と言えるものだった。
 一発一発の衝撃は激しく彼らを揺さぶった。本局の障壁を力づくで破るようなもののため当然衝撃は激しい。1ダース打つだけで精一杯だった。支えが砕け散り、持っていた男たちは無残にも飛ばされた。
 残ったのは安堵だった。切り札を使い、仲間を犠牲にしたのだから安堵を感じるには当然の報酬だろう。
 だが彼らを待っていたのは絶望的な現実だった。

「はぁ、何下らねぇもん使ってんだよぉ」

 装甲車すら弾丸はBJにすら届いていなかった。スティールを覆う分厚い空気の鎧が大砲に匹敵する弾丸の威力を殺していた。スティールは大剣を握っていない手を振るった。
 それだけで男たちをなぎ払うに十分すぎる突風が生まれた。軽い折れた枝のように吹き飛ばされ地面に叩きつけられた。 
 一方的な虐殺とも取れるが、スティールは一人も殺してはいない。

 「安心しろぉ。殺しはしねぇよぉ!!」

 あたり所が悪くならないように調整され、もしものときはスティールの風で守られていた。
 地上の英雄スティール・クラウザー。またの名を暴風スティール。風を主体とした魔法の扱いに長けた歴戦の魔導師である。
 魔導師は魔力を持たないものにとって怪物だろう。しかしこの男は怪物にとっての怪物だった。
 敵地を我が物顔で歩く彼にとって犯罪者たちなど枯葉のようなものだ。彼が生み出す風に耐えきられずに舞う枯葉でしかないのだ。

 「さぁ出てくるなら掛かってこいよぉ。あいにくここは暴風域だがなぁ!!」

 吹き出された魔力は風の刃となり周囲を引き裂いた。
 だが先ほどまでここで大暴れしていたためか、誰も出てこなかった。

 「あぁ、もう終わりかぁ? 張り合いねぇなぁ、フェイト……お前何やってんだぁ」

 チラリとフェイトの方を見ると、そこには人の山に達フェイトの姿があった。大きさからして間違いなくスティールが倒した数の3倍を軽くこしているだろう。
 その山を背後にフェイトは一人佇んでいた。

 「やりすぎだと思うな。私たちは正義じゃなくちゃいけないのに、これじゃあこの人たちと差異ないよ」

 「ちょっと待てぇ、お前が言うのかぁ!? じゃあ聞くがぁ、その山はなんだぁ?」

 スティールの問いにフェイトは首を傾げた。何故聞くのかと言う疑問と、そんな事すら分からないと言う呆れを含んでいた。

 「なにって、捕まえた人たちだよ。見てわからないかな?」

 「……なぁ、俺とお前どこが違うんだぁ?」

 本当に分かっていないようにフェイトに返されたスティールは、呆気にとられたがなんとか言葉をつなげた。
 そうするとフェイトもわかってくれたようだ。
 スティールが同じと決めつけていることがなんなのか。それはフェイトにとっては全く違うことだが、スティールからすれば同じことなのだと理解した。

 「私がしたのは逮捕で、スティールさんがしたのは打ち倒す。そんな違いだと思うよ」

 改めてスティールは山の一部となっている者達の顔をみた。そして自分が倒したものと見比べてみた。それらは絶望や苦痛に満ちた表情をしているが、山と化している者達はそんな表情していなかった。単に眠っているようにさえ見える。
 だがバインドで縛られており、動くことはできないだろう。そんな状態で眠るような人間はごく一部しかいない。
 スティールとして大怪我などしないように加減はしていたが、フェイトのそれは一切の傷を与えないほどの徹底したものだった。
 いくら敵は弱いと言っても、それだけの数するのは骨が折れるだろう。しかしフェイトはまっすぐとした瞳で言い切った。

 「私たちは正義の組織として動いている。だから誰にも認められるように努めなければならないはずだよ。正義を語っているくせにやっていることが蹂躙じゃ、そんな組織や人は誰にも認められない」

 その姿がスティールには神々しかった。「優しき閃光」という二つ名は間違っていない、スティールは確信した。

 「相手に恐怖を与えて、叩きのめす。それでいて平和を願っているとか謳っても、誰も信じないよ。確かにそんな戦い方の方が楽かもしれないけれど、制限された戦いでも十分な真価を私たちは出せなきゃいけないと思う。それが高ランクを持っている責任だって私は思うよ」

 理想論だと言うことはフェイトだってわかっている。そんな芸当ができるのは敵との差が圧倒的出なければならないだろう。また理想だけでは守るべき人を守れない。
 だからと言ってフェイトは諦めなるはずがない。
 差が必要ならば強くなればいい。犯罪者を倒すのではなく救えるようになるくらい強くなればいい。守れないならば守れるだけ強くなればいい。

 そんな簡単なことなのだとフェイトは悟った。
 都合良く自分には強くなる素質が他の人の何十倍も備わっていた。
 勿論現実はそんなに甘くなく、フェイトでも守れないものはいくらでもあった。だがその後悔をバネとしてフェイトは強くなってきた。

 どうやらここの戦闘はほとんど終わったようだ。後は東部担当の警邏隊による包囲網に任せることにして二人はこの場を後にした。

 「さぁてと、次は……本局かぁ」

 「あの近辺は数が少ないけれど、ゼロじゃないから。持ちこたえているといいけど、他のところはどうかな」

 本来二人は首都担当だが、東部からの応援要請を受けて向かっていた。ヘブンズソードに合わせ動こうとする組織が多いことから、一斉摘発に踏み切った。Sランク2名投入によってそれを可能にした。
 運転しながらフェイトはバルディッシュを介して他の地区の情報を入手していた。インテリジェントデバイスだからこそできることだ。

 「えーと、西部は狙撃により犯人を確保、銃撃戦で制圧、広範囲射撃により鎮圧。南部は結界により犯罪者を隔離。北部は停電?」

 「あぁ、停電だぁ。中将よぉ、もう少し穏健派の振りぐれぇしろよ」

 フェイトにしてみれば勝手に納得され多様な反応にわずかに不満だったが、チラリと隣にいるスティールを見ると頭を抱えていた。その様子に不満は消え去り、心配になってきたフェイトにスティールはつぶやいた。

 「北の連中、サイレント・コンサート仕掛けるつもりだぜぃ」

 (何かの作戦? それも中将の許可は停電のためだとすると、この作戦は暗した上でかなり攻撃的、それもスティールさんがやりすぎだと感じるような作戦かな)

 聞き慣れない単語に対して瞬時にフェイトは解答に近いものを導き出した。
 付き合いの期間は長くもなく短くもないスティールはフェイトの表情に疑問がないことを片目で一瞥した。

 「フェイトのことだから説明は省くがよぉ、あれはAAランクの団体様相手でもぶっ殺せるぜぇ」

 「殺すとか、気安く局員が口にしたらダメだよ」

 少し呆れたような軽い口調でフェイトはスティールをたしなめた。最近ではよく見る光景だ。
 過激な言動の多いスティールを冷静にそして温厚に諭すフェイト。この一年でよくある図だ。

 「けけけ、すまねぇなぁ。てめぇは本当は客人扱いだって言うのに、手伝わせてよぉ」

 「今更だと思うけど、気にしないで友達だよ。それに目の前の問題から目を背けられないだけだから」
 

 『そんなこと気にするなよ。俺たちは仲間だろ』


 今は亡き親友がスティールの脳裏には描かれていた。失ったはずの明かりが側にあるようにも感じていた。
 それはないと自身で否定し続けた。
 それは二度と灯るはずがないと否定し続けた。
 それは手に入れてはいけないものだと否定し続けた。
 だが、そこにはあってしまった。

 「友達か……なぁ、仲間と友達はどっちが上だぁ」

 スティールとしても完璧な答えなど期待していなかった。答えの無い問いなのだから。

 「それは難しいな。私にとっては親友がその上にあって仲間と友達は同じかな」

 フェイトの答えに何も言わずただスティールは窓の外を眺めていた。彼が運転しないのはタバコを咥えて片手運転していたのをフェイトに咎められたからだ。

 「スティールさんは区別するの? あ、親友はティーダさんですか」

 「違ぇよ、俺はあいつの……あいつらの仲間だぁ」

 スティールはほとんど近いようにも感じていたが、彼は一度もスティールを親友といっていなかったとフェイトは記憶している。
 フェイトとしては二つの言葉にそれほど大きな違いはない。親友はなのはだが、シグナムはどうなのかと聞かれると親友とも仲間とも答えられる。結局のところ曖昧なのだ。

 「あいつにとって親友はパートナーの方だろうなぁ」

 「パートナー? へぇ、ティアナと一緒ですね。ティアナもパートナーのスバルが親友、ですよ」

 一瞬開いた間が気になったがスティールは突っ込まなかった。人付き合いとは他人から断言できるようなものはごくわずかだ。

 「それでティーダさんのパートナーはどんな人だったんですか」

 「……竜騎士だ」

 普段とは違う雰囲気の言い方がフェイトには気になった。
 以前、フィアと出会った時の会話で竜騎士の名前が出たときにスティールは著しく機嫌が悪くなった。
 怒りっぽいようなところもあるスティールのためフェイトは気に留めなかったが、今思えばスティールの様子は憎悪すら感じられた。しかしティーダの仲間だったスティールがなぜ、それほどまでに竜騎士を嫌うのかフェイトには分からなかった。

 「どうして竜騎士さんのことが嫌いなの? 何かあったの」

 「そうだなぁ、竜騎士は管理局最高の剣士だ。そういえば分かるだろぉ」

 フェイトの頭に一週間前のスティールとの会話が蘇った。だがそれは彼女が今まで歩んできた人生からは信じることができないことだ。

 「まさか……え、嘘だよね」

 フェイトは青ざめ驚きを隠せないが、スティールはそのまま続けた。彼自身、今にも溢れ出しそうな憎悪を体に秘めながら。

 「嘘じゃねぇよ。竜騎士は管理局最高の剣士であり最大の裏切り者だぁ。なんたってパートナーを斬った上に、自分の故郷の人間を皆殺しにするようなやつだぜぇ」

 フェイトは与えられた情報を信じられなかった。
 彼女にとってパートナーとはなのはのことがすぐに頭には浮かぶ。
 そのなのはを自分の手で殺める。そのような展開をフェイトはどうやっても想像出来なかった。
 昔なら万が一ありえたのかもしれない。だが、親友と言える今では考えることすら出来ない。
 人は理解出来ないことを言われたところで、それをすぐに信じることは出来ない。
 だがスティールの表情は嘘だという希望的観測を真っ向から否定していた。

 「本当は今すぐにも殺してやりてぇよ。だがなぁ、あいつは強すぎる。まともに一対一でまともに戦えたのは地上最強だった頃のゼストさんか、首都航空最強のティーダだけだ」








 ヘブンズソード周辺空域

 「させるかぁ!」

 山吹色に輝く大刀の鉄槌が落とされた。
 魔力刃としての性質を持つ龍衝は物質に近いため、叩き落とすことが可能だ。
 しかし速度と収束により並の一撃では巻き込まれるだけだ。
 首都守備隊のトップにたつゼストだからこそできた芸当だった。

 「レナ! 風穴を維持しろ!! マルコム! 打ち込め!!」

 締まりゆくバリアに開けた風穴に呆気にとられていたレナは急いで処置をとった。
 同時に戦艦の真下、暗い海に戦艦以上の大きさを持つ巨大な魔法陣が描かれた。

 「総隊長よ、大船に乗ったつもりでいるがいい。さぁ!! 我が至高の拘束魔法をご覧あれ」

 海そのものに自身の魔力を溶けこませ、巨大なリンカーコア代わりにすることによって、人では絶対に不可能なレベルの魔力を扱い、戦況を一変させる自然魔法。
 準備に膨大な時間がかかる代わりに、強力無比の魔法を使用することができる。
 海の上に立つマルコムは僧侶のような姿に見えた。そして巨大な錫杖に似た杖型デバイスを魔法陣に突き刺した。

 「さあ大いなる海よ、我が力の源となり森羅万象の力を吹き出せ。全てを飲み込み掌握する神の手よ、此処に顕在せよ。グローリーハーンド」

 太く力強い魔力の柱が何本も魔法陣が伸びるが、それはヘブンズソードの絶対防壁に阻まれた。だが処理が遅れるほどの量の魔力だった。それによって進行速度が大幅に減少した。
 さらに分厚い鎖が柱と柱を結び、巨大な拘束術が完成した。

 「力づくでこの船を止めるつもりか? 無駄な足掻きをするな」

 冷たい感じを与える寒色で統一された騎士甲冑を身に纏い、背中に長い一振りの剣を差した竜騎士はマルコムの行動に対して酷評した。
 そのまま両手の二本の剣を構え、迫りくる「元最強」と対峙した。
 伸びてくる。そんな錯覚さえ与えるほどのスピードでゼストは竜騎士め掛けて飛んできた。
 回避、そんな言葉さえ竜騎士には浮かんでこない。下手な避けは隙を作り、ゼストの足元にひれ伏す終わりへと確定する。ならば手段など一つしかない。

 「蘇ったか。だが、そんなことはどうでもいい。貴様が底にいるのならば切り捨てるのみ」

 この腕で、「最高」を冠したその剣で「最強」を斬り伏せる。
 

 「地上を守る剣士が、地上に刃を向けるか。堕ちたな、竜騎士!!」

 「堕ちた? 天の高みなど居心地が悪いだけだ!!」
 
 竜騎士もゼスト目掛け疾走した。そんな二人には周りの誰一人として反応できなかった。互いに甲板を切り裂くかのように立ち向かった。
 槍の動きを竜騎士は見逃さない。その攻撃は間違いなく鋭い一閃だというのに、あまりにもゆっくりにそして静かに感じられる。速すぎるはずなのに竜騎士にはあまりにも遅く感じられた。
 遅く感じられるそれを逃さないように、彼の瞳は向けられていた。
 竜騎士もその動きに合わせ切り結ぼうと剣に魔力をこめ、最高と呼ばれた斬撃を放った。

 彼の頭上目掛けて。

 「今一度死んでこい!! 騎士ゼスト」

 「世迷いごとは死んだからか!? 今は貴様の刃に斬られる時ではない!!」

 ヘブンズソードそのものを揺るがすような振動がかち合った刃から生み出された。
 槍が振り下ろされた位置は、遅く感じられたゼストの攻撃の予測位置からはあきらかにずれている。だが竜騎士が目の前にあったと認識していたゼストの姿は既になく、宙に立つゼストの姿を彼の瞳は写していた。

 「来るか、いや。そっちかぁっ!!」

 いや、竜騎士は瞳にその姿を写させられていた。
 振り返りながらバックテンポを取り、片方の刃で背後から繰り出されたゼストの一撃を凌ぎ、残ったもう一本の剣を力強く振るい分厚い甲板を引き裂く衝撃波を放った。

 「今更、その程度の戦術が通用するとでも思ったか」

 「この程度なら防ぐか。ならば、これでどうだ」

 背後に回っていたゼストは飛び上がり、攻撃に合わせて空を引き裂く衝撃波を斜め上から打ち下ろした。
 瞬きする間すら与えないゼストの飛ぶ鉄槌を竜騎士は避けない。左手の剣を地面に突き刺し、竜騎士の目の前にしたから突き上げるような力の魔力壁が上がり、山吹色の鉄槌は弾き飛ばされた。
 言霊を発し、その最高の斬撃を放つ構えをとった。

 「昇る龍の壁画、砕け散りて龍の牙となる」

 紫黒色の壁でゼストの視界から姿をくらました竜騎士は壁を突き破り、音を置いていくかのような踏み込みでゼストに迫った。
 砕いた己の魔力を纏ながらゼストを片手に持った剣で横薙ぎにしようとする、そんな姿がゼストの目に強く残っていた。
 対するゼストも槍で振り払おうとした、そんな空間は天から振り落とされた雷の如き斬撃によって引き裂かれた。

 「上か!!」

 「もらっだぞ、ゼスト。死ね、龍牙!!」

 その時起きた交差を一体何人の人間が目視できただろうか。
 地面に叩きつけられた竜騎士の刃がヘブンズソードの甲板を削ったとき、互いに距離を取った。
 突き刺した剣を引き抜き、牽制しあった。この攻防は10秒もかかっていない。
 

 「くっ」

 「老いたな、元最強。今の貴様など、痛ッ」

 先に片膝をついたのはゼストだった。左肩を斬られていた。身を逸らせられたため深手こそ負っていないが、左腕の動きには制限がかかるだろう。
 その様子に、「元」最強に傷をおわせた「最高」は笑みを浮かべようとしたが、鈍い痛みによってそれは苦痛に変わった。

 竜騎士が下を見れば腹部が黒く滲んでいる。傷を負ったことに対して竜騎士に驚きはなく、むしろあの一撃の中で心臓狙いの攻撃をずらして浅く受けた上で、返しを加えたことに驚いていた。
 ゼスト相手に無傷の勝利など不可能ということは最初からわかりきっていた。しかしこうも返されるとは思っていなかったのだろう。

 「さすがは地上最強の騎士と言われただけはあるな。そんな体で、あれほどの動きか」

 「それはこちらの台詞だ。そんな精神状態でよく戦えるな、最高の剣士」

 竜騎士の口元は見えないが、一瞬にしてひどく歪んだ。
 その怒りを隠そうとも思わない竜騎士は剣をゼストに向けた。

 「遺言はそれで終わりか最強」

 言葉の終わりと同時に、先ほどの戦闘にはついていけなかった自動兵器達が一斉に火を吹く。ゼストはそれに向かって突撃を行った。
 その行動を見たとき竜騎士には疑念が浮かんだ。

 (なぜ、誰もこない。ギゼラあたりならあんなもの突破するのは容易のはず)

 こじ開けられた風穴を彼は振り返ってみた。瑠璃色の魔力が再生を遅らせているが、もうヘリ一機が入るほどのサイズしかない。外の空域ではまだ戦闘は行われている。
 何一つ問題はないのだが、竜騎士にはそれが余計不気味に見えた。
 知らず知らずのうちに攻撃態勢をとっていた。
 直後、背後で甲板が爆ぜる音が聞こえた。

 「させん!!」

 爆発的に甲板を蹴り、ゼストが触れれば潰されるとでも思うような速さで突撃していた。
 その様子をみて竜騎士は答えを見つけた。

 「そういうことか!! 吐龍」

 魔力を込めた二つの剣を振るう。甲板に叩きつけた切っ先から鋭い衝撃波を、それを追うように力強い衝撃波をうち放ち巨大な波動を生み出した。
 足止めにしかならない攻撃だがゼストがその壁に直面している間に、背中からバスタードソードのような剣を取り出した。
 竜騎士の瞳は何もない空間を睨んだ。

 「その程度か、俺を化かすのならティーダでも連れてこい!!」

 あまりにも静かな魔力が剣に貼り付けられ、紫黒色に染め上げられたその刀身が顕になると同時に圧倒的な威圧感が回りに放たれた。そのままなにもない空間を斬った。
 その時だった。
 まるで透明なコーティングが真ん中から剥がされたかのように強襲用のヘリが姿を表せた。







 小型戦艦スレイプニル内部

 タイミングを見計らっていたティアナは何が起きたかわからなかった。
 作戦では風穴を開けゼストが潜入し、さらにオブティックハイドで姿を消した強襲用のヘリで奇襲を仕掛け、そこから本隊を投入するはずだった。

 しかしその肝心のオブティックハイドが破壊された。
 ティアナの幻術は5年前と比べると段違いに性能が上がっている。静止状態ならば一週間、動いていても数時間は幻術を維持できる。オブティックハイドならば存在そのものを消すといったレベルにまで昇華している。
 なのはでさえ容易に騙せる。そんなレベルだ。

 (幻術の再構築は、もう遅い。スクリーンそのものが引き裂かれてバレている)

 スレイプニルで戦場を把握しているティアナに出きることなどほとんどなかった。今使えるとすれば把握してある壊れたスクリーン分の魔力素だけである。
 今すぐにでも戦場に向かいたかった。しかしなのはとの戦いで死力を使い果たした彼女に残されているのは、ほんのわずかな魔力だけだった。

 「そんな、私にはなんにもできないっていうの……そんな……」

 無力。その事実には彼女は5年前から目を逸らしてきた。無力であることを理由に逃げないために。
 だが今の彼女は絶対的に無力だった。


 「こんなところで立ち止まったらダメだよ。大丈夫、ティアナなら活路を見つけられる。だって私の一番弟子でしょ」


 声が聞こえた。
 背後にいないこともわかりながらも、そして振り向いても意味がないと知りながらもティアナは振り向いた。当然そこには期待した姿の影すらない。
 当然だ。期待した影は意識を失い床に伏せていて、そこまで追い詰めたのは彼女自身だ。

「そうよ。私はなのはさんを倒した。それになのはさんに言った。あの人だったらこんなところで蹲ったりしない。たとえ魔力が底をついても、まだ私にはあの人からもらった不屈の精神があるんだから!!」

 沈んだ藍色の瞳を閉じ、頭の中にヘリの周辺状況を完璧に描いた。
 戦場というキャンパスを幻術という絵の具で描く。即興でしかも離れたところに描く。距離としては訓練で行ったことがある距離よりもさらに遠いが、今のティアナには出きるように思えた。
 裏付けられた自信の根本には努力と信頼があった。








 ヘブンズソード・甲板
 
 「一斉攻撃!! あのヘリを打ち落とさんかー」

 ヘブンズソードに敷かれた防衛陣の先方に立つ巨大な両腕を持つゴリラのような男の大声に後ろの無人機は従った。
 一斉攻撃を隠れ蓑であったオブティックハイドを失い避ける手段を持たないヘリは、一方的すぎる攻撃をその機体に浴びた。金属製の強化フレームは砕け散り無残な姿で爆散し、破片が降り注いだ。

 「シルエットで隠して、突撃か。並の奴らならば気づかないまま奇襲を受けていただろうな」

 「言ってくれるな。確かに貴様さえ居なければ通じていただろうな」

 煙に包まれ破片が甲板に降り注ぐ中、ゼストと竜騎士の戦いは激化した。
 飛び上がりゼストの上を取った竜騎士は両手に握った剣を同時に噛み付くかのように振り下ろした。
 後方に下がり避けたゼストを追うように、甲板を砕いた切っ先から一対の衝撃波が飛んできた。
 それは天地を引き裂く縦長い衝撃波。

 (これは囮、本命は別だ)

 だがそれは牽制に過ぎず、ゼストの動きを制限するためだった。衝撃波の間を踏み込み、阻まれた空間に縛られたゼストへ二刀流の横薙を打ち込んだ。

 「咬龍」

 二本同時の居合として抜かれた剣は、刃が交差するとき最大の殺傷力を持つ。間違いなくゼストの肉体を一刀両断するだろう。
 衝撃波の間から迫りくる竜騎士の目的を判断したゼストは槍を短く持ち、交差する刃の一つを叩いた。狭い状況ゆえに長柄のままでは不便だからだ。
 もう片方の剣は魔力を込めた拳で刀身を上から叩いた。拳から打ち込まれた魔力は衝撃となり竜騎士の体を襲った。長年の経験が瞬時に攻撃への対応を行わせた。

 「暫し、眠れ。竜騎士」

 衝撃が竜騎士の体を巡るよりも早く、槍と鍔迫り合いしている剣を払い、流れるように柄の方で竜騎士を下から殴打した。ガラ空きとなった腹部へ槍を回しながら、山吹色の濃い魔力で包まれた刃を叩き込んだ。
 魔力光が辺りに四散した。

 「流石は最高の剣士と言ったところか」

 竜騎士は直撃する寸前にシールドを張り、力の頂点をずらして剣で攻撃を防御した。吹き飛ばされはしたが、ダメージはほとんどなかった。

 「あの状況で無傷か。その甲冑ぐらいは破壊できると思ったのだがな」

 「余裕だなゼスト・グランガイツ!! 敵陣へ単騎で攻め込むその意気は認めよう。だが、貴様は今、絶対的な不利な状況にいることがわからないのか!!」

 竜騎士の激昂を涼しい顔でゼストは流していた。このような事自体は珍しくない。焦りを表出すような騎士は二流どころか三流以下だ。
 ゼストが言葉で揺れ動かないことぐらい竜騎士にはわかっていたが、彼の姿からは微塵の焦りすら感じ取れない。いくら何でも妙だった。そしてなにより後ろの部隊が静かなのが不自然だ。
 振り返り静寂の原因を突き止めた。

 「これはスタンミサイル。完成していたのか」

 外部から電流を流し込まれショートした機体から煙が上がっていた。
 火薬ではなく電撃を浴びせる小型の弾を内蔵した非殺傷兵器。殺さないための電流の調整や命中精度の問題で竜騎士がいた頃には机上の論理でしかなかった。

 (しかし一体どこから……ヘリは攻撃する前に破壊した……まさか)

 竜騎士は近くにあるヘリの破片を剣で触れた。すると破片は跡形もなく消え去った。

 「そういうことか……」

 剣を振るい衝撃波を起こし、視界を遮る煙を払った。
 払った先に見えたのはあのヘリではなく、鋼鉄の鎧だった。完全武装された腕は太く、肘の部分から魔力を放出し加速した。
 巨大な鉄拳は甲板を大きく凹ませた。

 「まさか貴方まで……救難隊の頭領がこんな前線にくるとは、一体どういうことだ、キルギス・ビーシュ」

 「知れたことよ!! 災害が起きたから動くのでは遅い!! 原因自体を断つために儂はここにいる。お主が首都を焼くというのならば、儂はお前を潰すぞ」

 その枯れた声には重みがあり、最後の言葉には凄まじい圧が込められていた。
 言葉と同時にキルギスの剛腕が竜騎士へと振り落とされた。

 「俺を潰すか? ならば、その前に霧殺せばいいだけの話だ」

 体が萎縮してしまいそうな圧に全く置くす事なく、その重い鉄拳を防いでいた。
 キルギスが身にしているのはその巨体を余す所なく覆いつくす鎧だった。顔もフルフェイスのいかつい仮面で覆われている。BJを発展させた彼のアームドデバイス「エルドラ」。防御力を追求しBJをはるかに凌駕する絶対防御を持つ。
 重量も半端なくBJを超える防御装置として昔研究されたものだが、彼以外に使い手がいなかった。
 騎士甲冑とは違い、重さと頑丈さを見た目からも伝える甲冑。2mを越すその巨体と鎧から伝わる重量感は圧迫感を与えるが、動きは見た目からは想像もつかないほど機敏だ。

 「おい、戦いの最中に敵から目を逸らすのか」

 キルギスの攻撃をかわすと同時にゼストは動き、竜騎士の頭上の死角を取っていた。柄が曲がって見えるほど素早く叩きつけられた刃を竜騎士は剣を交差して防ぐ。そのまま竜騎士を押しつぶすかのような圧力がゼストから叩き込まれた。
 竜騎士の中には今押されている焦りと、不可解なことに対する疑心がある。

 (なぜだ。なぜこの人はわざわざ俺に声をかけた!?)

 声をかけられなければ竜騎士はゼストの一撃を無様な形で凌いだだろう。大きく隙を生み、キルギスの攻撃を受けていたかもしれない。
 しかし声により意識はゼストに向けられた。そう意識は全てゼストに仕向けられた。
 
 (待て、キルギスはどこだ!!)

 声を掛けるという行為で意識を向けられた竜騎士がキルギスを見つけるまでの間。
 それはキルギスにとって十分すぎる時間だった。
 
 「さあ鉄屑ども、プレスの時間だ。歯を食いしばれぇ!!」

 両手の拳に褐色の魔力を集め、力強く叩きつけるには。







 「座標軸の固定完了。ゲート構築開始」
 甲板の先に着陸したヘリの影に隠れて、一人鶴嘴を甲板に突き立てて呟いていた。少女と女性の境目ほどの年だろう。まじめに手入れをしていない日焼けした短い金髪だが、無表情な顔は人形のようだった。

 「ネシア、門が開くまであとどれ位だ」

 「座標軸に大幅なブレ、初期ゲート構築を破棄、再構築、推定時間は7分」

 機械的な返答をハラレーは彼女らしいと踏んでいる。最初は慣れなかったが今では慣れてきた。
 彼女が口にした時間はハラレーにとって判断に悩むものだった。

 「第一分隊は俺についてこい。キルギス隊長のサポートに入る。第三分隊はネシアのお守りだ」

 予定が狂っていることにハラレーは舌打ちした。本来ならヘリの内部でゲートの構築をほとんど完成させるはずだった。しかしオブティックハイドを竜騎士に破られ、敵の砲撃にさらされたため固定していた空間の座標軸が崩れてしまった。

 (あの透明魔法を見破るなんて化物か? やっぱり幻術に頼りきるってのはダメだよな)

 心の中でそう言っているが、彼らがこうやって甲板に着地できたのも幻術のおかげだ。
 ティアナはあの状況で砲撃され爆発するヘリを幻術で作り出していた。丁寧なことに四散した破片まで。頭の回転が早い人や知識の多い人が見れば破片の飛び方や爆発のおかしさに気づいたかもしれない。

 不幸中の幸いであの状況でそれができたのは竜騎士だけだが、彼はゼストの相手をしていため気づけなかった。
 なんとかここにきた彼らは指揮をハラレーに任せて、キルギスは竜騎士と自動兵器の全滅に向かった。

 「さてと、本体が来る前に道を開いておこうぜ」

 そうやってデバイスでありモーニングスターを肩に担いだとき、彼の視界に映ったのは空中で斬り抜かれるゼストだった。








 数秒前





 ゼストから与えられる重圧に俺は耐えていた。
 心のなかには怒りだけが蓄積した。

 (こんな、ところで。こんな、一度死んだような男に、俺は俺は)

 それはキルギスに不意をつかれ、後ろの部隊をやられたことなどではない。
 俺は最高の剣士だった。
 最高は親友の理想を叶えるために己の武器を鍛え、いつの間にか得ていた称号だった。しかし親友はそれを自分のことの様に喜んでくれた。
 結局のところ、最高なだけで実力としては親友にも及ばない。
 それでもあの時は良かった。
 彼の中では親友こそが最強だった。その彼と並べる立ち位置だと思っていた。

 しかし上には上がいた。
 地上部隊最強の騎士ゼスト・グランガイツ。
 鬼の化身とも呼ばれる彼とはなんどか刃を交えたが勝つことは叶わなかった。
 それは親友も同じだった。もっとも彼はいつか超えると口にし、鍛錬を続けていた。

 一匹狼として知られていたスティールや不良執務官のギゼラなどを仲間に加え、レジアスの切り札と呼ばれるゼスト隊を倒すのはどうかというのをよく話していた。
 日々強くなる親友を見ていつかゼストを超すと確信した。

 しかしそれは叶わなかった。
 永遠に勝ち逃げされたことは悔しかった。しかしこれからは自分の中の最強を目指すだけで変わりはない。
 悲しんでいると思っていた親友はいつも以上に真面目くさった表情をしていた。
 そしてゼストが守れなかった分も含めて守ると言った。無茶だと思ったが、聞くはずが無い。だから俺もそのために戦うことを決めた。
 いつの間にか親友がギゼラと付き合っていると聞いた。妹離れできない男だと思っていたが、知らない間に妹離れしたらしい。

 そんな親友の姿を見ると自分も変わるべきだと悟った。
 腹違いと言うことで一度も会ったことない義妹に会う決心ができた。会いに行くと告げたとき、親友は変わらない笑顔で返してくれた。変わったといえば周りに人が増えたということだろう。




 だが会いに行った故郷は変わっていた。
 まず好きではなかったが父親がいなくなっていた。
 理由はすぐわかった。殺されたらしい。
 義妹はあの守護竜を使役する素質を持っていた。それを目当てにした人攫いグループによって殺されたらしい。
 

 探し出すのは簡単だった。

 制圧も簡単だった。

 助けることも簡単だった。

 だが見たものを否定するのは容易でない。


 局員に支給されるデバイスと局員IDを持った魔導師。
 少し力を加えればすぐに全てをしゃべった。
 上官からマークするようにいわれていた、あの曰く付きのあやしい佐官。奴が黒幕だった。
 その後の記憶はまともに残っていない。
 記憶が明確なのは赤い部屋にいるときからだ。
 後ろには見たこともないほど、静かな表情の親友。

 殺しすぎた。そんな言葉が最初に口から零れた。

 それが合図だった。
 
 初めてだった。
 
 親友との模擬戦は数え切れない。

 しかし初めてだ。

 親友との殺し合いは記憶にこの時しかない。

 完膚なきまでの敗北もこの時が初めてだった。

 砕かれた甲冑は重いだけで、防御をなしていない。

 大剣を杖代わりにすることで、無様に片膝をつけるだけで済んでいた。

 腰に差している一対の剣の方はどちらも根本から砕けていた。

 見下ろす瞳に心は込められていない。

 人はここまで感情を打ち消すことができるのだろうか?

 深い傷は与えた。しかし痛み程度では親友の意思を止めることなどできないようだ。
 
 彼の口から逮捕するという言葉が紡がれる。

 そんな時だった。

 爆弾が仕掛けられていたのか、それとも外部からの攻撃なのかはわからないが部屋が揺れた。

 ほんの一瞬だが親友の意識が崩れる建物に向けられた。戦闘中に意識を逸らすというものではなく、警戒しつつ周囲を確認している。

 わかっているが、動かない体に鞭を打ち親友に斬りかかった。

 動かしたのは欲だ。この先にはなにもない。ならばここで終わるのもいい。そして親友の手で葬られるのならば本望だ。

 その時俺は死への畏れを失った。

 崩れていく天井。デバイスを構えた親友。バランスの崩れた動きで斬りかかる。

 親友の銃口から圧縮された弾丸が打ち込まれた。

 俺の頭上目掛けて。

 頭には砕かれた小さな礫が降り注いだ。

 腕には柔らかいものを貫いた感触が伝わった。

 ここで理解することを辞めた。
 最後に理解したのは、自分を殺そうとするものでさえ守ろうとする親友の信念だった。




 それは最高が最強を超えてしまった日だった。
 本人が何といおうとも、順位としての一位にすぎない最高が負けるはずのない最強を殺した。それはありえないことだ。
 順位などというものはいつでも変わる。そんな地位はすぐに崩壊する。それが最高だ。より良いものがいるならばそのまま下になるだけだ。

 だが最強は違う。最も強いのだ。その強さは不変であり絶対だ。最強を担うことは負けてはならないというより、負けるはずがなということだ。人が生き るのに重力が必要不可欠な用に、最強は敗れることなど絶対にありえない。

 (その最強が崩壊した)

 (世界の常識が覆された)

 (ならば、どうすればいい)

 (簡単だ。直せばいい。再び最強であることを証明すればいい)

 それが俺の行動理念だ。

















 最強を担う素質があると竜騎士は思っていない。
 だがその身は親友の最強を背負ってしまっている。

 「俺は、俺は」
 
 竜騎士が敗北するということは、親友の最強が最強でなくなるときだと竜騎士は考えていた。
 命を奪いながらも親友のためにできる最後のことは名誉を守ることだった。
 最強を背負った親友の名を守ることだった。
 己以外親友の最強に傷をつけられるものはいないという証明。
 それは竜騎士の最大にして究極の使命だった。その理論がどれほど壊れているのか、竜騎士はわかっている。だがそれでも果たさなければならない。

 「もう、刃を仕舞え。お前の戦いは間違っている」

 「間違っている? 俺の中では間違っていない」

 間違っているかどうかなどこの際どうでもいいことだった。
 絶対の使命のために、竜騎士には敗北など許されるはずがない。
 たとえ相手が地上最強の騎士だとしても、竜騎士は負けてはならない。

 「そうか。残念だ。そうならばお前は危険すぎる」

 冷たすぎる殺気がゼストから放たれた。
 熱意などはなく、ただ愚直なまでに目的を遂行する意志。それが殺す意思のときにはなたれる冷たい殺気。
 それを全身に竜騎士は受けた。
 それでも彼は一歩も譲らない。

 親友ならば倒せている。
 ならば親友を殺してしまった自分が負けるはずがない。
 怒りは力となり、ゼストの槍を弾いた。

 「この程度で俺が今更臆すと思ったか、ゼスト・グランガイツ」

 閉ざされた感情が表に出た。瞳に宿ったのは強い闘志。

 「地上最強の貴様を斬って、俺はティーダの最強を証明する!!」

 「証明など出来るものか!! ティーダは死んだ。その現実を受け止めろ竜騎士」

 むき出しになった感情は獣に近く、ゼストにすら距離をとらせた。空中に飛び上がり、ゼストは確実に対応できるだけの距離をとってから、再び竜騎士を見た。
 あふれ出た紫黒色の煙を纏う彼は先ほどまでとは全く違う。作戦を忠実にこなす元局員としての姿ではなく、目の前の敵を切り裂く剣士としての姿だった。
 管理局最高の剣士と呼ばれていた頃の強さと、その誇りを捨ててまで手にした強さの混ざった姿だった。

 (出し惜しみなどしている場合ではないな。すまない、メガーヌ)

 ゼストが本気を出さざるをえない状況としては十分すぎた。心のなかで心配してくれた部下への謝罪をして、全力を出すことを決めた。
 視認と同時にゼストはスフィアを形成し放った。粗雑で操作性は悪いが短剣の要領で作られ、威力としての効果は低いが、牽制としての効果はある。竜騎士の動き次第ですぐに行動をとれた。
 だが竜騎士には小細工は無駄だ。

 「飛ぶ龍が如く、牙を突き立てる。飛龍!!」

 吹き出された魔力を剣ごと投げつける。動作としてはそのような単純明快だった。
 しかし剣に込められた魔力は口を開いた龍の如く、巨大な龍巻となった魔力は剣に従うままゼストへ飛んだ。牽制に放った小細工など飲み込む必要すらなく巻き込まれていた。

 (魔力の嵐。それも切れ味の鋭い竜巻。回避は出来ないか)

 横へ避ける。そんな簡単な手段をゼストは取れなかった。横に避けるだけでは巻き込まれるからだ。
 龍の如き魔力の龍巻は触れる必要はない。触れなくとも生み出した風に標的は巻き込まれ、消されるだけだ。

 「ならば、真正面から突き破るだけだ」

 だからこそゼストは龍巻を正面から突き破り、剣を叩き落として竜騎士を斬る。振るわれた剛槍は龍巻を生み出す根源、投げつけられた剣と直撃した。

 「はあぁぁぁぁ!!」

 巨大な龍巻のような魔力を付加された剣はゼストの剛槍を受け止めていた。だが矛先に収束された魔力とゼストの力には届かない。
 山吹色の鉄槌が剣を打ち落としたとき、風は消え去った。

 「なにっ!!」

 「その隙、貰った!!」

 なぜなら魔力をもう一本の剣に竜騎士が移したからだ。

 「飛龍・烈閃」

 分厚い紫黒色の魔力で覆われた剣をゼスト目掛けて振るった。
 騎士甲冑も容易く貫く一撃がゼストに与えられた。一撃は振るった剣の跡に紫黒色の魔力がそのまま空気を焦がしたかのように残っている。

 「ゼスト隊長!!」

 ハラレーが見たのはこの時だ。

 「これで終わりだ、最強。いや、貴方のは最強ではなく最高だったな」

 投げていたもう片方の剣を拾い、竜騎士は落ちゆくゼスト目掛けて振り下ろした。
 まっすぐ振り下ろされた一対の剣は今度こそ確実にゼストを永遠の眠りにつかせるだろう。

 (……この程度か。この程度の存在を俺たちは追い求めていたのか)

 そのことに竜騎士自身物足りなさを感じた。最強だと言われた騎士はこの程度でしかなかった。本気を出すこともなく終わった。

 「ならば、最強の証明をしてやろう」

 刃は防がれた。
 槍を横に構えてゼストは剣の一撃を防いでいた。
 防いでいるだけだ。手負いの敵の最後の反乱だった。こんなことは今までに何度もあった。
 だが竜騎士は得体の知れないものを感じていた。それが恐怖だと竜騎士は知っていた。
 先程の冷たいだけの殺気とは違う。殺気のみで心臓すら止まってしまうような殺気だ。

 (臆すだと……この俺が今更何に臆している!!)

 振るい立たせて押しきろうとしたとき、体を何かが貫いた。
 貫かれた衝撃は瞬く間に全身に広がった。続いて体が飛ばされているのを感じて、最後に腹部に焼けるような痛みを感じた。

 その時になってようやく殴られたのだと理解できた。
 拳などは見えなかった。それどころか竜騎士の剣をゼストは片手で防いでいた。それを理解したとき竜騎士は侮蔑だと感じた。

 「ふざけるな!! ゼスト・グランガイツ」

 吹き飛ばされながらも視線はゼストを捉えていた。癖のようなものだった。
 体制を立て直すと同時に双剣の柄を繋ぎ合わせ、双刃の形態をとった。
 身の丈ほどの長さのそれを片手で振り回し、ゼストに斬りかかろうとしたときゼストが動いた。
 吹き飛ばされた分十分距離はあった。だがその距離をゼストは一瞬でゼロにした。片手で持つ槍で突き殺す勢いで。

 (速い!! だが、付いて行ける!!)

 反応の鈍いものならばゼストが瞬間移動でもしたと錯覚するだろう。その速さに竜騎士は食らいついた。
 彼の瞳はゼストの槍先を捉えていた。攻撃に転じるならばその瞬間を見逃さない。

 だからゼストは槍で攻撃しなかった。

 「ぐはっ」

 竜騎士の視界は大きく歪んだ。柄の方で顔面を強打された。矛先での攻撃から瞬時に柄を使った攻撃に変えた。
 鮮やかかつ無駄のない動きにより竜騎士は完全に翻弄された。

 「沈め!! 剛龍逆鱗」

 沈もうとしている竜騎士の真上からゼストは槍で鋭く重く貫いた。山吹色に染め上がった雷撃の如く。
 それは至近距離から使うことのできない大砲のような一撃だった。
 弾丸の様に甲板に叩きつけられた竜騎士は甲板を大きく凹ませていた。
 ヘブンズソードは従来よりも数段高い耐久性を持つ。その甲板を凹ますほどの一撃だった。
 その一撃をもろに食らった竜騎士は常識では立てるはずがない。意識すらないだろう。

 「ふふふ、それが全力か、その程度が全力か!!」

 しかし竜騎士は立っていた。騎士甲冑は砕けていても、彼の意思は砕けていない。心に刻んだ誓いには傷一つついていなかった。
 それだけではなく笑みすら浮かべていた。

 人間レベルなんて通り越していた。そんな相手だからこそゼストは容赦なく本気で攻撃できた。
 槍の矛先の一点に魔力を集め、濃い山吹色の鉄槌を振り下ろす。
 それは一見遅く見えた。ゆっくりとした立ち振る舞いから槍を振り下ろすように見えた。流れるような槍の動きは三ヶ月すら思い浮かばせる。

 錯覚だった。流れるような動きは静寂であり、気取り難いものだった。

 「消し飛べ竜騎士」

 「来いよ、最強。まず、お前がもう最強じゃないことを証明してやる」

 実際の速さは反応できないほど速い。しかし圧縮された魔力の破壊力と動きの静けさが遅さを与えていた。
 処刑台におかれた死刑囚が殺されるまでのごくわずかな時間があまりにも長く感じられるように。
 断罪の剣は振り落とされた。







 背後で行われる人のレベルを超越した戦いから背を向けるようにハラレーは戦っていた。
 すでに彼は戦闘を見るのをやめていた。
 理由の一つとしてネシアの近くにいたままでは戦闘を眺めることになってしまうからだ。だから前に進み後続部隊の活路を開くために、機械の群れに攻撃を仕掛けていた。
 いかつい棘の生えた鉄球を先端につけたモーニングスターを振り回し、直撃と同時に爆撃を与えていた。鈍く伝わる振動と爆ぜる突き飛ばす衝撃が織り成す破壊は、分厚い装甲で固められた無人機をたやすく屠る。
 鉄球に接触した点の魔力を瞬時に爆発させる。

 「爆ぜろ!!」

 もともと魔力を爆発させる能力に長けていたが、遠距離の爆発などを起こせるだけの力はなくあくまで近距離、それも触れることが出きるほどの至近距離にしかできなかった。
 その短所を補うために出した答えがデバイスの接点爆破だった。使いこなしたデバイスを手足のように思うことで射程を長くすることに成功した。
苦難の末生み出した一撃必殺の魔法が生み出した緑青の爆発と爆音は彼が満足できる一撃だった。
 その一撃は今、彼自身を落ちつかせる精神安定剤の役目を果たしている。

 (なんだよ、あれが人の戦いか? あんなの人がする次元じゃねぇだろ)

生 まれてからの世界がまだ狭いネシアには目の前の光景がどのようなものなのかの判断はつかない。判断基準の情報自体持っていないからだ。

 だが彼は違う。かつては海、それも駆除専門の部隊にいた彼はAAAランクをまとめて相手どった人外の化物との交戦がある。三つ首の大蛇や戦艦ほどの狼など、お話の中の世界の化物だ。
 そんなお話や神話といった想像の産物、それが現実に現れたときの絶望を彼は身をもって知っている。その絶望は感じることはないと思っていたが、今ハラレーはあの頃と同じ絶望を感じていた。
 ハラレーが見ることすら止めた最大の理由はその絶望感故だった。

 想像の産物だ。人が空想だと嗤うありえない幻想。その幻想が現実となって姿を見せることだとハラレーは感じ取っていた。

 (海の連中が地上嫌いなのも、中将が嘆くのもわかるぜ。あんな連中がいたら誰だってそう思うだろう)

 ここでハラレーは一つ大きな思い違いをしている。レジアスは戦力がいなくなったことを嘆いたのではなく、自分の身勝手な気遣いで戦友を亡くしたことを嘆いていたのだ。そして海は地上が戦力を持っているから嫌っていたわけではない。

 空想みたいな戦力、探せばいるのが海だ。

 そして単に化物っぽいものでもいいのならハラレーの目の前にいた。

 「うぉぉぉぉー」

 やかましい雄叫びをあげながら、ゴリラみたいな大男がその大きすぎる体にさえ不釣り合いなほど大きな掌で叩きつけてきた。
 後ろに跳ぶことで直撃を避け、鉄球を叩きつける。しかしハラレーの体は巨大な掌に引きずり込まれるように甲板に沈んだ。そこへもう片方の巨大すぎる掌がハラレー弾きとばそうと振るわれた。
 だが彼が触れたのは爆風だった。

 「おい貴様、避けるんじゃねぇー。貴様はどこの弱虫のへっぴり腰だー」

 ゴリラのような大男は鼓膜が敗れそうな大声でハラレーを罵った。
 掌に触れられるのは危険だと感じたハラレーは引きずり込む力に抗うために自身を爆発させて吹き飛ばしたのだ。当然ダメージはあるが、爆発中毒の兆候が見られる彼はスルーした。

 「うるせぇゴリラだ。こんなゴリラはさっさと頭蓋骨をぶっ壊すに限るぜ」

 「貴様、人間の分際で舐めた口を聞くなー!! 俺様はDの称号を頂いた機人D―15、アエーシュマ様だ。お前ら見たいなやわで貧弱な人間とは格が違うんだー」

 「はあ? てめぇら13体しかいないんじゃなかったか」

 ハラレーは驚くことなく、むしろ呆れたようにアエーシュマに突っ込んだ。同時に念話て部下を散らせた。先ほどの一撃は重いものであり、おそらく一撃でも食らえば即アウトだろう。そして特性から考えて密集戦は避けたかった。

 「ふ、冥土の土産に教えてやるよ人間風情。どうせお前たちはここで死ぬんだ。俺様は超高性能戦闘機人の中でもエリート中のエリートだからな、Dナンバーに加えられたのだー」

 アエーシュマは無駄にでかい胸板を張り、ハラレー相手に威張っていた。人と比べ高すぎる性能が彼にその自信を与えている。

 「じゃあなにか、さっきの一撃はISって奴か」

 「その通りだー。貴様みたいに貧弱な人間風情には使うのはもったいないがな」

 目を凝らせば掌に渦を感じた。それがISだとハラレーは見抜いた。それは立ち止まることも出来ずに巻き込まれる渦だ。

 「モザンピーク、モード2」

 モーニングスターの鉄球部分が外れた。ハラレーが持つ棒には分厚い鎖で繋がっていた。鎖は魔力によって動いているのだろう、自然ではありえない動き方と長さをしている。
 しかしここで何かに気づいたハラレーはアエーシュマに話しかけた。指を一本だけ立てて、一という数字を表していた。

 「じゃあ俺も一つ教えてやるよ」

 「お前ら人間の話なんぞ聞いてなん」

 アエーシュマが言い終わるよりも早くハラレーは言葉を紡いだ。

 「冥土の土産はな言ったやつの土産なんだよ」

 結局、アエーシュマはハラレーの言葉を聞くことはなかった。
 聞くよりも早く、巨大な重機が一点に衝突したかのような衝撃を後頭部に受けて、そのまま甲板に叩きつけられていた。

 巨大な図体をしていたアエーシュマを沈めて体の上にいたのは、全身を鎧に包んだキルギスだった。彼のアエーシュマを殴った右腕の鎧は増加しており、肘の部分から魔力を噴出して推進力をえていた。
 彼の巨大な体と鎧の重さとロケット噴射による推進力の合わさった力を綺麗に一点に加えた一撃は、巨大な図体を誇るアエーシュマを一撃でダウンさせるのに十分過ぎた。

 顔面からアエーシュマは甲板にのめり込んでおり、歴代の戦艦と比べ一番の硬さを誇るヘブンズソードを凹ましていた。

 「ふむ、あれだけの力で殴ってこの程度か。予想以上の強度だな」

 「いや、Sランクの砲撃にも耐える設計されている奴を凹ます方がありえないじゃねぇか」

 乾いた笑い声をあげようとしたとき、後ろからの振動を感じた。
 振り向きたくない。しかし振り向かなければならないとハラレーは感じていた。
 たとえハラレーが現実から逃避し、背後を無視したところで現実は変わらない。大きな傷跡を付けられた甲板は実在した。
 Sランク砲撃にも耐えるはずの装甲が大きく削られていた。








 「あれを受け流したか」

 半ば本気で感心するようにゼストは呟いた。
 今の一撃は確実に竜騎士を倒すために打っていた。力を無駄にしないように丁寧な力配分をした上での一撃だった。
 凝縮された力で竜騎士を沈めるつもりだった。ブレのないまっすぐな力できり伏せるために。

 しかし甲板に深い傷跡を残していた。力の余波なども出ないほどに丁寧かつ迅速な一撃だった。
 つまりゼストの一閃は竜騎士には直撃していなかった。

 「馬鹿正直に、攻撃を受け続けるのが最強がすることか?」

 真横から槍の様に鋭く研ぎ澄まされた突きが穿たれた。ゼストは槍で薙ぎ払い、力の流れを返すことで打ち消した。
 視線を向ければそこには剣を組み合わせた双刃を左手に、長く紫黒色の輝くを放つバスタードソードを右に握りしめたかつて管理局最高の剣士と言われた男が立っていた。

 「今度はこちらから行くぞ、騎士ゼスト」

 竜騎士はただ一言ゼストに告げた。
 左手の双刃を甲板に弧を描くように振るった。その動作すら無駄も隙もなく、手練でなければ肉眼で捉えることすら難しいほどだった。
 描かれた弧から衝撃波が繰り出されるよりも早く、剣を回転させるようにもう片方の剣で弧を垂直に引き裂いた。
 それだけで生み出された衝撃は縦長い刃となりゼストに迫った。
 さらにゼストの動きを見越して両手の剣からさらなる衝撃波を放った。

 「切り裂かれろ!!」

 衝撃の刃を避けようとしていたゼストは次弾の一閃による衝撃波を避けるためにあえて戻り、無理な体制のまま衝撃波を防いでいた。

 (この攻撃は防げるが、次のは危険だ)

 普通では考えられない行動だった。しかしゼストはそれが正解だと確信していた。
 実際、無理な体制で衝撃波を受ける方が何倍もましだった。

 一直線に戦艦を引き裂くような斬撃を受けるよりかは何倍もましだろう。斬撃の先は展開しているバリアを深く切り裂いていていた。
 なのはの砲撃を耐え凌ぐバリアを処理しきれない鋭さで強引に切り裂いていた。

 「恐ろしいな」

 「当然だ。俺は親友の強さを証明するために刃を振るう。だからこそ俺の剣は最強であらねばならない」

 それは11年前に彼の心に刻み込んだことだった。
 11年たった今でもそれは消えない。

 「竜騎士、フィン・ル・ルシエを倒したければ最強の力を示せ。俺はそれを倒すことでこの剣で親友の最強を証明する」

 その手の甲に浮かぶのは紋章。破壊を呼び起こす竜の紋章。


























あとがき
全体的に修正しました。ゼストと竜騎士の会話を追加。
竜騎士が助けた義妹とか滅ぼした一族は彼の名前から察するとおりです。



[8479] 第十四話 侵入者たち
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:f393325e
Date: 2010/03/18 20:52

ミッドチルダ北部にあるもっとも大きい施設である聖王教会本部は、闇に包まれ真新しい血の香りで包まれていた。
人工的な光は全て絶たれ、月明かりすら不吉なほど黒く厚い雲に遮られて作り出された闇の世界。
その闇の中に異質な三つの影があった。彼らは揃いも揃って胸に剣十字のシンボルをつけている。その証こそが彼らを結びつけるものであり、信仰の対象でもある。

剣十字教。

管理局が危険な宗教団体として名前をあげている中でも異質な存在だ。名前をあげられる程度はよくあることだ。
宗教団体や自然保護団体や思想団体など次元世界には数多の組織が存在する。片足をそれらにつけた人間も管理局に入るが、それらの組織を危険だと考える人も管理局にはいる。
結局は思想の問題であり、一部の人間にこの組織に入っていると危険視されるという程度だ。

だが剣十字教が異質なのはもっとも多くの人が危険視、さらには敵視をしている。その人たちの共通する特徴は献身な聖王教徒だということだ。
剣十字教を信仰する局員は管理局にはいないとされている。それは多くの管理世界からの参入された組織である管理局では考えられないことでもあった。決して小さくない規模の宗教組織に所属する人間が一人もいないということは数学的に不自然だ。噂のレベルでカモフラージュされているや聖王教徒にいるなどの話があるが真偽は不明だ。
そのため剣十字教がどのような宗教なのかを詳しく知っている人間は管理局には極少数しかいない。

一つだけわかっていることは、あまりにも強い騎士が所属するということぐらいだ。

強さが分かったのは過去に一度だけ起きた剣十字教と管理局の戦闘の記録からだ。
記録では管理世界内で布教活動中の剣十字教が他宗教といざこざを起こし、異なる管理世界から発生した宗教による宗教戦争に発展した。地上部隊の管轄を超えた事態に本局は航行部隊を一部隊派遣した。当初の目論見では喧嘩両成敗で中立の立場を貫くはずだった。

要請から一週間、戦艦からの連絡は途絶えていた。本局は当該世界の地上部隊に調査を要請した。
地上部隊からの報告は信じ難いものだった。
Aランク以上が20名近く、さらにSランクが在籍した部隊は壊滅。それに剣十字教徒は10人にもみたないという。
調査報告自体には間違いはなかった。だからこそ信じられなかった。その後地上部隊には連絡が届かなかった。
最終的に管理局は最高戦力を投入し教徒を全滅させた。それほどまでに強いとされていた。ある種の神話に近い強さを持ったのが剣十字教徒だ。

その剣十字教徒が今ミッドチルダ北部にて数名確認された。事態を重く見たレジアス・ゲイズ中将はサイレント・コンサートの使用を許可した。

ミッドチルダの地上部隊では処刑演技と揶揄されているサイレント・コンサートが幕を上げた頃、三人の若者は聖王教会のエントランスを進んでいた。
日中なら暖かい日差しに包まれた石造りの質素ながら心地よさを感じさせる石畳。夜は月夜に照らされて石の白さが美しさに変わる。今は、血で穢され昼の暖かさも夜の美しさも持たない冷たい石の道となっていた。

「停電かい? 後続部隊の仕事ではないな」

長い直槍を片手で持つ槍騎士は周りの闇を図った。

「予備電源もないか。おおかた、外部から力でもかけたのか」

大剣を背負った騎士は細い目をわずかに開いた。

瞬く間に背負った体を隠すほどの大剣を手軽に振るう。重い一撃は小豆色の衝撃と共に石畳を砕き、大小様々な無数の礫を巻き上げた。地面へと打ち込まれた魔力は波のように前へと流れ、礫を銃弾の速さで打ち出した。

彼らを倒そうと隠れていた教会の騎士達は礫の洗礼を受けた。予想以上に早い察知と攻撃でバリアが間に合わなかったものは礫に体を砕かれた。
バリアが間に合った者達も礫の突風を前に防戦一方となり、隠れていたことによる優位性を失った。
突風が終わる、それを感じる間さえ二人は与えよう都市内。

「まだ終わらないよな。そうだよな」

槍騎士は直槍で目の前を穿つ。それだけで直槍から直線上の礫を防ぐバリアを張っていた騎士の体に風穴が開けられた。
彼の槍術は魔力で射程そのものをあげている。実際の間合いは彼が持つ直槍そのものの何倍にもなっている。
この騎士は常識では扱うことができないほど長い槍で貫かれたようなものだ。

「なんだ、この程度か」

大剣を下から上へ目掛けて振るえば、下から上へ突き上げる魔力の壁が前方へ放たれた。
処刑器具のような魔力の壁は礫を防ぎ終えた騎士たちを引き裂き、空へと葬り上げた。

「くそっ、ひぃっ、うわぁあぁぁぁぁぁっぁああっぁ」

「終わったか。聖王教会の守備は温いか」

空から落ちた屍には目もくれず、二人の騎士たちは聖王教会の本部へと足を進めようとした。
だが踏み出せなかった。

二人の目の前には一人の女性が立っていた。豊満な体つきをしているが、鋭く力強く鍛え抜かれいる。長い桃色の長髪は一つにくくられ、鋭くそれでいて静かな眼光。すらりと伸びた肢体は情欲の対象にもなり得るが、凛としたその姿はただ単に美しいだけだった。
腰には三本の刀を差して、右腕に一振りのサーベルを握りしめていた。失われた左腕は肘からしたを包帯で固められていた。
普通に考えれば片腕の人間が四本もの刀を装備するなど馬鹿らしいと嗤うだろう。
だが腕に覚えのある二人は気づいていた。彼女の力を発揮するにはあの程度の武器では全く足りるはずがない。

(聖王教会は人が悪いな)

(これほどの力量を持った騎士を隠し持っているか)

目の前に突如現れた強敵を前に二人は自ずと一歩下がった。

「時空管理局一等空尉シグナムだ。貴様等二人を殺人罪で逮捕する」

シグナムの敵意が向けられたのを二人は感じ取った。
死線ならば幾らでも潜ってきた。自身の力を上回るような敵とだって戦ったことがある。
その経験が二人に教えていた。目の前の騎士には絶対に勝てないことを。

だが心は踊った。

「強いな。強いよあんた!!」

槍騎士はここに来て初めて本気の一撃を打ち込んだ。上半身の力だけでさっきまでは突いていた。今度は全身の動きを連動させた。魔力と力は直槍を伝わり、藍色に輝く穂先から一直線に穿つ。
槍から打ち出された藍色の閃光の矢は大砲のような威力で本部ごと貫通するほどだ。
大剣を持った騎士も同時に動いた。槍を避けた隙に最大の一撃を叩き込むためだ。この時点ですでに剣士の方は槍騎士の攻撃が失敗すると想定して動いていた。
攻撃を避けられることは槍騎士も想定していた。それでも隙を生み出すために最大の一撃にかけている。だが現実は二人の想像を超えていた。

「まずは、一人」

シグナムがとった行動は左足を踏み込み、右手に持ったサーベルで突くことだった。
サーベルの動きは音速だ。人間大の重さで銃弾よりも上の早さで繰り出された、突きは音の壁ごと突き破りながら迫っていた。
槍騎士の渾身の一撃であった矢のような射程の伸びた槍は、サーベルと衝突した先端から真っ二つに引き裂かれた。

「たった一撃で、強いよ、強すぎるよあんた」

シグナムはさらに一歩魔力で強化された利き足で踏み込み狙撃銃のように素早く正確に飛び、紫色の閃光と共に槍騎士を一撃で斬り伏せた。

「お前が弱すぎるだけだ、小僧」

そのまま振り返ることなく背後に刃を振るった。人間大もある大剣の鈍重たる一撃を、片手で持ったサーベルで難なく防いだ。サーベルの強度が高いわけではない。

「防ぐか、だが我はそうはいかん!!」

二人はほとんど同時に力を込めた。力と力、二つの魔力が正面からぶつかり合い弾きあう。
互いに一歩ほどの距離が生まれる、はずだったがシグナムは一歩も下がらない。弾かれると一刹那の間もなく前に踏み込んでいた。

(まさか我の力を相殺したのか!?)

剣技のレベルが違いすぎた。体制を崩してしまった大剣の騎士はシグナムの斬撃の嵐に防戦一方となった。
シグナム以上の背丈を持つ彼の体を覆い隠すほどの大剣はシグナムの猛攻を防ぐ盾となった。
しかし防御は長くは続かない。シグナムの攻撃は並のものでは腕が何本にも見え、さながらマシンガンのような怒涛の斬撃だ。一撃一撃で決められずとも豊富な手数で圧倒する。
なんとか反応して凌いでいた彼だったが、シグナムの猛攻は単に刀を降るっているにあらず。高い技量は防御の動きを制限し、作らせた隙を一突きした。
吹き飛ばされながらも体制を立て直そうと力んだ彼の目には、烈火の如く間合いを詰めて紫炎の剣を振るうシグナムが映っていた。

「なんだ、この程度か」

一閃。そんな言葉が彼の脳裏に浮かんだ。盾にした大剣は紫炎の剣に紙のように切り落とされた。
シグナムの剣は止まることを知らず、そのまま剣を失った騎士に考える間も与えることなく切り倒した。二人を倒している間、シグナムは一度たりとも左腕を動かさなかった。

この五年間シグナムは模擬戦実戦問わず一度も左腕を使っていない。その制限された戦いの中でも圧倒的に敵を斬る強さからシグナムは隻腕の剣士とまで呼ばれていた。もっとも左腕の包帯の中身を見たものがいないため、もっぱら左腕はないというのが大衆の見解だ。

空気はいまだに焼かれている。
二人を倒したシグナムの闘志は衰えていなかった。むしろさっきよりも強くなった。気おくれすれば、その時点で殺されるかと錯覚するほどだ。

「出てこい」

最初は静かに。

「出てこい」

次は重みを加えて。

「出て来いと言っているだろう!! この卑怯者がっ!!」

最後は殺気すら込めて。

「おやおや、隻腕の剣士どのは恐ろしいですねー」

「恐ろしい? 仲間がやられているのを黙って見続けれる貴様の方が恐ろしい」

シグナムの背後、それも死角から声は聞こえた。
死角からの攻撃を防ごうとしたシグナムだったが、ジュッと嫌な音が聞こえた。あまりの激痛に顔が歪んだが、シグナムは気配がする方へ刃を振るった。

「おお、いい反応ですねー。左肩を焼かれて反応が出きるなんてねー」

刃は流された。男が両手に持つ刀は刀身そのものの長さは同じだが、強い反りがあるシミターといった刀だ。
シグナムは肩の傷を横目に見た。騎士甲冑を貫かれた上で傷口を焼かれていた。斬ると同時に焼くことにより、攻撃箇所に酷い火傷をおわせる。

「炎熱系の魔力変換を使うシミター使い。そうか、お前が焼き刃のアルベルトか」

反りの強い二本の刀を持ち、騎士甲冑にしては薄すぎる場違いに白い衣。左胸に刻まれた十字の証は彼が剣十字教徒であることを明かしていた。

「そういう貴女が隻腕の剣士シグナムどのねー。ふーんいい女ですねー」

焼けて焦げた髪でさえ異質だが、頬骨が浮き出るような顔と口調が異質どころか生理的嫌悪感をシグナムに与えた。二振りの刀は強い反りで受け流すことと切り裂くことに特化している。鍔迫り合いには向いていないため彼は一撃離脱のような手段をとっている。

焼き刃のアルベルト。単身で騎士数十名を切り殺した経歴を持つ剣十字の剣士。炎熱をまとった刀で切り裂くと同時に焼き払う。火傷を負った騎士たちは治癒も空しく息絶えた。普通の炎熱攻撃では体の表面を焼くことが精いっぱいだ。だがアルベルトは切り裂くと同時に内部まで焼くことを可能とした。

(地のスピードは私と同じかそれ以下。攻撃力は同等。だが炎による錯覚で気配を隠している)

脱力した様子だが隙がなかった。不用意に近づけはその場で切り裂かれる。周囲に蔓延する熱気は彼が作り出したもので、熱気に飲まれれば錯覚し大きな隙をつくらさセルだろう。
一方間合いを図りながらシグナムは攻めあぐねていた。炎の刀は一度受けてその傷の深さを十分理解した。バリアブレイクに特化したデバイスで防御を破り、体を引き裂くと同時に傷口を焼き払う。いくらシグナムでもそう何度も受けていられるものではなかった。

しかしそれだけの苦戦だというのに表情は明るい。先ほどの二人はそこそこの力量だが、JS事件直前のエリオ程度だった。アルベルトは焼き刃の異名がつくほどの手練だ。直接対面しその力量をよくわかった。
久々にシグナムが楽しめるレベルだった。

(スバルやセイン、ディードの相手をするのもいいが、このレベルの相手と生死をかけ戦いは久しぶりだ)

シャッハ亡き後の聖王教会本部にはシグナムと一騎打ちできるほどの使い手はいなかった。次点でスバルやディード、最近伸びてきたセインだが彼女達との模擬戦はシグナムにはなじめないものだった。
だからこそ本当にシグナムにとっては久しぶりであり、訓練の成果を存分に試せる相手でもあった。

間合いを測るシグナムにしびれを切らしたのか、アルベルトの口が動いた。

「攻めてこないのかねー。十字架の方々が直接伺うと言われるほどかねー」

「なんだ? その十字架というのは」

シグナムの返答にアルベルトは三日月のように唇をゆがませた笑みを見せた。ここに来て初めての笑みだった。
歪んだそれは殺意に満ちながらも歓喜にあふれ、頬骨が着き出るようだった。悪魔のような笑みとともに、シグナムの目にはほんの一瞬だが赤色の魔力光が見えた。

「今から死ぬ人に教える必要はないのねー」

待っていました、と言わんばかり明るい口調で渋い声で紡がれる不気味な言葉とともにシグナムの周囲が明るくなった。
燦々と燃え上がる赤い炎はシグナムを照らした。突如燃え上がった炎は燃えるはずのない石畳の上を燃えていた。
魔法による炎熱。シグナムは最初にそう判断を下した。しかしすぐに違うことに気づいた。

「この鼻につく匂いは……アルベルトッ!! 貴様人の脂を燃やしているな!!」

「それがどうしたのねー」

アルベルトはシグナムに奇襲を仕掛ける前に、自分が作った死体に仕掛けを施していた。合図の魔法とともに爆発するように燃える仕掛けを。そして今脂を元に燃えている。その中にはシグナムが倒した剣十字の騎士二人もいた。
この二人はすでに仕掛けを施されているようだ。
それに気付いたシグナムは怒りを隠しきれずに、獣のように鋭い眼光で睨みながら吠えるようにアルベルトに問いただした。

「貴様!! 仲間を……何だと思っている!!」

「君は捕まって仲間を危険にさらすくらいなら死を選ぶねー。私はこいつらの無駄になった命を再利用してあげているだけねー。リサイクルはいいことねー」

シグナムは激しい怒りを感じた。騎士として剣士として同じような存在だと思っていた。だが彼らは根本から違っていた。目標達成のためならば命すら惜しまない。
その理念はシグナムにも理解できる。だがあまりにも迷いがなさすぎる。命と崇拝を天秤で比べ崇拝が勝った結果を彼女は垣間見た。

「さあさあ、人肉のステーキはいかがねー? 私は貴女のサイコロステーキを食べたいねー」

死臭の炎に三角形の魔法陣が浮かんだ。炎から弾き出されるように火の刃が飛んできた。
シグナムのサーベルは紫炎と化した。何百もの火の刃の攻撃をシグナムは全て切り落とした。
その勢いは修羅の如く。

「どうやら貴様は以下しておくことすら許せない外道だな」

紫炎の刀が赤い炎を切り裂けば、その先にアルベルトを見つけた。シグナムの魔力は更に燃え上がった。
すでにサーベルは跡形もない。量産型のデバイスにすぎないサーベルではシグナムの炎に耐えきれなかった。だがそれで十分だった。
少なくともシグナムが目の前の男を切り捨てるには十分だった。
炎の斬撃が体を切り裂くため一歩足を踏み入れたとき、天を焦がすほどに伸びる炎がシグナムを包んだ。

「まずはじっくりと焼き上げてねー」

炎の刃が再びシグナムに降り注ぐ。

「バラッバラに切ってねー出来上がりねー。うーん、まだ動けるのねー」

楽しそうに言った彼の目の前には焼かれ、刀身がほとんど刃こぼれしてぼろぼろになったサーベルを握りしめ、立ち尽くすシグナムの姿があった。もはやサーベルというよりただの棒だ。騎士甲冑は焼かれ痛々しい皮膚が顔をだし、鮮やかな朱色の髪も焦げてしまった。
火柱の直撃を受けても立っていられたのは、長年培った勘によるものだろう。また自身が炎熱系の変換資質を持っていることも幸いした。

「死体に炎熱変換魔力を付加させた爆弾トラップに、補助魔法で発射位置をずらした射撃魔法か。器用なことをするんだな。正面からの戦いを避け、不意をつくことしか脳がないのか」

ダメージはあるはずなのに、シグナムは至って冷静だった。ダメージを受けたことでより冷静になれたようだ。それだけではなくアルベルトの戦術を見抜いていた。

「言ってくれるのねー。じゃあこれでどうねー」

足元に赤色の魔法陣を発動させながら、アルベルトは刃を互いに擦った。刃と刃の摩擦からこぼれた魔力は赤色の炎になり刀に灯った。さらにアルベルトの周りに16個もの火球が浮かんだ。
16個の火球は拳ほどの大きさでも、熱の塊そのものだ。アルベルトの周囲をゆっくりと回っていたと思うと、突然16個同時にシグナムに襲い掛かった。
火球を見たシグナムは焦り一つ浮かばなかった。

「私を焼きたいのであれば高町にでも基礎から学び直せ」

シグナムは屑鉄の棒を振るうことなく、わずかな動きだけで火球を全て躱した。
その時、音もなく素早い熱線がシグナムを貫いた。貫かれた太さは糸ほどだが、その一点から伝わる熱による激痛が瞬時に体中を駆け巡った。

「捕まえたのねー」

火球による攻撃は熱線を当てるための囮だった。火球が当たらなくても、熱気と魔力によりシグナム相手にもごまかしが通じていた。
そしてシグナムが怯んだ一瞬に接近したアルベルトの手には、炎をともした「焼き刃」が握りしめられていた。

「さあ、内臓焼きの時間だねー」







ヘブンズソード・甲板

嗅覚が鮮血と火薬の匂いを感知。嫌悪感上昇。発生源は3秒前まで右翼にいた同分隊の陸士。狙撃された模様。

「ネシア分隊長っ、ジャンプ3、え、エンリケが、被弾、しましたっ」

部下、ジャンプ6フリアンが発言。状況把握のため左眼球を動かし負傷者の確認を行う。被弾箇所は右脇腹、出血多量、止血しない場合の致死率80%、魔力残量20%未満。戦闘続行可能性5%。

「被害報告、隊列の変更、ゲート構築まであと5分」

現在、IS使用CPU85%。他の領域を使用し演算中。対物センサーが反応。射撃を確認。

「敵機補足、10時の方向から射撃、2時の方向から突撃」

現状は劣勢。ゼスト総隊長が推定オーバーSの魔導師と交戦中。戦況は不利。キルギス隊長及びハラレー副隊長及び第一分隊は敵戦闘機人を一体撃墜、敵前衛勢力と交戦。第三分隊、敵第二次戦力の奇襲を受ける。四足のフレームに大型のガトリング砲を搭載した機体が合計6機、甲板に隠されていた発射口から出現。
フレームの中心を軸にガトリング砲の方向変換可能。不確定事項で全方位への弾丸の掃射可。第一分隊が敵前線勢力へ攻撃時に自衛へ攻撃。

対策として甲板を剥がし障壁を作るも敵火力により突破。現在は射撃魔法により一定の距離を保持、残存戦力残り僅か。魔力防壁の持続時間は使用者の魔力量から計算して約4分。敵攻撃力と自身耐久力を考慮、防壁崩壊後の戦闘続行可能時間は約40秒。結論、目標達成不能。
機能低下演算能力で演算結果、失敗。不確定再度演算を開始。








第三分隊が貼った防衛戦は作戦の鍵となるISを発動させるネシアを中心に行われている。分隊長の任は広範囲に渡る索敵と高い情報処理能力を持つネシアだが、IS発動に集中している彼女はISのために敵に背を向けていた。
彼女の固有武装によるセンサーによる一把握と演算能力により、最適な防御陣形を選択していたが攻めることができずすでに障壁は破られ、徐々に追い込まれていた。
猛攻に防戦一方の陸士たちの表情は焦りと恐怖が浮かんでおり、魔導師の一人エンリケが倒れたとき一部はパニックに陥りかけていた。だが被弾から5秒も経たない内にネシアからの陣形変更の指示が出された。

この指示は隊員の欠落を埋めるためと、陸士たちがパニックに陥る前に指示を与えることで精神安定を保つためでもあった。極限状態に陥る一歩前に上からの指示を聞いた彼らは冷水を浴びせられたように冷静さを取り戻せた。しかし状況は悪化している一方だった。
ガトリング砲の集中射撃により防壁が削られ、破壊されたときだった。

「苦戦しているのか」

声と共に1機爆散する。煙の向こうにいたのは短い金髪頭の長身。四番隊副隊長コウライだった。
侵入していた彼は人知れず周囲を伺っていた。

「震え炎、奔れ雷」

右手には黄金の炎、左手には黄金の雷。異なる魔力を両手の拳に宿したコウライが、真横に拳を振った。右は黄金の炎が空間を飲み込み、左は黄金の雷が空間を引き裂く。
彼の右にいた機体は炎で炭となり、左のは雷により煙を物言わぬ巨体となった。
瞬く間に3機撃墜したコウライはそのまま黄金色の火炎と雷撃を振るう。そこに第三分隊の残存戦力が必死の攻撃を打ち込んだ。

彼があらわれてからすぐさまに、ネシアの背後は黄金色に染め上げられた。それは圧倒的すぎる存在感と戦闘力だった。
第三分隊は輸送を主目的とした構成となっている。戦闘力は控えめであり、大型輸送などの魔法に特化した部隊編成であり戦闘は苦手な方である。そんな彼らからすればコウライの戦闘力は嫉妬を通り越して羨望の領域だった。
コウライは駆けつけてから1分程度で最後の一体に炎をまとった拳を浴びせ破壊した。

「ゲート展開まで後何分だ」

「残り3分57秒。脳の全機能をISに回します」

ネシアは普段から感情の起伏のない表情をしている。だが発言の後のネシアの表情は生気すら感じられないものだった。深緑色の瞳は光をなくし、両手を前に向けただけの石像のようになった。視界の平衡感覚のためと言って、唇にかかるほど真ん中だけ伸ばしている前髪だけが風で動いた。

今、ネシアは脳の生命維持に必要最低限を除いた全てをISに費やしていた。当初の予定と大幅に狂ったためネシアはこの荒業を使うことにした。この状態は人であるというよりも機械といった方がいいだろう。決められた仕事以外は一切行うことのできない機械だ。
もし仮に今斬られてもネシアは声一つあげない。体を潰されたとしても声一つあげない。どんなことをされても声一つあげることができない。

「どれくらいの短縮が可能か?」

コウライは返事することすらできないネシアの代わりに近くの隊員に尋ねた。聞かれた隊員はコウライの眼力に気圧されて肩を一度震わせたが、震えつつも答えた。

「50%の短縮が可能になります。2分以上の使用は脳が潰れる可能があるので控えていました」

尋ねた当のコウライは聞いているかと思いきや、突然動いた。

「来たぞ、迎撃体制をとれ」

黄金色の魔力を発しながら、静かにそれでいて鋭く必殺の拳を新たな敵に向けてはなった。動きに反応して動いたコウライはそこで初めて敵の姿を見た。

「E型戦闘機人……いや、これは違う」

ヘルメットを被り、手に武器を持った戦闘機人たちが彼らを襲った。コウライが疑問に思ったのはその連携の完璧さだった。一体がコウライの攻撃を受けると同時にもう一体が攻撃を仕掛け、防げば更にもう一体が攻撃を仕掛ける。

「気をつけろ、この敵は今までとは違う」

コウライの声も虚しく、第三分隊は押されていた。複数を相手にする場合は通常一対一を続けるものだ。だがE型の動きはまるで全てが同じ意思でも持っているかのように統率された動きだった。
どれだけ上手く立ち回ろうが、一体複数に追い込まれた。







ヘブンズソード・司令室

「良い出来だな」

モニターに映し出された戦況は想像以上の結果だった。

「面白い状態ですね。アモン、これはいったい何をしているですか」

「テレサか」

背後の気配に気づいたのは声をかけられる直前だ。なかなかに恐ろしいものだ。後ろにいるどう贔屓目に見ても12歳程度だというのに、感じる気配はただ魔力が多いだけの子供ではなく歴戦の威圧だ。

BJか騎士甲冑かこの場合何というのかは知らぬが、真っ白な修道服を着込んでいた。白地に金糸の刺繍を施している。頭には実用性に乏しい三角形のかぶりものをしているが、おそらくこいつらのよくわからない宗教的な何かなのだろう。平らな胸元に輝く金色の十字架然り。

「どこを見ているですか」

目ざとい女だ。外見に騙されてはいけない証拠だろうな。睨み自体が殺気の塊に見える。魔力そのものならば高町の方が上だろう。しかし感じられる威圧感や殺気はこやつの方が強い。

「まあいいですよ。ところでその映像は一体何ですか」

「そうだな。教えておこうか。これがE型の真の力だ」

「ふーん、意識のリンクによる攻撃の協調ですか。単体の戦力が低くても、多数の状態をキープできれば勝てるですか」

一目で見破ったか。こやつの言う通りだ。E型は生産性の高さと命令遵守の高さが武器だが、個体のスペックは低めになっている。そこで脳を完全にリンクさせることで全体の意思を一つに集約した。実行可能な命令が単純なものになったが、個体の考えでありながら全体で動くことが可能になった。
どんなに腕のいいものでも集団戦では一対一を繰り返す。多数対一を選ぶようなものは愚の骨頂だ。進化の可能性もない。

だが一の規模が全体ならばどうなるか。意識をリンクしたE型は互いの情報を常に共有し、行動する事ができる。

「だから一人だけと戦おうとすることができないですね。一人を攻撃しようにも背後を攻撃されてるですね」

「そういうことだ。まあ、数で勝っていなければならないから消耗が激しいがな。アエーシュマと対峙した二人にはダゴンをぶつけている。救援には迎えまい」

「そうですかね? あの二体ってそんなに実力差があるですか?」

純粋無垢にも見え、悪意にも染まっているようにも見える、白と黒のオッドアイは結構な戦略眼のようだ。こやつも人の次元で遥かなる高みに立つのか?
疑問が出来たときには手に力が入っていた。か細いにも程がある首一本へし折る程度、造作もないことだ。戦い殺すことならば時間なくできるだろう。
だがまだ早いのではないか? こやつはもっと強くなるはずだ。ゴミ屑のような二体よりも。

「ないな。あえて言えば相性だろうな。お前ならばあの二体が相手ならばどうする」

ゴミ屑といってもあやつがDの称号を与えると決めたほどはある。魔導師で言えばAA以上に匹敵するはずだ。そういえばこやつの力量はどの程度だ。同盟関係にある組織から借りたやつらだが。竜騎士の方は想像以上の働きをしている。我と戦うことができる高みにいけるかもしれん。こやつの方はどうだ?

「どうするですか? そんなの敵に回ったなら叩きのめすに決まっているですよ」

面白いことを言う。だからこそ少しばかり試してみた。この前アリシアを圧したプレッシャーをかけた。アリシアは怯え逃げ出したが、こやつはどうだろうか。恐怖に怯みすぎて動くこともできないか?
いや違う、その答えは想像以上だ。

「甘いですよ」

プレッシャーを威圧で弾き飛ばしたか。驚いたな。体を動かすことなく、浴びせられたプレッシャーを威圧で吹き飛ばしている。練度の低い平ならば目の前に立つこともできない威圧だろう。

「素晴らしい」

「知らないようですから言っておきますが、私は剣十字の十字架の一人ですよ。いくらあなたが化物みたいに強くてもプレッシャーだけで圧せるとは思わないで下さいです」

十字架か、どうやら楽しめる連中はまだいるようだ。
剣十字教において最高位の戦力に数えられる者共か。ただの一兵卒ですら、Aランクと言われる剣十字教にて力でそれらを束ねる長ども。楽しめそうだ。

「あれ、もう二人しか立っていないですよ。一人はコウライ? あれは空戦AAAランクです、でももう一人は何をしているですか?」

モニターを見ればE型たちが圧倒していた。無理もないやつらはBランクかも疑わしい。ここまで持った方が奇跡的だ。よくてもE型一機分の戦力しかないだろうに。それを同時に2、3と相手にできるはずがない。可能性もない程度の低いやつらだ。

残った一人はよく戦っている。炎と雷撃の壁で押し返しているようだ。しかし編隊を崩そうとしているようだが無駄だ。個人を攻撃する時確実に隙を狙われる。相当の力量はあるだろうが、戦場と戦況が悪いな。倒れたやつらを庇いながら一人で奮迅している。見捨てることができない以上、この男はここまでだ。
己の力量以上のことをすることは愚者の行為だ。自分を知らぬゴミに進化の価値はない。
さてもう一人は何をしている? 映像からはわからない。ならばと計器を見た。そこに映し出されているのはありえない数値。

「面白い空間型か。かなりのレアものではないか」

少し残念だ。E型は関係なしに殺すだろう。あのタイプは珍しいことが勿体無いな。
走行している間に男の炎雷の壁は犠牲となったE型を壁に突破され、数体を足止めしている間に突破された。

「ふむ、いい実験結果が出た」

一体の刃が機人の女を斬ろうと、振り上げられた。






ミッドチルダ北部・聖王教会本部

まっすぐ振り下ろされたサーベルはアルベルトの足を貫いた。刃こぼれしたそれでも貫く程度のことはできた。炎をともした剣は足を焼くほどだった。
刃で切りつけられるよりも早く、シグナムはサーベルの持ち方を換えアルベルトの足に突き刺して地面に貼り付けた。

「捕まえたぞ、この焼身狂い」

「それがどうし」

たのねー。とアルベルトはまたもや愉快そうに続けようとした。だがその声を告げるよりも早く、サーベルに込められていたシグナムの渾身の炎がアルベルトを焼いた。
まず感じたのはその熱だ。表面が一瞬で炭化するような凄まじい熱だ。次に感じたのは風だった。傷口から切り裂かれ、体が砕け散りそうな風を全身に浴びた。
シグナムと同じ炎熱を使う彼はわかった。その炎が何なのか。

(これは爆炎……まさか私の攻撃を受けながら魔力を貯めていた!?)

目が砕けそうな中アルベルトは見た。シグナムが新しいサーベルを抜こうとしているのを。このまま抜かれて斬られれば即死だろう。抗議しようにも口が動かず、そもそも声すらでない。

(ならば、こうするまでですよねー)

目には目を、爆発には灼熱を。
アルベルトには美学がある。物の真価は焼けるときにある。それを追求した結果が高熱の炎で全てを灰にすることだった。炎で焼くというよりも炎で喰らうことを。
燃えるのは一瞬。その一瞬で骨まで焼き尽くす。両手のシミターに込められた魔力を変換し、デバイスの限界値に匹敵する炎を生み出した。両手から打ち出された荒れ狂う炎はシグナムを押し、赤い灼熱の口で飲み込んだ。
それは獣だった。数千度の炎で作られた貪欲な怪獣だった。獲物として差し出されたシグナムは怪物の口に喰らわれた。

「さあ、真っ黒炭人形の完成ねー」

声が体に軋む。それでも歌わずに入られなかった。熱気と焦げ臭い匂いがあたりに充満した。アルベルトがもっとも好む空気だ。あとは足を突き刺している

「これがお前の最大の炎か? 温いぞ」

え、という反応すらアルベルトはあげることはできなかった。
紫炎の一閃。
シグナムの新しいサーベルは紫炎を纏い、赤い炎の怪物を一刀両断にした。
いつの時代も怪物は勇者に倒される。勇者が持つ武器は一本の剣と怪物に立ち向かう勇気。それだけで十分だった。

ただシグナムは前に一歩踏み出し、怪物を紫炎の剣で切り裂けば赤い炎の道が出来上がる。シグナムは炎の道を突き進み、紫炎と化したサーベルを叩き込んだ。

「受け取れ、パイロマニア。私の炎を」

攻撃の型は平突き。まっすぐに一直線に貫くその一撃は火竜の如く。シグナムの目前を飛翔する火竜が通った跡は焼け焦げた石畳が続いた。

「お前の剣は軽すぎる。誇りのない剣で私を斬れると思うな」

紫炎に攻め立てられ石畳の上に叩きつけられたアルベルトをシグナムは見た。圧倒的な差を見せつけたシグナムだったが、行動を省み反省した。

(やりすぎたか。騎士甲冑ごと焼いてしまったな。この傷跡は……)

体中にある無数の火傷の跡を見たシグナムは驚き呆れてしまった。
アルベルトの体には古い火傷の後がいくつもある。傷跡があるのは騎士にとっては不自然ではないが、傷の付け方から見て自分で焼いてつけたようなものだ。

「まさか、焼ける相手がいないときは自分を焼いているのか?」

シグナムは先ほどパイロマニアと口にしたが、ここまで来ると表現する言葉がシグナムの語彙にすら存在しない。
狂人かと思ったが、左胸を見たとき違う驚きで目を見開いた。まず浮かんだのは疑問だ。本来ならば心臓があるはずの位置だ。そこにはデバイスのコアが埋め込まれていた。そのコアには中心に十字が刻まれている。

「なんだこれは、デバイスのコアのようだが? 人体にコアを埋め込むなど聞いたことがないぞ」

生身の体を抉るように埋め込まれたコアを見たシグナムは、無意識のうちに半歩後ろに下がった。シグナムを下げたもの、それは戦慄。
長く生きてきたシグナムですら、不気味さに後ずさるほどの「異質」がそこには存在した。

「うぅぅぅうぅぅうわぉぉぉぉ」

突然、謎の雄叫びをあげてアルベルトが目を見開いた。聞いている方も痛みを感じるような苦しい雄叫びに合わせて、左胸のコアが赤色に輝いた。
コアから溢れ出した光は生きているかのように彼の体を包んだ。赤い光に包まれたアルベルトの体は倒れたまま光に引っ張られるように起き上がった。

「まさかねー。貴方にこのエクステンスコアを見られるなんてねー」

「エクステンスコア? その左胸のコアのことか、まさかお前は」

「正解ねー。私たち剣十字の戦士達の中でも選びなかれた十字騎士はこのエクステンスコアを使うことを許されるねー」

語ることが幸せ。そんな感想を抱く表情だ。アルベルトが初めて見せる恍惚な表情にシグナムは嫌悪感よりも、恐怖を感じていた。

「自前の心臓はどうした?」

返答はわかっているというのにシグナムは聞いてしまった。

「あんなものこれの素晴らしさに比べたらいらないものねー。生きるためにしか使えないあれと違って、これは私たちに膨大な力を与えてくれるのねー」

アルベルトにとってもともと持っていた心臓はいらないものだった。
その魔力は強大だった。だがそれは明らかにさっきまでアルベルトの魔力とは質が違う。
魔力光は変わらない。しかしシグナムにはその魔力が人為的でおぞましいものに感じられた。

「リンカーコアから放出する魔力ではないな。なんだその不気味な魔力は」

「よくわかっているのねー。エクステンスコアはリンカーコアの単なる増幅器ではないのねー。リンカーコアと融合して、この鍛え上げられた肉体を土台に膨大な魔力を生み出すのねー」

「だからそんな腐ったような魔力なのか」

シグナムは一言嫌味を言った。だがそんな言葉が的を射ている、それほどまでに異質な魔力だった。
暴走しているかと思うほど膨大な魔力がアルベルトを包み込んでいた。指の先まで魔力に犯されている。魔力はクリーンなエネルギーというイメージが強いが、この魔力は毒々しく体を蝕んでいるようだ。

全身を毒が包み込んでいるようなものだというのに、アルベルトの表情は清々しい。肉体を改造しているのか、それとも本人には影響はないのかはシグナムには分からないが、人とは体の造りが異なっているという判断はつく。

(これでは私達の方が人間らしいな。全く馬鹿なことだ)

そんな風にさえシグナムには思えて、そんなことを考えたことを自嘲した。異質な魔力はたしかに危険なものだというのに、シグナム自身は特に気にしていなかった。
結局のところシグナムがすることは変わらないからだ。聖王教会本部を襲撃しようとしたこの男を捕まえる。どう転ぼうがそれだけだ。
たとえそれがなのはやフェイトに匹敵するほど膨大な魔力を持っていようと、見たこともない奇妙で怪しい道具を使っていようと彼女の剣には迷いはない。

「さて、これを見せてしまったのだからねー。あなたには特別にとっておきを見せてあげるのねー」

アルベルトを包む膨大な赤い魔力が炎に変わった。瞬時に全身が赤い炎に包まれた。
自爆かとシグナムは考えた。だが炎の中から現れた化物にシグナムは声一つでなかった。

「どうしたのねー? 驚きで声もでないのねー?」

それは炎だった。

それは人だった。

それは化物だった。

人の形をした炎の化物。炎の中から現れたのはそんな化物だった。両手は原型を留めておらず反りの強い、熱で赤く染まった刃物になっている。他は人の形をした炎といったところだろう。

「勘違いしているようだから教えてあげるのねー。エクステンスコアと融合した肉体は魔力と融合しているのねー。だから炎熱の魔力変換で燃えるに肉体を作ることぐらい簡単なのねー」

「武具崇拝も大概にしろ。崇拝する対象に近づきたいのは分からないこともないが、お前たちがやっているのは崇拝対象への侮辱だ」

「博識なのねー。私たちが崇拝するのは聖王に非ず、聖王の剣そのものねー。でも侮辱とは心外ねー。これは由緒正しき剣十字教の教えなのねー」

聖王の剣。長く生きているシグナムにさえ実在するかどうかわからない代物だった。聖王が実在していたのは事実である。聖王教会はその聖王を称え敬い作られた教会だ。剣十字教の発足時期については諸説あるが、聖王教会の最大派閥が分離したという節が最も有名だ。

「血統主義である聖王教と袂を分かち、実力主義をとったのがお前たち剣十字教だったな。貴様等にとって進行すべきは聖王ではなく、戦争にて武勲をあげた戦士達、そして聖王が使ったとされる剣」
「血統主義に対する反発はわからなくもないが、肉体を改造することは戦士達への侮辱、なにより貴様等の最終目標は聖王の剣を聖王以外が使えることを証明することではないのか? お前たちのそれは結局血が違うだけで聖王教と違わないな」

冷めっきたシグナムは淡々と評価を下した。エクステンスコアのことはわからないが、その力は万人の力ではない。結局、選ばれたものでしか強くなれないという証明のようだ。部下の二人は選ばれず、力を持っていなかった。

「お前の部下は選ばれていないようだが、それは力量が足りないからか? どの道努力ではなんにもならないものを教えとした時点で剣十字教も終わりだな」

「勘違いが酷いねー。彼らが選ばれなかったのは単に努力と信仰が足りないだけねー」

「信仰か。ここに身を寄せる立場で言えた口ではないが、胡散臭い言葉に聞こえる。まあいいだろう、アルベルト。貴様が信仰心で戦うというのならば、私は主はやてへの忠誠心を持って戦おう」

シグナムがサーベルをアルベルトに向けたとき、語らいの終わりを告げた。
一歩前踏み込む。石畳を砕くその一歩は爆発的な速度をシグナムにもたらした。動かない状況から瞬時に最高速度まで加速する爆発的な加速と敏捷性、そして鍛え抜かれた身体と磨かれた魔力運用によって可能だった。

やはりシグナムには関係のないことだった。アルベルトが例え炎の怪物になったところで、デバイスと体が融合したところで、彼女にとって倒すべき敵だということに変わりはない。

なによりこの程度の敵に負けることは彼女の中の誇りが許さない。
一方アルベルトは燃え盛る肉体の炎を駆使し攻撃した。闇に染まっていた世界を真昼の如く赤に照らす彼の炎。両手に集められたそれは灼熱の刃に宿り、振り下ろされると同時に燃え盛る赤壁と化した。
シグナムの目の前を真っ赤な炎で覆いつくすほどの激しさだが、シグナムは止まろうとはしなかった。

「今更、その程度で私を止められるとでも思ったか!!」

先ほどの攻防と同様、シグナムの炎を纏ったサーベルで炎を切り開いた。そう切り開けるはずだった。
炎の壁はシグナムの刃を受け止めた。正確には炎から生み出された火の刃がシグナムの剣を防ぎ止めていた。炎の壁の一部は巨大な火炎の刃だった。先ほどよりも更に硬度の高い炎の魔力刃はシグナムの斬撃でも斬り伏せることはできない。
背後から熱気を感じたシグナムは、サーベルで刃を抑えながら立ち回り、火炎刃を弾き背後へと斬りかかった。

いつの間にかシグナムの背後にまで赤い火の手は回っていた。焼くためではない。炎の刃で切り裂き焼くためだ。
迫りくる巨大な火炎の刃と斬り合うシグナムの頭上にアルベルトは飛んでいた。

「上ががら空きですよねー」

炎の壁で囲まれているシグナムに蓋をするように真っ赤な大きすぎる蓋がが落とされた。それは焼き殺すほどの炎で作られた籠。
赤い炎の籠の中は全方向の炎から吹き出される火炎の刃の罠。一変して囚われの獲物と化したシグナムはただ切り刻まれるのみ。

「勝負は時の運ねー。貴女の方が強かったかもしれないけれど、結局最後に生き残るのは私なんですよねー」

火炎人間と化したアルベルトは変わらず最後をねで伸ばす口調だった。シグナムとの戦闘では彼の心を揺れ動かすには足りないようだ。

「いい加減にしないか、その腹立たしい言い回しを」

戦いは終わっていない。シグナムは燃え盛る籠を真正面から突き破っていた。籠のなかでの陰湿な攻めをしのいだサーベルはすでに刀の形状を留めていない。
火炎の刃を押しのけ、紫炎でアルベルトの炎の壁を打ち払ったようだ。だがその程度だ。

「やるのねー。私のフレイムコルブを突き破るなんてねー。でも満身創痍ねー」

満身創痍という言葉通りだった。防ぎきれなかった刃に切り裂かれ、赤く燃え盛る炎に焼かれた体からは流れるはずの血が焼かれていた。
体力の6割近くを消費している。一方のアルベルトはまだ十分すぎる余力がある。

「つまらないものねー。ここまで戦力に差があるとねー」

「言ってくれるな放火魔。実力差があるとでも思っているのか?」

シグナムとアルベルトの実力差はむしろシグナムが勝っていた。攻撃力と防御力は互角。機動力と敏捷性はシグナムが圧倒的に有利。技術力はシグナムの方が若干上手。
しかしながら戦力差がここにきて裏目に出た。エクストラコアにより大幅な魔力の増加を行ったアルベルトはシグナムを凌駕する魔力を保有する。そしてもっとも大きな戦力差を出しているものがある。

「武器の差だねー。そのサーベルでは私の刃を防ぐことなんてできないのねー。そもそもそれはあなたの武器なのねー?」

「お前のようなパイロマニアを斬るのにはこれでさえ勿体無い」

シグナムは虚勢を張るが武器の差は明確だった。武器に特化した剣十字のデバイス。シグナムのは教会で支給されたサーベル型デバイス。性能差は雲泥の差だった。
そして今にも片膝をつきそうなほど追い詰められたシグナム。

「あなたがもっとましなデバイスを持てば私とももう少し有意義に戦えたのですがねー」

両腕のシミターから赤い炎が再び激しく燃え上がり、アルベルトからシグナムを切り刻む炎の嵐が打ち込まれた。







ヘブンズソード・甲板

グサリ。鉄の刃は肩口から深々と切り裂いた。
深く斬られ、止めどもなく血が流れているがネシアは身動き一つとらなかった。とろうとも考えられなかった。
それは痛みで動けないのではない。運動神経へ動きを命じることができないからだ。
傷ついたという情報自体、今のネシアには伝わらない。
感覚神経から神経伝達するだけの能力も今の彼女にはない。
深緑色の瞳は何も写していない。ボタンのようなピアスをつけた耳は何も聞こえない。
だから、自分の身に降りかかろうとしている危機にも気づけない。
コウライを突破したE型戦闘機人達の凶刃が首を刎ねようと横なぎに振るわれる。
首の皮を刃が触れたとき、ネシアが反応した。

「演算完了。ISワープゲート開門」

首の皮を斬ったとき、E型の腕は貫かれていた。反応するまもなく頭を潰され、遠くへと蹴り飛ばされた。
さらにネシアの肩を切りつけていた機人は何が起きたのかを理解するよりも早く、腕を切り落とされ電撃で破壊された。

ISワープゲート。

事前に指定した座標と座標をつなげる門を生み出すISだ。最大の特徴は門を通る質量には制限がないことだ。発動させるための演算処理に時間がかかるのが欠点だが、大量部隊の瞬間長距離輸送を可能にした。
ゲートが開いたと同時に一人の少年が駆けつけた。

「ご苦労さまです。ネシア陸曹。後は任せてください」

赤い髪と仮面を被った少年がネシアを庇うように立った。
少年により被害を被ったE型機人たちは、ネシアよりも先に彼を倒すことに決定した。
コンビネーションという枠を越え、意識の共有による包囲網は完璧だった。一人の人間が大勢の体を持つようなものなのだから当然だ。

だが、彼にはそんなものどうでもいいことだった。

「いいですよ。まとめて相手をします」

最も近くにいた一体を槍で真っ二つに斬ると同時に、左手の鋭利な爪で頭を貫通。
消えたかと思うと、離れた機人の真上から槍で串刺し。すぐさま電撃で槍を使う妨げになっている肉体を焼き払う。
甲板を蹴ると左手のクローで身近にいた機人の頭を掴み、潰しながら離れた正面の機人を貫いた。

それはあまりにも一方的すぎる蹂躙だった。
意識のリンクをしているはずのE型戦闘機人たちが動けなかったのは早さの違いだった。
いくら意識をつなげ広い知覚があるとしても、反応すらさせない早さで動けば問題はない。
現に、周辺の戦闘機人を蹴散らすまで誰一人撃墜されたことすら認識できなかった。
圧倒的なスピードで機人の命を刈り取る。瞬時に戦場を赤色に染める姿からつけられたあだ名は「赤い死神」。その蔑称をエリオは背負う。目的を果たすために。








「ティアナが高町一佐を倒したんだ。ここからは俺が頑張る番です」

槍と爪は返り血で赤く染まっている。限りなく人に近い人でないものを「殺す」ことが主な任務になってから、彼は返り血が目立ちにくい黒色に換えた。心のどこかにあの優しい保護者への思いがあるかもしれない。でもそれは責任を押し付けるためなんかじゃないことは、誰よりも自分自身が理解している。

「さあ、始めましょうか」

今から突き殺すであろう敵から目を背けないためにも、心を落ちつかせるためにも静に口にした。
そんな言葉を無視するかのように、攻めようとしていたE型が音を立てて沈んだ。
銃弾のように早く、斧のように重い鉄拳。この攻撃が誰のものかなんて、振り向かなくてもわかる。

「これじゃあ私たちが出遅れしているみたいね。エリオ君、もっと足並みを揃えられない?」 

一撃でE型を仕留めたギンガ隊長は呆れたような口調で言った。この人には怒られてばかりなような気がするな。
横目で見ると、長い青髪を垂らしてため息をつかれていた。
ギンガ隊長のBJは昔よりも大幅に装甲部分が増えている。藍色の追加された装甲は重量感がたっぷりとあるけれど、気にならないみたいだ。

もっとも目に見える装甲よりも、素体そのものの方が何倍も厄介だ。

「まあいいか、後でティアナに叱ってもらえばいいだけだから。コウライ、ルサカ一気に片付けるわよ!!」

「承知」

「正直、今行きますからちょっと待ってください隊長」

前方からコウライ副隊長が黄金色の雷撃を放ち、ゲートから虎のように飛び出してきたルサカの両手から炎が打ち込まれた。

「とりあえず食らっておいて。私のIS」

ギンガ隊長が拳を下に繰り出したとき、目の前の世界が降下した。
雷撃も炎も叩きつけられ、同じように叩きつけられたE型を一網打尽にする。

「結構激しいですね。こっちも頑張らなきゃな。ああ、来ましたか。気をつけてください、今までの敵とは少し違います」

「誰に言っている、エリオ隊長。ルーテシア、手筈通りいくぞ」

「わかった。行こう、ガリュー」

コートを羽織ったチンク副隊長の側を歩くルーテシアに、二人の少女(チンク副隊長にはこちらが子供扱いされるけれど)を見ているガリュー。
寡黙というか未だに意思伝達にはルーテシアを介さないといけないから何を考えているのか全然わからない。ただ二人の母に頼まれているのかもしれないな。

「頼みますよ。そっちが上手くいかなかったら、こっちにとばっちりが来るので。尻拭いをするのは嫌ですよ」

「何を言っている」

目の前の世界が今度は爆ぜた。
ISランブルデトネーター。金属にエネルギーを付加させて、爆発物にする彼女の十八番。その破壊力は分厚い防護壁を容易く突破するほどだ。
今だって綺麗すぎる連携で迫ってきたE型に、デバイスの効果で作り出したシルバーナイフを投げて木っ端微塵にしている。

「この程度で私が遅れを取るとでも思ったか。見くびるな小僧」

小柄な背中なのに随分とたくましく思えた。

「エリオ隊長。5番隊工作部隊並びに救出班全員到着しました」

「了解。あれ、セント空士。嵐山陸曹は?」

しなくてもいい報告だけど、するのは班長を任せられた嵐山陸曹だと思ったのに。
疑問に思って振り向くと、珍しく焦ったような表情のセント空士を見つけた。

「な、あのロリコン刀馬鹿ッ!! 全員散開!! 修の奴、いきなり業炎を使うつもりだ」

困ったようなセント空士と視線がぶつかるとほぼ同時にチンク副隊長の怒声が耳を劈く。
作戦には入っていなかったと思う。いつもの暴走だとしても、どんな魔法だろう。

「業炎? 広範囲攻撃か何かですか」

「四元流火系統飛式業炎。嵐山陸曹の持ち技の中でも最大規模の攻撃範囲を持つ技です」

セント空士の諦めたような声で解説されながら、当の本人に目をやった。
烏羽色の巨大な魔力を刀に宿している。それはまだまだ大きくなるようだ。
あれだけ大量の魔力を使っているのに疲れがないようだ。

「どうやら、振り切ったようですよ。もう止めるものはなにもないと言っていました」

そんな目だ。多分止めろと命令されても彼は止まらないだろうな。むしろ精神が逝っているかもしれない。

「邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔ジャマジャマジャマJAMMER」

どうみても逝っている。

「アイリス、エナジーブレイカーでシェーラとネシア陸曹を守って」

塊のような魔力が叩きつけられ、黒い波動が甲板覆った。







戦艦スレイプニル

「あれは……嵐山ね。先手必勝の広範囲攻撃は作戦としては間違っていないんだけど、ちょっとやりすぎじゃない?」

スレイプニルのハッチを開けて甲板の方を見た。
黒い魔力が甲板の上で爆ぜている。味方が巻き添えになっていなければいいな、と願ってしまうほど無茶苦茶な魔法だ。
これで甲板に詰められていた迎撃態勢を乱せれた。あとはエリオたちなら突破できる。

「あとは私が頑張らなくちゃ」

なのはさんとの戦いで消耗したけど、そんなことを言っている場合じゃない。
ヘブンズソードはマルコム隊長の拘束魔法で停止している。拘束方法はシンプルに魔力で押さえつけるなんていう力技。直径約3m高さ150mの巨大な柱が108本も海面から伸びてヘブンズソードを囲んでいる。その上で柱と柱を太さ1mもある鎖で縛っている。
柱とヘブンズソードの間にはあのAIRが張り巡らされていた。さっきギゼラさんたちが開けた穴ももう塞がっている。でも抜け道は見つけた。

「やっぱりバリアは小さなバリアを数億枚張り巡らせているみたいね」

ヘブンズソードのバリアは戦艦全体を覆う大きなものじゃなくて、細かなバリアを何億枚も繋げているものね。だから必要な箇所にだけバリアを張ることができる。
さっきの突破で円形にだけ破れたのも頷ける。一枚のバリアなら崩壊がもっと大きく広がるはずだ。

「そしてバリアが展開されるのはヘブンズソードから200m先に向かってくる物体を感知してから0,5秒で10m前方」

バリアがカバーする点から300m先に物体があればオートで発動するみたいだから、霍乱はするだけ無駄ね。秒速600mが出せるようなら誰も苦労しない。
だから私が出来る手段で突破するだけ。

「ところでどうしたのミンスク? 物陰に隠れた程度で分からないとでも思った」

「あ……気づいて……ましたか。ごめんなさい……声をかけようと……思ったのですが……」

この子は四番隊の中でも医療専門の役職についている。見た目は肩まである透き通った白髪をして真っ白な肌をした女の子らしい。しかも年から年中白衣らしいから見た目は本当に真っ白。
他人に尽くすことに熱心で、医療に特化したISを持った優秀な子だけど。

「集中して……らっしゃるようなので……声をかける……ことが……できませんでした」

彼女は酷く病弱だ。見た目からも病弱らしい。ジャックによれば制作時に重大な欠陥があったようだ。設計上見落とすことがありえない欠陥らしく、製作者の悪意を感じると言っていた。

「ところで……どのような……作戦で向かう……つもりですか」

「そうね、簡単に言えば真正面から突撃かしら」

「え……そんなことしても……バリアに阻まれる……だけですよ」

ミンスクに言われなくてもそれくらいはわかっている。スレイプニルはヘブンズソードから400m離れている。今の私の早さならすぐにバリアにぶつかる。

「大丈夫よ、ちゃんと策は考えているから。ところでなのはさんの様態はどう?」

「右手が……細胞レベルで……損傷していますが……再生は可能です。ですが」

「どうしたの?」

こんな風に止められては不安しか感じられない。

「ティアナ副隊長に……頼まれた……デバイスの修復は……コアの損傷が激しく……」

「そう。ご免ね、無理なこと言って。なのはさんのこと任したわよ」

一歩、空へと踏み込んだ。
やっぱりダメだった。あの人にとってレイジングハートがどれだけかけがえのないデバイスなのか想像もつかない。9歳の頃からずっと使い続けていたから、もう他のデバイスじゃああの人は満足できない。

こんな自体を引き起こしたのは私の実力不足だ。私がもっと強ければ、レイジングハートを壊すことなくなのはさんを捕まえることができた。これがきっとフェイトさんやギンガさん、エリオとかだったらそんなこともできた。
自惚れていたのかな。この5年間で強くなったんだって、もうみんなのことを失わないで済むって。

「これで二度目だ。なのはさんに全力で助けられるのは」

両足とも空へと放り出した。

5年前にもなのはさんは焦って暴走して壊れる寸前だった私を全力で止めてくれた。今回もなのはさんは自惚れて身を滅ぼそうとしている私を全力で止めてくれた。

中途半端に強くなったから血を流していただけだった右手は潰された。

「ありがとうございます。なのはさん」

重力が体を海へと引っ張る。私の行動を見たミンスクが焦ったように叫んだ。

「ダークネスファントム・セットアップ」

両腕に嵌めている六芒星のシンボルが二丁の拳銃に変化した。六課時代から着用しているBJの上にさっきの戦闘でボロボロになった黒いコート。左手の傷も痛む。

「まだ、飛べる」

立て直して飛翔する。
そのまま飛び、センサーの感知領域に近づいた。
手段は唯一つ。私の存在そのものを消せばいい。
不可視だけでなくセンサーの透過に無音。
今の私は誰にも気づかれることはない。200mの境界線に入った。

本当は速く進みたいけれど、この幻術は激しい動きに弱い。その代わりにいかなる感知能力だって無視できる。
消費は激しい。なのはさんとの戦いで消耗しすぎたのもあるけれど、飛行魔法と高レベルの幻術を併用するのはやっぱりきつい。凡人の私には無理なのかな。

「ティアナ、もう凡人は禁止だよ」

そうだった。あの人に言われたばっかりだった。それにいつまでも凡人だからって自分をけなしていたら、こんな私を強くしてくれたあの人に失礼だ。
根性論は理解しにくいけれど、今の私ならできる。
姿を消したまま空を飛ぶくらいできる。
感知能力をフルに活用して、目標を探し出す。打ち抜くのはそれ一つ。

「見つけた」

咄嗟に銃を構える。ここで失敗したら私は侵入できないだろう。この時はそんなマイナス予想が何一つわかなかった。

「ファントムブレイザー」

かなりの威力を持つ砲撃魔法であるこれを使うと、当然私を守っていた存在消滅のカーテンははらわれた。
バリア展開には0.5秒かかる。普通ならば300m手前で察知できるから問題ない。

「でも、ここまで接近されて打ち込まれるとは想像していなかったみたいね」

打ち抜いたのは一つ。目の前の点のバリア発生装置。バリアを破ることは5番隊の仕事だ。ただ私は自分が入られるだけの穴を開けるだけ。
そのまま接近し至近距離から連射を叩き込む。連射機能がクロスミラージュに比べて格段と上がっている、今の相棒の猛攻を受けてもなかなか壁は壊れなかった。

「だったらファントムビットタイプⅥエクスキュート」

背中から飛び出したビットは鋭く尖った魔力刃を生やしている。それで四角形を描くように四つの角に突き刺す。

「さあ、処刑の時間よ。セメンタリーボックス」

四角形に魔力が収束され爆ぜる。だが分厚い装甲はそれでも壊れない。

「だったらもう一発」

再び表面が爆ぜる。だがまだ壊れない。

「いい加減に壊れなさい!!」

三度目の正直。それでも壊れない。

「あのねぇ、私は急いでいるの。壁なんかに邪魔されるわけにはいかないのよ」

ダークネスファントムから魔力刃を発生させて、目の前の壁を切り裂いた。
するとさっきまでの方さが嘘のみたいに、あっさりと切り裂けた。

「さっさとそうすればいいのよ」

打ち破った壁の先は通路だった。
さっさとヴィヴィオの救出に向かおうとしたとき、理由の分からない悪寒がした。
意味不明な気配だ。
なのはさんのような威圧感ではない、マモンのような恐怖でもない。
もっと異質でぐちゃぐちゃして言葉にもできない、そんなものが感じ取れた。

「こっちの方が先ね」

異質の方に好奇心も手伝って足を進めた。







ヘブンズソード・司令室

「行くか」

「あら、行っちゃうんですか、アモン」

「うむ、侵入者どもも増えたようだからな。それもいい粒が」

絶対的で絶望的な存在が動いた。
ただ、己の欲望を満足させるためだけに。

「待っていろよ。我を楽しませるために」











あとがき
剣十字教はこの編ではあまりめぼしい活躍はしませんが、根幹に関わる集団です。
「Dナンバー」「剣十字教」そして「ヴァルハラ」
これらの組織が敵という立場です。



[8479] 第十五話 守りたいから殺す
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:f393325e
Date: 2010/03/31 02:03
首都クラナガン

なのはと共にクラナガンへ進行した自動兵器の内、先にロストした機体がいた。
それらの本来の目的は高町なのは及び主力重火力部隊による攻撃で焦土と化した港へ海から乗り込み、邪馬となる地上本部まで電撃作戦を展開することだ。
先制攻撃を地上本部へ与える。目下、最大の障害である地上本部にダメージを与えれば、本局管轄の倉庫への攻撃が容易となる。

そのための先駆けだ。
ヘブンズソードが誇る絶対守備能力には疑いは持っていなかったアモンだが、だからといって驕る必用もないので彼は念には念を入れて電撃部隊を編成していた。
結局、高町が敗れるという想定された中では最悪の自体に陥った今、先手をとれる策はこの電撃作戦のみとなった。

投下された機体、ホバークラフト型A4は火力を犠牲に重装甲と高い機動性を両立した「素早い壁」だ。
時速100㎞の速さで大地を駆け、その硬さで障害を蹴散らす。機動性の為に余分な火力を全て放棄したため特攻以外には使えないが、重装甲と高機動という本来ならありえない組み合わせは適した場面では高い効果を発揮していた。
事実、港での防衛に回っていた守備隊の攻撃はA4の分厚い装甲を貫けず、鉄の塊でしかない見た目からは信じられない速さで無残にも蹴散らされていった。侵略され抉られた地面には蹴散らされた隊員達が散らばっていた。

この電撃作戦の目的は唯一つ。それはヘブンズソードが通る道の障害の芽は一つでも多く潰すためだ。
猛スピードで突撃するA4、総勢20機の目前に地上本部が迫った。防壁を張り巡らされている地上本部だが、これらの特攻を受ければ無事では済まないだろう。
物言わぬ壁に次々と侵略されてゆく防衛戦は最終ラインまで達している。

だがそこは不自然だった。
もしもこれらを誰か一人でもいいから指揮していれば気づいたのかもしれない。先ほどまでうじゃうじゃと邪魔をしていた守備隊も、地上部隊も地上本部に近づけば近づくほど見当たらなくなった。

そしてついに障害となる隊員は後一人、髪の長い女一人しかいなかった。
立っている時でさえ地面に触れるかぎりぎりな髪は両膝を地面についている今、深緑色の扇を描くように地面に広げられていた。
心も意志も持たない無慈悲な特攻兵器は止まることなく彼女を轢き、地上本部へと特攻をするはずだった。
ギュイン
だが突然、さきほどまで猛スピードで回っていたタイヤが急ブレーキでも踏んだかのように止まった。しかし特攻野郎でしかないA4には急ブレーキのような装置は存在しない。
止まるはずがない。

「あらあら、その子をタイヤに巻き込むのはいけませんよ」

女性、フィア・シュヴァルツバルトはにっこりと笑顔を浮かべて独り言のように呟いた。

「その子はC級危険植物カエンゴケって言います。踏めばどんなものにでもくっつくたくましいタイプの苔ですよ。でもね、本当の特徴は他にあります」

苔を巻き込み急ブレーキをかけられたA4はそれでも前に進もうとしていたが、突如燃えだした。
突然の発火だ。装甲には炭素が使用されているが、それが徒となった。しかし熱に対する耐性のあるはずのA4の装甲が発火するほどの高熱だ。
それをみてフィアは優しく微笑みながら、説明した。

「人の話はちゃんと聞いてくださいよ。その苔は強い力でこすると高熱を出しちゃうのよ。強い力でこすればこするほど熱は出るますが、最大で2000度くらいまでは出ますよ」

止まる事を知らないA4は何一つ対処法を持たず、巻き込めば最後燃やされるのみだった。巻き込まずに済んだ機体は当然何機もいた。しかし藪に突っ込んだ時、分厚い装甲は貫かれてずだずたな鉄くずと化した。
まあ、と手を口に当てたフィアはクスクスと笑いながら説明を始めた。

「その子に近づいたらだめですよ。その子はA級危険植物メタルイーター。鉄だろうが人間だろうが近づけば鋭い蔓が伸びてずたずたに引き裂きますよ」

そこは植物たちの楽園だった。
ミッドチルダには存在しない、それどころか数多の次元世界を駆け巡ってもめぐり合う事など滅多にない珍しくも凶悪かつ凶暴な植物たちの楽園だった。
危険植物たちを可愛いわが子のように愛でるフィアの姿は普段のおっとりとした姿と変わらないが、異質な空気をまとっていた。

「随分と無茶苦茶な事するんですねぇ。フィア副隊長さん」

フィアの後ろには霞んだ金髪の女性がいた。フィアは振り返り優しく問いかけた。

「どうしかしましたか、ドゥーエさん?」

「なんでもないわよ、ただ穏健派も穏健派のフィア副隊長が戦場に出るなんて滅多なことですからねぇ」

そんな返しにフィアは口元に手を当て驚いた仕草をした後、ドゥーエに一言告げた。

「そこには溶解液を滲みだす草が敷かれていますが、大丈夫ですか」

その一言に真っ青になったドゥーエは飛び跳ねフィアから距離をとった。すぐに足を確認したが、解けた様子はない。
不思議に思ってドゥーエはフィアの方に目をやれば、フィアは笑顔で答えた。

「ごめんなさい。嘘です」

「怖い嘘つかないでよ!! って、あなた前」

ドゥーエがあせったように指摘した通り、フィアの目の前に無傷のA4が一機迫っていた。
だが普段通り、こんな戦場でも普段通りを保てる図太い神経の持ち主でもあるフィアは首をかしげていただけだった。

「あら、どの子もぶつからなかったのかしら? もしかして苔がなくなったところを運良く通ったのかしら? 運がいいわね」

「ちょっと、運が良いとか言っている場合じゃないでしょ!? ちゃんと仕掛けておきなさい、ぶつかるわよ!!」

この場で焦っているのはドゥーエただ一人だった。
今にも轢かれそうなフィアを拾おうと、手から三本の鋭い爪を出した。だが分厚い装甲を傷つけれそうにはない。
だがドゥーエがたどり着くよりも速く、フィアの目の前に巨大な木の人形が現れA4を抑えつけた。

「私の可愛い可愛い木偶人形ちゃん。ずっしり巨体のあなたは壁になってください」

彼女の言葉通り大きな図体をした巨大な人形はしっかりと突撃してきたA4を受け止めていた。植物使役の変化形で、特殊な木から作った人形を使役しているのだ。
だがいくら大きく強いといっても所詮は木であり、装甲車でもあるA4 に徐々に押されていた。

「押されているわね。なにか手段はないの?」

「あら、その爪で切り裂いてくれるのでしょ?」

おっとりとした人間だと思っていドゥーエはどうやら認識を改めなければならないようだ。
なんたって斬れるはずがない。
あんな分厚い装甲を切るためのものではない。奇襲や不意打ちのためのものだ。
そもそもドゥーエは攻めには向いていない。攻めに向いているのなら今頃ヘブンズソードに向かっている。

だが策を考えている時間はないようだ。今にも木偶人形は突破されそうだ。
ドゥーエは生命の危機を感じていた。

「なにかないの? あの装甲車を一発で壊せるような奴」

「そうですね、この子などはどうですか」

フィアが目の前の魔法陣から出そうとしているそれを見た瞬間、ドゥーエの全身に悪寒が走った。
それは危険すぎる。

「そんな危険なものしかないのって、ああもう来る!!」

木偶人形はつき破られた。ドゥーエは爪を振い引き裂こうとしたが、分厚い装甲を切り裂くほどの力はない。

「こうなったら車輪を壊すまでよ」

衝撃波を車輪めがけて放ち、鋭い爪で立て続けに引き裂いた。
タイヤの一つは壊れたようだが、その程度では止まらないように設計してあるのかガタガタと震えながらも突っ込んできた。万事休すかとドゥーエが身を案じた時。

「鋼の軛!!」

彼女らの後方から声が聞こえたと思うと、同時にA4が鋭く太い鋼に突き刺さされていた。

「これ以上好きにはさせん。助太刀する」

復活した守護騎士が一人、颯爽と現れた。地上本部最終防衛ライン到達まであと10m。水際の攻防戦が始まった。







ヘブンズソード


ゼストと激戦を繰り広げる竜騎士は参戦した、首都守備隊の規模を見た。

「これだけの規模を移動できるものか。移動魔法というよりも召喚魔法か?」

「よそ見をしている暇があるのか?」

空気を裂くようなゼストの豪槍が弾丸のごとく突く。しかし分厚い鉄柱かと思うような竜騎士の双刃は真正面からそれを防ぎ、右手に持つバスタードソードを振るった。
剣が切ったのは虚空だったが、竜騎士は気にすることもなく双剣を回天させるように振るって二連撃の衝撃波を放つ。

「甘い!!」

防がれたと同時に甲板を滑るかのように、高速で後方へ回避したゼストは二連の衝撃波を槍の一振りで消し去った。
両者の実力は均衡している。それは一瞬のミスがそのまま敗北につながるということだ。
移動のミス、攻撃のミス、防御のミス、回避のミス、たとえどれだけ小さなものでもそれだけで命取りになる。
犯罪者を確保する局員の戦闘行為ではなく、お互いの命を掛けた命の奪い合い。
力と力、技と技がぶつかり合う「戦い」ではなく、互いにただ必殺を狙い合う「殺し合い」。
その空気は現在のものではなかった。

「流石は地上最強と呼ばれただけはある。だが、今の貴様はティーダには遠く及ばない」

竜騎士は動いた。大地を駆けるとも空を翔けるとも違う、鋭い動きだった。

「だからどうした、貴様を倒すことに関してそんなことは関係ない」

全く同時にゼストも動いた。同じような鋭さを持った動きだ。

速さで言えば速すぎる。動きだけでも切り裂かれるかと思うような鋭さを持った速さだった。無駄の無い研ぎ澄まされた動きとも違い、その速さは鋭さともに勢いすら感じられた。
魔力での移動は跳ぶように走る。地面を蹴り続けて遅くなるよりも、空を飛び続けて魔力を消費するよりも燃費はいい。
物理的な抵抗などは魔力で消し去り、鍛え上げられた肉体と魔力で鋭い速さを生み出す。一昔前の、暗黒街だったころのクラナガンで生み出された戦い方だ。

目にも留まらぬ速さで戦場を駆け巡り、鋭い速さで斬り合いを続ける。甲板上で幾度となくデバイスとデバイスがぶつかり合う音が響き渡り、その鋭く激しい戦を辺りに伝えていた。
攻防を繰り広げる中、竜騎士はゼストの動きが一瞬止まったように感じた。

「その手に乗ると思うな!!」

止まったはずのゼストの猛スピードの突撃を竜騎士は防御した。だが山吹色の閃光を纏った一撃は鋭いだけでなく重く、双剣で防御した竜騎士を容易く吹き飛ばした。
飛ばされるも空中で一回転しながら受身をとり、腰を深く沈める姿勢をとった。

「む、上か」

ゼストは追撃しようとしたが、その場で立ち止まり上へ向けて槍を振るった。上からは雷撃のような竜騎士の斬撃が叩き込まれた。

「上手いな。静動術を受身の中で使えるのか」

静動術。高速戦闘のなかで急激に速度を落として、速さが0の状態になると同時に超加速することで相手に錯覚を与える。先読みが必須とされる高速戦闘で敵の先読みを逆手にとり、強制的に作らせた隙をつく高等戦術。
相手が高速戦闘を仕掛けてこない限り用途がなく、さらに防御面を捨てていることから次第に廃れたミッド発祥のベルカ式戦術だが、ゼストのようなその時代を生きた使い手によって一部に伝えられていた。

「あの時代でも、それほどの戦術を使えるやつは滅多にいなかった」

剣を弾き、柄の方で竜騎士を叩こうとゼストは槍を振るった。

「幾ら争いが耐えない時代だったと言っても、過去の知識が何時までも有効だと思うのか」

柄を躱した竜騎士は右手のバスタードソードで突き出した。槍を回転させながら、ゼストも身を逸らしながら切り裂こうとした。








二人の戦いに手を出せるものは誰もいなかった。ネシアによって長距離ワープで駆けつけたエリオたちもあの次元の戦いには入れなかった。
おそらく下手に近づけば巻き添えを食らうだけだろう。誰一人ゼストの助けになるとは思わなかった。

「とりあえず、目の前にいるウザイ連中から始末しましょうか」

修の爆発攻撃のあとにそう言ったエリオは有言実行、鋭い速さで次々と量産型戦闘機人E型を切り刻んでいった。全ての意識がリンクしているE型だが、反応できない速さでの動きには対応できず黙って切り裂かれるだけだった。

「正直、ついていけねぇな。おい、修。一発ガス抜きしたんだから冷静になれよ」

「安心しやがれルサカ。俺はいつでもクール、COOL、KOOL!! ハハハックール三段活用程度ができる俺は冷静ェッ!! さあ、さっさとヴィヴィオを泣かした屑共切り裂こうぜ」

性格は自称する人ほど信じられないという実物例のような修の様子に、ルイスとルサカは頭を抱えてアイリスとシェーラは怯えていた。
普段、冷静とは違うが何事にも無関心な彼が執着して暴走している姿はそれだけで信じられない物でもあった。

「先程の爆発で周辺の数は減らせたようですから、私たちは前へ進みましょう。ビーシュ隊長達が相手している機人はモンディアル隊長に任せればいいでしょう」

「正直、俺もそんなところだな」

そう言ってルサカは視線を扉へと向けた。距離はあるが機人の背後にある門。あそこから侵入が出来ると確信したルサカは修の意識を向かせた。

「おい、クールじゃなくてクレイジーの修。正直、あそこの門から助けに行け」

るらしい。と彼は続けたかった。

「シャッハー!! 切って、斬って、切手!! 皆殺しの時間だァァァ」

「切手ってなんなのですか? そもそもあの状態の嵐山小隊長を自由にして良いのですか?」

アイリスの冷静なツッコミが二人に入った。
それを二人は目を逸らすことで受け流す。

「目をそらしたらだめだよ、ふたりとも。ほんとうにだいじょうぶなの?」

「正直シャッハーまで言い出したから無理だ。暴走しているだけだ」

シャッハーは駄目だろ、とルサカは呟いた。止めることを諦めたようにうつむいていた。

「それでは先鋒は彼に任せて行きますよ」

暴走しきっている修に対して慣れてしまっているルイスは普段どおりに対応していた。右手に持ったデバイスから魔法を繰り出した。
魔力による衝撃波を修の周辺へ放った。

「ジャンビ一等陸士、いつまでもうつむいていないで頑張ってください」

「まあ、そうだよな、ごめん。正直、こんな展開は予想していたからな」

ルサカの両手に嵌めた鋭く鋭利な爪形デバイスに炎が灯った。
猛々しく燃え上がる炎を手に、修が対峙している戦闘機人へ向けて放とうとした。

「炎熱系の魔力変換資質なのですか?」

「ええ、資質としては魔力が自動に変換される重度ですよ」

アリシアの質問に答えながらルイスは魔法を発動させた。

「より激しく燃えよ。烈火の炎」

ブーステッド・エクスペンション。
インクリースタイプの魔法を掛けられたルサカは飛び上がる。

「猛火拡大、まとめて潰れてろ。火炎判子」

両手から甲板へ叩きつけられた炎の鉄槌は予想以上のサイズだ。
一撃のもとに燃えるはずのない甲板を焼け野原へと変貌させる。

「シャッハー!! 熱い、暑い、厚井!!」

暴走して一人突っ込んでいた修はこの炎で目覚めるようなこともなく、灼熱地獄から逃れるように前進した。

「あれ、あの嵐山さんまきこまれてますよ。いいんですか」

「シェーラ、落ち着くのです。あの人、熱い熱い言いながら平気顔をしているのです」

シェーラはこの中で唯一修の身を案じていた。だが他の面々は異常としか捉えようのない嵐山の耐久性に慣れたのか、気にする様子がなかった。








「あれで、大丈夫なのか」

「ああ、あれは馬鹿だから無傷だ」

戦闘機人を切り捨てていったエリオがチンク達と合流した。
エリオは横目に修の様子について口にしたが、チンクは斬って捨てた。同じ部隊のチンクはもう慣れきったことらしい。

「あいつの剣術は馬鹿なまでに攻撃性を高めた反面、防御を馬鹿なくらい捨てている。その分BJの防御力は普通よりも高めにしてある。魔力だけは無尽蔵にある馬鹿だからな」

(そういえば、フェイトさんと戦った時も耐久力だけはすごかったな)

決してルサカの火力が低いわけではない。雑な作りの量産型戦闘機人はその炎で焼き尽くされていた。その中を突き進めるのは修がBJに込めている魔力が常人の数倍だからだろう。

「それにこいつらの能力は修と相性が悪いからな」

「相性? まあこれらは動きの統率力が高いから素早い攻撃に対応ができそうにないですが」

「違うな。こいつらは思考を統一している。一対多数に無理矢理持っていっている」

高速戦闘で戦闘機人が理解するよりも早く潰してきたエリオは気付かなかったが、チンクの言うようにこの戦闘機人E型は思考を統一化していた。
エリオが修の方を見れば、修は次々と戦闘機人を切り倒していった。その様は我武者羅という言葉あう。
一体を切ると同時に次を切る。攻撃態勢が自然体という四元流は一対一よりも一対多数でその真価を見せる。

「なるほど。俺の場合は攻撃と攻撃の合間の隙を減らすとかを考えているんですが、嵐山陸曹の場合どんな状態、攻撃した直後でも常に攻撃を繰り出すことができるんですね」

「そういうことだ。さてと、こっちにも来ようだな」

チンクは両手にナイフを数本忍ばせた。目前には徒党を組んで迫ってくる十数体の戦闘機人達。
爆殺してやろうと、ナイフをなげつけようとしたが中央の一体が突然、真っ二つに切り裂かれた。チンクはまだ動いていない。

エリオだった。
戦闘機人の姿を視認すると同時に飛び出し、その場の誰も反応できない速さ真っ二つにした。
周辺の戦闘機人が反応できたのはエリオが既に数m離れたあとだった。

「どっちを向いているんだ」

戦闘機人達の意識がエリオへ向かうと同時にチンクはナイフを投げつけた。
意識を一つにすることにより一対多数では有利になるが、その思考の共有の弱点を突かれていた。
全体が一であることは連携という面では有利だが、他の面から見れば弱点でしかない。

「案ずるな、今、楽にしてやる。爆ぜろ」

ナイフを刺された痛みで苦しむよりも早く、爆発により破壊された。
爆発を次々と起こして行くチンクの背後でルーテシアは詠唱を始めた。

「我は乞う、貪欲な者、大地を喰らいし者。言の葉に応え、我が命を果たせ。召喚地雷王」

紫色の魔法陣が描かれ、ある無人世界とのリンクが行われた。一部のものにしか使えないスキルである召喚術。
蟲との契約を行うルーテシアが召喚したのは、地震を起こすほどの生体能力を保有する巨大甲虫地雷王。

「それじゃあルーテシア一発頼むぞ」

「うん。分かった。お願い、地雷王」

地雷王の生体電流が弾け、地震を発生させた。








「むむ、そろそろルーテシアのお嬢ちゃんがぶちかますようだなぁ」

「笑っている場合か、隊長よ? とりあえず、こいつをどうにかしないことには進めないぜ」

キルギスとハラレーの動きを遮っているのは触手だった。
触手といってもヌメヌメしたものではなく、固く鋭そうなものだ。
問題は触手が次々と枝分かれを続けることだ。

「ちぎってもちぎっても直ぐに再生するとは、なかなかに鬱陶しいものだな」

二人が視界に戦闘機人を捉えると同時に戦闘機人は両手から触手を繰り出した。
最初は数えられるほどしかなかった触手だが、二人に近づくまでに数を数百倍に増やしていた。
さらにそれらを処理している間に数千倍にまで増幅していた。

「くそ、爆ぜても爆ぜても爆ぜても。くそ、ウゼェ触手だ!!」

「力で勝負せんのか、このもやしっ子め!!」

根っからのパワータイプである二人は真っ向からその力で次々と触手を千切ったが、どれだけ触手を潰したところですぐさま再生されてしまっていた。

状況としては深い森林を力だけでねじ伏せているようなものだ。
それも生きているかと錯覚するほどの成長速度を持った森林を力だけで開拓している。
暴力は時として有効だが、叩いても無駄なものにはとことん無駄なことだ。

「無駄無駄。このDナンバー14ダゴンのISと君らのパワーは相性が悪い」

茨のような増殖する触手の向こうで、扉の防衛を任せられたダゴンは二人を嘲笑った。
だがそんな彼の元へ死神は舞い降りた。

「だったら俺とは相性がいいってことですか?」

止まることを知ら無い疾風のごとく、エリオが茨へと向かっていった。
彼の行方を阻む触手の森は、強力な開拓者であるエリオの槍の前には切り裂かれるのみだった。

「再生し続けたとしても関係ない」

冷たさも邪気も孕んでいるようでありながら、真っ直ぐな黒い直槍で触手を切り裂いていった。
森林は嵐を食い止める。しかし高速の斬撃の嵐は森林を切り裂いていった。

「それよりも速く切ればいい」

エリオのスピードは落ちることはなかった。
目にも留まらぬ速さで槍を振るい、ダゴンへ向けて進んでいった。
触手の再生が収まったわけでも、遅くなったわけでもない。さっきまでと変わりはない。
ただエリオの攻撃速度が触手の再生速度を上である。

「それだけで十分だ!!」

風よりも速く。そんな速さでエリオは触手の茨を駆け抜けていった。
御得意の触手攻撃も防御も全て無効化されていくのを、ダゴンは黙ってみていくしかなかった。

「不利不利。相性が悪いのか?」

自慢の増殖再生する触手が瞬く間に切り裂かれ、ダゴンの目の前にはエリオがいた。

「相性以前の問題ですよ」

ダゴンには自信があった。
作成された優秀な能力を持つ戦闘機人として。そしてDナンバーに選ばれた身として。
魔導師が10人や20人来ところで十分退ける自信があった。
自分のISに苦戦する魔導師を見て、己の能力が優秀であるという確信を先程得た。
だが紅い死神は突然現れて、突然死を宣告する。

「運が悪いですね。でも、Dナンバーには容赦はしない!!」

その自信がすぐに崩壊していく。
絶対の自信を寄せていた触手のISはあっさりと打ち破られてしまった。
認められない。下等と思う人間に敗北するなど認めることができなかった。

「運運。運など関係ない。貴様の存在など」

ダゴンは手から生やしている触手でエリオを背後から攻撃しようとした。
しかし触手は動かなかった。
それどころか腕そのものの感覚がない。

「なにか勘違いしていませんか?」

勝敗は既に、エリオが接近したときには決まっていた。
運が悪いと言われたときには既に、両腕ともに切り落とされていた。
ただあまりにも速すぎて気づけなかっただけだ。

「運が悪いのは俺とあったことじゃないですよ」

エリオは振り返ってダゴンの顔を見た。
首を斬り矛先の上に乗せたダゴンの頭を、わざわざエリオは振り返って見た。
さらし首となったダゴンにはまだ意識はある。それだけ素早く切ったのだ。
だからこそエリオは告げる。

「運が悪いのはあなたがD型だったことです。そうでなければ殺されなかったでしょうね」

意識が途絶える直前にダゴンが聞いた言葉は、己の存在全てを否定する残酷な言葉だった。
エリオにとって機人など、敵か味方か、そしてD型とE型かそれともそうでないか。
それだけでしかない。


矛先に綺麗に乗せたダゴンの頭を雷撃で破壊したエリオは、足と胴だけになったダゴンの体を蹴り飛ばした。
艦内への入り口にぶつかるとダゴンの体は爆発を起こした。

「やっぱり起爆装置付きか。嵐山陸曹……へぇ、まだ生きていたんだ」

エリオの仮面に隠された右目はキルギス達の背後に向けられた。

「ウオォォォォォォォォォ」

雄叫びをあげながら倒されたはずのアエーシュマが立ち上がった。
その巨躯は見た目通りの耐久力を持つようだ。
だがそれに恐れなど欠片も抱くことなく、エリオは敵意を向けた。
そして殺意を込めた。

「遅い!!」

しかしその巨体が拳を振るうよりも速く、弾丸のごとく駆けたエリオの槍が彼を襲った。
鋭い一撃は三ヶ月を描くように振るわれ、アエーシュマの体が引き裂かれた。

「図体だけはでかい分斬り易いよ。そのまま斬り殺されろ!!」

殺人に快楽に近いものをエリオは感じていない。
しかし機人を殺すことに関しては忌避感を一切抱かない。かつて行った機人大量虐殺により彼は麻痺してしまったのだろう。
攻撃どころか、反撃も防御の間すら与えることなくエリオは攻撃を繰り出した。
無駄に耐久だけはあるアエーシュマは何も出来ず一方的になぶられ続けるだけだった。

「それぐらいにせんか!! エリオ」

槍で引き裂いていたアエーシュマが突然飛んでいった。
キルギスの鉄拳によって殴り飛ばされていた。

「邪魔しないでください、ビーシュ隊長。あれはD型ですよ」

左目には狂気が影を見せている。その目は間違いなく殺人鬼の目になろうとしている。
それに気づいたキルギスはエリオの蛮行を止めることにした。

「違うってよ、エリオ隊長。あんたには仕事があるんじゃね」

仕事と、不真面目に見えるハラレーに言われたエリオは黙った。
作戦があった。目的があった。そしてそれはこいつを嬲り殺すことではない。

「お前さんならこやつには余裕に勝てるだろうが、時間が掛かるな。こんなところで無駄な体力は消費するな!!」

エリオの中ではいつの間にか目的が変わっていた。
今回の任務は機人の殲滅が目的ではない。
ヘブンズソードを不法占拠から取り戻す、もしくは停止させることが本来の目的だった。
機人への強い憎悪を持つ彼はその憎悪に踊らされかけていた。

「自分の役目を思い出したか!? ならば行け!! 騎士エリオ・モンディアル!!」

結局エリオはまだまだ若かった。
隊長の責を全うしようと努力しているが空回りする。
なにかに集中すると周りが見えなくなってくる。

(なんで冷静になろうとしているのに冷静になれないのかな)

「失礼、しました」

目は戻っている。いつもの彼の瞳に。
そのまま駆け出そうとしたが、扉の方はあの爆発でもまだ開いてない。
爆発で開けた予定だったがパワー不足だったようだ。

「とりあえず、開けるには」

エリオが火力をどう出そうか悩んでいると、キルギスが拳を握りしめた。

「そんなもの、これで十分じゃ!!」

力強く打ち出された拳の拳撃は壁に風穴をこじ開けた。
それを見たエリオは思った。

(さっきの機人もそのパワーで倒せたんじゃないのかな?)

エリオは気付いていない。
先程のはエリオに冷静さを再認識させることが目的で、機人達はそれに利用されたということを。








ヘブンズソード・司令室近く

ティアナは異質を感じる方へと歩みを進めていた。
その時だった。

「な、に」

全身を恐怖が襲った。
体が木っ端微塵に砕かれるような恐怖が彼女に襲いかかった。
反射的に足が竦み肩を抱きしめた。
その恐怖を浴びた瞬間は声にもならなかった。

闇の社会にも足を踏み入れたことはある。

魔導師との殺し合いをしたこともある。

銃弾の雨に晒されたこともある。

高町なのはとだって全力でぶつかり合ったこともある。

それらとは比べ物にならない恐怖をティアナは感じた。

「なん、なの」

その恐怖は今までの恐怖を全てあっさりと塗り替えるほどだった。
生きた居心地がしない、そんなものだった。
ティアナは今、生きているという実感がなかった。

「嫌、だ」

ティアナの性格は弱気か強気かといったら断然強気だ。
彼女は並の男ではかなわないほど勇猛であり、冷静である。
そんな戦乙女の口から出た言葉は恐怖だった。

「え、嫌、近づいている……」

俯いていた顔を上げると気配が近づいていることに気づいた。
恐怖で縛られた体に活を入れ、その場から立ち去ろうとした。

「ふざけるな!!」

足が別の生き物のように逃げようとしているのを、意志で止めた。
そんなことができたのは尊敬する子から受け継いだ、不屈の闘志があるからだろう。

「ブレイズ!!」

ダークネスファントムを砲撃用に変化させると、即座に狙撃を試みようとした。

「ファントムブレ」

だが魔力を込め狙撃するという敵意を対象に向けた時、ティアナは行動を即座にキャンセルした。
狙撃は獲物と一時的に繋がる。引き金を引く側と撃たれる側になったとき、引き金を引く者が撃たれる者の心に触れることはたまにある。一方的な攻撃を行おうとする狙撃手は獲物の姿だけでなく心までスコープに入れてしまっている。
それは一方通行の想い。一方的に殺意をぶつけるだけという狡くて卑怯な現実を否定したいからかもしれない。確実に自分が殺す者に対しての身勝手な偲ぶ配慮かもしれない。
安全地帯から一方的な攻撃ができる狙撃手が引き金を弾けなくなるのはそれが原因の時もある。

今回ティアナが引き金を引けなかったのもそれに近い。
ただ違うとすれば、理由が恐怖であるということだ。
狙撃手が狙撃される側に狙撃する前に殺されるという恐怖を抱いたからだ。

(殺された。今、私は殺された)

ティアナは標準を合わせて銃口を向けたとき、全身が砕かれるのを感じた。
狙撃するよりも早く、体が木っ端微塵に砕け散る。
そんなありえない恐怖がティアナを襲った。

だから今、ティアナは走っている。
少しでも、一歩でも敵から遠ざかるために。走っていた。

「少しは待とうとは思わないのか?」

背後から、真後ろから、背中から声が聞こえた。

「そんな、速すぎる!!」

ティアナは背後にも気を配っていた。
見えないものすら視える彼女の特異な感知領域には造作も無いことだった。
しかし極限の恐怖で麻痺した感知能力は反応が僅かに遅れてしまった。
それはほんの僅かな差であり、逃走時であろうとも遅れをとるというものでもない。

だがその僅かで追いつかれていた。

咄嗟に身を翻し、双銃ダークネスファントムを構えた。初めて背後の敵と対峙した感想は一言だった。

(勝ち目はない)

敵との力量差は大きすぎた。存在する次元の違いさえも感じた。

(いくらなんでも、ふざけてる。なのはさんが言っていたのはこれか)

絶望。
その単語で十分だ。どんな希望も存在せず、絶望となるしかないだろう。対峙している今、一度でも隙を見せれば肉体が破壊される前に心が砕ける。
あの大空のエースオブエースを諦めさせたのは事実のようだ。

「まだ名を名乗っていなかったな。我こそはDナンバー2アモン」

礼儀正しい。だがティアナには余裕の表れに思えた。だが、ティアナは立ち向かうことを選択した。

「首都守備隊六番隊ステルス02ティアナ・ランスター」

名を名乗ったのは覚悟の表れだ。ティアナは覚悟を決めた。
だがアモンはその名を聞くと反応を見せた。

「ランスター、そうか。あの女の娘かなにかか」

「あの女って……お母さんのこと?」

兄のことを聞くことは稀にあった。しかし母親のことを聞くことは一度もなかった。
それをなぜか戦闘機人から聞くことになったのはティアナには予想外でしかなかった。

「その目、夢幻眼か。これは愉快だ。あれに手土産ができた」

アモンがこぼした一言にティアナは見えない瞳を見開いた。

(こいつなんで知っているの!?)

外道の中の外道。非道の中の非道。邪道の中の邪道。
悪魔のスキルとされ、一度滅ぼされたスキル、夢幻眼。

ティアナがそれを持っていることを知っているものは首都守備隊でもほんの僅かだ。
それを局員でないはずのアモンが知っている。あり得ないことだとティアナは思った。

「幻想と現実の垣根を破壊する瞳。現実の光を否定し、幻想の闇を味方にする。使い手の思い通りに歪めるスキルだ。もっとも貴様はその領域には至っていないようだがな」

「あんた、何を言っているの?」

ティアナがコレを使ってやっていることは空間掌握と幻術の強化、そして感情の視認。主にこの三つだ。
それしか出来ないのが現状だ。
だというのにアモンは能力の真髄まで語った。このスキルについて正しい知識があるということだ。
しかし何故知っているのかという疑問が浮かんでいた。

「未来予知が今の限度か。一定空間を全て掌握することで次に起きる事象を予測する程度だろう」

「なにからなにまでお見通しってこと。いいわ、だったら卑怯な手段を使うだけだから」

ティアナがそう告げるとアモンがいた空間が捻れ始めた。
通路そのものが歪み始め、アモンの体も空間に引き込まれ捻れ始めた。
平衡感覚の崩壊程度ではなく、自身の存在すら認識できなくなるような崩壊だった。
空間を成立させる軸そのものが捻れているのだろう。

「空間干渉、空間破壊、空間切断。空間そのものに影響する魔法は幾つかあるが、そのスピード、魔力量で発生できるものは存在しない。そもそも小娘には到底できない芸当だ」

アモンは手を伸ばした。その手も認識としては酷く捻れているのだが、彼は平然と伸ばしている。
既に手がどのような形をしているかすら、認識できないのに彼は握りしめた。

「破ッ」

その掛け声とともに空間の捻れが解かれた。
ただシルエットを貼る通常の幻術とは違い、その空間全体の情報に幻想をいり混ぜる幻術だ。
それをアモンは手を握るだけの力と圧で、全て粉々に吹き飛ばした。

「幻術。それも一般的なものでなく、幻想を現実に混ぜるタイプのものか」

にやりと、鳥のような異形の顔を歪ませた。
通路は全体に亀裂が入っていた。幻術を破った時の余波のようだ。
あまりにも圧倒的すぎる存在に対してティアナは両膝を地に付けた。
受け継がれた不屈のエースの心も、師と同様屈服するよりもへし折られてしまった。

「そんな、一瞬で……嘘だ……」

空間そのものに駆けた幻術は一撃で破られた。このレベルの幻術はなのはですら破るのは容易ではないだろう。
しかしアモンにはあまり意味のない攻撃だった。
ティアナの術が悪いわけではない。
ただ単に、敵が強すぎた。
それだけの話しだ。

「さて、これで詰みだ」







ヘブンズソード内部・最上階

「シャッハー!! どいた、退いた、土板!!」

修は気でも触れたかように刀を振り回しながら走っている。その瞳は薬の多用で精神を病んだ人のものに似ている。
市街地で見かければ間違いなく通報されるだろう。
しかしここは戦艦。それも違法に占拠された戦艦の中。注意するものは誰も

「こらこら、嵐山君。名前からして荒れていると思うけれど荒れるちゃだめよ」

「ギンガ隊長の仰る通りです。そろそろ落ち着いたらどうですか?」

いないわけではなかった。
だが、二人の言葉など聞こえていないように彼は暴走特急のごとく走っている。

「いつもあんな感じ?」

「正直、イエス以外の言葉が浮かばない」

ルサカの諦めたようなつぶやきを聞いたエリオは頭を痛めた。
彼は指揮能力が高いわけでも、交渉能力が高いわけでもない。単なる戦闘能力に秀でた騎士で、だからこそ隊長だ。

(ティアナだったらどうするんだろう? それにこの空気はなんだろう)

やりきれない気持ちで胸が詰まり、重くなったエリオは溜まりすぎた空気を吐いた。
エリオは、隊長は隊長でも率いるためではなく、むしろ特攻隊長のようなものだ。
部隊が進むべき道をつくるのには適しているが、その部隊そのものを統率することについては欠けている。

(ヴィヴィオの救出は気になるけれど仕事じゃない。でも、ティアナが嵐山陸曹の性格を把握出来ていないとは思えないけど)

エリオとしてはティアナがこの状況を想像できなかったとは思えなかった。
部隊の作戦隊長を担うようになったティアナは所属する隊員全員のステータスを調べていた。性格やスキルや特性なども万遍なく把握している。
そして首都守備隊の中でも最大量の魔力を所有する修のような主戦力については余す所なく把握している。
だからこそエリオはこの状況には呆れと焦りを感じつつも、なんとかなると希望を持っていた。
そしてその希望は意外な形で姿を見せた。

「これ以上の暴走は目的達成に支障をきたすと考えられます」

「だよな。正直、気が進まないけど。やるか」

「ええ」

ルイスとルサカは頷くと暴走している修に接近した。
修を加えて三人での任務が多い二人は修の太刀筋の癖を覚えていた。
だからこそタイミングを見切ることができた。

「ああ、なんだ、何だ、難陀!?」

暴走した修は両隣に移った二人に対して声をかけた。
二人の表情は優しい笑顔だった。だからこそ修も気を許したのだろう。
そもそもこの笑顔で次の行動を取れるものは少ない。

「正直なところ、とりあえず」

「眠って目覚めてください」

ドカッ!!

「クトゥルー神話は新話で親和!!」

妙な音と不思議な奇声を発しながら修は倒れた。
同時に左右からの鉄拳制裁。暴走した人に会話は無駄だからこその暴力的救済措置だ。

「どうしていつもこの方は暴走されるのでしょう」

「正直、薬でも撃つべきかと思うのだがな」

投薬するというよりも、薬を撃ち込むといった風にルサカは言った。賛同を得ずに無理矢理という意味だろう。
突然の蛮行にその他一同は一応に呆気に取られていたが、エリオが最初に反応を示した。

「手際がいいですね」

「そうなのです。あんなに暴走していたのにとても上手に止められているのです」

それに続いてアイリスも二人の動きを讃えていた。
中はそれほど良くないと思われる二人だが、根本的な部分が似ている。それが顕著していた。
だがどの世界でも暴力行為というものは本来、褒められたものではない。仲間への攻撃などご法度だ。当然残りの二人は全く真逆の反応をした。

「エリオ隊長もアイリスちゃんもなにをいっているの? 嵐山さんはだいじょうぶなの?」

僅かに涙を目に浮かべた表情でシェーラは抗議した。なお、この時アイリスが可愛いと呟いたのは秘密だ。
エリオには聞き取れたようだが、これまた根本的に似ているからか納得していた。

「頭のネジが一、二本抜けちゃっているエリオ君は仕方ないとしても」

アタマを抱えたギンガにそんなことを言われたエリオは尋ねた。

「あのギンガ隊長の中では俺はどういう評価何ですか?」

「そうね、妹の親友を誑かして嵌めて虐めて嬲って辱めて屈服させて依存させて見捨てて狂わして追い詰めた最低鬼畜外道野郎だけど、どうしたのエリオ君?」

当然のことをなぜ聞くのだろうかというように、首を傾げてエリオに真顔で言い切ったギンガ。
否定しようにもどれも心当たりがあるため、否定することは出来なかった。常識的に考えればいくらギンガでもそんな部分まで走らないため、当てずっぽうなのだと気づくがこの時のエリオにそんな冷静な対応は無理だろう。
そこでエリオの頭にはせめての反論が浮かんだ。

「そのように取られることもあるけれど、故意に愛していることを外していませんか?!」

「はいはい。そうねティアナはエリオ君をアイシテイルわね」

切羽詰った様子でエリオはギンガに反論したが、あっさりと返された。
返されてしまったエリオは何も言い返すことができず、黙るしか他になかった。

「アイリスちゃんもそんなこと言ったら駄目でしょ。それにルサカとルイス、やりすぎよ」

エリオのことなどなかったかのように三人に注意して、吹っ飛んだ修を起こそうとギンガは足からローラーを出そうとした時、修はむくりと起き上がった。

「え?」

不意打ちで側頭部にあんな攻撃を受けたというのに、平然としている修を見てギンガは驚くしかなかった。
周りを見渡し他の連中に視線を向け、簡単に状況を把握したように頷いた。
しかしギンガは平然とした様子の修のことを把握出来ず呆然としていた。

「ああ、すいません、また、暴走、してました」

まるで授業中に寝ていた生徒のように、あっさりと立ち上がった。ダメージは殆どないようだ。
普段どおりの読点の多すぎる口調に戻っていることからいつもの状況なのだろうが、先程までの飢餓狂ったとしか思えない暴れっぷりを見たギンガにしてみれば異常でしかない。

(多重人格? でも、暴走したって自覚はあるようだから、どうなってるのよこの子。異常なのは魔力と肉体だけじゃなかったの)

普通とは全く異なっている。つまり常識では捉えられない異常。人間という枠からはみ出しているだけのギンガと比べても彼の異常っぷりは異常すぎる。

「おお、一気に通常形態に戻ったか。正直、気負いすぎだぜ」

「そうですね。高町ヴィヴィオを助けるのはあなた一人ではないのですから」

その異常すら通常とかした二人は悩むことも無視することもなく至って普通に話していた。

「いたくないですか? いたいのいたいのとんでいけ」

「そうか、ありがとうな、シェーラ」

通常と認識するための情報が揃っていないシェーラは、週の頭の殴られた部分を撫でていた。
シェーラのような精神年齢の子の扱いが得意な修はそれを微笑んで返していた。

「暴走して任務失敗じゃ話にならないのです。さあ、行きましょうなのです」

「そうだな、行こうか、ヴィヴィオを、助けに」

この場では異常だと認知している方が少ないようだ。
だからこそ、常識から外れた存在でありながら、常識的な思考を持っているギンガは一人ツッコミを入れた。この時このメンバーに自分が居なければ暴走するという忌避感を彼女は持った。

「ちょっと待ちなさい。嵐山くんは本当に大丈夫なの? そもそもどうして動けるの?」

修の頑丈さにどうしても納得が行かないギンガは首をかしげつつ尋ねた。
側頭部から同時に叩き込まれている。大の大人でもしばらく動けないのが普通だ。魔導師だからはこの場合は理由にならない。
だからこそ納得がいく他の面々の方がおかしい。それは一般的には正解だ。しかし世の中は民主主義。数が多い方が一般であり常識だ。

「そんなもの、俺が、俺で、俺なので、俺だから。理由は、それで十分、じゃないですか?」

「そうそう、修が修であり修なんだから、正直あんなのは大丈夫なんですよ」

「同感ですね。嵐山陸曹は嵐山陸曹で嵐山陸曹だからあれくらいなら大丈夫ですよ」

世間の常識的に正しいギンガがおかしいといったところで、この場の常識ではこれは普通と認識されている。そうである以上はギンガのほうが非常識だ。

「……えっと、それが答えなの?」

ギンガとしては全く理解できなかった。そもそも今のは回答として明らかに不適切だ。それは常識的には正しいが、この場においてはそうではない。
周囲の反応がそれを物語っている。

「やっぱりね。嵐山さんだからだもんね。だからだいじょうぶなんだよね」

「そうなのですよ。嵐山陸曹だからなのです」

シェーラとアイリスは今ので納得しているようだ。
その状況を見て唖然とすることしかできないギンガは旧知の仲でありエリオへと視線を向けた。

「暴走した、嵐山を止めるには痛烈な一発が一番ですよ」

淡々と、まるで先程の仕返しのようにエリオは口にした。
全員が嵐山修だから当然だという反応を示していたのは、彼らにも適度な常識はあるためだ。

「そうじゃなくて。あれ、エリオ君、私のことさっきから無視してない」

「さて、急ぎましょうか。どうでもいいことに時間を過けている場合じゃないですし」

「? おかしいな。私、間違いなくエリオ君に無視されているよね? まさか、さっきので怒っちゃった?」

「そうでもなきゃやってられませんから」

「!!」

前方でエリオとギンガが言い争い、ギンガがエリオにいろいろと言っている。
そんな状況で暴走状態から完全に目覚めた修は現状を尋ねた。先程まで暴走しまくっていた人と同一人物と思えなくても仕方ない。
だが本来の修は穏やかであり冷静な判断のできる人間だ。ただ暴走時の方があまりにも目立っているだけだ。
それに慣れている、慣れてしまっているルイスは平然と答えた。

「ヴィヴィオの位置は、判明したか?」

「まだです。私のサーチ魔法エリアサーチの最大範囲はワンフロアですから。戦艦の構造と状況から独房よりも大きな部屋で使われていないところだと思うのですが」

このメンバーでサーチ魔法を習得しているのはルイスだけだ。空戦魔導師でもあるルイスをこちらの部隊に入れたのは連携の高さと、なによりその技量の豊富さからだ。

「それにこの戦艦内はジャミングが酷くて、探査魔法も阻害されています」

「正直、この艦内に入ってからずっとノイズを全身で感じている」

艦内戦が想定されているヘブンズソードは、侵入者の通信や索敵妨害のため強力なジャミングを艦内全域に発生させている。念話を使おうとするものならノイズが頭中に響くだろう。
エリオはこのジャミングがまだあることが気になった。
ギンガも同様に気がかりだった。ジャミング破壊のために侵入したはずの人がひとりいるからだ。

「ジャミング破壊はティアナの仕事だけど、そもそも侵入できたかしら?」

「何言っているんですか?」

エリオはギンガの呟きを呆れ果てたように聞き返した。

「ティアナは大丈夫ですよ。もう、昔とは比べものにならないくらい強くなりましたから」

エリオは言い切った。そこには信頼と確信があった。
愛ゆえに言っているわけではないことはギンガもわかっていた。

(なんたってあのなのはさんを倒したんだから。それもそうか)

「だから、ティアナのことをしん……」

心配する必要なんてありませんよ。エリオはそう告げるつもりだった。
だが聞こえるはずのない音が耳に入った。
頭が聞こえた理由を理解するよりも早く体は動く。
首都守備隊最速の速さを持ってエリオは駆け出した。

「どうしたのエリオ君?」

「エリオ隊長」

ギンガと修はエリオが動いたことに気づいたが、居た場所には影すら残っていない。








音のように。
風という表現では鈍いとしか思えない速さだった。
先程のダゴンとの戦闘で見せた速さとは段違いの桁違いの速さ。
速いと感じられる速さではなく、感じることもできない速さ。
そんな人の領域から一歩はみ出した速さで駆ける槍騎士エリオ。

「その人に」

呟く言霊には呪詛が込められている。
それは殺意。敵を殺してでも目的を成そうとする鋭くも悍ましい刃の意志。

「手をだすなァァァ!!」

叫んだ言霊には信念が込められている。
それは想い。何をしてでも、誰が相手だろうと守り抜こうとする戦士の意志。
二つの意志は非常に似ている。
誰かを守ろうとすることはその時点で何かを排除している。
排除するためには殺意が必要だ。
殺してでも守り抜こうとする意志がないのなら、何も守れやしない。

耳が拾ったのは愛しい人の声。ただ一人守り抜こうと誓った大切な人の声。
エリオが動くには十分すぎる理由だった。
冷たい温度を失った左手でカートリッジを投入した。

「紫電一閃ッ!!!」

音の如く速さで駆け出したエリオは槍を振るう。
その一撃はなのはの鉄壁の守りすらぶち破る神速豪槍の一撃。
対人で使えば、叩き切る。その結果しか生まない技だ。
相手が人ならば。

「ほう、いい攻撃だな」

盾とされたのは片腕だった。
太く鋭利な爪を持つ剛腕だった。
その腕一本で、エリオの神速豪槍の一撃は防ぎ止められていた。

「奮ッ」

四本の分厚い爪がエリオの槍、アウトバーンの矛先を掴むとそのまま腕力のみでエリオを壁に叩きつける。
だが、エリオだって黙って叩きつけられるわけには行かない。

「させるかぁ!」

壁に叩きつけられる直前に足で壁を蹴り飛ばし、壁走りをしながら加速した。
急激な加速と槍捌きで爪による拘束を振り払い、後ろを取った。
守りたい人の下へと。

「大丈夫、ティアナ」

「ごめん、エリオ。しくじった」

壁に背を預け座り込むティアナはいつもに増して弱々しかった。
なのはとの死闘による魔力の消耗と体力の低下をエリオは考えたが、それでは説明がつかない。
何故だろうかと、エリオが疑問に思った時。

「いいスピードだ。少年、名を名乗れ」

ビクッ

改めて対峙したエリオは全身が砕かれるような恐怖を感じた。
そして直感した。
目の前の敵は絶対にであってはならない敵だということを。

(ティアナを追い詰めたのはこれか。この無茶苦茶な恐怖)

エリオとティアナは5年前の事件で唯一、D型戦闘機人から白星を取った。その戦闘機人の戦闘力は高いものだった。
退治したからこそ誰よりも理解している。実力で勝ったわけではない。ただ運が良かった。

しかしその時遭遇した強敵マモンと目の前の敵を比べると、その差は天と地だった。
戦車と戦艦を比較するような差がそこにはあった。
あの時は幸運で勝てた。
だが幸運がどれだけ降りかかったとしてもエリオはこの敵には勝てない。

そもそもこの敵と出会うという不運がエリオに降り注いでいる。

エリオは魔導師になってから出会った面々はフェイトを始めとして一流のものも多々居る。それは管理局としての上位に食い込む戦闘力を保有した者たちだ。
それらと比べてもこの敵は次元が違いすぎる。

(フェイトさんと高町空佐の二人をまとめて相手する方がまだましだよ)

このような状況で最も正しいのは逃げることだ。
無闇な特攻は恥ずべき行為だ。今のエリオの力量でこの敵と戦うのは幼児に難解な数学を問うようなものだ。
不可能である。たとえ辞書に不可能という文字がないとしても、その場で不可能という言葉を記入しなければならないほどだ。

「首都守備隊六番隊ステルス01エリオ・モンディアル」

「我はDナンバー2アモン。機人殺しの紅い死神だな?」

アモンはエリオの名前を聞き興味を持った。

「ええ。お陰さまでそんな仇名を頂きました」

「そうか」

エリオの返答を受けたアモンは低い声で返事をすると黙った。
沈黙の間ですらエリオは恐怖を受けていた。

(どうするべきかな。ティアナと一緒に逃げ切れるか?)

沈黙の間手段を考えていたエリオだが、どうしても策が浮かばなかった。スピードの高いエリオにとってティアナを抱えて逃走する程度、難易度の高い行為ではない。
しかしそれすら出来ないほど、絶対的すぎるのだ。


闘志をかき集めてアモンの前に立つ、エリオを一見したアモンは息をついた。

「まあいいだろう」

そんなエリオにアモンが告げた言葉は予期せぬものだった。

「退け。我の狙いはそこの小娘だ」

「……は」

アモンは一歩前進んだ。
恐怖そのものが動く、ロケットランチャーでもぶち込まれたような圧力を錯覚で感じた。現実にはなんの圧力もかかっていないのに、心は感じ取りそれを脳は再現させる。

だが今のエリオには通じていないようだ。

「退けと言っているだろう。邪魔をするのならまとめて処分するのだが」

「……どうして、ティアナが標的何ですか?」

「ふむ、何故と聞かれれば手土産だな。それの死体は利用価値がある」

ブチッ、エリオの中の恐怖心で麻痺していた殺意が爆発した。

銃弾のようにエリオはアモンに飛びかかり槍を振るった。

「ティアナを狙うんですか」

静かに、それでいて厳かにエリオは尋ねた。
その声は15歳の物だとは誰も思えない。それほど深く、重い呪詛の言霊だった。

「そうだが」

まともな魔導師ならば怯えて逃げ出しそうなエリオの問い掛けに平然とアモンが応えた瞬間、エリオは消えた。
さらなる超加速でアモンの背後に移動し、痛烈で強烈で熾烈で苛烈な一閃を浴びせた。
その一撃の衝撃がまだ残っている間に鋭く素早く力強く槍を突き立てた。

「だったら !! そんなことなんてどうやってもできないように、切って斬って裂いて割って叩いて飛ばして潰して刺して貫いて抉って蹴って踏んで殴って嬲って絞めて引き裂いて砕いて壊して感電させて焼いて苦しめて命乞いさせて殺してあげますよッ!!」

それは狂気すら孕んだ怒涛の連劇だった。
加速しながらの手すら見えなくなるほどの連続攻撃。
槍から迸る雷撃はさらなる攻撃を加える。アモンを倒すではなく殺すための攻撃だ。

「駄目!! エリオ、逃げて!!」

それを傍から観察しているティアナには実情がわかっていた。
恐怖心による麻痺で闘志が動かないティアナは、冷静に判断することができた。

「この程度か、少年」

エリオはただの一度もアモンに一太刀すら浴びせていないことを。

「グハッ」

その時エリオは何を受けたのかはわからなかった。
ただ見えない力によってダメージを受けた。
分かっているのはそれだけだった。

「咤ッ」

エリオは叩きつけられた。
艦内戦を想定されて強度の高いはずの床がエリオを中心に一区画砕けるほど強く。
叩きつけられたエリオは血に沈もうとしていた。
魔導師で騎士のエリオだから持ったもの、鍛えが足りなければ床の染みになっていただろう。

そしてアモンは無傷だった。
エリオの怒涛連撃はアモンに傷ひとつ浴びせることは出来なかった。

「所詮、この程度か。期待するだけ無駄か」

そう言ってエリオに見切をつけたアモンはティアナに向かった。
アモンにとってエリオなど煩わしい蠅程度でしかない。差があまりにも大きすぎた。

「エリオ、エリオ……ねぇ、嘘でしょ」

「嘘ではない。あの少年などでは我には届かなかった」

アモンはティアナへとその剛力無双の手を向けようとした。

それと同時に背後で潰された騎士が立ち上がった。

「させるかァ!! この鳥野郎!!」

雷撃がアモンに落ちた。
電撃を纏ったアウトバーンをエリオはアモンの頭上から叩きつけた。

「まだだ!! 喰らえ、怪物!!」

左手の義手の鉄爪に激しい電撃を纏わせて、その鉄爪で引き裂いた。
さらに降りながら顔面と腹部へと鋭い蹴りを加え、再び豪槍の一撃を加え吹き飛ばした。

「集え、雷撃!! ドナースピーア」

左手に集まった電撃が槍の形を成すと、エリオはそれを投げ槍として投げつけた。
雷撃如き雷槍はアモンに着弾し電撃がアモンを駆け巡った。電撃による短時間拘束だ。
エリオは足りない火力のために次の段階を踏んだ。

「フォルムドライ!!」

矛先が広がり、槍そのものが帯電し始めた。
さらにエリオはカートリッジを2つ投入した。
溢れ出すほどの膨大な電撃はエリオ自体からも電撃を発生している。雷撃を纏ったそれは、雷の化身とも取れる姿だ。

「喰らえ、雷電激突」

持ち前の超高速で飛び出し、電撃の拘束の中に居るアモンに雷槍を突き刺した。
目を開けていられなくなるほどの稲光と轟音が辺りに響いた。
そのままエリオは突き抜こうとしたが、反射的に後ろに下がった。

「ほう、避けたか」

エリオがいた場所が突然粉砕した。
アモンの不可思議な攻撃も気になるが、エリオにはそれ以上に解せないことがあった。

(あれだけ喰らって、ほとんどダメージが無いなんて)

それは異常というよりもありえなかった。
先程の連撃を喰らって立っていられる生物など存在しない。
雷を数発その身に食らったようなものだ。

「興味が湧いたぞ、死神。我は貴様と戦おう」

絶望的だというのに、エリオは諦めという言葉が浮かばなかった。
諦めることが出来ないのもある。
だが、それ以上にエリオの中の闘志が戦うことを渇望していた。

「効かなくてもいいですよ。貴方が倒れるまで、息絶えるまで攻撃し続けるだけですから」

不利な状況は全く変わらない。
それでもエリオの左の瞳には希望が生き残っていた。

あまりにも絶対的で凶悪な存在との死闘が始まった。











あとがき
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[8479] 第十六話 化物
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:f393325e
Date: 2010/03/31 02:01
一つの戦いの終焉。それは祭りの終りに似ている。
祭りの終りは心の弾みが終わるとき。
戦いの終りは魂の動きが終わるとき。
一つの夢が終わった時が祭りの終りでもある。
一つの命が終わった時が戦いの終りでもある。


辺りは炎に包まれている。しかし勢いをなくした炎は今にも消えそうだ。
聖王教会で行われた一つの命を賭けた火祭り。その終焉の時だ。
残り火が祭りの終りを告げている。夢はもう終りだ。
息絶え絶えの呼吸が戦いの終わりを告げる。命の終りはすぐそこだ。
暗闇の中の残り火は、己の足で立つ者と地に蹲る者を照らしていた。

「ここまでのようだな」

「く……そ……」

「アルベルト」

凛々しく立ち朱色の髪に炎の光を映すシグナムは、醜く地に蹲るアルベルトを打ち破った。
その構図は勝利者と敗者という関係性を明確に表したものだ。

「なぜ……なのねー。この力は……無敵なの……ねー」

エクステンスコアの力で膨大な魔力を手に入れ、炎の怪人へと姿を変化したアルベルトは分からなかった。
圧倒的な力を思うがまま振るった炎の怪人、今は炭の人と成っていた。

「そもそもお前が私と渡り合えたのは、その隠密性によるものだ」

シグナムは最初の猛攻でサーベルを一本無駄遣い・・・・しただけだった。
それ以降はいま右手に持つサーベルで渡り合っていた。

「魔力の多さが強弱に繋がるわけではない。もしもそうなら魔導師ランクなんてものは不必要だ」

そのサーベルも限界を迎えていた。ただそれはアルベルトの攻撃によるものではなく、むしろシグナムの卓越した剣技にサーベルが付いていけなかったからだ。

「しかし手加減が必要ない相手は久々だ。このサーベルも悪くはないものなのだがな」

「手加減? ハハハ、ハハハッ、ハーハハハハ。手加減してたのねー」

アルベルトは笑い始めた。
自虐の笑いだ。
彼はシグナムを追い込んだと思っていた。彼の取っておきである炎の籠を浴びせ、シグナムの負傷を確認したときは勝利を確信していた。

だがそれからはあまりにも一方的な展開だった。
最初は有効だったはずの炎の刃はシグナムを捉えることができなかった。
暗闇を真昼のように照らす猛火はシグナムの炎に払われていた。
剣技の応酬をしていたのに、ただシグナムに切り裂かれるだけだった。
アルベルトはありとあらゆる面でシグナムに敗北していた。

(手加減ならば納得が行くのねー、手加減ならばねー)

「答えろ。十字架とはなんだ?」

シグナムは紫色の魔力に包まれたサーベルをアルベルトに向けた。
それを見たアルベルトは死を覚悟した。
死ぬことに恐怖はない。ただ残念なだけだ。
捕虜になる危険性のあった二人をあっさりと殺めたアルベルトにあったのは無念だけだった。

(私も理想郷アルカディアを見ることはできないようですねー。あとは頼みますよねー、マゴラカ)

「やはり、答えないか」

シグナム自身もアルベルトの反応から答えないことは予想していたようだ。その様子を見てアルベルトは心の中でほくそ笑んだ。
諦めたように見えたシグナムは足を引き、思いっきりアルベルトを蹴り飛ばした。
そのまま仰向けにしたアルベルトの腹部を踏みつけた。

「グハッ……拷問のつもりねー。無駄なのねー」

「それぐらい分かっているさ。貴様らのことだ自爆手段ぐらい持っているのだろ」

管理局が剣十字教のことを把握できない理由の一つに、捕縛しても即座に自害されるというのがある。
それを知っているシグナムはアルベルトを拘束して裁判に掛けることなどを諦めていた。

「だがな少しだけ惜しいと思ってな」

「惜しい? バカなのねー。私があなた達に協力するはずがないのねー」

シグナムが惜しいなどという言葉を使ったため、アルベルトはシグナムをここぞと笑った。それが負け犬の遠吠えとわかりながら。
今の聖王教会の兵力の低下は危機的なものだ。だからこそ兵力が欲しいのだとアルベルトは考えた。

そんなアルベルトの負け惜しみを聞き流しながら、シグナムは左腕を固定している包帯を外していた。
彼女には珍しく疑問符が浮かんだような表情だった。元が美人なだけに綺麗だった。

「何を言っている? なぜ私がお前のような放火魔を惜しがる?」

「分からないのはこっちねー? 何を言っている……の……ねー」

シグナムの開放された左腕が目に入ったアルベルトは固まった。
シグナムをして異質と言わしめた彼が異常と感じるものだった。
多少の性質は人とは違うアルベルトにとって、それは普通ではあり得ないものだ。

「か、管理局員が、一体、な、なにをして、いる、ねー」

「だから惜しいと言っただろ」

その異常な左腕をアルベルトの心臓部に近づけた。
それだけでアルベルトの表情が苦痛と恐怖で歪む。自分の体を自分で焼くことさえ辞さないパイロマニアでさえ、恐怖をいだいていた。

「ひ、ひひゃ、ぎ、ぎぃ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

祭りの終わった静かな夜に断末魔が響いた。








聖王教会本部内部。

日中は人で賑あうここも時間帯が時間帯なだけにいつも通り静まっていた。
しかし暗闇に慣れれば普通ではなく非常事態だと分かる。
砕けた真っ白な壁に床。
床の染みとなった聖王教会の職員たち。

「ほう、アルベルトの声か?」

柳葉刀を右手に持ち、髪を三つ編みできつく縛っている男が非常の中で首を傾げた。
耳に入った叫び声の理由を考えていると、彼の背後の壁が砕けた。

「うおぉォォ」

「ほう! まだ戦えるか!!」

力強い雄叫びをあげながら壁砕き一人の女が男に殴りかかった。
昔よりも伸びた青い髪。女っぽくなった体つきなのに、男らしさすら兼ね備えていた。

スバル・ナカジマ。蒼い闘魂少女は今なお戦い続けていた。その体は男との激戦で無数の傷があったが、そんなもの気にならないようにスバルは戦っていた。
男は右手の1,5倍もの長さのある左手を蛇のように動かしスバルを突いた。

「そんなの、効かない!!」

常人ならば臓器が損傷しているような鋭い一撃をもろに受けたというのに、スバルは止まらなかった。止まるはずがない。
戦闘機人であり、優秀なフロントアタッカーでもある彼女の防御力は並じゃない。
右手のリボルバーナックルのスピナーが火花を散らしながら高速回転し、彼女の力と併せて破壊力抜群の一撃を放った。
六課の頃よりもさらに重く鋭くなった鉄拳は聖王教会の騎士たちも一撃で打ち倒す打撃だ。

「ほう、急所を狙ってたのだがな。それにいいパンチだ」

男に鉄拳は直撃していた。しかし威力は発揮されなかった。

「まだだ!!」

「ほう! その調子だ!」

男は右手の柳葉刀で逆袈裟から切り裂こうとしたがスバルの左手で押さえ込まれた。
その見た目と腕からは想像出来ない怪力は男の力をもってしてもはがしにくいものだ。

「ウィングロード!!」

スバルの声に反応したマッハキャリバーは男を抑えこむように青い道を作り出した。

「ほう、危ない」

作り出した彼女だけの道を独走し、男の真上を取った。
脳天を打ち砕くように振り下ろされた鉄拳を、男は天を衝くような上段蹴りで相殺した。

「ウィングロード!!」

攻撃の手を休める事なくスバルはさらにウィングロードを展開した。男から逃げ道を阻むように張り巡らす。
スバルはウィングロードを張り巡らすことにより360度全方向から支えを持った打撃を可能とした。
その精密さは昔よりも上昇していた。

「ほう、芸達者だな!!」

パワータイプでありながら攻撃方向を自在に変えられるスバルの猛攻は防御も回避もし辛い。
ポジションを確保したスバルはそのまま鉄拳を雨のごとく降り注いだ。一発一発が凄まじい重さを乗せた鉄拳を男は受けていた。

「ほう!! その程度」

「ぐはぁっ」

それだというのに男は平然としていた。
相性が悪すぎた。
逆に鉛のような鉄拳を脆に受けたスバルは体制を崩された。

「ほう、パワーはいい。だけど、私には通用しない」

スバルの猛攻をずらして受け続けていた男は素早い一撃でスバルを突き飛ばした。

「だったら、これで決める!!」

スバルの瞳は金色へと変わった。
両手に宿ったのは彼女のIS振動破砕の力。
過ぎた威力だった。人に向けるのにはあまりにも過ぎた威力だ。
それでも使わなければならないとスバルが考えたのには訳があった。
一つは敵が強いこと。スバルにとって相性の悪い敵であることは間違いないが力量はたしかにある。
事実、本部内部にいたディードを筆頭に夜警の騎士たちは全滅させられていた。

もう一つはこれ以上の長期戦は体がもたないという予見だ。
スバルの体は五年近く満足のいくメンテナスを受けていない。劣化が起きていた。
それはディードやセインも同等だが、どういうわけかスバルが一番酷かった。
まだ出力が僅かに低下している程度だが、これ以上この敵と戦い続けると破壊されるのは間違いないだろう。

(さっきからフレームばかりを重点的に攻撃してきて、もうガタガタだよ)

男の攻撃の真意が人体破壊だということにスバルは気づいていた。だからこそこの戦いは早めに終わらさなければならない。

「ウィングロード・アクセル!!」

スバルと男の間にウィングロードが発生した。
先程と同様にスバルはその上をローラーブレードで滑走した。
違いは速さ。先程までのスピードが車並みならば、今のは暴走した弾丸特急のようだ。
ウィングロードはその性質上どうしても動く道を見切られてしまう。その対策としてスバルはウィングロード自体に加速させる効果を付加させた。

しかし彼女の性質にあっていないためか、自由な滑走ができない使い勝手は悪いものだった。

(でも直線ラインなら問題ない!!)

「ほ、ほう」

先程とは段違いに高速移動をしてきたスバルに男は反応が遅れた。
スバルの両手のガントレットは破壊の力に包まれる。スピナーは高速で回転し火花を散らす。

「これで終りだぁ!!」

肉が砕かれる鈍い音が静かな世界に響いた。

「ほう、まさか私に打撃をあたえるとは」

男の柳葉刀を持った右手はスバルの腹部を砕いていた。
殴るのではなく砕いていた。ただの打撃ではなく、背骨を衝撃が貫通するような拳だ。
内部のフレームのダメージは大きい。口からは血が流れた。

「ぐ、まだ、だ。まだ、倒れない!!」

一方スバルの拳も男に当たっていた。
ダメージはあった。だがそれは男を倒すには物足りない。
スバルは男の足元を見た。整った床は粉々に砕け、男の両足は共に埋まっていた

「やっぱり、……振動転移。古代ベルカ式……」

スバルはダメージの少なさから、男がどのような手を使っているかをなんとなくだが気づいていた。
衝撃を流す。電流がアースに流されていくように、男の体は衝撃を流して地面に放出している。
稀有な肉体と特殊な魔力運搬によって可能となる、ベルカ殺しの一種だ。

「ほう、博識ですね。そのとおり、あなたの攻撃は全て流させてもらいましたよ」

「でも、流せれる……限界はあるんだ」

腹部に受けた一撃は重く、スバルは限界に達していた。血を吐きながらも男を睨んでいた。
スバルの読みは正しい。
男はダメージを受けている。流すには衝撃が大きすぎ、体にダメージとして残っている。
しかし男はそれを哂って返した。

「ほう、あればどうなんですかねぇ。今の技が貴方の最大の一撃のようですが、ご覧の通り流せましたよ。貴方一人には無理な話ですよ」

「だったら、二人ならどうかな」

何もない背後。それこそ砕けた瓦礫しかない背後から声が聞こえた。

「これでくだばれ!!」

男が驚き振り向くよりも速く、スバルは鉄拳を浴びせた。血を吐きながらも、尊敬する師のように屈することなく戦った。
二発目の振動拳。男はそれを足元に流した。
だが流しきるよりも速く、完ぺきな不意打ちが男を襲った。
瓦礫の中からまるで水の中から飛び出すかのように現れた者は手に持つトンファーで男を強打した。

「烈風一迅!!」

何も無いはずの背後からの強烈な奇襲を受けた男は吹っ飛ばされた。
細い通路へと吹っ飛ばされたようだが、まだ戦えるようだ。

「助かったよ、セイン」

「気にしないで。それより遅れてごめんね、スバル」

瓦礫から身を乗り出したのは薄い防護服を真っ白な襷で締め、トンファーに見える双剣型デバイスヴィンデルシャフトを持ったセインだった。

「スバルはまだ戦えますか?」

「大丈夫だよ。任せてよ」

笑顔でセインに応えたスバルだったが、セインが指で額を押すと倒れてしまった。
倒れたことにスバル自身驚いていた。無理矢理戦っていただけだ。

「嘘つきはだめですよ。もう限界じゃない」

「あはは、バレちゃった。でも、あいつ強いよ。セイン一人じゃ」

そういうスバルの口に人差し指を当て、セインは黙らせた。
優しくスバルを止めると、その優しさは影を潜め始めた。

「任せておいてください。スバルにとっては相性がわるいですが、私にとっては相性がいいですから」

闘志で満ちたセインの背中をスバルは黙って見送った。
セインの瞳は真っ直と男を睨んでいた。


「ほう、一人で私と戦うか」

男がいい終わるよりも速くセインは駆け出した。
スピードはスバルと比べると劣っている。男にはセインを窘める時間が残されていた。

「人の話は最後まで聞くものだろう」

男はセインをスバルにしたように長い左腕で牽制した。

「貴方の話なんて誰も聞きませんよ」

ヴィンデルシャフトで腕を弾くと、そのままセインは男と攻撃の応酬を始めた。
セインの攻撃はスバルと比べると力は劣るが、手数では優っている。
男は柳葉刀と左腕の攻撃に加え足技も加え始めたが、一発たりとも動態に直撃しなかった。

(やっぱりこの男は内蔵破壊に特化した剣十字の拳士マゴラカ。名が知られる奴って強いですね)

セインは男のことを噂としては知っていた。カリムやヴェロッサについて教会の様々な任務に付いてきたからだろう。
特定の部位を狙って叩き込む攻撃を得意としており、反面その狙いを逸らせばダメージを減らすことができる。セインの予想は当たっていた。

しかし防御できるだけの話だった。
攻撃を受けているのには変わりはなく。有利などではなく不利でなのは間違いない。マゴラカの攻撃の処理を一度でも間違えば、そのまま連撃を叩き込まれるだろう。
相手にはダメージをほとんど与えられない以上、防戦一方になるだけだ。

(こうなったらさっさと決めた方がいいですね)

そう決めると判断は速く、マゴラカの攻撃を弾いていたセインは突然、床に潜った。
床を砕くわけでもなく、まるで水の中に潜るような感じでセインの体は床に潜っていった。
先程の奇襲の時と同じだとマゴラカは感じていた。

「ほう! 稀有な能力だな」

セインの能力は戦闘機人の中でも特に稀有だ。

無機物潜行ディープダイバー

持っているのはセインだけであろう特殊な能力だ。
無機物の中ならば自由に動くことができる。

「ほう、さっきの奇襲はこれか。いいさ、飛び出たところがお前の最期だ」

先程の奇襲が成功したのはスバルの攻撃のおかげだ。
無機物をすり抜けるだけでは、五年前のように破られるだろう。
だが今は違う。

「それはないよ、おじさん」

マゴラカは背中に鈍痛と共にその声を聞いた。
振り返り攻撃をしようとしたときには脇腹に打撃を受けた。
そこからは一方的な攻撃だった。
上下左右のどこからでも音もなく動き回り、繰り返されるセインの高速の連撃を一方的に喰らっていた。

「疾風乱舞!! もっと行くよ」

無機物をすり抜けるだけでは確かに意味はないだろう。
だがこの五年でセインはシャッハの戦い方を習得していた。セインにとってシャッハは命の恩人であり、到達すべき目標だった。

未だにその高みにはたどり着かないが、その中で彼女だけの、無機物潜行ディープダイバーを加えたバトルスタイルを身につけた。
高速移動と無機物潜行ディープダイバーを合わせた反撃封じの連続攻撃。
欠点はこのような狭い道でしか使えないことだ。そのためディードやスバルと比べると弱いが、型にはまった時の強さは二人を凌駕する。

現にその二人を破ったマゴラカをセインは単身で嬲っていた。
マゴラカはどこから攻撃がくるか分からないためダメージを流すこともできず、防御することも回避することもできない状態に陥っていた。
高速移動後の隙を潜り込むことでなくしたことにより、一時的な無敵状態となっていた。

「ほう、確かにこれは強い。そうか貴様が聖王教会の姿なき番人か」

マゴラカはセインの猛撃を受けながらも、笑っていた。
姿なき番人。聖王教会本部の要人暗殺が失敗する理由の一つに、姿なき番人がいるというものがあった。
情報としての信頼性は低いものだったが、マゴラカはそれが真実だと理解した。

「嬉しいな。この私の真の力を使えるとは!!」

びっしりとボタンで止められた服を破いたかと思うと、腹の中心にデバイスのコアのようなものがあった。
それは禍々しく、そこにあるのがあり得ないものだった。

(なにあれ。あんなものが普通の人間にあるの)

「ほう、ほう、ほう! ご覧あれ!! 我の真の姿を」

膨大な魔力にマゴラカが包まれた。
柳色の魔力の中から出てきたのは、3m級の大蛇の左腕と柳葉刀と一体化した右腕を持った化物だった。
三つ編みの髪すら薄気味悪い蛇となり、元々長かった両足は膝がいかつく飛び出し跳ぶために曲がっている。

(なにあれ、あんなの人間のはずがない。私たちの方が人間だよ)

その不気味で異常な姿に怯えてしまったものの、なんとか戦意を保ったセインは再び必殺技を放った。
自分が最も信頼する技だからこそ持てる自身を頼りに。
だが、それはもう通用しなかった。

「ほう、そこか」

マゴラカの視線がセインの視線とぶつかった。
その視線に込められた禍々しさに気圧されたセインは方向転換し回避を試みた。
しかしもう遅かった。

「崩土大蛇鞭」

巨大な大蛇そのものの重く太い一閃。
膨大な魔力により強化された一撃は、容易くセインがいた壁もろとも本部の一部を粉砕した。

「ほう、ぶった切るだけだったが、無理か」

瓦礫の海と化した本部の一角に立ちながら、マゴラカは呟いた。
左腕の大蛇はその巨体にも関わらず俊敏に動き、無機物の中に隠れているセイン目がけて突撃した。

「烈風一迅!!」

咄嗟に烈風一迅で大蛇の突進を防御したが、セインは弾き飛ばされた。
その瞳はまだ諦めていない。ヴィンデルシャフトを握り締め立ち上がった。

「ほう、まだ動けるか!! ならば、受けてみよ」

左腕の大蛇は蜷局を巻いた。

「崩撃大蛇撃破砲」

その攻撃は強大である。
シグナムとの模擬戦や護衛などを勤めてきたセインが初めて直面する、即死の恐怖だった。

「だったら、こっちだって全力でぶつかるだけだよ」

カートリッジを投入し、セインは切り札を切った。

「暴風瞬迅」

さらに速く、鋭く、重く、強く。
未完成ながらもセインの持ち技の中では間違いなく最大の破壊力を持っている。

(あとはタイミングだけ。やれるかな)

動かない的にしか当てたことはなかった。
実戦投入は初めてだった。しかしセインは成功させるつもりでいた。

(ここで私が負けたら、あの人に助けられた意味を失う)

誰かの命を犠牲にして生きながらえた自分の生きる意味を見つけ出すために、セインは戦意を込めた。
ただ一つ彼女に予測を外したことは速さだけだ。

「え、速すぎ」

彼女の反応速度を遥かに超えた攻撃だった。
ただそれだけのシンプルな理由は、真正面から彼女の想いをねじ伏せた。

(私はどうして生きているんだろう?)

そんな簡単な理由すらわからなくなる、力による暴力だった。
セインをぶっ飛ばしたマゴラカは右腕と一体化した柳葉刀を背後へと振るった。

「ほう!!」

生み出された衝撃波は本部を切り裂き、背後から迫り来るスバルを襲った。

「そんなっ」

「背後から攻撃すればいいとでも思ったか。私は温度だけで分かるのだよ」

スバルは立ち上がろうとしたが、力が入らなかった。そもそも限界を越して動いていたのだ。
あれだけの攻撃を受けて立ち上がる力などそもそも残っていない。

「ほう、ここまでか。おや、この温度は……アルベルトを倒した奴か!!」

マゴラカは周辺で唯一の高温目がけて移動した。








聖王教会の玄関口にシグナムは居た。
化物じみた容姿をしているマゴラカを見てもシグナムは特に驚く様子はなかった。
既に一度アルベルトで見たため慣れたのだろう。

「ほう、これはずば抜けて強い」

逆に驚いたのはマゴラカの方だ。
アルベルトと比べ正面からの戦闘を好むマゴラカは敵の力量を立ち振る舞いからも察せられる。

「ほう、十字架クラスの出動は間違いない。それほどの力量を持ちながら、なぜ聖王教会に組する」

「主との約束だ」

シグナムの瞳は凛としていた。そんな目ができるのは後ろめたいことも何もない、強い精神を持つものだけだ。
聖邪で言えば間違いなく聖だろう。あまりにも清すぎて悪を殺すことに躊躇いもない聖職者よりも凛とした目だ。

「さて、こちらの質問にも答えてもらおう。十字架とはなんだ」

「ほう、これは一本取られたな。まあ、良いだろう。死への餞として教えてやろう」

マゴラカは既にシグナムに勝ったつもりでいた。
彼女は凛として立っているが、服は焼けており痛々しい傷もある。アルベルトによって負傷したものだ。どれだけ強くともアルベルトに負傷する程度だと認識していた。

「十字架とは我ら剣十字教の最高位である方々のことだ。その戦力は底にいる放火魔などとは次元が違う」

「そうか。トップか、それさえ聞けば満足だ。もっともそれ以上語る気はないのだろう」

シグナムは「主との約束だ」と答えた。それに対する答えとしては十分すぎる。
分かったことは剣十字教には戦力的なトップがいること。そしてそれはアルベルトなどとは次元が違う強さを持つこと。つまり今のシグナムでは太刀打ち出来ないということだ。
それだけわかれば十分だった。

「ほう、物分りの良い。そして、それが最期の言葉だ」

セインを破った大蛇の突撃がシグナムへと迫った。
暴走トラックの如く突っ込んでくるそれをシグナムは躱し、頭を切り落とした。
そのまま大蛇の身体の上を走りながら大蛇を引き裂き、最期に左肩から切り落とした。
背後に回ったシグナムはマゴラカの柳葉刀とサーベル斬り結び、巧みに柳葉刀を退けマゴラカを切り裂いた。
負傷したマゴラカはシグナムから距離を取った。
実力が違いすぎる。マゴラカは実感した。

「すまないな。手加減する気が起きないんだ。許せ」

最後の言葉には悲しい笑顔が混じっていた。そしてシグナムは左腕の包帯を解いた。

「私にとってお前はただの実験体だ。若しくは獲物、だろうな」

紫色の炎が二人を包み込んだ。

「騎士として先に詫びておこう。これはベルカの騎士同士の闘いではないな。ただの虐めだ」

虐め。シグナムはこれからの戦闘をそう断言した。
あまりにも歴然とした実力差。そこに対等な勝負などあり得ない。
マゴラカはセインが己に抱いていたものと同様の感想を抱いた。
シグナムの姿は美人だろう。だが、その内に潜むものの姿がなんなのか分かったマゴラカの言葉は一つしかない。







ヘブンズソード・甲板

「この化物め!!」

チンクは声の限り叫んだ。
憎悪の念の籠もった声だ。

「化物か。全くそれ以外言葉にならねぇよ」

「諦めるのはまだ早いぞ、ハラレー。こやつは所詮門番といったところじゃろ」

自棄になりかけているハラレーをキルギスは渋く諭した。
そのキルギスの表情も硬い。

「火急に排除せねばならないものが増えた。それだけだ」

黄金色の炎と雷を手にコウライは敵を睨んでいた。

「行くよ、ガリュー」

珍しくルーテシアまでも戦意に満ちた声でガリューに声をかけた。かつてD型と戦った時のように。

彼らは今Dナンバーと直面していた。




数分前のこと。

ヘブンズソードの甲板。
E型戦闘機人を片付けた首都守備隊の面々は竜騎士の相手はゼストに任せ、彼らも内部へと侵入しようとしていた。

そんな時だった。
異形の怪物が姿を表したのは。
分厚い強化板で覆われたヘブンズソードの壁を突き破り、その化物は姿を見せた。
真っ黒な毛で覆われた肉体。蛇のような尻尾と蝙蝠の翼。
なにより羊のような顔は草食動物だというのに、肉食動物よりも獰猛に感じられる。

突然現れた異形は、そのまま何の前触れもなく巨大な斧を振るった。
純粋な破壊。巨大な戦斧を甲板に叩きつけ、破壊を見せつけた。

だがその程度のレベルで怯む連中ではない。
先制したガリューの一撃に続いて、ハラレーが鉄球で顔面を潰して爆破した。
さらにコウライが黄金色の火炎に焼かれ、怯んだところをキルギスが力づくで投げ飛ばした。
最後にチンクのナイフの雨が襲い、ランブルデトネーターが発動し打ち破った。肉片が辺りに四散した。

常識的に考えればこれで倒せたはずだった。

しかし彼らが先を急ごうとした時、目の前に立ち憚ったのは化物だった。
そしてその巨体を駆使し、大規模攻撃を繰り広げた。



それから数分間、一向に死なない敵に対して彼らはゴールの見えない戦闘を続けていた。

「どうなってんだよ。こいつ、不死身か!!」

ハラレーはモーニングスターで化物をぶん殴った。鉄球が接した面から肉を粉砕するような爆発が起きた。
手応えは確かにあった。肉も散った。
しかし一瞬の内に再生した。

「それには同意する」

攻撃直後のハラレーをぶった切ろうと上げられた腕をコウライが蹴り飛ばした。

「空雷波」

さらに黄金色の雷撃がコウライの腕から放たれ、化物の全身を駆け巡った。
常人ならば感電死するほどの電撃をコウライは放ったが、化物は一瞬だけ硬直する程度だった。

「それで十分だ!! 破壊が無駄ならば、殴り倒すまでだ!!」

唸り声と共に、重そうに見える鎧からは想像も突かない機敏さで化物に近づいたキルギスは拳の嵐を打ち込んだ。
鍛え上げられた肉体と魔力が合わさり可能となる、全身を鎧で包まれている人間からは想像できない怒涛の連打。
一発がジャブ程度ならばまだしも、その一発は戦車の砲撃に匹敵する。

「セイヤァ!!」

ナックルストーム。

そうとしか言いようのない嵐の連撃は猛々しい掛け声のフィニッシュブローと共に終わった。
言葉通り殴り倒された化物の体は各所が壊されていた。どんな名医を連れてきても二度と使いものにならないと判断するだろう。

しかしそれでも無駄だった。

「なぬっ!! これでも無駄か」

瞬時に再生し、起き上がりキルギスに襲いかかった。

「掛かって来い!! 化物よ!! このキルギス、正面から受け止めてみせようぞ!!」

部隊最大の体躯を誇るキルギスよりも、さらに大きい化物。
さらには無限とも思えるほどの再生能力まで所持している。
剛力と防御力を持って戦うキルギスにとってはこの上なく、相性の悪い敵だがキルギスは一歩も引かなかった。
それは蛮勇ではなく勇気。いかなる場所でも救いを求める声があれば進み続けてきたキルギスが持つ、最大の武器だった。

「エルドラ!! ブレイクモード!!」

両手の鎧が追加され、鎧の隙間からブースターが現れた。
加速と超重量、その二つが合わさった無慈悲な破壊力が振るわれた。
その真髄はヘブンズソードの分厚い装甲が相手でも、打ち砕くような突破力だ。

「一撃で死なぬことぐらい分かっとる!! さあ、始めるぞ!! 真っ向勝負を!!」

それは単純でいて激しい殴り合いだった。
殴っても殴っても無限に再生し続ける化物とキルギスは真っ向からぶつかり合っている。


「Dナンバー11。バファメトか。所有するISは無限高速再生と言ったところか」

「ISは分かったが、どうする? 格闘能力ならばギンガ隊長に匹敵するキルギス隊長の腕力でも通用しないようだが」

キルギスが真っ向から化物、バファメトを止めている間チンクとコウライは策を練り続けていた。
しかし不死身としか思えない敵を倒すことなどできるはずがない。

「そもそも、あれだけの再生力。どこからエネルギーを持ってきている」

「エネルギーが無尽蔵などということはありえねぇだろ。 それともなにか、あいつらには常識は通じねぇのか」

ハラレーがあきらめ半分に言った言葉にチンクは頷いた。
無茶苦茶な戦闘で落ち込む空気を取り払おうと冗談交じりに口にしたが、肯定されるとはハラレーは思っていなかった。

「そうだろうな。常識的に考えたところで奴の弱点が分かるはずがないか」

肯定されるとは思っていなかったハラレーは驚いた。チンクに突っ込もうとしたがそれよりも早くチンクは言った。

「再生方法を見つける。そのためにまず欠片すら残さずに消し飛ばしてやる」

チンクが言った作戦は管理局員としてはやり過ぎのレベルだった。そんな作戦が浮かんだのは、彼女がまっとうな隊員でない証拠だった。




キルギスとバファメトの戦闘は終りを見せなかった。
しかし無限に回復し続けるバファメトの方は疲労がないのに対し、キルギスは疲労感を感じていた。

(なぜだ、このペースの消耗は? こやつの能力は吸収能力か?)

予想以上の消耗に疲労したキルギスの手が止んだ瞬間、バファメトは大斧を振り下ろした。
大斧の攻撃をキルギスは防御したとき、バファメトの体を分厚い鎖が縛り付けた。

「隊長!! ぶっ飛ばしてくれ」

ハラレーの一声でキルギスは即座に求められている行動を理解した。

「任せておけ!! ブロウクン・ナックル!!」

大きく右腕を引けば、内部からあふれる褐色の魔力が鎧から溢れ出し巨大化した右腕。
肘からのブースターから加速を得て、その右腕は破壊の神腕となる。

「とおぉォォぉりゃァァァ」

叫び声と共に叩き込まれた一撃は己以上の巨体のバファメトを簡単に吹き飛ばした。
バファメトを縛り付けた鎖はその衝撃を受け、千切れそうになったとき炸裂した。
この鎖もハラレーの魔法である、衝撃を爆発に置換させる効果を持っていた。
キルギスの巨腕の一撃と、鎖の爆発という連撃を受けたところへ間をおかずにルーテシアが叫んだ。

「地雷王!!」

一体しか召喚されていない地雷王。
しかしそれでもバファメトに浴びせるには十分すぎるほどの局地的な地震を発生させた。
純粋な振動による攻撃。全身を粉砕されるようなそれはバファメトの肉体をさらに破壊した。

「息一つつかせると思うな」

振動によって体が砕かれている最中に真上からコウライは攻撃した。
それは黄金色の雷の雨。
砕かれているバファメトの体を何発もの雷撃が襲った。
地雷震による地震規模の振動だけでなく、雷撃を加えられたバファメトの体はズタズタだった。

「これで最後だ」

そしてバファメトが叩きつけられていた甲板が大爆発した。
チンクのランブルデトネーターは金属にエネルギーを付加させることで爆発させる。
さすがにこの甲板全てを爆破することはできないが、一部だけならば十分爆発させることができる。
タイミングを計算し、チンクが事前に大量のエネルギーを加えていた甲板はこの作戦中にて最大規模の爆発を起こした。

「……」

しかしチンクは無表情に爆煙の中を見つめていた。
その瞳は爆煙に潜む化物に向けられていた。

すでに再生は終わっていた。
肉体全てを木っ端微塵にさせたというのに回復はもう終わっていた。
首都守備隊の隊長一名と副隊長三名、さらに上位の魔導師による連携攻撃を受けたというのにバファメトの肉体は無傷になっていた。
まったく先の見えない戦闘の中では、体力が終わるよりも先に心が潰されていしまう。
屈強な彼らもあきらめが混じり始めたとき、一人チンクは呟いた。

「そういうことか」

そんなかで、チンクは発見した。

「見つけたぞ。化物、貴様の弱点が!!」

一筋の光明を。







ヘブンズソード内部・司令室付近

「無色透明な膜。ううん、鎧ね。でも形もない動く鎧」

そんなティアナの声が聞こえた。
全身がすごく痛い。そもそもどうしてこんなに痛いんだろう。
アモンが戦意を向けてきたところまでは記憶にあった。
でも、そこからは記憶が殆どなかった。

「よく分かったな。我がIS不可視鎧インビシブル。だが、遅かったな。死神の騎士は既に地に伏しているぞ」

アモンに言われて、地に伏せていることを自覚した。そうか、倒されたんだ。
何が起きたのか分からないまま力で叩きつけられた。

「さて、お前には興味はないが瞳には興味がある。だから死ね」

死ね? だれが死ぬんだ? ああ、ティアナか。そう言っていたっけ。
どうしてそんなことを考えるんだろう。ティアナの眼? レアなのかもしれないけれど辛いものでしかないのに。

まったく、もう、ふざけるな!!

「エ、エリオ?」

「驚いたな。後頭部から叩きのめしたのだがまだ動けるか」

いつの間にか体が立ち上がっていた。左目が痛い。
でも、体はまだまだ戦えるみたいだ。

「ふざけたことを何度口走るんですか? 誰がそんなことして良いって言いましたか?」

「妙なことを言うな。貴様の許可をわざわざ得ねばならないのか? 死神、いや死にかけ」

ひどい呼び名だ。蔑称を受けたことはあるけれど、死にかけなんて呼ばれたことは生まれてから一度もない。

「いらいらさせる人ですね。人の物に手を出して、言う事がそれですか?」

とてもいらいらする。イライラしすぎて頭がどうかなりそうだ。
いや、もうどうにかしているようだ。

「人の物? いつから人が所有物になった。我はそんな常識知らんな」

そんな事、今はどうだっていい!!

怒りが暴走を促している。目の前の男を確実に葬れと肉体に命令している。
それでいい。

「知る必要なんかありませんよ。貴方はここで僕が殺す。それだけのことですよ」

「確かにそうだな。我が貴様をここで殺せば良い。まさに、それだけのことだ」

アモンから禍々しく重苦しい敵意も殺気も混じった物を感じた。
不思議と恐怖がない。強い意志さえあれば、本能なんてどうにだってなる。強い精神さえあれば本能的な恐怖なんて大したことない。

「エリオ、だよね?」

なぜに疑問形?

「それ以外誰に見えるの?」

「え、あ、そうよね。エリオよね。でも、一人称が」

一人称と言われて気づいた。たしかに一人称が僕になっている。でも、それでいいかもしれない。
隊長とかそんな重荷は、今は邪魔だ。だからこれでいい。
このほうがより戦える。そんな確信があった。

「先に行って? こいつは僕が倒す。だから信じて先に行って」

「最初から信じているわよ。それなのにあんたがあっさりと倒されたんでしょが」

痛いところをつかれた。たしかにあっさりと一度倒された。それも彼女の前で。
だけどもう大丈夫だ。そう伝えようとしたけれど、それよりも先にティアナが言った。

「でも、もう大丈夫みたいね」

「当然!!」

言わなくてもわかってくれるだろうけれど、あえて言葉にした。自覚を促すために、
良く聞こえる耳は背後のティアナが走り去っていく足音を拾った。
その様子をアモンは冷めたように見ていた。

「同じことではないか? 結局死ぬ運命には変わりない、むしろ愛する者の最期を見届けたいものでは」

「違いますよ。絶対に死なせないことに変わりはないんですから。それに殺し合いを見る趣味はないので」

言い返せばアモンは笑った。
それは余裕からくる笑みだ。その余裕を与えているのは僕だ。

「面白い。言葉にしたのならばそれを成してみせろ」

「言われなくてもそうしますよ」

アモンは動いていない。
だけど、危機が迫っているのだと直感した。
迫り来る見えない危機を槍で払った。

総隊長から教わった古代ベルカの技。衝撃波を発生する槍の一撃で。

「はぁぁッ!!」

槍も衝撃波も見えないものに遮られた。
それを見たアモンは鳥の瞳を見開いた。

「驚いたな。その若さで不可視鎧インビシブルに反応できるのか。幾ら正体が分かっているとはいえ、早いな」

ティアナの話から、「これ」が「見えない鎧」だと言うことは分かった。
さっきからの訳の分からない力の正体は見えない鎧をぶつけていることだ。

「鎧なら発射点は貴方からです。幾ら見えなくても、力がある以上その動きには音が聞こえます。もっとも自分で自分の能力を説明するなんて、負けたい人のすることですよ」

「負けたい人のすることか。酷い言いようだな。むしろ、戦える状態にしたいと思わないのか」

癪だけど、理解させられた。先程のを否定して、理解できない力だと誤認させられていれば防御することはできなかった。
防御できず再び倒されて、今度は命を奪われていたのかもしれない。

だけど納得できない。

「それは倒されたいってことですか? それとも適当にあしらえる敵とでも思ったってことですか」

「人の強さは進化の速さだ。強敵がいることで人はより最強へと進化できる。我はさらなる強さが欲しいだけだ」

その考えを理解してわかった。厄介だ。とてつもなく厄介だ。
五年前僕とティアナがマモンに勝てれたの奴が慢心して油断を見せたから。
頼りも圧倒的に優れた能力を持つものに劣った能力を持つものが勝つ手段は満身を狙うしかない。

それなのに、この男にはそれが一切ない。
今の力に満足していないばかりか、さらなる力を欲している。満身なんて、一切ない。
あるとすれば強さを求める強欲による隙。だけど、そんなものはどこにもなさそうだ。
見つけられないだけなのかもしれない。実力差がありすぎて、そう感じているだけなのかもしれない。

「そのための足掛かりとさせてもらうぞ、死にかけ」

アモンが動いた。
最初は鎧の攻撃。耐久性の高いはずの壁や床が独りでに剥がされていくような威力を持った、強力無比なISだ。

「何度も同じ手を喰うと思うな!!」

素早く槍を振るい、衝撃波をぶつけ鎧を押し止める。もう鎧の攻撃なんて怖くなかった。

「何度も同じ手段で攻撃すると思ったか?」

真後ろから声が聞こえた。
耳がその声を疲労と同時に距離を取った。

「スピードだけは良いだろう。だが、忘れていないか」

その忘れ物が何かを気づいたときにはもう遅かった。

不可視鎧インビシブルだ。

発生点のアモンが動いているのだから、不可視鎧インビシブルの発生点だって当然移動している。
そうなると回避も防御もできるはずがない。

「それと、一つ勘違いしているようだから訂正しておこう」

訂正と言ってもアモンが言葉で訂正するわけではなかった。
言葉で語るのではなく、力で訂正した。
左右の壁が砕けると、両サイドから見えない力を叩き込まれた。

「グハッ」

このまま力だけで押しつぶされる。そんな事さえ頭を過ぎった。
だけど、その結果どうなるのか位考えなくても分かる。

「させるかぁ」

「全身から電撃を発生させて鎧と相殺させたか。諦めたものかと思ったが、まだ戦うか」

「戦うさ!! 貴方を倒すまで、何度だって立ち上がる」

「そうか」

アモンは一言返事しただけだった。その返事だけで、僕は攻撃されることを予感した。

上!!

理由も分からないけれど、体は動いていた。頭上から壁が押しつぶしてくる、そんな予感がした。
背後に跳ぶと、さっきまで立っていた床が砕かれた。
それを見れば、自分が考えていたよりもこの男のISが強力すぎるだと気づいた。

「サイズも形状も自由に変更できる鎧ですか」

「予想以上の感性だな。その通りだ。この鎧の応用力は無限大だ」

否定したかった最悪の考えが当たった。全然、嬉しくない。
なんでもできるということだ。つまり攻略法を見つけても、すぐにそれを攻略されてしまう。

「それ故に、このようなこともできる」

攻撃が来るというのだけ理解できた。アモンは予備動作も何も無いけれど、鎧と空気の摩擦の音、それで分かった。
でも、何が来たのか分かったのは受けたあとだった。

「……」

最初は何か分からなかった。
だけど痛みがした。
すごく熱くて痛いと言う感覚が全身からした。
何本もの鋭い針に貫かれたのだと理解したのは、全身の痛みが脳に到達したときだった。

「自由自在に変えられるのだ。鋭い針程度、無動作で発生できる」

針は突然抜かれた。
それに伴い僕も床へと沈んだ。

「さて、トドメを刺すことにしよう。死にかけ、今からは死体だ」

取っていた距離をアモンは一瞬で詰め、拳を構えた。
真正面から槍の攻撃を受け止めたあの腕だ。
あれ、そういえばどうしてあの時はこの鎧で防御しなかった? 無理に素手で槍を防御するなんかしなくても鎧で防御すればいい。
鎧を使う価値がなかったのかもしれないけれど、それだけではないのかもしれない。
可能性なんか少ししかないけれど、試さない理由にはならない。

「砕ッ」

僕の体くらい一撃で粉砕するような拳だ。
受けていれば即死だ。そう僕本人が受けていたとすれば。

「何ッ、幻術か!!」

一発で見破られたけれど、十分だ。
アモンが砕いたのは、僕の残像フェイクシルエットだ。

僕は槍をアモンの体に突き立てた。

「その鎧は能力が凄まじい変わりに発動には時間がかかるようですね」

突き刺したところは血が染みている。初めてダメージを与えられた。

「そして貴方の動きに付いていけない」

「よく気づいたな。その通りだ。このISは我の動きに付いていけない、使い勝手が悪い」

その言葉には納得しかねる。
ISのスピードは襲いわけではない。単純にこの人が速すぎるだけだ。スピードは僕と同じかそれ以上かもしれない。
しかし使い手に合わない能力ではある。

「それにしても、幻術か。珍しいな」

ティアナに教わっていてなんとか勝利できた。
幻術といっても程度はかなり低くて、「残像」でしかない。アモンが手を下さなくても、一秒以下で消えた。
総隊長が使う移動技術は互いに高速状態じゃないと使えない。スピードばかりで防御力のない僕の回避方法としてティアナが考案してくれた。

「いつ以来だろうな。我が背後から貫かれるなど」

槍を動かしてトドメを刺そうとしたけど、槍が動かない。
依然として流暢に話すアモン。まさか効いていないのだろうか。
それはないと否定した。なぜなら手応えはある。血も流れている。

「三十年近く前か」

「え、三十年って、どういうこと」

敵の言葉なんか聞くつもりはなかったけれど、信じ難くて反論してしまった。
でもアモンは答えることもなく、槍を掴み引っこ抜いた。刺されていた部分からは血があふれでていた。それは真っ赤な血だ。
槍を持っていた僕は手を離さなかったため、槍からぶら下がる形になった。
そしてそのまま投げ捨てられた。

「少年、貴様ではこの程度だ」

アモンを刺した部分からは血が流れている。効いていないことはない。
だけど僕がこうやってなんども攻撃を受けても叩けるように、アモンもあれだけの傷では倒すのに足りないようだ。

「格の違いを見せてやろう」

鎧ではなく、アモン自ら来るようだ。
どちらでも同じだ。反応できる鎧の攻撃を二度と受けるつもりもない、アモン自ら来るなら切り裂くのみ。

「さあ」

高速移動して切り裂こうとした時、僕の体は吹っ飛ばされた。
鎧の攻撃ではない。あれならば音で分かる。

パンッ

そんな音が衝撃のあとに聞こえた。

「超音速。知っているか、これは音よりも速い」

全身が衝撃をうけて倒された。アモンの前の通路は崩壊していた。
ここが内部戦を想定されて頑丈な造りになっているはずのヘブンズソードだと信じられない。
ああ、そうか。僕は今化物と戦っている。
それなのに、人の常識で計れるわけがない。

「速さが自慢だろうが、所詮この程度だ。貴様程度のスピードを持った局員など何人も屠ってきた。我を倒すというのならば最低でもティレイかアスラでも連れてこい」

アモンは近づいてきた。
どうやらここまでみたいだ。

「貴様程度では我は倒せん。あの娘も死ぬだけだ」

……死ぬ?

「約束だよ。必ず生きて帰ってくる」

ああ、そう言えばそうだった。そんな約束を交わした。自分から言っておいて、先に諦めてどうする。
ティアナは高町空佐を倒した。それなのに何している。一体何している。
二度と一人ぼっちにして泣かせないために強くなったのに、諦めてどうする。
約束を破ろうとしてどうする!!

「アウトバーン!! フルドライブ!!」

世界が加速する。世界を置いてけぼりにして、僕は次の世界へと進む。
正面のアモンへと突っ込んで槍を振るう。
当然のように反応して防御されたけれど、左腕のクローがまだ残っている。これで切り裂く。

「紫電一閃!!」

BJの一部であるコートが変形して広がった。
音速での移動は「音の壁」による抵抗などさまざまな障害が存在する。
だけど、亜音速での移動ならばまだ僕の技術でもなんとかなる。
だからこそそれを求めた。亜音速での戦闘を。
移動速度だけじゃない。攻撃速度だけじゃない。回避速度だけじゃない。
すべての動作を亜音速で行う。
それがフルドライブで手にした戦術、亜音速戦闘。

「音速移動ではないが、亜音速戦闘か。常時、亜音速で動けるとはどんな反応だ」

たった一度の交差でこの形態の能力はばれたようだ。
脳内の処理速度を限界以上に高める改造で手に入れた反応速度だというのに。

「人の反応速度は越しているだろうに、肉体改造でもしたか」

そこまでバレている。でも制限時間まではバレていない。
そしてバレたところで、僕が取る戦術に代わりはない。
ギンガ隊長が言うには十分間。常人も魔導師もこした超速反応ができるのは十分間だけだ。

「ティレイって人は知りませんが、アスラって大将のアスラ魔導師長のことですか。最高戦力がいるなんて思わないでください」

「そうか、魔導師長にまで上り詰めたのか」

アモンを見れば、クローで切り裂いた傷はそこまで深くなさそうだ。
だけど戦えそうだ。

「それじゃあ、反撃と行きましょうか」

亜音速の速さで接近して、亜音速の速さで槍を振るい爪で引き裂く。

「同じ手が通用すると思うな!!」

亜音速攻撃をアモンは両腕で防御した。
常時音速ではないみたいだけど、反応するのは簡単みたいだ。

でも遅い!!

「それはもう、残像フェイクシルエットですよ」

背中のコートから放出する魔力によって残像の発動を速くした。
亜音速状態での残像攻撃はティアナのフルドライブ時の幻影攻撃よりと違って、まず反応できない。

「舐めるな!!」

これは亜音速の攻防だ。
アモンには亜音速の攻撃を尽く防がれて、一刹那でも隙を見れば攻撃された。
それは僕も同じで、一刹那でも隙があれば攻撃した。

「撃ッ」

亜音速戦の最中にアモンは足場を粉砕した。
それを合図に互いに距離を取った。
アモンを見れば致命傷は無いけれど、手傷は幾つもあった。
だけど表情は笑っていた。

「ククク、面白い。これほど愉快なのは久々だ」

「愉快ですか。やっぱりいらつきますね」

「あの少女への想いでこれほどまで強くなれるのか。守るための強さか、しかし人の力ではないな」

「まあ、そうですね」

人の力ではないか。確かに僕もそう思うよ。
でも、人の力しか使っちゃいけないというルールはない。

「ならばなぜ、手を染めた。人を捨てたのは何故だ」

守るために力がいるなら、それを手に入れるだけですよ。その力が人間だと手に入らないなら、人間じゃなくなっても構わない

そう言い切るとアモンはさらに大きく笑った。

「良い答えだ。希望を叶えるために手段を選ぶものに、望んだ理想が手に入るはずがない」

なぜか、賛同された。

「だが一つだけ覚悟しておけ。己の欲望のために人を辞めたものは、どれだけ人を真似ても他者には人と思われない」

それくらいは覚悟している。元々人ではないのだから。
それでも人だった。だけど、人である必要性を感じられなくなってきた。

「我も貴様も同じ存在だ」

「そうかもしれませんね。人でない者同士、貴方も僕も同じです」

イライラの理由が分かった。
目の前の男がまるで末路にも見える。
その末路は。







聖王教会本部

化物か」

虐めを終えたシグナムはマゴラカの最期の言葉を呟いた。

「貴様のような姿形をしたものでさえ私を化物と思うのか」

シグナムは自嘲した。
その姿は彼女には似合わない、年相応の姿だった。
だが心は人では理解出来ないものだ。


「化物と呼ぶが良い。私は力を追い求めるだけだ」


その瞳は凛としていた。
戦い終え、そして人を殺めたというのに澄んだ瞳だった。

「悪鬼羅刹でもあるヴォルケンリッターが化物以外のなんだという」

求めるものは今も昔も変わらない。
最後の主であるはやての幸せ。

「私が化物となることで叶うのなら、喜んで私は化物になるさ」

ヴィータを喪ったはやての悲しみをシグナムは見た。
そして心に誓った。

「二度と主はやてに涙を流させない」

そのためには彼女は強くならなければいけない。
死んででも守れば良い、わけではない。
自惚れなどではなく確信していた。はやてはシグナムや他の守護騎士を亡くせば悲しみ続けるだろう。
笑顔を守りたいのに泣かせてどうするのだろう。
だからこそ強さを追い求めた。

「強さを追い求めた結果化物になってしまったか」

後悔などはなかった。
どれだけ化け物に近づいたとしても、はやてはシグナムを家族として向かい入れてくれる。
それは想像などではない。どんな予想をしてもはやては笑顔でシグナムを向かい入れてくれる。
絆。
シグナムとはやての間にある修習の絆、そして家族としての絆。
だからこそそれは確信としてシグナムにはあった。

「主はやて、烈火の将シグナムが一生お守りします」











あとがき
編集作業完了。
この回は化物という存在に対してのものです。
見た目が化物であるのは化物。
心が化物であるのは化物。
身も心も化物なら化物。
その化物という定義は人の理解出来ないもの。
でも、化物がわからしてみれば人とはなんなのか。



[8479] 第十七話 潜む悪魔
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:f393325e
Date: 2010/03/29 04:40
ヘブンズソード内部通路

防衛機能が作動したヘブンズソードは内部にいる侵入者を排除するための防御トラップを発動させていた。
天井に設置された自動追尾マシンガンの一斉掃射。
シェルターを下ろし、閉じ込めた上でのガス攻撃。
対人用自動戦闘機による制圧。
その他、人道的から非人道的まで多種多様な手段で侵入者迎撃を行っていた。

だがそれらの攻撃は次々と破られていった。
マシンガンは打つ前に迎撃された。
シェルターは突き破られ逃げられた。
対人用自動戦闘機は真っ二つに斬られた。

「うじゃうじゃ、湧いてきて。鬱陶しい、奴らだ。いくらなんでも、数が多すぎだろ」

気持ちいくら位にバッサバッサと戦闘機を次から次へと斬り捨てていった修は一息ついた。
装甲を紙切れのように切っていった彼の周りには、真っ二つになった戦闘機がばらまかれていた。肉体的な疲労感はあまりないようだが、数の多さで精神的な疲労は感じていた。

「ヘブンズソードは外部に迎撃用の兵器をほとんど持たない代わりに、内部侵入者の撃退能力は秀でているようです」

探知魔法でヴィヴィオの位置を探っているルイスは当たりを見回しながら修に理由を告げていた。
ジャミングは侵入当初と比べて減っているが、元々有効範囲の余り広くないルイスの探知魔法は範囲を狭まれていた。依然としてヴィヴィオは見つかっていない。

「でも、はいったばかりのころよりもひどくなっているから、ヴィヴィオに近づいているんじゃないのかな」

「そうではないのです。進入時は扉をこじ開けたのですが、それだけでは警戒レベルは上がらなかったのです。おそらく、さっきの行動で警戒レベルが最上級まで上がったのです」

「やっぱりフロアをつきやぶっての移動はだめだよね」

シェーラは警備体制の上昇をヴィヴィオ、つまり標的に近づいているのだと考えたがアイリスは否定した。ヴィヴィオは確かに目標ではあるがその重要性はあまり高くない。現にアモンはヴィヴィオについてはほとんど手を出していなかった。
しかし警戒態勢が上昇したのは事実である。そして原因はギンガの行動にあるとアイリスは推測していた。

その考えは全員共通だったため、必然的に彼らの瞳は全て一人に向けられた。
ここにはもういないギンガ、ではなく同じ部隊のルサカである。

「ちょっと待てよ、俺は正直関係ない。あの人を止められる訳ないだろう」

「いや、止めろよ」

「できる事なら止めて欲しかったのです」

「やっぱりむりなのかな?」

ルサカは視線に気づき、否定したが三人はバッサリと切り捨てた。そして最後に彼が一番聞きたくない人からのトドメが待っていた。

「はぁ、失望しました」

ルイスからの冷たい眼差しと失望の言葉を受けて、ルサカは両膝をついた。背中からコンクリートの鉄柱でも突き刺されたかのような精神的ショックが彼を襲った。
絶望。彼の表情からはそれしかない。今のルサカはまるで老いぼれて死にかけの虎のようにも見える。
その様子を見たルイスは流石に言い過ぎたと思ったようで、フォローすることにした。

「確かに、ギンガ隊長の行動は突拍子も無いため止めることは難しかったでしょうね。だからジャンビ一等陸士、気にしちゃだめですよ」

「ルイスさん、ありがとう」

「どういたしまして、だって私たち仲間じゃないですか」

先程の失望した発言などもうルサカの記憶にはないようだ。今は、落ち込んでいたところに優しくしてくれたルイスというイメージがなにより色濃く残っている。彼の視点から見てみれば、ルイスは天使のようなものなのだろう。元々高かった好感度はさらに上がっているようだ。

それを離れたところから見ている修はため息を付いた。

「相変わらず、あざとい」

「あざとい、とはどういうことなのですか? ルイスさんは落ち込んだルサカさんに優しく接しているだけじゃないのですか」

アイリスにはそう見えた。落ち込んでいたルサカをルイスは優しく励ましているように彼女には見えている。だが、修の反応を見るとそのようではないようだ。

「ルイスの、好きな手だ。先に人を、徹底的に陥れたあとに、優しく接する。そうすることで、相手の心を、上手に掴んでいる」

「そんなことないよ。ルイスさんはやさしいひとだよ」

「優しいか。人に過度に優しい奴は、他人に優しくされたい、愛されたい奴だ」

シェーラの反論に修は苦々しい表情で返していた。答えにはなっていないが、アイリスとシェーラの二人よりもルイスとの付き合いは長い彼だからこそ分かることもあるようだ。

「ルサカ、いつまでも、落ち込むな。入り口にある階には、ヴィヴィオは、いなかった。どのみち、下には、移動しなきゃ、いかなかった。まあ、床をぶち抜いて、フロア移動は、どうかと思うが」

「そうだな、すまない。あの人モノ作るのも好きだけれど、それ以上にブッ壊すのも好きなんだ。あと、ちまちましたことは大嫌いらしい」

「良く言えば大胆。悪く言えば大雑把ですね。ギンガ隊長の目的はメインエンジンの破壊ですから、得意なのでしょうね」

「そういや、隊長が言っていたな。エリオ隊長と、ギンガ隊長は、戦えば近接戦ならばエリオ隊長が有利だけれど、格闘戦じゃ、ギンガ隊長。護衛任務なら、エリオ隊長が向いているけれど、破壊活動ならば、誰よりもギンガ隊長らしい」

年長三人組はギンガのことを振り返り苦笑いしていた。それなりの間この部隊に所属していた三人だからこそ分かることがあるようだ。

「じゃあ、ルサカさんも元気になったことだから、いそぎましょうよ。あれ、アイリスちゃんどうしたの?」

「あの、あそこに階段があるのです」

アイリスが指さした先には、階段があった。それも上の階と下の階の両方に繋がる階段だ。ヘブンズソードの階段がある地点についたのだろう。

「やった。このかいにもヴィヴィオちゃんがいるようすはないから、下にかいにいきましょう」

シェーラは笑顔でそういったが、他の面々はすぐに喜ばなかった。不思議に思ったシェーラは首を傾げた。
気まずそうな顔をしたアイリスは気づいた事実を口にした。

「あの、私たち」

「言うな、アイリス」

「床をぶち抜いてフロア移動して」

「正直、言うなよアイリス」

「何m進んだのですか」

「それ、言っちゃだめだよアイリスちゃん」

アイリスが口にしたことで彼らは認識したくなかった事実を認識した。
彼らが内部に侵入してからの移動と、床をぶち抜いてからの移動では前者のほうがより長く移動している。時間の差もあるが、単位時間当たりに計算しても前者のほうが圧倒的に長い。
それはギンガが床をぶち抜いた結果、警戒レベルが一気に上昇しそれによる障害を受けていたからだろう。張本人のギンガは持ち前の突破力で難なく突破していったが。

(上のフロアに居ても障害はあっただろうから、同じだろうけれど、こうしてみると気疲れするな。だけど、今思えばあの人は下のフロアに移動したいというよりも、あのフロアから逃げたがっていた)

ギンガがわざわざ警戒レベルがあがるような行動をした理由に修は気づこうとしていた。

(あれ、階段の向こうに人がいるのです?)

常人よりも遥かに優れた目を以ているアイリスだけがそれに気づいた。階段付近に人がいる。それを他の面々に伝えようとしたとき、激しい閃光が襲ってきた。

(く、閃光弾? 違う、この光はそんなものじゃないのです)

咄嗟にサーベル型デバイスシュナイドを構えてアイリスは防御した。


「良い勘してるじゃない。あたしの攻撃に気づくなんてさ!!」


眩い光の向こうから現れたのは一人の少女だった。長いところどころ跳ねたストレートの金髪。そしてルビー色の瞳。両手にはナイフ形のデバイス。
誰かによく似た一人の少女がそこにはいた。

「まあ、あんたたち誰一人に恨みも何も無いんだけれど、アモンから任された仕事がここに着た連中の始末だからゴメンナサイね」

言葉自体は謝罪を表しているが、その表情も口調も何一つ悪びれた様子はなかった。
その言葉の狙いは隙を作るためだろう。謝る言葉だけで隙を作れるなんて易いことだと思っている、プライドを全く持たない人のようだ。

「それにしても、あんたらここ二階よ。入り口は上の階にしか無いのに、どうして二階から階段を通るのかしら? せっかく階段で張っていてあげたのに、無駄になっちゃたじゃない」

手に持ったナイフを器用にくるくると回しながら、少女は修達に近づいてきた。その少女が誰に似ているかということよりも、修は不用意に近づいてきた彼女が何を隠しているのかが気になった。
近づき次第破壊してきた自動兵器とは違う、魔導師の少女。重要な拠点でもある階段を守っている以上、一筋縄ではいかないと考えるのは当然とも言える。

(見るからに、暗殺や奇襲に、特化した魔導師。それなのに、五対一の状態で、真正面から仕掛けてくる。なぜだ)

多数対一の戦闘で勝つ手段が決してないわけではない。真正面から仕掛けて勝つ手段がないわけでもない。そのことは修も分かっているが、少女が何を狙っているのかは全く読めなかった。
第一に考えたのは罠だった。次に考えたのは少女が想像を絶する戦闘力を持っている。最後に多数相手の戦闘に特化した魔法を習得している。

(どれだ。こいつの狙いは、どれだ)

頭の中でシミュレーションを繰り返したが、どれも思い浮かばなかった。
結局のところ修は悩んで戦うよりも、どんな状況でも戦い続けられる剣術で場当たり的に戦う魔導師だ。悩んでも無駄だと諦め、先制攻撃を仕掛けようとした。

その時になって漸く少女の狙いに気づいた。

(な、動かない? くそ、体が動かない!!)

修の体はピクリとも動かない。バインドをかけられている様子はないが、なにかとてつもない力に締め付けられているようだ。
そんな修に気づいたアリシアはいたずらが成功した無邪気な残忍さを持つ子供のような笑みを浮かべた。

「あれ、今頃気づいたのかな。あたし、アリシアのとっておきのプレゼントに。酷いなぁ、もう少し速く気づいてもいいんじゃない」

修はルサカとルイスに念話で話しかけたが、二人とも動けないようだ。
先手は既に取られていた。あの閃光は彼らを立ち尽くした生きた人形にするためだった。

(予想は、どれもハズレか。答えはもう攻撃して勝利しているか)

構成は分からないが、光を浴びたものを動けなくする魔法だと修達は考えた。しかし既に先手は取られ、修達は身動きが取れなくなっている以上勝敗は決していた。
修の考えはあながち外れていない。
罠だった。アリシアが先手をとるための罠だ。
想像を絶している。集団をたった一度の攻撃で同時に縛り付けるなど、想定外だ。
多数の戦闘が出来る。この魔法なら相手が何人だろうと関係なく戦えるだろう。

「さて、じゃあ四人とも。ここでお別れね」

アリシアはナイフを修達に向け、斬りかかってきた。金色の魔力光を発するナイフの切れ味はとても鋭そうだ。
確実に勝てるところを狙って攻撃を繰り出す。戦闘の基本中の基本だ。そしてその隙が見つからないならば作ることも基礎中の基礎だ。そんな根本的なことだからこそ、実現するのは難しいが成功すれば勝利は確定する。
だが、まだその確定条件は満たされていなかった。

「一人、忘れているのですよ!!」

アリシアの頭上から真紅の刃が降ってきた。処刑のための断罪の刃が落とされる時のように、真紅の刃はアリシアを襲った。

「ひぃ、嘘でしょ!!」

なんとか回避したアリシアだったが避けそこねた真紅の刃は痛んだ金髪に触れ、彼女の痛んでもなお美しい金髪が宙に待っていた。
アリシアに斬りかかったのはアイリスだった。閃光の直後に空中に飛び上がり、アリシアの隙を虎視眈々と狙っていた。

「なんで、あたしの攻撃は躱せないはずなのに」

「なら、試してみるといいのです。何千回やったところで私には一切通用しないのです」

アイリスはアリシアに言い切った。アイリスの言葉が事実かどうかはアリシアには問題ではない。しかし現実はアリシアの十八番の奇襲魔法はアイリスには通用しなかった。

(もう一度撃つ? 無理、あれは発動に時間がかかりすぎる。発動したらほぼ零秒だけれど、それまで目の前の子が攻撃してこないはずがない)

光の拘束術を初見で防がれたのはこれが初めてだった。攻撃手段が束縛した上での攻撃だけではない。しかしそれがアリシアの中で最も有効かつ確実な勝利方法だった。
同じ現場は二度と踏まないことを心情としているアリシアにとってみれば、滅多に無い初手の奇襲が全く通用しない戦闘だった。
だからこそ、アリシアはそういう非常事態のために鍛えていた戦術で挑むことを決めた。

アリシアはナイフを持った掌をアイリスに向けた。
ピカッ
掌からはまぶしい光が放たれた。明るくするために、必要以上に強力すぎて目を開けられないカメラのフラッシュほどの強さの光だ。さきほどの閃光と比べると弱い光だろう。それでも目眩ましはできた。
強い光が網膜に焼き付けられるよりも速く、反射でアイリスは顔を腕で覆った。

その瞬間はアイリスの視界から完全にアリシアが消えた時だった。

「貰った!!」

一秒も無いその隙でアリシアはアイリスに急接近した。
魔導師同士の対戦とは思えないほどの超近距離だ。ベルカ式の騎士たちの戦いでもここまで接近しない。
そんな距離での戦闘をアリシアは選択した。そして近づくと間髪入れずにナイフを振るいアイリスを斬りつけた。
鮮血がアイリスの腕から流れた。そしてナイフを引くと同時に別の傷をアイリスの腕に刻み込んだ。
その距離と様子を見て、ルサカは動かない体のまま叫んだ。

「逃げろ、アイリス!! その距離は危険だ!!」

アイリスの得物はサーベルだ。サーベルにしろ剣にしろ近接戦で有効な武器である。
しかしそれはその武器を振るえる距離が最低でも必要になる。薙ぎにしろ突きにしろそのモーションが出せる状況にあって初めて有効な武器だ。
一方ナイフは威力としてはサーベルには劣る。そもそも刃渡りが短い分間合いが短く、武器があるという有用性がほとんど活かせない。しかし格闘戦ほどの距離になると、最も驚異になる。必要なモーションは人を殴るよりもさらに少ない。一度ナイフを振るえば、突く時と引く時の二度の攻撃まで可能になる。

修達の中でナイフ相手のインファイトが出来るのはルサカだけだろう。アイリスではインファイトのままでは一方的に切り裂かれるだけだ。
敵がナイフを持っている以上、アイリスは至近距離に近づかれることを警戒すべきだった。それができなかったのは彼女の経験不足だった。

それに対してアリシアは経験豊富だった。魔導師とも非魔導師とも戦闘経験のあるアリシアは、得意技が封じられても即座に最も有効な戦闘手段を選択することができた。
選びぬかれた戦術がインファイトだった。

「アハハッ、フラッシュアウトを躱したからって買ったつもりだったのかな? 大間違いだよ。それぐらいあたしはくぐり抜けれる、こうやってね!!」

「痛ッ、く」

アイリスは防戦一方だった。軽い太刀筋で流れるような戦闘が得意なアイリスにとって防御戦は得意な方だが、それは存分にサーベルを振るえる状態だからだ。今彼女にできるのはアリシアのナイフの猛攻を、必死になって防ぐことだけだった。
しかしアリシアの怒涛のナイフ攻撃はアイリスに攻撃のターンを与えない。攻撃のターンを与えずに戦うのは有効な手段であり、それをとられているアイリスに勝ち目などまったくなかった。

足を一歩後ろへ引けば、力強く踏みつけられ。
ナイフを防いだところで、素早く返され。
躱したところで、すぐに詰められる。


それを黙ってみていることしか出来ない修は憤った。自分の力不足を痛感した。
自分の弱さ。ヴィヴィオを守れずに奪われたことで一度弱さを感じた。仲間を目の前でやられているのに何もできない弱さを再び感じた。

(ふざけるな……ふざけるな。これ以上、好きに、させるかぁ!!)

その怒りは欲求へと変わっていく。無力に対する怒りは心のリミッターを外し、力を貪欲なまでに求めさせる。








(このままじゃ、やられるのです)

心のなかに浮かんだ言葉はそれだった。
戦況はあまりにも不利だった。私の剣術は完全に封じられている。戦力差が圧倒的にあるわけではない。
なぜなら私にとってこの敵は最悪の相性だ。
インファイトの距離まで攻めてきたのに一度も深く攻めてこない。
常に次の行動が彼女にとっての最速で打てる攻め方をしている。
舞踏剣術。エリオ隊長はこの剣術をそう言った。それが指しているところは動きではなくて、戦いの呼吸の取り方だ。
相手に合わせて踊るように、相手の呼吸に合わせてそれを崩すように戦うから舞踏なのだ。
それが知られているのか知られていないのかは分からないけれど、私の動きを封じた上で攻撃されている状態では舞うことはできない。
嵐山陸曹ならば攻撃された状態でも力づくで突破出来るだろう。でも、私にはそのパワーがない。手数に翻弄されるテクニックだけだ。
私には火力が不足している。
逃げようとしてもすぐに詰められた。スピードは敵の方が上だ。

「逃がさないよ。あんたには躱すのも守るのもましてや攻める間も与えないから。覚悟してね」

アリシアという敵は私に一切の隙を与えることもなくナイフを古ってきた。
力を出せる技だってある。でも、それは間合いがあってのこと。この間合は近すぎる。

打つ手がまったくないのは私に力がないからだ。
検査した結果、私には普通の戦闘機人が出せるパワーの半分程度しかないらしい。
それはそのまま私がなんのために作られた戦闘機人かに直結する。力がいらない、つまり逆らえないための処置が施された戦闘機人だ。

(所詮、他人の愛玩具でしかない人形がでしゃばるなってことなのですか)

そういうことを自覚したことは辛かったけど納得できた。
私の記憶の最初は下水道で鼠を捕まえて食べていた時だ。汚水を啜って生きていた。
お腹が空いたから上に登って、街を歩く綺麗な人々に蔑まれた。そして裏路地でゴミ箱を漁っていた。
私が誰なのかも分からない。
何処にいけばいいのかも分からない。
何をすればいいのかも分からない。
ただお腹が空くからなにかを腹に詰める。
ただ疲れたから横たわる。
そんな動物以下の生活だった。
無駄に造形が良かったのが不幸して乱暴されることもあった。
いや、これは幸いだったのかもしれない。男どもに囲まれて乱暴されたときにあの人にあった。
私のお母さん、ギゼラ・エルベに。
あの人に出会えたのは奇跡だった。あれ以上の幸福は絶対に有り得ない。

あの人は私にアイリスという名前をくれた。
あの人は私に居場所を与えてくれた。
あの人は私に生きる理由を見つけさせてくれた。
あの人は私に幸せを与えてくれた。
全部あの人に貰ったものだ。
だから悔しい。

(なにも、なにも私はあの人に恩返しすることでも出来ずに終わるのかな)

私は目の前の敵、アリシアを破る手段も何もなく無残に倒される。
エリオ隊長とティアナ副隊長の二人にいろんなことを教えてもらったのに、私は守られてばかりだった。
仲間は身動きも取れずにいる。私だけがISで助かったのに、助けることだってできない。足手纏いだ。
嫌いじゃない、大事な仲間なのに助けられない。
嵐山陸曹には誰かを守りぬく強さを教わった。
ルイスさんには相手を思いやる優しさを教わった。
ルサカさんには仲間のために戦うことを教わった。
そして私の守りたい大事な人。
シェーラには生きる理由を貰った。

(私は、私はもらってばかりでなにも返せない。返せていない)

斬られて薄れゆく意識の中で瞳の中に悲しむシェーラの姿を見つけた。
訓練校であった私の親友。かわいい女の子。
子供じみているのに、私にないものをたくさん持っていた。


『わたしは強くなりたいな。いっぱいいっぱいべんきょうして、いっぱいいっぱいくんれんして強くなるの。アイリスちゃんをまもれるくらい強くなりたい』


こんな薄汚れた私のために強くなりたいと言ってくれた彼女が眩しかった。だから一層守りたいと思った。
シェーラを守るといった言葉に嘘はない。
力が欲しい。
こんな敵倒せる力が欲しい。
シェーラを守る力が欲しい。
ゴミ屑の私でもシェーラを守るために側にいてもいい力が欲しい。


「あれ、何泣いているのかな? ま、いっか。一発で終わらしてあげるから感謝してね」

アリシアは笑みを浮かべながらナイフを振り上げた。
これで終わるのかな。私は余裕に倒されるだけの価値のない人形だったのかな。
体が倒される前に心が折れた。



じゃあ、寝てろ。ゴミ屑!!







アリシアがまず感じたのは浮遊感だった。
ジャンプをしたわけではない。
遅れて体に衝撃がやってきた。

「え?」

疑問だった。驚きよりもダメージよりもなによりも疑問がさきだった。
彼女は十八番を躱した敵にトドメを刺そうとナイフを振り上げた。
しかし現実は宙に浮いている。

「うっ」

ダメージを感じたのはその後だった。攻撃されたことに驚いたのはその後だった。
驚きに促されて視線はアイリスへと注がれた。自分が何をされたのか、それを探るために。
アイリスは右手を突き出しているだけだった。
それから分かることはただ一つ。殴られた。
それも腹を殴られた。
体が浮いてしまうほど勢いがあって、気付けないほどのスピードで。
着地してすぐにあったのは再び疑問だ。

(どうして? そんな怪力があるのにどうしていままで使わなかった)

アリシアが疑問を考えている間はなかった。
アイリスの体が動いたかと思えば、急接近してサーベルを振るってきた。
硬いはずの床を砕くほどの強い踏み込みの力を加味したサーベルがまっすぐ振り下ろされた。
その攻撃の危険性を本能で察知したアリシアは横に飛んだ。
脳裏に浮かんだのはあの悪魔、アモンだった。アリシアはアモンに恐怖された時と同じものを感じ取っていた。
横に躱したアリシアをアイリスの瞳は追っていた。
その眼と視線が交差したとき、アリシアの全身に悪寒が走った。

アイリスの瞳は透き通った赤目だった。
それが今は銀色だ。冷たく鋭い銀色だ。
優しさは霧散し、敵意のみが込められたその瞳は人のものではなかった。
その恐怖をアリシアは存分に味わったあとにサーベルの持ち手を右手に変えているのに気づいた。
そしてアリシアの居なくなったところへ振り下ろされた真紅のサーベルは斬り裂いた。ただ斬るだけではなく、その空間ごとまとめて引き裂いたのだ。
サーベルから伸びる真紅の衝撃波は内装を抉り取っていた。

「躱したのかよ。ちょこまかとしやがって、鬱陶しい奴だな」

声の高さはアイリスと変わらない。
しかし口調も言葉の響きも違った。まるで別人が彼女の口で話しているかのようだ。

「さっさと終わらすぜ金髪。今すぐ息の根を止めてやるよ!!」

殺意の言霊を吐き捨てながらアイリスはアリシアを睨んだ。

「ちょっと、ヤバすぎでしょ。これは逃げるが勝ちよ」

アリシアが出したこの戦況での最も優れた判断は逃げることだった。戦うなど有り得ないことでしかない。それほどまでにアイリスは危険だった。
背を向けて逃走をはじめたアリシアをアイリスは追撃した。

「逃げるのかよ、金髪。散らしてやる、その肢体砕いて散らしてやるよ!!」

その時アイリスの背後で大きな音がした。爆発音ではない。破壊音だ。
背後が壊れる、そんな大きな音だ。

「うるせェ、どこのどいつだよ」

「俺だよ」

アイリスが振り返るとそこは床が引きはがされていた。
縛られていた修が力づくで動いたことで、床が剥がされたのだろう。剥がされた床は修の魔力にさらされ砕け散っていた。
高い強度のヘブンズソードの内装程度の強度では修を抑えるのには足りないようだ。その様子を周囲は驚いたように見ていた。
それはなぜ自分たちが動けなくなったのかもわかっていないのだとアイリスは考えた。

「金髪の攻撃は、魔力変換の光でできた影を地面に貼り付けることで拘束する。あの光で作った影はただの影じゃねぇ。結局影だから形としてしか、封じられないけどな。だから喋ったり瞬きしたりも出来る」

アイリスは、口調はがさつだが彼らが動けなくなった理由を説明した。その表情はそれをわからなかった彼らを嘲笑っている。その様子は普段の彼女からあまりにもかけ離れたものだった。
嘲笑の説明を続けようとするアイリスに対して、修はそれが耳に入らないほど怒りに満ちていた。

「そんなことはどうでもいいっ!!」

「馬鹿か? 金髪にあっさりと捕まっておいてどうでもいい? だからのままだ。惚れた女すら奪われるような剣士になりさがるんだよ!!」

修に対して普段からは想像もつかない口調で彼を罵るアイリス。修を除く面々は彼女の変化についていけなかった。目の前にいる人物が本当にアイリスなのかどうかさえ、あり得ないことだが訝しげに思っている。
決して修も疑問に思っていないわけではない。だが修にとってはどうでもいいことだ。
ヴィヴィオ救出にとって敵なのか味方なのか。それ以外どうでもいいのだ。
だからこそそんな修が「アイリス」に訪ねる問いはただ一つ。

「答えろ、アイリス・エルベ!! お前は俺たちの敵か味方か、どっちだ」

既に暴走モードに入っていた。それは突入時の狂ったような暴走ではない。
敵と認識すれば即座に排除する、人間的道徳精神を排除した暴走モードだ。口調は滑らかに重くなっている。
抜刀した月光を向けられたアイリスは歪んだ笑いをした。

「いいな、その敵意!! このゴミ屑のお気に入りなだけはあるぜ。でもな、俺に刃向けるってことは」

修の敵意にアイリスは敵意で返した。
質問の答えはそれで十分だった。
目の前にいるのは敵。修はそう判断した。
直後に修が取った行動は踏み込み。
ただの踏み込みではなくそこから魔力を周辺に解き放つ。ただそれだけだった。
それだけだと言うのに彼らが居る周辺に何本もの亀裂が走った。制御されていない魔力は彼の意志関係なく暴れ、周辺を破壊し尽くしていった。荒れ狂う過剰な魔力は解き放つだけで凶器だった。
ルサカ達を縛り付けている影は縛り付ける床が割れたことで効力を失った。
特別なことなどしていない。ただ魔力を解き放つ。それだけの行為で修はここを戦場に変えた。

「ルサカ、ルイス構えろ!! こいつを討つ

修が「討つ」と言い切ったとき二人の表情は硬くなった。
魔力を解き放った衝撃に飛ばされたシェーラは分からなかったが、付き合いの長い二人は分かっていた。
普段温厚な修は暴走に入ったとしても仲間をこいつなどとは呼ばない。それは彼の仲間への想いゆえだ。
そして討つという言葉は殺さないように戦うのでも、生殺を問わないのでもなく、確実に殺すということだ。

修は今、アイリスを完全に敵と見なしていた。
その割り切りすぎている思考にはいくら二人でも付いていけなかった。
それは正しいのかもしれない。アイリスが敵ということは明解だ。
だが、アイリスである。
この一週間、仲間としては一年近く過ごしてきた。付き合いは深くないが浅くもない。
ルイスは髪を整えたこともある。
ルサカは抱えて走ったこともある。
シェーラと違い甘えベタな少女で、年下の子として可愛がってきた子でもある。
それは修だって同じだった。彼が笑顔で彼女の頭を撫でている場面を二人は目にしたことだってある。その時のアイリスははにかんでいた。

それなのに今はこうして生死を掛けた戦いを始めようとしている。

「烈火」

予備動作など一切も無しに動作解除キャンセルアクションで待機状態からそのまま攻撃に移った。
突然の突きはその膨大な魔力を食らい、巨大な黒い魔力の突きとなりアイリスを襲った。その破壊力はアイリスごとその背後の壁も容易に突き破るだろう。
アイリスの反応速度を上回った奇襲だった。
それに対してアイリスは左手をかざした。
彼女の体をちょうど覆う程度の紙のような薄さの半透明なバリアが作られた。
普通に考えれば防げられるハズが無い。だがアイリスは笑みを浮かべていた。
修の馬鹿さに。

「やっぱり馬鹿だ。俺のISエナジーブレイカーはエネルギー攻撃を全て無効化する」

黒い突きは紙ほどの薄さの半透明な真紅のバリアに触れた部分だけ消え去った。傷ひとつつけることなく消し去られた。
そして真紅の盾に触れなかった部分はそのまま壁に突き当たり、壁を突き破っていった。
修は目を細め、ルサカとルイスは驚いた。

「だめです! アイリスちゃんのISエナジーブレイカーにはじったいを持たないこうげきはまったくつうようしなません!!」

修の火系突式烈火を無効化したアイリスを見てシェーラは叫んだ。
だが、そのことで驚いたのではなかった。

「正直、それは聞いていた。閃光はそれで防いだのだろうけれど」

「有効範囲はサーベルの範囲だけだったはずです。あんな風に使用できるなんて聞いていません」

予備知識はあった。ティアナから伝えられていた。
だが伝えられた以上のことをあっさりとアイリスはやってのけた。有効範囲がサーベルだけのため消しきれず、烈火のような攻撃では手傷を負ってしまう。そのような弱点のあるISだった。
しかしアイリスはバリアとしてエナジーブレイカーを発動させた。エナジーブレイカーという物質を精製して加工出来る。
その違いはあまりにも大きいと言うのに、修はただ無表情だった。怒りを能面のような表情で隠している。
それは戦人の表情だった。

「ルサカ! アイリスの左側から焼き払え。次の手で斬る」

怒りを抑えているのは敵アイリスを討つ手段を淡々と模索するためだった。
エナジーブレイカーの能力を想定しているわけではない。ただ興味がないだけだ。ヴィヴィオを助けるという目的以外には何一つ興味がない。
裏切られようが、敵の増援があろうが、味方の誰が死んでしまったとしても修は興味がないだろう。
今はヴィヴィオ救出の邪馬となる敵のアイリスに対して、障害があることに怒っているだけだ。アイリスが敵になったということに対してすら興味がない。
アイリスとの付き合いの記憶が無くなったわけではない。あの時の表情が嘘なわけではない。
人と思えないほどの取捨選択でアイリスをいらないとした。ただそれだけだ。

機人やシステムよりも人間性に欠けているとしか思えない守り人に対してアイリスだった者は好感を持てた。
体の奥底から際限なく湧き出る戦意。そして強者への渇望。それを癒せる相手だと認識した。
今の彼女にとってアリシアのことはどうでも良くなっていた。ただ目の前の強敵を斬りたい。
そんな欲求だけで動いていた。

「へぇ、そこら辺のマニュアル通りの硬い奴らよりかは随分と切れ者だな。たしかにあんたの剣は鋭そうだぜ」

「正直、どうしてなのかは分からないが了解した」

ルサカは二人のことを理解するのを諦めた。
修との付き合いは彼に他人を完全に理解することは不可能だという真理を彼にもたらした。
そしてそれは今のアイリスにも適応された。
だからこそルサカはそれでもなお信頼できる修の言葉に従った。

「来なよ、獣。あんたみたいな害獣、ちゃんと狩らなきゃ危ないからな」

「言ってくれるな。正直、傷付いたぜアイリスちゃん」

両手を1000度に近い炎で包んだルサカは、その猛火をアイリスへと放った。
それは炎の風だ。吹かれたら表面を一瞬で炭化させられてしまうような風だ。

「ルサカさん、ダメです。あの子はアイリスちゃんです!!」

「ルイス、シェーラを止めろ」

「了解。シェーラちゃん、諦めて。あの子がアイリスちゃんじゃなくなっていることは貴方が一番分かっているでしょ」

アイリスを焼こうとするルサカをシェーラは止めようと鎖を構えたが、ルイスに止められた。
そして炎がアイリスへと迫った。

「学習能力のない獣だなぁ。そんな攻撃が俺に通用するとでも思ってるのか!?」

声はアイリスと同じだからこそ、言葉遣いの違いがより大きく感じられる。
アイリスの左側から撃ち込まれた炎は左手の真紅の壁、エナジーブレイカーによってあっさりと阻まれた。
アイリスの周辺を炎が包んだが、エナジーブレイカーにより彼女には炎が触れない。

(炎で目眩ましでもするつもりか? それにしたら火力を上げすぎだろ。これじゃあそっちも攻撃出来ないだろ)

連携できないような強すぎる火力にアイリスが疑問を持ったがその必要はなかった。
仲間も焼く、1000度の炎を突き破って修が姿を表した。その体は炎に焼かれていた。だが、彼の膨大な魔力で作られたバリアジャケットはその程度の炎は通用しない。
予想外の強襲から間髪入れることなく振るわれる一撃は神速。
斬式・鎌鼬
目にも留まらぬ神速の一閃がアイリスを襲った。その剣は迷いなく首を狙っていた。

刃と刃が猛スピードでぶつかり合った音がした。
一瞬の交差の直後、片方が弾き飛ばされた。そして光を反射させる破片が宙を待った。

「速いな剣士。それも炎に焼かれながらご苦労だったな。でも、そんなの俺には通用しないけれどな」

弾き飛ばされたのは修の方だった。
修の高速の一閃に対して、アイリスはその細腕からの一突きで修の斬撃を押し返していた。
スピード重視のために力を抑えていた修は突き飛ばされたが、体制は既に立て直していた。だが修の刀、月光はアイリスのサーベルシュナイドと交差した先端からへし折られていた。

「利き腕は右か。それに関節部を加速させた上で、命中時に先端の重量増加をしてさらに空間干渉か。手際がいいな」

「ほんと鋭いな。ゴミ屑の記憶にあるお前はそんなに鋭い人間じゃないのにな。暴走、暴走言われているけれど実際のところそっちの方が強いだろ」

「それはこっちも同じだ。防御主体の剣術で攻撃を流した上でのカウンターが主体なのに、今は月光をへし折るほどの攻撃力を持っている。そっちの方がいいのかもな」

「当たり前だろ。あんなゴミ屑と俺を比べるんじゃねぇよ。さっきの攻撃なんて基本だぜ基本」

以前のアイリスを批判するこのアイリスの言葉を聞きつつ、修は先端が欠けた月光を振るった。すると欠けていた選択が高速で修正されていった。
炎を放ち終えたルサカは剣を高速修復する様子を黙ってみていた。彼の額からは冷や汗が流れていた。

「あれ、なんで嵐山陸曹のデバイスもう直っているの」

デバイスには自動修復能力を持つものもある。シェーラのもそうだ。だが、それにしてもあまりにも早すぎる。

「高速再生か? 随分と無駄な機能を持ったデバイスだな」

「そうでもないさ。俺の場合、強度をどれだけ上げてもすぐに壊れるからな」

アイリスは高速再生を無駄と言い切った。容量の限られているデバイスをわざわざ破壊された状況を想定して再生能力を負荷させるよりも、そうならないように強度をあげたりするのが常識だ。
だが修はあえて再生能力を強化させていた。

「まあいい。さっさと仕留める」

亀裂が入った床を力強く踏みつけ、床が砕けるほどの強力な脚力で修はアイリスへと斬りかかった。
修に合わせるように駆け出したアイリスは普段の舞うような動きとは正反対の、鋭く尖った動きで修と斬り合いを始めた。そこから激しい斬撃の応酬が続いた。

『ジャンビ陸士、この展開は不味くありませんか』

『同感だ、ルイスさん。正直、修は次の手広範囲攻撃だろうな。この展開はあまり芳しくない』

ルサカとルイスは念話で会話しながら、状況が悪くなっていることを考えていた。不利なわけではない。だが、このままでは振りになってしまうという予想があった。
デバイスが損傷すると修が次に何をするか、二人は想像がついていた。

『高速強化再生は消耗が大きいです。そしてここで第二段階に移るのは考えものです。そもそもアイリスちゃんは無理に戦う必要がある相手とは思えないのですが?』

『それには正直納得できない。今のアイリスはやばすぎるだろ』

『確かに危険なレベルの存在ですが、目的達成の邪馬になるとは思えません。ここはアイリスちゃんを看破することを目的として行動するのがベストだと考えられます』

『正直、そうだな。じゃあ炎の壁で包むから、ルイスさんは修に行動を促してくれ』

再び両腕に炎が灯った。黄緑色の炎は激しく燃えるというよりもエネルギー体のように光り輝いていた。
高エネルギー体を持った両手を合わし、勢い良く前へ突き出した。

「躱せよ!! 修。烈火烈掌」

身勝手な事後承諾。暴走モードと言われている修だが、判断能力は普段よりも上がっており、ルサカの突然の攻撃にも対応していた。
そしてその対応が遅れたアイリスは黄緑色の炎の壁に襲われた。

「嵐山陸曹、アイリスはジャンビ陸士に任せてヴィヴィオ救出に急ぎましょう」

「そうか。分かった」

ルイスは炎の攻撃でアイリスが動きを制限されている間に修とこの場を離れようとした。

「おいおい、この期に及んで俺から逃げるつもりか? 逃がすかよ」

そんなアイリスの声とともに修とルイスは空気ごと攻撃された。

(そんな、突きで私たちがいる空間の空気ごと攻撃したなんて。それに炎で目くらましされているはずなのに)

ルイスは受身をとりアイリスの方を見れば、彼女の周辺の炎は切り刻まれていた。
左手から発生したエナジーブレイカーは糸状になってアイリスの周りの炎を引き裂いていた。

「正直、そこまで応用が効くってありか?」

「目の前の現実をあり得ないって理解しないヤツのほうがあり得ないぜ」

ルサカは得意とする炎による攻撃がアイリスには一切通用しないため苦戦を強いられていた。それでも親友のために、この敵は彼が倒さなければならないと考えていた。

(正直、炎が効かない相手は苦手だが力づくで取り押さえる)

アイリスへと突撃しようとしたが、それよりも速くアイリスが仕掛けてきた。
修の月光をへし折るような攻撃力を保有するアイリスの突き。直撃のダメージも去るもの、例え当たらなくても空間という面を突くことでその面全体を突く。
破壊された空気の鎚がルサカへと向けられたが、それをルサカは炎の柱を作り防御した。

そして全身から炎を吹き出しながらアイリスへと襲いかかった。

「頭はあるんだな。でも、同じだぜ」

ルサカがアイリスに突撃する直前にアイリスは左手を振るい、今度は扇状になったエナジーブレイカーでルサカの炎を剥ぎとった。
そしてルサカを斬り殺そうとサーベルを振り上げた。

そこにオレンジ色の銃弾が撃ち込まれた。
背後からの攻撃をエナジーブレイカーで防ぎつつ、アイリスはルサカを躱した。

「ちっ、てめぇはあの時のガンナー」

「そう。元に戻ったのね。残念だわ」

アイリスは階段から銃撃してきた魔導師へと啖呵を切った。
その階段から銃撃してきたのはティアナだった。

「私の失態ね、あの時確実にあんたを葬っていればこんなことにならなかったのに」

「言ってくれるな。あの槍騎士なしで俺に勝てると思っているのか」

「どうかしら」

シェーラはその様子を離れたところから見ていた。
アイリスの豹変について思うところのあるシェーラは、今のアイリスのことを理解していた。だが、アイリスと対峙するティアナをシェーラは恐怖の対象としてみていた。
そのアイリスを冷たい藍色の瞳で見下ろすティアナ。普段の優しさはなく、己の氷よりも冷たい背筋が凍りつくような殺気のみがあった。
どちらかが動いた瞬間に死闘は始まるだろう。それをどう止めればいいのかシェーラは分からなかった。

だが、事態は予想外の結末を見せた。

「いいわ、何処にでも行きなさい」

「はぁ、お前なんかにそんないわれする理由無いんだよ!!」

「そうかしら? 貴方一人消すくらい、どうってことないんだけど」

そんなことをティアナは微笑みながら言った。
ただ面倒。アイリスの相手をするのが面倒なだけとでも言いたいようだ。

(そういえば、モンディアル隊長が目立つから忘れていたけれど)

(正直、この人も西部の機人襲撃の時に戦ってエリオ隊長の半分近く殺しているんだよな)

死神と蔑称され、過激な機人殺しをするエリオの影で忘れがちだがティアナも相当の数の機人を殺している。
そのことを今のアイリスも知っているため、身の危険を感じた。

「ちっ、いいよ。あんたは後回しだ。先にあのうざい金髪から殺してくる」

「そう、勝手にしなさい」

アイリスはティアナの部下だ。大事に守ってきた部下だった。それなのにティアナは彼女のことをバッサリと切り捨てていた。
そんなティアナに悪態をつきながら、アイリスだった者はアリシアが逃げて行った方向へと走り去っていた。

「アイリスちゃん」

「お前は来るな、シェーラ」

そう一言だけ言い残して。

アイリスが走り去ったあと階段を降りてきたティアナは彼らと合流した。

「随分とやられたわね。それでも、全員戦える状況でいるからいいか。あれが相手でよく持ちこたえたわね」

そんな風にティアナはティアナなりに彼らを褒めたが、修は鋭い眼光でその言葉と斬撃で切り捨てた。ティアナの首を斬り落とすように振り抜かれた刃は紙一重で躱された。

「野蛮ね。そういう人は嫌いよ」

「嫌われて結構ですよ。世界中の人間の目の敵にされたってかまいませんよ」

「大袈裟ね。敵と認識したからってすぐに刀を振るうなんて、ヴィヴィオに嫌われてもいいのかしら」

「俺の目的はヴィヴィオを守ることですから。守ることと嫌われることは同時に成立します」

「へぇ、すごく思い切った考えね。でも、その意気込みは悪くないわ。それで、私に聞きたいことがあるからそんなことしたんでしょ」

首元、紙一重の距離に刃があると言うのにティアナは平然としていた。仮に修が動いても絶対に躱せる自信があるからだろう。その自信は彼女が憧れていた人の領域に達していることを暗に示していた。

「聞かなくても分かると思いますが、いったい彼女は何者ですか?」

「戦闘機人よ」

「そんな分かりきったことを今更聞いているわけじゃない!!」

要領を得ないティアナの回答に修は刀を振るったが、再び紙一重で避けられてしまった。
張り詰めていた空気が修の怒号と共に破れた時、シェーラは立ち上がり駆けだした。

「シェーラ、何処へ行くつもり」

「え、ティアナ副隊長。アイリスちゃん、のところです」

どれだけ豹変したとしても親友だ。シェーラは彼女の下へと行こうとしていた。
修相手に立ち回れるような敵か味方かさえ怪しくなっている彼女の下へ、その実は訓練生でしか無いシェーラが行くのは死ににいくようなものだ。本来ならばティアナは止めただろう。

「私が止めたって行くつもりでしょう」

「はい」

「そう。なら、いきなさい」

「はい」

ティアナはシェーラを止めなかった。淡々と柔らかくいきなさいとだけ告げた。その対応にルイスは驚きよりも怒りを覚えた。
ルイスの中でのティアナの評価は有能な魔導師だった。単純な戦闘能力は副隊長格の中ではトップであり、作戦立案能力や指揮能力にまで長けた万能タイプだった。何でも屋と呼ばれる自分よりも出来ることの範囲は広いだろう。執務官でもこれほどにはいかない。
ただ冷たい人間ではなく優しい人だった。ただ甘いだけではなく、本当に優しい人だった。彼女の作戦は常に誰も犠牲にならないように練られている。
それなのに、彼女は今シェーラを見捨てた。

「ランスター副隊長、シェーラはまだ訓練生ですよ。今のアイリスも、そしてあの敵もAAランク以上の力があります。そんなところへどうして向かわせるのですか!!」

珍しく声を張り上げるルイスをティアナは深い藍色の瞳で見つめ返した。

「問題ないわよ。あの子はひとりで戦うのに向いているのよ。周りに仲間がいると、仲間に頼ってばかりになっちゃうのよ。いい機会よ」

「な、単独戦闘に適しているからってあんな敵の中に放り込んで大丈夫だと思っているんですか」

修が起こるのも無理はないとルイスは思った。ティアナの返事は一番大事なことを隠しているような返事だ。これでは苛立っても仕方ないだろう。

「大丈夫ね、そうね確かに心配ね。あの子、誰も殺さなきゃいいけど」

大丈夫と言われてティアナが真っ先に心配したのはシェーラではなく、敵の方だった。予想外の返事を貰ったルサカは口に出した。

「正直、ティアナ副隊長。シェーラが殺されるじゃなくて殺すのか?」

「ええ。だってあの子、貴方達の中で一番惨忍よ」

そんなことを言われてもルイスとルサカは納得が行かなかった。
ルイスが甘いものをあげると笑顔で喜んでくれたシェーラ。
ルサカが背負ってあげると笑って喜んでいたシェーラ。
14歳には全く見えないシェーラが惨忍だと言われても、そんなことは全く想像出来なかった。
そんな二人の様子から想像できないとティアナは気づいた。

「想像出来ない? でも、同じ遺伝子で作られた人を殺して食い繋いでいた子が惨忍じゃないとは思えないけどね」

「シェーラが惨忍かどうかはもういいですよ。とにかく、アイリスは何者ですか」

シェーラの生死などどうでもいいとさえ感じている修は、二人と違い惨忍であることを受け入れていた。その上でアイリスのことをティアナに再度尋ねた。

「そうね、あの子は」








ヘブンズソード内部・エンジンルーム付近

「ゆりかごでも厳重な警備を敷かれていたらしいけど、これはやり過ぎじゃないかしら」

修達を置いて一人エンジンの停止に向かったギンガは数々の障害を乗り越えてここまで来た。
だが、そこで待ち構えていた光景に呆れていた。

「幾ら何でも敷き詰めすぎでしょ。一斉射撃で近づいた人は容赦なく撃ち殺すつもりなのかしら」

壁一面。床も天井も壁も全て自動戦闘機で覆いつくされていた。ただ無慈悲に近づくものを殺すためだけに作られた戦闘機達は、最悪の侵入者であるギンガへその存在意義である迎撃行動を行った。

「使うなら、もう少しまともにしておきなさいよ。こんなスクラップばかりじゃなくて」

心を持たない冷たい兵器達はその存在理由を果敢無く示した。
だが侵入者はそれらに真っ向から挑み、全て破壊し尽くした。圧倒的な暴力、ただそれだけでそれらは全滅を余儀なくされた。
そしてギンガは無傷だった。それらの存在理由はそれだけでしかなかった。ギンガの時間を奪った、それが存在した証拠になった。

「なんだ、行き止まりか? いや、新しい得物がいたよ」

「その声はアイリスちゃんかしら? いいえ、君ね」

ギンガは後ろから声をかけられ、振り返るとそこにはサーベルを右手に持ったアイリスが立っていた。
その様子から居間の彼女がどうなっているのかギンガは予測がついた。

「本当は金髪を殺す予定だったが丁度いい。ゴミ屑もあんたの行動に苛立っていたしな。壊し屋さん」

「生まれてこの方壊し屋なんて呼ばれたのは初めてよ」

「生まれて? 作られた命が生まれたなんて言葉使うか?」

作られた命というのにギンガは否定しなかった。事実だからだ。

「そうね。それでも私は生まれただと思うよ。まあ、君にはそんな事を言っても伝わらないかな」

「当然だろ。俺を誰だと思っているんだよ。ゴミ屑と同じような優しい言葉でも期待したのか?」

ギンガは拳を引いて構えた。戦意を持ったギンガに対してアイリスも剣を向けた。
戦闘態勢に入って漸くギンガの周りに気づいた。

「それはお前がやったのか?」

「ああ、このスクラップのこと。そうよ」

ギンガがスクラップと言ったときにはもうアイリスは動いていた。

「スクラップか、本当に嫌な言葉だぜ。そうだな、あんたをスクラップにしてやるよ」

「あら、地雷を踏んじゃったみたいね。まあいいか。遅かれ早かれこうなるのだから」

運動能力を強化するだけでなく、関節部からの加速を加えた突進の突きだ。
それは修との戦いで使用した突きよりも数段威力が高くなっている。分厚い戦艦の装甲だって貫くだろう。
それだけの威力を持っていることをギンガは分かっていた。
分かっていたからこそ、真正面から突きを受け止めた。

音はドンッだった。刃物が突き刺さる音ではなく、大砲が打ち込まれたような音がした。
そんな大きな音がするほどの衝撃だと言うのに、ギンガはその突撃を受け止めていた。

「な、なんだと」

「驚いているの? 良く考えてみなさいよ。こんな数と戦っておいて無傷なのよ。防御力が異常だってことぐらい考えれば分かるでしょ」

対艦砲のようなアイリスの突進突きを拳一つで受け止めたギンガはアイリスを掴んだ。

「ISエナジーブレイカー。ミッド式は当然だけど、ベルカ式でも攻略に苦戦する厄介な能力ね。でも、私には通用しないよ」

その瞬間、アイリスは叩きつけられた。ギンガはただ手を向けているだけだ。それだけだというのに上から全身に力を叩きつけられていた。

「これが私のIS。降下加圧ダウンフォース。下へ圧力を加える。エネルギーでも何でもないからそのISでも防げないわよ。ただ下へ圧力が加わるだけだから防御しても無駄よ」

無傷なのもこれが理由だ。射撃攻撃を当たる前に下に落とせばいい。それだけのことで、ギンガは射撃攻撃の一切を無効化できた。

「くそが、この程度で」

「無駄よ。そして、これで終り」

ギンガはアイリスを踏みつけた。そこからさらに下方向への力を加え、アイリスは床へとめり込んだ。
アイリスがギンガにできたのは拳のガントレットに傷をつける。ただそれだけだった。

「後で回収してあげるから、暫くそこで待っていなさい」

戦闘力の圧倒的な違い。地上の見えない切り札でもある首都守備隊の隊長格の一人と、そこの見習いである訓練生とではそもそも勝負にすらならない位の差があった。

(くそ、くそ、くそ、俺が、この程度で、こんな無様に負けるのか、くそがっ!!)

敗北の中アイリスは悔しがっていた。圧力は消えたが、なんどやってもこれでは同じだろう。
その時のダメージで意識が飛びかけたのだろう、元のアイリスの意識がわずかにあった。
深層意識の奥底に眠っていたアイリスは表面に出ている者に話しかけた。

(あの、このままでいるのです。ギンガ隊長には勝てないのです)

(ゴミ屑がっ!! あんなふうに足蹴にされてなんで悔しがらない!!)

(ギンガ隊長は格闘戦ではエリオ隊長よりも強いのですよ)

(それでも近接戦ではあの槍騎士の方が強いだろうが!!)

(あれ、おかしくないですか?)

(なにがだっ!!)

深層意識でアイリスは自分とそっくりな者に怒鳴られて萎縮しながらも答えた。

(だって、エリオ隊長は私と似た戦い方でパワータイプじゃないのにどうしてあのISを敗れるのですか?)

(……)

記憶にある修との会話で、確かに近接戦ではエリオが強いと言った。だがあのISがあればエリオならば押しつぶせられる筈だ。

(そういえば、どうして最初から仕掛けてこなかったのでしょうか。それにわざわざ掴んでからなのです)

(それもそうだな……そうか、そういうことか)

(え、ちょっと待ってください。私に体を返して)

(いや、元々は俺のだろうが)

心のなかの会話を終えたアイリスは立ち上がった。

「あれ、まだ戦うの。貴方は利口だと思っていたのに」

「ああ、勝つ手段を探していた」

そう言うとアイリスは再びギンガへと突進した。
それを見てギンガは頭を抱えながら呆れた。

「何をするかと思えばバカの一つ覚えに」

ギンガは手を向け下方向への力を発生させた。今度はさっきよりも強力だ。
だが、アイリスは突然壁を走り始めた。壁に足跡が思い切り残るような力強い走りだ。

「えっ?」

ギンガの意表をつくと、彼女の真上からサーベルを振るった。空間干渉によって成し得た遠当ての斬撃だ。不意をついた一撃は彼女の防御が間に合わない。
その斬撃はギンガを斬り裂いた。高い防御力を持つギンガは倒れることはなかったが、ここに来て初めてのダメージだ。
手応えを感じつつギンガの背後に降り立ったアイリスは笑った。

「やっぱりな。あんたのISは有効範囲が狭い。インファイトでは強力だけど、近接戦闘になるともっぱら射撃の防御にしか使えない。高機動型には通用しないからな」

「やっかいね。たった一度で私のISの欠点を見つけるなんて」

ギンガが振り返るとアイリスは慌てて背後へ飛び移った。

「君も殺していい機人だけど、革新的でもあるから実験体として生かしておきたいのよね。だけど、手加減しすぎは無理ね。だから私はあなたを動けないように潰す」

首都守備隊四番隊隊長ギンガ。化物の巣窟とも言われる四番隊をその腕力で仕切る戦闘機人がそこにはいた。
ISだけでその地位にはいない。むしろISなど必要ないのかもしれない。彼女の武器はその体だ。

「さあ、かかってきなさい。追加のDナンバー」

そうギンガが言うとアイリス、アイリスの形をしている者は笑った。銀色の右目には16の数字が浮かび上がった。

「いいぜ、俺が誰なのかを知った上でそんな事が言えるなんてな。相手してやるよ、この俺が」







ヘブンズソード階段付近

「あの子の正体はこの5年で新しく作られたDナンバーの一人Dナンバー16」

Dナンバーそれは首都守備隊、そして管理局として現在最も危険視している存在だ。
オーバーSの戦闘力を保有する凶悪な戦闘機人達。
ティアナはアイリスをその一人だと告げた。

「それは本当なのですか?」

「本当よ。私とエリオが戦った戦闘機人の一人だから」

「その時の強さは?」

ルサカとルイスが告げられた事実の真偽に悩んでいるのに、修は強さを尋ねた。嘘ならば嘘でいい。真実ならば真実として接するだけだ。

「エリオが一人で打ち破れるくらい。でも、成長しているわ。D型は最初から完成体のはずなのに、あの子は成長するように仕組まれている。多分、その時よりも今のほうがもっと強くなっているでしょうね」

「そんな、じゃあ全部嘘だったんですか? アイリスは全部騙していたんですか」

「そうじゃないわ。あの子は記憶をなくしていた。それをギゼラさんが保護したの。記憶を無くしたD型戦闘機人として調査するためにね」

(アイリスが聞けば酷な話ね。あの子は本当に信じている。ギゼラさんの愛情は偽りの無いものだから信じて当然だけれど、それは全て一瞬で偽りに変わる)

告げられた真実を受け止めきれていないルイス、受け止めたがどういえばいいのか分からないルサカ。
そして吹っ切っている修。

「行くぞ。アイリスはアイリスだ。今のあいつはアイリスじゃない、ただそれだけだ」

「正直、そうだよな」

「そうですね」

強引な修の誘いで二人は彼についていった。当初の目的ヴィヴィオ救出を果たすために。


「アイリスはアイリスか。そうね。でもアイリスは偽りでもある。ねぇ、スバル。あんただったらどうする?」











あとがき
オリキャラが中心過ぎたかな。
修やルサカが感じたアイリスの異質はこれが原因でした。
今回のタイトルはアリシアとあのアイリスの二人を指しています。
ヴィヴィオの元にたどり着くのはいつになるやら。
感想お待ちしております。



[8479] 第十八話 忌まわしき現実
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:f393325e
Date: 2010/06/16 01:01
ヘブンズソード・周辺

「ふぅ、やっと片付いたよ」

「予想以上の数だったわね。どれも見たことの無い型の兵器ね。管理外世界の質量兵器流用ではなくて、独自に開発した兵器かしら」

ヘブンズソードの周辺に展開されていた妨害兵器達は首都守備隊の空戦部隊により全滅させられた。当初の予定ではここまで時間のかかる戦闘ではなかった。
しかし展開された兵器達は誰一人見たことの無い新兵器ばかりであり、攻略に時間がかかった。

「それって、この戦闘は新型兵器の実験とかですか?」

「その可能性はあるとしか言えないわね。それだけの資金力と技術力を持つ組織だからやっぱりヴァルハラなのかしら」

「はぁ、もうさっさとヴァルハラを滅ぼせばいいでしょ。海は何をしているのかしら」

「海とヴァルハラの戦争は今も継続中よ。ただ休戦しているだけ。どちらかが強行すれば数万単位で死者が出るような戦闘が勃発するでしょうね」

「ええ、そんなものなんですか?」

「そんなものよ。管理局もヴァルハラの危険性は理解しても、全滅させようなんてことは一度も考えたことはないから、結局兵力をそぐ程度で終わるけれどね」

「あれ、全滅させないの? 反管理局組織でしょ」

レナの反応は当然だがギゼラは少し言いにくそうに返事した。

「理由は二つかしら。私も細かいところまでは知らないけれど、管理局の暴走を制する組織の存在は必要だということと、反抗勢力をヴァルハラに集中させることで対応しやすくするためよ」

「ああ、なるほど。監査官なんてものも結局組織の人ですからね。管理局みたいな大きな組織だと暴走した時が怖いですね。でも、現にヴァルハラの勢いを制限出来ていないじゃないですか」

「だから少し不思議なのよ。これだけの勢力はヴァルハラが可能性としては高いけれど、それにしても動きが杜撰すぎるわ。ミッドへ攻撃するのならばもっと緻密な攻撃をしてくるものなのに」

「へぇ、そんなもの? 私はヴァルハラとの遭遇とかはなかったからよく知らないけれど」

「私だって一度だけよ。それにしてもやっぱり今回のはヴァルハラが手を引いているとは思えない。あの組織も内部分裂でも起きているのかしら」

ギゼラ自身も遭遇は一度しかなく、後は執務官時代に調べたことだ。執務官だった頃といえば7年前でありDN事件が起きるよりも前だ。あの事件を境にヴァルハラ内でも諍いが起きていると彼女は考えているが、地上部隊という地位からは深いところまで調べきれていない。

(元々は黎明期の管理局から分離した人が設立した組織だから、あそこも管理局同様派閥争いが激化しているのかしら? 管理局の抑止力であろうとする派閥と、管理局そのものを壊滅させようとする派閥があるっていう噂が一番強いけれど)

彼女の考えは結局のところ空想の域をでない。真偽以前の問題である。
ここでそんな遠いことを考えても無駄だと判断したギゼラはヘブンズソードの防壁を五番隊が破壊次第突入するためにヘブンズソードに近づいた。

「アイリス、大丈夫かしら」

「ふぅ、やっぱり娘さんのことは心配ですか? でも、あの子結構強いですよ」

「そうね、でも胸騒ぎがするの。あの子の命が危険にさらされているような気がしてね」

絶対防壁の壁で遮断された向こう側に居るギゼラは今のアイリスに起きていることを知らない。それでも彼女は嫌な予感がしていた。
一つの嫌な経験。その経験がそんな感覚的予測を彼女に与えていた。

(まるで、あの日。ティーダとフィンが殺し合いをした日のような胸騒ぎがする)

左の薬指に未だに嵌めてある指輪は彼女にとってかけがえのない宝物となっている。
それの意味をなくさせた竜騎士、フィン・ル・ルシエを恨んできた。
ギゼラの心のなかの憎しみを知ってかレナはギゼラに問いかけた。

「突入したら、私は作戦通り内部に侵入しますが隊長は?」

それは暗にゼストと空中で激戦を繰り広げる竜騎士を撃墜するかと聞いているのだとギゼラは察した。振り返ってみれば彼女には一度だけ自分たちの関係を話したことが合った。

「パターンとしては甲板に敵戦力が集中していると考えてもいいから甲板に行くわ。その後に内部に侵入する。私の技は距離があればあるほど強くなるから」

「じゃあ、仇討ですか?」

人の心などを考慮して考えるとそう判断出来るだろうとギゼラは思った。しかしそれをレナが言ったことは意外だった。
感情を一切無視した機械的な教導をし過ぎるとして教導隊を追われた彼女に、いつの間にか人の感情をよく理解出来るようになったのだと感服した。
だがそれとこれは話が別だ。

「何を言っているのかしら? あのゼストに私が助太刀するってのもおこがましいわ。それに相手は竜騎士よ。相棒が居れば真龍クラスも、そして単騎ならその下の超龍クラスすら斬り伏せるような化物よ」

心は竜騎士を討つことを望んでいる。
しかし体は願望に届かない。







ヘブンズソード・甲板

「さあ、そろそろ終わらせるか。お前の敗北で幕引きにする」

チンクはナイフを構えバファメトにそう言い放った。
無限にすら感じさせる再生速度を持つこの悪魔相手にチンクは勝機を見つけた。

「しかし本当か? かなり無茶苦茶な考えだと思うけどよ」

チンクが見出した勝機に対してハラレーは些か疑問だった。荒唐無稽な考えだということはチンクもそして皆も分かっていた。それでも賭ける価値があった。

「ハラレー、可能性はゼロじゃない。可能性がゼロじゃない、それに賭けることにためらうような奴はオトコではない」

「同感だ。奴はここで仕留める」

キルギスはやる気満々で、コウライはやる気どころか殺気すら発していた。五年前の事件を彼なりに調べ、そして誰がヴィータを殺したのかを知っているからこその理由ある殺意だ。
黄金の炎を放ちつつ、黄金の稲妻を手に携えたコウライを見てキルギスはにやりと渋い笑みを浮かべた。

「そうだな、ここは語っている場合でもないな」

そしてキルギスは重心を低くおき、四股立ちになった。今彼の体内では魔力が通常の倍以上の速さで全身を駆け巡り、肉体そのものの力を高め続けている。魔力によるドーピングのようなものだ。
あふれた力は熱を生み肉体の強化とあわせて変化した鎧の隙間から蒸気として逃げて行く。

「決めるぞ、ハラレー、コウライ!! 儂に続けっ」

ドーピングで強化された身体は、その巨躯からは想像もできないような高速で移動した。それはさながらロケットのようだ。背中にロケットエンジンでも詰んでいるかのようなスピードでキルギスはバファメトにタックルした。
キルギスの狙いは衝突による単なるダメージだけではない。4,5mはあるズングリムックリなバファメトの巨躯を吹っ飛ばした。巨体はそのままヘブンズソードの硬い壁に激突した。
人間台の物を投げ飛ばしただけでも激しい音がするスピードだ。それを数百kgはあるであろうバファメトを吹き飛ばした場合どうなるか。
ドガンッ。
そんな鈍い音がした。ヘブンズソードの強度は相当なものだ。その壁にバファメトはめり込んでいた。あの音はバファメトがぶつかっただけではない、ぶつかってその部分だけ壁を押しつぶした音だった。
相当なダメージが有ったが瞬時に再生したバファメトは立ち上がろうとしたが、綺麗にのめり込んでいるため動くことが出来なかった。その隙をコウライとハラレーは見逃さない

「動けないな。ならば、これを喰らえ!!」

「こういう化物は頭を潰すのが一番って相場は決まっているぜ」

コウライは手に携えていた黄金の雷を真っ直な雷撃の衝撃波としてバファメトに叩きつけた。
雷撃がバファメトの肉体を引き裂くと同時に、鎖を回転させ臨界点まで魔力を溜めた鉄球をハラレーはバファメトの羊のような不気味な頭に叩きつけた。
物理的な破壊力だけでもその頭を砕くだろう。そこにさらに激しい大爆発が加えられた。
しかし爆煙が消える頃にはもうバファメトの体は再生していた。
再びその黒い巨体が動き出そうとしていたが、チンクはバファメトの真正面にたった。その距離はバファメトが蹴り一つすればチンクの細い体は簡単に吹き飛ばされるほどだ。
動こうとするバファメトに対して、チンクはコートから黄色い彼女のエネルギーが零れてしまうほど大量のエネルギーをその身に集めていた。

「もうチェックメイトだ、バファメト」

チンクは制御しきれないほどのエネルギーをバファメトの足元に叩きつけた。そして彼女の眼帯で隠されている右目に埋められたデバイスの全機能を使用した。

「白銀の剣に刺され、罰を待て。バインドブレイド!!」

「ウガァァァァァァ」

チンクの右目に埋め込まれたデバイスの所有する能力はエネルギーを変換し鉄を作る変換機構だ。普段はそれを使ってナイフを作っている。それを今は自身の四分の三に匹敵するほどのエネルギーを全て鋭い刃に変換させた。
デバイスの力で作られた数十本の鋭く巨大な刃はそのままバファメトの足元から伸びて串刺しにする。
バファメトの巨体は串刺しされている部位から夥しい血が流れながらも、再生を続け銀色の刃すら取り込もうとしていた。見るからに痛ましいその体は痛覚が存在していないのか、チンクへと襲いかかろうとしていた。

「やはりそうか。ルーテシア、あいつを使うぞ」

「分かった」

今にもバファメトが襲い掛かろうとしているのに、チンクの表情には焦りは見当たらず冷静にルーテシアに指示をしていた。
背後のルーテシアが手はず通りのすることを背に感じながら、チンクは袖口から普段使うナイフよりも一回り大き目のナイフを取り出した。

「バファメト、その罪の重さに潰されろ!!」

大型ナイフをチンクがバファメトに投げつけると、激しい閃光とともにバファメトを串刺しにしている剣が細かく砕け散った。
戒めを解いたわけではない。むしろ逆で、処罰のためでしかない。
細かく砕け散った剣はバファメトに降り注いだ。たとえ細かくともその鋭さは健在であり、バファメトの身を破いた。
黒から紅へ。そして再び黒へ。
肉体を破かれたバファメトは一瞬だけ紅に染め上げられ、そして血の黒へとその色を変えた。
その体には体を破いた銀色の破片が何万も、全身を余すこところなく突き刺さっていた。

「これがお前への断罪だ。シルバージャッジメント」

バファメトが光った。光の後に遅れてやってきたのは爆音だ。
全身に突き刺さった銀色の破片を全てチンクは爆破させた。バファメトの肉体を破片も残さず、その全てを爆破した。
激しい爆発の中、チンクの瞳は爆心にある黒い球体を見逃さなかった。

「ルーテシア、中央の球体を狙え!! あれが本体だ」

「吾は乞う、強欲な者、命の光を糧にする者。言の葉に応え、我が命を果たせ、召喚万雷王

ルーテシアは召喚魔法を唱えた。普段はガリューを傍らに置いている彼女にとって、召喚する虫たちは普段は周辺に置くことができない危険性のある者たちだった。
魔力の消耗のある召喚を行う理由は二つある。一つは生活環境によっては生活出来ない召喚獣のため。もう一つは普段傍らに置くことが出来ない召喚獣だ。
昔から彼女が使ってきた地雷王や白天王などはその大きさから普段そばにいることが出来ない。
それに対して、今回ルーテシアが召喚した虫の大きさはガリューと大差ない。それでも出しっぱなしに出来ないのは生活環境などではなく、その危険性ゆえだ。
万雷王は中型の甲虫だ。大きなハサミがせわしなく動く気味の悪い口と無機質的な瞳を持っている。背中の翅鞘は毒々しい色で作られている。

「万雷王、いいよ。食べちゃって」

ルーテシアの言葉を聞いた万雷王は毒々しい翅鞘を広げた。ハラレーはその翼で飛び、その口で食らうものだと思った。
しかし現実は想像以上に悍ましい。

「な、なんだよ、あれ。幼虫か?」

翅鞘が広げられたのは飛ぶためではなかった。翅鞘は背中に済んでいる数万の幼虫を隠すためのものだった。

「万雷王は背中で数万の幼虫を育てているの。このこの場合は8万匹だよ。そしてこの子たちの餌は肉じゃない」

食欲旺盛な幼虫たちは彼らを押さえ込んでいた親の翅鞘がなくなると、われ先にと肉体を再生させかけているバファメトへと食らいついた。

「この子たちが食べるのはエネルギー。魔力でも電力でもエネルギーでもなんでもいいけどね。でもねあまりにも食欲旺盛で密輸されたこの子たちのせいで一つの次元世界が深刻なエネルギー不足に陥ったりするほどだよ」

8万匹の幼虫たちはバファメトの体に食らいつき、超速の再生が追いつかないほどのスピードでバファメトのエネルギーを食らい続けていた。バファメトの巨体を万遍なく幼虫が食らいつく様は異様であり、不気味だ。
目の前の強敵が幼虫に食われ続ける無残な様をハラレーは見ていて気分が悪くなった。

「見ていて気持ちのいいものじゃねぇな。でも、これはチンクの考えは当たりってことか」

「だから言ったろう。漢ならば可能性がゼロじゃない限り賭けろと」

「私自身も自分で半信半疑だったよ。まともな思考では常識に毒されている。非常識で考えないと気づかないよ」

エネルギーをほとんど使い切ったチンクはその場に座り込みながら呟いた。

「しかし結局こいつはどうなっているんだ? 俺にはさっぱりわからないぜ。コウライは分かったか?」

「いや、これほどまでに得体の知れない怪物、古代ベルカの時代から今まで見たことがない」

「そうだろうな。もしも情報があるのならばドクターが探しているさ。ハラレー、簡単に言えばこいつの肉体はエネルギー体で、本体はあの小さな黒いコア一つだ」

バファメトの体は半分近くを喰らい尽くされていた。チンクが指さしたのは先程見つけたコアのある部位だ。

「でもよ、あの小さなコアにあれだけの再生をするだけのエネルギーがあるものなのか?」

「なぁ、ハラレー。お前は私の話を少しでもいいから聞いていたか」

チンクはその理由も自分の考察としてさきほど話していた。だからこそ呆れたように尋ねた。

「聞いていたぜ。でも話が難しすぎて理解できなかった。ぶっ叩けばいいってことは分かった」

底抜けに明るい笑顔で、分からなかったことがさも当然のように話すハラレーにチンクは頭を悩ませた。
そしてため息をつきつつ再度説明を行うことにした。

「奴の肉体はエネルギー体だ。そもそも奴のIS単なる再生ではなくて、エネルギー吸収も含むようだ」

「そうだろうな。儂も消耗が早いと感じていた。吸収能力を持っているのは間違いないようだ」

キルギスはバファメトとの殴り合いの中で、想像以上の消費を感じていた。バファメトが吸収能力をもち、攻撃する度にエネルギーを吸われているとしたら説明がつくと彼は感じていた。納得がいく一方で疑問もあった。

「だがあの手応え、奴の肉体を破壊できたのは何故だ? 吸収能力をもつというのならば、なぜ攻撃で傷を負うのだ」

もしも吸収能力を持つならばバファメトが攻撃によって損傷するのはおかしかった。キルギスが感じた消耗から鑑みると、攻撃を吸収出来ているはずでダメージはまだしも肉体的損傷は不自然だ。
キルギスの問いにチンクは口元に指を当てながら答えた。

「吸収能力は再生能力の副産物だ。バファメトの通常状態が変化すると自動発動するISなのではないか。削られた時点でその分だけ吸収する」

「成程、一種の不死身か。それであの虫は何だ。見覚えが無い」

コウライはバファメトに対するチンクの考察に賛同した上で、ルーテシアが召喚した「万雷王」を指さした。
翅鞘の中に隠されていた幼虫たちを発射した後、成虫の方は奇妙に動く口をせわしなく動かしていた。それは虫というよりも飢えた猛獣にも見える。

「あれは万雷王。あまりに危険過ぎるからルーテシアが出すことを控えていた虫だ。満腹感というものが存在しない上に、一定量以上の餌がないと召喚士すら喰ってしまうような奴だ」

「一体、どのような生態だ」

「この子たちは幼虫を親の背中で育てているの。幼虫の頃の餌は実体のないエネルギー。成虫になるとなんでも食べるようになるの。幼虫で体力を吸い取って、成虫が残った体を食べるのが常套手段だよ。幼虫が親の体から出れるようになると、親は死んじゃうから稀少性も高いんだよ」

ルーテシアはコウライに尋ねられ、怯えたように答えた。コウライに対してルーテシアが恐怖心を持っているわけではなく、人見知りをする内気な性格ゆえである。
それを十分承知でいながら、チンクはルーテシアの心の安寧を揺るがすコウライに啖呵を切った。

「コウライ、ルーテシアが怯えている」

「過保護はいい影響など与えやしないぞ」

痛いところをつかれたチンクは顔を顰めさせたが、コウライを睨む眼光の鋭さに変化はない。
悔恨からルーテシアに対して負い目があり、そしてもともと持ち合わせていた愛情の行き場が彼女へと向かった結果が今に至っているのだとチンクは自己理解している。それでも直すことが出来ないが。

「ところでよ、ルーテシアちゃん。幼虫たちはいつまで吸っているんだ?」

ハラレーはバファメトの現状を見ながら、ルーテシアに尋ねた。
バファメトの体は球体がコアだということはチンクが見つけていた。だから必然的に吸収し続ければ球体に近づくだろう。
だから彼らの前には幼虫が犇めき合う不気味な球体が中に浮かんでいた。8万匹の幼虫が球体状に固まっている。さきほどの図よりもさらに不気味だ。

「あの形になってから一向に変化しないが?」

「? そうなの。じゃあ、万雷王。食べに行って」

本来ならばエネルギー吸収を終えると幼虫たちは本能的に親の背中に帰る。そのことが気になったがルーテシアは常識では考えられないと考え、万雷王にトドメを命じた。
ルーテシアの許可を受けた万雷王は飛び上がり、幼虫たちは親の背中に大急ぎで帰っていった。そして鋭利な鋏を持つ巨大な口を開いて、黒い球体を喰らった。

「え、万雷王!!」

万雷王が黒い球体を喰らうと、万雷王の体が休息に痩せ細っていった。体内の栄養を全て吸い取られ尽くすかのように萎んでいった万雷王の体は、償還時の半分ほどのサイズまで縮んでいった。
その様子を見たルーテシアは即座に送還魔法を発動させた。ミイラ化した万雷王が送還魔法で元の世界に帰るとき、万雷王の腹を突き破って黒い球体が飛び出てきた。

「なに、まだ戦えるのか!?」

「これは不味いな。本当にこいつは13の中の11か? あれで死なないとなってくると、こいつの上はもはや生命体ではないな」

エネルギーをほとんど使い切っているチンクの前にキルギスが背を向けて立った。体内の魔力でさらに力を蓄え、絶対的な暴力を振るおうとしていた。
そんなキルギスの隣で右手に猛火を左手に雷撃を迸らせていた。

「洒落にならないな。人の夢はこんな怪物までも生み出してしまうのか」

「その人の夢を守るために儂らはこうしてここに立っている。どちらの夢が強いかの戦いじゃろう」

「そのようなものか」

「グハハハハッ、貴様でも判断がつかないことがあるか。古代ベルカの伝説よ!! さてと、攻略法は分かった。たたみかけるぞ!!」

キルギスの号令を聞きコウライとハラレーはバファメトのコアへ攻撃を仕掛けた。
だが、さっきまでとは一味違う異常性が待ち構えていた。
黒のコアが奇妙な金切音を突然立てると、コアは吸収を再開した。それと同時に彼らは急激に体が重くなるのを感じた。
キルギスの体を覆っていたパワーも、コウライの手の炎も雷撃も消え去った。いや、吸い取られていった。

「なんだよ、さっきまでとは吸収力が違いすぎるだろ」

先程までは攻撃するときに吸収されていた。
しかし今はコアの周辺全てにエネルギー吸収が行われている。吸収範囲も吸収力もレベルが違う。周りのすべての命を喰らい尽くすかのような吸収力は、再生してコアを多う肉体すらも吸い取る暴走でもあった。

「く、ここまで……か」

最初に倒れたのはチンクだった。シルバージャッジメントはその破壊力の代わりに膨大なエネルギーをチンクに消費させる。そのつけが今彼女を襲っていた。
高速ドレインによって残ったエネルギーも

「あ……お姉ちゃん。ガリュー、地雷王!!」

チンクが倒れるのを横目に見たルーテシアは叫んだ。主の叫びを聞いた二匹の虫はコアを破壊せんと攻撃を仕掛けた。
地雷王が地震の衝撃をコアに浴びせ、そこをガリューがルーテシアのブーストで強化された飛び蹴りを当てる。

「ガリュー、ガリュー流星脚!!」

自分自身も魔力を吸収されているのにルーテシアは立ち上がり戦った。それに応えるようにガリューは駆け出し飛び上がる。ルーテシアの力がガリューの足に収束し、鋭く太いランスのような飛び蹴りをコア目がけて放った。
しかし地雷王の電流は即座に吸収され、ガリューの流星のような蹴りもブーストの魔力とガリュー自身のエネルギーを吸収されガリューは落下して片膝を突いた。

「そんな……」

その様を見届けたルーテシアは力を使い果たして倒れた。
少女二人が倒れる様を見たキルギス達は決死の覚悟で攻撃に出た。

「くそっ、こんな玉一個にやられてたまるかよ!! ロケットインパルス!」

ハラレーはフレイルから鉄球を射出してコアを攻撃した。不意打ち用の鉄球射出攻撃だ。
だがそれも直撃の前に魔力を吸われ、鉄球がコアに触れた瞬間にハラレーのエネルギーも吸い取られた。

「灼炎渦、雷掌砲」

鉄球の衝突から間髪なく、コウライは炎の渦でコアを包んだ上に雷撃の砲撃を掌から打ち込んだ。射程は短いながらも、分厚い装甲も突き破る強力な魔法だ。
それでも同じように地獄の業火のような炎の渦も、雷撃の砲撃も全て吸いつくされた。
しかし彼らの行動は無駄ではなかった。
コウライの攻撃が吸い尽くされると同時に、膨大な魔力でさらに肉体を強化しその魔力を両手に集めたキルギスがその爆発的な力を目の前へと叩きつけた。
その拳は船すら潰す鉄槌。膨れ上がった力の衝動が今解き放たれた。

「これでくたばれ!!」

ヘブンズソードを海面へと叩きつけるかのような剛力の衝撃波は、分厚い装甲を砂浜の砂を掘るように容易く剥がしてしまうほどだった。
二人の攻撃はキルギスのこの一撃を打ち込ませるためだった。
魔法としては単純に力だけを特化している。なのはの大規模砲撃に似ているが、設定などはされておらずただ力の強化と破壊にのみ魔力を注いだ結果だった。
宙に浮くヘブンズソードの浮力を凌駕する力は船に力を下方向へのベクトルを与えた。
それほどの破壊力をもってしても、コアは破壊されずただ吸収するのみだった。

「やはり、吸収能力が暴走しておる。このままなにもかも吸い取るつもりか」

バファメトの肉体そのものが破壊されたことで再生完了にならないため、吸収が永遠とつづいているのだとキルギスは考えた。
吸収能力の限界値まで耐えるしかないのかとキルギスは防御を取った。

(エリオの話では奴らは命を犠牲にするような荒業を使うようだが、こいつのは吸収するだけの存在になることか。面倒な奴らだ)

倒れている仲間たちの前に立ちエネルギードレインの壁になる。キルギスにとっての最高の手段はそれだった。

「お前さんに取っておきを見せてやるよ。エルドラ、モード3。グローリー!!」

栄光を冠する名を持つ第三の形態。ブレイクモードと違い防御に特化したそのグローリーモードは全身の追加装甲と空中に漂う自動装甲の四基作り出した。
さらに装甲を増やしただけではない。キルギスの魔力を帯びている装甲は彼の周りに分厚い魔力壁を発生させていた。
それは栄華を極めた皇帝が己の富を守るために築いた完全無欠の要塞のごとくだった。

「さあ、喰らう者。喰らえないものがこの世にあることを教えてやろう」

意志もなくただ喰らい続けるだけのバファメトをキルギスは、戦術は守で真っ向から立ち向かった。

「うおぉぉぉ、ジャイアントプリズン」

空中に漂う四つの装甲はバファメトの四方へと飛び、強力な結界を発生させた。エネルギードレインを持つバファメトにどれだけバリアを張ったところで同じかもしれないが、キルギスは魔力を全てつぎ込むかのように堅牢な結界を固持し続けた。

「これはこれできつい。だがそれだからこそやる意味があるというものだ」

それは消耗の激しい我慢比べだった。分が悪いのは誰がどう見てもキルギスだ。状況は明らかに劣勢。そんなことぐらいキルギスは分かっている。だが、それでも立ち上がり戦うのが彼らしさでもあった。
底なしに思えるバファメトの吸収能力はキルギスの結界を喰らいつくそうとしていた。
そこへ一矢の破魔矢がコアに撃ち込まれた。悪しき者を打ち抜き、その魂を封じる聖なる破魔矢だ。
朱色に彩られた聖なる矢は攻撃としての存在や質が根本的に異なっていた。

「浄化しなさい!! シーゲルンプファイル」

攻撃ではなくその力の無効化と解除。その性質を負荷された魔法の矢がバファメトのコアを貫いていた。
キルギスが見上げるとヘブンズソードの防壁を突破したギゼラが弓引いていた。

「さぁ、眠りなさい。キープルーム&シーリングキューブ」

破魔矢の力によってバファメトのエネルギードレインが一時的に立たれたところへ、レナの二重魔法が撃ち込まれた。
本来は現場の保存などその空間を保つために使用される補助魔法に加え、正方形の箱で包み込み封印する魔法の同時使用はバファメトの完全な封印を完遂させていた。

「ふふ、どうよ」

「やばそうだから手を貸したけれど、余計だったかしらキルギスさん」

バファメトを正方形の箱に封印したレナは少女のような笑みを浮かべ、ギゼラは疲労したキルギスに声を掛けた。

「いや、助かったぜ。防壁は解除されたのか」

「全体はまだですね。でも、五番隊の人たちの働きで一部空いたのでそこから侵入しました」

「そうか。甲板の方は大方片付いた。儂らも侵入するか。起きろ、ハラレー」

隊員たちの活動が順調に進んでいることを聞いたキルギスは残りの仕上げへと移ろうとした。そのためにエネルギードレインを受けて倒れているハラレーに声を掛けた。
しかし魔力などを根こそぎ吸い取られたハラレーには立ち上がる体力すら満足に残っていなかった。

「無茶いうなよ隊長。こっちはエネルギー切れ。もう空っぽだ」

「漢が足りないだけだ。漢を上げればなんとでもなる。漢貫けばエネルギーなど心の底から無限に湧いてくるものだろ」

「いや、それは隊長だけだと思うぜ。ほら、チンクやコウライでさえも倒れているんだからよ」

そう言ってハラレーは倒れている副隊長二名を指さした。しかしそれを不服だと感じたのか、立ち上がる体力などないはずなのに立っていた。

「愚弄するなハラレー。この程度の逆境、幾度となく超えてきた」

「貴様とは違うのだよ。軟弱者のお前と私の違いを理解しろ」

「え、あれ?」

「あはっ、ハラレーやられっぱなしですね」

ハラレーの思考は実に一般的なものだ。普通ならば彼の嘆きに共感するものがいるだろう。しかし彼らは首都守備隊。はみ出し者が互いの目的を達成するために集まった部隊。
世間一般的かつ常識的な思考をしている者の方が少数だ。副隊長クラスにもなってくるとそれが顕著だ。これがまだ穏やかすぎると言われるフィアや常識人のティアナあたりならば賛同してくれたのかもしれない。
しかし幸か不幸かここに居る面々は常識の定規では測れない連中しか居なかった。

「ハラレー、諦めて漢を受け入れろ。漢を感じ、漢となれば立ち上がれる」

「気力体力ゼロでも立ち上がるって、どんな根性論だよ」

ハラレーはデバイスを杖代わりにしてなんとか立ち上がっていた。己の二本の足で立ち上がれる二人の方が異常なのだが、この場では多数決としてハラレーの方が奇異であり軟弱者に見えてしまう。
彼らはそのまま艦内に侵入しようとしたが、甲板に残っている最後にして最大の敵がその斬撃を叩きつけた。

「天龍!!」

天高く振り下ろされた即死の斬撃は、分厚いはずのヘブンズソードの甲板に大きな亀裂を生じていた。
片手で持ったバスタードソード型デバイス「アロンダイト」はフィンの魔力をその刀身に宿していた。
衝撃波を躱したチンク達は竜騎士フィンに目をやった。
鎧は無数の傷跡があった。血が滲んでいる部分もあった。それはゼストとの激闘が彼をそこまで追い込んだことを証明していた。そしてもう一つ分かったことは、フィンはそれだけの傷を負ってもゼストを打ち破ったのだ。

「なんだ、あの気色悪い奴はやられたのか」

そう一言言って刃を向ける。まだ向けられただけなのにチンクは敗北を感じた。
絶対に勝てない。そして絶対に殺される。
チンクにとってフィンとの戦いは結果が分かった上で行うようなものだった。その圧倒的な力量は管理局最高の剣士と呼ばれたことを裏付けていた。
一方のフィンは平然としていた。確かにフィンが対峙している面々はSランク二名にニアSが三名とSランクでも逃げ出したくなるような状況だ。普通のSランクならば。
自分の力量に絶対の自信を持つフィンにとってみれば、問題はない。
ゼストとの戦闘に比べると人の数が増えただけで、戦力は下がっているのだから。

「救難隊の頭領にお前か、ギゼラ。あの程度の奴では敗北は必至か」

「言ってくれるわね、フィン」

バファメトを貶すフィンをギゼラは怒りを隠さない声で制した。
弦を引き、必殺の弓で射抜こうとしていた。

「どれだけ堕ちても大切な仲間。対峙したらきっと私は戦えないものだと思っていたわ」

「言葉と動作が全く合っていないのはどうしてだ?」

「理由は簡単よ、貴方と戦うことに私は何一つ躊躇いもないみたい」

「それでいい、俺はお前から大事な家族を奪った男だ。敵意と殺意を向けるのは、人の心を持ち合わせているのならあって当然の反応だ」

ギゼラの弓の力をこの場の誰よりもよく熟知しているフィンは、彼女が弓引くことが当然だと言い切った。それを聞いたギゼラは音よりも速い弓を射たが、フィンが振るった双刃刀によって叩き落とされた。

「家族、ね。婚姻届を提出するよりも速くにティーダの死亡が確認されたから家族というのは正確じゃないけどね」

「そんなものは心のありようだ。血の繋がりなど全くないのに、本当の親以上に娘を守ろうとする人間だって居る。血が繋がった実の娘なのに、恐怖して排除する親もいる。本当に必要なものはそのものをどう思っているかだろう」

フィンにとって高町なのはとヴィヴィオの姿は、血の繋がりなどよりも遥かに強い絆を持った親子に見えた。そしてかつて殺めた者達にとって血の繋がりは保身の前には薄い水でしかなかった。

「いいこと言うのね。でも、それが分かっているのならより私は貴方を許すことが出来ないわ」

「許されたいなんて思ったことは一度もないさ。そしてお前が許すなど思ったこともない。スティールもだ」

「ティアナちゃんも?」

「……」

出てくると思っていなかった名前にフィンは答えに窮した。その様子を見ながらギゼラは憎しみを込めた瞳で睨みながら続けた。

「ティアナちゃんは一人ぼっちになったのよ。ティーダが死んであの子は一人ぼっちになったのよ」

「そうだな。あの子にも恨まれているだろうな。しかしもう二十歳は過ぎたか、想像がつかないな」

フィンの脳裏に浮かぶのは親友に甘える幼い少女の姿だった。母親によくにて整った姿だったのだから、きっと美人に成っているのだろうと考えたがどうにも想像出来なかった。ましてその少女に憎まれている様子などまったく思い浮かばなかった。

「恨んでいないわよ、ティアナちゃんは」

「馬鹿な、あの子は最低過ぎる父親に見捨てられて母親を亡くしてティーダに依存していた。そのティーダを殺した俺を恨まないと言うのか!!」

ギゼラが入った言葉はフィンにとって信じられない物だった。家族や友達を失っていったティアナにとってティーダは最愛の存在だった。それなのに恨まないなどという考えを持つほどティアナは人間性を廃した善人ではないはずだった。

「あら、何を驚いているのかしら。だってあの子にとってティーダを殺した犯人はもう捕まっているから」

「どういう……意味だ?」

愕然として尋ねるフィンにギゼラは歪んだ表情を見せながら言った。

「あら、知らないの? あの事件は貴方がしたことにはなっていない。貴方が襲撃した施設に関係していた地上幹部が、ティーダを砲撃した後に保身に走って別件で逮捕された男を犯人としてでっち上げたのよ」

それが真相だった。危険なレアスキルを持った少年少女を人身売買で手に入れ私兵団を作ろうとしていた地上幹部が、フィンの襲撃によって真相を暴かれることを危惧し虚偽をしたのだ。最後にティーダを侮辱して。
その男はもうここにはいない。スティールに顔面の骨を粉砕され、生き延びたもののギゼラによって社会的に抹殺されて、家庭を破壊された元幹部は借金返済のために利用していた人身売買組織によって体を売り払われていた。娘と妻は娼婦として売られ、息子は奴隷として別々の管理世界で生きているらしい。
破滅しておりそのことに付いての報復はギゼラやスティールの中では終わっている。そのことをティアナに伝えなかったのは、彼女の精神的な安定のためでもあった。
今、その現実は誰よりも真相を知っていた男に絶望を与えていた。

「なん……だと……」

「だから、ティアナちゃんは貴方を恨んでいない。今でも貴方は兄の親友の強い騎士でしょうね」

「……」

ティアナが恨んでいないのならば彼にとってはそれでいい。だがフィンを絶望させるもう一つの事実をギゼラは突きつけた。

「そして無駄なのよ。貴方のしていることは」

「どういう……意味だ」

「だって、そうでしょ。事実として、貴方はティーダを殺していない。ティーダは違法魔導師に殺された魔導師よ。貴方がどれだけ強者を殺したところでティーダの最強は証明出来ないの」

親友の最強を証明する。それがフィンを戦いに駆り立てている理由だった。しかしティーダを殺したのがフィンでなければ?
ティーダの最強は証明されない。

ふざけるなぁ!!

怒りだった。激しい怒りがフィンの体から吹き出した。怒り狂うフィンの凶刃は怒りの業火を灯し、ギゼラ達へと振るわれる。
そこへ冷酷なまでに冷たい一撃がフィンの体を貫いた。

「ぐはぁっ」

「憤り我を忘れるな、竜騎士」

「ぐふっ、ゼスト、まだ、戦えるのか?」

急所はその研ぎ澄まされた勘と経験で逸らしたもの、腹部を突き刺され激しい流血をしていた。逆流した血が口からも出ている。
一方のゼストも負傷しそのダメージは大きいのが一目で分かる。フィンがもう戦えないと感じても無理はない。

「この程度の傷で動けないとでも思ったか。舐めるな若造」

「はぁ、そうだな。地上最強は、この程度じゃないか」

ゼストの一撃は深い。そのダメージに口を歪ませていると、目先のギゼラが弓を構えたのに気づいた。
それに気づくと双刃刀を握り締め、魔力を解き放ち大きな衝撃波を放った。

「烈龍」

強く握りしめた双刃刀から打ち出された衝撃波の破壊力はギゼラの体を真っ二つにするほどだ。
剣を振るうことなくそれだけの攻撃をできるフィンの力量はギゼラよりも上だろう。

「させるかぁ!!」

ギゼラの前に躍り出たキルギスは衝撃波を真正面から受け止めた。グローリーモードの絶対的な防御力によるものだ。
だがフィンは防がれても構わなかった。

「まさかっ」

フィンが使用としていることの危険性をいち早く察知したゼストは、フィンから距離を取った。
それと同時に彼の足元に巨大な魔法陣が描かれた。

「地を駆けろ、大地を踏み荒らす獰猛なる者よ、召喚ランサー!!」

召喚魔法。それはフィンが竜騎士と呼ばれる真の理由だった。

「召喚魔法!? 本人にあれだけの戦闘力があるのにか」

「ええ、フィンは剣士としても一流でありなら龍の使い手としての一面もあるの」

チンクはルーテシアと違い、本人が高い戦闘力を保有しているのに召喚魔法を持つフィンに驚いた。

「来るぞ、竜騎士フィン・ル・ルシエが使う三匹の超龍の一つ地龍ランサー」

コウライは消耗しきった体で構えた。その表情には焦りがあった。

「ちょっと待てよ。ドラゴン? それはなしだろ!! ドラゴンは生物としては管理世界の中では随一の戦闘力を持っているぞ」

様々な怪物と戦ってきたハラレーは龍の危険性を知っていた。龍と出会うことは一年の最大の不幸であり、戦うことは自殺行為だとハラレーは思ってきた。
最悪の現実を目の当たりにするハラレーの前に、地龍ランサーが召喚された。

大きさは龍の中では中くらいだった。しかしそれは龍の中ではであり、例えばバファメトと比べると二回り以上も大きい。
茶色い硬い鱗で覆われた龍は鋭い眼光を光らし、戦艦が振るうほどの大きな唸り声をだした。
戦車一つ軽く踏みつぶす太く大きな四本の足はしっかりと大地について体を支えている。それに加え肩から二本の腕が生えており、これにはとても鋭く大きい爪がついていた。
飛ばないため退化した羽は太い凶器となり、尻尾は一振りでビルを二三コへし折るだろう。
小型の船なら丸飲みしてしまいそうな大きく立派な顎には鋭いはがびっしりと付いており、額からは電信柱ほどの太さの長く頑丈な角が生えていた。

「キャロのフリードとは違う。この子は怖い」

「ルーテシア、私の側から離れるなよ」

起き上がったルーテシアをチンクは背後に隠した。自身も恐怖を感じているが、守らなければならない妹のために前に立った。
そしてランサーは動いた。

「くっ、ハラレー!!」

最初の犠牲者はハラレーだった。
突然その四本の足を動かしたランサーは一気にロケットのような速度まで加速し、ハラレーへと突撃した。その巨体からは想像すらできないスピードで動くランサーにハラレーは遅れ、その突進を受けてしまった。
暴走トラックと衝突して飛ばされた人間のように宙を舞いハラレーは倒された。
壁に衝突した顔に付いている瞳を動かし、近くにいた者を得物に決めた。

「チンク、ルーテシアを抱えて速く逃げなさい!!」

ランサーの退化した羽はチンクとルーテシアへと振るわれた。巨大で思い羽には飛ぶ力はないだろう。しかしそのかわりに重量のある凶器と化していた。

「ガリュー!!」

重い羽がチンクとルーテシアを潰そうと叩きつけられるが、それをガリューは受け止めた。しかし重量とスピードを兼ね備えた一撃は重くガリューの両足は甲板に埋め込まれていた。
ガリューが時間を稼いでいる間にチンクはルーテシアを抱えて逃げ出した。そして距離をとるとルーテシアは送還魔法でガリューを送還した。これ以上ガリューを召喚しておくのは危険と考えたからだ。

(万全ならまだしもエネルギーの殆ど尽きた今では勝負にならない)

ルーテシアを抱え急いで逃げようとしたチンクだったが、ランサーは逃がさなかった。
素早く振り抜かれた肩から伸びる巨腕と爪の一撃がチンク達を襲った。ルーテシアを守るために方向転換し、チンクは小さな体にその一撃を脆に受けた。

「お、お姉ちゃん?」

大きな音がして倒れたチンクにルーテシアは声を掛けたが、空気のような音がするだけだった。内部フレームを破壊されチンクの体は砕かれていた。
そんなルーテシアを薙ぎ払おうとランサーの太い尻尾が振るわれた。直撃すればルーテシアの体は血の染みとなるだろう。

「おい、荒食いもいい加減にしろ」

尻尾の一撃をコウライは体術を駆使して弾き返した。
彼も体力魔力共に底を尽きかけている。それでも戦えたのは副隊長格の中でも上位かつその体の異常性ゆえだろう。だがそれももう限界だろう。これ以上の戦闘を龍相手には無理だろう。

「コウライ、チンクとハラレーあとルーテシアを連れて下がっていろ。ネシアの回復もそろそろ終わるはずだ」

「かたじけない」

そういってコウライは重症のチンクとルーテシア、そして瀕死のハラレーを拾い移動した。
ランサーは当然それを見逃さず、コウライを攻撃しようとしたがキルギスの怪力によって阻まれた。

「荒食いも大概にしろと言ったはずだろ」

攻撃を弾くとさらに剛腕による鉄拳を繰り出した。
巨大な鎧を纏ったキルギスと巨躯を持つランサーの戦いは怪物対決のようなものだった。

「ごめんね、レナ。龍との戦闘はあなたも嫌でしょうに」

「そう、構いませんよ。仕事ですから。それに冷静な隊長の女らしい面も見られましたから」

「言ってくれるわね」

レナにそんな事を言われて苦笑しながら弓を構えた。その表情はすぐに真剣なものになった。

「フォルムツヴァイ、クロイツフォルム」

弓は十字の形に変形した。四カ所から伸びる弦を張り詰め、交差する一点から魔力の矢が伸びた。

「ヴォルツ、モード2。エンジェルフォルム」

デバイスの双刃刀は刃が大きくなり、彼女のBJには数カ所からリボンが伸び背中には青色の魔力のリングが発生した。
そしてリングは彼女のリンカーコアの動きに合わせ、回転を始めた。

「ほら、行くよ。バーストレイ&インパルスバスター」

激しく炸裂する青い閃光を先端に収束し、なのはのような砲撃体制を取った。

「カノーネプファイル」

煌めく朱色の矢は燦爛と輝き、太い破壊の砲撃となった。

「行くわよ、レナ」

「はい、隊長」

青と朱。二つの砲撃が龍へと撃ち込まれた。







「さて、邪魔者は消えた。再開しようか騎士ゼスト」

フィンには先程の怒りなど感じられなかった。

「怒りは沈んだか。早いな」

「いや、どうすればいいか気づいてな」

「ほう、どうするつもりだ」

「なに、修正するだけだ。本当に正しいことを書くんだ、問題はないだろ」

「他者の心の平穏を潰してもか」

管理局員に仲間殺しをする奴がいる。それは日々犯罪者の恐怖に怯える人々にとっての唯一の救いである管理局の存在を否定し、彼らから助けてくれる存在を奪うことだ。

「局員に頼るようなゴミには興味がない。己の身くらい自分で守れ」

「誰もが力を持つわけではない。だから俺たちが必要になる。平和な社会ならば必要のないはずの俺たちが必要とされることがどういうことかは分かっているだろう」

平和な社会。そこでは管理局はロストギアの管理を行い、次元世界間の繋ぎ役でしかない。
だが今の社会では管理局には次元犯罪を抑制する治安部隊としての必要性が求められている。本来の目的と違う、派生した目的が主と成っている。
ゼストが望むのは自分が必要とされない社会だった。その社会を目指しゼストは戦ってきた。

「管理局がなんのために存在するか忘れた奴らを守る必要なんてあるのか? 新鋭の半管理局組織に至っては管理局が武装集団だからテロが起きるなんていう世迷い事まで言い出した。武装組織がなければ平和に成っていると勘違いする奴らまで増えてきた。腐っているぞ」

「それでも守るのが管理局だ。危険なロストギアから人々の平穏を守る。元とは変わっていない」

「俺は管理局を出ていろんな奴を見てきた。管理局に頼り切った奴ら、管理局を敵視してテロ組織の言いなりになる奴ら、俺は呆れたさ。俺たちが守ってきたのは一体なんだったんだ」

フィンは人の悪意を見てきた。管理局と言う組織にいては気づけなかった、人の裏の面を見てきた。
だからこそ諦めた。どれだけ管理局が治安を守ろうが悪は絶えないと。

「悪は永遠に存在する。そのために管理局は武装組織として戦い続けて散っていく。いい加減、見捨てろよ。地上に戦力がないのは管理局が見捨てないからだろ。管理外世界を次元犯罪者から守るために兵力を割く必要なんてないだろ。犯罪者達を助ける必要なんてないだろ」

「管理世界と管理外世界、善人と悪人で人の命の価値が違うのか?」

「違わねぇな。だが、なにも切り捨てずに全部守れる訳ないだろ。そんな幻想をいだいたからティーダは死ぬはめになったんだろ」

「違うな。その幻想を捨てなかったからティーダは強くなった」

ゼストとフィンの考えは平行線をたどっていた。
ティーダを殺めた事実を背負って生きていたが、それを狂わされたため彼の感情は溢れ出していた。

「だったらそのティーダはもう居ない。その幻想は幻想で終わる。現実になりえない」

「ならばその幻想を俺が、俺たちが現実にする」

実現を阻むものと実現を望むものの、極限に達した二人の刃が交差した。











あとがき
普段よりかは短めかな。
区切りのいいところで。
修がヴィヴィオに会えるのは次回に持ち越しで。
ティアナを登場させる予定だったけれど、それは次回に。名前は出たけど。
甲板での戦闘が一つ決着して終盤に。
キャラは次々と切り捨てる予定です。特にオリキャラ達は。ご使用は計画的に。
そろそろ書き始めて一年だけれど、まだ予定の四分の一にも満たない。
バファメトについては説明不足な感じもするかな。自然がもとに戻ろうとする力を強化した存在みたいな感じです。

最後に感想がブリザードで寒いです。感想が欲しいです。



[8479] 第十九話 愚者
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:f393325e
Date: 2010/11/12 04:17
 ヘブンズソード・エンジンルーム

 「もう、諦めなさい。今の貴方じゃ、どうやっても私には勝てない。それが現実よ」

 ギンガは諭すように地面にひれ伏すアイリスに声を掛けた。ギンガは一太刀もアイリスの剣撃を浴びていなかった。
 それに対してアイリスは殴られ、蹴られ、叩きつけられ、惨めに倒されていた。
 ギンガのISを躱すことはできた。だがアイリスができたのはその程度だった。
 全身を加速させて強化した空間を裂く斬撃も何もかもギンガの硬い拳には効かない。アイリスはそれをその身で理解させられた。

 「ふざけるなよ、俺を見下したつもりか!!」

 「見下したつもりはないわよ。ただ事実を告げただけ。それにあなた自身が一番分かっているでしょ」

 ギンガとアイリスの戦いとは言い難い。
 ただアイリスの攻撃を真正面から防いで、そして真っ向からたたきのめす。挑戦者の無力さを嘲笑うかのようにたたきのめす。
 それの繰り返しだった。アイリスがなにをやっても無駄だと言うことをわからすような戦いで、駆け引きも何もなく強者が弱者をいたぶる。訓練で教官が教え子をしごくのに似ている。
 そんな戦いをされたものは自分の実力の無さを思い知らされる。ましてそれを訓練ではなく実戦でされたのだ。普通ならば心が折れてしまうだろう。
 だが、アイリスは立ち上がった。左腕と両足で立ち上がり、右手にはいまだに剣を固く握り締めていた。

 「そんなの、分からないぜ」

 「そう、残念ね。自分から諦めてくれると嬉しかったんだけど」

 ギンガは左手を引き、深く構えた。その構えはなんどもアイリスを打ち破った構えであり、彼女に圧倒的な威圧感を与えていた。
 今度はそれに強い敵意が込められている。仕留める。殺意ほどの刃物のような鋭さはないが、暴力的な荒々しさがアイリスに襲いかかっていた。
 体がビリビリするような敵意にさらされているのにも関わらず、アイリスの鋭い眼光は依然としてギンガを睨んでいた。その眼光に灯る強い輝きの強さだけは戦いの最中に増していた。

 (強い意志ね。愚直だけどだからこそ迷いなんてものがない。スバルみたいな真っ直ぐな強い鋼の意志を持った子の瞳だ)

 「諦める? どうして俺が諦めたりするんだよ」

 両足でふらつきながらも立ち上がったアイリスはそんな事を言った。諦めるという自分を守る選択肢をアイリスは捨てている、そもそも持ってなどいなかった。

 「戦場で生き残るには自分の力量を知ることが大事よ。そして力量以上のことはしない」

 「だから諦めろって。ふざけるなよ。力量が足りないなんて、そんな理由で諦められるか!!」

 「諦めるには十分すぎる理由でしょ。自分の力量を知って、それで無理だと考えたから引く。それでもやろうとするのは蛮勇で愚かなことよ」

 「だったら俺は愚者でいい。他の誰でもない自分で自分を生かすために負けたがる賢者よりも、嘲笑われて自分を活かしてどこまでも勝ちを欲しがる愚か者になる」

 アイリスのそれは蛮勇でしかない。勇気があるからやることではなく、自分で言うように愚か者がやることだった。
だが、それでもその姿勢は誰もが憧れた姿でもあった。
 ギンガはそんなアイリスの姿にかつての自分を見た。Dナンバーと遭遇し、体を何度も引き裂かれても戦い続けた自分の姿を。
 その過去への回想を見てしまったギンガの隙をアイリスは見逃さなかった。

 「さぁ、振れろ!! ツェアファレンボーデン」

 力強く踏み込み、その勢いも全部込めた剣を床向けて振るった。
 今のアイリスが得意とするのは、身体加速と先端の重量増加による局部攻撃力上昇による空間攻撃。それは今の剣にも込められていた。その空間攻撃が床へと放たれた。

 「まさか、足場を崩すために!!」

 空間攻撃の真の恐ろしさは防御を無視することだった。どんな防御したところで、その空間そのものを攻撃する攻撃を防げるはずがない。硬いものはその強度が仇となり壊されるだけだ。
 そしてヘブンズソード、それもよりによって強度をあげているエンジンルーム周辺。その強度はヘブンズソードの中でも一番だった。そのため起きる破壊は凄まじく、床の上に立っていたギンガは足場の崩壊に巻き込まれバランスを崩した。

 「その首、貰った!!」

 ギンガが崩れた瞬間を狙いアイリスは滑空した。
 ヘブンズソード侵入組に選ばれた物でただ二人飛行魔法を習得しているアイリス。今のアイリスの戦い方は地を支えとして使用するため合わないが、ここで飛行魔法が役に立った。

 (もう、私が飛行魔法を習得していなかったらどうするつもりだったのですか?)

 (そのときはその時だ。その時頑張ればいい。まあ、今は助かった)

 飛行魔法で崩れゆく足場を横目にギンガへと急接近し、その鋭い斬撃をギンガへと浴びせた。

 「あまり隊長を舐めないでくれるかな」

 足場の崩壊により体制は完全に崩れているはずなのに、ギンガはアイリスの斬撃を受け止めていた。
 一瞬の攻防でアイリスは確認しなかったが、そこには足場があった。
 ウィングロード。
 彼女の先天魔法であり、最も得意とする魔法。
 空戦魔導師相手にも勝ち星をあげるギンガの御得意魔法は、こんな緊急状態でも即座に発生できた。
 足場の突然の崩壊。それに慌てることなく冷静に対処する。アイリスの奇襲でさえもギンガには通用しなかった。

 「舐めてないさ、だから二重に張っていたんだ」

 「え、この太刀筋は」

 ギンガは防御のために働かせていた力が攻撃という支えを失い流されるのを感じた。アイリスの奇襲の真の狙いはギンガの緊急防御をさせることだった。
 仕留められない可能性を考慮して、アイリスはもう一人のアイリスの剣術を用いていた。
 受け流しを主体とした剣術。攻撃力はないが、防御性能は高く、またあいてのあらゆる行動に対処する万能性を持った剣術。
 もしもギンガが普段のアイリスの剣術が来ると分かっていたらそんな力強い防御はしなかっただろう。だが、ギンガはせざるを得ない状況だった。
 今のアイリスの剣術は地面を支えとして、関節の加速を組み合わせた破壊力に特化した剣術。空気を貫けば空間衝撃まで生み出すようなものだ。破壊力と突破力に長けた一撃を防御するのには強い防御でなくてはならない。
 ギンガの最大の誤算はアイリスが全く違う二種類の剣術を使えることだった。

 「それじゃあ行くぜギンガ隊長。立ち上がれる愚か者の一撃を」

 距離は近接戦よりもさらに短い。アリシア戦での間合いに近い。
 斬り合いではなく殴り合いの距離で、僅かな隙しかない。一歩下がって斬撃を撃つような間はない。
 アリシアのようにナイフを持っているわけではない。あの時は馬鹿力で突破したが、ギンガには同じような手は通じない。なによりこの機を逃したらギンガに勝つ手段はもうないだろう。

 「これでどうだ!!」

 そこでアイリスが選んだのは剣の柄だった。ウィングロードを支えにして斬撃と同じように力を加速させ、柄の一撃を至近距離でマグナムを撃ち込むほどの凶悪なものに変えた。
 その一撃で終わらすために左手のエナジーブレイカーでギンガの防御力を削り取り、ギンガの腹部に弾丸のような柄の一撃を与えた。

 「がはっ」

 魔導師はバリアジャケットで守られている。エネルギー体ではなく半物質化しているバリアジャケットはエナジーブレイカーでも消しされないが、覆っている魔力素を削り取り弱体化させることは出来る。
 その開いた隙間にマグナムのような一撃を叩き込まれた。
 インファイトでは無敵と言われているギンガでも、そのダメージは大きいだろう。

 「くそ、ぶっつけ本番はあんまりやらない方がいいな」

 アイリスは右手に激痛を感じていた。通常の剣撃とは違い、柄に力を集めた先程の一撃は右腕に重いダメージを与えていた。そもそもあの斬撃自体乱発できるような代物ではない。

 「せっかく久々に出てこれたのにもう限界か? いや、まだだろ。俺はまだ終わらねぇ」

 (もう、無理だよ。右手が痛そうだよ。あとは私が変わるのです)

 「いいって、痛いのも辛いのも俺に任せておけ。ここは戦場、人の死が香る場所だ。お前が知っていい匂いがある場所じゃない」

 (……)

 心の中のアイリスは何も言わなかった。ただ、黙っているだけだった。表に出ているアイリスは藍紫色に輝く道に座り込んだ。

 「なんだよ、黙りか? 勝てないはずの隊長格にかったんだぜ」

 (……ああ、まだなのです!! まだ、終わっていないのです!! 勝ったならなぜ、ウィングロードが消えていないのですか!?)

 それを言われてアイリスは慌てて足元を見た。ベルカ特有の紋様が描かれている。その足場はウィングロード。
 ギンガの魔法はまだ生きていた。そう、ギンガはまだ倒されていなかった。
 アイリスはその場から離れようとしたが、その判断が有効な時間はすでに過ぎていた。

 「あら、今更逃げるつもりかな?」

 そんな声とともに、アイリスは道によって壁に押さえ込まれた。

 「ウィングロード・ルートロック。ウィングロードの応用だけど、扱いが悪いからあまり使わないのよ」

 ギンガは立ち上がっていた。ダメージはないわけではない、口元からは血が垂れている。
 だがダメージは彼女が戦えなくなる理由にはなっていない。だから私は立ち上がるのだと言わんばかりだった。

 「攻撃は良かったわよ。でも、そのあとがお粗末ね。訓練じゃないのよこれは、戦闘なのよ。敗北は死に直結するのよ。相手が戦えるかどうかの判断ぐらい付けなさいね」

 「く、くそがぁ!!」

 アイリスは道に阻まれながらも、左手を動かしエナジーブレイカーを発生させようとしていた。
 だがこれは戦闘。そんなことさせてもらえるはずがなかった。

 「そんな真似、させてあげるとでも思った? 甘いわよ」

 ギンガの右脇から突然伸びでたのは太い銃口のショットガンだった。管理外世界の程度の低いものではなく、管理世界内の先端技術によって作られたショットガンだった。
 管理外世界の中で最も技術力の高い世界で作られた重火器はスティールの暴風に阻まれる程度だ。だが管理世界の先端技術を駆使したこれは違う。

 「ぐあぁ!!」

 銃声などはなかった。銃声などがするのは管理外世界製の物だ。そして反動も殆どなかった。もちろん使用には相当の体力や技術がいるが、銃そのものが出す反動は口径やサイズと比べて管理外世界製の比較にならないほど小さい。
 そしてアイリスの手はくりぬかれていた。左手に綺麗な穴が空いていた。
 銃弾は左手を貫通し、壁に突き刺さっていた。

 「さすがヘブンズソードね。でも、そのヘブンズソードの最重要施設の壁に突き刺さるから十分か」

 ギンガが隠し武器として彼女の体に内蔵した火器は管理世界製だった。それもその中でも最高位の博士が作ったものだ。
 そんな兵器を振り回すギンガはそれを見つめながら、アイリスに告げた。

 「想像できる。この銃だけで管理外世界の戦車とかならば圧勝出来るのよ」

 「管理局の、それも部隊の隊長格が、質量兵器かぁ」

 左手を貫通された激痛で苦しみつつもアイリスは声を出し、ギンガを批判した。管理局は質量兵器の使用を禁止している団体では最大規模だ。その団体の部隊長が質量兵器を使用すると言うのはあり得ない。
 だが、そんなアイリスの発言をギンガは斬って捨てた。

 「質量兵器質量兵器って、あなたも質量兵器アレルギーなの? 言っておくけど、管理局が禁止としている質量兵器はこういうのじゃないわよ」

 「なに、言っているんだ」

 「まあ私も中将とかに言われるまでは勘違いしていたから人の事は言えないけど、最近じゃ魔導師の少ない地上の部隊とか火力の必要な海の部隊とかはこういう兵器を装備し始めたわよ」

 「な、どういうことだよ。管理局は質量兵器を禁止しているんじゃないのか!!」

 アイリスが吼えるのは当然だ。スイッチ一つで大量虐殺が可能な質量兵器。管理局はそれを取り締まることも業務の一つとしている。それは学校でよく教えられたことだった。
 その声を当然と受け止めながら、ギンガは冷静に反論した。

 「禁止しているわよ。でも、それは解釈の違いで生じた誤解よ。最後に大規模な戦争をした後に生じた誤解らしいから長いけど、文句なら法務部に言いなさい。あそこが拡大解釈と杜撰なことをしたのが原因なんだから」

 アイリスはただ驚いていた。それは彼女が思い描いていた時空管理局という組織のイメージが崩壊しているからだ。

 「簡単に平和にするには火力を絞るのが一番だからって嫌になるわね。まあ、火器が減ってメリットもデメリットもあったけど過去はどうでもいいでしょ」

 ギンガの体から次から次へと火器が現れた。内蔵していた兵器の数から考えると、もうギンガの体は人のものなどないのかもしれない。
 だがそれはある意味当然だ。首都守備隊四番隊、別名「化物の巣窟」。人ならざる者のみで構成されたとまで言われているあの部隊の面々は人外急の戦闘力を有したものばかりだ。
 首都守備隊の隊長格を名のるに当たっての絶対条件の一つは「部隊員を全員制圧出来ること」。化物の巣窟の主であるギンガは化け物たちを全員まとめて制圧出来る。
 そんな化物なのにまともだと考えることがそもそもアイリスの間違いだった。
 自分がどれだけ愚かなのか、それを受け入れているアイリスへギンガは銃口を向けた。

 「安心しなさい。管理局が禁止しているような質量兵器は持っていないから。でも、管理世界制の質量兵器、それの記念すべき実験台になってくれるかしら?」







 ヘブンズソード最下層・訓練用通路

 アイリスとシェーラを上の階において降りてきた修達はようやくヴィヴィオの反応を見つけた。

 「反応は弱いですがこの先で間違いないようです」

 ルイスのサーチ魔法は前方に対象の魔力があることを示していた。その反応はとても微弱であり、メーターが対象への残り距離を示していた。

 「そうか、この先か、やっと見つけた」

 「ただ、ジャミングで反応が弱いだけじゃなくて、高町ヴィヴィオ本人の魔力反応が弱まっているようです」

 修はルイスの報告を受けて無言だった。だが、言葉にしなくても二人には分かっていた。今にも噴火しそうな怒りを修は理性で押さえつけているのだと。それがもしも噴火したならば、二人の命は即座に灰となるだろう。
 冗談なんかではなく二人は本当にそう感じ取っていた。
 僅かな衝撃で大噴火しそうな修が刀の柄に手を当てて、前へと進もうとするとルサカが呼び止めた。

 「落ち着けよ修。正直、銃の匂いがする。かなりの数、配備されているぞ。それも正直最悪な最新の管理世界制の代物だ」

 「最新型のものですか。管理局の最新式の戦艦ですから、当然といえば当然ですね」

 ルサカが最新の管理世界制と言うと、ルイスは眉を顰めた。
 管理外世界などで精製されているレベルならばルサカはとめることもなく、ルイスも気にせず突破できただろう。だが最新の管理世界の技術で作られたものを相手取るのは魔導師であっても命がけになる。
 危険な区域となっていると二人は感じ取っている空間へ、修は平然と踏み込んでいった。

 「おい、修!! 正直待て!!」

 「今更、兵器の一つや二つで、何を喚いている」

 振り返った修の眼光に二人は怯えを感じた。噴火しようとしている。二人を瞬時に塵にしてしまいそうな殺気が今にも噴火しようとしている。理性が止めきれなくて零れ出た殺気だけで、二人の体を悪寒が駆け巡った。
 もしも止めたのがルサカではなく、彼がよく知らない人物ならばその場で抜刀していただろう。そしてひとり残らず殺し尽くしていたのかもしれない。知古であることが二人を即死からは救った。しかしそれだけの理由では死からは逃れられない。
 だからルサカは説明を始めた。修の行動がどれだけ危険なのかと、最新式の物がどれほどなのかをわかってもらうために。

 「修、俺たちがさっきまで破壊してきたのは、正直管理世界制といっても旧世代、最新型と比べれば2,3世代は前の物ばかりだ。安価なのとそれでも一定の戦果を上げられるからまだ使われている。ヴァルハラが開発しているレベルもこれと同等だ」

 四番隊に所属し兵器の取り扱いに長けているルサカは兵器に関する知識はこの中で一番だ。そのため修もその意見は聞くべきだと判断した。わざわざ使われている理由を述べたのは正当性をさらに上げるためだ。
 ルサカが言っていることには嘘はない。付け加えるならば近年の技術革新はめざましく、ヘブンズソード製作当初と最終段階に入った時とでは技術が世代交代していた。だからこそ旧世代のものが大量に投入されている。

 「だが最新式となると、正直、魔導師を撃墜することも出来る、バリアジャケットを貫通するような銃火器も増えてきた。正直、無計画に飛び込むことは自殺行為だ」

 ルサカの必死の言明が通じたのか、修は向き直った。彼から零れ出ていた殺気は消えていた。

 「そうか、分かった。じゃあ、まずその最新式とやらを全部ぶっ壊す」

 最後の方の言葉には殺気が込められていたが、それは二人に向けてのものではなかった。
 それに安心しつつ、ルサカは破壊方法を思案していた。だがいい案はなく、他の二人に説明をしながら考えていた。

 「配置式ってことだから、正直自動攻撃使用だろう。最新式は高機動魔導師でも回避が難しい追尾能力と予見能力が付いているらしいから、撹乱して破壊は無理だ。それも貫通弾みたいな弾丸をマシンガンのように高速乱射するのに、命中精度は100%に近似するといったふざけた使用だ」
 「幻術系の魔法も対策されていて、対物対魔力耐熱対振動センサーが付いているから全部の幻術を張らないといけない。でも設置場所さえ分かれば、耐久性には限度があるから破壊出来る」

 性能は分かっているゆえに突破は出来そうになかった。どんな動きを想定しても、蜂の巣になる様子が彼には浮かんでいた。
 だがそれは当然なのかもしれない。彼は戦略を考えるタイプではない。勝どきを虎視耽々と狙い続ける、待つ戦いこそが彼の本領だ。そのため修とルイスは彼が案を出すことには期待していなかった。
 だから修は一言で終わらした。

 「面倒だ。ルサカ、この通路一体、全て焼き払え」

 「いや、修。だから耐熱センサー」

 「銃火器ごと、全部焼き払え。それでいいだろ」

 「まあ、結局のところそれが一番手っ取り早いですね」

 一番冷静と思われるルイスでさえも修の考えに賛同していた。決して質量兵器を見くびっているわけではない。
 力技で強引に全て灰にしようと考えているのだ。
 ルイスにまでも言われたルサカはそれに従い、両手を交差し装備した両手の鉄爪は炎を灯した。

 「それじゃあ、行くぜ。正直火加減はできないから、離れていてくれよ」

 両手を覆い尽くすほどの炎をルサカは床と壁、そして天井を爪で切り裂きながら放った。
 彼の意志によって動く黄緑色の炎はそのまま壁を焼き尽くしていく。際限なくその道を炎で焦がして行く。
 ドドドドドドドドッ
 その炎の中から銃弾が床を削る音が響き渡る。
 床は銃弾によってどんどん抉られていくのだが、肝心の銃身が見えなかった。何も無い壁や天井から銃が乱射されている。
 銃は壁と一体化していた。壁そのものがトラップであり、幾つかある銃口から必要に応じて発射しているのだ。
 そこへルイスはデバイスの先端に桜色の魔力を溜めて、魔法を放った。

 「目標補足、決めます。シャイニングウィザード・ε」

 集められた桜色の魔力から細い針が千本近く発射されると、銃撃は止んだ。修とルサカが改めて壁や天井を見ると、桜色の針があちこちに纏まって突き刺さっている。
 ルイスが修の案に乗った理由は銃を全て破壊する自信があったからだろう。

 「よく、銃口を見抜けたな」

 「あれくらいならば、見抜けられますよ。銃弾は見えなくても撃ちぬかれた床の位置と、銃弾の速さなどを考慮して逆算すれば全部わかります」

 「正直、そういうものか?」

 ルイスは簡単に言ったが、修とルサカにはどうやっても出来るような芸当ではなかった。彼女が昔何をやっていたのか、簡単には知っている二人だったが、その過去の実績に触れてしまったと感じていた。
 一度管理局から離れ、ミッドチルダの中でも大富豪モンディアル家でメイドをして、再び管理局に戻るがかつての実績を抹消してこの部隊にいる。その経歴を知っているから一層ルイスの過去が気になった二人だが、聞いてはならないと考えた。

 「そう言えばルイスさん、あんな魔法もあったんだな。正直、知らなかったぜ」

 「まあ、私の最高の魔法ですから」

 ルサカに魔法の事を訪ねられた、ルイスはデバイスを握りしめて最高の魔法だと答えた。控えめな発言の多い彼女には珍しく、自信に満ちた発言だ。
 それに修は疑問をいだいた。

 「最高? 精度は高そうだけれど、威力ならば、インパルスショックとかの方が威力あるだろう」

 そんな修をルイスは苦笑しながら答えた。普段はポーカーフェイスが多く、他人と距離を取っているように思われる彼女だが親しい間柄の中ではこんな表情もする。

 「威力だけじゃありませんよ。この魔法は応用が効くのでほとんどの状況に対応出来ます。派生型が、20パターンくらいはありますよ」

 「20パターンはすごいな」

 具体的で驚くべき数字を出された修は素直に驚いていた。その様子を見てルイスは冷静さが戻ってきたと感じていた。

 (あのままではただ無茶をするだけですからね。それに冷静に戦えば、彼はとても頼もしい部類に入りますから)

 本来ならば障害であった、銃器の破壊後すぐに移動すべきだったが修のクールダウンのためにこの時間を取っていた。任務は迅速な行動が求められるが、冷静さを欠いた戦いをするよりも冷静さを取り戻すための時間が必要になる。
 それが必要だと判断していたルイスはルサカに念話で声かけを頼んでいた。

 『ジャンビ陸士、嵐山陸曹の冷静さは取り戻せたようです。先を急ぎましょう。……ジャンビ陸士』

 念話で話しかけてもルサカの反応がないため、不審に思ったルイスはルサカの方を見た。当のルサカは耳を済ませて何かを感じ取っていた。

 「くっ、修!! 正直やばい奴が来るぞ!!」

 ルサカがそう叫ぶと、彼らの目の前の壁が吹き飛び一機の自動戦闘兵器が姿を表した。
 だがそれは古い世代のものではなく、最新のものだった。
 通路を覆うほどの体躯。あまり大きくない通路のため、大きさといえば中型程度だろう。だが、特徴的な頭部に付いている二つの鉄線を見てルサカは呟いた。

 「まさか、ラビットか」

 「ラビットってあの第7管理世界と第8管理世界が共同開発を行ったって言う都市破壊兵器ですか?」

 兎を冠する名をもつそれの姿は、全然兎らしくはなかった。巨大なガトリング砲を両腕代わりに装備し、分厚い両足をくの字に曲げて立っている。頭部だけは兎と言えるかもしれないが、無機質な機械的な顔と耳のような分厚い鉄線がそう見させているだけだろう。
 その悍ましい存在にルイスは表情を凍らしていた。そしてルサカがその絶望さを言葉に出した。

 「正直、AAAランクの魔導師を撃墜出来る代物だ。一発一発が砲弾級のガトリング砲はAAAランクの防壁だって突破しやがる。あの両足の機動性能は1000メートルが10秒台だ。分厚い装甲に強力なリフレクターまで搭載して、AAA相当のエネルギー砲まで搭載している」

 無茶苦茶な化物だ。ルサカはそう言おうとした。
 だが、AAAランクの攻撃を受けてもびくともしないラビットの装甲が、黒い斬撃で切り裂かれた。
 目の前の光景をルイスは幻術でも見ているのかと感じた。
 なぜなら、ラビットに黒い影が襲いかかり、強力なリフレクターは破られ秒速100mの分厚い足は切り落とされた。
 そのまま両腕代わりのガトリング砲は一発も撃つことなく、黒い影によって切り落とされた。
 AAAランク相当のエネルギー砲を発射しようとするが、巨大化した黒によって押しつぶされてしまった。

 「え、都市破壊兵器ですよね……管理局がAAAランクの魔導師と同じ位置づけをしている」

 「ああ、たしか海では魔導師の代わりとして戦闘に投入されたって話を聞いたことがある」

 ルサカとルイスでは二人がかりでやっと同等、一人では殺されただろう。
 首都守備隊では副隊長レベルの戦力を保有している兵器だ。地上の部隊ならば数個まとめて壊滅させてしまうような兵器だ。
 それが、二人の目の前で瞬く間に斬滅された。

 「これでAAAランクか。随分と戦力のないAAAランクを参考にしたんだな」

 嵐山修、ただ一人の手によって。
 壁を突き破りラビットが姿を表せたときには、修は柄に手をあてラビットへと突っ込んでいった。
 そしてラビットが反応するよりも速く、その神速の居合で装甲を深く斬り裂いた。
 遅れてリフレクターを発生させたが、修の剣の前には意味をなさず切り捨てられた。
 都市破壊すら可能な凶悪な兵器の数々は、修には使われることなく斬られていった。
 修の斬撃によって切り刻まれて行くラビットは、都市破壊とも言われるその存在価値すらも打ち消されたようだ。
 最後にエネルギー砲を撃とうとするが、冷たくも残酷な魔力を刃に収束させた修によって烈火を打ち込まれ烏羽色の力に沈められ鉄屑へとなっていった。

 「行くぞ、こんな雑魚に付き合っている時間なんてないんだ」

 刃についてしまった、金属粉を振り捨てて修は納刀した。振り捨てられた粉はラビットが存在していたことを示していたが、修が二度ほど刀を振るっただけでその存在の痕跡は消え去った。
 都市破壊兵器を単身で瞬殺。すでにAAAランクの力量を超えた修に対して、二人はただ呆気に取られていた。いつかはその力量に達すると漠然と感じていた二人だが、修の成長は彼らの予想を遥かに上回っていた。

 「あ、ああ。そうだな、正直僅かでも時間は無駄にできないよな」

 「え、ええ。そうですね。急がいないといけませんね」

 そんな修に二人はただ返事するだけしか出来なかった。AAAランクともとれる敵を雑魚と言い切り、それ相応の撃墜を行った修。実力が伯仲していたのは昔の話であり、今はもう彼は遠いところに行ってしまった。

 (だが、正直それでいい。お前はさらに、上を目指し続けるんだ!!)

 ルサカにはその背中は遠くもあり、逞しくも見えた。肉体的には彼と比べては細い印象を与えてしまうが修の背中だが、その背中が背負おうとする重さは彼では背負い切れないものだ。
 そのまま彼らは駆け出していったが、ヴィヴィオの元まであと少しと言うところになってルイスが静止を呼びかけた。

 「嵐山陸曹、前方に多重構造の結界があります」

 「今度は結界か? 正直、この先がそんなに重要な施設だとは思えないのだが」

 銃火器の迎撃システムはこの艦の全体に仕掛けられていた。しかし結界のようなものは、外部のAIRを除くと今まで彼らは遭遇していない。
 また銃火器の迎撃システムは文字通り侵入者を迎撃するためにあるが、結界のような設備は侵入者を近づかせないためにある。殺傷力の無いそれの目的は盾さえあれば突破出来る迎撃火器とは違い、確実に侵入させないためだ。
 だからこそ、ルサカはこの先が重要な施設だと考えた。

 「いえ、この先はトレーニングルームですよ。面積もそれなりにあるので、拘束や拷問をするのには丁度いいのでしょうね。そしてこの結界は戦艦の防衛プログラムではありません」

 「それは、つまり、敵の魔導師の魔法か?」

 「嵐山陸曹、それについては不明です。ですが、情報によればユーノ・スクライア司書長は優秀な結界魔導師のようですよ」

 「ドンピシャだな。この先にヴィヴィオと攫ったサタンって奴が居るのは、正直間違いないぜ」

 「そうか、あの野郎はこの先に居るのか」

 修の肩がわずかに震えているのをルサカは目にした。地上本部と本局の精鋭部隊機動六課、さらには海の部隊までもたった一日で打ち破った超上の存在であるDナンバーの一人、サタン。それが相手と考えたならば、恐怖を感じるのは生きているものとしては当然だろう。
 生存を望む生き物としては当然だ。だが、脳の一部を焼き切られたこともある修に一般的な思考回路を持っていると考えるのは難しい話だろう。
 
 『正直、怯えどころか恐怖なんてものが一切ないだろうな。あるのは怒りだけだ。全くもって、凄い奴だよな、ルイスさん』
 
 その震えは怒りから来ているのだとルサカは見抜いていた。その怒りの矛先がヴィヴィオを攫ったサタンにあるのか、それとも守れなかった自分にあるのかは修自身判断がついていないだろう。
 決して弱いはずではなく、むしろ強靭なはずの修の理性は怒りを押え切れずにいた。
 
 『人ってこんなに怒れるものなのでしょうか? 怒る人は苦手です』
 
 修との付き合いの長いルイスでさえも恐怖を感じるほどの怒りを修は押さえつけていた。荒れ狂いそうな感情を押さえつけながら、修は言葉を発した。
 
 「行くぞ、ヴィヴィオを取り戻す!!」
 
 両手で刀を握り締め、力強く振り下ろす。ヘブンズソードの硬い内装を砕き、剛力の衝撃波を正面へと発射した。
 土系統飛式・裂土
 修の持ち技の中では最大の破壊力を持つ、前方射撃魔法だ。剛力の一撃は今まで何重にも張り巡らされた結界という結界を一撃で破壊してきた。
 彼の目論見通り衝撃波は結界を一枚、二枚と次々と破っていく。その勢いのままサタンの所へと乗り込もうとしたとき、ルイスが静止を掛けた。
 
 「待ってください。結界、破壊されていません!! 結界が再生を開始します、戻ってください」
 
 ルイスの言葉通り、破壊した結界が次々と修復され始めた。結界に閉じ込められるか、体を裂かれそうになる前に一枚目の前に二人は戻ってきた。
 
 「まじかよ。正直、修の裂土で破れない結界なんてあるのか?」
 
 「目に前にある。それが現実、憎たらしい現実」
 
 修は結界を破れず、阻まれたことに激しい憤りを感じて歯軋りをしていた。ヴィヴィオがこの先に居ると言うのに、助けに行くことが出来ない。それも攫った張本人の結界に阻まれてしまっていると言うことは、ヴィヴィオを助けることが出来ないとでも言われているようだった。
 
 「多重構造結界、それも一枚一枚がAランク級のものを三十枚張っています。裂土は十七枚目までは破れましたが、自動再生の効果が負荷されているようです。このタイプは結界を全て僅かな誤差の間で破らないと突破はできません」
 
 「だが裂土でさえも、十七枚止まりだろ。正直、俺とルイスさんの攻撃で残り十三枚を突破出来るか?」
 
 「難しいですね。バリアブレイクに特化した魔法はありますが、射撃魔法でその効果を負荷させても射程の問題でせいぜい五枚と言ったところでしょう。ジャンビ陸士の貫通攻撃でも六枚と言ったところが限界では?」
 
 「いや、五枚破ってくれたらあとは奥の手を」
 
 ルサカは頬の刺青に手を当てて「奥の手」を使おうとした。しかしその手を修が止めた。
 
 「止めろ。お前の奥の手はこんな狭いところじゃ悪影響でしか無い。それに、もう十分だ」
 
 そう言ってルサカを押しとどめた修は刀を納刀し、居合の体制を取った。
 
 「やっと外せる。危ないから、少し、離れてろ。段階を上げる!! 滾れ月光!! 二門・解」
 
 
 
 
 
 
 
 ヘブンズソード・第3トレーニングルーム
 
 「ぐぅぅ、あああ、嫌ああぁぁぁぁ」
 
 「まだか、まだ足りないと言うのか!!」

 外部と内部を遮断する結界に閉じ込められたヴィヴィオは、悪意に晒され続けていた。今も彼女の悲痛な叫びが部屋の中を木霊していた。
 ヴィヴィオを守る最後の砦である「聖王の鎧」はその輝きを今にも失いそうになっていた。
 この鎧によってヴィヴィオはサタンのどす黒い悪意に直接触れられることは無かったが、有能な結界魔導師であるユーノの体を手にし、その知識すら手に入れたサタンは聖王の鎧の破壊を試みた。
 結果的に言えば聖王の鎧を破壊することは出来なかった。しかしその試行錯誤の中で、聖王の鎧を弱体化させ、鎧の魔力を毒素としてヴィヴィオに与える方法を思いついていた。
 特殊な魔法であり、そして絶対的な防御力という過ぎた高性能が仇となり、聖王の鎧はヴィヴィオを守りながらも苦しめるものとなっていた。毒となった魔力は確実にヴィヴィオの体を蝕んでいた、オッドアイの瞳は輝きを失い始めていた。
 さらにサタンは最近になってはヴィヴィオから睡眠を奪う索に出ていた。人から睡眠を奪うと言うのは拷問としては有効だが、それは短期間のものであり精神に多大な影響を与えてしまう。
 ヴィヴィオの精神が壊されようがサタンには関心のないことだが、彼の目的から鑑みるとヴィヴィオの精神が異常をきたしている状態ではどんな不利益があるか分からないため、ここまでそれを使うことは控えていた。
 当初の目論見ではもっと早くにヴィヴィオを支配下における予定だった。しかし竜騎士やなのはの妨害もあり、ここまで遅れてしまった。彼に残された時間はあと僅かで、その時間以内にヴィヴィオを手中に収めなければならなかった。
 そのために彼は今焦っていた。
 
 「何故だ何故だ何故だ!! 何故、心を犯せれない!!」
 
 目の前のヴィヴィオはサタンに何も言わない。声も出すことが出来ないだけだが、その仕草が彼にとってみればまるで侮辱しているようにさえ思えてきた。
 
 「人の分際で、我々に跪く存在の分際で、なぜ僕に逆らう!!」
 
 ヴィヴィオを殺すのが手っ取り早い。しかしそれは聖王の鎧で阻まれる。
 その聖王の鎧を破壊するために今の今まで掛けてきたが、それでは時間が足りない。
 ヴィヴィオの精神力の強さと諦めの悪さが、サタンの予想を悪い方に悪い方に覆していた。
 そんな彼にさらなる状況の悪化が訪れた。
 
 (結界が損傷を受けた!? くそっ、誰もこの近くにはいないのか!! アモンめ、僕が成功するのを妬んでいるんだな)
 
 アモンからしてみれば一笑に付すような筋違いのいちゃもんだった。アモンにとってみればサタンのことなどどうでもいい。敗北するのならば敗北したサタンが弱かっただけなのだろう。五年前に死んだマモンのように。
 
 (結界の補強か? いや、あの結界が突破されることはない、はずだ)
 
 サタンの考えはマイナス思考になっていた。ヴィヴィオの予想以上の粘りがサタンに自身の能力、今ならばユーノの能力に疑問を抱かせた。
 現在彼が憑依しているこの魔導師は彼が潜ってきた中でも優秀な部類に含まれる。これほどの魔導師がなぜ無限書庫の司書長のような役職を付いているのか、管理局の人事を馬鹿にしてしまうほどに。
 そんなユーノの能力だが、一度疑心をいだいてしまった彼にしてみれば物足りないものに感じてしまうだろう。
 
 (どうする? 扉の部分にさらに分厚い結界を置くか? いや、それよりもトラップ型の結界を)
 
 ユーノの技量を吟味しながら対策を講じていたとき、サタンは恐怖を感じた。
 恐怖を感じたのが、ユーノの肉体なのかそれともサタンの精神なのかは分からないが、サタンは確かに恐怖を感じていた。
 恐怖の源は魔力。扉の向こうから伝わってくる魔力だった。
 それは管理世界の戦いではありふれた力であり、現在サタン自身も行使している力だった。それ自体にはなにも驚くことはない。
 しかし、問題はその大きさだ。
 
 (な、なんだこの出鱈目すぎる魔力は!! こんなもの、存在するのか!?)
 
 自身が確かに感じていると言うのに、サタンは否定した。今の自分の経験が夢ではないかと思ってしまうほど、彼が直面している魔力は異常だった。
 大きすぎるのだ。単身の混じりけのない人の魔力だと言うのに、その大きさは人間の最大値の約二倍。最大値の魔力を持つ人間が二人分融合してしまったような大きすぎる魔力だ。
 人間の最大値というのはそのままだ。それ以上の大きさは人間の体では制御出来ず、それ以上の大きさだと自分の体を押しつぶしてしまう限界値だ。
 その限界値、今までの魔力文化そのものを馬鹿にしているような大きすぎる魔力が彼に近づいていた。
 
 (こんな魔力、あり得ないだろ!! こうなったら、あまり使いたくは無かったが)

 サタンはトレーニングルームに隠してあった棺を取り出した。三つある棺の内、一つの中身はもう空だった。その内一つを開けた。中に入っていたのは筋肉隆々の女性だった。その名をトーレと呼ぶ。
 DN事件でアザゼルに殺された彼女の肉体をサタンは回収し、憑依した。その時彼女の中に残した残留思念によって、トーレの肉体を操作した。
 
 (本体の意識を入れている人形と違って、扱いは悪いがそれなりには戦える。これをここで使うのは惜しいが、出し惜しみして失敗したらその方が痛い)

 残留思念によって再度支配したトーレの肉体を自動操作で扉の向こうに向かわした。命じた命令はただ一つ、遭遇したものを全て殺せ。
 死んだことと支配されたことによりリミッターを失ったトーレは、その体が壊れてしまうようなスピードで扉の向こうに居る敵へと向かっていった。

 「全く、とっておきのトーレまで使わせるなんて。僕の力が減ってしまったじゃないか」

 彼は再びヴィヴィオの元に近づいた。すると意識を取り戻したヴィヴィオが睨んでいた。

 「なんだ、なんだその眼は!! 僕を非難するのか!! この僕を」

 そんなサタンの怒号にヴィヴィオは首を振った。その瞳は確かに睨んでいたが、同時に哀れみのようなものが混じっていた。

 「貴方はかわいそうな人なんだね。あれは貴方の力じゃないよ。あの人の力だよ」

 「なにを言い出すと思えば。あれは僕の力だ。そもそも奴は死んでいる。だからの僕の力だ」

 自信満々にサタンは口にしたが、ヴィヴィオはゆっくりと首をふりやんわりと否定した。ヴィヴィオは自分をこれほどまでに苦しめた相手を前にしていると言うのに、もう憎悪はなく憐れみしか持ち合わせていなかった。

 「違うよ。あの人の力も、ユーノ君の力も貴方の力じゃない。貴方はその力を借りているだけだよ。気づいて、貴方は強くなんてない。飾りで自分を偽って、自分の本当の強さに気づいていないんだよ」

 「だから馬鹿だと言っているんだ。これは僕の力なんだ。僕が手に入れた力なんだ。だから僕は強いんだ」

 「どうして、嘘で自分を塗固めるの!! 貴方にしか無い貴方だけの力はあるんだよ。貴方がそれを否定したら、誰も貴方のことを認めてくれないよ?」

 ヴィヴィオの優しくも鋭利な叫びはサタンの心に突き刺さった。

 「黙れ黙れ!! これが僕の力なんだ。僕の、力なんだ」

 「気づいてよ。貴方は、誰。ユーノ・スクライア? 違うでしょ、貴方でしょ。そうやって自分から逃げたら、自分から逃げない人には絶対に勝てないよ」

 サタンは拘束され苦しめられ精神が壊れかけの少女の言葉で参っていた。Dナンバーの十三。最下位の証を彼は最初から持っていた。その証は彼を苦しめ続けていた。

 「ふざけるな!! こうやって君は僕の力で、死のうとしているじゃないか!! そうだ、僕は強いんだ!!」

 「貴方は弱いよ。他人になろうとする人は、自分として生きている人には勝てないよ。もう諦めて、貴方は私のヒーローに倒されるんだから」

 ヴィヴィオがそういった時、扉が粉砕した。分厚いはずの扉は、木の扉のように木っ端微塵に砕け散っていた。扉が壊されたときにできた煙の向こうに、一人の姿が見えた。
 黒い袴にも似たバリアジャケットを身に纏い、右手に抜き身の刀を一振り握りしめている。彼がその刀を人達振るえば、煙は瞬く間に霧散した。
 その姿を見て、ヴィヴィオは笑みを浮かべた。

 「ほらね、来たよ。自分の力と全力で向き合う人が、貴方を倒すヒーローが」

 「な、何者だ」

 「首都守備隊一番隊ブレイド03、嵐山修。高町ヴィヴィオを、助けにきた!!」

 少女のヒーローは駆けつけた。少女の笑顔を守るために。











あとがき
見事にオリキャラばかりになってしまった。ヴィヴィオは十一歳の設定だけれど、あの世界でそれに高町なのはに育てられているのだからこれくらい大人びているかなと。
今回のタイトルは「愚者」。
無理なことに挑戦するアイリス、見切りをつけたギンガ、愚直に前を進む修、自分を偽るサタン、敵に優しくするヴィヴィオ。
あなたにとっては誰が一番愚者ですか?



[8479] 第二十話 戦える理由
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:f393325e
Date: 2010/06/27 03:19
 三年前 ミッドチルダ東部
 最初に感じた意識は飢えだった。
 その「飢え」を感じるまでの記憶はない。思い出すという行為を初めてしたような気がするから、記憶なんてものは最初からなかったようにも思える。
 飢えを感じるまでのことが何一つ思い出せれない。でも、自分の中に浮かんだ疑問にはどういうわけかすぐに答えれた。
 わたしは誰? シェーラ・リューベック。好きなものは何? そんなものはない。ここはどこ? ミッドチルダ東部。
 疑問が浮かんでもすぐに答えることができた。ミッドチルダ東部なんていう聞いたことのない言葉が浮かんだけれど、第1管理世界の地区の一つという答えがすぐに浮かんだ。
 ここで考えるまでの記憶はないのに、どうしてか知識だけはあった。
 でも、わたしが疑問に思うことはどれもわたしの中にある知識で答えられることばかりだった。知識以上のことは想像出来ないのかな。
 
 「おなかが空いたな」
 ただわたしは空腹だった。飢えを解消するにはどうするかと考えると、知識が食べればいいと答えた。
 
 「食べ物はどこにあるのかな?」
 
 その時になって初めて周りを見渡して、食べ物を探すことを始めた。知識が食べ物を探すにはそれがいいと回答したからだ。それまでわたしはお腹を満たすにはどうすればいいのかも、食べ物を手に入れるには何をすればいいのかも分からなかった。
 それが奇妙なことだと思ったのは探し始めてすぐだった。忘れていたとは違って、単純に分からなかっただけなのだ。
 飢えを感じた時のわたしと今のわたしは全く別の人物になっている。それは頭の中にあった知識によってだろう。
 自分でも奇妙だと思いながらも、重要ではないように思っていると視界にそれが入った。
 それがなんなのか知識に尋ねれば、知識は食べ物だと答えた。
 空腹を感じていたわたしはそれに駆け寄った。空腹は辛いから、その状態を早く終わらしたかった。
 でも、食べ物は逃げた。わたしが近づくと逃げた。でも、食べ物は遅いから簡単に捕まえられた。
 
 「いや、はなして!! 死にたくない」
 
 食べ物はそんな事を言っている。どうすればいいのか、知識に尋ねれば食べればいいと知識は答えた。
 知識が言っていることは正しいことだからわたしは食べることにした。
 食べるにはどうすればいいのかすぐには分からなかったけれど、知識は動けないようにすればいいと答えた。食べ物はばたばたと動いて、とても食べにくい。
 動けなくするにはどうすればいいか知識に尋ねれば、知識はその方法をたくさん教えてくれた。
 その知識通りに、氷の塊を作ってそれで食べ物を叩いた。一回叩いただけじゃまだ動くだけだったけど、二回三回と叩いてみると食べ物は動かなくなった。
 やっと食べれる。わたしは食べ物にかぶりついた。噛めない位硬いものがあった。それは骨だと知識が答えた。
 骨は食べれない。だからわたしは柔らかい肉の部分だけを食べた。
 歯を立てて肉を骨から剥がしていると、赤い水がわたしの顔にかかった。この水は気持ち悪いと思った。
 噛みやすいところをあらかた食べた後、肉はたくさんあるけれど噛みにくそうな真ん中を食べてみた。
 これは失敗だと分かった。さっきよりもすごくまずい。これがまずいということなのだと初めて知った。これは知識にはないことだ。
 ここで疑問が浮かんだ。わたしは今まで何を食べてきた?
 そんな疑問には知識は答えてくれなかった。かわりに声が聞こえた。 

 「そこまでよ!!」

 言われて振り向くとそこにはきれいな人がいた。比較対象となる顔の記憶はわたしのしかないけれど、この人の顔はきれいなのだとなぜか断定出来る。 その綺麗な女性は何かを持ってわたしに近づいてきた。
 
 「それは、貴方がやったの?」 
 
 それ、というのは何か考えてみた。女の人の眼はわたしに向けられていないような気がする。
 
 「これのこと?」

 わたしは食べ残しを持ち上げてみた。女の人の顔は引きつっているからこれで合っているんだと思う。
 持っているものをわたしに向けて女の人はキツイ口調で言ってきた。

 「自分が何をやっているのか、貴方は理解しているの!?」

 「食べているだけだけど?」

 食べること。それは絶対に間違っていないと思う。だって、そうしないと生きていけないのだから。
 でも、女の人は目を見開いていた。

 「正気で言っているの……あなたは人を食べても気にならないの?」

 「ひと?」

 人とはなんだろうか。それを知識に尋ねた。知識はそれはわたしのことだと答えた。
 わたしはわたしを食べている?
 気になって持っている食べ物を見てみた。潰れた部分はわからないけれど、その顔はどこかで見たことのあるものだ。
 そう顔があった。そしてわたしが知っている顔なんて限られている。
 目の前の人か、もしくはわたしだけだ。
 
 「これは、わたし?」

 そう気づいて、知識がなだれ込んできた。
 わたしは誰? シェーラ・リューベック。違う、わたしはシェーラ44号。食べたのはシェーラ41号。
 好きなものは何? そんなものはない。違う、わたしの好きなことは友達と一緒にいること。その友達は41号
 そしてわたしが食べたものは、41号。

 「ああ、そうか。わたしは友達を喰い殺したんだ」
 
 言葉にしたその瞬間、吐き気がした。体の中のものを全部吐き出してぶちまけてしまいそうな吐き気がした。
 気持ち悪いという感覚はこんなにも嫌なものなのだと知った。








 ヘブンズソード第二階層 倉庫
 そこは乱雑に物がばらまかれている倉庫だった。
 放置されているものはどれも余り使うことはないけれど、必要な場合があったときになくてはならないものばかりだった。しかし絶対的な防壁を持つとして開発されたヘブンズソードが撃沈されることを想定することは、技術力の不足を証明しているようなものだった。
 
 「はぁ、はぁ、はぁ」

 そんな真新しい中でも誇りが積もっているようなところで、肩で息をしながら金髪の少女が立ちすくんでいた。
 正確には、そこに立たされていた。片膝を付いてしまったところを凍らされて足が地面に張り付いてしまっていた。少女、アリシアの体には無数の傷があった。その傷はここまでの追撃戦がどれだけ激しいかを物語っている。
 勝ち目ならばあったはずだった。追撃者は一人で、それも敵の中でもっとも弱そうな少女シェーラ一人だった。
 アリシアは満身も油断もしていなかった。相手は管理局員。最大の警戒を払いつつ、逃げるための算段をしていた。
 ただ一つ、彼女の利口な思考に間違いがあったとすれば敵は管理局員の中でも特に残虐な部類だったと言うことだ。

 (最悪ね。脚を封じられたのは本当に最悪。それに封じられていなくても、体温が下がりすぎて満足に動けそうにない)

 人は激しい運動の前にはウォーミングアップをする。それはベストな状態で動くためだ。体温が低いとポテンシャルを満足に活かすことは出来ない。優秀な氷結の変換素質持ちが居ないことの一説に、自らの魔力で体温を下げてしまい満足に動けないからという理由がある。
 しかしそれは利点でもあり、その魔力攻撃は直撃するだけで動きを低下させる可能性も秘めている。

 (氷の礫の嵐で体を傷つけるか。やっぱりダメージなんかよりも、動きを鈍くして氷結で束縛させる。本当にいやらしい攻撃ね)
 
 アリシアの機動力はフェイトやエリオなどとは比べると見劣りするものだ。それでも高機動に部類される高いスピードは持っている。しかしティアナをして惨忍と言わしめるシェーラの攻撃は躱すことはできなかった。
 攻撃としては単純なものだった。細かく尖った氷の礫を魔力で飛ばす。後ろから攻撃されるだけならば、アリシアのスピードをもってすれば躱すことはできた。
 だが、その礫が部屋全体を駆け巡ったらどうだろうか。倉庫の中を逃げば一つなく氷の礫が舞い続ける。シェーラは氷の礫もそれを舞わす風も操作していない、無造作に魔力を発生させているだけだった。どこに逃げようとも氷の礫が己以外のすべてを遅い、傷つける度に体温を奪い鈍くなったものにはさらに襲いかかる。
 回避不能だと分かったアリシアは即座に防御魔法を展開した。全面展開のバリアだ。彼女を覆い尽くしたバリアは一瞬は礫の嵐から彼女のみを守った。そう、一瞬だけは。
 シェーラの冷たい氷の鎖はバリアの魔力すら凍らせ、そして砕いた。鎖によって開けられた穴から氷の礫がアリシアを遅い、そのままアリシアは脚を凍りつかされた。
 
 (激レアは激レアの氷結だけど、こんな惨忍な手段で使われるものなの)

 礫の嵐は終わることなく、アリシアの体を蝕んでいた。礫によってつけられた傷口からは血がながれ、そこからさらに体温を奪われて行く。そして氷の礫が周囲を跳び回ることで下がり続ける室温は下がった体温には堪えた。
 息もいつの間にか白くなっていた。時刻はまだ朝方だがそんなに寒くはなく、ましてや室内だ。そんなところで白い息を吐くのはアリシアの人生でも珍しい経験だった。
 アリシアにとって世界はまだまだ知らない事の方が多すぎる。今の命は母が命がけで与えてくれた二度目のチャンスなのだ。それをむざむざこんなところで散らすのは、無償の愛を与え続けてくれた母への冒涜だろう。

 「悪いけどさ、あたしは諦めが悪いの。動けなくなるまで、諦めるつもりなんて無い!!」

 体温を奪われ、満足に動かない体に鞭を打ちながらアリシアは視線がいつの間にかアリシアから外してしまっているシェーラに向けて、再びフラッシュアウトを放った。
 魔力変換素質のなかでも稀少性は最高ランクに入る、光。魔力の性質を光そのものに変え、その光でできた影を駆使する特殊なタイプの魔法だ。先程はアイリスのエナジーブレイカーに破られたが、浴びたものの影を地面に貼り付けるこの魔法は彼女には破られていなかった。
 この技さえ決まれば、あとはアリシアがもっとも得意とする奇襲攻撃につなげることも、氷を破壊して動くこともできる。
 だが、攻撃の失敗と同時に逃走することを常套手段にしているアリシアは知らなかったが、シェーラにはこの魔法の性質がすでにばれていた。
 
 「な、なんだと」

 「……ああ、また光のこうげき?」
 
 シェーラにフラッシュアウトが通用しなかった。アリシアの攻撃と同時に発生した氷霧がフラッシュアウトの閃光を遮ったのだ。
 
 「魔力変換素質ってさ、つよいけどよわい面もあるよね。わたしのなら炎とかあついものにはよわいよ。それはあなたも同じでしょ。光だからスピードははやいけれど、それ自体にはこうげき力がないから光をさえぎられたらなんにもできない」
 
 「そんな……光速よ! どうして、後出しで防げるのよ」

 「あとだしなんかじゃないよ。あなたの魔力によって氷の動きをちょうせつしていたんだから」
 
 シェーラがアリシアの氷に対して取った策はこれまた単純なものだった。アリシアが機動に魔力を用いているときは氷の礫を部屋全体に走らせ、彼女が攻撃用に溜めたときは自分の周りで濃い氷霧を作るように設定していた。
 魔法を使用するためのチャージ、その時点でシェーラの防御魔法は発動している。システム的な魔力の運搬を得意とするミッドチルダ式の魔法そのものだ。
 
 「もう、あきらめて。あなたにはもう手段はないよね。あるんだったら、アイリスちゃんとたたかっていたときに使っていたもんね」

 「くそっ!! こんな、こんなところで……」

 シェーラの言うようにアリシアにはもう手は残されていなかった。スピードだけならば最速でも、回析できないものや反射するものには無力化されてしまう光は攻撃パターンが限られていた。
 
 (相性が悪いっていうの。あたしの道はこんなところで閉ざされるの……あたしは何のために生きてきたの……)

 アリシアはただ生きてきた。生命倫理の崩壊した地獄から逃げ出してから、今日までただ生き続けてきた。なにをしてでも生き続けてきた。
 しかしそれで彼女は何かを成せたと言うものはなかった。


 『あなたは幸せになって、あなたとあの子の幸せが私の願いだから』

 
 その言葉はアリシアの記憶に最初に刻まれたものだった。データとして残っていた記憶ではなく、間違いなくその場で刻まれた記憶だった。
 だからこそアリシアはその言葉を指針とした。母が唯一「彼女自身」に与えてくれた言葉。
 幸せにならなければならない。それが彼女の生きざまだった。
 だが幸せという状況はどれほどまでに得難いものなのか、彼女はこれまでの生活の中で知らされた。
 一つの場所に留まることはできなかった。元より人ですらなく、人だった頃の存在は消されていた。そして犯罪者プレシア・テスタロッサが作った人造魔導師としてその存在は認知されていた。フェイトのことはそれほどまでに多くの人に知られていた。
 仲間も友人も何もいなかった。一つの場所にとどまれない以上、仲良くできたとしてもすぐに逃げなければならなかった。
 
 (だからあたしは生き残るために戦ってきた)

 管理局という大きすぎる組織が生み出した影は彼女にとって生きるための居場所だった。大きすぎる組織が生み出した影はとても深く、人でない彼女でも居場所を作ることは容易だった。
 その影を転々として生きていけば、生き続けることは出来た。現にアルハザードから脱出してから暫くの間はそうやって生きてきた。
 
 (腐った世界で生きていても、それは幸せなんかじゃない。人らしく生きれないのに幸せなんかなれっこない!!)

 影の世界で生きたところで幸せなんかには到底有りつけなかった。だが光の世界には入れなかった。表ではアリシア・テスタロッサという少女は死んでおり、プレシア・テスタロッサは犯罪者でしかない。
 そんないてはならない人物は影の世界でしか生きていられない。

 (表で生きてならなくても、幸せになるためだったらあたしは生き残ってやる)

 どれだけ危ないことをしても、どれだけ悍ましいことをしてでも彼女は生きてきた。
 望みはただ一つ、幸せになること。
 その願いを叶えるために。

 「あたしは自分の理想を絶対に叶える!! だから、ここで負けることなんて許されないのよ!!」

 アリシアは魔力を収束した。同時に目の前のシェーラは氷霧に包まれた。
 だからアリシアは魔力を上へ向けて放出した。 薄暗かった倉庫の天井から部屋を照らしつける閃光が降り注いだ。
 突然の行動にシェーラは目を見開いたが、もう氷霧は彼女の体全体を覆っている。影を縛ることは出来なかった。
 しかしそもそもアリシアの狙いはフラッシュアウトではなかった。

 (有効かどうかなんてわからない。でも、そこに可能性があるならあたしはそれに賭ける。そして賭けに勝利する!!)

 「むだだよ。わたしの氷霧は全体をおおているから」
 
 「そうね、それくらい出来ることは分かっていたわよ。でも、これならどうかしら」
 
 アリシアは顔を歪ませながらナイフを振るった。シェーラとアリシアの間合いは鎖鎌でやっと届くような距離で、ナイフが届くような距離でも無い。また魔力刃を飛ばすようなわけでもなかった。
 しかしそれは攻撃だった。
 シェーラの真横から巨大な黒い刃が飛んでくる攻撃だった。

 「そんな、いつの間に」

 シェーラは咄嗟に張った氷の壁で黒い一太刀を防ぎきった。分厚い氷壁だったが、黒い刃で大きく抉られていた。
 黒い刃は氷の壁で防がれると霞のように消えていった。
 それにほっと一息付いたシェーラだったが、アリシアの攻撃はまだ終わっていない。

 「ほら、これでどう!!」

 もう片方のナイフを目の前へ突き出すと、アリシアの目前から槍なのか矢なのか判断の付かない尖った物が飛んできた。
 それを見たシェーラが前へと力強く踏み込むと、太い氷柱が地面から突き出した。
 ただ飛ばされただけだった鋭利な飛翔体は氷柱を貫き、シェーラに突き刺さる寸前で停止した。

 「もしかして、影? そんなことできたんだ」

 「さあね」

 天井にアリシアが打ち込んだ忌々しい光はまだ残っていた。倉庫のため雑多とした部屋では、無造作に物が放置されていた。
 物を照らす光は当然のように影を作る。氷霧で光を弱めているシェーラを除いて全てに影があった。
 最初の一太刀は周辺の影を、次の刺突攻撃はアリシアの影を使っての攻撃だった。

 (出来たかどうかで言えば出来る。でも、やったことのないぶっつけ本番)
 
 (もしもできるのならばアイリスちゃんのときに使っている。使っていないのはできなかったから……実戦でやったことのない技はつうようしないよ)

 シェーラは両手に持った鎖鎌を回転させ始めた。ビュンビュンとシェーラの左右を音を出して回転し続ける鎖鎌からは冷たい空気が漂った。凍りついた鎖鎌の冷たい一撃を撃ち込む時と同じ構えだった。
 しかしシェーラは回転させた勢いを持って鎖鎌で攻撃するのではなく、魔力を這わせた空気を生み出した。そして先端に溜まっていた魔力から鋭い礫を発射した。

 「さぁ、凍ってよ。ブリザード」

 冷たい突風には氷の礫が混ざっていた。先程までの攻撃と似ているとアリシアは思ったが、礫の鋭利さは先程までとは比較にならない。
 無造作に切り裂き、さらに傷口を凍らせる最悪の攻撃だった。
 攻撃の本質を見抜いたアリシアは、扱い慣れていない影を目の前に持ってきて壁にした。

 (さてどうしようかしら……魔力で焼いた影を引っ張ることは出来たけど形がいまいち。それに操作性も悪いな)

 アリシアは鋭いナイフをイメージして攻撃していた。しかし彼女の技術力では実現しきれなかった。
 また操作性の悪さもマイナス点だった。どうやっても彼女の思うように扱えないのだ。

 (イメージするのはもっとわかり易い形……それもあたしにとって身近でとても扱い易いもの)
 
 影の壁は氷の突風を一度は凌いだが、シェーラは次なる攻撃をもう構えていた。
 アリシアはナイフ以上にその手で扱い易いものを考えて、気づいた。
 
 (そうよ、これがあった)

 「壁はじゃまかな。これでもくらってよ」

 シェーラは回転させていた鎖鎌をアリシア目がけて撃ち放った。先端は凍結し、その冷たさは周辺の空気すら凍りつかす。空気を凍らせるその一撃は加速していき、影の壁を貫いた。
 だが、貫けたのは影の壁だけだった。
 十八番の氷の鎖攻撃を防いだものをシェーラは見た。

 「なに、それ? 影の……手?」

 アリシアの前にあったのは巨大な手だった。それもアリシアの体を覆い尽くすほどの大きさだ。
 それは冷たい氷の一撃を掌で受け止めていた。

 「そうよ、手よ。人が一番扱いやすくて、それでいてよく動くものと言ったら手しかないでしょ」

 真っ黒な巨大な影の手。アリシアが新たに身につけた戦い方だった。
 アリシアが自分の手を前へ向ければ、影の手はシェーラへと襲いかかった。
 その巨大な掌は広げるとシェーラの小柄な体なんてあっさりと覆うほどだ。指とは思えないほど鋭く尖った黒く長い指は突き刺さってしまうかと思うほどだった。
 シェーラの体を影の手が握りつぶそうとするが、シェーラは目の前に冷気をためそれを解き放った。
 アリシアに放っていたものよりも数段冷たい瞬間冷凍の風は、巨大な影の手を凍結させた。
 一撃で凍りつかされ、影の手をただの氷塊にされたアリシアはまだ余裕だった。

 「やるじゃない。でも、これはどうかな」

 アリシアはもう片方の手を振り下ろした。それと同時に別の影を集めて作られた影の手が、シェーラの真上から振り下ろされた。
 その大きな掌を広げ上から握りつぶすように振り下ろされた影の手だったが、シェーラは両手の鎖鎌で影の手を縛り付けた。
 
 「そんなので止まるとでも思った?」
 
 「とまるじゃなくて、凍るよ。氷猟」
 
 黒い影の手はシェーラを握り締めることはなく、凍りついていた。
 シェーラのデバイスである鎖鎌はシェーラの魔力の影響を受けている。彼女の凍れるような冷たい魔力に晒され続けた鎖鎌は、縛り付けると同時に凍りつかす効果を持っていた。
 
 「だったらこれでお終いよ!!」

 アリシアは合掌した。今度はシェーラの両方向から黒い影の手が襲いかかった。
 氷壁程度ならば砕けるだろう。鎖鎌の凍結よりも速く潰せるだろう。それは確実に詰みだった。
 アリシアの目の前でシェーラの体は潰された。

 しかし、シェーラから感じる寒気はまだしていた。それも背後からしていた。
 アリシアは振り向くことなく、背後にいる存在に気づいた。

 「あまいですよ」

 「なるほど、氷の道ね。あの突風の狙いは道を凍らすことだったの」

 アリシアが改めて床を見れば、床は凍りついていた。その凍った床を滑ってシェーラはアリシアの背後に廻っていた。
 スケートのように滑るのではなく魔力で加速しながら一定のルートだけを高速で音もなく滑り、回り込んでいたのだ。
 
 「本当に甘いわよね。あなたは」

 アリシアはシェーラに背を向けたまま、そんなことを口走った。
 それを聞いたときシェーラは体が動かなくなっていることに気づいた。
 
 「そんな、いつの間に」

 「あのまま氷霧を張り続けていればよかったのに。天井の光からフラッシュアウトを発生することぐらいは出来るのよ」
 
 アリシアにとって影の攻撃はまだ扱い難いものでしかなかった。その点フラッシュアウトはいままでに数えきれないほど撃ってきた彼女の十八番だ。
 多少ならば離れたところからでも発射することは出来る。

 「ミッドチルダ式のシステムを組み込んだ魔法発動。悪いけど、あなたよりも魔法の扱いは上手いから。あたしの周囲に他の魔導師が接近した時点で、発生させる光をフラッシュアウトに変更するっていう複雑な発動方法も出来るのよ」
 
 「そんな、でもそれならあなたも」

 「ええ、動けないわよ」

 天井から部屋全体を照らす光に束縛の効果を与えている以上、アリシアも例外なく動けなくなっていた。
 解除することはできるが、それをすればシェーラの方も解除されるだろう。

 「でも、もう動く必要ないから。さっきの戦闘で思いついたこれでね」

 アリシアは倉庫の物に出来た影を引っ張ってきた。
 彼女自身も動けないため操作性は雑だが、身動きも取れないアリシアを仕留めるくらいは出来るだろう。
 鋭利な刃物のような指を開いた影の手はシェーラへと近づいていった。

 「さあ、これで詰みよ」

 シェーラに背を向けているアリシアはシェーラの表情は分からない。
 だから彼女の決意に気付かなかった。
 もしも振り向くことが出来たならばアリシアは見ただろう、シェーラの子供らしくない無垢ゆえの決意を。
 
 「そうですか、だったらせめてあいうちにします」

 「え?」

 「グレイプニル、モード03」

 アリシアの背から感じたのはまさに極寒そのものだった。背筋が凍るは比喩表現などではなく、本当に凍りついた。
 凍結攻撃はシェーラが何度か使っているのをアリシアは見ていた。しかし今のは違う。攻撃とかではなく、凍らせる事象といった感じだった。

 「発動キー(命なき凍結の世界で朽ち果てろ)。認証、発動スタンバイ」

 アリシアはこれに似たような恐怖を思い出した。アモンの時の恐怖だ。
 だから分かった。この魔法はあまりにも危険だと言うことを。

 「ちょっと、止めなよ!!」

 「禁じ手・アブソリュート!!」

 その瞬間、その部屋からは温度が死んだ。
 
 

 
  


 
 ヘブンズソード中層

 修達と別れたティアナはジャミングシステム破壊のために先を急いでいた。
 普段彼女の見えない瞳を覆っている包帯は取っていた。隠された瞳は深海のように深すぎる藍色だった。
 その瞳は異質であった。しかし異質故に見えるものもある。
 例えばジャミングのようなものがそうだ。内部に侵入された時に、敵の念話などの通信を遮断するためにヘブンズソード全域に張り巡らされたジャミングを「視る」ことで装置を探し出し、一つ一つ破壊していった。そして今ティアナが目指しているのはそれの大本だった。
 
 (想定外なことが起こるのはいつものことだけど、さすがに今回ばかりはイレギュラーが多すぎね)

 配置されている敵戦力はティアナの想像よりも上だった。敵戦力の想定はティアナはありえる限界値で考え出していた。参考にしたデータはムスペルでの強奪のものだった。その時の戦力や戦況の運び方から戦力を想定していた。

 (あれだけの戦力があるなら、なのはさんを引き入れる必要はなかったはず。最初からおかしいとは思っていたけれど、Dナンバーにはなのはさんよりも強力な砲撃能力持ちが居る。首都守備隊の空戦力どころか、アモンの2体で首都を半壊出来るはず)

 戦力の出し惜しみというのも考えられたが、この5年間ひっそりとした行動を繰り返してきたDナンバーが重い腰を上げて攻撃にきたはずなのにあからさまな出し惜しみだった。
 その姿勢がティアナには不気味に思えた。首都はどれだけ制圧されても半壊で済むが、いつでもそれだけ制圧することが出来るとでも言外にほのめかされているように思えた。

 (何を企んでいるのやら、まったく想像がつかない。私たちは踊らされているのか、それとも戦えているのか)

 頭の中でさまざまな仮定を立てたところで正解に近いかどうかすら分かりやしないことで悩んでいるティアナの目前に、ジャミングの大本が感じられた。一段とジャミングが酷くなっており、その発生はこの地点からだ。この鉄の扉の奥にそれはあると便利すぎる瞳は告げた。
 そのまま攻め込もうとしたティアナだが、扉を守るように立つ者の姿形を認識してその脚は止まってしまった。
 護衛の兵がいるのに驚いているわけではなかった。今まで破壊してきたところにだって守備用の戦闘機人や自動兵器、酷いところではラビットすらあった。今更何が来ても驚かないはずだった。
 それなのに驚いてしまっていた。
 それは化物でも何でもなかった、バリアジャケットを羽織って白い鉢巻を巻いた青髪の魔導師、スバル・ナカジマが敵意を向けて立っていた。 

 (……なんで? なんで、ここにスバルが居るの?)
 
 そんな疑問まで心に浮かんでいた。疑問した時点でティアナの普段の冷静な思考からは離れているだろう。
 現に驚きから覚めれば、即座にティアナはスバルが居る理由を見つけた。

 (幻術ね。それも映像を作り出すタイプ。制度はかなりの上物、それに魔力反応じゃなくてエネルギー反応がある)

 危ないほど便利な瞳はティアナが驚きで混乱しているときからもう答えを見つけ出していた。さらには、ティアナは犯人の位置も割り出せていた。犯人が誰かさえも分かっていた。  
 しかしここでティアナは自分の不可解な行動を見る。
 幻術の術師へと攻撃しようとした彼女の銃弾はなぜか、スバルの幻影を破壊していた。
 
 (なんで……なんで、こんな無駄打ちをしたの……)

 自分で自分の行動がわからなかった。頭では優先順位をつけ、術師を攻撃したはずなのに体にとって、彼女の根幹にある心にとっての最優先破壊対象はスバルの幻影だった。
 スバルの幻影が消え去り、再び銃に魔力を込めた。頭で付けた優先順位は理性からきたものだった。しかしスバルが敵対する姿を見て心が理性を撥ね除けていた。

 (なにやってんだろうな……結局私は弱いままだ。スバルが幻影だって分かりきっているのに、敵対するなんて認めたくなくて、すぐ消したくて魔力を無駄遣いした。本当になにやってるんだろう、覚悟は決めたはずなのに。5年前のあの絶望から立ち上がるって決めたのに、あたしはなのはさんを倒したのに……)

 沸き上がってくるのは押さえを失った感情だった。今はどうにも抑えれそうにない感情だった。
 感情に動かされる魔導師は三流だとティアナは知っている。それでもどうしようもなかった。スバルはティアナにとって親友と呼べる存在で、エリオに愛される今でも彼女は大事な存在であって決して敵ではない。そんなことを思っていた。

 (でも、敵になるかもしれない。エリオの敵になるかもしれないんだ。その時は、あたしは迷わず戦えるのかな……ううん、戦わなきゃいけない。あの人を倒したのに、もう迷う理由なんて無い)
 
 心はこの時決まった。二度と迷ったりはしないと、さらに強固な理性で感情を抑えつけた。感情が封じ込められたことでティアナの思考はよりクリアになっていった。
 目下の問題は術師の撃滅。引っかかるはずのないスバルの幻影でわずかに戸惑ったが、ティアナは術師へと歩みを進めた。
 ティアナが進む方向に道はなかった。ただ壁があるだけだった。目前は壁だというのに、ティアナは迷うことなく真っ直ぐ駆け出した。
 そして壁を片手に持った銃で紙を引き裂くように破り去った。

 「私に幻術が通用するとでも思ってたの。……あんたがどうしてここに居るのかは聞かないわ。ただ、そこで待っていなさいナンバーズクアットロ!! 今から私があんたを撃ち抜く!!」

 壁の向こうは弾丸の雨だった。幻術と実物の入り交じった一見すれば回避不能の自殺通路だった。その雨の中をティアナは走っていった。
 光を映さない瞳にはルートが見えていた。全ての攻撃を躱しながら、最短でクアットロの元へ辿り着く勝利のルートがその瞳は見つけていた。
 何重にも重ねがけされた幻影の向こうに潜むクアットロがティアナの接近に気づき、姿を消して逃走を図った。
 しかし遅すぎた。

 「待ってろって言ったでしょ」

 オレンジの銃弾がクアットロの両膝を貫通した。姿を消してクアットロに利益があったかどうかは疑問だ。
 脚を撃ちぬかれて動きが止まったところにティアナは急接近し、背後からクアットロの側頭部を回し蹴りで蹴り飛ばした。蹴飛ばされたクアットロが壁にぶつかると、ダークネスミラージュから鋭いスフィアを発射し杭として両腕を壁に張り付けた。
 
 「モード2・リバースコード」
 
 ダークネスミラージュの銃身からオレンジ色の刃が飛び出た。だがなのはとの戦いでバリアを引き裂いた細い刃とは違い、刃と呼ぶには太すぎるものだった。引き裂くことよりも、目標の破壊にとっかした形状だ。
 魔力の消耗を極力少なくし、破壊を追求した一撃を壁に磔になっているクアットロの頭部へと叩き込んだ。ゴキッと硬いものが砕けた音がした。
 メンテナンスが必要だが、生命力や耐久性は人間とは桁違いの戦闘機人だがティアナは頭を潰されてまで生きている戦闘機人は見たことはなかった。しかし頭をたたきつぶしたはずのクアットロに対してティアナは警戒していた。
 しかしなにも起きない。頭を潰しているのだから当然といえば当然だが、ティアナには違和感があった。

 (たしか饒舌だってチンクは言っていたのに、一言も喋らなかった。……考えすぎなのかしら)

 何も起きないとティアナは判断してクアットロに背を向けた。
  
 その時磔になっているクアットロの腕が、杭を貫通させて磔を力づくで解いた。そしてその腕はティアナへと振るわれた。

 「やっぱり、あんたはもう死んでいたのね」

 背後を振り返る前にティアナはクアットロの腕を切り落とした。
 そして振り返りざまにもう片方の肩を打ちぬいた。しかし肩を撃ちぬかれたというのにクアットロの腕はまだ動いていた。想定外の動きだったがティアナは防御を間に合わせた。
 しかし防御したというのに腕力だけでティアナは吹っ飛ばされた。戦闘機人だとしてもあきらかにオーバーな怪力だった。
 垂直に立つ壁に受身を取り、なんとか体勢を立て直したティアナだが動く屍とかしたクアットロが襲いかかってきた。

 (死体だからってダメージは無視? そもそも動くはずがないのに。それに力の方も限界以上を出させている。常時生前の時に出来た最大限の力が利用出来るってことかしら)
 
 クアットロの攻撃は異様だった。切り落とされた腕で平然と殴りかかり、膝を撃ちぬかれているのに走りまわったり、肩を負傷しているのに怪力を出していた。
 ティアナはその異常性は予想していなかったが、クアットロが死体ではないかという予想はしていた。

 (5年前のDN事件が急に発生した裏には既に現場で活動していたDナンバーの仲間がいたはず。おそらくそれはクアットロね。ジャックの話が真実だとすればクアットロならばDNのことを知っていて、そして封印の解除も出来た)
 
 殺されたユーノが死体だというのに動いていたことから、ティアナはDN事件時にも死体が動いているということがあったと考えていた。そしてその死体こそが真相に近いと考えていた。幾つかの謎はクアットロが当時サタンに憑依されていた死体だと考えると解決していた。
 死なない戦闘兵器としてティアナを攻め続けるクアットロの攻撃を躱し、その腹部を斬り裂いた。だがどれだけ攻撃してもクアットロは動けなくなるわけではなかった。
 サタンの能力は死体への憑依と死体操作だとティアナは考えていたが、その操作方法がいまいち分からなかった。

 (頭を潰しても無駄みたいだから、脳に仕掛けをしているわけじゃなさそうね。でもだったらどうやって操作しているの。もしかして常に部位部位を操っているの?)

 ティアナは切り落としたクアットロの手を見た。手だけとなったそれは全く動いていない。部位部位でそれぞれ操作しているわけでもないようだ。
 考えている間も時間を与えることなくクアットロの猛攻は続いていく。ティアナも躱し攻撃を繰り返すが、傷ついてもそのことを無視するクアットロには通用していないと同様だ。
 首の骨をへし折ってもクアットロは倒れず、腹部への蹴りでクアットロを蹴飛ばした。
 
 「とりあえず千切れたら動かないみたいね。だったら全部ぶっ壊すだけよ」

 ティアナの周辺に18個のスフィアが現れた。ティアナが得意として、一度自分を打ち倒した魔法。
 クロスファイアシュート。
 スフィアを集めてティアナ目がけて襲いかかってくるクアットロへと発射した。
 撃ち込まれたスフィアの弾は間髪入れずに直撃していき、オレンジ色の爆発がクアットロを包み込んだ。
 しかしその程度ではクアットロは倒れず、ティアナへと襲いかかってきた。
 だがクアットロがティアナに近づくことはなかった。
 それよりも速くティアナが放ったオレンジ色のスフィアが損傷箇所を貫通して、クアットロの体をバラバラにしたからだ。
 
 「さすがにこれならもう動けないでしょ」

 一度目はなのはがかつて見せたクロスファイアシュートの砲撃バージョンだった。火力を高めたそれで出鼻を挫くと同時に、クアットロの体にさらなるダメージを与えた。そして残しておいたスフィアは損傷の酷いところを狙って攻撃し、貫通することで死なない体を破壊した。
 クアットロが完全に停止したのを見るとティアナは疲労を感じた。なのはとの戦闘でフルドライブを使用し、クアットロの戦闘を含みここまでの行動でも消耗していたため魔力も体力も限界に達そうとしていた。
 しかしティアナは先へと進むため、前へと踏み込んだ。
 仲間がまだ戦っている。自分ひとり逃げる理由なんてティアナには見つからないからだ。
 ふとティアナはクアットロの頭に目を向けた。
 
 「これで終わりよ。もう、眠りなさい」

 そうクアットロに言い残して、ティアナはジャミングの大本の破壊に向かった。
 クアットロも被害者だった。Dナンバーによる被害者だった。ティアナを動かす理由の一つにDナンバーへの憎悪もある。
 未来に絶望したティアナが生きている理由はエリオだが、いまだに戦う理由はどちらかと言えばDナンバーへの憎悪が大きい。ティアナ・ランスターという人物が初めて殺意を抱いた存在でもあった。
 世界を壊され、未来に絶望した。ティアナ・ランスターという人物はその日一度死んだ。心が死を選んだのだ。
 それでも生きてしまった。
 
 「悪いわね。私は約束があるから、また生きてエリオに会うっていう約束があるから負けられないのよ」

 兄に守られ続けていた少女はもう居ない。
 夢を追い続けてきた少女も居ない。
 絶望の中で生き残り、明日を生きようとする女性が居る。
 
 「さぁ、戦いを終わらしましょうか」








 ヘブンズソード・司令室

 エリオとアモンの戦いは激化していき、司令室にもつれ込んでいた。
 司令室は半壊しており、外が見え出した壁をエリオは背にして座り込んでいた。
 その眼の前にはアモンが立っていた。
 無傷ではなかった。しかし負傷したというほどでもなかった。
 
 「さぁ、此れで終わりにしようか、小僧」

 エリオは槍を支えに立ち上がり、構えた。
 その体はボロボロで、義手の左腕は壊されていた。仮面も砕け散り、毒に冒された顔が覗いていた。
 満身創痍を通り越している。もうこれが限界だろう。

 「まだ、ですよ」

 だがエリオの瞳だけはあきらめがなかった。
 エリオの戦意が失われていないことをアモンは嬉しかった。

 「そうか。それはいい。我もそのほうが楽しいからな。だが、お前はなんのために立ち上がる」

 戦力差は歴然としていた。それなのにエリオは再び立ち上がった。
 それを見てアモンは疑問に思った。アモンとエリオの戦力差はなにをどうしても絶対的に覆せない。そんなことすら分からないのかとアモンは考えた。
 
 「立ち上がるのに理由がいるんですか?」
 
 エリオの返答は、言外になぜそんなことを聞くのか分からないと言っているようなものだ。

 「なに、無価値な自殺行為に付き合う気がないだけだ」

 「無価値か。無価値なことってあるんですか?」

 アモンは考え違いしていたと思った。エリオは諦めていないのだ。絶対に勝てないと分かるような戦力差を見せつけられたのにまだ戦う気でいる。
 戦力差を理解出来ないほどの阿呆なのか、それとも諦めどころを見失った虚け者なのか判断は難しいがアモンにとってはどちらでも一緒だった。
 
 「ならば、お前を壊そう。ただ殺すのではなく、その理念も全て無にしてやろう。その無知の頭に、無価値なものがあることを教えてやろう」

 アモンの両腕からエネルギーが迸る。エリオが見たことのない攻撃だった。
 その力は強大とかじゃなくて、もはや異常だった。見た人の常識を覆すようなものだった。
 単なる格闘戦だけでもエリオを圧倒し続けたアモンが、ここに来てようやく“初めて”見せる大技だった。
 
 「躱せるのなら躱して見せろ。お前が理解するのは結果だけであって、お前が無価値だということを知ってから屠ってやろう」

 アモンの両腕が迫る。その驚異は死そのものが一秒居ないあとの自分の末路だとエリオに知らしめた。
 殺されるということを理解しているのに、エリオはなぜか恐怖を抱いていなかった。死ぬことへの恐怖を知らない無知な子どもでも、持たない廃人でもエリオはない。
 恐怖がない理由はただ一つ。

 (僕は……死なない。こんなところで死んだりはしない!!)

 エリオへと振り落とされたアモンの技としての一撃が司令室を木っ端微塵にした。
 エリオが立っていた地点を中心として真下に力が注がれて、分厚く硬い素材で作られているヘブンズソードを最上階にある司令室から最下層まで貫通していた。それでも止まることを知らない力は海面に穴をあけた。
 しかしアモンは手応えを感じていなかった。肝心の人を潰した手応えがなかった。
 そして痛みを感じた。ちらりと痛みのする方を見れば、腕を深く斬りつけられていた。斬られた腕からは血が溢れている。
 
 (躱したのか。攻撃速度は音速を出していたというのに、それを躱したのか)

 エリオのダメージはアモンと比較すると深刻な部類だった。だからこそアモンは躱せないと見越していた。だがエリオはアモンの予想に反していた。
 たったそれだけだが、その差でエリオはアモンの背後を取った。
 エリオは残り数秒しか使えない亜音速攻撃に勝負を賭けた。
 片腕のエリオは亜音速の平づきをアモン目がけて撃ち放った。
 槍の突きをアモンは両腕で受け止めた。初遭遇の時にアモンは片腕でエリオの紫電一閃を防ぎ止めたが、今は両腕で止めるべきだと感じていた。
 
 (両腕、我は両腕を使った……そうかぁ、そいつはとても愉快なことだ)

 エリオの槍を両腕を持って押し返そうとしたが、槍の先端から二本の小刀が発射された。
 小細工だとアモンは思ったが、アウトバーンの中に仕込まれていた小刀は蓄電されていた。常人ならば一撃で感電死するほどのものだが、アモンには通用しないだろう。
 現に再び不可視鎧インビシブルによって雷を纏った小刀は空中で遮られていた。
 しかしエリオの攻撃はまだ続いていた。
 亜音速のスピードで槍から手を離し、生身でアモンに急接近した。右手の拳に雷を乗せて、亜音速の拳をぶつけた。最高速度はアモンが上回っているが、全ての動作を亜音速で行えるエリオはアモンの先手を取ることが出来る。
 反動の大きい生身での攻撃はエリオにとっても捨て身だが、それくらいしなければ勝てないという意識があった。
 
 「残念だったな。それは届かない」

 アモンの声を聞くよりも前にエリオは防がれたことを理解した。不可視鎧インビシブルだった。エリオ以上の最高速度を持つアモンにとって亜音速はついていけない速さではなかった。
 エリオが槍から手を離した時、アモンは右手で攻撃してくると判断し防御をしかけていた。アモンの先読みはエリオの攻撃の手を見据えていた。
 
 「そうですね。でも、これは届いた!!」

 その声とほぼ同時にアモンは雷撃を感じた。
 義手を破壊された左腕。それはもう腕と呼ばれる代物ではなかったが、まだ形としては残っていた。
 エリオは普段からこの義手には電気を貯めている。鋭利な爪に変形する義手のため、爪の斬撃と同時に電撃を浴びさせるためだ。
 貯めてきた電撃を一気に解き放った。腹部を殴る手のない一撃自体はアモンにはダメージはなかったが、貯められていた膨大な電撃はアモンの体を硬直させるには十分だった。
 そして右手で槍を掴み、エリオはアモンの体に一閃を放った。

 「紫電一閃!!」

 振り下ろされた鋭い一閃はアモンの体に深い傷を与えた。その体から吹き出した血がエリオの体に付着する。
 その姿はまさに死神だった。ミッドチルダ西部にて戦闘機人を何十体も撃破し、その返り血で真っ赤に染まった紅い死神だった。
 返り血を気にすることなくエリオはさらなる攻撃を加えようとしていた。
 彼が持つ翠色の瞳はボロボロとなった死にかけの者の目ではなく、敵を死に追いやる者の目だった。
 だがその瞳が写したものは、全てに滅びを与える悪魔だった。

 「クククッ、本当にこれは楽しいなぁ!!」

 アモンはそう言った。
 
 その時エリオが理解できたのはアモンがそう叫んだことだけだった。
 そして次に理解できたことは、数十m吹き飛ばされていることだった。
 続いて全身に激痛が走った。
 倒れた体のまま上を見ると、空が見えた。天井が壊され外が見えた。

 「不可視鎧インビシブル砲撃形態。これは久しいなぁ。まさかこんなところで使わされるなんてなぁ」

 エリオは離れたところからアモンの声が聞こえた。

 「ロストギア争奪戦争の時も、大次元戦争の時も、楽しめなかった。三十年前のあの戦いでもだ!! テスタロッサの野郎がつまらない仕掛けをしやがって楽しめなかった。5年前はすぐに終わっちまった。だから久しぶりだ。さぁ、我にもっと力を出させろ」

 言っていることの前半は理解できなかったが、言いたいことは理解できた。
 アモンは全力を出していない。
 それは出し惜しみをしたのではなくて、敵が弱すぎて出すことが出来なかったからだった。
 もう全て出し切ったようなエリオにとってみれば、その宣告は絶望的だった。だが、エリオは再び立ち上がった。
 
 「出させたりしませんよ。それよりも速く貴方を殺します」

 「それもいいさ。後ろから斬りかかってこい! 覆い尽くすような魔法を撃ってこい! 禁止級の質量兵器だろうが使ってこい! 最後に勝つのは我なのだから!!」

 アモンの圧倒的な殺気と闘気がエリオを襲った。その威圧感だけでも人は呼吸することができなくなるだろう。
 しかしエリオはそんな中立ち上がった。
 その姿は少年ではなく、死地に赴き生き残る戦士の姿だった。

 「立ち上がったなぁ。小僧、お前を立ち上がらせたものは何だ?」

 エリオにアモンが最初に向けたのは暴力でもなんでもなくて、質問だった。

 「お前は死を直前にして混乱して戦っている敗残兵ではない。ならばなにが我と戦わせるだけの勇気をお前に与えている」
 
 アモンはエリオが立ち上がったことが愉快な一方で、それだけの意志を保てる勇気の源を知りたかった。
 圧倒的な武力を持つ一方で敵に恵まれなかったアモンは、その武力に恐怖し我武者羅に戦ってくる者なら何十万と見てきた。それは正気を失い性格な判断力すら持たないゾンビのような者でしかなかった。
 だがエリオは依然としてアモンを倒すという強い意志を瞳に灯していた。アモンが屠ってきた中にはエリオよりも腕のあるものもいたが、それでもそんな意志はすぐになくしていた。
 衰えない殺気を込めてエリオはアモンを睨みながら告げた。

 「そんなもの決まっているじゃないですか。大切な人を何をしてでも、たとえ他の人の命を奪ってでも守り抜く決意だけしてきました。だから僕は倒れたりしない」 
 
 「命の優先順位付けたか。いい心がけだ」
  
 アモンがエリオへと迫る。
 エリオは静かにアモンに槍を向けた。
 もう限界を体はエリオに告げていた。これ以上は満足に戦えないと言っていた。

 「しかしもう限界のようだな。まぁいい。久しぶりに楽しめた」

 アモンもエリオの限界は見抜いていた。
 しかしエリオはアモンへと駆け出した。

 「限界が邪魔をするなら、それを貫き通す!! そしてお前を倒す!!」

 「そうか……それは最高に楽しいなぁ!!」

 それは魔導師と戦闘機人の戦いではなかった。
 人から化物へと自ずからなった者同士の人外戦闘。
 限界というつまらない制限なんてものを最初から持たない者同士の戦いだった。
 

 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
  

 
 
 
 
  



 
 
 
  
 あとがき
 今回はシンプルに三戦闘。
 シェーラVSアリシアは主人公sideのシェーラよりもアリシアの方が主人公っぽいような。
 ついに二十話になりました。そろそろHS編もクライマックスです。
 感想をください。



[8479] 第二十一話 少女の守り手
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:f393325e
Date: 2010/08/15 04:05
 ヘブンズソード・訓練通路

 長い航海で実戦の感覚を失わせないという名目でこの通路は制作された。
 名目上はそうだが訓練と言うにはあまりにも過剰すぎるその火器の数々は、侵入者迎撃というよりも抹殺の可能性すら感じさせる。
 ここに知らず知らずのうちに入ってしまった侵入者は、当初の予定では蜂の巣に成っているだろう。
 しかし侵入者抹殺通路とも言えるこの通路は、今や炎の海だった。
 その炎の中を焼かれているというのに、無表情で高速移動を行っているのは元ナンバーズトーレだった。
 炎が聞いていないわけではない。彼女の生前の最後の戦闘で、電気対策はしているが炎に対しては並の対策しかしていない。
 Dナンバーズの一人アザゼルによって殺された彼女の体は、痛みを知らない傀儡となり炎の海を飛んでいた。
 体の一部は炭化している。そして現在の戦闘によるダメージでフレームがはみ出している部分もあった。フレームには亀裂が入り、鍛え上げられていたその体は無残にも引き裂かれていたりもした。
 それでもトーレは止まらない。サタンの残留思念によって単純な操作を受けているトーレは、侵入者を迎撃するためだけに動いていた。その姿は生前の戦士としての彼女を侮辱しているようにしか見えなかった。
 
 トーレの視界にトーレ目がけて突っ込んでくる巨体があった。巨大な鋭利な爪を装備したルサカだったが、その姿は変貌しており人と虎の間のように見える。力強くかつ靭やかなその動きは、俊敏にその剛力をトーレに叩き込もうとしていた。
 ルサカを発見したトーレはISライドインパルスを展開し切り刻もうと肉体のことを全く考慮しないスピードで突撃したが、突撃の直前にトーレは別方向から激しい衝撃を受けた。

 「今です、ジャンビ陸士!!」
 
 「おうっ!! 正直もう終わらすぞ。虎炎拳!!」

 トーレがルサカに攻撃するのを見計らって、炎の海に潜んでいたルイスが炎の防壁を解除して姿を表しインパルスショックをトーレへと発射した。痛みを感じないトーレにとってはダメージにこそならないが、体制を崩した結果ルサカの燃える拳が直撃した。
 手加減なしの炎の拳はその炎でトーレの肉を炭化させて、拳のインパクトで衝撃を与えてその爪でフレームを砕いた。
 
 「さらに畳み掛ける!!」
 
 修を先に進めた後、トーレとの死闘を繰り広げてきたルサカはトーレにはダメージという概念がないことに気づいていた。どれだけ傷ついても止まることを知らず戦い続ける不死の悪魔。
 勝つ手段はただ一つ。肉体を完全に粉砕することだけだった。
 ルサカの拳の炎は消えることなく燃え上がっていた。その炎は手を覆っているだけだが、腕全体を覆い尽くしたかと思えば強烈な火炎放射としてトーレに撃ち込まれた。
 炎の勢いは激しく、トーレの体を焼きながら吹き飛ばした。さながら炎の蛇に食われたトーレは体を炎の勢いに押されていた。
 だが痛みを知らないトーレは全身を焼かれたというのに、炎の勢いが少しでも弱まると力づくで炎を払いのけた。
 そして再度攻撃に移ろうとした。

 「そうですね、畳み掛けましょうか。あれを破壊しつくすまで。シャイニングウィザードι」

 ルサカの攻撃とトーレの攻撃力を把握し、炎を突破されるタイミングを計算しすでに攻撃をしかけていた。
 トーレの体の周辺を球状に包み込むように無数の細かい魔力の針が浮かび上がると、それらは一斉にトーレに襲いかかった。
 生前のトーレならば対処は出来たかもしれない。しかし屍を無理矢理動かしているトーレでは対処できず全身を突き刺された。
 バージョンιは攻撃対象を単体に指定し、対象の周囲に魔力の針を発生させて攻撃する包囲攻撃だ。シャイニングウィザードは数十のパターンを持つ攻撃であり、今回の狙いは全身攻撃による硬直だった。
 
 「燃えろ炎!! 烈火爪」

 全方向からの攻撃で動けないトーレの元へ、弾丸のようなスピードで飛び上がったルサカが突撃してきた。その爪は激しい炎で燃え上がり、両手を交差させるように振り下ろすと大きなバツの字の焼かれた切り傷が作られた。
 そしてさらに炎を灯した人の物とは若干異なる脚で傷の中心を蹴り飛ばした。

 「正直、まだ終わらねぇよ」

 両手の炎を集めて炎弾を作り出し、蹴飛ばされたトーレ目がけて発射した。炎弾は直撃し、爆発を起こした。爆発で方向転換したトーレの体は燃える廊下に叩きつけられた。
 そして着地した得物を見つけた虎の如く駆け出し、トーレの体へ拳を力強く振り落とした。

 「ジャンビ陸士、これで仕留めましょう。クリアケージ」

 「了解だルイスさん。やってやるか」

 ルイスの結界魔法クリアケージがトーレの体を包むのに合わせて、ルサカは両手から炎を噴出した。
 拘束するための透明なバリアに包まれると、ルサカによって込められていた炎が暴れだす。その動きは結界によって無理矢理おさえこめられ、内部にいるトーレはその炎で焼き尽くされる。

 「高まれ、ブーステッド・ストライク」

 「さあ、爆ぜろよ。クラスターレイド」
 
 外部からルイスの魔法で強化したルサカのスフィアが結界に直撃し、結界で激しい爆発を起こした。
 ルサカが生成したのは炎熱によって爆発を起こす特性を付加したスフィアだった。
 このような技巧をルサカが習得しているのは、四番隊での修行の成果でもあった。

 ルイスは合成魔法クラスターレイドを放った跡を見た。
 そこにはトーレの体は残されていなかった。体を焼き尽くされた上で、激しい爆発を起こされたのだから当然だった。
 先程までの二人とトーレの戦いは死闘だった。管理局員が常識的な戦いから逸れた命と命をかけてしまった戦いであり、その相手であるトーレに対しては情はなかった。
 だが、彼女はその有様を見て過去を思い出していた。ここに所属する前の消したい過去を。そしてその過去と比べた今の自分が進歩していないことを悲しく思っていた。

 「木っ端微塵ですね」

 「正直、やり過ぎた気もしないではない。でも、やらなかったら倒せなかった」

 「そうですね。でも、こういう場面はあまり得意ではありません。殺さなければ殺されていた。嫌な世界ですね」

 「割り切らなければいいだけだろ。生き残ったものは殺したものを背負っていく、正直つらいけれど、それが生き残った奴の生き方だ」
 
 獣の思考が混じっているルサカらしい解答に、ルイスは微笑んだ。

 「貴方は優しいんですね」

 惚れているルイスの笑顔を見たルサカは、炎に照らされて赤く見える頬をさらに赤くした。
 その様子を見てルイスは苦笑し、修の元へ向かおうと先を見たときだった。
 
 炎がうねっていた。
 
 廊下全体を焼き尽くしていた炎が集められうねっていた。
 そしてルイス目がけて襲いかかってきた。
 
 「させるかぁ!!」

 咄嗟に飛び出したルサカが炎を薙ぎ払った。
 うねっていた炎の向こうには一人の少女が立っていた。
 少女はあまりにも白すぎる。
 白い肌が綺麗というよりも、病的な白ささえ感じさせていた。
 纏っている装束は白色で、金色の刺繍が遠くからでも映えている。

 「お上手です。でも、今ので灰になってくれたら嬉しかったです」

 「正直、ずばり言ってくれるな」

 少女、テレサ・アヴィラが二人の前に立ちはだかった。

 「貴方はヴァルハラですか? ここにいて私たちの仲間以外は高町ヴィヴィオか敵ですから敵でしょうけれど」

 「後者は正解です、でも前者は間違いです。私は剣十字教徒です」

 剣十字という名を聞いて、ルイスの表情は凍りついた。それがなんなのかを理解しているからこその恐怖だった。
 一方のルサカはその言葉には聞き覚えはないようだが、野生の直感で少女に対してここに来て最大の警戒心を払っていた。

 そんな二人を見ながら、テレサは朗らかな笑みを浮かべながら手に持った先端が十字を模した杖を振るった。
 魔法陣の発動は見えなかったのが、攻撃されたということは二人は感じ取っていた。
 なぜなら廊下を焼いていたルサカの炎が全てテレサの目の前で球体に集められているからだ。決して小さくなど無いこの訓練通路を燃やしていた炎をテレサは瞬時にまとめていた。
 
 「これをこのままぶつけてもいいですが、それではさっきの二の舞ですね」
 
 テレサはルサカの先程の動きから、炎熱消去かそれに近い能力を彼が持っていると見抜いていた。
 Sランクの魔導師でも扱いの難しい大量のエネルギーを文字通り手玉にとりながら、エネルギー体を床に叩きつけた。
 方法はわからない圧縮によってまとめられた炎はエネルギーの塊であり、炎弾に近い性質で床を砕きその瓦礫が宙を舞った。
 
 「そうですね、此れでも喰らってくださいです」

 中に舞った瓦礫はテレサが杖を振るうと弾かれたように二人に襲いかかってきた。
 しかしルサカは両手の炎を合わして前方へ突き出し炎の衝撃波の壁「烈火烈掌」を放ち、止めた瓦礫へルイスが中距離の範囲魔法「エアショック」で追撃を仕掛け瓦礫を全て粉砕した。

 「正直、あの程度でやれると思われているのか?」

 「そうだとすれば、心外ですね。こんなところに来る魔導師に、まともな人がいるはずがないでしょうに」
 
 炎の壁の向こうにいるテレサへ二人はそんな事を言った。
 それに対してテレサは同意しつつ、再び杖を振るった。

 「そうですね、じゃあ化物レベルでいくですよ」

 テレサはその少女の体ににあった甲高い声でそんな事を口走った。
 それを二人が聞いたときには既にテレサの攻撃が始まっていた。
 炎の壁を容易く纏めて、それをルイス目がけて攻撃した。即座にルサカが彼女の目の前に移動し、その炎を見にうけた。

 (炎熱消去……じゃないですね。炎は直撃しているです。これは炎熱吸収ですね。魔法じゃなくて、体質の方です)

 テレサはルサカの能力を冷静に判断しながら杖を振るった。テレサの言うレベルの攻撃はここからだった。
 ドガッ
 ルサカとルイスはその音が何の音なのか分からなかった。
 ただ分かっているのは自分たちが押しつぶされたことだけだった。上から巨大なものが突然落下して、それに押しつぶされたような感じだった。
 現に二人が立っていた周辺だけが、周りと比べて大きく凹みクレーターが出来ていた。
 しかしやはり分からなかった。
 上には落ちるようなものはなかった。
 上から砲撃魔法を撃ち込まれたわけでもなかった。
 衝撃は一瞬だけだったためルサカは上を見たが天井はあった。天井が落下したわけではなく、そもそも天井が落下した程度ならばルサカは抑える自身があった。
 だが実際は途方も無い力によって無様に叩きつけられていた。
 
 (待て、こんな経験は正直初めてじゃない。そうだ、ギンガ隊長のISダウンフォースも力だけを叩きつけるから防げなかった。つまりあれと同類か)
 
 似た能力を思い出して攻略法を模索したルサカだが、一度たりともギンガに勝利したことはなかった。
 隊長陣がギンガに対する戦術はダウンフォースを発生させて効果領域を回避して攻撃する方法だが、相手の能力は似ているだけであり実際はルサカの大規模の炎を操ったりするような物だった。
 未知の能力を保有する強敵を前にルサカは攻めあぐねていたが、彼の視線は普段の温厚な影を潜め見た目通り獰猛なものとなっていった。

 (情報を整理しろ。勝つ手段を探せ。仕留めれる時を見抜け)

 そこにいるのは一匹の獣だった。得物を見つけ、狩りのタイミングを計っている猛獣がそこには居た。
 
 「怖いですね。でも、私の攻撃を受けてもそんなに戦意を持っているなんて心外です」
  
 テレサは困ったような笑顔で、敵意の欠片もないような声をだした。そして杖を振るった。
 その様子をルサカは見逃していなかった。
 テレサの攻撃の前の挙動、その隙を見つけたルサカは動こうとした。
 しかし結果としてルサカは攻撃することどころか遠くへと吹き飛ばされた。
 力だった。
 ルサカをテレサから遠ざけたものは力だった。
 魔力砲撃や射撃をされたわけでもなかった。爆風があったわけでもなかった。
 しかし前面から壁が砲弾として撃ち込まれたかのように、ルサカとルイスは吹き飛ばされた。
 回避することなど出来なかった。
 攻撃範囲は通路の断面よりも大きく、通路全体がテレサの前の地点からルサカ達がいるところまで抉れていた。
 離れたところで横たわっている二人を見ながらテレサはふと思い出したように口を開いた。 

 「そう言えば自己紹介がまだですね。ここで死ぬあなた達に名前を教えても無駄という人も居ますが、一応私も騎士なので名乗りはするですよ。私は剣十字教、十字架の一人テレサ・アヴィラですよ」
 
 そう言って再度、二人の命を刈り取るための杖を振るおうとしたところだった。
 動けないとテレサの中で決めつけていたルサカが立ち上がった。

 「意外です。まだ動けるのですか?」

 「ああ、正直ボロボロだけど、まだまだ戦える」

 「本当ですか? 無理することないですよ。このまま私が貴方を仕留めるのです」

 テレサは笑っていた。ルサカが無理に立っていることを見抜いていた。
 バリアジャケットは避けて赤くなっており、息は荒いというよりも不自然なものだ。肋骨は数本壊れていてもおかしくなくて、他の部位もボロボロのはずだ。
 現にテレサが入った言葉もほとんど理解していないようだ。ただ独り言をつぶやいていた。

 「……はぁ、はぁ、悪いな、修。奥の手……使うぜ」

 死にかけのルサカが呟き、テレサの方を見たときテレサはここに来て初めて真面目な顔をした。
 追い詰めた敵が予想外の攻撃をしてきて、苦戦するということは実際よくあることだった。だからこそ油断はテレサはしていなかった。
 しかしテレサを見てきたその眼光は危険な獣の瞳だった。人間から畜生道へと堕ちていった者の瞳だった。

 「首都守備隊四番隊ルサカ・ジャンビ。見せてやるよ、獣と人を融合した人外の生き様を!!」
 
 ゴキッゴキッゴキッゴキッ
 目の前のルサカの骨が動き変化していく音が聞こえた。変化は骨だけではなかった。筋肉や皮膚までも変化していた。

 「管理世界64世界ですね。遺伝子工学が次元世界一進んだあそこでは遺伝子融合によって動物の能力を持った人間を生産しているです」
 
 それは変身だった。生物の進化で出来る可能な範囲や、魔導師が魔法で行う範囲を逸脱した異常な変化だった。
 その姿は一見すれば白い虎に似ている。
 しかしその額には炎が灯っており、背中からは炎が激しく吹き出している。伸びている尾は炎そのもので各関節部分にも炎が灯り、四つの爪は高熱を持ち床を焼いていた。

 「動物の遺伝子融合だけじゃないですね。もう倫理観とか常識とかそういうレベルの問題じゃないようですが、管理局の法って世界独自の文化には対応していないから倫理観がいかれている世界には対応できないんですね」

 炎の白虎に変化したルサカは鋭い眼光でテレサをにらみ、前に踏み出した脚で床を砕くと吠えた。

 「グオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」

 ルサカは吠えただけだ。
 だがそれだけで抉られていた通路はさらに砕けて発火した。一瞬にして再び炎の通路に戻った。
 修には止められたがこの咆哮だけでも、結界を八枚割ることが出来ただろう。 
 
 「へぇ、随分とすごいですね。そんな取っておきがあるですか」

 物質を破壊するような魔力を持った方向を受けても、テレサは涼しい顔をしており彼女の周辺は燃えていなかった。
 するとルサカの背中の炎がさらに激しく燃え上がり、天井を焦がすほどになるとその炎がテレサに襲いかかった。
 先程トーレへ放たれた火炎放射の数倍の熱とスピードの炎だったが、テレサに触れる直前で止められていた。
 
 「無駄ですよ。あなたのレベルでは私には傷一つつけられないです」

 通路全体の炎をかき集めようとテレサが杖を振るうと、ルサカが猛スピードで突っ込んできた。
 戦艦の砲撃を思い起こさせるようなルサカの突撃は、テレサのような小柄な少女ならば容易く木っ端微塵にするだろう。
 しかしテレサはただ杖を構えるだけだった。

 「無駄だって言ってるです。私は十字杖の騎士です。十字架で最も凡用性と守備力の高い私にはどんな攻撃だって無駄です」
 
 「それでも貴方が突っ込んでくるのならいいです。貴方の全て無駄にするです」

 

 
 


 
 ヘブンズソード・第3トレーニングルーム

 時は遡り、修とサタンに憑依されたユーノの戦いは一方的な展開となっていた。
 先端が尖っていない剣を持ち強固な結界を発生するユーノだったが、修の魔力を高密度で圧縮させた刀とは相性が悪くその結界は容易く引き裂かれていた。
 
 「斬式・散水!! 突式・驟雨!!」

 結界を引き裂いてユーノに斬りかかった修は腕が増えたような錯覚さえ与えるほどのスピードで斬撃の乱舞を与え、動作無視キャンセルアクションによる超反応で今度は刀が数十本に増えたかと思うような連続の突きの雨だった。
 雨のような突きによって体中を貫かれて飛ばされたユーノへ、修はさらに追撃を加えた。
 鞘に収めた刀を銃弾が撃たれるように抜いた。

 飛式・断空

 音を超えた速度の一閃から放たれる衝撃は、ユーノの体が壁にぶつかるよりも早く縦一文字に鋭く斬り裂いた。
 それ以上の攻撃は死人に鞭を打つようなものだが、修はデバイス月光を握りしめてさらなる追撃のためにユーノへと接近した。
 修はユーノをもう動けないほど斬り裂いた.
 それは徹底的で体の腱や神経をズタズタに引き裂いている。それはもう身動きは取れないレベルだ。
 そこにあるのは屍で、屍のはずなのにユーノから魔力のリングが撃ち込まれた。
 
 「くそっ、バインドかっ」
 
 リングを全て引き裂いた修だが、ユーノは結界を多重に展開し修を押しのけた。
 一枚一枚が分厚くそして強固な結界はユーノの高い結界魔導師としての才能をフルに利用しきっている代物だ。傷だらけの体のユーノは動かないはずの体で立ち上がり、文句を告げた。

 「痛いじゃないかっ!! 君のようなゴミが上位の存在である僕に刃を向けることがどれだけ罪深いことなのか分かっているのかい」

 「分からねぇよ!! 俺はヴィヴィオ以外の命に対して上も下も何もない」

 「君はそれでも管理局員か? まあいい、僕の力で君を殺して、その少女を手にしよう」

 ユーノは勝ち誇ったような表情で告げたが、修は真っ向から否定した。

 「お前にはそんな事は無理だ」

 「なんだと!! 僕を人間の分際で否定するのか!!」
 
 「他人の力でどれだけ自分を強く飾っても、そんな偽物の力が自分自身の本物の力に勝てるわけがないだろ!! 突式・烈火」 

 砲撃のような魔力を放つ突きは多重結界をまとめて突き破りユーノ目がけて撃ち込まれた。
 その突きでユーノの体の半分は吹き飛んでいた。
 だがその体からは一滴の血も流れなかった。既に死んでいるその体はサタンの力により無理矢理動かされているだけだ。
 ただ修の過激な攻撃はそれを理解しているためなのか、理解していなくとも変わらないのかは解らない。
  
 「全く酷いものだ。これで何度目だ」

 そう言ったユーノの体が爆発し、内部から無傷のユーノの体が飛び出てきた。その体は冷たく、そして帽子と剣は元の死体から消え去り新しい体に装着されていた。
 当たりには飛び散った元ユーノの死肉が散らばっていた。
 新しいユーノの体も当然死体だ。人として生きる器官が全て死滅している。
 だが、リンカーコアだけは動いているから戦える。戦うためだけに作られた死んでいる存在だった。
 先程からこれで15回修はユーノの体を破壊し、ユーノは爆発して新しい体を生み出していた。 
 死者を創造する。
 そんな行いは通常なら無価値なものだ。死産を喜ぶ母親がこの世にいるだろうか? スクラップを創りたい職人がいるだろうか?
 創造とは存在を生み出すことであり、生み出すこととはそこから生きるということである。そんな当然の理論に反した技能だった。
 なぜならユーノ、つまりはサタンは死者を作ることに価値を見出す希少な存在だからだ。

 「何度やっても無駄だ。僕がこの死体の中に入る限り、何度だってこのオーバースキル・デッドサモンによって死体を生み出せる」

 オーバースキル。
 その存在は修も耳にはしていた。5年前の戦いにてエリオとティアナが撃破したDナンバー12マモンが使ってきた恐ろしい能力だった。
 マモンの場合はなんでも溶かしてしまう猛毒を発生させるもので、あまりにも危険なその猛毒は強靭なDナンバーの体すら蝕むほどだった。
 同じDナンバーであるサタンもそれを所有している可能性は修自体危惧していた。
 脳が暴走状態に入っている今でさえも、オーバースキルに対しては警戒はしていた。
 しかしサタンは体を持たないDナンバーだ。
 持つ体は死体であり、その死体がどれだけ傷つこうともサタン本人は一切被害を被らない。
 だからこそDナンバーで唯一彼はオーバースキルの乱発が可能だった。
 
 「そんな……倒せないの……」

 どれだけ破壊されても蘇り続けるサタンに対しヴィヴィオは恐怖を抱いた。
 サタンの能力はあまりにも異常で不気味なものだ。それを魔導師でもなんでもないヴィヴィオが怯えるのは当然だろう。
 当然だが修は許せなかった。ヴィヴィオを怯えさせている脅威を排除出来ていない自分が許せなかった。
 密度の高い魔力で覆いつくされて黒く染まった刃を鞘に収め、居合の構えを取った。
 憎悪と殺意を発しながらも、ヴィヴィオには精一杯の優しさを向けた。
 
 「大丈夫、俺が必ず排除する。君の敵は俺が全て斬り殺す」
 
 「まだ分からないのか、低能の生き物。僕を殺すなんて」

 ユーノは言葉を途中で区切った。
 目の前の景色に強烈な違和感があるからだ。
 その違和感はまず修が居ないことだった。だがそれだけではなかった。

 (あれ、視界がずれて……)

 一番の違和感は右目と左目が視る景色の相違だった。見える景色が変化した上で修が居ない違和感があった。
 そのズレは左右でずれている程度ではなく、左と右で見えるものが全く違うのだ。片方は床を見ながら、片方は天井を見つめている。
 そして当の修はサタンの背後に立っていた。
 収められていたはずの刃はいつの間にか抜刀されていた。
 
 「元式・嵐。お前にこの斬撃は見えなかったんだな」

 修は背後に回りこんだわけではなかった。
 真っ直ぐユーノへと向かっていき、そのままユーノを通りすぎていった。
 元式は彼が分けている四種の剣術の極みと言えるものだ。
 目にも留まらぬ速さでの斬撃である風系統の元式・嵐は居合から繰り出される神速の剣舞だ。
 近接戦を得意とするものでなくては視ることも出来ない剣舞を高速移動と共に放ち、そのまま斬り裂いた相手を抜き去っていく高速斬撃の極みと言えるものだった。
 ユーノの視点から見れば何が起きたか解らないが、他の視点から見れば修が消えると同時にユーノ体がバラバラになっている。
 常識というよりも、生物的に考えてここまで斬り刻まれれば再生は不可能だろう。
 だがバラバラになった死肉は爆発し、爆煙の中から新しいユーノが現れた。
 
 「酷いな、いったい僕が何をした」

 「ヴィヴィオを悲しませた、怯えさせた、苦しませた。お前が死ぬ理由には十分すぎる」

 修はユーノの頭上に跳んでいた。そして黒い魔力が今にも溢れ出しそうなほど込められた刀を両手で逆手に握り締め、下へと魔王にトドメを刺す勇者の如く刃を突き下ろした。
  
 「刻んでも駄目ならば、塵も残さないくらい突き潰す。元式・滝」

 それはまさに滝だった。
 一万ほどの魔力刃で作られた滝が、滝下の物に水を浴びせて削るごとく魔力刃がユーノに降り注がれた。
 通常の滝との違いは、潰れるまでの時間が長期なのと一瞬という違いだった。
 ザァッ
 そんな音が斬撃には似合わない音がよく似合う、斬撃の滝だった。
 あとに残ったのは死肉ごと潰された跡と、凹んだ床だけだった。
 手数の多さを特徴とする水系統の極みは、絶対に捌き切れない攻撃の数による制圧だった。
 10の魔力刃ならば躱せるだろう。100ならば防げるかもしれない。1000までならば絶えられるかもしれない。だからこそ10000に匹敵する手数による物量による攻撃。
 惨殺の滝を浴びて、肉もない跡になったというのに、爆発したかと思うと爆煙の中からユーノが現れた。
 彼は再び修に文句を言おうとした。
 だが修はもはやユーノが声を出すことさえさせなかった。
 修は蘇ったユーノの元に立っていた。
 その目的はただ一つ。
 
 「もういい、お前が生き返るのをやめるまで殺し続ける。元式・鉄」

 両手で刀を握りしめた修は、頭上まで上げた魔力を大量に纏った刀を力強く振り下ろした。
 破壊力。それを特化した斬撃は床を崩壊させるほどだった。
 圧倒的な力でねじ伏せる。それでも死なないと修は確信していた。
 だからこそ破壊の象徴であり死者を生み出すが、この場に置いては再生に直結する爆風へと脚を運んだ。
 爆風の先にあるものはユーノの新しい体だった。
 その新しいユーノは待ち構えていた修によって三つに分解された。
 
 「お前は無駄だって言ったな。無駄って言うのは、諦めたものに対しての言葉だ」

 殺し続ける。
 ユーノは爆発によって距離を取れるはずだったが、修は爆発をうけても刃を振るった。
 もう結界を発生することも、持っていた剣を振ることもユーノは無かった。
 
 「根競べと行こうか、サタン!! お前と俺、どちらが先に諦めるのか!!」

 ただ爆発する。
 そして再生する。
 それの繰り返しだった。

 「何度だって生き返るがいいさ!! 俺はその度に何度だってお前を殺してやるよ」

 爆発はダメージが無いわけではない。
 人くらいなら簡単に吹き飛ばすほどの威力はある。
 しかし修はその爆発を受けても吹き飛ばず、崩れもせず刀を振るっていた。
 戦い始めた当初は爆発を修は避けていた。それは爆発の被害を避けるためで、爆発が効かないわけではなかったことを証明している。
 痛みは当然ある。だがその痛みを修は無視していた。
 それこそが彼の無敵ハイパーアーマーだ。
 フェイトとの模擬戦で見せた無敵ハイパーアーマーはバリアジャケットの高い防御力による恩恵もあるが、修の異常な精神力がそれを可能にしていた。
 一切の衝撃も痛みも無視することは不可能なはずだが、その鋼のような精神力がそれを可能にしていた。
 ユーノを殺した回数が50を数えた当たりで、サタンは修に恐怖を抱き始めていた。
 
 (なんでだよ、こいつは人間なのか? どうしてこんなことが出来る)

 ひたすら殺し続けるという行為はあまりにも無生産であり、通常は人には絶えられそうにはないものだった。ユーノは姿は人のなりをしているため、これは動物ですら嫌悪する同族殺しだ。
 それなのに修はそれをやってのけていた。

 (人の皮を被った化物か? いや、化物でもこんなことはしないだろ!!)

 人の心を持っていては出来ない、鬼の所業だった。
 だが鬼ならば殺しの快楽に浸り、笑い慢心するだろう。快楽殺人者だって殺し続けたことに満足し、その狂気は矛を収めるだろう。
 しかしユーノをひたすら殺し続ける修の刃には慢心はなかった。
 殺し続けるという行為がただの作業でしか無かった。たしかに医学的には死んでいるかもしれない。だがその行為が殺しになっているということは、修自身も気づいている。
 だからこそ修という存在は人でも化物でもなかった。 
 そしてその刃には衰えがなかった。
 幾度となく人を殺めるほどの立ちを繰り返して、そして爆風に飲み込まれているというのに修の体力には底が見えなかった。 
 いつの間にかユーノはただ殺され新しい体を作るだけとなっていた。
 絶対的に無抵抗であり、ただ殺されるためだけに新しい体を作っているだけだった。
 そのことに気づいたとき、ユーノの意識であるサタンは恐怖に縛られた。

 (やばい、この死体じゃ勝てない。そうだ、セッテだ。あの死体を使おう)

 残してある最後の取っておきの棺の中にはセッテが入っていた。トーレやクアットロの方はすでに破壊されているようだ。
 残留思念がある死体ならば移動は可能だった。距離に限界があるため、可能なのはセッテだけだが逃げさえすれば勝ちだった。
 勝ちだと思い込んで一つの考えを排除した。

 (そうだ、そうして背後から斬りかかれば)

 そんなことを考えていたが、結局は負けを認めていた。
 死なない体なのに逃げるのだ。
 いずれは勝てるはずなのだ。再生に限界などはない。エネルギーは無尽蔵だ。新しい死体に入れば全てリセットされる。
 だからこそいつかは勝てるのだ。
 その勝負をサタンは今捨てようとしている。


 敗因は諦めだ。
 

 そのことにサタンは気づいてしまったが、無視した。認められるわけがなかった。
 もし認めてしまえばサタンは自身の能力を否定してしまうことになる。
 視線は自然とヴィヴィオへ向けられた。
 
 『貴方にしか無い貴方だけの力はあるんだよ。貴方がそれを否定したら、誰も貴方のことを認めてくれないよ?』

 ヴィヴィオの発言がサタンの心に突き刺さった。
 セッテの体に逃げることは己の能力の優位性を否定する、そして少女の言葉通り誰にも認められることはないだろう。
 
 (黙れ黙れ黙れ、僕は……所詮最弱なんだ。一番弱いDナンバーなんだ)

 人の死体を利用する、つまりは倒れたものの力を利用することでしか戦えないサタンは最弱だった。
 オーバースキルにより敗北することはないが、他のDナンバーが相手ならば勝つことは出来ない。
 
 (そうだ、逃げろ。僕は弱い、だからどんなことをしたって許される)
 
 (それは君の敗北を認めるということかい)

 突然そんな声が聞こえた。その声はサタンにとって聞き覚えがあるが、誰か分からなかった。

 (ああ、そうだよ!! 僕は弱い、だから弱い僕は巻けたっていいんだ)

 (君は諦めているんだね。弱いという言葉で自分を守って、逃げているんだね)

 (それの何処が悪い!! 弱者の正しい生き方じゃないか!!)
 
 (そうか、諦めを恥すら思わないんだね。なら君は無駄な存在だね)

 (もう、黙れ!! 僕はこの体を捨てる!! そしてセッテの体に逃げる!!)

 サタンは殺され続けるユーノの体を捨て、セッテの体へと意識を飛ばそうとした。
 
 ガキンッ

 しかし意識は硬い壁によって阻まれセッテの体に届かなかった。
 それだけではない。サタンの意識は突然束縛されるような感覚を受けた。
 
 (なんだ、これは? 僕は精神体だぞ、どうして僕が捕まえられるんだ!?)

 (どうして? それは僕も精神体だからだよ)

 そこになってようやくサタンは気づいた。
 サタンは精神体だ。
 そしてここはユーノの精神世界だ。








 精神憑依を能力とするサタンは他人の精神世界を一方的に乗っ取る。
 だからこそ、ここにはサタンしか居ないはずだ。
 居ないはずだというのに、サタン以外の声がしていた。

 (だ、誰だ!! お前は誰だ!!)

 (なんだ、ようやく気づいたのか? ちょっと遅いんじゃないのかな)

 正体不明の声は、サタンに対して余裕のある態度で返事していた。
 しかし答えを話そうとしない態度に苛立ったサタンはさらに怒鳴り声を上げた。

 (人の質問に答えろ!!)
 
 (わざわざ答えなければ分からないのかい? 人の体を乗っといておいてそれは無いだろう)

 (ま、まさか、ユーノ・スクライア!!)

 (そう、そのまさかのユーノ・スクライアだ)

 (ふざけるな!! お前は僕の能力によって滅ぼされたはずだ!?)

 (一度わね。でも、僕の頭脳をフルに使いこなせない君では僕が頭の中で自我の取り戻しを行っていたのに気づかなかったようだね)
 
 ユーノの言っていることをサタンは理解できなかった。
 それは憑依という彼の能力を彼自身完全に理解しきっていないからだ。

 (君のは実際洗脳に近い。再生するときに帽子を外さない。それは帽子に介入のための重要システムがあるからだ。まあ、帽子が損傷すれば爆発して再生するようだから破壊は不可能なようだけどね)

 いつの間にか精神世界の中にユーノの姿があった。
 精神体のユーノはサタンに近づいた。

 (僕は君によって体のほぼ全てを奪われながらも、脳の一部で自分を再構築していた。そして君の洗脳が弱まった今、精神世界を奪還させてもらった。体の方は死んでいるからどうにもならないようだけどね)

 サタンは身動きすら取れなかった。
 ユーノの話が本当ならば、サタンはユーノによって自由になる世界に閉じ込められていることになる。

 (もっとも君の精神のゆらぎがなければ奪還は出来なかった。ヴィヴィオとあの剣士には感謝だね)
 
 (貴様ぁぁぁぁ!! 人間の分際でっ、僕を見下すな)

 (それはすまないね。でも、僕は怒っているんだ)

 (怒る? 知り合いだからと油断して、犬の使い魔に殺されたことか?)

 (いや、そんな事は怒ることでもないよ。僕が死んだことは僕の失態だ。君を責めるつもりも、仇討ちを望むつもりもない)

 ユーノの怒りは己のためではない。

 (僕は、僕は君をどうしても許せない。ヴィヴィオを傷つけ、そしてなのはを泣かせた君を僕は許せそうにない)

 (だからと言って、貴様に何が出来る!?)

 (出来るよ。君の能力はもう制限した)

 その言葉をサタンはすぐ理解できなかった。
 だが、物質世界のほうの観測で理解できた。
 デッドサモンが発生しない。

 (な、な、貴様はいったい、なにを)

 (ここは僕の精神世界だ。そこに不法に存在している君をどうにかする方法くらいあるんだよ)

 (だ、お、ま、だ、だって、お前も死ぬんだぞ)

 デッドサモンがなければサタンは再生できない。そして斬撃は普段どおりユーノの体を再起不能にしていた。
 いずれ脳も死に、この精神世界も終わるだろう。
 だがユーノは平然としていた。

 (もう死んでいるじゃないか。そして僕はもう駄目だけど、最後に君だけは連れて行く。もう二度となのはを傷つかせないためにもね。それが最も冴えたやり方だよ)
 
 (や、やめろォォォ)

 精神世界が崩壊を始めた。
 その中でユーノは平然としていた。
 自分が滅び行くというのを冷静に観察していた。

 (滅びというのはこういうものなのか。此ればかりは無限書庫の何処にも記されていなかった)

 滅び行く中で観察しながら言語機能が使えないか探ってみた。
 だが口を動かすことは出来ないようだ。
 
 (それならば念話を利用して直接周辺に声を与える)

 死の直前に思ったのはヴィヴィオとその剣士に向けての言葉だった。
 自分を使われる苦しみから救ってくれたのもあるが、なによりもその将来が不安だったからだ。
 
 (よし、いける。伝わってくれ、僕の最後の言葉)

 『ヴィヴィオ、そして名も知らない剣士君ありがとう。僕はこれから死ぬけれど、君等に助けられた。
 僕の最期の言葉だ、聞いてくれ。ヴィヴィオ、これから先は辛いかも知れないけれど生きてくれ。それはなのはの願いでもあるから。そして剣士君、君はその志を貫いてくれ。誰かを守りたいって想いが一番強くなれる想いなんだ』

 それだけの言葉を発して限界が来た。
 だが、ユーノの心は朗らかに終りを迎えた。






 「ユーノ君」

 「ヴィヴィオ、今の念話……いや、強制的な思念会話は、ユーノ・スクライアのものなのか」

 修は先程の念話の元を探ろうとユーノに視線を向けたが、ユーノはもはや物言わぬ死体だった。
 そしてヴィヴィオは力強くうなづいた。

 「そうだよ、あれはユーノ君だよ」

 ヴィヴィオは涙をこらえようとしていた。どれだけの拷問を受けても涙を流さなかったヴィヴィオだったが、ユーノの死を目の当たりにして涙を流した。
 その様子を修は黙ってみるしか無かった。
 彼は強いかもしれない。だが、どれだけ強くても少女の涙を止める方法は無かった。
 
 (俺はどうすればいいんだ、ヴィヴィオの泣き止ませ方なんて)

 だが意外にもヴィヴィオは独りでに泣き止んだ。
 その姿は強い少女、そのものだった。
 
 「行こう、修お兄ちゃん」

 修には前に進もうとしているヴィヴィオが儚くも見えて、背負っていこうかと考えたが共に歩むことに決めた。
 
 「そうだな、あいつらも、待っている」

 「あいつらって、修お兄ちゃんの友達?」

 「友達? というよりも、仲間、だな」

 いつの間にか修の口調は暴走状態から通常のものに戻っていた。
 修がヴィヴィオ見れば彼女はその可愛らしい首を傾けていた。
 
 「どうした、ヴィヴィオ?」

 「修お兄ちゃんに仲間がいるなんて驚きだよ」

 ヴィヴィオが言ったその発言に修は固まるしか無かった。
 それは言外に友達がいない孤独な人みたいだと言われているようだった。

 「それは、どういう、意味だ、ヴィヴィオ」

 「だって修お兄ちゃん、普段はそんなようすなのに暴走したら斬りまくって、それにシャッハーとか叫びだすのに付き合ってくれる人私以外にいたんだね」
 
 ヴィヴィオの言葉には嘘偽りはない。どれも真実である。そもそも彼の性格は一般常識からかけ離れたものだ。
 それを指摘され心に何本も槍が刺さりながらも、修は思った。
 
 (確かに、俺には、友達が、いない……いや、数じゃない、でも、性格が、問題なのか)

 そんな修がショックを受けていることなど露知らず、ヴィヴィオは続けた。

 「だからちょっとショックかな。修お兄ちゃんには私しかいないって思っていたのに、いつの間にか友達が増えたんだね」

 修はヴィヴィオを一番として扱ってくれていた。その扱いが心地よかったが、そんな修にも友達が出来た。
 そしてそれは当然自分の知らない存在であり、そのことに若干の寂しさがあった。
 一方修は依然としてヴィヴィオ至上主義者であり、そのヴィヴィオが自分を理由に悲しんでいるとあればその涙を拭おうとした。

 「ヴィヴィオ、俺にとって、ヴィヴィオは、いつでも一番だ。ヴィヴィオよりも、大事なものは、絶対に居ないから」

 「そうなんだ、修お兄ちゃんありがとう」

 ヴィヴィオは修にそう言って笑顔を向けた。それを見た修は顔を逸らした。赤くなった顔がバレないように。
 そして仲間に念話で連絡をとった。
 ジャミングがなくなっていることからティアナが成功したことには気づいたが、仲間からの返事がなかった。

 (どうしたんだ、ルサカとルイス?)

 そしてトレーニングルームの扉を開けて外へ出ようとした。外の世界へとヴィヴィオが久々に、そして修は十分も経つことなく戻り足を踏み入れる。
 前に出した足が外の世界に入ったその時、修はその殺気に気づいた。
 それは先程のサタンなどとは次元が違うほどの圧倒的な殺気だった。殺気に満たされた空気に触れただけで、修の全身を縛るような威圧感が駆け巡った。
 身動きが取れなくなりそうな威圧感だったが、修は咄嗟にヴィヴィオの前に飛び出て刀に手を掛けた。
 修よりも一歩遅れてその殺気を浴びてしまったヴィヴィオだったが、目の前に修という遮りが出来たことで恐怖に飲まれ気を失うことは避けることが出来た。
 
 「修お兄ちゃん?」

 「そこに居ろ、ヴィヴィオ!!」

 修の感覚は暴走状態に戻っていた。
 生命の危機を直感してしまうほどの危険性を修は感じ取っていた。
 そして部屋の外にいた殺気の正体に視線をやった。
 一人の白い少女だった。
 しかし修は見た目などには一切興味を持たなかった。見た目がなんであろうとも、あれだけの殺気を放ったのは少女に違いないという確信が修の中には合った。
 その理由の一つに修に背を向けている少女の表情はわからないが、まるで鬼の如く威圧感を感じ取っていた。
 白い少女は修の存在に気づいたのか、ゆっくりと背を向けた。
 
 (なに!?)

 修の方を振り向いた少女の表情は穏やかというよりも、ヴィヴィオと同様のまだ幼さが残る少女の表情だった。
 だがそれよりも修が驚いたのは、殺気が突然消え去ったからだ。
 先程まで修が全身で感じ取っていた刺すような殺気は、少女が振り向いた途端全く感じ取れなくなった。
 白い少女の視線は一度修を捉えたかと思うと、ヴィヴィオに向けられほころんだように見えた。
 敵意も何も無い様子だったが修は逆に不気味に感じていた。なんども死体として蘇るサタンには何の苛立こそあったが脅威は感じ無かった彼だが、少女に対しては不気味さと脅威を感じてしまっていた。

 (ここまで殺気を消せれるものなのか? どんなことをしたら、ここまで心を隠せれるんだよ!?)

 「どうしたのですか? そんなに驚いて。あら、ヴィヴィオを連れてきてくれたのですか。手間が省けるです」

 少女の殺気が解せなかった修だが、少女の呟きを聞いてそんな疑問は吹っ飛んだ。
 不思議な殺気だとか不気味さとか脅威とかそんなものも一瞬にして吹っ飛んだ。

 (手間? なんの手間? ヴィヴィオを迎えに行く手間)

 連れてきたという発言。それはヴィヴィオを少女が迎えに行くという意味に取れる。
 思考はその一つのことだけを考え始め、それ以外のことは全て除外された。
 
 (なんでこの女がヴィヴィオを? ヴィヴィオが必要だから? ヴィヴィオの何が必要?)
 
 そうだとすれば少女は自分たち以外のヴィヴィオを手に入れようとする組織の一員であると考えられた。

 (ヴィヴィオは利用されることを望む? 望まない。この女のすることは)

 (害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害害)


 修にとって少女が何処の組織かなどは関係ない。ただ、ヴィヴィオにとって害だと判断できた。それで十分だった。


 斬り殺す理由には十分だった。


 「ヴィヴィオの敵。だから、斬り殺す!!」

 居合と共に放ったのは神速の中距離斬撃、飛式・断空。
 殺気も発していない、それどころか闘志すら感じ取れない少女では防ぐことも出来ずに殺してしまう勢いで撃ち込んだ。
 神速の斬撃は鋭い太刀筋で、斬られた切り口からは血が飛び散った。
 しかしそれは修の体だった。
 予想外の斬撃を受けた修は痛みよりも解らないというのが大きかった。
 そんな修に対して困ったようだが、優しそうな表情で注意した。まるで年上の姉が聞き分けのない弟に教えるように。
 
 「いきなり攻撃ですか? 行儀が悪いですよ、嵐山修君」

 「なんで俺の名前を知っている? お前は誰だ!?」

 「ああ、そう言えば私があなたに会うのは初めてですね。私はテレサ・アヴィラ、剣十字教の十字架の一人です」

 テレサがその名を修に告げるとき、修は斬られた痛みなどないかのように接近し刃を振るった。
 敵と決めたものには容赦など一切ない修の異常ともとれる性格を表した奇襲だった。修の形相はまさに怒りそのものだった。
 対してテレサは困ったような表情でそれでいて愉快そうな雰囲気を保ったまま、その杖を握り締めていた。

 「行儀が悪いですよ、修君。人が名前を名乗っているのに攻撃するなんて、剣士としての礼儀すらなっていないですよ」

 その様子は厳しそうに振舞おうとしても、結局振舞うことができない少女そのものだった。見た目の年齢は修のほうが上だが、その様子からはテレサの方が断然年上に感じられる。
 そんなテレサの注意など聞く気もない修は再び超速の抜刀術、それも射撃が駄目ならば近距離と斬式・鎌鼬を放った。
 だが結果は同じで、テレサに刃が届くことはなく斬撃のような衝撃を受けて修は弾かれた。
 ダメージはあるが修は感じ取っていなかった。反射されることには恐怖は持たなかったが、修はだんだんと焦っていた。
 
 (斬撃が通用しない!? いや、仕掛けがある。攻撃が無効化されている、つまり防御を仕掛けている。その上でカウンターか?)

 だが防御系の魔法は彼のデバイス月光の特殊能力である障壁破壊によって自動的に引き裂かれるはずだった。
 それなのに引き裂くことが出来ない。それは防御ではないのか、それとも魔力が足りないかだった。
 修の持ち技は剣術しか無い。習得しなかったのではなくて、剣術以外のものはその異常な魔力量が邪馬をして習得できなかった。
 そして此れ以上の魔力上昇は今の状態では難しかった。だからこそ他の手を考えたが、修の手持ちにある手段としては仲間以外無かった。

 (魔力を追加するしかない。だけどこれ以上は制限しきれるのか? 他の手段は……仲間の)

 仲間の力を借りることまで思いついて、修は気づいた。
 彼の仲間とはここで離れたのだ。そして二人はここで待っているはずなのだ。
 しかしいたのは少女、それも相当強い少女一人だった。
 修は気になって前の方を見た。それも少女の先、この通路の一番奥だ。
 そこにはあった。
 壁に叩きつけられ息絶え絶えとなっているルイスと、虎の姿になりその白い毛が血で赤くなっているルサカの姿だった。
 それを見たとき修の心は渦巻いていくのを感じた。今にも爆発してしまいそうな爆弾が心のなかにあるようだった。
 爆発を押さえ込みながら、それを確認した修はテレサに尋ねた。

 「おい、それはお前がやったのか?」

 テレサはキョトンとしたように首をかしげた。それがなにか分かっていないと気づいた修は心の荒れで振るえる指で差した。
 それを見てテレサは修が尋ねているものに気づいた。

 「それですか? ああ、あれですか。はい、そうですよ。邪馬だったです」

 邪馬という言葉は非情に軽く聞こえた。通路に邪魔な荷物があったから退けておいたとでも言うような軽さで、そしてテレサの見かけの年齢に似合うような笑顔でそう告げた。
 あまりにも無邪気に返事された修は一度沈黙した。テレサには敵意も殺気もなかった。
 暴走しかけていた心が一度、静けさを取り戻した。

 (二人をあんな目に遭わしても、何一つ罪悪感もないのか……それだけの存在ってことか)

 少女の態度からそんなことを考えた修の心の爆弾は静かに点火していた。掌の上で爆弾を爆発させても掌は痛まない。しかし握りしめてしまえばその威力は相当なものだ。
 静けさが通り過ぎた心は、抑圧されそして増加した激情を解き放った。

 「ShaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaHaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa

 修の方向は通路全体に響き渡り、崩壊を加速させるほどだった。
 力の限りの雄叫びは修の激情を示し、テレサへの敵意をより明らかにしていた。

 (殺す!! 絶対に殺す!! 俺が必ず殺す!!)

 怒りが修の心の枷を粉砕する。荒れる怒りはそのまま力を欲した。
 友を傷つけたものへの怒り。
 最も大切な人を狙う怒り。
 そしてそれを防げなかった己への怒り。
 最後にそんなことをした敵がいることへの怒り。
 怒りは人に見失わせる大罪だが、その罪があるからこそ人は強くなってきた。

 (刃が届かないなら力を得る、枷はもう無い!! 俺がこいつを斬るための力を解き放つ)

 「翔け上がれ!! 放て月光!! 三門、解!!」

 修のデバイス月光にはモードというのは搭載されていない。その代わりに高速再生能力と魔力防壁破壊能力、そして魔力封印能力が装備されている。
 嵐山修の魔力は人が操れる限界値を軽く突破している。最大値は人間の限界値の30倍以上だ。
 しかし限界値以上の魔力は扱いきれるものではなく、下手すればその魔力で自滅してしまう。
 その為に修は制限を欠けている。そして戦闘の長期化で魔力と体の融合が進む状態で、限界以上の魔力の仕様が可能になる。
 この通路に来るまでの戦闘で通常の段階一から段階二へ上がれた。
 そしてユーノとの戦闘を終え、元式の使用と先程の感情の爆発等により段階三へ急速な発動が可能になった。
 段階二はあふれた魔力が剣に纏わりつき、その殺傷力を高めている程度だった。
 だが段階三、人間の限界値の八倍となったその魔力はそれだけでも兵器であった。

 「話には聞いてたですが、これは凄いですね」

 魔力の放出、それだけで通路は半壊していた。
 修の全身から放出される魔力は剣だけでは押えきれず、彼の体に纏わりついていた。それはバリアジャケットの上に作られた魔力の鎧であり、触れるものを破壊してしまう攻撃的な防御力を秘めていた。
 さらに体に纏えなかった魔力も周囲に存在し、修が一歩踏み出すだけで前方へ魔力の圧力として放たれた。
 テレサの周辺は傷ひとつ無いが、その周りはいつ壊れてもおかしくなかった。そんな状況に追い込まれたテレサだったが、彼女の表情はその魔力に感心しているといったものだった。
 まるで対岸の火事を見ているような態度で、普段どおりの日常を過ごしているような感情の波もない平常心だった。
 この世の物とは思えない魔力を噴出する修の姿は魔人そのものだが、そんな人外級を目の前にしても平常心を保っていられるのはテレサにとっては恐怖の対象にならないことに他ならない。
 だが修はテレサが動じないことにもどうじたりはしない。溢れる暴力的な魔力をまといながら修は月光を構え、突きを繰り出した。
 
 「突式・烈火ァ!!」

 烈火には普段は二パターンある。面を広くした広域型と貫通力を特化した貫通型の二つだ。しかし第三形態となった今では、それら二つを纏めることは用意だ。
 なのはのスターライトブレイカー級の攻撃面積を誇りながら、ユーノの多重結界すら容易く貫通する貫通能力。それをチャージなしで至近距離発射した。
 それは砲撃魔法だった。なのは級の砲撃魔導師が使うような砲撃魔法に匹敵していた。

 「これは強力ですね」

 一瞬にして肉片すら残さないような破滅の突きを目の前にして、テレサは冷静にそんな当たり前すぎることを呟いた。
 烈火が強力だと感じるのは誰にでも共通することだろう。だがそんな強力な攻撃を撃たれたというのに、テレサは修に脅威を抱いていなかった。
 すごいなと感心しながらも、やはり自分が当事者ではないような態度だった。
 そして杖を軽く振るった。簡単な動作だったが、それが起こした事象はただ一人の観客ヴィヴィオの目を疑うものだった。
 
 「そんな、あんな砲撃を逸らせるの!?」

 修の強力な突きの砲撃はテレサに当たる少し手前で、上へと逸れていった。突きの魔力はそのまま斜めへと飛んでいきテレサには近づくことすら無かった。
 威力はある。分厚い内装のヘブンズソードのフロアを貫通して、砲撃は艦の外まで届いていた。
 砲撃魔法はチャージや燃費などの欠点があるが、それは撃つ前や撃った後のことであり攻撃自体にはなんら問題はない。
 防御も全て貫き回避することすら出来ないスピードと攻撃面積を持っているからだ。砲撃魔法は撃たせないか、当たらない場所にいることが最も有効な対処だ。砲撃魔法に匹敵する烈火も同じだ。
 だからこそ砲撃魔法を至近距離で撃たれたテレサは大ダメージは必須のはずであり、無傷というのはまずありえなかった。
 しかし現実は無傷だった。
 テレサの表情は依然として穏やかなもので、戦っているものとは到底思えなかった。
 一方の修は烈火が破れたことなど気にすることもなく、次の攻撃に映っていた。
 戦いに美学など追求することのない修にとってみれば、どうやって倒せたかの過程はどうでもよかった。
 肝心なのは倒すことだった。

 「元式・鉄ェ!!」

 烈火を無効化したことに修は驚くことなく、修は月光を両手に持って飛び上がり力の限り振り下ろした。サタンへと撃った時よりも殺気が込められていた。
 膨大な魔力を伴った振り下ろしは、巨大なハンマーを高速で振り下ろすようなものだ。
 しかしテレサは再び杖を振るうだけで大規模破壊の一撃を弾き返した。
 その力は修と共に天井に叩きつけられ、廊下の天井は木っ端微塵に砕け散り瓦礫が落下したが。その全てがテレサに触れることはなかった。
 激しく天井に叩きつけられながらも怒りの形相がさらに凄んでいく修に対し、テレサは困ったような表情で修に尋ねていた。
 
 「これでも、まだ戦えるですか?」

 テレサの表情には呆れたといったものが多い。修の異常な耐久力にフェイトのように驚くことはなく、それを当たり前に受け入れた上で倒れないのか尋ねていた。
 そんな余裕としか取れない表情を向けられた修の怒りは臨界点を突破した。体からは血がながれバリアジャケットも傷が入って、彼が纏うのは余分な魔力の鎧のようなものだった。
 修を包む魔力の鎧と合わさって魔人そのものとして埋まってしまっていた天井を壊しながら起き上がった。

 「これで決めてやるっ、複合式・雷霆!!」

 上のフロアまで叩きつけられた修は、上のフロアの天井に脚をつけ銃弾のように突きを放った。
 スピードの特化である風系統と魔力に特化した攻撃である火系統を組み合わした複合式・雷霆は修自身が魔力で全身を包みこみ、そのまま高速で飛んでいき敵を貫通する。
 どれだけ厳重な防壁を張っても容易く貫通する突撃魔法だ。地上本部が貼る防壁でさえも、容易く突破するほどだった。
 修が最後にこの手を使ったのはテレサがどんな防御をしていても、貫通するだけの自信がある技だからだ。
 二つの極みを同時に併用するこの技は負担が大きい。それでも修はこの技に掛けた。
 体のことなど気にしているようではこの敵には勝てないと修の本能は言っている。
 だからこそ修は突撃を試みたが、そんな修の覚悟など知らないテレサはただ杖を振るうだけだった。 
 そして呆れたように一言言った。
 言葉を発した一瞬だけ、修が最初感じたとてつもない殺気が発せられた。

 「そんなレベルで決めるですか? 笑わせるにしたら、弱いですよ」

 ドガシャン!!
 大きな音を立てて修の体は壁に衝突していた。
 横の壁は上の通路と違って空洞までの距離はかなりある。だからこそ硬い壁なのだが、修の体は遠く離れた空洞まで飛ばされていた。
 壁をワープしたわけではない。その証拠に壁には大きな穴が開けられていた。修の体が壁を砕きながら隣の空洞まで弾き飛ばされたのだ。
 それは突きの威力の高さを証明している反面、修のダメージは甚大だとテレサとヴィヴィオに悟らせた。
 先程まで即座に攻撃に移っていた修も動けそうにないようだ。 
 それを見てテレサはやりすぎたといったように反省していた。
 
 「大人気なかったですね。十字架がいくら化物じみているとはいえ、ただの剣士一人に闘志を剥き出しにしてしまうなんて」

 修クラスの剣士をただの剣士とテレサは称した。だが管理局の中でも修の力量はそう多くはない。
 むしろ修を相手にしながらも、一歩も動くことなくそして無傷で倒すテレサのような魔導師は管理局でも極小数だろう。 
 戦闘中でもテレサの殺気は杖を振るう一瞬だけ放たれていた。特に最後の一撃の時は大きく放たれていた。
 元々は抑えるつもりだったが、テレサも抑えきれていなかった。
 過ぎてしまったことは仕方ないと割り切ったテレサはそのままヴィヴィオの回収に乗り出した。

 「まあ、結果オーライです。さて、ヴィヴィオちゃん行きましょうです。貴方の身柄は私たち剣十字教が預からせていただきます」

 笑顔を向けて歩いてくる少女はヴィヴィオと年格好は近い。
 しかしその笑顔とは裏腹にルサカとルイスを一方的にいたぶり、常人の八倍の魔力を用いた修に対して一歩も動くことなく倒していた。
 ヴィヴィオが抱いた感情は恐怖しかなかった。
  
 「来ないで」

 「来ないでと言われても行かないといけないです。これが私の仕事です」

 困ったような笑顔をしながらテレサはヴィヴィオに近づいた。
 だがヴィヴィオは逃げるように叫んだ。
 発声法もろくに知らない彼女の声が潰れてしまうかのような大声で。

 「助けて、修お兄ちゃん!!」

 「残念ですが、嵐山修君は今倒したですよ。だから、呼んでも来れないですよ」

 それを聞いたテレサは眉を潜めてヴィヴィオを諭すようにテレサはそんな事を言った直後だった。
 修をふっ飛ばした方向の横の壁が突然砕け散り、瓦礫がテレサへと襲いかかった。
 突然の奇襲だが瓦礫はテレサに近づくことはなく、なんにも触れずに跳ね返されていた。
 そして一方のヴィヴィオにも瓦礫は降り注いだが、当たる直前に黒い影が少女の体を掴み助けだした。
 テレサはその影に見覚えがありすぎた。

 「さすがに驚くですよ。嵐山修君、どうやったらそれだけのダメージをうけたのに動けるのですか?」
 
 黒い影は修だった。そしてテレサの言うとおり彼の体は血だらけで、バリアジャケットもボロボロだった。
 こればかりはテレサも驚くしか無かった。修が動けるはずはないのだ。今のダメージはもう動く限界に達しているはずだ。
 そんな満身創痍で動けるはずがないのに、堂々と立ちヴィヴィオを助けだした。

 「そんなもの、ヴィヴィオが助けを呼んだからに決まっているだろ」

 困惑するテレサの問いに修が答えたのはあまりにも無茶苦茶な精神論だった。
 そんなことをあまりにお当然のように言われたテレサは唖然としたが、すぐに言い返した。
 いつの間にか彼女の余裕は削られていた。

 「理由になっていないですよ。そんなからだなのに、呼ばれたからって動けるはずがないです」

 テレサは至極当然のことを言っているが、修にはそんな常識は届かない。
 
 「でも、俺は動いている。それが証明している」

 またもや言い返されたテレサは悔しさを感じ、その元凶の修を睨んだ。
 修の存在はもう彼女の人間観を大きく覆す存在になっていた。

 「……そうですか。もうあなたには人間らしさなんて欠片も残っていないのですね」

 テレサが言うのも当然だ。
 そんな無茶苦茶な理論で満身創痍の体が動くのならば、それはもはや人の領域ではない。
 しかし修にとっては人間であることと、これは直結していなかった。
 人間離れしていることは理解しているからこそ、人となることを望む修はその決意を言葉にした。
 
 「人間かどうか? そんなことヴィヴィオを守るために刀を握る。それが俺の心が人間である証明だ!!」

 肉体が人間かどうかは関係無かった。大事なのは心。
 人を助けたいという心を持っているのならば、それはもう人間だった。
 テレサもその理屈くらいは納得したが、修のことは納得できなかった。

 「そうですか。ならもう人かなんて問わないです。でも、ならば貴方は何物ですか?」
  
 人であるとは言い切れないとテレサは考えた。
 どれだけ人の真似をしたところで、その身体は人のものではないのだから。
 そしてその身が何者かという問いに、修は答えた。
 それこそが己自身だという明確な自信と共に。

 「俺は、高町ヴィヴィオの守り手だ」

 守る者。それは人であらなければならないということはない。
 だからこそ少年は応える。守るための戦士、守り手であると。


























あとがき
ヘブンズソードでの戦闘は後1話か2話で終結予定。
少し間を挟んで別の編、今度は首都守備隊だけじゃなくて警邏隊とか聖王教会をメインにするかな。
剣十字教やヴァルハラの面々も出す予定だから。
今回は序盤はルサカ&ルイスvsトーレで簡単に終わらして、テレサ登場で圧倒。
その後主軸である修VSサタン。そして修VSテレサでエンド。
インフレにならないように実力差が分かるように書いてみました。
感想をお待ちしております。



[8479] 第二十二話 敗北
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:f393325e
Date: 2010/08/15 04:03
 ヘブンズソード・上空
 
 地上最強の騎士ゼストと管理局最高の剣士フィンの激戦は空中にステージを移し、火花を散らす剣撃の応酬となった。
 三本の刃を巧みに扱いその剛腕から繰り出される力と技を兼ね備えたフィンの斬撃の嵐を、ゼストは培った戦闘経験による読みと高い技量で凌いでいた。
 当初は拮抗していたその戦いも、いつの間にか攻撃側と防御側で分かれてしまっていた。
 凄まじい斬撃を繰り出しているフィンに対してゼストはその斬撃を防ぐのが精一杯で、いつしか攻撃することができなくなっていた。
 双刃となっているフィンの刃をゼストは槍で防ぐが、もう片方のバスタードソードが振るわれた。それを魔力で覆った拳で弾くいたが、フィンの斬撃は剣の面に触れただけでも拳を傷つけていた。
 そしてそんな様子のゼストをフィンは苛立ったように糾弾した。

 「どういうつもりだ最強! 俺はその程度の漢を目標としていた覚えはない!!」

 「言ってくれるな、何時までも古の世代に頼ろうとするな。若人」

 激昂するフィンに対して、ゼストの態度は些か弱めだった。ゼストは何かを悟りきった人のようにも見えた。
 槍でフィンの双刃を弾き飛ばしたゼストは距離をとったが、そこで咳き込んでしまった。咄嗟に抑えた手には血が付いていた。
 いつしか体も疲労困憊で満足行く動きが取れなくなっていた。それを感じ取ってゼストはさらに一層覚悟を決めた。

 (一度死んだ身……死への恐怖はもうない。この身が果てるまで戦い続けるのみ)
  
 死を受け入れてしまったゼストの動きはフィンをさらに苛立たせた。
 戦場ではそんな隙を見せたものは死ぬ。それはゼストがフィンやティーダに手ほどきして教えたことでもあった。だからこそそのゼストがそんな失態をしているところを、フィンは認めたくなかった。
 かつての目標が老いという敵に敗北し、みっともない勝利を己に与えようとしている態度は許せれなかった。
 
 「ふっ、まったく年といい蘇生といい恐ろしいものだ」

 「おい、ゼスト・グランガイツ!! お前ほどの騎士がどういうつもりだ!! それでティーダが果たせなかった理想を実現するだと、妄言もいい加減にしろ」

 そんなフィンの叫びも死という生命の最大の恐怖すら受け入れてしまった、ゼストには届きそうにもなかった。
 
 双刃を回転させると刃には紫黒色の魔力が灯る。そして右手ではバスタードソードを握りしめ、背の方へと向けていた。
 標的はゼスト。過去の目標であるそれを斬り殺すことで、過去との完全な決別を行なおうとしていた。
 これは勝利にはならないとフィンは心の中で決意し、嘗ての目標をこの手で屠ると決心した。

 「お前がそれで終わるつもりというのならば、これで再度殺してくれる。天龍」

 ゼストを殺めるための一撃をフィンは放とうとしたが、フィンを射殺そうと射た矢がフィンの足元から多数飛来した。
 普通なら障害を受けて煩わしく思うだろうが、フィンはそれを見て愉快そうに笑みを浮かべた。
 既にゼストに対して敵意をなくしかけていたフィンにとって新たな的というのは好むものだった。
 それもよく知る強者ならばなおされだった。

 (そうだ、そうでなくては面白くない!!) 

 それはどれも雑に撃っているようでいて、どれも反応が遅れれば彼の体を的確に射抜いているようなものだった。
 命を射抜きそうな矢の奇襲を回避しながらも、フィンは攻撃してきた射手のことを考えてきた。
 
 (茜色の矢、ギゼラか。奴の奇襲ならば一度では終わらない)

 かつての戦友。そのものと刃を交えることになったというのに、フィンの刃は曇ることすらない。ただあるのは知っているからこそ分かるかつての戦友が敵に回ったときどれだけ厄介な敵となるのかだった。
 不良執務官ギゼラ・エルベ。史上最年少の執務官試験合格記録を持っている彼女の戦闘力は高く、なによりもその徹底的な攻撃が特徴だった。回避防御迎撃などのあらゆる手段を封じる彼女の弓はどんな敵も逃すことはない。
 最大射程20㎞。流石に15㎞を超えた当たりからは精度が落ちるらしいが、それでも管理局最長の射程を誇る。当然そんな弓からは誰も逃げることはできない。当然ただ長いだけでは意味はない。
 よく知っているからこそフィンはそれの恐ろしさを分かっている。

 フィンは上を向いた。そこには彼が思った通りの物があった。
 空から降り注ぐのは雨でも流星群でもないが、そのようでもあるものだった。降り落ちるそれは雨のようで、無数の矢が降り注がれる光景はさながら流星群のようだ。
 蜂の巣どころではなく、針の筵にされるだろう。回避行動を取ったところで無駄だと感じたフィンがすることは単純明快だ。
 彼の選んだ手段は彼らしく、全て斬り伏せる。

 「龍衝」

 矢一本一本を迎撃することは出来ない。そしてフィンの防御魔法では防げない。
 だからフィンはその矢全てをまとめて砲撃規模の斬撃の衝撃波で消し飛ばした。
 紫黒色の衝撃波は矢の流星雨を飲み込み、さらに上空に居るであろうギゼラすら喰らおうとしていた。
 しかしフィンはそれは無理だと確信していた。
 ギゼラの強みはその判断力の高さにもある。奇襲失敗をフィンが上を向いた時には判断して、すでに次の攻撃に移っていた。

 (ギゼラはもう居ないだろうな。上下からの矢による制圧射撃から繋がる攻撃は、高速移動を伴った連続精密射撃)

 大規模の斬撃を放った後だが、まだまだ余力のある様子でフィンは双刃を構えて次なる攻撃に備えていた。攻撃に出ることも考えたが、それは出来なかった。それこそ矢を撃たれまくるだけだ。
 通常は移動しながらの射撃はどうしても命中率が下がるものだ。しかしそれは通常の目で物を見ようとするからだ。
 50㎞先の物すら見抜くことの出来るギゼラの瞳は距離を削れば動体視力の強化にもつながり、強化した動体視力ならば高速移動中にも精密射撃が可能となる。
 最も高速移動を伴った状態で、精密な連射できるのは管理局の中でもギゼラくらいのものだ。
 だがその極少数の攻撃パターンがフィンに迫っていた。
 息をつく間も移動する時間も与えないような連射がフィンに放たれる。下手に回避行動をとれば次の矢が直撃して、そこから永遠と刺され続けるだろう。
 それを知っているからこそフィンは双刃を使い連射される矢を次々と撃ち落としていた。
 的確な攻撃だがフィンは次々と撃たれる矢を冷静に叩き落としていった。
 そしてギゼラに彼女が向きあおうとしない真実を述べた。

 「無駄だギゼラ。お前では俺は討てない」

 「随分な物言いじゃない。見せてあげるわよ、あの日から私が貴方を射殺すために鍛えた技を」

 高速移動連射を終え、フィンに対して最も有効な距離を取った。
 そして十字型の弓を構えて弦を弾き、魔力の矢先はフィンの心臓に向けられていた。
 十字の先端に茜色の魔力が球体で貯められていた。そして彼女の手にも魔力によってコーティングがされていた。

 「これを対人に使うのは貴方が初めてよ」

 「お前の初めてを俺が奪ってはティーダに申し訳ない。だからこれで全部終われせる」

 フィンが突然口走った言葉に呆気に取られたギゼラだったが、フィンの右手の紋章が光っているのを見つけその表情は青ざめた。
 彼女の視線は自然と下へと向けられた。
 そこには地龍ランサーをなんとか退けたものの疲弊しきり壁に持たれて倒れているレナと、部隊への指示を続け負傷兵の回収を行っているキルギスの姿が見えた。
 そんな有様を見て最初に浮かんだ嫌な想像を打ち消そうとしたが、現実味を帯びたその想像はギゼラの脳裏から離れなかった。
 ギゼラは戦闘開始と同じように叫ぼうとしたが、その時広範囲に念話が入った。

 『首都守備隊全員撤退開始です。侵入部隊はルートDから脱出、それ以外はワープゲートで脱出してください』

 作戦隊長のティアナからの撤退命令だった。
 内部侵入での指揮権を持っている彼女が場合によっては撤退のタイミングを見計らうようになっていたとギゼラは思い出した。
 五番隊の戦闘機人の少女はワープゲートの構築は出来るのかと気になったが、大丈夫と考えた。
 だが希望的観測を終わらせるような絶望が告げられた。

 「森羅万象全てを滅ぼせ、滅龍ヴェルガ」

 それを告げたフィンの表情は諦めのようなものが感じられる。
 フィンの足元に大規模な魔法陣が描かれ、そこから現れたのは禁じられるべき悪魔だった。
 その大きさは小型の戦艦に匹敵する。ルーテシアの白天王と比べればサイズは小さいが、威圧感は比較にならないほどだ。
 不幸中の幸いでショートカットの詠唱で召喚されたためか、かつてティーダが生きていた頃に縛り付けた特殊性の鎖は解かれていなかった。
 それでもその悪魔のような龍は宙に浮いていた。
 意識すれば重力の影響すら打ち消す鱗を持っていたと、ギゼラはその悪竜のふざけているような能力を思い出した。

 「まったくショートカットでの召喚でパワーを抑えているのに、魔力の四割を根こそぎ持って行かれたぞ。これでは持って五分と言ったところだな」

 「五分ね、それはとてもとても長い時間ね」

 フィンの言葉を真実とすればフィンの戦力は半減して、龍もわずか五分しかここには居られないことになる。しかしそれを考えてもギゼラは長いと感じていた。
 あの龍との戦闘経験はギゼラにとって苦くも優しい思い出だった。
 天才執務官として名を馳せて不良執務官として堕落しても大きな挫折はなかったギゼラだったが、この龍との出会いで大きな挫折を知った。
 ギゼラはこの龍には傷一つつけることも出来ず敗れ去り喰われかけた。それをティーダに助けられたのはいい思い出だが。
 本心を言えば戦いたくなく、また戦ったとしても勝ち目があるとは思えない。
 ヴェルガをミッドチルダで発動させることはありえないとギゼラは否定していたため、ヴェルガに対しては対策をとっていなかった 

 「お前なら分かるだろ。どうすることが最も正しい選択なのかぐらい」

 「それは逃げることを言外に進めているのかしら?」

 「そうだな。全盛期だったころのゼストならまだしも、今のゼストとお前に下の疲弊しきった奴らなら五分でもお釣りが来る」

 ヴェルガの戦闘力は自然界の生き物がもつそれとは次元が違い、禁術と呪詛によって作られた人為的な意志の働いた結果の産物であり起こす結果は滅亡以外なにもない。
 フリードは単に生物として戦力を所持し、ヴォルテールは守護龍としての戦闘力を持っていた。求める物の違いで戦闘力には大きな違いがあり、ましてそれが破壊が目的といて生まれた存在ならばその戦闘力は桁違いなのは当然だ。
 ギゼラの最善策は逃げることだった。戦うだけ無駄であり、ただ命を落とすだけなのだからそれは当然だ。
 しかしギゼラは逃げようとせず、真っ直ぐな瞳でフィンを射抜いていた。その目には怯えはなく、覚悟だけがあった。
 
 「そうね、逃げるべきでしょうね。少なくとも貴方と初めてあった頃の私なら逃げているわよ」

 「それは逃げないということだな」

 ギゼラが言わんとしていることを悟ったフィンは、呆れも驚きもせず納得していた。ギゼラの解答が彼の想像通りの答えだったから。

 「ええ、逃げないわよ。だって私は死ぬことよりも、失うことのほうが恐ろしいから」

 自分の命よりも喪失を恐れたギゼラをフィンは臆病だとは思わなかった。
 失うことは恐くないなどという言葉は、それは命よりも大切なものが無いものが言う言葉だった。
 それを知るフィンは一思いにギゼラの命を断つことにした。
 
 「それは、お前らしい答えだな。だからこそ俺はお前に苦しみを与える前に、お前の命を奪おう」

 鎖で縛られ可動範囲を狭められた四本の腕を持つヴェルガはその一品をわずかに動かし、その爪先から鋭い衝撃はを撃ち放った。
 躱そうと思えば躱せたかもしれない。しかしギゼラは回避を取らなかった。
 ヴェルガを見た途端から彼女は命を諦めていた。それならば仲間の死を視るよりも前に自分を退場させる方を選んだ。
 滅びの衝撃波がギゼラに迫る。ギゼラは静かに終りの時を迎えようとしていた。
 だがしかしそれを一人の鬼は認めたりしなかった。

 「それはさせれないな」

 しかし終わりは来なかった。ギゼラの目の前には傷だらけのゼストが槍を握り締めフィン及びヴェルガと対峙していた。先程まで死にかけていた男だ。
 だが彼の背中から感じられるものは圧倒的な信頼感で、正面から発せられるのは重すぎる殺気が一瞬だけ放たれた。
 ギゼラを木っ端微塵にしようとした衝撃波は、ゼストが殺気混じりはなった重く鋭い一撃で弾かれていた。
 だが死を受け入れていたギゼラにしてみれば自分の決意を邪魔されたような感じだった。
 
 「言いたいことはあるだろうな、ギゼラ。だが怒りは後で聞く。少しそこに居ろ。そこなら安全だろう」

 ゼストが口にした言葉はまるでギゼラのことをお荷物だと言っているようなものだった。目を向けることもなく後ろのギゼラにそれを語っていた。
 そんなゼストの態度にギゼラは年甲斐もない怒りを覚えたが、ゼストが再び構えたとき彼女は自ずから後ろに下がっていた。
 自然な動きで下がっていた。何故下がっているかと尋ねられれば彼女の答えはただひとつ、怖いからだ。
 雰囲気の急激な変化をギゼラは全身に感じ取っていた。厳格なゼストでありギゼラも彼に対しては畏怖の念を持っているが、そんなものとは全く別室の圧倒的な威圧感をゼストは守っていた。

 「やはり騎士の戦は守るためにあるものだ。背中に守る命があるのとないとでは、闘志の運び方が全く違う」
 
 言葉から伝わるのはギゼラを守ろうとする意志だった。しかしギゼラは守ってくれているゼストに対して恐怖を感じていた。それは敵対しようとする心を打ち砕くようなものだった。
 変化を感じ取っていたのはフィンもどうようだった。先程までの戦闘は死闘だった。それは間違いなかった。
 しかしその死闘の最中にフィンはここまでの威圧感は感じていなかった。
 ギゼラはゼストに恐怖を感じていた。だがそれは対峙しているフィンが受けている重圧と比べれば全く別のものだった。殺そうとするような意志ではない。静かだが息すら忘れてしまいそうな重圧だった。ただ殺そうとする意志ではここまでにはならないだろう。
 
 (そういえば盟主が言っていたな。若い頃のゼストはまさに鬼だったと)
 
 今のフィンの一番上に立つ男。ヴァルハラの最高位の存在である男が一度だけ昔のゼストを語っていた。彼の言う若い頃の、ミッドチルダの治安が最悪だったようなころに最前線で戦い続けていたゼストはまさに鬼だったと言っていた。
 それは戦闘力の高さもあるが、なによりもゼストが発する鬼のような空気は近づいたもの全てに死を与えるようなものとまで言っていた。
 当時は嘘だと思っていたが、今フィンはそれを感じ取っていた。今初めてそれを感じていた。

 (冗談半分に聞いていたが、本当なのか。それならなぜ今まで出さなかった……いや、出せなかった?)

 ゼストの蘇生は完璧ではなかった。だいぶ回復した今でさえ最盛期の力を取り戻せてはいない。最盛期そのもの力を使おうものならば、まさに命がけになるだろう。そしてフィンの撃破は任務の重要な要素ではなかった。
 つまりゼストが持つべき役目はフィンの足止めに徹することだった。全力で戦う必要などはどこにもない。
 そこまで考えてフィンは激しい憤りを感じた。死闘だと思い込んでいたのはフィンただ一人で、ゼストの掌で踊らされていたようなものだ。
 
 「そうか、そうか。お前は全力は出していなかったのか……どこまで俺を侮辱すれば済むっ!!」

 フィンの激昂をうけても眉一つ動かさないゼストは鬼のような重圧を放ちながらフィンに告げた。
 騎士にとって命を賭した一騎打ちはたとえどれだけ実力差があったとしても、各々の出せる力全てをぶつけ合って戦うものだ。
 そうしなければだした方の騎士の誇りを侮辱する卑劣な行為だ。さらに質が悪いのはそうなると知りながらもゼストは全力を出しておらず、フィンの激昂を涼しい顔をして受けていることだ。

 「誇りは所詮誇りだ。捨てなければ重しにしかならない。守るべきものがあれば、そんな物価値がない」

 ゼストの槍がフィンに向けられた。臆したならばそれが最後、気圧されて動けなくなりただ斬り刻まれるだけだろう。
 さらに増した重圧だがフィンはそれを受けながらも刃を構えていた。だが槍を向けられているという状況だけでも、フィンは押されているような錯覚を受けていた。
 そんな威圧感を打ち破るように、焦った様子でフィンはヴェルガに命令を出した。

 「全てを失った者の雄叫びを受けろ、ヴェルガ!!」

 フィンはヴェルガを向かわせた。鎖で縛られている龍だが、もともとは製作元の第22管理世界を一時期無人世界に変更させたほどの龍だ。
 本来ならSランクでも魔導師一人なら倒せるだろう。
 だがそれは鬼を知らないことからくる失策だった。

 「その程度か、畜生

 それはまさに鬼だった。
 ゼストは飛んできたヴェルガに突撃し、その槍を力強く振り下ろした。
 その時フィンの目に写ったゼストの姿はまるで鬼だった。姿が変化したわけでもないのに、その姿はまるで巨大で恐ろしい表情をした鬼のようなだった。
 鬼の一撃はヴェルガの鱗を貫通していた。重力無効化などの特殊能力を装備しているような鱗だというのに、ゼストの一撃の前には紙のように容易く断ち切られてしまっていた。
 当然それだけでは倒されるはずのないヴェルガだが、傷は浅いわけでもなくヴェルガの精神状態にも影響を及ぼしていた。
 それ以上の戦闘は無理と判断したフィンはヴェルガとついでにランサーを送還した。
 送還する最中にゼストの強さというものを彼は垣間見た気がした。

 (都市破壊とか国落としとかそういうレベルじゃなくて、世界破壊レベルの龍だぞ。それをたった一撃で)

 地上最強。海と比べて弱いとされる陸の最強。
 しかしそれは弱い中だからこその最強なのではなく、純粋に強いからこそ最強だった。
 一転して逆境に立たされたフィンだが、俄然とやる気が湧いてきた。
 
 (強いことくらい最初から分かっていた。それでも俺はティーダの最強を証明するために負けれない)

 フィンは双刃とバスタードソードの柄を重ねた。右手には龍の紋章が輝いていた。
 それに伴い紫黒色の魔力が三本の刃を覆い尽くした。出力は今までの中で最大で、抑えこまれた魔力は今にも暴れだしそうだ。

 「三刀一刀、龍帝剣」

 紫黒色の魔力の中から力強く引き抜いた一振りの剣は、刀身そのものが紫黒色に染まっている。
 持っている三匹の龍の力だけを剣に供給し、その攻撃力を無限に強化し続けるフィンの奥の手だった。龍そのものの力が凝縮した剣は構えるだけで空気を焦がしている。
 暴れだしそうなでその切り札の剣を両手で強く握り締め、フィンはゼストへと斬りかかろうとした。
 最強へと挑む挑戦者としての、仕切りなおしと締めの一撃だった。 

 「これでくだばれ、ゼスト・グランガイツ!!」

 フィンの激しい闘気が放たれる中、ゼストは動かなかった。動けないわけではなく動かなかった。
 ただ一瞬に爆発させる力のために静かに待っていた。
 鬼のような一撃はこの静動の落差の極みだった。
 だからこそただ静かに待った。心は何一つ揺れず、弾ける時を待っていた。
 そしてフィンの刃がゼストの間合いに入ったとき、ゼストの刃は動いた。心の中の水辺に大きな波が立った。
 この戦の終りを告げる一撃を撃つために。

 「終の閃」
 
 
 
 
 

 
 
 ヘブンズソード・訓練通路

 「終式・刹那」
 
 修は水平に構えた刀をなぞった。人の限界値の八倍の魔力が溢れ出し、黒い魔力に修が覆いつくされると全ての魔力は刀に収束した。
 複合式すら通用しなかった強敵を相手している修は、勝つための手段として終式を実戦で初めて用いた。
 その技はかつて修がフェイトとの模擬戦にて使用したものだった。その時はフェイトのハーケンフォームの魔力刃を切断するという凄技を見せたが、その直後にがら空きとなった腹部に雷撃を叩き込まれて修は敗北した。
 今回の刹那は以前のそれと比べものにならないくらい禍々しいものだった。黒い刀身を持っただけの刀だった前回と比べ、抑えこまれた許容量限界の魔力は蠢き放たれる時を今か今かと待っているように見える。 
 技自体はフィンの龍帝剣に近いものもあるだろう。
 しかし違いは大きい。龍帝剣は龍の力とフィンの力を一つの剣として形にしたものだ。対して修の刹那は一点特化であり、刃にのみ最低限以外の全ての魔力を注ぎこんだものだ。
 攻撃力の上昇力は修の方が高いが、使用できる技の範囲は狭まった上に体へはダイレクトにリバウンドが来るまさに諸刃の剣だった。
 修もその使い勝手の悪さから多用したがらない禁じ手だったが、ほとんどの攻撃を凌ぐテレサに対して有効な手段はもはや此れしか無かった。
 全身から迸る殺気を力に変える。

 「我式・悪鬼」

 右手に刀を水平に構えたまま、左手を地に伏せて修はスタートダッシュの構えをとった。獰猛な獣が獲物を狩るために、その猛々しさを沈める時のようだ。
 修は突撃を加えた斬撃でテレサの体を切り伏せるつもりでいた。テレサに対してはなのはとは異なり殺害許可が出ているような状況ではないが、もう殺さずにどうにかするといったレベルではなかったため事後的に認められる状態といえる。
 修からは抑えられない殺気が放たれていた。しかしアモンに比べるとまだ優しいそれをテレサは涼しい顔をして受け止めていた。

 「何度でも試すがいいです。あなたの全てを無駄にするです」

 その一言が開始の合図となった。
 無駄という言葉の否定は修はもうしている。諦めないこと、それが無駄の否定になる。
 最低限として残された魔力で強化した脚力で弾丸のように飛び出した修は、刹那状態の月光でテレサの首を刎ねようと彼女に猛スピードで接近していった。
 対するテレサは十字の杖を振るった。それはルイスを一撃で行動不能にルサカを血まみれにした彼女の攻撃の合図だった。
 見えない圧力は修にも襲いかかった。まるで見えない巨大な壁を前から叩きつけられたような力が修を襲った。体が潰されるような激痛が修の体を襲った。
 
 「シャァァァァハァァァァァ」

 だが修はそんな叫び声とともに見えない圧力を突破した。高い強度を誇る修のバリアジャケットは裂けて、さらに彼の皮膚までも引き裂かれていた。
 それでも痛みを忘れた剣士は愚直なまでに真っ直ぐテレサへと突き進み、その凶刃少女の細い首へと振るった。
 次の場面は少女の首が舞う場面だろう。
 
 ガキンッ
 
 しかし首の代わりに甲高い音とともに宙に待ったものがあった。
 それを修は横目に見た。咄嗟に目で追った見慣れたそれは修のデバイス月光の刀身だった。
 手元に眼をやればそこには根元からへし折られた月光の柄を握る手があるだけだった。
 命を狙われた状況になってもテレサには恐怖も何もなく、修の殺気すら届いていなかった。
 
 「もう分かったですか、私には修君の刃は一切届かないです」
 
 テレサの声には修を侮辱するような響きはなく、彼を諭すような穏やかな響きだった。
 しかしテレサのそんな態度すら興味を持つことのない修は、冷静にへし折られた月光を両手で逆手に握りしめた。
 その瞳には殺意が込められていた。殺意は削られるどころか、さらに増す一方だった。

 「我流・外道」

 刃のない刀を持った修に疑問を持ったテレサだったが、月光の刃は彼が振り下ろそうとすれば瞬時に再生した。
 そして柄に移動していた刹那の魔力を受け継ぎ、再度刹那を纏った状態で突き刺してきた。
 結果は悪化していた。刀身はへしゃげ、修の両腕も肉が裂け骨がはみ出ていた。
 しかし痛みを忘れた剣士はなおも攻撃を続ける。
 その時にはテレサの表情は変わっており、青ざめていた。
 
 「え、ちょっと、修君もう辞めるです。勝てないのですよ。それを分かるのです」

 テレサは修の異常な攻撃性に驚き手を引くように告げたが、修は顔色を変えることなく再び攻撃を加えた。
 再生した刃を振るった。刃は再びへし折られた。
 左手で殴った。腕はあらぬ方向へ曲がった。
 再度再生した刃を振るった。当然のように刃は飛んでいった。
 突撃を試みた。体ごと弾き返された。
 理性のある人間ならばもう通用しない、無駄だということは分かっているだろう。人間離れしていたとしても、無駄だということくらいは学習するだろう。獣でも学ぶだろう。
 それでもやるのは理性を捨て去った真性の狂人だ。
 その様を間近で見ていたテレサは青ざめていた表情から、決心したように顔を引き締めた。
 
 「そうですか、まだやるですか。それならば、これで終りにするです」

 テレサは十字の杖をこの戦いの中でもっとも激しく振るった。
 起き上がりテレサへと突撃しようとした修だったが、立っていた床が隆起して彼のバランスを崩した。
 それだけではない。天井や壁が剥がれ、剥がれた瓦礫は全て修とヴィヴィオ目がけて飛んでいった。瓦礫飛ばしはルサカとルイスにも使っていた。しかし今度は規模が違い、大きさも数も速度も段違いだった。
 
 (もしもの時はヴィヴィオには聖王の鎧があるです。修君は……死んだら死んだです)

 そんなことを思いながら瓦礫を飛ばしていると、背中に張ってあるカウンターが反応した。
 軽い魔力弾を数発跳ね返したことに気づき、振り返るとそこにはティアナが立っていた。ティアナの方は若干の驚きを、そしてテレサは懐かしさを感じた。
 
 「ティアナちゃん、久しぶりですね。ああ、もうちゃん付けなんてする歳ではないですね」

 親しそうに振舞うテレサに対してティアナは情報の整理でいっぱいいっぱいだった。
 だがそれでも銃を下ろすことはなく、その銃に迷いは感じられなかった。
 
 「何を悩んでいるのですか? もしかして、覚えていないですか。元警邏隊南部隊長テレサ・アヴィラですよ。ティーダさんとの繋がりでなんどかあったはずですよ」

 「……頭の中では繋がったわよ。貴方は兄さんが死んだ頃にフィンさんと同じく居なくなった。それから行動を共にしているとしたら、強襲ヘリの透明化を破ったのが誰なのか繋がる。つまり貴方は管理局の敵対組織に入ったってことでしょ」

 ティアナはジャミングの破壊を終えたあと凍りついていたシェーラとアリシアを回収してそれを五番隊に任せた後、まだ戦闘がつづいているこの最下層に降りてきた。そして訓練通路まで来るとルサカとルイスが壁に叩きつけられているのを発見し、さらに向こうでは兄の友人だったテレサが修とヴィヴィオを襲っているのを発見した。
 そこから少ない情報から考察した結果だった。
 ティアナの推理を聞いたテレサは感心したように真実を述べた。

 「すごいですね。でも、少し違うです。私はフィンとは付き合いは長いですが、同じ組織ではないです。フィンが居るのは合っているですが。私は剣十字教でフィンはヴァルハラの傭兵ですよ」

 フィンがヴァルハラに居るということを聞いてティアナは意外そうな表情をした。そして思わずテレサに尋ねていた。

 「ヴァルハラってあの最大規模の反管理局組織……そんなフィンさんがどうして?」

 「どうしてといえば、当然だからです。フィンは今の管理局が嫌になったのですよ」
 
 フィンはティアナにとっては兄の友人の不器用で強い剣士といった認識だった。人付き合いが苦手な無愛想な人だったが、優しい人間で兄にとっても大切な人だとティアナは感じていた。
 そんなことで悩んでいると、テレサの背後から黒い影が飛び出し彼女に斬りかかった。
 だが影は触れることなく弾き返されていった。その影の正体は修だった。
 彼の腕の中にはヴィヴィオがいた。瓦礫の攻撃からは修が身を張って守ったが、防ぎきれ無かった礫が彼女に当たっていた。
 夢幻眼の能力の副産物である感知能力によってヴィヴィオの様態を離れたところから見抜いたティアナは、栄養失調を起こした上でケガを負ってしまっているヴィヴィオの様態は危険だと認識した。
 そのことに表情を歪ませたが、テレサから伝わる感情が余裕や平然から驚愕に変化しているのに気づいた。
 
 (何に驚いているの? 修が攻撃してきたときには驚きはなかったのに、振り向いたときに驚きがあった。つまりヴィヴィオを見てから)

 テレサの驚きはヴィヴィオから来ていると睨んだティアナだったが、それ以上のことは分からなかった。ヴィヴィオの意識は負傷によって失われているため、感情を視ることができても分からなかった。
 
 「許さない……ヴィヴィオ傷つけた貴様だけは、絶対に許さない!!」

 修からは激しい怒りが感じ取られ、その気迫はティアナにまで伝わるほどだった。それを受けたテレサの感情を読み取ると、恐怖のようなものはなく驚きが困惑に変わっていた。
 
 「あ、ヴィヴィオを傷つけるつもりはなかったです。それは本当です」
 
 テレサの発言の真意を確かめるために彼女の感情を読み取ったが、偽ろうとする気持ちはどこにもなかった。テレサは嘘をついていないようだが、ティアナには信じられなかった。剥がした瓦礫による攻撃は殺意が感じられ、下手をしたら間違いなくヴィヴィオを殺していただろう。

 (あれ、ヴィヴィオには聖王の鎧があるはずじゃ……どうして発動しなかったの?)

 ティアナは起きるはずがないことが起きていることに気づいたが、ヴィヴィオが怪我をしたという時点で思考を放棄して害の排除に動いた修はもう攻撃をしかけていた。
 憤怒に染まった凶刃を振るう修をテレサは真っ向から受け止めていた。
  
 「問答無用、即効で排除!!」
 
 「それなら仕方ないです」

 テレサは杖を縦に振り下ろした。発生させたのは頭上からの圧力攻撃。
 上から防ぐことも出来ない力で一方的に押し潰す攻撃は、修の体を床に縛り付けていた。
 そして今回のは一瞬で終わることはなく持続する攻撃だった。一瞬だけ圧力をかけられるのではなく、時間をかけて圧力をかけられる修がいる床は軋み今にも抜けそうだ。
 だが重圧を書けられている中でも、修はヴィヴィオだけは必死に守っていた。
 修への攻撃が始まったと同時にティアナも射撃を行ったが、全ての弾丸はティアナの方へと戻っていった。跳ね返された位置はティアナの見えない瞳に映るテレサの透明なバリアの位置だった。

 (なるほど、こういう能力ね。だったらこの手で決める)

 数手でテレサの能力のタイプを見抜いたティアナは再び魔力弾を発射した。
 先手との違いは魔力弾には幻術によるコーティングをかけていることだ。それも視覚を騙すのではなく、魔法に対する幻術だった。
 化かすのはテレサ本人ではなく、テレサが使っている魔法そのもの。単なる反射魔法ではないテレサの魔法の効果を見抜いたティアナは、それに対応した幻術を構築した。
 
 (あなたは跳ね返しているわけじゃない。バリアは防御のためじゃなくて加速魔法を与えるための発生装置ってところね)

 ティアナの放った魔力弾は先程返されたライン、テレサの球状バリアに達したところで急激な方向転換をした。
 だが今度はティアナの方向ではなく、変わりながらもテレサの背中へと向かっていった。それを見てティアナはテレサの魔法を大まかに理解した。

 (やっぱりね。魔力に反発作用を与える反射魔法じゃなくて、別方向への加速を行う加速魔法があの跳ね返しの正体ね。あれはバリアというよりも加速させるフィールドといったところかしら)

 魔法攻撃の反射魔法というのは確かにある。しかし反射には対象の魔力や攻撃の質などを分析してそれを反発させる魔法を構築しなければならない上に、魔力量とほぼ同等の魔法しか反射できないなどの欠点がある。
 それを克服したテレサの方法ならば理論上どのような攻撃だろうと跳ね返しは可能で、砲撃魔法のような大規模攻撃も完璧な反射とは行かなくても逸らすことなどが可能だ。
 だが攻撃に対して逆方向に加速させるということは簡単ではなく、通常は任意の物質にかける加速魔法を反撃に用いる難易度は相当高いものだろう。それをオートで発生させている彼女の技量は相当なものだとティアナは感心していた。
 無敵の羽衣と行ったところだが、背後からダメージを受ければ構成は崩れるだろう。そこを修が叩けば倒せるはずだった。
 夢幻眼で見えたテレサの加速ルートを騙す特殊な幻術を貼りつけた弾丸を撃ち込んだ。
 しかしここでティアナはミスを犯していた。
 テレサへと向かっていた魔力弾が全て触れる直前にてんでバラバラな方向へと飛んでいったのだ。
 想定していない挙動にティアナは見えない瞳を見開いた。

 「やっぱりティーダさんの妹ですね。同じ攻略法を思いついているです。逆方向への加速に誤認させて別方向へ進ませる魔法ですね。でも、その方法はもう対策しているです」

 「そんなっ」

 テレサはティーダと知り合い。そしてティーダのような魔導師を憧れたティアナの戦術の大本の考えはティーダに似ている。それならばティーダも同じような攻略法を思いついており、そして仲間だというのならば対策法も講じられているだろう。
 そこまで考えが及ばなかったことはティアナのミスだろう。
 しかしかつてのティアナだったらここで戦いを諦めているが、今のティアナは違った。

 「短時間で対策を立てたことはすごいですよ。そういう面だけはティーダさんよりかは上みたいですね」

 (もう残り魔力はほとんどないわね。なのはさんとの戦闘でリミットブレイクまで使ったのがここに来て痛いわね。さてと、どうしようかしら)

 魔力がもう空になりかけているが、ティアナは勝つための手段を探っていた。不屈の精神は彼女が尊敬していた師から受け継いだ宝物だからだ。
 だからこそティアナは諦めたりしない。勝てる可能性を敗死する最後まで探し続ける。
 ティアナのそんな姿勢を見たテレサは少し笑みを見せた。

 「そういうところもティーダさんに似ているです。あの人も圧倒的な強敵を前にしても諦めようとはしないです」

 「嬉しいわ、でも、私のは兄さんの姿を見たのじゃなくてなのはさんに教わったものだけどね」

 「そうですか。なら、あなたにティーダさんと同じ程の心があるか見させてもらいますよ」

 「どういう意味かしら」

 ティアナはいつの間にか冷や汗をかいていた。瞬間にテレサから感じられた気配は凄まじく、先ほどとは段違いのものだった。
 その気迫に後退しそうになったティアナだが、負けじと立ち向かった。

 「これくらいでは引きませんか。そうですね、ティーダさんはヴァルハラの盟主シグルを相手にしても一歩も引くことは無かったです」

 「そのヴァルハラの盟主はあなたの同じ力量なの?」

 「まさかです。あれは管理局の黎明期からいまだに戦い続けている規格外の存在です。私なんかは何も出来ずに倒されたです」

 副隊長最強のティアナだけでなく修やルサカやルイスといった面々は首都守備隊の中でも上位の面々を相手取っても、傷一つなく圧勝するテレサを一方的に倒す規格外の存在にティアナは頭が痛くなった。
 力を手にして強くなればなるほどはるか高みに居る存在には到底近づけないのだとティアナは感じていた。
 
 「それでも今のティアナちゃんの力量ならば、私との差でそれくらいです。それでは見せてあげるですよ。十字架の本領発揮です」

 テレサが右手の甲に埋め込まれたコア、ティアナは知らないがエクステンスコアをティアナに見せると彼女の体は薄桜色の魔力に包み込まれた。
 その魔力は人の物よりも多い。修の第二形態に匹敵するほどだ。
 魔力の先から出てきたのは一人の女性だった。
 少女のような姿だったテレサではなく、二十歳過ぎの女性の姿だった。
 長くなった白い髪とスラリと伸びた手足。凹凸のある姿形。その体のどこにも彼女の魔力光である薄桜色が混じっていた。
 そしてその姿をティアナの瞳は捉え、恐ろしいものだと評価した。
 姿形は恐ろしくはない。むしろ美しい一人の美女に見える。
 しかし発する魔力は人の物とは思えず、全身から魔力光を発生させる発光状態を夢幻眼は危険なものとして映していた。

 「その幻をみる瞳はこの姿をどうみるですか? 綺麗な女性ですか? それとも般若ですか?」

 テレサはティアナの方に手を伸ばしながら尋ねたが、ティアナは答えることなく身を翻し後ろへと下がった。
 その途端轟音と共に、ティアナが立っていた空間が砕け散っていった。その空間の壁や天井や床だけが独自に回転して砕けていったようにティアナは感じられた。
 先程の剥がした攻撃とは違い、床は空いてそこからは海が見えた。
 その出鱈目な能力にティアナは背筋が凍るのを感じた。

 (戦艦の内装自体を加速させて回転させたっていうの? この人の加速魔法には質量の限界値がないの)

 動力付与できる物の質量には普通限界というものがある。しかしテレサにはそのようなものがないようだ。
 攻撃の威力にティアナは驚かされながらも、感情を読み取ればテレサから落胆が感じられた。

 「やはり、ティアナちゃんにはティーダさんのような心は無理ですか」

 テレサは一人合点したようにティアナに結論を告げた。
 それに納得がいかないティアナはテレサに尋ねた。

 「どういう事かしら」

 「そういうことですよ。さっきの攻撃、ティアナちゃんは前に出ずに、後ろに逃げたです。攻撃のために撤退ではなくて、逃げるためにさがったのです。ティーダさんならば戦うためにも前に進んでいるですよ」

 反論ならばティアナは幾つも浮かんだ。しかしどれも言葉にできなかった。
 テレサの攻撃を感じ取り、恐怖を覚えて逃げたのは事実だった。それはどんな言い訳でも否定できなかった。
 
 (私は兄さんの影にすら追いつけない)

 あの兄の姿に追いつけないと言われたことのショックは大きかった。
 ティアナの心は砕かれそうになっていた。
 テレサはティアナにとどめを誘うと思えばいつでもさせたが、かつての友人の妹ということで選択肢を与えた。

 「辛そうですね。その辛さから開放するために、私があなたの命を取るのです。それとも上にフィンが居るですから、兄妹仲良くあの刃で死にたいですか?」

 心が砕かれそうな中、耳に届いた言葉をティアナは逃さなかった。
 前半部分はどうでも良かった。後半のそれも最後の部分がティアナの耳には残った。

 「兄妹仲良くあの刃で死にたい」

 (兄妹仲良く? 私の兄弟は兄さんだけ。仲良くってことは私と兄さんの二人を一緒にしているってこと。それで「あの刃で死にたい」のあの刃はフィンさんの剣のこと。そして仲良くは死にたいを指しているから)

 心も体も限界な中ティアナの思考はある真実を解き明かした。
 その真実を最初は否定しようとしたが、テレサの心には嘘はどこにもなくそして矛盾している点が納得出来る。
 
 「そう、兄さんはフィンさんが殺したんだ」

 「あ、そういえば知らなかったですね。死ぬ前に真実を知れてよかったですね」

 (フィンさんが兄さんを殺した。パートナーが兄さんを殺した。フィン・ル・ルシエが兄さんを殺した。ルシエ……そう、あの子は兄さんを殺した奴の親族!!)

 八つ当たりのようなどうにもならない憎悪がティアナの中に浮かんだ。
 その憎悪を果たすまではティアナは死ぬことができそうにもなかった。

 「おや、雰囲気が変わったです」

 テレサは首をかしげた。
 全てが限界値に達していたティアナは立ち上がり、再び銃口を突きつけてきた。
 その闘志が残っていたことにも驚きだが、それ以上に彼女から発せられる雰囲気は様変わりしていた。
 無視も殺せなかった人間が大量殺人に目覚めたような雰囲気の変わり方だった。

 「殺そうかしら……ううん、そんなのじゃ駄目。もっと苦しめなきゃだめよね、そうよ苦しめるのよ。私が感じた以上の苦しみを与えなきゃ駄目よ。ああ、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い

 憎いという単語を異常なまでに連呼するティアナの暗い瞳にはさらに狂気が混じっていた。
 それに伴い彼女らがいる空間が変化し始めた。

 (なんですか? 急に空間に罅が入ったです)

 この廊下一体の空間の至る所に亀裂が走り始めた。
 亀裂の数は徐々に増加していく。
 テレサは今までに経験してこなかった状況に危惧していた。

 (これはやばいです。なにか分からないけれどやばいです。やばい空気がするです)

 未曾有の脅威を出しているものはテレサは分かっている。ティアナだ。
 しかし狂気を発するティアナに言葉などは届きそうにもなかった。

 「憎ければどうすればいい、苦しめるだけじゃ足りない、足りないなら増やせばいい、そう絶望を増やせばいい。殺すだけじゃだめ、壊す、なにもかも希望も全部全部全部壊せばいい!! フフフハハハッ」

 ティアナは全力で狂っていた。
 その狂気に飲み込まれないように一歩下がったテレサだった。その一方は戦闘中では初めての歩行だった。
 
 「あれ、何処に逃げるの」

 その声は意外なことにテレサの真横から聞こえた。
 狂気に満ちていたティアナの呼びかけはテレサの真横から聞こえていた。
 その声に恐る恐るテレサは振り向いた。
 加速の防壁に守られているテレサに近づくことはできないはずだ。だからこそ誰もいないはずなのだ。
 だが存在感ははっきりと真横にあった。

 (居ないはずです……そう分かっているのに、感覚は居ると認識しているです)

 幻術は偽物だとはっきりと分かっていれば恐ろしさは激減する。
 しかし今回の幻術だとテレサが考えているものは嘘だというテレサの考えが偽りだと、自分の中で疑問を感じてしまうほどの存在感を発していた。
 ここには居ないと思い込んでいるのはテレサだけなのかもしれない。
 
 (感覚は完全に騙されているです。それならば、周辺全てを攻撃するだけです)

 現実的すぎる幻術だと考えたテレサは周辺全てに攻撃を仕掛けることにした。
 感覚が頼りにならないのならば、感覚を用いない制圧攻撃をしかけるだけだった。
 力によって幻をねじふせようと杖を大きく振り下ろしたとき、世界が壊れる音をテレサは聞いた。

 「何の音ですか?」

 最初は何の音か分からなかった。
 どんな音かすら思い出せないが、あまりにも奇妙で恐ろしい音だという認識のみ残っていた。
 それは壊れる音だとなぜかテレサは突然思った。
 とても大事にしていたものが壊れてしまった時のような喪失感がテレサの中にはあった。
 その喪失感はテレサの心を蝕んでいく。
 彼女の心が喪失感に染まっていくと同時に、ひび割れていた世界は鏡が割るように、バラバラと砕け始めていった。
 世界が壊れる、そんな言葉を浮かべてしまうような光景はテレサの心を削り取っていった。
 心に大きな穴があいてしまったような感覚を感じたとき、テレサは突然自分の爪を一枚剥いだ。

 (幻術です!! これはただの幻、だから飲み込まれてはいけないです!!)
 
 爪を剥いだ痛みはテレサの指先から全身に伝わっていった。だがその痛みがテレサに思考を取り戻させた。
 そして目を閉じた。

 (五感を騙すことによる幻術による汚染です。目を騙すだけではなくて、音を付け加えることで騙す幻術です)

 テレサが咄嗟に反応できたのは、これまた経験によるものだった。
 普通の幻術魔法はスクリーンを利用することによる視覚騙しだ。現実に幻を追加しているだけだ。
 しかし悪魔のスキルとまで呼ばれる夢幻眼は夢と幻の境界線を曖昧にする。
 その幻術は幻が現実へと溶けこむ危険なものだ。
 目を開ければ幻と同化した現実に騙されるだろう。
 耳を聞けば嘘と真実が混ざった音に騙される。
 長期戦になれば勝機は万に一つとして無かった。

 「対策方法はただ一つです。汚染されている空間ごとぶっ飛ばすだけです」

 テレサは決意に満ちた笑みと共に、自身を守る加速結界を強化し周辺全てに対応するように設定し直した。
 光も音も全て嘘としか思えなかった。
 そしてエクステンスコアによって増した魔力を持って、十字の杖を振るい最大級の加速を行った。
 
 「有効範囲は最下層全域です。加速結界広域型発動です」

 十字の杖をテレサが床に叩きつけたとき、最下層に激震が起こった。
 全ての壁や床にテレサを中心とした一方向の亀裂が走る。
 亀裂が走った壁は自らを押しつぶしながら潰れていった。床もテレサを中心として押されるように破壊されていった。
 その破壊は最下層全域に伝わっていった。
 ヘブンズソードは多少破壊されても落ちないように高度なシステムで管理されている。
 しかし一つのフロアが全て破壊されるという状況は想定されていなかったのか、ヘブンズソードのバランスは崩壊しかけていた。
 そんなことは気にする風もないテレサは、自分が立っているところ以外の全てを破壊しつくした後両目を開けた。

 「ここまでやれば魔力素のバランスも崩れているです。さてと、こうなったらヴィヴィオの死体だけでも」

 大規模の破壊活動の後テレサは周囲を見渡しながら、あることに気づいた。
 キョロキョロと再度見渡してそれを確信した。

 「あれ、誰もいない」

 加速の衝撃で死んでしまったのかと考えたが、攻撃後に感知魔法を発生させ温度のあるもの全てを探し始めたが人の死体の温度も生体の温度もなかった。
 捜査範囲は攻撃範囲と一緒だ。つまり最下層には人っ子一人いないようだ。
 最低でも狂ったように攻撃したティアナくらい居ると思っていた彼女にしてみれば意外な結果だった。

 (まさか、全部芝居ですか? あれは本当に狂ったように見えたですが)

 ティアナのあれが芝居だとすれば、彼女は女優にもなれるとテレサは考えた。
 この後何をするかと思いヴィヴィオ回収を任されているテレサは追撃も考えたが、あのヴィヴィオが彼女の教皇が望んだものだとは思えなかったため追撃は止めにした。
 勝手な判断とも取れるが、ヴィヴィオの運命を考えるとそれくらいの情けくらいあってもいいとテレサは考えていた。情に流されるともいえるが、十字架のような世界に居ればその情を感じれることさえ珍しいことだった。

 (今回は見逃すです。今はヒーローに助けられたヒロインとしてヒーローの腕の中にいるですよ)

 テレサは緊急脱出用として教皇に渡されていたロストギア「ダイアルドア」を懐から取り出した。
 見た目は金庫のダイアルの部分だけのものだが、ダイアルを回して番号を合わせれば記憶させている場所へワープが可能である。欠点としては魔力を込めなければならないことと、発動に5分程の時間がかかることだ。
 さっさとダイアルを回したテレサは唯一残した床に腰を下ろした。そしてエクステンスコアに触れると彼女の体は成年のそれから、少女の物へと戻っていた。

 「それにしても、管理局員も随分と大きな敗走をするですね」







 
 ヘブンズソード・最上層の一室。
 
 正面突破したときに通過した通路にあった一つの一室に人影が幾つもあった。
 
 「ふう、ここまでくれば安心かな。あ、そうだ。点呼するよ、生きている人は手を上げて」

 その物陰の中でも最も元気なギンガは現状の確認のために、まず仲間の状態を確かめた。
 メインエンジンを停止させた後、戦闘が終わったところへと壁を砕きながら突入して艦内にいた魔導師たちを運んでいった。
 その仕上げとして主戦力の魔導師たちを回収した。
 しかし流石は首都守備隊の主戦力というべきか、その戦闘はもう無茶苦茶なところだった。

 「ここまで強行軍したから疲れていると思うけれど、元気を出して」

 そうやって士気を高めようとしたギンガだが、皆からの返答は沈黙だった。
 誰ひとりとして手をあげようとはしなかった。いや、出来なかった。
 誰も彼もが限界突破な戦闘をしたためか、もはや手を上げることすらできなかった。
 全滅のような状況に頭を抱えるギンガだったが、その時突然扉が開いた。咄嗟に身構えるギンガだったが、現れたのは見知った顔だった。

 「誰かいるかと思えば、ギンガ達か」

 「キルギス隊長、びっくりさせないでくださいよ。驚いたじゃないですか」

 扉よりも大きな体のキルギスだった。
 彼自身も先の地龍ランサーとの戦いで消耗していたが、経験してきた修羅場の違いか消耗していることはギンガには分からなかった。
 ここが歴戦の戦士と才能はあってもまだ青い戦士との差だった。 
 渋い笑みを浮かべたキルギスは驚いた様子のギンガを見ながら言った。

 「もう少し気を配れ、さもなければ死ぬぞ」

 「演技の悪いことを言わないでくださいよ。特にこの二人は死にかけですよ」

 ギンガは二人の少女を持ってきた。
 その体は微動だにしない像のようにも見えた。しかしよく見ればそれは凍りついた人だった。
 その二人、シェーラとアリシアは冷たい体としてギンガが抱えて運んできていた。
 キルギスが触れてみればその冷たさは生きている温度とかではなく、氷に触れた時のような冷たさだった。
 
 「冷たすぎるな。これは生きているのか?」

 「瞬間急速冷凍魔法でしょうね。確かティアナが禁じ手として今回初めて使用を解禁していたアブソリュートっていう魔法のせいだとおもいますが、これはまだ全然つかいこなせていませんね」

 「冷凍睡眠のような状態か。どの道急がなければな。おい、第十六分隊はこちらに来て負傷者の運搬に当たれ」

 部下に指示を飛ばした。損害のなかった分隊は今は負傷者の運搬をし、ネシアが開けたワープホールで移動させていた。
 キルギスは部屋の方に目をやればティアナが倒れているのを見つけた。
 それを見て思ったことを口にした。

 「副隊長最強でさえもか、これならば仕方ないというべきか」

 その瞳には一種の悲しさと諦めがあった。
 キルギスにしては珍しい様子が気になったギンガは気になり尋ねた。

 「仕方ないってなんですか?」

 聞き返したギンガに言うべきかと逡巡したキルギスだったが、遅かれ早かれ伝わることだととして重い口を割った。
 その言葉は短いながらもギンガに十分な衝撃を与えるものだった。

 「ハラレーが死んだ」

 「……え?」

 ギンガはキルギスの一言で目が点になった。
 キルギスはその口でハラレーが死んだと口にしていた。それはなんかの間違いかとも思ったが、彼の様子や状況からありえることだった。
 だがそれでも副隊長クラスが死んだということには納得がいかなかった。
 首都守備隊は地上の部隊でも、その戦力はかつての六課を上回る部隊だ。ハラレーはその部隊の中でも最大規模の五番隊の副隊長を努め、元々は管理局の未開世界における開拓任務についていたエース級だった男だ。
 そう安々と死ぬはずがなかった。だからこそ理解はできても、納得がいかなかった。

 「死んだって、どういうことですか?」

 「衝突でバリアジャケットを貫通して内蔵を全部破壊されていたようだ。ドラゴン相手では流石に耐えれなかったようだ」

 「ドラゴンって、そんなっ!!」
 
 ドラゴンは管理世界の中でも最も危険な生物の一つだ。単に戦闘力だけで見たならばドラゴンは最上級の種族だろう。
 それの突撃を受ければいくらハラレーでも命はないだろう。
 しかし希少な種族でもあるドラゴンがこんなところに居るとはギンガは思えなかった。
 そんなギンガの考えを理解できるキルギスは理由を述べた。

 「龍を召喚できる召喚士、いや、召喚剣士がいたというだけだ。さて、急ぐぞ」

 死を吹っ切ってしまっているようなキルギスの態度にギンガは怒りを向けようとしたが、本当ならば一番悲しいのはキルギスでありそれでも助けるという救難隊のトップとして動いているのだと悟った。
 涙を流すことで生き返るのならば、キルギスは尽き果てるまでいくらでも流すだろう。
 
 (泣くな、今は皆を生きて帰らすために動くんだ)

 立ち上がったギンガは周りを見渡した。
 動けず倒れているのはティアナとルサカとルイス、それに修とヴィヴィオだった。
 虎の形態になっているルサカの重さは並ではないため、キルギスが持ち上げ片方の手でルイスも抱えていた。
 そのためギンガはティアナと修の方を運ぶことにした。ヴィヴィオは修が固く抱きしめているため合わせて運ぶことができそうだった。
 先に修の方に手を出したとき、キルギスがギンガに叫ぶように言った。

 「近づくなっ!!」
 
 その言葉を聞いてびっくりとして止まったギンガの首元に刃が届いていた。
 もし少し静止が遅れればギンガが第二の犠牲者となっていたかもしれない。

 「はぁはぁはぁ、あれ、ギンガ隊長、ですか?」

 紙一重で死の恐怖から逃れたギンガは、まさに今さっき意識を取り戻した修を見て叫んだ。
 その口は震えている。

 「あなたは無意識のまま人を切るの!?」

 「その、まあ、出来ます。あ、でも、いつも、している、わけじゃないですよ」

 「後ろから襟を掴んで運んだ時にはなかったのに。もしかして、ヴィヴィオに近づいたから?」

 修の様子を見てギンガは修が通常形態に戻っていると確信した。歯切れの悪い大人しすぎる口調だからだ。
 ギンガへと反射的に攻撃した中でも抱きしめた腕からヴィヴィオを離そうとはしなかった。
 そんな下手をすれば人一人確実に殺してしまうような反応を見せる修に対して、乾いた笑みしか浮かべれないギンガだった。

 「条件反射か。無意識に近づいてきたものを斬ろうと、強い意志を向けていたのだな。随分と好いているようだな」

 修の攻撃を見ぬいたキルギスは感心している様子だった。 
 先程の修には意識は確かになかった。現にギンガが運搬のために襟を掴んだときは無反応だった。
 しかしヴィヴィオに誰かが近づいたときに無意識の意識が修の体を動かしていた。

 「まあ、敵があんなのじゃ刺し違えるような覚悟じゃなきゃ倒せないでしょうね」

 ギンガは忌々しいようにそう吐き捨てた。ティアナの幻術のおかげで素通り出来たものの、ギンガ自身テレサの横を通ったときは生きた心地がしなかった。
 目が覚めたが疲弊している修は鞘に収めた月光で立ち上がりながら、額から流れた血で視界が狭まった目であたりを見渡した。
 その中でルサカとルイスを見つけ安心したようだったが、あと二人のことを思い出し周囲を見渡した。
 それに気づいたギンガは修に残り二人のことを話した。

 「ああ、アイリスとシェーラならもう回収しているわよ。まあ、アイリスの方はちょっと面倒なことになっているけれど」

 「そうですか、あれ、ティアナ副隊長もやられたんですか?」

 修が大丈夫だと判断したギンガが抱えたティアナを見た修は彼女が気絶していることに疑問を抱いた。
 彼もティアナの狂ったような声を聞いていた。

 「いや、ティアナは私が気絶させたわ。そうよ、一番聞きたかったのはこのことよ」

 突然思い出したように修に向き直ったギンガは彼に詰め寄った。
 
 「なんで、ティアナはあんな目をしてたの。撤退命令をだしたときは冷製だったのに、なんであんなに狂ったような様子だったのよ」

 「ああ、それですか」

 「あの子に近づいただけで体が歪んだわよ。気づいたら一撃で仕留めていた。でも、幻術はそれでも消えていなかったわよ。一体どうなっているのよ?」

 「さあ?」

 ギンガに捲し立てられたが修には全く分からないことだった。
 テレサに叩きつけられている中でも、ティアナの狂気は十分伝わった。その狂気から守るために抱きしめる腕はより強くなっていた。当事者である彼には全く予期せぬ出来事だった。
 だからこそギンガからの問いには答えることは出来なかった。
 そんな様子を傍観していたキルギスは普段にないギンガの様子からティアナの狂気は恐ろしいものだったと分かったが、状況が状況なため場を収めることにした。

 「それは後回しにしろ。ティアナ嬢も嵐山も負傷している」

 「そうですね、じゃあ私はティアナを届けてきます」

 ギンガはティアナを抱えて、ワープホールを展開している甲板の方へと向かい始めた。もう戦闘は全て終わったという様子で彼女は撤退しているようだ。
 その様子を見てキルギスは気になったことを尋ねた。

 「おい、エリオの方には行かないのか?」

 「それは私はパスで。あんなの、無理ですよ」

 あんなの、というあたりギンガはエリオの戦闘を見たのだろう。
 そして無理と言い切った。
 キルギスがよく見れば、ギンガの手が震えているのに気づいた。その震えはエリオの戦いを思い出したことによる恐怖から来ていた。

 「あんな戦いに割り込めるレベルにまだ私は達していません。遠目に見ただけで無理だって分かりました」

 「そうか、お前がそうまで言うほどか。敵は何物だ」

 「おそらく、Dナンバー2アモン。5年前地上本部に大打撃を与えて、オーリス・ゲイツ殺害を含む地上職員大量虐殺を行った奴です。その最中に六課のシグナムさんも倒したらしいですよ」
 
 「……そうか、奴か」

 ギンガの説明を聞いたキルギスの脳裏には苦い過去が浮かび上がっていた。








 ヘブンズソード・司令室

 片膝を付いたエリオは残った右手に握った槍で体を支えていた。
 そして正面から殴りかかってきたアモンの剛腕を紙一重で避け、地についた膝を起こしてすれ違いざまに前に出た。
 すぐさまアモンのもう片方の腕によって押しつぶされかけるが、身を逸らすことで回避に成功した。
 
 (今だ!!)

 わずかに出来たアモンの隙を見逃すことなく、槍の斬撃を放ったがアモンの腕はやすやすとそれをガードした。
 すると今度はそのガードに出来た隙から動くだけの余裕を見出し、アモンの死角に移動した。
 移動速度はフェイトよりも速いものだが、アモンにしてみれば十分追いつける速度であり背後からの一撃を許した。
 しかし後ろに目があるのか、エリオは背後からの一撃を振り返りながら躱して逆に槍で突き刺そうとした。
 アモンは刺し殺そうとするその槍を掌で受け止めたが、受け止めたときにはエリオはアモンの横にまで回りこんでいた。
 横方向に蹴りを放ったアモンだが、エリオはその蹴り足に乗りアモンの頭を狙っていた。
 振り上げられた槍が音の速さで振り下ろされたが、分厚い透明な壁によって阻まれた。
 攻撃の失敗はそのまま防御の失敗に繋がるものだが、エリオはアモンの追撃の拳のスピードに合わせて動くことで威力を殺した。
 さらに追撃しようと飛び上がったアモンの攻撃をエリオは右にそれながら躱し、そんな状況でも槍で攻撃した。

 「効くかァ!!」

 槍の攻撃はなぎ払われたが、エリオはスピードを合わすことで再び威力を殺していた。
 しかしどれだけ殺しても殺し切れない力はある。エリオは後一発でもヒットすれば確実に動けなくなるようなものだった。
 だがそんな状況で何発も食らっているのに、エリオはいまだに倒れなかった。
 先程からエリオとアモンは一手一手が決め手になるような、コンマの単位での超速戦闘を続けていた。
 特にエリオは一瞬でも遅れればその場で死んでしまうような濃縮した極限状態を続けていた。
 その戦いの激化ぶりは、ギンガが近づけないと考えさせるほどだ。 
 戦闘力は天と地ほどの差があるアモンとの戦闘の中で、限界を突破したエリオの戦闘センスはさらに輝いていた。
 現にまだ諦めていなかった。

 「我の拳をあれだけ受けてもまだ立つか」

 「倒れる理由がないですから。倒れない理由しか無いから、倒れれませんよ」

 「そうか。このまま楽しみたいところだが、メインエンジンが壊れたようだな。この船には興味も何もないが、お前だけは殺しておくのもいいかもな。そうだな此れで最後だ」

 アモンは腰を落とし深く構えた。
 そこから発せられる殺気はマグマの中に無装備で入るようなものだった。
 これで三度目の大技だった。しかしながら大技と言ってもそれは大規模な攻撃といっただけだ。それでも今回のは先ほどとは一味も二味も
 自身を戦闘狂だと自覚しているアモンにとってみれば、自身の技を磨くことは趣味だがつまらなくもなあった。
 撃つべき敵が居なければ技には意味が無い。
 むしろ戦うということを楽しんでいる彼は強くなる敵を好んでいた。時折、それを楽しめない戦いもあるが。
 今回のように楽しめる戦いで、そして楽しめる相手がいるとき彼は全力で潰すのではなく適当にあしらいながら戦う。
 そして絶好調になったとき、その力を数段上げて一気に倒す。
 強くなったものを自分の手でひねり潰す時の爽快感がアモンの最大の好物だった。

 (さて、この一撃で締めだ。此れで生きたら、それはそれで楽しいなぁ!!)

 この戦闘中で最大の力込めた右腕を真っ直ぐに撃ち込んだ。
 戦いの序盤に使った超音速よりも数段と速く、それでいて重い一撃だった。
 激しい踏み込みと共にエリオに撃ち込まれたそれは、アモンの目の前一体を全て粉砕した。
 力を遠くまで飛ばすことなく逃げ場すらつくらないその一撃ではエリオの体など木っ端微塵になっているだろう。
 己がやった破壊を見て、アモンはなぜかいつもの爽快感を感じ無かった。
 ふと、手を腹部にやった。
 腹部を触れば血が出ているのか、赤くなっている。触ってみれば浅く斬られていた。
 振り向けば、そこにはエリオが居た。
 単純に考えれば、エリオがアモンを抜きながら斬り裂いたということだろう。
 戦闘中にアモンは一度もエリオのスピードについていけなかったことはなかった。
 それがここに来て完全に負けているのだ。
 危険な状態になったが、アモンにはそれが楽しかった。

 「クフフ、ハーハハハハ、これは楽しいなぁ!! 死神、お前が何をしたかは知らん。だが、今度は……」

 喜び笑ったあとになって、アモンは有ることに気づいた。
 
 「なんだ気を失っているのか」

 エリオは気を失っていた。攻撃の後についに限度を迎えたのだろう。
 このまま殺しても気づかないだろうとアモンが手を向けたとき、背後から殺気を感じた。 
 その殺気を感じてアモンはさらに笑みを浮かべた。

 「お前がここにいるということは、竜騎士は負けたか。なぁ、ゼスト・グランガイツ」

 背後にいたのは、ゼストだった。だが彼の纏う雰囲気は鬼そのものだった。
 首都守備隊の古参の面々しか見たことのないような、地上最強ゼスト・グランガイツがそこにはいた。
 
 「フィンのレベルで俺を討てるとでも思っていたのか、Dナンバー2アモン」

 アモンの名を言ったとき、ゼストは言葉を止めて言い直した。

 「いや、裏切りの将バルバロスと言った方が正しいか」

 ゼストがその名を告げると、アモンの表情は一変し怒りの表情となった。
 そして激しい怒号がゼストへと向けられた。

 「その名は捨てた!! 脆弱であった人の名など、この最強となった我には不要なものだ!!」

 「いまだにお前は最強ではないだろう。ティレイが倒したルシフェラが1の称号を持っているように、お前はいまだに最強ではない」

 アモンを挑発するように、悪意の込められた言葉をゼストは吐き捨てた。
 その言葉に焚きつけられたアモンはさらなる怒りをまき散らした。

 「黙れっ!! 奴の力など、我の足元に及ばない。異能の力で身を守っているだけだ!! その憎たらしい口を積んでくれる!!」

 アモンは怒りに身を任せてゼストを殴り殺そうと拳を握りしめたが、ゼストの攻撃は既に振るわれていた。

 「初の閃」

 ゼストの挑発はこの先手を取るためだった。
 激情に駆られ視野が狭くなったところを、意識の外を走る急加速で接近して刃を振り下ろす。
 アモンの頭上から素早く撃ち込まれた先手は、肩口から叩き込み深い傷を与えていた。
 そしてそのまま連撃を決めようとする激しい鬼の如き殺気がゼストの体から迸った。

 「そんな手で我を討てると思ったか!!」
 
 だがゼストの斬撃のダメージなど無かったかのようにアモンの剛腕は振るわれた。
 人の体だろうが一撃で粉砕するような剛腕が貫いた先は、何も無い虚空だった。アモンの肌がビリビリと感じていた鬼の如き殺気は霞のように消えていた。
 ゼストが放った殺気は本物だった。しかしゼストはその直後に戦意までも一気に消し去り、エリオの元へと移動していた。

 「部下が世話になったようだな。この借りはいずれ返させてもらおう」

 エリオを抱えたゼストは再びあの凄まじい殺気を放った。殺気のある状態とない状態の激しい落差は、戦慣れしたものでなければ耐えられないだろう。
 再び殺気を発したことから、殺気の落差による意識の操作によって出し抜こうとしているのを読めたアモンは周辺に不可視鎧インビシブルを展開した。
 入り口はアモンの背後だ。ゼストが逃げるにはアモンを突破しなければならない。
 しかし同様の手はこんな狭いところでは二度と通用しないだろう。
 出し抜くことは出来ない状況に追い込まれたゼストは、真っ直ぐアモンへと立ち向かった。

 「なるほど、最後は一騎打ちのつもりか。だが、この我を敗れると思ったのか」

 アモンの拳はゼストのどんな攻撃でも防ぐことはできないだろう。先手を決めたところで、不可視鎧インビシブルによって阻まれるだけだった。
 破壊の力に特化した拳がゼストに降り注がれる時、ゼストは槍を振るおうとしなかった。ただ殺気だけは放ち続けるだけだった。
 そんな不可思議な状況にアモンは攻撃のタイミングを掴みそこねていたが、拳の射程に入ったとき迷いなく撃ち込んだ。
 拳の攻撃はゼスト目がけて間違いなく撃ち込まれた。
 
 「何だと!!」

 ゼストの粉砕を確信したアモンは、驚きで叫び声を上げた。
 両腕はゼストを殴ったはずだった。しかし手応えは一切なかった。
 そしてアモン自身も斬られていなかった。

 (あれだけの殺気を発しておきながら、一切の攻撃をすることなく全てを回避に注いだのか?)

 そうだとしても回避したゼストがアモンの目の前に居るはずだった。
 実際はアモンの目の前には誰も居なかった。
 攻撃を交わすと同時にアモンの隙をすり抜けたとしか思えなかった。ゼストの動きは騎士のものではなく、任務に忠実な局員のものだった。
 僅かな間に二度もゼストに出し抜かれたアモンはその怒りを愉快に変えた。
 
 「これは愉快愉快!! この俺を出し抜くとは、クククッハーハハハハハッ」






 アモンを出し抜いたゼストだったが、その体はボロボロだった。
 フィンとの戦闘での消耗もあったが、アモンとの戦いに見せた動作は彼の弱った体を蝕んでいた。
 全身に激痛が走る状態でも、ゼストは運がよかったと感じていた。 

 (追ってくる気配はなしか。あいつの性格が変わっていないことと、奴が得物をもっていないことに感謝だな)

 悪いパターンとして考えた二つのケースのどちらか一方でも当てはまっていた場合は、ゼストとエリオの命は確実になかったとゼストは確信していた。
 入り口から飛び出てそのまま飛行したゼストは、堕ちゆくヘブンズソードを横目に見た。
 メインエンジンを破壊された沈没船には、彼の仲間はもう居なかった。しかし飛行した先にはギゼラが待っていた。

 「ゼスト隊長、早くこちらに!! アインへリアル発射準備完了です」

 「そうか。マルコム、もう発動させろ!!」

 「あいや、分かった。さあ、縛りつけよ。大洋の鎖よ、その全てを固めよ」

 ギゼラの元にたどり着いたゼストはヘブンズソード破壊のためにマルコムに合図を送った。
 海面の上に立ち、戦闘開始から今までヘブンズソードの動きを押さえつけていたマルコムは結界としてはってある鎖を操作してヘブンズソードを縛り付けた。
 マルコムへの命令は戦闘終了の合図でもあった。
 当初よりヘブンズソードは奪還するか、破壊するかの二択だった。
 戦艦に乗っている敵がなのはが主力ならば奪還できたが、フィンやアモンといった強敵ぞろいだったため破壊をゼストは決めていた。
 
 「周辺地上部隊への連絡は終わっているか?」

 「はい、完了していると報告がありました」

 「そうか。レジアス、準備完了だ」

 ゼストは懐から取り出した管理局性の緊急通信装置を押した。どんな阻害電波を発せられていても届くほど強力な通信装置だが、伝えれる信号はスイッチを押したかどうかぐらいのものだった。
 信号はミッドチルダ南部までダイレクトで届いた。

 「中将、ゼスト総隊長からの砲撃申請です」

 今回の作戦における最終防衛ライン、つまり演算装置をおいてある本局管轄の倉庫前にレジアスはいた。
 ここへの先手の攻撃を警戒し、防衛ラインの指揮を取っていたレジアスだったが来たのは練度の低い盗賊ばかりだった。
 少し前にあったドゥーエからの連絡によれば、地上本部の方が襲撃を受けたようだ。レジアスにしてみれば悔しいことだがザフィーラの援助もあって、ぼ上には成功したようだ。
 そして本局絡みとして、本局の大将が管轄にアインへリアルの配備を許したことにレジアスは心の奥底で納得がいかなかった。革新派のトップであるガリウムのことはレジアスは心が全く読めない奴として以前から警戒していた。
 ヘブンズソード奪取の数時間後に機密回線でレジアスへ直接ガリウムから命令があり、それがアインへリアルの設置だった。

 (こうなることを奴は読んでいたというのか。やはり繋がっている上層部は……気に食わんが、地上を守れるためならば道化を演じよう)

 レジアスは目の前の装置に鍵を挿して、力強く回した。
 背後にあったアインへリアルに内装されている巨大な魔力砲弾が装填され、ターゲットであるヘブンズソードに狙いを定めた。
 そして最後に鍵穴の上にある大きく硬いスイッチをレジアスは力強く叩いた。

 「新型アインへリアル四号機、発射!!」

 轟音と共に魔力砲弾は発射された。
 立て続けに三発発射され、狙い済まされた弾丸は空中に縛り付けられたヘブンズソードへと撃ち込まれる杭のようだ。
 対空兵器アインへリアルの破壊力は物理的な小規模型アルカンシェルのようなものだ。
 絶対防壁を失ったヘブンズソードにはこれを防ぐ手立てなどはなく、立て続けに撃ち込まれる三連撃によって木っ端微塵になる。
 発射を見たレジアスも、そして現場にいる三名の隊長の予想も全員同じものだった。
 ヘブンズソードは爆発し塵となって海へと堕ちていった。
 それを見てギゼラは終わったと胸をなで下ろした。

 (やっと終わった。でも、まだ問題はあるわね。アイリスのことは私が何とか)

 安心したまま娘のことを考えつつ、みえすぎる目で爆煙を見た時だった。
 彼女の瞳は内部に居た悪魔と目を合わせてしまっていた。

 「…………え?」

 鳥の頭をした悪魔アモンとギゼラは視線を合わせてしまった。
 そう、アモンは生きていた。アインへリアルの三連弾を受けても生きていた。
 爆煙の先にはアモンと彼の背後にあったほんの一部だけのヘブンズソードの残骸があった。


 「マルコム!! 上へ撃ちこめ!!」

 遅れてアモンに気づいたゼストはマルコムへ叫ぶように命令した。
 自然魔法はその発動準備に最低一週間は掛かるため扱い難いものだが、その破壊力は戦艦に匹敵するほどだ。
 それを攻撃魔法に使えば、小国ならば消し飛ばせるほどの力を生み出す。

 「大海原よ、その力を天への反逆として打ち上げろ!!」

 海の一体をリンカーコア替わりにして生成した魔力を注ぎ込んだ大規模の砲撃魔法。
 半径一㎞はある巨大な魔法陣の中心から発射された青緑色の光柱は、それこそ一撃で大地を消し飛ばすほどの破壊力を持った戦略兵器のような攻撃だった。
 直撃の破壊力はアインへリアル二発に匹敵するだろう。
 迫り来る砲撃に対し、アモンは笑みを浮かべた。

 「楽しいなぁ!! 来い、我が剣」

 アモンが叫べば上空の空間が歪み、一本の巨大すぎる剣が落下しアモンはそれを掴んだ。
 大きさは巨体であるアモンよりも大きく2m程だろう。
 剣を構えたアモンを見たゼストはマルコムに叫んだ。

 「撤退しろ、マルコム!! その武器は危険過ぎる」

 その言葉がマルコムに届くよりも早く、アモンは巨大な剣を振り下ろした。
 瞬間、光柱は叩き割れ衝撃は海に注いだ。

 「海が、割れた……」

 その光景はそう表現するしか無かった。
 アモンの斬り方と同じように、海が数kmに割ったて切断されていた。切断されたところからは、海底さえ視ることが出来る。
 海の切断などというあり得ないことをやってのけたアモンはそのままマルコムを仕留めようと不可視鎧インビシブルを蹴って急降下した。
 ゼストはエリオをギゼラに預けてアモンを抑えようとしたが、間に合いそうになかった。
 マルコムもまた新しい攻撃を発射しようとしたが、自然魔法は連射することはできなかった。
 ただ一人アモンだけが笑みを浮かべ、命を一つ摘み取ろうとしていた。 

 「まず一人……ちっ」

 命を取るというアモンの爽快感を得る場面になって、アモンは背後からきた無粋な攻撃に舌打ちをしながら防御した。
 青碧色の戦艦の砲撃がアモンを背後から狙っていた。
 砲撃は雲を引き裂いて撃ち込まれていた。
 不意打ちを防いだアモンは、不可視鎧インビシブルで足場を作り忌々しそうな顔をした。

 「青碧色の魔力光だと、なぜ貴様がミッドチルダにいる!!」

 雲を引き裂いて姿を表したのは戦艦だった。
 次元航行船規模のサイズだが、それにしては過剰すぎる攻撃整備がされたものだった。
 そして船首に一人の男が立っていた。若さはないが、体の芯は並の若者とは格が違うものがあった。
 着込んだ服は艦長が着るものであり、このような場所に立っている男には似合わない。
 しかし男自体にはよく似合っており、五十代半ばにしては貫禄のあるこの男には全てが似合っていた。

 「管理局員が守る場所に理由がいるのか? もしもいるのならば俺はそれを変えよう」

 男が手を動かすと、戦艦の横からはスフィアが派出された。
 その数は一万。
 空を覆い尽くす青碧のスフィアは一斉にアモンへと撃ち込まれた。
 どんな防壁も壊してしまうような攻撃の雨をアモンは両腕に集めた力を前方へ放出することで相殺した。
 そのまま飛び上がり、男へと攻撃した。
 しかしアモンの拳は男を守るように作られた分厚い防壁を6枚割るだけだった。
 攻撃を防御され隙が出来たアモンに、船首の尖った部分に収束された青碧色の魔力の砲撃が放たれた。
 防がれた腕とは逆の腕で殴ることで、砲撃を相殺したアモンは距離をとり自身の胸に手を当てた。
 
 「この場で貴様を屠ってもいいが、今はその時ではない。ここは引かしてもらおう」

 光りに包まれたアモンはそう言い残すと消えていった。

 「どうやら、私が来てから犠牲者はいなかったようだな」

 男は隊長達を見ていった。
 そしてゼストに目を向けた。

 「それで、なぜお前が生きている? ゼスト・グランガイツ」

 「話せば長くなるぞ、「大提督」ガリウム大将」

 「そうか。なら後でいい。むしろ有能な人材が生きていることに喜ぶべきだな」

 男の正体は管理局を実質直接運営しているトップである四名の大将の一人ガリウム・ガリアだった。
 
 「しかし敗北だったな。騎士ゼスト」

 ガリウムは船首に立ったままゼストにそう告げた。

 「ああ、そうだな。首都守備隊は敗北した」

 ゼストもそれを認め、隣にいたギゼラは俯いた。
 それを見てガリウムは彼女に声を掛けた。

 「恥じることではない。昔、奴を封印するためだけに魔導師の大将が一人と艦隊を3つ潰して無人世界を一つ犠牲にした。あれとここで戦うのは正気の沙汰ではない」

 「ふむ。して、大将殿よ。ご支援はありがたく感謝致す。されど、如何なるごようでここにまいられた」

 マルコムの疑問はごもっともだとガリウムは思った。
 彼は直接本局に行ける数少ない魔導師だ。そんな彼がなぜミッドチルダに来たのか疑問に思うのは当然だった。

 「理由か、理由ならば奴らに殺された100の仲間の弔いのためだ」

 その声はどれだけ力を手にしても叶えれない理想を持つ男のものだった。
 

 
  

 
 
 
 
 

 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
あとがき
HS編戦闘パート終了。次で終わりです。
感想をください。



[8479] 第二十三話 戦終わって
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:fb4b7595
Date: 2010/10/11 04:01

 ミッドチルダ・海上
 
 高速で飛行する飛竜ドライダーの上に俺は横たわっていた。
 ゼストとの一騎打ち、結果は敗北だった。
 ティーダを殺めてから敗北は許されないはずだと言うのに、剣士フィンは騎士ゼストに敗北した。
 
 (あれが、最強か。あのレベルが最強の……まだだ、俺にはまだ届いていない)

 敗北の苦々しさを噛み締めながらヘブンズソードの方を見ていると、対艦級の砲撃が放たれヘブンズソードが撃墜するのが見えた。
 不沈艦のはずのヘブンズソードが落とされる矛盾に対してなんの感想もない。工作員が侵入していたのには気づいていたし、俺とゼストが戦っていた時点で破壊工作は完了していた。
 だがその後の景色はティーダと共に戦ってきた俺でさえも信じられないものだった。
 巨大戦艦すら跡形もなく消し飛ばす砲撃を真正面から受け止めたアモン。
 そのアモンを撤退させるほどの強烈な攻撃をみせた大提督ガリウム。
 管理局最高の剣士という渾名を持った俺でも届かない、桁違いの戦いだった。

 (地上最強よりも上だ。あれが時空管理局の奥の手クラス)

 実力の違いというよりも格の違いというものを見せつけられ、その高みと今いるところの格差を感じていると通信機に連絡が入った。気分が良くない時だったため、苛立ちながら見ればそれは「盟主」からだった。
 この男もまた結局剣士の域をでない俺では届かない、ティーダでやっと立つことができた次元の世界に住んでいる。
 かつてこの男が率いるヴァルハラと戦ったときその差を嫌というほど痛感した。

 『どうだ、同士よ。そろそろ決着が付いた頃だと思って連絡したのだがな』

 俺はこの男が苦手だった。
 その実力もさること、その正確や勘の良さも苦手だった。
 監視されているかと訝しむほどの調度よさすぎるタイミングだ。

 『ああ、言わなくても分かる。お前ではゼストには敵わない』

 伝えもしなくても結果を言い当てられてしまったことに悔しさを覚え歯ぎしりをした。
 まだ若い頃ならもっと強くなればいいと思っていた。だがゼストのさらに向こうのレベルに到達できるのは、圧倒的な天性の才を絶え間ない努力で磨き続けれた者だけだとこの歳になると知った。
 そんな俺の諦めに気付かないふりをしているのか盟主、シグルは続けた。
 
 『あれは鬼だ。大提督ガリウムや武神アスラとは一味違う極みの存在だ。剣士のトップでは到底敵わないだろう』

 「……それで、何のようだ」

 敗北は事実だから言い訳は言わない。そもそもそんなことをする必要が見いだせない。その言葉で変えられるものなんてなにもない。
 そしていくらこの男でも要件も無しに、こんな通信をしてくるとは思えなかった。
 本当にヴァルハラの盟主なのかと思ってしまうほど抜けている男だが、隙があるように見せて何処にも隙がない不思議な男だ。

 『任務だ』

 「分かった」

 俺は内容を聞く前にそれを受けた。今回の仕事は失敗したこともあるため拒否するつもりはなかった。
 雇われ傭兵のような立場である俺は仕事の実績が物を言う。ヴァルハラは犯罪組織に最も近いながらも組織としてはそれなりにきちんとした物だ。
 だからこそ失態はすぐに挽回しなければならない。
 トップにありながら情に厚いこの男は気にもとめないだろうが、これは俺の誇りの問題だった。
 
 『ああ、今回の仕事は気にするな。あちらもあの船には興味がないらしい』

 「どういうことだ?」

 どうにも解せない言葉は無視できなかった。
 俺が受けた仕事は「ヘブンズソード強奪の補佐」だ。演算装置がなければその能力を活かせないヘブンズソードでは価値がなく、またヘブンズソードは俺の目の前で爆散した。
 それを考えているとシグルは俺の考えを読んだのか、ヘブンズソードの不必要性をつげた。

 『そもそも奴らには覚醒したゆりかごや、要塞型戦艦なんてものもある。ヘブンズソードなんてものは必要ない』

 「なら、なぜ危険を冒してまでこんなことをした?」

 『管理局にある最大の膿の企みだろうな。まあいい。お前への任務は聖王教会への攻撃だ』

 最大の膿。それの存在は俺にとっても復讐の先ともいえる。あれさえなければ、ティーダは死ぬことはなかったのではないのかと思ってしまう。
 それとは別に聖王教会へ攻撃しろというのは意外な仕事だった。
 
 「聖王教会? なんでまた、あんなところに」

 聖王教会は管理局に影響力を持っているが、最近手に入れた情報によれば今は剣十字教による攻撃を受けてそれも陰りがあった。
 それでも大きな組織なのには間違いはないが、放っておいても消える存在をわざわざ組織として攻撃するのはおかしい。
 
 『管理88世界で起きている宗教戦争は知っているな。聖王教と88世界独自の大地教の対立だが、大地教が布教活動のために88世界に移住していた4万の聖王教徒を一人残らず生き埋めにして殺したらしい』

 「生き埋めだと」
 
 宗教戦争のことは俺も知っている。そもそもあれを知らないのは情報を与えられないものか、狂人どもだろう。
 全てを支える大地を崇拝する大地教を信仰する88世界が管理局世界となったため、聖王教会は布教を始めた。しかし大地教の一宗教である88世界の人々は聖王教を異教と糾弾した。
 本来ならここで聖王教会が諦めて撤退するはずだったが、何を血迷ったのか熱心な宗教家達が過激な布教を始めた。
 それは緩すぎる戒律として管理世界でも有名な聖王教は完全な拒絶を受けた試しがない経験不足の失態だろう。
 ベルカの流れを組むところには問題なく受け入れられ、それ以外のところも一部では受け入れられてきた。
 聖王教が盛んなミッドチルダでも無宗教なものが居るが、大地教は88世界においては全ての人間が大地教徒だった。
 当初は単なる論争だったが、聖王教会が管理局の施設があるところにその権力を活かして教会を立てたことから問題が激化しついには戦争にまで発展した。
 聖王教が権力を握っている世界では邪教を信仰する大地教徒達を救うための活動と謳っているのが笑えるところだ。一部では聖王教会を脱会したところもあると聞く。
 だがこれには管理局は関係ないはずだ。 

 「おい、確かこの戦争には管理局は不介入のはずだ」

 『そうだ。88世界に移住した聖王教徒達と大地教徒達の戦争だと88世界は介入を拒んで、ガリウムがそれを受領した』

 「ならば関係ないだろう」

 ヴァルハラの設立の目的はシグルが言うには管理局の暴走を防ぐためだった。もっとも今では一部の連中の過激な行動が有名だ。

 『しかし生き埋め事件を受けた管理局に在籍する聖王教徒達が邪教、危険因子だとして行動を起こした』

 聖王教徒としての対応には肯定はしないが納得はいく。同胞がそのような死を迎えたとしたら、怒りを持つのは当然だ。
 だが管理局員の対応としては肯定も納得もいかない。発足から力を貸していたとはいえ、管理局は聖王教会の私兵ではないのだから。これは管理局の暴走ではなくて、聖王教会の暴走だ。

 「……本当か?」

 『ああ、管理局における聖王教会の最高位、中将マルクの聖王教会派の連中が88世界へと進撃した』

 それが真実だとすれば異常な暴走だった。
 だが、俺には現実味はない。あまりにも荒唐無稽な話だ。
 記憶が正しければハオラウン派が失墜し、海の勢力争いは均衡を失った。最大派閥であるガリウム大将に対抗していた四派閥は一つ消えて今は三派閥で激しい派閥争いをしていると聞いていた。ここで数で二つに勝る聖王教会派がそんな事をすれば内部抗争に発展する可能性もあった。

 『まあ、あの古狸のことだ。下手な粛清を駆ければ管理局内で抗争が起こるから、自分たちを消せれないと分かって動いているな』
 
 「やはり、事実なのか。どうにも現実味がないが」

 『無いだろうな。この俺にも無い。これは聖王教会の権威を落とすための策略に見える。それでも、管理局の暴走で嘆く人がいるのならば私はいくらでも手を差し伸べる』
 
 確か中将マルクはシグルとは同世代のはずだ。苦楽を共にした同世代を討つことに忌避感はないのか気になったが、もしそれを持つならこんな組織は作っていないだろう。
 マルクは聖王教会では枢機卿の地位を持つ。管理局内でも聖王教会でも上はいながらも最高位という立場だ。だがそれは単なる出世欲ではなく、あの男の聖王教への熱意で手に入れたと聞く。
 最も俺があの男について知っているのは凄腕の魔導師としてだ。魔導師として大将になれるほどではないが、ランクはSS+で集団戦においては随一の腕だ。
 もし仮に敵対したのならば最悪だが、俺は奴を倒してこそさらに上の世界へ行けると感じた。

 「了解した。移動手段を確保次第」

 『ああ、移動手段はもう確保している。傷は船の中で直せ』

 「……分かった」
 
 無茶をいうとも思ったが、その程度の苦境は今更だ。
 ティーダといた頃はこんな場面よくあることだった。
 俺がすることは今も昔も代わりはしない。

 「全て俺が斬り伏せるだけだ」






 





 首都守備隊隊舎

 心の拠り所が砕け散った、
 兄さん、ティーダ・ランスターが死んだ日以来の感覚だ。
 テレサが告げたことは私の拠り所を一つ壊した。 
 あの人は兄の友人だった。あの事件以来、言葉を失って心を閉ざした私が接することができる数すない人だった。
 大切な人だった。
 だけど現実、真実は残酷すぎる。

 (兄さんを殺したのはフィンさん)
 
 事実かは自分がよく分かっていた。そういうときこの能力が嫌になった。
 否定しても無駄だ。真実を突きつけられているだけなのにそれを受け入れれない私は、テレサを倒そうと戦った。
 倒したところで過去を正せるわけでもない。力は手段でしかないから、結果は作ってくれない。分かっていたのに私は戦った。
 
 (でも、あのまま戦ってもテレサに勝てたかどうか分からなかった)
 
 幻術でテレサの隙を作れたかもしれないけれど、あそこまで心が揺れない相手だと制圧攻撃をされてやられていた。
 そもそも最後に放ったあの幻術は扱いきれていない。あのままギンガさんの介入を受けずに戦っても勝てたとは思えなかった。
 ヘブンズソードにアインへリアルが撃ち込まれたと目が覚めた後聞いたけれど、私には死体を確認するまでテレサが死んだとは思えなかった。いや、十中八九死んでいないだろう。現に直撃を止めた奴もいた。

 (Dナンバー2。もうレベルが違いすぎてどうにもならない)

 この5年で私は強くなった。強くなった気ではなくて、間違いなく強くなっている。
 でもこの世にはその程度の強化は誤差でしかないような強者がいた。

 「結局私は弱い。どこまでも弱いままか」

 弱さに浸っている場合じゃないのは分かっている。でも、どうすればいいのだろうか。
 なのはさんに勝ったことで私は自分の強さを再認識したはずだった。でも自信は簡単に壊されてしまった。
 努力を女々しいという人がいる。女の私は女々しくても構わないと思ったけれど、本当に女々しい行為なのかも知れない。
 私は今まで何をしてきたのか、分からなくなった。

 「ティアナ、どうしたの?」

 そんな弱い私に声をかけてくれる人がいた。
 いつもはこの声を聞くとここにいていいんだと思ってきた。
 でも、今はそうはいかない。こんなに弱い私がここにいていいのか分からなかった。

 「何でもないわよ、エリオ。ただ私は弱いってだけよ」

 探しに来てくれたエリオに私は自嘲しながら対応した。彼はふらりと医務室を出た私を心配して捜しに来てくれた。
 でも、今はその心配が重かった。
 
 「いや、何でもないって……ちょっと怪我しているよ。魔力尽きているから把握能力使えないのに、そんな無茶したら怪我するだけだよ」

 「ああ、そう言えばそうね。でも、大丈夫よ」

 医務室を出た後ただ歩いていた。魔力が尽きたから把握能力も殆ど働いていなくて、私は周りが見えないまま歩いていた。
 何度か転がっても、その度起き上がって歩き続けてきた。何かから逃げ出すように、いつの間にか歩いていた。
 夢遊病者のような足取りだった。怪我と言われてようやく痛みに気づいたようなものだから、重病なのかも知れない。
 だけど私は大丈夫だと口にしていた。 

 「それは大丈夫には見えない。一体どうしたんだよ」

 「さぁ、私にも分からない。どうして私はこんなに弱いのかな」
 
 どうしたかと聞かれれば、原因は自分の弱さだ。
 自分の弱さが嫌だった。
 誰かに助けてもらわないと自分の命一つ守れそうにない自分が、大嫌いだ。
 こんな言葉を吐けばエリオがどういう態度を取るか分かっている

 「ティアナは弱くなんてない。十分強いじゃないか」
 
 予想通りの言葉をエリオは口にした。
 いつもは嬉しいエリオの言葉も今は響かなかった。とうとう私の心はここまで壊れていたのかと、私は自分を見つめている。
 理由くらいはある。エリオは強い。現にあのアモン相手に一対一で持ちこたえていた。それに比べて私は怯えるだけだった。
 
 「それはあんたが強いからでしょ、私は弱い。私がもっと強ければ……」

 ないものを強請れば涙が流れてくる。
 今回の作戦だって誰も死なせないために作ったものだった。だけど結果はハラレーさんが死んでしまった。
 そして総隊長に大見得を切ってなのはさんと戦ったのに、彼女の腕を潰す結果になった。
 どれも私が弱かったから起こした悲劇だ。そしてあの二人が救えただけの人を救えるほど私は強くない。
 一度涙が出たら止まることなく零れてくる。
 もう誰も失いたくないから強くなりたかったのに、まだ目指す先にはほど遠い。
 身勝手に悲しんでいると頭には優しく暖かい感触がした。撫でられて慰められている。
 卑怯だった。エリオが私が泣き出せば何をしてくれるか分かり切って、それを踏まえた行動だ。
 
 「なら強くなればいいよ。俺はいつまでも側にいるから」
 
 エリオが口にした言葉には聞き覚えがあった。
 記憶は苦いものだ。もっとも嫌いな記憶に繋がっている。
 
 「あんたも兄さんと同じこと言うんだ」

 言い返せばエリオは押し黙った。おそらくエリオは私に兄さん関連のことは禁句だと思っている。だからエリオは兄さんに関連することは殆ど聞かない。
 時々私が思い出したように兄さんのことを話して、それをエリオが黙って聞いている。そんなところだ。
 
 「兄さんも言ったよ。私を一人にさせたりしないって。でも兄さんは死んだ。私を残して死んだ」

 だから私はこんな言葉は嘘だと思う。
 人は生きている以上いつか死ぬ。死なない人は生きていない人だ。だから誰かとずっと一緒なんて無理だ。
 どちらか片方は必ず残される。
 父がいなくなり、母が死に、そして一人にさせないといった兄は死んだ。
 嘘は私もよく使う技だ。なのはさんとの戦いでは嘘で勝利したようなものだ。でも、一人にさせないという嘘だけは許せない。
 
 「だからエリオ嘘はやめてよ。私が今以上強くなれるなんて思えないよ」

 「ううん。ティアナは強くなれる。そして俺も、僕も強くなる。絶対にティアナを一人にさせないために」

 私の拒絶をエリオは真っ向から否定した。いつもは私を肯定してくれるエリオだから、彼は本気なのだろう。
 エリオは優しい。私がどん底に落ち込んだときでも私を助けだそうとしてくれる。だから私はこの優しさに依存してしまう。エリオが居なくなったら生きてはいけないほど弱くなった。
 強くなるためにはこの弱さを直さなければならない。でも、それは無理だった。
 自嘲するように私は自分を貶した。

 「ははっ、無理だよエリオ。私は強くなれない。エリオがいなくなったらもう生きてはいけないくらい弱いから」

 他人に依存し切る私の弱さ。
 エリオが私を見捨てる可能性はゼロじゃないのに、もう私はエリオを失ったら壊れてしまうだろう。
 そんな弱い私をエリオは抱きしめた。力強く、私が逃げられないほど力強く抱きしめた。

 「僕がいるよ。僕がティアナの家族になるから。だからもう一人にはさせない。大丈夫、僕は君の前から居なくならない、約束するよ。だから泣き止んでティアナ」

 「家族?」
 
 「そう、家族。ずっと一緒にいる家族だよ」

 彼の一人称がいつの間にか僕に変わっていたことに気づいて、その後に言葉の内容を整理した。
 言われてしまったと後悔して、私は幸福に身を包んだ。
 父も母も兄さんも家族だった。
 でもエリオは家族になる。最初からじゃなくて自分からなろうとするなら結果は変わるかも知れない。
 そんな確定できない予想が私の中になぜかできた。

 「だから一緒に強くなろう。もう、二度と負けないように」

 いつの間にか涙は止まっていた。

 「そうね」

 でも、胸はいっぱいでそう言い返すのが精一杯だった。
 
 


 「ふぅ、いい雰囲気で抱き合っているところ悪いけれどそろそろその甘々ムードどうにかしてくれないかしら」

 「いきなりなんですか? バイカル副隊長」

 突然背後から呼びかけられて私は声も出ないくらい驚いたけれど、エリオは平然とした様子で受け答えしていた。
 それ以前に冷静になって考えて見れば、エリオからは向こうから歩いてくるレナの姿が見えたはずだ。見えた上でこの行動をしていたのだろうか。

 「ふふ、いきなり? 何を言っているのかしら。エリオ隊長私には気づいてましたよね」

 「やっぱり、え、エリオ。他にも見ている人いるんじゃないの?」

 あのスキルの副作用で私は通常の視力を全て失った。
 だから周囲に誰がいるかとかは分からなかった。今はエリオに頼らなければ何も出来なかった。
 
 「ヴィヴィオを抱えた嵐山とバイカル副隊長の後ろにいるシュヴァルツバルト副隊長と遠くにコウライ副隊長が居るくらいだよ」

 「へ……て、え……ちょっと、いっぱいいるじゃない!!」

 自分の弱さを新しく見つけながら、エリオがたくさんの名前を告げられて我に返った。
 全然気づかなかった。じゃあさっきまでのは全部見られていたってこと。一気に恥ずかしさが込み上げてきた。

 「そうは言われても、嵐山はティアナが来るよりも前にいたよ」

 エリオに名指しされた嵐山は見えないけれど、バツの悪そうな表情を浮かべているだろう。
 そして取り繕うように言い訳を始めた。

 「いや、いつも、あれだけ、完璧な、ティアナ副隊長が、何も無いところでこけたり、ぶつかったりしているので、ちょっと怪しくて。もしかしたら、幻術かもと思い」

 「怪しいってなによ!!」

 嵐山が見ていた理由を聞いて、音が聞こえた方に私は叫んだけれど音は跳ね返ってくるだけだ。
 しまった、と思ったときにはもう遅い。
 
 「ティアナ、そっちは壁だよ。こっち」

 馬鹿なことをしてしまったと思っていると、エリオが方向を合わせてくれた。
 でも勢いを失うとなかなか言葉にできなかった。幻術で騙すことが多いのは事実だから言い返しにくい。何も言うことができず黙っているとヴィヴィオが声をかけてきた。

 「ねぇ、ティアナさん」

 「あら、どうしたのヴィヴィオ。そうだ、体調はよくなった?」

 「うん、ヴィヴィオは元気だよ。それよりもティアナさんは目は大丈夫なの」

 ヴィヴィオに言われて目に巻いている包帯が慣れない人にはどう見えるのか思い出した。
 どういう風に言えばいいのか悩んでいると、嵐山がヴィヴィオに説明し始めた。それに任せようと思ったけれど、内容が無茶苦茶だった。

 「ヴィヴィオ、突っ込んだらいけないよ。あれは、DV、つまりエリオ隊長の、虐待の成果だから」

 嵐山の口調はヴィヴィオには優しいと場違いな感想をいだいたていたら、言っている内容がたまに出る噂のことだと気づくのが遅れた。
 確かにそういうことをしたことがないわけじゃないけれど、今のこれは理由が違う。
 ヴィヴィオの誤解を解かないと、なのはさんの耳に入るかも知れない。だから私は急いで包帯を取った。

 「ほら、ヴィヴィオ怪我なんかしていないでしょ」

 これでも包帯を外したほうが美人と言われている。顔に傷とかはないからヴィヴィオも気にならないはずだ。
 目の前のヴィヴィオがうなづいてくれたような空気を感じ取った。でも、そこからさらに追求が待っていたことを私は失念していた。

 「そうだね。でも、じゃあなんで包帯なんかしているの?」

 「ヴィヴィオ、そういうことは、言ったらダメだよ。ティアナ副隊長は、包帯を、目に巻くのが趣味なんだから」

 本当にこの男はヴィヴィオに対してのみ、その優しさを全て注ぎ込んでいるようだ。他の人に一切の愛情を向けるつもりはないようだ。
 もうこの男には何を言っても無駄だと諦めるけれど、他の反応が気になった。
 
 「あら、やっぱりティアナの趣味だったの」

 「ティアの趣味は斬新ね」

 「……」

 同僚である副隊長三人の反応は痛い。趣味と聞かれると否定しきれなくて、斬新という感想はどうすればいいか悩む。なによりもコウライさんの無言は一番対処に困る。
 今はほとんどの能力が使えないから分からないけれど、きっとエリオはほくそ笑んでいると思う。
 もうヴィヴィオへの解答はそれでいいとして、話題を逸らすことにした。

 「そういえばレナはどうしたの?」

 「ああ、なのはへのお見舞いに手料理でも振るおうと思ってね」

 レナに言われてなのはさんのことが気になった。理由や建前があるとしても、あの人に手を下したのは私だ。正直なところどういう顔で会えばいいのか分からなかった。
 そのことをエリオかレナに相談しようと思っていると、なぜか空気が固まっていた。
 なぜか誰も一言も話そうとしていないようだ。

 「ねえレナ。あなたは料理作れたの? 少なくとも私はあなたとは10年来の親友だと思っているのだけど」

 「うん、フィアは私の親友だよ」

 急にフィアは何の話をするのだろうか。もしかしてレナの料理を心配しているのだろうか。
 でも料理は難しいと思われがちだけれど、手順通りにやれば案外簡単にできるものだ。私もすぐにできた。

 「ありがとう。でも、私は一度もあなたが包丁どころかフライパンの一つでさえも握ったところを見たことないわよ」

 「ああ、そうか。でもなんとかなるよ。教導隊でも作ったことあるから」

 レナとは付き合いが一番長いフィアが何とも言えないようすでレナに尋ねていた。
 
 「そうかしら? 魚の缶詰と間違えて、キャットフードを平然と食べていたあなたに料理が作れるとは思えないわ」

 味覚に障害があるのか、本気で心配になってきた。
 キャットフードなんてどんな味なのか、それ以前に食べれるのかさえ想像がつかない。

 「むむ、言ってくれるわね。あれは単に間違えただけよ」

 「そう。まあとりあえずその袋の中でうねうねしている幼虫と、箱に入れている虹色に輝くキノコは置いていきなさい。絶対に必要ないから」

 「いや、これが案外」

 「置いていきなさい、悪食娘。ただの幼虫とキノコなら放っておくつもりだけどそれはないわ」

 「その幼虫は動物に寄生して中から食い尽くす肉食虫ミートハイドよ。高町さんに寄生させるつもり? そっちのキノコに至っては捕食者の体の中で増殖して養分を取り殺すイビルレインボー。どちらも違法ブローカーから確か押収した証拠品の中にあったわよね」

 「えぇ? 昔、似たもの食べたよ」

 空気が固まっている理由が分かった。確かにそんなものを使おうとしていると思えば止めるだろう。滅多に怒らないフィアでもこればかりは怒るだろう。
 でも、レナの食べたことある発言には度肝を抜かれた。

 「……多分それは汚れを食べるクリーナーワームと、観賞用で食用としては禁止されているレインボーマッシュルームじゃないかしら。レナ、今度美味しいものご馳走するからそんなこと忘れましょう」
 
 レナの過去に何があったのかは知らない。だけどマトモじゃない道を歩んできているだろう。そもそもこの部隊には問題がある人ばかり集まっている。
 フィアも管理9世界の名門貴族の長女が普通に局員しているというのはよく考えればおかしな話だ。

 「そもそも必要がないのじゃない、大将のお付きの医官の人が制限とかしていると思うわよ」

 「ああ、そっか」

 「大将って、大将クラスが誰か来ているんですか?」

 「ええ、大提督ガリウム大将よ」

 フィアから告げられた大将の名前は、管理局の中でも最大規模の部隊を率いる男の名前だった。
 ガリウム大将が率いる次元大艦隊は数多の次元世界規模の犯罪を目論む組織を撃滅してきた、管理局が管理局として存在し続けるための武力の象徴の一つだ。
 Sランクの魔導師も「多く」在籍すると言われていて、その総戦力は測定不可能ともされている。そんなところを圧倒的な力でトップとして君臨し続けるのが大提督ガリウム大将だ。
 彼の偉業を私たちには伝説として耳にする。高町なのはは憧れる存在だ。手が届くと思える存在だ。だがガリウム大将は伝説、なのはさんとは異なる存在だ。

 「それで、一緒に来た医官が高町の治療は引き受けているらしいわよ。たしか……シャマルだっけ」

 「ティアナの知っている、あのシャマルさん。そのことでティアナを探していたんだけどね」

 エリオがレナの発言を補完してくれた。
 この5年間で六課時代の知り合いには今の身内以外ほとんど会えていない。それが一ヶ月程前になのはさんにあってからフェイトさんにあってそしてシャマルさんにまで会うことになった。
 生きていたのに会うことをためらってしまって、ここまで来た。どう会えばいいか悩みの種だ。
 
 「しかし奴が主から離れて行動するのか。時の流れとは恐ろしいものだ」

 「コウライ副隊長はシャマルさんとは知り合いなんですか」

 「そうだな。嫌になるほど昔の話だが」

 嫌になるってどれくらい昔のことなのだろうか。コウライさんの年齢は能力で解析したことがあるけれど、結果は肉体は人の物と異なっていることが分かっただけだ。
 エリオから聞いた話では三十代らしいけれど、それなのに総隊長やキルギス隊長とも旧知の仲らしい。
 心のなかでコウライさんの謎に思案を巡らすと、それを察知したのかコウライさんは行った。
 
 「それでは。うちの隊長が馬鹿をする前に失礼させてもらう」

 「じゃあ、私たちは高町のところに行くけれど、ティアナとエリオ隊長も来る?」
 
 レナに誘われたとき、エリオの呼び方で思い出したことがある。
 
 (そういえばハラレーさんもこんな呼び方していたな)
 
 それは敬意など全く込められていない。隊長という単語が名前であるかのように呼んでいた。
 兄貴風を吹かせるあの人はよくエリオと笑いながら話していた。つま先立ちで頑張ろうとするエリオにとって頼れる存在だったと思う。

 (でも、もうあの人はいない)

 私が立てた作戦は成功していない。間接的にハラレーさんを殺したのは私なのだろう。
 もう失いたくないと願っても、また失ってしまう。
 でも、もう立ち止まったりはしない。私は進むだけだ。
 
 「エリオ、連れて行って欲しいところがあるの」

 「そうだね。あの人の事は後回しにしようか」







 首都守備隊隊舎・医務室
 
 失っていた意識が覚醒して目を開けると、そこは良く知る白い天井があった。
 体を置き上げれば、まだ痛みがあった。記憶が正しければ私は正体不明の少女と遭遇して一方的に敗北した。
 戦場での敗北は死に直結する。それなのに私はまだ生きていた。
 捕虜にでもされたのかとも思ったが、どうやら隊舎の医務室に居るようだ。
 なぜ生きているのか、それが疑問だった。
 
 「ルイスさん……目、覚めたのか」
 
 あの敵のことを思い出そうとしていると低くよく聞いた声が聞こえた。声の方を向けば良く知る彼がいると思い見たが、そこにいたのは予想とは違った。
 控えめな性格に似合わない顔の刺青は、大きくなり深くなって歯が尖っている。そして尖った猛禽類のような目をしていた。 
 この人は誰なのか。だが鋭そうな目なのに優しさを感じ、彼の名を口にした。

 「……ルサカ?」

 「ああ、ルサカ・ジャンビだ。正直初めてだな、ルイスさんが俺の名前を呼んだのは」
 
 「え、ああ、そうですか……でもあの、構いませんよね」
 
 彼、ルサカにそう言われて自覚して恥ずかしく感じた。だけどもう名前で呼んでもいいと思う。彼との付き合いも長いのだから。
 自分の中で勝手にそう判断すると、彼は見た目は怖くなったけれどいつもどおりの様子だった。
 
 「そりゃ、正直嬉しいけれど。突然だから驚いた。ところで、体のほうは良くなったか。救出班の中では回復には一番時間がかかっていたけれど」

 回復にはと言うにはおそらく私よりも重症だった人ももう回復しているということだと分かった。そもそもルサカと嵐山陸曹の二人が私よりも軽傷なんてことは一度もなかった。
 しかし目の前の人はどうみてもまだ治りきっていないように見える。

 「ええ、まだ全身の痛みは引きませんが問題はありませんよ。ところでどれくらい経っているのですか」
 
 「ヘブンズソードを破壊してから一日も経っていない。正直、日は落ちたけど」

 「そうですか。被害状況はどうなっているのですか」

 尋ねるとルサカは渋い顔をして答えた。
 
 「正直、酷い。内部に侵入した五番隊の面々が防衛システムの攻撃で負傷している。そして、ジンブ副隊長が亡くなった」

 ルサカが漏らした言葉に私は心底驚いた。

 「ジンブ副隊長が……そんな、信じられない」
 
 「俺も正直、遺体を見るまでは信じていなかったけれど本当みたいだ」
 
 「そんな……」

 副隊長クラスが死ぬなんてことは全然想像していなかった。最後にあったのは戦闘中だったけれど、思い出せなかった。
 でも、涙が流れなかった。
 付き合いが深いわけではなかったのと、もう感情で涙など流れてくれないのだろう。複雑な気持ちだった。
 それを感じ取ったのかルサカは私の状況を告げてくれた。

 「二番隊の一番の重傷者はルイスさんだからな。暫くは療養だとよ」

 「そうですか……それじゃあ」

 「あら、ルイス・セントさんは目が覚めたの」

 聞き覚えのない声が耳に届いた。
 それだけでルサカさんは振り返り身構えていた。

 「警戒心の強いナイトさんね。それだけその子が大事なのかしら」

 その人は一見すると穏やかな人だった。戦いなんかとは全く無関係と思うくらい、柔らかい雰囲気を持っていた。
 でもなぜか警戒してしまった。理由はわからないけれど、心のどこかでこの人は危険だと叫んでいた。
 閉じ込めている記憶が警鐘を鳴らし続ける。
 
 「ああ、はじめましてね。私はシャマル。医官よ」

 「……ルイス・セント二等空士です」

 やはり知らない人だった。でもなぜ居るのかが疑問だ。
 ここは管理局の中でも集められている人員は問題ある人ばかりだ。私もルサカも普通の部隊では問題児の烙印を押されるような者だ。
 まともな人ほどここには来なくて、そもそも此処に来ることさえできない。
 目の前の人物はまともな人物だからこそ、理解に苦しむ。

 「ルサカ君もまだ怪我治っていないんだから無理をしたら駄目よ。それにしてもそんなに警戒しないでほしいんだけど」

 確かに警戒されるような人ではない。
 でもルサカはいつでも動けるように構えていた。

 「医療活動の援助は感謝しています」
 
 言葉は謝意を述べている。しかし纏う空気は優しいものではない。明らかな敵意を持っている。
 ルサカの敵意に気づきながら、医官は笑顔でいた。

 「ありがとう。まだなにかあるようだけど、どうしたのかしら」

 上官に優しく尋ねられたルサカは押し隠そうとした本心を話した。

 「正直、俺にはあなたがよく分からない。本局のそれも大提督直参の部下がなんのようですか?」

 ルサカが放った一言が私に響いた。

 「そんなの容態の確認のためよ。それ以外何があるのかしらって……大丈夫?」

 「ルイスさん!?」

 いつの間にか私は両膝を抱えて震えていた。
 管理局で大提督などと呼ばれる男はあの男しかいない。それを思うだけで私は恐怖に包まれた。
 でも私の振るえる体は温かいものに包まれた。

 「ルイスさん、落ち着いてください。大丈夫です、俺がいます。貴方を傷つけるものなんていません」

 彼が抱きしめてくれていると、震えが少し収まった。
 シャマル医官に感じていた警戒心が分かった。私はシャマル医官にあの男の影を感じ取っていたんだ。

 「どうやら取り乱しているようね。もしも何かあったら知らせてね」

 私の様子が不安定だと診たシャマル医官は立ち去っていた。
 彼女が出ていくと私の震えも収まった。それを受けてルサカも離れようとした。

 「あ、すいませんルイスさん。いきなり」

 「待って、今は、今だけは側にいてください、お願いだから」

 嫌な記憶から逃れるために私は彼に縋っていた。
 私を抱きしめる彼の手はたどたどしかったけれど、それが心地良かった。
 いつの間にか震えは収まっていた。すると代わりに今度は恥ずかしさが込み上げてきた。 
 ルサカが動いていないところを見ると、完全に離れるタイミングを失ってしまったようだ。
 
 「……」

 「……」

 二人して何とも言えない沈黙を保っていると、突然扉が開けられた。

 「おい、入るぞ」

 開ける前に言う言葉なのではと言いたいところだが、扉の開く音に気づいたルサカが離れたのでよかったのかも知れない。
 ただ惜しいと思っている私の心はどうしたのだろうか。
 現れたのは修だった。左手で眠っているヴィヴィオを抱えている。

 「なんだ、なにか、していたのか?」
 
 「いえ、何もしていませんよ修」

 私が言うと、修が鋭い踏み込みで接近して右手の貫手で突き刺そうとしてきた。
 突然のことで反応できないでいると、ルサカの手が貫手をとめていた。

 「おい、正直落ち着け!!」

 「落ち着けって、偽物じゃ、ないのか? ルイスは、あんな呼び方を、しなかったはずだが」
 
 いきなり修と呼んだのがいけなかったかと考えたが、普段の、普段どおりの彼はそれほど血気盛んではなかったはずだ。彼がこんなになると考えて抱えているヴィヴィオにいきあたった。
 ヴィヴィオが居るときの彼の警戒心は高いを通り越して異常だ。母親が子供を守るときとは違う、狂気さえ孕んだ警戒心だ。
 別の時にすればよかったと後悔して、理由を話すことにした。

 「それはそうですけど、そろそろいいかなって思って」
 
 「……本当に本物だな」

 警戒心の強い相手には信じてもらうしか対処法がない。
 真っ直ぐ貫き殺すような彼の眼光から私は逃げずに受け止めた。後ろめたいことなどなにもないのだから。

 「本当に本物です」

 「分かった。信じる」

 そう言って修はヴィヴィオを私に差し出した。差し出された意味は分からないけれど、とりあえず受け取ることにした。
 
 「ヴィヴィオを頼む。ヘブンズソードでは緊張しっぱなしだったかっら疲れている」

 「それはそうですよね。でも、なぜ私に託すんですか」

 「ルイスは信頼できる。だから託す」

 信頼されているという事実は素直に嬉しいけれど、一番聞きたいのは理由だ。

 「保守派だ」

 彼は一言そう言って部屋を出た。その一言で分かってしまった。
 聖王教会の保守派。既存の聖王教会のままを望む人達のことだ。
 従来の聖王教会に置いて、最高位に付けるのは聖王の血筋だけとされている。聖王そのものを崇拝することから、その点はおかしくはない。そしてその考えで行けば最高位、つまり教皇の地位に一番近いのは聖王そのものであるヴィヴィオだ。
 だけど保守派はそれを受け入れようとしない。今の状態である、お飾りの教皇を望んでいるからだ。そんな保守派にとってヴィヴィオは目の上の瘤でしかない。
 高町ヴィヴィオの抹殺。それが狂信的な保守派の考えだ。

 「修、俺も行くぞ。正直、保守派だときついだろ」
 
 「必要ない。俺一人で十分だ」
 
 保守派を一人で倒すというのは無茶だろう。
 現状を好んでいる保守派には、当然聖王教会の上層部が多い。権力も武力も聖王教会のほとんどを占めている。首都守備隊の隊舎にいるヴィヴィオを狙おうとしているということは、十分な戦力を持っているということだろう。
 
 「貧乏な過激派ではないのですから、保守派相手に一人で立ち向かうのは自殺行為ですよ」

 「問題ない。どれだけ来ても倒してやるさ、いや倒さなくちゃならない」

 「だからって一人で抱え込む必要がありますか?」

 「あるな。宗教で肥えた豚の使い程度倒せなくて、あいつに勝てるはずがない」

 「あいつ?」

 「テレサだ、テレサ・アヴィラ!!」

 修が告げた名は先程まで私も苦々しく思っていた人物のものだった。
 組み合うことすら出来ず、一方的に倒された。勝ち目すら見当たらなかった。

 「勝機でもあるのですか。どう見ても、あれは別格の敵ですよ」

 「格が別としても、次元が違っても、追いついて勝たなきゃいけない。そうじゃなきゃヴィヴィオを守ることはできない」

 修は右手を握り締めデバイスの待機モードを解いた。一振りの黒い刀を握り締め、黒いバリアジャケットに身を包んだ。
 
 「俺はヴィヴィオに仇なす全てを倒す。この程度で一人で戦えないなんてあったらいけないんだよ!!」
 
 「そうですか。なら、止めません。でも、一つだけ約束してください。誰も、殺さないでください」

 「……局員だからな。殺しをしたら面倒なことが多いから」
 
 「そんなどうでもいい建前じゃありませんよ」

 局員が殺しをしない? 何を言っているんだろうか。
 違法局員への殺害は許可されている。また法務部が決めた処刑犯については裁判なしでの処刑、つまり殺害が認められてそのための部隊もある。
 なによりも世界同士の戦争において和平の障害を秘密裏に消してきたことも管理局の歴史にはある。
 次元世界の平和のためには手段を選んでは居られない状況なんて、いくらでもある。
 
 「殺しは悪です。でも、殺したくないといって被害を増やすほうがもっと悪です」

 だけど嵐山修は高町ヴィヴィオのヒーローだ。ヒーローはヒロインの望むままでなければいけない。

 「ヴィヴィオはなんですか。局員ですか? 聖王ですか? 化物ですか? ただの少女ですよ。自分の為に誰かが死ぬなんて現実を見せていいあいてなんかじゃありません。
 そしてあなたも死んではいけませんよ。ヒーローはヒロインのためならば、どんな窮地だって脱出できるんですから」

 「ヒーロー? まあいい。ヴィヴィオがヒーローを望むなら俺は今からヒーローだ。肥えた豚は全部豚箱に押しこんでやるよ」

 修を私たちは追わない。追ってはならない。ヴィヴィオを守るための彼の決意を穢してはならないから。

 「修なら大丈夫か。正直、あいつが一人で圧勝する場面しか浮かばない」

 「私もです。あの人は強いですから」

 「そういえばルイスさんはヒロインになりたかったのか? 熱く語っていたけれど」

 「えっと、その、そりゃ私だって女ですから、そういうのには憧れますよ」

 ルサカに頬を染めながらそう言いながら、心が苦しかった。
 憧れていた。自分を窮地から救いだしてくれるヒーローを待つヒロインに。
 でも、私はヒロインには成れなかった。

 (だからせめてこの子だけは、ヒロインとしてヒーローに守られてほしい)

 胸に抱く少女が背負わされた運命を思い、ヒーローに願った。





 
 

 









 「滾れ、月光。さあヒーロータイムだ。お前らにはヴィヴィオの姿も声もなにも与えない。代わりに豚箱行きの片道切符だけやるよ!!」


 
 






















あとがき
HS編はこれにて完。当初はもっと多かったけれどそれは次に回します。
次は聖王教会がメイン。 



[8479] 第二十四話 救うための力
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:fb4b7595
Date: 2011/01/11 02:33
 第39管理世界・聖王教会総本部
 管理世界に数多くの信徒を持つ聖王教の中でも、規模では一二を争うほどの信徒をもっている。
 もっとも名前ばかりの信徒が多いが、聖王教会が置かれる地区は敬虔な信徒が集っている。
 特に総本部が置かれる都市は聖王教会のための宗教都市と言われている。教会の規模はミッドチルダを超えているほどだ。
 今ここでは聖王教会が抱えている問題、聖王そのもののクローンが現れたことについての議論が行われていた。
 現在進行形で会議は行われているはずだが、議論は終わってしまっている。
 なぜなら議論を続けることなどできなくなったからだ。議論を続ける人などもうどこにもいない。
 この教会を言葉で表すならば、死屍累々だ。
 至る所に屍が散らばっている。血生臭い匂いがあたり一面に漂っている
 ただ表情は穏やかだった。まさに残虐な殺戮の現場だというのに、人々の表情は穏やかなものだった。
 心臓を一突きにされた衛兵は笑顔だった。
 胴を切り分けられた司祭は穏やかな表情だった。
 首を跳ね飛ばされたシスターの表情は安らかだった。
 まとめて串刺しにされた教会の大物たちは死人とは思えない表情だった。
 死は絶望であり悲愴なものである。それなのに死人たちは希望を持ち幸福を感じていた。
 教会の奥、懺悔室の前に二人の男がいた。
 一人の年老いた男は大司教だ。しかしその手は武器など一度も握ったことがないのだろう、身近にあったナイフを握りしめた手は震えていた。
 それでも目の前の殺人鬼から、懺悔室に隠した子供達を守るために立ち上がった。 

 「これ以上来るな!! この先には絶対に行かせるものか」
 
 もう一人の男は長身の男だった。握りしめて肩に乗せた十字槍が放つ威圧感よりも、青緑の髪で隠された左目から並々ならぬ威圧感があった。
 纏う騎士甲冑は数多の教会騎士団を屠ってきたというのに、傷一つないことからかなりの実力者だと伺えた。
 そんな騎士相手に戦ったこともないような大司教が、その身を盾にして守ろうとしている子供らは特別な子供らでもなんでもない。救いを求めこの教会で祈りを捧げていた子供らだった。

 「なぜだ? なぜ守ろうとする? その子らにそれほどの価値があるのか?」 

 男は大司教が握るナイフなど気にする様子もなく、大司教に近づいた。

 「その震えはなぜだ? なぜ、震えるのに立ち向かう?」

 「この子達は聖王を信じ、救いを求めてこの教会に来た。ならば救わなくて」
 
 大司教が言葉を発するよりも早く、男の手がナイフを弾き飛ばした。
 もうこの時には大司教は命を諦めていた。殺人鬼は大勢の教会騎士団を一方的に殺し、さらに教会の人間を次々と殺めていった。それだけの殺害をこの男は平然と行なっていた。
 人の心を持たない殺人鬼だと感じ、子供たちには男の姿を見せないようにしてここまで逃げてきた。
 基本的な善性というものすら失った悪魔と対峙するのが遅くなっただけだったが。
 だが、ここで思いにもよらない言葉が大司教は耳にした

 「素晴らしい心がけではないか。私も此度の業には些か理解に苦しんでいた。過去しかない年寄りと違い、未来のある子供らの命は守るべきだろう」
 
 感激したように男は涙を流しながら言葉を紡いでいた。

 「わ、分かってくれるのか!! 頼む、私の命などいいから子供たちの命だけは見逃してくれ」

 「なんと素晴らしい自己犠牲!! 海よりも深き愛だ。ああ、約束しよう子供たちの命は見逃す」

 「本当か!!」
 
 頭を下げた大司教が喜び顔を上げたとき、大司教の首は跳ね飛ばされた。跳ね飛ぶ大司教の表情は喜びに満ち溢れていた。
 大司教の頭が地面に落ちたとき、男は懺悔室の扉を引き裂いた。
 そして奥へと進んでいった。
 奥には子供たちが数人怯えるように固まっていた。
 それを見て男は優しい笑顔と共に言葉を紡ぐ。

 「大丈夫かい。怖い殺人鬼は退治したよ」

 「本当!!」

 「ああ、本当だとも。もう怖いものはいないよ。ほら、向こうで大司教様がお待ちだ」

 男は優しい笑みを崩すことなく子供たちに出るように促した。

 「うん、ありがとうおじさま!!」
 
 子供たちは男に感謝を述べ、大司教の下へと向かった。子供たちの笑顔を見た男の表情は朗らかなものだ。
 そして子供たちが男の後ろを通り過ぎた辺りだった。
 朗らかな表情のまま男は十字槍を振るった。
 子供たちは笑顔のまま亡骸となった大司教の下へと向かおうとし、三歩歩いたところで一斉に崩れた。
 脚は立ったままだ。しかし腰から上が落ちてしまった。子供たちの表情は笑顔のまま固まっていた。
 喜びに満ちた死に顔を眺めて男は叫んだ。
 
 「素晴らしい笑顔だ!! 愛を感じるよ」

 殺した快感ではなく、愛を与えた達成感と与えれた全能感に満ちた男はそのまま首都の外で待つ部下に連絡した。

 『私だ。第39管理世界宗教都市クルジアの民と聖王教会の者たちに愛を与えた終わった』

 『了解しました、ギオル様。直ちに移送の準備を』
 
 『いや、構わない。私にはすることがある』

 男、ギオルは部下の行動を止めた。
 部下が聞いていた作戦内容では、作戦終了と共に移送準備し聖地へと戻るはずだった。

 『彼らはこの絶望に満ちた醜い世界から、愛という羽をもって飛ぶことが出来るようになったのだ。見届けてやらねばならないだろう』
 
 『は、はぁ』

 『まだ青い君には分かるまい。人は死と言って愛を拒むが、人にとって死は最大の幸福であり愛の証明なのだよ』

 『そうですか』

 『だから君たちは私の愛の儀式が終わるまで、愛を否定する管理局を抑えてくれ』

 管理局の名前を出すと、部下は突然慌てはじめた。
 
 『管理局!? ですが、ここは宗教都市で地上本部は置かれていない……まさか海が』

 『ああ、そうだ。今、上空10㎞と言ったところだな。おいおい、落ち着きたまえ、たかが戦艦が一隻だ』

 地上部隊と海、次元航空隊を相手にするのは次元が違う。騎士二人で次元航空隊の戦艦を相手取るなど、まだ青い部下には想像もつかないことだった。
 しかしギオルは全く動じていなかった。
 慌てふためく部下に対し生きていることの苦しみを受けているのだと、同情までするほどだ。

 『仕方ない、奴らはお家柄命の派閥だろうから、愛を与える価値のない人間だ。しかしここはサービスだ。施しの精神を騎士は忘れてはならない』

 ギオルは槍を握り締めると、空を見た。空は真っ暗だが男の目には10㎞も先にある戦艦が見えた。
 ここからでは一流の砲撃魔導師でも難しいだろう。
 しかしギオルは槍で天目がけて突いた。十字の矛先からは常盤色の魔力の槍が放たれた。
 魔力の槍は伸びていく。1㎞2㎞とどんどん伸びていく。
 戦艦が気づいたときにはもう全てが遅かった。10㎞に到達した槍はそのまま戦艦を貫通した。
 
 『これもまた一つの愛だ。愛は突然やってくるからな』

 『……』

 『おや、どうした? なにかおかしなことでもあるか?』

 『いや、だって10㎞も上空では』

 『私は十字架だぞ。私に刺し殺せぬものなどいないさ』

 『そ、そうですね。』

 空を見上げると雨のように落ちる流星群が見えた。
 それは人の命が落ちる光だ。
 堕ちていく命の灯火に愛の眼差しを向けながら、ギオルは背後に居る少女に声を掛けた。 

 「何のようだね。テレサ、そちらの仕事は終わったのかね」

 「ええ、終わりましたです。聞けば、ギオルが楽しそうなことをしているらしいので来たです」

 白装束の少女、テレサ・アヴィラがそこには居た。
 彼女の表情を見るとどこか浮かない表情をしている。

 「なんだ、失敗したのか」

 「失敗というよりも、続行する意味を失ったです。結論を言えば、高町ヴィヴィオは聖王の力を失ったです」

 テレサの仕事、それは彼女がヘブンズソードにいた一番の理由だ。
 目的に重なる部分があることから彼女ら剣十字教とアモン達は手を結んでいる。しかしただ手を結んでいるだけならば、最高幹部である十字架が出る理由はない。
 高町ヴィヴィオの奪取が彼女の目的だった。

 「単にあの遺伝子が必要ならば、また新しく作ればいいです。高町ヴィヴィオが稀有な店は聖王の鎧を発動できたことです。その力を無くしたヴィヴィオは剣十字教にとって必要な存在ではないです」

 何かを考え込んでいるように見えたギオルだったが、テレサには彼なりの愛を問おた。

 「そうか、では殺したのか」

 ギオルの問いにテレサはうんざりしたように答えた。

 「私はあなたではないです。殺すことに愛なんて感じないです」

 「君も愛はないのだな。しかしなぜ私のところに来た。43世界に向かったあの女のところでもいいだろう」

 「あの人の殺したがりは危険です。私も殺されるです」

 テレサは苦笑しながらそう告げると思い出したようにあることを告げた。

 「そう言えば私、修君を見たですよ」

 「修君……嵐山修か」

 「ええ、本当にそっくりですよ。あの人に」






 
 





 ミッドチルダ・留置所
 
 ルキノからの連絡があったのはスティールさんと警邏隊の隊舎にもどって、一息ついた頃だった。
 最初はなのはとヴィヴィオの安否だった。二人が無事だったことで私は胸の中の不安が霧散していくのを感じた。
 しかしその後続けられた連絡に私は耳を疑った。
 居るはずのない人間が居る。そんな信じられなくて、そして信じたくない事実を聞いた私はそのまま飛び出していた。
 そして今に至る。
 目の前にはあまり健康的ではない体つきをした少女が一人いた。肉つきとかの違いを除けば小さい頃の私に似ている。
 いや、そっくりだ。
 髪の色も。
 眼の色も。
 顔立ちも。
 全て私と同じだ。そしてそれはおかしいことではなくて当然なことだ。
 なぜなら私は彼女で、彼女は私でもあるからだ。

 「初めまして、フェイト・テスタロッサ・ハオラウン」

 「初めまして。君の名前を教えてくれるかな」

 私には聞かなくてもこの少女の名前は分かっていた。
 それに気づいている少女は、口元を三日月のように歪めて笑った。

 「あたしの名前なんて聞かなくても分かっているくせに。でも、いいわよ。教えてあげる。あたしはアリシア。アリシア・テスタロッサ!!」

 名前を聞いて予想通りだと納得して、私の気持ちは自分でも良く分からなかった。会いたくなかった、それが正直な答だった。
 でもなぜか私はすっきりとした気分だった。

 「成功したってことなのかな……あの人はどうしているの」

 この子がアリシアと名乗っているという時点で成功なのだろう。
 だからこそあの人が狂うほどまで愛した娘がこんなところにいるのが分からなかった。それとも取り戻しに来るのだろうか。
 そんなことを考えているとアリシアは口を開いた。

 「あの人? ああ、お母さんのこと。……お母さんなら死んだよ」

 「!!」

 なぜか私はそれを聞いてショックと悲しみを感じてしまった。義母さんと義兄さんが死んだときに涙などなくしたと思っていたけれど、だけどそれとは違う種類の、私には未経験の悲しみがあった。
 悲しい。私はあの人の死が悲しかった。あの時死んだと思っていたのに、その死が確定されてしまったからかもしれない。

 「命ってさ、作れないんだって」

 心に冷たい刃を刺されたような痛みに堪える私のことなど眼中に無いようなアリシアは続けた。

 「だからある生命を作り替える。人が生きている状態と死んでいる状態を入れ替えるってことかな。あそこはよく分からないけれど」

 「アルハザードにたどり着いたってこと?」

 生き返っているという状況で漠然とだけどその可能性は考えていた。普通ならあまりにも荒唐無稽なものだけど、なぜかすんなりと信じれた。

 「アルハザードなのかな。あたしには判断がつかない。いるだけで気が狂いそうなところだったから、すぐ逃げ出したもの」

 アリシアは淡々と自分のことを話した。ここまで来た経歴などだ。
 あまりにも話しすぎるので嘘を混ぜているのかと思ったけれど、実際は元来の性格がおしゃべりなのと嘘を言う必要がないことを自覚しているようだ。
 彼女の犯罪歴は簡単に探せた。だからこそ嘘偽りのない態度は、身の振り方としては必要なものだった。下手に嘘を並べて自分の身を守るよりも、嘘を言わず心象を良くすることは彼女の処遇を決めるのに重要な要素となる。
 
 (犯罪歴は窃盗が一番多い、それも食料ばかり。管理外世界での魔法の使用と公務執行妨害が一番重い罪かな。それでも情状酌量に十分すぎる材料も揃っている)
 
 自分のことを流暢に語る彼女の表情はどこか楽しげだ。話すこと自体に楽しみを持っているように見える。
 その姿を見ると本来のアリシアという人物像が見えてきた。
 調べた内容によれば、オリジナルのアリシアは天真爛漫で元気な少女だったらしい。知れば知るほど昔の自分とあまりにも乖離した存在だったと苦笑した。
 彼女はアリシア・テスタロッサそのものなのだろう。人との触れ合いで楽しみ幸福感を得るのが本来の彼女の姿だろう。
 社会の闇に潜んで、血に濡れたその日暮らしをするような生活は似合わない。
 
 「ちょっと、人の話聞いているの?」

 「ごめん、考え事していた。それでDナンバーから受けた仕事ってのはどういうのなの?」
 
 「ヘブンズソードの資料を盗むこと。あと駄目な13番のヴィヴィオ誘拐の手伝い。あと、ヘブンズソード艦内での迎撃。最後については失敗しちゃったけどね」
 
 迎撃失敗をアリシアは笑ってごまかしていたけれど、私としてはそれで良かった。迎撃成功だったりしたらさらに罪状がついてしまう。
 彼女のこれからを考える反面、どうしてDナンバーそれも話によれば2のアモンが彼女に仕事を任せたのか不思議だった。
 ヘブンズソードから運びだされたとき彼女は凍結していたらしい。仮入隊の少女シェーラと相打ちになったようだ。
 凍結魔法の腕は認めるけれど、正直なところ彼女の力量は陸戦Aといったところだ。新人としてはスーパールーキーに部類されるけれど、結局はその程度だ。彼女を破れなかったこの子の実力はその程度でしかない。
 もっともザフィーラやなのは相手に奇襲を成功させたり、修君を一度は封じたのだからアリシアの能力は確かだろう。
 
 (だとしてもDナンバーが助力を要請する必要があるとは思えない。ましてや2位だ)
 
 数字が小さくなればなるほど実力が上になるDナンバー。5年前私は3位のDナンバーアザゼルに敗北した。そして2位と言えばシグナムを一蹴したような強者だ。
 理由が全く思いつかない。
 いついか考え込んでいるとアリシアが首を傾げた様子で声を掛けてきた。
 
 「ねぇ、何を悩んでいるの? この通りあたしは逃げも隠れもしないし、嘘だって付いたりしないよ。さっさと司法部やら裁判所に連れていきなさいよ」

 誰も長時間留置所になんて居たくはないだろう。アリシアはもうこの場に飽き始めているように見える。
 薄暗いこんな場所よりも彼女には外の方が似合うとは思っていても、そう簡単に話は進んだりはしない。
 事件自体は大方が軽犯罪で本人には情状があって更生の余地もある。ただ一つ厄介なことは起こした事件が様々な次元世界に跨っていて、中には管理外世界までもが含まれていることだ。

 「ごめんね。ちょっと君の場合は単純な話じゃないんだ」

 「単純な話じゃないって……やっぱり戦艦に乗り込んだのがまずかったの?」

 「いや、それはDナンバーに脅されたってのが十分通ると思うよ。問題は今まで繰り返してきた犯罪の方」

 「……そりゃ盗みとかは悪いとは思うけど、そんなに厄介なの」
 
 「管理局という組織の形が問題をさらに厄介にさせているかな」
 
 次元を股にかける犯罪に対する法整備というのは難しい点がある。管理局法というのはあるけれど、これはこの場合には適応していない。
 
 「普通は管理世界ごとでの裁判になるんだ。だから出身管理世界がどこだろうと関係なく、犯罪を犯した世界で裁判することになる。でも、君の場合は数が多すぎるし、管理外世界にも手を出している。だから次元犯罪ってことになって司法局の仕事になるんだ」
 
 司法局という名前を出すと、アリシアは聞き慣れないのか小首をかしげている。

 「司法局、正しくは時空司法局。管理局とごっちゃにする人が多いけれど、違う組織だよ。繋がりはあるけれどね」
 
 「よく分からないんだけど」

 「分からないのは仕方ないな。管理世界で普通に生活しているだけじゃまずお目にかからない組織だからね。まあ、大まかに説明するよ」
 
 本当に大まかな説明だ。詳しいところまでややこしいことこの上ない。その上各管理世界との関わり合いや取り決めとかも話し始めたら本当に終わらない。
 執務官や法務部はそういうことを熟知していなければならないから、アリシアに説明するのは簡単だ。

 「ふーん。何する組織なの?」

 「主に時空犯罪の裁判。管理外世界への管理世界の住人による犯罪とか管理世界同士の諍い、時空犯罪とかだね」

 「あれ? 管理局って俗に言う警察と裁判所がごっちゃになった組織じゃないの?」
 
 想定問答とも言える質問が来た。必ずこの説明をするときには、一般に言われているこの話が話題に上る。
 そんな誤解を招くような説明をする人もいる。
 
 「法務部のことだね。裁判所っていうのは逮捕令状を出す機関だからかな。管理局では法務部だけど、裁判所が出すことが多いからそういわれるよ」

 最もこの逮捕に抹殺許可とかが出る場合があることは秘密にしておく。生存していることが次元世界に置いてマイナスになる場合、そして死体から記憶を読み取れる場合は処刑が行われることがある。
 管理局法の立法機関でありながら司法権を有しているのは、どんな犯罪に対しても即座に対応できるようにするためだ。だからこそ裁判権は所有していない。ミッドチルダの犯罪はミッドチルダ裁判所が行っている。
 
 「あと地上部隊は当該世界の法律と管理局法に則って活動しているから、警察と同じようなものかな。世界によって様々だけれど」

 説明したら長い。ある世界では地上部隊が完全に警察機関と融合しているところもあれば、全く別の組織として棲み分けしているところもある。管理世界における仲裁機関という扱いを受けているところもある。
 管理世界と一口にいっても多種多様だからそういう説明をしてしまうのだろう。
 
 「だけど管理世界規模では様々な管理世界で起きた事件を裁くことはできない。管理世界になる前、つまり次元航海の技術が確立される前には想定されなかったことだから」

 「それもそうね。違う世界の人が自分の世界で犯罪を犯したのなら、単純に裁けばいいけど別の世界まで関わっていたらどの法律を優先させればいいか分からないか」

 全ての法律で裁くというのは難しい。捕まった世界の法律で裁くものなら、被害を受けた別の世界の政治に干渉した事にもなりかねない。
 国レベルならまだなんとかなりそうだけれど、次元世界ともなると無理だ。

 「だからそういう事件の裁判を扱う組織が必要となって、司法局が出来上がったんだ。世界間の衝突を防ぐ救済制度として」

 「でも、それって無理じゃないの。人の違いがこれだけある管理世界で誰もが認める裁判なんて可能なの?」

 アリシアに対しての認識は少し改めるべきなのかもしれない。確かに可能かどうかで言えば可能とは言いがたい。

 「確かに難しいよ。そのために各管理世界の代表による代表審査会が行われているんだ。だから大きな事件に成ればなるほど、最終判決が下るのにすごく時間がかかったりするんだ」

 「へぇ、そうなんだ」

 私はアリシアの反応を見ながら彼女のことを知ろうとしていた。司法局が完全とは言いがたいことは気にしても、どれくらい掛かるかは気にならない。
 自分に関係あることと関係ないと決める境界線がいまいちつかみにくい。

 「窃盗一つにしても管理世界ごとに全然違う。中には盗んだものの値段とか、価値とかで異なるところもある。管理外世界での犯罪は管理外世界は管理世界を認知できないから裁くことは事実上不可能。だからこれも司法局預りになるよ」

 「ちょっと待ってよ。なんか司法局って相当重い刑罰みたいなイメージがあるんだけど」

 「重いかと聞かれると言葉に困るけれど、私の感覚では重いかな。君の場合は窃盗罪だから、安心して重くても死刑だから」

 「安心出来ないよっ!! 重くても死刑って、死刑よりも上があるの?」

 「魔力エンジンになるとか、新型兵器の実験体とか、新薬の被験体とかかな? あの次元犯罪者スカリエッティでも判決はギリギリ死刑か無期だろうから安心して」

 どれも判例は一つしかないけれど、実際に刑が執行されたものだ。最も報道規制がされた次元世界などもあるから、知らない人もかなりの数いる。情報自体も今ではそれなりの権限や資格がなければ閲覧できないように厳重なプロテクトがかけられている。
 知らなかったアリシアは現実味のなさから恐怖することはなくても、非現実的すぎるために唖然としていた。
 
 「本当なの……あたしはそんなの信じられない」

 「信じられなくても無理はないかな。最もそれだけの刑罰を受けても当然だと思う人が多かったから、そんな酷い判決が許されたこともある」

 次元犯罪の裁判なんてものはどれも重大事件ばかりだ。軽い刑で済んだのは私やナンバーズの子達のように、指導し強制していた主犯格が存在していて意志を無視されていたとされる場合くらいだ。
 犯罪者には罪があっても、その道具には罪がないということなのだろう。

 「それってさ、あたしもすごく重い刑罰があるってこと」

 「司法局の今の局長、つまり裁判長の考えによるかな」

 アリシアは冷たい床に寝転んだ。
 彼女を縛るものはない。だけど留置所全体にAMFが発動して、さらに牢は高密度AMF結界が構成されている。
 AMFは3年ほど前にその効果を一切打ち消す方法が開発された。だから今は戦場ではまず用いられない。それでも留置所や刑務所では無効化の方法を取りにくいということで使用されている。
 最もAMFを単独で完全に無効化するような魔導師達を捕まえておける牢なんてどんな世界にもないけれど。

 「それじゃあね。また来るよ」

 「……なんのために? 幸せになれなかった私を嘲笑いにでも来るの」

 「そんなことはしないよ。一つだけ覚えておいて」

 ゆっくりと起き上がった彼女の瞳は昔の私に似ている。
 なのはに出会えなかった私の成れの果ての姿が、このアリシア・テスタロッサなんだろう。

 「私はあなたの味方だよ」

 返答は冷ややかな視線だった。言葉は曖昧なものだ。どれほど心を込めたところで思いは届かない。
 いいさ、それくらい受け入れてみせる。その瞳に希望を取り戻させてみせる。
 目標も何も見当たらなかった白黒の日は今日でおしまいだ。

 拘置所の外に出るとスティールさんが待っていた。
 
 「……ストーカーですか?」
 
 「うおぉ!! ここでそれは禁句だろぉ。見ろぉ、留置所の連中の視線がこっちに来たぞぉ」

 外で人が出てくるのをじっと待っている人はストーカーでなければなんだろうか?
 視線が向けられたと言っているけれど、もともと目立っている。発生しているAMFを利用すれば魔導師の感知なんてものは簡単だ。中に入らず外にいる魔導師がいたら、怪しまれるのは必然だろう。
 入って理由でも話せばいいと思ったけれど、口に加えている煙草を見て理由は分かった。ここも当然禁煙だ。ヘビースモーカーのこの人には耐えられないのだろう。
 スティールさんは私の顔を見ると、口元を緩めた。

 「それで、なんだ良いことでもあったのか」

 「そうですね。いいことは、ありましたよ。探していたものを見つけました」

 今まで私にはなかったものだ。手を差し伸べれば必ず手を伸ばしてくれる人ばかり助けてきた。
 でもアリシアは差し伸べた手から逃げる。彼女の経歴を見れば、それは自己防衛として当然だ。だけど助けられるのは私しかいない。
 手を伸ばしてくれないなら、私が踏み込む。そして手を伸ばしてその手を掴みとる。
 だって彼女は私にしか助けられないのだから。

 「なんだぁ、誰かの弁護でもするのかぁ」

 「弁護権は執務官の資格と一緒ですから、今は無理です。というより裁判になったら重罪確定でしょうね」

 執務官の資格の有用性はこんなところにもある。失った資格は確かに惜しいものだ。
 だけど今はそんな資格があったとしても大差はないだろう。

 「重罪ってなにしたんだぁ」

 「窃盗ですよ。複数の次元世界及び管理外世界での魔法を用いた窃盗です」

 「……あぁ、そういうことかぁ。裁くのは確かぁ……」

 「司法局ですよ。狩りにも局員で佐官なんですからそれくらい覚えておいてください」

 「そりゃすまねぇなぁ。俺とは関係のねぇところだからよぉ。しかしどうすんだぁ? あそこの裁判で刑があるいのなんてレアだぜぇ。法曹関係に強いハオラウンの名は使えねぇだろうが」

 ハオラウン家というより、ハオラウン派が強い。管理外世界の領域を担当していたことから、司法局での裁判を何度も関わってきているからだ。
 その名が使えないのは惜しいけれど、彼女の手前それを使う気にもなれない。
 彼女を救えるのはフェイト・テスタロッサだろう。フェイト・テスタロッサ・ハオラウンではない。

 「そもそも裁判なんてさせません」

 「……はぁ?」

 「知っていますか? 地上部隊が捕まえた犯罪者を司法局に起訴するのは誰か」

 「中将か?」

 「ええ、地上本部総司令ですよ。起訴猶予にできるのもレジアス中将だけです」

 起訴自体なければ裁判は起きるない。保護観察とか色々とあるけれど、司法局の裁判を受けるよりかは数段軽い。
 私の考えていることに気づいたスティールさんは加えていたタバコを落としていた。

 「火の始末はちゃんとしてください」

 「え、あぁ、そうだなぁ。いや、ちょっと待て、お前正気かぁ」

 「正気ですよ。煙草も吸っていないので思考はクリアです。前例だって有りますよ。管理外世界で魔力暴走事件とか、ロストギアの暴発による多数の次元世界への物理干渉」

 これらの事件は前者は被告には制御する知識がなかったことや環境が理由とされ、後者は不慮の事故として処理された。特に後者はレジアス中将が行ったものだ。
 聖王教徒に恨みを持った少年の憎悪をロストギアが感知してしまって起こした不幸な事件として、起訴猶予となっている。

 「不可能ではありません。確かに今の状況では難しいですね」

 「そりゃそうだろぉ。中将も法務部に目をつけられたくないだろぉ」

 「ええ。ただ魔導師ですから不可能ではないですよ。法務部の方の審査や査察官とかもこのような場合は深く突っ込まないでしょう。問題は民意ですが、それは中将なら問題ないです」

 実際、司法局の重罰には法務部も問題視している。だから起訴猶予としたならそれはそれで問題はないだろう。
 一番の問題は中将にはそんな事をする義理がないことだ。
 それをクリアする方法は限られている。最もゼロではないのだから、やってみせるだけだ。

 「そうと決まれば、急がなくちゃ。早く教えてあげないといけない」

 「あぁ? 何を教えるだぁ」

 「あなたの居場所はどこにでもあるんだって」

 居場所がないことはない、なければ作ればいいだけだ。彼女は作り方を知らないまま、雁字搦めに閉じ込められてしまっている。
 彼女を縛る鎖を解けるのは私だけだろう。だからそれは私の役目だ。そしてそこから進む道は彼女のものだ。
 会って間もない人だというのに私は彼女が自分の足で未来に進むヴィジョンが浮かんだ。
 
 (彼女の進む道の障害全てを取り除こう。私が居るのは彼女の存在のお陰でもあるんだから)

 「随分と固い決意のようだなぁ。まぁいい。じゃあ行くか」

 「どちらへですか?」

 「狂信者共と独善者の宴だぁ」


 
 
 
 
 
 ミッドチルダ中央郊外
 
 「酷い……ですね」

 「開口一番がそれかぁ。まぁ、間違っていねぇなぁ」

 スティールさんの荒々しい運転で連れてこられたのは以前にも来たところだった。
 彼の運転はやはり酷い。荒っぽい運転で酔いかけたけれど、この場に来てそんな雰囲気は吹っ飛んだ。

 「加勢しないんですか? 彼は強くても、この数の差は埋めがたいですよ」

 「なにいってんだぁ、フェイトォ。あれが加勢が必要な奴の背中かぁ? 集団相手に無謀に挑んでいるような奴とは違ぇ」

 高台から見える平地にはざっと200に届く騎士がいた。騎士たちの狙いはこの先だろう。
 首都守備隊。そこに匿われているヴィヴィオの抹殺が目的だろう。
 随分と過激な部隊だけれど、彼らは進めないでいた。首都守備隊の隊舎まであと少しだというのに大群は止まっていた。
 いや、止められていた。
 先方の騎士が切り裂かれて、また一人宙を舞った。
 隣の騎士は後首を鞘で叩かれて、そのまま地面に叩きつけられた。
 
 「こいやぁ!! この先に進みたいなら俺を倒してみせろ、下衆共!!」

 黒い魔力で包まれた刀を振るい、騎士の剣を騎士ごと薙いだ。
 地面を砕くほど力強く踏み込むと魔力で溢れる刃で宙を突く。刃から放たれた黒い魔力はそのまま騎士たちを飲み込んでいった。
 風穴を開ければ迷うことなく突撃した。そのまま次から次へと切り倒していく。
 挟撃を受けても鞘で攻撃を弾いて、足技も組み合しながら無力化していく。
 人混みの中で暴れだした猛獣のようだけれど、その体は戦えば戦うほど傷ついていく。

 「戦い方が杜撰だよ。一対一をただ繰り返しているだけ、単体で集団を相手取る戦い方じゃない」

 「そうだなぁ、でもかなり捌けているじゃねぇか。一太刀浴びても全く怯んでねぇ。そのまま切り替えしてやがる」

 「一週間前に模擬戦した時もそうだよ。異常なまでの耐久性と攻撃性、そしてダメージの無視で過剰な攻撃を絶え間なく繰り出す」
 
 生き残る戦い方ではない。確実に敵を倒す戦い方をしている。
 それが嵐山修の戦い方なんだろう。
 でも弱点がある。それも致命的なものだ。
 視野が狭すぎる。
 敵と決めた攻撃対象しか彼の視界には入らない。それ以外の情報をまとめて遮断してしまうほどだ。
 それも敵の居場所だけを見抜くだけだ。だから小細工に簡単に引っかかってしまう。
 集団戦なんて不可能だと思いながら見ていると、やはり隙を疲れていた。
 目の前の敵を切り伏せたところで背後から二人がかりで襲われた。だけど攻撃される前に振り返って、二人纏めて横薙ぎで倒した。
 
 (さっきまではあの攻撃には反応できていなかった。目の前の敵以外にも目を向けられるようになっている!?)

 彼の戦いを見ているといつの間にか加勢することを躊躇う理由に気づいた。
 彼は誰も待とうとしていない。一人で戦おうと意気込んでいるわけではない。また、誰かを守ろうとしているわけではない。
 強くなろうとしている。まるで一人稽古でもしているかのような雰囲気で戦っている。
 
 (無謀だ。だけど、強さを追い求めている気持ちは十分伝わってくる)

 邪魔するな。それが彼からは感じられた。その証拠に首都守備隊の人は彼以外出撃していない。
 部外者の人間が口を入れる場ではないだろう。だけど、これ以上は我慢出来ないのは私の性だ。

 「これ以上傷を負ったら介入します」

 「まぁ、落ち着けよ。あそこの部隊の人間だぁ。常識は通じねぇぜ」

 スティールさんは落ち着いた様子だった。
 修君の方を見ると、彼は納刀していた。諦めたのかと思ったけれど、彼の雰囲気はそんな生やさしいものではなかった。

 (構え? 彼の剣術には構えは必要ないはずじゃ)

 その疑問は次の瞬間には答えが出来ていた。 
 高速で敵の中へ突進したかと思うと、高速の斬撃で騎士たちを切り倒しながら抜き去った。
 騎士たちは反応なんてできなかった。
 踏み込んだときには神速の斬撃が振るわれた後だ。
 居合と隙を打ち消す動作無視キャンセルアクションを組み合わすことで可能となる超速抜刀の連撃。
 周りを斬り散らすと修君の刃は鞘に収まっていた。
 
 (高速抜刀術の連撃。でも、攻撃の隙……そうか)

 彼の攻撃は単純だ。攻撃を繰り返しただけだ。
 高速突撃と同時に高速斬撃の乱舞。それを連続で放つ。
 単純なようだけど、それは斬撃の突風のようなものだ。Aランク程度の騎士たちでは反応することもままならない、斬撃の災害だ。
 彼が駆け抜けた跡には斬られた騎士たちの道が出来ていた。普通ならば隙が大きいはずの技でも、彼の能力ならば隙はないようだ。

 (でもそれは反動を全身に貯めているだけ。体には毒だ)

 200程の騎士たちを単身で倒した修君の体はボロボロだった。
 それは当然のことで、見たところAランクやBランクで構成された部隊だ。むしろそれを一人で倒し抜いたことは彼の段階ではすごいことだ。
 修君のことを賞賛していると、彼は振り返って私たちを見た。
 離れたところにいる私たちの存在にも気づいているということは、あれだけの戦闘中でも周囲に気を配れたのだろう。
 だけどここに来て予想外の行動に移った。

 「あれ、修君こちらに来ますよ」
 
 「だなぁ。あれだけの戦闘をしたあとだって言うのになぁ」

 崖を駆け足で登っている。行為に違和感を覚えて、彼は飛ぶことができないということを思い出した。
 陸戦魔導師で騎士たちを全滅させる。十分な快挙だ。空戦魔導師だとしても同様だ。

 「とりあえず、凄いと君を褒めておくよ」
 
 駆け上ってきた彼が斬りかかってくるかと思っていたけれど、彼は刀は握っても掛かってくる様子はなかった。
 以前会ったときの彼ならばもう斬りかかっていたはずだ。
 
 「うん、いい自制心だね」

 「向ける相手と向けるべきじゃない相手の区別くらいは、つけることにした」

 「それがいいよ。尖り過ぎたナイフは固いものに向けると折れてしまうものだから」

 彼の攻撃性は異常だった。ヴィヴィオを傷つけるもの全てを斬る言っていたけれど、その実は傷つける可能性のあるものつまりヴィヴィオ以外全てに対して過剰な攻撃性を持っていた。そして傷つけることを食い止めるだけじゃなくて、始末して二度と傷つけさせないようにする。
 
 (攻撃性を抑える自制心が出来たから、視野が広くなっている)

 彼の成長に喜びを感じようとした。

 「折れるなら折れてもいいです。折れた破片で食い込んで殺してやる」

 「……?」

 「刺し違えて倒せるならそれでいいんですよ」

 (根本的なところは変わらないのかな。ヴィヴィオに認められる剣士は目指しても、最悪の場合はそれを捨て去っても守るを優先するのかな)

 彼の行動は私の感情としては認めたくはなかった。だけど彼の成長は嬉しいのは事実だ。
 成長した理由は彼の考えによるものなのだろう。

 「刺し違えても倒せない敵に遭遇したのかな?」
 
 質問だけれど、100%正解だろう。彼の視線はただ真っ直ぐ私を見つめていた。
 異常なタフさ、それこそ不死身かと思うような丈夫さと精神力を兼ね備えている修君。斬り合ったなら倒せない敵は居ないだろう。
 もしも組み合えばシグナムや私でも厳しいところがある。組み合うことが出来ればの話だが。
 
 「斬ることも出来なかった、いや刃で触れることも出来なかったんでしょ」

 顔を顰めたところからみると図星のようだ。
 そうすると彼の成長にも納得が行く。勝つための手段を得るために視野を広くした。集団戦も触れていない敵がいる状態を仮定したのかもしれない。
 でも、その修業に意味はないというのが私の直感だ。
 視野を広くしても通用しない相手には技は届かない。雑魚を何百打ち倒したところで得られるものは知れている。

 「一つ、尋ねていいですか」

 彼の攻撃性が薄まったように感じた。それは以前見た暴れそうな意志を抑えこもうとしているときに似ている。
 攻撃的な荒々しい面と消極的な大人しい面と極端すぎる性格を併せ持ってしまっている。
 
 「あなた達ならさっきのは簡単にやれるのですか?」

 即座には答えれなかった。しかし嘘なんてものをつく必要はない。
 
 「そうだね。無傷ですぐに終わらせているよ。やられた側の傷の具合はちょっと違うけれど」

 今日の未明でおきた襲撃ではあれ以上の数をさばいた。魔導師の数は少なかったけれど、程度としては同じくらいだ。
 スティールさんのやり方は少し乱暴だったけれど、私も彼も無傷だった。
 答えると突然だった。
 突然彼から凄まじい殺気が放たれた。

 「だったら、あんたらを倒せればいいんだな」

 「どういう思考回路をしたらそういう結果に行き着くのかな?」
 
 今の会話で彼にスイッチが突いたのだろう。既に大人しさというよりも温厚な面は消え去って、猛々しい攻撃的な面が顕著となった。
  
 「あんたらを倒せる、つまり強くなっている。だから奴を倒せる!!」

 「奴? あなたの剣が届かなかった敵のこと?」

 刀には今にも暴れだしそうな黒い魔力が灯っている。
 無尽蔵な魔力を全て剣術に注ぐ彼の姿勢が見れる。
 
 「ああ、十字架テレサ・アヴィラ!! あいつはヴィヴィオを殺そうとした!! だから殺すっ!!」
 
 彼の怒号とその殺気と憎悪に押されながら、耳にした言葉が頭に残った。
 十字架と彼は言った。
 それは私が執務官としてやっていた頃追っていた存在の一つだ。

 「剣十字教最高幹部十字架。いや、最高戦力って言ったほうがいいかな」

 魔力を発生させて、電撃のスフィアを創りだした。
 修君は私の言葉など耳に入らないのか、もう攻撃に移っていた。
 バリアジャケットを着る前に攻撃する、まさに卑怯な行為だ。でもそれは殺し合いの戦場では奨励される行動だ。

 「でも、甘いよ」

 修君は真っ向から斬りかかってくるところで動作無視キャンセルアクションして、背後から切り裂いてくる。
 フェイントのかけ方は完璧だ。彼の特性とフェイントはよく合っている。
 攻撃が分かっていなければ簡単に避けることはできないだろう。

 (でも分かってしまう。このレベルのスピードだったら何もしなくても掴める。そして電気を発生すればさらによくわかる」

 「レンジウィングル」

 斬撃を躱すとスフィアを高速で回転させて、電撃のバリアを周辺に貼った。
 カウンタートラップのようなものだけれど、結構威力はある。普通ならばこの電撃で動けなくなるものだ。
 最もこの敵は普通ではない。電気を浴びても止まることなく刃を震える。
 だからこそ畳み掛ける。 

 「スティアフェンネル」

 電撃のスフィアを叩き込む。今度は束縛のためだ。
 瞬間的に雷撃を発生させるパラライボールと違って、これは電撃を持続させる。
 バリアジャケットを帯電用にしていれば威力の軽減は可能だけれど、それでも筋肉そのものを止められたら身動きは出来ない。
 その間にバルディッシュを使おうとすると、スティールさんに止められた。

 「あぁ、フェイト。昨日の襲撃のデータ中将に渡してきてくれぇ」

 電撃による静止は一時的だ。修君ならそれを力づくで突破してくるだろう。そんな状況なのにスティールさんは悠長にメモリを渡してきた。
 本来の目的はこれを渡すことと騎士たちの制圧だ。だから優先すべきだけど、客観的に見て間が悪い。
 最も斬りかかった修君の刃は触れることなく、それどころから彼自身が離れたところに叩きつけられた。

 「甘いぜぇ、そんな力じゃ俺の風は抜けねぇ」

 目測を謝ってしまった空戦魔導師のように地面に叩きつけられた修君はもう再び攻撃をしかけていた。
 単純に斬り合ってしまえば彼の攻撃性を止めることなんてできない。でも、切り合わなければいくらでも対処法はある。
 飛び上がった修君から、スティールさんを真っ二つにするかのように力強い刃が振り下ろされる。

 「軽いなぁ」

 軽いと力強い刃をスティールさんは評価した。
 その評価は合っている。現に彼の体は私たちを大きく逸れて地面に叩きつけられた。
 
 「テレサに負けたんだってなぁ。あの女、来ていやがったのかぁ」

 「知り合いですか?」

 「知り合いかぁ、そうだなぁ知り合いだぁ。あいつと同じ、最低な知り合いだぁ」

 彼の苛立を表すように風がさらに激しく舞う。
 修君の凄まじい攻撃を二度も流し切った風の鎧、いやこの規模は結界だ。
 どんな攻撃だろうと全て流しきる。乱れる風で力を操り、流してしまう。
 バリアジャケットを纏い、手にはデバイスを握りしめた。

 「さぁ始めようかぁ、この暴風域でなぁ!!」

 砕けた地面の礫が風によって宙へと舞った。礫だけではない、高台を作る土が全て風化してしまいそうな勢いだ。
 暴風の敵意を受ければ動くことすらままならないだろう。でも、修君はその風を切り裂いて突っ切ってきた。
 
 「スティールさん、土地を削りすぎないでくださいね。あと一番大事なことですが」

 これが一番大事なことだ。それさえ守れればこの一体が見通しのいい平野になっても構わないだろう。
 
 「潰したら許しませんよ」

 「潰すくらいの覚悟でやらねぇと、こいつが望む強さには届かねぇぜ」

 「それでもです。それとも潰す勢いで闘いながら、潰さないってことはできないんですか?」

 「教導隊みてぇなこと求めやがって、まぁいい。やってやるぜぇ」

 暴風で動きを制限されながらも修君は真っ直ぐ突っ込んできた。そして再び刃を振るう。
 だけどそれは届かない。スティールさんが操る風の鎧は近づくもの全てを流す風だ。
 どんな力でも受け流されてしまえば無力だ。
 刃を流されるでも続けざまに修君は刃を振るった。どんな状態からでも彼は攻撃できる。
 その能力は優秀だ。
 優秀でも結局は向きのある技だ。直線的な攻撃だ。
 吹き乱れる風の鎧の前には流され続けるだけだ。

 「なに遊んでんだぁ、小僧」

 大剣型のデバイスを持つ手とは逆の、素手の拳で修君を殴りつけた。
 普段ならどれだけの力で殴られたところで彼は止まらない。殴られながらも切り裂いてくるだろう。
 拳は修君を殴った。そしてそのまま彼の体を吹き飛ばした。
 空中で風の弊害を受けながら、地面に不時着した修君は殴られた部位のダメージで膝を付いた。

 「ぐはっ、くそ」

 「普段はその分厚いバリアジャケットで守っていたんだろうなぁ。でもなフィールド魔法も結局は防御魔法だぁ。壁を張っているだけだろぉ」

 そのまま手を伸ばして空気の弾丸を発射した。
 ダメージを堪えて駈け出してきた修君の体に風の弾丸は突き刺さる。
 
 「ぐうぅ!!」

 バリアジャケットはその機能を一切発揮していなかった。
 
 「覚えとけぇ、バリアは削る攻撃には無力だぁ」

 魔力による加速と風による加速を合わせた急加速で修君の目の前に現れたスティールさんは、デバイスに集めた螺旋回転する風を叩きつけた。
 魔力で生み出した風を操って生み出す削る攻撃。どんな分厚い障壁を貼ったとしても、その風には削られて壊される。
 修君の異常な丈夫さはバリアジャケットの存在が大きい。だからそれを破られればあの耐久性は現れない。
 現れないはずだったけれど、それは間違いなようだ。

 「シャアアアアアアアアァァァァァァァァァハアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ」

 凄まじい雄叫びと共に修君は立ち上がった。
 バリアジャケットの上着は吹き飛んでいた。それなのに立ち上がっていた。
 驚く間すら与えないかのように、刀を振るってきた。その行動はさっきと変わらない。
 違うのは風の鎧の受け流しを止めたことだ。

 (刀に全ての魔力を収束させて、風を打ち消している。この技は刹那)

 以前の模擬戦で修君が使ってきた終式・刹那だ。魔力刃をあっさりと引き裂くほどの切れ味を持ったあれならば突破できるのは分かる。
 だけど修君が立っているのが分からない。
 全身の魔力を一点に注ぎこむことであれだけの切れ味を出していたはずだ。だけど今彼は常人では立つことが出来ない暴風域の中で立っている。
 魔力なしにやれることではない。
 
 (まさか魔力が残っている……全ての魔力を使い終わった後に使える魔力があるの?)

 いろいろと疑問が浮かんだけれど、この場ではそれは調べられないだろう。

 「ハハハハッ!! 愉しいなぁ!!」
 
 さらに風が吹き荒れる。
 戦いはさらに荒れるだろう。こうなると止めようがない。
 スティールさんが普段部隊長として閉ざしているその戦意を曝け出している。
 
 (強くなるか……必要なだけ強くなればよかった。だから私は今の力で満足している)

 今の力でさえ私には必要以上な力なのだから。
 過ぎた力は身を滅ぼす。滅んでしまうことを恐れたことはないけれど。







 渡されたデータは昨日検挙した犯罪者と北部の事件についてだ。
 細々とした犯罪者はなんとかなるだろう。犯罪者の多くが社会に対する不満だ。
 文化レベルが上がれば上がるほど、持つ人と持たない人との差は広がる一方だ。そして持たざる者として生きてきた人達の不満が爆発するとああなってしまう。
 それはそれで問題だけれど、それよりも重要な問題があった。
 
 (問題は剣十字教、そして十字架)

 修君は十字架と口にしていた。彼を倒したという人は十字架で間違いないだろう。
 質という面で見れば管理局にも匹敵する武闘派組織剣十字教。一般的には10名でSランクが率いる部隊を壊滅させたという嘘が伝わっている。
 本当は一人だ。たった一人で壊滅させている。
 そして当時の管理局最高戦力によって撃破されたと、義母さんから聞いている。

 (最高戦力。わざわざ当時って付けるくらいだから、アスラ大将じゃないってことだよね)

 魔道士達のトップ魔導師将アスラよりも強い存在というのが想像できない。
 次元世界一つの戦力を上回っているあのSSSランクよりも強いとはどういうことだろうか。
 人の領域を越しているのではと考えて気づいた。

 (魔導師自体人の枠を超えている。Sランクになってくると人間レベルで収まる人なんているの?)

 魔導師は一般的な感性を失ってはならないと最初に言われる。人の心を失ってしまっては、それはただの化物だと言われてきた。
 確かにそうだ。魔導師は人であることをやめようと思えば、化物になることが出来る。
 魔導師は非魔導師にとって化物だ。魔導師にとって非魔導師はどれだけ人と異なる心を持ったとしても人の枠に収まる存在だ。
 化物に近い存在の魔導師達。そんな魔導師にとってアスラは怪物だ。
 私にしてみれば大将や中将クラスの魔導師達はどれも怪物のようなものでしかない。
 そんなことを考えながら首都守備隊の隊舎に入った。
 
 「!!」

 足を踏み入れた瞬間だった。
 胴体を吹き飛ばされた。
 実際は私の体はちゃんとある。だけど一瞬体が引き裂かれるような感覚があった。
 
 (Dナンバー、いや違う。あれはもっと冷たくて寒気がするような殺気だった。今のは重みのある殺気だ)

 周囲を見渡して一人の人間に目が止まった。

 「あら、フェイト。何のようかしら」

 「レナ、そういうこと言ったらダメよ」

 声を掛けてきたのはレナとフィアだった。
 この二人は首都守備隊の副隊長だから居ることはおかしくない。
 でも二人の背後にいる一人の男はいるはずがない人物だった。
 背丈はあるのに痩せた体は病んでいるのではないかと思ってしまう。半開きの瞳は前を見ているかも解らない。

 「なんだ、食べに行くのがめんどくなってきた」

 「そう、じゃあさこれでも食べる」

 「レナ!! 寄生虫とか毒キノコを勧めちゃ駄目よ。エンドも食べちゃ駄目」

 フィアがレナと男の行動を生死しているとき、エンドと男の名を読んで気づいた。
 処刑人エンド。
 裁判の必要がないと法務部が判断して処刑命令をだしたとき、それを受け取って確実に処刑する執行人と呼ばれる魔導師だ。
 大量虐殺を行った独裁者や禁断級の質量兵器による戦争を起こそうとする政治家。100名以上の人間を殺害した殺人鬼など、彼が殺してきた人の数は数えきれないほどだ。
 殺し方も異常だ。殺しを認められている彼の殺人はまさに必殺だ。
 どんな方法を、それこそ死人すら治療できると言われている最高水準の医療でも蘇生することはできない。 
 
 (でも彼はガリウム大将の部隊だ。ここにいるはずがない)

 最初はそう考えたけれど、それは根本を変えれば成立する。
 ガリウム大将がここにいる、だから彼もここにいる。
 そうここにいる。さっきの殺気はガリウム大将か彼の副将のものだろう。
 レナから茸や虫を取り上げたフィアがこちらに近づいてきた。
 
 「ごめんなさいね、フェイト。見苦しいところを見せちゃって。こちらは……知っているわよね」

 「ええ。初めまして」

 「あいさつが面倒だ」

 彼がそう言うとレナはその頭を叩いた。
 すると警報機のような音が鳴り響いた。

 「何の警報? まさか首都で何か?」

 「いや、これはどこかの管理世界の地上部隊が緊急通報ね。どっかで大災害でもあったから中将に知らせるためよ」
 
 少しするとエントランスにある大きなモニターに情報が掲示された。

 「第43管理世界の聖王騎士団が全滅……地上部隊も壊滅。犯人は……一人!?」

 信じがたいものだった。聖王教会において最高の戦闘力をもつ43世界の聖王騎士団。そして教会の別働隊として存在する43世界の地上部隊。
 戦力としては非情に高いものだ。それが全滅した。
 画像が切り替わり僅かな映像が映し出された。
 どれも爆煙の中だからまともな映像がない。
 しかし最後の映像には犯人の顔が写っていた。

 「あれ、この顔って」

 「そんなはずはないわよ。犯行時間とか……」

 犯人の顔が映し出されるとざわめき始めた。一人エンドだけが首をかしげている。
 私はそれを見て驚いていた。そして頭に浮かんだ名前を口にした。

 「修君?」
 

 

 
 
 
 
   

 
 

 


 
 
 
 
 
 

 
 あとがき
 最後まで読んでくれた方ありがとうございました。
 教会編に入りました。もっとも教会関連の色は薄いですが。
 PVがあと少しで75000です。目指せ10万です。



[8479] 第二十五話 狂った義賊
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:fb4b7595
Date: 2010/12/06 03:35
 管理第43世界
 廃墟となった建物の瓦礫に腰掛け、一人鼻歌を歌う女性がいた。
 黒い髪のその女性は柔らかな体つきから女性だとよく見ればわかるが、鋭さを感じさせる雰囲気から男のようにも感じられる。
 細い腕に握った剣で作った屍の中、一人だけの生者はつまらなそうにしていた。 
 手持ち無沙汰な彼女が通信用の端末をいじくっている。その様子だけをとればどこにでもいる少女だろう。
 しかしこの屍山血河の景色に囲まれれば、ありふれた様子は違和感を醸している。
 端末に飽きたのか彼女は足元においてあるものを手にした。それはここで彼女が見つけた一番のお気に入りだった。
 お気に入りを抱えてまるで少女のような笑顔をすると、気配を悟ったのか振り向く。その笑顔はまた違った笑顔だった。
 
 「やっと来てくれましたか」

 彼女の笑顔は長い間待って恋人を見つけた女性のように嬉しさに満ちた笑顔だった。
 歳の頃は二十歳前後なのだから少女のような子どもじみた表情よりも、少し大人びた表情の方がよく映える。
 
 「ごめんなさい。遅かったのでもう初めてしまいましたよ時空管理局さん」

 遅刻した恋人に対する本気ではない怒りの言葉だった。
 甘い語らいにも使えそうな言葉だが、それを受けた管理局員は顔をしかめていた。そして怒りを顕にした。
 言葉は甘い。しかし現実は辛い。
 彼女の周りに散らばった屍の中には彼らの知人も含まれていた。
 隊員たちが憤りを感じる中、隊長の男は怒りを抑えて言葉を発した。

 「時空管理局だ。殺人の現行犯で逮捕する」

 「43世界の地上部隊ですか? ごめんなさい、私なんかのために随分といいもの持ってきてくれたんですね。ありがとうございます」

 鋼のような理性で怒りを抑えた隊長の言葉なんて聞く耳を持たず、彼女は彼らの背後に有るものに目を奪われていた。
 宝石を見つけ喜ぶ女性のようだった。
 視線の先にあるのはラビットだ。管理第7世界と管理第8世界が共同開発した都市破壊兵器だった。
 科学技術においては管理外も含めた全ての次元世界でも一二を争う二つの世界がその力を結集した結晶だ。
 ヘブンズソードに配置された先行量産型の実験を経て、さらなる改良を加えられた制式量産型が4体。
 一日で管理外世界ならば一国を落とすことも可能だろう。
 そんな対国家級の戦力を彼女はいいものと言った。
 異常だと感じた地上隊員達だったが、異常だと感じるのが早すぎた。
  
 「あの、これはあなた方のお友達でしょうか? 突然写真を取られて困ってしまって、うまくポーズを取れなくてごめんなさい」

 彼女は隊長へ目がけて、それを投げつけた。
 突然の行動に意図を読み切れず、隊長はそれをキャッチしてしまった。
 つかんだそれは皮の塊だった。まるで刳り抜かれたあとだった。

 「ごめんなさい、いろいろあってそうなってしまいました」

 彼女が見せびらかすように持ったのがなんなのか分からなかった。
 しかしそれがなんなのか分かった隊長は、キャッチしたものを落としてしまった。

 「差し出がましいようですが、私もそれは酷いと思いますよ」

 隊長の行動を批判しつつ彼女はそれを見せつけた。それが何なのか、投げられたものが何なのか隊員たちも続々と気付き始めた。気づいたとたん吐き出すものまでもいた。
 彼らは決して新人ではない。敬虔な聖王教徒でもあり、騎士たちの補助の部隊として厳しい訓練をくぐり抜けてきた。だがそんなのは何の気休めにならなかった。
 赤く染まった頭蓋骨と頭蓋骨を無理やり抜かれた仲間の頭部の残骸を見てしまったからだ。
 
 「あなた達にも見せてあげたかったです。特に生きたまま顔を開いて肉をそぎ落として頭蓋骨を外すところとかいいですよねぇ。途中まではちゃんと悲鳴を上げていてくれたんだけど、途中から黙り始めました。死んでないのに、根性のない人だと思いませんか」

 彼女が行った行動がどういったものなのか彼らは想像がついた。
 そして一人偵察に向かった彼がどれだけ惨たらしい最期だったのか偲んだ。
 あまりにも異常すぎるそれは恐怖と嫌悪感を彼らに叩き込んだ。
 もはや怒りを抑えることなんて誰にもできなかった。 

 「ラビット攻撃開始!!」

 物言わぬ不気味な愛嬌の兵器が火を吹いた。
 ラビットに搭載されているガトリング砲はテストでは前世代の装甲車を3秒で破壊していた。
 前世代の自動兵器なら一機で無双することも可能だ。
 四機によるガトリング砲一斉掃射。
 ミッドチルダで民間が制作した最新型の防護壁でも5秒と持たない火力の連射だ。
 廃墟となりかけていた教会だった建物なんてすぐさま崩れ、あたりが土煙で覆われた。
 一発一発が旧式の砲弾に匹敵するガトリング砲の一斉掃射、土煙の向こう彼女は肉片も残っていないだろう。
 管理局としては行き過ぎた行動だが、相手は聖王教会最高の騎士団を一人で殺戮した殺人鬼だ。逮捕する戦力がなかったといえば地上のトップも認めるだろう。最悪の場合は隊長は責任を取る覚悟までしていた。
 しかしそんな覚悟は無駄になった。それも最悪の形で。

 「可愛い子を見つけたら一斉掃射が趣味なのでしょうか? あなたもいい趣味していると思いますよ。美人を見たらまずドリルで穴を開ける人くらいいい趣味ですね」

 丁寧な口調は彼女のスタンダードだ。そして異常な嗜好もまた彼女のスタンダードだった。

 「飛式・渦潮」

 円を描く用に彼女の刃は宙を貫いた。
 千本の腕と剣を持っているかのように見えてしまうその刃の螺旋。
 鋒から放たれた黒い魔力はラビットへと襲いかかった。
 リフレクターを貼ったところで時間稼ぎだった。前方から横殴りしてくる雨のような魔力の弾丸はリフレクターを破壊し、ラビットを蜂の巣にする。

 「これより殺人犯を一級危険人物と認定する。生存は悪影響しかないと見られるため、セーフティを解除、魔導装甲装備!!」

 ラビット四機の瞬殺。それは彼らが敵対できる敵の上限を大きく超えていた。しかし響動きも恐怖もなかった。
 人は理解を超えたものを理解することは出来ない。
 理解を超えた異常な存在である彼女を理解できるものは一人もいなかったようだ。
 
 「ごめんなさいね、人道的には臓器を全部切り取るかもいいんだけど、今日はバラバラにしたいところなの」

 申し訳なさそうに自我を通している中、既に理解や対話することを諦めた地上部隊は切り札を装着していた。
 
 「それが魔導装甲ですか? あまり格好はよくないですね」

 地上部隊の一部、実行部隊である魔導師たちは無骨な人よりも大きめな鎧を着ていた。
 魔導装甲。聖王教会の古い文献に記された戦闘用武装だ。一節によれば騎士甲冑が考えられる前に用いられたものらしい。
 騎士甲冑の元となったと言われるため、その装甲の防御力は確かなものだ。特殊な材質で作られた鎧は魔力によって強度を数倍に高めている。フィールド魔法が完成される前に考えられたもののため、鎧には一分の隙間も存在しない。
 
 「ロストギアにもならない骨董品ですよね。それは戦力になりましすか?」

 本心から馬鹿にしている彼女の発言を聞いた若手の隊員は堪忍袋の緒が切れ、猛スピードで突っ込んできた。
 魔導装甲の真価はこの力である。
 着装した魔導師に作用し、魔力を増幅させる。そして通常の限界を大幅に超えたパワーを出させる。魔導師専用の強化武装である。 
 実際はCランクのこの隊員も魔導装甲を着れば、オーバーAランク並の活躍ができるようになる。
 
 「フルパワーになった俺の拳をくらえ!!」

 「それについてはごめんなさい。あなたの拳を受けることはありません」
 
 受けられないという拒絶でもなく受けないという行動でもなく、ありえないという否定だった。
 攻撃そのものを否定していた。
 聞く耳を持たない若手の隊員だったが、結局は彼女の言うとおり攻撃はありえなかった。
 
 「ぐあぁぁぁ!!」」

 喉が潰れるのかと心配するような叫び声を若手の隊員は上げた。激痛を感じパニックしながらも足元を見ればそれはあった。
 切り落とされた腕は足元に確かにあった。
 そして落ちた腕を拾おうとして、手を伸ばそうとしてそれが出来ないことを悟った。
 片方の腕は肘から先がもう無かった。

 「ごめんなさい、今日はバラバラにしたいんです。本当にごめんなさい」

 若手の隊員は敬虔な聖王教徒であり、聖王教会が43世界の部隊にだけ与えた魔導装甲に絶対の自信を持っていた。
 しかしその信仰心は潰れかけていた。
 突然背中から地面に叩きつけられた。起き上がろうとしたが、動けなかった。分厚い鎧のせいかと考えたが、それは違った。
 起き上がるための腕が無かった。そしてなによりも立つための足ももう無かった。

 「ごめんなさい、あなたのそういう顔が見たかったの。ごめんなさい、我儘を言ってしまって」

 死の危機に瀕しているのではなく、死ぬことは確定してしまっているこの男にとって唯一の救いだったのは彼女の見栄えがよかったことなのかも知れない。
 宗教にのめり込み彼女の一人も未だ出来ていなかった彼にとって、こんなふうに可愛らしくそして自分を想ってくれる相手は初めてだった。
 惜しむらくはそれが彼を殺す者だったということだ。
 
 「あなたの絶望は存分に楽しませてもらいました。だから今バラバラにします。ごめんなさい」

 彼が最期に見たのは優しく、それこそ恋人にだけ見せるような笑顔を浮かべている彼女だった。
 この間他の面々は動かなかったわけではない。
 理解できなかっただけだ。
 殺人を犯しているというのに楽しんでいて、それなのに謝り続けている彼女が全く理解できなかった。
 異常に直面してできた冷静な思考は、助けに行こうとするだけ無駄だと言っていた。ガトリング砲の一斉掃射でも彼女は傷ひとつなかったのだ。
 だからこそ冷静に犠牲にすることを選んでしまっていた。

 「ごめんなさい、待たせてしまいましたね。今からそちらに行きます」

 なぜ来るかの理由くらいはすぐに付く、殺すためだ。
 
 「く、来るな!!」

 「ごめんなさい、来るなって言われても行きたいんですよ」

 彼女の発言に一人恐怖心を抑えきれている隊長は違和感を覚えていた。
 恐怖よりもまず先に彼は異質なものに気づいていた。
 
 「なぜだ。なぜ、我侭を通すのに謝るんだ?」

 命が取られてしまうかもという場面なのに、隊長はそんなことを尋ねた。
 なぜか彼女が答えてくれると信じていた。

 「なぜ謝るかなんて疑問にすることでしょうか? 悪いことや望まないことをするのならば謝るべきでしょう」

 「それはおかしいだろう。してしまったからこそ謝るんだ。謝るくらいなら、するべきではない」

 彼女は柔らかく笑った。
 心のそこからの表裏のないほほえみだった。だが裏がないということが余計異常に感じられる。
 悪意がない、つまり殺人快楽者ならばまだ理解できた。

 「そうですね。でも、したいんですよ。やりたくてたまらないんです。だからせめて謝ろうって思います」

 「悪だと自覚して、謝る気持ちもあるのにお前は人を殺すのか?」
 
 「はい。人殺しは悪です、悪いことです。でも私は人を殺したいです。悪いことをするのは良くないことだから謝りますよ」
 
 言葉も行動も全て彼女の本心だった。どこにも嘘などはない。
 だからこそ余計にたちが悪い。
 理由のない殺人鬼達は善性が欠如しているものが多い。そして罪悪感なんてものは持たない。そんな相手ならば彼らも納得して戦えるだろう。
 しかし彼女は罪悪感もあり、善性が欠如しているわけでもない。感性は一般人に近い。
 一般人が殺人鬼となっているようなものだった。

 「なぜ殺したいんだ……聖王教会に恨みでもあるのか?」

 救いを求めるような声だった。常人が殺人鬼になれることを理解出来ないことから救いを求めていた。
 世界に絶望し復讐したくなるような凄惨な過去があるならば、その悲観と絶望からこんな蛮行に移ったのかも知れないと理由をつけれるからだ。
 しかし救いを立つ言葉は謝罪だった。

 「ごめんなさい、聖王教会に恨みなんてありません。誰かを恨むことよりも、私は愛すことをしたいと思います」

 恨みに対する否定だった。
 
 「だったらどうしてだ……どうして殺す!!」」

 「だから殺したいからですよ。煙草は体に悪いと知っているけれど吸ってしまうことに似ていますね。ごめんなさい、酷いことをします」
 
 我慢の限界だった。
 彼女は殺したいという欲望を我慢していたが、限界に達して一人殺めていた。
 立っていた状態からいつ殺しに移ったのか彼らには分からなかった。

 「ごめんなさい、私は人を苦しめたいだけなんです」

 彼女に気づき攻撃できたのは隊長ただ一人だった。
 そして生き延びれたのも隊長ただ一人だった。
 魔導装甲を紙のように切り裂き、隊員達をまとめて肉塊にした彼女は申し訳なさそうに隊長に述べた。 

 「ごめんなさい、辛いですよね。中途半端なことをしてしまって申し訳ありません」

 攻撃のために動いていた手は切り落とされていた。
 何時攻撃されたというよりも、攻撃の気配すら感じられなかった。
 
 「大丈夫、すぐに楽にしてあげますよ。だから安心してください」

 母性愛からくる慈愛だった。楽にしてあげようとする善意から来る、悪行だった。

 「お、お前は一体何者だ……」

 「私は嵐山茜です。剣十字教の十字架の一人、剣を示すものです」

 笑顔で自己紹介した彼女の姿が彼に残った最後の記憶だった。
 隊長を殺した後、茜はその場に佇んでいた。

 「ごめんなさい、みなさん。殺してしまいました。皆様の来世が幸福に満ちていることを私は心の底から願っています」

 祈りを捧げる姿は彼らを殺した殺人者のものではなく、慈悲深い聖女のようだった。


 
 



 管理第1世界ミッドチルダ 首都守備隊隊舎 

 「似ている……だけみたいだね」

 43世界で起きた大量殺人事件の犯人の顔を見て私は彼を思い出した。
 たしかによく似ている。
 この殺人犯と嵐山修は非常に良くにている。顔の作りや髪の色など直ぐに目に付く箇所は非常に良くにている。
 だけどさっき戦闘して彼をよく見たからか、彼ではないとはっきろした確信を持てた。

 「嵐山君にとても似ていると思うけれど、フェイトの言うとおり似ているだけって気がしますわ」

 ぼんやりとレナに連れられていたエンドさんが、フィアさんの方に振り向いた。

 「君って、こいつ女だろ。胸が抑えているけれどある、特にレナより」

 エンドさんはだらけていたように見えたけれど確認は怠っていないようだ。もっとも判断は簡単な部類だ。中性的な人物だけれど、どちらかと聞かれたら女と応える人が多いだろう。
 嵐山修という人物を知っている私たちは良く似ている彼を真っ先に連想してしまうから間違ってしまう。頭で彼ではないと否定しても、一度彼を連想してしまうと女性だとは考えにくくなる。

 「こら、一言多い」

 「事実を言って悪いってめんどくせぇな」

 二人はふざけているように見えるけれど、レナの方は半分くらい本気かもしれない。
 エンドさんが言おうとしたことは分かる。視線をレナのものにやると、どうやら彼の言うことは正しいようだ。もっとも正しいからといって言っていいわけではない。
 二人、いやフィアを入れて三人の関係が私やなのはそしてはやての関係に似ているように感じる。
 過去を思い出して昔を懐かしもうとしているのに気づき、頭から雑念を追い払った。過去に浸ることは何時だって出来る、だから今は今しかできないことを進めるべきだ。
 今の最優先目標はアリシアの釈放だ。それを叶えるためにここに来ている。そしてその取引材料も探している。だからこの規模の事件は本当は私の手で解決したいところだ。
 しかしそれはミッドチルダから出ることが出来ない私では不可能なことだ。逮捕は不可能なのならば他の方面からできることを探した。
 戦闘の映像を見て、一番最初に思ったことはオーバーSの戦闘力とその攻撃性だ。
 
 「ところでフェイト、地上隊員の人達が着ているのはなにかしら」

 「あれは確か魔導装甲だよ。聖王教会が創り上げた古代ベルカの遺産」

 海では一時期話題になった。BやCランクの魔導師でもAランク級の戦闘力を持てるようになる武装として知られた。エリートを集めているとされている海でも、魔導師の大半はそういうランクだ。
 実用化されれば戦力の大幅増強になるだろう。さらに兵力にあまりも出来て、地上部隊も潤うと考えられていた。

 「ああ、そういえば教会のこと調べていると出てきたっけ。確か技術を独占しているんだっけ?」

 「そうだよ。聖王教会は所有権を主張して、特定の部隊に貸与をしたんだ。聖王教会の息が色濃く掛かっている部隊だけに限定して」

 有名所で言えばマルク中将が率いる次元航行隊や、43世界を代表とした聖王教会が支配力を持つ管理世界の地上部隊だ。
 他にも敬虔な信徒とされている局員にも貸し出されている。

 「そういやうちの大将も面倒なことを言っていた。約束を破れば聖王教会は管理局から手を引くとか」

 「ガリウム大将の部隊は聖王教会傘下ではないから、研究することも完全に禁じられたはずです。義母さん、ハオラウンには聖王教会の信徒も居たので渡された人もいたけれど、教会の関係者以外には触れさせなかった」

 人当たりの良い局員だったのに、魔導装甲を手に入れてから人が変わったようだった。まるで装甲がなによりも大切かのように振る舞っていた。敬虔な聖王教徒だとは知っていたけれど、教会の声一つでここまで豹変するとは想像もできなかった。
 そうやって部隊はギクシャクし始めた。聖王教会の人間とそうではない人達とで大きな溝が出来ていた。義母さんはそれを埋めるために奔走して、仲を取り持った。でも、それから一月も経たない間にハオラウン派とされた部隊は解体された。
 義母さんとエイミィの親子が乗ったバスがバスジャックに遭い、そして爆発を起こしたからだ。
 
 「聖王教会はあの頃から管理局に対して高圧的な態度を取り始めた。聖王自身が考え出したという魔導装甲に絶対の自信があったからだろうけど」

 「そう、魔導装甲に重大な欠陥が見つかったのよね。Aランク以上の魔導師には装着できない」

 着る装甲なのだ。装甲よりも中身が大きければ切れないのは当然だ。オーバーAの魔力を持った魔導師や、それ並みの技量を持った魔導師には無用の長物だった。
 検証不足だった。かつては有力な騎士達が大勢いた聖王教会だったけれど、四年ほど前から起きている剣十字教による襲撃で優秀な騎士達を次々と失っていった。実験を全て聖王教会で行っていたから、管理局の魔導師を借りることも出来なくて欠陥に気づくのに遅れた。
 魔導装甲の説明をするはずが政治的な問題に逸れている。一人それを聞いていたフィアは背景に気がついたようだった。

 「それはガリウム大将やアスラ大将が行った宗教色の根絶が絡んでいるの?」

 「大有りかな。管理局ができた当初は所属隊員の多くが聖王教徒だった。だから聖王教会は管理局に強い影響力を持っていた。でも管理世界が増えて、管理局員も増えて聖王教徒以外の信徒も増えてきた。聖王教会は布教のために魔導師たちを集めたりしたから、管理局の中での規模は小さくなった。今ではマルク中将の部隊が聖王教会の大きな部隊かな」

 「でさ、大将二人が特定の宗教への傾向避けるような言動をしたから教会のトップ共は大激怒ってわけよ」

 宗教を禁止したわけではない。ただ特定の宗教の考えを管理局は受け付けないというだけだ。聖王教会から資金援助を受けている事務総長に就いている大将や法務部の大将は声明はだしていないけれど、魔導師のトップと実行部隊のトップの影響力は強い。
 聖王教会にとって想定外だったのは魔導装甲の欠陥よりも、剣十字教の襲撃の激化だと私は考えている。

 (でもおかしなところが多すぎる。誰かが聖王教会を滅ぼそうと中から動いている?)

 今分かることは敵の魔導師の腕が相当なものということだけだ。
 ラビットを簡単に破壊し、魔導装甲を装着した魔導師たちもバラバラに斬り殺す。そもそも聖王教会の騎士団を無傷で全滅させている。
 敵の底が見えなかった。

 「まぁ、魔導装甲とか聖王教会とかは放っておいて嵐山はどうみても無関係じゃないわよね。今どこかな?」

 「それなら……あっ」

 「どうしたのかしらフェイト? なにか不味いことでもあったかしら」

 非情にまずいことがあるとは言い出せなかった。
 今頃外ではスティールさんによる一方的な蹂躙が行われているだろう。修君の実力ではスティールさんを倒すのは不可能だ。
 戦闘自体どうかと思うけれど、それ以前に聞き出せるような状態ではないだろう。
 普通は止めるべきだった。止めれなかったらノックダウンさせればよかった。将来的とか色々と考えてそうしなかったのか、それとも自分も気分が載っていたのか今思えば判断がつかない。
 どちらにしても今の状況は私にとって芳しくない。レジアス中将に悪い印象を持たれるのは避けたいからだ。

 (でも彼の回復力は凄いからなんとかなるかなぁ?)

 「それは無駄だと思うわよ」

 あまり聞きなれない声が聞こえた。
 無効から歩いてきたのは、手首に杖を装着して歩いて来る紫色の髪の人だった。
 優しそうで暖かそうな人だった。彼女を見ていると誰かを思い出す。
 そして無駄という言葉が気になった。
 まるで心を読まれて回復を期待することを無駄とでも言われたかのように聞こえた。
 一度でもそんなことを考えると後は悪い方向に考えが向かっていく。
 この人は全部知っていて、そして私を捕らえに来たとかそんな想像をしてしまった。
 
 「あれ、メガーヌさんだ」

 メガーヌ、そうメガーヌ・アルピーノだ。
 ゼスト隊の生き残りの一人で、ルーテシアの母親だ。
 5年前の事件でスカリエッティがどこかに転送していたけれど、当然のようにここにいる人だった。あの時あの男が何を思ってあんな行動をしたのかは、五年たった今でも分からない。
 困ったような表情をしている。嫌な胸騒ぎがした。

 「無駄ってどういうことですか?」

 最悪スティールさんがやりすぎて、再起不能になったのかもしれない。そして記憶障害が出たのかも知れない。
 そんなことはありえないと思いながらも、怯えながら彼女の言葉を待った。
 最悪の想像は掠ってはいたようだ。

 「修君実は記憶がないの」

 「へぇ、記憶喪失ですか。でもそんなの四番隊でなんとかなるんじゃ? 確か死体から取り出した記憶にも証拠能力があるのが今の科学でしょ」

 「そうですね。道徳に反するとか批判も多いですが、管理局員が起こした事件などだとよく使われますよ」

 記憶喪失はほとんど治療可能だ。レベルが高いところだと死んだ脳細胞すら再生できるのだから、忘れて思い出せないということはほぼない。
 だけど依然として不可能な場合もある。

 「もしかして記憶を抹消させるための手段を用いられているんですか?」

 「流石は執務官ね。ミッドチルダの高度医療センターが検査して、四番隊でも検査したけれど一分の記憶については修復不可能としか分からなかった」
 
 「でもどうやったらそんなことが可能になるのかしら? 薬を使った記憶の破壊は再生可能だけれど」

 海にいた頃にも時々であった事例だ。優秀な、それも司法局の裁判官に選ばれるほどの読心能力や記憶解析能力の持ち主や医者たちが努力しても、どうやっても取り戻せない記憶というのはたまにあった。
 重要な証拠を知っているはずの人を助けだしても何も覚えていない、記憶事態が破壊されていることもよくあった。
 
 「記憶力を停止させられてたか、最高レベルの記憶破壊術を受けたかのどっちかだろ」

 近くにあった来客用のソファーに深く腰掛けているエンドさんが天井を向いたままそんなことを言った。
 よく知っているなと思ったが、彼の職業だと当然なのかも知れない。一番良く関わっているだろうから。

 「あら、よく知っているわね。本局の人よね?」

 メガーヌさんがそう尋ねたけれど、エンドさんは未だに上を向いたままだった。

 「……」

 「エンド、いくらなんでも行儀が悪いわよ。自己紹介くらいはしてよ」

 穏やかで淑やかな印象をうけるフィアはため息混じりにそんなことを言っていた。
 どうやら無視したわけではなくて、ただめんどうだからしないだけのようだ。

 「お前は、自己紹介がどれだけ面倒なのかをしらないだけだ」

 「はぁ、自己紹介のどこが面倒なのよ」

 「……」

 「おい、いきなり黙るな!! まさかまた声を出すのが面倒なの?」

 レナがそんなことを尋ねたけれどエンドさんは身動きひとつ取らなかった。

 「そう、肯定するのね。でも私はそれを認めない」

 無言は肯定とすることは多いけれど、彼女らのやり取りからするとよくあることのようだ。
 名前を尋ねようとしたら無言という返事をされたメガーヌさんの困ったような笑顔が引き攣っているように見える。
 大抵の人はこんなことをされたら怒るだろう。シグナムなら激怒しているかもしれない。

 「まあ、あんたの面倒臭がりは大抵目をつぶることにしている。でも、今回は駄目」

 「……なぜ?」

 「だって、自分の名前くらい自分で言葉にしなきゃ相手に伝わらないよ。他人の言葉で語ってもそれはあなたじゃない」

 腰に手を当てたレナがソファーにだらけた様子で座り込むエンドを先生が生徒を諭すような光景だ。
 なのはから聞いた話では教導官としては優秀らしい。この光景を見ると本当にそうなのかも知れないと思える。しかし最年少で除隊となるようだからよほどのことをしているのだろう。
 そんなことを考えていると、どうやら面倒くさいと逃げようとしていたエンドさんは立ち上がった。

 「本局次元航行隊魔導調理部隊長エンド」
 
 「首都守備隊一番隊所属メガーヌ・アルピーノよ」
 
 魔導調理部は大将直属の第一航空艦隊にしかない部署だ。何をしているかと聞かれると公式では魔導を用いた料理の研究とされている。
 一番内容が分かないけれど、それは中身が嘘だからだ。
 本当は処刑部隊だ。しかし処刑部隊なんて名前は問題があるとして調理部とされた。死肉の解体ということもあるからそう付けられたらしい。私としては関連性が全くない部隊名をつけるべきだと思う。
 
 「今の調理部のトップなんだ。前の隊長はどうしたの?」

 「……」

 知り合いなのだろうか、メガーヌさんが尋ねると再び彼はソファーに深く座り込んで沈黙した。

 「ああ、すいませんねメガーヌさん。もう立っているのも会話するのも面倒になったみたいで」

 レナは呆れたようにエンドさんを見ていたけれど、私にはそれは此れ以上の追求を防ぐためのようにも見えた。
 自己紹介くらいはさせるといったが、それ以外は面倒臭がるようならば無理強いはしないようだ。付き合いが長いからできる心配りだろう。
 失礼な態度の連続でメガーヌさんも怒ってしまったかも知れないと見ると、怒りの表情はなかった。なんとも言えない表情だった。

 「あなたも無気力なのね。前の隊長と同じ」

 「メガーヌさん?」

 「ああ、ごめんなさいね。そうね、修君のことを聞きたいんでしょ」

 「え、あ、はい」

 彼女がつぶやいた言葉が気になったけれども、慌てようからして不意に口に出してしまった言葉のようだ。無理に突っ込むことはない。
 
 「彼に昔のことを聞くのは無駄ね。彼自身知らないことなんだから。でも、少しだけは知っている人なら居るわよ」

 






 首都守備隊・治療室

 「じゃあ修君のことを聞きにフェイトちゃんは来てくれたの?」

 メガーヌさんに教えられたのはなのはの居場所だった。彼の過去を知っているのはなのはだと言っていた。
 いつも頑張って活躍しているなのはも今はベッドの上にいた。それでもじっと眠っているわけもなく、半身を起こしていた。
 当のなのは少し不満げだ。来たときは微笑んでくれたけれど、修君のことを尋ねに来たというと少しだけ落胆した表情になった。
 なにか不味いことをしてしまったかと考えると、すぐに思い当たる節があった。

 「あ、なのはの見舞いも」

 「いいよ、今回のことは自業自得。悪いのは私なんだから」

 そういうなのはの表情にはどこか影があった。
 悪いのはなのはと私は考えられなかった。理由を聞いた後ではさらにそうだ。

 「悪いのは連中だよ。なのは悪くない。自分で考えて選んだ行動をしたのなら、私はそれを絶対に否定しないよ」

 それが組織を裏切るという結果だとしても、なのはが選んだ行動ならば私はそれを否定しない。
 だからなのはに刃を向けられなかった。いや違う。私は二度となのはに刃を向けることは出来ないだろう。
 理由は二つある。
 一つは二度と親友を傷つけたくないから。昔みたいなことは二度とやりたくはない。
 もうひとつの理由は最近できた。それはなのはが弱くなったことを自覚したくないからだ。
 身勝手な理由だけれど、私はなのはとは戦えない。だから今回の戦い私は突撃には参加しなかった。

 「そう言ってくれるんだ。ところで、そこの三人組は何をしているの?」

 「ああ、気にしなくていいよ高町。そうね、見舞いでいいんじゃない?」

 「見舞いでいいって、そんな理由で見舞いをされたくないのが私の本心かな」
 
 「へぇ、言ってくれるじゃん。じゃあ私が見舞いのための手料理」
 
 「ふざけたことをこれ以上言うようだったら、悪魔にでもなってあげるよ」

 口調は優しくも言葉は厳しかった。そしてなのはの表情は口は笑っていても、目は鋭く威圧する眼光だった。
 なのはが本気で怒っているときの目だった。

 「レナ、まだそんな馬鹿なこと考えていたの? 高町さんもごめんなさいね。後でちゃんと言い聞かせておきますから」

 フィアさんはそんなことを言いながら、なのはの近くに花瓶を置いた。
 花の香りはきつくない、むしろ心地よい感じのものだ。
 
 「……なんで俺はここに連れてこられたんだ」

 あのままソファーに座っているままかと思ったけれど、レナとフィアが彼も連れてきていた。
 なのはとは初対面のようでなのはも苦笑いしながらの対応だった。

 「えーと、どちらさま?」

 自己紹介を求められたエンドさんは近くにいるレナに視線をやったけれど、彼女は顔を背けた。
 彼の自己紹介嫌いというか、異常なまでの面倒臭がりには驚かされる。
 レナにそっぽ向かれたエンドさんは諦めたように、そして簡潔に自己紹介した。

 「魔導調理部のエンド」

 所属のことを知っているなのは一瞬だけ目を丸くし、普段どおりの表情に戻った。
 エンドさんは扉近くの壁に凭れかかって座り込んでいた。

 「初めまして、高町なのはだよ。所属は……ちょっと分からないな」

 なのはの所属、そもそもこれからがどうなるかは全く分からない。
 原則管理局からの違法魔導師は死刑ということになっている。魔導師重罰化の考えからだ。
 管理局員でないのなら管理局での更生と奉仕活動などで減軽が可能だけれど、それをしない場合はふざけているような罰則がある。
 罰則の大半は死刑だ。だから違法魔導師はほぼ全てが管理局に入る。問題は局員の場合だ。
 通常は現場で死刑。しかし中には特例というのもある。

 「なのはの場合は特例になるかな。だから大丈夫だよ」

 「そうなんだ。でも、ヴィヴィオが無事だからもういいかな」

 「なのは!!」

 「もう冗談だよフェイトちゃん。心配しなくて大丈夫だよ」

 冗談だというなのはの言葉を私は信じられないでいる。なのははどこか自分の命を軽んじているところがある。他人を大切に思いすぎて、自分のことを後回しにしすぎている。
 今回の事件はヴィヴィオさえ無事ならばそれで良かったのだろう。その結果自分がどうなってしまおうとも構わなかった。
 
 「でもね、私はもう満足したんだ」

 満足という彼女の表情は満たされていた。満たされてこれ以上を望んでいないように感じた。
 なのはらしいとその様子を感じた。求める自分の幸せの上限が低い。自分の幸せよりも他人の幸せを優先しているうちにこうなってしまったのだろう。求めるものが少なすぎるから、他人のために戦っている。
 
 「へぇ、それで満足? 理解不能ね。そもそもあんた重傷だってきいたんだけど」

 「重傷は重傷だよ。ほら」

 そう言ってなのはは布団の中に入れていた右腕を見せた。
 見せてくれたのは右腕だけだった。布団の下に入れていた右腕を引きぬいたはずなのに、腕の先には有るべき手がなかった。
 具体的には肘から先がなくなっていた。布団の下にはなにもなかった。
 
 「あれ、それだけなの?」

 なのはの右腕。これまでもそしてこれからも幾多の人を救うその手が無くなった喪失感から声が出なかった。
 対してレナは驚いた表情はしても、口は動いていた。
 
 「それだけって、十分な重傷だよ」

 「そう、だってスレイプニルの主砲をまともに食らってティアナと殺し合いしたんでしょ。手一つって軽くない」
 
 拍子抜けしたような彼女の様子から見て、レナの想像していた重傷というレベルではなかったようだ。
 管理外世界の常識で考えれば文句なしの重傷だ。でも、再生治療の進んだミッドチルダのような管理世界の中でも進んだ世界では重傷と言っても治療にしばらく時間がかかる程度の認識だった。

 「ダメージはもっとあったんだよ。でももう治っちゃった」

 「へぇ、まあ今は嘘だとしても構わないけどね」

 「人を嘘つきみたいに呼ばないでよ」

 少しだけ不満げになのはは反論する。

 「あら、実際嘘つきじゃない」

 「確かになのはは大丈夫と言っても嘘の時が多いよ。特にこういう時に嘘をつく」

 真向から言い返されて、思い当たりがありすぎるなのはは黙った。そしてそのままゆっくりと視線を逸らした。 

 「大丈夫って聞いてもなのはは大丈夫って応えるよね。だからそんなことは聞かないよ」

 「ふふ、あなたも苦労しているのね」

 レナが言うとおり苦労なのかも知れない。なのはの嘘は100%の善意から来ている。善意を治すことはできない。
 そんなやり取りをされたなのはは話を本筋に戻した。

 「ところで修君によく似た魔導師って言っていたけれど、どういう魔導師?」

 「この人だよ。修君良く似ているけれど」

 女性ということも付け加えようと思ったけれど、映像を見せた途端なのはの表情は真剣なものに変わっていた。
 妙な付け加えは不要だった。

 「この女の人は知っているよ」

 映像に見入っていたなのはが口にした言葉は想定していたもので、その中でもいいものだった。
 良い方向のはずだけどなのはの表情が気がかりだった。

 「そもそも日本の人なら大半の人が知っていると思う」

 「へぇ、日本ってあんたの出身世界の地域でしょ。この人有名人か何か?」

 管理世界の人間は国という意識が希薄な人が多々いる。レナもその一人のようだ。彼女らにしてみれば国というものは地域に過ぎないのだろう。

 「有名人かと聞かれると有名人と答えるよ。最低な意味でね」

 なのはの一言でこの場に居る人は彼女がどうして有名なのかは分かった。
 日本全土に知られるほどの凶悪犯罪者なのだろう。

 「最初は狂った義賊と騒がれたんだ。全国の刑務所を襲撃して服役中の人間を一人残らず殺害した」

 狂った義賊。死刑にならなかった人を殺害する義賊ということだろう。しかし刑務所に服役している人間が全て死刑囚とは限らない。
 一部の処罰感情が義賊などと言わせたのだろう。だからこそ狂ったといわれるのだろう。

 「死刑囚だけならよかった。でも彼女は見境なく殺した。政府も様々な手を打った。警察や自衛隊だけじゃなくて、忍者や暗殺者、古武術の使い手とか表に出来ないような奴らまで使った」

 なのはは淡々と語る。その言葉の節々には悔しさが現れている。地球の常識ならそれだけすればなんとかなるだろう。
 だけど相手は魔導師だった。魔導師と単独で戦闘した経験は日本政府にはないから、その無知がそんな愚行をさせたのだろう。

 「結果はわかるよね。完全敗北だった。日本の常識とはかけ離れた兵器を使っても勝負にすらならなかった」

 「そりゃぁ、魔力がこれだけ重要な力にされている背景は魔力のありなしでの戦力の差が絶望的だからでしょ」

 レナが呆れたように言っている。私もレナに近い感想をいだいている。
 管理外世界の戦力ならDランク以下なら十分武装したなら非魔導師でもどうにかなる。Cランクは複数で挑めばなんとかなる。Bランクは集団で戦えば3割の損傷で押し返せる。
 でもそこまでだ。
 Aランク以上になってくると魔力を持たない人間ではどうしようもなくなってくる。
 ましてや彼女はオーバーSだ。魔導師を持たない組織が敵に回せるような相手じゃない。

 「最初は全国指名手配を掛けていたけれど、政府はそれを取消した。平然と町の中で生きる彼女を指名手配犯だと気づいた善人の多くが返り討ちにあって、被害を大きくするだけだから」

 なのははとても心を痛めている。だけど私はそこまで心を傷められなかった。
 珍しいけれど、稀にある話だ。
 魔力持ちが生まれていない管理外世界で魔力を持った人が生まれる。それはよくある話だ。なのはやはやてがいい例だ。
 だけど魔力の使い方を知ってしまうことは稀だ。一番多いのは管理世界の犯罪者が拉致などをして教育した場合だ。前例もほとんどないけれど、自分から身につけたという人もいるらしい。
 魔力文化のない管理外世界に生まれる魔力持ちはどういうわけか強力な者が多い。そんな者を相手に魔力文化のない管理外世界は対策手段を持たない。
 この悲劇を回避する手段は未然に防ぐしかない。管理外世界だけの事件に管理局は介入することが出来ない。
 稀有な悲劇を被った世界を私は何度か見たことがあった。それが地球も含まれていると私は知っても、どういうわけか薄い反応だった。
 それよりも私は恐ろしいことを考えないようにしているという、妙な不安を感じていた。
 
 「それから地球政府、ううん日本政府は管理局とのパイプを持とうと必死になった。でも、できなかった。文化レベルの違いとか、統一の状態とかで依然として不可の扱いを受けているんだ」

 「管理局にしてみればよくある話なのでしょうね。そういうのを見ると、私は心苦しいわ」
 
 フィアの目が私を睨んでいるという錯覚を感じた。この中で本局や海に精通しているのは私とエンドさんだ。そしてエンドさんはその特殊性から殆ど関係ない。そして私は執務官だ。今は免停だとしても執務官であることには間違いはない。
 それなのに私はこの話を知らなかった。

 「管理世界を増やすことに反対の人が多いから。レジアス中将も反対派の有力者の一人だよ。地上部隊のトップの反対は管理世界を増やすときは影響力が大きいみたい」

 「そうね、地上部隊は新世代武装とか自立兵器とかで強化されても戦力不足だから。最近は戦闘機人も増えたから一層。それで足しにもならない可能性があるとね」

 反対派の大きな理由の一つだ。未発達の世界を管理世界に入れる必要があるのかという声が出ていると耳にしたこともある。結局は災害に過ぎないのだ。不幸な災害という認識が強い。
 それでも私はその度に思う。管理局とはなんなのか。

 (ロストギア対策組織。いやもっと言えば、被害を未然に防ぐための組織。なら助けられるはずなのに)

 「……それってほんとうに魔力文化ないのか?」

 突然、寝ているのかと思っていたエンドさんが自分から話しかけてきた。
 堕落しているように見えて意外と真面目なのかと、失礼なことを考えてしまった。
 
 「いや、管理外世界地球は魔力文化はない世界のはずだけど」

 「……神楽将人。ギル・グレアム。ジェイク・タールマン。ドミニク・サンパーテル。ハンス・ベールケ。リン・リャンファ。ジーナ・デ・ポーノ。ハールス・アリコスキ」

 エンドさんの不意打ちのような問いかけにも平然と対応したレナも、彼の突然上げた名前に面食らっていた。
 そのなかで一人知っている人の名前もあった。

 「それ、なに?」

 「お前らは尉官以上だから知れることだけど、処刑された地球出身の魔導師だ」

 エンドさんの言葉に私は違和感を感じた。

 「ちょっと待ってください。処刑執行記録の閲覧はたしかに尉官以上で可能ですが、それは名前と階級だけですよ。出身世界とかは佐官以上じゃないと」

 「……気にすることじゃない。俺は隠す理由もないと思う」

 「そうですか」

 隠す理由というと政治的な面というのが強い。この場では政治的なこととかは関係ないとする彼の考えは間違っていないだろう。それでも規則を守りたがるのは私の悪い癖なのかも知れない。

 「それ全部が地球出身ですか。それも処刑された人だけでもそんなに」

 「いや、地球は出向魔導師の処刑割合ではトップだ。数だけなら他の世界のほうが多い。しかしこれだけの魔導師が居るのに魔力文化がないのか?」

 「地球は管理外世界の中でも人工が多いほうだから、数で埋れているんだと思う。でも魔力を持った人がそれだけいるのなら、犯罪組織にとってみれば格好の餌食だ」
 
 理由は分かっている。問題点は見つけられているのに、私にはどうしようもない。それが歯痒いと思っている一方で、無理なら無理でどうでもいいかとも思っていた。
 地球のことは確かに不自然だ。でもそれは今、私がどうにかする問題ではない。

 (私がすることは決まっている。目的を見失ったら駄目だ)

 自分の目的を再認識した。

 「それでなのは、この人は修君とは関係有るの?」

 「関係はあるよ。修君の……お姉さん」

 彼の姉というのはしっくり来る。しかしそれを言う時なのはが迷ったことが気になった。犯罪者との関係ということだけではないだろう。それを言ったら私なんかどうだろう。
 それを尋ねたかったけれどなのはは口を閉ざした。

 「……これ以上は言えないよ」
 
 「へぇ、箝口令が敷かれているんだ。なに、次元世界規模の問題?」

 「佐官になるためにやったことに関係するかな」

 困ったような笑顔でなのはが言うと、食いついていたレナはあっさりと下がった。
 なのはは上の席を手に入れるためかなり無茶なことをしたというのを聞いている。それは彼女にしては珍しく、自分以外の誰かも傷つけてしまうやり方だった。
 
 「ところで結局この事件はどうするのかしら?」

 「さぁ、フィアは知らないと思うけれどあそこにはあれ以上の戦力はない。というより教会のトップの騎士団が敗北した時点で勝機なんて全くなし」

 「地上部隊ではどうしようもない。海の部隊でもエースクラスを揃えなきゃ勝ち目はないけれど、あそこは聖王教会の力が強いから」

 聖王教会が強い権力を握っている次元世界へは全てあの団体の思い通りにされてしまう。協会側の犯罪者が逃げ込めば本局には捕まえる方法はない。
 昔はそれでもなんとかなったらしいけれど、聖王教会の管理局に占める割合が減ってきたせいで問題が表面化され始めた。
 
 「エースクラスでどうにかなるかな? オーバーSの魔導師が必要な相手だと思うけれど」

 「そんなことはどうでもいいから、さっさと改造始めますよなのはさん」

 改造という妙な胸騒ぎがする言葉を聞いて振り返ると、研究者の白衣に身を包んだギンガが居た。
 彼女はいくつかの資料を手に持っていた。さっきの発言となのはのことから嫌な予感がする。
 だけど当のなのはは至って平然としていた。

 「どうでもいいって、もうさっきの映像見なかったの? いくら強くなったギンガでもあの相手は無理じゃないのかな」

 「そうですね。接近戦型ですからなのはさんよりかは有利に戦えそうですよ。もっとも相手の底が全然見えないから分かりませんが」

 「だったらどうでもいいなんてだめだよ。もしかしたらギンガが行くことだって」

 なのはの言葉をギンガは素早く断ち切った。

 「それはありえません」

 「ありえないって? そりゃ首都守備隊だから首都の防衛が最重要任務だけどそれだけでは」

 「ああ、そうじゃなくて。あれが私の敵として現れることはあり得ないってことです」

 ギンガの発言は不自然だ。まるで彼女がもう撃墜されたかのような言い方だ。

 「何があったの?」

 「ああ、此処に来る前に中将の部屋を通りがかったら聞こえたんですよ」

 中将、レジアス中将が何かを命令したのだろうか。だけどそれだけで終わらせれるとは思えなかった。

 「何を、命じたの」

 「命令じゃないですよ。相手のほうが上の立場なんですから」

 中将よりも上と聞いてエンドさんが反応した。ここにいる中将よりも上というとガリウム大将しかいない。だけど命令でもないということはなにかを知ったのだろう。
 だけど事件が解決したかのようなことを知れるのかと考えてあることに気づいた。

 「まさか、ギンガ」

 他の人もその考えに至ったらしい。それはあり得ることだ。珍しいことだけどあり得ることだった。

 「ええ、想像のとおりですよ。管理局最強の魔導師アスラ大将が出撃しました」
 
 敵は負けだと私は聞いた。
 アスラ大将の前に立った敵は敗北しか手にすることはできない。アスラ大将は神話のような現実の存在だった。
 
 (この事件はもう終わりか)





 管理第43世界

 その瞬間世界が震えた。
 地上部隊を襲撃して、半壊までさせていた茜は壁を突き破り外に出た。
 大気の振動を肌で感じていた。
 続いて地震が起きた。
 世界が震えていた。世界が怯えるように震えていた。
 何よりも支える力を持つ物を怯えさすプレッシャーは茜も感じ取っていた。
 
 「恐ろしいプレッシャーですね。ごめんなさい、こんなにも怒らせてしまって」

 重圧を感じながらも平然としていたが、口から出た言葉は弱々しい言葉だった。
 その後感じたのは雷だった。
 雷のような速さで動いた物を瞳は捉えていた。
 大地は裂けていた。それの速さを支えきれなかった大地は邪魔をしないように裂けていた。
 茜は剣を握り締め、来るべき覇に対峙した。

 「来るのですね。ごめんなさい、手間をかけてしまって。でも、私も譲れませんから」

 彼女がこれまで対峙したことのないような猛スピードで突っ込んでくる絶対的強者に対し、心を落ち着かせて対処していた。
 速さは突き詰めれば限度がある。
 戦闘中にどれだけ素早くても当てれるかどうかは別問題だ。スピードの差は技量で埋めることができる。
 例え光速で動ける敵が相手だとしても、動きを捉えれば先手だって取れるのだ。

 「極式・嵐」

 剣を鞘に収めると茜は腰を低くした。
 それとほぼ同時に腕が消えて見えるようなスピードで銃弾のように刃を抜いた。
 鞘から抜いて敵を斬る。速度は音速の十倍はあるだろう。
 超速の斬撃を茜は真横から接近してくるものに対して放った。
 敵の攻撃よりも早く打ち込める自信はあった。

 「遅い!!」

 しかし敵はそれよりも早かった。
 攻撃を弾き返されるとともに、茜は吹き飛ばされた。
 発射されたミサイルのように茜は遠くへと吹き飛ばされていった。
 飛ばされるときの衝撃でしばらく動けなかった茜も、体勢を立てなおして魔力で自身を減速させて空中にとどまった。
 前方に目をやればさっきまで居たはずの地上部隊の駐屯地が遥か遠くに見えた。 

 「遠くまで飛ばされてしまいました……!!」

 突然の衝撃だった。鋭く、それこそ戦艦のような重さすら感じさせる槍で突かれた。
 それが槍だと認識したときには茜は地面に叩きつけられていた。
 叩きつけられたときの衝撃を受けた地面は広く深いクレーターをつくっていた。
 クレーターの中央で茜は立ち上がっていた。
 殺気を感じて剣で防御できたのが功を奏していた。そうでなければあの一撃でダウンしているだろう。
 この時ようやく茜は敵の姿を目に入れた。

 (まさか、ここまで迷惑を掛けるなんて。本当にごめんなさい)

 心のなかで謝罪していた。

 「剣十字教剣の十字架、嵐山茜です。そこのご武人、名前を教えていただけないでしょうか?」
 
 謝りながら斬り殺していた時とは違った。全力で相手にぶつかろうとしていた。

 「時空管理局大将アスラだ。大量殺害及び公務執行妨害及び局員殺害の罪でお前をここで処刑する」

 巨大なハルバードを片手で軽々と持ち宙に佇み、大気すら震え上がらせているそれは管理局最強だった。
 

 
 
 
 
 

 




 
 
 
 

 
 
 
 

 


 あとがき
 少し更新できていませんでした。
 ようやく出せたかな。管理局最強の魔導師。
 感想ください。



[8479] 第二十六話 管理局最強
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:fb4b7595
Date: 2011/01/11 02:29
 管理第43世界
 開拓ともいえる。
 元は何も無い荒野だった。だが、今は景色があった。
 至る所に大きなクレーターが出来ていた。
 1㎞以上の大きな亀裂が大地に何本も無作為に作られていた。
 まき上げられた砂は大気の色を変え、土は山を作っていた。
 大規模な戦争や自然災害でもあったのかと思ってしまう光景の中で、嵐山茜は神経を尖らせていた。
 聖王教会の騎士達や地上部隊の魔道士達を罪悪感を持ちながら、しかし喜々として屠った彼女だったが今は自分が狩られる側だった。
 バリアジャケットである黒色で統一された装束は右上半分が破れていた。主張の弱いこぶりな胸は晒で隠されていた。 
 
 (右、左、上、下、後ろ……前!!)

 視界を遮る砂埃の中からアスラは重量感漂うハルバードを悠々と構え突撃した。シンプルな突進攻撃だが、音速の五倍ならばそれは必殺だ。
 衝突まで一秒を切った時、茜は納刀し居合の構えをとった。

 (斬式・鎌鼬)

 アスラの突撃を弾くように、居合は放たれた。槍の先端を下から弾くように狙って打ち込まれた居合は刺突の威力を削った。
 相殺することは出来なかったため、打ち負けた茜は斜め下へと落下していった。
 勢いに押されて落下しているが茜はもう体勢を立てなおしていた。衝撃といったものは彼女には通用しない。多少の攻撃ならば完全に無効化してしまう無敵ハイパーアーマーを彼女も持っていた。
 普通の敵が相手ならば大技を凌がれたところに攻撃を加えられ、回避も防御も出来ずに斬り殺されるだろう。
 
 (超音速を超えるようなスピードで移動することは危険なことだから、誰もやらない。普通ならここで隙が生まれます)

 実際のところ超音速とまではいかなくても、高速移動を得意とする魔導師の多くが音速超えは可能だ。
 オーバーSならば音速移動をすること事態は難なく出来る。しかし戦闘にそれを用いることは少ない。
 リスクに対してメリットが少ない。激しい魔力と肉体の消耗や操作難易度の高さ、思考速度の問題もある。さらに被弾でもすれば、その衝撃は並ではない。
 だからこそ一部の魔導師のみが音速の世界での戦闘を行なっている。
 超音速での戦闘を行う魔導師はほぼいない。スピードを出すことは出来ても、そこまでなのだ。そのスピードを活かすことができない。
 自身も音速以上のスピードを出せる茜もそれはよく知っていることだからこそ、アスラの突進とぶつかった。
 当然自分のダメージもある。しかしそれ以上にアスラのダメージは大きいはずだった。それ以前に動きが制限されているはずだった。
 だが今彼女の相手は管理局最強の魔導師だ。
 
 「突式・烈火」

 射程のある砲撃級の突きを放とうと構えた時、茜の視線の先にはハルバードを構えて先端の槍に魔力を収束しているアスラの姿だった。

 (超音速移動を平然と行えるとは恐れ入りました)

 茜の烈火は高ランク砲撃魔導師の速射タイプの砲撃だ。幅は狭いが破壊力は十分だ。
 鋭く尖った砲撃はアスラを貫こうと放たれた。
 アスラにチャージする間など茜は与えるつもりは毛頭なかった。だが短いチャージで十分だった。
 槍の先端から放たれたのは壁のような砲撃だった。茜の視界は全て猩々緋の強い赤で塗りつぶされた。烈火の砲撃はまるで壁に放った矢のようにかき消されていた。
 
 (加速)
 
 剣十字教で編み出された空陸両用の高速移動魔法で砲撃を躱した。その場からも距離をとろうとしたが、すでにアスラが詰めていた。
 茜の元来のスピードを跳ね上げたことで初速は秒速で300mはあっただろう。しかしアスラは初速で音速を越えている。
 追いつかれながらも茜は素早く攻撃した。

 斬式・散水から突式・驟雨への連携。連撃に特化した水系統の連発は致命傷こそ与えられなくても、防御や回避を全て封じる。これで決められなくてもそこからさらに攻撃し続ける。
 攻撃こそが全てであり始まりである四元流らしい戦い方だった。
 管理局の上位の魔導師でも防ぐことも回避することも出来ないだろう。
 しかし相手はアスラだ。最大の魔導師保有数の管理局に置いてのトップだ。
 最後の突きは掌で止められていた。
 
 「素手で……」

 茜がそれを見て一太刀も受けず全て躱すか防ぐかしたアスラに気づいたときには、刃を止めた手から放たれた砲撃魔法で茜は地面を削りながら倒されていた。
 地面を削りすぎて小さな山を作った茜に対し、アスラはハルバードの鉤爪の部分に魔力を込め猩々緋の大鎌とした。
 音速移動で一秒以下で茜の首を刎ねれるだろう。
 しかしアスラは攻撃の手を初めて止めた。
 トラップ程度ならアスラは平然と進む。アスラを止められるものなどどこにもないのだから。自身の力量をよく分かっているアスラだが、警戒心を捨てたことは一度もなかった。
 
 「魔力の急激な上昇、いや魔力の質が変化している」

 目標の変化に対する警戒。敵の状態が読めない以上アスラは迂闊に手を出せなかった。
 戦闘開始から初めて膠着した。張り詰めた緊張の線は次の瞬間には切れていた。
 音の壁を容易く引き裂く超音速の斬撃がアスラ目がけて放たれた。
 この技はアスラは戦闘の中で一度見ている。茜に放たれたときはアスラは左手で受け止めた。
 
 (魔力量、攻撃力、弾速、全てが上昇している)

 ハルバードを振るい斬撃を弾き飛ばした。
 弾いた斬撃は地面をさらに削るだろうが、アスラはもうそんな過去は観ていなかった。アスラの視線は目の前まで急接近した茜に向けられていた。
 音速移動した茜は勢いを殺すことなく武器に変え、さらに空中へと踏み込む足に魔力を込め技を加える。

 「突式・疾風」

 一瞬だけ速さは超音速を突破していた。
 先手として撃った飛式・断空はこの一撃に繋げるためだった。
 ドンッ
 剣で突きをする音などではなく、大砲でも使ったかのような重い音が辺りに響き渡った。
 攻撃を弾いた隙を狙った一突きだったが、アスラはハルバードの柄で突きを防いでいた。
 刃を押し返そうとアスラが力を加えたときには、茜は真横に移動して攻撃態勢に入っていた。
 横目で確認すると同時にハルバードを振るったが、それよりも早く茜の刃が振るわれた。
 
 (最も上昇しているのは反射能力と身体能力か)

 一太刀浴びながらもアスラは平然としていた。 ハルバードで攻撃しながらも魔力で斬撃を抑えていた。
 それでもアスラの体から血が流れているのは事実だった。この戦闘どころか近年の戦い野中では久しい傷だった。

 「ごめんなさい、エクステンスコアを使っちゃいました」
 
 心から申し訳なさそうに、それでいて残酷な表情を浮かべる茜の右手の甲には十字を写したコアが埋めこまれていた。
 剣十字教が使うエクステンスコア。
 肉体と魔力の融合を行い、爆発的な戦闘力を得るアイテムだった。
 茜の右手は剣と融合していた。また弾き飛んだはずのバリアジャケットはボロボロの簡素な衣のような物から変化し、立派な黒い袴となっていた。
 袴からは木目の細かな細い黒布が至る所から伸びている。
 
 「でも、許して下さいね。貴方は強いのですから、許してくれますよね。それでは参ります」

 空中の足場から加速しアスラへ突っ込むと見せかけ、左へ、右へ、高速フェイントを繰り返した。
 動作無視キャンセルアクションと超高速移動の併用は、見切りにくいフェイントを可能にしていた。
 上から斬りかかると見せかけて後ろに回り、さらに右に移動して前方へ移ると即座に斜め上空へから攻撃。
 攻撃と見切ったところでその動作から即座に別の行動を取られると対処の仕様がない。
 しかし高速多重フェイントからの攻撃にアスラは動じない。
 全ての攻撃を見きり、その全てに反応していた。茜が攻撃すると同時に叩き潰す用意が出来ていた。
 アスラが見切っていることを茜は感じ取っていた。
 極端に攻撃に特化しすぎた四元流はカウンターに弱い。躱されても攻撃に移れるように動作無視キャンセルアクションという技能があるが、回避に移る一刹那は無防備だ。無敵ハイパーアーマーは精神とバリアジャケットの強化でなせる技であり、一定以上だと耐えることなど出来ない。
 だからこそ確実にカウンターが可能なアスラに対しては、フェイントからの攻撃では一撃必殺を狙う以外ない。しかしそんな攻撃をアスラが見逃すはずもなかった。
 また持久戦というのも苦手な部類だ。
 攻撃以外の手段を捨てることで圧倒的な攻撃力を持つ四元流は短期決戦型だ。さらに二つの特殊技能は体と精神を酷使している。
 フェイントからの奇襲が無駄だと見抜いた茜は後ろへと下がった。
 後退するという得意の流派から大きく逸れた行動を取った茜は無攻撃状態になった。その隙をアスラは見逃さない。
 魔力を矛先に収束させると、砲撃するのではなく巨大な魔力のランスを創りだした。そのランスを音速の速さで叩き込む。
 対する茜は後退をキャンセルして、攻撃力に特化した土系統の突式・岩砕を繰り出した。
 巨大な魔力の塊の盾を肩に作った上での突進攻撃は加速によりさらに破壊力を増す。
 目の前のものを討つことに長けた二つの技がぶつかり合った。
 先に壊れたのは茜の盾だった。

 (エクステンスコアで底上げをしても、パワーもスピードも相手のほうが上ですね)

 あらゆる能力値がアスラは最高値だ。
 だが茜の突進の威力と盾の強度はかなりの物で、魔力のランスも砕け始めていた。

 (防御力も上でしょう。でも、必殺は出来ますね)

 突式・岩砕は押し切る力を高めている。魔力の盾の突進から突きを叩き込む。
 アスラの防御力は茜よりも上だろう。しかし攻撃を決めれば殺すことはできる。勝機はあるのだ。
 茜の刃はアスラを穿とうと両手で握り締められて打ち込まれた。アスラの突きを紙一重で躱しながらの攻撃だ。
 勝てると踏んだ茜だったがアスラはハルバードを持たない左手に魔力を込めた。ただ魔力を集めるようなものではなく、砲撃級の魔法でも撃とうかとするような収束だ。
 左手の掌に集められた魔力は猩々緋の濃く分厚い閃光として、空気を激しく震わせながら放たれた。
 赤い破壊光線は岩砕の突きぶつかり、消しきれなかった茜は真正面からアスラの砲撃魔法を受け吹き飛ばされた。

 (一瞬であれだけの高速収束に砲撃魔法なんて卑怯じゃありませんか。でもこのくらいのダメージならすぐ回復)

 ダメージは大きくはなかった。バリアジャケットも一部吹き飛んだ程度だった。
 だが一息つくまもなくアスラは追撃してきた。
 雷の如く振り下ろされたハルバードはまさに神の鉄槌だった。
 剣で咄嗟に防御した茜だったが、そのまま地面へと急降下した。両足が大地に突き刺さりクレーターを作り出していた。
 
 「飛式・業火」

 叩きつけられたとき剣に込めた魔力を茜は爆発させた。
 茜を中心として半径30mにも広がった爆風は、その範囲のものを全て消し飛ばした。
 だが茜は攻撃の手を緩めない。いや、緩められない。
 ヘブンズソードにて修が放った業火とは比べものにならない規模の攻撃だ。攻撃範囲の拡大もあるが、圧縮された魔力の爆発は塵一つ残さないほどだ。
 相手が普通の魔導師なら即死、上位の魔導師でも負傷は必須だろう。
 だが相手は管理局最強だ。
 普通なら倒せるでは倒せない。禁断級の質量兵器を多用したところで勝機はない。次元世界を破壊できるかどうかというレベルでようやく可能性が見つかる程度だ。
 実際、茜の攻撃は攻撃になり得ていなかった。緊急回避に過ぎない。

 攻防は一瞬で入れ替わる。攻めのタイミングを互いに奪い合う戦いだ。
 奪い合いに負けたものは守りを取らされ、そして討たれる。
 大規模の範囲攻撃をした茜の隙は大きく、アスラは攻撃に移っていた。
 ハルバードの鉤爪に魔力をこめ巨大な刃を作り出し、振るうとともにブーメランのように発射した。
 猛スピードで体を跳ね飛ばすようなスピードで飛翔するそれは数を増やし、いつの間にか十本にもなっていた。
 
 (スフィアの要領で操作しているみたいですね。速い上に鋭さもあるとかちょっとずるくあるませんか?)

 「複式・吹雪」
 
 迫り来る回転する命を狩る鎌を前に、茜が納刀すると腕が消えた。
 同時にブーメランは全て引き裂かれた。
 風系統と水系統、スピードと連撃を合わせた吹雪の乱舞は目にも留まらぬ早さで周辺を切り刻む。
 文字通り吹雪の如く。
 一度起きた吹雪は止まらない。荒れ狂う風は冷たい武器を纏って凶器となる。
 目の前を覆い尽くす斬撃の嵐は冷たさを纏って命を奪う。
 
 (ごめんなさい、塵も残さないようにみじん切りにしますから許して下さいね)

 圧倒的な手数で仕留めようとする茜の策は間違っていない。
 スピードを活かした攻撃も一撃必殺を狙った攻撃も、広範囲への魔力攻撃も通用しなかった。
 だからこそ手数での勝負を挑んだ。

 「アルティガ、モード2」
 
 不運なことはただ一つ。アスラは手数の戦いも行えることだ。
 ハルバード型デバイスアルティガ。
 モード2は接近戦特化だ。斧、鉤爪、槍といったハルバードの得物は巨大化しより鋭利になった。それだけでなく柄全体に魔力で滾る。
 一振りの破壊力は段違いだろう。
 そして単なる攻撃力の上昇だけではない。
 魔力の付加による自身の高速化。
 移動速度は変わらないが、攻撃速度が段違いに上がっていた。変わらない移動速度は初速から音速を出せている。
 超高速状態から繰り出されるのは突きの嵐。
 それは例えるなら流星群だろう。
 分厚い大砲が流星群のように茜へと注がれる。
 降り注ぐ流星群とぶつかるのは斬撃が生み出した吹雪。
 黒い刃から繰り出される斬撃の吹雪は大砲のような槍の一突きで削られる。
 だが手数はやはり茜のほうが多い。
 しかしアスラの方が力は上だ。
 一発の突きを数十の斬撃で相殺する。
 天から降り注ぐ流星群は吹雪を散らし、黒い斬撃の吹雪は流星群を飲み込む。
 技と技のぶつかり合いは見事なもので、拮抗しているようにも見えた。

 (手数なら勝っている。だけど重すぎる)

 当然のように体力も魔力の消耗も茜のほうが激しい。
 凌ぎ合いを続ければいつか敗れるだろう。
 攻め手を変えるかと茜は考えた。その思考が隙を生む。

 茜の意識の僅かな隙をついてアスラはカートリッジを挿入。
 それもただのカートリッジではなく実験段階であるトリプルカートリッジだ。
 たった一つで従来の三倍の増加となる。
 反発は通常のカートリッジよりも上だが、高速戦闘の中ではこの一瞬での爆発が勝敗を決める。
 爆発するように強化された魔力は星を砕く隕石のごとく。

 「えっ」
 
 斬撃の吹雪を吹き飛ばし、茜の体を貫いた。
 それは強者が圧倒的な強者に殺される瞬間だった。

 「ぐはぁっ」

 直撃の寸前で体を逸らした茜だったが、左上半身が消し飛んでいた。
 心臓も抉っただろう。
 腰近くまで吹き飛ばしているのだ。死んでいると考えるのが適切だった。
 彼の任務は抹殺。
 犯人の組織も背景も何もかも分かっている。そして生かしておく理由もない。
 故に処刑を彼は任されていた。
 茜の様子を見れば任務完了。
 飛行魔法が終わり自然落下した茜は地面に叩きつけられた。
 落下した死体というのは醜いものだ。生きているときは誰もが美人と評した茜でさえ、その死体は穢らわしいといったものとなっている。
 アスラには死んだ彼女に同情などはなかった。しかし放置する理由もない。
 
 「死人には悪人も善人もいない」

 これがアスラの判断基準の一つだ。死んだ以上それ以上のことは彼はするつもりはなかった。
 残った仕事は彼女の死を本局に通達するだけだ。

 (こやつの出身は管理外世界か。部下に行けるものが居るのならば行かすか。無理ならば共同墓地だな)

 死体の回収は彼の仕事ではない。
 しかし彼がしなければ地上部隊が担当になるだろう。地上部隊は彼女に恨みを持っていることは容易に想像できる。
 
 (地上は仲間意識が強すぎる。死体への蛮行などするだけ無駄だということを言っても理解しないだろう)

 過度の暴力は行った側にもマイナスの影響を与える。地上部隊の士気がこれ以上低下すればそれだけでも管理世界の損失につながる。
 だからアスラは茜の回収に向かった。
 地上へと降下していき茜へと近づいたとき、それは起こった。
 
 「ごめんなさい、私まだ死んでいません」

 言葉を聞いたときにはアスラは体を翻していた。
 なぜ動いたのかと聞かれれば彼は直感と答えるだろう。まさに直感で動いていた。
 それと同時に鮮血が迸った。
 胸部を斬りつけられていた。
 背後を見やればそこには茜の姿があった。
 しかし落下して脳髄までも飛びてていたはずの頭は元通り修復していた。
 へし曲がったり千切れたりした両足と右腕は無傷だった。
 なによりも吹き飛ばしたはずの左上半身が修復していた。
 
 「再生能力か」

 「驚かないみたいですね。驚かせてしまったら申し訳ないなと思っていました」

 振り向いた茜は困ったように笑う。返答することなくアスラは再び攻撃しようとしたが、彼にしては珍しく押しとどまった。
 戦闘中に彼が止まる時は警戒することが多い。
 茜のBJは再生途中だった。
 彼女の晒さされた裸体が包まれるなか、アスラは彼女の襷に視線をやっていた。
 不必要なほど彼女のBJには黒く細い布が張り巡らされている。そしてその本数も多い。
 しかしその一品が短くなっていた。
 
 (修復忘れではないな。なるほど肉体の魔力化による再生能力。そして再生用の魔力は常に別にあるということか)

 再生能力を持つ、それこそ時空管理局の魔導師にはそれなりの数いる。もちろん能力の差はある。血管だけなら治せる者から、細胞一つから完全に再生する者まで。
 だからこそ再生能力を見せられたところでアスラは驚きもなかった。
 もっとも最初の小競り合いで茜が再生能力を持っていることは考えていなかったため、先程の奇襲を受けてしまった。

 (布の数は合計で24本。減り具合からすれば全身修復で一本消費といったところか)

 再生能力持ちと戦うときに重要なのは再生前と再生後の違いを認識することだ。
 僅かな変化でも見逃してはならない。
 超音速からの突進、そしてそこから繋がる世界すら引き裂かんとする一閃。
 振り上げた斧は凄まじい重量感と威圧感、そして非常さを感じさせた。
 
 「終式・刹那」

 猩々緋の色で染まった空間すら断ち切る一撃を茜は黒く染まった刃で迎え撃った。
 自身の魔力を刃に収束し切れ味を跳ね上げる伝家の宝刀ともいえる刹那だったが、分が悪いのか押されていた。
 魔力の収束は茜のほうが上だ。しかしアスラは底なしの魔力を武器にし、斧の殺傷力は削られことはなかった。
 そのまま打ち合いにもつれ込んだ茜だが、剣術で優っていても体にかかる負荷は想像以上だった。

 (刹那は肉体強化を弱めてしまう。だけどこの威力は刹那を解けば刃を切られて斬り殺されるだけ)

 斬り殺されても再生することはできる。
 しかしアスラはすでに茜が再生能力を持っていることを知っている。
 下手に殺されてしまえば、そのまま再生用の魔力が尽きるまで殺され続けると茜は危惧していた。
 相手が管理局最強の魔導師ということを考えると、危険と感じた時点で敗北は決まると考えた茜は正しい。
 このまま斬り合いを続ければ攻撃のチャンスは巡ってくるかも知れない。近接戦闘は彼女の得意分野だ。
 だがアスラの攻撃と打ち合えば打ち合うたびに茜の体は傷ついていく。徐々に再生しているがもうじき布に変えている魔力が一つ尽きようとしていた、
 斬り合いを続けて機械を見出すことは危険だ。
 再生能力がばれている以上、彼女はもはや隠すことを諦めた。 

 「終式・刹那改」

 そのスピードは異様だった。
 先程までの茜のスピードとは段違いの回り込みだった。
 そしてそこから振るわれる斬撃もまた段違いだった。
 アスラの背後を取り放った必殺の一撃だったが、石突きによって刃は防がれていた。
 
 ピキッ
 
 亀裂が入る音がした。
 茜はそのまま斬り込もうとしたが、突如全身に悪寒が走り距離をとった。
 前を見ながら後ろへ移動していると、茜が居た空間が爆ぜた。
 空間が歪んだかのような爆ぜ方だった。

 (石突きで防御したときにはもう攻撃していましたね。咄嗟の攻撃が必殺レベルですか)

 一方のアスラが石突きを見ると亀裂が入っていた。
 ここ数年では久しぶりのデバイスの破損だ。
 頭の片隅で長く世話になっている親友にまた世話になると考えていた。
 そして再び構えたときには破損の原因に行き当たっていた。

 (石突きの強度は斧と同じだ。それなのに破損した。そしてあの加速、魔力を収束させて肉体強化したのか)

 刹那改。それは刃のみを強化した刹那を改良し、全身のあらゆる箇所を瞬間的に強化する技だった。
 強化する部位を次々と移動させることによってアスラのデバイスにさえもダメージを与えるほどの威力をだした。
 一連の流れでアスラは引っかかることが合ったが、その可能性を否定した上で戦闘を続行した。

 アスラの攻撃に気づいた茜も再び刃を振るった。
 二人の戦いはさらに激化していった。
 音を超えた速度での戦闘は衝撃波だけで世界を砕く。
 ぶつかり合わなかったところでさえ大きく抉られた。
 刃が交差したところなど、大きなクレーターが出来ている。
 戦場は次から次へと移動していく。
 光景が一変した荒地から海へ。
 海を何度も切断し、穏やかな海は酷く荒れた。
 山間部では躱された攻撃一つで、山が一つ吹き飛んでいた。
 唯一の救いは居住区にまで戦闘が届かなかったことだ。
 生き残っていた地上隊員による避難警告もあり、そしてアスラは人の気配に茜を近づかせなかった。
 超高速戦闘の中でもアスラは有利だった。
 はたから見れば対等な戦いだろう。
 だが世界を半周ほど戦い続けた頃には茜の黒く細い布は8本まで減っていた。

 地割れを起こすような衝撃波に飲み込まれて殺された。
 地面に挟まれたところを砲撃魔法で消し飛ばされた。
 割られた海の底で殺された。
 海底まで叩きつけられて殺された。
 山に叩きつけられて潰された。
 その他思い出すのが嫌になるほど茜は殺された。
 そしてその激戦の中アスラは未だに致命傷一つ負っていなかった。
 茜は弱くなどない。
 強いほうだ。いや、強すぎる部類だ。
 Sランク以下の魔導師では一回も殺せないだろう。
 オーバーSで殺せるか殺せないかだ。
 非殺傷で手加減して相手できるようなレベルではなく、まっとうな魔導師では相手にもならないだろう。
 地上最強とも言われたゼストやティーダ。そしてガリウムなどといったレベルの魔導師でなければ太刀打ちならないだろう。
 間違い無く彼女は強い魔導師だ。
 
 だが、アスラは最強だ。
 オーバーSの化物やそれを超える怪物のような魔導師達の頂点に立つ男だ。
 そもそも茜が手に負えるような相手ではなかった。

 (これが組織のトップなのですね。剣十字教で戦えるのはアリスタ一人でしょう)
 
 相手は次元世界最大の魔導師の保有数を誇る管理局の魔道士達のトップだ。
 高い戦闘力を持つ剣十字教の幹部といっても相手にならない。相手になるのはただ一人、剣十字教における最強アリスタ・クロウだけだ。
 このまま戦っても殺されるだけだった。
 死ぬことは怖くなかった。
 自分がやっている行動がどれだけ酷いのか自覚している彼女はいつだって殺されるつもりでいた。

 (でも、今はまだ駄目です。死ぬことは許されない。私の役目を果たすまでは死ねません)

 周りを見れば遠くに市街地が見えた。
 だがそちらには接近できないだろう。
 町への接近はアスラが全力で止める。

 (転送用のダイアルドアの発動までは5分かかる。5分間魔力を注ぎながら、アスラから逃げることは私にはできない)

 アスラの隙をついて5分稼ぐ必要があった。
 短いようで長い5分だった。
 その時茜はある物に気づいた。
 それは一か八かの賭けだった。だがそれに賭けなければ生き残ることさえ不可能だろう。

 (2本使いますが仕方有りません)

 両手で剣を握り締め、茜は魔力を刃に込めた。
 同時に黒く細い布が1本消えていった。
 茜の攻撃が危険なものだと察知したアスラは食い止めようとしたが、防げる類ではなかった。
 
 (この技はまさか、刹那!!)

 「四元流奥義。終式・真刹那」

 大きく剣を振るう。
 その瞬間周囲は黒い魔力に包み込まれた。
 空間を切り取ったかのような黒い球状の中にアスラと茜は居た。
 刹那は四元流の中でも特殊な剣術だ。
 攻撃が全てである四元流において唯一、武器強化の技だった。
 常に攻撃することによって防御も全て捨て去った戦闘を行う四元流の理念とは少しずれている。
 だが修や茜が使っている刹那は本来の姿ではない。 
 真の刹那はこのように空間を作り出す剣術だ。
 修や茜が刹那と言って使ってきたのはこの技の前段階を用いた技だ。
 刃に魔力を収束するのではなく、空間を自身の収束した魔力で包み込む。
 敵の動きを奪いつくした上で止めを刺すのがこの技だ。

 (でも、これでも仕留めれそうにない)

 アスラの様子に流石と茜も感嘆していた。
 瞬時に自身を魔力で包みこみ、刹那の影響を受けないようにしている。
 仮にこの技が完成した、敵の一刹那を己の一秒に変えるほどの威力を用いているのならば通用したかも知れない。
 だが、まだ茜はその高みに至っていない。

 (やはり真刹那は一つでは通用しませんか。でも、これがあります)

 さらに1本布が消えていった。
 膨大な黒い魔力が茜を包み込む。
 刹那の有効時間が解ける直前に、準備は整った。
 
 「これがあなたへの最後の攻撃です」
 
 茜から発せられる殺気は穏やかな口調とは裏腹に激しい物だった。
 全身再生一回分に匹敵する魔力を攻撃するための力に変えた。
 迸る魔力はそれすら武器なのかと錯覚させる。

 「神式・伊邪那美」
 
 刃に込められたのは明確な殺意。
 ただ殺すためだけに込められた殺意だった。
 その技の先には死しかない。生を否定した四元流の秘奥義だ。
 茜がこの技を使うのは対人戦では初めてだ。
 しかし威力だけならば知っている。

 (1000を殺す)

 真刹那から抜けたその一瞬を狙って茜は刃を振るう。
 奥義と同じ位にある神式の剣術。
 強化された肉体から繰り出すのは神速の剣術、文字通りの神の業。
 為す結果も神の領域だ。
 一切を無視して千を殺す。
 如何なる努力も知恵も勇気も行いも全て無視し、千を殺し尽くす凶刃。
 不条理なまでに無慈悲なそれは自分以外の物のすべての命を根絶やしにしてしまう。
 黒い閃光が走った。
 
 何が起きたのかそれを見て理解できたものはほとんどいないだろう。
 そもそもその閃光がなんだったのか知る者も少ない。
 あまりにも常識離れした現実は時として、嘘として扱われる。
 この技も嘘として扱われてしまいそうだ。
 だが現実は現実として存在する。
 
 クレーターが突如出来た。
 
 閃光が見えた次の瞬間にはクレーターが出来ていた。
 二人の激闘の中、クレーターくらいならいくつも出来ている。
 だが他の全てのクレーターが出来る要因が合った。
 それが今回は何もなかった。
 閃光が見えたと思ったときにはクレーターが出来ていた。
 それこそひとつの街が埋まるくらいの大きなクレーターだった。
 突然だ。
 あまりにも突然過ぎるクレーターだった。
 理解出来ない現象の渦中、突然出来たクレーターの中心にはアスラがいた。
 管理局最強の魔導師アスラだ。
 最強という、一番上の存在に居る彼だがその姿は傷だらけだった。
 ここまでの負傷は数年、数十年単位で遡らなければないほどの負傷だった。
 
 しかしそれもまた不自然な現実だ。
 閃光の直前まで彼は多少の傷しかなかった。
 クレーターの中心に居るアスラはかなりの負傷だ。
 光ったと思ったようなそんな一瞬でアスラはここまで負傷したのだ。
 管理局最強がここまで一瞬だけでダメージを負ったのだ。
 もちろん倒れてしまうほどの負傷ではない。
 だがアスラを一瞬だけでも行動不能にしたのは事実だった。
 
 不可解な現実を起こしたのが伊邪那美だ。
 光のような一瞬で千を殺す刃だからこそ可能な技だ。
 それを受けても倒れることないのはアスラだから出来たことだろう。
 最もこの一瞬の隙が勝敗を決めてしまった。

 「極式・焔」

 アスラから少し距離を取った所で茜は爛々と輝く魔力を込めた刃を突き刺した。
 十字を模した剣を差したその姿は、十字架を大地に刺すもののようにも見える。
 しかし十字架を刺すという儀式は悲劇の幕開けだ。
 突如、大地震がこの世界を襲った。
 局部的なものだが、周辺の地形が歪んでしまうほどだった。
 地震を起こした茜は刃を抜き去り、胴から切り落とされた体を見捨てて空中に逃げた。
 体の半分を切り落とされながら再生し、アスラをその視界に見据えた。
 
 (伊邪那美を受けてたった数秒の隙しか作れないなんて、本当に凄い方ですね)

 伊邪那美のダメージがなければ茜の体は消し飛んでいただろう。
 今こうして距離をとれたのもあの攻撃があったからだった。
 先程までの流れならばアスラはこのまま茜を攻めただろう。
 だがアスラは周辺を見渡し、それに気づいた。
 アスラが目を止めたのは土だった。
 
 (まさかこの山は)

 「気付かれましたか? お気づきのようにそれは火山です。さて、あんな地震が起きたらどうなるかはおわかりですね」

 空気が振動するような音と共に噴火は起きた。
 全てを消してしまう溶岩が流れ始めた。
 最悪なことに流れやすい質の溶岩だった。
 そして最悪なことは一つではない。
 視線をやれば少し先に大きな街があった。
 このままでは街は溶岩に飲まれて消え去るだろう。
 
 「ああ、ごめんなさい街の皆様。皆様を殺して全てを奪ってしまうなんて」

 茜は本当に涙を流しながら嘆いた。
 その嘆きは本心からのものだった。
 
 「全て悪いのは私です。殺したがりの私です。ごめんなさい、私は人を殺したい!! 殺しても殺してももっと殺したい。ごめんなさい、こんな殺したがりでごめんなさい」

 茜は泣いていた。殺してしまうことに泣いていた。
 だがどれだけ罪の意識に苛まれても、彼女は殺しを止めない。

 「ごめんなさい、ごめんなさい。私は殺したい。目に映った人全てを殺したい。そして死んでほしい。ごめんなさい、ごめんなさい。無駄だと知っても私は謝り続けます。これが殺したがりの私でもできる唯一のことですから」

 異常なまでの殺人鬼。
 だがアスラはその殺人鬼の抹殺を後回しにした。
 優先すべきは今死の危機に瀕している人々を救うことだった。
 溶岩を止める。
 それは自然災害を人の手で止めるということだ。
 自然に人は勝てない。
 だが人を超越した魔導師、その最強であるアスラならば自然すら止めれる。

 (否、止めなければならない。こんな不条理で死んで良い生命などどこにもない。私は管理局員だ。人を守ることが私の使命だ)

 茜は溶岩へと向かうアスラを攻撃しようとしたが手を止めた。
 やるだけ無駄だ。
 戦闘には負けた。
 だが茜は生きて逃げれる。
 これが勝利と言わずしてなんというだろうか。

 「さようなら、管理局最強の人。……あなたのような人が沢山いたら、もっと多くの人の命が救われているのでしょう」

 
 
 



 
 二人の死闘はアスラの記録を通して伝えられた。
 アスラが溶岩を食い止めたとき、すでに茜の姿はなかった。
 管理局の上層部、特に事務総長である大将の一人はこの映像を見て、絶望していた。
 最強でさえ仕留められない敵がいた。
 そのことに絶望せずには居られなかった。
 しかし隊員たちには良い影響を与えた。
 圧倒的な力を持つ敵を圧倒的な力で倒すアスラ。
 そして自然災害さえ食い止め、彼が来てからは誰一人死んでいなかった。
 その姿を見て数多の隊員達はさらなる高みを目指そうとした。
 
 一部茜の影響を受けたものもいた。
 一人は黒い守り手の剣士嵐山修。
 スティールの戦闘のあとに気絶から目覚めた彼は怒られた。
 隊員に喧嘩を売ったのだからそれは当然だろう。
 しかしスティールが訓練と主張したためお咎めは警告で済んだ。
 その後隊長に渡された映像をヴィヴィオと共に見て、彼は自然と笑顔になっていた。
 
 「ねぇ、どうしてそんなに笑顔なの?」
 
 少女の無垢な問いに彼は答えた。

 「大事なモノを見つけたからだよ」
 
 一人はエースオブエースと呼ばれた魔導師高町なのは。
 彼女は映像を持ってきたギンガに言った。

 「ねぇ、ギンガ。私、あれ欲しいな」

 「あれですか……ああ、あれですか!! 任せてください!!」

 
 
 

 
 
 

 
 



[8479] 第二十七話 はやて・ナカジマの策
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:fb4b7595
Date: 2011/03/24 03:45
 管理局最強の男がその武勇を振るった時から、時は数刻戻る。

 管理第八十八世界ツバル

 「見事な海やなぁ」

 輸送艦から外を見れば、そこには海しか無かった。
 一望千里、全て海だった。

 「はやて准将、後37分で到着しますよ」

 2年前から操舵手をしてもらっているホラント君の顔は見えないけれど、きっと苦笑いをしているだろう。
 彼は先ほど37分といった。彼は時刻をいい間違えたことはない。だからあと一時間くらいこの海を見なければならないと考えると気が滅入る。

 「ホラント君、道は間違えていないやろね」

 「間違えてはいませんよ。ワープできる位置から港につくまでこの船だと最短で3時間14分ですから」

 今度大将にワープについての上申書でも書くべきかと本気で考えた。管理世界に影響が及ぼさない地点を選んでいるということは分かっていても、移動にこれだけの時間がかかってしまうのは問題だ。
 緊急を要する事態になったとき、助けが間に合わない。
 そこまで考えただけで何も考えずに昔の私なら動いていただろう。
 実際はワープに必要な魔力を得るためやワープできる位置といった考えから算出された場所だ。試算くらいなら今までに何千回も行われてきて、結局この位置が最も利便性がいいということになっている。
 若さにかまけた勢いはなくした代わりに、少しは落ち着けるようになった。
 ゲンヤさんが言うにはまだ先走りすぎらしい。
 だからいますべきことは心を落ち着けることだろう。
 焦った心は視野を減らす。それは指揮官が戦場を把握しないという最悪な展開につながってしまう。
 
 (二度とあんな過ちは犯さないためにも私は自制することを知らなきゃ)

 大事な家族を失い、そして親友や部下の多くが私から離れていった。
 それは全て未熟な私の責任だった。それを知れただけでよかったのだろう。重過ぎる代償だとしてもだ。
 今の部隊はそんな私のことを信じてくれる人達だ。私の夢を信じて、そのために戦ってくれる面々だ。そんな為か厳選したわけでもないのに、相変わらず規模の小さい部隊だ。それこそ後ろ盾しかなかった二佐の頃のほうが大きい部隊だった。
 ここにいる人達は誰ひとりとして欠けてほしくなかった。だから不安を感じているのならば、それを取り除かなければならない。 

 「どうしたん? キャロ。震えとるよ」

 「あ……その……ごめんなさい」

 昔のあまりにも小さかった体から、歳相応な体つきとなったキャロ。無造作に伸ばされている桃色の髪のせいか、少し大人びている。
 だけど昔の面影など全くないかと思えるほど彼女は暗くなってしまった。
 原因は二つあって、そのどちらも私の責任だった。

 (フリードが死んでエリオ行方知れず)

 この五年間キャロはそのショックから立ち直れていない。
 そして彼女の故郷へ行ったとき、彼女の心を砕くほどの出来事が待っていた。

 (ルシエ一族の滅亡。誰ひとりとして生き残りが居なかった)

 彼女のためと思ってやったことはどれも裏目にでてしまった。しかしそれはもっと冷静になって考えれば未然に防げたことだ。
 そして今回の戦争。彼女は怯えているのだろう。

 「大丈夫やキャロ。絶対に死なさせないから」

 私を見上げるその瞳には嘗ての輝きは見当たらなかった。不揃いに伸びた前髪が瞳にかかって見える。
 放っておいたら前が見えなくなっても髪を切らないから、彼女の前髪を私が定期的に切っていた。また切らないといけない。

 「……ありがとう……ございます」

 「気にせんでええ、部下を守るのは当然のことや。さて、皆。最後に総復習と行こうか」

 今から死地に行くからか、ここの空気は異様なまでに暗かった。この空気のまま戦場にでたら、どれだけの部下を失うか分からない。

 「さて、まずなんでこの戦争が起きたかについて、ホラント君」

 相手の都合も考えない突然の振りだったけど、ホラント君は前を向いたまま振向くことなく答えてくれた。

 「聖王教会による土地の不法利用でしたっけ」

 「そうや。ここツバルの法の一つに大地教以外の宗教的な土地利用の一切を禁止するなんてものがあるからやな。この世界は一国しかない上に、一宗教しか存在しないから法律に宗教が根強く絡んどる」

 「絡んでいるということばは不確かなものではないか。ここの法律は大地教の規律が発展した法律だ。宗教があってこその法治が行われている」

 「そうやな、シードルさんの言うとおりや」

 手厳しいところを突いてくれたのは魔導師たちの中では最年長であるシードルさんだった。長いこと海での任務に携わっている歴戦の猛者で、リンディさんが亡くなった後に私の部隊に来てくれた。
 その容貌はまさに歴戦といった感じで、顔中どころではなく全身に古傷がある。色素のない髪少し焦げた髪と鋭くも穏やかさのある視線が彼が生きてきた道を顕にしている。
 部隊の中では一番機関の短い人だけど、今では最前線で戦うメンバーの精神的な支えにもなっている。

 「戦争の勃発は半年前に管理局が所有している土地に聖王教の教会が建てられ、それを第88世界の法王が処分命令を出したのを教会側が拒否した。そして議会が実行部隊を差し向けたところ、聖王教徒によって実行部隊によって戦闘が行われた。これが最初の衝突だ」
 
 「その衝突で実行部隊30名の内5名が死亡。10名は捕虜として捕らえられた。一方の聖王教徒側は34名が死亡。8名が捕虜として捕らえられたんでしたよね」

 シードルさんの解説を一番の若手であるレフ君が続けた。年齢はキャロも二つ上だけどまだ2年の新兵だ。シードルさんと対比的な若々しい緑色の単発と彼の活力にあふれた眼差しが若さと将来を感じさせる。
 5年前の戦乱後の数少ない訓練校からの卒業生。卒業前から地上部隊の一部で経験を積んでいたため、彼の引き抜きには白い目で見られたけれどゲンヤさんのお陰で何とかなった。
 戦争の始まりについての締めは私が行った。

 「88世界の地上部隊は教会破壊を行おうとしたんやけど、教会側からの圧力がかけられて地上部隊は何もできなくなった。そうすると議会によって決定が出て法王が宣戦布告となったわけや」

 「そして1週間前に聖王教会が敗北。問題の教会は取り壊された」

 シードルさんは短く告げた。
 問題の教会の破壊。それで終われば全てよかった。あとは賠償金などで話がつくと私も当時は思っていた。
 だけど問題は急転する。

 「聖王教徒集団監禁事件」

 キャロは静かに告げた。
 その事件の映像は昨日届けられた。捕らえられた聖王教徒4万名が巨大な施設の中で拘束されていた。拘束された人々は戦争に関わったかどうかなど関係なく、聖王教徒であれば全て捕らえられた。
 宗教問題だと関わることをガリウム大将が禁じていたけれど、教会の首脳部はこれを見て激怒した。そして管理局における聖王教会の最高位であるマルク中将が部隊を引き連れて出撃した。
 管理局のそれも中将クラスが宗教戦争に関わったと聞いたガリウム大将は私に第88世界との交渉と保護を命じた。
 戦争の起こりを再確認した後は、最後のミーティングだ。戦場ではどこまで指示を出せるか分からない。

 「ナカジマ准将、確認しておく。私たちの最優先の目的は停戦させるための武力行使か」

 私と対面したように座っている長髪の男性、ダインさんが私の真意を探るように尋ねた。彼の両脇には顰めっ面の彼とは反対に笑みを絶やさない大柄な男性のギュグーさんと、落ち着いた表情とメガネ印象的なヒャリーさんが居た。
 彼ら共通の特徴は三人とも同じ赤い目をして、瞳に同じ紋様が浮かんでいることだ。
 ドライアス三兄弟。特有の能力と抜群のコンビネーションで数々の戦場を生き抜いてきた。ゲンヤさんとキャロと義理の娘であるノーヴェとウェンディの次に付き合いが長い。
 長男であるダインさんは空三佐でもあって三兄弟のまとめ役でもある。

 「最優先は死者を出さないことや。そして停戦、いや戦いを起こさせないことや」

 「オイオイ、そりゃかなり難しいことを簡単みたいに言ってるよなぁ」

 「こればかりはギュグー兄さんに同意ですね。やはり時期早々だと考えられますが」

 ヒャリーさんがメガネを持ち上げながら言う言葉はもっともだ。この任務には成功する要素が殆ど無い。
 そもそも私たちは少数で機動性の高さを武器に戦ってきた。もしも戦争が起きてしまえば、私たちは戦場で孤立して死ぬだろう。
 だからこんな任務はただ死ぬだけだ。しかしそれでも私たちはやらなければならない。

 「私たちの悲願達成のためにもここは超えなければならん」

 魔導師の中将を相手にできるのは数少ない機会だ。この好機を生かすことが出来れば私たちの悲願達成に大きく近づく。

 「ナカジマ准将、貴方が私たち三兄弟に望むことは何だ」

 「三人には大地教の魔術師たちを押さえてもらいたい」

 「魔術師か。私たちドライアス三兄弟はこれでも数多の敵と戦ってきたが、魔術師との交戦はない」

 ダインさんの言うことはもっともだ。それにしても魔術師との交戦経験がある魔導師がどれほどいるのだろうか。
 次元世界という考えによってほとんど滅んでしまっているのだから、それこそ大将とかだろう。
 未知の敵というのは脅威でしかない。そのために一縷の望みとして放った偵察がそろそろ帰ってくるだろう。 

 「はやて准将、リオガ三佐が帰艦しました」

 ホラント君がそう告げると同時に、部屋に一人の女性が入ってきた。

 「空中での着艦はやはり癖になるものだよ、准将」

 額にゴーグルを付けた赤いセミロングの空戦魔導師、リオガ・コワシチ。武装隊からの出向で来てもらったエースオブエース級の魔導師だ。
 彼女にはいつも危険な任務に就いてもらっている。今回も部隊最速のスピードを活かして偵察任務に付いてもらった。

 「これが撮ってきた映像だ。マルク中将も急いで移動してきたようだから、まだ準備に手間取っているようだ。もっとも様子をみる限り両軍とも士気が高まりすぎている。どちらも報復戦争のようなものだからな」

 写真を渡されながら、リオガさんは告げた。

 「准将、言うべきか悩んだが言わさせてもらう。停戦なんて不可能だ。私も戦争は何度か見たことがあるが、ここまで士気が高まっているのは珍しい」

 「マルク中将達は報復とか恨みとしてだろうけれど、大地教の方はどうなんや」

 「監禁施設現場近くに本陣を作って、中将達と本陣との間にある湿地に大量の兵を仕掛けている。捕虜となっている地上部隊や技術者たちもそこにいるようだ。あと見たことのない妙なものが幾つかあったが、おそらく対空攻撃の魔術という奴だろうな」

 どちらの写真もまさに戦争といった様子だ。
 攻め入るマルク中将側に対して大地教は防衛戦を採るつもりのようだ。正面突破はできるだろうけれど、それは数多の死者を前提とした戦いだ。
 なにより監禁されている人達の救助を目的と考えると、マルク中将達は大地教を完全に制圧しなければならない。
 地理的に見るとマルク中将側は不利だ。半島先端の沿岸部に位置する施設を本拠地とするしか無かったため、目の前の仕掛けられている湿地を超えないことには攻撃することが出来ない。海を渡ることは危険過ぎる。この世界が埋め立てによる土地の拡大を行わなかったのも、A級危険海洋生物の住む海に対して手出できなかったからだ。
 そのため進む手段は空くらいしかない。大地教に空戦はないだろうけれど、対空戦術は十分あるだろう。実際聖王教会の空戦騎士たちが悉く撃墜されている。飛行に対する何らかの有効な手段があると見ていい。
 しかしマルク中将が居る以上楽には行かない。他の高ランク魔導師が参戦していないと言っても、マルク中将というSSランクの魔導師が居る。このままぶつかり合えば先の戦争以上の犠牲者が出るだろう。
 
 「やっぱり止なあかんな」

 「言わせてもらうが、准将。先程の仕掛け程度では時間稼ぎにしかならない。管理局が紛争解決の時、双方の停戦の合意があってからでないと出撃しないのは三つ巴の殺し合いになることを避けるためだ。過去にはいくつかそのような強行を行ったこともあるが、全て失敗している」
 
 「リオガさんも動くのが早すぎと思っとるか?」

 「当然だ。最低でも2,3回は衝突が合った後だ。そうでなければ停戦を受け入れるほど士気を下げることは出来ない」
 
 空気が一段と重くなってきた。リオガさんの言うことは正論だからだろう。
 ドライアス三兄弟にリオガさんとこの作戦で重要な主戦力は私の考えには反対のようだ。口には出さないけれど、シードルさんも無理だと考えているのだろう。犠牲はやむを得なしと考えている。
 賛成しているのはノーヴェとウェンディだけだ。キャロとレフ君は半信半疑といったところだろう。
 
 「待てよ、今まではやての作戦でどんな任務でも成功してきただろ!!」
 
 「ノーヴェ落ち着くっス。今回のは流石に厳しいっス」

 他の面々の反応から激昂したノーヴェをなだめるウェンディ。この二人の反応は普段どおりだ。この二人はどんな作戦でも付いてきてくれる。家族という絆がなせる技だろう。
 それに対して付き合いこそ長くてもキャロや、場数は踏んできたレフ君は迷っているようだ。
 全員反対ではないようでよかった。さすがにそれだとどうしようもない。御輿を担ぐ人がいるからこそ、私は上に立てる。だれも担いでくれなければ上など意味はない。

 「ナカジマ准将は成功する自信があるのですか?」

 レフ君はやや反対のようだ。マルク中将の力量を知らないからこそ、他の面々と違って全面的に反対というわけではないのだろう。彼は成功する可能性のない作戦に挑むつもりはない。それは皆も当然だろう。
 だから安心させればいい。そうすればキャロもそして皆も分かってくれる。

 「ああ、あるで」

 「それはどのようなものだ、准将殿」

 「簡単な話やシードルさん。マルク中将を、その部隊を全て私が抑えきる」

 普段はポーカーフェイスのシードルさんが驚きで目を見開いていた。リオガさんもあっけに取られたように口を開いて驚いていた。

 「ナカジマ准将、そんなことが」

 「できるから言っとるんやでダイン君。私の十八の魔法を用いればマルク中将を抑えることは可能や」

 普通に考えれば明らかに荒唐無稽な策だろう。だけどここにいる面々は私の実力を知っているから、反対することはなかった。

 「はやて准将、それでは駄目ではないのか。いくら中将が抑えることが出来たとしても一時的な物、この戦いの元凶でもある監禁をどうにかしないことには解決することが出来ない。それともはやて准将には策があるのか?」

 「おうよ、策ならあるぜ」

 シードルさんの問いに答えてくれたのは、奥で切り札のとなる策を煮詰めたゲンヤさんだった。

 「ゲンヤ、それはどう言った策だ」

 「そう、訝しい目で見るなよシードル。大地教に監禁を止めさせる秘策だ」

 ゲンヤさんの発言に他の面々は驚いたような表情だった。その心境は容易に察することができる。そんなことができるのならば、戦争なんて必要がない。
 私の戦いよりも現実味がない話のように聞こえるからか、リオガさんは信じていないようだ。

 「三佐、本当にそんなことができるのかい? もしそうならばなぜマルク中将はその手段を取らなかったんだ」

 「待てリオガ。ゲンヤとは古い付き合いがあるが、こいつはこのような場面では絶対に嘘はつかない。その策、手段があるのだろう。だから一つ聞こう。ゲンヤ、お前は俺達の命を預かることはできるか?」

 シードルさんが信じてくれたためか、ドライアス三兄弟やリオガさんも信じてくれたようだ。キャロやレフ君にも信じることの後押しが出来た。
 
 「その索は大地教の法王や議長クラスの人間と対談することが出来て、意味があるということか。それも大地教の根幹の部分だな。それをするための土台作りとして俺達を利用するということか」

 「ああ。大地教の法律の大元となっている規律を利用した策だ。まあ要するに現行の法律の解釈だとあの監禁は刑罰としては有効だが、大本の考えからするとこの場合あの刑罰を利用することは出来ない。もっとも主力の若い兵士達からすれば太古の書物となっていて、規律についての知識は薄い。だから上の方と直接話すしかない」

 「つまりナカジマ三佐は私たちドライアス三兄弟に、湿地で戦力を集めさせて貴方がそのうちに交渉を行うということか?」

 「そうだ。そしてその上で、先の戦争の賠償のための会談を行う。大地教の現行法規に介入しちまうことになるが、その点についてははやてに策がある」

 ゲンヤさんの眼差しにゆっくりと頷いて答えた。この戦争防止作戦に一番必要だった証拠をゲンヤさんが見つけるのに時間がかかったけれど、なんとか間に合ったようだ。
 これでも成功率が急増したわけではない。しかし勝機は見つけた。勝機さえ見つかれば私たちに出来ないことなんてない。

 「策を必ず成功させる。そのために俺に命を預けてくれ」

 「承知した。それが最も多くの人を守る手段ならば、俺は俺の命をお前に預ける」

 「シードルの旦那がそうまで言うのならば、私も信じるとしよう。それでは三佐、私たちの命を預けたからな」
 
 シードルさんの影響力は強いようで、リオガさんも乗り気になってくれていた。
 その様子を見ていたダインさんも立ち上がった。

 「ギュグー、ヒャリー。行きましょうか。ナカジマ三佐、私たちが生きているうちに交渉は終わらせていただこう」

 長男であり、リーダーでもある彼が宣言した以上弟二人も同意のようだ。

 「あの、准将。俺も湿地での戦闘ですか?」

 「いや、レフ君にはゲンヤさんの護衛についてもらう。どこで奇襲があるかわからんからな」

 レフ君にそう告げると義娘二人が騒いだ。

 「なんでっス。パパリンを守るのは私やノーヴェの役目じゃないっスか?」

 「そうだぜ。なんでレフなんだよ」

 「戦い方を考えたら当然じゃない?」

 キャロの言う事が全てを語っている。動きながらの戦闘を得意としている二人には、護衛など無理だろう。
 このようなところで昔と今の違いを思い知る。昔のキャロならばもう少し優しい言葉だったような気がする。

 「はやて准将、着陸予定地周辺で積乱雲が発生。豪雨と落雷で近づけませんが」

 「それは心配せんでええ。空戦魔導師を封じるためにリオガさんに仕掛けてもらった人口積乱雲や。それにこのくらいの天候はもって後数分や」

 「数分ですか、いくら人口と言ってもそんな短時間で消えるものでしょうか?」

 ホラント君が見ている雲は確かに大きい。大きさを測るというのが面倒なくらいの大きさだ。だけどこの雲はもうじき消される。

 「消えるんじゃなくて、消されるや。マルク中将にしてみれば雲ひとつ消すくらい簡単や」

 雨や雷を呼ぶようなことは別にしても、雲を払って天候を変える程度のことはSランクの魔導師はだれもが当然のようにやってのける。
 電気を使うフェイトちゃんは当然のように、なのはちゃんも砲撃魔法で雲を吹っ飛ばすようなことをやってのける。
 
 「もうそろそろやな。リオガさん、スモーク頼むで。ゲンヤさんとレフ君もリオガさんと一緒に行ってくれや」

 「おや、もう雲が晴れるのかい。准将、こんな相手を止める方法は本当にあるのかい?」

 「まあ、普通は勝ち目はないわな。そうやな、私を信じてくれや。それが一番の手段や」

 信頼されること。それは私の力となる。
 皆が信じてくれれば私はマルク中将だって止められる。

 「そうか。それでは准将を信じるとしよう。ホラント殿、ここの扉を開いてくれ」

 「え、ここから飛び降りるつもりですか? あの、リオガさんは大丈夫としてもゲンヤ三佐もつれていくのでは」
 
 「そうだな。それについては三佐を信頼するとしよう」

 「落ち着けよ、リオガ。俺は魔導師ではないんだぜ」

 そういうゲンヤさんの手を掴んで、それを自分のそれなりにある胸元に持ってきてリオガさんは言った。

 「私は三佐のことを信じているから。だから出来てくれ」

 リオガさんはこんなことを、目の前に妻が居ることを知った上でやっているからたちが悪い。
 誘惑するような仕草に見えるけれど、ゲンヤさんは引き攣った笑を浮かべている。状況が状況だけに流されないようだけれど、時間とかを考えるとそのほうがいいだろう。

 「レフ君、ゲンヤさんを頼むで」

 「了解。生きて守りぬきます」

 「その心意気や。死んだらなんにもならへん」

 管理局は死にやすい職場だ。だからいつでも死を受け入れる覚悟は必要だ。だけど死ぬ覚悟なんてものは必要ない。生き残ろうとする意地が何よりも必要だ。それを彼は分かってくれている。
 
 「それではホラント殿、扉を開いてくれ。それでは出撃する」

 扉が開くとリオガさんはその風に乗って外へと身を乗り出した。そして背中に掲げているスナイパーライフルのようなデバイスを取り出した。

 「セットアップ・ファルク」

 重力に従って落下していくリオガさんを包んでいく戦闘機型デバイスファルク。隣にいるレフ君はここでバリアジャケットを着装しているけれど、あまりにも大きすぎるデバイスを所有する彼女は外でしかデバイスを扱うことが出来ない。
 室内戦では不向きすぎるデバイスだけれど、大空を飛べる戦場では圧倒的な力を持っている。

 「それでは行きましょうか。大丈夫です、三佐何一つ恐れることはありません」

 レフ君は無表情なまま左手でポールランスを握りしめて、右手でゲンヤさんを抱えてこの輸送艦の真下を飛行するリオガさんのデバイスに飛び移った。
 そして開いた穴にゲンヤさんを詰め込み、レフ君自身も同じ穴に入っていった。

 「モード4・ステルス。それでは准将、スモークとジャマーをばら蒔いてくるよ」

 ボディを周辺の景色と同化させレーダー等を無効化するステルスモードに入ったリオガさんは、そのまま輸送機の最高速度でも全く追いつけない速度で飛んでいった。

 「さて、スモークを撒いたら戦闘開始や。向こうも妨害に気づくやろうから、ウェンディは有効射程空域に入ったら外に出て防御に務めてくれ。着陸したら私が出る。同時にドライアス三兄弟は湿地へ向かって攻撃を仕掛けてくれ」

 最終目標は先の戦争の賠償のための会談を行うこと。そのためにはどちらも戦意を削がなければらない。大地教の大本はゲンヤさんに任せるとして、前線に出ている面々は彼らに撤退させる。

 「キャロとウェンディとノーヴェは大地教側の負傷兵の救護と撤退勧告や。無理矢理にでも湿地からは遠ざけてくれ。皆には終りがないような戦闘を任せることになるけれど、私は皆を信じている」

 このメンバーならできる。そんな自信が私たちにはあった。



 






















あとがき
もっと字数を減らしてみようと思う。やっぱり長すぎたかな。
一部変更しました。



[8479] 第二十八話 魔導師の弱点
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:fb4b7595
Date: 2011/03/24 03:49
 打ち付ける豪雨の音が耳に響いていた。

 「中将、悪天候のため航空魔導師部隊が出撃できません」

 空戦第一部隊から出撃できないと告げられたオペレーターからの連絡だ。
 出撃できないと告げる瞳は悲しげだ。そういえば親戚が監禁されていると彼女は言っていたはずだ。

 「君の親戚が監禁されているのだったな。親兄弟か?」

 「え、あ、えと、ち、違います」

 出撃できないことへの指示が来ると踏んでいたのだろう。対応を見てもやはりまだ若く、現場経験も浅いようだ。

 「私の伯母の家族です」

 「そうか。付き合いは深いのか?」

 「えーと、深いほうだと思います。私の親戚は全員聖王教徒なので、よく顔を合わせます」

 家族愛の重視は聖王教の教義の一つだ。身内が聖王教ならば普通よりも密な付き合いとなるのは当然のことだった。目の前の彼女も片方しかないサイドテールを垂らしながら、困ったような表情をしていた。

 「出撃する魔導師部隊は総勢何名だ」

 「あ、はい。80名です」

 80名。今の情勢を考えればありえなくはない数字だった。だがより必要な数字はそこではない。

 「……これからそういうことを尋ねられたときは、AAAランク以上が何人居るかも伝えるようにしておけ」

 手馴れている者ならこういう場面では、高ランク魔導師の数を伝える。このようなことは経験によって身につけるものだから彼女が身につけてないのも志方のないことだった。

 「申し訳ありません。……AAAランクが4名です。それ以上は居ません」

 謝らなくていいと告げる前に、予想よりも少ない数字の方に驚かされた。予想していた数字は8名だった。ミッドチルダ派や他の管理世界の主力部隊からは回せなかったようだ。あるいはそこは攻撃を受けているのかも知れないのだろう。
 残るは自分の子飼いの部下たち、今は拠点防衛に就いている連中くらいだろう。それを含めてようやく8名だ。
 窓を見ればそとは豪雨だった。到着時は雲ひとつ無かったはずだが今は黒い雲で空が覆われている。
 
 「随分と足の早い部隊、いや気の早い部隊があるな」

 「? どういうことでしょうか中将」

 目の前には少女一人。他の面々はここにはいなかった。非魔導師もここまで過激になるのかと呆れさせる。

 「管理局がもう停戦のために動いているようだ。まだ戦は起きていないから、戦争防止なのかもしれないな」

 あまりにも早過ぎる動きだ。通常ならば両軍が疲弊してから行うものだ。機動性からして小さな部隊だろう。しかし個人規模でそんな馬鹿な事をするような者が入るとは思いたくもなかった。考えられるのは大将が直参の部隊を使ったということだ。
 そしてそんなことができるだけの実力と理由があるとすれば、ガリウム大将とあのはやてくらいなものだろう。

 「この戦、起こすことも許されないようだな」

 目の前の少女は状況を全く理解出来ていないだろう。
 こんなことで若い命を散らすというのもおかしな話だ。この少女一人くらい生き残れる手段を探すことくらい出来なければ、中将や枢機卿という地位は一体なんなのだろう。

 「あ、あの戦は起きないんですか?」

 その声には喜びの色が見れた。少女は戦いを望まないからここにいるのだから、喜ぶことは何一つ不思議はない。
 残念なことは現実は少女の理想ほど優しくないということだった。

 「いや、起こすことが出来ないだ。起こそうとする我々を止める一団がいる。それも実力行使でな」

 結局戦うことになると感じた少女の表情は曇った。
 
 「一つ未来を予想しよう」

 「未来ですか?」

 「ああ。ミッドチルダにいるカリム大司教ほどではないが、私もそれなりの予想を立てることはできる」

 聖王教会には予言を能力として持つ騎士が一人いる。しかしその騎士カリムはここ数年病で床に臥せっているため予言を聞けてはいない。そのせいで他の枢機卿は気づかないのか、気づかない振りをしているように感じられる。
 
 「聖王教会は滅ぶ」

 少女は目を見開いて驚いたが、意外なことに言葉を否定するわけもなく受け入れた様子だった。
 
 「意外だな。驚くか、否定するかと思ったのだが」

 立場のせいか責めているわけではないのに少女は俯いていた。

 「そんな、中将の仰ることが嘘だと思ったりなんかしません。その、身内の恥ですが親戚が一人聖王教会から脱会しています」

 「全員、聖王教徒……東の災厄で絶縁したか」

 五年前事件の際に聖王教会を批判する風潮が強まった。特に消滅した東部に身内が居た者は聖王教会から脱会するものが相次いだ。東部を消した魔力が聖王教会のものという情報がどこからかリークされたことが一番の原因だ。
 そしてその時脱会した者の中で親族の殆どが聖王教会の者は一族から絶縁された。保守派と呼ばれる枢機卿がそのように通達したと後になって耳にした。
 
 「この収集の前にその親戚と合う機会がありました。そして彼が住んでいる管理世界が聖王教に対して追放宣言を行ったそうです。そんなこと聖王教の歴史上一度もなかったのに、聖王新聞のような聖王教からの情報では一度も見たことがありませんでした」

 「どこぞの司祭が馬鹿をやって教会が一つ取り潰されたとか、そういうやり直せる話じゃない。聖王教徒の殆どにその話題は秘匿された」

 情報を隠す。つまりは知られたくない情報があるということはそれだけで弱目だった。それも大きなものを隠そうとすればするほど、暴かれたときのダメージが大きい。
 聖王教が追放されたことを隠すということは、それが拡散する恐れがあるということだった。そうでなければ隠す必要がない。
 
 「人の往来を防がないことには情報を止めるなんてのはまず無理だ。もうそんな力は聖王教にはないことを物語っている」

 「どうしてここまで弱体化してしまったんですか。聖王教会は管理局どころか次元世界全体に莫大な影響力を持っているはずなのでは」

 「何事も栄えた先には滅びしかないのさ。時代の転換期といえばそれまでだが、あえて理由をつけるとすれば剣十字教だろうな」

 他の枢機卿達は今や悪いことは全て剣十字教のせいだ。信仰が減ったのも、管理局に目をつけられたのも、飼猫に引っかかれたのも全て剣十字教のせいらしい。
 それでもここ最近の聖王教会の衰えは単にそれだけではない。管理世界の中心であるミッドチルダでの災害に加え、騎士カリムが倒れてしまったこと。そして大将達が聖王教会が持つ特権を取り消し始めた。聖王教会としては起きてほしくない展開が立て続けに起きてしまっている。
 
 「剣十字教が打って出たのがもう少し前だったらもっと対応できたはずだが、待っていたのだろうな。聖王教会を倒せる時まで息を潜めてまっていたのだろう」

 「剣十字教ですか。正直、都市伝説のようなものだとばかり思っていました」

 「それは仕方ないだろうな。都市伝説だと思いたくなるような化物が多い。人は弱い。自分の認識をはるかに超えたものの存在をまやかしとしてしまう。そんな弱い人間だからこそ、心を守るために宗教を作ったりするんだがな」

 外を見ればそろそろ頃合いのようだ。
 人口発生した雲を散らすのにこの時間は、ランクからすると普通の時間だ。今いる兵は並程度だということを物語っている。

 「雲が晴れた様子です。部隊長から出撃するとの連絡……上空に今度は白煙が発生。微弱ですがAMFが混ざっている模様」

 雲の次はAMFを混ぜた煙で時間稼ぎをしたいらしい。
 今の時代AMFは僅かな時間稼ぎ程度の価値しかない。魔導師が単独で無効化する方法も多数開発され、今では試験の一部にも取り込まれている。しかし時間稼ぎ程度なら役に立つ。わざわざAMFを混ぜた煙を使うということは、時間稼ぎがしたいと教えてくれているようなものだ。

 「AMFを突破できる魔導師で追撃すると、部隊長から追伸があったか」

 「はい、たった今そのとおりの連絡がありました。AMF解除が完了次第先導している魔導師に追従すると」

 堂々と邪魔をしてきた奴を叩きのめして、士気を上げた上で攻撃に出る。戦略としては筋が通っている。
 しかしそれは敵を倒せる可能性があっての話だ。
 向こうが動いてきた以上こちらも動かなければならない。

 「さて、君……いやソアラ・ハルブルク二等陸士。君に伝えておきたいことがある」






 雨でぬかるんだ地面を進むと、烏合の衆と化している一段とであった。
 
 「マルク中将!! 隊長が」

 「言わなくてもわかる。追撃したはいいものの、あっさりと撃墜されたんようだな」

 少し先には騎士甲冑を破壊されて横たわっている男の姿があった。AAAランクにしては情けない姿だが、局への影響力を高めるために無理やりランクを上げられた騎士と考えれば無理も無いだろう。
 ランクがアテにならない理由の一つ聖王教会のような権力を持つ組織による、意識的なランク上げがある。高ランク魔導師を保持することで外から見た強さを上げる。部隊保有制限に対しては魔力制限があるから問題がなかった。

 「中将、進撃の」

 「そうだな。お前たち全員下がれ」

 混乱の極みにあった烏合の衆もその一言には過敏な反応を見せた。
 集団の意志に対して反することを言えばこのような対応を取るものなのだろう。
 
 「理由が必要か? なら告げてやる。意味が無い」

 返答はなかった。口火を切るものが今はいないのだろう。頭すらいない状態のようだ。

 「聖王教会派の魔導師を寄せ集めたような部隊で倒せるわけがない。倒せるなら戦争に負けるなんてこともないだろう」

 そもそも指揮官である私自身がこの部隊で勝利できるなどとは思っていない。
 上空からの攻撃で敵の防衛陣や、攻撃手段を調べることぐらいは出来るかと思ったがそれをするには人材を使い過ぎるようだ。
 一人の騎士を作るのには時間と金が掛かる。こういう場ではあまり活躍できなくとも、居るのと居ないとでは差がある。

 「だから撤退しろ。これは命令だ」

 ここまで言ってようやく連中は反論し始めた。それらの雑言は耳に入らなかった。
 目の前には一人減って79人の騎士。そのうちAAAは3人。
 集団の意志はベクトルが揃うと常軌を逸した行動力を与える。目の前の騎士たちは敵意を私へ向けることで統率が取れていた。そうなれば必然として行動は決まる。
 
 「私を倒すか。SSランクでも数の暴力で勝てると思っているのだな」

 返事は向けられた刃だった。
 数の力は聖王教において最も危険で強いものだ。古代ベルカの騎士は一対一では負けない。しかし集団戦ではその命を散らしていった。
 対策として集団戦を聖王教会では重視する。集団戦で強ければ、敵は居ないはずなのだから。
 だから目の前の騎士達が数で勝っているから、引かないのだろう。それが最善の答えだと彼らは考えている。

 「残念だが、その考えは間違っている」
 
 敵の言葉などに聞く耳を持つことなく、彼らは斬りかかってきた。
 しかしその刃が私に届くことはない。
 突如10倍の数の群青色の兵士に囲まれた騎士たちは敵意まで失ってしまったようだ。
 自分たちのトップの戦い方を身を持って知っているものは居ないようだ。
  
 「一線を越えている魔導師には数など意味が無い」

 強い一人は数の暴力には勝てない。
 ならば強い一人が100万の兵ならば数の暴力など敵ではないだろう。
 矛盾しているようだがそれが魔導師だ。

 「弱者はどれだけ集まっても強者に勝てない。それが魔法の世界だ」



  
 



 





 
 「中将、海のほうから戦艦が近づいてきます。識別信号は、本局のものです」

 一人残してきたオペレーターからの連絡があったのは騎士たちを縛り上げたあとだった。
 
 「そうか。誰の船だ?」

 「今検索中です。……ナカジマ准将の高速巡航艦「フレイア」です」

 「まあ、この状況で来れるとしたら奴くらいのものか。ソアラ、着陸許可を出してやれ」

 「着陸許可ですか……はい、着陸許可出しました。でも、着陸してくれますか?」

 驚かれると思ったが、彼女は平然としていた。この状況で従順に動いてくれる人材は重宝する。彼女がまだ若く青いというのもあるが、それでもこの従順さはいいものだ。 
 敵地へと赴いたら着陸許可を申請していないのに出される。このような経験は普通、誰にもないだろう。
 罠を疑い着陸しないという手段は取れない。管理局法によって管理局の飛行船が着陸できる場所は決められている。緊急時には解除されるという但し書きがあるが、着陸許可が出された状態ではそれは通用しない。
 空中で待機するにもどれだけ時間がかかるか分からない以上、着陸して機体を休ませる必要がある。燃料は半永久機関で何とかなっても、航続時間には限界がある。

 「着陸するかどうかではなくて、着陸以外の選択肢がない。選択肢を奪われれば策というものは崩しやすい」

 「策……ナカジマ准将は本当に停戦できると思っているということですか」

 「思っているだろうな。はやて・ナカジマという人間は夢のような理想を現実にするために本気で努力できる奴だ」

 夢だといって批判することは誰だってできる。それを諦めることも誰だってできる。
 だがそれを現実にすることは難しい。ましてそのために頑張ることは難しすぎる。
 口にするだけの薄っぺらい者なのか、それとも苦難にあえて挑むマゾなのか。
 
 「本当にできるものなのか見定めさせてもらうか、はやて・ナカジマ」
 
 飛行場へと向かうと、着陸した戦艦からぞろぞろと人が降りてきた。
 無用心なのかと思えば、先陣切って降りてきた人物の視線が向けられた。その顔は見知ったものだ。
 今は亡きハオラウンの番犬シードル・ベックマン。管理外世界を狙う犯罪組織にとって目の上のたんこぶであるハオラウンのために戦い続けてきた男だ。主であるハオラウンが養子一人残して滅んだ後どうなったかと気がかりだったが、ハオラウンの後継者とも言われているはやてについていたか。

 「マルク中将自ら、お出迎えとはありがたいです。2年ぶりですね」

 はやての言葉に違和感を感じた。言葉がおかしいのではなく、話し方が不自然だった。

 「無理に敬語なんて使わなくてもいい、すぐにそんなものいらなくなる。それにしても聖骸回収作戦以来か。しかしあの時、このような再開をご友人は想像していたか」
 
 はやてはにこやかな表情を崩さずに一人私に近づいてきた。

 「そら、助かるわ。カリムのことか。知っての通り、カリムは病に倒れて予言どころか起きることすらままならないんや。聖王教会側の医者では無理やから、他の医者を頼れと言っとるんやけど」

 「医者を利用した謀殺か、良くある話だ。今の管理局にとっては聖王教会は煩わしい存在だ。昔のように聖王教会と懇意にすることが組織の維持や巨大化に繋がらなくなっている今では行われてもおかしくない」

 聖王教以外の局員が増えた。かつては半数以上を占めていた聖王教も今では3割程度。それも本当の聖王教徒などとといったら1割もいない。
 数多いる宗教の中で聖王教を優遇する必要はもうどこにもない。そのような流れは今大将達によって絶たれようとしている。
 この流れは宿命のようなものだ。過去の偉人を崇拝する宗教が急激な巨大化をして、今まで維持できたのは管理局との繋がりがあったからだ。
 
 「組織間の繋がりなんてものは片方が不要だと感じれば即座に斬るものだ。そこには情などどこにもない。それはお前も痛感していると私は思っているがな」

 「ああ、十分に痛感したで。内部の派閥争いでさえテロまがいのことが行われとんや、組織間なんて非情で当然や」

 「そこまで分かっているのか。ならば、お前は管理局として生きるつもりか。それが選んだ道ならそれでいいだろう」

 「そやな、だけど私は聖王教会の仲間を捨てたつもりじゃないで」

 嘘かと思ったが、その眼光は嘘を平気でつけるような奴だとは思えなかった。

 「まあいい、そんなことができるとお前が信じたいならそれでいいだろう。ここへ来たのはその夢のためか」

 「そうや、私には野望がある。その野望のために利用させてもらうで」

 嘘を全くつく気がないようだ。ここまで正直だと逆に清々しく感じるものだ。

 「マルク中将、直ちに部隊を撤退させてもらいたい。後は私たちがやる。信じてくれ、人質は全て必ず救助する」

 「随分と夢のようなことを言うんだな。学ばなかったのか、俄な期待を持たせることは優しさなんかじゃないことを」

 「そんなもの力さえあればええ。力と信頼できる仲間さえあれば、出来ないことなんて何一つないんや」

 その言葉ははやて本人は信じているものだというのに、どうしてか嘘くさく聞こえた。
 理由をあげるならば一つ。彼女は今一人で私の前にいることだ。向こうを見れば、船から降りてきた面々が揃ってどこかへと向かおうとしていた。
 戦争を止めることが目的ならば彼らが取る手段は、こちらの陣地に近付いている大地教徒達を撤退させることだろう。

 「どうやら単に嘘をついて取り繕うわけではないようだな。だが、断る」

 返答と同時に攻撃を仕掛ける。
 はやての両サイドと後方に魔力で兵を生み出し、その手に持たせた剣で斬りかからせた。
 三方向からの寸分の狂いのない同時攻撃。

 「そりゃ、残念やな」

 黒羽を生やした白い騎士甲冑を纏うと同時に、発生させた衝撃波のみで兵を消し飛ばした。
 スピード重視にしたため耐久性が低いということを引いても、はやて・ナカジマの力量が本物だと証明するには十分だった。
 次の攻撃を仕掛けようとする前に、その場から後方へと跳んで離れた。
 強力なバインドが目の前で空振りしていた。
 その隙を逃すわけなどなく、はやての周囲に32体の槍兵を召喚。
 突き殺そうと突進させるが、杖を地面について円状に放った衝撃波で全て破壊された。

 「さっきから小手調べのつもりやろうけれど、いくらなんでも軽く見過ぎや」

 「そうか、なら弱点から潰そう」

 「弱点?」

 「リンディ・ハオラウンは優秀な魔導師だった。常人では殺すことが不可能な域に達していた。そんな魔導師がテロで死んだと聞いて私は耳を疑った。しかし状況を聞いて納得した。なぜか分かるか?」

 はやての表情は困惑そのものだった。突然の話で訳がわからないのもあるだろう。

 「弱い味方が居たからだ。死んだ息子の妻と忘れ形見の孫二人が居たはずだ。人質に取られ魔法を使うことも出来ず、乗っていたバスごと爆破されて死んだ。人材不足に悩む管理局としては嫌な話だ。本来ならその程度で殺されるはずのない人材を失ったのだから」

 「何が言いたいんや!! あんたは一体何が言いたいんや!!」

 答えを告げる前に仕掛ける。
 はやてが飛んだ時に攻撃するために周囲に展開している弓兵3000の内500を利用して攻撃する。

 「弱い味方は魔導師にとって命取りだ」

 「まさか!」

 矢は射られた。
 AAランクの弾丸に匹敵する矢は全て湿地へと向かうはやての部下たちへ。
 連中が気づいたときにはもう遅い、反対方向から追撃として300の矢を発射した。
 多種多様な武器と莫大な数の兵を運用する私の魔法の真価がこれだ。
 敵がどのような戦い方を使用がそれを真っ向からぶつかって潰すことができる。
 非殺傷設定をしていてもこれだけの攻撃を浴びせれば、何人かは体が千切れるだろう。
 800の矢の雨が降り注ぐとき、巨大な防壁が全てを弾いた。
 流石というべきだろう。離れた距離で堅固で巨大な防壁を張っている。
 だが私は溜息をつくしか無かった。

 「命取りだと言ったはずだ」
 
 はやての周囲に創りだしたのは、先程の兵よりも二回り大きい兵士。
 両腕には巨大な戦斧をもたせている。
 それを合計6体。これだけ出せば龍すら仕留められる。
 豪腕から振り下ろされる斧の一撃は、彼女の体程度肉片と変えてしまうだろう。

 「部下を守りながら、私に勝てるほどお前は強いのか?」

 返事を聞くことはないだろう。
 後は防壁を無くしたはやての部下を射殺せばいいだけだった。
 だが私の視界は予想に反していた。

 (防壁が消えていない)

 そして聞こえるはずのない返事がやってきた。

 「刮目せや、私の強さを!!」
 
 
 

 






 あとがき
 感想お待ちしております。励みとなります。



[8479] 第零話
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:fb4b7595
Date: 2011/03/24 03:51
「幸せになるには何をすれば良いのかな?」

 あまりにも当たり前で、当然のことがわからなかった少女が居た。幸せになると言う夢を叶えるために、少女は様々なことをやってきた。
 その一つにある戦いがある。

 それはどんな資料にも残されなかったひとつの戦い。
 誰が信じるだろうか。たった二人の戦いが世界規模だったなどという妄言を。
 誰が信じるだろうか。たった二人の戦いで一つの次元世界が崩壊しかけたなどという戯言を。
 誰も信じない。非現実的な事実。語るものは嘘つきと言われるだろう。しかし偽りだと思いたくなるような非現実の中に真実は隠されている。



 今は名もない一つの次元世界。この時はまだ「ソドム」という名前がつけられていた。どこにでもある一つの無人世界だった。
 強いて言えば未開発の世界には緑が多かった。
 強いて言えば優しい色に包まれて平和も戦争もない世界だった。
 青い空に望むような山々。蒼く深く広い大海原。優しい風が吹く大草原。
 そんな世界だった。
 しかしそこは蹂躙され世界から全てがなくなろうとしていた。
 しかしそこは濁った色に覆われ破壊と絶望しかない世界になった。
 灰色になった空に砕かれた山々。泥水に染まる無残な海。引き裂かれて荒らされた大地。
 種族が滅ぶなどという話ではなく、世界そのものが一つ終わりを告げる光景だった。

 生き物という生き物が絶えたであろう世界にはまだ2つだけ命の灯火があった。

「驚いたよ。まさかあなたがこんなに強いなんて」

 灰色になった世界に場違いなオレンジ色の輝く大きく透明な翼を背中に生やした一人の少女は、年相応の口調で額から流れる血すら気にせず語った。
 顔つきは振り返った人の半分が綺麗と言い、もう半分が可愛いと言うだろう。背丈は低い方だが少女と女性の境目ほどの年齢だ。

「あら、私もよ。まさかこの私に傷をつけられるような人間が、それもこんな可愛らしいお嬢ちゃんなんて」

 もう片方も女性で、真っ白で少女よりも大きい鳥の翼を生やしていた。その白さは美しくもあり残酷さも感じられる。
 その容姿ともに成熟した女性そのもので、美しく長い髪は冷たさを感じられる金色だった。実年齢よりもだいぶ幼い少女と対立する構図は大人と子供の戦いのようにも見えた。

「あなた一人を確実に倒すために用意したこの戦場もぼろぼろね。でも、あなたを倒せるのならば無人世界の一つや二つ仕方ないよね」

 恐ろしいことをさも愉快そうに少女は口走った。対立する女性との身体特徴では唯一並ぶオレンジ色の髪を風になびかせ、両手に持った黒い銃を女性に向けた。
 言い切った少女に女性は口元に手を当て驚きを示したが、変わらぬ口調で語った。

「管理局員のセリフとは思えないわね。まあ、この私を倒すなんて妄想を抱くならそれぐらいの覚悟は欲しいわね」

 妄想と言い切った。女性にとって倒されると言うことは妄想、修正不能な判断でしかない。
 十人中十人が魅了されるであろう、妖艶な笑顔を見せた。両手に持つのは白銀の両刃刀と黄金色の盾。少女の持つ武器と比べれば、随分と旧世代のものだ。
 しかし武器の本質は外見だけでは分からない。

「そろそろ終りにしないお嬢ちゃん」

 少女は決してお嬢ちゃんと呼ばれるような歳でも見かけでもないが、女性は少女と出会ってから今までずっとこの名称を使ってきたためすでに少女も訂正を諦めている。

「そうね。さっさとあなたをぶっ殺したいってところね♪」

 可愛らしく言っているが、言葉だけで見ればおぞましい。小さな子供が習ったばかりの言葉を口にするようだが、少女にはそれを実現出来る力があってしまった。

「まあ、そんな言葉女の子が使っちゃダメよ。そうね、私ならお嬢ちゃんを倒して両手を壊してお人形にするのも、ううん、脳を壊して奴隷にするのも、ああ、やっぱり玩具ね。玩具なら壊れたら直せばいいもの」

 女性は少女を玩具にした妄想を浮かべ、うっとりとした様子で少女の人権を完全に無視した言葉を続けた。
 そして女性は剣を下に向けて、長方形を描くように振るった。すると彼女らの足元にある濁った海が真っ白に光った。

「だから、今すぐ壊れて。直してあげるからいいでしょ?」

 治すのではなく、直す。女性の中では少女は人間から除外されたらしい。
 長方形に白く染まった部分の海水が崩れることなく瞬時に浮かび上がった。孤島が4,5個入るほどの広範囲の海水をゴソッとすべて一瞬で浮かび上がらせた。干上がった海はそこが一瞬だけ見えたが、すぐに異質な力に含まれなかった海水が崩れだして埋まった。
 そして女性は優雅に剣を振るった。

「さあ、壊れて。そして私の玩具になりなさい」

 浮かび上がった巨大な海水の塊は突然分裂して少女を襲った。それは海水が人を飲み込むのではなく太い首の龍のように裂けると、弾丸のように全てが少女に襲いかかった。躱せればいいのだが、水竜の速さは音速だ。
 音速で想像することもできない質量の海水をぶつける。普通ならば回避も防御もできず死んでいるだろう。

「いきなり危ないよ。ぶつかるところだったよ」

 しかし少女は頬をふくらませ、少し起こったというような表情で女性の横に移動していた。
 なにもとらえられなかった海水が音を立てて海へと還っていった。激しい水の衝突があった空間にはまだ湿気が残っている。

「音速の攻撃をあっさりと避けられるものかしら」

 女性は呟きながら盾を少女に向けた。
 次の瞬間、女性の目の前をオレンジ色の爆発が覆った。少女が横に移動してから一秒も経っていないだろう。その間に打ち込まれた十発以上の弾丸はどれも戦艦の砲撃一発に匹敵する。
 現に副産物に過ぎない衝撃波で海は揺れ津波が起きていた。
 そんな砲撃の中でも分厚く、空間自体に存在する障害物のようなバリアを盾から発生させた女性は無傷だった。

「だったらこれはどうかな?」

 弾幕が消える間もなく打ち込まれた濃いオレンジ色のレーザー砲を女性は回避した。わざわざ受ける必要などない。たとえ背後にあった大地がレーザーによって裂けたとしても女性には関係ないのだ。

 少女も女性を追うように飛行した。音速の壁を力技で突き破れる二人は互いソニックウェーブを起こしながら、超高速戦闘を始めた。
 互いのソニックウェーブを相殺しながらの高速戦闘は、ただ飛び回っているだけで海を割り大地を剥がしている。
 少女の銃口から山を砕くようなオレンジ色の弾丸が打ち出されれば、女性はそれを躱して剣を振るう。
 天地を引き裂くような衝撃波を女性が放てば、少女は躱して弾丸を撃ち込む。
 その背後で山は砕け散り、天地が裂けたとしても二人は止まろうとしない。
 超高速戦闘がこのまま続いたとしても、埒があかないと感じた少女はオレンジ色の翼を光らせる。同時に凄まじい衝撃波が発生した。
 その速さは超音速。
 音すら置いていく速さは、発生した衝撃波だけで周りの海も陸も空も何もかも抉り取る。少女を中心に世界が抉り取られている。
 音の速さで動く女性を追い越した少女は、加速と同時に双銃に貯めた魔力を一気に解き放った。

 超音速の速さと膨大な魔力が合わさった攻撃は一瞬だけ世界から音を消し去った。
 壊れかけている世界のことなんてなに一つ考えない、容赦ない攻撃は世界をさらに傷つけていた。世界が被った被害と比べると、女性が被った被害など盾に傷がついた程度だった。

「超音速を出せるなんてね。私の方もカイムかアモンぐらいのものよ」

「はぁ、ふざけないでよ!!」

 女性の口からこぼれた名前に少女は可愛らしい眉をひそめた。
 超音速の一撃を防御されたことではない。あの攻撃は少女にとって取っておきでも切り札でもない。
 世界を傷つけた攻撃だったのに、無傷だったことでもない。少女にとって世界が一つ壊れるかどうかなどどうでもいいことだった。
 苛立ったことは、自分を他人と同列に扱われたことだ。自分が誰よりも最強であると自負している少女は、同列に扱われることほど嫌いなことはない。

「あたしは管理局最強、ひいては全次元世界最強よ。このあたしと同列に立てるやつなんてこの世にいないの!!」

 少女は決してお嬢ちゃんと呼ばれるような歳でも見かけでもない。
 しかし精神面の方、性格の細々とした面は子供のまま変わらず今に至っている。自尊心はその最たるものだ。女性が少女をお嬢ちゃんと呼ぶのも、この子供じみた性格ゆえのものだ。
 その事実を少女は否定し続けていたのはほんの少し前の話だ。
 そのままロケットが飛び上がるかのように天高く飛翔した少女は、魔法陣を自分の周囲に幾重も描き人間大もある巨大なスフィアを20発も生成した。
 雲よりも高い遥かなる高みから地上を見下ろし、最後の審判を下そうとする処刑人のように。天空から射殺す、堕天使のように。

「まるで私よりも強いとでもいいたげね。だったらこれでどうかしら?」

 女性のほうは盾を構え、大きく剣を振るった。常人の理解の範疇を超えた不可思議の力を行使する。
 今度は海などではなかった。大地が壊れるように震え、大陸そのものを海底から抉り取っていた。その一振りで地形は大きな変化を起こしていた。

「天高くぶっぱなして、ぶっ倒すんだから。シューティングスター」

 小さい女の子が癇癪を起こしたような口調で打ち込まれた技は、その一つ一つが一国を消せるレベルだった。
 流星群のように巨大なスフィアを打ち込む。これだけでも破壊力は高いのに、それが銃弾の速さならば一種の戦略兵器だ。

「まあ、怖い。ひとまずこれを盾にしましょう」

 女性の前に瞬時に浮かんだのは、島だった。海底から毟り取った島を盾がわりにしているのだ。常識の通用するまともな管理局員が相手ならば、これ一つで撤退させられる。
 計測さえできない質量を持つ大地を盾にするなど、どんな世界の常識にも戦術にも存在するわけがない。
 だが今目の前にいるのは管理局最強の魔道師。そして常識も戦術もなにもかも通用しない。
 流星のようなスフィアはそのまま島の盾にぶつかり、わずか三発で島一つ粉砕した。島は受けた三発の隕石で砕かれ、大きな建物ほどの大きさの欠片となって海へと堕ちていった。

(たった三発で島を粉砕できるものなのかしら?)

 大陸やら海やらを自由自在に操っている女性も女性だが、島一つあっさりと破壊するや世界を一つ平気で切り捨てられるこの少女を異質に女性は感じた。
 島が壊されてすぐに、地殻付近まで抉り取っていた大陸を盾というよりも壁がわりにした。厚さ10㎞もある分厚すぎる盾だ。
 さすがに大陸レベルならば流星群で破壊されることはないようだ。

「そうよね。人の領域で大陸を壊すなんてありえないわよね」

 ほっと女性は一息をついた。


 その瞬間、大陸は真横からぶち斬られた。


 人は大地に足をつけて生きている。それなのに、この少女はその大地そのものを裂き砕いた。人が無意識に心の拠り所とする地面でさえ、少女の邪魔となれば容赦なく破壊される。
 双銃を一つにして発生した魔力刃は、長さ10㎞幅10㎝、長すぎる長さなのに不自然なくらい細い。超圧縮された魔力は先程の攻撃とほぼ同等、いやそれ以上。そんな膨大すぎる魔力素を制御するのは、いくら管理局が大きな組織でも彼女くらいだろう。
 そんな実物を見たとしても、存在が信じられない兵器を横殴りするように叩きつけた。

「邪魔しないでよ!! そんなのであたしを止めたつもり? ふざけないでよ、バカ!!」

 分厚く長い魔力刃を少女は弾丸として女性に打ち込んだ。中規模の大陸なら割れるかもしれない。

「ごめんなさいね。お嬢ちゃんを見くびっていたみたい。そうね、私も全力で答えるわ」

 盾で分厚く長い魔力刃を防御する。大陸を切り裂くような魔力刃をあっさりと防御するこの女性もまともではないだろう。
 常識外のことをしているというのに、何食わぬ顔で女性は静かに剣を振るった。
 横薙ぎに、目の前の景色全てを切り裂くように。
 音はなかった。ただ、女性の目の前の景色全てが押しつぶされた。
 まるでそこには光もなにも存在してはいけないかのように、女性の視界は水平に切った線から上下に押しつぶされた。

「あら、躱せたの。お嬢ちゃん。あなた未来でも見えるの?」

 少女は景色が押しつぶされる直前に音速で回避に成功していた。躱されたことに対して、驚きも何も無い様子は回避程度何一つ問題もないということだろう。
 だが少女は先程までの怒りに染まった様子はなく、ただ驚いた様子だった。

「空間レベルでの拒絶。こんなレベルのISが存在しないとでも思っていたのかしら。これが魔王でもある私、ルシフェラのIS。あなたの強さとかは最初から関係なかったのよ」

「うん。そうだね、思っていなかったよ。そんなことまでできるんだ」

「あら、怯えちゃった。安心して、一撃で壊して、あ・げ・る」

 再び横薙ぎの一閃。目の前の存在、全てを否定し尽くす絶対且つ絶望の儀式。


 少女を含む目の前の景色が押しつぶされた。
 それと同時に女性の足元にあまりにも巨大すぎる魔法陣が描かれた。
 半径10㎞はあるだろう巨大な魔法陣。魔法陣内の上、空を含む全てがオレンジ色に包まれた。

「切り札はね」

 オレンジ色に包まれた世界に与えられたものは、等しい衝撃。どこにいても、どんなものであろうと等しく空間すべてに同時に衝撃を与える。
 自然界ではありえない痛み。痛覚の一つ一つが感知する痛みは激しいものではない。しかし全ての痛覚が同時に痛みを感じるなどと言うことは自然界ではまずありえない。

「最期までとっておくものなの」

 ルシフェラが薙いだ世界の真反対に少女はいた。

「幻術……小癪な真似をするのね」

 この戦闘にて初めてルシフェラは苛立った表情を見せた。
 世界全てに等しい衝撃。つまり全身の至る所が同時にダメージを受け続けているというのに、女性は動いた。

「ねぇ、お嬢ちゃん。あなたは管理局が本当に次元世界に平和をもたらすとでも思っているの? 莫迦ねぇ。世界は動いているの。傲慢な管理局に生きた世界を管理できるはずがないわ」

「そんなことどうでもいいよ。ただあたしはあたしのやりたいことをするだけだから♪」

「やりたい事? お嬢ちゃんはなにがしたいの?」

 オレンジ色の痛烈な檻の中でも平然としていた。魔王を自負するのも、この力ゆえだろう。


「家族一緒に幸せに暮らす。管理局最強の力でやっと手に入る、とっても素敵な未来よ」


 金色の瞳は深く輝いていた。
 その理想を真っ向からルシフェラは否定した。

「くだらないわ。そんなもの管理局最強でなくても手に入る物よ。傲慢だと思わないの、管理という名のもとの行き過ぎた正義を。歪んだ理想を」

「行き過ぎても、歪んでいても、そんなの些細な問題よ。あたしはあたしの世界を、この管理局最強ティレイ・ランスターが守りぬくだけよ。その身で理解してね、ランスターの弾丸は敵を打ち抜くことを」

 空がオレンジ色の魔力光に染まった。管理局最強ティレイ・ランスターの切り札だ。

「あなたも傲慢ね。生き物には見合った生き方があるわ。身の丈を顧みない生き方は莫迦がすることよ。いいわ、Dナンバー最強の1である魔王ルシフェラがあなたに現実を教えてあげるわ」

 魔王ルシフェラ盾と剣を一つにした。翼が大きく開き、エネルギーが剣に凝縮される。

「それにあなたみたいな力を持った人が幸せになるのを普通の人間が許すと思うの? 無知のまま自分で手に入れたでも無い光の恩恵を受けているのに、それを忘れているような人間よ。弱いから守られることを当然に考え、一人じゃなにもできない癖に、集団になれば正義を騙る」

 ティレイの理想をあざ笑うかのようにルシフェラは続けた。

「それでもそんなゴミみたいな価値しかない奴らは幸福の光に包まれて生きているのよ。でもあなたは光りに包まれたりなんかしないわ。世界を平気で壊せるような人は闇の人間よ」

「だからどうだって言うの!! 光が無い世界の人間だからって幸せになっちゃいけない道理なんて認めない。そんな世界だったら、あたしは明かり一つ無い世界を守りぬくだけよ!!」

 最強であるゆえの絶対的な自信。世界が光で満ちあふれたとしても、闇に覆われていたとしても、ティレイがすることには変わりはない。
 ただ守りぬくだけ。
 二つの力が衝突した数時間後、無人世界「ソドム」は完全に崩壊した。








 それは二つの最強の激突。
 そこには常識が通用しない。そこには経験が通用しない。そこには知識が通用しない。
 前代未聞の超絶戦闘。管理局では「ソドムの決戦」と呼ばれた。
 この戦闘については、一切の記録が残されていない。
 噂は様々だ。
 秘匿事項ばかりなので記録が残せなかった。
 あまりにも嘘くさくて記録されなかった。
 誰も記録をとっていなかった。
 決闘自体が嘘だった。
 何一つ資料が残されなかったこの戦いは数人の記憶を覗いて忘れ去られていた。











 あとがき
 番外編の一種です。
 登場した二人は理不尽で反則のキャラ。ラスボスや隠しボスみたいな感じです。
 本編に登場するのはまだまだかな。





[8479] PV50000 サービス
Name: 村雨丸◆ace927b0 ID:fb4b7595
Date: 2011/03/24 03:52
キャラクター設定。またの名を改造説明。
本編を読む前にこちらを読む方が居てもいいように、当たり障りの無いことしか書いておりません。
読んでいる最中に「このキャラってどんな奴だっけ、何時出た? オリキャラが多すぎなんだよ」と感じた方は多いと思われるので、そういう時にも便利なようにしております。
よくあるSSをつまらなくさせるキャラ設定にならないように心がけております。
(初登場の部分は第零話は基本的に除きます)十六話まで。
順番的には原作キャラ・オリキャラ味方・オリキャラ敵となっております



ティアナ・ランスター(21) 三等空尉 初登場・第一話
とある理由(第四話)で髪を切った。もっとも本人は切るつもりがなかったため伸ばしている最中である。
普段から両目を包帯で隠している。外すこともある。(第九話)
また容姿が5年前とあまり変わらないため、初対面の人には16,7程度という認識を持たれている。(第二話)
仕事で夜戦が多くなったためか、従来のBJの上に黒いコートを羽織るようにしている。(第九話)
性格面ではツンデレ度合いが減り、依存性が上がっている。(第三話など)
主人公格でもあるため最多の登場回数を持つ。(第八話を除き全ての話に登場。)
ちなみにプロローグラストは彼女である。
新しいデバイスダークネスファントム。待機モードは両腕のブレスレット。(第九話)
元ネタ関連
付け加えたよく出てくる能力は擬似的なラプラスの悪魔かな。当初はデバイス名「ダークネスミラージュ」にしようかと考えていたけれど、調べたらポケモンの影分身らしいから。いい技だけどイメージとかなり離れるので今の名前になった。
裏事情
包帯について周囲からは「目が見えないのに見られているように感じる」「包帯しない方がかわいいのに」「白い包帯とオレンジ色の髪とのコントラストが」などの評価を受けている。一部ではエリオによる虐待が示唆されている。

エリオ・モンディアル (15) 二等陸尉 初登場・第二話(名前だけは一話から)
容貌は5年前との類似点を見つける方が難しい。髪型と色と目の色、ただし左目のみ。
とある理由(第四話)で顔の右半分に白い仮面、左腕は義手となっている。(第二話)就寝時には仮面は外している。(第三話)
背丈は良く伸びており、今ではティアナよりも大きい。(第二話)隊長としての責任というものを自覚し始め、大人っぽく振舞おうとして無理に背伸びして失敗することもある。(第六話)(第十五話)
性格面では丁寧さとかが減り、悪く言えば荒っぽく、良く言えば熱血漢となっている。(第三話など)
年上に対しては丁寧な口調は変わらないが、ティアナに対しては例外らしい。(第三話、第六話、第九話など)
五年前からティアナが好きであり、当時6回に渡る告白を経て付き合っていた。(第七話)
現在はティアナと同じ部屋。(第三話)
元ネタ関連
デバイス名アウトバーン(十五話)はもちろんドイツの高速道路。ストラーダから高速道路つながり。
裏事情
見た目は相当怖く、年相応には見られない。またそのせいかティアナへの虐待やDVなどを疑われており、本人にも否定できないところがある。

ギンガ (23) 初登場・第三話(名前は二話から)
ティアナよりも変化のない22歳独り身。しかし服装が思いっきり変わり、白衣を好んで着るようになった。
嗜好に大きな変化があり、バリバリのアウトドアからインドアへと変化した。(第三話)
メカニック方面に強く、周囲を置いていくほどの知識を持っている。(第五話)
しかし相手の話を全く効かない癖はそのまま。(第八話)
ロックのある扉をめんどうだからと破壊する無茶苦茶だが(第五話)、突入部隊の中では常識的な考えであり修の異常性を理解している。(第十五話)
裏事情
新しいデバイス名はヴァルキリア。なお、諸事情によりナカジマ姓を名乗っていない。
エリオやティアナには姉のような想いもあるが、スバルのことを忘れたこともない。


高町なのは (24) 一等空佐 初登場・第三話(名前は第一話から)
ヴィヴィオを守るために必要なものは何かを悟り、権力のために出世した。(第二話)
ヴィヴィオのためならば管理局を捨てでも彼女を守り抜こうとする。(第八話)
圧倒的な力を振るうが、能力的にはダウンしている。(第十話)
裏事情
総合的な戦闘力ではティアナよりも僅かに上。正面から戦えば首都守備隊の隊長陣も倒すことくらいなら十分できる。

フェイト・テスタロッサ・ハオラウン 一等空尉 (24) 初登場・第五話(名前は二話から)
リンディが亡くなり、派閥争いに巻き込まれてしまった。(第二話)
今は警邏第1部隊に身を寄せている。(第五話・第七話)
任務などでの対策という名目で煙草も吸うようになった。吸うがなくてもいいらしい。(第五話)
戦闘力は変わらずではなく、ブッチ切りの上位陣。(第七話・第十三話)
スティールとはそれなりの仲。(第十一話)
元ネタ関連
パラライボールとか基本的にはコレット関連。コケたりはしませんが、技や術に付いては入れております。
裏事情
上位陣は相変わらず。なのはと比べるとかなりの差が出来てしまった。

ゼスト・グランガイツ  初登場・第五話 (総隊長という名で三話から)
首都守備隊の各部隊を束ねる総隊長であり、一番隊隊長。(第五話)
隊員からの信頼も厚く、ティアナと作戦会議をしていたりする。(第七話)
ティーダと面識がある。(第十二話)
力量は他の隊員を遥かに圧倒する。(第十三話・第十四話)
裏事情
意外なところに意外な関係がある重要キャラの一人。ただし死にかけ。ゾンビじゃないよ。あれは仮死状態だから。一応最強クラス。

チンク・アルピーノ (21) 初登場・第五話 (名前は二話から)
名前の通りアルピーノ家の養子。ルーテシアとの仲は良い。かつては罪の意識からメガーヌを様付けで呼んでいた。(第八話)
修とはロリコン疑惑から地獄の追いかけっこを日々しているらしい。(第八話)
修のことは危険視している反面、信頼もしているようで理解度は高い。(第十五話)
裏事情
メガーヌとの一件は知りたい人が居れば書くかと。ちょっと痛々しい感じだから。

高町ヴィヴィオ (11) 初登場・第八話 (名前は二話から)
誘拐される。(第五話)サタンにより拷問を受けている。(第六話)
なのはへの信頼と修との約束でなんとか精神を保っている。(第九話)
裏事情
攫われたヒロイン的な扱い。主人公の気持ちが向かっているはずだけど、隣に居ないから物語のヒロインになっても主人公のヒロインになれないことの多いあれです。

ルーテシア・アルピーノ (11) 初登場・第八話 (名前は二話から)
DN事件にてDナンバーと戦った経験を持つ。(プロローグ)
アイリスやシェーラとは仲が良いらしい。(第二話)
ガリューをいつも連れている。(第八話)
裏事情
名前だけ度々出たけれど、登場が後回しになった。影の薄い少女。


ザフィーラ  初登場・第五話
磔された状態で登場した。時期的に考えて一週間近く放置されていたのだが生きていた。(第五話)
本部防衛戦に参加する。(第十五話)
裏事情
人間形態でヴィヴィオと接している。絵面としてはたくましい男と愛らしい少女の図を想像してください。

シグナム  一等空尉 初登場・第十四話(名前は第二話から)
六課の面々で生き残った中では一番の重症。(第六話)
教会にて「隻腕の剣士」として知られている。(第八話)
実際は左腕を縛り付け、一切動かさないことから隻腕と呼ばれている。(第十四話)
裏事情
危険な力に手を染めている。今ならフェイトとは拮抗、なのはには有利。

レジアス・ゲイツ 中将 初登場・第五話(中将という名では第一話から)
首都守備隊をある手段で結成している。(第五話)
隊長陣やエースの模擬戦は視察しているらしい。(第七話)
倉庫の方の最終ラインを指揮している。(第七話)
裏事情
存在感の強い人物だが、登場の機会に恵まれない。

メガーヌ・アルピーノ 初登場・第十二話 (名前は第六話から)
チンクの調整の時は付き添っているらしい。(第八話)
修などの相談にも乗っており、一番隊にはなくてはならない人。(第八話)
ティーダとの面識があり、ゼストに苦言を呈している。(第十二話)
裏事情
足を悪くしているため、手首に装着するタイプの杖を使っている。そのため戦闘にはまず参加しない。今でこそチンクのことを大事には思っている。ただし双方には想いに違いがある。

ルキノ・リリエ 初登場・第五話
両足を見た目では一切分からない義足に変えている。(第六話)
新造艦スレイプニルの操舵を行っている。(第十話)

ドゥーエ 初登場・第十五話 
第八話で入局したという隊員。(第八話)
首都守備隊にいる。(第十五話)

スバル・ナカジマ (20) 初登場・第十六話 (名前は第一話から)
現在は聖王教会にいる。シグナムいわく、ディードと肩を並べるらしい。(第十四話)
髪は五年近く切っていない。腕は上がったが、ポテンシャルは下がったらしい。(第十六話)
裏事情
エリオとティアナのセットなのでキャロとのセットを考えたけど、合いそうにないので却下。技量は十分だけど、機人ゆえの不具合にあっている不運な子。だけどギンガよりかはましという設定。

セイン・ヌエラ 初登場・第十六話 (名前は第十四話から)
現在は聖王教会にいる。シグナム曰く、スバルとディードと比べると次点。(第十四話)
薄い防具を真っ白な襷で縛っている。シャッハのヴィンデルシャフトを使用している。(第十六話)
通称「姿なき番人」。(第十六話)


ユーノ・スクライア 享年・24 殉職 初登場・第六話 (名前は第三話から)
無限図書の崩壊とともに亡くなった。(第三話)
市街のカメラに死んだ後に写っている。(第五話)
なのはとザフィーラの前に帽子を被り、クルタナを持った姿で現れた。(第六話)
裏事情
悪意のある憑依による犠牲者というところです。

ティーダ・ランスター 享年21 殉職 初登場・第十三話(名前は第七話から)
普通なら再起不能になるほどのゼストの指導に耐え抜いた。(第七話)
死因には偽りがある。(第八話)
竜騎士のパートナーであり、首都航空最強とされた。(第十三話)
裏事情
改造度というか、かなり強化されています。

アルフ 名前は第三話から
致死量の血痕が見つかっている。(第三話)
フェイトが修に渡したメモに攻略の糸口として書かれている。(第十六話)

はやて・ナカジマ 准将 (24) ナカジマ准将として名前のみ二話から
本来ならばヘブンズソードを受領するはずだった。(第二話)
四年前から長期航海に出ている(第五話)
裏事情
もう暫く登場しません。散々な扱いを受けていますが、それは彼女の真意を知らない人達ということです。

ヴィータ 殉職 名前のみ第二話から
裏事情
ゆりかご戦のあとにも戦闘があればこうなったかと。もっともはやてにある活動をさせたいのと、あと扱い難くてこういう結果になりました。

リンディ・ハオラウン 殉職 名前のみ第二話から
管理局の現状の改善のために手を尽くしていた。(第五話)

クロノ・ハオラウン 享年・24 殉職 名前のみ第五話から
彼の死は大きな影響力がある模様。(第五話)
裏事情
彼が生きていれば現状の悪い部分が幾つか消えていた。逆を言えば物語にできないため消さざるを得なかったような。

キャロ・ル・ルシエ (15) 名前のみ第六話から
数少ない龍使役を持っている。(第七話)
裏事情
本編を読んでくださった方はお気づきでしょうが、かなり不幸です。

ウーノ 名前のみ第八話
DN事件で亡くなったらしい。(第八話)

トーレ 名前のみ第八話から
アザゼルと遭遇しセインが逃げる時間を稼いだ。
現在は行方不明(第八話)

クアットロ 名前のみ第八話から
現在は行方不明(第八話)

オットー 名前のみ第八話
DN事件で亡くなったらしい。(第八話)

アギト 死亡 名前のみ第八話から
シグナムとユニゾンしアモンと戦闘するが、敗北しシグナムの身代わりとなった。(第六話)

シャマル 名前のみ第十一話から
なのはの状態をチェックしている。(第十一話)

シャッハ・ヌエラ 殉職 名前のみ第十四話から
Dナンバーアザゼルと戦闘し命を落とす。

ディード  初登場・第十六話 (名前は第十四話から)
現在は聖王教会にいる。シグナムいわく、スバルと同等。(第十四話)


ジャック 初登場・第六話 (名前のみ第三話から)
白衣を着た医官。狐か猿か分からない祭りでみる仮面を被っている。(第六話)
研究者でもある。(第十話)
裏事情
正体は皆さんお気づきの通り。




ここからオリジナルキャラです。




嵐山修 (19) 陸曹 初登場・第五話 (名前のみ第一話から)
日本刀型デバイス「月光」を扱う魔導師。(第五話)待機モードは右手の手套。(第九話)
見た目は黒髪黒目の日本では良く見かける風貌。体つきはいい。(第六話)
暴走しているときとしていないときの口調の差が激しい。(第七話)
通常時は読点がやけに多いゆっくりとした口調だが、暴走すると荒くなり(第八話)、最大までいくと「シャッハー」と叫び同じ音の言葉を連呼する。最後の言葉は意味が間違っている。(第十五話)
ヴィヴィオに心底惚れ込んでいるが(第八話)、ロリコンであることは否定している。(第九話)
BJの見た目は袴に似ている。(第十二話)
元ネタ関連
「嵐山」は奈良の地名。彼の使用する四元流は、名前は「示現流」から、意味は自然科学の「四大元素」から。
裏事情。
オリジナルキャラの中では主人公格。俗に言うオリ主。ただ一人の少女を守るためにあらゆる行動を辞さない男の行く末が彼の行く末でもある。
ただし扱いにくいキャラ。魔法はベルカの亜型。

アイリス・エルベ (14) 訓練生 初登場・第二話 (名前のみ第一話から)
サーベル型デバイス「シュナイド」を扱う騎士。(第二話)待機モードは左手の手套。(第九話)
身長159センチ、昔のティアナほどの髪の長さに透き通った赤目。(第二話)髪は首ほどで括っている。(第九話)
冷たい感じのする性格だが、単に割り切りがいいだけ。(第九話)
大きな戦闘の前でも平常心を保つという異常性すら見られる。(第十二話)
口癖は話の最後に「~のです」をつけること。(第二話)
戦闘機人。(第二話)
元ネタ関連
「アイリス」はギリシャ神話の伝達と虹の神「イリス」から。「エルベ」はドイツ東部を流れ北海にでる国際河川。支流のエルベ・リューベック運河はバルト海と結んでいる。
裏事情
戦闘機人なのだが戦闘機人らしさがあまり出せない。彼女のISはミッド式の鬼門だからあまり使えない。シェーラに気がある。

シェーラ・リューベック (14) 訓練生 初登場・第一話
鎖型デバイス「グレイプニル」を使う魔導師。(第一話)待機モードはリボン。(第九話)
水色の瞳と、藍色の髪を持つため冷たいイメージがあるが優しい子。髪型と童顔によって実年齢よりも低く見られている。(第九話)
アイリスよりも訓練生らしく、大きな戦闘の前では普通に怯える面がある。(第十二)
平仮名が妙なところに入る話し言葉が特徴。(第一話)
元ネタ関連
「リューベック」はドイツの湾岸都市またはバルト海に面している湾。「グレイプニル」は北欧神話に登場する巨大な狼を封じるためにこの世に存在しない物を使って小人が作った紐。
裏事情
アイリストの仲良しコンビ。ちなみに彼女の家庭環境はかなり無茶苦茶。見た目は-3歳くらい。

ルサカ・ジャンビ (18) 一等陸士 初登場・第六話
爪形デバイスを使う魔導師。(第十二話)
白髪頭の単発で頬には三本線の刺青。目つきも鋭く人相も悪い。性格は見た目にそぐわない。(第六話)
BJは武闘家のようなもので、白い虎が二足歩行しているようにも視える。(第十二話)
口癖は「正直」。(第六話)
修の扱いには慣れている。(第十五話)
元ネタ関連
「ルサカ」はアフリカ、ザンビア共和国の首都。「ジャンビ」はザンビアから。インドネシアの州の一つにもある。
裏事情
救出部隊のメンバーの中ではもっとも獣から遠くて近い存在。意外と小心者。

ルイス・セント (17) 二等空士 初登場・第七話(名前のみ第五話から)
杖型デバイスを扱う一般的な魔導師。(第十二話)
茶髪のショートカットで笑顔が似合う少女。基本的には相手のことは姓で呼ぶ(第七話)
通称は「何でも屋」。(第八話)能力の幅が広い。(第十五話)
口調は敬語。(第七話)
ルサカ同様修の扱いに関しては手馴れている。(第十五話)
元ネタ関連
名前は逆にすると、セントルイス。アメリカの州となる。ダブルオーのあの子ではない。
裏事情
救出部隊の中では一番やばい人。

ギゼラ・エルベ 初登場・第五話(名前のみ二話から)
弓形デバイスを扱う騎士。(第十二話)
朱色の細かくさらさらした長髪が特徴。(第五話)
BJは艷やかな赤い装甲と鮮やかな赤の騎士甲冑と銀の胸当て。(第十二話)
首都航空隊ではティーダやスティールと同僚だった。またティーダ亡き後ティアナが学校に入るまで面倒を見ていた。(第八話)
元ネタ関連
エルベ川から。デバイス名「アルテミス」はギリシャ神話の月の女神から。
裏事情
当初はギアナ・ゼノンという名前だったけど変更。元執務官という立場で管理局の善悪両方見続けてきた人という立場。またはティーダ関連での登場。

レナ・バイカル 二等空尉 初登場・第三話
双刃型デバイスを使いBJは濃淡の差こそあるが青一色のドレススーツ。(第十二話)
短めの髪の色も目の色も靴や手袋やピアスなどの装飾品から魔力光に至るまで全て同色の青。(第三話)
口調は話のはじめに短めの反応を入れる。(第三話)
重要な会議でも楽しそうな反応が多い。(第五話)
教導隊の頃なのはとは同僚だった。(第三話)
元ネタ関連。
レナと聞けば「嘘だ」の彼女を想像する人も多いでしょうが、我らがティアナ嬢がいるため違います。
「レナ」はロシア東部を流れる河川。バイカル山脈が源。「バイカル」はバイカル湖から。世界最大の貯水量と最高の透明度を誇る世界遺産。
裏事情
二番隊の隊長がフェイト関連だからなのは関連ということで。教導隊の面々は多分ほとんどがなのはよりも年上だろうから、同い年とかは少なかったのでは。

マルコム・スペリオル 初登場・第三話
錫杖型デバイスを使う魔導師。(第十三話)
スキンヘッドでサングラスをかけているためものすごい悪人に見える。(第三話)
朝日が登ると共に修業を開始する。エリオも参加したらしいが二度もしたいとは思えないらしい。(第三話)
喋り方は大袈裟で仰々しい。(第三話)(第五話)
自然魔法の使い手。(第七話)
元ネタ関連
「スペリオル」は世界最大の湖スペリオル湖から。戦術はゼロ魔のエルフから。
裏事情
自然を操る人。拠点防御専門の魔導師。リンカーコアが魔力を貯蓄してしようする器官だからそれ自体を大きくさせたらどうかというのを体現してみた。

フィア・シュヴァルツヴァルト 三等陸尉 初登場・第七話 (描写はありませんが第五話の会議にいる設定です)
植物使役能力を持つ魔導師。(第七話)
地面に触れるすれすれまで伸びた深緑色の髪。穏やかな表情の深窓の令嬢のような人。(第七話)
人の話を聞くのが上手い。(第七話)
危険なときでもおっとりとしている。(第十五話)
元ネタ
「シュヴァルツヴァルト」はドイツ語で「黒い森」。酸性雨の被害でしられる。
裏事情
天然系というよりもおっとりとしたキャラ。和み。拠点防衛と迎撃トラップに特化した魔導師。

コウライ 初登場・第五話
ギンガの行動に悩まされることが多い。(第五話)
細身だが筋肉質。金髪の長身。(第六話)(第十四話)
BJは好まず、性能のいい防護服を纏っている。(第十二話)
武闘派としてしられている。(第九話)
ザフィーラと面識がある。(第六話)
元ネタ
朝鮮半島にあった国の名前。
裏事情
ベルカ側やはやて側に関連する人。寡黙な戦士。

ミンスク 初登場・第十二話(名前のみ第八話から)
医療専門の部門に所属する。肩まである白い髪に真っ白な肌。年から年中白衣のため真っ白に見える。(第十四話)
他人に尽くすことに熱心な戦闘機人。(第十四話)
病弱であり話し方は……を多用する。(第十四話)
元ネタ関連
ベラルーシの首都「ミンスク」。
裏事情
病弱キャラ。病弱な医療キャラという矛盾にしてみた。

キルギス・ビーシュ 初登場・第三話
215センチ150キロの巨体。50過ぎなのに衰えない筋肉。日や火に焼けた髪をしている。(第三話)
鎧型デバイス「エルドラ」を纏い、鉄壁の防御力を持つ。(第十三話)
怪力の持ち主でもある。(第十三話)
単なる怪力馬鹿ではなく、士気を上げることも得意とする。(第十五話)
元ネタ関連
「キルギス」は中央アジアの国名。「ビーシュ」はキルギスの首都ビシュケクから。「エルドラ」は黄金郷の意。
裏事情
老兵というわけでもないけれど、潔く散りゆく老戦士という感じで。

ハラレー・ジンブ 二等陸尉 初登場・第三話
逆立った緑髪をした男。エリオよりも断然高いが、キルギスよりかは小さい。(第三話)
五番隊の24ある分隊の第一部隊の分隊長。(第三話)
モーニングスター型デバイスを使用する。(第十三話)
化物じみた魔導師の多い中一般的な方。(第十三話)
元ネタ関連
「ジンブ」はアフリカのジンバブエ共和国から。「ハラレー」はジンバブエの首都「ハラレ」から。
裏事情
お気づきのように首都守備隊の面々の名前などは地名などがほとんどです。

ネシア 初登場・第十三話
少女と女性の間くらいの年で手入れされずに日焼けした金髪(第十三話)
第三分隊の分隊長であり戦闘機人。平衡感覚を取るためか、顔の中央のみ髪を伸ばしている。(第十四話)
機械的な口調と思考をしている。(第十四話)
元ネタ関連
ネシアはギリシャ語で諸島の意味。
裏事情
救難活動とかで理想ともいえる集団移送能力の持ち主。趣味嗜好は少ないが、若干のM。

スティール・クラウザー (32) 三等空佐 初登場・第五話
銀なのか白なのか判断に困る髪。片目は潰されている。(第五話)
趣味は喫煙で自分の部隊では喫煙許可。(第五話)
中心に細長い空洞と溝がある大剣型デバイス「ダインスレイブ」の使う銀色の魔力光の持ち主。(第十一話)
「地上の英雄」または暴風スティールと呼ばれている。(第十三話)
母音で伸ばした威圧的な口調が特徴的。(第五話)
ティーダと同じく首都航空隊に所属していた。(第七話)
元ネタ関連
「スティール」は合金のスチールから。「ダインスレイブ」は北欧神話に登場する魔剣「ダインスレイフ」から。
裏事情
見た目としてはRPGでいう威圧感のあるボスキャラ。フェイト級の戦力を持つ上位の一人。

ハロゲン 名前のみ第五話から
警邏部隊。暴動の制圧に乗り出した。(第五話)
元ネタ関連
第17族元素の別称ハロゲン元素から。

ニオブ 名前のみ第五話から
警邏部隊。暴動の制圧に乗り出した。(第五話)
元ネタ関連
元素番号41。元素記号Nb、ニオブから。

アマルガ 名前のみ第十一話から
西部警邏担当。スティールに犯罪者の動きについてタレコミを入れた。(第十一話)
西部地区では銃撃戦が行われている。(第十三話)
元ネタ関連
水銀と他の金属の合金「アマルガム」から。歯科修復材料に使われる。
裏事情
西部担当で銃撃戦が得意な魔導師。トリガーハッピー。

ガリウム 大将 名前のみ第五話から
管理局の四人の大将の一人。管理局の改革派のトップでもある。(第五話)
元ネタ関連。
元素番号31。元素記号Ga、ガリウムから。
裏事情
ヘブンズソードを制作に関わっており、敵か味方か分からない重要人物。海のトップという立場。

ティレイ・ランスター 故人 名前のみ第十六話から。
第零話にてソドムで世界を崩壊させるレベルの戦闘を繰り広げた、自称管理局最強。
ティアナに良く似た容姿だが、瞳の色が金色。綺麗と可愛いの両方を言われる。
アモンは彼女のことを知っているらしい。(第十五話)(第十六話)
裏事情
ステータスのマックスが100とすれば、一人だけ1000になっているという反則キャラ。一応このSSではこいつより強い人は登場しない。

アスラ 大将 名前のみ 第十六話から
管理局の四人の大将の一人。魔導師長でもある。(第十六話)
元ネタ関連
「テイルズオブイノセンス」のアスラ。元ネタを辿れば阿修羅。
裏事情
魔導師全体のトップ。実力としても魔導師トップ級。

アモン D型戦闘機人 初登場・第八話(名前のみ第六話から)
アリシアの雇い主でDナンバー2(第六話)
鳥のような顔に鋭い爪を持った悪魔のような姿形。(第八話)
己の力量が戦略でも武力でもどれだけのものか試すのを好む。(第八話)
人の事は見下しているが、だからといって約束を反故にするのは恥だという。(第九話)
スペックが異常だからか追い込まれる状況を好んでいる。(第十二話)
人や戦闘機人などという種族に興味はなく強ければいいらしい。(第十二話)
ティアナの母親について知っている。(第十五話)
元ネタ関連
屈強な地獄の公爵「アモン」から。その恐るべき能力とは望むものに愛を与え、友情の亀裂を元通りにする。
裏事情
第零話の二人を除けば最強クラスのキャラ。強さへの飽くなき欲求の末に最強となった存在。

アリシア・テスタロッサ (15) 初登場・第六話
アモンに雇われている。(第六話)
姿はほとんどその歳のフェイトと同じ。ただ、栄養面がよくなく髪がザラザラして全体的に小さい。(第六話)
なのはには一週間で懐いた。(第六話)
アモンクラスの圧力には耐えられない。(第八話)
機械には強い。(第十二話)
裏事情
フェイトとの絡みはまだ先。フェイトのようなオールラウンダーではなく、奇襲に特化した魔導師。

マモン D型戦闘機人 初登場・第四話
奇妙なフェイスメイクをした痩せ気味の男。鉄鞭を扱う。(第四話)
加虐性に道溢れており、他者を傷つけ苦しめることを楽しいとする。ナンバー12(第四話)
一方的な殺戮を好むため、油断しやすい。(第四話)
元ネタ関連
金銭を愛し、誘惑者の長とされ「強欲」を司る悪魔「マモン」
裏事情
スキル「油断」持ち。早い段階で脱落してしまったDナンバーだけどかなりの猛者。ヴィータやシグナムと十分渡り合うことはできる。スペックに慢心して、油断さえしなければ。

サタン D型戦闘機人 初登場・第六話(名前のみ第五話から)
他人の体に憑依する能力を持つ。ナンバー13(第五話)
ユーノの体を乗っとっている。(第六話)
生気が感じられない瞳に黒い帽子とクルタナが特徴。(第七話)
なのはによれば倒せないことはないがそれではヴィヴィオを救えない。(第八話)
元ネタ関連
地獄の支配者でもあり正体不明の悪魔「サタン」から。ヘブライ語で「敵」の意
裏事情
憑依する能力者の卑劣さの極みかな。自分の意志で憑依出来る能力を持つものの悪意の結果というか、悪意のある憑依というものです。だからこそユーノが絶対にしないことをしています。

アエーシュマ D型戦闘機人 初登場・第十三話(名前のみ十二話から)
ゴリラのような戦闘機人。(第十三話)
最後の音を伸ばす。(第十三話)
「冥土の土産」という敗北フラグを立てる。(第十三話)
丈夫な体で生き残っていた。(第十五話)
元ネタ関連
ゾロアスター教においての悪魔軍団の筆頭「アエーシュマ」から。見た目もそれをモチーフにしています。
裏事情
冥土の土産って言葉は敗北フラグだと思います。余計な情報を与えるだけ与えて馬鹿みたい。

ダゴン D型戦闘機人 初登場・第十五話(名前のみ第十二話から)
侵入口の警護を担当する。(第十二話)
相性ではキルギスに有利とされた。(第十四話)
両腕が触手であること以外は不明。(第十五話)
最初の言葉を繰り返すクセがある。(第十五話)
元ネタ関連
ダゴン神から。元々は神だったが英雄サムソンにより信者を殺され、悪魔に堕ちた。
裏事情
かませ犬。初登場から記録的な速さで退場する。姿は描写しませんでしたがローブ姿で顔は分かりづらく、ローブから除く光る眼と伸びる触手を持っているという設定です。ほとんどご自由にですね。

バファメト D型戦闘機人 初登場・第十六話(名前のみ第八話から)
ずんぐりとした黒い毛で覆われた体に、黒い羊の顔と蝙蝠のような羽に蛇の尻尾を持った異形の怪物。(第十六話)
当初は甲板に配置される予定だった。(第八話)
しかし間に合わず倉庫にいるまま戦闘に入った。(第十二話)
ヴィータを殺めた。(第九話)
どれだけ破壊されようとも瞬時に再生する再生能力を持つ。(第十六話)
元ネタ関連
魔女たちの悪魔崇拝に関係する悪魔「バフォメット」から
裏事情
人っぽさが全くない。戦闘機「人」という名称も微妙なキャラ。あとヴィータを倒すことができたのは彼女が動力部の破壊で余力が殆ど残っていないというのが一番の理由です。

ルシフェラ D型戦闘機人 第零話
海水操作や大陸切断浮上、音速飛行に空間破壊などの能力を保有する。
ティレイとの一戦では剣は傷ひとつないが、はやての前に現れたときは折れていた。
1%の力しか出せていないらしい。
元ネタ関連
「暁の輝ける子」「暁の子」「傲慢」などの意味を持つ堕天使「ルシファー」から。
裏事情
敵側、Dナンバー側の反則キャラ。反則というのは勝負そのものにならないということで。



竜騎士 (32) 初登場・第八話(名前は第七話から)
組み合わす双剣とバスタードソードを扱う元管理局最高の剣士(第九話)(第十三話)
鼻から下を鋼鉄のマスクで覆っている長躯。薄い赤髪。生々しい傷が顔の中央に走っている。(第八話)
素手でサタンを圧倒する。(第八話)
剣士としての力量は圧倒的。(第十三話)
元ネタ関連
家庭教師ヒットマンリボーンの「幻騎士」。
裏事情
本名や過去の一部が第十三話で出したけど、まだ少しある。キャロとティアナの関係を悪化させ得る可能性すら持っている。
最初は味方側として登場させる予定だったけど、設定を練った結果今の位置に行った。

テレサ・アヴィラ 元准陸尉 初登場・第八話
12歳にしか見えない白髪の少女。胸もない。(第八話)(第十四話)
アモンの威圧を物ともしない。(第十四話)
剣十字教の十字架の一人。(第十四話)
元ネタ関連
テレサはマリオのではなくスペインの修道女「テレサ」から。アヴィラはテレサの生まれた地名。
裏事情
元は体と相応の年齢で登場予定だった。その時の設定は吸血を好む血筋で、太陽に弱いため白い皮膚をしているというもの。元々は味方の予定。

アルベルト 剣十字教徒 初登場・第十四話
「焼き刃」の異名を持つシミター使い。(第十四話)
場違いな白い衣を纏っている気味の悪い男。(第十四話)
自分の体を自分で焼くほどのパイロマニア。(第十四話)
言葉の最期にねーをつける。(第十四話)
心臓部にエクステンスコアを装着している。(第十四話)
裏設定
火炎人間。実力的には六課の新人以上。頭は炎の使いすぎで焼け焦げてしまいハゲである。

マゴラカ 剣十字教徒 初登場・第十六話
拳士として知られる剣十字の柳葉刀使い。(第十六話)
頭をきつく三つ編みで縛っている。左手が右手の1.5倍もある。(第十六話)
足も十分長く、腹にエクステンスコアを装着している。(第十六話)
元ネタ関連
仏教にて守護である天竜八部衆の「摩ご羅伽」より。
裏設定
当初はスバル、セイン、ディードの三人がかりで勝利するとかも考えていたけど行き過ぎだと自重。その結果当初よりも弱くなりました。
中国風の人。




約70名。出すぎですね。消えるキャラはすぐに消えます。次はなにをしようかな?


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