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「スピーディ」の結果が被災後10日以上たって出た。福島第一原発事故で周辺の住民が受ける放射線量などを予測する「緊急時迅速放射能影響予測(SPEEDI)システム」の試算だ[記事全文]
大震災で日本経済も深手を負った。一日も早く生産と物流、生活を立ち直らせることが、被災地救援と復興に欠かせない。震災に強い日本への再生をかけた挑戦の第一歩でもある。大地震[記事全文]
「スピーディ」の結果が被災後10日以上たって出た。
福島第一原発事故で周辺の住民が受ける放射線量などを予測する「緊急時迅速放射能影響予測(SPEEDI)システム」の試算だ。原子力安全委員会(班目〈まだらめ〉春樹委員長)が公表した。
現在、第一原発から半径20キロ圏で住民が避難している。だが、その外側の屋内退避域である30キロ圏やさらにその外も含めて一部のところでは、放射性ヨウ素により、住民が甲状腺に100ミリシーベルトを超える被曝(ひばく)をするおそれがあるという。
この数値は、原子力安全委の防災指針で、健康被害を抑えるために安定ヨウ素剤を飲む目安の一つとされる。
試算では、被曝の影響を受けやすい1歳の赤ちゃんを例にとり、12日間、昼も夜も屋外にいたと仮定した。赤ちゃんは現実には家の中にいるはずだから、その量はぐんと減るだろう。
さらに、原発からの放出量の推計などにも仮定が含まれているらしい。
だが、それでも納得がいかないのは「非常に厳しい条件を想定した。ただちに対策をとる必要はない」という班目委員長の見解だ。
こうした予測で厳しめの仮定をするのは当然のことだ。そのうえで被曝量を見積もったら、それが指針にある目安を超えた。それなのに「ただちに対策をとる必要はない」と言われたら、なんのための試算か目安かと戸惑う。
科学技術がからむ災害に混乱なく立ち向かうには、専門家とそうでない人々との信頼関係が欠かせない。
原子力安全の元締めの専門家が、自らの指針に照らして深刻な事態を公表したというのに何も手を打たないのでは、発信されるメッセージに信頼感が伴わない。
たとえ強めの対策を促して、大げさすぎたと後で言われたとしても、そのほうが信頼を損ねないだろう。
スピーディが教えるのは、いま第一原発の周辺では、避難域の外でも放射性物質による汚染がまだら模様に進んでいるらしいということだ。
求められているのは、よりきめ細かく住民を守る対策だ。
避難域を一律に何十キロも広げることは、人々に大きな負担を強いる。患者が搬送中や搬送後に亡くなるという不幸な事例も今回、私たちは見た。
それならば、急いで考えるべきは、円形にこだわらない避難域の設定だ。測定値や予測値を生かして、でこぼこや飛び地でも必要な地域を定め、子どもや妊婦のように優先度の高い人に遠くへ移ってもらうこともありうる。
スピーディは、放射性物質がどちらに飛ぶかを刻々予測するためにつくられた。場所を絞り、時を選んで、避難を促すための強力な道具なのだ。
これを生かさぬ手はない。
大震災で日本経済も深手を負った。一日も早く生産と物流、生活を立ち直らせることが、被災地救援と復興に欠かせない。震災に強い日本への再生をかけた挑戦の第一歩でもある。
大地震と津波、そして原発大事故と放射能汚染が重なった未曽有の危機に、企業も消費者も衝撃を受け、心理的に萎縮した。しかし、ようやく平静を取り戻しつつある。
高速道路が少しずつ復旧し、西日本の生産拠点から被災地や物不足の東日本に製品を送る努力が本格化した。沿岸の製油所やタンクが立ち直り、タンカーが入れる港も増えてきた。
鉄道では、日本海側のルートを通じた貨物列車の活用が進む。コンビニの営業再開も広がる。自動車など高度に相互依存が進んだ製造業では、企業の枠を超えた協力が進む。NECは東北の5工場を再稼働した。
日本銀行による大量の資金供給や今後期待される大規模な財政出動などの支援を背景に、部品メーカーなども着実に再起への歩みを刻んでほしい。
長丁場となることが避けられそうにない東日本の電力不足への対応も急ぎたい。企業や家庭の節電の努力を徹底し、電力需要のピークを下げることでなんとか停電を回避しつつ、生産などの立て直しを進めることが大切だ。
企業や役所、学校などが勤務時間を縮めたり、ずらしたりする。自宅で仕事をこなしたり、配送方法を効率化したりする。そういったさまざまな知恵や工夫が問われている。
1970年代の石油危機は、各企業がコスト削減と省エネルギーの努力で乗り切った。今、私たちの社会と経済の全体が壮大な省エネ改革を突きつけられているといえる。
同時に、全国規模で震災に強いまちづくりとエネルギー転換への息の長い挑戦が幕を開けることになろう。
長期的には原子力への安易な依存は許されなくなる。太陽光や風力、燃料電池など新エネルギーの利用を増やし、地球温暖化防止に必要な低炭素社会への地ならしにもしたい。
震災に強く、環境にやさしい国土と社会の建設は、膨大な投資需要を生む。雇用と消費の拡大を通じて経済の活性化をもたらす。それはまた、日本を世界に誇れる先進経済モデルにすることにつながっていく。
経済とは詰まるところ、人間がつくる社会全体の力にほかならない。人と企業、地域社会が震災を機に絆を強めたことで、その力を大きく引き出すことができるのではないか。
震災からの復興と日本再生に挑む強い意志を私たちが共有する限り、この惨禍を新たな改革と発展の契機にできる。敗戦の焦土から立ち上がった歴史的経験と、阪神大震災からの復興を思い出し、総力を結集しよう。