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[26147] (オリジナル)遥か昔の時代より(SF、ファンタジー)
Name: hanon◆857d3f0e ID:c4c28d81
Date: 2011/03/23 22:30
~はじめに~

このお話は、唐突に閃いたもので、内容や構成に矛盾が生じる可能性があります。

また、文章の上達を目的として書きながら、あーでもない、こーでもないと修正しつつ投稿しておりますので、
非常にスローペースかつ内容が随時変動する可能性があります。

設定の矛盾や言葉遣いの不備などお気づきになりました点がありましたら、遠慮なくご指摘ください。

それらを踏まえたうえで、ご覧いただきますようよろしくお願いします。

この作品をご覧になる全ての皆様に何か感じて頂ければ幸いです。

~履歴+補足~

この作品は、小説家になろう様にも同時掲載しております。

3月23日 納得出来なかったので、改定。冒頭部削除しました。
    また、それを機会にオリジナル版に移りました。



[26147] プロローグ
Name: hanon◆857d3f0e ID:c4c28d81
Date: 2011/03/23 22:32
第一話 『プロローグ』

私、桂木 祐一が過ごしてきた25年に及ぶ人生の、その殆どは研究と
共にあった。

当時の人類は、拡大を追い求めた果ての崩壊から、何とか立ち直り、
日々進歩する技術に支えられて、その生活は徐々に活気を帯び始めていた。

そんな折、一つの研究成果が世に生まれ出る。

時空間量子転移論。

その理論を大雑把に言ってしまえば、物質を量子レベルに分解し、
それを別の場所に構築する事で、同じものを瞬時に別の場所へと
移動させる事が出来ると言う物だった。

私に物心が付く前に、両親によって世に送り出されたこの理論は、
当初、一笑にふされた上で、誹謗や中傷の的となった。

当時研究資金の殆どを政府からの補助に頼っていた両親は、無駄飯ぐらいの
レッテルを貼られ、税金泥棒などと、心ない罵声を浴びせられていた。

そんな荒んだ日々の中にあっても、両親は笑顔を絶やすことなく過ごし、
私に対しても無限の愛情を注いでくれた。

私はそんな両親が好きだった。

自分が両親の負担になっていると日々感じていた私は、物心が付くと共に
祖母の元へ移り、両親には研究に専念してもらう事にした。

両親は小さな子供が拙い口調で告げる言葉を、 戯言として片付けずに真剣に耳を傾け、
そして、必ず成功させて見せると言う心強い言葉と共に、出かけて行った。

時が過ぎ、私が15歳の誕生日を迎えるその日、両親は時空間量子転移論の実証を成功させた。

その時の私は、好物が並ぶ誕生日の一時を忘れ、食い入るようにテレビを見つめていた。

沢山のマイクと、 カメラのフラッシュに囲まれ、涙を見せながらも
自信に満ちた受け答えをする、両親の姿が尊い物に見えて、
何故だか涙が止まらなかった事を、今でも覚えている。

その日からの私は、両親を生涯の目標と定めた。

二人に追いつくため、今まで以上に勉強に打ち込み、高校を
卒業する頃には、学年で首位を争う程の成績を手に入れていた。

あらゆる大学からの推薦の話を断り、高校を卒業した私は、
すぐさま両親の研究室に入り浸るようになった。

両親やその同僚達が書いた論文や、その研究成果である技術資料を
読み漁り、自分なりの理論や考察を手に、議論や質問を繰り返した。

再び時は経ち、私が一介の研究者として活動する様になる頃には、
生物の転送実験は当たり前の物として受け止められていた。

蛇やトカゲに始まり、犬や猫と言った身近な動物までもが量子に分解され、
世界中を飛び交っており、その対象が人間になるまで、そう時間はかからなかった。

私は迷うことなくこの実験に志願を表明し、自らの研究に取り組む傍らで、
両親の監督の元、体力づくりや、機械工作に明け暮れ、実験の日に備えていた。

そして、私が研究員としてすごし始めて6年後の25歳の誕生日に、
その実験は行われた。

「体調は万全か?」

転送プログラムの最終確認を行う私に、父が声を掛けてきた。

「機械の方は任せてたけど、データ上の問題は見られないし、
 問題ないよ、父さん」
 
もちろん、体調もね、とパソコンに走るプログラムを眼で追いながら、父に返す。

「体調の事だけを聞いたんだが……まぁいいか」

しっかりな、と言う言葉と共に、父は扉を潜り、部屋を出ていく。

プログラムの終了を確認した私は、立ち上がると一つ伸びをし、
手でガラスの向こう側へと合図を送る。

部屋の中央に置かれた椅子に腰かけた私の周りでは、同僚や先輩たちが
忙しなく動き回り、私の腕や頭に、機械や計器を取り付けていく。

全ての準備が終わり、同僚達が部屋から退出すると、スピーカーから
母の声が聞こえてくる。

「良い? 今日の実験はいつもと違って、世界を変える可能性がある物よ。
 私や父さんが見ているとはいえ、万一が無いとは限らない。
 その時はしっかりやるのよ。良いわね」
 
取り付けられた機器の為に上手く返事を返せない私は、
母のいつもとは違う厳しい声に、うなずく事で返事を返す。

「よし、始めろ」
 
「量子転送実験開始」
 
「睡眠導入工程開始。脳波、心肺モニター異常なし」

父の言葉と共に、部屋の中へとガスが注入される。

画面をにらみながら真剣な表情で仕事をこなしていく同僚達の姿を脇に
見ながら私は眼を閉じる。

薄れゆく意識の中、瞼の裏には、涙を流しながらテレビを見つめる
小さな私が映っている。

小さな決意をした過去の自分の姿を見続けながら、私の意識は
目の前に広がる光帯にのみ込まれた。

意識が消える間際、私の近くを柔らかな風が通り抜け、
誰かがほほ笑みかけている様な気がした。



[26147] 第一話 流れ着いた先で
Name: hanon◆857d3f0e ID:c4c28d81
Date: 2011/03/23 22:41
宇宙空間。

人類が憧れと共に見上げ、夢と共に目指し、繁栄と栄光を求め飛び込んだ世界。
そんな星々が瞬く、無限に広がる海を、一隻の船が進んでいた。

遠く彼方に消えた太陽は、既に星々の中に紛れ、船外に灯る識別灯の点滅と、
無数に輝きを放つ星だけが、その船体を淡く照らし出している。
大きく口を開けた噴射口に光は無く、無数の傷が付いた色褪せた船体は、
その船がこれまでどんな道程を歩んできたのかを、如実に物語っていた。

艦内は静寂で満たされている。

無論、そこに音が無い訳では無い。艦内を巡る空気の流れは、
その音を静かに響かせているし、それを受けて葉を踊らせる観葉植物は、
囁きにも似た音色を奏でている。

人の営みが失われてからどれだけの年月が過ぎ去ったのか、かつては人が行き交い、
喧騒で溢れていたであろう広い通路は閑散としており、所々に見える扉は主人を迎え入れる事を忘れ、
錆びつき朽ち果てている。
色鮮やかな色彩で壁を賑わせていたポスターは風化して色褪せ、
至る所に置かれた観葉植物は、そのほとんどを茶色く染めて、
小さく項垂れていた。

そんな、閑散とした艦内の一角に、量子転送中継室と呼ばれる部屋はあった。

室内には六角形を半分に切断した形のコンソールが置かれ、
正面上部には大画面のモニターが並んでいる。
部屋の両脇には縦長の演算装置が隙間なく置かれており、
量子転送の行使に高度な演算能力が必要となる事を示していた。

モニターの向こう側、ガラスに隔てられた部屋の中には
量子転送装置の本体と思しき物が鎮座していた。
横倒しに寝かされた円筒形の装置は、半透明のカプセルで覆われ、
下部には至る所からコードや配管が覗き、天井からは半円状のアンテナがつりさげられ、
壁には小さな突起が無数に配置されている。
白を基調とした壁で覆われたその部屋は、小さな輝きを放つ室内灯によって、
青白く照らし出され、幻想的な光景を見せていた。

――静かだった室内が、俄かに騒がしくなる。
 
警告を告げるアラームが響き、室外への退去を促すアナウンスが流れている。
あらかじめ録音されていた物だろう。感情の籠らない、抑揚の無い声だった。

室内を照らす非常灯はその光を赤く変じ、発電ユニットはその出力を上げる。
半円状のアンテナからは目に見える程の高電圧が流れ、
壁に取り付けられた突起物に反射して、部屋全体を包み込んだ。

機能を停止していたコンソールに光が灯り、徐々にその数を増やしていく。
ホログラムによって浮かび上がったディスプレイには様々なグラフや数式が並び、
勢い良くプログラムが走り始めると、演算装置はその巨体を低いうなり声で震わせ、
積りに積もったほこりをふるい落としていた。

しばらくすると、量子転送装置に変化が訪れた。

半透明のカプセルの中には、細かな光の粒子が寄り集まっている。
量子化された情報が可視状態となったそれは、徐々にその姿を大きくし、
やがて寄り集まって人の形を作り出した。

カプセルに取り付けられたコードが小さな炸裂音と共に剥がれ落ちていく。

人型を形成した光は一層まばゆく輝き、流れていた電流は、
大きな音と共に部屋全体へと広がり、行き場を失ってそこかしこで
スパークしている。

視界を覆わんばかりに広がった光の奔流はやがて収まり、
部屋の中では帯電した空気が、バチバチと音を立てながら
明滅を繰り返していた。

電子音と共に備え付けのハッチが開くと、帯電した空気は艦外へと
放出され、部屋の空気は瞬時に失われた。

室内が完全な真空状態になると、ハッチは音を立てて閉まり、
給気口から空気が送り込まれてくる。
部屋が空気で満たされ、電子音が再び響くと、割れる様に開いた
カプセルが、音を立てて床の隙間へと消えていく。

部屋を隔てていた扉のロックが外され、安全を告げるアナウンスが流れた頃には、
白い部屋は明るく照らされ、小さなベッドのみが横たわっていた。

ベッドの上には一人の男が横たわっている。
クッションの付いたスリッパと、綿で織られたズボンを履き、
上半身にはヒザまで伸びる白衣と、厚手のセーターを身に着けていた。
中肉中背で高くも低くも無い身長の男性は、整った品の良い顔立ちに、
短く纏められた黒髪が、色白の肌と相まって、神秘的な印象を与えていた。

穏やかな寝息を立てていた男が、小さな声と共に眼を覚ます。
 
ハッキリとしない意識のままに周囲を見回していた男は、目に
飛び込んでくる風景に違和感を覚えたのか、胸のポケットから眼鏡を
取り出し、顔に掛けた。

視線を上げ、改めて周囲を視界に収めた男の様子は、酷く滑稽な物だった。
不思議な物を見た様な呆けた表情を浮かべ、ポツリとこぼす。

「ここは……どこだ?」

静けさを取り戻した白い部屋の中に、茫然とした男の声が響いた。
 
ベッドの上に腰をおろし、しばらくの間、無言で何事かを考えていた男の思考は
音を立てて開く扉と、耳に飛び込んできたアナウンスによって中断される。
  
早口で告げられるメッセージは、変容してはいるが英語の様に聞こえなくもない。
その点に気が付いた男も、注意深くメッセージを聞くが、どうやら
聞き取る事は出来なかったようだ。

「行けって事かな……」

若干肩を落としながら立ち上がった男は、扉へと向かって歩き始める。
ふら付いた様子で歩みを進める男は、扉を潜り、僅かな照明に照らされた薄暗い通路の中へ、
ゆっくりと足を踏み出した。

広い通路の中に、男の足音が響く。黒い線が一直線に伸びる、
長く平坦な通路はどこまでも伸び、暗闇の中へと続いている。
壁には所々に扉を見る事が出来たが、電力が供給されていないらしく、
開く気配は無い。

奥へと進むにつれて、男の呼吸に息苦しそうな音が混ざる。
時折立ち止まり、深呼吸を繰り返すものの、一向に良くなる気配は訪れず、
焦りと不安から逃れる様に、男の足取りは次第に早くなっていった。

視界がぼやけ、震えた手を抑えられなくなった頃、男の眼前には、
趣の異なる扉が現れた。
機密性の高い場所なのか、隙間の一切ない造りはそのままに、
幾重にもロックが掛けられた、頑丈な作りの扉だった。

電力は供給されているらしい。

扉の全面を覆う様に浮かび上がったホログラムは青く鈍い光を放っていた。
開閉を制御する物だろう、中央には英語で書かれたメッセージと共にボタンの様な物が浮かび上がっている。

「はぁ、はぁ……今度は、開き……そう……だな」

青白い顔をした男が、震える指先をホログラムへと伸ばすと、
その輝きは消え、機械音を響かせながら、扉の固定が解かれていく。

固定が外れ、重い音と共に開く扉の隙間からは、眩い光が差し込んでくる。
男を部屋に迎え入れると、重い音と共に扉が閉まり、空気の吹き出す音が響いた。

その部屋は、三方が透明なガラスで覆われた、周囲を一望できる広い部屋だった。

どこを移動しているのか、窓の外には無数の岩石が浮かび、時折窓に接近しては、
接触の直前に、緑の膜の様なものに阻まれ、弾き飛ばされている。

足元には乳白色の床が広がり、部屋の至るところには半透明の
パーテーションが建てられ、様々なグラフや数式、プログラムなどが浮かび、
積もったほこりを透過して鈍く輝いていた。

何かが倒れる音と共に、床に降り積もったほこりが宙を舞う。

頼りない姿で何とか立っていた男が倒れ、舞い上がるほこりを吸い込んでか、
苦しそうな様子で、せきを繰り返している。

呼吸はその間隔を早く、短く変化させ、その音には濁った響きが混ざる。
焦点の合わない眼は次第に細くなり、やがて男の視界を暗闇が包み込んだ。

薄れゆく現実の中で、ぼんやりとした視線を向けた先に広がる、
陽光を反射して光を放つ緑の星と、それを背にしてたつ一人の女性の姿だけが、
男の眼に焼きつく様に残り続けていた。




幼い頃の夢を見た。

まるで走馬灯のように過ぎ去っていく幼かった日々の記憶は、暖かく、
懐かしい物だった。
体から抜け出たその風景は、一つひとつが明るい色を放つ光の玉となり
フワフワと浮かんでいる。

やがて、それらは渦を巻いて寄り集まり、一粒の光となって私の目の前へと現れた。
私はそれを掴もうとその手を伸ばすが、光は手から逃げる様に形を変え、
闇の中へと溶ける様に消えていく。

光が去ると、再び暗闇が顔をのぞかせた。先ほどとは違い、
耳には何かが動く規則正しい音が聞こえてくる。

私は床に倒れているのだろうか、酷く冷たく、堅い感触が手や体を通して伝わってくる。
顔は何か、柔らかい物に乗せられている様だ。少し固く感じられるが、
自分の重みを跳ね返すその感触は、中々に気持ちの良い物だった。

『バイタルログに変化を確認、お目覚めですか?』

頭の上から、誰かの声が降ってくる。

優しい響きを響かせる耳に馴染んだ日本の言葉に私は、子守唄が似合いそうな声だ、
などと的の外れた事を考えていた。

「……うっ……あつっ! ……頭が……」

『貴方は軽度の酸素欠乏症に陥っていました。
 まだ回復した訳ではありません。頭の痛みはそのせいでしょう』

走る痛みを和らげるかの様に、その言葉は私の耳にゆっくりと染み込んでくる。
その言葉を聞き、微かに痛みが和らいだような気がした私は、
ゆっくりと眼を開ける。

視界には乳白色の床と、天井にまで伸びる巨大な柱が飛び込んできた。
微かに首を動かして視線を上げると、そこには人影があった。

その人影は、中性的な顔立ちで、少女の様にも、少年の様にも見える。
恐らくは少女だろう。慎ましく膨らんだ胸と、長く伸ばされた黒い髪が
それを主張している。年の頃は16~18歳くらいだろうか、その割には
落ちついた様子で、悠然と私を見下ろしていた。

顔が近い。

ふと、私の頭に感じる柔らかな感触と、今の自分の体勢を考え、
少女に膝枕をされている事に気が付いた。

驚いて体をどかそうと動くが、彼女は、少女とは思えない素早い動きで頭を包み込むと、
持ちあげた頭を再び膝の上へと誘う。

『失礼しました、ですが余り体を動かさない方がよろしいかと。
 貴方の転移ログから情報の劣化を確認しました。激しい行動は体に
 障ります』

「……どういう事だ? 君は一体……」

記憶が確かなら、私は地球に居たはずだ。そして、自分が被験者となった実験は、
近距離での量子転送実験のはず、酸素欠乏症にも、情報劣化による細胞の損傷にも陥るはずが無い。

『質問は明確にお願いします。
 酸素欠乏症の原因であれば、貴方が資材搬送路を歩いて来られた事が
 原因です。
 あの通路は現在、電力維持の為、生命維持機能を低下させてあります
 ……情報劣化については分かりかねます。
 余程遠い場所から来られたのでしょう。内臓にこそ影響は無い物の、
 全身の筋繊維が至る所で寸断されていました。
 ここまで歩いて来られた事を考えると、奇跡と言っても過言ではありません』

私の言葉を質問と取ったのか、眼の前の少女は淡々とした声で返してくる。
そんな少女の言葉を受けた私は、意識を失う前に見た光景に想いを馳せた。

白い部屋と薄暗い廊下、錆びついた扉の先に広がる乳白色の床、
光を受けて輝く緑の星と、佇む少女。
記憶の中に眠っていた光景を思い出した私は、痛みが走る体を起こし、
彼女の制止を手で押さえ、窓の外へと視線を向ける。

そこには、光り輝く太陽に照らされた緑の星が見えている。

「地球か……?」

『該当データ無し。質問にはお答えできません』

分からないのか、忘れてしまったのか、困った様子を浮かべて告げる彼女の言葉には、どこか寂しげな響きが含まれていた。

地球ではない……? どういう事だ、まだ地球型の惑星は発見されていないはず……
これは、情報が足りないな

「少し落ち着いて情報を整理したい……まず、
 まだ聞けていなかった君の名前を教えてくれないか?」

『失礼しました。しかし私には名前がありません。
 CR121-SAT001-IMS011が私の型式となっています』

穏やかではあるが、感情の抑えられた言葉で彼女は告げる。

名前が無い? 型式? 人間じゃないのか? 
……ここが宇宙空間なのはもはや疑いようが無い……
恐らくは船の中だろう……人間じゃないと言う事は……

「船舶管理人格……?」

『ご明察です。私はクレイドル級移民船CR121型、
 土星造船工廠1番艦の船舶管理人格です』

抑揚の薄い、声だったが、僅かに自慢げな様子を見せながら彼女は言い切った。
心なしか、胸を張っている様にも見える。

船舶管理人格は、別名を航宙船管理人格と言い、技術の進歩と共に
煩雑化する宇宙船の業務を統括管理し、有人作業の軽減を図る目的で導入される疑似人格である。
通常は船舶の航行補助と設備維持を行い、管理権限の委譲によって
船内全ての業務を統括して運用する事も出来る為、人間は最低限の
意思決定を行うだけで事足りる様になっている。
管理人格に体は存在せず、音声のみでの受け答えが一般的だと言われているが……
どうやら眼の前の彼女はその例に当てはまらないらしい。

艦長の趣味だろうか?

「それにしても名無しか、それも不便じゃないか? 
 以前に呼ばれていた名前は無いのか?」

『名前に該当する識別信号は登録されておりません』

どうやらここの責任者は、彼女に名前を与えていないらしい。
いつ命を落としてもおかしくない宇宙での航海で、相棒である管理人格に名前を付けると言う行為は、
良く耳にする美談だったのだが……

「んー、そうだな……そうだ、クレイドルと言う船から取って、
 クレイってのはどうだ?」

思いつきで言ってみた名前だったが、直ぐに思い直す事にした。
流石に、人の形をした最先端と思われる船舶管理人格に"粘土細工"は無いだろう。
自ら叩いた軽口に若干の苦笑を浮かべながら、声を上げようとするも、
彼女によってそれは遮られた。

『識別信号、クレイ……登録。お名前を頂戴いたします。
 ありがとうございます。マスター』

「マスター……?」

訂正しようと開いた口が固まった。
冗談で口走った名前が正規に登録された上、彼女のマスターとなってしまったらしい。
名前がもらえた事に何か思う所でもあるのか、クレイと言う名前となった少女は、
はにかみながら、うれしそうに目を細めている。

「待て、なんで私がマスターになるんだ、
 この船にも責任者はいるだろう」

確かに人の姿は見えないが、誰も乗って居ないと言う事は無いはずだ。
そう思いながらクレイに向かって疑問を投げかける。

通常、移民船には3000人、多ければ5000人からなる人々が乗り込む。
その規模になれば、船員の数も300人は下らないだろう。もちろん、
その中には上級職として扱われる艦長や、航海長などが名を連ねている。
その彼らを差し置いて、一般人である私が管理人格の主人、すなわち責任者となれるはずが無い。

『この船は放棄されています。現在、この船には指揮系統が存在していません。
 管理人格クレイは、この船唯一の人類である、マスターを最上級者として位置づけました』

クレイはそう言うと、決意を促す様に、じっと見つめてくる。
気になる言葉がいくつもあったが、見た目が自分より若い女性、
しかも少女からこうも見つめられては、質問どころか、拒絶の言葉すら浮かんでこない。

「……分かった。分かったからそう見つめるな。
 取りあえずそのマスターとやらは辞めてくれないか、
 私にもちゃんとした名前がある」

『了解しました。ではお名前をお聞かせ下さい。
 まだマスターは正式に名乗られていません』

質問に忙しく、名前を告げる事を忘れていたらしい。

決まりが悪くなった私は、頭を掻きながら、クレイに告げる。

「すまん、私の名前は桂木、桂木祐一と言う。一介の研究員だ」

『管理者登録……桂木祐一……登録完了。
 ようこそ、マスターカツラギ。クレイドルは、貴方を歓迎いたします』

「だから、そのマスターを辞めろと言うのに……」

クレイが放つ歓迎の言葉に、軽いため息を零しながら私は、
この船、恒星間移民船クレイドルの最後のクルーとなったのだった。



[26147] 第二話 急転直下
Name: hanon◆857d3f0e ID:c4c28d81
Date: 2011/03/23 22:49
陽の光に照らされた、明るく輝く星が眼前に広がる部屋の中で、
私とクレイは話をしていた。

彼女、クレイが管理する恒星間移民船クレイドルは、移民船団の一員として、
地球から数千光年離れたトレーズと呼ばれる星系を目指して旅を続けていたが、
途中でエンジンが故障し、修理もままならず、曳航する事も出来なかった為に、
廃船処理が行われたらしい。

しかし、廃船処理の後も彼女は、航行プログラムを使用した量子転送の
中継点としての役割をこなしながら、慣性航行を行い、惑星を利用した
重力加速によって、移民船団の後を追い続けていたと言う。

その話の中で私は、彼女が持つであろう人類の情報について聞き出そうと
度々水を向けたが、どうやら廃船処理の際に、特定の物を除いたほぼ全ての情報が
秘匿対象として削除されてしまっている様で、分かった事と言えば、
私が随分と昔の時代からここに飛ばされてきたという事と、彼女の来歴、
後はごく一般的な事柄のみであった。

(……情報が無いままで、いくら考えても無駄か)

『どうかなさいましたか? マスター』

彼女の話を思い出しながら思考の海に沈みつつあった私を、当の本人は
不思議そうな表情で見つめている。

(はぁ……)

私はそんな彼女を見つめ、小さな溜息をこぼした。

管理人格は感情を持ち、自分で思考し、それを表に現す術も持っているが、
登録された人間の意志を尊重し、その命令に従い、その行動を補佐するように動く。

私が、記憶の片隅に眠っていたその情報を思い出して、まずはじめにした事は
マスターと言う不本意な呼称を何とかする事だったのだが、何故か、それには失敗した。
マスターと言う呼称に対して、何か譲れない物でもあるかのように、
何度言っても改まらないその呼び方に対して、疲れ果てた私は、結局
マスターと言う称号を甘んじて受ける事にしたのだった。
 
(どうしたものかな……)

クレイから視線を外した私は再び思考の海へと潜っていく。
彼女から得た情報を総合すると、人類は既にこの宙域を含めた付近一帯を
勢力下に置いているはずである。
そして、私たちを取り巻く今の状況から言って、彼らと接触を持たずに
このまま放浪生活を続ける事は難しいだろう。

生憎と慈悲深い異星人と交流を持った事もない。

ここは例え不審者として、どこかに捕まる様な事態に陥ったとしても、
彼らとの合流を考えた方がいくらかマシと言う物だろう。

それに、他の科学者、特に量子転送関連の研究者と会う事が叶えば、
この時代に迷い込んだ原因、あわよくば元の時代へと帰る可能性を見つける
事ができるかもしれない。
 
考えをまとめた私は、彼女に尋ねる。
 
「クレイ、この付近に人類の拠点は無いか?」

その質問に対する彼女の返答は、私の考えを裏切る簡潔な物だった。

『現在、宙域上では通信波に類する信号は観測されていません。
 通信可能な拠点が存在していないと考えられます』

なぜだ? その答えを聞いて真っ先に思い浮かんだ感情は、疑問だった。
ここは、人類の勢力圏内のはずである。しかも、眼の前には人が生活する事が出来そうな星まで浮かんでいる。
こんなにも状況が整った場所を、果たして彼らは見逃すだろうか。
それとも、この付近には拠点を作る事が出来なかったとでも言うのか?

思考の隙間に入り込む嫌な考えを振り払うように、私は頭を振り、
再び問いかける。
 
「それなら、宙域外との通信はできないか?」

いくらこの宙域に拠点が無いからと言って、宙域外でさえそうだとは思えない。
そう考えて放った問いかけに、クレイは、少し考える様な仕草をしながら答える。

『……超光速通信を用いた広域通信波の送信なら、可能と判断します』

宙域外との通信手段が存在する。

その返答に安心した私は、長い溜息と共に椅子へと腰を下ろした。
最初の頃に感じていた痛みは、既に感じる事も無くなり、柔らかな
クッションが体重を受けて沈み込み、体を支えてくれる感覚だけを伝えてくれる。

「クレイ、早速頼めるか?」

『了解しました。 周辺星域の状況が不明な為、
 全宙域帯へ向けた通信を行います。
 ガイドビーコンを使用しますがよろしいですか?』

そう問いかけながら、クレイはコンソールへと向かって歩きだす。
 
「ああ、頼む」

ガイドビーコンは、その名の通り、座標情報を定期的に発信して対象を
誘導するビーコンであると共に、通信波や通信信号を増幅、拡散して発信する
事が出来ると言う機能もあわせもっている為、広域通信の際の増幅器や、
不審船に対する発信器として用いられる事もある、多機能な物である。

そして、しっかりと管理がなされているとはいえ、この船は年代物である。
次回も確実に通信が可能か分からない今は、少しでも確実性を上げる必要があるだろう。

クレイがコンソールの前に立つと、ホログラムによってディスプレイが浮かび上がってくる。
一つ二つと数を増やすディスプレイは彼女の周りに無数に浮かび、
様々な情報を映し出していた。そんな彼女の後姿を横目に見ながら、
私は椅子に座った状態で彼女の紡ぐ言葉に耳を傾けていた。

『前部制御スラスター噴射』

彼女が命令を下し、ディスプレイに情報を入力すると、体を震わせる低い振動が
床の下から響いてくる。船に追い越される様に通り過ぎていくばかりだった岩石は、
次第に動きを止め、やがて反対方向に向けてゆっくりと流れ始めた。

『船体の停止を確認。 ガイドビーコン射出、超光通信アレイ、
 展開開始』

彼女の言葉に反応するように、眼前に広がる船体の一角が開き、
アンテナの様な姿をした物が迫出してくる。白煙と共にビーコンが
打ち出され、スラスターによって姿勢を固定されると、発電パネルを
両脇に展開し始めた。

『ビーコンとのデータリンク正常。 情報入力開始』

淡く光を放っていた通信アレイが、その輝きを次第に強く変化させ、
やがて光はビーコンに向かって飛び、アンテナとビーコンの間に光の橋が架かる。
これまで暗い宇宙に溶ける様にして浮かんでいたビーコンが光に飲み込まれると、まるで息を吹き返したかの様に、識別灯が灯り、
その体をゆっくりと回転させ始めた。

『ビーコンの起動を確認、超光速通信、開始しました』

全ての作業を終えたクレイは、そう言いながらこちらに向かって歩いてくる。
周囲に浮かんでいたディスプレイはその数を次第に減らし、
こちらに来るころには眼の前に浮かぶ一枚のみとなっている。

それを眼で追いながらクレイは言った。

『ガイドビーコンは正常に起動しました。
以後は自立活動によって、全宙域帯に向けて、信号を発信し続けます』

「後は待つだけ……だな?」
 
『はい、マスター。 この通信を受けて、返答が来るまではまだしばらく時間が掛かるでしょう。
 お疲れでしょうし、後の雑務は私に任せて、しばしお休み下さい』

クレイのその言葉を受けて、体が酷く重くなっている事に気が付いた。

「分かった……後は任せる……」

慣れない環境に疲れていたのだろう。眼を閉じるとすぐに眠気がやってきた。
私はクレイが再びコンソールに向かう姿を見ながら、夢の中へと落ちて行った。




心地の良い長い夢の中を漂っていた私は、激しい振動と大きな音に
よって現実へと引き戻された。床を揺らす振動に、固定が外れた
パーテーションがスパークを起こしながら倒れていく。
天井に取り付けられたモニターの一部は落下し、コンソールや、
床の上に割れた破片を振りまいていた。

そんな異常な様子に驚いた私は、座っていた椅子から飛び起きると、
クレイの姿を探す。彼女は振動によって揺れ動く部屋の状況に動じる
ことなく、コンソールを叩き続けていた。

「どうした! 何があったんだ!?」
 
激しい振動と音によって耳が聞こえ難くなっていた私は、声を張り上げて叫ぶ。
その声が届いたのか、こちらに視線を向けるクレイだったが、
再びコンソールに向かうと、データを入力して行った。
 
やがて、体を揺さぶる激しい振動は収まり、コンソールから離れたクレイが戻ってくる。

『申し訳ありません。緊急事態だった為、艦の姿勢制御を優先しました』
 
私の元へ来たクレイは頭を下げながら謝罪をする。

「いや、いい、それより何が起こった?」

頭を下げるクレイに対して短い返答をしながら私は問いかける。
天井から降るほこりが部屋の中を舞い、互いを見つめる視線の間を漂っている。

『船外カメラからの情報によれば、先ほどの振動は……』

言葉を続けようとして口を開いたクレイの後ろから大きな影が
覆いかぶさってくる。
 
「っ!」

落ちてくるその影を見た私は、咄嗟にクレイを引き寄せると、
コンソールの下へと潜り込んだ。コンソールの陰に入って間もなく、
剥がれ落ちた柱の一部は甲高い音と共に私たちの頭上へと降り注ぐ。
眼を閉じ、大きな音と振動に背を向けて、私はクレイを強く抱えながら
コンソールの陰で耐える。

振動と音が去り、静けさが戻った様子に私は眼を開ける。しかし、
コンソールの上には何かが覆いかぶさるように乗っており、
僅かな隙間から外を眺めることしか出来なかった。

動かそうと手で押してみるが、ピクリとも動かない。

ふと、身じろぎをする感触に、自分が抱えている彼女の事を思い出し、
視線を向ける。そこには、こちらを上目遣いに見つめる青い瞳があった。
 
『ありがとうございます。マスター』

真摯な瞳で見つめる視線に恥ずかしくなった私は、顔を背け、
おざなりな返事を返してしまう。

「いや、無事でよかった」
 
声が出ない。そんな気まずい沈黙は、何かを激しく叩く音で遮られる事になる。

「今度はなん……っ!」

『お静かに、マスター』
 
耐えかねる様に叫び声を上げそうになる私の口を、クレイは手で覆う。
その視線は光のこぼれる隙間へと向けられ、瞳には真剣な光が浮かんでいる。

音は聞こえなくなっていた。

その視線の先に何があるのか、無表情が多い彼女の瞳の光が気になった私は
彼女にならって亀裂の先へと眼を向ける。

そこには扉以外は何もなかった。
 
ホッと安堵しようとした私だったが、激しい爆発音と、
それによって吹き飛ぶ扉に表情を凍らせた。
暗い通路に向けて風が吹き、舞い散るほこりが、引き寄せられるように
通路へ向かう。

そんな空気を切り裂く様に、無数の人影が室内に走り込んできた。

ガチャガチャと音を立てながら部屋の中へと散っていく人影は、
全身を金属で補強された黒い気密服で覆い、目に当たる部分から
赤い光を放つヘルメットを被っている。長いマシンガンの様な物を
肩から掛けた無骨な装いの集団は、私とは縁が無かった軍人の様な
格好だった。

部屋の中へと散った黒尽くめの集団は、マシンガンを構え、
油断なく周囲に目を配っては、口々に同じ言葉で叫び合っている。

その叫び声が途絶えると、護衛に囲まれた上官らしき者が入ってきた。
周囲をゆっくりと見渡すその姿は、堂々としており、顔は見えないが、
経験を積んだ一流の風格を見せている。

次々に胸に手を当てた敬礼をする様子に私は、以前テレビで見た
特殊部隊の話を思い出していた。 

報告をしているのだろうか、部下と思われる男達が走り寄っては敬礼をし、
その男に大声で話している。

その内容は分からない。こちらまで届くその言葉は、私が今まで
聞いたどんな言葉とも違い、正確に聞き取事さえできなかった。

ふと、クレイを見る。
もし可能なら……今は無理でも後から何か分かるかもしれない。

「……クレイ、録音……できるか?」

『……先ほどから行っています』

小声でそう返してくるクレイに、何とも言えない感情が沸きあがった私は、
少し乱暴に髪を掻きまわした。震えていた手は、彼女の髪を掻きまわした事で若干収まっている。

乱れた髪を手で直そうと撫でつけるその姿に、罪悪感の沸いた私は、
謝罪と感謝を込めた視線でクレイを見つめる。
しかし、彼女はそれに気づくことなく、青い瞳を再び外へと向けていた。

大声でなされる報告が終わったのか、何事かを思案する上官の横で、
護衛と思われる二人が、何やら言い合っている。表情は見えないが、
声の抑揚からして、随分と皮肉が混じった物だった。

その騒ぎを煩わしく思ったのか、上官の男は何事かを尋ねる。
部下がそれに答え、少し考えるしぐさをした男は、大きな声で叫ぶ。
 
男達はその声に対して短い敬礼をすると、次々と外へと走り出していった。

男達が完全に部屋から居なくなると、護衛を伴った上官もその後に続く様に
部屋の入口へと向かって歩きだす。

一筋の汗が、頬を伝い、床へと落ちる。
 
外へと向かった男が、ふと立ち止まって振り返ると、こちらに視線を向けた。

「っ……」 

その様子に再び表情を凍らせた私の口の中には、声にならない小さな音が響いた。

視線をそらす事が出来ない。
 
私は震えた手でクレイを抱きしめながら、ただその視線を受け止め続けた。

しばらくそうして見つめ合っていたが、やがて男は視線を外し、僅かに残る護衛に対して何かを命令する。

敬礼をし、走り去っていく部下を追う様に、その男もまた、
部屋の中から出て行った。

しばらくして再び大きな揺れが船体を襲うと、寄りかかっていた瓦礫は
コンソールの上から落ち、私たちは暗闇から解放される。

瓦礫から這い出した私は、クレイに艦の状況を確認するよう指示を出す。
無数のディスプレイに囲まれたクレイがコンソールを叩き、現在の状況を調べて行く。

周囲には足の踏み場を探す事が困難なほど、散らばった瓦礫が散乱していた。

調べ終わったのか、クレイが小走りに戻ってきた。

「どうだ? 何かわかったか」

『内部装甲の剥離が目立ちますが、各設備に異常はありません。
 警備室より数点の武器と貨物室より物資数点が持ちだされました。
 また、彼らが強行着陸したと思われるドッキングベイは数か所が
 破損、修復は不可能です』

淡々とした様子で、クレイが状況を報告する。クレイの報告によると、
広域通信に対する返信と思われる信号を受信するも入力端末の規格が
違うのか、内容が意味不明な物だったそうだ。返信しようにも
発信元の見当がつかず、私を起こそうとしたが、次の瞬間には
あの振動に見舞われ、姿勢制御をおこなってから、艦内情報の確認をしたらしい。
彼らは数百人規模の統率された組織で、分散して艦内を探索、有用な物が
見つからなかったのか数点の武器と、物資の入ったコンテナを回収して去って行ったそうだ。

「……奴らについては何も分からないのか?」

『該当するデータは有りません』

どうやら、クレイに残った数少ない情報の中には、該当する者は
居なかったようだ。

「はぁ……情報が根こそぎ削除された管理人格か……
 落丁した辞書みたいだな……」

思わず愚痴をこぼしてしまった私に対して、彼女は不愉快そうな
冷めた視線を向ける。普段は感情の薄い彼女にしては珍しい事だった。

『発言の撤回を求めます、マスター。
 私は船舶の運用を行う管理人格です。情報の収集、分析は私の仕事ではありません』

まるで小さな子供が機嫌を損ねた時の様に、少し拗ねた様子で抗議するクレイに、
父性とでも言うのか、ほほえましい感情が芽生えた。

その感情に思わずニヤけそうになる表情をかくす様に、
私は小さく苦笑しながらクレイに謝罪する。

「すまん、すまん、悪かったよ」
 
そうして謝った私に対するクレイの返答は、これまた父を困らせようとする
幼い娘の様な物だった。

『発言に誠意が見られません』
  
「どうしろって言うんだ……」
 
『ですから発言の撤回を求め……っ』

口を開いて抗議を行う彼女に近づくと、頭に手を置き、
乱暴に掻きまわした。

私の行動に言葉を噤んだクレイは、とたんに大人しくなった。
少し拗ねた表情はそのままに照れた様子で顔をそむけている。

「ごめんな。クレイ」

穏やかな声が出た。

私自身、このような声を出せるとは思っても居なかったが、
それはクレイも同じだった様で、照れた表情を固めてしばし沈黙した。

『……申し訳ありません。少し感情の制御に失敗したようです』

小さな声でそうこぼすクレイに対し、私は小さく笑うと、
再びその長い髪を掻きまわしたのだった。



[26147] 第三話 墜ちる揺り籠
Name: hanon◆857d3f0e ID:c4c28d81
Date: 2011/03/23 22:56
撫でられて乱れた髪を、手で押さえながら、クレイは私を見つめてくる。

少し照れたような、拗ねた様な表情のクレイを眺めていた私は、
何かが船にぶつかった様な重い音と衝撃を感じた。
周囲へと視線を巡らせるが、部屋の中は先ほどから何も変わっては居ない。

「クレイ、他の場所を調べてくれ」

先ほどまでの穏やかな空気は吹き飛び、私とクレイの表情には緊張の色が浮かんでいる。

『艦内に異常は認められません。船外カメラの映像を表示します』

短い指示に対し的確な反応を見せたクレイは、艦内を調べ、
次に船外カメラの映像をディスプレイに映し出した。
先ほどまで浮かべていた年相応の表情は、感情の籠らない無機質な物へと変化している。
 
映し出された映像には、船外のあらゆる角度から見た風景が無数に浮かび上がっている。
どの画面からも何かが起こった様な様子は読み取る事が出来なかった。
 
「んー、何処にも異常は無い様に思うが……何かがぶつかっただけか?」

『この船はシールドによって守られています。
 同じシールドを帯びた船がぶつからない限り、
 音など出るはずがありません』 

そうして私たちが話している間も、鈍い音は何度となく続き、
しばらくすると低く唸る様な音と共に、振動が沸きあがってきた。

「妙な振動だな。本当に何もないのか?」

どこか見落としている所が無いかと思い、もう一度表示された
船外カメラの映像に目を落とす。
 
『やはり、どこにも……っ、マスター』

クレイが何かを見つけた様子で、私を呼ぶ。彼女の視線は
ある映像の一点に向けられていた。

「……どうやらこいつが原因らしいな」

『拡大します』

そう言ったクレイは、浮かびあがった、ディスプレイの一つを指でなぞる。
するとそのディスプレイはそのサイズを大きくし、また、次の瞬間には、
中の映像も拡大されて映っていた。

距離が離れているせいか、若干ノイズが混じるその映像は、しかし、
それから何かを判別できるほどには、精密な物だった。
 
ちょうど船尾の噴射口付近を移したその映像の中には、
船体に固定された円筒形の筒の様な物が映し出されており、
その口に当たる部分からは、勢い良く赤い光が吹き出している。
その近くでは、黒を基調とした薄い色合いの船体が、
その光に照らし出されるように浮かび上がっており、
内部からは取り付けられた物と同じ形をした機械を抱えた人影が降りてくる。

機械には微弱なシールドが形成されているのか、緑の光に阻まれた
円筒形の機械は、淡く青白い光を放つと、吸い込まれる様に船体へと
ぶつかった。

「奴らは何をしているんだ……?」

彼らの行動の意図がつかめない私は、誰ともなく呟いた。

『外見的特徴から推測、あれは補助ブースターの一種かと思われます』

「ブースター?」

補助ブースターは、メインエンジンの出力不足を補う為に展開して使用する物で、
それ以外にも航行不能な船舶や、大型のデブリ、アステロイド等の移動に用いられている。

確かに、クレイドルはエンジンの故障で動かないが、
仮にも襲撃してきた集団がそんな物を使用するとは……

「……まさか、この船をどこかへ運ぶつもりか?」

『船ごとでしたら、物資を持ち出す必要は無いかと思われますが……』

私の考えた可能性を否定するように、クレイが発言を重ねてくる。

確かに、船ごとどこかへと運ぶつもりなら、中身を態々運び出す必要は無い。
それこそ、拠点へと運んでからゆっくりと物色すれば済む事だった。
 
ならば、何が目的だろうか、この船を動かす先には何がある?

「クレイ、船が向かう航路を調べてくれ」

『了解しました。三次元座標の逆算を行い、航路を算出、
 周辺情報も併せて確認します』
 
そう言ってディスプレイを叩き始めたクレイの後姿を見つめながら
私は、何か言い知れぬ嫌な物を胸の奥に感じていた。

それから数十分の時間が過ぎる。
 
航路の逆算に時間が掛かっているのか、いまだにクレイはディスプレイを叩き続けている。
先ほどまでカメラに映っていた船はその姿を闇の中へと隠し、
ただ炎を吹き上げる補助ブースターの影だけが、ディスプレイの中で揺れていた。

『航路逆算完了。結果……でます』

そう言いながらクレイがキーを叩くと、私の目の前に、一つのディスプレイが浮かび上がる。
ディスプレイには、船の現在地と周辺宙域の星図、そして船の軌跡を示す線が数本描かれている。
 
それぞれの線には番号と確率が表示されている所を見れば、
状況の変化による航路のズレまでもがしっかり計算されているのだろう。

「これは…………、本当に間違い無いのか?」

『はい、念の為、数回に分けて再計算を行いましたが、
 その結果に間違いは有りません』

私の目の前に浮かぶそのディスプレイには、高確率で目の前の惑星へと
衝突する我々の船の姿が描かれていた。

どうやら、あの連中はこの船を星に落として葬る心算らしい。

「……参ったな……」

諦観にも似た感情に支配された私は、僅かな振動が体を震わせる中、
力無く椅子に腰を下ろす。

そんな私の姿を見ても、クレイは一言も発することなく私の後ろに控えている。
全てを受け入れてしまったのだろうか。

私はそこに浮かぶ無数の星を眺める様に空を仰ぐ。
数多の星が岩石の隙間から、顔を覗かせ、瞳の中へと飛び込んでくるようだった。

この中に、あの星、地球もあるのだろうか……
つい半日前に言葉を交わした両親の姿が目に浮かぶ。
最後に話した言葉は何だっただろうか……そう思って瞳に手を当てた私は、母の言葉を思い出した。
 
≪万一が無いとは限らない。その時はしっかりやるのよ。良いわね≫ 

……その時はしっかり……?

何かが引っ掛かる。
あの実験は睡眠状態で行われたはずだ。
動けないのにしっかりも何もない……
そう言えば、父さんも同じ様な事を言っていなかっただろうか……

何かある。

あの二人は何かを知っていたのか。

私がここに来る事になる様な何かを……
そうだ、私の両親が何の意味も無くこんな事に関わるとは思えない。
そうすると、ここに私が飛ばされてきたことは意味がある……?
 
その可能性に思い至った私の頭は、先ほどまでとは違い、
冷静な思考を始めていた。背筋には嫌な汗が流れている。
 
現状もそうだ。勝手に諦めていたが、良く考えてみればここは
移民を目的とした巨大な船の中……突入角度さえ誤らなければ
大気圏に突入した所でどうなるわけでもない。

「クレイ」

私は、脇に控えるクレイを呼ぶ。
 
『はい、マスター』

「やる事が出来た、手伝ってくれ」

力強い声が口から飛び出した。
その言葉を受けたクレイは、小さな頬笑みを浮かべながらコクリと頷くと、コンソールへと向かう。

『了解しました。マスター、末永くお傍に……』

何事かを呟いたクレイだったが、それを聞きとる事は出来なかった。
伝えなければならない事は、しっかり伝えるクレイだ、独り言だろう。

「クレイ、エンジンの逆噴射は出来ないんだったな」

まずは現状の確認から行う。大気圏の突入に成功しても、
減速に失敗すればどの道終わりだ。不安要素は潰して行こう。

『はい、不可能です』

エンジンはやはりダメか、分かっていた事を確認しただけでも現状の厳しさが見えてくる。

「スラスターの推進剤はどうだ?」

『残量から見て全力噴射で3分少々です』

輝く星が、前面のガラスを覆い尽くさんばかりに広がっている。
あまり時間は無い様だ。推進剤を前面に噴射すれば減速は可能だろうが、
その後不時着する姿勢制御が出来ない。
 
何か無いだろうか……

ふとクレイが表示させていた補助ブースターの映像が目に入る。
ブースターは影の中で揺らめいていた。
それを見た私は、その一点を見つめ、ある物を発見した。

『マスター?』

急に固まった私の様子にクレイが声を掛ける。 

「クレイ」

沈黙を破り、私はクレイに問いかける。

『はい』

「この船が減速をする時はどうやっているか、教えてくれ」

『はい、当艦はエンジンユニットを遮蔽物で遮り、推進方向を四方、
 又は前方に偏向して減速を行っています』

その返答に私は思わず笑みを浮かべてしまう。

先ほどまで漂っていた岩石の帯は既に遥か後ろに消え、
船外カメラの一部に細い線となって浮かんでいる。
既に惑星は視界に入りきらないほどに迫っており、
大気圏に突入してしまうのは時間の問題と言えた。

補助ブースターが取り付けられているのは船尾のエンジン周辺であるのは既に確認している。
そして、この船はエンジンのエネルギーを偏向して前面に向け、減速するタイプの船だ。

そこから考えてやれば……

「いいか、合図をしたら、遮蔽装置を作動させてくれ」

『了解しました』
 
視界の節々が赤く染まる。ガラスは次第に赤く染まっていくが、
熱さはやってこない。良く見れば緑の膜が薄く広がり、炎を防いでいる様子が見える。
どうやらシールドは、耐熱性能も優秀の様だ。

少し緑掛かった海と、深緑の森が近づいてくる。

「今だ、展開しろ!」 

『逆噴射工程、分離運用開始。遮蔽ユニット展開』

頃合いを見計らってクレイに叫ぶ、彼女は私が声を発した段階ですでに操作を開始していた。

流石に艦の運用を一手に引き受ける管理人格は仕事が早い。

船外カメラの映像では船尾に付随する装甲が剥がれ、
後部の遮蔽ユニットが迫出して、エンジンユニットを覆い隠す。

船体の節々には赤い帯が巻きつく様に揺らめいて見える。

『速力減衰30%』

クレイが突入前と比べた現在の速力比を伝えてくる。
遥か下に浮かぶ雲の隙間からは、既に海と森の境目が見えている。

『速力減衰50%』

クレイの声が響く。振動と音によって周囲は五感が痺れるほどの圧力を感じているが、
その声だけは、確かに私の耳に届いていた。

遮蔽ユニットで速力を減衰させるのはこれが限界だろう。

「前部スラスター噴射!」

『前部制御スラスター制動噴射開始』

大気を押し返す様に唸りを上げて吹き出す推進剤によって、
船は急激に減速を始めた。
今まで浮き上がる様な圧力を感じていた私は、床に引っ張られる様な
感覚を覚え、必死に腕を突っ張って耐える。

既に大気圏は抜け、深い森の中に顔をのぞかせる山々の稜線までもが
ハッキリと見える様になった。

『速力減衰80%。推進剤切れます』

推進剤の残量が少なくなっているらしい。減速はもう十分だろう。

「前部スラスター停止! 微調整して水平を維持しろ!」

船体の上下左右に取り付けられた噴射口からは切れ目なく推進剤が吹き出し、
傾いていた船体を徐々に立て直していく。

すでに遠くに見えていた海は山々に遮られて見えなくなっている。
艦のすぐ下には大きな森が広がっている。
一際高い木が艦の底部を擦り、シールドに弾かれる。

『姿勢安定、推進剤残量なし』

「船体を地面に押し付けて止めるぞ!」

そうクレイに向かって叫ぶと、コンソール近くのパーテーションにしがみつく。
振動が体を揺さぶり、私やクレイを弾き飛ばそうとする。

既に船底は森の中へと沈み込み、木々をなぎ倒しながら一直線に進んでいる。
 
『不時着します』
 
その言葉は共に、船は完全にその巨体を地面に下ろし、
何かが衝突する大きな音と、何かを擦りつける嫌な音を響かせながら滑って行く。
警告音と共に、赤いエラー表示が浮かんでは消えていく。

「ぐっ……何とか、無事か……」

やがて完全に動きを止めた船の中、私は赤く点滅するライトに照らされながら、
しがみ付いたパーテーションにもたれ掛かる。

力が抜け、へたり込む様に腰を下ろした私の元にクレイが歩いてやってくる。

少しも疲れた様子を見せていないクレイに、私は何とも言えない不公平感を懐いたのだった。



[26147] 間幕 深遠の中で
Name: hanon◆857d3f0e ID:c4c28d81
Date: 2011/03/23 23:01
小惑星を改造した中継基地は、人類が外宇宙に置いて設営する
中継基地の中でも最もポピュラーな物であった。

一から宇宙空間に築く必要のある、ステーションタイプの中継基地は、
その性質上、膨大な量の資材を必要とする為、限られた物資の運用を
行いながら、生活しなければならない外宇宙においては、採用する事が
できなかったのである。

トレーズ星系より、数光年の位置に設営された、銀河中央方面軍、
第34辺境宙域監察隊が拠点とするその中継基地もまた、そんな、
小惑星を改造して作られた物の一つだった。

「隊長。グランツ隊長」

コンソールが所狭しと並べられた、小さな部屋。中継基地指令室に、
声が響く。声の向けられた先には、一段高い位置に設えられたコンソールがあり、
そこにはがっしりとした体格に合わせた厳つい髭面の男性が腰を降ろしていた。
口には不敵な笑みが浮かんでおり、挑戦的な目でコンソールを見つめている。

「レームよぉ、いつになったら俺の事を司令って呼んでくれるんだ?」

コンソールから視線を上げたグランツと言う男は、おどけた声を上げる。
そのやり取りに慣れているのか、周囲の人間たちは、視線を向ける事すらせずに、仕事をこなしていた。

「偉くなっても、隊長は隊長ですからね」

レームと呼ばれた男は、ズレ掛けた眼鏡を指で戻すと、
呆れる様な表情で向き直り、わざとらしくため息を零す。

「それに、似合わないんですよね、司令って顔じゃないですし」

付けたされた容赦の無い言葉に、グランツは沈黙し、
その様子を見た物たちは笑い声を上げる。笑いに包まれた部屋の中で、
何が面白いのかニヤ付いた表情をするグランツは、挑戦的な目で周囲を
見渡して言った。

「おまえら、独房生活がお気に入りらしいな。この際だ、給料カットも付けといてやろう」

そう、軽薄な口調で言いながら、愉快そうな顔でコンソールを叩くと、
あるデータを表示させる。そこには、勤務評価表と記載されていた。

「隊長! いや、司令! それは勘弁してください! いや、ホントに! ホントに!」

「司令、マジすんませんでした。調子乗ってました。許して!」

その様子を見た男達は、笑った表情を引きつらせ、次々とその態度を豹変させる。
笑いに包まれた部屋は一転、悲鳴に包まれる事となった。
そんな様子の中でもレームは態度を変えることなく立ち上がるとグランツのすぐ横まで移動して、小声でささやきかけた。

「隊長のお気に入りの子に話つけておきますから、勘弁して下さいませんかね?」

「なに!?」

悲鳴の中でひときわ大きな声を上げるグランツ。
脈絡の無いその大声に悲鳴は止まり、沈黙が流れる。
そんな周囲の様子を歯牙にもかけず、グランツはレームの肩に手を回し、
小声で何かをやり取りしている。

話がまとまったのか、立ち上がったグランツは悲鳴を上げ、
土下座までしようとしていた男達に向かって上機嫌に話し出す。

「俺は寛大だからな、うん。今回は大目に見てやろう」

軽い口調でグランツはそう告げる。その軽薄な口調からは、
処罰する意志が感じられない。一種の冗談だったのだろう。
もっともその冗談を冗談で終わらせない男でもあるのだが……

それを受けて立ち上がる男たちもまた、二ヤついた笑みを浮かべて
席へと戻っていく。

「ありがとうございます」

そんなグランツや、同僚達の姿に肩をすくめたレームは、芝居がかった態度で一礼する。
もはや一つの様式美としてのやり取りだった。

「所で、さっき何か言いかけたな。なんだ? 
 今の話を無かった事にってのは無理だぞ」

再び椅子に腰を下ろした男は、思い出したように尋ねる。
先ほどの話を思い出しているのか、口元にはだらしない笑みが浮かんでいる。

「ああ、救援要請信号ですよ」

「アホか! そう言うのはとっとと報告しやがれ!」

そっけない態度でそう言ったレームに対し、表情を変えたグランツが怒鳴る。
狭い部屋の中で放たれた声は反響し、部屋の空気を揺らす。
弛緩した空気は一瞬にして吹き飛び、それに当てられた女性が驚き
慌てて書類を落とし、床へと散らばった。

そんな重い沈黙の中にあっても、レームの態度はいささかも変化する事は無く、
表情の読みにくい顔でグランツを見つめている。

「いえ、緊急性を感じませんでしたので……いいかなと」

「緊急性を感じない救援要請があってたまるか! ほら、早くこっちにデータ回せ!」

「了解」

一人怒るグランツの声に、ゆっくりとした足取りでコンソールへ戻るレーム。
もはや嫌がらせの様なその行動に、しかし、グランツは青筋を浮かべるにとどまった。

データを受信した音声が流れる。
ディスプレイが数枚浮かび上がり、それぞれがデータを表示させていく。
最初は怒りの表情を浮かべていたグランツは、データに目を通すにつれて、
怪訝な表情を浮かべ、ディスプレイを閉じると難しい顔で腕組みを始めた。

「んー……こりゃあ……信じられんなぁ……」

しばらくしてグランツの口から漏れたのは、疑いの言葉だった。
しかし、その言葉を聞いたレームもまた、同じ感想なのだろう。
特に反抗する事無くその言葉を受け入れる。

「でしょう? 最前線、それも突端の宙域に数百年前の移民船。
 まだ敵の欺瞞工作を疑った方が現実的ってもんです」

そう言ってディスプレイを消し、再びグランツへと向き直るレーム。
見つめられたグランツはその視線の意味を考え、溜息をこぼす。

「でもなぁ、調べない訳にはいかんだろうよ」

「まぁ、今までこんなことありませんでしたしね」

「仕方ないだろうさ、よし、偵察隊を出す。ロイとクーの奴を連れてこい」

やる事は決まったとばかりに声を上げるグランツ。
通信員を呼ぶと、人を呼ぶようにと命令を伝える。

「ハッ!」

ビシッとした敬礼を行った男が部屋から走り出る。
先ほどのグランツの悪ふざけでタダ働きになりそうだった男の一人である。

「二つも出すんですか、一つで足りるでしょうに……」

「保険だよ、保険。最前線だぞ? 備えはしとくもんだ」

小さな驚きを示してグランツに迫るレーム。
しかし答えたグランツは表情を変えずにコンソールを眺めている。

しばらく二人がそうして話していると、部屋の扉が叩かれて、
先ほどの男に連れられた一組の男女が部屋の中へ入ってくる。
二人はグランツの前まで歩くと綺麗な敬礼を行った。

「ロイド=エレイド少尉、ならびにクー=リャンフェイ准尉、参りました」

答礼を返したグランツだったが、その話す言葉は軽い物だった。

「お、良く来た御両人、ちょっと前線まで物見に行ってくれや」

「軽いですね、隊長……」

軽薄な物言いに苦笑を浮かべるロイドが苦言を表す。
クーに至っては無言を貫いている。
しかし、グランツはそんな二人の様子をあえて無視して二人の前に
ディスプレイを表示させる。

「良いんだよ、俺はこれで。ほい、資料はこれだ」

資料に目を通した二人は揃って可思議そうな、それでいて緊張した様な表情を浮かべた。

元々、ガイドビーコン自体が情報を発信する仕組みである為、態々接触しなくとも、
情報を得る事は出来る。そうであるにも拘らず、わざわざ現地に出向いて
それを回収するなどと言う事は、余りいい話ではない。

「ガイドビーコンからの情報回収……こりゃまた」

少し擦れた声でロイドは零す。嫌な顔を浮かべている所から見れば
余り気が進まないのだろう。

「あぁ、スカウトキャリアーを二つ出す、それぞれ指揮を取れ」

「了解しました」

グランツの言葉にロイドが敬礼をして去ろうとするが、
クーが何も反応を見せていない事に気づいて歩みを止める。
その様子はグランツも気が付いたのだろう、いやらしい笑みを浮かべて、
からかうように声を掛ける。

「んー?クーちゃんよ、どうした、だんまりして。
 あーさてはコレとの良い所を邪魔しちまったか? 悪いな」

「あーうっさい、このセクハラ野郎! クー=リャンフェイ、
 任務了解! 失礼します」

小指を立て、挑発する様に話すグランツにハッとした表情となったクーは、
頭を掻くとグランツをにらみつけ、乱暴な敬礼をして部屋を出て行った。

「あらまぁ、振られちまった」

「からかうからですよ。もうちょっと彼女の気持ちも考えて
 やったらどうです?」

さして残念そうでも無い様子でおどけるグランツと、それをたしなめるロイドの間に、
微妙な沈黙が漂っている。
その沈黙に耐えられなかったのか、グランツはおどけた口調はそのままに、
ロイドに向かって笑う。

「ハッハッハ、気持ちだ? 俺部下の事を蔑にした事は無いはずだが、
 ……給料は下げるけど」

「はぁ、知らぬは本人だけって事ですね」

笑顔を向けられたロイドは、小さな言葉をこぼす。

「ん?」

「いえ、ロイド=エレイド、任務了解。早速行ってきます」

聞こえなかったのか、聞き直そうとしたグランツに向けて、
話を打ち切る様に敬礼をすると、ロイドは部屋の出口へ向かって歩き出す。
彼が部屋を出ようとした時、グランツから声が掛かる。
その声は先ほどまでと違って真剣な響きを帯びていた。

「気をつけてな。どうにもキナ臭ぇ」

「キナ臭いのは、ここ数十年変わって無いでしょうに」

そう苦笑したロイドは改めて部屋を出る。

「今までとはなんかが、違うんだよなぁ……」

後に残されたグランツは、深く大きなため息をつくと、
しばらくの間、彼らが出て行った扉を眺めていた。


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