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[22826] ただしまほうはしりからでる(ゼロ魔 魔法陣グルグルクロス)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2011/03/24 06:57
 見知らぬ床だわ……

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは思った。
 どうして自分が、床に直接うつぶせになって倒れているのかわからない。しかも、起き上がろうと思っても、ぴくりとも体が動かない。幸い口や鼻はちゃんと動いているようだが、現状を把握するには、あまり役にたっていなかった。
 ただ理解できるのは、狭い視界にうつる真っ白ですべすべした床部分が、変に生暖かいということだけ。
 辺りには、人の気配もなく、それどころか他の生きるものの気配すらない。風が吹く音もなく、ただひたすらの静寂だけがあった。あまりの気味悪さに、なんとかして、せめて首を動かそうと努力するが、やはり動かない。ならば小指の先だけでもと、全ての意識を集中するが、自分の体だというのに、まったくいうことを聞いてくれなかった。

「やだ、こんなの……ふっ……ち、ちいねえさまぁ」
 ルイズが、恐怖と寂しさで愛する姉の名を呼びながら涙をこぼした時、えらくお気楽な男性の声が聞こえた。しかも、今の今まで無音だった世界に、演劇の登場音楽よろしく「ぽっぽこぽこぽこ かっぽんぽーん」としか聞こえようのない異音が響き渡る。

「いやーめんごめんごー待たせたねー。ちょっとさー色々あってさー、もめてたんだよ今後の処理? ってやつー?」

 お気楽なうえにムカつくしゃべりというものがあることを、ルイズは知った。今ここに乗馬用鞭があり、動くことができたなら、飛び起きてふりかぶって容赦なくビシバシといくものを、ああ口惜しい。姿すら見えないのが、さらに腹が立つ。

「あれー? 君って、こうやって床にへばりついてるのが趣味? うん、いいよいいよー、とっても変態な趣味だね!」
「趣味じゃないわ! 動けないのよっ!!」
「あ、そうか、そういえば君死んでたんだよねーだからうまく体動かないんだよねーちょっと待っててねー」

 死んでたって……?
 なんですとッ?!

 怪しい男のぶっ飛んだセリフで、ルイズは一気にこうなったいきさつというものを思い出してしまった。
 そう、あれは王都の大通りでのできごとだった。休日、学院にいるのも気詰まりだったルイズは、おいしい甘味でも食べに行こうかと出かけて……一人ってさびしいのねと、心の中でしょんぼりしながら……ああ、これはあんまり関係ないけど、いや、あるのかしら? まあとにかく、てくてく道を歩いている時、乗合馬車が暴走してくるのに気づいた。
 ついでに、その目の前で、逃げ遅れた子供がいることにも気づいてしまった。
 理屈も何もない、思わず飛び出してしまったのだ。
 そして、当然その後のことは記憶にない。

「そんな……わたし……死んじゃったの?」
「うん、見事に死んでた。馬に踏み潰されて車輪に巻き込まれて、そりゃあもうぐっちょぐっちょのげっちょげ……」
「聞きたくないっ! 聞きたくないっ!」
 耳をふさごうとして、ルイズは本当に自分の耳をふさぐことができたことに驚いた。
 あら、手が動くわ、である。その両手を床について、上体を起こすと、さっきからムカつくことばかりだった相手の姿をやっと見ることができた。まず、上から下まで眺めて、次に下から上まで眺める。

「えーと、熊?」
「ちがうよー、ぼくは、くまたいよう!」
「あ、ああ、そ、そうなの」
 床だけでなくどこまでも真っ白な世界の中、視界の中心入った相手は、一言でいうならば子供向けに優しく可愛らしく戯画化した熊の顔を持ち(追加の付属品なのか周りを小さな三角が縁取っている)、わらを束ねたような衣服とも言えないものを身に巻きつけるようにつけていた。格好だけなら最底辺の乞食にも近いかもしれないが、その上にのっているものが異様だ。

 ここでルイズはやばいことに気づいた。自分は死んだ、これはいい、いや、よくないけれど認めるしかない、ならば死んだ人間が行くところはどこだ? ヴァルハラ? どちらにしろ、そこにいるのは……いやいやいや、異端審問どころの騒ぎじゃないですよ、自分の脳みそさん、アレが一瞬でもブリミル様の写し身? とか考えてしまった自分が危険、危険が危ない。

「実はその事故なんだけど、手違いなんだよねー」
「手違い?」
「そう、君は本当は死ぬわけじゃなかった。死ぬはずだったのはあの子供だったんだよ。まあ他にも色々手違いとかーあったわけなんだけどー。でも、こっちが悪いんだからこれから君を生き返らせてあげることになって……」
「ちょ、ちょっと待って!」
 もう一度生き返ることができると聞いてルイズの心は喜びの浮き立った。それはそうである、まだまだやり残したことがたくさんあるし、特に家族を、ちいねえさまを泣かせることは絶対に本意ではない。しかし、もう一つ気づいてしまったこともあった。
「もしかして、私が生き返ったら、あの子は死んでしまうんじゃないの?」
 くまたいようは言った、本来なら、あの子が死ぬはずだったと。ルイズにとっては名も知らぬ平民の子供ではあったが、自分が一度助けた命を、その自分自身が再び見捨てることになるということに気づいて青ざめた。
「そのへんのことも色々あってさー、ブリちゃんも助けたってぇなって言うし、勝手にこの世界に来ちゃったぼくも悪いし、君に素敵ぱわーをあげて、子供助けてチャラってことでね!」
 くまたいようは、器用に片目を閉じた。
 年端もいかない子供を犠牲にして生きかえるのは、いくらなんでもルイズの考える立派な貴族らしくない、ほっと胸をなでおろす。ついでにブリちゃんという恐ろしい発言は無視することに決める。今はそれよりも気になることがあった。

「素敵ぱわーって、何なのよ」
「うん、君は魔法が使いたいんだよねー」
「そうよ」
「全ての系統魔法のスクウェアレベルの才能をプレゼントだよー」

 なんですとッ?!

「嘘、嘘よ、絶対に嘘、嘘しかありえない。この世の中に、そんな美味しい話が転がってるわけないじゃない? 目を覚ますのよ、ルイズ・フランソワーズ。これは夢、夢なの、私の切ない思いが見せた青春の幻っ! ちいねえさま、また一つ儚い夢が消えるわ」
「ここは、この世じゃないよー」
「た、確かにそうね」
 思わず納得してしまったルイズ。かなりいい感じで彼女もまた何かに毒されつつあった。
「ということは、風も、水も、火も、土も、使いたい放題?! ツェルプストーなんてメじゃない? 学院長よりも何気に上? もう誰にもバカにされたりしない? ゼロならぬインフィニティのルイズ? それどころかあいつら全部下僕? いやん、何ソレすごく素敵。うふ、うふ、うふふ、くくくく」
 流れ出てはいけない何かを盛大にだだ漏れにしながら、虚空を眺めてルイズは笑った。ええそうよ、努力は報われるのよ素晴らしいわ世界と未来と私は超バラ色。世界中が自分をスタンディングオベーション。おめでとうおめでとう、なんかしらんがとりあえずおめでとう。

「ただし魔法は尻から出るよー」

 ルイズの、喝采される自分の夢思考が停止した。

「は?」

「尻と外界を隔てるものは少なければ少ない方がいいからねー」

 つまり、強力な魔法を使いたければ半ケツになれ、と。

「ルーンを尻文字すれば、さらにパワーアップ!」

 そして、それを振れと。

「あとねー完璧にするんだったら、尻で杖を挟まなきゃ!」

「……っ」

「嬉しくて何も言えないんだねーわかるよーわかるよー」
「違うわ、おんどれえぇえええぇええ!」

 ルイズ・フランソワーズは貴族である。清楚で可憐な乙女である。そんな慎ましやかなレディにあるまじきことだが、もう我慢の限界だった彼女は、おもいっきり右拳を、くまたいようの顔面中央に叩き込んだ。

 その後何事もなかったかのようにくまたいようは復活を果たし、ルイズはまあこんなもんね、と、少しだけやさぐれた。
 殴った直後に、もしかしたらこれで機嫌をそこねてしまって素敵ぱわーをくれなくなるかも! それどころか生き返る話もナシになったらどうしよう! と盛大に焦ったのがバカみたいである。
「そんなに嫌なら、手から出せる魔法もあるけどー」
「杖じゃないのね、いいわ、それでも。先住魔法みたいだけど」
「でも、効果は一つだけだよー」
「考慮するから、ちょっと試させてくれる?」
 いつの間にか異世界の神っぽい生き物に、タメ口だなあと、ルイズは思ったが反省する気はまったくなかった。

「はい。右手を突き出して」
「こう?」
「バーニングフィンガーアタックって言うんだよー」
「格好いいじゃない! バーニングフィンガーァアァアタァアアック」
 ルイズの力の入れように比例するように、右手の平から、しびしびと青白い電撃のようなものが飛んでいった。格好いい。
「これって、どんな魔法なの? ライトニングみたいなものかし……」

「肩こりが楽になるよー」
「……」

 現実は非情である。

「ほ、他にはないの?」
 がっくりと肩を落としてルイズは尋ねた。確かに格好いい、格好いいが、肩こり緩和では、父様へのおねだりくらいしか役に立たない。
「ごめんねー、ないんだよー。でも、そんなに嫌なんだー。だったら素敵ぱわーなしで生き返らせてあげるからねー」
「ちょ、ちょっと待って!」
 魔法は欲しい、魔法は使いたい。スクウェアレベルの魔法を使いこなして、今まで馬鹿にしてきた奴らを見返してやりたい。もしかしたら遍在使って一人水魔法オクタゴンとかもできるかもしれない、そうしたらちいねえさまの病気だって治るかもしれない。利点はたくさんあった。
 しかし、その利点を全て台無しにする条件、そう、魔法は、お尻から、出る。考えてもみて欲しい、例えばブレイドの呪文を唱えるとしよう、臀部に杖を挟んでブレイド、バカである。はっきり言わなくても、スペシャルな宴会芸くらいしか用途がない。

 うう……花も恥らう乙女が、魔法を行使するたびにお尻を……なんて……

「たっ、耐えられない」

 死ねるッ、死ねるわッ! 魔法を使っているところを、あいつやあいつやあれやらこれやらに見られたら、速攻で死ねるッ。ルイズ即座に終了のお知らせ。人間として、貴族として、何よりも乙女として、大切なものが減るっ、減っちゃう!
「もう時間がないから早く決めようねー」
「待ちなさいよっ!」
 そうよ、人前で見せなきゃいいのよ。
 何回転もしたルイズの思考は、変なところに落ち着きつつあった。
 どんなに恥ずかしい格好だろうと、見る者がいなければ恥じゃないわよ、ルイズ・フランソワーズ。あなた、たかだかお尻……くらいで、こんな機会をフイにするつもりなの? スクウェアよ? スクウェアなのよ?
 誰もいない所で、一人黙々とお尻を振る自分の情けない図というのは、頭から閉め出しておく。

「素敵ぱわー、ヨロ」

 ふらつくルイズの差し出した手を、くまたいようはがっちりと握り返してきた。

つづく?



[22826] ただしまほうはしりからでる2
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/11/07 21:52
「ちびルイズ! いつまで寝ているの?!」

 どうして使用人ではなく、エレオノール姉さまが直接私を起こしにくるのだろう? ぼんやりとした頭でルイズは考えた。そもそも、ここは学院の自室ではなかったのだろうか、いつの間にヴァリエールの館に帰ってきたのだろう。思い出せない。
 その間にも、ヴァリエール家の長姉は、さくさくと部屋に入り、カーテンを開けた。

「素晴らしい、くまたいよう日和ね!」

 ちょっと、待て。

 寝台から転がり落ちるようにルイズは起きだして、エレオノールの腕の下をかいくぐり窓の外を見る。見知った感じのあり得ない物体が、爽やかすぎる笑顔を浮かべ、空中に浮かんでいた。青空が目にしみる。
「やあ、ぼくは、くまたいよう。ただし、魔法は尻から出るよ!」
「やめてえぇええぇええぇええ!」

 自分の叫び声で目を覚ましたルイズは、夢オチだとわかって心の底から安堵した。今いるのは紛れもない魔法学院の自分の部屋だ。だらだらと流れる汗を、お行儀悪く袖口でぬぐって、息をつく。
「夢……よね」
「どうしたのですか、ルイズ、急に大声を出して」
 いつの間にか、母が立っていた。
「え? どうして母様が急にこんな所に? ドア開いたかしら? って、ここは魔法学院だし……?」
 とまどうルイズの前に、カリーヌは真面目な顔をしたまま近づいた。
「いいですかルイズ、よくお聞きなさい」
「は、はい」

「魔法は尻から出ます」

「ザけんなごるぁああぁああああ!」

 二番底の夢オチというものがあることを、淑女であり乙女であるルイズ・フランソワーズは初めて知った。

 本当に目が覚めても、しばらくルイズは挙動不審だった。カーテンを開け、窓の外をうかがい、枕をひっくり返して念入りに叩いてみる。スリッパのつま先を踏み、クロゼットの扉を裏表じっくりと見た。
 最後に、放置しっぱなしだった、使い魔用の敷き藁を杖の先でつついてみて、なんの変哲もない魔法学院の彼女の部屋だということを、確認し、安心してみた。

 あの後、くまたいようなる異世界の神(おそらく)から、素敵ぱわー(ちなみにその伝授方法は、尻と尻をぶつけあうというものだった。死にたい)を手に入れたルイズは、医療院の一室で意識を取り戻した。奇跡的にかすり傷だけですんだようだが、長い間意識が戻らなかったらしく、彼女が気づいた時は、次姉を除き、家族が全員集合していて、涙を流して喜んでいた。
 こんなにもあからさまに愛情を表現されることは、ここのところずっとなく、代わる代わる抱擁されたルイズは面映いような恥ずかしいような気持ちで、それらを受け止めた。
 学院からもオールド・オスマンとミスタ・コルベール、その他幾人かの教師、何故か不思議なことにツェルプストーが見舞いに来てくれたらしい。
 他のクラスメイトは……当たり前といえば当たり前だが、来なかった。わかってはいたことだが、さすがに少しショックである。

 あと、意識不明だったことで、大幅に授業に遅れてしまったルイズは、使い魔召還の儀式も当然しておらず、今現在進級は保留という状態だった。父も母も、療養のために、一度領地に帰ることを提案してきたが、ルイズはそれをつっぱねた。
 彼女の手に入れた素敵ぱわー、それを試さないでどうするというのか。そんな本心を押し隠し、殊勝にどうしても勉強が続けたいと言えば、あっさりと両親は折れた。

 そして今、自室でもくもくと背筋と腹筋練習をするルイズである。柔軟性を保つために、腰をぐるぐる回したりしてみる。腰も細くなって一石二鳥である。どれもこれも、他人に見られたら非常にアレな感じだが、そのあたりは細心の注意を払っていた。

 尻を突き出しての「ロック」、完璧である。
 ああ、自分の尻が恐ろしい!

 初めて魔法を使った時は、何か大切な物がなくなったような気がしたが、変に前向きなルイズに隙はなかった。くまたいよう嘘つかない。びば、くまたいよう、びばびば、くまたいよう。

 ……そんなわけがない。

 生来の生真面目さゆえに、日課として腰の鍛錬をこなしたルイズは、床に両手をついた。いわゆる落ち込みポーズというやつである。
「うっ……うう、ブリミル様、今日も私の大切な何かが減ってしまいました……」
 平民の子供を、命をかけて救ったという情報が勝手に独り歩きをしていて、厨房を中心とする学院勤めの平民達には「我らが聖女」とまで言われているらしい。
 一瞬、「我らが尻女」と聞こえて焦ったことは秘密だ。
 とにかく、在宅療養の延長ということで得た休みも今日が最後、今日中に使い魔を召還しなければならない。
 授業で召還しない言い訳は既に考えてある。「明日の使い魔召還の儀式の練習を一人でしていたら、つい召還してしまいました」、よろしい、隙がない、隙がないわよ、ルイズ・フランソワーズ。
 皆の前でサモンサーヴァントなどできるわけがない。ミスタ・コルベールが信じる信じないは別として、苦悩の末、思いついたにしては中々の言い訳だと思う。
 場所も決めている、とりあえず学院近くの森の中だ。魔法が発動する場所はどうあれ、今のルイズは全ての系統において実力はスクウェア、おそらく竜やそれに匹敵するような神聖で立派な使い魔が召還されるに違いない。だからこそ、部屋でするわけにはいかなかった。
 しかし、このまま森の中で召還することもリスクはある。
 クラスメイトの使い魔がいる可能性、大。気に入って毎日連れ歩いている生徒も多いようだが、そんな情報を全て信じきるほどルイズはお気楽ではなかった。
 使い魔は、主の目となり耳となる生き物だ……使い魔の見るものを主も見て、聞くものを主も聞く。

「抹殺……? カッター・トルネードで抹殺?」

 乙女の秘密を守るため。淑女の生活を守るため。とりあえず死んでもらおう、そうしよう。
 ルイズは立ち上がり、杖を取った。これは自分のためでもある、使い魔が、使い魔さえいれば、主はそんなに魔法使わなくていいんじゃないかなあ? という淡い思い。タバサの風竜のように、悔しいがツェルプストーの火トカゲのように立派な使い魔がいれば!
 ルイズは両頬を叩いて気合をいれた。

 外は気持ちよく晴れて、絶好の散歩日和だった。ルイズとても使い魔召還という目的さえなければ、思う存分最後の休日を満喫したいところである。
「ここもだめ」
 開けた場所に出るたびに、彼女は呟いた。
 どうにも、落ち着かないのである。誰も見ていないはずなのに、何度も何度も確認してしまう。鳥が飛び立てば、すわマリコルヌの使い魔かとあせり、もしや地面の下にギーシュの使い魔がいるのではないかといぶかしむ。一度茂みを払って何もいないとわかっても、ついつい二度三度同じことをしてしまう。
 誰かが木の陰で見ているのではないか、上空で鳥の瞳を使っているのではないか、馬鹿馬鹿しい被害妄想だとはルイズ自身も思うのだが、どうにも止めることができなかった。
 ならば、木の陰でこっそり召還するべきか? しかし、初めての召還をそんな犯罪者のようにコソコソと隠れてやりたくない。
 聖女の威光だろうか、快く持たしてくれたピクニックバスケットの中の昼食を食べながら、ルイズはため息をついた。本当は午前中に召還をすまして、午後は使い魔との交流に時間をさきたかったのだが。このままでは、ぐだぐだと自分に言い訳しながら時間だけが過ぎ去ってしまう。

 それはだめだ。
 ぐいっと果汁を一口。

「や、やるのよ、ルイズ・フランソワーズ。敗北主義は私の主義ではないはずよ」
 外歩きするからという建前ではいてきたズボンに、手をかける。ちょっと、ちょっとだけよ、ちょっとだけ、ずらすくらいなら……
「くぅっ」
 手と肩がぶるぶると震えた。
「無理ッ! やっぱり無理ッ! すべからく無理ッ! 絶対無理ッ!」
 こわばった手を外して、近くの木に走りより、とりあえず何発かぶちかましてみる。
「普通にしましょう、普通に、ね」
 尻を突き出すのが「普通」というのもどうかと思うが、ルイズは杖を握り締めて精神統一し、サモン・サーヴァントの呪文を唱え始めた。今こそ連日の練習成果を見せるとき! 複雑なルーンも尻文字で空中に描ける。がんばった私。傍から見たらどうしようもなく宴会芸尻振りダンスだが、その辺りはもちろん考えないでおく。

「さあ来なさい、私の神聖で強くて美しい使い魔!」
 振り返ると銀色の円盤が浮かんでいた。それが意外に小さかったことに少し落胆しながらも、ルイズは待った。ひたすら待った。
 しばらくして、うんともすんともいわない召還ゲートの前、やっぱり失敗した? という不安にルイズが囚われ始めた時、にゅいっと銀色の表面を揺らして、使い魔候補が姿を見せる。

 小さい。
 片手でつかめるほどの顔。
 三角の耳。
 ヒゲ。

「……猫?」

 にゅにゅにゅっと、前足が出る。どこを見ているのかわからない、やる気なさそうな顔、てれんとたれた右足左足。ドラゴンを期待していたルイズは、がっかりした。メイジの実力を見るならば、使い魔を見よ、というのが定番であるが、こんな、あからさまにやる気なさそうなブサイク猫を見た人はどう思うのだろう。
「でも、あのオールド・オスマンもネズミだし……まあ、かさばらないのはいいかもしれないわね、エサ代も少なくてすむし」
 モートソグニルを追い回して、どつき倒すというのも楽しいかもしれない。期待はずれのあまり、黒い思考になりながら、ルイズは猫が全身を現すのを待った。

「……」
 出てこない。
 上半身を出したまま、ブサ猫は、ぼーっとしていた。
「あんたやる気あるの? まったくもう、私はご主人様なのよ? 初めからご主人様の手を煩わすなんて、ダメな使い魔ね。感謝しなさい」
 業を煮やしたルイズは、猫の両前足を握って、引っ張った。

 にゅる

 伸びた。

「ひうぁっ!」

 驚愕のあまり、乙女らしくない叫びをあげて掴んでいた手を離し、その場にしりもちをつく。衝撃で猫の上半身は、たれーんと下に垂れ下がり、風に吹かれてぶーらぶら。その長さ、およそ50サント。
 どこをどう見ても猫という生き物の範疇から外れています。ありがとうございます。
 ごく、と、ルイズは生唾を飲んだ。引っ張るべきか、引っ張らないべきか。引っ張って引っ張って、最後に「はずれ」とかついていたら私もう生きていけない。
「もう! どうにでもなりなさいよっ!!」
 作り物のようにでれんと垂れたままのブサイク猫をひっつかみ、ぐいぐいと引っ張る。抵抗らしい抵抗がまったくないのが、逆に不気味だ。

 伸びるー伸びるーブサ猫ー 溢れる血涙もそのままに。

 3メイルほど引っ張った所で、猫の尻が見えた。まさかこの後尻尾が4メイルほどあるんじゃないでしょうね?! 思わず最悪の予想をしてしまったルイズだが、尻尾は切り株状態で3サントほどしかなかった。そんな、生き物として激しく間違っている猫というにもおこがましい猫を見つめて、ルイズは微笑んだ。達観した笑いだった。
 そのまま猫を結んでまとめて、鏡の向こうに放り込む。

 必殺技、「私は何も見なかった。」発動。

「さ、もう時間がないわ。サモン・サーヴァント頑張らなくっちゃ!」
 しかし、これは恐るべき惨劇の幕開けであった。

 2回目。
「使い魔こーい!」

 にゅ

 14回目。
「だから神聖で美しい使い魔こいって言ってるでしょーっ!」

 にゅ

 38回目。
「使い魔……わたしの素敵な使い魔……」

 にゅ

 61回目。
「ブリミル様、わたしは心を入れ替えました。毎日毎晩毎食とにかくたくさんお祈りをします。だからマトモな使い魔下さい。本当、切実に。いっそネズミでもいいです。いえいえ、ネズミがいいです。ネズミにしてください、ネズミネズミ」

 にゅ

 85回目。
「出て来い責任者ああぁああぁああ!

 にゅ

「つかい……ま……」

 にゅ

 99回目にして、ルイズは地面に倒れ付した。その頭上で、何を考えているのかまったくわからない顔をしたブサ猫が、ぶーらぶーらと揺れている。

 現実は非情である。

 ひとしきり虚ろな目で笑ってから、あきらめて、コントラクト・サーヴァントをしようと、ゲートから引っ張り出した猫と言えなくもない生き物に口付けしようとしたとき、初めて相手に動きがあった。

 んなぁー

 表情の読めない猫の口から、長い長い鳴き声が響き渡り、それきりルイズの意識は途切れてしまった。否、途切れたというのは正しくないかもしれない、ただ、何もかもやる気がなくなってしまったのだ。
 コントラクト・サーヴァント? いい、いい、そんなものどーでもいい。明日の授業? あー、そんなことよりここでぐーたらしてる方がいいじゃない。土の上? 汚れる? 気にしなーい。

 長い胴体と長い声を持つ猫にまぶれるように、ルイズはその場に長い間転がっていた。具体的には、まだ中空からすごし過ぎただけだった太陽が、夕日にかわるくらいまで。

つづく



[22826] ただしまほうはしりからでる3
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/11/10 21:16

 ずるっ
 ぺたり

 ずるっ
 ぺたり

 ずるっ
 ぺたり

 ルイズは学院の廊下を歩いていた。
 ちなみに最初の「ずるっ」が、使い魔を引きずる音、次の「ぺたり」が、朝っぱらからやる気というものを根こそぎ奪われたルイズ自身の足音である。音だけを聞くと、どこの恐怖演劇かという感じであった。
 ブサ猫を小脇に抱えて廊下を無駄に掃除しながら、ルイズは、もしかして今、全学院生徒可哀想競技会なるものが存在したならば、自分はぶっちぎりの一位よね、などと考えていた。

 昨日、やっと正気に返ったのは日が暮れる寸前だった。これが使い魔の能力? しかしなんていう微妙な能力、私にぴったりねーうふふあはは……ンなわけねぇだろ!! と、暴走しそうになるノリツッコミ思考をとりあえず置いておいて、コントラクト・サーヴァントをしようとする。

 できなかった。

 何度口付けしても、ルーンは刻まれない。周りはどんどん暗くなってくる、これ以上ここにいると、学院から捜索隊が派遣されてしまいそうだった。目の幅で涙を流しつつ、ああでもないこうでもないと散々苦悩して、とうとうルイズはあきらめた。
 色々なことをあきらめて、透明な笑みを保ったまま、猫の顔を己の尻にくっつけた。
 これがもし、召還されたのが人間でしかも男だったりしたら、わたし、修道院に入る……一生、外なんか出ない……
 幸いなことに、ルイズの愛らしくも適度に鍛えられた尻を顔面に押し付けられた猫は、さしたる意見もない顔のままで、コントラクト・サーヴァントを受け入れた。

 現実は非情を通り越して無情である。

 だくだくと血涙を流しながら、学院に帰ると門限寸前で、本調子ではない(ということになっている)ルイズのために、今しも捜索隊が組織されてしまうところだった。しかも、隠すこともできない、引きずって帰ったために土ぼこりまみれになっていた使い魔ブサ猫を見て、みんなドン引き。

「長い」
「長いな……」
「とりあえず、長いな……」
「ああ……ありえない感じに、長いぞ」
「すごく……長いです」
 ちいねえさま、人体って不思議、涙って意外にかれないものなのね。可哀想なものを見る目の集中砲火を浴びて、ルイズの心はガリガリと削れた。最後に残ったプライドをかき集めて、なんとかミスタ・コルベールとオールド・オスマンに、思わず使い魔召還してしまいました、の報告をして、自室に帰った時点で完全に心が折れた。
 思わず猫を、ぶん投げてしまったが、ぼたりと床に落ちて、そのままだった。ルイズもそのまま着替えもせずに眠ってしまった。

 まあ、そんなこんなで、今日は久しぶりに授業である。
 一晩ぐっすり眠って、少しだけ建設的方向へ思考を振ることができたルイズは、学院の使用人に、猫入れ袋を作らせることにした。頭だけだして全身つっこんで、背負えば、ほら、あんまり(当社比)変じゃない。
 そんな、「我らが聖女」の依頼を、満面の笑みで快諾したのは、珍しい髪の色をしたメイドだった。名前は、確かシエスタとかいっただろうか。
 本当なら部屋に放置しておきたいところだが、使い魔をつれてくるように、といわれている。

「何か変な音がすると思ったら……ヴァリエール?」
 部屋から出てきたルイズの因縁のライバルも、ブサ猫にドン引きしていた。キュルケのその顔を見られただけで、少し鬱屈が晴れる。相手も痛いが自分も痛い攻撃だというのは、熟知していたが。
「それ、あなたの使い魔?」
「そうよ、ほらルーンもあるわ……って、召還した時は左前足にあったんだけど……えーと、起きたときは右前足で、水で洗った時は額に……今は、どこかしら」
「ちょ、ちょっと待って。それって、ルーンが移動するってこと? いいの? そんなので?」
「大丈夫よ、問題ないわ」
 別の所が、大問題だらけよ。
 思わずキュルケの傍らにいるサラマンダーを、猫を振り回してドつきたい衝動にかられてしまった。
「そ、そう……私の使い魔はもう知っているわよね、さ、フレイム、ご挨拶しなさい」
「ヒッポロ系、ニャポーンよ」
「……、……、……悪いけど、もう一度お願い」
「ヒッポロ系、ニャポーン」
「私が言うのも何だけど、ヴァリエール、あなた疲れてるのよ」
「何言ってるのよ、夏はウザくて、冬は生暖かい、暖暖房完備の優れモノの使い魔よ」
「それ夏は役にたってない……っ」
「ほら」
 ルイズは、ニャポーンをキュルケの首に巻いてやった。
「やっ、これ本当にぬいぐるみじゃなくてナマモノ? 変に生暖かいわよヴァリエール! ちょっ、なんかすごく気持ち悪いんだけどっ!」
 首巻にされたはいいが、外すために触るのも気味が悪いらしく、焦りまくるキュルケを見て、ルイズの溜飲がかなり下がった。風でも土でも火でも水でもない、もちろん伝説の虚無でもない、ヒッポロ系。適当に思いついたにしては、どうでもいい感じにどうでもよかった。
 人はそれをヤケというが、まあそれもどうでもいい。
「さ、それくらいにしましょうか、ニャポーン、食堂に行くわよ」
 鳥肌をたてているキュルケをその場に置き去りにし、ルイズは再び、ずるっぺたりと歩き始めた。

 結論からいこう、ニャポーンは何でも食べる。
 比ゆではなく、本当に何でも食べる。
 ただし、口の前まで持っていってやったら、である。お前どんだけ、やる気がないのかというほど、動かない使い魔は、ルイズが自分の食事に専念しているその隙に、むっしむっしと置いてあった目の前のスプーンを食べてしまった。気づくのがもう少し遅ければ、隣にあったフォークも食べられていたことだろう。
 それを見てしまったルイズの反応は、顕著だった。

「ぶぐはっ」

 スープ類を口にしていなかったのは、まさに不幸中の幸い。そうでなかったら、瞬時に淑女終了宣言である。
 ブサ猫から視線を外し、ルイズは息を吐いて吸って吐いて吸ってを三回繰り返した。そして、震えるフォークの上に、肉の切り身をのせて、ゆっくりと使い魔の口に持っていく。
 むっしむっしと食べた。
 普通の食物も大丈夫らしい。
 安心して、それから焦った。それでなくても変態な使い魔の変態食事を、誰かに見られてしまったとか?
 あわてて、周りを見るが、ちょうどよくルイズの体で影になっていたせいなのか、ちらちらとこちらを伺っている者は多かったが、「ああ! 学院の什器が大変なことに!」 に、気づいた者はいないようだった。

 悪食にもほどがある。

 しかし、もしも口の前に何もなかったら、この使い魔はどうするのだろう……なんだか何も食べないような気がする……そしてそのままやせ細り……ルイズは怖い考えになりそうだったのでやめた。
 思わず食欲がなくなってしまったので、そのまま立ち上がり、ニャポーンを脇に抱え直す。実は見かけほど重くはない、ただひたすらかさばるだけなのだ。
 ずるっぺたりをしながらゆっくりと食堂を横断していく。とんでもない数の視線を浴びたが、無視することには慣れている。
 逆に、誰も「ゼロのルイズ」とか言い出さないのが不思議だった。今までの経験からして「ゼロのルイズがとうとう、とち狂って、ぬいぐるみを使い魔だと言い張っている」くらい言われると思ったのだが。

 入り口付近で、男子生徒が数人立ち話をしていた。
 中の一人のイカれた杖のデザインに、ルイズは見覚えがあった。確かグラモン元帥の四男だか三男だかの、ギーシュとかいう生徒だ。本人はモテ男を気取っているが、ルイズの評価では残念な部類に速攻で入っている。近くを通れば、聞くでもなく耳に入ってしまう内容は、誰が本命だとか、可愛い下級生だとか、ありがちなアレであった。

 くだらない。

 心の中で一刀のもとに切り捨てて、横を通り過ぎていく。
 と、何のきっかけをとらえてしまったものか、ギーシュが振り向いた。

「うわっ!!」

 背後にずるずるが続くブサ猫に驚いて体勢を崩し、そのまま猫の体につまづいて、派手にずっこけた。
 同時にカシャンというすんだ音が響き、なかなかに上質な香りが一気に広がった。
「おい、これ、まさか」
「そうだ、これモンモランシーの香水じゃないのか?」
「どうしてギーシュが、モンモランシーの香水なんか持ってるんだよ」
「そうか、お前の本命ってやっぱり……」
「いや、そのっ」
 その間、ニャポーンはギーシュの下敷きになったままだった。ちなみに、痛くはなさそうである。引っ張っても抜けないので、ルイズは話題終了するのを待った。
「ひどいっ! ギーシュ様……やっぱりミス・モンモランシと……」
「違うんだ、ケティ! これは……!」
「何が違うというの? ギーシュ?」
「モ、モンモランシー、だからその、あの」
 痴話げんかは、自称色男が両頬をひっぱたかれて終了。ギーシュの友人達も、バカだな、しょうがないな、自業自得ってやつ? などなど言っている。誰もフォローしようとしない。当たり前だが。
「そろそろどいてくれる? わたしの使い魔下敷きにしてるんだけど」
「……っだ!」
「は?」
「決闘だと言ったんだ!」
「ニャポーンと?」
 ルイズは、相変わらず下敷きにされたままだが、無表情な使い魔を、てれんてれんとギーシュの前で振って見せた。面白いほどに赤かった顔が、どす黒くなる。
「そんなわけないだろう! 君とだ! 使い魔の罪はその主の罪。この不気味な使い魔がこんなところにいなければ、僕はつまづいたりしなかったんだよ! つまづかなければこけることもなく、香水瓶も割らなかった! すなわちっ! 二人のレディを傷つけることもなかった!」
「何よ、その言いがかりは! そもそもあんたが、二股してたのがよくないんじゃないの!」
 頭に血が上った相手に、正論は通じない。売り言葉に買い言葉で、いつの間にか放課後ヴェストリ広場で決闘ということになってしまった。
 ルイズ的に、顔に出さないまま、うっわしまった、と思わないでもなかったが、使い魔の存在が強気を後押ししてくれた。
 ニャポーンのたった一つの特殊能力、長い声で鳴いて相手のやる気を根こそぎ奪う。これさえ決まれば、あとは歩いていって、ギーシュの杖を奪い取れば勝ちである。
 コントラクト・サーヴァントがなされた今、ルイズ自身にはやる気のない声は効果がでないことはわかっていた。

 ふっ、計画通りっ!

 ニヤリ笑いをするルイズの顔が、次の瞬間凍りついた。ギーシュが立ち上がり、歩き去った後、押しつぶされていたニャポーンの体の一部が、ぺったんこになってひらひらと風に舞っていた……

「中身ドコ……」

 まだまだ謎の多い使い魔。
 だがその謎が解けることは永遠にないだろう、根拠はないが、ルイズはそう思った。

つづく



多分どうでもいいおまけ。

 ガリア王宮のプチ・トロワである。
 厳重に人払いをされた王女の居室に、二人の王族がいた。今現在のガリア王、ジョゼフと、その娘イザベラである。無能王と無能王の娘、とりあわせとしては、そこはかとなく不穏だった。時間は夜。魔法の明かりが、室内を静かに照らしている。
「イザベラ、わかっているな」
 秀でた額の美しい王女は、一度だけ目を見開き、唇をかんで俯いた。
「もう……やめましょう父上」
「何を言う、私はお前の才能に期待しているのだ」
「こんな……こんなっ!」
「やるのだ、イザベラ!」
 ほぼ条件反射で、父王から強く言われた彼女は、右手を差し出した。

「バーニングフィンガァァアァアタァック!」

 しびしびしびしび

「おー、効くぞイザベラ。いつもながらお前のその魔法は最高だな。どうした、何故落涙しながら椅子の背もたれを叩いている」

 ク ソ オ ヤ ジ シ ネ。

 いまだかつてなく、心の内をどす黒いもので染め上げながら、イザベラは呟いた。もしかしたら「しりからでる」を選択した方がよかったのかもしれない、しかしその勇気が自分にはなかった。その結果だ、受け入れる……べきなのだろう。
 先住魔法にしては間抜けすぎ、ある意味役に立ちすぎる魔法。見せびらかすために使ったら、予想外に賞賛を受けまくってしまい、ついつい調子にのった結果がコレ。

「あとで私のミューズにもしてやってくれ」
「嫌です」

 青髪の乙女にとっても、現実は非情であった。



[22826] ただしまほうはしりからでる4
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/11/12 21:59
 一万歩ゆずって、香水瓶を割ってしまう原因になってしまったことに対しては、少しは悪かったかな、とは思う。小遣いの範囲なら、弁償しないこともない、とも考える。
 しかし、その後の展開は絶対関係なかった。どこをどう見ても、ギーシュの八つ当たりだ、言いがかりだ。
 ルイズは、右手に杖、左手にニャポーンを握って立った。時は来たれり。

 いつもならば人気のないヴェストリの広場は、いまや見物客たる生徒達でいっぱいだった。本来ならば、規則で決闘は禁じられているので、誰かが教師に言いつけたならば、あっけなく両者処分されてしまうのだが、この「決闘」を、面白い出し物と考える生徒達ばかりなのか、教師が駆け込んでくる様子はない。
 それどころか、商魂たくましく果汁を売る水メイジの生徒、機を見るに聡い賭けをする生徒までいる。自分への賭け倍率はどれくらいなのだろう? ふと考えてから、きっと高いのだろうとルイズは思った。しかし、そんな屈辱も今日までだ。

 勝算は、ある。

 相手がドットだろうとラインだろうと、はたまたスクウェアだろうと、使い魔の鳴き声を聞いてしまったが最後、単なる丸太になりさがる。昨日、今日と悲惨な思いしかしなかったが、もしかしたらある意味この使い魔は大当たりなのかもしれない。
 ミスタ・コルベールも言っていたではないか、これは珍しいルーンですね、書き写させてください、と。

「はっ、逃げずに来たようだね、ゼロのルイズ」
「逃げる必要性を認めないわ、二股のギーシュ」
「……君は本当に人を怒らせるのが上手だな」
「悪かったわね、正直者で。ああ、気に入らないのならば言いかえてもよくってよ、フラれ男のギーシュ。それとも、お漏らしみたいなギーシュ? 香水の染みはズボンからとれたのかしら?」
「……」
 もはや無言になってしまった彼は、真っ青になり真っ赤になり、ぶるぶると震えていた。そもそも口で女の子に勝とうというのが間違っている。
「……僕はメイジだ、だからもちろん魔法で戦うよ、かまわないだろうね、ゼロのルイズ」
 嫌みったらしくゼロ部分に、やけに力をいれてギーシュは言った。
「もちろん、わたしもメイジよ、魔法で戦うわ。そして使い魔は主人と一心同体、一緒に戦ってもかまわないわよね?」
「元はといえばそいつが原因だ、かまわないよ。僕のヴェルダンデは戦闘向きじゃないから出さないけどね!」

 よろしい。
 ギーシュの使い魔はジャイアントモールだと聞いた。そいつに落とし穴でも掘られたら困るが、その気がないのならば問題ない。
 決闘開始を告げる役にされてしまったマリコルヌが、二人の中間地点に杖を振り上げて、立った。

「えーと……はじめ」

 ルイズは、ギーシュが呪文を詠唱してワルキューレなる青銅のゴーレムを1体作り出すのを横目で見ながら、ニャポーンの首を掴んで胸の前で振った。

「さ、鳴くのよ」
 返事がない。
 ゴーレムが2体になった。
 ギーシュは、本気だ。

「鳴きなさいってば!」
 反応がない。
 ゴーレムが3体になった。
 ギーシュは、かなり本気だ。

「ちょっとおぉおぉぉ、お前やる気あんのぉぉぉおお!」
 すぴー
 目をあけて寝ていた。
 ゴーレムは4体になった。
 ギーシュは、恐ろしく本気だ。

 地響きをたてて、ゴーレムが迫ってくる。計画外の事態にルイズはパニックになった。
 振り回そうが引っ張ろうが、ニャポーンは起きない。お腹の一部分は、相変わらずぺったんこだ。これって、お尻の穴からストローを差し込んで、ぷーってしたら膨らまないかしら……って、そんなこと考えてる場合じゃないのよ、ルイズっ!
 どうする? どうする? どうしよう。

 その、時。

 閃光とともに、誰かがゴーレムとルイズの間に飛び込んできた。

「我らが聖女! 無粋な真似をお許しくださいっ! あのメイジは未だ小物、聖女様のお力を発揮するには及びません! そう、今こそ私の真の力を見せる時ッ!」

 ルイズを庇うようにゴーレムの前に立ちはだかるその少女は、トリステインでは珍しい黒髪を、急に吹き始めた風になびかせていた。なんか知らないが、太陽が必要以上に輝いている。それっぽい音楽は幻聴だろうか。

「シ エ ス タ?」

 呆然とする観客と二人の前で、学院のメイドは微笑んで、空高く飛び上がる。

「秘技・カッコいいポーズ!」

 くるくると意味もなく七色の光をまとって回転後、ビシィッと、凛々しく彼方を指差したまま、ありえない感じに空中に静止。
 確かにカッコいい。すごくカッコいい。およそ、カッコいいポーズといわれて、つい想像してしまうようなカッコよさが目の前に展開。
 だから、全員が見ていた。見ていたどころか見つめていた。
 目がそらせない。
「さあ、聖女様、私が抑えているうちに、あの不埒なメイジを成敗してくださいませ!」
「いや……その、ね?」
 もちろんルイズ自身も例外ではない、メイドから目が離せない。動けない。

「無理」

「えええええええっ!」

 カッコいいポーズを、広場の真ん中でカッコよくキめたまま、黒髪メイドは叫んだ。
 そして、集まった全員が常ならぬメイド鑑賞会をしていたが、眠りの鐘が使用されたらしく、全てがうやむやのまま眠ってしまうことになってしまった。


 気がついてすぐ目に入ったのは、床に額をこすりつけているあのシエスタというメイドだった。ここにもし某平民の少年が居たのならば、それは土下座だと言っただろう。
「聖女様! ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません! ここはこの腹かっさばいてお詫びをーっ!」
「やめてーっ!」
 どこからともなくナイフを取り出して、服をたくしあげ、腹部に突き刺そうとするメイドを、手近にあった使い魔を振り回してぶつけて止める。その騒ぎを聞きつけたものか、扉の向こうが急にうるさくなって、ミスタ・コルベールが姿を現した。とんでもないことに、その後ろにはオールド・オスマンまで居る。
 シエスタが、何事もなかったかのように、さっと立ち上がって場所をあけた。
 医務室だった。
 眠りの鐘を使用されて、どれほど寝こけていたのか疲れがたまっていたのか、かなり時間がたっているようである。カーテンの外が暗い。他の生徒達は、皆すぐに気がついたのだろう。
「気がつきましたか、ミス・ヴァリエール、心配しましたよ」
「オールド・オスマン、ミスタ・コルベール。勝手に決闘などをして、本当に申し訳ありませんでした」
 とりあえず決闘をしたことを謝罪する。これに関しては、大事にならなかったこともあり、ギーシュともども追加のレポート3つと次の虚無の曜日の自室謹慎で片がついた。
「これからが本題なのだがね」
「わたしの、秘技のことでございますね」
「ああ。ミス・ヴァリエールが目覚めてから、全てを話すと君は言っただろう」
 いつの間にそんな展開に。
「さっきのポーズのこと?」
「はい、全てといいましても、大したことはお話できないのですけれど……ずっと以前に村にやってきた不思議なご老人に教えていただきました」
「ちょ、ちょっと待って。そうすると、あなたの出身村では皆、アレをするの?」
「いいえ、私だけしか「てきせい」がなかったようで、私一人しかできないのです」
 ルイズは、心の底からよかった! と、思ってしまった。一つの村の住人が全部アレをやっているところなど、想像するだけでカッコいい怖すぎる。
 すぐに村を出て行ったというその老人は、別に耳がとがっていたわけでもなく、魔法自体が、先住魔法にしては微妙、生活の役に立つのかという点においてもやっぱり微妙という代物で、ずっとシエスタ自身忘れていたも同然だったという。

「なるほどのう……」
 医務室に入って、初めてオールド・オスマンが言葉を口にした。
「アカデミーに伝えるにしても、微妙ですね」
「そうじゃのう。研究しようにも、見てしまった全員が動きを止めてしまっては意味がないじゃろ」
「ではこの件は不問ということでよろしいですか?」
「それでいいじゃろ、眠りの鐘に準ずるマジックアイテムが発動してしまった、とでも言っておけばよろしい」
「ありがとうございます」
 シエスタは、深く頭を下げた。

 病み上がりだから様子を見るということで、一晩またも医務室のお世話になることになってしまったルイズを残して、教師二人は出て行ってしまった。
 メイドの仕事があるシエスタも一緒に出て行くと思ったのだが、当然といった顔で、傍らに立っている。
 今日はさんざんだった、まさかニャポーンが、目を開けたままキモく寝こけているなんて。この、目の前のメイドがいなかったら、危なかった。守るべき平民に助けられるなんて情けないとルイズは思ったが、事実を認められないほど狭量でもない。
 そうよ、私は平民に助けられたんじゃないわ、あの技に助けられたのよ。そうよそうよ。それに対して礼をするのよ。だから大丈夫、問題なし。

「……シエスタ、だったかしら、あの、さっきの事だけど、礼を言……」
「聖……女っ様がっ! 私の名前を覚えてくださったぁあぁぁぁっぁああ!」

 ズダアァアァァアアンと、音をたてて、黒髪メイドは床に倒れた。

「五体投地いらない! 五体投地いらないからっ!!」

 感極まって、すすり泣いているシエスタ。かなり思い込み激しいタイプらしい。
「私の村には言い伝えがあるんです。そのもの、長き胴の猫を抱いて、ヴェストリの広場に降り立つべし……」
「何そのピンポイントッ!」
「今作りました」

 やりとげた表情だ。

「今作ったんかいッ!」
「お気に召しませんでしたか聖女様! ああもう、この罪は万死に値しますっ! シエスタ今この場で腹かっさばいてお詫びをーっ!」
「だから、やめてーっ!!」


 後日、黒髪メイド謹製の猫袋が完成した。金糸銀糸で縁取られ、祖父から伝わったという意匠を真っ赤に、でかでかと真ん中にすえたそれは、とてもとても目立っていた。不必要に目立っていた。
 思わずルイズが、もっと地味なのがよかったのに……と口にしたら、またしても、腹かっさばいて……と、やり始めたのであわててとめた(セップクという由緒正しい謝罪の方法だという。ロバ・アル・カリイエ恐ろしい)。そして、あきらめた。
 もしここに某平民がいたとしたら、その意匠が漢字で「尻」だとわかっただろう。元は悲壮感漂う「屍」だったのだが、意味がわからず、長い年月のうちに適当に省略されてしまっていた……というのは、ルイズにもシエスタにも知る由もない話である。

つづく



[22826] ただしまほうはしりからでる5
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/11/18 21:25
 見知らぬ天井だわ……

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは思った。
 本当は天井と言うか、空と表現した方が正しいような気がするし、微妙に記憶にあるような気がするのだが、認めたくない、思い出したくない。
 ちょうど良く横たわっているし、下は変に生暖かいし、このまま目を閉じて眠ってしまおうそうしよう。
 彼方に見える、彼方から彼方に張り巡らせた綱の上を後ろ向きに歩きつつ、右人差し指を左の鼻の穴につっこみ、左手で白パンをお手玉し、尻で乗馬鞭を挟みながら「命を大事に!」と、叫んでいる熊に酷似した変な物体は幻覚よ、無視しましょう。

「やあ、こんにちはー、くまたいようだよ!」
「わ、わたしは何も見てない聞いてないあれは幻、そう、夢よ夢」
「そうだよー、今、ぼくは、君の夢の中に入ってるんだー」
 くまたいようはルイズの視界に強引に入り込み、にっこりと笑った。無性に腹が立つ。
「いったい何しに来たのよッ! これ以上わたしを追い詰めるつもりなのっ?! そうっ?! そうなのね! きっとそう! ああもうわたしってば、なんて可哀想な星のもとに生まれたのかしらっ!」
「君……なんだかすさんだねー」
「あんたに言われたくないわっ!」
 乙女は、尻で埋め尽くされた屈辱の記憶を思い出し、目の幅涙を流して叫んだ。
「魔法のことなんだけどねー」
 ルイズの苦悩などものともせず、ひたすら自分都合でくまたいようが話し始める。系統魔法はスクウェアレベルになるかわり、尻から出る、それはわかっている、身をもって体験している。そこにコモンも追加された、それもいい、ロックの魔法ででわかっていたから、それほど驚かなかった。ならば、このくまたいようは何が言いたいのだろう。
「虚無の魔法なんだけど、これだけ違うんだよねー」
「え?! 何?! 何なの? それ伝説じゃない? なんでわたしに関係あるの? いや、突っ込むところはそこじゃないわね。虚無魔法はお尻関係ないのっ?! 杖から出ちゃうの?! だったら死んだ気で虚無魔法探すわよ! ああ! ブリミル様くまたいよう様、わたし生きててよかった!」

「虚無の魔法は鼻から出るよー」

「は?」

「角度を調節するなら、ブタ鼻がオススメー」

「……」

 夢の中も非情である。

 ルイズの何もかもが、停止した。

「フザけんなゴルァアアァアァ!」
 ルイズ・フランソワーズは貴族である。すさみつつあるが、清楚で可憐な乙女である。だが、あっさりと我慢の限界を超えて、やはり右拳を、くまたいようの顔面中央に全力で叩き込んだ

 そんなこんなで、せっかくの虚無の曜日にもかかわらず最悪の目覚めだった。
 オールド・オスマンから謹慎を申し渡されていて、どこにも出かけることはできない。学院内も、あまり出歩かないように言われているので、遅めの朝食を取った(聖女様は厨房の平民に優遇されているのだ)ルイズは、自室に帰り、ため息をついた。
 座学の予習でもしようかと、教科書をめくるが、さっぱり頭に入ってこない。
 ニャポーンは、相変わらず何も考えてない顔で、干草の上にでろれんと伸びていた。不思議なことにギーシュに踏まれてぺったんこになった体は翌日には戻っていた。突っ込む気力もなかったが。
 こんな日に限って、嫌味なくらい外がいい天気だ。

「ヴァリエール、居るの? 開けるわよ」
「何よ、ツェルプストー、謹慎中でどこにも行けない私を笑いに来たの?」
 文句を言いつつも、ルイズは入ってくるキュルケを止めることはなかった、さすがにひまだった。今はツェルプストーでもいいから、退屈しのぎの話し相手が欲しい。
 唯一つ驚いたことは、褐色の乳女の後ろから、青い髪の少女がついてきたことだ。確かガリアからの留学生で、タバサという、いかにも偽名くさい偽名の子だ。
「あなたの使い魔が見たいっていうから、つれてきたの。いいでしょ?」
「まあ、いいけど」
 小さく一度だけ頭を下げたタバサは、すぐにニャポーンに近寄り、もふもふとし始めた。
 お互いがお互い、感情の見えない顔で、ただもふもふしている。わかりにくいが、なんか、こう、恍惚としているようだ。時折「可愛い……」とか呟いている。自分の使い魔ではあるが、悪趣味ではないかとルイズは思った。
 その、心に抱いた感想はキュルケも同じだったようで、微かに引きつった顔をしていた。
 あの子は放っておきましょう! と、目と目で会話。

「そういえば、ヴァリエールが意識不明になっている間に、学院に盗賊が入ったのよ」
 勧められる前にさっさと椅子を引いてきて座る。さすが野蛮なゲルマニアだ。心の広い優雅なトリステイン貴族たるルイズは、それくらいでは、まあ、怒らない。ヒマだし。
「土くれのフーケ、あなたも知ってるでしょ」
「ああ、金持ちや貴族だけを狙う盗賊ね。義賊とも呼ばれてるんだったわよね」
 巨大なゴーレムを使い障害物を破壊して、目的の品を奪うという、まことに大胆で大雑把な盗み方をする盗賊で、下々の者にはやけに人気があったと記憶している。
 ゴーレムを作ることから、貴族崩れの土メイジと言われているが、仲間がいるのか、いないのか、男か女かということもわかっていないらしい。
「ふふっ、きっと陽気で情熱的……だけれども細心の注意力を持った野性味溢れるすてきな男よ」
「そんなことないわ、金髪に冷たくも寂しげな蒼い瞳をもった美青年という可能性もあるでしょ」
「それもいいわね、両親を無実の罪で殺されて復讐を誓った美青年。昼は優しい眼鏡の書記で、夜は盗賊のフーケ! 白磁の肌に映える黒いマントとフード! いいわ、それすごく燃えちゃうわ!」
 ルイズは想像した。ちょっと、ときめいた。
 フーケは男だと断定しているが、乙女の夢だ、これくらいはいいだろう。
 ひとしきり、わたしの考える格好いいフーケ様談義で思わず盛り上がってしまった二人。しかも、キュルケが自室から美味しいと評判の果汁の瓶を持ってきたので、さらに話し込むことに。
「そんな男に見つめられて、「お前だけだ」とか言われたら、微熱が高熱になってしまうわ」
「一生守ってやる……とか、耳元で囁かれたり」
「乙女ね、ヴァリエール」
「意外なことにあんたもね、ツェルプストー」
 しばし二人して乙女夢時間突入。

「そういえば、何を盗まれたの?」
「それがね、破壊の杖という名称のついたオリーブの首飾りだって」
「なんで、首飾りが破壊の杖なのよ」
「そうやって宝物庫保管庫録に登録されてたんだから、しょうがないじゃない」
 どうやら、破壊の杖という名前の、オリーブ製の首飾りらしい。
 まったくややこしいが、がそういうことなのだから、そういうことなのだろう。しかも、それは学院長の私物で、マジックアイテムなことは、マジックアイテムだが、大したものではなかったというから泣ける。
 それでも、宝物庫を破られて宝物を盗まれたことは間違いないため、学院は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。被害届を出すか?! いや、それでは学院の面目丸つぶれだ! 大したマジックアイテムじゃないんじゃし、今後の警備を厳しくすればいいんじゃろ? そんな問題ではありません学院長! などなどなど。
 そこへ、逃げ出すフーケらしき人影を見たとミス・ロングビルが言い出したため、急遽フーケ討伐隊が組まれることになった。
 討伐隊として、発見者であるミス・ロングビルは当然として、なんとオールド・オスマン御自ら、そして事件当日の当直ということでミセス・シュヴルーズ、さらになぜかミスタ・ギトーまでもが選ばれた。
 こうして、どこをどう見ても盗賊より怪しげなデコボコ隊は早速フーケ討伐に出かけたのだが、隠れ家だという空き家に着いても肝心のフーケはおらず、ただ、戦利品であるはずの首飾りだけがぽつんと置かれていたという。
「破壊の杖っていうから、てっきり杖だと皆思っていたそうだけど」
 オールド・オスマンが、あー、これは破壊の杖という名前の首飾りじゃ、と、言って終わり。

「実はひどかったのはそれからなのよ、ヴァリエール」
 意外に情報通なキュルケは、生徒達にはおおやけにされていない情報を話し始めた。

 学院へ帰る途中、つい出来心で、オリーブの首飾りをかけてしまったミス・ロングビル。そのマジックアイテムの悲惨なマジックアイテムっぷりを身をもって体験する羽目になってしまったのだ。
 杖を振れば、ぱんぱかぱーんという音と共に、花と紙ふぶきが舞い。ポケットを探れば、ボールがごろんごろんと飛び出してくる。でっかくなった耳の穴からコインが転がりだして、何故だか知らないがミスタ・コルベールにカードを見せて番号とマークを覚えさせる始末。食事をすればフォークを曲げ、スプーンを引きちぎり、口を開けば色とりどりの紙と金魚が連続して落下、酒の色を変化させ、鳥をナプキンの中から取り出す。うん、ちょっと年を考えようか、という感じの際どくもケヴァい格好にマント一振りで生着替え、そのままマリコルヌを浮かせて回転させて、箱の中からどこかへと移動。わけわからんポージングつきで、スモークの中から華麗に再登場。
「折れたはずの杖が、まあ不思議、はい元通り~をやったとき、ミス・ロングビル泣いてたわ」
「まさに色々なものが破壊の杖ね……」
「まさに色々なものが破壊の杖よ……」
 そんな呪われアイテムが数多くあるという学院宝物庫、なんて恐ろしい。
「フーケ様が被害にあわなくてよかったわよね」
「まったくね」

 かくして、可哀想なミス・ロングビルは、そのまま宝物庫の明細を作るはめになってしまったという。今のままではどれがどういう機能があって、どう役に立つかわからない。下手に手を出すと、オリーブの首飾り再びである。それに、管理が行き届いていなくて、何が盗まれたのかわからないというのは、確かに大問題だ。
「気の毒に、このまえ前を通ったら、背中丸めてぶつぶつ言ってたわよ、ミス・ロングビル「終わったイベントを見張るって最悪じゃないかい……」とかなんとか」
「そんなことがあったのね」
「あったのよ」

 ルイズは、ちらりと扉を見て、天上を見て、キュルケの肩あたりを見た。いい時間だ、結構長く話し込んでいたらしい。息を吸って、吐いて、吸って。
「あの、ね、これからシエスタがクックベリーパイを持ってくるのよ、それで、いつも多めにつくってるそうだから、その、あの、別に、あんた達もヒマならここで食べていってもよくってよ!」
 最後の言葉を一気に言い放つと、キュルケは微笑んで、タバサは未だ飽きもせずにもふもふしながら頷いて答えた。

つづく



多分どうでもいいおまけ。

 王都トリスタニアにある、武器屋である。
 虚無の曜日にも開いているそこは、実直な主人が堅実に経営していた。このところアルビオン方面が何やらきな臭いせいか、それとも単に本当に貴族が平民に剣を持たせるのがはやりなのか、ぼちぼちの商いである。
 この店には、異名を持つ伝説の剣があった。
 デルフリンガーという立派な名をもつその剣は、インテリジェンスソードで、華美ではないが質実剛健そのままの、年代ものの立派な鞘を持っていた。
 その、素晴らしい鞘に引かれて、客はまずデルフリンガーを手に取る。どんなに隠していても何故だか探し当ててしまう。そして、店主が止めるのもきかず、鞘から引き抜いてしまうのだ。

 鞘から引き抜くとおよそ3サントの刃がコンニチワー。

「短ッ!」
「使えねぇっ!」
「がっかりだ!」
「本当にがっかりだ!」
「ないわー!」

 ついた異名が、「がっかりの剣」。
 できた伝説が、「がっかり伝説」。
 今日も今日とて、つい手にとって鞘を抜いてしまった人が、がっかりしている。

「大丈夫、いつか絶対現れるぜ、デルフ、お前を作った人と同じシャレ心を持った、陽気で愉快な白馬を背中に乗せたひょうきん王子様がな……」
「よせやい、そんな優しい目で見るなよ親父ィ……俺っちには実は真の姿が……」
「わかってる、わかってるさ、無理するなデルフっ!」
「……ち、刀身に心の汗が滲むぜ」

 伝説の剣の現実もまた、非情であった。



[22826] ただしまほうはしりからでる6
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/11/30 21:36
 その悲劇は、オールド・オスマン不在時におこった。

 学院長は、盗賊フーケの後始末報告兼、姫殿下の魔法学院への御幸打ち合わせなどなどで、王都へ出かけて朝から不在だった。そのせいで、とは言わない、ただ、まさか、こんなことになってしまうなんて……ルイズは自室で、ベッドの端に腰かけ、ニャポーンの胴体を無駄に引っ張りながら、がっくりと落ち込んだ。
 ここに立てこもりを初めて、もうどれだけになったのだろう。このままでは、昼食もとれないし、お手洗いも行けそうにない。前者はともかく、後者は悲惨だ。
 くまたいように出会ってからというもの、何かしら不幸に見舞われている気のするルイズである。
 廊下から聞こえる音が、ひたすらうるさい。スクエアレベルのロックがかかっているから、まさか開けられることはないだろう、そう、思いたい、そうなるはずだ、そうであって欲しい。
 だが、次の瞬間、ルイズの淡い希望はそのまま儚く消え去った。

 扉、消滅。

 恐るべき魔法の炎による高温で、一気に炭化したのだ。
 そして、もくもくと広がる煙と、吹き込む熱波の向こうで、男二人が、イッちゃった目で羽ばたく鳥のポーズを決めていた。

「ウニョラーァァァァアァアアァアアァ!」

 頭が寂しい男性教師は、なにやら籠を持っている。

「キロキロオオォオォォオオオオオオォ!」

 風を妄信する男性教師は、杖を振ろうとしている。

「トッピロケエエェエェエエェエェッ!!」

 寸分の狂いもなくセリフを全うした満ち足りた二人。

 元は教師だった物体を前に、乙女らしい悲鳴をあげることすらせずルイズは思いっきり使い魔を振り回して叩きつけ、相手が体勢を崩したその間をすり抜けて部屋から走り出た。
 あの、温和なミスタ・コルベールが、なぜ? どうして、こんなことにっ?!
 ミスタ・ギトーもそうだ、性格は悪いが、こんな奇声をあげながら、変則スキップで追いかけてくるような変態ではなかったはずだ。
 使い魔を引きずりながら、廊下を全力で駆け抜けつつ、ルイズは、自分が自室に立てこもった時よりも、事態がさらにひどくなっていることを知った。

 見知った者のほとんどが、「ウニョラー!」「キロキローッ!」と、叫びあいながら、走り回っている。例えば、ギーシュが「ウニョラー!」と言うと、モンモランシーが「キロキロー!」と叫びながら、互いに鼻に指を突っ込みあうという状態だ。あちらでは、シャーッ! と、腹を片手で掴んで揺らすという意味不明の威嚇をしたマリコルヌが、やっぱり変則スキップをしながら、パンをレオナールの耳にねじ込んでいる。

「何がおこったの? 何がおこったのよ……」

 ルイズが無事だったのは、単に教室の扉が開かれ何かがおこったその時、ニャポーンが鳴いたという偶然に助けられただけにすぎない。
 幾度目かの角を曲がった時、不意にルイズの服の袖を誰かが引っ張った。

「ひっ!」
「声を出さないで」

 見れば、ちょうどニャポーンが鳴いて、周りを無気力に落とし込んだルイズの教室の前だった。その教室の扉を少しだけあけて、タバサが唇に人差し指をあてていた。こちらへと促す言葉に従い、そっと室内に入ると、彼女が飛び出した時そのままに、全員がやる気をなくして、ぐんなりと床に倒れていた。キュルケもいる。
 もしも、ギーシュやモンモランシーと一緒に、さっさと教室を出ていたら、ヴァリエールのライバルも、今頃は、ウニョキロな変態になって颯爽と走り回っていたかと思うと、なんだか知らないがルイズは目頭が熱くなった。

「タバサ……よね、原因、知ってるの?」

 こくりと小さく頷く。この短時間で原因を突き止めることができたとは、シュヴァリエの称号を持っているという話は本当のようだ。今現在、恍惚とした顔で、もっふもっふとニャポーンの毛皮を触りまくっている姿からは想像がつかないが。
 言葉少ない彼女の説明を、脳内で補いつつ聞いて、ルイズは呆れた。
 ことのおこりは、風が最強と言い張るミスタ・ギトーがミスタ・コルベールに絡んだことらしい。いつもならば、どっちもどっちだとオールド・オスマンが、なんとなく丸く治めてしまうところなのだが、本日は不在。
 調子にのったミスタ・ギトーが、ミスタ・コルベールが火の有効活用研究同盟を結んでいた厨房の料理長マルトーを馬鹿にしたことで、沸点突破。もちろん爆発したのはミスタ・コルベールではなくマルトーの方だ。
 ブチ切れた料理長は、東方原産だというアオトウガラスィなる野菜が満載された籠を、ミスタ・ギトーにぶつけた。

「ちょっと、それって大変なんじゃない?! 平民が……」
「そう、大変。だからぶつかる直前にミスタ・コルベールが籠を受け止めた」
「それがどうして、こんなことにつながるの?」
「アオトウガラスィを、食べた。ミスタ・ギトーが」
「よくわからないんだけど?」
「辛かった。とても辛かった……の……ウニョッ!!」
「ひいぃいぃっ!」

 ルイズは、悲鳴をあげて逃げようとして、派手に尻餅をついた。
 今まで落ち着いて話をしていたはずのタバサが、アレな感じのアレになって、スベスベマンジュウガニの威嚇のポーズになりそうだったのだ。だが、タバサは最大限の意志力を働かせて、ゆっくり両手を下ろした。こめかみに汗が滲んでいる。

「ウニョ……ニョ……だ、大丈夫、私は耐性があるから」
「耐性っ?」
「ハシバミ草」
「ハシバミ草は苦いでしょ? あれは辛いんでしょ?」
「口の中の刺激物に」
「微妙だけど納得してみたわ!」
「でも、それだけ……ウニョラアアァアアアアアァアアッ!」
「うひいぃぃいいぃっ!」

 ルイズは、悲鳴をあげて両手を振り回したが、当然のことながら使い魔は目を開けて寝ていた。

「だ、大丈夫ウニョ」
「嘘だッ!」
「……私はまだ戦えるウニョ。私のために散った、オサール太郎のためにも、ここで負けるわけにはいか……ない」

 タバサに新しい設定がついた!

「とりあえず私がウニョラーと言い出したら、キロキローと答えてくれたら大丈夫。呼応の合図というか合いの手みたいなものだと観察していてわかったから」

 そんなもの観察したくないし、わかりたくもなかったが、ルイズにとってのマトモな味方は今はタバサだけしかいない。ああ、どうしよう、足元でいい感じでダラけている褐色乳女の顔を踏みたい。

「これを、ウニョキロの法則と名づけた」
「つけんなッ!」

 ああ、ブリミル様、ちいねえさま、私どんどん荒んでいっているような気がします。こんなの、乙女の、レディの言葉遣いじゃありません。これは私のせいですか? せいなんですか? 教えてくださいブリミル様、ちいねえさま。

「本当に大丈夫、まだトッピロケーまではいってないから」

 基準がわかりません。

「泣いていい? ねえ、私泣いていい?」

 まとめると、最初に出来心でアオトウガラスィを食べたミスタ・ギトーがウニョラーになった。それを止めようとしたミスタ・コルベールも、アオトウガラスィを食べさせられて、キロキローになってしまった。
 結果、ミスタ・キロキローがアオトウガラスィを投げつつ炎で相手を足止めし、ミスタ・ウニョラーが投げ上げられたアオトウガラスィを、風の魔法で人々の口につっこんでいくという、嬉しくもない見事なコンビネーションが炸裂することになったというわけである。

「これからどうするの?」
「あなたの使い魔が鳴けばすべて解決する」
「無理。寝てるわ」
「……」

 目を開けたまま気持ち悪く熟睡中。相変わらず、ここぞという時に役にたたない使い魔である。シエスタの秘儀ならどうかとも考えたが、アオトウガラスィ効果が切れるまでずっとその場で硬直しているというのも、無理があるだろう。
 シエスタ自身が、まず、敵コードネーム[二人はウニョキロ]にやられていないという保証もない。
 言うべき事は全て言ったとばかりに、再び無言でもっふもっふと使い魔をもふり始めたタバサを見て、ルイズはため息をつきながら膝を抱えた。

 すると、遠くからガランガランという鐘の音が聞こえてきた。
 涼やかな鈴の音ではない、バケツに石を放り込んだような、耳障りな音である。なのに、ルイズは急な眠気に襲われて、一瞬意識を飛ばしかけた。

「ベルー、ベルはいらないかい? ベルだよー! あら、あなたたちも無事だったんですか?」
「ミス・ロングビル?!」
「ええ」

 大小5つのベルを首と肩にぶら下げた学院秘書は、廊下に立ったまま、綺麗に微笑んだ。

「ベルはいりませんか? 宝物庫で見つけた、効果保証済み、眠りの鐘[小]。今なら貸出料1日10エキュー。先着4名様」
「金貨取るのっ?!」
「学院の物」
「変なマジックアイテムを発動させて地獄を見たり、上司にセクハラされたり、血反吐はきつつ涙にくれたりしながら頑張って宝物庫目録を作っている私への寄付金だと思われると気分が楽ですよ」

 やはり美しい微笑だ。だから、瞳の奥が妙にドス黒いのは、ルイズの気のせいなのだろう。

「払う。でも今はないから後払いで」
「しょうがないから、私も払ってもいいわよ。ここにはないから後払いになるけど」
「はい、どうぞ。使い方は、これを振りながら、眠れを繰り返してください。当然ですが、持ち主には眠り効果はありませんから。では、代金は後ほどということで、失礼いたします」

 ベルを売り売り歩くミス・ロングビルの後ろ姿を見送った後、ルイズはタバサと視線を交わし、頷きあった。これで当面の身の安全は保証されたわけだ。眠れ眠れねーむれーと言いながら、ベルを振るのは間抜けだが、背に腹はかえられない。
 ちょうどよくあそこにウニョラー化した生徒がいる、鐘をためすのも悪くないとルイズは思った。

「眠れねーむれーねーむれーねむれー!」
「眠れ眠れ眠………………あ」

 ガランガランガランガラ……

 途中で何かに気づいたらしい棒読みタバサの声と、やる気満々のルイズの声、そしてドラのようなベルの音が途切れるのは同時だった。二人同時に床にばたりと倒れ伏す。
 つまり、ルイズの眠りの鐘[小]がタバサを眠らせ、タバサの眠りの鐘[小]がルイズを眠らせたのだ。確かに鐘は、その持ち主には効果を及ぼさない、その、持ち主、には。タバサは気づいたらしいのだが、もう遅かった。
 薄れゆく意識の中で最後にルイズが見たものは、鼻風船を出す熟睡使い魔の姿だった。

つづく



多分どうでもいいおまけ。

 ガリア王宮のプチ・トロワである。

 厳重に人払いをされた王女の居室に、一人の王族がいた。今現在のガリア王、ジョゼフの一人娘イザベラである。無能王の娘と、何かしかにかけて謗られる王女は、眉間に深いしわを寄せて、それを見つめていた。
 それ、とは一つの鉢植えである。つい先日、いつもの魔法の礼に珍しい花を取り寄せた、と、ドヤ顔で父王が置いていったのだ。
 珍しい人面花は、とにかく濃い顔(人面)の周りに、花びらがびっしり取りまいているかのような外見を持つ、お世辞にも美しいとは言い難い花である。そもそもコレを花と言っていいのだろうか。そうであるなら、世の他の花が気の毒すぎだ。
 というよりも、あのクソオヤジのことだ、絶対にこの奇怪な花には裏があると、王女は思った。

 現に、手に入れたその瞬間、花はイザベラの杖を奪い取ったのだ!

 だが、すぐに返した。しかもツルでリボンがしてあった。

 この間は、何かを話しかけようとしてきた……

 だが、昼過ぎから夕暮れまで待っても何も話さなかった。昼食を食べ損ねた。

 先日は飛んでいる虫に、ツルを伸ばしていた。まさか食虫植物?!

 と、思ったら、ツルを伸ばしただけだった。じっと待っていたら、虫にかまれた。

 あんまり腹が立ったので、むしりとったら、手の平が痛くなった。

 まさか毒草? ええい、わたしだって水メイジなんだよっ! と、治そうとしたら、すぐ治った。振り上げたまま行き場をなくした杖で、そのまま花をぶん殴ろうとしたら、鼻(推定)で笑われた。

 どうにでもなれ! という気分で、踏みつけて、火をつけた。

 翌朝には何事もなかったように、復活していた。気味悪がって、誰ももう水遣りどころか近寄ることすらしなくなった。自分も同じ目で見られている。色々と納得がいかない。

 アカデミーに匿名で寄贈した。

 すぐに返品された。

 これはもう単に、ク ソ オ ヤ ジ の、新しい嫌がらせではないだろうか。

 相変わらず青髪の乙女にとって、現実はとてつもなく非情であった。



[22826] ただしまほうはしりからでる7
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2011/01/15 14:32

 ルイズは、新品になった自室のドアを開けて廊下に一歩出たところで、そのまま固まった。

 爽やかな朝の光の中、見慣れた学院の廊下に、見慣れたモンモランシーと見慣れたギーシュのワルキューレが存在していた。
 そして、見慣れないミスタ・コルベールが、ルイズのはるか頭上からこの上もなく優しい微笑みを、投げかけていた。暖かく、慈愛に満ち溢れ、何もしてないのに「ごめんなさいっ!」と、叫びつつすがりつきたくなるような、笑みだ。

「おはよう、ミス・ヴァリエール」
「おおお、おは、おはようございます。ミスタ・コルベー……ル?」

 思わず語尾が上がってしまった彼女を誰も責めることはできないだろう。
 学院内でも、出来た先生と評判の高い、でもちょっぴり変人なコルベール教師は、ルイズのはるか上、廊下の天井にこぶし三つ分ほど余裕を残しつつ、ぷかぷかと浮いていた。
 いや、普通に浮いているだけなら、何か理由があってレビテーションをかけているのだと思えただろう、だが、ミスタ・コルベールは、いつもとかなり違っていた。

 何がって、その頭が。

 額部分鋭意拡大中のそれはいつものことなので、それでいいとして、その他の部分が、爆発していた。
 もしもここにニホンの平民少年がいれば、それはアフロだ! と、言い切ったことだろう。しかし、もちろんいないので、なんか知らないが、ミスタ・コルベールの頭髪が爆発している、としかルイズは表現しようがなかった。

 しかも、腰部分に綱が巻いてあって、その先をギーシュのワルキューレが握っている。言い方は悪いが、どこをどう見ても、犬の散歩です怪しすぎます変態すぎますありがとうございます。[このモンモランシーがヒドい]ぶっちぎり年間一位です。

「これは夢ね、おやすみなさい」

 ためらいもなくきびすを返し、自室に戻ろうとしたルイズだが、腕をモンモランシー掴まれてしまった。
「いやっ! 私を一人にしないでっ!! 一緒に教室へ行きましょう! 一緒に! 一緒に!」
「嫌よッ!」
「そう言わずにっ! お願いっ!!」
「変態は一人で十分よっ!」
「変態言わないでっ!」

 モンモランシーもルイズも必死だ、腕の引っ張り合いを続けていると、隣の部屋からキュルケが出てきた。
 すべての動きが停止する。ルイズの腕をがっちり掴んだまま、モンモランシーはぎこちなく笑った。
「あ、あのね、キュルケ、これは……」
 聞いているのか、聞いていないのか、ゲルマニアの留学生は、とてつもなく穏やかな表情を浮かべている教師を見て、ワルキューレを見て、モンモランシーを見た。その瞳には、ルイズが浮かべることができなかった、理解と、ある種の好奇心が浮かんでいる。

「大丈夫。わかってるわ、、モンモランシー」
「そ、そう?! わかってくれる? わかってくれるの?!」

 褐色の肌の乙女は、ゆっくりと頷いた。香水の異名を持つ少女の顔が輝く。

「で、何のプレイ?」
「……」

「わかってねえだろっ!!」

 倒れるように廊下につっぷして泣き出すモンモランシーの代わりに、ルイズは力いっぱい裏拳で突っ込んでいた。ああ、ブリミル様ちいねえさま、わたしは淑女です、乙女です。ヴァリエールの娘です。
 だから、これはきっと私を貶めるためのツェルプストーの罠なんです。胸の無駄な弾力に阻まれてダメージ足りてない、うぜぇ、今度は別の所狙おう、とか思っているのは、わたしじゃないんです。

「泣いてはいけませんよ、ミス・モンモランシ。これは、罪、そして罰なのです。ああ、ダングルテールの罪がこんな形で……」
 どこまでも優しいミスタ・コルベールであるが、目がかなりイッちゃってる。
 教師の言う、ダングルテールが何かはルイズにはわからないが、髪を爆発させて、ぷかぷか浮きながら、乙女に先導されたゴーレムにペットよろしく引っ張られることが罰だなんて、どんなに恐ろしい罪だったのだろう。きっと考えるだにとんでもない罪に決まっている。

 そうこうしている間に、逃げそこなったルイズは、モンモランシーから聞きたくも無いことの顛末をキュルケと一緒に聞くはめになってしまった。
「発毛剤を作る研究をしていたのよ」
 てかてかと頭部を部分的に光らせたミスタ・コルベールが頷いている。
 モンモランシーがたまたま提出したレポートを見て、コルベール教師が興味を持ったのが初めだという。頭皮には、毛の生える元があり、それを水の魔法で活性化すれば、再び頭髪が生えるのではないかという、香水よりもある意味成功したら売れに売れそうな商品の発想である。
 モンモランシ印の発毛育毛養毛剤で、頭部から世界征服! と、モンモランシーが思ったかどうかはさだかではないが、彼女は俄然やる気いっぱいの教師と供に、実用化に励んだ。
 寝る間もおしんで頑張った。
 それでも失敗続きで、最後に頼ったのが、実家にあった残り少ない水の精霊の涙を使うことだった。

 結果が、これ。

 確かに見ようによっては増えている。間違いなく体積も容積も飛躍的に増大している水魔法万歳。
 だが、元からなかったところはそのままで、逆に悪目立ちしていた。しかも、レビテーションもフライもかけてないのに、ふわふわと浮いているのだ。
 どんどんと遠いお空に去っていくミスタ・コルベールを、レビテーションをかけてあわてて追いかけて、手をつかんだのはいいのだが、そこは体重差で、重石になることもできず、自身もふわふわと浮かんでいく。
「ギーシュがいなかったら、危ないところだったわ」
「つまり、この、ワルキューレは重石ってわけね」
「そのギーシュはどうしてるのよ」
「オールド・オスマンに相談しにいってもらってるわ」
 モンモランシーは、長い長いため息をついた。それはそうだろう、貴重な材料を無駄にしたあげく、停学させられても文句のいえないアレな仕打ちを教師にしてしまったのだから。しかも、こんな変態プレイと同然の公開処刑つきで、これで人生イヤにならなければおかしいというものである。
 ああ、モンモランシー、今なら私、あなたを友人と思えるような気がす……

「あのギーシュが、何があっても君を守ってみせるって……」

「……」

 あんた達、いつの間にヨリ戻してんのよ。

 前言撤回、背中の猫袋から使い魔を取り出したルイズは、無言でニャポーンの尻を、モンモランシーの顔に押し付けた。
「何? フザけたことを言っている口はこの口なの?! この口なのっ?!」
「いやあぁあぁぁ、お尻やめてぇぇぇ!」
 セリフだけだとひどくアレな感じだが、乙女二人は気づいていない。
「気持ちはわかるけど、まあ、落ち着きなさいよヴァリエール、で、どうするの? これは治るの?」
「もう一度水の精霊の涙で薬を作ったら、もしかしたら……」
「いいのですよ、ミス・モンモランシ。私のためにそんな高価な薬をこれ以上使わせるわけにはいきません」
 モンモランシーの良心を、ざくざく切り裂くような悟りきった表情で、ミスタ・コルベールは言った。
「コルベール先生……」
 涙でぐしゃぐしゃな顔で、モンモランシーはミスタ・コルベールを見上げた。本来なら教師と生徒の心の交流という感動の場面のはずなのだが、いかんせん猫尻を顔に押し付けられた生徒と、空中浮遊するアフロ教師である、お笑いにしかなってない。我慢できなかったキュルケが、壁に両手をあてて肩を震わせていた。

「ちょっと待ってもらおうかッ!」

 声を聞いて振り返ったルイズは、本日二度目の思考停止に陥った。
 頭髪を爆発させたミスタ・ギトーが、天井に両手をついて、体勢を保っている。
 数多くの高名なメイジを輩出した伝統と格式あるこの魔法学院に、いったい何が起ころうとしているのだろうか。スクウェアレベルの風の才能を誇る教師は、器用にフライをかけながら、ルイズ達の眼前までやってきた。最後に着天井に失敗して、頭を強打していたようだが、見なかったことにする。
 ついこの間まで、色々な理由で非常に仲の悪かった二人ではあるが、アオトウガラスィ事件以来、変なところでかみ合ったらしく、食堂で一緒に食事をとったり、コルベールの怪しげな実験室で二人で実験していたりしていた、のだが。

「一人は二人のためにっ! 二人は一人のためにっ!」

 意味がわかりません。

「共に、ちょい悪へびくんを完成させようと誓った仲ではないかっ!」
「……ミスタ・ギトー……」
「一緒に水の精霊の涙とやらを取りにいくぞ」

 見つめあう瞳と瞳。
 繋がりあう心と心(多分)。
 ほほえみと、頷き。

[あの強敵がなんと仲間に!]
[前回のファンなら思わずニヤリ!]

 そう、ふたりはアフロ Splash Starの誕生だった。

「いえ、その、ミスタ・コルベール、ミスタ・ギトー? 実はわたしの家は水の精霊とちょっと、その、疎遠になってまして、えーと、聞いてらっしゃいますか? というかミスタ・ギトーあの薬使っちゃったんですかー? 確かアレは私の部屋にロックをかけて……学院でアンロック使うの禁止で、いやそれよりもレディの部屋に無断で入るのはどうかと思うんですかどうかとか、そんなことを思わないでもなかったりするんですけど?」

 間違いなく聞いてない。
 周りをドン引きさせつつ二人は、肩を抱きあって自作自演「負けないちょい悪へびくん闘魂のテーマ」を歌っていた。柱の影から、マルトーが、目頭を押さえつつ見つめているのを、二人だけが知らずに。


 数日後、ルイズとキュルケは食堂で、タバサから、モンモランシーの実家であった事の顛末らしきものを聞いていた。
 何故ガリアの留学生がそんな所にいたのかという部分はつっこまないで欲しいと、最初に言われたので聞いてはいない。
 本当は、ふたりはアフロとギーシュ、モンモランシーがどうなってしまったのかも言いたくない様子だったが、ニャポーンもふもふ権で釣って話させた。
 時系列にそった、ほとんど主語述語のみの短文会話から推測したところ、なんとか水の精霊の涙を手に入れることは出来たらしい。それと交換条件で、アンドバリの指輪というアイテムを見つけ出して持って来いという話になり、色々あって二人は夜空の彼方に飛んでいった。

「ちょっと待って、その色々あってという部分が一番大事なところじゃないの?!」
「飛んでいった……って、二人ともナニゴトもなかったみたいに、普通に授業してるんだけどっ?!」

「わたしは生き残らなくちゃならないの……見ていて、ライオン師匠」

 タバサはシメに入っている!

 もはや突っ込む気力もなくしたルイズは、喜々としながら五体投地で登場するシエスタを見てただひたすらげんなりした。

つづく


多分どうでもいいおまけ。

 ロマリア教国である。
 本日は、教皇聖エイジス32世自らが祭事を行うということで、限界な警備体制が大神殿にひかれていた。
 もちろん、大聖堂には聖職者が隙間なく佇み、針の落ちる音すら聞こえそうなほどの静けさの中で、最高位の神の代理人の言葉を待っている。
 虚無の使い魔ヴィンダールヴたるジュリオもその一人で、司祭達に紛れるように聖なる主のお出ましを待っていた。
 赤い毛氈がしかれた上を、確かな足取りで進んでくる若き教皇。
 壇上に、立つ。



「おならぷぅ」


 ジュリオは吹いた。

「おお、始祖ブリミルは、おならぷぅをもたらされたぞ!」
「いったいどういう意味なのだ、ありがたやありがたや!」
「素晴らしきかな、おならぷぅ! ブリミルの威光は永遠なり!」
「おならぷぅ、素晴らしい、おお、な、涙が溢れてくる!」



「さらにぷぅ」


 ジュリオは倒れた。

「おならぷぅだけではなく、さらにぷぅとは!」
「奇跡だ!」
「私はこの日を忘れない!」

 イイ感じに今日もロマリアは迷走していた。



[22826] ただしまほうはしりからでる8
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2011/02/10 21:30
「さんじゅっ……かい、と……」
 いつもの様にいつものごとく、眠る前の腰の鍛錬をこなしたルイズは、やっぱりいつものようにいつものごとく、がっくりと膝をついた。そのまま背中を丸める。
「ああ、ブリミル様ちいねえさま、私の大切な何かがどんどん減っていきます。どんどん、どんどん……」
 じんわりと滲んだ涙を手の甲で拭いながら、令嬢は呟いた。
 する度にこんな悲しい思いをするのならば、腰の鍛錬などやめてしまえばよいのだが、それができない彼女は根っからの生真面目少女であった。
 今日は特に、ルイズにとっては辛い日だった。王宮からアンリエッタ王女殿下が、魔法学院へ視察にいらっしゃったのだ。それだけならばいい、大貴族の令嬢として、学院生徒として礼儀正しくお迎えすればいいだけだ。
 しかし、こともあろうに幼馴染でもある姫殿下は、進級された方々の召還された使い魔が見たいですわ~などと、クソふざけたことをお言いになりくさりやがって……

 ルイズの両手が我知らず拳になり、ぶるぶると震えた。

「さ、もう寝ましょ」

 忘れるのだ、きっとそれがいいことなのだ。
 使い魔のニャポーンを敷き藁の上に放り投げて、就寝前は防災上の理由で解除するように言われている「サイレント」を、お尻の一振りで消す。瞬間、室内の静寂は、とんでもない騒音に変わった。がごんがごんと耳障りに響くあの音は何だろう。

「ルイズ~ルイズ~、開けて~、開けてくださいましー! あなたのお友達のアンよ~?! 忘れてしまったのですかー? 昔、あなたと一緒にとっくみあいの大げんかをして、罰として「ごめんなさい もうしません」を千回書くという約束だったのにあなたに全部押し付けて逃げたお友達のアンよ~?! 本当はわたくしが落として壊した準家宝の花瓶をあなたが壊したことにしてばっくれたお友達のアンよ~?! ガリア産のおいしい果実をわたしが独り占めしたのに、全部あなたが食べたって言い張ったお友達のアンよ~?!」
「ヴァリエール! 私が言うのも何だけど、開けちゃだめよっ!」
「それ、お友達違う」
「レディにこんなことを言うのは薔薇のポリシーが……だが、あえて言うッ! ルイズ、逃げるんだ! 世界の果てまでっ!!」
「どうして、みなさまは、わたくしがお友達に会うのを止めようとなさるんですか~?」

 何か超硬い物で、新品の扉をぶっ叩く音と、複数の人間の声がした。聞きたくない。
 だが、このままにしておくわけにもいかず、長いため息をついてから、ルイズはまたもお尻の一振りで扉のロックを解除した。

 どうやら手に持った大鍋で、ルイズの部屋の扉をぶん殴っていたらしい自称お友達のフードを目深にかぶった女性が、一番最初に室内に飛び込んでくる。次に、他人事なのにやけに悲壮な顔をしたツェルプストーが続き、さらに無表情なタバサ、頭を抱えたギーシュが転がるように中に入ってくる。
 扉を閉めるために近づいた時、ちらりと見た廊下は、興味津々の顔がいくつもあった。泣きたい。
 ギーシュの発言から察するに、彼女がサイレントをかけて必死に尻鍛錬をしている間に、あんなことやらこんなことやら大声で言われ続けていたのだろう。

 現実は無情である。

 椅子が足りないので、のろのろとベッドの上を手で促しながら、ルイズは思った。思えば、アンリエッタ王女殿下は昔からこうだった。いい意味でも悪い意味でも己の欲望に正直……というか、素直というか。子供のような誰にもばればれの嘘をつき、すぐさま看破されてごめんなさいをすることを、未だに繰り返しているような人である。
 なにせ、純真で正直なので、誰しもが思っていてもあえて言わないようなこと……「ルイズの使い魔は、とっても気持ちの悪い、触るのも嫌な、猫とも思えない猫ですね、不気味ッ!」を、笑顔で言う。
 自分で思っていても、他人に言われると、さすがに傷つくルイズである。

「久しぶりですね、ルイズ! 相変わらず胸がないのですね!」

 超笑顔で言う。裏表のない、まっさらなイイ顔だった。


 どうやら、廊下の外で、自称お友達のアンがこの国の王女アンリエッタであるということは、バレてしまった(当たり前だが)らしく、色々と夢破れたギーシュが臣下の礼をとりながら恭しくこの部屋に二つだけ存在する椅子の一つをすすめていた。ゲルマニアとガリアということで、タバサとキュルケは出て行くものと思っていたルイズだが、当たり前のように二人はベッドの端に腰掛けている。
 タバサなどは、すでにニャポーンを掴んで、もふもふしていた。不幸のどん底にいるルイズとしては、それだけで幸せに至れる彼女の心の在りようが羨ましい。

「お願いがあるのです、ルイズ」
「嫌です」
「頑張って! ヴァリエール!」

 どうやらキュルケは、応援するために残ったらしい。いったい自分が聞いていない間に何を言われていたのか、聞きたいような聞きたくないような気分になるルイズである。
 しかし、まったく人の話を聞いてない王女様は、周りの意思をさくりと無視して、言いたいことを言い切った。

「わたくしをアルビオンに連れて行ってくださいませ」
「え?!」

 アルビオンといったら、アルビオンである。始祖につらなる4つの国の一つである。空飛ぶ大陸の風の国である。もちろんトリステイン王家とは縁続き。しかし、今、レコン・キスタだか何だかで、内乱状態だと学生であるルイズですら知っていた。
 危険。どこをどう考えても超危険。
 そんな国に一国の跡継ぎ王女を連れて行く→当たり前のように問題おきる→自分ひとりが罪をかぶるならともかく、ヴァリエール家も大変なことに→ち、ちいねえさまがっ! そもそもここには、トリステイン人だけではなくて、ゲルマニアとガリアもいるんですけど気にして……ませんよね、姫様。

「ど、どどどど、どうしてアルビオンに?」
「当然、ウェールズ様にお会いしに行くのですよ?」

 どこがどう当然なのかわかりません、姫様。

「ど、どどどど、どうしてウェールズ様に?」
「えっ」

 ぽっと姫殿下は頬をそめた。そのまま両手をあてて、もじもじと身をよじる。その間、あまりといえばあまりな国家機密レベルの話の連続に、グラモン家の男は立ったまま彫像になっていた。涙の筋が見えるのは大人の階段を一つ上った証ということだろう、探せば彼の夢見ていた「姫殿下の像」が粉々になってその辺に落ちているはずだ。

「今、ウェールズ様はとても大変でしょう? こんなわたくしでも、何かお力になれるはずだと思いますの」
「お力にって、あの、その」
「大丈夫です、城にはちゃんと置手紙を残しておきましたわ! [ルイズと幸せになります。探さないでください。]って」

「どアホウゥウウゥゥウウ!!」

 ルイズ・フランソワーズは、乙女であり淑女であり大貴族の令嬢であり、敬虔なブリミル教徒であり、トリステイン王家に忠誠を誓う者である。それでも泣きながら全力で突っ込むことにためらいは存在しなかった。あらゆる意味で言葉が足りてない置手紙を、王宮の人や家族がどんな思いで読むのか、想像するだけで恐ろしすぎる。

「王位のことを心配してくれているのですか、ルイズ。ならば、大丈夫です。[もしわたくしが帰ってこなければ、トリステイン王位はヴァリエール公爵様お願いいたしますねっ]とも書いておきましたから!」

 自信まんまんの姫様のドヤ顔である。

「……ニャポーン……わたし疲れたわ……眠いわ……」
「ヴァリエールっ! いえ、今こそ言わせてもらうわ、ルイズッ! 目を開けてっ! 寝てはだめ! 寝ると死んでしまうわよっ! 社会的にっ!! 特に社会的にっ!!」
「もちろん報酬もありますよ。王宮の宝物庫から持って参りましたこのお鍋です。これで煮込めば何でも美味しくなる魔法のお鍋だそうですわ」

 マジックアイテムだからなのか、かなりの力で魔法学院の扉を殴打していたはずなのに、傷一つついていない鍋を掲げてご満悦である。
 大貴族の令嬢への御礼の品にしては、あんまりなブツであるが、王女殿下はまるっきり気にしてない。周りの雰囲気などおかまいなしに、自分語りに突入している、どうやら皇太子とのなれそめがしゃべりたいらしい。

「ウェールズ皇子は、私に初めてあだ名をつけてくださった方なのです」
「二つ名ではなく?」
「ええ「ラグドリアンおろし」って、きゃ、恥ずかしい。言わせないでくださいまし」

 どこがどう恥ずかしい所なのかわかりません、姫様。

「あ、一応危険だとは思いましたので、魔法衛士隊からも一人連れて来たのですよ?」

 この場に居た誰もが、焼け石に水ってこのことだなぁ! と、詠嘆口調で思ったが黙っていた。反論する気力すらもったいない。

「ルイズもよく知っている方です」

 魔法衛士隊に誰か知り合いがいたかしら? と、ルイズが心の中で頭をひねった時、扉を開けて、ヒゲ男が入ってきた。

「やあ、久しぶりだね、僕のルイズ! レコン・キスタ」
「……」
「……」
「……」
「……」

 四人の沈黙をものともせず、ばさりと無駄にマントをひるがえすヒゲ男。とても格好いい角度だ。爽やかな笑顔に、白い歯がキラーンと光る。

「どうしたんだい、そんな変な顔をして?! 嬉しくないのかいルイズ! 君の婚約者、魔法衛士隊グリフォン隊隊長、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだよ。レコン・キスタ」

 今度は魔法衛士隊の夢も破れたらしく、グラモン家の男は部屋の隅で膝を抱えて丸くなった。愛と正義について部屋の壁と熱く激しく語らいあっているらしい、止めるのは無粋だろう。

「……ワルド様……」
「なんだい?! 僕のルイズ。レコン・キスタ」
「……」
「彼は魔法衛士隊隊長です、きっとわたしたちの力になってくれるはずです」
「よろしくたのむよ。レコン・キスタ」
「……あの、姫様、今アルビオンで王家と戦っているのって……」
「レコン・キスタです」

 再び沈黙が落ちた。

 ルイズは救いを求めてキュルケを見た、すぐさま目をそらされた。タバサを見た、無表情にもふもふっていた。ギーシュは元から役にたたない。当たり前のことを当たり前に言うことが、どうしてこんなにも困難なのだろう。しかし、誰かが指摘せねばならない、この単純かつ当たり前の事実というものを。
 そして指摘する人間は、この場所では彼女しかいないのだ。
 せめても格好よく見えるように、ルイズはビシィっと、ヒゲ男を指差した。

「ワルド様はレコン・キスタに通じてるわねっ!」

「ど、どうしてわかったんだ! レコン・キスタ」

「わからいでかっ!」

 乙女にあるまじき言葉遣いになってしまったヴァリエールの令嬢のセリフだったが、他の三人は深く深く頷いていた。一方、心の底から驚いていたのは言われた本人と、アンリエッタ王女である。その事実がルイズの脱力をひどくしたのだが。
 ねえ、どうしてトリステイン王宮はこんなヤツらを野放しにしているの? 何か理由があるの? というか、何か理由がないと、わたしの忠誠心とか忠誠心とか愛国心とかそういったものが根こそぎ無くなりそうな気がするんだけど。
 しかし、衝撃を受けたワルドが、僕は枢機卿に泳がされていたのかとかなんとか言っているようなのでまだ未来はあるのではないかと、勝手に思う。そものそも、ここまであからさまにバカだと、逆に狙ってやっているように見えなくもない、ような気がしないでもない。

「では、マンティコア隊のド・ゼッサールを連れて行くことにいたしましょう!」
「姫様……なんか色々とずれてます。色々と……他にも大切なことはたくさんあるでしょう。どうしてレコン・キスタと繋がっていたのかとか、早く捕らえなさいとか、何が目的だったのですかとか、いつから敵と通じていたのかとか」
「あ、それもそうですね。ルイズは、かしこいのですね!」

 一見ばかにされているようだが、相手は本気だ。付き合いの長いルイズには、それがわかる。

「ねえ、ルイズ……ゲルマニアに来るなら歓迎するわよ? 少なくともウチの皇帝はマシよ? 多分マシよ? 晴れ時々マシくらいのマシだけど……」
「ガリア……別方向で似たりよったり。個人的にはオススメしない」
「やめてっ! 心が揺れちゃうじゃないっ! もうやめてっ!! これ以上わたしの心をかき乱さないでっ!」

 完全に当初の予定や就寝時刻を遠く離れて、ルイズの室内はぐだぐだのめちゃくちゃだった。本来ならば、教師が点呼を取りにくるべき時間帯を過ぎているのだが、誰もが興味深そうにしてはいても、来ることはないようだ。今更気づいたが、誰もサイレントをかけていない、国家の大事なあれこれは、完全にだだ漏れ状態だ。どこをどう考えてもトリステイン終わっている。
 この状況をどうすればいいのか。いい加減頭の働くなくなってきた部屋の主が、もう全員追い出して一人静かに寝るという選択肢を取ろうとした、時

「話はすべて聞かせてもらいました」

 新たな登場人物が現れた。

「お母様!」

 アンリエッタの一言が、この場に居た全員の行動を止めた。魔法学院の私室の扉を開けて静々と入ってきたのは、誰あろう、漆黒の喪のドレスを上品に身に着けた前王妃殿下、現マリアンヌ皇太后陛下その人だったのである。侍女兼護衛の乙女を二人引き連れた母の突然の登場に、呆然としていたアンリエッタだが、すぐに席をたって椅子を勧める。
 その行動のおかで、呪縛が解かれたように固まっていたルイズ達も次々に立ち上がって臣下の、また、他国の王族への礼をとった。

「皆のもの、大儀です。さて……まずは、アニエス、ミシェル」
「はっ!」
「成敗ッ!」
「ははっ!」

 マリアンヌ皇太后の一声を受けて、傍近く侍っていた妙齢の女性二人が、だだだっとワルドに近づき、問答無用でしばりあげ、額にべちーんと羊皮紙を貼り付けた。視界をあからさまに妨げるそれには、でかでかと「僕ロリコン」と書かれている。

「向こう一ヶ月、剥がすことは許しません」
「……父上から聞いたことがある……トリステイン王宮には誰も知らない知ってはいけない影の王宮があると……しかし、なんて恐ろしい罰なんだ……」

 とってつけたようなギーシュの言葉はともかくとして、あまりといえばあまりな出来事に、誰も何も言えない。ルイズとしても、別の意味でトリステイン王家は大丈夫なのか、そうでないのか、よくわからなくなってきた。なにせ、ご丁寧にワルドは、生々しいほど本格的な塗装つき幼女の木彫り人形を見せながら持ち歩くことも強要されている。さすがに元とはいえ、婚約者、爪の先ほどには可哀想に思わないこともない。幼い頃は魔法が使えないことを慰められて、逃げ出して隠れているところを庇ってもらった記憶だってある。

「これを拝領できるのですか? (ワルドは額の紙の文字を読んでない)名前はルイズでもいいですか? それとスカートはめくってみても……」

 こ の 変 態 が っ。

 乙女の純情を踏みにじられたルイズは、イイ笑顔でニャポーンの尻を元婚約者の顔にぐりぐりと押し付けた。まあどうしましょう、今日のニャポーンは本当に生きがよくて、わたしの力では止められないわ、である。

「まあ、ニャポーンはそんなにワルド様が好きなのーそうなのーうふふふ」
「うわあああああ、尻はやめてくれ僕のルイズッ!」

 やはりセリフだけだとひどくアレな感じだが、当事者二人は気づいていない。

「堅苦しい挨拶は抜きにいたしましょう。話はすべて聞いていたと言いました。このアンリエッタはトリステイン王家の第一位王位継承権者、アルビオンに行くことなど許しません」
「そんな、お母様……」
「しかし、わたくしもまた娘の幸せを願う一人の母親。そう、わたくしならば、後はもう前王陛下を思い、ただ老いさらばえていくだけ、跡継ぎをなすこともありません」

 ルイズは聞きたくなくて、耳を塞ごうとした。

「わたくしがアルビオンに参りましょう!」

 無理だった。

つづく


多分どうでもいいおまけ。

 魔法学院に勤めて、破壊の杖を盗み損なって以来、盗賊のフーケはケチがつきまくっていた。宝物庫の目録を作るということで、手当ての額は非常に増えたのだが、精神的ダメージが大きすぎる仕事でもあったのだ。最初こそ、宝物の一つや二つをちょろまかして横流ししてもいいじゃないとか思っていたのは、今は遠い昔である。
 全ての物が微妙すぎて、好事家でもなければ普通に値段がつきそうにない。しかも、アイテム全てが特殊すぎて、足もつきやすそうである。
 結果、危険をおかしてまでそれらを売り飛ばす気には、さすがになれなかった。あとは、精神がどれほど持つか……
 盗賊ギルドに月イチの顔出しをしながら、心の中でフーケは深く深くため息をついた。

「あ、ルンルンさん、お久しぶりです!」
「もう一ヶ月になりますか、ルンルンさん!」
「あたしをルンルンって、言うんじゃないよっ!」
「でも、ギルドの登録名はルンルンですから、ルンルンさんですよ!」
「正式にはピンクのロッポンギルンルンですけどね! ルンルンさん!」

 土くれのフーケ、ギルドでの正式名はピンクのロッポンギルンルンである。
 あの日のことをフーケは忘れない、初めて仕事のために登録した時、ギルドマスターは、箱から紙を三枚引かせた。一枚が「ルンルン」、もう一枚が「ピンク」、最後が「ロッポンギ」だったのだ。あまりな名前に自ら土くれのフーケと名乗ってはいるが、ここではやはりピンクのロッポンギルンルンのままである。
 おかげで、フーケは一匹狼だとかギルドに所属してないとか言われて、官憲の目を逃れたこともあるので、悪いことばかりではない、のだが。

「ああ、こちらもお久しぶりですね、死の茄子色カブトムシさん!」
「クールなどどめ色のジュピターさんですよね! こちらです! 新しい情報入ってますよ」

 こうなったら自分がここのマスターになって、このシステムを破壊しようそうしよう。土くれのフーケ、新たな野望の始まりだった。



[22826] ただしまほうはしりからでる9
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2011/03/01 23:29
 市場に売られていく子牛ってきっとこんな気持ちなのね……
 ルイズは、ぼんやりと思った。

 アルビオン行きの船が出るラ・ロシェールの港町へ行くために、王家がこっそりと用意した馬車の中、中を見ているのが嫌なので、とりあえず窓から空を見る。
 今日も無駄にいい天気だ。
 もっと上空にはタバサを乗せた風竜が飛んでいるのだろう。まったくもって羨ましい。
 羨ましいといえばギーシュだ。ちゃっかりと馬車の御者役になって、中のことは見ないふり聞こえないふりをしている。
 二股男のくせに、うまく逃げやがって……ルイズは、しっかりと心の中の復讐するリストに彼の名前を刻み込んだ。乙女らしくない言葉遣いは後で反省した。

「どうしたのですか? ルイズ。元気がないのですね、でも、どんなに悩んでも胸は大きくならないと思いますよ!」

 隣に座っていた女性の爽やかなセリフに、思わずぐっと拳を握ってしまった彼女を誰も責めることはできないだろう。
 しかし、ルイズはそのままゆっくり手をおろし、静かに開いた。実はここに居るのはアンリエッタ王女殿下その人ではない。なんでも、血を与えるとその人そっくりになるスキルニルというマジックアイテムらしい。
 外見はもちろんとして、腐った記憶や容赦ない言葉遣い、持っていやがりくさる魔法すら再現できるという優れものである。

 王女の置手紙を見つけてしまったマザリーニ枢機卿が、泣きながら(ルイズ推察)ド・ゼッサールに持たせたて、信書と共に魔法学院まで送りつけたものだ。
 使者であるマンティコア隊隊長を下がらせて、枢機卿の嘆願書を読みつつしばらく文句を言っていた親子だったが、結局は折れた。

 まあびっくり、アルビオン王軍に、トリステインの王女殿下のそっくりさんが! で、押し切るつもりなのか、あれは賊が勝手に作り上げたマジックアイテム! トリステイン関係ないよ! で、しらばっくれるつもりなのかはわからない。
 ただ、間違いなく本人が行くよりもマシである。確かにマシである。キュルケいわく、曇りところによりマシくらいにはマシである。
 そのスキルニルをアルビオンに追い払……もとい、送りつけ……もとい、お連れする役目を与えられたのが自分でさえなければ。

「どうしたんだい? ルイズ。顔色が悪いよ。トリステイン」

 問題その2の、能天気な発言に、ルイズは今度は頭を抱えた。
 元婚約者、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドは、額に貼り付けられた「僕ロリコン」の紙をひらひらとなびかせながら、斜め前の座席で、きらーんと歯を光らせて微笑んでいる。もちろん、手にはリアル木彫り美少女人形「シモネッタ」ちゃんが握られていた。

 こっちはこっちで、トリステインを裏切り、レコン・キスタについた理由をマリアンヌ皇太后陛下おん自らが聞きだして、こんなことになってしまった。
 なんでも、故前子爵夫人が研究していたあーだこーだが色々原因で、風石で大陸が隆起して大変大変、それを防ぐ手段はエルフのいる聖地にあるよ! レコン・キスタが聖地を目指すっていうから、そっちについちゃえー! らしい。
 らしい、というのは、あくまでも前子爵夫人の個人的見解、推察であって、所属していたアカデミーの誰もが信じていないからだ。
 ルイズだって、いきなりこんなトンデモ理論をかまされても、はぁー? としか言いようがない。もちろん、無表情でもふもふるタバサはよくわからないが、キュルケもギーシュも同じだったようで、はぁー? の顔をしている。

 だが、姫殿下と皇后陛下は違ったようで、片方は「それは大変ですね! すぐにウェールズ様に知らせないと!」などと言い出し、もう片方は重々しく頷き、「アカデミーで再度徹底的に調べさせます。もしそれが真実ならば、我々も聖地を目指しましょう!」と、言い切った。

 なんか、色々と大切な部分が、すっごい勢いで普通に流された感じがしたのは、ルイズの気のせいだったのだろう。

 そして、温情ある皇太后陛下のお言葉に感動した魔法衛士隊隊長が、再度寝返るのは早かった。

「僕はもう味方だトリステイン!!」

「うっわ、絶対納得したくないのに、納得してしまった自分が嫌ぁああぁぁぁぁぁっ!!」

「僕はトリステイン王家の真の姿を見て、心を入れ替えたッ! 一緒に王女殿下スキルニルを護衛してアルビオンに行こう僕のルイズ。トリステイン!」

「嫌ああぁあぁぁあぁぁ、もうやめてっ! 許してぇぇええぇ!」

「どうしたんだい、僕のルイズ。トリステイン!」

 思わず、耳をふさいだまま、床の上をごろごろするという乙女にあるまじき行為をするルイズに、キュルケとギーシュの可愛そうなものを見る目が集中砲火で突き刺さった。

 そんなこんなが昨晩遅くの出来事で、結局ルイズとスキルニルアンリエッタ、ワルド、ギーシュ、キュルケ、タバサが今回のアルビオン行きメンバーになった。
 外国人であるキュルケとタバサが加入した理由の一つに、皇太后陛下の「事が終わるまで、トリステイン王城の奥深くにある王家専用秘密の小部屋で、ギのつく素敵魔法を鑑賞後、しばらくの間ご滞在していただくことになります」が、効いたことは間違いない。
 水の国、トリステイン、そしてギのつくアレな魔法といえば、連想するのは一つだけだ。

 ギアス……それは禁呪です。

 ギーシュは真剣にガクブルしていたし、キュルケの顔も引きつっていた。タバサは……よくわからない、謎だ。

 どうしようもなく捨て駒テイスト漂う布陣に、馬車で揺られながら、もう涙しか出ないルイズだった。

 アルビオンがもっとも近づくスヴェルの夜には、まだ余裕があるので、その他色々なことに目をつぶれば、馬車の旅はそれなりに快適であるといえないこともなかった。
 しかも、聖女様の威光で、朝も早くの出立だというのに、シエスタとマルトーがお弁当を作ってくれたのだ。シエスタいわく、故郷であるタルブ村の郷土料理と、秘蔵のワインとのことで、心荒みがちなルイズの唯一の楽しみだった。
 同じく死んだ魚のような目で、ドナドナと馬車に揺られていたキュルケもその時ばかりは、楽しみね、と、喜んでくれた。

 だが、その期待はあっさりと裏切られた。
 というか、破壊された。
 そりゃもう完膚なきまでに。

 休憩所となった小高い丘の上にある大きな木の下で、見たもの。
 キュルケの呼吸を止め、ギーシュの意識を停止させ、タバサの目を見開かせ、ルイズの思考を真っ白にし、ぽっかりと開いたままのワルドの歯からきらーんを失わせた。

「ル……ルイズ……これ……ナニ?」
「ギ、ギンギー?」
「なんで疑問形なのよっ?!」
「わたしが聞きたいわよっ!」

 いつものように五体投地で登場したシエスタは、ギンギー料理だと言った。間違いない、聞きなれないが印象的な響きだったので、よく覚えている。問題は、何故その時ギンギーが何なのかを問いたださなかったということだ。今更悔やんでも遅いが。

 ギンギー料理のギンギーとは、一抱えほどもある犬サイズの四足歩行の生き物だった。

 調理済みギンギーは、ぎょろりと白目をむいて、縦に口を大きく開け、断末魔の表情もかくやというおどろおどろしい姿でハシバミ草を敷き詰めた布の上に横たわっている。尻尾とたてがみ、頭部の一部に毛が残っていた。エグい。
 何のまじないなのか、ほっぺた部分に赤い色粉で丸がしてあるのがさらに不気味だ。
 おいしい、おいしくない以前に、そもそもこれは食べものなのだろうか? が、この場に居る全員の心の意見であることをルイズは疑わなかった。

 とりあえず、心からの笑顔を浮かべて、ルイズはギーシュを見た。

「ギーシュ、ずっと御者をしていて、疲れたでしょう? 先にどうぞ!」
「い、いやいやいや、レディや席次が上の方を差し置いて、そそそ、そんなことは出来ないよ。子爵どうぞ」
「ぼ、僕は何もしていないからそんなに空腹ではないんだ。遠慮しなくていいよミスタ・グラモン。トリステイン」

 いやいやいや、まあまあまあ、そういった言葉のたびに、ギンギーが二人の間を行き来する。

「いやいやいや、子爵お先にどうぞ」
「まあまあまあ、ミスタ・グラモンが先に食するべきだよ。トリステインごくまれにレコン・キスタ」
「いやいやいや」
「まあまあまあ、トリステイン時々レコン・キスタ」

 ワルドの忠誠心が風前の灯である。

「さ、先に食前酒でこのワインをいただきましょうか、ルイズ」
「そ、そうね、その通りね!」
「賛成」

「あら、意外と美味しいのですね、ギンギー」

 気がつけば、スキルニル姫殿下がイイ笑顔で、ギンギーの毒々しい耳部分をフォークで刺して食べていた。

 ルイズは、とりあえず泣いた。


どうでもよくない話。

○月×日
 今日、遠い親戚だという人が来ました。
 蒼い髪と髭がとても素敵な方です。

「とっても怪しい奴ではございません」

 と、出会うなり手を差し出してこられました。

 私がハーフエルフだということも、その他色々なことも知っていて、大事な用事があるので是非我が家に来て欲しいとお願いされました。
 最初はただびっくりするだけだったのだけど、子供達がいるので、もちろんお断りしました。
 でも、その人は、子供達も一緒に来ればいいと言って、さっさと一緒に来ていた変わった色の髪の女性と引越し準備を初めてしまい、最後には子供達も「うわーガリアって初めてー」「楽しみー」「行こうよテファ姉ちゃん」などと言い出してしまって、断るに断りきれなくなってしまいました。
 困ります。本当に困ります。マチルダ姉さんに何て言ったらいいのかしら……

○月△日
 とうとうガリアに来てしまいました。
 マチルダ姉さんには、置手紙をしておきました。どう書いていいのかわからなくて、困っていたら、シェフィールドさんが手伝ってくれました。とても頭のいい人です、あの人の秘書だって言ってました。
 姉さん、なるべく早く見てくれるといいのだけれど。
 着いた所は、アルビオンで以前お父様が暮らしていたような立派なお城で、本当にびっくりしました。
 子供達とも引き離されて、怖くなって、帰してくださいとお願いしたのだけれど、大丈夫大丈夫と言われるだけだったので、余計に不安になって、しゃがみこんで泣いてしまいました。
 わたしがどうにかなるのはいいけれど、子供達は無事に帰してあげてくださいというと、その人は少しだけ困った顔をして……後ろから植木鉢で殴られました。

「クソオヤジの弱点は、肩のうしろのネギのまんなかにあるムダ毛の多い下のポエム調の右だっ!」

 よくわかりません。

○月☆日
 昨日は書ききれなかったけれど、あの人を殴ったのはイザベラさんという人で、あの人のお嬢さんだそうです。
 イザベラさんという人は、いい人です。ちょっと言動が激しいですが、とてもいい人です。会った瞬間「まともっ?!」と指をさされて言われたのはびっくりしましたが、やっぱりいい人だと思います。
 でも、「まともっ?! まともっ?!」と連呼されて「ま と も -!!」と、泣き出されてしまいまった時はどうしようかと思いました。
 辛いことがきっとたくさんあったのでしょう。なんだかすごく可哀想ですが、形見の指輪で心の病が治るのかどうかはわかりません。

○月◎日
 子供達にも自由に会えるし、ちょっと落ち着きました。
 だから、シェフィールドさんに、大事な用事って何ですか? と、聞いてみたら(ジョゼフさんはいつも忙しそうです)、人助けです、って、言われました。
 それ以上のことはジョゼフさんに聞いてくださいって言われました。確かにそうですよね、秘書さんが雇用主のことを、勝手にぺらぺらしゃべっちゃうのはよくないですよね、わたしも考えなしだったと思います、反省。
 人助け、頑張ろう。

 マチルダ姉さんに会いたいです。

○月★日
 とても困ったことになりました。
 マチルダ姉さんに会いたい……

○月#日
 どうしよう
 どうしよう
 どうしたらいいの……マチルダ姉さん……

○月□日

 オサ

  たろ う


つづく



[22826] ただしまほうはしりからでる10
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2011/03/23 23:05
 無事にアルビオン行きの船に乗ることはできた。

 それにしても、昨晩は散々だった。
 客室ともいえない貨物室の前の通路の壁に背中を預けて、ルイズは一人ため息をついた。

 なんとか夕暮れになってからラ・ロシェールに着いたことは着いたのだが、その時点で一人を除く全員がおなかがすいて倒れそうだった。
 もちろんその一人とは、飲食すらしてしまう高性能マジックアイテムスキルニル姫殿下である。
 あの後も平然として一人で食べ続けた彼女は、ギンギーの右半顔をグロテスクに欠損させたあげく、「もう、おなかがいっぱいです!」と、言うなり、ご丁寧にバスケットの中に断末魔を、再度投入した。
 うん、いかにも美味しそうなものが入っていそうな作りのいいバスケット中に、まさかアレなアレが入っているとは誰も思わないだろう。
 そのまま素知らぬ顔で、馬車を預けてきてしまったが、発見してしまった人は少し気の毒だったかもしれない。

 だが、その後のルイズも気の毒だったはずだ。自分自身でも間違いなく気の毒だったと思う。

 酒場兼宿屋である女神の杵という店で、一泊することに決めたのだが、夕食もそこでとろうということになって。

「全員で注文を出したのよね」

 部屋に放っておくわけにもいかず、猫袋にニャポーンをつっこんだルイズと、姫殿下スキルニル、キュルケ、タバサ、ギーシュは、なんとか込み合う店の中で丸テーブルを確保することに成功した。
 いい店だった。
 夕食時なのでで酒場の中は、かなり活気がある。多少ガラの悪いものも混じっているようだが、まず許容範囲だ。地元の客が大勢入っている店は、はずれがないと言われているので、ここも美味しい部類なのだろうと、レディにあるまじきお腹ぐぅを抑え込みつつ、ルイズは期待した。
 魔法の光でこそないが、ランプも潤沢に使っている。

 ここまではよかったのよ、ここまでは。

 席である酒場の隅の隅、影の影から光の当たる場所まで出てこようとするワルドを全員で止めたのよね。
 いくらなんでも、額に「僕ロリコン」の紙を貼り付けて、可愛い幼女人形を握りしめたヒゲ男と同じグループの客とは思われたくないし。そういえば、人生の酸いも甘いもかみわけた日焼けオヤジが、可哀想なものを見る目で、ワルドを見つつ横を通り過ぎていったわ……その斜め後ろにいた、若い女性給仕が、汚物を見るような目で見ていたし。
 なのに、あのクソ姫殿下スキルニルが「別に一緒でもいいのではありませんか?」なんて、とてつもなくおフザけたことを、おっしゃりくさりやがって……

 あの、憐憫の視線の集中砲火を、わたしは一生忘れないッ!
 トリステイン滅びろ、ゴルァ! と、思ったことは罪ですか、ブリミル様。
 しかもその後は後で、いつの間にかテーブルの脚を食べていたニャポーンのせいで上にのった食事ごと倒れてきて全身ぐしゃぐしゃになるし……着替えとして貰った姫殿下スキルニルの服は胸が余るし……胸が……胸……

 思わず思い出し怒りで、ルイズはドカドカと空船の壁を蹴った。
 しばらく八つ当たりをしてから、ハッと気づいて周りを見るが、誰も乙女らしくない行動を見ていた者はいなかったようで、安心する。

 最近この辺りに空賊が出るらしく、普通の船は飛ぶことを嫌がったためトリステイン王家財布でこの船を買い取り、無理やり飛ばしているのだ。しかし、乗り手だけはなかなか確保できず、今は役に立つ変態が空石補助として、船を飛ばすのを手伝っている。
 腐ってもスクウェアね、と、髪の毛一筋分ほど見直してやってもいいかと思いかけたルイズだが、「この戦いが終わったら、ルイズ、シモネッタと同じ格好(不自然に丈の短いスカートをはいたメイド)をしてくれ! そして小首を傾げながら[ごしゅじんたまぁ]と言ってくれ!」と言いだしたので、猫尻で顔面をグリグリしておいた。

 あの変態を帰ってからどうしようと頭を痛めるルイズの、視界が、不意に傾いた。

 直後、立っていられないほど船が揺れて、したたかに床にしりもちをついてしまう。どうやら船が、急制動をかけたらしい。

 何事がおこったのかと、なんとか猫袋をかついで立ち上がったルイズは、すぐさま窓から外を見た。頭の中に、空賊という言葉が浮かんでこだまする。誰もかれもが言っていたではないか、あの空域は危ないと。
 確かに、視界の端に旗もあげていない空船が見えた。こちらへ向って、かなりの速度で近づいてきている。おそらく先ほどの衝撃は、逃げ切れないと悟ったこの船の船長が、余計な被害が出ることを恐れて空賊達が命じるままに、停船した時のものだろう。アルビオンに着くまでに、まさかこんなことになるなんて……ルイズは唇をかんだ。
 任務失敗の文字が目の前をちらつく。身代金を払って解放という流れならいいが、最悪、この空賊が実は貴族派で、トリステインへの人質として利用されるという可能性もある。タバサはわからないが、その他はそれぞれに名前の売れた家の人間だ。

「あ、ルイズ! こんなところにいたの?! 大変よっ!」

 通路の向こうから、キュルケが駆けてくる。その後ろにはタバサ、ギーシュ、さらには風石補助で頑張っていた訓練された変態までいる。
 そして

「おい」

 聞いたこともない、おぞましさと恐怖の権化のようなダミ声が大きく響いた。

「だ、誰?!」

「俺だ」

「わかんないわよっ!」

 脊椎反射のようにすかさず突っ込んでから、ルイズはやっと声をかけてきた相手に気付いた。
 キュルケ達ではもちろんない、乗組員でもない、人間ですらない。ワルドの手にしっかりと握られたシモネッタからその声を発せられていた。いや、それをシモネッタと呼んでもいいのだろうか、可憐な甘い幼女顔は跡形もなく消え失せ、代わりに顔のパーツとして収まっているのは、毛虫のように太い眉毛、刻まれた二本の深い眉間のしわ、がっしりとたくましい割れ顎、何事も見逃さない鋭い猛禽類めいた細い目は生死の境を幾度もくぐり抜けた古参の傭兵のもの以外ありえない。
 そんなもろもろが、ひらひらピンクのワンピースを身に付けた少女の体の上に乗っかっているさまは、あまりにも不気味だった。笑っている子供も泣き出してトラウマになるレベルである。

 分厚い唇が再び開く。

「オナラスカ歴129年……人類は滅亡の危機にあった! 時の皇帝アホネン2世は敵対するエロマンガ国のウゲラモシロガガンボ王子に以下略明日の天気は晴れ後雨だぜ」

「………………ナニコレ?」

 現状を思わず忘れ、笑顔を浮かべて、ギギギと首を動かし、ルイズは尋ねた。

「マジックアイテム」
「風石に反応して、まれに明日の天気を言ってくれることもあるらしいよ」
「前フリは?」
「関係ない」
「……」

 ちょっとおちゃめで気まぐれなシモネッタである。役にはたたない。

「そんなことはどうでもいいのよ! 空賊なのね?!」
「そう! そうだよ! 空賊が出たんだよ!」
「アンはどこよっ?!」
「それが、あの空賊は、ウェールズ皇太子だと言って飛び出してしまわれたんだ。一応トリステイン」
「どうして一国の王子様が、こんなところで空賊してるなんて考えるのよ!」
「知らないわよっ!」
「それもそうねっ!」

 キュルケとルイズはとりあえず手を握り合った。その上にタバサが手を乗せる。

「逃げましょう!」
「そうねッ!」
「同意」

「ちょちょちょちょ、ちょっと待つんだ三人とも! まだアレがアレでそうだと決まったわけじゃないだろう!」
「ギーシュ……これは不幸な事故なのよ。わたし達は全力をつくした、そうじゃない? 誰も責める人間なんていないわよ。ふふふ うふふ」
「そうして光の剣を手に立ち上がったウゲラモシロドドガガドンボ王子はモッチャラホゲホゲの丘にてモケモケサー以下略トリステインの明日の天気は、終日雨だぜ」
「ほら、人形もわたしたちを天気予報で応援してくれているっ!」
「うわーゼロのルイズが壊れたー」
「ま、待ってくれ、君の使い魔はどうなんだい? 僕のルイズ。アレを使えばなんとかなるんじゃないのか? とりあえずトリステイン」
「わたしは学習したわ、あんなのをアテにするものじゃないと」

 起きてこそいるようだが、どうにもやる気がないのには変わりはない。たれーんと猫袋から両手を出して、ぶーらぶーらとルイズの動きにあわせて揺れている。しばらく逃げる逃げないで押し問答をしていると、船内のいたるところに備え付けられている伝声管からこの船の船長の声が聞こえてきた。どうやら、接舷されたようで乗船している者達は全員甲板に上がってこいということになったようだ。そして、無理やり場所を入れ替わったらしい姫殿下スキルニルの声が続く。

「わたくしの大切なお友達のルイズ~聞こえていますかー? やっぱりウェールズ様ですわよー! あのひきしまった臀部はまさしくウェールズ様の臀部っ!」
「……」

 姫様、アンタどこで人を認識してるんですか。

 しばらく、管の向こうで何やら言い争うような音が聞こえていたが、そのまま静かになった。ルイズは船長が気の毒でちょっと心の中で泣いた。ともあれ、こうなってしまってはしょうがない、スキルニルの言うことが本当でも嘘でも、言われる通り甲板に上がるしか道はないのだ。


 甲板の上は、強い風が吹いていた。
 直立しつつも困ったように佇む空賊達が、まずルイズの目に入った。さらに、所在なさげに空を見上げるこの船の船員たちの姿もあった。それぞれの集団の真ん中にいるのは、我らが姫殿下スキルニルと、マントを身に付けた一人の若い男である。いかにもな黒い眼帯と、もしゃもしゃのヒゲ。
 頭の中で、以前見たことがあるアルビオン王族の姿絵を思い出そうとして、ルイズは失敗した。そんなもの都合よく覚えているわけがない。
 男は、頬を染めるスキルニルを前にひどく困惑しているようだった。

「ルイズ! 紹介いたしますわね! この方がわたくしの大切な方、ウェールズさ……」
「ちょっと待ってくれ、ア……」

 ぶわっと、さらに強い風が吹いた。
 他称ウェールズ皇太子の長いマントが、風にあおられてまくれ上がる。
 ルイズは、二人目の変態の出現に、真っ白になった。

 マントの下は、赤の紐パンツオンリーでした。
 よせてあげて、大事なところがクッキリです。ありがとうございます。

「ああっ! まさしくわたくしのウェールズ様ッ! 相変わらずなんてよくお似合いなのでしょう、その深紅の下穿き……」
「……」
「だ、だめよルイズ! 気持はわかるけど、ここでお姫様を突っ込んだら何もかもおしまいよっ!」
「……見たわ、見ちゃったわ、どうしようキュルケ、わたしもうお嫁に行けない……」
「そ、そこなのっ?!」
「そこ以外ないでしょっ!!」
「大丈夫だよ、僕のルイズ! もちろん僕が貰ってあげ……」
「黙れ? あぁ? 黙れ? 迅速に黙れ?」

 ルイズ・フランソワーズはもちろん淑女である。大貴族の令嬢として、他国の王族に対するしかるべき態度というものは、当然教え込まれている。しかし今、強い風にマントを華麗にはためかせている相手に、それを行うには鋼の精神を必要とした。
 皇太子殿下にご挨拶するのに、頭を下げねばなりません、少し視線を下げます。丸見えです。死にそうです。
 なんとか、皇太子相手にご挨拶をまっとうした自分をほめてやりたいと思いつつ、限界が訪れたルイズは意識を飛ばした。


つづく


わりとどうでもいい話。

 女神の杵で、同室になったキュルケとタバサは、酒場での出来事を務めて忘れるように努力しつつ休もうとしていた。魔法の光を小さくし、足元に置くと、室内が一気に暗くなる。

「それにしても、ルイズが目覚めてから、なんだかとんでもないことばかりおきている気がするわ、驚いてばっかりよ」

 布団の中で態勢を変え、隣のベッドで横になるタバサに声をかける。いつも無口な友人から無言の頷きがかえってくる。

「ねえ、タバサは最近一番驚いたことって、何?」
「伯父に、小さい頃生き別れたお前の双子の妹だっ! と、引き合わされた子が、本当に小さい頃行き別れた双子の妹だった」
「…………なんかごめんなさい」

 世界はまだまだ衝撃と謎に満ちているらしい……キュルケは思った。



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