危険な独り言の部屋 更新日 2000年10月8日
私が18、19の夏のお話です。大学生の夏休みは異常に長いので、なにかバイトをしようと思い立ち、ぬいぐるみショーのアルバイトに応募しました。そう、遊園地やデパートの屋上などでよくやっている『アンパンマンショー』とか『仮面ライダーVX』とかそういうやつです。
あの着ぐるみというのは、一度でも入ったことのある人ならおわかりだと思うのですが、傍目でみるよりはるかにしんどいです。夏にあんなものに入ったら、体の弱い人ならすぐに倒れます。汗っかきなほうでもない私ですら、わずか10分もかぶれば汗で目が開いていられないほどでした。そんなにしんどいとはつゆ知らず、「子供に夢を与える仕事だし、お芝居できるし、楽しそうでいいや〜ん♪」と世間知らずな小娘だった私は、やすやすと罠にかかってしまったわけです。
当時着ぐるみのバイトの日給は5000円でした。一日2回、30分ずつの公演で、そのあとメインキャラクターだけは30分ほど握手会やらサイン会やらがあります。ですから実質ぬいぐるみをかぶっているのは多くて一日2時間。朝一度リハーサルをするので、その時間が約1時間だとして、労働時間は3時間。3時間で5000円なら悪くない時給かもしれませんが、拘束時間は実に様々。目的地によってまったく変わってしまうのです。朝は必ず大阪にある事務所に集合して、1台のバンに1チームが乗り込んで出発します。目的地が和歌山やら滋賀県だったりすると、朝の6時集合で帰りが夜8時とかいう場合もあるわけです。それで5000円。まぁお金の話はどうでもいいんですが、やっぱり暇な大学生じゃないとできないバイトかもしれません。
当時はどんなショーが多かったかというと、『アンパンマン』『クレヨンしんちゃん』『ドラゴンボール』『セーラームーン』『とんがり帽子のメモル』。こんなところです。時代を反映してますね。最近はどんなショーをやっているのでしょうね。
面白かったのは、ショーの種類によって客層が違うということでした。子供は子供なんですけど、やっぱりそれぞれに違います。『アンパンマン』の場合はかなり小さな子供をもつ親子連れが見に来ます。これは本当にほのぼのと平和な風景です。一方、『クレヨンしんちゃん』になるとスゴイです。会場中の子供がしんちゃんになりきっているからです。
「う゛〜〜〜。みさえ〜〜〜。」
「おねえさん、お茶しな〜〜〜い?」そんなセリフをあの鼻にかかった独特のしゃべり方で口々に叫んでいます。たかがちびっ子と言えども、総勢30人から50人の子供がみんなしんちゃんになっているというのは、かなり異様な光景です。それならまだ全員がちびまる子ちゃんになりきってくれるほうがマシというものです。
もうひとつ客層の違いに驚いたのは、『セーラームーン』のときでした。あれは忘れもしないエキスポランドでのショーでした。通常、ショーが始まる2〜30分前くらいから、子供に手をひっぱられるようにして親子連れが現れます。その日の客入りがどんなものか舞台の袖から時々のぞいたりしていたのですが、その日はなんと早々と何組かの親子連れが会場に入ってきました。しかしそれがいつもとは様子が違うのです。どう違うのか。それは、先頭を歩くのが子供ではなく、ごついカメラを抱えたお父さんたちだったのです。
「・・・なんか、お父さんたちの方がはりきってるように見えない?」
「・・・う〜ん・・・カメラもごついね。なにあれ?一眼レフとかそういうの?」
「しかもかなり真ん前を陣取ってるけど・・・。」
「お父さんたちのあの嬉しそうな表情がコワイね・・・。」着ぐるみの中というのは一般的にどういう状態になっているかというと、中に入るスタッフはまず上はTシャツ、下はジャージなどをはきます。そしてその上から胴と呼ばれる体育館のマットのようなものをぐるぐると体に巻き付けます。それをひもで縛り、その上から着ぐるみの衣装を着ます。ですからかなりブクブクのデブデブ状態でしかも暑いわけです。
しかしセーラームーンだけはアニメの性質上、そんなデブデブではいけない。そうです。デブデブの女の子が「月に代わっておしおきよ!」なんてポーズをつけたって美しくないからです。かと言って、生足に超ミニのセーラー服を着るわけにはいかない。イベントコンパニオンじゃないんだからそういうわけにはいかない。あくまでも子供向けのショーであることを前提に考えると、とにかく何かで体を覆ってしまわなければいけない。すると必然的に全身タイツしか選択肢は残されていなかったのです。
私は幸い敵の役だったため、全身タイツからは逃れられましたが、セーラー戦士の役の子たちはみんなまず肌色の全身タイツを着て、その上から超ミニのセーラー服を着ました。スカートの長さときたら短いなんてもんではなく、いくら肌色タイツといったって、なんだかHすぎやしないかと思ったところ、一応ブルマもあるのでした。しかし、ブルマがあったって、タイツをはいたって、体のラインが見えることに変わりはなく、やっぱりカメラを持ったお父さんたちが最前列で待ちかまえているのは、かなりの脅威でした。ショーが始まると案の定お父さんたちは子供そっちのけで一生懸命シャッターをきっており、花も恥じらう10代後半のスタッフ達の心境やいかなるものであったでしょうか。
私にとって今も忘れられない一番つらかったショーは『とんがり帽子のメモル』でした。メモルというのは小さな妖精のような魔法使いだったと記憶しています。私はメモルの親友の少年の役でした。ただでさえ暑いのに、着ぐるみでぐるぐる巻きになった上に、ストーリーの中では魔法にかかって踊り続ける役でした。すぐに汗だくになり、滝のような汗で前が見えなくなり、暑さと疲労で意識がもうろうとしてきましたが、なんとか気をしっかりもって踊り続けていました。しかもタイミングの悪いことにそのとき私のメット(頭にかぶっているキャラクターの顔のこと)の中になにかがいることを感じました。
「ブ〜〜〜ン・・・」
メットの構造は、多くの場合普通のヘルメットを頭にかぶるようになっており、そのヘルメットから支柱が何本か出て、妙に頭でっかちなキャラクターのはりぼてのような頭とをつないでいます。そしてそのヘルメットとはりぼての間には、かなりの空間があり、そこにいつ入ったのか虫が元気よく飛びまわっていたのです。
すぐにでもメットを脱いで虫を追い出したいのですが、本番中なのでそうはいきません。汗だく、意識朦朧、半脱水状態なだけでも十分つらいのに、その自分の顔のまわりをブンブンと飛び回る虫を野放しにしながら、表面上は楽しげに踊り続ける。ああ、仕事とはかくもつらいものか、と思い知らされた気がしました。
「もしこの虫がハチだったら?しかもクマバチだったら?クマバチにさされたら顔がはれて、メットから顔が抜けなくなるんじゃないか?そうしたらこのまま病院に行くのだろうか?いやだいやだ、そんなの恥ずかしい〜!」
ステージで踊り続けながらもそんなことを考えていましたが、幸いなことにその虫はステージが終わるまで私に危害を加えることはありませんでした。この手の仕事の場合、エピソードには事欠きません。仮面ライダーの役でかっこよく舞台に宙返りしながら登場し、着地に失敗してそのまま両足骨折、その場で担架で運ばれたスタッフもいました。担架で運ばれるぐったりした仮面ライダーを子供達はどんな思いで見送ったのでしょうか。
子供に夢を与える仕事というのは楽じゃありませんでしたが、とても楽しい仕事でした。その裏の苦労と楽しさを知っているだけに、今でも通りすがりにショーをやっているのを見つけると、つい足をとめてしまいます。みなさんも一度見てみてください。けっこう楽しめると思いますよ!