2011年3月23日20時1分
福島第一原発の北にある福島県南相馬市。放射能を恐れる人が次々と街を離れた。人口7万人の市に、残るのは2万人。物資の輸送が滞り、各世帯の食料は尽きかけている。市の関係者は漏らす。
「このままでは餓死する人が出かねない」
「避難した人も不安、残った人も不安だよ」。同市鹿島地区の農家鈴木浩さん(65)は語る。原発の半径20〜30キロ圏に一部がかかる1万1千人の同地区。残っているのは1300人ほどという。
近隣の店も閉まり、食材は隣の相馬市まで車で20〜30分かけて買いに行く。走行距離は平均40〜50キロ。食事は自分の家で作った米と缶詰、ソーセージなどが多い。
もうすぐ種まきの時期だ。「でも、誰も買わないなら作っても意味がない。どうやって暮らしていけばいいか」
人口7万人の同市は、避難指示の半径20キロ圏▽屋内退避の20〜30キロ圏▽何も指示のない30キロ超の区域――の三つに分断された。市は、避難指示の地区以外も含め、希望する住民を新潟県、群馬県、長野県などにバスで送り出した。
「国には30キロ圏まで避難を指示してほしかった」。桜井勝延市長は残念がる。「屋内退避」という政府の判断が市民の放射線への不安を助長した。「言葉が独り歩きして『南相馬市は危ないのではないか』と思われてしまった」
ガソリンのタンクローリーの運転手が南相馬市のはるか手前で乗り入れを拒んだため、市は大型免許を持つ職員や市民に取りに行かせた。食料品などの生活用品が届かず、スーパーやコンビニが次々と営業をやめ、市全体が深刻な物資不足に陥った。市の関係者は「各家庭の食べ物は底をつきはじめていると思う」と話す。相馬市の相馬総合卸売市場を貸し切って、運送業者が24時間常駐し南相馬市内への食料供給に対応している。ここが命綱だが、届く食料は先細りだ。