きょうの社説 2011年3月24日

◎摂取制限を発動 「念のため」では混乱に拍車
 福島県産の野菜などから放射性物質が検出された問題で、政府は初の「摂取制限」を発 動し、同県知事に出荷停止を指示した。枝野幸男官房長官は「まさに念のための指示だ」と述べたが、「食に供したとしても、直ちに健康に被害を及ぼすものではないし、将来にわたっても影響が出ない数値」と強調しながら、摂取を控えるよう求めるのは、消費者の疑心暗鬼を助長し、混乱に拍車をかけることにならないか。

 政府が情報開示に努め、検査結果を詳細に公表していても、既に福島産と名の付く野菜 や牛乳はほとんど出荷不能なほど風評被害が拡大している。こんなときに「摂取制限」を発動すれば、火に油を注ぐのは目に見えている。食べ続けると健康に害が出る可能性がはっきりした場合に限って、摂取制限の指示を出す方が、消費者にも注意喚起しやすく、風評被害も防げるのではないか。

 今回、検出された放射性物質の数値はかなり低く、普通に摂取していても健康被害が出 るとは考えにくい。それでも現行の暫定基準値のままでは、農産物の出荷ができなくなる地域は今後さらに増えるだろう。政府が放射性物質の拡散に神経をとがらすのは当然だが、あまり過敏に反応すると、海外から「日本産はすべて危険」と見なされ、輸入制限の動きが強まりかねない。「念のため」というあいまいな根拠で、摂取制限の対象を広げることには、慎重であってほしい。

 国内産の農作物を対象にした放射性物質の安全基準は、福島第1原発事故の発生を受け て急きょ定められた。あくまで暫定基準値であり、環境放射能の分析などを行う日本分析センターは「安全性を重視するあまり、国際的にも厳しい数字」と指摘している。

 政府が原子力災害特別措置法に基づいて摂取制限を発動させる一方、「通常の摂取方法 なら健康への影響はない」と繰り返しているのは、厳し過ぎる机上の数値と、現実的な数値との整合性がつかなくなっているからでもある。泥縄式といわれようとも、1日も早く暫定基準値を見直し、日本人の食生活や生活環境に適応した個別の基準値を設定する必要がある。

◎被災者受け入れ 支援の現場は身近にある
 東日本大震災の被災地を離れ、北陸に身を寄せる人が増えている。災害による大量の一 時疎開は阪神大震災でもみられたが、今回は自治体の公営住宅提供にとどまらず、ホテルが空室を安価で開放したり、一般の人が空き家やマンション提供を申し出るなど民間も受け皿づくりに積極的に協力する動きが目を見張る。

 たとえば金沢市の「キャッスルイン金沢」では、40室を被災者専用とし、宿泊料金を 光熱費などの実費のみにした。館内のレストラン厨房を自炊用として開放することも検討している。近隣住民が食料や日用品を持ち寄り、子どもたちの勉強を助けたいと申し出る元教師もいる。こうした地域ぐるみの支援の広がりは、慣れない土地で不安が先立つ被災者にとって大きな励みになろう。

 被災地ではいまだに混乱が続き、一般ボランティアの活動が制限されている。事前登録 し、待機を余儀なくされている人も多いだろうが、支援の現場は被災地だけでなく、身近なところにも広がってきている。

 避難者のなかには家族や親類を失った人もいる。継続的な心のケアは不可欠である。滞 在が長引けば、就学、就労支援も必要になろう。生活全般に目配りし、相談窓口なども拡充していきたい。

 被災地では今も20数万人が避難所で暮らす。不自由な生活を強いられ、亡くなる人も 相次いでいる。ストレスの多い劣悪な環境で暮らし続けるのは限界がある。

 一部で仮設住宅建設が始まったが、入居には時間を要し、より落ち着いた生活を望む人 もいる。福島、宮城、岩手県からの県外避難は3万人に達し、北陸にくる人もさらに増えることが予想される。

 他県では地域ごと受け入れる集団疎開も進んでいる。震災前のコミュニティーを維持し 、つながりの力を生かす狙いである。北陸でも、ばらばらに避難してきた人たちの出身地を把握し、近い人同士の交流を仲介してもよいだろう。

 大事なことは避難者を孤立させず、新たな生活への力や希望が生まれるような心の通っ た支援の枠組みづくりである。