FC 第一節「父、旅立つ」
第十二話 闇を照らすエステルの輝き
<ロレント地方 パーゼル農園>
夜のパーゼル農園は涼しげな虫の鳴き声が響く以外は静かなものだった。
ヨシュアが2人1組になって手分けして探索する事を提案すると、エステル達は賛成し、エステルとヨシュア、アスカとシンジの二手に分かれて回る事になった。
キャベツ畑を見て回ったエステルとヨシュアは、作物を食い荒らしている黒い影を見つけた。
黒い影の正体は毛深い大きなウサギのような魔獣達だった。
大きい魔獣が1匹、そして数匹の魔獣と言った編成。
エステル達が近づくと、魔獣達は森の方へと逃げようとした。
しかし退路にはアスカとシンジが立ちはだかっている。
「おっと、こっちは行き止まりよ!」
前後を挟まれた魔獣達はパニックを起こし、エステルやアスカ達に向かって飛びかかって来た!
その魔獣達をエステルとアスカは棒や鞭を使って叩きのめした。
ヨシュアとシンジも魔獣の足を止めるために双剣や威嚇射撃でサポートした。
数分も経たないうちに魔獣達は猫の鳴き声のような悲鳴を上げて倒れ込んでしまった。
騒ぎを聞きつけたティオが家から出て来る。
「この魔獣達が畑を荒らしていたのね」
「これだけ懲らしめてやれば、もう悪さはしないと思うわ」
アスカはティオに自信たっぷりに言い放った。
「じゃあさ、この子達を放してあげるわけにはいかないかな?」
「エステル、また同じ被害が起きたらどう言い訳するつもり?」
「でも……」
「被害の根はここで絶ってしまった方が良いんだ」
ヨシュアはエステルに向かって冷たい目でそう言い放った。
「ヨシュア君、私からもお願いするわ。魔獣だからって命を簡単に奪って良い理由にはならないもの」
「ほら、遊撃士は依頼人の意思を尊重するんでしょう?」
「……分かったよ」
ティオとアスカに説得されて、ヨシュアは引き下がった。
命を奪わずにホッとしたエステルは倒れ伏している魔獣達に話し掛ける。
「さあ、元気になったら森にお帰り」
魔獣達は起き上がって森へと帰ろうとしたが、そのうちの1匹が背後からエステルに飛びかかろうとする!
「エステル、後ろっ!」
シンジの注意も間に合わず、エステルの体には魔獣の爪の痕が刻まれる、と思われたが、絶妙のタイミングでヨシュアの剣がその魔獣の体を切り裂いた。
悲鳴を受けて息絶える魔獣。
ヨシュアの攻撃は急所をとらえ、魔獣の命を一瞬で奪った。
すると、今度は一番大きな体の魔獣が大きな鳴き声を上げてヨシュアに飛びかかる!
エステル達は仕方無く再び魔獣達を叩きのめした。
大きな体の魔獣は虫の息になりながらも、しつこくヨシュアに飛びかかろうしたため、止むを得ず止めを刺した。
2匹の魔獣の死体を見てエステル達は何とも言えない気持ちになる。
大きな体の魔獣は他の魔獣達の親だったのだろうか、それとも兄だったのだろうか。
エステル達には分からなかったが、残りの小さな魔獣達は動かなくなった2匹の魔獣を見て悲しげな鳴き声を上げて走り去って行った。
「……魔獣達は家族だったのかもしれないね」
「家族を奪ってしまったアタシ達の事、恨んでるかしら」
シンジとアスカが悲しそうな顔でポツリとつぶやくと、ヨシュアは暗い顔をして話し出す。
「ごめん、僕のせいでみんなに嫌な思いをさせてしまったね」
「そんな事無いわよ、ヨシュアはあたしを守るためにしてくれたんだし」
「エステルに飛びかかった魔獣が悪いのよ」
エステルとアスカが慰めても、ヨシュアはまだ自分を責め続けている。
「僕には可哀想なんて感情が湧かない冷たい人間なんだ……だから魔獣の命もためらわずに奪う事が出来たのさ」
「今日の昼間、ヨシュアは猫を優しく手懐けていたじゃないか。あの時のヨシュアは優しい目をしていた。だから僕はヨシュアは冷たい人間だとは思えない」
「それは演技だよ。猫を騙すぐらい心のきれいな人間じゃ無くても出来るよ」
シンジの慰めに対しても、ヨシュアは鼻で笑うように言い返した。
「僕はもう、心が壊れてしまっているのかもしれないね」
自分で皮肉を言ってむなしい笑い声を上げるヨシュア。
アスカとシンジ、ティオはそんなヨシュアを見て疲れた顔でため息をついた。
しかし、エステルは諦めない。
「このバカヨシュア、勝手に自分を決めつけないでよ!」
エステルは怒った顔でヨシュアの目を見つめながら言い放った。
その剣幕にヨシュアはぼう然としながらエステルを見つめていた。
「あたしはヨシュアが家に来てから5年間、家族としてずっと側でヨシュアを見て来た! そしてヨシュアの良い所も悪い所も何でも知ってるんだから!」
「エ、エステル……?」
「ヨシュアの心が壊れているなんて、誰にも認めさせないんだから! ヨシュア本人にもね!」
エステルがそう断言すると、しばらく周囲に沈黙が流れた。
アスカ達も固唾を飲んでヨシュアの反応を待った。
すると、ヨシュアはゆっくりと息を吐き出して謝り始める。
「ごめん、さらにエステルを悲しませるような事を言って」
「分かればいいの。ヨシュアってばさ、周りに遠慮して1人で抱え込んで隠すタイプでしょう、だから家族としては寂しかったのよね」
「僕は……」
「でも、今日は心の内をこうしてさらしてくれたから、とっても嬉しいんだ」
エステルが笑顔でそう言うと、見守っていたアスカ達の空気もホッと緩んだ。
「エステルってば、そんな恥ずかしいセリフをみんなの見ている前で良く言えるわね」
「昔から正しいと思った事は堂々と言う性格だからね」
アスカの言葉に、ティオは苦笑しながら答えた。
「本当に信頼し合って、パートナーって感じだよね」
「羨ましいでしょう、シンジとアスカもあたし達みたいに仲のいい姉弟になるのよ」
シンジのつぶやきに対して、エステルが笑顔でそう答えると、アスカはあきれた顔でため息をもらす。
「ずっとヨシュアを見ていた割に、ヨシュアの心に気が付かないなんてエステルって相当鈍いのね」
「多分エステルは授業中は熟睡していたからヨシュアが優しく見守っていた事は知らないんだよ」
アスカとシンジは困った顔で見合わせながらそう言い合った。
その日の夜、アスカとエステルはティオの部屋に、ヨシュアとシンジはティオの両親の部屋に泊めてもらう事になった。
ティオの部屋は幼い妹弟と同じ部屋だったので、3人で寝れるスペースがあったのだ。
「ごめんね、狭苦しいベッドで。妹弟達もまだ私が側に居ないと寂しいって言うのよ」
「あはは、まだ甘えたい年頃だしね」
「一晩ぐらいなら平気よ」
ティオの言葉を聞いて、エステルとアスカは笑ってごまかした。
まさか自分達は未だに家では抱き合って寝ているとはとても恥ずかしくてティオには言えない。
その日は幸いにも悪夢を見る事は無かった。
「あのさ、ヨシュア」
「……何?」
部屋で2人きりになるとシンジとヨシュアの間にはぎこちない空気が流れていた。
「大事な人のためならさ、鬼みたいな事も出来てしまうんだよ。だから、ヨシュアは普段から冷たい人間だってわけじゃないと思う」
「……そう言ってもらえると気分がもっと軽くなったよ、ありがとう」
ヨシュアはシンジの言葉を聞いて素直に笑顔でお礼を言うのだった。
少しヨシュアも自分に心を開いてくれたとシンジは嬉しくなったが、ヨシュアにも話せない不安がシンジの中に生まれた。
果たして、アスカに危険が迫った時に自分はヨシュアのように割り切った行動がとれるのだろうか。
アスカと共に過ごして2年、シンジにも初めの印象は悪かったアスカの良い面もだんだんと分かって来た。
やはり、シンジはだんだんとアスカの事は好きで守りたい存在へと変わって来ていたのだ。
アスカが傷つく所は何としても見たくは無かった。
今まで避けていた銃の練習を始めようと決意を固めるシンジだった。
<ロレントの街 遊撃士協会>
パーゼル農園で一泊したエステル達は、ティオの家族をロレントの街まで迎えに行き、送り届けた後で再びロレントの街に戻り、依頼達成の報告を行った。
「……なるほど、そんな事があったわけね」
たまたま遊撃士協会に居合わせたシェラザードは報告を聞いてそうつぶやいた。
「あなた達も勉強になったでしょう、魔獣達の巣の近くでは特に注意する事。親が子を守るために興奮して襲ってくる事もあるからね」
「はい」
シェラザードの言葉にエステル達はうなずいた。
しかし、シンジは浮かない顔をしていた。
それに気が付いたアスカがそっとシンジに声を掛ける。
「どうしたのよ?」
「うん、ちょっと父さんの事を思い出して。父さんは僕の事を守ってくれるのかなって」
「当たり前じゃん、きっと守ってくれるわよ」
「じゃあ僕が居なくなった事も心配してくれているのかな」
「そうね、きっと心配しているわよ」
「アスカに言われて少し気分が軽くなったよ」
シンジは笑顔になってアスカに答えた。
アスカはシンジの父親のゲンドウはシンジを守るだろうし、居なくなったら心配するだろうと思っていた。
しかしそれはエヴァンゲリオンのパイロットであるサードチルドレンとしての話だと分かっている。
それに引き換え自分は戦うための駒にしか過ぎないとアスカは感じていた。
シンジと初号機には特別扱いだとアスカは感じ取っていたのである。
またアスカはシンジに本当の事を告げて失望させる気持ちにはなれなかった。
その反面、まだシンジへの嫉妬のようなものも少しだけ残っていた。
せめぎ合う2つの想いがアスカにそのような言葉を言わせたのだった。
「アタシは嘘は言ってない……」
アスカは自分に言い聞かせるようにそうつぶやいた。
エステル達の次の依頼はロレント市長からの物品運搬の依頼だった。
「市長さんからの依頼なんて、引き受けちゃっていいの?」
「簡単な依頼って話だから、あなた達に任せる事にしたのよ」
エステルの質問に対して、シェラザードはそう答えた。
「簡単な仕事ねぇ……そう言うのに限って裏があったりして」
「市長さんが僕達に隠し事をする理由は無いと思うけど」
アスカの言葉に、シンジはあきれた顔でため息をついた。
「簡単な仕事だからこそ、油断は禁物よ。気を抜かないでしっかりと依頼をこなして来なさい」
「はい」
シェラザードに見送られて、エステル達は市長邸へと向かうのだった。
<ロレント地方 マルガ鉱山>
市長邸で市長がエステル達に話した依頼内容は、北のマルガ鉱山から大きなセプチウムの結晶を街まで運んで欲しいとの事だった。
その大きなセプチウムの結晶とは緑色に輝く翠耀石の結晶であり、アスカとシンジが知っているエメラルドのようなものだと説明された。
宝石の運搬だと言う事でアスカとシンジとヨシュアに緊張感が生まれる。
しかしエステルだけはいつも通りに元気に振る舞っていた。
市長からの紹介状を受け取り、エステル達はマルガ鉱山への道を歩いて行く。
途中のマルガ山道では何事も無くエステル達はマルガ鉱山へとたどり着いた。
「ここから先は関係者以外立ち入り禁止だよ」
「ところがどっこい、あたし達は関係者なのね!」
入口の鉱夫に止められたが、エステルが紹介状を見せると、奥へ行って責任者に直接話して欲しいと通された。
坑道の中に入ると、アスカが顔をしかめる。
「洞くつって嫌ね、服が土ほこりで汚れちゃう」
「服の汚れを気にする遊撃士なんて居ないよ」
「ヨシュアってば、理解が無いわね」
アスカは顔をふくれさせながらそうつぶやいた。
エステル達が奥に進むと、台車のようなものが数台置かれていた。
その先にはレールが続いている。
「どうやら、鉱石を運ぶためのものらしいね」
「ねえ、これに乗った方が速そうだよ」
エステルがそう提案すると、アスカは首を横に振る。
「嫌よ、アタシはスカートだもん」
「じゃあ手で押さえていればいいじゃん」
今日はスパッツをはいて来たエステルは気にしてない様子でそう言った。
「ダメよ、パンツが見えちゃう」
アスカの言葉を聞いたシンジは顔を赤くした。
そんなシンジの姿を見たアスカはシンジに向かって思いっきり怒鳴る。
「こらっバカシンジ、アンタ何を妄想しているのよ!」
「でも、歩くとかなり長い距離になるし、乗って行った方が楽そうだ」
「仕方無いわね……」
ヨシュアの言葉を聞いて、アスカは渋々台車に乗る事に同意した。
「エステル、しっかりとスカートがめくれないように押さえているのよ!」
「分かってるって」
1台の台車に乗れるのは2人が限界のようなので、アスカとエステル、シンジとヨシュアに別れて乗る事になった。
そこそこのスピードは出るものの、手すりにつかまっていれば危険は無いバランスの取れたものだった。
エステル達は坑道の奥に居た作業員に地下へのエレベーターリフトの鍵を借りてさらに奥へと進む。
台車にも慣れて退屈したエステルは台車についているレバーを操作し始める。
「そうだ、競争しよう! こうすればスピードが出るかも!」
「ちょっと、エステルっ!」
グングンと加速して行くエステルとアスカの乗る台車。
ヨシュアも加速をしようとレバーに手を伸ばすが、シンジが手を伸ばしてそれを妨害した。
少しの間だけシンジとヨシュアの乗る台車の方が加速が遅れる。
すると、前方を行く台車に乗るアスカのスカートが舞い上がるのをシンジ達は見てしまった。
「まさか、君がこんな事をするとは思わなかったよ」
ヨシュアはため息をついてそう言葉をもらした。
「……ごめん、僕って悪いやつだよね」
「きっと君の欲望のスイッチが入ってしまったんだと思うよ。魔が差したって事さ」
「アスカがはいていたのは青と白の横縞だったよね?」
「……確認しないでくれるかな。それに、2人の下着なんて毎日洗濯しているから分かっているじゃないか。それより着いた後が大変だよ」
台車の終点で、アスカは勝手にスピードを上げたエステル、そしてシンジとヨシュアに向かってしばらく怒り続けるのだった。
アスカの怒りが治まった後、エステル達はエレベーターで地下に降り、崖に架けられた鉄橋を渡って奥深くに居た責任者の鉱山長に会う事が出来た。
エステル達が市長からの紹介状を渡すと、鉱山長は感心したように息をもらす。
「そんな若いのに遊撃士とは凄いねえ」
「いえいえ、まだ駆け出しの見習いですから」
アスカは謙遜するように受け答えをした。
「それで、セプチウムの結晶はどこにあるんですか?」
「ああ、大事なものだから俺が肌身離さず持っているよ」
ヨシュアの質問に鉱山長は笑顔で答えて懐からセプチウムの結晶を取り出そうとした。
しかし、その時坑道全体を大きな揺れが襲った。
坑道内に作業をしていた鉱夫達の悲鳴が響き渡る!
そしてエステル達の目の前に蟹のような姿をした魔獣が数匹出現した!
「うわっ!」
「魔獣!?」
エステル達は固い甲羅をもった魔獣相手にアーツを詠唱し、すぐに魔獣達を蹴散らす事が出来た。
「ふーっ、お嬢ちゃん達は強いな」
鉱山長はホッとしたように息を吐き出した。
「アタシ達は遊撃士だもの、魔獣なんかに負けてたまるもんですか」
アスカは胸を張ってそう言い放った。
「坑道に魔獣なんて出る事はあるんですか?」
「こりゃ今の落盤で坑道が魔物の巣と繋がっちまったのかもな」
ヨシュアの質問に鉱山長は腕組みをしながら答えた。
「じゃあ他のみんなを早く助けにいかないと!」
エステルの言葉にヨシュア達はうなずいて、ヨシュア達は走り出した。
しかし、鉱山長が足をもつれさせて派手に転んでしまった。
鉱山長の懐から、緑色をした石が飛び出して地面に転がり出た。
「あっ、宝石が!」
アスカは地面に落ちた緑色の石を拾おうとしたが、その前に別の坑道から顔を出した鉱夫が奪って走り去ってしまった。
「待ちなさいよ!」
「アスカっ、今は泥棒を追いかけるより魔獣に襲われている鉱夫さん達を助ける方が先だよ!」
シンジに呼び止められて、アスカは引き下がる。
「遊撃士は民間人の保護が優先だったものね……」
アスカの顔は悔しさがにじみ出ていた。
鉱山長はそんなアスカを安心させるように声を掛ける。
「心配いらない、先程落とした石はセプチウムの結晶では無くて似た石を別に持っていただけなんだ。本物のセプチウムの結晶は俺が転んでも落ちたり割れたりしないように大切に持っているんだ」
「じゃあ、さっきの泥棒が持って行ったのは……」
「ただの石ころさ。あの鉱夫は見習いで少し前に入ったばかりなんだが、セプチウムの結晶を狙っていたとはな」
鉱山長はそう言ってシンジとアスカに笑い掛けた。
「思わぬ事で時間をロスしたわ、手遅れにならないうちに坑道に取り残された人達を助けるわよ!」
気を取り直したアスカの号令に続いてエステル達は鉱夫を救うため、鉱山長を魔獣から守りながら走り出したのだった。
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