さあ行かん、とばかりに意気揚々と出発しようとしていたジンオウガ狩りのパーティーに、ヘイルはとても申し訳なく思っていた。まだ出発していなかったからいいものの、やはり目的を先に倒されてしまっていては相手も面白くないだろう。
しかし、いいよいいよと、にこやかにこちらを許してくれた彼ら。ヘイルには爽やか過ぎて直視できないレベルだった。不満一つ漏らさず、談笑しながら去っていく四人組みの背中は眩しすぎて、ヘイルの目に涙が滲んだ。
そんなこんなで色々な手続きを済ませ、サクラとヘイルは風呂に入ることにした。せっかく集会浴場に来ているからついでだ。
しかしやはり混浴というものに慣れないヘイルは、恐々として入っていた。
「――私がハンターを始めたのは理由があります」
そう切り出したサクラに、ヘイルは耳を傾ける。
「その、私の父が、大の武器好きだったのです」
「武器好き?」
「ええ、武器好きです」
「ハンターだったのか?」
その問いに、サクラは首を横に振る。
「ただの旅館の従業員でした」
「……ああ~」
ヘイルは寝泊りしていた宿を思い出す。確かあのときにサクラが、この旅館の経営者と顔見知り、というのは聞いたことがあるような気がするのだ。
それにしても、ハンターでもないのに武器が好きなんて、物騒な趣味だ、とヘイルは思った。
「それで、その武器を使ってみたいと思ったわけか……」
「ええ――かつて幼かった私は、父がコレクションしていた武器の一つの、ガンランスのフォルムと、存在理由に惚れこんでしまいました」
コイツも変わった奴だ、とヘイルはサクラの顔を見ながら思う。その顔は風呂に入っているからか、紅潮して色っぽく、ヘイルはすぐに目を背けた。
「かつて、か……。親父さんは、もう……?」
「ええ……」
サクラは少し俯いて、それでも毅然とした雰囲気で続ける。
「――父は、愛人を作って村を出て行かれました」
「死んでないんだ!?」
「え? 死んだなんていつ言いました?」
いや、親子そろってそういう雰囲気作ってただろ、とはヘイルは言わない。こういうことに言及するとめんどくさくなるのは、これまでのサクラとの会話から知っていた。
「どこの村だか忘れましたが、今も元気にしてますよ。『子供が出来たよ。』と先日も手紙が来ました」
「殺してぇ~……」
「こちらが心配しているとでも思っているんでしょうか。こちらは無視を決め込んでいるのに中々の頻度で送られてくるので、流石の母も最近キてますよ」
「あ、あの温和そうな人を怒らせるとは……」
何がキてるのか最高に聞きたくないし……、とヘイルは風呂だというのに震え上がる。
そのヘイルを身ながら、サクラは一拍置いて、また話し始める。
「――それでも、私の父はあの人だけですから」
「…………そうか……、そうだよな。親父……か」
そういってヘイルは遠い目をする。その目は、どこを見ているのか、"いつ"を見ているのか。
そのヘイルの様子を伺い、サクラは言う。
「というわけで、父の影響でハンターを始めたわけです。終わり」
「……どうして話そうと思ったんだ?」
その疑問に、サクラは顔を赤らめながら答える。
「その……、ヘイルが、昔の話を聞かせてくれたので、私も話そうかと……」
「あはは、お前って変に律儀なとこあるよな」
変って何ですか、と怒りながらヘイルをどつくサクラ。
いてぇ、いてぇって、と半泣きになりながら抵抗するヘイル。
お互いに、楽しい時間だった。
――そして、サクラがわざとらしくせきをすると、立ち上がる。
「おほん……、それでは、私はジャンゴに報告してきますね……」
「ん、ああ。ジャンゴによろしくな……」
「ヘイルは上がらないんですか……?」
「……もう少し、暖まって行くことにするよ」
何かを惜しむようにヘイルを見ていたサクラも、しばらく経てば、そうですか、ではのぼせないようにしてくださいね、と言い歩き出し始めた。
その小さくなっていく背中を見ながら、ヘイルはこの村に来たときから今までのことを思い出していた。
いつでも毅然とした態度で、前を見つめていた彼女。ちょっと危ういところもあるが、それも彼女の利点だろう。
――結局自分は彼女に何かをしてあげられたのだろうか。
そう考えてみるが、それは彼女しか知らないし、わからないだろう。
でもヘイルは、この充足感が間違いじゃないと確信していた。どうにかうまいこと収まったんだと、どこかで理解できた。
そして、消える小さな背中を、ヘイルは複雑な思いも綯い交ぜにして、それでも笑顔で見送った。そのヘイルは、とても幸せそうに見えた。
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まず、どこで働くかを考えなければいけない。そう思ったヘイル。
この村にもかなり愛着が湧いてきた(風呂的な意味で)ので、やっぱり就職するならこの土地がいい。
そう考えながら、早一ヶ月。光陰矢の如し、である。
そんな狩り以外では超甲斐性無しの才能を遺憾無く発揮しながら、ヘイルは今日もだらだらと過ごしていた。
こういう暮らしをしているのも、そもそもハンターの収入は悪いわけではないからだ。
サクラと行ったクエストだけで中々の大金が手に入り、贅沢しなければ一年くらいは余裕で暮らしていける状況にある。……普通ならその金も、次の狩りのための道具だったり、装備の点検や修理、強化に消えるのだが、武器の無くなったヘイルにとっては、いまさらどうでもいいことだった。
だとしても、今のままではまずいんじゃないだろうか。そうヘイルは思う。
ハンターを辞められたあと、一年ほどブランクがありますが、何をなさっていたのですか? と面接で聞かれたとしたら、ヘイルはどう答えていいか解らない。――だが、今ならなんとか誤魔化せる。
そう思いながらも――今日も酒場で飲み食いしていた。
――サクラとは、あの日を最後に一度も会っていない。
彼女はハンターを止めるといっていたし、会うとしても道端で偶然出くわしたりとか、そんな感じになるだろう。
次会うときは、お互い何をしているのだろうか。一緒に戦ったあの日を思い出しながら、ヘイルは少しノスタルジックというか、そういう風な感覚になる。このまま会わないことは、寂しいけど、それはいいことなのかもしれないな、そう思って、ヘイルは微笑した。
そうやって昼間から酒を飲んでいたヘイルのテーブルに、どかん、と座りこんできた人物がいた。
合い席よろしいですか、の一言も無い。どういうことだ、とヘイルは若干不機嫌になりながらその人物を見る。
――案の定サクラだった。
「さ、サクラか……。お前、本当にタイミングいいな……」
サクラは一月前と同じ、屹然とした態度でヘイルに語りかける。
「何昼間っから飲んでるんですか。腐りますよ」
「腐ることは無いと思うけどな」
「腐ってますよ」
そのサクラは、何か大きい袋を抱えていた。その袋をごとん、とテーブルに立てかけると、ヘイルを睨みつける。
「ヘイル、あなた宿を変えましたね」
「うっ、あ……ああ、変えたとも」
「何故逃げたんです?」
逃げたわけでは、とヘイルは口の中でもごもごと呟く。
あそこの宿にいては、経営してるじいちゃんから、サクラに行動が筒抜けなのだ。しかし、だから離れたというわけでもないのだが、とヘイルは思う。
「まったく、……探しましたよ。ヘイルは、あまり特徴のある人ではないですし……。他の村から来たのに、黒髪で童顔なんて、まるでこの村の男子じゃないですか」
ぷりぷり、と怒るサクラ。
しかしヘイルは知っている。どんな様子だろうと、サクラは怒っているなら手が出るタイプだ。ヘイルは知らず知らずにうちに縮こまる。
「あなたが何故これまで独りだったか、理由がわかりましたよ」
「え? マジで?」
乗り出して、聞く体勢にになるヘイル。
「ええ、あれこれ理由をつけてましたけど、根本的なものは――圧倒的なコミュニケーション能力の不足です」
「あー、うん……そうなんだぁ!! へぇ~! ははは――そうなんだ…………」
目に見えて落ち込んでいる。
そして、話を変えんと、ヘイルが切り出した。
「あー、それで今頃おまえは、何か用事でもあるのか?」
「は? どつきますよ」
と言ってるうちにサクラはヘイルを殴っていた。
「いてぇ! どついた後で言わないでくれよ!」
「次の狩りについて相談しようとしても、気付けばどこにもいませんし、私の気持ちもわかって欲しいですね」
「あ? 狩り? 何で?」
「??」
「……いやサクラ、お前自分で言ったじゃないか。――前のとき、今回でハンターを辞めるって」
ヘイルはあの時確かにこう聞いたはずだった。
『このクエストが終わったら……、私は――ハンターを辞めます』
そういった時のサクラの表情は、顔を膝に埋めていたので伺えなかったが、冗談で言った雰囲気ではなかった。ヘイルはそう思い出す。
しかしサクラは目を丸くしてこう言った。
「――え?」
「……え?」
とても理解してなさそうなサクラの様子に、ヘイルもオウム返しするしか無い。
「言ってたろ自分で……」
「……?」
コクリと可愛く首をかしげて、ヘイルを見つめるサクラ。そのサクラの様子に、ヘイルは思う――コイツ完全に忘れてやがる。
サクラはしばらく考えていたが、ふん、と息を巻くとヘイルに告げる。
「ま、どうでもいいですね」
「うん、そうですね」
「……あ、そうでした。これを渡したいんでした。――はいこれ、プレゼントです」
そういって大きい袋をヘイルに手渡すサクラ。ヘイルは受け取ったとき、重さに驚いた。見た目よりも重い、というのもあったが、何よりその重さが"持ち慣れた"ような重さだったことにだ。
ヘイルは冷や汗を流しながら、サクラを見る。
「……ええと、その、もしかして」
「うむ? おやおや、気付かれましたか? とにかく開けてみてくださいよ」
ヘイルは恐る恐る袋の口を開け、中身を机の上に取り出す。
――案の定、スラッシュアックスだった。
期待を裏切らねぇなあオイ! と、ヘイルはひくひくと引きつった笑顔をしながら思った。
そのスラッシュアックスは以前ヘイルが使っていたような、鉄の塊のような無骨なものではなく、素材の風情をそのままに生かしたデザインとなっている。
――青の殻に、黄色の刃。間違いなくジンオウガの素材から作られたものだろう。
それを眺めながら、ヘイルはサクラに問う。
「……サクラ、おまえコイツに何か思うところは無いのか?」
「……? 何か、とは?」
「いや……、コイツは、"ジンオウガ"には、……なんていうか、執念……みたいなのがあるんじゃないのか? サクラにとったら仇だろう」
「……ふむ」
「だからこの武器に関して、嫌な思いとかないのか?」
ヘイルは、サクラがもしこのままハンターを続けるとしても、ジンオウガの素材は全て売り払うなりなんなりするだろうと思っていた。……他のジンオウガならまだしも、この武器の元になったジンオウガは、ジャンゴを殺した、サクラの仇だ。
そんなことを思っていたヘイルを見ながら、サクラは鼻で笑った。
「ふん、……だからですよ」
「えっと……?」
「死んでからも、利用させてもらうということです。死んだからといって私から逃れられると思われては心外ですね。ねぇ、ヘイル」
そのサクラの瞳は、無表情ながらも毒々しい光彩を放っている。ヘイルはその光に当てられ震え上がる。苦笑いするしかない。
「さて、行きますか」
「どこにだよ」
「何言ってるんですか。集会浴場に決まってるでしょう」
「どうして」
「一ヶ月のブランクを取り戻すために、私がいくつかいい狩りを見繕ってあげました。感謝してください」
「俺に選択権は、無いのね……」
サクラはふんす、と胸を張る。
「後はあなたの参加希望の確認だけです。――では、行きますよ」
サクラはついてきてくださいと言うと、すくっと立ち上がり、とことこと歩き出し始めた。ヘイルは慌てて、スラッシュアックスを担ごうとして、ふとそのスラッシュアックスを見つめる。――いや、スラッシュアックスの向こうの、一匹のジンオウガを見つめる。
――俺もお前も、大変な奴に目を付けられたみたいだな。
そう心の中で呟き、ヘイルは苦笑を漏らす。
「何やってるんですか、早く行きますよ」
「……わーったよ。よっこらせ……っと」
そうして、ヘイルはスラッシュアックスを肩に担ぐと、サクラの後について歩く。不満げな風に取り繕っても、この先何が待っているのか楽しみなのだろう、口元は緩んでしまっている。
そんなヘイルに担がれているスラッシュアックスが、光を反射して――キラリと青く輝いた。
(ドラゴンバスター編 終わり)
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
~あとがき~
あ、以下見なくていいところです。見たくない人は戻ってやってください。
最初に、更新が後れたことを謝りたいです。
色々と諸事情があったために少し遅れてしまいました。それに、最後のほうの06,07は一気に最後まで読んで欲しかったので同時に投稿させてもらいました。
ということで、ドラゴンバスター編はここで終わりということになります。
一章終了みたいなものです。完結じゃありませんよ。
王道な話が書きたくて、書き始めた小説でした。ということで先が読めてて面白くなかったかもしれません。
まともに小説を書くのもこれが初めてになるので、皆さんには駄文をここまで読んでもらい、感謝の気持ちでいっぱいです。
モンハンの世界に特別な想いとかは、正直無かったです。もともと3rdが発売されて、ちょうどゲームをやっていたときに書いてみようかなと思ったんです。
多くの二次創作には既にキャラクターが作られており、オリ主を作った後は、原作のストーリーをなぞるといったものが多いです。
全然馬鹿にしているわけじゃないです(俺もよく読んでるし、好きです)が、それだとキャラクターを作っただけで、話作りがうまくならないんじゃないかと思ったわけです。
モンハンというのは、ストーリーというものが大してありません。
しかもキャラクターも最初から作られているわけでも、無いんですね。
しかし世界観の基盤はしっかりと作りこまれている。
そこに俺は目をつけて、練習もかねて書かせてもらったということです。
しかしいざ書いてみると、モンスターハンターの世界に愛着が沸いてきて、PSP片手に小説を書いていたなんてことも多くなっていました。
皮肉な話になりますが、書く前よりも、書いた後のほうがずっと、モンスターハンターが好きになっていたということになります。
こんな半端な気持ちで書かせてもらった小説ですが、皆さんに喜んでもらえたかな。
自己満足に終わらせるつもりじゃなかったので投稿させてもらいましたが、これを読んでくれた皆さんのお目汚しになってなければ、本当に幸いです。
これで最後、みたいな空気をすごい出していますが、全然終わってません。ヘイルとサクラの冒険は始まったばかりです。
ということでこの話以降も読んでもらえればうれしいです。
諸事情があって、次の話を投稿するのが遅くなるかもしれません。
今のところ、
ヘイルの過去話。
普通に次の話。
の二択を考えていますが、どちらがいいですか?
気軽に感想板に書いてみてください。どちらも構想自体は出来ていますので、皆さんが読みたいほうの話を先に書いたほうがいいと思いますし。
最後に、あとがきまで最後まで読んでくれた画面の前の人。本当にありがとうございます。
これからも、気軽な気持ちで読んでやってください。
それじゃあバイバイ。