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[26586] 明日の影の中で 【習作:旧思い出したエヴァ】
Name: 二十二号機◆3ff6d448 ID:908f7153
Date: 2011/03/23 17:07

大昔に構成だけ考えてみたエヴァンゲリオンの二次小説を投稿してみました・・・。

エヴァ小説黄金時代は既に去り、この板も随分と荒れてしまってるようですね・・・。昔は良かったとは言いませんが、昔はもっと一杯エヴァ小説があったもんだなぁ・・・。

他の小説を書きながら、投稿しようと思っているので、中々更新しないと思いますが、頑張ります。

ヒロインがアスカ嬢で、彼女が独逸に居るころを書きます。
独逸編とでも言いましょうか。

もっとも、先にネタ晴らししておけば、基本的にはサードインパクト後の世界を書くつもりなんですけど。オリジナル設定で書いていくので、ご容赦を。
オリジナル設定のエヴァンゲリオンに似ている小説とぐらい思っていただければ幸いです。換骨奪胎というとカッコいいので言えません。


3・23 日

タイトルがあまりにもいい加減な気がしたので、タイトルを変更しました。読んでくださってる方がけっこういらっしゃるのに、この態度は無いかな、と思ったので。

タイトルは、全体的に暗いストーリーなのと、アスカと明日を掛けました。セカンドインパクト後の明日に怯える人々の様子だとか、使徒が何時襲来するか判らないぞとか、ゼーレの糞みたいな計画が迫ってるぞ、とか、そんなイメージです。

元ネタは、ホイジンガの中世の秋って本です。

世の中が、地震だ原発だと大変ですね。東京に住んでいますが、水さえ安全に飲めない状況になってしまいました。被災地の方はどれほど大変だろうと思います。自分に出来るのは募金ぐらいですが、頑張って頂きたいと思います。






[26586] 第1話 
Name: 二十二号機◆3ff6d448 ID:908f7153
Date: 2011/03/19 21:12

1キロ先の演習場を、大勢の集団が双眼鏡で覗いていた。会場には大型のモニターが設置され、演習場内部で起こったことはリアルタイムに映し出されるのだが、誰もがその新型の兵器を目に焼き付けようと、接眼レンズに目を押し付けていた。

東の空から、大型の輸送機が飛んでくる。その輸送機の底部には、紅白の縞模様の幕が張ってあり、そこに張り付いているものの姿は見えない。軍事兵器に無用な派手さが目立つ。今回の公開演習を立案したのはある日本人という話だった。

演習場の上空、約300Mに到達した輸送機から、センスの無い幕が取り外される。
同時に、輸送機からパージされた全長30メートル近い赤いカラーリングの巨人が、青空を切り裂いて大地に降って来た。
空中でまるで体操選手のように伸身新月面宙返りを決める間に、巨人の肩のウェポンラックから取り出されたナイフが、太陽の光を反射する。
そして、一キロ先の、目標の真ん中にナイフが突き刺さると共に、巨大なリボンが切れ、テープカットが成功し、照明弾が上がった。

巨人は上手く膝を曲げて、演習場に着地し風を巻き起こした。
演習場の観客席に居る要人達は、頬に受ける微風と足元から来る振動に心を揺らし、歓声を上げた。

巨人の中のパイロットは、その様子を拡大して確認すると、舌なめずりをして次の動作に入る。
何度も前転を決めると、転がりながら目標点に用意してあった巨人用のアサルトライフルを手に取り、腹這いになって乱射する。それも全て目標に命中した。再び、照明弾が上がる。

その後、巨人は格闘戦を模した演舞を行って見せる。連続の掌打、回し蹴り、巨人が空を切る度に、音の無い烈風が沸き起こった。

短い演舞が終わると、巨人は観客の前にその歩をゆっくりと進める。
誰もが自分を見上げていることを確認し、パイロットはにやける口元を押さえた。

■ ■ ■

ステージの前で身を屈めた巨人の首元から、一人の少女が昇降機を使って降下した。

ステージの中央に降り立った彼女は、赤いダイバースーツの様なパイロットスーツを来ている。
その体の線の細いラインから、彼女がまだ未成熟な少女であることが判った。
彼女がヘルメットを脱ぎ取ると、長い金髪が風に舞う。切れ長のアーモンドアイは蒼い。
少女は、軽く膝を折って、観客に挨拶をした。

西暦2013年7月6日、エヴァンゲリオン弐号機は、こうして正式に世に広められた。

弐号機のお披露目式の後、弐号機を囲んでネルフ主催のパーティーが開かれた。
ネルフとは、弐号機を保有する国連直属の特務機関である。
その目的は、2000年に未知の生命体に引き起こされたセカンドインパクトという大災害を再び起こさないようにすること、つまりはサードインパクトを未然に防ぐ事だった。


■ ■ ■


制服姿の男たちの間を、先ほどのパイロットが挨拶をして廻っている。
男たちは、各国の大統領や首相といったVIPばかりである。
少女は、その歳には未だ早いような赤いカクテルドレスを着ていた。
金髪の髪を頭の上に纏め、ささやかな化粧をし、気後れすることなく笑みを振り撒いていた。

「ちょっと、失礼、ちょっと、すいません」
その少女に、一人の長身の女性が人込を割って近づいていく。

女の名は、葛城ミサト。ネルフ独逸支部の作戦課に所属する女である。
今回の弐号機のお披露目式において、弐号機の演舞を取り入れたのは、日本出身の彼女の采配だった。

「何よ、ミサト」
「ちょっと早いけど。時間よ、アスカ」
「そう、判ったわ」

少女の耳元で、女は囁く。
「おぶってあげたいけど、ちょっち、我慢してね」
「・・・ダンケ、ミサト」

少女は、可憐な笑みを浮かべてVIPに別れの挨拶をして、ミサトの後に続いた。

アスカはパーティー会場をVTOL、垂直離着陸機の窓から見下ろしていた。
弐号機の周囲に居る人々は、赤い腐肉に燕尾服の蠅たちが群がっているように見えた。

セカンドインパクト後の復興計画、ネルフといった特務機関の新設、各国の利権が絡み合っているのだと聞いている。弐号機を運用するに当たっても、莫大な金が動いているのだろう。

感覚的には、この頃覚えた東洋の箸という奴で蠅を摘んで、自分の弐号機から遠ざけたかった。
弐号機は、自分にとって特別なものだったから。汚い蟲どもが、近寄って気分が良いものじゃない。

「アスカ、右足出して」

隣に座るミサトの声に、アスカは無言で右足を出す。
ミサトは、ゆっくりと赤いハイヒールを脱がせた。
踵に靴ずれが出来て、血が流れている。
赤い靴で良かった。他の色の靴だったりしたら、血が滲んでいるのが、ばれてしまっていただろう。
世界のVIPの前で、そんな醜態をさらすのはご免だった。

「けっこう、酷いわね。帰ったら、ちゃんと消毒して絆創膏張るのよ」
「判ってるわよ。あんな親父どもの為に笑顔作って、傷物に成りたくないもん」
「ふふふ、そうね」

ミサトは、恐らく会場からかっぱらって来たであろうミネラルウォーターのボトルキャップを外すと、
傷口を洗い流してくれた。そして、自前の白いレースの付いたハンカチをあてがってくれる。
そして、血が止まるまで、ミサトは傷を抑えてくれた。白いハンカチが、少し赤くなる。

こんなに彼女が優しくしてくれるのも、私が世界にただ一人の弐号機の正式パイロットだからだ。
替えが効かないのだから、優しくしてくれるのも当然という思いから、特に目の前の女に対して礼を言う気にはなれない。

「どうしたの?アスカ」
「何でもないわよ。はー、つっかれた」
両腕を伸ばして、私は伸びをする。もう、猫被ってる必要は無いかった。
自分の本当の性格なんて、あの場に居た人々には関係無いという理解はあったが、体面というものがある。

「お疲れ様。明日から、二週間の休暇でしょう?家に帰れるじゃない」
「私は、暫くゆっくりしてから帰るつもりなのよ。こっちで、一人でのんびりするつもり」
「そっか。じゃあ、その内に時間があったら、遊びましょ。買い物付き合ってよ」
「ま、時間があったら、ね」

私は、ミサトとなんて買い物に行きたくなかったので、適当に話をはぐらかす。
この女、加持さんの知り合いだか何だかしらないけど、妙に馴れ馴れしい。
アンタが、弐号機のパイロットに気を使ってるみたいに、私も未来の指揮官なるかもしれない人間に、仮面被ってるんだってノ。その辺、判ってないんじゃない、コイツ。バーカ。

「何、アスカ?」
「何でもないわよ」
ホント、こいつ馬鹿みたい。

■ ■ ■

アスカとミサトが居なくなったパーティー会場の壁際で、一人の男が煙草を吸いながら、人々を眺めていた。男の名前は加持リョウジ、特務機関ネルフ特殊監査部に所属していた。
精悍な顔つきをして、きちんと背広を着てネクタイを締めているが、何処かだらしない。剃り残しの無精ひげが顎の裏に残っていた。

一人の男が、加持に近づいてきた。
「すいません、火、貸してもらえますか」
「ああ、良いですよ。こっちは火付け役が少ないから、暇ですし」
「そうでしょう。火付け役、か。中々、適当な人ってその場に居ないんですよね」

火付け役、もちろんエヴァンゲリオンという独自の兵器を保有するネルフに群がる諜報部員の事である。
加持リョウジの表向きの仕事は、そういった輩を排除することだった。

男は、旨そうに煙草を吸う。銘柄は、指定された通りのラッキーストライクだった。
一本どうですか、と言われて、加持はパックに残っていた三本を全て貰った。これも、手続きの様なものだった。

「いやー凄いですね、汎用人型決戦兵器、エヴァンゲリオン弐号機。まさに、次代を担う兵器ですね。
 こんな兵器が出てきたら、通常兵器では役に立たんでしょう。N2を除けば、ですが」

N2とは、2000年に実用化された新型爆弾で、戦術核並の威力を持つが、放射能汚染を発生しないクリーンな爆弾である。
この世界で、最も破壊力のある爆弾として注目されていた。

「それにゲインを利用しても、5分が限界の兵器ですよ。エヴァは金食い虫でもありますが、相当の電気食い虫でもありますからね。もちろん、外部電源を利用出来る環境であれば、その真価を発揮できますが」

「日本の第三新東京市を守る為の、所謂、女神ってところですかね。しかし、技術は進歩するものです。
 エヴァが、その内に電力という楔から解き放たれることも想定される未来ではないですか?」

「そうなりますかね。私には、良く判りませんが。何分、門外漢なもので。――戦略自衛隊の方ですか?」

「いやいや、その付き添いで、内務省の者です。ほら、あそこで酒飲みながら馬鹿笑いしてる奴の。良いですよね、偉い人は。こういう場でも勧められなくてもお酒飲めるんですから。
 おっと、呼んでる呼んでる。多分、相手が何言ってるか判んないんでしょ」

さっと、男が加持に手を差し出してきた。
「辞めましょう。俺は、ネルフの犬です。何処で、良からぬ輩が見ているとも限りませんよ」
男は、そうですね、と言って笑って去っていった。






[26586] 第2話
Name: 二十二号機◆3ff6d448 ID:908f7153
Date: 2011/03/20 06:02


独逸支部にVTOLで帰ってきたアスカは私服に着替えると、ミサトに連れられてミーティングルームに向った。
薄暗い部屋に、ミサトが先に滑り込むとアスカの手を引っ張った。
アスカは子ども扱いして欲しくなくて、むっとしたが、黙ってそれに従った。

部屋の中では、スクリーンに弐号機のお披露目式の様子が映っていた。
20人程のアスカと同年代の子供たちが、スクリーンの映像を椅子に座って静かに見ている。
アスカとミサトは、入った扉の横に立つ。

丁度、ナイフがテープカットをした瞬間にアスカは叫ぶ。
「きゃー、カッコいい!あれ、誰が乗ってんのー、ミサト!」
静かな空間に、アスカの高い声が響いた。

「しー、静かに見てるの、アスカ」
ミサトは、人差し指を立てて、アスカを黙らせた。

アスカは、はいはい、と言って黙った。勝利宣言は、十分、コイツラに聞こえただろうと判っているからだ。
もっとも、目の前の映像を見て、まだ納得していない奴など皆無だと思っていたが。

子供たちの幾人かが、アスカの声に後ろを振り向く。しかし、殆どの子供は前を向いたままだった。
部屋に入ってきたアスカの行動は、彼らにとって慣れたものだったからだ。

弐号機からアスカが降り立ち、拍手で迎えられるシーンで、映像は止まった。
部屋の明りが点り、カーテンが自動的に開いていく。

三人の大人達が、映像の続きのように拍手をしながら子供たちの前に立った。
子供たちも自分達が同じ事をするまで、彼らの拍手が止まらないことが判っているので、拍手を始める。
この弐号機の正式発表は、自分たちネルフ独逸支部にとって吉事に違いなく、拍手で迎えられるに相応しいものだったからだ。
アスカはミサトの隣で、誰よりも大きく手を打ち合わせた。

壮年の男が、咳きを一つして両手を広げて話を始めた。拍手が鳴り止んだ。男は、この独逸支部の管理者であり最高責任者だった。

「今日この日、ついに我々ネルフの技術の結晶であるエヴァンゲリオン弐号機が世に広められた。
 独逸支部だけでなく、ネルフ全体にとって、此れほど喜ばしい日は無いだろう。
 無論、ネルフの重要性は君たちも知っての通り、誰に何と言われようとも揺ぎ無いものだ」

男は、浪々とネルフの重要性を子供たちに説いていく。子供たちにとっては、何度とも無く聞かされてきたものだった。
彼らは、その言葉を寝物語として育ったと言っても過言ではない。彼らは、選ばれたパイロット候補生、つまりはエリートとして、今日まで育てられたのだから。さらには、この二十数人は数千という子供たちの中から選別された百を超える候補が次々と選り分けられていく中で、最後まで残った子供たちだった。

「また、今日と言う日を迎えられたのも、君たちチルドレン候補生の絶え間ざる努力の結果だ。
 その中でも、惣流・アスカ・ラングレー!こっちに来なさい」

「ハイ!」

アスカは姿勢を正して、男の前に赴き、男の分厚い手と握手を交わした。

「本部の碇総司令も大変お喜びだよ。良くやったと伝えてくれと言われた。
 そして、君にとって最高の贈り物が贈られた。
 今日から、君がセカンドチルドレンだ」

「ありがとう御座います!」

微笑むアスカに、男は何度も頷いた。アスカにとって最上の吉報であり、男にとっても独逸支部からセカンドチルドレンを排出するということは名誉な事だった。

セカンドチルドレンとは、正式にエヴァンゲリオンのパイロットに選ばれたという称号だった。
チルドレンとは、エヴァンゲリオンのパイロットの呼称であり、他の子供たちはチルドレン候補に過ぎない。
正に今、アスカは他の子供たちとは一線を画す存在に成ったのだ。


■ ■ ■ ■


翌日、アスカは寮の自室で寝ていたが、物音で目を覚ました。部屋の中からの音では無い。
隣室の音だった。

ベットからのそり、と起きると頭をかく。ふわあ、と猫の様な欠伸をすると、置き時計を確認した。朝の8時20分、普段なら完璧に寝坊だが、今日はそうじゃない。
何故なら、二週間の休暇の始まりだったからだ。

寝なおそうか、と思ったが、隣の部屋の音が五月蝿い。アスカは枕を壁に投げつけた。
里帰りの準備など、昨日の内に終らせておけ、と言いたかったが、アスカの部屋にも大きなスーツケースが鎮座しており、その周りには服が散らばっている。
そんな事が言える身分では無かった。

セカンドチルドレンに決まったという話を親に自慢したところ、帰ってきてお祝いしましょうと強く勧められたので、荷物の準備を始めたのだが、途中で気が乗らなくなって放置したのだ。

衣服など実家にあるだろうと思うだろうが、彼女は13歳の成長期、去年と今年では身長だけも10センチの違いがある。他にも、色々と女らしく成りはじめているのだ。
スレンダーで筋肉質の体型をしているが、出るところは十分に主張し始めている。

簡単に言えば、ショーツからブラまで色々と用意しなくてはならないわけで。
服だの下着だの色の組み合わせだの考えていたら、面倒になった。
アスカは、親の前では性格から服装まで完璧に装う事をモットーにしているからだ。

「アスカ、居るー?」

部屋のドアをノックされて、アスカは寝巻きのままスリッパを履いてドアに向った。
この格好でドアを開けるわけにはいかない。インターホンで応対することにした。

「何、アンジェリカ?」
アスカは欠伸をかみ殺し、腹を掻きながら言った。

「ほら、今度の休暇は、私の実家に遊びに来てくれるって言ったじゃない。 
 そろそろ、準備できた?」

「・・・ゴッメーン、アンジェリカ!ほら、セカンドチルドレンに選ばれたじゃない?
 そしたら、ママとパパが帰って来いって五月蝿いのよー。だから、今回はキャンセル」

アスカは、出来るだけ友人に明るい声を出した。

「・・・そうなの。判った。次は絶対だからね、アスカ」

「ええ、判った!今度、私もアンのお母さんに会うの楽しみにしてるから!」

ドアの向こうから友人が歩き出したのを確認し、ベットに向おうとしたアスカの耳に、スーツケースのキャスターが転がる音と外の会話が入ってきた。

「どうして、あんな奴誘うわけ?アン!」
「そうそう、あのアスカだよ。あのアスカ。怖くない?」
「私、アスカとは長い付き合いだし、一度言っちゃったし・・」
「そー言うの断る勇気持ちなって~」

ドアに寄りかかって、その声を聞いていたアスカは、俯いた。
アンジェリカとは、長い付き合いだった。心が許せる、数少ない友達だと思っていたのだ。
でも、感じていた友情も、自分の一方通行のもので勘違いだったらしい。
数少ない、本当の自分を判ってくれる人の一人だと思っていたのに。

アスカは部屋に戻ると、思いっきり、部屋に散らばった服を蹴り上げた。

泣こうとは思わなかった。
泣く事は、人間にとって一番無駄なことだ。泣く暇があったら、思考を廻らせなければいけない。
泣いても何も変わらない。自分が可愛そうだと思うのは、軽蔑すべきことだと思うし、
泣いた姿を人に見せるなんて、持っての外だ。

アスカは、部屋を見渡した。この部屋は、自分の実力で勝ち取った一番良い部屋だ。
ライバルと勝負して部屋を交換した事を思い出し、少し気分を落ち着ける。

「私は、惣流・アスカ・ラングレー。ママの弐号機を受け取った、№1!」
元気一杯、笑顔で宣言する。

私は、迷ってる暇なんて無い、セカンドチルドレンだと甘い感情を切り捨てた。
でも、何だか遣る瀬無くて、アスカはベットに丸まった。
こんな余分な記憶、早く消えてしまえと願いながら。


■ ■ ■ ■




加持リョウジは、あるホテルの一室で煙草を吸っていた。机の上の灰皿には、煙草の吸殻が山の様に成っている。
彼は、昨日から徹夜で報告書を作成していた。報告書の内容は、エヴァンゲリオン弐号機について。

その内容は、ネルフの特殊監査部所属という職権を利用しても、本来得られないような情報が含まれていた。もし、ネルフ関係者にその事が発覚でもしたら、即座に軍法会議ものだった。

何故、彼がその様な情報を持っているのか、という説明には、彼の数日の行動を追わなくてはならないが、
何故、彼がその様な情報を集めているのか、という説明は簡単に書く事が出来る。

彼は、ネルフ特殊監査部という肩書きを持つ一方で、日本政府内務省所属という肩書きも持っていた。
所謂、二重スパイだったのである。

昨日の内務省の人間の接触は、加持に言わせれば、素人が火事に手を突っ込むものじゃ無い、と苦情を言いたくなるものだった。
偶には、自分たちが飼っている犬の顔でも見ようかという、有り難い親心かどうかしらないが、実際に嗅ぎ回っている加持からすれば、良い迷惑だ。
此れまでの実績からすれば、自分を内務省の役人は使い捨てにするつもりは毛頭無いと思えるが、ひやひやさせてくれる行動だった。
彼の上司の方に、厳重注意をしてもらう事にした。

渡された煙草を解体すると、情報を早急に送れという催促と、情報の受け渡し方法の変更、という陳腐な内容が、暗号で書かれていた。
その煙草は、もう一度、加持によって巻き直され、煙となって加持の肺に吸い込まれた。
外国製の煙草に飽きはじめていたので、大学のころに吸っていた懐かしい日本の銘柄は多少ストレスの発散にはなった。

ストレス、と書いたが、本来、この男、ストレスとは殆ど無縁である。
命というチップを掻けて、二重スパイという仕事を何年もしては居るが、この仕事は殆ど、彼の趣味であり、ライフワークの様なものだった。

彼が、この仕事を始めた理由は、セカンドインパクト、という大災害に機縁するものであり、その目的は、その真相を知ることだった。

セカンドインパクトの通説とは、20世紀最後の年、西暦2000年9月13日、に発生した、南極大陸マーカム山への大質量隕石落下のことである。

その直後に発生した津波と溶け出した氷による海面上昇によって、南半球諸国あわせて20億以上の人々が死亡し、有史以来、人類の被った最大の天災となった。

国連発表によると、南極に落下したのは直径10センチに満たない超小型の隕石であったが、光速の95%以上といわれる速度によって、
その質量は膨大なものとなっていた。落下の15分前にメキシコのアマチュア天文学者、セイモア・ナンによって観測されている。

北半球の諸国も海面上昇によって多大の被害を生じ、大混乱となった。隕石の落下から2日後の2000年9月15日、インドパキスタン国境で難民どうしの衝突から戦端が開かれると各地で軍事衝突が発生した。翌2001年2月14日、バレンタイン休戦臨時条約が結ばれるまで、世界各地の紛争は続いた。

この衝突による衝撃のため地軸が傾いた為、彼の故郷、日本は常夏状態と化している。

およそ40億年前に、地球から月が分離する原因ともなった小惑星の衝突であるジャイアントインパクト(ファーストインパクト)に習い、セカンドインパクトと言われている。

男は両親と、日本全土を襲った大津波で死別した。当時、13歳だった彼は、11歳になる弟を連れて友人と山にハイキングに行っていて助かったのだ。男は、山の上から自分の街が崩壊していく様を見た。

男とその弟、その友人は、さながら戦争孤児のようにその地獄を生き抜いた。当時、日本の食糧自給率は40%程度であり、大部分を諸外国からの輸入に頼っていた。世界各国の紛争は、もちろん日本の食糧の輸入に大打撃を与え、親の居ない子供が簡単に食料に有りつける状態では無かったのだ。強盗の真似事までして、命を繋いでいた。

幸運にも、その数年後、弟と彼は親戚が見つかり、別々に引き取られた。
彼は、弟と積極的に連絡を取り合い、例え、離れ離れになろうとも、兄弟の絆は消さなかった。
何時でも、兄として弟の支えになろうと思ったのだ。
その関係は、彼が日本の最高学府である東京大学史学科の3年生になるまで続いた。

東京大学史学科の三年の秋口、弟から電話が掛かってきた。
弟は、防衛大学の一年生であり、少々、過激なサークルに入っている、と本人から聞いていた。
弟の事は心配だったが、その電話までは平穏な日々が続いていた。

彼は、弟からの深夜の電話に驚いたが、弟の切羽詰った願いを聞き届ける。昔、二人で隠れ住んでいた当りの郵便局に小包を送ったから、それを受け取って欲しいとの事だった。其の内に取りに行くつもりだから、それまで預かっていて欲しい、と。
一月待っても、受け取りに行けなかったら小包を捨てて、この電話の事も忘れて欲しいと。

弟の事が心配になった彼は、郵便を受け取りに行き、即座に開いてみた。
そこには、一台のノートパソコンが入っていた。
パスワードが必要だったが、何度かパスワードを試すうちに、ふと、母親と父親の生年月日を入れてみた。

そして知った。セカンドインパクトが人為的に引き起こされたものだということを。あの大災害は、人の意思が絡んでいたものだということを。さらには、弟が両親の為に復讐を誓う言葉も綴られていた。

その数日後、弟が友人と共に、交通事故で死んだ事を知った。轢き逃げであり、犯人は不明だった。
ただ、大型の車に二度轢かれたとの事だった。まるで、命を奪う事が目的の様に。

唯一の本当の家族を失った彼は虚脱感に襲われたが、その数ヵ月後、日本政府の内務省の人間だという男から、ネルフという組織に内偵として潜入してくれないか、と誘われた。

弟の意思を継げるのではないか、と囁かれ、加持リョウジは迷わなかった。

当時付き合っていた葛城ミサトとの関係を清算し、その一年後、彼は国連直属の非公開組織ネルフで勤務することになる。

今でも、弟の意思を継いで、復讐をする為にこの仕事をしているのか、と言われれば、加持は表向きはそうだと答えるかもしれないが、内心は別のものだった。

ネルフという闇は深く、その中で生きようとすれば、まるで闇は体に纏わりつき、自分の意識を飲み込む様だった。
又、自分という、一匹の蛾がその闇の中で真実という灯りに迫り続ければ、一瞬で焼き殺されるだろう。

そんな不安定な立ち居地の中で、復讐という妄執は消えざる負えず、ただ純粋な意思だけが残った。

焼き殺される前に、真実に触れる、という意思だけが。






[26586] 第3話
Name: 二十二号機◆3ff6d448 ID:908f7153
Date: 2011/03/21 14:17
寮の広いロビーのソファーに、アスカは横になっていた。
ジーパンにバスケットシューズ、チェックのシャツに赤いキャップという気軽なスタイルでへそを出しながら、携帯を弄くっている。

11時頃に再び目を覚まし、誰も居なくなった寮の自室で、そのあまりの静けさに、まるで部屋の壁が迫ってくるような息苦しさを感じて、脱出してきたのだ。

ポニーテールに纏められた長い金髪が、床に付いているが彼女は気にしていなかった。苛々しながら、昨日から相手が何度コールしても出ないので、メールを送信する。

送信相手は、自分のネルフ内における保護責任者、加持リョウジという男だった。
加持リョウジは、アスカのスタイルの良い足長お兄さんであり、憧れの彼氏候補だ。
ライバルとの競争に疲れるアスカを励まし、ずっと君だけがセカンドチルドレンに成れる、と言ってくれていた。

彼女に宛がわれた殆どの保護責任者が彼女の態度に匙を投げる中、名乗りを上げた加持だけが、彼女を見捨てなかった。加持は、何時でもアスカの背を押し、見守ってくれた。
初めは無視をしていたのだが、其の内に理想の男性として、加持の背中を目で追うようになった。

そして、気が付けば、恋をしていた。初恋だった。

彼のオリエンタルな眼差しは、祖母の故郷である日本を想起させ、自分の中の四分の一の血が、彼の血と引き合っていると思った。

「君は、今はまだ俺を信用していないかもしれないが、俺は、君のセカンドチルドレンへの抜擢を信じている。いや、これは予言と言っても良いかもしれない。成功率100パーセントのね。
 だから、青田刈りさあ。俺は、君の将来に賭けている」

最初に出会った時の言葉を、アスカは今でも覚えてる。パイロット候補生の他の子供と徐々に訓練の結果に差を付けられ始めて卑屈になっていた自分に、彼が言ってくれた言葉を。
彼は、自分への誕生日プレゼントを欠かさないような気遣いに溢れた預言者だった。
暇が有れば、アスカを誘ってデートにも連れて行ってくれた。

――加持さんのアスカは、加持さんの予言を叶えて、セカンドチルドレンになりました。
  近い内に、お祝いにドライブに連れてってね。絶~対、だからね!

アスカの周囲に居るチルドレン候補が、この文面を見たら、目を丸くするだろう。
気位の高い彼女が、まるで歳相応の子供の様なメールを書いていると知ったら。

「あれ、ソーリューじゃん。何やってんだ、こんな所で。帰んなくて、良いのかよ」

アスカは、ん、とそっちを見る。チルドレン候補の一人の男子であるランドルフ・カーターだった。
アスカは、携帯を閉じるとよっと起き上がった。

ランドルフは、アスカの無防備な姿を久し振りに見たと驚いた。
それに、切れ長の青い瞳に、白磁の肌、優雅な金髪という少女が、眠そうに携帯を弄くっている姿はそれでも絵になっていて、ちょっと見惚れてしまった。

カーターは、アスカと言えば、テッペッキのガードの気の強い女、相当の高慢ちきで、将来有望な美人として認識していた。
多くの仲間たちは、彼女を嫌っていたが、カーターはどちらかと言えば、羨望の眼差しで彼女を見ていたのだ。
自分たちの中で、唯一、弐号機とのシンクロ率が50パーセントを突破しているヒーローだと思っていた。

それに、カーターは昔、アスカと友人だと思っていた。今は、どうか、判らないが。
彼女は徐々に変わってしまったのだ。エヴァの操縦で抜きん出るにつれ、高慢な態度を取るようになった。
昔のアスカは、今の様にチルドレン候補生の中間達に嫌われておらず、今の様な性格でも無かった。
片鱗は有ったとしても、態々、嫌われる様な態度を取っていなかった、と記憶している。

彼女はエヴァやそれを取り巻く大人たちに摂りつかれたのだ。彼女はエヴァとのシンクロ率が上昇するにつれ、心を徐々に抜き取られていった。カーターは、それが怖かった。それは、元々低かった彼のシンクロ率を徐々に押し下げていく要因ともなっていった。

「あんたこそ、なんでこんなとこに居んのよ」

「忘れ物をしたから、取りに戻ったんだ」

「そ。さっさと取りに行けば?ぐずぐずしてないで。ママンが待ってるんじゃないの~?」
アスカはカーターをからかう様に、嘲笑った。

「判ってる。じゃあな、ソーリュー」

カーターは、数歩足を勧めたところで、アスカに振り返った。アスカは、再び、携帯を見ている。
誰かからの着信を待っているのだろうか、その目はじっと液晶を見ていた。

「ソーリュー、言うの忘れてたよ。セカンドチルドレンに認められて、おめでとう」

カーターの心からのお祝いの言葉だった。昨日からずっと言いたくて、心に閉まって置いていた。
二人きりの良い機会だと、口にしたのだ。今なら、アスカは昔の様な笑顔を見せてくれるかもしれないと思った。

「敗北宣言ってわけ。それとも、私を油断させようとしてる?お生憎様、椅子は一つ。譲る気なんて全く無いわよ」

少女は冷たく、その言葉を袖にする。少年の思いは、伝わらなかった。

「そんなんじゃない。ただ、俺は純粋に・・・」

「あんた達じゃあ、弐号機を鈍亀ぐらいにしか動かせないんだから。指くわえて、私のこれからの勇士を見てなさいよ」

「・・・ああ。応援してる」

カーターは、もっとアスカに言葉を贈りたかったが、それが喉に引っかかるように出てこなかった。
カーターの中の思い出の少女から、アスカはもう随分と変わってしまったのだと再認識され、もう後ろを振り返らずに歩き去った。


■ ■ ■ ■


ヴィルヘルムスハーフェンは、独逸連邦共和国の北西に位置する港町で、古くから軍港として栄えていた。
セカンドインパクトによる海面上昇によって、海岸部は随分と侵食されたが、今もまだ軍港としての機能を失っていない。

ネルフ独逸支部が破壊されなかった軍施設を利用して湾岸部に建設され、他の独逸の都市よりもいち早く復興していった。

アスカは、旧市街に列車で向っていた。暇つぶしに、散歩に出かけようと思ったのだ。

近代的なビル郡を列車は通り抜け、視界に徐々に趣きのある町並みが広がっていった。
頬杖を付きながら、アスカはその様子を見ていた。

――セカンドチルドレンに認められて、おめでとう

少年の言葉は、嬉しかった。ネルフ独逸支部の中で、一個人としてその言葉を言ってくれたのは、彼が初めてだった。
何時もの通りに、皮肉交じりに受け答えしてしまったけど、内心は、悪くなかった。
でも、恐らく嫌われてしまっただろう。

どうして自分は、友達の前でこんな風にしか話せなくなったのだろう。
強くなろうと思った、それだけだったのに。
自分に強要した仮面は、何時の間にか、自分の顔に張り付いて、自分では外せなくなっていた。
仮面は、自分のセカンドチルドレンに成りたいという強烈な願望を適えた代わりに、体を自由に動かし始めたのか。

アスカは、窓に映った。自分の顔を良く見る。さきほど、冷酷な言葉を発した自分は、本当の自分だろうか。
冷酷な青い瞳が、弱い自分を射抜く。自分でさえ、もう味方ではないのかと、彼女は笑う。

外弁慶だった彼女を注意してくれた、優しい母親はもう居ない。六歳の時に、自分を置いて、天国に行ってしまった。
私の仮面を外せるのは、彼女だけだったのに。優しく、私の頬に触れてくれたのは、彼女だけだったのに。

「岩をぶっちわり、ぶっちわり、ぶっちわり、路をぶっぴらけ、ぶっぴらけや、ぶっちわり、ぶっぴらけ、
 ぶっちわり、ぶっぴらけ、われらの力、しめせや」

アスカは街並みを見ながら、母親が歌ってくれた童謡を口ずさんだ。
母はもう居ない。仮面はいずれ、自分でぶち割らなくては、と思った。
もう手遅れかもしれない、とも感じていたが。


■ ■ ■ ■


旧市街は、母が好きだった。近代的なビルは、無機質で土の香りがしないと言っていた。
化学者としての母は尊敬すべき存在だったが、同時に、化学に同様の無機質さを感じていたのかもしれない。
家の庭にも、色とりどりのチューリップを植えていた。母はそういう女らしさも持った女性だったのだ。

私もスコップを持って、球根を埋めさせてもらったのを覚えている。
私は色鉛筆で、観察日記を書いた。
母は、絵が上手いわねぇ、アスカちゃん、と言ってくれた。

そんな母が、エヴァンゲリオンの実験中に、事故に合ってしまった。
忙しい母が、明日にはマドレーヌを沢山焼いてあげるから、と言って、私を宥めて仕事に行った矢先だった。
母は、廃人同様の障害者となり、私をもう娘だとは判らなかった。
人形を抱え、その人形にアスカちゃん、アスカちゃんと呼びかける存在になってしまった。
私は病室の硝子の向こうからその様子見て、恐怖した。

私は、母の研究を引き継ぐか、母が作製に関与したエヴァンゲリオンのパイロットになろうと思った。
生憎、六歳の私が母の研究を引き継ぐのは無理だったが、エヴァのパイロット候補生を集めていることを知り、父を説得しそれに応募した。
結果は、合格した。何千人と集められた候補生の100人程の中に入ったのだ。

母が知れば、喜んでくれる。また、私に笑顔を向けてくれる!

そう喜び勇んで、母親の病室に向って見たものは、沢山の看護士とその向こうの天井からぶら下る母親だった。
看護士たちは、母を何とか天井から下ろそうとしていた。

「ママに触らないでぇ!」

そう言って、天井からぶら下るママの足先に私は駆け寄った。
ママの足元には、首に紐が絡まった人形が落ちていた。

――心中しようとしたのかもしれないな

――娘さんが居なくて良かったな

看護士の中の心無い人がそう言ったのが聞こえ、私はそいつを涙目に睨んだ。

――大丈夫だよ

そう言って伸ばされた手を、私は振り払った。

「ママ、ママ、ママ、ママ!どうして、私を天国に一緒に連れて行ってくれなかったの!」

私は叫んだ。心からの叫びだった。



■ ■ ■ ■



その数年後、当然の様に、私は父が紹介した女性にも懐かなかった。
ママとの記憶が、その女性によって上書きされていくようで、私は恐ろしかったのだ。
その恐怖は今だ続き、中々、私の足を実家に向けてくれない。

家族を避け、のめり込むようにパイロットの訓練に参加し、飛び級で大学を卒業した。
そうやって、私は当初から天才児として注目を集め、今の地位を掴んだ、とは残念ながら言えなかった。

徐々に選別され、数が少なくなっていく候補生の中で、私は残り続けた。
しかし、私は、パイロット候補生の中で、中の上の成績でしかなかったのだ。
同じ様に、飛び級で大学を卒業するような子も当然の様に多かった。
格闘訓練の様な身体的な能力を測る場でも、私は何度も同年代の子に地面に這い蹲らされた。
パイロット候補生は、言わば、エリートの集団だったからだ。

私は何度も挫折感を味わった。このままでは、ママが造った弐号機に乗れないかもしれないと、焦った。
ママとの繋がりが、誰かに奪われてしまうと。

徐々に私の性格は変質し、時に凶暴性を持つようになった。
組み手の相手を、半殺しにしてしまったこともある。
あまり覚えていないが、自分の事を笑ったと言って私は切れ、相手の目を狙い指を突き刺したらしい。
幸い、失明には至らなかった。

そんな私の周りからは、徐々に人が居なくなった。両親でさえ、私を恐れるような素振りを見せた。
彼らは隠していたつもりかもしれないが、私は敏感に感じ取った。

そんな中、私は加持リョウジに出会った。彼は、私を見捨てなかった。

それでも私は鬱屈した生活を送っていたが、(精神安定剤は、私の常備薬になっていた)
徐々に頭角を現すようになる。何が切っ掛けか。それは私にも判らない。

何故、私が頭角を現すことが出来たのか。それは、私は、他の子と違い、シンクロ率の伸びが良くなったのだ。
シンクロ率とは、エヴァとパイロットの交感神経を接続することであり、これによりパイロットは痛覚を初めとした感覚を共有することになる。

そういった意味で、シンクロ率は諸刃の剣なのだが、エヴァのパイロットにおいて、絶対的に必要な数値ともいえる。
何故なら、エヴァとの感覚を共有することにより、パイロットはエヴァを正しく自分の手足の様に動かせるからだ。

それだけが私の取り得と、最初は周囲の子供たちから陰口を叩かれていた。
しかし、私は気にしなかった。私にはある種の直感があった。
私は、誰よりも頑張っているから、エヴァンゲリオンという物言わぬ人形たちは、私を認めてくれたのだと。

徐々に、周囲の子供たちとシンクロ率は離れ、10パーセント代をふら付く子供たちとは違い、20、25、と私はシンクロ率をマークしていった。

私は、シンクロ率という砦の中から、優秀な周囲を嘲笑って虚勢を張るようにもなった。
お前たちは、どんなに頑張っても、エヴァに乗れば絶対に私には適わない、と。
それが、自分よりも優秀だった子供たちへの、私の口癖になった。






[26586] 第4話
Name: 二十二号機◆3ff6d448 ID:908f7153
Date: 2011/03/22 16:35



旧市街を私はぶらぶらと歩き回った。特に目的が無いのだから、歩き回るしかない。
旧市街は、新鋭のアーティストが集まる街として、最近有名になってきている。
有名な通りには、ギャラリーが立ち並び、観光客の姿も有る。

チルドレン候補の女子の間でも、ある子が可愛いアクセサリーを安く買ってきたとして話題になった。

風変わりな看板や一風変わったモニュメントが配置され、セカンドインパクト前の街並に紛れて、芸術家たちが競って才能をアピールしている。
しかし、古臭さを壊している訳ではなく、共存しているという感じだ。
それも、この場所が人気の理由の一つらしい。

セカンドインパクト前後、で建物を区切るのはちょっとおかしいかもしれない。
古臭い石造りの建物たちは、セカンドインパクトよりずっと前、中世ぐらいから続いているらしいから。

でも、私たちはセカンドインパクトで時代を区切るのが普通だ。そう言われて育ってきている。
大災害の前と後。決定的な違いが、私たちの外というより、内、内面的な問題として残っているのだ。
主に、私たちを育てた大人たちの間に心的外傷として、拭えない傷跡として。

芸術といえば、セカンドインパクト後は排斥運動らしきものも有ったらしい。
我らドイツ人の過去である、ナチスが近代芸術を退廃芸術として見下したという歴史ほどでは無いにしても、そういう風潮があったとのことだ。

ある政治家が、セカンドインパクト後、最高の芸術は医者のメスと、パンとスープであると言ったとか。
医者のメスは医療を、パンとスープは食料を現していたわけだ。

身を着飾る服装やアクセサリーぐらいにしか、私は興味が無いので、そういうのは全部、加持さんの受け売りだ。加持さんなら、もっと薀蓄めいたたものも聞かせてくれる。

加持さんも子供のころは、食えない芸術には興味が無く、見下していた時期があったらしい。
でも、痩せ細った流しの若いボーカルが自分たちに食料を分け与えながら、歌を聞かせてくれて、その後仲間内で音楽が流行ったのは良い思い出だ、と言っていた。

日々の生活で疲れた子供たちが、下手なロックを歌い、感情が生活の中でようやく廻り始めたのは、その歌手のお陰だとも。

芸術というものは、人間の精神に不可欠な愛や慈悲の心を分けてくれるものだ、とその時知ったとか。
加持さんは、その頃からカッコ良かったのだ。

加持さんの言葉を思い出しながら、私はあるブティックのショーウィンドウに並ぶ、ハンドバックに目を奪われた。白い皮で出来ていて、金の留め金を使ったシンプルなデザインだ。

ちょっと、年齢に合わないけど、加持さんの横で背伸びをしたい私には、丁度良いかもしれない。
そのバックに似合う服装に、頭の中で着替える。
うん、合いそうな白いパンプスは持ってるし、グリーンのカシミアのセーターに、この色は絶対に映える。そのバックを持ったお嬢様っぽい私が立っているのが想像できた。
もちろん、隣に居る男性は、加持さんだ。

値段は高めだけど、私はチルドレン候補生として給料を貰っていたのだ。十分、買える。
それに、セカンドチルドレンになったのだ。自分へのご褒美という奴だろう・・・。

「ちょっと、君、学校はどうしたんだ?」

想像に耽っていた私に、声が掛けられた。振り向くと、二人組みの警察官だった。
私を威圧的な目で見下ろし、一人は警棒で手の平を叩いている。

「観光客かい?ご両親は何処かな?」

私は黙って、成り行きを見る。正直、幸せな幻を中断されて、テンションは急降下した。

「黙ってないで、なんとか言いなさい」
「学校、サボってるだろう。何処の学校だい?先生に連絡しなくちゃな」

「親はここに居ないわ。学校にも行ってない。あんた達、どっか行きなさいよ。邪魔だから」

私の一言で、警察官の一人が私の手首に腕を伸ばしてきた。私は、手首を返してその手を払った。

「触んないでよ」

正直、簡単に二人を行動不能にする事は出来ると思うけど、銃を当然携帯してる警察官相手に大立ち回りをするわけにもいかない。

私は、二人に挟まれる形になったが、ゆっくりと財布から紅いカードを取り出して、見せつけた。

「私は、ネルフ独逸支部所属のセカンドチルドレン。何なら連絡とって。まあ、連絡したら、あんた達、私にペコペコ頭下げなきゃいけないと思うけど?」




■ ■ ■ ■




ぐだぐだとそれから三十分以上の時間を取られて、私は漸く解放される。
最終的にはミサトに電話をして、その携帯を警察官に押し付けることで対処をした。
カードを見せても、私を不良少女だと判断していた彼らは、私の話を殆ど相手にしなかったのだ。

ミサトなんかに借りを作ることになった私の機嫌は、急降下した。
バックは欲しかったが、もうそんな気分では無かった。
ウィンドウショッピングを早々に止め、景観が良いところにでも行って気分を晴らそうとした。

私の目的地は、ある坂の上の広場だった。幼い頃に、母親に連れて行ってもらったことも有る場所で、気分が悪い時には、良くそこに一人で行っていた。

そこに向おうとした私は、その広場がある坂の下で、車椅子の少年を見つけた。
銀色の髪の少年は、坂の上を見上げながら、何だかため息を付いている。
どうやら、坂の上に行きたいが、車椅子に乗っているために、それ以上進めないらしい。

私は、何となく可愛そうになって、少年に話しかけた。
「あんた、大丈夫?坂の上に行きたいわけ?」
振り向いた少年の顔を見て、驚いた。彼の目の虹彩も瞳孔も紅かったからだ。

彼の容姿は、私のライバルである、日本の第三新東京市に居るはずのファーストチルドレン、綾波レイを思わせるものだった。綾波レイは、私とは違って、もう5年も前にファーストチルドレンとして登録されている。
ネルフの総司令である碇ゲンドウの秘蔵っ子として知られている。

私は、嫌なもの見つけた、と瞬間的に思ったが、一度声を掛けているのだ、放り出すのも気が引けた。
少年の服装が、寝巻きの上にカーディガンを羽織っているだけという、保護欲を駆られるものだったという事も私の感情に輪をかけた。

私は、驚いたような顔をして私を見て黙っている彼に、変な奴だ、と思ったが、取り合えず彼の車椅子を押す事にした。
坂を暫く上ったところで、少年がぽつりと口を開いた。

「だ、ダンケ。そ、その、ありがとう・・・」

ん?今この子、変な発音のドイツ語の後に何て言った?小さい声で良く聞き取れなかったけど。

「もしかして、アンタ、日本人?」
私が、日本語で彼に話しかけると、彼は本当に驚いた顔をした。

「もしかして、君も?」

今度は、ちゃんと聞き取れた。こいつ、日本語喋ってる。同時に、私は呆れた。私の容姿を見て、日本人なんて思う奴が居るとは思わなかった。こいつ、馬鹿だ。

「あんた馬鹿ぁ?私の何処を如何見たら、日本人って思うわけ?」

「え、あ、いや。だって、日本語上手いし」

「ふーん、日本語が上手かったら、日本人ってわけ。私は喋れるだけ。確かに、日本人の血は流れてるけど、国籍は独逸よ」

「そうなんだ。ほら、僕だって、こんな姿をしてるから・・・。別に日本人だからって、黒髪に黒い目って訳じゃないと思うし」

なるほどね。確かに、彼の容姿は、私の想像の日本人像とは随分とかけ離れてる。
まあ、こいつはアルビノっていう先天性白皮症だと思うから、日本人でも相当珍しいと思うんだけど。
ちょっと言っている事が変だ。

「でも、良かったよ。日本語を話せる人に会えて。だって、病院からここまで誰も話せる人が居ないんだもん。
 僕の名前は、渚カヲル、っていうんだ。宜しく」

「私は、惣流・アスカ・ラングレー。付き添いの人とか、居ないわけ?あんた、ここまでどうやって来たのよ」

「新市街から、朝、一人で病院を抜け出したんだ。だから、僕一人なんだよね。凄い、迷っちゃってさ。ここが何処かも判らない・・・」

「あ、あんた、真性の馬鹿ね。言葉も録に喋れないのに、どうやって帰るつもりだったのよ」

新市街からここまで車椅子で来るとしたら、二時間は掛かる。こいつ一人では、電車にも乗れなかっただろう。

「ほんと、途方にくれてたよ。それで、取り合えず、高い所に上ったら、今どの辺に居るか判るかと思ってさ。簡単な地図なら頭に入ってるんだ」

ちょっと得意げな顔をした彼に、私は引きつった笑顔を浮かべた。

「真性の馬鹿って言った奴を、これ以上罵倒する言葉がとっさに思いつかないのは、私の言語能力に問題がある訳では無さそうね。ホント、何て言ったらいいか判らない・・・」

「本当にアスカに会えて、良かったよ!病院まで頼むよ、この通り!」

両手を合わせて私を拝むこの馬鹿が、私が車椅子から手を離して、坂を一人で急速に下っていく姿を思い浮かべた。



■ ■ ■ ■



ネルフ独逸支部のある部屋で、一人の医師が受話器を取った。
短い報告を聞くと席から立って、ビルの20階からの景色を楽しむ。

本当に楽しそうに、笑顔を浮かべて、旧市街の方を見ていた。

「God's in his heaven --- All's right with the world」

神は天にいまし、すべて世はこともなし

男が口にした詩は、劇詩である「ピパ過ぎゆく」の一説であり、ネルフの無花果の葉を模したロゴの下に書かれたものだった。ピパという名の純真な少女が歌う唄で、罪を犯している男女の心をうつものである。

「原罪を負ったアダムとイブが、この空の下で偶然に出会う、か。
 神はただ天に居れば良いと、子供たちを使って、天に神を追いやる私たちに、神はまだ恩寵をたれるのか?」
 
男は、眼の上に手をかざした。遠い空の下で出会う二人を、まるで良く見ようとするように。



■ ■ ■ ■



坂の上の小さな広場で、私たちは一先ず休憩をした。休憩といっても、私は殆ど疲れていない。
私はこの程度の運動量でへこたれないし、カヲルの体重は、私よりも軽いだろう。
特に聞かなかったが、私より細いカヲルの手足は彼の長い入院生活を如実に物語っていた。
彼は反対側の坂の下に海が見える、とはしゃいでいるが、もしかしたら重い病気を患っているのかもしれない。

「アスカはさあ、何で、ここに来ようと思ったの?」
ベンチに座る私に、カヲルが問いかけた。

「何でって、カヲルが坂を上ろうとしてたんでしょ?私は、別に」
私は、自分の本心を隠した。拾ったお荷物に、話す事でもない。

「嘘だ。何だか、懐かしそうに広場を見てたじゃないか」

「勘が良い奴ね。まあいっか。ここは、思い出の場所なのよ。ママと一緒に遊んだ事があるの」

どうせ、今日一日の間柄だ。同じチルドレン候補にも隙を見せるようで話した事は無いけれど、一般人のカヲルになら、別に良いだろう。

「へー、良いお母さんなんだ」

「仕事、仕事のキャリアウーマンだったわ。とても凄い研究者だったの。
 だけど、私にはとっても優しかった。あのシーソーで遊んでくれた」

私は、古ぼけたシーソーを指差した。今は茶色に塗られているけれど、昔は青い色をしていたことを覚えている。

ふと、良い匂いが近所の家からしてきた。お昼ごはんの用意をしているのだろうか。
幼い子供の笑い声して、その家庭的な匂いと共に郷愁を誘う。
ママの足に抱きついて料理を待っていた自分は、もう遠い存在だった。

「もう、ママは遠くに行っちゃったけどね。私が、六歳の時に」

「会いたい?」

「そりゃあ、会えるなら、会えるなら・・・」

――会いたい

「死んじゃったもの。端的に言えば。察しなさいよ」

「そっか。変な事を聞いて、ごめん。僕はね。記憶が無いんだ。先生が言うには、記憶喪失なんだって。
 三ヶ月前に目を覚ましたんだけど、それまでずっとベットの上だったんだ。
 それに聞いた話だと、本当の両親は二人とも、セカンドインパクトで死んじゃったらしいんだ。
 名前だけ、鏡をずっと見てたら、思い出したんだ。
 僕にあるのは、渚カヲルっていう名前と日本語だけだ。だから、アスカの事がちょっと羨ましい」

「そう・・・思い出せると良いわね。色々と」

記憶喪失・・・、自分の名前だけしか覚えていないという彼は、本当は自分なんかよりもずっと不幸なのかもしれない。もちろん、綺麗な思い出だけじゃなくて、汚い思い出も忘れ去っているなら、自分よりもずっと自由なのかもしれないけれど。

湿っぽい話をしちゃった。私は気分を入れ替えようと、カヲルの背後にそっと廻った。

「海、見に行こう。馬鹿ヲル」
「うん」

私は 海に向う坂に向うと、坂の頂上で、カヲルの車椅子の手すりに両手を乗せて、カヲルの頭に寄りかかるようにして、上手く乗っかった。つまりは、私という支えが無くなった訳で。
車椅子は私とカヲルを乗せて、急速に坂を下りていった。

「アスカ、アスカ、ばヵ、馬鹿じゃないの!」

「こんなスピード、如何って事、ないわよ!」

うん、エヴァに乗って、輸送機から飛び降りたことに比べれば、どうってこと無い。




[26586] 第5話
Name: 二十二号機◆3ff6d448 ID:908f7153
Date: 2011/03/23 23:38
「でねでね、聞いてよ加持さ~ん。私、坂の下で上手くドリフトして、車椅子を止めたんだけど、
 カヲルったら、心の底から怖かったみたいで、震えてんの、あ、アスカ~って、だらしない声あげて。
 もう少しで、海に落ちちゃうじゃないかって、怒って」

車の助手席で、少女は頭の上で両腕を組ながら、昨日出会ったという少年の事を話す。
加持は、相槌を打ちながら、ハンドルを操作していた。
少女のドライブに行きたいという願いを適え、仕事の合間に時間を都合したのだ。

彼女の膝の上には、白いハンドバックがある。加持がアスカにセカンドチルドレンになったお祝いに買ってやった。
この頃の子供という奴は、ませたものだった。加持が子供のころには考えられないような値段だった。

「それで、お腹すいたっていうから、ホットドック奢ってやったの。
 朝から何も食べてないっていうから、可愛そうだったし。私も、まあ、ちょっとはお腹空いてたしね。
 食べながら、カヲルの奴、どうして、建物が海の中から生えてるんだろうって聞いてきたの。
 ほら、あの辺って、港として整備されてないから、海の中に昔の建物が放棄されてるじゃない?
 ほんと、何も知らない、お子ちゃまなのよ。まあ、記憶喪失ってことが原因だろうけど、
 それにしたって、セカンドインパクトの事も良く知らないのよ」

「まあ、カヲル君って子は、日本語しか判らないんだ、それなら、新聞もテレビも良く判らない。
 しょうがないさ。その、彼の担当医のミハエル・ガードナーって医師が、唯一、日本語を喋れたんだろ」

「うん。まあ、そうかもしれないけどさ。でね、私、からかってやろうと思って、言ってやったの。
 南極に隕石が落ちたって海面上昇したのが、政府の発表したことなんだけど、本当は、天使が南極で目覚めて、氷を溶かしちゃったんだって。
 それで、私は天使が目覚めても、二度と悪さをしないように、ヒーローとして訓練してるんだって」

「そんな事を、話しちゃったのかい?まあ、与太話だと思われただろ」

「うん。他の人に話したら、あんた、政府の秘密研究所に連れてかれるわよっても脅したの。
 そしたらね、私をすっごい冷めた眼で見て、僕が世間知らずだと思って馬鹿にしてるだろって、怒るのよ。
 私が信じられないなら、別に良いわよ~って言ったら、何なら証拠見せてみろよ、変身してみろって言うの。
 世界を救うのは、変身ヒーローか何かだと思ったわけ。
 ほんと、一般人って、そういう認識なのね。スーパーマンが世界を救うってほんとに思ってるのかしら」

「アスカが、正義の味方って言われてもそりゃあ、判らないさ。こんな可愛い女の子の肩に、人類の未来を背負わせてるなんて、俺だって今でも、信じられない。
 それで、彼は怒っちゃったけど、ちゃんと病院まで連れて行ってあげたのかい?」

「もちのろん!私は、モラルある現代人だもの。でもね、病院で別れる時に、カヲルの頬をひっぱたいちゃった」

「はは、アスカ、それは無いんじゃないか?」

「だって、加持さん。あいつ、病院に着いたら、看護婦に見つかって、車椅子取られちゃったのよ。 
 悪戯するなって。そう、あいつ、二本足で立ったの!歩けたのよ!私に散々、車椅子を押させてた癖に。
 それで、言うに事欠いて、何て言ったと思う?」

「何て言ったんだい?」

「苦笑いしながら、だって、僕が歩けるかって、アスカは聞かなかったじゃないかって。
 一度、押してもらった手前、言い出しにくかったしって」

「で、バシーン、と。痛そうだ」

加持はぷっと吹き出した。アスカは、直情的な女の子だ。我慢できなくて、叩いてしまってもしょうがない。

「そう、この馬鹿って言って、バシーンって。カヲルは、気弱な日本人の典型かもしれない。
 日本に行ったら、ああいう奴が一杯いるのかしら」

「いや、人それぞれさ。それで、カヲル君だって、謝ってただろ?」

「バシーンって叩いた後、何だか、ぼそぼそ、ごめん、とか言ってたわ。
 私、聞こえないフリして、さっさと帰っちゃったけど」

「きちんと謝罪を聞いてやらなくちゃな。アスカは美人で気立ても良かったから、彼はつい甘えたくなっちゃったんだよ。病院で、自分と同い年ぐらいの友達も、そうそう見つからない立場に彼は居るわけだし。
 今度、お見舞いに行ってやるといい。きっと相当、喜ぶと思うよ。
 彼は今、大海の底で哲学的にピリアー、友愛について悩んでいるはずさ」

「ピリアーねぇ。あの年代の子って、エロースだけじゃないかしら。それに、アガペーを、ママと加持さんに捧げるだけで、私は精一杯なの。友達への愛なんて、私には判らないし」

「アガペーは神が人を愛する愛さ。アスカも知ってるだろ?そして、神が人を無償で愛するように、人は人を愛さなくてはならない、というのがキリスト教の教えだ。
 アスカが、カヲル君の車椅子を自然と押したようにね。
 そして、アスカのアガペーはピリアーに通じるものだよ。
 アスカは、友達への愛がどういうものか、本質的に判ってる。自信を持って良いさ」
 
「そっかな。そうね、私、判ってるかも。判ってても、知らないふりしてるのかも。
 昔の友達がね、私に、セカンドチルドレンになっておめでとうって言ってくれたの。
 今まで、冷たい態度を取ってたのに。そういうものかしら」

「そうさ。後は、アスカが相手を友達だと思って、踏み出すだけさ」

でも、踏み出すってことは、私にとって、とても難しいことよ、加持さん。
そう言って、アスカは窓の外に景色に目をやった。

加持は、アスカの横顔を見つめて、ふと思案した。自分は、どのようにアスカを愛しているのだろうかと。
自分の愛は、父性愛に近いだろうか。
アスカの恋心を上手くあしらって、遊戯的な恋愛を彼女相手に仕掛けている気は無い。
この少女を相手に、火遊びするほど、自分は落ちてはいない。

だが、自分にとっての遊戯的な恋愛とは、常に自分への対価として、相手の愛でなく、価値ある情報を求めるものだった。命のチップを賭けたスパイ行為の一環として、遊戯的な恋愛を楽しんできたのだ。

そういった意味で、アスカとの関係は遊戯的な恋愛とも言えてしまうものではないか。
アスカの保護責任者という立場を利用しても、様々な情報を手に入れてきたのだから。
真実というパズルゲームを完成させるためには、アスカの保護責任者という立場は、悪くない立ち居地だった。

オペラの主人公であるドン・ジョバンニは危険な火遊びを繰り返し、ラストシーンでは、地獄に連れて行かれた。
自分も最終的には、そうなる運命だろう。そういった運命をもう自分は受け入れている。

だが、ジョバンニの様に、いつか地獄へと連れて行かれるにしても、その時は、彼とは違って、自分の足で地獄へと歩いてくつもりだった。

木々の下を通る時、偶然、アスカだけに日が当たり、自分は葉の影に隠れた。
それは、自分とアスカの立ち居地の違いを示している様だった。
自分は既に深い谷間の底に居て、少女は岸に立っている。

けれども、少女に幸せになって欲しいという気持ちは嘘じゃない、と思った。
少女の自分を求める眼差しは、弟に良く似ていたから。
両親を無くし、自分に縋る弟の眼差しに。



■ ■ ■ ■



アスカは加持と楽しい会話を楽しみ、目的地まで連れて行ってもらった。
郊外にある二階建ての一軒家。ママと私とが暮らしていた場所。

ママは当時既にパパと別居しており、私の世話はノーランドカレッジ出身の若いイギリス人のナニーが殆どしていた。それでも、私は優しいママが大好きだった。

加持さんには、車で待ってもらう事にした。
私が一人で錆びた門扉を開けると、荒れ果てた庭が広がっている。
だが、花壇だったところには、チューリップの細い葉が他の雑草に紛れながら覗いていた。
誰に世話をされなくとも、懸命に生き残っていたのだ。
強い子だ、と思った。きっと、今年も小さくとも綺麗な花を咲かせたのだろう。

この家は、私が居なくなっても、売らないで欲しいとパパに頼んだものだ。
パパは、泣きそうな私の顔を見ながら、頷いてくれた。
私は、そのことをとても感謝している。
新しいママが居るのに、昔のママを私は忘れないという娘の宣言を、良く受け入れてくれたものだ。

ポケットを探り、鍵を取り出した。この鍵は、ママにねだった宝石箱の中に、いつでも閉まってある。
他のアクセサリーに埋もれながら、いつか、私がこの家を受け継ぐ時をずっと待っているのだ。

真鍮のドアノブを廻して、中に入った。よろい戸からもれる僅かな明りだけが頼りだが、私の足に迷いは無い。
なぜなら、中の家具は、殆ど昔のままだからだ。白い布が掛けられてはいるが、当時の配置のままだった。
私は、記憶と重ね合わせるように、ひとつ、ひとつ見ていく。
昔、私が付けた床の傷跡を見つけて、当時の私が、駆け回っているように感じられた。

「ママ、私ね、セカンドチルドレンになったの。夢が適ったんだ」

私は、ママに語りかけるような口調で、ママへの報告を始めた。
暗がりの中から、ママがふと現われることを期待しながら。

ママは、お墓には居ない気がしたから、此処に来た。
ベットの上では、もう母と呼べる意識は無かったから、埋葬されたのは母の体だけだと、幼い頃から思っている。

「大変だったのよ?本当に、大変だった」

――そう、アスカちゃん、頑張ったのね、と声が聞こえるような気がした。

「みんな、ライバルでさ。でも、私、一人で頑張ったんだ。
 どんどん、ライバルが少なくなっていく中で、私、生き残った」

そう。私は、誤謬では無く、生き残ったのだ。幼い私に、訓練は辛いものだった。
吐きそうになる気持ちを抑えつけ食物を飲み込み、棒の様に動かない足を無理やり動かし、疲れた頭を、一生懸命回転させた。

「何度も泣きたくなったけど、泣かなかった。泣くのは弱い子だって思ったから。
 でも、私は本当は羨ましかったのよ?泣けるってことは、誰かに涙を拭ってもらえるってことでしょ?」

私は、二人掛けのソファーに話しかけた。そこには、ママと一緒に笑顔で座る私と、ママのエプロンを被って、独りで泣いている私が居るようだった。

ママと一緒に居る私は、無邪気に何も考えずに、絵本を読んでもらっていた。
泣いている私は、マドレーヌを焼いてくれると言って居なくなった母の、残り香にしがみ付いていた。

私は、泣いている自分に手を差し伸べたかった。
アンタは将来、誰からも認められるセカンドチルドレンになるの。
ママの造ったエヴァンゲリオンに乗って、敵と戦うのよ、と言ってやりたかった。
それに、優しい初恋の人にだって会えるんだから、と。

私は、二階の自室へと歩を進めた。自分の机の上に掛かる布を取り、
一番下の引き出しを開けた。
そこには、一通の便箋と万年筆、ママのエプロンが入っていた。

そっと手紙とエプロンを取り出す。
エプロンに鼻を近づけてみると、ママの優しい肌触りと微かに残ったママの好きだった香水の香りがした。
一度、大きく息を吸って、ママの香りに包まれる。ママが、抱きしめてくれたような気がした。

鎧戸を開け、新鮮な風を通す。
窓の外では、初恋の人が、車の側で煙草を吸っている姿が見えた。
明るい日差しの下で、私は手紙を読んでみる。

手紙には、チルドレンになった私へ、と書いてある。

――チルドレンに成って、私はママの願いを適えましたか。
  ママは、色んな人々を守る仕事をしていました。
  私も、色んな人を守っていますか。
  最後になりますが、この手紙を読んだら、私に返信を下さい。
  私はとても寂しいです。

拙い言葉が、綴られている。未来の私から、手紙が届くと本当に思っていたのだろうか。
いや、当時の私は、押さえ込んだ寂しいという気持ちを、文字にしたかったのだろう。

私は、少し思案しながら、ペンを手に取り、キャップを外した。

――昔の私へ。
  私は、セカンドチルドレンになる事が出来ました。
  胸を張って良いのよ。私は、選択を間違っていなかったのだから。
  今日は、初恋の人に車でここまで連れてきてもらいました。
  友達だって、大勢居る・・・ううん、これは嘘。
  そんな事言っても、あなたは知っているんだものね。
  嘘を付く意味が無いか。
  時折、寂しいと思う事もあるけれど、これが私の選んだ道でしょう?
  だから、後悔はしていない。
  カヲルっていうんだけどね、友達だって出来るのよ。
  未来はまだ判らないけれど、私は幸せになるつもり。

  またね

カヲルが、友達。うーん、昨日会ったばかりの子を、友達として良いのか、と思ったが、書いてしまったのだし、名前を借りることにした。

しかし、私はまた未来に手紙を書いているのか。これは、実現できるだろうか、と頭を悩ませた。
まあ、カヲルなら落としやすいだろう。彼には、私の未来に巻き込まれてもらうことにした。
巻き込まれても、損にはならないはずだ。私という美人と友達になれるのだから。

ママのエプロンをきちんと畳み、と便箋一緒に元のところにしまう。
そして、窓辺によると、窓から身を乗り出した。

「加持さーん」

私が手を振ると、加持さんが困ったような笑みを浮かべながら、手を振ってくれた。




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