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[25858] 【チラ裏から】闇色の竜王【とある魔術の禁書目録 再構成】
Name: sin◆27e4a7ca ID:910379ba
Date: 2011/03/14 21:38
※その他板のみなさんこんばとら。チラ裏から移行して参りました。
※更新待ってる人は、いたらもう少し待っていただけるとうれしいでふ。なかなかラストが書けない。駆け抜けない。



どうも始めまして、sinです。
某とあるssを読んで滾ったのでその場の勢いで書いたモノです。
故に脈絡もなくたいしたオチもありません。
投稿も初めてです。
一方通行性転換要素もあります。
そんなおかしなものが読んでみたい、という人だけお読みください。



ああ、ついでに言えば処女作ですので。

2011年2月6日 とある魔術の禁書目録 掲載開始
2011年2月11日 とある魔術の禁書目録 完
2011年2月12日 とある魔術の吸血殺し 掲載開始
2011年2月24日 とある魔術の禁書目録 NG集01 を掲載
2011年3月14日 その他板に移行



[25858] とある魔術の禁書目録 01
Name: sin◆27e4a7ca ID:910379ba
Date: 2011/02/06 21:02
  1



「うまい」

 七月二十日。夏休み初日。上条当麻は学園都市のとある学生寮の一室で思わずそう呟いた。
 上条の手にはやわらかな湯気を漂わせる白いマグカップ。カップの中身は黒い深淵の液体。昨日買ったばかりのコーヒー豆で作ったものである。

「たまには上品な味も悪くねェけどよォ」

 上条の目の前、ガラステーブルを挟んだその先には、病的なまでに白い肌、色素の抜けきった真っ白な髪、血を塗りたくったかのような赤い瞳――所謂アルビノに、少し奇抜なデザインをしたブランド物の服をを身に纏った一人の少女。
 骨の白と、血液の赤の少女。

「俺はいつもの缶コーヒーのが好きだけどなァ。あの安っぽい味がたまンねェ」

 そう言って少女――鈴科百合子も赤いマグカップに入ったコーヒーを口に運んだ。
 鈴科のコーヒーはブラック。対する上条のコーヒーには砂糖もミルクも入っている。
 上条はなんだか、ダンディズムやら男らしさやらが目の前の少女に負けた気がして、本日の超絶ラッキーな星座占いに反する不幸っぷりさも合わさって激しく凹んだ。今朝方帰って来るなりいつものように突然暴走した鈴科により風呂場は崩壊し、その余波でテレビに拡張コネクタを経由して接続された何台ものゲーム機は全滅したし、本棚(こころ)に収められた漫画(ゆめ)は切れ切れなってに部屋を舞い、雑多だった部屋は騒然となった。当然のごとく高まった怒りは、鈴科と激突寸前にかかってきた、鈴科曰く『空気の読めねェ』担任からの補習宣言(ラヴコール)という新たな不幸により萎えてしまった。
 上条当麻は不幸である。
 占いは必ず外れ、おまじないは成功したためしがない――どころではなく、建設途中のビルの脇を通れば鉄骨が降り注ぎ、それをやり過ごしたところにコンクリートの壁が倒れてくる。道路工事中の道の近くを通ればマンホールに落ちるし、工事などしていなくとも落ちる。道を歩けばトラックが突っ込み、乗り物に乗れば事故を起こす。
 上条当麻は不幸である。
 というよりも、不幸というか運がないというか、むしろ最悪を引き込んでいるようでもあった。
 日常的に死の影を見て取れる日々を送っている上条は、だから運に頼ることはなく、着実に確実に理を詰めて、下準備を怠らず、慎重に慎重を重ねて絶対的に物事を成功させる、ガチガチに相手の足下を固めたコンクリートマッチのような生き方をしていた。絶対に勝てる戦いしかせず、勝ち目がなければ勝ち目を作り、それでも負ける要素が一片たりともあれば絶対に勝負をしない。無様でも逃げ、必ず生き残り、入念に準備を重ねて次の機会を待つ。
 上条当麻は己の運を信じず、己の頭脳と身体だけを信じているのである。
 もっとも、『ここ』に来てからはそういうものは減り、女性がらみの不幸事が増えたが、これは自業自得なので上条にも何も言えなかった。
「何を鬱ってンだよ。悪かった、謝るからさァ」
 珍しくも鈴科は眉を八の字に曲げ、困った風な声を出した。上条としても驚きだ。
 とは思っているものの、立場や能力もあって普段は傍若無人に輪をかけたような鈴科だが、なんだかんだ口では言いつつも上条には弱いのである。知らぬは本人ばかりだが。

「別にもう怒ってねえよ。熱くなったのは俺もだし」

 かく言う上条も鈴科には弱く、身を乗り出してガラステーブルの向こう側にあるその白い髪をくしゃりと撫でた。

「じゃあいいけどよォ……」

 照れくさそうにはにかむ鈴科を見る上条としては、こんな女の子のような(ようなもなにも女の子なのだが)彼女を見る事が出来る人間が自分だけなことに身が焦げ付くような幸福感を味わっていた。やばい超幸せ。先程までの不幸感は既にもう無い。上条は良くも悪くも馬鹿だった。

「荷物もあらかた持ち込んだよな。もう向こうには帰らねえのか?」

「ン? そうだなァ、もォちょっとか。あと一回くらい行けばいいだろ」

 鈴科百合子は上条当麻の同居人である。
 とある事情で知り合った二人は、いつの間にか友達になっており、いつの間にか常に一緒にいるようになり、いつの間にか鈴科が上条の部屋に入り浸るようになり、いつの間にか部屋に鈴科の私物が増えていき、さすがにこのままずるずると行くのはどうかと思った上条が鈴科と話し合い、鈴科の個人的な事情もあって同居することに至ったのだった。現在は鈴科の部屋から荷物を少しずつ、手荷物で収まる程度の量を運び込み、ばれないように移動しようとしていた。それももうそろそろ終わる頃である。
 上条は少し感慨深げに自分の部屋を見回した。
 フローリングの床、壁際に配置されたベッド(ちなみに、この部屋に他に寝具はなく、上条がベッド以外で寝ることはないし、鈴科がいるときもそれは変わりないし、鈴科もベッドで寝ている)に、二人で囲んでいるガラステーブル、部屋と隣接したキッチン、トイレ、浴室(鈴科によって崩壊しているが)、ゲーム機群(同じくその余波で壊れた)。

(…………いや、許すけどさあ)

 再度わき上がってきた怒りを静めるべく、再度コーヒーに口をつける。

「……うまい」

「そうだなァ……」

 おいしいコーヒーは豆から。何事も最初が肝心なのだ。
 流れる空気はまったりと、穏やかで、暖かだった。
 彼らはこの空気を好んでいた。
 高校生にしては非日常(デンジャー)な日々を送っている彼らは、だからこそ普遍的で命の危機のない、それでいて慌ただしさもなく、ゆっくりと、まったりとした時間を愛していた。
 老成しているのかもしれない、と上条は思う。
 今までの壮絶な生き方が、彼らの精神を強く――或いは摩耗させたのかも知れない。
 それはこれからも続いていくのだろうが。
 だから、このゆっくりした、森のような静けさがもっと続けばいいと、上条はまたカップに口をつけた。
 上条当麻は不幸である。
 当然、彼の願いなど叶うはずもなく。
 その望みも、このゆったりとした時間も。
 ――もうすぐ後には、崩れることとなる。


  2


 ふー、といろんな情緒やらなにやらを込めて溜息を吐き出し、上条は立ち上がった。

「んよし、ちょっと早いけど俺もう学校行くわ」

 部活動に所属していない上条が夏休み初日に学校に行く理由はたった一つ、担任からの補習命令が下ったからである。いつもならそんな面倒なものはスルーあるのみな上条ではあるが、さすがに退学がかかっているとあれば別である。学園都市外であるならばまだ生きていく術はあるだろうが、ここ学園都市は学生の街である。科学者でもない未成年者が学生以外で生き抜く術はない。よって上条は嫌々ながら担任の呼び出し(ラヴコール)に応じるのだった。ちなみに、鈴科は学校に通っていない。一応名門校らしきところに籍を置いているが、その生来の気性もあって当然行くはずもなく、それでも彼女はその立場もあって許されていた。
 実に羨ましい話だった。

「お、ちょっと待てよ、俺も一緒に出る」

 慌てて残ったコーヒーを流し込み、既に飲み干されていた上条のカップも持ってキッチンに行く鈴科。

「ああ、そういや『妹達(シスターズ)』の所に行くんだったか?」

「おう。あ、布団干しといてくれや」

「えー。別にまだ良いだろ?」

「馬鹿野郎。俺も使うンだぞ」

 それもそうか、女の子だもんな、と持ち前の女の子第一主義(フェミニスト)を持ち出して、家主権限を持ち出さない上条。布団を持ち上げる。なるほどすこし匂いが付いているか。まあ俺の匂いはともかく、百合子の匂いは良い匂いだなあなどと変態モードに移行しつつベランダに繋がる窓を開けると――
 ――なんか白いのが既に引っかかっていた。

「…………おう?」

 いや、というか白い服を着た少女だった。

「いやいやいやいや、ねーよ」

 意味が分からない。意味不明だ。少女は、なんというか鉄棒の布団干し振りのような感じで、まんま布団のようにぐったりしていた。
 年の頃は十四、十五、くらいだろうか。外国人のようで肌は白く、鈴科とは違い髪は長い銀色であるようだった。服装は見たことのない、一見して純白に金の刺繍が入った修道服のようだった。

「シスター属性……さすがの上条さんも未知の領域だぜ……!」

「何言ってンだオマエ」

 おうふぁっ! といきなりかけられた声に驚く上条。そんな上条を放っておいて鈴科が引っかかっている少女を片手で引き摺り起こす。手荒い、優しさの欠片もない起こし方だったが、鈴科相手ならば問答無用で吹き飛ばされないだけ良いか、とその行動を容認する上条。

「おい、起きろガキ」

 ぴくり、と少女の頭部が動き、ゆっくりと持ち上がる。
 開いた瞼の下からは緑の瞳がのぞき、外国人を見慣れていないこともあって思わず上条鈴科二人揃って覗き込んでしまう。

「ォ、――――――――」

「お?」

「おなかへった」

 そのまま外にぶん投げようとした鈴科を上条が静めるのに五分ほどかかったのは、まあ上条としてはともかく、少女の心に深い傷を負わせるに十分だった。。


 3



「まずは自己紹介をしなくちゃいけないね」

「……いや、まずは何であんな所に干してあったのか――――」

「私の名前はね、インデックスって言うんだよ?」

「誰がどォ聞いたって偽名じゃねェか! ぶっ殺されてェのかガキィ!」

「ヒィ!」

「まあまあまあまあ」

 猛る鈴科。怯えるインデックス。宥める上条。
 実にスムーズな流れだった。
 流れ作業だった。

「それで、君は何だってあんなところで干されてたのかな?」

 お得意の対年下少女モードに移行した上条がインデックスと名乗った少女に訊ねた。これで顔がやばいことになっていたら即犯罪者のレッテルを貼られる構図である。

「あんなところと言われても、私はここが何処かも分からないし……」

「んー?」

 思わず首をひねる上条。確かに彼女からは学園都市の『住人』特有の『匂い』がしない。というかそもそも、彼女はどうやって学園都市に入ったのだろうか。刑務所程しっかりしたものではないがこの学園都市は三六十度ぐるりと外壁に囲まれている。ふらふらと迷い込めるような場所じゃない。その上、刑務所とは比較にならないような警備体制も引かれている。三基の人工衛星によって街の様子は絶えず監視されているし、内外の人の出入りは完全に走査(スキャン)されており、門(ゲート)の記録と一致しない場合は、即座に警備員(アンチスキル)や風紀委員(ジャッジメント)が向かうようになっている。街中に監視カメラが設置してあるし、さらにレベルの高い極秘事項として統括理事長直通情報網、『滞空回線(アンダーライン)』が常に学園都市の様子をリアルタイムで統括理事長に伝えている。どんな変態都市だとは思うものの、かなり厳重な監視体制であるのは間違いない。
 まるで脱走者を逃さぬように、そういう作りになっている。 
 とは言ったものの。実際侵入者はわりといる。
 見逃されているのだろう、それが上条の意見だった。もしかしたら、むしろ招かれているのかもしれない。

「えっとね、ここは学園都市って言うんだけど……」

「がくえんとし?」

 うん、と頷いて。

「そう。学園都市。学生の街だよ。何百という小中高校がひしめき合って出来てるの。いろいろやっててね。超能力の開発なんかもその一貫だよ。超能力と科学の街ってね」

「超能力? 超能力があるの?」

「あるよ。俺は使えないけど。まあそんなに面白いものじゃないよ」

 あってもどうと言う事はない。少し生活が便利になる程度だ。上条としては超能力などその程度の物でしかなかった。

「ンで? オマエは何であンなとこで干されてやがったンですかァ?」

 脱線していく話に我慢ならなくなったのか、普段女の子と話す時は全て上条に任せている鈴科が起動修正をはかった。それで話がズレている事に気付いた上条も目線で問いかける。

「別に日光浴をしていた訳じゃないんだよ」

「ああ、お腹が空いてるんだったね。いやでもそれにしたってあんなところで行き倒れる?」

「落ちたんだよ。ホントは屋上から屋上へ飛び移るつもりだったんだけど」

 屋上? と上条と鈴科は同時に天井を見上げた。当然屋上が透けて見えるわけでもなく、見えるのはまだシミのない真新しい天井だけだった。ちなみに、真新しいのは天井だけでなく壁紙や床のフローリング、インデックスが干されていたベランダの手すりも、基本的に新しいものばかりである。理由は言うまでもなく上条と鈴科が暴れた結果によるものだ。

「なんでそんなことを?」

「仕方なかったんだよ。ああする以外に逃げ道はなかったし」

「逃げ道ィ?」

 なんだかきな臭い感じがしてきた話に鈴科は思わず眉を顰めると、インデックスは子供のように「うん」と、

「追われてたからね」

 平然と言ってのけた。

「…………」

「…………あー、まあたしかに君からは学園都市特有の匂いはしないから外部の人間だろうとは思ってたけど。追われてたって、風紀委員(ジャッジメント)とか警備員(アンチスキル)かな?」

 まさか暗部……ということはあるまい。多分。上条はそうであってほしいと願った。

「ううん、魔術結社」

「…………………………………………」

 今度こそ、二人とも言葉を失った。
 さすがに科学万能の都市、学園都市に長く住んでいる二人である。そんないかにも妖しげで胡散臭げなもの信じるわけがない――ではない。

「魔術結社か……それはまた厄介なものに追われてるなあ」

「しかもそンな時にこんな面倒くせェとこに侵入なンかしてんじゃねェよ」

 二人とも、信じたからこそ言葉を失ったのである。
 そんな二人の対応に、こんどはインデックスが言葉を失う番だった。

「え? え? 信じちゃうの? だって魔術だよ? 超能力と科学の街、だなんて、そんな所に住んでるんなら、そんなのいかにも対極で、嘘くさく聞こえちゃうモノじゃないの?」

「うーん、そう言われてね。何度か目にもしてるし、知り合いにも何人かいるし」

「何人かぶっ殺したこともあるよなァ」

 ちょっと困ったように言う上条に、鈴科が物騒な補足を付け加える。

「あ、ありえないかも! こんな魔術の天敵みたいな街で魔術師なんか
と出会うはずがないんだよ!」

「うーん、まあ、確かに学園都市外(そと)で会った奴らのが多かったけど、学園都市内(なか)でもいる時はいたよ?」

「じゃあ会わせてほしいんだよ! イギリス清教なら尚更!」

 興奮しているのかどんどん声が大きくなる彼女、けれどそう言われると二人としても弱かった。

「いやごめん一人は隠れ住んでいる身だし、一人はスパイで誰にも言っちゃいけないらしいから」

「でもあいつイギリス清教とか言ってなかったか?」

「え? そーだっけえ? ……ええ? そーだったかなあ」

 しばらく悩んだ上条は「うん。けどやっぱり」と前置いて、

「紹介は出来ない。ごめんね。こちらの事情にも関わってくるから」

 そう、言い切った。

「珍しいじゃねェか。女の頼みごと断ンなんてよォ」

「まあ、あいつの仕事の紹介がなけりゃ食ってけねえからな。苦渋の決断だったぜ……」

「……そォかよ」

 最終的にそうなったとはいえ、食い扶持と今知り合ったばかりの女の子を天秤にかけて苦渋の決断と言い切ったのである。やっぱコイツ女絡みだと半端ないわァ。鈴科はそう思ったが口に出す事はなかった。自分もそういうクチで知り合った仲だからである。質として少し違う気もするが。 

「……だったら、やっぱり、信じない。信じるに値しない」

 証拠がないから。
 ひどく、簡単な、それだけの話。
 上条は女性には何の差別もなく何の優劣もなく、平等に無償であらゆる事をしてあげる、そんな信念を持っていた。その分男性には特に何の感慨も感情も抱かず、道端の石ころを見るような無関心さを併せ持っている。何のことはない。女性は美しく愛らしく、男性は美しくなく愛らしくないからだ。
 故に、上条に男であるスパイ魔術師を優先するようなことはないのだが。
 けど、それでも、上条にも義理と人情の、任侠の精神はあった。
 約束は守る。それが男であっても。
 …………ただ、相手は『背中刺す刃』。自称嘘つき、であるが。

「つゥか今更だけどよォ。オマエ時間大丈夫かよ?」

「あ? ……おお!? 時間切れ(タイムアップ)、っつうか退学決定(ゲームオーバー)かあ!?」

 そうなってはまずい。最悪、学園都市を出る必要がある。不良集団(スキルアウト)や暗部に落ちるのはまっぴらだ。……まあ、出してもらえるかはいまいち自信がないが。

「ンじゃあそろそろ出るか。ほらテメェもだ」

「ええーっ!? おなかすいたおなかすいたー! 何か食べ物恵んでー!」

「俗物に染まりまくりじゃねェか。ったく、そンじゃあ……」

 嘆願するインデックスに面倒くさそうに返して周りを見回し――。

「これで我慢しとけ」

 ――踏まれまくって原形を留めていない酸っぱい焼きそばパンを拾い、インデックスの鼻先に突きつけた。

「なにナチュラルに賞味期限切れのヤツ渡してんですかあ!? こっちにしときなさいこっちに!」

 そのまま齧り付きそうだったインデックスから焼きそばパン(賞味期限切れより四ヶ月と十七日目)を取り上げ、冷蔵庫から取り出したロースハム(未開封)を渡す。インデックスは何の躊躇もなく食らいついた。

「あぐっ! あむっはむはむあむあむ…………」

 豪快な食べっぷりだった。
 そして実においしそうに食べる少女だった。
 そんなにおなかが減っていたのか……。上条は先程現れた任侠精神がぐらついているのを感じていた。あくまで上条の中で女性は越えられない壁に守られているのだ。男性はさらに登り切れない坂の下に位置している。上条はフェミニストだった。

「ガキ。食いながらでいいから、早く出ンぞ」

 鈴科は特に男尊女卑主義でも女尊男卑主義でもなかった。彼女は王者。彼女以外はすべて格下、雑魚、眼中にない存在である。上条くらいであろうか。彼女が肩を並べられると感じた者は。これでもマシになった方だ、と上条は思う。昔は本当に何も同じ高さに映さず、頂点にいながら高みを目指す哀れで無謀で無意味な存在だったのだから。
 動きそうになかったインデックスの背中を押して、三人そろって部屋を出る。上条の行動はゆったりしていた。諦めたのである。諦めの早さはこれまでの人生で身についたものだ。

「インデックスちゃんはこれからどこに行くの? なんなら百合子と一緒にいた方がいいんじゃないかな? これでも核保有国とガチンコ勝負しても圧勝しそうな感じの子なんだけど」

 追われてるならそうした方が……という上条に、けれどインデックスの目は胡乱げだった。無理もないとは上条も思うものの、真実なのだから仕方がない。敢えて言うならば、そんな人外じみた超能力(ちから)を持っている鈴科が悪い、と上条は責任転嫁した。女の子に嫌われるのは嫌だった。

「いいよ、そこまで迷惑はかけられないし。この『歩く教会』が発信器にもなっているんだよ。でも法王級の防御力は正直捨てられるようなものじゃないし、それに……信用できないからね」

 彼女は首を振ってそう言った。信用できないというのが嘘か真かは二人にはわからなかったが、彼女が自分たちを頼ることはなさそうだということはわかった。

「教会をね、目指してるんだよ。イギリス清教の。日本にはイギリス清教の教会なんて無いに等しいから最終的にはロンドンが目的地になっちゃうかもね。でも教会が見つかれば、それまでの勝負だよ」

 彼女の目は強かった。二人が口を挟めない程度には。
 幼い身ながら大した物だと、上条はどこか達観する。
 自分がこれぐらいの時、鈴科が側にいなかったらどうなっていただろうかと考えて、襲い来る寒気に想像するのを止めた。考えても詮無いことだし、今自分の側には彼女がいるそれでいいではないか。
 それでいい。はずだ。
 少なくとも、目の前の少女のようには成れなかっただろうから。

「それじゃあね!」

 そう言ってインデックスは走り去った――――。

「ひゃい!? なんか変なのがきた! こっちこないでー!」

 ――――何故か掃除ロボットに追われて。




[25858] とある魔術の禁書目録 02
Name: sin◆27e4a7ca ID:910379ba
Date: 2011/02/07 21:31


4


 「はーい。それじゃ先生プリント作ってきたのでまずは配るですー。それを見ながら今日は補習の授業を進めますよー?」

 この担任教師ともすでに一学期ほど(もっともあまり上条は学校に来ないので会うことは少ないのだが)の仲になるが、どれだけ彼女のことを見慣れようがその違和感が消えることは無い。
 月詠小萌。身長は百三十五センチ。だいたい上条の腰あたりに頭がくるトンデモ教師である。
 いや、彼女、確かに成人はしているらしいのだ。運転免許は見せてもらったし、教員免許もちゃんと持っていた。酒と煙草も嗜んでいるし(嗜むというか、暴飲暴吸)、知能指数も実に高く、上条など足下にも及ばないほどであった(このあたりは、飛び級しまくった幼女、という線もまだ消えてはいない)。けれど信じられない。魔術師云々よりもこっちの方が信じられないよインデックスー! 『虚数学区では不老不死の研究が完成していてそのサンプルが小萌先生だ』などという噂まで流れているほどである。鈴科も二五〇年法の被験者ではないかと疑っていたほどである。実際は能力実験も、その他の妙な実験も受けていないらしい。が、あくまで小萌先生本人の主張であることを覚えていてほしい。

「おしゃべりは止めないですけど先生の話は聞いてもらわないと困るですー。先生、気合いを入れて小テストも作ってきたので点が悪かったら罰ゲームはすけすけ見る見るですー」

「せんせー。上条さんは透視能力(クレアボヤンス)専攻ではないのでー、すけすけ見る見るは遠慮させていただきますー」

「はいー。けれど上条ちゃんは記憶術(かいはつ)の――というか、ほとんどすべての授業単位が足りないのでどのみちすけすけ見る見るですよ?」

 うわあ、と上条はリーマン教師の営業スマイルに絶句する。小萌先生は自分の右手について知っているはずなのにどうしてこんな意地悪をするのだろうか。来なければよかった。

「……むう。あれやね。小萌ちゃんはカミやんが可愛くて仕方がないんやね」

 と、突然隣に座っていた――――えー、と、なんて名前だったか。まあとにかく、青い髪にピアスを付けた長身の男が口を挟んだ。
 どうでもいいが、変な渾名を付けないでほしいものだ。あの金髪グラサンアロハシスコンにゃーにゃー男を思い出すから。まさかとは思うが、広めているではあるいまいな。そういえば、インデックスとの話にも出てきたスパイ魔術師もこいつだったか。今日は行く先々でこいつが思い出されるなあ。男なのに。気持ち悪。
 だがそう言われるのは悪くない。むしろ良い。

「それはうれしい限りだぜ。なんたってこんなに可愛い子(?)だからな」

「そうやね、小萌センセのロリ可愛さは他の追随を許さんとですよ!」

「小萌センセーマジ可愛い!」

「小萌センセーマジ可愛い!」

「も、もう! 大声でそんなこと言わないでくださいーっ!」

 ほぼ初対面でこの息の合いっぷり。上条はソウルメイトを見つけた気がした。
 …………上条が男相手にこんなに感動(感情が揺り動くの略)したのは彼が初めてである。


5


 補習も終わり(まあ上条は完全下校時刻居残りさせられる予定だったのだが、お察しの通り、逃げてきた)、上条は部屋への道すがら、少し遠回りをして入浴道具を買いに出ていた。鈴科が暴れて浴室が崩壊した際、ついでとばかりにすべての入浴道具が消し飛んでいた。いったい何をすればそうまでなるのかと問いかけたいところだったが『鈴科百合子だから』の一言で納得してしまえる自分がいることに気づき、やめた。上条は無駄なことはしない主義である。だが人生における息抜きは大好きだ。道楽好き、と言い換えてもいい。と、まあそんなことで、今夜の入浴を銭湯に決め、そのためにも入浴道具を買いに出ているのだった。鈴科の分も。
 そんな道すがら、である。
 そんな道すがら、上条はとある人気の少ない公園を通りかかり――。

「お? そこにいるのは佐天ちゃんかな?」

「か、上条先輩!?」

 佐天涙子を見かけたのである。
 一人ぼぉーっと自分の携帯を見つめている佐天を訝しく思い、声をかけた次第であった。
 とはいったものの、上条は特に相手が不審な行動をして無くても知り合いの女の子に声をかけるが。知り合いじゃなくても声をかけるが。
 どこかひどく焦っている彼女になんとなーく危ないところであったような、そんな気がすると自らの鍛え抜かれた第六感が告げている。なんであろうか。

「なんかあった佐天ちゃん? すんごい慌ててるけど」

「え!? いえ!? 別にそんなことないですよ!?」

「もしかして佐天ちゃん、彼氏でもできた? だとしたらそいつ殴りに行くから居場所教えてくれない? あ、違った。撲殺しに行くから」

「ええっ!? ちょ、なんでそうなるんですか! 違いますよ!」

「あ、違うの? よかった。寮帰ってから泣き崩れるところだった」

「なんでそうなるんですか……」

「だって俺の佐天ちゃんがほかの男のものになるなんて……おっと殺意が迸ったぜ」

 俺の佐天……と、ぼそぼそ呟きながら赤くなる佐天に上条は気づかない。まあ気づいたところで増長するだけなのでいいのだが。

「しかしピンクな妄想で浮かれてる訳じゃないのか……と、なると…………」

 ちらり、と様子を窺って、

「なにかやましいことでもしていたのかにゃー?」

 悪戯っぽくにやついた笑みで尋ねた。

「うぐっ」

 ぴたりと止まった佐天に核心を衝いたことを感じた上条はそのまま畳み掛ける。

「何をしてたの? 正直に先輩に言ってみな」

「………………」

 佐天としても、ちょっと言えない事であるのは確かだった。それがやましいことに感じるのは間違いのない事実なのだ。信頼している先輩ではあるが、同時に、軽蔑されるかもしれないと思うとどうしても言い出せなかった。
 しばらく無言の時が流れる。公園に他に人はいない。流れる風に人工的に植えられた木々がざわめく。今日は風が強いらしい。上条はそれ以上何も言わない。佐天が話すの待っているようだった。
 佐天にも、上条の待つという行為が自分への信頼なのだと、感じ取れた。
 口を開いたのは、上条の信頼に応える形となった佐天だった。

「あの、……上条さんは、幻想御手(レベルアッパー)って知ってますか?」

「知らない」

 即答だった。上条は興味のない事柄にはとことん無関心だ。女性の美容健康法とかなら話のタネに仕入れているかも知れないが。

「……ネット上の都市伝説の一つです。その名の通り、能力のレベルを上げるものだって」

「ほお、そいつは凄いね。ま、上条さんには関係のない話だろうけど。それで、そういうことを言うってことは、持ってるの?」

「…………はい。それで、使おうか迷ってて」

「はあん……」

 これはどうしたものかねえ、と考え込む上条に、佐天はそっと上目遣いで、おそるおそるといったふうに問いかける。佐天の口調は、先程から歯切れが悪い。罪悪感の表れかも知れないと、上条は思った。と同時に上目遣いの佐天ちゃん可愛いなー寮に持って帰りたいなーとも考えていたが。

「あの、どう思います? 得体の知れないものですし……」

「どう思うってねぇ……。初春ちゃんには相談した?」

「幻想御手のことは伏せて、曖昧な感じに、相談とも言えない物ですけど……たぶん、あんまりよくないと、思ってると思います」

「黒にゃんは?」

 黒にゃんとは、風紀委員の白井黒子のことである。以前は面と向かって呼んでいたのだが、鉄骨を空間移動(テレポート)で頭上に落とされてからは陰で呼ぶに留めている。上条とてさすがに二度と鉄骨の下敷きにはなりたくない。

「白井さんには……」

「そっかあ……」

 すこし、沈黙。

「佐天ちゃんは、どう思う?」

「え、……、私、ですか……?」

「うん」

「私、は、その……得たいの知れないものですし……怖いですし、ズルするっていうのは、……でも、けど、レベルは、無能力者のままは、嫌なんです」

 佐天は最後まで言い切った。それまで歯切れ悪く喋っていた彼女とは思えないほどに、取分け最後の部分は力強く。それが彼女の意思を表していることは明白だった。自然、上条の口元も緩む。やりたいことがわかっているなら、それでいい。そう上条は思う。

「ふうん……、俺はね、佐天ちゃん。右手のこともあるからかもだけど、レベルなんてどうでもいいと思ってる。能力なんざあったところで所詮日常生活には全然生きてこないんだぜ? そりゃあ便利にはなるだろうけれど、生活がめちゃくちゃ豊かになるってわけじゃない。百合子も速く走るのと騒音をカットするのと開かないジャムの瓶を開けることくらいしかできねえって言ってたしね」

「そう、なんですか。でもそんなの、能力がある人の話です。鈴科さんは、ましてや能力者のトップですし……」

「まあね。でも、レベルが上がることが一概に良い事なんてそんなことはないしね。能力の開発って言ったって、結局は理解できない薬や理解できない方法で脳を弄くられてるわけだしね。必ずしも安全なんかじゃないのさ。レベルが上がれば軍事的に利用されるか腐った研究所に放り込まれるかだ。本当に腐ってるよ。子供たちは実験動物。死体処理場は常備されてるしその中は子供の死体でいっぱい……ごめん、変な話聞かせたね」

 そう言って上条は青い顔になって震えている佐天の頭をそっと撫でた。

「まあ、けどやっぱり自分で決めるのが一番良いよ。どうしてもレベルを上げたいなら使えばいい。誰も責めはしないさ。ただ、俺はね」

 少し腰をかがめて、目線をあわせる。
 佐天が逃げないように、目線をあわせる。
 彼女の意志を、逃がさないように。
 彼女の意志に、目線をあわせる。

「――レベル何て、生きていく上で何の役にも立ちはしない、そう思うよ」





 すこし、説教臭かったかも知れない。
 あの後大泣きして抱きついてくる佐天を泣き止ませ、寮に帰し、自分の寮に戻ってきたところで、上条はそう思った。鈴科がいれば何を今更と突っ込みを入れていたところだろう。彼女が結局幻想御手を使ったのかはわからない。上条はどちらでもよかった。それが彼女が考え抜いて選んだ選択なら。
 それにしても、と上条は思う。
 確かに今朝方清掃ロボと戯れてはいたものの、まさかまだ絡まれているとは予想もつかなかった。というかまだ学園都市にいたのか。
 上条の部屋の前で、インデックスが掃除ロボ三台と戯れていた。
 というか襲われていた。

「とうま! とうま! ちょっと! 見てないで助けてほしいかも!」

 あれー、名前教えたかなーと不思議に思いながらも面白いので静観。

「とうま! たすけて! この使い魔(アガシオン)どうにかして!」

 使い魔。確かに使い魔みたいなものか。どうでもいいけどアガシオンってなんか雷呪文っぽい。だとしたらメガテンシリーズだよなあ。いや、メガテンシリーズにはもうアガシオンはいるか。

「とうま! ちょっ、もう、ほんとに、……助けろって言ってるのが聞こえないのっ!?」

「いだあ!?」

 噛まれた。
 頭を。





 章変えリセット。
 危ない展開になったら発動する超能力である。

「あー、なんか変な電波が」

「? とうま、何言ってるの?」

 何でもないよー、と上条は部屋に落ちていたフードをインデックスに渡した。どうやらこれを忘れていたらしく、魔術師の襲撃にあったときに無くしたことに気づいたらしい。ここにあるのは魔術師が喋ったそうだ。
親切である。

「それじゃあね、とうま。今度こそさよならなんだよ。ゆりこにもよろしくね」

「おう。達者でな」

 部屋を出るインデックスを先導して玄関の扉を開けて、――
 ――そのまま閉めた。

「あれ? どうしたのとうま」

「インデックスちゃん。冷蔵庫の中のチョコあげるから、もうちょっと部屋の中にいてくれる?」

 後ろを振り向いて言ったときには返事を返す前にすでにインデックスは冷蔵庫の前にいた。さすがにロースハムまるまる一つでは足りなかったようだ。…………食いしん坊キャラじゃないよね?
 そうじゃないといいなあ、とげんなりしながら扉の向こうのことを考える。
 開けたくねえ。
 でも開けないと壊されるかも知れない。このドアを壊すのは鈴科一人で十分だ。将来的にはゼロにしたいところである。
 意を決して玄関の扉を再度開けて外に出て、後ろ手に扉を閉めて――。
 ――長身の赤髪の男を見上げた。

「よお、人ん家の前でなにやってんだ、魔術師(メイガス)」

「Index-Librorum-Prohibitorum――禁書目録を回収しに来たんだよ」 

 ぴん、と張り詰めた空気に声に出して大きくため息をつく。なるほど、こいつが魔術結社の追っ手、ね。
 確かに魔術師然とした格好だった。
 二メートル近い身長ではあったものの、顔は上条より幼い。インデックスと同じくらいが妥当だろうか。
 白人の男である。髪は無理に染めたらしい赤、見たこともない黒い修道服を着ている。近距離で漂ってくる強烈な甘い香水の匂いは吐き気を感じ、あまつさえ頭痛を起こすほどの物だった。すべての指に指輪が嵌められているし、口の端には火のついた煙草、右目の下にはバーコードである。
 ――――痛いキャラだ。
 上条は失礼にもそう思った。だがそんなことはおくびにも出さずに魔術師を見やる。
 魔術師である。神父風なところに目をつむれば確かに魔術師である。黒い修道服は見ようによっては魔術師を連想させる黒いローブに見えなくもない。個人的には神父は吸血鬼を狩っていればいいと思う。代行者かっこいいです。
 上条の知っている魔術師といえば、アロハシャツに金髪、グラマラスなお姉さんにゴツイ黒スーツの男、優男風の白スーツである。
 全然魔術師っぽくねえ。まだ怪物退治のオーソリティーとか、仲介屋とか、ジャパニーズマフィアとか、人間試験好きの殺人鬼とか言われた方がまだわかりやすい連中である。
 この白人の男が、上条が見た最初の魔術師らしい魔術師なのだ。痛いキャラではあるが、貴重種なのでは無かろうか。神父というのは実に惜しいが。

「はあん。禁書目録、インデックスね。回収とはまた穏やかじゃねえなあ……」

「そう、回収だよ回収。正確にはアレじゃなくて、アレの持っている十万三千冊の魔導書だけどね」

「…………十万三千冊の魔導書?」

 新事実発覚である。うそん。もう情報は出尽くしたと思ったのにー。

「うん? ああそうか、魔術師なんて言葉を知ってるから全部筒抜けかと思ってたけど。アレは君を巻き込むのが恐かったみたいだね」

 魔術師は煙草の煙を吐いて、

「まあ、宗教観念の薄いこの国じゃ、知らなくて当然かな」

 確かに、上条は禁書目録を知らない。だが、魔導書はわかる。今まで幾度か目にしてきたものだ。

「超やばい狂人が書いた超やばい本ってこったろ? それはわかるけど、――そんなものどこに持ってるんだよ」

「持ってるよ。頭の中に」

 は――? と絶句する上条に、魔術師は続けた。

「彼女は完全記憶能力っていう厄介な体質持ちでね。彼女の頭の中は、それこそ封印され持ち出すことのできない魔導書を、記憶して盗み出している、言わば魔導図書館と化しているのさ」

 十万三千冊のね――そう魔術師は締めくくった。
 そこまで言って、ようやく馬鹿な上条の頭にもその事の異常さが滲み出してくる。上条は持ち出し不能になるほどの魔導書が言い換えれば毒書であることを知っている。だからこそ、だからこそたとえ彼女が完全記憶能力者だしてもその事に納得できなかった。
 十万三千の毒に彼女が耐えているだと――? 彼女は全くの健康体にしか見えなかった。
 つまり彼女は毒が効いていないことになる。そんなことがあるはずがない。当然防御(ガード)を掛けて読んではいるだろう。が、しかし――。
 なんたる異常。
 インデックスは正真正銘追われるに値する者であったらしい。

「は――。ま、そんなことは魔術師でもない上条さんが考えたところでどうしようもないしねえ?」

「そうだよ。だから何も考えずに彼女を差し出せばいい」

「あー、いやいや」

 そう言われても、ねえ。

「インデックスちゃんは逃げているわけだ。だからそれはつまりあの子は捕まりたくないわけで――」

 ぐっ、と拳を固め、右半身を突き出し、右腕に緩く力を込め、左腕に力を強く込めたスタイルをとる。

「俺が女の子の願いを叶えないはずがねえよなあ」

 今朝のことは棚に上げた。ツッコミは受け付けない。

「……Fortis931」

 それは、知っている。

「魔法名、ね」

「殺し名さ」

 ぎしり、と空気が軋んだ。

「炎よ――」

 最初に動いたのは魔術師だった。
 口に銜えていた煙草を媒介に、放り投げた煙草が辿った灼熱の軌跡(ライン)をかたどる。

「――――巨人に苦痛の贈り物を」

 現れたのは剣だった。炎の剣。よくゲームで目にするあれである。だが、次元が違う。
 その剣はまるですべてを焼き尽くすかのような圧倒的な存在で。
 ゲームに出てくるものなど、児戯に等しく見えるものだった。
 その炎剣を、横薙ぎに上条に叩きつける。灼熱に普通の人間が耐えられるはずもなく、上条は一瞬のうちにまるで飴細工のように溶けるだろう。触れた瞬間にそれは形を失い、爆発となって空間を襲った。
 熱波が吹き荒れる中、魔術師は笑みを浮かべた。

「やりすぎたか、な?」

 これは死んだ。素人でもわかる話だ。たとえ、黒煙のスクリーンに隠れていようが確認の必要もない。
 跡形もなく溶けた。
 しかしこれは面倒だ。夏休みということもありほとんど寮に学生はいないが、それでも一応チェックは欠かしていない。この学生寮には上条以外、学生はいない。だが学生が一人消えたとあらば騒ぎになるだろうし、なによりこれじゃあ爆破事件だ。いつ風紀委員や警備員が来るか知れない。
 急いでインデックスを保護せねばなるまい。そう思って玄関のドアに手をかけた魔術師は――。
 ――腹部に襲いかかった衝撃に吹き飛ばされた。

「が、ふっ!?」

 その勢いは凄まじく、手すりにもたれ掛かる――どころか落ちそうになってようやく止まった。
 何が起こった何が起こった何が起こった!?
 魔術師はふらつく体に鞭を入れ立ち上がり、混乱する頭に思考を促す。
 視界は揺れ、状況が把握できない。わかるのは未だに消えていない黒煙と腹部の激痛とこみ上げる吐き気だけ。黒煙は徐々に晴れる。歪む視界は元に戻ってゆく。
 あの少年は溶けて死んだはずだ。摂氏三千度に焼かれて生きていられるはずがない。自分とてそうだ。炎は確実に直撃した。ならば、ならばならばならばならばならば――!
 なぜその少年がここにいる!?

「はっ――。なんだよ。ガタイはいいのに全然耐久力はないのかあ? 拍子抜けだな」

 上条当麻は、そこに立っていた。
 何の傷もなく、そこに立っていた。
 魔術師には理解できなかった。ただの学生が、ただの人間が、自分の炎を受けて無事でいるはずがないのだ。
 魔術師には理解できなかった。

「おいおいおい。なーにを驚いてくれちゃってんですか? おまえわかってんの? 魔術なんて所詮はただの幻想なんだぜ? そんなの――」

 ――俺に殺せないはずがないだろう?
 その少年の言葉に、魔術師はいい知れない恐怖を覚えた。
 突き動かされるように、新たな魔術を紡ぎ出す。

「――せ、世界を構築する五大元素の」

 それは自身の最強の剣であり盾。そして兵でもあるはずだった。
 だが、それも発動しなければ意味のない話。
 一小節言い終わる前に、上条の拳が魔術師の頬に食い込んでいた。
 魔術師の体は、それこそ竹とんぼのように回転し、後頭部から金属の手すりに激突して――落ちた。

「ばーか。アニメの敵役じゃねえんだよ。そんなもん待ってられっか」

 上条は心の底からインフェルモンをリスペクトしているのである。




[25858] とある魔術の禁書目録 03
Name: sin◆27e4a7ca ID:910379ba
Date: 2011/02/24 12:44
諸事情でとても短いです。






「はあン。そンなことがねェ……」

 鈴科はどうでもよさげに上条に返した。
 あれからしばらくインデックスとおはなし(じんもん)し、鈴科が帰ってくるのを待って、時刻はすでに八時を回っているところだった。それからインデックスから聞いた話と襲いかかってきた魔術師のことをセットで話して、聞き終えた鈴科の返した反応がそれであった。さすがと言うべきか、上条は少々迷ったがやっぱり悪態をつくことにした。

「そんなことて……わりと差し迫った話だよこれ?」

「いやわかってるけどよォ。なンつゥか、デジャビュっうか、聞いた話なような気がしてな」

「ああ、それは俺もだ」

 既視感は確かに上条も感じていた。インデックスの身の上話がとても聞き覚えがあり、尚且つなんだか重要なことを忘れているような気がしたのだ。
 二人そろって首をひねったが、まあ忘れているということはそれほど大したことではないのだろう。二人はそう結論づけた。似たもの夫婦である。

「それで? 妹達はどうだったんだよ?」


「あァ。ま、元気だったな。あいつら曰く、学園都市外の奴らも元気にしてるンだとよ」

「そりゃあよかった」

 二人の都合で色々と面倒な立場にある彼女たちである、上条としても気にかけてはいる。
 そんな上条達二人だけの会話に苛立ったのか、そこにいながら会話に参加できなかったインデックスが声を上げた。

「とうま! ゆりこ! ほら、早く行くんだよ! 待ちきれないかも!」

 そう言ってインデックスは走っていく。
 三人は寮の近くにある銭湯に向かって歩いている最中だった。理由は間抜けにも夫婦喧嘩で崩壊した寮の自室の風呂場の代わりである。インデックスはすでに日本にいて暫く経つというのに未だに風呂というものを未体験らしく「ジャパニーズ・セントー楽しみー!」と何度も愛らしく叫んでいた。この科学万能の街に銭湯があることに少し違和感を感じる上条ではあったが、大きい風呂は嫌いではない。むしろ好きだった。それは鈴科も同じである。老成した夫婦だった。

「ったく、おい行くぞ当麻。迷子になられても困ンだろ?」

「…………あー、俺はゆっくり行くわ。百合子、インデックスのこと頼んだ」

「あァ? 勘弁してくれよ」

 ぐちぐち言いながらもインデックスを追いかけて走り出す鈴科。なんだかんだ言って面倒見のいい女である。
…………………………。

「……さて」

 ぐっと、上条は背筋を伸ばし、辺りを見回した。
 誰もいない。
 人っ子一人、である。
 デパートの電光掲示板が指し示す時刻は八時三七分。まだまだ人々は寝静まらず、街は人で溢れかえっている時刻だ。こんな大通りなら尚更。
 だが辺りは夜の森のように静かだ。その静けさから夜の闇が上条を絡め取るような感覚すら感じる。
 いや、――これは違うか。
 これは人の気配だ。濃密な人の気配。
 上条がよく知っている。
 極大の死の香り。

「ステイルが人払いのルーンを刻んでいるだけですよ」

 そう。
 このような、日本刀のような殺人的鋭さを孕んだ気配だ。
 上条は声の聞こえた方へ向き直る。
 一人の女が、そこに立っていた。





 魔術師。
 それも戦闘に特化した。そう上条は判断した。この学園都市にここまでの濃密な殺意をばらまける人間はいない。それが暗部であってもだ。たしかに狂った街ではあるがこんな殺意はない。あるのは知識欲と競争欲、そしてある意味殺意より遙かに厄介な狂気だけだ。
 故に、上条がここまでの純粋な殺意を感じたのは久しぶりであった。鈴科がこれに気づかなかったのは、単に第六感の差である。常に襲い来る不幸に警戒し続けた上条の第六感が発達して、常に周囲からの脅威に絶対的な防壁を張ってきた鈴科の第六感が鈍っているのは、仕方ないと言えた。
 女の服装はTシャツに片足だけ大胆に切ったジーンズという格好だった。

「おー。セクシーなお姉さまだ。なんだ? 魔術師のお姉さまタイプは露出を増やさなきゃいけないのか?」

 ただ腰に差してある長さ二メートルにも及ぶ日本刀だけが、彼女の異常性を服装という面で表していた。
 彼女の雰囲気は、その比ではないが。

「神浄の討魔、ですか――良い真名です」

 そんな異常な雰囲気を纏っていながら、彼女に気負った感じは見受けられない。日常茶飯事とでも言うような気楽さに、逆に上条は警戒レベルを引き上げた。
 コイツハヤバイ。
 ヤバスギルクライニ、ヤバイ。

「はは、きれいなお姉さんに名前を知られているだなんて嬉しいなあ。俺もあなたの名前が知りたいですね」

 嘘だ。平時ならともかく、こんな時に、こんな相手には絶対に名前を知られたくない。素性を知られているのは最大の痛手だ。
 いくらフェミニストな上条でも、さすがに彼女に対して敵意が滲み出すのを抑えられなかった。

「神裂火織、と申します。……できれば、もう一つの名は語りたくないのですが」

「もう一つ……魔法名、ね」

「率直に言って」

 神裂は片目を閉じて、

「魔法名を名乗る前に、彼女を保護したいのですが」

 重圧が鋭さを増した。
 まるで今まで重くのし掛かっていた鉄板が、いくつもの刃に変わったようだった。
 空気が上条の肌を切り裂いてゆく。それはもちろん錯覚に過ぎないのだが、だからこそ上条はどうしようもなく恐怖した。
 格が違う。
 あの赤毛の魔術師とは、間違っても同一視してはならない。

「残念ながら、ここにインデックスはいないですけどね」

「わかっています。あちらはステイルが向かいました」

 ステイル、という者は、おそらくあの赤毛の魔術師だろう。そう上条は判断した。
 ――問題ない。あの程度なら、鈴科百合子の敵じゃない。

「ああ、じゃあこれは足止めだ。だったら早く追わないとねえ」

「ええ、その理屈不明の厄介な能力の足止めです。あの少女が心配ですか?」

「いんや、全然」

 全然、心配ではない。むしろステイルとかいう魔術師が心配だ。どんな惨い死に方をしても文句は言えないだろうし。

「意外ですね、仲がとても良さそうに見えたのに。信頼しているということですか」

「…………」

 監視されていたらしい。
 軽口でも叩いていなければやっていられないというものだ。口を開こうとして――。
 ――地震のような震動に口を閉じた。
 地震ということはあり得ない。この学園都市は『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』によって天気から天災にいたるまであらゆる気象変化が『確定予告』されている。よって、何の情報も開示されないままに地震が起きるなどあり得ない。
 よってこれは地震ではない何か。
 確信的な予測をもってインデックス達が向かった銭湯の方も見る。
 濃紺な夜闇の一角が夕焼けのようなオレンジに染まってた。――なにか大きな炎が燃え上がっているのだ。
 間違いない、あの魔術師はステイルで、ステイルはインデックス達を襲ったのだ。
 ――そこにいる天災級の怪物に気付かずに。

「やめてください」

 瞬間、神裂火織の斬撃が襲いかかってきた。

「ぶっは」

 斬撃はまるで暴風だった。
 荒れ狂う荒れ狂う荒れ狂う斬撃。風のように自然に切れる。
 鎌鼬、と呼ぶにはあまりに強烈にすぎたが。
 上条は自身の人外のような危機察知能力を用いて寸前で暴風のような斬撃を回避する。転がって後退した上条の背後に斬り裂かれた風力発電のプロペラが音を立てて落ちた。

「私から注意を逸らせば、辿る道は絶命のみです」

「はっ――。もったいねえ。風力発電ったって安かねえのに」

 恐ろしい切れ味だ、距離を埋めるような長距離の斬撃も可能ときた。
 ――だが、まだ軽口が叩けるレベルだ。

「もう一度、問います」

 神裂は閉じていた両の目を開け、

「魔法名を名乗る前に、彼女を保護したいのですが」

「やだ」

 斬撃が吹き荒れる。
 上条を中心に、回りが一切の例外なく切り裂かれる。地面が街灯が街路樹が、都合七つの斬撃に切り裂かれた。
 まるで獣の爪痕のような。
 まるで暴風の爪痕のような。
 まるで天災の爪痕のような。
 何十メートルにもわたる巨大な七つの斬痕が、くっきりと上条の周りに刻み込まれていた。
 チン、と静かに刀を収めた音が響き渡る。
 つまり今のは、超高速の抜刀術。その七連撃だとでも言うつもりだろうか。
 そんなばかな。
 ばかなことを。
 神裂は柄に置いた手を離さず口を開く。

「私の七天七刀が織り成す『七閃』の斬撃速度は、一瞬と呼ばれる時間に七度殺すレベルです。人はこれを瞬殺と呼びます。あるいは必殺でも間違いはありませんが」

 そういう魔術であると、神裂は言外に語っていた。どこか芝居めいた口調は、このまま引き下がれと、諭しているようにも聞こえる。
 しかし、必殺か――と、上条は独りごちた。
 なるほど、この一撃――いや七撃か――で幾多の敵を切り裂いてきたのだろう、彼女はこの技に絶対の信頼を置いているように見えた。それは間違いではないだろう。

「――はん」

 だがだからといって、そんな理由で引く気はない。
 上条当麻は諦めない。
 それに――。

「――タネは見えた」

 問題ない。対処可能のはずだ。

「何度でも問います。魔法名を名乗る前に、彼女を保護させてもらえませんか?」

「だから嫌だって言ってんだろうが!」

 右足を――右足の筋肉を、爆発したかのような勢いで伸縮させる。連動して他の筋肉を意識的に稼働させ、打ち出されるように前へと駆け出す。
 後ろに下がることも横へ回避することも何かを盾にすることもなく、ただ愚直に前へ。
 前へ。
 前へ。
 前へ!

「何があなたをそこまで駆り立ててるのかは分かりませんが……、」

 神裂は、呆れるよりも、むしろ哀れみの色が混じるため息を吐き出して、
 七閃。
 七つの斬撃は狂うことなく全て上条を切り裂こうと飛来する。
 神裂は上条が右手で七閃を消そうとすると思っていた。ステイルから聞いた話を頭から信じているわけではないが、あの天才魔術師がただの拳一つで敗れ去ったのである。ここは超能力と科学の街、学園都市。どのような超能力かはかの五行機関ですら捉えきれないが、それでもステイルからの話も統合して、右手で消しにかかってくると踏んだのだ。
 そう、思ったのだ。
 だが神裂の思惑とは裏腹に、上条は地面すれすれに身を屈めて七閃を潜り抜けた。
 上条が右手で斬撃を殺さずに屈んで避けた事には驚いたものの、避けられる隙間を見つけて能力を出し惜しみしたのだろうと結論づけてホンの一瞬で平常心を取り戻し、カモフラージュの鍔音を鳴らし、再度七閃を放つ。
 今度こそ右手を使うかと思いきや、またしても回避行動を取った。しかも、ローリングで七閃の間を潜り抜けて、である。
 おかしい。
 あり得ない。
 潜り抜けるなど、七つの斬撃全てが見えていないと神裂にも不可能な行動である。
 だが、七閃を視界に収めるなど普通の人間に可能なはずが――。

「何驚いてるんだよ」

 驚愕とともに、上条を見る。
 すでに上条は目の前まで迫っていた。

「安いトリックだねえ。この程度で何を威張っているのやら、理解できねえよ」

 少し頭に血が上るのを感じる。自分の技を馬鹿にされたことに憤ったのか――いや、自分とて七閃は安いトリックだと思っていたはずだ。――どうやら、存外に自分は、この技で死んでいった者達のために怒っているらしい。
 ならば。
 この男には見せてやろう。手加減不能の聖人だからこその必殺の抜刀術――唯閃を。
 だが。

「――――!? な!?」

 七天七刀の柄頭には、すでに上条の手が押し当てられていた。
 聖人の力を持ってすれば抜けはする。抜刀術は放てるだろう。だが、唯閃には至らない。
 そのことが神裂の思考を止め、決定的な隙を生み出していた。

「はっ! 見落としているとでも、思ったのかあ!」

 柄頭に両手を置き、そこを支点にして飛び上がり、遠心力のたっぷり乗った回し蹴りを神裂の米神に叩き込んだ。
 手応えは文句ない。確実に落ちた。
 そう判断した上条の思った通り、神裂は踏鞴を踏んで、
 ――けれど倒れなかった。

「なん――!?」

「これでも聖人ですので、人間程度の力で昏倒するようなことにはならないのです、よ!」

 空気を裂くように繰り出された神裂の裏拳を、飛ぶように後ろに下がって躱す。
 距離は縮んだものの、最初と同じような位置関係に戻っていた。

「あり得ない、とは思いますが、まさか七閃が見えていたのですか?」

「最初の示威運動(デモンストレーション)でバッチリとな」

 もっとも、速すぎて、糸のようなもの、としか分からなかったのだが。

「ばかな……人間に捉えきれるスピードでは」

「まあ、人間の領域にはもういないかも知れねえな。俺の五感は」

 そう上条は自嘲気味に返す。もっとも彼の場合は第六感も人の域にはいないが。

「どういうことですか……?」

「説明する必要はないけど――ここは学園都市だ。外との技術レベルは数十年もの差がある。当然この学園都市は色々黒いところがあるから、ヤバイ研究も行われているわけだ。この五感はその賜物でね、はじめは超人薬のようなものを目指していたらしいけど、人間の五感の上限を取っ払うって時点で研究は凍結されたらしい。俺はそれを使って、五感を引き上げたってわけ。何の関係があるのか知らねえけど、視力が上がると同時に動体視力も跳ね上がってな。つまりはそういうこと」

 とは言ったものの、この薬は上限を取り払うことしかできないので、そこから感覚レベルを引き上げたのは上条自身の弛まぬ努力なのだが。

「薬を使って人を捨てたというわけですか……」

「そうとも言えるな。生き残るなら何でもするさ。もっとも、学園都市の学生はみんなそうだぜ」

 望んで聖人であったわけではない神裂にとって、それは許せないことでもあったが、それを表に出すことは控えた。なにより、あの子の命がかかっているのだ。

「いいでしょう。こちらも、段階を引き上げます」

 そう言って構える。

「段階、ね」

 思わず愚痴るように口について上条は駆けだした。それを神裂は待ち受ける。後二歩もあれば衝突するような距離で、右腕を振りかぶる上条に、柄に乗せていた手に力を入れて――
 ――目の前に黒い塊が飛んできたのに気付いた。

「っ――」

 夜の闇で見えなかった。そう言い訳するしかないほどに接近を許した何かを手で打ち払おうとして、それがすでにピンを引き抜かれた手榴弾であった事に気付き、至近距離の爆発であっても、聖人の体ならば耐えられると、思わず手を――体を硬直させてしまう。
 当然、それは致命的な行動で。
 上条は思わず寒気がするほどの笑みを浮かべてしまった。

「言っただろ? 生きるためなら何でもするってさあ!」

 瞬間、爆音と閃光。
 スタングレネード、と理解する前に神裂の視界は焼き尽くされ、平衡感覚は崩壊していた。

「学園都市製のフラッシュバン! 特殊技術により指向性を持たせてあるんだよお! その上一千二百万カンデラの閃光と百十三デシベルの爆音だ! これなら聖人でも問題なく効くだろお!?」

 問題ないどころではない。発狂してしまいそうな閃光と爆音がただ神裂だけを襲い食ったのだ。たとえ聖人といえどたまったものではなかった。恥も外聞もかなぐり捨てて悲鳴を上げて崩れ落ちる。聖人としての特性のおかげか、すぐに回復し始めたものの、あれが続くようなら完全に脳を破壊されていたと断言できる。
 と、腰の重みが消えた。すぐに分かった。七天七刀を外されたのである。超速回復した視界で上条の方を仰ぎ見ると、白く焼け付く視界の中、七天七刀を投げ捨てながらこちらにハンドガンの銃口を向けていた。
 SIG SAUER P226。
 命中精度や信頼性の高さに定評のある、プロが用いる拳銃。フィクション世界でもよく目にする知名度の高い銃だ。
 その銃から、神裂に向けて何の躊躇もなく弾丸が発射された。

「っふうっ!」

 間一髪、頭を振って避ける。聖人の身体能力がなければ確実に眉間を打ち抜かれていた。
 殺しに戸惑いがない。それが神裂を戸惑わせた。こんな学生が、まさか――と。
 体を反転させて立ち上がった所に今度は刃渡りの長い軍用ナイフが振り下ろされる。またしてもぎりぎりのところで避けたナイフは堅いアスファルトの地面に突き刺さり――。
 ――まるで豆腐のように抉り取った。

「! ――それも学園都市の」

「そうだよ!」

 叫び、ナイフを腰のベルトに収め、密着状態で放つ上条の拳を紙一重で避け続けながら、神裂も拳を繰り出す。
 だが、当たらない。
 聖人の拳が、だ。

「くっ!」

「言っただろ! 動体視力も上がってるんだよ!」

 いや、これは動体視力では説明できない。確かに自分の筋肉の動きや体の流れ方を見ているのは分かるが、神裂が動いていないうちに回避行動を取っているようにも見える。
 そう、これは危機察知能力だ。
 それも人並み外れた。

「第六感も大きく人間の域を逸脱しているようですね! それはどんな薬を使ったんですか!」

「これは天然物だよ! あんたのその聖人って体質も、いったいどうやったらなれるのか是非聞いてみたいもんだね!」

 お互い、本能的に相手の嫌な部分を暴き出して、罵りあう。
 互いに一度も相手に拳が入っていないのに、拳の応酬は血みどろと言っていいものだった。
 数分の時間が経っても、応酬は続いていた。
 上条の頬を狙う拳を頭を振って避け右拳を打ち出せば、上条の残った左手が神裂の拳を受け流し伸ばした拳を裏拳のように振る。振った拳を左手で受け止め振り抜いた拳を顎に打ち付けようと同じように振れば、上条はその拳を顎を引いて避けベルトからナイフを引き抜き神裂を切り裂こうとする。
 膠着状態は依然続いていたが、その疲労度は上条と神裂で違っていた。
 上条はその一撃一撃が常識外の重さを秘めているとはいえ、喧嘩で慣れている拳の繰り出し合いで比較的精神的に身体的にも疲労は少ないのに比べ、神裂は慣れていない喧嘩のような拳の繰り出し合いに加えて、時折持ち出される必殺の近代兵器に精神的疲労が蓄積されていた。
 精神は肉体に影響を及ぼす。
 その事が真実であるのを証明するように、神裂の体勢が崩れた。

「まっ――!」

「ってたぜぇ!」

 上条の右拳が神裂の頬に突き刺さる。
 そこからは流れるように。濁流のように。花火のように。和太鼓を叩くように。
 全てに一撃昏倒の力を込めて、ラッシュ。
 ラッシュ。
 ラッシュ。
 ラッシュ。
 ラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュ。
 気の遠くなるほどの拳を加えて、
 気の遠くなるほどの連撃を加えて、
 神裂火織はついに崩れ落ちた。

「はあーっ! はあーっ!」

 とはいえ、上条もすぐには動けない程に疲労していた。思わずへたり込む。腕は焼けるように熱く、力が入らなかった。

「っは! っは! っあー! マジ死ぬ……!」

 ごろりと寝転がって、それから神裂の方を見る。すでに意識は覚醒しているらしく、荒い呼吸を繰り返しながら必死に立ち上がろうとしていた。だが、それは難しいだろう。聖人、ということを見積もっても、あと三〇分は動けないはずだ。それだけあればこちらも回復できるだろう。
 空白の時間を潰そうと、上条はぼろぼろの神裂に話しかけた。

「なあ、なんでそんなに必死になってんだよ。そんなに十万三千冊の魔導書がほしいのか?」

「はっ! はっ! べつ、に、はっまどう、しょが、ほしいはっ、わけでは、ないですよ」

「……違うのか?」

 では、何が目的なのだろうか。さすがに頭の悪い上条でも彼女らの言う『保護』を鵜呑みにはしていなかった。

「わたし、だって、好きでこんな事を、しているわけではありません」

 神裂は俯きながらも言った。その声は泣き出す前の子供のようで、深く上条の精神を揺さぶった。
 上条は女の子の出すこの声が嫌いだった。

 自分が酷く可哀想な気分になるからだ。

「けど、こうしないと彼女は生きていけないんです。……死んで、しまうんですよ」

 上条がフェミニストを気取っているのも、全てはこの声を聞かないためだ。
 この声を聞かないためだけに上条は命を懸けるし、何だってやる。
 この声を聞かないためだけに。
 可哀想な、惨めな気分にならないためだけに。
 自分は可哀想ではない。不幸であろうとも、可哀想ではない。

「私の所属する組織の名前は、あの子と同じ、イギリス教会の中にある――必要悪の教会(ネセサリウス)」

 そう言い張り続けないと、気が狂ってしまいそうで、

「彼女は、私の同僚にして――大切な親友、なんですよ」

 上条はその声が嫌いだった。

 



[25858] とある魔術の禁書目録 04
Name: sin◆27e4a7ca ID:910379ba
Date: 2011/02/09 16:39

 
10


 舞台は上条達の目的地である銭湯前。
 人気は、無い。

「よォ。オマエが魔術師かよ。随分でけェな」

 そう言って、鈴科百合子は一歩前に踏み込んだ。
 目の前には、おそらく話で聞く上条を襲ったであろう赤髪の魔術師。

「うん、そうだよ、僕が魔術師だ。単刀直入に言わせてもらうけど、彼女を渡して欲しい。こちらとしても、もう時間がないのでね」

 そうすれば何もしないから、という、最大限の譲歩。これが赤髪の魔術師――ステイルにできる鈴科への配慮だった。
 彼女が、傷つかないための。

「彼女の脳は十万三千冊の魔導書に圧迫されて1年毎に記憶を抹消しなければ絶命する。リミットも近い。頼むから彼女を保護させてくれないかな?」

 最大限の譲歩、ではある。だが、ステイルはその泣きそうな声の中に敵意を隠すことが出来ない。
 あの子を苦しめるのに一役買っているこの目の前の少女が憎い。
 あの子を苦しめるのに一役買っているあの能力者の少年が憎い。
 そして何より――あの子を苦しめるのに一役買っている魔術師である自分が憎い。

「ハッ――――」

 だが、 鈴科百合子にそんなことは関係ない。
 王者たる彼女はただ目の前の敵を踏み砕くだけ。

「あのクソガキなら中だぜ。どうぞ持ってってください――って、言いてェとこだけどなァ。当麻がそれは望まねェだろうし」

 ぐっと、上条とは逆、左右対称の――左半身を突き出し、左腕に緩く力を込め、垂らし、右腕に力を強く込め、脇を締めたスタイルをとる。
 鈴科は荒事が嫌いではない。むしろ好んですらいた。

「悪ィが魔術師、こっから先は一方通行だ。泣きべそかいて元の薄暗ェ巣穴に戻るこったなァ」

 空気が、ギチリ、と鳴き声を上げた。
 ここにきてようやく、ステイルはこの異常な圧力を感じ取った。先程敗北した上条の比ではない。
 例えて言うならば。
 上条が害悪で、
 この少女は天災。
 ぞわりと肌が粟立つのが分かる。自分は間違いなく目の前の小柄な少女に恐怖している。
 敵わない、と、理解させられる。
 存在の劣悪さを認識させられる。
 人は絶対に天災に敵わないと。
 いや――、そんなことは許されない。
 自分は絶対にあの子を助けなければならないのだ。そう、絶対に。
 何が天災か。目の前の少女は人間だ。少しばかり異常な力を持った只の異常者(ミュータント)。
 人間が人間に勝てない道理はない。
 ならば――。

「我が名が最強である理由をここに証明する(Fortis931)――! そこをどいてもらおうか能力者」

「やってみろよ魔術師ィ!」

 そう言って駆け出す鈴科。だが、その速度は、

 (あの少年に比べれば、――遅すぎる)

 ならば、あのとき叶わなかった、自らの『最強』を出す事も可能、か。
 今度こそ出し惜しみは無しだ。躊躇も遠慮も配慮もなく、何の驕りも油断もなく――殺し尽くす。

「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ――」

 ステイルの服が膨らみ、内側から炎の塊が零れ出す。

「それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり」

 それはただの炎の塊では無く、

「それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり」

 重油のような黒くドロドロしたモノが『芯』になっている。

「その名は炎、その役は剣」

 そしてそれは、人間のカタチをしていた。

「顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ――ッ!」

 その名は『魔女狩りの王(イノケンティウス)』。その意味は――、

「――『必ず殺す』」

「ハッ――! ご大層なモン出してきやがったなァ!」

 魔女狩りの王はその両手を広げて、それこそ砲弾のように鈴科に突っ込み、衝突した。
 何の抵抗もなく。
 何の異常もなく。
 天災の少女は溶け死んだ。

「は、はは、なんだ、こんなものか」

 思わず擦れた笑みが漏れる。力と汗がどっと溢れるのを感じる。どうやら自分は相当に緊張していたらしい。
 いや、畏縮か。
 どちらにしろそれももう関係ない。
 魔女狩りの王は教皇級の魔術だ。三千度の灼熱の塊に耐えられる人間がいるはずがない。――もっとも、あの少年はどうゆう能力を使ったのかは分からないが炎剣を消し飛ばしていた。炎熱系の能力者か、空力使い(エアロハンド)か風力使い(エアロシューター)か、そんなところだろう。
 もうそれもどうでもいいことではある。あの神裂火織が相手取るのだ。いくらあの少年が強かろうと、神裂相手に勝ち目のある人間など普通いやしない。
 聖人で対等。それ以上の特別でようやっと勝ち目が見えてくるといった化物具合だ。
 あの少年は死んだ。もう検証のしようがない。
 それでいい。
 今優先すべきは、禁書目録の保護。
 あの少女はあの子は中にいると言っていた。感づかれる前に連れ出すとするか。
 そう思って、一歩踏み出したところで、
 ステイルは魔女狩りの王の異常に気付いた。

「…………? なんだ?」

 魔女狩りの王が膨らんでいるように見えたのだ。いや、膨らんでいるよう、ではなく、現に膨らんでいる。内側から無理矢理広げられているように、もしくは、拡散しようとしているのを押さえ込んでいるように。
 形が崩れ始めていた。
 人型を模っていた重油のようなドロドロとした何かはすでに形を変え、炎は燻るように消えかけたり突然吹き上げたりしていて、
 意味が分からなかった。
 こんな状態になる魔女狩りの王は見たことがない。自然に崩壊するような魔術ではないし、このような崩壊はあり得ない。
 そう、内側から押し広げられるようなことがない限り。

「なんだ……なんなんだ!?」

 そして、

「ふゥン、こんな感じか」

 魔女狩りの王は弾け飛んだ。
 跡形もなく。
 痕跡もなく。
 躊躇も遠慮も配慮もなく、消し尽くされた。

「馬鹿な! 魔女狩りの王を消し飛ばすだと!?」

 それは――出来ないはずだ。
 魔女狩りの王の本体は辺りに刻んだルーン。今この場に張り巡らしてあるルーンはその数十六万四千枚。全てを引き剥がし、破り捨てなければ魔女狩りの王は何度でも蘇る。
 そのはずだ。
 だが魔女狩りの王は消し飛ばされ、その姿を現すことは無い。

「この魔術、おもしれェな。何回拡散させようとしても集まってまた形作るんだからさァ。何回か繰り返してやっと理解できたぜ。ずっと拡散させ続けなきゃいけねェンだってなァ」

「な――にを、言って――」

 ステイルに理解できたのはただ一つ、おそらくもう魔女狩りの王が現れることはない。
 ステイルの『最強』は、目の前の少女に容易く敗れ去ったのだ。
 それは、ステイルの安定した精神を崩すのに等しい行為だった。

「ア、――灰は灰に、塵は塵に、吸血殺しの紅十字!」

 すでにステイルの顔に張り付いていた不敵な笑みはない。
 詠唱とともに、朧な炎剣と、もう一つ、青白く燃えさかる剣が生み出される。
 だが、そこに今までのような力強さはもう無い。安定しない形はステイルの精神状態を如実に表していた。

「いいぜ、待っててやるよ。気前が良いだろ? 何でかっていうとな――」

 鈴科は動かない。たっぷりと余裕を滲ませたそれは――、

「最強っつうのは、ゆったりと構えてるモンだからだよ」

 『最強』を語るに、十分な姿だった。

「お、オオオオオオオオォォォォォォォォォォォォッ!」

 ついには叫び、鈴科に躍りかかる。
 大上段から振り下ろされる二色の炎剣に鈴科は何の反応も示さなかった。
 その事がまた、ステイルの精神を揺さぶる。
 荒々しく、揺さぶる。

「近寄るのはお薦めできねェぜ」

 鈴科に叩きつけた炎剣は――触れると同時に弾き返されたように跳ね上がり、逆にステイルに襲いかかる。

「う、お、お、!」

 跳ね上がる速度は振り下ろした速度と同等だった。その事が何を示しているかは今のステイルの精神状態では理解できなかったが、それでも、大量の魔力精製のために接近戦能力が死んでいて良かった、とでも言えば良かっただろうか。腕の振りは鈍重極まりなかったし、そのおかげで生命活動の危機における所謂『火事場の底力』とでも言えるモノで炎剣を回避することに成功した。
 しかし、それで事態が好転したわけではない。
 むしろ悪い方に転がり下っていると言えるだろう。
 これで炎剣すら通用しないことが分かったのだ。もはや手札は零に近い。

「なンだよ、これで終わりかァ? チッ、案外大したことなかったなァ」

 そう、悪魔のような呟きが聞こえるとともに、
 少女の足が徐に踏みならされ、
 アスファルトの堅い地面が蜘蛛の巣状に粉砕された。

「なあっ!?」

「うかかかかかか!」

 奇妙な笑い声を上げて、体を捻るように旋回させ、鈴科はステイルに飛び込んだ。
 巻き起こる風がたてる音は悪魔の羽音のようで。
 砕ける地面の音は悪魔のたてる地鳴りのようで。
 少女が出す笑い声は悪魔の歓喜の叫びのようで。
 人骨のように白色の少女は悪魔のようだった。

「この一方通行(アクセラレータ)に楯突いて、五体満足でいられると思うなよ魔術師風情がァ!」

 振り切った鈴科の右拳が、ステイルの左腕をぶち抜く。メギャリと、骨が砕ける音が嫌に耳にこびり付いた。
 そのまま一回転して、鈴科の爪先がステイルの顔面に突き刺さる。蹴り抜くと同時、弾丸のようにステイルの体は吹き飛び、直線上にあったビルに突っ込んで、止まった。
 顔面から吹き出す血は、すでに意識のないステイルの体を赤く染めた。
 赤の魔術師は赤色に。
 炎の魔術師は赤色に。

「――染まりましたとさ。ハッ、生きてるだけありがたいと思ってくれや」

 血のように赤い瞳を赤の魔術師から外して、白色の少女はそう言い捨てた。
 ゆっくりと残心を解き、首の骨を軽く鳴らした。
 残心を忘れないのも上条に教わったモノだった。上条に出会ってから明らかに自分はステージが上がっている。
 溢れる高揚感に充足を並べて、鈴科は夜の深い闇に息を吐いた。

 



[25858] とある魔術の禁書目録 05
Name: sin◆27e4a7ca ID:910379ba
Date: 2011/02/10 20:54

 
11


『あー、当麻かァ? あのよォ、魔術師からあのクソガキの状況聞いたンだけどさァ。記憶を消さなきゃ死ぬってやつ。なーンかあのガキの身の上話聞いてるとデジャブってくるなァって思ってたらさァ。これってあれじゃねェ? あの錬金術師に頼まれてた巫女さンとの交換条件の話。だからまァとりあえず一回合流しようや。銭湯で待ってっから。そンじゃ』

 プッと、携帯の通話が切られた。思わずため息が出てくる。鈴科はいつも電話は一方的に喋ってそのまま切ってしまう質の悪い性格をしていた。口を挟む暇もない通話は一昔前の一方的な通信を彷彿とさせた。
 さすがは一方通行(アクセラレータ)。実に一方通行(いっぽうつうこう)です。

「……行くか」

 あの錬金術師から聞いた話と酷似していると思ったのは上条もだった。神裂火織から聞かされたインデックスの話は忘れていた錬金術師の話を思い出すのに十分な起爆剤だった。…………。まあ、遅すぎる気がしないでもない。不承不承という気がしないでもない。それでも思い出せたのなら、遅すぎるということはないだろう。遅くはあるかも知れないが。
 とりあえず鈴科と合流しようと、足を動かす。
 確かに錬金術師から聞いた少女の名前は――禁書目録。
 ――なるほど、インデックスなんて名乗られて、この上条さんが繋げられるはずがなかったぜ。
 ………………自分の馬鹿さ加減に泣きたくなってきた。

「ま、ちなさい。まだ、終わってはいません」

 と、神裂が上条の足を止めた。いかに聖人といえど、散々痛めつけた体はまだ回復していないらしい(なんか今更悪いことした気分になってきた)。地に伏せった神裂が放つ眼光はより鋭さを増しているようだった。
 日本刀のように、鋭く。
 日本刀よりも、鋭い。

「なんだ、神裂さん。なんて言ったらいいのかわかんない状況になっちゃったけど、安心して寝てろよ。インデックスちゃんはもう大丈夫だと思うから」

「なにを――言って」

「うんと、だからな?」

 ひとつ、溜めて。
 決意を新たに。

「おまえらの、その植え付けられたふざけた幻想は、ぶち殺してやるつってんだよ」

 ゆっくりしっかりくっきりと、言い放った。


12


 おおよそ三年程前から、錬金術師アウレオルス=イザードは禁書目録と呼ばれる一人の少女を救うため、地下に潜り、研究に研究を重ねていた。
 科学都市である学園都市に拠点を置き、吸血鬼の力を得ようと、科学信仰集団と化した三沢塾を乗っ取り、『吸血殺し(ディープブラッド)』たる姫神秋沙と協力関係を結んだ。黄金錬成(アルス=マグナ)を完成させ、これであの少女を救えると、そう思ったのだ。
 そう思ったのに。
 きっかけは戯れに読んだ脳医学の本だった。所詮は学校の教材だが、なにか彼女の脳について助けになることはないかと、そう思って。
 結果、それは彼女を確かに救える道だった。
 自分が見つけた方法よりも容易く、人道的に。
 愕然とした。
 そこに記されている記憶に関する事柄は、教会の言う禁書目録の状態を否定し尽くす内容に溢れていた。
 愕然とした。
 教会は嘘をついていたのだ。
 魔導図書館。魔神ともなりうる禁書目録の手綱を握っておくために、首輪を嵌めて、飼い慣らしていたのだ。パートナー達には見えないところで。自分には見えないところで。
 愕然と、した。
 だが、希望は見えたのだ。
 教会が魔術的に禁書目録の手綱を握っているのなら、はずす方法は存在するはずだと。当然それは簡単に外せるモノではないだろうし、なにか危険があるかも知れない。
 そう思うと、簡単には手が出せなかった。
 しかし、アウレオルスは実感する。
 神の奇跡(いたずら)は、確かに存在するのだと。
 もはや、あまり用をなしていなかった、吸血殺しを阻害する結界が張ってあるがために留まっていた姫神秋沙を解放するために、上条当麻と鈴科百合子が乗り込んできたのだ。
 アウレオルスは上条の右手を知ったとき、歓喜に噎び泣いた。
 これがあれば。
 これがあればインデックスを救える。
 だからアウレオルスは、姫神秋沙の解放と小型結界の精製を交換条件に、禁書目録の首輪の破壊を頼み込んだのだった。

「よお姫ちゃん。しばらくぶり」

「なンつーか、相変わらず薄暗ェとこに住んでンなオマエら」

 三沢塾、北棟最上階、『校長室』にて、上条当麻と鈴科百合子は姫神秋沙と相対していた。
 最上階をまるまる一フロア使って作られた校長室は、広大で煌びやかだが品がない。嫌悪感が沸き立つような部屋だった。部屋の中は酷く空虚で、アウレオルスの心に入り込んだようだった。
 だが、どこか最近のこの部屋は、少し暖かみがあると、姫神は思っていた。
 上条当麻に、出会ったからか。
 その一点に尽きるだろう。禁書目録を救えると分かったから。

「だから。姫ちゃんはやめてといったはず。キャラじゃない」

「そう言われても、姫ちゃん、可愛くない? 可愛い姫神にぴったりだぜ」

「ばか、当麻。こういうやつは可愛いンじゃなくて美人つうンだよ」

 鈴科も十分に上条に毒されていた。女性に対する評価は実に冷静極まりない。

「……。ありがとう」

 思わず照れるというモノだ。

「怫然。存外に遅かったな。禁書目録が貴様等に接触したのを確認してからすでに十四時間が経過している」

 暗がりから現れた男は尊大に言い放ちながら上条と鈴科を見やった。
 白いスーツに男の属性たる『土』の象徴(シンボル)である緑に強引に染め上げた髪をオールバックにしている。
 男の名はアウレオルス=イザード。禁書目録の三年前のパートナーだった。

「当然、禁書目録は――連れてきたな」

「ああ」

 その言葉に、上条と鈴科に隠れるようにしていたインデックスが顔を出す。その顔は不安に満ちていて、アウレオルスの心を締め上げた。
 ぎりぎりと、ぎりぎりと。

「とうま、ゆりこ。この二人、誰?」

「こっちの巫女さんが姫神秋沙。こっちの白スーツの男がアウレオルス。まあ錬金術師だよ」

「禁書目録……」

 すっ、と。インデックスの頬を撫でようとしゃがみ込んで手を伸ばしたアウレオルスを、禁書目録が避ける。

「く……!」

 苦しげに顔を歪めて、立ち上がる。

「……、紛然、やはり、苦しいモノだな」

 分かっていたはずだ、禁書目録が自分を忘れていることなど。
 分かっていたはずだ、禁書目録が彼らと接触して彼らをパートナーに選ぶことなど。
 分かっていたはずだ、もう自分が禁書目録のパートナーになることなど、できないことだと。
 それでも、それでも、それでも。

「始めよう。時間が惜しい」

 彼女が救われるのならば。

「……ああ、インデックスちゃん、よーく聞いてくれ。インデックスちゃんは、1年以上前の記憶はないね?」

「え、どうして知ってるのかな、とうま」

「君を追っている魔術師から聞いたんだよ。それでね、インデックスちゃん。君の頭には1年毎に記憶を消さなきゃいけなくなる呪いがかかっていてね。そんなの嫌だろう? だから、今からそれを外すからね?」

「え? え? え?」

 状況を詳しく説明する気にはなれなかった。後で言って聞かせばいい。
 今は時間が惜しいのだ、いつあの魔術師達が来ると知れない。歩く結界は今も有効なのだから。

「アウレオルス、首輪は?」

「ちょっととうま!? なんなのかな、説明して欲しいかも!」

「当然。それなら予測はついている。頭部にそれらしきモノはなかった。尚且つ、魔術に頭蓋の内側に魔方陣を刻むなどという超繊細性を要求する代物は存在しない、はずだ。このことから、魔方陣は普段は外側から見えず、外側から手を加えられて、頭蓋を除けば脳に直線距離で最も近いところ――喉に、刻まれていると推測できる」

 言うや早いか、インデックスを宥め賺し、喉の内側を確認する。
 そこに――、

「あったぜ。紋章だ」

 これがインデックスを縛る首輪か――と右手をインデックスの口に差し込み、
 紋章に、神様の奇跡すら破壊せしめる右手が、触れて、
 破砕音とともにはじき飛ばされた。

「っと!」

「……憤然。やはり迎撃用の魔術を施していたか」

 インデックスの瞳が、爛々と赤く輝いていた。
 いや、正確には、
 インデックスの眼球に浮かぶ、血のように赤い魔方陣が。

「うおっ!」

 一際赤くインデックスの目が輝き、空間を抉り取るような凄まじい音とともに不可視の何かが上条を向かいの壁まで叩きつけた。
 第六感は危険を察知していた、だが、幻想殺しで殺すことは間に合わなかった。

「――警告、第三章第二節。Index-Librorum-Prohibitorum――禁書目録の『首輪』、第一から第三まで全結界の貫通を確認。再生準備……失敗。『首輪』の自己再生は不可能、現状、十万三千冊の『書庫』の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」

 インデックスの声は人間味を失い、機械的で義務的で音読的な声に変質していた。
 本を音読するように、声を発していた。

「うあ、ヤバげな雰囲気」

 破壊しきれなかったのは痛い。

「――『書庫』内の十万三千冊により、防壁に傷をつけた魔術の術式を逆算……失敗。該当する魔術は発見できず。術式の構成を暴き、対侵入者用の特定魔術(ローカルウェポン)を組み上げます」

 インデックスは、糸で操られる死体のように、
 マリオネット(あやつりにんぎょう)のように、
 小さく首を曲げて、

「――侵入者個人に対して最も有効な魔術の組み込みに成功しました。これより特定魔術『聖ジョージの聖域』を発動、侵入者を破壊します」

 破砕音をあげて、インデックスの両目にあった魔方陣がまるで映写機のように拡大、投影された。顔の前で重なるように投影された魔方陣は、インデックスの両目に直線でつながってるらしく、目の位置が変わると同時に魔方陣の位置も引きずられるように変わっていった。

「――聖ジョージの聖域だと!?」

 珍しく焦ったように顔を歪めたアウレオルスは、尻のポケットに入れてあった鍼を首筋に突き刺し、雑念を追い払った。
 アウレオルスの黄金錬成の手順。

「――詠唱を止めよ! 禁書目録!」

「    。       、」

 しかし、アウレオルスの現実を歪める錬金術は、インデックスを止められなかった。

「くっ――! 止めろ、上条!」

「そうしたいけど!」

 何か近づいてはまずいような、何か近づくのは致命的にまずいような。
 上条の人間を超えた第六感がそう告げていた。
 そうしている間にも、インデックスが何か――もはや人の頭では理解できない『何か』を歌う。
 と、インデックスの眉間で二つの魔方陣が爆発し、四方八方に漆黒の雷が飛び散った。

「お、?」

 いや、雷、ではなく、空間の裂け目、か。

「フォルテッシモさんかよ……」

 科学的に馬鹿馬鹿しい光景だった。
 しかし、感じる。
 亀裂の向こう側にいる、絶対に敵わないであろう異質な存在を。
 まるで聖少女の処女膜を引き裂くように、急激に亀裂が拡大し、
 膨大な光の柱が上条に降りかかった。
 迷わず右手を突き出し、消し飛ばそうとする。
 ――が、

「――……き、え、ねえ!」

「竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)――ッ!」

 アウレオルスの叫びもどこか遠く聞こえる。
 消えない。どころか、光の柱が右手に食い込んできているような気配すらある。
 膨大な光柱の物量に幻想殺しの処理能力が追いついていない?

「いや、――この光の一つ一つが別の魔術っつうことか……!」

 幻想殺しの処理能力はあくまで上条自身の脳に頼っている。上条が捌き切れないほどの『量』と『種類』をもってすれば、意外と簡単に幻想殺しは処理不能に陥る。
 その弱点を突かれた――。
 だが、それならばそれで、手の打ちようはある。

「――ッ! 百合子ぉ!」

「オーケー相棒。任せろよ」

 フッと、鈴科が禁書目録と上条をつなぐ竜王の殺息の中程の辺りを撫で上げた。
 と、――竜王の殺息がそこから上空へ向かって折れるように放出された。
 天井を突き破ってまだ勢いを緩めない竜王の殺息はどこまで伸びているのか見当もつかなかった。
 瓦礫の破片すら消滅せしめた竜王の殺息が生み出した第二次災害は、白い無数の羽だけだった。
 もっとも、それの危険性は三人ともよく理解していたが。

「さすがです学園都市第一位!」

「うるせェな。とっとと終わらせろよ」

 鈴科百合子こそ『最強』。学園都市二百三十万の学生達の頂点。学園都市第一位、『一方通行(アクセラレータ)』。
 その能力は、簡単に表面だけなぞって言えば『ベクトル変換』。
 ありとあらゆる力のベクトルを認識し、自在に変換する。
 とはいえ、そんな反則級の彼女にも弱点と言えるものはあった。
 最強故の認識の固定化、である。
 そもそも認識しなければ始まらない彼女の能力。彼女の常識外にあるベクトルは対象外となってきた。
 しかし、上条と出会い、常に事象を初期値から再演算することを覚えた鈴科は、この世のありとあらゆるベクトルを観測、変換し、魔術の法則すら理解した。
 己の内に眠る力を理解し、神の如き力を振るう。
 彼女の能力は、神話級の威力を誇る竜王の殺息すら掌握している。

「さあインデックスちゃん。今助けてあげるよ」

 彼女に向かって、駆け出す。
 距離はほとんど無い。

「貴様等、何をしている! この期に及んでまだ悪あがきを――!」

 そこに、二人の魔術師が飛び込んできた。
 ステイルと神裂。ステイルは顔面を包帯で補強していた。
 何かを叫びかけたステイルは、その場の光景を見て背筋に冷や水を浴び去られた気分になった。
 魔術を使えないはずのインデックスは伝説の神話級魔術を行使しているし、あろうことか自分が戦った少女はその魔術を事も無げに上空に押し上げている。何より、そこには自分より一年も前に彼女のパートナーをしていた顔見知りの――

「――アウレオルス!?」

「黙って見ていろ。それができんのならば手伝え」

 アウレオルス=イザードがいたのだから。

「おい、何をしている!? アレはなんだ!? どうしてあの子が魔術を使っている!?」

 神裂は放心してその状況を見ていた。

「何も問題はない安心しろ。ただ禁書目録の首輪を破壊するだけだ」

「どういうことだ! 説明しろ!」

「だから――」

 すっ、と、鍼を首に突き刺して、

「禁書目録の記憶をもう消さなくていい、彼女を救うことが出来るだけだ。大人しく見ていろ」

 カラン、と、鍼を投げ捨てて、

「魔術師二人はそこに伏せろ――」

「ぐうっ!?」

 瞬間、重力の板で押しつぶされるようにステイルは地面に叩きつけられた。神裂もそうなのか、視界の端に伏せった黒髪が映る。

「き、さま、何をしているのか、分かっているのか!」

「分かっているとも。禁書目録は救われる。幻想殺しの手によって」

 アウレオルスの視界に映るのは上条当麻と禁書目録。
 自分は所詮主人公では無かったというだけの話だ。認められるような話ではないが、それでも、禁書目録が救われるというのなら、この充足感は間違いではないはずだと。
 アウレオルスは、魔術師二人を純白の羽の被害を受けない机の下に押し込んで、不覚にもこみ上げてくる涙を耐えた。

 



[25858] とある魔術の禁書目録 06
Name: sin◆27e4a7ca ID:910379ba
Date: 2011/02/11 16:22
 

12


「――警、こく。最終……章。第、零――……。『 首輪、』致命的な、破壊……再生、不可……消」

 亀裂ごと亀裂を生み出していた魔方陣を幻想殺しで切り裂き、あっけないほど簡単に、竜王の殺息は消滅した。
 ブツンと、テレビの電源が落ちるようにインデックスの口から言葉が消え、部屋中に走った亀裂が掻き消えていき、
 鈴科が上条をインデックス共々押し倒した。

「ぐっ!」

「当麻ッ! 羽だ! 消せ! 急がねェと反射し切れねェぞ!」

 そう叫ぶ鈴科の言葉に、まだ終わってはいないのだと思い出す。
 そもそも鈴科のベクトル操作は対象に触れないと発動できない。一人では捌き切れないのも自明の理だった。

「くそっ」

 悪態をついて反射し続ける鈴科の脇から右手を差し出し、一つずつ光の羽を消してゆく。
 消して消して消して。
 殺して殺して殺して。
 そして。

「お、終わった。かあ?」

「終わった。みたい」

 言葉を返してきたのは机の下に潜り込んでいた姫神だった。
 同じように机の下に潜り込まされていた魔術師二人も這い出してくる。黄金錬成は解けたらしい。

「おい、能力者。今のはどういう事だ。彼女に何をした」

 ステイルは上条に静かな、けれど烈火の如き怒りをぶつけ、神裂は倒れ伏したインデックスを心配げに見やっている。

「上条。成功報酬の吸血殺しを押さえ込む霊装だ。受け取れ」

 そんな雰囲気をものともせず、アウレオルスは十字架の付いたネックレスを投げ渡す。慌てて左手で受け取った上条は、それをそのまま姫神に手渡した。

「遅くなって悪かったな。これでいいだろう?」

「……うん。ありがとう」

 なんとなーく二人だけの空気を作り出した上条と姫神に、鈴科は深いため息をつき、アウレオルスは無視してインデックスを抱き起こしていた。神裂もいつのまにかそれを手伝っていた。
 誰も、ステイルの、話を、聞かない。

「……っう! おい異常者(ミュータント)! 話を聞け! アウレオルス!」

「……慨然。面倒」

 身も蓋もなかった。


13


 事の顛末。
 インデックスは小萌先生に預けることになった。
 首輪を破壊して、事件が終わって、全てが終わって、何もかもが終わって、ようやっとインデックスは上条の口から今回の顛末を聞いた。
 その後の第一声が、

「私のために危ないことはしないで……」(美化表現有り)

 だったのはさすがインデックスちゃんといったところだった。本当に天使のような子だ。
 ステイル=マグヌスは最後まで敵対的だった。上条やアウレオルスに噛みつかんばかりに食らいついていたし(インデックスを英国まで連れ帰ることとか。まあインデックス自身が嫌がったため無しになったが)。ただ、何故か鈴科には無反応だったが(怯えているのを隠していることは鈴科と敵対したことがある者からすれば明白である)。
 神裂火織は最後までインデックスの事を心配していた。いや、ステイルも負けないくらい心配していたようだが、神裂の場合、折り目正しく礼儀正しく小萌先生にくれぐれもよろしくと頼み込んでいたため余計に目に付いたというわけだ。彼女自身もインデックスには一緒に帰って欲しかったようだが、そんなことはおくびにも出さずに彼女の意志を尊重していた。
 別に魔術師二人、ステイル=マグヌスも神裂火織もアウレオルスの話に納得できたわけではない。納得できない部分もあったし、何を勝手にとも思った。全てが事後説明だったというのもあるだろう。それでも、彼女の記憶をこれ以上消さなくてもいいのなら、今までの彼女を殺さなくていいのなら、こんなに嬉しいことはないと、彼らはそう思っただけのことだ。
 だからといって、禁書目録の今までの記憶が蘇るわけではない。
 アウレオルスが禁書目録と過ごした一年が蘇ることもなければ、
 ステイルがインデックスと過ごした一年が蘇るわけでもないし、
 神裂が過ごしたインデックスとの一年が蘇るわけでもないのだ。
 残ったのはこの一年、日本で過ごした孤独な逃亡生活の記憶と、上条と鈴科と過ごしたたった一日にも満たない時間だけ。
 これまでの思い出はない。あるのはこれから紡ぐであろう思い出だけ。
 自分達は深くは関われないかも知れない。あるいは、また元のような関係に戻れるのかも知れない。
 とにもかくにも。
 インデックスがこれから幸せであるようにと、魔術師達は自分達の国へと帰っていったのだった。
 アウレオルス=イザードはまだ学園都市に残るらしい。
 追われている以上また魔術の世界に戻るのは不可能だと判断してのことだった(本人は決して口には出さなかったが、明らかにインデックスに会えるからだと上条達は思った)。
 脳医学の勉強の課程に様々な科学分野に手を出したおかげで科学に興味が沸いたらしい。元々が学者体質なアウレオルスとしてはある意味新たな契機として受け入れているらしかった。
 それで、どうしてインデックスが小萌先生の家に預かってもらうことになったかというと。
 まあ単純に、これ以上上条の部屋に人が住めるスペースがないからである。はじめはインデックスも上条と鈴科と一緒に居たがったのだが、悲しいかな、無能力者(レベル0)である上条はレベルに応じて支給される奨学金やら補助金やらが少なく(他に比べれば、だが)、平凡を究極まで極めようとする高校に在学しているため、他と比べて学生寮も小さく、一人住まい専用の部屋であるからだ。しかも現在は鈴科が同棲同然で住み込んでおり、結果インデックスを住まわせるようなスペースがなかったのである。そこで上条が無い知恵絞ったあげく見つけたのが月詠小萌その人。『自分のやりたい事を見つけるまで仮の場所を作ってやる事が趣味』という実に質の悪い性癖を持っている彼女にインデックスの件を伝えるとびっくりするほどの即答を得られたのだった。
 そんなわけでインデックスを小萌先生が迎えに来て、残ったのは上条、鈴科、姫神の三人。

「で、帰り道。所謂エピローグである」

「あァ? 何言ってンだオマエ」

「モノローグが口に出ただけ」

「なンか電波なこと言い出した」

「上条くん。頭悪いから」

「あァ、言われなくても分かってるぜ」

「上条さんの目の前でそういう心に刺さるようなこと言わないでくれます!? 痛いから! 心が!」

「痛いのはオマエのキャラだっつの」

 酷い! と叫んだ上条を挟むようにして鈴科と姫神。今日は上条の部屋に泊まる予定である。二人して上条を男扱いしていなかった。……というわけではなく、むしろ来い、早く来い、みたいな感じ。
 まあ上条は紳士(自称)だから襲わないけど。けどけど。

「だからオマエのモノローグはキモいンだよ。動揺してンじゃねェよ」

「し、しし、してないし」

「棒読みで言わなくても。しかし。これで電波が二人に」

「オマエの魔法使いキャラも十分電波なンですけど」

「電波キャラが三人……」

 気持ち悪い三人組だった。
 時刻はすでに深夜を回ったというところだろうか。鈴科の奢り(一番お金持ち)でかなり遅めの食事を取って、もうすぐ上条の部屋に着く頃だった。
 辺りには人一人おらず、少し上の方を見れば遠くでネオンが光っているのが見える。夜も学園都市は眠らない。もっともそれはあくまで中心部や商業部、研究部の話であって住宅部は普通に寝静まる時間なのだが。

「どう? その歩く教会、うまく動いてる?」

「わからない。けれど。これだけ長い間結界の外にいて大丈夫なら。たぶん平気」

「そっか」

 首から提げられたケルト十字架は密着するような形で透明な膜に囲まれていた。
 学園都市製の、耐風圧耐衝撃耐震耐久耐候耐蝕耐水耐熱耐火ケースである。万が一上条の幻想殺しや、何かの衝動で壊れないように、との配慮だった。

「ところで、なンだってこンなどォでもいいシーンが描写されてンだ?」

「百合子。別にエピローグはメタ発言解禁の場じゃないからな」

「なンだ、違うのかよ」

「え。そうだと思ってた。危うくもう少しでどうして上条くんの不幸発言がなかったのか問いただすところだった」

「やめてよ。俺にも分かんないんだからさあ」

 物語として崩壊しかかっている雰囲気なので章変えリセットをかけたいところだが、生憎ともうエピローグ。秘技は使えない。

「なンていうか、茶番劇だったよなァ」

 そう言う鈴科に、姫神は心外だと声を上げる。

「私にとっても。彼らにとっても。十分に大きな事件だった」

 それこそ、人生の変革のように、大きな。
 忌々しい体質から解放され、
 理由の分からない逃亡生活から解放され、
 大切な人を傷つける苦行から解放され、
 大切な人を救えなかった過去から解放され、
 それが彼らにとって大きな事件でないなどと、そんなわけがない事は鈴科とて分かっている。
 分かってはいるが、

「俺らにとっては、って意味だよ」

 配慮する気はない。
 気を遣うべきなのは下々の人間であり、
 王たる自分は常に傲慢で無礼で、――最上でなければならないのだから。

「茶番劇もいいところだぜ。実にくだらねェ。退屈で、面倒なだけだった」

 本当に心の底からそう思う。
 鈴科の言葉に嘘はない。語るべきは真実のみ。
 嘘などという小手先は、全て叩き伏せるから。

「どいつもこいつもうじうじうじうじ、駄目だとか無理だとか、堂々と負け犬宣言してくれてさァ。こっちが恥ずかしくなるっつーの。結局俺らがやったのは、他人の尻ぬぐいだったわけじゃねェか。やってらンねェよなァ。自分のことは自分でしろよ。言い訳して嘘付いて目ェ逸らして、諦めてただけじゃねェか」

 堅牢な真実に、姫神は思わず俯いた。
 そんなことは出来ないだろう。
 どんな人間にも出来ないと思う。
 
「考え過ぎなンだよ。考えてりゃうまくいくなンて、ンなわけねェだろ。自分で考えたモンが全部正解なンてあるわけねェだろ。馬鹿ばっかりじゃねェか」

 心底訳が分からないというように、頭をがりがりと掻く鈴科。
 分からないだろう、彼女には。
 王に民の気持ちが分かる者などいない。
 民の気持ちが分かる王など、初めから王ではない。
 
「そんなこと言うなよ。みんな必死なんだから。誰も彼もがおまえみたいにやれるわけじゃないんだぜ」

「…………おう。わかってる」
  
 本当に、わかってる。
 自分に並び立つ者など、隣にいる彼以外にはいないことなど。
 もっともその本人がその事をわかっているのか、鈴科には判断が付かないが。

「いいじゃねえか別に。みんな一生懸命にやってるんだからさ。一生懸命なのは良いことだぜ。それが間違ってるにしろ正しいにしろな。みんながみんな正しいわけじゃねえし、間違ってるわけでもねえ。みんながみんな本物じゃないし、偽物でもねえよ。みんな一緒がいいけど、みんな違うんだからさ」
 
 正しくあれるのは良いことだ。けど、正しくないのが悪いこととは限らない。
 逃げないのは強いかも知れないけど、逃げるのが強くないとは限らない。
 何が正解かなど――たとえ王にも分からない。
 それこそ、神様でもない限り。
 あるいは――神様にも分からないかも知れないけど。

「上条くんのくせに。小難しいことを言う」

「あれー? ちょっと格好いいこと言ったつもりなのに。何この酷い扱い」

「そもそも。上条くんは初めから格好いいから。そんな台詞はいらない」

「一直線に言うなあ! 恥ずかしいですよ上条さん!」

「そォだな。オマエ格好いいぜ。マジ惚れる。あ、ヤベェ。もう惚れてた」

「やめて顔から火が出る!」

「大丈夫。私も上条くんに惚れてるから。ところでこんな事を訊くのはまだ早いかも知れないけど。白無垢。色打掛。引き振袖。どれが良い?」

「A、プリンセス、スレンダー、マーメイド、ショートレングス、どれでも着てやるぜェ? アンピール、ベル、アンクル、なンてのもどうだ? 色はオフホワイトか?」

「いや、待て。ストップ。おまえら、なんの話をしている?」

「何って花嫁衣装の話だろ?」

「そう。私と上条くんの結婚式で着るもの」

「そして俺とオマエの結婚式で着るもンでもあるぜ」

「なんの前振りも無しに結婚することが決まっている、それも二人と……! いや、嬉しいですけどね!」

「じゃァいいじゃねェか」

「そうだな何の問題もねえや!」

「そう。問題なし」

 今日も学園都市に大きな異常はない。
 問題なし。
 今日も今日とて学園都市は平和で、
 あくまでも、徹頭徹尾に、上条当麻はフェミニストだった。

          

   ――――――――INDEX the END.



[25858] 今回のNGシーン。 01
Name: sin◆27e4a7ca ID:910379ba
Date: 2011/02/24 12:51
01


「おい、起きろガキ」

 ぴくり、と少女の頭部が動き、ゆっくりと持ち上がる。
 開いた瞼の下からは緑の瞳がのぞき、外国人を見慣れていないこともあって思わず上条鈴科二人揃って覗き込んでしまう。

「ォ、――――――――」

「お?」

「おまえ何でそんな白いねん。ジャパンでこんな白いん見ると思わなんだわあ」

 




「ンで? オマエは何であンなとこで干されてやがったンですかァ?」

 脱線していく話に我慢ならなくなったのか、普段女の子と話す時は全て上条に任せている鈴科が起動修正をはかった。それで話がズレている事に気付いた上条も目線で問いかける。

「別に日光浴をしていた訳じゃないんだよ」

「ああ、お腹が空いてるんだったね。いやでもそれにしたってあんなところで行き倒れる?」

「月光浴をしたくて夜になるのを待っていたのさ」

「他でしやがれ馬鹿野郎」






「ええーっ!? おなかすいたおなかすいたー! 何か食べ物恵んでー!」

「俗物に染まりまくりじゃねェか。ったく、そンじゃあ……」

 嘆願するインデックスに面倒くさそうに返して周りを見回し――。

「これで我慢しとけ」

 ――踏まれまくって原形を留めていない酸っぱい焼きそばパンを拾い、インデックスの鼻先に突きつけた。



「おなかこわした」







02



「何をしてたの? 正直に先輩に言ってみな」

「………………」

 佐天としても、ちょっと言えない事であるのは確かだった。それがやましいことに感じるのは間違いのない事実なのだ。信頼している先輩ではあるが、同時に、軽蔑されるかもしれないと思うとどうしても言い出せなかった。
 しばらく無言の時が流れる。公園に他に人はいない。流れる風に人工的に植えられた木々がざわめく。今日は風が強いらしい。上条はそれ以上何も言わない。佐天が話すの待っているようだった。
 佐天にも、上条の待つという行為が自分への信頼なのだと、感じ取れた。
 口を開いたのは、上条の信頼に応える形となった佐天だった。

「あの、……上条さんは、私が凄い露出狂だって言ったら、軽蔑しますか?」

「しないしない。でも確証は出来ないから、試しに一回脱いでみてくれる?」







「それじゃあね、とうま。今度こそさよならなんだよ。ゆりこにもよろしくね」

「おう。達者でな」

 部屋を出るインデックスを先導して玄関の扉を開けて、――
 ――そのまま閉めた。

「あれ? どうしたのとうま」

「インデックスちゃん。冷蔵庫の中のチョコあげるから、もうちょっと部屋の中にいてくれる?」

 後ろを振り向いて言ったときには返事を返す前にすでにインデックスは冷蔵庫の前にいた。さすがにロースハムまるまる一つでは足りなかったようだ。…………食いしん坊キャラじゃないよね?
 そうじゃないといいなあ、とげんなりしながら扉の向こうのことを考える。
 開けたくねえ。
 でも開けないと壊されるかも知れない。このドアを壊すのは鈴科一人で十分だ。将来的にはゼロにしたいところである。
 意を決して玄関の扉を再度開けて外に出て、後ろ手に扉を閉めて――。
 ――目の前に立つ全裸の男を見上げた。

「よお、人ん家の前でなにやってんだ、この変態露出狂(メイガス)」

「Index-Librorum-Prohibitorum――禁書目録を回収しに来たんだよ」

 ロリコンでもあったようだ。






 急いでインデックスを保護せねばなるまい。そう思って玄関のドアに手をかけた露出狂は――。
 ――肛門に襲いかかった衝撃に吹き飛ばされた。

「が、ふっ!?」

 その勢いは凄まじく、手すりにもたれ掛かる――どころか落ちそうになってようやく止まった。
 何が起こった何が起こった何が起こった!?
 露出狂はふらつく体に鞭を入れ立ち上がり、混乱する頭に思考を促す。
 視界は揺れ、状況が把握できない。わかるのは未だに洩れる腸液と肛門の激痛とこみ上げる快感だけ。歪む視界は元に戻ってゆく。
 あの少年は蕩けて逝ったはずだ。摂氏三千度と錯覚するまでの自慢の棒に貫かれて逝かずにいられるはずがない。自分とてそうだ。棒は確実に貫いた。ならば、ならばならばならばならばならば――!
 なぜその少年がここにいる!?

「はっ――。なんだよ。ガタイはいいのに全然耐久力はないのかあ? 拍子抜けだな」

 上条当麻は、そこに立っていた。
 何の苦もなく、そこに立っていた。
 露出狂には理解できなかった。ただの学生が、ただの人間が、自分の棒を受けて無事でいるはずがないのだ。
 露出狂には理解できなかった。

「おいおいおい。なーにを驚いてくれちゃってんですか? おまえわかってんの? アナルセックスなんて所詮はただの受け責めなんだぜ? そんなの――」

 ――俺にひっくり返せないはずがないだろう? 







03


「率直に言って」

 神裂は片目を閉じて、

「源氏名を名乗る前に、彼女を保護したいのですが」
 
 業界一のキャバ嬢とはいえ、一児の母。
 母は、強い。







「っふうっ!」

 間一髪、頭を振って避ける。聖人の身体能力がなければ確実に眉間を打ち抜かれていた。
 殺しに戸惑いがない。それが神裂を戸惑わせた。こんな学生が、まさか――と。
 体を反転させて立ち上がった所に今度は刃渡りの長い軍用ナイフが振り下ろされる。またしてもぎりぎりのところで避けたナイフは堅いアスファルトの地面に突き刺さり――。

「ん、んっ、くっ! んんっ! 抜けない! 抜けへんでえ! お姉さん助けて!」

「え、あ、はい。そのままじっとしていてください。後ろから引っ張りますから」







「なあ、なんでそんなに必死になってんだよ。そんなに十万三千冊の魔導書がほしいのか?」

「はっ! はっ! べつ、に、はっまどう、しょが、ほしいはっ、わけでは、ないですよ」

「……違うのか?」

「わた、しは! あの子、に! おね、えちゃん、と! よばれ、た、いだ、けです!」









[25858] あとがき ――INDEX ※2011年2月12日追記
Name: sin◆27e4a7ca ID:910379ba
Date: 2011/02/12 10:14
「あれ、もしかして学校の成績悪いですか?」と訊かれたら、「ええそうですよ。ただし今生きてるのは楽しいです」と答えられるようになりたい、sinです。以後よろしくお願いします。
 世の中には色んな人間がいるものです。結婚したいと嘆く者もいれば、結婚めんどくせーと独身を貫く人もいます。「え、おまえ○○大学出なの? ぷぷぷだっせー」と笑う人間もいれば、「実は高校までしか出てないんですよ」と恥ずかしげに語るやり手の若手社長もいるかも知れません。「最近の若者はチャラチャラとなっとらん」と憤る独り身の友達のいない中年親父もいれば、若い頃にやんちゃしていた友達の多いおっちゃんもいるでしょう。偏った自己利益を考える政治家もいれば、国家の将来を憂う農家のおじさんもいると思います。
 無知な人と知りたがりな人。
 知りたがりでない人と知識豊かな人。
 知識豊かな人が知りたがりとは限りませんし、無知な人が知りたがりな場合もあるわけです。
 今回のお話はそんな人達とそういう事が分からない百合子ちゃんのお話と思っていただいても構いません。
 悪いことが嫌なら正しくあればいいのに。
 頭が悪いと嘆くなら勉強すればいいのに。
 運動が苦手なら鍛えればいいのに。
 お金が欲しいなら働けばいいのに。
 何でそんなこともできないの? 何でそんなこともしようとしないの?
 そうは言われても、できない人はいるものです。
 正しくあれば他と変わる。
 出る杭は打たれる。
 仲間外れにされる。
 なんていうのは、日本の悪い考えですけど、
 勉強も運動も仕事も、面倒だと思うひとはいるでしょうし、本当にできないからなのかも知れません。
 けれど鈴科百合子にはそれがわかりません。
 彼女にできないことはないから。
 天才に凡才の考えは分からない。
 とまあそんな感じの話でもありました。最後だけね。
 そんな感じで色々ちょっと語っちゃりもしちゃったもんですけど、実際の所そんなに色んな人間っていないんじゃないでしょうか。
 大まかに分ければ案外6つくらいなんじゃないでしょうかねえ。色んな人間がいるように見えるのは、ようはそのカテゴリーの中に更に小さなカテゴリーや段階みたいなのがあるから何じゃないですかね。
 みんな大本を辿ればわりと同じヤツっていうのは多いと思いますよ。
 「コレは俺のオリジナルだ! 真似すんじゃねえ著作権侵害で訴えるぞゴラア!」とか言われちゃっても、「いや、俺それどっかで見たことあるわあ」と言い返したりできちゃうかもです。
 漫画や小説に出てくるキャラや設定なんて、大体はどっかで見たことありますよ。ドラゴンとか何番煎じですか。吸血鬼とか聞き飽きましたからー。
 と、そんな感じで何もかもが見たことのある世の中ですけど、本作もその流れに逆らうようなことないんでしょうね。
 一応弁解を述べておくと、本作には何のテーマもございません。
 ただただ私が、無為無想に一から十まで、矛盾だらけの理屈に主張を並べ立てるだけです。自己満足にすら到達してません。○けなかったオナ○ーのようなものです。
 何だか何を書いているのか分からなくなりましたので(本編の最後もそうだった)ここらで終幕とさせていただきます。

 最後になりましたが、本作をお目に通していただき、誠にありがとうございました。
 まだ書いちゃいませんが、一応続く予定なので、見捨てないでいただければ幸いです。いえ、最愛です。
 

 次回は漫画版で出番がごっそり削られたあの子。今回解放されたあの子です。私はあの子が好きなので、そこんとこよろしく。

 それでは禁書目録(インデックス)から吸血殺し(ディープブラッド)に戻るまで、しばしお待ちください。ではまた。


     ――――――――CONTINUES DEEP BLOOD




 あ、実は私、全然原作読んだことないんですよね。


追記

ちょっと大事なことを忘れていました。
フェミニスト、は本作では『女性至上主義者』という意味で出てきますが、本来の意味は『女性解放論者』、すなわち男女平等を求める人のことを言います。あくまで簡単に言えば、ですが。
より詳しく言えば、社会における伝統的な女性概念による束縛からの解放を唱え、女権獲得・女権拡張・男女同権を目指すフェミニズムを主張する人の事、だそうです。wikipedia先生曰く。
そもそもフェミニズムには色んな形態があって一概には言えないんですがね。
「フェミニスト」という用語は、女に甘い男性、女性を特に尊重する男性、女性を大切にする男性、女性をちやほやする男性といったものを意味する言葉としても用いられてきた。
という記述もありますので、問題はないかな、と思います。

なんのツッコミもなかったので、ここに追記しておきます。



[25858] とある魔術の吸血殺し 01
Name: sin◆27e4a7ca ID:910379ba
Date: 2011/02/12 10:15


1


 うだー、とそんな効果音が目に見えるような空気が、昼下がりのファーストフード店の一角に漂っていた。
 こんな所にいれば脳内が腐ると言わんばかりに、学生でごった返す店内もその一角だけはぽっかりと,
ブラックホールのように人気がなかった。
 なんか近寄ったら吸い込まれそう。
 この光景を見た全ての人間の意見である。
 だが、人間の意見というヤツは一つに統一されることはないわけで。
 当然こんなくだらない光景を見て思う感想にも、少数派はいた。

「し、シスターちゃん。ほら、席がいっぱいです。別のお店にしましょう! ね!?」

「あ、とうまにゆりこ、それにあいさなんだよ! ほら、こもえあそこ!」

「ううー! やっぱりあそこに行かなきゃいけないんですかー!?」

 月詠小萌が多数派で、インデックスが少数派。
 もしくは空気が読める派と空気が読めない派。
 小萌先生とインデックスはファーストフード店でそのブラックホールを発見して立ち尽くしていた。まあインデックスはそのブラックホールを形成しているのが知り合いだと気付いた瞬間駆け足で近付いていったが。
 席はブラックホールの円周部分しか空いておらず、ある意味店内は満席と言えた。
 二人とも買い物の途中なのか、両脇に有名ブランドのロゴが入った紙袋をを抱えていた。正直小萌先生としても少々この荷物は重いと思っていたのでいい加減休みたかったのだ。席は空いているし、近くにいるのは教え子とその知り合い。渡りに船とは思うのだが、……思うのだが、この空気は全力で遠慮したいところである。二度と立ち上がれなさそうだ。だがそれでも、重いものは重いし、暑いものは暑いのだ。
 というわけで、小萌先生はそのブラックホールに飲まれるのを自ら了承してしまった。まったく、この百三十五センチのマイボディーが恨めしいといったところか。
 そう、百三十五センチ。
 冗談抜きで百三十五センチ、である。
 身長百三十五センチ。外見年齢十二歳以下。見た感じ園児服のようなピンクのの服と、同じようなピンクの髪。でも高校教師。実年齢[自主規制]歳。
 正真正銘オトナな女。
 それが彼女、月詠小萌である。
 もっとも、今日はいつもと違ってどこかカジュアルな服装だが(当然のごとく色はピンク)。
 そんな彼女の連れ、禁書目録の少女、インデックスもいつもの修道服を脱いで同じようなカジュアル路線のワンピースだった(こちらは小萌先生と違ってピンクではないが)。あの豪奢な修道服を脱がせ、日常的に普通の服装を着せるのに小萌先生が掛かった時間は約一週間。その間、隙あらば着替えさせ続けたらしい。
 と、まあいつもと違う二人に自称女性至上主義者(フェミニスト)上条当麻が反応しないはずもなく、

「お、小萌先生にインデックスちゃん。今日はいつもと印象が違うねえ。似合ってる似合ってる」

「可愛いけど似合っちゃいねェだろ。いつもみたいに子供服にしとけよ」

 何故か鈴科の辛口コメントも付属されたが上条の口からは大旨予測された台詞が吐き出された。

「子供服じゃないのですよー! あれはオーダーメイドです-! 先生の持っている服に子供服なんて一つもありませんからね!」

「いやそっちの方が驚きだよ! 勿体ねえなあ!」

 上条、レベル0ということもあって割と苦学生。お金には五月蝿いのである。
 ちなみに、そんな上条は黒いポロシャツに白いネクタイ。鈴科はロング丈のストライプ柄トップスにフード付のジレを着ていた。

「あいさ! あいさ! お腹空いたかも!」

「うん、それは上条さんのバーガー平らげてから言う台詞じゃないよね? というかやっぱり食いしん坊キャラ……」

 気付いたときには上条のトレイの上に残っていたハンバーガーは包み紙だけの変わり果てた姿になっていた。恐ろしい早食いだった。ついでに上条の嫌な予感が当たったのも恐ろしい。
 嫌な予感はよく当たる。良い予感はもっと悪い事態になる。
 上条当麻に幸運はないのである。
 インデックスに話しかけられた巫女装束の少女――姫神秋沙は何の躊躇いもなく上条の白いズボンのポケットに手を突っ込んだかと思うと、上条の財布を抜き取ってそこからクーポン券を取り出し、インデックスに渡すと、

「これで。貰えるから」

 カウンターの方を指さした。

「おい! それ俺のだから! せめて一言何か言ってからにしてね!?」

「借りる」

「返ってこないだろ!」

「これは俺のものだ」

「ジャイアニズム!?」

 珍しくもボケ続ける姫神に上条も律儀にツッコミ続けるも、カウンターにダッシュしたインデックスを見ると、また始めのようにぐったりとテーブルに倒れ込んだ。
 それを見届けた姫神もぱたりとテーブルに倒れ込む。
 この程度の梃入れでこの場の怠い空気は吹き飛ばないのだ。
 ……駄目な奴らだった。

「あー、先生もなんだかだるーいのですよー。シスターちゃんには悪いですがぁー先生は堕ちますぅー」

 普段よりも間延びした口調でそう告げると、小萌先生もぺたーっと突っ伏した。
 鈴科はとっくに倒れているし、このテーブルにすでに起きている人間は居ない。
 残ったのは飲み残されたシェイクやドリンク、齧ったそのままのハンバーガーにアップルパイ、そして堕落した人間達の屍だった。
 学園都市は今日も平和である。
 そう、少しばかり退屈なくらいに。


2


 堕落した人間達の五月病は、インデックスが山積みに買ってきたハンバーガーを平らげた後も続いていた。
 というか、インデックスも巻き込んでいた。
 総勢五名。ブラックホールは広がるばかりである。
 まあ心地良いし、こういう何もなくゆっくり出来る時間は好きではあるのだけど、さすがに何だかこの時間が勿体ないような気がして上条は体を起こした。

「なんつーか、これだけ人間が集まって会話の一つも生まれないとか、駄目な人間だよな」

「まァなァ。でもダリィしィ。ねみィしィ。やる気でねェしィ。あァ駄目だわ。無理だわ」

 即座にいつものように鈴科が返すが、理由を並べている内にその通りになってきたのか、それっきりプッリと喋らなくなった。
 他の者は反応すら示さない。
 上条は結局ただ一人の生き残りになってしまった。

「…………うだー」

 ぱったり、と。
 テーブルに頬を押し当てるように倒れて、それで気付いた。
 瞬き一つせずに上条を見つめている姫神に。
 鴉の濡れ羽のように艶のある黒髪が頬に流れるように掛かっており、どこか妖艶で、

「……ちょっと恐いんだけど、姫ちゃん」

「酷い。言って良いことと悪いことがある。謝って」

「……ごめんなさい」

 いや、悪いとは思うのだけど、この感想を取り下げる気はないぜ姫ちゃん。とか思っている上条ではあったが、なんせ口に出すのも怠いので姫神にそれが伝わることは無かった。
 隣り合わせ、見つめ合うようにテーブルに突っ伏している上条と姫神。お年頃な二人が見つめ合っているとなれば背景にシャボン玉が漂ったり甘ったるいピンクオーラが湧き出ても良いと思うのだが、如何せん二人の黒い瞳に覇気がなかった。というか生気がなかった。まるで死んでいるようである。ピンクオーラの代わりに墓場オーラが出ていた。
 それでも、と言うべきかは分からないが、一つ瞬きをした頃には姫神の瞳にしっかりとした意志が秘められていた。
 なんというか、決意、のような。
 そんなものが秘められていたのだ。

「…………。上条くん」

「……んー?」

「ありがとう。改めてお礼を言わせて欲しい」

「んー?」

 何の、と言う前に、姫神は自分から答えを言った。

「私を。助けてくれて」

 ヒロインになれなかった私を、ヒロインにしてくれて。
 鈴科にはなんだか姫神がそう言ったような気がして、不愉快だった。
 自分がヒロインなんだと乙女チックな事は言う気がなかったし、今ギャグパートなんだからシリアスな雰囲気にしないでくれるかなーとメタな事を言う気もなかった。どうして言う気になれなかったのか分からなかったし、どうしてそんなことを考えたのかも分からなかった。ただ、ちょっとだけ考えてみて、けれど納得できない答えしか出なかったがそれでも敢えてたった一つ納得できそうな答えを言うならば――

(――ただダルいだけだよなァ……)

 そう、それだけ。
 だから何でもないのだと、そう納得して、そう納得させて、鈴科は改めて目を閉じた。
 まあ、そんなことを鈴科が考えているなど想像が付くはずもなく、上条と姫神のやりとりは続いていた。

「いや、別に今更お礼言われるようなことじゃねーし、お礼言われることでもねーし」

 何に対するお礼なのかは、いくら馬鹿な上条とはいえ分かったが、だからといってそれがお礼を受け取ることとイコールかは全くの別問題。あんな事はお礼を言われるようなことではないと、上条は姫神の言うお礼の理由を思い出していた。





[25858] とある魔術の吸血殺し 02
Name: sin◆27e4a7ca ID:910379ba
Date: 2011/02/14 19:53

3


 春も麗らか。
 学園都市に科学的実験もかねて、景観のためとして植えられている桜の花びらも散り、ようやく新しく進学した学校に、新たな学年に学生達が馴染みだした頃の話である。当然めでたくも高校に進学した上条も学校に馴染み始めていた――わけではない。なぜなら上条当麻は実に問題児として華華しい業務成績を叩きだしているからである。
 所謂――不登校。
 上条当麻、実は入学式からすでに全然学校に通っていなかった。クラスメイトですら顔も見たことがないという生徒が何人か居るくらいである。来たら来たですぐに帰る、授業に出ない、どこかぶらついている、と、委員長タイプの吹寄制理が吠え滾る位の面倒でいい加減なヤツ(吹寄談)だった。
 そんな上条当麻と寮の隣人、土御門元春が知り合いであったのはただの偶然に過ぎない。
 もしかしたら彼の仕事の特性上、彼らの出会いは必然であったのかも知れないが、そんなことは上条としても興味もなかったので問題になったことはなかった。
 むしろ、上条としては有り難かったくらいである。
 彼の持ち込んでくる仕事はお金になる。苦学生上条当麻にとって今や土御門の持ってくる仕事は生命線ともなっていたのであった。
 そして今回の事件も、そんな彼からの仕事の持ち込みから始まったのだ。
 吸血殺し(ディープブラッド)から始まって、禁書目録(インデックス)に続いた一連の事件の。

「三沢塾って、進学予備校があるんだけどにゃ?」

 そう、テーブルの対面に座る少年――土御門元春は男が使うと気持ちの悪い口調で言った。
 少年は金色のネックレスにアロハシャツの上から黒い詰め襟の学生服を着ており、サングラスを掛けていた。その上逆立てた金髪。ただのヤンキーである。田舎者ヤンキーである。しかもそんな格好をしている理由が『もてたい』であるから始末におけない。あの奇妙な口調も同様の理由である。

「一応日本じゃシェア一位を誇る進学予備校なんだけど……二人とも知らないみたいだにゃー……」

 そんな土御門が疲れたように言った先には上条当麻と鈴科百合子が仲良く並んで座っていた。
 上条は明るい色のスポーツTシャツに土御門と同じ学ランを着ており、鈴科は珍しく落ち着いたモノトーンの配色である黒いカーディガンと白いロングシャツ、白いタイトパンツを着ていた。その服装はどこか知り合いの黒い少女を思い出すので止めて欲しい――とは上条には言えなかった。だって可愛いもん。
 二人は何とはなしに顔を見合わせ、

「進学とか興味ないし」

 と、一字一句違わずに言った。

「ッチィ! このバカップルめ! マジうざいぜい! 仲良いとこ見せつけてくれるにゃー! カップル爆散しろーっ!」

 ハモるな夫婦め。独り身は辛いぜ。
 自分には義妹がいる。義妹ラブ。と精神を落ち着かせた土御門は本題に入ることにした。元々時間もあるわけではない。早くするに越したことはないのだ。

「まあそんな三沢塾の支部校がここ学園都市にもあるわけなんだけどにゃー? そこがどうもきな臭いっつうか、面倒くさいことになっててな」

 土御門元春の奇妙な訛りが消えた。
 あーシリアスモードに入ったのかと、上条も鈴科も飲んでいたジュースを置いて話を聞く体勢に入った。
 今日は元々仕事の話をしに来たのだ。そのために話を聞かれにくい混んだファミレスに入っているのだから。

「学園都市とその外の技術レベルの差は数十年って言われてるし、ここには能力開発もあるだろ? だから外部から来たこの支部校の人間は、『こんな事を知れた自分達は選ばれた存在に違いない』ってな具合にどんどん科学崇拝を軸にした新興宗教に様変わりしちまったらしい」

「へー。そいつは危ないなあ」

 科学宗教。
 科学崇拝。
 科学主義。
 知のあり方の一つに過ぎない科学を、科学の領域を超えたところで適用、使用したりする考え方を批判する言葉である。簡単に言えば、間違った拡大適用してんじゃねーよ、ということだ。
 まるで科学だけがこの世のあらゆる現象を解明する方法であるかのような。
 まるで科学があらゆる探求分野において唯一正しい証明の仕方であるかのような。
 そういった考えを批判する言葉が、科学主義、というやつだ。
 拡大主義に、思い込み。
 もっとも、それは学園都市ではある種一般的な考えではある。当然、ある程度薄まった考えではあるが。
 そんな学園都市に外部の人間が来て、科学こそが唯一と考えてしまうのも、まあ仕方ないと言えるだろう。
 そんなことより、新興宗教の方が上条には引っかかった。
 新興宗教、と言えば悪いイメージがあるとして新宗教と言う言葉が価値中立的イメージとして新しく作られたのだが、 もっとも、一般的には新興宗教という言葉の方が浸透しているだろう。大衆にとってそこに大きな違いはない。
 世間一般には新興宗教とは所謂詐欺集団である。恐喝まがいのことをするときもあるという。
 狂信をもって欺す。
 霊感商法。霊視商法。
 悪徳商法。その種類は様々。
 悪質な勧誘や大学などで宗教団体であることを偽装して隠し活動するダミーサークルもあれば、終末思想を教義に掲げた反社会団体というのもある。そういう事もあって新興宗教と言う言葉は一般的に社会問題的な問題行状のある教団のことを指している。故に新宗教はそういった新興宗教とは一緒くたに出来ず、言うならば新興宗教=カルト宗教なのだ。
 この場合の上条が言った『危ない』というのは、そういうカルト集団が起こす社会問題のことを言っているのである。
 相手は科学崇拝集団。しかもここは科学の街、学園都市。外とは比べものにならない科学技術をもって行われる社会問題クラスの運動は確かに脅威と言えた。

「まあな。とはいえ、それは別に学園都市としては後手の動きになるとはいえ、問題なく対処可能だ。面倒事にはなり得ない」

 対処手段は七万跳んで六百三十二ある。そう切って捨てた土御門はドリンクで口を湿らすと、問題は――、と話の続きを言い出した。

「この三沢塾に、一人の少女が監禁されている事だ」

「それを早く言え。場所はどこだ。潰す」

 即答だった。コンマ一秒の差もなかった。
 さすがに女の子(ロリ)大好きな土御門といえど引く。この反応の良さはある意味執着しているとも言えた。
 どんだけ女好きだよカミやん。
 あんまり見たことのない剣幕で迫る上条を馬を落ち着けるようにどうどうと去なし、言えなかった続きを言おうとする。

「聞けいカミやん! こっからが面倒くさい話なんだにゃー!」

「なんだ早く言え」

 一応席に座り直してくれたが今にも走り出しそうである。まあ早くなるに越したことはないしいいのだけど。

「実はその三沢塾が少女を監禁している理由が、その少女が保有してる能力の希少性にあったんだが、少し前にその少女の能力を狙った魔術師、つうか錬金術師に三沢塾そのものが乗っ取られることがあったんだぜい」

「乗っ取られた?」

「そう。始めは少女を確保次第学園都市からひっそりと立ち去ろうとしてみたいなんだけどにゃー? 先に三沢塾に派手に奪われたせいで奪い返しはしたものの脱出不能になって、仕方ないから三沢塾を乗っ取って要塞化し立て籠もってるんだぜい」

 なるほど。派手に動いたせいで学園都市の警備に引っかかったというわけか。それかもしくは所属している、あるいは所属していた組織にバレたか。
 もとより科学と魔術は相容れない。
 水と油。
 独創性と順応性。
 科学と宗教。
 互いが互いに関わることにデメリットしか発生しないし、互いが互いに弱みを握りあっている。
 ふとしたきっかけでいつでも戦争を起こせる。
 だからこそこの土御門元春のような科学と魔術間を行き来する調停役がいるのだが。
 この男の御蔭で科学と魔術は微妙なラインの上でギリギリの均衡を保っているのだ。
 だからこそ、魔術師を始末するのは魔術師。超能力者を始末するのは超能力者でなければならない。故にこういう学園都市内での魔術師関連の仕事は土御門に回されるのである。上条当麻がそれを代替わりできるのは、上条が無能力者(レベル0)という重要度の低い人間であるからに他ならない。敢えて言えば、上条には魔術を再現できないというのもある。幻想殺し(イマジンブレイカー)云々の前に、まず理解できないからだ。――頭が悪いから。
 ……ちなみに、鈴科百合子の同行は別に認められているわけではない。土御門の『バレなきゃいいんだにゃー。審判が見ていないところの規則破りは頭の良い技術なんだぜい!』という発言を受けているに過ぎない。バレなければいいのだ。バレなければ。
 それはともかく、先程からどことなく監禁されている少女の話題を避けられているような気がする。

「つーか、さっきから少女少女って、そもそもどんな能力なんだ?」

「あー、うん。吸血殺し(ディープブラッド)って能力なんだけどにゃー?」

「吸血殺し? なんだよ物騒な名前だな。蚊遣火(ピレスロイド)でいいじゃん」

「カミやんマニアックな言葉知ってるな……ってぇ! 違うにゃー! 蚊を殺したい訳じゃなねーぜい! んなもん三沢塾が監禁して何の利益があるんだにゃー!」

「おお、違うのか? 夏とか便利そうなのに……」

「それは俺もそう思うけどにゃー……」

 学園都市の科学力でも街から完全に蚊を排除するのは不可能だった。というかそんなアホらしい研究誰もやってないだけだと思うが。

「吸血殺しはとある生物を殺すことだけに特化した能力だ」

「だから、蚊じゃなかったら何なんだよ?」

 口調を改めた土御門に巫山戯すぎたかと反省した上条も改めて聞き返す。

「その名の通り、吸血鬼だ」

「は?」

 ぱちくり、と目蓋を開閉して、思わず聞き返す。

「だから、吸血鬼だにゃー。血を吸うあれ。ヴァンパイア」

「えと、十七分割されちゃったりするあの? すると吸血殺しは直死の魔眼? 七夜の者? すげー! ちょーかっけえ!」

「んなわけあるかあ! そんなヤベー能力者がほいほい監禁なんかされっかっつーの!」

「じゃああれだ。怪異殺し。そっち系の存在だけを斬れる刀を持ってるんだろう?」

「いや、無理だっつーの。能力以外は普通の女の子だぜい?」

「赤き血潮。体が血のヤツ」

「凍らすくらいなら他にもいっぱい能力者はいるぜい……」

「彼岸島のアイドル」

「酸で近づけねえと思うにゃー……」

「デュッセルドルフの吸血鬼」

「……? いや悪いにゃー。知らねえわ」

「ペーター・キュルテンだろ? ドイツの連続殺人犯のよォ」

 そこで答えに詰まった土御門の代わりにそれまで呆れたように黙って上条と土御門のやりとりを見ていた鈴科が口を挟んだ。

「そう。これで土御門に漫画の知識しかないことが露見したぜ」

「そんな事いちいち知ってる方がおかしいと思うぜい……いや、何か本当に、何やってんだろうにゃー……」

 無駄な時間を過ごしていたことに今更気付いて肩を落とす土御門にさすがに可哀想だったかと、上条は自分から話を戻した。
 というか、自分としても無駄話してるなーとは思っていたし。

「それで? 吸血殺しを使って、その錬金術師は何をしようとしてんだ?」

「……つまりだカミやん。吸血鬼を殺せる能力があるって事はだ、逆説的に吸血鬼の証明をしたことに他ならないってことだ」

「なんだ? 魔術サイド的にも、吸血鬼ってのは珍しいのか?」

「珍しいというか。まず確認できた人間はいない」

いないのか?」

 ぐっと、一拍溜めて。

「――見た人間は死ぬからだ」

「――…………へえ」

 それは大変だ。
 と、軽く流したいところだったのだが、土御門があまりに真剣に話していたため口を挟むこともできなかった。
 そもそも、吸血鬼、とはなんなのか。
 民話や伝説によく登場する、架空、と言われている存在。
 曰く、人や動物の生き血を吸う怪物。
 曰く、細身で肌が青白く、美形。
 曰く、太陽光に当たると灰になる。
 曰く、吸血鬼は死ぬと灰になる。
 曰く、白木(ホワイトアッシュ)の杭を心臓に打ち込めば死ぬ。
 曰く、十字架や大蒜に弱い。
 曰く、銀の武器でしか傷つけられない。
 曰く、吸血鬼に血を吸われ死んだ人間や吸血鬼の血を取り込んだ人間は吸血鬼化する。
 曰く、曰く、曰く、曰く……
 言うことには。
 誰もが誰もそう言って、実際に見たという人間はいない。
 そもそも、吸血鬼とは一度死んだ人間が何らかの理由で復活、不死化した者を指す言葉だ。
 世界各地に吸血鬼伝説は存在するが、その全てが吸血する鬼であるわけではない。中国のキョンシー、アラビアのグールがそのもっともといった例だろうか。
 一般的に日本で広く有名な吸血鬼の特性は東ヨーロッパの伝承が起源とされている。
 もっとも古くは吸血鬼は血を飲み、銀を忌避するとされていた。その後時間の移り変わりとともに吸血鬼伝説は姿を変え形を変え、現在のような永遠を生き、力ある者として描かれるようになるのはヴィクトリア朝の時代になってからであった。
 吸血鬼。
 三沢塾。
 錬金術師。
 ――新興宗教。
 と訊いて、上条にはなんとなく話の繋がりが見え始めていた。
 実は、民間伝承としての吸血鬼伝説とは別に、映画や小説、所謂フィクション作品の影響による吸血鬼を崇拝する新興宗教、カルト宗教が世界中に多く存在するのである。その中には吸血鬼伝説に習って犯罪を犯したケースも多数存在する。
 そして、三沢塾も、科学崇拝を軸とした新興宗教団体である。
 ならば吸血鬼の証明たる吸血殺しを確保したとして、あまり不思議はないのかも知れない。
 そもそも問題はその三沢塾ごと吸血殺しを錬金術師が手中に収めたことである。
 本物の、宗教者。
 錬金術師が。

「吸血殺しには誘蛾灯のように吸血鬼をおびき寄せる能力があるらしい。まあ当然と言えるがな。そもそも絶対的な遭遇率が皆無とも言える連中だ。いなければ使えないのと同様に、出会わなければまず存在を知覚できない能力だからな」

 つまりは、すでに最低でも一度、吸血鬼をおびき寄せて殺した事があるということだ。
 誘い集めて、殺す。
 誘蛾灯のように。

「錬金術師のやろうとしていることはまず間違いなく吸血鬼をおびき寄せることだろう。錬金術師ってのは学者肌な魔術師の中でもより学者的な連中だ。戦闘技術はないに等しいし、その身を武装と霊装で固めて、何十何百という魔道具(マジックアイテム)で補って、ようやく戦場にたてるレベルだ。兵士じゃなくて研究者なんだよ。誰も見たことのない吸血鬼。知識欲は絶えないだろうぜ。それとも自身を吸血鬼化でもさせる気か」

 確信めいたことを口にする土御門。
 それが彼のいつもの嘘なのか、本当のことなのかが掴めない。
 ぬるりぬるりとウナギのようで。
 さらりさらりと風のようだった。

「ま、何にしろそれを阻止しろってのが上のお達しなんだわ。頼んだぜカミやん。俺はちぃーっとばかし用事があるから行けないけどにゃー。いろいろと資料はこの封筒に入ってるから見とくといいぜい」

「どうせ義妹とデートだろ」

「ぎっくー」

 態とらしく言って、土御門は席を立った。
 本当に掴めない。
 それが土御門元春と言えばそれまでなのだが。

「んじゃあ、任せたぜいカミやん」

「おーっす」

 まるで友達のように手を振って、
 今のがまるで友達同士がおしゃべりしていたように見せて、
 多角スパイ土御門元春は去っていった。


4


「見取り図に電気料金表、出入りしてる人間のチェックリストまであるぞ」

「そンぐらいしてもらわなきゃ割に合わねェよ」

 場所を移して三沢塾前、上条と鈴科は土御門に渡された資料を見ていた。

「はー、なるほどねえ。確かに誰か監禁してるってのはありそうだな」

 資料によれば全ての実際に行われていると思われるものと秘密裏に調査した実際に行われていることが食い違っているらしい。何者かが誰にも知られず建物の中にいるのは明白だった。

「それでこの娘が、監禁されてる吸血殺しね」

 かさりと封筒から一枚の写真が滑り落ちる。
 写真に写っている少女――吸血殺しの少女は、本当にただの少女だった。
 ただの、とは言えない非凡な美しさであったし、どこか日本人特有の包容力ののようなものを感じさせる顔であったが、それでもただの少女にしか見えなかった。
 見たもの全てを殺す、なんて危険極まりない吸血鬼を殺せるような人間には見えなかった。

「いや、まあそれを言ったら俺も似たようなものだけどな」

 幻想殺し(イマジンブレイカー)。
 上条当麻の右手に存在する『この世のありとあらゆる異能を問答無用で殺す力』。
 吸血殺し(ディープブラッド)。
 少女が保有する『吸血鬼をおびき寄せ、殺す力』
 本質は同じ、か……?

「姫神秋沙。霧ヶ丘女学院所属。その能力は『吸血殺し』。生まれ持っての能力、つまりは原石。ハッ、霧ヶ丘ってェのは絶対数が少ないトリッキーな能力者が多いとこだろォ? なるほどなァ。吸血殺しなんざ、如何にもじゃねェか」

 鈴科は別の資料を見て愉快げに笑っていた。どうやら少女の詳しい経歴が載っているらしい。

「京都の山村で生まれたらしいな。村はある日全滅したンだとよ。残ったのは姫神秋沙と村中を覆い尽くす灰だけってなァ。泣ける話だねェ」

 曰く、吸血鬼に血を吸われ死んだ人間や吸血鬼の血を取り込んだ人間は吸血鬼化する。
 曰く、吸血鬼は死ぬと灰になる。
 村を覆い尽くすほどの灰。
 村を覆い尽くすほどの吸血鬼の死骸。
 生き残ったのは、姫神秋沙ただ一人。

「自分で吸血鬼を呼んで、自分で殺した訳かよ。生き残ったのはただ一人ってのも、村人も吸血鬼化したってことかねェ。そりゃァこンな腐った街に希望を託すはずだわ」

 学園都市は科学と能力者の街。
 希望を託すには、十分な触れ込みだ。

「いこうぜ。聞いてたら腹が立ってきた」

「あいよ」

 実に腹立たしい。
 少女の運命も。
 少女にこんな運命を強いた神様ってヤツも。
 全部全部、この右手で殺したくなる。





[25858] とある魔術の吸血殺し 03
Name: sin◆27e4a7ca ID:910379ba
Date: 2011/02/16 20:39


5


 ガラスの入り口を潜り抜けて、見えたのは何のことはない、ただの大きなロビーだった。
 学習塾にしては規格外なほどに大きいが、そこは学園都市。学業施設に対する力の入れようは他の追随を許さないものがある。その点では学園都市外からの支店であるこの三沢塾も同じだったようだ。あるいは三沢塾が日本一のシェアを誇る名門予備校だからだろうか。金はあるところにはあるようだ。
 時間帯としては午後三時を回ったところ。いくつかのクラスは休憩時間なのか結構な数の生徒がたむろしていたり、ロビーの入り口を出入りしていた。
 そこでぱらりと資料を広げて、上条は邪魔をするであろう錬金術師の名前を言った。

「敵の名前はアウレオルス=イザード」

「アウレオルスつったら、随分とまァ有名な名前だね」

「そうなのか?」

「パラケルススっつゥ有名な医者の本名だな。錬金術師としても有名だったみてェだぜ。『ホムンクルスを創り出した』たら『アゾット剣には賢者の石が入っている』たらなァ」

「おーパラケルススは聞いたことあるぞ。ゲームで」

「だろうと思ったよォ」

「いや、さすがです百合子さん。さすが学園都市一位の成績を誇っていることはありますね!」

「おちょくってンのか。頭割ンぞ」

「ごめんなさい」

 割と命の危機を感じる遣り取りを繰り広げ、また資料に目を戻すと、

「あ、書いてあった。パラケルススの末裔たる、チューリッヒ学派の錬金術師。ローマ正教の隠秘記録官(カンセラリウス)だって」

「あン? なンだよカンセラリウスってェのは」

「いや、書いてないからわかんねえけど」

 はあ? と頭をがりがりと掻いた鈴科は、

「もォいいやァ。めんどくせェ。とっととアウレオルス=イザードっての探し出してボコっちまおうぜェ」

.「目的はあくまでもこの女の子だからな? じゃ、どこから行くよ?」

 二人して今更資料に付属されていた三沢塾の見取り図を覗き込む。
 見取り図は公式に学園都市に提出されている物に赤外線や超音波で実際に測った物を重ね合わせた物だった。所々に虫食いのような歪な空白があり、恐らく隠し部屋だと思われている。

「くはっ。なんだァこりゃァ。隠し部屋だらけじゃねェか。ここで実験してたのかねェ」

「くっ。そう思うと腸が煮えかえるぜ。こんな可愛い娘をとっ捕まえていたずらしてただと!?」

「いたずらじゃねェから。実験な」

 もっとも、実際の所は鈴科にも分からない。鈴科とて学園都市一位の最高級実験素材として研究所を転々としていた事もあった。鈴科自身にそういう事は無かったが、この少女も同じということはないだろう。しかもその頃の三沢塾は新興宗教団体と化していたのだ。どんな無茶をしてきたのかもわからない。人道の無さなら学園都市の研究所にも匹敵するかも知れない。
 もしそういう事があったのなら、いたずら、だなんて可愛い言い方で終わるようなものでは無いはずだ。
 どちらにしろ、やることは一つだけ。

「一番近いところから虱潰しに攻略しようぜェ。まずは南棟五階――食堂脇だな」

「隠し部屋だな。――うわ。資料にあるだけでも十七カ所。今日中に終わりたいねえ」

「だったらとっとと行くぞォ」

 肩を落としてうなずく。鈴科百合子には滅多なことがない限り逆らわない方がいい。彼女は仕切りたがりなのだ。
 受付には二人の女性が座ってデスクワークをしていた。上から覗き込むと、どうやら見学希望者のリストらしい。紙面の半分あたりまで名前が書いてあった。なかなかに盛況のようだ。そのうちの三分の一にチェックが付いているのはすでに終了した証か。
 ちょうど良いと、上条は見学希望を理由に中に侵入しようとした。が――

「すいまっせーん。見学希望なんですけどー」

「………………」

 無反応。
 上条が精一杯に愛想と馬鹿さ加減を加えた呼び掛けは完全に二人の受付嬢に無視されていた。

「あのー。見学希望なんですけどー」

 上条当麻はめげない。

「あのー……」

「…………」

「あー……」

 ……………………。

「……あれ、何だか視界が歪んできた。泣いてるのか、俺」

 だが如何せん上条は打たれ弱かった。そんな上条を見ていられないとばかりに溜め息を吐き、押しのけて前へ出る。

「代われ。オマエじゃ無理なンだよ」

「にゃにおー!」

 キャラじゃない上条の抗議を意にも介さず、ともすれば天然記念物とも言える満面の笑みを浮かべて鈴科は言った。

「すいませン。入塾希望なので見学しても良いですか?」

「……………………」

 ……………………。

「嘘だ……奇跡とも言える百合子マックススマイルを前にして平常心を保つだと……? 三沢塾の受付嬢は化け物か」

「うるっせェンだよ! 黙ってろこの腐れチン○が!――……こりゃァあれだ。前にもあっただろォが。コインがどうたらってヤツ」

 彼女の下品な罵りはいつも通りとして勝手に脳が流し、コインの件で上条も気付いた。

「あったなー。なんだったかは忘れたけど」

「……確か、建物とか他の人間とかの魔術とは関係ないものに魔術関係者から干渉できないんじゃなかったかァ?」

 そんな感じだったかなー、と呟きながらカウンターを触ろうとするも触った力と同じ分の衝撃が手に返ってくる。右手で殺せないところをみると、起点、と言うヤツが存在するようだ。

「ガンツの部屋とは違う感じだな……あれは触れねえもんだったし」

「そンな台詞シリアス顔で言わないでくンねェかなァ?」

 実際は巫山戯ている場合ではない。これは随分と不利な状況だ。

「俺はともかくよォ、オマエは足腰の負担がスゲェぜ? 下手に部屋にも入れねエしな」

「ちゅーか、幻想殺しのおかげで位置バレもしたしな」

 最悪じゃん。
 なんで自分に頼んだんですか土御門さーん。
 二人の脳裏には義妹である舞夏を抱きかかえてサムズアップする金髪グラサンが見えた。ちくしょう。なんかむかつく。

「行こうぜ。何にしろ結局行かなきゃなんねーんだし」

 上条の呼び掛けに無言で頷く鈴科。ヤツを血祭りに上げるのは後で良い。今はとっとと仕事を終わらせよう。
 二人は連れだって非常階段を上る。鈴科は能力により反動を自分に返ってこないようにしているが、上条はそういうわけにもいかない。足腰に掛かる反動は普段の二倍三倍だ。柔な鍛え方はしていないつもりだが、いつもと勝手が違うのは少々きつかった。

「あのさ?」

「あン?」

 気を紛らわそうと鈴科に話題を振る。都合良く食いついてくれた。まあいつものことと言えるが。

「………………」

 しかし重大事実発覚。話題を考えてなかった。
 なンだよ? と促す鈴科には悪いが、暫く時間をください。

「…………あーっつ! あ、芥川龍之介の小説に『蜘蛛の糸』ってのがあるだろ? あれはカンダタが蜘蛛の糸を独占しようとしたから糸が切れたわけだけど、カンダタの無慈悲な心を浅ましく思ったお釈迦様がカンダタを試した心は、慈悲の心だったのか、なあー……」

「……いろいろツッコミ所はあるがよォ。俺はオマエが芥川龍之介を知ってたのがびっくりだぜェ」

「知ってるよ! そのくらい!」

 それは舐めすぎだろ! いくら馬鹿な上条さんでもそのくらい知ってるよ!
 上条の虚しい叫びが非常階段に木霊した。実際に上条が芥川龍之介を知っているのかは定かではない。ただの偶然かも知れないし、何かの漫画の知識かも知れない。

「つーかよォ、なンなンですかその取って付けたような話題の振り方はよォ」

「いや、あの、すいません」

 ネットで見たんです。良い話のタネ。なんて言えない。
 素直に謝る上条。正直自分でもどうかと思った。

「仕方ねェから俺が話題出してやるよ」

 鈴科もあまり沈黙は好きではない。それに上条が露骨にそういう雰囲気を出すものだからついつい乗せられてしまう。鈴科としても上条の期待に応えるのは嫌じゃない。むしろ気分が良い。

「わーい。百合子たんの雑学知識こーなー!」

「…………、」

 話の内容が限定されてしまった。

「……機械は人間がわざわざ動きたくねェから作られたモンだけどよォ。自動販売機ってのはもっともたる例だよなァ。販売員が動き回らなくても飲み物が二十四時間いつでも買えるし、売店で店番する必要もねェ。けどよ、こう考えてみろ。無骨な自販機と美人な販売員。オマエだったらどっちが――」

「美人なお姉さんです!」

「――ま、そォ言うと思ったけどよ」

「なるほどねえ。そういう考えもあるかあ。今度から学園都市中の自販機が美少女になんねーかなあ!」

「効率悪すぎンだろ。ンなバイトする奴もいねェだろうし」

「ちっくしょー! 美少女に飲み物渡されてえー!」

「…………次の話題な」

 このままでは延々と上条当麻の妄想を垂れ流されそうなので、話を進めることにした。上条のこういう所は嫌いな鈴科である。彼女とて女なのだ。忘れてはならない。

「この世っつゥのは儘ならぬもンだ。物理の問題とかには『摩擦はないものとして』だとか条件を軽くする言葉が書いてあるモンだけどよォ、実際はそンな事にはならねェし、人間関係なンて特にそォだろ? 摩擦のねェ円滑な人間関係なンてそうはないもンだぜ。その点どォだ、俺たちの関係はよォ?」

 さっきのにしろ今のにしろ、上条とあまりレベルの変わらない話題だが、何でも良いから会話が欲しい二人にそんなことを気にする余裕はない。鈴科もこう見えて手一杯なのだ。

「まあ、いいんじゃないか? 喧嘩はしてもそんな深刻なモンじゃないし、じゃれ合ってるみてえなモンだろ?」

「そォだな。ま、まァ、俺はもォちょっと良い関係になっても良いと思うけどよォ」

「なんだよ、おまえは俺たちの関係が悪いって言うのかよ?」

「そォいう事言ってンじゃねェンだよ! 空気読め!」

「照れ屋だなー百合子ちゃんはー。もっと深い関係になりたいならそー言えばいいのにー」

「死ンじまえェ!」

 炸裂した百合子パンチに吹き飛ばされた上条が壁に激突してどうなったかは、語るまでもないだろう。

(ネットで見たンです。良い話のタネ。なンて言えねェ)




[25858] とある魔術の吸血殺し 04
Name: sin◆27e4a7ca ID:910379ba
Date: 2011/02/24 11:55


6


「ていうか今更なんだけどよ。建物に触れない俺たちがどうやって隠し部屋を探すんだ?」

「ホントに今更だけどなァ」

 階段を五階分上がって、二人は目的地である南棟五階食堂脇の隠し部屋――があると思われている廊下に出ていた。
 資料で確かめると確かに図面と実寸に食い違いがあるのだが、触れないのでは確認することも出来ない。
 手詰まりである。

「……とりあえず、食堂に入るか?」

「そォすっか。潰されねェよう気ィつけろよ」

 錬金術師の張った結界のおかげで上条達は生徒達や建物に干渉できない。正面からぶつかればダンプカーに撥ねられたようになるに違いない。というか上条は実体験済みだ。
 食堂の入り口に扉はない。二人は閉じ込められる心配もなく軽々と食堂に侵入した。

「あれ、なんか生徒多くねえか?」

「……だなァ」

 食堂は生徒達で混雑していた。時刻はおおよそ三時半。授業中か、休み時間中でもこんな時間に食堂に人が入るものだろうか。

「あはぎゃは! アホみたいな会話してやがるぜェ。優秀な進学校とかはみンなこンなモンかよ?」

 鈴科の言ったとおり、生徒達は、誰々よりも点数が1点上がった、だとか、あいつの点数が上がっていた、だとか、そういった話ばかりしていた。どちらかと言えばこれでも喋っている方のようである。他の席を見ると大体が一人で英語の単語帳を見ていたり、教科書(テキスト)片手にうどんをすすっていたりしている。
 これじゃあ科学宗教と言うより受験宗教だよなあ、と思わず呟く。

「とりあえず、隠し部屋の入り口だけでも確認しとこうぜ」

「おォ。あァー笑った。馬鹿みてェに勉強しやがって。それで学力上がりゃ世話ねェよ」

「オマエは学園都市一位の優秀生徒だもんなあ」

 あーあ、と溜め息を吐いて隠し部屋の入口を探そうと食堂を見回して、
 食堂にいる八十人近い生徒全員がこちらに視線を集中させてるのに気付いた。

「あ、ああ、すいません。こいつ別にあなたたちを馬鹿にした訳じゃないんですよ? 意外と世間知らずなところがあるというか――」

「おい。オマエ何言ってンだ。コイツ等が俺達に気付けるはずねェだろォが。セキュリティに引っかかったンだよ」

 そう言われて見回してみると、確かに生徒達には先程までの人間味が無く、瞳はレンズのようだった。
 レンズのように、生気のない。
 レンズを通して見られているような、監視カメラのような感触を受ける。

「……俺達に反応したって事は」

「つまりそォいうこったろ」

 裏側にいた上条達に表側にいたはずの生徒達が反応したということは、すなわち、生徒達が裏側に移動したということだ。
 裏側にいるのは、魔術関係者だけ。

「熾天の翼は輝く光、輝く光は罪を暴く純白――」

「逃げるが勝ち!」

「まァいいけどよォ」

 脱兎のごとく食堂を飛び出した上条の後を続く鈴科。聞いたことはないが今のは間違いなく魔術の詠唱。聞いたことがないということは対処法がないということ。それを相手にするのは上条が絶対に避けねばならないことだ。コンクリートマッチ以外はお断りである。

「純白は「浄化の証、証は行動の「結果――」

 背後から聞こえる声はどんどんその数を増していく。どうやら食堂だけでなく建物にいる全ての人間が詠唱しているらしい。

「結「果は「未来、未来は「時間、時間「は一律――」

 重ねて重ねて重ねて重ねて、声が重なる。

「一律「は全「て、全て「を創るのは「過去、過去は「原因、原因は「一つ、一つは「罪「、罪は人、人は罰を恐れ「、「恐れるは罪「悪、罪「悪「とは己の中に、「己の中「に忌「み嫌うべきも「のがあるならば、熾天の「翼により「己「の「罪を暴き「内か「ら弾け飛「ぶべ「し――ッ!」

 建物中の声がハウリングし、重なり合った声は戦場と成った建物を揺るがす。
 と、走っていた上条のすぐ脇にピンポン球ほどの青白い光が落ちた。
 見ると、じゅうっ、と強い酸性の薬品でも零したかのような嫌な臭いがして床を溶かしていた。

「く、は、面白ェ。IDSとファイアーウォールを兼ねてンのか」

「面白くないし! 溶けるから! あんなの食らったら!」

 がばりと後ろを振り返ると、上条の視界を埋め尽くす何百もの青白い球体が迫っていた。
 必殺の光の洪水。
 対異能の最終兵器とも言える幻想殺しであろうとも、量によって面を形成しているこの魔術を消し去ることはできない。
 幻想殺しは触れたところから炎が燃え広がるように異能を殺していく故、『一塊の異能』ならばたとえ複数の異能が合わさりあっているものでも必殺となり得るが、このような『大群の異能』である一つ一つが独立した異能では右手一つしかない幻想殺しではその全てを殺しきることは不可能なのだ。
 一瞬にして何百と拳を振るえるならば話は別だが、残念ながら感覚はともかく身体能力は人間の域に収まっている上条には不可能な芸当だった。
 『個人』では『集団』に勝てない。普通の人間である上条ならば尚更。

「っくしょー! どうすんだよこれ!」

「逃げきるしかねェだろ。俺はともかくオマエは」

「いいなあ! 俺もそんなチート能力がほしー!」

 幾分か離れた食堂の入り口から大量の球体が吹き出す。ホースの先端を押しつぶされて勢いを増した水のようだった。
 とにかく通路を走る。

「よっしゃ! 俺は階段降りる、おまえは上がれ!」

「二手に分かれンのか?」

「いや、踊り場の右側を落とせ!」

「あン?」

 長い直線の通路を走り、ようやく階段の近くまで辿り着いたとき、さらに前方から青白い球体の洪水が襲ってくるのが見えた。
 前と後ろでは挟み撃ち。
 挟撃。
 袋小路。

「説明してる暇ねえから! 言う通りにしろよ!」

「お、おう」

 いまいち理解できないものの、上条の言ったとおり階段を踊り場まで駆け上がる。視界の端には上条が下に降りていったのが分かった。
 二人が別れたのを認識したのか、球体の洪水は大きな川が分かれるように上条と鈴科を追いかけ二分される。

「落とせ!」

 少し離れて聞こえる上条の声に、オートで設定してある『反射』に弾かれて飛んでいく球体を見向きもせずに言われた通り踊り場の右側を踏み砕く。先程生徒達が放った魔術が床を溶かしたことから、既に建物も裏側に来ていると確信し。予想通り踏んだ先から亀裂が広がり、踊り場の右側が下の階へ落ちていった。
 轟音を立てて落下していく踊り場。その空いた部分から鈴科は顔を覗かせる。上条は踊り場の左側――つまり、今鈴科が立っている所から左――に立っており、光球は一つも届いていなかった。落ちた瓦礫から通路側を見ると、濁流のように瓦礫にぶつかり、溶かしながら進んでいた光球が途絶えるところだった。

「瓦礫を盾にしたのかよ……」

 階下には鈴科に向かって得意げにピースサインを送る無邪気な上条がいた。
 思わず安堵の溜め息が漏れる。
 まったく無茶をやってくれる。少しでも自分の狙いがはずれていたらどうするつもりだったのか。信頼はしているが、危険なことはしないで欲しいものだ。
 意外と上条のことを過保護に思っている自分を自覚しながら、鈴科も階下に飛び降りた。
 と、息も吐かせぬとばかりにコツリとローファーの音を響かせ、更に階段の下から一人の少女が現れた。
 見知らぬ顔だった。着ている制服も覚えはないが、恐らく二人よりも一つ二つ上の受験生だろう。黒いお下げの髪に丸い眼鏡を掛けている少女の顔は、どこにでも有り触れているような平凡な顔で、

「罰を罰するは炎――」

 けれどその口から漏れだした声は異常な『魔術の詠唱』だった。

「炎を司どるは煉獄。煉獄は罪人をや――」

「おっと」

 が、一足飛びで懐に入った上条の右手で額を触られると、ぷっつりと意識を失った。
 倒れ込んだ少女を抱きかかえていた上条は、そのまま少女をゆっくりと床に下ろすと、ほっとしたように溜め息を吐いた。

「危ねえ危ねえ。超能力者に魔術は使えない。だったな」

「まァ、さっき食堂にいた奴らには使わせちまったけどよ」

「…………うぁ」

 鈴科の言葉に固まる上条。思わず何か地雷を踏んだのかと思い返してみるが何もない。と思う。

「オ、オイ。どォした? 俺なンか言ったかァ?」

「……食堂、女子学生もいたよな?」

「…………」

 ンだよいつもの病気かよ。と興味を無くした鈴科。つまり上条の女性至上主義(フェミニズム)に火を点けてしまったらしい。うねるように上条から殺意が立ち上った。思わず錬金術師の安否を気遣ってしまう。上条が存在する理由(リーズン)とも言える女性を傷つけたとあらば、正直捻り潰された(物理的に)としても文句は言えないだろう。
 死んだな、錬金術師。
 というかこれで仕事が増えてしまった。本来なら姫神秋沙を攫って終わりだったはずだ。錬金術師を叩く必要はなかったはずなのだが……まあ、あんまりつまらない仕事でも困る。丁度良いか、と鈴科は納得した。
 じゃァとっとと行こうぜェ、と上条を促して、
 カツンと、また一つ階下から足音が聞こえた。
 またセキュリティに引っかかったかと素早く階下を仰ぎ見る。
 階段の下には通路へ続く出入り口があり、夕暮れの日差しが非常階段へ射し込んでいる。
 そこに、
 まるで井戸の底から見上げるように、『吸血殺し(ディープブラッド)』姫神秋沙が立っていた。






びっくりする程思い浮かばない。
他の作品のネタはでるのに。というわけで、もっと遅れそうです。
すいません。



[25858] とある魔術の吸血殺し 05
Name: sin◆27e4a7ca ID:910379ba
Date: 2011/03/03 20:29

7



「止血は完了。けど。病院に連れて行って処置し直すべき」

 食堂に倒れていた最後の女子生徒に応急処置を施し、姫神秋沙はそう言った。
 姫神秋沙を確認するやいなや二人がかりで問答無用と言わんばかりに姫神を拘束し、食堂に三人で舞い戻ってきていた。
 食堂に血まみれで倒れている生徒達を確認すると、姫神は手当が可能だと主張し、拘束を解き、上条が出した女生徒だけという命令を忠実に守り、全ての女生徒を手当てした。男子生徒は放置である。どこまでも自分の信念に忠実な上条であった。というか、それに何の反抗もせずに従った姫神も、放置した鈴科も大概だった。

「チッ。錬金術師は後回しか。よし百合子。生徒を運んでくれ。俺は姫神さんを見てる」

「構わねェけどよォ。女に重い荷物持たすのはどォなンだよ?」

「……重くないだろ?」

「まァな」

 言ってみただけェ、と女生徒達をかき集めて片手で持ち上げる鈴科。ベクトルを操作すれば重さもバランスも問題ないが、嵩張って邪魔だなあと、少し非人道的なことを考える。知らない人間に対する考えなんてこんなものだ。取り繕ったって意味はない。
 彼女の考えは常に王なのだ。
 他人は民であり、糧であり、有象無象。
 先に行くと声を掛けて、鈴科は食堂から出て行った。

「悪いね姫神さん。また拘束させてもらいますよー」

「どうして。こんなことを?」

「そりゃあ、逃げられないために?」

「私はここを動く気はないから。逃げはしない」

「それじゃあだめだ。俺達はここから姫神さんを連れ出すために来たんだから」

 それこそが最上にして至上。絶対的な目標。達成条件。
 仕事の内容はあくまで錬金術師の排除ではなく、科学宗教団体と化した三沢塾の解体でもなく、『吸血殺し』姫神秋沙の救助、ではなく、あくまでも奪取。誘拐じみたものでも、一向に構わないのだ。
 だが、

「だめ。私はここを動けない」

 それはあくまで上条達の都合であり、姫神秋沙の都合ではない。
 それこそわからない、といった風に言葉を重ねる。

「どうしてだよ? こんな所に閉じこもってねえで、日の光を浴びようぜ? いや、日の光を浴びてない、姫神さんの真っ白な肌はとても綺麗だけど」

 思わず口について出る本音。というわけでなく、真剣に上条は言っている。それがわかるから、つい頬が紅潮してしまう。褒められるのは慣れていない。そういう環境にいなかっただけ、というのもあるが、自分で余りそういうことを意識していないからという方が強いかも知れない。
 とにかく、そういう事を言われたのは初めてだということだ。

「……。そもそも。どうして君は。私を……」

「どうしてって……」

 仕事だから、とは言えない。なんだかここは重要なポイントが気がする。
 だから上条は、いつものように自分に素直に答えた。

「おまえを助けたかったからに決まってるじゃねえか」

「……」

 カチリ、と姫神は固まってしまった。表情は無い。
 あれ、もしかして間違えた? と不安に駆られる上条。姫神の頬が赤く色づいて見えるのは不安になっている証拠か――。

「けど、私は」

 何度か言いたいことが言えないように、口だけを動かし、ようやく頬の赤みが引いて見えたときに、姫神は声を発した。
 今までの抑揚の無い声と違い、どこか少しだけ音程(インターバル)が上がった気がする。

「私には。私なりの目的がある。勘違いしないで欲しい。私は錬金術師の所に居たいから居るだけ。彼にしか出来ない目的が。私にはある」

 ひくり、と口の筋肉が震えた。事前情報と違う。姫神秋沙は囚われの身ではないのか。
 少し考えて、ようやく至った。監禁したのは三沢塾。だが、今三沢塾は錬金術師の手に落ちている。
 いつまでも姫神秋沙の待遇が変わらない、ということはないか。
 姫神の言葉には迷いが無く、錬金術師を知り合いと見ている節すらある。
 推測は、どうやら正しいようだ。
 だがだからといって、彼女の言い分を聞く必要性はこちらにはない。

「けど来てもらう。これは『同意の下に』じゃなくて、『強制連行』だ」

「不用意に私が結界から出れば。アレを呼び寄せる」

 アレ? と疑問を抱いて、けれどすぐに思い出す。
 姫神秋沙の能力、吸血殺しは、どんな能力だった?

「吸血鬼か」

「そう。私の血は。ソレを倒すのみならず。甘い匂いでソレを招き寄せる。招き。集め。殺す。まるで極彩色の食虫植物のような一連の役割が。私の本質」

 獲物を招き寄せる。
 食虫植物のように。
 誘蛾灯のように。
 招き、集め、殺す。
 それが自分だと、それが自分の本質だと謳った少女は、けれど冷たい雨に打たれたように寂しげだった。
 強く、神殺しの右手を握りしめる。
 ほらやっぱり、神様は残酷な運命を強いている。
 少女にこんな声を出させる。
 嫌いだと、散々言っているだろうに。
 腹立たしい。
 強く強く、神殺しの右手を握りしめる。
 弓引くようにぎりぎりと、ぎりぎりと。
 照準は、もちろんいつだって神様だった。

「吸血鬼。どんな生き物か。知ってる?」

 問われても、答えはノーでしかない。そもそもが伝説上の空想の生き物と思っていたし、噂と実際が違うのは世の常だ。伝説に沿ったものは、それこそ魔術の類だろう。
 魔術に合わせて噂が出来て、噂に合わせて魔術が出来る。
 噂をすれば影。とは少し違うだろうが、本質は同じだ。
 外面が出来るから、中身が出来る。逆もまた然り。
 吸血鬼は魔術側からですら伝説と、眉唾物として処理されてきた題材だ。外面に合わせて造られる中身だが、そもそも造られてすらいないだろう。
 吸血能力を持ったホムンクルス、とかなら話はまた別だが。

「変わらない」

 だが、姫神秋沙は違う。
 その昔故郷の村を吸血鬼の襲われ、ただ一人生き残った彼女は違う。
 誘って、殺されて、殺した彼女は、違う。
 ただ一人の生き証人。
 吸血殺しは、吸血鬼を知っている。

「私達と。何も変わらない。泣いて。笑って。怒って。喜んで。誰かのために笑い。誰かのために行動できる。そんな人達」

 今日日そんな奴は人間にもいないだろう。むしろ人間だからいないのか。
 姫神は小さく笑った。何か楽しいことを思い返しているような顔だった。
 襲ってきた吸血鬼のことを考えているのか。
 それとも――吸血鬼と化した村人、あるいは両親のことか。
 けれど、そんな笑顔も一瞬で消える。
 一瞬で、灰に消える。

「私の血は。そんな人達を殺す。理由はない。そこにいるから。例外はなく。特例もなく。泣いて。笑って。怒って。喜んで。誰かのために笑い。誰かのために行動できる。そんな人達を。ただ一度の例外もなく――殺し尽くしてしまう」

 殺し尽くしてしまう。
 無意識にか、意識的にか、その言葉は自分の能力に否定的だった。
 血が痒い、と。血が憎いとでも言いたげに。
 楽しかった思い出を、全部目に前で打ち砕いてしまった少女は、その能力とは裏腹に、心優しい少女であった。
 そういう能力だったからこそ、の方が正しいかも知れない。
 人外の死を悲しめる程に、人外を殺した自分を憎めるほどに、優しい少女。
 上条は、そんな少女を分かることは出来ても、自分がそういう風に思えるかは分からなかった。
 自分や、自分が大切なもの以外がどうなっても、それを気にしたりはしない。
 そういうものが人間だと、そう思っていたから。
 地球の裏側で飢饉が起こっていようが戦争が起こっていようが関係ないし、同じ国で殺人事件が起きようが興味ないし、近くで強盗が起きようが気にもならない。
 けれど少女は違うのだろうと、上条は眩しく少女を見つめた。

「学園都市はチカラを扱う場所だから。このチカラの秘密も分かると思ってた。秘密が分かれば取り除く方法もあると思ってた。だけど。そんなものはどこにもなかった」

 眩しく見える少女の声は、対照的に何処までも暗く、黒く、深かった。
 力ない声に、鈴科の予想が当たっていたことを確信する。

「私はもう。殺したくない。誰かを殺すぐらいなら。私は自分を殺してみせると決めたから」

 だから、これで良い、と。
 決して潔癖なわけではない。
 理解して。汚れて。それで決めたことなのだ。
 吸血殺しが、一人で、自分で決めたことなのだ。
 だからといって。

「だからって、それで済ませるような事かよ」

 だからといって、上条が納得するとは限らない。
 彼女の選択肢は、最上ではない。
 彼女のために最上を見つけるのが、彼女が最上を見つけるのが、上条の役目。
 上条は女性至上主義者(フェミニスト)。彼女に最上を届けるのが、上条当麻の存在理由(レーゾンデートル)。
 いつもなら少女達の選択を絶対遵守する上条が持っている、より強固な絶対。

「悪い事ばかりでもない。アウレオルスはもっと簡単な結界を作ることも出来ると言った。衣服の形をした結界。らしい」

「だったら作ってやればいい。それくらいしてくれたって良いじゃないか」

「自由の与えすぎは逃避につながる。外に出ることはあるけれど。出過ぎることは吸血鬼を呼ぶことにつながる。制限時間(タイムリミット)は首輪の鎖でもある」

 不安は誰にでもある、と姫神は言う。
 だが納得できないのだ。
 どうしても、どうしてもだ。
 吸血鬼を呼びたくない姫神にどうしてそんなリスキーな真似をさせるのか、という上条の疑問に、姫神は小さく笑って答えた。

「アウレオルスは言った。助けたい人がいるって。けど。自分一人の力じゃどうあがいてもだめだって。彼らの協力が必要だって。だから私は約束した。私はアウレオルスを助けるために。殺すためでなく助けるために。生まれて初めてこの力を使うんだって」

 それは、姫神秋沙にとって何よりも嬉しいことのはずだ。
 何よりも何よりも、この忌まわしい力を善の為に必要としてくれることは、何にも耐え難く嬉しいはずだ。
 ヒロインになれると、そう思えることだ。
 それは分かる。
 それは分かるが。

「けどどうだよ。見てみろよこの景色」

 ぐるりと食堂を見回す。
 血まみれで倒れ伏す男子生徒の数々。
 痙攣を繰り返す者もあればぴくりとも動かない者もある。
 死人がいる。重傷者がいる。
 果たしてこれを、人助けと呼べるのか。
 普段ならどうでも良いことだ。上条はこんなこといちいち気にしない。
 けれど、人助けを語るなら、この惨状はないんじゃないのか?
 血まみれの巫女装束を着た姫神に、同じく血まみれな上条。
 血まみれな床に血まみれな壁。
 血まみれ血まみれ血まみれ。
 血にまみれて?
 それが、人助けか?

「……。私には。彼の全ては分からない」

「そんなのみんな同じだろ? 大事なのはいつだって表層部分だ」

 誰もが誰も奥を見せてくれる訳じゃない。
 誰もが誰も奥を見てくれる訳じゃない。
 大事なのは表層部分。
 奥に隠していては分からない。
 言葉にしなくては分からない。

「……。けど。どちらにしても。ここから出れば。アレを呼び寄せることになるのは確実」

 最悪、学園都市は崩壊する。
 そう言う彼女に、上条も同意だった。
 土御門が仕事通りに連れ出していたとして、その時はどうするつもりだったのだろうか。
 土御門は彼女の能力の本質を知っていた。だが、その対処方法は示していかなかった。
 嘘つきではあるが、爪の甘い男ではない。必ずどこかに対処法を示していったはずなのだ。どれだけ見つかりにくくとも、必ず。
 …………。
 そういえば土御門は、錬金術師をなんと表していた?

『錬金術師ってのは学者肌な魔術師の中でもより学者的な連中だ。戦闘技術はないに等しいし、その身を武装と霊装で固めて、何十何百という魔道具(マジックアイテム)で補って、ようやく戦場にたてるレベルだ。兵士じゃなくて研究者なんだよ。』

 …………ああ。
 兵士ではなく研究者。
 霊装。魔道具。

 『衣服の形をした結界を作れる』

「……は、ちゃんとヒントはあるじゃねえか」

 土御門が意図していったことなのか、はたまた全くの偶然なのかは分からないが。
 ヒントはあった。

「問題は、ねえ。おまえは、俺がここから連れ出す。おまえが納得できないって言うんなら、錬金術師に協力だってする」

 方針は決まった。
 役割を見つけた。
 すべき事も分かった。
 後は、自分に従って、彼女に最上を届けるだけ。
 渋る姫神を連れて、食堂を出る。
 後は錬金術師を見つけるだけ。
 何も難しいことは無い。
 また非常階段を降りて、すぐに鈴科の後ろ姿を見つけた。
 山積みのように女生徒を片手で持ち上げている鈴科は、一つ下の踊り場から出られる通路の入り口で立ち尽くしていた。

「百合子。まだだ。錬金術師を探すぞ」

「……あァ。その事なンだけどよォ」

 そう言ってゆっくりと振り返った鈴科の頬には、赤い雫。
 彼女の瞳と同じく、赤い雫だった。
 始めは抱えている女生徒の血かと、そう思ったのだが。

「悪ィな」

 彼女の頭越しに覗き込むと、赤い水溜まり。
 その中にぐしゃぐしゃにねじ曲がったマネキンが落ちていた。
 マネキンではなくそれが人体なのは、見れば分かるが。

「な――」

 マネキンの髪は強引に染めたような緑。高価な純白のスーツは自身の血で汚れ、見る影もない。すらりとした長い足には、イタリア製の革靴が付いていたが、ただ付いていただけで、そこに足はなく、すらりとした足は歪に歪んでいる。
 その二メートルにも及ぶ全身をぐしゃぐしゃに折り曲げて、

「先に殺っちまった」

 錬金術師――アウレオルス=イザードは絶命していた。






チラ裏は操作に慣れてきたらその他板に移動すればいいのでしょうか?



[25858] とある魔術の吸血殺し 06
Name: sin◆27e4a7ca ID:910379ba
Date: 2011/03/23 15:19


8


 食堂から出て、鈴科百合子は思わず溜め息を吐いた。
 軽い心労を感じる。なんだか出て行けと言われた気分だった。いや、そんなことはないし、そう言ったつもりでもないんだろうが、なんだかそんな気がすると、それだけの話だ。
 何も上条が悪いわけではない。
 悪いわけではない、と思う。鈴科は自身の感覚が世間一般と外れていることは自覚していたから確かなことは言えないが、上条が悪いわけではないと、そう思っている。
 これは独りよがりな妄想だ。
 上条は、おそらく姫神秋沙の説得を行っているだろう。食堂に連れて行くまでの様子からしてここを出る事には否定的なようだった。考えてみれば簡単で、今の監禁主は三沢塾ではなく錬金術師。待遇は変わっているだろう。それが悪い方でないのは、ああやって出歩いていることからもわかる。むしろ彼女としてはここにいる方が良いと言うかも知れない。わざわざ学園都市に出て実験三昧の生活を送るよりは、今の状況の方が遙かに楽だろう。そういう所は鈴科もよく分かる。
 もっともこれはあくまで鈴科の想像であり、事実と必ずしも一致しないだろうが。
 人の心を完璧に理解できるのは、知り合いの黒い少女くらいか。
 彼女の場合は、知るだけに留まらず、操作し、他人に伝え、壊し、作ることすら出来る。
 学園都市最強、なんて言われている自分より遙かに恐ろしい能力者なのは、誰が聞いても明らかだろう。
 まあ、そんなことは関係なくて。
 そういう風に上条が姫神の世話を焼いていることに、自分が嫉妬を抱いていることが、何より独りよがりで、醜いと思っただけだ。
 こんな事はいつものことで、だからいつも自分はこうなのだけど、どうしてもそれが止まらない。
 別に上条が他の女の子と仲良くしようが、付き合おうが、結婚しようが、それはそれで嫉妬するけども、自分のことも構ってくれるなら、満足できる。そういう自信はある。
 けど、何故かどうしても、こういう状況で、こういう相手に、こういう関係でいられるのがたまらなく嫌なのだ。
 肩を合わせるように。
 隣に立って欲しくない。
 目線を合わせて欲しくない。
 そこは自分の場所だと。
 だから、嫌だ。
 もはや自分でも何を考えているのか解読不能だが、そう思うのだから仕方ない。
 たった一人自分の隣に立てる人に、自分以外を隣に立たせないでほしい。たぶん、そういう事。
 ああ、独りよがりだ。
 独りよがりすぎて胃がムカムカするし、頭が痛いし、吐き気もする。

「……クソッ。なに考えてンだ。俺ァよォ」

 気持ちを、リセット。
 と、まるで鈴科の思考が一段落するのを待っていたかのように、通路の方からあからさまな足音が聞えてくるのを鈴科の耳が掴んだ。思考の切り替えに丁度良いとばかりにそちらを振り向く。
 急いではいない。足音を殺してはいない。殺意を押し殺してもいない。それでいて物陰から先手必勝の暗殺を狙ってもいない。
 強いて言うならば、これから奇襲する相手の家のドアにノックしているかのような、大胆かつ不適。絶対の自信、圧勝の確信を匂わせる『宣戦布告』にして『勝利宣言』だった。
 莫迦が、と、鼻で笑う。
 そういうのは自分の役目だ。
 自分の目の前で、絶対の勝利者を気取らないでもらいたい。
 王者は、最強は、この自分。
 一方通行の役目だ。

「自然、『偽・聖歌隊(グレゴリオ=レプリカ)』が発動すればそこが侵入者の居場所となる。必然、発見は容易」

 だが足音は気付かない。

「当然、侵入者は二人だったはずだが……。もう一人はどうした、現然、『偽・聖歌隊』に呑まれたのか?」

 自分が道化であることを。
 足音の主は通路の、踊り場にいる鈴科から見える位置に立った。
 二メートルに及ぶ長身に、緑の髪、高級そうな白いスーツ。性別は男。
 アウレオルス=イザード。
 写真の特徴と合致するするその男は、この三沢塾の主と言っていい存在だった。

「ンなわけねェだろ? あいつが結界に穴開け続けてンのはわかってンだろォが」

「全然、それがわからない。あれはなんだ?」

「情報を漏らすアホに見えンのかよ」

 そういえば上条はコイツを殺したがってたっけ、と思い出す。
 ……まあ自分が殺ったところで文句は言わないだろう。そういう仲であるし。そんな小さな事には拘らない奴だ。

「錬金術師は前線に出てこないもンだって聞いたンだけどよォ。出てきたとしても全身を武装してくるらしィじゃねェか。なンだよ。どこに隠してンだァ? 四次元ポケットでも持ってやがンのかァ?」

 挑発してやろう。正直いろいろと思考がこんがらがってむしゃくしゃしていたところだ。
 別に仕事にはこいつの生死など関係ないのだし、憂さ晴らしにどうにかなっても誰も責めないだろう?

「貴様」

「こいよ。苛ついてますって顔してるぜェ? いいじゃねェか。おすまし顔で腹ン中に溜め込むよりはよっぽどいいと思うぜェ? 気に食わねェンだろォ? 我慢すンなよ、やりたいことやろォぜェ?」

 にやり、と顔を歪めた鈴科に、アウレオルスも嫌らしく口の端を上げて応える。
 ずる、と。
 蛇を思わす動きで、アウレオルスの右袖から黄金の刃物だ飛び出した。
 大きさは小ぶりなナイフほど、形状は槍や矢の先端に付いている鏃のそれ。一番近いものは平根。ソレが少し湾曲した感じである。
 鈴科とアウレオルスの間には直線にして五メートル。高低差一メートルもある。この距離でこんなリーチの小さい獲物を取りだしたということは、投擲用の武器か、はたまた何か遠距離攻撃用の媒体である可能性が高い。

「リメン――」

 アウレオルスの右手がゆらりと上がる。まるで鎌首をもたげるように、獲物を狙う蛇のように、刃物の切っ先が鈴科の顔を睨め付け、

「――マグナ!」

 瞬間、ソレは弾丸のように一直線に鈴科の眼球めがけて襲いかかってきた。

「……」

「……な、に!?」

 鈴科はソレを避ける素振りすら見せずに、眼球に鏃を受けた。
 ここまでは、アウレオルスの描いた予想の一つではある。
 だが、こんな事は予想していない、するはずがない、出来るはずがない。
 切っ先は予想通り鈴科の眼球に当たって、そのまま時計の針が戻るように吹き飛ばされたのだ。
 鏃の後ろから伸びている黄金の鎖にはその現象が作用されなかったのか、元には戻らず、引き戻される鏃にぶつかり、鏃共々後ろに吹き飛ばされる課程で絡まり合い、アウレオルスには届かず、堕ちた。
 アウレオルスに特別な被害はない。鈴科にもこれといって損傷はない。
 だが、アウレオルスの思考には確かなダメージが張り付いていた。
 研究者たるアウレオルスが、自分の力に作用した原因不明の能力を、目の前の少女は持っている。
 錬金術師の探求心に火が付いたのは、間違いない。

「茫然、なんだ、それは。我が『瞬間錬金(リメン=マグナ)』を如何様にして防いだか?」

 だから、情報を漏らす馬鹿に見えるのかと、先程訊いたばかりだというのに。
 思わず、嗤いがこみ上げる。 

「く、は、ははっ! なンだよなンだよなンなンですかその様はァ!? もっとやってみろよ! 錬金術ってヤツをこの俺に見せてくれよォ!」

「――は、愉快! 面白いぞ少年! それは一体いかなる人体神秘だ! 体を開け、この魔術医師に全てを解き明かさせよ!」

「超能力に決まってンだろ!」

 叫ぶと、重力を感じさせない動作で抱えていた女生徒を降ろし、足下が爆発したかのような加速でアウレオルスに飛びかかる。

「当然、知っているぞ! この街の力!」

 ギュラ、と絡まった鎖を振りまして解き、遠心力を乗せて鏃を射出する。
 高速で射出した黄金の鏃は、その尻に付いている鎖もあって、黄金の光線のようにも見えた。
 そんな黄金の光線を、鈴科は歯牙にも掛けず手で払いのける。今度は逆再生のように戻っていくこともなく、弾かれるままに流れていった。
 ソレを見て、アウレオルスの戦術に一つの選択肢が選ばれた。

「は、は、果然!」

 くん、と腕を動かすように、鎖の途中から鏃の進行方向が曲がったが気にはならない。例え後ろから来られたとしても、鈴科には対処法はいくらでもある。
 が、
 だちゅ、と。
 場違いな、果物を刺すような音が背後でした。
 油断はない、自身は絶対の防御に守られている。だからこそ鈴科はその妙な音に振り返ることが出来た。
 音がした方向には自身が抱えていた女生徒の一人が、人間の山から転げ落ちたように離れたところで転がっており、
 その背に、黄金の鏃が突き刺さっていた。

「……っ」

 一瞬、酷い罪悪感が募るが、すぐに消え去る。
 あの程度では死にはしない。むしろ魔術を使った反動の方が酷いくらいだ。
 そう思ってまた前を向こうとして、
 ばん、と。まるで水風船を床に叩きつけたように、女生徒は黄金の液体となって弾け飛んだ。

「ンだと……!?」

 まるで人間の体を強酸でどろどろに溶かしたようだが、違う。あれはただの液体ではない。金色に輝くソレは――まさしく、高熱により溶解した純金に他ならない。
 床を溶かす様は、まるでそれ自体が強酸のようだ。

「自然、何を驚いている?」

 アウレオルスは右の手を大きく動かし、

「我が役は錬金の師。その名の由来、当然分からんとは言わさんよ」

 錬金術(アルケミー)。
 広義には、卑から貴、あらゆる物質をより完全な物へと錬成させるための学問である。
 その本質は、物質を融解させ、その物質の性質を具現化させている精(エリクシール)を解き放ち、精の性質を得ることであり、最終的な目標は人体を永遠に不変不滅に変えるとされる『生命の精』へと到達する、ひいては神が世界を創造した過程を再現すること。
 当然、それは現代科学において不可能とされる分野である。
 とはいえ、一般に知られている部分ならば、それは現在の科学に大きな影響を与え、今の科学技術の礎とも言える物ではある。
 蒸留技術や火薬の発明、硝酸や塩酸の発明も錬金術師が行った物だ。
 代表的なところを言えば、万有引力を発見したことでも有名な、近代科学の建設者、アイザック・ニュートンも熱心な錬金術師である。彼の時代より錬金術という学問が途絶えていったことから、『最後の錬金術師』とも呼ばれている。
 しかして、錬金術。よく聞く黄金の錬成であるが、原子物理の応用を利用すれば、卑金属を貴金属に変換するのは現代科学でも不可能ではない。
 核分裂と核融合。この二つの方法がある。
 だが、核分裂を用いた方法には長い年月と莫大な費用が必要となり、核融合を用いた方法には必要な条件を達成する方法がない――学園都市には、もしかしたら秘匿研究として存在するのかも知れないが。
 故に、錬金術の代名詞とも言える、一般に知られているフィクションで見るような、ローコストで卑金属を貴金属に変換するのは不可能なのだ。
 だが、これは、今のこれは、なんだ?
 まるで今の一瞬で人体を黄金に錬成したように見えた。
 そんな、そんなことはありえない。
 まさか魔術的に秘匿とされてきた錬金術には、本当に黄金を錬成する方法があるのか――?

「必然、愕然とする気持ちは分かるが、当然、戦場では動かなければ絶命あるのみ」

 アウレオルスの声に現実に引き戻される。
 黄金の沼が、鎖に絡め取られるように鈴科に向けて撒き散らされていた。
 ――反射すればいい、と考えて、このまま反射すれば、直線上にいる女生徒達に降りかかることに気付いてしまう。
 以前ならばこんな事を気にすることはなかったのだが。

「――ッチ!」

 降りかかる黄金を撫でるように床に叩きつける。ベクトル操作によって雫一つ飛び跳ねさせることなく、黄金は床を溶かした。
 超高温で融解するまで熱せられた金属。そんな物に人体が触れればどうなるかは自明の理だった。

「はは、いいぞ、触れた物全てを例外なく即座に純金へと強制変換させる我が『瞬間連金(リメン=マグナ)を素手で弾くのみならず、人体を易々と溶かす熱を持った金をも叩き落とすか! 面白い、実に面白い!」

 そんなことはどうでも良い。
 問題なのは、女生徒を一人、確実に殺したということだ。
 それは、許されない。
 上条当麻が許すはずがない。
 鈴科はソレが何よりも恐かった。
 恐くて恐くて、
 そんなことになる原因である目の前の錬金術師が死ぬほど憎らしかった。
 殺したいくらいに。
 憂さ晴らしは、明確な殺意に変換されたのだ。

「う、あ、ァ、あ、ァ、あああああァァァァァァァァァァァァァァ!」

 驀進。
 爆進。
 踏み抜いた床は爆ぜ、飛ぶように、吹き飛ぶように鈴科はがむしゃらに前へ進んだ。
 表情筋は歪み、憎しみと憤怒に沸き、空気は射殺すように鋭い。
 純然たる殺意。

「ぬ、ううん!」

 満ちあふれる自分に向けられた殺意を打ち消すかのように、アウレオルスは突き出した両袖から瞬間錬金を射出した。刃の勢いは錬金術師の恐怖の表れか、覚悟の表れか。
 高速でラッシュのごとく連射される黄金の鏃はもはや全砲門から放たれる一斉射撃を何度も行っているよう。
 空間を削るように放たれる瞬間錬金に、けれど鈴科の勢いは止まらない。
 黄金の刃の壁と言っても過言ではない鏃を、全て力任せに弾き返す。実際は精密で緻密な演算のもとに行われているのだが、少なくとも錬金術師にはそう見えた。
 全ての瞬間錬金を強引に防いだ鈴科は、そのままアウレオルスの懐に入り込む。
 ――まずい!
 未だ少女のチカラは得体が知れない。未知に余りにも近すぎる。
 アウレオルスはあくまで研究者として行動しようと、距離を取るために踵を返そうとして、両腕を弾かれた。その勢いでバランスが崩れ、床に無様に倒れる。

「憤然! 体勢を立て直す!」

 思わず叫ぶ。
 やっていられない。
 莫迦にはされるし、面白い研究素材は未だに未知。自らの最上たる瞬間錬金は全く効かないし、泥は舐めさせられる。
 やっていられない。
 早々に撤退し、最大の方法を持って目の前の少女を叩きのめし、調べ尽くさないと気が済まない。問題はない。手数はある。切り札もある。
 そう思い、床に手をつこうとして――崩れた。

「な、――に?」

 腕の筋肉に不備はない。先程弾かれはしたが、あれで筋肉が裂けるようなことはなかったはずだ。
 そう不思議に思い腕を見やると、
 両腕が肘の先からねじ切れていた。

「が、あ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁあああ!?」

 理解、認識、共に激痛。
 脂汗が吹き出し、アドレナリンが過剰分泌されるが、何故か痛みは麻痺してくれない。
 味わったこともない激痛に床をのたうち回る。
 吹き出した血に、自身が、服が、床が、赤く濡れていく。
 皮膚がねじ切られていた。
 筋肉がねじ切られていた。
 骨がねじ切られていた。
 血管がねじ切られていた。
 神経がねじ切られていた。
 痛覚がねじ切れて、脳がねじ切れそうだった。
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

「オイオイオイ、この程度で何をへばってやがンだ?」

 鋭利な刃で切り込まれたように、背中を振るわせる声が響いた。
 恐怖から目を背けたいという生理反応に反して、勝手に、ギチギチと、何者かに操られるようにアウレオルスは上を仰ぎ見た。
 少女が、刑務所から脱走した、百年を超える刑期を持つ殺人犯のように、立っていた。

「あ、あ、ああああ、ああああああああ」

 アウレオルスは理解できない。完全無欠と信じていた自分を、こうも容易く死に至らしめる存在を、理解できるはずもない。
 だが、鈴科百合子はそこに立っている。
 打ち震える道化の王者の前で、本物の王者は悠然と立っている。
 恐怖の余り、無意識に瞬間錬金を射出しようとして、

「がぎゃああああああああああ!」

 脇腹を踏みつぶされた。
 踏みつぶされた、では、まだ優しすぎる。正確に言うならば、踏み抜いた。
 圧倒的速度と威力を持って、足の形に踏み抜いたのだ。余りの速度と一点集中した威力のために、まるでケーキを切り分けたみたいに足の形以外は凹んでもいない。
 当然、人体にあり得る業ではない。

「うるせェわ、オマエ」

 ゆっくりと、痛みに狂うアウレオルスに手をつく。
 その手はどこか優しく、それでいて冷たかった。
 優しく、冷たく、ゆっくりと、手を乗せて。

「どォーン」

「がびっ」

 ぐしゃりと、そこだけ重力が爆発的に増加したように凹む。
 肋骨が粉砕され、内臓が破裂する。

「どォーン」

 今度は足に手をつき、またそこの重力が弾けた。
 足が引きちぎれた。
 どォーン。
 どォーン。
 どォーン。
 と、何度も何度も圧力に圧力を加えてアウレオルスを圧砕する。
 猟奇的に、怪奇的に、憎しみを込めて。
 まるで透明な鉄柱に潰されたように、アウレオルス=イザードは圧殺された。




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