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2011年3月23日(水)付

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放射性降下物―長い闘いを覚悟しつつ

福島第一原子力発電所の大事故は、地元の福島県内はもちろん、近隣の県に住む人々の前にも、気がかりな数字をいくつも突きつけている。文部科学省が公表した環境放射能の調査では、[記事全文]

医療支援―分かち合いの精神こそ

「医師も看護師も被災者です。家族の安否が確認できないまま勤務を続けている人もいます。勤務の合間に、携帯電話に家族からの着信がないか確認しているのです」重傷患者がヘリで次[記事全文]

放射性降下物―長い闘いを覚悟しつつ

 福島第一原子力発電所の大事故は、地元の福島県内はもちろん、近隣の県に住む人々の前にも、気がかりな数字をいくつも突きつけている。

 文部科学省が公表した環境放射能の調査では、この原発から約120キロ離れた茨城県ひたちなか市や200キロ以上の距離にある東京都新宿区で、上空から降ったとみられる放射性のセシウム137やヨウ素131が、相当量測定されたという。これらの値のなかには、国の放射線管理区域の基準値を超えるものもあった。

 菅直人首相が一部の農産物の出荷停止を指示したのも、ホウレンソウなどの品目で規制値を超える放射性物質が見つかったからだ。

 原発の外へ漏れ出た放射性物質が大気中を漂い、大地に降っている実態がわかる。

 一つひとつの数字を見てパニックに陥るのは禁物だ。だが、甘くみるのはもっといけない。政府は急いで詳しいデータを集め、打つべき手を考えて適切な判断を下さなくてはならない。

 忘れるべきでないのは、原発災害などで漏れる放射能の影響は長い目でとらえる必要があることだ。

 いったん環境に放たれた放射性物質は回収が難しい。種類によっては長く大気にとどまり、土壌に残って放射線を出し続ける。セシウム137ならば半減期は約30年だ。それに接したり、体内にとり込んだりすると、悪さをする。環境中の値が基準より低くても、影響がまったくないわけではない。

 しかも、人々が放射線に長い間少しずつさらされる場合、健康被害は時間がたって表れることが多い。

 たとえば、人体のDNAを傷め、がんを起こす可能性は数年から10年以上の時間尺度で考えなくてはならないといわれている。微少とはいえない放射性の降下物が広い範囲に散ると、長い年月を経て、人々の発がんの確率がほんのちょっと高まる。その幅はきわめて小さいので、一人ひとりはあまり神経質になることはない。

 だが、社会全体をみると、何人かが本来ならかからなくてもよいがんを発病する計算になる。だから、この「ちょっと」の上げ幅はできる限り小さくしなくてはならない。降下物が検出された地方の住民が受ける心理的な負担にも気を配る必要がある。

 私たちは、そんな現実と向き合うことになったのである。

 政府が、住民の避難などをめぐる決定をするときは、人々にもたらされる長い時間幅のリスクを考慮しなくてはならない。

 いま最も重要なのは、事故炉から大量の放射性物質が出ることを食い止めることだ。そしてその先には、環境と健康の被害を最小にするための長い闘いが待っている。

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医療支援―分かち合いの精神こそ

 「医師も看護師も被災者です。家族の安否が確認できないまま勤務を続けている人もいます。勤務の合間に、携帯電話に家族からの着信がないか確認しているのです」

 重傷患者がヘリで次々と搬送されてくる宮城県石巻市の病院で、入院患者が目にした光景である。

 自らの家族より、患者への対応を優先する。被災地で働く医療従事者のプロ意識に敬意を表したい。

 地震発生直後から、200近い災害派遣医療チーム(DMAT)が全国の病院から送り込まれた。阪神大震災での救急医療の遅れという教訓からできたシステムが稼働したのだ。

 日がたつにつれ、慢性疾患を抱える患者への対応など日常的な医療の提供が課題となっている。多数の遺体の検案といった仕事も膨大だ。

 まずは開業医中心の医師会が力を発揮する場面だ。すでに日本医師会は災害医療チーム(JMAT)への参加を募り、会員たちが被災地で活動を始めている。高速道路の通行許可や燃料の優先的な提供で支えたい。

 それでも避難所の数が多いため、まだ医療が十分に届いていない。低体温症などによって避難所で亡くなる人をこれ以上、出してはならない。

 医薬品はもちろん、燃料や電力も含めて支援の拡大が必要だ。自治体や厚生労働省、医師会には、情報収集の徹底と効率的な連携を期待する。

 関東圏では、計画停電の医療への影響が大きい。たとえば人工透析のスケジュール変更が調整できなければ、患者の健康悪化に直結しかねない。在宅で療養しながら人工呼吸器などの医療機器を使う患者への影響も心配だ。

 厚労省は停電の正式決定まで本格的に動かず、対象地域内に計2600カ所近くある在宅療養支援診療所や訪問看護ステーションへの準備の呼びかけが出遅れた感は否めない。

 政府は停電が命や健康に及ぼす深刻な状況を直視し、国民ぐるみの「計画節電」を実施すべきだ。そうすれば停電を回避できるのではないか。

 大震災の被害で、医薬品の供給も滞るようになっている。数十万人が使う甲状腺機能低下の治療薬の場合、98%を生産する製薬会社の工場が福島県にあり、震災で生産が止まっている。

 厚労省は在庫を患者に行き渡らせるため、なるべく分割して処方するよう病院や薬局に呼びかけている。

 だが、生産再開までこのやり方で乗り切れる保証はない。緊急輸入などの措置をとって、患者や医師の不安を一刻も早く解消しなくてはいけない。

 私たち国民の側も、不安にかられて自分だけ多く薬をもらおうなどとすることがないように努めよう。

 苦難の時こそ、分かち合いの精神が大きな力を発揮する。

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