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日本列島付近を襲う海溝型地震の発生確率

週刊朝日 3月22日(火)15時46分配信

幾多の地震や津波に見舞われてきた日本列島に住む私たちにとっても、想像を絶する天災だった。被災者の安否とともに、「次はいつ、どこで」も気になるだろう。巨大余震は起きるのか、東北関東大震災の影響で新たな地震は発生しないのか。津波から逃げるには? あまりに大きな代償から導かれる教訓はあるのか。

 地球の表面は十数枚のプレート(岩板)で覆われている。日本列島は北米プレートとユーラシアプレートに載っていて、太平洋プレートとフィリピン海プレートが、押しながらその下に沈み込んでいる。

 世界で観測史上4番目に大きいマグニチュード(M)9・0を記録した東北関東大震災は、北米プレートと太平洋プレートの境界で起きた。

 震源域は南北500キロ×東西200キロと広大だ。過去の宮城県沖地震(M7・5程度)とは比較にならない。気象庁によると、最初の地震が発生した3月11日午後2時46分から6分間に、3回の巨大地震が連続して起きた。世界的にも極めてまれな起こり方だったという。

「今回の地震が研究者に与えた衝撃は大きい。宮城県沖地震は、30〜40年に一度、プレートの境界面にたまったエネルギーを解放して発生するというのが定説でした。しかし、実際は全部のひずみを解放していなかったのです」

 名古屋大学地震火山・防災研究センターの鷺谷威教授はそう話す。関東大震災の約45倍、阪神・淡路大震災の約1450倍のエネルギーという想定外の巨大地震だ。それだけに、今後、新たに地震を誘発する恐れがあるのかどうか、などが気になる。

 実際、東北関東大震災が発生した翌日の12日、長野県北部でM6・7の地震が発生し、最大震度6強を観測した。さらに同日、秋田県沖でM6・4の地震が起きている。

 いずれも東北関東大震災が起きた海のプレートとは別の内陸の活断層で起きた地震である。

 だが、梅田康弘・京都大学名誉教授(地震学)はこう指摘する。

「これだけ大きな地震が起きると、余震とは別に、内陸や日本海側でも地震を誘発します。それがすでに起きているのです」

 さらに、今後起きるであろう“最大余震”の可能性に言及する。

「最大余震の規模は、平均すると本震のマイナス1くらいです。したがって、M8くらいの巨大な余震が起こる可能性があります。最大余震はたいてい断層の端っこで起こるから、今回で言えば北の端か南の端。南の端なら千葉県沖も入る」

 一方、東京大学地震研究所の佐竹健治副所長は、今回の巨大地震が引き金となって連鎖的に大地震が起こる可能性を指摘する。

「2004年12月に、M9・1のスマトラ沖地震がありました。その3カ月後の05年3月に、同じスマトラの隣の海域が壊れてM8・6の地震が起きたが、これは余震ではなく、最初の地震が引き金となった別の地震です。今回の地震は岩手県沖から茨城県沖にかけての断層で起きたから、次は、その隣の房総沖と三陸沖北部で起こる可能性が高い。余震なら本震より小さいけれど、別の地震なので、経験的には小さいと思いますが、M9より小さいとは限らない」 

 佐竹副所長は余震で生じる津波にも警戒を呼びかける。

「津波は要注意です。最初の地震の影響ですでに地盤が下がっているので、水が出ていかないわけです。同じ高さの津波が来たら、今回以上に陸の内側に入ってくる危険性があります」

 災害リスクマネジメント専門で、立命館大学歴史都市防災研究センターの高橋学教授が、1960年ごろからの各地の地震データを分析したところによると、今回のような北米プレートの東端で起きている地震には、ある一定の規則性があるという。

 北海道の根室沖や釧路沖でM4以上の地震が起こると、必ずといっていいほど、数日で、北海道十勝沖〜青森県東岸沖か、岩手県沖〜宮城県沖へと震源が南下していく。その後、
1 福島県沖〜茨城県沖〜千葉県沖
2 新潟・長野県北部〜秋田県沖〜青森県西岸沖〜北海道南西部沖〜北海道宗谷岬沖
 と震源が二手に分かれて続いていくというのだ。

「今回も規則性どおりです。3月9日に根室と釧路でM5クラスの地震があり、その後、三陸沖、宮城県沖、福島県沖、茨城県沖と南下しています。すでに新潟・長野県北部でも何度か大
きな地震が起きている。あくまで数値上の理論ですが、今後、比較的早い段階で、千葉県沖や秋田県沖、北海道南西部沖でM7・5クラスの大地震が起こる危険性があります」
 地震予知連絡会委員で、京都大学防災研究所の西上欽也教授もこう言及する。

「今回は広範囲で断層が破壊された。震源域南側の房総半島東沖のプレート境界では応力が増すことで、今後、地震活動が活発化することも考えられます」

◆岩板のバランス崩れ巨大地震も◆

 もし千葉県沖を震源にM8クラスの地震が起きると、首都圏は大打撃を受けるだろう。津波が発生すれば住宅や工場、鉄道などに大きな被害が出る。原子力発電所への影響も見逃せない。もともと首都圏は阪神・淡路大震災クラスの直下型地震の発生が切迫しているとみられ、国が被害想定や対策などを練っているのだ。

 それにしてもここ数年、世界各地で巨大地震が続いている。

「04年のスマトラ沖地震(M9・1)の後、10年のチリ地震(M8・8)などが世界中で発生していることを考えれば、一つのプレートの動きで力のバランスが崩れ、周りのプレートや断層に多大な影響を及ぼしている可能性はあると思う。東海地震、東南海地震、南海地震は今回の地震のプレートとは別のフィリピン海プレートとユーラシアプレートの境界で起こるとみられます。しかし、今回の地震の影響で、一気に巨大地震が起こる恐れも出てきました」(鷺谷教授)

「西日本の地震には、南海、東南海、東海の順に連続して起きるという規則性があります。今回の巨大地震は、フィリピン海プレートとユーラシアプレートのバランスにも影響するはず。同レベルの“スーパー東海連動地震”が、近く起こる可能性が高まったといえるでしょう」(高橋教授)

 地震後、九州の霧島連山の新燃岳の噴火が再び活発化しているのも気になるところだ。地震と火山活動には何らかの関連性があるのだろうか。

 梅田名誉教授はこんな驚くべき可能性も考えている。

「東北の内陸の真ん中に火山が並んでいます。それが噴火する可能性があります。1707年には、東海、東南海、南海の巨大地震が一度に起こり、その後で富士山が噴火したんです。このときの東海から南海にかけての震源の長さは、600キロです。今回が500キロだから、ほぼ同じ規模。今後、噴火が起こることもあり得ます」

 専門家の話に共通するのは、想定外の巨大地震が引き起こす「次」への緊迫感だ。もっとも気になるのは、それが「いつ起こるのか?」ということだ。

 梅田名誉教授は「正直なところはわからない」と前置きしてから、こう言った。

「本震がM7クラスなら、普通は1週間から1カ月以内くらいのうちに最大余震が起こります。しかし、これくらい大きな本震になると、余震が収まるまでには長くかかるのではないかと思います。半年くらいは注意をしなければいけないでしょう」(本誌・川村昌代、國府田英之、吉田洋平、今田俊)

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日本列島付近の海溝型地震の発生確率

【海溝名】
(1)領域または地震名(2)予想地震規模
(3)地震発生確率の最新発生時期=10年以内/30年以内/50年以内
(4)最新発生時期

【千島海溝沿い】
(1)十勝沖(2)M8.1前後
(3)ほぼ0%/0.3〜2%/20〜30%
(4)7.3年前

(1)根室沖(2)M7.9程度
(3)5〜10%/40〜50%/80%程度
(4)37.5年前

【日本海東縁部】
(1)秋田県沖(2)M7.5程度
(3)1%程度以下/3%程度以下/5%程度以下
(4)−

【駿河トラフ】
(1)東海地震(2)M8程度
(3)−/87%/−
(4)118.8年

【南海トラフ】
(1)南海地震(2)M8.4前後
(3)10〜20%/60%程度/90%程度
(4)64.0年前

(1)東南海地震(2)M8.1前後
(3)20%程度/70%程度/90%程度もしくはそれ以上
(4)66.1年前

【日向灘および南西諸島海溝周辺】
(1)安芸灘〜伊予灘〜豊後水道のプレート内地震(2)M6.7〜7.4
(3)10%程度/40%程度/50%程度
(4)−

【相模トラフ】
(1)大正型関東地震(2)M7.9程度
(3)ほぼ0〜0.1%/ほぼ0〜2%/ほぼ0〜7%
(4)87.3年前

(1)その他の南関東のM7程度の地震(2)M6.7〜7.2程度
(3)30%程度/70%程度/90%程度
(4)−

※地震調査研究推進本部「海溝型地震の長期評価の概要」から(2011年1月1日現在)
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◆10メートル級の津波で湘南が消える◆

 東北関東大震災による津波で水没した岩手県釜石市は、これまでにも繰り返し、同じような被害に遭った土地だけに、防災意識は日本の中でも高かったという。

 長さ1・7キロ及ぶ湾口防波堤が町を守るように設置され、「世界一」と称されていた。だがそれでも、高さ5メートルを超える今回のすさまじい津波にはひとたまりもなかったのだ。

 津波は地震で断層がずれ、海底の地形が変化して発生し、外洋では時速800キロとジェット機並みの猛スピードで四方へ広がりながら進む。

 今回も波は軽々と防波堤を越え、停泊中の漁船を次々とのみ込み、町へ浸入した。

 道路が冠水し、住宅の2階まで水が達したのは、津波上陸からわずか3分後。

 一瞬にして、轟音とともに、押し流された漁船、車、瓦礫などが水没した家々にぶつかりながら、波の間を漂う廃墟と化した。

 釜石市の防災・危機管理アドバイザーを務める群馬大学大学院・広域首都圏防災研究センター長の片田敏孝教授はこう嘆く。

「釜石は、子どもらにも津波が来たときの対応などを指導し、“ぼうさい甲子園”で表彰されるくらいの町だった。だが、あのすさまじい状況では間に合わなかったかもしれない。そう思うと、居ても立ってもいられません」

 津波は海岸に達するとスピードが落ちるとはいえ、時速約40キロで進む。波に気付いてから走りだしても、逃げ切ることは難しいのだという。

 片田教授自身、青森県八戸市に出張中に今回の大震災に遭遇した。防災の専門家でありながら、あまりの惨状を前に無力感に苛まれたという。

「巨大地震が同時多発的に連動して起こるとは、政府も専門家も考えが全く及んでいなかった。これは大いなる反省点です」

 国の中央防災会議や各都道府県は東海地震、東南海地震、南海地震、南関東地震(関東地震)など発生確率の高いM8クラスの大地震をさまざまなパターンで想定し、津波などの被害予測を行っている。

 相模トラフを震源とする南関東地震は、大正時代に10万人以上の犠牲者を出した関東大震災の再来型だ。

 神奈川県が09年にまとめた資料に、真夏の正午に発生した場合の被害想定がある。同県西部に高さ10メートル級の大津波が起こり、多くの海水浴客が巻き込まれ、県内で約6300人が死亡するというのだ。

 さらに、南関東地震と連動して、丹沢山地から大磯、国府津を経て相模湾に至る神縄・国府津─松田断層帯(活断層)を震源とする地震が起こると、“湘南”がわずか数分で“水没”するという衝撃的な結果も、はじき出されていたのだ。

 予測される津波の最大水位は真鶴町で10メートル程度、藤沢市付近で8メートル以上、東京湾でも2メートル程度。到達時間は、相模湾岸から横須賀市にかけては5分以内、横浜市、川崎市でも10分以内という。地震が真夏の正午に発生した場合、津波の被害者は8640人に上るという。

 津波は、高さが数十センチと低くても、大人でも立っていられないほどの威力がある。高さ2メートルに達すれば、木造家屋が全壊するだけに極めて危険な状態に陥ることは間違いない。

 また、気象庁などによると、東海地震が発生した場合、静岡県の伊豆半島南部、駿河湾から伊豆諸島では5〜10メートル級、ところによってはそれ以上の大津波が発生する。20〜30分後には、神奈川県の鎌倉付近にも最大4メートルの津波が到達すると予想されている。

◆津波は防げない 来る前提で対策◆

 最悪なのは駿河湾から四国沖へと震源域がつらなる東海、東南海、南海の三つの巨大地震が同時発生したケースだ。

 中央防災会議が昨年4月に公表した被害想定によれば、10メートル級の巨大な津波が発生。約96万戸の住宅が津波で全壊し、静岡、愛知、和歌山、高知など21府県で死者は約2万5千人にも達する──。

 われわれは迫り来る津波からどのようにして身を守ればいいのだろうか?

 笠原順三・元東京大学地震研究所教授はこう言う。

「今回のような大津波が突発的に襲えば、対策は正直、難しい。走って逃げても間に合わないので、車やバイクで逃げるしか手がない。だが、首都圏は道路が渋滞するのでそれも難しく、ともかく鉄筋5階建て以上の建物に早く逃げ込むことでしょう。大事なのは、自分が住む地区の『ハザードマップ』を自治体から取り寄せておき、浸水予測地域を頭に入れておくこと、自治体が指定する緊急避難場所へ逃げるルートと手段をあらかじめ決めておくことです」

 津波が発生してから5分以内に高台や鉄筋5階建て以上のビルへ避難すれば、犠牲者は2千人は減るとも分析されている。

 冒頭の片田教授は言う。

「どんなにすごい防波堤を造っていても、ハードで防ぐのには限界があるのです。となると、津波が来ることを前提に避難できる施設を造るしかない。どう防ぐかではなく、どうやり過ごすか。命を失わないように最善のことをするのが防災の重要なテーマです」

 だが、津波対策を担う肝心の各自治体の取り組みには温度差がある。避難が困難な地域なのに津波避難タワーを整備していなかったり、海沿いのホテルやマンションなどを一時避難所に指定しているが、住民に場所の広報を周知徹底していないことも多いという。

 己の身は己で守るという覚悟を持つべきだろう。 (本誌・田中裕康、森下香枝)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆こんなにあった津波の被害◆◆◆◆◆◆◆◆◆

発生時期      地震名         死者・行方不明

1896年6月明治三陸地震(M8.5)2万2000人

1933年3月昭和三陸地震(M8.1)  3064人

1952年3月十勝沖地震(M8.2)    28人

1960年5月チリ地震(M9.5)   142人

1983年5月日本海中部地震(M7.7) 100人

1993年7月北海道南西沖地震(M7.8) 230人

※チリ地震の津波は三陸で被害を出した
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最終更新:3月22日(火)15時46分

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