どれだけ歩いただろう。
もう体を動かしているという実感すらないのに、私はまだ歩き続けている。
何処を目指しているのか自分でもわからないというのに、私は歩き続けている。
何度山を越えただろうか。
何度川を渡っただろうか。
何度排斥されただろうか。
私は歩き続けなければならない。
居場所を見つけるために。
いつの間にか私は気を失っていたらしい。
土の味が口の中に広がっている。
歩き続けなければならないのに、私の体は既に死に体だと言わんばかりに動いてくれない。
鼻も利かなくなったのか、これまで鬱陶しいほどに感じていた万物の匂いが感じられなくなった。
かろうじて動く目で辺りを伺えば、雄雄しく茂った緑たちに囲まれている。
人の手が入っているのか、妙に開けた場所だ。
気味が悪い程に大きくまんまるな満月が良く見える。
そんな中で私は理解した。
あぁ、ここが私の終着点か。
そういえば耳も聞こえない。
段々と目も見えなくなってきた。
あんなに歩き続けてきたんだから、最期の終着点くらい楽しませてやろうというカミサマのはからいかもしれない。
中々に粋なカミサマも居たものだ。
今まで私が見てきたカミサマたちの多くは、私を見ると眉をしかめてとっとと出て行けと吐き捨てた。
問答無用に力を以って追い払われた事も少なくは無いが、でも、優しく私の頭を撫でてくれたカミサマも居た。
お前は妖だから、ここに置いてあげる事はできないがと食べ物の入った風呂敷を首に巻いてくれたカミサマも居た。
今のこの状況は、そんな優しかったカミサマたちがくれた最期の贈り物だろう。
殺されるでもなく、自分の道を曲げたわけでもなく、死んでいける。
結局居場所を見つける事はできなかったけれど、悪くはないじゃないか。
私はもう動かないと思っていた口の端がつり上がるのを感じた。
ああ、本当に悪くないじゃないか。
もう良くは見えないが、どうやら看取ってくれる何者かもいるようだ。
どうにも空気がざわめいているように感じる。
こんな夜にはいつも決まって何かが起こる。
妹が生まれたのも、魔女と出合ったのも、満足のゆく従者たちと出会ったのも全てこんな夜だった。
こんな夜は直感に従って動くと、大抵かけがえのないものを得ることができた。
だから、私はそれまで満月を眺めていたテラスから飛び立った。
行く先などおぼろげで、何ひとつ確証などない。
しかし当て所なく動いていれば、そこに行き着くだろう。
私の力はそういうものなのだから。
そうしてばさりと羽を広げ飛び立つ私を、隣に座っていた魔女は苦笑と共に見送った。
香り高い紅茶の満たされたカップの中身をくるくると揺らしながら『今度は何を拾ってくるの?』とばかりに目で語りかけてきている。
大した興味もなさそうに為されたその行動に多少気分を害されたが、これから得るであろう何かに対する期待は微塵も衰えていない。
この期待を胸にしながら動く夜は、何度経験してもいいものだと思う。
まるでおもちゃを買ってもらう子供のようだと思い浮かべて、頭を振った。
私はそんな子供じゃあない。
そうだ、私は与えてもらうのではなく得るために行動しているのだ。
空を飛びながら無駄に腕を組んで偉そうに頷きはするものの、それも傍目から見ればどうなのだろうと思い至る。
自分の行動に呆れながら、まるで矢のように空を駆け続けた。
行く先は相変わらずおぼろげだが、ただ自分の中の何かがこちらだと訴えかけてきている。
何度かこの訴えかけが外れた事もあったが、今夜のこれはどうやら当たりだったようだ。
空から地を見下ろす私の目には、一匹の銀狼が映っていた。
大きいな。
一番初めにその狼に対して抱いた感想はそんな凡庸なものだった。
その後に薄汚れてこそいるものの立派な銀の毛や、まるで光っているかのような金色の目が綺麗だと再び凡庸な感想が浮かぶ。
少しばかりそうして観察していると、くすりと笑われたような気がした。
いつの間にかあの綺麗な金の目は閉じられている。
そうして力なく横たわっている狼はまるで死体のようだった。
折角得た何かが手のひらから零れていくような感覚に、私はがらにもなく焦りを抱く。
体が勝手に動いたとしか言いようがない。
服が汚れる事など気にもせず、私よりも遥かに大きな体を苦労して背負い上げ、来た時に倍する速さで空をかけた。
これはもう私のモノだ。
私の許可なく零れていくなんて許しはしない。
焦りと共に館へ帰ってきた私をまず迎えたのは、間抜け面を晒して固まっている門番だった。
いつもなら軽く労をねぎらう程度はするものの、今はそれ所ではない。
先に直感を信じて飛び立ったテラスへと一直線に、まるで突っ込むような勢いで着地した。
「……これはまた、変わった拾い物ね?」
「いいからさっさと治療しなさい!!」
それが私とこの子の出会いだった。