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[26553] 【カオスフレアSC】夜明けの戦機【TRPG二次創作・習作】
Name: 新◆9c42e1d8 ID:ebf219b0
Date: 2011/03/18 21:49
 この作品は、クロスオーバーTRPG・異界戦記カオスフレアSCの二次創作作品です。

 リプレイとノベルを足して二で割った感じで進めていく予定ですが、実プレイに基づいているわけではないので、実際のセッションと比べると不自然な場合等あるかと思われます。

 また、このカオスフレアという作品の性質上、既存の作品のオマージュ、パロディ等がかなり見られることになります。その辺りに不快感を覚えられる方は読まれないほうがよろしいかと思います。

 ただ、そういうごった煮のまさしくカオスな世界観がこのTRPGの魅力の一つだと思いますので、興味を持っていただければ幸いです。

 では、まずはお約束から入りたいと思います。



[26553] 第一話『曙光の異邦人』セッショントレーラー兼ハンドアウト
Name: 新◆9c42e1d8 ID:ebf219b0
Date: 2011/03/17 01:41
 ある日、立ち寄った本屋で見かけたあかがね色の本。

 何故か気を惹かれたその本を手にした時、雪村あさひは地球から始原世界オリジンへと召喚された。

 気付いた場所で出会ったのは、自らを人型機動兵器モナドトルーパーの制御ユニット、アニマ・ムンディと名乗る少女。

 彼女はあさひを『フォーリナー』と呼び、自らの半身たるモナドトルーパーに搭乗するよう促す。

 だが、格納庫まで辿り着いた二人に鉄の獣が襲いかかる。

 すんでのところであさひたちを救ったのは、VF団のA級エージェントを名乗る一人の少年、ローレンだった。

 オリジンを含む多元世界『三千世界』の統一のための組織であるVF団の助けとするため、フォーリナーであるあさひを救いに来たのだと彼は言う。

 同じくその場に現れた、VF団とは敵対関係にあるという組織、神炎同盟からフォーリナーを保護するために来たという、アムルタートの龍、フェルゲニシュと更にそれとは別口からフォーリナーの手助けをするよう頼まれたのだと語る謎の女、サペリア。

 事情も思惑も食い違うが、その中心にいるあさひを軸としてぎこちないながらも行動を共にする一行。

 やがて辿り着いた集落で、あさひはオリジンの現実を目の当たりにする。

 それぞれの組織が語るそれぞれの大義。

 そして、それらすべてを超越し、破壊せんとする夕闇の使徒ダスクフレアがあさひ達に迫る。

 異能の力が、龍の咆哮が、光の指先が、そして、明日を掴む鋼の腕が、希望へ続く道を切り開かんとダスクフレアと激突する!


――異界戦記カオスフレア Second Chapter――

『曙光の異邦人』

 人よ、未来を侵略せよ!



[26553] 第一話『曙光の異邦人』その1
Name: 新◆9c42e1d8 ID:ebf219b0
Date: 2011/03/18 21:33
Scene1 開かれた扉


 その日の下校途中、雪村あさひは上機嫌で商店街を歩いていた。口元にはうっすらと笑みが浮かび、足取りは軽く、ポニーテールにまとめた髪までも楽しげに踊っているいるように見える。

 目指すは常連となっている個人商店の本屋である。今日は楽しみにしていた小説の新刊が発売する日なのだ。

 やがて目当ての本屋に到着したあさひは、さりげなく周囲を見回して知り合いが視界内にいないことを確認。バスケ部から熱心に勧誘を受けた運動神経をフル活用し、素早く、滑りこむようにドアをくぐって店内に入る。


「……なんでそんな忍者みたいな入り方してるのこの子は」


 入り口脇のレジから、四十歳ほどの女性、ここの店長が呆れの混じった視線を投げかけてくる。


「いやあ、なんていうかちょっと気恥ずかしくて」


 照れ隠しに頭をぽりぽりと掻きながらあさひは苦笑いを浮かべてみせた。あさひが本日のお目当てとしているのは、正統派、直球ド真ん中の恋愛小説なのだ。あさひは、自身のパブリックイメージとして『活発・気が強い』という項目が上位にあることを自覚している。それについてはその通りだと彼女自身認めているし、反論するつもりもない。

 だが、そういった一面とは別に、彼女は甘いラブロマンスの物語を好む傾向があった。それについても別段悪いことではないと分かってはいる。分かってはいるが、普段の自分とのギャップが大きいこともまた事実。ゆえに、できれば秘密裏にそうした本の購入は行ってしまいたいのだった。


「まあ、別にいいけどねえ……。今のあさひちゃん、同年代の男の子がエロ本買いに来るときとそっくりだったよ」


「エ、エロ……っ!? 花も恥じらう高二女子になんて事言うのーっ!?」


 うがー、と両手を振りあげて怒るあさひに、店長は気にした風も見せずにからからと笑う。


「ほれ、小説の新刊はいつものとこにあるからさっさと持っておいで」


 はーい、と少々むくれながら返事をして、小説のコーナーへと向かう。レジからやや離れたその場所で、平積みにされている新刊を手にとって思わずにんまりと微笑む。この場でページをめくり始めたいところだがそこはグっと我慢して、家に帰ってからの楽しみとしてとっておくことにする。

 さあレジへ、と思ったその時、あさひはなんとはなしに背後を振り返った。そこは参考書のコーナーになっていて、普段のあさひならあまり興味を抱かないような一角である。しかし、今はなぜか違った。引き寄せられるように視線を滑らせたその先には、背表紙に何のタイトルも示されていない一冊の本が収まっている。


「……なんだろ、これ」


 手を伸ばし、その本を本棚から抜き取る。あかがね色のビロードで装丁されたその本は、背表紙だけでなく表紙にも何の文字も記されていない。裏返してみるが、バーコードや値段も印字されていない。誰かが悪戯でここに紛れ込ませたのだろうか。そんな事を思いつつ、あさひはその本を開いた。

 そこには何も記されていない。

 いや、違った。装丁と同じあかがね色の、見たこともない文字が次々に記されていくのだ。やがて文字はあさひの見ているページを埋め尽くし、そしてひとりでにページがめくられてそこにも文字が浮かび上がる。

 あさひが魅入られたようにそれを見ている間にも文字が浮かび上がる速度はいや増していき、ぱらぱらと連続でページがめくられていく。


「な、なに、なに!?」


 はっとあさひが我に帰ったのは、その本が淡く光を放ち始めた時だった。光は次第に強くなり、それと共に本の中から文字が空中に溢れ出してあさひを取り囲む。


「うええ!? ちょっとやだ! ストップ!!」


 そう言っては見たものの、この怪現象はとどまる様子を知らない。焦るあさひを文字と光が包みこんでいく。

 やがて、光が収まった時、そこにあさひの姿はなかった。彼女がいた場所に開かれたまま落ちているあかがね色の本がただその名残だったが、ひとりでにぱたんと閉じられると同時に、その本も跡形もなく消え去ってしまった。









Scene2 世界の中の影


 三千世界とは、遥かな昔、造物主デミウルゴスによって創造された、数多の世界の総称である。

 初めは世界の創造に喜びと愛を持っていた造物主デミウルゴスだったが、やがて己の生み出した世界――孤界スフィアの内に生きる者たちがその世界を作り替えていくことを、その多様性と可能性を疎むようになった。

 そしてついには造物主は、己の意図しない変化を内包した孤界の全てを破壊し、再び創世を行おうとしたのである。

 これに対し、それぞれの孤界に宿る神々アイオーンが異を唱えて抗戦し、やがては三千世界に住む者全てを巻き込んだ大戦へと発展していった。

 大戦は、様々な要因によって造物主の敗北に終わった。造物主は最初に創造された世界、オリジンにて討ち果たされ、三千世界は滅亡を免れたかに見えた。

 だが、造物主の執念は、様々な呪いとなって三千世界に散らばっていた。それは今、大戦より幾星霜の時を越えてなお、三千世界を滅ぼして新たな創世を行うために蠢いているのだ。



 世界間移動組織VF団。それは大首領ヴァイスフレアの意志のもとに三千世界の全てを平定すべく幾つもの孤界を股にかけて活動する秘密結社である。当然、その活動の手は始原世界オリジンにも伸びている。

 十三歳という若さでそのVF団のA級エージェントとしての地位を得ているローレンはエリートと言って差し支えないだろう。組織の性質上、あまり大っぴらに出来ないことであるのも確かだが。

 そのローレンが、今は片膝を付き頭を垂れている。敬意を示すその所作の先に浮かぶのは、ぎょう帝国風の衣装に身を包んだ白髪、白鬚の老人の立体映像だ。もしもあさひのような日本人が彼を目にしていたなら、やや迷いながらも仙人と形容したかもしれない。迷いの原因となるであろう部分は、レンズのような右目を始め、右半身を中心にして体の二割ほどを覆っている機械だ。後天的に埋め込んだというより、生身が機械に変じたという印象を感じさせるような造形。見るものが見れば、機械生命体グレズによる生命の機械化――『調和』を受けた影響だと知れるだろう。より深くグレズを知るものなら、調和の影響をここまで強く受けていながら、人としての意思と命を保っているこの老人に驚くかもしれない。彼の名は“入雲龍”公孫勝。ローレンの直属の上司にしてVF団の幹部、八部衆の一角を占める人物だった。


「エルフェンバインに向かえ」


 ややしゃがれてはいるものの、高齢を感じさせない芯の通った声。立体映像越しとは思えない威圧感すら伴って、公孫勝の声はローレンに届いた。答えるように顔を上げた彼に向けて公孫勝が続ける。


「かの地へとフォーリナーが落ちる。これを確保して迎え入れ、我らの力とするのだ」


「はい。ではすぐにでも出立いたします」


 答え、立ち上がろうとするローレンを公孫勝が手を上げて見せることでとどめる。


「もう一つ。ワシの卜占によればフォーリナーが我らの役に立つ品をかの地より持ち出してくる可能性がある。可能なかぎり、そちらも回収するのだ」


「了解いたしました。……その品とはいかなるものでしょう。フォーリナーが持つという絶対武器マーキュリーとはまた別のものでしょうか?」


「アニマ・ムンディ。知っておるな? 騎士級モナドトルーパーの核たる機械人形よ。エルフェンバインの中央工廠地下に取り残されたそれが、我らVF団の目的の為に役立つのだ。常ならば、かの地を牛耳る機械生命グレズのメタロード、ディギトゥスの存在により入手は困難を極めるであろうが、フォーリナーという因子が状況を動かすであろう。そこを利用するのだ。ただ、必要以上にディギトゥスを刺激すれば、今はエルフェンバインのみにとどまっているグレズどもの活性化を招く恐れもある。存分に注意してことに当たれ」


 命は下された。ローレンは立ち上がり、立体映像の公孫勝と視線を合わせる。


「ヴァイスフレアのために!」


「ヴァイスフレアのために!」


 どちらともなく唱和して、ローレンはすぐさまきびすを返す。任務の達成が一分、一秒遅れたならば、それはVF団の理想が実現するときが遅れることと等しいのだ。だから彼は見なかった。公孫勝の右目のレンズの内側に、ちろりと黒い炎が揺らめいた事を。






Scene3 龍の宮


 オリジンでも最大の規模を誇る都市、宝永。その概観は一言で言えば樹木だ。ただし、非常識なまでに巨大な。もとは数十万の民を乗せて宇宙をゆく船であったそれは、今では宇宙船としての機能を失ってオリジンにその根を下ろしている。

 もともとの住人であった富嶽の民に加えて、先のバシレイア動乱においてイスタム神王国の都である“木蓮の都”エルフェンバイン、アムルタートの本拠地たる移動要塞エマヌ・エリシュが失陥したことを受けて、それぞれの指導者たる神王エニア三世、冥龍皇イルルヤンカシュによって亡命政権が立てられたことによる移民もあり、現在では実に雑多な雰囲気をもつ都市となっている。

 そんな宝永の一角を、一人のアムルタートの戦士が歩いている。彼らアムルタートの龍は、基本的に三種の姿を持つ。ごく普通の人間の姿に、角や僅かな鱗を持つ人間形態。直立歩行する人型の龍(リザードマン、などと形容すると字通り彼らの逆鱗に触れる)である龍人形態。そして彼らの真の姿、世界の調停者たる完全生物、龍の本性たる真龍形態である。今、彼の戦士はこのうちの二つ目、龍人形態を取っていた。向かう先は、先に名前の上がった冥龍皇イルルヤンカシュが居を構えるジグラッドである。

 彼がジグラッドの門をくぐり、謁見の間に足を踏み入れたとき、そこには一人の少女が玉座に腰掛けて待っていた。外見だけ見れば、耳の後ろに角を持つ、十代前半の人間の少女でしかない。だが彼女こそは1万年を超える時を生きてきたアムルタートの指導者、冥龍皇イルルヤンカシュなのだ。


「フェルゲニシュ、お召しに従い参上いたしました」


 フェルゲニシュと名乗った彼が、恭しく膝を突いて頭を垂れ、尾を体の前に回して自分の片手で押さえつける。こうしてすぐに飛び掛れない姿勢を取る事で相手に対する恭順を示すアムルタートの流儀である。そんな彼に対してイルルヤンカシュは大儀である、と鷹揚に頷くと早速本題に入った。


「わらわの姉上、月龍皇ナンナルより夢の啓示を受けたのじゃ。姉上曰く『木蓮の都に界を渡りて星が落ちる。それに伴い鋼が動き、夕闇を招き寄せる』だそうじゃ」


 フェルゲニシュは主の言葉に顔を上げ、数瞬の思案の後に口を開いた。


「木蓮の都……エルフェンバインですか。と、なればナンナル様のお言葉にある鋼とは、やはりグレズでありましょうか」


 バシレイア動乱やそれ以前の戦乱において中央大陸狭しと暴れまわったかの機械生命体の猛威を思い出し、フェルゲニシュは僅かに牙を剥いて顔を歪めるが、龍皇の御前であることを思い出し、即座に居住まいを正した。


「おそらくそうじゃろう。そしてその後にある夕闇。これはわざわざ言うまでもあるまいの?」


 夕闇の使徒。造物主の走狗。世界の卵。すなわち――ダスクフレア。

 エゴを極限まで増大させ、己の望みのままに世界を作り直そうと――再創世を行おうとする造物主の写し身にして意思の受け皿となった者達。

 世界を循環する生命の力、フレアを吸い込むブラックホールと成り果て、あるいは欲望のために、あるいは理想のために、あるいは愛のための行動と謳いながらも、今ある世界を滅ぼさずにはいられないなにか。

 それが動き出す危険があるというのなら、一刻も早く手を打つ必要がある。


「委細承りました、イルルヤンカシュ様。エルフェンバインに赴き、まずはかの地へ降りた界渡りと接触いたします」


「うむ。宜しく頼む」


 主の言葉を受けたフェルゲニシュは立ち上がってその場を辞すべく一礼する。と、そこにぽつりとイルルヤンカシュの声が投げかけられた。


「――必ず生きて帰れ。よいな」


 礼を深くしてフェルゲニシュは無言のうちに己が主の気遣いに答えて見せ、そのままジグラットを後にした。調停者たる龍として、何より三全世界に生きる者として、ダスクフレアの跳梁を止めるために。







Scene4 配役は為された


「ちょっと待ちな、姉ちゃん」


 その日、オリジン西部のとある街道で響き渡ったのは、こんな一言だった。乱暴さに劣情と嘲笑をたっぷりとまぶした、悪意が滴り落ちそうな、そんな言葉だ。

 言葉を発したのは、鍛えられた肉体にハードレザーのプロテクター(何故かあちこちにトゲが付いている)を身に付けた、モヒカンヘアーの男である。そして彼の背後には、似たような格好の男達が十数人控えていた。どの顔も好色さを滲ませた下卑た笑いを隠そうともしていない。

 そんな彼らと向き合っている、声をかけられた相手は一人の女だった。くっきりとした美しい目鼻立ちと、陽光にきらめく銀の髪。ゆったりとした白い衣服を身に付けていながらも、はっきりと分かる豊満な体つき。トドメに赤と青のストライプ柄のマントを羽織っているという、色々な意味で目立つ女である。


「あたしに何か用かい? 坊や達」


 彼女は、目の前にいる男達の意図がわからないでもないだろうに、うっすらと口許に笑みすら浮かべてそう言った。


「なあに。簡単なことさ。俺達ゃここんとこ仕事が忙しくて欲求不満でよ。手伝ってくれねえかと思ってよ」


 にやにやと笑いながら先頭の男がそう言って女の体に視線を這わせる。無遠慮であからさまなそんな視線にさらされても、何故か女の口許から笑みは消えない。


「なるほどねえ。まあ、あたしもそういうことは嫌いじゃないけど……こっちにも趣味というか、選ぶ権利ってものがあると思わないかい?」


 やや遠まわし気味な女の拒否の言葉にも、男達は余裕の態度を崩さない。当然と言えば当然か。なんとなれば、力ずくで押さえつけ、蹂躙してしまえばいいだけのことだ。そして、男達の中にそんな事に罪悪感を抱くようなものは一人としていなかった。むしろ、そのほうが楽しみが増すと思うほどだ。


「おいおい姉ちゃん。口に利き方に気を付けた方がいいぜえ? 何せ俺達は……」


「知っているとも。っていうか見りゃ分かるよ」


 自分達が何者か知らしめることで目の前の女の余裕ぶった態度を崩してやろうとして口にした男の言葉が遮られる。


「今、オリジンに侵攻してきている大星団テオス。その中でもひとかどの地位を占める、阿修羅神拳の使い手、拳帝ジーア。そしてジーアの配下である、阿修羅神拳と対になる帝釈正拳の使い手やその流れを汲む者たちで構成された戦闘集団ダーカ。それがあんた達だ。そうだろ?」


 立て板に水、さらさらと彼女の口から語られた言葉は、彼らの素性を正確に言い当てていた。だがそれだけだ。なるほど、確かに彼らはダーカ。だが知られているからといってどうだと言うのか。冷酷なる侵略者、テオスの内にあってなお、弱者への無慈悲をもってなるダーカ達である。そのような言葉だけで、彼らの欲望を掣肘することなとできはしないのだ。

 この一団をまとめる立場にある先頭の男はそんな風に考えた。弱肉強食を至上の掟とするダーカにあってはごく自然な考えと言えたし、このような考えに基づいて行動し、略奪を行うことに何の問題もなかった。

 今までは。


「あんた達みたいなのも実に人間らしいとあたしは思うよ。だからその行動自体にどうこう言うつもりは、実はあんまりないんだ。……ただ、ね」


 今までと同じく、飄々とした余裕の口ぶりで女が並べ立てる。いや、ほんの少し、彼女の口元の笑みが深くなったように見えた。


「分を弁えない輩、っていうのにはお仕置きが必要だよねえ」


 言うが早いか、女がマントの下から両腕を突き出して男達に向ける。対するダーカ達のほとんどは、ただ薄笑いを浮かべたままそれを眺めていたが、リーダー格の男だけは違った。彼は知っていたのだ。ここオリジンには、かつての故郷、弧界エルダの常識に照らし合わせればありえない力が存在することを。――その名を魔法ということを。


「クソ! 数は圧倒的なんだ! 押さえつけちまえ!」


「遅いよ」


 危機感に煽られて男が叫ぶが、女の言う通り、既に遅きに失していた。

 女の右手首にはめられた紅い腕輪。左の手首にはめられた青い腕輪。それらが光を放ち、女は胸の前で両手を交差させる事でその輝きを融け合せ、再び両手を正面、男達に向けて突き出す。

 女の仕草に従い、彼女の両手に宿る光が男達に向かって迸る。それだけでもう全ては終わっていた。後に立つのは彼女一人。ダーカ達は死体も、断末魔すら残さず彼女の魔法によって消し飛ばされたのだ。


「まったく、最近は物騒で困るねえ」


 ダーカ達など比較にならない水準で物騒な真似をしでかした女が全く困っていない口調でそう零す。


「相変わらずですね、サペリア」


 最早彼女――サペリアと呼ばれた女以外には誰もいない筈の街道の片隅で、突如としてかけられた声にも、サペリアは全く動じた様子を見せることなく振り返った。その声は、彼女がよく知る相手のものだったからだ。


「久しぶりだね、エロール・カイオス」


 そこに立っていたのは、喪服に身を包んだ金髪の女だ。儚げな美しさと、それに相反するような大きな存在感を感じさせる、そんな女性だった。


「で? あんたが直接現れた、ってことは結構な厄介ごとなんだろ。あたしに何をさせたいんだい?」


 エロール・カイオスは一つ頷き、サペリアを正面から見据える。


「新たなフォーリナーがこのオリジンへとやってきます」


「ふむ。あたしにその面倒を見ろって? 言っちゃなんだけど、そういうのはあんたのところ――宿命管理局にもっと向いた奴がいるんじゃないのかい?」


 いかにも面倒臭そうな様子のサペリアに対して、エロール・カイオスは軽く目を伏せる。


「オリジンに顕れるフォーリナーは、必ず何がしかの運命の導きを持っています。その導きの先に、サペリア。今回は貴女がいるのです」


「運命、ねえ。まあ、あんたが言うならそうなのかな。……と、いうか運命ってんならあんたが作るもんじゃないのかい? かつての造物主配下、最大の使徒アルコーンである『運命フォルトゥナ』がさ」


「いいえ。私は運命の傍観者に過ぎません。それも、見えているのは運命という布を織るための糸のはし程度のもの。布がどんな模様になるのか決めることは出来ません。せいぜいが時折こうして口を挟むくらい。本当に運命を造るのは、三全世界に住むすべての生命なのです。無論、貴女もその中に入るのですよ、サペリア」


 どこか悲しげに語るエロール・カイオスを見て、サペリアは深く溜息をつく。


「分かったよ。なら、あたしの運命の人に会いに行こうじゃないか。デートの待ち合わせはどこになるんだい?」


 冗談めかしたその言葉に、エロール・カイオスが僅かに表情を和らげて、その地の名を告げた。


「“木蓮の都”エルフェンバイン。そこが運命の交わる地です」


「うげえ。よりによってあそこかい。人間の一人もいない土地なんて面白くも何ともないんだけど……。まあいいか。出会いの量でなくて質に期待する事にするよ」


 冗談めかしてサペリアがそう言うと、エロール・カイオスは満足げに微笑んだ。頼みましたよ、と囁くように呟く。次にサペリアが瞬きをした瞬間、最早そこに彼女はいない。この場にいるのは、再びサペリア一人となった。

 やれやれ、と一人ごちて、サペリアはエルフェンバインのある方角の空を見上げ、ふと眉根を寄せた。空にかすかな違和感を感じた次の瞬間、昼間の青空を流れ星が横切ったのだ。


「……おやおや。のんびり歩いて行ったんじゃあデートに遅刻かねえ。エロール・カイオスももうちょっと時間に余裕を持って知らせに来てくれりゃあいいのに。……文句言っても仕方ないか」


 不満げにそう呟いたが早いか、街道に眩いばかりの光が満ちる。まるで太陽が地上に現れたようなその強烈な光は、現れたときと同じように唐突に消えた。否、凄まじい速度で光の塊がその場から飛び去ったのだ。無論、向かう先は流れ星の落ち行く先、エルフェンバイン。エロール・カイオスの言葉を借りるなら、運命の交わる地である。







Scene5 来訪者


 あさひが我に返ると、そこは見たこともないような場所だった。いや、似たような場所を見たことはある。ただし、映画やドラマ、アニメの世界の話だ。一言で表現するなら、


「え、SFモノ……?」


 そこは、一面が機械で構成された部屋だった。照明は点いていなかったが、部屋のあちこちに設置されたモニターやコンソールの発する光がぼんやりと当たりを照らし出している。


「な、なんで……? なんなのよコレ……?」


 全く訳がわからなかった。確かに自分は本屋にいたはずだ。大掛かりなドッキリであるならまだいいが、どう考えてもそれはない。本屋で見た、あのあかがね色の本といい、一瞬のうちに周りの風景が全く違うものになっていることといい、どう考えても個人で、いや、あさひの知っている常識の範囲内で可能な技術を超えている。

 なんとなく脳内に浮かぶ答えはあるが、それを認めたくはなかった。認めてしまえばもう後戻りは出来ないような気がしたのだ。

 そんな風にあさひが懊悩していたときだった。

 部屋の隅。周囲に光を発する装置がなかったために闇がわだかまっていたその一角で、突如として機械の作動音が起こったのだ。


「う、うえ!? なになになに!?」


 思い切りビビって慌てふためくあさひをよそに、事態は進行していく。ようよう部屋の暗さになれてきたあさひの目に、そこで動いているものがぼんやりと見えてくる。床面に斜めになるような角度で安置されている円筒形のカプセルだ。大きさは、丁度中に人間が一人入れるくらいだろう。

 内心で逃げ出したい気持ちを抱えながらもその場から動けないあさひの見ている前で、カプセルから圧搾空気の抜ける音が響き、前面部分がゆっくりと開いていく。ごくり、とあさひがつばを呑み込むのと同時に、開ききったカプセルからゆらりと人影が立ち上がった。

 あさひは不思議なほどに落ち着いている自分を感じていた。いや、緊張はしている。が、この状況ならもっと恐怖にかられてパニックに陥っているのではないかと自分で思うのだ。そんな分析が出来ていること自体、精神に余裕のある証拠だとも思えた。こんなわけの分からない出来事に連続で直面して冷静さを保てるほど自分が肝の据わった人間だとはあさひには思えなかったが、少なくとも現状では好都合でもある。何が起こっても――到底あさひの手に負えない事態が起こる可能性もあるが――対処できるように身構えたまま、起き上がった人影を見つめる。

 人影はゆっくりとあさひに向けて近づいてくる。それにつれて、人影の姿があさひの目に映るようになってきた。

 身長はおそらくあさひと同程度。体の線がくっきりと浮き出るボディスーツのようなものを身につけており、体型から判断するに間違いなく女性。スタイルは完敗だ、と頭のどこかでささやき声が聞こえたが、非常事態につき封殺。腰まで届く長い金髪を揺らして彼女がこちらへ歩いてくる。

 あさひから歩幅二歩分のところで、彼女はその足を止めた。この距離まで来て、ようやく彼女の顔立ちをあさひははっきりと見ることが出来た。簡潔に言い表すなら、超の付く美少女である。すっと通った鼻梁。肌は白磁のように白くすべらかで、ほほは薄紅の花びらを一枚浮かべたかのよう。小さな花がほころんだような唇は愛らしく、やや垂れ気味の金色の目は全体的な造作に絶妙なバランスを与えるアクセントとして機能し、彼女の魅力を引き立てている。

 思わず見とれてしまったあさひに向けて、彼女は薄っすらと微笑んで見せた。不覚にもどきりとしてしまい、動揺するあさひをよそに少女は口を開いた。その容姿に似つかわしい、鈴を転がしたような可憐な声。


「オリジンへようこそ、フォーリナー。私はエルフェンバイン中央工廠開発、フォーリナー専用モナドトルーパーである『シアル・ビクトリア』専属アニマ・ムンディです。……状況の説明を行いますか?」



[26553] 第一話『曙光の異邦人』その2
Name: 新◆9c42e1d8 ID:ebf219b0
Date: 2011/03/18 21:34
Scene6 コンタクト・オリジン



「まとめると、ここは地球じゃなくて異世界オリジン。で、あたしみたいな地球から来た人間は今のところ例外なくスゴイ力を持っていてフォーリナーと呼ばれる」


 床にぺたりと座り込んで先程まで聞いていた説明を要約するあさひに、アニマ・ムンディと名乗った少女がこくこくと頷いてみせる。


「今、このオリジンでは色んな悪い奴が暴れてるけど、特に最悪なのが悪い神様の化身ダスクフレアで、フォーリナーはそのダスクフレアに対する切り札に成り得る。だから、この国のえらい人がフォーリナー用の巨大ロボット……MTモナドトルーパー、だっけ? それを作って支援しようとした。あなたはそれを動かすために必要なアンドロイド、と」


「ご理解を頂けたようでなによりです。フォーリナー。ですが、私はアンドロイドではなく、『シアル・ビクトリア』専属アニマ・ムンディです」


 少女がにっこりと笑いながらあさひの台詞の最後の部分を訂正する。ここは譲れないこだわりなのだろうかと思いながら、あさひも言葉を返す。


「じゃああたしもフォーリナーじゃなくて雪村あさひ、よ。ちゃんと名前で呼んでくれるかしら? シアル」


「了解しました、あさひ。それと、シアル、とは私が管制するMT『シアル・ビクトリア』の固有名詞の一部であり、私の固体名ではありません。現在、私自身を表す固有名詞は存在しておりません。製造時に与えられた識別番号ならありますが、あまり言い易いとは思えませんので固有名詞として使用するのはお薦めしかねます」


 淡々とした口調でそう述べる少女にあさひは驚き、


「あれ、そうなの? なんか長い名前だなー、って思って最初の部分だけ呼んだんだけど……。じゃあどうしよう。あなたのことは何て呼べばいい?」


 アニマ・ムンディの少女はあさひの問いにほんの一瞬、どう答えるべきかを考え、


「シアル、で構いません。あなたがそう思ったのであるなら、それが今より私の名です」


 きっぱりと言い切った。迷いも躊躇もないその断言っぷりに、逆にあさひの方が戸惑いを覚えるほどである。


「い、いいの? あたしのちょっとした勘違いなんかから名前を決めちゃっても」


「はい。あさひには『シアル・ビクトリア』に搭乗していただく必要がありますので。必然、私はあさひのモノになります。名前をいただけるのはむしろ光栄です」


 にっこりと笑って言い切るシアル。聞き流せないのはあさひの方だ。


「ちょ、ちょっと待って! あたしのモノってなに!? あと『シアル・ビクトリア』っていうのはMTで、要するに巨大ロボットでしょ!? ムリムリムリ、絶対ムリ! やったことないしできっこないってば! っていうかそもそもなんで乗る必要があるの!?」


「はい、とりあえず後者については差し迫った問題ですので説明いたします。現状、私達……いえ、この地が置かれている現状について」


 あさひの発した当然の疑問に、シアルが頷いて言葉を返す。


「ここ、エルフェンバイン中央工廠は、その名の通り、オリジンの盟主たるイスタム神王国の首都、エルフェンバインにあります。が、エルフェンバインは現在、イスタムの統治下にないのです」


 平坦な中にもどこか哀切を感じさせる声音でシアルがとうとうと語る。あさひはその様子と語られつつある内容に、激烈に嫌な予感を憶えつつ、聞かないわけにもいかなそうなので先を促す。


「オリジンへの侵略者の一つ、機械生命グレズ。それらの首座たる調和端末メタゴッドヴォーティフによってエルフェンバインは陥落し、機械の街と化しました。ヴォーティフ自体はとあるフォーリナーとその仲間によって倒されましたが、この街は依然としてグレズ勢力下にあり、おそらく街の中に生きた人間は一人として存在しないでしょう。――あさひ、あなたという例外を除いては」


 現状がどうやら壊滅的にマズいということを感じ取り始めたあさひが沈黙するのをよそに、シアルが更に現状についての言及を続ける。


「グレズの行動原理は、全ての生命を機械化することです。今まではここには生身の生命は存在せず、グレズ達もこの場所にこだわるような事はありませんでしたが、あさひ、あなたの存在を感知すればおそらくグレズの尖兵たるメタボーグやメタビーストがやってくるものと思われます」


「念のために聞くんだけど……その、メタなんとかに捕まったりするとどうなるの……?」


 おずおずと挙手してのあさひの質問に対し、シアルが無情なまでに明確に答えを返す。


「先程も申し上げた通り、グレズの目的は全ての生命の機械化――彼らの言を借りるなら『調和』です。グレズの手に落ちた人間はほぼ例外なく機械へと変化させられます」


 機械になる、というのがどういうことか、まだピンと来たわけではないが、決して楽しい事ではなさそうだということはあさひにも想像がつく。どうにかしてそんな未来図は避けられないものかと、目の前のシアルへ縋るような目を向けた。

「な、なんとかならないの……?」


「なります。そして、その為に『シアル・ビクトリア』が必要なのです」


 あさひの視線を受けたシアルが力強く頷いてみせる。心細げなあさひを安心させるように彼女の手を取り、言葉を続ける。


「これも先ほど少し申し上げた事ですが、そもそもフォーリナーには大きな力が備わっています。その名も“絶対武器マーキュリー”」


「……絶対武器?」


 オウム返しに繰り返すあさひに頷きを寄越し、


「はい。時に全てを切り裂く武器であり、時にあらゆる害悪を跳ね返す防具であり、時に人知を超えた事象を引き起こす器物であり、時に悪を討ち果たす魂の具現。それぞれに形は違いますが、今までオリジンに現れたフォーリナーは必ず絶対武器を持っているのが確認されています」


「……でも、あたしそれっぽいものなんて何も持ってないよ?」


 ぱたぱたと服のあちこちを叩いてみたり、ポケットを探ったりしてみるが、何も出てこない。いつの間にかそれらしいものが持ち物に混ざりこんでいる、というお約束もあさひは少し期待したのだが、起こってはいないようだった。あからさまにがっかりした様子のあさひに対して、シアルは未だ平然としている。


「わたしがあさひをフォーリナーだと判断したのは、服装の特徴や組成などが過去のフォーリナーのデータと一致した事もありますが、なによりあさひの膨大な内在フレアによります。フレアとは、世界を構成する要素であり力。命と命、または命と世界の間を循環するもの。絶対武器を持つフォーリナーは、他者を冠絶するフレアを持ちます。故に、今は手元にない、あるいは使えていない、というだけであなたは絶対武器を持っているはずなのです」


「でも、今使えなかったらピンチを脱する役には立たないんじゃ……?」


「はい、そのとおりです。ですので、絶対武器以外を使った現状の打開策として提案するのが『シアル・ビクトリア』の使用です」


 あさひの手を握る指に力を込め、真正面から目と目を合わせてシアルが今までよりやや力の入った口調でそう切り出した。


「『シアル・ビクトリア』はフォーリナー級のフレアの持ち主以外では搭乗したところで動かす事すら叶いませんが、逆に水準を満たすフレアの持ち主をライダーとし、私がバックアップを行うならばメタビーストやメタボーグ程度ならば物の数ではありません。そしてあさひ。あなたは『シアル・ビクトリア』を動かすに足るだけのフレアの持ち主です。例え今、絶対武器の使い方が分からないとしても、MTに乗り、それを私がサポートすれば現状を脱する事は十分に可能です」


 言うべきことは言い切った、とばかり、そこでシアルは言葉を切り、あとはただじっとあさひの目を見つめる。

 正直なところ、あさひはまだ半信半疑だった。シアルの語る内容が、ではなく、自身を取り巻く現状全てに対して、である。少なくともあさひが持っている常識に鑑みれば、夢を見ているか、あまり考えたくは無いが精神が錯乱して妄想の只中にいると言われたほうがまだ説得力がある。

 そうだと言い切れないのは、あさひを取り巻く情景の持つ否応無いほどの現実感だ。部屋を構成する機械の質感や、自分の手を握るシアルの体温は夢や幻と断じてしまうにはリアルに過ぎた。


「……ぶっちゃけちゃうとね、まだ状況を理解したとは言い難いんだけど。でも、シアルを信じてみようと思う。だから乗るよ、MTに。『シアル・ビクトリア』に」


 しっかりとシアルと目線を合わせ、あさひは宣言した。その瞬間、真正面から見詰め合うシアルの金の瞳の奥に星の瞬きを朝日は見た。見間違いかと思って目を擦ろうとしたが、その前にシアルに両方の手をがっちり握られて身動きできなくなる。


「フォーリナー専用MT『シアル・ビクトリア』ライダー名『雪村あさひ』で登録完了いたしました。例え三全世界の果てと果てに分かれようとも、私は御身の元へ馳せ参じて見せましょう。なんなりとご命令を、マイロード」


 満面の笑みを浮かべ、愛しげにかき抱いたあさひの両手を胸元へ抱き寄せるシアル。もともとの造作が洒落にならないくらいに整っているので、凄まじいまでの破壊力だった。


「かっ……可愛いじゃないの……! じゃなくて! なにそのマイロードって!?」


「アニマ・ムンディを得て稼動するMTは一般的に騎士級と呼ばれます。同様にそのライダーも騎士と呼ばれることが多くありますので、このようにお呼びさせて頂きましたが……お気に召しませんでしたか、マイロード?」


 不思議そうにこくん、と首を傾げてみせるシアルに、あさひは慌てて首を振る。


「カンベンしてよ……。呼び方はあさひでいいから。普通が一番だから、ね?」


「了解しました、あさひ」


 もっとごねるかと思われたシアルだが、以外にあっさりとあさひの提案を受け入れて、そのまますっと立ち上がる。


「ではあさひ。まずは格納庫へ。我が半身『シアル・ビクトリア』のもとへ参りましょう」


 あさひがその言葉に頷くと同時、部屋の一角で機械音が響き、その部分の闇が四角く切り取られる。一瞬まぶしさに目を細めたあさひは、それが照明の灯りであり、この部屋の扉が開いた事を理解した。


「うし、じゃあ、行きましょっか!」


 自身に気合を入れるようにぐっと拳を握ったあさひ言葉と共に、二人の少女が手に手を取って開いた扉から部屋を出てゆく。

 雪村あさひのオリジンでのフォーリナーとしての歩みが、今この瞬間から始まったのだ。





Scene7 格納庫の宴



 “木蓮の都”エルフェンバイン。かつてはその名に相応しい壮麗で優雅な都市だったそこは、今では最早見る影もない。グレズによる調和で街の構造物は全て機械の塊へと変貌し、オリジンのあちこちから様々な種族が集い、賑わっていた街路を闊歩するのは人型機械、メタボーグや獣型機械、メタビーストばかりである。

 生身のまま踏み込むことは死に直結するこの機械の都を、奇妙な物体が低空で飛行しながら移動していた。長辺が一メートル半ほど、厚さは数センチほどの直方体である。黒曜石のような漆黒の外観は磨き上げられ、鏡のように周囲の風景を映し出している。結構な数のグレズ達と『鏡』はすれ違っているが、グレズ達は何故か『鏡』を迎撃することも、反応する事さえない。

 市街の中央部に向けて真っ直ぐに飛行していたその『鏡』は、ある地点まで来るとぴたりと停止し、しばらくその場に留まる。周囲を観察するようにくるくると回転したかと思うと、一つの建物を見定めて、その中へとするりと入り込んでいく。

 『鏡』の目的地はどうやら地下であるようだった。階段を下り、隙間を見つけてエレベーターシャフトへ潜り込み、ひたすら下を目指す。フロアにして五つ分は降下しただろうか、というところで『鏡』は進行方向を垂直から水平へと切り替えた。曲がりくねった廊下を、同じ方向を目指すように駈けていくメタビースト達を追い抜きながら飛翔する。


 やがて『鏡』は、施設の奥まった部分に存在する、大きな空間へと辿り付いた。三つか四つのフロアを縦にブチ抜いて造られたであろうその空間にいる存在は『鏡』を除けば大雑把に言って三種類に分けられる。

 まずは、この建物内を巡回していたらしいメタビースト達。既にこの空間内に踏み込んでいる数体に加え、『鏡』が追い抜いてきたもの達や、他の入り口からやってくるものも含めてまだまだ増えそうな勢いである。

 次に、奥まった部分に立ち尽くしている、身の丈十数メートルに及ぶ巨人。人型機動兵器MTである。

 最後に、今まさにこの空間――MT格納庫に駆け込んできた存在。


「もー死ぬ! あたしもーだめー!」


「もう少しですあさひ! こちらが格納庫になります!」


 手に手を取って、背後から追いかけてくるメタビーストから逃げている、二人の少女だった。

 二人は格納庫に入るや否や、絶句してしまう。口振りからしてここへ辿り付きさえすればどうにかなる、と踏んでいたのだろうが、すでに結構な数のメタビーストが格納庫内に入り込んでいる。奥にあるMTと二人の間には何をかいわんやである。

 二人が動きを止めたのはほんの一瞬の事だったが、機械であるメタビーストにとっては十分すぎる時間だった。本物の肉食獣もかくや、という動きで床を蹴り、二人の少女をその牙にかけんとして踊りかかる。


「あさひっ!」


 金髪の少女がもう一人を抱きすくめ、メタビーストの爪から身を呈して庇おうとする。そんな二人を、機械の獣はもろともに押しつぶそうとし、それは次の瞬間には現実のものとなるはずだった。


「ちょ、ちょっとシアル、あれ!」


 金髪の少女、シアルに抱きしめられる形になっていたもう一人の少女、あさひは、意外な力強さで自分を放さないシアルの腕の中でもがきながらそれを見た。

 目の前にいる、もう一組のあさひとシアル。否、それは目の前に――彼女らとメタビーストの間に割って入った、真っ黒な鏡に映る像だった。事態についていけないあさひの前で、メタビーストの爪を受け止めた『鏡』はひび割れ、閃光を放って砕け散る。だが、それで終わりではない。『鏡』が割れると同時に生じた閃光が一箇所に集まり、ひときわ強く輝いた。まぶしさに目をつぶったあさひが次に見たのは、その場に立つ一人の少年だ。

 年はおそらくあさひより三つか四つは下だろう。彼女の感覚でいえば中学生くらいに見える。収まりの悪い栗色の髪と、それと同じ色の瞳に勝気そうな気配を漂わせて、少年はあさひとシアルに一瞬ずつ視線を配る。


「……フォーリナーと、アニマ・ムンディ。間違いないか?」


 切り捨てるような少年の口調に、シアルが何事か口に出そうとしたが、あさひは反射的に頷いてしまう。それを見た少年は平坦な表情のまま頷き返し、目の前にいるメタビースト――何故か少年がかざした手の先で動きを止めている――に向かい合う。あさひ達に背中を向けたままでもう片方の手を目の前の空間を薙ぐように動かし、次いで天井に向けて突き上げる。


「俺は、VF団のエージェント、ローレン。あんたらを助けに来た」


 それが起こったのは、少年、ローレンの言葉と同時だった。

 格納庫の隅に積み上げられていた数々の資材。それらがふわりと空中に浮き上がる。そして、ローレンが上げていた腕を振り下ろすのに合わせて、メタビースト達に降り注ぐ。メタビースト達もかわそうとするものの、いかんせん降って来る資材の数は多く、またサイズも大きい。最初にあさひ達に飛び掛ったものを始め、その周囲を取り巻いていた何体もの機械の獣が、轟音と共にまとめて資材の下敷きとなった。

 驚きにあんぐりと口を開けているあさひを背に庇うようにシアルが前に出て、少年との間に入る。その目にはありありと警戒の色が宿っている。


「助けて頂いた事には感謝いたしますが、VF団が私達に一体何の用ですか」


「ちょ、ちょっとシアル!? 助けてもらったんだからもうちょっと態度をやわらかくしないと」


 我に返ったあさひが、シアルの硬質な対応をたしなめる。シアルは困ったような視線をあさひに投げかけ、もう一方の当事者であるローレンはまるで気にした様子も見せなかった。


「細かい話は後だ。まずはクズ鉄どもの歓迎をしてやんねーとな」


 ローレンの鋭い視線が射抜く先、資材の山の向こうから新たなメタビースト達が顔を出し、次の瞬間にはローレンが懐から取り出した銃が一閃――文字通りに閃光を吐き出してあさひを驚かせた――し、打ち抜かれて崩れ落ちる。


「……確かに、まずはこの場を切り抜けることが最重要ですね」


 シアルがささやかな溜息と共にローレンに対する眼差しを緩め、あさひに向き直る。


「あさひ。事前の話の通り『シアル・ビクトリア』を起動させて突破します」


 ごく自然にそう言うシアルだが、格納庫の奥のMTへと目を向けたあさひは顔を引き攣らせる。そこへたどり着くまでの間に、三十体を越えるメタビーストが三つほどのグループに分かれて布陣しているのだ。とても突破できるとは思えなかった。試しに先ほど複数のメタビーストを一気に仕留めて見せたローレンに視線を振ってみるが、


「いくらなんでも数が多い。突破は無理だろ」


 そう言って肩をすくめて見せられてしまった。が、シアルは余裕ある態度でローレンを一瞥し、あさひに語りかける。


「問題ありません、あさひ。既に貴女のライダー登録は終わっており、『シアル・ビクトリア』の端末たる私がこれだけMTの近くにいるのです。この位置からならMTのジェネレーターであるモナドドライブを起動させる事も、遠隔操作で私達のそばまで来させる事も十分可能です」


「なるほど。モナドリンケージ機能か」


 シアルの説明に、端で聞いていたローレンが手を打って納得する。


「やれるんならとっととやってくれよ。いい加減鉄クズどもも様子見を止めて襲い掛かってくるぜ」


「言われるまでもありません。あさひ、手を」


「う、うん」


 シアルに促され、あさひがシアルと手を重ねる。シアルがまぶたを閉じ、再び開く。正面から向き合っているあさひには、彼女の黄金の瞳がぼんやりと光っているのがよく分かった。


「モナドドライブ起動シーケンス実行します。フレアライン確立成功。ライダー情報定着成功。……あさひ、私の目を見てモナドドライブの起動を命じてください。声紋及び網膜認証にて起動シーケンスを最終認証します」


「よ、よく分かんないけど分かった。……こほん。動け、モナドドライブ!」


 シアルの求めに応じてあさひが言葉を発し、それに応じるようにぴくりとシアルの体がぴくりと震えるのが繋いだ手を通じて伝わる。


「コマンド受領、初期設定完了しました」


 ごうん、という音が格納庫に満ちたのは、そのシアルの言葉が終わるよりも早かった。音の源は言うまでも無い、メタビーストの群れの向こう側に存在するMTである。先ほどまではただその場に立ち尽くすのみだったそれは、自身の鼓動たるモナドドライブの駆動音を響かせて、その力を解放できるときを今か今かと待ち望んでいるかのようだった。


「さああさひ。呼んでください、『シアル・ビクトリア』を! あなたを守る鎧にして剣、あなたを守るためにある私の半身を!」


 熱の篭ったシアルの台詞にあさひは一つ頷いて見せ、『シアル・ビクトリア』を見上げる。頭部に備え付けられた、人で言えば両目に当たるメインカメラに光が灯り、機械の巨人と視線を交わしたような気分を覚える。

 片手をシアルと繋いだまま、もう片方の手を、これから頼るであろうもう一人の相棒、『シアル・ビクトリア』に向け、腹の底から声を出す。


「来なさい、『シアル・ビクトリア』!!」


 あさひの叫びが格納庫内に木霊し、一瞬の静寂が場に満ちる。

 そして、次に動いたのは痺れを切らしたメタビースト達だった。


「おい、どうなってんだポンコツ! デカブツが動かねえじゃねえか!?」


 襲い掛かってくるメタビースト達に再び周辺の資材を叩きつけて迎撃しながらローレンが毒づく。彼の言葉どおり、『シアル・ビクトリア』はぴくりとも動く様子を見せない。


「そんな、そんなはずはありません! ライダー権限代行、アニマ・ムンディが命じます! モナドリンケージ、実行!」


 今度はシアルが声を張り上げるが、やはりMTは動く気配を見せない。


「そんな……!?」


 悄然とするシアルの隣で、『シアル・ビクトリア』を見上げていたあさひが急にぶるりと身を振るわせる。そのまま寒さから、あるいはもっと他の何かから身を守ろうとするように両手で自分をかき抱く。


「……なんか、変だよ、シアル。ローレン君。あのMTの周りに、黒い、何かが……!」


 顔を蒼褪めさせてあさひが零す。それを受けた残る二人の反応は、それぞれに違うものだ。

 シアルは要領を得ないといった風に首を傾げていたが、ローレンには何か感じるところがあるようだった。


「そうか、こいつは……」


 ローレンが言葉を続けようとしたとき、いくつかの事が連続して起こった。

 一体のメタビーストがローレンの迎撃を掻い潜って、その後ろにいたシアルに襲い掛かった。これに反応したあさひがシアルの腕を引っ張り、彼女らはいっときメタビーストの爪牙から逃れたものの、もつれ合って倒れこむ。そこを狙ってさらに二体のメタビーストが襲い掛かり、しかし一体はローレンが鼻先に手をかざした途端動きを停止し、もういったいは進路上に突然現れた『鏡』にぶつかって弾かれる。

 そして、更に新手のメタビーストがまだ倒れたままのあさひとシアルに肉迫する。

 かくなる上は自分自身を盾にするしかないか、とローレンが腹を括るのとほぼ同時だった。

 ローレンたちの背後にある壁に、突如として大穴が開いたのだ。爆発で吹き飛んだのでも、何か大きな力で崩されたのでもない。まさに消失だった。続いて、その穴から大柄な影が格納庫内に飛び込んでくる。二メートル半を優に越える巨躯からは想像しがたい俊敏さであさひとシアル、ローレンの前に走り出たその影は、メタビーストの突撃を片手で悠々と受け止めると、


「ゴァアアアアアアアアアアアアア!!」


 格納庫全体の空気を激震させて咆哮を放った。あさひ達は肌がびりびりと震わされるのを感じていたが、真正面からその咆哮を受けたメタビーストはその程度ではすまなかった。四肢を引きちぎられながら吹き飛び、他のメタビーストに激突して四散したのである。


「詰めが甘いな小僧。だが弱き者の盾とならんとするその心意気やよし! 勇者の資質ありと認めてやろう!」


 野太い声を放つその口には牙が並び、ローレンに向けて差し伸べられた厳つい手には鱗が生え揃っている。機嫌よさげに床を叩く尻尾はシアルの胴体ほどもあり、爛々と輝く瞳は、気の弱いものが見ればそれだけで萎縮するだろう。


「……アムルタートの、龍……」


 思わず零れたローレンの呟きに対して器用に口の端を歪めて笑って見せたのは、アムルタートの龍戦士、フェルゲニシュだった。


「おーいフェルの旦那あ。あたしにゃ壁抜きやらせといて自分だけカッコつけちゃうってそりゃあないんじゃないかい?」


 そんな風に声をあげて、赤青ストライプのマントを羽織った女、サペリアがへらへらと笑いながらあさひたちの方へと歩いて来る。


「お待たせ少年少女たち。おっかないおぢさんとキレイなお姉さんの援軍だよー」


 そう言ってぐっと親指を立ててみせたかと思うと、そのまま両手を掲げて手首の腕輪を打ち合わせ、そこから発した光で今にも飛びかかろうとしていたメタビーストをまとめて薙ぎ払う。


「さーて、躾の悪いケダモノ共にはご退場願って、とっととトンズラ決め込もうじゃないのさ」


「そうだな。察するに、あのMTを使うつもりだったのだろう? メタビーストどもの攻撃なぞ俺が全て弾き返してくれよう。少年、お前はそこのハデな女と連中を蹴散らして道を開け」


 サペリアはにやにやと笑いながら、フェルゲニシュはふん、と鼻から息を抜いてローレンを見下ろしながら言う。ローレンは倒れていたあさひとシアルに手を貸して助け起こしながら、自分たちを助けた奇妙なコンビを睨めつける。


「助けてもらったのは礼を言う。この二人を助けにきて別の誰かに助けられるってのもマヌケな話だけどよ」


 そこまで言って一旦言葉を切り、ローレンは真面目な表情を作る。


「ここから逃げるのには賛成だが、あのMTは置いていくべきだな」


 この一言に最も早く反応したのは当然のごとくシアルである。


「何故です!? 確かにモナドリンケージは動作しませんでしたが『シアル・ビクトリア』があったほうが脱出は容易になるはずです!」


「そのモナドリンケージが作動しなかった理由が問題だ。ポンコツは気付かなかったみてえだけどな、アレは……」


 胡乱気な表情でシアルに視線を向けながら、ローレンはその理由について言い募ろうとしたが、それは意外なところから上げられた声で遮られた。


「ちょっと……ヤバいよこれ。なんだろう、なんだか分からないのに、とんでもなくマズイのは分かるの……!」


 声を上げたのは不安げにあたりを見回すあさひだ。


「いい勘してるね、お嬢ちゃん。これは本格的に急いで逃げないとダメかもねえ」


 飄々とした態度はそのままだが、あさひに向けられるサペリアの声はやや硬い。そしてその理由はすぐに知れた。

 彼女の見つめる先、あさひ達と『シアル・ビクトリア」の中間地点。そこを基点にして、風景がぐにゃりと歪み始める。否、歪んでいるのはその場の空間そのものだ。

 捻れ、曲がり、歪んだ空間が、ある一点で限界を超えたように元に戻る。

 そしてそこには、ひとつの異形があった。

 一言で言い表すなら、手、だ。

 機械で出来た、巨大な手がその場に浮いていた。掌に当たる部分に象嵌された、三つの瞳が無感情にあさひたちを睥睨している。


「メタロード、ディギトゥス……!」


 搾り出すようなシアルの声が、不吉な響きを伴ってあさひの耳に届いた。



[26553] 第一話『曙光の異邦人』その3
Name: 新◆9c42e1d8 ID:ebf219b0
Date: 2011/03/20 01:26
Scene8 凶兆・来たる


 機械生命体グレズ。

 その大元は、機械文明が栄華を極めたハダリアという名の弧界にて環境の維持のために創造された、完全調和システムG.R.E.Z.だという。人を含め、弧界に生きる全ての生命を守るために作り出されたはずのそれは、生命の安寧のためには全ての生命の機械化――機械調和が必要だという結論を出し、機龍グレズへと姿を変えて、統合意識と呼ばれる一種のネットワークで全ての機械生命を掌握して有機生命体に対して突如として牙を剥いた。

 ハダリアは瞬く間に機械の世界と化し、グレズ達は他の弧界をも機械調和すべく、三全世界に散っていったのだ。

 オリジンにグレズが現れた当初、その指揮固体として他のグレズを統率していたのは、調和端末ヴォーティフであった。襲来するや、オリジンの三分の一を瞬く間に制圧したグレズ達であったが、首座であるヴォーティフが討たれた事により、その活動範囲はエルフェンバインに限定され、また、多くのグレズ達が統合意識から解放され、本来の使命である人と世界の守護者としての立場を取り戻したのだ。

 無論、そうしたグレズが全てではなく、統合意識からの解放は為されたものの、理性も自我も無い獣同然に暴れまわるものも多く、また、未だに統一意識の指揮下にあるものもまた多い。

 現在、オリジンにおいてそうした機械調和を狙うグレズ達を束ねるもの。それこそがメタロード、ディギトゥス。配下に何体ものメタロードを抱え、しかしながら一つの都市に半ば引きこもる状態のディギトゥスは、オリジンの諸勢力にとっても、大星団テオスを始めとする侵略者にとっても、うかつに刺激したくない危険な爆弾である。




 眼前に浮かぶ機械の手。

 前述したようなディギトゥスに関する知識は当然ながらあさひにはないが、それでもその異形からあさひは目を離せなかった。押えようとしても体を震わせる恐怖の故に。
 一瞬の沈黙が格納庫に満ちる。メタビースト達は己の主に畏怖を示すように静まりかえり、シアルも、ローレンも、フェルゲニシュも、サペリアも、突如として現れたディギトゥスに対して迂闊に動けない。
 その沈黙を破ったのは、格納庫に飛び込んできた一台の機械だった。一見したところの印象は小型の自動車に似ている。が。決定的に違う点として、車輪が存在しない。自動車であれば前輪と後輪が備え付けられている場所には、地面と平行に楕円の円盤が備わり、地面から数十センチの高さを滑るように進んできたのだ。

「逃げるぞ! 来い! フォーリナー、ポンコツ!」

 最初に反応したのは、ローレンである。飛び込んできた機械――エアロダインを一瞥するや、その進路上へ絶妙なタイミングで身を投げ出し、これまた見事なタイミングで跳ね上がったキャノピーの内側でシートに収まってコントロールを掌握し、あさひとシアルを拾うべく、二人の方へとエアロダインを向ける。

 残る者達も、ローレンに一瞬遅れはしたものの、めいめいに動き出した。

 メタビースト達は思い出したかのように機械調和すべき有機生命体に向かっていく。
 それを迎え撃つのはフェルゲニシュとサペリアである。メタビーストの突進のことごとくを龍戦士が受け止め、あるいは咆哮で吹き飛ばし、怯んだところを魔法がまとめて消し飛ばす。

 ローレンはそんな二人の奮戦をちらりと横目に見るも、構うことなくシアルとあさひの元へ向かう。フォーリナーとアニマ・ムンディの確保こそがローレンに与えられた任務なのだ。あの二人に先ほど助けられたのは事実だが、その借りと任務を秤にかけるようなことはありえない。VF団のエージェントたるもの、その血の一滴までもヴァイスフレアの理想に捧げなければならないのだ。
 やや乱暴にブレーキをかけ、ローレンのエアロダインがあさひとシアルのすぐ傍に停止する。

「乗れ! さっさと逃げるぞ!」

「え、ちょ!? きゃあ!」

 ローレンがシートから身を乗り出してあさひの手を強く引く。身長で言えば彼はあさひより二十センチほどは低いのだが、それでも鍛えてあるのか、あっさりと彼女をシートの後部へと引っ張り込む。
「ポンコツ! お前もだ」
「先ほどから言おうと思っていましたが、その失礼な呼び名は撤回してください。私の名はシアルです」

 半眼でローレンを睨みつけて文句を言いつつも、シアルが後部シートに飛び込み、あさひの横に座る。前後のシートはそれぞれ一人乗りの設計で多少手狭ではあるものの我慢出来ないほどではない。

「よっしゃ、トンズラするぞ!」

 アクセルに足をかけ、エアロダインを加速させようとしたローレンに、あさひが制止の声をかける。

「ちょ、ちょっと待って! あの龍の人とマントの人は!?」

「連中なら大丈夫だ!」

 即座に叫び返すローレンだが、勿論根拠など無い。だが、いくらこのエアロダインでもこれ以上は乗せるとスピードが鈍る。特にあのアムルタートは明らかに積載オーバーだ。また、VF団のエージェントとして任務のことを考えねばならない、という理由もある。だから、あの二人は放置して逃げるのだ。明らかにあの二人を見捨てるという選択肢を取れなさそうなフォーリナーにそのことを気付かれてごねられる前に、できるだけこの場から離れなければならない。
 脳裏をよぎったそんな思考が、ローレンがアクセルを吹かすタイミングをほんの一瞬、遅らせた。
 エアロダインが凄まじい衝撃に襲われたのは、その時だった。


 ほんの少し、時間を遡る。

 
 龍の強靭な鱗がメタビーストの爪と牙のことごとくを弾き返し、赤と青の輝きが、群がる敵を片端から消し飛ばす。サペリアとフェルゲニシュのコンビの前に、メタビーストたちは屠られゆくのみであった。
 だがしかし、二人の表情は冴えない。むしろ、色濃く焦りが浮き出ている。
 その理由は、未だ沈黙を守る異形の手、メタロード・ディギトゥスである。わざわざこの場に現れたからには何らかの目的があると考えて然るべきだが、その実、この機械生命の首魁は、ただその三眼でその場を睥睨するのみで、何の行動も起こそうとはしない。その不動が、却って恐ろしい。二人はメタビーストをなぎ倒しながらも、ディギトゥスからの重圧をはっきりと感じ取っていた。

「どう思う?」
「さあてね。機械の考えることなんて分かりゃしないよ。まあ、動かないでいてくれたほうが助かるってのは確かだけどね」

 二人が視線を交わし、言葉を投げかけあう。その間にもメタビーストは堰き止められ、消し飛ばされてゆく。が、一向に数が減ったようには見えない。

「やれやれ。ケダモノ共は潰した端から増えるし、たまったもんじゃないね。……あの三人は上手いこと逃げられそうだけどさ」
「お前は便乗しなくていいのか? 俺はともかく、そちらならまだなんとかなろう」

 エアロダインに飛び乗るローレンを横目に見ながら、そちらに続こうという動きをまるで見せずに二人は暴風のように猛威を撒き散らす。

「んー。まあねえ。なんとかなるっしょ」
「そうか。まあなんとかなるだろう」

 にやり、と。
 龍と人、見た目はまるで違うというのにそっくりな笑みを交わす。自棄っぱちのようでもあり、絶対の自信があるようにも見えるような、ひたすらに獰猛な笑み。
 ちらりとフェルゲニシュがエアロダインの方を伺うと、金髪の少女がシートに飛び込むところだった。
 それが、隙だった。

「旦那っ!」

 サペリアの声に意識を眼前に集中させた時には既に遅かった。視界いっぱいに広がる鈍色の壁。否、掌。

 ――ディギトゥスかっ!?

 胸中で歯噛みする間もあらばこそ。メタビーストの突撃に小揺るぎもしなかった龍人の体躯が、人形のように軽々と吹き飛ばされる。凄まじい速度での空中遊泳を体験させられ、数瞬の後に何かに激突してようやくフェルゲニシュが止まる。
「がっ……!?」
 強靭無比な龍の鱗といえど耐え切れずにいくらか砕け、骨格がきしむ。いや、龍だからこそ耐えられたというべきか。それほどの威力だった。
「お、おのれ……っ」
 それでも意識を手放すことなく、立ち上がろうとするフェルゲニシュ。だが、さすがにダメージは大きく、思うように体が動いてはくれない。
 此処に至って、フェルゲニシュは自身が叩きつけられたのがあさひたちの乗るエアロダインだったことに気づく。相当頑丈に出来ていたらしく、破損は見られるものの、機体はまだ浮遊機能を失っていない。が、キャノピーが砕け、乗っていた三人のうち、二人が――あさひとシアルが車外に投げ出されていた。
 そして、事態がさらに悪い方向へと転がっているのを彼は見る。動かない体に牙が砕けかねないほどに歯ぎしりし、せめて、と気力を振り絞り、声を上げる。
「逃げろ、急げっ!!」


 フェルゲニシュの声はあさひに聞こえていた。が、動けない。エアロダインから投げ出された際に体のあちこちを打ち付けたが、シアルがとっさに自身を抱きすくめて庇ってくれたお陰もあって、大したダメージはない。
 動けない理由は、あさひ自身ではなく、彼女の目の前にあった。
 立ちはだかる鈍色の掌。
 ただこちらを見るだけの三つの瞳。
 メタロード・ディギトゥス。

 なんらの敵意も、感情すら感じさせない無機物故の威圧感。
 それに気圧されて、へたりこんだままあとずさったあさひの手に、なにか温かいものが触れた。反射的に後ろを振り向くと、そこにはシスアが倒れている。美しい金髪を床面に散らし、どうやら意識を失っているらしくぐったりとしていた。
 
 その光景が目に入り、その意味が意識に浸透すると、あさひの心の中にごんごんと熱量が湧き出してきた。その熱量の全てをやせ我慢と強がりに変えて、ディギトゥスを前にしてすくんだ体に叩き込む。
 もう体は動く。だから、あさひは自分のやるべきことをやるために立ち上がった。倒れたままのシアルに駆け寄り、彼女の首の後ろと膝裏へ手を回す。
「ど、根性おーっ!」
 そのまま、いわゆるお姫様抱っこの形でシアルを抱いて立ち上がる。思っていたよりも彼女の体は軽いが、それでもいつまでも支えてはいられない。すばやく周囲を見回し、ローレンが乗ったままのエアロダインの位置を確認。そちらへ向けて全速力で走り出す。

「へい、タクシーっ!」
 半ばヤケクソ気味にローレンに向けてそう叫ぶ。彼の方も衝撃を受けたエアロダインのチェックを終え、あさひたちをピックアップするために機体を動かそうとしていた。

 もう少し。あさひがそう思ったところで、意識を取り戻したらしいシアルが腕の中か語気鋭く警告を発する。
「あさひ、後ろです!!」
「分かった!」
 後ろも見ずにあさひは答えた。追って来ているのが機械で出来た獣であれ手であれ、振り返ったところであさひに出来ることは何も無いのだ。だから、足を動かす。ひたすらに前へ。エアロダインまで後十歩。

「私を落としてください!!」
「却下あ!」
 あさひの腕の中から後ろをうかがい、悲鳴混じりに上がるシアルの言葉を間髪要れずに棄却する。正直、人一人を抱えて走ることと、状況から来るプレッシャーがあさひの足から力を奪い始めていた時だったが、シアルの言葉がそんなあさひのエンジンに新たなガソリンを入れた。
 ナメるな、と。そう思ったのだ。だからまだ足に力は入る。まだ走れる。エアロダインまで後七歩。

 シアルは最早言っても無駄だと悟ったのか、せめてあさひが走る邪魔にならないよう、彼女の首にぎゅっとしがみつく。
 あさひの口許には引き攣ったような笑みが浮かんでいる。走ること、前進することにほとんどのリソースを傾けた意識の内側、その片隅にある冷静な部分が、脳内麻薬が過剰に分泌されてハイになっていることを自覚する。エアロダインまで後五歩。

「右に飛んでください!!」
 ほとんどノータイムで、あさひはそう叫んだシアルの言葉どおりに行動した。それとほぼ同時に、左前方、あさひが真っ直ぐ走っていればちょうどその辺りにいた、という場所に、一抱え以上もある四本の杭が打ち込まれる。いや、それは杭ではなく、指だ。浮き上がってあさひの頭上を越えたディギトゥスが、その指を地面に突き立てていたのである。
横に飛んだことで、目標からは少し遠ざかった。エアロダインまで後六歩。

「く、ぬぅあーっ!」
 あさひはシアルを抱えたまま、横っ飛びで崩れた体勢を強引に立て直す。
 ディギトゥスが床から指を引き抜いてあさひたちに向き合う。
 エアロダインまでの最短距離を進むには、ディギトゥスの脇を抜けていく必要がある。
 あさひは一瞬たりとも迷わなかった。体に残った体力と意地と根性と気合をかき集めて床を蹴る。
 あさひが見せた、人生で一番の加速だった。バスケ部の試合に助っ人で入った時だってこれほどの動きは出来なかった。
 エアロダインまで後四歩。

 そこまでだった。

 ディギトゥスが取った手段はなんと言うことはない。落下である。距離にしても三メートルも落ちていない。だが、それでもなお、格納庫を揺るがすほどの衝撃が生まれた。
 あさひにはひとたまりも無かった。
 まともにバランスを崩し、その場に転倒する。それでも、シアルを手放すことはしなかった。
 抱き合ったまま倒れているあさひとシアルに、のしかかるようにディギトゥスが迫る。あさひは腕の中のシアルを守るようにぎゅっと抱きしめ、シアルはディギトゥスを押し留めようとするかのように必死に腕を伸ばした。
 どちらもが儚い抵抗であり、意味を為すことは無い。本人達ですら、意識のどこかでそう思っていた。

「……あれ?」
 最初に状況に対して疑問符を打ったのはあさひである。いつまでたっても何も起こらない。流石におかしいと、首を回して後ろを顧みる。一瞬で後悔した。すぐ目の前に、ディギトゥスの三つの瞳のうち一つがあるのである。本気で腰を抜かしかけ、しかしやはりおかしいと思い直す。
 ディギトゥスは、そこで止まっているのだ。
 更に視線を巡らす。逆三角を描くように配置された三つの瞳の中心点。そこに、白い指先が触れている。あさひに抱きすくめられた状態で伸ばされた、シアルの手だ。
 それをたどるように、あさひはシアルへと視線を向けた。丁度シアルもこちらを向いたところで、真正面から見詰め合う。それであさひは理解した。シアルにも、この現状がどういった原因によるものなのか分かっていない。少なくとも、今の彼女の瞳に浮かんでいるのは混乱の色である。

 ともあれ、今は重大な事実が一つある。
 ディギトゥスが、止まっているのだ。
「ちゃーんすっ!!」
 今度こそ、最後の力。震える足を無理やりに動かして、あさひは立ち上がった。意固地になったかのようにシアルは抱えたままである。

「ポンコツを放り込め!」
 そして、そんなあさひのすぐ脇に、やっと再起動を終えたエアロダインが滑り込む。否やなどあさひにあるわけも無く。シアルを後部シートへ放り込み、すぐさま自分もそこへ転がり込んだ。

「よし、そんじゃあ……」
「とっととずらかるよ皆の衆!」
 とん、と軽い感じの音を立ててエアロダインの後部ボンネットにサペリアが降り立っていた。いかなる手品か、かざした手の先には傷だらけのフェルゲニシュが浮かんでいる。
「アホか! 積載オーバーだっつの!! 降りやがれ!」
 思わず叫んだローレンに向かってサペリアはからからと笑う。
「だいじょーぶだいじょーぶ! 何とかなるって! ほれ、お嬢ちゃんも何とか言ってやんな」
「ど根性ーっ!!」
 未だ脳内麻薬が出っぱなしらしいあさひが腕をぐるぐる回しながら叫ぶ。
「何で二人してキマってんだばか女どもがーっ!」
 思わず叫び返すローレンだが、サペリアはまるで頓着した様子がない。
「いいからほら急げ少年! 急げ急げ急げーっ」
 笑いながら足を伸ばして運転席のシートをげしげしと蹴りたくる。
「急げーっ!」
 触発されたようにあさひが後部シートでどかどかと足を踏み鳴らす。

 よく耐えたほうだっだろう。ローレンはこの時点までは肩を震わせながらも女二人の暴虐に耐え忍んでいた。
 が、限界が訪れた。
「もう知らん! 振り落とされても他の要因で死んでも文句は受け付けねえからなテメエら!!」
 一声高く宣言して、いきなりアクセルをベタ踏みした。蹴りとばされるような勢いで加速するエアロダイン。
 ディギトゥスも、メタビーストたちも何故かそれを黙って見送るばかりで追おうとはしない。
 が、現在のところ、本来ならば追われる立場の者たちの中にそのことについて気を配っているようなヤツは一人としていなかった。

「はあーっはっはっはーっ! 飛ばせーっ!」
 どういう理屈によってか後部ボンネットに仁王立ちして哄笑する赤青マントの女と、
「あーっはっはっはーっ!」
 色々振りきれてテンションがおかしな具合にキマってしまい、やはり大笑いしている後部座席の少女と、
「うるせえ黙ってろ放り出すぞクソアマどもがっ!」
 そんな二人に向かってがなり立てながらも自在にエアロダインを駆って施設の廊下を爆走させる少年と、
「…………」
 そんな三人の様子にいささか引いて沈黙している金髪の少女と、
「…………」
 傷に響くからもう少し静かにして欲しいと思いながらサペリアの術によって魔法的にエアロダインと連結されて空中を引っ張られていくアムルタートがいるだけだ。

 やがてエアロダインは中央工廠の地上部分まで到達する。
「出口だっ!」
 そう叫んだのは誰だったのだろうか。
 ともかく、エアロダインはようやく見えた出口の光に向けて疾走する。

「ぃよっしゃああー!」
 そんな咆哮とともに、エアロダインはエルフェンバインの中央通りに飛び出した。
 奇声と笑声と怒声の尾を引きながら、危地を脱した喜びを乗せて、市外に向けて爆走していく。


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