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[20549] 【習作】~巡察記録~ 魔法少女リリカルなのはif(オリキャラ介入もの
Name: madoka◆5b5f0563 ID:c6ab109b
Date: 2011/01/17 03:05
習作の名の通り
一人称を使わない練習作です
とりあえずは目指せ無印終了。

11話より逆に一人称の練習を開始します


この作品には

オリキャラ(チート)
原作キャラの崩壊
色々独自設定
他の作品群からのアイディアの拝借
ご都合主義
などが含まれます
お気に召さない方はブラウザのバックボタンをクリックしてください。



10/07/23 一話投稿
10/07/26 二話投稿、一話修正(主に口調、用語など)
10/08/07 各話修正、誤字、などなど
10/08/15 第五話投稿
10/09/27 第七話後編投降、仕事が忙しかったんです・・・繁忙期だったんです



[20549] 第1話
Name: madoka◆5b5f0563 ID:c6ab109b
Date: 2010/08/07 17:30
“魔法”によって隔離された結界の中
 二人の少女が対峙する。
 白衣の少女と黒衣の少女。
 互いの手には黒い杖と紅い杖。
 
 背後に庇う、何かの作用によって巨大化した猫に、白衣の少女が一瞬気を取られる。
 互いに睨み合った状態では、それは大きな隙となる。
 その隙を逃さず黒衣の少女が魔法を放つ。
 
 雷撃を伴った魔力弾が白衣の少女に着弾。
 とっさに展開した防御魔法も虚しく、気を失い吹き飛ばされる白衣の少女。

 二人の対峙を、固唾を飲み込みんで見守っていた、一匹のフェレットが声を上げ駆ける。
 墜落し地面に叩きつけれるそうな少女を助けるために。


 それを尻目に、黒衣の少女は巨大な猫に視線を向ける。
 少女の杖が変形し、四枚の光の羽を広げる、その形状は槍にも似ている。

 先端に集まった、雷光のような魔力球を少女は杖を振り上げ地面に叩きつけた。
 一直線に地割れを作りながら、猫へと殺到した魔力球が着弾する、電撃に囚われた猫が悲鳴をあげ、その体から青い宝石が現れる、宝石の表面に数字の刻印が浮かび上がる。
 黒衣の少女が封印の言の葉を紡ぐと、天空から幾条もの雷光が降り注ぎ、青い宝石を捉える。
 雷光が消え去った後、残されたのは小さな子猫と、青い宝石。
 この青い宝石が、この子猫を巨大化させていたのだろう。
 そして少女達の目的はこの青い宝石の収集。
 黒衣の少女が、宝石に歩み寄る。
 その様子を見ていることしか出来なかったフェレットが、ぴくりと反応する。

「動物虐待は関心しないねェ、お嬢さん」

 青い宝石の至近に唐突に出現した、一人の男。
 人を食った様な笑みを浮かべながら、宝石を掴む。

「…」

 黒衣の少女の杖が変形し、斧のような形状になる、無言で突きつける。

「ロストロギアはこどものおもちゃじゃないからね、悪いがこれは回収させてもらうよ」
「管理局の人間」
「おお大正解、賢いねお嬢さん。時空管理局“巡察官”エイレンザードだ。管理外世界への無断渡航、魔法行使、ついでに公務執行妨害もつけちゃおうか?」

 男が身に纏うのはバリアジャケットと呼ばれる、魔法の鎧ではなく、ただの衣服。
 デバイスと呼ばれる魔法行使のための道具も持っていないように見える。
 おそらく四十台前半らしき、無精ひげの中年男性。
 しかし…黒衣の少女は冷静にその男の実力を測る。

「黙ってそれを渡してください…あなた程度の実力で何ができるのですか?」
「手加減できずに殺しちゃうぞ!ってか?ちょっと過激だねェ」

 魔力保有量は精々Cランク程度だろう、自身とはコップ一杯の水とプールいや湖くらいの差がある。
 この男は明らかに雑魚だった。
 問答無用といわんばかりに少女は魔法を放つ。

<Photon Lancer>

  高速で放たれる魔力の槍、雷撃を伴ったソレの威力は、自分に匹敵する魔力保有量を持つ、白衣の少女すら一撃で吹き飛ばす威力。
 非殺傷設定と呼ばれる、肉体ではなく魔力にダメージを与える設定にはなっているが、バリアジャケットすら纏っていないこの男には、致命的なものだ。 
 彼我の距離が近かったこともあり、黒衣の少女の放った魔力弾は、即座に男のいる空間に着弾、雷撃を撒き散らす。

「いない!?」
「高速魔法弾でも誘導性が皆無じゃ、ちょっともらえないなぁ」

 少女の真後ろから声、バリアジャケット…標準的な管理局員のバリアジャケットを基準なのだが、裾の長い特徴的なローブは何故か腕部のみに現れ、スラックスとシャツも黒一色…を纏った男が出現する。

<Blitz Action>

 自分と同じタイプ…高速移動を得意とするタイプの魔導士。
 そう判断した少女は、自身の持つ高速移動魔法を発動。
 男の背後に回りこみ、斧の刃のように展開された魔力刃を叩きつけようとし…果たせなかった。

「高速移動型のサガですねェ、つい後に回り込んじゃうのはさ」

 男の手が、少女の手を掴んでいた。こうなると成人男性と今だ十代にもならない少女では膂力が違う。

「今の最善手は距離を取って射撃でしたね、お嬢さん」

 そんなことを言いながら男が魔法を使う、Break Impulse、目標の固有振動数を割り出し、適合する振動エネルギーを送り込み目標を破砕する魔法、あるいはその類似魔法。
 最小限の魔力で、かなりのダメージを与える、えげつない魔法である。
 弱点は対象に素でなり、デバイスなりで接触し、固有振動割り出すタイムラグ。
 しかし

「(演算が早い!)」

 ほぼタイムラグなしの発動。
 魔力量には直結しない、圧倒的な演算速度によって一瞬で固有振動を割り出したのだろう。
 魔法を使うのが上手い、上によほどこの魔法を使い慣れているのだろう。
 少女の腕に激しい痛みと痺れが走る。
 手加減しているのだろう、その気になれば骨を粉砕させたり、腕の肉そのものを吹き飛ばすこととて出来たはずだ。
 通常ならばデバイスを取り落とす、十分なレベルの激痛。
 しかし少女はデバイスを離すことなく、反撃の魔法を放つ。
「おや?」と以外な表情を浮かべる男に、少女のデバイスの先端で形成されていた魔力の刃が射出される。

<Arc Saber>


 少女の手を離し、男は体制を崩しながらもそれを回避するが、瞬間刃が爆発する。
 隙を突いて大きく後退した少女は、油断無くデバイスを構える。
 男は爆発の直撃をあっさりと回避し、若干距離を取る。
 おそらくは自分同様の高速移動魔法。
 距離を詰めなかったのは、少女が迎撃体勢をすでに整えていたからだろう。

「フォトンランサー・フルオートファイヤ」

 連続して放たれる魔力弾を、男はひょいひょいと回避、体勢を維持するためなのか、両腕部に展開したシールド系の魔法で「いなす」という器用なことまでしている。

「君くらいの年齢でこれだけ魔法を『使う』とは…よっぽど先生が優秀だったのかな?」

 男の両の指に、魔力が込められる。

「ほい十連 Magic missileっと」

 弧を描き、てんでバラバラに少女に迫る十本の魔法の矢。
 おそらく誘導追尾制にかなりのリソースを割り振っているのだろう。
 少女が上空へ舞い上がり、三次元機動を駆使して、必死にそれを回避する。
 一発が避けきれず少女に命中する…ぽんという間抜けな音を立て、それは弾けた。

「弱い!?」
「目くらましですよ、Energy Bolt」

 虚を突いて、威力重視らしき魔力弾が少女を掠める。

「おや残念」

 少女も悟った、自分も十分に戦闘訓練はつんでいる。
 だが男の体術、戦闘経験値は、その比ではない。
 生まれてから僅か十年少々の少女と、少なくとも三十年は人間をやり、戦闘訓練、実戦をこなしてきた、経験値の差は、絶望的なものだった。
 まして少女は先刻の封印魔法でかなりの魔力を消耗している。
 
 「(狙いは持久戦か!)」
 
 そう判断し、少女は撤退を決断する、高速移動魔法にありったけの魔力を込め離脱を図る。
 男は追ってこなかった、ロストロギア…ジュエルシードを確保している以上、無理する必要が無いからだろう。
 悔しげに少女は呟く

「…次は負けない」








「あの歳であんなに戦えるとは、末恐ろしいお嬢さんだなぁ」

 バリアジャケットを解除し、頭を掻きながら男…エイレンザードは大きく息を吐いた。
 余裕綽綽な態度は八割方ブラフであり、いかに自身が戦巧者であっても、あれだけ魔力量に差があると、一瞬の油断が命取りだ。

「あの…時空管理局の方ですよね?」
「うん?イタチが喋ってるね」
「フェレットです」
「ペット用に品種改良されたイタチだよね?まぁいいや、確かにおじさんは時空管理局“巡察官”エイレンザード・カタンだよ、君は?」
「ユーノ・スクライアといいます、通報を受けてここに?随分早かったですね。あと他に局員の方は?」

 スクライア…と呟きつつエイレンザードは頭を掻く。

「残念だけど、おじさんは“巡察官”の仕事でこの世界に来て、どうも魔法絡みの事件くさいのが起きてるみたいだから、この街にやってきて、そしたら結界が張られてるから飛び込んできたんだよ?」

 ユーノと名乗ったフェレットは、絶望的な表情を浮かべ、うなだれる。
 エイレンザードは困ったように頬を掻くが、どうしてやることも出来ない。

「巡察官って聞き覚えの無い役職なんですけど」
「あー、そうだろうなぁ、管理局の黎明期にはブイブイ言わせてたんだけど、今はもう黴の生えたような仕事だからねェ」

 ユーノの言葉に、エイレンザードは落ち込んだ様子でそう漏らした。

「まぁ詳しい話は後回し、とりあえずそっちのお嬢さんの治療しようか」
「治癒魔法が使えるんですか?」
「巡察官はスタンドアローンだからねぇ、オールマイティじゃ無いと仕事にならね無いんだよねぇ」

 そう言ってエイレンザードは、白衣の少女に治癒魔法をかけるのだった…



[20549] 第2話
Name: madoka◆5b5f0563 ID:c6ab109b
Date: 2010/08/07 17:39
「ロストロギア…ジュエルシードねぁ、まぁだいたい事情は理解した」

 意識を取り戻した少女…この街に住む、小学三年生の女の子、高町なのはと、フェレット…発掘を生業にするスクライア一族のユーノ・スクライアから、「事情聴取」したエイレンザードは、心底「めんどくせぇ」と言う顔をする。
 話を聞くかたわら、なのはへの治癒魔法も継続中である。

「さてどうかな?なのはちゃん」
「はい、ちょっとだるいけど、どこも痛くないです」
「そうか、あんまり治癒魔法は得意じゃなくてな、フィジカルな奴は割りと得意なんだが、魔力ダメージの治癒は自然回復が一番だし、とりあえず今日明日は魔法使わないように」
「えぇっ!でもジュエルシードが発動したら…」
「そこはあの黒い嬢さんに出張ってもらうさ、おじさんだと魔力が足りなくて封印できないからな、封印して魔力を消耗した所を横取りするかな」

 断言したエイザード、なのはとユーノがジト目でエイレンザードを見やる。

「ずるいの…」
「ずるくないよ?」
「せこいです…」
「せこくもない!これは作戦だよ!」

 エイレンザードはそう言いきり胸を張った。ダメな大人である。

「その、それでエイレンザードさんの言う『巡察官』って何なんです?聞き覚えないんですけど」

 ユーノが説明を求めると、エイレンザードがはりきって「説明しよう!」とタイム○カンシリーズのナレーターのマネをした。
 が、異世界人のユーノはもちろん、歳若い+女の子のなのはもつっこんではくれなかったので、すぐにしょげた。
 この男地球に馴染みすぎである。

「こほん…巡察官というのはだねェ」

 今から百五十年程前、戦乱相次ぐ次元世界は色々あって平定され、その立て役者である第一管理世界ミッドチルダは、名実共に次元世界の盟主となった。
 そして次元世界の平和を維持する機構が、ミッドチルダを中心に発足されることになった、今の管理局の前身となる組織だ。
 この組織において、管理外世界と無人世界を巡回し、治安維持に努める役職、それが巡察官である。
 まだまだ各管理世界の政情が不安定なため、大規模な人員が割けなかったため、巡察官は基本的に単独、よって今の管理局では執務官と同様かそれ以上の能力を要求されるエリートだったらしい。
 しかし時代の移り代わる。
 増え続ける次元世界。
 慢性的な人手不足→優秀な人物を単独で遊ばせて置けない。
 次元航行部隊の設立、「海」の独立→存在意義の危機。
 執務官級の能力を要求されるけど、権限はそれ以下、給料も安い→鞍替え多数。
 能力の低い者ばかり残る→\(^o^)/オワタ

 そんな訳で

「今の管理局で現役の巡察官やってるのは、物好きなおじさんを含めて四人じゃないかな?うち二人は左遷とか懲罰人事で“やらされてる”し」

 
 ちなみに管理外世界出身のイレギュラーな局員が、一線を退き、故郷に戻る時、予備役的に任命される場合もあり、こちらの“現役”ではない巡察官も何人かはいるらしい。
 で極一部の現役組(物好きなエイレンザード+1名)と左遷組は、次元航行部隊の巡回ルートから大きく外れた管理外世界や、各部隊の巡回の隙を埋めるように世界に赴くことが多いそうだ。

「おじさんは地球…特に日本が気に入っててね、ここを拠点に個人転送でいける範囲の世界を巡回して回ってるんだよ」
「へぇ…」
「しかし近くの無人世界で密猟団をしばいてる隙に、肝心のホームにロストロギアかぁ…おじさんの手には余っちゃうねェ」
「あのエイレンザードさんは強くないんですか?」

 自分を負かした、黒衣の魔法少女・・・もう一人のジュエルシードの探索者を追い払ったはずのエイレンザードは弱いのか?となのはがおずおずと質問をする。
 弱いんですか?と聞かないのはやさしさか?

「うーん、おじさんは魔力量が少ないからねェ、なのはちゃんがプールならおじさんはお猪口一杯分くらいかなぁ」
「ふぇ、プールとお猪口ですか?」
「ちょっと大げさかな?その代わり魔力のコントロールとか運用効率はなのはゃんのが学校の美術の授業だとしたら、おじさんは芸術家並だけどね」

 そう言ってエイレンザードがHAHAHAHA!と似非外人笑いする。

「…エイレンザードさん」
「うん?なんだい」
「私に魔法の・・・魔力のコントロール教えてもらえませんか?」

 なのは真剣な表情でそう言った。












 返答につまり「困ったねェ」と頭を掻いたエイレンザードは、ともかくなのはとユーノを友人たちの所へ戻るように言った。
 ユーノの封時結界維持もそろそろ限界だったし、エイレンザードは事態を報告し、増援を急がせるために、管理局へ向かうとのことで「夜には戻るので保留させて頂戴」と言った。
 なのはもしぶしぶそれを了承する。
 思いつめた様子のなのはにユーノが心配そう話しかける、しかしなのは表情は硬いままだ。
 見かねたエイレンザードは「友達と楽しくおしゃべりして、リラックスね、それだけ魔力の回復もはやくなるから」と言って二人を送り出した。


「あんな子供を頼らないとならんなんて、寒い時代だねぇ」

 と某宇宙要塞の司令官の真似をしたが、当然つっこむ人間もいなく、一人お寒い空気を感じつつ、エイレンザードは転送魔法を唱え始める。
 職業柄エイレンザードは次元間転送魔法が得意である、自前で編み上げたオリジナル魔法は、平均的な個人転送の限界距離の二倍は跳べる。
 それでも幾つか「マーキング」してある世界を経由して、管理局の「本局」にたどり着く。

「あーさすがにシンドイな…」

 もはや魔力は空っぽ、夜までには戻らないとまずいので、誰か知り合いを見つけて回復魔法をかけてもらいたいが…哀しいかなエイレンザードは本局に知り合いが殆ど居ないのだ。
 巡察官は時代に取り残された役職ゆえか、職務内容とはうらはらに、エイレンザードの所属はミッドチルダの地上本部になっている。海と陸の仲の悪いのは、もはや伝統だ。
 仕方ないので、数少ない知り合いへの面会を申し出ることにした。
 お偉いさんだし「トップダウンで今回の地球の一件も処理してもらおう。」と思いつつ。


「はーい受付のお嬢さん、こちらの方に取り次いでちょーだいな」

 身分証と共に面会要望書を受付にエインザードは提出する。

「はいはい…はぁ?あんた馬鹿ですか?」
「まぁ気持ち解るけどさ、おじさんの名前出してもらえば、ちゃーんと会ってくれるらさ、手早くお願いね~」

 そういって、受付ロビーのソファに身を横たえ体を休める。地球よりも大気中の魔力素が濃いので、魔力の回復が早い。
 一息付きつつ、げろまずいと評判の本局の自販機コーヒーを啜っていると、五分程で受付から声がかかる。

「あの、エイレンザード巡察官…お会いになられるそうです」
「了解、ありがとね~あ部屋は知ってるから案内は要らないよ」

 そう言い、てれてれとエイレンザードは目的の部屋を向かう。
 その後姿を受付嬢は妙な生き物を見る目つきで見送った。
 本局ではその後
「聞いたことのない閑職の、所属が地上本部の男(冴えない中年)が、本局のお偉いさん(めちゃめちゃ偉いので名前は伏せられた)にあっさり面会許可が出た、すわ妖しい仲か!?」
という腐女子的な噂が巡ったが、それはまた別の話である。



[20549] 第2.5話
Name: madoka◆5b5f0563 ID:c6ab109b
Date: 2010/08/07 17:45
「時間食っちゃったなぁ…まったく年寄りは話が長くていけないねェ」

 急いで戻っても現地は深夜、お子様は寝てるはずだった。
 面会したお偉いさん達(なんか聞きつけて数名さらに知り合いがやってきた)に二時間も付き合わされた結果、魔力は回復したが夜には戻る、という約束は守れそうに無い。
 幸い、すでに次元航行艦が一隻地球に向かっているそうで、輸送船の事故後の調査を打ち切って急がせれば、十日くらいで地球につくだろう。
 あと十日、ロストロギア「ジュエルシード」の暴走を防げばいいわけである。
 一応、発掘者であるスクライア一族の少年と、現地協力者以外にもジュエルシードを探している連中がいるようだが、すべて黙っておいた。
 報告内容はあくまで「管理外世界にてロストロギアを発見、自分の手にはあまるので、急げ」だ。
 この時点でのエイレンザードにとって最も重要な事項は、ジュエルシードの暴走による被害を最小限に収める事。
 そのためなら、謎の連中がジュエルシードを封印してくれるのは、手間が省けて好都合以外の何者でもない。
 あとなのはの存在も黙っていた。
 どうせ後でばれるだろうが。
 どれだけ才能に溢れていようとも、ミッドの常識で、義務教育中の子供をスカウトするのは、現地・・・地球の日本の常識を良く知るエイレンザードには許容できないことだった。

「(…必要ならリンカーコアの封印や機能制限もするべきですかねェ)」

 何回目かの転移を追え、無人世界のセーフハウスで横になり、魔力の回復に専念しつつエイレンザードは考え込む。
 巡察官の仕事の一つに、管理外世界でのイレギュラー…魔力を持つ人物の保護があった。
 リンカーコアを持ち、自然と簡単な魔法を使えるために、場合によっては迫害、あるいは孤立してしまう…特に子供は時々いる。
 エイレンザードも長い仕事のなかで何人もそんな子供たちを見てきた。
 ある子供は管理局の保護を受け入れ、優秀な魔導士として管理局で働いている。
 だが中には自身の力を忌み、常人としての生活を望む子供もいる。
 そんな子供のために巡察官が代々受け継いできた、秘密の術式が有る。
 リンカーコアの封印魔法。
 封印とは言うが、実際はリンカーコアを破壊する魔法だった。
 始まりは有る天才的な巡察官が、管理局の誘拐じみたやり方に反発して作ったらしいが、多くの巡察官にその考えは受け入れられ、連綿と受け継がれてきた術式だ。
 しかし今やその術式を使えるのはエイレンザードだけだった。
 エイレンザードは管理外世界生活が長いため、管理世界…特にミッドの能力があれば子供のうちから働く風潮を良く思っていない。
 エゴなのかも知れない、そう何度か自問したこともある。
 だが子供というのはまだ親に守られ、遊び、学び、悩むべき存在だと、エイレンザードは思っていた。

「(ああ…だけどやっぱりこれはエゴなんですかねェ)」

 別れる直前のなのはの真剣な表情。
 黒衣の少女の感情の感じられない瞳。

「悩ましいですねェ…」

 ため息を吐き、転移魔法を発動させた。






「エイレンザードさん遅いね…」
「どこまで行ったかわからないけど…個人転送で管理局のある世界まで行って帰ってこれるだけで結構すごいんだよ?」
「そう…なの?」
「うん…ましてエイレンザードさんの魔力量を考えると、すごく特殊な術式を組んでるんだと思う」
「自分では弱いって言ってたけど…」
「確かにエイレンザードさんの魔力は少ないけど、展開のスピードや構成の緻密さ、最小限の魔力で効率的に魔法発動させる術式は、すごいよ。何歳かは聞かなかったけど、何年もかけて独自の魔法を構成してきたんだと思う」
「亀の甲より年の功…なの?」
『お褒めに預かり恐悦至極だねェ』

 唐突にエイレンザードの念話が飛び込んできた。

『いやー遅くなって悪かったねェ』
『こんばんはエイレンザードさん、おかえりなさい…?』
『はいただいま。ちなみに今なのはちゃんちの屋根の上ね、結界張ってあるから安心してちょーだい』
『あの…』
『昼間の件ね…まぁとりあえず返事はOK』
「ほんとうですか!」

 思わず声が出るほど喜ぶなのはに、ユーノが苦笑する。

『防御やバインドなんかの補助魔法はそのままユーノくんに習うといいと思うよ?あと一つ言っとくけど、おじさん人に魔法教えるの下手だから、覚悟しといてね』
『全然構いません、よろしくお願いします、エイレンザードさん』
『はいブブー、以後おじさんのことは先生と呼ぶように』

 そういってなのはの部屋にエイレンザードが転移してきた…なぜか三毛猫の姿で。

「にゃんこ先生と呼んでもいいよ?あ、ひらがなでお願い」
「ふぇぇぇぇぇぇ!」

 余りのことになのはが奇妙な叫びを上げる。

「いやー魔力足りなくてねぇ…」

 そうぼやく猫、そしてなのはは自分の膝の上のフェレットを見る。

「…せんせい、もしかしてゆーのくんも…」

 なにやら背景にゴゴゴゴゴゴ!という擬音が見えるが、気にせず、極めて陽気にエイレンザードは肯定した。

「そだよ?そのフェレットボーイも元は人間、小型動物の方が体力とか魔力の消耗が抑えられるからねェ」
「なのは…言ってなかったけ?」

 ダラダラと冷や汗を流している感じでユーノが言う。
 ちなみにフェレットは汗腺が無いので汗は流せません。

「きいてない…」
「Oh!さては一緒に風呂に入ったり、生着替えを目撃したのかい?ヘイユーやっちゃったね!」

 そういって猫(エイレンザード)の表情が意地悪そうに笑う。なのはの瞳から光が消え、がしりとユーノを掴む。

「ゆーのくん、せきにん…とってくれるよね?」
「見てない!断じて見てないよ!」
「本当かい?ボォォォイ、おじさんにだけホントのことを素直に話してごら~ん?」
「ねぇゆーのくん…」
「うわぁぁぁぁぁぁ」


 暗転



[20549] 第3話
Name: madoka◆5b5f0563 ID:c6ab109b
Date: 2010/08/07 17:49
 ユーノの弾劾裁判の翌日。
 たっぷり寝坊したなのはは慌てて登校し。
 エイレンザードは、なのはに代わり街中を探索に出かけた。
 ユーノは…あえて語らないことにする。
 結局のその日はなんの成果もなく、日が暮れ、夜になった。

 
 夕飯、入浴を終え自室に戻ったなのはを、探索から帰ったエイレンザード(猫型)が待っていた。

「とりあえず当面は魔力を使わない修行からいきます」
「魔法の特訓なのに?」
「発祥の地の名を取ってミッド式って呼ばれてる、なのはの使う魔法は、結構論理的ってかシスティマティック…とにかく良く解らない不思議な力じゃないのです」
「はぁ」

 ちなみになのはが生徒になった瞬間からエイレンザードは彼女を「なのはちゃん」から「なのは」と呼ぶようになった。
 一人称も「おじさん」から「先生」で口調もしゃちほこばったものに変わっている、中々芸の細かい男である。

「君の場合は持ち前の魔力量、そしてセンス、あとその優秀なインテリジェントデバイスのおかげで問題無く魔法が使えてるけどね、それは特別な場合。
 ミッド式の魔法ってのはパソコンのソフトみたいなプログラム。ヘルプファイルを読んで使いこなすことだって出来るけど、その魔法がどうやってプログラミングされているか理解できれば、それだけ魔法が上手く使えるってことになるの」
「ほえ…」
「まず君にはデバイスを没収の上、リミッターを設けて、簡単に魔法が使えなくします。その上で魔法構造の理解、並列思考…マルチタスクの特訓、魔法演算の練習を徹底的にします、一から基礎を覚えて――」
「先生ちょっと待って欲しいの!」

 べらべらとしゃべりだすエイレンザードをなのはの声が遮る。
 若干不機嫌そうにエイレンザードは「なんです?」と答える。

「あの…」

 表情からなのはの言わんとしていることは読み取ったエイレンザードは続けて言った。

「手っ取り早く魔力のコントロールが上手くなる方法を先生は教えられませんし、そもそもそんな物はありません。
 幾つか戦闘を有利に運ぶ魔法を教えたり、今君が使える魔法の改良ならわりかしすぐですけどね」
「それじゃぁ」

 なのはの言葉を切るようにエイレンザードは続けた。

「いいですか?君のまだ成長しきっていない、未成熟な体は、魔法の使用…特に君のような碌に制御も出来ていない、大魔力の垂れ流しで確実にダメージを受けてます」

 叱責するようなエイレンザードの声が告げた事実に、なのはは思わず沈黙してしまう。
 自覚症状はまったく無い。

「ドリブルやパスの練習をせずに、ルールや戦術を知らずに、まして基礎的な体力トレーニングもなしに、シュートだけ上手くなってもバスケは上手くなりません、ああ別にサッカーでもいいですけど、アンダスタン?」
「…はい」
「ぶっちゃけ先生が君に教えてあげられるのは、そういった知識や基礎のことだけというのも事実です、ですが、これらは確実に君の血肉となると先生は確信してます」
「了解です…」

 その後なのは必死の説得で、なんとかデバイス…レイジングハートの没収は取りやめとなった。
 がしかし、何気にデバイス技師の技術持ちのエイレンザードは、メンテという飴と、分解するぞ、という脅しによってレイジングハートを味方につける。
 授業中もマルチタスクの練習、基礎知識の反復学習、ついでにいずれ必要になりそうなミッド語の練習をレイジングハートの申しつけ、レイジングハート自体もマスターのためになるというエイレンザードの洗脳により、これを黙々と実行。
 なのはに裏切り者と罵られることとなる。
 
 リミッターもしっかりかけられ、なのはエイレンザードと同程度の魔力しか使えない状態を強制され、日中のスパルタと帰宅後のスパルタでへろへろ、ジュエルシードの探索どころではなかった。
 替わりにエイレンザードが日中は探索を行なってくれているが、結果は芳しくなく、週末の連休に突入することとなった。









「ほう温泉旅行ですか、いいですね」

 高町家+αで連休を利用して郊外の温泉に旅行だと聞いたエイレンザードは毛づくろいしつつ、温泉の良さを語り始める。
 その間もマルチタスクで基礎知識を徹底的に叩き込まれている(詰め込みではなく、理解できるまで何度も何度も繰り返される)なのはは目が回ってきた。

「にゃー!先生、もう頭がパンクしそうなのですが~」

 まだまだ脳の情報処理能力が甘いな、と思いつつも、ここ数日のなのはの頑張りを考え、エイレンザードは、ここいらで息抜きが必要と判断した。

「そうですね、旅行中は何も考えずに遊ぶのを許可しましょう、レイジングハートもそのように」
「了解しました、先生」
「やったー!」

 これが飴と鞭という奴か…とユーノが驚愕しているが、どうやらなのははそこまで思考が回らないらしい。

「さてでは今日は少し応用編でいきましょうかね」
「にゃぁぁぁ!」

 あくまで休暇は週末からだった。








 そんなこんなで週末、ようやくエイレンザード&レイジングハートのほとんど洗脳に近い特訓から逃れたなのはは、家族&親友との旅行に明らかにはしゃいでいた。
 ユーノがただのフェレットでは無いこともすっかり忘れて、一緒に入浴を強要し、念話でユーノがエイレンザードに助けを求めると、すっかり身に付いた知識を生かして、念話を妨害する始末。

 後日冷静になって「ゆーのくん…」とまたやるのだが、それはまた別のお話。


 一方

「温泉行きたいねェ、お留守番は哀しいねェ…」

 朝から銭湯に浸かりながら、哀しく呟く男が一人、エイレンザードである。
 緊急時に備えてエイレンザードは、事件解決までの拠点として借りた安アパート(トイレ共同、フロ無し)に残っていた。
 フロが無いので銭湯である。
 けして温泉に行きたかった訳ではない、と自分に言い訳する。
 万が一に備え、なのはに設けたリミッターは外し、レイジングハートには自分のデバイス宛への連絡方法を教えておいたので大丈夫だろう。
 むしろジュエルシードが発動し、現場で黒衣の金髪娘に遭遇すれば、エイレンザードの方がピンチだ。

「(今日も成果は無し…結構な数が海中に落ちてるっぽいねェ)」

 銭湯を出て、臨海公園へと向かい、海を睨む。
 海中の探索はさすがに困難を極める、次元航行艦が来てから取り掛かるしかなさそうだ。

「三分の一くらい落ちてるとして、六から七個くらいかねェ…」

 結局その後日中の探索も空振りに終わった。
 途中なにやらユーノの念話が聞こえた気もしたが、すぐに途切れたので気にしないことにした。






 夜半、エイレンザードのデバイスにレイジングハートから通信が入った。

「ジュエルシードの反応アリ?なんと間の悪い…」


 最悪のタイミングだった。
 エイレンザードの方でもジュエルシードの発動を確認したのだ、なのは達とは別の物だ。
 こちらの状況に「無理をしないように」と伝言添え返信し臨海公園へと向かう。


 反応は海中からだった。



[20549] 第3.5話
Name: madoka◆5b5f0563 ID:c6ab109b
Date: 2010/08/16 03:27
「(ゴンズイですか…)」


 ナマズ目ゴンズイ科ゴンズイ属ゴンズイ。
 海釣りのおける外道として、そしてうっかり刺されちゃう有毒魚として有名な魚である。
 とは言えその毒性はかなりのもので、重傷ならば壊死、最悪死亡という場合もある。
 体長は大きいものでも20cm程。見た目はナマズというよりはドジョウに似ている。
 がしかしエイレンザードの眼前で泳ぐゴンズイは、漁船ほどのサイズがあった。

「(サメでなくて良かった、と思うべきですかねェ)」

 これがサメならリアル・ジ○―ズである。

「(とは言え、ジュエルシードの暴走体、油断は禁物ですね)」

 エイレンザードはバリアジャケットとは別に、全周囲を覆うフィールド系の魔法によって水圧を無効化し、なおかつ、惑星の80%が海という愉快な世界で覚えた、水中呼吸魔法を使用中。
 水中でもなんら変わらず行動はできる。
 とは言え相手は泳ぐことが生きることである魚類
 加えて、魔法の維持に魔力を消耗する。
 ここ数日こつこつと組んでいた、対ジュエルシード用の簡易封印魔法にも少なくない魔力を使う以上、魔力の無駄遣いはできそうにない。

 巨大ゴンズイがこちらに気が付いた、あからさまな敵意を向けこちらに突撃してくる。
 本来のゴンズイとはかけ離れた大量の毒棘を逆立てて…
 エイレンザードは全力で後退を開始し、距離を一定に保つ、あれ相手に接近戦は無謀そうだ。
 距離を維持しつつ、魔力弾を一発生成、誘導弾でも高速弾でもない、とにかく威力だけを求めた魔力弾である。

「(Energy Bolt)」

 それはまっすぐに突っ込んで来る巨大ゴンズイに狙い誤らず命中する…が
 シールドと呼ぶのもおこがましい、膨大な魔力に依る魔力障壁に阻まれる。

「(これは…なかなか面倒ですねェ…)」

 己の魔力不足を嘆きつつ、エイレンザードは再度魔力弾を生成するのだった…








 一方そのころ海鳴温泉近くの森林では、ジュエルシードの発動に駆けつけたなのはと、すでにジュエルシードを封印し終え、手中に納めた黒衣の少女が対峙していた。
 わずかな会話の後の決裂、襲い掛かってきた使い魔は、ユーノがとっさに強制転移、現在惹きつけていてくれる。

 説得は出来なかった、言葉だけでは彼女に届かない。
 レイジングハートをきゅっと握り締めなおし、なのはは決意する。
 彼女から持ちかけてきた、ジュエルシードを賭けた決闘。

「(負けない!)」

 前回は隙を疲れて一撃で落とされた。
 あれから数日、エイレンザードのスパルタ指導に耐えてきたが、新しい魔法など一つも教えてはくれなかった。
 ひたすら基礎、基礎、基礎。
 僅か数日ではあったが、それはなのはを強くしていた。
 加えてほとんど魔法を使っていなかったので、魔力も満タンである。

「レイジングハートお願い」

 承諾の声と共に生成される桜色の魔力弾

「ディバインシューター…ゴー!」

 三発の魔力弾が黒衣の少女に向かって放たれる。
 弾速はさほどでは無いと見た少女は、それを持ち前の機動力で避け、そのままなのはの後へ回り込もうとし…果たせなかった。

「誘導弾」

 とっさにデバイスが展開した防御魔法が直撃を防ぐが、威力が高い。
 少女は顔を歪めダメージに耐える。
 エイレンザードとユーノからの情報で少女が高機動、近接戦闘を得意とすることをなのは知っていた。
 なのはの飛行魔法はお世辞にも機動性が高いとは言えないし、砲撃魔法は高速で移動するモノに中てるのは難しい。
 ならばどうするか?
 答えは簡単である、近づかせなければ良い。
 これはエイレンザードが平行して授業してくれた、初歩の魔法戦闘のイロハだ。
 そのための魔法が「ディバインシューター」特訓の合間を縫って構築した、なのはの新たな魔法である。
 三つから四つへ数を増やし、四方から黒衣の少女を攻撃、安全距離を保つ。

「フォトンランサー」

 少女の放った高速弾がディバインシューターを迎撃に来る。
 四発中三発が迎撃される、残った一発はなんとか回避。
 しかしめげる事は無い、迎撃のために一瞬少女の足が止まった。
 すかさず、なのははいつでも撃てる様にしておいた砲撃魔法のトリガーを引いた。

「ディバァイン…バスター!」

 少女が驚愕に目を見開く、すぐさまデバイスを振りかざし、こちらも砲撃魔法を放つ、早い。

「サンダースマッシャー」

 空中で二発の砲撃魔法がぶつかり合う。
 なのはは、押されぬようにとさらにディバインバスターに威力を込める。
 結果打ち勝ったのはなのは、しかし

「いない!」

 砲撃魔法の撃ち合いに固執せず、少女は動いていた。
 高速移動魔法でなのはの背後を取る。
 変形したデバイスが死神の鎌を振り上げる。

「でも、それも聞いていた通り!」

 真後ろに一発だけ待機させていたディバインシューター
 完全に虚を突いた一撃が少女の眼前で炸裂した。



[20549] 第4話
Name: madoka◆5b5f0563 ID:c6ab109b
Date: 2010/10/21 18:13
 ジュエルシードを賭けたなのはと黒衣の魔法少女の戦いは、後者に軍配があがった。
 魔力弾の直撃を受け満身創痍にもかかわらず。
 深紅の瞳には悲壮な決意。
 その瞳に空虚な光を湛えながら黒衣の少女は、死神の鎌の如き魔法刃をなのはの首元につきつけていた。

「できるなら、私達の前にもう現れないで。もし次があったら今度は止められないかも知れない」

 息も絶え絶えに、少女はなのはに警告する。

「…ジュエルシードを集める理由…教えてはもらえないの?」

 なのははその警告に対し、搾り出すような声で少女に問いかけるが、答えは無い。

「…名前。貴方の名前は!?」

 せめて名前だけでも、そんな願いが通じたのか、少女は呟くように己の名前を告げた。

「フェイト…フェイト・テスタロッサ」
「わたしはなのは、高町なのは」
「ちなみに私はエイレンザード・カタンと言います、お見知りおきを」

 なのはに魔力刃を突きつけるフェイトの真後ろにエイレンザードが転移、間髪居れずフェイトの背中に手を突きつける。

「…試合に勝って勝負に負けちゃいましたねぇ、なのは。こちらのお嬢さんの執念勝ち、と言った処ですかねェ」
「先生!…なんか磯臭いです」
「海中で死闘を繰り広げてきた師匠への言葉ではないですねェ、なのは」

 おどけるエイレンザード。
 一方のフェイトは微動だにできずにいた。
 今エイレンザードが魔法…先日のようにブレイクインパルスもどきを使えば、フェイトはひとたまりも無い、内臓をぐちゃぐちゃにされて地へと堕ちる。
 そしてこの男は、管理局員の癖に、躊躇いも無くそれをやってしましいそうな、謎の男。
 しかし、エイレンザードはおどけた声音で、フェイトに意外な事を言った。

「さてフェイト・テスタロッサさん、とりあえず経緯はなのはのデバイスから聞いたので、勝ちは勝ちということで、これをプレゼントフォーユーです」

 エイレンザードが青い宝石…ジュエルシードをどこからともなく取り出し、はじく。
 それをフェイトのデバイス…バルディッシュが受け取り、内部へと収める。

「いいの?」
「別に?子供同士とはいえ勝ちは勝ちです…無謀な賭け事に応じた教え子にはおしおきが必要ですがねェ」

 突然「にゃ!」となのはが叫びを上げ、しゃがみこみ頭を抱え震え始める。
 結果的にバルディッシュの魔力刃はなのはの首元から離れ、エイレンザードの手もフェイトの背から離れる。

「さてフェイト・テスタロッサさん、今度は私のジュエルシードを賭けて決闘といきましょうか?」
「にゃ!先生ずるい!!フェイトちゃんはもうぼろぼろなの!」
「狡賢いと言って下さい、だいたいぼろぼろにした張本人は貴方でしょうに」
「あー…にゃにゃはは、ごめんねフェイトちゃん」
「…」

 どこか緊張感に欠けた師弟にフェイトが少々呆れた視線を投げかける。

「でどうします?」
「受けます」
「フェイト!」

 丁度駆けつけた使い魔…アルフがぼろぼろの主人を見て血相を変える。

「アルフ…大丈夫だよ」
「何を言ってるんだい!」
「一晩でもう一個手に入るチャンスなんだ…退けない」
「フェイト…」

 有無を言わせぬ口調で断言し、アルフを退けたフェイトはバルディッシュを構えなおし、エイレンザードと対峙する。

「さてではまず対等ということで、烏(クロウ)」
『おや久々にマジですか?マスター』

 インテリジェンスデバイスらしからぬ流暢な日本語がエイレンザードの呼びかけに答える、ミッド式では一般的な杖型ではないらしく、起動はしているのかすらわからない。

「そうですよ鴉(レーヴァン)を起こしなさい」
『はいはい』
「デバイスを二つ?」

 左右の中指に嵌められていた指輪が起動し、二本の長さ30cm弱の真っ黒な短杖へと変形する。

「さて…お互いに魔力は空っぽに近いですね、ダメージの分君が不利かな?」
『あーお人よしですねぇ』
「やかましいですよ」

 フェイトに向けられたエイレンザードのデバイス…鴉から魔力の譲渡と治癒魔法が同時に進行する。
 烏はインテリジェント、鴉はストレージデバイスらしい。

「これでイーブンです、私が勝ったらジュエルシードは結構ですのでいくつか質問に答えてもらいますよ」
「…私が勝つから」
「ふふ、十年も生きていない小娘が言いますね。魔力量の多寡など戦闘能力の決定的な差ではないということを教えてあげましょう」

 二本の短杖を連結したエイレンザードが、どこぞの赤い人のセリフをもじって言い放つ。
 なのはが「パクリなの、良くないなの」と呟いているのはご愛嬌だ。

 本来ならば圧倒的な速力で敵を翻弄し、近接から一撃を加える。それがフィイトの戦闘スタイルである。
 しかし、眼前の男の近接戦闘能力は…魔法に頼らない、純粋な体術、格闘技でこちらを上回っている、それは先日の一戦で解っていた。
 ならば…

「(ほんの一瞬でいい、あちらの動きを止められば私の勝ちだ!)」

 渾身のバインドを放つ、雷光を伴ったそれはエインレンザードの四肢に絡みつき、動きを封じる。

「フォトンランサー!」

 高速魔力弾を生成、即座に叩き込む。
 バインドの形成とほぼ同時に、完璧なタイミングで放たれた「それ」を、いかに高速戦闘型魔導士でも避けきれるはずは無い。
 当然着弾「あら?」といわんばかりの表情のエイレンザードが吹き飛ぶ。

「ナイスな戦術ですよ、いいですかなのは、これが高速型への最もベーシックにして、最も効果的な戦術『動けないように拘束して攻撃を叩き込む』ですよ」

 フェイトの真横に浮かび、その頭を撫でながらエイレンザードがなのはに呼びかける。
 なのはが着弾地点で伸びているユーノとそんなエイレンザードを見比べ、ぱくぱくと口を開いているが、言葉が出ないらしい。

「幻術…」
「ピンポーン正解です、しかも魔力を誤魔化すために中身付き、狡猾でしょう?」
「外道…だと思う」
「一度言ってみたかったんですよねェ…『ありがとう、最高の褒め言葉だよ』」

 くつくつと笑ながらエイレンザードはフェイトの頭から手を離す。

「さて私は子供を殴る趣味は無いので、降参してくれますか?」
「ふざけるんじゃないよ!」
「アルフ!」

 背後から殴りかかったアルフがエインレザードを吹き飛ばす…ことなく、パリンという間の抜けた音共に砕け散った。

「また幻術!?」
「そりゃそうでしょう?窮鼠猫を噛むっていいますけどね、わざわざ近接戦闘の得意な人間に近寄りませんよ」

 若干は離れた地上に隠れていたエイレンザードがレーヴァンを構えていた。

「一対一の決闘に割り込むなんて…躾の出来てないワンコにはおしおきですよ?」

 レーヴァンの先端から一条の黒い閃光が放たれる。
 極細のレーザー光線のような鋭さとスピードでそれはフェイト主従の下へ殺到、フェイトを庇ったアルフに激突し、次の瞬間光の網となって二人を雁字搦めに拘束する。

「ちなみにこれが大気中の魔力を再利用する技術『収束』です、まぁ先生みたいに魔力の少ない人間には便利なスキルですね、勉強になりましたか?」

 そう言って弟子に授業を続けながら、拘束した二人へと歩み寄る。

「さてフェイト・テスタロッサさん…あなた親族にプレシアさんという人がいませんか?」
「…!」
「あんたあの鬼婆の――」
「アルフ駄目!」

 それは既に肯定といっても差し支えなかった。

「ふむ…どうやら、相当な近親者、母娘というところですか」

 事情を知らないなのはが目を白黒させつつ、物欲しげな目でフェイトを見詰めている、自分も「お話」したいのだろう。

「まぁ良いでしょう」

 そう言ってエイレンザードは魔力で編んだ網を解除する。

「…どうして?」
「私はジュエルシードが暴走して、被害が出なければそれで良いのですよ、後始末はもうじきやってくる本局の次元航行部隊に投げるつもりですしね、その為に君たちを利用するのも、弱者の知恵、大人の狡賢さ、というものです」
「貴方…変な人だね」

 フェイトの言葉にエイレンザードは再び笑う。

「面と向かって変人と言われたのは十年ぶりくらいですよ」

 「初めてじゃないんだ…」となのはとフェイトが同時に呟いき、それをエイレンザードが剣呑な目つきで睨む。
 年相応に、その視線に怯えた二人をエイレンザードが「ガオー」とふざけながら追いかけ回す。
 「ひっ」と真剣に怯えるフェイト、思わず反撃の魔法を放とうとするなのは。
 奇妙なことに、そこには先ほどまでの緊張が消滅していた。

「いたたた、師匠に手を上げるとは…連休明けからは少々厳しめに特訓をつける必要がありそうですね」
「…先生がいけないんですよ?フェイトちゃんを脅かすから!」
「…」

 アルフの背後に隠れるフェイト、エイレンザードを威嚇するアルフ、怒り心頭ななのは、そして気絶中のユーノ(重要なので一応明記)。
 エイレンザードは勝利の代償としてフェイト達に幾つか条件を呑ませた。

1つ、ジュエルシードの封印を最優先とすること。
1つ、ジュエルシードの優先権は封印した者になること。
1つ、ジュルシードを賭けた「決闘」は有り、ただし承諾せず逃亡は有り。
1つ、未封印状態で両者がかち合った場合は共同で封印、その後「決闘」で雌雄をけっすること。
1つ、「決闘」は「結界」を展開して行なうこと、出来ない場合は禁止。

 ほぼ同等に見えて、これは若干なのは側に有利となっている。
 フェイトとアルフの二人に対し、なのは側にはユーノとエイレンザードの三人。
 最初になのはを前面に出して勝てばよし、負けても消耗したフェイトをエイレンザードが叩くのだ。
 しかも逃亡有り、というのはどう考えても逃げる気満々のエイレンザードのための「条件」だ。
 それでも上手くやればジュエルシードを手に入れるチャンスだけに、フェイト達も(負けたこともあって)条件を承諾した。

「さてもう子供は寝る時間ですよ」

 ぱんぱんとエイレンザードが手を叩いて解散を告げる。
 なのははフェイトを見詰め、思いのたけの一部を告げる。
 言いたいこと、聞きたいことは沢山有るが、それは彼女に勝たなければ、多分伝わらない。

「フェイトちゃん…次は負けないよ」
「…私も負けない」

 フェイトも深紅の瞳に決意を込めてそう答える。

「どうでもいいですけど…二人で仲良く封印してからケンカするんですよ、街や人に被害が出たら大変でしょう?」
「はーい先生」「…解りました」

 フェイトはエイレンザードに視線を向ける。

「次こそは勝ちます」
「まぁなんです、私はね自分が勝てない時は勝負しないので無理だと思いますよ?」
「…ずるい」
「ずるくありません、君と私じゃゾウとアリ程魔力量に差があるんですから、当たり前でしょう」

 そう言ってエイレンザードは意地悪そうに笑うのだった…



[20549] 第5話
Name: madoka◆5b5f0563 ID:c6ab109b
Date: 2010/08/31 02:19
「そういえば先生、デバイス持ってたんですね」

 旅行帰りのなのはに対し、居残りの怨念を込めたの如き、スパルタ指導をするエイレンザードの授業。
 その合間、休憩ということでクッキーを齧りながら、なのはがそんなことを言った。

「そりゃ持ってますよ、デバイス無しだと色々不便ですからね」
『ご挨拶がおくれましたなお嬢さん、私、この宿六のデバイスで烏(クロウ)と申します』

 どこからともなく、流暢な日本語で話しかけてくるデバイスの声。
 なのはがきょろきょろするがその姿は見当たらない。

『すみませんねお嬢さん、このロクデナシはデバイスっていう解りやすい弱点を、人目に晒さない臆病者でして』
「創造主兼主人に対して、宿六だのロクデナシだの臆病者と…いい度胸ですね」
『こーゆー人格設定をされたのは、他ならぬご主人ですがね』
「我ながら、自分のプログラミング能力が怖いですよ」
『…デバイス技師の免許もってないクセに』
「何か言いましたか?」
『いいえ別に』

 とてもではないが、デバイスとその主の会話ではない。
 一同(レイジングハートを含む)があっけに取られた様子だ。

「すごく、よく喋るんですね…」

 なんとか我に帰ったユーノが、引き攣った笑いを浮かべながら言う。

「まぁ一人だと話し相手が欲しくなりますからね、私はあんまりインテリジェントデバイスと相性が良くないので、専ら話し相手としてデザインしたので――」
『ぶっちゃけ魔法補助という意味では拙者、ぽんこつでござる。HAHAHAHA!』
「…変なの」

 小声でつい本音が漏れるなのは、聞き取った烏が「しょぼーん」と声に出して落ち込む。

「でこちらがストレージデバイスの、鴉(レーヴァン)です」

 二本の短杖型デバイスが待機状態を解除され出現する。

「ストレージデバイスは容量が多いんで、先生みたいに色々と魔法を覚えてる人間にはっとても便利なんです、あと処理速度も速いですしね」
「へー」
「他にもアームドデバイスっていう武器型のデバイスや、ブーストデバイスっていう支援用のデバイス…ごく少数ですがユニゾン型っていうの有りますが、一番普及してるのは、このストレージデバイスなんですよ」

 良くも悪くも使い手の腕を要求されるデバイスです、そんな話をしつつ授業再開となった。







「ふむ、無理をしますねフェイトさん」

 そんなある日の夜。
 例によって授業中の高町家。
 なのはの部屋で、全員が魔力の波を感知し、その原因に心当たりがあるのか、エイレンザードは、顔を顰める。

「え?フェイトちゃんがやってるんですか?」
「大方市街地で発見に手間取ったので、魔力擾乱を起こして強制発動させたのでしょう、まったく危険なマネを」
「とにかく、すぐにいかないと!」

 なのはがレイジングハートを掴み、立ち上がる。
 今にも飛び出そうとするなのはに、エイレンザードがストップをかける。

「市街地を飛行魔法で飛んでいくつもりですか?丁度会社帰りの人間でごったがえしている街へ」
「あ…」
「先に私が転移魔法で移動して、座標をレイジングハートに送りますから、ユーノと一緒にきなさい」
「は、はい!」
「さて、面倒なことにならないと良いのですが…」







「こんばんはフェイトさん、良い夜ですね」
「う…」
「愉快なことになりましたね」
「…ごめんなさい」

 しょんぼり、という擬音が聞こえそうな様子でうなだれるフェイト。
 そして眼前にはジュエルシードの暴走体と思しき、巨大な樹の化け物。
 放つ魔力量は、これまでのジュエルシードの暴走体のざっと数倍。
 おそらく偶然至近距離に落ちていたジュエルシードが、同時に発動、共鳴、暴走したのだろう。

「にゃぁー!なにこれ」

 エイレンザードがレイジングハートに送った座標へと、ユーノの転送魔法でなのは達が現れる。

「はいはい、とにかく封印してしまいますよ、フェイトさんは霍乱、使い魔さんはご主人さまのサポートを、なのははユーノをバリアにして火力支援を」
「なんであんたが仕切ってるのさ!」

 噛み付くアルフをフェイトがなだめる、今回はフェイトの失態だけに、あまり強くは出れない。
 そして何より、エイレンザードの指示は、各人の特性を生かした、的を得たものだけに、反対するのが難しい。


「いきます!」
<Divine Buster>

 なのはがレイジングハートを砲撃形態へとチェンジし、照準を暴走体に向ける。
 環状魔方陣が展開され、デバイスの先端に魔力が溢れる。
 なのはの『主砲』たる直射型砲撃魔法<ディバインバスター>
 単純に叩きつけるだけでもジュエルシードの暴走体を封印できる、極めて強力な魔力のビーム砲が、眼前の暴走体へと「発射」される。
 エイレンザードの指示通り、ユーノがなのはのガードをするべく待機する。
 なのはの役目は、このまま砲撃を維持し、暴走体へプレッシャーを与え続けること。
 
 二個のジュエルシードの同時発動によって出現した、樹木の暴走体。
 幹には引き攣ったような醜悪な顔が浮かび、枝は鋭利な鉤爪と化し、伸びた根が触手のように蠢く、まさに怪物のような外見である。

 なのはの砲撃を、暴走体は魔力障壁を発生させ受け止める。

「レイイングハート、お願い!」
<All right>

 なのはの願いに答えるように、諾の返事とともに、さらにディバインバスターに魔力が注ぎ込まれ、威力が増す。
 暴走体が負けじと、根をうねらせながら、なのはたちへと襲い掛からせる。
 丸太のような太さの根が、掠っただけでも致命傷となる勢いで殺到する。
 砲撃に集中するなのはを守るように、ユーノが防御魔法を展開する。

「私達も負けられないよ、バルディッシュ」
<Scythe form Setup>

 襲い来る根を。魔力刃を展開したバルディッシュを構えたフェイトが迎撃、高速移動を繰り返しながら、次々と切り裂いてゆく。
 そんなフェイトをサポートするように、アルフも自らの爪を用い根を切り裂く。
 互いの死角、移動と攻撃のスキを補う、抜群のコンビネーション。
 碌な知性も無いのか、暴走体はそんなフェイトとアルフに対し、次々と根や枝を繰り出すが、完全に翻弄されている。

「(フェイトちゃん、すごい…)」
「(あの砲撃…あの子、この数日で凄く強くなったな…)」

 戦闘の刹那、偶然なのはとフェイトの視線が絡む。
 一秒にも満たない時間、次の瞬間には二人の視線は、再び暴走体へと向かう。


『これだけ魔力を叩きつけてダメとは、タフですね。フェイトさんも砲撃に加わって下さい』

 エイレンザードの指示。
 念話というより、戦闘中に膨大な情報やり取りする為の魔法、圧縮された情報が脳に、直接送り込まれてくる。
 指示を耳で「聞く」というよりは、眼で「見る」感じで、少ない時間で多くの情報を得られるすぐれものだ。

『了解、アルフ、サポートをお願い』
『任されたよフェイト。ところで偉そうに口だけだしてないで、アンタも手伝ったらどうなんだい!』
「おや怒られた。では私もサポートしますかね、烏」
『へいへい了解でござんすよ…』

 烏の返事とともに、エイレンザードの手に一本の長杖が出現する。鴉とは違うデバイスらしい。

『Maxwell set up. Data link Connection』
「術式展開」

 エイレンザードの眼前に、球状の立体魔方陣が出現する。
 一目で「複雑」と解る魔法陣が回転を始めると、周囲に冷気が漂いはじめる。

『…凍結魔法?』
『フェイトみたいに変換資質があるのかね?』
『…だったらあんな複雑な魔法陣は必要無いよ』

 魔力変換資質、己の魔力を「炎熱」「雷気」「凍結」といった現象へと、意識せずとも変換できる、先天的な能力である。
 フェイトはこのうち「電気」を持っており、彼女が使う魔法が雷撃を纏うのは、この資質によるものである。
 無論この資質が無くとも、熱攻撃や電撃攻撃が出来ない訳ではないが、変換資質保持者に比べて質が劣ることが多い。
 フェイトはまさに雷撃とも言うべき砲撃魔法、サンダースマッシャーを詠唱しながら、エイレンザードがわざわざ、面倒な方法で攻撃するのか疑問に思った。
 魔力量のエイレンザードは「無駄の無い」戦い方を取るのは、二度の戦闘でわかっていたからだ。

「撃ち抜け、轟雷」
「Freeze Invasion Loading Completion」

 フェイトのサンダースマッシャーにやや遅れたタイミングで、エイレンザードの魔法が 完成する。杖の先端には冷気を放つ魔法陣が「静止」していた。
 同時に、放たれたサンダースマッシャーに負けず劣らずの速度で、エイレンザードは暴走体へと突撃する。
 サインダースマッシャー着弾をバリアで受け止めたものの、ディバインバスターとの二重砲撃にバリアが軋む。
 そこへダメ押しとばかりに襲いかかったエイレンザードが、魔法を使う。

「Barrier Break」
『あ、あの野郎!』

 対象の防御魔法の構成に割り込み、それを強制解除する、防御破壊魔法「バリアブレイク」
 いまだ披露していない自分の十八番をやられたアルフが唸る。
 すでにかなりの負荷を受けていたバリアはあっさりと破壊され、なのはとフェイトの魔法が暴走体へと激突する。

「おまけですよ!っと」

 エイレンザードがダメ押しとばかりに、完成させていた凍結魔法を開放する。
 押し付けられた魔法陣が冷気を開放し、暴走体を凍りつかせていく。

『暴れないようにバインドで拘束!封印実行者はそのまま全魔力を封印に叩き込みなさい!』

 エイレンザードの指示が飛ぶ。
 凍結魔法によって動きの鈍った暴走体を、ユーノとアルフの捕縛魔法、チェーンバインドが拘束する。
 反撃の手段を封じられた暴走体は、苦悶と怨嗟の咆哮を上げなら、なのはとフェイトの二重砲撃によって魔力を急速に削がれ、消滅していく。

 そして二つの青い結晶体、ジュエルシードが現れる。

『今です!』
「「封印!!」」

 エイレンザード合図に、なのはとフェイトの声が重なり、二つのジュエルシードは完全に封印される。

 あたりに静寂が戻ると、疲れ果てたようになのはがペタリと地面に腰を落とす。
 フェイトもアルフへ寄りそうに身を預け、ゆっくりと地面へと降下する。

「はにゃ~疲れた~」
「あれだけの魔力を放出して『疲れた』で済むのですから、つくづく君は馬鹿魔力ですねェ」
「う、先生、その言い方には悪意を感じるの!」

 二人の掛け合いに、おもわずフェイトが苦笑を漏らす。
 人型に変身したアルフが、その表情に複雑そうな表情をするが、顔をこちらに向けたフェイトに「どうしたの?」と問いかけられ、反射的に、誤魔化すように「な、なんでもないよ!」と返してしまい、フェイトが怪訝そうな表情をする。
 そこへ、なのはをやり込めたエイレンザードが両者の中間に立ち、ぱんぱんと手を叩き、フェイト達の注意を己と向ける。

「はいはい、さてジュエルシードは二人で仲良く半分こですよ」

 確保していた二つのジュエルシードをエイレンザードは、なのはとフェイトに放り投げる。
 ユーノが「ああっ!」と悲鳴を上げ(ジュエルシードはとても危険な物です、投げてはいけません)
 慌てた二人はそれらをデバイスへと収納しようとした、刹那

「ちょっと待った!」

 大音声と共に、そこに誰かが転移してきた。
 ほぼ反射的に、エイレンザードの貫手が、出現した人物を襲い、出現した人物が突き出したデバイス・・・防御魔法とぶつかりあう。

「おや、びっくりしました」
「い、いきなり君は何をするんだ!」

 変声期前の高い少年の声で抗議があがる。
 身にまとうのは両肩のトゲが特徴的な黒いバリアジャケット。
 青みがかった黒い髪に、勝気そうな瞳。
 なのはやフェイトと同年代らしき少年だった。

「失礼、いきなり転移されてズドンとやられてはたまりませんから、つい反射的に体が」
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ」
「時空管理局“巡察官”エイレンザード・カタンです、執務官殿」

 クロノと名乗った少年の「肩書き」にエイレンザードは、感心した表情を浮かべながら、極めて慇懃に自己紹介をする。

「“巡察官”だって?…まぁ貴方のことはとりあえず置いて置こう」

 そう言ってクロノはフェイトとアルフに対峙する。

「詳しい事情を聞かせてもらおうか――っ!」

 皆まで言わせず、アルフが魔力弾を放つ。
 クロノはシールドを展開し、それを弾き飛ばす。

「アルフ!?」

 フェイトを抱えながら、後退しつつアルフが叫ぶ。

「撤退するよ!フェイト」
「…うん」

 わずかな逡巡でなのはたちを見やり、しかしフェイトは頷く。

「待て!」
「待てと言われて待つ馬鹿がどこにいるのさ!」

 再びアルフが魔法弾を放つ、フェイトが使うのと同様の高速魔力弾「フォトンランサー」だが、シールドにあっさり弾かれる所をみると、フェイトほど威力は高くないらしい。

 先日森でアルフと追いかけっこを演じたユーノは、それを見て冷や汗をかいていた。

「(うわっ、切り札ってことか…前回使われていたら危なかった…)」

 そんなユーノはともかくとして、再度放たれたフォトンランサーは、クロノ…ではなく、その手前の地面あたりに一斉に着弾した。

「くっ!」

 威力の代わりなのか、地面に着弾したアルフのフォトンランサーが爆発し、煙幕を撒き散らす。

「ほぉなかなかナイスな使い方ですね」
「感心している場合か!」

 場違いなエイレンザードの発言に、クロノが全力でつっこみを入れる。

「すいませんね、久々の大技で魔力が空っぽなのですよ、執務官殿」
「先生…」

 同じくほぼ空っぽのなのはだが、どうもお偉いさんらしい少年へのエイレンザードの態度に、さすがにちょっと引いているようだった。

「逃げられたか…」
「高機動戦闘タイプの魔導師さんですからね、ちょっと我々のスピードじゃ追いきれませんよ」

 肩を竦めておどけるエイレンザードはついついと天空を指差す。「次元航行艦の方は?」と言うことらしい。
 早速クロノが連絡を取るが、顔を顰める。結果は芳しくなかったらしい。

「…多重転移で逃げられた」
「あら残念ですねェ」
「エイレンザード・カタン巡察官」

 硬い声のクロノに対し、エイレンザードは「なんでしょう?」とにこやかに応じる。

「詳しい事情の説明を要求する、艦まで来てもらおう」
「かまいませんが、明日にしませんか?艦内時間がどうかはしりませんが、現地時間ではもう子供は寝る時間ですし」

 そう言ってエイレンザードは、なのはのあたまをぽんぽんと叩く。

「む…では君だけでも」
「なのはは“当事者”の一人ですよ、二度手間になる。明日この子の学校が終わってからにしましょう」
「A+のロストロギアだ、事は急を要するはずだ!」
『いえ、それで構わないわクロノ』
「艦長!」

 空中に突然スクリーンが投影され、そこに長い髪の女性が映る。

「話のわかる方が艦長でよかったですよ、エイレンザード・カタン巡察官です」
『時空管理局提督、アースラ艦長、リンディ・ハラオウンです、巡察官殿』
「「ふふふふふふふふふふ」」

 共に名乗り、そして何が可笑しいのか笑う、その様子はいっそ不気味というべき光景だった。



[20549] 第6話
Name: madoka◆5b5f0563 ID:c6ab109b
Date: 2010/08/31 02:33
 夜も更け、夕食の時間が迫りつつあるなのはは、ユーノと共に転送魔法で先に帰宅することとなった。
 戦闘があったこともあり、夕食後の授業は「自習」にする、とエイレンザードは告げ、スクリーンの向こうの、緑色の髪の女性…次元航行艦アースラ艦長リンディと共に、笑顔で手を振ってなのはを送る。



 それが、高町なのはが、小学三年生の春に見た、エイレンザードの最後の姿だった。






















 なのは達が転移し、振っていた手を下ろしたエイレンザードが、ゆっくりと振り返る。

「…随分と剣呑ですねェ、ハラオウン艦長」

 ユーノが維持していた封時結界に摩り替わるように、周囲に強力な捕縛結界と隠蔽結界が多重展開される。
 中に居る者を逃がさぬ捕縛結界に、中での様子を外へと漏らさぬ隠蔽結界。
 そして結界の内部には、執務官の少年と、結界の展開と同時に転移してきた、アースラ乗艦の武装局員らしきの魔導師達。
 エイレンザード一人に対し、クロノを含めアースラ側が十名。

『エイレンザード・カタン巡察官、申し訳ありませんが、大人しく捕まっていただけますか?』

 笑顔のままリンディが問う。この状況では「勧告」ではなく「恫喝」である。

「…さて、何か悪いことをした記憶は有りませんがねェ」
「とぼけるな!ついさっき!ロストロギアをもう一組の探索者に渡しただろう」

 すっとぼけるエイレンザードに、クロノが怒鳴る。
 その少年らしい潔癖さを、エイレンザードは好ましいと思ったのか、ふっと微笑を浮かべる。

「ああ、フェイトさん達のことですか」
『ロストロギア…その危険性を知らない訳ではないですよね?』

 言わんとすることは解る、本来ならば力づくでも回収すべきロストロギアを、効率よく収拾するためとは言え、エイレンザードはフェイト達の所有権を認めてしまっている。
 服務規程違反どころか、背信罪に問われてもおかしくは無い。

「百も承知です、だからああしたのですよ。
 通報からあなた方が地球までやってくるのに約一月、その間に回収したジュエルシードは十個以上、内暴走しなかったのは僅かに二個。
 しかし人的被害はゼロ…これはもうミラクルだと思いますよ?なのは達だけでは多分手に余っ――」
「御託は結構だ、エイレンザード・カタン巡察官、君を執務官権限で拘束する」

 煙に巻くように、滔々と演説を始めたエイレンザードをさえぎり、業を煮やしたのかクロノが強権の発動を宣言する。
 クロノがデバイスを構えると、エイレンザードを取り囲む武装隊のメンバーも一様に、デバイスを構える。

「では巡察官の権限を持ってそれを拒否させて頂きましょう」

 零落したとは言え、元々強い独立権限を持っていた巡察官である、フェイト達を“利用”してロストロギアの暴走を防ぐのは、その権限の範囲内…少なくともエイレンザードはそのつもりだった。

「ならば…力づくなる」
「はぁ・・・(やれやれ、本局の部隊に拘束などされたら、レジー辺りになんといわれるか、冗談ではないですよ)」

 深く嘆息したエイレンザードは「ナンセンス」と言いたげに肩を竦めると。
 薄く笑った。

「結構、お好きなようにどうぞ?できるものならね」

 宣言と同時にエイレンザードの周囲にトランプ大のカードが十枚出現する。
 デバイスではない。あらかじめ魔力と特定の術式を込めた、言うなれば「魔法の巻物」である。
 同時にエイレンザードは、武装局員の一人を視線に本気の殺意を込め“視る”
 ターゲットは一見平静を装っているが、実の所経験の浅い若い局員。
 眼力・・・ではなく、念話の応用で“殺意を相手に伝えた”のだ。
 エイレンザードに目をつけられた局員は、その底冷えするような「殺意」に、経験の浅さゆえ、パニックに陥った、本能的にエイレンザードに向けて魔法を放つ。

「正当防衛確立です」
「何を!」

 半歩身をずらし、その攻撃を避けたエイレンザードが、黒い笑みを浮かべながら、宣言。
 反撃を開始する。
 一瞬の出来事に反応できたのは、クロノと武装隊の隊長だけだった。
 クロノは捕縛魔法、隊長は射撃魔法を放とうとした。だが――

「(居ない!?)」

 クロノと隊長の視界からエイレンザードが“消えた”。
 何の魔力の発動も無く、唐突に消失したエイレンザードに変わり、カードに込められた魔法が解き放たれる。



 黒い魔力光を放つカードを核に、周囲の地面やビルから、コンクリートやアスファルト、鉄筋が寄り合わさり、十体の醜悪な巨人が出現する。

「クリエイション・・・」

 一人の局員が呟く。
 クリエイション、クリエイト・ゴーレムなど呼び方は様々ある。
 魔導仕掛けの人形を生成する魔法、あまり使い手の居ない、珍しい魔法である。

「ストーン・サーバント行きなさい」

 石の従者・・・そう創造者によって名づけられたゴーレム達が、主の命に従い、武装局員達の包囲に向かって、弾ける様に一斉に襲いかかった。

「うわぁぁぁぁぁぁ!」
「な、なんだよ」

 良くも悪くも犯罪者…人間を相手にしている武装局員は、醜悪な人形、しかもコンクリートやアスファルトで生成されたゴーレムとの交戦経験がある筈も無い。
 無人世界や辺境で魔獣退治の経験でもあれば別だろうが…
 しかもt単位の質量は有るであろう人形達は、魔力による身体強化よって、一見鈍重そうな外見に反し、常人の数十倍の速度で武装隊員達に突撃した。
 魔力の節約のためなのか?
 本来強化の反動を相殺する魔法は組み込まれておらず、ゴーレムは反動で崩壊しながら武装局員達へと激突した。


 この一撃で大半の隊員が吹き飛ばされ気絶、彼らが全員Bランク以上の優秀な魔導師でなければ即死してもおかしくはなかった。
 数名、かろうじて反応できた者も無事にはすまなかった。
 迎撃の攻撃を受け、爆発した人形の構成物が散弾のように飛散、防御を疎かにした分、手ひどい重傷を負ってしまったり。
 あるいは防御魔法に長けていたため、ダメージは防いだものの、そのまま崩壊した構成物に押し包まれてしまい、身動きの取れない者。

 結果だけ見れば、無事だったのは、高速移動魔法を発動し回避した者と、半端な反撃ではなく完全に魔導人形を粉砕した者。
 端的に言えば武装隊の隊長と執務官のクロノだけだった。

 視界から消えていたエイレンザードを探すクロノの目に、同じくエイレンザードを探す隊長の背後に出現し、その首へとを腕を掛けるエイレンザードが映った。








 裸締めという柔道の技をご存知だろうか。
 あるいはプロレスの、チョークやスリーパーホールドでも良い
 相手の首に腕を掛け、頚動脈、あるいは気管を締め付ける技である。
 エイレンザードは迷わず、哀れな対象の頚動脈を締めつける。
 通常、頚動脈を圧迫され人間が意識を失うまでは(個人差もあるが)十秒以内だと言われている。
 これが魔導師に限っては、五秒とかからない。
 ミッド式の魔法の使用や、そのためのマルチタスクなど、戦闘状態の魔導師の脳というのは常にフル回転している。
 そんな脳が、働くために必要な血液…血液を介して運ばれる酸素の供給を遮断されれば、訳も無く意識を失うのは自明の理、と言うものだろう。

 クロノが反応する間も無く、手馴れた様子で隊長を締め落としたエイレンザードは、崩れ落ちる隊長を“絞め殺さない”無い様に腕を緩める。
 地面に放り出した隊長の首に、足を乗せる。

「武装隊も質が落ちましたね・・・さて捕縛結界を解除して頂けますかな?拒否された場合、彼の首をへし折ります」
『拒否します』

 人質を使った卑劣な交渉…いや脅しに、リンディは即座にNOと返した。

「結構、大変ご立派ですリンディ・ハラオウン提督」
『殺すつもりならとっくに殺しているのではないのですか?エイレンザード・カタン巡察官?』
「私は巡察官の権限を持って、最善の手を選んだだけのことですよ?
 その上であれの悪用を防ぐのも、私の義務であり、万が一の際の責任を負うのも私です」

 それは、単独で回収に当たったユーノと、それに協力するなのはが、万が一失敗した際、代わりに責任を取るための措置、と言い換えても良い。

「それを教科書的な理屈を並べて…いえはっきり申し上げましょうか?それを理由に、“陸”の人間を排除しようとした、違いますか?」
『貴方の行為は、すでに巡察官の独立権限を越えていると、私は判断します』

 互いに相手の問いに答えるつもりはない、平行線の会話。

「残念です」

 エイレンザードは何の躊躇も無く、足に力を込め、意識を失っている隊長の首をへし折った。
 人間の頚椎がへし折れる鈍い音。
 ありえない角度に折れ曲がった隊長の首、それをエイレンザードは「役に立たなくなった盾」としてさっさと投棄する。

「貴様!」

 機をうかがっていたクロノが魔法を放とうとした。
 再び視界からエイレンザードが消える。
 焦燥に駆られながら、クロノはエイレンザードを探す。

 一方、アースラのモニターには、悠然と二人目を確保に向かうエイレンザードが映し出されている、がしかし、クロノはなぜか動かない。

『クロノ!何をしているの!』

 リンディの非難の声、気が付けばエイレンザードは、先刻吹きとばした武装局員に一人の所に出現していた。

「さて、二人目です、いかがします?」
「ひっ!か、艦長!」

 傷を負い、身動きが取れなくなっていたが、まだ意識の有る武装局員を一人、エイレンザードが確保していた。

「Yesと言うまで、今度は少しずつ行きましょうか?まずは右腕」

 右肘をへし折る。
 間接が砕ける鈍い音を、局員の絶叫が掻き消す。

「まだですかな?では次は左で」
「や、止めてくれ!」
「お願いなら艦長にしなさい」

 再びの絶叫。

「ああ、執務官殿、準備しているバインド、発動のそぶりでも見せたら、この子の首をへし折りますよ」
「ぐっ…」
「嫌だぁ!死にたくない!」
「ぎゃーぎゃー喧しいですね、殺す覚悟も殺される覚悟も無い人間が、人を殺せる力を振る資格はありませんよ」

 局員の右肩が強制的に脱臼させられる。
 あまりの激痛に気絶することすら出来ない局員は、叫び声さえ上げられず悶絶する。

「次は手首にしますか?それともいっそ楽にしてあげましょうか?」
「ひぃ!」
『直ぐに人質を解放して投降しなさい!あなたを殺人罪で逮捕します』
「貴女が見捨てたくせに何を言っているんだか…それより捕縛結界を解除して、回収したほうが良いのではないですか?私は全員殺すまで止めませんよ?」

 宣言どおり、唐突にエイレンザードは確保していた局員の首をへし折った。
 
「これで二人です」

 そう宣言したエイレンザード目掛け、クロノは広域殲滅魔法を放つ。
 如何なる方法でクロノの視界から消えているのかは不明だが、結界内全域に魔法弾の雨を降らせれば、回避は不可能なはずだ。

「スティン――」

 トリガーワードを唱えるクロノの眼前に、エイレンザードが“居た”。
 すっと、何気ない仕草で、クロノの額に掌を当てる。
 次の瞬間、衝撃と共にクロノの意識は刈り取られていた。
 殴打でも無い、魔力打撃でも、接触系の攻撃魔法を使ったわけではない。
 ただ掌で触れただけ。
 しかし地面に崩れ落ちたクロノは、ビクリとも動かない。
 そんなクロノの首に足を乗せたエイレンザードが、リンディを見やる。

「“浸透徑”という奴です、魔法ではなくて“武術”ですね、本当なら脳を衝撃で破壊も出来るんですがね、さてどうします?」
『拒否…します』
『艦長!』

 あくまで拒否するリンディに、ブリッジのオペレーターが悲鳴を上げる。

「流石はハラオウン家の人間だ。ですがねぇリンディさん、人間誰も彼も貴女のようにご立派でもなければ、強くも無いんですよ?」
『や、やめてくれ!』

 苦笑いを浮かべながら、崩れ落ちたクロノの首から足をどけた。
 捕縛結界が解除される。
 結界を展開していた武装局員の一人が魔法の発動を止めた、強力かつ大規模な結界展開だったため、一人脱落しただけで結界が維持できなくなったのだ。

 責任者であるリンディがNOと言えても、実際に結界を展開している術者はそこまで強い覚悟を持ち合わせていなかった、ただそれだけのことだった。

「今回の一件、全てそちらに丸投げするつもりだったんですが…こんな事になって実に残念です…ではごきげんよう」

 心底残念そうな様子で、そう言ったエイレンザードの足元に、黒い魔力光を放つ魔法陣が出現する、転移の魔法陣だった。
 その場にそれを妨害しうる者は誰も居ない。
 捕縛に向かった局員は倒され、結界展開要員は突然のことに浮き足立っている。
 頼みの綱の執務官は、意識が無い。
 エイレンザードは優雅に一礼をし、掻き消えた。






「くっ…直ぐに全員を収容して!医務官を、エイミィは彼の追跡を!」

 アースラのブリッジ。
 リンディは艦長席の肘掛を強く握りながら…己の判断ミスを悔やみながらも、指揮官として、次の指示を出す。
 しかし返事が無い。

「急ぎなさい!」

 リンディの叱責で、我に帰ったオペレーター達が、すぐさま指示を実行する。

「ダメです、転移座標が絞れません!」

 一瞬のタイムラグが致命的だった、巡察官という職務上、転移魔法を得意とするエイレンザードにも抜かりは無く、多重転移であっさりと逃走する。

 一方、回収された武装隊の治療に赴いた医療班から報告が来る。

「艦長…一杯食わされたぞ!」

 年配の医務官が、確かに首をへし折られた筈の隊長と局員が、生きていたと報告する。

「なっ…」
「たぶん幻影魔法だ、隊長は気絶、クロノ執務官は脳震盪、ゴーレムの迎撃に失敗した奴が一番重傷だ」
「腕を折られていた子は?」
「コイツも気絶、腕は折れておらんし、肩も外れておらん」
「なんてこと…」

 死者が居なかったことへの大きな安堵を覚えながらも、リンディはただ呆然と呟くしか出来なかった…














「あーつかれた」

 セーフハウスで、布団をなんとか布き、そこへ倒れこんだエイレンザードは
 そう呟くと、そのまま眠りに落ちていった。




*後書き
まさか感想が付いているとは・・・
色々とご指摘をありがとうございます。
誤字脱字などの修正は、追投稿時に随時修正します、ご報告ありがとうございました。
あと魔法関係の色々は
もっぱらなのはWikiを参考に書いています。
矛盾点やおかしなところは、私の読解力やら構成力の問題かと^^;申し訳ないです



[20549] 第7話前編
Name: madoka◆5b5f0563 ID:c6ab109b
Date: 2010/08/31 02:42
 地球…第九十七管理外世界の“次元的”近傍の高次空間、そこにある構造物が存在していた。
 ミッドチルダの魔法技術を用いて建造された、次元航行が可能な庭園。
 あるいは庭園型次元航行船。
 フェイト・テスタロッサが生まれ育った場所であり、その母親たる、プレシア・テスタロッサの本拠地。
 名を「時の庭園」という。


 先日、ジュエルシードの回収後、時空管理局の執務官が現れた。
 時間の問題と思われていた、管理局による介入が始まったのだ。
 現在回収できたジュエルシードは五個。
 万が一捕縛された場合に備え、回収済みのジュエルシードを安全な所、時の庭園に持ち帰るべく、フェイトは転移魔法の準備をしていた。
 運の良いことに、先刻の戦闘地点には、大規模な遮蔽結界らしきものを管理局の部隊が展開している。
 あちらの動向を探るべく、慎重に放ったサーチャー越し、そこに魔力が遮断された空間が存在するに気が付いた。
 内部で何が起こっているのかは不明だが、管理局がそちらに気を取られていれば、転移を捕捉される可能性が減る。
 無論、慎重に捕捉、追尾されないように、細心の注意を払う。
 念のため、一度近傍の無人世界へと転移し、そこで少し時間を置いて時の庭園へと向かうことにした。


 この時、エイレンザードとの交戦で手一杯だったアースラは、フェイトの転移魔法を捕らえることはできなかった。









 時の庭園の中庭。
 追跡が無いことを確認し、無事時の庭園へとフェイトとアルフは到着した。

「急だったから、母さんにお土産も何も無いね…」
「あの人が、あんな辺境のものに興味を示すかは疑問だけどね…」
「そう…だね、でもこういうのは気持ちだから」
『フェイト…?』

 女性の念話がフェイトに届く。
 やや低めの大人の女性の声。
 フェイトの“母親”プレシア・テスタロッサの声である。

「はい、母さん、報告があって戻ってきました」
『管理局のことね…それよりジュエルシードを持ってきなさい』
「はい…じゃぁ行って来るねアルフは待ってて」
「うん…言ってらっしゃいフェイト」

 微笑むフェイトを、アルフは不安な様子で見送る。

 アルフは“使い魔”である。
 使い魔は、主の魔力を分け与えられ、その存在を維持する。
 己を生かしてくれる主のため、身命を賭して契約を遵守し、主を守る。
 群れをはぐれ、瀕死の所をフェイトと、プレシアの使い魔であり、フェイトの魔法の師匠であったリニスに救われた。
 その後、アルフはフェイトと契約を交わし、フェイトの使い魔となった。
 アルフの過剰なまでのフェイトへの忠誠、愛情は、時に主とは意見を異にする場合もある。
 それが、プレシアのことだった。
 何が気に入らないのか、何かとフェイトの辛く当たるプレシアは、アルフにとっては「敵」だった。
 リニスが居た頃は、まだ違った、プレシアとフェイトの間に立ち、緩衝材となってくれていた。
 しかしリニスが契約を終え、消滅してしまってからは…

 アルフは僅かだが、主であるフェイトと精神的なリンクが存在する。
 互いの感情が僅かに共振する程度のリンクではるが。
 フェイトの母親への愛情、そしてプレシアに辛く当たられて際の、悲痛な感情。
 それがアルフには“痛い”のだ。









「っ!」

 手持ち無沙汰に、部屋の前をうろうろしていたアルフが、唐突に声にならない悲鳴を上げ。
 理由は、フェイトがプレシアに虐待を受けているから。
 精神的なリンクにより、フェイトの感情が流れ込んでくる。
 苦痛と悲しみ
 そして常人より優れた聴覚が、肉を打つ鈍い打音と、フェイトのくぐもった悲鳴を捉えてしまう。

「フェイト!…そんな!」

 理由は知れない、五つのジュエルシードを持ち帰ったフェイトが何故に打擲されねばならいなのだろうか?
 直ぐにでも部屋に殴りこみフェイトを救い出したいが、それは主であるフェイトに禁じれてしまった。
 アルフにできるのは、うずくまり、耳を塞ぎ、必死に耐えることだった。
 どれ程そんな時間が続いただろう。
 実際には五分かそこらだろう、しかしアルフにはそれが永劫に続く、地獄のような時間に思えた。
 きっかけは、何者かがすぐ近くに居ることに気が付いたこと。
 アルフは顔を上げる。

「あんた!なんでここに!」
「やれやれ、こっそりと情報を探って退散するつもりだったんですけどねェ…それよりご主人様を助けにいかないのですか?」

 気に食わない管理局の狗、エイレンザード・カタンがそこにいて、気に食わないツラをして、指を室内に向けた。

「それが出来たら!でもフェイトがダメだって言うから!」

 大粒の涙をこぼしながら、アルフが慟哭する。

「まぁ主の命令は絶対なんでしょうけどね…それ“だけ”では使い魔としては二流ですよ?」
「っ!」

 まなじりを吊り上げ、勝手なことを言うエイレンザードをアルフは睨む。

「精進することですよアルフさん」

 エイレンザードはそう言い捨て、躊躇わず室内へと踏み込んだ。








 惨い光景だった。
 魔力で編まれた紐で罪人のように吊るされたフェイト、バリアジャケットは裂け、体中に痛々しい傷を負っている。
 その傍らには加害者である、鞭を持った長い黒髪の女性、フェイトの母親、プレシアが立っていた。
 侵入者に気が付いたプレシアの鞭が杖と変わる、デバイスだ。

 同時にフェイトを拘束していた魔法がかき消され、崩れ落ちるフェイトを、すいっと移動したエイレンザードが受け止める。

「躾…というには少し過激すぎでしょう?プレシアさん」

 真面目な声音で、エイレンザードはプレシアの名を呼び、非難する。

「何者?」
「おや、お忘れですか?前にあったのは“ほん”の三十年くらい前でしょう、貴女とあの子が結婚しますって報告してきた時ですから」

 エイレンザードはプレシア・テスタロッサと、その配偶者を知っているようである。
 一方のプレシアは、結婚の一言に、顔をしかめながら、奇妙なデジャヴを覚えながらも、男を排除しようと、デバイスを持ち上げる。


「そんなブラフで私は――」

 瞬間、プレシアの表情が驚愕に歪む。
 かつての夫を「あの子」呼ばわりする人間など、一人しかいない。
 だが…

「思い出しました?とまれまずはフェイトさんの治療ですかね、こうゆう傷は熱を持つから辛いんですよ?」

 そう言い、抱きかかえたフェイトに治癒魔法を使う。
 淡い魔力光を放つ右手を傷口に沿え、ゆっくりと治癒を行なう。
 瞬間的に傷をふさぐような魔法ではなく、消毒と鎮痛と消炎、そして自己治癒能力を賦活する「ゆっくり」とした治癒魔法である。

「…エイレンザード先生」

 その魔力光に見覚えが会ったのだろう、プレシアが呆然と呟く。

「はい、正解です。あの子から聞いていなかったのですか?私のことを」
「…本当だったのですね」
「あなたは大概出来すぎの、あの子には過ぎた奥さんだったと思いますけど、ちょっと頭が固いのがアレですねェ…
 今テスタロッサの姓を名乗っていると言うことは、あの子とは別れたんですか?」

 答えないプレシアに対しエイレンザードは、ゆっくりと治癒魔法を掛けながら、ぶつぶつと二人が離婚した原因を挙げている。
「あの子に浮気するような甲斐性はないでしょうし…」「やはりプレシアさんが愛想をつかしたということですかねェ?」etc…
 プレシアは困惑するばかりで、互いに仕事が忙しく、自然消滅するように別れたと、いちいち説明する余裕は無い。

「うっ…」

 そんなことをしていると、エイレンザードの腕の中のフェイトが、身じろぎする。

「おっと、気が付きましたかな?」
「貴方は!」

 意識を取り戻したフェイトが、驚愕に目を見開く。
 手ごわい敵が何故か時の庭園に居て、しかも母であるプレシアの様子がおかしい。
 状況を全て把握できないまでも、エイレンザードを振り払うと、瞬時にバルディッシュを起動、プレシアを庇うようにエイレンザードの前に立ちはだかる。
 振り払われたエイレンザードは「おや」と間の抜けた表情を浮かべ。
 何もしませんよー?と言いたげに両手を上げる。
 構わずフェイトはサイズフォームに変形したバルディッシュに魔力刃を発生させ、エイレンザードに切りかかろうとする。

「止めなさい!フェイト!」

 それを静止したのは、プレシアだった。

「母さん?」
「貴方の敵う相手じゃないわ!」

 怪訝な声で母親に真意を問うフェイトに対し、プレシアはフェイトの聞いたことの無いような声、悲鳴のような声で、フェイトを止める。

「でも母さん、彼は管理局の…」

 全て言い切れず、フェイトの体がグラリと揺れる。
 治癒魔法というのは、結局の所治癒される側の力を使って傷をふさぐ魔法である。
 気絶から覚め、傷の痛みは消えても、実の所かなりの体力を消耗している状態である。
 到底魔法を使うような状態ではなかった、だが母親を守りたい一心で、フェイトは立っていた。
 しかし本拠地に敵が侵入したという非常事態であるのに、母の制止と悲鳴が、フェイトを困惑させた、緊張の糸が切れ、フェイトは再び意識を失い、崩れ落ちる。

「はいはい、まったくお母さん想いな娘さんだ、アルフさん!そこにいるのでしょう?フェイトさんを休ませて上げてください」

 崩れ落ちるフェイトを受け止め、エイレンザードがアルフを呼ぶ。
 部屋の外で、様子を伺っていたアルフが、恐る恐る室内に入ってくる。
 エイレンザードの腕の中でぐったりとしたフェイトを認識し、躊躇を振り切り、主人の下へ駆ける。
 プレシアを威嚇しつつも、エイレンザードの腕からフェイトを引ったくり、大事そうに抱えたアルフは、一目散に庭園内のフェイトの私室へ向かっていく。



 その後姿を見詰めながら、プレシアが昏い声で言う。

「何故とは聞かないのですね…」
「貴方の名前で検索すると、すぐに二十六年前の事故の記事が見つかりました…
 それからシリンダーの中の“彼女”も先ほど見つけましたよ」


 プレシアの表情が歪む。


 今から二十六年前。
 プレシアは最愛の娘を喪った。
 己が関わった魔導炉「ヒュードラ」の暴走事故によって。
 
 以来、プレシアは何かに取り憑かれたかのように、娘を“生き返らせる”ことに生涯を費やしてきた。
 しかし、、生者と死者を隔てる、彼岸と此岸の境界線は越えがたく…全ては悉く失敗に終わった。
 無理が祟ったのか、それとも死を冒涜した報いか。
 プレシアの体が病魔を蝕んでいた。
 時間の無いことを悟ったプレシアは最後の手段に出た。

 アルハザード
 失われた魔法の都
 時間を超越し、死者すら蘇らせるという秘法。
 御伽噺にすがるしか、プレシアにはもう残されていなかった。


「先生ならば、解ってくれませんか!?」
「何を理解しろというのです?」

 哀れむでもなく、ただ純粋に理解できぬ表情で、エイレンザードはプレシアの問いに返事を返す。


「貴方ならば私の気持ちを理解してくれてもいいでしょう!?愛する子供を喪う事を!それとも…そんな感情はもう擦り切れているのですか?」
「プレシアさん…」
「それとも長命種…アールヴというのは、人とは違う化け物なのですか!?」

 部屋に悲痛なプレシアの叫び声が響いた。




===
後書き的なもの

プレシアさん周りの独自設定がわんさかです
ご不快に感じたらすみません



[20549] 第7話後編
Name: madoka◆5b5f0563 ID:564ef698
Date: 2010/09/27 22:13
「ここは…」

 気絶から覚めたフェイトは、ぼんやりと天井を眺める。
 ここは時の庭園内の自分の部屋。
 自分はベッドに横たわり、横にアルフが居た。

「あ…アルフ?」
「傷は痛く無いかい?フェイト」
「うん…全然って!そうじゃないよアルフ、あの人は!?」
「あの管理局の男かい?あいつならあの人と何か話していたみたいだけど…」

 気絶したフェイトを介抱することに夢中だったアルフは、フェイトが気絶した後のことは何も知らないと言う。

「フェイト!まだ横になってなきゃダメだよ!」
「そんなことより母さんが…」
『起きたの?フェイト』

 身を起こしたフェイトにプレシアの念話が届く。

「母さん…あの管理局の人は?」
『あの程度の魔導師に、この私がどうこうできると思って?フェイト。今頃は次元の海で溺れ死んでいるわ』

 こともなげに言うプレシアにフェイトは、安堵し、そして母を守れなかった自分を責める。

「ごめんなさい母さん」

 そんな謝罪を無視するように、プレシアは淡々と用件だけを告げる。
 
『傀儡を一体付けるわ、上手く使いなさい』
「傀儡…?」

 フェイトの問いとほぼ同時に、ドアがノックされる。

「…どうぞ」

 そこに男が一人立っていた。

「貴方が母さんが言っていた傀儡?」
<Yes Lady>

帰ってきたのは無機質な合成音声。
身に纏っているのは黒いフード付きのローブ…そして仮面。
肌の露出は皆無、身長は190cmはあるが、ローブのせいで体型はわからない。
ただ一つ…生気がまるで感じられない。
アルフが警戒心を隠そうともせず、傀儡を威嚇しているが、気にする様子も無い。
人型の傀儡、制御はおそらくインテリジェントデバイス級のAIが行なっているのだろうか?
庭園の防御機構の傀儡兵とは見た目はまったく違うが、同じかそれ以上の性能のようだ。

「そう…よろしくね、名前は?」
<Please call to like it. Lady>
「名前は無いんだ…すぐには思いつかないけど、いい名前考えるから、今はあなたでいいかな?」
<I will leave it.>
「うん…じゃぁいこうか」

いってきますとプレシアに念話を飛ばしたが…返事は無かった。

























「え、先生居ないんですか?」
「ええ…そうなの、急に上から命令が来てしまってね」
「(色々好き勝手なことしてから、偉い人に呼び出されたに違いないの…)」

 フェイトと共同でジュエルシードの暴走体を封印した、翌日の放課後、臨海公園に赴いたなのはとユーノは、出迎えたクロノに連れられアースラへと転移した。
 正体がばれた後も、フェレットで通していたユーノが変身魔法を解除し、なんとなく互いに気まずくなったり、SFアニメの宇宙戦艦のようなアースラの内装に驚きながら、なのは達はアースラの最高責任者、リンディの出迎えを受けた。


「・・・(何ここ)」


 何か「外国人が考えた間違った日本」的な空間に通された。
 盆栽が飾られた野点の席“のような所”。
 抹茶…のようなモノと羊羹らしきモノを出される。
 抹茶のような何かに砂糖をぶちこむリンディに、なのはがびっくりしつつ、これまでの経緯を問われるままに答えていく。
 その最中ユーノが「あのエイレンザードさんは?」と尋ねた。
 なぜかリンディとクロノは、気まずげな表情で、エイレンザードがここに居ない理由を説明する。
 昨日、なのは達が帰った後、急にエイレンザードに命令があり、すぐに地球を離れたというのだ。
 リンディが何か取り繕うにフォローをしているが、なのはは「大人の汚い事情を自分に言わないように取り繕っているのだろう」そう判断し、とまれ、ようやくあのスパルタ授業から解放されることを密かに喜ぶ。

「まぁ先生のことはどうでもいいです」
「そ、そう?」
「(何か…おかしいな)」

 一方ユーノは、表情には出さなかったが、疑念を抱いていた。
 一言、念話で挨拶しても良いのだし、デバイス宛に通信があっていいはずだ、連絡が取りやすいように、レイジングハートを改造したのはエイレンザード本人なのだから。

「(…そう言えば、エイレンザードさんは、ミッドの地上本部所属だって言ってなかったっけ? それが理由かな?)」

 管理世界の人間には、時空管理局の“海”と“陸”の仲の悪さ、有名な話だ。
 遺跡発掘を生業とし、俗世にはあまり感心の無い者の多いスクライア一族。
 特に現場で発掘に勤しむ学者タイプはその傾向が強い。
 その典型であるユーノとて、“それ”くらいは聞いている。

「(折り合いが悪くて、エイレンザードさんが遠慮した?いやそれでもあの人の性格だから、それは無いな)」

 にこにこと微笑みながら、自分となのはを労うリンディ、真面目くさった顔で説教を垂れるクロノ。

「(執務官と提督…それに武装局員も居るんだよね…)」

 AAAクラスのフェイトを翻弄していたエイレンザードではあったが、それは一対一でのこと。数の暴力には抗し得ないのではない…?
 嫌な思考にたどり着いた、ユーノは、曖昧な笑みを浮かべながら、注意深く言葉を選んで発言することを意識し始める。

 なのはにしろユーノにしろ、短い期間だったが、あの妙な男…エイレンザードの影響を受けているのだが、幸い本人達は気が付いていないようだった。

 色々な意味で予想を裏切られたリンディは、内心の冷や冷やしながら、宣言する。

「これより、ロストロギア…ジュエルシードの回収については、時空管理局が全権を持ちます」

 その宣言になのとユーノがびくりと反応する。

「君達は今回のことは忘れて、それぞれの世界に戻って、元通りに暮らすといい」

 クロノがそう断言する。
 ユーノは思案気に顔を伏せ、なのは不服の意を込めて「でも!」と言うが、さえぎるようにクロノが「民間人の介入するレベルの話じゃない」と切って捨てる。
 それに対し、リンディがクロノを嗜める様に「まぁ、急に言われても気持ちの整理もつかないでしょう?」と言い。
 なのはとユーノに一晩猶予を与え、ゆっくり考えるように促す。
 しかし

「いえ、申し訳ありませんが、僕には発掘者として、ジュエルシードがしかるべき場所に保管されるまで見届ける義務があります」
「しつこいようだが…」
「これを怠ったとあっては、スクライアの名折れ、こればかりは譲れません」
「ユーノくん…」

 強い口調で断言したユーノになのはが驚く。
 なにせ普段はフェレットでペットくらいの感覚だったというのに、同い年くらいの男の子姿で、凛とした表情で言い切るユーノに。思わずドキっとしてしまう。

「あの!わたしにも手伝わせてください!」
「君もか…」
「ちょっと待ったなのは!」
「え?何ユーノくん」
「なのはが、手伝い、そう言ってくれるのはありがたいけど…まず第一に士郎さんと桃子さんの許しが無ければダメだよ」
「あ…」
「僕はともかく、なのはのことはそう言うわけですので、ありがたく一晩時間を頂きます」

 すでに自身がこの件に食い下がる事・・・微妙に協力というニュアンスではない・・・を断定したようにユーノがリンディに告げる。
 クロノが渋面を浮かべているが、最高責任者はリンディである。
 ユーノはクロノを無視し、リンディをまっすぐに見詰める。
 若干気圧された様にリンディが頷く。

「そうね、それが良いと思うわ」
「では後ほどこちらから連絡します。さ、なのは今日はこれでお暇しよう」
「う、うん(なんかユーノくんてばカッコイイの…)」










 アースラを辞し、帰宅したなのはとユーノ(フェレットに戻った)。
 まずユーノはレイジングハートをなのはから借り受け、エイレンザードへ通信をしてみたが、返信は無かった。
 それから二人で相談…と言うよりは互いに相手を説得しようとする。

「管理局に身柄を預けてしまえば、あの子…フェイトとは本当に敵同士になってしまって、なのはが望むようなことは出来ないと思う」

 互いに言葉を尽くしての説得、最中に放ったユーノの一言。
 それはなのはにとって看過できないことだった。


 何故あの子がこんなにも気になるのだろうか?
 キレイな透明な眼をした彼女。
 その瞳は何故かいつも哀しげだ。
 あの眼がいけないのだ、そうなのは思う。
 自覚があるわけではないが、なのはの幼いころのトラウマを刺激するのだ。
 よってフェイトと「お話」することは譲れない。
 しかし、ユーノの手伝いをしたい、自分の街を守りたいという気持ちも又強い。


 思案の末なのはは断言する。

「わかった…じゃぁこうしよう?お母さん達に相談してみて、もしOKくれるなら私はやっぱりユーノくんに協力する。
 それでだめって言われたら諦めるよ」
「う…」

 決意を秘めたなのはが、ぐっと顔を近づけてくる。
 ついさっき人間の姿を晒したというのに、少々無防備しやしないだろうか…
 そう思いつつ、少々下がったユーノを、なのはがじぃっと見詰める。
 だめだ…そうユーノは内心で嘆息した。
 短い付き合いでは有るが、その分密度が濃かったせいで、ユーノもなのはの“頑固”なところは良く解っている。

「仕方ないな…士郎さんと桃子さんの両方の許可が無い限りはダメだよ」
「まぁ…お父さんはお母さんさえ説得しちゃえば…わりとちょろいと思うの」
「なのは…なんかエイレンザードさんっぽいこと言ってるよ」
「にゃ!そんなことは無いの!失礼だよユーノくん、主に私に!そういうユーノくんだって随分黒いこと考えてると思うの!」
「そう…かな?ははは(だってなのはのこと守ってあげられるのは、今は僕だけだから…)」

 好きになってしまった女の子を守るためだ、頑張れ男の子!
 そんなエイレンザードの励ましが聞こえた気がするユーノだった。













 アースラ艦内

 夜間シフトになり、ブリッジから艦長室へと下がったリンディは、上着を脱ぎ、硬いブリッジの艦長シートと違う、座り心地の良い艦長室の椅子に身を投げ出した。
 端末を起動し、モニターにデータを映す。

「よくわからない人ね」

 自分で入れた煎茶に、飽和量を超える砂糖と、さらにはミルクが投入しつつ、モニターに映る男…エイレンザードを“そう”評した。
 戦闘データからは、魔力発揮値わずか二千五百、最大発揮値が一万、五倍近い瞬間出力というのは目を見張るが、事件に巻き込まれた現地の少女…高町なのはの魔力発揮値は実に百二十七万、最大値はその三倍、それから比べればすずめの涙にも劣る。
 しかし、今となっては、これが真実の数値なのか怪しいものだ、アースラの監視に気づいており、わざと魔力を抑えていた可能性もある。
 リンディも“現役”の巡察官と遭遇するのは初めてだった。
 所属が縦割り行政(少々意味は違うが)でミッドチルダ地上本部となっているが、職務内容は次元航行部隊と大差が無い。

 原則ノータッチの管理外世界が管轄、というだけでも珍しい。
 それだけに、とんでもないレアスキル持ちの可能性も否めない。
 管理局法における巡察官の権限は、かつてに比べれば見る影も無いが、こと「管理外世界における案件」を「巡察官が先に着手した場合」は執務官を超える権限を有している。
 ともすれば無意味な軋轢を生みかねないが、現役で動いている巡察官が少ないため、わざわざ改正することもないと、数十年放置されていたはずだ。

 それゆえリンディも判断を誤った。

 さほど力の無い魔導師。
 所属が形式上とはいえ地上本部。
 ロストロギアを独断で譲渡。
 
 今後の部隊運用の障害になる可能性があまりに高い。


「もう少し様子を見ても良かったわね…私も歳かしらね…」

 見た目こそ若いが、実の所、リンディはクロノの“母親”である。
 傍目には年の離れた姉妹にしか見えないというのが恐ろしい。

「クロノも二三日は安静にするようにということだし、武装局員も三分の一が負傷、動揺も酷いわね・・・指揮官失格だわ」

 想像外のアクシデントで使える手駒が削られてしまった。
 幸い武装局員達のリーダーは「いい経験ですよ」と笑っていた。
 今回のエイレンザードの捕縛に向かったのは、皆実戦経験の少ない(あるいはまったく無い)者ばかりだった。
 場数を踏ますつもりだったのだろう、リンディも提案されたメンバーを聞いてそれに気が付いたが承諾した。
 あれが全員ベテランばかりならば、違っただろうか?

『艦長』

 思案にふけるリンディの元にブリッジから通信が入る。
 クロノの副官でもあるオペレーター、エイミィからだ。

「なぁに?エイミィ」
『例のスクライア一族の子から通信が入ってます』
「こちらへ回して」
『はい』

 それはなのはとユーノがアースラに協力する旨を告げる通信だった。
 リンディはこれを快諾し…横合いからクロノが通信越しに口を挟んだが、黙らせた。

「手が足りないのよ・・・クロノ」

 指揮官の苦悩は深かった・・・



[20549] 第8話前編
Name: madoka◆5b5f0563 ID:80b75bbc
Date: 2010/10/08 01:31
 地球に戻ったフェイト達はまず拠点にしていたマンションを引き払らった。
 もちろん管理局に捕捉されないためである。
 適当なホテルに落ち着き、明日からのジュエルシード探索に備える。

 以前と違い管理局による捜索の目を盗んでの探索になるため、魔力、体力、気力の消耗はこれまでの比ではなくなると予想されていた。

「じゃぁまずはあなたの名前を決めようか」

 部屋はツインルームである。
 傀儡は認識阻害の魔法を使っているのか、ローブに仮面という怪しい風体にも関わらず、ホテルのチェックインの際も街を歩いている時も、誰からも注目されなかった
 ベッドにちょこんと座ったフェイトが、部屋の隅に立ちじっと動かない傀儡に話しかける。
 傀儡は相変わらず「どうぞお好きなように」と言い、それきり黙りこんだ。
 
「こんな奴「お前」でいいんじゃないかい?」
「アルフ…」

 フェイトの髪を櫛で梳きながら、アルフが毒々しい言葉を吐く。
 あからさまなまでの敵意。
 しかし傀儡は意に介さず、静かに佇んでいる。

「あなたのことを聞かせて欲しいな、ただの傀儡と違って、あなたはすごく賢いし」
<If you hope, I will answer it.>

 傀儡はそう答え、淡々と自身について語り始めた。
 曰く
 自分は傀儡人形と使い魔とインテリジェントデバイスを足して割ったような、特殊なアンドロイド(人型を模したロボット)であること。
 自身のメモリーには残っていないが、過去に滅んだ文明の遺産…つまりロストロギアであること。
 時の庭園の製作者が如何なる手段よるものかは不明だが入手し、防御機構の一部として組み込んだということ。
 自身をロストロギアたらしめていた「人造リンカーコア」ともいえる機関は壊れており、魔力を溜め込む「コンデンサ」としては機能するが、すでに大気中の魔力素を取り込み、魔力へと変換することはできず、魔力は時の庭園の動力炉から得ているのだという。
 防御機構としての特性から、防御遅滞戦闘が得意であり、魔法も色々と「プログラミング」されているということ。

「…ハルベルトでどうかな」
<Hellebarde?>
「うん、ハルバードのベルカ風な言い回し、この子がバルディッシュだから」

 フェイトが自身のデバイスを指して言う。
 バルディッシュとは三日月斧、クレセントアックスなどと呼ばれるポールウェポン(竿状武器)であり、ハルバードもまた斧槍、鉾槍と呼ばれるポールゥエポンである。

<Please call to like it.>
「じゃぁ今日からあなたはハルベルトだよ、よろしくね」
<Yes Lady>

 返事と共に傀儡…ハルベルトは恭しく礼をした。















 なのはがアースラに乗艦し一週間が経った。
 この間に捕捉したジュエルシードの反応は三つ。
 しかしなのは達が回収できたのはわずか一つ、残る二つはフェイトに回収されてしまっていた。
 痕跡を残さぬ様に行動しているにも関わらず、動きが早い。

「…あちらにも増援かしらね」

 アースラのブリッジ。
 スクリーンに映し出された各種の情報を眺めつつ、リンディは状況をそう判断した。
 AAAクラスの魔導師とは単独での動きではない(使い魔がいるとはいえ、使い魔の魔力は主人から供給されているからだ)。

「その可能性は高いようです、彼女とも使い魔とも違う魔力反応の痕跡が認められます」

 苦々しい口調のクロノ。
 フェイトの背後に見え隠れする黒幕に備えるため、クロノと武装隊はジュエルシードの回収には出ていない。
 それが歯がゆいのだ。

「次の回収が勝負になりそうね」

 なのはとユーノが乗艦する際、エイレンザードの捜査資料を持ちこんでいた。
 連絡を取ったユーノにたいし、なんの返事もなく、この資料だけが送られてきたのだという。
 嫌味たらしい話だ。
 とはいえその資料から、少なくとも五個か六個は海中にあると推測される。
 海中の探索は非常に困難なため、まず地上のジュエルシード回収を優先していたわけだが、次の一個が地上に落ちた最後の一個である可能性が高いのだ。

「状況によっては出てもらうしかないわね」
「望む所です」

 クロノが強く言う。
 最初の接触では最重要参考人…フェイトを逃がし、続くエイレンザードの拘束には失敗、無様にも殴られて昏倒している。
 これでは執務官としてのメンツが立たない。

「(エイレンザード巡察官は何をしているのかしらね…)」

 アースラの手勢から逃れた後のエイレンザードの消息は杳として知れなかった。
 ユーノやなのはに、自身が拘束されたことを伝えた様子もなく、連絡も取っていない。
 物思いに耽るリンディに、観測班がジュエルシードの反応を捉えたことを告げる。

「精査を急いで」
「了解!」
「なのはさん達に連絡を」
「了解」

 指示を飛ばしたリンディは、じっとモニターを見詰める。
 次元航行艦の探査能力でようやくとらえた微弱な反応。
 フェイトらはどうやってこれを捕らえ、先回りしているのか?
 何かがおかしかった。

「座標特定、郊外の山間部です…目標の近傍に魔力反応をキャッチ…パターンFです」

 F…フェイトの魔力パターンである。
 リンディは舌打ちをした、まただ。

「なのはさん!?」
「準備完了!いつでもいけます!」
「クロノ、出てもらうわ」
「了解です艦長。なのは、フェレットもどき、僕の指示に従うように」
「もどきいうな!…ってなのはまで笑うなんて酷いよ!」

 ユーノ抗議の声を掻き消すようにアースラの転送ポートが作動し、該当の空間へ転移する。
 海鳴市郊外、山中の上空に転移したなのは、ユーノ、クロノは同じく上空に居た、フェイト、アルフ…そして新手の魔導師である。

「フェイトちゃん!」

 なのはが声を張り上げフェイトに呼びかける。
 しかしフェイトを庇うように、二人の間を遮る様に、獣形態のアルフと新手の魔導師が前に出る。

「アルフ…ハルベルト…」
「耳を貸す必要は無いよフェイト!あんな甘ったれのガキの言うことなんかね」

アルフが辛らつな言葉を吐く一方、ハルベルトと名づけられた傀儡は何も言わず、ただ魔力を発し始める。

「うん…」

 躊躇いながらも頷いたフェイトがバルディッシュを握り直す。

「フェイト・テスタロッサ。遺失技術管理法違反で君を拘束する」

 クロノの宣言と同時に戦闘が開始した。
 障害をなぎ払うかのごとく、なのはのディバインバスターがアルフとノルドに放たれる。
 同時にクロノが前衛になりスティンガースナイプ…魔法弾を放つ。
 アルフがプロテクションを生成し、ハルベルトが無言で生成した魔力弾を放ち迎撃する。
 無論なのはのバカ魔力による砲撃は回避に専念する。
 一方でユーノは結界を展開しつつ、なのはのガードを努める。
 そしてフェイトは事前の打ち合わせ通り、ジュエルシードの回収に向かう。

「ユーノくんクロノくんここはお願い!」
「「えっ!?」」

 それを見たなのはがわき目も振らずそちらへ向かって飛び出す。

「待て!なのは危険だ!」
「もう言っても無駄だよ…援護しよう」

 なのはを妨害しようとするアルフに向かいユーノがチェーンバインド、強力な拘束魔法を放つ。
 奇襲のバインドだったがだったが、アルフはこれを二本まで回避する、しかし一本が後ろ足に絡みつき移動を制限する。
 クロノも渋面を浮かべながらだが、魔力弾の時間差連続射撃でハルベルトを釘付けにする。

「ちくしょう!ハルベルトここは任せた!無理しないでフェイトが封印するまでの時間を稼ぐんだよ!」

 バインドブレイク…自らを拘束するバインド魔法の構成に介入し、バインドを解除したアルフが無茶を言い切ると、ご主人様の元へと飛んでいってしまう。
 傀儡は無言でそれを見送り、その場に残ると無言で魔法を放った。

 バチリと空気が帯電した。
 電気に変換した魔力をほとんど収束させずに放つ。
 ユーノもクロノもプロテクションを展開しこれをなんなく防ぐが、結果としてアルフの戦線離脱を許してしまう。

「フェレットもどき…いけるか?」
「君こそ大丈夫かい?かなりの使い手みたいだよ」
「あの程度なら問題は無いね」
「じゃぁ任せるよ」

 ユーノはそういうと短距離転移を実行するべく魔法陣を展開する。
 させじとハルベルトが魔力弾を放とうとし、とっさに飛びのく。
 距離を詰めてきたクロノ、至近距離でお返しとばかりに魔力の拡散弾を放つ。
 ハルベルトは全身をカバーするシールドでこれを弾くが、ユーノの転移魔法が完成し、その場を離脱する、向かい先は当然なのはの元であろう。

「さっきから無口だが…なにか言うことは無いのか?」

クロノの問いにハルベルトは無言。
三人の中で最強であるクロノの足止めに、ハルベルトは成功しているのだ。
その思考は既に遅滞防御戦闘へシフトしており、手始めに、誘導弾の生成を始める。

「十五個…数だけは多いようだな!」

 一方のクロノはハルベルトを無力化、あるいは突破して本命であるフェイトを抑える必要がある。
 魔力の消耗を押さえながらは少々骨が折れそうだった…








注釈
ハルベルトのミッド語(英語)はエキサイト翻訳です^^;
文法おかしかったらすみません・・・



[20549] 第8話後編
Name: madoka◆5b5f0563 ID:c6ab109b
Date: 2010/10/15 06:49
前書き
今回、改行を44文字辺りで固定してみました。
(一文字程度と句読点の場合は無視)
あわせてフォントサイズを+1しています
多少見やすくなったかな?













「フェイトちゃん!」
「…」

 飛ばしに飛ばしたなのはがフェイトに追いつく。
 フェイトは無言でそれを迎えた。

「先生との約束、まだ守るつもりは…有る?」
「そうだね、そのほうが魔力の消費も少ない」

 フェイトがそう答えると同時に、ジュエルシードが発動する。
 暴走する魔力が周辺の木々を変貌させ、何時ぞやの樹魔が再び出現する。
 前回とは違い、発動したジュエルシードは一個。しかし、放つ魔力量は対して変わらない。

「レイジングハート」「バルディッシュ」

 二人が同時に己のデバイスを呼ぶ。
 レイジングハードがデバイスモードからシューティングモードに変形し。
 バルディッシュがサイズフォームからデバイスモードへと変形する。
 共に選択肢は砲撃魔法。
 少女達の祈りに応える様に、デバイス達の先端に魔力が集まっていく。

 レイジングハートの周囲の環状魔法陣が展開。
 桜色の魔法陣によって魔力が収束されていく。

 バルディシュを構えたフェイトが左手で空中に魔法陣を描く。
 帯電した金色の魔法陣がフェイトの足元と眼前に展開される。

「撃ち抜いて。ディバイン!」<Buster>
「撃ち抜け!轟雷!」<Thunder Smasher>

 桜色と金色、二条の砲撃魔法が暴走体に叩き込まれる。
 前回同様、魔力障壁を展開しこれを防ぐ暴走体。
 しかしものの五秒と経たず、二人の魔力に屈するように、圧しつぶされていく。
 ついには魔力障壁が砕け、砲撃が本体に届く、暴走体は閃光の中へと消えて行き。
 空中にジュエルシード…シリアルⅢが浮かび上がる。

<<Sealing Form.Set up.>>

 即座にレイジングハートとバルディッシュが封印形態へと変形する。

「ジュエルシード、シリアルⅢ!」
「封印!」

 なのはとフェイトの魔力によってジュエルシードが封印される。
 閃光が周囲を白く染め、なのは、フェイト共に、目をつぶる。
 それは一瞬のことであり、すぐさま二人は目を開け、互いを見据え、デバイスを構える。

「この続きも…あなたは彼との約束を守る?」
「守るよ…」
「いいの?今は管理局の指揮下にあるのでしょう?」
「ユーノくんが頑張って『現場の判断』をする許可を取ってくれから」
「そう…賢い使い魔だね」
「あーユーノくんは…まぁそんなのどうでもいいや、ねぇフェイトちゃんはどうしてジュルシード
を集めるの?」
「前にも言ったよね、あなたに言っても意味は無いって」
「でも!私は別にフェイトちゃんと戦い訳じゃないよ!?ただお話がしたいだけ!」

 なのはが叫ぶ。
 しかしフェイトは無言でバルディッシュをデバイスフォームへと戻す。
 それは拒絶の印であり、戦ってジュエルシードを勝ち取るという決意の表れ。

「…私が勝ったら、ただの甘ったれた子供じゃ無いって、解ってもらえたら、お話…聞いてくれる?」
「…っ」

 答えぬままフェイトが動く。
 ブリッツアクション発動。なのはの頭上に出現し、バルディッシュを振り下ろした。















「フェイト…」

 やや離れた位置からアルフが両者の激突を見詰めていた。
 見知らぬ少年が転移してきた、魔力のパターンからどうやらあのフェレットの人間形態らしい。
 こちらもフェイトとなのはの戦闘を見守るしかないようだった。
 アルフはユーノを無視した。
 万に一つ、フェイトが破れたならば、素早くジュルシードを回収し、フェイトを助けて逃げる。
 優先順位は当然フェイト、ジュエルシードの順だ、多分フェイトは怒るかも知れないが、知った
ことではない。

「フェイトが負けるはずない…」

 そう祈るように呟く。
 最初の遭遇ではフェイトが圧倒した、二度目は少々苦戦したがフェイトが勝った。
 
 フェイトの一撃をなのはが高速移動魔法で回避した。
 一週間前には使えなかった魔法だ。

「なんなんだよ…あの娘は」

 誘導弾が生成されフェイトを襲う。
 回避しながらフェイトがフォトンランサーを放つが、なのはのシールドがそれを弾き飛ばす。
 数週間前はただ魔力砲撃しか出来ず、とっさに使う防御魔法の使い分けも出来なかったなのはだ
ったが、今は自分の苦手な距離に敵を侵入させない術を覚え、プロテクションやシールドといった
性質の違う防御魔法の使い分けを覚え、フェイトと互角に戦っていた。







「(集中…集中するんだ)」

 なのははディバインシューターとフェイトのブリッツアクションに対抗するために編み出した高
速移動魔法フラッシュムーブを併用し、なんとか中距離を保ち、フェイトと五分の撃ち合いを演じ
ていた。
 とは言えけっして余裕があるわけではない。
 なのはの攻撃は殆ど回避されているが、フェイトの攻撃魔法はなのはは回避が出来ず防御魔法で
耐える形になる。
 少しずつではあるがダメージが蓄積していく。
 しかもフェイトは隙あらば自身が得意とし、なのはが苦手な距離、近距離戦を仕掛けてくる。

「(目で見ても間に合わない…魔力の流れを感知してっ今!)」

 フラッシュムーブ発動。
 間一髪、眼前に現れたフェイトの攻撃を回避、距離を取る。
 これは兄と姉が父から習う家伝の剣法に「心」なる視覚に頼らぬ技が有るが、その応用である。
 なのは自身は自分が運動音痴であるということもありこの剣法を習っていないが、皆の稽古を眺
めることは嫌いではない。
 門前の小僧習わぬ経を読む、という奴だ。

 しかし魔法戦闘には一日どころかかなり長のあるフェイトは、その程度の生兵法だけで優位に立
てるはずもない。

「アークセイバー」

 空振りしたフェイトだが即座に、打撃用の魔力刃を飛ばし、距離を取ったなのは目掛けて放ち追撃する。
 飛んでいく魔力刃はスピードこそ遅いが、ブーメランのように回転し、機動がひどくトリッキーで回避はもち
ろん、防御も難しい。
 結果…

<Protection>
「っ!」

 レイジングハートによる防御魔法の自動詠唱、オートガードでプロテクションが発動する。
 プロテクションは防御範囲が広い分防御力に劣る、それでもなのはの膨大な魔力によって生成さ
れたプロテクションは、飛来した魔力刃を食い止める。
 しかしこのアークセイバーという魔法はバリアに対し「噛み」つく性質がある。
 しかも

「セイバーブラスト」
「きゃぁぁっ!」

 フェイトがコマンドワードを唱えた瞬間、魔力刃が爆発した。
 至近距離での魔力爆発にプロテクションが耐えかねたように弾け、威力を相殺する、トータルで
なのはにはかなり魔力的な負荷がかかった結果になる。
 緩やかに墜落していくなのは。

「撃ち抜け、轟雷」

 追撃の砲撃魔法が容赦無くなのはを襲う。

「レイジングハートお願い!」
<Round Shield>

 体勢を立て直したなのはが防御魔法を展開する。
 防御範囲こそ狭いがもっとも防御力の優れたシールド系防御魔法。
 しかも結界魔導師であるユーノ直伝のラウンドシールドがフェイトのサンダースマシャーを受け
止め、防ぐ。防ぎつつ、すぐさまなのはは回避行動に入る。
 二度目の対戦時、フェイトがこの魔法を囮にしたことを忘れては居ない。

「あれ?」

 しかし予想に反し、フェイトが接近戦を挑んでこなかった。
 逆に自身の周囲に複数のスフィア…魔法弾の生成体を発生させ、フォトンランサーを次々と射出
してくる。

「わっ!わっわっわ!」

 ふらふらとだが危なげになのはが回避している。

「(大丈夫見えてる!この距離の撃ち合いなら私だって!)」

 苦手な回避行動に成功した、なのはが抱いた僅かな慢心。
 それは、フェイトが自身が望む位置に誘導されただけのこと。
 その空間になのはが侵入した瞬間。
 金色の魔法陣が展開、発動した設置型バインドがなのはを拘束する。
 愕然とするなのはに対し、フェイトのサンダースマッシャーが降り注いだ。











「わたしの勝ち…でいいかな?」

 開始早々に設置したライトニングバインドへとなのはを追い込み、とどめの一撃。
 万全を期すならば奥の手を使うべきかとも思ったフェイトであったが。
 まだジュエルシードは残っており、この戦場も管理局によって監視されている以上、奥の手は切
るべきではない、そう判断した。
 冷静かつ合理的な判断だ。そう何故か自分にフェイトは言い聞かせていた。

 代わりに放ったサンダースマッシャーにかなりの魔力を注ぎ込んだが、着弾点になのはの姿は無い。
 少し離れたところに居る結界魔導師の少年の所だ。
 着弾の瞬間、転移してきたユーノが強力なバリアを展開しそれを防いでいた。
 なのははバインドを破壊してはいたが、すでに戦意を失っているようだった。

「バルディッシュ」
<Yes Sir>

 ジュエルシードがバルディッシュへと吸い込まれていく。

「フェイトちゃん!」
「フェイト、まだ執務官がいる。ハルベルトが時間を稼いでいる間に逃げよう」

 なのはの叫びを遮る様に、主人の下へと駆けつけたアルフが言う。
『ハルベルト、大丈夫?』
《Yes. No problem》
『合流地点で会おう』
《Yes Lady》

 ハルベルトの返答に一抹の不安を残しながらも、フェイトは多重転移で管理局の追跡を振り切る
べく逃走を開始した。残るジュルシードは六つ、おそらくは海中にあるはずだった。


















「どうやらご主人様は君を見捨て、逃げたようだな」

 アースラブリッジからの通信で状況を把握したクロノが、降伏しろとハルベルトに告げる。
 ハルベルトは徹底した足止め、遅延戦術によりクロノをこの場に釘付けにしていた。
 クロノは途中から対フェイトに備えて魔力を節約したことを止めていたが、序盤の魔力消費を抑
えた結果、予想以上に苦戦し、突破に失敗していた。
 結果的に最初から全力で対処しなかった、クロノの判断は失敗だったと言える。
 しかし戦闘の結果だけを見れば、勝者は明らかにクロノだった。
 途中、ハルベルトが人間ではないと気が付いたクロノは、容赦なく魔法の物理干渉設定を変更。
 元よりそのようなな設定の無いハルベルトと、殺傷能力を持った魔法の応酬が繰り広げられた。
 ハルベルトは既に右足と左腕を喪い、消失した腕と脚の根元からは、血の様に赤い循環液を垂れ
流し、火花を散らしていた。
 身に纏う対魔法防御を施されたローブはずたずたになり、顔を覆う仮面にも亀裂が走っている。
 対するクロノもバリアジャケットに損傷を受け、頭部や腕に傷を負い血を流しているが、致命傷
というほどのものではない。

<Though it is regrettable. It doesn't become it according to your speculation.>
「思惑通りにはならないだと?」

 それは負け犬の遠吠えにしか聞こえない言葉だった。

<This is my Joker>

 ハルベルトの宣言と同時に、魔法陣が展開、合計五つの転移魔法陣から、魔導仕掛けの人形…
傀儡兵が出現する。
 本来「時の庭園」の防御機構の一部であるこれらを、ハルベルトは地球に持ち込んでいた、そし
て今この場に呼び寄せたのだ。
 同時に自身も転移魔法で逃げにかかる。
 ハルベルトには防御機構の上位存在としてこれらの傀儡兵に命令を下すことが出来る。
 そしてただの人形である傀儡兵達は自身の死…破壊を恐れず、クロノへ襲い掛かる。
 一体一体がAランクの魔導師に匹敵する傀儡兵達が五体。
 魔力を消耗し、負傷したクロノだが、敵ではない、敵ではないが、ハルベルトを逃がす程度の時
間は稼がれてしまうのは明らかだった。



「スティンガーブレイド!」

 放たれた魔力刃が最後の一体を破壊、停止させる。
 僅か三分、傀儡兵を全て破壊したクロノだが、その気は晴れない。

「すみません艦長」
「申し訳ないのはこちらもね、フェイトさんにも先ほどの傀儡にも逃げられたわ…」

 ついとクロノは海を見やる。
 残るジュエルシードが眠る海、沈んでいく夕日によって黄金色に輝く海は眩しいほどに綺麗で、
一層自分が惨めな気分になる。

「クロノくん」
「なのはか、怪我はないかい?」
「クロノくんこそ怪我してる!」
「かすり傷だよ、それよりそちらの援護にいけなくてすまなかった」
「ううん、わたしこそごめん、勝手に先走った挙句、ジュエルシード…」
「君は確かに素質のある魔導師だけど、まだ経験が足りない、仕方ないさ」
「そこをいくと君は、まんまとしてやられたね」
「うるさいぞフェレットもどき」

 クロノとユーノが何故か火花を散らす。

「ねぇクロノくん、特訓…してくれないかな?」
「特訓…魔法戦闘のかい?」
「うん、次は負けない、負けたくないんだ、フェイトちゃんに」
「…僕は厳しいよ」
「望む所だよ!」

 なにやら盛り上がる二人をユーノがじとーっとした視線で睨んでいたが、なのはは完璧にそれを無視したのだった…





[20549] 第9話前編
Name: madoka◆5b5f0563 ID:c6ab109b
Date: 2010/10/21 19:04



「ハルベルト!」

 ハルベルトと合流したフェイトは、その惨状に声を上げた。
 しかし傀儡は「何事ですか?」と返しただけで、自身の損傷など構いもせず、次なるジュエルシ
ードの回収はどうするか?と提案して来た。

「それも大事だけど、あなたの修理をしないと」
<No problem. Lady>

 問題ない、そう傀儡は繰り返した。腕が無いのは多少不便だが、足が無くとも飛行魔法で移動に
は困らない、気にする必要は有りません、そう丁寧な口調で淡々と言う。

「一旦、時の庭園に戻ろう、集まったジュエルシードを母さんに渡して、ハルベルトも修理しなきゃ」
「そう…だね、万全の方がいいんじゃないか?」

 気まずげにアルフも賛成する、何せ先刻の戦闘で、クロノの相手を丸投げした負い目が有る。
 感情というものを持たない傀儡は、フェイトの言葉は理解できなかったが、アルフの提案を受け、
合点がいったようだった。
 フェイトは損傷によって己の戦闘能力が低下していることを懸念しているのだ、と。
 しかし損傷のよる戦闘能力の低下と、ジュエルシードの早期発見を天秤にかければ、後者が重い
のは明らかな事実だった。
 ハルベルトは淡々とその事実をフェイトに告げる。

「そうじゃないんだ…そういうことじゃないんだよ」

 フェイトが首を振る、フェイトもこの傀儡が理解できない、ということは頭では解っているのだ。
 そしてハルベルトもまたフェイトがなぜこんなこと言うかは、解っていた、人間特有の「感情」
しかしそれをハルベルトが真の意味理解することは出来ない。所詮ハルベルトは人を模して作られ
た機械でしかなく、そういった感情を排し、合理的な判断を行なうことが「強み」なのだから。
 時の庭園の主たるプレシアから下された「ジュエルシードの回収」それがハルベルトにとって至
上命令であり、そこに「自分」という存在は無いのだった。

 結局、フェイトの意見は当のハルベルトが首を縦に振らず、命令もよりの上位の命令が有るため
聞き入れられず、応急修理のみを行い、次なるジュエルシードの回収に向かうこととなる。


















 アースラ艦内、トレーニングフィールド。
 乗艦の局員達が魔法の訓練を行なう空間である。
 模擬戦用のとりわけ大きな部屋で、なのはとクロノが対峙していた。
「執務官殿と現地協力者のすごい魔導師が模擬戦をやる」 
 話を聞きつけた局員達が集まり、ちょっとしたギャラリーが出来ていた、ユーノもそこ混じっている。

 ざわざわと騒がしい野次馬共を苦々しく思いながら、クロノはバリアジャケットを纏うと、自身
のデバイス、ストレージデバイスS2Uを構える。

「なのは、君エイレンザード巡察官から、何か魔法を習ったかい?」
「先生は魔法なんて一個も教えてくれなかったの!基礎基礎基礎って、防御魔法はユーノくんが先生」
「ふむ」

 つまり誘導弾、短距離高速移動魔法などは自力で覚えたということか…とクロノは内心で舌を巻
いた、天才的な芸術家じみた「直感」で魔法を使っているようだ。
 憤慨していたなのはがバリアジャケットを展開し終え、準備が終わる。

「とりあえず、普通に一回戦ってみようか」
「うん、わかった!」






 十五分後
 端的に言うとボロ負けしたなのはが恨みがましい目でクロノを睨んでいた。とはいえまったく怖
くなく、むしろ可愛いらしい。

「うん、とても魔法を使い始めて一ヶ月とは思えないな」
「それってフォローのつもりなの?クロノくん」
「お世辞抜きだよ、君は魔力量に恵まれているってのもあるけど、天才的な魔導師の素質があるよ」
「えへへ、面と向かって天才とかいわれちゃうと、なんだか照れくさいの」
「ただ、いかんせん経験値が足りない、こればっかりは素質でどうこうできる問題じゃないからね、
同程度のランクの魔導師には苦戦するな」
「そうだね…フェイトちゃんにも連戦連敗だし」

 ちなみにギャラリーは「あの歳であれとか…」とザワついているが、それについては割愛する。

「ある意味ではエイレンザード巡察官の授業は正しかったのかもしれないな…」
「どういうこと…?」
「それは・・・なんとかに刃物と言う奴さ、君みたいに素人だけど力だけはあって、しかも魔法を覚え
たての人間に、下手に戦闘用の魔法を覚えさせるなんてのは、常識的に考えて有り得ない、まず自
滅するか、暴走いして周囲に被害を撒き散らすからね」
「なんだか微妙にわたしもけなされているきがするの」
「気のせいだよなのは。
非常識な人間に見えたんだが、割とまともな所もあったんだな…



 某所にて
「ぶふぇっくしょん…うぅ、ぶふぇっくしょん…むぅ何者か私の噂をしてます、二回か悪口ですかね」
 エレインザードはくしゃみをしていた。
 (注:筆者の地元ではくしゃみの回数で「ひとつ褒めれら、二つ憎まれ、三つ見込まれ、四ただ
の風邪」という言い回しがあります)
 ソレハコッチニ\(゜ロ\)(/ロ゜)/オイトイテ



 その後クロノが仮想的としてフェイトに近い戦闘方法を取る形でなのはの訓練は延々と続くのだった。



 翌日、今日はクロノが忙しいということで、手持ち無沙汰ななのはユーノとアースラの食堂でお
茶をしていた。
 現在アースラはジュエルシードの捜索範囲を海上にまで広げており、捜索は難航していた。
 (地上の取りこぼしが有る可能性も有るので、地上の捜索もやめるわけにはいかなかった)

 お互いの身の上を語り合ったり(九歳児で身の上というのも大げさな言い回しだが)してしんみ
りしていると、艦内放送が不気味な警報をあげた。

「エマージェンシー、捜索域の海上にて大型の魔力反応を検知。繰り返す捜索域の海上にて大型の
魔力反応を検知、各員は直ちに所定の位置に」
「まさか…」
「フェイトちゃん!?」



 アースラのブリッジのスクリーンは警告を示す赤一杯になっていた。

「なんてことしてくれんてんの!あの娘達」

 エイミィが叫ぶ。
 スクリーンに映し出されているのは海鳴市沖合いの上空、そこに金色の巨大な魔法陣が展開され
ていた、言うまでも無くフェイトの魔法陣である。

「Arukas,Krutas,Eygias、煌きたる電神よ、今導きの元降り来たれ。Baruel,Zaluel,Browzel…」

 フェイトの詠唱に答えるように、魔法陣が雷気を纏い始める。
 儀式魔法を用い、海中のジュエルシードへと電撃を叩き込み、強制発動させ、位置を特定する。
 無謀ともいえる作戦をフェイトは実行していた。
 それを見守るのは使い魔たるアルフと、傀儡のハルベルト。
 獣形態のアルフからは表情は伺えなかったが、この作戦への不安と、主の安否を心配する様が見
て取れた。一方傀儡のハルベルトは淡々とフェイトのサポート、結界の展開とフェイトの儀式魔術
を助けるための天候操作の魔法を実行していた。
 時の庭園の動力炉から魔力を補給できるとはいえ、複雑な儀式魔法すらこなすとは、さすがはロ
ストロギアの端くれである。
 しかしその補助を持ってしてもフェイトの魔力の消費は激しい、位置特定後の封印は困難を極め
そうだった。

「撃つは雷、放つは轟雷、Arukas,Krutas,Eygias!」

 呪文が完成する。電撃を帯びた金色の魔力球が生成され、そこに瞳のような文様が現れる。複数
個に分裂した魔力球がサークル状に展開、雷の帯で輪を形成する。
 バルディッシュを振り上げたフェイトが、気合の声とともにそれを振り下ろした。
 雷が海へと降り注ぎ、余りの威力に海面が泡立つ。
 流し込まれた電撃の魔力流が海中へと行渡り…六つの魔力が反応する。
 青い魔力光の柱が六本、屹立する…ジュルシードだ。

「見つけた…残り六つ!」

 喘ぐ様に肩で息をするフェイトが、深紅の瞳に決意込め、ジュルシードを見据える。

「(ハルベルトのサポートがあったとはいえ…こんだけの魔力を打ち込んで、更に六つも封印なんて
…いくらフェイトの魔力でも限界を超えてる)」
「アルフ、ハルベルト、結界とサポートをお願い!」

 アルフの懊悩をよそに、フェイトが声を変えてくる。
 ハルベルトは黙って首肯し
 アルフは「任せといと!」と請け負う。何者がこようが、何事がおきようが、フェイトを守る。
という決意を込めて、言葉を返す。
 一方で六つのジュエルシードは発動と同時に暴走、青い電光を纏う竜巻と化し、フェイト達に襲
い掛かる。

「いくよバルディッシュ…頑張ろう!」

 ともすれば取り落としてしまいそうなバルディッシュを握り直し、フェイトが空を蹴った。











「なんとも呆れた無茶をする娘だわ!」

 アースラブリッジ
 スクリーンに映る現場の様子に、リンディが思わず声を上げる。

「無謀ですね、間違いなく自滅します」

 クロノが冷静に言う、発動はまだしもこの後六個ものジュエルシードを封印するのは、個人が出
しうる魔力の限界を超えている。畢竟フェイトが自滅するのは自明の理。
 ここまで慎重に行動してきた彼女達が、このような暴挙に出るからには、なにかを焦っているの
か?いずれにせよ、クロノ達にしてみれば、千遇一在のチャンス、これを利用しない手は無かった。

 アスーラのブリッジになのはが駆け込んで来、スクリーンに映るフェイトを認め声上げる。

「あのわたしすぐに」
「その必要は無いよ、放っておけばあの子は自滅する」

 ここ数日の付き合いで、少しなのはの性格を理解したらしいクロノが、皆まで言わずとも、なのはが現地へ向かいたい、と言うことはわかったのか、機先を制しなのはの言葉を遮った。

「っ!」
「仮に自滅しなかったとしても、力を使い果たした所で、叩けばいい」
「でも!」

 なのはの抗議の声を無視しクロノは捕獲の準備をするように告げる。
 その言葉になのはは二の句が告げなかった。
 そう言えばエイレンザードも同じことを言っていた、と思い出す、しかしただ冗談めかして言っ
ていたエイレンザードと、冷徹なまでのクロノの言葉は、まるで重さが違う。

 スクリーンには苦戦するフェイトが映し出されていた。
 ジュルシードの暴走体から放たれる蒼い電撃をかわし続けるだけで手一杯のようだ、アルフも先日遭遇した傀儡も結界の展開と、散発的な攻撃で手一杯のようだった。

「私達は常に最善の選択をしないといけないわ…残酷に見えるかもしれないけど、これが現実…」

 リンディの言葉にもなのはただ「でも」と呟くしか出来なかった。
 そこにユーノが念話で『行って!』となのはに告げる。
 いつの間にかブリッジにやって来ていたユーノをなのはが振り返り、無言で見詰め合う。

『行ってなのは!僕がゲートを開くから、行ってあの子を』
『でもユーノくん、私がフェイトちゃんと話をしたいのは、ユーノくんとは…』

 ユーノが淡く微笑む。

『関係ないかもしれない、でも僕はなのはの力になりたいんだ、なのはが僕にそうしてくれたみた
いに…』

 ユーノの背後のゲートが起動する、気が付いたクロノが声を上げるが、なのはが迷うを振り切る
ように走り出す。ゲートに駆け込むなのはとすれ違うユーノ視線が交錯する、そこにあるのは苦楽
を共にした、互いの互いに対する絶大な信頼だった。

 なのはがゲートに入り、リンディとクロノが動くが、遮るようにユーノが手を広げ、なのはを庇う。

「ごめんなさい。高町なのは、指示を無視して勝手な行動を取ります!」

 きっ!と決意を込めた表情でなのはが宣言し、同時に印を組んだユーノが転送魔法を発動する。

「君達は何をしたか、わかっている――!」

 クロノがユーノへと詰め寄ろうとし…果たせなかった。
 転移反応とともに一人の人影がユーノの横に出現したからだ。

「なかなか勇敢でしたよユーノ。頑張りましたね」
「エイレンザードさん…今までどこに!」
「それより君も行ってなのはを助けて上げなさい、ここはおじさんがなんとかします」
「はっはい!」

 唐突なエイレンザードの出現に、動けないクロノたちを尻目に、ユーノがなのはを追って転移する。

「エイレンザード巡察官…あなたという人はどこまで!」
「あなた方こそ、あれを放置というのはいささか正気を疑う判断ですよ?連敗続きでココがちゃん
とは働いていないのではないですか?」

 右手で頭部、左手でスクリーンに映るジュエルシードの暴走体を指す。

「なっ!」
『落ち着きなさいクロノ、それじゃぁあちらの思う壺よ!』

 激昂しかけるクロノをリンディが制する、ブリッジで暴れられても困るのだ、しかもここには非
戦闘員が何人も居る。前回のような戦法を取られれば、到底勝ち目は無い。

「六個同時発動です、早めに対処しないと、最低でもあの辺一体が消し飛びますよ?発動させたの
がフェイトさんだから関係ないとでも言うつもりですか?」
 
 スクリーンに映る暴走体の放つ魔力が膨れ上がっていく。
 その規模にオペレーター達が息を呑む。
 慌てて暴走体のデータを、悲鳴のように読み上げる。

「ジュエルシードを集めるフェイトさんのバックを抑えるためには、たしかにここでフェイトさん
が自滅するのを待つというのはに正しい判断でしょう」
「…何が言いたい」
「そのために管理外世界の地方都市一つ消し飛んだとしても…ま、あなた方には関係の無いことで
すか?「大の虫を生かすために小の虫を殺す」ことに躊躇いは無いと?」

 それをこの世界の、この街に住むなのはに許容しろと?言外にエイレンザードはそう言っていた。
 
「…それは」
「まぁなのはが行った事だし、なんとかなるでしょう。高みの見物と参りますか?リンディ提督」

 クロノの反論を遮るように、エイレンザードはそう言い、勝手に予備のシートに座った。
 菓子と茶まで用意し、完全に見物モードである。
 クロノがリンディにエイレンザード捕獲の許可を求めるが、リンディはそれを許さなかった。


 今はそれよりも優先すべき事態が眼前に迫っていた。




後書きめいたなにか

えーと感想を下さった皆さん、ありがとうございます。
つっこみの多い一話のブレイクインパルスは、もう少し考えて使うべきでした(汗
なんでしょうブレイクインパルスに良く似た別の魔法だと思っていただけると幸いです。




[20549] 第9話後編
Name: madoka◆5b5f0563 ID:c6ab109b
Date: 2010/10/21 23:38


「ジュエルシード暴走体の放出魔力、以前上昇中」
「さすが次元干渉型ですね、このままだと後十五分くらいで極小規模の次元震を引き起こしますよ」

 勝手に付いたシートでぺしぺしとキーボードを叩き、エイレンザードが状況をシュミレートして
いる。残念なことの本職顔負けの分析に間違いはなさそうだった。

「そこまで言われるなら、お手伝いにいかれたらいかがです?」
「楽しいジョークですね提督。私のような木っ端魔導師が、あの魔力乱流の中に飛び込んでみなさ
い、足手まといにすらならないですよ?」

 持参の大福を食みながらエイレンザードは笑うが、なにやらリンディの視線が痛い。
 そういえばその木っ端魔導師に一杯食わされた側としては、いろいろ思うことがあるのだろうか?

「まさに、血の滲むような努力も、神算鬼謀の知恵も、百戦錬磨の駆け引きも通じない『圧倒的な
暴力』って奴ですねぇ。そこを行くと人間てのはいくらでも駆け引きが通じるから楽なものです…
ま、Sランクともなると話が変わってきますけどね」

 フォローめいたことを呟きつつ、スクリーンを見やれば、現場になのはが着いたらしい。

「なのはとユーノだけで十分かと思いましたが、思った以上に暴走体の魔力が大きいですね、どう
です執務官殿、あなたもお手伝いにいかれては?」
「…」
「あら頑な…執務官殿の、ちょっといいとこ見てみたい~♪」
「ふざけないでいただきたい!」
「これは失礼。おっととりあえず現場の方は協力する方向で話が纏まったみたいですね」

 ユーノとアルフのチェーンバインドが、暴走体の拘束に成功している。
 その隙になのはがフェイトに魔力を分け与えていた。
 フェイト本人は戸惑っているようだが、デバイス…バルディッシュが自発的にシーリングフォー
ムへと変形する。それを見たフェイトが決断を下す。

「よく出来たデバイスですねぇ、さてなんとかなるかな?」


 なのはの足元に巨大な魔法陣が展開される。
 ディバインバスター・フルパワー
 その名通り全力全開の砲撃魔法が暴走体へ向け叩き込まれる。

 一方のフェイトの足元にも、雷光を放つ巨大な魔法陣が展開される。
 サンダーレイジ
 多くの神話において神の武器とされる雷の雨が、暴走体へと降り注ぐ。

 着弾の閃光と衝撃が(ハルベルトがじみーに展開していた)結界の中を吹き荒れる。

「ジュ、ジュルシード六個全ての封印を確認!」
「な、なんて出鱈目な」
「…でもすごいわ」
「地球の危機は九歳の女の子達に救われたわけですな」

 エイレンザードが嫌味たらしく一言付け加える。

 スクリーンの向こうでは六個のジュルシードをはさみ、なのはとフェイトが対峙している、なに
か悟ったような表情のなのはがフェイトに何事か呟く。

「何をしてるんだ、早く回収をしないと」
「無粋ですねぇ執務官殿」
「何を呑気な、あなたは邪魔をしにきたのか?」
「まぁあながち間違いでもないですね」
「何を言って…」


 その時、スクリーンの向こうで状況が動いた。
 これまで沈黙を保っていた傀儡…ハルベルトがジュエルシードを確保、虚を付かれなのはは愚か、
仲間であるはずのフェイトすら突然のことに動けない。

「させるか!」

 クロノが即座に転移。攻撃に移る。
 魔力と魔力のぶつかり合う、激しい閃光と爆発。

「くっ…」

 クロノはずたずたの右腕にかろうじて一個ジュエルシードを握っていた。
 残り五つはいずこかに転送されてしまう。
 リンディが即座に追跡の命令を出す。
 エイミィ以下オペレーターが総出で追跡にかかる。しかし
 ピーという間抜けな電子音と共に、機器がエラーを告げる。

「えっ?」

 再度コマンドを送る。再度のエラー。

「システムに重大なエラー発生、内部からのハッキング攻撃!?」

 ブリッジの視線が一斉に、唯一の部外者にして先ほどからペコペコとキーボードを叩いていた人
物、エイレンザードに向いた。

「すいませんねぇ、私も命が惜しいんですよ」

 いつの間にか席を立ち、転送ポートに居たエイレンザードが、首を隠していたローブをどかす。
 そこには禍々しい文様のデザインされた首輪が嵌っていた。

「ギアスの首輪…」
「命令に逆らうと首と胴体が泣き別れすることになるんで、勘弁してください」

 Bランクのロストロギア「ギアスの首輪」
 一言で言ってしまえば、まだ生きている生物を使い魔にする、おぞましい首輪である。
 命令に反抗すれば、激痛が全身を襲い、最悪首と胴体を両断する。

「さて、では失礼しますね」

 そう行って勝手に転送ポートを作動させる、リンディが停めようとするが、それも虚しくエラー
を返す。

「…なんてこと」

 あまりに予想外の事態にリンディが歯噛みする。







「ハルベルト!何をするの!」
「フェイト、逃げるよ」
「アルフ放して!」

 六個全ての転送に失敗したハルベルトがクロノに飛びつく。
 傀儡ゆえの怪力でクロノを物理的に拘束する。
 同時に、異常な魔力を発し始めた。

「ハルベルト!」
<Sorry. Lady>

 ジュエルシードを引っつかんだアルフがフェイトを連れて転移すると同時に、周囲を閃光が包んだ。
 全魔力を衝撃派に変換した自爆攻撃。
 なのはを庇ったユーノの防御魔法がビリビリと震えるほどの衝撃。それを至近距離で受けたクロ
ノは、バリアジャケットのパージ機能が発動する程のダメージを受け、墜落していく。慌ててなの
はが拾い上げ事なきを得たが、クロノは意識を失っていた。
 ハルベルト“だった”パーツがバラバラと海上へ落下していく。

「なんでこんな…」
「あちらは二人とも酷く消耗していたから…二人を逃がすにはこうするほか無かったんじゃないかな…」

 傀儡は生物ではない、しかし自発的な意識を持つ物の「死」とも言える犠牲に、幼い二人は激し
い衝撃を受けていた。
 なのははぼんやりとフェイトのことを思った、さしたる面識も無かった自分がこれ程の衝撃をう
けるのならば、今フェイトはどんなに悲しいのだろうか…と。


 アースラに回収された後、クロノを医務官へ引き渡し、色々と後始末が終わった所で、なのはと
ユーノはリンディに呼び出された。
 まずは命令違反のお説教である。
 とは言え、結果的にジュエルシードの暴走による被害を防いだこともあり、説教以上のお咎めは
無しだった。むしろ最大の案件は…

「エイレンザード先生が?」
「そんな…」
「もちろんロストロギアによって生命を脅かされていたことは考慮されますが…無罪というわけに
はいかないでしょう、この件に関しては本局と地上本部に判断を委ねていますが…ただ今後彼が私
達の敵として出てくる可能性は高いです」
「…」

 重苦しい空気を払うように、リンディはなのはとユーノに一時帰宅を提案した。ジュエルシード
は全て封印されたわけだし、フェイトもあれだけの魔力を放出し、さらには傀儡を失った以上、直
ぐに動くということはまずない、特になのははあまり長期間学校を休むのはまずいので、満場一致
でなのはたちは明日地球へ戻る事となった。





 なのは達が退出した後、入れ替わりでクロノとエイミィが入室する。
 今後を話し合うためだ。

「こちらが確保したのが最終的に七個…たった七個ね」
「エイレンザード巡察官が保険として確保していた分があちらにあるとすれば、プレシア・テスタ
ロッサ女史の方には十四個有る計算になります」

 エイレンザードの捜査資料とこれまでの調査でフェイトの背後にいるのが、プレシアであること
は解っていた、二十六年前のヒュードラの事故後、地方へと放逐されたプレシアの足取りはまった
く不明で、調査を依頼した本局からも芳しい返事は返ってきていない。
 それゆえに何故プレシアがこのような事件を引き起こしたのかも不明なままである。
 とはいえジュエルシードは所持だけで逮捕の理由になる。

「近傍の空間に拠点が有るのは間違いがないだろうから、捜索を地上から次元空間にシフトする…
しか今は手が無いわね」
「後手に回りますね」
「まぁそれはいつものことよ、とにかくクロノもきっちり休んで万全の状態にしておいて頂戴」
「は、はい…」

 大魔導師と呼ばれたプレシア、押さないながらもAAAクラスのフェイト、そして不気味な実力
を持つ得体の知れないエイレンザード、リンディの頭痛の種は尽きそうにない。

「(こうなれば、なのはさんのご実家のケーキ、たっぷり買ってこないと、やってられないわね)」

 ざぱざぱとお茶に砂糖を投入しつつリンディは決意するのであった…















[20549] 第10話(仮)
Name: madoka◆5b5f0563 ID:bd863772
Date: 2010/12/03 13:10
前書き
偉く難産だった十話です(11月は決算期だったというのもありますが^^;)
後で改稿するかもしれません
プロット通りの結末にはなっていますのそこをいじるつもりはありませんが
色々と上手く頭の中の文章を文字に出来ないシーンが多くて
(年末年始の繁忙期で)
このままだとずるずる放置しそうなので思い切って投稿いたします。

このような行為はご不快な方はブラウザバックをお願い致します。
















「随分と無茶な作戦を」

 時の庭園の一室、地球の映像…海上で儀式魔術を行使するフェイトをそう評した。
 現在のフェイトの実力はたしかに高いが、それは『化け物』と呼ばれる段階にはない、広域魔術
によるジュエルシードの強制発動、その後の封印をこなすのは、不可能である。
 おそらくアースラ側はフェイトの自滅を待つだろう、フェイトの捕獲とジュエルシードの封印は
なのはとクロノ、そしてリンディがいれば可能だからだ。

「…本当に馬鹿な子」
「貴方のためでしょう?プレシアさん」
「…」

 エイレンザードの問いかけにプレシアは答えず、沈黙する。

「まぁいいでしょう、お膳立ては整えました、あとは運が貴方を味方してくれることを祈っていま
すよ」
「よろしいのですか?」
「管理局のことですか?別に次元航行艦の艦長くらいなら、なんとでもなりますよ。今の管理局の
お偉方の弱みはかなり握ってますからね」
「そうですか…最後に一つ聞いてもよろしいですか?」
「なんです?」
「あの人は今何を?」
「…十年程前に、フィールドワーク中に魔獣に襲われて、以来行方不明です」
「そう…ですか」
 
 それは事実上の死亡と同義であったが、エイレンザードはあえて行方不明と言った、それがプレ
シアを慮って言ったのか、自身がそう信じているのか、その能面のような、感情の篭っていない笑
みからがうかがい知ることはできなかった。
 プレシアもそれ以上追求することはなく、エイレンザードは転送ポートへと向かう。

「ではプレシアさん良い旅を」

 あっさりと言い、エイレンザードはアースラの艦橋へと転移していく、それを黙ってプレシアは
見送った、それが二人の最後の別れとなった。






 海上での予期せぬフェイトとの共闘、その翌日、なのは、ユーノは地球へと帰還し、リンディは
高町家の両親へのフォローを兼ねてそれに付き添い地球へと赴いた。
 山ほど甘いものを買い込みリンディはアースラへと戻り、なのはは久々の登校、友人と遊んだり
と忙しい。
 そんな中、友人アリサ・バニングスが拾った怪我をした大型犬…フェイトの使い魔アルフと予期
せぬ邂逅を果たす。
 アルフはフェイトの保護を条件に、プレシア側の内情を管理局に暴露。
 アルフが告げた座標を捜索したものの、そこにプレシアの本拠地である時の庭園の姿はなく、す
でに移動したあとであったが、なのはの提案を受けクロノはある作戦を立てるのだが…







 なのはが地球に戻って三日目、アースラへと再び赴く日の朝がやってきた。
 臨海公園へと向かう途中、アルフが合流し、三人は臨海公園の人気の無い一角へと向かう。

「フェイトちゃん!いるんでしょう?」

 なのはの呼びかけに対し、黒衣の少女…フェイトが現れる。

「フェイト…」

 アルフですら見たこと無いような昏い瞳をしたフェイトは無言でバルディシュを構えた。

「ごめんね」

 フェイトはひとこと謝罪の言葉を漏らし、なのはに襲い掛かった。






「始まったな」
「なのはちゃん、大丈夫かな?」

 アースラ艦内、エイミィ専用の情報処理ルームで、クロノとエイミィは、モニターの向こうで開
始された、なのはとフェイトの激突を観察していた。

「なのはに悪いが、この勝負の結果はどっちに転んでも構わない、目的はあくまでプレシア・テス
タロッサをおびき出すことだ」
「うん…そうだね」
「頼りにしてるんだ、しっかりしてくれよ」
「おう、任せて―――っ!」

 エイミィがクロノに答えようとした瞬間、モニターが赤く染まった。



「ダメです!一切の制御を受け付けません!」

 アースラのブリッジでオペレーター達が悲鳴を上げた。
 原因は突如発生した航行システムの暴走である。
 あらゆる制御をつっぱね、アースラ本体の行動を司るシステムが勝手に作動している。
 先日のエイレンザードによるハッキングの後、徹底した「掃除」をしたはずである。

「転送システム起動、通常空間に転移します!」
「総員!ショックに備えなさい!」

 艦長シートのアームレストを握りつぶさんばかりに握り締め、艦長であるリンディにできたのは
月並みな命令だけだった。
 次元空間に停泊していたアースラは次の瞬間、通常空間へと転移、地表へと激突する。

「位置は!」

 激突のショックをやり過ごしリンディが叫ぶ。

「第97管理外世界、惑星地球、太平洋上の…無人島です!」
「激突のショックで防御システムがエラーを返しています!」
「外部の映像出ます!」

 メインスクリーンに外部の様子が映る。
 岩ばかりの狭い無人島だった、かつては人が住んでいたのか、僅かに生活の痕跡が残っている。

「艦周辺に封鎖結界及び隠蔽結界を確認、完全に…閉じ込められています」
「システムの復旧を急ぎなさい、結界の破壊を武装隊に――」
「艦長、次元震です!」

 オペレーターの一人が悲鳴を上げた。
 それはプレシアが、ジュエルシードを発動させたことによる次元震のだった、“ある”目的のために。
 さらにオペレーターに悲鳴を上げさせる事態が発生する。

「大規模魔力反応を検知…これは転移魔法です!」

 アースラの周辺に大量の魔法陣が浮かび上がり、そこから大小様々な、中世の甲冑のようなモノ
がせり出してくる。

「魔導人形…傀儡兵の転移を確認、50、60、70、80、次々と転移してきます」
「武装隊出撃!アースラの防衛を!」

 リンディの命令と同時に、砲撃型の傀儡兵の一斉射撃がアースラに殺到する。
 出撃した武装隊がシールドを展開し、これを弾き返す。
 現在アースラに搭乗している武装局員は四十名。
 全員Aランク、隊長に至ってはAAランクの精鋭である。
 対する傀儡兵の総数は百体以上、魔導師程の臨機応変さは無いが、一体一体がAランクに相当す
る性能を持つ。
 それが徒党を組んで襲い掛かってくるのだからたまらない、アースラが動けない上に、防御機構
も沈黙しており、武装隊はアースラの防御で手一杯になる。
 
 スクリーンに映し出される戦況を観察しリンディは歯噛みする、自身が出撃すれば防御を担当し、
武装隊を攻勢に転じさせることも可能だが、しかしそれでは艦の指揮に支障をきたしてしまう。

「クロノ!」
『わかっています艦長』

 S2Uを起動したクロノが外へと飛び出し、傀儡兵の駆逐を始める。
 クロノの広域殲滅魔法が解き放たれ、傀儡兵がまとめて吹き飛ばされるるのを見て、ブリッジに
歓声が上がる。
 リンディも安堵から一瞬気が緩んだ、その瞬間――

「チェックメイトです、ハラオウン艦長」

 リンディの首筋に大振りの刃物が突きつけられていた。

「エイレンザード…巡察官」
「全員おかしなマネはしないこと、無為に命を奪うようなことはしたくないんでね」

 エイレンザードはブリッジのオペレーター達の首をバインドで拘束しながらそう言った。
 同時にリンディに武装隊への戦闘の停止を命じる。

「妙な“そぶり”をすれば、そのバインドが君たちの頚椎をへし折ります」

 オペレーター達の表情が凍りつく、先の戦闘時は特殊な幻影魔法を使っていたようだが、今自分
たちの首を拘束するバインドは、たしかに僅か…きつく締めたネクタイ程度だが首を圧迫している。
 リンディは頷くしかなかった、魔導師としてのランクはリンディの方が高いが、リンディは最後
衛の支援型魔導師である、リンディが何かする前に、オペレーター達を皆殺しにし、同時にリンデ
ィの首をエイレンザードのナイフが掻き切る方が早い可能性が高い。
 おそらくエイレンザードは躊躇わず実行するだろう、資料で見たことのある旧暦時代の戦争の映
像に移る兵士…彼らと同じ目を今エイレンザードはしている。

 嘆息し、リンディは戦闘の停止と、武装の解除を命ずる。
 同時に傀儡兵達も戦闘を停止する、どうやらエイレンザードがコントロール権をもっているらし
かった。

「艦のシステムを乗っ取り、戦闘要員をおびき出し、中枢を制圧する…随分と手馴れてますの」
「次元航行艦持ちの犯罪者…所謂“海賊”連中を一網打尽にするとき十八番でしてね、流石に二日
も換気ダクトで我慢は骨が折れましたよ」
「内部に潜伏していたのですか…」
「慣れてますんでねこーゆーのは、さてオペレーターAくんまずはなのはとフェイトの様子を出し
て、Bくんは次元震の方よろしく」

 リンディが指示に従うように促し、両名はエイレンザードの指示を実行する。
 スクリーンに海上で激突するなのはとフェイトが映し出される。
 一方で次元震の規模はすでに小規模といっても差し支えない段階に達していた。

「ふむ、これはなのはの勝ちかな」

 バインドで拘束したフェイト目掛けなのはの収束砲撃魔法が叩き込まれれた。
 思わずブリッジの誰もが息を呑む、到底一月程前に魔法を知った、九歳の子供の技ではない。

「すごい…」
「むしろ惨い、と言うべきでしょうね」

 なす術もなく砲撃を受けたフェイトが海上へと落下していく。
 リンディは苦々しい表情のエイレンザードを訝しがったが、追求できる状況ではなかった。

「さてここからは余り気持ちの良いショーではないですよ艦長」
「何を…」
「艦長、通信が…これはプレシア・テスタロッサからです!」
「それを海鳴のなのは達の所へ回して」

 逆らえる状況ではないため、オペレーターは指示通り、通信を仲介して日本へと飛ばす。

『フェイト…』







 エイレンザードの言ったとおり、そこの通信の内容は誰もを不快にするものでしかなかった。
 プレシアのフェイトへの罵倒、その出生の秘密、ジュエルシードを使う目的。
 狂気の沙汰というほか無い。


『時間稼ぎをありがとう、巡察官殿』
「お褒めにあずかり光栄です、どうぞ良い旅を」

 微笑むエイレンザードに対し、プレシアは何かを呟いた。
 それはミッド語ではなく、その場に居る者達には理解は出来なかったが、エイレンザードには解
ったらしい。
 エイレンザードも同様にミッド語ではない言葉で返した。

 通信が終わり嫌な空気と沈黙の中次元震による“空間そのものの震え”が支配するブリッジにク
ロノが現れる。
 激戦を物語るように、満身創痍のままデバイス…S2Uをエイレンザードに突きつける。
 
「あなたは何をしたかわかっているのか!」
「悲しい悲しい母親の願いを叶える手伝いをしただけですよ」
「それに、世界を、そこに生きている人間を巻き込む権利なんてあんたらには無いだろう!」
「そうですね、だから私が無い知恵を捻り、拙いながら索を練りました」
「何を訳の分からないことを!」
「それより忙しくなりますよ、約三十分程で時の庭園は次元の狭間に落ちます、一応空間の異常安
定点で発動してもらいましたから、致命的な断層が発生するまでは若干猶予があります。アース
ラは全力でこれを押さえ込みます」
「異常安定点、近傍にあるのですか?」
「地球を中心にこの辺の空間は私の職場ですからね。あそこは以前にやばいロストロギアを処分し
た時にも使いましたが、問題なかったので大丈夫です。とはいえ流石に今回は掘っておいても大丈
夫とは言え――」

 クロノが声にならない激昂と共に、エイレンザードを殴りつけた。
 バリアジャケットの篭手の突起が引っかかったのだろう、殴られたエイレンザードの顔面が裂け、
ぼたぼたと血が滴り落ちる。だがぐらつくことも無く、折れたらしい奥歯を吐き出したエイレンザ
ードは、クロノを見詰めると、冷めた様子で言葉を紡ぐ。

「しっかりと魔力を回復しておいて下さい執務官殿、断層発生級の次元震を押さえ込むんです。
フェイトさんは無理でしょうが、ユーノとなのはにも参加してもらう必要があります、直ぐに回収を。
そろそろ出発しないと、間に合いませんよ」
「…クロノ、今はそうするしかないわ」『私たちの負けよ』
「くっ!」

 悔しげに顔をゆがめたクロノにリンディは僅かな時間だが休息をするように命じる。
 渋々引き下がったクロノがブリッジを出て行く。
 エイレンザードが「これは嫌われたなぁ」と苦い表情を浮かべている。
 リンディは既にエイレンザードが刃物を自身に突きつけていないことに気が付く、見ればオペレ
ーター達の拘束も解かれている。
 各所にこれからの行動予定が転送され、全艦上げて、次元震を押さえ込む体制に移行するように、
あとはリンディの号令を待つのみとなっている。
 リンディは諦めたように指示に従うように、全艦に命令を下すと、疲れ果てた様子でシートに座
り込んだ。
 エイレンザードがどこから出したのか、お茶を出す。

「中東風の緑茶です、ミントと砂糖入りで美味しいですよ」
「神様気取りも大概にしないと敵が増える一方ですよ、エイレンザード・カタン巡察官」

 リンディの言葉にエイレンザードは自虐的な笑みを浮かべ「なんのことです?」と返した。
 そんなエイレンザードにだけ見えるようリンディは小さなスクリーンを呼び出し。本局から送ら
れてきた、エイレンザードの個人情報を映し出す。
 通常の個人情報よりも情報量の多い…査察部の使う個人情報である。

「酷いなプライバシーの侵害ですよ」
「名前と性別と役職以外全部塗りつぶされたモノのどこにプライバシーがあるんです?」

 リンディの言うとおり、エイレンザードの個人情報データには名前と性別「巡察官」としか記入
されておらず、それ以外のすべての項目が「機密事項」の文字で塗りつぶされていた。
 査察部の資料に機密とは尋常ではない。

「次元航行艦のシステムを乗っ取りつつ、百体近い魔導人形を操る、魔力こそ消耗しませんが“た
だの魔導師”には不可能です」
「マルチタスクの処理能力は訓練次第で幾らでも鍛えられますよ、まぁここまでする必要は今のご
時世ではそうはないでしょうけどね」
「…必要な時代に生きていたような言い方をされますのね」
「戦争の多かった時代には、それこそ千体のゴーレムを同時に操った伝説の魔導師もいましたねぇ」
「アールヴ」

 リンディがはぐらかすようなエイレンザードのものいいを無視し、その単語を呟く。

「なんだ知っていたのですか?」
「ご親切な方が“忠告”してくれたのですよ、あなたの件を上に報告した際に」
「将来を嘱望されているといるようですが、あまり貸しを作ると後々面倒ですよ」

 「いずれ知ることだから」と前置きしてリンディに“のみ”告げられたエイレンザードの素性。
 長命種
 アールヴ
 アルハザードの落とし仔、遺伝子操作によって生み出された、長命なだけの“奴隷”種族。
 御伽噺の世界の住人が、眼前で苦笑していた。

「お幾つなんです?」
「さぁ?数えたことはありませんが、プレシアさんの言うアルハザードの世界というのは知りませ
んよ、偶然残っていた培養槽が戦争で作動して生産されたのでね。以来戦乱を逃れてあちこち転々
としました、地球にも長いこと居ましたが、今から二百年くらい前ですかね、ミッドから『次元世
界を平和にするから手を貸してくれ』ってどこから聞きつけたのか、スカウトがやってきましてね」

 淡々とエイレンザードは身の上話をする、その男の熱心な勧誘に負けてミッドへと赴き、戦乱に
身を投じた話。
 何十年間と闘争が続き、ミッドを中心に次元世界が平定され、平和維持機構が作られ、巡察官と
して働くことになったこと。
 管理局が正式に発足し、暦が新しくなり、次第に一線を退いていったこと。

「ここ五十年は好きに生きてますよ、この辺りの管理外世界を回って、子供を拾ったり、海賊を退
治したり、密猟団をとっ捕まえたりとね」

 さて無駄話はこれで終わりです、そういったエイレンザードが踵を返した。

「どこへ行かれるんですか?」
「フェイトさんの所へ」
「あの子の処遇ですが」
「お任せしますよ、渋る輩いるようなら私に回してください」

 まぁそんな必要はないでしょうけどね、そう言いエイレンザードはブリッジから消えた。






 アースラ医務室
 ベッドの一つにフェイトは寝かされていた。
 別段体に異常があるわけではない(なのはの魔法で撃墜はされたので健康というわけではないが)
しかしその表情は虚ろで、焦点を失った紅い瞳には昏い。
 ベッドの傍らには人型のアルフが付き添っているが、なす術も無く、ただそこに居るだけであった。

「やぁフェイトさんにアルフさん」
「あんた…管理局を裏切ったんじゃないのかい」
「まぁプレシアさんに協力していたのは事実ですね」

 プレシアということばにフェイトがビクリと反応する。
 エイレンザードはその様子に痛ましいものを感じながらも、表情に出すことなく、アルフの反対
側へと立った。

「さてフェイトさん、私は貴方に謝罪をしなくてはなりません。私はあなたから、プレシアさん…
母親と心通じ合わせる機会を永遠に奪ったその罪は管理局への背信などより遥かに重い」 

 フェイトが虚ろな表情をエイレンザードへと向ける。

「全ての事情をプレシアさんから聞いた上で、彼女に協力しました」
「…」
「私にはプレシアを説得することも出来た、ですが私はプレシアさんに協力した、つまりプレシア
さんを“殺した”のは私です」
「っ!」
「次元の狭間の向こうにアルハザードがあったとしても、そこにたどり着ける可能性は万に一つよ
りも少ない、私はプレシアさんを死出の旅へと誘った、つまりは自殺幇助ですね」
「…てやる」
「フェイト?」

 小さな声でフェイトが呟いた。

「ころして…やる」

 どす黒いまでの憎悪、この心優しい少女が生まれて始めた抱いた、他者への悪意。
 その激しさに使い魔であるアルフが慄く。
 力の入らぬ腕をもがく様にエイレンザードへと向けるフェイト、しかしその手をエイレンザード
は無情にも払いのける。

「どうやら生きる意志が湧いてきたようですね、いつでも私を殺しにいらっしゃい、私もただで殺
されるわけには行かないですからね、精々研鑽することです」
「…あんた何を馬鹿なことっ」

 恐怖に表情をゆがめながらアルフが叫ぶ。
 しかしエイレンザードはいいのですよ、と言わんばかりに首を振る。

「あと二十分ほどで時の庭園は次元の狭間へ落ちます、そのままでは次元震で周辺に被害が出るの
で、今この艦はそれを押さえ込むために現場へ向かっています。あなたの“母親”を、自分の欲望
のために数多の世界を滅ぼした希代の犯罪者、愚かな母親として歴史に名を残させ、その旅立ちを
汚すか祝福するかは貴方が決めるといい」

 どちらにしろ今は少しおやすみなさい、そういってフェイトの額にエイレンザードは指を押し付
け魔法を使うと、フェイトの意識が闇へと落ちていく。

「圧縮睡眠系の回復魔法です、十五分程で目が冷めるんで安心なさい」
「…なんであんたはこんな」
「アリシア…フェイトさんのオリジナルの父親は私の養い子なんですよ」

 つまるところプレシアはエイレンザードにとっては義理の娘、フェイトは義理の孫娘(のクロー
ン)なのだ。

「少し落ち着いたらこれをフェイトさんにこれを上げてださい、あとこれも」

 アルフに二つのものを渡したエイレンザードは、それきりアースラ内から姿を消した。
 いかに永き時を生き、研鑽を積もうと、常人以下の魔力量しか持たないエイレンザードにとって、
次元震を押さえ込むような大規模な術式ではただの足手まといでしかない。
 転移魔法を使い、現場に一番近い無人世界へと向かう。
 アースラが失敗すれば、唯一助からない世界である。
 おおかた核戦争でもしたのだろう、生物の死に絶えた荒野に立ち尽くし、感覚をアースラに残し
てきたサーチャーと同調させる。

「せめてもう少し魔力があれば手伝えたんだがねェ」

 アールヴは先史魔法文明が「奴隷」として作り出した種族である。
 成長はするが老化はほとんど無く、寿命は心身のいずれかが壊れた時、遺伝性の死病に冒される
ことも無い。
 しかし生殖能力はなく、人に混じって暮らすため、千年ほどで心を病んで死に至る、その死因の
殆どは自殺である。
 エイレンザードはもう随分と永く人に混じって暮らしているが、まだそこまで心は壊れていない
が、確実に滅びの兆候が現れていた、人格が分裂しつつあるのは自分でも気が付いていた。
 崩壊する精神の防衛行動なのだろうが…迷惑なことこの上ない。
 何より魔力が少なかった、無いと不便だが多すぎても困るため、アールヴは魔力量が少なく調整
されて生み出されるためだ。

 クロノに殴られたジンジンと痛む顎をさする。

(たしかハラオウンの先代は前回の“書”の事件の時に亡くなってるんだったな…何か思うところ
があったんだろうが…こればかりは親にならなければ解らんか)

 自身の過失で最愛の子供を殺した親の気持ち、そんなものを十三かそこらの子供に理解しろとい
っても無茶な話だ、そもおそらくそれは大抵の人間には理解できない。

(リョウ…)

 しかしエイレンザードには少しだけプレシアの気持ちが解った。
 かつて道を誤った養い子をエイレンザードは自らの手にかけたことがあった。
 もう数百年も昔のことだが、あの時のあの子の心臓を貫いた感触と、子供の最後の表情は一度た
りとも忘れたことはなかった。
 それゆえにエイレンザードは義理の娘の願いを叶えた、叶わぬ望みと理性は理解していたが…

(エゴか…)

 今回の事件、最大の被害者は間違いなくフェイトだ。
 病の身で永くは無かったとは言え、エイレンザードはプレシアを説得し、その僅かな時間をフェ
イトと共に穏やかに過させてやることもできたのだ。

(それもまたエゴですかねェ)

 倦んだ表情で虚空を見詰める。
 そうこうしているうちに第一船速で急行したアースラが作戦地点へと到着する。
 ほぼ同時に時の庭園が虚数空間へと消える、異常安定点の特性で空間に出来た裂け目はそれ以上広がらないが、それゆえに空間が激しく振動し、次元震は収まらない。

「お手並み拝見ですよハラオウンの名に恥じぬ活躍を見せてください」

 遠い昔に邂逅したハラオウンの家の青年の仏頂面亜を思い出し、思わず笑う。クロノが彼そっくりだったからだ。
 
 制服とあまりデザインの変わらないが、要所要所が装甲されたバリアジャケットを纏ったリンデ
ィを中心に、武装隊四十名そこにユーノが加わり極大の術式が展開される。
 直近のため震度五クラスの揺れに見舞われたいたエイレンザードのいた世界の揺れが収まってい
くのがすぐに解った。

「だが足りない」

 確かに次元震は押さえ込まれているが、このまま続けば確実に人間の方が根負けする。
 そのためにすることは「無理矢理をぶん殴って綻びを閉じる」だ。
 つまりは砲撃魔法を叩き込み無理矢理空間を安定させるということ。
 ただしゃにむに砲撃をいれれば言いというものでは無い、砲撃に最適のポイントを算出して手間を減らす必要がある。
 ポイントを割り出すのはエイミィ率いるアースラのオペレーター陣である。

 猛烈な勢いでキーボードを叩くエイミィがなにやら、エイレンザードを罵っている気がする。
 そういえば先刻アースラを乗っ取る際、最大の障害である彼女は物理的に拘束しておいた気がする。

「あとで何か貢物をしておくか…」

 冷や汗を拭いつつも、凄まじいスピードでポイントを計算するエイミィ&オペレーター陣にエイ
レンザードは目を細める。
 ハッキングも簡単な妨害程度なら兎も角、航行システムとなればさすがに骨だ、しかもオペレーター陣は皆優秀と来た、それゆえ先刻の乗っ取りには“しかけ”がある。
 実は現在出回っている次元航行艦の大半は、システムのメインフレームには、あるプログラマが
しかけた「悪戯」が有る、特定のパスワードを入力することで、システムの最上位者権限を得られ
るのだ。
 このシステム、出来が良かったので、現在もシステムの根幹として使っている艦が異常に多い、
違法な海賊船にまで使われているのから笑いが止まらない。
 こう言ったプログラマの悪戯といのはそう珍しい物ではないが、しかけたプログラマはかなり天
才(もちろんなんとかと紙一重的な意味も含め)で、エイレンザードの親しい友人だったのだ。

「君には助けられてばかりですねェクロウ」
『お呼びですか?』
「お前じゃないですよ烏」
『これは失敬』

 口の軽いデバイスにうんざりしている間にどうやらポイントの算出が終わったらしい。
 所要時間僅か三分四十八秒、見事なものだ。

 そして最後に砲撃を叩き込む役が出撃する。
 なのはとクロノである。
 素の魔力量の多さ、魔力を収束して叩き込む天性の資質を鑑み、主役はなのはだが、クロノも常
人からすれば十分に強力な砲撃魔法を叩き込める。
 まずは先陣を切り払うようにクロノの青い魔力がポイントへと叩き込まれる。
 精度はなのはより上だ、どんぴしゃの位置に着弾、それをマーカー代わりに、なのはのディバイ
ンバスターが叩き込まれた。
 攻撃に専念できるようにと二人を守るのは、結界を支えるユーノの代わりにアルフが努める。
 砲撃魔法のデュエットが空間の綻びをひっぱたく、計算上と経験則から、これでなんとかなる“はず”だった。

 エイレンザードの表情が曇る。
 なのはの魔力が計算より少ない、連戦続きのなのはの「体」が悲鳴を上げているのだ。
 フェイトとの決戦で最後に放った収束砲撃魔法、あれがいけなかったのだろう、あそこまでしな
くても勝てたはずだというのに。
 既に結界班は限界に来ている、武装隊でも魔力の少ない者が一人また一人と脱落し、その分リン
ディとユーノのような支援、結界を得意とする魔導師達が穴を埋め、その分かかった負荷に顔をゆ
がめる。

 エイレンザードが魔法を込めたカードを一枚取り出し、転移魔法の準備を始める。
 カードはいかにもヤバイです、といわんばかりのどす黒い赤と、血のように赤い黒で禍々しい文様が書き込まれている。

『ご主人、ソレの使用はオススメできません』
「どのみち失敗すればここだと助かりませんよ」
『そーゆー問題ではないかと、あと必要はないようです』
「…」

 なのはが崩れるように膝を突いた瞬間。
 金色の雷光が新たに砲撃が新たに加わる。
 
 全員の視線が砲撃を放つ者、黒衣のバリアジャケットと黒い戦武型デバイスの少女…フェイトに
集まる。
 好悪の入り混じる視線を睥睨するように、フェイトは咆哮とともに、左手のデバイスを振るう。
 バルディッシュにも似た、斧と槍と鉤を備えたデバイス、斧槍、鉾槍とも呼ばれる武器ハルバー
ドを模したデバイスが閃くと、停戦後アースラの格納庫に乗り込んできた傀儡兵、その中でも大型の魔道人形達が一斉に砲撃を叩き込み始める。

 ハルバード型のデバイスは、間一髪で回収しておいたハルベルトのコアを用いたデバイスである。
 無論製作したのはエイレンザードだ、何せ二日もアースラの中に潜んでいたのだが暇だったのでちょっと作ってみたのだ。(とはいえロストロギア級の魔道人形のコアがベースなため、割かし簡単
だったのだが。)
 ちなみに機能としては魔道人形の操作特化型のアームドインテリジェントデバイスである。
 機能は微妙だが、頑丈さが求められるアームドデバイスと、繊細なインテリジェントデバイスの
バランスは上手くとれた、と勝手にエイレンザードは自負している。
 エイレンザードは普通にインテリジェントデバイスにするつもりだったが、ハルベルトの希望で
アームドデバイスとした、そのほうがフェイトの役に立てるとうことなのだろう。

「バルディッシュとケンカしないといいんですがねェ」

 エイレンザードがそんな心配をしていると、空間の綻びが閉じていく、飽和量を超えたのだろう、あっけないほどあっさりと綻びは閉じた。
 それを見詰める複雑な表情のフェイトに、アルフとなのはが抱きつき、もつれるように全員が転び、それでもアルフは泣き笑い、なのはも笑顔だ、フェイトだけが少し寂しそうに笑っていた。




[20549] 第11話前編(だいたいA’s編開始
Name: madoka◆5b5f0563 ID:bd863772
Date: 2010/12/08 00:12
注:この話から一人称の練習に切り替わっています。
練習いるのか?って話もあるけど^^;






わたし、高町なのははごくごく普通の小学三年…だったのはこの春までで。
色々あって、今わたしは「魔法使い」をやっています。

今から半年ほど前、ユーノくんと出会い「魔法少女」…ううけっこう恥ずかしいフレーズだね…に
なり、色んなことがありました。
ユーノくんそして魔法との出会い。
そのことを言い出せず、親友のアリサちゃんとケンカしちゃったり。
そしてフェイトちゃんと出会って、闘って、最後は(なんかちょっと普通とは違うけ気もするけど)
友達になれた…と思う。
で何気に地球のピンチを救うことになったりもしました。

他にも時空管理局という警察さんみたいな組織の人たち、クロノくん、リンディさん、エイミィさ
ん、アースラの皆さん。
ああ、あとエイレンザード先生ね。

『すっかり寒くなったねェ、なのはの部屋は炬燵はないのかい?』

勝手にわたしのベッドの上で丸くなっている、ブサイクなにゃんこ。
それがわたしの魔法の先生、エイレンザード先生です。
くぁ、とあくびをしているのを見ると、ほぼ完璧ににゃんこで、とても本性は無精ひげの中年のお
じさんには見えなくて…無性にイライラします、そもそも乙女の部屋に勝手に侵入して、さらには
勝手にベッドの上に乗るってのはどうなの?ねぇ先生どうなの?

大体先生はジュエルシード集めに最初こそ協力してくれていたけど、アースラが地球にやってきた
辺りで、ふらっと消えてしまって、その後は何か背後でこそこそ色々やっていて、なによりもフェ
イトちゃんを泣かせたのがゆるせない。

半年前、フェイトちゃんのお母さん、プレシアさんがジュエルシードを使ったことによる、地球を
含めたこの辺一体のピンチを、皆でなんとか乗り切った時のこと。
最後の最後で、わたしの魔力が足りずピンチになったとき、フェイトちゃんが助けてくれました。
直前にプレシアさんに酷いことを言われて、倒れてしまう程のショックを受けていたフェイトちゃ
ん、そのフェイトちゃんに言ったという先生の言葉は酷すぎると思うのです。
だって九歳の女の子だよ?
あのあと、皆疲れきって、倒れるように眠った晩、本当は牢屋?みたいな部屋にいなくてはいけな
かったフェイトちゃんだったけど、どさくさに紛れて、わたしが借りていた部屋で一緒に眠ること
にしたわたし達は、色んなことを話しました。
詳しいことは乙女の秘密なのですが、先生の話を聞いたわたしは、あとできっちり先生をとっちめ
てやろう、と息をまいていました。
そんな時、フェイトちゃんの使い魔であるアルフさんが、思い出したように、先生から預かったと
いうメモリーチップを取り出し、それをフェイトちゃんに渡しました。
それが何なのか気になったわたし達は眠いのを我慢してそれを見てみることにしました。

それはプレシアさんの日記だったそうです。
わたしは、フェイトちゃんに遠慮してそれを読まなかったから、これはアルフさんからの伝聞なの
ですが…
そこには色々なことが書いてあったそうですが…大半はプレシアさんの悲痛な思いと苦悩を綴った
日記だったそうです。
後半は、フェイトちゃんへの血を吐くような謝罪の言葉で埋め尽くされていたそうです。
アリシアちゃんでは“無い”フェイトちゃんに感情的に辛く当ってしまったことへの後悔。
幾度もフェイトちゃんを娘として、慈しもうとしたこと、その度によぎるアリシアちゃんの、冷た
くなった体のこと。
己の過失で喪った娘の代わりを造り、それを娘として愛すること、それは死んだ娘への裏切りなの
ではないか?
フェイトちゃんがプレシアさんを愛いそうとすればするほどに、プレシアさんの苦悩は深くなって
いってしまったようです。
決定的だったのは、プレシアさんが魔法の力を持ってしても癒すことのできない病気になってしま
ったことでした。
プレシアさんは己が死んだ後にフェイトちゃんがどうなるのか?
そのことに深い恐怖を覚えてしまったそうです。
それからプレシアさんはフェイトちゃんに嫌われるように、はっきりとフェイトちゃんに対し、冷
たく当たるようになったそうです。
幾度も繰り返される、フェイトちゃんへの謝罪と、己を責める言葉
本当は愛しているのだ、己に対し無償の愛を注いでくれる娘を嫌う親がどこにいるというのか。

途中からわたしは、泪と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、「かあさん」と繰り返しながら、日記を
読み続けるフェイトちゃんを、もらい泣きしながら、抱きしめてあげることしかできませんでした。
その夜はアルフさんを含めて三人で泣き続け、泣き疲れて、いつ間にか眠ってしまっていました。

フェイトちゃんのお家だった時の庭園ごと次元の狭間に消えていってしまったので、その日記を持ち
出したこと、そのこと自体は良いことだったと思います。
プレシアさんを失ってしまったフェイトちゃんに「生きる理由」を用意した、いかにもあの策士気取り
の先生がやりそうなことです。
でも女の子を泣かせて良い理由にはならないんですからね!先生!!
いい加減わたしのベッドから
降りろぉー!



                      ◆



なんですかいきなりなのは、ブサかわいいにゃんこ先生にむかってディバイン・バスターって、自
分の部屋でばかなの?
ユーノがフェイトの裁判への出席でミッドへ戻っているため、癒し系マスコットキャラモードで遊
びにきてやった先生にいい度胸だねェ、このおしおきはしっかりしないと…といいたいところだけ
んども?すっかりなのはも強くなっちゃって、少々のことではへこたれないしなぁ
あーあの可愛くて純真だったなのはちゃんはどこにいったのか…やだねェ魔導師なんてあこぎなモ
ンになっちゃったから、世知辛いねェ、寒い時代だねェ
…本当に寒い。
避難した高町家の屋根の上で冬の夜空を見上げればオリオン座が見える、もう明日からは十二月だ。

『なのは』
『どこに逃げたんです?先生。まだ乙女の部屋への無断侵入とベッドにのったことへのおしおきは
済んで無いんですけど』
『乳臭いガキが何をいっちょまえなことを、ユーノがいるのに平気で着替えていたくせに』
『ユーノくんと先生を一緒にしないで欲しいの!』
『はいはい、で悪いんですが私も明日から地球にいませんので、何かあったら気をつけて、慎重に
対応するようにね』
『…なんですか?それ』
『ここのところあちこちで魔導師が襲われる事件が起きてましてね、私のシマの管理外世界にも本
局の人間がくるんでその案内しなくちゃなりませんでしてね』
『魔導師を襲う?ですか』
『そうです、君は全然魔力の隠蔽を覚えられないので、簡単に犯人に見つかるでしょうし、かなり
の高確率で襲撃されます』

魔導師としては十分に優秀ななのはではあるが、統制の取れた魔導師のチームや、AAクラスの魔
導師も襲われているとあっては、油断はできない、なんといってもなのはには「命のやり取り」の
経験値が皆無に近い。それは実戦においては致命的といえる。

『よろしく頼みましたよレイジングハート』
<All right>

伝え聞いた被害者の様子を聞くにこれは間違いなく「書」の仕業だろう。

「やっかいなことになったなぁ」

あの本には嫌な思い出ばかりが有る。
高町家を後にし、転送魔法の用意をしながら、昔を思い出す。
最初の邂逅はまさしく最悪だった-―



                      ◆



今…新暦65年だったか?からみればまさに古代といっても良い時代。
まぁ何年前かと言われると覚ええていないので困るのですが。
私は人間ではなく、ひどく長い寿命をもっているせで、時間の感覚が、普通の人間よりはゆっくりなんですよね。
なんか気が付いたら一年経ってたとか良くあるし。

まぁそれは置くとして、当時はそうでもなかったかなぁ?
所謂古代ベルカの崩壊前。
むしろベルカが次元世界に覇を唱えていた、戦乱の時代。
私は生産されてから数百年程経過していたような気がしますが、何せ戦乱に巻き込まれまいと逃げ
惑うばかりの人生でしたからね、そうそうぼーっともしていられんかった気がする・・・
その頃のことはもうあまり覚えていません。
ただ生きるために…殺されないために殺してばかりの年月でした。
騎士と呼ばれるような優秀なベルカ式の魔導師たちであればともかく、当時はとにかく魔法の使え
ないもの、弱い者達には生き難い過酷な時代でした、所謂焼肉定食…ではなく弱肉強食って奴ですね。

私は流れ流れて今は第22無人世界と呼ばれている、今で言う所の「管理外世界」魔法文明の無い
世界の一つへとたどり着き、そこでつかの間の安息を得ていました。
今は無人世界になっていることからわかる様に、当時は戦乱に巻き込まれ幾つもの管理外世界が滅
亡する時代でしたから、気を抜くことはありませんでしたが、長い流浪の生活に疲れ切っていた私
は、随分と心を病んでおり、深い森の奥でひっそりと暮らすことにしたのです。

何年だったかは覚えていません、その世界へ逃げ込み森での生活にも順応したころ、私はその世界の人間の赤ん坊を拾ってしまったのです。



                 ◆



「捨て子か…」

こんな深い森の奥にわざわざ…念のいったことだ。
獣のエサにならず、自分が見つけたのはまさに奇跡だろう。

『どうするのだ?』
「びっくりさせないでくれ」

念話で話しかけてきたのは、馬ほどの体格を持つ狼、魔力を持つ獣…魔獣であり、この森の獣の王
である魔狼だった。
最初の邂逅では三日三晩の死闘を演じたが、今ではすっかり親友というべき仲になっていた。

「お前食わなかったのか?」
『捨てて言った父親は部下が食ってしまったようだな』
「そうか、お前が守っていたのか」
『その赤子はメスだ、好きに育てて嫁にするといい』
「おいおい…」

かつては抜き身の刃のようだった魔狼だが、あるメス狼をつがいとし、彼女を失い…すっかり落ち
着いて老成した、それだけに以前よりも威厳のある魔狼になっていた。

『良いつがいを得て子も多く成した我が、いつまでも“やもめ”のそなたのために気を揉んだのだ、
よい友人をもったなそなた』
「自分でいうな自分で…まったく」

産着に包まれた赤子を抱き上げる、寝ていやがる、なんて肝の据わった赤ん坊だ。
嘆息し、俺はこの子を育てることにした、嫁にするつもりはない、そもそもアールヴは子が成せない、それだけに己が生きた証が何か欲しかったのかもしれない。

エレンと名づけた子供はすぐに大きくなった、人の成長は早い、気が付けば十数年が経ち、赤子は
美しい娘になっていた。
何の因果かリンカーコアを持って生まれ、それも騎士級の素質を持っていた娘に、俺は己が数百年
かけて培ってきた己の技と、生きる術、そしてどこに嫁に出しても恥ずかしくない淑女としての全
てを教え込んでいた。
後に彼女に魔法を教えたことを、俺は死ぬほど後悔したが、それはまさに後の祭りという奴でだった。

俺を「お父様」と敬い、魔狼を「父さん」と慕う娘は、その強さのせいもあってか、森の女王と
して君臨してしまっていた。
俺はそれを良くない傾向と思い、娘を人里に返すことにした。

『そなたは愚かだな』
「大きなお世話だ」
『まったく愚かだ』

魔狼は随分とエレンを気に入ったようで、瞳に入れても痛く無い可愛がりうようだった。
娘の強さの半分はこの魔狼が仕込んだものだ、まったく余計なことをして。
なにせ娘は自分の両親は俺と魔狼であり、自分は人間と狼のハーフだと思っていた時期があったほ
どなのだ。
矯正には十年近い年月が必要だった。
今でも娘は(俺の前では人間らしくしているが)気が付けば半裸で魔狼の眷属たちと森を駆けてい
ることがしばしばある。

丁度この世界はベルカによって征服されたせいもあったのだろう、この世界を領地とした領主がか
なり“まとも”な部類だったのをいいことに、俺は娘を人里に戻し自身はこの世界を去ることにした。
いかに領主がまともでも、ここがベルカに組み込まれた以上、いずれは戦乱が訪れる。
娘ならば何かあっても生き抜いていける、そう育てた。
平和が五十年も続いてくれれば良い。そうすれば娘は誰かと添い遂げ、人生をまっとうしてくれるはずだ。
何よりも「いざとなれば魔狼もいる」俺は自身にそう言い訳し、そっとその世界を離れた。
それほどまでに俺は戦を厭うていた、数百年に渡る放浪によって病んだ精神は、友人と娘によって
癒されてはいたが、いまだ倦んでいたのだ。
この選択を俺の人生の過ちでもどびきりの一つではあったが、未来など知るよしもない、当時の俺
にはそれが精一杯だったのだ。

瞬く間に数年が過ぎた。あの世界での年月が嘘のように、相変わらず世界は戦の炎に彩られ、俺は
あちこちを彷徨っていた。
そんな最中、例の比較的まともな領主が死んだと聞いた、息子が跡を継いだそうだが、なにやらき
な臭い話が聞こえてきた。
その息子が、端的に言えば「覇を唱えようとした」ということだ。
耳を疑った、ベルカの諸王、有力領主同士の戦乱は日常茶飯事ではあるが、あの程度の領地を背景
に「覇を唱える」など妄言でしかない。
しかし新領主は瞬く間に近隣の領地を攻め落としたらしい。
それだけでなく、人狩りを行なっているというのだ。
特に魔力に優れるものには容赦がないらしい。

俺はいてもたっていられず、娘の元に赴くことにした。
そして俺はそこで信じがたい光景を目にすることになる…



[20549] 第11話中編
Name: madoka◆5b5f0563 ID:bd863772
Date: 2010/12/10 06:01



「エレン…お前何を」
「お父様?」

娘は心底嬉しそうに、数年ぶりに再会した俺に笑いかけた。
僅か数年だが、娘はますます美しくなっていた、金糸のような金髪をきちんと結い上げ、純白の
ドレスような騎士甲冑を纏っている姿は一枚の絵のようだった。
半裸で森を駆け回っていた姿が嘘のようだった。

しかし俺は自身の眼前の光景こそを嘘と信じたかった。

娘の足元には魔狼が倒れ伏し、その身には幅広の剣型のデバイスが付きたてられ、微動だにしない。
そのデバイスは俺が何かあったときのためにと娘に送ったものであり、純白の騎士甲冑には魔狼特有
の黒い血がまるで悪夢のような染みを作っている。
それはつまり魔狼を害したのがエレンであることを、明確に示していた。

「エレン、なぜあいつを…」
「だって父さまが素直にリンカーコアを提供してくれないから…父さまだけは殺したくないから、
妥協して提案したんですよ?なのに…」

紅く不気味に光る月光の下には、魔狼の眷属達が折り重なるように死んでいた。
娘の言葉は聞こえていたが、俺には理解が出来なかった。
ぐらぐらと世界が揺れる。
気が付けば俺は無意識に娘に向かって掴みかかり…果たせず吹き飛ばされる。

「やだシグナムお父様に乱暴しないで!」
「エレン…だが先ほどの殺気は本物だ」
「でもお父様は魔力が低いから・・蒐集したって1ページにもならないし」

シグナムと呼ばれた紫色の魔力光の騎士、それが俺を吹き飛ばしたらしい、みれば他にも三つ気配
が有る。
起き上がった俺は騎士甲冑を纏う。

「お父様!?何をする気なの」
「聞いたことがある…魔力を集める不気味な融合騎があると『書』とかいったか」
「・・・『闇の書』だ」
「人狩りでは足らず『黒の森』の王たる魔狼を狩ったか」
「そうだ」
「ならば貴様らは今から“私”の『敵』だ…エレンお前もな」
「お父様!聞いてこれには訳が有るの」

エレンが何事か喚いていたが、既に“俺”には聞こえていなかった、エレンの父親である“俺”は
すでに引っ込んでいる。

「どけ“私”は今から親殺しを犯した娘を処分する」

私はデバイスを起動し、構えた。


            ◆



エレンの父君だという男は、漆黒の軽装型騎士甲冑を纏い、ナックルガード付きの小剣型デバイ
スを引き抜いた。
ゾクリとした、構えにまったく隙が無い。
確かに発っされる魔力量は少ない、だがこれはそういう次元の話ではない。

「エレンを処分だと!」
「ヴィータ!」

激昂し前に出たヴィータを制す、まずい頭に血が上っている。

「んだよシグナム!」
「下がっていろ、私が相手を――」
「全員どくといい!」

注意がそれたヴィータに一足で接近、小柄なヴィータを容赦なく蹴り飛ばす。
その蹴り自体には攻撃の意味はなかった、騎士甲冑に阻まれる、しかし小柄なヴィータに対してみ
れば堪ったものではない。
体勢が崩れた所へ、ナックルガードが容赦なく打ち落とされる。
如何なる術式によるものか、騎士甲冑の防御をすりぬけた打撃がヴィータの首をへし折らん勢いで、叩き込まれた。

「(フィールド系の無効化術式か!)」

抜刀からの一閃を放とうした私に、意識を失ったヴィータが蹴り飛ばされてくる、子供にしか見え
ないヴィータだというのにまったく容赦がない。

「くっ、シャマル!ザフィーラ!」

ぐったりしたヴィータをシャマルへと任せ、エレンへと一直線に向かう父君を、ザフィーラに阻む
ように指示を下す。
エレンは…ダメだよほどショックなのだろう、まったく状況がつかめてない、シャマルもだが、し
っかりしてくれ!

ザフィーラの魔法「鋼の軛」が壁の用に地面から隆起、父君の突進を阻む。

「御免!」

騎士にあるまじき奇襲だが、私はレヴァンティンの刀身を父君に叩きつけた。



                   ◆


「げほっ!」

折れた肋骨が内臓を痛めたのだろう、大量に血をぶちまけながらなんとか起き上がる。
赤い騎士甲冑の少女を容赦なく叩き潰し一直線にエレンを狙ったが、守護獣に阻まれ、将らしき女性の一撃を喰らった。
とっさに左腕を犠牲に庇ったのでかろうじて生きてはいるが…感覚が無いところを見ると千切れ
らしい、一応盾系の魔法で防御したのだが、焼け石に水…焦げ臭いところを見ると炎熱変換資質持
ちか、比喩抜きで焼け石に水のようだ。
生きているのが奇跡に近い、相当な実力の騎士だな、しかも冷静だ。
…勝ち目が無い
エレンは私が吹き飛ばした少女に駆け寄りおろおろしている、仲が良いのか「ヴィータちゃん、ヴ
ィータちゃん」と必死に名を呼んでいる。

「降伏してください」

将らしき女性が若干申し訳なさそうな表情で、しかし一寸の躊躇いもなくこちらに剣を突きつける。

「なかなかの…コンビネーションでしたよ、ベルカの騎士といえば誰も彼も個人技ばかりだいうのに――ぐふっ」
「皮肉ですか?」
「混じりけなしの賞賛と…負け犬の遠…吠えです」

千切れた左腕が足元に転がっている、それを難儀しながら拾い上げる。

「その魔力量であれほどの実力…さすがはエレンの父君です」
「あれはもはや親友の仇、娘でもなんでもありませんよ…」
「あの魔獣…まるでエレンに向かって身を投げ出すような最後でした」
「そう…ですか。人にやもめだ、愚かだと、好き放題いう奴でしたが、一番愚かなのはあいつのほうです…ね」
「…」
「…シグナム殿といったかな?」
「はい、闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター。その将にして“剣の騎士”シグナムです」
「…とどめは容赦なく差す事ですよ」
「何を?」

なけなしの魔力でも使える、最後の切り札…いや鬼札が到着したらしい。
眼前に立体球形魔法陣が展開、そこからマグマのような魔力を伴って一人の人型の何かが這い出してくる。
シグナムも私が魔力を使って無いので何が起きたのかわからないのだろう、しかしそれが“敵”であることはわかったらしい。

「いいねぇいいねぇ、特上の騎士がひーふーみー、実に楽しみだよ、なぁ貴様」
「すいませんが白いのは私の獲物です」
「ああん?」

私の鬼札たる彼女は不機嫌そうに、トパーズの如き瞳で私を睨む。
ベルカの王ですら睥睨するその瞳の瞳孔は爬虫類のごように“縦に裂けていた”

「召喚師気取りで私に命令する気か?貴様?真っ先に貴様を消し炭にするぞ」
「歯ごたえのある騎士を見つけたら報告する、その約定を果たしのです、チャラにしてください、
あれは私の友人の仇なのですよ」

彼女は横たわる魔狼を一瞥し、興味なしというわんばかりに改めてシグナムの方に向き直る。

「竜…」
「いかにも妾は『シヴァン山の女王』『紅玉』の****であるよ、人間の騎士」

人には理解できない名を名乗る彼女。
身を鎧う紅玉の如き竜鱗の肌、鋼鉄すら引き裂く刀槍の如き鉤爪、大気を蹂躙し天空を飛翔する二
枚の翼。彼女はシグナムの言うとおり、竜と呼ばれる、世界最強の生物、しかも知恵を持つ「真竜」だ。
本来「召喚」と呼ばれる稀少能力無しには呼び出すことなど不可能だ、しかし私は放浪の最中に彼
女に貸しを作り、その返済として彼女に「呼びかける」権利を得たのだ。
彼女は一言言うと「戦狂い」だ、兎に角闘うのが好きで仕方が無いのだ。
しかもただ圧倒することは彼女の中では「戦い」ではないらしく、歯ごたえのある敵を常に求めて
いる。
そのためにベルカの王族を攫ったり、宝物を集めたりと、由緒正しく竜らしい暴虐の限りをつくし
ている、だが名を売りすぎたのか最近は彼女に挑戦するものはまったくいないらしい。
娘を攫われた王は泣き寝入りし、宝に目が眩み彼女の寝所に押し入るものは皆無らしい。
私は放浪の最中、見込みの有る強者を見つけたら報告する、そんな約束を彼女と交わしているのだ。

「まぁいい、今日のところは貴様のいい感じに焼けた腕で勘弁してやるよ」
「そう言うと思っていました」

私は千切れた左腕を、彼女に差し出す。
彼女はそれを少しだけ齧り、魔法でどこかにしまう、いっそひと思いに食って欲しかったが、機嫌を損ねると、腕一本ではすまないので黙ることにした。
「さぁはじめようか」と彼女はシグナムに言い、シグナムも剣を構える。
守護獣と回復したらしいヴィータと呼ばれていた少女もハンマーのようなデバイスを構えて戦列に
加わる。
支援役らしい緑色の騎士を庇いエレンが剣を手に取る。
今しか無いだろう、デバイスのカートリッジを使い、瞬間的に魔力を得る。
転送魔法を発動、エレンの眼前に出現、その心臓目掛け剣を突き出す。

「スティングすみませんね」

長く愛用していたデバイスに別れを告げる。
既に騎士甲冑をぶち抜くような力は無い、カートリッジを連続使用、一時的に防御魔法を中和する
魔法を使用、全体重を乗せたスティングの剣先は、乱された騎士甲冑のフィールドをすり抜け、エ
レンの肋骨を折り砕き、心臓を貫いた。

「お…父さ…ま?」

完全に虚をつかれたエレンは、呆けたような表情で私に話しかけた。
私は言葉を返すことも出来ず、力尽き崩れ落ち、とっくに限界だったスティングが崩壊する。
よろよろとエレンは二、三歩後ずさり、己の胸に生えた刀身をきょとんと見詰める。
背後で緑色の騎士が表情を青ざめさせている。

「…さ…ま」

エレンは誰かの名を呼び、直後に血を吐き崩れ落ちた。
そこから先どうなったのかは私は詳しいことは何も知らない。
眼が覚めると、そこはシヴァン山の彼女の寝床だった、彼女が安全な位置に転送してくれたのだろう。
直後に、エレンを殺めた事を思い出し、吐瀉した…それは死に掛けの体に鞭打つ行為だったが、怪
我のせいもあって生死の境を彷徨い続けた。
どれ程の時が経っただろう、結果だけいえば、魔狼の友人であり、エレンの父親である“俺”の精
神は崩壊した、エレンをこの手にかけたことは忘れたりはしなかったが、アールヴぼ強靭な肉体と
特異な精神構造は死ぬことを拒んだのだ。
なんとか動けるようになった頃、私は彼女が帰ってこないことを怪訝に思い、ままならぬ体を引き
ずり街へと向かった。
情報を集めていくうち、あの世界が「闇の書」の暴走によって崩壊したことを知った。
真竜であった彼女がそれに巻き込まれ命落としのかまでは知れなかったが、私は幾度目か知れぬ空
虚な感情に支配されたまま、長い年月を彼女の寝床で過したが、ついぞ彼女が帰ってくることはな
かった。






[20549] 第11話後編
Name: madoka◆5b5f0563 ID:bd863772
Date: 2010/12/10 06:01
近隣の住民に魔獣の棲家として恐れられる「黒の森」
その片隅に編まれた小さな家、それがあやつとエレンの巣だった。

「エレン!」
「う~!う~!」
「人間の言葉を使えといつも言っているだろう!」
「や~!」

またあやつにしかられたエレンが家を飛び出してくる、家の外に居る我の元へとまっすぐに向かっ
て来た。

「う~!」

全力で我に突進し、寝そべっていた我の腹にエレンは体をうずめた。
紅玉の如き、とあやつが評した、美しく大きな眼一杯に泪を溜め、あやつの横暴を我に訴えかける。
我は泣くなと言い、その顔を舐めてやる。
くすぐったそうに身をよじったエレンだが、嫌がる様子は無く、我の毛皮に顔をうずめて、なにや
ら嬉しそうだ。
ヒトの子の成長は遅いな。
我はそう思い、何かいいたそうな顔でこちらを見詰めるあやつを諭した。
まだこの子は遊びたい盛りなのだ、と。
エレンを育てるに当たって、我とあやつは悉く対立してきた気がする、まるでヒトの夫婦のようだ
な、と漏らしたら、本気で嫌がっていた、失礼な奴だ。
まぁ役割が我がおおらかで優しい父、あやつが口うるさい母なのだから仕方も無いか。



                       ◆



ととさまはすき。
いつもやさしくて、あったかくて、おとうさまにおこられたあたしをなぐさめてくれる。
おとうさまはきらい。
いつもやさしくなくて、つめたくて、あたしをかばうとうさまとけんかばかり。
だいたいおとうさまはにんげんのことばをつかえとか、えさのたべかたがきたないとか、いちいち
うるさいとおもう。
あたしははんぶんはおおかみなんだからべつにいいとおもう。



                        ◆



泣きつかれ、我を寝床代わりに眠るエレン。
その横であやつがせっせとエレンの服を縫っていた。

『いいかげん諦めたどうだ』
「ばかを言うな、エレンは人間の女の子なんだぞ!」
『ふぅ…』

十年の歳月が経ち、エレンもようやく大きくなってきた。
あやつの必死の努力でなんとか人間の言葉を覚えたが、まだまだ半分は狼の如き少女のままだ。

今朝方、股から大量に出血し、よほどの恐怖だったのだろう、泣きながら我の元にやってきた。
しかしこればかりは我にもわからず、結局あやつに泣きつくことなった。

「ああ月のモノが始まったのか」

万事準備していたのかあやつはまずエレンの身を清めてやり、なにやら色々と教え。
最後に痛み止めの薬湯を飲ませ、ようやくエレンは落ち着いた。
そしてこれから毎月ソレが来ることをエレンに告げた。
エレンの絶望的な表情は、エレンには悪いが少々微笑ましかった、つまりはエレンは子を成せる体
になったということなのだから。
晩はささやかだが、普段から見れば豪勢な食事を取った。



                         ◆



父さまは好き。
いつだって私の味方だ。
お父様は嫌い。
いつだって私の敵だ。
でもお父様は何でも知っていて、何でも出来る。
窮屈な人間の服を着ろ、と言わなければもう少しましなのに…



                          ◆



『エレンを人里に返すだと?』
「そうだ、大分人里にも慣れたようだしな」
『正気か?』
「あの子はヒトの子だ、いずれ老いて死ぬ、誰かと添い遂げ、子を成して、始めてあの子が生きた
証がこの世に刻まれるんだ、ここにいてはそれは出来ぬだろう?」

すでに我はエレンがあやつの嫁にはならぬことを理解していた。

『そなたは愚かだな』
「まったく娘が嫁に行く父親みたいな顔をするな」
『そなたはまったく愚かだ』

嫌がるエレンを説き伏せ、あやつはエレンを遠く離れた人里に出すと、そのまま森に戻ってはこな
かった、それが我とあやつの永の別れとなった。



                      ◆



私は子供を早くに亡くしたという老夫婦のところへ養子へだされた。
親子というよりは祖父母と孫の関係ではあったが、二人はやさしかった。
とくに義母はお父様では教えきれなかった様々なことを教えてくれた。

「男手一つで育てなさったそうだけど、それにしてはお前は随分立派な淑女だねぇ」

そう言って微笑む義母、実際お父様が忠実に母親の役をこなしていたことが、人里に出てようやく
解った気がする。

ただこの穏やかな時間はあまり続かなかった。
私は攫われるようにベルカの領主の館で奉公することになったからだ…



[20549] 第12話
Name: madoka◆5b5f0563 ID:bd863772
Date: 2010/12/18 04:22
お詫び:全話12話前編と上げましたが
    間違えました^^;
    11話後編でした、前々話も11話後編じゃなくて中編でした、もうやだ・・・
        





「本局に出向け?」
『はい、やはり例のロストロギアで確定ということで、上層部はアドバイスが欲しいようです』
「十一年前のデータがあるでしょう、なんだって今更」
『ですが先日の一件での独断専行も有ります、地上本部としては本局と無用な軋轢を作りたくあり
ませんので』
「…借りを作りたくないと素直に言ったらどうです?まぁいいでしょう、大方ミゼット辺りの手回
しですね、相変わらずいやらしい子だ」
『(伝説の三提督を子供扱いとか…)ではそういうことで、おじい様』
「はいはい」

私が本局からの調査員との待ち合わせポイントに着いた時。
調査員達は全滅していた。
死者は居なかったが、全員動けなくなるまで攻撃され、悉く異常に魔力が低下していた。
魔導師襲撃事件、管理局員が標的になっては世話が無い。
ともあれ、救援を呼び、全員に応急処置をして次元航行艦に放り込んだあたりで、私宛の通信が入
ってきた。
モニターには、ミッドチルダ地上本部巡察部のボス、統括官が映っていた。
次元世界の首都的世界であるミッド地上の平和を維持する地上本部ではあるが、幾つかはかつて管
理局の本部がミッドの地上にあったころの名残を残す部署も残っている。
その一つが全ての巡察官が所属する巡察部である。
現在現役で巡察をしているのは、私を含めず僅か五名(だそうだ知らない間に二人ほど増えていた)
統括官に言わせれば「どいつもこいつも問題ばかり起こすクソガキ」ばかりだそうだ。
(ちなみにそこに私が含まれているのかは怖くて聞けなかった、カッコ失笑カッコトジ…)
まぁ色々と迷惑をかけている自覚はある。
この統括官、百年くらい前に、私が管理外世界で拾った子供の娘、つまり孫だ。
昔は可愛かったに・・・しかしミッドの住人としてはポピュラーな就職先、つまり管理局へ入り、順調
に出世した今では上司だ、まったく笑えない。
だいたい臨めばもっといいポストがあったろうに何を好き好んで、トラブルメーカーの吹き溜まり
のような巡察部の元締めになったのか?今だに理解できない。

「このまま巡航艦で向かうってことでいいですかね」
『露骨な時間稼ぎは止めてください、無駄に飛距離の長いおじい様の転送魔法なら十分飛べるでしょう?』
「(ばれた…)あー本局ってほんとはポンポン転送魔法でいっちゃいけないんですよ?事故が」
『勝手に作った専用のポートをお持ちでしょう?』
「(…怖い子!)」
『硝子のカメンごっこはやめて、さっさと――』
<お説教の最中に申し訳ありません、シエラ殿。この宿六にエマージェンシーコールです>

孫娘のお小言に烏が割り込んだ、正式に譲渡され、なのはのデバイスとなったレイジングハートか
らの緊急通信だった。
どうやら心配が的中したらしい。

「第九十七管理外世界で例の犯人らしき人物が、現地人の魔導師に接触、すぐに本局に知らせて、
できればL級八番艦アースラの人員を現場に急行させるように」
『了解しました、御武運を』
「ありがとう」

孫娘の激励を受けて、私はさっそく転送魔法の準備に入る、目的地は無論第九十七管理外世界…地球だ。



                        ◆



突然張られた結界。
話を聞いてくれず襲い掛かってきた女の子。
先生が言っていた「魔導師襲撃犯」

ああわたし負けちゃったんだ…
ボロボロのレイジングハート、吹き飛ばされたバリアジャケット。
そして私に近寄ってくるあの子。
必死にレイジングハートを持ち上げ、魔法を使おうとするけど、もう意識が…
こんなので終わり?
嫌だ!
ユーノくん…クロノくん…フェイトちゃん!
わたしが目をつぶった瞬間。
わたしとあの女の子の間に誰かが割って入った。

「ごめんなのは、遅くなった」
「ユーノくん…」

わたしの傍らにユーノくん
そしてわたしを庇うように、黒いマント、黒い杖、そして闇夜を切り裂くような金色の髪。
フェイトちゃんだ…

「仲間か!」

あの女の子がそう吐き捨て距離を取る。

「…友達だ」

フェイトちゃん!
嬉しくて泣きそうになる。

朦朧とする意識の中、ユーノくんの説明を聞く。
フェイトちゃんはあの女の子を追って外に飛び出していった。
フェイトちゃんの裁判が終わりわたしに連絡しようとし、通信が繋がらなかったこと。
しかも魔法使いのいないはずの地球に広域結界が展開されておいること。
そこのエイレンザード先生から連絡で、わたしが襲われている可能性大という知らせが入り、フェ
イトちゃんとユーノくん、そしてアルフさんが来てくれた。

「レイジングハート?」
「うんレイジングハートがエイレンザードさんのデバイスに通信を入れたんだね、たぶん結界に取
り込まれる直前に。でもエイレンザードさんのデバイスとレイジングハートの直通回線は…どんな
技術をつかってるんだろう…」

わたしに回復魔法をかけてくれながらユーノくんはそんなことを呟いている。
先生のことなんてどうでもいいから。フェイトちゃんたちが見えるところに連れて行って欲しいと
お願いすると、ユーノくんはなぜか複雑な表情を浮かべ「わかった」というと私を抱えよとする。

「か、肩を貸してくれればいいから!」
「そう?」

お、お姫様だっことか恥ずかしすぎるよ…
ビルの屋上に出て、上空を見上げれると、フェイトちゃんの金色の魔力とあの女の子の紅い魔力が
ぶつかりあっていた。
あの子すごく強い…フェイトちゃんとアルフさん相手に一人で戦っている。
私は一人だったらフェイトちゃんたちのコンビには、とても敵わないと思うのに…

「やった!」

ユーノくんが快哉を上げる。
アルフさん渾身のバインドがあの子の拘束に成功したからだ。
よかったこれで…
そう思った瞬間、新たに現れた人影がフェイトちゃんを吹き飛ばし、アルフさんを蹴り飛ばす。

「フェイトちゃん!…アルフさん!」
「まずい!助けなきゃ」

ユーノくんが慌てて、私の周りに結界を展開する。
回復と防御の結界、ここからは出ないように言い置いて、ユーノくんはフェイトちゃんたち所へと向かう。
わたしはただそれを見ていることしかできないのが悲しくて…悔しかった…



                   ◆


「大丈夫?」

駆けつけてくれたユーノに礼を言い、破損したバルディッシュを拾い上げる。

「大丈夫本体は無事…でもあのデバイスは」

リカバリーしたバルディッシュを右手に、そして左手に私はもう一機のデバイスを呼ぶ

「起きてハルベルト」
<Good Morning Lady>
「冗談言ってないで…防御型をなのはの近くへ出せる?」
<No problem>

ハルベルトに命じて魔道人形を呼び寄せる。
この結界は一方通行型だ、入ることは容易いが、出ることが難しい。

「随分使いこなしてるんだね」
「ハルベルトは優秀だから…むしろ私が魔道人形を全然扱えないんだよ。それよりユーノ全員をつれてこの結界外へ転送…できる?」
「アルフと協力すれば…なんとか」
「お願い…アルフもいいね?」
『ちょっとキツイけどやってみるよ!』
「エイレンザードさんが来てくれればなんとでもなりそうだけど」

ユーノが出した人の名に、私の心臓が軋む。
訳の分からない人、始めは明確に敵だった、なのはに協力してジュエルシードを集めていた。
次はなぜか私を助けてくれた。
管理局員のくせに母さんに協力し…
今はそのことを考えるのはやめよう、戦場で戦いを忘れれば、そこに待っているのは死だ。

「そうだね…あの人のことだから、絶妙のタイミングで来るよ」
「あれは絶対どこかでこちらの様子を見ていると思うんだけど…正直ひどいよね」

ユーノが緊張感の無いことを言うのに、少し苛つく、それはあの人への無条件の信頼の証なのか。

「いこう」
「あ、うん」


上空へ舞い上がり、心配そうにこちらを見詰めるなのはを見る。
ユーノ結界にハルベルトがコントロールする防御型の魔道人形、大丈夫なのは安全だ。

「いくよバルディッシュ、ハルベルト」
<Yes sir> <Yes Lady>


「ほぉ二刀流か、だが扱いきれるのか?」

さっき私を吹き飛ばした背の高いほうの女魔導師が斬りつけて来る。
速い、私は正直防御魔法はあまり得意なほうじゃない、攻撃は基本的に避けるタイプだ。
でもこの人は早い。
だから距離を取って動きを制限しないと。

「バルディッシュ」
<Photon Lancer>

四発のスフィアを生成、私が最初に覚え、もっとも使いなれた魔法、フォトンランサーを放つ。
相手は避けもしなかった、だけど直撃しても無傷!?

「魔導師にしては悪くないセンスだ…だがベルカの騎士に一対一を挑むには、少し足らん!」

視界から消えた瞬間、眼前に敵が居た。

「くっ!」

ハルベルトで相手の剣を受け止める。
案の定バリアが砕け散るが、バルディッシュよりも頑丈に出来ているハルベルトががっちりと相手
の剣を受け止めてくれる。
バルディッシュをサイズフォームに変形させる。
<Scythe Slash>
魔力刃に貫通能力を付与し、がら空きの胴体を横薙ぎにしようとし…果たせず空振りする。
速いだけじゃない、近接戦闘能力も達人クラスだ。
<Arc Saber>
バルディッシュと同調させたハルベルトに、魔力刃を射出させる、魔道人形操作特化型のハルベルトでは少々荷が重いが、これは囮だ。
背後に回りこむように機動を操作しつつ、ゼロ距離で砲撃を叩き込む。
<Thunder Smasher>
「面白いな!切り裂けレヴァンティン!」
<Jawohl!>

信じ難い事に、私の放った砲撃魔法を…彼女は両断した。
少し距離を取り、息を整える。
あの弾丸…あれが瞬間的に魔力を高め、あんな無茶を可能にしているのだ。

「先ほどの言葉は訂正しよう、魔導師のくせに見事だ…私はベルカの騎士、ヴォルケンリッターが
将シグナム…そして我が剣レヴァンティン。お前の名は?」
「ミッドチルダの魔導師、時空管理局嘱託フェイト・テスタロッサ。この子はバルディッシュ、そ
してハルベルト」
犯罪者なのに…思わず名を返す。
ベルカの騎士?
考える暇も無く、再びシグナムが襲い掛かってきた。



                      ◆



空中で三組の魔力が激突する。
フェイトちゃんもアルフさんも相手に圧倒されている。
ユーノくんは上手くあの紅い女の子を凌いでいるけど、決定打が足りない。

「助けなきゃ…」

わたしが…皆を…助けなきゃ!

<Master.>

ボロボロのレイジングハートが私に話しかけてくる。

<Shooting Mode Acceleration.>

シューティングモードになったレイジングハートがわたしにスターライトブレイカーを撃てと語り
掛けてくる。
そんなの無茶だった、あの魔法はわたしにもレイジングハートにも負荷がかかるからと、先生の許
可なしには撃てないはずだ。
でもレイジンハート曰く、現在の破損状況ならば先生が定めた「絶体絶命の危機」に十分該当する
ため、撃つ事はできるという。
でも今のレイジングハートの状態であんな魔法を撃てば、レイジングハートが壊れてしまう。

<I believe, Master. Trust me, my Master>

私はあなたを信じています、だからあなたも私を信じてください。
そう訴えかけるレイジングハートに私は、頷いた。
レイジングハートがわたしを信じてくれるなら、わたしは…

「はいはい、とっても感動的な所だけど、なのははその結界から出ないように」

出た…

「最悪。先生…空気読んで下さい」
<…>
「うわ!レイジングハートまで無言でおじさんを責めてる!」

私の真横に出現した人影、灰色のバリアジャケット、ぼさぼさの頭、汚らしい無精ひげ。
紛れも無くエイレンザード先生だ。

「こわーいお姉さんがなのはを狙ってますからね、絶対にそこから出ないように」
「ふぇ?」

エイレンザード先生の出現に、皆の手が止まる。

「久しいですねェ、ヴォルケンリッターの皆さん」

まるで旧知の友人に話しかけるように懐かしく、でも先生らしくない、どす黒い負の感情を込めた
声で、先生はわたし達を襲ってきた人たちに語りかけた。



                ◆



「何者だ」
「…覚えていないとは心外だなぁ、まぁ考えてみるとシグナム、君とは最初の一回以外は相対して
いなかったかな?」

随分と可愛らしい騎士甲冑のヴォルケンリッターの面々に、思わず目を細める。

「此度の主は、良い主かな?」
「貴様!」
『フェイト、アルフ、ユーノ。一対一では不利です。後退しつつ三対三になるように、一旦仕切り
なおしなさい』
『それ根本的な解決にはならないんじゃないのかい?』

そうでもない、ヴォルケンリッターの面々が使う古代ベルカ式魔法の性質を考えれば、3VS3の
方が分があるのだ、とはいえ一々説明してる猶予も無い。

『これから私がヴィータ…小柄な騎士に隙をつくります、ユーノはバインド、アルフはザフィーラ、
男の癖に獣耳の奴です、そいつを牽制するように、フェイトがヴィータを撃墜しなさい』
『もう一人の方はどうするんだい?』
『シグナムは私がおさえます。フェイト…手加減は無用です、なんなら物理干渉設定をオンにしていいですよ』

先ほどからまったく返事をしないフェイトに冗談めかしていうが、やはり返事は無い、シグナムの
相手がしんどいだけ…ではなさそうだな、これは。

『なんだってあのチビなんだい?あの中で一番強いのはシグナムとかいう奴だろう』

アルフの言うことも解る、だがヴォルケンリッターが連携して戦闘する要は実はヴィータだ。
近接戦闘はもちろん、結界の展開、誘導弾による牽制。
少々かんしゃくもちではあるが、戦闘に関しては以外に冷静だ。
そういう意味では、戦いを“楽しむ”傾向のあるシグナムは、将として少々問題がある。
これまた一々、事情を説明する余裕が無いので、もっともらしいことを言って、言いくるめることにする。

『この結界はヴィータが展開しているのようですから、撃墜すれば破壊が容易くなる、逆にアルフ
とユーノで結界を作って連中を逃がさないようにしてください、クロノ執務官が来てくれるはずです』

ベルカ式なために、アルフも、アースラのスタッフも手間取っているようだが、私には見慣れた術式だ。
外側からも破壊できたが、それだと連中が逃げてしまう、誰か一人でも拘束できれば、色々と事情
を聞き出せる。

『ではいきますよ!』

結界へのアクセスと同時にとある魔法を行使した。



                   ◆



「結界に干渉されてる、あいつだ!」

アールヴ野郎の指示だろう、それまでバラバラに戦っていた管理局の魔導師連中が連携して戦闘するよ
うになったせいで、やりづらい。
何とかして、あいつをぶっつぶさないと…
そう思った瞬間、眼前に飛び込んだ、人物に、不覚にもあたしは手が止まってしまった。

「エ、エレン…」
「久しぶりねヴィータちゃん!元気だった?」

嘘だ!あいつは死んだんだ、あいつは、あいつは!

「ヴィータ!」

シグナムの声で我に帰る、体が動かない?バインド!?
動けないあたしに金髪のガキが放った魔法…直射型射撃魔法がまるで機関銃のように襲い掛かってきた…



                     ◆



フォトンランサー・ファランクスシフト
私の使える魔法の中でも最強の一つ。
突然現れた、白い鎧のようなバリアジャケットを纏った女性。
それを見た紅い子が見るからに動揺した、ユーノがバインドを掛け、動けないあの子に指示通り本気の攻撃を叩き込む。
割っては入ろうとした残る二人は、アルフと白いバリアジャケットの女性が邪魔をした。
スフィアが消滅し、合計1064発のフォトンランサーを受けた紅い子はユーノのバインドに拘束
されたまま、気を失っている。
ほぼ同時に空間結界が破壊される。
アルフとユーノが結界を展開し、逆に彼女達を逃がさないようにする。
正直私はもうあまり魔力が残っていない、早くクロノが来てくれないと、キツイかも…

『まずい!全員防御を!!』

あの人の悲鳴のような指示と同時に、巨大な雷が周囲に振りそそいだ。



「大丈夫かい?フェイト」
「アルフ…ありがとう」

あまり防御の得意ではない私だけど、アルフが庇ってくれて事なきを得たみたいだ。
ユーノは防御が得意だから大丈夫として…

「なのはは?」
「なのはも大丈夫みたいだよ、でも連中には逃げられたね…ああ無事じゃないのが一人いたよ、あいつだ」
「…」

呆れた様子でアルフが指差す。
直撃を受けたのでもないに、余波で吹き飛ばされ壁に張り付いているのが一人、あの人だ。

「あいつ、本当は弱いんだよねぇ、つい忘れそうになるけど」

そうあの人はけして強いわけじゃない、戦うのが巧いんだ、だからこうゆう広域攻撃とは相性が滅
法悪いんだな…勉強になったな。

『全員無事か?』
「あクロノ、うん大丈夫皆無事だよ」
『そうかそれなら良かった』

全員が気を抜いた瞬間だった、なのはの悲鳴が聞こえたのは。



[20549] 第13話
Name: madoka◆5b5f0563 ID:bd863772
Date: 2011/01/09 21:20
湖の騎士にしてやられたな…
書を使っての広域魔法攻撃、しかも結界破壊効果付き。
サーチャーを飛ばし戦場をサーチしつつ、幻術でヴィータとシグナムを牽制して所だ。
全員への警告と、なのはのカバーで手一杯(というか魔力が足りなくなり)になり、自身の防御が疎かになった。
直撃ではなかったとは言え、つくづく広域攻撃は相性が悪い。
吹き飛ばされビルのコンクリに叩きつけられ、吐血する。
油断はしていなかった、サーチャーを飛ばしシャマル…だったか、湖の騎士も探してはいたのだ。
さすがにヴォルケンリッターの参謀役は、片手間で対処するにはキツイ相手だったようだ。

「せ、せん…」
「舌を噛みますから、しゃべらないで」

なのはを守っていたユーノ結界が破壊された瞬間、間髪入れずに湖の騎士が仕掛けてきた。
リンカーコアを引き摺り出され「蒐集」されたなのはに魔力を送り、応急処置を施す。
なんとか妨害したため、リンカーコアを喰い尽くされるのは回避したが、なのはの消耗が激しい。


「なのは!」
「いいところにきましたフェイト、ユーノ。代わって下さい、兎に角魔力を注ぎ込んで」
「はい!」
『エイレンザード巡察官』

通信ウィンドウが出現する、リンディ艦長か。

『今医療班を送りました。本局の医療施設の手配もしています』
「迅速な対応ですね、感謝します」
『あの魔導師達は…』
「闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター・・・前回から十一年でしたか?新暦になってからは三度目・・・でしたかね?」
『よく・・・ご存知なのですね』
「あれとは色々と有りましてね」

艦長は夫を、執務官殿は父親を喪ったんだったか、茶化す話題でもなく、互いに黙り込む。
そうこうしているうち、アースラの医療スタッフがやってきた。

「なのはの家の方はこちらでフォローします、今後の対策ですが、エルトラン経由で通信を確保し
ておきますので、追々。今はともかくなのはを頼みます」

エルトランは地球に一番近い管理世界で、そこの地上部隊とは馴染みだ、融通が利く。

『わかりました』
「ご家族と学校の方は、万事先生に任せて、ついでに精密検査でもしてきてもらいなさい」

なのはがなにやら弱弱しく首を振り、ユーノやフェイトに何事か訴えようとしている?
二人とも必死になのはを励ますのに一所懸命のようで気が付いていない。
ふむ、なんだったんだ?



                  ◆



(先生に任せたら・・とんでもないことになちゃう!だめなの、やめて欲しいの、そのドヤ顔やめてよ先生!
フェイトちゃん!ユーノくん!アルフさんでもいいから察してよ!ねぇ!!!)



                  ◆



「助かったがシャマル…随分と無茶をしたな」
「仕方ないわ、あれしか手段は無かったもの」
「そうではなく、蒐集のことだ」
「ああ…でも破壊の雷で消費した分くらいはリカバリしておきたかったから、丁度あの男が動けなかったら」
「何者なのか、後で説明を頼む、私は記憶に無い」
「ヴィータちゃんが一番詳しいみたいね、詳しく覚えてないのが気になるけど、今は早く帰っては
やてちゃんを安心させてあげないと」
「ヴィータは大丈夫なのか?」
「遊び疲れて寝ちゃったことにしましょ、似た様な状態だし」


薄ぼんやりと、そんな会話が聞こえる。
ああシャマルも覚えてないのか、あのアールヴの男のこと、エレンの親父のことを。

あれは何度目の主だったか、今からどれ程昔のことだったのか、もう覚えちゃいない。
まだ古代ベルカが隆盛していた時代。
あの主は、他の主に比べれれば、ダントツで良い主だった。
はやてとタメを張るくらいだ。
病弱で、本を読むのが好きな、物静かな青年だった。
多くの主があたし達を物の様に扱い、闇の書完成のために酷使したのに対し、あの主は戦を厭う優
しい人だった。
そんな主に寄添うに仕える女騎士…それがエレンだった。
二人は主と忠実な騎士のようでもあり、主従の仲を越えた友人のようでもあり、二人で居ると一枚
の絵のような恋人にも見えた。
エレンは良い奴だった、あたしを妹のように可愛がってくれたのを覚えている。
騎士としてはあたしやシグナムとタメを張るような腕前だったが、同時に家事全般を得意とし、淑
女としても完璧だった。
あぁ少々奇矯な言動もあるにはあったが。
なにせ魔獣と隠者に育てられたとか言っていたからな。

なぜあたし達はあの時闇の書を完成させようとしたのか?
今ならわかる、あの主もはやてと同じように、闇の書にリンカーコアを侵食されていたのだ。
嘘みたいな幸せな時間は終わりを告げた。
主のため、あたし達はなりふり構わず闇の書を完成させることにした、当然事情を知っていたエレ
ンも協力を申し出た。
主がやめろと言っても、あたし達は聞かなかった、それが主を救う唯一の術だったから。
エレンとあたし達で隣接する領主の領地を攻め落とし、容赦無く魔力を集めた。

幸せな時間は一転して、幸せであったから余計に辛い、地獄のような時間になった。
日に日にやつれてゆく主、それに焦るエレン。
エレンが養い親だという魔獣を、その手にかけたのは、書の完成まで後一息というところだった。

そしてその場にもう一人のエレンの養い親、あのアールヴの男がやってきた。
あいつはエレンのことを許さなかった、道を誤った娘を自ら処分すると断言し、剣を抜いた。
当然争いになった。
奴が切り札である真竜を召喚し、あたし達はそれとの戦闘で手一杯になった。
隙を突いた奴は、その手で宣言通りエレンを殺した、シャマルの悲鳴でそれに気が付いた時は全て
が手遅れだった。
そんなことはお構いなしに襲い掛かってくる真竜を四人でなんとか倒し、そのリンカーコアを蒐集
したことで書は完成した…はずだ、その後の事は、何故かまったく覚えていない。



                    ◆



高町なのはです。
今わたしは時空管理局の本局という所に来ています。
突然の襲撃、フェイトちゃんとの再開、先生が色々ぶち壊したこと、そして最後の最後でわたしが
ドジを踏み、リンカーコアを奪われてしまったこと。
しばらく魔法は使えないそうです、レイジングハートもぼろぼろになっちゃって、修理中、もうじき
クリスマスなのに、散々です。
でもいいことも有ります、魔導師襲撃事件の中心が地球だということで、アースラの皆、リンディ
さんたちがまた地球にくるそうなんです。
管理局の嘱託になったフェイトちゃんも一緒だって、とっても嬉しいです。

そうそう、これから管理局の偉い人とフェイトちゃんが面接するのですが、なぜかわたしも呼ばれ
たので、クロノくんに連れられ、その人の所に向かっています。

「グレアム提督、ご無沙汰しております」

部屋の中に居たのは…初老のおじさん、優しそうな人です。
なんでもフェイトちゃんの「保護監察官」なんだそうです。
お名前はギル・グレアムさん。

緊張気味のフェイトちゃん(可愛いなぁ…)に幾つか質問して、それにハキハキとフェイトちゃん
が受け答えしています(かっこいいなぁ…)

「保護監察官といっても、まぁ形だけだよ、リンディ提督から先の事件や、君の人柄も聞かされたしね、
とても優しい子だと」

うんうん、褒められて頬を染めるフェイトちゃん、可愛いなぁ

「これは黙っているように言われたが、エイレンザード巡察官に『くれぐれもよろしく』と言われては、
私としては悪いようにはできないんだがね」

…なんでここで先生の名前が出てくるの?

「なのはくんは日本出身か、懐かしいね」
「え?」
「エイレンザード巡察官から聞いていないのは残念だな、私は彼の教え子の中では出世頭なんだが・・・
私も君と同じ世界の出身だよ、イギリス人だ…ああ魔法との出会いかたまでそっくりだ」
「ほぇぇぇ!」
「私のは場合助けたのは管理局の局員だったがね、応援でやってきたのがエイレンザード巡察官で、さっきも言
ったように、私の魔法の先生でもある」
「…先生って何歳なんですか」
「さてなぁ…それがもう五十年は昔の話だ、最近は会っていないが、見た目は今とあまり変わっていないね」
「…初耳です」
「おやクロノ、随分複雑な表情をしているな、大方巡察官に痛い目にでも合わされたな」
「…」

あ、クロノくんが憮然としてる。
なんかあったんだ。

「さてフェイトくん、君はなのはくんの友達なんだね?」
「はい」

改まった様子でグレアムさんがフェイトちゃんに問う、フェイトちゃんが「はい」と言ってくれて
嬉しいです、えへへへ

「約束して欲しい事は一つだけだ、友達や自分を信頼してくれる人のことは決して裏切ってはいけ
ない。それができるなら、私は君の行動について、何も制限しないことを約束するよ…できるかね?」
「はい、必ず」
「うむ良い返事だ」

ほんとに、フェイトちゃんかっこいいなぁ…



そんなこんなでフェイトちゃんの可愛い所とかっこいいところを堪能し、地球に戻ってきました。
アースラが使えないため、リンディさんたちは我が家の近くに引っ越してくるそうで、もう嬉しす
ぎてスキップしながら家へと帰ります。

・・・
忘れていました、あの晩からまるまる一日以上がたっていることを。
そしてその間のことは全て“あの”先生に任されちゃってることを。
不安な夜を過し、まず何気ない顔で朝、リビングに行きます…
なんでしょう、この家族のまるで腫れ物に触れるような態度は。
それが可愛い娘、可愛い妹への態度なのでしょうか。


怪訝に思いながらも学校へと向かいます。
バスの中でいつもは合流する、アリサちゃんとすずかちゃんが今日はいません。
何故でしょう?
しかもバスの中に乗り合わせている全員が、わたしを見て、すぐに視線をそらします、なにやらヒ
ソヒソと話をしています。
いじめ…?

いえ解っています、考えるまで無く原因はあの男、自称わたしの先生、エイレンザード・カタン巡察官です。
地球に戻ってから、一度も顔を合わせていないし、連絡もよこなさい。
怪しすぎます。

学校に到着し、靴を履き替え、教室に向かいます。
全員がわたしに道を譲ります、下級生が逃げていきました。
涙目の子がいます。
だんだん怒りのボルテージが上がってきました。

ドアが開いたままの教室へと踏み込みます。
ざわざわしていた教室が、しん・・・と静まりかえります。
親友達の姿を見つけ声を上げます。

「アリサちゃん、すずかちゃん、おはよう!ねぇ聞いてフェイトちゃんが…アリサちゃん?」
「あ、な、なのは?おおおおおはよう、いい良い天気ね!」
「なんでそんなに挙動不審なの?」

なぜか頭を教科書で隠したアリサちゃんが、少し後ずさりします。

「なのはちゃん…」
「すずかちゃんはどうしてそんなに決意を固めたような表情で、ぎゅっとわたしの手を握ってるの?」
「私は、応援してるよ?だって友達・・・ううん親友だもん!」
「ねぇなんの話なのかな?」

その日一日アリサちゃんは挙動不審で、すずかちゃんはお母さんのような視線でわたしを見つめ、
同級生には避けられ、なぜか先生にまで怯えられています。
あの男には一度色々と頭を冷やしてもらう必要があるようです…



                        ◆



「本当にそっくりですね、気持ち悪い

モニターの向こうにはなのはさん…にしか見えない生き物が居る。
しかし外見はそっくりだが、表情、仕草、纏う雰囲気がまったく違う。
漠然と見ていて不安な気持ちなるのは何故かしら?

『さらっと酷いことをいいますね艦長』

声もそっくり…でも話し方がそのままだから、本当に気持ち悪い

「色々な魔法が得意とは伺ってましたけど…まさかそこまでなのはさんそっくりというのは、正直
ドン引きですわ、巡察官」
『…暗示系の魔法と併用すれば、まずばれませんよ。良い機会ですからミッドの病院で一度なのは
の体の検査してきてもらいませんか?正直あの歳で砲撃魔法や収束魔法をバンバンというのは、間
違いなく体に良くないですよ?』
「でもミッドならそう珍しくもありませんわよ?それにフェイトさんはいいんですか?」
『いや彼女の方は…まぁいいですけど』

気持ちは解る、フェイトさんにはアルフという使い魔がいて、ついでに言えば私も彼女を養子にしようと思っている。
でもなのはさんには、そこまで魔法の事情に詳しい大人がいないのだ。
そういった心配は彼がするしかないのだろう。
しかも地球暮らしが長い彼はミッドの流儀をあまり心良く思っていないようだ。
だが、なのはさん級の戦力は人手不足に喘ぐこちらとしては、どうにも手放したくない・・・
この件に関しては、事件の後にゆっくり話し合う必要がありそうねぇ・・・
ともあれ
なのはさんに化けたエイレンザード巡察官は、これから一日なのはさんとして過すことで、なのは
さんの不在を誤魔化すらしい。
まぁ・・・そつなくこなすのは解っているけど…なんなのかしら、この胸騒ぎは。

「ところで巡察官、こないだ淹れて頂いた中東風のお茶、あれの淹れ方をエイミィに教えてくれま
せん?」

胸騒ぎを誤魔化すように、当たり障りの無い話題に、何故か花が咲いてしまった…



                ◆


さてブサかわいい、にゃんこ先生モードでなのはの帰りを待っていた私でしたが。
いまそのことを酷く後悔しいる。
原因はいわゆる「レイプ目(瞳孔が拡大し焦点があってない様)」で帰宅したなのはだ。
なぜかクロノ執務官が同行しており、今私は執務官のバインドで拘束され、処刑を待つ身となっている。
おかしい?一日完璧になのはを演じたはずの功労者が、何故こんなことに・・・
ああ、なのはの手に口にするのもおぞましい器具が握られている。
執務官が冒涜的な魔法を唱え始めた。
ああ、窓に!窓に!
まさか数千年の生がこんな所で尽きることになるとか・・・ぶっちゃけありえない。

「せんせい・・・反省の色が見えないの」


暗転






























「もう…お嫁にいけない…」
「先生は男なんだから元々お嫁にはいけないから大丈夫なの」

十分なOSHIOKI(地球ではこういう言い回しをするらしい)と、何をやらかしたのか全てゲ
ロ…白状させた。
まったくこの男の思考回路は、どうかしているとしか言いようが無い。
暗示系の魔法で、被害者の皆さんの、ここ数日の記憶はいじるしかないな…まったく忙しいというのに。

「ありがとうクロノくん、色々助かっちゃった」
「いや…いいんだ、局員が問題を起こしたわけだからね」
「絶対に私情が混じってますよね!執務官殿!」

変身魔法を解除できないようにしているせいで、今あの小憎らしい巡察官は、ただのぶさいくな猫
にすぎない、吠えたところで怖くは無い。
猫…猫には嫌な思い出が有る、思えばあの二人のやり口は…どこかこの男に似ている、グレアム提
督の魔法の師匠だったというのは事実だったのか…

「ああなのは、明日のことだが。友達は今日のうちに記憶を消しておくから、遠慮なく誘って遊びに来てくれ」
「執務官殿が出先で――ごふっ!」

軽く踏んで黙らせる、ろくでもないことを言おうとしていたことだけはわかる。

「やだ先生、床汚さないで欲しいの」
「ひ、ひどい…」
「そういえば先生、フェイトちゃんのお母さんの事件で、色々やっちゃった、て聞きましたけど、
お咎めなしなの?フェイトちゃんだって色々有るのに」
「そういえばそうだな…」
「何を言ってるんですが、私は向こう五年間給料80%カットっていうお咎めをちゃーんと受けて
ますよ」

…それじゃぁ税金払ったら何も残らないんじゃないのか?
ある意味社会的に殺されたも同然、案外地上本部も厳しくきたな。
あぁ…でも普段からこの世界で生活しているようだし、問題ない…のか?



[20549] 第14話
Name: madoka◆5b5f0563 ID:bd863772
Date: 2011/01/14 02:31
「お前なんで…」

 管理局の介入を受けた翌日。
 当面はいつも蒐集に向かう範囲より少し遠い世界、そして魔導師以外にも、リンカーコアを備え
ている大型生物も収集の対象にすることにしたが。
 その前に、おそらく出足の遅い管理局が対応できないうちに、この地球で蒐集を済ますことにした。
 いずればれることだったが、なるべくあたしたちの本拠地を悟らせないため、地球では蒐集をし
ていなかったが、昨日の一件でチャラになった。
 だいたいにして、管理外世界の住人がデバイス持ちの魔導師だったのが予定外だったのだ。
 あの白い奴のせいだ。
 とにかく愚痴っても仕方は無い、実はターゲットは以前から目を付けていた。
 はやての付き添いで病院に来た時にみつけた子供。
 日本人ではないみたいだが、日本は医療に関しては先進国らしいから、なにか事情があってやっ
てきたのだろう。あの白いのに劣らない魔力量の持ち主だ。
 病人のガキだから無理は出来ないが、数十ページにはなるはずだ。

 そう思い侵入した病院。
 幸いターゲットは最上階の個室…いわゆるVIPルームにいるから、小規模な結界展開で済む。
 万が一管理局の連中が居たとしても、感ずかれる可能性は低い。
 だが屋上に降り立ったあたしを出迎えたのは、昨日蒐集したはずの白い奴。
 そいつが平然とした様子で、待ってましたといわんばかりにあたしを出迎えていた。

「おっと、いけない変身魔法を解除するのを忘れてましたね、まぁ面倒だし別にいいかな?」
「その口調…魔力光てめぇ!アルザイーブか」
「懐かしい名前なのヴィータちゃん。現在はエイレンザード・カタンと名乗っている?どう似てますか?」
「ふざけやがって…」
「ごめんねヴィータちゃん。でもあの娘には手を出させないの?…だめだ似てないな」

 感情的になるな…こいつの手口だ。
 怒りを押し殺し、グラーフアイゼンを構える。
 アルザイーブは白いのそっくりのバリアジャケットを身に纏い、ただデバイスだけは以前も見た
連結杖型の物を展開する。

「ふむ、他のメンバーもこないようですし、久方ぶりに一騎打ちと参りますか?鉄槌の騎士、紅の鉄騎」
「その名前をてめぇが口にするな!」

飛行魔法を発動させようとしたが、発動したにも関わらず飛翔できない…キャンセルされていやがる、飛行禁止結界か、くそっ!
即座にシュワルベフリーゲンを四発ずつニセット、計八発叩き込む。

「カンタマミサイル発射なの」

奴が打ち出した魔法弾…たしか魔力打消し特化型の誘導弾が計十六発、あたしが打ち出した鉄球を迎撃に来る。
くそっ!迎撃された。誘導性を打ち消され明後日の方向へ飛んでいく。
数で負けてる上に、誘導制御は奴が上手だ、敵わないのはわかっていた。
奴の周囲には残った八発が集まり、いつでもこちらの誘導弾を迎撃できる態勢だ。
接近戦に持ち込むしかねぇ。
はなからシュワルベフリーゲンは囮だ、だが向こうもそれは百も承知のはず。
アームドデバイスを出さないということは、奴は中距離であたしと相対するつもりか。

「evacuate」

あたしが距離を詰めるより早く、奴の魔法が完成した。
耳朶を打つ爆音、そして…これは大気を破壊したのか!
結界内の大気が破砕された、当然酸素は無いし、気圧は急降下している、甲冑を着てなければ酷い
ことになる魔法だし、よしんば展開していても、まったく影響が無いわけじゃない。
減圧の影響と大気が破砕された衝撃で、体がふらつく。
しかも奴の展開した結界は大気の侵入を拒んでいるのだろう、呼吸は出来ない。
何よりも…音が聞こえない!

『darkness』

わざわざで念話で!嫌味か!
生成されたのは、おそらく遮光性の気体。
聴覚を奪われ、視覚を奪われた。
頭痛とめまいを振り払い、奴の魔力を頼りに、そこへ突撃するが…

『くそったれが!』

複数の魔力が立ち上がる…おそらくは自身の魔力を付与した簡易クリエイション。
精々動くことしか出来ないドロ人形を複数生成したな!
この状況でとれる手は二つ。
防御に徹するか。

『まとめてぶちのめす!アイゼン!』

ギガントフォルムで!

『まぁあなたならそうすると思っていましたよ』

体が…うごかねェ!しかも冷てぇ…バインドと凍結魔法の複合攻撃か!
凍結しているのは、あたしの体にまとわり付いている遮光性気体そのもの。
手も足も出ない、くそっ…状況が悪すぎた。
飛行禁止結界で地面に引き摺り下ろされ機動力を奪われていなければ。
奴が変身魔法など使って正体を偽って居なければ!

酸欠が限界に達したあたしの意識が薄れていく。
ち…くしょ…う



                      ◆



「やれやれ…嵌ってくれてよかった」

 国許から安全のために目と鼻の先、海鳴の病院へ連れてきたあの子を、おどかそうと深夜に来て
見れば…まさかヴィータと鉢合わせするとは。
 間一髪だった、あの子にとっては蒐集は命を奪われるのこととイコールなのだから。
 冷や汗を拭う。
 なのはに変身していたこともあって、ヴィータの対応が遅れたこと、特に飛行禁止結界が張れた
のが効いた。
 とはいえ、結界と大気制御魔法の発動に、魔力を込めた手札を二枚も消費した、先日の一件でも
十枚以上使ったし、これはちとまずいな…
 さてどうしたものか。

「ま、とりあえず頭を覗かせてもらいますかね、主を抑えられれば…!」

魔力を感知しとっさに飛びのく。
一瞬前まで立っていた位置にベルカ式の魔法陣、そしてそこから生えた腕。
湖の騎士の特殊転移魔法か!
目標を見失った腕が引っ込む前にすばやく掴む。
即座にフィールドの中和を開始する。

「ちっ!」

今度は左腕が、こちらの脳ミソをかき回す位置で出現する、とっさに首を振り回避するが、その隙
に、掴んだ腕部のバリアジャケット…ベルカ風に言えば騎士甲冑に魔力が集まりだす。
ジャケットパージを転用してこちらの腕を吹き飛ばす気か、仕方なく腕を離す。
腕が慌てたように両方とも引っ込み、気絶したヴィータの周囲に転移魔法陣が展開する。
妨害魔法を発動させるが、一手遅れた、果たせずヴィータを回収される。
また湖の騎士にしてやられたか…まったく優秀なサポート役だ。

「さて…これはあの子の保護先を移さないとまずそうだ」

思わず独り言が出る。
やれやれ、こいつは一つリンディ提督に頭を下げるとするか…



                       ◆



「すまねぇシャマル、正直助かった」
「大丈夫怪我は無い?」
「減圧症以外はなんともねぇ…ちくしょう、相変わらずやり口が汚ねぇ奴だ」

なんだっていつもあたしがこんな目に逢うんだ。
二度目の時もそうだった。
時代はベルカとミッドが次元世界の覇を競った時代。
あたし達の主となったのはベルカの騎士で、ベルカ勢力のリーダー格の一人だった。
一言で言えばクズで下衆な主だった。
騎士と呼ぶに足る強さはあったが、ベルカ王家の血を引いてることを鼻にかけた奴だった。
配下への暴力は日常茶飯事、酒と色を好み、シグナムやシャマルを見る目つきも嫌らしかった。
あたし達の扱いも、便利な道具のようなもので、それはひどかった。
まぁそれ自体はいつものことで、エレン達やはやてが特別なのだ。
あの男、アルザイーブがその主の配下にいたのだ。
当時の名は、アルザイーブ・グレナダンだったか。
顔を変えていた奴にあたし達は気が付く事はなかった、前回から随分時が経っていたから、当然と
いえば当然だ、当時はエレンの親父…アルザイーブがアールヴだとは知りもしなった。
粗暴な主の下にはロクデナシが多く集まるのは道理だったが、奴はそのなかではまともな部類だった。
配下の兵士達(魔力の低い連中)の指揮が巧く…ベルカの騎士というのは実にその辺が苦手なのだ
…戦術や戦略、兵站にも明るいとあって、アルザイーブは主に重用されていた。
奴個人の戦闘能力もけして低くは無かった。
以外だと思うだろうか?
確かにアルザイーブの魔法資質は三流魔導師クラス、魔力量も少ないし、レアスキルを保持してい
るわけじゃ無い。
多彩な魔法を使うが、その一つ一つは二流、どれも一流の魔導師や特化型には叶わない。
だが奴自身は騎士としては一流の部類だった。
魔力の少なさを補う緻密な構成の魔法の数々、演算スピード、処理能力、膨大な年月に裏打ちされ
た戦闘経験値。二流とは言え「使える魔法が多い」という事は魔法戦闘においては一つの強みなのだ。
ましてベルカ式は対人に特化している分、色々と不得手が多い、奴はその辺を上手くカバーできる
のだから重宝されて当然だった。

少し話がそれた、別に野郎のことを評価してるわけじゃない、あくまで一般論だ。

アルザイーブはあたし達に対しても随分親しげに接していた。
シャマルとは戦術や戦略を互いに相談しあっていたし、ザフィーラとは良く組み手をしていた。
不思議とシグナムとは余り接点が無かったが、あたしにはこっそり菓子をくれたりと、完全に子供
扱いだったが、あまり嫌ではなかった。

書の蒐集が進んだころ、後一息ということで、主は殺された。
手を下したのはアルザイーブだった。

「アルザイーブ…てめぇ!」
「申し訳ねぇヴィータ、とはいえこれが契約なんだよ」

偶々護衛についていたのはあたしだった、そう奴はあたしの眼前で主を殺したのだ。
しかも毒殺だった…防ぎようも無い。

「契約…だと?」
「まぁ元々はフィアの所からの依頼だったんだけどねぇ」

奴は別のベルカのリーダー格から派遣されたスパイだったのだ。
味方から嫌悪されるほどに、主とその配下の素行が悪かった上に…闇の書が警戒されたのだ。

「ま、直接の依頼人は、こいつらが全滅させた村で受けたんだよ、瀕死の女の子からね」

死に行く少女の最後の願いは復讐、それを叶えたのだと奴は言った。
闇の書は主が死ねば転生する、守護騎士プログラムである我々は消える。
あたしは奴に一矢報いることも出来なかった。



                      ◆



「あ、エイレンザード巡察官そっちのケーブルを十五番ポートにお願いします」
「はいはい、なかなかに人使いが荒いですね。エイミィ執務補佐官」
「忙しいところにやってきたエイレンザード巡察官が悪いんですよー」

今回の一件、担当になったアースラだったが、生憎肝心のアースラ自体が要整備ということでスタ
ッフは三箇所に別れて地球に駐屯することになった。
これは事件、ちょうど地球を中心に個人転送でいける範囲の世界で発生していることから、実行犯
つまりヴォルケンリッター、そして闇の書の主が地球に潜伏している可能性が高い、と判断された
ためだ。
まぁ若干リンディ提督がごり押しした感も有る。
別段近傍の管理世界、たとえばエルトランやファイレントン辺りを拠点にしても少々不便だが、管
理外世界よりは融通が聞く分、面倒はないはずなのだから。
もっとも、部外者である自分にはあまり関係の無い話だけんども。

一つだけ言える事は「高級マンションを一室借り切るとか、本局は金持ってやがんなぁ」
という僻みだけ…

先日の息子さんのお痛についてリンディ提督とじっくり「OHANASHI」しようと肩を怒らせ
てきてみれば、提督は不在、居残りのエイミィ執務補佐官が機材のセットアップでてんてこ舞いを
踊っている状態だった。
しかもなぜか手伝わされている自分が要るわけで…

「あーエラー出てる…エイレンザード巡察官~五番スロット確認してくださ~い」
「…おじさん、貴女よりすっごく年上なんだけどなぁ」
「階級一緒だしぃ~」

このお嬢さん、こう見えて士官学校出の二尉さんなんだよねぇ
巡察官も今の管理局法だと二尉扱いなんだよねぇ…昇進試験受ければもう少し上まで行くが、めんどくさ…

「あら、エイレンザード巡察官、何をなさってるんですか?」
「…」
「あ、艦長、クロノ君、フェイトちゃん、おかえりなさい!」
「はい、ただいま帰りました。エイミィ準備は順調みたいね」
「ええ、エイレンザード巡察官をこき使いましたので」
「朗らかに言うことですか…?」

 呟きは華麗にスルーされ、一同揃った所で遅めの夕食らしい。
 蕎麦の出前ですが、当然のように自分の分は無いわけで…

「丁度いいですし、少々今後の相談をしませんか?」

 カップ麺をアパートから召喚しつつ、そうもちかけた。



                  ◆



「現在武装局員の派遣をレティ提督に頼んでいる所です、少なくとも一個中隊は大丈夫かと」
「ふむ…こちらもエルトランとファイレントン、フーリアの地上部隊から一個小隊づつ、応援をも
らえることになっています」
「それは…助かります、けどよく人手不足の地上部隊から…」
「まぁどこも明日はわが身ですからね…で連中への対応ですがね、今回は特殊パターン臭いですよ」
「…どういうことです?」
「私の推測ですがね、今回の主は地球生まれのイレギュラー、それも平和ボケしている日本人で…
たぶん頭の良くて良識を持ってる子供です」
「…見てきたように言うのですね」
「ヴォルケンリッターの言動ですね、本来…むこの話は食事中にはやめましょう、まずくなる」


 エイレンザード巡察官がリンディ提督とそんな話をしている。
 ちゃらんぽらんな人だけど、何気にすごい人でもあるんだな…この人は。
 オソバというこの国独特の麺類を食べながらそんなことを考える。
 おいしいけど食べにくいね…すする音を出さないようにするのがむずかしいよ。
 エイレンザード・カタン、役職は巡察官、年齢不詳、経歴も不明。
 調べてみても、この人のデータは管理局のデータベースには存在しなかった。
 いいや正確には、私に見られる範囲のデータには存在しなかった。
 魔力量はせいぜいD、この魔力量なら魔導師ランクは良くてBが限界のはず。
 でも実際に戦ってみれば解る、この人は戦うのが「巧い」
 魔力量の少なさを補う独自の術式、演算能力、処理能力、魔道技術は飛びぬけている。
 この人が人並み以上の魔力を持っていれば、たぶん母さんでも叶わなかったかもしれない。
 謎の人だ…

「フェイトさん、蕎麦はそんな風に食べるのは良くないですよ」
「え?」
「薬味をコレでもかと投入し、ちょいと先だけ漬けて“すする”のが蕎麦の食べ方です」
「え…音を立てるのは」
「ちっちっちっち、蕎麦というのはそういう食べ物なのですよ」
「お詳しいん…ですね」
「フェイト、好きに食べたら良い。この人の話は、話半分いや四分の一くらいで聞いておくと丁度いいよ」

 クロノがそう言って音を立てずにオソバを食べる。
 ああ、アルフが音を立てて食べはじめた、ちょっと行儀悪いよ?

「執務官殿ったら、昨日は私にあんなことをしておいて…まだ足りないんですか?」
「え!ちょっとクロノくん、それどういうことなのかな?!おねーさん凄く興味が有るよ!」
「エイミィ!人聞きの悪いことを言うのはやめていただきたいな、巡察官」
「ふっ、嫌がる私を(魔法で)拘束し、あんなことやこんなことをしたくせに!」
「クロノ…?」
「母さ…艦長まで真に受けないで下さい!」

闇の書の話で、重苦しい雰囲気だったから…気をつかったのかな?
でもクロノは一体何をしたのかな?
たしかなのはのお手伝いで良い仕事をしてきた言ってたけど…気になるな



                 ◆


先生を懲らしめた翌日…言っておきますけど、暴力は振るってないですから!
くすぐり地獄とかしただけですから!

ま、それはともかくとして、わたしはリンディさん達が地球で過す駐屯地(といってもマンション
の一室なんだけど)にやってきました。
本当にわたしの家からは目と鼻の先で、はしゃいでしまっているわたしに呆れたのか、フェイトち
ゃんがお母さんのような表情をしています、ちょっと複雑…
もう直ぐアリサちゃんとすずかちゃんも来る予定…あ、呼び鈴が鳴った。
我慢しきれず玄関に向かいます。

お客様だった。
でも出迎えたクロノくんがぽかーんとしてる。
玄関に立っていたのは、背の高い、うちのお父さんと同い年か少し上くらいの(お父さんは剣術と
かしているせいか、無駄に若く見えます)紳士と、わたしと同じくらいの歳の女の子の二人。
女の子は人見知りするのか、紳士の後の隠れるようにして、脚にしがみついています。

「なのは、どうしたの?」

お行儀良く待っていたフェイトちゃんがやって来ました、ああお客様みたい…ってフェイトちゃん
どうしたの?

「…エイレンザード巡察官?」

え?
紳士をもう一度見ます。
ごしごし
目をこすってみました。
ぎゅー
ほっぺ痛い、嘘…夢じゃないんだ。
嗚呼、そこに居る紳士が先生に見えます。
いつもボサボサの髪をキチンと整え、無精ひげをそり、ちゃんとしたスーツを着て、ついでに背を
シャンと伸ばせば。

「あらエイレンザードさん、そちらのお嬢さんが先日のお話の?」
「ええそうなりますリンディさん、ご面倒をおかけしますがよろしくお願いします」
「いえいえ、まったく問題有りませんわ、オホホホホ」
「いや助かりますな、フフフフフ」

ああ、このリンディさんとの間に漂う、白々しい空気、やっぱり先生だ…
それにしても、大人って汚い…

「さ、ファーラ。自己紹介なさい」
「…」

やんわりと、しがみついていた女の子を引き剥がし、しゃがみこんだ先生が、女の子に視線を合わ
せて、微笑みながら女の子に話しかけています。

「ファーラザード・カタンです…」
「まぁまぁ可愛らしいお嬢さんですわね、エイレンザードさん」
「自慢の娘ですよ、リンディさん」

え?
えー!!!



[20549] 第15話
Name: madoka◆5b5f0563 ID:bd863772
Date: 2011/03/20 06:45
この度の地震で亡くなられた皆様のご冥福と
被災された皆様の一日も早い復興をお祈りします。







エイレンザード巡察官の養女だという女の子。
ファーラちゃん、褐色の肌に、波打つ金髪、碧の瞳。
かなり違う人種のハーフ…なのかな、そのせいか、とてもエキゾチックな美少女だ。
生まれも育ちも地球。
でも魔力が有るらしい、なのはと同じだ、管理外世界では珍しい子。
管理外世界でたまに生まれるリンカーコア持ちは、大抵高い魔法資質を持っていると、グレアム提
督も言っていたけど、この子も内包魔力の量がすごい…
ただ、エイレンザード巡察官にべったりとひっつき、周囲に怯えている様子は…なんだか苛つきに
も似たもやもやした感情を芽生えさせる。
なんだろう…これ



                     ◆



「なのは、フェイト、ファーラをよろしく」

エイレンザード巡察官がそう言って二人に微笑みかけている、完璧に父親の顔だわ…
普段が普段だけに。失礼だけど、呆れるほど気持ち悪いわ。
ファーラさん、なのはさん同様、珍しい管理外世界生まれの「魔導師の卵」
ただこの子が魔導師になる事はない。
資料によると、先天性の難病を患っており。イレギュラーにありがちな、膨大な魔力を利用し、常
時自身の体を賦活することで、命を繋いでいるとのこと、もしリンカーコアを蒐集されれば、間違
いなく命に係わる…か。

なのはさんがファーラさんの手を取り連れてゆく、まぁフェイトさんのお友達が増えるのはいいこ
とかしら…ね。

「色々と助かりましたよリンディ提督」
「いえ、彼女が襲われでもしたらコトですし」
「それだけでなく、例の件もね」
「ああ…なんなんでしょうね、あれ」

後方…本局に設置された「闇の書」対策本部からの、不可解なエイレンザード巡察官への召喚要請。
名目は「オブザーバーとしての参加」
一見して筋は通っているように見える、彼は過去に何度も闇の書と係っているらしいから。
だが、現場としては歓迎できるものではない。
事件の舞台は地球を中心に個人転送でいける範囲の世界。
それはつまりエイレンザード巡察官が巡察している範囲の世界、いわば縄張りだ。
現場の地理、風俗に詳しい、腕利きの魔導師を前線から引き抜かれることになる。

「さて…まぁ提督の口利きで事なきを得ましたがね」
「巡察官が全面的に協力してくれるとあれば、この程度の労は惜しみませんわよ?」

おまけにこちらの手元に「人質」まで出して、なんだか気持ち悪いわね

「早速私も捜索の方に加わります、ファーラのこと頼みました」
「はい、承りました」

呼び鈴がまた鳴った、今度こそなのはさんのお友達ね、まだ片付けも済んでないし…どこかに連れ
て出ましょうかね。
そろそろあれも手配できただろうし、フェイトさん…驚くでしょうね、よろこんでくれるかしら?



                      ◆



やはり駄目か…
こちらの手回しとはばれぬよう、彼を現場から遠ざけようとしたが、案の定失敗した。
現場のリンディ提督の要請。
地上本部からの抗議。
本局上層部からはやんわりとした圧力。

…いっそ全ての事情を暴露し、彼に協力を求めたい誘惑に駆られる。
だが、協力が得られるだろうか?
長い付き合いだが、彼の思考はあまりに混沌としており、どう反応してくれるか、まったく予想が
できない。
彼の存在はあまりにイレギュラーすぎる、やはり…排除するしかないか…



                      ◆



「巡察官、ご一緒してもよろしいか?」
「うん?なんです執務官殿、改まって」
「先日の話、詳しく聞かせてもらえますか?」
「話?」
「主の話です」
「ああ」

先日話の出た闇の書の主の話。
巡察官曰く「魔法を知らない地球の住人」「平和ボケした日本人」「良識の有る子供」という推理。
今までに無い守護騎士達の様子と言い、この男何か知っているのだろうか?

「執務官殿は守護騎士プログラムについてはご存知ですな?」
「もちろん」
「ならば、彼らの様子が尋常ではないことはわかると思います」
「確かに…リンカーコアの蒐集に際し命をとらない事、感情を露にすること…あんなのはありえない」

所詮彼らは闇の書に付随するプログラムに過ぎないのだ。

「彼らは確かにプログラムにすぎませんけどね、感情もあるのですよ」
「馬鹿な」
「管理局の資料には無いかもしれませんがね、稀にまともな人間がいて、彼らを人間として扱えばね…
大抵は主が、そういった人物を排除してしまうのですが、このパターンは主自身がまともな人間の
場合…千年に一度有るか無いかの、それこそイレギュラーですな」

つまり今の主は彼らを人間として扱っているということ。
「魔法を知らない管理外世界の住人」であり「平和な日本人」という推理はそこからか

「まぁ公的機関の情報なんて必要の無い情報は省かれる物ですよ、無限書庫辺りを漁れば色々出て
くるはずですよ」
「巡察官は何故そんなことがわかるのです?」
「無駄に歳を食ってるだけですよ執務官殿。主のプロファイルは守護騎士達を見れば大抵わかるも
のです…特に騎士甲冑ですね、彼らの甲冑は主から賜る物、生成は彼ら自前の魔力でしますが、デ
ザインは主がするものです、ヴィータのフリルの付いたあれ、おそらく主は女の子かな?」
「…となると色々面倒だな」
「そうですね、主が管理外世界の住人となれば、杓子定規に管理局法を適用するわけにも行かない
…執務官のお手並み拝見です」

そう言って巡察官は転移魔法の準備に入る、心当たりを幾つか回ってみるということだ。
本来ならば単独行動をさせたくないが、先日の一件もあって、武装隊の人間は誰もが彼と行動する
こと嫌がる、無理も無いか。
捕捉したら直ぐに連絡をいれると言い残し、彼は消えた。
彼の推理が当たっているかはわからないが…可能性としては考慮する必要があるな…



                  ◆

 とまぁ意気込んでみたもの…さっぱり成果はでませんでたー、てへ

「パーパ、おいしい?」

誰に向かって言い訳しているのか、必死に現実逃避していると。本日の夕食をとりしきったファーラが恐る恐る、感想を聞いてくる。
メニューは焼き魚、豚汁、玉子焼き、菜っ葉のおひたしと純和風。

「ファーラはすっかり料理がうまくなりましたねぇ、いつお嫁にやっても恥ずかしくない腕ですよ」
「やー!わたしお嫁になんていかない!」

そういってしがみついてくるが、まぁ子供のうちは大抵こういうものだ、そのうち「お父さんと一
緒の風呂は恥ずかしい」「洗濯物は分けて」「彼氏ができました」「お嫁に行きます」「子供が出来ま
した」…そうやって大人になっていくのだ…経験者は語るだぞ?

「あらあら、でもファーラさんがいてくれて本当に助かりますわ、炊事に洗濯、掃除全部やってく
れてしまって」

時空管理局の提督ともなれば忙しいのは当たり前、例え駐屯地だろうとそれは変わらない。
エイミィ執務補佐官も情報処理などで忙しいわけで、必然ファーラが家の中のことをやるわけだ。
ああ、フェイトは学校があるしね。

「はっは、それでは主婦失格ですなぁ」
「本当に困ってしまいますウフフフ」

リンディ提督との間に火花が散る。
しらーっとした雰囲気が周囲に流れるが、もはやこれは一種の芝居のようなものだ。

「しかし、大隊に近い規模の人数を動員して成果なしというのはマズイですわね」
「被害にあった魔導師は既に三桁近いし、大型生物もかなりの数…ま、実は良いこともあるんですよ」
「え?なんですか」
「ふふふ、被害にあった魔導師にかなりの数の犯罪者が混じってましてね」

そういって食卓の上にリストを投影する。

「この近辺で動向を探っていた犯罪者のリストです、傍線が入ってるのがヴォルケンリッターに食
われた連中」
「かなりの数ねぇ…」

何せ八割近い数がやられている。

「特に第102無人世界を根城にしてた海賊と、第91管理外世界の密猟団がでかいですね、内偵
は進めていたんですが、なにせ規模がでかい上に腕利きの魔導師を複数抱えていたので、攻めあぐ
ねていたんですよ。正直助かりました」
「それだけ…ページが埋まったということだ」

うお執務官殿のご機嫌がナナメだ。

「で、そこで提案があるんですが…」

リストの最後、まだ傍線の引かれていないそれを示す。

「第87管理外世界で盗賊団をやってる魔導師集団、こいつらを餌に使いませんか?」



                   ◆



犯罪魔導師が集団になって管理外世界の一地方を制圧。
そこで王様気取りか…やっかいな事案ではあるが、正直本局が出張るには少々コトが小さい。
もっとも近いファイレントンの地上部隊が担当となり、巡察官も交えて攻略を検討していたらしい。
盗賊団の構成員はほぼ全員が管理世界で犯罪を犯した魔導師。
構成員の平均魔導師ランクはC、だが面倒なことにAAクラスの魔導師が居るらしい。
こうなると地方の地上部隊では中々手が出せないだろう。
巡察官のほうでも色々と仕込みをしているとのことだったが、こいつらを餌に守護騎士達を釣ると
いうのは…正直有りだ。
投入人員は僕、巡察官、ユーノ、加えてファイレントンの地上部隊より二個小隊とファイレントの
エース級魔導師が応援に来てくれる。
フェイトとアルフは留守番だ、バルディッシュも修理中だし、ここを空にするわけにもいかない。
盗賊団がこれだけの規模ならば、守護騎士達も単独ではことに及ばないはずだ、この作戦…いける!



                  ◆



食事が終わり、さすがに後始末くらいはと、リンディさんとエイミィさんが買って出たため、ファ
ーラちゃんは、べたべたと先生に甘えたあげく、膝の間で眠ってしまった。
あちこちを忙しく飛び回る先生とは、こうやって触れ合う時間は滅多に無いそうで、ファーラちゃ
んはもうべったり先生に甘えて、食事の時以外は片時も放れようとしない。
…正直ちょっとイラっとします。
お風呂も一緒にと懇願したそうですが、流石に周囲の視線が痛かったのか先生はそれを断ったようです。
どうもファーラちゃんの中のお風呂ってサウナみたいなものらしく、日本のソレとは違うみたいなの。
で、起こさないように気を使いつつも、フェイトちゃんと二人で先生にある相談を持ちかけた。

「ヴォルケンリッターの攻略法?」
「はい」
「彼らが『ベルカの騎士』だという事は?」
「それは聞きました」

ベルカの騎士…わたしたちが使うのとは違う系統の魔法、対人戦闘に特化した古代ベルカ式魔法の
優れた使い手。

「ミッド式の魔導師は、基本的にベルカの騎士には敵いません。そうですねじゃんけんのグーとチ
ョキの関係ですね。解りますか?」

わたしたちミッドチルダ式がチョキで、ベルカ式がグー…ということ?でも

「でも先生はこないだあの子に勝ったって聞きました!」
「あんなのは出会い頭の事故みたいなものですよ。状況がこちらに有利だっただけです…第一、先
生はカテゴリとしてはミッドの魔導師じゃないですね」
「え?」
「さて、なのは。じゃんけんでグーに負けないにはどうすればいいか、解かりますか?」

 負けない?

「パーを出すか、グーであいこです」
「はい正解、つまり絡め手のパー、徒党を組んで力押しするグー、これがミッドの魔導師がベルカ
の騎士と戦うときの定石になります」
「パーはあんたが得意な、卑怯な手だね」
「褒め言葉として受け止めておきましょう、アルフ。もう一つ勝つ方法が有りますが…解かります
かフェイトさん?」
「…わかりません」
「グーを石、チョキを鋏と見れば簡単ですよ…岩を両断する鋏になればいいのです」

そう言って先生はグーの左手に、右手の人差し指と中指をそろえて打ちつける。
つまりはミッド式の魔導師の実力が、圧倒的にベルカの騎士より高ければ問題は無い、と言いたい
みたい。

「…」

ヴォルケンリッターのメンバーは皆わたし達と同等の強さがあって、しかも経験値は向こうが上。
先生の言う方法は今のわたし達には無理だ。

「なーに、もう十年もすれば二人ともそうなれます。なのはは民間協力者、フェイトも嘱託。
彼らの対処は正式な局員である、クロノ執務官たちに任せておけば良いのですよ」
「…でも!」
「…まぁいって聞くような相手ではないのはわかっていますがね、ではこうしましょう、私と戦っ
て勝てたら、秘策をあげましょう、それでどうです?」
「…ちなみに先生、負けるつもりは?」
「君達ならば絶対に負けない手がありますよ。何せなのはは私の教え子、フェイトさんは純粋に私とは相性が悪いですからね」
「ずるい…」
「卑怯です」

 フェイトちゃんと二人で睨むけど、先生は気にしない様子で笑顔を浮かべている。

「まぁ精々頭を使いなさい」

 そう言って、先生はわたし達の頭をぽんぽんと叩く。もう馬鹿にして!
 先生はファーラちゃんを抱き上げ、寝室へ連れて行く。
 もう、待ち伏せ作戦の「仕込み」に向かう時間になっちゃったんだ。

 その時は想像しなかった、あんなことになってしまうなんて。



                     ◆



「嘘…だよね?ねぇクロノくん嘘だって言って!」
「…残念だが、本当のことだ」
「どうして…だって先生だよ?卑怯で…狡賢くて…」
「なのは、彼は確かに実力者だ、だが…決して絶対的な強者じゃない、一手誤れば、こういうこと
もありえる」

エイレンザード巡察官が撃墜された。
昨夜の出撃から四時間後、突然駐屯所のシステムがダウン。巡察官をロスト。
復旧後も連絡がつかず、最後に確認した座標に急行した僕とユーノが見つけたのは

瀕死の巡察官だった。


「顔見知りの犯行なのかもしれない、正直僕も彼がこんなにあっさり…」

現場には戦闘の形跡はまったく無く、不意をつかれ、一撃で倒された可能性が高い。
だが、この件に関しては彼がミッドの地上本部所属の関係上、捜査はそちらで行なうことになり・・・
詳しい情報はこちらにはまったく伝わってこない。
現在ミッドの病院で治療中ということだが、容態は…良くない。
ユーノと僕が第一発見者でなければ、間違いなく死んでいたはずだ・・・

ファーラは迎えに来た巡察部統括官に連れられミッドへ。
詳しい説明はあちらでしてくれるだろう。
正直・・・こちらで説明するのはきつかったので、助かる。
フェイトは駐屯地にいたため、既に事情は知れている。
なのはに話すべきか迷ったが、隠しても仕方が無い、いずれ知れることだと、艦長が判断。
今こうして説明をした。

相当ショックらしい、なのはは泣くでもなく、取り乱すでもなく、ただ呆然としてしまている。
エイミィとユーノが慰め役になってくれているが・・・くそっ、どうしてこんなことに!




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