判例随想#10



もくじ

 電磁アクチュエータ事件、宇宙戦艦ヤマト事件、血液採取器事件、ファイルローグ仮処分事件、ニカルジピン事件、サロン・ドゥ・ホテル・ジャンキーズ事件、筋組織状こんにゃく事件、セラミックブレード事件
 文字色は、判決文よりの引用法律条文の引用、となっています。
 なお、判決文に関してリンクが切れている場合、最高裁HPで検索して下さい(→こちら)。

セラミックブレード事件

H14. 5.15 東京地裁 平成13(ワ)1650 特許権 民事訴訟事件
 使っていくうち(摩耗等により)にクレーム範囲内に入る物を製造・販売する行為が間接侵害を構成するかどうか争われた事件です。
 原告は、ドクターブレードと呼ばれる紙に被服剤を塗るためのブレードに関する特許を持っており、その特許請求の範囲には発明特定事項として被覆層の厚さが0.25mm以下という限定が付されていました。一方、被告製品の被覆層の厚さは0.25mm 以上有り、この点、被告製品は原告特許の権利に範囲に属しません。
 ところが、被告製品がその購入者により使用され摩耗することにより0.25mm以下となるため、被告製品は原告特許権を間接侵害(特許法101条1号)すると原告は主張しました。
 特許法101条1号(間接侵害)とは次のような条文ですが、
次に掲げる行為は、当該特許権又は専用実施権を侵害するものとみなす。
一 特許が物の発明についてされている場合において、業として、その物の生産にのみ使用する物を生産し、譲渡し、貸し渡し、若しくは輸入し、又はその譲渡若しくは貸渡しの申出をする行為
これにつき裁判所は
 法101条1号は,特許が物の発明についてされている場合において,業として,その物の生産にのみ使用する物を生産,譲渡するなどの行為を特許権を侵害(いわゆる間接侵害)するものとみなしている。同号の趣旨は,次のとおりである。すなわち,甲が発明の構成要件を充足しない物を製造,販売するなどの行為をすることは特許権侵害を構成しないが,その物の譲渡を受けた乙において,その物を使用して,発明の構成要件を充足する物を生産するなどの行為に及ぶことが特許権侵害を構成するようなときには,将来における特許権侵害に対する救済の実効性を高めるために,一定の要件の下で,その準備段階である甲の行為について,特許権を侵害するものとみなした。そうすると,同号にいう,乙が行う「その物の生産」とは,「その物の生産又は使用」などと規定されていないことに照らすならば,供給を受けた「発明の構成要件を充足しない物」を素材として「発明の構成要件のすべてを充足する物」を新たに作り出す行為を指すと解すべきであり,加工,修理,組立て等の行為態様に限定はないものの,供給を受けた物を素材として,これに何らかの手を加えることが必要であり,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は含まれないと解するのが相当である。
と特許法101条1号の趣旨について述べたあと、本事件に則して「摩耗して薄くなることもあり得ようが,これは通常の用途に従った利用行為の結果であるから,このような購入者の行為を,社会通念上,物を生産している行為ということはできない」ので「購入者は,本件発明の構成要件のすべてを充足する物を「生産」しているとはいえないから,イ号ないしハ号物件を製造販売する被告の行為は,本件発明の間接侵害を構成しない。」と、判断しました。
 もっとも
被告からの購入者が,イ号ないしハ号物件を,僅かに使用するだけで,本件発明の構成要件のすべてを充足する物に変形することができるような場合には,イ号ないしハ号物件は,本件発明を侵害ないし間接侵害すると解する余地がなくはない
と裁判所が説示するように、ケースバイケースの判断になると思うのですが、本事件においては
被告は,セラミックの表面被覆の厚さを0.313〜0.525mmとし,これによりブレードの使用寿命を一層長くすることを可能にした特性を有する製品(イ号ないしハ号物件)を顧客に提供し,顧客は,当該製品を,その特性を生かして,その本来の用法に従って使用している。
として、被告製品が原告特許の単なる設計変更ではなく、技術的に意義のある変更であると認められたというのがけっこう効いているかなと思いました。
(2002.5.26執筆)


筋組織状こんにゃく事件

H14. 4.16 大阪地裁 平成12(ワ)6322 特許権 民事訴訟事件
事件の概要
「筋組織状こんにゃくの製造方法及びそれに用いる製造装置」の特許発明の特許権者及びその専用実施権者である原告らが被告に対し、被告の販売するこんにゃく製造用目皿は、@主位的に同特許発明の技術的範囲に属することを理由とし、A予備的に同特許発明の実施にのみ用いられるものであることを理由として、同目皿の生産等の差止め等と、同特許権及び仮保護の権利の侵害に基づく損害賠償を請求した事件。
結論
容認(損害賠償額について一部棄却)
 注射液の調製方法事件(H11. 5.27 大阪地裁 平成08(ワ)12220)に続いて、均等論による間接侵害が認められた事件です。注射液の調製方法事件では方法の発明に関する間接侵害(特許法101条1項2号)だったのに対して、本事件では物の発明に関する間接侵害(特許法101条1項1号)なのか相違点というか、同じ大阪地裁である点も興味深いです。
 さて本事件、原告の発明というのは請求項2にかかるもので、
【請求項2】
A ホッパー中に投入されたこんにゃくのりを多孔のノズルから押出す押出装置において、
B 前記ノズルを平行ノズルとしてその押出し孔間隙(a)を3mm以下に小、又はノズル押出し直後の糸状こんにゃくのり間のすき間(c)が3mm以下の小さい傾斜ノズルとし、
C 押出し後の圧力開放により糸状こんにゃくのりが膨張して糸状こんにゃくのり同志がゲル化前の短時間のうちに外力を加えることなく接して一体化するようにしてなることを
D 特徴とする筋組織状こんにゃくの製造装置。
ハ ハ 要するに、こんにゃくのり(固まってこんにゃくになる前のもの)の吹き出し口を○○○○○のように多孔にしつつ、その間隔を3mm以下にすることによって、吹き出し直後のこんにゃくのりが膨張することによって相互に接着して、糸コンの糸同士がくっついた筋状こんにゃくを得るというものです。
 一方被告製品(ノズルに相当する部品)は、○=○=○のように口径大の孔「○」(主孔)とそれを連結する連結孔「=」とからなっているようです(アスキーアートで申し訳ないのですが、穴は全てつながっているようです。)
 被告製品はいわばこんにゃく製造装置の部品ですので直接侵害はないとされ、被告製品を用いたこんにゃく製造装置(被告製造装置)の間接侵害の有無に移りましたが、構成要件A,Cを充足しないとして文言侵害が否定され、続いて均等論侵害の検討に移りました。
 結局裁判所は、被告製造装置について
被告製造装置は、主孔部分から吐出されたこんにゃくのりが、連通孔部分から吐出されたスリット状のこんにゃくのりによってつながった状態で吐出されるものの、押出し直後の圧力開放により主孔部分から吐出されたこんにゃくのりが膨張して、主孔部分から吐出されたこんにゃくのり同士がゲル化前の短時間のうちに外力を加えることなく接して一体化するものということができる。
と認定した上、均等の5要件全てを認め、被告製造装置は原告特許権と均等であるので、被告製品は原告特許権を間接侵害するとしました。

 しかし、筆者はこの認定には疑問を覚えました。
 というのは、糸コンがつながったような筋状のこんにゃくを得るには被告製品のように○=○=○という筋状こんにゃくの断面形状と同一形状のノズルを採用するというのが、一番に安易というか、そのまんまな構成ではないかと思います。すると、原告特許の最大のポイントは、孔を多数独立して配しながらもその間隔を所定のものにすることにより筋状こんにゃくが得られるというところにあるように思います。
 少なくとも「主孔部分から吐出されたこんにゃくのりが、連通孔部分から吐出されたスリット状のこんにゃくのりによってつながった状態で吐出される」場合においては「主孔部分から吐出されたこんにゃくのり同士がゲル化前の短時間のうちに外力を加えることなく接して一体化する」ための主孔間の距離の条件は変わってくると思います。
 ということで、第1要件などで控訴審ではひっくり返るんじゃないかなと考えたりもするのですが、冒頭の注射液の調製方法事件(H11. 5.27 大阪地裁 平成08(ワ)12220)でも同様のことを考えつつ結局はその控訴審(H13. 4.19 大阪高裁 平成11(ネ)2198)で控訴が棄却されましたので、あんまり自分のカンは当てにならないだろうなと思ってたりもしています。
(2002.4.21執筆)


サロン・ドゥ・ホテル・ジャンキーズ事件

H14. 4.15 東京地裁 平成13(ワ)22066 著作権 民事訴訟事件
事件の概要
ホームページ上の掲示板に文章を書き込んだ原告らが,同文章の一部を複製(転載)して書籍を作成し,これを出版等した被告らに対し,被告らの同行為は,上記文章について原告らの有する著作権を侵害するとして,上記書籍の出版等の差止め及び損害賠償金の支払等を求めた事件。
結論
容認(損害賠償額について一部棄却)
 ネット上の掲示板への書き込みに著作権があるかどうか争われ、これが認められた事件です。
 判例集では検索できませんでしたが、本件に先行する仮処分事件も容認されているようです。
 ネット上の掲示板への書き込みに著作権が認められるべきかどうかを検討する上で気になるのは、被告も主張していますが、書き込みの匿名性ではないかと思います。この点について裁判所は
また,被告・・・は,本件掲示板への書き込みは匿名ですることも可能であるが,匿名で書き込みをした者は,自らが書き込んだ文章に対して責任を負うことはないのであるから,上記文章についての著作権を認める合理性はない旨主張する。匿名による著作物の公表であっても,著作物性を肯定する妨げにならないことは,著作権法上明らかであるから,同被告の上記主張は失当である。
とした上で「もとより,インターネットにおける掲示板上に書き込んだ投稿文章であっても,著作物性の成否に関する前記の判断基準に何ら消長を来すものではない」としています。
 まあ、ごもっともなのですが、書き込みの匿名性が問題となるのは「じゃあ誰が著作者なんですか」という著作者の特定の段階だと思います。本事件では、この点比較的すんなり事実認定されたようなのですが、例えば2chの書き込みを転載して本を作りたいとしてその著作者にコンタクトをとろうというのは、某著作権団体がやろうとしていることと実質的に同じですので、その意味において本事件でどのような証拠に基づいて事実認定されたのか興味があります(判決文には明示されていませんので)。

 またこの事件を受けて今後は「本掲示版に投稿された文章の著作権は掲示板管理者に帰属するものとする。」のような著作権に関する規定が明示される掲示板が増えていくと思います。どの程度有効かというのも気になりますが、新聞の投稿とかも同様の規定がありますので、特にインターネット上の掲示板だから、というポイントはあまりないかなと思います。
 ところで、本事件で容認された賠償額、訴訟追行に要した弁護士費用という名目の金額が大半で、この手の裁判って勝っても収支がマイナスになるのできついですね。被告もその点をわかって訴訟戦略を組んでいるのでしょうけど。
(2002.4.21執筆)


ニカルジピン事件

H14. 4.11 大阪地裁 平成11(ワ)3857 特許権 民事訴訟事件
事件の概要
本件は、原告が、被告らに対し、被告製剤には無定形塩酸ニカルジピンが全塩酸ニカルジピンの約40%、そうでなくても実質的な割合、含まれており、本件発明の技術的範囲に属するから、その製造販売は本件特許権を侵害するとして、不法行為に基づく損害賠償及び不当利得の返還を請求した事案である
結論
容認  上手い特許の取り方をやっているなと感心した事件です。
 事件名にも挙げたニカルジピンは原告が創製した物質で、特許も取得しているのですが、原告はこの特許が公告される前且つ製品が上市される前に本件特許を出願しています。本件特許の特許請求の範囲は、
特許請求の範囲(1項)
「無定形2,6‐ジメチル‐4‐(3'‐ニトロフエニル)‐1,4‐ジヒドロピリジン‐3,5‐ジカルボン酸‐3‐メチルエステル‐5‐β‐(N‐ベンジル‐N‐メチルアミノ)エチルエステル(ニカルジピン)またはその塩を含有することを特徴とするニカルジピン含有持続性製剤用組成物」
で、ニカルジピンを無定型(アモルファス)で使うと、結晶系の場合に比較して持続性効果が増すというのが特徴だそうです。
 で、被告らは無定型の塩酸ニカルジピンを含有する製剤を製造・販売して原告に訴えられたわけなのですが、被告は持続性効果を得るにはある程度の量の無定型塩酸ニカルジピンが必要であり自ずと特許請求の範囲は限定されるべきだと主張しましたが、裁判所はこれを退けています。
製剤中に無定形塩酸ニカルジピンが含まれていれば、その量が極微量で本件発明の作用効果を生じないことが明らかであるような場合を除き、その製剤は本件発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。
 作用効果が生じない場合については本来量に関係なく非侵害の抗弁となりうるポイントですので、実質裁判所の解釈は、無定型が入っていれば侵害というものだと思います。
 ところで本件特許公報には全量が無定型の場合のみが記載されていたようで、どの程度の無定型が含有されていればよいのかについては触れられていなかったみたいです。最近の実務指針である「好ましい含有量は記載しておくべし」から考えると、なんだか危なっかしい感じもします。好ましい含有量が記載されてあっても、あくまでも好ましい範囲だとして、ちょっとでも入っていれば侵害だと争うことは十分可能です。
 さて、次に被告製剤中に含有されている無定形塩酸ニカルジピン量の量なのですが、融解熱DSC測定法、ガラス転移点DSC測定法、粉末X線回折測定法、偏光顕微鏡観察法と、原告は種々の方法により立証を試みています。原告としては、特許請求の範囲の解釈において裁判所がどのような限定を付すのか不明なので、含有量をできるだけ多めに立証しておきたいということなのでしょうが、血液採取器事件同様、立証に伴う実験の大変さが伺えます。
 結局、
被告製剤中には、最低でも21.7%以上の無定形塩酸ニカルジピンが含有されているものと認められる。(筆者略)そして、無定形塩酸ニカルジピンが21.7%以上含まれていれば、その量が極微量で本件発明の作用効果を生じない程度のものであるとはいえない。
したがって、被告製剤は、本件発明の技術的範囲に属する
とされました。「その量が極微量で本件発明の作用効果を生じない程度のものであるとはいえない。」については余計だと思いますが。
 医薬品分野の特許実務においては、物質特許を出願しつつ、それが公開される前に製剤特許を出願して、実質的な特許存続期間(1年半弱)の延長をはかるのが定石になっています。本事件は特許公開制度前ということで、更に長期の延長がはかれたわけで、その意味において原告の的確な特許戦略が際立っています。
 控訴するのかどうかは知りませんが、被告側としては、キルビー事件後の裁判所の傾向として特許請求の範囲を限定的に解釈させることはあまり期待できませんので、無効にするつもりで望まないと、単に含有量を争っただけでは結論は変わらない虞が強いと思います。原告先願のニカルジピンについての特許を実施しただけであり、既に特許権が切れている公有に帰しているので特許権侵害は有り得ない、というスタンスが取れればいいのかなとも思ったのですが、被告は被告独自の製法で製剤を製造しているらしく、ちょっと難しそうかなというのが正直な印象です。
(2002.4.14執筆)


ファイルローグ仮処分事件

H14. 4.11 東京地裁 平成14(ヨ)22010 著作権 民事仮処分事件
H14. 4. 9 東京地裁 平成14(ヨ)22011 著作権 民事仮処分事件
 日本版ナップスター事件ともいわれる、ファイルローグの仮処分事件です。
 債務者側の代理人が小倉弁護士ということで、かなり期待をしていたのですが、残念な結果になってしまいました。
 裁判所はまず、ファイルローグ利用者の行為について、複製権侵害、自動公衆送信権及び送信可能化権侵害を認定した後、債務者に著作権侵害行為があるかどうかを を総合斟酌して判断するとして、各項目を検討しています。
 これらのうち(2)については
送信者が自動公衆送信をするのは,受信者が希望する電子ファイルを検索して,その電子ファイルの蔵置されているパソコンの所在及び内容を確認できることを前提としているが,これに必要な一切の機会は債務者が提供しており,送信者の自動公衆送信を可能とすることについて,債務者サーバが必要不可欠である。
というのがかなり効いているのかなと思います。もっとも、WinMXのように債務者サーバがユーザのマッチングまでサポートしていなければ結論が異なっていたかというとそうでもないというか、仮差止め容認という結論ありきの判断だったようにも感じます。
 ということで、債務者がそのページにてまとめている
 1 中央サーバを運営する会社がクライアントソフトを提供しており、前記中央サーバにアクセスしてファイルの送受信を行うには上記クライアントソフトを起動させることが不可欠であること
 2 上記クライアントソフトは操作が簡単であり、かつ、上記ウェブサイトで使い方の説明をしていること
(http://www.filerogue.net/20020410.htmlから引用)
の条件が揃うとサービス提供者側が著作権侵害を問われることになるのか、もっと気になるのはこの判断基準がどこまで拡張されることになるのか、今後見守っていくことが必要でしょう。
 本訴の行方も気になるところですが、この判決を受けてP2Pがどのように進化をとげていくのかがもっと気になりました。なお、小倉先生の答弁書は読んで損なしです。
(2002.4.14執筆)


血液採取器事件

H14. 3.28 東京高裁 平成12(ネ)3624等 特許権 民事訴訟事件
 本事件は、血液採取器のフィルタ中の高分子の膨潤によって気密性うんぬんに関するH12. 6.23 東京地裁 平成08(ワ)17460 特許権 民事訴訟事件の控訴審で、判断が逆転しています。
 本件特許の特許請求の範囲は
管体からなる採取容器と、当該管体内に管体後端開口を閉鎖する閉鎖体とからなり、当該管体先端から血液が導入可能とされた血液採取器において、上記閉鎖体の少なくとも採取血液接触部に連通気孔を有し、水膨潤性高分子材料を含有するフィルター部材であって、水膨潤性高分子材料の乾燥時には空気透過性を有し、水膨潤性高分子材料の膨潤性には気密性を有するフィルター部材を設け、該フィルター部材を介して上記採取容器内部がその外部と連通することを特徴とする空気の除去および遮断機構付血液採取器。
というもので、フィルターの気孔に配された水膨潤性高分子材料が、血液の水分により膨潤(体積が増加)して気孔をふさぐことにより、それまで通気性だったフィルターに気密性が生じるというのが発明のポイントです。
 一方の被告製品では、カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC−Na)が使用されており、同様に血液の水分によって気密性が生じるようです。
 で、CMC−Naが水膨潤性高分子材料に該当するかどうかなのですが、CMC−Naは水溶性のため、水を加えた状態が膨潤しているのか溶解しているのか判然としないようで、各種の実験結果により原告・被告の主張(解釈)が対立していました。
 一番重要なのは被告製品がどのようなメカニズムで気密性が生じているかなのですが、被告はCMC−Naの溶解による粘度上昇を唱えていたのですが、原審ではこれが否定され、本審ではこれが肯定された、というのが判断の分かれ目だったようです。
 化学的にもCMC−Naが膨潤するのかどうかというのは、簡単には結論が出せないようで、結局被告製品に発明の効果の発現がなされているのかどうかというメカニズムの点で裁判所は判断するしかなく、
以上検討したところによれば、本件フィルターは、被告CMC−Naの膨潤(体積増加)によって血液の流れを止めているものではなく、控訴人が主張するとおり、被告CMC−Naの溶解により粘性を増加した血液の細孔内における流速低下を利用して、必要な時間、フィルター内に流入した血液が外に流出することを止めているものと推認することができる。
と推認せざるを得なかったところにそれが如実に現れているかなと感じました。

 また、被告が粘度上昇を気密性発現の原動力とした特許を出願していたのかどうか不明ですが(恐らくしていないと思うのですが)、原告としては発明を更に掘り下げて水溶性の高分子を使った場合も想定するべきだったかなと思います。
 もちろん、高分子が膨潤することによって気孔を閉塞する技術思想からすれば、水溶性の高分子というのは考慮の外かも知れませんが、化学は実験の学問ですから、水溶性の高分子を比較例にするつもりで実験を行っておくべきでしょうし、そういうフィードバックを研究者にできる特許担当者でありたいな、と感じさせる事件でした。
(2002.4.7執筆)


宇宙戦艦ヤマト事件

H14. 3.25 東京地裁 平成11(ワ)20820等 著作権 民事訴訟事件
事件の概要
松本零士氏(原告)が、月刊誌「財界展望」(平成11年5月)に掲載された記事及び、西崎義展氏が運営するWebサイトにおける掲載記事は著作者人格権侵害又は名誉毀損行為に該当するとして謝罪広告掲載(「財界展望」誌並びに、新聞社紙上において)を請求していた裁判であり、対する西崎義展氏(被告)が「宇宙戦艦ヤマト」各作品における「映画の著作物」の著作者人格権の確認を反訴請求したもの。
結論
本訴棄却、反訴容認
 本事件、マスコミでも大々的に報道されたものなのですが、裁判所の判断を読んでみるとかなり松本氏をこき下ろすような内容になっており、そういう意味で興味を持ちました。
 ところで、宇宙戦艦ヤマトといえば、筆者が幼少のみぎりによく見たアニメなのですが、テレビアニメ及び劇場用アニメは映画の著作物に当たりますので、著作者は誰になるかは著作権法16条に基づいて定められます。
第16条
 映画の著作物の著作者は、その映画の著作物において翻案され、又は複製された小説、脚本、音楽その他の著作物の著作者を除き、制作、監督、演出、撮影、美術等を相当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者とする。
ただし、前条の規定の適用がある場合は、この限りでない。
 で、対象となった著作物は次の通りです。
1「宇宙戦艦ヤマト」TVシリーズ
2「宇宙戦艦ヤマト」劇場版
3「さらば宇宙戦艦ヤマト」
4「宇宙戦艦ヤマト2」TVシリーズ
5「宇宙戦艦ヤマト・新たなる旅立ち」
6「ヤマトよ永遠に」
7「宇宙戦艦ヤマトIII」
8「宇宙戦艦ヤマト・完結編35mm」
 「宇宙戦艦ヤマト・完結編70mm」
 それぞれどんなのだったかな、というのは判決文を読めば、そうだった、ということになりますので、ご一読下さい。設定ができあがるまでの話もあって面白いです。
 まず裁判所は著作物1に関して、西崎氏について「企画書の作成から,映画の完成に至るまでの全製作過程に関与し,具体的かつ詳細な指示をして,最終決定をしているのであって,本件著作物の全体的形成に創作的に寄与したといえる」とし、松本氏については「設定デザイン,美術,キャラクターデザインの一部の作成に関与したけれども,原告(筆者註、松本氏)の関与は,被告(筆者註、西崎氏)の製作意図を忠実に反映したものであって,本件著作物の製作過程を統轄し,細部に亘って製作スタッフに対し指示や指導をしたというものではないから,原告は,本件著作物1の全体的形成に創作的に寄与したということはできない」とし、結論として
以上によれば,本件著作物1の全体的形成に創作的に寄与したのは,専ら被告であって,原告は部分的に関与したにすぎないから,本件著作物1の著作者は,被告であって,原告ではない。
と判断しました。そして著作物2〜8についてもこの判断が基本となりつつ、松本氏の提案を西崎氏が却下した(例えば、「原告は,ヤマトの最期をどのように描くかについて,実物の戦艦ヤマトが沈んでいる九州坊ヶ崎沖を選択したいとの意見を述べたが,被告はは同意見を採用しなかった。」)などといった事例を交えながら、いずれも著作者は西崎氏だとされています。
 特に裁判所の認定の仕方が面白かったのは、著作物7についてで、次のように述べています。
原告の本件著作物7に対する関与の程度は,必ずしも明らかではないが,製作後に,原告が「パート3では,ヤマトが私の手の中から飛び立ってしまい,スタッフの皆さんにおまかせした部分が多くて,」とか「でも,もし次を作る事になるなら,私の自由にやらせてくれるということでなければ,参加したくないです。そうでなければヤマトは,私の作品ではなくなってしまうと思うからです。」との発言内容に照らすならば,原告は本件著作物7の製作過程にはほとんど関与していなかったと推認される。
(筆者註、略)
上記認定した事実,及び,被告がこれまでの宇宙戦艦ヤマトシリーズにおいて各作品を製作した経緯とをあわせ考慮すると,本件著作物7の全体的形成に寄与したのは被告であって,原告ではないと解される。
 パート3とは著作物7のことですが、著作物1〜6においてさえ松本氏は十分に関わっていないのに、上記引用の松本氏の発言からして少なくとも著作物1〜6以上には関わっていないだろう=著作者ではない、と判断されたというわけです。ただ、この頃から松本氏には宇宙戦艦ヤマトは自分の作品であるという認識は持っていたようですね。

 と以上のように、宇宙戦艦ヤマトに関する著作物1〜8の著作者はいずれも西崎氏とされ、松本氏が主張したは著作者人格権侵害又は名誉毀損は認められなかったのですが、事件の概要でも紹介した西崎氏の記事とは、判決文によると、
 原告は,本件各著作物が製作されてから,平成10年に至るまでの間,本件各著作物について,自らが著作者であることを主張したことはなかった。ところが,平成10年に至って,原告は,「新潮WEB」「サンケイWEB」上で,「ヤマトのファンの皆さんご安心下さい。『破産』『逮捕』のN(筆者註、西崎氏のこと)は『ヤマト』とは無関係であり,すべての権利は,私−−M(筆者註、松本氏のこと)−が持っておりますから−」という趣旨のコメントを述べた。また,雑誌やその他のマスメディアにおいて,「ヤマト」について原告が原作者であり,かつ,すべて原告が創作,設定したものであるとの趣旨を述べ,平成12年には「新ヤマト」を製作公開すると発表した。
という松本氏に対する
「MR(筆者註、松本氏のこと)が,原作,著作を名乗るなど,恥を知るものの振る舞い,とはとても考えられません。今,ここを先途と対外的に語られ,2001年にヤマト,復活編を造る,自分に著作権がある,とは何を指して云われているのでしょう・・・原作云々等と言っている時点では,可愛い冗談で済ませても,著作権,つまり,ヤマトを製作する権利を含めて,著作権があるという事は絶対許せない事です。これは私が許せない,という事だけではなく,参加した,スタッフの一員としても許せぬ話しであります・・・企画書は私に帰属するものであり,これがすべての宇宙戦艦ヤマトの源著作物,著作権のすべてはNに帰属している」
ハ というもののようです。
 どちらかというと、松本氏の方が西崎氏の著作者人格権を侵害しているような感じで、裁判所としても失笑という感じだったのかなと思うのですが、最後に裁判所が判決文に盛り込んでいる
なお,被告は,被告本人尋問において,「私自身の不祥事によって『宇宙戦艦ヤマト』のイメージを傷つけたことに関して,この法廷の場を借りて,「ヤマト」のファンの方もおられるでしょうし,またMさんもそうでしょうし,そういったことに関して深くおわび申し上げたいと。それと,もう1つは,「ヤマト」のファンは決してこのような訴訟は好まないでしょう。早くきちんとした形をもって,まあ,私自身も罪を償い,「ヤマト」のイメージのいい作品を作って,将来またMさんと仕事ができる機会があればいいなというふうに思っています。それが私のメッセージです。」と供述している。
が大きく心証形成に影響を及ぼしたのかも知れませんね。筆者も思わず涙しましたから。
(2002.3.29執筆)


電磁アクチュエータ事件

H14. 3.26 東京地裁 平成13(行ウ)274 特許権 行政訴訟事件
 東京地裁の特許権に関する行政取消訴訟です。
 まず事件の経緯ですが、次のようなものです。
ハ(1) 原告は,平成7年6月5日,発明の名称を「電磁アクチュエータ」とする特許出願をした(以下「本件特許出願」という。)。
原告は,平成8年6月5日,日本国特許庁に,日本,米国,韓国並びにヨーロッパ広域特許に係るドイツ,フランス及び英国の各国を指定国として,本件特許出願その他2出願を基礎とする優先権主張を伴ったPCT出願をした(以下「本件国際出願」という。)。
ハ(2) 原告は,平成9年2月5日,本件国際出願における指定国から日本国の指定を取り下げた。
ハ(3) 原告は,平成11年1月26日,本件特許出願について出願審査の請求をした(以下「本件請求」という。)。
ハ(4) 被告は,原告に対し,平成11年3月1日付けで,本件請求について,出願が取り下げたものとみなされた後の提出であることを理由とする却下理由通知をした。
ハ被告は,同年9月9日付けで,上記却下理由通知書に記載した理由によって本件請求を却下し(以下「本件却下処分」という。),同年10月13日,その旨を原告に通知した。
ハ(5) 原告は,平成11年12月13日,本件却下処分に対し,行政不服審査法に基づく異議の申立てをしたところ,被告は,平成13年7月6日付けで,上記異議申立てを却下する旨の決定をした。
 そして、その取消を求めたのが本事件です。
 要するに、PCT出願の指定国から日本国の指定が取り下げられたのが本件特許出願の出願日(つまりPCT出願の優先日)から20月の時点である点から想像するに、日本国への国内移行を忘れてしまったということでしょう。
 そしてこれは恐らく特許事務所側のミスだろうと思うのですが、ミスを挽回すべく展開した原告の取消理論というのは次の2点です。
(1) PCT条約24条は,国際出願における指定国の指定の取下げについて,当該指定国における国内出願の取下げの効果と「同一の効果をもって消滅する」と規定しており,国内出願の取下げとみなされるとは規定していない。
 国内出願の取下げの効果については,特許法39条5項が同条1項ないし4項の場合に限って遡及効を規定しているところ,出願については先後願の関係が生じるので,同条5項の意義があるが,指定国の指定については先後関係が生じることは考え難いので,同条1項ないし4項の場合がないことになり,同条5項の存在意義がなくなり,ひいてはPCT条約24条において「同一の効果をもって消滅する」とした意義も失われる。
 したがって,指定の取下げに関しては,同法39条5項の定める遡及効を,同条1項ないし4項の場合に限定せず,すべての場合に遡及するものと解して初めてPCT条約24条が意義を有することになる。
 このように解すると,本件国際出願において日本国の指定の取下げがされた結果,当初から日本国は指定国でなかったことになり,日本国については特許法41条の優先権主張を伴う出願をしていないものと取り扱われるから,同法42条1項を適用する基礎を欠く。

(2) また,特許法42条は,先の出願と優先権主張を伴う後の出願が並存することによって生ずる競合出願を排除し,重複出願や重複公開を回避するために設けられた規定である。
 一方,PCT条約23条では,指定官庁は優先日から20か月を経過する前に,国際出願の処理又は審査を行ってはならないことを規定している。
 したがって,本件国際出願について,原告が日本国の指定を取り下げた平成9年2月5日までに重複審査や重複公開がされることはないから,本件特許出願に特許法42条を適用すべき実質的理由もない。
 まず(1)ですが、根拠としている特許法39条5項とは次のようなものです。
第三十九条(先願) 5 特許出願若しくは実用新案登録出願が放棄され、取り下げられ、若しくは却下されたとき、又は特許出願について拒絶をすべき旨の査定若しくは審決が確定したときは、その特許出願又は実用新案登録出願は、第一項から前項までの規定の適用については、初めからなかつたものとみなす。ただし、その特許出願について第二項後段又は前項後段の規定に該当することにより拒絶をすべき旨の査定又は審決が確定したときは、この限りでない。
 これについて裁判所は「特許法39条5項は,同一の発明等について,二つ以上の特許出願等があった場合に,最先の特許出願等が取り下げられる等した場合には,最先でない特許出願人等が特許等を受けることができるようにした規定であるから,そのような場合以外に同項が適用されるものでないことは明らかである」とした上で、
原告は,指定国の指定については先後関係が生じることは考え難いので,特許法39条1項ないし4項の場合が存在しないことになり,同条5項の意義がなくなるから,ひいてはPCT条約24条の存在意義を失うと主張するが,39条1項ないし4項の場合を,指定同士の先後関係に限定する理由はないから,例えば,日本国を指定国とした国際出願が日本国内における最先の特許出願である場合には,国際出願における日本国の指定の取下げによって,特許法39条1項,5項により,最先でない特許出願人が特許を受けることができるようになることからすると,国際出願における指定国の指定の取下げについて,特許法39条1項ないし4項の場合が存在しないということはない。
(下線筆者)
としてあえて例(下線部)を交えつつ「本件国際出願における日本国の指定の取下げについては,特許法39条5項は適用されず,特許出願が初めからなかったものとみなされることはない」と判断しました。
 そもそも原告は「先後関係が生じることは考え難い」と主張しているように「有り得ない」とまで言えないところに無理さ加減が露呈していると思うのですが。
 さて、次に(2)ですが、裁判所は特許法42条の趣旨について「二つの出願が並存することによって生ずる競合出願を排除し,重複審査や重複公開を回避するためであり,優先期間としての1年に,見直し期間としての3月を加え,後の出願の出願公開の時期が先の出願の日から1年6月経過後であることも考慮して,1年3月の期間を出願人に与えたものということができる」として上で、
PCT条約23条により,優先日から20か月を経過する前に,国際出願の処理又は審査が行われないからといって,20か月以内に指定を取り下げた場合に特許法42条を適用しないとするならば,出願人に上記優先期間及び見直し期間として20か月の期間を与えたのと同様の結果に帰することになり,国際出願についてのみ,明文の規定なく,このような別異の扱いをする理由はないから,原告の主張は採用できない。
としています。
 PCT条約23条2項「(1)の規定にかかわらず、指定官庁は、出願人の明示がの請求により、国際出願の処理又は審査をいつでも行うことができる。 」からして、原告の主張が通らない(日本の出願も審査請求をするまで審査が行われない(第3者による審査請求は可能ですが))と思いますが、結果の妥当性を判断した点はさすがだなと思いました。

 ということで、原告の訴えは棄却されました。
 原告及び原告が使っていた特許事務所を含め全ての企業特許部門・特許事務所が行ってきた、PCTの自己指定すると先の出願が取り下げになるので日本に国内移行しないといけませんよ、というプラクティスの正しさが確認されたという点で、いくばかりかは価値がある判決かも知れませんが、冒頭でも述べたようにミスをしでかした特許事務所側が原告にせっつかれて提起した(費用も事務所持ち?)のかなと、そちらの方も気になった事件でした。
(2002.3.28執筆)



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最終更新日:更新:2002年 5月 27日 月曜日

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