彦根城博物館だより

Hikone Castle Museum News 17

1992.5.1


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狂言肩衣(きょうげんかたぎぬ)
蟹(かに)

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 二眼(じがん)天にあり、一甲(いっこう)地に付かず、大足二足(たいそくにそく)、小足八足(しょうそくはっそく)、右行左行(うぎょうさぎょう)して遊ぶものの精にてあるぞとよ。

 なにやら「なぞなぞ」めいていますが、何のことかおわかりでしょうか。これは、狂言『蟹山伏(かにやまぶし)』の一節です。大峯(おおみね)・葛城(かつらぎ)での修行を終え、従者の強力(ごうりき)をつれて本国出羽(でわ)国に帰ろうとする山伏が、江戸蟹ケ沢に来かかると、異形の物があらわれて、謎を掛けます。そこで山伏、「ウーン、すれば、蟹の精かとみゆる」。正解は、蟹でした。

 飛び出したふたつの眼、鋏をふりあげ、8本の足で横歩きする蟹は、ごく身近な存在ながら、どこか愛敬があります。

 『蟹山伏』では、蟹の精に打ち懸かった強力は、かえって蟹に耳をしたたかに挟まれ、折り殺そうとする山伏までもが耳を挟まれ突き倒されてしまいます。行力を誇るはずの山伏の、法力のなさが明らかになり、その権威を失墜してしまうのです。

 ところで、江州蟹ケ沢とはどこなのでしょうか。甲賀郡土山(つちやま)町の東海道沿いには蟹河坂(かにがさか)村があり、昔旅人を悩ませる大蟹が、高僧により成仏させられたとの伝説があるといいます。江戸時代には街道名物として、蟹を模した飴が売られていたというのも、おもしろい話ではありませんか。あるいは、『蟹山伏』の蟹ケ沢は土山の蟹河坂村にその源流があるのかもしれません。

 それはさておき、狂言の装束には、この「蟹」がしばしばデザインされます。

 井伊家伝来の肩衣もそのひとつ。紺の地に、ただ1匹の蟹が、大きくあらわされているだけ。鋏は、ひとつを開き他を閉じて、背の中央の離れ雪の添えられた菊綴(きくとじ)をはさみとろうとしているようにもみえます。さらに、8本の足が左右対称ではなく、それぞれに仕草をみせ、いかにもユーモラスな蟹の動きが感じられます。少し傾いて右に寄せて配されているところにも、バランス感覚のよさが感じられるでしょう。意表をつくような、たくまざる表現とみえながらも、実は巧みにその効果が計算されているのです。江戸時代に制作されたものです。

 肩衣は、袖のない身頃(みごろ)だけの装束。狂言にもちいます。そこにあらわされる文様は、蒲公英(たんぽぽ)・紫陽花(あじさい)をはじめとする四季の草花、大根や蕪(かぶら)などの蔬菜(そさい)から、子犬・兎などの動物、蟷螂(かまきり)や蝸牛(かたつむり)などの虫はいうに及ばず、鍔尽(つばづ)くしや鬼瓦などの器物にまで及び、さらに、風景や季節をあらわすものまでさまざまです。もっとも文様になりにくいと思われる蟹までを、こんな形で意匠としてしまうところに、狂言装束のおもしろさがあります。

 これらの文様はすべて「染(そめ)」の技法であらわされます。形を白揚とし、この肩衣の場合でいえば、墨で線を描き起こし、ひかえめに甲羅の部分に色をさしています。素朴な技法が、かえって新鮮な印象を与えているといえましょう。

(齋藤)

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テーマ展
彦根の寺社
法蔵寺の歴史と美術
 期間 1992年6月18日(木)〜7月12日(日)

 本館では、彦根市内の寺社に伝えられた美術工芸品や、古文書などの調査を進め、その成果を展示で紹介しています。今回は、彦根市南川瀬町に所在する浄土真宗本願寺派の法蔵寺をとりあげます。

 法蔵寺は、近江七弘誓寺(ぐぜいじ)のひとつで、寺伝によれば、延元2年(1337)本願寺第三世覚如の弟子愚咄を開基とし、石畑(現在の豊郷町)に創建されました。その後、文明4年(1472)佐目(現在の多賀町)に遷り、さらに天正2年(1574)に現在地に寺基を構えたのです。

 実如上人の裏書のある蓮如上人筆の六字名号(彦根市指定文化財)をはじめ、天正8年(1580)の親鸞聖人絵伝、歴代門主の肖像画など、真宗関係の数多くの宝物が伝えられています。このテーマ展では、これらの中から、代表的な作品を紹介します。

■関連講演会

1992年7月4日(土) 午後2時から
「蓮如上人の六字名号」
  講師 仏教大学総合研究所教授 北西 弘氏

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テーマ展
歴史の中の女性
−はたらく女性のすがた−
 期間 1992年7月19日(日)〜8月31日(月)

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 江戸時代の女性について、よく「三従」というように親・夫・子の三代に従うものと言われたことが知られています。たしかに江戸時代の社会では、財産権や社会的責任において女性の権利や役割が制限され、法的にも「妻は夫に従属する身分」とされるように、さまざまな女性差別が見られたことは事実です。しかし、農家や商家では、女性は一家を支える上で重要な働き手であり、家の存続のためには、子孫繁栄という意味だけでなくても大事な存在でした。

 このテーマ展では、近代以前の女性の仕事に焦点をあて、絵画や古文書などにあらわされた働く女性の姿を通じて、女性が社会のなかで果たした役割を考えてみたいと思います。

■関連講演会

1992年8月29日(土) 午後2時から
「働く女性の姿」
  講師 安国 良一氏(住友資料館研究員)

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