50マイル圏の退避を勧告した米原子力規制委員会(NRC)のヤツコ委員長らは16日(米東部時間)、米下院の公聴会で証言した。下院議員らの関心も「なぜ50マイルなのか」だ。実は米国でも国際基準にほぼならった形で、原発事故の避難範囲は通常10マイル(約16キロ)とされている。日本のケースで「50マイル」というなら、「米国も50マイルに改めるべきではないか」というのが議員の質問だ。
ネット配信された公聴会の録画をみる限り、NRC関係者は、福島第1のケースは影響を慎重に見積もった結果だという意味の答えを繰り返し、何が違うのか明確にしなかった。
しかし、16日付のNRCの発表文の添付文書をみると、理由はある程度想像がつく。最悪のシナリオを描くにあたって、NRCは出力2350メガワット(235万キロワット)の原発を前提にしているように読める。235万キロワットは、出力78万4000キロワットの2~4号機3基分の合計にあたる。
4号機は炉心に核燃料はなく、核燃料の一部破損が指摘された1号機の方は出力46万キロワットなので、合計235万キロワットという数字が福島第1の現状を正確に反映しているといえないわけだが、NRCの念頭には複数の原子炉からの放射性物質の放出があると推測できる。これまで複数の原子炉が同時にこれほど深刻なトラブルに見舞われることがあろうとは、専門家も考えていなかったに違いない。10マイルとか、20キロとかの範囲を決めるにあたって、複数の事故は想定していなかったと思われる。20キロと50マイルの違いはここにあるようだ。
一方、英国政府の科学顧問が15日に在日英国大使館で行った状況説明の詳細について、メールを受け取った。顧問のジョン・ベディングトン教授は、考え得る最悪のシナリオ(1基の完全な炉心溶融と放射性物質の放出)で30マイル(約50キロメートル)圏の避難が妥当としている。同教授は2基以上の場合も大差がないとしている。第3の意見だ。
■リアルタイム予測データの公開を
事故現場で懸命の復旧作業が続いている現状では、周辺の避難指示の範囲をこれ以上広げる必要はないようにも思える。しかし、万が一、放水などの作業で制御できない状況に陥っていきそうな場合はどうするか。
放射性物質の広がりを気象条件などを加味してリアルタイム予測できる緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)と呼ぶ装置が日本にはある。財団法人原子力安全技術センターが持っており、18日に日本学術会議が開いた集会で、同センター会長が「計算を進めている」と話した。政府の求めに応じて公開するという。
政府から国民にこうした情報が伝えられないのは、極めて残念だ。
東北自動車道や国道4号線は大震災の救援・復旧の大動脈だが、物資輸送にかかわる人たちの中には、福島第1からの放射性物質が心配で北上するのをためらう人もいると耳にした。
現状では安全にはまったく問題がないことを、道路沿いに観測点を設けさえすれば知ることができる。仮に異変が起きても、SPEEDIを活用すれば、影響が及ぶ前に避難を呼びかけることは可能だ。こうした装備をうまく活用しながら、震災救援と原子力事故の2面作戦に準備の怠りなく当たらなければならない。
ここに記したのは現時点で入手した情報をもとにした推論も含む。読者からの新たな情報や専門家の意見や反論などがあれば指摘してもらいたい。
(編集委員 滝順一)
東京電力、枝野幸男、IAEA、NRC、チェルノブイリ事故、原発事故、SPEEDI、原子力発電所、格納容器、核燃料、原子炉
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