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[26038] 【習作】東方ギャザリング(東方×MTG 転生チート オリ主)
Name: roisin◆78006b0a ID:d0ba527c
Date: 2011/03/21 00:50
≪注意≫

 ●レス返しにつきましては『敬称略』で行っていきます。

 ●俺TUEEEで転生厨二チートなご都合主義にする予定です。ハーレムも出来れば目指したい。

 ●『東方×MTG(オリ主)』ですが、東方のキャラがMTGをプレイする訳ではありません。クリーチャーや呪文を現実で実行する、といったコンセプトにしていきます。

 ●東方、MTG共に、設定が多々崩壊しています。

 ●初めての投稿&執筆です。文法や表現方法が大変お粗末となっています。精進していくつもりです。

 ●投稿頻度は高くありません。月1くらいが目標。

 ●今後の展開が修正できそうにないくらい酷いミスをした場合は丸々削除する場合があります。

 ●この世界で役に立ちそうなギャザのカードがありましたら、教えて頂けると嬉しいです。フレーバーテキストが、能力が、ストーリー背景が、絵柄が、など。どのような理由でも構いませんので。

 他にもご指摘などありましたら、宜しくお願いします。


メモ的更新履歴

2/22

デメリット等諸々の設定を修正。再うp

3/16

細々とした箇所の訂正。

3/18

タイトル微変更。諸々修正。

3/21

サブタイ一部変更。設定集という名の言い訳追加。



[26038] 東方MTG設定集モドキ
Name: roisin◆78006b0a ID:d0ba527c
Date: 2011/03/21 00:47



 以下の設定はマジック・ザ・ギャザリングを既知の方を対象としている文章を含みます。ご了承下さい。



 思った以上に東方MTG内でのルールが見られていない事に、私の執筆能力の無さに愕然としつつ、どうにかせねばと思い、別枠で大変簡潔ではありますが、設定集を設ける事に致しました。

 これでも分からない。ここ付け足した方がいいんじゃない? などご意見がありましたら、可能な限り反映させていこうと思います。

 出来ましたら改善案を指摘レスと一緒に書いていただければ嬉しいです。





 まずは主人公が東方世界でMTGを扱うにあたっての原則ルール

 ●マナを増加、あるいは減少させるカードは効果を発揮しない。使うことは出来る。

 ●1ターンは1日(24時間)。

 ●カードは1日に、1種類につき1枚を1回のみ使用可能。

 ●召喚や現存し続けるカードには維持費(体力)がかかる。

 ●カードの効果が必ずその性能を全て発揮する訳ではない。

 ●これらは全て『原則』である。経験値を積むことで、これら制限や上限の開放が可能。

 土地やマナブースト、マナ軽減の呪文や能力はその効果を発揮しない。そして例え0マナだろうがカードを現存させ続ける為には『体力』が必要となっています。

 そして、カードに書かれた効果が必ずしも成功、あるいは発揮する訳ではありません。0/1クリーチャーが1/1を、あるいは10/10を倒す可能性も、無きにしも非ず。もしくは相手を破壊するカードを使っても無効化されたり、あるいは一部のみ破壊されたり、といった具合です。






 とりあえずこのルールを見ていただけていなかった場合が多かったので、まずはこれだけ書いてみます。その他の追加は状況を見つつ付け足していきたいです。

 そして、作中にはどのようなタイミングで出そうか悩んでいるのですが、主人公のステータスをfate風に記載してみます。こういうの書くのって楽しいですよね。




 8話現在。

 名前 九十九(つくも)

 種族 人間

 能力 集められた魔法を扱う程度の能力

 二つ名 無し

 身長175cm 体重70kg



 人間(大人)基準

 筋力 C

 耐久 C

 俊敏 D

 魔力 ―

 幸運 A



 保有スキル

 EX 『倦怠』感情の制御(自己のみ)

 EX 不老(不死ではない)

 A  無量大数の知識(記憶容量増大)

 D  ゲテモノ食い(何でも食べ栄養にする)



 宝具というか固有能力

 E 『マジック・ザ・ギャザリング(集められた魔法)』

 5 最大貯蔵マナ&回復力

 3 瞬間最大使用マナ

 


 となっています。

 書き終わって思うのですが、こういったステータス書くのって絶筆の一歩手前の行為な気がしてならない今日この頃……。




[26038] プロローグ的な 転生前
Name: roisin◆78006b0a ID:d0ba527c
Date: 2011/02/15 07:20

 一定感覚で、電子音が響く。

 心電図と呼ばれるそれは、黒いモニターに歪な光の線を生み出していた。

 だが、それも徐々に弱くなっていく。

 振れ幅が少しずつ狭まり、その機械に繋がれている1人の命が消えかけていることを伝えていた。

(何てこった……怖すぎて笑いがこみ上げてくるなんて)

 初めての経験に、男は戸惑いながらも状況を受け入れる。

 いや、受け入れざるおえなかった。



 どこにでも居るような男だった。

 一人っ子ではあったが、父親と母親の愛情で甘やかされながらも元気に育ち、小中高校と、中の下の成績で終業。

 大学には魅力を感じず、これといってやりたい事もなかったので、好きなものの延長線上にあった消防士……には成れずに、その関係である防災設備の会社に就職。

 女性関係は見事に全滅。顔も身長も並み以下で、若干の上がり症という事も相まって、今現在でもフラグの1つすら見出せていない。

 友人も多くは無いが、1~2週間に1度、3~4人で集まっては、他愛のない会話や遊びで、笑ったり怒ったりを繰り返していた。





 しかし、それも、もうすぐ終わる。

 仕事中、廃屋となった工場から、リサイクル回収の為に運んでいた消火器が破裂。

 長年の雨風で腐食した外壁が限界を迎えていて、それが運悪く彼の運んでいた時に臨界点を超えたのだった。

 爆散するでなく、ロケット弾のように彼の体に当たったそれは、心臓と、続いて脳内に深刻なダメージを与えてしまった。





 それから3ヶ月。

 段々と弱くなる鼓動。それと連動するように微弱になる脳波。

 心肺機能のみなら機械で代用出来るが、頭はそうはいかないようであった。

 原因不明の症状に、物珍しさもあったのか、治療費は国が出す代わりに、モルモットのような状況が続く。

 見舞いに来る知人、友人、親戚。そして、足しげく通う両親。

 男はその事が堪らなく嬉しく、そしてそれ以上に、悲しみと恐怖が溢れて出していた。







 時刻は夕方頃だろうか。窓から差し込み、沈んでゆく夕日が、まるで自分の命を表現しているかのような印象を、男に与える。

 何か特別なイベントの日でもない、誰もが普通に過ごす1日。

 そんな日に、男は両親に片方ずつ手を握られ、今まさに消えようとしていた。

 もはや、誰も一言も喋らない。ただ、握られた手が小刻みに震え、両親と、そして男の心を表していた。



 怖い、悲しい、悔しい。

 元気になりたい、助かりたい、生きたい。



 大声で泣き出したくなり、けれど薄れいていく意識はそれすらも不可能で。

 どうせ死ぬのだから、と、アニメや漫画を元に格好良いセリフを考えてはみるが、すぐさま不安で打ち消される。



 俺はヒーローの真似事すら出来ないのか。



 男の目から涙が溢れる。けれど、最後なのだからと、全力で意識を強く保つ。

 カッコいいセリフではないけれど、今の自分の気持ちを、せめて、この両親にだけは。

 だから、もっと気力を。もっと意識を。もっと感情を。もっと―――命を。

 一言で良い。

 それだけで良いんだ。

 もうそれしか出来ないのだから。

 いや、まだそれだけは出来るのだから。

 今だけは、今この時だけは―――



 いままで ありがとう ございました









 20××年○月×日 18;01

 世界でまた1つ。命の火が消えた。 



[26038] プロローグ2的な 制約と条件
Name: roisin◆78006b0a ID:d0ba527c
Date: 2011/03/21 00:49
 ………………

 一体なんだこれ。

 俺は今、白いもやもやの列の1つと化していた。

 幽霊? 霊魂? 人魂?

 次々に疑問が浮かんでは消える。

 しかし、それを解決しようにも体は動かず、言葉も出せない。

 今さっき死んで、気が付いたら雲の上っぽいトコにいて、そしたらチャリに乗ったスーツ着た30台のリーマンに案内されて……

 あの世っては、存外俗物くさいところなのかもしれないな。

 案内してくれた人も、どこにでも居そうなおっちゃんだったし。













「次の方、どうぞ~」



 事務的な男の声が響く。

 もうこの際、日本語だとか鬼の角とか天使の輪は無いんだとか、もう諸々の考えは捨てよう、うん。

 ここはあの世。まさに世界が違うのだ。常識なんて、あってないようのものだろう。











「では、以上の事に相違ありませんね」



 2人きり。どこぞの面接部屋のような、広すぎず狭すぎず、これがオフィスです。と言わんばかりの一部屋。

 そんな中で俺の履歴を読みあげた面接官のおっちゃん(仮名)は、こちらに確認を促してきた。

 喋れはしないが、意思は相手に伝わるようで、肯定の意を送ると、面接官はこちらに向かって1枚の紙を――



(うぉ!? 紙、浮いてる!)



 念力でも使ってるのか、滑るように空中を移動してきたそれは、俺の目の前で、見やすい位置にピタリと固定。

 モヤモヤを見たり雲の平原を歩いたりしてきたが、やっぱり今までの常識から外れたものを見たら驚くわ。

 読め……ってことだよな。

 どうやって浮いてるんだろ。

 疑問は尽きないが、とりあえずその紙に目を通す。

 そこは空欄だが、以下の文字が見て取れた。

 名前……技能……身体数値……?
 
 なにこれ?



「現在、冥界では霊魂受け入れ枠の削減を図っております」



 あの世だってのに変なトコ世知辛いですね。



「死後の世界は天国なら極楽だ、とか誰が言ったか分かりませんが、あんなの宗教家や死に不安を持つ他所の方の幻想ですよ」



 さいですか。



「こっちも色々と苦労あるんですよ。それでですね、ここ冥界は収容する霊魂の管理が追いつかなくなっておりまして」



 ……え、まさか俺、消滅とかですか?



「いえいえ。結論だけ言いますと、霊魂の管理体制が整うまで、外で時間を潰しておいて欲しいんですよ」



 よ、良かった。2連続も死ぬような体験しなくて。



「失礼しました。思慮が致しませんでした」



 あ、えと、お気になさらず……



「感謝します。長年やってますと、どうもこの仕事を事務的にこなす癖がついてしまって……」



 分かります。俺が今ここにいるのもそれが原因みたいなものですし。

 ま、それで死んでちゃ情け無い限りですが。



「ははは……心にとどめておきます」








 嫌味のつもりは無かったんだが、ブラック風味な指摘になってしまった。

 この面接官さんが言うのをまとめると、

 ①外で時間潰してきて

 ②出来る限りのサポートはするよ

 ③外の場所はこちらで決定します

 ④冥界へ戻るタイミングはそっちで決めて良いよ

 ⑤最低1億年は外に居てね。

 ってことらしい。

 ⑤なんて条件出されたら人格消滅するわと思ったが、それは②で何とかしてくれるんだとか。

 で、この②の意味が広義過ぎるので聞いてみると、ようは転生や憑依もののテンプレである、『1つだけ好きな能力を与えよう』ってことらしい。

 ただ、それらの案には多少のデメリットは付随させるそうだ。

 けれど、誰もが1度は思う『ぼくのかんがえた、さいきょうのうりょく』。

 いよいよここで使う時が来たか!! と思って取得したい能力を言った。

 物語の設定なら兎も角として、実際に生きていくのなら弱点とか要らない。

 最強テンプレばっちこい! って感じだ。

 ところが、



「ええと、その能力の保持者は既に居ますね」



 ……つまりあれですか。オンラインゲームとかでパスワードやらキャラ名が被ってはいけません的な?



「そう考えて頂いて問題ありません」



 これはやばいかと思いながら、他にも考えていた能力を次々と提案する。

 しかしそのどれもが既出。

 やばい……まじヤヴァイ……これでも自分だけのオリジナル能力だと思って色々と考えていたんだが、そのどれもがアウト。

 先に案出したお前らパねぇッス。

 悩んでいる俺を見かねたのか、アイディアの提案につながれば、と既出の能力例を読み上げてくれる面接官。

 無限の剣製―――進化し続ける―――スキマを操る―――存在を司る―――神を召喚―――思い通りに事象を―――etc,etc

 流石流石と言いたくなる先人達の能力。

 自分で考えたオリジナルの技や魔法を使うってのもあったが、これは二次、三次問わず、既出のものと被ってはいけないってことだったので、きっと効果薄そうだ。

 ……ん?神の召喚?

 そういうのもアリなんですか?



「ええ。過去にお亡くなりになった方達を、アニメ漫画やドラマの主人公を。といった方もいらっしゃいましたね」



 まじか!じゃ、じゃあ二次元のキャラを召k



「それは既にいらっしゃいます」



 orz



「同じ能力ではいけませんが、その能力を広義、狭義的に解釈して登録することは出来ますよ」



 ん? どういうことですか?



「つまりですね、例えばその、二次元のキャラを召喚する能力。これを広義に解釈した方の例ですと、あらゆる存在を召喚する能力、逆に狭義に解釈した方ですと、クトゥルフの神々を召喚、といった具合です」



 神話も二次元範囲内ですか……

 召喚系か。確かに汎用性高そうだし、良いかもしれんなぁ。呼び出したキャラで自分も強化してもらえば一石二鳥以上の効果も得られるだろう。

 でも神系はまず全部抑えられてるだろうし、二次元キャラもどこまで通用するかどうか……

 実在した偉人や英傑は俺が殆ど知らないのと、やはり神や二次元に比べて能力が低いのでパス。

 と思って、知ってる範囲での二次元作品をあらかた聞きまくる。



 スターウォーズは?



「おりますね」



 エックスメン!



「おります」



 ポケモン!



「1000人を超える方がそれを望まれましたね」



 多いな。じゃあロボ系好きだからそれの作品全b



「おります」



 めげないよ! 俺ファイト! ならば狭義解釈でスーパーロボッt



「おります」



 なんの!アナザーセンチュ



「コンセプトが一緒ですので、無効です」



 orz

 そういった理由でもダメなのね。

 まぁよく考えたらスパロボならいざ知らず、ACEなんて戦闘メインの助力だよなぁ。

 しかし参った。

 良い感じのものが思いつかない。

 召喚ものは数あれど、多岐に渡って役立つもの、となると知識がどんどん限られてしまう。

 召喚ものってもしかしてもう打ち止め系なのだろうか。

 ………いやまて。まだ召喚ものの、日本最大クラスのが残っているじゃないか。しかもカードゲームだから、まさに召喚してくれと言わんばかりじゃないか。

 決まったぞ!遊g



「おります」



 orz

 がっくりし過ぎだ俺。
 
 あー、でもそういえば、遊戯王ってやったことねぇや、ははは……

 じゃあ広義でカードゲームで出てくるキャラや呪文は?



「同文です」



 まーじーかーよー。じゃあマジック・ザ・ギャザリングは?



「―――問題ありません。提案者ゼロです」



 これもか。他に何か応用効く作品あったかな……ん?

 いないの?



「はい、いませんね」



 ―――やった、助かった俺。しかもギャザ。これは神の啓示に違いない。

 他のカードゲームは殆ど知らないが、このマジック・ザ・ギャザリングは何年もプレイし続けた、思い入れの強い作品のうちの1つだ。

 何をするにしても、かなり無理がきく作品だろう。チート的な意味で。







 マジック・ザ・ギャザリング(以下 MTG or ギャザ)

 アメリカのゲームデザイナーで数学博士の称号を持つ男が開発。

 全てのトレーディングカードゲームの始祖。

 日本ではあまり馴染みは無いが、高い戦略性と豊富なカードの種類で一躍全米を震撼させたホビーゲームである。







 じゃあ、その能力でお願います。



「分かりました。では能力名は『集められた魔法を扱う能力』とします」



 なるほど。ギャザの和名ってことですね。

 ん? でも召喚や使用にデメリットを伴う呪文はどうなるんだ? カードの枚数制限とか召喚コストも。というか、カードルール全般。



「あるにはありますが多少は無視です。遊戯王のアニメ、見たことありませんか?」



 あぁ、ご都合主義万歳ってことですね。で、俺もその万歳の仲間入り、と。



「万能ではありませんので。もし嫌でしたら、デメリット、多めに付属させましょうか?」



 いえいえ、主観になるのならウェルカムです。ご都合主義最高!!



「ははは。割り切りもココまで来ると清々しい印象を受けますね」



 結構欲望には忠実なんで。



「その欲望は周りに害の無い限り、尊ぶべきものです。では、その他の設定を行います」



 迷惑かけんなってことですね。分かります。



「既存の作品であるマジック・ザ・ギャザリングを使う能力への条件として、以下のデメリットが付属されます。覚えておいて下さい」

 ・1ターンは1日(24時間)。

 ・カードは1日に、1種類につき1枚を1回のみ使用可能。

 ・召喚や現存し続けるカードには維持費(体力)がかかる。

 ・マナを増加、あるいは減少させるカードは効果を発揮しない。使うことは出来る。

 ・カードの効果が必ずその性能を全て発揮する訳ではない。

 ・これらは全て『原則』である。経験値を積むことで、これら制限や上限の開放が可能。

「といった内容が原則です。その他詳細なルールはご自身でお確かめ下さい。何かご質問は」



 RPGみたく、敵倒してレベルアップして使えるカードの枠を広げていくって考えで良いんですか?



「大まかには。ただレベルアップは『経験値』の蓄積の結果です。討伐のみや何か1つ特化での『経験値』では一定以上の効果は見込めません」



 色々やれってことですね。



「はい。ですが、戦闘関係で得られる経験値のウェイトは大きいですので、先程のお言葉どおりの考えでも問題はないかと」



 分かりました。続きをお願いします。









 全ての設定が終わり、巨大で、やけに和風な門の前に俺は来た。

 結局、身体的特徴は生前とあまり変わらず、けれど『こうであって欲しかった』箇所の修正をした。

 身長165→175 体重60→70 細? マッチョ体系で黒髪の、日本ではどこにでもいるような顔。ただし眼光だけは意識すれば鋭くなる。

 うん、一部だけカッコイイとか良いね。

 完全イケメンとかでも良かったのだが、何せ両親に貰った体だ。

 思い入れも強く、自分が許す限り特徴を引き継ぐ。

 そして、最低1億年はやっていかなければならい事への配慮として、『倦怠』感情の制御と、何でも食べて栄養に出来る能力に、当然ながらの寿命の無効化。そして、記憶容量の増大化。

 最初の3つは当然として、 最後の1つは、人間の記憶容量は140~150年とどこぞのラノベで言ってたので、納得の配慮だった。

 そして、生前と同じように、少しずつではあるが、成長はするということ。

 体を鍛えれば体力が、勉強すれば知識が、精神力を高める努力をすれば、胡散臭い気孔くらいは習得出来るらしい。

 なるほど、それがレベル上げって意味か。

 良かった、俺って元がスタミナ低いから、持久戦な場面になったら不安だったんだ。

 ただ、普通に死ぬし、死んだらまたここに戻ってくる羽目になるので、気をつけるようにとのこと。

 セーブなしのRPGとかマジ鬼畜、って印象を受けた。













「これで全ての過程を終了します。お疲れ様でした」



「こちらこそ、色々とありがとうございました」



 そう言うと、この面接官のおっちゃん、言葉には出さないが、口元が笑みの形になる。

 事務的だけど、優しかったなぁ。



「これからあなたが向かう先は、あるPCゲームの世界です」



 いきなりゲームか。あー、原作知識あると良いんだけどなぁ。



「名前は……東方プロジェクト。人間が支配する地球で、その存在を忘れられた者達が集う場所が主な舞台です」



 って結構大御所が来たね。

 やばい、俺ゲームとか1回もプレイしたことないぞ。知識はそれなりにあるが。



「以上です。何かご質問はありますか?」



「いえ、何もないです」



 そうですか、と。

 納得したように、おっちゃんは門へ向かって歩き出す。

 それにつられる様に、その巨大は門は開いていく。

 溢れ出る光。

 まるで前は見えないが、これから異世界へ行きます、的な雰囲気が、実に俺を興奮させる。

 それに向かい進む中に。



「あなたが無事、成し得たい事を遂げられますよう、この場のみではありますが、応援させていただきます―――がんばれよ、坊主」



 光に溶け込む寸前。

 事務的な優しさでしかなかったおっちゃんのその声は、本心のような気がした。

 最後だけ優しくなりやがって……男として惚れてまうやろ!



「―――はい!いってきます!!」



 返した声は、とてもとても澄んでいたと思う。

 あれ、何か忘れてるような……




[26038] 第1話 大地に立つ
Name: roisin◆78006b0a ID:d0ba527c
Date: 2011/02/25 22:07



 どこまでも青い空、雄大に流れる白い雲、大地を埋める新緑の森、黄金のように降り注ぐ太陽光。

 そして、今まで嗅いだ事の無い澄んだ空気。

 すげぇ! 空気って美味いんだ(能力のせいです)!

 あぁ、今俺は見ず知らずの、どことも知れない地面に足を付けている。

 感動が感動を呼び、これから起こるであろう、不安や恐怖を一切吹き飛ばす。

 どうしよう。どうしよう。何をしよう。

 幼い頃、新年最初の日には『初寝起き~!』とか『初朝食!』なんて『初』を何でもかんでも付けていた。

 それは、その行動がこれからの行く先を決定するかのような、こう、何か特別なナニカを感じるのだ。



(どうしよう……体が超興奮してる……!!)



 今すぐ走り出したい衝動に駆られるが、第2の人生の初めてがそれで良いのだろうかと逡巡。

 しかし、もう抑えられないこの気持ちに全てを委ねる事にした。

 それは、



「あああああああああああああああああ!!」



 咆哮。

 ありったけの声を腹から出す。

 いや違うな。

 もう腹とかではなく、全身から振り絞る感じで。



「ああああああああああ!!」



 しばらく叫び、それでも足りずに大地を駆け出す。

 我ながら馬鹿みたいだと第3者のように感じながら、踊るような心の躍動を、今確かに感じていた。

 楽しい。楽しい。とても、楽しい。

 親不孝な俺であった。自分勝手だとも思っている。

 だから、だからこそ。

 今生きているこの瞬間を命いっぱい楽しもう。

 粛々と生きるのは、俺を知る誰かが現れてからでいい。

 今を生きる。

 全ての存在にするものに与えられた使命を、俺は謳歌した。







 結果



「の”ど”が……」



 潰れる寸前です、はい。

 やり過ぎた。体力も限りなくゼロ。

 声も出せず、思考能力も著しく低下していた。



(……どんだけハッスルしてんだ俺)



 だが、心地良い。

 大の字で倒れこんだ地面は、思った以上にふかふかであった。

 気候も良いし、頬をなでる風も、少しひんやりとした草の布団も、疲れや熱をゆっくりと奪ってくれている。

 こんなことならスタミナも上げておくんだったと今更ながら後悔。

 それと同時に、ようやく今時分が置かれた状況を冷静に振り返る。

 身に付けているものは紺色Gパン、無地の白いTシャツ、白いスニーカーのみ。もちろん下着も確認済みだ。

 そしてココからが本題。ここ何処、今っていつの時代よってわけで。



(いやいや、まずは能力の確認か)



 命あっての何とやら。

 今の俺はカードが使えるだけのただの一般人。

 殴られれば痛いし、打ち所は悪ければ死ぬ。

 ここで死んでしまったら、またおっちゃんのお世話になるし。違う人かもしれんが。



「ってことで早速」



 確か脳内で思い描くことでカードを召喚……だったか。

 何が良いかな。色々あるけど、初めての召喚だもんな。

 そうだ。



「こういう時は、初心に戻るべし」



 ルールは基本、度外視とおっちゃんは言っていた。

 ならば、マジック・ザ・ギャザリンクのカードに割り振られたコンセプトを思い返してみよう。








 
 MTGには6種類の属性が存在し、それらは色で呼ばれている。



『白』

 平和や秩序、正義を表す。ライフの回復やダメージの軽減に長け、平等化という意味でリセットカードも多く存在する。行動の制限や抑制なども長けている。

『緑』

 自然の色であり、大地や生命・現実を表す。全般的に優れたクリーチャー(モンスター)が特徴。クリーチャー同士の正面衝突に持ち込み、強引にダメージを捻じ込むことに長けている。

『赤』

 火や混沌を表す。直接ダメージを与える呪文(通称:火力)や、形がある物を破壊するのが得意である。敵、味方を問わず自傷行為を求めるカードが多いが、その攻撃速度はMTGで1~2を争う。

『黒』

 死や悲哀、狂気・恐怖の色。クリーチャーの除去、ペナルティ能力を持つ高性能なカードなどが特徴的。自身の何かと引き換えに、相手を倒す事に長けたカードが多い。

『青』

 狡猾の色で水や空気、精神・知識・文明を表す。どの要素もカードの種類や強さ、対戦相手の戦力を無視するものがほとんどのため、常にマイペースな戦略をとることができる。 が、反面ダメージを与えることは苦手。

『無』

 無という色がある訳ではなく、どの色にも適合する色である。機械やアイテム、装備といった無機質なものがイメージに近い。ロボットや機械といった系のカードが多く、全ての色と相性は悪いわけではないが、決して良い訳でもない。







 上記の属性に加え、MTGにはそれぞれクリーチャーの召喚や強化、呪文の詠唱などあるが、今は考えなくて良いだろう。



「だって今やりたいのはクリーチャーの召喚だしね!」



 アメリカ発祥なだけあって、キャラ―――とうか絵が全般的に濃いので、選ぶのが大変だ。俺濃いキャラ苦手だから!

 まぁそのうち慣れるんだろうが、初めくらいは心臓に優しいクリーチャーを見たい。

 色としては白か緑。

 で、その中で一番見やすそう&一番気になるカードは……



「うん、これに決めた」



 某ポケ(げふんげふん)マスター風な口調で、そのカードを思い浮かべる。

 難しいと思った空想も簡単に出来、心でそれが、もう召喚出来るのだと判断出来た。



「カード名とか叫ぶのかこれ。あ、別に言わなくてもいいっぽいな。……いやいや、こういうのはノリが大事なんだ。これ叫ばなくて何叫べってんだ!」



 テンションは下がった筈だったか、クリーチャー召喚という儀式の為に、再度その炎が燃え上がる。

 よし、ここは某ガンダムファイターみたいにしてみるか。あれ一度言ってみたかったし。



「来い!ガンdゲフンゲフン」



 言い間違えくらいあるよね!

 しかも天丼!

 さらにベタというか狙いすぎて逆に引くレベル!

 でも俺は気にしない!







 ではあらためて。



「来い!極楽鳥!!」



 突如、どこからともなく光が集まり、それを形作る。

 瞬きする間すら与えず終わったそれは、まさにMTGのカードから抜け出した、極楽鳥そのものだった。

 戦闘能力は皆無だが、全ての色のエネルギーを少量生み出す能力を有している。

 炎のような赤い全身に、雄雄しいまでの翼。

 小鳥よりやや大きいであろうそれは、俺の目の前で悠々と飛び回る。子供の頃何度もお世話になったカードのうちの1つであった。



「凄い……本当に……」



 呟きつつ、手を上にあげ、この手に止まれと意思を送る。

 すぐ極楽鳥は俺の手に止まり、その存在感を教えてくれた。

 手を目の前に戻す。

 周りを伺いながら、時折こちらに目を合わせては首をクリクリ傾げるその行動に、俺の心は早くもOKされた。








 ゆえに。



「生まれる前から好きでしたー!」



 空いていた片手で背中や喉をくすぐる様に撫でる。

 撫でる。撫でる。超撫でる。

 何だか目線が『うわコイツうぜぇ』みたいになっている気もするが、そんなんじゃ俺の衝動は止まらない。

 結局、我に返ったのは、我慢出来なくなった極楽鳥に手を突かれるまであった。










「だめだ、一瞬我を忘れてしまった」



 一瞬ではない気もするが、細かい事は流そう。

 そんな俺の態度が気にいらないのか、バッパラ(極楽鳥の愛称、英語名のBird of Paradiseより)は俺の頭に止まり、数回頭を突く。

 突くと同時に髪の毛をつまみあげるというおまけ付きで。



「いてぇ!地味にいてぇ!すいませんでした!以後気をつけますから許して下さい!」



 髪の毛数本の犠牲と引き換えに、バッパラの突く攻撃は終わる。

 頭上にいるので奴の姿は見えていないのだが、何となく『参ったか』とどや顔してるイメージが浮かぶ。

 まだ地味に痛むんだが……血、出てなきゃいいけど。

 ずきずきする頭部をさすりながら、今の状況を鑑みる。



「召喚した時にそこそこの疲れ、か。召喚『コスト』が低いからなのかどうなのかは分からないけど、コスト1くらいならまだ召喚出来そうだな」





『マナコスト(略称はコストやマナなど)』

 魔法やクリーチャーの特殊能力などを発動させる為に必要なエネルギー。種類によって必要なマナの色や量は変わってくる。





 今回召喚した『極楽鳥』は緑のコスト1。

 能力は、好きな色のマナを1つ生み出す。

 これによって他者より早く大量のマナを確保し、より巨大な魔法に繋げていく、通称『マナ・ブースト』要員の代表格。

 愛でてよし、食べてよしのスペシャル要員である。



「ごめん!逃げないで!嘘!嘘だから!ちょっとした茶目っ気だからー!」



 瞬間的に飛びのいたバッパラに、追いすがるようにその手を伸ばし叫ぶ男。

 それは恋人に振られてもなおしつこく付きまとう、へタレの見本のようだった。

 後に某バッパラAはそう述べたという。












 時刻は分からないが、日も傾きかけた夕暮れ時。

 結構な時間バッパラを出していたが、奪われた体力はずっと立っている程度のものだった。

 初めはそんなでもないけど、後半からボディーブローのように効いてくるなこれ……

 

 食事は空気か土でも食べるとして、寝床を確保したい。



「食事の心配しなくていいのはホント助かるな……、後は、雨風くらい凌げる場所があれば」



 見回してみるも、洞窟なんてものはないし、人が木陰に入れるくらい大きな木もない。

 仕方ないので、本日2回目の召喚能力で、寝床を確保すると致しましょうかね。



「何があったかなぁ。こういった方面での見方でカードなんて眺めてないから、何出したらいいかさっぱり分からん」



 家……家系……雨風凌げる系。

 城? はまずそうだな。大きさ的に。

 他は……なんだろう。『土地』か『アーティファクト』で何かあったかな。






『土地』

 基本はマナを生み出すことの出来るカード。マナコストがゼロで召喚出来るが、1ターンに1枚か場に置けない。



『アーティファクト』

「魔法の道具」や「機械」のこと。多くは「魔力で精錬された道具」や「古代の失われた技術によって創られた機械」としてデザインされている。『無色』マナの代表。





 脳内wiki(ただの思い出し作業)で検索をかけると、候補が幾つか上がってくる。

 その中で今一番良さそうなものをチョイス。

 お、これ良いんじゃないかな。

 そう思い、思い浮かべたカードを使用しても問題のない場所を見つける。

 が、体力があまり無い俺はすぐにバテた。

 おいィ、さっきまで大声で走り回ってた俺はどこへ行った。

 かむばっく!その時の俺かむばっく!

 なんて思っても体力が戻るわけもなく。

 ふと、先程から俺の周りを飛んでいたバッパラに目が行く。



「……アイツに探してもらえば良いんじゃね?」
 

 数分後、指定した条件どおりの場所を発見したとバッパラから報告あった。

 マジ早いッス、バッパラさん!

 この時に何となく分かったのが、この念話っぽい能力、どうも俺の声の届く範囲でのみ機能するらしい。

 生物電話とかは出来なさそうね。


 






「来い!『隠れ家』!」



 そこそこ大きな木の1本。

 その前で俺は、決めていたスペルを唱えた。

 次の瞬間、木の根元に、人間大の丸い木の扉の付いた入り口が出現する。

『隠れ家』の召喚コストはゼロ。

 但しこのカードは土地と部類されるタイプのものなのだ。

 コストが無い代わりに、1ターンに1枚しか場にセット出来ない、というルールが存在していた。

 この1ターンというのが土地というカードに対してどう機能するのか不明瞭だが、先程のバッパラと違い、召喚維持コストはかからないようだ。

 これならもう少し召喚の幅を広げても大丈夫そうだと思いながら、召喚した『隠れ家』に目を落とす。

 こんなので隠れられるんだろうかと疑問には思うが、今は睡眠が俺の中で最優先だ。

 扉を開くと、ベットだと思わしき藁の敷き詰められた箇所があった。

 そしてそれ以外には何も無い。

 ただ、どこまで続いているのか、この隠れ家は奥行きが半端じゃない―――というより、部屋の端が全く見えない。

 そういやこのカードって何体でもクリーチャー収容出来るんだったか、と。

 ぼんやりその能力を思い返すが、些細なことだと思い―――

 と、周囲を飛んでいたバッパラが目に入った。

 体力が続くのならずっとこのままでいたいのだが、生憎を体がだるくなってきている。

 気は進まないが、戻ってもらうとしよう。



「ありがとうバッパラ。戻れ」


  
 言うと同時、バッパラは優しい声でひと鳴きして、光にかえっていった。

 少し切ないが、今後何度もやる出来事でもあり、別に2度と会えないという訳ではないのだからと、気持ちを切り替えた。

 そして俺は、『隠れ家』に対する感想を洩らす。



「さすが『隠れ家』、必要最低限ですってか」



 せめて布の布団とかベットが良かったが、安全に寝られるだけ御の字だろう。

 新聞紙の1枚でもあれば大分違うんだけれど、そんな便利なものは手元にない。

 ならばとカードで生み出そうか考えてみるが、紙1枚の召喚とか少し悲しくなったので、気分を変えて別の方針で行くことにする。

 先程考えた、戦闘力のあるクリーチャーの召喚、だ。

 いざって時になって『何出そう』とかじゃ、きっと死ねる。


「護衛してくれるクリーチャーとかいても良いよな……体力的にキツいけど。人型はちょっと怖いから、馴染みなれた……あ、犬系とか良さそうだな」



 そうと決まれば脳内wikiだ。

 といっても、今召喚したい犬キャラは1匹しか思いつかないのだ。



「俺が知ってるのの大半が黒色か赤色だもんなぁ」



 赤や、特に黒のクリーチャーはおぞましいものが大半なのだ。

 好き好んでそれと一緒にいたいとは、少なくとも今の俺には思えなかった。

 偏った知識だと改めて突きつけられたが、今更どうしようもない。

 それに、今回は良いクリーチャーが思いつくのだ。

 これ以上何を望めというのか。



「ってことで、早速イメージイメージ」



 今回は、犬。

 継続力も考え、マナコストは最低クラスのを。

 絵柄は怖いが、きっと平時にはもふもふで可愛いであろう、アイツ。



「白くて忠犬でもふもふで―――来い!『勇丸』!」



 バッパラや隠れ家と同じように、一瞬で光が集まり、四散する。

 略称での呼び名だったが、問題はないようだ。

 そこに現れたのは、2Mはあろうかという、白い毛並みとトゲドゲの首輪がトレードマークの『今田家の猟犬、勇丸(こんだけのりょうけん いさまる)』である。

 特殊な能力はない、バニラ(由来はアイスクリームのバニラで、何も入っていないシンプルな、ということから)と呼ばれるカードの一種だが、白マナコスト1でパワー(攻撃力)とタフネス(防御力&HP)が2もあるという優秀なカードだ。(例・以下の表記はパワー/タフネス=2/2とする)







 MTGのクリーチャーには、パワーとタフネスという数値が存在する。

 先に記述されている通り、パワーが相手に与えるダメージを、タフネスがそれを防げる防御力を示している。

 そして、そのタフネスは1ターンの間にゼロになると、そのクリーチャーは死亡する。

 2という数値は少ないように思えるのだが、MTG内で、コスト1以下でパワーとタフネスが2を超えるカードは殆どない。

 あっても、それは全てデメリット能力を付随されている。

 よって、序盤での勇丸は中々の制圧力を誇るのだ。








 召喚された勇丸は、四肢を揃え、背筋を伸ばしてこちらの顔をじっと見つめている。

 ご主人様、命令を。

 そんな幻聴まで聞こえてきそうなオーラが伝わってくる。

 ど、どうしよう。完全に主負け? だ。

 家来(犬)が立派過ぎて主(人間?)の面子丸つぶれでござる。

 だが! 俺は諦めない!

 いつか勇丸の主として相応しい人物になるその時まで(テンパっております)!



「今田家の猟犬、勇丸。以後、俺の手足となり、剣となり、盾となれ」



 吼えるでもなく、動くでもなく。

 ただ目線を細くして、勇丸は肯定の意をこちらに返す。

 主人らしくカッコつけて言ってみたのだが、逆に格の違いを見せ付けられたような気分になる。

 やばい。おっちゃんに続いて、勇丸にまで惚れちまう!

 内心で涙を流しながら、寝床作りの為、周囲に散らばっている藁をかき集める。

 だが、藁で寝るなんて人生で初めての経験だ。

 どう使っていいのか分からないので、とりあえずは体の上にかけてみるのだが、やはりというか、寝心地最悪。

 メンタルとボディのダブルパンチっすか。

 と、そんな事態に陥った俺を見かねたのか、勇丸はこちらの横に座り、背中だけだが、体と体を密着させる。

 俺! 陥落!!

 思わず声を大にして叫びたい衝動に駆られるが、勇丸の背中に手をあてもふもふすることでそれを回避する。

 決めた。俺、コイツずっと使っていこう。

 生前じゃ1回もデッキに組み込んだ事なかったけど、それも今日までさ!



 そんな新たな決意を胸にする俺とは裏腹に、勇丸はいたって忠実に周囲を警戒していたのを知るのは、もう少し先の事だった。





[26038] 第2話 原作キャラと出会う
Name: roisin◆78006b0a ID:d0ba527c
Date: 2011/02/22 22:48



 所々に体が寒い。

 けれど正面だけはとても暖かで。

 温もりを求めて体を摺り寄せると、その暖かさはもそもそと動いた。



(―――あぁ、これ勇丸だったか……)



 寝起きながらも状況ははっきりと分かった。

 過去嗅いだことのないほど濃厚な土と木の匂いの交じり合う、ここ『隠れ家』の中、勇丸にも匂いってるんだろうかと思い嗅覚に集中するが、全く嗅ぎ分けることが出来なかった。

 多分、匂いについての記述のないクリーチャーとかは、全てそうなんだろうと、段々と意識が覚醒していく中で結論付ける。

 そう思うと、昨日のバッパラや、これから召喚する予定の天使やゴブリン、ゾンビにドラゴンなんかは大半が無臭なのではないか、と残念3割、安心7割で割り切った。

 だって良い匂いの奴なんてそうそう居ないだろうし、居たとしても『良い匂いの強いクリーチャー』ってカテゴリに入る奴はまず居ないだろう。ってか俺が知らない。

 先にデメリットの方から考えるなんて、相変わらずネガティブな思考してんなと、我ながら呆れた。



 さて、いい加減目を開けなきゃなぁなんて思うので、何とか瞼を抉じ開ける。

 寝起きの為か、もうやる事なす事の初めに『初』なんとかなんて付ける気はない。

 視界に飛び込んできたのは『白』。

 予想通り勇丸の背中なのだは、コイツは寝そべりながら首だけを起こして、出入り口に警戒を続けていたようだ。



(一晩中ずっと警戒してくれてたのか……?)



 睡眠とか要らないのかもしれないと判断するが、完全徹夜を経験した時の自分と今の勇丸を重ね合わせてしまい、申し訳なさと感謝の念がこみ上げる。

 そうとなれば、伝えねば。



「おはよう。警戒してくれて、ありがとう」



 首をこちらに向け、勇丸は目を細める。

 お気になさらずに。

 言葉や行動ではない、言うなればニュータイプみたいな、心で分かる感覚が俺の中に届く。

 どうも、言葉を話せないクリーチャーは、心で気持ちを通わせることが出来るようだ。



(バッパラや勇丸もそうだけど、俺への忠誠は無条件で付いてると考えても良いのかな)



 あたり前だとは思うが、この前提条件がなければ俺はこの世界でやっていけない自信がある。

 召喚したのだから俺に従えー、なんて、何とかの使い魔で出てきたサイト状態だったら目も当てられない。

 なんてったって、パラメーターだけ見ればただの人間なのだ。

 間違いなく、最低ランクのクリーチャーでも殺される自信がある。



(初めに出した攻撃力のあるクリーチャーが勇丸で良かったのかもしれないな)



 体に被った藁を押しのけ、服に付いたそれを払う。

 朝日の差し込む、唯一の出入り口の扉を開け、勇丸を先に行くよう思いを伝える。

 2M近くある大型犬なせいか、勇丸が歩くだけで幻想的な光景が視界を埋める。



(こりゃ大型コストのクリーチャーとか見た日にゃ卒倒するかもな)



 誰もいなくなった『隠れ家』内部に目を向けるが、これといった感情は沸かない。

 恐らく何度も利用するんだろうなと思い、逡巡。

『隠れ家』の能力を思い出した。



(そういえばそんな能力あったな……どうなるんだろ)



 実験に近い気持ちで、誰も居なくなった『隠れ家』の扉を閉める。

 そのまま数秒。

 何の変化も起きないことに、俺は内心ガッツポーズをする。

『隠れ家』には無限のクリーチャーを内容出来る能力があるが、その収容されたクリーチャーを開放するには、『隠れ家』自身を生贄に捧げなければならないのだ。

 そして今回、内包されたクリーチャー(俺もか?)を放出し終えた今でも、『隠れ家』は依然としてそこに存在している。



(デメリットはある多少無視出来るっておっちゃん言ってたけど、これホントにどこまで無視出来るんだ)



 使う側になった為、ご都合主義万歳派になった俺だったが、このデメリット無視がどこまで通用するのか確認しないことには足元をすくわれかねない。



(これから、手札を捨てる、ライフを支払う、ターンを前払い、なんてデメリットの検討もしていかないと……)



 やる事は山積みだが、今日はそれよりも可能なら優先して調べたい事を思い出す。

 それは、クリーチャーについているパワーとタフネスが、こちらの世界でのどの程度のものになるのか、という事だ。

 バッパラは0/1。

 これは攻撃力が皆無の、タフネスは最低ランクという事。

 対して、勇丸は2/2。

 攻撃力が2のタフネスが2という事だ。

 一番なのは、何かと戦わせるか、同じく何かを破壊してみればいい。

 そう思いながら、目の前の『隠れ家』消す。

 お世話になりました。と、宿家になってくれた木に感謝しつつ、林を先導する勇丸の後を追い、初日にいた草原へと戻った。















「さて、まずは今いる場所の確認をしなければ」



 思い、役に立ちそうなカードを考案する。

 するのだが……



「ダメだ、さっぱり思いつかない」



 ダメでした♪

 うん、音符つけてもキモさ倍増するだけだな、以後自重しよう。

 脳内wikiに検索をかけるも、そこまで容量がある訳ではないので、対戦として関係なければない程、俺の知識は霞んでいく。



「仕方ない、周囲の散策をしてくれるクリーチャーでも呼びましょうかね、っと」



 分からないのなら、分かるようにするだけだ。

 例え効率が悪くとも、停滞するのはいただけない。

 それに、カードを扱う良い練習にもなるのだと思い、探索に便利そうなキャラを思い浮かべる。

 探索……機動力がある……足が速い……地形無視……空……

 うん、鳥―――というか飛行系だ。

 今度はバッパラのような攻撃力のないもじゃなくて、しっかり攻撃出来る奴を出してみよう。

 コストは2で。

 どうせなら、と少し捻ったクリーチャーを召喚してみよう。



「イメージイメージ、っと。来い!『エイヴンの遠見(とおみ)』!」



 3回目ともなると慣れたのか、イメージもすんなりと形を成す。



 そして現れる『エイヴンの遠見』。

 人と鳥が融合したのような外見。

 顔が鷹……だと思う。

 手は大空を駆けるための翼がついていた。

 天使を思い描くより、鳥人間といったコセンプトの方がついている。

 1/1に飛行能力と、ちょっとした能力が付随されているのだが、そのちょっとした能力はこの場では無関係なので省略。

 能力には表記されていないが、遠くを見渡すことに長けている筈だ。名前的に。

 召喚と同時、どっと体力を奪われる感覚が俺を襲う。

 100m全力疾走しましたと言わんばかりに俺は荒い息を吐く。



(こりゃ3マナとか出したら立てなくなるかもな)



 結構疲労するなと思い、召喚したエイヴンを見る。

 俺をゆうに越えるその躯体に、思わず息を呑む。

 これでガチンコの戦闘をしたら勇丸の方が強いというのだから、MTG内では不思議な現象も起こるものだ。

 そして、その不思議現象をこちらに当てはめて考えるのはやや危険。

 おっちゃんが『カードの効果が必ず効果を発揮する訳ではない』といっていた。

 これは恐らくパワーやタフネスといった数値にも関係するのだろう。

 カード上では戦闘行為は足し算引き算の結果だが、実際は経験や技術、その場の状況に運といった様々な事象が関わってくるのだ。

 目安の1つにするならまだしも、絶対だと思い込むのは避けておこう。

 そう思いながら、エイヴンを見上げる。



(うわぁ……マジこえぇ)



 ギンと睨む眼光に、俺の股間が竦みあがる。

 きっと目つきが悪いだけだと強引に考え、遠ざけるかのように、周りを探索するよう言葉をかける。



「今ここにいる地点を中心に、探索を始めてくれ。ただし、人型の生き物を見た時は報告しに戻ってきてほしい」



 一瞬。

 しゅばっ、っと離陸し、彼は瞬く間に空の彼方へ偵察に出かけた。

 見届けると同時、緊張と疲労も合わさった疲労感を回復させるべく、すとんと地面に腰を落とす。

 雄大に大空を駆ける彼に憧れを抱き、機会があったら何かの呪文を使って空を飛ぼうと心に決めた俺だった。



(いつかは10マナ以上の召喚とかやってみたいねぇ……世界終わりそうだけど)



 漠然と、視界から小さくなっていくエイヴンを見ながらそう思う。

 10マナ以上ともなると、神みたいなクリーチャーが多い。

 元々、MTGは次元世界を題材とした作品だ。

 神がどの程度の存在なのかは分からないが、間々、次元崩壊で星1つどころの話ではない事態が起こっている。

 そんな事象を引き起こす存在を召喚出来るかもしれないというのだから、そりゃあテンションも上がるってもんよ!

 俺TUEEEとか誰もが1度は夢みる出来事な筈だ。

 ただ俺の体力がそこまでもたないので、気の長い話ではあるのだが。



(1マナが鳥とか犬で10マナ以上が神クラスだとしたら……単純に2マナだから1マナの2倍強い、とかって訳でもないんだろうな)



 その辺りは今後分かるとして。

 お日様も真上に昇ろうかという時間帯。

 クリーチャーとして召喚されたせいなのかは分からないが、周囲を警戒している勇丸は空腹なることはないようで、尋ねてみるも、大丈夫だという意思が返ってくる。

 食費は掛からなくていいなぁと漠然と考えながら、勇丸の様子を観察しつつ、何をするでもなく周りの風景を眺めながら、考える。

 クリーチャー2体。1マナと2マナの計3マナ維持とは、中々に大変であることを実感した。

 感覚としては、やや早歩きをし続けている位の疲労感。

 一応は体を休めながら行っているので、そこまで苦ではないのだが、いつかは体力でもレベルでも何でもいいから上げて、召喚出来る範囲を広げていきたい。

 考えをまとめつつ、ごろんと大の字に体を横たえる。

 見上げた景色は1日目と同じで、青い空に白い雲。緑の絨毯はふかふかで、昨晩お世話になった林には、鳥達が時折飛び出す様子がうかがえた。



(―――平和だ)



 心からそう思う。

 能力の把握とか、これからどうするのかとか。

 そんな思いすら、この景色の前では豆粒のような考えなのだと実感させられる。

 ここは『東方プロジェクト』の世界だとおっちゃんは言った。

 だが、だからといって別にそれらに登場するキャラクターに遭遇しなくても良いのではないか。

 教えられた時には『原作介入ひゃっほー! 俺好みのストーリーにしてやるぜぇ!』なんて息巻いていたが、今の俺には飽きることのない感情と、何でも食べられる能力が備わっている。

 ぶっちゃけ、体調さえ崩さずに篭れるのなら、幾年だろうと問題ない。

 何かカードを使って、日が昇っている間は大地を、夜は星を眺めている状況を作るだけで、今の俺は満足なのだ。

 それに、原作には原作の流れがあり、こと東方は悲しい出来事は多少あるが、幻想卿に集う時には、大体が円満になっている。

 原作に限らず、世界では悲しい出来事が多々起こっている。飢餓や戦争も。

 だが、俺にはそれらは興味の対象外なのだ。

 そこに俺がいなくてもなるようになるし、ならなかったら滅んだり、他の人がどうにかする。

 世の中、そんなもんだった。

 たかだか数年社会に出ただけの俺だったか、そんなもんだったのだ。

 情もなく、思い入れもなく、繋がりもない何かの為に、少なくとも俺は動けない。いや、動きたくない。

 力を持つ者の定めだー、とかクソ食らえ。

 それは他力本願というものだ。

 頼ってきたのならいざ知らず、こうべき、なんて押し付けがましい考えは、受け入れられない。

 だから、このままゆったりと自然の流れに身を任せて―――







 突如、座っていた勇丸が四肢を広げ、何かを威嚇しながら、俺の前に盾になるかのように立ち塞がる。

 低く唸り声を上げる勇丸に、俺の思考は一気に警戒をMAXにする。

 氷柱を背中に入れられたように、一気に背筋が凍る。

 見晴らしのいい草原。

 俺の視界には、ただの草原しか映っていない。

 けれど、勇丸は何もない筈の一点に顔を向け、全身の毛が逆立つくらいに警戒をしている。



(何かが……来ている……!)



 見えない何か。

 俺が、人間が知覚できない存在。

 決して真っ当な生き物ではないだろう。

 くそっ! 東方の世界ならば、妖怪やら精霊やらが普通に跋扈(ばっこ)していたのを失念していた!



(正体不明。攻撃、は不得策。防御を最優先に)



 敵の正体を見破るのは後回し。



(カード……強化……エンチャント あの2枚でいこう)









『エンチャント』

 呪いや魔力の付与などの具象化された魔法のイメージ。個別と全体に効果を及ぼすものがあり、前者は加護や呪縛、後者は結界や聖域といったイメージが似合う。





 



(カード、『不可侵(ふかしん)』『鏡のローブ』選択。対象は俺!)



 共にエンチャント呪文であるそれは、前者は付けた相手のダメージをゼロにし、後者は装備したクリーチャーを呪文や能力の対象から外す能力を持つ。

 本来プレイヤー(俺)とクリーチャー(勇丸)は別扱いなのだが、クリーチャーのみを収容する『隠れ家』へ入室出来たことを考えると、俺はクリーチャーでもあり、プレイヤーでもある性質を持っているのか、それともそういった仕様は無視なのか。少し首をかしげるが、今は無視。

 で、前者は俺の知る限り、アニメとか漫画じゃよくある能力かもしれないが、後者は東方世界にとっては致命的の部類に入るだろう。

 相手を燃やしたり、境界を操ったり、破壊したりなど、他に方法はあるだろうが、こちらに干渉する手段をかなり減らされるのだから。

 無効化などといったレベルではない、それを選択肢に入れることが出来ないのだ。

 その能力名は、MTGでは『被覆』。

 あるいは、決して触れられないことを意味する『アンタッチャブル』と呼ばれている。

 まぁもしそうなったら相手は周囲の空間ごと攻撃してくる事態になると思うので、やはり油断出来ないのだが。

『不可侵』は外見上の変化はないが、『鏡のローブ』は名前の通り、所々が鏡面になったローブだ。手鏡を縫い合わせた服、といっていいかもしれない。

 ただこのカードには、こと実戦では充分な欠点があるのに気づくのは、もう少し先の話。

 突然衣類を着替えた俺に、近づいてきた姿の見えない何者かはどう思うのだろうか。

 このまま居なくなってくれるなら良し、仮に襲い掛かってきたのなら、個別のクリーチャー破壊カードで対応しよう。即死にはならずとも、それに近い効果が見込めるハズだ。

 しかし、疲労感がマジやばい。

 不可侵は2マナ、鏡のローブは1マナ。

 計3マナの連続使用で、クリーチャー分も合わせるとそのさらに倍の6マナになる。

 切羽詰った体力は、俺への死を連想させる。



(仕方ない、エイヴンには悪いけど、戻ってもらって余力を稼がないと)



 今は目前の事態を解決するのが最優先。

 いつ戻ってくるかも分からない状況では、何の足しにもならないのを痛感する。

 心の中で謝りながら、エイヴンを戻すイメージを実行。

 どこにいたのかも不明だったが、先程召喚した時から続いてた疲労感の一端が消えるのが分かった。

 これならもう少し粘れると思いながら、勇丸が見つめる先に目を凝らして、けれど俺はその場から動けずにいた。

 状況の問題もそうだが、疲労が限界近くに達していた。

 今の俺は荒い息を繰り返す、まさに突けば倒れる存在だ。

 鼓動がうるさい。

 ドクドクと、心臓の音が痛いくらいに耳に響く。

 唸り声を上げ続ける勇丸の後ろに隠れて数秒。いや、数十秒だろうか。

 時間の感覚が分からなくなっていたが、カードを使ってから少し間が開いた。

 唸り続けているのだからまだ目の前には居る筈なのだが、やはり俺には姿を見ることは適わない。



(解析系のカードってあったかな……)



 望遠鏡とかメガネとか、そんな感じのカードが解析系なのだろうか。

 それとも相手の手札を見る系?

 守りのカード2枚が展開されている状況の為か、自身のスナミナと相談しながら、先程よりはゆっくりと思考を巡らせる。

 ―――いや、巡らせようとした。

 まるで、そんな思考を遮るかのように、



「ここへ何用だ、人間」



 ……俺の胸に届くか届かないかという所か。

 小さな体からは想像も出来ないような威圧感を放ちながら、黄金の稲穂を思わせる髪を独特な帽子の隙間から覗かせて。

 何も無かったその空間。

 さも当たり前のように、


(くそっ!なにが『あーうー』だ。ネタに走った奴出て来い!そんな存在じゃねぇぞ!)


 土着神の頂点との二つ名を持つ、日本最高クラスの神が1人。

『洩矢 諏訪子』が俺の前に降臨した。

 




[26038] 第3話 神と人の差
Name: roisin◆78006b0a ID:d0ba527c
Date: 2011/03/16 22:42



「……ここへ何用だ、人間」



 2度目の問い。

 まずい、神様への無視したばかりか再度問い直させちゃったよ!

 一瞬で混乱した脳内を正常に戻す。



(ぐぬっ、対面してるだけでもメンタル削られる……!)



 というか息吸えねぇ!

 人生初であろう神様との対面が、まさか日本全国の祟り神のまとめ役だとは夢にも思わなかった。

 何とか喋らねばと声を出そうとしてみるも、まるで空気を欲した魚のように、口をパクパクと動かすだけにしかなっていない。

 まずいまずいまずい!

 もう、何十回叫ぶんだってくらいまずい!

 このまま相手を放置プレイし続けたら確実に呪われる! ってか殺される!

 しかし、口が動かない。

 手も足も、いや、体中から滝のような汗をかいているのが分かる。

 もはや自分が地面に立っているのかも分からなくなりかけた頃、こちらを見つめる神の眼光がキッと細まった。



(あ……俺死んだ……)



 噴火する火山を、もしくは降り注ぐ隕石の群れを見たような、諦めの境地とも言える心境の中、



「……ふむ、これで話すことが出来るか、人間」



 俺にとっての小さな死神様は、その威圧感を緩めてきた。

 途端、俺は膝から倒れるように、四つん這いになる。

 体中に酸素を取り込むように、過呼吸とも言えるくらい肺に空気を取り入れる。



(た、助かった!何とか俺生きてる!神様仏様!何より勇丸ありがとう!)



 とりあえず生きている事への感謝をした後、今度こそと対応すべく今し方、感謝を捧げた神様へ顔を向ける。

 訝しげにこちらを眺める、幼い女の子がそこにはいる。

 こんな容姿でも、威圧するだけで俺は死にそうになったのだ。

 人間と神とはこれ程の差があるのかと畏怖の念が込み上げてくると同時、自分の愚かさに怒りも湧き上がってきた。



(話にならねぇ。攻撃でも能力でもなく存在で格が違うんだ。『不可侵』でダメージ無効ってのも、肉体面だけだし―――いや、そもそもダメージだとすら認識されていない事象なのか。それともダメージゼロは神相手にゃ効果ないのか……こんなんじゃ、俺TUEEEなんて出来るわけないじゃないか)



 今までの考えを悔いると共に、まだ震えの抜けない足に力を込めて、神様と向き直る。

 こちらを興味深く観察するかのように、じっと見つめるその眼にまたも意識が薄れそうになるが、何とか堪える。

 相手は神様。雲の上のお方。

 ならば古来よりの例に習って、低姿勢で対応をしてみよう。

 というかだ。

 さっきので心が折れかかって、反抗とかタメ口とかなんて考えらんねぇだけだったりする。



「……大変失礼致しました。こちらへは昨日着いたばかりでして。あまりの景色の雄大さに心打たれ、眺めていた次第でございます。出て行けと言われるのでしたら、すぐにそう致します故、何卒お許し下さい」


 
 立ち上がってすぐ、俺は再び膝から地面に、手、頭と付けていく。

 この頃の日本(諏訪子がいるのだから日本だろう)には土下座はあるのか疑問だったが、これが俺の中での精一杯の謝罪の形だ。

 そんな俺の前に立っていた勇丸は、雰囲気を察したのか、俺の斜め後ろに回り、そこに座る。



「良い者を連れているな。犬畜生など、狗神しかまともな者なぞおらんと思っていたが。私に勝てないと見るや、即座にお前を逃がそうと機会を窺っていたぞ」



 面白いものを見たかのような声色で、俺に言葉を投げかけた。 

 言われ、勇丸に視線を向ける。

 こちらと目が合い、大丈夫ですか、と意思の確認をしてくるそれに、俺は今の精一杯の感謝の気持ちを伝えた。



「さて、人間。お前の事情は分かった。だが、ここは我が国の中でも、聖域とされ、誰も立ち入ることを許されておらぬ土地だ。首を刎ねられて当然。そんな所へ踏み込んだお前は、一体私に何を捧げて、その許しを請おうと言うのかな?」


 さ、捧げるものって……

 何だろう、アーティファクトならいっぱいあるけど、それで良いんだろうか。

 それとも便利なクリーチャー? はたまた使えるエンチャント?

 候補は幾つもあるが、大雑把な要望過ぎて、何を提示していいのか判断がつかない。

 よって、失礼になるかもしれないが、下手なもの差し出して『魂よこせ』とか言われるよりはマシだ。

 何か要望がないか聞いてみよう。



「……恐縮ではございますが、何かご要望があれば、可能な限りそれに近いものを捧げたいと考えおります」


 
 ふむ、と一言。

 まるで玩具を見つけた子供のような目になった神様は、俺に



「では、お前の魂をもらうとしようか」



 にやりと笑みを浮かべ、そう告げた。

 超! 薮! 蛇!

 地雷回避しとうとしたら、グラウンドゼロでした!

 あかん! やばいやばいの64乗だ!

 自ら墓穴とか空気の読めない主人公だけかと思ってたYO!

 

「お、恐れながら……そればかりは……」



 消え入りそうな声で何とか訂正してもらうと、尋ねる。

 すると、それを見越していたかのように、この外道神様は再度、提案する。



「では、そちらの忠犬を貰おうか」



 ……え、ちゅう……けん……?



「お前の後ろ控えている、その犬のことだ。その忠義を尽くす姿勢を見て、私も欲しくなったのだ」



 ニタニタと、段々と笑顔の性質が変わっていくのが俺にでも分かる。



「まさか命を助けられ、1度私の要望を拒んだばかりか、2度もそれを繰り返すつもりはなかろうな」



 一転。

 今度は笑みなど一切なく、先程と同じような、威厳を放つ存在となっていた。

 再び俺の前に立ち塞がる勇丸。

 先とは打って変わり、唸り声は今にも飛び掛らんばかりの音量にまでなっている。

 そして俺はといえば、やはり息も吸えず、目の焦点すら定まらない状態に陥っていた。

 そんな中、1度体験したせいか。

 俺の思考だけは、この状況を打開する為だけに巡る。

 勇丸を差し出す? となると当然、アイツはこの神様が飽きるか死ぬかするまで返ってくることはない。

 いいじゃないか、数あるカードの中の1枚だ。

 他にもカードは山のようにあるし、もし勇丸を取り戻したいのなら、差し出し、逃げた後で再度召喚すればいい。 

 だが、だが待って欲しい。

 そう俺の心の一部が訴える。

 その一部とは、怒りと呼ばれる感情である。

 相手は神様で、そして、祟り神の頂点だ。

 西洋の神ならいざ知らず、こんな絆を引き裂くような真似をするものだろうか。

 伝説や言い伝えは、羽陽曲折し、捻じ曲がるものだろうが、それでも日本という国は、その神々達は素晴らしい方々だと―――そう、思いたい自分がいる。

 日本嫌いの国民や政治家を見ていたせいか、俺は日本という国に一定以上の崇高な何かを見続けていた。

 それは無条件の信頼であり、信仰であり、誇りだ。

 それは今でも俺の中にあるし、目の前の神を見たことによって、それはより強固な確信へと変わっている。

 だが。

 その信仰は、俺に害を与えないことが前提なのだ。

 威圧感のみで死にそうになったことは、こちらが不法侵入したのだからと思っていた。

 しかし、自分のみならず、勇丸を物のように『よこせ』と言ってきたのを、俺は許せなかった。



(日本の神様ってのは、もっと人間のことを考えてくれるもんだと思ってたけどよ……)



 その結論に達すると、途端に威圧感が軽くなる。

 いや、自身の怒りでそれらが気にならなくなったと言った方が正しい。

 憤怒という名の覚悟は俺を炊き付け、後先考えずに、この口を動かす。



「申し訳ありませんが、それは出来かねます」

「断ると申すか。ならばお前の魂を貰うことになるが、構わぬか?」

「そこの忠犬―――勇丸を選択肢に入れていなければ、それも致し方ないと考えておりました。ですが、あなた様の行動は、とても神とは思えません。まるで……まるで暴君、いえたちの悪い妖怪そのものに御座います」

「……吐いた唾は飲み込めんぞ、小僧」

「―――小僧で結構。生憎と親の育て方が良かったんでね、踏み込んじゃいけない領域ってのは心得てるつもりだ」



 気分のせいか、口調まで荒くなる。



「小さきことよ。神と人間を同じ尺度で測ろうなど、愚かな」

「だったら人間から完全に離れろってんだ。関わっている以上、お前のそれは我侭な言い訳だと思うがね」



 もはや言葉では語らず。

 辺りの空気がズンと重くなる。

 青い空の、白い雲で、緑の大地と何一つさっきと変わらない光景は、それだけで一遍し、処刑場へと姿を変えたようだった。 

 神様の前に死が付いてしまった相手に、俺の頭では、暴走気味に高コストのクリーチャー群と凶悪スペルの列が並ぶ。

 疲れや制限など知ったことか。

 ここまで啖呵を切ったのだ。もはや行くところまで行くと覚悟を決めた。

 それに、俺の物語はまだ序盤。

 開始直後の死亡リトライなど、ゲームでは定石。

 押しつぶされそうな世界で、俺は自称神様を睨みつける。

 軽く俯き、帽子のつばで目の見えないそれは、怒りで暴れだす一歩手前の火山に見える。

 そして、俺がクリーチャー群の第一陣を召喚しようとした矢先―――――



「―――ぷっ、あはははは! 凄い凄い! あたしの神気にここまで耐えられる人間がいるなんて! しかも向かって来ようとするじゃないか! いやぁ長生きはするもんだねぇ」



 なんか今までの威厳をキングクリムゾンしたような出来事に出会ってしまった。

 ……はっ!?



(これはあれか!? 『ちょっとからかってやるか♪』的なシチュエーション!?)



 ダメだ。このシチュエーションって第3者から見たらまる分かりだけど、当事者になると全くそんなこと考える余裕がない。

 威圧感とはハンパじゃないからね! 

 あれだ。

 上司とか得意先とか先生とか親から全力で説教食らってる時に、『実はうっそで~す』な相手の状況を思い浮かべられる余裕なんて無い感じ。

 本日2度目の腰砕けになった俺は、今更ながら、自分が立ち向かおうとしていた存在の大きさを知る。

 膝はガクガク汗はダラダラ、貧血でもないのに目の前がクラクラしやがる。

 今まさに orz を体言している俺だったが、まるで慰めるかのように、俺の腕に勇丸が体を擦り付けてきた。

 あんた、ほんま優しすぎるねん!

 思わず体全体をもふっと抱きしめる。

 何をするでもなく、成すがままにされている勇丸だったが、尻尾が少しだけパタパタと嬉しそうに左右に振られているのを俺は見逃さない。

 これか! これがツンデレというものか!
 
 よぅし分かった。もう今日はお前を話さんぞその毛がツヤツヤになるまで撫で回しt



「気分が乗ってるとこ悪いんだけど、人間、そろそろこっちも相手してもらうかね」

「はい! 失礼しました!」



 我ながら素晴らしい反射神経だと思う。

 一瞬にして開放された勇丸はこちらの横に控えるように座るが、尻尾が心なしか寂しそうに垂れ下がっている。

 すまん、後でいっぱい遊ぼうな。



「さて人間よ。実を言うとね。私はこの地にお前が入った時から、お前のことを眺めていてね―――その、式神か妖術か分からないが、お前の使う奇跡に興味が沸いたわけなのだよ」

「あ、っと……この今着ている服の事でしょうか?」

「誤魔化すでもいいけどね、お前が前にしている私は、祟り神と呼ばれる存在だと思っていい」



 分かる?祟り神。

 そう、小首を傾げ、くりくりとした目をこちらに向ける自称祟り神。

 いやいや、あんた祟り神って言うよりそれを操ってる立場でしょうが。

 行動は可愛いのだが、話の内容は物騒なことこの上ない。

 ええ、あなた様の素性に関しては重々承知していますとも。前世で。

 

「すいませんでした。お答え出来る範囲でしたら全てお答えしますので、どうか祟らないで下さい」



 本日2回目の土下座だったか、1度目よりは真面目度が大幅に下がっている。

 今の状況を例えるなら、浮気を謝る夫、というところだろうか。

 情けない限りである。



「ふぅん、それでも全部は答えてくれない、か。うん、ま、いいよ。聞きたくなったら絶対に聞くし」



 ぶるりとこちらの背を振るわせる発言をして、神様―――彼女は、近くにあった子供程ある岩の上に歩き出す。

 岩まで着くと、その上にぴょんとひと乗り。

 こちらを向き―――ちょっと見てみたかった俺的東方名物のうちの1つ。カエル座り? をして、俺を見下ろした。



(生ケロちゃんだぁ……見えないんだなやっぱり)

「お前は人間にしては体が大きいからね。見上げるのは首がキツイし。それに私、神様だし。こういう格好のが、それらしく見えるでしょ?」



 それはそうだが、だからって俺に同意を求めないでほしい。

 この様子じゃ違うと答えても、『これが神様ってもんさ』ってな具合に押し通されそう。

 彼女に習い、俺も彼女の前で胡坐を組む。

 少し見上げる感じではあるが、これくらいならば長時間でもいけそうだ。



「では人間よ。楽しませてもらったお礼に、まずは私から名乗ろうじゃないか」



 やっぱり目上……というか神様から名乗らせるのは失礼に当たるんだろうな、今のセリフから察するに。

 この時代、何が失礼に当たるかなんてさっぱり分からんぞ。



「私は、洩矢 諏訪子。ミシャクジ―――祟り神達を統括している、土着神だよ」

 

 出会った時とは一転、コロコロと鈴を鳴らすように、軽やかに、諏訪子……様は告げた。

 こっちが彼女の素なのだと思いたい。

 だって神モードで対応されたら俺の魂魄消えそうだしね!



 ただ、俺はここで、やっと忘れていた事を思い出した。

 なぜ忘れていたんだと思うだろうが、そんなの分かっていたら、もうとっくにその疑問を解決していた。

 今まで忙しすぎたせいで、考えが及ばなかったのだろう。

 だから、今の状況を、俺は諏訪子様に告げた。



「お初にお目にかかります。昨日こちらの地に流れ着きました人間で、名前は―――ありません」

「……へ?」




 告げた答えに対しての返答は、神様にしては、あまりに間の抜けた声だった。






[26038] 第4話 名前
Name: roisin◆78006b0a ID:d0ba527c
Date: 2011/02/27 16:07

 
 太陽が地平の彼方へ消えようとしている。

 まだ時間はあるものの、大地を燃やすその光に、俺はまた心を奪われる。

 この光景を何度見ても飽きる事はないというのだから、この倦怠感の制御が出来る能力は、実は何にもまして代えがたい能力なのではないかと思う。



「へぇー、じゃあお前は色々な奇跡を起こすことが出来るんだ」

「奇跡って言い方は大げさだと思いますが、考え方としては……間違っていないかと思います」




 今、俺の前には、洩矢 諏訪子が―――違うな。

 勇丸に乗った諏訪子様が先行していた。

『他の民への配慮もあるから、様はつけてね』ってことだったので、何となく諏訪子様、と呼ぶことにした。

 装備中の『不可侵』と『鏡のローブ』を解除する。

 その時に気づいたのだが、この『鏡のローブ』、俺がアンタッチャブルになるのであって、ローブが被覆になるのではない。

 よって、精神攻撃とかなら効果を発揮しそうなのだが、よくある雷とか炎とか氷とか、生身の部分で対処しないとローブに当たるのだ。

 しかも名前の通り全面鏡なもんだから、恐ろしく耐久性が悪い。

 しょっぱなから選択肢間違えてんじゃん俺、と次に生かせる教訓を学べた事に感謝した。

 そんな中、日も暮れそうなので私の国に来ないか、って話になったので、尽きぬ興味に動かされ、帰宅する彼女のご同伴をしているというわけだったのが……















「乗りたい」



 そうストレートに言われたのは、2人と1匹で少し歩いていた時。

 諏訪子様の後ろ、俺の前に居た勇丸を指差して、そうのたまってくれた。

 疲労感MAXのダレダレな俺に何言ってくれちゃってんのこの神様。

 なんてこった! 俺だって乗ってみたいのに! 重いから乗ったらきついだろうな。とか思ってやらなかったんだぞ!

 俺より先に乗るのは許せん! けど祟られてもイヤだしなぁ。

 ……そうだ、遠まわしに勇丸に拒否させてみよう。

 

「……私には何とも……一応、勇丸に尋ねてみませんと」

「あ、それなら、お前が良いなら構わないって言われたよ」



 勇丸ぅうう!!

 既に根回しが済んでいたとは知らず、最後の一押しをしてしまった自分を責める。

 というか諏訪子様、動物と話せるんですね。

 しかも話す姿を見ていないことから、念話じゃないかと推測できる。

 ホント神様って何でもありね。

 こっちは召喚者だからってチートな理由で意思の疎通ができるだけってのに。

 まぁ思考が読まれていないだけ良しとしよう。

 リーディング機能なんて備わってる日にゃぁ恥ずかしくてお天道様の下を歩けません。

 理由?

 エロいこと考えられないからだよ!

 ……さとりんに出会ったら積むな、俺。



「ってことだから、えっと、勇丸。宜しくね?」



 不安そうに声をかけた諏訪子様に反応して、勇丸は体を寝かし、伏せの状態になる。

 乗れ、ってことなんだろう。

 行動だけで察することが出来る。



「ありがと。えへへ~、よ、っと、っと。お、お。……おぉ~、ふかふかだぁ」



 少しギクシャクしながら、勇丸に諏訪子様は跨った。

 それを確認した後、その忠犬はゆっくりと四肢を伸ばす。

 一気に視界が高くなり、俺と同じくらいになると、諏訪子様は満足そうに顔に笑みを作った。

 うぅ、良いなぁ、ふかふか。

 犬に跨る女の子ってのも可愛いと思うが、今の俺は もふもふ>女の子 だ。

 興味の対象が違う。



「よしよし。それじゃあ私の国へしゅっぱ~つ!」



明るく宣言しながら片手を挙げるその姿は、年相応の女の子に見えた。















 それが、大体1時間くらい前の出来事だろうか。

 眺める先には、幾つかの白煙の筋が見える。

 その下には木で作られた家と、かやぶきで作られているであろう、藁の家リアル版が多数点在していた。



(おー、田舎へ泊まろう(番組名)、なんて目じゃない田舎だな)



 感想がずれているとは思うが、なにぶん仕方のないことなのだ。

 俺は、生前はコンクリートジャングルから1度も出たことのなかった。

 あったとしても、それは模造品。

 テーマパークやアミューズメント施設の一区画でしかなかった。

 ゆえにこの光景は、テレビやスクリーンの中だけの―――言ってみれば、幻想の景色そのものであったのだ。



(そういやこの時代ってトイレは汲み取り式か? じゃあやっぱ手とかでケツ拭くのか? そもそもトイレなんてあるのか?)



 少し下品な思考だが、今後の大切なことだ。

 そう思って便意に気を集中してみるも、よくよく考えると、まだ1度も、尿意すら感じていない。



(まさか空気とか主食にしてると出るもんは出ない、と?)



 この生理現象は人間とは切れない間柄の1つである。

 そこまで考えると、目の前にいる1匹と1神にそれを当てはめ様とするが……



(やめとこう、今俺は自ら墓穴を掘りにいっている)



 嫌な予感がとまらず、断念。

 ため息を一つついて、視線を上げる。

 すると大分国の近くまで来ていたようで、柵のような囲いが周囲に広がっている。

 恐らく、国(村?)を1週している……のだろう。

 一部に隙間が開いているので、あそこが出入り口なのだろう。

 もものけ姫で見たなと何となく思っていると、門と思われる出入り口の前で、諏訪子様が、ぴょんと勇丸から飛び降りて、俺の目の前に立った。

 まるでとうせんぼをするように道を塞ぎ、こちらの顔をじっと見つめられた。



「人間、まだお前には名が無いと言ったね」

「ですね。こっちに来る前にはあったんですけど、その名は置いてきました。本当は出発前に決めておこうと思ったんですけど……」

「それじゃあこれから名が決まるまで、ずっと私はお前、とか、人間。なんて呼ばなきゃいけない。私の国に入るんだ。他人との関係を築くのに無名じゃあちと難儀だろう。で、だ。ここは、一つ私がお前に名を送ろうと思うんだが、どうかな?」



 突然のサプライズに、思わず目が点になる。



「……え? ……これといった案もなかったんで、こっちとしては願ったり叶ったりですけど、良いんですか?」

「なになに。私は神様。民の願いを叶えるのが仕事の1つだよ。入国祝いだとでも思って受け取ってくれると私は嬉しいな」
 


 そう言ってニコリと笑う彼女を見て、どこか胸が締め付けられうような、それでいて暖かくなるような思いが広がる。

 何が琴線に触れたのか分からないが、思わず涙が溢れそうになった。



(神様とか関係ねぇ。諏訪子様、めっちゃ良い人や)



 言葉では表せない感情が心を占めて、それでも足りずに、その感情は涙となって溢れ出そうとしている。効果音としてはウルウルって感じで。

 けれど、俺の心がそんな涙する俺を恥ずかしいと思い、必死にそれを堪える。

 神様とはいえ、こんな幼い女の子の前で涙するのは、男としてのプライドが許さないようだ。



「それじゃあ、お願いします。カッコイイ名前にして下さいね」

「どうだろうね。ただ、私は似合っていると思うよ」

「そのお言葉だけで充分です。―――洩矢 諏訪子様、俺に、名前を下さい」



 カッコつけようと思っても俺には無理があって。

 ならばと気持ちを素直に言葉にする。

 これから一生付き合っていくものなのだ。

 しかも、それが日本有数の神様からの賜りものだってんなら、気に入らないことはないだろう。

 ニコニコしていた彼女の顔は、笑顔のままで、けれど、そても真剣なものになる。

 威圧感とはまた違った……神気とでも言えばいいのか。

 崇め、奉る存在だと思わせるオーラが滲み出ていた。



「―――お前は私が見てきた中でも、さらに特別な奇跡を扱う。

 それは、神々の中ですら異様と呼べるものだ。

 鳥の、鳥でも人でもない者の、狗の、様々なものの呼び子。

 まるで万物を生み出すかの如くその力を駆使するお前は、人間でありながら、まるで幾人もの生命を統べる神のようだ。

 これらを組み込み、『多種多様な万物』という意味の、けれど、八百万には届かずとも、私に挑むその姿勢から、それに届き、いつかは追い抜かんとするその姿を示す――――

『九十九(つくも)』と。

 その名をお前にあたえる」


 
 神なんて、生前の俺が聞いたら鼻で笑うだろう。

 けれど、今ならすんなりとそれを受け入れられる。

 宗教とかは、切羽詰って何かにすがりたい奴か、金儲けを企む奴しか居ないのだろうと頭ごなしに馬鹿にしていた。

 だが、実際はどうだろう。

 今の俺には、この目の前にいる彼女が神かどうかなんて些細な事なのだ。

 決められぬ俺に名を与え、優しく微笑んでくれる。

 言葉にすれば、たったそれだけ。

 だがこの少しのことが、一体何人に出来るのだろう。

 理屈は分からない。

 けれど名を告げられた瞬間、俺の胸にはストンと、彼女の言葉がはめ込まれたのだ。

 まるで失った何かを取り戻せたような、そんな気持ち。
 
 ご大層な宗教名文なんて知らないが、彼女になら―――この洩矢 諏訪子という人格者に対してなら、それの信者になったとしても、それに使える人物に出会ったとしても、馬鹿にするでなく、鼻で笑うでなく、純粋に、ああ、素晴らしい方に仕えているのだなと思えるだろう。

 日本人とは、本能的に誰かに仕えたいと思っている。

 なんて発表した学者もいた。

 それは、彼女のような神々が、この狭いかながらも広大な日本という土地を治めていたという名残なのかもしれない。



「喜んで……拝命させていただきます……」



 ちくしょう、ガチで泣き顔モードだよ……

 俺の震える声にも笑顔を崩さず、彼女は小さな体を大きく広げ、ただ自力の声だけで、声高らかに宣言した。



「『洩矢の国』へようこそ、異国の旅人、九十九。私はお前を歓迎しよう」






[26038] 第5話 洩矢の国で
Name: roisin◆78006b0a ID:d0ba527c
Date: 2011/02/27 18:06






 国の中央に位置する、彼女が住む社の一角。

 諏訪子様は、そこに俺を連れてきた。

 仏像とか置いてありそうな中央の間に集められた、国のお歴々っぽい人物の前で自己紹介をしてくれた。

 思ってたよりも中々広い。

 20人近く集まってるけど、その3倍くらいは収容出来そうな大きさだ。

 丁度、統括している各地の代表が現状報告をしに来る日だったのだとか。

 その時の諏訪子様は、俺と出合った時と同じように、神様らしい口調で説明をする。

 その時も少しではあるが威圧感を放つ感じを漂わせていたので、ただの自己紹介が神託を授かる儀式のように思えた。

 あ。ように、というか、まさに神託か。

 ただ、自己紹介の際の『これは私の使いである』ってのは一体どういうことだねオイ。

 確かに前回は神々しい雰囲気と名前を貰えた感動から気持ちが感謝フルブースト入っていたが、だからってお前にゃ使える気はまだないぞ。

 しかも、



「物の怪や妖怪が現れた時は、この九十九に言え」



 とか偉そうに(偉いです)言い放ちやがった。

 やめてくれおっちゃん達! 俺に向かって『ははぁ!』とか。格好がGパンとかTシャツだから異様だけど、平伏す人じゃないから! どこのお奉行様よ!? むしろ逆の立場ですから!

 ……もういい。公の場じゃない限り、お前なんて敬語はいらねぇ!呼び捨てだ諏訪子……さん(無理でした)、と心に決めた瞬間でもある。















 紹介が終わり、お歴々の方々が部屋から全員退出するのを見届けて、辺りにはもう聞く者が誰も居ないだろうと思い、俺は諏訪子を問いただす事にした。



「アー、スワコさん? 俺、確かに色々クリーチャーを召喚出来るけど、何だか妖怪退治っぽい仕事を俺に任せるみたいな発言をしませんでしたか?」

「うー? くりーちゃーってのが何なのか分からないけど、呼び出していた鳥やら勇丸やら、鳥と人の中間のような奴らのことだよね? だったら問題ない。だって九十九、それ以外にも荒事に向いている奇跡を起こせるんでしょう? じゃなかったら、勇丸を貰おうとした私と敵対しようなんて考えるはずないしね」



 もはや疑問符すら付かぬ確定宣言。

 俺的東方名物の1つ、『あーうー』の『うー』だけ聞くことが出来た。お前はレミリアかっつぅの。

 おー、生『うー』だ~。

 なんて感想は一瞬にして消え去り食って掛かろうとするが、何が可笑しいのか諏訪子はこっちを向いたままニコニコと笑ってやがる。

 この仕草といい『うー』発言といい、毒気を抜くのを図ってやってるんじゃないかと判断し、それに見事に引っかかっている自分を見て、落胆する。

 実際、見事に俺の毒気は抜かれているのだから。

 そして、そんな俺に止めを刺すかのように、



「……否定しないってことは、その通りってことだよね。じゃ、それ系の荒事は任せたから」



 そう宣言されました。
 
 ……なにか? 俺は誘導尋問に引っかかったのか?

 情けなさを通り越して、涙が出そうだぜ!

 うじうじと、orz ポーズをする俺に、勇丸が元気出せとばかりに体をすり寄せる。

 あぁ、お前だけだよ俺の味方は。

 もうちょい熱血入った人なら『分かりました!この私めにお任せ下さい!』とか言って、戦闘して経験値積んでレベルアップしてくストーリーもあるだろうが、俺は基本ものぐさ。

 避けられる面倒ごとなら可能な限り避けたい。



「え? だからこれは避けられない出来事なんだって」

「……俺の思考を読まないで下さい」

「そんなことは出来ないよ。ただ、顔にそう書いてあったから」



 どんなに詳しく俺の顔に書いてあるってんだ。



「ただ、さ。私の国は段々と大きくなってはいるけれど、それに対して私の守れる範囲がまだ狭いんだ。だから、九十九にはそれの補助をしてもらいたいんだよ」

「……こう見ても俺、一度も生物を……はないな。虫とか魚とか殺してるし。一度も大きな生物を殺したことないんですよ? 妖怪退治って、ようは妖怪の殺害でしょ?追い返すとなでなくて。ずぶの素人で勤まるようなもんなんですか?」

「子供でもあしらえるようなのもいれば、大人が何十人いても敵わない奴もいる。命の危険は常にあるよ。けれど、誰かそれをやらないと、誰かが食べられちゃう。幾らでも言い方はあるけど、有体に言えば、九十九に犠牲になってほしいんだ」



 幾らでも言い方あるのなら、せめてもっと口当たりの良い言葉で勧誘してほしかったです。

 しかし、まぁ、変に真実をぼかして言われるよりは、よっぽど好印象です諏訪子さん。

 ま、それと俺のやる気が比例するってわけではないのは、ご了承下さいって感じだが。



「そんな嫌そうな顔しなさんなって。なぁに、私の国だと分かって侵略してくる奴は、強い妖怪にはいないよ。来るのはそれが分からない、私の神気も判断出来ないような、そういった奴ら。ちょっと強い動物、程度に思ってくれていいよ」



 顔に出てたか。

 俺の気持ちをくんでくれて何よりだけど、顔に出るのは直していかねば。

 それに、命がかかっているとはいえ、誰かに頼られる場面というはの憧れていたことだ。

 誰しも自分だけのナンバーワンがほしくて、けれどそれが叶わなくて、大半の者は身の丈にあった場所へと落ち着く。

 だが、俺はその夢を再び掴むチャンスが巡ってきたのだ。

 誰かに感謝され、必要とされる職は、それだけで何事にも変えがたい、心の満足感を得ることが出来るだろう。

 ならば、やってやる。

 チート能力もあって、誰からも頼られ、感謝される職で、神様から名前まで貰って。

 命の危険はあるが、それはどんな仕事でも程度の差はあれ伴っている。

 特に俺は、仕事中の事故が原因で、今ここにいるようなもなのだ。

 ここまで来たら、多少の命の危険性は無視して、俺のレベルアップの経験値を積むことにしよう。

 それに、車の免許を取る時、教習所の人が言っていた。

『フォローしてくれる人間が居る時に、うんと失敗しておきなさい』と。

 理由は言わずもがな。

 この場合、俺のバックには洩矢諏訪子というビックネームが控えていることになる。

 妖怪退治をやれと言っているのだ。

 少しはサポートしてくれるだろう。

 幾らかの失敗もするだろうが、それは今後の活躍をもって返上するとする。

 よって、



「……分かりました。この九十九。精一杯お勤めがんばります」

「ん、急に素直になったことに裏を感じるけど、まぁいいか。改めて、宜しく、九十九」

「こちらこそ。宜しくお願いします」

 

 一応ケジメをつけるように、軽く頭を下げて真面目に返答。

 気持ちよくまとまったとことで、うんうんと満足げに頷く諏訪子さんを尻目に、丁度良いやとさっきから気になっていた疑問をぶつけてみる事にした。



「そういえばさ、諏訪子さんの口調って、どっちがホントなんですか?」

「……九十九ってばさっきから様を付けてないし……まぁ、いいか。なんか九十九の『様』付けって気持ち悪いし」



 ほっとけ。



「国民達の前では、ちゃんと様付けしてね。信仰に影響するから。最悪、九十九を食べないといけなくなるかも」

「……マジ気をつけます」

「(マジ?)宜しい。で、どっちが本当の私かだったよね。……んー別にどっちかが本当の私、とかって訳ではないんだよ。私は神様。かく在りきと願われれば、それが私になるの。最も、私の根源から外れない範囲でだけどね」

「つまり、ここの人達は諏訪子さんのことを神だと崇めているから神様らしく、俺は諏訪子さんと仲良くしたいから砕けた口調になった、ってこと?」

「そうだね。私は望まれてここにいる。それは、そうあるべきと願った人々に応えた結果で、私自身もそうしたいと思ったから。ん、こんな回答で満足かな?人間」

「急に偉そうにならんで下さい。でも、うん。よく分かった。ありがとうございます」

「偉そうじゃなくて、偉いんだよ。……だから、迷い人を導くのも私の仕事の1つだよ。」



 それは良いことを聞いた。

 早速、確かめてみるとしよう。 



「……神様神様、楽に生きたいのですが方法を教えて下さいな」

「死ねば良いんじゃないかな」



 生きたいと言っているのに死ねばとはこれいかに。

 間髪いれずに返ってきた答えに、思わずたじろぐ。

 ……だからニタって笑いながら言わないで下さい諏訪子さん。

 あなた祟り神の統括者なんスから。

 そこまで人の生死に直接関連している神様なんてそうそういないんスから。

 本気くさいのが笑えないッス。

 思わず語尾がス系になるくらいには動揺を誘える、神様からの神託でした。


















 それから6ヶ月。

 諏訪子の社の一角に部屋を貰った俺は、起きて景色を眺めて寝るだけの完全ニート生活を満喫し―――たかったなぁ、もう!








 初めの2~3日位は、勇丸と一緒に国―――というか、村(諏訪子のいる社の周りだけ)だった俺の感覚的には―――を見て回ったり。

 縄文だか弥生だか時代は分からんが、逆ジェネレーションギャップに驚いたり感心したり。

 諏訪子の生活(妖怪退治とか豊作祈願とか)を見て、神様の大変さを感じたり。

 妖怪退治にしては、諏訪子が睨むだけで妖怪の足元から無数の蛇が絡みつき、毒か窒息か分からないが息絶えた姿を晒していた。……小便ちびりそう。



 で、見るもん見たし、景色でも眺めてだらだらするかと思ったら、『九十九様!妖怪が現れました!』とか村人Aに言われた。

 覚悟は出来ていたし、勇丸を常時召喚しているのにも慣れてきた。

 といっても体力が増えたのではなく、微妙な疲れ具体の中でも生活する術を学んだ、というべきなのだが。

 で、よしきたとばかりに連れられるままに行ってみると、そこには殺した家畜を食べている、黒い犬、いや、狼か? がいた。

 勇丸と同じくらいの大きさで、その口と目は真っ赤に色づき、あぁあれが妖怪なのだと本能で理解出来る容姿をしてた。まじこえぇ。

 隣には、いつでも俺の盾になれるよう、勇丸が吼えるでもなく佇んでいる。

 諏訪子の時には今にも飛び掛らんとする姿勢だったのだが、今回の様子を見るに、苦戦しない相手なのではないかと判断する。

『いけるか?』と思念を送ると、当然だと言わんばかりに勇丸が黒い犬に向かって走り出した。

 初めての戦闘。

 クリーチャーである勇丸の2/2というステータスがこの黒い獣にどこまで通用するのか見る為に、俺はあえて何の強化もしないことにしている。

 ただ、劣勢になったら即効呪文を唱えて勇丸を助けるが。



 飛び掛る勇丸。

 それに気づき迎え撃つ妖怪。

 いざとなったら妖怪を焼き払い、勇丸を強化し、瞬時に増援を召喚出来る体制を整えていたのだが、黒い獣は勇丸の噛み付き一撃で絶命し、その場に崩れ落ちた。

 ……あっけねぇー。

 勇丸に全部やってもらっておいてあんまりな感想だったが、心はそれが全てだと言わんばかりに唖然の一言で埋め尽くされていた。



(あの黒いの、家畜の馬を何頭も殺してたから、少なくともそれらよりは強いんだろ? で、勇丸はソイツをあっという間に倒した。……パワー2ってこの世界じゃ結構強い部類なのか?)



 この疑問は、後々解決していった。

 その後何度か戦闘をして分かったことだが、こちらの世界では、パワーやタフネスの数値が1上がるごとに、どうも+1ではなく2倍もしくは3倍といった具合でパラメーターがインフレ上昇しているようなのだ。

 様々なクリーチャーを召喚し、熊、怪鳥、人型と、多種多様な妖怪を相手にした結論だった。

 じゃあ4/4とか5/5とかのクリーチャー知ってる俺なら、体力面を考えなければこの仕事なんてチョー余裕じゃん。ということはなかった。

 何故ならあいつら、数が多い。

 3日に1回は妖怪退治に出かけていると思う。

 それだけ聞くと少ないと思えるだろうが、いやいやちょっと待ってほしい。

 俺が守らなければならない範囲は家でも村でもない。国なのだ。

『ちょっとコンビニ行ってくる』的な距離ばかりに妖怪は出ないものだから、必然、そちらに出向いて討伐しなければならない。

 目的地へ行くのに野を越え山を越え3日4日なんて普通。

 西へ東へ駆け回る日々。

 初めは自分の足で。

 2回目以降は勇丸に乗せてもらって。

 初日に何キロ移動するんだってくらい歩いたので、体力もそうだが足が棒になってきたので勇丸に頼んだのだ。

 初めての勇丸騎乗? がスナミナ的に辛いから乗せてくれってのは微妙な気分になった。

 ええ、超良い触り……もとい、良い乗り心地でしたよ。勇丸が俺に配慮して乗りやすいように移動してくれたってのが大きな理由ですが。



 そして、空いた時間を利用して、今度は呪文系の特訓も始める。

 火力ダメージの代表格である、赤マナ1の『インスタント』呪文。対象に2点のダメージを与える『ショック』を選択。どの程度の範囲まで届くのかと試してみると、これも俺の声が届く辺りにまで有効なようだ。







『火力』

 クリーチャーやプレイヤーに直接ダメージを与える呪文の総称である。語のイメージから、基本的に赤の呪文のことを指すが、直接ダメージを与える呪文であれば、他の色であってもこう呼ばれることがある。

『インスタント』

 即座の、すぐに起こる、の意。 ゲーム中、わずかな場合を除いてはほぼ全て任意のタイミングで唱えられる呪文。







 ただ、『ショック』を甘く見ていたと、その時痛烈に感じた。

 太さも人の胴体より少し太いくらいの、手ごろな木を見つけたので、それを的にした。

 周りに人が居ないことを確認し、初めての呪文だからと、10m程離れて使う。

 刹那、辺り一面に響く破裂音。

 一瞬で耳が馬鹿になり、視界は真っ白に染まり、平衡感覚が失われ、俺はそのままぶっ倒れてしまった。

 きんきんと耳鳴りのする、所々視界が白くにごる人間一丁出来上がり。

 星が回る視界で何とか木を見てみると、半ばからまるで爆弾で吹き飛んだように上下真っ二つになっていた。

 ……なんだこれ。『ショック』だよな? 上位の『稲妻』じゃないんだよな?

 確かに名に偽りなしだが、『ショック』どころかギガデイン、もしくはサンダガっぽい威力に、唖然。

 効果を見るに、大気中の電気を対象にぶつける呪文のようだ。

 人生初の呪文詠唱が『ショック』だったのは少し嬉しかった。

 これでもっと威力のある『音波の炸裂』なんて使った日にゃぁ俺の耳は取れかねん。恐らく名前通りの効果を発揮するだろうから。

 ならばと下位の……対象に1点のダメージを与える『ふにゃふにゃ』……は選ばずに、さらに下位の『焦熱の槍(しょうねつのやり) 』を選択。

 1マナ1点『ソーザリー』とかホント誰が作ったんだろうと目を疑ったものだ。しかしMTGにおいて完全な下位のカードは存在しない。

 きっと、何かの拍子で日の目を見る機会が訪れるかもしれないと、ちょっとだけ祈ろうと思う。







『ソーサリー』

 魔法、魔術の意。 上記の『インスタント』とは違い、基本、自分のターンでしか発動出来ない。だがその分、効果はインスタントより強い場合が多い。








『ショック』で真っ二つになった木の近くにある、別の木に向かって、『焦熱の槍』を試す。

 突然空間攻撃したような『ショック』のときとは違い、ピッコロさんよろしくマカンうんたらのように俺の指から出た赤い光線は、いかにも『魔法です!』的な軌跡をえがき、木に当たった。

 パンと大きめの音が響き、メキメキと木が倒され、燃え上がる。

 おぉ、『ショック』に比べればお手頃(被害的な意味で)な呪文を発見したぜと思う。暫定で俺のメインスペルにしよう。

 ……どうせすぐに上位カードを主に使うようになるんだしな。慣れ的に。

『焦熱の槍』で燃えた木が周りに四散して森林火災になりそうになっていくのを、勇丸と共に慌てて消しながらそう決めた。








 そんな感じで、割と精力的にどこまでMTGのカードを扱えるのか検証していった。

 その過程で分かったのは、


 ●ライフを支払うデメリットは体の細胞の減少らしい。それ系のカードを使うとそこそこ痛いどころか体中に痣が出来始めた。何てこった。俺生前は黒使いなのに『スーサイド』系とかはもう最後の手段だな。ライフ(プレイヤーのHP)1でどれくらい何処の細胞が減るのかとか検証するのすら怖いからやめる。脳みそだけは減らないと思いたい。






『スーサイド』

 自分のライフをリソースとして使うこと。また、ライフ支払いが必要なカードや自分のライフを減らしつつ相手に損害を与えるカード。「欲しい物を得るためにあらゆる物を利用する」という黒が持つ基本理念そのもの。元々の意味は「自殺」らしい。






 ●手札を捨てるデメリットは思考の一時停滞。脳内に展開出来るカードの総数が減った。今は3枚くらいだったが、手札を1枚捨てる短所を持ったカードを使った場合、2枚しか同時にカードを想像することができなかった。

 ●ドローは手塚作品の009に登場する、加速装置のような効果だった。カードを引く効果を選べば選ぶほど自身の体感速度が遅くなり、早く動けた。メイド長恐ろしや。

 ●ソーサリーは俺が動いていると使えない。

 ●体力の続く限り、どんな色でも使用可能。一度に同時使用出来るマナは約3で、自身のマナストック数は大体5っぽい。イメージとしては、蛇口から一度に出る水の量は3が限界で、ストックされている水の量は5。

 ってな具合だった。

 ゲーム風のパラメーターで表すなら、



 HP3以上(検証が痛いので断念)

 MP容量5 MP出力3 MP回復力5


 以下微々たるものなので未記入。

 というところだろうか。



 デメリットの多少の付随とか言っても結構制限あるなと思った。

 あれなんで? チートじゃなかったの先生。と頭を抱えるが、自分を鍛えていけば上限開放とかがあるんだろうと自分を納得させて、暗い気持ちを押し込めた。

 まぁそれでも3以下でも組み合わせれば無双は難しくとも効果的な『シナジー』を発揮するカードはごろごろあるのだ。

 妖怪倒して経験値を上げつつ、今はこの3以下のカードをうまく組み合わせ、自分とカードの相性を最適化させていくことにした。









『シナジー』

 相乗効果のこと(英語語源の直訳)。 コンボと似たような使われ方だが、コンボは「勝利に直結する」ようなニュアンスで使われることが多く、その点で意を異にする。














「ちょっと西の最奥の村まで行って、貢物をとってきておくれよ」

「……えらい唐突ですね諏訪子さん。後、西の最奥って言ったら山あり谷ありの難所じゃないですか。往復で1~2週間くらい掛かりますよ」



 俺たちが住んでいる神社の大広間に、諏訪子と俺は互いに胡坐をかきながら座り込む。

 妖怪の討伐から帰ってきたら、ちょっとお話しようと呼ばれ、今に至る。



「ふふん、神様はいつも唐突なのだ」

「唐突なのは良いですけどね。何でまた、急に」

「日ごろの感謝の意も込めて、道中にある温泉にでも、と思ってね。私がたまに行く場所で、よく疲れが取れるんだよ」



 ケロケロと笑うその表情を見て、温泉に入る自分を想像する。

 昇りたちこめる湯煙。

 一望する絶景。

 ゆったりとダラダラ過ごす、至福のひと時。はぁびばのんのん。

 ……良い。



「それは嬉しいなぁ。正直、体を洗うのが川だ池だ雨だとか、キツかったッス」

「九十九って結構良い家の生まれなの? 普通はそうやって体を清めてるのに」

「……ええ、かなりの良いトコのぼっちゃんでしたよ。衛生面とかは結構贅沢な生活してました」



 今と現代生活を比べて、ね。

 俺はまだ、諏訪子さんに転生やら何やらを言っていない。

 能力の一端は話したが、生み出すのとか維持するのが疲れる程度のことだけだ。

 諏訪子さんもまだこちらから強引に聞きたい事はないようで、こっちが誤魔化しながら話をすると、察するように会話を切り上げてくれる。

 一応は未来から来たことになるのだから、興味を持った諏訪子にせっつかれその世界での話しなんてしようもんなら、最悪日本が崩壊し兼ねないと思ったからだ。

 科学の発展で神秘が神秘でなくなり、神や妖怪は架空の存在へと成り下がる。

 豊かな森や空や川はその範囲を狭め、コンクリートジャングルなんて言葉が似合う国へとなった日本を見て、神々は―――諏訪子さんはどう思うのだろうか。



「でも、その間の妖怪退治とかはどうするんです?」

「九十九が来る前に戻るだけだしね。それに、勇丸を置いていってほしいんだ。なに、温泉は私の聖地の中にあるものだし、そこへ行く道も聖地内で安全だから、1人でも問題ないさ」

「そういうならなら1人で良いですけど……勇丸をどうする気ですか?」

「別に何もしないよ。ただ、勇丸もずっと主と一緒にいたらかしこばって疲れちゃうでしょ? たまには別れて生き抜きさせてあげなきゃ」



 確かに。

 言われ、もはや定位置と化した俺の横で、勇丸ははやり座りながらも周りの警戒をしていた。

 元はカードだし俺からの体力を糧に実体化しているとはいえ、例え問題ないとしてもこっちの気分的に勇丸が苦労し続けているのは申し訳ないと、改めて考える。

 半年近く勇丸を出し続けて、低コストクリーチャー1匹くらいならそこまで気にならなくなってきたのだが、そういった気づかいもたまには良いだろう。



「分かりました。勇丸を置いていきます。それで、貢物ってのはどんなものなんですか?熊1頭とかだったら、俺無理ですよ?」

「何でも新しい酒を作ったらしいんだ。少しくらいなら飲んでもいいよ」

「それは良いですね。頂いておきます。あんまり量は持てないでしょうけど、出来るだけ運んできますよ」

「大丈夫、完成したら西の村の若い衆が持ってくるさ。だから九十九は瓢箪1個分だけ持って来てくれればいいよ」



 了解ですと返しながら、勇丸にその旨を伝える。

 OKの返答があり、気ままなぶらり1人温泉旅行だとワクワクする。



「じゃあお言葉に甘えて、明日の朝からでも出発します」

「分かった。天候が崩れないように祈っておくよ」

「ありがとうございます。ん~、今日はこのまま休んで、明日に備えますね」



 このまま寝るかと背伸びを一つ。

 諏訪子さんと別れ、部屋で明日への準備を始める。

 といってもこれといった準備もなく、せいぜい着ていく衣類の点検くらいだったが。


















「それじゃあ、行ってきます」

「ゆっくり休んで来るといい」

「いってらっしゃいませ、九十九様」

 朝日も隠れている時間帯。

 諏訪子さんと村長さんに見送られて、俺は村の出入り口から旅立っていった。

 見送りには諏訪子さんと村の村長、そして勇丸が来てくれた。

 村長の前だったので口調は神様バージョンだが、いつもの事だ。

 どこか遠くへ討伐に行く際は、村長と諏訪子さんはいつも見送りに来てくれた。

 村長は―――この国の人々は、信仰心の関係で、俺に対して友人に接するような態度は今でもとってくれないが(そのうちフレンドリーになりたい)、それでもこちらを気づかい、感謝しているのは伝わってきていた。

 なるべく早く帰ると伝えてると、それだと送り出す意味がないと諏訪子さんや村長から言われ、結局本来より1週間ばかり多めの期間、大体20日くらいをもらってしまった。

 20日以前に帰ってきたら祟ってやるとか、どこまで冗談なんだこの神様。

 いつもは勇丸が一緒に来てくれるのだが、今回は1人。

 少しどころか結構寂しいし心細いが、俺も子離れ? をしないといけない時期でもあるのだろう。

 旅行期間に新しいクリーチャーや呪文でも開拓して驚かせてやろう。

 良さそうなシナジー見つけたら切り札その1とかその2とか名付けてやる!

 期待と不安と楽しみがせめぎ合う心を押し付けるように、俺は西の村への第一歩を踏み出した。

 勇丸が、元気付けるかのように遠吠える。

 ふっ、俺は振り向かずにクールに去るぜ!

 
















「………これで、宜しいのですか?」



 九十九が見えなくなって、少し。

 村長は私に尋ねてきた。



「よい。九十九が来て半年。彼は本当によくこの国に尽くしてくれた。半ば脅しに近い形での出会いではあったが、それを気にするでもなく、ごく自然に私達によくしてくれた。奴なら最悪、この国が落ちていても機微を察して逃げれるだろう」

「初めて諏訪子様が人間を連れてきた時には一体何事かと思いましたが、何とも面白い考えをしたお方でしたな」

「そうだな。こう―――私やお前と根本で考え方が違う。何とも甘い考えを持った坊やだよ」

「……一体、あの方は何者なので御座いますか? 諏訪子様の眷属だとお聞きしましたが、どう見ても人間です。が、勇丸様を従え、物の怪を退治して下さった時には、様々な―――まるで妖怪を従える大妖怪のようでございましたな」

「言っていることへの辻褄が合っていないぞ? そして、その割には恐れておらぬな」

「人は矛盾し葛藤するものだと思っております。それに、あの方を恐れるなど、それは無理というものです。ことあるごとに私共に『仲良くしよう』と笑顔で言い、様々な知恵や技術を授けて下さいました。あの方は大したことはしてないと仰いましたが……最近また、九十九様から教えていただいた『千歯こぎ』なる道具で、稲作の負担が大分減りました。これで従来の半分以下の時間ろ労力で脱穀が可能で御座います。そんなものを私達に与えて下さった方を、どうして恐れることが出来ましょう」



 その話を聞いて、私はくつくつと笑う。

 全く、どこの国から来たのかは知らないが、大層な拾いものをしたものだと実感する。

 突如、私の聖域に現れた、異国の服に身を包んだ男。

『坤を創造する』能力を持った私は、それを即座に察し、その者へと近づいた。

 よく見てみるとこの国の民よりも背は高かったが、私の神気で気絶しそうになり、こちらの姿を見た時など頭を擦り付けて許しをこうてきた。

 ならばと反応をみるように勇丸をよこせと言うと一転。こちらを妖怪のようだと言い放った。

 唇も青く、体も震えた状態で、お前は最低だと啖呵を切ったのだ。

 何か策があったのかもしれないが、あんな状態でよくもまぁ大見得を張れたものだ。



 名前が無いと言うから付けてやったら、すこぶる喜んだ。

 私の社に住んでも良いと言ったら、笑顔で感謝を言われ。

 この国について、私の知る世界の話をしてやれば、目や耳を皿のようにして傾け。

 祟ってやるぞとからかってやれば、それはそれは女々しく謝ってきた。



 今まで、私と相対した生き物は全て、神である私と接していた。

 だが奴はどうだ。

 初めこそ他と一緒だった。

 けれど時間の経つうち、敬う態度ではあったが、それは『年上・目上だから』程度のもので、決して神だから、といったものではなくなった。

 かつて出会った者達と比べれば何とも無礼だったが、九十九の行動や言葉はこちらと仲良くなりたいという思いから発生したものだった。

 これまでなかった事に戸惑いはしたものの、私はそれがいつしか心地よく感じるようになっていた。

 この地に生を受け、人々の生活を見守り続けている中で見る、人と人と触れ合い。

 私と九十九との関係は口調こそ違えど、その中の1つである『友達』と呼べる存在だったのではないかと今では思える。



(心が暖かい―――。うん、良いものだな、友というもは)



 踵を返す。

 社に向かい歩みを進める先には、村中の男達が集まっているのが見えた。

 集団を掻き分け、社の段の上に立つ。

 何かの会合か集会か。

 祭りの類ではないのは確実。

 何故なら、男達の手には各々弓や棍棒や鍬などが。特に多いのが、この国で近年生産された鉄と名付けた特別硬い鉱石で加工した剣だ。

 動物の皮や樫の木の盾など、一刀両断に出来るだけの硬度と鋭利さを兼ね備えている。



 ―――これならば、多少なら戦力差を埋められるだろう。



「時は来た! 彼奴らはぬけぬけとこちらに対して『従え』とのたまった! それを断るや否や、我が国に侵略を仕掛けてきている! こんなことが許せるか! 我らはこの国の為に骨身を惜しまず働いてきた。しかし! 他の国への侵略など1度たりとも行ったことは無い! そんな我らがなぜ他者から略奪されなければならないのか!」



 声を張り上げる中、集まった民達の目に怒りの炎が灯るのが分かる。

 それはそうだ。私が焚きつけているのだから。

 けれど、そうしなければこの国は一方的に負ける。

 分かり合えぬからこそ争いが生まれ、負ければその分かり合えぬ者達の下で生きねばならない。

 そんな理不尽、例え天地が許そうとも、この私が許しはしない。




「拳を握れ! 目を見開け! 我らはこれより死地へ向かう! 敵は強大だ! 生きては戻れぬ者もいるだろう! だが忘れるな! お前達の背中には、妻が、子供が、両親が、国がある! それを忘れなければ、我らは鎧袖一触となって、敵を打ち倒すだろう!」



 割れる様な声の渦。

 これが祭りだったらどんなに良かったかと、一瞬の後悔が過ぎる。



「我が眷属九十九は、狗神である勇丸の力を最も引き出す為に動けぬが、その甲斐もあって今勇丸は最も気高く誇り高き獣となって、我らの怨敵を打ち据えてくれる!」



 既に勇丸には話してある。このクリーチャーという存在は、仮に息絶えたとしても、九十九が無事ならば幾度でも蘇る事が出来るのだとか。

 すまないとは思うが、勇丸にはこの国の為になってもらう。

 九十九を戦わせたくない私と、けれどそれをすれば民に要らぬ不安を与え一方的に蹂躙される事態に陥ってしまうことを考慮した苦肉の策である。

 主の為だと騙すような真似をしたのに、勇丸はこちらの提案を受け入れてくれた。この様子では、全てを理解した上でこちらに協力してくれているのだろう。

 私の機微を察して、主の害にならないならばと最大限の譲歩をしてくれたようだった。

 全く。ここまでの忠犬ならば、本当に私が貰っておくべきだったか。



「敵は『八坂』の神とその軍門。強大なれど、我らには恐そるるに足らず! この洩矢諏訪子が打ち払ってくれよう!」



 大喝が全てを揺らす。

 天を、地を、人々の心を。

 けれど、私の心までは揺らしてくれなった。

 恐らくこの男達の一握りも無事には戻れない。

 そしてそれは、私にも当てはまる。

 この国が鉄を精製出来るという情報を、相手が掴んでいない訳がないのだ。

 現存するどの武具よりも強大なそれを知っておいてそれでも攻めてくるということは、そういうことなのだろう。

 他国を次々と飲み込んでいった神が、いよいよこちらに牙をむく。

 その為の準備はしてきたし、民達の鍛錬だって、九十九には隠れていたが、しっかりと行っている。

 私自身も充分に力の温存出来た。



「人々よ! 今が戦う時! 勝って、勝って明日を勝ち取ろうぞ! 総員、進めぇ!」



 号令に従い、民が進撃を開始する。

 死地へ送り出す命令をしたことに心を痛めるが、そっと勇丸が腰に鼻を擦り付けてきた。

 これが指導者として、先にたつものとしての義務。

 そう心を縛りながら、勇丸の鼻の頭を掻いてやる。

 気持ち良さそうかは分からないが、目を細め、こちらに目を配る。



「……ありがとう」



 九十九め、良い家来を持ったものだ。

 そんなアイツの戻ってくる場所を奪っちゃぁ神様の名折れだね。

 あぁ、そうだとも。絶対に倒す。絶対に戻る。絶対に―――守ってみせる。

 だから、皆には申し訳ないが、私の為に死んでおくれ。



「―――舐めるなよ八坂。例えこの身朽ちようとも、お前をこの地には入れんぞ」




[26038] 第6話 悪魔の代価
Name: roisin◆defa8f7a ID:d0ba527c
Date: 2011/03/05 14:06








「へ……へっ……ぬぅ。出ないクシャミとか、勘弁してほしいわ」





 国を発ってから2日。思ったよりも早く発見できた温泉に、俺は早速お世話になった。

 さすが神様御用達。体の芯から疲れが取れて、精神も澄み渡る効果も実感できた。

 うっかり1週間程そこで過ごしてしまったが(ぇ、お陰で色々とカードの組み合わせもまとまった……様な気がする。

 うん、今度から度々ココに来るようにしよう。

 温泉から上がり西の村へ向かうべく、散歩をしながら森林浴。

 木々の間を吹き抜ける風が、火照った体から良い具合に熱を奪ってくれている。

 格好は相変わらずのGパンに白Tシャツだが、今はそれプラス、灰色寄りの白いマントを装備中。

 貰ったのは洩矢の国で初めての遠征討伐の時だった。

 流石にその格好では長期間の旅は辛いのでは、という諏訪子さんからの配慮でもある。

 おお神様から装備品貰えるなんて!

 どんなSUGEEE効果が。と思ったのだが、常に清潔であるだの通常より多少丈夫になるだので、攻撃力UPとか移動速度倍増なんてことはなかった。

 でもこのマント。なんとミシャクジ様の抜け殻を使っているのだとか。

 確かに蛇皮? っぽいので布だとは言いにくいのだが、結構快適だったりする。

 雨や風を通さず、野宿する時にはこちらの体温を適度に逃がし、中々に快適な状況を作り出してくれる。

 厚みが無いので下に敷く場合は地面を整地しないとゴツゴツで寝にくいのはご愛嬌。

 軽くて丈夫で快適で。衣類として見るならこれ以上ない機能が搭載されていたのだ。

 これが純白だった日にゃあ、俺は鷹の団とか作らないといけなかったが、色的にも性能的にも文句のない逸品だ。

 それからどこかに行くときはいつもコイツのお世話になっている。

 勇丸に続く、相棒その2って感じ。



(よっし。気力体力ともに充実。折角だから移動用のクリーチャーを試してみて、もう1度温泉に寄れるだけの時間を捻出しよ)



 既に10日程経過しているが、急げばどうにかなるだろう。

 毎回毎回勇丸に乗って移動するのは何だか彼に悪い気がして、いつか移動用の奴を召喚しようと思っていたのだ。

 いい機会だし、試してみようと思う。

 ……温泉気持ちよくて、だらだらし過ぎでカードの組み合わせとか全く考えてないのは忘れることにしよう。



「来い! 『ターパン』!」



 ぱっと見は、馬。

 しばらく眺めても、馬。

 それもそのはずで、こいつはどこからどう見ても少し能力がある程度の馬である以外の何者でもないのだから。

 緑マナ1で現れる1/1の馬クリーチャー。能力は、コイツが死んだ時にプレイヤーのライフを1回復させるというもの。

 このカードを見るまで知らなかったのだが、何でも前世では実際にいた絶滅種の馬なんだそうだ。名前もまんま『ターパン』。

 カード製作者も粋なカード作るじゃねぇかと召喚し、実物を前にして思う。

 つぶらな瞳に幼い頃お世話になったポニーランドなる乗馬施設での記憶が蘇る。

 その時はまるで山を見上げている気分だったが、今はさすがにそこまで大きく見えることは無い。

 村では競馬に出てくるよりは小さめではあったがそこそこの馬がいたし、熊やら勇丸やらの大きな動物を多々みていたことで、感動は薄れてしまったようだ。

 

「よろしく、『ターパン』」



 ぶるりと鼻息を荒くし、こちらに答えたように返事をしてくれた。

 OKみたいなので、早速ターパンに跨る。

 ……いや、跨ろうとした。



「……あれ、なんかこう、足とか引っ掛ける道具はないのか?」



 ターパンの体を見てみるも、どこにもそんなものは見受けられない。

 しまった、馬だからって騎乗に適した道具が付随している訳じゃなかったんだった。



「何だったか……鐙(あぶみ)? 兎も角、今度それを作ってみるかなぁ」



 構造自体はそこまで難しいものではないだろう。

 俺が楽出来るのなら発案者達には悪いがガンガン製造していく。

 それが俺クオリティ!

 なんて調子に乗った思考をしてみるも、ターパンの上に登るのはキツそうだ。

 壁とかならダッシュ飛び乗りとか出来るので良いのだが、またがる相手は生物な訳で。

 極力ダメージを与えないように、近場にあった木の上からターパンの上に乗る。

 カッコよく跳躍で飛び乗りたかったが、はてさて、何年脚力を鍛えれば出来るのやら。

 手綱も鐙ない乗馬だが、今の俺にはチートスキルのオマケである意思疎通が備わっている。

 乗ってる最中に色々とお願いして対処することにしよう。



(今度からしゃがんでもらうか)



 しゃがんだ状態から俺を乗せて立てるかなぁ?

 とか漠然と考えてみる。

 次降りた時にでも試しようと思い、ターパンに西の村へ行くよう指示を――――














「―――」












 息を呑んだのだ。まさか、と。

 体が突然軽くなったからだ。

 温泉や気分の高揚から生じたものではない、まるで、クリーチャー1体分を維持することが必要なくなったような……



(……!!)



 振り返り、今まで進んできた道を、その奥にあるはずの洩矢の国を見る。

 山々に囲まれて見えないが、なんてことは無い普通の道。

 空は晴天。雲1つない快晴で。

 けれど、何かがオカシイ。



「―――静か……過ぎる?」



 鳥も、獣も、虫すらも。

 耳に届くのは、風が木々を揺らす音だけ。

 今までこんなことはなかった。

 何かがおかしい。その決定的な何かが分からないまま、俺はターパンへ国へ戻るよう指示を出す。

 徒歩では考えられない速度で、木々の間に張り巡らされた道を駆け抜けていく。

 この分なら、月が大地を照らす頃には戻れるだろう。

 何が、何が、何が!?

 焦る気持ちと相まって、数刻の間、俺の頭は正常に動いてくれなかった。

 やっと冷静になれたのは、日暮れ間近。

 無休で走り続けたターパンも、流石に夜目は効かないようで、若干の速度を落として走っている最中であった。



(体力に空きがある。必要以上に力がみなぎって……違う。本来の体力に戻っただけだ。考え……考えられることは……)



 体力のレベルが上がった。なんて話だったら、手放しで喜べた。

 けれど違う。そんな感覚ではない。

 考えたくない結果に目をそむけ、それでもはやり辿り着いてしまうその結論。



(―――勇丸が……死んだ)



 初めてのクリーチャーの死。

 カードゲームでの出来事なら、墓地と呼ばれる捨て札置き場に行くだけのことだが、こちらで死んだ場合はどうなるのだろう。

 情報では知っている。おっちゃんから教えてもらったから。

 この世界では死んでから24時間は脳内のカード捨て場に置かれた状態になり、時間が経つと脳内山札に戻る。

 だが、記憶はどうなるのだろう。

 俺と勇丸は決して短くない時間を一緒に過ごしてきた。

 勇丸におんぶに抱っこ状態だったが、思い入れは今までのクリーチャー達とは比べ物にならないほどある。

 召喚されたカードは、成長する。

 身体や能力的には分からないが、少なくとも勇丸は俺に対してゆっくりとその態度を軟化させていったのだ。つまりは、思考の成長だ。

 それが、無に帰す。

 ただ実体からカードに戻すだけなら記憶の引継ぎは出来ると実験で分かったが、死んだ場合は試すことが出来なかった。

 ならば今すぐにでも勇丸を召喚したいが、カードは1種類のみ出現可能というルールと、何より勇丸はクリーチャーの中でも特殊な『レジェンド』タイプが付与されている。







『レジェンド』

 MTGには原案となった物語があり、そのストーリー上重要な人や場所、道具などがカード化された場合、この特殊タイプを持つことが多い。そんな重要なものが2つ以上同時に存在するわけがないので、もし同時に存在しようものなら、その瞬間、それらカードは墓地に置かれる。
 





 俺が召喚した『今田家の猟犬、勇丸』は白1マナで2/2のバニラという、MTGの価値観からすれば破格のコストパフォーマンスを持つクリーチャーであった。

 その際唯一のデメリットが、この『レジェンド』。

 今、勇丸の生死を確認する為に勇丸の召喚を行えばこのレジェンドルール、最悪勇丸―――の記憶を殺しかねない。

 だからといって召喚を取りやめるなどすれば、勇丸が危なくなる状態にも関わらず、雑多な妖怪相手だったが6ヶ月無敗の戦力が急に消えることになる。

 遠くにいる相手を確認するカードを使うのも手だが、後少しで村に到着しそうではあるし、マナを使うのも危険だ。

 ターパンに使ってしまったので、使えるマナは残り4。

 勇丸が対処に困る相手だと、4マナくらいはないと心もとない。

 今出来るのは、必死にターパンの背にしがみ付き、少しでも移動速度を上げることだけ。



(待ってろよ勇丸! すぐ向かうからな!)



 駆け出す蹄の音は、それから1時間ほども続いた。






















 日もとうと暮れた、星々と月が大地照らす時間帯。

 急いで勇丸のいる場所に向かおうと村へ来てみれば、そこには老人や女子供しかおらず、そんな彼女らは皆、社の前で、懸命に何かに祈っている。

 これが俺の知らない夜の信仰儀式とかだったなら、どんなに良かったことか。

 近づく俺にそのうちの1人の女性が反応し、泣きすがる様に祈りの内容をぶつけて来た。

 曰く、諏訪子様と男達全員が異国の神、それ率いる軍と戦っている。

 自分達は、戦に向かった諏訪子様達の無事を祈っているのだ、と。

 戦? 異国の神? 諏訪子さんが出陣?

 色々な疑問が沸き上がるが、1つの出来事を思い出し、俺の思考は一直線にまとまった。



(諏訪……大戦!!)



 和の国の神である八坂神奈子がこの国へ攻め入る出来事。

 この大戦の後、八坂と洩矢は互いに共存の道に着き、幻想卿へ辿り着く。

 最後がハッピーなら良いじゃないと思うだろうが、その過程では多くの命が失われているのかもしれない。

 普段の俺ならば、そんなもの、と興味もなく切り捨てる出来事。

 けれど巻き込まれるのは、俺が接し、笑いあい、とても良くしてくれた人達なのだ。

 とてもではないが、納得出来るものではない。

 どうして忘れていたのだ。楽しかったから? 話すのが怖かったから? 言うタイミングを掴めなかったから?

 どこぞの漫画やアニメの主人公なら明確な答えでも出せるのだろうが、その答えには、俺にはとても辿り着けそうにない。

 しいて上げるとするのなら、ただ。

 ただ本当に忘れていたのだ。

 素晴らしい人達、生活、そして神様。

 どれをとっても素敵なことばかりで、自分がPCゲームの中にいるなんて、一瞬たりとも自覚することなど無かったのだ。

 自分の愚かさに怒りで我を忘れそうになるが、今やりたい事は決まった。

 助けて下さい、お救い下さいと懇願する人々の願いを背に、諏訪子さんが向かっていった方面へとターパンを駆る。

 向かうその先、幾筋ものか細い煙が立ち昇っているのがよく分かった。
















「………」


 言葉が出ない。

 星の光が降り注ぎ、夜だというのに本すら読めそうで。

 小高い丘の上から見下ろす平原には大勢の人がいて、手には各々武器持っている。

 そいつらが見つめる先。

 かつて激戦が行われたであろうその場所には、巨大な白蛇や人が大勢倒れ転がっている。

 所々に防衛を行ったような櫓(やぐら)の後が見てるが、そのどれもが破壊され、崩れていた。

 その周囲。

 そこには言葉にならない呻き声を上げる者。大切な人だと思われる者の名を呟く者。

 腕が足がと体の欠損を訴える者に、もはや呼吸をするのがやっとだろうと思われる者。

 布団をくれた奴がいた。道を教えてくれた奴がいた。狩のやり方を教えてくれたり、恋愛相談をしてきた奴もいた。

 ……そんな奴らが、一人残らずこの地獄絵図を彩る絵の具になってしまったかのような。

 諏訪大戦。

 どうにも俺は勘違いをしていたようだ。

 八坂の神と洩矢の神の一騎打ちで、熱血よろしく八坂が洩矢を負かした後は手と手を取り合い互いに国をよくしていくのだろうと、心のどこかで思っていた。

 けれど目の前にあるこの光景は何だ。

 勝てば官軍。

 なるほど。そんな言葉を俺の目の前にいる奴らは実行したのか。

 神だ何だと言いながら、本人はいざ知らず、周りの連中なんて結局そんなものなのか。

 美談で固め、信仰の対象をより強固にする。

 理解出来るし、事情も分かるが、納得できるものではない。



 そんな漠然とした思考の中。

 その軍隊の中央に、俺の記憶と外見が一致する人物がいた。



『八坂神奈子』

 乾を創造する能力。

 鉄の武器で挑んだ洩矢の国に対して、その武器に蔓を巻きつけ酸化させ無効化したという、主に天候を象徴する神であり、後の軍神。

 まるで太陽を象徴するかのような円形に形とられた注連縄を背負い、辺りに巨木ほどあろうかという何本かの石柱を浮かせている。

 けれどそんなものはどうでもいい。

 今問題なのは、その八坂神の足元。

 無事なところが見つけられないほどに傷つき、片足の角度はおかしな方向へ曲がり、自らが作り出したであろう血の海に沈みピクリとも動かない、洩矢諏訪子がそこにはいた。



「手間をかけさせたな、洩矢の神よ」



 諏訪子に向かってなにか言っているようだが、関係ない。

 無意識のうちに、乗っていたターパンを還す。

 俺の脚は何かに盗り憑かれたように、ふらふらと諏訪子の元へと歩みを進めた。



「鉄の武具、確かに脅威であった。しかしそんなものは私の前では屑だというのがよく分かっただろう」



 駆け出すでもなく、1歩1歩ゆっくりと。



「よく戦ったと褒めてやる。安心しろ、国の方は繁栄を約束しよう」



 まだ、まだ生きている筈だ。

 見える範囲でなら、人影は皆生きている。

 だから、諏訪子もまだ……



「これで終わりだ洩矢諏訪子の神。お前の為にと先に逝った狗神に謝罪でもしてくるといい」



 石柱の1本。


「あ………」


 槍の様に細いそれは、血溜まりに沈む諏訪子の胸を貫いた。
















 少し走れば手が届く。

 そんな距離で、神の鉄槌は無慈悲に下された。

 広い平原。

 1人でこちらに向かってくる者の洩らしたような一言に、周りの者はやっとその者の存在に気がついたようだった。

 八坂とて例外ではない。

 領土拡大達成の思いにふける中やってきた、1人の男。

 人間にしては背の高いそれと、身に着けた外套はミシャクジの皮で作られているのだとすぐに判断し、この神に仕えていた神職か何かだろうと思い、声をかける。



「主らの神は私が倒した。以後、この国は私のものとなる。民の命や財産は保障する。私を奉れ。国の繁栄を約束しよう」



 男はそんな声など聞こえない。目の前の光景が信じられないとばかりに目を見開き、けれど歩みを止めず、倒れた神の前まで行き、手を伸ばす。

 あ……あ……と言葉にならい声を上げる男に、八坂は訝しげな顔を向けた。



「八坂様、この者は心が壊れております。対話は難しいかと」



 八坂の後ろ、人間の代表のような男がそう進言する。

 言われ、それもそうだと考え直す。

 神職が崇拝していた対象を目前で倒されたのだ。

 こうなっても仕方ないのだろう。



「致し方ない。洩矢の神をその男に渡せ。我らがするより、その方が良かろう」



 貫いていた柱を消す。

 男は血溜まりに沈んだ神をそっと抱き上げ、顔を埋めた。

 声を押し殺して泣いてでもいるのだろう。

 他人事のように客観的に八坂は判断し、自軍の状態を見る。

 総数が、4割も減っていた。

 私の力も中々に減っている。

 洩矢の民が手にした武具の威力は絶大で、こちらの攻撃や防御をものともせず向かってきた。

 これはまずいと瞬時にその特性を見抜き、風化させたもの、まるで意に返さず立ち向かってくる。

 その先頭に立つ、巨大な白蛇と賢狼を引き連れた洩矢諏訪子の神。

 こちらも八咫烏などで対抗し勝ちを収めたは良いが、被害は甚大であった。

 既に負傷した者は後方に下がらせ休養をとらせている。

 復帰出来ぬ者が1割、残りの者はゆっくり養生させ神気で助力してやれば、元気になるだろう。

 ため息が出る。

 これでは再編には時間がかかるなと思い―――



 その場から一瞬で飛びのいた。


















 原作通りの変な神様だった。

 偉いわりには小さくて。意地悪で、女の子で。

 笑うたびにケロケロと、蛙を連想させるのは女性としてどうかとも思った。

 時に叱られ、時に愚痴を聞き、時に笑いあい、過ごしてきた。

 けれど、そんな彼女は今はとても冷たい。

 触れた事など一度もなかったが、羽のように軽いその体は、今にも消えてしまうんじゃないかと錯覚させる。

 なぜだ。なぜ、こんなことに。

 様々な“もし”が頭を駆け巡り、そのどれもが現実を前に否定されてしまう。

 本当に―――なぜ、こんなことになったのだろう。



 前で、声がする。

 纏う神気でそれが八坂神奈子だと思い出した。

 ……そうか。こいつ等に殺されたんだった。

 思い出したように、頭の中でその事実が掘り起こされる。

 憎いとか、怒っているとか、それらの感情が一気に沸点に達し、限界を超える。

 ただただこの怨みを晴らすべく、抱えた諏訪子をゆっくりと地面に寝かせながら、考えられうる最高のカードを具現化させる。



(召喚、『ブラッドペット』『鬼火』『泥ネズミ』)



 姿を見せるのは、その3体のクリーチャー。

 いずれもコスト1で1パワーもタフネスも1以下の黒のクリーチャーだが、今この場で出しても俺の怨みを晴らすべき能力もないし、力もない。

 けれど、黒のクリーチャーが3体ここに出ている事が重要なのだ。

 八坂はこれらのクリーチャーが突如出現したことに警戒して、一気に距離をかなり空ける。

 まるで様子を窺うかのようにかのようにこちらから視線を逸らさない。

 あぁ、もう、どうでもいいか。

 相手がこっちを見てるとか見てないとか。

 ようは相手を倒せばいいのだ。

 オマケにマナのストックが、後1しか存在しない。

 もう、向こう数時間は回復しないだろう。

 ならばもう、やることは1つだ。

 さらに追加で1体。

 思い描くは、またも黒のクリーチャー。

 けれどそいつはマナコストが高く、今の俺では到底召喚出来るようなものではない。

 だが、その縛られたルールを覆すのがカードゲームであり、MTG。

『ピッチスペル』というものがある。

 代替コストと呼ばれる、マナ以外のコストのみで唱えることができる呪文の俗称のことだ。

 そして、出そうとしているクリーチャーが要求するコストは、『黒のクリーチャー3体の生贄』。

 維持出来るのならば、それは充分脅威となる。

 しかし足りない。まだ、足りない。

 相手は神。

 諏訪子達と戦い減ったとはいえ、軍門は数多く、幾千の人間と力のある神々がその下に名を連ねている。

 足りない。足りない。この怨みを晴らすには、まだ足りない。

 ならば、足るようにしてやればいい。

 3体の生贄と……俺自身の体を糧に。

 ライフの支払い……細胞の減少だと思っていたが、本当の意味を確かめる時が来たようだ。



(対象は、俺の左半身)



 死ぬかもしれないし、仮に生きていたとしても、とても生きにくい体になるのは確実。

 ―――だからどうした。

 ―――それがなんだ。

 ―――今、この瞬間。

 ―――この時こそが、俺の全て。



「来い―――」



 どこからともなく、俺の周囲が闇に染まる。

 そこから伸びる、2本の腕。

 人の胴体ほどあろうかという太さのそれは、片手で生贄とした3体のクリーチャーを串で肉でも刺すかのようにまとめて貫き、闇の中へ引きずり込む。

 そしてもう片方の腕は俺の左手を掴み―――引きちぎった。

 視界が白熱する。

 一瞬で瀕死に追い込まれるが、それでもこの思いは曲がらない。

 止め処なく溢れる赤をマントで押さえつけながら、この状態でも冷静でいられる頭にミシャクジの加護でもあるのかと逡巡。

 横たえた諏訪子に血が掛からぬよう、体を傾けた。

 黒のクリーチャー3体、自身のライフを6点。

 自身のライフを大量に失うことはこういうことなのかと苦笑。



 ライフの支払い―――それは、自身の体の一部を代価にすること。



 手でも足でも、血でも肉でも。

 初めて使った時は、捧げるものの指定を行わなかった。

 恐らくその状態でライフを支払うと、体全体から生きるのに可能な限り支障の無いよう、均等に何かが失われていくのだろう。

 ……そうして代替コストを全て払い終えたのを確認し、心で、言葉で奴の名を叫んだ。



「―――来い! 『死の門の悪魔』ぁああああ!!」





[26038] 第7話 異国の妖怪と大和の神
Name: roisin◆defa8f7a ID:d0ba527c
Date: 2011/03/16 22:40







 悪魔と呼ばれるものが居るのならば、それは恐らくコイツのことを言うのだろう。

 背中に生えた羽は蝙蝠のようで、身の丈は俺の3倍を越えようか。

 まるで人間を大きくし、虫の羽をつけたような体のそいつの顔は、血色の眼を幾つも持ち、開く口はまるで昆虫をさらに醜悪にしたかのような、おぞましいものだった。

 だが、今の俺にはその醜悪さすらも充実感に変わる。

 パワー&タフネス、共に9。

 今まで召喚してきたクリーチャーの中では、もはや規格外と言っても良い数値。

 実験の結果で、カード表記されている攻撃防御数値が1上がる毎に、戦闘能力は2倍にも3倍にも跳ね上がっていた。

 では、この9という数値はどこまで神を相手に打ち合えるのだろうか。

 ―――いや、どれくらいまで、敵を殺せるのだろうか。

 暗い感情が心を満たし、それを燃料に感情が煮え立つ。

 俺の大事な人達を傷つけたばかりか、勇丸を……何より諏訪子を殺してくれたのだ。

 左腕のもがれた痛みと出血による意識の希薄化と抗いながら、一言。

 もはや口上は無い。

 頭ン中には怨みつらみがぐるぐると渦巻き、けれど出てきた言葉は単純明快。

 でも、何だ。簡潔で良いかもな。



「―――殺す」



 俺の怨みの代弁者は、今まで聞いたことも無いような咆哮をあげた。
















 
「……皆の者、下がれ。奴は私が相手をする」

 神々や民達を下がらせる。

 妖怪を使役している人間など聞いたことも見たこともなく、ましてその妖怪の頭に大の字がつけば、立場は違えど最低でも下層の神程の力は持っているだろう。

 それが、私の目の前にいる。

 虫の頭に人の体。

 神職の男は死の門の悪魔と言っていた。

 悪魔……か。

 私も初めて見るな。海の向こうの妖怪をそういう名で呼ぶのだったか。

 見るもおぞましく異郷な者なれど、その身に宿す力は本物。

 辺りの霊魂を体の全てを使って取り込んでいるのが分かる。



(魂喰の類か。死の門とは、また安直な)



 自身の周囲に特殊な神気を練りこんだ石柱―――オンバシラを展開する。

 洩矢の国で作られた鉄より強度は低いが、鉄より重く、神気を通すことで手足のように扱う事が出来る。

 そうして何本ものオンバラシラが宙に浮く中、



「―――殺す」



 下手な神や妖怪より殺気の篭った言霊が聞こえてきた。

 なるほど、洩矢の神は祟り神の統率者だったと知っていたが、言い換えれば怨みの力だと思い直す。

 それの神職であるものがその力を宿していても不思議ではなかろう。

 ……悪魔とやらが咆哮を上げる。

 見た目通りの畏怖を周囲に与えながら魂すら奪われそうな声は、まさに絶望ともとれる光景に、思わず口の端がつり上がる。

 他のものから見れば、それは死以外の何者でもないだろう。

 だが私は神。

 ……絶望? 笑わせるな。

 人や妖怪ならいざ知らず、奇跡の1つや2つ起こせずして、伊達にその名を語ってはいない。



「我が名は八坂 神奈子の神。覚えておけ。お前を屈服させる者の名だ」



 展開していたオンバシラのうち4本を射出する。

 身の毛もよだつような風きり音を撒き散らしながら、寸分違わず悪魔へと殺到していく。

 だが、木々を裂き大岩を砕くその攻撃も、1本はかわされ、1本はいなされ、1本は腹部へ当たったものの怯んだ様子もなく、最後の1本は殴り付けられたことによって粉微塵に破壊された。

 はっ。

 呆れるように鼻で笑う。

 ここまで効果がないと、逆に相手を褒めてやりたくなる。

 この攻撃で幾人もの神や人を傘下に加えてきたというのに。



(面白い……)



 こやつ相手ならば、力加減など気にしなくても良さそうだ。

 過去、領土の確保に全力で行ったのは1度か2度。

 その際には地形が変わってしまい、復興までに中々の時間を要していたので控えていたのだが、



「どこまで耐えられるのか、楽しみだ」



 余力を残しつつ、けれど能力を最大まで使い対処するとしよう。

 20本以上展開していたオンバシラを全て撃ち出す。

 足止め位にしかならないだろうが、それで充分だ。

 体中に神気を行き渡らせる。

 途端、空が泣き出しそうになった。

 澄み渡る月夜だったにも関わらず、今はもう曇天で覆われており、視界も悪化し、時折空を走る雷のみが大地を照らすようになった。

 どちらも闇に隠れるようになるが、片や体が神気によって青白く発光し、片や撃ちだされたオンバシラを砕きながら、血を凝縮したような輝きを持つ複数の眼がその存在を主張している。



 私は神。

 神とは何かの象徴として具現化している。

 自分の場合は―――天。

 天候や風そのものと言い換えてもいい。

 干ばつには雨を、日照りには曇天を、嵐には快晴を。

 敵対者には―――神の鉄槌を。



「天からの贈り物だ。色々あるぞ? 受け取れ」



 悪魔の頭上に出現するのは、雹(ヒョウ)。

 人間の頭ほどある大きさの雹が、無数の雨となって降り注ぐ。

 オンバシラを全て迎撃し終えた、悪魔に殺到するそれは、まるで天が落ちてくるかのような光景を彷彿とさせた。

 しかし、それでは役不足。

 オンバシラの直撃ですら耐え切る性能を持つあの悪魔は、体に揺らぎをみせるものの、羽を傘のように使い、まるで雨を凌ぐかのように防いでいる。

 自分への被害が及ばぬように、神職の男が悪魔を壁のように見立てて配置したせいだろう。

 地形を変えるほどの雹の雨を、何のこともなく耐えている。



(丈夫な体だ)



 その事にあまり効果の見られない様子を気にした風もなく、八坂は次の攻撃を仕掛ける。

 拳を握りこむ。

 たったそれだけの動作だけで、周囲の風が一気に悪魔を囲むように渦巻いた。



 風が土砂を巻き込み土色の壁となって相手を拒む。

 もっと、もっとだ。

 こんな風では奴は消えない。

 強く、強く、強く。

 唸りを上げる風の渦は徐々にその力を増し、寸暇のうちに自然ではありえない風力を持つ暴力となった。

 地面の大岩すら持ち上げ、触れる者を切り裂き、バラバラに砕き散る渦となったそれを収縮させる。

 握りこんだ手をさらに握りこみ、渦の中心となっている安全圏を狭める。

 図体はでかいのだ。少しばかり範囲を絞ってやればいい。



「■■■■■■■■■■■―――!!」



 暴風によってあまり聞き届けられないが、渦の中心で奴の叫び声がする。



(小枝が岩にめり込む程の風速は、流石の悪魔とやらにも効果はあるようだな)



 しかも、一抱えもある雹を巻き込んでの台風。

 その破壊力はどんな神や妖怪も屈服させてきた。

 だが―――



「ほう、まだ刃向かうことが出来るのか」



 そんな地獄の中、奴は男を守る体制を緩めることはなかった。

 その躯体には多少の傷を作ってはいるものの、その眼は今にもこちらを殺さんと輝かせている。

 ならば追加だ。



「降り注げ、天よりの雷」



 耳をつんざく雷鳴。

 暗闇の世界の中、閃光が走る。

 寸分違わず悪魔の脳天に落ち、体中を沸騰させる電撃。

 それが、無数に飛来し、蹂躙する。

 風によって巻き込まれた雹の間で帯電し、さらなる電力を伴って襲い掛かっている。

 暴風で切り刻み、雹ですり潰し、雷で蒸発させる。

 天災三重苦。

 山ですら、これの前には平地と化す。



(……くっ、やはりこれの維持は堪えるな)



 幾ら神とはいえ、そう易々と天候を変化させられない。

 なればこそ、この三重苦を行っている内に仕留めておく。

 洩矢の国と戦ってなお余力はまだあるが、今後を考えれば温存しておかねばならない。

 一国を支配下に置くには神気は幾らあっても困ることはないのだから。

 ……丁度1分。

 もはや叫び声すら聞こえなくなった状況で、私は奇跡を解除する。

 舞い上がっていた瓦礫や雹、土砂が落ちてくる。

 まるで巨大な手で掬い取った様なくぼ地が出来ていた。

 隕石が落ちたかのようなその中心。

 腕で顔を隠し、羽で体を覆い、自身を庇うよう死の門の悪魔を配置しながら、その足元に男はいた。 

 体中見ても傷ついていない場所がない。

 もはや立っている事も間々ならないようで、前のめりに倒れはいる。けれど顔だけはこちらへと向けて、視線を逸らすことはない。

 例え悪魔が無事だとしても、召喚した本人はそこ等の人間と変わらないのだ。

 それが今こうして悪魔に守られていてたとはいえ無事なのは、奇跡以外の何ものでもないだろう。



 ギリッ。

 思わず奥歯をかみ締める。



(凌がれた……)



 何人(なんぴと)も抗うことが出来なかった天災の三重苦を耐え切った。

 天変地異といってもおかしくない光景を眼にしながら、その瞳には強い恨みが色濃く残っている。



(洩矢の神は良い神職を従えていたようだな)



 もし自分に仕えていてくれたのであれば、と思う。

 しかし、その思いも一瞬で流す。

 もはや覆ることのない事実を思い出したかのように―――これから反撃だとばかりに、悪魔はこちらへと襲い掛かってきた。

 神気を大量に使った反動で、いま少しばかり充填に時間を要する。

 あの天災の中で男を守っていた結果、体はもちろん羽もボロボロだが、それでも飛行には問題ないようで、こちらとの距離を詰めてきた。

 あっという間。

 馬ですら全力で駆けても5秒は掛かろうかという距離を、コイツは2秒を切る勢いで到達した。



(間に合わんか!)



 悪魔がとうとう私の前まで辿り着く。

 屈強以外の何ものでもないその腕は、全てを圧殺する勢いで振り下ろされた。

 天候を使った神気での迎撃が間に合わないと判断。

 オンバシラの何本かを具現化し、避けながら、振り下ろしてきた拳に合わせる。 

 破砕音。

 束ねたオンバシラが、悪魔の拳と激突し、全て砕かれる。

 そのお陰で威力は大分削がれたものの、何とかかわしたその腕は、大地を抉り、それだけでは足りずに地面に亀裂を生んだ。 

 叩きつけられた拳から逃れるように土砂が四散する。

 巨大な物体が落ちてきたかのような重い音を響かせて、奴の攻撃は一瞬止まった。

 笑ってしまうくらいの豪腕。

 こんなものを真正面から馬鹿正直に相手をしてはならない。

 撒き散らされた土煙に紛れる様に悪魔から距離をとる。



 ―――神が、化け物相手に退いた。



 僅かの間だったとしても、屈辱以外の何ものでもない。

 舞い上がった土埃のせいで民や神々からは見えてないが、この事実は私の中で揺るぎのないものとなった。



 もはや、掛ける慈悲はなくなった。

 余力など考慮せず、一気に消し飛ばしてしまおう。

 そう考えた矢先、



「がはっ」



 悪魔の後ろ、私の前。

 神職の男は、口から大量に血を吐き出していた。

 生きている事さえ不思議なのだ。

 むしろそれくらいですんでいるのだから重畳だろう。

 けれど、男自身が限界を迎えようとしているのと同調しているかのように―――





 その存在が維持できないとかばかりに死の門の悪魔は霞のように闇に溶け消えていった。





 立ち上った煙が消えるように、何の後腐れもなく。

 初めから存在していなかったかのように、夜の闇へと還っていった



「……何だそれは」



 苛立ちから語彙が荒くなる。

 今までの出来事は何だったのだ。

 過去私を後退させた者など数えるほどしかおらず、ましてやそれがただの人間になど、生を受けて初めてのこと。

 なればこそ真っ向から挑もうと、純粋な力では叶わぬのなら、神気でそれを補い屈服させてやろうと思った直前、その相手は私の前から消え去った。

 そんな存在を召喚した男は、むせる様に咳をし、時折口から血を吐き出す。

 虫の息とはこのことか。

 つい先程まで……戦い、負かした洩矢の国の者達と同様の状態になった。

 自分の表情が表情が険しくなるのが分かる。

 人として良くやったと褒めてやるのが普段の私の筈なのに、今回は何故か怒りしか込み上げて来ない。

 人間の身にあるまじき力を誇示したせいか、それとも洩矢の神ですら出来なかった私をかすり傷とはいえ傷つけたという行為に対しての思案からか。

 ―――兎に角、この沸き立つ怒りをぶつけねば気がすまない。

 まだ息はあるようだ。

 辛辣な言葉を浴びせたいのか、その命の最後をこの手で散らしたいのか。

 私はただ怒りのままに、その男の元へと向かった。




 















(あぁ……もう視界が完全にぼやけてる……)

 視界も埋まり、曇天の世界がモザイクへと変わってどれくらいの時間が経っただろうか。

 左手を取られたことによる出血で、段々と体力は奪われ、意識すらも霞んできている。

 庇うように守っていた諏訪子は……諏訪子の体は、まだ俺の前にあるだろうか。

 全く、幾ら強大な存在を使役出来たとしても、自分が殺されたら終わりっていう弱点があるのなら対処は簡単じゃないか。

 現に八坂は雹を降らせて死の門の悪魔を防御に使わせるしかない状況を作り出し、台風をこちらの周りに展開し自由を奪い、止めとばかりに雷を無数に放ってきた。

 雹は何とか防げたのだが、続く風の攻撃で呼吸が困難になり、最後の電撃で体中で無事なところの発見が難しい位に感電し、肉体を壊された。

 ―――そして、限界が来た。

 幾ら強力な存在を召喚出来たとしても、維持できなければ効果を発揮し続けてくれない。

 天災の終わった直後、何とか顔だけを八坂が居た方へと向け、奴を殺せと悪魔に命令する。

 刹那の如く移動し、大地が破裂するような一撃を与えた事を音で判断した俺は、もはや堪えるだけの力もなく、死の門の悪魔の供給を終わらせるよりなかった。

 マナコスト9。

 それの維持は、常にほぼ全力で走っているかのような疲労具合だったのだから。

 


(もしこれで殺せなかったら……)



 自分は死ぬのは確定だとして、無念のままに費えるのはイヤだった。

 例え人生リトライ出来るとしても、この思いだけはリセットできよう筈もない。

 幸いにも耳……いや、片耳だけはまだ聴力が生きているようだが、それでも体はもはや痛みすら感じられず、消えそうになる意識を意思の力でキープしている状態。

 このまま何も聞こえなかったのなら八坂を倒せたことにして、満足のままに再スタートするとして、










「……何だそれは」



 倒せなかったら、俺はどんな思いで第3の人生を歩めば良いんだろう。





 聞こえた声は、間違いなく風神。

 しかも大したダメージを負っていない様な口調ではないか。

 イヤだ、イヤだ。このまま何の思いも遂げずに死ぬなんて。

 大切なものも守れない。己の意思すら貫き通せない。

 そんな状態で死ぬなんて―――絶対に嫌だ。

 だから―――



(近づいて来い)



 八坂の呟いた声には怒気が含まれていた。

 恐らくただの人間の俺が抗ったのが許せないのだろう。

 こちらは瀕死。あちらは壮健。

 こんな状況、まさに強者が弱者を嬲るのにおあつらえ向きじゃないか。

 獲物を前に舌なめずり、大いに結構。

 その油断を、その慢心を。その、思考力の低下した状態でこちらに来てくれ。

 そうすれば……否。そうでもなければ、お前を倒せないから。

 1歩1歩、こちらに近づく足音が聞こえる。

 まだだ。まだまだだ。

 もう少し。あと少し。

 徐々に近づく気配に願いを込めながら。

 俺の側まで寄って来い。

 その時は俺の命を差し出そう。

 だから、だからその時は。



「―――お前は何者だ、洩矢の眷属よ」



 来た。

 残り1マナ。

 最後のカードを思い浮かべる。

 呪文系では効果が怪しい。

 現状でも対象を破壊するカードは山ほどあるが、それが神相手にどこまで通用してくれるのかは検証したことがない。

 ならば、純粋な力による撃破が望ましい。

 よって、先程と同じように、クリーチャーを思い描く。

 通常の状態では効果の薄い、でも、こんな状態の今だからこそ最大限の効果を発揮するあれを。

 ……八坂、俺の命を差し出そう。

 それぐらいしないと、今の俺には手が届かない。

 ―――だから。

 お前の命をくれ。



「―――死、……ッね、ぇ……!!」






[26038] 第8話 満身創痍
Name: roisin◆78006b0a ID:d0ba527c
Date: 2011/03/19 08:21



 コストの代償と、能力の性能はほぼ比例する。

 つぎ込めばつぎ込んだ分だけ効果を発揮してくれるMTGのカード達には、当然ならそれ以外の―――代価と結果がアンバランスなカードも存在していた。

 その代表格が、黒。

 ライフを、手札を、クリーチャーを、山札を、行動ターンを。

 差し出せるものがあるのなら、黒のカードはそれらを覆す。

 先程の『死の門の悪魔』は9マナという膨大なコストの対価として、数体の黒クリーチャーと、自身のライフを捧げた。

 ―――今から呼び出すものは、はやり黒のクリーチャー。けれど、コストはたった1。

 しかしそれは捧げるものが無くとも、現状では圧倒的な制圧力を持っている。

 コスト1にして、13/13というMTGの中でも最高の『マナレシオ』を誇っていた。








『マナレシオ』

 パワーとタフネスの平均を点数で見たマナ・コストで割った値。 クリーチャーの強さを評価する際に使われる指標の一つで、基本的には値が高いほど良い。ただし、当然ながらこの値が高ければ必ずしも優秀というわけではなく、あくまでも目安の一つである。







 

 けれど、そいつは当然ながらデメリットを持っている。

 自分の体力が多ければ多いほど、そいつの力は減少する。

 つまりは、俺が瀕死であればあるほどに力を増すのだ。

 そのデメリットを、今の俺は相殺している。

 風前の灯である自分を頼もしく思うのは、そうそうある事ではないだろう。

 俺のライフの総量が幾つあるのかは分からないが、ここまでくそったれな死体一歩手前状態なのだ。

 これで先の悪魔より弱かった日には、目も当てられない。



 そんなクリーチャーの名は『死の影』



 俺の死が濃ければ濃いほどに、この影は強く、巨大になるようだ。

 簡潔にして名は体を表すを体言するソイツは、俺の影からぼこりと湧き出てきた。

 全身風のように黒く覆われていて、体の中央には赤いコアのような球体が見て取れる。

 それに彩を添えるかのように、骨だと思われる肋骨が何本か、コアの周りに存在していた。

 まるでクワガタのような真っ白い牙を二重三重にも供えている死の影は、一瞬にしてその体を巨大化させる。

 死の門の悪魔よりもさらに膨れ上がったその体は、輪郭が霞むように周囲の闇に溶けながら、空ろな風貌を完成させた。



「なっ……!?」



 八坂の驚く声と、その場から退避しようとする気配が窺える。

 だが遅い。

 瞬時に死の影はその巨大な手で、まるでそこにある闇が硬さを持つかのように周りを取り囲むように捕縛し、八坂の体を捕まえた。

 体が地上から持ち上がる。

 もはやそれは握りつぶさんとするほどの力であり、到底抗えるものではない。

 しかし、流石は上位の神というところか。

 神気を使い、拘束を解こうと対抗してきた。

 両の手で全力を込めるよう命令するが、八坂はそれを弾き返さんと神気をまとう。

 ここで逃せば、俺はもう八坂に何も出来なくなる。

 コスト1のために維持する力は微々たるものだが、元の力がゼロに限りなく近いのだ。

 後数分、いやもっと短いかもしれない。

 それだけ経てば、俺の意識は―――命は失われる。

 このままでは握り潰せない……ならば。
















 ばくん。

 私の頭上から、冥土への門が開く音が聞こえた。

 油断。

 その一言に尽きる。

 もはや相手に抗う力など残っていないと思い近づいた結果がこれだ。

 押し潰さんと籠められる力に、持てる力の全てを当てる。

 ここまで接近されては能力も使用困難になり、例え使えたとしても、使おうと他所に気を回した瞬間に圧殺されるだろう。

 故に、今私は全力で神気を放出し、魔の手から逃れられるようにすることだけ。

 幸いにも余力はまだ残っている。

 召喚者の男は瀕死。このままなら、こちらが耐え切れば決着が付く筈だ。 

 先の見えた勝負に、思わず口元から笑みがこぼれる。

 ―――いや、こぼれ様とした所で、頭の上から音が聞こえた。

 黒。

 それが私が見た色。

 私を握っているこの影人間は、その昆虫のような二重三重にもなっている巨大な牙を持った口を開放したのだ。

 口内には無数の白く鋭い乱杭歯。

 ……あぁ、私を喰おうというのか。

 ゆっくりと、黒い口が迫ってくる。

 拘束を解くことも、ここから逃れる術も今は無い。



(―――まさかこもう早く終わりが来るとはな……)



 達観した感想を洩らし、次に来るであろう事態を考え、口をあけて近づく影人間を不敵に笑いながら睨む。

 誰が目など背けるものか。誰が絶望などするものか。

 その瞬間の来る時まで、睨んで、睨んで……。



 一向に来ないその時に、一瞬思考が停止した。



(止まっ……た?……)



 疑問が駆け巡る。

 大きく開いたその口は、今にも噛み千切ろうとする風貌のままに固定され、僅かにも動く気配がない。

 まるで時が止まってしまったような光景に、内心首をかしげる。

 瞬きを一度。そして浅い呼吸を何度か行い、今ならば大丈夫かと思い深呼吸をしようとしたう矢先―――こちらを喰い殺さんとしていた影人間は、その口を閉じ、ゆっくりと私を地上に降ろした。

 今までとは正反対の、壊れ物でも扱うかのような振る舞いで開放され、またも考えが止まる。

 そして、その事を問いただす間もなく、影人間は消えていった。

 一風。

 曇天の空も晴れ渡り、夜空には星の照明が輝き大地を照らす。

 影から生まれし者は影へと帰るのが自然だとでも言いたいのか。

 つい今まで生きるか死ぬかの決戦があったことなど夢のよう。

 そこに残るのは私と、もはやピクリとも動かない洩矢の眷属。

 そして、



「―――八坂の神よ。……私の願いを……聞いてくれぬか」



 体をオンバラシラで貫いた、洩矢諏訪子の神のみである。


















(やった、やったぞ……! 捕まえた、捕まえたぁ!!)



 子供のように心の中ではしゃぐ。状況と相まって思考が狂人の域だが、こうでもしないと意識を保てない。

 もう逃がさない。

 絶対放さない。

 この命、尽きようとも。

 パワーやタフネスの数値なんて気にしている場合じゃないし、気にしてもいられない。

 どんな値だろうと、もうやるしかないのだ。

 やらなければ―――この怨みは晴らせない。

 死の影に握りつぶす様、指示を送る。

 パキン、パキンと。ガラスが砕けるような音が聞こえるのは、八坂が何かバリア的なもので防いでいるせいだろうか。

 青白い火花が散っているのがぼやけた黒い視界からでも分かる。

 拮抗。

 ここまでしてこの程度なのか。

 ここまでしないと対等にはなれないのか。

 

 ……圧殺がダメなら、他のやり方を。

 手がダメなら足。

 足がダメなら―――口がある。その、見るからに凶悪なクワガタの顎のようなモノが。

 幸いにも八坂は死の影の手から逃れることで精一杯のようだ。

 ならば、これはもう必勝の行動。

 もぎたての果実に齧り付くかのように、その命を刈り取ろう。

 

 原作キャラが何だ。

 女だから何だというのだ。

 奴は―――八坂神奈子は、俺の大切な者達を奪っていった。

 だから奪う。

 復讐なんて上等なもんじゃない。単なる八つ当たりだ。

 けれど、やる。

 今の俺にはそれが全てだから。それしかないから。

 それすら出来なかったら………俺は、俺でいられなくなりそうだから。



(いけ、死の影)



 地獄への門が開く。

 洋画の地球外生命体を思わせるその光景に、俺は八坂の死を確信し―――










「―――つくも、やめて……」









 俺の目の前。

 血だまりにその身を沈め、石の柱に胸を貫かれていた諏訪子が語りかけてきた。



「えっ……?」



 生き……ている……?

 同時、ピタリと死の影の行動が止まる。

 俺の意思なのか影の意思なのか。

 時が止まったかのような静止像が完成した。



「諏訪、子……?」

「九十九ったら……とうとう敬称まで抜けちゃって……」

「えっ……あっ、す、すいません。じゃない、えっ、あれ? 諏訪子、さん……生きて……?」



 動揺しまくる俺に対して、囁く様に語りかける諏訪子さんの声はとても優しく、神様というよりは恋人か母親のようだった。



「ちゃんと生きてるさ。神に死って概念があるかは分からないけど、間違いなく、私は私ままで、今ここにいるよ」



 そう言いながら、咳き込むように呼吸を始める。

 器官にたまった異物を吐き出しているようだ。

 体は冷たくなって心臓の鼓動も聞こえなくて、何より息をしてなかった筈なのに、こうして会話が成立している事態に、これは漫画でいう死ぬ間際の最後のセリフなのではないかと嫌な予感が頭を過ぎる。



「そんなボロボロになっちゃって……20日は帰って来るなって言ったじゃない……」

「俺のことはいいです……ぐっ!……はは、きっついなぁ……。諏訪子さん、死に際の……捨て台詞とかじゃないですよね……?」

「あまり話すな九十九。……安心して。私は時間をかければ回復するから。問題はお前だよ。その傷―――自分の体がどうなっているのか分かっているの?」



 安心した。

 なんで生きてるのとか、その手の疑問は置き去りにする。

 だって、生きているのだ。

 それ以外で彼女に何を望めというのか。



「ははは……もう、秒読みだって事は、何となく……。1度、体験して……ますからね」



 視界が黒で埋まる。

 モザイクすら見えなくなった目には、何となく諏訪子さんの心配する瞳が向けられている気がした。



「そっか……うん、大丈夫だよ。九十九は、私が助ける。だから、その八坂の神を放してあげて」

「……何故ですか。コイツはみんなを、勇丸を―――何より諏訪子さんに害をなしたんですよ。祟り神の頂点が、なんでそんなこと言うんですか」



 親しい人に言われた理不尽な言動に、怒りから来る気力で滑舌(かつぜつ)が回るようになる。

 何故。後一歩なのだ。

 もう1秒もしないうちに、俺は八坂に一矢報いることが出来るのに。



「九十九、ここで八坂を倒してしまったら、洩矢の国は終わる。……いや、私の国だけじゃない。戦の主神となった2人が消耗したことで、周りの妖怪や盗賊にしてみれば、この2国は格好の餌食だ」

「……分かります。分かりますけど……」



 頭では分かっている。

 今日本という国は盛大なバトルロワイヤルが行われていて、そのトップクラスの2国が激突し、疲弊しようとしている。

 攻めるなり略奪するなり、どうにかしたいのならこの時をおいて他にあるだろうか。

 守り神の居なくなった神の国など、妖怪達から見ればご馳走だ。

 俺はまだ見たことはないが、鬼や天狗といった日本固有の強力な魑魅魍魎が、美味しいケーキを切り分けるかのように国を分断させていくのだろう。



「ごめんね九十九。みんなを守れなくて」



 諏訪子さんが謝っている。

 別に何も悪いところなど無いというのに。



「ごめんね。帰える場所を失ってしまって」


 
 まるで全ての非が自分にあるかのように、謝罪の言葉を紡ぐ。

 それは俺への謝罪の意味もあり―――自身の力が及ばなかった事への無念さを悔やむ声でもあった。



「―――ごめんね、勇丸を守れなくて」



 その言葉で確定してしまった。

 自分の相棒の、死。

 きっと何か特別なことが起きて、繋がりが感じられないだけなのだろうと思い込もうとした。

 だけど、それも終わってしまった。

 悲しみで涙がほろほろと頬を伝うのが分かる。

 また召喚出来るのだからと言い聞かせ、何とか自制心を保つ。

 これで記憶を失っていたのならどうなってしまうのだろうかという不安を胸に押さえつけながら、ならせめて、と勇丸の最後を訊ねてみる。



「―――勇丸は、どうでしたか」



 言葉足らずな自分のセリフに、我ながら馬鹿だと思ったが、諏訪子さんは俺の聞きたかったことを理解してくれたようで、ぽつぽつと、けれど簡潔に、その光景を放した。



「雄々しく戦ってくれた。次々と相手の人間達を蹴散らして、最後は、2体目の八咫烏と、相打ちに」



 八咫烏……神の使いとされ、太陽の化身なんてご大層な役職に就いていた奴だったか。

 仮にも太陽の象徴の一端を担っていたのだ。

 実際の戦闘は見ていないが、とてもじゃないけどただの2/2である勇丸が対処出来るとは思えない。

 おまけに相手は鳥。空を飛ぶ相手に、地上を這うことしか出来ない生き物がどう対抗するのだろう。

 けれど、2体。

 きっと、あらゆる限りの知略を尽くして屠っていったのだ。

 良くやったと褒めてやりこそすれ、何故逝ってしまったのだと嘆くのは、全て終わってしまった今となっては虚しい限りではないのか。

 分かってはいる。分かってはいるのだ。

 しかし、頭で理解しても心がそれを受け入れてくれない。

 辛い、悲しい、憎い。

 心が押し潰されそうな中。

 ふと、では諏訪子さんはどうなのだと考えた。



 ……苦しいのは俺だけではない。

 むしろ俺以上に感情をうねらせているのは、このボロボロの小さな神様な筈なのだ。

 幾年もかけて築き上げてきたものが崩れていくその光景を前に、蹂躙されていくそれを見続けるしかなかった無力な神様。

 正直、そんな考えなどクソ食らえだと思っていた。

 他の人も辛いのだから我慢しなさいなど、他の場面ではいざしらず恨みを晴らすだけのこの場においては火に油の言葉でしかない。

 ―――諏訪子さんに話しかけられる前までは。

 周りを、他人を、全てのものを怨み、けれど何より無力であった自分を最も責めるかのような謝罪に、隠し切れない恨みと後悔と、それらを覆い隠すほどの悲哀が混ざっているのが理解出来た。

 それを押し殺し、この国を奪おうとする者を倒さないでくれとは、一体どれほどの葛藤と決断力がいるのだろう。



「……良いんですね、本当に」

「構わないよ。もう、決着はついた」



 言葉の裏に様々な感情が煤けて見えるが、それが諏訪子さんの決断だというなら、その気持ちが痛いほど分かる今の俺は、従うしかない。

 俺がもし最後の一歩を踏み出してしまったのなら、もうこの小さな神様に救いは訪れないのだから。

 死の影に、掴んでいた―――いや、飲み込まんとする勢いで広げていた口を閉じさせ、八坂を地面に下ろす。

 生憎と顔が見えないが、きっと驚いているはずだ。



「はは、は……参ったなぁ……」



 これじゃあ……本当に無駄死にじゃないか……。

 言葉に出さず飲み込んだ。

 閉じられた目の隙間から、ポロポロと大粒の涙が零れる。

 鼻水も出てきて嗚咽も止まらないこの姿は、情け無いを通り越し、哀れの類だろう。

 全く、原作様々だ。

 確かにこの流れなら、俺の知っている東方プロジェクトのキャラ像に向かっていく事が予想できる。

 屈服した諏訪子さんが負けた事にもめげず大和の国の為にと尽力して、それを八坂が評価し二人は仲良くなっていくのだろう。

 全く……道化もいいところだ。

 一人で空回りをして、勇丸を死なせて、自分まで瀕死になって。

 ……いや、笑いも取れないとなれば、もはや道化にすら及ばない。

 ぐずぐずと、えぐえぐと。

 大の大人が恥じも外聞もなく、声を押し殺し、鼻水垂らしながら泣いた。

 なんて、無様。

 B級映画の脇役ですらもっとマシな最後だろうに。



「本当に、ごめんね。そして、ありがとう」

 

 ふわりと、俺の残った右の掌に暖かい感触が感じられる。恐らく諏訪子さんだろう。

 さっきまでは冷たかったのに、今では人並みに暖かい。

 これは本当に、体の方は大丈夫のようだ。



(安心した、ら……意識、が……)



 意思をつなぎ止める最後の線が切れそうになる。

 我ながらタイミングの良過ぎる思考電源OFFに、何もこんな場面で主人公属性を体験したくなかった、と軽く現実逃避。

 せめて逝ってしまうのなら、もっとカッコつけたかったなと内心で苦笑する。

 1度死んだ時と同じように、どうやら俺はカッコつけられない生き物のようで、理解するのに2度も死ぬ羽目になるとは、我ながら巡りの悪さに呆れ、



「ゆっくりお休み。後は、私が何とかするから」



 その日俺が最後に聞いた言葉は、眠る我が子に言い聞かせるような、諏訪子さんの優しい声だった。




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