懐かしい夢を見た。偽善と知り、滅びの道と知り、それでもなお綺麗なものがあると信じ、正義の味方として突き進んだ。
その果てにあった、当然の帰結。魔術の師でもある最愛の女性との別れ、熱狂と怨嗟の声に満ちた処刑場、振り下ろされる断罪の刃。途切れ、奈落へと落ち往く意識、二度と目覚めぬ眠りであった、筈だった。
夢の内容は自身の死に際、死んだのであれば次などない、終わるから死なのだ。夢でしかありえぬ筈の事象は、かつて自分が歩んだ道だ。なのにそれを夢として見れる、その異常さ、どうやら自分はつくづく出鱈目なことに縁があるらしい。
そんな事を思いつつ、―彼―ではなく、―彼女―は布団から出る。赤い髪を伸ばした少女―少女というには不釣り合いな落ち着いた雰囲気がある―は着替えを済ませ、朝食の準備を手伝うために台所に向かった。
台所では母親が朝食の準備をし、父親が新聞を読みながら食卓に着く、ありふれた、だがかつては経験したことのない普通の家庭、それを見ながら、自身が二度目の人生を生きていることを実感する。
この二度目の人生をどう生きるか、それはまだ定まっていない。かつてのように正義の味方として生きる、それも考えた。だが、両親は前世―衛宮士郎―のことなど知らぬし、今の自分は結果的にとはいえ、この体を奪って生きているようなものだ。だから、早死にする生き方はしたくない。先のことはまたいずれ決めるとしよう。そう考えていると、テレビではあるものを映していた。
まるで、漫画やアニメに出てきそうな機械を身に纏った女性が、華麗に空を舞う。現実味ののない光景は、れっきとした現実だ。
IS<インフィニット・ストラトス>、もとは宇宙開発用に作られたそれは、ある事件で一躍脚光を浴び、今では世界各国の軍事の中枢を担う兵器だ。また、女性にしか扱えず、女尊男卑という考えを広めたきっかけでもある。
この時はまだ、自分がISにかかわるとは欠片も思っていなかった。
数ヵ月後、オレはドイツにいた。第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』の観戦ツアーを両親がテレビの懸賞で当てたからだ。
各国の最新鋭機体によるど派手なバトルはかなりの見ごたえだった。それだけで済めばいうことなしだったんだが、あいにくとオレは出鱈目なことと同じくらい、厄介事にも好かれる性質らしい。
目の前で現在進行形の誘拐現場に遭遇し、つい口癖が出た。
「なんでさ……」
気持ちを切り替えたオレは、魔術で視力を強化して、誘拐犯の追跡を開始した。
織斑一夏は、混乱の真っ只中にあった。IS世界大会に出場する姉とともにドイツに来てみれば、謎の組織に誘拐され、不安と恐怖に押しつぶされそうになっていると、いきなり誰かが突入し、あっという間に犯人たちが制圧されたのだ。
その誰かが、名実ともに世界最強である姉の織斑千冬、とかだったら自身の無事を喜べるんだが、あいにくと姉さんではなく、赤い髪をした俺と同い年くらいの女の子。
一言だけ言わせてくれ、誰だよこの子!!
彼女はそんな俺の思いなどつゆ知らず、いたって落ち着いた様子で
「大丈夫か、君」
なんて言いながら、オレの拘束を解いてくれた。話を聞いてみると、彼女は俺が誘拐される現場を目撃して助けに来てくれたらしい。いや、普通そこって警察とかに連絡するんじゃねえの、って思ったが助けてくれた恩人なので、そのことには突っ込まなかった。ここで俺は、この女の子の名前を知らなないことに気づいた。
「ん、オレの名前?、衛宮志保っていうんだ、好きに呼んでくれて構わないぞ」
「えっと、じゃあ志保って呼ぶよ、オレは織斑一夏、一夏でいいぜ」
そんな感じで、安心しきっていた時だ。
「おいおいおいおい、なあに助かった気でいるんだよ、このくそ餓鬼ども」
そこには、八本の装甲脚を背部から生やしたタイプのパワードスーツ―IS―を身に纏った女性がいた。俺はこの時、無事に帰ることをあきらめた。ISという世界最強の戦力に対抗できるものは今、この場にはない。だけど―
「ああ、二人揃って帰るつもりだが」
―なんて、志保は言い放った。
「無茶だろ志保!!、どうやってISに勝つつもりだよ、魔法でも使えるって言うのかよ!!」
あまりにも気負いなく、ISに立ち向かおうとする志保に、オレは制止の言葉を放つ。だが、それを聞いた志保は、はにかんだような笑みを浮かべ
「ああ、そうさ、俺は魔法使いなのさ」
そう言ったんだ、当然、敵の女性は激昂し、怒声とともに襲いかかる。
「やれるもんならやって見せろや、くそ餓鬼ィィィィッ」
「言っただろう、二人揃って帰る、とな」
対する志保も、その手に白と黒の双剣を顕現させ、応戦の構えをとる。
―ここに、IS対生身の人間という、ありえぬはずの戦いの幕が、切って落とされた―