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[18326] 白銀の軌跡 (ロックマンX) 【習作】
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:80c1420b
Date: 2010/12/18 21:13
初めまして、焔雫と申します。今回が初投稿となります。
僕が創作しましたものは、ロックマンXのssです。基本のストーリーは原作通りですが、設定はかなりいじってます。

以下が当ssの設定です。
・精神(設定)年齢15歳の女の子型レプリロイドが主役。
・レプリロイドは生物でこそないが生命体とされ、意志と生命を持った、生きているロボットという見方。
・ヘルメットやアーマーは基本取り外し可能。が、ボディと一つになっているレプリロイドも。
・鎧なしだと人間そっくりになる。しかし、メットレスになることはあっても、アーマーレスになることは滅多にない。
・疑似血液有り。その際の表現は「オイル」ではなく「血」。
・基本的にレプリロイドは涙を流せるが、そういった機能を持たないレプリロイドも有り。
・訓練や技、武器の開発等で強くはなれるが、当然成長はしない。
・液体エネルギー、エネルゲン水晶等で体力を補給するのが普通だが、人間のように食物を食べて回復も可能。が、不能なレプリロイドも有り。
・人間はほとんど出てこない。
・ヒロインが「イレギュラー」とは違う意味で少々異常なところ有り。
・時にゼロのキャラがおかしくなること有り。
・アクセルは原作より子供っぽいところ有り。
・エックスの精神年齢は16歳。
・ゼロの精神年齢は17歳。
・アクセルの精神年齢は12歳。

以上の設定が不満な方、受け入れられない方は、お戻りすることをお勧めします。
気に入られた方、それでもいいとおっしゃる方は、どうぞご覧になってください。

最後になりましたが、焔雫は学生にございます。また、パソコンにも強くありません。なので、次の掲載が滞ることもあるかと思います。ですが、精一杯やらせていただきますので、どうか気長に読んでいただきたく願います。
では。



[18326] プロローグ
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47b90763
Date: 2010/08/17 16:06
彼女は、脳裏に"彼等"を思い描いていた。

夜空を見上げているように見えるが、その瞳は閉ざされている。

月明かりに照らされ、白い鎧は神秘的な光を放っており、夜風に揺られた銀色の髪は、真珠のように煌めく。
笑むことのない口元は、なにを思うのだろう。
彼女の美しい造形は、この場にとてもよく似合っていた。


「クリア」
名を呼ばれた彼女―――白い鎧を纏い、長い銀髪を持った少女は驚きも見せず振り返る。
「エックス」
現れた青年の名を口にし、微笑む。あまりにも落ち着いた彼女の反応が意外だったのか、それとも白銀の姿と月光の組み合わせが印象的だったのか――定かではないが、エックスは面喰ったように固まった。

「――エックス?」
再度名を呼ばれ、はっとする。
「…どうしたの?」
頼み事や質問する時の癖だと最近知った、上目遣いで訊ねてくる。それをする本人に自覚はないのだろうが、彼女ほどの容貌でやられるとかなり効く。今は距離があるのが幸いか。
「あ、い、いや……なんでもない」
「そう?…それで?」
"なにか用があったんじゃないの?"と、腕を組み背を柵に預けてもう一度訊ねる。
「ああ…ゼロが……出動した」
「……そっか」
言ったっきり、彼女は瞳を伏せ、黙ってしまった。
エックスも、思わず顔を伏せる。


一時の沈黙を、破ったのは蒼き青年。
「…すまない、クリア。俺は…」
「彼」
顔を上げると、彼女は眼を閉じたまま独り言のように呟いていた。
「彼、まだ傷が癒えてなかったみたいだったけど……大丈夫かな」
彼女の言う"彼"と云うのは、当然紅の剣士の事だ。
話に少なからず不安を感じ、エックスは口を開く。
「傷?」
「昨日、私との共同任務で負った傷。ある程度治療はしたけど…完治してないらしいし」
"私もだけど"。
笑って話す彼女に対し、向かい合う青年の表情は暗くなる。
「…ごめん。そういうつもりで言ったんじゃないんだ」
悩み始めたエックスの心境を察し、素直に謝罪する。
「大丈夫だよ。"今は"私たちに任せて。ね」
今度は微笑ではなく、明るい笑みを見せた。
エックスはしばし沈黙し、苦笑しながら頷く。彼女もほっとしたようで、思わずくすくす笑いが漏れる。

「俺は司令室に戻るけど…君は?」
「もう少し、ココに居るよ」
背を向け、今度こそ空を見上げる。

今宵は三日月。

「…君は本当に…空が好きなんだね…」
聞きようによっては皮肉にも聞こえるが、この時のそれは、純粋なエックスの感想だった。
「ん…いや………うん、好き…」
言い直した気がしたが、蒼き青年は少女の胸中を探るにあたわなかった。
踵を返し、エレベーターへの角を曲がる。

彼が去っても尚、彼女は空を見つめ続けていた。






数十分前。
「俺一人で行って来る」
紅き剣士は、はっきりと言った。
「すぐ出る。これ以上被害を広げさせん」
言うやいなや、早足に司令室を出て行った。
「ゼ、ゼロ!」
慌てて親友の後を追うエックス。
ゆらゆらと動く長い金髪を前に、声をかける。
「一人で大丈夫かクリアも一緒に…」
「問題ない。あのハイウェイでなにか起きた以上、俺が行かないわけにはいかないだろう」
「………」

最初のシグマの反乱。全て、あの場所から。

"それに"と付け加えながら足を止める。つられてエックスも立ち止まる。
「昨日の任務……俺をかばって傷を負っていたからな…。まだ癒えてはいない筈だ」
淡々とした口調だ、彼女に対し悪かったと思っているのは明白。
「…出撃する」
「…ああ」
転送室へと歩みを進めるゼロを見送り、エックスは数秒の逡巡の後、屋上へ足を向けた。




―――三か月前、突然現れた少女型レプリロイド。
彼女の名はアノマリー・クリアーナ。
通称、クリア。

ナイトメアウイルス事件後、エックスが第一線を退き、数か月が過ぎた頃。
任務中のゼロを、クリアが助けたのがきっかけだった。
予想を遥かに上回るイレギュラーを前に、さしものゼロも苦戦している中、白き少女は臆することなく戦場に飛び込んだ。

"大丈夫!?"

第一声がそれ。
ふわりと降り立つと、足首近くまである白いマフラーが揺れた。

ゼロと共にイレギュラーを掃討した彼女が真っ先に行ったのは、ゼロの――治療。
応急処置、どころではなく、完治させた。


驚いて眼を剥く青年。

安心して微笑む少女。



出逢うはずのない出逢い。


それが、

現在いま

出逢い。


運命の歯車が、大きく動き始めていた。



[18326] 第1話 少年銃士
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47b90763
Date: 2010/08/17 16:11
夜のハイウェイを、駆け抜けていく少年。
そこに立ち塞がる、数多のメカニロイド。
少年の左手には、一丁のバレットが握られている。

彼にとって、ここは荒野。

障害物を飛び越え、荒い息を整える。
「はあっ…はあっ……流石にここまで来れば…大丈夫かな…?」
辺りを見回し、歩き始める。
直後、後方で大きな"音"がした。
驚いて振り返った彼は、すぐさま前を向き、全速力で走りだした。



同刻。
ハイウェイに転送されたゼロは、背にしまってあったセイバーを抜く。
「またここに来ることになるとはな。しかし……派手に暴れたもんだ……」
彼の言う通り。
大きな道路のいたる所にはメカニロイドが配備され、破壊活動を行っていた。
「一体なにがあったんだ?」
ヒラリと飛び降り、イレギュラー化したメカニロイドを斬り裂き、進んでいく。
高い壁を蹴り上がり、壊されてできた穴を飛び越えた。
再び走る、刹那。

「どいてどいてー!」

突如響いた高い声。

脇をすり抜けていく黒い影。

「おい!?ちょっと待ってくれ!」
思わず声をかけると、そのレプリロイドは素直に止まり、振り向いた。

身長はゼロより頭半個分以上は低いだろうか。黒い鎧に尖った橙色の髪、胸と頭のヘルメットに蒼くまるいコアを宿しており、瞳は純粋な常葉色。
そして、そのあどけない顔の中心には、大きな"X"の形の古傷があった。

「なにやってるの!?そんなところでじっとしてたら危ないよ!早く逃げて!!」
ひどく焦った表情の少年に、ゼロは眼を細めた。
「この事件の関係者か?」
訊くと彼は訳が判らないという顔をする。
「事件??なに言ってるの?」
すると、なにかに気づいたらしくゼロの後方上空を見上げ、叫んだ。
「あぁっ!ほら、来たよ!じゃあボク行くねー!」
身を翻し、走っていく。ゼロも後ろを見上げれば。

「…!」
巨大なサソリ型メカニロイドが降ってきた。
どう見ても戦闘型。
「くそ、一体なにが起こってるんだ…」
ハサミを振り回しながら迫ってくる。戦うにはやりづらい場所なので、先ほどの少年を追いながら一旦退く。
小柄な彼の姿が消えたかと思うと、飛び降りたのだとすぐに気付く。少年の後を追って、ゼロも軽やかに着地する。
「…説明してもらおうか」
低い声のゼロに向き直る少年は、笑っていた。
「わかったよ。後で必ずね?でも、先にあいつをなんとかしなくちゃ」
少年が顔を向けた先に、メカニロイドが飛び降りてくる。
再びゼロを見た彼は、はっと眼を見開いた。
「紅いアーマーと長い金髪…それにセイバー…ってことは、あんたは…ゼロ、だよね?」
"だったら"と、続ける少年はどこか嬉しそうだ。
「イレギュラー退治は得意でしょ!ココは任せるよ。
…でも、もしものときは、ボクを呼んでよね。こー見えても得意なんだ、イレギュラーハント。
ボクはアクセル。よろしくねー!」
凄まじく一方的に告げ、ゼロの横を通り抜けていこうとする"アクセル"の髪を、彼は咄嗟に空いた右手で掴んだ。
「おい!待て!」
「痛あ!なにすんの!?」
「……あいつが狙っているのはお前だろう」
状況からして、そう考えない方が不自然。
「…そだね。じゃ、ボクがあいつのしっぽとハサミ止めるからさ、その隙に本体の方攻撃してよ!」
ゼロの返事を聞く前に、少年は足に装備されたホバーと白く細い日本の羽で対空し、連射を始めた。
彼の第一印象は"生意気"。ゼロといえど、舌打ちは禁じ得なかった。
「チッ…面倒なことになったな……後できっちり説明してもらうぞ!」
足の加速器で間合いを詰め、大きく斬り込む。
厚い装甲に亀裂が生じ、メカニロイドは怒ったようにハサミを振り下ろした。
素早く飛びずさり前を見れば、慌てて避けずとも良かったかもしれないと思った。

アクセルが、メカニロイドの腕の関節部分を的確に狙い、そのおかげでハサミの動きは緩慢になっている。振られる尾をホバーを解除することでかわし、今度はその尾に向かってバレットを連射する。
幼いながらも、やはり只者ではない。ゼロはそう感じた。

ゼロが再び一撃をくらわせたのと、アクセルの攻撃が尾を破壊したのはほぼ同時。
「今だよゼロ!」
言われるまでもなく、懐に飛び込んだ。
亀裂の広がった箇所にセイバーをつきたて、勢いよく斬り裂く。
結果、メカニロイドは一刀両断され、爆発した。

「流石ゼロだね!でも、ボクも結構やるでしょ?」
斬った直後、爆発する前にメカニロイドから離れていたゼロに、同じく後退していたアクセルが歩み寄る。
セイバーを収めながら向けられる彼の視線。それを見て”あっ”と呟きを漏らす。
「…えっと、どっから話したらいいかな?」
「……それは俺の決めることじゃない」
「へ?」
ガシャン、と。
「……………は?」
続いて彼の手からバレットが離れる。
…正確には取られた、のだが。

「……ちょっ…ゼロ!コレナニ!?」
手錠をかけられた手首を見ながら、ゼロに抗議するアクセル。
そんな彼を華麗にスルーし、剣士はバレット片手に通信を開く。
「こちらゼロ」
<こちらシグナス。ゼロ、状況は?>
「アクセルと名乗る、事件の関係者らしきレプリロイドを捕獲した」
簡単に報告を流すと、少しの間を置き、
<では、司令室に連れて来てくれ>
「了か」
「ゼロぉー!聞いてってばぁー!!」
<…子ど>
「了解した」
シグナスがなにか言おうとしていたようだったが、気にしない。半ば強引に通信を切る。
まだ隣でぎゃーぎゃー喚いている子供の腕をつかむ。

数瞬後、二人はベースへ転送された。






「…おっ、と。戻って来たね」
ぴくりと肩を揺らし、誰もいない背後を振り返る。

前触れなく紡ぎだされた言葉は独り言。

柵に背をもたせかけ、その瞳を細める。
「どうしてやろうかゼロ……ん?」
あまり穏やかでないコトを言った直後、なにかに気づいた。
「…一人じゃ……ない?」
眼を閉じ、神経を集中させる。
「…もう一人……いる?」
半信半疑の表情で瞼を上げる。

――……これは…………

「…………………」
疑問の色は確信へと変わり、瞳は冷たい光を灯す。
「……そう、か」
悟ったような呟き。

――…終わり……

「同時に始まり……」
くすりと零した笑みは、微笑なのか、自嘲なのか。

――そう、だね……
ふっ、と柵から背を離せば、長めの銀髪と白いマフラーが揺れる。
肩越しに空を見上げると、少し低い位置に移動している月が映る。
随分時間が経っていたのだなと、今更ながらそう思った。




「これからだ」




淡く蒼い双眸が、強い意志を湛えていた。










~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
やっと第1話投稿です……。
うーん……結構キーボード打つの時間かかりますね…。

誤字・脱字等のご指摘がございましたら、感想掲示板までご一報ください。

尚、最初の設定説明で書き忘れがありましたので、追加しておきました。まだご覧になっていない方は、ご確認ください。


エースコックさん、ご指摘ありがとうございます。なんだかすごく恥ずかしいミスをしてしまいました…。



[18326] 第2話 純粋なる少年
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47b90763
Date: 2010/05/27 14:29
廊下に二人分の足音が響いている。

紅の青年と、黒の少年。

彼等は司令室へ向かっている。


無言で歩くゼロの隣で、アクセルはあからさまに不満げな顔をしながら、ずっと閉じていた口を開いた。
「…逃げも隠れもしないよ。だからこんなもの外してよ。まるで悪いことしたみたいじゃない…」
軽く両手を掲げて抗議してみる。比較的小さな手首にはめられた手錠。ゼロは鋭い瞳を彼に向けた。
「…悪いことしたみたい?」
怒気を含んだような低い声に、アクセルは”うっ”と詰まった。ハイウェイでの被害はこの少年が元凶なのだど、彼自身も判っていた。
「…ま、まー確かにしたかもしれないけど…」
針の如き視線に対し、口ごもる少年は他の話題を探す。
「・・・そっ、そうだ!」
俯き気味だった顔をぱっと上げ、
「ほら、ボクらの相性バッチリだったよね!二人であのでっかいのを倒した時、これはイケるって確信しちゃったよ!いいコンビになれるかも、って!」
「…………」
純粋な瞳を見、一体なにを考えていたのだろうか。黙って手錠を外すゼロ。代わりに右手でアクセルの腕をがっしり掴む。
「…子どもに対しても……変わらないね、キミ」
「…………」
司令室への廊下の壁に背を傾け、腕を組んで立っている少女。開いた両眼は穏やかだった。
「…どうでもいいだろう」
「そだね。まーそこがキミらしいトコなんだけど」
くすくすと零れる笑みに、ゼロは苦虫を噛み潰した表情になる。
「キミがアクセル?」
淡い蒼の瞳が、きょとんとした少年に向けられる。
「あっ、うん。そうだよ」
急に呼ばれて戸惑ったが、即座に返答する。
クリアは彼に歩み寄ると、正面から顔を覗き込む。
彼女の方が少しばかり背が高い。
「へぇ……キミが……」
彼女の行動と含みのある言い方に、ゼロは眼を細めた。そんな彼に気づいたらしく、クリアはアクセルの常葉の瞳を一瞬見つめ、ぱっと離れた。
「ふうん……眼、緑なんだ」
「…変?」
訊ねてくる少年に、クリアは慌てた様子もなく、
「や、そういうワケじゃないんだけど」
「じゃ、なに?」
首を傾げ、重ねて訊く。そんな彼に、彼女は微笑わらう。
「ただ……面白いなー…って」
「??」
「くすくす」
笑い声に詳しい説明を求める少年を見ても、彼女は笑みを返しただけだった。
コツン、とアクセルの額のコアを小突き、
「ま、頑張りな」
そう言って司令室とは真逆の方向へ歩き出す。
「何処へ行くクリア」
訊ねたゼロを振り返らず、ひらひらと手を振って、
「事件あったハイウェイ。後片付けしないと」
足早に転送室へ歩いて行った。

余計な時間を食ってしまったと、ゼロは止めていた歩を進める。が、腕を掴まれた少年は動こうとはせず、クリアが歩いて行った方向をじっと見つめていた。
「……おい」
不本意ながらも声をかけるが、反応はない。仕方なくもう少し大きい声で言おうかと口を開こうとすると、
「あのひと
ぽつりと。
「…綺麗なひとだね。クリア…だっけ?」
ようやくゼロに向いた瞳は、純粋な緑。
彼女が”面白い”と言った理由に気付き、ふっと息をつく。
「…彼女の名はアノマリー・クリアーナ。俺たちは………クリア、と呼んでいる。」
間が空いたのには訳があるのだが、ゼロがそれを語ることはないし、アクセルも訊ねなかった。
歩きながら彼は疑問を口にする。
「クリアーナ?アノマリーって呼ばないのはなんとなくわかるけどなんでアダ名?クリアーナでもいいよね?」
一応、理由というものはある。
「…彼女がそう呼んで欲しいと言ったからだ」
「あのひとが?」
さも意外だとばかりに尋ねる。大して捻りもないニックネームだが、自分から、というのはどうも違和感があるのだろう。実際、ゼロやエックス達も言われた時は疑問に思った。

――言ってもいいだろうか

純粋な少年の瞳を見ながら、ゼロは思う。
彼女は理由を話す時、少し寂しげな顔をしていた。聞いた後では、それも取り敢えずは納得できる内容だった。
だからこそ、ゼロもまた躊躇う。
彼にしては珍しく悩み、考えながら歩いていれば。
「…ま、いーや。後であのひとに訊こ」
呟かれたその言葉に。
安堵したのか腹が立ったのか判らないが。
ひとまずゼロの思考は中断された。


「そういえば…」
司令室の前まで来て、アクセルがまた問いかける。
「エックスはどうしちゃったの?最近見かけないね」
ゼロと同様に有名な蒼き英雄のことを、アクセルが知らないわけはない。
ここのところエックスの話を聞かないということを、彼は少なからず気にしていた。
「すぐ会わせてやる。この扉の向こうだ」
その扉が開き、アクセルは目を細めた。

大きな部屋に、光が大量に灯っている。
中を見回す暇もなく、ゼロが再び口を開いた。
「連れて来たぞ」
その声に答えたのは、高い場所に座っていた比較的大きな体のレプリロイド。帽子をかぶり、軍服のようなアーマーを身に纏っている。
「ご苦労だったな、ゼロ」
アクセルの腕を離したゼロの前に降りてきてそう告げると、小柄な彼に視線を向けた。
「お前が通信で報告のあったアクセルだな。私はシグナス。イレギュラーハンターの総監を務めている」
アクセルにとって、”上官”という立場の人は初めてだった。知らず、肩に力が入る。

「お前か?この騒動の原因は」
突然の声にアクセルは振り向き、僅かに目を見開いた。

蒼い鎧を纏った青年。額には、赤いクリスタルを宿している。疑問を含んだ翡翠の両目は、真っ直ぐアクセルを見ていた。

このレプリロイドこそ、蒼き英雄、ロックマンエックス。

アクセルは、エックスに向き直った。
「…そうみたいだね。まさかあんな奴まで使って追って来るとは、思わなかったんだ」
「なに?」
疑問の色が濃くなる。
「どういうことだ、追われているのか?」
その問いに、彼は少し顔を伏せる。
「……抜けだして来たんだ……レッドアラートから…。こう見えてもハンターなんだよ?」
「…レッドアラート…」
呟きながら、シグナスは最近聞いた情報を思い出す。
「あの自警団を気取っている、ならず者の集団か…」
彼らの活動が、日に日に激しくなっていることは、イレギュラーハンターの耳にも届いていた。
「お前たちの内輪もめで、どれだけの被害が出たと思っているんだ?」
責めるようなエックスの言葉に、アクセルは深く俯く。
「…反省してるよ。でも、もうあそこにいるわけにはいかなかったし……こんなことになるなんて思わなかったんだ。仕方ないよ」
言い訳めいた、拗ねたような声音に、エックスは珍しくも声を荒げた。
「仕方ないだと!?ふざけるなっ!」
「落ち着けエックス」
いきり立つ彼をシグナスが制し、少年を見る。
「アクセル、まずお前が抜け出した理由を教えてもらおう」
有無を言わさぬ低い声に、アクセルは僅かな躊躇いを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「…レッドが…レッドアラートが…変わっちゃったんだ……。今じゃただの殺し屋集団。ボクはそいつらに利用されていたんだ……。昔は悪い奴らにしか手を出さなかったのに………もう耐えられなかったんだ!」
最後の言葉は悲痛を含んでおり、妙に響いた。
だが、ゼロが引っかかりを覚えたのはそこではない。

“レッドアラート”は、”レッド”というレプリロイドが率いる非公式組織。彼らに利用されていたというのなら、アクセルが組織の重要人物であることは察しがつく。

――と来れば…

「奴らはきっとこいつを連れ戻しに来るな」
ずっと黙していたゼロが、自分の考えをまとめた。
彼が重要であるのなら尚更。彼一人の為に莫大な被害を出すことも厭わない。奴らがどれだけ彼に執着しているかは、それだけで判る。
「丁度いい機会だ。レッドアラートには手を焼いていたし…」
言外に奴らを倒そうと言うシグナスに、エックスは反論した。
「なにを言ってるんだ!戦ったら、奴らの思うツボじゃないか!またくだらない戦いを繰り返すだけだ」
「…ボクが言うのもなんだけどさ」
シグナスに向けていた視線をアクセルに戻すエックスに、少年は言葉を紡ぐ。
「エックスの言っていることはわかるよ。でも、戦いでしか解決できないことだってあるんだ!もう話し合う余地なんかないよ」
思わず、といった様子で、ゼロは僅かに目を見開いた。
確かに彼の言うことにも一理ある。しかし、問題なのは彼の態度。
“生意気”だと感じたのは、ゼロだけではない。彼の言動が、エックスの癇に障った。
「知ったような口をきくなッ!お前は黙って、今までの罪を償うんだ」
険悪な空気が漂い、なにか言った方がいいのではと、ゼロやシグナスが考えをめぐらせようとした、その時。

司令室のモニターに、激しいノイズが走った。

「!?エイリア、なにが起こった!」
エックスがオペレーター席のエイリアを振り返れば、彼女は素早くキーを操作していた。
「発信源不明の通信よ!画面全モニタに出力するわ!」
砂嵐がかかっていた大画面に映し出された、その相手。
思わずだろう。アクセルは息を飲んだ。

紅の鎧を纏った、隻眼の戦士。

<聞こえているか?ハンターども!俺はレッド。ご存知の通りレッドアラートのリーダーだ。
わざわざこうやって表に出たのは他でもない。逃げ出しやがった俺たちの仲間が、事もあろうにお前らの所へ転がり込みやがった>
片方だけの眼が、少年を捉える。
<そう!そこにいるアクセル!そいつを返してもらいたい。…と言ってもそう簡単に戻ってくるとは思えない。知っての通り俺達もハンターとして働いている。 これまでイレギュラーも数え切れないほど処分してきた>
話の流れに、ゼロに嫌な予感が走った。
<そこでだ!ハンター対決ってのはどうかな?>
「ハンター対決だと…?」
<そうだ。真のイレギュラーハンターを決めてみないか?悪いがこっちは、今まで捕まえてきたイレギュラーを仲間として使わせてもらうぜ、文句は無しだ。
最後に生き残った方が勝ちだ。俺たちが負けたら、アクセルはお前らにくれてやる。当然だが、俺たちが勝てば……>
「ふざけるな!」
あまりに一方的な話に堪えきれなくなり、エックスは怒鳴る。
「アクセルと俺達は、全く関係がない!こいつの為に、お前と戦う理由はない!」それに対し、レッドは視線をエックスに移してせせら笑った。
<威勢がいいな。でも口だけじゃないのか?最近じゃ現役を退いてるらしいしな>
ぴくり、と反応を示したのは、アクセル。

――…エックスが……現役を退いてるって……!?

考えを整理する間もなく、レッドは再び口を開いた。
<…まっ、腰ぬけには用はねえ。
いるんだろアクセル?首を洗って待ってろよ…。
フハハハハハッ!!>
笑い声と共に、画面は数秒砂嵐を見せ消えた。
「…さっそく動き始めたようね。
各地でイレギュラー発生!被害の出たエリアを調べてみるわ!」
通信の発信源を探っていたエイリアは作業を切り換え、エリア解析を始める。

「ごめん…ボクのせいで…」
少年は謝罪の言葉を述べる。
それに答える者はいない。いなくてよかったと、アクセルは思った。
「面倒なことになったな…」
独り言のように呟いたのはゼロ。ただでさえ人手不足の状況で、好ましいとは言えない。
皆、どうしたものかと考えていると、アクセルの頭に一つのアイディアが浮かんだ。
「そうだ!さっき、罪を償えって言ったよね、エックス?」
打って変わって明るい声音。
「じゃあボクをイレギュラーハンターにしてよ!ゼロとのコンビネーションもバッチリだし!なんと言っても、レッドアラートのことなら任せてよ!」
「…ゼロとのコンビネーション?>
どういうことだと、視線だけでゼロ本人に尋ねる。
彼は”言っていなかったな”と口を開く。
「アクセルを追いかけていたメカニロイドは、俺とこいつとで処分した」
「そうそう!ね、いいでしょ?」
無意識なのであろうが、上目遣いで頼んでくる少年に、流石にエックスも”う”っと詰まった。しかし、すぐに思考を切り換える。
「なにを言ってる。お前みたいな奴を、ハンターとして認められるわけないだろ。冗談はやめてくれ」
「本気さ!それがボクの罪滅ぼしだよ!」
切って捨てるエックスに、アクセルは必死に食い下がる。
「お前が素直に戻れば問題解決……どうやらそうもいかなくなってしまったな…」
「!?」
ずっと黙っていたシグナスの発言に、再び俯く。
「そうだな、奴らはまともじゃない。当然話し合いも通じないだろう。こいつが戻ったところで、大人しくなるとは思えない。それにこいつは……戻る気がないだろ?」
俯いていた顔が、
「流石ゼロ!ボクのこと理解してるね!」
ぱあっ、と明るくなる。
解析を続けているエイリア以外の三人は、呆れざるを得なかった。
「実はボク、エックスとゼロに憧れてたんだ!
ボクも戦う!イレギュラーハンターにないたいんだ!」
“憧れている”と言われた二人は一瞬彼を見、思わず顔を見合わせた。
――果たして自分たちは、これほどまで無邪気に憧れてもらえる存在だろうか。

「…憧れだけで務まる仕事じゃない」
少し間を置き、エックスは彼に視線を戻す。
「ここでゴタゴタやっていても始まらない。俺は行くぜ」
いつまでも続きそうな口論に区切りをつける意味もあり、ゼロは扉へと向かう。
「あっあ、待ってよ!」
アクセルの声にゼロはぴたりと足を止め、
「俺は一人で行く。ただ、止めはしない。勝手にすればいいさ」
振り返らずに扉をくぐる。
「やった!」
司令室を出て行ったゼロから、エックスへと視線を移す。
「エックス、もしバウンティーンハンターを全員捕まえたら、ボクのことイレギュラーハンターとして認めてよ!」
「そこまで言うのなら、俺を納得させてみろ」
ひゅっ、となにかが宙を舞った。
「忘れ物だ」
先程、ゼロからエックスへと渡されていたバレットが、持ち主の手に落ちる。
「わかった。約束だよ」
バレットの感触を確かめ、ゼロを追って駆け出す。

エックスは目を閉じ、ぐっ、と拳を握り締めた。
「…まただ、また無駄な戦いが繰り返される…」
悩み始める彼に、厳然とした声がかけられる。
「エックス、そんなに考え込むな。こうなった以上、戦う以外に道はない」
シグナスの言葉に少しの間を置き、かすかに頷く。

――こうやって、何度も何度も同じ過ちを繰り返してきた…

未だに出ない答え。
ゼロに、そして”彼女”に頼っている現状。

――それでも……

(なぜレプリロイド同士が、傷付け合わなければいけないんだ?)

彼の囁きのような呟きは、誰にも聞き咎められることはなかった。










~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ようやく更新です…。遅すぎる…。



[18326] 第3話 踊る暗殺者
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47b90763
Date: 2010/08/08 13:51
「待ってよゼロ!ゼロってば!」
すたすたと歩いて行く彼は、歩みを止めることなく僅かに後ろへ視線を送ったが、すぐに顔を前に戻す。
やっとのことで追い付き、紅い背中を見ながらぷう、と頬を膨らませた。
「待ってって言ってるじゃん」
「言った筈だ。”俺は一人で行く”。一緒に来たければ、それ相応の努力をするんだな」
「…わかったよ」
後ろを歩く彼を見ようともしないゼロに、アクセルは口を尖らせる。

――ゼロって厳しいなー……なんとなくわかってたけど…

沈黙の空気は、はっきり言って苦手だ。なにか言い話題はないかと思考を巡らせる。
「…そうだ!言ってなかったよね。ボクがレッドアラートから逃げ出した理由は……コレさ」
再び少しだけ視線を送ったゼロの目に映ったのは、白い光に包まれる彼。驚く間もなく、収まる光。
彼の姿は、少年ではなくなっていた。
「レプリロイドの姿や能力を、そっくりそのままコピーできる」
居たのは緑色のレプリロイド。機械的な声に交じって、少年特有の高い声も聞こえる。
もう一度白い光を放ち、ほぼ一瞬後に元の姿に戻った。
「…でも、完璧じゃないんだ。コピーショットを使っても、姿をコピーできるのは、ボクに似た大きさのレプリロイドじゃなきゃダメみたいなんだ。他は能力をコピーして使うことしかできないしね」
笑いながら言うアクセルに、さしものゼロもこれには驚いたらしい。立ち止まって振り返り、碧い瞳を見開く。
「その能力は一体…!?」
「驚いたでしょ?へへっ」
いたずらっぽく、得意げに笑う。
「…でもね、」
途端、彼の声が明るさをなくした。
「ボクも、どうしてこんな能力が使えるのかわかんないんだ……」
いきなり沈んだ声音になったことも訝しんだが、話の内容に引っかかりを覚えた。
「わからないって、お前自分のことが分からないのか?
正面から彼を見て訊ねると、いよいよ暗い表情になって俯いてしまう。
「……昔のことは覚えてないんだ、ボク。…レッドに拾われて、この能力のおかげで強敵を倒して来たんだけど……」
アクセルは、そこで一旦言葉を切った。続きを待ちながら、ゼロは彼の言ったことが気にかかっていた。

――拾われた…のか……

「………思いもよらないことが起きたんだ……」
長い間を置き、ようやくそれだけ口にする。

少しだけ、彼の言葉を待っていた。しかし、躊躇っているのか、俯いたまま口を閉ざしてしまう。
どうした、と言おうとした時、唐突に通信器が鳴った。
その音にはっ、と顔を上げたアクセルの前で、ゼロは右腕に内蔵された通信器を起動させる。
<ゼロ、今どこ?一つ目のエリア解析が終わったんだけど…>
「エイリアか。まだベース内だ」
<そう。ところで、彼はそこにいる?>
「ボクのこと?」
会話を茫然と聞いていてアクセルだったが、ここぞとばかりにゼロの右腕に顔を近付ける。
<あなた、通信器は内蔵されてるかしら?>
「うん、あるよ」
<じゃあ周波数を合わせてくれる?連絡が取れないと困るから>
「わかった」
右腕を操作し、ゼロの周波数に合わせて通信を開く。
「どうかな?」
<問題ないわ。さっきはいろいろあって自己紹介がまだだったわね。私はエイリア。オペレータとしてあなた達のサポートをするわ。よろしくねアクセル>
「うん!よろしくエイリア」
先程の暗い顔はどこへやら。花が咲いたように笑うアクセルに、ゼロは瞳を細めた。
自分の無線を切り、壁に背を傾ける。というのも、二人の会話がまだ続きそうだったからだ。
<…ところでアクセル。さっきのレッドからの通信で発信源を割り出そうとしたけど、無理だったの。大体の位置でいいから、彼らの基地の場所はわからないかしら?>
「……あー………」
訊かれて、言葉を濁す彼は、少し言いにくそうだった。
「…実は、ボクがいたのは旧アジトなんだ」
<旧アジト?>
エイリアだけでなく、ゼロも訊ねたいところだ。
「うん。抜け出す計画練ってた時に、偶然他のメンバーが話してるの聞いちゃったんだ。”明日、新しいアジトに移動する”って。新しい所に行っちゃったら逃げ出せなくなるかもしれないから、急いで飛び出して来たんだ。こんなことになるなんて思わなかったから……」
”ごめん”と謝る彼に、エイリアは”いいのよ”と優しく返す。
<そういう理由なら仕方ないわ。取り敢えず、今は被害の出ているエリアの解析が最優先ね…。
 ゼロ、アクセル、まずはラジオタワーに行って!>
「ラジオタワーって、電波塔?」
瞳を丸くしながら問う。
<ええ。ラジオタワーを開放しないと、各地域に避難連絡もできないわ>
「了解。すぐ出る」
ゼロが歩きだし、アクセルが慌ててその後を追っていった。


「…あ」
「…………………」
転送室にて。
「やあ」
小さく声を漏らしたアクセルと、瞬間的に固まったゼロに向けられたのは、非の打ち所のない笑顔。
「そろそろ来るころだと思って、待ってたんだよ」
転送装置のすぐ傍の壁に背を傾け、腕を組んで立っている。ベースに来たアクセルに廊下で会った時と、全く同じ。
クリアは組んだ両腕を解き、壁から離れて真正面からゼロを見る。
「……で?怪我をしてる剣士さんは、”一人で行く”気なんだって?」

――…怪我…?ゼロが…?

「……気付いたか」
「当然だよ」
言うなり、素早くゼロに歩み寄り、彼の右腕を掴んだ。
「…っ……」
「…利き腕じゃないからって、甘く見ない方がいいよ」
微かに息を呑むゼロにはお構いなしに、クリアは空いた片手の人差し指を、ぴっ、と彼の右腕に当てる。

次の瞬間、アクセルは瞳を見開いた。

彼女の指先に、白く穏やかな光が灯る。

ゼロの腕に触れていたのは十数秒。
光を消し、彼の腕を離す。
「……流石だな」
「それだけ?」
「…………感謝する」
苦虫を噛み潰したような表情の彼に、クリアはにっこりと笑った。
「…んで、」
今度はアクセルの前に立ち、顔を覗き込む。
思わず一歩退いた少年の瞳は、困惑で揺らめいていた。
「キミも、だよね?」
問いにしては、確信に満ちている。
動揺した彼の頭の上に右手をかざし、先刻の白い光を放った。
反射的にビクリと震えたが、すぐに恐怖は消えた。
逃げる時に負った傷が、癒えていくのがわかる。
光は数十秒で消え去り、クリアは一歩下がって彼から離れる。
「軽い傷も、甘く見てるとよくないよ」
ゼロにしたように笑いかける彼女に、アクセルは常葉の瞳を丸めて微かな声で問うた。
「…なんで…?」
「それは傷を見抜いたことについてかい?治したことについてかい?」
「………両方」
クリアは数度瞬き、微笑んだ。次いでくすくすという笑みが零れる。
「両方か…訊かれるとは思っていたけど……あのね、」
「うん」
ごくり、と唾を呑む。

「時間ないから、また後で」

「………………へ?」
「さあ、行こっか。電波塔でしょ?」
呆然としているアクセルからゼロへと視線を移す。
“ああ”と短く答えたのを確認し、転送装置に足を向けた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!教えてよ!」
ようやく言語能力を取り戻したアクセルが、慌てて声をかける。
クリアは肩越しに振りかえり、満月のように明るい笑みで、
「あーとーで」
それだけしか、言わなかった。




「………螺旋階段?少し違うか……」
タワー内の構造を眺め、零れたのは独り言。
螺旋状になってはいるが、階段ではなく坂だ。所々に穴が空いている。
<ゼロ、クリア、アクセル、聞こえる?その塔の最上階に、イレギュラー反応を感知したわ!そちらの様子は司令室で常にモニターできるから、オペレートするわね!>
「礼を言う、エイリア」
白き少女は感謝の言葉を述べる。
「…行くぞ」
既に抜いているセイバーを構え、真っ先に駆け出せば、アクセルが続き、クリアがその後を追う。
「!二人とも、あれを!」
クリアの示す先、上まで筒抜けになっている塔の中央を見ると、巨大なメカニロイドがいた。ヤドカリにも見えるそれは、三人めがけて火の玉やらミサイルやらを飛ばして来た。
「ダッシュを使え!」
「判っている!」
クリアとゼロの、短いやり取り。二人の間に挟まれて攻撃をかわしながら走っている少年は、ふと疑問に思う。

――このひと…なんかしゃべり方変わってるよーな……

「――上だ!アクセル!」
「えっ―――!?」
丁度考えていた相手の声が響き、アクセルは咄嗟に飛び退いた。
敵の攻撃で上の通路の一部分が崩れ、瓦礫となって落下したのだ。
「あっぶな…」
「立ち止まるな!」
後ろから急かされ、再び走り出す。
「上から何か来るぞ!」
今度は先頭からの呼びかけ。
飛んで来たのは小型メカニロイドの集団――
「バットンボーンだな」
抑揚のない声はゼロではなくクリアのもの。
それを訝しる間もなく、こうもり型メカニロイドの群れは、三人に襲いかかって来た。

素早くセイバーを振るうゼロと、バレットを連射するアクセル。
「ってあのひとは!?」
確か彼女は武器を持っていなかったはず。
慌てたアクセルが振り返れば。
「なにをしているアクセル!前を見ろ!」
素手で戦う少女が、居た。
「……!!」
少年を怒鳴りつけながらも、彼女の動きは止まらない。振るう拳は、一撃でバットンボーンを粉砕する。

――このひとの戦闘スタイルって……!

思考は一瞬。すぐに切り換え、敵を倒すことに集中する。
やがて飛んで来なくなり、前進する。
「……行き止まりだ」
先行していたゼロが呟く。
「…ホントだ。どうする?」
続いてアクセルもぼやく。
「……そうでもない」
「「?」」
後ろを振り返れば、クリアはいつの間にやらバイザーをかけていた。透明ではあるが赤く、彼女本来の瞳の色を隠している。
「上を見な」
視線を天井に向けるクリアに倣い、ゼロとアクセルも見上げる。
「…!」
「…穴?」
行き止まりの壁の上に、大きな穴がぽっかりと空いていた。
「あそこから登る。行くぞ」
たんっ、とジャンプし、壁に飛びつく。そのまま壁蹴りで軽やかに登っていき、二人も同様の方法で後を追う。
「…あれ?ここ、坂じゃなくて平らだね」
最後に穴から出てきたアクセルが、周りを見回して言った。
円形の、ドーナツ型の場所。中心に大きな穴がなければ広場だ。
続く道が見当たらず、どうしたものかと思っていると、通信が入った。
<聞こえる?さっきの大型メカニロイドの弱点が判ったわ。目が弱いみたい。他の部分は装甲が厚くて弾かれるわ。目を狙って!>
「了解…」
「了解っ!」
「了解」
ゼロ、アクセル、クリアの、同じ言葉で違う声を返す。

巨大な穴から顔を出したメカニロイドは三人の姿を捉えると、“目”というべき部分を引っ込めて回転を始めた。同時に、大きな刃が飛び出る。

即ち。
「いっ…!」
「避けろ!」
回転する刃を、ゼロは飛んでかわし、アクセルはローリングで避け、クリアは床に伏せることで回避する。
「目を狙えって言われたけど、これじゃ無理だよ!?」
「そんなことは判って…」
「考えがある」
弱音を吐く少年に青年が答えようとすると、少女から落ち着いた声が発せられた。
「君らはかわしてなっ!弱点を引き摺りだす!」
そう言うと、クリアは強く床を蹴った。
俊敏な動きで壁と床を蹴り飛び移りながら、スピードを増していく。
その速度を緩めることなく、より強く天井を蹴れば、回転を加えた踵落としを喰らわせた。
「今だ!」
強い衝撃を受けたことで、メカニロイドは動きを止めた。すると、緑色の丸い“一つ目”が現れる。
言われるまでもなく、ゼロは飛び上がってセイバーをコアである“目”に突き立てた。
メカニロイドから離れ、足場に戻ると、相手は機能を停止し階下へ落ちて行った。
「…どうやって上行くの?」
ややあって、アクセルが訊ねる。
すると、クリアがつい、と顔を動かした。
「見てみな」
彼女の示す先を見れば、突然天井に穴が開き、直後ガシャンと道が出てきた。
「さっきの奴を倒せば出てくる仕掛けだったんだ。行くぞ」
今度はアクセルが先頭を走り、ゼロ、クリアと続く。
「…あれ?レプリロイドだ」
アクセルの言う通り、前方の穴の向こうに、緑色のレプリロイドが道を塞いでいる。
「あれは確かバウンディング。…能力は…」
「カンケーないよ」
クリアの言葉を止め、ダッシュで突っ込んだ。
「おいっ!」
ゼロが制止するのも聞かず、穴を飛び越え間合いを詰めて銃口を向ける。
引き金を引く、寸前。
「――アクセルっ!後ろに退け!」
彼女が叫ぶのと、少年の身体が弾かれるのはほぼ同時だった。
「うあっ!?」
小さな呻き声と共に、アクセルは道の穴へと放り出され、下へ消えていった。
「アクセル!!」
「…電気バリアか」
「…らしいな」
一瞬慌てたクリアだが、冷静なゼロの言葉に落ち着きを取り戻す。
「バリアが消えた時を狙うしかない。ゼロ」
「ああ」
敵は青年に任せ、少女は自身の通信回線を開く。
「アクセル、大丈夫か?」
やや遅れて、彼の声が返ってくる。
安堵と共に、小さくはない溜め息が彼女の口から零れた。
「無茶をするな……下手をしたら死ぬぞ」
<うん……先行ってて。何階か落ちちゃったみたいで>
「判った。気をつけろ」
無線を切り、傍にいる剣士へ視線を向ける。
「先に行ってて、とのことだ」
「…わかった」
彼の前には機能停止した先刻のレプリロイド。それを飛び越え、屋上へ続く壁を登っていった。



暗かった空も、今では白んできている。
屋上に、相手は居た。
「ガハハハ!オラの爆笑ステージへようこそダス!
 まずは一発ダス!」

踊る暗殺者――トルネード・デボニオン

「びろーん!ガハハハ!」
アーマーが玉ねぎの皮のようにパッと開く。
「………………」
(……え―…っと……)
思いっきり不快を露わにしているゼロと、その隣で口を半開きにしてどうしたらいいのか判らない様子のクリア。
「あ…あれ?ウケなかったダス?そ、そんなバカなダス!」
しどろもどろになるデボニオン。
そこに、乾いた笑い声。
「…あはは……。相変わらずだね……」
振り向けば、バレット片手の少年が立っている。
「…ま、まさか!?」
デボニオンの視線は、現れたアクセルに注がれる。
「電波塔を乗っ取って、オラの華麗な踊りを放送する計画を止めに来たダスか!?」
(くだらん…)
(なにそれ…)
二人の胸中を知ってか知らずか、アクセルは不敵な笑みを作ってみせた。
「うん。レッドもきっと怒ってモニターを壊しちゃうからね!」
「そ…そんなダス…。こ、これならどうダス!?
 くるくるくるくるー!」
効果音の言葉通り、くるくると回転する。

ぞくっ……と尋常でない気配を感じ、クリアはちらりと横を窺った。
(……あ)
「……おい、もういいか…?」
不快を通り越して、怒るゼロ。もはや我慢の限界であった。
「行くぞっ!」
「ガーン…ダス…」
斬りかかるゼロにも、デボニオンはふざけている。
セイバーが鎧を斬るが硬く、大したダメージは与えられない。
「チッ……それなりの実力はあるようだな…」
「それだけじゃないよ。あのアーマーを武器にしたり、電磁竜巻を操るんだ」
「電磁竜巻…って…」
クリアはそこで言葉を切った。
回転し、“それ”を発しながら、奴が近付いてきたためだ。
「ととっ…これがそうか!?」
跳んでかわしながら、同じくかわした彼に問いかける。
「そうだよ!」
「厄介な技だな……近付けん」
ダッシュで回避するゼロが、策はないかとクリアを仰ぐ。
「そうだな…」
今、奴はゼロとアクセルの方へ行っている。
いつでもかわせる体勢のまま、彼女は自らに備わっている解析能力を起動させた。

左眼の瞳孔が、キラキラとした光を宿す。動いているが赤いバイザーのおかげでそれは見えづらく、戦っている彼らに気付けるはずもない。

――弱点は…何処だ…?

二人が引きつけてくれている隙に、相手の技と動きを見極め、分析する。

一挙一動見逃さないといったように、鋭い眼光を放つクリアの瞳が、ある一点を捉えた。

――…あれは…

奴のアーマーについた傷。ゼロが、斬った個所。
「……………ノウバディ」

「ボクのバレットじゃ弾かれるよ!」
「接近戦ではダメージが大きすぎる……クリア!」
まだか、と呼びかける彼に、
「今見つけた」
凛とした声で答える。
なにも持っていなかった彼女の手に、翠色の弓矢が握られていた。
それに気付いたデボニオンは、今度は彼女に向かって回転し始めた。
「あっ!」
「心配ない」
駆け出そうとするアクセルの肩を、ゼロが掴む。
キリキリと弓を引き絞る腕以外、まるで動こうとしない彼女に、デボニオンは近付く。
残りの距離は一歩――そこで、クリアは上へと跳び上がった。
「!?」
黒き少年は瞠目し、紅き青年は微かに口角を上げる。そんな仲間達には目もくれず、脚の加速器を回転させて素早く着地し、再び狙いを定めた。
「……喰らえ」
そうして射たれた一撃。
翠の光の矢は、回転する相手の傷に、寸分違わず突き刺さった。
ダメージを受けたせいか、電磁竜巻が消える。
「今だ!」
言われるより先に、ゼロは駆け出した。相手めがけて袈裟懸けに切る。
それでも、デボニオンは倒れない。
「チッ…」
「ゼロどいて!」
舌打ちしながらもう一太刀喰らわせようとしていた彼は、その言葉に振り向き、飛び退いた。
大きくなった亀裂に、アクセルはバレットをめいっぱい撃ち込んだ。
「さ…さむかったダスかー!?」
最期までふざけた態度のまま、デボニオンは爆風を上げ消滅した。

「呆気ないな…」
落ちた呟きはクリアのもの。弓は消え、日の昇った空を眺めている。
セイバーを収めたゼロが彼女に歩み寄る。一瞬顔を見合わせ、とどめを刺した彼に視線を移した。
バレットを握る指以外、力の抜けてしまっている腕。
深く俯き、その表情は判らない。

唐突に通信器が鳴った。
<三人とも、大丈夫?>
「エイリア」
イレギュラー反応が消えたために、通信を入れても大丈夫と判断したのだろう。モニターで見えてはいるだろうが念のため確認するナビゲーターに、クリアは言葉を返す。
「私とゼロはほとんど無傷だ。アクセルは……傷だらけだな、軽いが」
<じゃあすぐに転送するわ。戻ったら、アクセルはメンテナンスルームに連れて行ってくれる?>
「言われなくてもそのつもりだ」
端的に返した彼女に、エイリアはくすりと笑ったようだった。
再度ゼロに視線を移し、すぐにそらしてアクセルに歩み寄る。
彼の肩に触れた直後、三人はベースへ転送された。











~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
三話目……二ヵ月ぶり……。




dactさん、声援感謝します。がんばります。

TKさん、感想ありがとうございます。年齢ですか……正直これには悩んだんです。特にアクセル。確かにもう少し上でも良かったかもしれません。エックスは原作より上なんですけど……このままでやっていきます。



[18326] 第4話 コピー能力
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47b90763
Date: 2010/08/17 09:36
ハンターベース、司令室。居るのは四人。
「…コピー能力か…」
ゼロからの報告を聞き、アクセルという少年の能力について知ったシグナス。同様にエイリアも考え込む。赤いバイザーをかけたクリアは、右手を耳に当て、なにかをカチカチと操作している。
横たわる沈黙を破ったのは、シュン、という扉の開く音。皆が振り向けば、“彼”は曖昧に笑った。
「何処に行っていたんだ、エックス?」
ゼロが訊ねると、エックスは歩み寄りながら“いや”と言葉を濁した。
らしくない友を訝しりながらもそれ以上の追及はせず、黙って彼の言葉を待った。
「……任務の様子は見ていたよ。彼は相当の実力者だな」
エックスの言う“彼”が誰なのかは言うまでもない。
ゼロに向けられた翡翠の瞳は、次の言葉でその発言者へと移る。
「うん。レッドアラートに居ただけのことはあるよ。無鉄砲なトコはあるけど……強い」
操作する右手は休めず、クリアは言う。
僅かに頷いたエックスはしかし、眼を閉じた。
「……だが、まだ子供だ」
それは、全員が感じていたこと。
ゼロはアイスブルーの瞳を細め、クリアの手は一瞬止まり、シグナスは考え込むように口元を手で覆い、エイリアは静かに目を伏せる。
「…あんなに無邪気で…純粋な子供が…戦場に立つなんて……」
――痛々しい、と。
皆、思っていないわけではなかった。
「…それでも…」
四対の視線が、作業を続ける彼女へ向けられる。
「…あの子が、アクセル自身が、戦うと言っているのだから。私達はそれに応えてあげるべきだ。違う?」
バイザー越しで瞳はよくは見えないが、彼女の眼に強い意志が宿っているのは嫌でも判った。
再び小さく頷いた彼に、エイリアは思い出したように“あっ”と声を漏らした。
「エックスは、彼の能力のことを聞いていなかったわよね?」
「…能力?」
疑問符を浮かべる彼。エイリアは微笑み、ゼロから聞いた内容をそのまま伝える。

ゼロの目の前で、アクセルはその能力を使って見せた。

「……コピー…能力……」
「ええ…直接見たのはゼロだけど」
そう言って彼に眼を向ければ、剣士はゆっくりと首を横に振った。
「まったく不可解な能力だ…。元々コピーとして造られたレプリロイドは多く見てきたが……あいつのようなものは初めてだ……」
自らの外見と能力を、ある程度まで完全にコピーできる。本人はそう言っていた。
「情報がないワケじゃないけどね」
再度集まった視線を気にすることなく、クリアは作業を続行する。
「どういう意味だ?」
エックスが訊ねると、彼女は思案するように少し黙り、ゆっくり口を開いた。
「随分前の話になるんだけど……。私、コピー能力を研究してるっていうレプリロイドに………会ったことがあるの…」
『!』
全員の顔に、驚きの色が浮かぶ。
「詳しいことはよく知らないけど……ひょっとしたら、アクセルはそういう施設で造られたのかもしれないね」
微笑わらいながらバイザーをメットの中にしまう。
しかし、ようやく現れた碧い瞳は、笑ってはいない。

どこか暗くなった空気を破ったのは、シグナスの“ところで”という言葉だった。
「アクセルの様子はどうだ?」
“ああ”、“ハイ”、とそれぞれ返事をする。
「精神的な問題はないようだ」
「問題なのは身体の方です」
電気バリアに真正面から突っ込んだアクセル。
大丈夫、と喚いていたが、ゼロが引きずりながらメンテナンスルームに連れて行けば、案の定“当分安静”と出た。
ちなみにゼロとクリアは異常なし。
「あれでメンテいらないって言うんですから……呆れましたよ…」
数か月程度の付き合いだが、それを踏まえても盛大に溜息をつく彼女は珍しい。
やれやれと肩を竦め、療養中の少年を思い浮かべる。
「……あ、そうだ。シグナス総監」
報告が遅れてしまったと、彼女は謝罪する。
「破壊されたハイウェイの復興ですが…滞りなく完了しました」

余談だが、クリアはシグナスに対して敬語を使っている。他の皆は違うし、シグナス自身必要ないというのだが、彼女は変わらなかった。

「そうか…すまないな」
「いえ。これも仕事ですし」
ニコッ、と彼女が笑うと、張り詰めていた空気が自然と緩む。
少し穏やかになった雰囲気の中で、再び“あ”という声が上がった。
「エイリア。次のエリア解析はどう?」
クリアに訊ねられ、オペレーターは“うーん”と返答に詰まった。
「まだ大規模に動いている所はないし……そうね、コンビナートがいいかもしれないわ。終わるまで休んだら?」
「んー…」
「俺はトレーニングルームに行く。解析が終わったら呼んでくれ」すたすたと出て行ってしまったゼロを、クリアは何故か慌てて追った。
しなやかに揺れる金色と銀色を見送り、あの様子では彼女もトレーニングルームだろう、残った三人は苦笑したのだった。




「…どうだ?」
「流石、としか言いようがないね」
トレーニングルームで、ゼロの新術開発に付き合っていたクリア。彼女の的確なアドバイスもそうだが、それを完璧に吸収しこなすゼロも、大したものである。
「…けど、どうしたの?急に技なんて。彼ら……レッドアラートとの抗争があるからなんだろうけど………要るの?」
“君に限って”と、首を傾げて訊ねた。ゼロはセイバーを背に収めながら返答する。
「今回の相手は生半可なイレギュラーじゃない。それなりの準備をしておくべきだ」
「…それもそうだね」
「ところで」
真っ直ぐ向き直った彼の、真剣な眼差しに、彼女の表情も変わった。
「なにか判ったか」
「少しね」
クリアはライトブルーの眼を閉じ、答える。
「あの子のコピー能力は、レプリロイドのDNAデータを必要としているの。あの子自身が言ったように、体格があまりに違い過ぎると変身は不可…」
“不完全故にね”と付け加える。
瞼を上げれば、彼は両腕を組んで瞳を伏せていた。
「…奴らが躍起になってアクセルを連れ戻そうとしているのは…」
「あの子の能力が必要だからと見て、間違いないだろうね。あの子もそういうことを言っていたし」
「…それでも腑に落ちないな」
僅かに眼を細めると、彼女のそれよりずっと濃いブルーアイが現れる。
「あれはあいつだけの能力だろう?少なくとも……レッドアラートに居るレプリロイドに必要なものとは思えないが…
「……………ゼロ」
驚くほど静かに名を呼ばれ、ゼロは口を閉ざした。
「……DNAデータの…ことなんだけど……」
俯き、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あれは―――」


二人の聴覚器を、通信音が劈いた。
<ゼロ!クリア!大変よ!海上の戦艦…バトルシップで、レッドアラートのメンバーが暴動を起こしているわ!>
「…りょーかい。行こっかゼロ」
<あっ、クリアは残って!>
「「!?」」
エイリアの言葉を二人が訝しる間もなく、彼女は理由を話す。
<実は…その……エックスが居なくなったのよ!>
「!?」
「はあ!?」
突拍子もない話に、クリアは声を漏らさずにはいられなかった。さしものゼロも、驚きを隠せない。
「彼専用のライドチェイサーがなくなっているし、通信回線も発信器も切ってるの!何処にいるのかもわからない…!>
「ちょっと待て!数十分前までは司令室にいたはずだろう!?」
冷静ではあるものの、内容が内容なだけにゼロの声は自然と大きくなっていた。
<あなた達が出ていった後、エックスもすぐに司令室を出たの。さっきバトルシップのことが判って……彼に連絡しようとしたら……通信器が切れているのに気づいて……>
まさかと思い、ライドチェイサーをしまってある格納庫を調べてみれば、彼のそれがなくなっていたらしい。
「…なるほどね。私の探査能力を使ってエックスを捜せ、というわけか…」
<そうなのよ。…どう?できる?>
「いや、できるけどさぁ…」
そうすると気になるのはもう一つの心配事。
「バトルシップの方はどうす」
<大丈夫だよ!ボクがゼロと行くからさ!>
通信越しに聞こえた無邪気で元気な声に、ゼロとクリアは瞬間的に固まった。
「……いつから?」
なんとか言語能力を取り戻した彼女の問いは、“いつから話を聞いていたのか”という意味だ。
<えっとねー、“実は…その……“からだよ>
「……つまり、ほとんど最初からか」
「……エイリア」
どういうことだと、ゼロが言外に訊ねる。
<アクセルには悪いんだけど……正直に言うと、解析が追い付いていないの。ゼロだけで出動するのは危険だわ。…かと言ってエックスのことを放っておくわけにもいかないし……アクセルに出てもらうしか……>
申し訳なさそうに告げる彼女を責めるわけにもいかず、二人は顔を見合わせた。
すると、
<悪いことなんかないよ!置いてけぼりにされるのヤだもん!>
どこか、気まずい雰囲気をどける、無邪気な声。
僅かに苦笑しながらも、二人は“了解”と短く答えて回線を切った。


「ゼロ」
転送室に向かおうとした彼の足が止まる。
振り返ると、彼女は真摯な瞳を彼へと向けていた。
「………………」
「……どうした」
呼びかけたのに黙っているので、普段より少しだけ柔らかい声音で訊ねた。
「あ……あの、ね………あの………」
「?」



「……………………アクセルを……よろしく…」



長い間を置き、ようやく紡ぎ出された言葉に一瞬面喰らったが、すぐに感情を処理し、微かに口角を上げた。
返事の代わりに、



「エックスは任せた」



そう、返した。

見開かれた淡い蒼の瞳を見ることなく。
似た色の瞳を持つ青年は、殊更穏やかに、静かにその場を後にした。











――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ポケットさん、お褒めのお言葉ありがとうございます。




[18326] 第5話 蒼海からの追跡者
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47b90763
Date: 2010/08/17 12:20
バトルシップに転送された、ゼロとアクセル。
直後、エイリアから通信が入った。
<ゼロ、アクセル、聞こえる?
 使われなくなった戦艦を利用してるみたいよ。合計三隻…一隻一隻渡って行って!>
「了解」
「了解!」
メットールやランナーボム、メガトータルなど、凄まじいまでの数の敵が、絨毯のように攻撃を仕掛けてくる。
「……いくらなんでも多すぎない?」
「無駄口を叩いている暇があったら一体でも多く倒せ」
少々参った様子の少年を、ゼロはきっぱりと切り捨てる。
むー、と顔をしかめるアクセルだが、ランナーボムを見て閃いた。
「そうだ!」
「?」
訝しるゼロの前で、アクセルは普通とは違うショットを放つ。
それは一体のランナーボムを破壊し、赤く光る何かを落とした。その“何か”を拾い上げ、意識を集中させる。
光を発した後、彼の姿は変わっていた。
「ランナーボムの能力なら、もっと楽に進めるよ!」
機械質な声で口調がアクセルのままなのがなんとも不自然だ。しかし、彼の言うことも間違ってはいない。今コピーしたレプリロイドは、広範囲の攻撃が可能なのだ。
爆撃に巻き込まれぬよう、注意しながら爆弾を投げる。
次の戦艦が見えてきたところで、今乗っている船が沈み始めていることに気付いた。
「おい!飛び移るぞ!」
「わかってるよ!」
既に元の姿に戻っていたアクセルは、ゼロと共に地を蹴った。





「……ったく。何処行ったんだか……」
ハンターベースの屋上で、一人の少女がぶつぶつと文句を言っている。
「世話焼かせないでほしいな……」
眼を閉じ、全身の力を抜いて集中する。

――…何処だエックス………

レプリロイドやメカニロイドのエネルギー反応を、ある条件下でのみ感知できる。
それがクリアの探査能力。

「…ん!」





「急げ!」
「わかってるってば!」
三隻目の戦艦に飛び移り、沈んでいく二隻目を見送る。
「船ごと俺たちを沈めようとするとはな…」
油断することなく、ゼロはセイバーを振るう。
「うん。…そういえば、さっきの赤い海ヘビ、火ー吹いてたね」
「海ヘビ…って、ドラゴンだろう?」
「あ、そうなの?」
「…………」
クリアがこの場にいたならば、何のコントだ、とつっこみを入れるか、必死に笑いを堪えているかのどちらかだろう。
アクセルに呆れながらも、ゼロは先陣を切って進む。
「…!あれは…」
前方に見える、巨大メカニロイド。形としては人型なのであろうが、体のあちこちに砲台を取りつけている。
その砲台が、エネルギー弾を放った。
「あーもー!じゃまっ!」
言うやいなや。バレットを連射し始めた。
相手の攻撃をかわしながら撃ち出し、確実に砲台を壊していく。

だが、彼は気付いていなかった。相手の攻撃方法がそれだけではないことに。
「――アクセル!」
ゼロの声にはっとしてみれば、メカニロイドの顔部分から火の玉が放たれた後だった。
砲台だけを破壊することに夢中になっていたため、頭上からの攻撃に気付けなかったのだ。
回避は間に合わない――咄嗟にそう判断した彼に出来たのは、眼を閉じて両腕を頭の上で十字に組むということだけ。
来るべき衝撃に身を固め―――
「…?」
予想していたような衝撃は来なかった。
恐る恐る、瞼を上げてみれば。

「…!」
視界に飛び込んできたのは、金色と真紅で飾られた背中。
「余所見をするな!」
視線を僅かにアクセルに投げかけ、背を向けたままゼロは怒鳴る。
メカニロイドは煙を上げていた。
剣士のセイバーが、放たれた火の玉を跳ね返したのだ。

問題ないと判断し、アクセルに向き直る。
彼がかばった少年は俯いてしまっていた。
「…ゴメン…」
謝る少年に、ゼロは小さく息をつく。
「……怪我はないのか?」
「えっ……うん」
意外な言葉に、思わず顔を上げた。
「ならいい。悪いと思うのなら挽回してみせろ」
彼が言ったことをアクセルが理解するまで、数秒はかかった。
理解して、眼を見開いた。
厳しいばかりと思っていたゼロの、不器用ながらも優しさのこもった言葉。
「…うん!」
返答して、船が揺れていることに気付く。
「この船も沈む…急ぐぞ!」
「えっ…でも!」
走り出し、あることを思い出す。
「船三隻だけだよね!?」
「!…それは…」
ふと前方に目をやると、足場が見えた。
謀ったかのようにあるそれは、罠かもしれない。だが他にどうすることもできないのも確かであり、二人はそこに飛び移った。
「相手は…」
「たぶん、水の中」
「何?」
ゼロが聞き返した直後、大きな水飛沫が上がった。
同時に、海から何者かが飛び出してくる。

蒼海からの追跡者――スプラッシュ・ウオフライ

半漁人型のレプリロイドのウオフライは二人の前に立つと、ギロリとアクセルを睨んだ。
「待ってたぜ裏切り者!」
彼に対する皮肉な単語に、
「やあ!卑怯者!」
不敵な笑みで、同じく皮肉を込めて返す。
「ケッ、痛めつけてやるぜ!?前からてめぇのことは気に入らなかったんだよ!」
「ふふっ……気が合うね…ボクもだよ」
常より低い声音とその表情に、傍にいるゼロは僅かに眼を細めた。
少年の態度が、ウオフライの神経を逆撫でする。
「生意気な奴めぇ~!ぶちのめしてやるっ!!」
激昂した相手を、ゼロは“短気”だと認識した。
――ならばそれを利用する。
「フッ、お前のバトルシップは海の底だ。無理せずに逃げた方がいいんじゃないか?」
挑発を仕掛ける、が、相手もそこまで気が短くはなかった。
「へっ!ここまで来れたからって、いい気になるなよ?」
「?」
訝しるゼロの、二人の前で、ウオフライは飛び上がる。
「ばーかっ!ここまでは計算通りだって言ってんだよォ!
俺の絶対領域に、てめぇら自身がしちまったんだからなぁ!
ひゃははっ!行くぜぇ!!」
そのまま海へ飛び込んだ。

360度見渡せる狭い足場で、自然に二人は背中合わせになる。
アクセルが、左手のバレットを握り締めながら告げる。
「あいつはウオフライ。ナギナタを使った“突き”が得意なんだけど…スッゴイ卑怯者だよ。気を付け」
言い終わるより先に。
二人が立っている場所が、ピキピキと音を立てた。
咄嗟に飛び退けば、案の定地面を破ってウオフライが飛び出して来た。
ただでさえ狭い足場が一段と狭まり、二人は完全に分断される。
「さっすが卑怯者…」
海中に消えた相手を憎々しく思いながら、アクセルは周囲に気を配る。
「絶対撃ち落として…」
「無駄口叩くたぁ余裕だなぁ!!」
「!?」
アクセルの後ろから飛び出してきた相手。
突然の背後からの攻撃に、彼は対処しきれなかった。
素早い突きが、彼を空中へ放り投げる。
「うぁぁっ!!」
「ひゃははっ!」
ウオフライは飛び上がり、アクセルめがけてナギナタを振り下ろした。
成す術もなく、少年は海面に叩きつけられ、海の中に沈んだ。
「アクセル!!」
彼が叩きつけられた際に起きた大きな水飛沫が、ゼロの金髪を濡らす。

穏やかになった水面。
アクセルが上がってくる気配はない。

――卑怯者、と言ってはいたが……

背後を狙う相手。典型的だ。
卑怯な行為はゼロはもちろん、この場に来ていない二人の戦士たちにとっても許せるものではない。

ゼロはセイバーの切っ先を下ろし、ゆっくり眼を閉じた。
静かに佇むその姿は美しく、しかし明らかに無防備に見える。
相手が次に狙うのは間違いなくこちらであるのに―――だからこそ。

背後で、水音。
笑い声と、飛び出す気配。

ゼロは足の加速器を瞬時に起動させ間合いを詰めると、回転と共に飛び上がった。

「雷神昇!」

セイバーが電気を帯び、ゼロを中心とした竜巻のようになる。
前回、ラジオタワーでの戦いで、デボニオンの技をヒントに開発したゼロの剣技。
クリアの手助けもあって完成した。

直撃を受けたウオフライは、情けない悲鳴を上げて仰向けに倒れた。
「がはっ……なんでだぁ…?後ろ…狙ったはずだぜぇ……?」
それに対し、剣士はセイバーをウオフライのコアに突きつけ、
「なんのことはない……後ろから来ると判っていれば、それを利用して攻撃することは容易い」
刃の如き瞳を以ってして答える。
もはや動くこともままならない相手は、薄く哂った。
「よく言うぜ……あんな…ガキ一人……守れなかったくせによォ……」
その言葉にぴくりと反応を示すゼロ。彼ほどの者があの程度で――思う反面、未だに彼は上がってこない。
まさかと、らしくもない不安を抱く。
「ひゃははっ…さっさと殺せよ…。俺は…あのガキを殺れただけで……満足なのさ……」
「最期までおしゃべりな奴だな…」
不快を感じ、とどめを刺すべくセイバーを手前に引いた。

「待って……ゼロ……」

ひどく掠れた、小さな声。
構えは解かず、顔だけそちらに向ければ。
「ボク…に……やら、せて…」
海から上がりながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐ少年。
「アクセル」
ぽたりぽたりと水が滴り、心なしかふらつきながら、それでもセイバーはしっかり握り締めて。
「ゼロ、」
銃口を、以前は仲間だった者のコアに、震えることなく真っ直ぐに向ける。
「いい、よね?」
彼の常葉の瞳を見て、ゼロは無言で一歩下がった。
「ありがと」
蚊の鳴くような微かな声で礼を述べ、躊躇うことなくトリガーを引く。
ややあって、ウオフライは大破した。

「……………」
ふらりとよろめき、その場に座り込むアクセル。
「……嘗ての仲間を撃つことに、迷いはないのか?」
淡々としていた筈のその声に、微かな動揺が混じっていたなど、疲れきっている少年にどうしてわかっただろうか。親友や、察しのいい少女すら気付いたかどうかわからないのに。
「…ゼロも…見たでしょ…」
常葉色の瞳は、何処を見ているのか判らない。
「…デボニオンも…ウオフライも………完全に……イレギュラーに……なっちゃってた……」
あるいは何処も見ていないのか――少年は静かに自らの思いを口にする。
「……一度イレギュラーになっちゃったら………狩るしかないんだ……」
「……………」

――エックスなら…何と言うだろうな

見合う言葉など見つからず、ゼロは僅かに眼を細めた。
短い沈黙を破ったのは、アクセルの大きくない溜息だった。
「…流石に疲れたか」
「うん…」
「今度こそ、しっかり休め」
「…うん…」
素直に頷くアクセルの傍で、ゼロは彼を視界の端に捉えながら、自身の通信回線を開いた。









同刻―――

「早く担架を…!」
「必要ない!担いで行った方が早い!
 それより治療の準備をしてくれ!」




―――ハンターベースに、満身創痍の蒼き戦士が運び込まれた。




[18326] 第6話 「鎌」の襲撃
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47b90763
Date: 2010/12/12 17:22
エックスは、復興したハイウェイを訪れていた。
シグナスやエイリアにクリア、ゼロにさえなにも告げず。
クリアの能力ちからで直った道路みちを下から眺める。
「…………」


“俺一人で行って来る”

“「今」は私たちに任せて。ね?”

“ボクも戦う!イレギュラーハンターになりたいんだ!”

“こうなった以上、戦う以外に道はない”

「…………」
翡翠の瞳を閉じ、俯く。

――俺達は……一体いつまでこんな闘いを……

「……もう……」


思考は、一瞬にして消し飛んだ。



貫かれるが如き殺気。
後方で、なにかが空を切る音。


反射神経のみで、エックスはそこから飛び退いた。
直後、彼が立っていたら間違いなく直撃していたであろう場所を、衝撃波が飛び交った。

「へえ……現役退いてる割には良い動きしてるじゃねえか」

聞き覚えのある声に振り向けば、彼は大きく眼を見開いた。


紅い鎧をその身に纏い、大鎌を携えた長身の――隻眼の男。


「…レッド…!?」

信じられない面持ちで、目の前に立つレプリロイドの名を呟く。
今交戦中のレッドアラートの頭目が何故、何の目的でここにいるのか――
「ハンターベースからお前が出たのをレーダーが感知してな。丁度いいと思って来てみたのさ」
「…丁度いい?」
どういうことだと、睨みつけながら問う。
攻撃されたこともあり、エックスの警戒の強さは戦闘時のそれ。不本意だが、バスターに変えられる腕に左手を添える。
「なに……ちょいと交渉をと思ってな」
「交渉だと…?」
「ああ」
鎌は握ったまま、しかし切っ先は下ろし、左眼だけで彼を見る。
「アクセルを返してもらいたい」
エックスの翡翠が、再び見開かれる。
「アクセルが戻ってくれば、俺達は何の文句もねぇ……戦いも終わる。第一、あいつがイレギュラーハンターに居たって、厄介事を引き起こすだけだろ?」
“それなら“とレッドは告げる。
あの少年を返し、彼らとの戦いを終わらせる。
最も単純で、最も早く終わる方法。
「……確かに……」
「だろ?なら――」
「断る」


瞬間的に、レッドは口を噤んだ。
「………なに…?」
「…確かに、それなら戦わずに…傷つく者も少なくて済む…。でも、」
彼の瞳に宿るのは、意志。
「あの子が傷つく。俺達を頼って来てくれたあの子が。
 俺はあの子を…認められないけど……アクセル自身の意思を、捻じ曲げるつもりはない」
“少なくとも”と言葉は続く。
「無理に連れ戻すようなことは……許さない」
決して、アクセルのことを良くは思っていないエックスだが。彼の意思を完全に無視したやり方など、認めるわけにはいかなかった。
「……そうか」
途端、空気が変わった。

「!」
再び、衝撃波が空を切る。
横に跳んでかわしたエックスは、仕方なく腕をバスターに変えるべく力込める。

が。
「遅い」
「!?」
レッドの姿が消えたかと思えば、背中を取られたことに気付いた。気付いた時は。
「――っ!」
防御も回避も間に合わず、大鎌の刃がエックスの右腕――アーマーのない、二の腕を抉った。
激痛による悲鳴を噛み殺し、足の加速器を使って間合いを取る。
傷ついた腕に視線を落とすと、血がとめどなく溢れていた。
神経回路がやられたらしい。指先すら動かない。
「これで右腕は使えねぇな」
片方の手で傷口を押さえ、レッドを見上げる。
背の高い男は、感情を読ませない表情で鎌を握っていた。
「もうやめとけ」
体勢を立て直し、立ち向かおうとする青年に、レッドは告げる。
「バスターが使えねぇお前が、俺に勝てるわけがねぇ。無駄な足搔きはやめとけ」
“諦めろ”。そう言うレッドに、しかしエックスの眼は死んでいない。
「っ……アクセルはっ…戻りたくなんかないんだ!!」
―――その言葉が意味するものは。

「…いいだろう」
三度目の衝撃波。動かない右腕をかばいながら、なんとかかわす。

――どうする…!?

諦めるつもりはない。だが、右腕が動かない以上、バスターは使えない。通信器を使ってもいいが、隙を作ることになる。

――けど、それしか…!

意を決し、左腕の通信器を、片腕が使えないので口を使って起動させようと。

刹那。

彼の身体が、宙を舞った。

「がっ…!?」

なにが起こったのかもわからないまま地面に叩きつけられ、うつぶせに倒れる。
右腕だけでなく、全身を切り刻まれたかのような痛みが、彼を襲っていた。
「終わりだぜ……エックス」
ひゅっ、と鎌を振るう音がし、エックスは倒れたままなんとか顔を動かす。
レッドが、ゆっくりと近付いてくる。
「お前に恨みはねぇが…」
一歩一歩、踏み締めるように。
「ここで死んでもらう」
足を止め、刃をぴたりと彼の首筋に当てる。
「…せめて、これ以上苦しまねぇよう、一思いに殺してやる…」

――…動け、ない…!

避けなければ、という彼の心に反して、彼の身体は動かなかった。

「…悪いな」
大鎌を振り上げる戦士の姿が、翡翠に映る。

――動け……動け……!!


一瞬見えた隻眼は、まるで―――





「それまでにしておけ」





凛とした声が響いたかと思うと、レッドは素早く飛び退いた。
今しがた彼が立っていた場所を、青い光が疾走する。
そうしてエックスを背に、まるで守るように現れた、一人のレプリロイド。

――…誰、だ…?

「…何モンだお前?」
「……………」
倒れているエックスからでは、そのレプリロイドはよく見えない。
起き上がろうとしても、全身を侵す激痛に悲鳴を堪えるのが精一杯だった。
「答えろ!おまえは何モンだ?」
少しばかり声を大きくしたレッドに、謎のレプリロイドはゆっくりと口を開く。
「……僕が、何者かなど。貴方には関係ない」
「…なんだと?」
「……すぐにでも、アノマリー・クリアーナが駆け付ける。それまで、僕がお相手しよう」
エックスの視界の端に、青い光の棒が現れる。
注意して見れば、レプリロイドは黒いマントを羽織っているらしかった。
ふわりと揺れる黒い布が見えたからだ。
それだけ確認すると、唐突に視界が霞み始めた。

――…意識が……

動けないまでも、せめて意識は保っていたかった。
突然現れた名も知らぬ――姿さえも判らない者に頼るわけにはいかない。
しかし、身体は全く言うことを聞かず、どんどん力を失ってゆく。
暗くなる目の前に微かに呻けば、

「……蒼き英雄……?」

謎のレプリロイドの、その、一言を最後に。

彼の意識は闇へと沈んだ。





エックスは医務室で目覚めた。
白い天井が目に眩しい。
次いで見えたのは、鮮やかな紅。
「エックス…」
メンテナンスベッドに横たわる彼の顔を覗き込む親友ともはらしくもなく不安げだった。
「クリアが……お前を担ぎこんだんだ…」
静かな声音には、恐怖と安堵が入り混じっている。
「まったくキミは……心配をかける」
呆れたような声に視線を移せば、ゼロの隣で白い少女が溜め息をついていた。
「致命傷でこそないけど、出血が酷かったからね…。もう少しスリープモードで眠っといた方がいいよ」
穏やかに言葉を紡ぐ彼女に、エックスはしばし沈黙し、微かに頷いた。
そうして再び、今度は自らの意思で、眠りに落ちた。

思わずほっと息をついたゼロに、クリアはくすりと笑みを零した。
「…何だ」
疑問を投げかける彼に、“ああ、いや”と返し、
「長い付き合いってワケじゃないけど……キミでもそんな表情カオするんだな、って」
笑いながら言ってやると、予想通りというか彼は苦虫を噛み潰したような表情になる。
くすくすと笑って、ふと視線を移し、目を細めた。その先を、ゼロも見る。

戦闘型でありながら小柄なエックスより、更に小柄な戦闘型。

黒い鎧の少年が、静かに眠っていた。
「エックスと同室にするとはな…」
「仕方ないでしょ?どっちも重傷だったんだから」
“同室の方がいい”と笑う。その笑顔につられたのかどうかは分からないが、ゼロの口角も僅かに上がった。
「…あ、そうだゼロ。ちょっといい?」
何だ、と顔を向けると、クイクイと親指で扉を指した。
意図が判り、無言で部屋を出て、彼女もそれに続く。

「―――それで?」
扉が完全に閉まるのを確認してから、ゼロが切り出す。
クリアは“うん”と返事をして、口を開く。
「エックスを襲った相手なんだけど」
「レッドアラートのメンバー……だろ?」
一瞬目をまるくしたクリアだったが、すぐに“流石”と言いたげな表情になる。
「じゃ、誰だかわかる?」
「わかるわけないだろう」
「わかるよ。レッドだもの」
今度はゼロに変化があった。
瞳を見開き、目の前の少女を凝視する。
彼女は切なそうに眼を細め、ゆるく首を横に振った。
「エックスの傷の重さから判断して、腕を抉られた後全身の傷をつけられた、ってとこだろうね」
普段通りの口調だが、その声音はいつもより低め。
ふと、彼はあることに気付く。
「お前…レッドの顔知っていたか?話は例の能力で聞いていたんだろうが」
訊ねると、クリアは“え”と言葉を呑み込み、続いて“あー”と呟く。
「私、情報収集得意だからさ、外見とかも結構知ってるワケ!」
慌てているように見えたのは気のせいだろうか。ひとまずそれ以上の追及はせず、以前途切れてしまっていた話題を持ち出す。
「ところで、前になにか言いかけなかったか?DNAデータのことで…」
途端、彼女の表情が強張った。俯き、おもむろに口を開く。
「……DNAデータは…使い方によって……他のレプリロイドをパワーアップさせることが可能なんだ…」
「!…ということは…」
顔を上げ、こくりと頷く。
「…多分、彼らがアクセルを求める理由は、それだと思う」
腕を組み、考え込むゼロ。クリアも口元に手をあてる。

――…パワーアップが目的だと……

彼女の予測が、正しいとすれば。
「…?ゼロ、どこ行くの?」
突然背を向けて歩き出した剣士に、少女は目をまるくする。
「トレーニングルームだ。次出動するエリアは決まっている。その対策だ」
「あ、そっか…。…!私も行くよ!いいでしょ?」
「…ああ」
返事を聞くと、彼女は微笑って彼に並んで歩いて行った。










――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

黒金さん、感想ありがとうございます。次回は時間がかかりそうですが、頑張ります。




[18326] 第7話 狂乱の焔纏いし戦士
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:9f994b44
Date: 2010/09/10 19:51
“まだ話してはやれんのか?”
“何言ってやがる。今話しても混乱させるだけだ。それに“言うな”って口止めされてるしな。教えたくねぇ理由ももっともだ。話さねぇほうがいい“
“…そうか…そうじゃな…”






―――ねぇ。

―――それ、ホント、なの?



「ん……あれ?」
まだ見慣れない白い天井。ゆっくり起き上がれば、ベッドの隣の棚にバレットが置いてあるのに気付いた。

――あの時の夢かぁ……見るのも当たり前だと思うけど……

バレットを手に取り、安全装置がかかっていることを確かめる。

――結局……ずっと訊けないまんまだったなぁ……

トリガーを引いても、カシャン、という乾いた音が響くだけ。それを何度か繰り返す。

――しっかりしなきゃ……

シュン、と。前触れなく扉が開く。そうしてかけられる声。
「…気分はどうだ?アクセル」
「………エックス?」
予期せぬ人物の登場に、思わず呆然としてしまった。そんな彼に苦笑しながら、青年は歩み寄る。
「クリアが、そろそろ起きるころだろうから呼んで来いって」
「あのひとが?」
瞳をまるくして問えば、“ああ”と返事が来る。
「わかった!」
ぴょん、とベッドの端から飛び降り、歩き始めたエックスの後に続く。
「…体はもういいのか?」
歩みは止めず、顔だけ後ろの少年に向ける。
「元気だよっ。エックスこそ大丈夫?イレギュラーに襲われたって聞いたけど」
「あっ…ああ。大丈夫だ」



約一時間前。
“アクセルには…”
“言わない方がいいに決まってるでしょ!?”
“クリア、声が大きいぞ”
“…ゴメン”
医務室前の廊下で、エックス、ゼロ、クリアの三人が話している。
“ただでさえ情緒不安定気味なんだ。エックスに重傷を負わせたのがレッドだなんて、言えるわけないよ…”
““…………””
“…総監には『謎のイレギュラー』で通しておいたから……いいね?”
質問、ではなく、確認。
“…わかった”
“いいだろう”



「…なにココ?」
「ハンターの武器などを開発する所、ラボラトリーだ」
それを聞き、アクセルは一瞬きょとんとしたが、入っていったエックスについていく。
「やあ、来たね」
キュイッ、と椅子を回転させ、クリアは振り返った。赤いバイザーをかけ、マフラーの代わりに白衣を纏っている。
「ボクに用事があるって?」
「うん」
彼女が手に取ったのは、一つの銃と小さなチップ。銃はバレットではないようだ。
「ここラボでは新武器を試してみることもできるんだ。ちょっと撃ってごらん」
立ち上がって、持っていた銃をアクセルに手渡す。指差した先の壁にある的を狙い、撃つ。と、撃った彼は目を見開いた。
射出された弾は直後に電気の竜巻を作り出し、数秒その場に停止した後に前進した。ガガガッ、と鈍い音がしたが、強固な壁は壊れなかった。
「…おー!」
「……トルネード・デボニオンの技を分析して作った、“ぼるトルネード”だよ」
「あ、やっぱりそうなの?」
“似てると思ったんだ”、と新武器をいじる。
「ああ、これが切り換えで、貫通目的のレイガンになるよ」
あれやこれやと悩んでいたアクセルに、クリアは手を貸してやる。
二、三発ほど撃った時、トレーニングルーム直結の扉が開いた。
「…あ、ゼロ」
エックスの声に、レイガンの試し撃ちをしていたアクセルも、見ていたクリアも振り返る。
「ゼロは何してたの?」
興味津々、といった様子で少年が訊ねると、彼は両腕を組み、
「次のエリアの対策だ」
と、簡潔に答えた。
「そうそう、コレも造ったんだ」
先程取ったチップをアクセルに渡す。
「キミのバレットに組み込めるよう設計した特殊武器チップだよ。今後もいろいろと造るつもりだけど……まずはそれね」
「ふーん…何の武器なの?」
「“スプラッシュレーザー“。つぎのエリアはコンビナートだから、役に立つと思うよ」
組み込める箇所を見つけ、セットして撃つ。
「強力な水鉄砲みたいだね」
「実際そんなところだよ」
勢いよく噴出される水の弾丸は、確かに強力な水鉄砲のようだ。

「…そういえば」
バレットを握る左手を休め、後ろのクリアに顔を向ける。
「?」
「ボク、まだあんたに説明してもらってないよ。っていうか、訊きたいこと増えてくばっかだし」
拗ねたような声音に、彼女は一瞬きょとんとしたが、すぐに小さな笑みを零した。
「くすくす……そうだったね。まだ話していなかった。何からがいい?」
「一番知りたいのは、ボクとゼロのケガ治したこと!あれ、どうやったの?」
身長差でアクセルは少しだけクリアを見上げる形になる。つぶらな常葉色の瞳に、再びくすりと笑った。
「詳しいことは、私自身よく解らないんだけどね。傷を治したのは、私の能力の応用なんだ」
「能力?」
首を傾げ、反復する。
「うん。どういうものかは知らないけど、私は大抵の物質は自在に操作できるんだ」
「操作?」
「そう。例えば…」
羽織っていた白衣を脱ぎ、片手で掴む。
すると、前触れなく服が淡く白い光を放ち始めた。
ぼんやりとした、穏やかな光。そうかと思えば、ぱしゅっ、と小さな音を立てて服が無数の光の粒に分散し、火花が消えるが如く粒も光を失った。
「………!!」
「驚いたかい?」
口をぱくぱくと金魚のように動かしながら、ゆっくり開かれた彼女の掌を凝視する。
続いて再び光が現れ集まり、マフラーを形作った。普段身につけているそれを何でもないといった動作で首に巻けば、アクセルの目はこれ以上ないくらいまんまるになった。
「自分のエナジーを流し込んで分解し、自分のものにする。眼には見えなくても、それは空気中に無数に存在しているんだ。傷ついた箇所を別の物質で塞ぎ、物質そのものをエナジーに変換してダメージを消す。“治療”と言うよりは“再生”の類だね」
“解った?”と彼の顔を覗き込めば、二拍置いてからこっくりと頷いた。
「じゃ、他には…」

通信音が、彼女の声を止めた。
<みんな、聞こえる?次のエリアの解析が終わったわ。ゼロ、クリア、アクセルは転送室へ行ってくれる?>
「…タイミングがいいのか悪いのか…」
<え?何?>
「……何でもないよ」
ぽつりと呟いた言葉はエイリアには聞こえなかったらしい。適当に返し、クリアは申し訳なさそうに少年を見る。
「ゴメン、続きはまたね」
「えー……しょうがないか」
納得し、ゼロに向き直る。
「じゃあ行こうよ」
「ああ。エックス、お前は?」
「司令室に行くよ」
友の返事に頷き、ゼロは先に部を出て、その後を慌ててアクセルが追う。
ふっ、と笑ったクリアも歩き始め、すれ違いざまに微かな声でエックスになにかを告げた。

“――――――”

強張った彼の表情を一瞬見て、彼女は静かに踵を返した。





「暑いなぁ…」
ふぅ、と軽く息を吐き、アクセルはぼやいた。

三人が出動したのは、溶岩がたぎるコンビナート。頑丈な足場を踏み外せば即アウト−−自然、彼らの集中力は高まる。

ドラゴンとフライヤー達、イレギュラーの包囲網を突破した先を見、アクセルが呼びかけた。
「二人とも!あれって転送装置じゃない!?」
「「!」」
もう敵はいなかったため、装置の傍には簡単に行けた。バイザーをかけたクリアが慎重に調べ、起動させる。
「…問題ないようだ」
「よし、行くぞ」

転送先はコンビナート内部。先刻よりも溶岩が多く目に見え、危険度が増している。

唐突に通信が入った。
<三人とも、その内部のどこかに別の転送装置があるわ。なんとか探査してるんだけど…熱気のせいかサーチできなくて……そっちで探してもらえる?>
「判った。やってみる」
クリアが簡潔に答え、回線を閉じる。
「どう探すの?」
アクセルのもっともな問いに、彼女は微笑んだ。
「こういうのは、大抵施設の中心か奥にあるものだ。進んでいけば見つかるだろう」

と、いうことで、慎重に進む三人。
「それにしても…ホンットあっついね―…」
再びぼやいた少年に、少女は苦笑し、
「まあ確かに暑いな」
先陣を切る剣士を見やり、呟く。
彼は何も言わない。
行く手を遮るメカニロイドを破壊し、淡々と進む。
「……ゼロは暑くないの?」
二人と違って文句を言わない彼に、アクセルは不思議そうに訊ねる。
すると、ゼロは意外にも少しばかりむっとして、アクセルの後ろで彼女がニヤニヤしているのも気付かずに、背を向けたままぼそりと呟いた。
「………暑いに決まっているだろう」
その返答に、敵陣にいるにも関わらず、銃士はきょとんと立ち尽くし、闘士はその後ろで口を押さえて必死に笑いをこらえていた。
「……何を笑っているクリア」
流石に気付き、視線を向ける。我に返ったアクセルも振り返る。
「あ、ああ。すまない。…あまりにも可笑しくてな……」
謝罪しながら笑うクリアに、ゼロは苦虫を噛み潰した表情になる。
アクセルもまた、笑っていた。彼女の笑顔につられたわけではなく、ゼロに対する安堵だった。
この数日で憧れていた彼の強さを目の当たりにしたが、彼もまた完璧ではない―――自分と同じ、レプリロイドなのだと。
「……アクセル?」
ようやく笑いを引っ込めた彼女に名を呼ばれ、再びはっとする。
「あ、何でもないよ。……それよりここにいる相手のことなんだけど」
足場に十分に気を配り、奥へ進みながら彼は話題を変える。
「…心当たりでもあるのか?」
襲ってきたフライヤーを蹴飛ばし、クリアは問うた。
「…ハイエナード。炎の攻撃が得意で、分身も使えるんだ」
「分身だと?」
黙って傾聴していたゼロも話に加わる。
「うん…。本物と全く同じ戦闘能力を持ってて、見分けがつかないんだ」
「…なにか、区別する方法はないのか?」
隣を走る少女に訊かれ、アクセルは“うーん”と首を捻る。
「大きなダメージを受けたら、分身もほんの少しだけ動きが止まるけど……区別はちょっと…」
「…なら、それが頼りだな。炎を扱い、しかもこんな所にいるってことは、水に弱いんじゃないか?」
正に正論。少年も、こくりと頷く。
「うん。だから、あんたが造ってくれたスプラッシュレーザー、役に立つと思うよ」
「ああ。だが、特殊武器は使えるエネルギーが限られているから気をつけろよ」
「オッケー!」
二人のやり取りに、ゼロは“何か”を感じた。
“違和感”とは違う“何か”――― “隠されている”ような。

――…今考えても仕方ないな……

思考を切り換える。今は任務中なのだから。

「あったぞ!転送装置だ!」
彼女の声に、ゼロとアクセルはその足場に飛び移る。
「すぐに起動させるが…用意はいいな?」
バイザーのせいで赤く見える瞳に、ゼロはキラキラと動く光を見つけた。しかし、それが何か尋ねる前に、“もちろん”とアクセルが答え、仕方なく彼も無言で頷いた。

身を包んでいた転送の光が消え、三人が真っ先に見たもの。
「……巨大メカニロイド」
クリアの言う通り、四つ足の巨大メカニロイドが、溶岩の海を歩いている。
三人が立っているのは、その溶岩の中に一つ造られた大きな足場。その周りを、メカニロイドは回っているのだ。
まずはメカニロイドを止める為、皆が駆け出した時。
背後からの足音に、全員の足がぴたりと止まった。
そうして彼らの横を歩いて抜ける影。気配すらまるで無かったことに、ゼロとクリアは警戒を強め、構える。アクセルは茫然としてしまっていた。

狂乱の焔纏いし戦士――フレイム・ハイエナード

「ウゥ…ウゥ……くっ、苦しい……」
突然立ち止まり、呻きを漏らしたハイエナードに、ゼロは警戒を解かずに一歩寄る。
「キサマがハイエナードか?イレギュラーの判定が出ている。大人しく…」
言い終える前に、彼が体をこちらに向けた。
「…お前達か?お前達が俺を苦しめているのか?…判ったぞ!お前達を八つ裂きにすれば苦しくなくなるっ!そうだ!そうだろ!?そうに違いない!!」

――その言葉と、狂気しか宿っていない瞳に、アクセルは俯き、クリアは眼を細め、ゼロは舌打ちした。
「チッ……ここまで進行しているとは…連行できそうにないな……」

“イレギュラー”というのはそもそも、電子回路やプログラムなどに異常をきたした者達のことだ。そうでなくとも、人間に害を為す者はイレギュラーとみなされる。
だが、今のハイエナードは前者。“まとも”に思考することもできない、本物の“イレギュラー”。止めるには−−−苦痛から救う方法は。

「…ハイエナード…」
名を呼ぶと共に上げられた常葉は、哀しみの色を含んでいた。
「…待ってて。今、楽にしてあげるよ…」
真っ直ぐに構えられたバレット。瞳には、声音とは裏腹に強い意志と覚悟が宿っている。

突然、ハイエナードが駆け出し、メカニロイドの上に飛び乗った。それを追う間もなく二つの影――“ハイエナード”が飛び降りてきた。
「…!二人のハイエナード……!これが分身か…!」
自分自身に言い聞かせる目的で呟き、左眼で解析する。
「来るぞ!」
ゼロの声とほぼ同時に、相手が攻撃を仕掛けた。
迫る炎を、三人は紙一重でかわす。
「おい、アクセル!」
「な、なに!?」
いきなりクリアに呼ばれて驚いた彼に、彼女は全く気に留めずに問う。
「分身の数に限度は!?」
「能力そのものがまだ完全じゃなくって……同時に出せるのは本体入れて三体だけ!」
その返答に、彼女は確信した。
「だったら本体は“ガゼル”の上だ!この二人にコアの類は存在しない!」
「……ガゼル?」
怪訝な顔で聞き返したゼロに、
「あの巨大メカニロイドのことだっ!」
どうでもいいと早口に答える。
「そうか………アクセル」
戦闘中でありながらの静かな声音に、思わず少年はバレットを握る左手を休め、自らを呼んだ彼を見た。
「こいつらの相手は俺達がする。お前は本体を倒せ」
「えっ…でも、」
言おうとしていた言葉は引っ込んだ。
「後ろっ!」
咄嗟に振り返れば、いつの間にか近くに来ていた分身の一人を、クリアが蹴り飛ばしていた。
「心配するな」
相手を見据えたまま、少年に告げる。

“――――”

小声過ぎて、聞き取れなかったけれど。
背中を押された、気がした。

「…お願い!」
走り出したアクセルを背に、ゼロとクリアが並び立つ。
「……大丈夫なのか?」
「何がだ?」
油断なくセイバーを構え直して訊ねた青年に、少女は笑みすら含んで聞き返す。
「俺はセイバーでアクセルはバレットだが……お前は違う。……拳………焼けないか」
予想外だったのだろう、彼の言葉に面喰らって一瞬固まった。が、炎が視界に入り、我に返る。

一秒にも満たない、刹那の間。
隣に立つ、剣士に。

輝かんばかりの笑顔を見せた。

彼が堂目する間もなく、クリアは地を蹴った。
炎の攻撃をかいくぐり、分身のうち一人の懐に潜り込む。小柄な少女、そうすることは容易い。
そのまま片腕を掴み、身を捻って真横から蹴る。
彼女が動いたと同時に、ゼロはセイバーの柄をスライドさせ、中にある小さな青いスイッチを押した。
すると、Zセイバーに変化が現れた。
柄がぐん、と長くなり、代わりに刀身が短くなる。そうして緑だった刃の光が、海のような青に変わる。

Dグレイブ−−スプラッシュ・ウオフライとの戦いを元に新しく造られたゼロの武器、水のナギナタ。

振ればひゅん、と音が鳴る。遠距離型の得物ではないが、セイバーよりもリーチは増える。ただし、“斬る”箇所が小さい為、威力そのものは若干落ちる。

もう一人の分身がクリアに遅いかかる前に、ゼロはDグレイブを手前に引いた。

「水裂閃!」

目にも止まらぬ速度で繰り出す、水属性の突き。
スピードを加えるので威力は大幅に上がるが、勢いをつけなくてはいけない為に、隙が大きくなる。一撃必殺か、サポートしてくれる仲間がいなければ危険な技。

ゼロのフォローに回るべく、クリアは軽やかに跳んで彼の傍に立ち蹴り足を構える。
蹴られて胸部アーマーの一部が砕けた一人も、突きを喰らって腹部に穴を空けた方も。重傷をものともせず、平然と立ち上がってくる。
「やはり、分身を攻撃しても意味はないようだな」
トントンと地面を右足の爪先で軽く叩きながら、彼女は剣士に声をかける。
「ああ…アクセルが本体を倒さなければ…」
再度敵が動き出し、二人の戦士は話を中断した。


<聞こえる!?アクセル!>
「あっ、エイリア!?メカニロイド動いてて乗れないんだ!なんか方法ない!?」
彼の言う通り、足場から離れないとはいえ、絶え間なく動いているのだ。失敗して、もし悪ければ溶岩に落ちることになる。
<解析したんだけど、そのメカニロイド、足の間接が弱いみたい!>
「間接…わかった!」
歩き続けるメカニロイドを必死に追いかけ、素早くバレットを連射する。弾丸は正確に足の間接に当たり、ガゼルはぴたりと動きを止めた。
アクセルは思いきりジャンプし、ホバーも使ってガゼルにしがみついた。そのまま背中に飛び乗り、上に居た彼と対峙する。
「ウゥ…ウゥ…!」
「ハイエナード…」
強く、バレットを握り締め、スプラッシュレーザーに切り換える。水の弾丸は彼を仰け反らせるが、致命傷には至らない。
ハイエナードの手から放たれた炎をダッシュで避け、再び狙いを定める。
と、足場がガクン、と動き、突然のことにアクセルはよろけた。隙のできた少年に、ガゼルの背から発射されたいくつもの小型ミサイルが、頭上から降ってくる。体勢も立て直せず、腕を交差させて額のコアは守るものの爆撃は凄まじい。なんとか避けようと、加速器を回転させる。
だが、ミサイルばかりに気を取られ、相手の炎が迫っていることに気付けなかった。熱を感じ、視線を向けた時には既に触れていた。

「―――っ!!」
喉に直撃を受け、痛みと熱さで声も出ない。
動きが緩慢になった少年に、ハイエナードは容赦なくタックルを喰らわせた。二回りは優に小さい彼の体は、ガゼルの背からいとも容易く突き飛ばされる。
いくつもの痛みが駆け巡り、彼の脳内を真っ白にする。
思考も働かず、頭から落ちていく先、赤い海が見えた。

瞬間。
“熱”ではない――― “温もり”を感じた。
同時に聞こえた何かが焼けた音と微かな呻き。そして焦げるような匂い。
ようやく頭がはっきりし、はっ、と眼を見開いた。
「大丈夫、か?」
心配そうな少女の顔がそこにあった。
「……えっ!?あんた…何で!?」
アクセルを、抱き抱えて飛んでいる。彼の無事を確かめると、クリアは上昇しガゼルの上に出る。
見れば、ガゼルは再び溶岩の中を歩いていた。“さっきの揺れはこれか”と理解する。
「アクセル、両腕に問題はあるか?」
「えっ……ちょ、ちょっと痛いけど平気……ってゼロは!?あんた飛べ」
「説明は後だ!ハイエナードに接近する…一気に決めろ!」
彼の言葉を遮り、加速をつける。同時にアクセルの右腕を掴み、体を離して宙吊りになるようにした。そこで彼女の意図に気付き、銃を構える。
炎を放とうとするかれよりも速く。目前まで近づき、少年はスプラッシュレーザーを、エネルギーが切れるまで撃った。
多大なダメージを受け、叫び声を上げるハイエナードのコアを、アクセルは僅かに眼を細めてから撃ち抜いた。
間もなく彼は一際大きく叫び――爆発した。

主を失ったガゼル型メカニロイドは機能を停止し、広い足場に目を向けると、二体の分身も消滅していた。
飛んでいってゼロの傍にアクセルを降ろし、地に足をつけた途端にその場に座り込んだ。
「!?」
「ど、どうしたのあんた!?……あっ」
気付けば彼女の左足首から下がただれ、内部の機械が剥き出しになっていた。
「…酷いな…」
「まさか…さっきボクを助けた時、溶岩に触って…」
「ま…まあ、ね。痛いけど……治療すれば、大丈夫」
痛みを押し殺して笑う彼女に、ゼロは溜め息をつきながら肩を貸す。そうして立ち上がった二人が、ふと少年を見ると、彼は俯いてバレットを見つめていた。
「アクセル?」
ゼロが声をかければ、ピクッと指先が動く。
「……なんでもないよ」
彼の返答に、二人は一瞬顔を見合わせたが、追求せずに任務完了の連絡を入れた。



[18326] 第8話 昔話と銃
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:0b6d8f58
Date: 2010/11/14 12:23
「クリアの脚は?」
「熱を持ってたけど、もう心配ないわ。ゼロとアクセルの怪我も大したことなかったし」
「そうか…」
エックスは、ほっと胸を撫で下ろす。彼女が左脚を溶岩に突っ込んだと聞いた時はどうなるかと思っていた。
「その三人は何処にいるのだ?」
ライフセイバーから受け取った彼女のカルテを見ながら、シグナスは呟くように聞く。
「クリアは、まだ医務室だと思う。ゼロは…アクセルを屋上に連れ出すって。沈んでるらしいから…」
「沈んでいる?」
聞き返したシグナスに、エックスは“ああ”と答える。
しかし、その声はどこか暗かった。



上階行きのエレベーターに乗り込む、紅き青年と黒き少年。
クリアがアクセルの為と、数日前に用意しておいた彼の部屋。そこから彼を連れ出してエレベーターまで、二人は何も言わなかった。
扉が閉まり、上昇を始める。狭い空間での静寂は、空気の密度を増幅させる。
沈黙に耐え兼ね、少年が口を開いた。
「そうそう。この間の話の続き……。ボクの仲間、レッドアラートには、腕利きのレプリロイドばかり揃っていたんだ」
彼らについては、エイリアから少し聞いていた程度で詳しくは知らない。ので、そのまま口にする。
「…ほとんどが犯罪者だと聞いているが?」
「そっ、そんなことないよ!基本的には、悪いことはしない主義!……そりゃ時には悪いことしたやつらもいるけど…」
反射的と言っていいほどの速度で、必死になって反論するが、後半は言い訳めいて小さくなった。
「…それで?」
話が逸れたと先を促せば、アクセルは俯いてしまっていた。
「でも、本当に悪いことなんてすることはなかったのに……突然みんな変わってしまったんだ!」
「変わった?…イレギュラー化とは違うのか?」
「ち、ちが…!……ちがうと……おも…うけど…」
「…突然というのは、どういうことだ?」
また話が逸れる前に聞き返す。
「レッドの言うことを聞かなくなって……イレギュラーハンターや罪もないレプリロイド達まで襲い出したんだ!」
その時のことを思い出しているのか、彼はぐっ、と拳を握り締める。
再び沈黙が訪れるより先に、エレベーターの音が鳴った。開いた扉から、壁に背を預けていたゼロより早く、アクセルは外に出る。目の前に扉を見つけ、後で降りたゼロを待つことなく歩を進める。
「奴らは突然変わったと言っていたな」
後ろからそう声をかければ、彼はぴたりと足を止めて振り返る。“うん…”と答えた声はやけに小さく、沈んでいた。
「ある日レッドから、コピーしたDNAデータを渡すように言われて……。それまでは一度もそんなこと言われたことなかったのに……」
彼の、意味深長な言い方に、紅き戦士は鋭く眼を細める。
「……まさか?」
僅かに間を置いて訊ねた彼に、、果たしてアクセルは頷いた。
「そうなんだ…。それからしばらくして、みんながどんどんパワーアップし始めたんだ……」
ゼロの脳裏をよぎるのは数日前、彼女の言葉。

“DNAデータは…使い方によって…他のレプリロイドをパワーアップさせることが可能なんだ…”

「…DNAデータを利用したのか?」
「たぶんね…詳しいことはわからないよ。レッドは何も教えてくれなかったから……。でもこれだけは確かなこと、ボクはいつの間にか利用されていたんだ!この能力のせいで!!」
唇を噛み締め、きつく拳を握る。肩は微かに震えている。
突然、ふっと力を抜き、ゼロに背を向けて外に出る。

夕暮れだった。
アクセルは両手を伸ばして柵の上に置き、ゼロはその隣で両肘を柵にかけ、軽く背を傾ける。
「…バウンティーハンターそのものが変わってしまった……ボクの知っている仲間はもういない……」
「…アクセル」
哀しみを大いに含んだ声に、何と言えばいいか判らず、複雑な心境で彼の名を呼ぶ。聞こえていないわけはないのだが、気付いていないかのように彼は続けた。
「みんなは自分たちのパワーアップのことばかり考え、ボクはひたすらデータ集め。最初はみんなの為と思っていたんだけど………やり方がどんどん非道くなっていって、耐えきれず逃げ出したんだ……。……それと……」
「…うん?それと…何だ」
言葉を止めたアクセルを、ゼロが優しく促せば、彼ははっとしたように首を振った。
「アハハッ……な、なんでもないよ!」
笑って誤魔化す。ゼロは少し訝しんだが、追及はしなかった。


前に、聞いた話。

――……そう、だよ………

確かめるまで、絶対に誰にも言わないと決めたこと。

ギュッ、と柵を掴む。
頭に浮かぶのは、白き鎧を纏った少女。
「――クリアなら大丈夫だぞ」
ビクゥ!と肩が跳ねた。大袈裟なまでに驚いて隣の彼の方を振り向けば、彼はいつもの如く読めない表情で少年を見ていた。
「…え」
「気にしていたんだろう?彼女の足の怪我」
「…知ってたの?」
その返しに、ゼロは呆れる。
「俺が気付いたんだ。彼女ならもっと早く気付いていただろう。…気にすることはない」
“でも”と口を動かす彼を制し、ゼロは柵から背を浮かせた。
「彼女も気にしちゃいない」
「そんなの、ゼロにわかるの?」
「判るさ」
じとっ、とした目で睨んできたが、即答した彼に瞳を丸くする。
「何度も共に戦場に立てば、それくらい判る」
無論、エックスほどではない。エックスが相手なら、手に取るように判る。
それでも、たとえ数カ月の付き合いでも。戦場で、背を預ける仲間。その程度、理解できなければ共に戦ってなどいられない。
「だから、お前も気にするな」
「…………」
「……先程の話だが」
他に話題も思いつかず、気になったことを持ち出す。アクセルにとってはどっちもどっちな話なのだが、ゼロは基本不器用なので仕方ない。
「……なに?」
「…………DNAデータを使ってのパワーアップは判ったが……レッドアラートでそんなことが可能なのか?」
若干の躊躇いを感じながら、それでも問う。
アクセルはしばし沈黙し、体の向きを変え、真っ直ぐにゼロを見た。彼もまた、正面からその視線を受け止める。

少年の瞳には、強い疑問の色が乗っている。
「…おかしいんだ。レッドアラートには、DNAデータを使って、レプリロイドをパワーアップできるような技術を持った奴は、いないんだ……」
「…どういうことなんだ…」



「…成程ね…」
話を聞き終え、ぽつりとつぶやく。
「…どう思う?」
「訊くのはいいけどさぁ…」
くるり、と回転して彼に向き直る。
「…何でまたココラボに直行すんの?」
バイザーをかけ、白衣を纏った少女は青年を見上げた。
夕焼けそらが好きだと言ったアクセルは屋上に残り、ゼロは真っ直ぐラボラトリーを訪れていた。
「お前のことだ。医務室で大人しくしてるとは思えなかったからな」
「軽傷の時や定期メンテナンスを日常茶飯事ですっぽかす君が言うかい?」
「………………」
皮肉を言ったつもりが逆に皮肉で返され、腕を組んだまま顔を逸らす。そんな彼に、彼女はくすくすと笑みを零した。
「…さて、キミの質問についてだが」
タタン、と片手で何かを操作してから、再びゼロを見上げる。
「…正直言って、判らないね。“裏”に誰かがいるのは確かだろうけど。情報が少な過ぎる」
「………“裏”………」
「…?…ゼロ?」
何やら考え込んだ様子の彼に、クリアは名を呼ぶ。
「……………………」
「……ゼロー?」
無反応。仕方なく、ひょいと立ち上がって彼へと近付く。
「ねーゼロー」
「…ん?何だクリ……って、うわっ!?」
驚いて思わずばっ、と身を引いた。
互いが触れるか触れないかの至近距離で、上目遣いで覗き込んできた彼女に、さしものゼロも反応した。
ひどく珍しく驚きに声を上げた彼を見て、彼女はきょとん、と首を傾げた。
「どうかした?」
「ど、どうか…って…!…い、いや……何でも、ない…」
彼の動揺ぶりは決して何でもないようには見えないのだが、クリアは敢えて何も言わず、椅子に座って作業を再開する。冷静クールな態度のおかげで、ゼロの気も落ち着いた。
「ところで、お前さっきから何を」

シュン

「…ゼロ、クリア。…やっぱりここにいたのか…」
ラボ内にいる人物達の姿を認め、入って来た青年は軽い溜め息をつく。
「思った通り、みたいな言い方だね」
「思った通りだよ。医務室行ってもいなかったから…少なくとも、君はここにいると思った」
悪戯っぽく笑った彼女に、エックスは苦笑を浮かべて答え、二人に歩み寄る。
「……なぁ、ゼロ」
碧い瞳を向ける。親友ともの少々不安の混じった顔に、なんとなく言いたいことが判った。
「アクセルは……どうだ?」
元来心配症のエックスは、なんだかんだ言いながらもアクセルのことを気にかけている。ゼロから彼が沈んでいると聞き、心配していたのだろう。
「恐らく問題ない。あいつが沈んでいた理由はクリアに傷を負わせたということだったしな。もう大丈夫だろう」
(…どうかな)
「えっ?」
「…何?」
「…あ、聞こえちゃった?」
彼女の小さな呟きを、彼らは聞き逃さなかった。
二人が会話し始めたので止まっていた作業を行っていたのだが、思わずぽつりと零した言葉。
「…あの子がね、気にしてあのまま終わるのかなー…って」
「・・・?」
「どういうことだ?」
ゼロが訊ねるが、彼女は画面を見たまま首を振った。
「んーん。多分、私の思い過ごしだから。変なこと言ってごめんなさい。忘れて」
「「…………」」
顔を見合わせるエックスとゼロだが、発言者がいいと言っているので仕方がない。訊かないことにした。
「…ん、これでいーかな」
背もたれに身体を傾け、ふぅと息を吐く。メットの中にバイザーをしまい、ずっと操作していたコンピューターからチップを二つ取り出し、席を立つ。一つは見覚えのある形だが、もう一つは一回り小さく形も違う。
「お前、それは?」
「ん、アクセルの特殊武器と、キミの新技の為のモノ。ほら、言ってたじゃん。“剣以外の攻撃手段もあった方がいい”って。さっき」
流石に彼女の足の怪我が気になり見舞いに行った際、確かにそういう話はした。
だが、僅か数時間で、しかも病み上がりで造ったという彼女の行動力には、二人して呆れざるを得なかった。
「…おい、そっちのは?」
クリアが座っていた時は気付かなかったが、彼女の手元に銃が置いてある。

…どこからどう見てもアクセルの使用しているバレット。

「ああこれ?」
ゼロが指したそれをひょいと取り上げてみせる。
「あの子のバレットと同じ形の銃造ったの。似てるでしょ?まあ使ってる本人ならすぐ判ると思うけど。基本攻撃はほとんど同じなんだけど、コピーショットは無理だったの。あの子の体の中のコピーチップと連動してるらしいんだけど…これ以上の解析はできなかったんだよねぇ」
後半は残念そうに話した彼女に、エックスは呆然と聞いた。
「…なんでもう一丁作ったんだ…?」
すると、クリアは瞳をまるくした。
「一緒に戦ってたゼロも、モニターで見てたエックスも気付かなかった?あの子の武器、連射力は優れてるけど、火力に不足があるよ」
「二丁拳銃にするのか?」
腕組みをしたままゼロが問えば、こくりと頷く。
「って言うのもさぁ…」

「ボクが両利きだから…でしょ?」
扉が開く音と重なって聞こえた声。振り向くと、黒い鎧の少年が、両手を頭の後ろで組んで歩いてくる。
「やあ、アクセル。造ったよ」
「造ってくれたのはうれしいけどさぁ……火力の高い武器にするんじゃないの?両利きなのかって聞かれた時から二丁拳銃のような気はしてたけど…」
少し拗ねたように言う彼に、クリアは微笑んだ。
「キミだったらそっちの方が遥かに効率がよさそうだし……キミ、そのバレットすごく大切にしてるみたいだったけど?」
アクセルは、はっと目を見開いた。彼女はニコッ、と笑いかけ、エックスとゼロの間を抜けてアクセルに近付き、手を取って新しいバレットをその掌に置く。
「…火力の高い武器だったら、また今度造ってあげるよ。…だから……いいでしょう?」
僅かに見上げると、淡いブルーの瞳とかち合う。優しいその眼差しに、少年はこくんと頷いた。
「よーしOK!あ、これも渡しとくよ」
そう言って、チップをポン、とバレットの上に置く。
「でね、ゼロ。キミの技なんだけど、」
「その前に何故アクセルがここに来たのか教えろ」
クリアの言葉を遮り、訊くに訊けなかったことを聞く。
「ああそれね。さっきチップが完成した時、ついでに通信、ONにしといたの。そしたら来るかなーって。ほらあ、一緒にいた方が説明しやすいじゃん」
軽い口調のくせに抜け目ない彼女に、エックスもゼロも先刻は呆れたものの、今は脱帽の思いだった。アクセルはと言えば、ポカンと彼女を見ている。
「…それで、ゼロ。コレなんだけど、」

通信が入った。相手はエイリア。
<みんな、聞こえる?次の任務よ。行き先はトンネルベース>
「…えっと……今すぐ?」
遠慮がちに訊ねるクリア。
<何か問題でもあるの?>
「ううん、いいよ。行こう」
回線を切り、出撃する仲間に顔を向ける。
「いいよね?」
「ああ」
「もっちろん!」
即答。クリアは頷くとゼロを見てすまなそうな顔をした。
「新技だけど…剣技じゃないから、微調整が必要になると思うんだ。この任務が終わってからでいいかな?」
「お前がそう言うなら仕方ないだろう」
「ゴメンね」
二人の会話が終わると、エックスが思い出したようにアクセルに話しかけた。
「アクセル、両利きとはいえ、二丁拳銃は初めてだろう?」
「うん、そうだよ」
「大丈夫なのか?」
「慣らしておきたかったけど、しょうがないし。実践で慣れていくしかないよ」
「そうか……無理はするなよ」
それを聞くと、少年は驚いた表情になる。しかし、すぐに笑って、
「うん!ありがと!」
答えた。無邪気な笑顔に、蒼き青年の顔も自然と綻ぶ。紅き剣士の口角も僅かに上がり、少女は優しい微笑を浮かべた。

そうしてラボを出る三人。それを見送るエックス。




“キミも、決断の刻は近いぞ”




「―――……判っている」


時間の経ち過ぎた返事は、彼女に届いたのか。

青年は、司令室へと足を向けた。










――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
二ヵ月ぶりの更新……遅くなって申し訳ありませんでした……



ATMさん、感想ありがとうございます。いえ、エックスだけという設定は知っていたのですが…涙を流せた方が後々やりやすいものでして…このままでやっていきます。アドバイスありがとうございます。




[18326] 第9話 無垢な暴れん坊
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2010/12/16 15:37
トンネルベースはその名の通り、ずっと屋内の施設。
転送された先で、クリアはちらり、と上を窺った。
「どうしたの?上になんかある?」
両手の銃を構えながら上を見やる。すると、少女は慌てて首を横に振った。
「ち、違う。…空がないことが気になっただけだ」
「へ?空?」
「……気にするな」
きょとんとしたアクセルに、顔を逸らして言う。取り敢えず任務中なので、その話は一旦終えた。
「行くぞ!」
ゼロの掛け声で走り出す。
配備されているのはランナーボム。
「またこいつらなのー!?めんどくさっ!」
純粋な少年の文句に、剣士と闘士は顔を見合わせ苦笑した。苦笑しながらも動きは止めない。ゼロは剣で、クリアはほとんど足技で応戦する。不平を言ったアクセルも、ダブルバレットを連射していた。
ふと、ランナーボムの間間に、大きな樽型のメカがあることに気付く。一つや二つではない。前方を見ても五、六機以上…十や二十あるかもしれない。止まっているものよりも、左右や前後に動いているものの方が多い。また地面すれすれにあったり、普通に跳べば触れられる高さ、ゼロの二段ジャンプでなければ届かないものなど、ほとんどバラバラ。共通しているのは形だけのようだ。
「何だあれは…」
「すぐに解析する。少し待っ…」
「大丈夫だって!飛び越えちゃおうよ!」
警戒する二人に構わず、配備されていた敵をすべて破壊しメカに向かうアクセル。前後に動くそれに飛び乗ろうと―――
「…待てッ!」
叫んだかと思うと、クリアは後ろからアクセルの首に腕を回し、抱え込むように強く引いた。
「わっ!なにす――」
暴れようとした彼は、次の瞬間聞こえた音に、ぴたりと動きを止めた。

「っ…!」

「………え……?」

「…クリア!」

呆然としてしまっている少年を剣士に預け、彼女は膝をついた。左肩を押さえ、息はほんの僅かに上がっている。
「どうした?大丈夫か?」
突然のことにも、冷静に訊ねるゼロは流石である。
何とかアクセルを一人で立たせ、クリアの傍に片膝をつく。
「…大丈夫だ……このくらいなら…すぐに治せる…。強力なバリアを張っているらしい…」
暗に“触れてはならない”と告げる彼女に、ゼロは頷いて立ち上がる。白い光で治療を終え、クリアもゆっくり立つ。
「…ごめんなさい」
ぽつり、と。
二人は振り向く。
深く俯く少年が、そこに居た。
「……なんにも聞かずに……ボクが飛び出したから…。…ボクをかばって……ごめんなさい……」
初めてのことではない。ラジオタワーの時も、彼女の説明を聞かずに飛び出し、アクセル自身がダメージを受けた。コンビナートの時はそうでもなかったが、不注意半分で溶岩に落ちそうになった彼を助けた為に、足が溶けるという大怪我を負った。
そして、今回も。

「…………」
「…………」
「…………」
幸い、周りに居た敵は掃討していたので襲われることはなかったのだが、早く進まなければならないことも事実であり、しかし彼らの時は動かなかった。

少女が動く。
近付く気配と足音に、彼は身を強張らせた。


「怪我はないね?」


ぽん、と。

聞こえた声と感じた温もりに、アクセルはゆっくり顔を上げた。

目の前には、優しい笑顔。
思わず、呟いていた。
「…怒って……ないの……?」
「怒ってないよ」
ぽんぽん。
軽く叩くように撫でる彼女は、任務中ではない、普段の口調だった。
「怪我がないのが一番だし、お前はちゃんと謝ったじゃないか。反省してるみたいだしね。怒るわけないよ」
先ほどとは全く違う意味で呆然とする少年に、
「ただ……一つだけ」
ふっ、と少し、不安げに。


「…私の話を、ちゃんと聞いて」

「…うん」

彼女は少年の髪をくしゃりと梳き、ぱっと体を反転させてゼロの方を向く。
「…すまない、私はもう大丈夫だ」
頷き、剣士の視線は彼に向けられる。
「…行くぞ、アクセル」

「うん!」
無邪気な笑顔。
三人は、再び駆け出した。。




「ここは…」
言いながら、クリアは周りを見回す。
大きな足場が点々と奥に続いており、その間には緑色の液体が広がっている。
「なんだろ、この緑の…」
「アクセル、正体が判るまで不用意に触れるな」
ゼロに注意されて覗き込むのをやめたが、
「そんなことわかってるよ」
ぷう、と頬を膨らませていったので、思わずクリアは笑ってしまった。

通信音が聴覚器に響く。
<みんな、聞こえる?その液体、触れると多大なダメージを受けてしまうエネルギー体で作られているわ>
「じゃあ、触らないようにすればいいんだね」
<そうなんだけど…ここは安全に、ライドアーマーを使った方がいいわね。その足場の両脇に乗り捨てられているわ。…ただ、二機しかないから…悪いんだけど、クリアは飛んでくれる?>
彼女の飛行能力ならとの判断に、笑って頷く。
「ああ。それがいいと私も思う。大丈夫だ、落ちやしない」
明るめの声音で答えれば、エイリアも笑ったようだった。
通信を切って目を向けると、ゼロとアクセルは左右のライドアーマーを見ていた。
「…どうした?」
動こうとしない二人を不思議に思い、声をかける。すると、
「…乗るのはいいけどさ…」
アクセルが、ぽつりぽつりと。随分と自信なさげだな、と思っていれば。
「…どっちに乗るの?」
「…………は?」
空色の眼を瞬く。
「だって、二つの形全然違うじゃん」
そこで初めて、クリアは両脇のライドアーマーを見た。
一機は青く、両腕、両肩に銃が装備されている人型。
もう片方は赤で、両腕にはドリルが取り付けられ、無視に似た形の四本の足。
「…………ゴウデンとライデンⅡか」
軽く息をついてから、二人に向き直る。
「…ゼロは赤い方、アクセルは青い方に乗ってくれ」
「…何故だ?」
“どっちに乗ったらいいか判らないくせに口答えするな”くらい言いたかったが、ゼロの問いももっともだったので、胸の中にしまい込む。
「赤い奴はライデンⅡと言って近距離型。青い奴はゴウデンという近距離型のライドアーマー。君たちの戦闘スタイルなら、その方が使い易いだろう」
かなりざっくりとした説明だが、戦いに長けた彼らなら大丈夫、クリアはそう判断した。
「とにかく乗れ。進まなければ始まらない」
「…そうだな」
「うん!」
ようやく動き出す二人。よく襲われなかったものだと、再び息を吐く。

――…襲われなかった……?

はっとなって、辺りを見回した。
「フライトリング!」
きゅんっ、と音が鳴り、彼女の両足に白く光る車輪のようなものが現れる。
そのまま、部屋全体を見渡せる高さまで浮かび上がった。

――…!…これって…!

「どうしたクリア」
彼らよりずっと高い位置に居る彼女に、ゼロが呼びかける。
「……いや……」
ゆっくりと二人の傍に降りて来て、前方に見つけた扉へ顔を向けた。
「…行こう」
地には降りず、空中から二人を先導する。
「………」
違和感を感じ、ゼロは再び訊ねた。
「クリア、お前少し変だぞ。気になることでもあるのか?」
何なく扉をくぐり、静かな通路を飛び進んでいた彼女はぴたりと止まった。浮かんだまま、若干の間を置いて振り返る。
「……君達は気にならないか?」
「なんのこと?」
小首を傾げるアクセル。
「この空気が」
そこで気付く。緑の液体やライドアーマーばかりに気を取られ、周りを見ていなかった。
「…最初に比べ、警備が手薄すぎるな…」
「…アクセル、ここにいるメンバーの予想はつくか?」
恐らくずっと考えていたのだろう、クリアは少年に訊く。彼は少し考え込み、
「…たぶん、ガンガルンだと思う。ライドアーマー使ってたのあいつだけだったし」
そう答えた。彼の返答に頷き、障害物一つとしてない通路を見据える。
「何か策があるのか、余程の自信家か…」
「自信家には違いないだろうけど、ただ単に楽しみたいだけだと思うよ」
二機のライドアーマーの歩調に合わせ、直立したような状態で飛びながら頷いた彼女に、アクセルは言葉を返した。
「楽しむ?」
クリアが訊くより先にゼロが問うた。“うん”と頷いてから説明する。
「ライドアーマーをほったらかしにしてたでしょ?たぶん、味方の方にもいっぱい用意しておいて、アーマー同士を戦わせるつもりなんじゃないかな。って言っても、本人も結構強いよ。小柄でめちゃくちゃ速いんだ。…ま、ボクに言わせればナマイキな子供だけど」
やれやれ、というように肩を竦ませたアクセルに、ゼロとクリアは思わず顔を見合わせた。
この二人からみれば、アクセル自身まだ子供―――そんな彼が“子供”という相手が想像できない。
「…取り敢えず、進もう」
「…ああ」
気を取り直して前進。大きな扉の前に来た時、通信が入った。
<三人とも、聞こえる?イレギュラー反応はその先よ。ただ、それだけじゃなくて、大量のライドアーマーも配備されているの。合計三十体>
「三十って…そんなに!?」
「落ち着け、アクセル。…エイリア、そのライドアーマー、自動操縦型のプロトライドじゃないか?」
思わず声を漏らした彼を宥めてから、確かめるようにクリアは訊く。
<ええ、そうよ。よく判ったわね>
「次の出撃先は決まっていたからな。先にデータを検索しておいた。トンネルベースに居るライドアーマーならプロトライドだ」
<「「………」」>
「…?どうしたみんな?」
現場でも通信越しでも黙りこくった彼らを不思議に思い、首を傾げる。
「…いや…」
「…ううん…」
<…何でもないわ…>
「??」
「…そんなことより、敵はいいのか」
「あ!…今度こそ、行こう」
釈然としていないようだったが、進まなければ始まらないと言ったのは彼女自身。これ以上時間を無駄にするわけにもいかない。小さく息を吐き出し、鋭い瞳で扉を見据えた。
「…用意はいいな?」
「ああ」
「…うん」
前に出ているクリアが軽く扉に触れれば、格納庫のシャッターのように上へと開く。
ライドアーマーに乗った二人に並んだ彼女は、入った途端に高速で上昇した。

視界に映ったのは多数のミサイル。それを、ゴウデンの銃を使って撃ち落とす。いくつか外してしまったが、期待の当たったので操縦者である本人たちにダメージはない。そのまま素早く滑りこみ、初めて相手を確認する。
緑色で、自分達のライドアーマーと同程度の大きさ。全て型が同じだが、とにかく数が多い。片っ端から倒していくしかないだろう。
「くーらえー!」
ダダダダ、とゴウデンの両腕の銃が火を吹く。我武者羅に打たれた弾丸は、数体のプロトライドを停止させる。ライデンⅡはといえば、両腕に装備されたドリルをパンチの如く繰り出し、次々と相手を破壊していた。
確かに優勢ではある。しかし、攻めるばかりでほとんど攻撃を防げていない。攻めは最大の守りというが…

――もう少し慎重にいってもいいんじゃないかなぁ……

ライドアーマーの全長の、二倍はある高さの柱の上に腰かけ、銀髪の闘士は息をつく。
比較的好戦的と言えるゼロとアクセルのことを考えれば当然と言えるのかもしれないが、ライドアーマー同士の戦いを見下ろしながら、少女は軽い頭痛を覚えていた。
アクセルは両肩のミサイルを放ち、ゼロは飛び上がって機体を回転させ、そのままドリル攻撃を見舞う。その手際の良さと操縦の上手さに、最早呆れることしかできないクリア。再度溜息をついて、肩を竦める。
「…つーか、もっと優しく扱えよライドアーマー……そのままだと…」
言い終える前に、ゴウデンから煙が上がった。少年が驚く間もなく、ライデンⅡからも吹き出る。瞬時の冷静な判断で、ゼロはライドアーマーから飛び降りた。
「アクセル!何をしている!早く脱出しろ!」
混乱していた彼は、頭上から降って来た怒鳴り声で我に返り、慌てて飛び降りる。
直後、二機は音を立てて爆発した。もしあのまま乗っていたら――アクセルは少しだけ背筋が寒くなった。

と。
「余所見をするな!」
再び聞こえた叱責の声。はっとなって振り返れば、すぐ後ろに最後のプロトライドが迫っていた。
操縦する為にしまってあったバレットを取り出しても、連射してこその威力。時間がない。ゼロが駆け出すも、間に合わない。相手の拳が激突する―――寸前。

「――たあっ!」
気合の籠もった声と同時に、プロトライドの頭部が爆発した。
次いで、何かに突き飛ばされたかのように後ろへ吹っ飛ぶ。動力炉かコアを壊されたらしく、そのまま動かなくなった。
「…ったく。言わんこっちゃない…」
呟きながら、白き闘士は少年の前にふわりと降り立つ。
「ゼロもそうだが……今度操縦する時は、もっと丁寧に扱うんだな」
セイバーを抜いて駆け寄って来た剣士と、愕然としている銃士に、呆れた目で告げる。しっかりとガードしていれば、大破などしなかったはず。ゼロは顔を逸らし、アクセルは俯く。
「…まあ、いい。私も出番があって良かったしな」
トントンと、プロトライドを蹴飛ばした左足で地面を軽く叩きながら、彼女は天井を見上げた。

直後に飛んで来た四本の棒。細く長いそれは部屋の中央辺りに、四角形の頂点になるように突き刺さり、バリアを張って三人を囲った。すかさずゼロが棒を斬りつけ、クリアが蹴りを入れ、アクセルが連射するが、その部分にもバリアを張っているらしく、傷一つ付かない。思わず、剣士と投資家ら舌打ちが零れる―――刹那。

「はーっはっはっはっ!!」

突然聞こえた甲高い笑い声。見上げれば、桃色のカンガルー型ライドアーマーが降って来た。着地すると地面が揺れ、相当の重量であることが予想できる。腹の袋の部分にある操縦席に収まっているのは、これまたカンガルー型の小さなレプリロイド。

無垢な暴れん坊――バニシング・ガンガルン

「驚いたかアクセルぅ!おまえなんかよりうーんと強くなったんだからなぁ!」
ライドアーマーの両腕を振り上げ、機能停止したプロトライドを殴りつけた。自らの力を鼓舞するが如く。
「もう子供って言わせないぞぉ!」
「そーゆートコが子供なんだって」
全く臆さず、アクセルがそう返すと、
「ま、また子供だって言ったなぁ!」
軽く身を屈ませて威嚇する。
「悪い子にはお仕置きしなきゃね…」
笑みすら含ませてそう言う彼にゼロは――異様な気配を感じた。しかし今は、それを気にしている暇はない。

振り下ろされた拳を横に飛んでかわしたアクセル。瞬時にゼロが間合いを詰め、その腕を斬りつけるが、まるで効かず跳ね飛ばされる前に距離を取る。
赤き闘神の姿を初めて視界に捉えたガンガルンは、はっと目を見開いた。
「金髪とセイバー…おまえがゼロだなぁ!さすがにボクをおさえられるのは、Sクラスのハンターだけだって判断したんだなぁ!
でも、ボクの方がはるかに強いぞぉ!」
まるでこの場に、ゼロと自分しかいないかのような言動。たった今まで、アクセルと話していたことも忘れてしまったかのように聞こえて。そのアクセルはむッ、と顔をしかめたが、クリアは僅かに瞳を細めた。それは、苛立ち故ではなく―――

「やれやれ…そんなオモチャを振り回して、ガキ大将気分か?」
「ガ、ガキだって?許さないぞぉ!」
不快も露わに言ったゼロに、ガンガルンは癇癪を起こす。そんな少年を前にして、剣士が舌打ちするのは禁じ得なかった。
「チッ……これだからガキは苦手だぜ…」
苛々と息を吐いたゼロは、強力なパンチをひらりとかわす。そうして向けた視線の先は、白き少女。アイサインを受け取った彼女は、加速器を回転させてライドアーマーに接近し、左肩の関節部分に踵を落とす。反撃が来る前にフライトリングを発動させ、後ろ向きに一回転しながら着地する。
「なんなんだよぉー!おまえ!」
ようやくクリアの存在に気付き、腕を振り上げる。たんっ、と跳んでそれを避けると、今度は左足の膝に回し蹴りを打ち込む。そのままライドアーマーの足を蹴って離れ、軽く息をつく。
「君とは初対面だったか……。私はアノマリー・クリアーナ。ゼロと同じ、特A級のハンターだ」
「ゼロと同じ…?ってことは、おまえも強いのかぁ!そんなに強いやつが二人も来るなんて、やっぱりボクってすごいんだぁー!」
「「…………」」
呆れてものも言えない剣士と闘士。そこに、怒った声が響く。
「ちょっと!ボクを忘れるなよガンガルン!」
「あれぇ?アクセル、いつ来たのぉ?」
「初めっからいたよ!!」
子供同士の喧嘩。思わずゼロから溜め息が零れる。

だがクリアは、再び眼を細めた。今度は明らかに、鋭く。

――…事は思ったより重大かもしれない……

彼らがそうしていたのは数秒。
怒ったアクセルは操縦席めがけてダブルバレットを連射する。が、相手がジャンプしたことにより狙いは逸れ、足に当たった。
「そんなもの効かないぞぉ!」
ライドアーマーの口から、円の形をしたエネルギー波が連続で放たれる。触れないよう、また隅に追い込まれないようかわしていく。
「ライドアーマーにはライドアーマーで対抗するのが、一番手っ取り早いんだが…」
クリアが呟けば、ゼロが微かに目を細め、アクセルはぴくんと肩を揺らした。そんな二人には全く気付かず、あるいは気にも留めていないのか、数秒間考えた末少年重視に視線を向けた。
「アクセル、さっき渡したチップは組み込んであるか?」
「えっ…一応…あんたが一緒にくれた方に入れてあるけど…」
「よし。ゼロ、Dグレイブは使えるな?」
「?ああ」
「だったら可能かもしれない……。二人とも、小声で話す。よく聞いてくれ」
話しながらも、相手の攻撃をかわし続ける三人は流石である。ガンガルンはと言えば、
「なんだぁ?ボクの力がすごすぎて、反撃もできないかぁ!」
――この調子だ。しかし、彼女の話と回避に集中していた為、ゼロとクリアはもちろん、アクセルさえ聞いてはいない。
「――いけるな?」
作戦を説明し終え、少女は確認する。一も二もなく頷く二人。そんな彼らに、微かに笑った。
優しい、温かい笑み。

「よろしく!」
「お願い!」
クリアとアクセルはゼロから離れ、彼は立ち止まってガンガルンを見上げる。
「俺が相手になってやる。来い、ガキ大将」
「ま、またガキって言ったなぁ!」
再び癇癪を起した少年は、ゼロばかり攻撃し始めた。

“まず、ゼロはガンガルンを引きつけてくれ。ああいう子は、少し挑発してやればすぐに乗ってくる”

彼女の思惑通り、彼は簡単に挑発に乗った。その隙に二人の戦士がライドアーマーの後方へ回る。傍の少年が特殊武器を起動させたのを確認し、クリアは相手の背中めがけて跳躍した。
「――だっ!」
傷や物を直す時、物質を操作する時やフライトリングを発動させる際に使うエナジーを、足の筋力と呼べる箇所に集結させる。威力を大幅に上げた強力な蹴りは、ライドアーマーの背の中心に、その足をめり込ませた。
相手が振り返るより先に、素早く足を抜き離れる。そうして走っていたアクセルが、ダッシュジャンプで背中に空いた穴に近付いた。

“私があいつの背中に穴を開けたら、アクセル、君がその穴にさっきの特殊武器を撃ち込むんだ。至近距離とは言わないが、少し近付かなければ当たらないタイプだから気をつけろ。ただ、撃ったらすぐに離れろよ。巻き込まれないとも限らないからな”

空中で瞬時に狙いを定め、貰ったバレットのトリガーを引く。引いたと同時に再びダッシュし、彼女から言われた通り距離を取った。
穴に寸分違わず撃ち込まれた弾丸は、触れた途端サークル上の炎となり背を焼いた。
「こんなもの効かないって言ってるだろー!」
特殊武器の性能に驚いている暇もなく、アクセルの方へガンガルンが突進する。攻撃の対象が彼になったことで、他の二人への注意が逸れる。先程とほとんど変わらぬ手だが、敵は単純な子供。二度までは上手くいくだろう。
両の掌を揃えて下に向け、エナジーを使い始めるクリア。瞬時に白い光が集まり、大きな円形の板を作った。白く大きいフリスビーのようなそれを、ライドアーマーの後ろを狙って投げる。
投げるより先に走り出していたゼロは、ZセイバーをDグレイブに変換する。後ろから飛んで来た板に二段ジャンプで飛び乗り、ナギナタを後ろに引いた。
彼女が操作しているおかげで、板は回転せず真っ直ぐに飛んでいる。

アクセルが特殊武器を使ってから、ここまでで僅か数秒―――

“いいか、素早く動けなければこれは成功しない。私が足場を作ったら、ゼロはそれに乗れ。Dグレイブに変えておくことを忘れるなよ。穴に向かって技を叩き込め。”

強力な水属性の突き――水裂閃。
熱を持った部分が急激に冷やされ、ライドアーマーの外装がパキンと音を立てる。更にはリーチの長いナギナタによる突きで、内部の回路を優に貫いた。
「えっ…!な、なに!?」
尋常でない攻撃を受けたことに気付き、しどろもどろになる。

“確実に隙ができる…。アクセル、ライドアーマーの頭を狙え。…二人とも……行けるな?”

即座に特殊武器を解除し、ダブルバレットを撃ち込んだ。凄まじい攻撃を続けて受け、最早限界である。
頭部も身体の方も弾け飛び、粉々に砕け散った。
「や、やったなぁ!!」
寸前に脱出していたガンガルンが、一番近くにいた銃士に狙いを定めた。爆風や破片をかわすことに集中していた彼は、そのあまりのスピードに、反応できなかった。
「三角キッーク!」
一瞬上に跳んだ後、一直線にアクセルに突っ込む。腹部に直撃を受けた少年は声も出せない。そのまま吹き飛ばされ、バリアの壁で強かに背を打ちつけた。意識はあり、“っ…!”と呻きが零れる。
ゼロは破片をかわして、クリアは先刻の板を使って防いでいた為、気付くのが遅れてしまった。少年の悲鳴が耳に届き、ようやく現状を理解する。
振り返り、板を消し。彼らが眼にしたのは、凄まじい衝撃波を喰らい、地に叩きつけられた少年だった。
「死んじゃえー!」
うつ伏せに倒れ、ぴくりとも動かないアクセルに、無垢な破壊者がとどめを刺す―――

「…っ!?」
突き飛ばされ、バリアに打ちつけられたのはガンガルン。訳が判らないといった様子で、痛む胸部をさすりながら顔を上げる。
「…おまえ!」
立っていたのは白き闘士。高速で接近し、蹴り飛ばしていた。
「なんだよぉっ!じゃます…」
「煩い」
―――彼女の声は、少年に比べれば遥かに小さく、呟きのよう。顔も向けてはいない。
だが、彼は黙った。それは、恐怖や躊躇といったものを知らない彼の、本能と呼べるものだったのかもしれない。

常と違う彼女を訝しりながらも、紅き闘神は倒れた少年を助け起こす。
「アクセル!」
口元に手を当て、呼吸を確かめる。次いで体の傷の具合を調べ、ひとまず命に別状がないことに安堵する。
「ゼロ」
至極落ち着いた声で呼ばれ、彼は意外そうに眼を向けた。
赤く見える瞳がゼロを、いや、彼の傍の少年を見ていた。
「その子をよろしく」
言葉自体は軽いものであるのに、それを構成する声が抑揚なく紡がれることは、逆に強い重さを感じさせる。
「クリア…?」
返事はない。ただ真っ直ぐに、倒すべき相手を見据えていた。
「…判った」
傷ついた小さな体を抱え上げ、隅の方へと後退する。
痛みから立ち直ったガンガルンが、ギロリと彼女を睨んだ。
「よくもやったなぁ……許さないぞぉ!」
たんっ、と地を蹴り、バリア内を跳び回る。そのスピードと跳躍力は、敵ながらも称賛に値する。
クリアは目を閉じた。いつだったか、ゼロがそうしたように。

ガンガルンが繰り出したのは衝撃波を纏ったパンチ。スピードも増し、先程アクセルを倒した技より強力なのは明らか。
しかし、それが届く寸前で、少年は標的を見失った。同時に腕に感じた、圧迫されるような痛み。気付けば、闘士は彼の横に移動していた。
いつの間に、という驚きよりも、腕を掴まれたことに対する怒りをぶちまける。
「なんだよっ!離せよっ!おまえなんか…」

「黙れ、悪餓鬼が」

びくん、と肩を震わせ、彼は口を閉ざした。低い声と氷の如き瞳、果てしなく冷たい恐ろしい殺気。そしてそれを強調するかのような、凍るほど美しい銀髪。
「同じ子供でも…ここまで違うんだね」
無垢な少年が初めて抱いた感情―――恐怖。

掴んでいた腕を離し、蹴り飛ばす。その、飛んでいく速度より速く駆けて回り込む。反撃する間も与えることなく――踵落としを喰らわせた。

「…ボクはっ…アクセルとはっ…違うっ…!こどもじゃ…ないんだぁっ…!」

コアを砕かれたガンガルンは、絶叫を上げ爆発した。

激しくなびいていたマフラーが大人しくなり、辺りに静寂が訪れて。殺気をしまった闘士が、ゆっくりと口を開く。
「…キミは子供だよ。それも、最悪なまでに性質タチの悪い。確かにアクセルとは違うね。あの子は、意味もなく誰かを傷つけたりしない」
最期の言葉への返答。彼は答えなど求めてはいない、ただ主張しただけなのだと判っていた。
それでも、聞こえるはずのない言葉を、返したくなったのは。

「……クリア……お前…」
「帰ろうゼロ。連絡は私がするから」
複雑な心境で紡ぎ出した剣士の言葉を遮り、彼女は自身の通信回線を開く。
エイリアへの報告を聞きながら、彼は、どこか切ない少女の横顔を見つめていた。





[18326] 第10話 英雄の復帰
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2010/12/18 21:17
重傷だったアクセルも完治し数日。
司令室でエイリアがモニターを操作し、シグナスがそれを見ている。データを出して、総監を見上げた。
「各地で逃げ遅れたレプリロイド達の救出も、順調に進んでいるわ。これもあの三人のおかげね」
そう、三人は今別々に行動し、救助活動を行っている。敵の掃討が主目的でない任務だが、これも立派なイレギュラーハンターの仕事だ。
「ああ…そうだな」
「…でも、被害は増えていく一方よ。何とかならないかしら?」
「仕方ない。いくらゼロとはいえ限界がある。アクセルもよくやってくれているが、まだ子供だ。クリアの再生能力ばかりに頼るのは、戦闘も同時に行っている彼女自身への負担が大き過ぎる。三人にこれ以上の結果を望むのは、無理というものだ」

二人の会話を聞いていた青年が、不意に立ち上がる。
伏せていた瞼を上げると、澄んだ翡翠が現れた。
「……………………」
長い沈黙の後、司令室の通信器を起動させる。相手は。
「…ゼロ、聞こえているか?俺もやるよ。連れて行ってくれ」
「エックス!?」
思わず、といった様子で、エイリアは彼の名を呼んだ。シグナスは黙っている。
<判った。お前の好きにするといいさ>
ゼロの声に驚きは乗っていない。
「これが最後だ…。本当の最後にする為にも、やるしかないんだ!」
蒼き英雄の決意に、シグナスが頷く。
「よおし!一気にレッドアラートを叩くぞ!」
総監の号令を傍らに、エックスは話を聞いていない二人を思った。

彼らは、何と言うだろうか。幼き銃士と、可憐な闘士は。
無邪気な笑顔と優しい微笑みが脳裏に浮かび、蒼き戦士は苦笑した。




「ホント!?復帰するの!?やったぁ!」

「へぇ、決めたんだ。ホッとしたよ」

…伝えたエックスとゼロの方が、どう言ったらいいのかいまいちわからなくなった。
転送室で全員の帰還を待ち、二人に先程の話をした。
純粋な少年は飛び跳ねて喜び。
聡明な少女はこれからの戦いの為とラボに向かった。
肯定的なのは変わらないが、興奮しているアクセルと、冷静に対応するクリアは真逆。
親友同士、顔を見合わせるのだった。



「…あれ?もう来たの?早かったね」
トレーニングルーム直結の扉が開き、白衣を纏った少女は瞳をまるくした。
「まだかかると思っていたのか?」
「うん。まあ、ほとんど完成してるからいいんだけどね。ところでどうだい?炎属性の武器と技は」
モニターに視線をもどし、手を休めずに質問する。
「俺の技は使い方次第ではいいかもしれないが、通常の戦闘向きではないな」
「やっぱり…」
「あ、でもボクの“サークルブレイズ“は結構役に立つよ。射程がちょっと短いけど…」
「だよねぇ……はぁ…」
アクセルのフォローもフォローにならず、少々落ち込み気味のクリア。なんとかせねばと、エックスが話題を変える。
「それで、新しい武器は?」
「あっ、うん」
彼女はあっさり話に乗って来て、画面を切り換えた。
「威力あるものにしようと思ってるんだけど…案外難しくて。一旦止めて、先にエックスの武器を造ったの。ほとんど完成してるって言うのは、これ」
コンピュータからチップを取り出し、三人に見せる。
「セイバーやバレットもそうだけど、バスターだっていくつもチップ組み込めないからね。取り敢えず三種類、ボルトルネードとスプラッシュレーザー、あとサークルブレイズを入れといたよ」
手渡されたチップを、バスターに切り換えた腕に組み込む。
「チャージもできるよう設定したけど、微調整はしといてね。それができて初めて完成だから」
「じゃ、その調整のためにボクと模擬戦やろうよ!さっきは早めに切り上げたんだし」
「…そう、だな。頼むよ」
明るいアクセルに微笑みを返し、エックスは彼と再びトレーニングルームへ向かった。
扉が閉まってから、ぽつりと。
「会話は聞いてたけど……進歩したねぇ」
彼女の言う“会話”というのは、初対面の際のエックスとアクセルのことだ。その時のことを思い出し、ゼロも頷く。
「ああ。この先どうなるかと思ったが…あの様子なら大丈夫だろう」
ふっ、と笑って目を閉じる。
「…似ている」
「なにが?」
画面を見ながらも、彼の言葉には反応を示す。
「あいつとアクセルが」
ぴたっ、と。キーを叩く手が止まった。そのまま剣士へ視線が動く。
「彼とあの子?正反対に見えるけど」
疑問符を浮かべるクリアに、瞳を伏せたまま口を開く。
「確かに意見こそ違うが、よく似ていると俺は思う。なんとなく、だがな」
「………………」
「……何だ?」
沈黙した彼女を訝しく思い、ゼロは瞼を上げた。かち合った空色の瞳は、きょとんとしている。
「……“なんとなく”なんて、キミでも言うんだね…」
それを聞いた途端、彼は苦虫を噛み潰したかのような表情になる。言い返すすべはないかと、電子頭脳をフル回転させると、あることを思い出した。
「お前こそ、あいつらは似ていると思ったんじゃないのか?」
「え」
ゼロの脳裏に浮かんだのは、アクセルが初めてベースに来た時。
「エックスとアクセルの眼が、翠ということに興味を持っただろう」

“ただ……面白いなー…って”

「…気付いてたの?流石だね」
一瞬固まった彼女だったが、すぐ笑顔に戻る。
「…確かに、よく似た色ってことが気になったよ。なんとなく」
「お前だってなんとな」
「私はね、ゼロ」
ここぞとばかりに言い返そうとする彼を、遮る。
「“紅き闘神”と呼ばれるキミに、そんな一面があることに驚いたの」
「……………」
結局言い返せないのなら、無駄な思考を働かせなければよかったと、ゼロはがっくりした。表には出さなかったが。

…二人して気付く。
会話が低レベルだと。

「………………」
「……コホン。…あー………エックスとアクセル大丈夫かな?」
本人もわざとらしいと思っているのだろう。視線は目の前の青年から逸らされている。彼もまた、彼女に顔を向けていない。
「…問題ないだろう。エックスがアクセルをハンターとして認めるかは別にしても、今は共に戦うなか」

“危ないだろ!!”

微かにしか聞こえなかった筈のその声に、“仲間”と言おうとしたゼロは口を閉ざした。
二対の眼が一瞬にして一つの扉に向けられる。顔を見合わせた二人は、その扉の奥へ歩を進めた。



「それくらいかわせるでしょ!?って言うか、ちゃんとかわしたじゃん!」
短い通路を歩いて、もう一つの扉をくぐって聞こえてきたのがこれ。広いトレーニングルーム全体に響き渡る高く大きな声に、ゼロもクリアも顔をしかめた。
「そういう問題じゃない!何で出力を落としてないんだ!」
「さっきのVR訓練の時のまんまだったんだよ!ちょっとしたミスじゃないか!」
――どうやらアクセルが、バレットの出力を落とし忘れていたらしい。エックスは攻撃を避けられたようだが、威力に愕然としたのだろう。
「ちょっとしたミス!?特殊武器は強力ってことくらい判るだろ!?」
「わかったよっ!!ごめんなさいっ!!」
反省の色が全くと言っていいほど見られない謝罪をして、アクセルは走り出す。
激突しそうになって咄嗟に左右に分かれた二人の間を、脇目もふらずに駆け抜けていった。
少年の姿を目で追って初めて、エックスは紅と白の存在に気付く。“あ”と小さな声が漏れた。
「…………」
「…エックス…」
「…いっそ見事な喧嘩だね…」
「……アクセルが忘れてたのが悪い…」
言い訳めいたように聞こえるのは、気のせいではないだろう。俯き、二人を見ていない。
走っていった彼の顔を思い出し、クリアは大きく息を吐いた。やれやれというように肩を竦め、隣の剣士に目を向ける。
「ゼロ、」
「判っている」
くるりと反転したゼロは扉をくぐる。が、すぐに足を止め、僅かに親友を見た。
「…らしくないぜ、エックス」
紅い背中は視界から失せ、空間には青年と少女が残される。
「…ゼロの言う通り、」
俯き続ける彼に、彼女はゆっくり語りかけた。
「キミらしくないよ、エックス。あの子のことは聞いたんでしょう?」
「…ああ…」
記憶を失っていること、そしてレッドアラートから抜けた理由。アクセルが語った内容は、ゼロから皆に伝えられた。
「……だからと言って……特別扱いは……」
「特別じゃなくっても、もう少し優しくしてあげてもいいんじゃない?」
「………」
「…キミの言っていることは正論だよ」
声に抑揚はない。あくまで、静か。
「バレットの出力落としてなくて、もし当たってたら大変だものね。あの子が悪い。でも、」
誰かに似ている。そんな思いがしてならない。それとも、気のせいなのか。
「…言い方ってものが、あるでしょう?」
彼は顔を上げた。
碧い瞳が彼の双眸に映った瞬間、判った。

――…気のせいじゃ、ない……

誰に似ているのか、何故そう感じたのか。

「あの子……泣いてたよ」
驚きで翡翠が見開かられる。
「あの子が悪いにせよ、」
ほんの僅かな、笑み。
「今のままじゃ嫌でしょう?」
途端。
エックスは駆け出した。



「…わかってるよ…悪いのはボクだって…。…でも……あんなに怒んなくたって……いいじゃん…」
夜。屋上に明かりがあるといえば、月光のみ。

少年の目元が赤くなっていることは、見えなくても察しがついた。ゼロもクリアと同様、走り去る際の彼の泣き顔を見たからである。
直感でしかなかったが、アクセルは屋上に居ると思った。果たして、彼は居た。
「なんであんなに怒るのさ…?」
柵に置いた両腕に顔を埋めているため、声がくぐもっている。傍らの青年も両腕を柵に乗せ、碧い目は少年を見ていた。
「あいつに悪気があったわけじゃない」
「わかってるよそんなこと!!でもっ…!」
「お前が心配だったからだ」
叫び声が、ぴたりと止まる。思わず顔を上げると、ゼロの視線は夜空へと移っていた。
「出力の落ちていない攻撃にエックスが当たっていたら、お前はどうした?」
「え……どう…って…」
考え込む。もし彼に、あの攻撃が当たっていたら――
「恐らく…いや、まず間違いなく、お前は自分を責めた筈だ」
はっ、と目を見開く。剣士の口調は、どこまでも淡々としていた。
「お前を傷つけたくない……そう思ったから、あいつは怒ったんだ。もう同じミスをさせない為に」
そこでゼロは、微かに笑った。本当にエックスらしくない。こんな不器用なやり方をするのは、自分ではなかったか。
再び少年を見れば俯いており、彼は軽く息をついた。
「エックスも言い過ぎだがな。お前はどうする?」
その問いに、アクセルはぴくりと肩を揺らし、空を見上げた。小さな白い手は拳に変わる。

<みんな!聞こえる!?>
動こうとした彼の足は、突然聞こえた声に止められた。
「どうした、エイリア」
<緊急事態よ!全員すぐに転送室に行って!>
冷静なゼロの問いに早口で答え、回線は切れた。
二人は顔を見合わせ、走り出す。ゼロほどではないが、エイリアも常に冷静なタイプだ。その彼女が、ここまで慌てている――切迫感は募った。



「ゼロ、アクセル!」
転送室に駆け込んだ途端、高く可愛らしい声で呼ばれた。
居たのはクリア。そして。
「エ…エックス…」
「あく……セル…」
視線が合った瞬間、互いに顔を伏せる。
気まずい雰囲気を破ったのは、やはりと言うべきか周りの二人だった。
「その話は後にしようよ」
「今は任務が先決だ」
「…ああ」
「…うん」
彼らの提案に感謝しながら同意を述べると、謀ったように通信が入った。
<みんな!着いた!?>
「ジャスト、ね。ところで、ここにある三台のライドチェイサーは何?」
一番乗りで転送室に着ていたクリアは、そこに鎮座している三色のライドチェイサーが気になっていた。
<それなんだけど……あっ!>
「どうした!?」
ただならぬ様子に、焦ってエックスが訊ねる。
若干の間を置き、
<大変よっ!周廻道路セントラルサーキットに時限爆弾が仕掛けられたみたい!>
はっきりと告げた。















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ののじさん、ありがとうございます。失礼しました。







[18326] 第11話 驀進熱血漢
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2010/12/31 22:50
<各地で暴れ回っていた暴走族集団が、次の狙いをセントラルサーキットに定めたの>
「さっき言っていた緊急事態はそれか」
紅いライドチェイサーに乗りながら、ゼロが呟く。その隣で、エックスも蒼いライドチェイサーに跨る。

そして。
「……エイリア」
<何?>
「…コレ、私のだよね?」
クリアが指したのは白いライドチェイサー。本来は彼女専用のものなのだが、何故か今はアクセルが乗っている。
<ごめんなさい。あなた達三人の以外は、故障中や点検中のものばかりなの>
「…じゃ、私は」
<ゼロの後ろに>
「なんでぇ!?」
クリアの言っていることはもっともだ。彼女のライドチェイサーはあるが、アクセルのはない。そのアクセルが彼女のに乗り、彼女自身は他の人の後ろに乗れという話。文句を言うのも当たり前といえば当たり前だ。
しかし、理由があるのだとエイリアは説明する。
<今回の任務は、爆弾の回収が最優先よ。でも、道路にはあなた達を妨害するメカニロイドもたくさん配備されているの。三人にはライドチャイサーのバスターで敵の掃討、クリアは爆弾の回収、及び分解をしてもらうわ>
「分解?解体じゃなくて?」
<ええ>
「…判ったよ。はぁ…」
仕方ないというように、クリアはゼロの後ろに乗る。直後、四人はチェイサーごと道路に転送された。
<時間はあまりないわ!みんな、急いで!>
通信が切れると同時に、三台揃って発進する。
風に吹かれる長い金髪をうまく避け、彼女は彼の背からひょいと顔をのぞかせた。片手でメットを操作し、バイザーを装着する。その手を伸ばして一つ目の爆弾を拾う。拾った途端、ぱしゅっと小さな音がして、手にあった危険物は消え去った。
「そっか。分解ってそれのことだったんだね」
少し後ろを走っているアクセルが呟くと、クリアは僅かに目を向けた。
「ああ。確実な方法ではあるんだが…」
「「「?」」」
アクセルだけでなく、他の二人も不思議そうな顔になる。角度的に見えなくても、空気でそれを感じ取った彼女は、“いや”と言葉を濁らせた。
「何でもない。それより、誤って爆弾を撃つなよ?」
「間違えないよー」
半ばからかいを含めたクリアの発言に、アクセルはむ、と顔をしかめて返す。くすり、と彼女は笑った。
「そういえば、エイリアはどうしてゼロの後ろにクリアを乗せたんだ?俺やアクセルでもいいだろうに」
「知るか」
「「「………」」」

話しながらも、手は休めない。回収と同時に白い光に分解する。
運転手三人も、ライドチェイサーとバスターを巧みに操り敵を撃ち倒す―――かと思えば。

「ゼロ!爆弾に当たりそうだったぞ今の!気をつけろ!」
「わ、悪い…」
「まったくもうゼロは…」
「アクセル!前、前!」
「え…うわっ!?」

ゼロがショットをミスしそうになるたびにクリアが。アクセルが障害物にぶつかりそうになるたびにエックスが。
どうもゼロは剣士ということもあり、運転は上手いが銃は苦手らしい。逆にアクセルはショットの狙いは的確だが、ライドチェイサーに乗り慣れていないのか、撃つことに集中すると運転がおろそかになる。
バスターの扱いに長けたエックスは、どちらも見事なものだが。

「もういい!君ら二人は運転だけしてろ!」
流石のクリアも苛立ち怒鳴ると、ゼロは一層無表情になり、アクセルはしょぼんとしてしまった。この空気を変えようと、エックスは再び口を開く。
「…それにしても、今回の相手は一体何なんだ?わざわざ道路を選ぶなんて…」
「イノブスキーに決まってる」
「心当たりがあるのか?」
即答した少年に、ゼロも問う。“うん”と相槌を打って続ける。
「レッドアラート一の熱血漢。体をバイクみたいな形に変えられて、もの凄いスピードを出すよ。攻撃はホイールとかも使うけど…基本突進」
「成程な…」
クリアが呟いた直後、後方から何かが近付いてくる音がした。振り返れば、イノシシか豚かを模した姿のレプリロイドが走ってくる。

驀進熱血漢――ヘルライド・イノブスキー

三台に並んだ、バイクのような姿に変形したイノブスキーに、アクセルは笑いかけた。
「やあ、“総長”!元気そうだね。あんたを狩りに来たよ!」
「て、てめぇ!レッドに拾われたくせにいぃ!恩を仇で返そうってかあぁ!?それでも漢かっ?ああ!!?」
大音量の怒鳴り声に、アクセル以外の三人は顔をしかめる。少年は肩を竦め、
「そんなに鼻息荒くしなくても……それに、これはある意味、恩返しだと思ってるしね!」
「ブヒイィィ!何だとぉ!?」
怒鳴りまくるイノブスキーはともかく、アクセルの発言にエックスは僅かに眼を見開き、ゼロとクリアは鋭く細めた。言った本人は全く気付いていないが。
「…お前が“ヘッド”か?」
思考を切り換え、蒼き戦士が訊ねる。先程エイリアが言っていた暴走族集団のリーダーがこいつなのかと。
しかし。
「へ、ヘッド~!?そんなハズかしい名前で呼びやがって、総長と呼べ!!」
質問の答えになっていない。思わず、エックスは声を大きくした。
「どっちでも一緒だ!暴走族を即刻解散するんだ!」
「ぼ、暴走族ぅ!?てめぇ…!」
「……ロードアタッカーズの残党か?」
傍観していたゼロも話に加わる、が。
「てっ、てめぇ!あんなザコと俺のチームを一緒にしやがる気か!?許せねぇ!」
「…何だ、ロードライダーズの方か?」
「ブヒイィィ!てめぇら…重ね重ねっ!!」

クリアは会話に入らない。何と言えばいいか判らないので無視を決め込み、黙々と回収を続行する。
最期の一つが、光に散った。
「終わったぞ!全て分解完了だ!」
「…上等だコラァ!」
突然スピードを上げ、四人の遥か先へ行く。追いかけるように進めば、道路が分かれ、中心に向かって少し窪んだ円形のフィールドが出来上がっていた。
その、中心にいるイノブスキーは、ライドチェイサーを降りてフィールドの端に立った四人を指差す。
「勝負しろぉ!タイマンでぶちのめしてやるぜぇ!!まずはどいつだ!?」
「ボクだ!」
だっ、と走ってイノブスキーの前に出る。彼が入った途端、橋にいくつもの柱が立ち、電気バリアが張られ、アクセルを追おうとしていた三人は反射的に身を引いた。
「…一対一ワンオンワンか……熱血漢とはよく言ったものだ…」
「クリア」
呆れ気味に呟いた少女に、ゼロは目を向ける。意味深なその視線、彼女は頷いた。
「判っている」

「てめぇかアクセル!行くぜぇ!」
バイクのような姿に変形し、フィールドを駆け回る。放たれ向かって来るホイールを、アクセルはバレットで破壊する。
「一対一なんて、相変わらずだね。暑苦しいったらないよ」
「てめぇも相変わらず減らねぇ口だなぁ!」
加速していく相手に、彼はバレットを構えたまま足を止めた。

――やみくもに撃ってちゃ当たらない…動きを読まないと……

真横からの突進を上に跳んでかわし、ダブルバレットを連射する。しかし、速すぎて数発しか当たらず、ほとんどダメージを与えられなかった。
ホバーを解除して着地すると、先読みした方向へ銃弾を放つ。狙い通り、ショットは直撃した。
「ブヒイィッ!?っのやろおぉ!」
今度は真正面から突っ込んでくる。計算のうちだったのか、アクセルは切り換えておいた特殊武器――サークルブレイズで迎え撃った。
「あぢいいぃ!?」
球状の炎に突っ込んだイノブスキーは叫び、そのまま速度を上げて直進した。
「!」
「うおらあぁぁっ!!」
動きが止まるだろうと思っていたアクセルは目を見開き、体当たりをまともに食らう。
「うあああああ!!」
加熱された金属が当たり、更には脚に走った激痛で彼は絶叫した。それでも歯を食いしばると、切り換えていない方のバレットを撃ち込んだ。流石に怯んだ相手の隙をついて逃れ、地を転がって距離を取る。次いで立とうと、力込めた。
「…!?」
左足の膝から下が重くなり、まるで動かないことに気付く。
最早痛みも感じない。まさかと、ゆっくりと視線を落とした。

車輪に巻き込まれた脚はひしゃげ、誰がどう見ても動かせないのは明らかだった。かろうじて原形を留めており、しかし何も感じないことから、神経回路が断たれているであろうことが窺える。加えて先刻の突進で、胸部アーマーには僅かにひびが入っている。
思いも寄らない重症に、アクセルは呆然となってしまった。

「――アクセル!」
エックスの声で我に返り顔を上げると、イノブスキーが再び向かって来ていた。咄嗟に飛び上がろうとすると、片足が動かないことを忘れており、バランスを崩してしまう。

目前に迫る―――刹那。

「…えっ…!」
「んなぁっ!?」

少年の身体が地から離れる。
急停止したイノブスキーは、上空を見上げて怒鳴った。
「てめぇ!邪魔すんじゃねぇ!これはタイマン勝負だろが!!」
アクセルを腕に抱えた乱入者――
「それは君が決めたことだろう?」
――白き闘士は、呆れながらそう返す。
そこでようやく状況を理解できた彼が、彼女の腕の中で憤慨した。
「なにすんの!?降ろしてよ!ボクまだ戦える!」
「降ろしてはやるが、戦闘は駄目だ」
「なんでだよ!?」
バリアの外に着地し、そっと地に降ろす。それが壊れ物を扱うかのように優しい行為だったため、今の彼を一層怒らせた。
「なんだよっ!これくらい平気だって!」
「どう見ても重傷だ。平気なわけがないだろう」
「動けないことないもん!ボクはまだ」
「やせ我慢もいい加減にしろ!」
諭すように静かに話していたクリアが、突如としてその声を荒げた。
びくりと身を震わせたアクセルも、駆け寄って来たエックスとゼロも、大きく目を見開く。傍に膝をつき、俯かせていた顔を、すっと上げる。
「……エックス」
見上げてくる瞳には、先程の声とは真逆で覇気がない。むしろあるのは―――

――…まさかね……

「判った」
浮かんだ考えを打ち消し、彼は腕をバスターに変形させる。
「おいコラァ!俺とアクセルの勝負は終わってねぇぞ!」
「アクセルはもう戦えない。…俺が相手だ」
「ざけんなぁ!アクセルを出しやがれ!」
引き下がらないイノブスキーに、少女は溜め息をついて剣士を見上げた。それに頷き、口を開く。
「さんざん偉そうな口を叩いておいて…手負いのアクセルを倒す自信はあっても、無傷のエックスを倒す自信はないのか?」
「ブヒイィィ!?何だとてめぇ!上等だぁ!エックスぶっ倒したら次はてめぇだ!」

――…単純だなぁ…

完全に呆れて。
もうひとつ、溜め息する闘士。

バリアの一部が消え、彼が中に入ると再度張られた。
敵と対峙し、エックスは左手をバスターに添える。

――…やけに…緊張する…

久しぶりの実戦。同レベルの仲間とウォーミングアップしてはいても、訓練と実戦とは全くの別物。
湧き上がってくる不安と緊張感に、戦士はぐっ、と奥歯を噛んだ。
「行くぜオラァァ!!」
いきなりの突進を、横に跳んでかわす。フィールド内を駆け回り始めたイノブスキーに対し、エックスは中央で動きを止め、チャージを続けながら眼を閉じる。

眼で、追うのではなく。

――感覚で、追う…!

全神経を研ぎ澄ませ。
バスターを支える腕に、力込めた。

「―――サークルブレイズ!!」

先刻、銃士が撃ったものよりも遥かに強力な炎の球。
爆炎はイノブスキーを呑み込み、最後の叫びとともに消滅した。

「…………」
エックスは息を吐き出し、右腕を元に戻す。
バリアの消えたフィールドにクリアが入り、駆け寄った。
「怪我は?」
「いや…大丈夫だ」
「…本当か?」
「え?」
バイザーのせいで赤く見える瞳が見上げてくる。心配を含んだその視線に、彼は真面目に首を傾げた。
「キミ、随分と疲れた顔をしているぞ?」
「…久しぶり…だったから…かな…?」
「…まあ、キミとの共同任務は初めてだったしな。平気ならいい。それより問題は…」
「降ろしてってば!!」
「……あの子だな」
呆れたように声のする方へ目を向ける。見ればゼロが、ぎゃーぎゃーと喚く少年を背負い、涼しい顔でこちらへ歩いて来ていた。
「ボクは平気だって!降ろしてよゼロ!」
「神経回路がやられているくせに、平気だと?」
「で、でも……おんぶしなくてもいいじゃんっ!」
紅の青年におぶわれたアクセルの顔は、少しばかり赤くなっている。流石に恥ずかしいらしい。
「これが一番早い。いい加減諦めろ」
「だ、だって……そ、そうだ!ねえ!あんたが脚治してよ!」
彼が話しかけたのは、いわずもがな白き少女。


「却下」


「………………はい?」
「「……え?」」
アクセルだけでなくエックス、ゼロでさえも呆けた声を出した。
彼女の、仲間の為に無茶する性格を、よく知っているが故。

そんな彼らを横目に、クリアは自身の通信回線を起動させる。
「こちらクリア」
<こちらエイリア。状況は?>
「アクセルが足に重傷を負ったが、戻って手当てすれば大丈夫だ。転送してくれ」
<重傷…!?すぐに転送するわ!>
通信が切れた直後、四人はベースへ送られた。















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11話目です。年内ぎりぎりですが……投稿できてよかったです。
来年からはもっと忙しくなりそうですが……何とか隙間時間見つけてやっていきます。





[18326] 第12話 笑み、そして質問
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2011/02/09 15:45
丸一日かけて、アクセルは足を治した。
医務室を出て直行した先はラボ。入った瞬間、“あれ”と思った。

コンピュータの前にいつもいる筈の人物がいない。ぐるりと首を回せば、左の方に銀髪と白衣を見つけた。
「ねえ!何してるの?」
「ん?ああ、アクセル」
振り返った顔には赤いバイザー。大きな台の前に立っており、駆け寄って見てみると、何かを造っているらしかった。
「なに造ってるの?」
「新しい武器さ。キミのね」
答えれば、表情がぱあっ、と明るくなった。子供らしいと思いながら口には出さず、クリアは笑う。
「そんなに嬉しい?」
「うん!だって、これ大きいもん!火力のあるヤツなんじゃない?」
「判るの?」
少し驚いたような彼女に、アクセルは頷いた。
「…まあ説明は完成してからでいいとして…。足は?もういいの?」
「バッチリ!ちゃんと歩けてるし!」
「そっか。…よかった」
優しい微笑みに、彼は少し照れ臭そうに笑った。しかしそこで、“あっ”と声を漏らす。
「どうかした?」
「え…えっと」
促されるが、俯いて口ごもる。
「あの…その……えっ…」
頼りなく彷徨う視線。クリアは彼に聞こえないくらい小さく息をつき、バイザーをしまって向き直った。
「トレーニングルームにいるよ」
「え?」
「エックスなら」
「!」
「行ってきなよ。“善は急げ”って言うでしょう?」




「うわっ!」
ドン、という強い衝撃で、エックスは壁に背を打ちつけた。
「つぅ…」
「悪い、大丈夫か!?」
セイバーをしまい、駆け寄る。差し出したゼロの手を、彼はしっかりと握った。
「大丈夫だ、少し休めば……それより凄い威力だったな」
「ああ。俺自身驚いている」
「出力を最小限ミニマムにしていたのに、ここまで吹き飛ばされるなんて…使えそうだな…」
「あの悪ガキとの戦いも、決して無駄ではなかったということだ」
それを聞くとエックスは、はっと表情を曇らせた。
「エックス?」
俯いた彼に、ゼロは声をかける。数瞬置いて、彼が何を思っているのかに気付き、その瞳を細めた。
「…エックス…お前……」


「エックスっ!!」

彼の言葉は、高く大きな声にかき消された。
「……アクセル?」
予期せぬ人物の登場に、呼ばれた彼は呆然と少年の名を紡いだ。
「あっ、あのっ…」
息は切らしていないが、酷く慌てているように見える。
「エックス…あのっ……ごめんっ!」
がばっ、と勢いよく頭を下げた彼に、蒼き青年は面喰らって固まった。
「…え」
「おとといの模擬戦で…悪かったのボクなのに…ちゃんと謝れなくて……つまんない意地張っちゃって……ごめんっ!!」
「お、おいアクセル!?」
再び大きく頭を下げた彼は、もと来た通路を一目散に駆け抜けていった。
咄嗟の呼びかけも伸ばした腕も、相手が走り去った後では虚しいばかり。突然のことに再度固まってしまっているエックスの肩を、ゼロが叩く。
「先を越されたな、エックス」
「え、先、って…」
「お前も謝るつもりだったんだろう?踏ん切りがつかなかったようだが」
口元でくく、と笑いながら、驚きに飾られた友の顔を眺める。
「…気付いていたのか…?」
「どれだけの付き合いだと思っている?」
こんな風に、おかしそうに笑うゼロは、それこそ驚きを見せるより珍しい。
ようやく笑い声を引っ込め、それでも口の端は僅かに上げたまま碧い瞳を細める。
「子供というのは素直なものだな」
「………」
「お前も少しは素直になったらどうだ?恐らくだが、屋上へ行ったと思うぞ」
遠回しな言い方に苦笑が零れ、
「ありがとう」
走り出した。





「……ご説明願いたいんですが」
「普通に言え」
ラボで紅と白、青年と少女が向かい合っている。
流石のクリアも、今の状況には首を傾げずにはいられないらしい。
「アクセルがトレーニングルームに行ったと思ったら、すぐ戻って来て走ってっちゃうし。その後追うみたいにエックスも走ってくし。何があったわけ?まさかまた喧嘩?」
「いや…」
ゼロは、ついさっき起こったことを簡潔に説明した。
「…なんか……なんだろ……子どもだね…」
言うだけ言って走り去ったというアクセルに、彼女は呆れざるを得ない。軽い溜め息をついて、止まっていた武器製作を再開する。
「随分熱心だな」
隣に立ち、作業を見ながら彼は感嘆する。
「ん、まあね。力になってあげたいし」
「既に充分だと思うが」

今までの戦い。特殊武器に関してもそうだが、戦場においても彼女の能力には助けられている。能力だけではない、その頭脳にも。

「いーや。まだまだ足りないや。もっと頑張らないとね」
明るく笑うクリアだが、その笑みにゼロは微かな不安を覚えた。

根拠などない、“直感”。

「………できること……」
「えっ?」
「…俺に出来ることはないか?」
「………………はぃ?」
思わず手を止め、瞳をまんまるにして彼を見上げた。
「…できること……?」
「ああ」
「……いいよ、私一人で」
ふいと視線を手元に戻し、そう告げる。
「しかし…」
「大丈夫だって。キミ不器用でしょ。戦ってる時にエックスやアクセルを支えてくれればいいの」
動いていない手が、拳に変わった。
「キミのことを誰よりも信頼している彼と、キミに憧れているあの子は……きっとキミにしか支えられない」
再び上げられた瞳には、確かな意志。
「私にキミの役目は果たせない……。私にできるのは、少しでも戦いやすいようにしてあげることくらいさ」
ゼロは、何も言えなくなった。
僅かに切なさを含んだ大人びた笑顔を、ただ見つめる。
「さて」
遅れを取り戻す為か、動き出した手は早い。数十秒動いていたかと思えば、すぐに止まった。大きなそれを両手で持ち、かちゃりと鳴らした。
「仕上げだ」





既に日は昇り、辺りは明るくなっている。
ハンターベースの屋上で溜め息をつく少年が一人。太陽の光が額のコアに反射しキラキラと光っているが、その表情は暗い。

――…一方的に言ったのはマズかったかなぁ……

ちゃんと謝った。しかし、エックスが何かを言おうとしていたのに、聞かずに飛び出してしまった。また怒らせてしまったかもしれない。
「……どうしよう…」
呟いた直後、
「アクセル」
呼ばれてびくりと肩が跳ね、勢いよく振り返る。

常葉色の双眸に映ったのは、蒼き青年の姿。
「あ…」
「…ゼロの言う通り、ここに居たんだな」
顔を上げられない。
また厳しい言葉を浴びせられるかと思うと、怖くなった。
どうすればこの場を切り抜けられるだろう―――そんなことを考えていた。

「…すまなかった」

聞こえた、声に。
思わず、アクセルは彼を見た。
エックスは困ったような、しかしどこか優しさを含んだような笑みを浮かべる。
「俺も…言い過ぎた。…ごめん」
彼の言葉を理解するまで、数秒。理解して、つぶらな瞳を見開き――笑った。





「あ、二人とも!丁度良かった!」
ラボに入った途端、満月のような笑顔と明るい声に迎えられる。その持ち主は、もちろん彼女。
「ちょっとこっち来てよ」
手招きされるままに歩み寄れば、クリアは座っていたコンピュータの前から立ち、壁に立てかけてある大きな銃を手に取った。
「…あんた…それ…ひょっとして…」
「“Gランチャー”キミ用に作った威力ある武器…なんだけど、サイズがちょっと――わっ」
彼女が持っていたそれを、アクセルはひょいと取り上げる。
「思ったより軽いね」
意外そうに両手で持つ彼に、はは、と曖昧な笑みを返した。
傍で黙示していたゼロが口を挟む。
「しかし、少し大き過ぎないか?これではバレットが持てないだろう」
「ん、そうなんだけど……火力を追及すると、どうしてもサイズが大きくなっちゃうんだ。圧縮とかも、いろいろやってはみたんだけどね…」
「これが限界だったわけか」
言葉を引き継いだ剣士に、“うん”と苦笑してみせる。
制作に時間がかかっていたのはこの為かと、ようやく皆納得した。
「…ただ、これじゃ流石に実用は難しいからね。アクセル、下の小さくて青いボタン、押してくれる?」
「下…?ああコレ?」
言われたとおり、押してみる。
すると、ランチャーが白く光り、ぱしゅっ、と音を立てて小さな筒へ姿を変えた。目の前で起こった現象に、三人はこの上ないほどにその目を剥く。造った本人はと言えば、悪戯っぽく笑っている。
「私の能力を使った圧縮技術。どういう原理になっているかは秘密ね。もっかいそのボタン押せば元に戻るよ」
筒の先端にある青いそれ。押すと再び光り、ほぼ一瞬後にランチャーに戻った。
「すごい…!」
「あ、それとエックス、これはキミのね」
コンピュータから取り出したチップを渡す。
「これは?」
「“エクスプロージョン”。威力のある……まあ撃ってみて」
言われるままセットし、的に向かって撃つ。と、凄まじいエネルギー弾が放たれた。反動で後退したエックスも、見ていたゼロとアクセルも、驚きで瞳を見開く。
「射程がかなり短いし、エネルギーを大幅に消費しちゃうから多用はできないけどね。アクセルのGランチャーは、通常攻撃でも多少の威力はあるバズーカが撃てるよ。切り換えならエックスのとほとんど同じエクスプロージョンになる」
すらすらと解説したクリアだが、言葉で説明しきれるほど軽い威力ではなかった。
「ありがと!ホントにすごいや!」
「どこかで必ず使えるよ。ありがとう」
「いやいや。このくらいどうってことないよ」
和やかな空気に、皆の顔も自然と綻ぶ。そこでアクセルが、あることを思い出した。
「…そうだ!ねぇあんた」
「うん?なに?」
顔を向ければ、彼は一言、
「あんたのこともっと知りたいんだけど」

―――聞きようによっては妙な言い方のようだが、この場合そうでないのは明白。くすくすと笑みを零した。
「そういえば、ずっと話していないままだったね。質問どうぞ」
「えっと、まずはさ、任務中もそうだったけど、傷とか隠し通路とか見抜いたりしたヤツ」
「ああ、あれは解析能力だよ」
「解析?」
首を傾げた少年に、クリアは微笑みながら説明する。
「オペレータがコンピュータを使って、いろいろ調べたりするでしょう?それと似てるの。…ま、その辺じゃエイリアと同じか上くらいだろうけど」
「「ええ!?」」
声を上げたのは、アクセルだけではない。
「あれ?エックスには言ってなかったっけ?」
“聞いてない”と首を横に振る。
「おかしいな…。ゼロ、私言ってなかった?」
訊ねれば、剣士は小さく息を吐いた。
「お前がこのことについて話したのは、アクセルが来るよりも前で、ベースへ帰る途中に俺が訊いた時だけだ」
「あ、そっか。そーだったね」
あはは、と笑うクリアに、青年二人は軽い脱力感を覚えた。そんな二人には全く気付かず、アクセルは次の質問をする。
「じゃ、そのバイザー!」
「え?コレ?」
指差した彼にきょとんと目をまるくしながら、彼女は瞳の色を隠しているそれに人差し指を当てる。
「うん。それ、つけたりはずしたりしてるでしょ。任務中はいつもつけてるけど。なんで?」
「言われてみれば…そうだな」
「それは俺も知らん。どういう基準なんだ?」
エックスとゼロも畳みかけるように訊ねる。ますます目をまるめたクリアだったが、すぐに笑顔に戻った。
「くすくす……そっか、案外気になるものなんだね」
懐かしむように瞳を伏せる。

――…あのコにも聞かれたっけ……

「……私の解析能力は、“眼”がないと成り立たないんだ」
「め?でも、普通そういうものじゃないの?」
彼女はバイザーを収め、淡く碧い瞳を見せる。
「私の眼は元々特殊でね。解析を始めると、瞳の中に光が灯る。更に続けると、その光が動き出す」
「成程な。以前俺がお前の目の中に見つけた光はそれだったわけか」
「あ、ゼロはそこんとこ気付いてたんだ?」
「無論だ」
即答。
「…よく、分からないんだが」
エックスとアクセルは、いまいちピンとこないらしい。説明するより見せた方が早いと、クリアは一旦眼を閉じ、左眼だけ開いた。
「「!」」

碧い瞳の中心で、先刻までなかった銀色の光が動いている。ひとつだけでなく、いくつも確認できた。

「私、基本的に近距離型でしょう?」
驚いて見入っている二人のことは気にも留めず、自分の眼を指差す。
「万が一的にバレると厄介だから。バイザーかけとけば見えづらいし。それと、」
しまっていたバイザーを再び装着する。
「このバイザーね、ただメットにくっついてるワケじゃないの。かけている間は眼のシステムや電子頭脳と連動して、解析を手伝ってくれるんだ。情報量がハンパじゃない時や、戦闘中とかで急いでいる時に便利なの。そうでなくても、かけておいた方が疲れにくいから普段もつけてるんだけど」
現れる碧い双眸。クリアはにこりと笑ったが、アクセルにはまだ判らなかった。
「普段もつけてるって…つけてない時もあるじゃん」
「つけてない時は、解析してない時ってことだよ」
「あ、そっか」
簡潔に説明すれば、ようやく納得した声を出す。
「それで、他には?」
くすくすと笑いながら、次の質問を待った。しかし、彼は何故か表情を曇らせ、俯いてしまった。
「…アクセル?」
「どうした?」
エックスとゼロが声をかけるも、彼は黙っている。

どれくらいそうしていただろうか。ゆっくりと、彼の口が開かれた。
「あ…あの……あの、さ……」
「うん?なに?」
口ごもる少年に、できるだけ優しく問いかける。というのも、僅かに見えた彼の表情に、不安の色が窺えたからだ。
「…あの………ボク……」
そろそろと顔を上げ、上目遣いでクリアを見る。彼女は真っ直ぐに顔を向け、穏やかな表情で彼の言葉を待ってくれていた。
「………ボク―――」



ピピッ、と。


<みんな、聞こえる?次出撃するエリアの解析が終わったわ。今から転送室に――って、どうしたの?>
エックスとゼロの溜め息が聞こえたのだろう、通信の向こうで疑問の声を上げる。エイリアには見えるはずもないが、クリアは額に手をあてがい、アクセルはがっくりとうな垂れていた。
「…何でもない」
ゼロが答え、“出撃する”と伝える。
回線を閉じて視線を向ければ、彼は既にバレットを取り出していた。
「…いいのか?」
気遣うように問うたのはエックス。数秒の逡巡を置いてから、アクセルはしっかりと頷いた。
「そんな、すぐ終わる話じゃないと思うし。また今度でいいよ」
そこにあったのは無邪気な笑顔。しかしそれも、不敵な笑みに変わる。
「行こう。ボクなら大丈夫」
力強い声音に三人の戦士は頷き―――ラボを後にした。










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今年初投稿です。時間かかりました…。




[18326] 第13話 深緑の豪腕鉄人
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2011/03/04 21:26
深い森ディープフォレストか」
この呟きは少女のもの。転送先の光景を眺め、息をつく。
「…クリア?」
「あっ…ああ、すまない」
心配そうに声をかけてくれたエックスに謝罪の言葉を述べ、軽く駆けて三人に追い付く。

――今は任務中だよ……

自らに言い聞かせ、集中する。いくら実力に自信があるからといっても、戦場に居る以上油断は命取り。バイザーの奥にある瞳をきっ、と細めた。

――…しっかりしないと……

襲ってくる蜂型、猿型のメカニロイドを、各々の武器で破壊する。
そんな中、前方に一体のレプリロイドを見つけた。
「クリア、あれは…」
隣に居る少女にエックスが訊けば、少し間を置き、
「ルインズマン。動きは鈍いが防御力は相当のものだ。数多くのレプリロイドの中でも、その強度は群を抜いている」
「じゃあ、みんなで攻撃した方がよさそうだね!」
「……ああ…」
「…?どうかした?」
返事をした後もじっと目を向けてくるクリアに、アクセルは目を向ける。
「いや……キミが私の話をまともに聞くのは、珍しいことだと思ってな」
彼は一瞬きょとんとし、続いて呆れたように溜め息をついた。
「あのさぁ…約束したじゃん。トンネルベースで」

“私の話を、ちゃんと聞いて”

「…あ」
「“あ”じゃないよ。言っといて忘れないでよ」
「…すまない」
彼女の顔に浮かんだのは苦笑―――と、そこで、
「いつまで話してるんだ…」
はっとなって視線を向ければ、エックスとゼロが呆れた目で二人を見ていた。
「…ごめん」
「……すまない」
バツが悪そうに謝る少年少女。しかし、いつまでもそうしているわけにもいかない。
思考を切り換え、戦闘に入った。

まず、ゼロが斬り込む。渾身の一撃はしかし、傷一つつかない。素早く飛び退いた剣士の後ろから、エックスがフルチャージショットを撃つ。そこでようやくルインズマンが動き、緩慢な動作で石を投げた。難なくそれをかわすと、クリアが駆け出し二人の攻撃が当たった箇所に、正確に蹴りを入れる。小さな亀裂が入りはしたが、破壊には至らない。相手を飛び越えるように彼女が上へ跳んだ直後、アクセルがいつもとは違う光の弾丸―――コピーショットを放った。それは吸い込まれるように亀裂に直撃し、強固な鎧のレプリロイドは爆発した。

アクセルはルインズマンがいた辺りにしゃがみ込み、赤く光るDNAコアを拾い上げた。
「機転が利くな」
クリアが感心したように言うと、彼は得意げに笑った。
「すっごい防御力だったから。取っといて損はないよね」
「くすくす……そうだな」
笑みが零れ、エックスもまたやれやれと苦笑する。

しかしゼロは、クリアとアクセルの間に、不思議な空気が流れるのを感じ取っていた。
以前、コンビナートで感じたものと同じ、“隠されている”ような感覚。

――…なんだ……?

不思議でならなかったが、仲間たちが再度歩き始めたので、結局そのままにした。


下り坂が終わった所で、道が途切れ途切れになっている場所に出た。正確に言えば、意図的に深い窪みが作られており、その底には鋭いトゲがびっしりと敷き詰められている。
状況を確かめた直後、通信音が鳴った。
<みんな、聞こえる?そのエリアのとげだけど、並の防御力のレプリロイドが触れると、一瞬で戦闘不能になるダメージを受けてしまうわ。クリアがみんなを支えて飛ぶのが一番の安全策だと思うんだけど…>
「それだと、彼女への負担が少し大きいな…」
エックスが呟くと、エイリアは頷いたらしかった。
二人なら手を繋げばいいだけだが、三人となるとそうもいかない。何より、決してトゲに触れてはならないという配慮が必要になるだけに、彼女はより気を配らなければならなくなる。
「…なんとかなるだろう。とにかく今は急いで…」
「待って」
クリアの言葉を遮ったのはアクセル。耳に手を当て、エイリアに問う。
「ねぇ、エイリア。並の防御力じゃダメなんだよね?」
<?ええ>
「じゃあさ、ルインズマンはどう?」
そこで、三人は気付く。先程、彼はDNAデータを手に入れていた。
<…そうね、ルインズマンの強度なら大丈夫だわ。…それなら問題なく行けそうね>
「うん!ありがと!」
回線を閉じ、三人に向き直る。
「と、ゆーわけで、ボクはこれで行くよ」
白い光に身を包み、姿を変える。

――…これが……コピー能力…!

話には聞いていたが、実際に見るのとでは全く違う。一瞬にして変身したアクセルに、エックスはただ驚くのみ。一度それを見ているゼロと、コピー能力のことを前から知っていたクリアは大して反応しなかったが。
「さ、早く行こっ!」
機械質な声で口調がアクセルのままというのは、とても違和感があった。
クリアは一つ深呼吸をし、フライトリングを起動させた。エックスとゼロの手首を掴み、二人もまた彼女の手首を掴む。地面に対し垂直な姿勢で二人を支えて飛び、ゆっくりと危険地帯を抜ける。地に降りて、元の姿に戻った彼と合流。互いの無事を確認し合い、意識を奥へと向けた。
「…この先か」
白き闘士が呟く。

しん、となった森の奥から感じる、誰かの気配。

「…行こう」
真っ先に足を踏み出したのは、アクセル。
それに続き、エックスも歩き出す。次いでゼロ――
「…?」
ふとした違和感に意識をめぐらせ、ゼロは振り返った。
「どうしたクリア?」
俯いていた彼女は、はっとしたように顔を上げ、笑った。
「な、何でもない。大丈夫だ」
「…………」
バイザーで半ば覆われた彼女の顔。今、そこにあるものは。

「…………………」
「…ゼロ?」
「……行くぞ」
すたすたと歩き始めた彼の、仲間たちの後を、クリアは慌てて追っていった。




辿り着いたのは広場のような所。ドーナツ型の足場が造られていて、数箇所に窪みがあり、その窪みの底には炎が灯っている。

そこに、その背は佇んでいた。

深緑の豪腕鉄人――ソルジャー・ストンコング

「できるな…」
姿を見ただけで、紅き闘神は相手の強さに気付く。大きな背からは、強者の気を感じられる。
「ストンコング…」
見上げながら、少年は問うた。
「哲人のあんたまでこんなバカげたことをするなんて……一体どうして!?」
「…我らは…」
答える声は低く、深い静けさを含んでいる。
「我は既に道を違えた」
振り返る。クリアは、相手の厳めしい顔に哲人としての賢さを読み取った。
「…ならばあとは、己の信念に従い、突き進むまで」
「…だって……今のバウンティーハンターのやってることは…!」
哀しみの乗った声になっても、ストンコングの態度は変わらない。
「無論っ!偽りの策謀家の為ではない!」
そうして背にある、剣の柄へと手を伸ばす。
「我が戦いは忠義が為!いざ参らんっ!」
振り下ろされた一撃を、後ろに大きく飛んでかわす。アクセルと入れ違いになるように駆け出したゼロが、飛び上がって袈裟掛けに斬りつける。しかし、空いたもう片方の腕に装備されている盾で防がれ、即座に離れて間合いを取った。
セイバーを握った左手は痺れてしまっている。凄まじい防御力だと感じたルインズマンを斬った時はびくともしなかった手。

――随分硬いな…

痺れた腕に視線を落とし、カバーする為右手を添える。
「…ゼロ、といったか…」
突然降ってきた声に顔を上げると、ストンコングが語りかけてくる。
「この世で最も優雅に舞う武神よ」
警戒したまま、見上げながら続く言葉を待った。他の三人も動きを止め、耳を傾けている。
「我が名は、ストンコング。戦いの中にしか己を見出だせぬ。…貴様と同じだ…」
「一緒にするな!」
即座に彼が、そう言い返したことに、エックスとアクセルは眼を見開き、クリアは逆にすっと細めた。
「…俺は戦いを全てだとは思っていない」
静かな声からは、抑えているにも関わらず、激しい怒りが滲み出ている。
「否っ!」
ゼロの瞳が揺らぐ。
「我は貴様ほど純粋な戦闘型レプリロイドを見たことはない。…ここからは、戦いの為の戦い!参られよっ!」
素早く飛び退き、剣を避ける。
ゼロの右へ飛んだエックスが、チャージしておいたバスターを放った。しかしそれも、盾で防がれると消滅してしまう。
その盾も、剣も、恐らく同質の―――岩。

――…特殊加工…超硬度岩石…!?

岩の成分を解析し、出した結果に少なからず驚く。
何らかの加工をしてあるとは思っていた。しかし、これは予想外。”硬さ“に特化した特殊加工、その強度は先程倒したルインズマンを遥かに上回っている。ゼロのセイバーやエックスのチャージショットが弾かれるのも納得がいく。

だが、クリアの疑問はそこではなかった。

(…おい、アクセル)
「えっ?」
傍にいる少年に話しかける。今はエックスとゼロが先に立ち、クリアとアクセルは少し下がって様子を見ている。
“小声で”と念押ししてから問いかけた。
(ストンコングの剣と盾…以前からあんなに硬かったのか?)
(ううん、ボクが脱走する前はあそこまでじゃなかったよ。エックスとゼロの攻撃力はボクも知ってるし……強化でもしたのかな…?)
(……そうか…判った)
アクセルは不思議そうな顔をしたが、それに答える余裕ははない。なにより今は戦闘中だ。

――……仕方ない。後で考えよう……

すぐに答えが出せるわけでもない。目の前の敵に集中しなければ。

たんっ!と高く跳び、ストンコングの頭上に出る。そのまま体を開店させ、剣を握る腕に踵を落とす。しかし、その一撃もものともせず、クリアに向かって剣を振るった。彼女は何故かそれを避けずに両腕を交差させ、そこで攻撃を受けた。
小さな体はいとも容易く跳ね飛ばされたが、受け身を取り両手もつけ着地した。

剣を受けた両腕のアーマーにはヒビが入っているしまっている。
それだけ確認すると、再び視線を前に向けた。

――流石に協力だね…

解析した際、硬さだけでなく重さも桁外れということが判っていた為、相当の腕力だとは想像できた。
「汝…」
体勢を立て直すと、ゼロの時のように語りかけてくる。
「汝が、アノマリー・クリアーナという少女か」
「へぇ、私を知っているのか?」
対して彼女は、挑むような口調だ。気分を害した様子もなく、ストンコングは淡々と続ける。
「不可思議な能力を持つと聞く……その力、見せてみよっ!」
今度はかわした。次いで相手の後ろにいた剣士が、真横から斬りつける。
が、察知され岩の剣で防がれ、ゼロの腕にビリビリと震動が走った。クリアの傍に回ったアクセルが狙いを定めて連射するが、全て盾で弾かれる。
一旦離れた方がいいと、四人はフィールドの反対側へ移動した。
「どうする…!?このままじゃ埒が明かない…!」
「あの剣か盾、どっちかだけでも壊せればいいんだけど…」
「だな。クリア、何か方法は……クリア?」
四人の右端、隣に立つ少女に声をかけ、はっとした。

微かに、彼女の呼吸が乱れている。ダメージを負ったとはいえ、あの程度の攻防で疲れるほど、柔な鍛え方はしていない。

いや、そもそも何故クリアはあの時避けなかったのだろう。空を飛ぶことのできる輪、“フライトリング”を使えば可能だった筈。なのに、それをしなかった。

――……待て…

戦闘前の彼女の表情。
攻撃を避けなかったこと。
そして、呼吸の乱れ。

「……クリア…」
「何か仕掛けてくるぞ!」
言葉は、彼女の声に遮られた。

視線を移すと、ストンコングは中央の大きな柱に飛びついていた。剣を納め、両腕を振り上げたかと思うと、その両脇に巨大な岩が出現する。
「なにあれっ…!?」
アクセルの呟きを聞いた途端、クリアは目を見開き、全速力で解析を開始した。結果が出るまで、一秒足らず―――

「――爆発物!」
叫んだ直後に、それは来た。両側から、押し潰さんとばかりに。
『!』
逃げ道は一ヵ所。
白と黒の戦士の視線が一瞬絡み――頷いた。

身を翻してクリアはゼロを、アクセルはエックスを正面から鷲掴みにする。
「おいっ…!?」
「なっ…!?」
「「跳んで!!」」
空を裂く叫びに意図に気付き、タイミングを合わせ垂直に跳ぶ。
支える腕に力を込め、それぞれフライトリングとホバーを使用し滞空する。
岩は二つとも皆の足先すれすれで爆発し、風を受けただけで済んだ。

地に降りると、支えていた二人は大きく息を吐き出した。
「ありがとうアクセル」
「ううん」
「すまないクリア」
「いや…」

くぞっ!」
盾が外れ、フィールドに沿って飛んでくる。
ジャンプでかわすと、そのまま下を通過して相手の手に戻った。
再び向かってきたストンコングにバスターを向け、エックスは叫んだ。
「一体何故…どうして争おうとするんだ!?」
賢人は動きを止め、
「…汝に問う!武力とは?」
逆に問うた。
「戦いとは何か?」
「……自らの意志を、相手に強要する手段……」
それが嫌で、何故そうしなければならないのか判らなくて。ずっと戦わずに過ごしてきた。ずっと、悩んで。

そして今も。

「その通り!ならば言葉は要らぬ!」
翡翠の瞳が揺れる。
「信念の剣をかざし、刃を以って語るがいい!
…どの道勝利の上にしか、歴史は正当性を与えぬっ!」
その言葉に、エックスは脳が揺さぶられる錯覚がした。
それは、紛れも無い動揺―――僅かな隙を見逃さず、ストンコングは剣を降り降ろした。
「エックス!」
親友に名を呼ばれても、体が動かせない。賢人の言葉が、彼の中でぐるぐると回っていた。


突如ドン、と衝撃を受け、エックスは横に跳ね飛ばされた。はっとなって顔を上げれば、白い姿が目に映った。

「ぐっ…!」
「……ク、リア…?」
白い光の力で身体能力を昂上させ、素早く回り込んでいた。エックスを突き飛ばし、両腕を伸ばして剣を掴む。白刃取りなどできるはずもないその大きな刃を、細い指と小さな手で必死に支える。
「我が剣を…素手で…!?」
彼女の手から肩にかけて、赤い血がつぅ…と流れ落ちた。

剣を止められ瞠目したストンコングに、すかさずゼロが斬りかかる。後方に身を引いてかわされたが、続けて斬るようなことはしなかった。
膝をついたクリアを背に、守るようにして立つ。
「ク、クリア!」
「大丈夫!?」
ようやく我に返ったエックスと、見ていることしかできなかったアクセルが傍に寄る。
「大したこと…ない…」
“手を傷付けただけだ”と、なんでもないようにゆっくりと立ち上がる。
上下する肩と、ぽたぽたと滴り落ちる赤い雫に、蒼き青年は顔をしかめた。
「本当に大丈夫か…?辛そうだぞ」
「平気…」
「お前はもう退がっていろ」

ぴたり、と。
彼女の声が途切れ、止めた戦士に目を向ける。

ゼロはセイバーを構え、相手を見据えたまま続けた。
「これ以上はお前の体が持たない」
「!!」
「「!?」」
驚きを見せる彼らに――いや、少女に向けられた視線は、鋭い。
「俺が気付かないとでも思ったか?」
淡い碧の瞳が大きくなる。
「お前の体は、既に限界の筈だ」
「…しかし――っ!」
不意に肩を掴まれ、クリアは思わず息を呑んだ。他の二人も目を見張っている。
「ゼ…ゼロ…」
「……無理をするな」

アイスブルーの双眸は、湖の如く静かで、鋼の如く強かで。
―――彼らの間に流れた静けさが直後、一瞬で崩れる。


ストンコングが自らの胸を叩き鳴らし、雄叫びを上げた。

『!?』
振り向けば、一気に接近していたストンコングが剣を振り上げる様が眼に映る。
思考回路が働くよりも早く――ゼロの体が動いた。

「波断撃!」

空間を縦に裂いたセイバーから、三日月型の斬撃が繰り出される。
今までのどの技よりも強力なそれは、頑丈な盾を打ち砕き、相手をよろけさせた。

途端、アクセルが閃いた。
バレットをしまって駆け出し、白い筒を取り出す。
カチッ、という音が鳴って一瞬後、彼の両手には大きな銃が握られていた。

「エクスプロージョン!」

ぴたりと銃口を当てた、密着した状態で放たれた一発。直撃を喰らったストンコングはのけ反り――仰向けに倒れた。

「…ふーーー…」
突然撃ったということもあり、反動で尻餅をついたアクセルは大きく息を吐いた。
「手強い相手だったな…」
動かなくなった彼からクリアへと視線を移し、セイバーを収めながら言う。
「そう、だな…。疲れたよ…」
「お前は無理をしすぎだ。帰ったらゆっくり休め」
「ハハ……そうさせてもらうか…」
ゼロは、力無く笑う少女の横を通り抜け、バスターを解除して俯く親友の肩に手を置いた。
(…クリアの掌の傷は軽い。気にするな)
(…でも…俺がぼうっとしてたから……)
(ただぼんやりしていたワケではないだろう?)
(!)
見透かしたような言葉に、エックスは驚く。
(勘のいい彼女のことだ、それくらい気付いている筈だ。気にすることはない)
(…でも…)

二人が小声で話している間に、ランチャーをしまったアクセルかま立ち上がる。
「とっさに使ったけど、スゴいね!エクスプロージョンって!ゼロの波断撃って技もスゴかったけど!」
笑って言う彼に、クリアも疲れた顔を僅かに綻ばせた。
「いくら強力でも…使い手の腕が良くなければ…上手くはいかない…あれは…キミのじつりょ……」
息をつきながら言葉を紡ぐ彼女の声が、不自然に途切れる。
あれ、と思うより早く、背後に感じた殺気。
反射的に振り返れば。

「…!!」
“彼”は、立ち上がっていた。

アクセルは目を見開いたまま動けず。
エックスとゼロは少し離れた場所で話し込んでいた為に反応が遅れ。

苦し紛れの対処ができたのは、正面を向いていた闘士のみ――



「―――アクセルっ!!!」



降り降ろされる巨大な刃を凝視したまま、彼は凍りついていた。
例の強度の剣を、全力で振られる一撃をまともに脳天に喰らえば、彼らといえど絶命は免れないだろう。
アクセルもまた、それは理解していた。避けなければと思っているのに、体が動かなかった。


ふと、“死”の視界がぶれる。ぐん、と腕が引かれ体が反転し、背中と後頭部に強い圧迫感を感じた。

高い声が少年の名を呼び、ここに至るまでの間コンマ数秒―――


パキィン! と、高い音が鳴り響き、赤い飛沫が飛び散る。

再びセイバーを抜いたゼロがストンコングの懐に飛び込み、コアめがけて斬りつけた。
「見事だ……!!」
その、一言を最期に。
今度こそ、ストンコングは絶命した。

同時に、少年を押さえ付けていた両腕から力が抜ける。彼女の体がぐらりと傾き、音を立てて倒れ伏した。


「クっ…クリアっ!!」
慌てて駆け寄ったエックスが、助け起こそうと手を伸ばす。それを、ゼロが掴んで止めた。

「落ち着け」
瞠目する彼に、剣士は冷静に告げる。
「頭を打っている。動かさない方がいい」
「あっ……そ、そうだな…すまない…」
どうにか落ち着いたエックスは、彼女の顔が向いている方、彼女の傍で座り込んでいる少年の方へ回った。
見れば、クリアの目は僅かに開いていた。
「……ど…して……」
この声は少年のもの。彼女の頭からとめどなく溢れ出る血を前に、彼は真っ青になって言の葉を紡ぐ。
「どして……ここまで……ボク、を……」
浅い息を繰り返している今の彼女に、答えることはできないだろう。
答えの代わりとばかりに、クリアは微かに笑った。
本当に、微かに。

直後、瞼が降ろされた。

「あっ…あんたっ!しっかりしてよっ!!」
「クリア!クリア!!」
「落ち着け二人とも!」
パニックになった仲間達を宥める為、ゼロもまた少し声を大きくする。
不安に満ちたままでも、ひとまずは鎮まった二人から視線を移し、意識を失わせた少女の傍に片膝をつく。
刺激を与えぬようそっと髪を動かし、傷の程度を確認する。
「…ど…どう…?」
震える声で訊ねるアクセルに、若干の間を置いてから口を開いた。
「…大したものだな…」
「「…え?」」
「…いや、なんでもない。
急所は逸れてる。出血が酷いが、すぐベースに戻って治療すれば大丈夫だろう」
それを聞き、エックスとアクセルは思いっきり息を吐き出した。
「安心している暇はないぞ。エックス、ベースに転送要請をしてくれ。アクセル、お前は割れた彼女のメットを持って帰れ」
「え?でも…」
何か言おうとする青年を、ゼロは遮る。
「クリアは俺が運ぶ。あんなに取り乱した奴らに任せたら、どうなるか判ったものじゃない…。体格を考えても、俺の方がいいだろう」
そう言うと、なるべく頭を動かさないよう、少女の体をそっと抱き上げる。
呆気に取られて彼の話を聞いていた二人だったが、それによって気を取り直した。綺麗に真っ二つになった白いメットをアクセルが拾い、エックスは自身の通信回線を開く。
任務完了とクリアが傷を負った旨を伝えると、即座に転送が開始された。







時間は、ほんの僅かに遡って。

遠ざかる意識の中、少女闘士の脳裏を二つの単語が掠めていった。


“偽りの策謀家”…………。

そして。






――――“アクセル”。




[18326] 第14話 気掛かり、疑問
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2011/03/06 13:01
ハンターベース医務室。
ベッドに、一人の少女が横たえられている。
その傍らには青年が二人と少年が一人。

「…大丈夫…だよね…?」
アクセルの口から、何度目かしれない問いが零れる。エックスは苦笑し、同じ言葉を返す。
「大丈夫さ。そんなに心配するなよ」
「でも…」
「さっきからそればかりだな、お前は」
聞き飽きたと言いたげに呆れた目を向けるゼロ。“だって”と言い返す。
「ボクのせいなんだよ?ボクを…助けたから…」
「君のせいじゃないって言ってるだろう?」
ゼロとアクセルの間に立つエックスが、常葉色の瞳を見つめる。
「彼女だって、そんなつもりで助けたわけじゃないはずだよ」
「でも…」
唇を噛む彼に、
「むしろ、良かったかもしれん。休む機会ができたんだからな」
淡々とゼロも言う。


ストンコング戦から二日。クリアはまだ眠っている。
メンテナンスの結果、彼女が気を失ったのは前頭部強打によるものだが、目を覚まさない原因は他にあることが判った。

極度の疲労、つまりは過労だ。
まさか彼女が、と信じられない気がしたが、ゼロには思い当たる節があった。

ストンコングと戦う直前に見た、彼女の疲れた表情。
強力な攻撃を動いて避けずに、ガードしたという事実。
そして何より、少し動いただけで荒くなった呼吸。
過労と聞いた時、すんなりと納得できたのは彼だけ。
今も、彼女が起きる気配はない。


「休むって言えばゼロ。君も立て続けの任務だろ?少し休んだ方がいいんじゃないか?」
エックスの提案に、紅き闘神の顔がしばし固まる。彼の言う通りではあるのだが、休むというのはどうも性に合わない。ので、
「それを言うならアクセルもだ」
「えっ!?」
「まあ確かに」
「ええっ!?」
突然引き合いに出された少年が驚きの声を上げた。しかし、すぐに“うーん”と考え込む。
「…そうだよね。このひとみたいに倒れちゃったら困るし…。次の任務まで休むよ」
“部屋にいるから”と言い残して、とことこと出ていってしまった。
思いもよらない展開に、エックスもゼロも唖然とするのみ。はっ、と気を取り直し、互いを見る。
「じゃあ…俺は司令室に行くけど…君も休みなよ?」
「ああ」
扉に足を向けるエックス。
言われた矢先、“技の調整でもするか”と考えていたゼロに、

「トレーニングルームはやめておきなよ?」

そう、声がかけられ。

ぴたりと思考が停止した。

緩慢な動作で振り返れば、そこにあったのは全く毒気のない親友の笑顔。
直後シュン、と扉が閉まる。
またもや呆然としている青年の顔を目に収める者はいない。

十数秒後、ようやく我に返ったゼロは、小さくはない溜め息をついた。
(…見抜かれていたわけではないのだろうが…)
どうも、トレーニングをする気にはなれなくなった。

もう一度溜め息をつき、傍らの少女に視線を移す。
彼女は穏やかに眠っている。
ヘルメットをかぶる為、いつもは半分ほどが隠されている銀髪が露わになっており、今は包帯を巻いてある。
「…クリア」
普段は剣を握る大きな手が彼女の額に触れ、さらりと前髪を梳いた。真白い包帯はアーマーと同じ色でも、痛々しい様を見せる。
「ん…」
すると、微かに声がしたので思わず手を引く。起こしてしまったかと若干焦って覗き込んでいたが、幸い僅かに身じろぎしただけで目覚めなかった。代わりに、耳をすまさなければ聞こえない程度の小さな寝息を立て始める。
ほっとして、再びそっと手を乗せる。軽く髪を撫でてから、彼もまた医務室を後にした。





「………」
ごろん。
「………」
ごろん。
「……………」
ごろごろ。
「……寝れない」
ぽつりと。

自分の部屋(仮)に戻ったアクセルは、アーマーを解除してから、ばふんっ!とベッドに身を投げた。
クリアがアクセルの為に急遽用意した部屋には、人間が使うようなベッドとコンピュータ付きの机が一つずつあるだけだったが、それで充分だと思っていた。

機械質な硬いメンテナンスベッドでもいいと言ったのだが、自分もエックスもゼロも、他の仲間達も、個人の部屋には置いてあるからと用意してくれた。後で聞いた話では、彼女が例の能力を使ってわざわざ作ってくれたらしい。
内心彼女に感謝して、ふかふかのベッドの感触を堪能しながら目を閉じる。
そこまで来てふと、疑問に思うことがあった。

何故、彼女はここまでしてくれるのだろう。
部屋のことだけではない。武器や、任務中にしたって彼女はいつも自分を助けてくれる。

その理由に、心当たりがないわけではない。

アクセルがイレギュラーハンターを目指した、もう一つの理由。

考え始めたら気になって、寝返りを繰り返す。
「……寝れないや」





信頼するオペレータが、頼んだデータを出してくれる。隣の端末の前に座り、送られてきたそれを読み始める。
やけに真剣そうなエックスに、エイリアは不思議そうに口を開いた。
「どうしたの?いきなり、“クリアのデータを見せてほしい”なんて。びっくりしちゃったわよ」
「…すまない」
苦笑しながら言い、しかしすぐ真顔に戻る。
「そんなに気になるの?やっぱり、あのが倒れたから?」
このタイミングで知りたがるということは、他に思い当たることはない。果たして、
「―――ああ」
そう、答えた。


クリアがハンターベースに来て、仲間になって半年は経過している。それなのに、エックスは自分でも呆れるほど彼女のことを知らなかった。
前線を退いていた彼は、ゼロのように共に任務に就くこともない。同じ女性型のエイリアと話している所を見ることは多い。ライドチェイサー等を収めてある車庫にもよく行くと聞いていたが、それはベース一のメカニック、ダグラスに頼まれてのことだったそうだ。シグナスに呼ばれることもしばしばで、エックスやゼロには判らない難しい問題や事柄を話し合っているらしい。どうも彼女は、科学的な知識も凄まじいまでに豊富なようで、シグナスもダグラスも助かっているそうだ。


その程度しか、知らない。
よく知っているじゃないかと言われるかもしれないが、これは彼女のほんの一部に過ぎない。しかも、気付いたのはつい最近だ。
アクセルが来てから。彼女の能力や頭脳、そしてその実力を見られるようになった。
出会った頃よりは、知ったつもりでいた。

今回のことがあるまでは。

「…俺は……彼女のことを知らなさ過ぎる…」

“凄い女の子”。自分がその程度の認識しかしていなかったことに、倒れた彼女を見て初めて気が付いた。

「共に戦う仲間なのに…」

任務にしても、一緒に出動したのは前回のセントラルサーキットが初めてだ。それも、ほとんど一対一の戦いだった為、肩を並べての戦闘は今回が初。その実力を、間近で目にしたのも。

「…ここまで知らないのは、どうかと思うんだ」

映し出される記録映像。次々と敵を打ち砕くその姿は、印象こそまるで違うが、ゼロにも劣らず美しい。
「…足技の方が多いな…」
戦闘映像を見ながらエックスは呟く。彼女があまり武器を使わない格闘タイプということは聞いていたが、手技より足技の方を圧倒的に使っている。戦士でない者が見ても明らか。
「そういえばそうね。武器を使うことが少ないってだけでも珍しいのに…足技使いなんて、貴重よね」
微笑むエイリアに苦笑が零れ、次のデータを開こうと手を動かす。
「………」
今は少しでも、彼女のことが知りたい。他意はない。
戦うと決めたからには、共に戦場に立つ仲間として、知っておくべきことはある筈。
(…それに……少し、気になることもある……)





一日一回は戻るであろう自室に、紅の戦士は居た。
ベッドに腰掛け腕を組み、瞳を伏せている。
思い浮かぶのは、戦場に立つ白く小さな背中。
(クリア……)

彼女のことが気になっている自分に気付いたのは、何時だったか。
ただ、この感情が、愛や恋といったものではないことは自覚している。

(…俺は……)


彼女が傷付いた時、護りたいと思った。
彼女が倒れた時、助けたいと思った。

しかしそれが何故なのか、ゼロには判らない。
単に仲間だからと割り切るには、少しばかり感情が大きい気がする。
(……一体……)

考えても彼には答えが出せない。
誰かに相談するという手もあるが、十中八九、誤解されるだろう。
仕方なく、一向に出る気配のない答えを探し続けていたところで、突然通信音が耳を劈いた。
<ゼロ>
「…エイリアか」
<次のミッションの説明をするわ。司令室に来てくれる?>
「了解」
回線を閉じ、ベッドから降りる。
「……………」

気掛かりなのは、そのことだけではなかった。
だが、今考えても仕方がないというのも確かで、彼はその疑問を打ち消す。
(今は任務に集中だな…)
そう言い聞かせてから、ゼロは司令室へ足を向けた。






「出撃先はエアフォース……空中戦艦よ」
映像を出しながら、エイリアは三人のハンターに説明する。
「絶えず飛び回っているから座標の特定ができなくて……内部に直接転送はできないわ」
「つまり、外部から潜入するわけか」
エックスの発言に、“ええ”と答える。
「ハンターベースの戦闘機を使って接近して、乗り移ってもらうわ。空中だから少し危険だけど……ぎりぎりまで近付けば、きっと大丈夫だと思うわ…」
「ハンターである以上、危険じゃない任務などない」
声が小さくなってしまったエイリアに、ゼロなりの気遣いの言葉がかけられる。それに微かに笑ってから、説明を続ける。
「それで、乗り移った後なんだけど、内部に入る扉がロックされているみたいなの。それに、メカニロイドもたくさん配備されていて…空を飛べる敵もいるようだから……クリアがいた方がずっといいのだけど…」
「…彼女が回復するまで待てないのか?」
ゼロの問いに、エイリアは申し訳なさそうに首を振る。
「それはできないの。調査の結果、エアフォースが攻撃体勢にあることが判ったのよ。ハンターベースも、いつ攻撃されたっておかしくないわ」
「そっか…あのひとが起きるまで待ってるヒマないんだ…。じゃ、ボク達だけでやるしかないよね」
真剣になる時、彼の声は若干低くなる。
自然と引き締まった空気の中で、彼女は頷いた。
「ええ…。今回は、クリアのサポートは一切受けられないわ」
「問題ない。バトルシップの時もそうだった」
言い切るは紅き闘神。
「…彼女ばかりに頼るのも考えものだしね」
蒼き英雄も言う。
「よっし!じゃあ行こうよ!」
「ああ」
「エイリア、戦闘機は?」
エックスが訊ねると、椅子を回転させて向き直る。
「ダグラスに連絡してあるわ。格納庫ね。
…三人とも、気をつけて」
「…ありがとう」
「判っている」
「うん!」
それぞれ言葉を返し、司令室を後にした。





「…エックス、アクセル」
「?」
「なんだ?」
歩みを止めたゼロに、二人は疑問の目で彼を見る。
「先に格納庫に行っていてくれ」
「「え?」」
「寄る所がある。…心配するな、時間は取らない」
そう言い、背を向けて去っていってしまった。
半ば呆然としていたエックスとアクセルだが、剣士の姿が見えなくなってようやく我に返った。
「どうしたんだろ…?」
「…まあ、ゼロのことだし…多分大丈夫だろう」
「そお?それならいいけど…」
彼が行った先を見ながら、少年は首を傾げるのだった。





紅の戦士が訪れたのは、“彼女”が眠っている部屋。
「……………」
目を覚ます兆しはない。起きたとしても、回復しきっていない今の彼女を、任務に駆り出すわけにはいかないだろう。
「……大人しくしていろ」

それだけ、告げた。






入ってきた青年の姿を認め、アクセルが声を上げた。
「あ、ゼロ!」
エックスも振り返る。
「もういいのか?」
「ああ、済んだ。…準備は?」
「できてるぜ」
目を向ければ、ダグラスが一つの戦闘機の横に立っていた。
「設定はオートだ。いつでも飛べる」
三人は顔を見合わせる。
「…行こう!」
蒼き英雄の掛け声に、二人の戦士は頷いた。




[18326] 第15話 黒翼の好敵手
Name: 焔雫◆d8ce7475 ID:47fdd84c
Date: 2011/03/20 20:00
「ひゃー…ホントに高いね」
戦闘機の上から、少し身を乗り出して下を覗くアクセル。“何を当たり前のことを”という顔で、ゼロが彼の肩を掴んで軽く引いた。
「わっ」
「あまり出過ぎるな…落ちたら助からんぞ」
「わかってるよー」
ぷう、と頬を膨らませた彼に、思わずエックスは苦笑する。
しかし前方に巨大な物体が見えてくると、すっと真顔に戻った。
ゼロとアクセルも気付き、“先”を見据える。
「あれだね」


空に浮かぶ巨大戦艦、エアフォース。
上に回り、できる限り接近する。
右腕をバスターに切り換えたエックスが、セイバーを抜いたゼロと、バレットを構えるアクセルに視線だけで問う。二人が頷いてから、敵の船を見下ろす。
「行くぞ!」
掛け声と共に、まずは蒼、そして紅、黒の戦士と続く。

タン、と軽やかに着地し周囲を見渡す。

直後、物陰に潜んでいたメカニロイド達が、一斉に攻撃を開始した。
だが不意打ちでやられるほど、彼らは弱くはない。

砲撃を察知し、脚の加速器を回転させ即座にその場から離れる。
居場所を見極めると、ゼロは更に加速をつけセイバーを振るった。
負けられないとばかりに、アクセルもまたダブルバレットを連射する。
二人が応戦してくれている間にチャージを終えたエックスは、メカニロイドが密集している箇所を狙ってショットを放った。

「あっ、あれ扉かな」
配備されていたメカニロイドをほとんど破壊し、黒き銃士が呟く。
純真無垢なその表情に、蒼き英雄はある種の恐れを感じた。


彼がイレギュラーに対して容赦がないことは、今までの戦いを見ていれば嫌でも判る。しかし、何故それができるのか、戦い嫌いなエックスには理解できない。


「エックス?どうかした?」
彼に呼ばれ我に返ると、ゼロとアクセルは既に扉の前に立っていた。
慌てて踏み出した一歩。だが、二歩目は止められた。

「っ!避けろエックス!」
親友の声がした直後、両肩に感じた痛み。
次いで足が床から離れる。

状況を理解するのに、時間がかかってしまった。

「っ…こいつはっ…!?」

エックスより、二回りは大きい鳥の姿をしたレプリロイド。その足の鋭い爪が、彼の肩に食い込む。
「くっ…この…」
バスターで撃とうにも、肩をがっしりと掴まれ腕が上手く動かせない。更に飛び回っている為バランスが悪く、タイミングも取りにくい。逃れようともがいても、肩の痛みは増すばかり。

考えを巡らせていると、突如紅が視界に入った。
「…ゼロ…!」
壁蹴りに二段ジャンプを加え、空中で接近する。タイミングを逃さず、レプリロイドの右足めがけて斬り付けた。
「!」
外れた拍子に左足も緩み、エックスは相手を振り払い着地する。
「エックス大丈夫!?」
駆け寄ってきたアクセルが、不安げに顔を覗き込んだ。“大丈夫”と返し、立ち上がって左手をバスターに添えた。同様に降り立ったゼロも、セイバーを構える。

そんな折、通信が鳴った。
<みんな聞こえる?そこに“バーディ”という鳥型レプリロイドがいる筈なんだけど>
「今目の前にいるよ」
<…バーディを倒さなければ、空母内部へは入れないようロックがかかっているの>
「判った。ありがとうエイリア」
エックスが答え、回線を閉じる。
「…面倒だな…」
飛び回るバーディを睨み、剣士は呟く。
「でも、あいつ倒さないと扉開かないし、先に進めないよ」
「…ならば道を作るだけだ」
「へ?」
突然振り返って壁際まで戻り、勢いよく剣を振るった。
「波断撃!」


―――凄まじい音が鳴り、気付けば扉の横の壁に巨大な穴が空いていた。
「……ゼロ……」
エックスは半ば驚き、半ば呆れの顔で友を見つめる。アクセルに至っては、ぽかんと口を半開きにしていた。
「これで進めるな。やはり、船は地上の基地と違って壁が薄い
「「………」」
すたすたと船内へ入っていくゼロの後に、若干躊躇いながら続く。

が。

「!ゼロ!追ってきたぞ!」
「何!?」
彼が空けた穴から、バーディも入ってくる。
「結局倒さなきゃならないみたいだな…」
「チッ…」
武器を構え直すと、“彼”が一歩前に出た。
「ここはボクに任せて。二人は先に行って」
「ア、アクセル?」
「ああいう敵は、遠距離型でホバーも持ってるボクがやるのが一番だって」
両手のバレットをくるんと回し、しっかりと握り締める。
「だが…」
「ここにいるメンバーだけど」
蒼き英雄の言葉を遮り、振り返らずに言う。
「…カラスティング。空中戦はもちろん地上戦も、それに遠距離近距離全てをこなせるオールラウンダーだよ。…レッドアラートにいた頃は、ボクのいいライバルだった。」
「…アクセル…」
かける言葉が見つからず、エックスは少年の名を呼ぶ。
軽くかぶりを振り、バレットを相手に向けた。
「すぐ追いつくから」
「……任せた」
「ゼロ!」
「行くぞエックス」
駆け出す。エックスは迷い、諦めたように息を吐く。
「…気をつけろよ」
「二人もね!」


先に走っていたゼロに追いつく。
「勘がいいな、あいつも」
静かに呟いたゼロに、どういうことかと顔を向ける。
「お前がバーディの奇襲で、肩を痛めたことは判っているらしい」
はっ、と翡翠を見開くと、剣士は逆に鋭く細めた。
「気付くに決まっているだろう?動かないわけではないようだが…無理はするな」
「…君がそんなこと俺に言えるのか?」
切り返すと、彼は一瞬黙り、
「…それはそうかもしれないが………彼女のことがあるからな」
エックスの瞳がまるくなる。不思議なものでも見るような視線に、ゼロは疑問の目を向けた。
「……ゼロっていつからそんなに心配性になったっけ?」
言われた彼は、やはりというべきか苦虫を噛み潰したような表情になる。
ふいと顔を逸らした友に、エックスは少しだけ笑った。

そんな二人も、歴戦の戦士。敵の気配を感じれば、さっと顔つきが変わる。
奥から飛び出して襲ってくるメカニロイドを、次々と破壊していく。

「それにしても、同じ奴ばかり使う連中だな」
ゼロの言うことももっともである。今回配備されている敵のほとんどはランナーボム。いい加減に見飽きたらしい。
「らしくないな、ゼロ。いつもの君なら“イレギュラーは斬るだけだ”とか言いそうだけど」
「………」


そうこうしているうちに、一つの扉の前に辿り着いた。
「ロックされているな…。しかも、相当頑丈そうだ」
近付いてもぴくりともしない扉を、紅き戦士が軽く叩く。
「解除するのがよさそうだけど…」
辺りを見回したエックスは、そこにあったコンピュータに目を留めた。
近付き慎重に操作する。
「解けそうか?」
ゼロはこういう作業は苦手だ。逆にエックスは第一線を退いていた為、割と慣れている。
「…なんとかいけそうだ。少し待っててくれ」
カタカタとキーを叩き、画面に映し出される文字を読み取っていく。

数分後、ピーッという機械音が、扉とコンピュータの双方から鳴った。
「早かったな」
「結構セキュリティ甘かったから…助かったよ」
言葉とは裏腹に、蒼き青年の顔は曇っている。

セキュリティが甘いということは、来るなら来いということだ。相手の自信が窺える。
「…でも、ここで立ち止まるわけにはいかない。行こうゼロ」
“ああ”と答えようとして、彼は口を閉ざし身を翻した。


ギィン!と鈍い音がし、剣士のセイバーと相手の得物がぶつかる。

赤い、ゴリラを模した、エイプロイド。
「ゼロ!」
「先に行けエックス!」
振り降ろされた斧を受け止め、友を背にしてゼロは叫ぶ。
「け、けど…!」
撃とうとバスターを向けるが、彼の声で迷う。
「こんな雑魚にやられると思うか!?この俺が!」
いつも以上に強い声に、エックスは一瞬身を竦ませ、ぐっと拳を握り締めた。
「……頼む!」
扉の前に立てば左右に開く。
足音が消えてから、彼はエイプロイドを押し返した。
「…チッ」
一体何処にいたのか。同じ型のメカニロイドが五、六体ほど現れる。

――…無茶するなよ……エックス…






出たのは外。恐らく、戦艦の一番高い所。
見通しはいいが大した広さもなく、落ちてしまえば助からないだろう。

空を見上げ、バスターを支える左手に力を込める。
見えはしないが気配は感じる―――エックスは呼びかけた。
「何処だ?出てきてくれ」
その声に、数瞬の間を置いて強い風が吹く。同時に一人のレプリロイドが飛び上がってきた。

黒翼の好敵手――ウイング・カラスティング

上空からエックスを見下ろし、ゆっくりと口を開く。
「…フン、できれば戦いたくない……そんなことを思っている顔だな」
蔑むような声音だが、不快を感じることはない。
「ああ、その通りさ。これ以上、誰も傷付いてほしくないんだ……」
「噂通りの甘ちゃんだなエックス…。だったら無抵抗のままそこで果てるがいい!甘ったれた理想を抱いたままっ!」

ひゅん、と風を切る音がし、ビームタイプのブーメランが飛んでくる。咄嗟にかわすが、突然くんっ、と軌道が変わり、彼を追った。エックスは目を見開き、それでもなんとかもう一度かわす。再び来るかと思ったが、予想に反して消え去った。

息をつく暇もなく、頭上から回転しながらのタックルが見舞われる。
後ろに飛びのいて避け、チャージショットを放った。
「っ…!」
右肩に感じた痛みに、思わず顔をしかめる。
「調子が悪そうだな!」
ショットの下をかい潜って接近し、短剣を二つ取り出す。

遠距離型のエックスにとって、接近戦は圧倒的に不利である。
後方へ下がりながら紙一重でかわしていき、距離を取ろうと飛びのいた。
「っしまった…!」
ここは空母の上。同じ方向に下がり過ぎて、端に追いやられた。もう、後がない。
「落ちるがいい!」
短剣を構え、突撃してくる。

――かわせない……それなら……!

瞬時の判断で加速器を回転させた。
カラスティングは瞠目し、その隙に全力の体当たりを食らわせる。
「ぐっ…!」
この呻きはエックスのもの。方向など気にする余裕もなく、右側から突っ込んだ。バスターを撃った反動で悪化傾向にあった右肩が激しく痛む。

耐えた相手が、静かに呟く。
「成程…肩か」
「っ!」
ばっ、と離れ、バスターを撃つ。しかしダメージで照準が合わず、いとも容易くかわされてしまう。

策はないか―――考えを巡らせた瞬間。

「!!」


短剣が、眼前に迫った。





(片付いたな…)
ひゅっ、とセイバーを振るい、自分達が走ってきた通路の奥を眺めた。

アクセルが来る気配はない。
(残るべきだったか…?それとも途中の敵が……いや、)
“信じよう”。それが、仲間としての務め。
大体、そんな絶望的な状況でもない。

そう考え直し、扉の先へ踏み込んだ。




「……エッ…クス……?」
外に歩を進ませ真っ先に目にした光景で、紅き闘神の双眸が見開かれる。呆然と紡ぎ出された友の名。

「何だ…遅かったな」
その声の持ち主の手は、友の首を掴み上げている。意識はないらしく、瞳は開いていない。傷だらけの体もそうだが、床から浮き首を締められている姿は痛ましい。

剣士の姿を認めると、もうそちらには何の興味もなくなったように、カラスティングはエックスの体を放り投げた。


投げ出された先、そこに、足場はない。


「エックス!!」
叫び、駆け出す。
間に合えと。

しかし、カラスティングが短剣を手に邪魔をする。咄嗟にセイバーで防ぎ、はっとなって視線を向けた。


彼の姿は、もう見えない。


「――貴様っ!!」
強引に押し返し、間合いを取る。

相手は、大した傷も負っていない。

ギリリと奥歯を軋ませたが、ふっと息をつき剣を構える。


「…破壊する前に聞かせてもらおう。
…貴様の本当の目的は何だ?アクセルを取り戻すことだけが目的じゃないんだろう?」
怒りを押し殺し、常のように冷静に問うた。内心は煮え繰り返らんばかりである筈なのに平常を保てるのは、彼の称賛すべき所だ。
剣士の胸中を知ってか知らずか、彼は静かな声で答える。
「…見てみたかったのさ…」
「?」
思わず疑問符を浮かべるゼロに、彼は続ける。
「あいつが憧れたレプリロイドを。それほどの価値があるか、試させてもらうぞ!」


“実はボク、エックスとゼロに憧れてたんだ!”

“レッドアラートにいた頃は、ボクのいいライバルだった”


少年の言葉が脳裏を掠める。


飛んできた青いブーメランを、セイバーで叩き斬る。
再度短剣を構えて突っ込んできた彼を横に飛んで避け、技を放つ。
「雷神昇!」
電気を帯びた竜巻が、カラスティングに直撃した。
彼は目を剥き、空へと飛び上がる。
「…ふん、エックスよりは骨があるな」
それを聞き、ゼロはぴくりと瞳を細めた。
「…どういう意味だ?」
「奴は期待外れだった……よくここまで来られたものだ」



直後、見舞われる雷神昇。

常より高く上がったそれは、翼で滞空していた彼を叩き落とした。
「っ!」
「貴様にエックスを侮辱する資格などない!」
怒号が響き、床激突寸前で止まったカラスティングに斬りかかる。素早く体勢を立て直した彼は、短剣を交差させてゼロのセイバーを防いだ。

互いの刃が、ギリギリと音を立てる。
「“資格はない”?俺は奴に勝った。それこそ意味が判らんな」
すると、ゼロは今までにないほど、激しく彼を睨んだ。
「…子供一人守れん奴らに、あいつを悪く言う資格はないと言っている」

言った途端凄まじい力で押し返され、がくんとバランスが崩れる。

その、僅かな隙をついて。

広範囲の、強力な衝撃波が放たれた。

かろうじてセイバーで防いだが、ほとんど意味を成さない。
攻撃を喰らったゼロは足場の端まで吹き飛ばされ、俯せに倒れる。

「所詮はこの程度か」
「っ…!」
剣を強く握り締めてはいるが、悲鳴堪えるのがやっとである。
起き上がろうと腕に力込めると、視界の端にカラスティングの足が映った。
「とどめだ」
短剣が振り上げられ――




刹那。




きゅいん、と音が鳴り、カラスティングが体勢を崩れさせた。続けて二回同じ音が鳴ると、彼はその場から飛びのく。
激痛に耐えながら体を起こしたゼロは、一瞬、その痛みを忘れた。



瑠璃色の瞳に映ったのは白い人影。


「…クリア!?」
白き少女は飛んでいる。修理されたメットを被り、赤いバイザーをかけており、そして。
「エックス…!」
意識を失わせた蒼き戦士を、半ば背負うようにして肩に担いでいる。器用にも片手で支え、空いた方の手は、状況から考えて攻撃を放った後なのだろう。
剣士の傍にゆっくり降り立ち、そっとエックスを降ろす。
友の無事を確認してから、ゼロは彼女に詰め寄った。
「何故お前が此処に居る?」
彼らしからぬ、怒りと不安が入り混じった声。
「……ゴメンなさい…」
俯き、そう述べる。彼は苛立った。
「クリア…!」
「……どうしても心配で……居ても立ってもいられなくて…」
ギュッ、と両手に力がこもる。
「………来ちゃった……」
「来ちゃった…って、お前まだ…!」
「いつまでおしゃべりするつもりだ!?」
「「!」」
カラスティングが上空から突っ込んでくる。ばっ、と立ち上がったクリアは、短剣を握る彼の手を掌で止めた。
彼女の反応速度に目を見開いた彼に、右側からの蹴りを打ち込む。
怯んだ彼は一旦空中へ引こうとするが、闘士は両手を床につき、逆立ちのような体勢で回転蹴りを喰らわせた。それでも空に逃れたカラスティングを追おうと、彼女もまた、フライトリングを起動させる。

「…そうか」
空中で対峙して、カラスティングは気付く。
「お前がアノマリー・クリアーナか」
「だったら何だ?」
即座にそう問い返す。語気が強い。明らかに苛ついている。
「紅き闘神に匹敵する強さと、正体不明の能力を合わせ持つ白き闘士……。賞金稼ぎの間では、中々有名だぞ?」
「はっ……どうでもいいな」
吐き捨て、睨んだ。彼はぴくりと眉をひそめる。
「冷静な奴だと聞いていたが…」
「煩い。黙れ。お前達の御託はうんざりだ」
「!」
「…!」
カラスティングはいよいよ不快に顔を歪め、ゼロは驚いていた。
挑発することはあっても、ここまでストレートに言うものだろうか。頭のいい彼女なら尚のこと。


クリアは滞空したまま拳を握った。カラスティングもまた短剣を構える。

影が、動く。

空母に差した二つの影が幾度も交差し、互いを弾いた。

突如、その動きが止まる。
互いの攻撃、片手を片手で押さえ合っていた。
「…想像以上の強さだな。これで手負いか?」
「!…へぇ…気付いていたのか」
見抜かれていい気はしなかったが、笑う。慌ててはいけない。
「この俺と空中戦で互角に渡り合うとは…」
「どちらかといえば、地上戦の方が得意だがな。
……それよりも……」

風向きが変わった。ただでさえ高い位置で戦っている為、かろうじて聞き取れていた声も聞こえなくなる。

数十秒、経っただろうか。

均衡が崩れる。

片方の、押さえていた力が緩み、もう片方が攻撃を仕掛けた。


攻撃手段は、短剣―――


「うぐ…!がはっ!」
「クリア!!」
アーマーで覆われていない腹部に、短剣が一つ突き刺さる。柄まで深く刺し込まれ、鮮血を吐いた。
痛みに呻く彼女に構わず、彼はそのまま横に斬り裂こうとする。しかし、短剣を刺し込む彼の腕を両手で押さえ込み、膝で顎を蹴り上げた。
流石に怯んだカラスティングの隙をつき、渾身の力で腹部から刃を引き抜く。
「ぐっ…!」
傷口を押さえ、空母の上に降りると、ふらりとよろめいて膝をついてしまった。

「クリア!」
立とうとすると、青いブーメランが頬を掠め、ゼロの動きを止めさせた。

激しく睨みつける剣士には一瞥投げかけただけで、彼はクリアの傍に降り立つ。そして、俯いたまま肩で息をする少女を、容赦なく蹴り飛ばした。
「!」
「うあぁっ!」
赤が混じった白い体が空母の上を転がる。
落ちはしなかったが、止まった体は動けるような状態ではない。
「…クリア…!」
「終わったか……できれば本調子の時にやりたかったがな」
動かなくなった闘士から、殺気を放ちながら立ち上がる剣士へ視線を移す。
「貴様…!」
「来るか?いいだろう」
互いに得物を構え―――



「待て…」

微かな声。

二人の戦士は驚愕で目を剥き、その方向を見る。

「まだ、だ…」

立ち上がってくる少女。恐らく、頭に負っていた傷が開いてしまったのだろう。目の焦点が合っていない。

「…まだ、いける…」

明らかに動ける体ではない。だが、彼女の精神力は、彼らを圧倒していた。

「戦え」
「やめときなよー」



空気が変わる瞬間。
場違いな声が割って入る。


視線が、一瞬で彼に集まった。


「ぼろぼろじゃんか。そんなので戦えるワケないよ」
バレットをしまい、少年は彼女に歩み寄る。
「よいしょ」
「あっ…」
彼女の片腕を自分の肩に回し、自分の腕も彼女の肩に回す。
必然的に、クリアは彼に肩を貸された体勢になる。
「お、おい…」
「その出血じゃまともにも歩けないでしょ?ゼロの隣にでも座って大人しくしときなって」
彼より少しだけ背の高い彼女を、引きずるようにしてゼロの傍まで連れていく。なるべく傷に響かないよう、優しくすとんと座らせた。
「ゼロもだよ?」
クリアと同様、呆気に取られていたゼロに、少年は顔を向ける。
「ゼロもぼろぼろだよね。休んでてよ。後はボクがやるからさ」
無邪気な笑顔が不敵な笑みに変わり、紅き闘神はふっと笑って構えを解いた。
それを確認してから、彼の前に立つ。
小さく息を吐き出し、アクセルは彼を見据えた。

「…らしくないじゃん?こんなとこに引きこもって。あんたなら真っ先に飛んでくると思ってたのに。ボク、ここに着くのにずいぶん時間かかっちゃったよ」
睨みつけてくる彼の眼を、臆すことなく見返す。
「…戻ってくる気はないんだな?」
「…わかってるくせに…」
「…ふっ…お前らしいな…」
静かな会話。
しかし、静けさとは真逆に両者の殺気は凄まじい。傍観する戦士達が息を呑むほど、ピリピリとした空気が漂っている。

「行くぞ!」
仕掛けたのはカラスティング。投げられたブーメランの軌道を、アクセルは連射で逸らす。短剣を構え突っ込んでくる彼に対し、ローリングで避ける。素早く振り返った彼は再び短剣で攻撃を見舞った。


ガキィ!と音がし、剣士は目を見張る。

少年は、二丁の拳銃を交差させ攻撃を受け止めていた。
驚いているのはゼロだけではない。
「お前のバレット……そこまでの強度ではなかった筈だが?」
「まぁね。その女ひとが強化してくれたんだ」
“そのひと”と聞き、カラスティングはぴくりと反応を示した。
「…クリアーナ…か?…強いだけの女ではなさそうだな…」
「とーぜんっ!」
いきなりアクセルが力を抜いたので、彼はバランスを崩す。その隙にめいっぱいバレットを撃ち込んだ。
「ぐっ…はあぁっ!」
ゼロに喰らわせた衝撃波が放たれる。咄嗟に腕を顔の前で組んだが、防御にもならない。吹き飛ばされ、床に背中を強かに打ち付けた。
「っ…」
息が詰まり、視界が霞んだ。仲間の呼ぶ声が聞こえ、嘗ての好敵手の姿がぼんやりと見えた。

まだバレットは握っている。少年は、片方の銃をそのままの体勢で操作した。

相手が射程距離に入る。腕を上げると同時に、その弾丸を発射した。

着弾すると球状の炎が発生する特殊武器――
「なっ!?」
「サークルブレイズ、だ!」
突然の炎の発生に驚き、上空からのタックルを中断した。その間に床を転がり、立ち上がってバレットを構える。
「それもそのひとが造ってくれたんだよ」
炎も消え、降り立ったカラスティングに言う。
「他にもいろいろあるんだ。頭いいんだよ、そのひと
「…そうらしいな」
彼は素直にそれを認めた。視線を移せば、こちらを睨む少女が一人。
「…………」
ふっと笑う。
「な、何だ…」
「いや…」
更に睨みつけてくる彼女から、今戦っている少年へ目を戻す。
「…いい仲間と出逢ったな、アクセル」
「え?」
思わずきょとんとしてしまう。
「……決着をつけよう」
「……そっか。そうだね」
互いに武器を構える。バレットを扱うアクセルに、接近戦は不利。しかし、彼は敢えてそれに乗った。



上空は強い風が吹く。当然、この戦場も強風が吹いている。ゼロの金髪は遊ばれ、アクセルの尖った髪は揺れ動き、クリアのマフラーはバタバタとたなびいている。


その風が、刹那の間止まった。

彼らは駆け出す。

一瞬ですれ違い、拳銃と短剣が互いを撃つ。

背を向け合った二人の動きは、完全に止まっていた。



そして―――


高い音が鳴り、アクセルの左肩のアーマーが砕け散った。

白き闘士は息を呑み、紅き剣士は眼を細める。

振り返った黒翼の戦士は、笑った。

がっくりと膝が崩れ、直後ドサリと倒れ伏す。

銃士が撃ち抜いたのは動力炉。じきに機能を停止するだろう。


カラスティングは、自分を見下ろす彼に焦点を合わせる。少年の好敵手は、自らの生命の限界を知りつつ穏やかに、心から笑っていた。
「…強く…なったな…」
「……あんたこそ…」
「俺の…強さは……所詮…まがい物に過ぎん……」
「……カラスティング……」
何と言えばいいのか判らず、ただただ彼を見つめる。

横たわる彼は視線をずらし、再び彼女を捉えた。
「……何だよ…」
「………アクセルを……支えてやってくれるか……」
少年の、常葉色の瞳が見開かれる。彼だけでなく、ゼロも、何時の間にか目覚めていたエックスも驚いた。


だが、言われた本人は表情を変えない。バイザーに覆われているから判りにくいだけかもしれないが、口元もまるで動いていない。

と、


「キミに言われるまでもない」

前触れなく、答えた。

無表情だった彼女が、微かに微笑わらった気がした。


「……アクセル……」
名を呼ばれ我に返る。消え入りそうな声に、耳を傾けた。
「…お前の……勝ちだ……」
「……………」
「………レッドを……止めてやれ………お前なら………お前にしか……できない……」
「…判ってるよ」


彼のコアが輝きを失う。同時に、戦艦が大きく揺れた。
「な、なに!?」
「主を失ったら落ちるよう設定されていたか…」
友に肩を貸しながら、冷静なゼロが呟く。
「落ちる…って」
「下はどうなるの!?」
エックスに続き、アクセルが叫ぶ。
「確かにどこかの街にでも落ちたら、被害は尋常じゃないな…」
「心配ない…」
皆、彼女を見た。少年に支えられ立ちながら、クリアは告げる。
「私が飛んできた距離と高さ…戦艦の飛行速度…そして今向いている方角…。これらを総合して考えると…落下地点は、海…」
「「「…………………」」」
「…?何だ…?」
「……いや……連絡を入れる」
エイリアに回線を繋ぎ伝えると、数瞬後、四人はベースへ転送された。















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焔雫です。…戦闘シーン、やっぱり難しいです…。
更新は不定期ですが、頑張ります。


ぬーのさん、激励ありがとうございます。



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